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現地語で世界史を勉強するスレ

1 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:16:39 0
現地語で世界史を勉強するスレです。

三国志は中国語、ローマ帝国はイタリア語、フランス革命はフランス語、
そんでもって、ベルリンの壁崩壊はドイツ語で勉強するのです。

では、難易度高めだけど、あとヨロピコ!

2 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:19:44 0
よろぴこじゃねーよ死ね

3 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:20:26 0
よろぴこじゃねーよ死ね

4 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:21:13 0
よろぴこじゃねーよ死ね

5 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:22:00 0
よろぴこじゃねーよ死ね

6 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:22:50 0
よろぴこじゃねーよ死ね

7 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:23:32 0
>>1

シャースーラ!(ナンチッテ)

8 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 18:24:17 0
糞スレ確定の流れ

9 ::2008/12/07(日) 18:38:52 0
誰かおれに北京語教えて。

10 :不自由の歴史家の卵の殻を割る者:2008/12/11(木) 21:11:48 0
>>2-6はイエスマン何号かな?

11 :世界@名無史さん:2008/12/19(金) 00:54:06 0
>>9
ニーハオ、シエシエ、ツァイチエン

12 :世界@名無史さん:2008/12/28(日) 07:39:01 0
>>1
>ローマ帝国はイタリア語

ラテン語でやれ。

13 :世界@名無史さん:2008/12/28(日) 11:58:26 0
現地語で勉強するといっても英語以外の原書は送料高くて買うのにも一苦労。
英語の本に関してはたいてい日本のアマゾンより紀伊国屋オンラインの方が安い。

14 :世界@名無史さん:2008/12/28(日) 13:13:55 0
現地語で歴史をやるってのは、当然一次史料を読むってのを射程に入れてのことなんだろうな?

15 :世界@名無史さん:2008/12/28(日) 14:57:46 0
世界史の先生って、日本語で世界史を教えてくれたけど、
先生が学んだ日本語の書物以上には知識がない訳で、
詳しく知ろうとすると自ずと現地語を勉強することになるんだ。

例えば、米国の世界史の先生が日本の忍者について
教えていたとすると、英語だけの書物でどんだけの説明が
できるんだよって思う。

日本人が世界史を学ぶ場合、よりマイナー言語の日本語になって
いる書物に限られるわけだし、表面的にしか学ぶことできないんじゃないのかと。

16 :世界@名無史さん:2008/12/28(日) 15:17:41 0
まあ、実は日本語の本の出版点数は、英語についで世界で2番目で、超メジャー言語なんだけどな。

17 :世界@名無史さん:2008/12/28(日) 16:45:56 O
日本史の研究してると俗説を信じなくなり、
海外の有名な逸話も疑わしくなるね。

18 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 00:45:49 0
>>1よ。さぁ勉強を始めようか。

Gaius Iulius Caesar:
Praenomine abbreviato C. Iulius Caesar (100 a.C.n.–44 a.C.n.),
fuit vir publicus militarisque ex stirpe patricia,
bis consul Romanus, dictator perpetuus, orator, scriptor, poeta.

http://la.wikipedia.org/wiki/Gaius_Iulius_Caesar

19 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 09:00:43 0
>>16
日本語出版物なんて1億ちょっとの日本人にしか興味持たれてないのに腸メジャーってw

20 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 09:42:04 0
1億ちょっとがどれだけ巨大な市場なのか分かってる?

あと、日本人の語学下手のお陰で、翻訳レベルやスタンスが群を抜いて高い。
(ヨーロッパ語通しだと、逐語訳レベルで要が足りてしまうので、翻訳技術があまり発展しなかったし、
態度もかなりいい加減だったりする。)


また、日本人の好奇心のお陰か、やたら出版点数を増やした産物のお陰か、かなりマイナーな
言語の出版物まで、日本語に翻訳出版されていて、実は日本語を学ぶ最大のメリットは、
こういうマイナー言語を日本語を通じて読むことが出来ることだったりする。

21 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 10:00:15 0
>>20
マイナー言語の本ってそんなに訳されているのか?どうもほとんど英語の本
ばかりのような気がしていたが。日本は圧倒的な翻訳大国なのは分かるが、
マイナー言語の学習などは英語の本などを使わないと、日本語では入門くらい
しかできないのではないか。

