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武士vs騎士 その2

1 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:40:32 0
武士と騎士
比較すればどっちがどんな風に強いのか
語るスレです

武士最強!とか
騎士最強!とかいう低レベルなレスはお控えください

武士と比べると騎士ってさ・・・
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1232724639/

2 :|ω・`):2009/02/28(土) 20:55:05 0
わかった

3 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:59:45 O
取りあえず、このスレで現近代持ち出すのは止めような。

それと右翼も左翼も駄目。

4 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 21:12:32 0
じゃあこうする。

武士厨死ね!

5 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:09:06 0
騎士厨は半島へカエレ!

6 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:13:09 0
日本人なら胴丸でお茶漬けだろうが、チョンは武士にけちょんけちょんにされたから
すぐに騎士なんてファンタジーに現実逃避を始めるんだ。

7 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:15:00 0
騎士なんて名前だけ一チョ前で、単なる道楽貴族の税金取りだろ?


武士⇒強さは古来より最強レベル、江戸幕府は世界の統治階級の中で最も善政を引いた、サムライの名は既に伝説レベル。

騎士⇒自らは戦わずビビリのあまり全身銀ピカ鎧を着て金属達磨レベル、統治は私利私欲の搾取が基本、名前と格好だけ戦士気取りは既に伝説レベル。


8 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:15:52 0
とりあえず12時まで暇になったから徹底討論な

9 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:16:46 0
中華文化圏スレの奴じゃねーの

10 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:17:33 0
世界史版なんて普段こねえよ

11 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:18:12 0
KOEIスレからここへ応援に派遣されたんだ

12 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:23:52 0
>>7
江戸時代はえたやひにんがいたんじゃないのか!

13 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:26:08 0
騎士厨は半島へカエレ!

14 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 00:13:28 O
>>6
日本人ならお茶漬けってラモスかよw懐かしいなw

15 :日本鬼子:2009/03/01(日) 00:44:10 0
大中国灭小日本,日本死.大漢族 KILL JAPS PIG

16 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 01:34:07 0
前スレの↓はどこへ行った?

295 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2009/02/14(土) 23:18:02 0
>>293
>>日本刀は明治時代に完成したんじゃなかったっけ?

はあ?
頭オカシイノカナ?

17 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 05:45:20 0
馬と鎧を自弁できるようなそれなりの立場の人間を単なる重装槍騎兵として運用したいってところに無理がある

18 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 10:03:02 0
それぞれいつの時代の武士騎士のことなんだか。

19 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 11:10:17 0
源頼義、源義家 VS ウィリアム征服王、ロベール・ギスカール
木曾義仲、源義経 VS リチャード獅子心王、フリードリヒ1世赤髭王
北条泰時、北条時宗 VS 聖王ルイ9世、アンジュー伯シャルル、シャルル・ダンジュー
楠木正成、足利尊氏 VS エドワード3世、エドワード黒太子

20 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 11:45:06 0
>>楠木正成、足利尊氏 VS エドワード3世、エドワード黒太子

これなんか震えるな。
仮想対戦いいぞ。

21 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 11:49:41 0
ルイ9世はない。雑魚すぎる。

22 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 13:47:57 0
無知なんだが、鎌倉時代の武士は重装弓騎兵だよね。
南北朝時代になって武士の戦法って変化した?
弓による射撃は大量の歩兵に任せて、騎兵の役割は長刀と大刀での突撃っていうイメージなんだが。
自分の中では
鎌倉→重装弓騎兵による局地戦。騎兵個人の技術と、騎兵の集団運用の妙が勝敗を決す。
南北朝→弓歩兵と重騎兵の併用。広域で行われる会戦。
応仁→足軽の集団採用。騎馬は上級戦闘員の個人使用。
みたいな感じだと思ってるんだけど、違うかね?
詳しい人教えて!

23 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 14:56:18 0
>>22
日本に騎兵なんていないよ。大抵の場合は徒歩立ちで戦ったんだよ。

24 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 15:19:29 0
>>23
「騎兵」っていう概念は無かったと思うけど、鎌倉期までは武士は騎乗して戦ってたのでは?

25 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 15:40:04 0
>>24
騎射がメインで刀を持って突撃というのは稀だったと思う。
当時の馬の走らせ方も側体歩というやつで、騎射に適した
歩方だった。
馬はどちらかというと移動用か、逃げる敵を追うために使われ
ていたんじゃないかな。

26 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 16:07:16 0
思う。
かな。

ここは学術板か?

27 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 16:16:56 0
>>23
>>25
適当なことばかり書くんじゃない。
鎌倉時代の戦闘は立派に騎兵同士による騎馬戦だよ。

http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y04/html/n02/p025.html

どこからそんな誤解が生まれたんだ?

28 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 17:01:23 0
ナガシノの合戦でも「武田は馬を乗り入れてくるから注意してしっかり柵を造れ」
みたいな指令が出てるしね。
騎馬隊がないなんて馬鹿げた妄想だよ。
史学科の蒙昧を象徴するものの一つだね。

29 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 17:52:31 0
騎馬隊がいると言うことと、西欧で言う騎兵がいたと言うことは別でしょ?
日本の騎馬武者は乗馬歩兵であり、馬上だけで戦うことは非常に少ないよ。

ま、乗馬歩兵であっても移動手段や突発戦闘では騎乗していたのだから、騎兵といって差し支えはないだろうけど。

30 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 17:57:42 0
>馬上だけで戦うことは非常に少ないよ。

非常にっていうのは具体的に何%?
どういう手段で統計とったの?
馬に乗って戦ってる武者の絵は腐るほどあるし
戦史にもナガシノは言うに及ばず、
関が原で島津を追撃したのも騎兵隊だぞ?

西欧の騎士もそちらの方が有利なら下馬して歩兵として戦っている。

31 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:01:15 0
クレッシーの例は有名だが、
第四回十字軍の連中も、騎兵戦でブルガリア帝国のコミ族にボコボコにされたため
陣地の前から絶対動かず戦おうと合意している。
この場合は歩兵として戦うだろう。動く必要はないからな。

結局馬鹿なルイ伯が守らずに、ナンバー2のルイ伯戦死
ナンバー1の皇帝は生け捕りという屈辱をあじわうんだがな。

32 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:02:35 0
馬の上で戦っている武者の方が絵的に映えるからねぇ。
長篠(漢字ぐらい書いてね)で馬上で戦った武田(騎兵)の統計的な数字はあるの?w

島津の追撃って、捨て奸で防御戦を行う島津の歩兵に、騎兵が追いつかなかったとは、不思議ですね。

33 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:03:34 0
ごめん、>>32は、>>30のナガシノ氏へのレスだ。

34 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:04:51 0
さらにさかのぼって東ゴート族のフン族からの独立戦争では
東ゴート側はフン族を森の中に誘い込んで
歩兵として待ち伏せていた主力が馬の腱を斬りフン人を引きずりおろして殺し
勝利している。

35 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:08:06 0
>>32
>絵的に映えるからねぇ。

それを言ったら史料批判は一切できなくなるな。
知的敗北だ。まあそれが現在の史学科なわけだが。

>馬上で戦った武田(騎兵)の統計的な数字はあるの?w

それはあなたが出すべきもの。
騎兵の存在は戦史でも絵画でも証明されているのに、
あなたは根拠不明なまま「非常に少ない」と述べているんだからな。
どれくらい非常なのか聞かせてもらいたいね。

36 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:12:19 0
>>29
時代をはっきりさせないと検討しにくい。
源平合戦期や南北朝期の騎兵は弓矢から打物へと
戦闘形態が変化してるものの騎乗したまま戦ってる。

37 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:13:10 0
>>29
鎌倉武士なんて馬上だけで戦っていたんだから騎兵としか言いようがないだろ。
南北朝の時代でも、下馬していたのは双方が野戦築城を行って対陣し、弓で射あってる場合なんかで、
敵味方入り乱れての野戦が始まれば騎乗して戦う。
お前のは完全な勘違い。

38 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:48:24 0
装甲槍騎兵の突撃を回避できなければ、武士団なんて瞬時に壊滅だろう


39 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:49:20 0
騎乗戦闘は通常行われなかったとされる説が最近は台頭してきているのに、
日本刀の形状は馬上で振るうために進化したものとの説が一般的なこの矛盾。
馬上で刀を振るったのは蝦夷だけだったのかな?

40 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 18:58:07 O
何か意見が錯綜してるから、別の面から説明させてもらおう。

結論から言わせてもらうと時代によって違う。

平安・鎌倉期の大鎧は、「徒歩戦」から「騎射戦」に戦争の形式が変化したことに合わせて生まれた鎧で、当然の事ながら騎乗したまま使うような構造をしている。

南北朝・室町期の胴丸・腹巻は、騎馬戦を得意とする東国武士に対抗するため楠木一族が山城を築いたところ、それ以後の戦は局地戦や城攻めが主流となり、鎧も徒歩戦に向いた胴丸・腹巻になった。

言わずと知れた安土・桃山期の当世具足は、鉄砲戦術に対応した実戦向けな鎧で、騎馬用徒歩用の区別は無い。

41 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 19:01:19 0
>>39
>騎乗戦闘は通常行われなかったとされる説が最近は台頭してきているのに、

それは数年前に現れた説で、さすがに今は否定されているよ。
根拠は日本馬の馬格が小さいこと。
モンゴル軍が同じ大きさの馬で世界を制覇した事実を知らないらしい。
騎馬民族説と同レベルの妄説。

今は状況によって馬でも突入するし、降りて徒歩でも突入する、
というごくごく常識的なところに落ち着いている。
本来なら「状況による」という程度はいちいち議論するまでもないんだけどな。
とにかく日本の学者サンは軍事音痴ばかりだから。

42 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 19:06:39 0
>>39
一般的な説は以下。

太刀が騎馬用。
反りが大きく腰に下げたときに下半身に引っかからない。
長いから馬上からでも敵に届く。

日本刀は徒歩の集団戦用。
短くなり、大きな反りも必要ないから小さくなり、突き刺し易くなった。
反り自体は重量を分散させて振り回しやすくするために必要。
ヨーロッパの剣は反りがない代わりに柄の先に錘がついて刀身とバランスを取ってる。

43 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 19:12:27 0
ただ倭寇は野太刀を徒歩で使い、
明側はこの長大な刀に大きな脅威を覚えている。
槍は敏捷性で適わず、剣では距離で適わない。

要するに太刀は徒歩でも大きな威力を持っていた。

刀が広まったのは単純に利便性の問題だと思うね。
武将クラスも使ってたわけだけど、
彼らとしては、大量生産されてて安いし、軽いから使いやすいし
今どき接近戦の道具に余りにマニアックなこだわり持つのもバカらしいから
刀でいっか、くらいのもんではないかな。

44 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 19:23:23 0
現代で同じ例を探すと、米軍のM16使用がある。
性能面でM16よりいい銃はあるけど、
長い歴史からくるM16への慣れ、コストの安さ、拡張キットの多さ、
そして国内兵器産業の雇用の確保、装備転換の費用、など
総合面でM16から変えるほどの性能差ではないから、
今でもM16を使っている。

使いやすさというのは兵器の重要な要素。
太刀は打刀にその点で負けたんだろう。長刀もそうだ。

45 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 19:39:59 0
>>39
今更鈴木かよ

46 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 19:58:54 0
>>39
蝦夷というか俘囚も弓騎兵じゃないの?

47 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 20:08:05 0
>>46
俘囚が使った蕨手刀が日本刀の起源。
ぶっちゃけこの辺は予め知ってて当然なポイント。

48 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 20:13:45 0
俘囚が弓騎兵だったのには異論を唱える気はないから。

49 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 20:48:07 0
>>47
蕨手刀が毛抜型太刀(衛府太刀、直柄野剱)に進化したとする説はあるが、
共金柄式の毛抜型太刀は茎を柄に嵌め込む日本刀の形式とは異なってて、
はたして日本刀の原型となったものかどうか不明。
蕨手刀が日本刀の起源と言い切るのは微妙なところがある。
それから蕨手刀は馬上で用いるには短すぎるとも指摘されてる。

50 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 21:04:50 0
>>41
確かルイス・フロイスが、日本人は戦場では馬を下りてしまう!と驚いてなかったっけ?
そのような記録が根拠で提唱されたんではなかった?
甲陽軍艦でも騎乗したままの戦闘はあり得ない、武道を知らない奴らの戯れ言だ、みたいな
文句がなかったっけ。

51 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 21:15:52 0
>>49
毛抜っていう、柄に大きな穴を空けるのが、
蕨手刀から進歩した点で、ショックを軽減するための工夫なんだよ。
ソケット型の日本刀もその自然な延長線上にある。
刀身の衝撃が直接手に伝わるのを防ぐ効果がある。

異を唱えている人は形だけ見て、何のための工夫かわかってないんじゃない?
それから打刀もそんなに長くないけど普通に馬上で使ってたよ。
太刀は逆に普通に徒歩でも使うし。
さっきもいったけど、兵器の良さは性能だけで決まるもんじゃないから。

52 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 21:20:32 0
おそらく蕨手刀はククリやマシェーテのような万能ナイフ的な位置づけだったと思うよ。
それを戦争専用に進化させていったのが日本刀。

53 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 21:27:34 0
次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1222456299/
鈴木眞哉史観を疑う
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1169129287/


2chでももう下火みたいだな
日本史板戦国板でスレ一つずつしかないし勢いも落ちてる

54 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 21:47:38 0
>>51
>ソケット型の日本刀もその自然な延長線上にある。

毛抜型太刀からいわゆる日本刀への移行過程を示すモノが
出てくればそのように断言できると思うがね。

55 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 21:51:45 0
>>54
毛抜き型太刀って見たことある?
柄の構造意外はモロ日本刀だよ?

56 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 21:54:16 O
ルイス・フロイスは話半分に聞いとかないといかん。

かなり間違った記述が混じってる。

57 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 22:09:40 0
戦闘時の下馬について報告してる宣教師はルイス・フロイスに限らなかったと記憶してる。

もし日本の武士が騎兵突撃を採用してたなら槍を持ってなきゃおかしい。
太刀はなぎ払う使い方だから、相手に対して馬を横に走らせなきゃならない。
言うまでもなく集団で突撃しながらこんな馬の操縦法はあり得ない。隣の奴に衝突する。
単騎でてんでばらばらに戦うなら別だが。

58 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 22:19:07 0
ローマ軍も近代の軽騎兵も大半のトルコ・モンゴル系遊牧民族も
全てサーベルで突撃してるけど?
世界で最後に騎兵突撃したイタリアの騎兵もサーベルで機関銃に勝ったけど?
アホじゃないの?

槍騎兵なんてバカげた戦術は、
訓練不足で連携が取れない暗黒時代の欧州でしか有用性がない奇形的な戦法だよ。

59 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 22:20:02 0
>>55
写真ではね。
毛抜型太刀→日本刀に疑問が付されているのは
主に以下の点から。
・茎式(ソケット式)と共金柄式(柄と刀身が一体)の構造上の相違
・毛抜型太刀はその後儀仗化してしまったこと
・毛抜型太刀の成立が10世紀中葉とされているのに対し、
10世紀に遡る茎式湾刀(直刀が湾曲化?)の遺物が存在すること


しかし、だいぶスレ違いな話題になっちゃった。

60 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 22:26:36 O
胸甲騎兵によるサーベルチャージは、ナポレオンのちょっとした切り札だったな。

61 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 22:32:05 0
>>59
・単なる試行錯誤の結果。柄に穴を開けるのを思いついたのと一緒。
・理由になってません。M1ガーランドは儀杖化したが
米軍最初の主力突撃銃であり、狙撃銃として現用されているM14はM1の改良型。
・湾刀なだけなら、それ以前に遡る

62 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 22:37:31 0
失敬。

・湾刀なだけなら、それに遥かに遡る蕨手刀、毛抜蕨手刀が腐るほど発掘されている。
藤原清衡、安倍貞任のものもその中に入る。
毛抜太刀はそれらの系譜に直接連なるもの。
毛抜型太刀で完成された刀身に、茎式の柄をくっつけただけでしょ?
何でわざわざ毛抜型太刀を外そうとするのか純粋に理解できないな。

63 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 22:51:33 0
>>62
湾刀なだけならばそう。
ただ、毛抜型太刀の発展形として今日の日本刀があるならば
毛抜型太刀出現の前後にすでに日本刀といえるものがあるのが不思議。

64 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 23:12:45 0
>>63
あなたの言ってるのもただの湾刀だよ。日本刀ではない。
日本刀は茎と同様に折り返し鍛錬法も重要な定義の一つだよ。

それを抜かすなら蝦夷刀も立派な日本刀になってしまう。

65 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 23:18:22 0
ttp://www.mokuzai-tonya.jp/05bunen/zuisou/2005/08nihontou20.html

蕨手刀、毛抜型太刀については以上に写真がある。
さて、あなたが言う 10世紀に遡る茎式湾刀について見てみようか。

蕨手刀系列と違って全く流行らなかった点からすると
茎式なだけで日本刀とは違うただの湾刀だと想像できるが。

66 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 23:35:52 0
>>65
紹介ありがとう。
10世紀に遡る茎式湾刀というのは
御物の小烏丸のことをいってる。

67 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 23:41:38 0
>>66
全く話にならないな。あれの来歴はただの伝承じゃないか。
真面目に取り上げるのもばかげてる。

68 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 23:51:56 0
まさか本気で天国の作だと信じてるわけじゃないよね?

オリジナルの話でも、本当に天国の作ならあんな形式では有り得ない。
草薙の剣みたいな奴だろう。
いずれにせよオリジナルは壇ノ浦で失われたという説が妥当だろう。
今存在するあれは後代の模造品だよ。

69 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 23:59:49 0
ttp://www.mokuzai-tonya.jp/05bunen/zuisou/2008/nihontou/04.html

江戸時代には別の刀が伝藤原秀郷とされていたらしく、
これの由緒もかなり怪しいもんだけど、
小烏丸みたいなのをふりかざして語ってたんだからこっちも出していいだろう。
小烏丸が平家に渡ったのと全く同じ時期、
将門討伐に活躍した藤原秀郷の刀。

70 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 00:01:47 0
この刀談義の目的はなんだっけ

71 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 00:24:49 0
前スレの↓はどこへ行った?

295 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2009/02/14(土) 23:18:02 0
>>293
>>日本刀は明治時代に完成したんじゃなかったっけ?

はあ?
頭オカシイノカナ?

72 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 00:28:36 0
>>67-68
天国の真作だとするとさすがに古すぎると思う。
10世紀ころの遺品とする見解があるので取り上げた。

73 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 01:09:13 0
>>72
現実↓
ttp://www.mokuzai-tonya.jp/05bunen/zuisou/2007/04nihontou39.html

74 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 01:35:25 0
>58
>槍騎兵なんてバカげた戦術は、
>訓練不足で連携が取れない暗黒時代の欧州でしか有用性がない奇形的な戦法だよ。

奇形も何も、問題はその突撃を武士団が止められるかどうかなんだが。
騎士が傲慢・不遜で、戦術も無く、ただ単純に突撃を繰り返すのを、解っているのは現代日本人
だけで、当時の武士が騎兵突撃への対処法を知っているとは思えないが。
 第一、突撃を防いだところで、全身装甲騎士を「切る日本刀」でどうやって攻撃するか?


 

75 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 01:50:14 0
>>74
源平合戦で平氏の騎馬武者に源氏方の徒歩武者(源氏は徒歩武者にも弓を持たせた)が、
一斉に矢を射掛けて、自分の陣地に近づけないようにした様に、徒歩武者に一斉に歩射
させれば容易に近づけなくなるだろ。しかも、日本の騎馬武者と違って飛び道具がないから、
徒歩武者が騎士のアウトレンジから弓射攻撃を続ける時間を長く取れる。
ある程度、矢による被害が出て騎士の集団が乱れたところで、薙刀や長巻もった徒歩武者が
騎士を落馬させて、落馬したところを鎧通しで鎧の隙間から、刺殺する。

>  第一、突撃を防いだところで、全身装甲騎士を「切る日本刀」でどうやって攻撃するか?

全身板金鎧は15世紀の終わり頃からだろ。十字軍の頃などは、隙間だらけのチェーンメイル
だろうが。薙刀で思いっきり振りかぶって打撃を与えれば、裂ける事もあろうし、裂けなくても、
致命的な重症を負うだろう。

76 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 01:58:49 0
騎兵戦術なんて義経は天才やん、チンギスハーンになったといわれるゆえんもそのため

77 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:08:37 0
>>74
鎌倉武士なら騎士のランスチャージ必勝法:偽装後退→フルボッコで決まり。
騎士はギリシャでも中東でも繰り返し繰り返し同じ手でやられている。

長槍隊を従えている戦国武士に至っては最早騎士に勝ち目皆無。
訓練された歩兵の隊列に対してはランスチャージは効果ゼロ。
立ち往生したところを武士に包囲されてフルボッコ。

78 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:21:57 0
>>77
日本の騎馬武者もあの長い和弓でパルチアンショットやってるんだよね。中東の弓騎兵と同じ様に
すればいいわけだ。それに、長弓である分、中東(除くトルコ)の弓騎兵よりも射程が長いだろうし。

79 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:23:35 0
>>77

> 長槍隊を従えている戦国武士に至っては最早騎士に勝ち目皆無。

戦国時代の槍足軽の槍は、6mもあってマケドニアのファランクスのサリッサよりも
長かったそうだしな。

80 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:32:27 0
山賊の寄せ集めみたいな軍隊しかない、
暗黒の欧州中世限定の奇形戦法ってのはそういうこと。
少し複雑な指令を出すとすぐバラバラになる。
だから一まとめにして前に突っ込ませるしかない。
訓練された歩兵隊も存在しないから、それで敵の集団はあっさり崩壊してくれる。
紀元前のマケドニアの軍隊にも勝てんよ、騎士は。

81 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:37:03 P
いつの時代の話だよ
紀元前のファランクスと15世紀の足軽を比べるなんて君は知的障害者かね?

82 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:45:07 0
>>81
単なる槍の長さの比較だろ。いずれにしてもスイス歩兵のパイクよりも長いということだろ。

パイク<サリッサ<槍足軽の槍

83 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:45:36 0
>>81
戦いの原理はいつの時代も一緒。
ファランクスは騎兵殺しの決定版だったが、
ヨーロッパが後進地域と化して、
大勢の人間を集めて訓練を施すことが不可能になったために消滅した。

しかし騎士の時代の終わりのスイスで復活して以降、再び猛威を振るうことになる。

火器の連射能力があがっていくと、次第にファランクスの意義は薄れ
隊列を横に伸ばして火力を集中させるようになった。
これに対応して再び騎兵突撃が復活したが、
彼らは文明国イスラムからパクったサーベルを普通に装備していて、
知的障害者みたいなランスチャージは二度とやらなかった。

84 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 02:57:37 0
>>83
アホだな…
ファランクスが消え去ったのはローマのレギオンによってだろ

85 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 03:00:23 P
>>82
時代的背景を無視して?

日本じゃそのころ縄文時代
石器を使ってた時代だぜ

二千年もあとになって「足軽のほうが長い」だなんて池沼以外の何者でもない

86 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 03:03:00 0
戦史上最後の騎兵突撃はWWIIの東部戦線でイタリア軍が行って成功させている。
このとき使ったのはサーベルでランスとかいう重いだけの鉄屑ではない。

ランスチャージの成功というのは一重に
相手が長槍を構えておらず、偽装後退もせず、伏兵もいないという
文明国の戦争では相当な勝ち戦の末期で敵の戦意ががた落ちした
状態でしか有り得ない仮定に託されており、戦術的柔軟性はゼロ。
サーベルのほうが多様な使い方ができ、
ランスチャージが成功する状況ならサーベルでも十分用は足りる。

87 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 03:05:44 0
>>84
それは違う。当時のマケドニア軍は、国力が非常に減退しており
ファランクスと並ぶもう一方の柱である騎兵が圧倒的に足りなかった。
馬の飼い方も分からないペルシャ以下の奴隷制後進国家同士では
レギオンのほうがマシだったというにすぎない。

88 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 03:14:09 0
その証拠に本当にレギオンの方が優れているなら
スイス歩兵に対抗してレギオンが復活するはずだが、
そんなことはついぞ起こらなかった。
スイス歩兵を真似る奴は続出したが。
このときマケドニア軍における騎兵にとって代わったのが銃。

89 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 03:18:37 0
レギオンも騎兵劣勢下ではハンニバルにぼこられまくってるしな
最後は逆にハンニバルが騎兵の供給断たれて涙目だが

90 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 04:11:06 0
西洋内では敵の歩兵に槍を持たせて方陣に縛り付けるだけでも騎士の存在価値はある
ステップ系弓騎兵には触れぬまま釣り出されてフルボコくらうが、だからといって弓に装備を持ち替えれば
真似できるってものでもないからこれは無視
後にホイールロックピストルが安価で出回ったら飛びついてさようなら騎士こんにちはピストル騎兵

91 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 04:34:05 0
>>86
細かいが史上最後の騎兵突撃は1945年に日本軍の老河口作戦で行われたものだ

92 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 05:34:51 0
ナポレオンをボコボコにしモルトケでさえ戦闘を避けたコサック騎兵を
貧弱な日本騎兵を率いて幾たびも打ち破り、10万のロシア軍を8千で防ぎきった奇将秋山好古


93 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 10:25:08 0
中世日本の合戦ってほとんどの場合、前方に垣楯や逆茂木並べた状態で行われるんだけど、
これを排除しないことにはランスチャージなんて出来ないでしょ。
普通に戦えば、ランスチャージしか芸の無い騎士は全く攻撃の糸口がつかめないまま、
一方的に武士の弓の餌食になるような気がするんだけど・・・
騎士派の人たちって、この問題についてはどう考えてるの?

94 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 11:13:38 O
杭だ、杭だ、杭のための我が王国だ。

95 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 13:52:30 O
騎馬の機動力活かし、迂回して挟撃なんて手もあるが、騎士ってそんな高等戦術使った事あったかな?

雨あられと降る矢の雨に、我慢しきれなくなって突撃して粉砕される騎士の姿しか想像できんな。

96 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 14:11:36 0
>>93
「城郭を構える」ってやつだね。

97 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 17:54:56 0
>>93
騎士はランスチャージしか能がないわけじゃないが、その状態じゃ歯が立たないはず
前スレで指摘されていたように、戦争自体が儀式めいていた時代の人たちだからね
(中世までごろの時代を想定するとすると)

98 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 18:30:09 O
>>94
TW厨自重しろw
まああのゲームは西洋人が作ったせいか
弓騎兵が今一つ使えなくて、ランスチャージ&プレートアーマーマンセー仕様だが。
これがコーエーのチンギスハーンだと逆に
蒙古騎兵、武士マンセーで騎士&重装歩兵プギャーな仕様になるわけだが。

99 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 20:40:02 O
日本の戦争も、中世初期は儀式めいたものだったけどね。

騎射による一騎打ちなんて、騎士による馬上槍試合そっくり。

でも、戦術の進化と技術の向上を躊躇うことなく吸収していった武士と、いつまでもランスチャージにしがみついて鎧を頑丈にする事しかしなかった騎士は、あまりにも違いすぎるな。

100 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 22:52:14 0
>>93
迂回攻撃。敵が常に真っ正面からだけ来るとは思うな。
両翼を挟撃したり、背後に回り込むことは普通にしてた。
そもそも突撃(ハンマー)をより効果的に使うためには金床が必要で、
歩兵とか金床になったりしてたはず。
ほか、中世の騎兵は歩兵も引き連れていたから、彼らを突入させて逆茂木を排除するとか。
本当に中々突破できないくらいの堅固な陣なら、投石機やバリスタなどの攻城兵器を
もちいることも考えられる。いくらでも手はある。

>>99
ちゃんと武装を進化させてたでしょうが、騎士は。
鎧の頑丈さなら武士なんぞおよびもつかない。というか世界で
比肩できる存在がない。持ってた武器だってランスだけに限らないのだがな。

101 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 22:59:42 0
というか、封建制が何時までも残存した日本と、
絶対主義に入って傭兵、常備軍が形成されて、
いち早く国民国家、近代国家が形成された西欧を比較して考えると、
武士の方が凄いんだぞ、とか言ってる奴がアホに思えてくる。

102 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 23:06:13 0
>>100
>迂回攻撃。
コミ族程度にボコられる間抜けに迂回されるほど武士は甘くない。
元とか余裕でボコってるんで。

>歩兵とか金床になったりしてたはず。
は?“はず”って何?妄想乙。

>鎧の頑丈さなら武士なんぞおよびもつかない。
頑丈さばかり追求したお陰ででドンくさい雑魚になっちゃったわけだね。
騎士の低能ぶりには世界の誰もおよびもつきません。

103 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 23:08:23 0
その西欧騎士の超重武装を可能にしてたのは
やっぱり馬の違いですかね。
日本やモンゴルの馬に騎士を乗せたら
はたして耐えられるのか。

104 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 23:12:42 0
西欧は重量種の原産地だからな。

105 :世界@名無史さん:2009/03/02(月) 23:53:25 0
ペルシュロンみたいな重種の原型は元々ヨーロッパに住んでいた馬らしいけど
日本でも南部馬が大きいように、やはり寒冷地だから大型化したんだろうか
しかしそうだとするとスウェーデンの馬が小さかった理由が解せん


106 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 00:09:41 0
そんな武士も第二次長州征伐の際に、15万も使い
包囲戦を行っておきながら、西洋流の近代化されて
指揮の高い十分の一以下の長州藩軍にフルボッコされたけどな。
 崩壊間際のビザンティン帝国を思い出す(WW


107 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 01:06:44 O
ホッカイドゥのクマは世界で二番目にでかいらしいよ 寒いからか
道産子馬もでかい

108 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 02:40:20 0
>>106
高杉晋作のおかげだけどな、その高杉も武士です

109 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 02:54:09 i
>>99
日本の戦争で騎射による一気打ちが行われた例なんて、
文献には一例も存在しないぞ。

110 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 03:42:56 O
>>106
もはや騎士自慢にすらなってないのが可愛いです♪

111 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 05:00:23 0
ヨーロッパの馬は品質改良してでかくなったんだろ

112 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 05:14:16 0
日本の馬は品種改良しなかったのか?

113 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 09:16:01 0
>>110
だって、しょうがねえだろ
俺は騎士が大好だが、しらべれば調べるほど戦術が皆無で
だたひたすら突撃を繰り返すしが能がないのは知っているから。
 おまけに騎士が活躍した時代には、実際には騎士道が皆無で、
現実には残虐・傲慢・自信過剰などうしようもない連中だったからな。
 でも、そこに男のロマンを感じるんだぜ!
 

114 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 09:46:29 0
>>112
正直言って馬に関してはほめるところはあまり無い

115 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 12:27:50 O
戦争に関してヨーロッパ>日本になるのは18世紀あたりからだろ。
要するに日本が江戸の泰平で平和ボケしてた頃だな。
尤も19世紀末あたりから再び逆転するが。

116 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 12:29:27 0
逆転?

117 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 12:58:09 0
ロスケ、ブリテン・・・ことごとくボコボコにしたからな。
オランダやオーストコリアに至っては余りにも雑魚すぎて
「え、いたの?」クラスの存在感のなさ。

118 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 13:44:19 O
>>115
>>117
ギャグで言ってんの?
薩英戦争、シベリア出兵、ノモンハン事件、インパール作戦など
日本がアメリカ以外の国にもボコられて涙目になった戦いなんて枚挙に暇がないんだけど。

それにドイツが相手にしたイギリス、フランス軍と
日本が相手にしたイギリス、フランス軍とじゃ質、量ともに天と地ほど差があるよ。
それこそワールシュタットでの優秀な将軍に率いられた全盛期の正真正銘精鋭ばっかりのモンゴル軍と
元冦でのボンクラ将軍に率いられた、衰退期の実質チョンと民間人ばっかりのモンゴル軍ぐらいの違いがあるよ。

はい、論破。

119 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 13:46:34 O
一応、大航海以後の海軍力では西欧>日本だけどな。

これが陸軍力では大逆転して、日本一国で西欧全域を相手に出来るレベルになる。

ただ、築城技術や攻城技術や兵器技術も西欧の方が圧倒的に進んでいるけど、それを支える兵站の概念が皆無なのはどういう事だよ。

戦術も状況に合わせて臨機応変に変えるアジアと違って、誰かが改良するまで延々同じ戦術に固執する頭の固さ。

WW1で敗北したドイツ皇帝ウィルヘルム2世が「もし、ニ十年前に孫子をしっていたら」と呟いたそうだが、近代まで孫子レベルの兵法の基礎が存在しなかったのは何故なんだろうとちょと思う。

孫子を座右の銘としたナポレオンは、連戦連勝だったのに…

120 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:00:52 0
>>118
ギャグで言ってるの?
薩英戦争:旗艦の艦長戦死。他50名死傷。日本側勝利
シベリア出兵:日本勝利。他国が撤退したから付き合っただけ。
ノモンハン事件:死傷者数はソ連側が圧倒的に多いことが近年明らかになった。
日本の圧勝。
インパール作戦:イギリスはアメリカの支援がなければ勝てないのを証明しただけ。

全部日本の勝利だな。

>質、量ともに天と地ほど差があるよ。
ドイツ軍相手には活躍したソードフィッシュ、スピットファイア、POW、
全て日本は惨殺しております。
欧州と太平洋とでは要求されるレベルが段違い。
所詮はろくに渡海侵攻も雷撃もできない連中。

121 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:08:15 0
>ソードフィッシュ、スピットファイア、POW、

第一次大戦クラスの新型www爆撃機
ただのバッタ、零戦に一方的に虐殺された雑魚
2時間で沈んだ新型戦艦www
ちなみにキングジョージ5世は低性能すぎてアメリカの艦隊運動についていけなかった

こんなスクラップの山が活躍できた時点で怪しいと思わなきゃ駄目。

122 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:13:06 O
結論。古代から近代まで向かう所敵無しだった日本を完全敗北させ
歴史上初めて日本を蹂躙して二度と戦争出来ない性奴隷にしたアメリカ様が最強。

123 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:16:46 i
>>118
残念ながらワールシュタットで騎士を粉砕したモンゴル軍の正体も実質チョンと民間人。
何しろヨーロッパ遠征の戦利品の兜が、元寇の遺品として元寇資料館に展示してあるんだからな。

124 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:24:48 0
>>120
>>インパール作戦:
>>全部日本の勝利だな。

どこの世界の話だよ。
ネウヨは嘘でもなんでもござれだから、正味、チョンとなんら変わらんから困る。
もう日本人やめてしまえ、ゴミクズが。


125 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:28:36 O
>>119
というより
「頑丈な鎧着て堅固な要塞建てて強力な兵器持っときゃ絶対に負けねえよ」
な考え方だったから、それらの技術が他の地域と比べても
発展し続けてきたわけでありまして。
中世〜ナポレオン登場前のヨーロッパで
画期的な戦術を用いて勝利したみたいに言われてる戦いって
どれも中国をはじめアジアだと常識の範疇内で行われていたことばっかだからなあ。

126 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:34:44 0
>>124
論破されて発狂ww

127 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:36:23 0
>ギャグで言ってんの?
>薩英戦争、シベリア出兵、ノモンハン事件、インパール作戦など
>日本がアメリカ以外の国にもボコられて涙目になった戦い

結局涙目になったのは君だったなww

128 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:38:02 O
>>119
向こうにも古代にはエパミノンダス、アレキサンダー、ハンニバルのように
孫子にも劣らない戦術家は沢山いたのにどこでどう間違えたんだか。
てかなんで中世〜近代以前のヨーロッパ人達は
わざわざ東洋人の孫子を参考にするまでもなく
彼らのような偉大な先人達がいたにも関わらず
全くと言っていいほど自分の戦術に取り入れなかったんだろうか。

129 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:40:46 0
>日本が相手にしたイギリス、フランス軍とじゃ質、量ともに天と地ほど差があるよ。

その天と地ほどの差がある戦力を撃破されたチャーチルの感想

>In all the war, I never received a more direct shock...

