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【19世紀】ウエスタンインパクト【西洋の衝撃】

1 :世界@名無史さん:2010/04/27(火) 17:33:26 0
非西洋での近代の始まりと言ったら、エジプトではナポレオン遠征、中国ではアヘン戦争、日本では黒船。
近代文明との出会いが近代のスタートでした。
世界中の人々は、圧倒的な力を持つ西洋に出会ったとき、何を感じ・考え・行動したのか。

19世紀の非西洋地域を中心に語ってみませう。
(インドや新世界など19世紀じゃ収まらないこともありそうですが)

2 :世界@名無史さん:2010/04/27(火) 17:36:38 0
太平の眠りを覚ます上喜撰、たった4杯で夜も眠れず

3 :世界@名無史さん:2010/04/28(水) 09:38:34 0
かつて十字軍やモンゴルの侵入をも撃退したマムルークが、兵力に劣るフランス軍に
敗北したことは、エジプト人に衝撃を与えた。
この戦いでマムルーク側は総兵力の三分の一にあたる約2000人が戦死、一方フランス側の
戦死者はわずか29人。
指揮官のムハンマド・ムラードは無敵と信じていた自軍が眼前で壊滅するのを見て
呆然としたと伝えられている。

一方、異教徒であるフランス人の支配の中で、エジプト人の間に一種の攘夷意識や
民族感情も芽生えた。全国各地でフランス軍に対する農民らの抵抗が頻発し、
カイロでは市民による大規模な抵抗運動に発展する。

4 :世界@名無史さん:2010/05/04(火) 21:38:42 0
みんな公式の場所では言わないけれど、国際政治には“人種”という要素も
絡んでくるよな。

同じことをやっても、白人と有色人種では評価が違う。

5 :世界@名無史さん:2010/05/05(水) 09:32:53 0
たしかに日本のつまらん映画が欧米で高く評価されるのは理解しがたいな。
特にたけしのアレとかアレとか。

6 :世界@名無史さん:2010/05/05(水) 12:10:59 0
南米:虐殺
フィリピン:虐殺
中国:収奪
アフリカ:奴隷産地

7 :世界@名無史さん:2010/05/05(水) 12:46:31 0
>>3それ以前に白人のアレクサンドロスに負けてるじゃんwwww

8 :世界@名無史さん:2010/05/05(水) 13:46:09 0
>>7
その時代はマケドニアは蛮族だっただけ。チンギスハンやナーデルシャーとあまり代わらない
ナポレオン時代は違うぜ
政治、経済、文化、科学、すべてにおいて差をつけられてた

9 :世界@名無史さん:2010/05/05(水) 14:10:05 0
http://www.ermjp.com/art/murakami/screw/p/003.jpg
http://img.4travel.jp/img/tcs/t/album/lrg/10/31/65/lrg_10316508.jpg?20090630210736
http://www.kinkaen.jp/roof/kato_08.jpg
http://www.d-sidejp.com/pic/schoolphoto/manchester/manchester_big.jpg
http://www19.atpages.jp/imagelinkget/get.php?t=v&u=oe-taeko.lis-net.co.jp/image/item17-01.jpg


10 :世界@名無史さん:2010/05/05(水) 14:41:44 0
アレクサンドロスの時代からすべてにおいて負けてたよ。

11 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 11:10:42 0
19世紀初頭の南米のクリオーリョは、白人でキリスト教徒でありながらも、
西欧と自らの差異をかなり大きなものと認識している。
この意識は南米に限らず、彼等の旧宗主国のスペインやポルトガルでも同様のものが見られるし、
ロシアではスラヴ派と西欧派の対立になって表れている。

こういうものとして19世紀を捉えてみると、言われてるものは「西洋の衝撃」というよりも、
西ヨーロッパ(フランス、イギリス、ベネルクス、ドイツ)がヨーロッパ周縁部を含めた全世界に与えた衝撃、
つまり「西欧の衝撃」と言った方がより正確なのかもしれない。

特にフランスと陸上国境を接しているスペインの知識人が、
如何に19世紀の自国が「ヨーロッパ」と比べて後進的かを嘆き、
20世紀初頭には「西欧化」のモデル国として当時の日本(!)を捉えていたのは注目に値する。

