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エルシッドとレコンキスタ

1 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 13:04:04 0
スペイン救国の英雄とされるエルシッド
しかしその実像は超有能な戦闘プロフェッショナルにして
キリスト勢力とイスラム勢力を渡り歩き
自らの利害をはかるシビアな傭兵隊長だったともいわれます
彼の実像をはじめとしてレコンキスタの歴史とかも
いろいろ語りあいましょう

2 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 13:07:00 0
即死回避

3 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 13:15:08 0
強かったのは事実
主君がイスラム勢力に大敗してるのに
エルシッドは勝っちゃうんだから
そりゃ主君も警戒するわな



4 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 13:22:25 0
当時の戦術や戦法ってイスラムの方が進んでたと聞くが
なんでエルシッドは勝てたんだ?

5 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 13:28:31 0
イスラム教勢力=軽装
キリスト教勢力=重装
というイメージがある

6 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 13:39:33 0
しっかりした後継者がいれば独立バレンシア王国は
イベリア半島列強の一角として近世まで続いたかも。

7 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 13:40:40 0
映画だと時代考証合ってるのか知らんが全然重装じゃなかったな
ちなみに、婚約者が激しいツンデレなのが良かった

8 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 19:23:02 0
もともとイベリアでは軽装が主で
エルシッドの時代にはフランスから
重装の鎧と戦い方が入ってきてミックスになってたらすい

9 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 19:33:06 0
『エルシッドの歌』ってどれくらい信憑性あるの?
一応買ったまま積んである

10 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 21:07:47 0
あくまでエルシッドを称える叙事詩だしなあ
英雄としての美化はされてるだろうね

11 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 21:24:10 0
一説では>>1にあるようにキリスト教徒の英雄なんてものじゃなく
シビアな傭兵隊長だったと言われてるらしいけど
それを示すものってなんかある?

12 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 06:55:51 0
放浪中はイスラム教の王にも仕えてキリスト教徒の軍と戦ったとか
されるところか

13 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 10:46:12 0
いきなり追放されて一族郎党くわせにゃならなくなったら
そら傭兵隊長にでもなるしかない。

14 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 11:11:48 0
もともとエルシッドことロドリゴ・ディアスは
アルフォンソ王じゃなくてその兄貴で政敵だった
サンチョ王の譜代家臣だからな。
サンチョが生きてるときにはロドリゴはその部下として
アルフォンソと戦ってたし
サンチョが暗殺された時、ロドリゴはアルフォンソが黒幕なんじゃないかと
疑ってた。主従ともにしっくりこない所があったんだろう。
ロドリゴはサンチョに対しては忠誠無比の心があったろうが
アルフォンソに対してそうだったかはかなり疑問だ。

15 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 11:19:25 0
ロドリゴがサンチョの為に奮戦してアルフォンソを破り、
サンチョを王位につけアルフォンソを従えたと思ったら
いきなりサンチョが暗殺されてアルフォンソが王位につくんだもんな
ロドリゴが疑ってもおかしかないな

16 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 21:08:54 0
最後はバレンシアの王(?)になるんだよね
バレンシアってイスラム教徒の都市だったのに
よくそこを波風立たずに収めたもんだ

17 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 21:19:47 0
エルシッドの歌、は叙事詩よりも
その注釈と序章のほうがこの板的には価値があるのかな

18 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 21:42:10 0
エルシッドの歌は2回目の追放からだからな。
一回目の追放の後、イスラム教徒側に仕えてキリスト教徒側と戦った所が
詳しく知りたいが、歌に描かれてる2回目の追放以後は
基本独立してイスラムと戦っていく話だからな。
ただそれでもアルフォンソ王の保護国と思われる地域を襲撃して
戦利品を得ている部分があって
ここら辺がプロの傭兵とか言われる所なんだろう。