確かに第三帝国と牧歌的にやり合ってたのと比べると天と地ほどの差があったようでww

130 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:42:52 0
>>118
元寇で軍を率いていたのは一応元の中でも精鋭中の精鋭ウルスちゃんなわけなんだが…



131 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:48:07 0
>>114
骨格が丈夫で悪食

消化器官が強く西洋の軍馬に比べて飼葉を選ばない
足が丈夫で蹄鉄が要らない(地形による部分もあるが)
後ろ脚が長く勾配のある地形での消耗が少ない

132 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:52:30 0
>>50
その彼はこういうことも言ってる

武士階級の食生活は、どの階級よりも質素である。
多くは菜食主義で、下は雑兵といわれる足軽から大名に至る迄、少食・粗食であった。
また着ている物も、普段は木綿の粗衣であったがヨーロッパ人に比べ暑さや寒さに強かった。

武士は戦いにおいて強靱振りを示した。
徒歩の下級武士は、全身に重い甲冑を着け、恐るべき早さで野山を駆け走りあるいは駆け登った。

騎馬侍という一ランク上の階級も馬術に長けているばかりでなく、体躯そのものが強靱であり、
脆弱な我々ヨーロッパ人と違い落馬してもそれで滅多に死ぬことはなかった。
また、敵に、一旦は馬から引き摺り落されても、掠り傷もせず再び騎乗し直すことができた。

刀で斬られても、あるいは槍で突かれても、傷が致命的な深手でない場合、その傷は直ぐに治り、それは不思議なくらいであった。



つまり馬に乗っても下りても戦ってるってことだな

133 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 14:56:40 O
>>125

う〜ん

それもあるが、根本的には兵の質が圧倒的に低かったのが理由なんじゃないかと思う。

ヨーロッパの戦術って、基本的に集団で決められた作業をこなすだけ単純作業。

ファランクスにしろランスチャージにしろテルシオにしろ、個人レベルだとみんな単純作業だし。

だから、驚くような戦術機動とか従来の概念を打ち破るような新戦術とかは、やろうとしても出来ないから誰も考えなかったんだろなと。

鉄砲が普及した理由も、日本だと単純に威力だったけど、ヨーロッパだと操作が簡単ですぐに部隊を編成出来るからだったし。

134 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 15:07:03 0
>>133
小学校の運動会の行進の練習、
どれくらいやった?
歩調を揃えろとか何とか注意されながら一ヶ月はやってやっと形になったんじゃない?
ファランクスやテルシオはこれと同じだよ。
全然単純作業ではない。

135 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 15:20:00 O
>>128

あ、それ俺も思った!

でも、よく考えるとそれって、「失われた時代」「中世暗黒時代」を作り上げたフランク王国、ひいては騎士が原因なんじゃ……。

136 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 16:01:35 O
>>134

軍隊の基本が前進後退回れ右なのは俺も知ってるよ。

でもそれが単純作業なのは変わらない。

だって、行進の練習だけしててもサッカーやバスケで勝てないでしょ?

ファランクスにしろテルシオにしろ、迂回して挟撃なんて複雑な機動出来ないでしょ。

東洋やナポレオン時代に出来たことを何故しなかったのかな?

137 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 16:25:17 0
騎士にとって、正面から戦う事が目的であって勝利するのは二の次であって、
敵を見たら、すぐ突撃。
将軍の指示なんか、守ってなんかいられない、
また、そこがしびれる。
ガリア・ゲルマンの蛮族的な精神性が抜けきれない。



138 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 16:29:34 0
 たしか、スイスパイク兵って神聖ローマ帝国相手に戦った時に、かなり機動的な
動きをした気がする。
 ようは、訓練と集団に対する忠誠心が問題だと思う。


139 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 16:46:20 0
>>136
サッカーやバスケの練習していても行進はうまくなんないよ。
行進の話はたとえとして出しただけだし、
行進がサッカーやバスケに比べて単純作業だというなら
君は馬鹿としか言いようがないね。

サッカーやバスケは身体能力があれば練習しなくても形になるよ。
騎馬民族の強さも似たようなところがある。
しかしテルシオや、マケドニアのファランクスは
騎士が惨敗を重ねた騎馬民族の襲撃行動など
簡単に跳ね返してしまうよ。

140 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 17:02:16 0
>>134
単純作業を指揮通りに行うという意味での困難や遂行させるためのノウハウが無価値だ
という意味ではないんじゃないか?

マスゲームや行進はそれを行う当事者はやっぱり単純作業だよ
他の人はどうか知らないけど俺はそれを持って「だからふぁランクスは格下だ」と言いたいわけじゃない

それとサッカーやバスケが身体能力だけで形になるのはせいぜい体育の授業で運動神経がいいやつは何やってもうまいぜ
っていうようなレベルの話ではないかな

実際国体クラスやワールドレベルでは仮に実戦において一度も練習したことのない形が出たとしても
それってあほみたいに積み重ねた攻撃パターンの積み重ねがあってこそだせるものでしょう



141 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 17:07:56 0
明の時代の人が見た日本の武士の戦い方


>胡蝶陣というのは、三、四人の小部隊に分散して互いに連絡を取って離合聚散する様を
>胡蝶の翩翻として飛ぶ様に例えたものであろう。

>「その兵を用うるや善く埋伏し、しばしば巡って我が軍の後ろに出で両面を討ち、
>常に寡を以って衆に勝ち、塁を劫かし、華人たやすくその術中に堕つ。
>その未だ戦わざるや、団結分散、三々五々にして、一人扇を揮うや伏兵四方に起る。これを胡蝶陣という。」
>(胡蝶陣 鄭若曾『等潅図編』)


142 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 17:08:56 0
>>140
>やっぱり単純作業

要するに君の思い込みなんだね。「やっぱり」(苦笑

一ヶ月も練習しないと身につかない単純作業って何?

>国体クラスやワールドレベル
戦争っていうのはたくさんの人と協力してやるんだよ?
そのレベルの練習を軍隊全体が共有できるわけないじゃん?

格闘技を思い浮かべてごらん。
剣の達人がいるとしよう。彼はまさに世界大会とかに出る選手だ。
でもそんなのが一チーム分、5、6人いたところで戦争には勝てないんだよ。
軍隊で求められているのはド素人でも一ヶ月で形になるカリキュラム。

143 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 17:13:04 0
>>141
カイロネイアの戦い。

フィリッポス2世は中央に置いたファランクスを漸次後退させていく。
これに釣られて敵軍は急いて前進するが、
それによって歩調が乱れ、隊列に隙間ができる。
そこに左翼のアレクサンドロスが突入し切り裂き、背後に回って
ファランクスと挟み撃ち。

144 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 17:24:49 0
>>141
その胡蝶陣は、結局は
一列五名で二列縦隊を取る鴛鴦陣に破られた。
前列の盾と狼筅で斬り込みを防ぎつつ、その後ろの長槍で相手を攻撃、
また最後尾のさすまたで刀を引っ掛け落とすというもの。

一人一人の戦闘能力に依存するゲリラ戦術は
見た目には華麗で君みたいにはまる奴が出てくるけど、
訓練された集団には適わないんだよ。

145 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 18:30:00 0
>でもそんなのが一チーム分、5、6人いたところで戦争には勝てないんだよ。

ジョミニアンの戦争概論だかでも同一の話題があったな。
部隊の戦力を決定するのはトップ集団の実力じゃなくて
その集団のドベの実力だと。
足手まといがいるとトップ集団まで制限を掛けられて運動性が落ちる、とかそういう論旨だった。

146 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 19:33:01 0
【騎士】
武装:槍(6〜8kg)、剣(0.8〜5kg以上)、盾、鎖帷子(15kg)、板金鎧(20〜30kg)
必殺技:ランスチャージ
ウィークポイント:ボウガン、ウェイト、機動力

【武士】
武装:弓(0.2〜0.3kg)、太刀(0.8kg)、脇差(0.5kg)、具足(10〜15kg)
必殺技:騎射、弓射
ウィークポイント:?

詳しい人補足よろ。
まったくイーブンな状況からデータを収集しはじめた俺でも
騎士の勝ちがこれっぽっちも見えないんだが。
むしろ比較すること自体が武士に対して失礼ではないか?

蒙古騎兵vs武士とかグランダルメvs武士とかの方がまだ勝負になりそう。

147 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 19:37:07 0
蒙古騎兵vs武士に一票

148 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 20:07:20 0
武士は一対一では強い印象があるが、蒙古騎兵の草原での高速展開、集団騎射って戦術はやってたの?
してたとして、どの戦い?

149 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 20:12:37 O
>>139

人の事を馬鹿にする前に、質問に答えてもらえるかな。
何故ファランクスやテルシオが極端な密集隊形をとらないといけなかったのか?

ついでに、ファランクスの発展系であるレギオンが、あれほど猛威を振るいながら、何故消滅したのかというのも答えてもらおうか。

因みにアホな勘違いをしてるようだから言っとくけど、俺の言ってるファランクスは市民兵からなるギリシア式のファランクスの事で、常備軍であるヒュパスピスタイを含む高度な諸兵科連合であるマケドニア式ファランクスの事じゃないから。

まさか、マケドニア軍の「鎚と金床」が、一朝一夕に出来るとは思ってないよなw

前述のように、マケドニアの高度な戦術が何故後世に受け継がれなかったのかというのも、解くべき謎の一つなんだから。

150 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 20:42:41 O
>>148
集団で騎射ぐらいのことはやってたと思うけど
流石にモンゴルみたいな組織立っての騎馬戦術は無かったでしょ。
元冦を例にして集団での騎馬戦術なんて言ったら流石に武士厨乙って言いたくなる。
騎士よりは遥かに融通がきくとはいえ武士だって基本的には
まず武者がいて、その周りに郎党がいて・・・って感じだからね。
まあ室町〜戦国期になると大分状況は変わるが。
ただこれは武士が軍事的システム面で遅れてたというわけではなく
むしろ中世という時代にまるで近代軍みたいに組織化されてたモンゴルが異常なわけで。
平原での集団的騎馬戦では流石に本家のモンゴルには勝てないでしょ。
ただ一対一ならいい勝負になると思うし同じ集団戦でも
だだっ広い平原以外なら勝ち目はあるってか実際に完勝してる。

151 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 21:42:27 0
ヨーロッパの馬は大食いで環境の変化に弱く
モンゴルの馬は粗食にも酷使にも耐えられるという。
南極探検でイギリスのスコット隊はヨーロッパの馬だった為に馬が凍死したが、
日本の白瀬隊は蒙古馬を使ったので、酷寒にも耐えて帰還できたという。
ヨーロッパは騎士も馬も見かけは立派だが、耐久力ではモンゴル騎兵や武士に劣るのではないか。


152 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 21:47:45 0
ヨーロッパの騎士はヨーロッパで戦うんだから馬が寒さに弱くてもいいだろJK


153 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 21:49:06 0
>>150
明快な回答ありがとう。
武士といえば、どうも戦国期のイメージがあり、徒歩で刀という印象が強い。
馬上戦という戦例がどれほどあるのか知らないが、信長の三間槍とか野戦築城は
見ようによっては、対騎馬用にもみえるけど、それが当時で強さを発揮したなら
騎乗戦自体が時代遅れとなっていたか。
まぁ、鉄砲とかの火力が桁違いになりつつある時代だったから、この際
引き比べるのは邪道かな。

それと、おれが時代遅れで申し訳ないが、鎌倉あたりの「やぁやぁわれこそは」
の一騎討ち、これは馬上一騎討ちかな? という半分儀礼的な戦いというのは
本当のところどうだったのだろうか。
どういう流れで合戦が行われていたんでしょうか。

あと草原でのモンゴル軍の機動的優位性は、その前身であるキタイや、またテュルク
などから綿々と受け継がれていたものだから、モンゴルで昇華したとはいえ
特有のものでもないんだけどね。
中国史屋だから、武士も騎士も慮外で、まったく知らなかったのだけど
ここ読んでたらおもしろい。
気が向いたら教えて。

154 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 21:53:28 0
>>149
>何故ファランクスやテルシオが極端な密集隊形をとらないといけなかったのか?

敵の突撃を食い止めるため。
テルシオの場合はさらに限定されて騎兵対策が主。

レギオンって軍団のことだけど?マニプルス戦術のこと?
歩兵だけならそっちの方が柔軟な戦術が可能だから。
結局最後まで騎兵は我がものにできなかったのがローマ軍。

ファランクスというのはギリシアでもマケドニアでも同じだけど?
諸兵科連合はファランクス+騎兵と言い表す。
君は本当に頭がおかしいね。

155 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 21:59:33 0
>>149
それからファランクスの欠点はギリシャ人もよく承知していて、
ギリシャ戦争では正面に敵騎兵を拘束するため、地形に頼っている。

また、アナバシスには騎兵の側面攻撃を恐れて
ペルシャ王の前進命令に従わない場面がある。

ギリシャ人において、市民兵と傭兵の境目は常に曖昧。
君が考えるより遥かに訓練された連中だよ。
また君よりも遥かに知能は上。

>マケドニアの高度な戦術が何故後世に受け継がれなかったのか

それは君の頭が悪いだけだよ。
分かりきったことだ。単純に銭の問題。

156 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:00:28 0
>>155
ギリシャ戦争ではなくペルシャ戦争ね。

157 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:09:06 0
>>150
>むしろ中世という時代にまるで近代軍みたいに組織化されてたモンゴルが異常なわけで。

(苦笑)文明論のダーウィニズム信者か。

ま、近代軍みたいかどうかは知らんが、
組織化されていたらしいモンゴル軍が、そうではない武士にボコられたんだから
誤った方向への組織化ってことだな。

組織化されて飼いならされた軽騎兵の皆さんは、
小ユニットでも十分な戦闘能力を保ち、
号令をかければ集合して統制された戦いぶりを見せる
重装騎兵隊にボコボコにされたわけだ。

>平原での集団的騎馬戦では流石に本家のモンゴルには勝てないでしょ。

妄想乙。

158 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:10:36 0
>前述のように、マケドニアの高度な戦術が何故後世に受け継がれなかったのかというのも、解くべき謎の一つなんだから。

>>154-155は口が過ぎるが、
時間的、経済的コストの問題というのがドクトリンの継承が断絶する大抵の原因じゃないか。
この手の半蛮族の暴力集団は文化的になると途端にケンカも駄目になるのもあるな。

159 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:15:09 0
いやいや、実際彼は馬鹿げてるよ。

>マケドニアの高度な戦術が何故後世に受け継がれなかったのかというのも、解くべき謎の一つなんだから。

いい本読んでないのが丸分かり。
彼の周りはきっと解くべき謎だらけだねwww

160 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:21:27 0
>平原での集団的騎馬戦では流石に本家のモンゴルには勝てないでしょ。
だから文永の役では福岡平野でぼこられてるって。
お得意の平原での騎兵戦でも惨敗したんだよ。

161 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:28:18 0
海上移動した騎兵隊が水際で叩かれただけの文永の役なんて
コンディションから考えても参考にならないように思うが。
評価すべきことではあるが、その一例をもって敵地でも絶対に勝てる、
と判断するのは早計というものだ。

162 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:35:23 0
>>161
だから水際では叩かれてないんだって。馬鹿なの?
当時の大宰府が集められた兵員は5000人しかおらず
体制は不十分で、水際防御は不可能だったから
福岡平野まで敵を誘引して撃破したんだよ。

ついでに言えば壱岐対馬で何日か蛮行をエンジョイしてるし
船旅の疲れは問題ないレベルだよ。

騎兵戦が得意なもの同士やりあい
結果は日本の方が遥かに上だったというだけの話。

163 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:44:24 0
水際ではむしろ元は勝ってる
相手は松浦党数百人だけど
で、いい気分で福岡平野に進軍してフルボッコ

164 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:48:55 0
弘安のときはともかく文永合戦は日本側は
けっこうやばかったんじゃなかったっけ

165 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:54:30 0
>>164
主目標の大宰府どころか、
水城にすら到達できなかったんだけど
どの辺が日本はやばかったの?

金剛仏子叡尊感身学正記
「十月五日、蒙古人著対馬、廿日、着波加多(博多)、即退散畢」

元軍は即退散したとある。
また、日本から撤退する際、志賀島に座礁した兵士220人を見捨てて逃げ去ってる。

166 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 22:56:18 0
文永の役
高麗史表「十月、金方慶、元の元帥の忽敦・洪茶丘等と与に、日本を征す。
壱岐に至りて戦い敗れ、軍の還らざる者万三千五百余人」

167 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:00:21 0
『鎌倉年代記裏書』
「十月五日、蒙古寄来、着対馬嶋、同廿四日、大宰少弐入道覚恵代藤馬允、於大宰府合戦、異賊敗北、」

『帝王編年記』
「六日。飛脚到来。是去月廿日蒙古与武士合戦。賊船一艘取留之。於鹿嶋留抑之。其外皆以追返云々。」

168 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:02:21 0
>ついでに言えば壱岐対馬で何日か蛮行をエンジョイしてるし
>船旅の疲れは問題ないレベルだよ。

↑これは流石に果てしなく詭弁臭いんだが。

福岡平野におびき出して一方的にボコボコにしたというのも初耳というかここのスレでしか聞かない話だ。
水城に立てこもってたのを攻めあぐねた、
援軍に挟み撃ちにあうのを恐れて勝手に退却して自滅した、
という程度の認識しかない。最新の研究だと違うの?
門外漢向けにいい本があるなら紹介してもらいたい。

169 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:05:33 0
>>168
>水城に立てこもってたのを攻めあぐねた、

は ぁ ??

ここは本当に学術板?
水城にたてこもった事実なんてないけど?
はさみうちに合うのを怖がったという事実も存在しないけど?
逆にお前がどこでそんなでたらめを仕込まれたのか聞きたい。

170 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:11:15 0
「武房に、凶徒赤坂の陣を駆け落とされて、二手になりて大勢は麁原に向きて退く。小勢は別府の塚原へ退く」

これのどこが水城にたてこもってる話?

171 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:12:35 0
まぁ、チンギスハーンと戦ったわけじゃないから。
当時の元軍には、侵入を許さぬほど圧勝した。
で、おkじゃないか。学術板なら特にそういう言い方をしないと。
どこの国でも、内部結束が強いときもあれば弱いときもあり、
また個々が強いときもあれば、弱いときもある。
武士は総じて、高いレベルをキープしていたとは思うがね。

172 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:16:44 0
>>168
最新の研究も何も、一次史料を引用してるだけじゃん。
お前が馬鹿だから騙されてただけ。
文永弘安関連の研究はでたらめばかりなのは
2ちゃんでは常識になりつつあるんだが。

173 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:17:25 0
>>171
ごたごた言う前に一次史料くらいチェックしとけ。アホ。

174 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:19:10 0
>>171
大元ウルスの国力はチンギスハンの頃とは比較にならないほど大きいんだがね。

175 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:21:04 0
忽敦日、蒙人雖習戰何以加此、諸軍與戰及暮乃解。
方慶謂忽敦茶丘日、兵法千里縣軍其鋒不可當。
我師雖少巳入敵境人自爲戰、即孟明焚舩淮陰背水也。
請復戰。
忽敦日、兵法小敵之堅大敵之擒、策疲乏之兵敵日滋之衆、非完計也。
不若回軍。復亨中流矢先登舟、遂引兵還。

176 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:23:21 0
>>175
で、どこに挟み撃ちが怖いと書いてある?

177 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:24:41 0
>>174
そういう意味ではない。
誰と戦っても常勝なんてまずありえん、と言っているだけ。
時空を超越できるなら、まぁわからんけど。

178 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:26:00 0
>>173
一次史料?
どこのなによ?
文献は二次史料だよな?

179 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:28:02 0
>>172
>>2ちゃんでは常識になりつつあるんだが。

2ちゃん「では」(笑)

180 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:28:32 0
>>177
要するにお前が的外れってことだな。

元軍には勝ったけど、野良犬の群れに負ける可能性は否定できないと言うのと同じ。

アホか。

181 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:30:20 0
>>179
この場合は笑いごとにはならんな。

リアルではこういう妄説がまかり通っているわけだからな。
>水城に立てこもってたのを攻めあぐねた、
>援軍に挟み撃ちにあうのを恐れて勝手に退却して自滅した、
>という程度の認識しかない。

ま、アホは危機感ないだろうが。

182 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:32:31 0
>>180
は? それでも学術板の住人かよ。
当時の元軍に勝ったのは事実だろ。
なにその野良犬の群れって(笑)
どっからそんな妄想事が出てくるのよ(笑)
誰と戦ってんの?アホか。

183 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:32:50 0
>>178
高麗史
元史
蒙古襲来絵詞
鎌倉年代記裏書
帝王編年記
鉄函心史

列挙してやったからちゃんとチェックしろよ?

184 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:32:54 0
策疲乏之兵とあるが

>ついでに言えば壱岐対馬で何日か蛮行をエンジョイしてるし
>船旅の疲れは問題ないレベルだよ。

というのはどこから出てきたのか聞きたい。

185 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:34:06 0
>>182
>水城に立てこもってたのを攻めあぐねた、
>援軍に挟み撃ちにあうのを恐れて勝手に退却して自滅した、
>という程度の認識しかない。

学術板(失笑

こんなのと一緒にされるくらいなら「学術板の住人」ではないほうがいいわwww

186 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:37:00 O
>>154

>敵の突撃を食い止める

おいおいw
ギリシア式ファランクスが受け止めてどうするw

ギリシア式ファランクスは、完全な突撃用の密集陣で、立ち止まったら側面を突かれて壊滅。補助戦力としては少数の投石兵や投槍兵や弓兵が追従してるのみ。

マケドニア式ファランクスなら、騎兵を打撃戦力として使えるから、歩兵を足止めに使って騎兵を挟み撃ちが出来るがな。

ていうか、君マケドニア式のファランクスしかしらんだろw

ギリシア式ファランクスの密集隊形は元々、戦時のみに召集される一般市民を即席で使う為のもの。そう、君の言うように個人の力不足を集団の力で補う為。

因みにレギオンは、一度崩れると手の施しようの無いファランクスの防御上の欠点を克服するため、ある程度の間隔を確保した三重の横陣で、前列が崩れても後列からの増援と消耗した前列の後退及び再編成で継戦能力を向上させた陣形。
当然の事ながら、この戦術だと求められる将兵の質も高いものとなり、ローマがその需要に応えられなくなったからこそ、その存在は消えていった。

因みにテルシオは……って、なんかもうもう面倒くさくなった。
資料読み返すと、結構質の高い兵に複雑な部隊運動させてたみたいだし、これはまあいいや。

187 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:37:59 0
>>181
>>175の引用文でみると、元軍は背水となっているところ、戦いを望むが
忽敦がいわく、疲れている現状に滋之衆、つまり敵の援軍があれば
負けは必至だから、軍を還すと言った。
そこに流れ矢が届き、とうとう兵を退いていった。

というように読めるが、そちらの訳はどうですか?

188 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:40:07 0
>>185よ、>>175を日本語にしてみせてくれよ。
一緒にされたくないんだろ? なら違うところを見せてくれ。
そして蒙を啓かせてくれ。

189 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:44:22 0
2ちゃんでの常識とか、誰も相手にせんからな。
ソースは2ちゃん(爆笑)

190 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:44:33 0
>>187
あなたが馬鹿なのは分かりました。
方慶は朝鮮人部隊の将軍。
朝鮮人は「チョッパリに負けを認めるのは厭ニダ!背水の陣を敷いて戦うニダ!」
と言っているが、
モンゴルの将軍は「空気嫁・・・」みたいな感じでどんびき。戦意喪失している。

復亨が流矢に当たったのは内陸の方なので、
「復亨は流矢に当たっていたので話し合いにも加わらず先に船に上がっていた」
という意味。将軍の一人が合議にも加われない状況を想像してみるといい。
戦意があがるわけがない。

191 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:46:36 0
>>188
慌てるなよ、低能ww
どうせお前には何もできないんだからww

>>190を読んでじっくり勉強しろww

192 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:47:39 0
蒙古高麗連合軍は2万5千
九州勢は5千〜1万

これで博多まで占領してて
これで寡兵で戦っても包囲されて捕まるだけ、
みたいな泣き言を言って逃げる相談をしてるのは変な話だなーと思った。

193 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:49:45 0
>>192
当時の博多は争点になってない。
当時はそれほどの街ではない。
元の目標はあくまで大宰府。

それからおそらく元側は日本側の兵力を過大評価している。
負け戦にはありがちなこと。

194 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:51:39 0
もちろん日本側の争点も大宰府だよ。

195 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:51:49 0
>>190
復亨ってのは人名ですか。
復は「また」と読むのだと勘違いした。
どういう人ですか?

>>背水の陣を敷いて戦うニダ!」

なるほど。「ここは、淮陰公の背水の陣のごとく戦う!」ってわけですね。

でもま、元軍が日本の増援を危惧して、さっさと逃げ準備をしたのは間違いないようですね。
挟撃を恐れた、というのもそのあたりのニュアンスじゃないですか?


196 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:52:31 0
>>191
いや、書き下しでもいいから。
よろしく。
できるもんならなw

197 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:54:51 0
>>195
漢人の副将。

>挟撃を恐れた、というのもそのあたりのニュアンスじゃないですか?

にゅあんすって便利なことばでちゅね。
元軍は船のそばにいるのにどことどこから挟み打ちにすると?
素直に妄想でしたって認めれば?

198 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:56:30 0
>>196
お前以外の奴は>>190だけで理解してるけど?
馬鹿にさく余力はないから。

199 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:57:08 0
>>197
あ、すまん。
たった今、確認できたところだった。
なにかと世話になりましたね。

で、誰かと勘違いしてませんか?
気のせいならいいけど。

200 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:57:59 0
>>198
できないから泣き言w
ソースは2ちゃん(笑)

201 :世界@名無史さん:2009/03/03(火) 23:59:57 0
>>186
はい間抜け。
ペルシャ戦争では側面を地形に委託して騎兵を迎撃している。

クセノフォン配下のファランクスに至ってはさらに複雑な陣形転換を行っている。

ヘロドトスの歴史とアナバシスくらいは読んできてほしいわ。

202 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:03:36 0
>>197
ううむ。君は馬鹿なようだな。なんか様子が一々胡散臭いし。
小敵之堅大敵之擒は孫子が出展だが、その前にこうある。

>故用兵之法、十則囲之、五則攻之、倍則分之、
>敵則能戦之、少則能守之、不若則能避之。
>故小敵之堅、大敵之擒也。

訳)
十倍なら包囲、五倍なら攻撃、二倍なら分断、同じなら全力で戦う、少なければ撤退。
少数で頑固に戦っても、多数の捕虜になるだけだ。

ここで問題にされてるのは当然兵士の「数」と読むのが正しいだろう。
挟撃を恐れた、というのがどういう判断なのか分からないが、
まあ臆病風に吹かれたんだろうな。

203 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:09:08 0
>>186
>因みにレギオンは、

ここから以下、全て間違い。
まずレギオンという呼称自体が間違いだが
マニプルス戦術はファランクスとは全く異なる。
投げ槍などの投射物(テラと総称される)を放り投げて
敵の隊列を崩したあと、接敵し、剣で敵を切り崩していく。

解説本じゃなくて原史料にもっと目を通したほうがいい。

204 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:10:56 0
>>202
きっと君の得意な話なんだろうね、孫子。
普段誰も聞いてくれないからこの機会に奮って紹介してみたんだろう。

でも誰も興味ないから。

205 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:16:45 0
>>204
訳の間違いには突っ込まないのかよ。
孫子も読んだことのアホが戦争を語り武士の手柄を自分の手柄のように誇る。
実に気持ちの悪い話だ。

206 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:17:01 0
>>186
ちなみに
>前列の後退及び再編成
もっともらしく説明される効能の一つだが、
戦闘中にこんなのは不可能だから。

マニプルス戦術の重要な点は、
比較的小規模な中隊を軍団の基礎集団とすることで、
より柔軟な戦術が取れるようになった点。
つかマニプルス戦術が使われるようになった頃は、まだまだ市民兵中心だよ。
馬鹿じゃないの?

