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フランス王家の歴史

1 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:08:11 0
フランス王家の歴史を語れ。

2 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:11:57 0
夫婦仲がわるいのが多い。
アンリ2世−カトリーヌ・ド・メディシス
アンリ4世−マルグリット・ド・ヴァロワ、マリー・ド・メディシス
ルイ13世−アンヌ・ドートリッシュ
ルイ16世−マリ・アントワネット

3 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 07:23:17 0
フランスには女王っていないの?

4 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 09:09:20 0
メロヴィングから?それともカペーから?
カペー朝以降の王はクローヴィスの血を引いてるだろうか?

5 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 09:26:00 O
>>2
イザボーとその旦那も。

6 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 10:34:36 0
メロヴィング朝のスレ落ちちゃったんだね。残念。

7 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 11:27:00 O
>>6
自分も残念。
フランク王国統一スレ立てるのはどうだろう。


8 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 19:12:45 0
>>5
シャルル6世か。「フランスは女によって死に、女によって生き返った」

9 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 20:54:45 O
>>2
ルイ7世―アリエノール・ダキテーヌ
性格が真逆すぎて離婚

10 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 22:31:32 0
アリエノール・ダキテーヌ=「ヨーロッパの祖母」
この人の人生はおもしろい。

11 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:08:04 0
>>3
サリカ法典
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%82%AB%E6%B3%95%E5%85%B8

12 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:10:18 0
>>3
サリカ法典
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%82%AB%E6%B3%95%E5%85%B8

13 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 01:24:55 O
>>8
うむ。シャルル6世が発狂したのが致命的だったな。
>>10
アリエノールがひっかき回したせいで第2回十字軍は失敗に終わったと言われてるなw



14 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 12:22:26 0
ルイ14世はルイ13世の実子ではない

15 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 14:24:06 O
ルイ15世はルイ14世の実子ではない。
ルイ16世はルイ15世の実子ではない。

16 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 19:37:33 O
ルイ17世が悲惨すぎる。

17 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 22:35:26 0
>>14
まさかバッキンガム公の?
>>15
15世は14世の曾孫(ひまご)だね、確か。
16世は15世の孫だったかな。

18 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 22:42:06 0
「三アンリの戦い」を詳しく描いた歴史本や小説あったら教えてください。

19 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 22:48:09 0
フランス王家はスペインで継続中

20 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 02:13:18 O
ルイ14世はある意味異常者じゃね?

21 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 17:50:20 0
ルイ14世は背が低かったというね
大きなカツラでごまかしていた

22 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 17:53:09 0
舞の海かよ

23 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 18:44:25 0
ヨーロッパのかつらブームはルイ13世から始まるとか。

24 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:54:58 0
フランス人からしたらスウェーデン王家は裏切り者?

25 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:31:50 0
>>24
えーと、三十年戦争の話すか?

26 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:48:46 0
ナポレオン戦争だろ

27 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 21:24:47 0
>>18
長谷川輝夫『聖なる王権ブルボン家』

アンリ・ド・ナヴァルが王位を獲得するまでの経緯の中で
三アンリの闘いについても言及されている。

28 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 21:43:51 0
>>27
おおっ、ありがとうございます。さっそく、買って読ませていただきます。

29 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 08:52:27 0
>>25
スウェーデン王家と言うかベルナドットが




30 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 12:47:53 0
ベルナドットの奥さんがナポレオンの婚約者だったデジレ・クラリー。
今もつづいているんだね、スウェーデン王室。ちょっとビックリだな。

31 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 19:35:35 0
1990年代までに、凱旋門にベルナドットの名が刻まれました。
独仏でさえ仲良くする時代ですからね。

32 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 22:10:34 0
スウェーデン人からしたらどうなんだろうな?
王家がフランス出身ていうのは
あんまり気にしてないかな?

33 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 22:11:04 0
今となっては、近代フランスの栄光が北欧に生きているということで寛容に
なれるのかもね。

34 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 22:15:15 0
寛容も何も、今のフランスにスウェーデンをどうにかする力なんてあるまいに。

35 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 22:23:17 0
>>32
国際結婚が常態なわけだからね、ヨーロッパは。気にしてたらキリが
ないんじゃ。


36 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:32:53 0
>>35
でも日本人からしたら不思議なんだよね

37 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:38:09 0
日本人はむしろ近代以降の方が血にこだわってる。

38 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 18:46:56 0
スウェーデン王家は男系を辿れば確かにフランス人だが
女系では欧州各国の名門王家の血を200年間に十二分に吸収しているよ。

ベルナドット元帥の2代前に廃位されたスウェーデン王の血も取り入れてる。

39 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 18:48:33 0
>>30
「王侯くたばれ」なんて刺青してた奴の子孫が王家として残ってるんだよな。
なんか不思議な気持ち。


40 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 20:19:56 0
ナポレオンだって、コルシカ独立主義者、ジャコバン共和派からの転向者、変節漢だ

フランスの政治家では大して珍しくも無いだろうけど

41 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 00:27:58 0
>>36
国内に家柄の釣り合う相手がいないから、王室同士はいきおい国際結婚となる。
国際結婚が普通だから、お家騒動が即戦争になる。
「ナントカ継承戦争」というのは全部この類。百年戦争も同じ。
お家騒動から発した戦争に、宗教がからむから複雑になる。そうやって主権
国家体制を発展させてきたのが、ヨーロッパの歴史。

42 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 00:30:40 0
>>40
変節漢ではあるが、徹頭徹尾政治的ってところでは一貫している人が多い。
タレーランしかり、アンリ4世しかり。

43 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 00:37:59 0
>>36
不思議でも何でもないよ。
ヨーロッパの諸王家は、日本でいえば、天皇中心血統単一ヒエラルキーの皇族よりも
(比較的大きな領地を持っていた)旧諸大名家に例えるほうがよほど近い。
欧州の諸王家が通婚するのは、
徳川、前田、島津、伊達などの大大名家が通婚してきたのと全く同じことで、
不思議でも何とも無いよ。
欧州社交界は、全欧州で、日本全土と同じ意味での「ひとつの単位」と言える。
最近は、いろんな自由恋愛があるのでさすがに崩れてきたが、
ヨーロッパの外側の連中と通婚することは滅多に無かった。
たとえば、欧州の王族が、ヨルダン王家やエチオピア王家と通婚しても、意味が無いから。
(ちなみに、植民地化のひとつの現われとして、逆は意味があり得る)

44 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 19:31:01 0
>>27
2002年に出版されているけど、もしかしてもう絶版?

45 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 19:33:34 0
絶版です。

46 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 20:56:30 0
オルレアン公フィリップ2世

美食と荒淫のためか、大層太っており、愛人と過ごしている時に卒中で急死したそうです。
 背が低く肥満体のこの人を描く肖像画は、腰の周りにひらひらと布を巻きつけ、体型を誤魔化そうとしているようですが、腹が出ているのは隠せませんね
http://blog.zaq.ne.jp/randokku/article/838/

47 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 21:50:17 0
>>45
人気のある本なのかな? 中古本、高くなっているね。

48 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 00:25:29 0
>>46
半ズボンでタイツっていうのが当時の貴族の正装でしたからね。
長ズボンは下層階級の服装でした。ルイ14世は赤いハイヒール
はいてます。いまその服装だったらほとんど変態ですよね。

49 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 21:59:26 0
>>18
『王妃マルゴ』

50 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 22:23:31 O
>>48
当時は化粧もしてたんだっけ?