19 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 09:40:41 0
11世紀頃のイベリア半島には
イスラム対キリスト教という意識は
それほど強くない。
だからキリスト教徒がイスラム教徒と組んで
キリスト教勢力を攻める、あるいはイスラム勢力を攻める、
というのは普通のことだし、非難されてもいなかった。
「わがシッドの歌」(「エル・シードの歌」)は
レアリズムの色の濃い作品だけど、
その中でも十字軍的意識のあるのは、
途中からシッド軍に参加したお坊さんぐらい。
ある意味シッドは傭兵だけれど、
この時代背景を頭に入れておく必要がある。

それからシッドが強かったのは、騎馬隊の機動性の活用
(義経と同じ)。

ついでに言うと、当時の武具は鎖帷子に兜
(顔全体をすっぽり覆う物ではない)。
だからそれほど重装備ではなかった。

20 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 09:46:28 0
>18
19です。最初の追放のあと、サラゴーサのイスラム王国に仕えてる。
このときのサラゴーサ君主が、
「わがシッドの歌」に出てくるアルボアセン
(だったかな?)のモデルと言われてる。

21 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 10:26:27 0
貧乏貴族とかが傭兵隊長になるのは
よくあることだったらしいからな

22 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 10:50:25 0
南イタリアやシチリアを征服したオートヴィル一門や、
ポルトガル王家の開祖になったアンリ・ド・ブルゴーニュなんかも似てるな。

貧乏貴族やよそ者が傭兵隊長として、キリスト教・イスラム教混在地域で活躍し、
運がよければ伯・公、さらには王にまで成長していく。
(北フランス伝来の騎馬戦術・築城戦術を活用した形跡があることも。)

23 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 11:41:56 0
最後はバレンシアにほぼ独立勢力を築いたんだよな。
うまくやってれば>>6のいうように伯や候として近世まで残れたかも。

24 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 12:06:26 0
>>19
>それからシッドが強かったのは、騎馬隊の機動性の活用
これってどこら辺でわかるかな
シッドの歌を読めばわかる?


25 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 17:14:47 0
>24
確か「エル・シッド・カンペアドル」
ラモン・メネンデス ピダル (著), 安達 丈夫 (翻訳)
に書いてあるはず。アマゾンで中古品を売ってるよ。
朝日の「週刊百科」のシッドの項目にも出てたんじゃないかと・・・

26 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 17:19:03 0
>24
ごめん。書き忘れた。
「わがシッドの歌」でも読み取れる。
(19です)

27 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 21:41:20 0
>>25
おお!
そのような書物があったとは!
結構この人もいろいろ研究がされてるんですね。
>>26
どうも!
探してみます。

28 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 00:21:50 0
わがシッドの歌によると
序文で追放された時は60騎ほどだったんだってね
中核となる騎馬部隊の規模も義経に似てるね

29 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 23:41:34 0
>>19の言うとおりこの頃の傭兵隊長って宗教的な縛りはないとすると
レコンキスタっていう活動自体が教科書で習うのとは違う実態を持ってるのかな
それとも正規兵は別でも傭兵はシビアに報酬の高低であちこちを行ったり来たりしてたのか

30 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 04:57:47 0
>29
レコンキスタに宗教的意味合いが濃くなったのは、
かなり後期になってから。
シッドの時代は傭兵ばかりでなく、当時イベリア半島にあった国々同士、
宗教に関係なく、政治的、経済的理由で
くっついたり離れたりしていた。

31 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 09:02:18 0
レコンキスタで最終的にイスラム側が負けてしまった最大の原因は?

32 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 10:01:43 0
>31
後ウマイア朝崩壊以降、群小国家群に分裂してしまったことだろうね。
すでにシッドの時代(11世紀)には、それらイスラム王国は北のキリスト教国に
貢納して保護国になってた。
ムラービト朝、ムワヒッド朝の侵入がなければ、
遙か前にレコンキスタは完了していたろうね
(ただしイスラム勢力の消滅ということで、
イスラム教徒の消滅ということではないよ。
イスラム教徒は1492年のグラナダ王国滅亡後も、
100年以上スペインに存在し続ける)。19

33 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 12:48:00 0
>>32
んん?
>>31ではないが
シッドの主君であるアルフォンソ王は何度もイスラム勢力と戦い
何度も大敗してる
シッド自身もイスラム勢力と戦い、その死後にバレンシアは取り返され
再奪還は100年以上
シッドの時代にイスラム王国がキリスト教国より下になってたって事はないのでは?

