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アヴァールについて語ろう!

1 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 07:44:51 O
モンゴル高原から来た?


2 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 09:04:36 0
柔然=アヴァールてよく聞くが?

3 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 09:17:36 O
パヤンという王は、モンゴル語で富める人という意味だと聞いたことがある。
ハガーンと名乗っていたらしい。

4 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 10:45:40 O
フン族に比べるとインパクト無いよな。
アッチラはスーパーアイドルだからな。

5 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 11:05:55 0
トルコではテュルク系民族扱い

6 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 11:15:58 0
ウィキペディアで見た
アヴァール人 (カフカース)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%BA%BA_(%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B9)

現在のアヴァール人とは民族系統が異なるというが

7 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 13:02:45 O
パンノニアに現れるたアヴァールは偽アヴァールだとの話を聞いことがある。

8 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 13:28:02 0
一時はパンノニアを中心にドナウ東岸を制圧しアッティラの再来かと思わせるほどの勢力を築いたが
シャルルマーニュのフランク相手に敗退し一気に衰退した。アヴァール自身も自らをフン族の後裔を称していた。



9 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 13:44:52 O
東ローマとも抗争してたな。

10 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 17:36:26 0
ペルシャと組んで東ローマ攻め
失敗に終わり、フランク族にも敗戦して
消滅

11 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 17:43:04 0
なに後を話していたんだろ

12 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 18:10:54 O
モンゴルでは?

13 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 18:30:08 0
アッティラみたいな伝説は残ってる?

14 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 18:53:14 0
この時期はモンゴル語もトルコ語も似たような言語っぽい

15 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 20:06:03 0
ブルガリアと同様にスラブ化していったらしい。

16 :世界@名無史さん:2008/12/30(火) 22:54:36 0
この時期の遊牧民が使ってた馬はどういうのだったんだろ
ポニー並の小さな馬だったんだろうか

17 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 06:10:19 O
モンゴル高原の野生馬みたいな感じなのかな?
モンゴル軍も小さな馬だったみたいし。

18 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 09:03:31 0
>>16 あの時期はまだウクライナの草原には野生馬がいたからな

19 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 09:22:47 O
柔然だと言い出したのは誰なの?
根拠となる資料はあるの?

20 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 18:45:35 0
アヴァール人の人口はどれぐらいだったんだろう

21 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 20:12:53 0
烏桓=アヴァール
鮮卑=サビル(シビル)

22 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 20:29:53 0
欧州に現れたのが偽アヴァールで、
柔然の末裔が真アヴァールだったけ?

23 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 20:42:49 0
そもそもなぜ偽アヴァール、真アヴァールという
呼び名ができたのだろうか

24 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 00:05:10 0
なんでも、偽アヴァールは有名だったアヴァールの名をひけらかす
ことにより、はばをきかせようとしたとの説がある。

25 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 00:39:44 0
>>21
烏桓はウランと呼んだと聞いたことがあるんだが・・・

26 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 00:59:34 0
匈奴=フン族説がうまれたのは
古代漢語の匈奴の読みがフンヌと
フン族に似ているからだそうだが

古代の柔然の読みって?

27 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 11:48:07 0
人種的にはモンゴロイドだったんだろうな

28 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 12:13:37 0
フン族=匈奴説はそれなりに論争にはなったが、
アヴァール=柔然説は論争自体になってないような気がする。

大方、柔然が四散した時期と欧州にアヴァールが出現した時期が
近いからでた話しなんだろう。

29 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 12:38:29 0
柔然は、西から突厥に攻撃されたのだから、東へ逃げたのではないだろうか?
江上波夫氏の説では、エフタルの方がアヴァールになったとされるが・・・

30 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 12:43:44 0
  月氏←匈奴→東胡

エフタル←突厥→柔然

31 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 14:38:30 0
エフタルは白フンとか呼ばれてなかった?