51 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 22:31:52 0
>>50
19世紀でさえ、男性がマニキュアしていたくらい

52 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 06:58:22 0
ヴァロワ朝(Valois、1328年−1589年)はフランス王家。
カペー朝の断絶後、フィリップ6世が即位して王位を継承した。
百年戦争を経験し、ハプスブルク家と争った戦いの王朝で
あったが、ユグノー戦争の末期にアンリ3世が暗殺されて断絶し、
アンリ4世のブルボン朝に交替した。

1.フィリップ6世(1328年 - 1350年)
2.ジャン2世(善王(le Bon) 1350年 - 1364年)
3.シャルル5世(賢明王(le Sage) 1364年 - 1380年)
4.シャルル6世(親愛王、狂気王(le Fol) 1380年 - 1422年)
5.シャルル7世(勝利王(le Victorieux) 1422年 - 1461年)
6.ルイ11世(商人王 1461年 - 1483年)
7.シャルル8世(1483年 - 1498年)
8.ルイ12世(1498年 - 1515年) ヴァロワ=オルレアン家
9.フランソワ1世(騎士王、1515年 - 1547年) 以下5代ヴァロワ=アングレーム家
10.アンリ2世(1547年 - 1559年)
11.フランソワ2世(1559年 - 1560年)
12.シャルル9世(1560年 - 1574年)
13.アンリ3世(1574年 - 1589年)

53 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 07:01:07 0
ブルボン朝(Bourbon、1589年−1792年、1814年−1830年)は
絶対主義時代のフランスの王家。カペー朝の聖王ルイ9世の孫に
始まりをもつ名門の血筋をうけつぎ、絶対王政を確立してフラン
スをヨーロッパの強国に押し上げた王朝。ユグノー戦争の末期に
アンリ3世が暗殺されてヴァロワ朝が断絶、王の妹を妃にむかえ
ていたアンリ・ド・ナヴァル(アンリ4世)によってはじまり、
ルイ14世の時代に絶頂期をむかえたが、フランス革命において
ルイ16世が処刑されてとだえた。ヴェルサイユ宮殿における華やか
な宮廷文化で知られる。ナポレオン失脚後、復活をはたしたが、
七月革命によって最終的に王権から離れた。

1.アンリ4世(1589年 - 1610年)
2.ルイ13世(le Juste1610年 - 1643年)
3.ルイ14世(太陽王、le Grand1643年 - 1715年)
4.ルイ15世(最愛王、le Bien-Aimé1715年 - 1774年)
5.ルイ16世(1774年 - 1792年)
(復古王政)
6.ルイ18世(1814年 - 1824年)
7.シャルル10世(1824年 - 1830年)


54 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 07:32:29 0
あくなき政治性がフランスを大国にしている気がするね。ものすごい中華思想もちながら、
かなり臨機応変。計算がきっちりできている。

55 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 11:58:13 O
>>52
ルイ11世の(商人王)ってのが面白いな。

56 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 12:26:08 0
>>54

政治的人間に変節は必須科目だよ。
フランスでは、戦前極右だったくせに、戦後左についた思想家がいる。
ミッテランも、元アクシオン・フランセーズでヴィシー政府から勲章受けたのに、
いつの間にかレジスタンスについて戦後社会党。で、大統領に。

57 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:01:26 0
>>55
養蚕をさかんにし、鉱山開発をおこなったってことなんだが、詳しいことは
わかんない。

58 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:34:18 O
>>56
臨機応変にできるところがいいな。
後の共産主義者とかとはちょっと違いそうだ。
>>57
へー。向こうは国王への愛称の付け方が面白いよな。
肥満王とか禿頭王とか美男王とか。

59 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:36:45 0
>>58
リチャード獅子心王とかね。ルイ15世=最愛王というのもおもしろいね。
謂われを知りたい。

60 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:47:29 0
ジョン ソフトソード

61 :日本鬼子:2009/03/01(日) 00:49:17 0
日本死!!!!!小 日本 狗 大漢族 万歳

62 :世界@名無史さん:2009/03/01(日) 06:44:10 0
「小日本」てわざわざ書くあたりにコンプレックスがみえるねw

63 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 11:10:40 O
ルイ17世って結局どうなったの?

64 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 00:27:08 O
フィリップ4世(美男王)が嫌いだ。
テンプル騎士団を壊滅させやがって。

65 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 12:27:05 P
パリ伯がフランス国王になった経緯がよくわからん。

66 :世界@名無史さん:2009/03/06(金) 12:41:01 0
逆。フランス国王がパリ伯だった。

67 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 09:52:21 0
変節漢といえば、社会党のミッテランなんて若いころ極右で王党派だったんだよな。

ただ変節したとはいえ、大統領になってからも王制のある国を羨ましいと発言するなど、
信条まで変えた訳ではなかったんだろうな。

68 :世界@名無史さん:2009/03/08(日) 17:42:25 0
ブルボンの末裔はインド人の弁護士になっているのだよね。
ナポレオン・バルサザール・ブルボンさんだったかな。

69 :世界@名無史さん:2009/03/10(火) 11:15:06 0
>>63
ルイ17世はヴァレンヌ逃亡事件のときにタンプル塔(だったかな?)に閉じこめられて
しまったルイ16世とマリ・アントワネットの子。名目上の君主だったが、そのうち共和
政になってしまったので、忘れられた存在になってしまった。自分自身も王であったこ
とを忘れたそうだ。革命独裁なんかのどさくさで世話する人もいなくなり、10歳のとき
に死亡が確認された。

70 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 00:00:08 0
ルイ16世が斬首された後、ルイ17世がフランス国王に即位したんでしょうか?
幾冊か本を読んだのですが、その点については書いてなかったんです。

71 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 15:00:02 0
ルイ17世が名目的な君主とされたのは王政廃止宣言以後の共和政下のことですし、
実際に即位もしていません。即位式もあげていません。ルイ16世は裁判の結果、
処刑が決まったわけですが、取り調べのなかで、王宮の隠し戸棚から、王が外国
の使節と秘密にやりとりしていた文書がたくさん発見され、王がフランス政府と
国民を裏切っていた証拠がたくさんでてきた。結局、ルイ16世は賛成387、反対
360で死刑と決定した。ただし、賛成387のうち、26は条件付き賛成でしたから
それを除けば、361対360でした。もちろん、ルイ17世は幼少でしたし責任能力も
ないので無罪です。結局、父ルイ16世は革命広場で二万人の市民が見守るなかで
ギロチンで処刑されます。最後の言葉は「私は無罪だ。私は敵を許そう」という
ものだったらしい。ルイ17世がもう少し成長していたら、あるいは長生きして、
みずから王であるということを意識して王として振る舞ったら、その後の展開は
変わっていたかもしれませんね。

72 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 15:08:29 0
ルイ16世とマリ・アントワネットの子としてタンプル塔に幽閉された王女に
マリ・テレーズがいる。ルイ17世からすると姉にあたる。
ルイ18世とシャルル10世はルイ16世の弟。

73 :世界@名無史さん:2009/03/11(水) 19:38:12 0
>>64
騎士団長は火刑の炎の中からフィリップ王を呪う。「てめー、子孫は根絶やしじゃ!」
→それから間もなくフィリップは不審な死を遂げる
→その後、息子達も次々死ぬ
→女系の孫のイングランド王がフランス王位を要求して百年戦争勃発。
 国土が荒らされたのはフランスだけ。
→カペー王朝直系は断絶
→フランス革命時に王室が幽閉されたのが、騎士団のパリ本部だったタンプル塔。
 やっぱり崇りじゃ・・・

あ、でも革命時の王家はフィリップとは直接関係ないブルボン家だから
気の毒な気もする・・・
フィリップの血統は女系でイングランド王家に移って、その後こっちは
薔薇戦争で荒れたことを考えると、これも崇りじゃ・・・

74 :世界@名無史さん:2009/03/12(木) 02:17:16 O
>>73
因果応報とはこのことか…。

75 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 00:38:03 O
当時莫大な財産を持っていたテンプル騎士団に目をつけ、あることないこと因縁つけて拷問による自白によって壊滅させたフィリップ4世。
騎士団の財産は当然フィリップがいただきました(^-^)

76 :世界@名無史さん:2009/03/14(土) 03:31:02 0
テンプル騎士団=乱交衆団

77 :世界@名無史さん:2009/03/15(日) 18:33:37 O
シャルルとかルイとかフィリップって何人いんのよw

78 :世界@名無史さん:2009/03/18(水) 05:41:40 0
西洋人の名はキリスト教の聖人聖女から名づけるから数が少ないね。

79 :世界@名無史さん:2009/03/20(金) 15:51:36 0
西洋史は絶対主義の時代が一番おもしろい。

80 :世界@名無史さん:2009/03/22(日) 12:16:16 0
異質なものを貪欲に採り入れようとするところがフランスのよいところ。日本も
見習うべき。

81 :世界@名無史さん:2009/03/22(日) 12:33:58 0
>>77
ブルボン王朝は別名「ルイ王朝」でっす。w

82 :世界@名無史さん:2009/03/22(日) 20:43:25 0
貴族のあいだで、王様がルイを名乗ってるから俺ら遠慮しとこ、みたいなことはなかったの?
中国の避諱みたいなの。

83 :世界@名無史さん:2009/03/29(日) 20:18:49 0
革命のときに棺を暴かれたほとんどの王様の遺体はわけがわからん状態になってまとめて葬られたんだよね。
おいたわしや。。。

84 :世界@名無史さん:2009/03/29(日) 22:47:03 0
>>82
中国の皇帝と違って、ヨーロッパの王は宗教的意義を持たないから、無いはず。

85 :世界@名無史さん:2009/03/30(月) 01:01:23 O
中島実穂 著「マリー・アントワネットの娘―栄光の記憶」という本に、
復古王政期のユルトラが好んで読んだ小説として、ウォルター・スコットの「アイヴァンホー」をあげているのですが、
他にもよく読まれた小説や詩等があったのでしょうか?
また、ユルトラについて詳しく書かれている本があったら是非教えて下さい。