207 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:17:59 0
>>205
一行目しか読んでないから。

>でも誰も興味ないから。
よくかみ締めよう。

208 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:29:33 0
ここの平均年齢って24以下だろwwwwwwww

209 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:34:59 0
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       / \  /\  キリッ
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ヽ    /     `ー'´      ヽ /    /
 |    |   l||l 从人 l||l      l||l 从人 l||l
 ヽ    -一''''''"~~``'ー--、   -一'''''''ー-、
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))

210 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:38:05 0
>>175
> 忽敦日、
> 方慶謂忽敦茶丘日、
> 忽敦日、
そこは「日(にち)」じゃないぞ。「曰く」・・(汗

>>176
「挟み撃ち」とは書かれていないみたいだね。
>『高麗史』「巻一百四 列伝十七 金方慶伝」の記述

> 忽敦曰、兵法小敵之堅大敵之擒、策疲乏之兵敵日滋之衆、非完計也。
> 不若回軍。復亨中流矢先登舟、遂引兵還。

> 遠征軍司令である征東都元帥の忽敦が言うには、
>「『孫子』の兵法に『小敵の堅は、大敵の擒なり』とあるように、少ない兵力では頑健に戦っても、
> 結局は多数の兵力の捕虜になってしまうものだ。疲弊した兵士を用い、日増しに敵軍が増えている
> 状況で相対させるのは、完璧な策とは言えない。撤退すべきだ」と。
> 遠征軍の副将のひとり左副元帥の (劉)復亨は流矢に射られ(負傷し)、先に舟に登っていた。
> 遂に軍を撤収し、帰還することにした。

くらいの意味になるだろうか。「復亨中流矢」の「中」は命中の中。流れ矢に射られて当たった、ということ。

>>166
『高麗史』の忠烈王世家と金方慶伝の方でともに「倭兵大いに敗れ、伏屍すること麻の如し。」
って書かれているから、表の記述のみを出すのは公平性に欠けはしないか。むしろ表と忠烈王世家
+金方慶伝との記述の相違をどう考えるべきかとか、そっちを問題にした方が良いのでは。
> 攻略された地域が一岐島ばっかり出て来て、表と忠烈王世家では対馬が出て来ないとか

211 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:39:06 0
>>209
AA探すのに17分もかけたのかwww
惨めな奴ww

212 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:42:14 0
>>210
>倭兵大いに敗れ、伏屍すること麻の如し。

高麗史節要には「至一岐島、撃殺千餘級」などと書かれているが、この時壱岐を守っていた
武士は平景隆率いる100騎だけ。
あきらかにあり得ない戦果が書いてあるんだが・・・

高麗史表「十月、金方慶、元の元帥の忽敦・洪茶丘等と与に、日本を征す。
壱岐に至りて戦い敗れ、軍の還らざる者万三千五百余人」

213 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:43:46 0
「戦艦九百余艘とを以て、日本を征す。“一岐島(いきとう)”に至り、“千余
級を激殺し、道を分かち以て進む。”“倭は却走し、伏屍は麻の如く”・・・」

前後合わせて引用ね。
要するに壱岐での戦勝を大げさに書いたか、
虐殺した住民を描写しているだけ。

で、本土でボロ負け。

214 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:45:27 0
>>212
戦果十倍の法則というやつでしょうか

215 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:56:25 0
西欧の騎士の板金鎧の全身装甲って15世紀の終わり位からだろ。それまでは、チェーンメイルか、
胴と兜だけ板金装甲だろ。それに板金の厚さ自体現代のフライパンよりも薄いくらいだから、フライパン
を打ち抜く和弓に近距離から射られたら、致命傷負うだろう。それに騎士の突撃速度は装甲の重さが
災いして遅かったみたいだから、流鏑馬の要領で前を斜めに横切り様に射られたら、流鏑馬や犬追う物
よりも的が大きい分、バタバタ射倒されそう。イングランドの長弓兵が馬上から、移動しながら射掛けてくる
ようなものだからな。しかも、丸木弓の長弓よりも和弓は弓矢とも長く、弓は合成弓。

216 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:59:19 O
>>152
三国時代の武将達が演義みたいな一騎打ちなんてやってなかったのと同様
日本の場合も殆どは軍記物なんかの創作と見ていいと思う。
ただ武士が台頭したほんの最初の頃はある程度儀式的な作法によって
合戦が行われた可能性はあるかも。源平の合戦の頃に斎藤実盛という平家方の老武者が
「最近の若い奴は戦の作法も知らんのか。犬みたいになぶり殺すような戦い方しおってけしからん」
と嘆いているが、逆に言えば源平以前はそういう作法というのはあったのかもしれない。
俺もこの辺は殆どうろ覚えだから自信無い。
でも少なくとも13世紀に入る頃にはもうそんなことやってないだろうね。
そもそも元冦に関しても「鎌倉武士達は律儀に一人ずつ名乗りを挙げてたら蒙古にボッコにされちゃって大ピンチ」
のソースになってる八幡愚童訓って実はその名の通り
「ゆとりにもわかる!清水八幡宮の素晴らしい神様の御利益」
って内容の書物だからね。鎌倉武士が元相手に完全に劣勢に立たされたけど
神風のおかげでなんとか助かったんだよって内容に捏造した方が八幡宮の神様すげーってなるわけだ。
問題は、上でも挙げられてるように高麗や元側にも史料はあるし
他にも日本国内にも史料はあるのにまるで八幡愚童訓が
元冦に関する唯一無二の確かな史料みたいな扱いになってる現状なんだよね。
それで学校の歴史の授業なんかで外国じゃ殺伐とした戦争やってる中
日本の武士はやあやあ我こそはryなんて呑気な合戦してましたー
だなんて教えられてそれがずーっと頭ん中にこびり付いて
歴史で飯食ってるえらい先生達ですら誰も異議を唱えないんだよね。
それどころか酷い人なんて長篠の戦い以前までずーっとやあやあ我こそはryを
やってたと勘違いしてる。てか俺の小学校時代の担任と中学時代の社会と国語の先生がそうだったw
話は大分逸れたが、日本で騎射メインから下馬歩兵メインに変わったのは
俺もあんたが言うように南北朝あたりからだと思う。
もしかしたらもう100年ほど遅く応仁の乱の頃の可能性もあるが。
南北朝〜室町中期の絵にはまだ騎射する武者が描かれてるし。

217 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 00:59:58 O
今のは>>153

218 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:03:26 0
>>215
>フライパンを打ち抜く和弓に近距離から射られたら
射程も威力も洋弓に劣る和弓が
そんな近くから発射できるわけがないだろう
それ以前に蜂の巣だよ

219 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:03:49 0
>>186
カンネーではレギオンも突撃してハンニバルの術中にはまってるぞ。
理由は市民兵だから。

220 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:09:00 0
>>218

> 射程も威力も洋弓に劣る和弓が
> そんな近くから発射できるわけがないだろう
> それ以前に蜂の巣だよ

騎士は槍騎兵であって弓騎兵じゃないのにどうやって、蜂の巣にするほど矢を射返すわけ?
洋弓で射程も威力もあるのは、クロスボウだろ。イングランドの長弓だって顎のところまでしか
弦を引かないし、第一、単一素材の丸木弓で和弓より弱いだろ。現代のアーチェリーの弓とは
似て非なるものだよ。

221 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:12:18 O
>>218
洋弓より和弓が劣るという根拠を史料及び力学や運動量の観点から述べよ。
但しアーチェリー部の洋弓と弓道部の和弓比べるのは無しなw

222 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:12:51 0
>>220
武士も騎士も単兵科ではなく
諸兵科連合部隊コンバインド・アームズで当たると考えるべきだろう
武士にしても騎士にしてもそれ単体で戦うものではないのだから


223 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:16:32 0
和弓の射程距離は最大でも200m
有効射程は50〜60m

一方洋弓は200〜250mが実用距離

224 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:18:06 0
>>222

> 諸兵科連合部隊コンバインド・アームズで当たると考えるべきだろう
> 武士にしても騎士にしてもそれ単体で戦うものではないのだから

だったら、郎党だって刀槍を取って接近戦も弓の歩射もこなす戦う武士の方が、馬の番と使わない武具の
管理と騎士の身の回りの世話しかしない従者と補助的に傭兵の弓兵を連れてきてもちっとも連携の出来ない
騎士の方が、分が悪いだろ。

225 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:21:32 0
>>223

違うな。だから、アーチェリーのコンパウンドボウじゃないって。中世ヨーロッパのロングボウだよ。

http://okwave.jp/qa1871857.html

226 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:31:42 0
>>223
イングランド、ウェールズのロングボウを斜め状に放物線上に射て255m程度の射程だが、
直接照準ではなく、敵の上に矢の雨を降らせる。
和弓は実践用の征矢を使った場合は200mだが、直接照準で水平に射る。だから、単純に
遠くに飛ばすだけなら和弓でも軽めの練習用の矢で放物線状に斜め上にいれば400m飛ば
せる。日本の場合は、騎馬武者にしても徒歩武者にしても太刀や薙刀を振り回して味方を
傷つけない程度にお互い距離を開けていたから、密集した敵に間接照準で上から矢の雨を
降らせるような方法は効果が少ない。だから、水平射撃で狙う。

227 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:33:00 0
>日本の場合は、騎馬武者にしても徒歩武者にしても太刀や薙刀を振り回して味方を
>傷つけない程度にお互い距離を開けていたから


これに関しては武士も騎士も条件は同じでしょ?

228 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:37:19 0
>>227
違う、欧州の槍術は突くか上から振り下ろすだけで、横に振り回すなんて技はない。
第一、騎士のランスなんて先の尖った棒だぞ。日本の槍みたいに穂先に刃がついて
いて、切るなんてことはできないんだぞ。だから、騎士は手の伸ばせば隣の奴に指先が
届くくらいの距離を保ってランスチャージだよ。

229 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:39:41 0
馬に乗ってんだから同じ程度の間隔になると思われ

230 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:47:01 0
>>226
日本の武士たちも楯越しに遠矢を仕掛けるときは
間接照準じゃなかったの?

231 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:50:51 0
>>229
足軽の集団徒歩戦をしていた戦国時代だって、日本の場合はスイス歩兵みたいに密集してない。
密集していたら、縦横に槍を振り回す宝蔵院流の槍術などやりようもない。
騎馬武者にしても流鏑馬や犬追う物のように斜め方向や横に矢を射ることが多いからお互いの間隔
をあけておかないと日本流の騎射だと味方に当たってしまう。dから、自然と間隔をあけざるを得なくなる。
西欧の騎士のランスチャージなんて、盾の切り込みにランスの中くらいを固定して突っ込むわけだから、
左右の間隔は詰めても同士討ちにはならない。

232 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:52:40 0
>>231
>密集していたら、縦横に槍を振り回す宝蔵院流の槍術などやりようもない。
それは武芸であって足軽は槍衾を作って上から下に叩きつけるのが基本。


233 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:56:09 0
>>232
宝蔵院流の程の技は使わなくても、足軽だって敵を転ばす為の槍での足払いはやるぞ。

234 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 01:59:05 0
>>231
>騎馬武者にしても流鏑馬や犬追う物のように斜め方向や横に矢を射ることが多い

蒙古襲来絵詞みてたら武士が集団で前方に追物射してたよ。
斜めとか横に限らないんじゃ。


235 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 02:01:28 0
そもそも日本ではなぜ弓兵の集団運用がなされなかったんだろう?

公算射撃には射程が足りなかったのかな?

236 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 02:03:03 0
>>230
日本の合戦での弓射の間接照準が全くなかったとは言わないが、和弓は直接照準が基本。
盾の後ろからいる場合は、盾の横ギリギリに矢を射る。射たらすぐに盾に隠れる。
丁度機動隊が全共闘のデモ体に催涙ガス銃を撃つ(これは直接当てない様に敢えて外す為
にそうするのだが)要領。

237 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 02:06:54 O
>>234
それこそ北条時宗なんか少年時代に流鏑馬で的を通り過ぎちゃったけど
パルティアンショットで命中させたって記録が残ってるから
やろうと思えば後ろ向きにも射れたんだろうね。

238 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 02:07:48 O
>>236
なんかタイムクライシスみたいだなw

239 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 02:09:20 0
>>234

> 斜めとか横に限らないんじゃ。
当たり前だろ。犬追物だって前方に犬がいれば前に向かって射るよ。横とか斜めにも射るのは、
的を狙う為。ただ、いろんな方向に矢を射る。それも長弓を馬上から使って。これでは密集しず
らい。半固定した槍を使う騎士とは必要な左右の間隔が自ずと異なってくる。

240 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 08:50:11 O
>>235

> そもそも日本ではなぜ弓兵の集団運用がなされなかったんだろう?

源平合戦の時には、源氏側は徒歩武者にも弓を持たせて
集団で射させている。但し、直接照準な。

241 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 10:56:51 0
>>239
>宝蔵院流の槍術

>>232が正しくてあなたのはただの妄想。
雑兵物語には槍は突くものではなく叩くもの、とはっきり書いてある。

>流鏑馬や犬追う物のように斜め方向や横に矢を射ることが多い

追物射というのは前方射です。鐙をふんばって立って前方に射る。
そしてこれが一番多い。命中率が最もいいから。
現代の流鏑馬は吉宗の時代に復元されたもの。
他の射方としては、現代流鏑馬の横射、後方を振り返って射る押捩り、
右斜め前方に射る馬手射がある。

242 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 11:01:50 0
>>231
>>239
は完全な妄想。相手にしないように。

243 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 11:25:14 0
武芸が磨かれたということはやはり
いくさが陣形戦術だけではなかったという証拠じゃないか?
陣形戦術だけなら雑兵を集めるより、素速い陣形変化が可能な信頼ある常備軍をつくったほうがいい

むしろ現代戦のように隊伍がそれぞれ局所的に戦線をつくる場面も多々あって
例えば、山城を攻めるときや戦略拠点として山頂部を奪取するときなど
機械的な軍のダイナミズムより、同村出身からなるコンビネーションプレイが重要視されたのではないか

244 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 11:47:44 0
コンビネーションプレイ↓

「槍は突くものだと思うなよ。一斉に穂先をそろえて上から叩くようにされるのは怖いもんだ。
それに上から叩かれれば、相手は自然と上を向いて腰が砕けるしな。
出会いがしらの戦いや乱戦なら突くしかないが、拍子をそろえて叩き伏せるのが一番だな。
相手の指物を叩き落すようにするのも効果がある」

245 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 12:12:27 0
>>226
薙刀はコストも高くその上振り回すと味方に当たって危ないから
集団戦が発達した戦国時代になると使われなくなるんだな
結局近接戦では槍が最強の武器になる


246 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 12:25:40 O
でも薙刀って槍に比べて扱いやすいんじゃなかったっけ?
槍に慣れない者は薙刀を使えってなんかで書いてあったような。

247 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 12:59:14 0
>>246
当時の武士は剣術やってるのがデフォなのでそういう感想だと思う。
何も経験がないところからやるなら薙刀より槍のほうが簡単だと思う。

薙刀術槍術をやらしていただいている身からすると
薙刀と剣術はかなり技術的に近い
手幅や持ち手が違う割にはほとんど違和感なく同じ技が使えちゃう。
ほかの言い方をすると剣術やってりゃ薙刀はさして練習する必要を感じない

現代剣道と現代なぎなただとだいぶ差があるように感じるが現代なぎなたはやったことないのでわからん
槍術はかなり剣と毛色が違う。
乱暴な言い方すれば単にしごいて突くだけなので簡単といやそうなんだが一周して難しい感じ。
担保槍戦でこっちが竹刀でも三倍段的には槍も有利にならない。
槍かどうかより使う人間のうまさだな。脛は結構取られる。
もちろん一対一の時だけね。
遠間何方向からエイエイ突っつかれたら壁際まで詰められて終わりというあたりまえな話は横に置いておく。

戦国時代、薙刀使いは減ったらしいが大太刀使いはわりと生き残ってるので
集団戦が発達したとはいえまだまだ武士の個人技が生きる乱戦は多かったのかもしれない。


248 :247:2009/03/04(水) 13:11:58 0
>>231
足軽の使う槍はエイオウエイオウと上から下に振り下ろすだけなのでかなり密集できるよ
宝蔵院流はやったことがないがこの手の武士用槍術はまた別もんなのよ

>>239
鎌倉時代ぐらいの話というならそういう傾向も無きにしも非ずなんだけど
蒙古襲来絵詞なんかでも相当密集して騎射している
必ずしもスペースがないといけないということでもないようだよ


>>244
>それに上から叩かれれば、相手は自然と上を向いて腰が砕けるしな。
足軽さん同士のたたき合いのことを言ってるのならまず上は向かないようだよ。
どうせ避けたり受けたりは無理なのでひたすら根性で耐えるのだそうな。
鉄傘一つ頭に乗っけただけであんな長大な槍の一撃を耐えなきゃならんとは地獄だね。






249 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 13:22:11 0
>>248
>足軽さん同士のたたき合いのことを言ってるのならまず上は向かないようだよ。

あなたが反論してる相手は戦国時代を経験した足軽だよ。

>当時の武士は剣術やってるのがデフォ

それは江戸時代になってから。
戦国時代でやってる人間は非常に少ない。
江戸時代初期の昔かたぎの武将は、
戦術では役にたたないと価値を認めない人間も多かった。

250 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 13:24:10 0
戦術ではなく戦場ね。失礼。

251 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 17:16:35 0
剣術は鎌倉時代から普及してる





252 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 18:05:09 0
>>251
妄想乙。

253 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 18:31:10 0
念流や京八流や鹿島の太刀は無視ですねわかります

254 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 18:40:41 0
それ全然普及してないじゃん

255 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 19:19:49 0
>>226
>和弓は実践用の征矢を使った場合は200mだが、直接照準で水平に射る。だから、単純に
>遠くに飛ばすだけなら和弓でも軽めの練習用の矢で放物線状に斜め上にいれば400m飛ば
>せる。

できれば平安後期から戦国時代までの性能の変遷についても詳しく

256 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 19:33:53 O
丸木弓(〜平安初期)→重藤弓(平安末期〜南北朝)→ひご弓(室町中期〜)だっけ?

257 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 20:04:52 0
だいたい剣術といっても
実際刀は戦場で大して役にたってなかったしな
刀はあくまで護身用、携帯用武器で本格戦闘には向かない


258 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 21:30:52 0
戦場の主役ではないにしろ役にたってたろ
現代剣道のように剣戟を好まないし
殺陣のようにばったばったと斬り殺さないだけ
おまえがテレビの見過ぎなんだよ

259 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 21:33:17 0
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311170158
>>「鈴木眞哉」が、1467年の応仁の乱から1637年の島原の乱までの
>>170年間の軍忠状(戦いの後に自分や従者の活躍、戦死傷を報告する書状)
>>から戦死傷者の原因を調査したところでは(調査対象1461人)

>>1)弓矢-604件-41.3%
>>・)鉄砲-286件-19.6%
>>2)槍---261件-17.9%
>>3)石礫-150件-10.3%
>>4)刀--- 56件-- 3.8% 
>>5)他---104件--7.1%

以上のとおりで、鉄砲を除いた場合、弓>槍>石>刀の順で
「刀」は全体の4%未満で「石礫(=投石)」の次


260 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 21:39:19 0
こんなのも
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011834030
>>刀は「武士の魂」として腰にはつけていますが、合戦での主役は槍です。
>>戦国大名の朝倉敏景も名刀を集めることを家法で禁じています。
>>曰く「100本分の費用のかかる名刀は100本の槍には勝てない」。

261 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 21:50:04 0
>>259
攻城戦じゃないか

>>260
それで?刀をいきなりつかうより
槍のつぎに刀だろ

いくさでも矢合わせからはじまる
遠距離からせめていくのが常道なんだよ
いきなり白兵戦とかありえないだろ

262 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 21:59:28 0
攻城戦なんて書いてないだろ
それに白兵戦になったって槍の方が圧倒的に強い

263 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:04:05 0
技量差がよっぽど無い限り
まず刀が槍、薙刀、矛系の長物に勝つことはないんだとよ
今まで日本刀が異様に持ち上げられたけど
実際の戦場では圧倒的に槍系の長物なんだな
これはテレビの悪い影響だな
まぁ槍の戦闘を映しても見映えしないからだろうけど

264 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:18:36 0
>>263
それが事実なら長刀や太刀が廃れることはないって。
戦場は試合とは全く違うよ。
長もの振り回せば何かにひっかかって自由にならないし、
足場も不十分。
取り回しがいい刀には必然性があったと見るべき。

265 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:25:13 0
しかしいろいろなサイトを見ても槍が有利って出てるんだよ
実際、うっそうとした林の中や狭い通路みたいな限定的な場所なら刀が有利だろうが
普通の条件ならまず槍の優位はゆるがない
ふところに飛び込めば良いといっても
ふところに飛び込むこと自体難しいし、成功しても裏の柄で大概押し戻される
実際、槍と刀の段位者の話で、刀で槍と戦っても全然歯が立たないって体験談を読んだ
過去の武芸の達人でも刀で槍に勝った話が残ってるけど
そんな話が残ってること自体槍に勝つこと珍しくて難しいってことだ


266 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:28:18 0
>>265
だから段位者とかサイトの話はどうでもいいんだって。
それと戦場とは別。

だからこそ長刀や太刀は廃れちゃったんでしょ?

ちなみに槍も素槍が一番いいってさ。
十文字槍とか鎌槍だと余計なところに引っかかって進退きわまるから。

267 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:29:59 0
じゃ刀の利便性というと携帯性に優れてることだよ
実際戦場で槍を失ったら最後の手段として刀を使う
つまり手軽な武器なんだよな




268 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:31:31 0
だから戦場では刀が槍より有利だなんて言ってるやついねーよ
あんただけだろ

269 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:34:09 0
>>262
島原の乱しか目にはいってなかった。
にしても、戦術上会戦を好むことはあまりない
被害が多すぎるから。

>>263
時代劇は江戸期のものだから刀でやりあっても仕方ない
だが、人間あんなに命知らずに殺し合いはしない
であえーですぐでてくるくらいなら、網や服に絡みやすい捕り物用の得物くらい用意してるし
逃げないように門を閉じて、包囲。

戦いはアウトレンジから攻撃するほうがリスクが少ないから
どうしてもリーチが長い方が有利になってくるが
刀もたずに槍だけもって戦場にでかけるやつはいないだろ

270 :騎士:2009/03/04(水) 22:42:30 O
そろそろ僕達の話題してください

271 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:44:33 0
武蔵は方増員に刀で勝ったけどな。戦場が室内や森、いわばになると
刀の勝率ってあがるんじゃね。槍は長いことが弱点にもなる

272 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:48:05 0
陣形組んだ集団戦では圧倒的に槍は強いが、敵味方入り乱れての乱戦や
森、城の内部では槍は勝手におちる気がする。
これは槍と弓においても接近されすぎると弓が弱いのとおなじで、
それぞれの武器には長所があって一概にどの武器が強いとはいえない

273 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:48:13 0
>>270
結局、日本人は自分とこの武士については詳しくても、
他所の国の騎士の事なんてろくに知らんのでは。

274 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:49:33 0
室内では短刀が有利、長刀だと引っかかったりして不利

275 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:51:01 0
城攻めで石垣登るときは槍なんかもってられないしな

276 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:52:02 0
騎士と武士って一騎打ちしたことねーの?

277 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:53:23 0
明治期に西洋式剣術と日本剣術で試合して10本中10本西洋式がとって、
それ以後明治政府が剣術も西洋化させたなんてどこかで読んだ
しってる人いる?

278 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:57:24 O
騎士と武士。女にもてんのはどっちだと思ってるんば?

279 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:59:03 0
それはナイト様と世界中の女が証明しておるの

280 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 22:59:06 0
西洋式剣術ってサーベル?レイピア?

281 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:02:28 0
白馬の騎士には女どもがディズニーとかであこがれるが
白馬の武士って荒城の月思い出すよ。
武士ってやっぱりインディアンと一緒で西洋に淘汰された土民ってイメージで
滅ぼされた産物なんだろうな。ナイトは進化したけど、武士はその進化した
西洋軍隊にのまれちゃったしなぁ

282 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:04:32 0
刀は補助武器として最後まで残ったんだよ
槍兵、弓兵、が武器を失ったとき刀持ってなかったらどうしようもないし
武将殺した時は刀持ってないと首切れないからね
ただ戦場の主役ではなかった

283 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:05:37 0
>>281
騎士がどう近代風に進化したのか詳しく

284 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:06:11 0
>>277
はぁ?明治期に流行ったのは柔道だ
廃刀令になったからな

285 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:07:58 0
いや やっぱり刀だろ。よろいきてないときは常に腰に刀さしてたわけだし、
寝るときでも枕元においてたわけだろ、やりは戦場では主へいそうだけど
刀は武士の人生全体を考えれば一番長い時間携帯してるはずだ

286 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:09:00 0
>>281
女に人気あるのは戦国武士や新撰組などですが何か?

287 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:10:20 0
おれにレスすんな

288 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:10:59 0
>>285
戦時ならともかく、平時に槍持って歩く訳にはいかないしね。

289 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:11:20 0
相手にするのめんどいな。歴史が証明してるだろ。ズボンはかずにちょんまけしてろよ

290 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:12:31 0
武士の平時って平時じゃないしな。暗殺もあれば謀反もあるし
伊達照る胸 織田信長 源義経 どれだけ多くの武士がよろいをきてないときにしんだが

291 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:14:21 0
武士が騎士より強かったら今頃世界中がちょんまげして、はかまきてるよ

292 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:17:00 0
別に騎士に負けたから維新が起きた訳じゃないと思うがw
ていうか、いつ武士と騎士は戦ったんだ?

293 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:21:24 0
>>283

騎士→重騎兵→胸甲騎兵→ハサー→戦車
武士→終了

騎士道は博愛やレディファーストいまの紳士につながってんじゃん
武士道は神風でもう終わったな。

294 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:25:34 0
騎士道に負けたんだよ。武士道じゃ騎士道に勝てない。
騎士は絶対にしなない。恥をかけばなにがなんでも生きてその汚名をそそぐ。
武士はなにかのために死ぬ。その思想の差が騎士道と武士道にはある。

絶対に死のうとしないものとたやすく命をすてるもの。
コードギアスというアニメでこの対比はよく描かれている。

295 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:25:52 0
>>285
刀はお守りみたいなもんあとステータスかな
実際につかうときは前の晩にとぐ
刀身は人を切る部分だけが固い刃であとは柔らかい
日頃から研いでたらちびてもったいないからな

296 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:26:04 0
武士は日清戦争や日露戦争でも強さを発揮してるが、騎士はクロスボウにも歯が立たなかったんだろw

297 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:27:32 0
>>293
驃騎兵→戦車は飛躍しすぎだろw
弓矢と鉄砲が同じ飛び道具だと言ってるような物だ。

あとな、武士は騎士と違って婦女子を先に行かせる事はせず、
三歩下がらせて(自分が前に出て)婦女子を守るんだよ。
考え方の違いだ。

298 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:30:34 0
は 女子を守る?ふざけるな 武士道の源たる儒学は己の子を殺してでも生き延びろ
と描いてあるだろ 漢の劉邦しかり 劉備しかり、武士道において女子は枝にすぎぬ
朱子学をまったくりかいしてないな。俺にレスすんな低脳。

299 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:32:51 0
武士道と儒学は全然ちげーしw

300 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:33:35 0
そのクロスボウさえなかったのはどこの国でしたっけ?
発石車もバリスタも鉄砲も思いつかなかったんだよね?低脳な武士達は

301 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:35:07 0
>>300
だって日本の弓の方がつえーもんw

302 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:35:20 0
>>298
だって陽明学のほうが人気あったものw
支配者に都合のいいように改変された朱子学なんて日本じゃ人気がないw
あと、いつ劉一族の皆さんは武士になったので?

303 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:36:10 0
道徳大系としての武士道とは「君に忠、親に孝、自らを節すること厳しく
、下位の者に仁慈を以てし、敵には憐みをかけ、私欲を忌み、公正を尊び、
富貴よりも名誉を以て貴しとなす」
、ひいては「家名の存続」という儒教的態度が底流に流れているものが多く、
それは江戸期に思想的隆盛を迎え

めんど。中学生はくそしてねろ。世界史みるしかくねーよ

304 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:38:51 0
ヨーロッパや地中海を暴れ回った屈強長身の世界最強民族が
ローマという世界最強の文明を継いで生まれたのが騎士

東方の遅れた文明の猿まねをした小さな島の小さな人々では、話にならない


305 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:40:20 0
イスラムでは
女は、男と歩くときには男の後ろを歩かなければならない

あるとき、女が男の前を歩いていることがあり
女性の人権が向上したと、フェミニストは喜んだ

わけを聞いてみると、テロリストが地雷をおくらしく
危なくて男が女を前に歩かせていたらしい。

306 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:40:42 0
ローマの頃は騎士も武士も存在してない

307 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:41:12 0
武士道と儒教一緒にスンナ、武士道は朱子学から影響受けてるが中身が違う


308 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:41:48 0
身長と体重だけ比べても白人に勝てないよな

309 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:43:18 0
>>304
ヨーロッパ自体イスラムやモンゴルのような他地域に毎度負けてますが何か?w

310 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:43:47 0
背の低い人という意味の倭人に国をめちゃくちゃにされた支那

311 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:43:48 0
いつのまにか、騎士持ち上げるんじゃなくて白人持ち上げてるw
騎士が白人だけとでも思ってるのかw

312 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:44:08 0
>ヨーロッパや地中海を暴れ回った屈強長身の世界最強民族が
>ローマという世界最強の文明を継いで生まれたのが騎士
フン族、モンゴル、ソビエトと「東方の蛮族」に悉くフルボッコされている件について


313 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:45:58 0
秦や漢帝国と比べたらローマの方が雑魚w

314 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:46:20 0
武士の教科書なんて全部 中国製なんだろwwwwwwww
孫子も陸稲も論語も大学も全部中国製だしな。猿真似した教科書読んだだけの
朱子学だか陽明学が結果神風特攻隊ですかwwwwww笑わせるね。哀れだね。
武士道は。自分を殺して生きても未来は開けないんだよ。 結局東洋ではなく西洋が
世界を制した。経過はともあれそれが現状での答えなんだよ。 おまえらは白人の奴隷だろ
派遣社員 ニート 引篭もり 日本国の 対日要望書つきつけられてる名目だけ独立国家の
敗戦後もずっと軍隊置かれてる植民地なんだろ。ちょんまげがそんなにすきなんならすぐに
してみろよ。論じゃなくて魂なら認めてやるよ。うpれ すぐにちょんまげにsてうpれ

315 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:47:18 0
>>309
そら流石に不敗というわけにはいかん

316 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:52:22 0
だから、騎士に負けたから維新が起きた訳じゃないってのw
ペリー提督は騎士だったのか?
単なる白人コンプレックスの狂信者が暴れてるだけか。

西洋の真似したって近代化なんか出来ないよ。
その国の歴史や伝統にそぐわない方法を取った国々は、当時ことごとく失敗している。

ちなみに、維新(近代化)出来なかった姿が今の中東。
民族衣装にライフルというのを日本に当てはめると、
まあちょんまげにライフルという事になるのかな。

317 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:53:28 0
>>314
ちょんまげは兜をつけるため蒸れない様に考えられた髪形だ
野蛮で不潔な西洋人には思いもよらないだろうがw

西洋で現在日本に勝てる国なんて一つも無いでしょw

318 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:54:26 0
はぁ?騎士道は貴族階級ならある程度受け継いでるはずだが、
武士道も同じだろ、おまえらみたいな貧民はしらんが、天皇一族もまだ儒学やってますが、

319 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:54:57 0
クルセーダーという2ch引きこもりの哀れな混血児

320 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:54:58 0
そういや騎士って風呂入らないんだったw

321 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:55:53 0
クルセーダーまだいきてるの?俺はそれとよく勘違いされてた雑魚だよ

322 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:58:13 0
武田家の家臣の長老たちはいまだにちょんまげを守っておられると聞く。
あれほどの魂なら俺もみとめるがおまえらはただのKOEI厨だ。

323 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:58:20 0
混血児は日本の癌だ

324 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:00:20 0
>>322
残念、パラド厨だ。
だから日本の近代化の難しさもよくわかっているつもりだけど。

325 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:00:36 0
クルセーダーの文章には人を惹きつけるなにかがあった。

326 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:01:07 0
>>323
混血児は一番マシな部類
一番しんでほしい癌は同化しようとしない在日

327 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:01:58 0
>>324
なにそれ? 無料? おもろいの?

328 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:05:26 0
>>316
ある意味それはただしいね。日本人は民主主義をまったく理解していない。
民主主義とはフランス革命に始まる断頭台に次々と貴族階級を送り込んだ血なまぐさい
闘争と上部を崩す革命だ。日本人はそれを血をながさず脳で考えることもせず
手に入れた。だれも血によって民主主義が行われることを認識していない。


329 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:07:19 0
>>327
Paradox Entertainmentっていうスウェーデンのメーカーが作ってる
シミュレーションゲームの事。
特に近代化前後の日本でプレイできるのがこれ↓

ヴィクトリア 太陽の沈まない帝国
ttp://www.cyberfront.co.jp/title/victoria/

330 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:08:08 0
それしってるわ。金払わないとできないゲームじゃん。おもろそうだけどやってない。
俺はコサックス厨だから

331 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:10:28 0
とりあえず 低脳しかいないことが判明したんで寝ます。このスレは歴史ゲーム板に帰ったほうがいいよ

332 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:11:47 0
ヴィクトリアには武士も騎士も出てこないんだけど。

333 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:35:07 0
>>260-261
「万貫の太刀一本では国は守れぬが、百貫の槍百本あれば戦ができ候」

334 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:40:16 0
>>294
アニメをソースにすんなよw


まあ武士道なんてのはなかったけどね
アレは明治時代に作られたフィクション

335 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:45:38 0
>>333
( ゚д゚)ポカーン

336 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 00:49:29 O
騎士が偉大なローマを受け継いでとか噴飯ものだわw
むしろローマやギリシャの遺産ドブに捨てて突入した暗黒時代が
騎士様の時代だろうがwその間イスラムが継承してたんだろうが。
ついでにいうと戦国期までの武士の価値観は
「犬とも畜生とも言え。武士は生きる事こそ肝要。」ってもんだから。
楠木正成や山中鹿之助みたいに主君の為にだなんて極めて稀な例。
葉隠なんて泰平の世の寝言。結局儒教思想は日本には根付かなかったしね。
あと騎士道だとか紳士だとか寝言ほざいてるけど
昔のヨーロッパなんてレディファーストにはほど遠い。女は完全に家畜扱いだよ。
同時代の室町、戦国期の日本の女の方が遥かに自立してた。

>>324
歴ゲーに関しては正直洋ゲー>>>>和ゲーと言わざるを得ない。
EUやTWやっちまったらもう信野暮には戻れないわw

337 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 01:09:38 0
>>336
20世紀の中世観だな

338 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 01:21:19 0
まぁ、騎士のランスチャージは工夫のないアフォのバトルだよな。
それに、ランスとレイピアしか武器使えねーし。鎌倉から南北朝初期までは、離れては弓、
近づいては薙刀や長巻、乱戦になったら太刀と柔軟に複数の武器を扱えた武士の方が
スキルの高いプロの戦士。

339 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 01:33:45 O
>>337
いい機会だ。
では21世紀の中世ヨーロッパ観というのをご教授願おうか。
武士派は20世紀では定説だった一騎打ち挑んでモンゴルボッコにされた説を
様々な文献を挙げながらそれらが嘘であることを証明した。
次は騎士派の皆さんに中世ヨーロッパは決して文明が衰退した暗黒期ではなく
騎士も決してランスチャージしか能が無かった猿では無い事を証明して頂こう

340 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 01:53:57 0
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1115006296

341 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:25:37 O
武士厨の無知ぶりがまた証明されましたwwww
もっと世界史勉強しろやwwwwwwww

342 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:32:46 0
はぁ?何がだよ

343 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:34:28 0
>>340
俺の目には思いっきり反論も見えるんだが・・・
眼科紹介しようか?

344 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:37:21 0
騎士はしょんべんたれながら泣きべそかいて土下座しロングボウ禁止をお願いするのが関の山でしょ

345 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:37:58 O
でも少なくとも戦術面ではアレキサンダーやハンニバルの遺産が全く受け継がれてないじゃん。
東洋だと孫子はじめ古代の軍略家についてはまるで必修科目かのように研究されてたのに。

346 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:40:36 0
アレキサンダーやハンニバルなんて得に優れた戦術使ったわけじゃないだろう

347 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:43:41 0
>>346
カンネの戦いを西洋の士官学校で必ず習うのを知ってる?

348 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:53:10 0
>>345
ああいう詐術ともいえる戦術を用いるのを好まなかったとか。

349 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:53:52 0
単なる物語のお話としてだろ、カンネの戦いなど何の参考にもならん

350 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:56:51 0
>>349
・・・本気で言ってんの?
電撃戦とか知らないのかね?