34 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 13:00:06 O
パレスチナ十字軍と違って陸続きで補給が安定していたのも大きいかな?

パレスチナ十字軍は遠征、レコンキスタ十字軍は防衛の違いも有るだろ?

35 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 14:23:23 0
>33
確かにアルフォンソは、ムラービト軍に大敗している。
確かアルフォンソの一人息子(イスラム教徒の女との子)も、
その戦いのひとつで死んだんじゃなかったか。
当時のキリスト教勢力はシッドを除き、
どれもムラービト軍に敵わなかった。
ただ、大きな流れで言うと、
やはりキリスト教勢力の優勢は変わらなかった。
ムラービトもムワッヒドも、
イベリア半島におけるキリスト教勢力との境界線を押し上げられなかった。
とくにムラービトのユスフは何度もトレドを攻めながら、
どうしても落とせなかった。19

36 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 16:33:58 0
>33

補足兼まとめ

ウマイア朝崩壊以降、イベリア半島のイスラム圏は小国分立が基本的状況になった。
ムラービト、ムワッヒドといった北アフリカに本拠を置く帝国の一部となり、
勢いを盛り返すことはあったけれど、それはあくまで一時的状況に過ぎなかった。
しかもそのときですら、北のキリスト教勢力に対し、決定的に境界線を押し上げられなかった。

逆にキリスト教圏は統合の方向へ進んでいった。
カスティーリャにはナバーラ、レオーン、ガリシア王国が統合され、
アラゴーン王国にはバルセローナ伯国が統合された。
そして最終的にはイサベルとフェルナンドの結婚により、
カスティーリャとアラゴーンがひとつになり、
実質的にスペイン王国が誕生する運びとなった。

つまり一方が統合の方向に進んで力を増したのに対し、他方は分裂の方向に流れて
力を失った。
以上の基本的な流れの起点が後ウマイア朝の崩壊なので、
これがイスラム勢力敗退の最大の原因と言ったわけ。19

37 :世界@名無史さん:2009/10/30(金) 10:41:22 0
他のキリスト教国はなんでイスラム勢力に敗北を続けてたんだろうか
そしてシッドだけなんで勝てたんだろうか
この時代のキリスト教国の戦い方はまだまだ個人戦の集合体っていう感じで
イスラム教国の方が集団戦法に長けていた、と聞いたことがあるけど
シッドはイスラム教国にも仕えて戦ってた事があるから
イスラム教国の戦い方を熟知しその弱点をついてたのかな?
それともイスラム教国の戦い方や編成の模倣を行ってたのかな?
それとも他に何か要因があるのだろうか

38 :世界@名無史さん:2009/10/30(金) 12:15:15 0
>37
シッドの時代、イベリア半島のキリスト教諸国(タイファ王国)が
防戦一方になったのは、ムラービト朝に対して。
ムラービト軍は歩兵が主力で、集団戦法だった。
そして集団を動かすため、太鼓の合図が用いられていた。
この太鼓のことは「わがシッドの歌」にも反映されている。
あなたの言うとおり、戦法の優劣の差が当時における勝敗の差だろうね。
(このあたりことは、24で挙げた本に出ていたんじゃないかと。
また「わがシッドの歌」にもよく反映されてる。)

シッドが強かったのは、上で言ったように騎馬隊の機動性を
うまく活かしたから。
彼が仕えたのはタイファ王国で、ムラービト朝ではないから、
イスラム軍の集団戦法は、シッドの直接の手本ではなかったと思う。19



39 :世界@名無史さん:2009/10/31(土) 05:24:49 0
タイファ王国ってイスラム教徒の国々じゃないのかい?
エルシッドは追放された時、このタイファ王国のアミール達に
雇われていたので、イスラム教国の集団戦法に触れる機会があったと思うんだけどどう?