86 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 02:06:16 0
おフランスは第5共和制なんて止めて、王政復古した方が絶対に得。

特にフランスの高級ブランド業界は、ブルボン王朝のイメージと重なる。



87 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 10:16:03 0
自分もルイで息子もルイで孫もルイ、しかも孫は長男も次男もルイだったら、めんどうだろうねぇ。w

88 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 18:47:46 O
ブルボンはスペインだからなぁ。
ブルボン朝の復活なんか無理無理。
スペインとフランスの連合王国なんてありえね。


89 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 19:16:01 0
ルイ20世がフランスに国籍を変えればいいだけじゃね?
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%B3

90 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 19:29:46 0
オルレアン家やポナパルト家も主張しているんだから安易にブルボン家の復位は混乱をまねく
現状維持が一番

91 :90:2009/04/01(水) 19:30:50 0
ポナパルト×
ボナパルト○

92 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 19:35:54 0
>>90
正統性なら本家筋。
ボナパルト家?あんなの成り上がりでしょ!田中の角さんやヒトラーと一緒。

>>88
フランスの国民世論なら可能でしょう。宣伝しだい。

ロシアでさえ帝政復古派の世論は大きい。
元々ボルシェビキ以前も独裁政治だし。ケレンスキー・リボフ公は例外的短期間。

93 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 19:43:19 0
ブルボン家の元になったロベール家の成り上がりですが何か?

94 :世界@名無史さん:2009/04/01(水) 19:57:57 0
まず根本的にこんな不景気に王制復古とかありえんから

95 :世界@名無史さん:2009/04/02(木) 21:26:05 0
じゃあ景気対策に王政復古ってのはどう?



96 :世界@名無史さん:2009/04/02(木) 22:44:39 0
エチオピアスレで暴れていた王室(帝室)復古オタがここでも暴れているのか

97 :ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2009/04/02(木) 23:33:46 O
いっそのことケベック王に即位してケベック独立運動の御輿になって欲しいなあ
三色旗を変えるのには抵抗あるだろうけど、ケベック旗は白百合だし

98 :世界@名無史さん:2009/04/03(金) 12:01:54 0
>>94
不景気と経済混乱=幕末
人心刷新で好景気=王制復古

99 :世界@名無史さん:2009/04/03(金) 12:09:56 0
フランス人からすれば「俺らの政治形態やトップは俺らが決める。東洋の猿がグチグチ言うな」

100 :世界@名無史さん:2009/04/03(金) 18:54:25 0
現代のフランスにマリー・アントワネットみたいな王族がいたら
凄い経済効果だろうな。ゴシップのネタでも世界を席巻するだろう


101 :世界@名無史さん:2009/04/07(火) 00:34:06 0
>>86
自分は、フランスの高級ブランドのイメージというと、ブルボン朝より
ナポレオン三世時代だけどなあ。19世紀半ばのブルジョワ趣味。
王室のイメージは中世を引きずる。ブランド業界は、近世ブルジョワの産物でしょ。

102 :世界@名無史さん:2009/04/07(火) 02:39:16 0
元を正せばルイルグランでしょ

103 :世界@名無史さん:2009/04/07(火) 20:59:01 0
>>100
王妃とパパラッチ、パリの街を年がら年中カーチェイス
あぶねーわ〜

104 :世界@名無史さん:2009/04/07(火) 23:15:37 0
フランス王室よりフランス皇室でしょ

105 :世界@名無史さん:2009/04/08(水) 00:00:05 0
お腐らんす人的にはそうなんだろうけど日本人的にはブルボンなんだよ
新潟のセンベイ屋もソレにあやかって名を付けるくらいだからな

106 :世界@名無史さん:2009/04/24(金) 10:52:41 0
センベイ食べたい。

107 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 08:43:04 0
王政復古は自らの国歌と国旗を否定することになるんだぞ?
それを分かってんのか

108 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 10:40:11 0
タレランは王政復古の時でも、三色旗を尊重するように王に進言したよね。
可能なんじゃない?

109 :世界@名無史さん:2009/04/29(水) 08:18:17 0
歴代の王様の遺骸は革命時にみな捨てられてしまったんですね。
嗚呼、なんてひどいことを!!

110 :世界@名無史さん:2009/05/01(金) 19:19:25 0
>王政復古は自らの国歌と国旗を否定することになるんだぞ?

国旗については全然大丈夫。
トリコロールの真ん中の白はブルボン家の白百合。
つまり王権と革命の調和を意味する旗だから。
まあ白百合だけの旗に変えても別にいいけど。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%97%97


111 :世界@名無史さん:2009/05/03(日) 09:52:26 0
ユルトラはいいとしてシャルル10世がアホすぎなんだよね。

112 :世界@名無史さん:2009/05/03(日) 20:12:02 O
シャンボール伯が三色旗を受け入れてれば、
第三共和政はじめのマクマオン大統領(王党派)の時代に王制再復古もできたのに。

113 :世界@名無史さん:2009/05/11(月) 23:01:32 0
>>110
三色旗を考えたのは、立憲君主派のラ・ファイエット将軍だからね。

114 :世界@名無史さん:2009/05/12(火) 21:07:18 0
>王政復古は自らの国歌と国旗を否定することになるんだぞ?
なるほど王制復古は、あの血に飢えた野蛮な国歌を取り替えるよい機会になるということですね。
まったく同感です。


115 :世界@名無史さん:2009/05/12(火) 21:10:20 0
フランス人というアイデンティティーはフランス革命のときに誕生した
フランス革命を否定するのはフランス人というアイデンティティーを否定するのと同じ

116 :世界@名無史さん:2009/05/15(金) 08:24:22 0
>フランス人というアイデンティティーはフランス革命のときに誕生した

400文字以内でその命題を証明せよ。


117 :世界@名無史さん:2009/05/15(金) 13:34:48 0
>>115-116
>フランス人というアイデンティティーはフランス革命のときに誕生した


リシュリューのアカデミー・フランセーズは違うの?

118 :世界@名無史さん:2009/05/15(金) 19:50:52 0
なんだかんだ言って「フランス人」という連帯感が生まれたのは革命戦争だと思うんだよね

悪い面もたくさんあったけど、何だかんだいってよい面もたくさんあったのがフランス革命
革命を完全な悪として考えるこのスレの思想は危険

119 :世界@名無史さん:2009/05/16(土) 20:25:44 0
>革命を完全な悪として考えるこのスレの思想は危険
なんだよその被害妄想w

まあ、「日本人というアイデンティティーは明治維新のときに誕生した」
っていうのと同程度には正しく、同程度には間違っているだろう。


120 :世界@名無史さん:2009/05/19(火) 18:29:58 0
革命と王権は相容れない関係じゃない。
日本の明治維新をみればそれがよく分かる。


121 :世界@名無史さん:2009/05/19(火) 18:43:42 0
あれはただの内戦

122 :世界@名無史さん:2009/05/19(火) 18:47:18 0
それを言うなら18世紀末のフランスも、ただの内戦

123 :世界@名無史さん:2009/05/21(木) 12:31:30 0
ttp://www.47news.jp/CN/200905/CN2009052001001076.html
ルイ16世の直筆遺言、米で発見 逮捕直前に執筆

【パリ20日共同】フランス革命で処刑されたルイ16世(1754−93)が
1791年、パリをひそかに逃れ、バレンヌで逮捕される直前に書いた
政治的な遺言書「すべてのフランス人に告ぐ」の原本がこのほど、米国で発見された。
20日付フィガロ紙が報じた。

遺言の写しはあったが、国王直筆の原本は行方が分からなくなっていた。
発見したフランスの研究者らは「歴史の鼓動を伝える第一級の史料」としている。

遺言書は16ページ。逃亡の理由を説明するとともに、
国民に向け「(革命派の)誤った友人たちのそそのかしやうそを信用してはならない。
国王の元に戻りなさい。王は常にあなたがたの父であり、最良の友人である」と呼び掛け、
自らが目指した立憲君主制の正しさを説いている。

ルイ16世の遺書は、1793年の処刑直前にタンプル塔で書かれたものが有名だが、
今回見つかったのはこれとは別。

2009/05/20 22:10 【共同通信】

ttp://img.47news.jp/PN/200905/PN2009052001001090.-.-.CI0003.jpg
米国で発見されたルイ16世の遺言書。末尾に「ルイ」の署名がある(アリストフィル社提供・共同)

124 :世界@名無史さん:2009/05/21(木) 12:40:59 0
フランス屈指の名君と言われるアンリ4世について、誰か語ってくれませんか。

王妃マルグリットとの仲は本当はどうだったのか、など。
Wikiでは疎遠なままのように書かれているけれど、デュマの「王妃マルゴ」では恋人・夫婦としての愛情はないが
政治的な同志として最後まで心は結びついていたような書き方をしています。
この本の続編になる「モンソローの貴婦人」や「45人組」が翻訳されたら面白いのになあ。

125 :世界@名無史さん:2009/05/23(土) 20:05:17 0
アンリ4世は日本でいえば徳川家康みたいな人じゃないでしょうか。マルゴは
ルイ13世をとてもかわいがったといいますね。

126 :世界@名無史さん:2009/05/23(土) 20:27:31 0
フランスと言ったらやっぱりブルボンよりボナパルトが思い浮かぶなぁ

127 :世界@名無史さん:2009/05/26(火) 00:06:05 O
>>125
バイルーの本を読んだら光源氏的な面があると思った

128 :世界@名無史さん:2009/05/27(水) 16:50:54 0
>>127
そうそう、女ったらしだもんね
でも、その子孫から、スペイン=ブルボン家を死守した名将ヴァンドーム公が出てくるよ!!