32 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 14:50:28 0
インド人がフーナと呼んでいたそうな

33 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 15:34:34 0
匈奴やフンと言う名称は、ゲルマン人とかギリシャ人のような総称であったようである。
ゲルマン人にゴート族やフランク族らが、サルマチア人にヤジキ族やロクソラン族らが
あったように、匈奴とフンにも部族が存在したと思われる。
冒頓単于の即位時の匈奴は、ロムルスのローマにように、一部族名だったのであろうが、
その後ローマと同じく帝国全体の名称となったと思われる。


34 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 16:57:35 0
モンゴルも元々は一部族の名前だったけ?
タタールとかオイラート、メルキトみたいな各部族がいたからな。
チンギス汗のおかげでモンゴルの名は国名として残ったけどね。

欧州に現れたフンやアヴァールが、かつて匈奴や柔然に属していた
数部族の集団であっても不思議はない。絶頂期の匈奴や柔然の勢力
範囲を考えると、そう考える方が自然かもしれない。

35 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 17:59:15 0
フン族のアッティラとアヴァールのバイアノスが、広大な黒海北岸ではなく、
パンノニアを本拠としたのは何故だろうか?
後世にマジャールがパンノニアに移住したのは、ペチェネッグに黒海北岸から
追い払われたからとされるが、全盛期のフン族とアヴァールにも黒海北岸方面
に脅威が存在したのだろうか?

36 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 06:23:42 0
フン族は逃げ出したゴート族を追っていったらたどり着いたという感じかな。
黒海沿岸やカフカスからシリアにかけて略奪し尽くしたからだろ。次のターゲット
バルカンや西欧にした。

アヴァールも基本的には同じでは?
東ローマから略奪するには、パンノニアは絶好の位置でしょう。

37 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 16:32:57 O
遊牧民は不足する生活必需品を略奪して得る必要がある。
だから農業国の大国と隣接する必要があるのさ。


38 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 17:00:57 0
ブルガールとハザールは、アヴァールにとって無視出来ない存在であったらしい

39 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 17:21:38 0
バルカン進出に成功したブルガールと
先客ブルガールに締め出される形で
パンノニアに定住することに成功したマジャールは勝ち組
アヴァールは・・・・

40 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 19:24:07 0
ブルガールはハザールに、マジャールはペチェネッグに追い払われとされるが、
アヴァールは、追い払われたのか自ら望んで移動したのか、いずれであろうか?

41 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 21:13:41 O
柔然説はモンゴル高原を追い出されて西遷したとい話しでなかった?

最盛期の王パヤンはモンゴル語で富める人という意味だとか。
王もハガーンと名乗っいた。
モンゴル系の遊牧民か、その勢力下にいた集団だったようだ。

42 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 23:16:16 0
偽アヴァールと言う事は、ニセ柔然ではないのだろうか?
柔然が西遷するためには、突厥を突破しなければならない。

43 :世界@名無史さん:2009/01/03(土) 00:01:13 0
ギボンの記述ではフン族のアッティラ王はボルガ河畔で
アヴァールを打ち破り、カスピ海沿岸を支配下に置いたいう。
アヴァールの名は既にアッティラ時代にあるので柔然=アヴァールと単純には言い切れない。


44 :世界@名無史さん:2009/01/03(土) 03:30:35 O
確か偽アヴァールが柔然だったと思った。
欧州で名が知られていたから、その名を語ったという説だったと思った。

45 :世界@名無史さん:2009/01/03(土) 15:38:17 0
>>43
アヴァールがアッティラ時代に既にボルガ河流域にいたとするならば、679年
ハザールに追い払われるまでブルガールが、ボルガ河流域を支配していたと
されるので、アヴァールを追い出したのは、当時突厥に帰順していたとされる
ブルガールとハザールらのようですな。

46 :世界@名無史さん:2009/01/04(日) 09:21:53 O
歴史的にみると、勢い盛んな遊牧民はボルガ河畔には留まってないでしょ。
欧州まで進むか、ペルシャやメソポタミア方面に進むか。
文面圏に引き寄せられるように進む。

47 :世界@名無史さん:2009/01/04(日) 10:56:00 0
ハザールやジュチ・ウルスは、ボルガ河流畔に首都を築いて繁栄したとされる。

48 :世界@名無史さん:2009/01/04(日) 12:52:41 0
フン族やアヴァールが活躍した4〜6世紀は現在のロシア・ウクライナ
あたりの発展はまだまだだったでしょ。フン族やアヴァールには東ローマは魅力
的な獲物に見えただろう。

49 :世界@名無史さん:2009/01/04(日) 14:51:59 0
中継貿易とかをやっている連中はボルガ河畔でも反映できるけど、
フン族や欧州にきたアヴァールみたいな連中は略奪が主だからな。
略奪する国が側にないとダメなんでしょ。