22 :世界@名無史さん:2008/12/31(水) 10:54:23 0
>>19があほすぎて笑った、日本語圏をマイナー扱いしたいんだったら、人口で攻めちゃ駄目だよ。

1.2億も人口があって、しかも出版においては標準語で表記も統一されてるんだから。
(他のメジャー言語は、表記法などでも国によって違ったりする。)

悪口言いたいんだったら、一カ国でしか使われていないってこというしかないんだが。

23 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 23:12:07 0
>>21
英語が圧倒的に多いのは確かだけど、マイナー言語の本もあることはある。
時々よくこんな本があるな、と思うような翻訳本がある。
学習するとなると英語以外の言葉はやはり教材が少ないけど、言語の数は豊富。

24 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 02:17:53 0
>>20
>かなりマイナーな言語の出版物まで、日本語に翻訳出版されていて、

鈴木孝夫の『日本語は国際語になりうるか』にも、同じことが書いてあった。

25 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 03:13:56 0
英語の本に頼りすぎる奴はダメだ。
英米至上主義の右翼リヴィジョニストばっかりだし、
英語のネイティブスピーカーどもは非科学的で思い込みが激しすぎる。

五十嵐一先生も言ってたが、外国語が英語しか分からない奴は思考が単純でつまらない人間が多い。

26 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 03:43:14 0
まあ理想を言えば、日本語+英語が出来て、バランスを取るためにもう一カ国語ぐらいは出来た方がいいね。

史料を読むことを考えれば、もっと出来た方がいいけど。

27 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 04:39:14 0
英語もここの板的に言えば18世紀までローカル言語だったわけで
マグナカルタやプリンキピアでさえ、その名の通り英語じゃねぇし

28 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 04:54:15 0
久坂玄瑞は洋語学んでも喋る必要はないと説いている
我々日本人は漢文をよく読むがシナ語は喋れない、なぜならシナ人のように卑怯で惰弱になる事を恐れるからだと

29 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 04:55:15 0
現代日本人が世界史を基礎から学んで、趣味レベルからアマチュア歴史家になるまで
という前提条件で考えると、

勉強する言葉の順序は、

1. 現代英語
2. 東洋史なら漢文、西洋史なら現代フランス語
3. 次の人よろしく

なのかな?

30 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 08:15:46 0
英語が語学的に見てもレベルの低い島国ゴミ言語だからといって勉強しなくても良いって訳じゃない
だいたい世界史は現地語で学ぶべきは当然なのに何でイングランド史にしか関係しない英語叩きになるんだ?
お前らクズは英語はゴミだゴミだほざいてそれを言い訳にして日本語の殻に閉じこもってるだけ
世界史を学ぶ人間なら数カ国語ぐらい出来て当たり前、最低限辞書引きながら第二外国語の本1冊読めるぐらいじゃなきゃ世界史を学ぶ資格は無し

31 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 11:57:26 0
 | /l、 ??
 | (゚_ 。 7  ツンツン
 し⊂、 ~ヽ
    しf_, )〜

 |    /l、
 |    (゚、 。`フ
 し   ]]  "ヽ
    ()ιし(~)〜
 

 |    /l、
 |    ( ゚、 。`フ ンユ?
 し   ]]  "ヽ
    ()ιし(~)〜


32 :世界@名無史さん:2009/01/02(金) 23:25:45 0
>>29
西洋史なら国際共通文語だったラテン語、できれば現代英語よりも先に
なぜなら条約、法律、論文を英訳された物に誤訳がけっこうあるから

33 :世界@名無史さん:2009/01/03(土) 00:34:59 0
>できれば現代英語よりも先に

それって、かなり視野が狭い意見だと思う。


34 :世界@名無史さん:2009/01/03(土) 04:16:33 0
いや基本だろ
ラテン・アメリカ史の英語資料だとウォーカー戦争の香具師ウィリアム・ウォーカーが
英雄視されていたりして、上から目線の偏見に充ち満ちているw
ラテン・アメリカ史はスペイン語、ブラポル語が読めれば充分で英語なんかかえって
邪魔、妨害デムパ

35 :世界@名無史さん:2009/01/03(土) 06:10:45 0
じゃあ、ラテン語と英語をやればアホになるらしいから、俺は200年間国際共通語だったフランス語をやることにするわ。

36 :世界@名無史さん:2009/01/04(日) 00:07:17 0
西洋史だったら自分が専門にしたい国の言葉がいいんじゃないの。
ドイツ史ならドイツ語、スペイン史ならスペイン語とか。
あとラテン語はある程度知識があったほうがいいと思う。

37 :世界@名無史さん:2009/01/04(日) 03:45:07 0
>>29
まず、対象者を類型化しないと意味が無いと思う。

で、どう分けるかだが、

東洋史、西洋史だとさすがに大雑把過ぎるかと。
西洋史にもいろいろあることを理解できない>>32みたいなやつもいるし。

38 :世界@名無史さん:2009/01/04(日) 12:19:08 0
ロシア語ってどうよ?