12 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 15:11:10 0
>>11
>西ヨーロッパ(フランス、イギリス、ベネルクス、ドイツ)がヨーロッパ周縁部を
>含めた全世界に与えた衝撃

ドイツはナポレオン(フランス)によって衝撃を与えられたけどね。

>特にフランスと陸上国境を接しているスペインの知識人が、
>如何に19世紀の自国が「ヨーロッパ」と比べて後進的かを嘆き、

そういえばオルテーガ・イ・ガセットは、旧体制から新体制への移行が、多くの
犠牲を払いながらも達成されたのは、ロンドン、パリ、ベルリンを三つの頂点とする
内ヨーロッパにおいてであったと述べている。

ナポレオンの兄ジョゼフ・ボナパルトがホセ1世として即位→独立戦争中に
改革派と伝統派の対立が激化→カディスで招集された議会が、フランス革命思想に
即した自由主義憲法を制定→自由主義派と保守主義派というイデオロギー的に
対立した二つのスペインを生む→その対立が20世紀後半まで持続

13 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 15:21:07 0
その西欧の衝撃は、北欧にはどう影響したんだろうか。
北欧ってなんであんなに先進的なの?西欧越えてるよね?

14 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 15:31:59 0
>>11
「西洋の衝撃」というより、「近代の衝撃」と言い換えたほうがいいかもね。

>>13
北欧の場合、列強に対抗するために汎スカンジナビア運動が起きたりしているよ。

それと、北欧諸国の政治は、中世の身分制議会の流れをくんでいて、単純に
「先進的」「近代的」とはいえない面がある。(これはイギリスも同様)

15 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 15:42:20 0
ポンペイの壁画みて思ったんだが、古代ローマ人って顔つきも肌の色も今の西欧人に近く見えたんだが。
ローマ直系の人々は今どこに?

16 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 20:43:49 0
エジプトの知識人、リファー・アル・タフターウィーは、エジプト国民は
西洋に学ぶべきだと強く主張した。ヨーロッパの科学はもともとイスラームから
学んだものであるから、近代科学はイスラームの脅威ではないとした。

中国における「西学中国起源論」との共通点について論じることが可能かも。

17 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 06:21:32 0
>>16
そうだね。そのとおりだと思う。たぶんもっと詰めて行くと、サイエントロジーの
「人類はIDによって科学的に創造された」みたいなところとも共通点があるとも思う。

そういう態度をエドワード・サイードはオクシデンタリズムと呼んで攻撃してたし、
ウォーラーステインは的確にも「反ヨーロッパ中心主義的ヨーロッパ中心主義」だと名付けてた。

私見では、マルクス主義はそういう素朴な疎外論や、ノスタルジーから来る反科学的思考を
抑えこむのに役立っていたと思うし、それだけでも思想的な存在意義は大きかったと思うけれども、
マルクス主義が資本主義の現実的発展に追い抜かれてポシャってからは、
一気にそういう抑圧されてたものが世界レベルで回帰している印象を受ける。

18 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 09:34:10 0
>>17
>マルクス主義が資本主義の現実的発展に追い抜かれてポシャってからは、
>一気にそういう抑圧されてたものが世界レベルで回帰している印象を受ける。

アフリカ中心主義(アフロセントリズム)や、韓国による起源捏造もその一種かもな。

>>11
アルゼンチンの思想家フアン・バウティスタ・アルベルディは、スペイン統治下で
はびこったとみなした怠惰・奢侈の風潮を、禁欲と勤勉を旨とする人々(イギリス人、
ドイツ人、スイス人、北米人)の入植によって克服しようとした。

彼の思想について調べてみると、日本の大塚史学やマックス・ヴェーバーマンセー論者を
連想してしまうんだよなあ。イギリス(あるいは西欧)の発展の原因を、独立自営農民
ヨーマンや、プロテスタントの精神におく考え方。
漏れは川北稔氏の、
「イギリス人だけが、禁欲・勤勉を実践したために、他の地域にいかなる犠牲をも
もたらさずに、産業革命が進行したということは信じがたい」
という主張に惹かれているけど。

19 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 10:19:57 0
>>11
>ロシアではスラヴ派と西欧派の対立になって表れている。