351 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 02:57:52 0
武士厨ってアホなんだな。
武士をマンセーするための史料には異常に詳しいのに。

352 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:00:36 0
カンネの戦いで参考になるとこってなんだ?
ハンニバルが取った戦法は騎兵を両翼に置いて歩兵にぶつける戦法で奇術でもなんでもない
包囲が綺麗にうまく行ったのは、ローマ側が始めて食らった戦法だからで

353 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:02:09 O
そのセリフまんま騎士厨に返すわ。

354 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:04:45 O
中世ヨーロッパでは画期的な戦術=同時代の東洋の戦場では常識の範疇

355 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:11:39 0
>>352
当時のローマがアレクサンダー大王を知らないとでも思ってるの?
騎兵の活用についてはローマも十分に知っていたし、ローマ側にも騎兵はちゃんとあった。
それにトレビアの戦いでも包囲されてるんだけど。
ハンニバルが凄い所は、ローマが包囲されつつあるという事を気づかせない所にある。
その為に使い捨てのガリア歩兵を全面に配備して時間を稼ぎ、その間にヌミディア騎兵がローマ騎兵を追い払う。
そして突破されたガリア歩兵までも側面の包囲に使う。
最後に騎兵が後方を遮断して完成。

こうなるまでローマは数を頼みに押し捲っていた、あるいは錯覚させられていたんだよ。
自分たちは勝っている、と。

更に、この戦術はハンニバル自身にさえも有効である事が後に判明するのだが・・・

356 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:18:34 O
というかザマの会戦は会戦前の時点で既に
ハンニバルは負けを悟ってただろうなあ。
質、量ともに自分が思い描く戦術を展開出来るような兵を集められなかった。

まあここでの争点は、何故近代以前のヨーロッパではアレキサンダーやハンニバルの戦術は
全くと言っていいほど受け継がれなかったのかって話だ。
アレキサンダーの戦術なんて騎兵を戦車や戦闘機に置き換えれば
現代ですら通用するというのに。

357 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:22:34 0
当時のヨーロッパの軍隊は重装歩兵で密集してるから側面や背後を疲れると対応できない
歩兵の質も騎兵と比べると断然弱い

358 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:29:16 0
アレクサンドロスやハンニバルのように指揮しようとしても
絶対騎士連中は思いどおりに動いてくれなかったろうな。

359 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:31:46 0
さっきから疑問に思ってるんだが、何で騎士の強さを否定する側が
ハンニバルの戦術を解説して、むしろ西洋側である騎士を応援する側が
その戦術を否定しようとするの?

武士を持ち上げるまでもなく、騎士が自爆してるようにしか見えない。
むしろ、ハンニバルの戦術は実は受け継がれてた!
なんて資料を出して来るべきだろう。あるのならだけど。

360 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:33:38 0
アレクサンダーやハンニバルが活躍した時は、ほとんど長槍と大盾を持った重装歩兵が方陣を取って戦法がヨーロッパの主流

こういう軍隊は正面の敵には強いが、側面や背後を足られると武器を捨て逃げるしかない

アレクサンダーやハンニバルが行ったのは、動ける騎兵で側面や背後を攻撃して相手の陣形を乱す戦術

361 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:36:34 0
アジアではほとんど軽歩兵が主流だから側面や背後でも対応できる
さらに弓が主力だから戦法が全然違うわけだ

362 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 03:49:12 0
フンガリア

363 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 07:16:20 0
>>361
側面とか背後取られて負けるのは洋の東西兵種を問わず戦争の基本だけど。
すぐ思いつくのでは碧蹄館の戦い。

密集方陣について重大な勘違いをしているようだけど、
相手はぼけーっと整列してるわけじゃないから。
敵がいる方向を正面と決めてるわけ。
もし相手の側背を突きたいなら。
偽の主攻をおいて正面拘束しないと、
隊列を旋回させたり、全員その場で回れ右したりして、
迎え撃たれてボコボコにされるよ。

プラタイアの戦いが典型例。
闇に紛れて撤退を試みたギリシャ勢に
背後から襲い掛かったところを、反転撃破された。

364 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 07:45:51 0
東征論でめちゃくちゃなめられまくってる日本人
いや、当時の国際感覚ってあんなもんだったんだろう

365 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 08:44:28 O
中世ヨーロッパは暗黒時代とまではいかなくても衛生面とか公共インフラ面とか
めちゃくちゃローマ時代より後退してるじゃん。

366 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 10:46:29 O
ローマどころか同時代の日本以下でしたよ

367 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 12:35:28 0
時代も環境も地域範囲全然ちがうのに
超単純に比較して、進歩だの劣ってるだのw

368 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 14:07:31 O
同じことを少し前に
「ジャップはクロスボウやバリスタすら無く、まともな城郭建築もないオンボロ木造蛮族プギャーw」
って書いてたクルちゃんもどきにも言ってやって。


>>340
寄りによって知恵袋ソースかいな。
てか前スレからソースとして知恵袋ばっか出す人に言いたいんだが
あそこは2ちゃん以上に嘘八百なレスばっかりだよ。
ちょうどこのスレと同じ話題のトピ見つけたが
「騎士の圧勝です。武士の戦いは儀式的なもので1人ずつ『やあやあ我こそは』なんて
名乗ってたんですが、そんな呑気な事やってるうちに本物の戦闘やってきた騎士に仕留められて終わりです。
事実、元冦の時も同じような感じでモンゴルにかんぷ無きにやられてますし」
なんて噴飯もののトンデモ話をもっともらしく語ってたレスもあったし。

369 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 15:13:40 0
「朝鮮王朝実録」
 「日本兵との接近戦を禁じた」
 「日本兵捕虜に熱心に剣術を習った」

「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。

370 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 17:29:22 0
武士強すぎ

371 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 20:14:57 0
コサック>>>>フランス国民軍>>>>ドイツ騎士

372 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 20:34:28 O
最近の世界史板はレベル落ちたね。どこもかしこもネトウヨのオナニースレばっか

373 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 21:29:35 O
>>368

> 同じことを少し前に
> 「ジャップはクロスボウ
やバリスタすら無く、まともな城郭建築もないオンボロ木造蛮族プギャーw」
> って書いてたクルちゃんもどきにも言ってやって。


>>340
> 寄りによって知恵袋ソースかいな。
> てか前スレからソースとして知恵袋ばっか出す人に言いたいんだが
> あそこは2ちゃん以上に嘘八百なレスばっかりだよ。
> ちょうどこのスレと同じ話題のトピ見つけたが
> 「騎士の圧勝です。武士の戦いは儀式的なもので1人ずつ『やあやあ我こそは』なんて
> 名乗ってたんですが、そんな呑気な事やってるうちに本物の戦闘やってきた騎士に仕留められて終わりです。
> 事実、元冦の時も同じような感じでモンゴルにかんぷ無きにやられてますし」
> なんて噴飯もののトンデモ話をもっともらしく語ってたレスもあったし。

374 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 21:38:19 O
>>368

> 同じことを少し前に
> 「ジャップはクロスボウ


クロスボウなら飛鳥時代から平安時代の始めまで日本でも使っていたよ。
但し、徴兵された一般庶民が使わせられた。スキルの高い武士和弓を
使いこなしたから発射間隔の長いクロスボウは無用の長物だった。


375 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 21:46:36 0
日本せいのクロスボウってつくりがちゃちすぎて3mm以上の鉄いぬけないんだよなwぷゲラ

376 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 21:47:22 0
クロスボウしか反論できねーのかよ。バリスタや発せ車や鉄砲の反論はなしか

377 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 22:11:57 i
日本の城郭建築技術は欧州より上だろ。
熊本城なんて19世紀末でも通用したからな。
建築当時なら難攻不落の要塞。

378 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 22:30:03 O
>>376
しょうがないよ。所詮武士厨はマトモな文献すら提示出来ない脳内オナニー野郎ばっかだし

379 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 23:10:32 O
>>377

俺は武士派だけど、残念ながら築城技術と攻城技術は西欧が上。

日本が戦国の頃の西欧における築城のモードは、ズバリ後世の五稜郭。
大砲戦術に対応したこの形式と比べると流石に日本の城は遅れている。
攻城も、西欧の大砲戦術に比べると遅れている。

ただし、日本の山城には大砲戦術は使えないし、イタリア式城塞も意味は無い。

例外があるかもしれないが、基本的に大砲戦術が使えるのは、ある程度広い河川に近い平城だけ。だから、大阪城では効果あったし、イタリア式城塞に近い真田丸が作られた。

何故なら、重くて長距離運べないから。
下手すりゃ、その場で作った方が早いくらい。

というか、兵站システムが半世紀遅れてる当時の西欧には、何があっても負ける気がしない。

380 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 23:34:17 O
そもそもトレバショットやバリスタが日本に無かったのは
必要が無かったから。
更に言えば湿気が多く地震が起こりやすい日本の風土には
西洋風の城郭建築や豪勢な建築はそぐわしくなかったから
トレバショットなんかが必要とされるような堅固な要塞も作られなかっただけのこと。
実際、火薬が使われだした後も日本で重宝されたのは大型兵器より
コンパクトな小銃の方だしね。大砲が使われた例は
大友義鑑がどっかの城攻めに使ったのと
関ヶ原で石田三成が使ったのと大阪の陣の時ぐらいかな?

381 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 23:40:40 i
稜堡式の理念は普通に戦国の縄張りにもあったよ。
横矢とか馬出しとか出丸とか、呼び名が違うだけでね。
日本の築城技術が大砲に対して有効なのは、倭城が証明済み。
その辺の丘とか小山とかを、あっと言う間に要塞化する日本の築城技術は、
欧州の築城技術よりも遥かに実戦的なんだよ。

382 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 00:29:21 O
明や朝鮮と西欧とは、流石に大砲のレベルが違う。
まあ、3トン超えて牽引に馬21頭必要なキャノン砲が、日本でまともに運用出来るとは思わんが・・・

城に関しては、西欧が技術的に進んでるというだけで、実際には日本の山城の方が堅固だと思うよ。
自然の要害は、下手な人工物なんかより、よほど危険だし。

そういや、維新の時、熊本城と五稜郭ってどっちが保ったの?
幕末詳しくないんだが、多少何かの目安位にはなると思うんで。

383 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 00:34:40 0
日本は築城技術はなぁ〜
天守閣なんてあんな目立つもん作って大阪城なんか大砲で蜂の巣にされたし、
片や城壁に石を使い、片や土。城門は木製ときたもんだ。表面に鉄板張った
だけで耐火性とうそぶいてるし、後世まで残った天守がほとんどないのは
逆に凄すぎる。
攻城兵器もほとんどないし、欧州じゃカタパルト、バリスタ、破城槌、
トレビュシェット、攻城塔(移動櫓)、ギリシャ火炎なんでもござれで攻め込むのに。
他、傾斜路築いたり、塹壕掘ったり、地下トンネル作ったりできることは
何でもやる。日本は包囲したまま遠巻きに見てるしかないから。
秀吉の三大城攻めとか、単に持久戦法採っただけだからね。あれを凄いと
言ってる日本のレベルはもう論外。

384 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 00:58:19 O
>>382
明や西欧の築城技術は凄かったが半島は日本以下だお。
秀吉の唐入りの時、半島式の城郭より後から武士が作った
日本式の城郭のが頑丈だったようだ。

ただまあ流石に街全体が一つの要塞みたいだった西欧や中華と比べりゃ
日本のそれは遥かにお粗末だったよ。そもそも近世以前の日本の城は消耗品。
不利になったらさっさと焼いて退散するのが常識だったから。
というか難攻不落の城が勝利を保証する訳でない事を武士達は知っていた。
一方頑丈な要塞築く=戦争で負けない。なんて考え方が完全に幻想であることに
ヨーロッパが気付くのは第二次世界大戦でナチスドイツが
マジノ要塞を完全スルーする時を待たねばならない。

385 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 01:03:00 O
>>383
塹壕掘ったり、坑道掘って攻め込んだりとかは日本でも普通にやってる。甲州武田の金堀衆を知らないのかい?
大掛かりな攻城兵器使う以外の殆どの戦法は普通に常套手段としてやってたぞ。
それこそジャパニーズニンジャがルパンザサード決めて敵を内部から崩壊させるとか。

386 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 01:03:25 i
>>382
五稜郭は、1869年にほとんど攻城戦らしいものが行われないまま、あっさりと降伏。
一方の熊本城は、1877年に50余日の攻城戦で勝利。

>>383
天守閣云々とか書いてる時点で、お前には日本の築城技術について語る資格はない。
あんな物ほとんど飾り。
城の防御力を決めるのは、堀や石垣やその縄張り。
現に原城や熊本城は、天守閣なんかない状態で欧州製の大砲による攻撃に耐えている。

387 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 01:09:57 O
>>382
熊本城の堅固さは西南戦争の時、反乱士族達を大いに悩ませた。
西郷どんも思わず「政府軍ではなく加藤清正公に負けたでごわす」と語ったほど。
ただ反乱士族達の装備は当時最新鋭の政府軍に較べて
些か古いものだった事は考慮に入れないといけない。
一方の五稜郭は本領発揮する前に榎本さんが降伏しちゃったから
実際にどれぐらいの猛攻を凌ぐ事が出来たのかはわからない

388 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 01:29:38 0
>>380
あるある
西洋建築には大黒柱が無くて
箱を重ねるような作りさえある。
地震が来るとひとたまりもないだろうね

389 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 01:31:01 i
>>384
明軍も倭城の防御力には驚いていたぞ。
中華の城を過大評価しすぎなんだよ。
どんなに城壁が高く厚くても、あんなに単純な縄張りでは単なる見掛け倒し。
李自成の乱でも、まともな火器も持たない農民軍に次々と攻略されている。

390 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 01:32:05 0
平城は経済に主点をおいたつくり

山城はいざとなったときのひきこもり城

月山富田城やら吉田郡山城やら西洋なみの堅固さだったらしいぞ

391 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 02:14:35 O
そういや後北条氏の小田原城は一種の城塞都市みたいな感じだったみたいだね。

一方、南北朝時代の楠木正成が立てこもった千早赤坂城や赤松円心のなんとか城が
中世日本の一般的な山城やね。どちらも天然の要害って側面が強いから
仮に攻め手にバリスタやカタパルトがあってもあんまし役に立たなかったと思うな。

392 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 02:24:17 O
>>387
どうでもいいが適当な鹿児島弁使うなw

393 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 02:39:15 O
困ってる女性を助ける knight in shining armorという言葉が英語にあるが、輝く鎧の金属武装達磨が紳士だなんて絶対裏に何かある
そんな危ない奴が優しいのはおかしい

394 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 04:02:08 0
オーストラリアの1927年(!?)のある日記に
今日の収穫アボリジニ17匹って書いてる
昭和2年です


騎士の末裔さん、どうもありがとうございました。

395 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 04:06:33 0
匹って英語でどんな表現なの?

396 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 04:29:35 0
柳生五郎右衛門
但馬入道の第四男-即ち宗矩の兄-に五郎右衛門と称する勇士があったが、
後伯書の国飯山城に客となっている頃、
上州横田内膳を助けて中村伯書守の多勢を引受けて勇戦し武名を響かしたが、
慶長八年十一月十五日城陥るに及び五郎右衛門は城より打って出て、
新陰流の古勢「逆風の太刀」をもって甲冑武者十八人を斬り伏せ遂に戦死したが、
伯州の民五郎右衛門の武勇に感じ社に祀ったということである。  

397 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 04:35:13 0
>>395
「日曜日はアボリジニ狩りの日」とあって、
「今日の収穫:キツネ6匹・アボリジニ17人」と書かれているらしいよ

完全に動物扱いで強姦しほうだいだったらしいね

398 :世界@名無史さん[:2009/03/06(金) 07:23:06 0
>>387
はい、また一つ武士の弱さを証明する話がでましたね。
農民の籠もる城ひとつ落とせないという・・・

399 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 11:45:39 O
>>394
2つ言っておく。
1つ、オーストラリア人は罪人やごろつき共の子孫であって騎士の子孫じゃない。
1つ、そのアボリジニ虐殺の罪が今まさにある映画によって、日本人になすりつけられようとしている。

>>398
西南戦争の政府軍には旧幕府方の士族も数多くいたのだが。
特に幕臣や会津藩出身の武士は「戊辰戦争の恨み晴らしちゃる」とハッスルしまくった。
有名なのが元新撰組三番隊長の斎藤一。当時、警察に再就職していた彼は
壬生狼の生き残りとして反落士族達を大いに震え上がらせた。
「ガトチュエロスタイム!」は明治の世においても健在だったのだ。

400 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 13:20:59 O
牙突 エロス タイム !?

401 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 13:31:19 0
電凸零式

402 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 13:37:29 O
Φ!強姦☆パウダー!

403 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 13:38:06 O
シークレットソードU売れんかいなー!

404 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 15:21:26 0
長刀解
此自倭犯中國始有之。
彼以此跳舞、光閃而前、我兵已奪氣矣。
倭善躍、一迸足則丈餘、刀長五尺、則丈五尺矣。
我兵短器難接、長器不捷、遭之者身多兩斷、縁器利而雙手使、用力重故也。
今如獨用則無衛、惟鳥銃手賊遠發銃、賊至近身再無他器可以攻刺、
如兼殺器則銃重藥子又多、勢所不能、惟此刀輕而且長、以備臨身棄銃用此。
況有殺手當鋒、故用長刀備之耳。

此は日本の武士が中国に攻めてきた時初めてわかったことである。
彼らは舞うような歩法を用い、前方への突進力は光が閃くようで我ら明の兵は気を奪われるのみだった。
日本人はよく躍動し、一度動き出せば丈あまり、刀の長さは五尺なので一丈五尺の間合でも攻撃される。
我が兵の剣では近づき難く、槍では遅すぎ、遭遇すればみな両断されて殺される。
これは彼らの武器が鋭利であり、さらに両手で振れるため強力で重い刀を自在に用いているためである。
こちらもただやられてばかりではない。
武士には遠くからの鳥銃が有効である。
だが武士は全く臆せず攻めたり刺したりできる至近まで突っ込んでくる
兼ねてよりこの銃手が弾を込める間に時間を取られて接近を許すことが多い
その勢いを止められない
武士の刀捌きは軽くて長く
接近を許した後の我が軍の銃手の動きは鈍重すぎる。
われわれの剣は銃を捨てて即座に対応するための有効な武器ではないのだ。
それゆえ我々も日本式の長い刀を備えるべきだ。

戚継光 「紀効新書・長刀解」

405 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 15:30:14 0
一丈五尺の間合い…
虎眼流かよ

406 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 15:52:52 P
刀はメインウエポンじゃないだろ
槍で対抗しろ、槍で

407 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 17:36:53 0
それって中国の兵がクソすぎただけ
槍持ってんのに刀に負けるってどんだけ弱いんだよ

408 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 17:52:22 0
5尺(1m50cm)の長さの刀なら大太刀
リーチの差も少なくなるし、遠心力も効くから
槍に対抗できる
ただ扱うのは相当難しいだろうね

409 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 18:02:32 0
本当に武士中は深夜の2時以降とか昼間とかなんで書き込めるの?
武士厨って一日中暇な低学歴の中卒ニートなの?

410 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 19:31:41 0
>>406
そういう認識は間違ってるよ。
現代のメインウェポンと言えばアサルトライフルだが、
それに相当するのは日本刀で間違いない。
槍は現代戦術における軽機関銃とか分隊支援火器に比定すべき。
直接的に分隊の推進力を生み出す存在で、分隊戦闘の中核にある存在だが、
取り回しはそれほど良くない。
戦争では念のために備えるのが重要で、
結果として分隊では小銃手が一番多くなる。

敵を実際に征圧しているのは軽機関銃だが、
敵が動けない間に走っていって陣地を取るのは小銃手。

411 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 19:35:51 0
槍=メインウェポン論で試合の結果を持ち出すのが一番ばかばかしい。
実戦では槍を振り回すスペースはほとんど期待できないから刀が流行るんであって。

412 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 19:47:54 0
というか武士じゃなくて倭寇の話じゃないか?>>404
訳で武士となってるところを見てみると、原文は賊になってるし

413 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 20:02:29 0
>>412
だから?武士の実力を測る一例として出しているだろうから
あなたの指摘は全くの的外れ、意味不明だよ。
威継光は倭寇から陰流の伝書も鹵獲している。

414 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 20:09:11 0
唐突ですまないが
スポーツでサムライ・ジャパンってつけるのが嫌だ。
日本と言や何でもサムライかよ、と。

たまには古きよき「農民ジャパン」とか、
粘り強い「納豆ジャパン」とか名づけてくれないかな。

415 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 20:24:35 0
それは俺も思わないでもないが、
大衆の支持は得られないだろうな。

マルクス主義者の網野は必死で百姓やサービス業を持ち上げてるけど、
日本社会の中心にあってみんなが憧れてきたのは
サムライで間違いないわけだから。

416 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 21:06:17 0
>>386
言っとくけど、日本人が運用してたんでしょ。その欧州製とやらは
しかも、同時代の欧州製に比べたら激しく時代遅れ。型落ち中古品を買うか、
性能ではほとんど大型鉄砲なみの国産製しかなかった。それで砲撃戦にも
耐えたなんて良く言える。
幕末の事例にしても大砲の運用や使い方を間違っている。石垣に大砲撃っても
何にもならんよ。単に当時の日本人は有効な火器の運用方を知らなかっただけ。
だから、明治新政府がそのあと大金を投じて、西洋の技術導入に努めたわけだし、
そのかいあって後の富国強兵がある。

大体欧州の攻城戦は十年スパンで攻防を繰り返すことすら当たり前だった。1年ぐらいで
落城する日本とは城の重要性が違う。
シリアの名城クラック・デ・シュバリエなんかは十字軍により築かれた城塞だが、様々な
攻城兵器を備えたイスラム勢力の10度あまりの攻勢に耐え抜いた。石造の外壁の厚さは
30m、しかも外壁と内壁の2重構造、堀と跳ね橋を備えており、7つの守備塔から外敵を
集中的に射撃することができた。内部には5年間の籠城に耐えられるだけの食料貯蔵庫があった。
このような城に匹敵することができる日本の城はない

417 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 21:06:45 0
>>409
そういうレスをし始めたら「私はもう武士厨に反論できません」って言ってるようなもんだぞw

>>414
神風ジャパンや大和魂ジャパンだとなんか市民団体から抗議が来そうだから
ハラキリジャパンならどうだろう?これなら選手達はいい加減な気持ちで国際試合に望んだりしないと思う

418 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 21:40:20 O
>>416

30pて、薄くないか?

普通に大砲で穴あくんじゃないのか?

419 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 21:45:45 0
明治政府ってやっぱり日本刀廃止してサーベル採用してたんだな。ウィキにのってるじゃん
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%88%80

420 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 21:57:44 0
まあ 大砲の使い方は直射じゃなくて 高角にうちあげて着地位置を計測する弾道計算に基づく
使い方がベストであって、西欧の仕官のような数学や弾道学の勉強をしていた人間がどれだけ
薩摩側にいたかは比べるまでもないわけで、西郷の右腕の桐野利明でさえ剣術の腕は斉藤一より上だったが
大砲の使い方は素人だったわけで

421 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:01:03 0
本当に武士厨って暇そうだよな。一日中2チャンにはりつきやがって、
レスの量だけでは負けてるよ。

422 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:06:43 0
>>420
君、頭大丈夫?
弾道計算なんて、誰に教えてもらわなくても、
大砲扱ってれば誰でもやらざるを得ないし、
実際やってるよ?

もしかして湿度とかコリオリ力とかいろいろ測定しなきゃいけない
後代の長距離砲の弾道計算と勘違いしてない?

馬鹿じゃないの?

423 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:11:31 0
当時の大砲の射程距離では、
火薬の量と仰角とおおまかな飛距離の関係さえ頭にいれておけば大丈夫。
あとは撃って調節する。そのほうが早くて確実。
これは現代でも同じだよ。

これくらい江戸時代からやってるし
実際はオランダから製法と同時に教えられただろうが
別に教えてもらわなくても体験的に学習するわな。

424 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:12:03 0
プw 仕官学校でて弾道学や放物線を理解していない武士とやらが大砲を
つかいこなせたとおもってんのかよ。 ニュートンの万有引力も弾道学も
白人様が体系化しそれを実践してるんですが、 武士とやらのインディアンみたなのが
大砲もったからって使いこなせるとおもってのかwプw 

425 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:13:25 0
その体験的に覚えるのに時間がかかるってことも理解できない低脳なんだな。おまえは

426 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:13:55 0
>>413
武士の強さを測る一例なら、武士の記録を出さないと意味がないと思う
倭寇と武士じゃ、使う戦術から、戦場そのものまで、違っただろうし

427 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:15:01 0
スレちだがヨーロッパで微分の概念が発見されたのと同時期に
日本の関孝和も独力で微分積分やったそうですな。

428 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:15:12 0
↑以上、帝政ロシア宣伝部ですた

429 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:15:49 0
日本人はそのまま昭和までいってしまったのが結論だな。
白人さまの国では誘導ミサイルや核までも考案され実践に多用されたが低脳な
サルどもは白人さまからいただいた、航空機さえも特別攻撃の道具として使用し

あわれだね 日本刀も神風も野蛮人の知識も、

430 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:16:06 0
実際使いこなしてるからなぁ。
戦場ではシンプルなのが一番。撃って着弾観測してフィードバックして次は直撃。
いちいち計算してたらきりがないからねぇ。
空気抵抗とか湿度とか。

431 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:17:39 0
イエローモンキーはこの期に及んでも武士万世するのか、チョンとなんらかわらんよ
歴史を捏造してるようなもんだよ

432 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:17:54 0
>>425
体験的に覚えれば引き出すのも早いからね。
だから慣熟訓練は重要。

どっかの馬鹿が必死こいて計算してる間に
体験的に学んだ日本武士は交叉出して、次の瞬間お前はあぼーん。

433 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:20:04 0
ぷ 鉄砲も大砲も白人様に伝来してもらった極東のサルはだれなんだろうねー。

434 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:21:08 0
鉄砲も大砲も飛行機も日本人が上手くつかえたためしはないね。
第二次大戦でそれ証明しちゃってるし、せいぜい恥ずかしい理論は日本刀で
とめておけよ。

435 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:22:17 0
>>433
>幕末の事例にしても大砲の運用や使い方を間違っている。

どんな講釈してくれるのかと思いきや、
武士は弾道計算してない!だからなwww

馬鹿まるだしwww

436 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:22:25 0
>>421
どう見ても必死なのはさっきから一人でレスしてるクルちゃんもどきなんですが

437 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:25:10 0
石弓も漢字もバリスタも発石車も大砲も鉄砲もスーツも電球もテレビも電車もパソコンも発明できなかった
恥ずかしい国家日本。自らを世界第2位の経済大国と嘯き、あくまでアメリカの尻をなめる、恥ずかしい民族。
昔は中国の尻なめてたっけなぁ。お金もずっと中国製じゃなかっけ。

438 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:26:32 0
さむらいじゃぱん!すごいね!

439 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:26:43 0
>>437
とりあえず↓の話を続けようよww

>幕末の事例にしても大砲の運用や使い方を間違っている。

440 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:27:33 0
さむらいぶるー!!!じゃぱんいずビューティフル!!!!
美しいくににっぽん万歳!!!大日本帝国万歳!!!!

441 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:29:27 0
武士>>>コサック>>>フランス国民軍>>>>ヨーロッパ騎士団

442 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:30:27 0
大砲は山城や要塞でもちゃんとした弾道計算すれば兆弾や落とし込みで
陥落させれるんだよ。おまえらがいばる五稜郭やらの元はウォーパン式築城だろ
そのウォーパン式築城編み出したウォーパンは弾道学や兆弾用いて山城や要塞、塹壕まみれの
城もおとしてるんだよ。熊本城がおとせないのは大砲の使い方が完全じゃないからだよ。

443 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:30:54 0
まあその原始的な旧日本軍の猿どもに
アメリカ以外のほぼ全部の交戦国がボッコボコにされてるという現実

444 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:36:41 0
オスマントルコの土人どもにコンスタンティノーブルの城門を大砲で破壊されている件について。


445 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:37:25 0
 功城戦に関しては、騎士に方がはるかに技量は上だろう
向うはローマ帝国に始まって、カタパルト、攻城塔とその頃から
使っていたんだから。
 ガリア戦記では普通に、堀の溝を埋め立てるなんて事は、
当たり前にやっている。
 
 

446 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:39:16 0
騎士厨に文盲が多い件

447 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:40:17 0
モンゴルの猿どもは偉大なるアーリア人たるハインリキ王以下、ドイツ騎士団を血祭りフルボッコ。


448 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:40:26 0
日本は戦車さえもっていないシナ軍になやまされていたというイエローモンキー
クオリティーはいうまでもない

449 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:42:01 0
>>442
おれも、大阪城で、なんて大砲で天守閣なんて狙って打っているのか良くわからんかったが
結局使い方をしらないから仕方ないで狙っていたんだ。
 普通、城門とか狙うもんだけど。


450 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:43:01 0
シナ軍相手に97式戦車で連戦連勝の皇軍。
「アジアの劣等民族」にバグラチオン作戦でフルボッコされている
自称「偉大なるアーリアの騎士」

451 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:44:56 0
いや大砲にもいろんな種類あって高角砲のほうが城攻めや遠距離攻撃に向いてる。
武士はそれじなくて野戦用のカノンを大阪城に向けてる時点で無知すぎるというか

452 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:47:16 0
>>447
そしてそのモンゴルを完膚無きに叩きのめしたのは
イスラムの基地外どもとインドの土人とベトナムの蛮族と極東の島国の猿だけという現実。

453 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:49:09 0
>>450
オンボロポンコツぶりに定評があるチハたんにボコられる中国が雑魚過ぎるだけ。
日本軍なんてヨーロッパ戦線じゃ通用しない。仮にヨーロッパ来たら
ヘタリアやギリシャにすらボコられるレベル。

454 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:52:06 0
日本軍が世界最強と嘯く重戦車チハタンクはイギリスの軽戦車に正面から一発で
打ち抜かれるほど見事な装甲ですね。山本七平戦車長が後に自分の著書にやすりでこすれば
戦車の装甲がちびてしまったと書いて右翼から脅迫を受けたよいう。とてもすばらしい大日本帝国の戦車ですよね

455 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 22:54:24 0
たしか大砲ではなく軽機関銃で穴が開いたという記述もあったような。
現場の人間がみたことと、幻想をみてなされることとどちらが正しいのかね。
武士厨はおそらくニートだけど、面接も卒業式も袴でいってくださいね。

456 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:01:20 0
 それでも、あれだけ技術力・生産力・戦略全てにおいて、上回っている
欧州勢を相手に、根性だけでよく戦えたと向うの人たちも関心したし。
 

457 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:03:31 0
関心というか同情もらってたよね。神風特攻隊がつっこんでくるのみて
アメリカの兵隊が意味わかって泣いたんでしょ。男ならわかるんだろうね
なんで死にきたのかって

458 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:18:07 0
>>447
モンゴルの猿も野戦でいくら勝てても城は落とせなかろうよ。
拠点を抜けない以上、敗退は必然だった。
何せ数十mの高さに10m以上の厚みを持つ石壁が下手すりゃ3重構造でお出迎え。
稜堡と稜堡の間は十字射撃の嵐

459 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:24:13 0
右翼なら 君のために死に行く の主題歌を聞け。
http://www.youtube.com/watch?v=1S1Ms-II01U
神風特攻隊 これが武士道の結末だ。武士道を胸にしまって西欧の学問を学べ

460 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:27:12 0
http://www.youtube.com/watch?v=tGSVWrv5Jyw&feature=related
こっちのがいいな

461 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:31:25 0
自称「偉大なるアーリアの騎士」は「アジアの劣等民族」に完膚無く撃破された。
帝国議事堂には赤旗が翻り、ファシストの侵略者は赤軍司令部で無条件降伏文書に署名した。

462 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:33:59 0
モンゴルは意外と中国のはっ石車も漢人ト用もおこなってるんだな。
あそこはあの時代は吸収性では今の日本より上だった。養殖に中国人を多く採用しているの
も事実だし、宗教の多様性もそうだろう。結局肝要の精神がすべてをきめるんだよ 

463 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:35:13 0
>誘導ミサイルや核

1944年ごろから日本軍は米軍に対して技術差がおこりはじめたが
誘導ミサイルがでてくるのは1960年代
コンピュータなど電子機器の技術革新によるもの
戦後ややもすると映画などで日本軍が圧倒的な技術差で負けたようにぼんやり思い込まされているが
核兵器を除けば、大量生産できないだけで技術力は肉薄していることに注意したい。

20世紀からはじまった、重工業革命、電子革命、IT革命を
すべていっしょにして考えるやつらがいるが、
電子革命さえ、たかだか半世紀の歴史しかない。
しかも、日本は電子革命に対して柔軟に対応しこれもすぐさま消化した。

大東亜の敗北は戦争の長期化による国力の減衰が原因。
戦略が杜撰だったためで、はじめから勝ち目がないと思考停止しているアホは
生来の奴隷根性のもちぬしでしかない

464 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:38:38 0
マスケットや大砲を使うようになったのは、既に騎士は事実上絶滅している時代だろうが。
武士と騎士を比較するなら、源平合戦から南北朝時代までの武士と十字軍時代の騎士を
比較すべきだろ。

465 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:40:01 0
屁理屈か。いくら長い文章かいても屁理屈じゃいみがないよな。
屁理屈と結果論じるまでもないよな。屁理屈こくやつほど長文が好きなんだよ。
結果が答えなんだよ。経過はいいわけだよ。

466 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:41:55 0
大学教授の論文とか吐き気がする。俺ならあいつらの100行を三行にしてやるよ。。
くらだらに文章をながながと、漢の劉邦は秦の長い法律を三行にまとめたが、
長文なんてのは三行の簡単な文章に勝てないんだよ

467 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:42:54 0
アメリカ:B−29・P51ムスタング
ドイツ:V1ミサイル
イギリス:レーダー
ソビエト:T−34
日本:酸素魚雷・八木アンテナ

468 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:43:33 0
いや、だから日本ボッコにしたのアメリカだけじゃん。
イギリスもフランスもオランダも何勝利者面してんだよw
島国の猿ドモにぼこられた癖に。

469 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:47:59 0
いやイギリスは正規軍おくってないだろ。孤立したウェールズとレオパレス撃沈したくらじゃね?

