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【もしも】中華列強と欧州帝国【逆なら】

1 :世界@名無史さん:2010/06/30(水) 22:55:02 0
史実が逆に進行していたら、どういう歴史が綴られただろうか。

西暦2000年代において、中国大陸には中華列強が存在し、
欧州大陸には一つの帝国が存在している。


そこに至る歴史が知りたい。
どのようなことがあればそこに至れるのか。
その歴史を作ってほしい。

2 :世界@名無史さん:2010/06/30(水) 23:10:04 0
中間のロシア帝国

3 :世界@名無史さん:2010/06/30(水) 23:29:32 0
始皇帝が中国という概念を作らなければ
欧州より1000年早く産業革命が起きた
カール大帝のフランク王国が欧州1国という概念を確立すれば
今の中国みたいになった

4 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2010/06/30(水) 23:57:51 0
後進地域の中国はともかく、後進地域の欧州というのは、あまり旨味がなさそうですね。
さながら鶏肋の如し。

5 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 00:07:38 0
野蛮で好戦的な遊牧民族に滅ぼされそう。

6 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 00:09:43 0
古代中国人は白人だった 3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1200517859/l50

7 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 00:25:54 0
欧州は森林と山脈と河川と海で自然に分断されてるけど、
シナは一望千里の大平原がど真ん中にでーんとあるからなあ。
中原は乾燥地帯の天水農業で遊牧民に襲われまくるし、
ある程度の政治的・経済的統合がないとやっていけなさそう。

8 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 08:46:04 0
オルドスとトランシルヴァニアの国境の不安定さは似ているかも。

9 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 09:14:10 0
遊牧民の生活が安定しない。
穀物は貯蔵できるし不作でも大体一年区切りだけど、家畜は全滅すると回復が難しい。
華北の国境が安定しない。
遊牧民がシナからの略奪、通商、貢納を生活の前提にしている。
シナを支配しても、漢化で弱体化してしまう。例えば日本と交流して尚武の気風を確立できないか。

遊牧国家は一国二制度で対処してたけど、
もっと国境線をはっきりさせて、属国扱いで対処すれば、
清国の最大領土が中国の領土だとか主張させずに済んだのか。

自分的には中国は分裂すればするほどよし。
遼・西夏・北宋とか。金・西夏・南宋とか。せめて三国分裂で。
でも、遼も金も西夏も長持ちしなかったのが悩みどころ。

10 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 13:02:04 0
雲南が独立を保つにはどうすればよかったのか。

チベットは宗教的に北方に勢力を伸ばしたといえるが・・・

ベトナムは南進ではなく北進できなかったのか。
南嶺山脈を分水嶺として、珠江デルタを取り込めなかったか。

中華は、今回の日系企業のストでもわかるとおり、あっという間に同調して反乱するから、
統一してるというか、してないというか。
太平天国とか義和団とか、とかとかとか。

11 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 13:41:24 0
出来る出来ないは置くとして、欧州統一だと、
アウグストゥスが軍縮しないで、ローマ帝国が勢力をさらに伸ばすという話になると思う。

ライン川・ドナウ川の両国境河川から前進する国境の候補としては、
東部国境は、ズデーデン山脈・カルパチア山脈まで進むとして、
北部国境を、エルベ川にするのか、オーデル川にするのか。

さらに進んで、ウィスラ川・ドニエストル川まで進むのか。
さらに進んで、西ドビナ川・ドニエプル川まで進むのか。
さらに進んで、ヴォルガ川まで進むのか。

スカンジナビア半島は入るのか。
グレートブリテン島・アイルランド島・アイスランド島は入るのか。

北アフリカは入るのか。エジプトは入るのか。
アナトリアは、カフカスは、レパントは、メソポタミアまで入るのか。

12 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 14:18:35 0
ポーランド・リトアニア連合とか、
フランク王国とか、
神聖ローマ帝国とか、
ハンザ同盟とか、
カルマル同盟とか、
ビザンチン帝国とか、
オスマン帝国とか、

ここらへんが欧州統一の限界のような。
あと、イギリス、オランダ、フランス、スペインが一抜けて国家統一を果たしたというか、
国境線を安定させたような。だから、大航海時代の主役になったというか。

13 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 01:38:13 0
仮に中華列強の元となる背景はどの年代がいいだろうか?

春秋時代か、戦国時代か、三国志の時代か、五胡十六国時代か。
それとも他に適当な時代があったのか。
新たに創出するべきか。

14 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 02:21:07 0
五代十国時代

15 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 03:45:11 0

日本とヨーロッパが恐ろしく酷似した歴史パターンを継続しているのに対して、
シナはアフリカに絶望的に似ている
極めて一握りの王族が庶民を奴隷にして売りさばいていた点など、もうそっくり

シナが国際的に列強だった時代は、歴史上まったく存在したためしがない
何しろ時間の連続も進歩の観念も、個人という意識も技術という観念も無く、
法も政策もすべて皇帝と取り巻きだけが決定し、庶民は文字をまったく読めぬまま20世紀まで家畜同然だった
アフリカンテイストそのものといえる


16 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 03:53:30 0

ヨーロッパ人は単一の権威に迎合した例が無かった
そして常に広範囲の(海も平然と超えるほどの)行動力と、競争観念があった
競い合いながら、混じり合う
この点が日本人と恐ろしく似ている

だがシナ人は、常に単一の権威にのみ無条件に従っていた
それ以上の知的な触発など何もなかった
儒教の非連続的な「屁理屈」が、その知的限界を残酷にも物語る
あるときはフィクション文献の屁理屈をこねまわし、また或る時は真理追求と称し、さらに或る時は普遍性があるとウソをついてきた
そして論拠が無くなると全否定してきた
ヨーロッパや日本でこれほどのデタラメな無節操は、如何なる思想にも見受けられない

シナは朝鮮と同様、飢えに耐えられなくなると女のヒステリーのように暴動を起こした
でも海を越えて日本に攻め込む能力も知性も勇気もついに無かった
トルコ系のハンの帝国の脅迫で、恐怖にかられて元寇を起こしてみたものの
信じられないほどの弱体ぶりを呈した


17 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 04:18:37 0
何だかシナには真の意味での歴史がないと言ったヘーゲルみたいだな

18 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 06:08:28 0
>日本とヨーロッパが恐ろしく酷似した歴史パターンを継続しているのに対して

バカもここまで酷いと放置しかないくなるな

19 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 06:10:04 0
日本とヨーロッパでどこが似てるんだ?
妄想も大概にした方がいい
いくら便所の落書きでも読む価値なさすぎる

20 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 06:57:13 0
日本はどちらかって言うとベトナムににてるな、明治までは


21 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 13:00:19 0
日本とヨーロッパが似ているのは、せいぜい以下の点まで;

@ 統一された政治思想が無く、体制が常に多元的であったこと 
(中国は極度の全体主義=恐怖政治だけだった)

A 工業技術が常に進歩してきたこと 
(中国にも数学と偶発的産品はあったが、工業のセンスはついに発現しなかった)