129 :世界@名無史さん:2009/06/15(月) 07:07:35 0
>>128
あだ名が「ベール・ガラン」(好色の王様)。

130 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 17:11:15 0
マルゴとは離婚したとたんに仲良くなったかんじ
アンリもマルゴも好色仲間であっても連れ合いにはむかなかったんだろうかね



131 :世界@名無史さん:2009/06/16(火) 17:57:04 0
アメリカ人の世界史の授業では
やっぱり「バーボン」とか「セント・ルイス」って発音してるのかな。

132 :世界@名無史さん:2009/06/18(木) 21:09:25 0
アンリ4世は、いまのフランス語を公用語にした人だね。

133 :世界@名無史さん:2009/06/20(土) 21:05:16 0
女装大好きアンリ3世

134 :世界@名無史さん:2009/06/21(日) 01:10:25 O
≫125
イングランドならヘンリ七世かな。この人は正妻との間に子供残せたね

135 :世界@名無史さん:2009/06/28(日) 07:18:12 0
ハインリヒ・マンという人がアンリ4世について書いているね。

136 :世界@名無史さん:2009/07/18(土) 14:13:18 0
講談社現代新書 フランス王朝史1「カぺー朝」
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=288005
始祖は凡庸な男。強力な敵に周りを囲まれながら、どうやって王家はローマ教皇や神聖ローマ皇帝と並ぶ存在に成り上がっていったのか?その軌跡を直木賞作家が鮮やかに描く。

「時間を越えた逆転劇」、それが、冴えない始祖、ユーグ・カペーが頭の中で描いていたことなのか?「名ばかりの王」から300年の時を経て、ローマ教皇、神聖ローマ皇帝と並ぶ権力者としてヨーロッパに君臨するまでの物語。

137 :世界@名無史さん:2009/07/21(火) 19:52:40 0
シャルル10世の嫡子ベリー公は、ナポレオンの愛人の一人を
王政復古後囲っていたらしい。この時代の上流階級って
キリスト教道徳を唱えつつ、やってることは「敵も味方も穴兄弟」なんだよな。

このベリー公は共和主義者に暗殺されてしまうが、その子アンリ5世の母である公妃は
七月革命の後男ができてオルレアン王政側に逮捕された時妊娠していた。
おかげで正統王朝派は大恥をかき、シャルル10世は亡命先で激怒。
一時勘当状態になったそうな。

138 :世界@名無史さん:2009/07/21(火) 20:14:00 0
上流社会で男も女も不倫しまくりなのはバロック・ロココ時代からの伝統だよなw

まさに「不倫は文化」の国だ。

139 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 23:24:57 0
確実な避妊法がないのに
人妻の不倫が容認される
フランス上流階級の中の人達は
赤の他人が自分の家を継ぐリスクを
なぜ受け入れたんだろう



140 :世界@名無史さん:2009/07/25(土) 16:08:50 0
>>125
>>134
一般的なイメージは全然違うと思う。日本じゃ家康は狸オヤジとかいわれて
一般的に人気があるとは言い難い。イギリスでもヘンリー七世は
守銭奴扱いで、人気ない。二人とも素直に英雄扱いされてない。

でも、アンリはフランスじゃ歴代国王で文句なく一番の人気でしょ?
大革命後の復活王家は、アンリのイメージに頼った。ベルサイユ以降の王家の
イメージを国民に忘れさせて、王家=アンリ、のイメージにしようとした。

家康もヘンリーもアンリ同様の苦労人で、政治家としてはたぶんアンリより
有能なんだけど、キャラの違いなんだろうね。アンリは二人より甘かった
から暗殺されたんだと思うけど、そういう甘さが愛されるんだよ。



141 :世界@名無史さん:2009/07/27(月) 21:02:35 0
革命で棺を暴かれた歴代国王や王族の遺骸の様子などについて詳しく書かれた
書物ってありませんかね?

デュマの短編や名前は失念しましたが日本の女性作家が書いたエッセイ風のものは
読んだのですが、それ以外の本でいいものがあったら教えてください。

ちなみにアンリ4世の遺体が生きているように素晴らしかったことと、ルイ14世の顔が
黒ずんでいたこと、ルイ13世の顔が窪んでいたこと、ルイ15世は書くのも恐ろしい
状態だったことくらいしか知りませんので、それ以外の国王・王族のことが知りたいです。

142 :世界@名無史さん:2009/07/28(火) 21:46:59 0
おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ おういえ〜ぃ
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143 :世界@名無史さん:2009/07/28(火) 22:27:13 O
ブルボン家の納骨堂はそんなに保存に理想的な環境だったんだろうか?
みんな白骨化途中か、良くてミイラ的に乾いた肉皮が残ってるくらいでは

欧米の小説で、棺を開くと美しい死体や純白の骨格が現れるが風が吹いた瞬間散り散りに飛んで消えてしまう、てな表現を何回か読んだが、(日本人からしたら変だが)憧れや幻想があるのかな

聖人になるには死体が腐らないことも条件らしいし(ついでにガルシア・マルケスはこのネタが好きらしい)

144 :世界@名無史さん:2009/07/28(火) 22:34:26 0
>>143
納骨堂ではない。
ブルボン家の連中は死ぬと直ちに全身をワインで洗われ、内臓を取り出されるなどの
防腐措置がとられ、棺は鉛で溶接されたので、非常に保存状態がよかった(ルイ15世以外)。

しかし革命時にそれらの棺は全て暴かれ、王族の遺体はでっかい穴にみんなまとめて
捨てられてしまった。

王政復古時にルイ18世はそれらを元に戻すよう命じたが、穴を掘ってみたところ
もはやどれがだれの遺骨かわからないような状態と化しており、仕方がないので
すべてまとめてサン・ドニ大聖堂の中に納骨堂をつくり、約300体ともいわれる
遺骨をまとめて収めることとなった。

だから今のサン・ドニにある完全な形の王族の遺体は、ルイ18世と暗殺されたベリー公くらい
じゃないかと思う。

145 :世界@名無史さん:2009/07/28(火) 22:42:39 0
七月王政の時にセント・ヘレナからパリに運ばれて改葬された
ナポレオンの遺体はずいぶん綺麗だったそうな。

146 :世界@名無史さん:2009/07/29(水) 02:55:09 0
>>144
>全身をワインで洗われ

ワインで洗うとはさすがにフランス。誰の遺骨かわからなくなってしまった
のは残念だわ。ルイ14世は13世の子供かどうか、DNA鑑定して欲しかったのに・・・

こういう疑惑は各国王室にあるけどさ。死者には不敬かも知れないけど、
将来、鑑定とか許される日がくるんだろうか。髪の毛とか残ってないかな。

147 :世界@名無史さん:2009/07/29(水) 16:11:22 0
奥州平泉の藤原4代は血液型までわかっているらしいね

148 :世界@名無史さん:2009/07/29(水) 16:19:35 0
>>147 そりゃそうだ。遺体があるんだから、当然。

149 :世界@名無史さん:2009/07/31(金) 22:13:47 0
革命時にサン・ドニでカトリーヌ・ド・メディシスの遺体が暴かれた時は
人々から罵詈雑言の嵐だったそうな。

150 :世界@名無史さん:2009/08/04(火) 23:31:00 0
革命時ヴァロア家やカペー家の王様たちの遺体も原形を留めていたんだろうか?

151 :世界@名無史さん:2009/08/11(火) 20:07:59 0
イングランド王が、大陸のノルマンディー公領を手放して、
飛び地みたいな南フランスの領土と交換してしまったのはなぜ?
素人考えだと、イングランドに近いノルマンディー領有してたほうが、
何かと便利そうだけど・・・? フランス王が強権発動?