470 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:50:16 0
自称花と風車の国オランダと自称博愛の国フランスは自称偉大なるアーリア人種によってフルボッコ

そしてその偉大なるアーリア人種は「アジアの劣等民族」によってパーフェクトフルボッコ

七つの海を支配した大英帝国はフルボッコは免れたものの債務国に転落


471 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:50:43 0
>いやイギリスは正規軍おくってないだろ。

バロスwwwさすが世界史板www

472 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:51:02 0
騎士は絶滅>騎兵や仕官階級は元騎士階級だがなwwwww
どこぞのインディアンも一緒だろ第二次大戦の仕官は武士階級が大半だろ
限定的に捕らえるな歴史は連動してる。 武士=下級貴族 武士=上級仕官だ

473 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:54:02 0
イギリス王室の親戚がブッシュ家だってしってるよな。まあぐぐればすぐわかるだろ
おまえらも無知じゃないなら一代で成り上がる難しさはわかるだろう。
歴史的推移とれば考えるまでもない、答えはすぐに結果と経緯でわかるだろ

474 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 23:57:49 0
>>448
装備はシナ軍のほうが上だよ
ドイツですら中国を軍事援助してたんだから

475 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:01:14 0
これじゃ早稲田にすら受からんな。早稲田はすぐに70文字以内で答えを書けと
問題に付加えるがさすがは武士厨。せいぜい高卒がおまえらの限界だよ。俺は心理学
マーケティング学 世界史 プログラム 経営学、あらゆる学問に精通しているエリートだがおまえらは

476 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:01:21 0
親愛なる同志スターリンは皮なめし職人の家の出身

477 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:11:33 0
>>475
そのあらゆる学問とやらはいつ何処で何年かけて習得したんだい?w
まるで中二病ラノベの主人公みたいな肩書きだねw

478 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:13:04 0
そういえば海外の掲示板でスパルタ兵とサミュライはどっちが強い?
といのがあったな
まぁ大半は「時代が違い過ぎるだろ死ね」「厨坊乙www」だったが

479 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:19:05 0
>>478
海外でも武士厨は恥さらしてるのかwwww
そういやyoutubeでも武士強い説は向こうの知識人に完全に論破されてたなw

480 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:34:07 0
なんか一人粘着してるんだが・・・
なんら論理も一般的な論拠も提供しない馬鹿は2chの悪だな

481 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:42:50 0
>>480
>なんら論理も一般的な論拠も提供しない馬鹿は2chの悪だな

武士マンセー旧日本軍マンセー日本の技術力マンセーのアホどものことですね、わかります。

482 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 00:50:59 0
どこらへんが論理無くマンセーしてた?
逃げないで答えてね

483 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 01:15:21 0
>>404とかその最たる例じゃん。
中国人の海賊の強さをさぞ武士の強さのように捏造してるし。
あと、上の方で挙がってた城攻め関連の反論も全くといっていいほど無いね。

484 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 01:21:48 0
城攻めも武士の方が上だろw

乃木が旅順攻略で多くの損害を出しよく無能といわれるが、ヨーロッパはなんて第一次世界大戦勢員乃木以下だし

485 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 01:26:02 0
>>483
中国人の海賊が日本刀もってるわけないでしょ

城攻めの反論ってどこ?

486 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 01:38:14 0
騎士は泣きべそかいてしょんべんたれて土下座

487 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 02:34:49 O
>>485
つかあの明の恐怖の独裁者、洪武帝陛下をして
「あの国ヤバすぎ。マジ基地外だし。絶っっっ対手出すんじゃねえぞ」と言わしめた。
なんか大陸からは修羅の国扱いされてたっぽい。

488 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 03:45:38 0
そりゃ日本人だから武士のほうが強いと思いたいよな
取り柄はそれしかないもんな

489 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 04:18:14 0
>>485
中国人の海賊も日本刀持ってたよ
船のような限定された場所で振るうには日本刀は威力を発揮したしね
倭刀と言って、日本刀はさかんに輸出されていた
西洋の記録にも「恐ろしく切れる刀」として乗ってるぐらいだし

倭寇は倭寇でいろいろとややこしいんだけどね
初期はともかく、全盛期ぐらいになると日本人に偽装した中国人とかも混じりまくってるし

490 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 05:35:31 O
>>488
はいはい白人様は色んな科学的発見してて偉大でちゅねー。
島国の野蛮な猿なんて足元にも及びまちぇんねー。


もっともその偉大な発見の数々から二百年後には
科学分野でも島国の猿どもに出し抜かれたがな

491 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 06:14:43 0
>>488
武士の方が強く識字率も高い

492 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 07:46:52 0
>>488
君のような白人は取り柄が多くてうらやましいよ

493 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 08:16:40 0
白人でなくただの混血児だろw

494 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 09:07:37 0
IP丸見え君つかったら自演が多すぎてお茶吹いた、

495 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 09:22:02 O
自演というより連投じゃないの

496 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 09:57:25 0
見えた!

497 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 10:15:36 i
>>442
正確な弾道計算なんか、熊本城攻防戦の薩軍も当然やってるの。
それでも落とせなかったんだよ。
薩軍は、函館戦争では正確な弾道計算でウォーパン式の五稜郭をあっさりと降伏させてるだろ。
その薩軍が同じように正確に弾道計算しても熊本城は攻略できなかった。
大砲の使い方は完全だったが、熊本城の堅固さがそれを上回ったってこと。

498 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 10:17:27 0
ナポレウンはコルス

499 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 11:15:46 0
>>427
でも、ヨーロッパでは多くの人に理解され学問として広まったが、
日本じゃ誰も理解できず消えてゆきましたな。

500 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 11:27:10 0
やぱアルファベットじゃね?
和算は方程式に積み木みたいなの使うらしいから
一般人が見たら煩瑣でとっつきにくく見えたんだと思う
洋算も偏微分とか複雑な方程式の解を求めるのに歯車ばっかの機械つかってたけど
紙面で因数分解や展開したり、示すことができる工夫もしてたし
今みたいに一般人でも分かりやすくしてるじゃん。
その魚?

501 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 12:28:50 O
確かにアルファベットとギリシャ文字はこういう時便利だよな。

502 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 13:39:55 0
安南もつよい

503 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 13:43:54 O
結論:シナとチョン以外のアジア勢はめっさ強い

504 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 13:57:31 O
西欧が軍事的に強くなったのは、騎士が軍事的に用なしとなった16世紀後半から。

505 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 14:04:52 0
東京、安南、交趾支那のなかで安南がもっとも独立心旺盛で
一番富める交趾支那、中国と国境を争った東京を治め、現ベトナムを建てた。
と言っても、現ベトナム地域が一国家として独立したのはそこが仏領インドシナとして
国際的にひとつの土地とみなされていたからで、もとをただせば
フランスがあの地域を植民地化するために宗属関係にあった清国と戦争し(清仏戦争)
独立地域として、清の支配下から解放したため。
これを奇貨として日本も朝鮮の独立を清に訴え、朝鮮も中国のくびきから解放された。

506 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 14:05:03 0
要するに大砲と帆船のおかげだな

507 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 14:20:28 O
>>504
そう考えるとスレタイにそうならやっぱ16世紀末期〜17世紀初頭が
一番いい勝負になるんじゃないかな?>日本VSヨーロッパの一国
15世紀以前なら既に散々スレで語られてるように武士の圧勝っぽいし
逆に17世紀半ば以降は日本が長い泰平の世に入り、欧州に大きく水をあけられるから勝負にならないだろう。
再び比較出来るレベルに達するには、20世紀初頭の日露戦争まで待たねばならない。
まあ一応、薩英戦争で武士の強さの健在ぶりは見せてるが。

508 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 14:40:30 0
>>427
関孝和の発見って結局拘束されてた
外人の宣教師に教えてもらったってのが最近の説だがな

509 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 14:47:04 0
ちなみに和算の誕生も
イタリア人宣教師カルロス・スピノラって人が京都で教えたことに始まるんだってさ

510 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 14:49:59 0
>>507

戦国末期は、軍事的には日本と欧州の差が一番開いている時期だぞ。
当時欧州最強のスペインですら、根こそぎ動員して5万といったところだが、
日本では10万越えは当たり前。20万規模の動員もやった。
しかも、日本全国の最大動員数を石高換算で計算すれば、およそ45万規模の動員が可能。
地域によって、同じ石高でも実際に動員できる数が違うから、下手すりゃ60万規模の動員も出来るかもしれない。
おまけに、鉄砲の保有数は世界一だし、兵站システムは欧州より半世紀先にいってるし、
年がら年中戦争してるから兵は精強だし、いざとなれば歩兵でナポレオン並の超機動も可能。

根本的に動員能力と兵站システムに決定的な差があるから、欧州全土が束になっても負ける可能性が高い。

以前アルマダの海戦の解説本を読んだことがあるが、それでたかが10万の軍勢を必要とする作戦の初期案を、
世界のどの国でも不可能な絵空事の数字として一笑に付していたのをみて逆に笑ってしまったよ。

511 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 14:51:46 0
日本が朝鮮に対する平等な外交を清に約束させたことで
清の自尊心は大いに傷つき、
もともと西洋列強に危機感をいだいていた清国政府首脳は
自らも列強ならんとして、宗属関係による中華秩序から属国の植民地化にのりだす。
こうして、朝鮮は、植民地化される対象として目をつけられ
日本は、争う相手としてかっこうのえじきにされることになった。
張佩綸は、東征論を著し、皇帝に上奏している。
日本は西欧化につとめているがまだまだ弱小で
いまのうちにたたいておいた方がよいというような内容のものだ。
実際、清国所有の定遠、鎮遠両艦は日本の軍艦より最新鋭で
排水量も桁違いに高い、巨艦である。
列強も日本は清にひねられるとみられていた。
さらに日本はフランス技師の芸術家らしい感性にまかせて、
三景艦とよばれる排水量の低い艦をつくらせてしまっていた。

512 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 15:05:04 0
結局日本ってもともと強国なんだよ
近代に入っていきなり列強に割って入ったから唐突な印象があるだけで

513 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 15:18:38 O
ここで疑問に思うんだが何故イスラム世界は近代化が上手くいかなかったんだ?
中世の頃はヨーロッパとは比較にならないほどの先進地域だったのに。
産業革命以降のヨーロッパの数々の発見を受け入れられる土壌はあったはずなんじゃ?
全く文明圏が異なる日本に出来て、イスラムに出来なかったのは何故?
やっぱ宗教の存在が大きすぎたから?

514 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 15:22:20 0
中世でも比較にならない程の差はなかったぞ
イスラムの方が比較的優位って程度
比較にならない程差があったのはアフリカとかそういうところだ

515 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 15:33:08 0
>>513
オスマン帝国を見てまわった日本人はもれなく
乞食の多さ、賄賂の要求の多さ、モラルのない役人、
だらだらした軍人について報告している。

科学技術を受け入れる、受け入れないというより
宗教を背景とした他民族社会が時代遅れになってしまっていて
共同体の利益が個人と結びつかず、
人間の向上心を奪っていたのではないだろうか。

オスマン帝国も鉄道や電信、軍艦は導入している。
ただそれは外国から購入しただけで、
国産化どころか、自国民で運用することすらまともに出来なかった。
人間のレベルが低すぎたため。

516 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 17:25:31 0
イスラムは戦争はともかく、文明は西洋よりもかなり高い水準を維持していたよね
と言うのも、西洋ではなぜか失われてしまった古代ギリシャ以来の学問やらを、
イスラム圏では保存してたからだけど

にも関わらず近代に入って遅れが目立って来たのは、>>513の言う通り宗教のせいだと思う
それと教育かな
西洋も宗教ずぶずぶのころは暗黒時代だったしね

517 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 17:41:20 O
>>515
オスマン帝国も近代においては末期の清朝のように堕落しきってたわけか

518 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 18:40:55 0
イスラムの最盛期の頃も宗教ずぶずぶだけどな
というかイスラムって宗教の名前だし

519 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 18:42:17 0
武士道がない国は堕落したというわけか、凄すぎる武士w

520 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 18:52:45 O
武士道忘れた戦後の日本は
アメ公やチョン製の娯楽にはまって堕落しきっとるがな(´・ω・`)

521 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 18:59:28 0
戦国時代には武士道なんてなかったけどな

522 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:01:05 0
チョン対日本の野球がはじまりました。といっても選手の顔みてもチョン対チョンですがwwwww
日本の野球選手とか芸能人ってなんでこんなチョンが多いんだよwwwwwwwwwww

523 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:01:57 0
チョンを寄せ集めてサムライジャパンとテレビのアナウンサーが声高に叫び楽しいですねwwww今宵は

524 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:02:35 0
チョンのような不細工と一緒にされても名

525 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:03:55 0
サムライブルー!!!!!!!!!サムライブルー!!!!!!!!!!
がんばれいっちろう(ちんちんかいい)

526 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:04:34 0
>>521
平時だからこそ武士道が必要になるんだろ

527 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:05:40 0
GO!gO! さむらいじゃぱん!!!!

528 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:06:19 0
イチロー「今後百年朝鮮人は日本に建て付けない様に」といってたな

529 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:06:59 0
小笠原もチョンだっけなぁwwwwwwww清和天皇を先祖にもつ由緒正しきチョンwwwwww

530 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:07:20 0
日本民族は由緒正しい優秀なる単一民族のかみの国である

531 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:07:48 0
ふるすいんぐだ!チョンガッツ!

532 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:08:23 0
いっちろー!!!!!! いけサムライの力をみせてくれ鈴木さん!

533 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:10:51 0
武士道なんて中華の影響で生まれたものですからw

534 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:12:13 0
イチローやっぱすげえ!

535 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:19:10 0
まあ こうやったチョン対日本戦みてると 所詮歴史振り替えても日本の限界は
チョンしたがえるのがやっとだったな。モンゴル人やイギリス人のように世界中をてにすることもなく
ただせいぜい朝鮮半島を領有するくらいで

536 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:21:57 0
>>533
は?

537 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:22:45 0
>>535
日本は第一回で優勝してんだがw

538 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:26:42 O
>>533
日本武術の源流は中国拳法だけど
現在、世界中の軍隊で取り上げられてる実戦指向の日本の格闘技と違い
中国拳法は実戦では糞みたいに弱いってのと一緒やね。

539 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 19:34:32 O
WBCの話題はスレ違いっつーか板違いじゃアホ。
んなもんで武士有利の流れ誤魔化すんじゃねえよバカが。

540 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:00:17 0
なんか日本チャチャチャっていってるけどあの恥ずかしい応援はなに?

チョンが松坂からホームランwwwwwwww

チョン相手に手を焼くサムライwwwwwwwww
サムライジャパン! サムライジャパン! サムライジャパン!
天皇家は渡来人!

541 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:07:40 0
武士=貴族の護衛階級 貴族=皇族 皇族=渡来系wwwwwwwww

542 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:11:00 0
武士厨って論理的じゃないよね

543 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:14:36 0
論理なんてどうでもいいんだよ。魂がないよ。屁理屈こねてるだけ、
こいつらには誰かのために死ぬ覚悟もない。こんなもの本当の日本人じゃない。
やらせなんだよ。くだらないね。とてもくだらない。

544 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:23:02 0
仮に武士のほうが強いとしても
別にお前らが強いわけじゃないからなw
武士強い→日本人は強い→日本人である僕も強いんだ!! みたいな(笑)

545 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:27:07 0
所属意識というか、人間にもあるんだろうな所属によって自分の地位が高まるというのは
心理学的にハロー効果というのがあるが、これは大学教授や白人がコメントするのと、こじきや
黒人が同じコメントした場合効果が違うというのがあるが、ある程度これらは実証があるのだろうと

546 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:29:15 0
仮にじゃなくサムライの方がナイトより上だろ。
負傷を恐れる腰抜けのヘビーアームズには失笑。

それと俺らが偉いかは別なのは事実だが。
ろくに史料も読まず、ソースを示さずに
ウソを呼吸するように吐くヒトモドキよりマシ。

547 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:31:11 0
@ ぷ のちのちまでIPと自分のコメントが残ることかんがえた書き込み名よ。
IPぬけば住所も特定できるんだし。まったくもって恥ずかしい演技だね。

548 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:34:06 0
さむらいじゃぱん!いっちっろ!!! さむらいじゃぱん!!!
kattobase!!!!


549 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:45:43 0
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412493654
読んでみろよwwwwチョンが日本人とおんなじだって語ってるよwwww
天皇家はチョンじゃねえよなwwwww 天皇家は極東の島でサルから進化した
氏族ですからwwwwwwてなwwwwwwwwwwww

550 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:55:50 0
>>546
敵の攻撃が苛烈だから重装甲になるんだろ
でもって馬が頑丈だから重装甲でも動けるし

551 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:57:38 0
そもそも日本では銃装甲にしたくてもそんなに鉄がとれないけどなwwww
備中備前の刀工もさてつあつめて刀つくるしまつ。結局資源がないんだよ。
イギリスなんてのはその点おなじ島国でもあらゆる資源がある。まずcねーじゃぱんは

552 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 20:58:52 0
>>538
日本武術の起源は相撲のルーツともなった古代日本の「てごい(手乞)」では?

553 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 21:02:29 0
ひとりで会話してる凄い

554 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 21:06:03 0
白州次郎と風太郎両方みるんで忙しいからおちるわ

555 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 21:54:02 O
>>552
柔術を始め日本の格闘技の殆どは鎌倉〜戦国期の武士の組打ちから派生したもの。
昔の相撲はどっちかっていうと格闘技というより神事の要素が強かった。
古代の相撲は今のバーリトゥードに近かったけどね。
そして明らかに中国拳法や大陸色が強いのは空手。
中国拳法が琉球王国で唐手となりそれが日本に伝わって空手になった。
で、戦後に朝鮮人の大山が極真空手を創設したわけ。
日本発祥の柔術や柔道がブラジリアン柔術やコマンドサンボに多大な影響を与え
また、柔術や柔道は世界各国の軍隊で取り上げられてるのに引き換え
大陸色の強い空手、テコンドー、中国拳法は打撃系の格闘技として
明らかにムエタイやキックに劣ってる事が数々の試合で証明されてる。

556 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:11:23 0
武士なんて過去の遺物だろ?

557 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:22:19 O
>>556
ここでいう騎士もそうだね

558 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:23:25 0
>>556
騎士だって過去の遺物だろ。セルバンテスの時代に既に時代遅れの風刺の対象
だっただろ。

559 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:31:40 0
歴史をだから限定的にみるなっていってるだろう物事とを体系化するとき
そのものの過去と未来はつながっている。連動的にみて初めてそのものの本質がわかる。
水の成分がH2Oだと割り切れるのはその物質の過程をすっ飛ばしたわけであって、

560 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:34:02 0
歴史は物理だよ。H2Oを体系化するときに、あらゆる水を分析すれば完全な純粋なH2O
が存在しないことにいきつく。それはその物質の存在の過程に原因があるからだ。
人間だってそうだ。ひとりの人間に過程(歴史)がある。同じではないんだよ。

561 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:36:38 0
騎士と武士これらを体系化してそれらを純粋なまず武士と騎士にわけることから
この議論を始めなければいけない。まずその段階できみらのような低脳な人間には
できないのだよ。すくなくとも、俺のような天性の天才にも難しいのだから

562 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:41:22 0
>>561
学会で発表してみてくれ。
にちゃんのような閉鎖的排他的空間では、せっかくの天性の天才(頭痛が痛いと同じレベル)
がもったいないじゃないか。
それこそ、日本の、大和民族の、サムライの末裔の大損失ではないか。

これくらいよいしょすればおk?

563 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:41:36 0
 武士道が江戸時代の平和な時代に生まれた架空の道徳であるように、
騎士道も、宣教師の地道な伝道とフランスの習慣が合わさって、騎士が活躍の場を
失ってから現れた道徳。
 

564 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:43:42 0
は? 学会?あんなコネが横行する現場では真の天才の活躍の場じゃないね。
真の天才が活躍するのは現場だよ 論文じゃない。俺がつくるものが世界を変える。
俺は大学教授に嫌われた技術畑なんでね。

565 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:46:32 0
>>564
げwwwwんwwwwwばwwwwwww

にちゃんがwwwwwwwwww

真性のアホだな。
そうか、アホと天才はかみひt(ry

566 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:48:56 0
最前線にたてない輩がなにをいうか。

常に最高の権威を有しながら最前線に立つものこそ、真の天才だよ

567 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:53:09 0
武士厨なんて本当に世界史板にいるの?世界史学んでる人なら武士がどんなものだったかなんて熟知してるはずだけど
それともこれは世界史板に武士厨をいれないための第一の防波堤?

568 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 22:58:11 0
>>566
歴史上の人物で、10人挙げよ。

569 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 23:22:39 0
ラメセス2世、アレクサンドロス、トラヤヌス、冒頓、光武帝、シャルルマーニュ、リチャード獅子心王、永楽帝、グスタフアドルフ、ナポレオン

570 :世界@名無史さん:2009/03/07(土) 23:39:40 O
>>567
世界史板住人は逆に日本史に関しては無知な事もある

571 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 00:28:43 0
アジア:5
ヨーロッパ:2
アフリカ:1
アメリカ:1
オセアニア:1

くらいのコストを

アジアの日本:10
ヨーロッパ:0
アフリカ:0
アメリカ:0
オセアニア:0

とかいう密度でやってると
信長がすげー超人に見えるとかいう話も頷ける

572 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 00:34:14 0
アジア:2
ヨーロッパ(のローマ):8
アフリカ:0
アメリカ:0
オセアニア:0

塩婆はこんくらいだろうか

573 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 02:42:18 0
武士=人間が正義の面が集まった
騎私=人間の嫌な面が集まった

574 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 02:52:01 0
なんでこんな荒れてんだよショボーン
低レベルなチャチャが入るばっかだなあ
学問的でいて独自性があるかきこみがいいのになあ

575 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 02:52:15 0
>>573
学問板でそういうアホな物言いはやめてね

576 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 12:25:33 O
さて、スレが落ち着いたところで話を続けるか
って言ってももう話題も出尽くしたな。ここ200レスぐらいは
どっちかっていうと西洋文明VS日本って感じだったし。
武士VS騎士であと話題になってないのはあったかなあ。

577 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 12:44:06 0
騎士は、最初6歳ごろに従士として見習として騎士に入門し、成人して
騎士として叙任されるが、騎士になるには馬、荷馬車、従士、鎧一式と
金銭的裏付けが無いと、そのまま従士として過ごす者も少なくなかった。


578 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 14:03:20 0
戦国時代や鎌倉時代の場合は武士道ではなく士道だった



579 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 14:10:32 0
>>426
じゃあ武士で

「明史」
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった

「朝鮮王朝実録」
 「日本兵との接近戦を禁じた」
 「日本兵捕虜に熱心に剣術を習った」

「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。

柳生五郎右衛門
但馬入道の第四男-即ち宗矩の兄-に五郎右衛門と称する勇士があったが、
後伯書の国飯山城に客となっている頃、
上州横田内膳を助けて中村伯書守の多勢を引受けて勇戦し武名を響かしたが、
慶長八年十一月十五日城陥るに及び五郎右衛門は城より打って出て、
新陰流の古勢「逆風の太刀」をもって甲冑武者十八人を斬り伏せ遂に戦死したが、
伯州の民五郎右衛門の武勇に感じ社に祀ったということである。 

まあそれはそれとして
倭寇、特に初期倭寇は倭寇=武士で全く問題ない
そんなわけで>>404の話も武士の話と言って支障ない


580 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 14:36:46 O
騎士=レディーファーストで女性を護る頼もしい
なイメージがゲームやスイーツ(笑)等に根付いてるが、確か本当のレディーファーストって確かロクでもないもんじゃなかったか

581 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 15:03:18 O
というか当時のヨーロッパじゃ女は家畜同然の扱いだよ。

582 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 15:28:46 0
女には教育を受けさせなかったらしいな
幕末の日本に来た外国人が女の子にも教育させてるって驚いてたし

583 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 15:56:50 0
>>580
武士道と同じ
作られたファンタジーだよ

584 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 17:14:08 0
>>581
と言うか、都市中心のギルドが商工業を牛耳っていたから、新参者が
気軽に転職なんてできない時代だった。
 たとえ、親方の元に修行に入っても、労働基準法も人権も何もない時代だから
365日休みなし、無給、睡眠時間一日4時間なんて言うこともあった。
 男は傭兵、女は売春婦にしかよそ者には仕事が無い時代だから仕方ない


585 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 18:35:27 O
逆に言えば○○の権利だとか民主主義だとかそういうのが
西洋で生まれたのはそういう過酷な背景があったからなのかね?

586 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 19:22:03 0
日本なんて未だに派遣労働で人権無視だろ

587 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 19:24:19 0
外国人は日本に数ヶ月いた上で、徐々に次のようなことに気がつき始める。
即ち彼は日本人にすべてを教える気でいたのであるが、
驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名に於て道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、
日本人は生れながらに持っているらしいことである。
衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、
自然及びすべての自然物に対する愛、あっさりして魅力に富む芸術、
挙動の礼儀正しさ、他人の感情に就いての思いやり……
これ等は恵まれた階級の人々ばかりでなく、最も貧しい人々も持っている特質である。

E・S・モース)『日本その日その日』





588 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 19:27:12 0
>>585
日本は水戸黄門や暴れん坊将軍みたいな体制側ヒーローが人気だしな
江戸時代の統治が良すぎたせいか…

589 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 19:30:47 0
娘は十七歳ぐらいで姿が美しく、後ろに大きな蝶結びのある広い帯できちんと着物をむすび、
首には白粉が塗ってある。
笑うと白い美しい歯が並ぶ。
まっ黒の髪が娘らしく結ってある。日本で最も美しい見物は美しい日本娘である。


アジア的生活の研究者は、日本に来ると、
他の国と比べて日本の女性の地位に大いに満足する。
ここでは女性が東洋の他の国で観察される地位よりもずっと尊敬と思いやりで遇せられているのがわかる。
日本の女性はより大きな自由を許されていて、そのためより多くの尊厳と自信を持っている。

放蕩が日本人の性格の一番の特色であるという外国人の間に広まっている信念にも、
日本では肉体の純潔が未知のものに近いという考えにも私はくみしない。

欧米諸国の女性と比べ、標準的に見て、日本の女性は美しいものへのあの優雅な趣味では全く同等の資格があり、
服装や個人の装身具においてもよく似合って見える。
また礼儀作法が女性らしく上品であることでもひけをとらない。
美、秩序、整頓、家の飾りや管理、服装や礼儀の楽しみを生まれながらにして愛することでは
一般に日本女性にまさる女性はない。

ウィリアム・グリフィス

590 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 19:35:11 O
>>586
労働者問題は諸外国でも重要な課題だよ。

>>588
現代でも主人公は政府が極秘に設立した組織のエースで・・・ってパターンが多いね。

591 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 19:49:48 0
日本は一夫一婦制である(庶民に関しての観察)。
また支那のように夫人を家に閉じこめておくようなことはなく、
男性と同席したり自由に外出することができるので、
路上や家のなかでこの国の女性を観察することは、
私にとって難しいことではなかった。

この国の男性が娶れる婦人は一人だけで、何人も娶ることはない。
夫人は自由に外出できるし、人々の仲間にはいることもできる。
隣国の朝鮮や支那のように隔離された部屋に閉じこめられていることはない。

この国民は必要にして有益な場合、その器用さと発明心を発揮する。
そして勤勉さにおいて、日本人は大半の民族に群を抜いている。
彼らの銅や金属製品は見事で、木製品はきれいで長持ちする。

その十分に鍛えられた刀剣と優美な漆器は、これまでに生み出し得た他のあらゆる製品を凌駕するものである。
刃は比類ないほどに良質で、特に古いものは値打ちがある。
それはヨーロッパで有名なスペインの刃を、遙かに凌ぐものである。

高慢は国民の大きな誤りの一つといえよう。
いくつかのアジア民族が傲慢にも馬鹿げた思い込みをしているように、
自分たちの神聖なる起源は神、天、太陽、月に他ならないと思いこみ、自分らは他の人種よりすぐれてると信じこんでいる。
とくにヨーロッパ人は劣ると思っている。

前述した日本人の高慢、正義、そして勇気について知っていれば、
この国民が怒りを抱けば、自分の敵に対してまったく容赦しないということについて驚くことはなかろう。
彼らは尊大で大胆であると同様にまた、極めて執念深く無慈悲でもある。
そして己れの激しい憎悪をむき出しにすることなく、しばしばそれを異常なまでの冷淡さの内に隠し、復讐の好機をねらう。
この国民ほど、激情に流されることのない者を、私は知らない。

ツュンベリー

592 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 21:10:56 0
十字軍の好敵手であるサラディンの兵の中には、弓騎兵で一分間に6発の
弓を発射し、弾幕を張れる兵種も居たが完全武装の騎士には中々傷を負わせられなかった。
 全ての弓が鎧を貫通した訳ではなく、あたる角度によって弓は弾かれた。
ただ、完全武装で戦い続けるのも、馬に乗るのもは容易ではなく、面を挙げた時に射抜かれたり
する事がある。
  アホな騎士であるギーを誘き出し、ハッティンの戦いで大勝利を収めたサラディンだが、
それなりの戦術を心得たリチャード1世では、安易に勝利を収める事は難しかった。
 この時代のヨーロッパは、中国周辺に比べると、今の東南アジア程度の生産力しかなく
(参考)http://www.nicovideo.jp/watch/sm4158133(工業生産で見る世界史)
人口を支える主食にしても、麦は1から4倍に対して、米は8から16倍とアジアの方が
抜きんでていた。

 


593 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 21:59:51 0
あんまり関係ないが、ヨーロッパだとイギリスが戦争に強いイメージがある
宿敵フランスがなにかと弱いのが原因かもしれないが……
フランスと言えば騎士道の本場だが、逆に硬直し切った騎士道信奉者が多いイメージも

>>587,589
モースの本は読んでいて非常に面白いので、図書館などで借りて読んでみる価値はある
グリフィスはいろいろ差し引いて読めばそれなりに興味深いと言ったイメージ
どちらも武士ではなく、日本そのものについて書いているけどね

594 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 22:09:08 0
グリフィスってベルセルHの人だよね

595 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 22:33:00 0
>>593
「騎士道の本場」ってナニよw


596 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 22:45:37 O
>>593
イギリスっつーかイングランドは中世初期にウェールズのロングボウや
スコットランドのハイランダー達のパイクや
デーン人達のバイキング戦術に悩まされ続けたから
ヨーロッパ本土に比べ割と早くにランスチャージマンセーの風潮から脱却出来たのかもね。

しかしオゴタイハーンが死んでなかったらモンゴルはどこまで行けただろうねえ。
少なくともハンガリー、ポーランド、ドイツ、バルト、バルカン半島は確実に終わってただろうな。
下手すりゃパリも陥落していたかもしれない。
それでもなんとなく北欧やイングランドは日本みたいにあっさり撃退しそうなイメージがw

597 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 23:20:08 0
>>595
そのまんまの意味、一番騎士に固執し、百年戦争に至っても騎士道云々とこだわり続け、
イングランドにフランス占領される寸前まで行った

>>596
イギリスではなく、イングランドというべきだったね
イングランドは征服王朝のフランス人(と言うかブルターニュ人)が支配階級だったのに、
元のフランス人とはかなり気質に違いが見られるから、やはり地理やらが原因なのかね
にもかかわらず、自分たちはフランス人だと長い事(百年戦争ぐらいまで)思っていた節があるが

598 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 23:27:52 0
そもそも騎士が軍事的存在であったのは14〜5世紀くらいまでだろ
日本での武士はもう一世紀くらいは長かったけど


599 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 00:57:30 O
金属達磨って実用的じゃないよな 転んだら最後
某外人が作ったグリズリースーツ(笑)と同じ

600 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 01:10:41 O
オ夕苦やスイーッ(笑)が騎士に幻想抱くのは、外人が武士に幻想抱くのと同じだな 都合よく解釈してる

現在でも、外人男は白馬の優しい王子ってのは、絶対ウソ
あいつら喧嘩になると、なぜか「女は〜」「だから日本人は〜」などと原因に関係ない事を言い出して
偏見丸出しの自分本位になるらしいな。化けの皮が簡単に剥がれる
外人と交際や結婚して酷い目にあった友達や知り合いがいる
人前でイチャイチャしてくれたり、挨拶にアイラブユーと言ってくるのもうわべだけで、家では怠け者で冷たかったり、簡単に浮気されたとも
嘘でも優しくしてくれたぶん、ショックも大きいらしい…

601 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 01:26:13 0
>>599
>金属達磨って実用的じゃないよな 転んだら最後
>某外人が作ったグリズリースーツ(笑)と同じ

それは、ヨーロッパでも蔓延している間違った知識。
馬上試合用は確かに、それぐらい重かったらしいが、実践では総重量25キロから35キロぐらいで
走る事は勿論、逆立ちのような曲芸もできた。
 しかし、装着は一人では難しいので従士が手伝だった。
鎧自体は、各所に溝が掘られ、受けた剣を受け流せるように巧妙に作られていた。


602 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 01:55:58 O
つまりソウルキャリバーのジークフリート並みのスピードで動き回れたわけか。
パワーと耐久性と戦術で負けてるのにスピードでも負けてちゃ武士勝ち目無いじゃん。

603 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:21:02 0
海国兵談出版したの1789年らしいね。すげー
長崎で欧米の侵略の狡猾さに愕然としていますぐ
武器と武器を作るための経済活性化を訴えてる
しかも三国通覧を書いたおかげで日本は小笠原群島をイギリスに盗られなくてすんだ
ニュージーランドやオーストラリアに住む人たちは情報に明るくなかったばっかりに
クックに英領とされてしまった。
唯一マオリ族だけが戦い、勢力を保ったが、
すぐ最近までアボリジニが殺されていたことは記憶に新しい

604 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:21:33 0
>>602
全身装甲で総重量35Kgじゃ、使われている板金は1mm未満の厚さだろう。厚さ2mmのフライパンを
打ち抜ける和弓ならば、ランスチャージで突っ込んでくる騎士に源平合戦の富士川の合戦の時の
ように騎馬武者も徒歩武者も揃って一斉に矢を打ち込めば、武士側の陣地にたどり着く前に相当の
被害が出てるだろう。それに、穂先を半固定で突っ込むだけのランスチャージなど、薙刀や長巻持った
徒歩武者に一旦穂先をかわされれば、縦横に振り回せる武士側の長柄武器の方が有利だろう。
別に、切れなくても振り回して遠心力で勢いつけた薙刀の胴打ち喰らえば、1mm程度の板金鎧は
切れなくても大きくへこんで肋骨骨折するだろう。そして落馬したところを兜の隙間から鎧通しで、
目玉をグサリで人間の缶詰の一丁上がりだろう。

605 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:31:09 0
>>602
>>つまりソウルキャリバーのジークフリート並みのスピードで動き回れたわけか 
あれは、ゲームだから流石にそんなに早くは動けねーよ(WW

耐久性にしても、弓矢に対してもあたり所が悪ければ鎧を貫通するし、暑い処で
あの全身着ぐるみ恰好で戦うと酷い時には、戦わずして戦意喪失する場合もある。
 それに、騎士には抜け駆けして一番乗りする奴が多くて、その為に、作戦が
台無しなんて事も多々ある。
 武士と騎士は直接対決したことはないが、イスラム系の戦士が無理に言えば
武士に似てなくも無いんで、その対決の歴史を見れば、それぞれ一長一短があり、
武装がすぐさま戦いの優越を決める原因ではない事がわかる。



606 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:34:50 0
14世紀の騎士なら、10万が束になってかかって来ようと、源義経が指揮するする鎌倉武士団1万騎が
いれば、鎧袖一触で勝負が付くだろう。

607 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:46:59 0
騎士がランスチャージで武士の陣地にたどりつけても、接近戦じゃ武士の敵ではない。
チャンバラは武士の方が強いし、槍以前の長柄武器の長巻や長刀の方が切ることも突く
ことも出切るから、先っぽが尖っているだけの片手保持のランスよりも有利。大体、西洋の
槍に足払いや面打ちなどのワザは存在しない。


608 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:49:33 0
実践では弓兵と騎士では、騎士が時速30キロ〜40キロで突撃してくるので、
有効射程距離が100Mとして、大体10秒で間合いを詰めれられる。
 だから、実戦では弓兵は丘の高い処でしかも、杭を並べて騎士の突撃力を削ぐ
訳だが、普通だったら、分の悪い戦いを避けるのが兵法の常だが、
そこは男の中の漢、騎士は関係なしに突撃する。
シビルれぜー!

