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武士と比べると騎士ってさ・・・

1 :武士:2009/01/24(土) 00:30:39 0
名前だけ一チョ前で、単なる道楽貴族の税金取りだろ?


武士⇒強さは古来より最強レベル、江戸幕府は世界の統治階級の中で最も善政を引いた、サムライの名は既に伝説レベル。

騎士⇒自らは戦わずビビリのあまり全身銀ピカ鎧を着て金属達磨レベル、統治は私利私欲の搾取が基本、名前と格好だけ戦士気取りは既に伝説レベル。

2 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 00:33:34 0
朝鮮や末期明に負けた武士のどこが最強なんだかw

3 :武士:2009/01/24(土) 00:36:38 0
朝鮮や明に負けた覚えはありませんが?
歴史をちゃんと勉強しましょうね白雉君w

4 :武士:2009/01/24(土) 00:41:38 0
武士⇒世界の騎士が軽くフルボッコにされたモンゴル帝国を軽く一蹴、朝鮮や明を軽く滅亡させる、シャムでスペイン艦隊を気楽に殲滅、英国艦隊を指先一本で撲殺。

騎士⇒・・・・・・、あれ騎士わ?w

5 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 00:47:44 0
>2
秀吉の朝鮮出兵では、現地農業があまりにも貧弱だったため食料調達が出来
なかったことや、衛生環境が悪すぎて病気によって疲弊した。

6 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:17:29 O
ってかいつも思うのは、欧州騎士と比較するとすれば
鎌倉から遅くて足利義満あたりの武士だろ。

7 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:25:02 0
>英国艦隊を指先一本で撲殺

それはいつ頃の話?

8 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:27:55 0
あんなザコ朝鮮&腐りきった明に負けて
寸土たりとも領土を取れず帰ってきたんだろw
どこまで弱いんだよって感じだな

9 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:29:11 0
>シャムでスペイン艦隊を気楽に殲滅
ほんと君らその話好きな

10 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:34:50 0
騎士って、あのブリキ缶みたいな鎧はないよなww

11 :武士:2009/01/24(土) 01:37:06 0
>>7
薩英戦争な

12 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:40:23 0
ロングボウにけちょんけちょんて日本着たらおしまいだろ騎士

13 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:49:54 0
騎士「ロングボウは非人道兵器なので禁止してください・・・」

14 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:51:29 0
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
| このスレ定期的に立つNE!  |
\_____  ______/
          V
. ━━━━O/⌒ヽ━━━━ロニニ>
     ∧,,∧(^ω^ )  
    /ο ・ )Oニ)<;;>
    /   ノ lミliii|(ヾゝ
   (o_o,イ__ヽ´|(__) ノ~⌒)彡   ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
      ノllllllllヽ| | ̄ノl ノ
     / /~ヽ ノ'''''''~ヽヽ\ヽ_
     ヽニフ|_|   (_/  ヽノ
         (_ヽ

15 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:52:43 0
フルプレート着てた騎士なんて、おもいっきり形骸化してた末期じゃん。
まあ、西ヨーロッパは基本的に大規模な会戦がほとんどなかったし。


16 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 01:53:51 0
>>14
お前久々に見たわ、元気だったか(泣)

17 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 02:50:20 0
>>ビビリのあまり全身銀ピカ鎧を着て金属達磨レベル

このくだりだけ面白かった

18 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 05:36:48 0
応仁の乱以前なら武士も鎧達磨だったろ

19 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 05:55:01 0
応仁の乱前は馬射が主流だろ?

20 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 06:37:56 0
武士カッケー

新撰組
http://jp.youtube.com/watch?v=M2YFMxmEHCo&feature=related
土方副長
http://jp.youtube.com/watch?v=PYnzvINL9B8&feature=related

21 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 09:40:18 0
>>19
南北朝時代には弓矢の威力と射程が増して徒歩で射撃したほうが有利ということになり
そのかわり刀や槍をもって突撃する打物騎兵が増えた。

22 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 17:24:28 0
>>4
明の衰亡の原因のひとつではあるが直接の原因ではないし
朝鮮にいたってはそもそも滅亡していないw

薩英戦争のことをいってるのだろうが
英国艦隊は別に壊滅してないし
薩摩側もかなりの被害をうけた

23 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 21:30:07 0
3席破壊され数十人死んでる、薩摩は一人か二人死んだだけ

24 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 03:24:52 0
>>2 秀吉が死んで、シナ征服計画中止になり引き揚げたことを朝鮮では敗戦というのか?

 朝鮮王は日本兵に追われてソウルを逃げ出したとき、民衆から石の雨を見舞われたらしいな。

25 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 10:22:05 0
出たっ「負けたんじゃなくて途中でやめてやっただけ」

26 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 10:25:47 O
外征して目的が果たせなかったら敗戦だろ……常考

27 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 10:36:21 0
    / ̄|
    |  |
    |  | ∧ ∧  そんな事より
  ,―    \<`∀´>   韓国に謝罪しようぜ!
 | ___)   |  ノ
 | ___)   |)_)
 | ___)   |
 ヽ__)_/


28 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 15:36:18 0
>>23
物的被害はかなりうけた

29 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 21:04:55 0
"ワールシュタット"は"死体の山"という意味で、
バトゥ率いるモンゴル軍の前にドイツ騎士団はヘンリク王以下、大量の騎士が屍を晒した。
一方で得意の騎馬が使えなかった日本や越南ではモンゴルは旧南宋や高麗兵に兵力の主力を依存し、
結局は敗退した。


30 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 21:54:35 0
日本が大陸と地続きでなくて本当に良かったね

31 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 22:34:47 0
武士強すぎ

32 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 22:44:40 0
モンゴルは強いわけではない。組織戦は弱いだろ。
多分時代の流れが味方しただけ。後スラブ人が弱すぎただけだろ。
実際ポーランドより西にはいけてない。
当時はクルセーダーズによる疲弊と諸侯のバラバラさが欧州を覆ってる。
実際神聖ローマ帝国領は犯せていないに等しい。
実際ワールシュタットの戦いでモンゴルはゲルマンに大敗してる。
組織戦にはかけているため、時代を先取りした機動力だけでは限界がある。

33 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 22:53:28 0
>>32
ワールシュタットの戦いに参加したドイツ騎士団は全滅している。

34 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 23:15:12 0
ワールシュタットってモンゴルが勝った戦じゃなかったけ?
実際あったかどうか微妙とか言われてるけど。

35 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 00:14:42 0
ワールシュタットでは総司令官&ピャスト朝国王のシュレジエン公ヘンリク二世が戦死してますけどね。
モンゴルがゲルマンに大敗したのにゲルマン側の総帥は戦死ですか?そうですか・・・
ヘンリク二世の首は槍先に架けられ高々と晒されたとポーランドでは伝えられていますのに。

同時にハンガリーではモヒ平原の戦いで敗北して国王ベーラ4世がオーストリア領に
逃亡してますな。ハンガリーは首都も陥落してますな。当時の首都エステルゴムが。
ベーラ4世は国家再建の際にエステルゴムからブダペストに首都を移しますが、首都が
無傷ならそんな必要もなかったでしょうな。

モンゴル相手に欧州は歯が立たなかったような印象しかうけませんなぁ。

36 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 00:27:55 0
途中で撤退したのはオゴタイ・ハーンが死亡して後継者問題が発生したためで、
もうちょっとハーンが長生きしてたらヨーロッパは今頃なかったかもしれない

「モンゴルはイスラム式の攻城兵器を多用している」という情報から、
篭城しては不利と判断した騎士団は野戦を挑んだが、
実は蒙古が一番得意なのは野戦だったのでした

37 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 00:39:57 0
モンゴル軍はさらに西へ進み、「レグニツァの戦い」もしくは「ワールシュタットの戦い」が起きる。
だが、世界史上有名なこの会戦も、本当にあったのか定かでない。
同時代の文献には全く見えず、十五世紀の文献で突然大きく語られるからである。
だから、あったとしても、ささやかなものであった可能性が高い。

バトゥのもとにオゴデイ崩御の知らせが届き、モンゴル諸王家の部隊は東方へ引き上げてゆく。
だが、バトゥのジョチ家はヴォルガ下流の草原に腰を据え動かなくなった。
「ジョチ・ウルス」はトルコ系のキプチャク族が大半を占める独特の構成となり、
そのため俗称としてのキプチャク・カン国という風にいわれる。
西北ユーラシアに巨大な世界が誕生し、ゆるみ、崩れ、変形しながらも三百年続き、ロシア帝国もこの中から誕生した。

「モンゴル帝国の興亡(上)」杉山正明 講談社現代新書より


本当になかった、というわけではないかも知れんが、そんなに重要ではないということかな?
ハンガリー&ポロヴェーツがモンゴルに蹴散らされた「モヒの戦い」の方が重要かも知れない。

でも、決して「実際ワールシュタットの戦いでモンゴルはゲルマンに大敗してる」ということにはならんね。
何が「実際」なのやら。

>モンゴルは強いわけではない 組織戦は弱いだろ多分 (根拠なし。モンゴル軍のどこが「組織戦に弱い」んだ?)
>時代の流れが味方しただけ (時代の流れが味方してたなら、そりゃあ強いんじゃないか?)


モンゴルの戦史
http://mltr.ganriki.net/faq11h.html

38 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 06:03:50 0
単なる島国蛮族の戦士が一流の「道」を持ったのは、それが現実には不要となった江戸の太平期からのことでした
一方騎士道は日々戦いの中で道を作り上げてきたものだ。単なる飾りとは比べるまでもない

39 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 17:40:18 0

日本は、武の国か文の国か?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1217406779/


40 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 21:32:29 0
>>37
実際に国王陛下がブチ殺されていることはどう説明するわけ。
さらに、その影響で、戦後にシロンスク公領とクラクフ公領にポーランド南部が分裂して
しまったこともどう説明するわけ。
さらにさらに、戦後に人口希薄になったシロンスク公領あたりでドイツ移民の誘致を積極的に進めるように
なったこともどう説明するわけ。おかげでポーランドのドイツ化が進行し、はるか後世のナチス時代には
ドイツ系とポーランド系との民族対立ということにまで問題が発展していくのだけど。

41 :山野野衾 ◆09Xc/lRh7Y :2009/01/26(月) 22:42:08 0
杉山先生の「なかった」説は、岡田英弘先生も名指しはないものの批判しておいででしたね。
どなただったか忘れましたが、東欧史家の批判もありました。

と、「杉山 ワールシュタット」で検索したら、2001年からこの話題が出ていましたね。
どうも年に1度は『モンゴル帝国の興亡』(上)の引用以下、この手のやり取りが繰り返さ
れているような気がします。確か、去年も一、二回ありました。

42 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 23:07:33 0
>ワールシュタット

最近はドイツ騎士団居なかった説もどっかのスレで見た。
年代記の騎士団に言及している部分が後世に挿入された疑いがあり
戦死したはずの指導者がのちになっても生きているとかで。

それとは関係ないがワールシュタットの蒙古騎兵とドイツ騎士団の戦いのイラストがあった。
ttp://img19.imageshack.us/img19/9096/bar17zc6.jpg
ttp://img391.imageshack.us/img391/1477/crusaders10kt8.jpg

43 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 00:01:42 0
チュートン騎士団、不戦説か。

まあ、モンゴルに欧州が蹂躙されかかったってのはガチだろうが。

44 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 00:09:19 0
ワールシュタットがあろうがなかろうが、モンゴルがロシア一帯をその後
後300年間支配しながら、ヨーロッパを征服できなかったのは事実!
だからバトゥが引き上げなくてもヨーロッパを支配するのは不可能だろう!

45 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 00:15:37 0
欧州は森が多いから無理じゃね
いろんな遊牧民が欧州に来たけどハンガリー平原に構えて
略奪しにいくって感じですぐ終息するからな
結局近場の中国以外長期的に占領できたのはステップ地帯だからな


46 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 00:36:28 0
モンゴル軍は、焼成煉瓦や石造の城壁に、やはり苦戦していたようである。
版築や日干し煉瓦の城壁が多い西夏、金、ホラズム、イラク等は、たちまち
都市が陥落して滅亡したとされる。
木造城壁の多いロシアや東欧の都市も、あっけなく壊滅したとされる。
しかしながら、南宋は長期間モンゴルに抵抗し続ける事が出来た。
インド、エジプト、西欧、日本等の征服は最終的に断念される事となった。

47 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 02:40:49 0
なかったという説はまるで信憑性ないそうです

48 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 09:11:45 O
騎士はドラゴンも魔王も退治出来るが、武士に出来るのは精々、鬼退治である。

49 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 09:26:43 0
鬼がドラゴンや魔王よりも弱いという根拠はありません

50 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 09:30:33 0
モンゴル撃退についてはベトナムが興味ある。
日本は2度(風だのみ)ベトナムは3度

一般民衆は食料をかくして山へさっさと逃げた。
たしかベトナム戦争でも似た様なことやってたんじゃねーかな。

51 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 09:34:07 0
ベトナムは蒙、中、仏、米と大国に攻められてばっかの可哀想な子

52 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 09:38:56 0
だが、そのすべてに勝っている
だからベトナム人は独立不羈の気概をもっている








と韓国人に向かって言ってたな

韓国は自分で何もやったためしがないくせ口だけはでかいからな

53 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 09:48:10 0
風だのみ?

54 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 09:51:11 0
フン族もドイツ辺りまで来たら森に機動力を奪われたり、
湿気のおかげで合成弓の糊がはがれて大変難儀したって
ディスカバリーチャンネルで言ってた。

55 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 10:08:20 0
何かスレタイと離れたモンゴルスレになってるな。
両方と戦闘したのはモンゴルだけだから、
ベンチマークとしてモンゴルの話が出るのは当然なんだが。
一応スレタイの文脈を意識した語り方にしてね。

56 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 12:19:06 0
実際に戦闘したことないからどうにもならん

57 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 18:39:06 0
>>48
てつのよろい着て徒歩で歩き回るのなw

58 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 23:21:57 0
>>52
>韓国は自分で何もやったためしがないくせ口だけはでかいからな
それは言い過ぎではないか
たしかに実際の事跡と比べて大言壮語なのはたしかかもしれないが

59 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 23:58:22 0
マスケットが登場したとたん死滅した騎士
一方武士はライフルや機関銃の出現まで生き延びた

60 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 09:24:11 0
>マスケットが登場したとたん死滅した騎士

ソース

61 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 17:07:51 0
マスケット騎兵とか軽騎兵とか重騎兵とかクロムウェルの鉄騎兵とかいるけどな。
元和以後の江戸時代の武士って、基本は文治のための役人やんか。

62 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 17:20:03 0
身分制度としての武士と兵科としての武士の違いを巧く使い分けて屁理屈こねられてもね
馬上で弓を射るような武士はマスケットの洗礼すら浴びて無いじゃないのか
その点中世の典型的騎士の方が遥かにマシな気がする

63 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 18:20:40 0
意味が分からん
武士も普通に火縄銃を使ってただろが

64 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 18:36:20 0
騎士ってようは、騎兵の典礼化によるクラスのことだし。
騎兵そのものは近代までずーっとあったわけで。
どんな騎士とどんな武士を比べるんだ?

65 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 18:48:35 0
中世の封建的な武士と騎士を比べれば
このスレではその後の軍事史の主役の一部であるマスケットで滅んだとされている騎士と
それ以前の原始的直接武器を持った足軽ごときに駆逐された武士という構図ができてくるな
武士でも火縄銃を普通に使っていたらしいが
誰でも戦力になる火縄銃を農民に混じって撃って、「俺さまは由緒ある武士なんだぞ〜}なんて言われても
「わ〜凄いね〜偉いね〜」としか返せん

66 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 19:40:45 0
武士が由緒あるなんて言えるのは、室町以前か江戸以降。
戦国時代はぐっちゃぐちゃ。



67 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 21:09:57 0
戦国時代がもうしばらく続いてれば、火器を持った百姓町人の時代になって武士は消えてただろう

68 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 21:23:20 0
騎士はその金属達磨レベルの体重と馬の体重と加速で相手をひき殺す戦法。
武士は遠くから弓をピュンピュン撃つ戦法。突撃もするけどひき殺すとかじゃない。

比べるの無意味じゃね?

69 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 22:08:24 0
100年戦争の時の騎士は重装備過ぎて、射的の的になっちったんだよな。
まあ、相手はイングランドの誇る長弓部隊だったんで、武士の弓で打ち倒せるかどうかはちょっち疑問だが。
ただ、ワールシュタットではモンゴル弓騎兵に思いっきり蹂躙されたりもしてるんで、意外と面白い勝負になるのかもしれん。

70 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 22:55:11 0
信憑性0

71 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 23:27:56 O
な〜にがKNIGHT IN SHINING ARMORだよな… ガチガチにして強く見せたがるのは今も昔も白人DNAの悪い癖
建築だってそうじゃん シンプルさを怖がってとにかく飾りまくる 偶像崇拝も好きだし

72 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 00:12:17 0
>相手はイングランドの誇る長弓部隊だったんで、武士の弓で打ち倒せるかどうかはちょっち疑問だが

武士の弓は縄文時代製だったのですね。わかります。

73 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 00:19:21 0
過剰反応の被害妄想乙

74 :山野野衾 ◆09Xc/lRh7Y :2009/01/29(木) 00:28:00 0
>>65
>武士でも火縄銃を普通に使っていたらしいが
元々は徒歩の足軽の芸という扱いで、騎士(騎乗して戦う武士)も鉄砲を扱う
ようになるのは、文禄・慶長の役の頃からだそうです。
信長が若い頃から鉄砲の師について学んでいたという話は、後年成立した『信
長公記』の、更に写本によっては含まれない巻首に出て来るので、後年成立し
た話と考えた方がいいかもしれません。
あるいは、足軽芸という地位も未成立だったためかもしれませんが。
しかし、稲富が天文23年(1554)に師に認められたという話といい、鉄砲
伝来後、鉄砲の師という地位が誕生したにしては早過ぎる。
共に江戸期になってから記録された話のようですし。

75 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 00:32:48 0
騎士がボコボコにされたロングボウよりも
さらに長大で高威力な和弓を馬上からビュンビュン飛ばした武士

76 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 00:33:35 0
鉄砲伝来は1543年ですね。教科書に書いてあることですから間違いありませんよね。(棒読み

77 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 00:35:12 0
>和弓を馬上からビュンビュン飛ばした武士

過剰反応と意図的な誤導による被害妄想乙

78 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 02:19:21 0
ロングボウ戦術ってのは弓の威力でなくて矢が大量に降り注ぐのがポイントでは?

79 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 06:52:04 0
和弓のほうがロングボウなんかより強力だからな
騎士なんてまともに弓すら操れないし

80 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 07:22:20 0
騎士だって弓くらいは扱った。弓がなけりゃ狩猟もできんぞ

81 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 09:10:43 0
京都の三間堂で夜通し弓を引いて競ったという武士は相当体力があった。
三十三間堂の廊下は120mあった。それを打ち抜いた武士がいた。
ほとんど水平に引いているから強弓だった。
今では正月の行事に女性がこれにあやかり長距離を引くが、全部上向きで
放物線を描いてやっととどく。それも60mだ。
日本の武士おそろし。

82 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 09:25:44 0
武士は鉄砲撃てねーよ
鉄砲撃つのは足軽雑兵
あいつらは武士じゃねー
趣味でやってる武士はいたけど
そいうtらも戦場じゃやらない
幕末に銃装備させようとさせて
「我らに侍をやめろと申すか。足軽になれというのか」とえらい苦情がきたぐらいだぜ

83 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 09:36:15 0
何で武士の話はかならず江戸時代以降に行き着いてしまうのか

84 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 09:40:39 0
>>82
地域差があるんだけどなあ実は
価値観は藩ごとでばらばらです

85 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 09:47:28 0
明智光秀は鉄砲の達人といわれた

86 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 09:51:55 0
>>82
西洋式の船を導入する際もマストに登るのを嫌がって
「我らに侍をやめろと申すか、とび職になれと(ry」

87 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 10:23:09 0




●  もしも日本が米英に負けていたら    ●

1 :のび太の大東亜戦争:2009/01/05(月) 23:09:46 ID:0kmeaiwu0
もしも、あの大東亜戦争において、金甌無欠の我が大日本帝国が
万が一にも、鬼畜米英に負けるような事になっていたら……。

今頃、大日本帝國はどうなっていたんだふか……を考えてみるスレです。



http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1231164586/





88 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 10:36:08 0
江戸時代の武士は軍務もあったが、メインは統治でいわば教養人の集まり。

89 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 11:39:31 0
騎士だって戦争してないときは政務やってたじゃ?

90 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 12:28:05 0
騎士ってKnightの意味でいってるの?
であれば、「Sir」の称号を貰った爵位のない下級貴族でしょ? 一代限りの。
準男爵も「Sir」だけど世襲だからもっと上。

武士というのは足軽より上の地位だし、そもそも比較にならないのでは?w

91 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 12:31:49 0
そういえば、フランスで火縄銃というと「銃士」だけど、
「三銃士」でアトスが、リシュリュー枢機卿の護衛隊ともめてそれが発覚したとき、

 「おや、これでは騎士(シュヴァリエ)に叙してもらえそうにないな」

とにやにやする場面があったなぁ。
17世紀前半の下級貴族は、生まれだけでは「騎士」に任じてもらえないんだよね。

92 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 12:37:58 0
勝海舟の家はもと農民のめしいからはじまってる
江戸時代でも身分差はそれほどなく、旗本株を買えば誰でも武士になれた
ただ、上士は別格だった。でも幕末は旗本でも才能があれば殿様にお目見えできたよ
新撰組だって一代で大名並になった

93 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:12:01 O
中世騎士なんて、文字も読めないならず者集団なんだが…
漢文で詞を詠んでた同時期の武士とは、教養レベルが悲しいほど違うんだよな。

94 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:16:23 0
11世紀以後になると
騎士は普通に文字の読み書きもしたし
騎士文学も栄えた

95 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:41:57 0
江戸時代後期100万都市江戸では識字率90%超えてたらしい。
同時代のヨーロッパの首都の識字率は10%や20%程度だった。

96 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:43:46 0
↑なんか武士も騎士もどうでもよくなってきてるな

97 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:44:18 0
西ヨーロッパと日本じゃ、識字の意味が違うもんね。
西ヨーロッパで読み書きが出来るってのは、ラテン語の読み書きのことで自分たちの住んでる国の言葉じゃない。
パストン家書簡なんか見ても、商売やってる連中は普通にいくつかの言葉で読み書きしてる。


98 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:53:07 0
11世紀ごろでは、騎士階層って文字を読むより戦う方が大事だったんじゃないかな。
書記として修道士などを使っていたし。
そもそも騎士文学って、吟遊詩人が口伝で伝えたものだよね。

リチャード1世は文字の読み書きができなかったんじゃなかったかな。

99 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:56:45 0
リチャード1世は、サクソン英語はまったく話せなかった。
アキテーヌで育ったし、ブリテン・フランス語しか使えない。
ラテン語は使えなかったと思うけど、十字軍ではフランス語を使えればもんだいなかった。

100 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 15:39:09 0
武士は天皇貴族を閑職追いやり政権を司った
一方、永遠に騎士は貴族の手下でしかなかった

101 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 15:49:54 0
それ、どっちも誉められたことか?

102 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 16:02:38 0
武士ほど世界で強かった階級はなく
           武士ほど知識階級が多かった階級はなく
                        武士ほど公の精神が強かった階級もない


世界の騎士や貴族階級は自らは戦はせず、勉学もせず、私欲ばかりこしらえる為に市民が革命を起こし王の首まで飛んだのだった

103 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 17:29:51 0
日本史板か三戦板かVIPか知らんが、汝らのあるべき場所へ帰れボケ

104 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 18:07:24 0
なんつーか武士嫌いの自作自演ではないかと疑いたくなる奴だな

105 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 18:33:18 0
客観的事実だけどなー(・З・)

106 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 19:12:35 O
大日本帝国がチンケなチンピラ国家だと証明された今は
もう日本の誇りは武士しかない。
まあ武士も起源は百済のサウラビなんですがね

107 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 19:15:22 0
チョーセンニンジャw

108 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 19:15:23 0
>>98
騎士文学が口伝なのは10世紀以前の叙事詩だろ
11世紀以後のロマンスはちゃんと文字で書いたものだよ
この頃になると俗語が普及してきて
商人や騎士は簡単な文字の読み書きぐらいは習ってる
それに吟遊詩人も11世紀以後になると騎士階級の出身が多い
ちなみにリチャード1世は詩も書いてるし
シャルルマーニュと混同してない?
シャルルマーニュは母語は古独語で古仏語もラテン語も理解できた
読み書きの練習は結構真剣に取り組んだがものにならなかったらしい
複数言語操れて言語能力が低いわけじゃないのに文字が苦手ってのは
たぶん読字障害の可能性が高いと思うけどね


109 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 19:31:34 0
平時の武士は官僚(+内職)だったけど、平時の騎士は何してたんだろう?
無知なんで、今一つ想像ができない。まさか、農奴からふんだくってただけとは思えぬが・・・
誰か教えてくらはい

110 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 19:36:20 0
吟遊詩人って芸人でしょ?
社会階層的には商人や農民より下の階層。
騎士階級が吟遊詩人になるかな?

111 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 19:38:38 0
騎士が吟遊詩人になるわけじゃないっしょ。
騎士が吟遊詩人に自分の武勲を謳わせた。
当時の吟遊詩人は芸人あると同時に、言ってみればニュースソースでもあったわけで。


112 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 19:42:25 0
>>106
大日本帝国は日本を戦前の世界6強までのし上げましたが何か?

113 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 20:03:13 0
>>97
自前の言葉が無いという、今のアフリカ並な状況なわけで。

114 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 20:09:11 0
日本で漢字(漢文)を使うようなもんじゃないのか?

115 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 21:00:33 0
自前の文字がないなんて日本人が言えた言葉じゃないよな

116 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 21:27:36 0
>>110
そういった下の階層の吟遊脂人はジョングルールといって庶民相手
トルヴェールやトルヴァドールなど宮廷に出入りする吟遊詩人は
騎士階級の人間が多かった



117 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 22:18:34 0
イメージでいうとタンホイザーのオペラがいいね
あれは当時実在したドイツの詩人達(全員騎士)が宮廷で歌合戦する話だけど
当時の騎士達の娯楽の一端にふれられる

118 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 22:23:00 O
戦争の無い時、封地を持たない騎士は、徒党を組んで盗賊してました。

119 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 22:53:07 0
封地を持たない武士は盗賊をしなかったんだな
素晴らしい日本人の倫理観

120 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 23:17:49 0
>>109
まず年貢で収入を得てそこから経費をひく
食料費、家臣を養うための経費、武器のメンテナンス
それと服装や嗜好品などに使う
一定の日には主君の宮廷に出むく必要があり
そこで会議や宴会をし、武芸を披瀝し歌や詩などを詠んだりして
同クラスの騎士達や主君との親睦を深める
主君が戦争する時は契約に定められた通りの従軍義務が生じる
また自分が戦争する時は家臣達を召集かける
日常生活は戦のための鍛錬、領地の経営、住み込みの部下の面倒など
基本的に武士の生活と似てると思うけど

121 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 23:25:54 0
南蛮胴を見ても解るとおり
冶金技術は騎士のほうが遙かに上
一方武士は古代中華から足して変わらない鉄板を貼り合わせただけの粗末っぷり

122 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 23:42:43 0
>自前の文字がないなんて日本人が言えた言葉じゃないよな

つーひらがな・カタカナ

123 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 23:50:32 0
かなもじはかんじのくずしにておんなこどものつかうものにてさうらへばや?

124 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 23:59:07 0
そんならさ武士と騎士どっちがセクシーか決めようぜ!

125 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 00:26:08 O
武士の鎧の革の質感とかスカート?ヒダが色気ある 黒とか主張しない色がミステリアスで色っぽい
フルフェースじゃない兜に少し隠れた顔と、迫力ある口元のバランスがいいじゃない
騎士は色々覆いすぎて滑稽 あまり実用的じゃないし 写真だと映えるだろうけどねえ…映画やゲームでかっこいいイメージ作られたからな
ヘンリー王の鎧の股間の部品にワラタ

126 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 00:29:38 0
>>121
>鉄板を貼り合わせただけの粗末っぷり
すべての鎧は鉄板の張り合わせですがけど・・・
大鎧が使われてた頃欧州では鎖帷子がメインだったし

127 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 00:34:05 O
騎士の鎧装備は50〜60kgあるって外人が言ってたけど、霊でも背負ってるかのように重いな あせもできそう
かといってロックユーのヒースレジャーみたいな小さい軽量鎧もなあ‥
ハリウッドでは、映画撮影に使う鎧は、軽くて固いプラスチックで作って、鉄鋼みたいなペイントでリアルに見せるらしい

128 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 00:43:28 0
馬上試合なんかは、動けなくても問題ないから死ぬほどクソ重い鎧だったらしいね。

129 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 00:43:31 0
誘導
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1065707943/

130 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 01:52:06 0
武士も騎士もガタイが百姓以上に強くないとなれなかったということ?
体力に自信ないやつはボウズに?


131 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 04:16:47 0
http://www5.hokkaido-np.co.jp/seiji/suzuki-kyojitsu/#5

132 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 05:19:20 0
騎士の全身ゴテゴテ鉄板鎧を見てると「臆病者」というイメージが湧いてくる

133 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 05:34:39 0
馬上試合ってやっぱり頻繁に死ぬこととかもあったの?

134 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 05:49:15 0
>>132
騎士は捕まえて身代金取るためのもんだから
騎士本人も戦いで死ぬつもりはさらさら無い

135 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 05:55:30 0
そういう気構えのところにガチンコのやつが殺気満々できたら
「話が違うじゃーん」ってなって負けるとおもうんだけど
大丈夫だったんでしょうか?