39 :世界@名無史さん:2009/01/05(月) 18:30:44 0
ロマンス語圏の言語ひとつ覚えれば、ラテン語も英語しか知らないより百倍親しみやすい。

40 :世界@名無史さん:2009/01/06(火) 01:55:04 0
>>38
どうって?

41 :世界@名無史さん:2009/01/08(木) 09:03:44 O
×フローレンス → ○フィレンツェ
×ヴェニス → ○ヴェネツィア
×ハノーヴァー → ○ハノーファー
×バグダッド → ○バグダード
×カイロ → ○(アル=)カーヒラ
×コンスタンティノープル → ○コンスタンティノポリス
×ダマスクス → ○ディマシュク(ッ=シャーム)
×パレスチナ → ○フィラスティーン
×エジプト → ○ミスル
×アレッポ → ○ハラブ
×大邱(だいきゅう) → ○テグ
×仁川(じんせん) → ○インチョン
×済州島(さいしゅうとう) → ○チェジュド

42 :世界@名無史さん:2009/01/09(金) 01:35:26 0
こういうことを言い出すとキリがないんだけど…。
×ハンガリー→○マジャロルサーク
×グルジア→○サカルトヴェロ
×ボヘミア→○ベーメン
×オーストリア→○エスタライヒ
×スペイン→○エスパーニャ
×デンパサール→○ングラライ
×ジョグジャカルタ→○ヨグヤカルタ
×バンコク→○クルンテープ…(以下略)

43 :世界@名無史さん:2009/01/12(月) 12:29:59 0
現地語で勉強する意義は現地の立場、考え方を理解してあげて、
それぞれの立場を尊重することにあるのだろう。

例えば、第二次世界大戦をアメリカの立場でみると、日本はなんて卑怯者なんだとか、
軍が国を動かすなんて許せんとか、アジア人は人種が違うから何を考えているかわからないとか、
そういうふうになるだろう。

別にいろんな言葉を覚える必要はないような気がする。
現地の人が感情を込めて書いたものをそのまま英語に翻訳したものでもいい気がする。

いずれにしても、特定の国の文化や歴史認識の延長線だけで歴史を勉強することは、いいことではない。



44 :世界@名無史さん:2009/01/12(月) 13:31:33 O
>>43
そういった立場の見方の違いを知れるのもあるけど、現地語の論文を容易に学べることの利益の方が大きそう。
中国史好きとしては古漢籍は訓読で読めるんだが、当の本場の論文は中国語だからさ。

45 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 12:54:35 0
このスレなかなか勉強が進まないなあ〜

46 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 13:05:26 0
1はどうした。
ヨロピコやろう

47 :世界@名無史さん:2009/01/25(日) 13:20:27 0
中国語は読み書きだけなら何とかなるでしょ
会話は声調難しすぎワロタ

48 :世界@名無史さん:2009/01/29(木) 01:12:17 0
では勉強いってみようか。

孫文(1866年11月12日−1925年3月12日)

字載之,號逸仙,譜名コ明,幼名帝象,
是近代中國的民主革命家,中國國民黨總理,第一任中華民國臨時大總統,
亦為中華民國國父,同時擁有美國國籍。
孫文流亡日本時,曾化名「中山樵」,
故後人慣以「中山先生」相稱;其後此稱謂便逐漸演化成具體的尊稱「孫中山先生」,
或直呼為「孫中山」。

1940年(民國29年),中華民國國民政府通令全國,讚揚孫氏
「倡導國民革命,手創中華民國,更新政體,永奠邦基,謀世界之大同,求國際之平等」,
尊稱其為「中華民國國父」。孫文被中國國民黨尊為「永遠的總理」;中國共產黨則稱他為「民主革命的先行者」。
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E4%B8%AD%E5%B1%B1