152 :世界@名無史さん:2009/08/11(火) 20:31:01 0
>>151
ボルドーが残ったことがフランス王の温情ってほうが実態に合ってる。
その甘さが後に大きな禍根を残すとは、ルイ9世は知る由もなかった。

153 :世界@名無史さん:2009/08/11(火) 20:50:18 0
>>152
レスありがとうございます。
当時のイングランド王って、フランス国王には軍事的に敵わなかったんですか?
表面的に頭下げてるより、さっさと独立したほうがよかったような・・
いや、詳しくないんで素人考えですけど。

154 :世界@名無史さん:2009/08/11(火) 21:09:56 0
>>153
すごく大雑把に言っちゃえば、結婚でフランス内に巨大領土を持ったフランス貴族が
英国の王冠も手に入れたってのが英国王で、フランス王はそのフランス内領土を没収しないと
生きていけない状態だった。

フランス王は英王家の内紛に介入して大部分のフランス領を手に入れたけど、南フランスに
かなり広大な領土が英国王のフランス貴族としての領土として残った。
イギリス王は残った領土から、再度旧領回復を狙ったけど大失敗して完全に大陸から追い落とされた。
このタイミングで和平の条件として、英国王が「フランス貴族としての立場で」フランス王に臣従するなら
ボルドー周辺の領土を英国王に返した。

これを返したことで、この領土をめぐる問題や、英国王がフランス貴族としてはフランス王に臣従しなきゃいけない矛盾
スコットランドとフランス王の接近なんかがあって、英仏百年戦争につながっていく。

155 :世界@名無史さん:2009/08/11(火) 21:19:38 0
>>153
154は質問の答えになってないなw
両国とも封建王制の中で、諸侯の集合として王位を保っていたから
そのときの王の支配力次第で軍事力は変わってくる。
ルイ9世のときは、南仏を制圧して国内支配が成功してた時期だからフランス王は強い。
フランス王に臣従しなければ、フランス国内の英国王領は簡単にフランス王に没収されるほど。
ただ時代によって英国王の方が強かった時期もあるし、何ともいえない。

国力とそれを背景にした軍事力はフランスのほうがイングランドを圧倒してたけどね。

156 :世界@名無史さん:2009/08/11(火) 21:23:43 0
>>154
レスありがとうございます。
なるほど、「国王」対「国王」の図式で単純化してはだめなんですね。

最近、佐藤賢一の『カペー朝』(講談社現代新書)読んだのですが、
「なんでイングランド国王は(一面ではフランス諸侯であるとはいえ)、
いつまでもフランス国王に臣従してるのか?」が疑問に思えたので。

157 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 08:26:12 0
自分の母親(シャルル6世の王妃)から嫡出を否定されたシャルル7世てなんなの?
結果的にはジャンヌダルクの出現などもあって勝利者になったが
その割には国内的にもいまひとつ人気がないが

158 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 09:05:53 0
>>156
一面ではというか、本質的にフランス諸侯なんじゃないの。
でもって、もしかしたら俺もフランス国王になれるかも★。.:*:・'゚☆。+(*´∀`)キラキラ
なんて思ってるから、フランスの領国に執着すると。

159 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 09:27:57 0
本質は、アンジュー伯がイングランド王を兼ねているのだ

160 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 19:57:20 0
>>158
なるほど。
フランス国王の地位への野望があるから、
ノルマンディー手放してアテキーヌ(でしたっけ?)と交換したんですね。


161 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 21:41:56 0
アンジューの領主は「伯」を名乗れて、ノルマンディーの領主は「公」を名乗れる。
当時のイングランドの『領主』は「王」を名乗れるが、フランク帝国の帝王の系譜を持つ
フランス王とは同じ王でも格が違う。

162 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 21:50:34 0
イギリスのヘンリー8世の正式称号(最終1544年以降)
By the Grace of God,King of England,France and Ireland,Defender of the Faith,
and on Earthof the Church of England and Ireland the supremHead
フランス王の称号が取り除かれたのは実に1801年!


163 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 21:59:26 0
欧州にはたくさん君主国はあるけど、
フランク王国の系譜を引くフランスやドイツ、イタリアは
共和制になっているんだな。

164 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 22:03:35 0
>>160
別に交換はしてないとおもうが・・?

165 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 22:09:40 0
>>160
交換って?元々イングランド王はアキテーヌ公だよ。
アンジュー家出身のヘンリー二世の妃が、アキテーヌ女公アリエノール・ダキテーヌ。

166 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 22:12:36 0
フランスやドイツの王号は十分すぎるほどふさわしいものと思う。
イングランドやカスティーリャもやや格落ちだがまあ良しとしよう。
しかしサルディニアやらシチリアやらそんなに大きくもない島の領主が王号を称することが
できるのか。伯レベルではないかと思うのだが。

167 :160:2009/08/12(水) 22:19:26 0
フランス国王ルイ9世と、イングランド国王ヘンリー3世のパリ条約って、
そういう交換条約じゃなかったでしたっけ?

168 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 23:04:43 0
>>166
トレビゾンドやナヴァラ、ヴュルテンベルグは?

169 :世界@名無史さん:2009/08/12(水) 23:33:53 0
マーシアだのノーサンブリアだの七「王国」(挙句イングランド南部を統一しただけで「覇王」)
ハノーファー ビュルテンベルグ ザクセン等々今で言う州単位以下の領土で王号
ベーメン オスマン朝と半々だった時代のハンガリー
そもそもイルドフランス地域圏支配が精一杯だったフランス王
ネウストリア、アウストラシア、ブルゴーニュ、プロヴァンス、アキテーヌ等分裂時代のメルヴィング朝

170 :世界@名無史さん:2009/08/13(木) 05:30:24 0
近世ドイツのプロイセンだのバイエルンだのヴュルテンベルグだのの王号は
オーストリアやフランスの皇帝号同様ニセモノ臭い。

171 :世界@名無史さん:2009/08/13(木) 09:32:40 P
シチリア王
ビザンツ領だった南イタリアをノルマン人がぶんどったときに、ビザンツの典礼を離れて
ローマ・カトリック側についたので、教皇から王号を認められた。

プロイセン王
スペイン継承戦争前夜、ハプスブルク家側に協力することの見返りとして、
ブランデンブルク選帝侯に王号が認められた。その際、帝国内の王国はよろしくないということで、
選帝侯の飛び地の領土だったプロイセンが王国となった。

そんな感じだっけ?

172 :世界@名無史さん:2009/08/13(木) 10:58:57 O
プロイセンが帝国領外なのはあってるけど、別にブランデンブルクと飛び地ってわけじゃないよ

173 :世界@名無史さん:2009/08/13(木) 12:48:38 0
横レスだが
>>172
1700年当時は飛び地
ホーエンツォレルン家当主の爵位
プロイセン プロイセン王(Koenig in Preussen,"von"でなく"in"である事に注意)
ブランデンブルグ ブランデンブルク選帝侯
その他の領地 おのおの爵号は別
全体がプロイセン王国になるのはウィーン会議以降 

174 :世界@名無史さん:2009/08/15(土) 11:51:49 0
なにはともあれ、シチリアでもノーザンブリアでも
その地を根拠に小さい範囲であっても覇をとなえた王者がいたわけだが、
サルディーニャはなんで領主(それも不在の外国人ばかり)が
王号を名乗れるようになったのか理解しがたい。

175 :世界@名無史さん:2009/08/15(土) 12:52:00 O
サヴォイアだとブランデンブルクみたいに帝国の中だから代わりにサルデーニヤになったんではないのか?

176 :世界@名無史さん:2009/08/15(土) 15:00:54 0
>175
サヴォイがサルディーニャの王位を獲得するずっと以前からサルディーニャは王国。
つーかサヴォイ侯は王位がほしくてシチリアだのサルディーニャだのの
獲得に熱心だったわけだが。

177 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 00:36:15 0
>>166
単純に大きさの問題でもないような。
フランス王といっても、最初の頃は実質イル・ド・フランス地域の王で
しかなかったみたいだし。諸侯は実質独立勢力でしょ。王と言ってもね・・・

178 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 05:46:18 0
>177
ではカペー朝初期の時代に「実質的な」王といえば誰がそうかといえば、
ウィリアム1世が「征服」という特殊事情で集権化に成功したイングランド王くらいか。
続く時代「アンジュー帝国」とうたわれたプランタジュネ家もノルマン朝から
受け継いだイングランドでは強力な「王」、ノルマンディーでは強力な「公」だったけど
アンジュー、アキテーヌ、ブルターニュなんかでは現地城館に割拠する在地領主の独立傾向が
強くて統制が取れずにとてもとても「帝国」なんて実質はともなってなかった。

179 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 06:01:00 0
おっと、一番書きたいことを忘れてたよ。
カペー朝初期の時代において、「実質的な」王なんて特殊事情は別にして
ほぼありえない。分権化が時代の趨勢だった。

実質的な王がありえないなら、「名目的」にでも王としてふさわしいのは
ゲルマン部族の王位を引き継ぐ独・仏・伊(フランク族)、英(アングロサクソン族)
といったところか。イベリア半島の王位は西ゴート→アストゥリアスの流れを引いている
と考えていかな?