136 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 06:23:08 0
>>133
鎧を脱がすために鍛冶屋が待機している時点で大体想像できると思うが

137 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 08:28:40 0
>>119
刈田狼藉

138 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 08:31:15 0
>>135
スイス歩兵が登場すると、連中はガチの殺し合いが当たり前で捕虜や人質もすぐ殺すので
その高い戦闘力も相まってひどく恐れられた。

139 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 08:57:09 0
サムライのキャラ投票中♪投票よろしく♪
http://charapre.jp/user/nomination.php

140 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 09:37:48 0
>>135
大丈夫じゃなかった。クレシーの戦いでフランスの騎士や貴族が死にまくったのはそれが原因。
イングランドは身代金目的の商売じゃなくガチで戦争した。

141 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 11:14:45 0
>>130
秀吉「弟よサムライになってワシを助けよ」

秀長「ワシには力が無い」

秀吉「サムライに力なんているかよ」

秀吉「進めといわれればどんなに弓鉄砲が飛んできても進み、引くなといわれればいくら怖くても決して動かないのが良いサムライだ」

秀長「それならワシにもできそうだ」

142 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 11:39:25 0
秀長は内政型武士

143 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 11:43:27 0
秀長はめちゃ名将だぞ負けたのは一回ぐらいじゃなかったか

144 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 11:50:48 0
秀吉も秀長が死んでからおかしくなったしな

145 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 12:11:47 O
現代アメリカ兵の歩兵装備も30キロc〜40キロcはあるんじゃなかったっけ?
もっと重かったかも。
着るタイプの甲冑の方が動き易いかも

146 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 12:19:01 0
今の戦争映画見ると、銃で撃たれたらすぐ死ぬけど防具意味あんのかね〜?

147 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 12:31:24 0
現代戦では死傷者の大半は砲弾等の破片で発生する、ので対破片防御を重視した装備らしい。

148 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 12:41:37 0
>>145
歩兵の種類によってマチマチだから、一概にそうとも言えない

149 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 12:42:18 0
>>146
映画は作り物だろ馬鹿

150 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 12:46:35 0
つか、今の戦争で歩兵が前面で戦線こさえて、じゃんじゃんバリバリ撃ち合うことってあんまないんじゃ?


151 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 12:55:26 0
歩兵の任務は街中での戦いがほとんどですな
開けた場所でのガチンコ勝負は戦車とかの仕事でしょう

152 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 13:21:36 0
歩兵も居るよ。
ヤッパリ砲弾の破片とかが怖いので移動のときとかは装甲車の中に居るけど。

153 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 16:31:20 0
武士は低級の攻撃魔法が使える

騎士は低級の回復魔法が使える

154 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 16:41:25 0
バスタードはええっちゅうねん

155 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 17:06:52 0
武士は勇、識、胆、義を兼ね備えた理想的美徳人間

156 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 17:14:48 0
侍はムラサマブレードとティルトウェイトを使いこなす、恐怖の戦闘職業。
騎士はクィジナートの剣と僧侶魔法を使いこなす、安心の防壁職業。

要するにACやHPに関係無く首をすっ飛ばす忍者最強。

157 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 17:22:17 0
Wizにサムライいたっけ?
ニンジャしか知らん

158 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 17:46:51 0
土方歳三「われわれは節義ということだけでいこう。時勢とか天朝、薩長土がどうの、公卿の岩倉がどうの、というようなことをいいだすと話が妙になる。
     
政治とは日々動くものだ、そんなものにいちいち浮かれていては、新撰組はこのさき何度色変えしなければならぬかわからない。男には節義がある。これは古今不易のものだ。」

「官といい賊というも、一時のことだ。しかし男として降伏は恥ずべきではないか。」

159 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 17:54:10 0
西郷隆盛「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり」

「私は、かつてある人と議論をしたことがある。私が西洋は野蛮であると主張すると、その人はいや文明国だと主張し議論になった。」

「私が再度西洋は野蛮だと畳みかけて言ったところ、その人はどうしてそれほどにまで西洋を野蛮というのかと私に尋ねてきた。」

「私が本当の文明国であるならば、未開の国に対しては慈愛の心をもって接し、懇ろに説き諭して文明化に導くべきであるのに、未開蒙昧の国であればあるほど残忍な仕方で接し、己を利してきた西洋は野蛮であると言った。」

「すると、その人は口をつぼめて何も言い返すことが出来ないと苦笑していた。」


160 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 18:00:46 0
吉田松陰「僕は忠義をする積り、諸友は功業をなす積り」

「体は私なり、心は公なり。私を役して公に殉ふものを大人と為し、公を役して私に殉ふものを小人と為す。」

「私を使って、公に従う人を立派な人という。公を使って、個人的なことに従事させる人を、賤しい心の、つまらない人という。」


161 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 18:06:11 0
おいおい、いつかの武士道スレと似た中身になりそうだな、ここ

162 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 20:37:57 0
>>120
一般に武士と言ったら江戸時代のイメージだけど、その頃の武士は領地からの年貢で〜
なんてのはほとんど居ないでしょ。どっかの藩に官僚として雇われてるか、無役だったら
ただの浪人。書類や計数を相手に頭をウニにするか、家に帰って傘貼りに精をを出すか。
教育がないと勤まらないし、勤勉でなければ食いっぱぐれる。
一方の騎士はなんか農民連中の上にふんぞり返ってるイメージがあるけど。だまってても
多少の年貢は保証されてるだろうし(年貢を払わなければ力尽くで回収)、領地経営の
上手下手でそれなりの差はあっても食いっぱぐれることはなさそう。
文字の読み書きができなくても別に困らんし、勤勉なんてのは美徳の項目になさそうだし、
その点で武士とは対局にあるような。

163 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 21:50:23 O
>>58
言い過ぎではない。
それどころか世界中に迷惑をかけ嫌がられてる。

164 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 22:11:21 0
17世紀〜19世紀半ばの「武士」と、9〜14世紀半ばの「騎士」を比較する時点でもうね…
「イメージがあるけど」ってもうアホかと

165 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 22:19:42 0
>>157
Wizでニンジャと言えば増田
知らないか

166 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 22:20:51 O
武士と騎士どっちがセクシーか?

武士は魚とか漬物ばっか食ってそうなイメージがあるからとてもじゃないがセクシーとはいいがたそう...

167 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 00:24:40 O
中世騎士も十字軍やレコンキスタでイスラムやビザンツに出かけるまでは貧相だったらしいが

168 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 00:32:14 0
ちゅうか、騎士って十字軍の賜っしょ。
十字軍以前は、いわゆる騎士とは違うと思うが。
封建制も満足に機能してないし。

169 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 01:20:32 0
10世紀の平将門あたりから「武士」としていいのか?
「つわもの、もののふ」か?

170 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 02:00:14 O
>>169
平安末期辺り?

171 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 02:04:18 O
>>170
ミスた
一般的には12世紀末期辺りからじゃない

172 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 17:09:22 0
>>163
いや、言いすぎだと思う

173 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 17:33:05 0
韓国人は独立戦争したことがないくせに
植民地支配の被害者、自力で経済発展した、漢江の奇跡
アジアの優等生、先進国の仲間入り、経済大国、ウリナラマンセーの迷言の数々
日本にインフラ整備してもらって、莫大な財産をもらって独立しておきながら
朝鮮戦争ですべて灰にして、その後、戦勝国でもないのに自国では賠償金という名目で日本から援助金までもらって
さらに謝罪しろ、歴史認識だって被害者ぶってるんだぜ?

ベトナム人は仏領インドシナ以来独立を血であがなってきたからな
韓国のなめた現実認識にぶちきれてもおかしくはない

174 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 17:47:30 0
>植民地支配の被害者
事実だろう
他の国の植民地支配よりましだったかもしれないが
>アジアの優等生
実際アジアの中では優等生の部類に入るんじゃないか?
>ベトナム人は仏領インドシナ以来独立を血であがなってきたからな
>韓国のなめた現実認識にぶちきれてもおかしくはない
ベトナム人が韓国嫌いなのは
ベトナム戦争中の韓国兵の行為のためではないのか?

175 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 18:02:26 0
植民地支配の被害者
 ↑
被害どころか通貨すらなかった国が、日本のおかげで発展し人口増大。
そもそも、日本が朝鮮とって儲けたり得した事なんてまったく無い出費ばかりした。

176 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 18:05:33 0
うん、確かにそうだと思う

しかし、国を亡ぼされるということはそれ自体被害と言えるのではないだろうか?

それと

>そもそも、日本が朝鮮とって儲けたり得した事なんてまったく無い出費ばかりした。

これは儲かりも得もしない土地を取った日本の責任ではないか?

177 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 18:11:22 0
今なら被害といえるだろうけど、当時は被害とはいえないよ
つか、別に国を滅ぼしていないよ

植民地になること=国がなくなること

ではないからね。
そこを勘違いしてはいかん。

178 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 18:13:54 0
朝鮮の場合は、滅んだと言えるのかねー?
んー・・・?

179 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 18:17:52 0
李氏朝鮮を滅ぼしたのは日本になるのか?
滅ぼしたというと何か悪く見えるけど、ほとんど自滅やん

180 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 20:05:08 0
植民地主義=コロナイゼーションと併合=アネクセーション

は全然ちがいます
朝鮮人はみんな日本人になったんだぞ
どこが植民地支配の被害者なんだよ

181 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 20:06:05 0
スコットランドはイングランドの植民地か?

182 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 21:11:52 0
李朝を滅ぼしたのはアメリカだぜ?
朝鮮王たる李王家は日本で存続してたんだし。

183 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 21:20:34 0
「アッバース朝はモンゴルによって滅亡した」決して間違いではないだろう?

184 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 21:58:31 O
たけし君って昭和っぽいけど、ないと君って平成っぽいよね

いや、親がDQNなだけか

185 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 23:17:49 0
シュヴァリエやリッターという姓や名前はあるが、「サムライ」という人名は普通日本国外にもないだろ?

186 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 23:27:30 0
代わりに武という字を名前に使うことは珍しくないけどね。
タケシ、タケルとか。

187 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 06:16:39 0
朝鮮が発展しなかったのは全て李朝の責任

188 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 10:17:45 0
    / ̄|
    |  |
    |  | ∧ ∧  そんな事より
  ,―    \<`∀´>   韓国に謝罪しようぜ!
 | ___)   |  ノ
 | ___)   |)_)
 | ___)   |
 ヽ__)_/


189 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 12:01:19 0
勝海舟は征韓論の際「いずれ朝鮮にも西郷隆盛の如き革命家が出てくる。腐敗しきった李朝では話にならない、その西郷隆盛と話し合うべき」と言ったらしいがついぞ出て来なかった。
勝ほどの人物でも、李朝朝鮮がいかに腐敗した体制か分からなかった。

190 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 12:17:23 0
きんたまきんじゃダメだったか

191 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 13:27:54 0
なんかもう武士も騎士もどうでもよくなってきてるな

192 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 13:48:52 0
武士は器用に箸を使っての食事が可能

騎士は正しい箸の持ち方すら知らない

193 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 13:59:28 0
だが武士がフィンガーボールを見たら水か酒を注ぐだろう。

194 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 16:26:29 0
>>189
きんたまひとしを忘れてもらっては困る

195 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 19:36:37 0
騎士は自分用のナイフ一本と食卓に共用のスプーン一個で飯が食えたが、武士はそんなことはできない。

 よって騎士の勝ち! (ヲイw

196 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 20:04:08 0
武士はナイフなど使える包丁扱うくらい器用だ
しかしながら騎士は箸で食えない

197 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 20:09:03 0
いや、使えるかという問題より、不潔を我慢できるかという問題では?w

198 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 20:34:13 0
たしか中世の騎士ってナイフだけ使って手づかみだったんじゃね?
中世の武士も似たようなもんかな。

199 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 20:57:50 0
重要なのはどうやって食べるかではなく、食べ物があるかどうか。
自分で調達できれば一安心だ。

200 :世界@名無史さん:2009/02/03(火) 16:18:29 O
そういや、日本が戦国時代だった頃って、欧州ではまだ、手掴みで飯食ってたんだよな。

201 :世界@名無史さん:2009/02/03(火) 16:43:26 0
お猿さんのような野蛮な生活をしていた騎士が、漢詩を読み、能狂言を楽しみ、武芸を尊んだ
ハイソな文明人の武士に勝てるわけが無い。

202 :世界@名無史さん:2009/02/04(水) 23:21:44 0
>>200
手掴みかどうかと、文明の成熟度はまったく別だ。大文明圏の一つ、インドは今でも手で食べるのが
一般的だ。もちろん食卓には手を洗うための水器がちゃんと用意してある。
人によっては手掴みが一番清潔と言う人もいる(ちゃんと洗えば)。食器なんてちょっと
置いとけば埃がたかったり、雑菌が繁殖してたりするもん。
後、日本でも握り飯と寿司は手で食べる(昔の人は寿司は手掴み)。

203 :世界@名無史さん:2009/02/04(水) 23:26:11 0
別に昔の人じゃなくても寿司を手で食うだろ

204 :世界@名無史さん:2009/02/05(木) 09:03:20 O
現代に、特定の食べ物以外を手掴みで食う西洋人はいない。というより、それは著しくマナーに反する行為である。
後、日本人が寿司やおにぎりを素手で食うように、西洋人もパンを素手で食ってるが、それはあくまで例外である。
というか、中世ヨーロッパで、清潔って…(´_ゝ`)

205 :世界@名無史さん:2009/02/05(木) 19:31:43 0
欧州人の騎士への妄想ってさあ。
ドラグーンと重装騎士を混同してない?
重装騎士なんかで軽騎兵に勝てた事一度もないじゃんwww

206 :世界@名無史さん:2009/02/05(木) 22:58:21 0
中世日本も清潔じゃないだろ
京都の周りは死体がごろごろして悪臭はなってたらしい
治安も悪かったし


207 :世界@名無史さん:2009/02/06(金) 00:41:58 0
体臭を誤魔化すために香を焚きしめていたのは、平安と中世ヨーロッパに
共通する。平安貴族は風呂入らない。
中世ヨーロッパは冷水浴びはしてたけどね。でも、汚物流入し放題
の川の水を使っていたから余計悲惨なことに・・・

208 :世界@名無史さん:2009/02/06(金) 17:59:57 0
>>202
インド人はウン子を素手で拭き壁に塗る

209 :世界@名無史さん:2009/02/07(土) 00:53:07 0
>>202
日常生活から科学技術に至るまで、個々の事例は何れも、
文明の成熟度はまったく別だ。

つまり文明の成熟度とは、何物でもない。

210 :世界@名無史さん:2009/02/07(土) 01:36:51 0
>>206
おまwww
それ平安時代の日本www
ヨーロッパがうんこまみれなのは19世紀まで続くからwww


211 :世界@名無史さん:2009/02/07(土) 23:22:25 0
そのうんこまみれの西洋に世界は圧倒されたんだけどな

212 :世界@名無史さん:2009/02/07(土) 23:33:47 0
うんこまみれの奴ほど強いものは無い。
どれだけの英雄や軍隊がうんこに撃退されてきた事か。

213 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 04:12:55 0
>>211
されてないからwww
うんこまみれから脱却したイギリスは
いち早く世界最強国になった。

うんこに塗れてるイギリスはしょぼかった。
だがうんこを払拭したイギリスはマジ強い

214 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 10:06:35 0
しかしウンコまみれのフランスが欧州を席巻したぞ。

215 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 10:36:41 0
バカ言え
ビクトリア朝時代のイギリスもうんこまみれだったぞ
夏目漱石も路上に散らばる馬糞に辟易したという

216 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 12:01:08 0
漱石が訪れる前は
上水道にうんこや廃水入ってるレベルだから・・・

217 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 12:53:07 O
とりあえず文明人としては、武士は騎士と比べて清潔度で一歩リードという事で良いかな?

このままウンコの話が永遠と続くのも何だし。

それより、武士と騎士の、弓矢についての意識の違いについて考えないか。
弓矢の道を最も尊んだ武士と、忌み嫌って法王にまで泣きついた騎士の違いはどこにあるのかってのをね。

218 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 13:23:17 0
比べるのはいい加減、平安、鎌倉、室町の武士に限定しようぜ


219 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 13:38:03 0
パリは今でも犬の糞だらけだ

220 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 14:32:16 0
>>217
馬の体格が下手に良かったせいで「突撃で蹂躙チョーキモチイイ!」状態で
弓とかしょぼく見えたんじゃね?馬上で弓をふるうとかやってられねぇ、と。
あとイングランドの長弓も実は鎧を貫けない程度の威力だったらしいし。

221 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 14:59:39 0
弓は騎士道にもとる武器とまでは行かんが、
ガチンコ=高貴、弓=あんまり男らしくないし卑怯
みたいな共通認識が当時あったと思われる
また、当時の戦も、弓を使ったガチ戦争と言うよりは、
身代金目当ての身内戦争と言った感が強いのも原因かもしれない

百年戦争辺りからは、戦争の内容もかなりガチンコめいてくるように思うが・・・

222 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 18:41:22 0
bokken vs long sword
http://www.youtube.com/watch?v=cFGPCTMp2cw

騎士側もなかなか。あと木刀の兄ちゃんかっけえw

223 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 18:57:46 0
>>222
気分は完全に侍って感じだなw
自分に酔ってますねえ。

224 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 20:05:54 O
戦争がガチになるにつれ、その価値をドンドン低下させていく騎士。

そして最後は、他兵科には全く無力なカラコールに駆逐される始末。

結局騎士って、突撃しか能のない脳筋馬鹿のアホの子である事は、「ドン・キホーテ」がよく表現してたよなw

225 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 20:26:04 0
確か、非人道的だってんで禁止された武器はアーバレストだっけ?
とにかく鎧ブチ抜き貫通で、かつ遠距離から狙われて反撃もできずに
騎士が無力化(というか死亡)してしまうので、
非人道的禁止すべきみたいなことになったような
まあ、禁止されても使われてることも多かったようだが

226 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 20:41:29 0
>>220
イングランドは百年戦争において、当時としては割と画期的な騎士(突撃)殺しの戦術を取ってるね
ロングボウで敵の気勢をくじき、事前に打ち合わせた戦場で決戦することを利用して
尖らせた棒杭を地面に埋めて突撃の邪魔をしてみたり
フランスにジャンヌダルクがいなかったらやばかった

ところで、日本の弓は果たして騎士の鎧を貫けたかね?
時代はだいたい鎌倉ぐらいで、騎士はそのぐらいだとチェインメイルとか着てるのかな
日本の弓の有効射程がどのくらいなのかとか、元寇関係のイデオロギーが激しすぎて
さっぱり調べがつかないんだが・・・

227 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 20:50:57 0
基本的に弓で鎧を貫くのは難しいだろ。
鎧の種類や弓の強度や弓を引く人間の力などモロモロの要素はあるが、
矢が貫通するような鎧は着る意味が無いどころか、動きを阻害されるわ
刺さった矢を身体から抜くのも難しくなるわで百害有って一利なし。

228 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 21:22:41 0
>騎士の鎧

プレートメイルやチェーンメイルより(想定戦場によっては)動きやすいレザーアーマーを好む騎士もいるのに
日本の弓が対象のときは常に最強の鎧が比較対照なのですね判ります

229 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 21:27:06 0
チェーンメイルは弓に、というか刺す攻撃に弱いから、
比べる上では別に弓が不利だと思ってなかったんだけどね
ただ、ロングボウがはじかれたんなら日本の弓は?と思っただけで

230 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 21:43:53 0
ロングボウ戦術はどっちかっていうと
敵の頭上に矢が雨のように降り注ぐからほとんどは効果がなくても
一発や二発はどこかに装甲の隙間とかに刺さるだろうし
馬もやばいっていう

231 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 22:10:42 0
そんな飽和攻撃をしてたら直ぐに矢玉が尽きそうだが。

232 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 22:13:18 0
結局、降り注ぐロングボウをある程度無効化できる鎧を着てる騎士なんて限られてたんじゃないの。
多数の兵士は装甲が薄かったり隙間が多い鎧を着てる奴等で、そういうの相手には効果的だったんだろ。
矢でダメージを受けない前述の騎士なんか数が限られてるんだから、そいつらは大勢の歩兵で囲んでボコればいい。

233 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 22:28:08 O
イングランドの長弓は、材質がただの丸木弓で、有効射程60〜120m。

日本の長弓は、木と竹を張り合わせた合成弓で有効射程180〜200m。

長さは、和弓の方が若干長く、最大射程はどっちも同じ400m。

有効射程に差が出るのは、弓の張力もだが、矢がロングボウの方が和弓より長いので、空気抵抗を受けやすく失速してしまう為。

後、チェーンメイルより、大鎧の方が重武装だから。

234 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 22:46:17 O
クレシーでは、50万本近く使われたらしい。

一人当たり90本弱使われた計算。

後クレシーでは、地面が泥沼化してた上、長篠ばりに馬防柵が敷かれていたらしい。
しかも、嘘か本当か、イングランドの長弓射手は100mの距離で鎧の隙間を射抜けるほどの腕前だったらしい。

そんな相手に何度も突撃かけるなんて、どんだけ脳筋なんだよ……

235 :世界@名無史さん:2009/02/08(日) 22:52:15 0
>>233
そんなに日本の弓の射程はあったのか。合成弓だからロングボウと最低でも
いい勝負はするんじゃないかと思ってたが・・・

>>234
騎士道の本場がフランスで、妙なプライドを持っていた模様
実際、かなり遅くまで重騎兵が残ってたしね

236 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 00:21:26 0
>>233
和弓の矢のやじりは大変大型で重いということも付け加えた方が良いような。
小さいやじりももちろんあったけど、大型のやじりはナイフを矢に付けて飛ばしてる
ようなもん。当たった時の殺傷力は恐るべし。

ヨーロッパはなぜか弓をバカにしてきたのは凄く不思議。しかも古典ギリシャ時代からそう
なんだから。中世の騎士はむしろギリシャゆずりの観念を受けたんでないの?
トロイ戦争の敵役、トロイの王子パリス(臆病で卑怯者)の得意とする武器が弓。
アキレスやらヘクトルらの英雄のやることは槍と盾でガチンコ。しかも槍は投げてばっかし。
パルチアン・ショットという言葉も悪いイメージしかない。日本の流鏑馬なんかパルチアン・ショット
そのものなんだけど。

一方、日本は鎮西八郎為朝が大英雄で、得意とするのは五人張の強弓。
平家物語の見せ場は那須与一で、より後世の太平記まで弓合戦を延々物語っている。

237 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 00:26:11 0
日本は、主力兵器が弓だったからだろうな。

238 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 00:33:27 0
西欧も弓じゃないの?
ガチで殺し合いしようとすれば、弓を使わないわけにはいかないだろ。
騎士がやってた人質分捕り合いみたいな、なんちゃって戦争ごっこには弓なんか必要無いだろうけどさ。

239 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 00:33:52 O
ウェールズ人の長弓は鎧を貫けたはずだよ。


240 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 01:47:11 0
というかそもそも武士は弓馬の道と言われるほど、弓と馬術の習得が最低条件
騎士はそもそも弓なんて大して扱えないだろ

241 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 02:14:30 0
>イングランドの長弓は、材質がただの丸木弓で、有効射程60〜120m。

こっちは基本的につくりが同じまま使われ続けたからいいとして

>日本の長弓は、木と竹を張り合わせた合成弓で有効射程180〜200m

それはいつの時代のデータを持ってきてるの?
例えば鎌倉時代と南北朝時代では戦術が変わるほど弓の威力が増加してますが・・・

242 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 02:16:49 0
>後、チェーンメイルより、大鎧の方が重武装だから。

13世紀前半を想定してるわけ?

243 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 03:59:44 0
ある程度の高度から大角度で落下する矢は場合によってはプレイトメイルも貫くらしいが。

244 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 09:48:19 0
ギリシャでは確か、狩猟の女神であるアルテミスが弓を使ってたような
弓=ハンター=動物を追い詰める武器
のような感じで、人間に使うものじゃないとか、庶民の武器だと言う蔑視があったのかもしれない
あるいは、蛮族の使う武器だとか、そういう意味もあったかもしれない
そういえばロビンフッドも弓が得意だね
百年戦争のロングボウも、騎士じゃなくて専門の部隊が使ってたはず

古代ギリシャはギリシャで、歩兵にパイク持たせたアンチ突撃ユニットがあったはずだが、
それは消え去って長く顔を出さなかったね

245 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 16:31:54 0
そもそも騎士なんて用兵雇える身分だモン
自分が戦う技術習得なんて苦労はしたくないんだろうなw

246 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 17:32:12 0
戦場で、鉄板に全身くるまったまま馬の上でボーっとしてるのが騎士。
ボウガンで打ち抜かれようものなら「禁止しろ」と泣き喚くのが騎士。
戦場での死者が十数人程度なのがザラなのが騎士。

「死のうは一定」とガチで殺し合い、
勝てば敵の首を切り、負けたら自分の腹を切ってた侍とは雲泥の差。

247 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 18:31:15 0
>>1
日本の武士も搾取して人口の90%の農民を苦しめただろ
それに

497 名前:名無しさん@一本勝ち[] 投稿日:2009/02/09(月) 00:24:24 ID:kU0wCuB80
銃砲が登場して甲冑が無意味になるまでは
西欧や中国の刀剣も両手で持つ重厚長大な
斬撃用途のものがあった。
甲冑の上から、ぶっ叩いて、敵を倒すものだ。
もしくは両手で刀剣を突き出し、突き倒すもの。

しかし、甲冑を着けなくなると、
剣は細く撓るもので軽く長いものが有利になった。
片手で操作できるレイビアの登場だ。

日本刀(術)は、その進化を怠けていたため、
幕末に洋剣と出会ったときに後れを取ったわけだ。

248 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 18:54:03 0
武士は西洋の貴族のように土地を独占し搾取したというほど金持ちじゃない、少し裕福な商人百姓の方がよほどいい暮らししてた

>幕末に洋剣と出会ったときに後れを取ったわけだ
日本の合戦は前から長槍、弓、鉄砲が主力だ、幕末の洋剣はサーベルで日本刀と刃をあわせたら真っ二つに折れるほどもろい

249 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 19:10:23 0
西洋の科学技術に圧倒されたって言う話は散々聞くが、
洋剣に負けたってのは聞いたことないな
しかもレイビアじゃなくてレイピアじゃ?

250 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:08:30 0
>>248
だから江戸時代の官僚化した武士と比べるなよ


251 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:26:14 0
鎌倉でも戦国でも同じだよ、鎌倉時代は武士自ら必死こいて土地を開拓したし
戦国は民百姓守らないと見限られるから必死こいて善政引いた

252 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:32:35 O
鎌倉武士は寺社とか公家の荘園を強奪しまくったけどな。
その反動が建武の親政で出てくるんだが。

253 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:37:59 0
>>249
うん。多分彼はなんか勘違いしてるんだと思う。

254 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:39:30 0
寺社とか公家の荘園というが開拓したのは武士だ
鎌倉幕府というのは武士が朝廷から自分の土地守る為に出来た体制

255 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:44:42 O
最近は武士=東国の開拓農民団発祥ってのは間違いらしいよw

256 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:50:07 0
鎌倉末期の武士は風紀が弛緩してひどかったらしいぞ。
悪党って言葉を聞いたことあるかい。あれは鎌倉幕府末期に徒党を組んで
暴行略奪を働いた武士連中を指したのが元々の起源だ。

>>251
西洋の騎士も搾取してばっかりだったら、農民から見限られたとは考えないかい?
つ>ワット・タイラーの乱

257 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:54:24 0
最近も何も武士は鎌倉以前から居るに決まってんだろが
西国を基盤にした平家だって武士だ

258 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 20:58:18 O
最近の学説だと武士は中央(京)の軍事貴族発祥らしい。
それ以上は詳しく知らんけど

259 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 21:08:32 0
武士は元々貴族ではなく番犬だろ

260 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 21:09:48 O
まあ武士も富士川で逃げ出すような奴から、
モンゴル相手に一歩も退かなかった奴までピンキリっスからね。
十字軍みたいにろくに統制されてないはずなのに
エルサレムやコンスタンティノープル落としちゃう騎士もいるし。

261 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 21:12:17 O
中央で門番とかやってた奴らが地方に来て略奪の限りを尽くしたのが武士の始まりw
まさにYAKUZAwww

262 :世界@名無史さん:2009/02/09(月) 21:17:34 0
>>256
悪党は必ずしも名の通りの悪ではない

悪党とは、一般的に社会の秩序を乱す者ないし悪事をなす集団などを意味する用語であるが、日本の歴史においては中世に既存支配体系へ対抗した者・階層を悪党と呼んでいる。

263 :世界@名無史さん:2009/02/10(火) 00:28:42 0
太平記の時代あたりの武士は滅茶苦茶な感じがするよな
ただ江戸時代の息のつまるような時代より
むしろ風紀が乱れてた時代の方が武士が荒削りでいきいきとしてて魅力的だな



264 :世界@名無史さん:2009/02/10(火) 10:45:04 O
>262

悪党=トリーズナー
だと思ってる。


そう思うだろ?
あんたも!

265 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 00:41:50 0
しかし武士って強くてカッケー

266 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 00:45:02 0
普通は既存支配体系へ対抗すれば悪とも呼ばれる

267 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 01:27:55 O
もういいよ、肥厨の武士マンセーは

268 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 01:31:29 O
現代なら、かっこいいけど重くて固く履きにくい輸入靴みたいなもんだ、キシは
履くならオシャレな靴がいいが足は傷だらけ
軽さ実用性よりデザインや迫力

269 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 03:03:04 O
コー○ーに新作出して貰えないからって、
他板に八つ当たりするのやめてもらえないかな。
コ○エーの糞ゲーで頭トロトロに溶けちゃってるのはわかるけどさ。
糞スレいっぱい建てやがって…

270 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 06:18:22 0
>>268
騎士の鎧ってカッコイイか?
なんかヤカン被ってる鉄板まみれの変人さんみたいでダサいんだけど。

271 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 13:48:29 O
基本、西洋甲冑は日本の甲冑に比べて装飾性が低くてダサい。

実用主義と言えばそれまでだが、板金鎧が普及したころには騎士自身の存在価値が失われていた。

因みにチェインメイルは、デザインも糞も無いので論外。

272 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 13:55:42 0
チェインメイルの上に着る陣羽織、
サーコートは結構格好いい意匠などもあると思うが・・
この辺は個人の好みになってくるがね

実戦にはあまり使われていなかったかもしれないが
フルプレートは格好いいと思うよ
逆に、バチカンのスイス衛兵とかのような、タイツに奇天烈な配色の服のようなのは、
あんまり格好いいとは思わんな。騎士じゃないけど

273 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 14:42:46 0
騎士の鎧っていってもいろいろあるしなー。
思わず吹いたのが、馬上試合用の鎧。

背中、ねーよ!