B 戦争が短期的な一撃必殺を求めてきたこと 
(中国、朝鮮、モンゴル帝国アジア部にとっては、戦争は数十年の逃走と買収が前提だった)

つまり大括りの器としてはヨーロッパと日本はかなり似ており
ちなみに、頭の恰好もかなり酷似している人間が多く、これがヨーロッパ人が日本人に親近感を抱いてきた理由の一つでもある

中国、朝鮮はヨーロッパとの共通点は大括りでは絶無といえ
頭蓋骨、骨格、目のかたちなど、ヨーロッパ人ともっともかけはなれており、このためヨーロッパ人の無慈悲な暴力にずっと晒され続けている


22 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 13:04:44 0
なお中国が面白いのは、ごく一部の漢・唐・明などをのぞき
殆どの国家(民族)はわずか数世代で破綻してきたこと

本来、中国には統一民族という観念が無いので、このように何百もの国家が誕生しては
餓死と暴動を繰り返しながら全てが永遠に消失していった

いまでも「中国人」と呼びかけて振り返る中国人は実は少ない
「福建人!」「四川人!」と呼びかけてこそ、彼らは自分のことなのだなと気づいて振り返る


23 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 13:50:13 0
かなり偏見があるような・・・。
でも、>>22で最後に中華列強になる素地を見たような。

24 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 15:19:04 O
中国人は有史以来、恐怖心のみにつき動かされてきたよね

皇帝に対する恐怖心
官僚に対する恐怖心
餓死に対する恐怖心
欧米や日本に対する恐怖心
共産党に対する恐怖心

自力で克服した恐怖心は一つもない
つまり永遠の子供
朝鮮人と同じ

ヨーロピアンや日本人は
全ての恐怖を自身の知性と胆力で克服してきたわけだから
これは同じ種族とは思えないほどに違う

欧米人や日本人は奴隷労働を必ず跳ね返すが
中国人は数千年に亘り奴隷労働を受け入れ、今に至る

25 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 19:42:16 0
ギリシャ、ローマ時代からヨーロッパは独裁と言うか、強大な単一の指導者が少ないよね。
古代は都市国家、中世は封建制。
絶対王制が確立されるのは16世紀頃で、その頃にはヨーロッパが一つなんて考えは消え去ってるだろうし、統一しようとすると他の国が一斉に足引っ張るし。

強大な権力が生まれにくいのはやっぱり治水の問題じゃないかな。
大河と豊かな土壌がヨーロッパ大陸にあったら帝国が継続的に存在してもおかしくないと思う。

26 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 20:11:45 0
4Gamer_net ― 連載「ゲーマーのための読書案内」第46回:『オリエンタル・デスポティズム』(クルセイダーキングス デウス ウルト【完全日本語版】)
http://www.4gamer.net/games/047/G004747/20080520027/
東洋的専制が生まれたのは大規模灌漑農業,すなわち運河の建設とメンテナンスの必要性からであり,
彼はそうした背景を持つ社会を「水力社会」と呼ぶ。
その世界的に見た中心地はご存じメソポタミア,中国,インド,エジプトで,同様の権力基盤は新大陸にも広く見いだせる。
そこで成立した専制は,地域と経緯によって異同はあれど,

強固な官僚制による全土の一律支配,
全国民を対象とした租税と賦役,
広汎で大規模な徴兵と完備した駅站/諜報システム,
私的土地所有の不在(これには大きな例外もある)などを特徴とする。
水力社会の重要な特徴は,農業生産力の高さである。

封建社会は別に必然的な進化方向ではなく,単に水力社会化が中途半端だった結果にすぎないのだ。
 だが,水力社会的な単一中心社会が成立せず,多数中心社会に留まったことが,
結果としてヨーロッパを次の時代を担う勢力に押し上げる。

国家から独立した教会の権威,
身分制の成立=政治勢力化,
強固な私有財産制に裏付けられた商業資本の発達

などが,さまざまに関係を組み替えながら絶対王政を生み出し,近代国家へと進んでいく。
西欧中世と日本中世の相似形という謎は,
近代日本の願望でもあったがためにいろいろ物議を醸す部分も多かったのだが,
両地域が水力社会の亜周辺という共通の条件下にあったことに注目すれば,割とすっきり解けるのだ。

27 :世界@名無史さん:2010/07/02(金) 20:25:28 0

オーストリア・ハンガリー帝国というか、
ボヘミアとトランシルヴァニアが山脈に囲まれた地勢だから、欧州統一を難しくしている。
ボヘミアとトランシルヴァニアが障碍となって、ヨーロッパの分立を可能にするのだ。
ボヘミアとトランシルヴァニアが中心となってヨーロッパを征服できるなら、統一できる。
でも、多民族を統合できてないから、無理。
多民族を統合するには、大規模工事が一番。
国民一同そろって、前方後円墳とか大仏とかをつくると、国民一体化運動になりうる。
国家規模の大規模工事は、国民を一箇所に集めて物資の流通と文化の交流を促せるのだ。

28 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2010/07/02(金) 23:55:28 0
>>18-19
確か、原勝郎だったと思いますが。
欧州留学中、あまりに欧州における中世封建制と、日本のそれが似通ってい
たことに、思わず破顔したという話がありましたね。
勿論、「日本はアジア的というよりは寧ろ西欧的であり、近代国家として歩
むのは必然である」という時代の風潮が影響したことは否めませんが。

自治制度の面でも、欧州との類似(但し均一なものではない)は今でも指摘
されることがあります。
ただ、似ていても当然違いは出て来ますし、似ているというだけでは、だか
らなんなのかという話になってしまう訳で。
中国の様に、明らかに直接関係のあった文化圏とは別の文化圏で生じた類似
について、どう考えるかが問題となって来る。

西洋史の阿部先生と日本史の石井先生が晩年疎遠だったのも、前者が類似し
た両中世社会の違いに注目されたのに対し、後者が共通点に注目されたとい
う、志向の違いがあったと言いますね。

29 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 04:40:08 0
今読んでる「封建制の文明史観」(今谷明)だと、
日欧共に封建制とはじめて言ったのは、島崎藤村だと書いている。

日清日露で勝ったから、共に封建制云々を世間が言い出す余裕が出てきたのだろうと。

30 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 12:53:44 0
『中国の大盗賊』高島俊男だと、
中国人は砂のようにまとまりの無い民族だから、それぞれに好き勝手やらせるのが一番いいとか、
盗賊が正統性をもった王朝になれるかどうかは、士大夫という知識人階級を取り込めるかどうかにかかってるとか、
言ってるね。

まとまりのないまとまり、それが中国w

小室直樹は、中国はイスラムと似ているとか言ってたね。
対比すると、

日本:欧州、
支那:イスラム、
ロシア・シベリア:インド・東南アジア?

