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世界史に於ける秀吉の朝鮮征伐の考察その8

1 :世界@名無史さん:2009/05/31(日) 20:58:35 0
秀吉軍の北伐は可能だったと客観的に証明されていますが。

引き続きマターリ考察していきましょう。

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2 :世界@名無史さん:2009/06/01(月) 07:53:24 0
>>1
乙!

3 :世界@名無史さん:2009/06/01(月) 21:42:47 0
たとえば豊臣日本軍が朝鮮全土から撤退したとき、
鬱陵島と済州島だけ確保することは可能だっただろうか?

4 :世界@名無史さん:2009/06/01(月) 22:30:37 0
可能だろうけど、どっちも大して旨みのある島じゃないしな。
交易拠点なら東シナ海沿岸部や対馬で十分だしさ

5 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 00:04:41 O
どうせなら南方進出して台湾征服したり、蝦夷地を完全平定すりゃ面白かったのに

6 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 01:39:35 0
>>3
そんな島確保する意味がわからんが、確保しても周囲を封鎖されて食料がなくなるだろ。
日本から遠い島を確保しつづけるのは難しい。水軍の優劣は日本が劣ってるからな。

>>5
南方まで数千の軍隊を送ることが出来たかどうか・・・
補給の面からいって困難だろう。

7 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 08:24:12 0
台湾って風土病とか激しそうなんだけど大丈夫かな?

8 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 14:31:21 0
>>6
水軍は日本が劣っていたと決めつけるのはいかがなモノか。

朝鮮船は、堅くて節が多く加工しづらい上に長尺のものも取れがたいという、
船材として本来不向きである松の角材やら厚板やらで組み上げてあったから、
逆にその分頑丈ではあったものの鈍重だし、またコスト高で量産にも不向き。
戦法においても遠戦指向という点で移乗切り込みが基本の日本との違いは
あっても、装備火砲は旧態然としたものであったし、著しく優位に立てる
ようなものがあったとは思えないが。

9 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 14:59:28 0
>8
同意

10 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 19:03:00 0
>>6
簡単に包囲というが、済州島やウルルン島は孤島に近いから、沿岸タイプの朝鮮水軍じゃ荷が重いんじゃないか。
亀甲船は沿岸でも長距離は無理そうだし、単純に数の多い日本側のほうがはるかに有利。
それに史書どおりなら朝鮮水軍は総数で20隻もないから、ローテーションや沿岸警備も不可能っぽいが

11 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 19:14:13 O
水軍とか関係なしに朝鮮沿岸からのアクセスが必要だから、ミリ。
逆に言えば、その沿岸を陸軍が押さえていれば支配可能。

12 :世界@名無史さん:2009/06/02(火) 19:21:58 0
>>5
明滅亡前なら薩摩藩だけでも可能かもだけど、マラリア等の風土病があるし、特産物も当時じゃ魅力的なの少ないからなぁ。
蝦夷地も明治になるまで開拓されなかったし、海産物だけなら松前だけで十分とされたんだろ

13 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 01:00:51 0
>>8
実戦で朝鮮水軍に日本水軍は負けてたじゃん。

14 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 11:18:10 0
>>13
朝鮮水軍は、文禄の役前半の輸送船に警護船が数隻ついただけのような日本船団にこそ
勝ってたが、日本側が海岸の要所を押さえて防御網を整えると、熊川−南海島ライン以東には
進入することもできなくなり、そして日本が軍船を整えて臨んだ慶長の役では、緒戦で
朝鮮水軍はあっけなく壊滅、件の李舜臣は残兵を収容しての撤退戦こそ成功させたものの、
その後は明水軍が到着するまで単独では攻勢に出ることすら全く出来なかったワケだが。
で、最後には急造の上に戦力的にも劣る島津水軍に返り討ちにあってるし。

史実はこんなモンだよ。

15 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 12:26:15 0
>>14
なぜ文禄の役で日本水軍は勝てなかったのか。
脇坂の水軍も敗北してるよね。警護をつけなかったのならば逃げればよかったのに戦って負けてる。
日本水軍はなぜそんな行動にでたのか。


16 :14:2009/06/03(水) 12:51:45 0
まず訂正
× 南海島
○ 巨済島

>>15
閑山島海戦は陸から再び船手に戻された脇坂が功を焦って先走っただけでしょ。動員定数1500で
実数は1000に満たなかったと思われる脇坂勢が朝鮮水軍全力(5000〜7000ほどか)に包囲されて
袋叩きだから勝てるわけがない。

当初計画通り、加藤・九鬼と合流して当たっていればまた違ったと思うよ。





17 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 13:38:20 0
功を焦った脇坂がDQNってこと?

18 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 14:14:06 0
まぁ、軽挙妄動であったといわれてもやむを得ないな。

でも、甘く見たツケは払わされたけど、その脇坂の行動からは、朝鮮水軍を難敵だとか苦手だとか
考えていた訳では全くないことは判るけどね。

しかし予定戦力の1/3が各個撃破された形になった加藤・九鬼は、かさにかかって攻め寄せる
倍以上の朝鮮水軍を手堅く安骨浦で退けているし、文禄の役ではその後、防御型に戦術転換
したせいで大規模海戦は起こってないけど、文禄の役においても戦闘用に編成された日本水軍は
十分朝鮮水軍に太刀打ちしてると思うけどね。

19 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 17:26:50 0
脇坂陸戦では大勝してるけどな

20 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 22:36:02 0
では、海上の兵糧輸送はうまくいってたと?
陸戦で兵糧がなくなって厭戦感情が高まっていたというのは嘘?

21 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 22:44:33 0
逆に海上の兵糧輸送を妨害できたという一次ソースを出して欲しいモンだが。w

22 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 22:47:42 0
前スレに出てたけど
陸戦は兵糧倉を明軍に襲われて苦労したんじゃなかったけ

23 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 22:53:52 0
というか、これほどの大軍となると現地調達できなきゃどの道不足するだろ。
兵糧だけ運ぶわけじゃないし

24 :世界@名無史さん:2009/06/03(水) 23:42:43 0
確か文禄の役では朝鮮が日本の船を何隻も沈めてるなぁ
たぶんこれらは補給船だと思うが

ただでさえ少ない食料が、これでさらに少なくなったとしたら現地で略奪に走るはず。
こういうのが義兵の原因になったのかも。

25 :世界@名無史さん:2009/06/04(木) 00:03:23 0
国内の小田原の時ですらやばかったて聞くぞ兵糧
海わたって異国だと余計大変だろうな

26 :世界@名無史さん:2009/06/04(木) 02:54:37 0
そもそも補給ラインという概念がないから現地調達に頼るんであってたとえ李が朝鮮人の主張どおりの戦火を上げても
援軍を絶てる以上の効果はなかったんじゃねーかと

27 :世界@名無史さん:2009/06/04(木) 07:22:10 0
日本本土からの補給さえしっかりしてれば、鬱陵島と済州島だけ確保することは可能なのか?

28 :世界@名無史さん:2009/06/04(木) 08:57:56 O
取ったところで旨味はない

29 :世界@名無史さん:2009/06/04(木) 15:16:30 0
小西が馬鹿の事やってなかったらモット楽に戦えたろ

30 :世界@名無史さん:2009/06/04(木) 18:49:40 0
>>27
済州島は人が多いから制圧に人で入るだろうが、琉球より頑強ってわけじゃないだろう。
ただ、朝鮮との修好で返還求められるかもな

31 :世界@名無史さん:2009/06/04(木) 20:08:35 O
>>22
別に何回もあった訳じゃねーよ
つーか補給云々は明軍も事情は変わらん

>>24
二回ぐらい襲われたが、殆どの輸送は問題なく行われた
舜臣は活躍したが、戦局に影響はあんまり与えてないよ

32 :世界@名無史さん:2009/06/05(金) 00:28:35 0
輸送が問題なく行われて、明軍との戦闘も勝ってた、としたら
なぜ日本の武将は厭戦感情高まってたんだ?
秀吉死んだくらいで引き揚げるか?せっかくの稼ぎ時だというのに。


33 :世界@名無史さん:2009/06/05(金) 00:40:27 0
主力だった西国大名からすれば、南端でも凍死者が出るような肥沃でもない領地はいらんだろ。
おまけにもれなく朝鮮人がついてくるわけだし。

34 :世界@名無史さん:2009/06/05(金) 08:52:43 0
当時の日本の武将たちが朝鮮を肥沃でないと認識していた証拠はあったっけ?
凍死者が出るような土地だとしても、それに見合う作物を作ったり、漁業したりで有効活用する道はいくらでもある。
同じく寒い日本の東北地方を不要などと思う日本人はいなかっただろうし。
それに、もれなく朝鮮人がついてくるなら、奴隷商人に売って金を稼げるというものだ。
当時はよく朝鮮人捕虜を奴隷として売って金稼いでたみたいだし。



兵糧不足が通説じゃないのか?

35 :世界@名無史さん:2009/06/05(金) 11:03:47 0
当時の朝鮮って稲作できる気候だったの?現在だと日本と同じ温暖湿潤気候
は南西部のごく一部しかないけど。

36 :世界@名無史さん:2009/06/05(金) 14:53:46 O
>>34
兵糧が現地調達出来ない土地が肥沃な訳ないだろ
魚も別に半島を取りたくなるほど不足してないし、そもそも朝鮮は東北より寒いぞ。南側でやっと東北と同じくらいだ
朝鮮人はいくらか奴隷にしたが、商売の割に合うほど大量にはいなかったし

37 :世界@名無史さん:2009/06/05(金) 18:30:58 0
>>34
朝鮮で数年も転戦していれば春窮というのを身をもって実感したと思うよ。

東国大名ならともかく、朝鮮は、二期作・二毛作が十分可能な温暖な領地を持つ西国大名が
人員損耗が3割(大半が病死)を越えるような戦役を戦費自弁で5年も6年も戦い続けてまで
欲しい土地であったとは思えんけどね。

奴隷はその分食い扶持が増えるということだから、可耕農地が急激に増えるわけでもない
日本においては需要は限られる(基本は損耗人員分の労働力の代替)し、東南アジアを
おさえていたスペイン、ポルトガル向けも、大規模プランテーションで使い捨てということでも
ない限り事情は似たようなもの。結局は供給過多でかなり値崩れしたようだし。まぁ、個人的には
奴隷売買がかなり戦費の足しになってただろうとは考えてるけど。

あと、慶長の役において日本側が占領地で課した年貢の率は出来高の1/4〜1/5となってるので、
日本国内よりはかなり軽い。これは宣撫策という面は当然あったであろうけれど、現地で根こそぎ
集めなくとも日本国内からの兵站で十分補えたと言うことではないかな。少なくとも清野(焦土)戦術を
とっていた明・朝鮮軍とは対照的。


>>35
米は南の一部だけで、あとは粟を始めとする雑穀を喰ってたみたいだね。これは韓国人研究者も
認めていて、例の日韓歴史共同研究で、日本側研究者がまとめた明軍への兵站に関するレポートに
対して、量だけでなく米と粟のカロリーの違いによる差を考えなくてはいけない、というような指摘を
している。

38 :世界@名無史さん:2009/06/06(土) 06:13:16 0
朝鮮の場合、漢字で米と書いてあっても粟の場合があるからね。注意が必要。

39 :世界@名無史さん:2009/06/06(土) 11:14:14 O
当時の朝鮮の人口一千万らしいが、
いまの北朝鮮あたりの土地は平壌とか西の海沿い除くと1キロ四方に十人以下の人口密度みたい。
出典平凡社「韓国歴史地図」

40 :世界@名無史さん:2009/06/07(日) 10:40:55 0
>>32
和平でもない限り延々と朝鮮や明に占領地の義兵(一揆)と戦わなけりゃならんし、日本の自分らの領地もほったらかしにしなけりゃならん。
しかも出兵中に大阪からいろいろ干渉も受けてたようだし、これでやる気を出せという方が難しいだろ。

新領地も日本国内と比べてさほどいい土地ってわけでもないわけだし

41 :世界@名無史さん:2009/06/07(日) 21:13:42 0
だから鬱陵島と済州島だけ確保しとけばよかったんだよ。

42 :世界@名無史さん:2009/06/07(日) 23:48:59 0
>>41
さっきからみんな確保しても意味ないって言ってんだろ!


43 :世界@名無史さん:2009/06/08(月) 00:13:24 0
頭の弱い子はスルーの方向で。

44 :世界@名無史さん:2009/06/08(月) 19:09:09 0
済州島は十分に意味あるんじゃないの?
元だって支配してたし。

45 :世界@名無史さん:2009/06/08(月) 19:51:22 0
交易ルート上でもない離れ小島をどうしろと。

元にしても馬の放牧くらいにしか使っとらんだろ。
日本にすれば、わざわざそんな離島で馬を飼う
必要は全くない。

ま、朝鮮から見たらウリナラのハワイかも知らんが。


46 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 00:08:16 0
元が支配してたのって反モンゴル勢討伐と日本遠征の基地くらいの意味だからなぁ。
琉球支配を認められた薩摩藩はそう考えるとえらい約得だよな

47 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 00:12:49 0
朝鮮忍者がアジアの歴史を教えてやる(日本語字幕)
http://www.youtube.com/watch?v=zmVN0APY7tM

48 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 07:01:17 O
>>44
当時は陸地を見ながらの有視界航行が基本。それでも風を見損なって難破は多かった。
済州島に直接アクセスするには対馬から釜山を支配して南岸を次々と確保して木浦あたりまで勢力圏に置く必要がある。

49 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 18:36:53 0
済州島だって朝鮮本土からは十分離島だと思うが。
九州本土から対馬や琉球に渡航するのも、江戸から八丈島に渡航するのも、
五島列島から済州に行くのとそんなに差はないだろう。

むしろ江戸時代に、鳥取の漁民や商人が鬱陵島や竹島に渡航していた史実を考えると、
鬱陵島こそ占拠して日本領宣言しておくべきだったろう。


50 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 18:48:10 0
済州島から釜山までの航路を見ると
韓国人が対馬が自国領と言い出す気持ちも分からんでもない。
納沙布の展望台から水晶島がすぐ向こうに見えるのと似たような感覚だわな。
もちろん感覚で主張の正否につながるわけじゃないが。

51 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 19:10:33 0
なんでわざわざ釜山航路を持ち出すんだ。

済州島への最寄り港は今も昔も木浦だろうに。w

52 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 20:57:19 0
>>49
明治でやれ、タコ

53 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 21:53:36 O
むしろ戦後のどさくさ紛れに取られたのが痛い。竹島も。

54 :世界@名無史さん:2009/06/09(火) 22:01:21 0
>>47
節操のなさにワロタ

55 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 08:38:33 O
貧乏な朝鮮人にしてみたら、日本軍がはこんでくる兵糧は宝の山に見えたかも。
これを襲って奪わない手はないと考えたかもしれん。
しかも、甘い。兵糧がないからといって人民から搾り取らない。二割しかとらない。

奪った分見入りになる。日本を襲うね。

56 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 22:01:54 0
で、返り討ちか?
強い者に媚びる習性からして日本軍に襲い掛かる根性なんてないだろ

57 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 22:08:48 0
でも交通線の警護や治安維持の兵力はバカにならんからなぁ。
日本軍といっても分散してるとこを数に任せて狙われたら苦戦は免れないしね

58 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 22:21:30 0
数揃えた時点で日本軍に気づかれるわけだが・・・

59 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 22:21:54 0
>>56
日本軍の正面から襲い掛かれないから
弱い兵量隊を襲うんだよ

60 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 22:30:36 0
>>58
平野ならともかく、山間部や森林なんかで集まられたら発見するのは意外と難しいよ。
異国だから地形も把握してなかったろうし、双眼鏡なんかの便利なアイテムも当時はなかったしね

61 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 22:32:56 0
>>59
兵站部隊襲える人数揃えるだけで目立つと言ってるんだが・・・
大体武器すらないぞ? 竹槍作る竹すらあるかどうか

62 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 22:45:35 0
槍や弓くらいある。実際、義兵によって全羅道あたりはなかなか統治できなかった。

63 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 23:02:15 O
ドラマだと朝鮮の将軍の鎧はなんかまるで無双キャラみたいだが
実際はもっとショボかったんだろうなあ

64 :世界@名無史さん:2009/06/10(水) 23:30:38 0
将軍クラスでクロースアーマーとスケイルメイルだったと
まあ昔の中国でも使ってたから悪くは無いだろうけど、大鎧とかと比べるとやっぱ劣るわな

65 :世界@名無史さん:2009/06/11(木) 23:31:53 0
>>62
名将小早川隆景でも抵抗が激しくって制圧できなかったらしいね

66 :世界@名無史さん:2009/06/12(金) 01:22:44 0
幸州山城を攻めた宇喜多秀家は、篭城する軍民が雨あられと降らせる石つぶてに敗退した。
このとき城にこもっっていた女性達は前掛けに石を入れて運んだので、以来朝鮮語で前掛けを
ヘンジュチマ(幸州チマ)と呼ぶようになった。

67 :世界@名無史さん:2009/06/12(金) 04:59:01 0
ソース何?

68 :凄いよWikipedia:2009/06/12(金) 06:55:24 O
873 日本@名無史さん age 2009/06/12(金) 06:19:04
ttp://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9&curid=254813&action=history
文禄・慶長の役 の変更履歴

次々とSilverpenguinが英語版からの翻訳を日本語記事にしている。


874 日本@名無史さん sage 2009/06/12(金) 06:50:02
>>873
板屋船が音訳されたり狂ってるな。

69 :世界@名無史さん:2009/06/15(月) 20:29:35 0
>開戦初期、日本の船には全く火砲が装備されていなかったため、朝鮮の艦隊は日本船からのマスケット銃・弓矢・弩などによる反撃の射程外から砲撃する事が出来た。

朝鮮の船に欧州の大型艦の様な艦砲が付いてたとは思えないんだが・・・

>占領各地では義兵の決起が生じ、このため武器・兵糧不足に悩まされた。この義兵は流民も多く、朝鮮の民衆や軍隊も襲う事もあった。
どう見ても暴動です本当にry


疑問は尽きないな

70 :世界@名無史さん:2009/06/15(月) 21:14:18 0
李舜臣は銃撃で死んでるな。
あれ、鉄砲の射程外から砲撃してたんじゃなかったの?

ちなみに欧州の帆船時代砲撃戦は至近距離での必中を期した砲撃が主流だったよん。

あと開戦初期、日本の船には全く火砲が装備されていなかったてどうかな?
第二次木津川口で大砲使用されてるし、
秀吉と紀州勢力との戦闘の際、小西行長の乗艦には大友宗麟から送られた大砲が搭載されてたし。

71 :世界@名無史さん:2009/06/15(月) 22:31:54 0
時をあやつる李舜臣
だが、秀吉の能力には及ばなかったようだな

72 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 00:58:05 0
李舜臣は以前にも一度撃たれているし、副司令官やはては李舜臣の下男まで
撃ち殺されてる。
高性能大砲アウトレンジ朝鮮説を取ると、かなりのうっかり者司令官。

あす、NHKでサラミスの海戦がやるらしい

なんでも”””世界4大海戦”””の一つらしいぞ!!
あとの3コがすげえ気になるので視聴汁!w

73 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 01:55:19 0
>>69
大砲を早期に備えていた中国の影響を受けて、朝鮮もはやかったらしい。

義兵については当初朝鮮の官舎に押し寄せて奴隷帳みたいなのを焼き払ったり
してたから暴動という側面が強いだろうね。

>>70
亀甲船も天井を覆っているし鈍重だし、接近戦用だったと思われる。
日本軍が乗り込もうと接近してきたときに砲撃したんだろう。
射程外からの砲撃ってのは嘘だな。あっという間に接近されるわ。

木津川の戦いのときって「大鉄砲」じゃなかったっけ?

>小西行長の乗艦には大友宗麟から送られた大砲が搭載されてたし。

まじで?詳しく教えてください。

>>72
wktk

74 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 04:22:12 0
海戦の記述をみると朝鮮側は弓の射撃も盛んに行ってる。
弓は鉄砲より射程が短いので
この点からも鉄砲の射程外からの砲撃説は崩れる。


75 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 12:56:40 O
>>72
あと三つはトラファルガーと日本海とレパントかな?

76 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 13:10:36 0
>75
意地でも日本海海戦を抜いて、変な話しもってきたり、敢えて対馬沖海戦とかいってきたりw

77 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 14:47:00 0
トラファルガーでネルソンも銃撃で戦死してるように
ヨーロッパ海戦の砲撃もほとんどが近距離で行われている。
当時の砲術では遠距離では命中率が低く
また砲弾の威力も低下する。

78 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 15:14:10 0
>>73
>木津川の戦いのときって「大鉄砲」じゃなかったっけ?

オルガンチノは大砲を積んでいると報告している。
その大砲について『信長公記』では大鉄砲と表記している。
つまり 「大鉄砲」=「大砲」


>>小西行長の乗艦には大友宗麟から送られた大砲が搭載されてたし。

>まじで?詳しく教えてください。

天正12年、秀吉が小牧に出陣した直後の3月、
紀州の雑賀衆・根来衆・国人湯河氏らは岸和田・堺方面に
130隻で進攻した。
このとき小西行長は堺の前面でポルトガルのガリヤン船に
似た船にマスケット銃多数と
豊後の王(大友宗麟)から贈られた大砲を積んで迎え撃った。
元ソース『イエズス会日本年報』

79 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 15:45:49 O
そういや、最初の頃に日本を訪れた宣教師達は
大友義鑑が治めてた豊後を、日本とは違う独立国と認識してたそうだね。

80 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 16:32:04 0
独立国だったほうが布教拠点として好き勝手しやすいから
公式見解としてそう思い込んでるふりをしてただけだろう
実態が分からないほど馬鹿ではない

81 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 23:34:42 O
ヨーロッパ的考えだと諸候は独立国だろ。
イタリアや神聖ローマ帝国みたいなもんだ。



82 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 23:53:51 0
>>78
さんくす

それほど大砲を活用していながら鉄砲と違って自国で生産しなかったのかな。

朝鮮の役でも攻城戦では櫓組んでその上から大型の鉄砲を城内に打ち込むくらいで
大砲は使ってないよな。
逆に、明軍は大砲を使って日本軍がこもる平壌を攻めてる。

朝鮮だって山がちな地形だけど大砲が使えるんだ。

83 :世界@名無史さん:2009/06/17(水) 00:38:59 0
>>78
ハンドキャノンでは?

84 :世界@名無史さん:2009/06/17(水) 15:04:35 0
どうやら大砲は高価な火薬の使用量が鉄砲とは段違いに多い割に、
機動性も悪く、イマイチ使い道が無いのであまり普及しなかった模様。
ほかの国と違い、大砲→鉄砲と進化した訳ではなく、いきなり進化型の
鉄砲から始まっちゃったからねえ。
火薬の精製度でも、鉄砲用のほうが高純度らしい。
朝鮮の大砲や原始鉄砲が全く使えない代物だったのは懲録にも書いてある。
やぐらや城壁からという、非常に射撃に有利な位置から撃ってるにも係わらず、
全く当たらず、逆に朝鮮側の射手は日本の狙撃にボロボロ撃ち落されて
<;`Д´;>アイゴー!