274 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 14:54:01 O
装飾性という観点では、とちらも和式甲冑には遠く及ばない。

それと、板金鎧自体は普通に使われたけど、その頃にはもう装甲槍騎兵は騎士の専売特許ではなかったし、騎兵自体が戦場であまり使えなくなっていった時期。

275 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 15:00:42 0
装飾性ってなんなんだ・・・

日本の鎧も格好いいと思うが、その基準である装飾性っていったいなに?
遠く及ばないとか断言しちゃってるけど、この辺りは感性次第としか言いようがないのでは
あるいは、そこに使われている技術を比べてみるとか、そんなような感じになると思う

276 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 15:25:26 O
要は飾り気が無いって事。もっと言えば個々の個性が無い。

日本の甲冑のように、個人レベルでオリジナリティ溢れるデザインが無数にあるわけじゃないしね。

西洋甲冑で、個人を特定する方法が、盾とかに描かれた紋章しか無いのが良い証拠。

277 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 16:41:38 O
あああれか、兜に「愛」とか文字の飾りがついてる奴かwww
まあ主観と客観の区別も付かぬ肥厨には分相応の感性と言うべきだなw

278 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 17:06:47 O
「前立」という単語すら知らない厨房乙w

こういうのに限って、肝心の西洋甲冑の特徴すら知らないから面白いよな。

まあ、もう少し勉強してから出直しな、坊主。

279 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 17:30:07 0
西洋の騎士も俺は何々家の誰々だって感じのが分かる派手な陣羽織みたいのをつけてたよ。

280 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 18:07:08 O
陣羽織っつか、それ紋章ね。

紋章は、厳格に定められたルールに則ってデザインされた公共的な記号で、個人的センスが殆ど入れられ無い代物。

そんでもって、紋章のデザインだけ違って、後は殆どみんな同じだから、鎧自体の装飾性というとちょっとね・・・

確かに、馬の外被まで紋章で飾った騎士は、ちょっとカッコいいんだけどね。

281 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 18:21:17 0
兜は一応、いろんなデザインがあったみたいだよ
後に儀式用になってしまったが、騎士が指揮官クラスをやっていた時代は、
装飾鎧なんてものもあった模様
この辺、さっき仕入れた知識だから、なんとも言えないけどw

まあ騎士の鎧の飾りが紋章だとかがほとんどなのは確か
それでも俺は格好いいから好きだけどさ
傭兵になると、武士のようにおのおので面白い格好をしていたんだろうか

282 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 19:01:05 0
俺の個人的な乾燥だけで言えば西洋の鎧の方が断然かっこうよい。ファンタジー世界に
映えるのは日本の大鎧じゃ無理だ。
日本の大鎧は直垂がスカートみたいにだらしなく見える点、糸が目立って切れそうな
印象を受ける点、脇の下など防備があいてる所が目に付く点などが個人的にいやだ。
ラストサムライとロードオブザリングではどうしても後者の方がかっこうよいし。

283 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 19:02:59 O
兜の装飾というと、タンブルとトルティルだな。
動物とか角とか冠とか、色々面白いデザインがあるんだけどね・・・

ただ、ぶっ飛び具合が今一歩足りないんだよなあ。

それに、試合用の鎧以外で見たことないんで、たぶん実戦用じゃないんじゃないかな?

284 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 19:23:39 O
>282

俺も昔はロードスとかのカッコいい騎士鎧に憧れたよ・・・

でもな、実際に調べてみると、ファンタジーはファンタジーなんだよ・・・

鎧はダサいし、騎士はならず者の脳筋だし・・・

なんかもう、「ドン・キホーテ」で騎士物語に終止符を打たれた理由がよくわかったよ。

285 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 20:00:44 0
鉄砲のせいで大将クラスの鎧が装飾過ぎると狙撃されるから簡素になったという点


286 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 20:45:58 O
鉄砲に対抗する為、甲冑は大鎧から当世具足に変わったが、デザインそのものは個人の趣向が凝らされるようになって、より派手になってるぞ。

それに簡素になったのは製法であってデザインじゃない。ましてや、狙撃から隠れる為に地味にしたなんて、初めて聞いたが?

287 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 21:01:22 0
ライフル以前の銃で狙撃なんて当たらないだろ

288 :世界@名無史さん:2009/02/11(水) 21:09:29 0
>>282
個人的な好みの違いとしか思えんな。
俺はろーどおぶなんちゃらとかいうのよりも、ラストサムライで鎧武者が森から突撃してきたシーンの方が
一億倍カッコイイと思った。

289 :世界@名無史さん:2009/02/12(木) 04:26:01 0
日露戦争の時の技術でも近接戦闘必要だったんだから、武士=日本人と考えれば最強だろ。
それ以降資本の蓄積がものをいうようになるとアングロサクソン金融が最強。

290 :世界@名無史さん:2009/02/12(木) 04:53:26 0
ファンタジーに出てくる鎧って実際ねーじゃん
全部銀ピカで、ファンタジーだと兜とかしねーし

291 :世界@名無史さん:2009/02/14(土) 14:25:39 0
http://store.shopping.yahoo.co.jp/miniature-park/s9-b21.html
エドワード黒太子の大兜

292 :世界@名無史さん:2009/02/14(土) 14:28:22 0
>>291
いい!!

293 :世界@名無史さん:2009/02/14(土) 23:09:36 0
>>248
日本刀は明治時代に完成したんじゃなかったっけ?

>>250
剣道が形成されたのって江戸時代でしょ

294 :世界@名無史さん:2009/02/14(土) 23:15:13 0
日本の鎧は足場の悪い道を走りやすく通気性が良いように作られて
西洋の鎧は隙間がなるべくないように作られている

295 :世界@名無史さん:2009/02/14(土) 23:18:02 0
>>293
>>日本刀は明治時代に完成したんじゃなかったっけ?

はあ?
頭オカシイノカナ?

296 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:08:05 0
日本刀は平安時代末期当たりに完成されました。技術的に最高峰に達したのは
鎌倉時代です。所謂古刀。以後、この時代の水準を超えられません。
剣道が形成されたのは戦国時代くさい気がする。有名な剣豪は戦国時代当たりが多いし。

鎧はさすがに西洋のプレート鎧は超えられないでしょう。隙間云々だけでなく、
鉄の質自体が違う。日本の大鎧はまだ皮なんかも使ってるし。
最末期のプレート鎧の板金の厚さは4ミリと聞いたことがあります。フライパン
より分厚く頑丈です。
でも、西洋のプレート鎧を着て落馬すると、重すぎて起き上がることができず、
そのまま死んじゃうんです。あれは騎乗専用の武装です。まともに歩くことも
難しいんじゃなかろうか?

297 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:26:21 0
>>295
明治になって製鉄技術が発達して
強度が歴史上最も強くなったんじゃ・・・

298 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:27:01 0
>>296
戦国時代は剣術
剣道=竹刀剣道は江戸時代にできたんじゃないか?

299 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:31:56 0
日本の戦国時代に活躍した当世具足に該当するのは、コンポジット・アーマーだろうなあ。
それ以降のプレートアーマーやフルーテッドアーマーに該当するのは日本にはちょっと見あたらない。
けど、ナイトアーマーは戦争目的のモノもあればトーナメントとかジャウストとかの競技用のものもあるし。
一概に比較は出来ないよなあ。

300 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:33:22 0
戦国時代は剣術なんてお遊びじゃなくて、弓術とか槍術とか実戦で使えることのが主流だろうが

301 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:36:09 0
>でも、西洋のプレート鎧を着て落馬すると、重すぎて起き上がることができず、
>そのまま死んじゃうんです。あれは騎乗専用の武装です。まともに歩くことも
>難しいんじゃなかろうか?

百年戦争や薔薇戦争なんかでフル装甲の騎士が下馬して戦うのが活躍したのは有名だけど。


302 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:40:25 0
>>301
持つと重いけど着ると分散されてそんな重くないらしい
70kgの人間が100kgに太ってもなんとか走れるように

303 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:44:08 0
百年戦争時代の鎧は20kgちょいぐらい。
このぐらいなら、全身に分散すれば普通に走れるし、身体能力に秀でた騎士ならば乗馬下馬を繰り返すのもお手の物だったらしい。
ただ、ヘンなコケ方をすると重さのせいというよりもプレートが関節の動きを邪魔して起き上がれなくなるということはあったらしい。
この辺の動きの制約はカブトムシとかクワガタのそれに近い。
ヘンなひっくりかえり方すると、自重の何倍ものの牽引力を持つカブトムシも動けなくなる。
アレと同じ理屈。

304 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 00:52:15 0
>>296
鎌倉までは刀匠が自前の炉で鋼の精製から始めていた。
それ以後の炉と比べると、個人で造った炉だから
製鉄技術的には低く、低温で不純物(チタンとか)が多く、
刀身の鋼の成分は各部で均一ではなかった。
しかしこの不純物と不均一さが刀身に粘り気を生んでいた。
刀匠は経験からこの作用を理解し、元のクズ鉄の配合などを工夫して
刀身の出来をコントロールしていたらしい。
もちろんこれを成功させるのは大変難しく、やり直しも多くて効率が悪かった。
この頃の日本刀は一枚鍛えだった。

その頃戦国時代に入って歩兵戦闘が主となり、刀の需要が増した。
出羽、千種とかで高温の炉を用いた鋼の大量生産も始まった。
刀匠も商売でやってるわけだから、コストダウンと効率化を求めて
出来合いの鋼を使って刀を作るようになった。

305 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 01:01:59 0
>>296
有名な剣豪についてよく調べてみれば分かるが、
戦国末期にならないと出てこない。
ああいう名人芸というのは集団戦闘では要求されない。
剣術をさして、役にたたない、下らない、という戦国末期を経験した武将もいたらしい。
もしそれ以前に剣術が存在したとしても、
薬丸自顕流みたいなシンプルなものだっただろう。

現代の剣道、剣術につながる、体系的で洗練された技術と、指導方法は
念流が初めて生み出したと思われる。
創設者として慈恩という坊さんがあげられている。
平安時代にも剣術の流派があった形跡があるが
中身が分からず、論ずるに足らない。

306 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 01:07:00 0
剣術が体系化されるのは戦国後期から安土桃山時代にかけて。
要するに、秀吉のような出世を望もうにも既に下克上が成立するような余地が無くなった時代。
この時代になると、戦場で武勲を競って出世する事はほとんど期待できない。
かくして、既に功成った有力な武将に抱えられる事で出世をもくろむ事になる。
こういう武芸者は決闘作法で優劣を競う事になるので、必然的に戦場作法の武術から一対一の剣術が重視されることになる。


307 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 01:17:46 0
>>303
人間は上半身を曲げないと起き上がれないからな

308 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 01:18:22 0
道場剣術自体って、江戸時代の初期から幕末で進化したんだろうか退化したんだろうか。

309 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 01:19:22 0
>>298
上泉伊勢守は、それまでは木刀しかなく危なくてスパーリングができなかったのを
戦国期にして既に袋竹刀というのを考案し、これを盛んに用いていた。
後の柳生石舟斎と初めて対戦したとき
「俺はコレ使うけどアンタは木刀でも何でもいいよ」
と言って、舐められたと感じて怒った石舟斎を返り討ちにしている。

その後江戸期に入り、戦国期の雰囲気も薄れゆき
元禄の頃には型稽古だけのかっこつけの剣術しかなくなり
戦えば素人にも負ける有様で、剣術人気は低迷していた。
この頃の柳生流の人間の日記で
「近頃の若いモンは袋竹刀での対戦すらしない!けしからん」と述べているものがある。
1700年代に入って、この現状を打開すべく、直真影流が
竹刀と防具を用いた稽古を開始し、実力を回復すると同時に
町人、農民層の余暇の増大と、手軽に試合ができるスポーツ競技としての性格が合致して
幕末の剣術ブームへと繋がっていく。

310 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 01:53:03 O
>>304
よく古釘を意図的にまぜたりしてたよな。
あと同じたたらでも古い形式は玉鋼の取れる量は少なくとも
質が良いてのがあったみたいだな

311 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 02:09:06 0
玉鋼と三重構造は、生産効率と強度のかねあいから生まれた
当時の日本としてベターな選択だったと思う。

現代の特殊鋼が利用できるなら、三重構造を取って粘りを確保する必要はないし
そうなればシンプルな一枚のほうが強度の点で有利だろう。

312 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 02:38:16 0
長宗我部元親は幼い頃は姫若子と呼ばれていたが、初陣の際「槍は敵の目と鼻を突くようにし、大将は先に駆けず臆さずにいるもの」と言われ、
いざ戦になるとその通りに行動して鬼若子と言われる程の活躍をしたとされる。

合戦は技術云々ではないという事だ。

313 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 09:56:51 0
相変わらず武士に変な妄想抱いてる人間多すぎだなw

武士なんて江戸期以前はヤクザに毛が生えたような連中

負けそうになれば簡単に敗走したり寝返る連中がほとんど

314 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 10:38:56 0
ムスリム戦士たる暗殺教団のアサッシンは当時最強だったイスラムの敵であった
モンゴル帝国の皇帝を暗殺しようともくろんだ。目論みは失敗し、
激怒したモンゴル皇帝は暗殺教団の地域に懲罰軍を送り、かの地を根こそぎ血祭りに挙げたという。
武士がヤクザの毛の生えた連中とするなら、暗殺教団はアルカイダの先駆とも言うべきではないのか。


315 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 11:19:32 0
>>313
寝返るのは独立してるだからだよ、戦国時の関係は江戸時代の関係というより契約関係だし

316 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 11:40:46 0
戦国試合じゃ既に鉄砲と槍が主流だろ
刀持った鎧武者のオッサンが一人で「ウォー!」とか発狂しながら突撃したって鉄砲の餌食になるだけ
ハッキリ言って武士は雑魚、ちょっと訓練した百姓にも劣る

317 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 11:57:13 0
百姓の諺に「泣く子と地頭には勝てぬ」と年貢を取り立てる武士に逆らえない嘆きがあるが。


318 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 13:29:56 0
>>309
農民とか一部でしょ

>>313
江戸時代の方が酷いでしょ
政権を盗って搾取して貴族政治

319 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 13:30:54 0
>>317
鎌倉時代は外敵から日本を防衛したじゃん

320 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 13:31:34 0
>>295はどこへ行った?

321 :世界@名無史さん:2009/02/15(日) 17:11:47 0
>>314
実際には本拠地が攻略される前にモンゴル軍に降伏して教主ともども生き残ってるけどね。

322 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 00:38:37 0
ネトウヨは武士が最強じゃないとこまる見たいだが、
はっきりいって200年近い平和をむさぼっていた
朝鮮の正規軍(はるかに劣る兵力数)を圧倒しただけで
明の少数の兵力(文禄:4.3万、慶長:8万〜10万)に
さえ勝てず南部四道を確保するのがやっとだったじゃないか!
とても世界最強とは考えられない!

323 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 00:38:55 0
というかハーンを暗殺とか試みてないからw

324 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 00:39:20 0
ネトウヨは武士が最強じゃないとこまる見たいだが、
はっきりいって200年近い平和をむさぼっていた
朝鮮の正規軍(はるかに劣る兵力数)を圧倒しただけで
明の少数の兵力(文禄:4.3万、慶長:8万〜10万)に
さえ勝てず南部四道を確保するのがやっとだったじゃないか!
とても世界最強とは考えられない!

325 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 00:39:39 0
>>323>>321>>314

326 :パオさん ◆mEq.Fp/iL. :2009/02/16(月) 01:07:44 0
日本の武士が世界最強にして史上最大の版図を誇ったモンゴル軍に勝てたのは
日本刀という世界に冠たる武器があったからだ。

参考映像<日本の刀>
http://www.youtube.com/watch?v=zHYpnAy5zwY&feature=channel_page

327 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 01:28:44 0
白兵戦の武器で決するほど甘いもんではない。
単に「官軍相整わず」
勝ってる間は表面に出ないが、民族相互の団結力の弱さが
劣勢に立たされて表に出ただけ

328 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 01:34:19 0
地域諸侯の寄せ集めの田舎国家だから一撃すれば拠点が奪え
あとはどうにでもなるだろうと思って攻め寄せたら
どっこい統一された軍事超大国にボコボコにされたということ

329 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 01:52:07 0
>>324
島津は数千で20万の明軍を木っ端微塵にしたといわれますが?

330 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 02:00:43 O
武士を過剰に賛美するのはネトウヨというより
コー○ーのクソゲーに頭を溶かされた連中。
まあネトウヨと親和性高いけどな

331 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 02:04:55 0
朝鮮も明も日本武士相手にまともに決戦すら出来ない
ひたすら逃げ回った挙句、圧倒的大軍で包囲しながらも逆にシーマンズにボコボコにされたw

332 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 02:10:56 0
>>323
んな事わかってるよw

333 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 02:12:29 0
>>331
何度か決戦を試みてはいるんだがその度に撃退されるか攻めきれずに撤退してるな。

334 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 03:10:29 O
>>324
中国側の資料として七万人死亡した会戦があるがその兵隊はどこから湧いたのかね?
支那人は数しか誇れない弱兵

335 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 04:26:16 O
>>316
まぁ鉄砲、槍が主な兵器は当然として
いわゆる野太刀を持つ相手に部隊が大苦戦した話を2つ程読んだので刀もそれなりに使える武器みたいよ。
同時の鉄砲は近距離でなければ鎧で弾けるし。


336 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 06:17:16 i
>>316
戦国時代の侍は「侍筒」って言う普通より強力な鉄砲を使ってたの。
戦争のスペシャリストなんだから、最新の武器に精通してるのは当然だろ。
ちょっと訓練した程度の百姓なんかじゃ相手にならないよ。

337 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 12:57:30 O
ここで武士を必死に貶してる奴らって、どんなに武士を貶めても、騎士はそれ以下だというのを知らないんだろうか?

338 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 15:05:13 0
どっちもどっち

339 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 20:28:51 0
http://www.meiwasuisan.com/yt/bin/read/sougou/1234630477/l50
中世の戦争ごっこ

340 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 22:18:06 0
>>326
勝てた?ソースは

341 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 22:19:31 0
>>337
同等だろ

342 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 23:18:44 0
19世紀まで封建時代やってりゃ武士のほうがよく見えるわ

343 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 23:35:22 0
武士ってやくざと似たようなもんだ

344 :世界@名無史さん:2009/02/16(月) 23:40:52 0
まあ、ヨーロッパの封建社会の最盛期は13Cだよな。
それ以降解体に向かって騎士は没落。
封建制が欧州から完全になくなるのは18C後半だけど。

345 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 06:22:26 0
日露戦争組みも全員士族出身だろ
http://www.youtube.com/watch?v=efWpMNwDRqc&feature=related

346 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 09:09:50 0
>>340
元、高麗、日本、関係国全ての史書に元軍が戦って負けたと書いてある。

『元史』巻一百五十二 列伝第三十九 劉通
「十年、遷征東左副都元帥、統軍四萬、戰船九百、征日本、與倭兵十萬遇、戰敗之。」

『高麗史』八十七巻
「十月、金方慶與元元帥忽敦洪茶丘等征日本、至壹岐戰敗、軍不還者萬三千五百餘人。」

『鎌倉年代記裏書』
「十月五日、蒙古寄来、着対馬嶋、同廿四日、大宰少弐入道覚恵代藤馬允、於大宰府合戦、異賊敗北、」

『帝王編年記』
「六日。飛脚到来。是去月廿日蒙古与武士合戦。賊船一艘取留之。於鹿嶋留抑之。其外皆以追返云々。」

347 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 15:18:11 0
>>346
台風のおかげじゃなかったの?

348 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 15:19:05 0
はあ?
頭オカシイノカナ?の>>295はどこへ行った?

349 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 15:46:05 0
>>347
武士団にやられて、さらに船上でも夜襲されて、更に沖の方に引っ込んだところで台風直撃

350 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 19:18:10 0
>>347
台風にやられたのは帰り道なんだな。
弘安の役なんかは海上で待機中にやられたらしいけど、
それまで二ヶ月近くまともに上陸させなかったわけで、
神風を差っぴいても鎌倉武士団は健闘したと言っていい。

351 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 20:30:05 0
文永の役は元軍が優勢だったし、
弘安の役で日本が健闘したのは主力の江南軍10万が合流する前だからな…。

352 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 22:02:13 0
>>349-350
遠征って難しいんだよね
特に船旅は日露戦争に勝てた理由もそれだし

>>350
2回目は石垣を作ったよね

353 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 22:24:02 0
>>351
文永の役で、たった1日で敗退した元軍が「優勢だった」などという事実はない。
「元軍が劣勢でこのままでは全滅だから撤退するしかない」とモンゴル人の司令官が撤退を決定したと、
はっきり高麗史に書いてある。

弘安の役でも、主力江南軍10万が合流したのは台風が来る1ヵ月以上前だが、それでも元軍は
博多湾から遠ざかる一方だった。
資料では、日本が殺したり捕虜にしたりした元兵の数は10万人以上。

結局、4万、14万の元軍は鎌倉武士に全く歯が立たないまま、軍事力で圧倒され惨敗したというのが真相。

354 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 22:43:53 0
武士たちが必死で頑張って外敵を撃退したというのに、
神主や僧侶が「神or仏の加護で神風が吹いて元軍を壊滅させた」
というプロパガンダを流したせいで……。

鎌倉武士カワイソス(´・ω・)

355 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 22:55:09 0
文永の役で博多、箱崎は陥落して太宰府の水城まで撤退してるじゃん。
これで日本が優勢とは思えないが。

弘安の役は江南軍10万が平戸島辺りで合流して、
「さあ、博多湾へ向けてに総攻撃に行くぞ!」ってところで台風で壊滅的被害を受けたんだろ。
その後、残兵掃討で殺したり捕虜にした、ということだろ。

356 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:02:04 0
>>354
「神風が吹いて元軍を壊滅させた」 というプロパガンダを流してるのは、
戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちなんだよ。
戦前はちゃんと「武士たちが必死で頑張って外敵を撃退した」ことになっていたのに、
太平洋戦争で負けた途端、元寇でも負けてたことにされちゃった。

昭和天皇の歴史教科書 国史(口語訳)に書いてある元寇↓

『元はついに武力でわが国を屈服させようと、後宇多天皇即位の年に、高麗の兵を合わせ、数百艘の船をつらねて、
朝鮮海峡を渡り、まず対馬、壱岐をおかし、さらに博多地方に迫りました。九州の豪族たちが奮戦してこれを防いだので、
元軍は深く侵入できずに退却しました。文永末年のことでしたので、これを文永の役といいます。』

『このため、元はまた大挙して攻めてきて、その軍は壱岐、対馬をへて博多と肥前の沿岸にも迫りましたが、
南海、西国の将兵がよく防ぎました。また、偶然にも大暴風雨がおそい、敵の船は破壊され、多くの兵が溺死し、
残った軍はあわてふためいて逃げかえりました。弘安四年のことでありましたので、これを弘安の役といいます。』

http://www.amazon.co.jp/dp/4062126796/ref=sr_1_3?ie=UTF8&s=books&qid=1234878857&sr=8-3


357 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:10:29 0
>>355
文永の役で博多、箱崎が陥落したなどとことを裏付ける資料はない。

弘安の役で江南軍10万が平戸島辺りで合流したのは、台風がくる約1ヶ月前。
「さあ、博多湾へ向けてに総攻撃に行くぞ!」って思ったが、日本軍が強すぎて
1ヶ月間逃げ回ってるうちに台風に遭遇したってこと。

358 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:13:58 0
>>356
嘘ついてんじゃねーよ
そういう考え方は「太平記」や「八幡愚童訓」にもみられるだろうが

359 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:16:07 0
世界史厨が必死すぎるwww
世界勝ち抜きトーナメントでブッチ切りのチャンプだった大元ウルスが
日本の国内チャンプに雑魚あつかいされたからって必死にならなくてもww

360 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:19:47 0
>>358
「太平記」は軍記物語だし、「八幡愚童訓」は八幡信仰布教のための宗教書。
どちらも元寇の資料としては二流の文献。
江戸時代の国学者だって、そこに書いてあることが史実だなんて思っていない。

361 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:23:14 0
ぶっちゃけた話、日本が蒙古に勝てた理由って何だと思う?
「日本が強かったから」というなら、具体的にどんなふうに蒙古より強かったのか

362 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:25:40 0
>>360
>「神風が吹いて元軍を壊滅させた」 というプロパガンダを流してるのは、
>戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちなんだよ。

この部分に対して言ってるんだよ
それとも何か、これらの著者はマルクス主義者なのかい?

363 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:27:08 O
まあ百済のサウラビの子孫だからじゃね?

364 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:29:45 0
中央政府による統制。
それが保証する頭数(弘安)。

兵員の質。よく訓練され、実戦経験も豊富で、
矢を防ぐ能力では一流の大鎧と射程の長い弓と最高の刀剣を装備した
重装弓騎兵が相互に支援しながら万単位でわらわら湧き出してくる。

そりゃ負けます。

365 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:31:29 0
>>362
現実に現代の日本人に「神風が吹いて元軍を壊滅させた」 というプロパガンダを流してるのは、
戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちじゃん。


366 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:32:35 O
元軍は大多数が高麗・旧南宋の兵でモンゴル人がほとんどいない
軍隊だったんだろ?

367 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:35:43 0
>>366
歩兵ばかりだったのは8000人の高麗部隊。
その他の蒙漢軍が2万5000。

それにモンゴル高原出た時点でモンゴル軍にモンゴル人なんてほとんどいない。

さんざんガイシュツ。

368 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:38:22 0
フビライの遠征って結構失敗してるよね。
チャンパ−とかシュリーヴィジャヤとかシンガサーリまで行ってるけど
結局失敗したよな。どれも、海から攻めてる。

369 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:38:56 0
>>365
別にプロパガンダじゃなくとも、
こういう考え方は当時から存在してたわけだ
それをさも左翼特有の考え方のように言ってるんじゃねーよ

370 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:43:48 0
>>369
軍記物語や宗教書の中に存在していた特殊な考え方を、「歴史的事実」として普及させたのは
戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちだろーが


371 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:44:37 O
蒙漢軍って騎兵部隊だったのか?
軍馬を船に乗せるって当時はすごい手間だっただろ。

372 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:47:33 0
手間がかかるのは今も同じ。手間をかければ普通に連れていける。
ノルマンコンクェストでも騎兵連れてってる。

373 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:49:14 0
>>371
八幡愚童訓
「其中に、大宰少弐三郎左衛門尉景資殿を、日大将軍として待かけたるところ、
十月廿日未明より、蒙古陸地に、おしあかり、馬にのり、旗をあけて攻かかる」


374 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:49:42 0
吐蕃とか大理国を征服したのもフビライだっけ?
やっぱ地続きだと強いのか。

375 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:50:31 0
>>371
日本から対馬海峡越えて朝鮮半島で暴れまわった倭寇も、大量の騎馬部隊を抱えていた。
倭寇にできたことが、国家事業として日本に攻め込んだ元や高麗にできないはずがない。

376 :世界@名無史さん:2009/02/17(火) 23:58:36 0
>>370
だから、それ以前にそうした考え方があり、また軍記ものの作者がそう書くほど広まっていたのに、
何でマルクス主義者が広めたことになるんだ

377 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:00:45 0
>>375
私的海賊より国家が有利とは限らないよ、特に前近代ではね
国家というのはたしかに私的な武装集団よりできることは大きいかもしれないが、障害もやはり大きい

どうでもいいけど、戦前・戦中の歴史教科書には神風について書かれてなかったの?

378 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:04:43 0
>>376
八幡愚童訓は八幡の加護を強調するために書かれた宗教プロバガンダで
既に広まっていたわけではなく、これから広めようとしたもの。

しかし世間は面白い書物としては読んだが、いっこうに騙されなかった。
昭和天皇の教科書にも武士が蒙古をボコボコにしたとはっきり書かれている。

ところが戦後にろくな史料批判もできない智恵遅れのマルクスかぶれの文系が
矛盾するところは妄想で補って広め始めた。

379 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:06:29 0
>>377
へぇ、海賊に運べる騎馬を国家が運べないなんてどんな障害があるの?
参考までに教えてほしいね。

ちなみに史料にはモンゴル軍は馬によく乗る、とはっきり書いてありますから。

380 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:10:56 0
>>378
もう何でもマルクス主義者だなw

381 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:12:07 0
>>380
反論できない知恵遅れマルクス主義者の図。

382 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:13:29 0
維新政党・新風

383 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:15:53 0
マルキシストってのは戦後になって張り切ったんだよ。
これからは俺達の時代だ!ってね。
これまでマルキシストをバカにしていた社会を解体し、否定し、
素晴らしいマルクス主義を広めてやろう!そんな感じ。

70年代で化けの皮が完全に剥がれて
「やっぱバカはいらねーや」って捨てられて
またゴミ漁りに戻っちゃったけど。

384 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:18:26 0
>>37
文永の役について、戦前の歴史教科書は神風の記述がなかった。
弘安の役については、大正期にはじめて登場する。
戦中は武士の奮闘と神風によって撃退みたいなストーリー。
そして、敗戦後初めてつくられた歴史教科書「くにのあゆみ」からは、武士が戦闘で負けていたことになり
現在のストーリーになった。

385 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:19:52 0
>>379
に答えられないマルクス主義者。
帰ってオナニーしながら党大会で発表する原稿書いてるんだろうな。
「日本が右傾化してるニダ!元寇の評価にも反動化の徴候が現れているニダ!
これからみんなで論破してやるニダ!」

386 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:21:21 0
>>381
よく言うぜw
「軍記ものの作者がそう書くほど」っつってんのに、
八幡愚童訓の話に持っていくような、論点ずらし野郎に言われたかねーや

387 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:22:26 0
>>386
どの軍記ものにそんなことが書いてあるの?