31 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 16:54:09 0
皇室の先祖については、よく分からないことだらけですが、日本の支配者階級、つまり宮中に
渡来人が多くいたであろうことは推測できる。

もともと中国は宮家と宮仕えに深く関わっていたのは明白なんだから
右翼は中国にそんなに敵対意識持たないでもいいのにな。

32 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 18:24:54 0
>>15-16>>24のような中国蔑視、欧米礼賛の書き込みをした奴って、
つぎのスレで同様の主張をしていた奴だろ。

☆★☆★世界史学習を根本的に見直したい★☆★★
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1249273195/l50

33 :世界@名無しさん:2010/07/03(土) 18:49:28 0
>>30
シベリア
日本:欧州
インド
東南アジア
中国:イスラム・ロシアだろう。
インドは中国、イスラム、ロシアほど強大な帝国が出来ず、
地方領主の独立性が強かったので、日欧型と中露回型の中間と見る。

34 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 18:53:46 0
まず欧州と言ってもどこと似てるのか。
封建制一つとっても日と欧それに中ではやはり違う。


35 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 19:00:22 0
>>31
言ってることの意味がよく分からない。
あなたは「もとは遠い親戚なんだから」って言われて近所に住む迷惑な一家の存在を看過できるかね?

36 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 20:26:45 P
自分が数年来真面目に考えている架空歴史ネタまんまのスレがあってフイタw


統一された中国王朝を考える上で、隋唐王朝はかなり大きな意義を持っていると思う
(ここで言う中国とは、清朝の領域を引き継いだ近現代中国では無く、いわゆる中国本土)

・隋が数百年にわたり大まかに言って南北に分裂していた中国本土を統一したこと
・そしてその統一を唐が引きついで、曲がりなりにも数百年継続したこと


隋唐が「漢民族」だとか「北族」政権だとかの論争は置いておくとしても、
まとまった領域に一つの政権が、紆余曲折を経ながらも権威を継続した事で
漢王朝以来の「正統」を引き継ぐ政権としての「中国」(及びその領域)を内外に刻印させた
という点では、大きな意味を持っていると思う


隋の統一が無ければ、南北それぞれで独自の「中華」を形成していったとも想定できる
・北朝:遊牧勢力に組み込まれながら、独自の華胡融合文化を築く(史実の隋唐相当)
・南朝:独自の江南文化を発展させていく(史実の南朝から一気に南宋へ至る感じ)
南朝辺りは、十国時代のように更に細分化する可能性もある
イメージ的には南アジア史の如くなる


37 :世界@名無史さん:2010/07/03(土) 22:42:30 0
南アジアの諸国に「列強」といえるほどの実力はあっただろうか?
また、軍事的に弱体で文化が腐敗爛熟していた末期の南朝・南宋に、
東西統一された北朝・遊牧国家からの軍事侵攻を防ぐだけの力はあったか?
晋だって末期の孫呉を滅ぼすことはできた。まして南朝が分裂していては各個撃破されよう。

隋唐以来、江南の富を江北が吸い上げる形で全体として「繁栄」してきたのが統一シナである。
江南に富裕で肥沃な国があるなら、それを奪い取り飲み込もうとするのが自然であろう。

38 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 00:28:19 O
確かそんな架空戦記あったような。
春秋戦国時代の国家のままに中華が固定。
欧州はローマ帝国で固定。
全七巻位だったかなあ。
題名忘れた。

39 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2010/07/04(日) 00:43:08 0
『龍騎兵』ではありませんか。
劉邦が匈奴との戦いで戦死し、統一なったばかりの中国が分裂してその状態
が続くというものでした。
日本の「王室」が外交に配慮して「皇」の字を使わないという謎設定あり。
実際は中国側に認められなくても使っていましたし、史実の中国で皇帝がま
ず存在しないのなら、皇の字の使用自体が最初からないと思いますが。
そもそも、民間の交易はともかく、正規の国交は無い時代が長かった。
正規の国交があっても、国内では使用し続けていましたし。

そういえば、ポエニ戦争でローマが負けて欧州&中近東が多神教地帯という
小説が、海外にありましたね。
何故か、朝鮮半島と日本列島が中国(王朝)領になっているという。

40 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 00:58:36 0
田中禿樹?

41 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 02:35:26 0
そんなオリジナリティ溢れる中国も見てみたかったなー・・
始皇帝は歴史上最大のクズ

42 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 09:01:51 0
五胡十六国時代は、ヨーロッパにおけるゲルマン人の大移動に相当するんじゃね?

この時代をいじくるのが一番可能性がありそう。

43 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 10:07:02 0
北方民族の動きは重要だな
ただローマはゲルマン人が来なくても、
経済的混乱とイスラム勢力に滅ぼされてたと思うが

44 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 10:33:34 0
五胡が完全に漢化せず、西欧や日本のような封建制が成立。

このシナリオならどうだろうか?

45 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 16:25:04 0
>>41
そもそも、「多様性はいいことだ」という考え方自体、近代ヨーロッパで
成立した特殊な考え方なのでは?



46 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 16:37:49 0
欧州の騎士は農耕牧畜文化の重装騎兵だが、
アジアの遊牧民って軽装騎兵が多い希ガス

47 :世界@名無しさん:2010/07/04(日) 17:30:48 0
>>43
サラセンの海賊はローマを荒し、シチリアを占領したが、
ローマが長期に渡ってイスラムの支配下に置かれる事はなかった。
もし、仮にローマまでがイスラムの支配下になった場合、
バチカンがイスラム寺院になってしまう。
そうなると欧州の歴史自体が全く違うものになってくる。
この大きさはコンスタンティノープル占領とは比べ物にならない。
ビザンツはキリスト教世界ではギリシャ・小アジア中心のマイナーでローカルな勢力であるのに対し、
ローマは新教が認められるまでは欧州の全てであった。
小アジア・ギリシャ・バルカンが占領されてもイタリアが占領されなかったからこそ、
欧州は欧州足りえたのであって、イタリアのイスラム化は全欧州のイスラム化につながるだろう。
ただ、欧州の富裕市民は利子取得が禁止されるイスラムのバザール経済には不満を持つだろうから、
何世紀か後にはシャリーア体制へのプロテスト運動や無神論及びイスラム以前の宗教をシンボリックに信奉する
秘密結社が起こる可能性は高いと思う。
中東と欧州では富裕層の経済観が違う。私はプロテスタントだからそういう経済観になったというより
欧州富裕層の経済観がプロテスタントを産んだと考えている。
中国の富裕層の経済観が欧州の経済観と似た所があれば、中国が欧米的な社会になる可能性もあり得る。

48 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 18:48:39 0
中世の東ローマ帝国とイスラーム経済ディスってんの?
都市ローマはルネサンスまで荒れ果ててたよ

49 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 21:31:26 P
>>37
まず始めに、南アジア史を取り上げたのは「近代」における「列強」云々はまったく関係がない
列強とか関係なく、複数の国に分裂した中国を考えるときに、一つの参考になると思って上げただけです。


南アジア史(というかインド大陸史)では、一つの政権によってインド全域が支配されたことは近代以前には無く
 ・南インド地域
 ・北インド地域
 ・北西地域(あるいはその先のアフガンやペルシャ方面)
以上の地域ごとに各種政権が割拠している状況が長らく継続した
一時的にインド全域を支配した政権はいたけど、すぐにその勢力は縮小に向かっている(あのムガル帝国ですら)