 

609 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:50:32 0
>>606
仮にも学問板なんだからこういうアホな書き込みはやめて

610 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:54:30 0
>>607
>>片手保持のランスよりも有利
幾ら騎士がバカでも、接近戦になれば槍を剣に持ち替えたけどね。
それに、剣術も存在した。


611 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:54:56 0
>>608
ポーランドの槍騎兵は第2次大戦でもナチスドイツの機甲師団に突っ込んでいって全滅に近い被害を
蒙ったわけだが。

612 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 02:59:23 0
>>610

> 幾ら騎士がバカでも、接近戦になれば槍を剣に持ち替えたけどね。
> それに、剣術も存在した。

西洋にも両手剣があるのは知っているが、ランスを両手剣に持ち替えても、さらに間合いを
取れる長刀や長巻の方が有利だろ。いずれにしても槍で面打ちや足払いや脛打ちという
技のない西洋剣術じゃ、徒歩武者の長柄武器攻撃に対処出来んだろ。

613 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:03:22 0
>>611
騎士「男には、負けるとわかっていても戦わなければならない時がある」

614 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:09:16 0
>>611
そりゃナチスのプロパガンダ
いくら頭の固いポーランド人でも偵察と奇襲にしか使ってない

615 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:12:29 O
>>605
そういやTWシリーズのmedieval2ってゲームだと
イスラム勢やモンゴルの騎兵の外見がどことなく
平安時代の武士に似てるように見えるのは気のせいか。

616 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:13:32 0
>>611
>>614の言うとおりで、
偵察以外は下馬して普通に歩兵として戦った。

617 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:14:19 O
>>602
いくらある程度自由に動き回れたからって
あんな重い鎧来てドロップキックとか出来るわけねーよw

618 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:15:44 0
>>612
>>  西洋にも両手剣があるのは知っているが、ランスを両手剣に持ち替えても、さらに間合いを
>>取れる長刀や長巻の方が有利だろ。

そうやって、シャルルの突進公がスイスパイク兵相手に死んだ、状況を繰り返したいのか。
騎士は死んでも騎士道は死なず。
 

619 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:18:58 O
そういえば正式な戦闘の記録としてある「世界史上最後の騎馬突撃」は
今のところ、第二次大戦末期に旧日本軍が成功させた例のようだが
一体なんでまた騎馬突撃なんてことやったんだろう?

620 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:23:56 0
甲冑にもよるが徒歩戦用の甲冑なら逆立ちもできたらしい。
重すぎて動けないというのは後世の人の固定観念だろう。

621 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:25:53 O
じゃあドロップキックぐらいなら出来たか

622 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 03:27:10 0
>>619
>>一体なんでまた騎馬突撃なんてことやったんだろう?

史上最低の作戦「インパール作戦」を敢行したり、真珠湾攻撃で、
航空戦力の優位性を自ら証明しておきながら、大鑑巨砲主義に
先祖帰りしたりと、摩訶不思議な陸海分離旧帝国軍だから、
騎士道を見習ったんじゃないの?


623 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 04:33:49 0
インドでチャンドラボースは英雄だぞ

624 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 04:40:08 0
どの軍隊にも守旧派と革新派がいるんだよ
いつも革新派が正しいわけでもない
旧軍には戦闘機不要論なんてのもあった

625 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 08:27:27 0
>>622
おっと、屋内国士ちゃまの前でインパール作戦を出すと怒られるぞ。
なにせ、あれは自主撤退により大勝利だったらしいからなw

626 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 13:49:39 0
ルイス・フロイス
武士階級の食生活は、どの階級よりも質素である。
多くは菜食主義で、下は雑兵といわれる足軽から大名に至る迄、少食・粗食であった。
また着ている物も、普段は木綿の粗衣であったがヨーロッパ人に比べ暑さや寒さに強かった。

武士は戦いにおいて強靱振りを示した。
徒歩の下級武士は、全身に重い甲冑を着け、恐るべき早さで野山を駆け走りあるいは駆け登った。

騎馬侍という一ランク上の階級も馬術に長けているばかりでなく、体躯そのものが強靱であり、
脆弱な我々ヨーロッパ人と違い落馬してもそれで滅多に死ぬことはなかった。
また、敵に、一旦は馬から引き摺り落されても、掠り傷もせず再び騎乗し直すことができた。

刀で斬られても、あるいは槍で突かれても、傷が致命的な深手でない場合、その傷は直ぐに治り、それは不思議なくらいであった。



627 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 14:12:25 0
それってあれか。
外国の兵隊はこれだけ、我々の常識を超えたところにある恐るべき相手だ
といって、恐怖と焦燥と憎しみと、危機感を与えようとしているのか?
それとも単なる日本厨か。

628 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 14:25:47 0
どうか知らんがほかのネタ

ロバート・フォーチュン
その辺りの平地の所で、サムライが始終教練を行っているらしい。
囲いの高い柵や潅木の茂みで視界がひどく妨げられたが、時々兵隊の旗や、武器が見えた。
大名達は彼らの藩兵に、戦争の技術を絶えず訓練させていたのである。
そのころ江戸の大名屋敷の傍らを通ると、剣術をやっている喧しい物音が聞こえた。
私が江戸に滞在している間に、同じような音響をしばしば耳にした。
もし、不幸にして、ヨーロッパ諸国が日本と戦うようなことが起こったら、
日本人はシナ人よりも非常に優勢なことが判るだろう。
しかし、そのような、日本人と戦うようなことは、遠い将来のことにさせたいものだ。

629 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 14:31:30 0
アーノルダス・モンタヌス「日本誌」
戦いは日本人の頗る喜ぶ所なり。
彼等の武器は鉄砲弓矢の外に刀あり。
刀は非常に能く鍛えられあればヨーロッパ流の刀身などは容易にこれにて切断せらるべし。

ツュンベリー
その十分に鍛えられた刀剣と優美な漆器は、
これまでに生み出し得た他のあらゆる製品を凌駕するものである。
刃は比類ないほどに良質で、特に古いものは値打ちがある。
それはヨーロッパで有名なスペインの刃を、遙かに凌ぐものである。

ゴロヴニン『日本幽囚記』
鋼製品はどうかというと、日本の大小刀は、おそらくダマスカス製と並んで、
その他の世界中あらゆる剣を凌駕している。
また鋼その他あらゆる金屬の研磨にかけては、日本人は一頭地を抜いている。
彼らは金屬の鏡まで作るが、それはガラスの鏡と同様に反射するのである。



630 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 14:36:22 0
騎士のランスチャージ

騎馬武者・徒歩武者の和弓の水平射撃

騎士の集団に被害による脱落者を出しながら、武士の陣地に突っ込む

徒歩武者がすかさず、騎士の乗馬の脚を長巻で切りつける

落馬する騎士続出

徒歩武者が落馬した騎士の鎧の隙間に鎧通しや野太刀で突きまくる

ここで半数の騎士が人肉缶詰になる

残った騎士はそれでもランスチャージを騎馬武者に敢行

ランスの切っ先が騎馬武者に届く前に流鏑馬の要領で頭を撃ち抜かれる

それでも生き残りの騎士は融通の利かないランスを捨てて長剣を抜いて騎馬武者
に白兵戦を挑みかける

騎馬武者の郎党に長刀や熊手で馬から突き落とされたり引き摺り落とされる。そして、徒歩武者に鎧の隙間から鎧通しや野太刀で突きまくられる

それでも、兵力10分の1に減りながらも騎士は、騎馬武者に剣の切っ先を向けて突進。

騎馬武者は落ち着いて、接近してくる騎士に長刀の面打ちをお見舞いする。

騎士のバケツ兜がボコっと大きくへこんで頭蓋骨折による脳挫傷で一瞬にして意識不明の重態。

ここで下馬した騎馬武者は腰の太刀を抜いて騎士の首をとる。そして、騎士は全滅した。

631 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 14:40:57 0
日本を褒めたら日本厨ってレッテル貼りをするのはどうかとおもうが…
まあやつはキリスト教化の野望をもって来ているので単純に日本好きなだけの連中ではないわけだが

ルイス・フロイス
彼らの風習の多くは、我らのそれとはいとも大いにかけはなれ、
異風で隔たったものであり、かくも高き文化、いきいきとした才幹、
そして天賦の知性に恵まれた日本人と我々との間にこれほど
極端な対照が存在し得うるとはほとんど信じる気持ちにはなれぬほどである。
彼らの文化、風俗、習慣の多くの点で、スペイン人よりまさっている。
                        
ヨーロッパ人の肉体は繊弱なので、治癒が非常に遅い。
日本人の肉体は頑健なので重傷、骨折および災厄からも、
われわれ以上に見事に、しかも一層速やかに快復する。

632 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 16:47:11 0
>>631
>>日本人の肉体は頑健なので重傷、骨折および災厄からも、
われわれ以上に見事に、しかも一層速やかに快復する

この辺が、西洋ファンタジー物語なんかででてくる、怪物か悪魔かに
かぶって聞こえるのは、たぶんおれの目と頭がおかしいのだろう。

633 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 17:45:04 0
中世〜近世西洋の一般レベルでの衛生観念って実は結構遅れてるから
単純に西洋人は傷を化膿させたりすることが多かっただけじゃないかなという気もしてる

蘭学とか進んでたはずなのにね

634 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 18:00:28 0
フロイスは時々変な記述してる時あるからね

ただ、その時代の宣教師は一様に日本人の礼儀正しさ、酒癖の悪さ、泥棒の少なさに触れてはいる
上の方に出てたモースも泥棒がほとんどいないとか書いていたはず
魏志倭人伝にすら泥棒が少ないとか書かれてるところを見ると、
昔から日本人はあまり変わらないのかもね

635 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 18:08:39 0
> 中世〜近世西洋の一般レベルでの衛生観念って実は結構遅れてるから

19世紀の前半までの欧州人は入浴の習慣がないから体臭プンプン。
下着は汗と垢と先走り汁とマン汁でドロドロ。そして、チンカス、
マンカスまみれのままでセクロス。これで、性病が蔓延しない
方がおかしいという状況だもんな。

636 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 18:33:12 0
>>635
エリザベス女王は一ヶ月に一度風呂に入るほどの”異常なきれい好き”だw

それはともかく、西欧にも中世ぐらいまではそこそこ入浴の習慣があったようだが、
風呂の中でいかがわしい行為をしたりすること、
無知ゆえに裸の付き合いのある公衆浴場で病気が広がるとの噂があったこと・・・
などもあって、風呂の習慣がすたれたようだ

その他、日本やらと違って湿度が低く、乾燥した気候だって言うのもあるだろうけど

637 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 18:39:11 0
香水つける習慣あるのもうなづけるな

638 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 20:37:30 O
でもハンガリーはトルコの影響でお風呂大好きでした

639 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 21:54:47 0
>>633
ゲルマン民族国家でDQN度一位二位を争うオランダの医学などたいしたことない。
日本のオランダ商館で医務を担当したのはドイツ人かドイツ系が多い。学者系では
スウェーデン人もいるな。母国語で専門書の出版が出来ない小国では、学問系は
近隣国からの輸入に頼るほかない。

640 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 22:12:12 O
つーかシーボルトはドイツ人だしな

641 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 23:38:53 0
>>633
昔のヨーロッパでは傷を負うと殺菌と称して焼きごて当ててました。
殺菌はされるでしょうが、周囲の組織が火傷を起こして返って病菌が侵入しやすくなります。
一方、東洋では殺菌に焼酎を使ってました。まあ、アルコール消毒ですな。
なるほど、ヨーロッパ人は怪我からなかなか回復しなかったはずです。
しかし、日本が凄いというより中世ヨーロッパが・・・な気もしないではない

642 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 23:54:40 0
中世の学問といえば、大学が既に学問ギルドとしてできあがってたね。
学生中心のボローニャ大学型。教員中心のパリ大学型。
医学といえばイスラム医学の影響を受けて発展したサレルノ大学。
法学はダンテを輩出したヨーロッパ最古の大学、ボローニャ大学。
神学はパリ大学だったか。

643 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 23:55:44 0
>>641
日本でも「傷口に土を塗るのがいい」「馬糞を」
みたいなハナシもあるからみんながみんな焼酎塗ってたわけじゃないぞ

644 :世界@名無史さん:2009/03/09(月) 23:56:21 0
>>630
そうやって書かれるとそうなってしまいそうに思われてしまう。
Norman Conquestが、グレートブリテン島でなく、日本列島に元寇の代わりにやって来たら
起こってしまいそうだよな。

645 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 02:31:09 0
欧州人が騎士マンセーしている掲示板ってどこ?

646 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 02:39:48 0
普通に読むだけなのでどこか教えてください
前スレの人

647 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 03:42:03 0
馬糞てのは保温目的じゃね?

648 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 04:13:01 0
>>643
日本も不衛生という事ならやっぱり>>626の言うように日本人の自然治癒力が勝ってたことになるな
まあ普通に考えれば日本のほうが衛生的で西洋が不衛生なため治癒しやすさに差ができたと考える方が自然だと思うけど

俺はどっちでもいいけどね

649 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 09:57:48 O
そういや大河ドラマの風林火山だと馬糞を薬として勘助の傷治療するシーンあったな

650 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 10:34:23 0
 ローマ人は風呂好きで有名だったに。。。。
やっぱり、キリスト教と伝染病(ペストとか)の影響が大きいのか。。


651 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 10:40:21 O
戦闘員としての優劣なら騎馬戦も徒歩戦も柔軟にこなし、刀剣による接近戦も
長柄武器も使え、弓も使える武士の方が上だろう。

652 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 11:52:57 0
日本刀なら騎士の鎧も一刀両断できるしね

653 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 12:58:26 O
流石にそれはないよw太刀が鋼鉄の鎧すら両断できる代物なら
介者剣法なんて技術が生まれるわけがないし

654 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 13:32:53 0
介者剣法は技術じゃないわけなんだが…

言葉はあってもそんな流派はない


655 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 13:36:06 0
だいたい652みたいな明らかに過剰な書き方をするのは騎士厨の自演だったりするんだよね

まあ一刀両断は非常に条件が難しいが
ものによっては中身の人間は無事じゃ済まないってのはありえるんだが

656 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 13:40:28 0

四尺余の大長刀水車に廻して、跳懸々々火を散してぞ切たりける。
是を打取らんと相近付ける武士共、多く馬の足を被薙、冑の鉢を被破て被討にけり。

山徒寄京都事



657 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 13:42:19 0

七尺三寸の太刀だびら広に作りたるを、鐔本三尺計をいて蛤歯に掻合せ、
伏縄目の鎧に三鍬形打たる甲を猪頚に著なし、
小跳して片手打の払切に切て上りけるに、
太刀の歯に当る敵は、どう中諸膝かけて落され、
太刀の峯に当る兵は、或は中にづんど打上られ、
或尻居にどうど打倒されて、血を吐てこそ死にけれ。

神南合戦事


658 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 14:46:43 0
>>626
なんだこれw
戦国武士はサイヤ人か??

659 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 15:30:20 0
外人から見てサイヤ人の如く見える武士の姿って結構いろいろ書き残されてるもんだな

660 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 16:10:41 0
本国で注目を集めるために大げさに書いてるんだろ。

661 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 16:29:15 0
だといいですね

662 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 19:26:24 0
騎士厨ってチョンなんでしょ?

663 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 19:37:48 O
つか落馬したら死亡が西洋ではデフォなん?だとしたらむしろ騎士が雑魚杉だろ。
他の地域では落馬で死亡なんて完全にm9(^Д^)プギャー対象だったのに。

664 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 19:44:28 0
>>662
武士厨は白人から見ればチョンと見分けの付かない極東島国黄猿なんでしょ?
同族嫌悪は見苦しいからやめたらどうかね?

665 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 19:46:12 0
さすが白人様は言うことがちがうね

666 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 19:47:29 0
学問板とは思えないスレだ。

667 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 19:54:09 0
チョン=白人ということか

668 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 19:54:56 0
>>664
つーか同族じゃねーし

669 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:11:49 0
>>663
つ源氏の棟梁

670 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:14:17 O
>>666
当たり前だ。そもそもこのスレは武士厨やポン厨の隔離スレ。
その証拠に山野さんをはじめとするコテハンは歯牙にもかけてないだろ。
他のスレでは一笑に付されて論破されるレスばかりだが
そもそもレスして他のスレで粘着されるのもやっかいだから、まともな世界史板住人は放置してるだけ。
それなのに武士厨は勘違いして勝利宣言しておめでたいもんだ。

そもそも一番合戦経験があったはずの戦国当時ですら
日本は銃を使用する場面以外では殆ど単なる乱戦しかしていないという稚拙ぶり。

日本の武士団はカラコールやられたら易く瓦解するだろう
カラコールを防ぐには
陣前に砲列並べ一斉射撃するか
グスタフ・アドルフが行ったように騎兵隊の騎銃で敵より早く一線一斉射撃し
敵の戦列がそれにより乱れたところを抜刀 突撃で奇襲し敵を潰滅させるしかない

しかし戦国時代に至っても日本の武士団には独立した騎兵部隊は存在しないし、その部隊戦術もない
そもそもそれ以前に去勢技術も馬蹄技術、ギャロップを可能とさせる馬具も全く存在しない
しかも異常に重装備で重い騎馬 武者が体高120〜140cmのポニーサイズの馬に乗るため
欧州やムスリムの騎兵やユーラシアの遊牧民と騎馬武者が互角に戦えるとは到底考えられない

おそらく通常の歩兵主体の戦いでも画一化された銃撃後、乱戦に持ち込むしか能のない武士ではテルシオ陣形は破れない

671 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:19:07 0
>>663
現代でもジョストは良く行われていて、
実戦用より重い甲冑を身につけた競技者が良く落馬してるが、
死ぬことは殆どない。

672 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:20:24 0
まぁ騎士厨は前スレから負け惜しみしか書いてないな

673 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:22:47 0
ポニーサイズと云うがユーラシアもヨーロッパも昔はポニーだってのw
中世に入ってから改良したいったんで

674 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:32:30 O
そもそも>>670が自慢するグスタフアドルフが乗ってたのもポニーなんですけど。
更に言えばヨーロッパの騎兵のが機動力がアレだったんですけど。

675 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:35:47 0
ブスvsキス


676 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:39:50 0
日本の木曽馬は小さくても高馬力、騎士の乗ってるような見掛け倒しの駄馬と一緒にしてもらってはこまる。

677 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:43:53 O
ていうか騎士様(笑)達はモンゴルが乗ってた馬を
>>670みたいに「こいつら戦場にポニーに乗ってきてやんのプギャーw」
ってバカにしてたら一方的に虐殺されて国土も蹂躙されちゃったんだよね。

678 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:45:21 0
>>670
ってなんなの?有名コテの名前だして自分がえらいみたいなことおもってるの?
よくいるよねこういう痛い子

679 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:50:00 0
ヨーロッパは重種の原産地だろ。重種の肩高は高いよ。
アラブはサラブレッドの元になったアラブ馬の原産地だし。
アラブ人は移動にはラクダ、戦闘では馬と使い分けてたらしいが。

680 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 20:58:38 0
アメリカ車やヨーロッパのでかいだけの車は高性能な日本車にいまでも歯が立たない

681 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 21:00:53 0
ヨーロッパは中世にアラブの馬を取り入れて品種改良しでかくした
最もデカ馬は突撃にしか使えず、火器で使えなくなったが

682 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 21:09:19 P
ペルシュロン種は8世紀以前から軍馬に使われているわけだが

ポニー?

683 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 22:33:58 0
日本軍の強さなんて満州兵より格段に劣るよ!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E5%A6%82%E6%A2%85

684 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 22:36:39 O
>>670
日本にも陣形戦術は普通にあったんだけど。
あと武士のメインウェポンは弓で次は槍か長刀なんだけど。

685 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 22:38:28 0
>>670
日本の武士はやぶさめやってるから、テルシオなんてあっというまに瓦解するよ

686 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 22:45:34 0
テルシオ弱点=動きが遅い
入り組んだ森や山間に誘導し機動性にとんだ足軽と武士の奇襲であっというまに壊滅

687 :ホットパンツ:2009/03/10(火) 22:45:45 0
武士が騎士よりつよい?
笑わせるな!
武士の強さなんて満州兵にすら格段に劣るよ!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E5%A6%82%E6%A2%85

688 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:18:23 0
日本で馬鎧が発達しなかったのは移動用だったからなのか?

689 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:20:37 O
>>687
Wikiソースwwwwwwwwwwwwwww
バカスwwww




>>1
マジレスすると
何世紀の武士と何世紀の騎士なのかで変わると思う。
武器も戦法も違うし

690 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:24:59 0
>>670
テルシオやカラコールは、騎士の戦法じゃないぞ。専制君主が雇った傭兵部隊の戦法だろうが。
それに騎士は飛び道具を使わん。後世のレイターなんかは、全く騎士ではなく一兵種としての
銃を持った騎馬兵で傭兵が中心。傭兵隊長クラスだと爵位を持っているものも居た様だが、
兵士や下士官連中はならず者上がり。
あくまで、下級軍事貴族としての騎士と武士の比較とすべきだろう。

691 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:30:46 0
俺は本当の歴史をある程度知っている者なんだけど、

もしかして、文禄・慶長の役は本当は日本に攻めてきたヨーロッパ
諸国の軍=十字軍と日本勢との戦いの事なんじゃないか?

日本側とされている勢力・・・本当はヨーロッパ諸国の日本攻略
部隊と、山城に篭もっていた白人系日本人勢力

朝鮮・明側とされている勢力・・・本当は日本側部隊

なんじゃないか?強靭な体格の兵、重装甲の騎士、大量の
鉄砲・大砲を装備した強いヨーロッパ勢力と、弱い日本勢、
という構図が見えてくるが。

692 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:31:21 O
てかさあ、武士、日本軍弱小派はなんで一次史料も挙げずに
ウィキとかヤッホー知恵袋ばっかしソースにするわけ?wバカなの?

693 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:35:03 O
>>691
釣られないお( ^ω^)


>>692
逆w
バカだからWikiをソースにしてしまうんだお( ^ω^)

694 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:39:29 O
そうか。ここが塩野スレや元スレやモンゴルスレ荒らしてる
ネトウヨどもの巣窟か。武士強い説は各地で散々に論破されてるのに
懲りない連中だな。尤も>>670が言うように隔離スレとして機能してるからまあ存在価値はあるか。

695 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:39:49 0
そういえば、日本の甲冑には拍車が付いてないよな。

696 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:40:45 0
おい騎士厨
読んでんだろ
書きこめよ

697 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:41:34 0
>>694
煽り屋乙
そしてハングル板に帰れ

698 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:44:58 0
和弓は同時期の西洋の弓と比べて性能が劣っているらしい
ソースはニュー速

699 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:48:58 O
>>694
どう見ても逆やん。
いっつも論破された否定派がやれ「ネトウヨ」だの「ニート」だのレッテル貼るか
「武士はアフリカ土人並みの首狩り蛮族」だの「結局日本はまともな文明技術がなかったよね」だの必死で話題を逸らすか
「日本では幼稚な一騎打ちが〜」だの「戦争で高度な駆け引きなんて全く無かった」だの
散々論破されたような俗説をウィキソースで引っ張り出すかのどれかやん

700 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 23:51:55 O
>>698
>和弓
>同時期の西洋の弓


・いつの時代なのか
・戦法または用途
・使用していた集団の身分
・材質など弓自体の設計


↑以上4点をkwsk

701 :691:2009/03/11(水) 00:07:00 0
圧倒的体格、大量の銃に大砲を装備したヨーロッパの兵士・騎士
に惨敗する日本勢、しかしヨーロッパ勢も持久戦は苦手で撤退、
という事だったのだろうか?

702 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:08:21 O
アホな武士厨に鉄槌を下したいと思ったあなた!
今年の選挙では清き一票を民主党にどうぞ!

703 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:11:06 0
隔離スレは日本史板でやってくれ。鬱陶しい。

704 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:13:58 O
アホな武士厨に鉄槌下したいんなら武士厨の本拠地のここと
日本史板の元冦スレで明確な史料を提示した上で日本軍は強い子論を論破してみろやw

705 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:15:02 0
ここは武士厨の本拠地だったのか。レベルが低いな。

706 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:16:58 O
レベル低い言うんなら論破してみろや

707 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:19:09 O
渡海とか兵質とかそういう要素を一切無視してウリナラマンセー。
日本もだんだんKの字に似てきたのかもな。

708 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:22:29 0
どんな兵種も指揮官次第で強くも弱くもなる、イギリス軍をやぶったアフリカの原住民もいたよな。

709 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:23:35 0
>>707
元寇で戦ったモンゴル軍は、その前に三別抄の乱鎮圧戦で渡海作戦に圧勝してること知らないでしょ?

710 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:27:13 0
素手でもライフルに戦術と熟練次第で勝てる

711 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:28:39 O
三別抄なんてモンゴルに
「全羅道の支配権を認めれば臣従します」なんて
書状送った高麗のヘタレ反乱軍だろ?
もともと崔氏の私兵みたいなゴロツキだしな。

712 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:33:07 O
>>708
(・3・)あるぇー?
今まで騎士派は散々「日本の歴史にはまともな指揮官もいなけりゃ戦術もない」
って主張して無かったっけぇー?w

713 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:35:50 0
モンゴル軍は、補給物資の大量輸送可能な海運を利用できるという有利な点がありながら、
鎌倉武士に全く歯が立たなかった。
つまり、単純に鎌倉武士よりも弱かったってことじゃん。

714 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:36:01 0
西洋式の甲冑を身につけ西洋の鉄砲を取り入れた信長甲は世界最強。
西洋式の甲冑を改造し西洋の大砲を取り入れた家康甲は宇宙最強、

715 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:39:19 O
>>713
モンゴル軍が物資の大量輸送が可能な船を使っていたというソースは?

716 :691:2009/03/11(水) 00:41:12 0
太平洋戦争での日本軍の海上輸送網の途絶→敗北
を逆に考えると、十字軍は日本で十分に補給が届か
なかった可能性が高いな。

717 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:42:45 0
>>714
鉄砲どころか甲冑まで劣化コピーか。

718 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:45:17 0
>>715
ソースは高麗史。
元軍のの船900隻は、3か月分の兵糧11万石が積載可能なのね。

719 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:58:23 0
中国式の学問をやり、西洋式の鉄砲を撃ち、西洋式の鎧を着て西洋式の大砲の使い方も熟知せずぶっ放す
これこそ武士道

720 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:04:01 O
そんな原始的な戦い方しかしてなかったのに、実際結構強かったってのが逆に凄いわw
そりゃ宣教師に戦闘民族サイヤ人扱いされたり明の乞食皇帝に修羅の国扱いもされるわw

721 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:04:50 0
>>719
しかも、刀は南蛮鉄。

722 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:05:03 0
野蛮人だから強いって言ってるのか?

723 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:06:50 0
騎士は野蛮人だけど弱かったよ

724 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:10:10 O
武士はその騎士より教養があったよ

725 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:44:27 O
ここのネトウヨどもは世界史板住人どころかVipやニュー即民にすら論破されるレベル

726 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:48:12 O
モンゴル帝国の皇族含む精鋭が多数参加した征西軍と
大部分が高麗・南宋の兵士で編成されてた文永・弘安の役の元軍
は単純比較はできねーよ。

727 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:48:25 0
>>725
資料はなにも上げられず
印象操作しかできないのか?

728 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:49:24 0
>>726
そういうことにしたいよねw



729 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:50:20 0
高麗史にある軍議の記述。文永の役の博多の戦闘後。
わずか1日で元軍戦意喪失。

元軍司令官「蒙人は戦に慣れてるがこれ以上は何も得られない」

高麗軍将軍「我が兵少なしといえども既に敵地に入っている。船を焼き背水の陣でまた決戦したい」

元軍司令官「疲れた少ない兵では大軍の餌にしかならない。撤退するしかない」

730 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 01:57:46 O
>>726
もう反論すんのも面倒くさいからこのスレをもう一度>>1から読み直せよw

731 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:02:28 O
>>726だけど、ワールシュタットの騎士の戦術が
文永弘安の役の武士側の戦術より劣るのは認めるわ。
しっかりと水城やその他の城壁で防御を固め隙が出た東路軍を志賀島で撃破した武士と
身なりで侮りランスチャージかけて後方と寸断され殲滅された騎士じゃあな。

732 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:03:03 0
>>724

この武士が日本の「文武」階級を形成している。
「学者・紳士」がアメリカ人おはこの賛辞であるが、
日本では「学者・兵士・紳士」になるのが武士の望みである。
これは一見乱暴な組合せのようだが、その精神がこのアジアの帝国の若い命を燃え立たせて、
キリスト教国の科学と言葉の流入から学ぼうと思わせるのである。
ウィリアム・グリフィス


人々はいずれも色白く、きわめて礼儀正しい。
一般庶民や労働者でも驚嘆すべき礼節をもって上品に育てられ、
あたかも宮廷の使用人のように見受けられる。
この点においては、東洋の他の諸民族のみならず、我等ヨーロッパ人よりも優れている。

国民は有能で、秀でた理解力を有し、子供達は我等の学問や規律をすべてよく学びとり、
ヨーロッパの子供達よりも、はるかに容易に、かつ短期間に我等の言葉で読み書きすることを覚える。
また下層の人々の間にも、我等ヨーロッパ人の間に見受けられる粗暴や無能力ということがなく、
一般にみな優れた理解力を有し、上品に育てられ、仕事に熟達している。
ヴァリニャーノ『日本巡察記』

733 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:06:57 0
>>726
文永の役って南宋征服作戦と同時に行われてるじゃん。
で、その南宋征服作戦なんだけど、中国を征服するのはやっぱり中国人に任せた方が良いだろうってことで、
モンゴル人は最小限に抑えて中国人部隊の大量投入で実施されたの。
高麗も長年のモンゴル軍の侵略のせいで疲弊しきっていて、満を超える兵士を動員するなんて不可能だしさ。
つまり、文永の役の元軍が中国人や朝鮮人主体で編成されていたなんてことは、時期的にありえないの。

734 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:10:19 O
>>733
指揮官がそもそも高麗人の洪茶丘じゃん

735 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:13:25 O
>>731
将軍レベルで言えば確かにバトゥやスブタイと
元冦の時の将軍たちでは比較にならんね。
しかし兵の質や装備で言えばむしろ弘安の役の時が大元ウルスの最盛期だぞ。
高麗南宋ばっかというが割合で言えば一番多数だったのはやはりモンゴル人だ。
そこら辺は上の方のレスでも触れられてるので参照されたし。
個人的には地理的な要因考えれば当時の元で
最も偉大な将軍だったバヤンでも難しかったんじゃないかとは思うがな。


とはいえやっぱ一番凄いのはマムルークかな?