388 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:24:01 0
>>387
太平記

389 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:27:21 0
>>388
プッwww太平記wwwwバカだコイツwww

390 :377:2009/02/18(水) 00:27:30 0
>>384
ありがとうございました
>>379
勘違いしてるようだけど、別に俺は元寇が騎馬であることを否定したわけじゃないよ
ただ
>倭寇にできたことが、国家事業として日本に攻め込んだ元や高麗にできないはずがない。
こうした理屈は歴史の中では必ずしも正しくないといったまででね

391 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:28:31 0
>>390
じゃ、正しくない事例よろしく。

392 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:29:21 0
>>386
太平記は神風云々以前に、九州全土が蒙古の支配下になったことになってるんだが、
そんな歴史認識は太平記以外にまったく普及していない。
太平記を根拠に神風の認識が普及していたというのは無理があるね。

393 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:29:30 0
てかさ、「武士」と「騎士」どっちが強いかとか
「日本」と「元」どっちか強いかとか
はっきり言ってくだらないと思う
歴史はゲームじゃないんだから
「白人」「黒人」とか「ユダヤ」「イスラム」とかに置き換えてみれば
こうした議論のばかばかしさがよく分かると思うが

394 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:30:23 0
>>391
全盛期のバイキングと西欧の王国ではどちらが海軍力があったか

395 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:30:44 0
>>393
倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、
高麗や元にできない理由としてどんなものが考えられるのかな?

396 :393:2009/02/18(水) 00:31:19 0
いや、なぜ俺に聞くw

397 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:31:37 0
>>394
西欧に決まってるじゃん。
君、何のためにバイキングすると思ってるの?
ここにない金が西欧にあるからだよ?

398 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:32:33 0
馬鹿?

399 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:33:12 0
>>394
西欧が中央集権化したらバイキングなど相手にならなかった。
だから急いでハラルド美髪王が中央集権化を進めた。

元とは比較にならない事例だな。他には?

400 :щ(・∀・_):2009/02/18(水) 00:36:51 O
戦国時代や中世なんて、現代人が思う以上に地獄絵図だろ
疫病や飢饉、狂気に塗れた坊主や信者。徘徊するゾンビみたいな村人。金めね物や食糧を奪う山賊や盗賊に海賊。
ところ構わず、性欲にふける老若男女。
そんな中で、日々死と隣合わせの戦士の事をどっちが最強だとか現代人に分かるわけない。

401 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:37:07 0
>>393
元寇の戦利品をして伝えられてる品の中には、モンゴル軍が欧州遠征で獲得したと思われる
十字の印をつけた兜があるんよ。
欧州遠征で騎士を打ち取った蒙古が日本で武士に打ち取られてるんだから、武士は騎士より
強かったと言えるんじゃないの。

402 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:38:02 0
つか、西ヨーロッパの王国ってかなりの数が土着したバイキングと現地人の混血じゃん。
フランク王国だってそうだし、デーン王国だってそうだし。

403 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:38:10 0
>>394
倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、高麗や元にできない理由を聞いてるんだけど。
答えが西欧とバイキングじゃ話にならないな。

他に反論ある?低能クン。

404 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:38:43 0
>>399
ゲルマン蛮族vsローマ帝国

405 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:38:55 0
>>402
フランク王国がバイキングって・・・
時代がずれ過ぎなんだけど。
ここ本当に世界史板?

406 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:39:30 0
騎馬の運輸たって、数が違えば難度だって変わるだろうに。


407 :щ(・∀・_):2009/02/18(水) 00:40:54 O
ケンシロウが最強だよ以上

408 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:40:57 0
>>404
元と倭寇の関係とは比較にならないな。

倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、高麗や元にできない理由を聞いてるんだけど。
いい加減答えてもらえるかな?

409 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:41:56 0
>>403
あのだから別に俺は元の輸送能力に異議を唱えてるわけではなくて
必ずしも私的武装集団より国家のほうが強いわけではないということを言いたかったわけで
もしかして俺を誰かと勘違いしてない?
まあでもこの流れでそういう書き込みをすればそうとらえられてもしかたないわな
俺が悪かった、スマソ

410 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:43:31 0
>>409
倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、高麗や元にできない理由を聞いてるんだけど。
君はそういうことが有り得ると主張してるんでしょ?
IFでいいから答えてみなよ。

あ、元がローマ帝国並みに没落してるとか、
暗黒時代の欧州並みに分裂してるとか、
そういうバカげた設定はなしで。

411 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:44:42 0
弘安の役の前に元のクビライが高麗へ送った注意書き読むと、軍馬のあつかいについての指示が
かなりの割合を占めている。
元軍に軍馬が少なかったとは考えられない。

412 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:46:50 O
欧州遠征の頃のモンゴル軍と日本遠征の頃の元軍じゃあ
兵質が違うんじゃねーの?
元軍なんてヴェトナムやマジャパヒト王国にすら負けてるし

413 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:47:11 0
>>410
UFOが元の馬を全部キャトルミューテーションしてしまった。
元の馬係りが全員記憶操作されて揃って馬の用意を忘れてしまった。

宇宙パワーを借りれば想定可能。

414 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:49:06 0
宇宙パワーかよwww

415 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 00:55:49 0
>>412
弘安の役で兵10万、船3500隻を失ったモンゴル軍がその後弱体化するのは当然。
ベトナムでもジャワでも、数百隻単位の艦隊しか送れなかったことが致命傷となっている。
もろに日本に大敗した影響なんだよ。

416 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:04:03 0
>>363
携帯は嫌韓厨が百済だけは味方してるの知らないのな

417 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:05:53 0
暴風雨の自滅を大勝として語るウヨキモい

418 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:08:23 0
圧倒的に日本軍が強かったんなら何で幕府が崩壊したんだよ

419 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:18:07 0
>>418
恩賞として与える土地の不足、
対外戦争に対処するための得宗権力の強化とそれへの一般御家人の反発、
貨幣経済の浸透による農村の自給自足経済の動揺、
細分相続による御家人の貧窮化、

まっ、勝つには勝ったけど、得たものは何もなかったってとこだろ

420 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:31:17 0
>>417
元が暴風雨な遭ったのは、戦闘で日本軍に全く歯が立たず、2ヶ月間も海上を逃げまわっていたからだってことを
理解してないな。。。
日本軍の大勝以外の何物でもないじゃん。

421 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:43:25 0
石築地を利用しての防戦をどのように考えるかだが…

422 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:50:19 0
文永では3分の1の人数で、野戦で圧勝した。
弘安では数でも勝り、防壁も築き、十分な体制で臨んだので、
一方的にひたすらボコりまくった。そんだけ。

423 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:52:37 0
>>420
大本営発表臭が酷い

424 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:56:22 0
弘安の役で、石築地は勝利に全く関与していない。
6月上旬に東路軍が志賀島に上陸したものの、日本軍の攻撃に連戦連敗で海上へ逃走。
壱岐から平戸へと逃げ回り、7月初頭に江南軍10万と合流。
それでも一向に戦局が好転せず、上陸の目処すら立たないまま1ヵ月を浪費し、7月末に台風に遭った。
数以外に元軍が日本軍に優ってる要素など何一つない。
日本の武士が大陸の軍勢よりも圧倒的に強いということを証明した戦い。

425 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:57:50 0
そのつおい日本がなぜ大陸から叩き出されたのかkwsk

426 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 01:59:32 0
>>425
時代が違うじゃん

427 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:03:13 0
>>425
朝鮮征伐では明史日本伝の最後に、はっきり、
明もチョンも勝ち目はなかった。秀吉が死んだから撤退した。
と書いてある。
南部は倭城がどんどんできて完全に日本の勢力下に入っていた。

大東亜戦争はソロモンから攻めてきたアメリカに負けただけ。

428 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:05:21 0
鎌倉期の人口は800万とか1000万とかその程度らしいが
20万も動員出来るだけの経済基盤なんてあったの?

429 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:08:24 0
>>428
あったから大モンゴル帝国に圧勝したんじゃん

430 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:09:38 0
>>427
スマン
明史三百二十二列伝第二百十外国三日本のどこが
該当するのか教えてくれるとありがたい。

431 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:11:38 0
>>430
「中朝與朝鮮迄無勝算」

ちなみにこれ、さんざんガイシュツだから。

432 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:12:39 0
>>429
ハイドゥの乱以降モンゴル帝国内は
元朝と各ハン国(イル=ハン除く)で対立してるんだよ。

433 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:17:55 0
>>431
ありがとう。
日本圧倒的だなあ。

434 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:19:48 0
>>432
経済力、支配領域など全ての面で大元ウルスはモンゴル帝国内で圧倒的な地位を占めてる

435 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 02:38:45 0
ハイドゥの乱(1266〜1311)
文永の役(1274)
弘安の役(1281)

この場合、二正面作戦をやるフビライがアホってことか?

436 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 03:07:26 0
>>435
二正面、三正面作戦は、モンゴル帝国の基本パターンね。

1236年にクチュの南宋侵攻とバトゥの東欧遠征。
1253年にフレグに中東遠征とフビライの大理国遠征。

この他にも細かい侵攻作戦を同時進行で進めてる。
金を滅ぼしてからのモンゴル帝国は、各方面軍がそれぞれ正対する敵と独自に戦ってる感じ。
戦国日本で、秀吉、柴田、滝川、明智の各方面軍が、毛利、上杉、北条などと同時に戦っていた織田政権を
ユーラシア大陸レベルまでスケールUPさせたようなイメージかな。


437 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 03:52:43 0
>>412
ベトナムは最終的には撃退したとはいえ全土を蹂躙されてるし、
マジャパイト王国は謀略を用いて追い出したんで、鎌倉幕府とはまた違うような気もするねえ。
しかしよくインドネシアくんだりまで遠征したもんだな元は。

438 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 09:52:20 0
そんなに強いんだったら大陸に攻め込んで大都占領すれば良かったのに

439 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 10:08:46 0
>>438
鎌倉幕府はモンゴルのような野蛮な侵略主義者とは違うのだよ。
ただ、もし本気で攻め込んだら大都など簡単に占領していただろう。
元朝は日本人のごく一部に過ぎない倭寇にすら、散々な目に遭ってるからな。
1309年には明州城が攻め入った日本人によって焼きの原にされている。

440 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 14:26:18 0
倭寇みたいにゲリラ的戦法を取ってるのの戦闘結果と、
大都攻めみたいにおそらくは大軍同士の決戦になると考えられるのの戦闘結果はまた違うと思う。

日本軍だってもし大陸に攻め込んだら補給線の問題だってでてくるし、
いくらなんでも大都など簡単に占領していたとかいうのは言いすぎじゃあないかねえ。

441 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 14:48:21 0
>>419
なんだ、それなら小学校で習ったのと同じ内容だ

442 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 14:49:25 0
>>427
秀吉が死んだじゃなく秀吉が築いた財産が尽きたからなんじゃ?

443 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 14:53:23 0
>>442
秀吉の死後、家康が豊臣の財産を減らそうとあの手この手と策略しました。
それでも、なお大量に財が残っていた。

444 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 15:45:10 0
>>440
まあ、沿岸から10kmしか離れていない大宰府を拝むことすらできず
橋頭堡すら確保できず逃げ帰った元寇の場合
補給線は言い訳にはならないけどな。

445 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 15:46:02 0
ちなみに倭寇の場合は大陸のそれくらいの都市を攻め落として灰にしている。

446 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 16:18:59 0
でも後期倭寇の大半は倭人に偽装した中国人で、
その首領も王直みたいな中国人貿易商なんだよなあ。

平戸とか五島なんかも実のところ中国人海商の縄張りだったわけで、
事実上、中国人の占領下にあったようなものなんでは?
平戸の松浦氏なんかも中国人の子分だったんでは?

447 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 16:55:28 0
近代史でも中国兵は弱兵で有名じゃない
日本武士が大陸に対して無双不敗を誇ってたとしても不思議じゃない

448 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 17:33:42 0
陸戦で対抗できないヴェネツィア・イスパニア連合軍はオスマン帝国海軍にレパント大敗からの勢力回復を許してしまったが、
陸戦で対抗できる日本の御家人は度々支那沿岸を侵して、元帝国海軍に元寇大敗からの勢力回復を許さなかった。

449 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 19:40:10 O
どうでもいいが、そろそろ騎士の武勇伝を聞きたいんだが?

まあ、大して無いだろうけどなw

450 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 20:50:55 0
世界史(苦笑

451 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 21:01:09 0
>>447
その中でも李如松は善戦しているな。
彼だけは認めてあげてもいいんじゃないか?
立花と小早川にボロ負けして自身も殺されかけたけど。

452 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:05:45 0
>>443
教科書や殆どの歴史漫画は嘘なのかよ

453 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:06:15 0
>>447
近大は武士じゃなく農家出身の兵隊だろ

454 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:18:28 0
近畿大学?

455 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:20:42 0
>>446
痛いところを突かれてネトウヨ沈黙だな。

中国人メインの後期倭寇の本拠地が平戸や五島だったってことは、
それが何を意味してるかもうわかるよな。

456 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:23:15 0
そういう都合の悪いところは無視できるようになってるから、無駄だよw

457 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:25:24 0
武士は日本の誇りだから

458 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:34:48 0
>>455
十のうち三は真倭。こういうの↓

「長刀、倭の中国を犯すよりこれ始めてあり。
彼らこれを持ちて跳躍光閃して前に進めば、我が兵は己に気を奪われるのみ。
倭は躍を善くし、一たび足を逆えば別ち丈余、刀長は五尺にて、則ち(一)丈五尺なり。
我が短兵器は接し難く長器は捷ならず、身多く両断す」(紀効新書、1560年)

実際に明軍をボコって沿岸部を好き放題荒らしていたのはこういう連中。
要するに中国は日本人のテリトリーだったということ。
それが何を意味してるかはもうわかるよな。

459 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:40:46 0
平戸や五島で中国人が活動してはいたが、施政権までこれら中国人が握っていたかとなると、
豊臣秀吉が倭寇取締りをした際にこれらの地域の中国人が抵抗したという記録も無いし
徳川幕府がスペインやポルトガルを長崎から平戸に移した際に中国人の抵抗が見られなかったのは何故か。


460 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:40:48 0
>>458
それがどの期間のことであるか、詳細な対比表ある?
どっか別のスレで話題になってたんだけど、乗り遅れた。
それがわかれば、偽装倭寇がどの時期でどのくらいの規模だったか
わかるように思うのだが。

461 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:46:12 0
>>460
紀効新書は兵学書だから雑魚い偽倭寇はアウト・オブ・眼中
対日本人戦のことしか書いてない

462 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:48:21 0
大親分の王直とかが中国人だし、7割の倭人偽装者もいる。
倭寇というのは中国人のボスの下に倭人に偽装した中国人海賊・商人と
九州の松浦党とかの日本人海賊が集まった国際的集団だろ。

ありていに言えば中国人のボスの手先になってたのが「真倭」の連中。

463 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:52:11 0
>>462
7割の偽装業者を率いていたのが王直とか徐海だろ。
そりゃ大親分だろう。数だけは多いから。
誘降にのってあっさり捕まって処刑されるけどな。

所詮チャンコロ。雑魚すぎ。

464 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:54:52 0
平戸の殿様はそのチャンコロの子分だったんだな。

465 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:56:31 0
>>461
いや、そういうことを聞いているんじゃなく
倭寇の規模とか構成とか、偽倭寇の規模とか活動範囲とか
そういう具体的なところでの、分布みたいなもの。
わかんなきゃいいけど、>>458の後半で定説っぽく書いてあるから
当然、資料に拠っているものと思ったもので。

466 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:57:03 0
>>464
逆。
真倭にボコられる程度の明軍が怖くて
日本の領主に貢物を差し出して守ってもらっていた。

日本の威を借る狐。

467 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:58:38 0
ところで、倭寇って武士なん?

468 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:59:22 0
ぎゃふん

469 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:00:46 0
どうも「真倭」が中国人の首領の手下だったことを認めたがらないようだな。
当時は中国の方が経済大国で文化先進国でアジアの中心だったんだから、
先進国の企業家が途上国の海賊や現地有力者を手なずけていたって感じだろ?

470 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:02:29 0
中国の中央集権体制では、辺境の州は、自国の賊の依拠するところと
なりやすいからね。
とくに内政混乱期。

471 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:02:44 0
>>465
定説もクソもなく、実際に倭寇鎮圧にあたった
威継光が「日本人の戦闘能力やべーよ!他の明軍が心配だよ!」
つって書いたのが紀効新書。引用した倭寇剣法の部分を読めば分かるだろ。
実際に脅威となっていたのは日本人の倭寇。

472 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:03:46 0
中国人が来てるの?
朝鮮半島で日本軍にボコボコにされるような雑魚中国人が
日本人を支配できるわけ無いだろうに。

473 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:03:53 0
>>469
はいはい。
で、>>466への反論は?

反論がないなら>>466で決定。

474 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:06:11 0
>>469
先進国の企業家=松浦氏
途上国の海賊や現地有力者=王直とその手下

明は発展途上国ということでFA

475 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:06:47 0
中国人首領の下に日本人・中国人その他の混成で形成された海上貿易集団。
それが倭寇。
真倭と偽倭が別々の集団だったわけではない。

476 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:09:31 0
>>471
「実際に脅威となっていた」 それは理解している。
その倭寇のそれぞれの構成を、と思って。
倭寇全体が真倭なのか、その三割だけが威継光と戦ったものなのか
手元にその史料はないから、聞くしかなかったのだけど
具体的な状況を示すことが叶わないなら、別にそれでもいい。
そちらの手元に、紀効新書以外の資料もあるのかと思って
手軽に調べられるなら、と都合のいいことを考えただけだから。

477 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:10:17 0
>>475
>中国人首領の下に

発展途上国民が必死です。

478 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:10:23 0
議論の運び方といい主張の内容といいゆとりウヨ臭が酷い。

479 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:11:07 0
>>475
ということは、一集団も混成?
偽倭も、日本式の剣術使うのだろうか?

480 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:11:51 0
>>476
それぞれの構成なんて>>458のどこにも書いてないけど。

>わかんなきゃいいけど、>>458の後半で定説っぽく書いてあるから
>当然、資料に拠っているものと思ったもので。

君は一体>>458で何を見て、倭寇の構成の資料があると思ったわけ?
頭おかしいんじゃない?

481 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:15:01 0
>>480
書いてないじゃなくて、「知りたい」わけだ。
歴史の研究とはその詳細を詳らかにしていくことだから。

>>倭寇の構成の資料があると思ったわけ

それなりの定説なりが、あると思った。
断定的に書かれているから、最近の研究ではそこまで
いっているのかと。
つまり、別にない、ってことでおk?
で、三割の真倭が、主に明の辺境州を襲って経済擾乱を誘発させた
という認識でいいわけだね?

482 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:16:56 0
480みたいなヒステリックな輩とよく話す気になるな
どうみても知ったかの厨じゃん

483 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:19:49 0
>>481
>わかんなきゃいいけど、>>458の後半で定説っぽく書いてあるから

要するに本当は書いてないけど、頭のおかしい君が書き間違えた、と。

自分が「定説」が欲しかったわけだね?

484 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:20:54 0
別にバカにしているとかではないよ。
軽く興味をもったから、どんな資料に依拠しているのか
探りをいれてみただけ。
そういうの気にならない?
もっとも、十のうち三の根拠もよくわかってない素人だけどね。

485 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:21:01 0
>>482
発展途上国民乙。

完全論破。
チャンコロの大物、王直も
日本では松浦氏に土下座するただの乞食だったことが分かりました。

486 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:21:45 0
>>484
資料は紀校新書ってはっきり書いてあるじゃん。
君、頭大丈夫?

487 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:22:39 0
>>483
そうそう。
威継光は明の名将としても有名だしね。
なにか詳しい話があるかと物色。

488 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:23:01 0
>>484ってあんまり日本語読めないんじゃない?

489 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:23:39 0
>>486
ああ、ごめん。
言い直しておく。「研究資料」ね。

490 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:24:13 0
煽りまくって勝利宣言とか……
そういう歴オタの知性は客観性と信頼性に欠けるんだよね。結局

491 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:24:19 0
>>487
紀校新書っていうのがどういう本かよく調べてみたほうがいいよ。
あなたがバカだから知らないだけで
本当は知ってなきゃいけない本。

492 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:24:23 0
完全論破ってのも痛いけど、中国人が日本の港を支配していたようなのも聞き捨てならんね。
本当ならソースを出すべきじゃね?

493 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:25:47 0
>>489
紀校新書が研究資料じゃなかったら何なの?
逆に知りたいわ。

494 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:25:59 0
>>491
武術教科書、だっけ?

495 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:26:39 0
491 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:24:19 0
>>487
紀校新書っていうのがどういう本かよく調べてみたほうがいいよ。
あなたがバカだから知らないだけで
本当は知ってなきゃいけない本。

こいつ基地外すぎるよ。傍から見てて不愉快

496 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:28:29 0
>>495
基地外すぎるチャンコロ乙。お前は傍から見てて愉快だよ。バカだから

497 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:30:07 0
>>494
> >>491
> 武術教科書、だっけ?

無意味な「、」がキモすぎる。
武術だけではなく軍隊の運営に必要な知識が網羅された総合的な兵学書。

498 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:30:08 0
倭寇に絞った概説書なり歴史研究書なりが
すぐには見つからんかったから聞いただけです。
まぁ不快に思ったならスルーしておいてください。

499 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:31:14 0
>>498
最後に一つだけ答えて。

紀校新書が研究資料じゃなかったら何なの?
あなたの「研究資料」の定義が不思議でしょうがない。

500 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:35:52 0
そうだね、もっと俯瞰して… 
その歴史的背景から、倭寇出現の遠因と変遷
活動範囲の具体的な色分けと、何回も言いますが
構成要因の、おおよその割り出し。
その被害と経緯、などを一連として書き出した
最近の研究書のこと。
紀校新書が手元にないことは前述していまして、もっと簡単に
手に入るそれがあるかと思って聞いていただけですよ。
最初から、それは言っていたと思いますが。

とまれ、長くつき合わせて申し訳なかった。

501 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:37:19 0
>>500
3行目まで読んだ。

あなたの脳みそでは、妄想がバクハツしていることは分かりました。

502 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:39:41 0
妄想?
研究書なり概説書なりの段落は、だいたいそういう区切りで構成されてますよ?
まぁ、無いということはわかったので、これ以上は粘着になりますから
失礼しますね。

503 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:39:47 0
>>496
バカにも利口な人間とそうでないのの区別くらいはつく。
もちろんアンタは利口な人間には見えないな。
チャンコロ嫌いの割にチャンコロ的な事大主義を感じるんだが。同類嫌悪?

504 :世界@名無史さん:2009/02/18(水) 23:42:04 0
>>503
>チャンコロ嫌いの割にチャンコロ的な事大主義を感じる

具体的にどうぞ。

現時点では、利口な人間とそうでないのの区別もついてないのは明白だなww

505 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:08:26 0
>>439
> 元朝は日本人のごく一部に過ぎない倭寇にすら、散々な目に遭ってるからな。
? 倭寇は普通明代に入ってからで、元朝時代にはまだ殆ど活動してはいないはずだけど。
1350年に高麗が襲撃されたのが、海賊行為としてのいわゆる「倭寇」の最初とは聞くが・・

> 1309年には明州城が攻め入った日本人によって焼きの原にされている。
あれは攻め入ったんじゃなくて、明州市舶司の役人が不正に商品を横領しようとしたため
日本の商人たちと衝突した事件。市舶司の役人の横暴に日本の商人たちが怒って港に卸した
積み荷の硫黄を焼き払ったら、運悪く近隣住宅に燃え移り、官舎や道観など市街の中心部が
丸焼けになる大惨事なった。港湾施設と官舎や公共施設などは互いに隣接して周密な状態
だったため、出火後あっという間に燃え広がったらしい。(この時日本商船側は損失補填の
ために火災で混乱している市中に混じって掠奪を働いたとも)

この後、日本の商船や日本人は明州(現在の寧波。当時は慶元路とも呼ばれた)への入港が禁止され、
近隣の港町での交易に限定された。その後数回日本の商人たちの暴動があったらしいが、隔離的な
措置が功を奏したためか明州への直接的な被害は無くなったそうだ。
1309年の事件で華南一帯の港湾諸都市での日本人の評判はすこぶる落ちたらしいが、港湾施設での
暴動に備えるための沿岸警備が強化され、元朝政府からは色々制限は課されたものの日本からの
貿易は基本的に奨励されていたようだ。(元朝は自由貿易推進を国是としていて、しかも日本は
立場上元朝とは敵対していたため、抗議のしようが無く、交易を禁止することも出来なかったらしい)

1309年の事件は飽くまで現地の役人と日本の商人たちが衝突して偶発的に起きた暴動事件であって、
明代のような中国から朝鮮一帯を荒した海賊行為の一種である「倭寇」のそれでは無い。

というようなことを、榎本渉先生という方の「日本遠征以後における元朝の倭船対策」『日本史研究』
(2001/10)という論文で書かれてあった。

506 :295 :2009/02/19(木) 00:17:35 0
>>320
なんか用か?

507 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:30:48 0
>>505
倭寇は普通、元寇の復讐として始まったというのが普通の説で
「倭寇は普通明代に入ってから」というあんたのオツムが異常におかしいだけ。

元・王乙 『海寇』

日本の狂奴は浙東を乱して、将軍変を聴いて気虹の如し。
沙頭に陣を列して烽煙暗く、夜半に?兵して海水も紅し。
篳?歌を按じて落月を吹き、髑髏酒を盛って清風を飲む。
何時か南山の竹を截り尽し、当年殺賊の功を細く写かん。

508 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:34:07 0
>>505
「齎す所の硫黄などの薬を持って、城中を火やす。官府・故家・民居」
「慶元と日本は相接し、且つ倭商のために焚き毀される。
宜しく請う所の如くし、その餘の軍馬遷調はこと機務に関わり、別に議して行なうべし。」

どう見ても硫黄を持ってばらまいて火をつけてます。
運悪く燃え広がったってどこに書いてある?

「延祐四年(一三一七)、四明に往って、倭人の互市を監する。
これより先に、往って監する者は外夷の情の測られないのを懼れて、
必ず厳兵して自衛し、大敵を待つがごとし。」(元史)

509 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:35:43 0
倭寇とはなにか?

510 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:37:23 0
>>509
元寇=蒙古襲来
倭寇=日本襲来

511 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:37:56 0
元代の学者の呉莱(一三四〇年没)いわく

「今の倭奴は昔の倭奴とは同じではない。
むかしは至めて弱いと雖も、なお敢えて中国の兵を拒まんとする。
いわや今は険を恃んで、その強さはまさにむかしの十倍に当たる。
さきに慶元より航海して来たり、艨艟数千、戈矛剣戟、畢く具えている。
(中略)その重貨を出し、公然と貿易する。
その欲望を満たされなければ、城郭を燔?して居民を略奪する。
海道の兵は、猝かに対応できない。
(中略)士気を喪い国体を弱めるのは、これより大きなことはない。
しかし、その地を取っても国に益することはなく、
またその人を掠しても兵を強めることはない。」


榎本渉が誰か知らんがまさに(失笑)だな。

512 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:38:07 0
この板にもID欲しいなあ、と思ったり。

513 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:45:00 0
>>しかし、その地を取っても国に益することはなく、
>>またその人を掠しても兵を強めることはない。

すごいな、ほんと荒らしているだけなんだな。
国益に供することができないのは、彼らが日本のアウトローだから?



514 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:49:42 0
中世の日本に日本全体の国益、なんつう発想を持ってた連中はほとんどいないと思うが。

515 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:52:40 0
騎馬民族と同じで略奪が目的だから土地の所有に意味を見出さないんだよ。
なにより落とした城に大名を招きよせたら、それ以後自由に略奪できなくなる。
元人にシコシコ働いてもらって思い出したように略奪するのが得だった。

516 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 00:57:15 0
あれ?
その地を取っても国に益することなく云々は
元側の嘆きなんじゃないのか?

倭寇の被害で国力は弱まるのに、取り返しても益するところなく
倭寇の団員を捕縛しても、(面従腹背で)戦力にはならない

とかいう感じで。

517 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:00:46 0
>>504

真倭>偽倭なのは確実としても、
防衛側の明兵にとって、残り7割の偽倭は自分たちと同一民族。
これを無視して嘉靖大倭寇がまるで日本人だけで海上覇権を握った、
王直は日本の威を借る狐、という主張がおかしい。

支那人が恐れていたのは、
戚継光の紀效新書に書かれている真倭(日本人)だけ、みたいな主張もおかしい。
偽倭は書かれていない=偽倭はまったく脅威ではなかった
という自論に都合のいい方向に解釈する読み方が恣意的でおかしい。

具体的な戦力の構成と戚継光の対戦相手についての質問には一切答えず
ひたすら相手の揚げ足を取るだけでヒステリックにかみついて議論のシャットアウトしたのもおかしい。

ついでに言うなら純日本人の俺をチャンコロ認定するのもおかしい。

私はバカな人間なのは事実だが利口な人間と話して
あんたほど胡散臭い感じを受けたことは一度もないな。
つまりあなたがどういう人間かぐらいは分かる。

518 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:01:28 0
そうおもったので、そうでない方向の模索の先に不成立を見いだそうとした。

519 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:06:16 0
>>517
ところで「倭」や「賊」など様々な表現をされているこれら「倭寇」集団が、
実際に日本から来た「真倭」を中心としているとは
これら史料の記録者たちも見なしてはいなかった。
『倭変事略』では最初に海塩沿海に上陸した「倭寇」が
「日本人」の漂着者を装ったことを記しているが、
その後これら「倭」が立ち去った廟堂の壁に
漢詩を書きつけていった者があったことを記して
「多くは中国不逞の徒に由り、衣冠失職の書生の志を得ざる如きの者、其の中に投じ、
これの奸細と為る」という鄭端簡らの意見を紹介して
「この四十賊を観みるに亦た能く題詠する者あり。
則ち乱を倡える者はあに真倭の党なりや。
厥の後、徐海・王直・毛烈ら並べて皆華人なり。
信ず可し」と、これら「倭寇」の多くが「華人」であったことを示唆している。

520 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:07:38 0
寇起こりて四年、初めは十を以って計う。漸く数百数千の衆きに至る。
今則ち聚りて幾万を為す。始め一方を寇して沿隣邑旁郡の間に次り、
猶お顧忌を懐く。今歳は則ち浙の東西、江の南北に満つ。

↓↓重要
名は倭寇と雖も実はショウ泉寧紹の民の勾引して乱を為す。

今歳は客兵の附党、郷民の投入多し。
昔は但だ剽掠して毎ごとに郊野海浜の区に竊窺し、飽けば即去せんと欲す。
今歳は則ち郡邑の城池を攻め腹裏の内地に拠る。

521 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:11:36 0
いずれも嘉靖大倭寇について記したもの。

大体、嘉靖大倭寇の話自体、こちらは微塵もしていない。

それから嘉靖大倭寇が海上覇権を握ったなど事実誤認もはなはだしい。
数十人から数百人程度の集団が散発的に襲撃を繰り返しただけ。

正規軍がきたら逃げるしかないソマリアの海賊が
ソマリアの海上覇権を握ったなどと表現するバカはいないだろう。
君はどうか知らないがねwww

522 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:14:10 0
>>517
嘉靖大倭寇ってスレ内検索してごらん
あんたが初めて出した言葉だから

妄想バクハツしすぎwww

523 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:17:34 0
wikiによれば、嘉靖大倭寇は後期倭寇の主力ということらしいから
名称が始めて出てきただけで、別に問題ないんじゃない?
戚継光が戦ったのがコレなんでしょ?