40 :世界@名無史さん:2009/10/31(土) 11:32:24 0
>39
ごめん。一行目、書き間違った。
あなたの言うとおり「タイファ王国」は、
後ウマイア朝滅亡後のイベリア半島におけるイスラム諸国。
タイファ王国のイスラム教徒の戦法については、
特別なものがあったと読んだ記憶がない。
誰か知っていたら教えて欲しい。

しかしムラービトが来る直前、
タイファ王国は完全に北のキリスト教国に首根っこを押さえられており、
レコンキスタが完了しそうな勢いだったから、
見るべき戦法はなかったんじゃないかと。
(シッドみたいなキリスト教徒の戦士を雇っていたのも
傍証になるかな?)



41 :世界@名無史さん:2009/11/02(月) 22:14:15 0
シッドの歌の注釈に
「ドイツ系やフランス系の騎士文学では、泣くというと激しく泣くが
スペインの騎士文学であるシッドの歌では声をあげずに静に泣くばかりである」
というような事が書いてあったが
普通はスペイン人のほうが情熱的そうだから激しく泣きそうなのに意外だ

42 :世界@名無史さん:2009/11/03(火) 13:05:08 0
>41
それ、どこの出版社の本?
「わがシッドの歌」には激しく泣く場面でてくるよ。
ところで「騎士文学」って、騎士道小説のこと?
もしそうなら「わがシッドの歌」は、このジャンルの作品じゃないよ。
スレチなんで、あんまりこの話題には、はいらないほうがいいと思うけど。

>34
亀レスだけど、まあ、それはあるだろうね。
イベリア半島でも、
孤立していたシッド死後のバレンシアは、
アルフォンソの支配下にあったにも関わらず、
すぐに陥落したしね。19

43 :世界@名無史さん:2009/11/03(火) 13:42:02 0
訂正。アルフォンソはバレンシアを支配してたんじゃなく、
シッドの死後キリスト教勢力がそれを維持できなくなったとき、
撤退に力を貸したんだった。19

44 :世界@名無史さん:2009/11/03(火) 16:22:43 0
「わがシッドの歌」って騎士道小説じゃないの?叙事詩であって小説とちがうということ?

45 :世界@名無史さん:2009/11/03(火) 16:23:54 0
異教徒との最前線でありながら、アンダルスが富裕の地であり、出自が多様であったせいか、イスラム勢力に団結力がなかった。

46 :世界@名無史さん:2009/11/03(火) 17:36:41 0
>44

騎士道小説(騎士道物語)じゃない。
「ロランの歌」みたいな武勲詩に分類したほうがいい。
騎士道小説と武勲詩の違いは散文か散文かでなく
(韻文の騎士道小説もたくさんある)、
ごく大雑把に言えば、武勲詩が歴史を反映してい
る度合いが高く、後者は虚構性が基本であること。
騎士道小説の場合、その虚構性がいくところまでいって
荒唐無稽になり、ためにそれを揶揄する「ドン・キホーテ」
みたいな作品が書かれた。
スレチなんで、この話はここまでね。
あとは調べてみて。19

47 :世界@名無史さん:2009/11/03(火) 17:38:53 0
訂正

3行目「散文か散文か」→「散文か韻文か」
19

48 :世界@名無史さん:2009/11/27(金) 15:00:55 0
>>42
まだおられるかわかりませんが、僕がもっているのは岩波文庫版のエル・シードの歌ですね。
そこの注釈ではシードの歌と「ロランの歌」・「ニーベルンゲンの歌」を比較して
シードの歌では登場人物たちが声を上げずに涕泣する場面が繰り返されるだけで
失神したり号泣する事はなく、独仏二つの武勲詩とも違うとかかれていますね。

49 :世界@名無史さん:2009/12/11(金) 19:49:25 0
騎兵機動戦に長けた傭兵隊長って珍しい希ガス
そうでもない?