50 :世界@名無史さん:2009/01/05(月) 06:44:18 0
>>48
スキタイはドニエプル河畔や黒海北岸を支配して力を蓄えてからあちこちに遠征していた。
寧ろロシア・ウクライナが貧しいから周辺を涼奪したというより寧ろこの地域の支配を確立し
力を蓄えてから対外的な膨張を始めたと見るのが事実に近いと思う。




51 :世界@名無史さん:2009/01/05(月) 07:23:58 0
スキタイ人は交易とかもしてのでは?
フン族やアヴァールはそういった感じじゃないしな。


52 :世界@名無史さん:2009/01/05(月) 14:42:29 0
>>50
アッシリア時代のスキタイは、まだ完全に黒海北岸を支配しておらず、中東で
略奪を繰り返していたとされる。
スキタイは、メディアが帝国を確立した事により、中東進出よりも東欧支配に
専念せざるえなくなったようである。

53 :世界@名無史さん:2009/01/05(月) 20:41:26 0
大きく見れば遊牧民は
スキタイの頃からからモンゴルのまで
アジアからヨーロッパに移動することが多くない?


54 :世界@名無史さん:2009/01/06(火) 06:31:23 0
アヴァールは突厥に追い出された柔然じゃないの?

55 :世界@名無史さん:2009/01/06(火) 18:59:02 0
突厥の東にいた柔然が西遷するためには、突厥を突破しなければならない。
フン族に追われたゴート族のように、突厥が柔然より先にヨーロッパに
移動しなければおかしい。アヴァールは突厥の西にいたと考えられる。

56 :世界@名無史さん:2009/01/08(木) 19:22:41 0
柔然の勢力下にいた部族というだけかもね。


57 :世界@名無史さん:2009/01/09(金) 09:13:45 0
クリミアのケルチから出土したアヴァール人のものとされる兜が
日本の古墳から出た蒙古鉢形兜に割と似てたような

58 :世界@名無史さん:2009/01/10(土) 14:45:20 0
突厥に追い出されて一部は日本にもやってきたのだろうか?

59 :世界@名無史さん:2009/01/10(土) 16:50:31 0
東欧に現れたアヴァールも
部族の連合政権だったんだろうか

60 :世界@名無史さん:2009/01/10(土) 18:03:44 0
>>58
柔然は、突厥の東にいたのだから、朝鮮半島方面の方が逃げ易いだろうな。

61 :世界@名無史さん:2009/01/10(土) 19:27:18 0
>>59

統率力がある王が登場すれば強勢になり、
いなければ部族単位でバラバラ。フン族とそんなに変わらないだろう。
ただ、フン族ほど強烈な印象はないよね。

62 :世界@名無史さん:2009/01/13(火) 08:54:43 0
>>59

有名な王様は出てないよな。
王の称号はハガーン(汗)だったそうだが・・・・
確か汗の称号を使い始めたのが柔然だったけ?
ここら辺も柔然説が出る原因か?

63 :世界@名無史さん:2009/01/15(木) 00:17:44 0
アヴァール滅亡はフランクだけでなく、クルム汗時代のブルガリアとの挟撃
ですよね。650年頃のブルガリアは、大ブルガリアとして黒海沿岸を支配していて、
626年には、アヴァールと一緒にコンスタンティノープルに攻めあがっていた筈。
で、当時、ブルガリア汗の息子クブラットは人質としてコンスタンティノープルにいた。
よく殺されなかったものだ(当時のブルガル族は分裂していたらしいので、
一部がポリス包囲を行ったのだろう)
大ブルガリアの統合は、632年のクブラット帰国後だから、この筋からすると、
626にポリスを包囲したブルガル族とは別の部族のクブラットが、大ブルガリアを統合し、
アヴァールを追った、ということになるのではないだろうか。

64 :世界@名無史さん:2009/01/15(木) 09:14:28 0
欧米の一般書だと何のためらいもなく「アヴァール=柔然」と書いてるのが結構多いような

65 :世界@名無史さん:2009/01/16(金) 18:42:59 0
これってどうよ

94 :世界@名無史さん:2008/07/01(火) 09:35:48 0
>>93
トインビーは6世紀に東欧にやってきたアジア系遊牧民のアヴァールに
軍事動員されてからスラヴ人の歴史がはじまったといっている。