524 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:20:02 0
>>520
>今歳は客兵の附党、郷民の投入多し。

ここがポイント。
>数十人から数百人程度の集団が散発的に襲撃を繰り返しただけ。
の初期嘉靖大倭寇が、真の大倭寇に成長した理由。

要するに、最初はへなちょこ偽倭寇の、こそ泥の回数が増えただけだったのが
本来鎮圧にきたはずの外部からの軍隊とか、地元の人間が加わって
大倭寇に成長した。どっちみち真倭は関係ありませんな。

525 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:22:19 0
>>523
>wikiによれば

失笑wwwさすがは世界史板wwww

526 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:23:28 0
>>525
でもそっちは根拠なしだよね?
どっちもどっちだな、こりゃ。

527 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:25:31 0
>>526
「倭変事略」
「嘉慶松江府志」

これがソース。あなたのソースはWIKIPEDIAなんだよね(笑

528 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:27:04 0
倭寇(14〜16世紀)
嘉靖年間(1522〜1566)
戚継光(1528〜1587)
王直(1???〜1559)

529 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:27:40 0
ふうん、じゃあwikiが間違っているということか?
正しくは、>>521

530 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:28:26 0
>>526
根拠根拠言いまくる割りにお前の根拠はwikiかよwww

思考は非論理的で唐突だし
いきなり嘉靖大倭寇の話を持ち出すwww

キチ外すぎるwww

531 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:30:00 0
これが知恵遅れの実例です↓

>>523
>wikiによれば

532 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:30:52 0
>>530
いや、おれにはもともと資料はないって明言したろ。
仕方ないから、手軽なwikiを漁ってただけだよ。
ま、気が向いたらいくらかでも教えてくれればいいよ。
ソース付きでね。

533 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:32:30 0
>>532

>>523
>wikiによれば

(苦笑)

534 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:35:27 0
あ、おれ>>517とは別人だから。
もしかしたら混同してるような気がする。
倭寇の構成を聞いていた方だからな。

おれが倭寇について無知なのはわかっているが
他の人までひとまとめにしないように。

535 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:40:16 0
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~tetuya/REKISI/kaizoku/ron.html

536 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:53:32 0
・鎌倉幕府は野蛮な侵略主義者ではない
・もし本気で攻め込んだら大都など簡単に占領していた
・なぜなら、元朝はごく一部の倭寇にすら、散々な目に遭ってるから。1309年明州城
・「実際に」明軍をボコって沿岸部を好き放題荒らしていたのは真倭。
・中国は日本人のテリトリー
・紀効新書は兵学書なので偽倭は「実際の」脅威ではない
・真倭にボコられる程度の明軍が怖くて、日本の領主に貢物を差し出して守ってもらっていた。
・王直は日本の威を借る狐
・「実際に」脅威となっていたのは日本人の倭寇。
・先進国の企業家=松浦氏
・途上国の海賊や現地有力者=王直とその手下
・明=発展途上国

>>438あたりから読んでここら辺が引っかかる。

537 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 05:59:47 O
ナルで気取るから騎士はいや あせもだらけ

538 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 06:05:36 0
倭寇って中国人メインの連中でも日本沿岸を襲撃することはなかったのか?

539 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 06:38:25 0
中国で、「日本人」=「圧倒的に強い」と認識されていたから、中国人の海賊まで日本人の振りをするんじゃん。
そういう認識の連中が、日本沿岸襲撃など恐ろしくてできるわけない。

540 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 07:45:03 0
狂信的な日本オタが暴れまくってるな。

オタというより信者と言うべきか。

541 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 07:57:51 0
>「真倭」という表現について言えば、官軍の兵士が「倭寇」と戦い、敵を捕獲・殺害した場合の論功行賞には
>「真倭」の首級を挙げた場合についての規定が存在した。
>『籌海図編』巻十一公賞罰の中には兵部尚書張時徹の賞功の例が引かれ、

>有名の真倭賊首一名顆を擒斬する者は三級を陞し、陞授を願わざる者は銀一百五十両 を賞す。真倭の従賊一名顆を獲る、
>ならびに陣亡する者は一級を陞し願わざる者は銀五十両を賞す。
>漢人の脅従賊二名顆を獲る者は署一級を陞授し願わざる者は銀二十両を賞す。

>とあり、「漢人の脅従」よりも「真倭」を擒斬した方がより高い功績と見なされていたことがうかがえる。
>また「真倭」の中にも「有名賊首」「従賊」の区別があることも知られる。

>実際にはその指導層から末端の参加者まで明出身者が圧倒的多数だった倭寇に対するに当たって
>「真倭」の敵の方がより重視される対象となっていたのはなぜだろうか。
>石原道博氏が著書『倭寇』で指摘したところの明官憲による政治的宣伝(自国内の反乱活動を異民族の侵入にすりかえるなど)
>の意図も感じられなくもないが、実際に「真倭」が強力な戦闘要員であったとの解釈も可能かもしれない。

>『籌海図編』巻二の「寇術」
>「倭奴の我に勝るは専ら術を以てなり。即ち其の術を以て其の人に還治す。
>必ずしも古の兵法を用いざるも勝たざるを蔑む。故にこれを誌す」

>として胡蝶陣などの「倭夷」独特の戦闘法を詳細に記し、実際に彼らがその戦闘力を恐れられていたことがうかがえる。

以上都合のいいところだけ引用w

542 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 08:23:30 O
>>538
お金が欲しくて強盗ってのはするもんだ。
貧乏人を襲ってどうする?

543 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 08:29:07 0
>>452
今の教科書や漫画にどんなことが書いてあるかは知らないけど、秀吉の死後も大阪城には山のように金塊が
残っていたというのは事実だよ。
で、その財産を減らすために、ほとんど無理矢理に多くの寺社仏閣の建立・修復をさせた。

大阪冬の陣のきっかけになった「国家安康」「君臣豊楽」という文字が書かれた鐘のある寺が、その時に修復し
た方広寺。

544 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 08:29:40 0
中世の日本は世界屈指の経済大国だよ

545 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 09:09:22 0
>>543
大阪の陣で10万の浪人養ってるしな、関が原以降の豊臣の直轄地は65万石ぐらいで石高だけで養えば1万6千から2万くらいが打倒
浪人を養えたのは金銀握って宝

546 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 09:13:58 0
実際、戦国時代は金山祭りだったからな。
しかしそれ以前は? だいたい1560年以前。
後期倭寇の最大活躍はそれ以前の年代なんでしょ?

547 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 09:45:54 0
『宋史』日本伝
「東の奥洲は黄金を産し、西の別島は白銀を出だし、以て貢賦となす」

昔から日本は豊かな国だったよ

548 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 09:57:51 0
武士が強かったソースはいくらでも出るが
弱かったソースが何一つ出ないのはどゆこと?

549 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 10:01:23 0
武士がものの役にたたなかったのは、幕末の頃だけだから。
陣羽織が死蔵されていたのを嘆いた歌があったよね、たしか。

550 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 10:43:43 O
幕末武士は兵器が劣ってただけで、
西欧人は命を簡単に投げ出す侍には得体のしれない恐怖を感じてたとある。

551 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 10:52:34 0
浦賀のときの話だな。

552 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 11:19:06 0
倭寇の親分が中国人だったから云々から妙な流れになってるけど
別に王直は明の役人でも封臣でもなんでもないんだから荒れるなよ。
山田長政がアユタヤで知事やってても、別にマレー半島の辺りが日本領な分けじゃないだろ。

553 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 13:02:17 O
というか、騎士が強かったという事例は無いのか?

このままだと、武士>騎士は確定だぞw

554 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 13:18:56 0
いや、それはマジで確定だし。
ただ、日本の武士は大陸への侵攻を完全に果たしていないので
騎士と武士が直接対決した結果、その力関係というわけではない。

555 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 16:07:06 0
まあ、著名は倭寇の首領は中国人ばかりで、
日本人の首領なんて名前も残ってないわけだが。

平戸の松浦氏なんて、王直とかにペコペコしてたんだろ。

556 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 16:18:04 0
朝鮮半島と地続きだったら
蒙古には勝てるか分からんが
朝鮮と明には必勝だと思われる

557 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 18:14:40 0
倭寇は、日本では、侍には太刀打ちできないただのこそ泥だったが
雑魚なチャンコロ相手に荒稼ぎしていました。l

558 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 18:35:19 O
倭冦って商売なんだよ、もともと。知らない人もいっぱいいるみたいだけど。
元や明で品物を買って日本に売るのが仕事で、すげーもうかってた。
でも、買わないで無理矢理奪ってたほうがもっと儲かるってわかっちゃった。

559 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 18:38:51 0
>>556
そもそも地続きだったら、全く違う国になっていただろ。

560 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 18:42:14 P
>556
地続きだったら日本は中国の衛星国だろうよ

561 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 20:03:57 0
>>560
地続きの場所にもよるけどな。
中国からみて、朝鮮半島の向こう側だと、建前上の衛星国家にはなっても
やはり独立傾向は強かったと思う。
あまり変わらん気もするな。
しかし、元寇にはもっと手を焼いたかもしれないし、あるいは
勝ったとき、追撃で元の物資や、領土が手に入ったかもしれないし。

562 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 21:04:25 0
王直は日本にいる時は和服着て日本語話して和名を名乗ってたそうだし
ほとんど日本人みたいなもんだったんじゃないの?
中国人には「王直=裏切り者の売国奴」と認識してる人も多い

563 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 21:08:16 0
そりゃあ雑魚の明兵程度にびびって
松浦氏に土下座して匿ってもらってたわけだからね。
チャンコロヘボすぎ。

564 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 21:16:31 0
松浦氏が王直に土下座してたわけだが。

565 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 21:35:01 0
びびって逃げてきた奴を匿ってやってるのに
何で匿ってやってるほうが土下座するんだよ
チャンコロって頭おかしいね

566 :世界@名無史さん:2009/02/19(木) 22:02:07 0
政治的配慮とかいう高度な技術なんじゃないの?

567 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:01:20 0
>>410
>倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、高麗や元にできない理由を聞いてるんだけど。
だから俺は別にこんなことは主張しとらんといっとるやろが
遅レスだが、やってもいないことで責められるのは我慢がならないので一応言っとく

568 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:03:58 0
すげー日本人様が大陸進出に失敗したのか誰かkwsk

569 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:07:26 0
つーか武士>>騎士とかほとんど確定してるんだし、
お互いの文化の共通点とか、相違点とか、いろいろ語らんか?
日本最高も結構だが・・・

570 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:23:08 O
お互い職業軍人だから不必要な残虐行為を嫌い名誉を重んじる
武士道なり騎士道なるものが建前として存在

いざとなるとそれを無視するのも同じ

だが平和時には流浪の武芸者が自らの武芸を競ったのは同じ

騎士はそれに女性や宗教が絡んでくるな

日本の武芸大会は名誉より仕官のためという要素が大きいかも

571 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:24:33 0
武士は武士道という哲学を近世に規範と定めたから政教分離を要求する近代政治にも適応できた。
騎士はキリスト教という宗教を近世に規範と定めたから政教分離を要求する近代政治に適応できなかった。

572 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:24:37 0
>>568
兵站がタコだから

573 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:24:49 0
>>569
>つーか武士>>騎士とかほとんど確定してるんだし、

それはおまえの偏見だ。

574 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:25:37 0
ヨーロッパ本土の騎士とインド洋や大西洋で貿易に従事した武装商人とどちらが強いのか。
バンコクで日本人の傭兵部隊はスペインの武装商人に圧勝したというが、
これを日本の武士とヨーロッパの騎士との対決にそのままあてはめるわけには行かないだろう。


575 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:30:31 O
>>571
うーん。
軍事力が専門技術を必要としないライフルにかわったから
騎士は没落していったよーな。
あと農業の相対的地位の低下も封建領主である騎士の力を削いだし


武士は明治維新という近代化で没落といえないかい?

576 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:31:28 0
いつ確定したんね?
欧米人側から見ればまた違った見方になる。
武士はランスチャージの技術がなかったし(戦闘時はわざわざ下馬)、防具の堅牢さでは騎士に劣るし、
突っ込みどころは武士側にも多数。
戦国日本は投石部隊がいたりと、実際かなり妙な部分もある。
個人的に大鎧は動脈がある脇の下ががら空きなのがすごく気になる。
騎士の防具は鎖帷子にしろ、プレートメイルにしろそういう急所は確実に守っている。
ウリナラマンセーでは結局墓穴を掘るもんよ。

577 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:33:13 0
ドイツでは騎士階級がそのまま近代国民軍の将校などの人材を供出する母体となったが。


578 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:38:53 0
オスマントルコの攻撃に何とか持ちこたえている騎士と
明軍相手に一進一退を繰り返していた武士を比較するとどうなのか。


579 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:39:16 0
中世騎士って戦術とか用兵術とかどうなんだろね
日本の場合中国からその手の書物とか流れてきてたが

580 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:55:19 0
>>576
ふーん。いろいろ技術はあるんだね。
でも結果に結びついてないんだから無駄なことに時間使ってたわけだ。

戦争の効率でも 武士>>>騎士 が確定しました。

581 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 00:57:13 0
>>578
オスマントルコにウィーン包囲されて
壁の中で震えるしかなかった雑魚騎士と
外地で明と世界最先端の兵器を使ったタイマンを繰り広げていた武士

武士>>>>>>騎士

証明終了。

582 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 01:00:15 0
>>574
日本人傭兵に頼った理由は、ヨーロッパ人の傭兵が雑魚すぎたから。
ルソンのスペイン領事も「日本に攻めてこられらたら占領されます」
とスペイン国王に明言している。

583 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 02:17:02 O
>>576
日本もやってたスリングの投石は習得するのはムズいが、
飛距離威力ともに少なくとも単弓より上だよ。
飛距離長いから弓兵の後ろに投石部隊いたりする


あと脇を狙うのはムズいから防御における選択と集中をやったんでしよ

584 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 08:46:30 0
>>572
日本が、結局本土から遠くに遠征しかつ恒久的領土を得られなかったのは
それが大きな要因かもしれん。
個として武士は強いだろうが、それはつまり戦術が優れているのであって
それらを指揮し統率する者たちがお粗末といえる。
それは戦略あるいは経略であって、領土拡大には欠かせない。

日本は、「兵士は強いが、地位があがると無能になる」という不文律を
先の大戦のとき、列強に指摘されていた。


585 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 09:21:02 0
格闘技とか見てると日本人選手はしょぼいんだが。
殺し合いだと凄いパワーうpするのか?
それとも戦後以前は化け物だったの?

586 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 09:23:49 0
今の日本に武士の魂があるとでも?

587 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 09:29:52 0
ブラジルの格闘家に銃で襲われたらどうする?とインタビューで聞かれた時
こっちも銃で対抗する、て言ってたよ

個人の膂力の強さや体格の差なんて刃物と飛び道具の世界じゃさして意味はない

588 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 09:33:39 O
装飾槍騎兵<<長弓
そして武士は弓の名手であり、騎士はランスチャージしか知らない突撃馬鹿。

後、当時の武装商船には多くの騎士が乗っていた。あいつ等、その位しか仕事無かったんでね。

騎士に勝ち目はネーヨw

589 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 09:36:17 O
間違えた

装甲槍騎兵<<長弓




590 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 10:08:12 0
>日本は、「兵士は強いが、地位があがると無能になる」という不文律を先の大戦のとき、列強に指摘されていた。

近代戦の軍人で地位の低いときは有能だったのに地位が上がって無能と評される例って
ロンメルいがい思いつかんのだが日本の軍人だと誰なの?

あ、結果論での評を聞いているんじゃないよ。

591 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 10:13:42 0
なんで一気にスレ伸びてんだよw

592 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 11:33:19 P
>近代戦の軍人で地位の低いときは有能だったのに地位が上がって無能と評される例って
>ロンメルいがい思いつかんのだが日本の軍人だと誰なの?

ピーターの法則ってやつでしょ。
「人間は能力の極限まで出世する(ので無能な上官になる)」

で、ジューコフが「日本の兵隊は勇敢だが将校は無能だ」って言った話だろ

593 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 11:47:19 0
なんだ「陸軍=悪、海軍=善」という戦後半世紀はこびった図式の流れか(苦笑

最近じゃピーターの法則はそういう解釈なのか?>592

594 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 12:06:08 O
というか、このスレに近代関係無いし。

やるんなら、日本武将と騎士の将軍を比べようぜ。

595 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 12:14:15 0
>>574
アルマダの海戦では、インド洋や大西洋で貿易に従事していた武装商船が、そのままスペイン艦隊の主戦力じゃん。
よって東南アジアにおける日本人傭兵の勝利は、そのままヨーロッパの騎士との対決にも当てはまる。

596 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 16:27:10 0
李舜臣>日本人>欧米人でFA

597 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 16:57:48 0
日本は「過去」は西欧より強かったが「今」は欧米の奴隷だから。

598 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 17:46:08 0
欧米の経済を握り締めているなんて随分と凄い”奴隷”がいたもんだなw

599 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 18:09:04 O
ローマに仕えるギリシャ人奴隷みたいなもんで、たとえ奴隷が主人より優れてても、
主人はいざとなったら経済のルールを変えるだけだから無問題

600 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 18:10:54 0
>>598
じゃあそれを武器に優先権を主張してみれば?
できないだろう?
握らされているだけだからなw

601 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 18:18:12 0
お互い武器握って角付きあわせてんだから、握らされるも何もないわなw

まぁ確かに隣が銃持ったらこちらも銃持つってのは見方によっては「握らされてる」には違いないがw

602 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 18:28:24 O
とりあえず、騎士が武士に完敗したからって、悔し紛れに現代持ち出す馬鹿を相手にするのは止めよう。

悔しかったら騎士が優れている事例でも挙げるんだなw

603 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 19:13:50 0
近代においてドイツ貴族のユンカーは精鋭ドイツ軍の中核を担っていた。
日露戦争においてロシア相手に旧士族の将校を根幹とする日本軍は苦戦したが、
第一次大戦においてプロイセン・ドイツ軍はタンネンベルクの戦いでロシア軍を壊滅させ、
ウクライナの大半を占領した。
近代のユンカーからなるプロイセンドイツ軍をそのままヨーロッパ騎士の実力にあてはめるのは無理かもしれないが、
ドイツ陸軍と日本陸軍を比較することで騎士と武士の比較の参考にはなると思う。




604 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 20:14:58 O
ならねぇよ!w

取りあえず、武士と騎士の比較に近代やら現代やらを出すのは止めてくれ。

どっちも没落した後の話なんだから、意味無いの!

だから、WW1も駄目だし日露戦争も駄目!

最低でも、近世までだろ。

605 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 21:13:33 0
日本の武士の装備を鑑みると、騎士のランスチャージが発動すれば、
もろくも粉砕されるほかないと思う。
サラセン人の軍隊ですらランスチャージには手を焼いた、というか一端突撃体制に持ち込まれれ
ばもうどうにもならなかった。
日本の武士は馬上で槍を使えないし、盾もないし、着てる鎧は皮革製だし、近接戦闘で
騎士に勝てる要素は皆無だね。乗ってる馬まで小さいし。

606 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 21:17:04 0
小さい蒙古馬の鎧も無く皮充てぐらいの軽装備のモンゴル軍にフルボッコだったドイツ騎士団について。


607 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 21:39:33 0
>>606
ワールシュタットの戦いを記録したポーランドの年代記あたりで、
モンゴル軍はほとんど鎧もつけて無かったとか出て来るのだろうか?

608 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 22:25:10 0
ランスチャージなんて雑魚ぞろいの暗黒時代の中世でしか通用しないよ

鎌倉武士やモンゴル軍のような先進国の兵隊にかかれば
散開して簡単にかわしてその後矢を好き放題打ち込んで終了。

609 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 22:41:07 O
ランスチャージに武士が耐えれるかより、和弓の連射に騎士が耐えれるかを考えよう。

610 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:05:13 0
イングランドのパートタイム長弓兵ごときに惨敗した騎士。

イングランド長弓兵より射程の長い2mクラスの大弓を騎乗して使いこなす上
接近戦もどんと来い。武士相手に退こうが進もうが切り殺されるだけ。

まさにコンプリートファイター。騎士ごとき勝てる相手ではない。

611 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:09:05 P
和弓って洋弓より威力や連射速度や射程が優れてるの?

612 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:19:56 0
和弓のほうが張力が弱いので連射がきく。
しかも射程も優れている。二つは矛盾しているようだが理由がある。

和弓は肩口まで引くが、洋弓はアゴまでしか引かない。

肩口まで引くと広背筋がたるんでしまって力が使えなくなる。
だからそれに合わせて張力も弱い。
その代わり矢が弦から離れるまでの時間が長い。
その上和弓の技法、「返し」によってその時間がさらに延びている。
だから張力を、矢の運動エネルギーに最大限変換することができる。

このため、習熟には時間がかかるが、和弓のほうが洋弓より威力が大きくなる。

613 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:27:10 0
>>590
パッと見で思いついたのは
建川美次、永野修身、林銑十郎、牟田口、辻政信

614 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:36:44 P
モード・アングレのイギリス長弓兵は左右の腕が非対照になるくらいの訓練を積んだそうだが
それでも和弓のほうが習熟がむつかしかったのかね?

615 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:37:47 0
>>612
すげえ

でも和弓は左しかうてねえじゃん

616 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:47:12 0
>>612
ただし和弓は命中精度が低い。オーバーアクションの上、矢をつがえる位置が
下1/3にあるので、どうしても真ん中でつがえる弓に比べて狙い方が複雑になって無理が出るので、
結果精度が劣る。

>>608
突撃戦術はWWUまで現役。突撃なくして相手の陣を崩すことは、強力が銃火器が使われる時代でも
至難の業だった。ましてやライフル銃も機関銃も無い時代ではね。
突撃しないでどうやって相手を崩すのよ。
ナポレオンの時代ですら、最後の決め手は銃剣突撃だったんだよ。

>接近戦もどんと来い
武士が馬上で扱えたのはせいぜい長さ2m未満の太刀だけでしょ。
しかも反りが入ってるからほとんど切る専門。対して騎士は4〜5mに
およぶ長槍持って突撃してくる。太刀でどうやって槍に対抗するのさ。
薙刀でさえ3倍段なのに。

617 :世界@名無史さん:2009/02/20(金) 23:52:05 0
>>616
重装突撃のことだろ
軽騎兵の突撃ははっきりいって機動力によって後方撹乱が主だよ
来ると分かってる騎兵の突撃など役に立たん

618 :pd33730.osaknt01.ap.so-net.ne.jp :2009/02/21(土) 00:19:09 0
>613
トン
でも俺が聞きたいのは、地位の上昇に伴なって無能に転じた日本の軍人
老齢で保身を図った香具師や性格異常者ではない
この話はもういいよスレ主がブチギレそうだから

619 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 01:58:37 P
>>618
>でも俺が聞きたいのは、地位の上昇に伴なって無能に転じた日本の軍人

元々の
>>584
>日本は、「兵士は強いが、地位があがると無能になる」という不文律を
>先の大戦のとき、列強に指摘されていた。
ってのは
「ある個人が階級を上昇していくに従って無能になっていく」
っていう意味じゃなく

「今の集団全体を見ると下は優秀だが中間はまあまあ、
上はアホでトップがギガトン級にアホ」
って意味だろ常識的に考えて
元ネタは>>592の言うとおりジューコフの
「日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、
 青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、
 高級将校は無能である」
って言葉だろう



620 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 02:40:49 0
>>616
「長刀、倭の中国を犯すよりこれ始めてあり。
彼らこれを持ちて跳躍光閃して前に進めば、我が兵は己に気を奪われるのみ。
倭は躍を善くし、一たび足を逆えば別ち丈余、
刀長は五尺にて、則ち丈五尺なり。
我が短兵器は接し難く長器は捷ならず、身多く両断す」

これが2mに満たない野太刀の威力。
剣では接近できず、槍では懐に飛び込まれ
徒に斬られるのみ。

バカの一つ覚えのランスチャージなど、モンゴル騎兵には全く通用しなかった。
いわんや日本兵に対しては。
たとえ騎士がチャージ失敗の後の矢の雨を生き延びても、
4〜5mにもなる槍を抱えていてはこれを振るうのもままならず
敏捷な武士に一方的に掃討されるだけ。

621 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 03:07:05 0
近代以降では西洋人に勝てませんから、近世以前の昔話で比較お願いします><
先祖を誇るしかできない、イエローモンキーは哀れだな

622 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 05:25:18 0
>近代以降では西洋人に勝てませんから、近世以前の昔話で比較お願いします><
>先祖を誇るしかできない、イエローモンキーは哀れだな

「アジアの劣等民族」にフルボッコにされて無条件降伏した
自称「偉大なるアーリア人種」について

623 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 06:34:55 0
ランスチャージを過大評価しすぎだな
そこまで強いんだったらモンゴルの代わりに騎士が
ユーラシアを席巻しとるわ

624 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 06:35:06 0
どうでもいいよそんな話。

625 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 06:48:02 0
都合が悪いとどうでもいいとかw

626 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 06:50:06 0
西洋人がたいしたことないという思想が蔓延するとこわいみたいに見えるな

627 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 06:55:50 0
>>620
馬に乗りながらどうやって跳ぶの?馬上で使うなら槍の懐に入るのは不可能
さらに剣がそんなに強いなら、明治に名だたる剣豪連中が薙刀持った女子に手も足も
でなかったことはどう説明する。
さらに騎士のランスチャージは馬首を揃えて突進してくる。個人戦のように
左右に交わしなんて懐に潜るなんて通用せん。集団戦では武器のリーチは克服困難
なアドバンテージになる。

それに和弓を過大評価するなかれ。プレートメイルで最も肉厚があるものは
4ミリにもなる。矢では貫通は不可能。さらに和弓は命中精度がロングボウ
に比べて低い。連射速度も劣る。

628 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 08:24:00 0
そんなご都合な鎧を出すなら3mの大弓を持ち出すまでジャン。
馬射ればいいし。

629 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 09:12:26 0
>>627
ランスチャージって古くはフス戦争からのちのスイス傭兵団に至るまでフルボッコされまくりじゃん
頑迷固陋な騎士戦術の象徴みたいなもんだと思ってたが違ったのか

630 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 09:13:57 O
厚さ4ミリって、それキュイラスだろw

その時代は騎士の時代じゃねぇよ。重装槍騎兵には市民や奴隷も一杯いる。

まあ、それ以前に鉄砲の時代だよw

騎士なんて時代遅れの産物は、無残に死滅した時代。

631 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 09:16:23 0
十字軍では効果を発揮。フランク人は考えること、話すこと、ができる獣と怖れられた

632 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 09:27:16 0
障害物の無い平原、ないしはそれに類する戦場で
相手に馬防柵等の備えが無く、まとまった数の長槍と弓兵が
存在しなければ強い

逆に言えばどれかの条件を満たされると弱い

633 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 09:28:15 O
十字軍?