85 :世界@名無史さん:2009/06/17(水) 22:37:26 0
朝鮮役での石火矢・大筒・大鉄砲の配備や使用の記録あるよん

86 :世界@名無史さん:2009/06/17(水) 23:45:17 0
>>79>>80
いや、「独立国」の判断の理論的前提となる「主権」の概念が生まれたのが、1576年。
来訪した宣教師には、そもそも「独立しているかどうか」の判断自体が出来ない。
西欧カトリック圏が、法皇の(既に)ゆるやかな権威によって束ねられる、
さまざまなポジションの世俗諸侯による、ゆるやかな統一世界だったのと同じように、
日本というのも、京都の朝廷がゆるやかな正当性の源泉たる権威に結ぶ
大小さまざまな世俗諸侯のモザイク状態だったと認識されても、全く不思議では無い。

feudalismがさらりと「封建制」と対応されてしまったという点では、
宣教師たちも全く同じだったわけで、
大友宗麟を「豊後国の王」として認識しても、全く不思議では無い。

>>37
しかし、1/4以下に年貢率を抑えても、宣撫できない(収奪になってしまう)
朝鮮のすさまじい低生産性は、それにしても泣ける話だなw
日本側の資料でも、北東部の女直居住地以外で、宣撫できたという話は聞かない。
案外、この戦役の謎は、>>37に尽きているのかもしれない。
再攻撃したのは、耄碌秀吉の意地と、一所懸命の武士の土地獲得思想が、
「糞土地でも、戦った地はとりあえず欲しい」という迷走に繋がった結果ではないか。


87 :世界@名無史さん:2009/06/20(土) 06:29:13 0
慶長の役では、事実上の敗戦。
逃げ翔ってきたのに、また戦争を仕掛けて
再び大敗北

日本ださすぎ

88 :世界@名無史さん:2009/06/20(土) 19:06:42 0
 ___
‖    |  知らないニダ
‖文禄 |     ∨
‖の役 ∧_∧   .ヘ∧
‖ \ ( ・∀・) <゚A●>
|| ̄ ̄⊂   )  (   と)
凵    し`J   U U



89 :世界@名無史さん:2009/06/20(土) 22:09:19 0
>>87
反省史観の人達はそういうストーリーを作りたがってるね。

90 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 10:18:34 O
戦略的には敗けかもしれんが
戦闘に負けた気はぜんぜんしないな。
太平洋戦争敗戦の時の岡村大将のような心境

91 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 12:12:29 0
勝ち負けは、どちらが戦争目的を果たしたか、で考えるべきじゃない?
戦争目的を
 日本・・・朝鮮の征服または服従と、明国への進入路の確保
 朝鮮・・・日本軍の撃退と独立(?)の維持
とすれば、日本は両方とも失敗したと言わざるを得ない
一方、朝鮮は両方とも成功した
明国のおかげ、ともいえるが、明国を巻き込んだのは挑戦の戦略
個々の戦闘では優勢だった、というのは、木を見て森を見ない議論


92 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 12:31:42 0
>>91
戦争目的を考えれば、「大東亜戦争」は日本の勝利ということになるよw
最終的に、大英帝国とオランダの西太平洋での覇権を完全にアボンして、
「有色人種の東南アジア」が出来たわけだから。


仮に戦争目的を考えた場合、
目的があるのは戦争当事者だけだ。

日本(豊臣政権)→目的は明の征服支配。これは明らかに失敗。
日本側の、この戦争の名称は「唐入り」だ。
中国(明)→属国を含めた大中華圏の防衛。これは辛うじて成功。
明としては「万暦三征」の1つに位置づけられる。
朝鮮はそもそも当事者じゃ無い。

93 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 12:43:49 0
大東亜共栄圏うんぬんは建前にすぎぬだろう
それと、自国の領土が戦場になって実際にその国の軍が一方(明)についてもう一方(日本)と戦ってるのに
当事者じゃないというのはおかしくないか

94 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 12:45:56 0
属国だからな


95 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 12:59:37 0
>>92
当事者じゃないなんて、そんな可哀相な
第二次大戦の戦勝国を詐称してるわけじゃないんだから、当事者にしておこうよ
王様は逃げちゃったけど、戦ってた兵隊はいたんだから
そんなふうに言ったら、フランスは第二次大戦の当事者じゃなくなっちゃわない?

ちなみに、大東亜戦争の戦争目的は、大陸では中国の植民地化、東南アジアでは連合国
側の影響力の排除と資源確保じゃないの?
でもって、植民地化するのも資源確保するのも大日本帝国、というのが大前提
建前はともかく、結果として植民地が独立すればいいってもんじゃない

96 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 13:19:27 0
>>95
スレチになるが、大東亜戦争=太平洋戦争=第二次大戦太平洋戦線というのは
目的を考えると、ものすごく変な戦争なんだよ。
それぞれ、建前上の目的と、本音の目的があって、
建前上の目的は双方「達成されている」

「白人植民地主義打破(日本の建前)」→攻撃→「欧州列強の植民地権益死守(連合国の本音)」
「自由と民主の確立(連合国の建前)」→攻撃→「日本の軍国的拡張主義実現(日本の本音)」

建前にも、それなりの理と(主張国にとっての)利益がある。
大東亜共栄圏の建前を切り捨てるなら、大西洋憲章もポツダム宣言の規範的部分も、
国連憲章さえも、同じように切り捨てなければならなくなる。
こうなってくると、「如何に建前に国益を載せたか」が重要になるわけで、

ある意味、第二次大戦の太平洋側の戦勝国は、日本と米国がなんと双方、
ワリを食った純然たる敗戦国は、大英帝国やオランダ(と中華民国)ということになる。
これは俺の妄想ではなく、実は福田和也説なんだけどな。

97 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 13:45:43 0
>>96

結果として「建前のような未来」が実現されたという点では同意します
一方、日本は決して「建前のような未来」を実現するために博打をしたわけではないという点には、同意いただけると思います
てな感じですか?

98 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 15:15:03 O
つか「大失敗」ではあるが、「大敗北」ではないな。
さぞ戦国武将達がちゃんころやチョンに、ボコられたかのように吹聴しないように。

99 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 17:33:01 O
>>91ならば明と朝鮮は七年間敗北、日本は一度敗北か?

100 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 17:46:19 0
100get!

101 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 18:50:27 0
日本の戦争目的が消滅して後退しただけだからなぁ・・・
あのまま戦い続けてたら、日本戦力の枯渇か日本財政の破綻より、明の滅亡のが早かったと思うよ。
日本も明も予備戦力はまだまだある一方で、明は朝鮮にそんな金をかけると他に金が回らなくなって破綻するからこれ以上と投入できない。
明が滅亡してしまえば朝鮮だけでは戦線を支えるのは不可能だ。

なんだか関東軍が350年早くなっただけな気がしてきた・・・

102 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 19:30:00 0
だからヌルハチを臣下にしなきゃならかったんだよ
秀吉が世界支配の天命を受けた日輪の子であることをちゃんと伝えれば、
ヌルハチも忠誠を誓ったと思うよ

103 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 19:36:37 O
実際、侵略した順序が逆なら清王朝は女真族ではなく
大和民族の王朝になってたりしてw

104 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 20:02:17 0
もう良いじゃん。
こっちから行って、フルボッコにして悠々と帰ってきたわけだし。

「ウリたちの大勝利ニダ!!」って勝手に言わせとけ。

105 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 20:53:21 0
>>103
うむ、薙髪令ならぬ、丁髷令だな

しかし安国寺なんかは言語、風俗といった文教面にも意を払っていたようだが、
問題は、公儀としての文教政策があったかどうか、だな

106 :世界@名無史さん:2009/06/26(金) 16:56:16 0
利家か秀長が総大将で参謀長が如水なら明まで征服できた

107 :世界@名無史さん:2009/06/27(土) 08:26:41 0
明を倒そうとする満州や北方部族の勢力と組めば歴史は変わったはず。

当時弱体化していた明を滅ぼすのは楽だったが日本の外交力の無さも敗因。 

あと明との長期戦には秀吉は高齢すぎたこと。

成り上がり者が公家の最高位の関白でもまとに相手するものはなく孤立状態だった。

征服はできても統治はできない者の典型例。徳川は豊臣が短期政権なのは予想できた。

大陸の支配よりも豊臣に対抗する諸大名の勢力を外へ向けることが目的。

朝鮮も100年も内乱が続いた日本は疲弊していたと勘違いもはなはだしい。

108 :世界@名無史さん:2009/06/27(土) 11:18:48 0
徳川より豊臣の重商主義のほうが当時の欧州の動きとくらべてもトレンドだよ

それに秀吉は信長の遺志をついだだけだろ

だけど、日本は在地勢力の独立性が高くて、秀吉の中央集権化と治安維持による統治は

徳川へとつながる一定の効果はあったものの反感をかってしまった。

それと明の支配が他の世界の地域と比べて融通のきく交渉相手ではなかったことも

日本にとって不幸だった。伝統的にシナは強い中央集権による圧政によってまとまる体質をもつから

面子にひどくこだわる。日本が交易拠点でも割譲させてフィリピンタイとの交易路でも確立してれば

豊臣政権も日本国内の不満をおさえて、石田三成の輔弼体制ももうすこし安定したはずだろうに。

109 :世界@名無史さん:2009/06/27(土) 12:56:21 O
徳川だって、家康の頃は普通に重商主義だったんだが

110 :世界@名無史さん:2009/06/27(土) 14:05:43 0
朱印船貿易を廃止して蘭の詐術に乗せられて出島で限定貿易をしてしまったのは家康だったんだが
つーか、これは明もそうだったっけ?東アジアはのきなみ鎖国体制とるよな

111 :世界@名無史さん:2009/06/27(土) 14:09:46 0
すまん、家康は貿易してたわ

112 :世界@名無史さん:2009/07/03(金) 15:06:33 0
>>87
おいおい文禄慶長の役の間
ずうっと半島に駐留しとるぞ

113 :世界@名無史さん:2009/07/09(木) 11:53:50 O

865 日本@名無史さん sage 2009/06/28(日) 10:39:20
>>862
実際は明軍と朝鮮軍の見栄えは雲泥の差だったろうね。
明の鎧
http://www.gaopu.com/mindai.html
朝鮮の鎧(笑)
http://bbs16.meiwasuisan.com/bbs/bin/img/history/12261930270050.jpg
日本・欧州・中国の鎧と城
http://bbs16.meiwasuisan.com/bbs/bin/img/history/12261930270023.jpg

なんで朝鮮はこんなに遅れてたんだ?

114 :世界@名無史さん:2009/07/09(木) 12:13:46 0
>113
武を厭い、文を重用したからね。
今の日本みたいなのの行き過ぎた感じw

115 :世界@名無史さん:2009/07/09(木) 22:21:05 0
>>113
でもこの写真兵卒の鎧でしょ?
日本のこの鎧はそれなりに上級階級のもので、明もある程度上級の人の鎧じゃないの?

別に朝鮮を擁護したいわけじゃなくて


116 :世界@名無史さん:2009/07/09(木) 22:59:21 0
確かに、写真のは19世紀だしそのころは朝鮮いろんな意味で末期だしな。
慶長の役の頃はもうちょっと違うんだろうか。

明代の兵卒については上になかったか?

117 :世界@名無史さん:2009/07/10(金) 17:47:53 0
慶長の役の頃は、朝鮮兵は兵卒は鎧はなしで、将校は宗主国様に準じた
綿甲だったらしい。韓国ドラマでは派手な魚鱗甲を着けてたりするけど
まぁ、まともに考証はしてないだろうな。

ちなみに、”不滅の李舜臣”ドとかでは、朝鮮の水軍の兵卒が皆”水”と書いた
前掛けを着けてるけどかなりマヌケに見える。ホントにあんなモンを着けていたの
だろうか?

118 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 00:00:31 0
「水師」(=水軍)のへいたいが水とつけてたら、なんでマヌケなんだ?

119 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 00:04:12 0
水軍のへいたいが「馬」とか「宇宙」とかつけてたら、もっとマヌケじゃまいか。

中国南朝梁王朝の中国の将軍・侯景なんか、陸軍と水軍チョビっとしか持ってなかったくせに「宇宙大将軍」と自称したせいで、1500年以上たっても、あざ笑われつづけている。

120 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 00:27:00 0
>>118
海軍の水兵が”私は水兵です”という前掛けを、艦上でも着けてたら
いかにもマヌケだと思うが。

例えば、旧軍では艦上では基本は事業服で、”大日本帝国海軍”とか
”軍艦何某”というペナント付きの軍帽も当然ながら被ってないわな。

121 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 01:16:17 0
何かと役に立つときがあったからわざわざ書いといたんだろ
批判するようなところか?
しかも近代軍隊と比較して

122 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 01:27:50 0
>>121
だからその出典を求めてる訳なんだが、
朝鮮脳では理解不能だよな。スマンカッタw


123 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 03:42:28 0
陸軍と水軍の間の区別をつけるより、水軍の間で所属を区別する必要のほうが高いだろ普通。
左翼とか右翼とかさ。それを「水」って・・・

明らかに女子供向けの番組だな。史実ではありえん。


124 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 06:14:28 0
鎧は高価だからねえ。日本でも具足を着けない兵士はチラホラ居たらしいけど。

125 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 09:49:14 O
なんだテレビの話か
勘違いしたごめんなさい
でも朝鮮脳とか使っちゃう時点で歴史の勉強向いてないよ
やめたほうがいい

126 :世界@名無史さん:2009/07/11(土) 16:28:21 0
>>124
そんなときこそ
紙鎧!

127 :世界@名無史さん:2009/07/17(金) 11:55:34 0
>>115
朝鮮将校の鎧も載ってるぞ。中国の鎧の横に。槍や和弓、鉄砲をとてもじゃないが
防げそうに無い鎧だがな。ちなみに李舜臣の子孫の鎧らしい

128 :世界@名無史さん:2009/07/17(金) 19:08:19 0
元々鎧にそれは期待されてないからいいんじゃね?
水軍で布鎧って沈む気がするんだが・・・

129 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 20:57:52 O
海戦の勝敗の影響など小さい小さい。
勝敗は陸戦や戦略で決まっていたのだよ。

130 :世界@名無史さん:2009/07/25(土) 00:55:22 0

台湾とかフィリピンとか樺太千島北海道攻めとってほしかった。

131 :世界@名無史さん:2009/07/28(火) 18:11:50 0
>>129 日露戦争にあやまれー

132 :世界@名無史さん:2009/07/29(水) 18:26:48 0
「懲秘録」
日本人はよく刀槍を用ふ、我に堅甲なきがゆえに、敵するあたわず。
さればよろしく厚鉄を用ひ、満身の甲を作り、
兵士をしてこれをつらぬき、敵中に入らしむべしと。
これに於いて取り敢えず、これが見本を製造して、
これを試用したが、とてもその重きに堪えずして、これを廃した。

133 :世界@名無史さん:2009/08/02(日) 13:55:31 0
軍板 秀吉による朝鮮征伐の軍事分析PartX
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1247907984/
日本史板 【文禄】 秀吉の朝鮮征伐 【慶長】パート2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1246664853/
世界史板
世界史に於ける秀吉の朝鮮征伐の考察その8
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1243771115/
李舜臣vs日本水軍
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1237814841/
戦国板
【文禄慶長】 秀吉の朝鮮征伐スレ5 【壬辰倭乱】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1195992731/
朝鮮出兵のタブーでメジャーになれない武将
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1228738050/
文禄・慶長の役が海外で誤解されまくってる件
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1224042272/
【朝鮮出兵】日本人は朝鮮人に未来永久謝罪すべき
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1153627160/
戦争・国防板 秀吉による朝鮮征伐に関する考察
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/war/1220349972/
中国英雄板
秀吉の朝鮮征伐を明の観点からの考察
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1204276024/
【日明戦争】文禄・慶長の役【万暦役】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1182128954/
ハングル板 秀吉の朝鮮出兵には義がなかった
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1248847887/

134 :jyonniru:2009/08/02(日) 22:32:58 0
ただ、気になるのは、日本軍16万が朝鮮に上陸したのは4月、
明軍4万3千が救援に来たのは翌年1月だ!
その後明軍の怒涛の進撃で北部朝鮮は奪回されている。
いくら明軍が強くても北部朝鮮全土を日本軍が占領していれば
都市を拠点として迎え打つことができるし、冬の寒さに対しても
暖をとることができる!
それができなかったのはやはり朝鮮義兵の抵抗にあって都市の占領
が殆どできていなかったんでろう!

135 :世界@名無史さん:2009/08/02(日) 22:50:01 0
朝鮮北部まで補給が届かなかったのと現地徴発しようにも
朝鮮王朝の搾取が凄まじかったので何もなかった。
朝鮮人自身は日本軍に抵抗する者も居たが、一方で
朝鮮の王子を捕らえて日本軍に引き渡す者もいた。


136 :世界@名無史さん:2009/08/02(日) 22:54:47 0
傀儡政権を建てる知恵が秀吉にあれば。。

137 :jyonniru:2009/08/03(月) 00:13:56 0
>>135
ソースきぼん!


138 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 00:28:07 0
>>137
無知・無教養丸出しだな。朝鮮人なら懲録くらい読めよ。

ま、だからこそ朝鮮人なんだろうけどさw

139 :jyonniru:2009/08/03(月) 00:59:01 0
>>137
レッテルはりはいいからソースだせ!
当時の朝鮮には1000万の人口があったんだぞ!
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20081102/1225647411


140 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 01:08:13 0
自己ループかwww

141 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 01:20:31 0
>>139
自分で出したソースくらいちゃんと読もうよw

ただし、朝鮮人口は日本による朝鮮の予測石高に基いた推定。
予測精度の問題の他、石高計算は純粋な食糧生産以外も含む場合もあり、
実際の人口はこれより少なかった可能性は高い。
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20081102/1225647411

142 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 01:29:14 0
なんか見えない敵とシャドーボクシングしてるようなサイトだがw
逆に1600年頃の日本の人口は軽く1800万超えてるだろ。

表高が太閤検地で1850万石余だから、石高相当の人口は
少なくともいたと考えるのがフツー 太閤だろうが天子様だろうが
平民の3倍も4倍もメシを喰える訳じゃなし。

143 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 01:52:48 0
幸州山城攻略戦の失敗について、どう解釈すればいいんだろう。

敗戦の原因としては、権ユルの指揮と、義兵の士気の高さ、天険の要害。

そして戦略的意義としては、これにより日本軍の以北への進出が無理になったことか。

144 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 02:01:53 0
今日の大河ドラマ、半島での合戦シーンがまったくなかった・・・
来週もないのかな


145 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 02:09:23 0
権ユルって誰?w

戦略的意義ってのは日朝共に皆無だろ。権慄自身が日本軍が退くと
即刻城を放棄して逃げ出してるし。

146 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 04:12:13 0
>>145
権慄の現地読みはクォン・ユルらしい。


147 :世界@名無史さん:2009/08/03(月) 14:05:17 0
最近ID変えて荒らしまくってるな

カオモジ の投稿記録 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%83%A2%E3%82%B8

148 :世界@名無史さん:2009/08/04(火) 11:53:04 0
朝鮮の船は大洋にも耐えられるほど頑丈で、大砲は日本よりも優れていたみたいだけど。
日本の船は脆くて、ぶつかられたら一たまりもない。
ルイス・フロイスが言ってることだけどね

149 :世界@名無史さん:2009/08/04(火) 12:02:36 0
>>134
義兵研究で名高い貫井正之や矢沢康祐の論文みりゃ分かることだわな。
義兵のプレゼンスの大きさを無視するからこそ、「明がきてから日本は苦戦した」なんて言えるわけで。

150 :世界@名無史さん:2009/08/04(火) 15:54:24 0
>148
へ???

151 :世界@名無史さん:2009/08/06(木) 01:39:19 0
>>149
へ??? ?

152 :世界@名無史さん:2009/08/07(金) 18:14:46 0
>>148
日本海が荒れると出て来れない韓国海軍に造船の仕方を教えてあげてください

153 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 08:17:16 0
韓国海軍には嵐で沈んだ艦はないだろう。
日本海軍にはあるけどね。

154 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 09:35:32 O
朝鮮海軍って?

155 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 10:12:32 0
>>141
>朝鮮人口は日本による朝鮮の予測石高に基いた

ここに、世界史的意義があるような気がするな。
つまり、日本側は、究極的には朝鮮半島に石高制に基づく封建支配をしようとした。
これは言い過ぎとしても、
少なくとも、日本で完成された石高制ベースで土地の徴税力を測ろうとした。
ところが、石高制というのは、戦国武将が死活問題で生産力の把握をした
前段階のきめ細やかな封建的徴税制に、実はその基礎がある。
貫高制→石高制は、公式が1つあるだけだからね。

李朝というのは、やはりアジア的古代王国の系譜を引くもので、
基本的に土地・人民支配は表面的で間接的。封建社会のような直接性はない。
日本は、隋唐帝国の公地公民という特殊な制度を、古代君主制の雛型としたから、
直接支配のイメージがあるが、これはアジア式帝国の中でもかなり異色な法制。

156 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 10:18:18 0
つまり、この「朝鮮の予測石高」というのは、
太閤検地の東北北部の数字以上の、低精度であることは確実だということ。
特に朝鮮中部以北については、
(当時は)米も全く取れないに等しく、日本ではみかけない乾燥農法の畑作地帯なのに
どうやって「石高」換算を出来たのか、そっちのほうが不思議だよ。

恐らく、土地の広さから、内地のそれっぽい土地にあてはめて
適当に算出したんだろう。
かなりの過大評価の可能性が高いと思われる。

157 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 10:54:58 O
李氏朝鮮は20世紀まで平安時代をやっていたようなもんだからな。
中央集権と近代チックな言葉だと聞こえが良いが、抜け穴だらけの古代的統治能力の中央弱権だった。

>>156
朝鮮石高は実測検地をやってないから、指差しや帳簿を見て適当な数字を上げたんじゃないか?
一石は日本の四、五倍の場合もあるが、彼の国は度量法が行き届いてないから数字を見ても油断ならないんだ。いろんな升があるし。
その点、秀吉は偉大であってある意味で日本の中世を終わらせて統治能力を飛躍させた革命児。


158 :世界@名無史さん:2009/08/13(木) 13:29:11 0
http://news2plus.blog123.fc2.com/blog-entry-51.html

世界に誇る朝鮮の「おまる」

159 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 11:31:33 0
>>156

過大評価してそれを大々的に流布しなければ、大名たちが動かないだろ

160 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 16:04:09 0
韓半島と係わりを持つと、物凄い損害を蒙る事を歴史から学んだ上で、其の是非を後世に伝えるべし。
植民地化され、其の民が苛められていれば、義侠心によって韓半島に上陸したとしても、後の書に誤解
されて書かれたとしても、そういったことを飲み込むという事を覚悟しなければ、意味がない。
軍人であった、武家の役割をそのまま温存するという事は、軍国主義である。韓半島に進出する意味は、
少ない。義侠心と言う射程の短い概念で起こす半島進出は、日本の重大な失敗に終わる。

161 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 18:09:55 0
義侠心ってお前、戦国乱世を生き抜いて天下取った秀吉が
そんな甘っちょろい理由で半島に攻め込んだわけねーだろ
秀吉さんのこと馬鹿にしてんのか?

162 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 03:15:11 0
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。



163 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 08:06:18 0
スペインなんぞは、実際には原始時代みたいなところしか占領できなかったけどな。
スペイン人の半島人特有の誇大妄想と他者の過大評価が大きすぎ。

164 :世界@名無史さん:2009/08/23(日) 06:39:20 0
現代スペインみたいな没落した、かつ遠く離れた地域にある国に気を使う必要性なんて無い罠。
まあ単純にキリスト教世界全体に配慮してるとかいう話だろうな。

165 :世界@名無史さん:2009/08/24(月) 00:12:05 0
韓国に配慮してる以外になにがあるんだよw

166 :世界@名無史さん:2009/08/24(月) 21:10:46 0
秀吉の唐入りは、領土の分配で余剰戦力の解消を狙ったのだろ。

167 :世界@名無史さん:2009/08/24(月) 22:46:28 0
いみふ
詳しい説明を頼む

168 :世界@名無史さん:2009/08/25(火) 13:04:28 0
チンギスハーンが世界を征服しようとしたことに理由があるか?

169 :世界@名無史さん:2009/08/25(火) 15:36:14 0
チンギスハーンは誇大妄想家だったとかw

170 :世界@名無史さん:2009/08/25(火) 16:04:31 0
それであんだけの帝国作ったんだから誇大妄想でもなかったな

171 :世界@名無史さん:2009/08/25(火) 16:27:50 0
モンゴルより遥に多くの兵力を擁するホラズムに
攻め込むなどは無謀であり、狂気の沙汰w

172 :世界@名無史さん:2009/08/25(火) 16:54:46 0
面白い… 狂気の沙汰ほど面白い…!で結局勝ったしな
ホラズムの内紛がなければどうなってたかわからないけど
まあ機を見るに敏だということでしょ

173 :世界@名無史さん:2009/08/27(木) 01:18:45 0
侵略と殺戮を繰り返したモンゴルは謝罪と反省をしなければならない!

174 :世界@名無史さん:2009/08/28(金) 18:39:18 0
その尻馬に乗っかって他国への侵略を唆した馬鹿どもも反省と謝罪が必要だろうなw

175 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 17:46:55 0
ウリナラは蒙古人の乗る船に細工をしたニダ ホルホル

ってこんな嘘がまかり通ってたんだからな
日本人の自虐史観は異常だが、あいつらの自尊史観も異常


176 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 17:52:50 O
自分の乗る船に工作したのか。
自殺志願者とはね。

177 :世界@名無史さん:2009/09/03(木) 05:49:29 0
「左派」という2ちゃん語には、所謂政治的な左翼とかとは別な意味合いが持たされているっぽいw

178 :世界@名無史さん:2009/09/03(木) 05:50:16 0
誤爆失礼w

179 :世界@名無史さん:2009/09/09(水) 20:57:27 0
文禄の役で約16万が渡海
慶長の役で約14万が渡海
その後、関ヶ原で18万の戦力がぶつかっている。
あくまで自分の想像だけど、
当時の日本は明らかに兵力過多、秀吉としては乱世が終わり有り余った戦力の消費に、
明との戦争、明の領土の分配で兵力を消化しようとしたのではないか。

180 :世界@名無史さん:2009/09/09(水) 22:24:47 O
戦力の消費が目的だったとするには参戦した武将に共通する傾向があるかついての検証も必要だろ

181 :世界@名無史さん:2009/09/10(木) 00:06:02 0
兵力が余剰だった、と言うのはどうだろう
巷に溢れた浪人たちを大陸に送るならともかく
豊臣恩顧の大名を送って消耗させるのは意味がない
明確に明、朝鮮の領土を求めた軍事行動だったろうと思う

182 :世界@名無史さん:2009/09/10(木) 02:05:04 0
家康も勝てそうなら朝鮮出兵してたと思う。
でも秀吉が失敗したから断念しただけ。

日本を統一した戦国大名ならだれでも朝鮮出兵は考えたはず。
世界的に見て中世ってのはそういう時代だ。


183 :世界@名無史さん:2009/09/10(木) 18:35:43 O
>>182
勝てそうならではない。
勝つ価値があるならだろ?