どうでもいいけど孫文の幼名が帝象って初めて知った。「文」よりも凄い名前だな…。

49 :世界@名無史さん:2009/01/30(金) 19:49:38 0
>>48を中国語変換ソフトで変換してみたorz

で勉所、、、テ、ニ、゚よ。
:h字 (1866年 11月 12日の− 1111の年 3月 12日)文字、
仙人に逃げる、名望と徳行は明るくなる、いとけない
名天下に王たる者の象、
(です近代中7サ11待つくろう Gou刃がまくれる 11はるか 11 11太 h道理 )、
初代中人民7フ1 R>ォは大きい、棗2なまごさい A人民7フ1幸福の 1111河原
の新奇な 11 1111字は日本>ォに亡命する、仮名
"中の木こり"はかつて、昔の後人<ゥは"中のやまのさん"互いにとして;
其れの後のこれの便宜ツクBu進展変化が器具の尊敬する":h中やまのさん"
となる、あるいは直っすぐ棗Zャラ(ナツツバキ) O中やまに息を吐き出す。
1940年 (人民7ヤ年)、中人民7フ1すそ 11の 1111ばけもの 11の 111111氏"振り
回す:J1墓穴を唱える 11の 1111中人民7フ1の 11の 11を刃がまくれる #"、国
家の基礎に永久に基礎を安定させる、世界の大、7フ1 Hを頼むこと平等的です、
(尊敬する其れ棗Zャラ(ナツツバキ)鋼なまごさい A人民7サ11浮くあぜ O字に
の中に 7サ11 太 h
門(基)棗Zャラ(ナツツバキ)江西省あばら h道理 );
中7フ1長兄 a6ニ彼棗Zャラ(ナツツバキ)が Gouをつくろ
うすべき 11の南の刃を刃がまくれるは摺のあぜに姓とする

50 :世界@名無史さん:2009/01/31(土) 00:04:09 0
>>49

Infoseek翻訳ならこんな感じ!

ttp://translation.infoseek.co.jp/

---以下翻訳結果---

孫文(1866年11月12日−1925年3月12日)

字の載之、号は楽をする仙、名徳明を作曲して、幼い名の帝の象、
近代的中国の民主革命家で、中国国民党総理、屋敷は中華民国臨時大統領を許して、
亦為中華民国の国の父、同時にアメリカ国籍を擁する。
孫文が亡命する日本の時、以前に名を変える「中山は木を切る」、
故後代の人は慣れて「中山氏」によって似合いで;それ以後のこれは謂がすでにしだいに具体的尊称「孫中山氏」に進化することと称して、
あるいは「孫中山」とすることに呼び捨てにする。

1940年の(中華民国の29年)、中華民国国民政府の通令全国、讚の揚孫氏
「国民革命を唱道して、手は中華民国を創って、政治体系を更新して、永奠の国の基、世界の大同を謀って、国際平等を頼んで」、
それが「中華民国の国の父」とすることと尊称する。孫文は中国国民党の尊が「永久の総理」とされる;中国共産党はすると彼を「民主革命の先行者」と称する。

---


51 :世界@名無史さん:2009/02/01(日) 04:08:16 0
見たこと無い漢字出てくるな

52 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 18:44:57 0
さて、次は・・・

53 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:23:15 0
當代對“英雄”一詞的高頻使用,可以說已形成以“英雄”為核心話語的普泛文化思潮。
但有關“英雄”的認識、評價、衡量標准反而相當混亂,對中國古典“英雄”概念的基本內涵究竟有哪些,其與當代“英雄”概念有何聯系,也少有人提起。
因此,重讀三國時代劉邵在中國文化思想史上首次對古典“英雄”概念內涵所作的較為全面的精辟闡釋,對如何借鑒古典“英雄”概念以正本清源,具有重要現實意義。

劉邵,字孔才,廣平邯鄲人,約生於靈帝光和年間,約卒於正始十六年(245年)。
所著《人物志》是古代人才學的集大成之作,其與古代人才學的關系,猶《文心雕龍》之於古代文論,可謂空前絕后的巨著。
以專篇方式討論“英雄”,並在全書其他多篇中也涉及“英雄”,這在中國文化思想史上尚屬首次。
劉邵對“英雄”問題的研究及對“英雄”概念內涵的精辟闡釋,具有創舉和系統總結性質,代表了魏晉時代“英雄”研究的最高水平。