180 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 10:58:57 O
>>179
スコットランド、ボヘミア、ハンガリー、北欧三国のことも思い出して上げて下さい

181 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 11:33:17 0
完全に忘れ去られているキプロス王国とエルサレム王国が哀れでならない・・・
あとラテン帝国皇帝も・・・

182 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 13:50:21 0
>>179
概ねその通りだが
それでも叙爵と軍役を課す権利は持ってたわけで・・・
封建王政とはそんなもの

183 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 16:32:15 0
第一執政というのは皇帝レベルの権力を持っていたのですか?

184 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 17:40:21 0
第一執政は、

法案発案を独占したコンセイユ・デタの構成員を任免
全裁判官を任命
行政官吏、軍人将校、県知事を任免



185 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 18:58:51 0
>>184
メルシー
よく判りました

186 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 20:23:45 O
>>181
キプロスとラテン帝国はビザンツから強奪して建てただけだからな

187 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 06:23:34 0
そういやかなり以前にどっかのスレに
オランダやベルギーの君主に王号はふさわしくない。
ルクセンブルク並に大公くらいが適当、って書き込みがあったな。

188 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 18:43:15 O
>>187
大きなお世話としか言いようがないレスだな

189 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 21:36:47 0
>187
以前の「世界の現王室・旧王室の人々」スレだったか?
ベルギーはフランスに、オランダはドイツに併合されて
一諸侯になるのがふさわしい、とかの書き込みもあったような。

190 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 21:40:47 0
>>189
あのスレはそんなのばっかだな。大きなお世話ばっか。
そーゆーおまいらは何なの?ド庶民じゃねーか、と。

191 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 21:40:51 O
>>189
日本はアメリカに、南北朝鮮は中国に吸収されろと言ってるような暴論ぶりだな。

192 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 22:05:19 0
リヒテンシュタインはスイスに
サンマリノはイタリアに
アンドラはフランスに

そのくらいなら多少は納得もできるというものだがw

193 :世界@名無史さん:2009/08/20(木) 22:44:35 0
>>189
ここは歴史板だと知らないで書いてるのか?
この板に相応しくないスレだな。

194 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 00:32:58 0
ルイ十四世て女偏歴激しい割に
最後は地味な元ベビーシッターのとこに落ち着くんだな
実はおかん気質の女に弱かったんだろうか

195 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 07:58:50 0
歴代フランス国王、皇帝のなかで男色家として著名な人々には誰と誰とが
居るのでしょうか?

196 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 14:28:30 O
>>194
元ベビーシッターさんは控え目で優しい母性愛の強い性格美人。
対してモンテスパン夫人はグラマー美人だが気が強くてヒステリック。
若い頃は良くても歳とってきたら安らぎを求めたくなるんじゃね?

197 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 19:32:00 0
>>196
あー
歴史じゃなくてもあるあるだなw

198 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 19:52:02 0
>>196
つい最近に英国であった事例もそういうことなのかな?

199 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 20:04:54 0
>>196
いや、それは通俗的過ぎ。大宮殿造った国王なら、最後までブイブイいわせなくちゃ。

元ベビーシッター女史の影響でナントの勅令を廃止したとかいわれてるし。
それで、勤勉なプロテスタントが国外へ逃げてしまい、フランス経済に大打撃。
これが大革命の遠因ともいわれるし。
アンリ四世の偉大な遺産を食い潰したルイ14世。ダメダメ国王じゃん。

200 :世界@名無史さん:2009/08/21(金) 20:56:24 P
3代目なんてそんなもんだろ。

201 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 02:07:28 O
>>199
ルイ14世がダメダメ国王であったのは同感。
ただし若い頃の反乱での苦い思い出から猜疑心強くて、宮殿立てたのも身を守る為。
だからダメ君主でも自分なりに考えていたことはわかる。(失政だとしても)
しかしルイ15世にいたっては政治のことは何にも考えずに女の尻を追いかけていたとしか思えない。
愛妾ポンバドゥールがそれなりに博識な女性だったからギリギリなんとかなったようだが…。


202 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 05:12:35 0
国民の怒りを買って首をちょん切られるのがルイ16世。
彼は凡庸かもしれないけど、真面目な国王。
先代、先々代のワリを食ってひどい目にあったんだよな。
しかし親父の尻を拭くくらいならまだしも爺さんやさらには5世も前の
先祖の尻を拭かなければならないとは・・・。

203 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 06:55:40 0
この間、ルイ18世に会ったんだけど、ちょっと痩せてたよ

204 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 16:41:55 O
ルイ16世なら俺の隣りで寝てるよ。

205 :世界@名無史さん:2009/08/22(土) 23:56:33 0
おい、ルイ18世、千円返せよ!

206 :世界@名無史さん:2009/08/24(月) 13:57:36 0
給料日まで待ってくれ

207 :世界@名無史さん:2009/08/24(月) 22:49:59 0
>>206
Are you needy ?

208 :世界@名無史さん:2009/09/03(木) 22:18:17 0
Suppongo che tu non mi creda.

209 :世界@名無史さん:2009/09/05(土) 10:54:20 0
le
la
les

210 :世界@名無史さん:2009/09/11(金) 19:47:07 0
ヴェルサイユ宮の乱れぶりはすごすぎる。
ルイ15世の聴罪司祭ですら人妻と不倫していて
セックス三昧だったらしいな。
一体どの面してキリスト教倫理を説いて
ましてや王の告解を聴けるんだ?

なんでそこまで腐ってたんだろう?

211 :世界@名無史さん:2009/09/11(金) 20:14:50 0
ルイ14世の実の父親は「不明」としか言いようが無い、
とも聞くけど、こういう不倫女は王統を穢すことに
恐怖や罪悪感はなかったの?

王統を穢しながら、王権神授説を真面目に信じていたんだろ?

212 :世界@名無史さん:2009/09/11(金) 21:50:54 0
>>211
血液型判定やDNA鑑定の無い時代には、身分の上下を問わず、子の真の父が誰であるかを確定するのはまず不可能だった。
こういう「絶対にバレない」状況下では、女の浮気を止める文化的な抑止は始めから外れやすい。
ただ、「汝姦淫するなかれ」といった道徳が生きている社会ならまだ多少ましだったろうが・・・

フランス宮廷のように男も女も「俺たちさえ良ければ」「俺が俺が」の国利国略、家利家略、派利派略、私利私略が渦巻いてマキャベリズムが横行している社会では、誰でも道徳心など麻痺してしまう。

ひたすら国家国民のためを思って入省した日本の新人キャリア官僚も、退官する頃には平気な顔で天下りの渡りを繰り返すようになる。
貞節と王室敬愛の志をもって宮廷に入ったフランス貴族のご婦人方も、宮廷社会にどっぷり漬かって、心がぶっ壊れたんじゃないだろうか。

213 :世界@名無史さん:2009/09/12(土) 02:29:52 0
>>211
そんなものは、乱脈極まる平安時代の京都の朝廷だって同じ。
こういう状況は、君主制のもとでの貴族社会では、普通に起きてしまうことなので、
封建社会を経験した地域では、dでもない馬の骨が混じらないように、
女も男もそれなりの血筋の者を集めて、リスクに対して保険を掛けておく。
結果、双系的な「貴種血縁ネットワーク」が出来ることになる。
西ヨーロッパの貴族・王族しかり、
日本でも、公家・武家双方このパターンとなった。

しかし、どうしても間男が王統を失墜させてしまうような、
男系のみかつ絶対に外婚という血統概念を持つ社会(中国など)では、
物理的に間男が出来無いように、宦官などの制度が発達する。

214 :世界@名無史さん:2009/09/13(日) 08:21:54 0
>>211
それが国家と言うもの

血統とは社会的なもので、生物的なものではない
豊臣秀頼が秀吉の生物学的な子でなくとも秀吉が自分の子と認めたら子になる

215 :世界@名無史さん:2009/09/16(水) 02:55:11 0
>>201
歴代フランス王の中では勤勉エネルギッシュな名君な部類だろ。
ルイ14世の治世中は、大陸最強で、海外植民地でもイギリスと互角に渡り合ってたよ。


216 :世界@名無史さん:2009/09/16(水) 18:40:24 0
勤勉で無能な者は即座に除隊。

217 :世界@名無史さん:2009/09/21(月) 11:47:45 0
>>214
畏れ多くも、我が国の皇室においても同様なのでござるか?