日本は明治以来、ロシアのことを「強大な国」と考えていたが、あの国は世界システムの
中核(イギリス)からみれば「弱者」だった。
エカテリーナ2世支配下のロシアでは製造業が衰退し、鉄や穀物や大麻、亜麻
などの世界市場向け輸出が激増。



20 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 11:50:13 0
けどロシアは西欧諸国からの経済支配を限定的にしか受けなかったら
独立性を保持できたけどな

21 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 13:48:01 0
>>20
日本で帝政時代のロシア経済について詳しく書いた本がほとんどないのは
どういうわけなのかな。

ソ連時代のは腐るほどあるのに。

22 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 16:56:56 0
アメリカ人も独立直後は自らを後進的だと認識していたのかな?

23 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 23:52:39 0
ロシアは西欧だけじゃなくアジア圏とも広く交易したので経済支配は限定的にしかうけなかった
そこが他の東欧諸国との違い
ポーランドはケーニヒスベルクの商人さらにそれに融資してるオランダ商人に支配された
ケーニヒスベルクの商人が農閑期のポーランドの田舎にやってきて言い値で次の年の作物の先物買いをする
そんな感じで支配していったわけよ


24 :世界@名無史さん:2010/05/11(火) 16:55:15 0
>>23
17世紀初頭のイギリスはまだ、輸出入の99%以上がトルコを含むヨーロッパ
内部で行われていた。さらに輸出品のほとんどは染色と仕上げの済んでいない毛織物。
しかし1660年の王政復古の時期になると、アジア・アフリカ・アメリカという
ヨーロッパ外世界の貿易のほうが重要になっていた。

もしイギリスがヨーロッパ諸国だけを貿易相手にしていれば、あいかわらず
従属的な地位のままだったんだろうか?

25 :世界@名無史さん:2010/05/11(火) 17:54:49 0
イギリス経済が他国に支配されたことはないよ
基本的には自立的な経済だった
17世紀前半のイギリスは未完成品の毛織物商品売ってかなり儲かっていた
イギリスは16世紀前半までは大陸より工業が遅れていたけど後半にはフランスをしのいでネーデルラントに次ぐ地位にあった

16世紀後半から17世紀初頭にかけてと工業化が北西ヨーロッパに集中していって
他のヨーロッパ地域の工業が衰退していく
ポーランドは北西ヨーロッパに穀物を輸出するための大農場経営が主流になって工業が衰退する
北イタリアの工業地域も衰退して地域によっては農業に回帰していく
「近代世界システム論」に書いてあることだけどね

26 :世界@名無史さん:2010/05/12(水) 08:30:20 0
1823年に、イギリス東インド会社は現地人を訓練するため、カルカッタに学校を
開設することを決定した。しかしラムモホン・ライは、この方針に関して次のような
激しい抗議の手紙をイギリス首相ロバート・バークス・ジェンキンソンに送った。

《この学校の設立案が提案されたとき、我々は楽観的な希望に満たされておりました。
教師には学歴と才能のあるヨーロッパ人紳士が雇われるであろう、と。数学や
自然哲学や科学や解剖学など、ヨーロッパ諸国によって完璧の域に高められた
有益な学問が、ヨーロッパ人をほかの人種に優越させている有益な学問が、
ヨーロッパ人教師から地元インド人に伝えられるのであろう、と。
しかし、我々は知ってしまったのです。政府が設立しようとしているのは、
インド人教師がサンスクリット語で既存の知識を授ける場であることを。このような
学校に期待できるのは、せいぜいインド人の若者に細かい文法上の差異や、
形而上学的な差異を叩きこむことくらいであり、これでは学生にとっても
社会にとっても、ほとんど、もしくはまったく利益をもたらさないでしょう。
完璧な習得にほぼ一生分の時間がかかるサンスクリット語は、遺憾ながら、
長きにわたって知識の普及の完璧な阻害要因となってきました。ヴェーダンタ
哲学が提起する主題とは?魂はどのような方法で神に吸収されるのか?
神の真髄との間にはいかなる関係が生じるのか?以上のような思索からは、
多くの進歩を望むことはできません。無礼を承知で首相閣下に申し上げます。
もしも現在の計画が採用されるなら、計画の目的は完璧についえることとなりましょう》