ああ、中東とヨーロッパを荒らし回った盗賊団ねw

634 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 09:46:01 0
野戦に臨む際に逆茂木、掻楯を並べるのは武士の戦術の基本。
よってランスチャージのような幼稚な戦術は、武士にはまったく通用しない。
もし戦えば、騎士は武士に指一本触れられないまま、一方的に射られて全滅するだけ。

635 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 10:04:11 0
厨房のころは俺の方がケンカでは上だったスレ

636 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 10:32:23 O
負け犬の遠吠えが聞こえました。

実に心地よい音色です。

637 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 10:34:18 0
>>632
まとまった数の弓兵は中世ヨーロッパでも彼方此方にいましたね。
うーん、どうなんでしょう。馬防柵も世界中で作ってますし。
騎士はカタパルトなどの攻城兵器も持ってます。
>>633
十字軍はかつてのイスラムの覇者セルジューク朝相手に連戦連勝
でした。また、ほとんど何の損害も受けずにイェルサレムを奪取
してます。サラーフ・アッディーン登場までほとんど無敵だった
と言っても良いのです。コンスタンティノープルも陥落させてますし。
>>634
どこどこが戦場になるといつでも正確に予想できたんでしょうか。
軍事衛星がない時代です。遭遇戦も結構あったでしょう。遭遇戦
では逆茂木とかは設置できないですよね。桶狭間の戦いみたいな
のがあったらどうしましょう。

638 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 10:44:53 0
>>637
そうそう。コンスタンティノープルを占領した十字軍は
すぐブルガリア帝国の軽騎兵部隊に一方的にボコボコにされて
著しく弱体化したよね。

偽装後退につられてランスチャージ→
追いつけないまま衝撃力が失われたところに敵が反撃に転じてフルボッコ

この繰り返し。頭悪すぎ。これで皇帝も捕虜になるし。

639 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:01:46 0
サムライの末裔である一等日本人の俺にはどうでもいい話題だが
エタヒニンのネットウヨクにはアイデンティティに関わる問題なんだろうな。

640 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:09:23 0
>>637
「1101年の十字軍」って知ってる?
第一回十字軍の後、二匹目のドジョウを狙って1101年に中東へ派遣された3隊の大規模な十字軍。
こいつらがどうなったかというと、1101年7月に最初のロンバルディア隊がメルシヴァンでセルジューク相手に全滅。
同じ年の8月にはヌヴェール伯ギヨーム1世の部隊が、コンヤ近郊でセルジューク相手に全滅。
さらにその1週間後にはアキテーヌ公ギヨームの部隊が、へラクレア近郊でセルジューク相手に全滅。
十字軍の幼稚な戦術は、ほとんど無敵どころかすぐにセルジュークに攻略法発見されて、まったく通用しなくなってるんだよ。

641 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:11:26 0
>>622
モンゴルごときにフルボッコにされた白人に奴隷として飼われている日本人wwwwwwww

642 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:13:21 0
>>641
現実逃避はほどほどにな

643 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:15:16 0
>>639
逆だろ。
先祖を誇るしかとりえが無いから必死なだけで
最初からえたひにんなら、どうでもいい話。
かくいうおれは皇族から下野した末裔だがな

644 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:17:12 0
>>642
くやしいのう、くやしいのうw

645 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:24:08 O
>637

弓兵を揃えられたのは、ヨーロッパではイングランドのみ。
後は全てクロスボウ兵。
騎兵が突撃を開始すると、クロスボウでは1射撃しか出来ない為、ランスチャージには無力だが、
それが長弓になると、結果はクレシーとなる。

後、カタパルトは攻城兵器で野戦用じゃないし、攻城戦には騎士の出番は無い。

646 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:28:12 0
騎士はきっと胸当てと兜だけ残して重いプレートメイルを脱いだほうが強い。

647 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:37:06 0
>>644
ただのキチだったか



そもそもプレートメイルよりも鎖帷子の方が多かったんじゃないのか?
確か向こうのは日本のものよりも強靭だと聞いたが。

648 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:37:13 O
>646

そして、それに気付いた時には、既に騎士は没落していた……

例) ナポレオン時代の胸甲騎兵

とことん頭悪いな、騎士ってw

649 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 11:48:34 0
>>648
日本の場合、おとなりの中国がいい模範になっているからな。
魏晋南北朝の主流は重装騎兵だったけど、唐の李世民が
軽装に変えて、機動戦術でそれらを破っている。
そして日本は、隋唐の頃の中国から、多くを取り入れアレンジして
後々につなげていっている。
西欧には、そういった存在などない。

650 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 12:07:20 0
ブルガリア帝国は典型的な西欧騎士であるセルビア人に大敗喫してるぞ。
また、ブルガリア帝国にも騎士はいた。
>>640
そんなにセルジュークトルコが強かったんなら、なぜ1世紀近くも
聖徒エルサレムやパレスチナのほとんどをフランク人に占領
され続けたんでしょうか?
また名将サラディンにしたって獅子心王リチャード1世に敗北して
要衝アッコンを奪われている。十字軍が初期にはイスラムを圧倒し
ていたのは事実。後期には逆転するが

651 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 12:57:13 0
>>650
現実に1101年の十字軍以降、アナトリアを通過して聖地へ辿り着いた十字軍は皆無だろ。
ルームセルジュークは、すぐに十字軍を圧倒する存在になったってこと。
聖地周辺のイスラムも当初は分裂状態だったけど、ザンギーが登場してある程度まとまった途端、
十字軍の拠点を次々攻略するようになるし。

まあ、十字軍を含めこの辺の連中は、モンゴル軍に赤子の手を捩じ伏せるように一蹴されたわけで、
モンゴル軍に圧勝した武士から見れば、所詮ローカルでレベルの低い戦いだけどな。

652 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 13:09:56 0
日本はかつて強すぎたから驕りが生じたのだろうか?
それで文明開化が遅れ、侮っていた白人のペットにされてしまったのだな。

653 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 13:33:31 0
モンゴル軍が西洋騎士を圧倒していたなら 何でそのまま占領
できなかったんだ?
すぐ隣のロシアやアッバース朝は占領していたのに!
リーグニッツでシレジア公の軍隊とドイツ騎士の援軍を破ったの
は事実としてもモンゴルの強さを過大評価しすぎ!
逆に日本が勝ったのはモンゴル軍(全軍騎兵)ではなく元朝や
高麗国の軍隊(大多数の歩兵に少数の騎兵)に勝ったにすぎない。


654 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 13:53:02 0
異民族混成は当たり前といったって
女真様や契丹様ならともかく
南宋(笑)や高麗(爆笑)の弱兵だからなあ

655 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 13:55:00 0
ウヨホイホイスレ

656 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 14:27:45 0
>>653
アッバース朝滅亡まで30年近い時間を掛けてモンゴルのイラン駐留軍はイラン周辺の諸政権を
モンゴル帝国の支配に下るよう戦闘やら交渉やらを繰り返していたため、フレグの西征軍は
バグダードを陥落させたあともスムーズにこの地域の支配を継続出来た。フレグが中東を離れ
られなかったのはジョチ家とゴタゴタを起こしてアゼルバイジャンから動けなかったことも大きい。

ルーシはバトゥの遠征中にもノヴゴロドのアレクサンドル・ネフスキーとかガリーチのダニイル大公
などが臣従を受け入れたこともあったし、またジョチ家が拠点と定めたヴォルガ河下流のバトゥ・サライから
ルーシの諸都市は割と簡単に行き来出来る。

ハンガリー王国は、軍が撤退したのは侵攻から一年半程しか経っておらず、征服の途上でハンガリー全土に
統治政策を布くこともまだやれていなかった。ポーランド王国はハンガリー征服の一環でとりあえず
一当たり叩いて通過しただけで、掠奪以外だとそもそも統治政策をしようとしていた形跡すら無い。
カルパティア山系を山越えしないとハンガリー王国国内に至るのは難しい。山脈全体での掃討作戦も
途中のまま。

オゴデイが没した時、モンゴル高原に最も近くにいた後継最有力の王族が、遠征軍中でバトゥと
対立して皇帝オゴデイの怒りを買いモンゴル高原に召還される途中のグユクだったため、ともかく
撤退せねばならなかった。下手をするとグユクと開戦することも大いにあり得た。

バトゥの遠征軍の主力だったジョチ家にとって、東方がどうなるか分からない状況ではともかく
自分の勢力を集中させたかった。ルーシならば目と鼻の先だし、占領から3、4年は経過しているので
占領維持は難しく無かろうが、入るに堅く維持もまだ難しいハンガリー王国一帯に軍を駐留させるのは
戦力を分散させ得策では無い。そのためハンガリーもポーランドも放棄せざるを得なかったのだろう。


657 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 18:35:20 0
>>654
支配された側が、滅亡後早々に支配した側のために本気で戦うわけがないもんな。
面従腹背のいい見本だろうよ。
しかも高麗はともかく、南宋は親日派だぜ?
日本が南宋人のみ保護したことはあまりに有名。
もっとも、モンゴル本軍が来ても、返り討ちだったがなw

658 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 18:51:40 0
時代がめちゃくちゃだからわからんが

ポワティエの戦いのエドワード黒太子と足利尊氏が戦ったとして

イギリス長弓兵の弾幕を坂東武者は打ち破れるか?


659 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:04:42 0
ロシアでコサック騎兵の登場した時期とヨーロッパにおける騎士の没落の時期に関係は無いのだろうか。


660 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:26:14 0
ていうか、騎士が完全に没落したのは、戦場の主役が鉄砲になったからじゃん!
ゆえに神聖ローマのマクシミリアン帝あたりを後世の人々が最後の騎士と
称している。
武士を騎馬武者に限定すれば、応仁の乱や土一揆や一向一揆のあった15世紀
後半には事実上没落している。
それ以後の武士は近代戦における将校のような者に変質しているだろ!


661 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:30:24 0
>>656
東欧の年表見ると、1259年にもモンゴルはポーランドを荒らしてる。
迎え撃ったクラクフ公ボレスワフ5世は敗北してハンガリーに逃亡し、おかげで
公は死語「恥辱公」とおくり名されたらしい(ひでえ話)。
でも、どのサイトを見ても詳細乗ってる所がないんだよね。モンゴルは何が目的?
ちなみにモンゴルに首を切られたヘンリク2世のおくり名は「敬虔公」。

関係ないけどリチャード1世の二つ名「獅子心王」は格好良い。
騎士の良い所は格好良い二つ名やおくり名がある所だね。「黒太子」も良いな

662 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:34:25 0
>>661
だったらライオンハートって書けよ。
獅子心王という言い回しは騎士の功績でもなんでもないだろうがw

そもそも騎士でもないな。
ナイト。うわぁ……。

663 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:38:04 0
どうしてネット右翼の連中は現実が見えないの!
中川財務大臣の国際会議での失態もだれかの陰謀に
して現実逃避しているし、日本の侍の強さについても
完全に失敗した朝鮮出兵も秀吉が長生きしていたら
半島全土を占領できたと負け惜しみをいう。
同じように元寇はあくまで高麗や旧南宋の兵で行われた
軍事行動なのにあたかもモンゴル騎馬軍団の遠征のように
言い募って鎌倉武士を過大評価しすぎ!


664 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:45:01 O
>>661

甲斐の虎、越後の龍、海道一の弓取り、独眼龍、第六天の魔王、南海の龍。

戦国期なら、日本もカッコいい二つ名あるよ。

665 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:47:33 0
>>663
久之,秀吉死,諸倭揚帆盡歸,朝鮮患亦平。
然自關白侵東國,前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,中朝與朝鮮迄無勝算

しばらくして秀吉が死んだ。日本の将軍は帆をあげて帰った。
朝鮮はまた平和になった。

しかし関白が東国に侵入してから7年、我が軍は数十万、食料は数百万が失われ
中国と朝鮮は勝ち目はなかった。

666 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:51:14 0
>>664
独眼竜は三國志やね。

667 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:57:26 O
>>666

???

夏侯惇って、独眼龍なんて言われてたっけ?
いやいや、そんな記憶はないぞ。

668 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:03:38 0
独眼竜は李克用だから唐末期だろうね

669 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:16:23 0
南海の龍って誰だっけ?

>>665
それはつまり、引き分け?
局地戦はなんせ、日本強いからな。
唐のときの白村江を除いては、初戦に負けなし。
(まぁ、あれは唐が最強すぎ。なにせ、東アジアの世界帝国だからな)
ただ長くは続かない、というのは、上の方に戦略的才能のある者が欠落しているのだろう。

670 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:16:55 0
>>665
勝算がない=敗算がある

ではないだろう
読み込みが厨房レベルだな。低学歴のウヨくん

671 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:24:07 0
これなんて負け惜しみ?

672 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:27:39 0
縦横無尽なモンゴル譲りのコサック騎兵の反乱に対し
鎮圧に向かったポーランドの騎士団は散々に蹴散らされたという。
シベリアを征服したコサックが沿海州までやってきた時、清はコサックを押し返し
スタノボイ山脈を国境とするネルチンスク条約を結んだ。
騎士の時代にとどめを刺したといわれるナポレオンの近代国民軍ですら
神出鬼没なコサックに翻弄されてた。


673 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 23:10:00 0
>>658
日本の武士は下馬して盾持ちがでかい盾を持って進むから話が違ってくる。
でも、クレッシーの戦いは長弓が過大評価されてるよ。
実際に当時のロングボウで当時の騎士の武具を射てみた再現実験(ディスカバリーチャンネル等)
が行われているけど、ロングボウではまったく効果がないことが分かった。
だから、ロングボウが騎士の攻撃を防いだという通説は明らかに間違っている。真相が
何だったかは諸説あるようだが、騎士側の自滅(部隊の運用が悪く密集し過ぎて落馬した)
との説が現在では有力。つまりクレッシーの戦いは特殊なケースだったということになる。
また、ロングボウの有効射程がたとえ150mとしても馬は人間を乗せても7〜8秒で走れるわけで
その間に2発放てれば良いほう。クロスボウと実はそんなに事情は変わらない。
かつ、有効射程等威力自体もクロスボウとロングボウではそんなに変わらない、むしろ
クロスボウの方が威力が高いことが実験から分かっている。

674 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 23:55:14 0
なんか馬上の人間を直接射殺できないといけない見たいな物言いだが
古来より言うではないか、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」と

落馬させてしまえば怪我するか最悪死ぬべ

675 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 23:57:27 0
馬に一匹に対して、一人で矢をうたないといけなかったんだよ昔は
卑怯だろ?

676 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 00:02:25 0
公算射撃で包み込めばいいじゃん

677 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 00:10:44 0
>>674
当然、馬にも武装が施されている。
また、矢は放物線を描いて飛ぶので、馬に当たるより馬上の人間に当たりやすい。
言うほど簡単ではない。それに戦場で突進してくる相手に狙いを定めて射るなんて
普通はできないよ。自分の頭上斜め上に段幕射撃で放つのがせいぜい。矢は放物線を描いて落ちる。意外と馬には当たらない

678 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 00:21:30 0
>>673
クレシーもポワティエもアジャンクールも似たような展開じゃなかったけ?
クレシーだけ特殊なの?

679 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 00:39:18 0
んー、番組ではクレッシーしか特集してないから分からんけど、勝因がロングボウ
にあり、との通説が間違っているのは確かだと思う。
騎士が衰退したのは銃の出現によるでしょうね。ロングボウでは矢が跳ね返されます。
ランスチャージ、またはランスでなくても何でも良いから騎兵による突撃はずっと
後世まで使われた戦術ですし、かなり効果的だったのは事実でしょう。

680 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 00:43:26 0
>150mとしても馬は人間を乗せても7〜8秒で走れる

JRAの馬は大体時速60〜70kmくらいで走るのだそうですが
小柄なジョッキーと違って矢も通さない重厚な鎧を着込んだ大の男が乗って
しかも馬自身にも矢よけの防具つけて、なおかつ品種改良も進んでいない馬が
レース場のようにならされてない不整地で時速77〜68kmで走ると本気でお思いですか?

681 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 00:53:03 0
クロスボウは張力をコントロールできないところがどうなんだろう


682 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 04:22:38 i
別にクレシーの戦いだけじゃない。
騎士は、ハッティンの戦いでも、モヒの戦いでも、マンスーラの戦いでも、ニコポリスの戦いでも
弓を主な武器とする敵に完敗してる。
騎士ってのは弓で簡単に全滅する連中なんだよ。

683 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 04:25:01 0
じゃあ騎馬武者も弓で全滅するな

684 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 04:41:05 i
武士を全滅させられるような強力な弓を持ってるのは、
世界の中で唯一武士のみ。
何しろあのモンゴル騎兵ですら武士には完敗だったからな。

685 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 05:08:20 0
パルティアンショットは武士の弓では無理だと思うけどなあ

686 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 05:35:54 0
>>685
根拠のない思い込みほど怖いものはありません。
ttp://www.city.kobe.jp/cityoffice/06/014/genpei/bugu/bu_sentou.html
ttp://www.city.kobe.jp/cityoffice/06/014/genpei/bugu/bu_pict30.html

687 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 07:34:15 0
>>685
出来るんだよそれが。
文永の役で副将の劉復亨が負傷した際のことだが、
このときは少弐景資が追撃してきた劉復亨を
騎乗した状態から振り向きざまに射ち落としたといわれている。
実際はどうだったかはともかく、当時の武士にそういう技術があったことを示唆しているエピソード。

688 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 08:02:57 0
>>682
嘘を書いたらいかん。元々西洋の騎士は相手の弓射部隊を蹂躙するのが得意だった。
弓兵中心だったマジャール人はリアデの戦いやレヒフェルトの戦いで一方的な敗北を
喫している。特にレヒフェルトの戦いでは人口の数%を失うほどの大打撃を受けた。
後にマジャール人は自らが得意とした軽装弓騎兵戦術を捨て、西洋騎士の戦術をまるごと
受け入れるようになる。後のハンガリーだ

689 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 08:36:41 0
>>688
後進国に相応しい戦法を選んだだけでしょう。
まとまりがないから、散開すれば即壊乱につながる。

武士やモンゴル軍とは文明の成熟度が違う。

690 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 20:30:51 0
文明の成熟度、とか言っちゃってる奴が、なんで世界史板にいるの?

691 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 20:48:41 0
自由だからじゃね?
ゆとりウヨもたくさんいるじゃない

692 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 20:48:47 0
騎士並みに低能な哀れなランスチャージ厨を
武士に比べて騎士は雑魚、という明確な事実に教え導いてやるため。

693 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 20:55:30 0
中華はややローマと似た傭兵をつかった歩兵+騎兵の陣形戦術が主だが
李衛公は東突厥をこてんぱんにしたよな

694 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 21:05:44 0
モンゴル軍にはボコボコにされたけどな。
そのモンゴル軍をボコボコにしたのが鎌倉武士。

695 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 21:10:42 O
実質ツングースや漢人ばっかの渡洋侵攻が苦手なモンゴル軍だがな

696 :世界@名無史さん:2009/02/22(日) 21:14:52 0
そしてへなちょこ白人にフルボッコされて尻尾振っているのが日本人。

697 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 08:25:40 0
議論に負けそうになると>>696みたいな書き込みするよな。
見苦しい。

698 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 08:47:26 0
議論だってw
過去の、先祖が偉大なのはよ〜〜〜くわかりましたよ。
で、今のおまえは?
という現実を見せてるだけじゃんか
主張していることが、チョンとかと変わらんよな、こういう>>697みたいなヤツ。

699 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 08:49:35 0
>>698
>>697みたいな恥知らずなウヨはセップクするべきだよなw
ハラキ〜リw

700 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 09:24:35 0
どーでもいいが結局日本人に自信をもたせないようにもたせないように
誘導させたいやつがけっこういるってことは分かるわ
こういう議論してると必ずでてくる
こういうのって学校教育で洗脳されたやつらが
日本人が自信もつようになると戦争する!危険!という脳内回路をつくられちゃってるからで
議論がやや日本、日本人のよい点を評価する方へ傾くと
なにやら情緒不安になって、バランサーとして日本の悪い点をあげるよう脊髄反射するからなんだよな
ほんとよく調教されてやがるよ

笑える
サヨクっておもしろいほど金しぼりとられるカルト信者と同じ精神状態だわ
自称平和が大好きでおとなしい一般市民さん日本の足をひっぱらないでください

701 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 10:03:33 0
>>700
ウリナラマンセー臭さに抵抗があるだけ
合理的な証拠を提示して
「このような理由からこの点については武士のほうが勝っている」
って論考ならともかく
「武士最強!騎士ショボスwwwww」
みたいなオナニーには付き合いきれないだけ

702 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 10:18:39 0
>>701
お前がやってるのは、合理的な証拠を提示した上での
「このような理由からこの点については武士のほうが勝っている」
という論考に、反論できなくなって暴れてるだけ

703 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 10:35:12 P
このスレに合理的論考なんてあったかい?

704 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 10:42:53 0
武士は騎士が惨敗したモンゴル軍に圧勝しており、武士が騎士に優っているのは明白

705 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 10:49:07 0
ここでたいした論考がなされているとはおもえないけどさ
みんな素人ながら自分の推論やらテレビの証拠やらだして説明してるわけだよ
701は、証拠だして説明してる人に対してなんら証拠を提示もせず反論してるだけだろ
そのくせ合理的な証拠を提示してないだのいってんだぜ
あたまおかしんだよ

おれはみんなが良い点ばかりとりあげて慢心してるようなことがあれば
五分をもって上とすと言うし、のちのちの失敗をさけるために水をさすこともあるが
ここって議論だけのスレだろ
ここの結論いかんでだれかの事業が失敗するわけでもなし
なにかに追われるように日本をけなしたがるやつ、頭どうかしてんじゃねえのか?
精神が病んでるんでなければチョンだろ

706 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 11:05:40 O
モンゴル軍を撃破した武士は世界最強ウゥゥゥ!騎士などクズ!
と聞くとなんかカチンと来るが、
鎌倉武士が一所懸命の精神で大元帝国軍に反抗してそれに成功したのは、
紛れもない勲章として評価するべき。

707 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 11:20:18 O
とりあえず、このスレに現代も近代も右翼も左翼も関係無いから、そういう人は余所行ってくれ。

しかし、真面目に騎士を擁護してるのは一人だけで、俺も含めて複数人いる武士派の人らに総攻撃食らって可哀そうだったな。

武士>騎士は事実だが、それにしてももう少しやりようはあったのに、他が馬鹿ばかりでは……。

708 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 11:20:58 0
元寇はほとんどが朝鮮人

709 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 11:38:05 0
朝鮮に4万も10万も派兵する力は無いです。

710 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 11:43:05 0
射撃の的になるだけのナイトの平原での槍騎兵突撃は非合理。
その点、日本武士は合理的だ。
第二次元寇で石塁に登ってきた敵兵を槍騎兵突撃で海に叩き落した。

711 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 11:51:45 0
>>708
元寇資料館の所蔵品の中には、「ヨーロッパ軍からの戦利品」と言われている兜もあるんだが。
ワールシュタットやモヒで騎士に勝ったモンゴル軍も、ほとんどが朝鮮人だったの?

712 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:11:54 O
どうでもいいが、平原で育ったモンゴル馬は山間部では役に立たないんで、
モンゴル人騎馬隊が大半でも結果は変わらないんだが。

713 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:13:21 O
>>707
もう今更遅い。
武士最強!日本人は地球最高の民族!
麻生政権は武士道政権!
麻生政権を支持できないのはチョンだから祖国に帰れ!

714 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:14:00 0
>>704
だから、モンゴルに惨敗した騎士くずれの白人は、その後反省して
切磋琢磨し、やがてはモンゴルをボコッて驕り高ぶった日本人を
フルボッコにしたあげく、奴隷にしているんじゃないのか?
さぁ、次のターンはおまえらだぞ? ほれ、なにかやってみれw

715 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:15:15 0
>>707
いや、おれも武士最強とか言っちゃってるヤツをいじくってはいるが
実際には、武士は強いと思っている。すまん。

716 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:20:59 0
騎士=x朝鮮人
武士=y朝鮮人

x、yの値を教えて
朝鮮人=0とか言うのはなしで。

717 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:24:38 0
どうしても朝鮮が気になってしょうがないんだなw

718 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:27:34 P
704 :世界@名無史さん :2009/02/23(月) 10:42:53 0
武士は騎士が惨敗したモンゴル軍に圧勝しており、武士が騎士に優っているのは明白

そのモンゴル軍の戦力と兵站も考慮に入れないとダメじゃん
ワールシュタットのモンゴル軍と文永の役のモンゴル軍の数的質的差異を考えなきゃ論理的とはいえんよ

719 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:33:01 0
>>718
数的にも質的にも文永の役のモンゴル軍の方が上回ってると思うけど。

720 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:34:02 0
>>719
詳細な対比表の提示を求む。

721 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:35:44 O
武器じゃなくて農具とか持参してきてるんだよな。
元軍は

722 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:46:44 0
>>721
ちゃんと武器持ってきてるよ。
元史に鎧とか弓とか支給した記録があるし、実際に元軍の武器が戦利品をして日本に残ってる 。
それプラス野戦築城用の鋤鍬まで持参していた。
つまり、元寇の元軍は工兵部隊までいる超本格的侵攻部隊だったってこと。

723 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:48:53 0
>>721
農具をもっていたのは、入植のための江南人10万だな。

724 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 12:53:53 0
そんなこと言ってると9cmむくりこくりがくるよ

725 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:06:29 0
>>724
今来たら、ネット国士さまたちが、喜んで邀撃のための肉壁を作るに違いない。
なにせ、外敵と戦いたくてしょうがない人たちだからな。
それでこそ、武士の魂は死んでいないことを知らしめることができるんじゃないか?

726 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:07:32 0
騎士vsマムルークvs騎馬民族vs士大夫vs武士

とりあえず士大夫がケンカでは一番下っ端というのは分かるな。

727 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:08:59 0
そこで士大夫wwwwww

728 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:12:26 0
>>720
まず、1227年のチンギス・ハン死亡時のモンゴル帝国は、「集史」によれば総兵力12万9000だったの。
さらに1236年出発の欧州遠征は、中東遠征や南宋遠征、高麗侵攻なんかのいくつかの作戦と同時進行で
行われた作戦なんよ。
この時点で何十万なんて数字はありえないよな。
その上、ロシアなど行く先々で戦った末にヨーロッパへ辿り着いてるわけじゃん。
文永の役の元軍は、そんなヨレヨレのモンゴル軍じゃないぜ。
日本侵略のため何年も前から準備万端整えたモンゴル軍。

729 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:16:48 0
元によって過酷な支配を受けていた高麗が船に細工をしたため元寇は失敗したという説が一昔前にあったな。
スーパージャンプのZEROとかいう漫画にも同じ記述があった。


常識的に考えたらそんなわけねーだろと分かるもんだけど。

730 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:17:24 0
>>720
その総兵力ってのは、中核をなすモンゴル騎兵であって、
吸収した各国の兵力は計算に入ってないんじゃないか?

元の侵攻も、朝鮮4万、江南10万とされているくらいだし。
ま、日本侵攻が準備も整え、勝った気で入植民まで一緒に連れて行って
散々にボロ負けしたのは事実だからな。
しかし、それが欧州との地勢上の違いを無視してまで、論じることができる
要因となりうるか?

731 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:23:20 0
世界史板の住人には
何で鎌倉武士はこんな並外れた戦果を上げられたのか
その辺を議論して欲しかったな

それなのに「武士が元に大勝したと吹聴するのが気に入らん」
とか幼稚きわまりない嫉妬心を隠さず、
とっくに論破された旧世代の元寇矮小化学説を繰り返すだけ。

文系の低能さを存分に露呈しているね。
もっと歴史の真実に謙虚に向き合って欲しい。

732 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:26:30 0
>>730
元寇で朝鮮4万なんて書いてある資料はないよ。
例えば文永の役の場合、元軍約4万のうち朝鮮人は兵8000、水夫6700。
後の2万5000は本国から派遣されたモンゴル軍。

733 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:35:16 0
4万人は元・高麗から成る東路軍の数字だね。
高麗だけで4万なんて有り得ない。
初歩的でやってはいけない勘違い。

734 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:48:27 0
使者を斬るというウルトラCの蛮行を二度もやられて面子を潰され
報復に二度も大軍を催しておきながら寸土さえも切り取れない蒙古

735 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:51:50 0

文永では斬ってないよ。

文永でボロ負けした癖に、懲りずに上から目線の脅迫状送ってきたから
舐めんなコラ、ということで弘安では斬った。
文永で使者がスパイ行為も働いてたしね。

サヨの御用学者が意図的にミスリードしてきた話だから気をつけよう。

736 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 13:59:42 0
>>1
武士⇒カイエン

騎士⇒レオ将軍

737 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 15:34:14 0
>>732-733
おーすまんすまん。
自分でも変だと思った。
で、元の実戦部隊の兵力はいくらという見積もりになり
それに勝ったということが、西方での勝敗において、日本軍が
より強いという論拠にはなるのかね?

738 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 16:39:39 0
>>737
なるよ。
だって同じモンゴル軍相手に武士は勝ち、騎士は負けてるんだから。

739 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 16:45:23 0
>>738
同じ? 人? 装備? 指揮官? 地形? 双方の政治的背景?
全部一緒なの?

740 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 16:52:42 0
タルタルソースうまー

741 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 16:55:36 P
「日本海には百個師団の価値がある」
とゆーことわざもあるしね

742 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 16:57:13 0
>>739
まあ、元寇の元軍は欧州遠征の成功を踏まえ、より進化したモンゴル軍だけどね。
欧州遠征のモンゴル軍と元寇のモンゴル軍の共通性は、ヨーロッパ軍からの戦利品と言われている兜が、
元寇の遺品として日本に残っていることからも、あきらか。

743 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 17:06:54 0
>>741
文禄の役で、小西行長は文永の役より少ない兵数の部隊を率いて対馬海峡を越え、上陸の約1ヶ月後には
平壌を占領してる。
元軍の兵力は、太宰府攻め落とす程度は余裕で達成してないとおかしい兵力。
海は何の言い訳にもならないよ。

744 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 17:11:51 0
ゴメン訂正
>>743の平壌はソウルね

745 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 17:43:34 O
すげぇなここは…
同じ武士だって一条兼定の家中と本多忠勝の家中じゃ全然違うだろうが…

746 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 18:06:18 0
>>745
ワールシュタットと文永の役では結果に差がありすぎるから。
その程度の違いでは、こんなにも大差にならない。
根本的に騎士は武士よりも劣っているのだと考えるしかない。

747 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 18:41:15 O
モンゴルの欧州西征軍はグユク・モンケを初めとする王族も多数参加してた最精鋭部隊だし、
欧州より前に攻略して吸収したキプチャク族(クマン族)もトルコ系の遊牧民だろうが。
それに比べ日本遠征軍はアラカンとかいう将軍がモンゴル人である以外は金方慶だのハン文虎だの
高麗や元南宋の兵ばっかじゃん。
まあ14万の兵を数万で破っただけで賞賛には値するが。

748 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:00:12 0
>>747
そう、日本の圧勝を否定する気はなく、誇りとするが
それがなぜ、戦ってもいない欧州兵より優れているとか
世界最強とかほざけるのかが不思議。


749 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:02:44 0
ネタをネタと(ry

750 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:03:46 0
日本は個々人が強かったのだろうかね?
白村江を除けば、結構勝ってる。
維持ができないのは、統制能力の欠如かもしれん。
近世以前の中国のような、広範囲を効率的に統治監督できる
システムの考案ができないせいだったかもしれん。
でも、局地戦だけは非常に強いのは、個々人の必死さが
他国人とは違うのだろう。
人それ大和魂と呼ぶ。
逆に、地位の高い日本人は、戦略能力が要求されるから、無能と
謗りを受け、欧米人からは爆笑されてしまう。

751 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:06:16 O
必死になって武士は強い武士は強いと言うことで自分が選民であるかのように振る舞う。
まさに某民族に近い思考体系

752 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:07:12 0
つーか、圧倒的にここで出されている資料が少なすぎだろ
図書館にかよう猛者はここにいないのか

753 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:09:05 0
武士最強といっているのはどう見ても一人だろ。
ID出なくてもバレバレだ。


世界でも屈指の強さだと思うが最強といわれるとどうかなー。
まあ、最強は何だと聞かれると応えられんが。

754 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:13:08 i
>>747
元史・宗室世系表によれば、欧州遠征軍に参加したグユクの長男は、忽察って名前なんだわ。
同じく元史・世祖本紀・至元十一年十一月の記事には、元寇の元軍指揮官のリストにそいつの名前もあるんだけど。

755 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:13:50 O
>>749
お前みたいな奴って他人を傷つけても全然反省せずに
「あれはジョークだよジョーク」って済ませるタイプだよな。

756 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:40:22 0
印象操作でナイトの駄目っぷりを糊塗しようと必死だな。

757 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:48:48 0
>>755
こういうの奴って、他人を傷つけてもそれを反省せずに、他人に責任転換するタイプだよな。
極論言いによくいるタイプだ。

758 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 19:50:08 O
モンゴル抜きにしても、騎士が武士より優れている要素は少ない。

せいぜいプレートメイル以降の鎧が日本の物より頑丈な位だが、鎧が堅固になるにつれ、存在価値と職を失っていくんじゃあねぇ・・・


ところで、銃士は騎士に含まれるの?

