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【そんな】世界史における奇跡の勝利【まさか】

1 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 06:33:11 0
歴史上における奇跡的勝利や意外な勝利について
色々語りましょう

2 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 06:34:16 0
即死回避

3 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 06:58:51 0
歴史と言えるほど古くはないけど郵政選挙。
今となってはあれは奇跡だったと言わざるを得ない。

4 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 09:53:22 0
確かにあれは大勝利だった
勝因はなんだったのだろう
小泉のカリスマとアジテーターとしての能力の勝利か

5 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 13:46:25 0
ジャンヌ・ダルクのオルレアン解放戦
いきなり神の啓示を受けたとかいう軍務経験のない小娘が
イギリス軍を撃破したんだから
みんなはまさかと思ったろうな

6 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 15:31:49 0
ラ・ピュセル

7 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 19:21:40 O
丸岡いずみ

8 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 19:31:18 0
戦いの名をあげていくだけじゃなくて
勝因や相手側の敗因もあげていったら面白いと思う

9 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 19:38:11 0
人数だけ見ると土木の変が最強

10 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 19:42:43 0
ベトナムだな。

11 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 21:22:09 0
戦闘経験があまりなさそうなアラブ人が強大国のペルシャとローマのエリート軍人を破って、
大帝国を作れた理由がいまだに分からない。

12 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 21:27:31 0
>>11
@宗教的熱狂(前近代では訓練の有無より指揮の高低が勝利を決する事が結構ある)
A相手の国が全盛期から衰退していた
Bイスラム共同体が優れた組織体制を持ち隆盛の時代だった
Cアラブ人もイスラム共同体を拡大していく過程で十分な戦闘経験を持っていた
などが理由かと

13 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 23:06:33 0
圧倒的戦果という点なら日本海海戦
圧倒的彼我戦力差という点なら奉天会戦

ホンマ日露戦争は無茶苦茶やでぇ…

14 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 23:16:43 0
>>13
NHK「坂の上の雲」の放映を楽しみにしてます

15 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 23:20:22 O
イエナのダヴーカッコイイ

16 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 23:37:35 0
アウステルリッツ会戦
少なくとも戦闘開始までは墺露軍にしてみれば
敗北は意外なことだったはず
全部ナポレオンの掌の上だった事を考えれば奇跡ではないかもしれないけど

17 :世界@名無史さん:2009/09/06(日) 00:26:53 O
やはり、ルーズベルトの急死とチャーチル保守党の選挙での敗退は
世界史の奇跡だろうな。
スターリンが朝鮮戦争まで生きたのはまずかったが…



18 :世界@名無史さん:2009/09/06(日) 04:07:36 0
日露戦争で日本が勝った一番大きな理由は
当時のロシア極東が単線のシベリア鉄道でしか本拠地のヨーロッパ・ロシアと繋がってなかったからですよ。
単線の鉄道一本でしか兵員や物資の輸送が行えないなら、いかなる大国でも実力は出せませんよ。
日露戦争で日本は国民が一丸となった全力の戦争だったでしょうけど、
ロシアとしては遠方の一局地戦であってほんの一部の兵力を差し向けてたにすぎません。
バルチック艦隊?
そりゃ当時日本が同盟を組んでいたイギリスがバルチック艦隊の寄港を拒否したため、
彼らの補給と休息が取れずに弱体化していたうえ情報はイギリスから日本に伝わりまくりだったからです。
加えて言うと当時のロシアや中国は革命前夜の状況で士気は低かったです。