27 :世界@名無史さん:2010/05/12(水) 08:41:01 0
南アジアや東南アジアでは、イスラーム圏やロシアや東アジアと違って、
《西洋の衝撃》はじわじわと進んだが、19世紀に入ると西欧の思想・宗教・制度などを
吸収・咀嚼し、インドの宗教と社会を批判的に検討しようとする気運が高まってきた。
この運動に対して伝統を守ろうとする立場からの反発も強く、中間層は「改革派」と
「正統派」に分かれて議論を戦わせるようになった。また「改革派」に飽き足りない
「急進派」も現れた。この時期は、インドの近代を貫く思想的な対立軸の原型が
かたちづくられた時代でもあった。

28 :世界@名無史さん:2010/05/12(水) 14:06:24 0
>>25
近世のイングランド人がオランダを見ながら、毛織物をはじめとするその先端技術に
追いつこうとしていたのに対し、ポーランド貴族は西欧から輸入された製品を手にしながら、
「われわれのために日々農民のように働いている多くの国や王国がある。(中略)
われわれポーランド人は少しの努力と仕事で、彼らの価値ある諸製品を享受しているのだ」
と言っていた。

カトリック圏では「商工業=卑しい仕事」という感覚が強かったのか?
あと、英仏蘭に比べて東欧や南欧では国益という概念が生まれるのも遅かったんだろうか。
ポルトガルは1703年にイギリスと眼主演条約を結び、その結果この国の経済は
イギリスに従属することになったが、国益というより王家の利益しか考えて
いなかったようにみえる。

29 :世界@名無史さん:2010/05/12(水) 20:41:22 0
ポーランドは強力な中央政府が存在しないから
思いきった防衛策がとれなかったのもあるんじゃないかな
ポーランドの大貴族は大土地所有者で西欧の商人のお得意さまだし
工業化に対して否定的だったのかも
スペインに関しては新大陸の利益をハプスブルク家が世界政策に使って
国内産業に投資しなかったのが痛い
>>カトリック圏では「商工業=卑しい仕事」という感覚が強かったのか?
どうだろうね、商業革命が最初におきたのはカトリック圏だし
カトリック圏も経済的に動いてたと思うけど
なんつーか状況にうまくのれなかった感じかな

30 :世界@名無史さん:2010/05/13(木) 19:57:37 0
>>29
>スペインに関しては新大陸の利益をハプスブルク家が世界政策に使って
>国内産業に投資しなかったのが痛い

最近、EU統合が進むにつれて、カール5世の再評価が行われているらすぃ。
たとえば塚本哲也氏などは、
「カール5世ほどヨーロッパという概念について、小さな国家概念を超えて
巨視的な考え方、姿勢を示した人はそれまでいなかった。その意味で彼は、
9世紀にヨーロッパを始めて統合したカール大帝以来の歴史的なヨーロッパ概念の
創造者であり体現者といえよう。それが今日のヨーロッパ統合にまでつながっている
ことは、言うまでもない」
と書いている。

でもスペイン人やラテンアメリカ諸国の人々はカール5世について異なった評価を
下すだろうなあ・・・
塚本氏の考え方は、仏独ベネルクスなど、EU統合の中核になっている国々でしか
受け入れられないんじゃなかろうか。

31 :世界@名無史さん:2010/05/15(土) 14:19:37 0
>>22
>アメリカ人も独立直後は自らを後進的だと認識していたのかな?

Yes.

独立直後どころか、アレクシス・ド・トクヴィルがアメリカ旅行をして、
『アメリカのデモクラシー』を書いた時期でもなお、ヨーロッパコンプレックス丸出し。

トクヴィルとその友人に、
「アメリカ合衆国をどう思うか?」
と尋ね、彼らが批判的なことを言うと、それに対してアメリカ人が弁護し、
トクヴィルたちがそれに説得されるまでどうしても帰してもらえないという
ことがあった。

32 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 07:28:31 0
ファシズム、マルクス主義、相対主義、アフリカ中心主義、ファンダメンタリズム
これらは近代において「負け組」にされた連中の思想。

そこには自分をアピールしたいとか、届かない何かに憧れがあるとか、さまざまな
思いが交錯している。

33 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 09:29:08 0
>>31
日本にとって黒船こそウエスタンインパクトの象徴だが、
当のアメリカの内情もなかなか大変とな。