いや、最近三銃士読んだんだが、やることなすこと極悪非道なダルタニャン一行の悪行を見て、「騎士道とは鬼畜道と見つけたり」と、思ったもんで。

759 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 20:00:02 O
>>754
で、グユクの長男は博多まで来たの?
オゴタイ家はモンケの粛清で元朝の下では王族としての力を失ってたからねえ。
まあカイドゥみたいなのもいたけど。

760 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 20:06:30 0
朝鮮人と中国人がやる気なくて合流の予定が延期しまくり
暴風雨で戦う前に溺死しまくった
士気が壊滅的になって帰還
日本はラッキー
残った捕虜はムクリコクリは処刑、中国人は奴隷

という風に習った程度なんだが
どこが史実と違うのかkwsk

761 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 20:10:53 0
>>760
>>中国人は奴隷

朝鮮人、モンゴル人は惨殺したが、江南人は丁重に保護した。
ここだけ間違っていたぞ?

762 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 20:29:04 0
>>760
モンゴル朝鮮漢人の混成軍4万が海を越えて上陸したが、
鎌倉武士を敗れず橋頭堡確保に失敗して撤退。
朝鮮人の将軍は船を焼いて背水の陣をしこうぜと主張するくらい戦意は旺盛。
撤退途中に嵐に遭遇して大損害。

二度目は4万が朝鮮から10万が江南から襲来、一部は志賀の島とかに上陸したが
やはり武士の抵抗で内陸に進撃できず、後続の江南軍10万が来援しても状況は変わらず
5島列島の辺りに撤退。そこで嵐にあい帰りの船が全滅。そこで武士団の反撃にあい皆殺しにされる。
生きて帰ったのは僅か5人。けど南宋人は国交があったので助命されたらしい。

763 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 20:31:35 0
嵐は二度目の遠征のときだけじゃなかったっけ?
二回とも「神風」吹いたの?

764 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 20:50:38 0
1度目は無いんだっけ?1度目は帰りの途中に遭遇みたいな話聞いたような。

765 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 21:02:10 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87
>>現代戦においては上陸側は守備側の3倍の兵力がなくては勝てないと言われている
だってよ
だから元寇は成功し
逆に朝鮮出兵は失敗したんだな

766 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 21:30:05 0
おっと、ここではウィキペディアはご法度だぜ

767 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 21:43:22 0
けどさ上陸側と守備側の有利不利も論じる必要があると思うんだな
いくらモンゴルに勝っても朝鮮出兵は失敗してるからな

768 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 21:46:03 0
海上の熟練度は、さすがに日本の方がモンゴルより上でしょ。
朝鮮出兵は最終的に頓挫したけど、わりあい長期間
離れた地に居座るってのは、なかなかできない。

769 :世界@名無史さん:2009/02/23(月) 22:22:45 0
>>758
騎士は階級で銃士は職業じゃないの?

770 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 00:03:04 0
唐入りであって朝鮮出兵じゃないよ。どこの造語だよそれ。
世界史板のレベルって……。

771 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 00:44:20 0
>>754,>>759
> 元史・世祖本紀・至元十一年十一月の記事には、元寇の元軍指揮官の
> リストにそいつの名前もあるんだけど。
グユクの息子が文永の役に関係したという話自体が初耳だが・・
確かに『元史』世祖本紀 至元至元十一年十一月癸巳条に

「召征日本 忽敦、忽察、劉復亨、三没合等赴闕」とある。

『元史』宗室世系表および『集史』オゴデイ・カアン紀によると、グユクの息子は三人居たことが
書かれているんだが、長男はホージャ(フワージャ)・オグル(Khwaja Oghul 忽察 大王)、
次男はナグ(Naqu 脳忽 太子)、三男ホク(Hoqu 禾忽 大王)だったという。

『元史』は普通、モンゴル王族についての記事が出てくると、「諸王だれそれ」とか書くの普通。
クビライの後継者だったチンキムだったら「皇太子真金」とか、例えば事前に封土を貰っていれば
チンキムの同腹の弟にノムガンだったら「北安王那木罕」、叛乱を起こしてカイドゥへの遠征軍
司令だったノムガンを捕縛したモンケの息子シリギなんかは「諸王昔里吉」などと書かれる。

グユクの長男である「忽察」以外にも同名の人物は何人かいるが、チンギス・カンとメルキト部族
出身の大皇后クランとの息子コルゲンのそのまた息子にやはりコジャ(Quja, 河間王 忽察)という
人物がいるので、世祖本紀 至元至元十一年十一月癸巳条の「忽察」がグユクの息子と断定して
良いのかかなり危ういと思うが・・・ 『高麗史』巻二十八 忠烈王世家 元宗十五年冬十月乙巳
(1274年11月2日)条に文永の役に出立した将校たちのリストが出ており、司令官の忽敦は
出てくるが、「忽察」は見当たらない。

特に普通、遠征軍に王族が派遣される場合は主将待遇になるのが前提で、諸部族出身の将軍たちの
序列的に下につくと言うことはあり得ない。文永の役の総司令官だった忽敦がモンゴル王族だったとは
聞かれないし、「諸王」の称号がついたものも見たことが無いため、文永の役の時に名を列ねている
「忽察」がグユクやコルゲンの息子だったかどうかは、あり得ない可能性の方が大きいんじゃなかろうか。

772 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 02:30:23 0
>>770
ん?俺は>>768じゃないが
学生の頃の歴史の教科書には
普通に朝鮮出兵と書いてあったと思ったぜ、
今の教科書はどうか知らんがな。

773 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 05:06:41 O
実際来るのがばれてる上陸戦ってどれくらいの難易度なんだ?
下手な攻城戦より難しそうなんだが

774 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 06:34:33 0
上陸戦は大体3倍の兵力が必要、城攻めよりは楽かね

775 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 08:51:29 0
一旦上陸して野戦になれば、普通の野戦との違いなんてないよ。

776 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 10:04:50 0
>>775
橋頭堡を確保するまでに海に追い落とされたらジエンド
防衛側にしてみれば各個撃破できる最大のチャンスだし

777 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 10:39:39 0
>>772
一昔前は朝鮮征伐だよね。

778 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 10:54:05 0
城攻めはだいたい何倍の兵力が必要なん?
5倍くらい?

779 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 10:59:09 0
>>776
例えば文永の役の場合、元軍は橋頭堡を確保し、進軍開始するとこまでは何の問題もなくやってる。
そこから先は上陸戦云々ではなく普通に野戦だろ?

780 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 11:05:31 0
文永では橋頭堡を確保してたが結局海に叩き落されたでないの

781 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 11:10:19 0
んだな。日本側の対応が遅れ兵力でも優位に立ちながら、大宰府すら攻略できなかったしな。
どのみち援軍が陸続とやってきて、なぶり殺しにあっていたんじゃないのかな。

782 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 11:51:27 0
単純に橋頭堡占領すればいいって問題じゃないんじゃね
日本も朝鮮で失敗してる
倭寇やバイキングみたいに少数部隊でゲリラ的に行動するならともかく
大軍を送る場合は厳しいでしょ
日本と朝鮮の距離はドーバー海峡の5倍
泳いで渡れるドーバーと違って気楽に行き来できる距離じゃない
任那日本府も朝鮮の国体制がまとまってくると維持できなくなるしな

783 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 12:08:24 0
戦術レベルですでに負けてるのに戦略的な海外戦線維持の難しさを語っても意味無いだろ
大宰府を落として山口に攻め入ろうとしたけど補給が続かないから撤退した───とかならともかく。

784 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 12:16:40 0
結果論だけど最初からいきなり10万以上の兵を送ればよかったな
そうすれば北九州ぐらいは制圧できたかも
弘安の役だと既に防備整えられてるからね

785 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 12:19:05 0
海上侵攻にその程度の距離の差ってそんなに影響あるか?
たとえば1016年にクヌートはデンマークからイングランドを征服してるぞ。

786 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 12:25:27 0
イングランドの北部は既にデーン人の勢力下だからそれ程苦労は無いだろう


787 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 12:29:01 0
大量のバイキングがイングランドに移住して
勢力築いてたからな
日本だってもし朝鮮南部が日本人だらけで
日本人の豪族達の支配下にあったら
朝鮮出兵も成功したかもな


788 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 12:51:25 0
>>779-780
文永では橋頭堡の確保には成功していない。
だから敗北したときに舟まで戻る羽目になったわけ。
これくらいは学術板なんだから事前に了解しておいてくれよ。

日本側が水際で特別の抵抗をしたわけではないから、
大軍を収容して防御できる地形を選定できなかったか、
大宰府まで直行する気だったか、どちらかだろう。

789 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 14:24:47 0
秀吉の時朝鮮は即座に陥落したが明が出てきた為うまくいかなかった
一度は朝鮮を占領してる


790 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 14:26:54 0
>>785
海上云々より武士が強かった上2度目は準備され上陸さえ出来なかった

791 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 15:14:10 0
>>789
朝鮮と戦争するのは明と戦争することとほぼ同義
明に勝ってはじめて朝鮮を支配できるのは日清戦争からわかる
途中から朝鮮南部の割譲に目的が変わったみたいだけど
秀吉の死後も頑張って撤退せず朝鮮南部を実効支配して
朝鮮南部をある程度日本化すれば国際紛争も活発化して
東アジア史も面白くなっただろうけど
日本にとってやはり大陸は縁遠い存在だったな

792 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 15:38:05 0
>>791
そこいくと、中華国内がグダグダだったとはいえ、関東軍の進出は
歴史に特筆されるすごいことなんだとわかる。
でも、やっぱ先を見据える戦略眼と統率力が日本には決定的に
欠落しているんだろうな。
牟田口や辻がいなかったら、いくらかマシだったのだろうか?

793 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 16:07:03 0
Age of Kings というゲームのパラメータ設定だと、
日本の独自ユニットである侍は、
通常の歩兵よりやや強いが要するに単なる歩兵。
チュートンの独自ユニットであるチュートンナイトは、
防御力がやけに強い代わり動きが遅い変てこユニット。
ちなみにこのゲームに登場する諸民族の中ではチュートンが最強だが、
その強さにチュートンナイトは無関係で、
「一般の村人が村に立て篭もると強力な要塞になる」
という妙な設定の結果。

794 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 16:10:57 0
>>793
そこを、コーエー様のチンギスハーンにすると、蒙古騎兵に劣らぬ強さだったりする>鎌倉武士

795 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 17:00:29 0
もののふ過大だろ、とか
チン4で言われてたけど事実だったようだ

796 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 17:31:30 0
機動力だけ、蒙古が勝っていたんだけ?
機動戦術はさすがに、むこうに軍配があがるだろうからな。

797 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 17:40:26 0
>>796
水際で撃退されているのに機動力を生かすような展開があったの?
文永でもいいとこ数キロはいった程度じゃなかったっけ?

798 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 17:41:22 0
領土で考えるべし

799 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 18:14:56 0
ホームは不戦勝
アウェイは惨敗

でいいよ

800 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 18:23:23 0
日本はその逆ね。

801 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 18:41:48 0
>>793
海外のゲームで日本をまともに評価しているゲームなんかあるか?
長所があっても短所の影響が強すぎて使えなかったり、レーティングが(登場する国や部族の中で)中の下クラスに設定されていたりというゲームしか見たことがない。

秀吉の唐入り時に、日本が朝鮮に橋頭堡を築くのに失敗したと言っている奴と同じくらい、ゲームを指標に使おうとする発想はおかしいんじゃないの。

802 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 19:05:17 0
ようは日本以外の日本の評価を言いたかっただけでは?

803 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 19:48:22 O
AoE2ほかのゲームは朝鮮系ユーザーにストーキングされて、
火車とか亀甲船とか出すのを強いられたことがあるからな。
ところで、TotalWarシリーズは第一作が戦国日本なんだぜ…

804 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 20:30:39 0
>>581
>オスマントルコにウィーン包囲されて
>壁の中で震えるしかなかった雑魚騎士と

1次、2次ともオーストリア兵は絶望的な状況下で果敢に城壁を防衛してますし
2次ではドイツ諸侯とポーランドの援軍がやってきて15万の攻囲軍を敗走させてますが

805 :世界@名無史さん:2009/02/24(火) 22:18:51 0
工業化以前だと、ユーラシアの諸文明の間でテクノロジー水準は大差無い。
軍事的な強さを決める最重要項目は、
本気の殺し合いやってたか、儀礼的な戦争やってたかということ。
中世欧州の戦争が儀礼的なものだったという話は このスレでも既出だが、
異教徒に対する聖戦は その対極で、思いっきり鬼畜外道だったはず。
十字軍戦争における欧州騎士は どういう戦い方してたんだろう?

806 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 02:39:45 0
>>804
要するに一次では壁の中に引きこもっていたのは事実なんだな。
同時期の朝鮮征伐で、四川倭城において島津義弘が
数千の兵力で数万以上の明軍に完勝したのと比較すると
武士>>>>>>>騎士
であることがまた確定されたな。

島津は兵力を遊撃隊や伏兵に割いて敵を混乱させ
適切な時期にこれらを一点に集中させ敵を粉砕した。
識字率最低の低能騎士には死んでも無理な
立体的な高等戦術。

第二次の頃には日本は外敵の心配もなく
とっくに天下泰平になってたからやっぱり
武士>>>>騎士

807 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 02:54:55 0
四川の戦いは、第二次ウルサン戦の一部だが
第一次ウルサンこそ第二次ウィーン包囲と比較されるべきだろうね。
包囲されている間も鉄砲を撃ちかけてボコボコにしてるし
援軍が到着してからは容赦なく追撃して一方的に戦果を拡大している。
明軍は兵士の約50%を失った。

一時間くらい戦って勝ったのはいいが追撃しなかったビビリの騎士とは段違い。

808 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 03:01:58 0
第二次ウルサンは楽勝したからいちいち説明しない。
四川は戦力比はやばかったけど
終わってみたら圧勝だったからな。

809 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 09:28:04 0
>>806
唐入りだっつーの。

810 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 09:46:50 0
アラブ人蹂躙してもなぁ

あいつらそんなに強いか?
イエニチェリと動員数だけが自慢の烏合の衆でしょ

811 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 10:50:57 0
オスマントルコはアラブ人なの?

812 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 10:53:25 0
>>811
トルコ人だよ。

813 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 12:18:36 0
>>809
ハッキリ言ってそんなことどうでもいい。
「百年戦争」や「薔薇戦争」なんかも、当時からそう呼ばれていたわけじゃない。
後世に定着した呼び名。
「朝鮮征伐」だろうが「文禄慶長の役」だろうが、普通に意味が通じるだろ。

814 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 14:35:20 O
明とオスマントルコ。
戦国後期だとどっちが格上だろ?

815 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 14:47:31 0
ソコルルと張居正、後
どっちがマシかは分からん

816 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 16:42:57 0
>>813
どうでもいいなら歴史捏造用語を用いるな。
以後、唐入りな。

817 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 16:50:47 0
空振り?

818 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 17:41:47 0
唐入りなんて歴オタとか院生にしか通用しない単語だろ。
一般人にはなにそれ?扱い。
説明してもわざわざ分かりやすい方を避ける意味が理解不能コレダカラレキオタハとか
そんな感じになるだけ。

819 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 18:25:46 0
ここは歴オタ率高い板だし、郷に入っては郷にという諺もあるから
まぁ落ち着け

820 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 18:52:48 0
それなら太平洋戦争なんかも完全に歴史捏造用語だぞ
正しく大東亜戦争を徹底するべきだな

821 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 19:53:57 O
>>820
そういえば読売新聞が
何年か前に戦争検証特集で「昭和戦争」という名称を提案してたな。

822 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 19:59:28 O
話がまた、ズレて来た・・・

もう、いいかげんにしろよ!

823 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 20:53:48 0
武士>騎士>士大夫

だからといって

現代日本人>現代欧米人>現代支那人

にはならないでFA

824 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 20:55:27 0
>>820
その場合は、国際社会の常識として、戦勝国側の名称を使うもんだ。
今は安土桃山時代ではないから。
で、アメリカさまは、大東亜戦争のことをなんて呼んでるの?

825 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 21:00:20 0
>>823
中国の歴史をみていると、士大夫が極めて優れているのは
建国当初からせいぜい三代目くらいまでと、一時中興される
ときくらいだからな。
武士は、封建社会のゆえか、一所懸命を地でいくから、寸土でも
領土が侵されようとしたときは強い。
現代日本人? 宮仕えや社畜を嫌う今の日本人に、武士の魂が
あるわけがない。自宅警備員とやらいうネット国士も、電気の供給止められたら
終わりだろ、そんなヤツラw

826 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 21:29:15 O
>>823

まあ、そうだな。

国家レベルで軍事、政治、経済、科学、文化を比べると、それぞれ長短あって簡単には優劣を決めらんないが、
騎士と武士なら、その優劣は明白。

というか、騎士が武士より優れている部分て、なにがあるんだ?

827 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 21:42:38 0
収入とか。

828 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 21:46:22 0
ちと流れに乗り遅れたが
俺が小学生の時担任が「満州」という言葉は絶対に使うなと厳命していたが
NHK教育で19時からやっていた海外ドキュメンタリでは「女真族」と言わず「満州」を
連呼していたな。
何か基準が変わったのだろうか?

「女真族」と「満州」

829 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 22:12:15 0
しかし、何で武士>騎士かそのメカニズムが分からんなぁ
大分前に出てたけど、騎士の鎧が本当に矢を通さないなら武士のアドバンテージ
が一気になくなるような。
和弓が通用しなかったらどうするんだろ

830 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 22:22:27 O
>>827

多分、それも武士が上。

「盗賊騎士団」なんて言葉があるように、没落した騎士が野盗化した数は、日本の野武士の比じゃないし。

831 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 22:24:55 0
ティムールは貧乏な時代よく召使いとともに盗賊やってたらしいよ

832 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 22:46:29 O
>>829

日本の合成弓は、イングランドの丸木弓より威力が上。
しかも、重装備なうえ騎射まで可能だから、ランスチャージが効かない可能性まである。

まあそれよりも、戦術の変化に対する柔軟な思考が騎士には皆無なのが一番の問題かな。

法王に泣きついてクロスボウ禁止にしてもらうぐらいなら、自分で弓矢の練習ぐらいしろよ。

その辺が、鉄砲戦術に素早く対応した武士との決定的な差。

833 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 23:06:16 P
和弓が洋弓よりも強い、とか言われてもなあ
比べる時代が間違ってないか?
ウリナラマンセー臭がするねどうも

戦術にしてもモードアングレやら迂回突破やら
時代を経るに従いいろいろ増えてるじゃん

834 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 23:50:06 0
コサック兵に撃退され壊滅したナポレオン軍と
コサック相手に苦戦しながらも何とか勝った日本軍を比較してみて
騎士と武士を比較してみてはどうか。



835 :世界@名無史さん:2009/02/25(水) 23:55:50 O
どの時代と思って言ってるんだ?

別に江戸期の弓胎弓とかとかじゃ無いぞ?

836 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 00:02:00 0
いかに和弓に威力があろうと、錬金術で開発された技法も応用した
スプリング鋼を使ったマクシミリアン様式のプレートメールにはさ
すがに分が悪い気がするが、下手な火縄銃もはじきそうだ。

テルシオ陣形は騎士の時代なのかな?

837 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 00:09:44 0
>ウリナラマンセー臭がするねどうも

某洋ゲーでは朝鮮は弓が強いらしいがアレ根拠あるの?

838 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 00:13:54 0
ナポレオンの国民軍は騎士階級を没落させたが、
そのナポレオン国民軍もコサック騎兵の強靭さには敵わなかった。
したがって
コサック>国民軍>騎士
そしてそのコサックを日露戦争で破った日本軍は旧武士階級の将校から成り立っていた。
したがって
武士>コサック>騎士
という図式が成り立つ。

839 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 00:16:21 0
いかにも数学的に表そうとしているが、こういう比較は方程式では解けないからな。
じゃんけんの要領で、パーはグーに強くとも、チョキには負けるんと違うだろうか?
どうせ認めたくないんだろうがw

840 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 00:53:35 O
>>836

マクシミリアン一世

徴税に行ったら、現地住民に捕まって、公衆の面前で拷問された自称最後の騎士。

彼の指令で製作された通称マクシミリアン式甲冑は、新技術「冷鍛」方式で作られたそれはそれは素晴らしい物だったんですが・・・

あまりに造るのが厄介な代物だった為に、二十年位しか流行らなかったそうな・・・

というか、その時代はブルゴーニュの金羊毛騎士団がスイスの農民に敗れたりして、
騎士の価値がモリモリ下がっていった時期だかんなぁ。

マクシミリアン一世も、そんな騎士に見切りを付けてランツクネヒトなんて傭兵団作ったんだし、
マクシミリアン式甲冑も騎士の鎧かと言うとチョト違うんじゃないの?

841 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 00:57:36 0
>>839
気持ちは分かるが、認めて欲しいなら
推論だけでなく、事実をつみかさねないと。

842 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 02:44:48 0
現実に、ハッティンの戦い、マンスーラの戦い、ニコポリスの戦いとかでイスラムに大敗しておいて
「騎士の鎧に弓は通用しない」とか主張されても説得力ないよな・・・

843 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 03:17:10 O
このスレとモンゴルに支配されなかった地域スレと日本史板の元冦スレに
ネトウヨがウヨウヨいるなあw

負けたとはいえ、バドゥやスブタイといった
歴史に名だたる名将に率いられた15万のオールモンゴル人という編成の帝国最盛期の精鋭と
モンゴルが一番得意とする平原の騎馬戦でたった5分の1の兵力でガチでやり合ったヨーロッパと
勝った(って言えんのかよこんなんでw)とはいえ
相手は国として膨れ上がってから平和ボケした戦闘員がちょこっと&残りは棄民or移民目的の非戦闘員って構成の
ほんの四万ちょいの軍隊にほぼ同じ数かそれよりちょこっと多い軍勢で
一騎打ちなんて幼稚なことしてフルボッコにされて涙目になって
博多焼かれて逃走w大宰府でもうらめぇ><ってガクブルしてたら
なんか勝手に相手が帰っていっただけの日本じゃむしろ日本のが雑魚。
使者の首チョン切るなんて威勢だけはいいけど、後先考えず野蛮なことしてるよなあ。
それでいて当の日本人は勝った勝った俺ら最強なんてはしゃいでるからもう見てらんない。
モンゴルに勝ったってのはマムルークやベトナムみたいなのを言うんであってお前等のは
日本に征服する価値が無いと判断したモンゴルが戦術的撤退しただけだと。
ついでにアイヌは武士なんかより遥かに善戦して撃退してるしね。

そもそも武士のメインウエポンが弓だからなんて言ってるが
日本の弓なんて単純で原始的な丸木弓。プレートアーマーどころか
チェーンメイルすら撃ち抜けないし、江戸時代のひご弓ですら100mも飛ばない。
最大射程が300mもあったモンゴルの弓やロングボウとは比べるべくもない。
クロスボウやそれに耐えられる鎧、中国や西洋には紀元前からあった投石器や
それに耐えられる城壁作る技術すら無かった。
どう考えても日本の武士なんて当時アフリカあたりの土人と大差無いだろ。

844 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 03:25:44 0
投石のがマシだな

845 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 03:33:18 O
いくら何でも>>843に釣られるほど世界史板住人はバカじゃないよ

846 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 03:40:43 0
全部このスレ内で主張され、ことごとく論破されたものばかりだなw
もはやネトウヨと連呼するしか自尊心が保てなくなったようだ

847 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 07:23:01 0
>>842
勝敗は兵家の常だし、どんな強力な軍隊でも負けることはある。
たとえば同じイスラム相手ならレコンキストにおいては騎士が常勝だったし、
ハッティンの戦いで敗北してもその直後の第3回十字軍ではアッコンを失陥させた。
だから、個々の結果だけで語ってもあまり意味がない。そもそもその3つの戦いは
全部戦術的に問題があって、騎士の実力が発揮できていない。弓に負けたわけでは
ない。ハッティンは単に補給の失敗。
実験結果では明白にプレートメイルに弓は通用しないと証明されたらしいので、
ならば弓は通用しない。実際に実験して得られた結果というのは重い。

848 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 07:25:07 0
なにこの我田引水と希望的観測で構成された哀れな投稿は。

849 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 07:27:47 0
ハッテンマイケル☆

850 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 08:03:52 0
>>847
十字軍が中東に居座っていた期間より、イスラムがイベリアに居座っていた期間の方が遥かに長いのに、
「レコンキストにおいては騎士が常勝だった」とか言われてもな・・・
実際、アラルコスの戦いとかでは大敗してるだろ。

あと、マール社の「武器」によれば、中世ヨーロッパの矢尻は鉄製で、日本の矢尻は鋼鉄製。
実験結果は、日本の弓については当てはまらないだろ。

851 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 08:15:55 O
常勝無敗とかがマジであり得ると考える厨の巣窟

852 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 08:41:35 0
だから、時代を経て、武士の地日本は、へなちょこ白人にフルボッコされて尻尾振ってるのが現実。
「当時は」強かったらしいが、今はw

853 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 08:45:41 0
この手の言い訳って定期的に来るね。

854 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 08:49:15 0
現実だからなぁ

855 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 08:58:01 O
というか、俺の視たムガール帝国特集の番組では、20m位の距離でイングランドの丸木弓とモンゴルの合成弓比較してたが、両方共プレートメイル相当の鉄板ブチ抜いてた。
コンポジットアーマー相当の二重鉄板は、流石に丸木弓では致死レベルまで貫けなかったけど、モンゴル弓は余裕でブチ抜いてた。

まあ、仮に和弓がコンポジットアーマーブチ抜けなくても、騎士には圧死なんて情けない死に方もあるからなあw

856 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 09:15:38 0
和弓と丸木弓を一緒にしてる時点でアホ確定。
これが文系の学力です。

857 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 09:54:45 0
力学を説明できないゆとりが必死ですw

858 :855:2009/02/26(木) 10:40:00 O
>>856

俺に向かって言ったわけじゃないよな?

一応誤解無いように言っておくけど、モンゴル弓>和弓>丸木弓だから、最大公約数を取って和弓がコンポジットアーマーを貫けないかもと言ったんであって、
本当に言いたかったのは、素のプレートメイルなら和弓でブチ抜けるということ。

因みにコンポジットアーマーって、こけると鍛冶屋か葬儀屋の世話にならないといけないような代物。

859 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 11:44:22 0
>>854
平行世界から来たのか。
凄いな。

860 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 12:37:46 0
現実から目を逸らし、他人の過去の栄光に酔いしれようとする、ネウヨのなんと憐れなことよ。

861 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 12:49:48 O
白人にボコられたっつっても、実際に日本ボッコにしたのは実質アメリカだけだし。
イギリスとかオランダとかフランスとかみんな逆に日本にボコられてるじゃん

862 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 13:19:16 0
>>806
その壁の中に引きこもってたっていうソースは?
オーストリア兵は何度も城門から討って出てトルコ軍にさんざん被害を与えてますが。

というかこの機会に泗川の戦いについて色々と読んでみましたが
当時の明軍って随分と情けなくないですか。
火縄銃の射程に入らないと威力を発揮できなくて火薬を暴発させられちゃう大砲って・・・
しかも守備側が討って出てきたら途端に攻囲を放棄して逃げ出すとか
敵の分遣隊が側背に回りこんでるのに気づかない(or何もしない)とか
そもそもあれだけの頭数がいて輜重を守備してないとかどんだけ・・・
トルコ軍は当時スルタンに次ぐ地位のイブラヒム・パシャが捕虜になりかけるほど
激しい攻撃を受けても態勢を立て直して攻囲を続けてるのに・・・

>>807
第二次ウィーン攻囲では逃げたトルコ軍を追撃して、ドナウ川の岸辺に追い詰めて
ほとんど虐殺に近い被害を与えてますよ。
死傷者約9000人、捕虜約1500人、対岸に渡って逃げ延びたのが約3000人。
もともと15万いたのが3000人になったとすると98%ぐらいの人数が失われたことになりますな。
まあ居なくなった数には脱走者とかも含まれてるだろうけど。

863 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 13:23:10 0
士大夫は一応射・御にも長けていたから

士大夫>ネウヨ

864 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 13:33:06 0
スレ違いだけどトルコ軍て強いのか弱いのかイマイチ解んないんだよね。

865 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 13:46:10 0
>>862
>トルコ軍にさんざん被害を与えてますが

さんざん被害を与えた割りにはトルコ軍はびくともしなかった現実。
要するに全然被害を受けなかったということ。

騎士の追撃とやらも及び腰だから戦果が拡大できないわけだ。
明軍は日本軍にフルボッコにされたけど。

>第二次ウィーン攻囲では逃げたトルコ軍を追撃して、ドナウ川の岸辺に追い詰めて
>ほとんど虐殺に近い被害を与えてますよ。

はい妄想。ドナウ川どころか戦場から一歩も出ていません。
トルコ軍はドナウの真上のブダペストでほっと一息ついてました。
だから死者がたった9000人なわけだ。

またまた騎士が雑魚であることが証明されたな。

866 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 13:56:52 0
>>864
残虐で凶暴で統制が取れてる。
でもワラキアのドラキュラ公はもっとキチ。

867 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 14:02:51 0
>>862
逆に第二次ウィーン包囲みたいに中央突破で決着ついちゃうヨーロッパって楽でいいよねwww
朝鮮半島だったら、「おっしゃー突破成功!」
と思った瞬間、立花宗茂と小早川秀包に側面攻撃されて惨敗だなwww

追い討ちもないし。いやぁ、さすが騎士道の国だわwww
ま、そんなんだからモンゴルにはぼこぼこにされたけどww

868 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 14:09:21 0
>>861
また捏造ウヨきたw
インパールで日本は一体何人の味方を殺しつくすという大戦果を挙げたか知らないようだなw

>>863
ネウヨと比べたら、派遣でも上いくっつうのw

869 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 14:31:30 0
>はい妄想。ドナウ川どころか戦場から一歩も出ていません。
>トルコ軍はドナウの真上のブダペストでほっと一息ついてました。
>だから死者がたった9000人なわけだ。

ブダにたどり着く前にエステルゴムの対岸で追いつかれて
そのとき16700人残っていたというトルコ軍が上で挙げたような被害を受けたわけですが。
Battle of Parkany(もしくはSturovo)で検索してみてくださいね。

Simon Millar "Vienna 1683"
John Stoye "The Siege of Vienna"
あたりを見ても消えた98%のうちどれだけ復帰したのかはよく分からないですね。

870 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 14:32:20 0
インパール作戦はイギリスにやられたというよりも、牟田口にやられたと言ったほうが正しいがな。

871 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 14:36:18 0
>>870
だから味方への大戦果w
でも、当時佐藤は目的地到達してたんだよな。
ムタが補給物資用意できなかったから、引かざるをえなかったが
ムタの言い訳「あれは失敗すると思ってました」だとさwwwwwww
いやぁ、武士って言い訳も最強だよなw

872 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 15:03:24 0
>>862
朝鮮に派遣された明軍は精鋭だろう
碧蹄館で戦った武士が「かくも武辺てごわき唐人か」などと書いてるし

873 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 15:56:49 0
女真一>倭兵三十

とか言われてるけどそれについては武士厨は取り上げないのは何故?