54 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:25:59 0
第一,在中國思想史上,劉邵首次從語義發生學角度闡釋“英雄”概念。
《英雄》開篇指出:“夫草之精秀者為英,獸之特群者為雄,
故人之文武茂異,取名於此。”揭示了特選以自然界之“英”與“雄”搭配鑄成“英雄”概念的必然理由。
古代人物品格褒詞的語義生成,多遵循“仰則觀象於天,俯則觀法於地”,
“近取諸身,遠取諸物”的原則,主要從人和自然兩大方面取法。
早期一些人物品格褒詞較重凸顯人的原始本能與獸性力量,而在演化過程中,重視人文進化成為重要趨勢。
如“聖賢”概念就特別強調文明化育。
而在“聖賢”觀念深入人心的封建時代,
“英雄”一詞雖也取法自然,但卻不選取自然界某種具體的植物如桃花、杏花,或某種具體的動物如虎、豹等,而是直接以具有概括、
抽象性質的指稱自然的“類”概念,即植物界的“英”——“草之精秀者”,與動物界的“雄”——“獸之特群者”搭配為喻,
強調“英雄”就如同植物界與動物界的杰出代表“英”與“雄”可為自然界的最高層級代表一樣,是中華民族最高層級的全面代表的意義。
可見,“英雄”概念體現了中華民族特有的天人合一文化心理,是中華民族在征服和改造自然的歷史進程中,超越早期視自然物為恐懼、
神秘的認識階段,由與自然的對立關系逐漸走向親和,表現出相當自信的產物。
至於“英雄”概念的語義蘊含與現實“英雄”人物往往具有矛盾性,正好說明這一概念的創造者以理想眼光看待“英雄”,
期望在“聖賢”概念已趨衰微,無能為力的時代,“英雄”能夠真正安世濟民,創造天人親和、文明昌盛的太平盛世。

55 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:29:36 0
第二,從推崇兼善型人才與封建王朝以“文武”立國的思想觀念出發,
強調“英雄”概念的核心內涵是:具備“文”、“武”兼善的全面性能力。
劉邵指出“英雄”是一個完整概念,“英”與“雄”二者不可或缺,不能割裂開來看待:“是故聰明秀出謂之英,膽力過人謂之雄。
此其大體之別名也。若校其分數,則互相各須以二分,取彼一分,然后乃成。
”他並採取極為嚴密的反、正括論,正、反分論的論述方式,詳盡闡述何以如此的原因。
首先以反論方式指出反、正括論。反面括論以直接陳述方式提出:有“英”的兩大素質“聰”與“明”,
而無“雄”之“膽”,則其“說不行”,其“說不行”,就是徒有“聰明”,
徒有“聰明”自然不能稱為需將“英”才與“雄”才相匹配的“英雄”﹔有“雄”的兩大素質“膽”與“力”,而無“英”之“智”,則其“事不成”,
其“事不成”,就是徒有“膽力”,徒有“膽力”,也不能稱為需將“雄”才與“英”才相匹配的“英雄”。

正面括論蘊含在反面括論之中:與這種“英”與“雄”、“雄”與“英”不相匹配情形相反的,此乃真“英雄”也!
緊承反、正括論,以正、反論述方式補充論述是否“英雄”的具體標准。
正論指出,就偏重於“英”的“英雄”來看,“聰”司其“謀始”職責,即《材理》篇所謂“聰能聽序,思能造端”,
也就是劉?注所謂“智以謀事之始”﹔“明”司其“見機”職責,也就是劉?注所謂“明以見事之機”﹔其所具有的“雄膽”則司其決策行動職責,
因為正如劉?注所說,“不決則不能行”。
可見,“聰”足以“謀始”,“明”足以“見機”,膽足以決策行動,是偏重於“英”的“英雄”成功之不可或缺的三大基本要素。

56 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:29:57 0
就偏重於“雄”的“英雄”來看,“力”能“服眾”,“勇”可“排難”,又具有“英智”,是其取得成功不可或缺的三大基本要素。
緊承正論,作者筆鋒陡轉,又從反論指出:如果作為兩類“英雄”的三大基本要素無以完備,不足以稱為“英雄”。
就偏重於“英”的情形來看,主要分兩種:一種是“聰”、“明”不相匹配,“聰能謀始,而明不見機”,這樣的人才,是“可以坐論,
而不可以處事”的平常人才,不足以稱為“英雄”﹔一種是“聰”“明”相配,“聰能謀始,明能見機”,“而勇不能行”,這樣的人才,
“可以循常,而不可以慮變”,是缺乏果決魄力的平常人才,而不是果於決非常之策、行非常之事的