34 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 16:39:33 0
>>17
>ウォーラーステインは的確にも「反ヨーロッパ中心主義的ヨーロッパ中心主義」だと名付けてた。

インドのヒンドゥー・ナショナリストは、各大学にヴェーダ時代の数学と科学の
講義を設けるように指導。ちなみにアマルティア・センいわく、「ヴェーダには
他の面では豊かさが認められるが、高度な数学や科学と呼べるようなものは
存在しなかった」とのこと。

彼らは外国の思想や文化への軽蔑を口にするが、外国人から認めてもらい、好意を
得たいと強く望んでいる。

35 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 17:19:39 0
う〜ん、ツンデレ。

36 :世界@名無史さん:2010/05/20(木) 01:33:19 0
>>34
タイの外国かぶれを嘆くナショナリストが日本の賞をもらって
嬉々としてるを批判されたり、中国が日本の学位や賞が「箔」となる現実、
韓国の芸能人が日本のエンタメでの成功を熱望するのと似てるね。
普段は政治的に対立してたりするのに。
昔まだ社会主義時代に中国が欧米を堕落した資本主義とか言ってたり
日本が欧米で成功しても西洋に媚びてるとか批判してたくせに、
いざ自分らが少しでも西洋に評価されると嬉々として大騒ぎして
名誉や自慢になるのもそっくり。

37 :世界@名無史さん:2010/05/20(木) 01:35:06 0
「本当は実力があるが、わざと第三世界に居てやるのだ」
とか言ってた中国も今から見ると、結局負け惜しみや遠吠えだったよな。

38 :世界@名無史さん:2010/05/20(木) 06:10:30 0
>>17
ゲルマン人の社会にもギリシア・ローマと同じような「民会」が存在したという
ドイツ人の主張は、「反ギリシア・ローマ中心主義的ギリシア・ローマ中心主義」
と呼べるのかも試練。



39 :世界@名無史さん:2010/05/20(木) 21:05:32 0
中南米の「インディへニスモ」運動だけどさ、
1920年代に活躍したメキシコのバスコンセーロスという思想家は、白人という
単一の人種よりも、さまざまな人種の血を併せ持っている混血のほうが、将来の
世界を担っていくのにふさわしいという議論を展開した。
このような論調は、国民の80%を混血が占めるメキシコ人に大きな自信を
与えたのであるが、現実に起こったことは、白人社会の価値観をそのまま
メスティーソが体現しようとする、ということだったのではないかと評価される
ことが多い。

そして、たとえば先住民諸言語の重視といった本当の意味でのインディヘナ文化の
再評価が行われるようになったのは、ずっと後になってからのことである。

40 :世界@名無史さん:2010/05/26(水) 14:41:44 0
>>3
清国軍隊が日本に壊滅させられて名実共に東洋の
三流国となった衝撃に似てるな。

ケ小平が来日して日本の発展振りに衝撃を受け、
このままでははるか後進国のままだと焦って、外資受け入れ改革解放に転じたのも。
これが無かったら今の中国の経済発展もなかった。