66 :世界@名無史さん:2009/01/16(金) 19:24:57 0
アヴァール渡来以前から、スラブ人はビザンツ領等に勢力拡大し始めていたが、
アヴァールがゲルマン人を追い払った事は、スラブ人の勢力拡大を促進させた。

67 :世界@名無史さん:2009/01/16(金) 20:30:36 0
スラヴ人はいろんな遊牧民に引率されているんだな
ブルガールやアランもでしょ

68 :世界@名無史さん:2009/01/17(土) 21:38:31 0
アヴァールはモンゴル系でハザールはチュルク系というが
両者自身はどう意識していたのだろうか。


69 :世界@名無史さん:2009/01/18(日) 10:46:21 0
ハザールは元はウゴル系とも

70 :世界@名無史さん:2009/01/19(月) 19:42:56 0
>>64

匈奴=フン族と根拠が薄いのに断定している人も多いね。

71 :世界@名無史さん:2009/01/20(火) 18:57:17 0
マジャールと違ってハンガリーあたりに居座れなかったのは何故?
マジャールもフランク人に大敗してるよね?

72 :世界@名無史さん:2009/01/20(火) 19:53:29 O
他民族と同化しただけでは?

73 :世界@名無史さん:2009/01/20(火) 21:57:18 0
アヴァールも、ブルガールやワリヤーグらと同様に、スラブ化したらしい。
ビザンツはバルカンをギリシャ化出来ず、オスマンはバルカンをトルコ化出来ず、
ドイツはチェコをドイツ化出来なかった。スラブの民族性は極めて強固なようだ。


74 :世界@名無史さん:2009/01/20(火) 22:12:09 0
http://en.wikipedia.org/wiki/Bayan_(Avar_Khagan)
河汗の中ではバヤン河汗(562-602)が頭抜けて有名なようですな。
wikipediaでも群を抜いた記述量。

75 :世界@名無史さん:2009/01/22(木) 02:27:06 0
>>74

彼以降は劣勢だったんだろ?

76 :紀早田保久:2009/01/22(木) 22:58:05 0
アヴァールって...




ANoRAのこと?
Love is...よろしくね

77 :世界@名無史さん:2009/01/23(金) 23:36:18 0
>>73
アルバニア人はよくスラヴ化されなかったものだ

78 :世界@名無史さん:2009/01/23(金) 23:54:15 0
>>77
同じくスラヴ人の侵入を逃れて山地に住み着いた連中でも
セルビアあたりのヴラフ人は結局スラヴ化しちゃったらしい。

79 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 14:50:46 0
アルバニア人はガリア人やトラキア人と違って
よくラテン化、ギリシャ化しなかったもんだ

80 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 21:24:48 0
>>74

バヤンとはモンゴル語で富める人という意味らしい。


81 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 21:29:47 0
宋滅ぼしたモンゴルの将軍もバヤンつったな

82 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 22:12:54 0
日本でいう「富男(とみお)」さんか

83 :世界@名無史さん:2009/01/24(土) 22:53:53 0
やはりコーカサスのアヴァールとの関係が気になる

84 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 09:46:44 0
どうも、欧州にやってきたアヴァールは偽アヴァール。
アジア系遊牧民が既に欧州で名が知られいたアヴァールを勝手に
名乗ったという説がある。コーカサスのアヴァールは真アヴァール。


85 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 10:29:31 0
アヴァール人を自民族、もしくは先祖だと思っている国はあるんだろうか?

86 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 10:53:13 0
フン族程後世にインパクトが無かったからな。


87 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 11:09:33 0
ハンガリーとかウクライナとか
どうなんだろう

88 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 11:16:48 0
>>67
それぞれのスラヴ族長が、自分とこの戦士を貸すんだよ
中世までその習慣は続いた

ポーランドもカヌート王のデンマークに騎士を貸し出してイングランド遠征している
当時のポーランド王がカヌートの実のおじきだという縁があったはず


89 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 11:17:49 0
>>73
ドイツはチェコをドイツ化したが19世紀になってまたスラヴ化したんだよ


90 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 11:53:55 0
バイエルンにいたガリア人もドイツ化された

91 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 12:35:46 0
>>アジア系遊牧民が既に欧州で名が知られいたアヴァールを勝手に名乗ったという説がある
何か派手なことをやらかして欧州で名を知られるようになったの?

