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【モンゴル史】 杉山正明>>>>>>>岡田英弘

1 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 03:03:49 0
ですよね?

2 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 03:37:58 0
良スレ保守

3 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 07:51:47 0


4 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 11:51:59 0
>>2-3
はええよw

せめて杉様と岡田夫妻の確執について触れるところがあってもいいんじゃないか

5 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 11:55:24 0
>>4
なにその確執って?

6 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 12:05:20 0
こりでふ。

宮脇淳子 「モンゴル史学者・杉山正明氏への反論」
ttp://www10.ocn.ne.jp/~okamiya/Sugiyama.pdf

7 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 12:29:12 0
>>6
「ハンガリーとは『フンガリア』、す
なわちフン族の地を意味する」(ハ
ンガリーは、トルコ語の「オン・オ
グル」〈十部族〉という言葉がなま
ったものです)。

なんだフン族の地だからハンガリーじゃないのか。

8 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 12:34:15 0
チャンネル桜に出るような学者が信用できるわけがない

9 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 12:56:59 0
また勝木か

10 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 16:59:35 0
>>6
いいがかり

11 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 17:09:58 0
大阪外語大モンゴル語学科出身の例のあの人がモティーフ

12 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 20:49:32 0
杉様の一連の著書とか、NHK「大モンゴル」の裏側とかのぶっちゃけ話が面白いな。
大モンゴルの書籍版監修者に堺屋太一や陳舜臣が入ったから岡田さんが降りたっつーのは、
分かる気がする。

13 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 18:30:56 0
岡田が言ってることって、信じられるのか??
どうなの?

14 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 08:39:57 0


15 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 21:58:05 0
>>6
>他人の研究を黙って使っていることをごまかすためでしょうか、文章をもとの三倍ほど
>にふくらませて、余計なことを言うので、結果的に、それはないだろう、というほど言い過ぎて、
>学問上まったくのでたらめになるのです。

ワラタw シルクロード無いとか、万里の長城、歴史上まったく役立たずとかはじけ過ぎ
下手すりゃ、蒼●航路並みの電波な研究発表と思われても仕方ないw

16 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 09:14:49 0
電波を電波と見抜けないと(杉山・岡田両先生の本を読むのは)難しい


ユーラシアの大半を統一したモンゴル帝国の歴史的重要性については
教えられるところが多かったんだが

17 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 11:54:52 0
杉山っておかしいの?

18 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/21(金) 12:03:27 0
ワールシュタットの戦いなんて、なかったかあっても小競り合いだったと
お書きになって、岡田先生なら批判されておいででしたね。

19 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 12:24:47 0
わー、山野さんもきたー

>>17
中公の「世界の歴史」だったと思うけど、後醍醐天皇の宋学および密教への傾倒は
モンゴルの流行を導入したものなのだー、と決め付けたついでに、茶道や能なども
そのルーツは元代中国にあるのだー、とやってた。
能は儺戯(ヌオ・シー)の訛ったものだそうなw

20 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/21(金) 12:55:23 0
宋学や茶道を初めとした禅宗文化(掛け軸に仕立てた水墨画や点心など)の
登場は、確かに宋・元・明の影響抜きでは語れません。
絵画でも、それまでは掛け軸ではなく、絵巻や屏風の絵でしたからね。
しかし、密教はともかく能はいささか疑わしいように思われます。
平安中期にはあった、猿楽の系統と見ていいでしょう。

21 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 19:50:25 0
杉山は小説家と学者のハーフと小説家の間に出来たクォーターだからな
素人目で見ても明らかにウソだろって文章が多かったし
根拠無しに断言しちゃう悪癖は学者というより塩野婆に近い

22 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 20:14:40 0
モンゴルの本だなと思って読んでたら
いきなりアメリカ批判とかするのやめてほしいw

23 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 23:11:10 0
杉山正明ってダメなのか…

ショックだなあ

24 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 23:20:55 0
良書出してると思うよ杉山センセ
ただちょくちょく思い込みと空想が混ざるw

25 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/21(金) 23:48:53 0
>>20に追加
仏画や故人の追善用の影像を掛けることは、平安後期にはあった様です。
宗教的な要素もあったとはいえ、故事や花鳥、山水も軸で「鑑賞」される
ようになったのが宋末〜明初に受けた影響かと。

26 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 00:10:48 O
杉山は生きてるうちに『集史』の邦訳だせよ。

27 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 23:28:04 0
パラダイムシフトの時代にはこういう過激な論客が必要なんだろう。
地味な定説崩壊は誰も注目しないし、教科書も書き換わらない。
あとは誰か翻らないで堅実な修正できる人が本書いてくれるといいが。


28 :ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2009/08/22(土) 23:56:03 0
一昨年赤坂先生の講義を受けたことがあるけど、
やはりというか、モンゴル史の達人のキャラクターは強烈だった。
良く知らないけど、杉サマと岡田先生の後継者は赤坂さんになるのかな?

29 :世界@名無史さん:2009/08/24(月) 18:06:35 0
保守

30 :世界@名無史さん:2009/08/24(月) 18:20:44 0
赤坂さんてチャガタイ家の系譜史料を訳して公開してる先生か。
日本の親王とか賜姓皇族についてもページ作ってるよね。ちょっと変わった人なのかね。

31 :世界@名無史さん:2009/08/28(金) 22:53:58 0
元寇に関する本読んでたら、杉山さんの見解が否定されてた。


32 :世界@名無史さん:2009/08/29(土) 01:30:25 0
>>31
kwsk

33 :世界@名無史さん:2009/08/29(土) 06:52:28 0
質問です。↓の書き込みがあったけど、
元が朝鮮半島を支配していた13世紀末−14世紀初頭の100年間、朝鮮人男性は結婚を禁じられていて、
朝鮮人の「祖先」は蒙古軍兵士の強姦魔って本当?

196 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/08/28(金) 15:40:05 ID:Oote8rzq
1、何故、しきりに現代韓国人は日本人に向かって「日本軍は強姦魔」とかっていいがかりするか?
2、何故、現代の韓国でも強姦犯罪が多く、又、半島生まれキリスト教団が性犯罪問題を頻繁に起こすか?

それは、元寇で朝鮮半島の婦女子を性奴隷化した蒙古軍兵士たち(現在の朝鮮半島人の「祖先」) が「景教」(キリスト教の亜流)だったから。
つまり、強姦魔の景教信徒だった自分たちの祖先を、韓国社会は現在の祖先崇拝文化で批判できないから。
元が朝鮮半島を支配していた13世紀末−14世紀初頭の100年間近く、朝鮮人男性は結婚を禁じられていた。

朝鮮半島人は、李王朝初期での自分たちの「祖先」(蒙古軍兵士)が強姦魔集団だったから、
その「祖先の悪行」の歴史上での相対的な希釈効果を狙って、日本軍を必死に貶めたがってるだけ。
そのへん、台湾人とはまったく異なる歴史観をつくりたがってる。

つまり、「現代南北朝鮮人の祖先(蒙古軍)」の超大規模な軍関与による組織的強姦、
性奴隷化を隠蔽するために、現代朝鮮半島人は、日本軍にこじつけ、アテコスリしてるのだ。

34 :世界@名無史さん:2009/08/29(土) 15:19:37 0
>>32
今谷明という人の新書

35 :世界@名無史さん:2009/08/29(土) 16:27:53 0
○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○
このレスをみたあなたは・・・3日から7日に
ラッキーなことが起きるでしょう。片思いの人と両思いになったり
成績や順位が上ったりetc...でもこのレスをコピペして別々のスレに
5個貼り付けてください。貼り付けなかったら今あなたが1番起きて
ほしくないことが起きてしまうでしょう。
コピペするかしないかはあなた次第...
○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○。・。○

36 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/30(日) 00:23:19 0
>今谷明という人の新書

今谷先生も「手広く史料を集めてくれるので、自分が論文を書く時に代わり
に史料集めをしてくれるようなもので便利。その上解釈は突っ込みどころが
多いから、益々ネタを提供してくれる。」といった評価ですが。
叩かれた「足利義満が天皇になろうとしていた」云々もこの先生の説。
比較的研究も多い方ですが、どちらかと言えば、新書や『歴史読本』での連
載といった顔出しの方が、学術研究よりも目立つタイプです。
すでに退官されたこともあって、近年は余計にその傾向が強い。

それでも何かしら根拠はおありだったのでしょうが。

37 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 04:36:48 0
杉様の「元寇」に関する見解といったら