184 :世界@名無史さん:2009/09/12(土) 23:46:19 0
>>182
地図に旗立てて喜んでるのは戦前の馬鹿だけにしてくれ
戦国大名なら統治の事まで考えて普通やらねぇよ

185 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 00:54:07 0
まるで負け犬の遠吠えのように聞こえる・・・

186 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 01:25:17 0
誰に言ってるんだ?w

187 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 11:13:43 0
>>182
>世界的に見て中世ってのはそういう時代だ

いかにも朝鮮人らしい言い方だなw

188 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 16:58:33 O
>>187
まだ中世が来ていない朝鮮はそんな発想はしない。

189 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 22:22:42 O
>>184
なんで戦前が出てくるんだよ
馬鹿チョンは巣に帰れな
あと統治はできると判断してたんだが

190 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 22:59:37 0
>>180
戦力の消耗のために朝鮮出兵をする。
馬鹿言え、漢の高祖をはじめ昔より
「狡兎死して走狗煮らる」の諺のとおり
膨大な戦力を消耗しなくても粛清すれば
いいじゃん!
そもそも秀吉が天下統一の過程で毛利家や
島津家、徳川家も取り潰しておけば言いだけジャン!

191 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 00:17:02 O
>>190
大丈夫か?

複数の意味で

192 :世界@名無史さん:2009/09/14(月) 21:15:41 0
かくして各勢力が次々と立ち上がり
豊臣政権は短命に終わるのだった。


             太閤立志伝 完

193 :世界@名無史さん:2009/09/15(火) 01:16:31 0
徳川家康の渡海を断ってる時点で、戦力消耗目的とは考えられん。

194 :世界@名無史さん:2009/09/16(水) 14:07:26 0
だな
家康に要請した兵力なんて5000程度だったし


195 :世界@名無史さん:2009/09/17(木) 13:21:50 0
秀吉は、武将というより、

猿知恵の利く商人(あきんど)だったように思う

信長に仕えて草履取りの件もそう。

信長とは違う意味の野望、金欲、女欲、この世の全土を支配したいという野望

朝鮮出兵は、単純に、領土の拡大と儲けの為。

196 :世界@名無史さん:2009/09/17(木) 17:55:07 0
李将軍の前に惨めにも敗れ去ったクソジャップwww
島津、加藤はゴミ以下w

戦国武将(笑)
天下人(笑)


197 :世界@名無史さん:2009/09/17(木) 22:27:56 O
でも植民地にはされてないからね。
永遠に刻まれた支配者と被支配者の記録は流石に捏造はできないよね。

日本は支配者チョンは二等市民。
いまでもそうだが

198 :世界@名無史さん:2009/09/17(木) 23:40:35 0
秀吉は商人的だったというのは当たってると思う。
商人だったら、貿易によって様々な産物を送ってくる明を支配したいと思うのは当然だろう。

199 :世界@名無史さん:2009/09/18(金) 01:16:55 0
本途物成ではなく小物成を押さえようとしたことが端的に秀吉が商人っぽいことを表してるな

200 :世界@名無史さん:2009/09/18(金) 06:54:05 0
欧州から見れば日本世俗皇帝VS明皇帝って感じだったんだろうな。

201 :世界@名無史さん:2009/09/18(金) 20:30:33 O
>>198経済戦争で勝ち抜いて、中世を終わらせた人間だから。秀吉。

202 :世界@名無史さん:2009/09/19(土) 02:07:39 O
明への通り道でウンコ踏んじゃった程度ニダ

203 :世界@名無史さん:2009/09/23(水) 17:22:36 0
豊臣政権は
経済力
豊臣>徳川
石高
徳川>豊臣
の農業資本の当時としては不健全な政権で諸侯に対し、強く出れなかったのだろ。
>>190
「狡兎死して走狗煮らる」
独立した諸侯で成り立つ日本でやろうとしたら、足利義教の二の舞を踏むだけ。

204 :世界@名無史さん:2009/09/23(水) 18:32:58 0
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。

205 :世界@名無史さん:2009/09/23(水) 19:30:31 0
朝鮮征伐という名称はどうにかならんのか?
これではいたずらに朝鮮人の民族感情を害するだけ

名称は日明戦争でいいと思うんだがどうだろう?

206 :世界@名無史さん:2009/09/23(水) 19:58:49 0
いや、普通に「朝鮮役」でいいと思うんだが。

207 :世界@名無史さん:2009/09/23(水) 21:34:53 0
>>205
同意

朝鮮役では誤解を生む可能性が高い
あくまでも日本対明であって、半島は戦場になったにすぎない

208 :世界@名無史さん:2009/09/24(木) 02:18:56 0
>>204
こじつけ

209 :世界@名無史さん:2009/09/24(木) 02:48:10 0
>>204
白人の国が中国に勝てるようになったのは鄭成功のもっと後だろう。

だからこれはアホすぎw
>さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。


210 :世界@名無史さん:2009/09/24(木) 20:04:11 0
スペインは、この時代でもたまたまオスマンの軍隊に勝った事が一回あるって程度のもんだしなあ。
19〜20世紀の帝国主義の時代になると「欧州列強」の中にイタリアとスペインは入りますか?
入りません。(キリリッ)ってレベルだもんな。
イタリアのエチオピア侵略はよくネタにされてるけど、スペインのモロッコ侵略はそれ以下だしw

211 :世界@名無史さん:2009/09/26(土) 04:30:45 0
マグロ資源を枯渇させない程の乱獲を行ってんのってスペインなんだってさそういや。

212 :世界@名無史さん:2009/09/27(日) 16:02:54 0
>>193
渡海してバリバリ戦ってた大名達も
実際どの程度消耗したんだろうね

実際、朝鮮で暴れてた連中と、関ヶ原で暴れてた連中ってメンツが被るし


213 :世界@名無史さん:2009/09/27(日) 19:03:20 O
関ヶ原参戦武将のうち
家康以外は全員大陸に渡ってるしな

214 :世界@名無史さん:2009/09/27(日) 22:17:01 0
諸侯の死者は来島位だが、諸侯の幹部になると戦死者はかなり居る。
関ヶ原の状況を見ると精々軽くない程度の被害じゃないのか。

215 :世界@名無史さん:2009/09/28(月) 10:34:10 0
>>209
ポルトガル人やスペイン人が、日本と中国の武力征服を企てていた事実は
明らかである。
ただ中国の方が征服しやすく、日本は手強いとみていた。

国民の歴史 西尾幹二著


216 :世界@名無史さん:2009/09/28(月) 10:36:15 0
スペインの宣教師バリニャーノ
当時スペイン領であったフィリピン総督に対して、

日本国民は勇敢で絶えず軍事訓練をしている。
したがって日本を征服しても益はないが、スペインが中国に進出するときのよい足場になるので、日本を重視する必要がある。
私が、ここで陛下に断言できることは、迅速に遠征するならば、シナを簡単に征服できるということである。
そして、このことを一層容易に運ぶには、シナの近くにいる日本人が、すすんでこれに加わると思えるのである。
日本人は、シナ人に対して非常に効果的である。

217 :世界@名無史さん:2009/09/28(月) 17:30:53 0
半島人特有の病的な誇大妄想に過ぎない。
朝鮮通信使の報告書の固有名詞を入れ替えると、丁度そんな感じになる。

218 :世界@名無史さん:2009/10/02(金) 01:38:28 0
此六十六箇國には多數の都市あり、廣大にして人口多く、C潔にして秩序正しく、
欧洲に於て之と比較すべきものを發見すること困難なるべし。
而して陸路を行くこと二百レグワを超ゆるも人の居住せざる地一レグワを見ること稀なり。
家屋市街及び城郭は善美にして、これを過賞すること難し。
人民の數非常に多く、悉く國内に容るゝこと能はざるが如し。
人口二十萬の市多く、都の市は八十萬を超えたり。
此等の住民若しイスパニヤ土人の如く野蠻ならば恐るゝに足らざれども、
彼等は長銃を有し最も熟練せる兵士の如く巧妙に之を用ふ。
又弓、矢、鎗、及びカタナ(cathanas)と稱する劍及び短劍を有す。
而してイスパニヤ人と同じく勇敢なるのみならず
議論及び理解の能力に於ても之に劣ることなし。
ドン・ロドリゴ『日本見聞録』

219 :世界@名無史さん:2009/10/03(土) 19:02:38 0
碧蹄館の戦いにおける明軍の兵力ってどのくらいだったんだろうか。
歴史街道に「15万」とあったけどこれはさすがに誇張だろう。
「2万」と書いてあることもあれば、「4万」と書いてあるところもある。
2万の明軍のほかに朝鮮軍も加わってたとする人もいるし・・・
とりあえず、wikiに書いてある通り「2万」でいい?

220 :世界@名無史さん:2009/10/05(月) 12:24:58 0
鄭若曾「等潅図編」
(日本人は)その兵を用うるや善く埋伏し、しばしば巡って我が軍の後ろに出で両面を討ち、
常に寡を以って衆に勝ち、塁を劫かし、華人たやすくその術中に堕つ。
その未だ戦わざるや、団結分散、三々五々にして、一人扇を揮うや伏兵四方に起る。
これを胡蝶陣という。

221 :世界@名無史さん:2009/10/09(金) 19:49:02 O
そーゆー問題ではなかったよな

222 :世界@名無史さん:2009/10/09(金) 23:31:53 0
今日、wikiを見てみたら碧蹄館の戦いの内容が書き換えられていて興奮した

223 :世界@名無史さん:2009/10/11(日) 18:52:59 0
明が砲兵を連れてこなかったから負けたって言うのも言い訳じみている独白に見えるよね。

224 :世界@名無史さん:2009/10/12(月) 03:35:52 0
山や丘を掘切りそこにケーキのスポンジにクリーム塗るがごとく
石を積んで作る倭城に
当時の砲使っても威嚇にしかならないしね

225 :世界@名無史さん:2009/10/12(月) 16:37:07 O
ケーキかよ!
石垣の城って天平時代は地震のない朝鮮が優れていたと思うが
戦国時代のとは緻密さが違うのかね。


226 :世界@名無史さん:2009/10/13(火) 02:24:06 0
日本の城の場合
自然の地形そのものを加工して迷路化したものの
表面を石で覆う感じだからな
同じ石垣でも構造が大陸と違う
大砲で山は吹き飛ばせない

大陸の場合石で壁を作るイメージだ
どちらが優れているとかいう話以前に作っているものが違うと

227 :世界@名無史さん:2009/10/15(木) 08:12:42 0

日本式城壁:切岸+石垣

大陸式城壁:土塁+石垣(厳密には磚・煉瓦)

ということだ。日本の城の場合は、
城内からは城壁との高低差はあまりないが、
大陸の城では城内からも見上げるほどの城壁とは高低差がある。

228 :世界@名無史さん:2009/10/15(木) 19:20:49 O
最近はどの板に涌いているんだろう?

229 :世界@名無史さん:2009/10/19(月) 23:03:01 O
羽化

230 :世界@名無史さん:2009/10/22(木) 09:43:54 O
朝鮮なんかじゃなく南北を侵略してれば相当領土を広げられたんじゃないか。
下手すりゃアメリカ大陸やオーストラリアの一部も行けたかもと妄想してみる。

231 :世界@名無史さん:2009/10/22(木) 10:18:58 0
>>230
北海道、樺太、千島列島、琉球までは最低抑えていたらと考えてしまうね。

欧州の技術で海軍も強化できれば、台湾、海南島、東南アジアまで進出できただろう。

232 :世界@名無史さん:2009/10/22(木) 11:51:03 O
特に南方は、押さえておけば南、西アジアや欧州との交易に使えるし、
それなりにうまみはあったと思うけどなあ。

233 :世界@名無史さん:2009/10/22(木) 12:09:50 0
当時は北方に価値のある土地はないと考えられていたし
明より豊かな土地が南方にあるとも考えられていなかった。

朝鮮?通り道ですが?


234 :世界@名無史さん:2009/10/22(木) 12:13:56 O
要はアホだったということですか。

235 :世界@名無史さん:2009/10/22(木) 15:50:10 O
明より欧州の文化に魅力を感じなかったのかね。中国を追いかける時代でもなかったのに。

236 :世界@名無史さん:2009/10/22(木) 15:52:53 0
ていうか、狂っていたからね

237 :世界@名無史さん:2009/10/23(金) 21:57:06 0
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。



238 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 17:20:54 0
こういうのは「ウルトラマン史観」とでも言えばいいのかな?w
途中の他の星々を無視してピンポイントで地球侵略にやってくる宇宙人的な何か。

239 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 18:02:24 0
明への侵略を牽制すべく明と戦争したら余計明が征服されやすくなっちゃう!
でも弱った明がスペインに征服されたって話は聞かないですよね

240 :世界@名無史さん:2009/10/24(土) 20:42:39 0
何度も沸いて出るからいい加減うんざりしてるんだけど。
この手のお話しは、19世紀のイギリスやフランスと16世紀のスペイン、ポルトガルを一緒にしちゃってるみたいなんだよなあ。
16世紀の朝鮮と19世紀の日本を一緒くたにしている自称・歴史に詳しい人間というものを見たらどう思う?

241 :toomiso ◆HfD2XMemw6 :2009/10/25(日) 01:32:45 0
>>237の4段落目が論理的に飛躍している。
これは近代の状況を16世紀末に投影してるね。

もっとも第二次大戦の対米戦の経緯を朝鮮役に投影して
「最初だけ調子よくて次第に劣勢になった」という筋書きを描きたがる
反戦史観・反省史観な人達もいるけどね。

そもそも秀吉が明の征服を考えたのが異常という先入観が
「こんな異常なことをやらかすには何か特別な理由があるはずだ!」
となって、変な理由をこじ付けようとするんだよ。

世界史的に見れば自民族や自地域を軍事統一した為政者が
軍事活動を継続させ、外征を行うのはよくあることで
秀吉の征明構想も異常なことではない。

242 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 06:32:06 0

>>239
まあスペインは日本ともめたくなかったみたいだしな

ルソン提督がスペイン王フェリペ2世に宛てた手紙
「コーチシナ、ここは1000人で征服できます。
カンボジア王国、ここは我ら(スペイン)の生活の面倒をみてくれています。
シャム、ここは1500人で征服できます。
いずれも偉大なスペインの旗を立てるのは容易ですが・・・・・
日本が攻めて来れば、ルソンは壊滅します。」

パステルス「日本スペイン交渉史」

243 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 07:27:01 0
しかし、当時からなんで日本はアジアの中で唯一優れていたのだろうな。


244 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 18:18:52 0
唯一優れてるかどうかはかどうかは知らんが…
単に文化的に優れているだけでいいなら日本以外にも東南アジア、婆羅門、支那、優れたところはたくさんあるけど
なんでか日本だけ軍隊がえらい強くなっちゃったのは不思議だよねえ

地勢的に強くなるのに丁度良い具合だったんじゃないか

耕作すれば無尽蔵に米を栽培できるが
土地自体はせまい
陣取り合戦は必須なのに人口は順調に増えていく。

四方を海に囲まれているので同じ文化圏の敵(日本人同士)で殺し合いをすることで
敵同士でありながらコミニケーションも容易なためリスペクトもしあう。
相手にリスペクトがあるので直接対決するための戦闘能力も磨かれ、同時に調略も磨かれる。
普通戦争が続けば人口は減る一方、国は衰退する一方だが日本は戦争しながら人口が増えていってる。
国内にいる限りは無尽蔵のスタミナがあるのでいつまでも無限にトレーニングし続けてるような状態ともいえないかな?

245 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 18:25:55 0
歴史の側面から離れちゃうけど別の側面から見て
大きい理由は軍隊が律令制じゃないから(武士だから)じゃないかな
これのおかげで死生観が独特の達観具合というか「家名」が自分自身みたいないい意味でおかしなことになって、
家を残すためならいつでも死ねるし家を残すためならどこまでもしぶとく生き延びるという
潔さと往生際の悪さを同時にあわせもった性格の人間が多くなったんじゃないかと

こういう性格のやつは普段もせっせと戦争に勝つため、自分を鍛えるための努力と勉強は惜しまないだろうし
いまが死に時とみれば折角努力して育て上げた自分や子供も平気で捨て駒にできる。
死ぬ時でないとなれば泥水すすって落ちのびる。
こんなめんどくさいやつらがものすごい数で全国に居て手練手管で戦うんだからそりゃ生き残った方は強くならざるを得ない。

246 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 20:10:10 0
>>245
結局、過当競争が世界有数の陸軍国を作っちゃったわけで、現代の教育においても考慮しなきゃいけないポイントだなあ

247 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 22:52:03 O
>>244
日本の侍が強くなったのは生産力が高い土地の存在だけでなく、山、川、島で仕切られた
守りやすい土地の断片が多かったからだろな。

まさに小国分立しやすく競争が激しくなるもんな



248 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 23:42:12 0
まてまて、中世日本軍の強さは世界史的には実証されていないぞ。
実際、明と互角の戦いをしただけでいまいちなんだよな。

東欧連合軍を撃破して街を占領したモンゴル、
サルフで4倍の明軍を撃破し、後広大な明の領土を占領した清
ウィーン包囲までしたオスマントルコなどと比べると見劣りしてしまう。


249 : ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2009/10/25(日) 23:46:05 0

  ∧_,,∧ 
 <=(´∀`)  
 (    )   
 | | |
 (__フ_フ


250 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 23:54:32 0
日本を少しでも馬鹿にしたらチョン扱いってのはどうなんよ
それじゃ少しでも親日的態度を取ったら社会から追放される韓国とかわらねーだろ

251 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 01:03:12 0
朝鮮征伐自体戦略的に見れば敗北だしな。
ロシアのナポレオンは戦場で一度も負けなかったって言うようなもの。

252 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 01:46:37 0
>>251
まあ、漢城以南をガッチリ抑えていたにもかかわらず、秀吉が死んだらさっさと引き上げちゃうくらいだから、もともとの戦略目標があまり意味のあるものではなかったってことだし。
その意味では、始めた時点で負けが決まっていた戦いとも言えるな。
あんな不毛な土地、手に入れただけ赤字になるのは後世が証明しているし

253 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2009/10/26(月) 01:54:49 0

  ∧_,,∧    ∧_,,∧ ウェーハッハッハ
  <=(´∀`)  (´∀`)=>   
  (    )  (    ∪  
  し―-J   し―-J


254 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 02:44:46 0
>>205 満州でたたかったロシアとの戦争も日露戦争とよばれてるし

で、このスレの諸氏、山室恭子氏の黄金太閤になんかひとことある?
太閤さんが何をめざしとったのか。
太閤さんが死ぬとなんで日本軍はあっさりひきあげたのか。
山室説おもろかったんやけど。

255 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 03:09:40 0
>>253
お前アホやな・・・4行めのセリフ、チョンが言うわけないやろ・・・

256 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 03:33:49 0
>>255
ほっとけよ。文盲は死んでも治らんのだから。

257 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 09:34:32 0
>まあ、漢城以南をガッチリ抑えていたにもかかわらず、秀吉が死んだらさっさと引き上げちゃうくらいだから

ま、こんなデタラメな知識で知った風なクチ叩いてりゃ朝鮮人扱いもされるだろw

258 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 14:53:39 0
>>255
ちょっと前には朝鮮を擁護する目的で「朝鮮は軍を動員する能力が低いから日本に負けて当然」と
まるで数が同じなら勝てたといわんばかりに連投してるやつもいたしわからんよ

259 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 14:58:20 0
文禄2年1594年の、マニラ総督宛ての秀吉の書


(前略)
予は既に日本全国及び朝鮮国を手に入れ、数多の武将がマニラの攻略許可を求めている。
これを知って原田(喜右衛門)と(長谷川)法眼は予に、
『彼我の地の間には諸船の往来があり、それによって(マニラが)敵であるとは思えない』と
言った。
この道理によって予は(マニラへ)軍勢を派遣することを思い留まったのである。
(中略)
もし彼ら(シナ人)がその言葉を守らぬならば、
彼らと戦うために予自ら出陣するであろう。
こうしてシナに到ればルソンはすぐ近く予の指下にある。
予は我ら(日本とフィリピン)が永久に友好を保つことを希望する。
これを(カスティリャ王に)書き送られよ。
遠隔の地を理由にカスティリャ国王が予の言葉を軽んずることがないようにせよ。

パステルス「日本・スペイン交渉史」



260 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 02:11:38 0
フィリピン占領してもなぁ・・・

絶対明の方が利益あがるぜ・・・

261 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 03:43:49 0
そういう話じゃないだろw

262 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 08:54:46 O
中国を手に入れたところで元や清のような一王朝になるだけ。

欧米のように未開地を植民地にしたほうがいいに決まってる。

263 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 11:22:49 0
現在の韓国の領土だけを占領して、日本の領土とすることは可能だっただろうか?

もちろん渡海前からそのつもりで準備をしていたとした場合だが。

264 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 12:55:29 0
領土にするにはコストパフォーマンスが悪いと思う。

265 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 14:47:01 O
明朝の介入はほぼ必須だから結果的に日明戦争になっちゃう
だから朝鮮だけ切り取るというのはどうも

266 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 16:08:28 i
明軍は朝鮮半島のどの辺りまで南下してきたのですか?
南の方に要塞を築いて長期戦に持ち込めは勝利できないかな。

267 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 16:09:48 i
>>266
要塞は大規模且つ複数ということで。

268 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 17:36:54 0
戦闘の勝利が問題なんじゃなくて、その態勢を何時まで維持できるかの問題。
明がズイの煬帝みたいに何度も大規模遠征を繰り返して国を崩壊させるまで、
ひたすら明を追い返し続けたり、朝鮮の反乱を鎮撫し続けたり、
それを一体何年続ければ良いのか、その間後方の日本の体制を維持できるのか、
そういう政治的な問題であって、要塞とかの軍事上の問題じゃない。

269 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 18:05:25 i
>>268
いやもちろん最後は政治的に勝利することを考えての問い掛けなのだが、、、

少なくとも朝鮮半島の奥深くまで攻め込んでも占領地を維持できなかったので、
それなら逆に明にも遠征させる形に持ち込むことができればどうなっただろうか?ということ。

明は結局は日本との戦いも影響して滅亡したらしいし。
満州族?と連携はできなかったのかな?

270 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 18:07:50 i
あと朝鮮半島で戦闘しつつ、倭寇のように沿岸部をゲリラ的に攻撃できれば面白そう。

271 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 19:34:14 O
>>266
明も朝鮮も補給が効かないから兵力を南方へ集中できるのは数ヵ月間。
それ以外は本国や北方に引いたり、分散させて現地補給で凌いでいた。

272 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 22:11:05 0
韓国のコンテナと戦って負ける日本の護衛艦ってやばくね?

273 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 12:06:44 0
大丈夫、韓国海軍はもっと弱いから

274 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 15:23:21 0
日本海上自衛隊戦力、韓国海軍の3.7倍

日本海上自衛隊戦力が韓国海軍より3.7倍も強いと評価された。
海軍が27日、国会国防委員会所属ハンナラ党ソン・ヨンソン議員に提出した資料によると、韓国海軍の艦艇は173隻で海自の114隻より1.5倍も数値は高いが戦闘力は劣るという。
これは日本の艦艇が韓国海軍より大きく、搭載兵器も力強いとされるため。
日本のこんごう型イージズ艦は海軍の代表的な駆逐艦がFF級より6.8倍も戦闘力が高く、海軍の最新戦闘艦であるKDX−Uより2.5倍も戦闘力が高いと推定された。
駆逐艦と輸送艦など輸送艦艇の戦闘力は攻撃能力、航海能力、輸送能力、防御能力を、潜水艦は手元機動力と探索指揮統制及び攻撃能力で計算した。


「戦い」じゃなくて「事故」でよかったね





275 :世界@名無史さん:2009/10/31(土) 16:35:43 O
>>272
戦ってねえし。

276 :世界@名無史さん:2009/10/31(土) 18:21:13 0
>>275
いやいや、ここは「あんなんじゃダメだから、もっと大きくて強い艦船が必要だね。」って流れでしょw

277 :世界@名無史さん:2009/11/01(日) 05:15:33 O
そもそも日本列島の政権が軍事的に朝鮮半島の政権より弱い時代は有史以来存在しない。

日本より弱いのが当たり前なんだから海軍もそりゃ弱いだろ

278 :世界@名無史さん:2009/11/01(日) 09:50:31 O
>>269
それは史実でもやっていたことでは?