19 :世界@名無史さん:2009/09/06(日) 04:11:14 0
少数で大軍を破った戦い
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1091912294/l50
13 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 04/08/08 17:52
カハマルカの戦いの超える戦は他にあるまい。 
なんといっても180人 VS 30000人だからな(藁 
56 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 04/08/11 19:35
アルベラの戦い。ペルシア軍100万ってのは大げさとしても20万くらいはいたでしょ 
74 名前: 例のにゃあにゃあ 投稿日: 04/08/14 00:28 
ベリサリウスで探したら、たくさん出てきそうだニャ。 
リデル・ハートが「歴史上比類に絶する」とか大絶賛してたし。 
ペルシア相手のダラス戦役だと、ペルシア4万に対してベリサリウス約2万。 
アフリカ戦ではヴァンダル10万に対して、1万5千。 
エルサレム戦役ではペルシア20万に対して、約1万。 
イタリア戦役だと、ゴート15万に対して、1万。 
一つの会戦じゃなくて一つの戦役での兵力だけど、これだけ差があって全部で勝利するってけっこうすごい。 
リデル・ハートの記述を信じるなら、相手に心理戦を仕掛けて 
不利な条件で攻撃させるとか、戦わずして退却に追い込むとか、なんか「ペテン師!」と呼びたくなるような戦いが多い。 
94 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 04/09/09 00:06
金の使節団を南宋の歩兵が捕らえようとした時に、 
14対2000という兵力差にも関わらず金の弓騎兵が歩兵を翻弄し、 
壊走させて勝った事が有ったな。 

20 :世界@名無史さん:2009/09/06(日) 05:36:21 O
>>18
下手な釣りだなぁ

だからなんだ

21 :世界@名無史さん:2009/09/06(日) 07:38:42 0
>>18
そんなことは知ってるから黙っててくれるかな?

22 :世界@名無史さん:2009/09/06(日) 08:43:04 0
確かに、 日露戦争は奇跡の勝利だったね

23 :世界@名無史さん:2009/09/06(日) 21:51:59 0
上昇線の日本と下降線のロシアが、
ギリギリ交わったか交わらないかのところで起きた戦争だった
国力戦力で見ればまだまだロシアが上、けど国家組織の若々しさでは日本が上
だから物質的側面だけを見ればまったく奇跡、
太平洋戦争で日本が勝つくらいの奇跡だった

24 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 22:48:58 0
ナポレオン戦争のイタリア戦役
次々と送られてくるオーストリアの大軍をちぎってはなげちぎってはなげ
よく勝ち続けられたもんだ

25 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 21:36:39 0
第二次長州征伐は兵の頭数だけくらべれば20対1ぐらいの開きがあったな。
幕府は楽勝というか、長州が許してぇ〜と泣きを入れるのを待つだけのはずだった。


26 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 21:48:15 0
アメリカ独立なんてかなり奇跡的なんじゃないか?

27 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 21:53:02 O
赤壁の戦い

80万のそうそう軍を10万の孫権・りゅう備連合軍が
計略で破った戦い

28 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 22:55:33 O
日露戦争に勝てたのは旅順でステッセル将軍が早めに?降伏してくれたおかげ


な気がする。

29 :世界@名無史さん:2009/11/15(日) 01:08:21 O
なんでやねん

ホウテン会戦には影響あるかもだが
日本海会戦には関係ない。
そして日本海会戦に負けたらロシアはいずれ補給が間に合わなくなる


30 :世界@名無史さん:2009/11/26(木) 17:55:22 0
日本海海戦の意味はあれのおかげでロシアの日本本土侵略が不可能になった事では
あれのおかげで最悪でも日本本土が侵略される可能性は消え、滅亡的な敗戦がなくなった

31 :世界@名無史さん:2009/11/26(木) 20:57:44 0
坂の上の雲

32 :世界@名無史さん:2009/12/18(金) 15:06:15 0
フランス革命戦争全般
ヨーロッパを敵に回すことになった革命フランスが
総動員をかけて革命の成果とも言える大量の志願兵を獲得し
逆に敵より圧倒的な大軍を得て反撃に乗り出す所とかまさに奇跡の勝利

33 :世界@名無史さん:2009/12/18(金) 23:28:25 0
それいったら日本戦国時代で土佐の小土豪にすぎなかった長宗我部が一領具足制度を採用して
大軍を作り上げ、四国を制覇したのも奇跡的な拡大といえるかも