●「元寇」という語は遥か後世に「倭寇」に対抗せんとして無理やり作られた。
 歴史研究の術語には相応しくない。

●クビライが遣した国書は礼にかなったもので
 特に脅し文句が書かれているわけではない。

●鎌倉幕府の対応は黙殺とか使者を斬るとか異常すぎ。
 モンゴルはよく我慢した。

●文永の襲来は威力偵察、弘安の江南軍には移民的な連中(というか屯田兵?)
 も含まれてた。

●三度目の襲来も計画されていたが、ナヤンの叛乱で頓挫した。

●実は日宋貿易よりも日元貿易のほうが盛んだった。天龍寺船とか。

こんな感じだったっけ。

38 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 10:37:45 0
クビライが遣した国書は礼に適ったもので特に脅し文句が書かれてはいない。
鎌倉幕府の対応は黙殺とか使者を斬るとか異常
実は日宋貿易よりも日元貿易のほうが盛んだった。天龍寺船とか。

この3つに関しては正しいんだけどね

39 :34:2009/08/30(日) 10:44:43 0
杉山氏の著書の一部で、

「文永の役のモンゴル軍は、暴風雨によって撤退した」

とある箇所を、今谷さんが気象学者の意見を引用して否定してた。

40 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/30(日) 12:04:19 0
>●「元寇」という語は遥か後世に「倭寇」に対抗せんとして無理やり作られた。
これは議論すべきとして、後は大体よさそうに見えます。
三度目の遠征中止の原因を、ナヤンにのみ求めるのには、反論が出そうですが。

>>39
1958年から1960年に、荒川秀俊先生が提唱された説ですね。
1984年に出た黒田俊雄先生の概説書『蒙古襲来』だと、台風ではなかっ
たが大嵐で、被害を出して撤退したとなっていますが。
2001年に出た筧雅博先生の『蒙古襲来と徳政令』では威力偵察説。

41 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 13:22:24 0
「元寇」については、王朝の称で好字の「元」と、盗むとかあだなすという意味の「寇」という字
の取り合わせは漢語としての調和がなく、造語としても上手くない、てなことを書いてたね。

「元寇」ってのは幕末か明治に作られたんだろうが、その頃の人が作ったにしてはたしかに
上手くない。頼山陽も「蒙古来」だしね。「蒙寇」とか「韃寇」とでもしたほうが、漢語としての
落ち着きが良かったかな。

42 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 14:33:51 0
このスレでの質問します。↓の書き込みがあったけど、
元が朝鮮半島を支配していた13世紀末−14世紀初頭の100年間、朝鮮人男性は結婚を禁じられていて、
朝鮮人の「祖先」は蒙古軍兵士の強姦魔って本当?


196 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/08/28(金) 15:40:05 ID:Oote8rzq
1、何故、しきりに現代韓国人は日本人に向かって「日本軍は強姦魔」とかっていいがかりするか?
2、何故、現代の韓国でも強姦犯罪が多く、又、半島生まれキリスト教団が性犯罪問題を頻繁に起こすか?

それは、元寇で朝鮮半島の婦女子を性奴隷化した蒙古軍兵士たち(現在の朝鮮半島人の「祖先」) が「景教」(キリスト教の亜流)だったから。
つまり、強姦魔の景教信徒だった自分たちの祖先を、韓国社会は現在の祖先崇拝文化で批判できないから。
元が朝鮮半島を支配していた13世紀末−14世紀初頭の100年間近く、朝鮮人男性は結婚を禁じられていた。

朝鮮半島人は、李王朝初期での自分たちの「祖先」(蒙古軍兵士)が強姦魔集団だったから、
その「祖先の悪行」の歴史上での相対的な希釈効果を狙って、日本軍を必死に貶めたがってるだけ。
そのへん、台湾人とはまったく異なる歴史観をつくりたがってる。

つまり、「現代南北朝鮮人の祖先(蒙古軍)」の超大規模な軍関与による組織的強姦、
性奴隷化を隠蔽するために、現代朝鮮半島人は、日本軍にこじつけ、アテコスリしてるのだ。



43 :かきつばた ◆O1SdlnknBs :2009/08/30(日) 14:38:52 0
42

フビライ以降、高麗王室はモンゴル帝国の皇女を妃に迎えるのが慣例となり、王朝滅亡までその慣例はほぼ維持されます。

以上の反証より、そのコピペが提示する命題は不成立となります。

44 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 18:16:39 0
てか三度目の遠征も計画ってのは今となっては否定される要素そのものが無いんじゃない?
ここはもう完璧に今普通に日本史でも教えてるはずだけど

45 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/30(日) 19:30:53 0
>>41
なるほど。頼山陽のことも含めて、ご教授ありがとうございます。

46 :漢語に疎いひと:2009/08/30(日) 21:27:42 0
>>41
たしかに日本人が「倭寇」「元寇」というのは可笑しいw

いったい「元寇」の初見はなんなのですかね?
書いた人は誰なのでしょうかw

47 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/30(日) 23:06:52 0
辞典を引いてみたところ、明治36年(1903)の尋常小学読本に、
「元寇といつて、名高いのは、このことをいふのである」
とあるそうです。明治の初期頃でしょうか。

48 :漢語に疎いひと:2009/08/31(月) 00:04:31 0
>>47
そうすると「元寇」てのは、とても新しい用語なんですね。

ありがとうございました。

49 :世界@名無史さん:2009/08/31(月) 00:23:21 0
>>45
どういたしまして。

明治25年につくられた「元寇」という軍歌があるそうです。
時期的に考えて日清戦争と関係があるのか、あるいはもっと遡るのか…
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87_(%E8%BB%8D%E6%AD%8C)

50 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/31(月) 01:29:35 0
>>48
いえいえ。

>>49
そういえば、そんな歌がありましたね。
川添昭二先生が書いておいででした。享保5年(1720)に献呈された
『大日本史』に出て来るのが古い例だそうです。
あるいはそれ以前に遡るものかもしれませんが、彼らが漢学に通じていな
かったとは、およそ考えられませんから、国号と寇を接続させる、一種の
夜郎自大的な意識が働いていたものかもしれません。
水戸学のその後の活動、「神風」意識の高揚は言わずもがな。

上で名前が挙がっていた頼山陽ですが。
谷沢永一先生は、大正時代まで「聖徳太子の偉業」として隋に対等な態度の
国書を送ったという夜郎自大的な行動を入れたものはなく、漢学にうとい世
代の勃興と共に賞賛されるようになったと書いておいでですが、なかなかど
うして、山陽も賞賛しています。
水戸学でも批判された太子ではなく、天皇の事跡としていますが。
あちらの理屈がこちらにも当てはまるとは勿論言えませんが、分かっていて
敢えて言うというのは、あったかもしれません。

戦前は彼らの学問や書画も「元寇」の絵も人気がありましたが、今はさっぱ
りですね。

51 :世界@名無史さん:2009/09/11(金) 18:31:14 0
中央日報 2004.09.27 スペイン紙「韓国4228年間、中国の属国」

スペインの有力紙「エル・ムンド」のウェブ版(www.elmundo.es)が「韓国は4228年間にわたって中国の植民地だった」と紹介し、波紋が広がっている。
27日、サイバー外交使節団「バンク」(www.prkorea.com)によると「エル・ムンド」は「韓半島は長い歴史のなかで数多くの侵略を受けてきた。
中国に1895年まで属していたが、1910年の韓日合併までの15年間にわたって独立を味わったりもした」とわい曲した。
「エル・ムンド」は「韓半島は長い歴史のなかで数多くの侵略を受けてきた。中国に1895年まで属していた(略)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=56213

http://blog.goo.ne.jp/think_pod/e/0b306f901f4daf3e42a18ba5e2664129
世界の教科書
◎ ドイツの教科書
「日本が大陸に最初の足がかりを築いたのは4世紀の事だった。その後300年、
日本は朝鮮半島を支配する地位にあったが、唐との戦争に敗れ、17世紀になるまで待たなくてはならなかった」
◎ フィリピンの教科書
「朝鮮は、その歴史の大部分中国の属国であり、その支配は19世紀に日本に引き継がれた。
日本は自由な新しい秩序を樹立する事によって、朝鮮に平和と安全をもたらそうとした」
◎ インドネシアの教科書
朝鮮を中国の属国として記した。
「朝鮮の文化と芸術は中国・モンゴル・日本文化の影響を受けた」
「朝鮮は言論・宗教の自由が制約を受ける国」
「北部はロシアが、南部はアメリカが占領している」
◎ タイの教科書
「朝鮮は中国の支配下に入り、これが19世紀まで続いた」
◎ ポーランドの教科書
「AD1世紀以来、日本と中国は朝鮮半島の領有権を巡って衝突した」
◎ アメリカの教科書
「朝鮮は中国の従属国」
◎ カナダの教科書
「朝鮮は、数百年間中国の属国」
「日本は<中略>朝鮮に鉄道・道路・港を建設し、産業を発達させて教育の機会を拡大させようと努力した」
◎ イギリスの教科書
「西暦366年から562年まで、日本が朝鮮半島を支配した」

52 :世界@名無史さん:2009/09/11(金) 20:41:42 0
パクス・モンゴリカ(笑)

53 :世界@名無史さん:2009/09/11(金) 21:28:27 0
>>52
それに関しては確実にあったよ
パクスロマーナなんてものが存在していたならね

54 :世界@名無史さん:2009/09/11(金) 21:47:08 0
>>7
13世紀の終わり頃にアールパード王家によるハンガリー統治の支配正統性が云々された
時期に、自分達ハンガリア人 Hungarian はフン族の末裔だから、パンノニア支配には
正統的な根拠がある! だからこそパンノニアは「フン族」 Hun の「ガリア」 Garria で
「ハンガリア」 Hungaria とも言うのだ!