この状況を中国本土にも当てはめる事が出来るのではないか?ということで
 ・江南地域
 ・華北地域
 ・塞外地域(モンゴルの遊牧勢力やいわゆる東北部の狩猟勢力)
このように3つの大地域を一つの纏まりにして、諸地域が互いに牽制・抗争している架空歴史をイメージしている
(長い間に、各大地域は縮小や征服、分裂を繰り返しているだろうが)
あくまで、その参考として南アジア史を取り上げただけ

50 :世界@名無史さん:2010/07/04(日) 21:34:17 P
>>49続き

あと、南宋政権とか軍事的に弱体とは思わない
少なくとも防衛に徹する限り、その地勢も相まってかなりの防衛力を誇ると言える
(モンゴルは南宋を征服するのにどの位の時間を掛けただろうか?)
逆に言えば、明朝みたいな北伐は難しいかも知れないけど


ま、それでも統一された遊牧政権の存在は大きなネックになるのは間違ない
多分、華北と江南に跨る帝国が無かったとしても、華北と遊牧世界にまたがる帝国が興亡を繰り返すと思う
(華北征服に成功したキタイ帝国とか面白そうだけど)

51 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 14:48:18 0
上のほうで中国はアフリカに似ていると言っているけど、
まさしくその通りだと思う。
中国が近代になっても古代のように無数の国に分かれていたら、
アフリカのように個別に植民地化されていたよ。
大体、欧州の帝国といったらローマ帝国がそのまま存続しているということだろ
ローマ帝国のまま近代化していたら、それはそれで強力な国だ

52 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 15:23:48 0
>>16
>儒教の非連続的な「屁理屈」が、その知的限界を残酷にも物語る
>あるときはフィクション文献の屁理屈をこねまわし、また或る時は真理追求と称し、さらに或る時は普遍性があるとウソをついてきた
>そして論拠が無くなると全否定してきた

ヨーロッパもそんな感じですね。

53 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 17:35:58 0
>ヨーロッパ人は単一の権威に迎合した例が無かった
ローマ帝国、キリスト教、教皇。
あまりの辺境かイスラーム勢力に支配されていないかぎり、中世以来キリスト教を奉じないヨーロッパの国はない。
ローマ・カトリックの教皇に迎合しなくなったプロテスタントの国が出現したのは16世紀以後。

>常に広範囲の(海も平然と超えるほどの)行動力と、競争観念があった
欧州諸国は海で繋がってはいるが、誰もが「平然と」超えていたわけではない。
ギリシャ人、イタリア人、ノルマン人、オランダ人は積極的に海へ出たが、フランス人や内陸ドイツ人、スラヴ人はどうだろう。
スペイン人ですら海洋民族ではなく、海外植民地は「面」で支配した。

>シナ人は、常に単一の権威にのみ無条件に従っていた
諸子百家、黄老道や道教、仏教、白蓮教・弥勒教、陽明学など、皇帝や儒教・朱子学を相対化する視点もある。
お上に無条件に従っていたら盗賊も農民反乱も易姓革命も起こらない。

54 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 17:40:19 0
>儒教の非連続的な「屁理屈」が、その知的限界を残酷にも物語る
>あるときはフィクション文献の屁理屈をこねまわし、また或る時は真理追求と称し、さらに或る時は普遍性があるとウソをついてきた
>そして論拠が無くなると全否定してきた ヨーロッパや日本でこれほどのデタラメな無節操は、如何なる思想にも見受けられない
ヨーロッパではキリスト教。屁理屈の原典となるフィクション文献は「聖書」。カトリックは「普遍」を意味する語。
イスラーム世界では当然イスラームとクルアーン。
日本では原典となるようなイデオロギー的フィクション文献自体がたいしてないが、まあ儒教や仏典だろうか。
近現代ではマルクス主義などもあるが、マルクスもエンゲルスも当然欧州生まれ。
日本でも復古神道、国家神道、マルクス主義などが時代時代でもてはやされた。

>シナは朝鮮と同様、飢えに耐えられなくなると女のヒステリーのように暴動を起こした
>でも海を越えて日本に攻め込む能力も知性も勇気もついに無かった
日本でも欧州でも、人間の集団は飢えに耐えられなくなると暴動を起こさないだろうか。
シナから日本へ攻め込むには遠いし、出費も割に合わないから、害をなさずに朝貢してくればそれでいい。
とはいえシナ人も越人も朝鮮半島の住民も、大量に日本へ移住してきてはいる。でなけりゃ稲作や弥生文化はどこから来たのか。

>トルコ系のハンの帝国の脅迫で、恐怖にかられて元寇を起こしてみたものの 信じられないほどの弱体ぶりを呈した
トルコ系のハン?モンゴル帝国のハーン(可汗、皇帝)のことだろうか。
モンゴルは言語的にはトルコ(テュルク、突厥)というかキタイ(契丹)に近いが、まあいろいろ混じっている。

55 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 17:57:25 0
ここは中国をマンセーするスレになりました

56 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 21:00:10 0
「シナは駄目で欧州の方がすごい」「欧州は駄目でシナの方がすごい」
どちらも両極端な話だ
どちらにも優れた面もあれば悪い面もある

57 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 21:30:55 0
>>52
ギリシャ・ローマ古典から中世にはキリスト教一辺倒になり近世・近代にはまた
それをひっくり返して、表面的に見れば「無節操」そのものだが
根本的なところではいろいろと継承されているのではなかろうか
宗教を否定するマルクス主義の歴史理論とユダヤ・キリスト教の
世界観の類似が指摘されてたり

まあそんな事を言ったらどこでもそうなんだろうけど

58 :世界@名無史さん:2010/07/05(月) 23:44:48 0
>>54
> 日本では原典となるようなイデオロギー的フィクション文献自体がたいしてないが、まあ儒教や仏典だろうか。
東国では、鎌倉公方や関東管領なんかが正統性の根拠になってるね。
あと、仏教なら聖徳太子になるのかな。
どっちも貴種信仰というか、皇室崇拝に連なるか。

>>57
> ギリシャ・ローマ古典
は、キリスト教とともに、ヨーロッパの二本柱としてずっとありつづけているのではなかろうか

59 :世界@名無史さん:2010/07/06(火) 16:06:03 0
中原に巨大な内海ができれば解決

60 :世界@名無史さん:2010/07/06(火) 16:14:58 0
それは日本海のことか

61 :世界@名無史さん:2010/07/06(火) 17:39:01 0
いや、シナ中央部にどでかい平原があるため統一されやすいなら
いっそのこと中原を地中海にして、南北を政治的に分断しやすくすればいいと思うの
これなら海運もより発達するし

62 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 04:28:43 0
水を使いすぎて、黄河も干上がるくらいの国だけど、それは措くとしたら、准河か揚子江(長江)の下流あたりか。

長江 - Wikipedia
流域の周りは山地に囲まれている。
流域の北には崑崙山脈、バヤンカラ山脈(巴顔喀拉山脈)、秦嶺山脈、大別山脈があり、南には南嶺山脈、武夷山脈、天目山脈がある。