279 :世界@名無史さん:2009/11/01(日) 10:23:24 O
>>272
おまいは護衛艦について少し勉強してきなさい

280 :世界@名無史さん:2009/11/01(日) 21:26:54 O
文禄・慶長の役はね…秀吉の誇大妄想とか領土的野心ではなく、国内の敵・家康(と、その周囲の親しい大名)に対する示威行動。これが「内憂を外寇にすり替える」と言われる政治手法。家康の方が一枚上手なのは豊臣家の国力浪費を招かせた事。…家康は座して天下餅を手に入れた!

281 :世界@名無史さん:2009/11/04(水) 00:37:16 0
>>280
なぜ家康に渡海させずに身内を渡海させて消耗させたのか説明がつくのか?

282 :世界@名無史さん:2009/11/05(木) 18:24:18 0
むしろ、家康が秀吉を煽て唆して、豊家の衰退を謀ったとかなんとか言った方が辻褄は合うw

283 :世界@名無史さん:2009/11/09(月) 18:14:54 O
軍板の次スレを立ててください。

284 :世界@名無史さん:2009/11/10(火) 08:56:55 O
家康は潜在的な危険の一つだが潰せない敵じゃないのにな。

歴史の結果からみたら家康危険だが当時は伊達や島津みたいなもん。

朝鮮出兵は単純に新たな領土を求めての行動。



285 :世界@名無史さん:2009/11/10(火) 10:14:05 0
家康に蝦夷討伐を任じて、成功した暁には
蝦夷に転封&加増し、征夷大将軍に任命さ
れるように働きかける。

寒さと激務で家康が早く死ねば、職を取り
上げて、難癖つけて本州の領土を全て没収
して蝦夷に追いやる。

樺太など周辺の土地は切り取り次第。


286 :世界@名無史さん:2009/11/10(火) 12:55:40 0
結果的に渡航しなかっただけで
渡航計画には入っていたけどね

287 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 01:24:40 0
あれだけ長いこと2度も戦っていたのに、家康の渡航計画が実行に移されなかったのはなぜ?
いくらでも実行に移させるチャンスはあっただろうに

288 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 12:41:56 O
豊臣方の武将で手軽や功績を牛耳るためでは?
結果的に半島から撤収したけど、参戦した武将は当時は勝つ気まんまんだったはずだし。

289 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 12:34:25 O
基本的に西側の大名しか動員してないやん。
伊達でさえあんなに少数

290 :世界@名無史さん:2009/11/15(日) 18:13:21 0
>>287
日本軍の構想としては、渡海輸送能力から一軍を一万二千から一万五千人とし、
第十六軍に徳川家康軍を予定していました。
第十七から二十軍が秀吉の旗本と本隊の予定です。
実際に渡海したのは第九軍(大将は羽柴秀勝)までです。

まあ順番待ちってことだね

291 :世界@名無史さん:2009/11/17(火) 01:29:01 0
順番待ちっていうか、兵糧不足で家康の大軍まで遅れなかっただけでは?

292 :世界@名無史さん:2009/11/17(火) 10:40:04 0
渡航前に和平交渉が始まっちゃったからだろ

293 :世界@名無史さん:2009/11/17(火) 11:11:58 0
つまり国内統制の為の示威行動などではなかったって事だな

294 :世界@名無史さん:2009/11/17(火) 11:22:04 0
そんな説聞いたことないけど仮にそういう目的があったとしても
いくつか複数の目的のうちの一つ程度のことだろう

まあ和平交渉をすると示威行動ではなくなるって言うとこのつながりが全く読めないけど

295 :世界@名無史さん:2009/11/17(火) 12:39:24 0
二十数年前に漫画日本の歴史か何かで
家康は力を蓄える為に江戸の開発で必死
ということで断ったみたいなことを見た
けど、出鱈目だったのか。

秀吉の方も侵略が成功すると思い込んで
いるから、子飼いの大名たちに手柄を
立てさせたいということで家康いらね
ということかと思っていた。

296 :世界@名無史さん:2009/11/17(火) 16:45:01 0
家康といえども秀吉の命令を断る権限はない。

297 :世界@名無史さん:2009/11/18(水) 18:03:53 0
文禄二年に講和交渉は始まらなければ
家康も含む東国勢と秀吉自身が渡海していた可能性が高い

298 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:04:04 0


299 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:05:44 0


300 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:06:24 0


301 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:07:13 0
韓国人=朝鮮人の先祖は、古代半島の東北部、 いわゆる中国領・楽浪郡の東部地方(日本海沿岸地方)に 住んでいたワイ族。
百済人、高句麗人は古代の満州地方に住んでいた遊牧民族=フヨ族。

ウィキペディア-朝鮮民族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E6%97%8F

歴史
朝鮮半島では4世紀頃までに高句麗、新羅、百済の三国が興り三国時代と呼ばれるが、7世紀に中国の唐が新羅と結んで高句麗、百済を相次いで滅ぼし、さらに新羅が唐の勢力を追放して朝鮮半島を統一した。
高句麗や百済の支配層は扶余系とみられ、韓系である新羅人とは別系統の言語を話した。
一般的に現在の朝鮮語の祖語は新羅語とされている。このことから言語をもって民族の基準とすると、朝鮮民族を形成していった主流は新羅人であると考えられる。

ウィキペディア-新羅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%BE%85

脚註
^ なお韓国では、高句麗の滅亡後にその遺民が靺鞨族と共同して満州に建国した渤海を高句麗の後継国家と見なし、新羅・渤海をあわせて南北国時代と呼び、朝鮮民族史の及ぶ地理的範囲を朝鮮半島から満洲・沿海州を含めた領域としている。
しかしながら、言語的観点から現代の韓国・北朝鮮の祖とされる新羅と、高句麗・渤海とでは、民族的・言語的に隔たりがあり(金芳漢著・大林直樹訳『韓国語の系統』)、
高句麗・渤海を現在の韓国・北朝鮮へ連続する国家と見なす十全な根拠がないため、高句麗・渤海の故地を領土に含み、また高句麗・渤海と民族的に同系である満州族を国民として多数抱える中国との間に軋轢が生じている(→東北工程)。


302 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:09:44 0
朝鮮人(高麗族、コリョ族)は中国東北部起源の北の蛮族
「楽浪半島、もしくは東シナ半島」の歴史(中国と日本の歴史)
前1000年頃 殷の廷臣、箕氏(中国人)が周の武王から楽浪(半島北部)に封じられる?(周の属国)その後、周の凋落で王を称す?
戦国期 編纂されはじめていた地理書「山海経」に「楽浪の南に、燕に朝貢する倭がある」旨、記される。 辰国(半島南部、百越人の国)は倭そのものか? 百越人(弥生人)とは、失われた長江文明の担い手。現在そのDNAは半島、日本、ベトナム以南にしか残されていない。
前195年 秦に滅ぼされた燕からの亡命武将、衛満(中国人)が箕氏楽浪を乗っ取る。 このころから辰国は三韓に分かれはじめる。 馬韓(後の百済)は百越人の国。秦韓(辰韓、後の新羅)は始皇帝から逃れてきた秦民の国。弁韓(後の任那)も秦韓に似る。
前108年 中国皇帝の武帝が衛氏を滅ぼし楽浪郡を設置、植民地とする。
前37年 東胡を祖とするコリョ族(高麗族)が中国東北部に高句麗(前高麗)を建国。
2世紀 遼東太守、公孫度が扶余族(穢族からコリョ族と分岐)の王、尉仇台に嫁を与え馬韓(後の百済) の王とする。先から三韓の王族は全て扶余族となっていた? 倭王も同族? 新羅三王家のふたつに倭出自伝説が残されている。
3世紀初 公孫康 、曹操の許可を得て楽浪郡南部を帯方郡(後の百済)として設置。
4世紀 晋の八王の乱の混乱に乗じて、高句麗が楽浪郡を不当占拠。百済、新羅が建国。日本を大国と崇め、人質を送る。任那も併せ三韓は日本の勢力下にあった。
7世紀 任那、百済と順に滅亡、遣隋使と合わせて日本は半島から手を引く。新羅、高句麗を征伐。統一新羅は中国の属国となり、独自の名前と年号を捨て、中国式の名前と年号を使い出す。
918年 新羅滅亡、高麗(後高麗)建国。新羅内に雌伏していたコリョ族が国を乗っ取った。

ここまでは、朝鮮人の歴史ではない。



303 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:10:52 0

朝鮮人とは朝鮮半島の南側に住んでた原住民で、三韓(馬韓、弁韓、辰韓)人
それに対して高句麗(※)も百済も朝鮮人を支配してた扶余(ツングース)民族だな

広辞苑より
【扶余】前一世紀から五世紀まで、中国東北地方北部に活動した民族。
また、その建てた国。ツングース族の一。一〜三世紀中頃が全盛期、もと百済の別称。
【高句麗】紀元前後、ツングース族の扶余の朱蒙(東明王)の建国という。
中国東北地方の南東部から朝鮮北部にわたり、四世紀広開土王の時に全盛。
都は二○九年より丸都城、四二七年以来平壌。唐の高宗に滅ぼされた。高麗(コマ)。
【渤海】八〜一○世紀、中国東北地方の東部および朝鮮半島北部のあたりに起った国。
靺鞨(マツカツ)族の首長大祚栄が建国。唐の文化を模倣し高句麗(コウクリ)の旧領地を
併せて栄え、七二七年以来しばしばわが国と通交。一五代で契丹に滅ぼされた。
【靺鞨】(マツカツ)ツングース族の一。有力な部族が七部あり、その一である
粟末(ゾクマツ)靺鞨の首長大祚栄は渤海国を起し、また黒水靺鞨は後に女真と称した。
【女真】中国東北地方の東北部から沿海州方面に住したツングース系の民族。
五代の頃より女真と称し1115年完顔(ワンヤン)部の首長阿骨打(アクダ)が金を
建国し宋に対抗。後に清朝を興した満州族も同一民族である。

一方朝鮮人は、朝鮮半島の原住民の事です。 馬韓、弁韓、辰韓の民族ですね。
なので 百済≒高句麗≒渤海  ≠  三韓=朝鮮民族


304 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:12:51 0
高句麗=扶余系=満州系なんだわな。
高句麗の発祥地は中国の東北地方で、高句麗の数百年の歴史のうちの最初からの半分以上が中国東北地方にしか版図がなく、朝鮮半島には存在はしてなかった。
そして、彼らが滅亡した後は、ほとんど満州の部族に移行している。つまり、どう考えても、高句麗は中国東北系の国なんだわな。

高句麗と朝鮮の関係って大日本帝国の朝鮮と似たようなもんでしょ。
朝鮮に日本家屋があることを理由に、朝鮮人が江戸文明を作ったとかぬかすくらいあつかましい主張でしょ。
何しろ、文明が継承されてないんだもの。
満州人はきっちり高句麗文明を継承してるけど朝鮮は100年前は土人文明だもの。
高句麗はシナと新羅(朝鮮)が連合して消滅させた異民族の古代国家にすぎない。
百済も、高句麗の後継国家、渤海も同じ。

なぜ朝鮮人は嘘をつくのか Why does the Korean tell a lie?
http://www.youtube.com/watch?v=9ATZG6pyY88
http://www.youtube.com/watch?v=jbgbbXk0n1k
http://www.youtube.com/watch?v=KR7z_-jagCE

■朝鮮人が認められない歴史的事実一覧

・弥生人が長江流域からやってきた百越系民族であること
・半島南部の先住民が倭人(=弥生人=百越系民族)であること
・新羅の建国時の宰相が倭人であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても倭人説があること
・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
・大和朝廷による伽耶地域の支配(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
・半島における文化的独自性の欠落(あらゆる分野での古典の不在)
・常に某かの国の属国として歩んできた歴史
・姓が中国文化の影響を受け、みずから改名し、中国語氏名であること
・朝鮮征伐が日本と明との戦争であったこと(李朝の軍は明の将の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われている)
・朝鮮通信使が実質的に朝貢使節であったこと(琉球の江戸上りと同じ)
・オンモン(朝鮮文字)がパスパ文字、契丹小字をもとにしたものであり、しかもカナより600年遅れて作られたものであること


305 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:14:08 0
長い歴史の中で数多くの国や王朝に朝貢し冊封され支配、統治され
朝鮮人は混血も重ねています(大きいところでは中国諸民族、縄文人、倭人、蒙古人、満州人、大日本帝国)

近年韓国で医学界等の遺伝子や血液の分析で朝鮮のルーツは北方である事
南部からの流入(日本の縄文人や倭人、倭人王については完全にスルーしてますが)との
混血である事も徐々に指摘、新聞でも報道されはじめました

血液分析により民族の移動経路を判明する 東亜日報
韓国 台湾 日本、もっとも単一民族に近いのは日本人
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2001010317828

"韓民族は単一民族ではない!" 韓国 朝鮮日報
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2009/01/09/2009010901296.html

韓国人、違う民族の血40%位まじっている 韓国 朝鮮日報
http://www.chosun.com/national/news/200604/200604050360.html

顔で見た韓国人、すでに他民族血統…“80%が北方系” 日本版 中央日報
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90507&servcode=400

もし日本人、韓国人が似てると感じれば、それは激しく混血を重ねた朝鮮人が似てるのであって
日本人が似ているのではないのです

朝鮮はこの通り朝鮮民族だけの物ではありません、
今後は友愛の精神で朝鮮半島は異民族を多く受け入れ多民族多人種社会となり
それぞれの民族の国籍を認め韓国朝鮮人と同じ権利を持ってもらい共生すべきです

国連、「韓国の単一民族強調」人権侵害の恐れ 日本版 中央日報
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90362&servcode=400

韓国の民族主義を告発、スタンフォード大シン教授(上)
http://www.chosunonline.com/news/20090623000056

306 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:15:06 0
【質問】『「我々韓国人は高句麗人(フヨ族)の子孫だ。高句麗は韓国人が建国した国だ」と主張していますが、 これは事実でしょうか?』

【回答】 完全なウソです。韓国人の作り話です。韓国人と高句麗人はまったく別種の民族です。高句麗人は
古代の満州地方に住んでいた 遊牧民族=フヨ族の一派ですが、韓国人=朝鮮人の先祖は、古代半島の東北部、
いわゆる中国領・楽浪郡の東部地方(日本海沿岸地方)に 住んでいたユウロウ族です。狩猟民族=ユウロウ族の子孫が
現在の韓国人です。このユウロウ族はシベリア奥地の山岳部から半島東北部に移住してきた民族です。
 満州地方に住んでいた遊牧民である高句麗人(フヨ族)とは何の関係もありません。強いて関連付けるならば、
一時期、フヨ族がワイ族を 支配化に置いていたこと、くらいです。
 では、高句麗人の子孫にあたる民族とはどのような民族なのか。それは女真族(満州族)です。
高句麗が唐によって滅ぼされた後、高句麗人(フヨ族)は彼らの故郷である『満州』に逃げました。
 高句麗人はこの地において契丹族や鮮卑族、モンゴル族と混血しました。それによって誕生したのが
女真族(満州族)なのです。 この女真族が、1115年に満州地方から中国北部にまで版図を有する
『金国』を建国しました。金国が滅びた後、1616年に、 同じく女真族の国である第2次金国=後金国が建てられ、
この『後金国』が清国へと発展していきます。


307 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:16:28 0
高句麗人(フヨ族)の歴史を図にすると、下記のような流れになります。

〔フヨ国→ 高句麗→ 金国→ 後金国=清国 (高句麗滅亡後に建国された渤海国も『高句麗人の国』という説がある) 〕

 見ての通り、高句麗と韓国人は何の関係もありません。高句麗人の末裔と呼ぶべき民族は満州族であり、
韓国人=朝鮮人ではないのです。 韓国人は高句麗人の子孫ではないだけでなく、高句麗人の歴史を受け継ぐ
満州族(女真族)のことを『オランケ』と呼び、蔑んでいました。 オランケとは韓国語で「野蛮人」の意味です。
 韓国人は、「我々は高句麗人の子孫だ」と自称する一方で、本物の『高句麗人の子孫』である満州族のことを、
野蛮人呼ばわりして 見下しているのです。
 ところが最近の韓国人は、時と場所によって「満州族と韓国人は兄弟民族だ」と言ったり、「満州族はオランケであり、
韓国人と違う民族だ」と、 言ったりしています。まさに『ご都合主義』です。自分たちの都合により、歴史を捏造し
歪曲しているのです。 日本人は倭人の子孫である。一方、朝鮮人はユウロウ族の子孫である。この2つの民族は
最初から別種なのだ。



308 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:20:53 0
前12世紀〜前2世紀の箕子朝鮮は中国人の箕子が建国した中国人国家。
箕子朝鮮を滅ぼして前2世紀〜前1世紀の衛氏朝鮮は中国人の衛満が建国した中国人国家。
前漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼして朝鮮半島北部に前1世紀〜後3世紀に設置した漢四郡(楽浪郡・真番郡・臨屯郡・玄菟郡)は中国植民地。
百済と高句麗はツングース系民族の夫余族の国家。渤海は夫余族と靺鞨の国家。夫余族と靺鞨は中国・満州族の母体。
秦からの亡命中国人が前2世紀〜4世紀に朝鮮半島南部に建国したのが辰韓(秦韓)で、後に12カ国に分裂して、その一つの斯蘆国が新羅。
百済と高句麗を滅ぼしたのは新羅ではなく唐。唐は百済と高句麗の滅亡後に旧高句麗領を安東都護府、旧百済領を熊津都督府、新羅を鶏林大都督府として半島全域を藩属国から羈縻州(中国国内扱いにした事を指す)にした。
このため一時的に朝鮮に「国」はなくなった。

朝鮮の歴史は半万年ではなく千百年弱

「朝鮮、属国史」の始まり
918年 高麗建国
10世紀 宋に朝貢、契丹(東胡の末)に朝貢。
12世紀 金(女真族、東胡の末)に朝貢。
13世紀 高麗はモンゴルの属国となる。劣等感から、一然という僧が檀君神話を捏造し、忠烈王がモンゴルに日本侵略を唆す。
14世紀 高麗滅亡、李朝建国。李朝は最初から明の冊封国で、国名も中国に決めてもらった。
17世紀 清(女真満州族)に服属、三跪九叩頭の礼に甘んじる。
19世紀 日本が日清戦争で中国を破り、属国の李朝は独立させてもらう。(日本の保護国)
1910年 李完用の要請により日本に併合してもらう。李氏朝鮮(大韓帝国)滅亡。
1948年 戦後アメリカ軍政庁の統治下にあったが、アメリカの後押しで大韓民国が成立。
1950年 アメリカとソ連の代理戦争である朝鮮戦争が起き分断国家となる。
1991年 ようやく国連加盟、史上初めて世界から独立国家として認められる。 
1993年 韓国、軍事独裁制を脱し、史上初めて独立民主政体となる。
現在 いまだ言論、学問の自由もなく民主主義とは程遠い国である。北は論外。


309 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:21:48 0
======== 偉大な韓国の歴史 ==========
10世紀 長白山が過去2000年間で世界最大級とも言われる巨大噴火を起こす(リセット)

1010年 「契丹」に侵略される。首都開城が陥落。(キタン人化)
1013年から1019年まで継続して侵略される。   (キタン人化)
12世紀 「女真」の侵入。侵略。「金」に朝貢。   (満洲人化)
1231年 「蒙古」に侵略される。首都開城が陥落。国王江華島に逃亡
    長い間、無抵抗の半島はモンゴル軍に蹂躙される。(モンゴル人化)
1247年 「蒙古」に再侵略される。しばらく蹂躙が続く。 (モンゴル人化)
1258年 雙城総管府を置かれる。翌年、王子を人質に降伏。(モンゴル人化)
    国内には多くの蒙古軍人が駐留。        (モンゴル人化)
1270年 東寧府を置かれる。              (モンゴル人化)
    反対派が済州島に移って徹底抗戦。1273年に鎮圧 (モンゴル人化)
1274年と1281年「元寇」(半島人主力で日本侵略。が、全滅(モンゴル人化)
1356年から1362年までの紅巾賊侵入により首都開京が陥落 (シナ人化)
1419年 「応永の外寇」 17000人で対馬を襲撃。船、家を焼き、住民を虐殺する。
    しかし、少数の対馬軍に撃退される。
1592年 と1598年秀吉の「唐入り」 首都漢城が陥落(短期でヤマト化は無理)
1627年 「後金」に侵略される。平壌を超え、侵略されるが漢城までは来なかった。
    しかし、国王は江華島に逃亡(満洲人化)
1636年 「清」に侵略される。首都漢城が陥落。清軍が、す早く江華島への道を遮断。
    泥濘の中、朝鮮王仁祖は清の太宗に降伏、大清国属国となる。(満洲人化)

「屈辱の象徴」三田渡碑の移転決定
http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/610163/
韓国マイナー観光
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kikyo/1239/w-18.htm


310 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:22:50 0
「アイゴー!シンガポールヤフーが韓国を中国領と表記してるニダ!」

シンガポール ヤフー(sg.travel.yahoo.com)とカナダのブリティッシュコロンビア(BC)州政府サイト
(www.protocol.gov.bc.ca)が韓国関連の誤りを訂正した。
サイバー外交使節団「バンク」は「1週間前までシンガポールヤフーはアジア地図で韓国を中国の領土と表記していたが、5日現在、『韓国領』に是正された」と明らかにした。(略)

http://www.worldtimes.co.jp/kansok/kan/shakai/090106-3.html


韓国紙・中央日報が韓国人のプライドをめちゃめちゃにする事実を報道していた


『有名教科書と地図「韓国は中国領土」』

英国オックスフォード大の出版社が制作している教科書をはじめ、世界の教育機関、博物館、テレビ局、新聞社、ポータルサイト、
百科事典など総34個の世界有名機関の世界地図53個が、韓国の領土全体または一部を中国領土に表記していることが分かった。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=65416


『スペイン紙「韓国4228年間、中国の属国」』

スペインの有力紙「エル・ムンド」のウェブ版(www.elmundo.es)が「韓国は4228年間にわたって中国の植民地だった」と紹介した。
「エル・ムンド」は「韓半島は長い歴史のなかで数多くの侵略を受けてきた。中国に1895年まで属していた(略)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=56213



アメリカ大使館「朝鮮に歴史無し。昔から中国、日本、偏狭蛮族の属国」
http://s04.megalodon.jp/2008-0104-0331-22/www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&page=9&nid=3182743
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2&diff=8434966&oldid=8280871



311 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:23:49 0
各国教科書に見る朝鮮半島
http://bansensyukai.blog23.fc2.com/blog-entry-7.html
◎ ポーランドの教科書
「AD1世紀以来、日本と中国は朝鮮半島の領有権を巡って衝突した」
◎ ドイツの教科書
「日本が大陸に最初の足がかりを築いたのは4世紀の事だった。その後300年、日本は朝鮮半島を支配する地位にあったが、唐との戦争に敗れ、17世紀になるまで待たなくてはならなかった」
◎ オーストラリアの教科書
「朝鮮は近代に到るまで、その国内での抵抗に関わらず、中国と日本の属国だった」
◎ フィリピンの教科書
「朝鮮は、その歴史の大部分中国の属国であり、その支配は19世紀に日本に引き継がれた。日本は自由な新しい秩序を樹立する事によって、朝鮮に平和と安全をもたらそうとした」
◎ インドネシアの教科書
朝鮮を中国の属国として記した。
「朝鮮の文化と芸術は中国・モンゴル・日本文化の影響を受けた」
「朝鮮は言論・宗教の自由が制約を受ける国」
「北部はロシアが、南部はアメリカが占領している」
◎ タイの教科書
「朝鮮は中国の支配下に入り、これが19世紀まで続いた」
◎ アメリカの教科書
「朝鮮は中国の従属国」
◎ カナダの教科書
「朝鮮は、数百年間中国の属国」
「日本は<中略>朝鮮に鉄道・道路・港を建設し、産業を発達させて教育の機会を拡大させようと努力した」
◎ インドの教科書
「朝鮮は永らく中国の属国だった」
◎ イギリスの教科書
「西暦366年から562年まで、日本が朝鮮半島を支配した」

韓国と北朝鮮の国内でどれだけ洗脳教育をしても勝手ですが外の世界に出れば朝鮮半島は古代から下関条約まで常に属国。
これが世界の一般的な認識ということです。



312 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 08:24:34 0
統一新羅
http://www.memomsg.com/dictionary/D1096/390.html

統一新羅は、676年の朝鮮半島の統一から935年に滅亡するまでの新羅の事を差す。
この統一新羅、いわゆる新羅は、現在の韓国、朝鮮両国の共通の先祖の国家の初代といえる。
それ以前の国家は民族・言語・文化的につながりが薄い。当然、統一新羅の前身である新羅と統一新羅は連続している。
統一の過程で滅んだ、高句麗、百済は現在の韓国及び朝鮮とは連続性があまりない。
高句麗は実質的に後継国家として渤海があり、現在の中国東北部に小さく民族移動して国家を再建設している。



東北工程:百済・新羅の歴史も「中国史の一部」=中国社科院 『朝鮮日報2007年6月4日』
http://www.chosunonline.com/article/20070604000018

公式研究書に百済と新羅の歴史も「中国史の一部」と記述していたことが3日、分かった。
百済に対しては「(高句麗と)同様に古代中国の辺境にいた少数民族である夫余人の一部が興した政権」とし、
新羅については「唐は(百済が滅亡した)660年以前には羈縻政策を、それ以降には直接統治を行った」と記述した。
また、新羅は「中国の秦の亡命者が樹立した政権」であり、「中国の藩属国として唐が管轄権を持っていた」とした。



東北工程・高麗も中国が建てた国『朝鮮日報2007年6月6日』
http://www.chosunonline.com/article/20070606000006  

高麗について、「箕子朝鮮、高句麗に続き、中国が朝鮮半島に打ち建てた3番目の政権」と主張したところの、
吉林省社会科学院が隔月刊で発行する歴史雑誌『東北史地』の2007年第3号に掲載された「後唐の明宗が、高麗を建国した太祖・王建の族籍を明らかにした」と題する論文の存在が確認された。
この論文は、「王建は決して朝鮮半島の新羅人の子孫ではなく、中国・淮河流域から来た漢人の末裔」と主張し、
933年に後唐の2代目の明宗が太祖・王建に送った冊封詔書などをその根拠として提示した。冊封詔書には太祖・王建を「長淮の茂族」と呼んでいる部分があり、この論文は「長淮は淮河流域を意味する言葉で、太祖・王建の本籍地が中国であるため、高麗は中国人が建国した国



313 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 09:12:16 0
↑こいつは自分が朝鮮嫌いな層からも
痛いと思われているということが
分かっているのか?