“英雄”。就偏重於“雄”的情形來看,也主要分為兩種:一種是作為“雄”的兩種素質的“力”與“勇”本就不相匹配,
“力能過人,而勇不能行”,這樣的人,充其量,不過是徒有力量的“力人”,連身先士卒的勇士、先鋒都算不上,更不用說稱其為“英雄”了﹔一種是,
具備“雄”的兩種素質“力”與“勇”,“力能過人,勇能行之”,而缺乏“英智”,“智不能斷事”,這樣的人,是名副其實的勇士與先鋒之才,
但“未足以為將帥”,難稱其為“英雄”矣!在劉邵看來,所謂“英雄”,應該是國家的杰出股肱、棟梁乃至主宰。

57 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:30:22 0
第三,劉邵還以實例系統歸納“英雄”的四種類型。
即以“必聰謀能始,明能見機,膽能決之,然后可以為英”的張良和“氣力過人,勇能行之,智足斷事,
乃可以為雄”的韓信分別作為偏重於“英”和偏重於“雄”的兩種人臣“英雄”典型,
以體現在維護封建王朝的前提下,希望“英雄”以其“文”、“武”才能做帝王的股肱之臣的普泛文化心理﹔以劉邦、項羽作為“若一人之身兼有英雄,
則能長世”的兩類創業“英雄”典型。
當然,劉邵也有意回避了“英雄”與天命、道コ的關系問題。
一是衡量“英雄”自以才能為標准。
二是避免觸及現實敏感的天命有無問題,也就是創業“英雄”改朝換代的合法性問題。
考慮到劉邵寫作《人物志》已在由曹爽專權的齊王芳正始時代,臥獸司馬懿正虎視眈眈,
弱主危臣的曹魏政權又走到了與漢末依稀相似的情境,一個新的歷史輪回又將重現。如以劉邦為“聖賢”,
不但會使人聯想到創業“英雄”曹操大成問題的出身背景,
也會為新的政治強人提供顛覆政權的口實,
作為慣看漢末三國政治風雲譎變的曹魏老臣,劉邵豈有憂慮乎?
而無論劉邵怎樣回避,如果“英雄”實力直逼“聖賢”,其與天命、道コ的緊張關系問題在現實政治中就是無法回避的。

58 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 19:30:45 0
劉邵與古典“英雄”概念的基本內涵

ttp://theory.people.com.cn/BIG5/49157/49165/4428355.html

59 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:50:13 0
53-58

誰か訳してくれ

60 :世界@名無史さん:2009/02/21(土) 20:55:08 0
世界史じゃなくてワロタw

61 :世界@名無史さん:2009/05/25(月) 00:08:54 0
みんなが勉強嫌いだということが分かった。

62 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 01:40:33 0
自序

夫聖賢之所美、莫美乎聡明
聡明之所貴、莫貴乎知人。
知人誠智、則衆材得其序、而庶績之業興矣。

是以、聖人著爻象則立君子小人之辞、
叙述詩誌則別風俗雅正之業、制礼、楽則考六芸祇庸之徳、
躬南面則授俊逸相之材、皆所以達衆善而成天功也。

天功既成、則並受名誉。
是以、堯以克明俊徳為称、舜以登庸二八為功、湯以抜有莘之賢為名、文王以挙渭浜之叟為貴。
由此論之、聖人興徳、孰不労聡明於求人、獲安逸於任使者哉!

是故、仲尼不試無所援升、猶序門人以為四科、泛論衆材以弁三等。
又歎中庸以殊聖人之徳、尚徳以勧庶幾之論。
訓六蔽以戒偏材之失、思狂狷以通拘抗之材、疾悾悾而信、以明為似之難保。
又曰、察其所安、観其所由、以知居止之行。
人物之察也、如此其詳。

是以敢依聖訓、誌序人物、庶以補綴遺忘、惟博識君子、裁覧其義焉。

63 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 02:11:06 0
九徴

蓋人物之本、出乎情性。
情性之理、甚微而玄、非聖人之察、其孰能究之哉?