50 :世界@名無史さん:2009/12/12(土) 10:10:32 0
古代のガリア騎兵やゲルマン騎兵の傭兵隊長はそうじゃね

51 :世界@名無史さん:2009/12/12(土) 16:49:08 0
騎兵で傭兵というとヌミディア騎兵も忘れてはなるまい

52 :世界@名無史さん:2009/12/12(土) 17:01:04 0
やっぱりこのレコンキスタの時代でも、騎馬を使いこなせる傭兵隊長は貴重だったのだろうか

53 :世界@名無史さん:2009/12/12(土) 20:04:07 0
当時の騎士は戦闘の専門教育を受けて育ったプロ軍人という側面があるからな
エルシッドはもともと武勲高き騎士だったから庸兵となったなら
そりゃ重宝しそうだ

54 :世界@名無史さん:2009/12/12(土) 21:59:51 0
>48
亀レスごめん!
岩波版は今手元にないけど、
856行目と2632行目はなんて訳されてる
(もし訳文に定本の行番号が振られてれば)?
「号泣」といった類いの訳をしなければならないところだけど。

ただ「ロランの歌」や「ニーベルンゲンの歌」に比べて、
「エル・シードの歌」(=わがシッドの歌)はリアリズムの要素が著しく濃く、
その意味では白髪三千丈式の部分が少ないのは確か。

>49
そのとおりだろうね。




55 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 09:21:33 0
>>5
時代は違うけどグラナダ王国は一時期キリスト教側のような重装騎兵を取り入れていたが
それでも勝てないのでムーア風の軽騎兵に戻したそうだ。

56 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 10:22:42 0
なんで勝てなかったんだろうか?
やっぱり重装の使い方に関してはキリスト教側にノウハウの蓄積があったんだろうか

57 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 14:52:55 0
キリスト教圏の騎士は重装騎士になる為の訓練を小さい頃からやってるからね
そういうのをやってないイスラム圏の騎士がいきなり重装騎士になろうとしても難しかったんじゃ

58 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 19:51:55 0
>>56
もうその頃はカスティリャなどが強大化したのに対し
ムスリム勢力はグラナダだけイベリアの端にへばりついてる状態だったから・・・

59 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 23:24:07 0
ヨーロッパ側でもアラゴンのアルモガバルスは軽装どころかまともな鎧着てなかったとか


60 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 17:55:20 0
危なくないのかな、そういうのって
「当たらなければどうという事はない!」って感じなのかな

61 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 20:22:43 0
赤い彗星か

62 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 21:32:18 0
確かに軽装騎兵の速度は歩兵の三倍近い

63 :世界@名無史さん:2009/12/15(火) 13:19:12 0
>>54
>>48の者です
岩波文庫版では856行目は「みんな涙を流すのであった」
2632行目は「胸の底から涙をしぼる」
とあります

まだ読みかけですけど「エル・シードの歌」は本当にリアリズム色が強いですね
戦闘描写とか淡々としていて歴史資料みたいです

64 :世界@名無史さん:2009/12/16(水) 15:29:06 0
>48

>戦闘描写とか淡々としていて歴史資料みたいです

実際に「わがシッドの歌」はじめ、
この種のスペインの叙事詩は史書の資料にされてた。
おかげで失われた叙事詩の作品が、
逆に史書から再構されているほど。
54




65 :世界@名無史さん:2009/12/16(水) 21:56:02 0
>48
前半についてもコメントするべきだった。
前後の部分を見なければ確かなことはいえないけど、
抜き出してくれた部分だけから判断すると、
856行目の訳は適当じゃないだろう。

ちなみに「わがシッドの歌」の登場人物は
リアリズムの範囲内で感情のボルテージは決して低くない。
その意味では「情熱的な」スペイン人のイメージから逸れてはいないと思う。

66 :世界@名無史さん:2010/05/13(木) 12:07:08 0
レコンキスタ全般のスレってないんだろうか?
もっと短い百年戦争やジャンヌのスレはあるのに。

67 :世界@名無史さん:2010/05/27(木) 02:32:36 0
語れる人間と日本語文献の少なさか……

68 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 18:43:17 0
とりあえずエル・シッドのアニメでも見るある

69 :世界@名無史さん:2010/06/02(水) 17:04:03 0
アニメなんてあるのか。

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