二度と来るな。

314 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 12:14:21 0
>>313
同意。

本人はオレサマカコイイ!とか思ってやってるんだろうが、
端から見れば馬鹿さ加減はホロン部と同じ。


315 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 16:47:14 O
ん?>>313>>314
自演か?

なんか変だな。

312は単なる珍説

とりたてて取り上げるもんでもない。



316 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 17:26:02 0
今夜放送ですね。見る前から戦争の実態を描かないという、駄目駄目臭が漂ってきます。

ttp://tv.yahoo.co.jp/program/122300/?date=20091129&stime=2200&ch=8208
2009/11/29 22:00〜23:30 の放送内容

NHK教育 .ETV特集 日本と朝鮮半島2000年(8)
日本と朝鮮半島の関係に大きな傷跡を残した文禄慶長の役(1592-1598)。中国・明も巻き込んだ東アジア国際戦争はなぜ起きたのか。悲劇の実態をみつめる。
豊臣秀吉が起こした文禄慶長の役(1592〜1598年)は朝鮮半島では「壬辰倭乱」と呼ばれ、日本の侵略の出発点として刻まれている。
この戦争は日本と朝鮮、2か国間の紛争だけではなく、中国・明を含めた「日・朝・中」東アジア社会を変動させた国際戦争でもあった。悲劇はなぜ起きたのか? 戦争の実態を描く。

出演【ゲスト】ソウル・ソガン(西江)大学校教授…チェ・ドゥフィ,九州大学大学院教授…中野等,【キャスター】三宅民夫,【リポーター】大桃美代子

317 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 18:03:07 0
>>315
>>298以降の同一人によるコピペ壁貼りに対してだよw

318 :世界@名無史さん:2009/11/30(月) 13:59:30 0
釜山に上陸した日本軍に対し、朝鮮軍はあっという間に敗北。
釜山鎮の戦い(鄭撥戦死)、東莱城の戦い(宋象賢戦死)、尚州の戦い(李鎰敗走)、弾琴台の戦い(申立戦死)
などで日本軍は勝利を重ねた。
日本軍は第1軍(小西行長、他)、第2軍(加藤清正、他)、第3軍(黒田長政、他)を先鋒に
三路に分かれて急進し、翌5月には首都漢城(現在のソウル)を占領。

朝鮮国王の宣祖は平壌へ遷都して避難、
さらに日本の進撃が迫ると遼東との国境である北端の平安道義州へと逃亡し、
冊封に基づいて明に救援を要請するが、
その間にさらに北上した日本の第1軍と第2軍は平壌を占領して進撃を停止した。

あまりに容易に李氏朝鮮の王都である漢城が陥落したため、
日本の諸将は5月に漢城にて軍議を行い、
各方面軍による八道国割と呼ばれる制圧目標を決めた

平安道 第1軍小西行長他、 
咸鏡道 第2軍加藤清正他、 
黄海道 第3軍黒田長政他、 
江原道 第4軍毛利吉成他、 
忠清道 第5軍福島正則他、 
全羅道 第6軍小早川隆景他、 
慶尚道 第7軍毛利輝元他、 
京畿道 第8軍宇喜多秀家他、

日本軍は北西部の平安道と全羅道を除く朝鮮全土を制圧し、
加藤清正の一隊は威力偵察のため国境を越えて明領オランカイへ攻め入った。


319 :世界@名無史さん:2009/11/30(月) 18:12:22 O
>>317
朝鮮が中国の一部ってのは珍説だが、
朝鮮が中国の属国だったのは事実やんけ。

なんかやっぱり変だな。

320 :世界@名無史さん:2009/11/30(月) 20:20:27 O
報道規制されてるけど
こんなの普通なん?

●日本人の遺体を人質に●韓国・友愛●
1500万円払わなければ遺体は返さない。保証しろ。【韓国射撃場火災】
http://c.2ch.net/test/-/newsplus/1259541444/i

現代においても
金の為なら遺体を人質にとる文化は正当ニダ

321 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 03:10:29 0
>>320
こんなの朝鮮じゃ日常茶飯事

・・・報道規制されていたのか。日本のマスゴミは・・・

322 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 08:39:55 0
↑お前らスレ違いだから、去れ。

右翼板探してそっちに行けや。
そんでそこから二度と出てくんな。

323 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 11:35:18 O
単なる雑談に反応する程チョンが卑劣な事を知られたくないのか。

しかも勝手に右翼認定。

事実を語ると右翼認定とはな

324 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 13:28:53 0
だから他でやれって言っているのが分からんのか?

お前は自分が朝鮮人並に狂っているということに気付け。

325 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 20:11:15 0
なにこのきちがい左翼w

326 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 21:47:39 0
スレ違いを指摘すると左翼ですか
ホロン部のネトウヨ認定とどう違うんでしょうね

327 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 22:36:55 0
ホロン部のネトウヨ認定ってこれの事?

322 :世界@名無史さん:2009/12/01(火) 08:39:55 0
↑お前らスレ違いだから、去れ。

右翼板探してそっちに行けや。
そんでそこから二度と出てくんな。


328 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 00:56:45 0
自分の間違いを指摘されても決して認めず
執拗に粘着し続ける。
まさに朝鮮人と同類だな。

329 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 02:37:26 0
結局は日明戦争だったんだろ?和平交渉も明とやったわけだし。
朝鮮は単なる戦場ってこった。秀吉はよくやったよ!

330 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 04:12:05 0
本能寺と浅井の裏切りが無ければ、もっと早くに天下統一できて
信長様が半島の半分くらい切り取ってくれたのに。

331 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 08:36:02 0
まともに情報収集せずに攻めたのだろう
天狗になった秀吉に忠言できるものも
いなかったのだろう

332 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 09:14:55 0
秀吉が朝鮮出兵するゲームをしたいね!
水軍戦も既存のパターンでなくて、史実を下にして少し難しいのがいい。
民衆のゲリラも発生して鎮圧したり、懐柔もできればいい。
あと築城も必要だな。

333 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 10:15:05 0
それはアレだな、コーエーがチンギスハーン5を作れってこったね

334 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 10:53:46 0
いや、時代が全然違うんだけど、、、
まあ、それはそれで出てほしいけどね。

335 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 14:13:28 0
秀吉はカトリック勢力に対抗するために大陸に出兵した

日本に来ていた巡察師や宣教師は明らかに偵察隊である
彼らはシナ大陸の権益を目下に、日本を拠点として大陸をカトリック圏領にしようと企んでいた
現にイエズス会の日本布教長は、日本人を改宗させスペイン帝国の兵として
大陸に送り込むことをを視野に入れていたことを匂わす書を残している

はじめキリシタンを奨励していた秀吉はのちに追放令を出している
秀吉はメキシコ、フィリピン、マカオなどがイエズス会勢力によって
征服されていたことを何らかの形で知っていたという
又秀吉は、キリシタン大名によって無数の寺社仏閣が焼き払われている事態に激怒していた

秀吉は、カトリック勢力が明を征服しその武力と大陸の経済力が結びつくのを恐れ
イエズス会日本準管区長を通してスペインに共同で明を征服することを提案していた
しかしこれを断られたためやむを得ず独力で大陸に兵を出したが
シナ海を渡る船を持っていなかったので朝鮮半島経由で行かざるを得なかったのである

このとき秀吉はマニラ総督府に当てこう手紙に記し、脅している
「シナに至ればルソンはすぐ近く予の指下にある」

336 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 14:38:05 O
>>331
情報集める困難さをかんがえれ

現代と状況が全く違う

337 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 00:01:26 0
>>335
スペインってカトリック勢力じゃないのか?


338 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 04:39:24 0
>>245
ちゃんと歴史のような気もするが?

339 :世界@名無史さん:2009/12/08(火) 07:43:46 0
対馬乗っ取り

http://www.youtube.com/watch?v=37BTfQ111zw

340 :世界@名無史さん:2009/12/08(火) 09:09:41 0
>>331
年取って戦の基本を忘れてしまったんだね。


341 :世界@名無史さん:2009/12/08(火) 11:10:14 0
現在の朝鮮人は秀吉軍の子孫。当時の秀吉軍の兵隊さんと朝鮮女性との間に生まれた子供の子孫が現在の朝鮮人である。
ついでにいえば中国人も日本軍の子孫。当時の日本軍の兵隊さんと中国女性との間に生まれた子供が現在の中国人であり、
中国といっても日本の一部にすぎない。


342 :世界@名無史さん:2009/12/08(火) 16:08:58 0
どの国にせよ、敢えて日本の征服に乗り出すには日本は強国過ぎたのである。
ポルトガル人には日本征服どころか、その考えすら起こらなかった。
スペイン人は一度だけ日本の征服を考えたかに思われるが、その思惑はたちまち一蹴された経緯がある。
1609年、太平洋方面総督に対して勅令が送られ、日本軍を前にして
「我が軍隊と国家の名誉を損なうような危険を冒さないように」
との厳命が下っているのである(フィリピン当局者であったスペイン人、Antonio de Morgaの記録にある)。
ただ一度だけ、日本の不正規軍…
…浪人と呼ばれる近寄るべきでないサムライが主体…とスペイン人との間で会戦が行われたことがある。
1620年代、シャムにおいてだ。
どちらが負けたか?敗れたのはスペイン人である。
支那について言えば、朝鮮での戦いのいくつかの小競り合いで支那が勝ったことはある。
だが、戦争それ自体に支那が勝利を収めたわけではない。
そのことは支那自身が明言している。※
(中略)
1644年に滅ぶ明朝の最後に至るまで、この恐るべき侵略者の記憶は生々しく残り、
「日本人と言うだけで、人民は神経をとがらせ、警戒し、息を殺した」と付言されている。

ノエル・ペリン noel perrin( ダートマス大学英米文学教授)が分析した戦国日本の軍事力(著作「鉄砲を捨てた日本人」より)



※「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
(日本との七年に及ぶ戦争によって我が明は膨大な犠牲を強いられた。
我が国と属国朝鮮に勝算は無かったが、関白豊臣秀吉の死によって戦争は終わった)



343 :世界@名無史さん:2009/12/09(水) 19:35:41 O
廃れちまったじゃん

344 :世界@名無史さん:2009/12/12(土) 13:21:37 0
文禄慶長まとめ
ttp://yasoshima.hp.infoseek.co.jp/#4-6

345 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 19:29:17 0
日本軍と明軍の主要な戦闘

1.祖承訓率いる明軍先鋒隊五千騎が平壌城を急襲   
  →小西行長の配下一万によって撃退される

2.李如松率いる明軍四万三千余が平壌を総攻撃  
  →小西行長とその配下一万五千はたまらず敗走、明軍は平壌城を奪還 
  
3.李如松は平壌城を落とした勢いに乗じてさらに南下。体勢を立て直した日本軍四万一千は漢城近郊で明軍二万と激突   
  →日本軍が数に劣る明軍を大破(碧蹄館の戦い)。

4.晋州城攻防戦(第二次)において、
明将劉テイ指揮下四万が普州城の救援に向かったとの
報を受け、立花宗茂と小早川秀包は兵四千を率いこれを迎撃   
  →日本軍が撃退に成功

5.明・朝鮮連合軍が守る黄石山城を日本軍が襲撃   
  →陥落

6.明・朝鮮連合軍が守る南原城を日本軍が襲撃   
  →陥落

346 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 19:30:11 0
7.稷山で解生率いる明軍先遣隊八千と黒田長政率いる五千の部隊が遭遇戦   
→一進一退の攻防の末、明軍は戦意を喪失。日本側に援軍が現れたのを機に撤退

8.楊鎬、麻貴率いる明軍四万四千と、朝鮮軍一万二千の連合軍が完成前の蔚山城を急襲(蔚山城の戦い)   
→加藤清正を指揮官とする篭城側一万が防戦、
その後日本軍一万二千が駆けつけ連合軍を大破
日本軍は敗走する連合軍を30里に渡って激しく追撃し、壊滅的な打撃を与えた

9.麻貴率いる明軍二万四千、 金応瑞率いる朝鮮軍五千五百の連合軍が再び蔚山城を襲撃(第二次蔚山城の戦い)    
→日本軍は防戦に徹し、これを退ける

10.董一元率いる明・朝鮮連合軍およそ三万七千(諸説あり)が泗川城を襲撃(泗川の戦い)
→島津義弘配下七千が城外へ打って出て連合軍壊滅(すげえ)

11.劉テイ率いる明軍二万二千、権慄率いる朝鮮軍六千、
陳リン率いる明水軍二万、李舜臣率いる朝鮮水軍七千からなる連合軍が順天城を襲撃(順天城の戦い)
→小西行長配下一万三千が防戦し、これを撃退

12.明・朝鮮連合水軍五百隻が島津水軍五百隻と激突(露梁海戦)
→双方に甚大な被害。しかし島津水軍は小西行長らを撤退させるという作戦目標を達成し、連合軍は明水軍副将のケ子龍、朝鮮水軍大将の李舜臣が戦死した

日本圧勝だな

347 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 21:35:07 0
>>345-346
    ((⌒⌒))
ファビョ━ l|l l|l ━ン!
(⌒;;.. ∧_∧
(⌒.⊂,ヽ#`Д´>   
(⌒)人ヽ   ヽ、从
 从ノ.:(,,フ .ノゝ⊃
人从;;;;... レ' ノ;;;从人

ウリは2.以外知らないニダ!!
ウリの国定教科書(http://members.tripod.com/textbook_korea/5_2.html#5_2_4_1
には2.以外載ってない。
ウェナラのNHKでも2.以外放送してないニダ!!

348 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 09:12:28 0
まったく狗HKときたら…

349 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 10:07:37 O
小西はあきらかに与力武将が相当いるな



350 :世界@名無史さん:2010/01/02(土) 21:13:35 0
>>349
俺もそう思う
層じゃないと関ヶ原での異様な寡兵が説明できないからね

351 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 12:47:04 0
>>347
ドンマイ

352 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 13:00:02 0
ライブドア。したらば掲示板。
         。ρ。      ある趣味@JBBS掲示板の管理人です
         ρ         ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         mドピュッ
        C|.| /⌒⌒⌒ヽ/~ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ ←日本一最悪のおもらしマニア
      /⌒ヽ⌒ヽ___   |  ∴ヽ  3  ) ←こいつのHPに書き込むな。IPを公開する犯罪者。
     ./  _  ゝ___)(9     (` ´) )←◆5u2YhSgQ★ は在日朝鮮人で父親は獄死。
    /  丿ヽ___,.───|彡ヽ ―◎-◎-|    ←近日中にこいつも警察に逮捕されるでしょう。
    _/ )          (   Y ̄ ̄ ̄ ̄) ←女性の失禁でせんずりする童貞で包茎ですwww
   (__/           \____/
こいつのHP  http://jbbs.shitaraba.com/sports/2469
2ちゃんねる http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1253603749/
自作自演w http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2chd/1262161778/


353 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 14:10:30 0
>>335
まーそういった西欧の侵略の手を止めさせた功績はあるよね
明朝鮮では止められるようなやつはいなかったようだし

354 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 21:18:52 0
占領に成功して日本の統治下において西欧に対する防備を固めたんならそうかもしれんけどね
実際には明も朝鮮も日本も無駄な出費と被害を出しただけで終わったじゃないのよ
かえって国力を下げただけだし
君馬鹿でしょ?

355 :世界@名無史さん:2010/01/13(水) 10:39:34 0
日本はその後も順調に発展して言ってるけどねw


356 :世界@名無史さん:2010/01/13(水) 18:16:44 0
結果的に占領しなくても
「もし俺らスペインが明へ侵攻したら怒り狂った日本がまた来るかもしれない」っていう疑心暗鬼を与えるだけで効果てきめんだったわけだし…

秀吉がルソンへ牽制の書状を出した時のスペインのあわてぶり

ルソン提督がスペイン王フェリペ2世に宛てた手紙
「コーチシナ、ここは1000人で征服できます。
カンボジア王国、ここは我ら(スペイン)の生活の面倒をみてくれています。
シャム、ここは1500人で征服できます。
いずれも偉大なスペインの旗を立てるのは容易ですが・・・・・
日本が攻めて来れば、ルソンは壊滅します。」
パステルス「日本スペイン交渉史」

357 :世界@名無史さん:2010/02/08(月) 07:54:05 0
?

358 :世界@名無史さん:2010/02/08(月) 13:30:20 0
スペインなんて石器時代のところしか占領出来なかっただろ

359 :世界@名無史さん:2010/02/08(月) 13:50:57 0
>>358
石器時代?南米のことかな。
農業がどれだけ発達していたか知らんのだね

360 :世界@名無史さん:2010/02/09(火) 17:05:53 0
オーパーツスキーは歴史板よりオカ板へドゾー

361 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 10:02:23 0
アステカもインカも青銅器時代だな

362 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 10:03:04 0
てかオーパーツって、>>360は何を勘違いしてるんだろう?

363 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 18:07:23 0
>>361
「青銅器も一応あるけど石器がメインだよ時代」って感じじゃないかな。

364 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 18:22:33 0
要は鉄器の農具や武具を持っていなかった

>>360
で、オーパーツって何かなw (・∀・)ニヤニヤ

365 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 20:04:29 0
>>364
以前どっかのスレで南米のその辺を擁護していたのを調べたらトンデモだったというオチがついた事があったんだが。
そういうのではないのならスマンな。

366 :世界@名無史さん:2010/02/11(木) 14:47:38 0
よっしゃ、誤解は解けた。次いってみよう。

367 :世界@名無史さん:2010/02/21(日) 16:51:10 0
釜山に上陸した日本軍に対し、朝鮮軍はあっという間に敗北。
釜山鎮の戦い(鄭撥戦死)、東莱城の戦い(宋象賢戦死)、尚州の戦い(李鎰敗走)、弾琴台の戦い(申立戦死)
などで日本軍は勝利を重ねた。
日本軍は第1軍(小西行長、他)、第2軍(加藤清正、他)、第3軍(黒田長政、他)を先鋒に
三路に分かれて急進し、翌5月には首都漢城(現在のソウル)を占領。

朝鮮国王の宣祖は平壌へ遷都して避難、
さらに日本の進撃が迫ると遼東との国境である北端の平安道義州へと逃亡し、
冊封に基づいて明に救援を要請するが、
その間にさらに北上した日本の第1軍と第2軍は平壌を占領して進撃を停止した。

あまりに容易に李氏朝鮮の王都である漢城が陥落したため、
日本の諸将は5月に漢城にて軍議を行い、
各方面軍による八道国割と呼ばれる制圧目標を決めた

平安道 第1軍小西行長他、 
咸鏡道 第2軍加藤清正他、 
黄海道 第3軍黒田長政他、 
江原道 第4軍毛利吉成他、 
忠清道 第5軍福島正則他、 
全羅道 第6軍小早川隆景他、 
慶尚道 第7軍毛利輝元他、 
京畿道 第8軍宇喜多秀家他、

日本軍は北西部の平安道と全羅道を除く朝鮮全土を制圧し、
加藤清正の一隊は威力偵察のため国境を越えて明領オランカイへ攻め入った。



368 :世界@名無史さん:2010/03/13(土) 09:22:21 0
西国大名ばかりだな

朝鮮みたいな痩地じゃなくて
台湾やルソンに兵を進めた方が良かったね


369 :世界@名無史さん:2010/03/14(日) 11:01:20 0
台湾やルソン?
あそこは意外と強い原住民がいるぞ。
しかも日本から遠すぎ。

370 :世界@名無史さん:2010/03/14(日) 11:07:40 0
フィリピンなんて、スペインに何百年も支配されアメリカ軍による大殺戮と何十年もの支配があったのに今は一応独立してるんだぜ。

つまり日本の出番は無い。

371 :123:2010/03/14(日) 17:26:49 0
清にはできて、なぜ戦国オールスターズにはできなかったのだろう

372 :世界@名無史さん:2010/03/14(日) 20:45:27 0
日本には味方が少なすぎた。
清には色々と味方がいた。

あと、渡海ってのは今でも大変なこと。

373 :世界@名無史さん:2010/03/14(日) 20:51:51 0
「清」は「金」の後継国家として振舞えば良かったが、
日本は何もないところから始めなきゃいけないから。
たったの七年で秀吉が死んじまったし。

374 :世界@名無史さん:2010/03/14(日) 23:17:18 0
ヌルハチのとこはホンタイジやドルゴンやドドと言った第2世代以降も優秀だからなあ
たいして秀吉は一代で終わりだ

375 :世界@名無史さん:2010/03/14(日) 23:38:13 0
秀吉は、ただでさえ他武将より少ない一族(豊臣秀次、加藤清正、
福島正則、浅野長政など)がバラバラで、互いに足を引っ張って
いたからな。こういう家は長続きせんよ。

376 :世界@名無史さん:2010/03/15(月) 02:21:57 0
強力な独裁者である一方、その足元はずっとぐらつきっぱなしだったんだよな。

バッファローみたいだ。
バッファローは勇猛さの象徴とされるが、実は生殖能力が極端に低い弱々しい動物でもある。
そのため、生息地にハンターが入り込むとあっという間に絶滅してしまった。
また、その外見も立派な角と頭部のわりに、脚部は華奢なつくりになっており対照的である。

377 :世界@名無史さん:2010/03/15(月) 13:56:28 0
ヌルハチたちはそれこそ高句麗の時代からの漢民族との抗争の歴史がある。
日本にはそういうものがないからな。

朝鮮に出兵?
なんでそんなことをしなきゃいかんのだ?という武将も多かったはず。

378 :世界@名無史さん:2010/03/15(月) 17:18:29 0
>>377
倭寇というものがある。
日本の将兵でそれを意識したものは少なかったろうが、明朝鮮からは秀吉が倭寇の親玉に思えたことだろう

379 :世界@名無史さん:2010/03/15(月) 17:24:46 0
>>378
倭寇なんて国家の軍隊じゃないだろ。

380 :世界@名無史さん:2010/03/15(月) 19:52:01 0
鬱大国日本としては、鬱陵島を韓国に取られたのは痛かった。
江戸幕府が史実のような事なかれな態度をとらず、李朝の抗議をつっぱね、
日本領として実効支配し続ければよかったのに。

もし鬱陵島が日本領だったら、今頃、鬱で悩む人の聖地になっていたのに。

381 :世界@名無史さん:2010/03/16(火) 02:59:26 0
国家の軍隊ではないが宗氏が親玉だからなぁ

大名バックに付けた不正規軍だなw

382 :世界@名無史さん:2010/03/16(火) 13:42:32 0
「揮刀如~」
「日本の武士の刀術はまるで神の如しだ。
我々の明兵は武士を見れば皆身がすくみ逃げ腰になる。
刀術に優れた武士だが刀術だけではなく飛び道具の扱いも我が銃兵と互角である。
弓の扱いも我が弓兵と互角、そのほかあらゆる兵科と比べて不足が見つからない。
本当に日本人は殺戮者だ。その家には刀を持たぬものは無く、
子供の頃から剣術を鍛えられ始め、壮年にいたれば手に負えなくなる。
それゆえ接近戦は日本の武士に一方的に有利で明兵では相手にならない。
日本人を有効的に殺せるのは火器のみである。
であるにも拘らず、多くの鳥銃を擁している場合でも勝てないのは外でもない。
日本人は戦いに臨んで命を忘れるが、我が明兵は戦いに臨んで恐れて逃げるため、
その鉛子は地に堕ち、あるいは薬線が法なく、手震え、目眩み、天を仰いで空しく発射する為である。」

383 :世界@名無史さん:2010/03/20(土) 04:03:05 0
宗氏はかつて対馬国を支配した守護・戦国大名。
惟宗氏の支族。
一文字姓の多い朝鮮との貿易外交に有利なように、惟宗から宗の一文字の氏に改めた。

戦国時代は幾度も九州本土進出を図ったが、毛利氏・島津氏・大友氏・龍造寺氏に阻まれて進出は難航した。
九州征伐では豊臣秀吉に臣従して本領を安堵された。
文禄・慶長の役では、宗義智が小西行長の軍に従って釜山城・漢城・平壌城を攻略するなど、
日本軍の先頭に立って李氏朝鮮及び明を相手に戦い活躍した。
また戦闘だけでなく行長と共に日本側の外交を担当する役割も担い折衝に当たっている。

関ヶ原の戦いで西軍に属したが、宗氏が持つ朝鮮との取引を重視され、本領を安堵された。
後年、朝鮮との国交回復に尽力した功績が認められ、国主格・十万石格の家格を得、
朝鮮と独占的に交易することも認められた。
江戸時代は対馬府中藩の藩主となり、
参勤交代で3年に一度江戸に出仕することとされ、
江戸に屋敷を構え対馬府中(厳原)との間を大名行列を仕立てて行き来した。

384 :世界@名無史さん:2010/04/03(土) 16:39:31 0
今、信長の野望革新で、十六世紀の朝鮮・明の武将を作ってるのだが、この板のみんな的の武将たちの能力を書いてくれないかな。
ちなみに李舜臣は暫定で
統率82 武力65 知力77 政治34 で水軍Sぐらいにしてる

385 :世界@名無史さん:2010/04/09(金) 23:08:15 0
test

386 :世界@名無史さん:2010/04/09(金) 23:09:54 0
>>384
とりあえず、李如松を明・朝鮮側でトップクラスの性能にしたらいいと思う。
実質、日本軍にとって朝鮮役における最強の敵となったわけだし。

387 :世界@名無史さん:2010/04/10(土) 02:26:25 0
歴史群像 No.100 2010年4月号
成功した戦国の海上補給『“朝鮮出兵”渡海作戦』
http://rekigun.net/magazine/


388 :世界@名無史さん:2010/04/12(月) 20:22:14 0
>>387
慶長の役を理解してないね。

389 :世界@名無史さん:2010/04/16(金) 01:49:10 0
歴史群像でふと思った。
仮想戦記やらで、朝鮮出兵に触れた小説はあるかい?