凡有血気者、莫不含元一以為質、稟陰陽以立性、体五行而著形。
苟有形質、猶可即而求之。

凡人之質量、中和最貴矣。
中和之質、必平淡無味、故能調成五材、変化応節。
是故、観人察質、必先察其平淡、而後求其聡明。

聡明者、陰陽之精。
陰陽清和、則中叡外明、聖人淳耀、能兼二美。
知微知章、自非聖人、莫能両遂。
故明白之士、達動之機、而暗於玄機、玄慮之人、識静之原、而困於速捷。
猶火日外照、不能内見、金水内映、不能外光。
二者之義、蓋陰陽之別也。

若量其材質、稽諸五物、五物之徴、亦各著於厥体矣。
其在体也、木骨、金筋、火気、土肌、水血、五物之象也。
五物之実、各有所済。


64 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 02:12:16 0
是故、
 骨植而柔者、謂之弘毅、弘毅也者、仁之質也。
 気清而朗者、謂之文理、文理也者、礼之本也。
 体端而実者、謂之貞固、貞固也者、信之基也。
 筋勁而精者、謂之勇敢、勇敢也者、義之決也。
 色平而暢者、謂之通微、通微也者、智之原也。

五質恒性、故謂之五常矣。
五常之別、列為五徳。

是故、
温直而擾毅、木之徳也。
剛塞而弘毅、金之徳也。
願恭而理敬、水之徳也。
寛栗而柔立、土之徳也。
簡暢而明砭、火之徳也。

雖体変無窮、猶依乎五質。
故其剛柔、明暢、貞固之徴、著乎形容、見乎声色、発乎情味、各如其象。

65 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 02:12:59 0
故心質亮直、其儀勁固、心質休決、其儀進猛、心質平理、其儀安閑。
夫儀動成容、各有態度、直容之動、矯矯行行、休容之動、業業蹌蹌、徳容之動、顒顒卬卬。
夫容之動作、発乎心気、心気之徴、則声変是也。
夫気合成声、声応律呂、有和平之声、有清暢之声、有回衍之声。
夫声暢於気、則実存貌色、故、誠仁、必有温柔之色、誠勇、必有矜奮之色、誠智、必有明達之色。
夫色見於貌、所謂徴神。徴神見貌、則情発於目。
故仁目之精、愨然以端、勇胆之精、曄然以強、然皆偏至之材、以勝体為質者也。
故勝質不精、則其事不遂。
是故、直而不柔則木、勁而不精則力、固而不端則愚、気而不清則越、暢而不平則蕩。
是故、中庸之質、異於此類、五常既備、包以澹味、五質内充、五精外章。
是以、目彩五暉之光也。
故曰、物生有形、形有神精、能知精神、則窮理尽性。
性之所尽、九質之徴也。

66 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 02:14:42 0
然則、平陂之質在於神、明暗之実在於精、勇怯之勢在於筋、強弱之植在於骨、
躁静之決在於気、惨懌之情在於色、衰正之形在於儀、態度之動在於容、緩急之状在於言。
其為人也、質素平澹、中叡外朗、筋勁植固、声清色懌、儀正容直、則九徴皆至、則純粋之徳也。
九徴有違、則偏雑之材也。(九徴所在)
三度不同、其徳異称。
故偏至之材、以材自名、兼材之人、以徳為目、兼徳之人、更為美号。
是故、兼徳而至、謂之中庸、中庸也者、聖人之目也。
具体而微、謂之徳行、徳行也者、大雅之称也。
一至、謂之偏材、偏材、小雅之質也。
一徴、謂之依似、依似、乱徳之類也。
一至一違、謂之間雑、間雑、無恒之人也。
無恒、依似、皆風人末流、末流之質、不可勝論、是以略而不概也。

67 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 02:43:50 0
夫中庸之徳、其質無名。
故鹹而不鹸、淡而不■(酉貴)、質而不縵、文而不繢、能威能懷、能弁能訥、変化無方、以達為節。
是以抗者過之、而拘者不逮。
夫拘抗違中、故善有所章、而理有所失。
是故、
賜シ剛毅、材在矯正、失在激訐。柔順安恕、毎在寛容、失在少決。
雄悍傑健、任在胆烈、失在多忌。精良畏慎、善在恭謹、失在多疑。
強楷堅勁、用在驫イ、失在専固。論弁理繹、能在釈結、失在流宕。
普博周給、弘在覆裕、失在溷濁。清介廉潔、節在倹固、失在拘扃。
休動磊落、業在攀躋、失在疏越。沈静機密、精在玄微、失在遅緩。
樸露径尽、質在中誠、失在不微。多智韜情、権在譎略、失在依違。