34 :世界@名無史さん:2009/12/18(金) 23:38:35 0
なら曹操が青州黄巾賊30万を得たのもry

35 :世界@名無史さん:2009/12/18(金) 23:43:17 0
日本海海戦の勝利は「奇跡」じゃないだろ

36 :世界@名無史さん:2009/12/19(土) 00:28:45 O
スペック一見みたら奇跡だが
中身からみたら確かに日本が勝つ条件揃ってたな


37 :世界@名無史さん:2009/12/19(土) 09:03:25 O
大東亞戦末期の
1944年12月17日と1945年6月7日に
アメリカ海軍ハルゼー機動艦隊が
台風により大損害を受けていたのに
日本にとって勝機とならなかったのは
返す返す残念である。

諸君☆神風は吹いたのだ



38 :世界@名無史さん:2009/12/19(土) 14:47:17 O
ちなみに台風の目からみて南東方面が一番風が強い事を日本は知ってたが
アメリカは知らなかった。


39 :世界@名無史さん:2009/12/19(土) 15:17:54 0
イサンドルワナの戦い

マフディー戦争はイギリス軍の補給線が伸びきっていたと説明されれば
「意外な」勝利ではないけど、この戦いはよくズールー軍が勝てたものだと思う

40 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 01:23:59 0
赤壁の戦い

41 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 01:27:14 0
三国志でいうなら最終的な勝利ではないけど天下三分の計
領地もろくにもたない劉備を主君としながら
天下三強の一角を占めさせるまで行かせたのは奇跡的だと思う

42 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 09:31:14 0
奇跡的な勝利や成果には優れた戦略が介在してる事が多い
戦術で戦略を覆してしまった例もそりゃあるけどさ

43 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 09:51:31 0
戦略とは要するにどうやって勝ちの体勢を作るかって事だよね
戦略は大きく見て大局的戦略と局地的戦略に分けられ
どのように国家を発展させるか、その為にどこの国と結び、どこの国に対して備え、どこの国を攻めるか、という大局的戦略があり
その攻めると決めた国をどのように攻略するか、目的を達成するかという局地的戦略がある
奇跡的な勝利といわれる事例ではどっちの戦略が長じてるのかね

44 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 10:10:35 0
天下三分の計とかもそうですが
大局的戦略の基本的な形の一つとして
劉備・諸葛亮の事例を引きながら考えますと
「滅ぼすべき強大な敵がいて(曹操)、まずそれを抑える体制をつくり(孫権との同盟)、
その間に地力を拡大し(荊州・益州・漢中の制圧)、国力を養い、機会を見て攻勢に出て敵を倒す」
というのがありますよね
歴史上に現れた数多の戦略も基本プロセスとしては結構この手順を踏んでいる戦略は多いですね

45 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 11:03:08 0
ハンムラビ王とか30年くらい国力育成に努めたとか
家康も地力の育成にずいぶん時間をかけてるな

46 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 11:17:14 0
戦略とはハードとソフトの問題でもありますね
ハード(国力)を養成してからソフト(拡大の手段)を開発して発展に乗り出すか
それともソフトを開発して発展に乗り出し、その結果として国力を養成するか
戦略における永遠の課題かもしれませんね

47 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 11:29:46 0
まあだから>>44で言われてるような折衷案が多いんじゃないの
戦略っていうのは結局内部だけで完結するものじゃなくて
外部状況とうまく合わせないといけないからね

48 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 11:32:24 0
拡大していく戦略としてはローマのは時間かかるけど堅実だよね

49 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 12:35:47 0
戦略といえば三国志の孫権のはおもろい
荊州とったら後は魏には形だけ臣従して蜀とは同盟
両方との戦線を安定させて国内安定にいそしみ
機会を見て悠々と皇帝に即位
狡猾だなあ

50 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 12:58:30 0
外部状況への対処、それによる安定の構築と余剰の醸成、
そこから内部の発展を図り、その枠の中での昇華していく
孫呉の戦略も中々したたかですな
内部発展ができるだけの十分なスペースを確保すれば確かに有効な戦略ですね