とか言出したらしくて、この前後からハンガリーは「フン族のガリアって意味だ」という
俗説がヨーロッパで流布されるようになったそうで、近現代になってマジャール語を含む
ウラル語やアルタイ語学の研究が進展するまでこの俗説が一般化していたんだそうな、
とか言う話をハンガリー語の先生から聞いた事がある。

55 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 21:15:45 0
最後にヨーロッパであるが、これに関してはワールシュタット(リーグニッツ)
の戦い(1241年)で大勝しておきながら、本国でオゴタイが逝去したため本隊
を引き戻さざるをえず、ヨーロッパは一命を取り留めた、という説が有名であ
る。リーグニッツが地名で、ワールシュタットとは「死体の山」という意味だ。
これは大方間違っていないが、これでは説明できないことが二点ある。すなわ
ち、マムルーク戦でのアイン・ジャールートの戦いと同様に、総大将抜きでも
戦争自体は続行できたのではないかということ。もう一つは、ワールシュタ
ット後、再侵攻は行われなかったのかということ。
http://blog.livedoor.jp/dg_law/archives/51698715.html




56 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 21:38:09 0
恥を晒すのは自分のブログ内だけにしとけって

57 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 22:09:51 O
荒らしか

58 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 22:11:34 0
モンゴルってバグダードを破壊した野蛮人だろ
モンゴルのせいで人類の科学史は大きく後退した

59 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 23:46:31 0
恥を晒すのは自分のブログ内だけにしとけって

60 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 23:52:22 0
授時暦とかイルハン天文表とかナスィールッディーン・トゥースィーとか習わなかったのか?
アラビア語の科学関係の書物で、現存するペルシア語に翻訳された写本の多くはイルハン朝時代に入ってから
翻訳されたり書写されたものが多かったりするんだけどね。

バグダードが陥落してカリフのムスタアスィムが処刑された直後くらいから、フレグの命令で
『世界征服者史』の著者でもあるでもあるアラーウッディーン・アター=マリク・ジュヴァイニーが
バグダードを中心とするイラーク・アラビー州の長官になってバグダードの戦後復興を始めている。
アター=マリクはアルグンの時代に政争に巻き込まれて横死するまでバグダードの再発展に尽力している。

マムルーク朝側の歴史書では、バグダードが陥落した後、モンゴル兵がカリフ宮殿の蔵書や「知恵の館」
の蔵書をチグリス河に投げ込んで、川面の水はまだらの極彩色に彩られたとかいう話が出て来るそうだが、
これも反イルハン朝を掲げていたマムルーク朝側の文人たちがモンゴルの野蛮さを煽ろうとプロパガンダの
ためにでっち上げたフィクションの臭いが濃厚。

13世紀、というか9世紀の末にサーマッラーからバグダードに再遷都した後、バグダードに「知恵の館」が
存続していたのか不明で、イルハン朝時代以降の記録などによるとカリフ宮殿がフレグの命令で文物が
接収された際に、宮殿などにあった蔵書はそのまま天文台の建設がはじまるマラーガやタブリーズに
移送されたとも伝えられている。

イラーク・アラビー州は20あったイルハン朝治下の州のうち、税収入では穀倉地域だったため実質国内
最高の地域で、アッバース朝時代の「カリフの都」としての機能は完全に無くなったが、バグダードは
その州都として重要さを失っておらず、現在のアゼルバイジャンのカスピ海側低地などと並んで、
イルハン朝君主の冬営地として設定されていた。

イブン・バットゥータが1330年代にバグダードを訪れているが、これもイルハン朝君主アブー・サイードが
バグダードに冬営していた時期に合わせてこれに随行していたからだった。カリフ宮殿やらは廃虚に
なっていたそうだが、市内のモスクやマドラサでは依然として勉学に励む学生やら金曜礼拝が盛んだった
こととかも書いている。

61 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 00:24:48 0
杉様の契丹贔屓はキモい
2ちゃんねるの厨みたい

62 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 08:15:56 0
>>60
おいおい
じゃあ知恵の館は破壊されなかったのか?
じゃあイルハン朝まで続いていたのか?
嘘ばっかりつくなw



63 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 08:19:32 0
なんで日本人はモンゴルをここまで肯定的にとらえるんだろうな
非常に不思議だわ
モンゴルが築いた交易ネットワークだって
アッバース朝が築いたものの二番煎じだし

64 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 08:20:22 0
>>60
そもそもバグダードが破壊されてからは
カイロにイスラムの中心が移っただろうがw


65 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 19:04:23 0
恥を晒すのは自分のブログ内だけにしとけって

66 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 20:32:29 0
モンゴル人はチンギスハーンを英雄として称えているようですが、
彼が征服した諸民族に対する謝罪の念は全くないのでしょうか?

67 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 22:29:02 0
ロシアとイギリスとスペインは賠償金支払いだけで
最低1,000兆円は必要だから破産確定だな

68 :世界@名無史さん:2009/09/17(木) 16:21:42 0
杉山氏は作家の陳舜臣さんが耶律楚材を小説化してベストセラーになったのに嫉妬して
対抗して「耶律楚材とその時代」で楚材をくそみそに罵ってたな。
あれは大人気ない態度だなと思った。

69 :世界@名無史さん:2009/09/18(金) 08:11:41 0
>>68
そうなん?あとがきでは学生時代に耶律楚材の文章読んだときから反感を感じて
教官に言ったら微妙な答えが返ってきたとかそういう話が載ってたけど

70 :世界@名無史さん:2009/09/18(金) 08:20:40 0
陳舜臣に嫉妬してなんてのは>>68の思い込みでしょ。

71 :世界@名無史さん:2009/09/19(土) 20:38:03 0
>>70
68ではないが、確かスギ様は「小説家って勝手なこと書けていいよなあー」、
みたいなことはあとがきで書いてたと思う。陳さんに嫉妬とかではなく。


72 :世界@名無史さん:2009/09/27(日) 02:31:37 0
『耶律楚材とその時代』と浅野祐一の『孔子神話』は
研究書の体裁を借りたアンチ本の双璧だと思う。

73 :世界@名無史さん:2009/09/30(水) 11:57:32 0
集史の日本語完全訳出版と杉様の京大教授定年退職のどちらが早いか賭けてみないか?

74 :世界@名無史さん:2009/10/17(土) 21:08:39 0
なんだかモンゴルの寺院の碑を日本人が見つけたと新聞に出てるね。

75 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 20:55:44 O
あげ

76 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 22:49:49 O
>>66
ないでしょう
基本的に近代以前の問題は外交問題にしないのが外交のルールです。
それを言い出したらアレキサンダー大王もジェリアス・シーザーもナポレオンも英雄になれません。

77 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 05:03:00 0
>>71
自分も学者と呼ぶには結構勝手なこと書いてるじゃんwっていう
まあ20世紀中葉までの学者風情の文系給料泥棒嘘つき共や
西欧の無茶苦茶なキチガイ共に比べれば7兆3000億倍マシだけど

78 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 09:19:31 0
77はまともな論文書いてから書き込めよな。

79 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 06:26:05 0
モンゴルは親日らしい。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/MONGOLIA/kankei.html
>2004年11月に在モンゴル日本国大使館が実施した世論調査では、「日本に親しみを感じる」と答えた回答が7割を超えたほか、
>「最も親しくすべき国」として第1位になるなど、現在のモンゴル国はきわめて良好な対日感情を有する国となっている。


モンゴルは中国を嫌っているらしい。

モンゴルの極右勢力が過激な「反中」運動を展開―中国紙
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0721&f=politics_0721_005.shtml


>歴史的に何度も中国からの侵攻を受けたモンゴル国は、中国に対する激しい敵対心を抱いており、
>中国人がモンゴルで襲われるほどである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E4%B8%AD