92 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 14:15:37 0
東ゴート=グルツンギ、西ゴート=テルヴィンゲン、
マルコマンニ=バイエルン、アレマンニ=シュワーヴェン

アヴァールはフン族とかの異名なのかもしれんですな。

93 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 15:28:10 0
>>91

中継貿易かなんかで有名だったのかも・・・・

94 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 19:34:41 0
>>78
モンテネグロ?

95 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 17:19:24 0
>>94
読み返したらフム地方の話だった。モンテネグロの北西あたりで
セルビアとボスニアで争ってた地域。
スラヴ語化しても独特の習俗を今でも保ってるとの事。

96 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 17:47:24 0
>>74

なんて書いてあるの?

97 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 21:55:28 0
フン族の騎馬隊は欧州を荒らしまくったし
マジャールもバイキングと並んで恐怖の対象になったが
アヴァールはそれほど大きなことはしていないんじゃ

98 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 22:26:19 O
ロマンシング・サガで見たような………

99 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 22:55:26 0
左からアヴァール人、ブルガール人、スラヴ人
ttp://img406.imageshack.us/img406/708/attilaandnomadhordes05eu8.jpg

100 :世界@名無史さん:2009/01/26(月) 22:58:05 0
こっちのアヴァール騎兵の兜は古墳時代の蒙古鉢形兜に類似したタイプ
ttp://img255.imageshack.us/img255/1037/gorelik7ln0.jpg

101 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 08:05:45 0
>>77
アルバニア人が、ラテン化イタリア化せず、言語が残っている事は謎だよな。
あの場所は、ローマがギリシャへ攻め込む為の足場だった所で、紀元前に
完全にローマ化していても不思議ではないのだが?
大西洋岸のバスクにように、ローマから見て明らかに辺境遠隔の地ならば、
ローマ化していなくても当然なのだが、アルバニア語はいかにして生き延びた
のだろうか?

102 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 08:48:46 0
イスラム化したけど

103 :世界@名無史さん:2009/01/27(火) 20:14:21 0
だけどアルバニアは世俗的

104 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 06:30:19 O
それ以前に仮にも先進国のイタリアの対岸とは思えないほど貧乏

105 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 09:13:28 0
>>104
アドリア海の向こう側は古代、中世からそんな感じ
沿岸にはドゥブロブニクとか繁栄した商業都市があったけど・・・
それを言ったらアルバニアにもドゥラッツォとかあったしなあ
もともとローマ〜ビザンツの海軍基地だったらしいけど

106 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 12:39:37 0
>>101
早いうちにイスラム化したからだろ
キリスト教のスラヴ人とは宗教的に同化不可能

107 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 12:40:00 0
>>103
それは戦後の共産主義のせい

108 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 13:09:49 0
>早いうちにイスラム化したからだろ
>キリスト教のスラヴ人とは宗教的に同化不可能

スラヴ人の侵入からトルコ人がイスラムを持ち込むまで500年以上経ってるが

109 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 18:16:13 0
共産主義のせいというか
アルバニアは結構宗教にいい加減
イスラム教徒だと自称しているのに
酒を飲んだりイコン飾っていたりしている

110 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 18:26:57 0
イスラム化したとといっても
それほど強固に信仰していた訳ではなかったんだろう

111 :世界@名無史さん:2009/01/28(水) 20:33:26 0
で、アヴァールは?

112 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 13:39:18 0
>>101
こういう説もある。
アルバニア人は元々あの辺にいたイリュリア人の子孫ではなく、もっと北にいたダキア・モエシア人のうち
ローマ化のすすんだものがヴラフ人〜ルーマニア人になって、ローマの影響をあまり受けなかった連中が
南西に流れてきてアルバニア人になったと。

まあヴラフ人もアルバニア人も史料に現れるのは遅いし
イリュリア人もダキア人も実際どんな言葉をしゃべってたかよくわからないから
色々な説が出てくる余地があるっていう。

113 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 20:55:18 0
ダゲスタンの主要構成民族であるアヴァールはテュルク系と目されるアヴァールと呼称が同じ
なのにコーカサス語系に属する。これいかに?