まあ、地形が無いわけではないが。

西気東輸 - Wikipedia
西気東輸(せいきとうゆ)は、中国西部の天然ガスを中国東部沿岸地域に輸送する構想であり、
西部大開発の南水北調、西電東送、青蔵鉄道と並ぶ国家プロジェクトの1つである。

とは真逆の発想だけど。どこで水をせきとめるのか。せき止めるだけの水量をどこからという問題が出てくるね。

63 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 04:42:20 0
京杭大運河が現在も中国の大動脈として利用されているねぇ。

むしろ華北平原・オルドス・河西回廊と、農耕遊牧の境界が入り組んでいるから、
華北が安定した地盤を築きにくい。

64 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 16:25:58 0
とりあえず、誰か歴史を作ってみてはどうだろうか。
で、それを基にしてありえる歴史へと修正していくと。

65 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 18:23:39 O
酷使様って大概サヨクのお花畑層に匹敵する脳内お花畑よな。
まぁ、めくら撃ちに等しい醜態ではあるが、他国の侵入に対する危機意識を持っているだけマシなのか。
糞青との鏡合わせぶりは目を覆わんばかり。
希望的観測による侮蔑は油断か自慰行為にしかならんし、ろくなことじゃないんだが。
政治的対立点以外では公正かつ敬意をもって相対すべきであろうに。
まるでどこぞの欧州に事大した小中華のごとき振る舞いは、まさしくアジアの停滞の象徴のようだ。

66 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 18:51:36 0
欧州帝国が存在したとするなら、今のロシアとあんまり変わりないだろうな

67 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 19:22:35 0
>>64
TRPGのガープスのサプリに載っていたRoma Aeternaという平行世界の年表

9 B.C. ネロ・ドルススがゲルマニアをエルベ河に至るまで平定
14 A.D. アウグストゥス崩御。ドルスス皇帝に即位
29 A.D. ドルスス崩御。ゲルマニクス皇帝に即位。
75 A.D. ゲルマニクスの曾孫ガイウス・ドルススがアルメニアを征服、アレクサンドリアのヘロンのパトロンとなる
85 A.D. アグリコラがカレドニアとヒベルニアを征服
95 A.D. 皇帝ガイウス・ドルススが後継者を残さず崩御。元老院はネルヴァを皇帝に選出。
ネルヴァは将軍トラヤヌスを後継者に指定
101 A.D. トラヤヌスがゲルマニアをオーデル河に至るまで征服
121 A.D. ハドリアヌスがナイル河−紅海間の運河掘削にヘロン式蒸気機関を使用
173 A.D. コンモドゥスが反逆罪で処刑される。マルクス・アウレリウスはゲルマン人の護民官
ヴィティギウスを後継者に指定
234 A.D. 皇帝ユニウス・ペルシクスがスーサでササン朝軍を撃破。ペルシアとパルティアがローマの属州となる
256 A.D. 帝国全土でペストが流行。ユニウス・ペルシクス崩御
307 A.D. 皇帝マクセンティウスがゴート族の諸王国の併合を開始
395 A.D. ティトゥス残酷帝が暗殺される。内戦が勃発
433 A.D. アッティラがローマ帝国に侵攻。相次ぐ属州の独立。「プロコンスル」と呼ばれる首長の統治する
ローマ化された後継国群がヨーロッパ各地に出現

続く

68 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 20:16:45 0

韓信が勧められた天下三分を地図にした画像は無いですかね?

69 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 21:57:19 P
別に欧州が統一していなくてもよくね?と身も蓋も無い事を言ってみるテスト

インド洋やアメリカ大陸で、欧州列強と中華列強(含む日本?)が合従連衡していても良いじゃん

70 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 11:03:24 0
上げ

71 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 12:26:57 0
三国志の舞台となる全体地図(州地図)
ttp://www.suginami-s.net/game/sangokuonsitu/img/siryou/map_s.gif
ttp://www.suginami-s.net/game/sangokuonsitu/jiten/map.html

この地図だと、
司隷、并州、冀州、青州、徐州、豫州、?州が中原として統一。

益州、
荊州、
楊州、
交州は南部で独立政権。計5分割。

涼州、雍州、幽州は、遊牧民の範囲として放棄(ありえねーけど)。

72 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 22:48:03 O
漢の4帝分割統治と、匈奴侵入による華北政権の崩壊

73 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 23:54:32 0
蒼天航路で魏諷が「三国連邦制による漢帝の共立」なんて計画立ててたな
魏晋の南匈奴は山西の地方軍閥ってとこだが

74 :世界@名無史さん:2010/07/12(月) 20:35:26 0
ここまで『文明の生態史観』なし。

75 :世界@名無史さん:2010/07/14(水) 17:11:43 0
で、結局どうなったん?

76 :世界@名無史さん:2010/07/14(水) 20:35:11 0
>>74
だって中国って国共内戦で近代化遅れてただけだから
それはもうまともに読める書籍じゃなくなってる

77 :世界@名無史さん:2010/07/14(水) 21:07:07 0
国共内戦より西太后のアホどうにかした方が近代化出来そうだったけどな。

まぁ中国各王朝は国家体制として安定的過ぎた。
統一国家と反乱軍というニュアンス以外ではなくなったあたりから、研鑽も鈍くなったように見えるのは事実。

78 :世界@名無史さん:2010/07/14(水) 22:32:01 P
妄想中華諸国

東北
・金(満洲・遼寧・内モンゴル)
華北
・燕(河北・山西・河南・山東・淮北)
・秦(陝西・甘粛)

江南
・呉(江蘇・安徽・浙江・江西)
・楚(湖南)
・荊(湖北)
・蜀(四川・雲貴)

東南海岸
・閩(福建・台湾)
・南越(広東・広西・海南・交州)


五代十国時代辺りを参考にして、地域ごとにバラけた感じ・・・
間違い無く、呉と南越と燕が三大大国となるだろうな

79 :世界@名無史さん:2010/07/15(木) 02:30:40 0
よし、まずは>>78の線で中華列強の状態を確定していこう。
この状態になるのにもっとも適した歴史はどういうものになるだろうか。

80 :世界@名無史さん:2010/07/15(木) 02:51:08 0
燕や秦がどうやって遊牧民に征服されずに済むんだ

81 :世界@名無史さん:2010/07/15(木) 11:03:15 0

支那には、日本のような四囲を海に囲まれた自然国境みたいなものが無いようだ。
そもそも「三国志」に海が出てきた記憶が無い!
幽州とか徐州とか海に面してるはずなのに。

自然国境が無いから、万里の長城とか都市城砦とかになるんだけど、
問題は、「盗賊の群れを一度追い返しても、次はさらに大軍勢になって襲ってくる」
ということらしいね、「中国の盗賊」によると。

もしも、日本のような楽土を都市城砦の中につくりあげたとしても、
10倍、100倍、1000倍と数を増やして襲ってくる賊軍の群れから
都市城砦を守り抜くことはとても難しいということだ。

守ってくれる援軍なり官軍なりがいればいいんだが、
中国歴史的には官軍のほうがえげつないらしいね。
官軍だから、どんな悪逆非道をしても許される合法になってしまうらしい。