>歴史的に中国との関係は悪く、今でも一部の民衆には反中感情がある。
>例えば日本人観光客が中国人に間違えられるとトラブルに巻き込まれ、
>中国関連の施設に「看板等に使用している漢字を3日以内にモンゴル語に変えなければ、強制的に撤去するかペンキで塗り潰す」
>という過激な内容警告文を出され、さらに独立記念日に活動家に襲撃される事もあるくらいである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AB%E5%9B%BD


80 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 06:35:35 0
モンゴル国の国際関係
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AB%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%96%A2%E4%BF%82

南に隣接する中国とは、伝統的に関係が悪い。「娘が中国人と結婚したら一家の恥」との通念が今でも通用しているし、国政選挙でも中国との関係改善の是非が争点になる。
モンゴルが漢字文化を一切受容しなかったのも、モンゴル人が中国人を嫌ったためである。
モンゴル人にとって「中国人のようだ」というのは最大の悪口となり、選挙でも「あの候補は家系に中国の血が入っている」というのは最大のスキャンダルとなる。
日本人を含めた東洋系外国人が、街頭で「中国人か?」と聞かれることはまずない。中国人は蔑称であり、喧嘩を売っていることになるからである。
通常であれば、「中国生まれのモンゴル人(または韓国人)か?」と聞かれる場合が多い。ただし、日本とはまだ縁遠いため、日本人かと聞かれることは少ない。
モンゴル人と中国人との衝突事件、あるいは中華料理店に対する襲撃事件は、ニュースにもならないほど日常的に起きている。
学校教育で、中国人に敵意を煽る教育は行なわれていないが、家庭教育で敵意を植え付けている場合が多い。
モンゴル人の子どもが語る「学校の怪談」でも、中国人による殺人事件が頻繁に登場する。
現在、中国人が嫌いなモンゴル人は9割、好きなモンゴル人は1割と言われる。
衣料品や、家庭電化製品は、中国製がほとんどであるが、モンゴル人は、「中国の商品は構わないが、中国人の思想が気に食わない」と語る。


81 :世界@名無史さん:2009/11/18(水) 12:17:35 0
aaa

82 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 18:43:59 0
網野善彦と岡田英弘ってどっちが上?




83 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 17:55:57 0
副島隆彦は近著「ドル亡き後の世界」でわが師の岡田英弘先生の世界的業績云々って書いてた。

84 :世界@名無史さん:2009/12/16(水) 17:26:37 0
網野はただの電波、もしくは小説家の亜種

85 :世界@名無史さん:2010/01/05(火) 02:05:27 0
キプチャク・汗国をおこした
バツウはなぜあれほど強かったのしょうか?
当時12世紀の欧州国家は軍事や兵器に関してアジア諸国よりも
遅れをとっていたのでしょうか?
バツウの軍団の強さを教えてください。

86 :世界@名無史さん:2010/01/08(金) 08:20:18 0
http://www.nichizeiren.or.jp/taxpayer/info.html
この度、日本税理士連合会はモンゴル税理士会との友好協定締結
式を執り行いました。
諸外国には税理士制度はなく、公認会計士が税務を行うというこ
とが通説のように思われていますが、民主的な税制の国では税理
士制度が存在する、あるいは創設される傾向にあります。

http://c.2ch.net/test/-/tax/1249911012/i



87 :世界@名無史さん:2010/01/08(金) 08:26:26 0
「モンゴル」大統領府は、モンゴル観光連盟と、国民投票で「モンゴルの九不思議」を以下の20から選ぶ。

@「ブルカン・カルドゥン」
  ヘンティ県の山。 チンギス・ハーンの故郷にして墓所であるといわれ、神聖視。 山名は「神の丘」の意味。

A「フブスグル湖」
  中央アジア一深い湖。フブスグル湖の深さ262b、面積380立方b、水量では世界14位、アジアでは2位。

B「ヘルメン・ツァブ」
  ウムヌゴビ県グルバン・テス郡にある長さ10km、深さ100〜200bの谷。

C「タワン・ ボグド山、ポターニン氷河、ツァガーン川」
  バヤン・ウルギー県最大の観光地。 アルタイ タワン ボグド山はモンゴル最高峰フイテン山(標高4374m)最大の自然保護地域。

D「エージ・ハイルハン山」 ゴビアルタイ県ツォグト郡にある山と洞窟。
E「テルヒーンツァガーン湖、ホルゴ死火山」
  モン ゴルで一番新しい火山であるホロゴ山。火山の爆発によってできた淡水のテルヒーン・ツァガーン湖。

F「ウブス湖、イフ・ノールードン・ホトゴル」
  面積がモンゴル最大の湖。 面積は3350平方キロメートル。外部に流れ出ず、国際連合教育科学文化機関の世界文化遺産に登録された。

G「ホンゴル川、ホンゴル砂丘」
  ウムヌゴビ県セブレイ郡にある180キロのホンゴルの砂丘、高さは約m150。

H「タルボザウルスの骨格標本」
  自然史博物館の1981年に発見された、巨大恐竜タルボザウルスの骨格標本。

I「バヤンザグ」
ウムヌゴビ県ボルガン郡にある、1920年に初めて恐竜の化石化した卵を発見した所。
http://www.policejapan.com/contents/icpo/20090220/


88 :世界@名無史さん:2010/01/08(金) 08:27:30 0
http://www.policejapan.com/contents/icpo/20090220/
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/090218/29632.html

89 :世界@名無史さん:2010/01/08(金) 08:31:39 0
反汚職局職員の給与が決められる
2007/02/03 土曜日 20:15:36 JST
1月31日、国会本会議で反汚職局職員の給与その他について決められた。
同局局長の給与は47万4000トゥグルグ、副局長44万9000トゥグルグ、部長42万トゥグルグ、
課長39万6000トゥグルグ、係長36万6000トゥグルグ、職員32万4000トゥグルグにそれぞれ決められた。
また、勤務年数や役職などを考慮して給与を定める。

昨年採択された反汚職法によると、
公務員は資産に関する情報を2月15日までに提出しなければならない。
ところが、それを監査する反汚職局の職員の採用がまだで、
監査できない状態である。そこで、反汚職法を改正し、
毎年6月15日までに公務員の資産情報を集めることになった。
現在、3万9千人の公務員が資産情報を公開する必要があり、
そのうち4千人の公務員は資産情報を反汚職局に報告し、
残りは内閣官房その他関係機関に報告することになる。
http://www.mongoliadirect.com/content/view/1993/601/

【モンゴル音楽祭】しほの涼☆その9【日本代表】
事務所HP http://ime.nu/www.taskoffice.jp/index.html

公式ブログ http://ime.nu/ameblo.jp/shihono-ryo/

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/idol/1225477652/


90 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 00:03:24 0
日本21世紀没落の謎〜老衰するかっての大国
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1257749324/

626 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2010/01/08(金) 23:26:36 0
>>623
モンゴルといえば、イヴァン3世によるモンゴル人虐殺に始まるモンゴル人根絶により、
ユーラシア西半からはモンゴル人が永遠に絶えてしまったわけだけど、
これは白人に殺されたインディオの例と同じで、モンゴル人も少しはロシアに謝罪要求くらいすればいいのに。


91 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 00:04:14 0
日本が衰退した理由は中国人と朝鮮人の陰謀だといい加減に気づこうよ。
あいつらと国交断絶して日本再生をせねば未来は無いんだ。

92 :世界@名無史さん:2010/01/13(水) 02:42:45 0
こいつ、どんな脳してんだ
いままで生きてきて支障はなかったのかな?

93 :世界@名無史さん:2010/01/13(水) 12:23:47 0
と朝鮮人が日本人になりすましてレスしています。

94 :世界@名無史さん:2010/01/15(金) 16:24:01 0
>>85
>当時12世紀の欧州国家は軍事や兵器に関してアジア諸国よりも
>遅れをとっていたのでしょうか?
当たり前の常識を聞くなよw

95 :世界@名無史さん:2010/01/29(金) 22:36:11 0
2010/01/26(火) 18:19:07 ID:??? ?2BP(15)
 門外不出のモンゴルの至宝が一挙公開される同展。チンギス・ハーンが治めた広大な領土から
発見された黄金の装飾品や服飾、生活用品を中心に彼を特定する資料を交え、モンゴルの創世記から
帝国成立までの様相を明らかにします。多くの謎を秘めたチンギス・ハーンの生涯とモンゴル帝国を、
大規模でかつ本格的に紹介する初めての試み。総出展数約160点のうち、中国国家一級文物(国宝)
50点余りが特別出展されます。

開催日:2010年2月2日〜4月11日
9:30〜17:30、土曜/9:30〜19:30(入館はいずれも閉館の30分前まで) 
※休館日は毎週月曜(ただし3月22日は開館)、3月23日
開催場所:墨田区 江戸東京博物館 1階企画展示室
料金:一般1300円、大学・専門生1040円、65歳以上・高中生650円
詳細情報については下記サイトをご参照ください。
【引用元】http://local.yahoo.co.jp/detail/event/i77259/