736 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:15:07 0
>>734
洪茶丘直属の部隊はたった500人だよ


737 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:15:45 O
ついでにいうとモンゴルのヨーロッパ遠征軍にもホラズム人やスラブから徴用した兵士も結構いたよ

738 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:16:03 0
>>687
wikiねえ…まあいいけど

そりゃ支那にだって強い個体がいてくれなきゃ困るよ
ただでさえ文禄慶長の役は日本が圧勝しすぎて「武士が強いんじゃなくて明が弱すぎただけ」って言われてるんだから


「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
(日本との七年に及ぶ戦争によって我が明は膨大な犠牲を強いられた。
我が国と属国朝鮮に勝算は無かったが、関白豊臣秀吉の死によって戦争は終わった)



739 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:20:27 0
そもそも文禄の役では加藤清正が女真軍と戦って勝ってるし

740 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:22:24 0
「朝鮮王朝実録」
 「日本兵との接近戦を禁じた」
 「日本兵捕虜に熱心に剣術を習った」

「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。

741 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:23:06 O
つーか石田三成や小西行長がいらんことして足引っ張ったから失敗した

742 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:25:40 O
>>739
その話は初耳だ。kwsk

743 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:32:57 0
>>742
加藤清正って文禄の役で朝鮮国境を越えて満州まで攻め込み、
女真軍と戦った末にいくつか城を攻め落としてるんよ。

744 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 02:51:02 O
>>741
三成が伸びきっていた戦線を一旦漢城に集結させ
一気に敵を叩こうと明を迎え打ち、打ち破ったのが碧てい館の戦い。
実際に戦闘指揮をとった小早川隆景の吊りだし戦法に目がいきがちだが
三成があのまま戦線放置してたら日本側は兵糧切れで自滅してたと思うよ。
それこそインパール作戦の日本軍みたいにね。

745 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 03:06:15 0
とはいえ、石田・小西と加藤の軋轢は相当なものだったと思うよ。
日本軍の指揮系統がよくわからないんだよね。
明・朝鮮側は加藤を総司令官のように誤解してるけど、ただの先鋒にすぎないし。

746 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 03:22:55 O
元冦の時もそうだな。小児さんが一応現場指揮とってたみたいだが
総司令官って柄じゃ無かったみたいだし、命令系統も他国に比べはっきりしてないな。
日本の場合は割とみんな好き勝手に戦ってたっぽい。
というか奈良時代の軍制が平安期に崩壊した時点で実質
そういう組織立ったことはやらなくなったからな。

まあそれでアッサリ勝てちまうってのがある意味武士のすげーとこだが。

747 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 03:23:41 0
>>741
明も言っているように中止になったのは秀吉が死んだから
現地の武将レベルで心配とかが決まったわけじゃないよ

748 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 03:42:29 0
>>746
まあ少なくとも恩賞がほしい子はちゃんと指揮官に従って戦ってたみたいだな

鎌倉遺文11743「関東御教書(長府毛利家文書)」
「蒙古人襲来対馬・壱岐、既致合戦之由、
覚恵注申之間、所被差遣御家人等也、早来廿日以前、下向石見国所領、
彼凶徒寄来者、随守護人之催促、可令禦戦、更不可有緩怠之状、依執達如件、
文永十一年十一月三日」

「一、寄役所致自由合戦、
  縦雖抜群之忠、不可被行其賞、所詮随大将命、可令進退由厳密可被相触九州守護並御家人
  以下輩也、」

749 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 03:52:50 0
文禄慶長以前に明はスペインに狙われていた。
秀吉もそのあたりを警戒し何が何でもスペインにだけは取られまいという意思があった
ルソンに対しても秀吉は脅迫を行ってるし

結果的に文禄慶長の役によって
スペインは明の植民地化を進めれば日本が物言いをつけてくるであろうことを確信したわけだ

日本と争ってまで明を占領するか、明をあきらめ南アメリカの侵略に集中するか
スペインは後者を選んだ。




750 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 03:59:00 0
てか普通にイギリスとの海戦に負けたのが決定要因じゃねえの

751 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 04:05:25 0
パステルス「日本スペイン交渉史」
ルソン提督がスペイン王フェリペ2世に宛てた手紙
「コーチシナ、ここは1000人で征服できます。
カンボジア王国、ここは我ら(スペイン)の生活の面倒をみてくれています。
シャム、ここは1500人で征服できます。
いずれも偉大なスペインの旗を立てるのは容易ですが・・・・・
日本が攻めて来れば、ルソンは壊滅します。」

752 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 04:07:09 O
武士つえー派の俺だが流石に>>749は無いと思う

753 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 04:13:53 0
まあ実際スペインが明征服に日本のキリスト大名の戦力を期待してたのは有名な話だな
それがキリスト教追放であてが外れたのは確か


754 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 04:17:45 0
そういや火縄銃の世界大会の上位入賞者はみんな日本のアンティーク火縄銃を使いたがるらしいな


755 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 04:20:40 O
軍事的には到底無理だがそれこそ支配者層を
みんな改宗させれば日本の植民地化も夢じゃなかったかも。
尤も八百万の神とか神仏習合なんて感覚の日本で
他の神の存在認めないキリスト教がマジョリティになるなんて有り得ない話だが。

756 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 04:22:20 O
>>754
スレチだが前にテレビでやってたがアメリカの射撃場で
火縄銃ぶっ放した爺ちゃんカッコ良かったw

757 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 04:53:16 0
騎兵の軍人て国際人がおおいね

758 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 05:08:27 0
>>755
そんなのローマだってゲルマンだってゼウスだのオーディンだの崇めてたんだから同じだろ
日本の場合まったく新しい宗教に染まるには社会が成熟しすぎてたんだろう

759 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 07:46:43 0
>>749
さすがに当時のスペインでも明征服は無理。
地球の反対側まで行って戦っても返り討ちに遭う。
ポルトガルが既に明相手に小競り合いを一回起こしたけど、簡単に排除されて終わった。
後、オランダがやっぱり明とボウコ諸島を巡って紛争を起こしたけど、やっぱり
最終的には排除されてる。
あの当時のヨーロッパって実はそこまで強くないよ。まだトルコには負けっ放しの状態だし

760 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 10:25:04 O
当時の世界最強はなんつってもトルコで次点はムガール。

761 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 14:08:25 0
>>760
次点はムガールなんてありえん。
イスラム限定でも、ムガールはオスマン帝国、サファヴィー朝、シャイバーン朝の後に続く4番手。
中央アジアを巡る戦いで他のイスラム勢力に負け続け、仕方なくインドへ逃げ込んだってのがムガールの現実。

762 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 21:19:23 0
当事明は世界最大の大国だよ人口一億いたし

763 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 22:16:09 O
えーっと、纏めると10世紀〜15世紀においては
戦術、装備、兵の質において日本>ヨーロッパ
但し築城や兵器の技術に関してはヨーロッパ>日本
ある意味最も注目が集まる(?)16世紀〜17世紀初頭においては
海軍力、大型兵器関連の技術ならヨーロッパ>日本
陸上の歩兵戦力なら日本>ヨーロッパ
戦術その他はほぼ互角と見ていいんじゃね?この板だとヨーロッパ>日本と言う人多いが。
17世紀中頃〜19世紀中頃までは江戸時代真っ只中なんで完全にヨーロッパ>日本
19世紀中頃以降は流石にスレチなので割愛。


まあこのスレざっと見ただけだし、補給とか国力完全無視だし
俺自身あんま知識ないから世界史詳しいこの板の住人からは一笑に付されるかもしれんが。

764 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 22:20:30 O
>>762
明の時代どころか日清戦争で負けるあたりまでは中華の王朝は古代から
近代まで一貫して国力なら世界最大の超大国だったぞ。
因みに18世紀以前は日本は国力ではフランス王国とほぼ同じぐらいだったようだ。

765 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 22:39:13 0
>>763
築城&兵器も日本>ヨーロッパ

766 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 22:41:15 0
>>764
いや乱世で疲弊したり激減したりしてる


767 :ホットパンツ:2009/03/11(水) 22:49:12 0
ネトウヨは見苦しすぎる!
前にも書いたが、満州兵は日本兵より格段に強い!
また、神聖ローマ兵も日本兵より格段に強い!
オスマントルコのスレイマン大帝率いる12万以上
の大軍を撃退している。
それも当時フランス王国や国内のプロテスタン諸侯
と対立しているなかだぞ!

768 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 22:53:55 O
>>765
釣り耐性の無いことに定評がある世界史板住人だが流石にそれは釣れないわ。

>>766
因みに一番激減したのはどの時代?

769 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 22:55:42 0
1人当たりのGDPの歴史的推移(日本と主要国)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4545.html

単純にGDPだけ見たら、1000年代から西欧諸国に差を付けられていくのがわかる。
中国と日本のターニングポイントは18cか。

770 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 22:55:59 O
>>767
神聖ローマは知らんが女真兵は実際に加藤清正と交戦して負けてるんですけど

771 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 23:01:17 O
この手の話題はこのスレが詳しいな

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1057085264/

772 :ホットパンツ:2009/03/11(水) 23:28:01 0
朝鮮半島1つとれず自軍の4分の1(文禄:日本16万対明5万)や半分
(慶長:日本14万対明8万)の兵に追いやられて朝鮮を追い出された
日本の兵がオスマントルコのスレイマン大帝率いる12万の大軍を撃退
した神聖ローマの軍の方が強い!
神聖ローマは当時国内にプロテスタント諸侯が国外においてはフランス
王国がある!その状況でだぞ!

773 :ホットパンツ:2009/03/11(水) 23:34:54 0
日本の侍が強かったら、朝鮮半島くらい占領している!
文禄の役(16万〜20万) 慶長の役(14万〜18万)
足掛け7年もかかって朝鮮半島の寸土も手に入らなかった
のは日本の侍の強さがどの程度かわかる!
ちなみに明軍は文禄(4万5千) 慶長(8万〜10万)だった!




774 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 23:34:57 0
「倭兵30人で女真1人に敵すべからず」

袋叩きにするのとサシでやるのは別だろう

775 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 23:42:46 0
>>772
それはスレイマンの病死に助けられただけだろ。バトゥの西征がオゴタイの死で途中で打ち切り
になったのと一緒。
それにハプスブルク家の神聖ローマ帝国は、戦争に弱い。広い領地を得たのは、婚姻政策による
相続で獲得していったわけだし。たまたま、その相続で手に入れたスペインはまぁまぁ軍事的に
強かったが、それも17世紀初めまで。

776 :ホットパンツ:2009/03/12(木) 00:21:58 0
だいたいバトゥの西征がオゴタイの死で途中で打ち切りになった
といってもその後もモンゴルはロシア一帯にいて(バトゥウルス)
200年くらい支配をつづけていたんだぞ(タタールのくびき)
その間もヨーロッパへの侵攻を続けていたがうまくいかなかった。
ちなみにペストの大流行はそんなモンゴルがベネチアの殖民都市
に広めたのがヨーロッパに広まった。
また当時のヨーロッパの君主神聖ローマのフリードリヒ2世やフランス
のルイ9世の対応を見るとリーグニッツの戦いもたいしたことないのだろう!


777 :ホットパンツ:2009/03/12(木) 00:25:41 0
加藤清正が女真を打ち破ったソースをどうぞ!
なお女真族もヌルハチ以前と以後では強さに違い
は当然あるだろうよ!
ヌルハチ以前は大明と戦争することなど考えても
いなかったのだから当然日々の軍事教練もあまりしてなかっただろうし!

778 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 00:53:29 0
>>769
日本は20世紀まで殆ど変わらないな。

779 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 01:25:14 0
まあ斬り合いになりゃとんでもない士気で日本人は強かったんだろう。

780 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 01:30:42 O
俺も気になってた。朝鮮の国境越えてオランカイまで攻め込んだ加藤清正が
女真族を打ち破ったって話をよく見かけるんだがマジか?俺からもソースよろ。
あと「倭人30人束になっても女真兵1人に勝てねえよw」って言ってた李如松って
確か小早川隆景の釣り野伏に引っかかってボコられた人じゃなかった?

781 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 01:37:44 0
>>769
1人当たりGDP
   日本  世界  対世界倍率

西暦1  400  467  0.86
1000  425  453  0.94
1500  500  566  0.88
1600  520  596  0.87
1700  570  615  0.93
1820  669  667  1.00
1870  737  873  0.84
1900  1,180  1,262  0.93
1913  1,387  1,526  0.91
1940  2,874  1,962  1.47

1940年まで対世界倍率が1以下というのが泣けてくる。
つまり大した国ではなかったということだな。

782 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 01:39:28 O
>>776
オゴタイ死後、後を継いだのが欧州戦線総指令官のバトゥとは
犬猿の仲だったグユク。バトゥはモンケを立てようとしたが
グユクの母に先手を打たれてその対応に迫られた。
んでもってその後は一旦征服した地の後処理もしなきゃいけないしで
結局ロシアの辺りに居座っちゃった。で、バトゥも結局病死。
まいっかって感じでそっから先は攻め込まなかったってか
帝国が分裂して攻め込むほどの兵動員出来なかった。
他のハン国との摩擦もあってそれどころじゃないし。

783 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 01:54:59 0
>>777
加藤清正が女真軍に勝ったのは思いっきりヌルハチ時代じゃん

784 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 02:27:25 0
>>763
粗過ぎる
全日本連合VS全欧州連合
で比較するのか?
それとも
上杉氏VSノルマンディー公
のような比較なのか

>>765
築城や兵器に関しては総じてヨーロッパのほうが上の場合がおおいだろう
火縄銃の数において1600年前後で日本が上回ってるくらいであとは欧州勢のほうが質的数的に優性

785 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 02:27:54 0
>>768
無知とは怖いな・・・
築城技術が日本>ヨーロッパなんてことは、欧米の戦史研究者も認めているのに・・・

786 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 02:48:18 O
>>784
確かに単純比較出来んわなw特に16世紀なんて。

787 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 10:00:50 0
>>785
>>築城技術が日本>ヨーロッパなんてことは、欧米の戦史研究者も認めているのに・・・

古代より、攻城塔や破城鎚、坑道、投石機、堀埋め、バリスタの猛攻にさらされて、
15、16世紀には、大砲の活躍でさらに進化したヨーロッパの築城技術と
 攻城技術が殆どない日本の築城技術がヨーロッパより上なんて事はあり得ない。


788 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 10:08:22 O
>>769
>>781
確か国力比較スレだと1820年の時点で世界6位
17世紀初頭の段階でも結構いい線行ってるデータとかあったな。
あとニコニコに以前うpされたてたやつだと近代以前はイングランド
近代以後はイタリアとほぼ同じぐらいで戦後爆発的に伸びてた。

一体どれが正しいんだろ?

789 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 10:10:59 O
>>787
ヨーロッパ>日本なのには同意な上でいうが
バリスタと投石器以外は普通に日本でもやってたよ。

790 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 11:36:43 0
>>783
ヌルハチが台頭したのは朝鮮出兵のあとじゃん
まだまとめきれてない

791 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 11:44:42 O
なんか日本弱いよ派も日本強いよ派もどっちも言ってることが極端すぎるわ

792 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 11:57:04 P
>787>789
石積の土台の上に木造建築

の日本の城より

全部石造

の西洋の城のほうがどう考えても上だろ

793 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 13:06:32 O
地震がきたら忽ちあぼーんしちゃうけどねw

794 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 13:35:38 O
>>791
双方ともにいずれかの知識しかないからな。
ポン厨は日本史の知識しかないし、逆に白人厨は日本史の知識皆無。

尤もこういう、色んな地域の軍や戦術について比較し語れるるスレって
なかなかないから貴重なんだがなあ

795 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 14:24:43 0
>>792
その考えは浅はか過ぎる。
全部石造って大砲の攻撃受けると破片が飛び散って損害が増大するんだよ。


796 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 14:38:05 P
>全部石造って大砲の攻撃受けると破片が飛び散って損害が増大するんだよ。

それこそ浅はかすぎるだろ
日本の城は全部石造で作らなかったのではなく
作れなかっただけ。
やろうとしなかったのではなく
石工技術が低すぎた。

大砲による被害を軽減するために石造にしなかった、なんて珍説みたことねーぞ

穴太衆とヴォーバンのレベルの違いですな

797 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 14:46:29 O
>>796
>>793

798 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 14:52:41 0
>>796
大砲出現によって全部石造はベストの選択ではなくなったんだよ。
だからどんな理由であろうが現実に日本の城の方が防御力は上。

799 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 15:39:14 0
でも日本には、そもそも石造りの城自体最初からなかったのでは?
大砲に対して、優位性があったとしても、それはたまたまで
数百年前から大砲の威力を想定していたわけではあるまい?

800 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 18:11:39 O
中世のころは天然の要害を利用した山城が殆どやね。
それも殆ど消耗品扱い。まあさっきから暴れてる奴は完全釣り目的だろうが。

勘違いしないでほしいが俺は武士派だぞ。
武士の強さは相当なもんだと思ってるし
未だに元冦関連で間違った通説がまかり通ってるのは憤りを覚える。
それでも築城技術や近代以前の海軍力は流石に優れていたとは言えないよ

801 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 18:40:19 P

大砲を用いた攻城戦なんて日本じゃあんま起きなかったからな

日本の城、とりわけ天守閣を備えた平城なんてのは
まともに砲で撃ち合うタイプの戦闘にはからっきしでしょ
>798はウリナラマンセー臭いよ



802 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 19:06:37 O
上で挙げられてる熊本城だって半島から職人拉致して作らせたもんだしな。
城攻めに関する技術や戦術は西洋どころか半島以下だったのが現実。

803 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 19:18:47 0
信長公なら大砲なんてなくても熊本城を100人で3日で落とせたよ

804 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 19:25:12 O
>>802
職人?
「倭城スゲー」とか言ってた奴らが?

805 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 21:25:29 O
騎乗槍すら存在しない時代なのに草履もどきを蹄鉄代わりに履いた極めて小型のポニーに乗った重武装の騎馬武者が
発射速度が緩慢な騎射だけで大量の兵や騎士と対等に戦うことが到底出来ないと思うんですがね
騎馬武者が打物するときは殆どの場合下馬してから行うんですけどね

806 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 21:37:37 0
武士なんざ攻城戦の名人スピノラにボコボコにされるのがオチ

807 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:05:56 O
戦国時代ですら日本は銃を使用する場面以外では殆ど単なる乱戦しかしていない

日本の武士団はカラコールやられたら易く瓦解するだろう
カラコールを防ぐには
陣前に砲列並べ一斉射撃するか
グスタフ・アドルフが行ったように騎兵隊の騎銃で敵より早く一線一斉射撃し
敵の戦列がそれにより乱れたところを抜刀 突撃で奇襲し敵を潰滅させるしかない

しかし戦国時代に至っても日本の武士団には独立した騎兵部隊は存在しないし、その部隊戦術もない
そもそもそれ以前に去勢技術も馬蹄技術、ギャロップを可能とさせる馬具も全く存在しない
しかも異常に重装備で重い騎馬 武者が体高120〜140cmのポニーサイズの馬に乗るため
欧州やムスリムの騎兵やユーラシアの遊牧民と騎馬武者が互角に戦えるとは到底考えられない

おそらく通常の歩兵主体の戦いでも画一化された銃撃後、乱戦に持ち込むしか能のない武士ではテルシオ陣形は破れない

808 :691:2009/03/12(木) 22:12:22 0
実際に騎士と武士が戦った結果が、文禄・慶長の役での
日本兵・・・本当はヨーロッパ兵士、騎士
明、朝鮮兵・・・本当は日本の足軽、武士
だから、武士は騎士に戦闘自体では負けているはずだけど。

809 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:19:23 0
カラコール(苦笑
騎士のザコさと後進性の象徴じゃないかww
日本とやったら鉄砲の装備率が桁違いすぎて、
一度の一斉射撃で壊滅するよww

810 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:19:26 0
日本の鉄砲保有数は世界一です。騎士の鎧もすべて穴ぼこになりますよ

811 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:24:17 0
15世紀に既に明と大火力戦を繰り広げていた日本から見ると
16世紀になっても、カラコールみたいなお遊戯が通用していた
ヨーロッパってほのぼのしてて羨ましいよwww

812 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:31:31 0
武士厨アンチの俺でも

士気の低い傭兵が戦ってるように見せかけてるだけの効果の低いカラコールに
武士が負けると言い切るのは、無理があるように思う。

813 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:36:35 O
じゃあスピノラにぼこられることは否定しないんだな。あと>>805も。

814 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:42:03 0
武田の騎馬隊って嘘なの?

815 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 22:49:59 O
>>814
未だにそんなの信じてるの?大河ドラマの見過ぎ。

816 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 23:03:56 0
長篠の戦い1 戦いの「実像」騎馬隊
http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/jyuhou_to_rekishi02-03.htm

817 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 23:13:08 0
騎馬隊といっても騎乗して戦闘はしないだろ

今のヘリボーン、いうなれば「騎馬機動歩兵中隊」が武田騎馬軍団の正体


818 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 23:31:26 O
まあ要するにまともな騎兵すらいなかったんだ。
そんなんで高度な戦術持つ西洋に喧嘩売るなんて武士厨はホントに脳が湧いてるよ。
旧軍もこんな感じで連合軍にぼこられたんだろうなあ

819 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 23:40:57 0
コサック騎兵にフルボッコされた近代国民軍のナポレオン軍について

820 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 23:44:15 0
大河ドラマとか映画とか漫画に出てくる
日本の騎馬隊のイメージって何なの?西洋から来てるの?
時代考証無視しすぎだろ。

821 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:01:41 0
クレヨンしんちゃん戦国大合戦の戦史考証は結構正確らしい。

822 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:07:57 0
追撃戦のときぐらいは乗ってただろ

823 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:10:14 0
同じルイス・フロイスの記述
>騎馬侍という一ランク上の階級も馬術に長けているばかりでなく、体躯そのものが強靱であり、
>脆弱な我々ヨーロッパ人と違い落馬してもそれで滅多に死ぬことはなかった。
>また、敵に、一旦は馬から引き摺り落されても、掠り傷もせず再び騎乗し直すことができた。
どう見ても騎乗したまま戦ってる。
長篠の戦いでは「武田は絶対馬を乗り入れてくるから気合いれて柵を作れ」
という趣旨の家康の命令書が残っている。
日本に騎馬隊はあった。ただ、敵の護りが固いときには、普通に下馬して突撃する。
ひ弱なヨーロッパ騎兵はスタコラ逃げるしかないところだが。
要するに汎用機動突撃兵だっただけ。

824 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:17:26 0
ルイス・フロイスはときどきおかしい記述があるし、
それに軍事のド素人で印象でしか語ってないのが明白なので
取り扱いには注意しないといけない。

825 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:26:52 0
>>818
ビスマルク撃沈にも貢献した万能の名機ソードフィッシュ→ただの的
最新鋭戦艦POW→航空機に一時間で海のもくずにされる
難攻不落のシンガポール要塞→マレー半島側からの電撃作戦であっという間に陥落
オランダ、フランス、オーストラリア→そんな奴いたっけ?

まともに戦えたのはアメリカだけ。

826 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:27:14 O
信長公記に桶狭間の戦いでは信長自身が「下馬して」槍を振るったとあるが
これはどうなんだろ?いずれにせよ大将自ら槍を振るうなんて
極めて稀なことだから記録されたんだろうけど。

827 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:29:33 0
>>816
長篠の戦い4戦いの「実像」3段撃ち
http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/jyuhou_to_rekishi02-04.htm

>合戦の際の鉄砲の数
>
> 鉄砲の数については、「建勲神社本」は「千挺ばかり」としているが、「池田家文庫本」は、
>「千挺ばかり」の千の字の右肩に三の字が小さく加筆されて「三千挺ばかり」となっています。
> そして、「池田家文庫本」を江戸後期に写した「内閣文庫所蔵本」では、加筆の「三」の字が
>本文中に組み込まれ、完全に「三千挺ばかり」になっています。「内閣文庫所蔵本」だけを見た
>人は、太田牛一が初めから「三千挺ばかり」と書いたと錯覚してしまうでしょう。

こっちも興味深いな。

828 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:31:57 0
日本は世界一の鉄砲保有国ですからテルシオも騎馬も関係ありません。鉄砲の数でおしきれます

829 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:33:14 0
馬にのってても騎乗歩兵としての騎馬隊だと後進的なんだよなあ。

830 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:35:18 0
>>826
騎兵が歩兵を相手にするときは、
ヒットアンドアウェイを繰り返さなきゃいけない。
その場に踏みとどまってたら逆に歩兵の餌食になる。

桶狭間では即座に戦果を拡大しなきゃいけないときだったから、
ヒットアンドアウェイを繰り返す暇はない!
降りてがんがん戦え!という姿勢を自分で示したんだろ。

831 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:38:05 0
>>827
大田牛一の『信長公記』では、決戦に使用された鉄砲数に関しては
「千挺計」(約1000丁)、鳶ヶ巣山攻撃の別働隊が「五百挺」と
書いてあり(計約1500丁)、3000丁とは書かれてない。
しかし、この「千挺計」は、佐々成政、前田利家、野々村正成、
福富秀勝、塙直政の5人の奉行に配備したと書かれているのであって、
この5人の武将以外の部隊の鉄砲の数には言及されていない。
また、信長はこの合戦の直前、参陣しない細川藤孝や筒井順慶などへ
鉄砲隊を供出するよう命じており、細川は100人、
筒井は50人を供出している。恐らく他の武将からも鉄砲隊供出は
行われたものと思われる。つまり、大田は全体の正確な鉄砲数を
把握していなかったといえ、1500丁は考えうる最低数の数といえる。

832 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:43:43 0
みおぼえのある文章だ

833 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:47:23 O
>>829
じゃあ先進的な騎兵ってどういうの?
この手のスレでやたら持ち上げられてるグスタフアドルフとか?

834 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:49:00 0
グスタフ・アドルフは確かに偉大だが、
彼の騎兵の馬はポニーサイズなのがチョンには痛いところだww

835 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 00:53:42 0
スタニスワフ・コニェツポルスキ将軍だな

836 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 01:09:00 0
武士だって普通に騎乗した闘ったりもする。
日本は西洋よりも野戦の戦術が進歩しすぎてるんだよ。
遮蔽物で簡単に阻止できる単純な騎馬による攻撃は武士には通用しない。

837 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 01:09:28 0
http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/jyuhou_to_rekishi02-04.htm
↑ほとんど読んだけど推測ばっかりじゃん。検討のデータのとり方にも問題があるし

838 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 01:20:22 0
>>833
馬に乗っただけの歩兵って、ようするに身分の高い人が、
身分が高いことを誇示、あるいは歩くのめんどいから馬に乗ってるだけ。
馬としての利用価値が無い。

馬としての利用価値は、その機動力を活かした戦法にある……と。
日本でも源義経なんかが騎馬を移動目的に利用してたりするな。

839 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 01:29:32 0
>>838
普通に武士だって騎馬の機動力活かした戦いしてる。
未だに馬に乗っただけの歩兵とか言ってるのは、とんでもない勘違いだぞ。

840 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 01:55:37 0
別に武士が騎馬の機動力を活かして無いとは言ってない。
まあ人によるだろうな。

俺が主張したかったのは、馬に乗ってる=騎馬を活用してる
ってことではないってこと。

841 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 01:59:20 0
全くそのとおり!
トルコやモンゴルの偽装後退に何度でも引っかかってボコられる
学習能力のない欧州騎士はただおうまに乗ってるだけだな。

842 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:02:00 0
ま、中世の騎士同士の戦いは儀礼的なところが多かったからな……
馬もそれほど用意できないし……

戦術自体は古代より退化してんじゃね。

843 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:04:44 O
>>838
うーん、でもそれだとフンヌやモンゴルみたいなのを除けば
古代ローマ帝国崩壊後〜ナポレオンの時代以前に
本当に騎兵の有用性理解して運用できてた例って殆ど無くね?

844 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:12:19 0
ガチで殺し合いしてた武士と、
碌に戦死者も出さないお遊びみたいな戦争ごっこしてた騎士とでは比較にならない。
騎士なんて、クロスボウが強力すぎるから禁止しろと泣き叫んでた連中だろ。

845 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:20:31 0
>>834
17世紀だったら十分でっかい馬だろ

>>836
それはない。平地に乏しいわが国では大規模な野戦はあんま起きてないし。
戦術が進歩?どこの妄想?

846 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:26:50 0
現実↓
グスタフアドルフ時代のスウエーデン軍装備目録の、騎兵用軍馬の体高は112〜133cm。 モンゴル馬と同程度の小柄な馬

847 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:28:01 0
絵も貼っとくね
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c2/Gustavus_Adolphus_at_the_Battle_at_Breitenfeld.jpg/250px-Gustavus_Adolphus_at_the_Battle_at_Breitenfeld.jpg

848 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:31:36 0
新説!グスタフアドルフの身長は3m近くあった!!


849 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:31:49 0
>>845
戦国時代に何回も起こった、数万人規模の大軍の野戦が
大規模でなかったら、ヨーロッパの野戦はただの小競り合いだなww
頼朝の奥州攻めや大明征討などの国内総動員体制の戦争に至っては
数十万規模だからなww

850 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 02:33:32 0
>>846
コピペか。絵を見るとそんなに小さいとも思えないが。

851 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 03:40:13 0
ヨーロッパの合戦が日本の合戦よりも遥かに兵力が少なく、戦術も幼稚だなんてことは常識レベル。

852 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 03:57:37 0
>戦術も幼稚だなんてこと
思い込み乙

どっちも勝とうと必死なんだから幼稚なままってのはアリエナス

853 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 04:03:55 0
>>852
負けて捕虜になっても身代金払うだけって時点で、ヨーロッパの合戦は必死さがたりない。
本当に必死で戦っていた日本の合戦よりも幼稚なのは当然。

854 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 04:09:54 0
紳士協定が破られるようになったのはいつから?

855 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 04:23:50 0
>>854
薔薇戦争あたりからだろ

856 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 08:15:20 0
日本の鉄砲保有数に依存している人もいるけど、雨の日に強襲受けたらどうなるの?
関係ないけど、中国的奇略の中に、強風を押して相手の虚を衝いたり
豪雪の日をわざわざ選んで、城壁に肉薄したりと、天候と相手の思い込み
を逆手にとって、難敵を平らげたケースがあるが。
騎士はそういう奇策はとった例がないのかな?

857 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 08:16:49 0
中国的奇略とやらは唐入りでボコボコにして破っているから大丈夫。

858 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 08:49:51 0
士気はともかく頭数も明より上というのが不思議でならない
日本は地図で見ると意外とでかく、支那は地図で見るより使える土地を少ないけど。

859 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 09:00:38 0
>>857
その唐入りの「唐」のときには、逆に日本軍は殲滅の憂き目にあったな。
三度だっけ?

860 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 09:02:11 0
ヘキテイ館で壊滅して、総司令官も身内を何人も身代わりにして
ようやく逃げ延びたのはどちらの軍でしたっけ?

861 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 09:05:56 0
二度のウルサン戦もひどかったな。
一度目は日本軍の援軍が到着したらすぐトンズラ。
一応定石どおり殿もおいたが、
日本軍にあっという間に突破され、逃走路を遮られ殲滅される。

二度目は全く歯がたたず。
さらに四川の戦いでは1000名の薩摩兵に3万人も殺される始末。

862 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 10:12:30 0
>さらに四川の戦いでは1000名の薩摩兵に3万人も殺される始末

敵の董一元は寧夏の乱の平定するなど平均的な指揮能力は持っていた。
それに加えて戦力でも普通に圧倒していた。

これで負けるどころか大敗するというのは明が雑魚すぎるのか?
しかし明は蒙古を追い返すなど北宋ほどクソではない。
となると、鬼石蔓子が凄すぎると解釈した方がいいだろう。
島津義弘は世界史的に完顔陳和尚に匹敵する猛者と見て差し支えない。

863 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 10:29:57 O
>>860
その指揮官の人、そんだけボコられたくせに
後に「倭人なんて30人束になっても女真1人に勝てない」って言ってる。
そんだけ女真族は脅威だったってことなんかね?
加藤清正が女真に勝ったのはあくまで小競り合いだし。

864 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 10:41:00 0
明は洪武、永楽期は精鋭だったが、
財政破綻で中期以降は弱体化した
万暦年間は末期と言っていい

865 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 11:23:48 0
明はかなり雑魚。
中国は唐の崩壊と共に強さを失った。
宋は経済的に世界を圧倒したが、弱いので暴力に屈した。
それ以後の中国は雑魚化しているのは、東アジア史の常識。
対して、日本は唐にはクソカスに負けたし、属国ではないが
宗主として中国を仰いでいたが、宋のときには対等に近く
時代を経るごとに、追い抜いていった。
なので、明は永楽帝のとき以外はおしなべて雑魚。
洪武帝も名将宿臣を自ら葬って自ら弱化させているので雑魚。

866 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 11:39:53 0
>>856
>>騎士はそういう奇策はとった例がないのかな?

ヨーロッパにおいて寡兵で大軍を破った例で有名なのが、

 モルガルテンの戦い
神聖ローマ帝国軍騎士精鋭9000 対 スイスパイク農民反乱兵1300

 勝者 スイスパイク農民反乱兵
 敗者 神聖ローマ帝国軍 死傷者 2000


867 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 11:48:30 0
>>866
寡兵で、というか虚を衝く戦いを、ね。
不利を転じて有利とする変幻の戦術。
武士を極端に擁護している人の文章は
武士の有利な部分を強調して、それがうまくいく方法で
騎士を壊滅させる説明が多い。
むろん、そういうふうに戦場を設定するものだが
そうではなく、騎士の側から武士のその有利な点を殺して開戦にもちこみ
粉砕するような、粋な戦術をとったような説明をここでは聞かないもので。

そもそも、そういう作戦自体できないのが騎士、とかいわれそうだが…

868 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 12:11:45 0
だって騎士は馬鹿だもん。
ロマニア帝国の皇帝ボードワンがブルガリア帝国の捕虜になったときなんて
コミ族に偽装後退で繰り返しボコられて、
ようやく陣地の前で守りを固めて絶対に動かないという戦法を
思いついてそれで合意したのに、
いざ現場では守らずにまたもや突撃して皇帝は生け捕り、ナンバー2のルイ伯戦死。
頭が可哀想な連中だよ、騎士は。

869 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 12:44:38 O
>>866

7倍の兵力差で負ける騎士マジパネェw

でもまあ、相手が恐怖のシグルイ集団スイス槍兵じゃ仕方ないな。

>>867
俺の知ってる範囲では知らないなあ。
寡兵で勝つことはあっても、基本的にはランスチャージによる力業だし。

むしろ騎士は、それまでに無い新戦術にボコられる方が多い。
英の長弓やらモンゴル騎兵やらスイス槍兵やらカラコールやら。
なんかもう、板垣世界におけるムエタイかテコンドー状態。
軍事史的には、欠かせないヤラレ役だなw

870 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 12:47:54 0
>>869
なるほど。
前に、格ゲで大技しか使えないゲーマーって評があったけど
まさしくw

871 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 12:48:29 O
>>859
当時は大陸の軍制を模倣していてむしろ武士が台頭した後より
組織化されてた筈なのにすんげー弱かったよね。蝦夷や隼人にもボッコボコにされてるし。
そういや蝦夷ってどういう感じの戦い方してたんだろ?