だから、解決すべき課題は三つになる。
1:広大な国土ゆえに自然国境が無い、人口防壁も完全ではない。
2:民度が最低レベルのため、他都市の援助を期待できず孤立無援に陥りやすい。
3:軍隊のモラルも最低なため、略奪から守ってもらえず逆に略奪される危険性が高い。

82 :世界@名無史さん:2010/07/15(木) 13:14:17 0
色々突っ込み所があるが、
・近代以前の日本において自然国境の役割を果たしていたのは主に山岳。(瀬戸内海は例外)
・三国志に海が出てきた記憶がないなら、それは痴呆。正史にも演義にも場面がある。
・それどころか後漢にも交州(現ベトナム領)経由の海上貿易の例が存在する。
・ちゅうか、2世紀の造船技術で、台風で荒れやすい東支那海の海を主要な舞台にしろとでも言いたいのか君は。
・日本が楽土などという妄想を披露する暇があったら日本史板にでも行って平安や戦国の日本の地獄ぶりを学んでこい。
・軍隊のモラルや民度については近代以前の国家は全て、他人のことは言えん。むしろ支那の方がマシな側面は多々ある。

三国志の正史の例は、交州や幽州など海上攻撃に利点のある場所では何度か存在する。あと外国記述。
三国志の演義の例は、関羽千里行の例など。
最後の項目は、中世欧州の戦争か、戦国の大友氏や上杉氏を調べると良い。

83 :世界@名無史さん:2010/07/15(木) 14:31:11 0
>>81
>もしも、日本のような楽土を都市城砦の中につくりあげたとしても、
>10倍、100倍、1000倍と数を増やして襲ってくる賊軍の群れから
>都市城砦を守り抜くことはとても難しいということだ。

それは盗賊というよりモンゴルとか紅巾軍とか李自成のレベルじゃないか?
中国でも数百年に一回か二回ぐらいでしょ
まああっちの史料ではその辺の追剥ぎでも数十万の軍隊でも「賊」って書いてるけど

84 :世界@名無史さん:2010/07/15(木) 15:06:47 0
孫呉が海を渡って公孫氏と提携を目論んだり
夷洲(台湾?)を探索させて原住民を連れ帰ったり…
漢や魏の軍も山東から遼東へぐらいなら海を渡ってるな
あとは徐福伝説とか倭国への使節とか

85 :世界@名無史さん:2010/07/16(金) 04:04:33 0
>>82
> ・近代以前の日本において自然国境の役割を果たしていたのは主に山岳。(瀬戸内海は例外)
国内限定なら、無論そうなんだろうが、国内限定じゃなくて海外にも目を向けようよ。

> ・三国志に海が出てきた記憶がないなら、
まず三国厨じゃないんでね。そこらへんはご容赦願いたい。あと痴呆とかマジ失礼。切腹しろ。

> ・それどころか後漢にも交州(現ベトナム領)経由の海上貿易の例が存在する。
> ・ちゅうか、2世紀の造船技術で、台風で荒れやすい東支那海の海を主要な舞台にしろとでも言いたいのか君は。
なんか言ってること矛盾してないか? 交州なんか当時ほとんど化外だろうし、海は中国人にとって舞台にならないと認めてるだろ、それ。

> ・日本が楽土
海外からみると十分楽土に見えるらしいよ。異民族相手に戦ってるわけじゃないから、らしい。
京の都に城壁が無いとかね。まあ、国内限定で見れば十分に地獄は地獄だわな。

> 三国志の正史の例は、交州や幽州など海上攻撃に利点のある場所では何度か存在する。あと外国記述。
呉の孫権が歩?に軍を預けて交州に侵攻して来たとき、士燮は民衆を戦火に巻き込むことを嫌って、あっさりと降伏した。
曹操は管承を征討し淳于に陣を置き、楽進と李典を派遣して彼を攻撃させた。管承は敗走し海中の島に逃げ込み、海岸地帯は平定された。

この記述だと、演義なら海岸のシーンは無くて報告だけで済まされそう。陸軍だけかも。そこらへんどうなの?

> 三国志の演義の例は、関羽千里行の例など。
それ、創作だろ?まさか黄河を海というつもりか?

> 最後の項目は、中世欧州の戦争か、戦国の大友氏や上杉氏を調べると良い。
人攫いが横行してたことは甲斐武田とか九州の日本人奴隷の例でも十分だけど、この項目で特に日本が最高とか言ってるわけではないよ。

>>84 こっちの説明のほうがまだ素直に聞けますw

86 :世界@名無史さん:2010/07/16(金) 17:20:29 0
そんな揚げ足取りはいいから、建設的に歴史を作っていこうよ。

87 :78:2010/07/16(金) 19:27:05 P
>>79
南北朝時代が継続して、徐々に華北と江南が別々の世界を形成して行くイメージ
 (ex、西ローマ帝国とビザンツ帝国、西方イスラーム世界と東方イスラーム世界)

華北と江南が別個の世界になって(もちろん様々な「交流」はあるだろうが)、
更に、地域ごとに分立して言った感じでどうでしょう?


>>80
>>1
>西暦2000年代において、中国大陸には中華列強が存在し、
となっているので、西暦2000年代に諸国分立状態となっていれば良いわけで、
それ以前の段階で、遊牧政権(契丹やモンゴル)に征服されていても別に構わないのでは?
14世紀以降に成立して、それ以後存続していればいいのだから
(現実世界の国々だって、14世紀には影も形も無かった国が大井氏)

ま、オイラートやダヤンに征服(あるいは服属)ぐらいするかも知れないが


88 :世界@名無史さん:2010/07/16(金) 19:43:48 0
どっちにしろロシアは中華と西欧双方の頭痛の種となる。


89 :世界@名無史さん:2010/07/16(金) 21:29:22 O
呉楚七国の乱で分裂が続くか、或いは漢が匈奴や羌にやられる展開はどうじゃろ。
当時は未だ戦国七雄の国は分裂圧力があったようだし。
商業重視を中国のあの時代に展開出来た呉王国は、続いていたら結構今の中国とは違う傾向を生みそうだと思うのだが。

何より近世日本以外の東アジアでは希少な、労役にちゃんとしっかりとした報酬を支払う国だし。
当時の江南には、淮南子に代表される「法は君主を縛るもの」という思想や、
発掘された楚簡などでわかった世襲批判思想がまだ残っているはず。
商業などが賤業にならなければ、公務員報酬も正当な額に収まって、腐敗も少なくて済みそうだ。

90 :世界@名無史さん:2010/07/16(金) 23:13:26 0
>>88
ロシアは14世紀あたりまでは諸侯国が乱立して群雄割拠の状態だったから
ロシア帝国なんてものが成立しなかった可能性も充分ある

91 :世界@名無史さん:2010/07/16(金) 23:49:38 P
あるいは大動乱の結果、ヴァーサ朝スウェーデン=ロシア二重王国とか・・・・
胸が熱くなる

92 :世界@名無史さん:2010/07/17(土) 00:10:13 0
ロマノフ朝ロシア帝国ならぬティムール朝モゴール帝国が
オスマントルコを属国化した状態で西欧と中華の間をまたがる