しほの涼さんを応援して行きましょう♪

事務所HP http://ime.nu/www.taskoffice.jp/index.html

公式ブログ http://ime.nu/ameblo.jp/shihono-ryo/

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/idol/1225477652/

96 :世界@名無史さん:2010/02/03(水) 23:49:38 0
[MMD] Overflowing Miku Scares Children D:
http://www.youtube.com/watch?v=Oo9WCUkTCu4&feature=related



97 :世界@名無史さん:2010/02/04(木) 00:19:43 0
>>95
元朝関係のものだけじゃないか!
キプチャクやチャガタイも無いやんけ。

名前を「元朝展」にしないと、景表法違反に問われるぞ。

98 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 03:08:05 0
>>38
え〜!?
鎌倉幕府の対応のどこが異常なん?
モンゴルって当時日本の周辺国全てに戦争しかけてる侵略国家だよ。
鎌倉幕府が最初から「モンゴルに日本侵略の意図有り」として対応したのは当然じゃん。
大体、日本と同時期にモンゴルから使者送られた国は、みんな鎌倉幕府以上に過激な対応してるのに。。。

99 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 04:55:07 0
具体例を挙げない事には、過激な対応かどうか判るはずがないよね。

100 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 05:25:55 0
>>99
雲南の大理国 使者処刑
ベトナムの陳朝 使者をいきなり投獄。拷問にかけて獄中死させる。
ビルマのパガン朝 使者処刑。
ジャワのシンガサリ朝 使者の顔に刺青をして送り返す。

日本の鎌倉幕府 文永の役で戦端が開かれるまで、使者を全員無事に帰国させる。

101 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 07:03:41 0
>>100
金、南宋、大夏、ホラズム 使者に対して外交儀礼通り対応

雲南の大理国 (開戦後に送られてきた)使者を処刑
ベトナムの陳朝 (開戦後に送られてきた)使者を投獄。拷問死させる。
得宗家 使者ガン無視。(開戦後に送られてきた)使者を処刑

日本の対応は、最も過激な対応したグループだよ

102 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 08:09:30 0
>>101
ホラズムは開戦前にモンゴルから送られてきた通商団を皆殺しにしてるけど。
有名な「オトラル事件」ってやつ。
その後送られてきた使者も正使は処刑し、副使は侮辱のため髭を切り落として送り返してる。
あと、陳朝が使者を投獄したのが開戦後ってのも嘘。
最初の使者をいきなり投獄してるし。

で、モンゴルに対して外交儀礼通り対応した国々が使者のスパイ行為や調略によって
まともな抵抗もできないまま征服されたのを、鎌倉幕府は散々見てるわけだ。
使者を無視した鎌倉幕府の対応は大正解。
賢い鎌倉幕府が一番的確な対応したってことね。

103 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 08:18:30 O
遊牧文化は足手まといになった年寄りは草原に捨てていく。尊敬されるのは家畜を草や水のある所に連れて行ける者、戦に強い者だけだ。能力のある者だけが尊敬される。大相撲の親方衆のように現役を退いて年取っているだけの存在は朝青龍でなくともモンゴル人は尊敬しない。

104 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 08:55:14 0
杉山は鎌倉幕府の外交を批判する一方で、「やや冷たいいい方になるが、京都朝廷が情勢次第では
モンゴルと一体化する状況もありえたかもしれない。朝鮮半島では、そうなった。」とか書いてるんだぜ。
そりゃ、杉山はモンゴル大好きだから、モンゴルと一体化する状況は大歓迎だろうけどさ・・・
そういう状況にならなかったのは、鎌倉幕府が使者を無視し、国内に一切手を突っ込ませなかったから、
つまり外交で的確な対応したからじゃん。
こういう杉山の鎌倉幕府に対する外交批判を、額面通りに受け取るのは如何なものかと思うぞ。

105 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 12:00:02 0
>>91
チャンチョンごときに陥れられて衰退する日本って・・・

106 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 18:01:50 0
>>101
細かい話だが、北条宗家を「得宗」と呼ぶようになったのは、時宗の息子の貞時の時代からな。


107 :世界@名無史さん:2010/02/11(木) 01:39:04 0
杉山はバカだからどうでもいいや
アジア人優性主義を捏造しようとやっきになってるきちがい。
その民族主義的な神話の構築も、ヒトラーやワーグナーの足元にも及ばない。


108 :世界@名無史さん:2010/02/11(木) 04:42:35 0
歴史的に、長い間アジア人が欧州人に対して優越していたのは厳然たる事実
>>107は重度のキチガイ

109 :世界@名無史さん:2010/02/13(土) 19:49:36 0
不仲なのは、岡田さんのhpで確認できるね。
しかし、なんつーマニアックなスレだw

110 :世界@名無史さん:2010/02/17(水) 07:05:07 0
>>101

【文永の役】元寇(蒙古襲来)を考察U【弘安の役】
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1262441578/

296 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2010/02/16(火) 19:35:16 ID:VrJVeqbr
敵を追い払うだけなら
ベトナムも最終的には成功している。
その過程で元に首都を制圧され属国化もされたが。

しかし文永の役では海岸から10kmも侵入させず、
わずか一日で撤退に追い込んでいる。
両者には明らかな違いがある。

日本大勝利だというのに杉山さんはよほど日本に負けて欲しかったの?

111 :世界@名無史さん:2010/02/17(水) 11:32:20 0
 
朝青龍、モンゴル大統領になるか。

http://akiba.geocities.jp/pxzuwp/02/4/43.html

旭鷲山(きょくしゅうざん)は、既に国会議員トップ当選している・・・。



112 :世界@名無史さん:2010/02/19(金) 18:52:08 0
326 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/19(金) 17:47:04 ID:???
国書の和訳DQN風味
上天眷命 「イケメンからのゴアイサツw」
大蒙古皇帝奉書「大蒙古国の『皇帝』の手紙だぜ!」
日本國王朕惟自古小國之君「やあ小国ニッポンの『国王』(皇帝>国王)ちゃん元気にしてる?」
境土相接尚務講信修睦「俺、おもうんだけど国境を接する国とは仲良くしたほうがよくね?」
況我祖宗受天明命奄有區夏「ましてや俺達モンゴルってば天に世界の頂点約束されてるわけなんよ」
遐方異域畏威懐徳者不可悉數「隣国どころかすげー遠い国でも俺にぺこぺこしてんぞ? 」
朕即位之初以高麗無辜之民久瘁鋒鏑「そういえば高麗もおれが軍事介入して戦争をやめさせてやったわけだが」
即令罷兵還其疆域反其旄倪「くそ役にたたねーガキと爺どもを故郷に帰してやったわけさ」
高麗君臣感戴來朝「そしたらあいつらうれションする勢いでぺこぺこしてきたぞw」
義雖君臣而歡若父子計「まああいつらは俺のパシリだが同時に親子でもあるわけだな」
王之君臣亦已知之「まあお前らもこのことはもう知ってるわな」
高麗朕之東藩也「高麗は俺の犬」
日本密邇高麗「んで日本は高麗のすぐ隣やん」
開國以來亦時通中國至於朕躬而無一乘之使以通和好「なのにオメーなんで俺に挨拶しに来ないわけ?」
尚恐王國知之未審「多分おまえら世の中の変化を知らないだけだよな? 」
故特遣使持書布告朕志「しかたねーから俺から手紙だして教えてやったのよ 」
冀自今以往通問結好以相親睦「今から仲良くしようぜ?な? 」
且聖人以四海爲家「おれみたいなイケメンはさ全世界を俺の家族だと思ってるんだよねスイーツ(笑) 」
不相通好豈一家之理哉「ちなみに親交をむすばないってんなら家族じゃねーからぶちのめすわw」
以至用兵夫孰所好「おれもお前ぶちのめしたくないからよwわかんだろ?言ってることw」
 王其圖之不宣「じゃーな!」
    至元三年八月 日

まさにDQN


113 :世界@名無史さん:2010/02/19(金) 19:48:27 0
どこかで見たコピペだなw
論破されたのにまた貼るのかw

114 :世界@名無史さん:2010/02/20(土) 05:25:04 0
今気付いたけど1行目は「眷命」と「イケメン」をかけた駄洒落だったんだなぁ。
何度か言われているけど、3行目と5行目が誤訳しているうえ、14行目も前半を
訳し落しているとかも痛い。

115 :世界@名無史さん:2010/02/20(土) 10:41:20 0
【蒙古】鎌倉武士が圧倒してた件について【襲来】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1265643751/
101 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2010/02/10(水) 07:03:41 0
>>100
金、南宋、大夏、ホラズム 使者に対して外交儀礼通り対応