218 :世界@名無史さん:2009/09/21(月) 18:00:39 P
慶應病院で聞いた話だが、
愛子さまの実の父親は皇太子殿下ではなくて、



ん?こんな時間に来客だ・・・

219 :世界@名無史さん:2009/09/24(木) 23:28:50 0
>>217
そういうもんじゃね?
形式はその民族の歴史や文化によって変わってくるけど

宮家だって、どこだったか忘れたけど、江戸初期に途絶えたので、
「厳正な」調査の結果、鍛冶の徒弟をしている青年がご落胤としてわかり、
その人を宮家の当主にしたって話があるよ

だいたい、天皇家が世界最古と言っても、傍系なんかでつなげた結果で、
西ヨーロッパの相続制度から見たら、何度も途絶えているし、
西ヨーロッパの王家を日本的な数え方をしたら、結構古くなる

ヨーロッパは庶子を認めないから、簡単にお家が断絶する
傍系や庶子や女系がついだら、家門名が変わるから、断絶しているように見えるけど、
イギリスだって、先祖をたどったらアルフレッド大王までいくし、
フランスだって、カペー・ヴァロア・ブルボンは同系

天皇家が世界最古というのは、歴史的なものであって、血筋だけ見たらヨーロッパとさほど変わらないよ



220 :世界@名無史さん:2009/09/24(木) 23:45:21 0
まあ、相続制度が違うんで、長い短いを比べるのがナンセンスなんだが

221 :世界@名無史さん:2009/09/24(木) 23:53:56 0
>>219
伏見宮貞致親王な
http://www.geocities.jp/ahmadjan_aqsaqal/seuden/seuden03.html

222 :世界@名無史さん:2009/09/27(日) 17:39:11 0
>>219
庶系の男系という点でも、天皇家みたいに、
男系だけで5世紀から続いている家系はないよ。
女系を入れれば、ヨーロッパ王族も、かなりさかのぼれるだろう。

223 :世界@名無史さん:2009/09/27(日) 17:55:22 0
まあDNAを調べなきゃほんとに続いてたか分からんよw
日本にしろ欧州にしろ。
日本なんて御所は誰でも入れるほど穴だらけだったし、女官はフリーダムに遊んでるしw

224 :世界@名無史さん:2009/09/29(火) 14:37:06 0
だから血統は社会的なものであって生物学的なもんじゃないってこってしょ。

225 :世界@名無史さん:2009/10/05(月) 03:05:43 O
王権神授説はいつ頃からでてきたんだろう。
王は病気を治すとか…。

226 :世界@名無史さん:2009/10/05(月) 09:06:33 0
王権神授説http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E6%A8%A9%E7%A5%9E%E6%8E%88%E8%AA%AC

227 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 18:56:07 O
ルイ14世って性格悪いよね?

228 :世界@名無史さん:2009/10/27(火) 20:44:35 0
子供の時反乱で逃げ回って惨めな状況で育ってるから、
国王らしい真の自信がないんじゃないかな。
あのピカピカのヴェルサイユは、なんか成り上がり物の
虚栄心の産物みたい。

229 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 18:40:50 O
>>228
ヴェルサイユは金属的で固くて、庭も人工的で、なんだか安らげない場所だと個人的には思った。
フロンドの乱で反乱者たちが幼王の寝室まで入ってきたともあったが、もしそうならトラウマものかも。

230 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 12:51:53 O
フィリップ4世の3人の王子たちの妃が酷い不貞をはたらいていたという、いわゆる「ネールの塔」事件って本当なんでしょうか。
3人の妃たちがセーヌ河畔の塔に男を引っ張りこんで
翌朝殺して河に投げ込んでいた…という内容で妃たちはすぐに幽閉されました。
しかしあまりに出来すぎた話というか、こんなことがありえるのか甚だ疑問です。
告発したのはフィリップ王の娘イザベル(英王に嫁入り)だそうですが兄嫁たちに対する嫉妬があったのではないか、でっち上げではないかと自分は思っています。
この後、3人の王子たちは男子を残さずに次々と死に、結局カペー朝は断絶してしまうので残念な話です。



231 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 13:09:51 0
ルイ14世は実は料理が得意だったんだって?

232 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 11:00:18 0
>>231
歯こそが諸悪の根源とかいう、侍医の超理論のおかげで
完全歯抜けで、原形がなくなるまで煮込んだような料理しか食えず、
それでもいつも消化不良で下痢してた人なんでしょ? ルイ14世って。
そんな人が料理なんかするかね。

233 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 20:58:22 O
14世の料理がまずくても皆喜んで食べないと…

234 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 23:51:28 0
>>232
大食いだったんじゃないの?食事の記録ではロースト肉とかいっぱい
食べてたような感じだったけどな。

235 :世界@名無史さん:2009/11/27(金) 02:18:30 0
先日ポンパドゥール夫人というドラマを見たんだが
ルイ15世は軽薄でおバカで色ボケなんだが
家族思いの憎めない美男に描かれていた。
息子でありルイ16世の父親である王太子のルイは
陰険で嫌味な男に描かれていた。
ルイ14世、15世、16世も性格全然違うよな。

236 :世界@名無史さん:2009/11/28(土) 09:17:20 0
>>235
ルイ15世暗殺未遂犯のダミアンのポートレートをwikiで見たけど、
超男前だな。気が強そうで本当にいい面構え。このスケッチの作者は
ダヴィッドだろうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Robert-damiens.jpg

237 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 18:52:24 O
>>236
根性ありそうな顔してるなw

238 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 19:17:16 0
朕はコックなり!って宣言したんじゃなかったっけ?14世

239 :世界@名無史さん:2009/11/29(日) 19:47:07 0
ルイ15世って統治者や経営者としてはダメダメな人だけど、
一個人としては憎めない、気のいいオッサンだったんじゃないの?
男前だし、遊び上手だし、女性の扱いも上手いし。

240 :世界@名無史さん:2009/11/30(月) 02:51:13 0
だから最愛王なんだね
ルイ16世にはおくり名あったの?

241 :世界@名無史さん:2009/12/04(金) 10:09:51 O
例えばヴァレンヌ事件の場合

・自分から顔を晒してつかまるルイ16世
・自分はなんにもせずポンパドゥール夫人に任せてうまく脱出に成功する15世
・フェルセンに内心頭にきつつも笑顔で最後まで利用し、無事に国外逃亡に成功した後で抹殺する14世

…という個人的イメージ。

242 :世界@名無史さん:2009/12/08(火) 15:38:28 0
>>241
そんな感じ。面白いね。

243 :世界@名無史さん:2009/12/09(水) 03:04:07 0
フランスって米のエシュロンに対抗して
フランシュロンって情報網作ったって本当?
とか、ロス系ヨーロッパ系フリメの総本山とか
だからアンチロック系米なんかね

なんかすごい国だね
いつも米英に対抗してるし


244 :世界@名無史さん:2009/12/09(水) 11:06:34 0
唐の皇帝に抵抗して
天皇の名前出した日本みたいだ

245 :世界@名無史さん:2009/12/19(土) 15:11:45 O
王様は基本的に性格が悪い

246 : ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/12/19(土) 15:41:04 O
ルイ16世も真面目なのは良いけど、ちょいワルな性格の方が良かったかも。
知識人でなかなか有能だったようだし、善良な性格だった
ようだけど、動乱期には向かない性格だったのかもしれない。

革命もその前の財政難や不景気も国王の能力や性格だけでは
どうにもならないものだったことは事実だけど、
ヴァレンヌ逃亡事件からは不手際が目立つ。
最後に裁判で有能さと冷静さを見せたけれど、時もはや遅し・・・

これまたマリー・アントワネットたちの責任にばかりも
出来ないが、王妃を含めた取り巻きの不手際も凄まじい。

247 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 04:40:13 0
ルイ14世の息子か孫あるいはルイ15世の息子が王になっていたら革命は回避できただろうか?

248 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 12:13:06 0
革命はルイ16世以前の時代のツケを回された結果でもあるから・・・
誰がなっても起こったとは思う

ただ、ルイ16世やマリー・アントワネットにもうちょっと政治的手腕があれば、
死刑にはならずに、立憲君主制で残ったのではないかという気はする

まあ、二人とも本来は次男、末子で傍系王族としての人生を送る予定だった人で、
フランスのような大国の君主になる教育を受けてなかったんだろうねえ

フランスに嫁ぐのだって、最初はアントワネットではなく、アントワネットの姉の予定で、
その人は後にナポリ王妃になって、母親譲りの政治的手腕を見せ、革命が起こったときも、
最初は革命側に理解を見せていたというし(最も、妹夫婦が処刑されたとたん、震え上がって反動に回ったらしいがw)

この人がルイ16世妃だったら、フランス革命はもうちょっと違う形になったのでは?