93 :世界@名無史さん:2010/07/21(水) 06:53:15 0
あげ

94 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 06:52:57 0
中国が一つにまとまったのは遊牧民が強すぎたから
ヨーロッパが一つにまとまったのはロシアが怖いから
結構にてるな

95 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 19:01:57 O
78に加えて…
高麗(コマ)南満州と北朝鮮・首都平壌
新羅(シラ)韓国と北朝鮮の一部・首都金城
山処(ヤマト)日本アルプスまでの西日本・首都飛鳥
日本(アヅマ)日本アルプスから青森まで・首都鎌倉

96 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 19:25:40 O
中原はイタリア状態でいいと思うよ。南部は>>78のままで。

97 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 21:01:49 0
都市国家に分裂してルネッサンスしてたら北方の蛮族に占領されたでござる

98 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 21:05:00 0
モンゴル平原が危険過ぎるんだよな。
中原政権にとって。

99 :長すぎる妄想:2010/07/22(木) 21:37:33 0
対モンゴル・女真の防波堤として、江南諸国に支援される中原政権・・・
しかし一方で、江南政権は中原政権が強大化して南伐を開始されても困る。
そのため時にモンゴル勢力や中原での対立をも利用して、注意深く「勢力均衡」を保つ、
それが、14世紀のモンゴル帝国崩壊以来の「江南」のやり方であった。


13世紀、北方高原から華北までを支配したモンゴル帝国によって、「江南」は服属と貢納を余儀なくされた。
あるいは、モンケとクビライの内戦に始まる大規模な内訌が無かったら、江南すらモンゴル帝国に征服されたかもしれない
確かに、モンゴルのユーラシア規模の通商網とリンクする事で、江南は莫大な利益を上げたし、
他の地域の様に、直接支配は免れたとは言っても、それでもモンゴルへの恐怖は払拭できなった

だからこそ、内紛と異常気象でモンゴル帝国が崩壊し、華北に複数の軍閥政権が割拠すると、積極的に介入をした
しかし荒廃した華北を抱え込むのは、江南諸国にとり余りに無駄な行為に思えたので、直接支配ではなく、間接支配を目指した
結果、中原には幾つかの地方政権が割拠する状況と至り、それは長らく継続してた。


しかし16世紀、状況は大きく変化しようとしていた。
華北の復興、江南諸国の対立、オイラト以来のモンゴル帝国復興
モロモロの変化の中で、中原統一へ機運は徐々に高まりつつあった・・・・・
・・・・・・・・・・


『主権国家体制への道〜楊州条約を中心に見る〜』 民明書房


「中華主権体制への道」


100 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 22:41:36 O
銃病原菌鉄でもそうだけど、やはり地形が一番重要なようだ。
こうなったらモンゴル平原に山脈でも出現させるしか…
もしくは半農半遊牧国家「趙」と金との連合軍で戦うか…

101 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 23:13:42 O
さらに北の民族と組むか、遊牧民が違う生き方を見つけるか。

102 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 23:40:29 0
モンゴル「高原」じゃね?

103 :世界@名無史さん:2010/07/22(木) 23:58:49 O
曲阜周辺は教皇領。
中原の杞、宋、周の各都市もそれに次ぐ権威を持ってる。
中世近世の天皇や大寺社みたいなかんじ。
グッズも売ってる。ヤマトや新羅からも毎日客来る。

104 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 00:08:18 O
一番人気はやっぱら鼎。「○○を周の臣に任命する」とか
最初に彫ってあって後で自分の名前を入れてもらう。

105 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 00:50:25 0
ラテン語で科挙が行われる。
カエサルやキケロを丸暗記して、アリストテレスやプラトンの公式ラテン語訳注が作られる。

106 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 01:12:39 0
いっそ、仏教がアジアで衰退し、欧州で国教化に。
逆にキリスト教が欧州で衰退し、アジアで複数宗派で大隆盛。
ど?

107 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 01:33:40 O
しかしそれだとテーマからかなりズレてしまうな

108 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 08:00:41 0
あの明の時代ですら北方蛮族の脅威は拭えなかったからなー
やっぱ本格的に火器や銃器が普及する時代まで待たねば・・・・・

109 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 08:24:38 O
>>100
普通の統一王朝より不利じゃないか。

110 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 12:33:12 0
ルドウィークス14世が「十全老人」を名乗る。

111 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 18:24:19 0
内モンゴルをでっかい湖にしちゃおう、騎馬民族はバイキング的に略奪に来る集団に変更で。

112 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 20:03:52 O
川じゃダメなん?

113 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 20:10:00 0
船に馬を積むことで高速輸送までもが可能に

114 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 21:05:20 O
船でくるなら中原のルネッサンスしてる都市国家郡のかっこうの餌食です。
大量に乗ってるなら余計に。

115 :世界@名無史さん:2010/07/23(金) 22:58:23 0
江南とヴェネツィア共和国は別だと思うけど…
あと南伊とシチリアってノルマン人に征服されたよね

116 :世界@名無史さん:2010/07/24(土) 01:36:09 O
その趙やら金やらでは対遊牧民専用の武器とか生まれないかな?

117 :世界@名無史さん:2010/07/24(土) 03:00:27 0
火器や銃器が普及したら遊牧民も使い出したでござる

118 :世界@名無史さん:2010/07/24(土) 03:06:09 0
>>117
近世までロシアやポーランドに略奪行を繰り返してたクリミア・タタール人も
銃兵隊は少数を竜騎兵のように運用していただけだったけど

119 :世界@名無史さん:2010/07/24(土) 10:29:02 0
モンゴル帝国は金や宋が使用していた火薬兵器を用いた
サファヴィー朝もムガル帝国も遊牧コサックも16世紀には火器を導入した
最後の遊牧帝国ジュンガルも、ロシアから輸入した火器で武装していた

120 :世界@名無史さん:2010/07/24(土) 13:48:24 O
農産物や工芸品の生産を委託、買い取りして馬からおろすように仕向ける。

121 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 00:08:20 O
>>120
素晴らしいアイデア!!

122 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 00:31:42 0
そんなん遊牧民はそこらの定住民を隷属させて作らせますわな
武力制圧されたわけでもない異国からのカネのためにホイホイおりれるかい
現代のロマ(ジプシー)だって定住政策がうまくいかんのに

123 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 02:54:29 O
・趙、金が共同で長城の内側に運河をいくつか引く。
・趙がより良い生活方法を遊牧民に紹介する。贅沢品も送る。
・ 秦が西域とモンゴル高原とのルートを防ぐ。

地形改変がナシならこんなところだろ

124 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 10:44:28 0
普通に遊牧勢力の属国で良いんでね?>中原の国々

結局、江南と遊牧世界の緩衝地帯みたいな感じに収まりそうだけど

125 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 11:06:03 O
戦国時代の趙や燕や秦はどうして遊牧民に征服されなかったんだ?統一された遊牧国家がなかったから?