872 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 13:01:27 0
大陸の兵制はクソ。
募兵で訓練した時と士気、統制で天地の差がある。
世襲犯罪者予備軍というかそんな感じのネガティブなイメージしかない
逃亡兵ばっかだし

873 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 13:36:42 0
>>871
そうなのか?
武士台頭の後のほうが、強くなるイメージあったから
ここでは、白村江の惨敗は意識的に無視しているのかと思った。
どっちにしろ、中国が軍・経済どっちかで東アジアで随一だった時代は
南北宋までだから。
それ以降は、もう搾りかすでしかない。
日本は今、いわば南宋の時代かな。
経済的にはつよいのももう過去のことだが。

874 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 14:44:56 0
>>873
大陸のアホな軍制を模倣して時代が、武士台頭後より強いわけないだろ。
元代の中国人自身が、武士台頭後日本人の強さは唐の時代とは比較にならないと書いている。

呉莱『論倭』
「今の倭奴は昔の倭奴とは同じではない。むかしは至めて弱いと雖も、なお敢えて中国の兵を拒まんとする。
いわや今は険を恃んで、その強さはまさにむかしの十倍に当たる。さきに慶元より航海して来たり、艨艟数千、
戈矛剣戟、畢く具えている。」


875 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 15:09:47 0
>>874
いちいちケンカ口調で言うな。
いつ誰が、武士台頭後が弱いと言ったか、>>873から抽出せい、あほが。

876 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 15:16:16 0
スレ見る限り武士派圧勝だな

877 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 15:29:11 O
唐代には「後進地域なりにも熱心に我が国の文化を学びに来ていて愛い奴らだ」
だったのが鎌倉期を経ていつの間にか修羅の国扱いされてるな。

878 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 15:47:20 0
>>876
というより、騎士持ち上げてるのも日本人で騎士の事よく知らないという感じだが。
騎士もいい所あると思うよ?武士同様戦場には率先して出向くし。
地位に見合う義務は果たしてたと思うよ。

879 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:09:53 0
>>877
それは、やはり無視できないほど手ごわい、ということの裏返しだな。
匈奴や突厥、契丹にしろ金といった、歴史的敵対国に対する
その表現が夷狄とか蛮族だからなw
くやしいから、言葉で攻める。
最盛期になって、中国側が強いときはそうでもないのだがなぁ。

880 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:24:24 O
武士がへたれた時代も出さないと不公平だな
会津が700対2500でぼろ負けしてる
官軍の戦死は僅か20人、会津は700人という大敗…

881 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:31:06 0

騎士自体は、中世の戦場と政治(小さな領地の領主)の両方を支配していたが、
飛び道具や集団歩兵戦術の発達によって徐々に消えていった存在だからな。

 王権の強化につれて、戦場の主役から歩兵の支援を行う戦場の一兵種に 
過ぎなくなり、騎士は、有能な突撃を繰り返す装甲槍騎兵の事ではなく、下級貴族
を指すようになる。

 騎士の良い動画が有ったので貼り付けておきます。(Tournois d'Orleans)
http://vids.myspace.com/index.cfm?fuseaction=vids.individual&videoid=43746037
 こちらはかなりギャグぽいが(WW(Black Knight)
http://www.fooooo.com/watch.php?id=dhRUe-gz690


882 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:44:50 0
 武士も徳川の治世300年の平和の間に、戦いを忘れ
政府の役人になり下がって行くからな。

 話は変わるが江戸東京博物館で、江戸末期の江戸城の
写真を見たが、財政難から修理もできずボロボロ。
 その時の幕府を象徴するような悲惨さだった。
 

883 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:55:37 0
そんな武士でも、下の方はまだ腐っておらず、維新の原動力となった。
騎士よりは長生きしたと思うけどね。

884 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:57:19 O
>>878
騎士というかヨーロッパの王侯貴族と言うべきかもしれんが
彼らは戦場での駆け引きは実にお粗末なものだったが代わりに
宮廷や外交での駆け引きでは日本の武士達には思いもよらないような
えげつない手段の数々を使ってたな。西洋や中華は
モンゴルや日本とは違い、戦場よりむしろ宮廷での出来事で血の凍る場面が多い。

そういや海外のシミュレーションゲーってTWシリーズみたいな例外を除けば
日本の信野暮とかに比べ戦闘がシンプルな代わりに政略、謀略関連の自由度が無茶苦茶高いな。

885 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:57:37 0
あと、騎士房は、このゲームでもやってろ!!!!!

PCゲーム「メディーバル2 トータルウォー」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1392814(ニコニコ動画)



886 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 16:59:24 O
>>885
武士派だがこのゲームに太刀打ち出来る国産歴史ゲーは無いと思うw

887 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 17:00:59 O
1177年にボードワン4世がテンプル騎士団80名を含む500人で3万のサラディン軍を破っている
第一次十字軍から第三次くらいまでが騎士の軍事的な最盛期ってとこかな

888 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 17:09:11 O
>>884
そもそも日本史は凄惨な場面って殆ど無いような気がする。

>>887
あれって実際どんな感じで破ったんだろ?
てかボードワ4世って夭折したこと除けばマジ超人だよな。
確かサラディンとガチでやり合ってた頃はまだ10代かそこらだろ?

889 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 17:18:02 0
>>888
信長の時代が飛び抜けて凄惨だね。
何でアレを持ち上げる奴が多いのだろう。武士とはとても呼べない代物だ。

890 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 17:32:56 O
とはいえ、同時代のイワン雷帝とか
カトリーヌ・ド・メディチとかに較べりゃ可愛いもんだぞw>信長

891 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 17:52:15 0
まあ騎士は貴族のお遊びってのは事実だなあ。
しかし西洋人全般が弱いわけじゃなくて、
やっぱり修羅軍団みたいなのはいたんだよな。

シュテディンガーとか農民の癖に超強いんだが

892 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 18:12:52 O
>>888
確か17歳だったそうですよ
それでアイユーブ朝創始者の実力者サラディンに勝ったんだから大したもの

それには及ばないが800で5000のスウェーデン軍に勝ったロシアの英雄アレクサンドルネフスキーもなかなか
フス派の指揮官ヤン・ジシュカも伝説的な強さだったらしいね
異端十字軍に対して劣勢ながら連戦連勝、終いにはフス派の聖歌を聞いただけで敵軍は戦意喪失したとか…本当かな?

893 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 18:14:08 0
アレクサンドル・ネフスキーは存在自体が怪しい

894 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 18:37:26 0
>>860-861
結局二度の戦役を経ても寸土も切り取れていない。

895 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 19:33:03 0
>>883
維新で活躍した下級武士なんて、西洋の騎士階級に比べると遥かに身分が低くて、
比較の対象にはならない。そもそも19世紀の西洋に「騎士」なぞいない。
時代と身分を特定しない限り比較に意味はないよ。

896 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 19:35:28 0
日本は膨張していかない国ではあるな。
外敵の侵入には強いみたいだけど、それもすでに太平洋戦争で
破られているし、今では武士なんて存在もしない。
騎士が弱化していった西洋の、その轍を今踏んでいるな。

897 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 20:33:07 0
ヤラレ役、大技しか使えないゲーマーわらた

898 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 20:37:27 0
武士いないけど、
武士階級は大半が医者とか弁護士とかみたいな知識職に流れたんだよね。

899 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 21:10:50 0
自由民権運動家とかね。

900 :某スウェーデンのギタリスト:2009/03/13(金) 21:33:04 O
(●3●)「先祖が貴族なんだ。正確には伯爵だ」

901 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 21:43:12 O
>>895
そもそも戦国時代のときに武士の名門と呼ばれる層が大幅に入れ替わってるべ
鎌倉時代の武士と江戸時代の武士ですらもはや別物だよな

902 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 21:49:16 0
血統は続けば続くほど堕落していくからな。
先祖の自慢は、自分になにも誇ることがない証拠。


903 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 21:53:57 0
>>902
武士や騎士の存在意義の否定ですな。

904 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 21:57:15 0
騎士厨このスレ読んでそう
感想聞かせて

905 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 22:10:04 0
『文正記』には室町時代の応仁の乱頃、「凡下之者」が農作業をやめて武術を学び系図を買い侍と称すなど
系図の売買がなされていたことが記述される。江戸時代においては家系図は現在の履歴書のようなもので、
武士が仕官する際や、富裕な農民や商人が郷士になったり、苗字帯刀(苗字の公称、大刀と小刀を差すこと)
を許される時など、家の由緒を示すものとして必要とされ、装飾的というより、はるかに実用的な意味を持って
いたことは否定出来ない。しかし、ほとんどの家には家系図などはなく、そのため家系図が必要な場合は無
から作らざるをえないが、結果として、零落した名族、名門、名家の末裔の系図を買い取るか、同じ苗字の
過去の名族との関係を創作して、先祖を名家や名族に結びつけた系図が数多く存在する。織田氏が桓武平氏
であったり、徳川氏を清和源氏とする系譜も同様に創作されたものである。当時の『兵家茶話』(別名『同志夜
話』日夏繁高 1721年(享保6年)の序あり)では、「近世系図知りといふもの有て、諸家の系図を妄作して其祖
を誤る人は甚多し、(中略)又多々良玄信と云盲人あり諸家の系図を詔胸して望に随て妄作し侍る」と記述される。

906 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 22:44:38 0
唐の崩壊によって、貴族社会の終焉を迎えた中国でも
その貴族の家系図は、商品価値があった。
唐の名臣、郭子儀の家系図を購入した郭崇韜は、それを自身の
箔付けに利用はしたが、それを誇ったのみで高位を得てはいない。
唐の名臣、郭子儀の系図上の子孫である郭崇韜は、後唐においても
自身の能力によって名臣足りえた。

つまりなにが言いたいかというと
「今のおれはこんなに凄い! それもそのはず、おれさまの先祖は○○
なんだからな!」
と言う分には、まず「現在の自分」になにかしらの功績あって成立する主張。
それがなくて、先祖だけを自慢するのが、>>902の発言につながります。
>>903さん、全部を否定してませんので、あしからず。

907 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 22:52:29 0
ちなみに、唐崩壊後の中国は、日本式武家社会に非常に近い社会だった。
日本は武家政権を定着させたが、中国は1世紀あまりで、官僚社会に
立ち返った。
興味深い差異として、アジア史では取りざたされることが多い。
ちなみに、その官僚社会へと変革する際の段階的統一が
わが国の織田-豊臣-徳川の流れに似ていると指摘されている。
国内抗争が激しく、武力は多分に内向きだったが、軍制的に非常に
強力だった時期でもあった。

ところで、この時代の日本は藤原政権下であって、中国の地方政権である
呉越との交流を蹴ったことがある。
「唐と国交をもっていたわが国が、地方の弱小勢力と組めるか」
みたいな感じだった。
日本の脱中国、自立への道が、ここにも示唆されているように思う。

908 :世界@名無史さん:2009/03/13(金) 23:30:29 0
唐末五代は節度使やら軍閥やら盗賊やらが割拠してて一種のカオス。
契丹なんかも来襲してくるし、ほとんど北斗の拳の世界。
軍閥の親分が子分を仮子としたりするのは、寄子寄親にも似てる。
中華っぽいところからかなりはみ出してる時代だよね。

909 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 04:51:47 0
後唐と契丹の対決はワクワクする

910 :ホットパンツ:2009/03/14(土) 07:42:47 0
碧蹄館の戦いは日本軍4万1千人対明軍1万2千人の戦いだから明軍が敗れるのは
しょうがない。ちなみに文禄の役で明軍が敗れたのはこれぐらい!
慶長の役では蔚山倭城の戦いや四川倭城の戦いで明軍を破っているが、これらは
篭城戦だから最少から日本軍が有利な状況での戦闘だ!
第一遠路日本から侵攻してきたはずなのに南朝鮮に構築した倭城ネットワーク
に立てこもり明・朝鮮軍を迎え撃った自体が劣勢にたたされていた証拠じゃん!


911 :ホットパンツ:2009/03/14(土) 07:51:08 0
「北関大捷碑」によると鄭文孚義兵隊が北関(摩天嶺以北の咸鏡北道地方)
に侵入した日本軍(加藤清正)を撃退したたたかいでの勝利を記念して建
てられた碑だとある!
このことからも加藤清正が満州まで侵攻した事実はないぞ!


912 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 09:13:46 0
>>911
馬鹿ですか?加藤清正が満州に入ったのは七月から八月にかけて。
北関大捷碑の戦闘は翌年の一月。
全然矛盾しない。
大体何の裏づけもないチョンのたわごとを真に受けるのが間違い。
清正がチョンのゲリラに悩まされていたのは事実なので
それら小競り合いの一つを大げさに言ってるだけ。

さらに清正が撤退したのは明軍が来たから。
北関大捷碑にもそれははっきり書いてあるぞ。
「明様がきたおかげだからウリが手柄を独り占めする気は毛頭ないニダ!」って。

913 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 09:18:53 0
>碧蹄館の戦いは日本軍4万1千人対明軍1万2千人の戦いだから明軍が敗れるのは
>しょうがない。ちなみに文禄の役で明軍が敗れたのはこれぐらい!

そりゃあ明と日本のまともな戦いはこの一度だけだからな。
小西も小早川も、これより前には数の劣勢を見てとって
明との決戦を避けて素早く撤退している。

しかしアホな明はホルホルして日本の懐まで飛び込んできてくれた。
おかげで明の戦闘力は完全に破壊され、
文禄の役の間には二度と再起できなかった。

914 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 09:21:46 0
>第一遠路日本から侵攻してきたはずなのに南朝鮮に構築した倭城ネットワーク
>に立てこもり明・朝鮮軍を迎え撃った自体が劣勢にたたされていた証拠じゃん!

侵攻してきた敵に土地をがっちりキープされ、
取り戻そうとする度にボロ負けし、
全く抵抗できなかったんですね。どうみても明が負けてます。

915 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 09:23:15 O
つまり戦略の不利を戦術で覆せなかったというつまらん結論に終わるね

916 :ホットパンツ:2009/03/14(土) 11:23:03 0
基本的に軍勢の強さを測るのは野戦だと思っている。
天正年間の日本で京雀たちから日本一位、二位に比せられた
武田信玄も上杉謙信も野戦の大将であり、攻城戦では結構不覚
をとっているし、あの島津義弘に代表される島津勢も大友攻め
においては岩屋城攻城戦や立花城攻城戦で苦戦や不覚を取っている。
その逆に戦国時代を代表する城攻めの名手、豊臣秀吉は当時あまり
名将としては評価されていなかったんじゃないのか!?
だから朝廷に出させた総無事令を島津や北条に逆らっている。
秀吉のように野戦も城攻めも物量を動員する近代的な戦法は
戦国時代の武将からは評価されていなかったんでと推測する。
つまり14万から18万もの大軍を動員しながら慶長の役全体を
通じて朝鮮半島南部の倭城に立て篭もって明軍を撃退しても
そのあと追撃して朝鮮半島北部にまで侵攻できなかったのは
日本軍がたいして強くなかったからだろう!
野戦での明軍に勝つ自信がなかったんだろう!

917 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 11:32:07 O
>>913
ちなみに倭兵30人で女真1人〜って言ってた人も
こんときボッコボコにされて親族身代わりにして這々の体で逃げてるね。
例の発言がこの戦いの前ならただのアホだし
後なら負け惜しみ、もしくは女真がそんだけ化け物じみてただけかな。

因みに完全に伸びきった戦線を立て直す為に一旦後方に引いて
一気に叩き潰しましょうって作戦立てたのは実は石田三成だったりする。
で、最初は結構反対意見多かった。「せっかく切り取った領土をむざむざ捨てるのか」
とか「まともに戦わずに敗走するような真似なんて出来るか。お前びびってんじゃねーよ」ってね。

918 :ホットパンツ:2009/03/14(土) 11:49:16 0
モンゴルがヨーロッパに勝った戦いとして有名なワールシュタット
も当時の神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世は、前年からのローマ教会
との抗争を続けていてモンゴルに対応する様子はなかったし、1250年
にフリードリヒ2世の死後にはフランスとも戦争して大空位時代になった。
つまり当時としてはモンゴルに対する脅威なんてほとんどなかったんだよ!
それなのに後世、この戦争が過大評価されているのはヨーロッパの重装騎兵
に野戦だかったことが大きいんだとおもうよ!


919 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 11:50:27 0
サルフの戦い(1619)
 後金:ヌルハチ、2万5千
 明:楊鎬、杜松、李如柏、馬林、劉挺、10万(死傷者4万5千)

920 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 12:11:35 O
歴史にイフは禁物なのは承知の上で言うが
オゴタイとバトゥがあと10年長生きしてりゃ
下手すりゃパリ陥落してたんじゃね?

921 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 12:32:23 0
>>919
サルフの戦いは戦史上特筆されるからねぇ。
明が雑魚いのは確かだけど、女真全体の強さと
ヌルハチの指揮統率に多く帰されるよね。

女真は、契丹支配下のときでも、「万に満たれば敵すべからず」
ってくらい、結束したときの精強さは恐れられてはいた。
印象として、個人個人が強いというのではないと思ってる。
翻って日本は、個人が強く、一所懸命を地でいくタイプ。
逆に、集団になると意思統率ができなく空中分解しやすいのではないか。
日本が、初動期強く、最後は占領地を放棄して撤退するという膨張しない
歴史を歩むのも、戦略的構想の欠落と、指揮統率のできなさが原因ではないか。

922 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 12:36:57 O
それが第二次大戦の優秀な兵と下士官、無能な上層部に繋がるわけか

923 :ホットパンツ:2009/03/14(土) 12:44:46 0
このごろ考えるに歴史って偶然に見えることでも以外と必然
何じゃないかと思う。
だからオゴタイとバトゥがあと10年生きていることはないし、
モンゴルにはドイツ・ヨーロッパを征服することは不可能だよ!
ハインリヒ捕鳥王やオットー大帝がハンガリー・マジャルを撃破
してようにルドルフ1世などの英雄が登場してモンゴル軍は殲滅
されていた!

924 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 12:48:09 O
はいはい君はゲームでもやってお兄さん達の邪魔しないようにね

925 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 12:52:40 0
>>920
ストレスでアル中になるような仕事だろうから
アル中じゃなきゃ別に病気になって死んだんじゃね。
人間の体力の限界であり、跡目争いで毎回揉める人間集団の限界をも表しているように思う

926 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 12:54:34 0
李如梅の倭兵30云々はどこで読めるの?
李如松伝にある本人の伝にはなかったんだけど

927 :ホットパンツ:2009/03/14(土) 19:15:47 0
10世紀のヨーロッパは東方からの獰猛なマジャール人による侵入を受け
脅威にさらされていた!
そんな中でザクセン大公の身からドイツ諸侯により推戴されたのがハインリヒ
捕鳥王であり、その息子でカトリック教会から推戴されたのがオットー大帝
である。この親子はそれぞれ要望にこたえる形でマジャール人の大軍に敢然
と挑み勝利を収めている。
そのときの脅威からみれば13世紀のモンゴルの脅威は本拠地から離れている
こともあり組し易いだろう。
晩年のフリードリヒ2世やこののちドイツ王になるハプスブルク家のルドルフ1世
などがオットー大帝のような役割をしてモンゴルの脅威を取り払うことができたと思う。



928 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 19:35:29 0
武士って西洋製の鉄砲つかって西洋製の鎧きて恥ずかしくないの?

929 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 19:48:10 O
おまえだって同じようなもんだろ

930 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 20:02:56 O
>>928
どっちもすぐ国内で大量生産化に成功してるんですが

931 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 20:23:06 0
ぷwwwww 国内で大量生産? 鉄砲も劣化品 鎧も鉄がたりずに腹回りしか
鉄はれないでなにが成功だよwwwwwwww笑わせるな黄色いサルがwwww
鉄砲も大砲もお前らの大好きなテレビもパソコンも車も電車もどなた様がおまえ
らサルにあたえてくれたとおもってるんだwwwwww

932 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 20:24:57 0
イエローモンキーは捏造がすきだよなぁ。鉄砲まで白人様に頂いたのに
チョン攻めにすら武士とやらは失敗する有様wwwwwwwwwww

933 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 20:27:34 0
哀れだね武士はwwwww武士道もwwwwwwwww鉄がとれないから
薄い皮と木と布だけの鎧きて 硝石がとれないからうんこから鉄砲の弾作ってwww
すぐれた航海術もなく、建築術も攻城術もなく中華の劣化コピーwww西欧の劣化コピーな武士
ああとっても素晴らしいねちょんまげいずびゅーてぃふぉー

934 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 21:30:34 0
ナポレオンの国民軍は「野蛮なスキタイ」と揶揄したコサック騎兵にフルボッコ



935 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 21:33:46 0
>>916
秀吉が城攻めの名手と言うのは大いに違和感が。
秀吉の城攻めで有名なのは、三木の干殺し、鳥取の渇え殺し、高松城の水攻め、か。
でも、水攻めはどこでもできることではないし、後はただの兵糧攻めに過ぎない。
秀吉ならではの独創性なんてないし、普通の誰もがやった戦法。ただ単に自軍に圧倒的な
兵力と兵站力があっただけのことに過ぎない。
小田原の一夜城も自軍が圧倒的優位で相手が最初から及び腰だったから効く戦法で、
徹底抗戦を決め込んでる相手に張りぼての城など何の意味もない。
秀吉に食料備蓄が数年分とかいう城郭を攻め落とせる能力があったかどうかは大いに疑問。秀吉はどこを切って
も名将という感はない。

936 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 21:35:19 O
精強なコサック騎兵と
文明人の猿真似しか能の無い未開で貧弱な武士は違いますから!残念!

937 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 21:52:37 0
精強コサック騎兵は日露戦争で貧弱な日本の騎兵に敗退


938 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 21:59:56 O
その日本の騎兵は完全に西洋の猿真似wwww

939 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 22:11:56 0
>>935
それ書いたのは俺じゃないが
無謀な行動でわざわざ自分から苦労するような輩が評価高くなるのはおかしくね?
戦争自体投機的なのに戦術レベルでもリスクを負うのは総大将の仕事とは言えないだろう

940 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 22:41:56 O
>>938
>>934に戻る

941 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 23:12:17 0
>>937
コサック騎兵は騎士ではないのだが。

942 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 23:16:33 O
>>941
>>934-937

943 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 23:40:39 0
小室哲哉問題。 : ひろゆき@オープンSNS
http://www.asks.jp/users/hiro/51480.html (小室を告訴した佐上邦久を追求)

小室に騙された被害者「6億5千万?全然足りんわ!誠意は金で見せんかい!ムショ入りたないんやろが!」
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1237006071


944 :ホットパンツ:2009/03/14(土) 23:55:47 0
日本軍が明軍よりも強かったら、文禄の役で日本16万〜20万もいながら明
の4万3千に北部朝鮮を奪われ、慶長の役では日本14万〜18万もいながら明
の8万〜10万から北部朝鮮を奪えないどころか、南部朝鮮に攻め込まれている
点からも蔚山倭城や四川倭城で少しくらい大勝を収めたところで北部朝鮮
に攻め込めずに撤退してところや両軍の兵力差を考えたら明軍の方が日本
軍よる強いだろう!

945 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 00:47:16 0
明軍の死者は数十万と明史には記されているので延べにしたら相当な兵力を投入しているようだが。



946 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 04:44:36 0
>>944
日本軍は、現地ゲリラのせいで身動きが取れない状態になっていたから、軍勢を一箇所に集められなかった。
スレタイ自体の否定になるけど、単純に強い弱いをいっても意味がない。

日本軍の強みは鉄砲の大量運用。
火縄銃は、ヨーロッパではすでに時代遅れになりかけていたが、
数千丁かき集めて野戦で活用することになった点で日本は先駆的だった。
もともと刀を輸出するくらい鍛冶技術は発展していたことと、
政治的な不安定さが、その原因だが。

ともかく、日本軍の鉄砲は朝鮮軍・明軍をさんざんに痛めつけた。

947 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 04:50:28 0
騎士厨ほっと一息

948 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 10:38:50 O
騎士全盛の十字軍時代の騎士と南北朝期の武士が同等兵力で
ハンガリー平原で戦ったとしても、稚拙なランスチャージと
長剣を片手で振り回すだけの騎士など半日で鎖に絡まった
首無し死体の山になっただろう。

949 :ホットパンツ:2009/03/15(日) 10:51:07 0
>>946
お前って『太平紀』で幕府軍が120万の軍勢を投入した話なども
疑わない奴だな!?
戦死者が数十万(最低でも20万以上)だったら百万近い軍勢を
送っていることになるぞ!
たかだか一藩属国にそんな大軍をおくるわけないじゃん!
だいたい『明史』自体、明国を滅ぼした清国で作成された歴史
書だから明について批判的になるのは当たり前!


950 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 10:56:26 0
衛所制が崩壊してるから送れないだろう

951 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 11:03:26 0
騎士っつっても盾持ちだの随行歩兵だのいろいろいるからなあ

952 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 11:14:38 0
>>948
モンゴルやトルコの軽装弓騎兵のようなスピードがないので、
日本の騎馬武者だとランスチャージの直撃を受ける事となろう。

953 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 11:15:08 O
ツヴァイヘンダーとか言う3mの剣を振り回す騎士の露払いの歩兵とかいたんだろ
軍団戦ならともかく1対1じゃ武士は体力差が有り過ぎてまともに勝てないだろうな

954 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 12:14:29 0
こっちのスレにもきてください。お願いします
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1226147953/

955 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 13:00:41 0
もう1000か
このスレでも武士、日本が劣っているとは思えなかったわ

956 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 14:38:23 O
ここは武士厨隔離スレなのでまともな世界史板住人は相手にしてないだけです

957 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 14:38:31 0
優劣の差なんて無いだろ……

958 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 14:47:53 0
次スレ必要だな
まともな世界史板住民の意見を聞きたい人も多いだろう

959 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 15:08:36 0
>>951
随兵がいるのは武士も同じだね。

960 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 15:23:26 O
>>957
それを言っちゃあおしめえよ

961 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 16:17:06 0
>>935は半ば自分で答えを出している。
秀吉は、兵力と兵站力を用意できたんだよ。
ナポレオンだって、シーザーだってまずはその点で優れていた。もしくは優れた組織を持っていた。

962 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 16:26:51 0
ふぅ。このスレも無事に武士厨を隔離するために役立ってるな

963 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 16:29:48 O
こんなの遊びだろ
マジになんなよ

964 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 16:33:33 O
なんか草を大量に使う嘘つきキチガイが完全スルーなのがおもろい。
学問板の住民は大人だね。

965 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 16:44:34 O
>>963
マジレスすると交戦したこともない勢力同士をどっちが強いかだなんて言えないよね。
それをわかった上で武士派も騎士派も自分に有利なソース出して持論を展開してるわけだし。

966 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 17:00:25 0
みんな、わかってやってると思うよ。たぶん。

967 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 17:09:38 O
どうだかねー。

968 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 17:17:12 0
http://allempires.net/forum_posts.asp?TID=13436&PID=505689#505689
秀吉43位、信長57位

969 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 18:03:45 0
Admiral YI Sun Shin
http://www.allempires.net/forum_posts.asp?TID=615

Siam's participation in Imjin war
http://www.allempires.net/forum_posts.asp?TID=24221

Discussing the Imjin War
http://www.allempires.net/forum_posts.asp?TID=18528

970 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 00:58:00 0
清は黒竜江北岸に侵入してきたロシア軍を火力で圧倒して押し返しネルチンスク条約を締結させた。
その火力は宣教師に設計させたフランキ砲を装備した砲兵と日本の鉄砲隊を模範とした部隊だった。


971 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 10:32:46 0
シベリアのロシア軍は下手するとこんな感じ

157 :世界@名無史さん :2006/03/11(土) 14:40:48 0
シベリア、ヴェルホレンスク要塞の官吏からミハイル帝へ宛てた嘆願書より:

「閣下、どうか閣下の僕(しもべ)をお許し下さい。要塞には守備兵が二百名必要です。
 さらに、彼らのためにカービン銃200挺、甲冑200領、そして歩兵用にマスケット銃300挺を
 モスクワの帝室武器庫から送ってください。
  と申しますのは、閣下、沢山のブリヤートたちが甲冑に身を固めて要塞を攻めてきます。
 対する閣下の僕である私どもは、装備に乏しく、鎧もありません。
 また、私どもの貧弱な銃では、彼らの鎧に弾がはじき返されます・・・」

クラスノヤルスク城砦建設が1628年。この前後頃に書かれたのでしょうか。

972 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 19:28:38 0
鉄砲をはじく鎧ってどんなもん着込んでたんだ?清軍は。
下手すりゃ東洋の鎧の方が見かけだけは立派なプレートメイルより頑丈なのかも

973 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 19:44:01 0
清軍の鎧は、ポーランドのウィングドユサール並みの厚い胸甲なのだろうな。



974 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 20:02:12 0
>>972
見かけだけ立派とかさあ……
プレートメイルって悪いけど鬼ゴッツイよ?

975 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 20:23:13 0
十六世紀ぐらいになると日本でもヨーロッパでも
胴甲を品質保証のために銃で試し撃ちしたりしていた。
中国は知らん。

976 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 20:38:36 0
女真族は、伝統的に重騎兵至上主義だったとされる。

977 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 21:41:16 0
>>976
ヌルハチの時代の後金軍の陣立て(「満文老档」より)

戦う時は同所に戦わしめ、長き甲を着たる者は鎗大剣を執りて前に戦い、軽き短甲を
着たる者は弓箭を執りて後より射、選ばれたる強き兵士は馬に乗りて別に監視し居りて、
不利なる時助け戦いて、各軍の勝ち得るように行ないたり。

これを見ると歩兵主力のように思えるが

978 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 22:12:56 0
女真の火力が充実するのは呉三桂指揮下の砲兵が投降してから。

979 :ホットパンツ:2009/03/16(月) 22:30:39 0
>>972
見掛け倒しなのは寧ろ平安末期・鎌倉時代の
大鎧こそ見かけ倒しだろう!
重さこそ30〜40Kgもあるけれど弓の攻撃のみ
を想定しているのですきだらけだろ!
http://www.iz2.or.jp/fukushoku/f_disp.php?page_no=0000109
あと安土・桃山時代の当世具足も以外とすきだらけ
だ!

980 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 22:44:54 0
南宋時代、モンゴルにフルボッコされている女真の金を見て、
「何だ、金は弱体化してるじゃん、楽勝でやっつけられるぞw!」
と得意満面で金に攻撃を仕掛けた南宋軍だが、弱体化しているはずの金軍に
連戦連敗を重ね、長江以南まで押し返されるという体たらく。
太平洋戦線で米軍にフルボッコされている弱体化した日本軍に
連戦連敗だった中国軍と酷似している。歴史は繰り返される。


981 :世界@名無史さん:2009/03/16(月) 23:03:41 0
>>977
常識的に考えると、長き甲を着たる者=重装甲槍騎兵、軽き短甲を着たる者=軽装弓騎兵なのではないだろうか?

982 :ホットパンツ:2009/03/16(月) 23:03:56 0
考えてみると鎌倉武士って重さ30〜40Kgの鎧着て
体高130cmほどの駄馬に乗っているんだね!
強いわけないじゃん!

983 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 00:29:54 O
NGワード:ホットパンツ


クルセイダーほどのインパクトが無いのが惜しい

984 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 00:43:07 0
>>981
しかしそれだとなぜ「選ばれたる強き兵士」についてだけ「馬に乗りて」と書いてあるのか不可解

関係ないがロシア語のサイトにあった、ジューンガル部と戦う清軍騎兵のイラスト
ttp://www.zaimka.ru/images/bobrov2/pic2_big.jpg
とりあえず鎧はモンゴル帝国の頃からあまり変わってないようである

985 :ホットパンツ:2009/03/17(火) 00:48:49 0
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1012054900
これをみると船の乗員の半数ほどが漕ぎ手だと考えられる!
すなわち 元軍の遠征軍 文永の役の2万5千人も弘南の役14万人
半数は戦闘に関係ない漕ぎ手と想定できる。

986 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 13:54:15 0
露助の圧力に屈して千島樺太交換条約を結ぶ維新志士

987 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 14:49:10 O
日露戦争に勝って奪回しましたが?

988 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 15:29:55 0
北半分は?

989 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 15:47:33 O
あんなもの露助にくれてやんよ!

990 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 19:30:14 O
このやり取りワロタ

991 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 20:42:32 O


武士VS騎士
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1237290038/

992 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 20:51:07 0
うめ

993 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 20:52:32 0
うめ

994 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 20:55:08 0
うめ

995 :世界@名無史さん:2009/03/17(火) 21:07:09 O
次スレは>>991でいいんかな?
とりあえず今後武士厨騎士厨中華マンセーチョンその他諸々見かけたら誘導で。

996 :世界@名無史さん:2009/03/18(水) 03:05:21 0
世界史板に次スレ立てて

997 :世界@名無史さん:2009/03/18(水) 03:40:59 0
この手のスレは学問と関係ないからいらない。

998 :世界@名無史さん:2009/03/18(水) 03:50:16 0
武士最強

999 :世界@名無史さん:2009/03/18(水) 03:50:46 0
999

1000 :世界@名無史さん:2009/03/18(水) 03:51:50 0
1000

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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