874 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 16:08:34 0
実際に女真と武士が戦った事あんのか、ていう

875 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 16:10:56 0
え… 騎士と武士は… ??

876 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 16:17:29 0
>>874
刀伊の入寇

877 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 17:37:23 0
>>874
実際に両方と戦った人間が言ってる訳だが。
君のぺらぺらな脳みそでは理解できないのかな?

878 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 17:51:25 0
>>869
>In the Battle of Vienna, the Turks lost about 25000 men
>(plus another 40000 at The Battle of Parkany that followed).

あれぇ?Battle of Parkanyでは40000人が死んだってなってますが?
騎士厨が言うには戦闘前に既に16700人しかいなかったんだよね?

2万足らずしかいないのにどうやって4万も死ねるのよwww

矛盾するデータが錯綜しすぎww信頼度が甚だ怪しいねww
どうせこの戦いのソースって雑魚騎士の自己申告だろ?

879 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 17:55:29 0
>>871
すげー、近代戦争に武士が参加していたものがあるのか。
ぜひ教えてくれ。

880 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 18:00:52 0
モンゴル軍は最強
武士は狭いきりあいで分があっただけ

881 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 18:01:16 0
そもそもトルコ人が3000人しか残ってないなら、
追う側は数万もいるんだから余裕で渡河して追撃できるわなww

単純に二分の一して一方を丸ごとおとりにしても
渡河実行部隊は余裕で敵の2倍以上なわけだしww

よっぽど騎士が雑魚なのか
それとも全部ウソなのか

ま、どっちにしろ騎士が雑魚であることがまた確定しましたww

882 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 18:01:17 0
モンゴル軍は最強
武士は狭いきりあいで分があっただけ

883 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 18:08:02 0
日本を脱出した義経が現地民を鍛えたのがモンゴル軍。
その程度でもヨーロッパを蹂躙できた。しかし本場の武士にはかなわなかった。
それが史実。

884 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 18:24:30 0
>>883
でたwwwww
きょうび、難民板でも言わんわ。

885 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 18:25:30 0
>>879
武士なんて都市伝説、未だに信じてるの?
どんだけ情弱なんだよwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

886 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 18:57:30 0
>>885
wを連打して意味不明なことを口走る。

887 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 19:25:06 0
>>883
不覚にも…w

888 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 19:44:19 0
義経モンゴル
武士ヤクザ

どっちも古いわw

889 :世界@名無史さん:2009/02/26(木) 21:30:06 0
>>828
それは単に小学校の担任の認識がおかしい。
満洲はただの地名であって、なんら差別的言葉じゃなく使っても問題ない。
また満洲は古い言葉でもなんでもなく現在でも通じる地名。

もしくは満洲が正しい、満州は誤字と言いたかった正しい知識を持つ方かどっちか。

890 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 02:47:32 0
>>873
日清戦争、日露戦争

891 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 09:33:06 O
>>873
刀伊の入冦って知ってる?

892 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 12:36:53 0
>>891
↓この話題になってるのもしかして君?

25 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 2009/02/14(土) 02:01:55 0
>>5-6
そういや以前どっかのスレで、日本は刀伊の入寇で女真族と直接対決して勝ってるから
ヌルハチの後金軍と戦っても勝てるよとか主張してる人が居たな。
26 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2009/02/14(土) 11:25:13 0
そいつ馬鹿だろ
27 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 2009/02/14(土) 13:17:56 0
今川氏真が指揮する日本人部隊と
上杉謙信が指揮する日本人部隊とじゃ
強さが違うだろうにね
28 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 2009/02/14(土) 13:33:39 0
そもそも女真は部族国家で
阿骨打の時にようやく統一されたんだろ

893 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 13:17:13 0
>>892
当時の大宰府の兵力のメンツは在地豪族の寄せ集め。
ボスの藤原隆家も、本来は、単に眼病の治療のための天下り人事
当時の大宰府の扱いはこの程度。

武闘派の隆家が丁度ボスだったのは僥倖以外の何物でもない。

>そもそも女真は部族国家で
>阿骨打の時にようやく統一されたんだろ

同様の言い方をすれば、
>そもそも当時の大宰府はただの窓際部署で、
>実態は全く機能していなかったろ
と言うことができる

894 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 14:33:20 0
>>867
1514年のオルシャの戦いでは、モスクワ大公国軍がリトアニア軽騎兵隊の偽装退却につられて
全騎兵部隊を挙げて突撃すると、突然左右からポーランド騎兵が現れて挟撃され壊走。
その後5キロぐらい追撃されてさんざん被害を受けてますな。
もうこの頃になるとタタール人もしょっちゅうポーランドとかに負けてますしね。
>>872
李家軍とかは辺境の荒くれ者たちを武将の使用人という名目で集めてまともな訓練を施したから
正規の衛所軍より有効な戦力になりえたわけでしょう。
でも「両朝平壌録」には泗川の戦いで大砲を暴発させたうえ、城門から出てきた薩摩兵に
まず突撃された彭信古の兵は京城のゴロツキの集まりで、戦い方も知らない連中だったと書いてますよ。
>>878
なんかその文章で検索したらジハード・ウォッチとか怪しいサイトが出てきたんですが・・・
こちらの数字は上で挙げたミラーとシュトイの著作から取りましたが、二人が拠ったのとは
別系統の史料があるってことなんですかね?
矛盾するから怪しいって、まあそれを言ったら泗川の明軍の死傷者なんか史料によって
数千から8万まで開きがありますしねえ。
>>881
無理やり渡ろうとしたり浮き橋が沈没したりしてトルコ兵が大勢ドナウ川で溺死してるんですが
わざわざ壊滅した敵の後を追って自軍の兵士を溺死させてたら単なる馬鹿でしょうw
普通に歩いて渡れるのならそんな虐殺になったりしません。キリスト教徒側は浮き橋の上に
殺到したトルコ兵にマスケットの集中射撃と砲弾や散弾を浴びせるという血も涙もないことを
やってます。
この戦いの次にやったのは追撃よりむしろ対岸の要衝エステルゴム城の攻囲ですね。
ドナウ川を下ってきた味方の船団を浮き橋にして渡ってます。

895 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 14:37:42 0
>>894
>エステルゴム城の攻囲

たった3000名(※騎士厨調べ)のトルコ兵が立て篭もる城を数万で囲んで落とせず
すごすご退却。

はい、雑魚決定。

896 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 15:04:46 0
>>894
>わざわざ壊滅した敵の後を追って自軍の兵士を溺死させてたら単なる馬鹿でしょうw

あなたが単なる馬鹿であることは分かりました。

日本軍に限らず、先進国の軍隊なら橋は自分で作る。
もしくは小船を速攻でかき集めて先遣部隊だけでも渡河させる。
特に日本軍は精強だから、少数であっても勝ち戦の勢いを存分に利用できるから。

ま、騎士にはそれだけの知能もないようだが。
だから雑魚なんだろう。

897 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 15:09:37 0
>たった3000名(※騎士厨調べ)のトルコ兵が立て篭もる城を数万で囲んで落とせず
>すごすご退却。

ソースは?

シュトイの本では(p181)
The bridge was ready by 19 October, the troops in Parkany crossed the Danube
and a siege of Esztergom began. The Turks had little desire to fight, the town was
taken and the high ground of its citadel encircled. The Ottoman commander soon
capitulated on terms which allowed him to leave with his troops.
ミラーの本では(p89)
The Imperial pontoons were in place at Esztergom on 19 October and at the same
time a contingent of 1,200 Brandenburgers arrived, as did Maximilian U Emanuel
with 1,200 Bavarian horse. On 22 October the siege began. The Ottoman garrison,
however, had little stomach for the fight and surrendered with full honours of war.

と、まったく逆のことが書いてありますね。

898 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 15:16:36 0
the battle of Parkanyってヤン・ソビエスキが殺されかけたアレだろ?
前衛部隊がトルコ軍の囮に引っかかって突撃し、例のごとく反撃食らって
1500騎のうち1000騎が虐殺されたことに始まり
全軍が動揺、壊走を始める。

ソビエスキはデブだったので軍団に追いつけず、
傍に残ったのはたった7人の騎士だけ。
最後まで残ったのは2人。5人はソビエスキを逃がすために犠牲になった。

軍人なら日頃から運動しろよ。
敗戦パターンはいつも一緒だし。知能があるとはとても思えん。

899 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 15:20:02 0
>>897
そんなのをソースにウィーン包囲で残ったのが3000名とかほざいてたの?
その3000名は軍団のごく一部か、もしくは全く別の小守備隊にすぎないよ。

そんなんだから騎士は馬鹿にされるんだよ。アホ。

900 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 15:21:52 0
>>897
>>898
というわけで騎士が雑魚であることがまたも証明されましたが何か。
哀れなもんですなwww

901 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 15:35:14 0
一日で敵/味方損失比が0/1000という
とてつもないキルレシオを記録した雑魚騎士のスレはここですかぁ?www

902 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 16:34:21 0
海外の掲示板でも騎士と武士を比べてたよ
圧倒的に騎士が上だとよ
やってることが変わらんな
アホらし

903 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 16:35:26 0
どう変わらないの?

904 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 16:41:31 0
>>902
その結論の根拠をkwsk

905 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 16:47:54 0
自国を貶して外国を持ち上げることが謙虚で良い
そういうことへの反動が感じられるスレ

906 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 16:50:16 0
ようするに自分の国が好きだってことさ
だから自分の主張に都合がいい事実を持ち上げて
都合の悪い事実は無視するってことさ
まぁ誰でもやってることだし

907 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 16:58:26 0
お前らその海外の掲示板に遠征しろよ

908 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 17:15:06 0
腰抜けのネットウヨクは敵の存在を知っても
英語が出来ないから遠征なんか出来ないよw
ホームに引きこもって窒息死するのがオチw

909 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 18:05:08 0
>お前らその海外の掲示板に遠征しろよ

負け犬の妄想でしかない仮想空間への旅立ち方伝授ヨロ
アドレスくらい貼れや低脳

910 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 18:46:17 0
ネトウヨ涙目

911 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 18:55:11 0
>>902
アドレス貼って欲しいらしいよ

912 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 19:35:15 O
ディスカバリーチャンネルの元冦特集ですら武士tsueeeeeeeって結論だったのに

913 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 19:47:45 0
ヒストリーチャンネルは少しうさんくさい

914 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 19:49:30 0
>>911
まあ、レッテル貼りで議論を捨てる人間がサヨクには多い

915 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 19:56:27 0
いや、元寇のときの武士が強いのは、誰も認めるだろ。
誰だ、それをもって世界最強とかほざいているのは?

916 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 19:57:14 0
ディスカバリーよりヒストリーチャンネルのほうがはるかにちゃんとしてるんだが……
いやその元寇特集は両方見たこと無いけどね


917 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 20:08:20 0
大体武士マンセーなんて皮肉でやってんじゃないの?

918 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 20:29:42 0
ソースは?

919 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 23:00:26 0
武士っておまえらの先祖なんだよ? 騎士応援してるやつってチョンなの?

920 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 23:02:35 0
まあ先祖じゃねえけど、武士>騎士です

921 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 23:07:35 O
強いかどうか、実際にやってみようぜ。
このスレにいる日本人は武士で参加な。
武士と騎士、全滅した方が負け。

922 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 23:09:19 0
俺柔道2段だから普通の男なら素手で3人たおせるけどいい?

923 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 23:12:21 0
以下↓騎士側を擁護する書き込みをしたものをチョンとみなす
-----------------------------------------------------------------

924 :世界@名無史さん:2009/02/27(金) 23:27:05 0
いや、普通に西欧人じゃないの?
なんでチョン?

925 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 00:00:55 O
ヒストリーチャンネルって、自社で製作してるの以外にも国内外の色んな局で放送されたのを集めて流すんで、番組の質はそれこそ玉石混淆。

俺が前に視たのは、元寇じゃなくてモンゴル帝国特集だったな。

例によって神風で撃退した事になってたが、武士の評価自体は高かった。
ただし、挿し絵の武士が当世具足着てて、思わずひっくり返ってしまったけど。

別の番組でも、剣道着の剣士が真剣で立ち会う挿し絵とかあって、如何に欧米人の日本観がいい加減かよく分かったな……。

926 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 00:47:16 0
彼らは下手すりゃEast Asianだけで済ませちゃうからね。文化に対する認識は
もう闇鍋状態。和服着た女性が二胡弾いてたりとかもうぐっちゃ。
>>923
たださ、格闘戦になったら騎士相手には勝ち目がないと素直に思うわけよ。武士は
戦場では下馬しちゃう。槍の長さだってせいぜい1丈くらいだし。騎士の持つ槍の
方が長い。パイクになったらもっと長い。

927 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 00:56:38 0
格闘戦ならどうかんがえても武士
柔らはもともと馬上での組み討ちから発展した

928 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 05:54:06 i
>>926
騎士も戦場では下馬してたんだが。。。

929 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 07:24:08 0
>>928
つ何度も繰り返し言及されるランスチャージ。
対する武士は・・・

930 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 08:18:27 i
>>929
対する武士は楯を並べてランスチャージを封印し、
弓で騎士をフルボッコ。
ランスチャージなどその程度の戦術だから、
百年戦争では英仏双方わざわざ騎士を下馬させて
戦ってたわけで。

931 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 09:12:10 0
ランスチャージなんて偽装後退で簡単に釣りだして撃破できる。
歴史で数え切れないほど繰り返されてる。

接近戦ではなおさら、重い槍を抱えた騎士なんざ
武士の前では陸にあがったアザラシのようなもの。
懐に簡単に飛び込んで料理できる。

932 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 09:16:47 0
農民一揆のフス団にどつきまわされたドイツ騎士団


933 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 09:29:21 0
第四回十字軍はブルガリア帝国のコミ族に
囮に釣られてランスチャージ→
衝撃力が尽きたところでフルボッコの黄金コンボでやられまくり
ついには陣地から絶対離れないことに決めて戦ったが
ルイ伯やボードワン皇帝はミミズ並みの記憶力しかなかったらしく
コミ族が後退するのにつられて突撃してルイ伯戦死、皇帝は捕虜となった。

934 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 09:44:16 0
いまゆれたぞ

935 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 10:07:55 0
>>930
だから近接戦闘ではどうすると言っている。弓のことなど誰も言っていない。
偶然格闘戦になることもある。そんな時騎乗している騎士に出会った武士は
殺られるほか無いのか?ということ。懐に飛び込むってどうやって?欧州の弓兵は
歩卒中心だったが、剣くらいしか装備がなかったからランスを携えた騎士にフルボッコ
されるしかなかったんだぜ。武士も太刀しか装備がないね。

弓矢のことなら過去ログにこんなのがあったよ
>http://unkar.jp/read/academy6.2ch.net/whis/1177935095
ここの28レス目。弓は過大評価されているな

936 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 10:12:24 0
>>935
>懐に飛び込むってどうやって?
フットワークで。

「長刀、倭の中国を犯すよりこれ始めてあり。
彼らこれを持ちて跳躍光閃して前に進めば、我が兵は己に気を奪われるのみ。
倭は躍を善くし、一たび足を逆えば別ち丈余、
刀長は五尺にて、則ち丈五尺なり。
我が短兵器は接し難く長器は捷ならず、身多く両断す」

937 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 10:15:40 0
>偶然格闘戦になることもある。そんな時騎乗している騎士に出会った武士は
>殺られるほか無いのか?ということ。

簡単。矢を射掛けて距離をとらせたあと、
従兵に馬を引かせてそれに乗り、後は追撃して騎射にて射殺するだけ。

騎士には対抗できる騎射の技術はない。

938 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 10:19:32 0
>欧州の弓兵は
>歩卒中心だったが、剣くらいしか装備がなかったからランスを携えた騎士にフルボッコ
>されるしかなかったんだぜ。

だから?武士とは比較にならない。
日本の武士は、弓も刀も最高の水準で使いこなし
しかもそれを騎馬でも下馬でも関係なくやってのけるコンプリートファイター。

騎士はやたら重い突撃専用ランスを抱えて前に突っ込むだけ。技術も何もない。
無駄に高い防具を揃えられる財力が、彼らの地位を区別する唯一のポイント。

939 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 10:27:52 0
>>935
>弓矢のことなら過去ログにこんなのがあったよ
>>http://unkar.jp/read/academy6.2ch.net/whis/1177935095
>ここの28レス目。弓は過大評価されているな

イングランドの長弓は縄文時代と同レベルの丸木弓。

>というか、俺の視たムガール帝国特集の番組では、20m位の距離でイングランドの丸木弓とモンゴルの合成弓比較してたが、両方共プレートメイル相当の鉄板ブチ抜いてた。
>コンポジットアーマー相当の二重鉄板は、流石に丸木弓では致死レベルまで貫けなかったけど、モンゴル弓は余裕でブチ抜いてた。

和弓はモンゴル軍のとは材質は違うが複合弓である点は同じ。

はっきり言って、君は時代遅れだよ?
いまどきそんなものを持ち出してくるなんて。

940 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 10:37:06 0
>>935
偶然の遭遇戦などで、騎士と武士が超近距離の格闘戦になれば、ランスの長さは邪魔なだけ。
武士の太刀や薙刀の方に利がある。
もし、ランスチャージ可能な程度の間合いなら、そんな戦闘に付き合う必要はない。
欧州の弓兵と違って武士には馬という機動力があるんだから。
いずれにしろフルボッコにされるのは騎士の方。

941 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 11:25:00 O
>>923みたいなのが出てくる時点で常に「最高水準」「コンプリート」
とか書いちゃう武士擁護派のお里が知れるな。
ま、中世騎士と鎌倉武士じゃあ土壌の分だけ経済的基盤は後者の方が優れてるからな。

942 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 11:46:06 O
でも、生活は武士の方が質素。

騎士のように金も実力も無いのにプライドだけ高くて、しまいには食いっぱぐれて盗賊にまで身を落とすような低脳ではありません。

後、武士も一揆勢に負ける事があったけど、そのまま没落するような騎士とは違い、キッチリ十倍返しで実力を持って威信を示しています。

943 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 11:51:57 O
百年戦争とかで暴れた盗賊連中は元々が傭兵だろ。
それに一揆に十倍返しって、じゃあ加賀の富樫はどうよ?
と言う話だがな。

944 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 11:57:20 0
織田信長も上杉謙信も一揆(特に一向一揆)は情け容赦なく
女子供も容赦なく皆殺しにして鎮圧したという。
江戸時代で幕藩体制が整う頃には
農民は年貢の軽減を嘆願するぐらいはしたが
武士の権力に公然と楯突くことはしなくなった。

945 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 11:58:31 0
食い詰め騎士が傭兵団結成して乱暴狼藉を働くなんてよくあった事ですが

946 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:01:46 O
それ入れると日本だって野武士が盗賊になることはよくあったがな。
蜂須賀小六はそういった奴の出身。

947 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:10:55 0
うん、日本も同じ。小領主の副業が盗賊ってのもよくあったしw
騎士も武士もその辺は似たようなもんだね。

948 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:26:33 O
まとめると、遠距離だと弓がメインウェポンの武士有利。
ただし必ずしも仕留められるとは限らない。
馬上での打ち合いだと長い槍を持ち重装備で突進力もある騎士が有利。
しかし超近距離での白兵戦になると、再び機動力に優れ柔の技を持つ武士が有利になるってとこか。

949 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:26:46 O
欧州とはその規模が違う。

14世紀ドイツを荒らし回った盗賊騎士団を、当時の封建軍は取り締まることができず、結局最後は傭兵として雇い入れるしかなかった。

てか、盗賊ごとき取り締まれなくて、よく領主様なんて名乗ってたなw

950 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:34:34 O
14世紀?三十年戦争の頃のこと言ってるのか?
領主自体が私闘ばっかしてたからな。
日本でも鎌倉武士が荘園略奪とかよくやってたな。
公家や寺社が訴えても鎌倉幕府はほとんど救済せず。
後の占有屋である。

951 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:36:47 0
軍板のそんだけ氏スレでその辺詳しくやってるのあったな

952 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:40:25 O
>>949の論法に従えば

現代日本=ヤクザ支配国家

だよなw
パチンコ屋や派遣会社もヤクザ勢力の外縁の存在だし。
麻生や小泉と言った政治家も…

953 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:45:22 O
17世紀の三十年戦争の頃には、騎士なんてとっくに没落して「盗賊騎士」なんて名称すら無いよ。

まあ、傭兵が野盗してたのは相変わらずだけど。

954 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 12:52:37 O
国一揆とかもほとんど盗賊と変わらんのに武士は取り締まらなかったなw
東大寺大仏殿が武士に焼き討ちされたこともあったしなw

955 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:02:00 0
>>896
しかしそれを言うなら泗川の戦いでの島津軍も南江を越えた明軍は追撃してないですねえ。
>>898
それは1日目に起きた戦闘ですね。
その翌日後続と合流した連合軍に、明後日にトルコ軍が総攻撃を仕掛けて負け
上記のような壊滅になったという流れです。
というかその記述はどうなんですかね。
百人どころではない数のトルコ兵に8マイルにもわたって追撃されてるのに
十にも満たない手勢で自軍に追いつけないようだったら、護衛がよっぽど化け物のような
強さでないと絶対逃げきれないでしょう。ほとんどマンガの世界です。
>>899
それに書いてあるのは「ウィーン包囲で残ったのが3000名」ではなくて
パールカーニの時点で遠征軍に残っていたのが16,700人、そこで連合軍と
戦ったあと戦死者約9000人で逃げ延びたのが約3000人、詳しく書くと総大将の
もとに残っていたのが約800−900人、それとは別に逃げ延びたのが2000人程
だったようです。その中にはエステルゴムに渡ろうとせずに北岸で追撃をかわして
ブダまでたどり着いた連中もいたようで。

で、エステルゴムを落とせず退却したってソースは?

956 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:04:55 0
この得意げにソースは?って聞く態度のデカさがうざったい

957 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:08:20 O
>>956
馬鹿の一つ覚えで「世界最強」「最高水準」「コンプリート」とか言うのは、
態度が大きいとは思わないんだな。

958 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:14:49 0
>>957
いや、そんなの指摘するまでもないだろ。
あんたは病人に病気病気と囃し立てる人間なのか?

959 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:26:00 0
盗賊騎士団まで没落した貴族でも封建軍の手に負えない戦力があるなら下克上かまして旗揚げってわけにはいかんの?

960 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:30:06 0
縄文時代   156p
弥生時代初期 156p
弥生時代末期 160.5p
古墳時代   160.5p
14世紀    157p
16世紀    157p
18世紀    155.5p
1901年    157cm(一説では155cm)


961 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:32:35 0
鎌倉の連中は180cmもいたらしい

962 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 13:46:01 O
なんか騎士は、格ゲーで超必殺ばかり練習してコンボひとつ覚えない駄目ゲーマーみたいな感じがする。

963 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 14:11:31 0
>>955
一日の敵味方損失比0/1000ってのはマジなんだな。
とんでもない雑魚だな、騎士はwww

964 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 14:47:40 0
>>962
昇龍拳を連発するケンとか、ザラキを連発するクリフトとかですね。

965 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 14:56:01 0
>>963
笑いどころはそこだけじゃない。

@前衛1500騎、300人のタークスを発見!ランスチャージで一ひねりだぜ!
Aただの囮でした。哀れ1000騎が討ち死に。
B被害を受けたのは前衛だけなのに、なぜか全軍が崩壊
C王様おいてきぼりwww連れてってやれよwww

966 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 15:36:27 0
武士と戦ったら泣きべそかきながらしょんべんたれて土下座だろうな騎士は

967 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 17:10:18 0
それぞれピンキリがあるからな。
誰が戦っても武士の勝ちにはならんと思う。
平均値だったら、武士の勝ちになるだろうけど。

>>格ゲーで超必殺ばかり練習してコンボひとつ覚えない駄目ゲーマー

たしかにその印象は持ったw
しかし西欧人はその経験を、その頃にしたから、のちのち柔軟になったのかな?
だって、第二次大戦のとき、日本がまんまそのノリだったから…

968 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 17:26:27 O
>>966
と、米中韓に泣きべそかかされながら土下座している国の国民が
火病っております。

969 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 18:11:02 0
>>968
いや、今の日本にもののふはいないからw
いるのは、過去を自分に投影して誇っているつもりの能無しばかり。


970 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 18:18:13 0
>>969
いくら泣き喚いても、一日の敵味方損失比0/1000という不滅の記録はなくなりませんが。
騎士=ウンコwww

971 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 18:23:01 0
>>967
世界で初めて空母機動部隊を編成して真珠湾の米軍戦艦群を一掃し
世界で初めて洋上で行動中の艦艇を航空機で撃沈し、
歩兵輸送に自動車を使い、足りない部分は自転車で補って
イギリスの意表をつく電撃作戦でマレーを制圧した

日本軍のどこが超必殺ばかり練習してコンボひとつ覚えない駄目ゲーマーなの?

972 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 18:29:16 0
最後の一つについて捕捉。
当時のイギリスを含む、アメリカを除く他の国々では
モータリゼーションが進んでおらず自動車の数が足りず
十分な効果を上げられないと考えられていたので実施していなかった。

しかしドイツや日本はとりあえずあるものだけでも使った。
これによって作戦のスピードを劇的に向上させることができた。

イギリスは旧来のものを大切に使うことにかけては天賦の才があり、
欧州ではそれでも通用したが、日本には通用しなかった。
マレーでもインド洋でも惨敗。勲功機ソードフィッシュもインド洋で惨殺された。

973 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 18:43:39 O
>>969
武士の末裔=自民党とそれをネットからサポートする俺たち日本人

974 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 18:58:11 0
>>973
あなたが時代遅れのブサヨであることは分かりました。
史学科って特に多いんだよね。この手のヒト。

975 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 19:17:42 O
超必殺馬鹿かどうかはともかく、ローマ帝国を破壊して中世を暗黒に染めた騎士と、秀吉以下の補給計画で国を惨めな敗戦に導いた大日本帝国は同じ匂いがする。

976 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 19:28:03 0
超必殺馬鹿かどうかはともかく、モンゴル軍をボコボコにし、
ロシア軍をボコボコにし、イギリス軍もボコボコにした大日本帝国と、
実績でも直接対決でも日本未満が確定している大陸の雑魚白人を
対等に比較して恥じない史学科は、
北朝鮮とかソ連とか東ドイツの歴史家と同じ匂いがする。

977 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 19:47:13 0
チョンはへんな西洋かぶれのMMOばっかりつくりやがるからな。日本の光栄をみろ。

978 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:04:26 0
>>977
三国志ばっかりw
とか?

979 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:12:18 O
いや、無双ばっかりじゃね?w

980 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:12:55 0
次スレいるの?

981 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:17:40 O
ロシア軍ボッコは認めるが、イギリス軍ボッコはただの空き巣狙いだからの〜!
ハハハハハ

982 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:20:51 0
シンガポール失陥とかZ部隊壊滅のどこが空き巣狙い?
無知もほどほどに。

983 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:26:05 0
一時間で沈められたから過小評価されてるけど
POWの撃沈はとんでもないことだよ。
この方面にはPOWに防御力、砲力、どちらでもかなり劣る金剛と榛名しかいなかった。
当時の軍事常識で言えば詰みの状態。
その常識を基地航空隊の使用という有り得ない発想で覆してしまったんだからな。

984 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:28:55 0
武士厨の態度の悪さのお陰で騎士厨は助かってるな

985 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:37:31 O
>>981ー982
どう見てもナチスドイツに苦戦してるイギリスの空き巣狙いです。
本当にありが(ry

986 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:38:56 O
×>>981ー982
>>982ー983

987 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:40:49 0
次スレ

武士vs騎士 その2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1235821232/


988 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:42:23 0
>>985
>どう見ても

具体的には説明できないんだね。
史学科の学力程度はよく分かりました。

989 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 20:52:26 0
ドイツが戦争起こしたおかげで英仏のアジアの戦力が薄くなったってことだろ

990 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 21:06:25 O
もう終わりだから良いけど、この話題次スレに持ち越すのは止めような。

やりたければ、該当のスレでどうぞ。

991 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 21:14:35 0
なんで?

992 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 21:30:18 O
スレ違い

993 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:08:16 0
とりあえず騎士擁護派はチョンなのはまちがいない。半島へかえれ

994 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:09:19 0
チョンではなく、西欧人だろ?
なんでチョンなんだ。チョンはチョンの歴史を擁護するだろうが、例の捏造地図のように。

995 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:09:50 0
チョンの作ったゲームは日本製よりも騎士がよくでてきますよ。

996 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:10:58 0
チョンは騎士が大好き

997 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:12:39 0
へ〜。
なんてタイトル?

998 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:13:47 0
MMOをおまえはもうすこしやりこめよ

999 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:13:56 0
戦前は軍事的最強国で戦後は経済技術最強国の日本に嫉妬

1000 :世界@名無史さん:2009/02/28(土) 23:14:50 0
チョンは騎士が大好き

1001 :1001:Over 1000 Thread
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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