雲南の大理国 (開戦後に送られてきた)使者を処刑
ベトナムの陳朝 (開戦後に送られてきた)使者を投獄。拷問死させる。
得宗家 使者ガン無視。(開戦後に送られてきた)使者を処刑

日本の対応は、最も過激な対応したグループだよ

256 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2010/02/20(土) 00:58:18 0
>>253
元側の意図は最初から日本征服。
だから、国書を送った裏で日本への軍事侵攻の準備を開始してる。

「朕、宋と日本とを討たんと欲するのみ。今、朕、爾の国の猶お一家のごときを視る。
爾が国、若し難あれば、朕、安んぞ敢えて救わざらんや。朕、不庭の国を征するに、
爾が国の出師し助戦すること、亦た其の分なり。爾、帰りて王に語り、戦艦一千艘、
米三、四千石を載すべきを造れ」
(高麗史・巻102・列伝15・李蔵用・1268年5月29日条)

そして日本側も国書が来た時点で、元側の日本征服の意図を完璧に理解してる。

「高麗牒状到来、蒙古高麗を打ちとり、また日本を打つの由と云々」
(外記日記・1267年11月25日条)
「蒙古人凶心を挿み、本朝を伺うべきの由、近日牒使を進むるところなり、早く用心すべし」
(追加法・1268年2月27日)

元側の意図を理解してないのは、鎌倉幕府の外交に文句言ってる現代のアホ学者だけ。

116 :世界@名無史さん:2010/02/20(土) 10:42:33 0
251 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2010/02/20(土) 00:15:47 0
>>246
モンゴルと隣接した国で外交的に平和を維持した国なんて皆無なんだが。
ヒステリックどころか、同時期に元からの使者を迎えた他の国に比べれば紳士的な対応した方。
鎌倉幕府の的確な外交のお陰で日本は救われたんだよ。

233 名前:世界@名無史さん[ ] 投稿日:2010/02/19(金) 20:02:06 0
文永の役、モンゴル騎馬軍団は5分の1の兵力に過ぎない武士に歯が立たず、たった1日で敗退。
弘安の役、更に江南から10万もの大軍を送り込んだが、日本軍によって皆殺し同然の扱いを受ける。
この2つの戦いが、その後の日中関係に与えた影響は大きい。

実は明の朱元璋も、日本に対して武力侵攻をちらつかせ、脅迫をしてきたことがある。
しかし、それに対する日本からの返答は、

「天下は天下の天下であって誰か一人の天下ではないのです。我が国には、水沢の地や山海の洲にも備えがあり、明の武力侵攻を恐れたりはしません」

という挑発的なものであった。
当然、朱元璋は激怒したが、あの強大なモンゴル帝国ですら完敗した日本に、自分が攻め込んでも勝算は無いと考え、泣く泣く矛を収めるしかなかった。





今の日本人もこれくらいの気迫を持っていてほしいな

117 :世界@名無史さん:2010/02/20(土) 18:32:17 0
>>116の孫引きの>233に対して。

太祖時代の日本は、南北朝統一がなされていないか、なされても守護大名の
力が強く不安定な状態だった。もし太祖が本気なら、日本の足利幕府に反抗
的な守護大名や南朝(又はその残党)と組めば、勝算は十分にあったはず。

これをしないのは、明の情報機関のレベルが低いか、太祖がバカか(実際に
末期はかなり耄碌していたらしい)、この話がウソかのいずれかだ。

118 :世界@名無史さん:2010/02/20(土) 18:36:34 0
実際に足利義満が勘合貿易に応じたのも、明の威光を恐れたのもある。
その点、足利義持は本当のバカだった。もし明が本気になれば、鄭和の
大艦隊が日本を襲ってきただろう。たちまち関門海峡を突破し、瀬戸内海
→大阪湾を我が物顔で進軍し、現在の大阪市に上陸し、京都に攻め上った
だろう。老獪な鄭和ゆえ、日本の守護大名や南朝の残党への工作は欠かさ
なかったはずだ。足利義持は即座に捕縛され、斬首されただろう。

そうならなかったのは、単に運が良かっただけ。

119 :世界@名無史さん:2010/02/20(土) 18:41:23 0
明代中国は西域や東南アジア、朝鮮すら直接的な影響力を及ぼしてしないし
日本の冊封を認めているのだから、侵略の企図なぞ有った筈がない、100%捏造。
意訳風の文も誤訳、捏造、改竄だらけ、お話にならない

120 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 06:06:34 0
明代中国は鄭和の艦隊によって東南アジアからインド洋に直接的な影響力を及ぼしてるし、
ベトナムに至っては侵略戦争によって一時期占領下に置いてたこともあるが。

121 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 10:49:53 0
艦隊によって東南アジアからインド洋に直接的な影響力w

直接的な影響力というからには、漢、唐、元代のように冊封体制下で
時折人事干渉するか、直接、間接支配してないと実態にそぐわない。

122 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 11:18:23 0
>>121
冊封体制下で 時折人事干渉するか、直接、間接支配って鄭和の海外遠征の目的そのものじゃん。
実際にセイロン国王を捕えたり、モルティブの王位継承に介入したりしてるわけで、これ以上露骨な
影響力行使はないだろ。

123 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 14:16:21 0
>>117
http://www.guoxue.com/shibu/24shi/mingshi/ms_322.htm

124 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 14:20:49 0
セイロン、モルジブ。どちらも辺鄙な島
明は元代までと違い西域、南昌、朝鮮、東南アジア
直接、間接支配どころか冊封体制下での干渉すらほとんどしてないだろう。

125 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 14:30:32 0
http://d.hatena.ne.jp/navi-area26-10/20100202/p1

平成18年10月、訪中した安倍晋三首相(当時)と胡錦濤国家主席との首脳会談の合意に基づき、同年12月に始まった。
両国の有識者各10人で構成され、「古代・中近世史」「近現代史」の分科会で双方が論文を提出し、議論した。
日本側は北岡伸一東大教授、中国側は歩平・社会科学院近代史研究所長が座長を務めた。日中平和友好条約締結30周年に
あたる20年中に成果を発表する予定だったが記述をめぐり意見が対立し何度も延期された。最終会合も中国側の意向で昨年12月まで開かれなかった。

 一方、「古代・中近世史」では、日本が中国を中心とした国際秩序「冊封体制」に臣下として組み込まれていたとする中国側と、隋の時代以降、
「朝貢はするが冊封は受けない」という関係にあったとする日本側の見解は分かれた。

 また、沖縄県について、中国側は「(琉球時代)中国の冊封体制下にあった独立国だが、日本は横取りした」と指摘した。

126 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 16:05:32 0
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3a/%E6%AD%A6%E8%80%85%E4%BA%BA%E5%BD%A2.jpg

127 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 17:05:06 0
>日本が中国を中心とした国際秩序「冊封体制」に臣下として組み込まれていたとする中国側と、
>隋の時代以降、「朝貢はするが冊封は受けない」という関係にあったとする日本側の見解は分かれた。

これは、ネトウヨあたりが中国叩きの口実に使いそうだけど、実は歴史的には日中両国のこうした認識の差が
聖徳太子以降、秀吉にいたるまでずっと存在していた。

だから、日本が遣隋使や遣唐使派を派遣して挨拶(朝貢)してきた時点で臣下として扱う中国王朝側の認識と、
中国の官爵(冊封)を拒否することで、 あくまで臣下ではないという立場を堅持した日本朝廷の認識の差が、
そのまんま現代の両国歴史学者の認識の差に反映している。

中国にしてみれば、周辺諸国が遣使・朝貢してくれば臣下扱い、日本にしてみれば対内的には自主独立の帝国、
どっちの言い分もそれぞれの認識では間違ってないわけだ。

128 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 17:12:55 0
>>124
だから、現実に干渉してるじゃん。

129 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 17:35:50 0
>>127
当時だって、中国、日本の間で白黒はっきりできなかったグレーゾーンだったんだから、
現代だって白か黒かはっきりできるわけがない。

130 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 17:35:52 0
>>128
だから、どれだよ。
ちっこい島の土人を懲らしめる大偉業を達成しました、ってかw

131 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 17:54:28 0
>>130
鄭和の艦隊派遣が干渉そのものだろーが。
実際に軍を派遣することが、干渉じゃなくて何なのさ?
漢、唐、元代よりも遥かに支配の実態が伴ってるじゃん。

132 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 19:46:49 0
漢、唐、元代は交趾・安南、南昌を直接統治または間接統治までしてる
西域も直接、間接統治下、朝鮮も人事干渉するほど従属性の強い冊封

軍を派遣?使節と商人を護衛付きで送っただけだw

133 :世界@名無史さん:2010/02/22(月) 03:39:28 0
>>125
最後の一行は日本の史観にトドメさせるからな。扱い方でひとつで深いとこまで
刺し込める。