126 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 11:41:17 O
遊牧国家ウザすぎる。中国史のガンだな。消えればいいのに。

127 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 11:44:09 0
遊牧国家が強かったのは、イスラムが衰退してロシアが強大化する前だろ
要するにほかが弱かったからだな
クリミア半刻なんて、ロシアが弱いうちは略奪してロシア人少女を奴隷化してたが
ロシアが強くなってからは女帝にさんざんな目にあわされてるし

128 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 11:58:36 0
遊牧国家が困るのは、戦争強い割にろくに文明化しない、文明化すると近隣文明に取り込まれることだな。
周りにまともな対等の隣国がないのは中国文明が夜郎自大に陥って衰退してった理由の一つだろう。
もちろん近代欧州みたく遠くで異常な早さで発達する国がなければ、夜郎自大とはいえないのだが。

129 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 12:09:41 O
朝鮮は逆か。中国があまりにデカいために、対抗する意欲もなくなり儒教バカ化していった。

130 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 12:58:33 0
地中海が広大な交易兼文明ルートになってたから、
欧州の場合は単純な『欧州中華圏』って形成されにくいんじゃね?
有史以前は鬱蒼とした大森林地帯だし蛮族ばっかりのような気がする。

131 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 14:31:46 0
キンメリアやスキタイは紀元前7世紀頃から黒海北岸にいて、アッシリア・メディア・ペルシアと対立していた
スキタイのあとはサルマタイ、フン、アヴァール、西テュルク、ハザール、マジャール(ハンガリー)、
キプチャク(クマン)、モンゴル(タタール)が次々と西ユーラシアを支配した
ルーシは近世までモンゴルの小間使いで、本家をのっとって西ユーラシア帝国の後継者となったもの

メディアもペルシャもパルティアも、アーリア系遊牧民が建てた国で、それを飲み込んだアラブ人はセム系の遊牧民
10世紀頃からはテュルク人が大挙してイスラーム世界になだれ込み、支配権を握る
次いでモンゴルがやってきて、ムスリム化したテュルク・モンゴル人の国々が近代まで続く

周も秦も犬戎も西方遊牧民の国
匈奴や鮮卑は弱体化した漢人の王朝を滅ぼし、支配層となって土着化した
その北には本家遊牧民の柔然や突厥(テュルク)、ウイグル、契丹、モンゴルが次々と興る
遊牧民を「文明をもたない野蛮人、文明の破壊者」だなんていうのは、定住民の驕りだ

132 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 15:25:44 O
>>131
やはり遊牧してるうちは武力しか取り柄がないような。
で、武力をもとに居座る。

133 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 15:56:48 0
>>131
取り込む、飲み込むという言い方を使った所で殆どの国は
結局近隣文化の影響下に吸収されて違う軸には成れていないでしょうに。

134 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 16:19:03 O
なんとか定住化できないもんかね。お互いのためにも。水がないからだめなのか。

135 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 16:57:50 0
ああいう乾燥した土地では遊牧が最適の生活スタイルなんだよ
水場や草地は点々と遊牧の移動ルートにあって、そこを定期的に行き来して生活している
点在するオアシス都市は、家畜や毛織物と生活物資や嗜好品の取引をする市場として作られた
草原や荒野をわざわざ農地にするなら、大規模に灌漑工事をしないと必ず砂漠化する
中東や中央アジアでは地下水路(カナート)を掘って、人工的なオアシスがたくさん作られたが

136 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 17:13:03 0
遊牧勢力に隣接している華北は諦めるとして、江南や華南に目を向けるべきかも知れない

137 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 18:25:15 O
>>131
結局遊牧民族はなんの文化も産み出せていないことはわかった。ペルシアもアラビアも周も秦も文化を持ったのは定住後じゃん。

>>136
それではさすがに寂しい。

138 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 23:49:47 0
逆にキプチャク汗国なんかはなぜハンガリーやポーランドあたりまで支配できなかったのか

139 :世界@名無史さん:2010/07/25(日) 23:52:02 0
>>138
森の存在。

140 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 00:09:43 0
ロシアも森林地帯だったけど。

141 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 00:10:51 O
>>123
・趙と金が植林する。
・遊牧地帯まで運河をひいてやる。

142 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 00:11:24 0
あ、>>140はモスクワ大公国あたりの版図ね。キエフあたりは草原とのボーダーだ。

143 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 00:55:11 0
>>1

紀元年前後、ローマ帝国は石油石炭の発見による
大量生産工業技術を発明。
北ヨーロッパや、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸にまで
破竹の勢いで進出し、
各地に鉄道や交易路を開く.

が、チベットを越えたところで
待ち構えていたのは、
すでに近代的な主力戦車や、小型誘導ミサイルを開発していた
始皇帝率いるシナ軍だった。

144 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 01:12:11 0
光瀬龍の小説でそんなのがあったな

145 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 03:45:17 0
>>144
題名は?

146 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 19:00:40 0
>>138 この間読んだ「封建制の文明史観 (PHP新書): 今谷 明」だと、
神聖ローマ帝国は強かったから(騎士団が強かった)。
ハンガリーは弱かったから(騎士団の歴史が浅かった)。

みたいに書いてあった。騎士団というのは正確じゃないけど、
地方の武装勢力とかそんなかんじかな。

神聖ローマ帝国の城にこもったやつらに対して、モンゴルは手出ししなかった。
騎士団のほうもチャンスが無い限り出撃させなかった(一回はモンゴルに大勝したらしい)。
あと、モンゴルが引き上げたのは、オゴタイが死んだからじゃなく、
近くに牧草が足りなかったという騎馬糧食の問題と書いていた。

147 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 19:19:49 0
>>138
というかモンゴルが実際に統治してたのは旧クマン族の領域辺りだろ
ルーシ諸国の殆どは間接支配という形で地元の支配層は残している
むしろ南宋や西夏のように完全に滅ぼされて直轄支配されるほうが珍しいくらい

148 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 20:48:58 P
>>146
バトゥが撤退したのは、馬の食糧云々以前に、純粋にそれ以上の侵攻を計画していなかったかだと思ったりしている
バトゥの軍団が、森林に囲まれた地域を本格的に攻める準備をしていたという話も聞かないし
もちろん、オゴディ死去も大きな原因だろうとは思う
逆に、欧州侵攻を本格的に考えていれば、それ相応の下準備を実施した上で実行に移したんでは?



そいやフレグが撤退してのも、モンケ崩御が原因では無く騎馬食糧不足が原因だと言っている研究者もいたなぁ
ま、相応の準備と動員をしていただろうから、少なくともエジプト辺りまでは支配する気満々だったと個人的には思うが
ただしエジプトを支配する際に、直接支配か間接支配かを選択するかは分からないが

149 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 21:10:34 0
遊牧民に文化が無いという香具師はとりあえずズボンは履くな。


150 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 21:30:21 0
モンゴル軍はハンガリーは一応占領の構えは見せ、
通貨を発行したり役人を任命はしていたが結局は退却。

151 :世界@名無史さん:2010/07/27(火) 06:57:23 0
馬草の問題はWW2まで引っ張る問題だからなあ。
兵站では必ず出てくる

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