114 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 22:08:37 0
アヴァール=テュルク系はトルコの主張であって

本当はモンゴル系でしょ

115 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 22:13:46 0
真偽はともかく、「昔活躍した〜族の末裔」ってのは良くある話。
それに、もしかしたらそこに定住しているうちにコーカサス語系言語を喋るようになったのかも知れない。

116 :115:2009/01/29(木) 22:14:18 0
かなり好意的な解釈だけど

117 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 23:31:54 0
>>115 まさに真・偽はともかく
    かなり好意的で感動した
    そんな俺自身、末裔であって欲しいと願うひとりだが。


118 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 22:21:32 0
アッシリア人ってのもいたな

119 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 22:31:34 0
10年前ぐらいにオーストラリアに住んでいたころ
アンケートの人種のところにアッシリアンって書くイラン系の中学生が居て
へ〜っと思った思い出がある。


120 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 23:17:17 0
北シリアからイラク北部、イラン中西部のネストリウス派のキリスト教徒は正式には
「アッシリア教会」とか「アッシリア東方教会」などと名乗っていて、民族名というかが
そのため「アッシリアン」(要は「アッシリア教会の信徒」)になる。

かれらの典礼言語は、新アッシリア帝国などで使われたアッカド語の北部方言にあたる
所謂「アッシリア語」ではなくて、アラム語の中期語、現代語としての「アッシリア語」
(というか「シリア語」と言った方が早い)なので、そこら辺がややこしい。
日常語としてシリア語が使われているところはほとんどなくなって、一般信徒は現住地の
アラビア語とかペルシア語などを使っているとか。当の現代の「アッシリア教徒」も
古代の新アッシリアとかにシンパシーを感じているようなので余計ややこしいけど。

121 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 02:29:37 0
>イラク北部、イラン中西部のネストリウス派

「13世紀の西方見聞録」という本で出てきたような気がするが
イルハン朝がイスラム化してから色々難儀な目にあった人々の末裔であろうか

122 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 19:44:22 0
age

123 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 01:35:32 0
で、アヴァールは?

124 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 19:51:30 0
やはり日本じゃアヴァールはマイナーなのか
情報が少ない。グーグルでもそれほど出てこないし。

125 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 20:29:33 0
日本人の興味もものすごく偏ってるんだよ
欧米人を非難できないな

126 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 07:14:37 0
アヴァールは世界史の教科書にも少しだけしか記述が無いからな。


127 :世界@名無史さん:2009/02/02(月) 14:14:19 0
中世軍事史の本でヨーロッパに鐙と牽引式投石器を持ち込んだのがアヴァール人とか書いてたような

128 :世界@名無史さん:2009/02/03(火) 08:19:16 0
軍事的には大きな影響があったわけか。

129 :世界@名無史さん:2009/02/03(火) 21:06:17 0
そいやハンガリー北西部にある都市ジェール(Győr)は、アヴァール語の「砦」が由来だった
ような。

130 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 09:57:14 0
騎馬隊は強かったの?

131 :世界@名無史さん:2009/03/04(水) 23:03:40 O
モンゴル系の遊牧騎馬民族で6〜9世紀今のハンガリー・ルーマニア方面に居住したらしい。
5〜6世紀にモンゴル高原を制覇した柔然の一部が移動してアヴァールとなったとの説がある。

132 :世界@名無史さん:2009/03/05(木) 13:34:55 0
シャルルマーニュ伝説にアヴァールって出てくる?

133 :世界@名無史さん:2009/03/18(水) 23:53:36 0
7世紀初頭、アジア系遊牧民アヴァール人は現在のハンガリーあたりを拠点に
ヨーロッパ各地を荒らしまわっていた
入欧時、同盟関係にあったイタリアを占拠していたランゴバルト族とは
既に同盟は切れていた
ランゴバルト族のフリウリ公はアルボイン王の甥のギズルフの血統であったが
アヴァール人の攻撃に耐えかね、城門を開いた
公妃ロミルダはアヴァール人の族長に陵辱され、翌日には部下の12人に陵辱された
そして三日目には生きながら串刺しにされた
またアヴァール人は当時、スラブ族と同盟関係にあったが
従属同盟でスラブ人はアヴァールのなすがままであった
冬季になるとアヴァール人はスラブ人集落の家々に泊り込み
スラブ人家族の妻や娘達を犯した
アヴァール人が気に入ったスラブ人の女は春になっても
アヴァール人が手放さず自分たちの集落に連れて行かれ
思う存分陵辱し孕ませてからスラブ人家族のもとに返した


134 :世界@名無史さん:2009/03/19(木) 02:09:12 0
>>133
ソースは?