何でアフォな事始めたんだw

134 :世界@名無史さん:2010/02/22(月) 16:44:35 0
>>132
明は西域のチベットを間接統治してるし、安南に至っては永楽帝の時に侵略して直接統治してる。
加えて、漢、唐、元代に東南アジア・インド洋の海域が明代ほど強い干渉下にあったことはない。
もし、あるというのなら鄭和の遠征に匹敵するような例を挙げてくれ。

135 :世界@名無史さん:2010/02/22(月) 23:24:52 0
元代は東南アジアの各地を占拠、人事干渉してるぞw
唐代も安南を間接統治してる、明代はベトナムの北の方を短期間制圧してただけ
漢代ですら明代に制圧していた地区は支配してるし。

136 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 02:32:56 0
>>135
明代には安南を直接統治してるのに、「唐代も安南を間接統治してる」って何の自慢になるの?
唐代、元代に比べれば、明代の方があきらかに安南への支配は上じゃん。
それから、東南アジア・インド洋の海域における鄭和の遠征に匹敵するような例を早く出せよ。

137 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 02:56:32 0
明代はベトナム北部の一部を短期間「間接」統治しただけ
唐代、元代の安南統治はより広範囲かつ長期間に渡ってる
漢代と比べてさえ、南昌を支配していないのと安南統治が即瓦解したのを見れば劣る
いい加減、詭弁ばかり弄してないで自分の誤りを認めたら?w

138 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 03:37:40 0
>>137
永楽帝の時代、安南は明の領土に編入されてたんだよ。
お前、この程度のことも知らないの?
あと、元代の安南政策がどういう経過を辿ったか具体的に書いてみろよ。
「即瓦解」って元代の安南政策そのものだから。
それから、結局東南アジア・インド洋の海域における鄭和の遠征に匹敵するような例は出せないわけ?

139 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 04:06:25 0
たったの10年ちょっとで追い出されたけどなw
元代は、まず大理を占領統治、ビルマも占領統治してる
更に西域も朝鮮もチベットも統治下に置いてる

東南アジア・インド洋の海域じゃ普通に中国商人やイスラム商人が行き来した時代
元代の陶磁器がアユタヤや南インド、ペルシャ湾岸の都市から相当量まとまって出土してる
東方見聞録を書いた使節も船でイル・ハン国まで帰還したしね。

140 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 04:24:22 0
>>139
お前、>>137では「ベトナム北部の一部を短期間「間接」統治しただけ」と書いてるのに間違いを認めないの?
思いっきり「直接統治」じゃん。
元代の安南統治が、どう明代よりも広範囲かつ長期間に渡ってるのかも書けよ。

>東南アジア・インド洋の海域じゃ普通に中国商人やイスラム商人が行き来した時代
>元代の陶磁器がアユタヤや南インド、ペルシャ湾岸の都市から相当量まとまって出土してる
>東方見聞録を書いた使節も船でイル・ハン国まで帰還したしね。

これ、単なる民間の商業活動だろーが。
結局、漢、唐、元代に鄭和の遠征に匹敵する例は無いってことだな。
商業活動なら明代はアユタヤや南インド、ペルシャ湾岸の都市は勿論、東アフリカ沿岸にまで及んでいて、
ジンバブエの遺跡からも陶磁器が出土してるんだが。

141 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 09:22:35 0
その通商ルートは民間のじゃねえの。
たとえばローマ時代の遺物はベトナムからもデルが、
ベトナムの通商がローマ人の影響下にあったなんでだれも思わない。

それと同じことだよ。

142 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 09:56:04 0
>>141
残念ながら元代の通商ルートは単なる民間の通商ルート。
中国商人やイスラム商人なんて宋代から東南アジア・インド洋の海域を行き来してるんだよ。
元代もただそれと同様の状況だったというだけ。
鄭和の大艦隊を南インド、ペルシャ湾岸の都市から紅海、東アフリカ沿岸にまで派遣した
明代とは比較にならない。

143 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 12:11:06 0
ああ、記録が全部焼かれたのをいいことに駄法螺吹きまくってる鄭和か

144 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 12:22:30 0
明って記録やけていて、その後解禁政策やったじゃないかw

元代も日本との戦争で海軍力大半すりつぶされちゃって
積極的な海への進出が事実上とざされた。

なんで支那人はすぐバレル嘘をつくの?w

145 :世界@名無史さん:2010/02/23(火) 18:10:31 0
>>140
大理の占領、ビルマの占領、北部〜中部インドの制圧と親モンゴル政権への首の挿げ替え
ベトナムの北辺をちょろっと占領してさっさと追い出された明代とは比較にならんよ。
>>142
残念ながら鄭和の遠征も商業活動、元代にも名前は忘れたが
官貿易を司る官職があって、中東〜インド〜シナを交易してる
鄭和ほど大船団を率いてないだけで、交易量からすれば宋、元代のが多い

146 :世界@名無史さん:2010/02/24(水) 05:16:50 0
>>145
>北部〜中部インドの制圧と親モンゴル政権への首の挿げ替え

これ、元がやったことじゃないし。

>ベトナムの北辺をちょろっと占領してさっさと追い出された

でも、ベトナムを直接統治下置いた実績のある明は、それすらできなかった元よりも遥かに上。

>鄭和ほど大船団を率いてないだけで、交易量からすれば宋、元代のが多い

つまり、元や宋は民間交易だけで、軍事政治面での介入は鄭和の大船団を派遣した明に及ばないってこと。

147 :世界@名無史さん:2010/02/24(水) 08:10:37 0
資料が全部焼かれた上に傍証すら残ってないあの鄭和か

148 :世界@名無史さん:2010/03/01(月) 09:32:19 0
>>46
二十五史のネット索引を調べたら
南北朝の北周側から「梁寇憑凌」って言葉が出てきた。
だから普通に元寇もOKだね。


149 :世界@名無史さん:2010/03/01(月) 10:01:46 0
>>108
ローマ帝国とルネサンス以後は西洋の圧勝。
「アジア」ってヨーロッパの五倍ぐらいの面積で、そこに含まれる文明は
イスラム・インド・シナの三つ。三つで一つの西洋文明と比べるなんて不公平。


150 :世界@名無史さん:2010/03/03(水) 08:13:29 0
秦漢帝国とローマ王朝は秦漢が政治、行政、産業、技術、軍事、全ての面で圧勝
ルネサンス当時もまた、オスマン、ティムール、モンゴル、明のうち
どの帝国でも政治、行政、軍事、産業、科学、技術で西欧に対して圧勝

151 :世界@名無史さん:2010/03/11(木) 15:51:55 0
>>148
「梁寇」は北周側からバイアスをかけた表現なので、歴史用語にはなりえない。

152 :世界@名無史さん:2010/03/13(土) 22:34:30 0
元寇も日本から見たバイアス表現だろJK

153 :世界@名無史さん:2010/03/14(日) 11:22:41 0
元史自ら「ただ四境を虜掠して帰る」なんだから、元が寇したという表現が一番適切だろ

154 :世界@名無史さん:2010/03/18(木) 22:04:07 0
元史って、誰がいつ作ったの?
元史自らって...。

155 :世界@名無史さん:2010/03/19(金) 01:08:52 0
>>154
「元史」日本伝は元代に蘇天爵が編纂した「元文類」の日本に関する記事をほぼまる写しにして作ったんだよ

156 :世界@名無史さん:2010/03/19(金) 01:30:25 0
「ほぼ」は「ほぼ」だからな、況してあのキチガイ皇帝が編纂させた歴代最悪の栄誉に浴する元史
元に関しては出鱈目や極度のバイアスが掛かってるのは疑うべくもない

157 :世界@名無史さん:2010/03/19(金) 02:01:58 0
>>155
教えてくれてありがと。
そうだよね。

「元史」日本伝は、元代に蘇天爵が編纂した「元文類」の日本に関する記事をほぼまる写しにしたんだけど、
それは誰が作ったんだよ?

『国朝文類』を『元文類』って記す時点で、どうなの?

『国朝名臣事略』は、『元朝名臣事略』なの?

『南村輟耕録』の内容は、かなり複雑に思えるんだけど、どう?

158 :世界@名無史さん:2010/03/19(金) 02:08:13 0
『草木子』とかの関わりを問うのだとしたら。
たしかに。それは、それでありだと思います。

そういえば今年、中国大陸で蘇天爵に関する本が出版されたような。

たぶん買ったと思うんだが...

誰かフォローを...