390 :世界@名無史さん:2010/04/16(金) 03:16:33 0
■■■日本軍と明軍の主要な戦闘■■■

1.文禄1(1592年)7月16日
  祖承訓率いる明軍先鋒隊五千騎が平壌城を急襲   
  →小西行長の配下一万によって撃退 日本軍勝利

※八月、乾福山にて小西行長(沈惟敬と)休戦協定、平壌にて正式な講和使を待つ

2.文禄2(1593年)1月6日
  李如松率いる明軍四万三千余が平壌を総攻撃  
  →正式な講和使を待っていた小西行長とその配下一万五千は寝耳に水。
  明軍は平壌城を奪還 
  
3.文禄2(1593年)1月26日
  碧蹄館の戦い
  李如松は平壌城を落とした勢いに乗じてさらに南下。
  体勢を立て直した日本軍四万一千は漢城近郊で明軍四万と激突
  →日本軍の勝利 (李如松は戦意喪失し辞職願まで出している)

※3月頃より再度講和に向けての調整が始まり講和条件等が吟味される

4.文禄2(1593年)6月21日〜29日
  第二次晋州城攻防戦
  明将劉テイ指揮下四万(資料不正確にて議論保留)が普州城の救援に向かったとの報を受け、
  立花宗茂と小早川秀包は兵四千を率いこれを迎撃   
  →日本軍が撃退に成功 

※嫌戦気分のまん延した明は講和に傾く。秀吉、部隊を段階的に帰還させる。
が、約束の講和条件が満たされていないことを知り再侵攻。
講和条件の齟齬の責任は仲介の朝鮮にあり(事実かどうかは別議として)とされ、朝鮮征伐の色合いの濃い派兵となる。


391 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 19:08:07 0
朝鮮征伐

392 :世界@名無史さん:2010/05/08(土) 23:16:54 0
>>389
豊田有恒のタイムパトロールシリーズに『清正公異聞』って言う短編が昔あった。
まあ歴史の本筋が変わっているわけじゃないが、清正を悪役に解釈しているのが当時は新鮮だった。


393 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 01:02:48 0
>>389,392
豊田有恒は昔韓国大好きだったからな。 で、その後色々あって
『いい加減にしろ韓国』という本を出すに至る、と。

仮想戦記あたりは、今はとっくに下火だが、全盛時にもさわらぬ神に
なんとやらという出版社の自主規制はあったんでないかな? 
歴史小説では沙也可ものとかウリナラマンセー的なものはいくつか
見かけたことはあるけど、そうじゃないのは漫画版で前田慶次が
なぜか朝鮮ではなく琉球征伐に行ったりしてるし。(笑)

394 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 18:31:04 0
>>347
馬鹿だな^^
朝鮮オタクがwww
陸戦では日本圧勝
海戦では朝鮮圧勝(しかし最後の海戦で李が討ち取られ、日本軍の勝ち)
やっぱ日本勝ちでしょw


395 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 18:40:31 0
>>87
馬鹿だなww
ださいのは明・朝鮮のほうだろw
明・朝鮮連合軍20万の大軍が島津の7000の軍に大敗
相手の軍は自分の軍約1/30しかいないのに、明・朝鮮が大敗
朝鮮最強の騎馬隊が加藤清正にやられる
元寇のとき、鎌倉武士は元が襲ってくる事を知って、ちゃんと戦闘の準備をした
しかし、朝鮮出兵の明・朝鮮は日本が襲ってくる事を知らなかった。
よほど、明・朝鮮のほうがダサ過ぎるだろwwwww
しかも、体を鋼鉄で覆ってる亀甲船がなぜか、木で出来てる日本の船に敗れて、李 舜臣
討ち取られる
ダサ過ぎワロタwww
どっからどう考えても、朝鮮有利なのに、敗れて、しかも大将まで討ち取られてる。


396 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 18:47:59 0
>>87
馬鹿だなww
ださいのは明・朝鮮のほうだろw
明・朝鮮連合軍20万の大軍が島津の7000の軍に大敗
相手の軍は自分の軍約1/30しかいないのに、明・朝鮮が大敗
朝鮮最強の騎馬隊が加藤清正にやられる
元寇のとき、鎌倉武士は元が襲ってくる事を知って、ちゃんと戦闘の準備をした
しかし、朝鮮出兵の明・朝鮮は日本が襲ってくる事を知らなかった。
よほど、明・朝鮮のほうがダサ過ぎるだろwwwww
しかも、体を鋼鉄で覆ってる亀甲船がなぜか、木で出来てる日本の船に敗れて、李 舜臣
討ち取られる
ダサ過ぎワロタwww
どっからどう考えても、朝鮮有利なのに、敗れて、しかも大将まで討ち取られてる。
>>196
島津なんか李舜臣を討ち取った
李舜臣はえた・非人・ナマゴミ以下
明・朝鮮連合軍は全員鼻糞以下

397 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 22:46:58 0
日本侵略者の最初の計画では、一方では陸軍を黄海道、平安道に
すすめて鴨緑江をこえ、遼東地方に攻め入り、他方では水軍によ
って南海岸と西海岸の朝鮮海上部隊をうちやぶって、それを西北
に進出させ、陸上部隊の進撃作戦に呼応させる方針であった。か
れらは最初、この計画が陸上において比較的容易に進捗したこと
から速断して、とりわけ海上作戦をいそいだ。敵の大軍がおしよ
せてきた最初のときに、慶尚左右道の朝鮮水軍は、無能で臆病な
水使たちのために一度の交戦もなく潰れてしまった。このように
して日本水軍はわがもの顔に慶尚道の南方海岸一帯を横行しなが
ら殺戮と略奪をほしいままにし、全羅道沿岸への進出をねらって
いた。朝鮮水軍にとっては、敵の占領下にある慶尚道沿岸を攻撃
して甚大な打撃をあたえ、そのことによって日本水軍の計画をく
じくこと、さらに日本陸上部隊の活動に破壊的な影響をあたえる
ことが緊急な任務となった。

398 :世界@名無史さん:2010/05/09(日) 23:15:57 0
この任務は朝鮮水軍によってりっぱに完遂された。全羅左道水軍節度使であった
李舜臣将軍は、全羅道水軍と再整備された慶尚道水軍によって編成した連合艦隊
をひきいて、五月はじめに根拠地である全羅左水営(麗水にあった)を出発して慶
尚道方面に進撃した。巨済島の玉浦、熊川の合浦、固城の赤珍浦などで行なわれ
た数次の戦闘では日本の大小艦船四〇余隻を粉砕し、多数の敵を殺傷または捕虜
にし、多くの戦利品を鹵獲する戦果をおさめて無事に凱旋した。この作戦に参加
した朝鮮の艦船は総計九〇余隻であったが、一隻の損失、一兵の損傷もなかった。
この勝利は陸上および海上をふくめての最初のものであったし、祖国防衛にたち
あがった全人民の士気を大いにかきたてた。またこの勝利は、日本水軍の西進作
戦にあたえた最初の大きな打撃であった。

399 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2010/05/10(月) 01:42:59 0
           O 。  ZZZzzz
        _∧_∧_____
      / (< `∀´ >(() ./
     /  ⊂    つ ./
   / ̄⌒(ヘヽ∩(へ) /
  / ※※\  ⌒⌒く
 (_____(___,,ノ


400 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 03:10:03 0
一五九二年四月、日本侵略軍の朝鮮に対する不意の侵略によって、これに反対
する前後六年間の祖国戦争がはじまった。

401 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 03:18:23 0
もともと一四一九年当時の倭寇の根拠地であった対馬征伐の成果
的な遂行、および一四四三年の癸亥約条の締結以来、日本との間
にはしばらくのあいだ正常な貿易が行なわれ、南方海上には別に
かわった事態は発生しなかった。

402 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 03:41:07 0
朝鮮においては、南海岸の富山浦、塩浦、乃而浦などの三浦をひ
らいて、一定数の日本商人が常時的に居住しながら貿易に従事す
ることをゆるすことまでした。しかし三浦の日本商人と海上の倭
寇は、朝鮮政府の貿易統制と海上警備の緊張がゆるむ機会を利用
して、一六世紀の初め以来数次にわたって強盗的な略奪事件をひ
きおこした。一五一〇年の三浦倭人の反乱事件、一五四四年の慶
尚道固城海岸の蛇梁および、一五五五年の全羅道西南海岸一帯に
おける倭寇事件などがそれである。これに対処して、政府は武力
をもってこの略奪者をうちほろぼすと同時に、三浦の倭人をおい
だし、また日本貿易の規模をいっそう縮小せざるをえなかった。
しかし日本の略奪者たちは朝鮮政府のこのような措置に対してむ
しろうらみをいだき、復讐の機会をうかがっていた。

403 :世界@名無史さん:2010/05/10(月) 04:09:23 0
一方、日本国内における当時の情勢についていえば、一五世紀の
中葉から百数十年にわたる国内戦争の時期――「戦国時代」が、
一六世紀の末にいたってようやくおわりをつげ、全国は「関白」
である豊臣秀吉によって武力的に統一された。この期間に、自身
の富強をはかった日本の各封建領主と大商人たちは、中国と東南
アジア諸国との間に広汎な貿易を行ない、またこれとともに無制
限な海賊行為をひきつづいて行なっていた。全国を統一して莫大
な兵力と富を手中ににぎった秀吉は、一歩すすんで朝鮮を征服し
て、ほとんど閉鎖状態にあった朝鮮貿易を復活するだけでなく、
また中国(当時明王朝)までも占領しようという野望を抱くにいた
った。秀吉はまた、朝鮮に対する侵略戦争を挑発することによっ
て、封建領主たちのたえざる国内戦争と略奪に反対する人民の闘
争力量を麻痺、転換させると同時に、自分に反対する多数の封建
領主たちの勢力までも国外で消耗させようという目的をもってい
た。

404 :世界@名無史さん:2010/05/11(火) 20:19:48 0
で、結局何しに行ったわけ?

405 :世界@名無史さん:2010/05/16(日) 04:22:46 0
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。



406 :世界@名無史さん:2010/05/16(日) 15:41:02 0
>>404
何をすればいいか知るため。

407 :世界@名無史さん:2010/05/16(日) 16:19:17 0
いちおう日本が提示した講和条件を読めば
理由はうっすらとわかってくるよね


大まかにいえば日明貿易の復興と
朝鮮が日本に悪さするのをお前がやめさせろという内容になってる


408 :世界@名無史さん:2010/05/17(月) 02:45:55 0
「唐入り」と言われるように最初から目標は明であり通過点に過ぎない朝鮮などどうでもよかった

409 :世界@名無史さん:2010/05/17(月) 05:15:40 0
少なくとも文禄の役では通過点だな



410 :世界@名無史さん:2010/05/17(月) 11:37:59 0
150年間年中戦争に明け暮れてた日本が
一切の領土も得られずに
無残にも敗北したってとこがいかに
日本人がダメ民族かってことを証明してるな

411 :世界@名無史さん:2010/05/17(月) 22:23:39 0
>>410

他国の首都を二十日で陥落させて全土を掌握、
明の遠征軍にも連戦連勝したんだから十分過ぎる戦果だろ。

というか、秀吉が死んだからもともとやる気のなかった日本軍は撤退したわけで

412 :世界@名無史さん:2010/05/17(月) 23:52:09 0
>>410
ちょっと上の>>390>>407読めなかったの?

413 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 01:36:20 0
やる気をなくさせたのは朝鮮海軍と義兵によるゲリラ戦だよな
百姓風情に厭戦気分にさせられれた戦国武士(笑)

414 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 04:14:43 0
朝鮮水軍は陸戦の弱さから補給が出来ず
水不足に陥り壊滅

義兵は日本とは戦わず同士打ちと略奪ばかり



415 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 04:20:55 0
慶長2(1597年)6月19日〜7月16日
 漆川梁海戦
 日本軍支配地に侵攻を試みた朝鮮水軍が
 機動力に勝る日本水軍に翻弄され、
 疲労困憊して退却途中に陸海から挟撃される。
 慶尚道南岸の泊地になるような場所は、日本側が前役から城塞を築いて押さえており
 例えば水の補給のために上陸した加徳島では加徳城在番の高橋・筑紫の兵に迎撃され朝鮮水軍は400の損害を出したとされる。
兵力は双方とも1万数千程度。


 →朝鮮水軍壊滅、日本軍勝利



416 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 04:26:07 0
「宣祖実録」
「人心怨叛し、倭と同心」
「(朝鮮兵が)斬る所の首級半ば皆朝鮮の民」

むしろ日本に寝返る連中まで出始める始末w

417 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 12:57:18 0
それでも、負けて寸土も得られなかったんだからなあ

418 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 13:40:34 0
正直言って唐入りをやめた以上、半島に領土を持っても邪魔臭い。

419 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 19:25:36 0
というか、慶長の役終盤に日本軍は半島南部の拠点確保に成功してたわけで
明朝軍はそれらの倭城を攻めたすべての戦闘において敗退したわけで
秀吉が死ななければ1599年以降その拠点から一大攻勢を行う予定だったわけで
終始優勢を保っていた日本軍が秀吉の死によって撤退したことを
「負けた」と言えるのかどうか


420 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 19:45:55 0
まあ、日本軍も半数戦死したが

421 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 22:04:13 0
むしろ秀吉が長生きして大明帝国と戦争続けていたら日本が崩壊してただろ

422 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 22:14:52 0
戦場でどんだけ勝とうが撤退してんだから最終的には負けだろ
言ってみれば秀吉の寿命と言うタイムリミットまでに
恒久的に領土を確保出来る目途を付けられなかったわけで
戦略目標を達成してない以上盛大な無駄使いでしかない

423 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 22:43:15 0
貧しい土地と貧民をゲットするぐらいなら負けてよかった。

424 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 23:00:02 0
>>420
総兵力の半分も戦死したら壊滅状態だろ
適当なことぬかすなアホ

425 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 23:23:52 0
>>422
全裸道という広大な穀倉地帯を占領してるのに
そこから全く税収を取れず厭戦気分が
蔓延してるという時点で負けてるんだよな。
大陸の戦争ってのは敵が撤退した時に
自民族の一人でも残ってれば勝ちっていう苛烈なものだからね
もし秀吉に中国人の軍事顧問がいたら
住民を皆殺しにして日本人の農業移民を入植させてただろうね
戦国の合戦なんて緒戦は大陸での民族戦争には通用しない
予定調和的な内戦に過ぎなかったってこと

426 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 23:41:04 0
恵まれた土地ならそうしてただろうね。

427 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 23:42:33 0
>広大な穀倉地帯を占領

戦国時代の兵隊って俺からみたら考えられないぐらいの量の米を食っていたが
当時の朝鮮の主食ってなんだったんだろう…
米だとして日本の米と味は変わらないんだろうか?

428 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 00:10:35 0
>>421
満州のヌルハチと手を組むことができたら
どうなっていただろうか?

429 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 00:23:48 O
もう一年か二年つづけて、多大な費用を注ぎ込んで半島を分捕っても
あんな不毛の地じゃ掛けた金に見合わない。かと言って北京まで、または南京まで行くなんて無理。
戦争を十年単位で続けたら戦国時代に逆戻り。
当時としてはさっさとやめて正解

430 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 00:27:35 0
また「取れないぶどうは酸っぱいはず」説かw

431 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 00:35:02 0
いや甘かろうが酸っぱかろうがぶどう取れなかったよと言う話で

432 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 02:35:30 0
>>407読めないサヨ多数

最初から恒久的な占領なんて考えてない
単に戦争する間だけ
必要な拠点のみ確保すればよかった

倭城は一つも落とされなかったねー

433 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 03:22:51 0
>必要な拠点のみ確保すればよかった

でそのとおりのことを実行した
七年間もの間必要なだけ居座り続けた

434 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 13:58:07 0
>427
南部は栗。
北部はヒエ、粟などの雑穀。
白米のみのご飯なぞ、大東亜戦争後になってもまだ夢のまた夢。


これは、意外と知っている人が多いと思っていたのだが・・・

435 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 14:27:54 0
「この国では戦争が絶えることがない。
戦争が多いため耕地はまだ少ないが、
土地は非常に豊沃なのでわずかな耕作で多量のコメを得ることができる。
このコメがすなわちこの国の主要な食料になっている。
また麦、粟、大麦、ソラマメ、そのほか豆類、野菜は大根やカブラ、ナスが豊富である。
果物はナシ、ザクロ、クリなどがあるが非常に少ない。
肉は少なく、国民は肉より魚を好む。
魚はその量多く、はなはだ美味である。

邸館または田野において戦があると市民はそれを見物している。
戦争では双方まず矢を放ち、更に近づいて槍を用い、最後に刀剣を交えて戦う。」

パードレ・ガスパル・ビレラ 1557年

436 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 14:32:02 0
白米のみの飯は
江戸時代の江戸ぐらいでしか食えんかったろうが
戦国時代でも
「米を代表とした雑穀いろいろ」はそれなりに食えたようだな



437 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 21:13:05 0
>>434
クリって主食になるほどのものなのか?
たいした人口を養える気がしない。
一家を養うのにどれくらいの栗の木があればいいんだ?

438 :398:2010/05/19(水) 21:16:34 0
朝鮮艦隊は五月末から六月初めにかけて二回目の出撃をおこない、
泗川、固城の唐浦、唐項浦などでの数次の戦闘の結果、日本の大
小艦船七二隻を撃破、粉砕する大戦果をおさめた。この期間に朝
鮮艦隊は、海上で遭遇する敵艦隊を掃蕩するばかりでなく、かれ
らが逃避している多くの浦口を捜索してそれを粉砕し、また他方
ではかれらに拉致された多くの人たちを救出して、その生活を安
定させた。

439 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 21:19:32 0
    アワワ
|∀・).。oO(  ま、縄文人は山内丸山でクリの栽培してたが・・・


440 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 21:21:33 0
>>438
ソレ、不滅の李舜臣のストーリー?w

441 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 21:36:21 0
>>437
目ん玉カッポジってよく見ろ!クリじゃなくてアワだろうが。

442 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 21:50:17 0
クリでもアワでもいいんだが酸っぱい葡萄だったのは確実。
つーか、朝鮮の土地は秀吉にとって葡萄にも見えてはなかっただろう。

443 :438:2010/05/19(水) 22:31:54 0
海上における朝鮮水軍のあいつぐ勝利にともなって、全人民のあいだで必勝の
信念がいよいよ固まり、その闘争力量はいっそう強まった。海上における致命
的な打撃があいつぐにいたって、敵は恐怖の念にとりつかれてしまった。しか
しかれらは、打撃をうければうけるほど、水陸併進の企図をなんとかつらぬき
とおすためにあがいた。そしてそのはじめの段階として陸上では北方から全羅
道の各郡を攻撃し、海上では水軍の連合艦隊を編成して、東から全羅道水軍を
攻撃することによって、全羅道に保全されている朝鮮の陸上および海上兵力を
一挙に消滅しようとした。またかれらはそうすることによって、当時平安道の
北部地方に後退していた朝鮮政府と南方の諸郡県間の、西海岸をつなぐ連絡路
をたちきり、特に全羅道一帯における比較的多くの物的蓄積を消滅させようと
した。このような情況のなかで、当時全羅道にあった海上および地上の戦力を
保全することは、戦争の全局面からみるとき、きわめて大きな比重をしめる問
題であった。

444 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 22:54:12 0
同年六月末から七月の初めにかけて、海陸からの敵の活動がにわかに積極的に
なってくるや、李舜臣将軍のひきいる朝鮮艦隊は、七月の初めに第三次出撃を
断行した。七月八日に朝鮮艦隊は、固城と巨済島との間にある閑山島の沖で、
日本艦隊と一大激戦をくりひろげた。このときの日本艦隊は、その全水軍を集
結して、三回にわけて西進北上しようという全般的な計画の、最初の先発隊と
なるものであった。この日朝鮮艦隊は敵をひろい海上にみちびきだして、終日
激戦を展開した結果、敵の大小艦隊七三隻のうち五九隻を粉砕し、数百名にの
ぼる敵を殺傷した。この勝利は、朝鮮水軍がいままでにおさめた多くの戦果の
うちでもっとも大きなもので、このとき敵将の脇坂は命からがら逃げのびる状
態であった。

445 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 22:58:02 0
>434
ん?朝鮮通信使が日本に来て白米を喜んだって話なら知っているよ
俺のは>425への当て擦り

>白米のみの飯は江戸時代の江戸ぐらいでしか食えんかった
↑も同じ奴かなって思ってる


446 :444:2010/05/19(水) 23:17:11 0
閑山島のはげしい戦闘でおどろいた敵は、ふたたび交戦する勇気を失なってし
まった。やむなく朝鮮艦隊は、ひきつづき南海岸一帯の浦口および島などをま
わりながら、残敵をのこらず捜索、掃蕩する戦闘をおこなった。七月一〇日に
は安骨浦に潜伏していた敵の第二次派遣艦隊の大小四二隻を捕捉して、これを
完全に殲滅した。このほかにも多くの戦果をおさめたのち、本拠地に凱旋した
のである。

447 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 23:23:53 0
日本の水軍が壊滅的過ぎて撤兵した際にどうやって兵員を運んだのか謎だな
韓国人は辻褄合わせる気も無いのかね