大半の欧米を凌駕した経済における日本モデル、日露戦争とかとも
合わせてこの辺はジャパン・インパクトだな。

41 :世界@名無史さん:2010/05/26(水) 18:01:01 0
>>40
その辺の事情は「黄禍論の歴史」として論じることができるかも。

最近はイスラームの脅威を「緑禍」と呼んでいる。

ただ、日本に関しては真珠湾攻撃やシンガポール陥落のほうが白人社会に
与えたショックは大きかったかもしれない。

42 :エビちゃん親衛隊:2010/05/29(土) 17:58:16 0
「緑禍」なるものは欧米の低賃金労働と多文化主義が拡大させた。
旧植民地を中心とするイスラム圏から代替可能な低賃金労働者を大量に受け入れた。
そして、多文化主義という形でこれを肯定した。
イスラム教徒は中東に住むべき人種であって、欧州人とは本質的に共存できない。
欧州白人は三角貿易で赤い人の土地に住み着き、黒い人を奴隷として住まわせた。
そして、アマゾンの森林を焼き払い、先住民を追い出した。
そして、オーストラリアで接触が禁じられている部族同士を接触させた。
NYでは白人と先住民の居住区に作った壁を越えて、全部白人のものにした。
これは悪い事であって、良い事ではない。
本来、白人は欧州、黒人はアフリカに住むべきであって、漢人は中原に住むべきであって、
白人がむやみにタスマニア島なり、ピグミー族やホッテントットの住む地域に侵入したり、
漢人がむやみにウイグル人やチベット人、モンゴル人の居住区に入植するべきではない。
アマゾンの先住民が侵入した白人入植者を弓矢で打ち払う事は地球環境にとって良い事である。
欧州に住むべき者が勝手に違う場所に住むと生態系が崩れるのである。
欧米のユダヤ人がわざわざ今頃古代の中東に滅亡した国の末裔を名乗ってパレスチナに行って何ができる?
何も出来ん。君らはもう欧米人そのものなんだ。中東人ではないんだよ。
どの道アフリカのユダヤ人と欧州のユダヤ人は同じユダヤ人として共存できないよ。
だから、欧米のユダヤ人は欧米でいろ。もうこれ以上来ないでくれ。アラブと完全に同化し切れるなら話は別だが。

43 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 23:03:43 0
アメリカが新世界で随一だと認識したのはいつ頃なんだろうか?

44 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 11:50:25 0
>>43
質問するばかりでなく、たまには君自身の考えや知識を披露して。

45 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 21:15:30 0
「人種」というのは「ナショナリズム」と同じく、近代になって西洋で創られた
ものなのだが、いったんこういう概念ができあがると、それが独り歩きして、
黄禍論だの白禍論だのに発展していったのが恐ろしい。

46 :世界@名無史さん:2010/06/02(水) 11:42:18 0
インド人はイギリス人のことを、「赤面猿」(タームラ・ムキー)と呼んでいた。
タームラ・ムキーとは、文字どおりには、「銅の顔をしたもの」という意味であるが、
顔の色が磨いた銅のように真っ赤な人間や動物のことをこう呼んだようである。
インド人はイギリス人を見ると、この「赤面猿」を連想したのである。

この「赤面猿」という表現には、インド人のイギリス人に対する、多分に生理的な
違和感や反感がこめられている。見慣れない容貌をし、理解することのできない
言葉を話す人々が、武力を背景として、頭上に権力的にのしかかってきたとき、
インド人はいいようのない不安や反感を感じたに違いない。

47 :世界@名無史さん:2010/06/23(水) 12:44:41 0
2chのヨーロッパコンプレックスの強さを観察していると、<西洋の衝撃>は
いまだ続いているんだなあと思う。

48 :世界@名無史さん:2010/06/23(水) 18:44:59 O
>>47
で?

49 :世界@名無史さん:2010/06/23(水) 20:08:47 0
西洋の衝撃というよりは、イギリスの衝撃だよな
東洋史においては、フランスやアメリカは、イギリスのおまけにすぎない

50 :世界@名無史さん:2010/06/23(水) 20:38:46 0
西洋の衝撃というよりは、ユダヤの衝撃だよな
東洋史においては、イギリスやアメリカは、ユダヤの尖兵にすぎない

51 :世界@名無史さん:2010/06/28(月) 15:43:06 0
>>47-48
「西欧と似たような歴史を辿っているから日本は文明的」という考え方や、
中国人・朝鮮人をはじめとするアジア諸国の人々に対するオリエンタリズム
など、2chにおけるヨーロッパコンプレックスの例は枚挙にいとまがない。

52 :世界@名無史さん:2010/06/28(月) 16:58:47 0
>>1
>世界中の人々は、圧倒的な力を持つ西洋に出会ったとき、何を感じ・考え・行動したのか。

「日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない」福沢諭吉
「日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない」福沢諭吉
「日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない」福沢諭吉
「日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない」福沢諭吉
「日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない」福沢諭吉


53 :世界@名無史さん:2010/07/01(木) 16:28:28 0
昔、日本では、「もうヨーロッパから学ぶものはない」といった論調が自信ありげに
語られた時期があったが、あれは何だったんだろうな。

ヨーロッパ=米国に比べて斜陽の地域、と考えていたんだろうか。

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