135 :世界@名無史さん:2009/04/18(土) 19:43:18 0
ウィキペディアだが気になる記述があった
実際、近代蒙古語で投下奴隷をunaganといい、信憑性はありそうである。
また、Edwin G. Pulleyblank は、古代中国人は外国語の「a」をしばしば
「烏」で写す例が多く、音声上では烏桓の古音はah-hwarでありうる可能性が強く、
烏桓はむしろ後世ヨーロッパに侵入したアジアの遊牧民族Awar
(アヴァール)を写したものではないかとしている。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%83%8F%E6%A1%93

136 :世界@名無史さん:2009/04/18(土) 20:05:17 0
アヴァールはアジア(ウラル以東)から来た遊牧民族で、
ヨーロッパ人の印象からフン族に被るところまではわかっている。
柔然=アヴァールと言うのは、フン=匈奴と似た発想だが、
信憑性は柔然=アヴァールのほうが強そうだ。


137 :世界@名無史さん:2009/04/19(日) 01:37:03 0
なんというかね、遊牧民の中でも
戦闘力が低い民族のように思うんだ

138 :世界@名無史さん:2009/04/19(日) 07:25:20 0
たぶんモンゴロイドだろうね。
フンはコーカソイドという説が有力だけどね。
今のハンガリー人に若干モンゴロイドの血が入っているのは、
フンではなくアヴァールとクマン人の影響だろう。

139 :世界@名無史さん:2009/04/19(日) 07:49:42 0
前にフン族の女性の人骨を復元したCGを見たが、
どう見てもアジア系の顔だったぞ。中央から出土するフン族の墓
からも背の低いモンゴロイドの人骨が出土するそうだ。
コーカソイド説など聞いたことがないぞ。
そいつはフン族に従属させられたゲルマン人だろう。

140 :世界@名無史さん:2009/04/19(日) 09:59:06 0
ブルガールもモンゴロイドだったが
現地のスラブ人と同化して
いまの白人顔になったんだろうか

141 :世界@名無史さん:2009/04/19(日) 11:19:49 0
タタール人とロシア人の違いはより白人的なのがロシア人。
黒目・黒髪がタタール人。ただし、顔立ちはもはや西欧人顔。
原ブルガール人もコーカソイドとしても、黒目・黒髪系だね。
人類学用語では地中海人種ということになるだろうが、
実は白・黄混血か未分化の人種だろう。

142 :世界@名無史さん:2009/04/25(土) 16:07:56 0
>>牽引式投石器
攻城兵器?

143 :世界@名無史さん:2009/04/25(土) 17:58:51 0
>>135
アヴァール、烏桓、柔然がつながるとはロマンを感じるねぇ
そういう説もあるというだけで定説ではないんだろうけど

144 :世界@名無史さん:2009/04/25(土) 18:32:19 0
本当のアヴァール人はそう多くないだろうね。
大半は支配下の元ケルト人、スラブ人、ダキア人あたりか。
ゲルマン人もゲピーデンとか若干いそう。

145 :世界@名無史さん:2009/04/25(土) 22:41:40 0
>>142
こういう人力でロープを引いて発射するやつ。
ttp://www.legionxxiv.org/trebuchetpage/trebtracosprey.jpg

中国ではモンゴル帝国あたりまで主流だったが、ヨーロッパではアヴァール人が来るまで
知られていなかったらしい。

146 :世界@名無史さん:2009/04/25(土) 22:46:18 0
>>145
勉強になった。ありがとうございます

147 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 06:00:33 O
日本語版wikiのアヴァールの項は酷いな
詳細な英語版wikiのAvarsと見比べるとわかるけど
単なる要約であんなに簡略化しただけでなく、英語版には記載されてない余計な事まで書いてある
しかも外部リンクは一つだけ
なめてるとしか思えない

148 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 08:06:50 0
日本人にとってアヴァール人は縁遠い存在だからね。

149 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 13:14:09 0
ウィキペディアはあてにできんというわけだ

150 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 18:31:24 0
今の中央アジアに住んでいる白人はソ連時代に入植したスラブ人?