448 :世界@名無史さん:2010/05/19(水) 23:53:03 0
>>444
上限1500名の脇坂勢を、4倍以上の兵力でタコ殴りにしたのが
朝鮮水軍の最大の戦果って・・・泣けるなぁw

449 :世界@名無史さん:2010/05/20(木) 02:00:37 0
朝鮮水軍は陸戦の弱さから補給が出来ず
水不足に陥り壊滅
義兵は日本とは戦わず同士打ちと略奪ばかり

慶長2(1597年)6月19日〜7月16日
 漆川梁海戦
 日本軍支配地に侵攻を試みた朝鮮水軍が
 機動力に勝る日本水軍に翻弄され、
 疲労困憊して退却途中に陸海から挟撃される。
 慶尚道南岸の泊地になるような場所は、日本側が前役から城塞を築いて押さえており
 例えば水の補給のために上陸した加徳島では加徳城在番の高橋・筑紫の兵に迎撃され朝鮮水軍は400の損害を出したとされる。
兵力は双方とも1万数千程度。

 →朝鮮水軍壊滅、日本軍勝利

「宣祖実録」
「人心怨叛し、倭と同心」
「(朝鮮兵が)斬る所の首級半ば皆朝鮮の民」

むしろ日本に寝返る連中まで出始める始末w

450 :世界@名無史さん:2010/05/20(木) 03:32:14 0
朝鮮水軍の船の定員が大体200人以下として
60隻近い大軍団で襲いながら
たった1500人程度の脇坂打ち漏らすとか

朝鮮水軍ってどんだけ統率取れてないんだw
ザルすぎるw

451 :世界@名無史さん:2010/05/21(金) 12:09:00 0
>448
彼らの感覚には、卑怯とか汚いという原理はない。
あるのは、「勝つためには何をやってもよい」「どんな汚い手でも勝つことは素晴らしい事だ」

これは昨今の、韓国学生に対するアンケートでも証明されているし、
騙し打ちや、偽降伏連発して勝った高句麗の淵蓋蘇文 (ヨンゲソムン)を、平気で歴史的な英雄として祭り上げている事でも解ると思う。

452 :世界@名無史さん:2010/05/21(金) 17:09:04 0
>>450
そりゃ死に物狂いで逃げればいくら弱い日本水軍でも
戦場から逃れられるからな

453 :世界@名無史さん:2010/05/21(金) 23:01:43 0
戦争に勝つためならどんなことでもおkってのはその通りだと思うがね
奇麗事で負けて国土占領されましたとかそんなん間抜け以外の何者でもないでしょ

454 :448:2010/05/22(土) 00:12:28 0
>>451
別に卑怯のどうのという話ではないよ。

勝って当たり前の戦力比で、しかも相手はたかだか1500名という寡勢相手の小競り合いなのに
”朝鮮水軍がいままでにおさめた多くの戦果のうちでもっとも大きなもの”というのが涙ぐましいと
言うだけ。もっとも、南朝鮮人の脳内では世界4大海戦の一つになってるらしいけど。

まぁ、チョン高の生徒が日本人の高校生を路地裏に引き込んで4人がかりでタコ殴りするという話と
変わらんとは思うがw

455 :世界@名無史さん:2010/05/22(土) 00:40:51 0
どこの筑豊の話?w

456 :世界@名無史さん:2010/05/22(土) 03:05:16 0
>>452
残念ながら当時の水軍は陸のサポートがなければ何の役にも立ちません

朝鮮水軍は陸戦の弱さから補給が出来ず
水不足に陥り壊滅
義兵は日本とは戦わず同士打ちと略奪ばかり

慶長2(1597年)6月19日〜7月16日
 漆川梁海戦
 日本軍支配地に侵攻を試みた朝鮮水軍が
 機動力に勝る日本水軍に翻弄され、
 疲労困憊して退却途中に陸海から挟撃される。
 慶尚道南岸の泊地になるような場所は、日本側が前役から城塞を築いて押さえており
 例えば水の補給のために上陸した加徳島では加徳城在番の高橋・筑紫の兵に迎撃され朝鮮水軍は400の損害を出したとされる。
兵力は双方とも1万数千程度。

 →朝鮮水軍壊滅、日本軍勝利

457 :世界@名無史さん:2010/05/27(木) 05:41:29 0
李恒福 白沙集
「秀吉軍の入城前にはすでに灰燼となっていた。
民衆が兵乱と聞けばすぐに蜂起して、宮廷を襲い略奪したからだ。
ことに奴婢は、秀吉軍を解放軍として迎え、
奴婢の身分台帳を保管していた掌隷院に火を放った。」


義兵大活躍だなw

458 :世界@名無史さん:2010/05/27(木) 11:04:57 0
今の海軍も陸のサポートがなければただの鉄屑だぜ!
海軍が活動できるのは港があるからだぜ。

459 :世界@名無史さん:2010/05/27(木) 12:01:05 0
ことごとく上陸地を日本に押さえられて日干しか

460 :世界@名無史さん:2010/05/28(金) 15:14:05 0
で、結局ボケ老人の妄想に付き合わされた大名達が金も時間も命も浪費して虚しく帰ってきたというわけか?
出兵は全くの失敗で、完敗だったと言えるな。

ボケ老人の妄想に付き合う連中は大変だったろうな

461 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 00:11:23 0
失敗だったのは確かだろうが、完敗っていうのはなあ・・・
朝鮮や明が「完勝」したとでも思ってるんだろうか

462 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 02:43:09 0
※サヨク・支那朝鮮在日ホイホイのコピペ
ほぼ90%の確率でサヨクその他がレスをつける不思議なコピペですw
さあこのスレの子たちは我慢できるかな?

1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。

463 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 03:04:44 0
>>461
はいはい、じゃあ試合に勝っても勝負の上では完敗だったとしておくね。

464 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 03:57:19 0
文禄慶長の役って日本軍が朝鮮半島南部を征服したまま講和になってるんだから、日本の勝利だよね。

465 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 12:40:54 0
李氏朝鮮には勝利したが大明帝国には大敗北だろ
何を勝敗の基準にするか相違はあるが、侵略した側が賠償金も領土も手に入れられ
なかったこと考えれば日本はこの戦争の敗者だ、首謀者たる豊臣政権を事実上壊滅に追いやったのだからなw

466 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 16:04:12 0
>>464
何も得るものはなく、ただ命と金を浪費しただけなのに勝った?
戦術的な勝利をあげる事のみが目的で出兵してたならそれもいいが
当時の政権はそんな出兵をするぐらいの救いようが無い低能揃いだったって言いたいわけなんだろうか

467 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 16:56:27 0
あのまま戦争続行していたとしても撤退か壊滅の二つしかなかったろうな
要するにさぁー戦争開始した時点から日本敗北は確定していたという事だよ
それまでの過程で勝っただの負けただのなど局地戦の事など何の意味もない

468 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 18:01:28 0
なんで明側が勝てることになってるんだろ
碧蹄館での大敗で明軍は戦意喪失、李如松もうだめぽ
運よく秀吉が死んで日本軍が引き上げただけなのに
あのまま秀吉が死なずに戦争続行って完全な明負けフラグだろ

於是封貢之議起,中朝彌縫惟敬以成款局,事詳《朝鮮傳》。
久之,秀吉死,諸倭揚帆盡歸,朝鮮患亦平。
然自關白侵東國,前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,
中朝與朝鮮迄無勝算。
至關白死,兵禍始休,諸倭亦皆退守島
東南稍有安枕之日矣。
秀吉凡再傳而亡。


469 :エビちゃん親衛隊:2010/05/29(土) 18:12:39 0
>>462
中南米独立は先住民にとって何の意味もない。
かなり最近まで先住民は入植者に殺害されていた。
アマゾンの先住民は服を着ないと入植者に撃たれるから、
服を着ないといけないのだそうだ。
中南米の場合、独立と言っても侵略者の子孫はそのまま支配層に君臨し続け、
マヤ、アステカ、インカの子孫が国土を奪還できた訳ではない。
そもそもアマゾンをブラジルなどの国家が先住民に断りなく領有するのは間違っている。
アマゾン先住民にはブラジル人になった覚えがない人が多いはずだ。
この白人と先住民の文明闘争は21世紀初頭まで続いていたのだ。
白人にとって先住民の文化や自然は自分達にとって邪魔な価値なきものだったのだ。

470 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 19:04:41 0
>>465
>首謀者たる豊臣政権を事実上壊滅に追いやったのだからなw

お前馬鹿じゃねえのか?
その理屈が通るなら「明を滅亡に追いやった日本大勝利ww」
って理屈も通ることになるぞ



471 :世界@名無史さん:2010/05/29(土) 19:08:19 0
>>465
「何も得るものが無かった」にしては
朝鮮の陶工やら技術者を強制連行のほか
数万だか数十万だかの朝鮮人を奴隷として連れ帰って
海外に売っぱらってるわけで

472 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 02:35:34 0
宗主国をかさに、高麗や朝鮮国王にゆすりたかりを働き、一族の利益を図るのが、
朝鮮 半島の鉄則のようなものだ。
千余年来、たいてい同じようなことを繰り返したのであった。
だから千年進入され、千回とも敵を撃退したのではなく、
属国になると誓ってから宗主国が兵を引いたという歴史事実が繰り返されている。
ではなぜ戦後になると韓国知識人の歴史歪曲が、日を追ってますます神話まがいのものまでに変化していったかというと、
それはどの民族も自存自衛のために欠かせない民族の自尊心にある。

韓国は壬辰倭乱(豊臣秀吉公の朝鮮征伐のこと)で焦土と化した。
だから三百年もへても立ち直れなかった。
いやがうえにも倭乱のひどさを強調したいという気持ちはわからないでもない。
しかし、考えてもみると、一回の大乱だけで三百年も立ち直れない民族は、世界中のどこにいるのか。
もしあるとすれば、もっと恥を知るべきであろう。
戦後、焦土化した日本は半世紀もたたずに再び経済大国になったではないか。
千回も侵略され、すべての侵略者を撃退したという自慢話と、
三百年も立ち直れないでいるという論理を矛盾することもなく主張することに自己撞着はないのであろうか。
韓国知識人はつねにこのような歴史歪曲で「反日」を正当化する。

              韓国人の反日台湾人の親日  黄文雄 光文社

473 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 04:28:15 0
>>468
長期戦になればなるほど国力差で日本は次第に劣勢に立たされるのは目に見えている
どんな有望な指揮官でも結局は国力だからな
>>470
先に壊滅したのはどっちかな?ww
>>471
その程度は倭寇が日常でやってる事だろww

474 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 05:30:23 0
だが現実は財政難に陥ったのは明
日本はその後も元気にドンパチやり続けるという…


475 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 05:32:12 0
文禄の役での戦闘はせいぜい一年で大半で武士圧勝
その後、講和によって日本軍駐留状態のまま四年
講和に応じたくせに貿易の再開等の約束を守らない支那朝鮮に秀吉激怒
で慶長の役二年間
懲罰目的なので征服とか関係なく期間は秀吉の気が済むまで続いたろうね

この間落とされた倭城ゼロ

何年も蹂躙され続け大苦戦したのは支那朝鮮でしたね

明年,如松師大捷於平壤,朝鮮所失四道並複。
如松乘勝趨碧蹄館,敗而退

於是封貢之議起,中朝彌縫惟敬以成款局,事詳《朝鮮傳》。
久之,秀吉死,諸倭揚帆盡歸,朝鮮患亦平。
然自關白侵東國,前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,
中朝與朝鮮迄無勝算。
至關白死,兵禍始休,諸倭亦皆退守島
東南稍有安枕之日矣。
秀吉凡再傳而亡。

平壤は日本軍が放棄して奪還できたけど追いかけたら碧蹄館で日本にぼこぼこににされて明朝鮮の現場の将兵には嫌戦気分が蔓延。
日本を軍事的に追い払うのは困難となり、(再三日本が要求してきた)交渉の席につき金銭による解決を探ることにした。
ところが秀吉がラッキーなことに死んでくれたおかげで日本はひきあげてくれた。
いやーこの七年間はやばかった。
ただただ多くの犠牲が出るばかりで我が国と朝鮮には勝算が無かった。
戦争終結は秀吉の死によるものだ。

476 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 05:53:30 0
朝鮮の農民兵相手には圧勝だったな
大明帝国の主力軍には手も足も出ないだろうがなwww

477 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 11:02:15 0
大明帝国の主力軍はビビって出て来れませんでしたの巻

478 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 11:22:54 0
どうせ日本側から力尽きて最低でも4、5年で撤退すると読んでいた万暦帝は
殆どの主力軍を蒙古・女真に対する侵攻の備えにしていたがな
半島に派兵された連中なんざ全体からすれば捨駒の中の捨駒だろww

479 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 12:04:16 0
北虜南倭の患w

支那人による典型的な言い訳のひとつ

日本人に対してはモンゴル人から攻められていたから全力を出せなかった、だから負けたんだ。と言い訳し、
モンゴル人に対しては日本から攻められていたから全力を出せなかった、だから負けたんだ。と言い訳すること。

480 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 12:10:02 0
日本は潤沢な銀を背景に
南蛮貿易でウハウハだったからなぁw

七年戦ってきたことがうそのようにけろっとその後も国内で元気に暴れまわってた

一方明はというと…

明年,如松師大捷於平壤,朝鮮所失四道並複。
如松乘勝趨碧蹄館,敗而退

於是封貢之議起,中朝彌縫惟敬以成款局,事詳《朝鮮傳》。
久之,秀吉死,諸倭揚帆盡歸,朝鮮患亦平。
然自關白侵東國,前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,
中朝與朝鮮迄無勝算。
至關白死,兵禍始休,諸倭亦皆退守島
東南稍有安枕之日矣。
秀吉凡再傳而亡。

平壤は日本軍が放棄して奪還できたけど追いかけたら碧蹄館で日本にぼこぼこににされて明朝鮮の現場の将兵には嫌戦気分が蔓延。
日本を軍事的に追い払うのは困難となり、(再三日本が要求してきた)交渉の席につき金銭による解決を探ることにした。
ところが秀吉がラッキーなことに死んでくれたおかげで日本はひきあげてくれた。
いやーこの七年間はやばかった。
ただただ多くの犠牲が出るばかりで我が国と朝鮮には勝算が無かった。
戦争終結は秀吉の死によるものだ。

481 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 12:30:54 0
>>480
国内を暴れまわってたとかそりゃ島国の中の百姓同士のスケールの小さい小さい内乱だろ所詮ww
それに貿易でウハウハと言っても大明帝国との交易無くして成り立たないもんだからな結局ww

482 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 13:39:22 0
16世紀の日本と欧州の戦闘

1561年 川中島の戦い 武田軍2万 vs 上杉軍1万8千
1570年 姉川の戦い 織田・徳川軍3万4千 vs 浅井・朝倉軍1万8千
1573年 三方ヶ原の戦い 徳川軍1万5千 vs 武田軍2万5千
1575年 長篠の戦い 織田・徳川軍3万8千 vs 武田軍1万5千
1582年 山崎の戦い 明智軍1万6千 vs 羽柴軍3万6千
1583年 賤ヶ岳の戦い 柴田軍3万 vs 羽柴軍5万
1590年 小田原征伐 豊臣軍20万 vs 北条軍5万
1600年 関が原の戦い 西軍8万2千 vs 東軍7万4千

1509年 アニャデッロの戦い フランス軍3万 vs ヴェネチア軍1万5千
1512年 ラヴェンナの戦い フランス軍2万6千 vs スペイン軍1万2千
1513年 フロッデンの戦い イングランド軍3万以下 vs スコットランド軍3〜6万
1514年 オルシャの戦い ポーランド軍3万 vs モスクワ大公国軍8万
1525年 パヴィアの戦い フランス軍2万3千 vs スペイン・神聖ローマ軍2万3千
1526年 モハーチの戦い ハンガリー軍2万6千 vs オスマン朝軍6万
1529年 第一回ウィーン攻囲 オーストリア軍2万5千 vs オスマン朝軍10万
1557年 サン・クェンティンの戦い スペイン・イングランド軍1万 vs フランス軍2万4千
1568年 ジェミンゲンの戦い オランダ軍1万2千 vs スペイン軍1万5千


日本の地方対地方(大名対大名)の戦いの規模と西洋の国対国の戦いの規模が並んじゃってるw
世界中でスケールの小さい戦争してたんなら比較の問題として
それはもうスケールが小さいとはいえないねえ

483 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 14:07:38 0
>>478
明代の著名な名将の一人である李如松や
彼の率いる「李家軍」が「捨駒の中の捨駒」ですかそうですか

484 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 15:05:12 0
>>482
こういった兵数とか文献の信憑性の話は他所でやれ
>>483
そりゃ一人や二人くらい有望な武将もいただろう

485 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 16:18:52 0
>>484
赤っ恥かいたからってごまかすなよw


486 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 16:25:40 0
というか李如松、麻貴、董一元など
寧夏の乱(およそ十万騎のモンゴル軍による反乱)を平定した第一線級の武将が
そのまま対日本戦に投入されてる。少しは調べてからものを言ってくれないかなあ。

487 :世界@名無史さん:2010/05/30(日) 16:39:54 0
>>484
つまり>>481には何の信憑性もないってことねw

488 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 11:52:59 0
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。



489 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 20:43:36 0
>>473
お前なにも分かってないだろw
豊臣政権崩壊と朝鮮出兵の直接的な因果関係はねぇよ

490 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 20:52:37 0
>>489
それを言ったら明朝崩壊も直接的な因果関係じゃねーなww

491 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 20:56:39 0
>>490
当たり前だ。朝鮮出兵で豊臣政権が崩壊したなんて抜かしてるトンマを揶揄する為に書いてるのも判らんのか?

492 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 22:16:00 0
今更揶揄してるとか言訳かよ……

493 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 22:27:13 0
朝鮮出兵を含む万暦の三征は明崩壊のだいぶ直接的な原因だよ。
一方、豊臣政権崩壊の原因は秀吉が秀頼が成人するまで生きてなかった事だよ。

494 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 22:48:08 0
三成次第だろうな。敵を作らないタイプだったら崩壊は先延ばしか逃れてただろうな。
まあ、そんなタイプだから秀吉に重宝がられたんだろうけど。

495 :446:2010/05/31(月) 22:50:28 0
閑山島における大勝利以後、金海、梁山以西にはながらく日本艦
隊の影さえあらわれなかった。日本水軍は数次にわたる殲滅的な
打撃をうけて、西方進出の企図を完全に放棄せざるをえなかった。
閑山島で敵の海上主力がうちやぶられたのと時を同じくして、地
上においても全羅道北部の錦山と珍山からそれぞれ全州に侵入し
ようとたくらんでいた敵兵力は、熊峙と梨峙における鄭堪、権慄、
黄進らの部隊の英雄的な闘いによってそれぞれうちやぶられてし
まった。

496 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 22:58:38 0
>>492
あのな、>>470を書いたのは俺だが、あるバカ(お前のことだろうが)が

>(明が)首謀者たる豊臣政権を事実上壊滅に追いやったのだからなw

なんて言いだしたから、その理屈だと
「日本が明を滅ぼした」という無茶な理論も成り立っちゃうよと、
そういう意味で言ったの。

朝鮮出兵は豊臣政権滅亡に対する直接的な原因とはとても言えないし、
明の滅亡に対する直接的な原因とも言えない。というかそもそも、
万暦の三征もヌルハチの台頭も李自成の乱も、明滅亡の主原因とは言えない。
ここまで説明しないとわからないもんかね

497 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 23:21:30 0
直接的な原因と思わないと悔しいんだろう。

498 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 23:27:48 0
>>495
は?

499 :世界@名無史さん:2010/05/31(月) 23:28:50 0
>>492
日本語をちゃんと理解できてない・・・・なるほど在日か

500 :世界@名無史さん:2010/06/01(火) 11:30:07 0
三成が一生懸命に兵糧を送ったおかげで飢え死にせずに済んだ豊臣恩顧大名が、
なぜか三成を逆恨みして東軍に付いた、
という点では朝鮮出兵は豊臣滅亡の遠因とは言えるかもしれない。

501 :世界@名無史さん:2010/06/01(火) 12:04:07 0
歴史は、絶えずリンクしながら進む。
無理やりつなげようとすれば、16世紀の日欧ですら結び付けられるし、
同根の事由により別現象が起きたとも云えたりする。

何かが何かの直接原因。
などと言明できるのは、かなり明快な場合のみで良い。

明(在日諸君には李氏朝鮮)が名護屋城を陥落させ、大阪まで進軍したうえで勝利とでもならぬ限り、
豊臣家滅亡の直接的理由などと断定する事は出来ないということだ。

頼むから、大きなところのみならず細々としたところまでチョコチョコと「日本大したことね」「日本って悪くね?」要素を混ぜ込んだ、
妙な混ぜ飯のような教育を受けて来た事や、その影響から抜け出す気のない人間は、妙な論争の方向に持っていかないでほしい。
ここはスレタイの通り考察をする場であって、妙なプロパガンダを展開する場ではない。


まぁ在日なら、どうでもよい話だがな。
彼らの歴史教育は、1割の事実に9割の虚構を積むような手法だから。
ちなみに、末文の悪態の根拠を聞かれても困る。
一つ言える事は、朝鮮学校の中学教科書が手元にあるくらいかw

502 :世界@名無史さん:2010/06/01(火) 15:59:01 0
反対意見を全部在日扱いはどうかと思うぜ。

503 :世界@名無史さん:2010/06/01(火) 18:02:10 0
でも日本語がまともに通じないところを見るとやはり・・・。

504 :世界@名無史さん:2010/06/01(火) 20:25:54 0
まあ、唐入りの時の方針を巡ってのゴタゴタが切欠で
三成達と清正達の対立が決定的になったって意味じゃ
(実は三成と清正は唐入り前はそれほど仲は悪くなかった)
ある意味、豊臣政権崩壊の原因と言えなくもない。
ただし>>492のアホが言うようなニュアンスとは大分違うし
そもそも豊臣政権自体、秀吉一人で持ってるほど
脆弱な政治基盤だったから唐入りが起ころうが起こるまいが
秀吉が死ぬまでに成人した後継者がいない限りは
どう転んでも滅んでただろうがね。

505 :世界@名無史さん:2010/06/02(水) 00:11:33 0
すぐ在日だなんだという奴とまともに議論できるはずもないな

506 :世界@名無史さん:2010/06/02(水) 00:33:55 0
>>505
必死だなw

507 :世界@名無史さん:2010/06/02(水) 18:54:07 0
狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。在日の真似とて釣りすらば、即ち在日なり

508 :世界@名無史さん:2010/06/02(水) 21:52:18 0
かと言って相手のことを在日だ在日だと思い込んだところで
それで在日になるわけでもあるまい
そんな在日みたいなあほな妄想に浸るのはやめとけ

509 :世界@名無史さん:2010/06/03(木) 01:16:34 0
>>508
だから何で君はそんなに必死なんだい?