159 :世界@名無史さん:2010/03/19(金) 02:41:20 0
>>156
読み比べても別に極度のバイアスなんて掛かってないよ。
「惟虜掠四境而歸」の「惟」の字が「第」と置き換わってるだけで、文章の意味は同じだし。

>>157
『元文類』って普通に使われてるけど。

160 :世界史@名無さん:2010/03/21(日) 01:19:56 0
>>158
『草木子』より、『山居新話』じゃね?

蘇天爵に関する本、俺も買った。

何のフォローが欲しいの?

161 :世界史@名無さん:2010/03/22(月) 00:50:19 0
>>159
『元文類』って普通に使われてるからどうなの

157はたぶん「国朝」を「元」て記すことの意味をちゃんとわかってるのかってんじゃねぇの

162 :世界@名無史さん:2010/03/22(月) 09:36:26 0
『国朝文類』か『元文類』かなんてどうでもいいこと。
中身は同じなんだし。

163 :世界史@名無さん:2010/03/23(火) 01:28:19 0
あ、出た!
「版本」って言葉の意味すら知らないやつ。
いろんな版本を並べてその中身を逐一検証してみてみ。
たぶん、びっくりするから。
中身が違うから。

まさか、「宋版の『元史』が発見されたぞ」みたいな古典的ネタには引っかからないとは思うけど。

164 :世界@名無史さん:2010/03/23(火) 12:14:09 0
で、「第虜掠四境而歸」を並べると、どうびっくりするような違いがあるの?

165 :世界@名無史さん:2010/03/24(水) 12:08:42 0
岡田さんの『康熙帝の手紙』、わざわざ古書ネットで取り寄せたんだけど、
これってそんなに面白いか?
面白いパートもあるけど、そこは『紫禁城の栄光』とかぶるところ多いし。
専門家には評価高いのかな。


166 :かきつばた ◆O1SdlnknBs :2010/03/25(木) 06:17:12 0
>>165
岡田センセの概説書には、おなじ文章を、一部だけいれかえてタイトルのちがうハードカバーや文庫で何度も出版したものがあるけど、その本は、档案の読解成果からいきなり下記起こしたもので、生史料の息吹がじかに近いかたちで感じられる点がすごい楽しい。



167 :世界@名無史さん:2010/03/25(木) 19:23:01 0
そうか・・・
基本知識おさえてからもう一回挑戦してみます。

168 :世界@名無史さん:2010/03/27(土) 14:01:00 0
あれは初学者がいきなり読んで楽しい本じゃないよ。
奥さんの宮脇先生の「最後の遊牧帝国」もそうだけど、
あるていど知識がないとツライ。概説書たくさん読んでから再挑戦してみて。

169 :世界@名無史さん:2010/03/27(土) 17:18:30 0
>>166>>168
へたくそメイクしたXジャパンのグルーピーみたいな内輪事書いてんじゃない。
そうじゃなく「面白く無い本」と率直に言ってやらないと作者自身の為にならんぞ。

170 :世界@名無史さん:2010/03/27(土) 17:34:50 0
内容は別として、慣れない人に
モンゴル人やチベット人の人名オンパレードはツライよ。
だからまず概説書で背景を押さえてから、とアドバイスしただけ。

171 :世界@名無史さん:2010/03/28(日) 21:22:19 0
>>166
 ↑
チベット屋に東大のポストとられてルサンチマンどろどろのやつがこんなところにまで僻みにでてきたようですw


172 :171:2010/03/28(日) 21:25:41 0
まちがえた、
169ねww

173 :世界@名無史さん:2010/04/02(金) 09:02:17 0
ざっと読んだけど
北部〜中部インドってモンゴルに制圧されてたっけ?

174 :世界@名無史さん:2010/04/27(火) 17:11:52 0
岡田英弘『歴史とはなにか』っていう新書は読む価値ありますか?

175 :世界@名無史さん:2010/05/14(金) 06:22:03 0
岡田英弘氏の著者について、
下記(↓)の質問と回答を見つけました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14309054

176 :世界@名無史さん:2010/05/14(金) 09:27:10 0
皆さん、スイマセン!
>>175の文の一部に誤字がありましたので
下記の通りに訂正致します。

岡田英弘氏の著書について、
下記(↓)の質問と回答を見つけました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14309054

177 :世界@名無史さん:2010/05/22(土) 11:02:23 0
ウィキペディア-李成桂
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%88%90%E6%A1%82

女真人説 [編集]
池内宏[8]や山内弘一[4]らは李成桂が女真人或いは女真人の血を引いている可能性を指摘している。また、室谷克実は崔南善が著書『物語朝鮮の歴史』において李氏朝鮮の創建過程を簡素に書いたのは李成桂が女真人であることを認識していたからではないか、と指摘している[9]。

李成桂女真人説の状況証拠としては次のことが挙げられる。

・李一族の出身地の咸鏡道は15世紀までは女真人の地だったこと。

・李一族は女真人の配下を多数抱え李一族が頭角を現したのはかれらの助けが大きかったこと。

・のちに15世紀になって編纂された王朝創建の偉業を称えた『龍飛御天歌』によると、李一族は全羅道の全州出身で古くは新羅に仕えたがやがて咸鏡道に移住した、と書かれているが、後世に潤色されて書かれているため信憑性が疑わしいこと。

・モンゴル語で書かれた李家の家系図から、李一族の女直名は完全に記載されているが朝鮮名は不完全にしか書かれいないこと。

・ダルガチ職は高位の職で原則としてモンゴル人であり、稀に女真人や色目人が任命される事があるが、被支配民族の漢人、ましてや漢人の子分の高麗人が任命されることは非常に不自然であること。

・千戸として女真人の統治を行っていたこと。

・姓を李氏と言ってはいるが、祖先が元朝の家来で、元の開元路出身であることは明らかであり、モンゴル名を持っていること。(ただし、当時は高麗人貴族もモンゴル名を持っているから、これだけでは女真人とはいえない)

178 :世界@名無史さん:2010/05/22(土) 11:05:59 0
岡田英弘と宮脇淳子は13世紀モンゴル時代の朝鮮半島と大陸の関係と李氏朝鮮勃興を概説し、
朝鮮の太祖李成桂女真人説について次のように論証している[9]。
その上で史料証拠として『李朝実録』の冒頭『太祖実録』の内容[10]を用いて次のことを挙げている[9]。

『李朝太祖実録』冒頭には「太祖康獻至仁啓運聖文神武大王、姓李氏、諱旦、字君晋、古諱成桂、號松軒、全州大姓也」とあり、本貫が全州李氏であること、新羅の司空李翰を始祖として、以下21代を経て李成桂に至ったとするが、
第16代まではほとんど名だけが知られるにすぎず、第17代(李成桂4代の祖)からやや詳しい伝記がある。その第17代以後の祖先の活動舞台と居住地を通観すると、
前16代につなげるために全羅北道全州(完山)を出発点として、東海岸の三陟から豆満江畔にわたり、
そのほぼ中央に位置する咸興をもって活動の根拠地としたように書いてある。すなわち、全州李氏の出身だというのは後世の捏造で、その証拠に、李氏朝鮮王室で、全州李氏の誰一人として祖先として祀られた人はいない[9]。

『李朝太祖実録』巻一、九頁下、には次のような記事がある。「初三海陽(今吉州)達魯花赤金方卦、娶度祖女、生三善三介、於太祖、為外兄弟也。生長女真、膂力過人、善騎射、聚悪少、横行北邊、畏太祖、不敢肆。」
これを訳すると、「三海陽(咸鏡北道の吉州)にいた元のダルガチだった金方卦(女真人と思われる)が、度祖(モンゴル名ブヤンテムル、三頁下、李子春の父)の娘を娶って生まれたのが三善三介で、太祖の外兄弟(姓が違う兄弟)である。
彼は女真で育ち(女真の族長になった)、腕の力が人並み外れて強く、騎射をよくし、悪い奴らを集めて、北辺に横行したが、太祖を畏れて、敢えてほしいままにしなかった」というのである。
これによると、太祖も女真族としか考えられない。なぜなら、遊牧民や狩猟民は族外婚制をとり、姓の違う集団と結婚関係を結ぶのを習慣とする。
女真族の族長である三善三介が太祖李成桂の外兄弟であるというならば、太祖自身も女真族であったと考えるのが自然である。
『李朝実録』は、朝鮮時代になってからの正史であるから、朝鮮王の家系について、なるべく高麗との関係を重んじるような書き方をしているが、どうしても書き残さざるを得なかったのが、この「三善三介」についての記事である[9]。

179 :世界@名無史さん:2010/06/07(月) 21:15:22 0
世界最強鎌倉武士団
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1172215786/

180 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 01:16:34 0
【蒙古】鎌倉武士が圧倒してた件について2【襲来】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1268996625/

181 :世界@名無史さん:2010/06/29(火) 15:37:05 0
これがフブスグルか。
ttp://iyasaaca.exblog.jp/i3

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