151 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 18:53:57 0
それとタジク人。

152 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 19:22:32 O
>>149
少なくとも90年代末以降の三、四典の参考文献で複数国からの出典が最低条件
そして特に冷戦前や冷戦後10年以内の旧共産圏からの出典は注意が必要だ
明らかに政治的な意向で偏向した記載が多いからね

wikiなんかよりは偏向のない中立的な大学等で専門的に研究してるサイト捜した方が無難だ

153 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 21:35:53 0
アヴァール人も殺した敵の頭がい骨で酒を飲む風習があったんだろうか

154 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 21:38:19 0
トルコ・モンゴル系の遊牧民ならそうでしょうね。
フンやモンゴルと同様に。
だから西洋人に恐れられているのでは。

155 :世界@名無史さん:2009/04/26(日) 22:44:29 O
>>154
古代の欧州人(ローマ、ゲルマン)がフン族と接触した時恐れた一因には
奴隷に対する取扱いの考え方の違いがある
古代欧州人は奴隷を捕らえても技術のある者は解放奴隷として半自由人となる者もいるし
技術がなくとも身代金目当てで中立地帯で金と引き換え奴隷を解放する慣習があった
しかしフン族に奴隷化されると二度と郷里に戻れることもなく
解放もされず終身隷属化される
このフン族の奴隷に対する対応は中世以降の欧州人の奴隷に対する対応に強い影響を与えた

156 :世界@名無史さん:2009/04/28(火) 05:40:18 0
西欧人が初めて見た黄色人種ということかな。
集団単位ではの話だけど。

157 :世界@名無史さん:2009/04/28(火) 21:05:57 0
アヴァール民族系統 予想
本命 1.モンゴル系
対抗 2.テュルク系
単穴 3.ウゴル系
大穴 4.チベット系

158 :世界@名無史さん:2009/04/29(水) 11:59:19 0
3と4はないんじゃないか。
たぶん1でひょっとしたら2かも、という程度。

159 :世界@名無史さん:2009/05/02(土) 13:03:09 0
要するにアヴァール人の血統は今のハンガリー人に少しは流れている?

160 :世界@名無史さん:2009/05/02(土) 14:34:49 0
一人も逃さず徹底的に根絶とか追放とかしない限り、
消息の途絶えた所で混血したと推定されるのでは。

161 :世界@名無史さん:2009/05/04(月) 11:52:54 0
つまりハンガリー人は、
ゲピード人、アヴァール人、ケルト人、スラブ人などの混合体。
マジャール人はごく一部にしか過ぎない。

162 :世界@名無史さん:2009/05/04(月) 11:59:59 0
だが、マジャールの言語と歴史が混合体を覆ったのであった。

163 :世界@名無史さん:2009/05/04(月) 13:55:51 0
ルーマニアではトランシルヴァニアで、スロヴァキアでは全域で、ハンガリー人の文化は駆逐されたけど

164 :世界@名無史さん:2009/05/04(月) 14:02:58 0
それは国策だな。
特にスロヴァキア人は、ハンガリー人の一部というハンガリー側の主張に
猛烈に抵抗したからな。

165 :世界@名無史さん:2009/05/04(月) 21:49:24 0
トランシルヴァニアはごたまぜ状態が維持されてますな。

166 :世界@名無史さん:2009/05/07(木) 11:34:43 0
日本もアイヌと土蜘蛛のごたまぜか

167 :世界@名無史さん:2009/07/27(月) 22:48:27 0
age

168 :世界@名無史さん:2009/07/28(火) 22:10:26 0
アナトリアのトルコ人もギリシャ人、スラブ人、クルド人、アルメニア人の集合体だな
いやそもそもアナトリアを制圧したセルジュークも
その時点でペルシャの血が入っていたかも

169 :世界@名無史さん:2009/08/19(水) 08:45:47 0
遊牧民だねえ。

170 :世界@名無史さん:2009/08/27(木) 08:38:41 0
>>157
いやいや本命はテュルク系だろ
言語学てきにはアヴァール人はテュルク系で間違いないが
もし柔然と同族であるならばテュルク化していただろうと、とにかくモンゴル帝国以前に侵入してきた遊牧民族は殆どテュルク系で間違いない

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