51 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 15:38:34 0
小を捨て大を得るために、相対的に価値の小さい所を切り捨て自分にとって最大の利益をあげうるところに攻撃を集中する戦略
外部状況に対して備えをし、周辺の弱いところを攻略していく戦略
外部状況に対して備えをし、遠くと結んで周辺の近いところから攻略していく戦略
外部状況に対して備えをし、ひたすら内部の発展をはかりその上で外に出る戦略
外部状況に対して備えをし、周辺の中で自分が勝てそうなところにひたすら集中していく戦略
後はどんなのがあるでしょうかね

52 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 21:04:14 0
>>51
くじを引いて神意を問い行動を決定した戦略

これはゲルマン人とかが普通にやってた

53 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 23:30:24 O
そら戦略じゃネーよ

思うんだがくじ引きってある程度やらせがあったんだろうな。
多分くじ引きする場面は内部で論争を経てるはず

その一方の意見を「神意」として強引に強要する為の方便

54 :世界@名無史さん:2009/12/24(木) 20:15:15 0
戦国時代の島津家とかくじを引いて戦略決めてたとか
豊臣に攻められそうになるとくじを何度も引いて
結果が2転3転してたとか

55 :世界@名無史さん:2009/12/24(木) 23:51:07 0
>>51
国民の人気や支持、または意気を高める為に
国民の望む対象を攻略したり、望むものを獲得する戦略

なんだかんだいって結構使われる戦略だよねこれ


56 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 02:22:56 0
フランスとロシアとオーストリアに攻め込まれてもなんとかなったホモ
イギリスとソ連とアメリカに攻め込まれてなんともならなかったヒゲ


57 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 07:10:19 O
なんでこんな国が日露戦争で勝てたの?

58 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 07:28:51 0
こんな国だと思ってなめていたから

59 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 07:54:10 O
>>58
ちゃんと答えなさい

60 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 07:54:42 0
天下三分の計が奇跡と来たか
中国史オタって三国志大好きなんだな

61 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 14:47:32 O
やっぱタンネンベルク?

62 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 15:25:35 O
トイトブルクは想定外だろうな

63 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 17:21:55 0
>>13
圧倒的彼我戦力差?
世界史上じゃごろごろしてるレベルだろ

64 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 21:57:21 O
日本海海戦における敵の損耗率は戦史に永遠に残るレベル

65 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 01:46:16 0
日本海海戦は確かに奇跡だな

66 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 02:01:04 0
んー、レウクトラかな。
スパルタ軍の士気、装備の質、練度、凡愚ではない将軍、数的優勢などなど。
こういう軍を破るのは決して容易ではないでしょう。
ちなみにテーバイ軍の兵士は全ギリシアの十二分の一に満たなかったんだってね。
それで覇権を握るのはすごいことだ。

67 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 13:06:21 0
アンカラの戦い。
オスマン軍の油断し過ぎで歴史が変わった。

68 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 14:18:14 0
日本の根回しにより補給を絶たれたバルチック艦隊は消耗した状態で決戦に挑んだ
負けるのは必然。勝っていたほうが奇跡

69 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 17:23:22 0
>>67
ティムール勝利は全然、奇跡じゃないでしょ
どっちが勝ってもおかしくない西アジアの大決戦だし

70 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 22:34:49 0
ティムール20万vs. バヤジット12万
全く奇跡ではないね

71 :世界@名無史さん:2010/01/02(土) 07:09:07 0
三国志厨もうええわ

72 :世界@名無史さん:2010/01/02(土) 11:25:29 0
コルスン包囲戦かなぁ

73 :世界@名無史さん:2010/06/01(火) 21:26:34 0
第一次ウィーン包囲
これは本当に不思議だ、あのスレイマンが指揮するオスマン軍の猛攻を如何にして防いだのか

74 :世界@名無史さん:2010/06/02(水) 12:22:00 0
それなら第一次マルタ包囲戦もだろ。
指揮官こそスレイマンじゃなかったもののその治世の戦いだったし
ロードスより圧倒的に不利な状況でオスマン帝国を撤退させたんだから。

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