510 :世界@名無史さん:2010/06/03(木) 01:59:16 O
在日云々はどうでもいい。
豊臣政権について高校生でも知ってる事すら
知らずに唐入りで疲弊したのが原因で崩壊だなんて
バカな説晒した奴がいるのは事実なんだから

511 :世界@名無史さん:2010/06/03(木) 02:00:50 O
おっと、疲弊どころかもっと直接的な表現使ってたなw

512 :495:2010/06/04(金) 23:29:04 0
朝鮮水軍の継続的な大勝利は、祖国戦争を勝利に導くうえで大き
な意義をもつものであった。というのは、日本水軍の戦力を大量
に消耗させ、全羅道以西への進出をくいとめることによって、当
時朝鮮側の精神的、物質的な支えとなっていた全羅道を保全した
ばかりでなく、日本の水陸併進の出鼻をうちくだいた。これは侵
入軍の全般的な戦略計画を最初から大きくゆさぶってしまった。
他方では闘争にたちあがった朝鮮人民の勝利への確信をよりいっ
そうたかめるのに大きく寄与した。

513 :世界@名無史さん:2010/06/04(金) 23:49:21 0
朝鮮水軍の輝かしい勝利の原因は、何よりもまず、全戦士、指揮官たちのけだ
かい愛国主義、惜しみなき献身性と勇敢さ、そしてすぐれた戦闘力にあった。
それぞれの戦闘において全戦闘員は、侵略者に対するはげしい敵愾心をもやし
ながら、李舜臣将軍の統一的な指導のもとに大衆的な英雄主義を発揮して勇敢
にたたかった。いずれの戦闘においても朝鮮水軍は、一隻の敵船、一兵の敵兵
をも見のがすことなく、より大きな打撃をあたえるために全力をかたむけた。

514 :世界@名無史さん:2010/06/05(土) 00:00:53 0
勝利のおもな原因はまた、朝鮮水軍が広汎な人民たちと緊密なつながりを保っ
ていたことにある。とりわけ水軍の作戦と直接的なつながりをもっていた地方
一帯において、人民たちは艦隊の食糧および兵器などの準備を積極的に助けた
ばかりでなく、またつねに艦隊の手足となって偵察や道案内など直接戦術上の
援助をもあたえた。

515 :世界@名無史さん:2010/06/05(土) 00:38:59 0
暇人だな〜

516 :514:2010/06/05(土) 00:50:58 0
勝利の原因はまた、朝鮮側の艦船をはじめとして大砲、弓矢およびその他の器
材が敵のそれにくらべて一般的にすぐれていたばかりでなく、各戦闘員たちは
そのすぐれた戦闘器材の使用に十分たえうるように準備されていたことであっ
た。李舜臣将軍の独創と指導によってりっぱに改善され準備されていた、世界
戦史のうえでも著名な亀甲船は、このときの戦闘においてもっとも威力を発揮
した戦闘艦であった。それは敵の火力と弓矢の集中攻撃をものともせず自由自
在にうごきまわって、その火力と体当りで敵艦船を無数に撃破し、粉砕した。
また朝鮮側の大小各種の大砲である銃筒は、敵の火力にくらべていちだんすぐ
れた性能をもっていた。戦闘員たちの射撃能力もまた、一般的に敵にくらべて
すぐれていた。このようなすべての技術と戦闘能力上における優勢は、朝鮮水
軍がながい間つみあげてきたすぐれた伝統と各戦闘員たちのたかい祖国愛とが
密接にむすびついた結果としてあらわれたものなのである。朝鮮人民の闘争を
勝利にみちびくうえにおいて特に、はじめから各道水軍艦隊の事実上の総司令
官となった李舜臣将軍のけだかい愛国的情熱と、卓越した戦略戦術上の才能が
はたした役割は大きい。李舜臣将軍は全羅左道の水軍節度使として、戦争前か
ら敵侵入の危険をみとおし、軍隊の訓練、戦闘器材の準備、戦略戦術の研究な
ど、あらゆる面にわたって周到な準備をおこなっていたし、戦争がおこってか
らのちは朝鮮水軍の全力量を結集して敵の侵入をうちくだくためにすべての精
力と才能をかたむけた。かれは広汎な人民と全戦闘員のけだかい愛国主義と創
意ある才能に依拠しながら、りっぱに全艦隊の戦闘力量を組織、指導すること
によってそれを勝利の道にみちびいた。

517 :世界@名無史さん:2010/06/05(土) 01:05:17 0
朝鮮艦隊の技術上の優勢、全戦闘員の戦闘能力上の卓越さも、李舜臣将軍のよ
うなずばぬけた統率者によってはじめて遺憾なく発揮され、また発展すること
ができた。だからこそかれは、戦争当初からつねに偉大な勝利の組織者として
広汎な人民と全戦闘員からしたわれ、尊敬されていた。かれは偉大な愛国者で
あり、天才的な戦略家として永遠にひかりかがやく朝鮮史上のほこりである。

518 :世界@名無史さん:2010/06/05(土) 11:29:44 0
でも追撃失敗

519 :世界@名無史さん:2010/06/05(土) 14:31:20 0
朝鮮水軍は陸戦の弱さから補給が出来ず
水不足に陥り壊滅
義兵は日本とは戦わず同士打ちと略奪ばかり

慶長2(1597年)6月19日〜7月16日
 漆川梁海戦
 日本軍支配地に侵攻を試みた朝鮮水軍が
 機動力に勝る日本水軍に翻弄され、
 疲労困憊して退却途中に陸海から挟撃される。
 慶尚道南岸の泊地になるような場所は、日本側が前役から城塞を築いて押さえており
 例えば水の補給のために上陸した加徳島では加徳城在番の高橋・筑紫の兵に迎撃され朝鮮水軍は400の損害を出したとされる。
兵力は双方とも1万数千程度。

 →朝鮮水軍壊滅、日本軍勝利

「宣祖実録」
「人心怨叛し、倭と同心」
「(朝鮮兵が)斬る所の首級半ば皆朝鮮の民」

むしろ日本に寝返る連中まで出始める始末w




520 :世界@名無史さん:2010/06/05(土) 23:00:50 0
双方とも他人が作ったコピペを得意気に張るだけとかこのスレ終わってんな

521 :世界@名無史さん:2010/06/06(日) 02:47:17 0
朝鮮出兵が大失敗だったという事は歴史的事実だから、後の細かい事は気にしない

522 :世界@名無史さん:2010/06/07(月) 00:50:38 0
共産圏の考え方だね。

523 :世界@名無史さん:2010/06/07(月) 11:34:30 0
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。

524 :世界@名無史さん:2010/06/07(月) 12:54:30 0
またお前か

525 :世界@名無史さん:2010/06/07(月) 23:50:49 0
またこのコピペかよ

526 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 01:25:22 0
典型的な排外主義

527 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 05:11:07 0
もともと明を征服する気だったのはスペイン
(まあ台所事情で実際するかどうかは内部でももめてたようだが当然日本はそれを知らない)のはずなんだが
後乗りしてきた秀吉に怒りをぶつけるどころか、すごすごと引き下がった

もし明がスペインに取られちゃったとしたら日本海のすぐ向こう側に西欧列強の前線基地ができちゃうことになる。
さすがにそれだと武士がどんなに精強ったってヤバい
数だけが頼りの烏合の衆が広大な緩衝材として間に入ってくれてた方が日本には都合がいい
西欧のアジア浸食を喰いとめた一因となったってだけでも秀吉には感謝したいね

528 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 07:30:02 0
朝鮮を通って明を征服するよ!って言ってた日本が失敗したのにスペインが成功するとでも?

529 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 08:08:33 0
>>528
スペインは朝鮮を通らないところがミソ。

530 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 14:22:28 0
実際に成功するかどうかではなく
最初から手を出させないことが重要なわけで

531 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 15:06:55 0
そこまで日本が明の面倒見てやるこたないだろ
16世紀末じゃまだスペインが明を征服できたとも思えないしな
むしろ明とスペインを戦わせて漁夫の利を狙う知恵が秀吉になかったことが悲しい

532 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 15:22:03 0
>>531
いくら衰えたといっても、
そんな単純な脳ではなかっただろ

533 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 17:23:20 0
すでに通過した歴史を俯瞰で見れる我々と違って
当時のリアルタイムで日本にいる秀吉にスペインが明を征服不可能と判断できるわけが無い

むしろ「できる」という前提で動けないようじゃ戦国武将失格だろ

534 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 17:30:38 0
ライターをつけたり消したりしている不審者が隣の家の前をうろうろしている
「あいつ火をつけようとしてるんじゃないのか?」
と警戒してたら「そこまで隣の家の面倒みてやるこたないだろ、
あんなライターじゃ全焼させるのは無理だろうし、どうせ誰かが火を消すだろ
むしろ火事のどさくさにまぎれて何か盗んでくる知恵がほしいね」

とか言ってるうちに自分の家にも飛び火して全焼涙目

535 :世界@名無史さん:2010/06/08(火) 21:58:45 0
全然違うだろ
不審者が隣家を燃やさないように俺が先に燃やしちゃったよ!
と言うオチなんだから

536 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 06:14:26 0
文禄・慶長の役で疲弊しきった明朝を絶好のチャンスであるのにも関わらず軍を出さなかったスペインに戦う意思なんてないだろ
征服するよりも沿岸部を散発的に襲撃する私掠船方式の方が利益得られるだろ
結局は明朝滅亡の後押しをした秀吉は漢民族から相当恨まれているだろうがね

537 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 11:13:09 0
もともと明を征服する気だったのはスペイン
(まあ台所事情で実際するかどうかは内部でももめてたようだが当然日本はそれを知らない)のはずなんだが
後乗りしてきた秀吉に怒りをぶつけるどころか、すごすごと引き下がった

もし明がスペインに取られちゃったとしたら日本海のすぐ向こう側に西欧列強の前線基地ができちゃうことになる。
さすがにそれだと武士がどんなに精強ったってヤバい
数だけが頼りの烏合の衆が広大な緩衝材として間に入ってくれてた方が日本には都合がいい
西欧のアジア浸食を喰いとめた一因となったってだけでも秀吉には感謝したいね

538 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 11:15:08 0
スペインのあわてぶり

ルソン提督がスペイン王フェリペ2世に宛てた手紙
「コーチ支那、ここは1000人で征服できます。
カンボジア王国、ここは我ら(スペイン)の生活の面倒をみてくれています。
シャム、ここは1500人で征服できます。
いずれも偉大なスペインの旗を立てるのは容易ですが・・・・・
日本が攻めて来れば、ルソンは壊滅します。」

パステルス「日本スペイン交渉史」

539 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 12:06:40 0
うわーまんまとコピペ基地外に触れちまったわ
まともに相手するだけ無駄という事がよくわかった

540 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 12:53:24 0
最近日本最強コピペ連投してホルホルしてる奴がどこの歴史板にもいるんだが
やればやるほど胡散臭くなるって事が分からないのだろうか

541 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 13:34:48 0


自分に都合の悪い資料を広められて不快なとき
は資料を「コピペ」と言い変えましょう

独りよがりな妄想をもっともらしくしたいときは
「自分の意見」と言い変えましょう

542 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 13:43:53 0
>536
ある人の説で、日本は図らずも中国の帝国を3度倒すのに関与してしまっている。
それこそが教育で植えつけられた以前の生理的ともいえる反日感情の遠因である。
これは中国人自身が実は云われてから気づいたりする話だ。と聞いた事がある。

543 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 14:01:13 0
中国英雄板でも懲りずにコピペ貼りしてた奴なんだろう
あっちでは最後は誰にも相手にされずスレ自体も寂れてたがw

544 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 14:49:38 0
なるほど、>>541のようなコピペ厨は脳内で、”コピペ=資料を広める行為”と認識してる訳か。

で、さらに”自分の意見=独りよがりな妄想”という認識なので、自分の意見は述べずに
ただただひたすらにコピペすることしかできないという行動原理なんだな。w

545 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 14:55:33 0
>>542
そういうこともあるのか

546 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 16:22:18 0
>>226-227
倭城が全く落ちなかったのもうなづける

547 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 19:21:08 0
>>544
感情ではなく、上回る資料や論で対抗すればいいとおもう
というかワンサイドゲームみたいになってしまった現状を覆すにはそれしかない
彼らも資料や説得力で勝ち取ってきたわけだから

548 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 20:09:55 0
>>546
小高い岡の上の要塞は大砲の格好の的。
必ずしも優れていたわけではないと思うよ。

549 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 21:05:32 0
というか、当時のスペインに明の征服なんて絶対無理
明まで派遣できるような少人数じゃ圧倒的兵力差のある明軍に殲滅されるだろ
秀吉がスペインに対抗するために出兵したなんて飛躍しすぎ
まず、そんな資料ねえだろ

550 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 22:51:13 O
>>548
優れてたかどうかは知らんが、
倭城は明軍の大砲でけっこう陥落してるって事?

551 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 23:21:08 0
>>550
一般論として小高い岡の上にあれば的になり易いと言えるが、だからといって陥落するとは限らない。
リンクをたどると日本式の石垣が砲弾に強い事が判る。当たっても壊れないで、飲み込んで終わり。

552 :世界@名無史さん:2010/06/09(水) 23:21:56 0
>>548
その当時の火砲技術じゃ高地に飛ばすのは一苦労だと思うが。

553 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 00:19:30 0
>>552
火砲っていったら、この時代は臼砲のような攻城兵器が主流。
臼砲ってどう見ても弾が上にしか飛ばない作りになっている。

>>551
衝撃を吸収するなら土塁でもいいわけだ。厚みがありゃね。
ヨーロッパの要塞はそういう思想で設計されている。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E5%BD%A2%E8%A6%81%E5%A1%9E

日本の城は、日本の風土の中で独自の発展を遂げたってだけで、別に他国と比べる必要はないと思うけど。
その日本の風土って何かといえば、種子島だろね。
櫓や高石垣が何のために作られたかといえば、高所から釣瓶撃ちするためでしょ。
近世城郭の堀の幅を見れば、種子島の有効射程も大体わかるだろ。


554 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 00:55:31 0
>>553
比べる必要は無いけど朝鮮征伐で役に立ったのかどうかはこのスレの趣旨にあった議論だと思うが。

555 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 01:26:14 0
>>550
は?
倭城の陥落数は0ですが何か

556 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 14:37:00 0
倭城は役に立っただろ。
南部を占領し続けられたのも補給が維持できたのも無事に撤退できたのも倭城が硬かったから。

557 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 15:05:25 0
南部を日本領にするという考えは大名達には無かったのかな?


558 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 20:06:14 0
>>557
それも、秀吉が死ななかったらの話だな
南部を日本領にするなら当然朝鮮や明と常に睨みあわなければならないわけで
それには日本全体の団結が必要になるが、家康はそれよりも天下をかすめ取ることに夢中なわけで

そもそも、南部朝鮮を日本領にするメリットが少なすぎる

559 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 21:41:20 0
だなあ
大陸の情勢に否応無く関わらないといけなくなっちゃうわけだからなあ

560 :世界@名無史さん:2010/06/10(木) 22:34:16 0
もし、南部朝鮮を治めるとしたら誰が赴いただろうか。
言葉の通じない貧民ばっかりだからかなりの貧乏くじだ。

561 :世界@名無史さん:2010/06/11(金) 16:12:37 0
碧蹄館の戦い 明軍5000VS日本軍36000 明軍死2000 日本軍死6000

562 :世界@名無史さん:2010/06/11(金) 19:16:33 0
>>561
故意に数を改竄しておもしろいか?

563 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 00:11:06 0
>>561
碧蹄館の戦いは
明軍2万余りVS日本軍2万余り だろ。戦死者については不明

「日本軍死6000」ってのはどの資料の数字だ?
日本側の記録には敵兵6000人を討ち取ったという誇大報告があるそうだが

564 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 00:14:56 0
碧蹄館は奉行衆が出張ってるから誇大ってことはないだろ。

565 :pi:2010/06/12(土) 11:23:02 0
http://zh.wikipedia.org/zh/%E7%A2%A7%E8%B9%84%E9%A4%A8%E5%A4%A7%E6%88%B0

566 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 12:00:53 0
100朝鮮兵=36日本軍=5明軍

567 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 13:02:49 0
中国では壬辰衛国戦争って呼んでるんだな。
「倭乱」とかまるで反乱みたいな名称使ってる韓国とは違うな。

568 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 21:49:00 0
>>565
ソースは中国版wikiかよw

そういうのでいいなら、日本版wikiは
明軍40000VS日本軍41000で明軍の損害6000となっているがw

569 :pi:2010/06/12(土) 22:12:34 0
>>568
 碧蹄館の戦いで同数の明軍に勝利したんなら
 なぜその1ヶ月後にソウルから撤退したんだ?

570 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 22:43:36 0
>>569
当時の戦線を見てみろよ
明らかに全体の戦線に比べてそこの戦線が突出しすぎている
加えて兵糧の問題もあったようだしな
勝敗にかかわらず撤退は時間の問題だった。というか、もし日本側が負けていたのなら1カ月を待たずして撤退になってただろう

571 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 23:03:10 0
兩軍從午後交戰6個小時至黃昏,據中國史記載明軍傷亡2500人,
日軍死亡則超過8000人,另據朝鮮史載兩軍各死傷5、600人,
部分日史記載明軍參戰人數為20000人,倭軍斬首明軍6000人。
滿清編寫者則說“諸營上軍籍,死亡殆二萬”云云,
佔了當時明軍入援朝鮮參戰兵力的一半。都遠遠高於朝鮮史的記載,
根據朝鮮宣祖實錄所記,明軍投入戰役人數當不超過5000人

↑中国語版wikiより。

中国側の記録では明軍の損害が「傷亡2500人」、
(「傷亡」は死傷者という意味で合ってる?)
日本軍の損害が「死亡則超過8000人」となってるわけか。

一方、日本側の記録では明軍6000人を討ち取ったとあるわけか。
もっと正確な戦死者数がわかる資料はないもんかね・・・

572 :pi:2010/06/12(土) 23:03:20 0
>>570
だれも日本が負けていたとはいってない。
ただ、碧蹄館の戦いに明軍が4万もの大軍
を投入していないと言っているんだ。
4万といったら明軍が朝鮮に投入した全軍
近いぞ、そのような大軍で戦って敗れたなら
明軍も一度平壌に撤退している。
つまり、中国版wikiのに記載されているように
明軍は、先行した李如松率いる精鋭1万ほどしか
碧蹄館の戦いに投入してないと考えられる。

573 :世界@名無史さん:2010/06/12(土) 23:05:21 0
「日本戦史 朝鮮役」では
歩兵や砲兵を置いて先行した明軍の兵力が2万余りとなってるね。

574 :世界@名無史さん:2010/06/13(日) 13:15:15 0
>>565
実際に日本側の死者が8000名(死傷者じゃなく)も居たら
壊滅と言っていいと思うが
勿論、明側の死者数6000名も眉唾だと思うが


戦ってるのは先方隊の小早川隊の2万と李如松率いる1万2千、朝鮮軍8千
あとは基本参加してない。
(本体の宇喜多隊は戦闘終盤に先遣隊が参加しただけ)


575 :世界@名無史さん:2010/06/13(日) 14:00:34 0
>>565
てか、無駄に日本側の戦死者リストが充実してるなw
下級武士まで名前が出てるし

立花家の戦死者個人のウィキまで充実してる


576 :世界@名無史さん:2010/06/13(日) 14:22:54 0
>>575
俺も最初はそう思ったけど、
中国語版wikiの立花宗茂のページを見てみると
「家臣団」の充実ぶりが凄い。
http://zh.wikipedia.org/zh/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E5%AE%97%E8%8C%82

碧蹄館で戦死した家臣だけじゃなく、本当に大勢の該当記事がある
中国じゃ「信長の野望」人気で若年層に日本の戦国オタが多いと聞いたけど
そのせいかな?

まあ、碧蹄館の戦いの記事は
日本側の被害強調し過ぎだけどなw

577 :世界@名無史さん:2010/06/13(日) 16:23:12 0
>>574
その朝鮮軍8000ってどこから湧いたんだ?

578 :pi:2010/06/13(日) 21:46:50 0
海音寺潮五郎著作「武将列伝‐江戸編-」第2章立花一族102ページにおいて
文禄の役で立花宗茂にしたがって従軍した天野源右衛門覚書において明軍の
ことを「馬の大きさはけしからず候、男もけしからず大きく候」と帰してあり、
また、従軍した武将らが「武辺強き唐人かな」と驚嘆してもいるから明軍は
立花勢から見ても精鋭だったとわかる。

579 :世界@名無史さん:2010/06/13(日) 22:11:37 0
英国人は勝利した戦争では、敵が如何に強大であったかを強調する傾向があるよね

その強い敵に勝った俺最強って寓意で

580 :世界@名無史さん:2010/06/13(日) 22:54:05 0
>>579
そんなもん万国共通だ

581 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 01:44:09 0
>>574
二万が壊走して損害30%なら常識的な線だろ。

582 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 01:50:58 0
ほとんどの大きな戦い勝ってるのにもったいない
あと2年くらい秀吉が生きてたらおもしろかった

583 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 11:11:29 0
秀吉が長生きして朝鮮半島南部の200か300万石くらいゲットしたとしても、日本にとって特かどうか微妙だけど。

584 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 13:22:17 0
朝鮮を領有するのが目的じゃなかったわけだし、サルじじいが長生きしても結局出兵は失敗に終わるだけだろ?

585 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 13:35:59 0
もうすこしで獲れてただろうが、獲ってもメリットが無い
愚民を大量に移民させることになったら大変だ

586 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 13:36:56 0
慶長の役の講和で朝鮮から領土を分捕る条件が明に受け入れられなかったので、
文禄の役で朝鮮の領土を分捕る事を明に認めさせるためにもう一度攻勢をかけたよ。
さらにもう一度攻勢をかけようとしたら秀吉死んで戦役終わったよ。

587 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 13:38:18 0
ん? 慶長の役は半島南部確保に目的が変わっていたから、
太閤殿下がもうしばらく存命ならば、ナロ2号爆発カンシャクオコルじゃなく
韓国人は日本国民としてはやぶさ帰還マンセーと昨夜は驚喜できる
幸せな世界だったかもしれんよ。

588 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 13:40:47 0
>>586
は文禄と慶長が逆だw

589 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 16:43:19 0
朝鮮領有のみが目的だったらマジキチ

590 :世界@名無史さん:2010/06/14(月) 21:13:54 0
大抵の侵略戦争の目的なんてあやふやだけどな。
ガス抜きの戦争がガチの消耗戦になったイラン・イラク戦争。WW1も同じだな。

秀吉の死は日本にとっては僥倖。明は既に手遅れ。

591 :世界@名無史さん:2010/06/15(火) 03:41:23 0
軍事的拠点の確保として朝鮮に関することは書いてあるが
明への領土要求は無いな
秀吉が腹の中でどう考えていたかは別として
この時点で明を滅ぼそうとか、そういう行動はない。

明との講和条件七ケ条
  一、明帝の女を日本の皇妃に迎える。
  二、勘合貿易の復活
  三、日明両国大臣の誓紙交換
  四、朝鮮の京畿、忠清、全羅、慶尚、四道の割譲
  五、朝鮮の王子、大臣を質とする
  六、捕虜の朝鮮両王子を送還する
  七、朝鮮の大臣が永久に日本にそむかぬよう誓約する


592 :世界@名無史さん:2010/06/27(日) 05:25:37 0
どの国にせよ、敢えて日本の征服に乗り出すには日本は強国過ぎたのである。
ポルトガル人には日本征服どころか、その考えすら起こらなかった。
スペイン人は一度だけ日本の征服を考えたかに思われるが、その思惑はたちまち一蹴された経緯がある。
1609年、太平洋方面総督に対して勅令が送られ、日本軍を前にして
「我が軍隊と国家の名誉を損なうような危険を冒さないように」
との厳命が下っているのである(フィリピン当局者であったスペイン人、Antonio de Morgaの記録にある)。
ただ一度だけ、日本の不正規軍…
…浪人と呼ばれる近寄るべきでないサムライが主体…とスペイン人との間で会戦が行われたことがある。
1620年代、シャムにおいてだ。
どちらが負けたか?敗れたのはスペイン人である。
支那について言えば、朝鮮での戦いのいくつかの小競り合いで支那が勝ったことはある。
だが、戦争それ自体に支那が勝利を収めたわけではない。
そのことは支那自身が明言している。※
(中略)
1644年に滅ぶ明朝の最後に至るまで、この恐るべき侵略者の記憶は生々しく残り、
「日本人と言うだけで、人民は神経をとがらせ、警戒し、息を殺した」と付言されている。

ノエル・ペリン noel perrin( ダートマス大学英米文学教授)が分析した戦国日本の軍事力(著作「鉄砲を捨てた日本人」より)



※「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
(日本との七年に及ぶ戦争によって我が明は膨大な犠牲を強いられた。
我が国と属国朝鮮に勝算は無かったが、関白豊臣秀吉の死によって戦争は終わった)

593 :世界@名無史さん:2010/06/27(日) 06:01:25 0
完全な失敗だったよなあ
サルジジイが早くくたばってりゃ金も命も無駄にしないで済んだのに
部下も大変だったろうなー

594 :世界@名無史さん:2010/07/18(日) 03:10:58 0
>>580
俺は中国史とか、朝鮮史には詳しく無いのだが
敵国の将や将兵を褒め称えるって万国共通なの?
日本じゃ源平から、戦国時代までそれが当然の世界だったけどさ。

日本語に翻訳した漫画「韓国の歴史」で
日本人でイケメンとして書かれてるのは朝鮮の記録にも
美男子として書かれてる倭寇の阿只抜都って武将ぐらい

後は全てお約束の下駄、出っ歯、フンドシ、下品、釣り目w



595 :世界@名無史さん:2010/07/18(日) 10:52:14 0
>>594
>>580が言ってるのはそういう事じゃないだろ。敵を褒め称えるんじゃなくて、いかに強い敵であったかを
強調して自分の手柄を自慢する話だ。

596 :世界@名無史さん:2010/07/18(日) 12:52:04 0
>>594
そんな強敵に勝った俺ツヨスWWW

597 :世界@名無史さん:2010/07/18(日) 19:06:16 0
自分がめっちゃ弱かったなんて言ってるのは戦後の日本ぐらいです

598 :世界@名無史さん:2010/07/20(火) 17:49:28 0
朝鮮征伐

599 :世界@名無史さん:2010/08/01(日) 23:31:07 0
>>578
このPIってリアル大陸人だな
ようこそw
日本史板でも朝鮮征伐スレで痛い発言してるし

自国の愛国自慰史観だけじゃなくて
細かい研究まで進んでる日本の考えを学べるのはいい機会だよ

韓国人が悲惨だったエンコリを思い出す


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