249 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 14:01:37 0
>>248ルイ15世がもう少ししっかりしていたら革命回避もありえたんじゃね?

250 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 14:23:43 0
それは無い物ねだり

251 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 18:50:58 0
ヴェルサイユ行進を軍によって徹底鎮圧することは出来なかったのかな?
5000くらいの銃兵がいれば簡単に潰せそうなんだが・・・

252 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 19:33:47 0
革命は回避はさておき、
プロヴァンス伯かアルトワ伯(が大革命時点で王位にあった)なら
16世のように不様にギロチン送りにはならないだろう。
むしろ脱出→他国で連合軍編成→パリ進軍・奪還
という面白くより劇的な展開も十分ありうるな。
ルイ16世は王弟二人と比べても器量が劣る。

253 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 20:37:27 0
>>252
器量が劣るとは言えないだろう

その場合、王制は維持できても、フランスが疲弊する
そこから来る不満を押さえつけることが出来るかね?
却って問題が深刻化するだけだろう

254 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 20:55:37 0
オルレアン公が国王処刑に反対票を入れていたらルイ16世は処刑されなかったの?オルレアン公はどのみち処刑された?                        

255 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 20:58:06 0
>>253
器量の問題はそう思ってればいいじゃね?
見解の相違。

後半不様に殺されるか否かの仮定について語っているのに
そんなことを言われても困る。
王弟二人は少なくとも脱出に成功しているし、是非はともかく反革命活動に努力した。
行動力や決断力、王族の意志力の点から見たらルイ16世は弟たちに劣る。
再評価されるべきは16世ではなくて王弟二人だろう。

256 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 21:02:00 0
>>252
いや、史実のほうがよっぽど劇的な展開だよ。
列強すべてを敵に回して、エジプトやロシアまで大遠征をするんだよ。
太陽王やカール五世の時代だってここまで劇的なことは展開は無かった。

257 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 21:09:20 0
>>256
そりゃ革命政府やナポレオンから見たときの場合だろ。
王家のスレかつ文脈からブルボン家的にルイ処刑よりは、
より「英雄的」つーことだろ。

258 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 21:10:04 0
>>255
まあ、亡命に関しては弟達の方がうまくやったわけだがw

自分が王になるため、外国勢力を入れて結果的に国土を蹂躙し、民衆を苦しめてしまった王には
民衆の心はないと思うがね

王は恐れられなければならないが、憎まれてはならない、というマキャベリの言葉もある
その判断は「君主」の判断じゃないと思うが

まあ、そのあたりは、個人の考えか

259 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 21:17:07 0
>>258
その前にルイ16世は他の王族・貴族に舐めれいるような人物。
そして最後には民衆からも憎まれてギロチン送り。
個人的には良い人だったかも知れないけど、その程度。

260 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 23:01:13 0
まあ、王弟と王自身では脱出するための行動の自由度も違いすぎるから、
亡命の点で評価するのはちょっと気の毒な気がするね。

261 :世界@名無史さん:2010/02/12(金) 23:21:09 0
亡命の点て言うけど、王弟はただ逃げてただけじゃないからな。
反革命を計画し組織し指揮してるからな、しっかりと。
どこぞのボンクラ兄貴とはちゃうがな。
チャールズ1世みたいに可能な限り戦って敗れて処刑された人ととは大違い。

262 :世界@名無史さん:2010/02/13(土) 07:26:40 0
そういやルイ16世はチャールズ1世の子孫でもあるんだよな

263 :世界@名無史さん:2010/02/15(月) 11:22:50 0
ヨーロッパの王侯貴族はさかのぼっていけばたいてい親戚同士だろ

いろんな国にジャコバイトがいたりするし

264 :世界@名無史さん:2010/03/19(金) 23:17:28 0
OK

265 :世界@名無史さん:2010/03/22(月) 20:52:28 0


266 :世界@名無史さん:2010/03/25(木) 00:13:08 0
ブルゴーニュ公国ネタは、スレ違いかな?


267 :世界@名無史さん:2010/03/28(日) 13:23:13 0
フランス王家の分家だし、フランス史の一部なんだからOKでしょ。

268 :世界@名無史さん:2010/03/30(火) 02:16:45 0
ハプスブルクのフィリップ美公は
結局ブルゴーニュ相続人になったの?

269 :世界@名無史さん:2010/05/02(日) 19:42:44 0


270 :世界@名無史さん:2010/05/17(月) 14:20:24 0
フランス史 に限らずヨーロッパは性に女も奔放だったから

 でも 15世なんて 村娘相手に 60人は私生児こしらえたなんて本に書いていたんで
思わず 血筋でいえば 間抜け孫王 にしたらおじさんおばさんになっていた人たちが
革命の前に 満足に食べられず 飢えて革命に参加した人も何人かはいたんだろうなーて

 思った それと ヨーロッパは各国近かったから 側室の子供は王にはなれなかったんだなぁと思った
 娼婦上がりと揶揄されたデュバリー夫人と15世との間には子供はできなかったのかなぁと思った

 できたとしても どこかに隠し養子に出されたのかな  血筋だけでいえば
スケベな王が多かったから 王の子孫は今でも素性を知らずに生きている可能性はあるだろうね (笑)

 でも そんなことが分かったとしても 大した自慢にもならないかな

271 :世界@名無史さん:2010/05/18(火) 13:13:07 0
ちょっと何言ってるかわからないです

272 :世界@名無史さん:2010/05/21(金) 19:01:38 0
>>228-229
小居室やトリアノンや夕暮れの大運河を観たら紋切り型のイメージも変わるよ。


273 :世界@名無史さん:2010/06/16(水) 19:21:42 0
ルイ15世の庶子たちはその後どうなったのだろうか?
ルイ14世の庶子は準王族扱いなのに対照的だな。

274 :世界@名無史さん:2010/06/17(木) 14:13:59 0
王権とか状況が違うんじゃね?

275 :世界@名無史さん:2010/07/06(火) 01:06:58 0
歴代フランス国王で愛人がいなかったのはルイ16世だけ?

276 :世界@名無史さん:2010/07/07(水) 00:25:57 0
包茎王だったからなあ

しかしルイ16には愛人が存在する可能性はあるが
ジャン1世は確実に愛人は居ないと思うぜ。


277 :世界@名無史さん:2010/07/17(土) 12:04:50 0
【第13回】世界の王室

今、世界で王が直接支配することは少なくなっていますが、
伝統ある王室は国の象徴として続いていますね。

さて、この王室というものが最初に出現したのはどこだと思いますか?
実は最初の王室は半島に誕生しました。

紀元前2300年ごろ半島に檀君朝鮮が誕生し王倹が王室の成立を宣言しました。
これが王室の始まりです。

(略)

さて、各地に一族を派遣したにもかかわらず、本国自体が弱体化した朝鮮王朝はその後大陸と同様、一族間の興亡を続けました。

そして、紀元前200年ごろより、朝鮮王室は自らの勢力を拡大するためにヨーロッパ方面と外交を多々もち、多くの婚姻関係を結びました。
それらの婚姻関係をもったヨーロッパの有力勢力はその後王を名乗り各地を支配していくのです。いうなれば、これらヨーロッパ王家も朝鮮王朝の末裔ということができるでしょう。

ウィンザー家
ハプスブルグ家
ブルボン家
メディチ家
ボルジア家
ヨーク家

等は朝鮮王朝と深いかかわりがあるようです。
多くの朝鮮王族がこれらの有力勢力の勢力拡大にかかわってきました。
これらの勢力はそのご、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン等を支配しローマ教皇をも輩出するのです。

278 :世界@名無史さん:2010/07/17(土) 23:43:20 0
うーん。まったくソソらない。

279 :世界@名無史さん:2010/07/18(日) 01:48:38 0
嘘つきははじめに自分を騙すものだ
本人が信じてない嘘で他人は騙せない

280 :世界@名無史さん:2010/07/18(日) 03:41:06 0
ふーん、コピペ元は2006年でその後も延々と似たような更新しとるのか。
けったいな趣味をお持ちのようですな。

281 :世界@名無史さん:2010/07/18(日) 07:08:45 0
ヨーロッパの王家にコンプレックス?

イルボンの文化は我々がみんな教えたニダ!!って言ってたのと
大同小異・・・

282 :世界@名無史さん:2010/07/26(月) 16:07:32 0
メロビング朝とカロリング朝とカペー朝は血の繋がり全然ないの?

283 :世界@名無史さん:2010/07/27(火) 04:24:34 0
>>275>>276
でも包茎手術後も作ってないよな。
アントワネットがそういうの割りきれそうにないからかな。

284 :世界@名無史さん:2010/07/31(土) 22:13:26 0
アントワネットの気持ちとか関係ないんじゃね?

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