及其進徳之日、不止揆中庸、以戒其材之拘抗、而指人之所短、以益其失、猶晋楚帯剣。逓相詭反也。
是故、
強毅之人、狠剛不和、不戒其強之搪突、而以順為撓、資エ抗、是故、可以立法、難与入微。
柔順之人、緩心寛断、不戒其事之不攝、而以抗為劌、安其舒、是故、可与循常、難与権疑。
雄悍之人、気奮勇決、不戒其勇之毀跌、而以順為恇、竭其勢、是故、可与渉難、難与居約。
懼慎之人、畏患多忌、不戒其懦於為義、而以勇為狎、増其疑、是故、可与保全、難与立節。
凌楷之人、秉意勁特、不戒其情之固護、而以弁為偽、強其専、是故、可以持正、難与附衆。
弁博之人、論理贍給、不戒其辞之汎濫、而以楷為繋、遂其流、是故、可与汎序、難与立約。
弘普之人、意愛周洽、不戒其交之溷雑、而以介為狷、広其濁、是故、可以撫衆、難与資ュ。
狷介之人、砭清激濁、不戒其道之隘狭、而以普為穢、益其拘、是故、可与守節、難以変通。
修動之人、志慕超越、不戒其意之大猥、而以静為滞、果其鋭、是故、可以進趨、難与持後。
沈静之人、道思回復、不戒其静之遅後、而以動為疏、美其懦、是故、可与深慮、難与捷速。
樸露之人、中疑実■(石陥去阜)、不戒其実之野直、而以譎為誕、露其誠、是故、可与立信、難与消息。
韜譎之人、原度取容、不戒其術之離正、而以尽為愚、貴其虚、是故、可与讃善、難与矯違。

夫学所以成材也、疏所以推情也、偏材之性、不可移転矣。
雖教之以学、材成而随之以失、雖訓之以恕、推情各従其心。
信者逆信、詐者逆詐、故学不道、恕不周物、此偏材之益失也。

68 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 02:47:31 0
↑体別

69 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 03:01:28 0
流業

蓋人流之業、十有二焉、
有清節家、有法家、有術家、有国体、有器能、有臧否、
有技量、有智意、有文章、有儒学、有口弁、有雄傑。

若夫徳行高妙、容止可法、是謂清節之家、延陵、晏嬰是也。
建法立制、強国富人、是謂法家、管仲、商鞅是也。
思通道化、策謀奇妙、是謂術家、范蠡、張良是也。
兼有三材、三材皆備、其徳足以歯卵ュ、其法足以正天下、其術足以謀廟勝、是謂国体、伊尹、呂望是也。
兼有三材、三材皆微、其徳足以率一国、其法足以正郷邑、其術足以権事宜、是謂器能、子産、西門豹是也。
兼有三材之別、各有一流。
清節之流、不能弘恕、好尚譏訶、分別是非、是謂臧否、子夏之徒是也。
法家之流、不能創思図遠、而能受一官之任、錯意施巧、是謂技量、張敞、趙広漢是也。
術家之流、不能創制垂則、而能遭変用権、権智有余、公正不足、是謂智意、陳平、韓安国是也。
凡此八業、皆以三材為本。故雖波流分別、皆為軽事之材也。
能属文著述、是謂文章、司馬遷、班固是也。
能伝聖人之業、而不能幹事施政、是謂儒学、毛公、貫公是也。
弁不入道、而応対資給、是謂口弁、楽毅、曹丘生是也。
胆力絶衆、才略過人、是謂驍雄、白起、韓信是也。

凡此十二材、皆人臣之任也。
主徳不預焉?主徳者、聡明平淡、達衆材而不以事自任者也。
是故、主道立、則十二材各得其任也、
清節之徳、師氏之任也。法家之材、司寇之任也。術家之材、三孤之任也。
三材純備、三公之任也。三材而微、冢宰之任也。臧否之材、師氏之佐也。
智意之材、冢宰之佐也。技量之材、司空之任也。儒学之材、安民之任也。
文章之材、国史之任也。弁給之材、行人之任也。驍雄之材,将帥之任也。

是謂主道得而臣道序、官不易方、而太平用成。
若道不平淡、与一材同好、則一材処権、而衆材失任矣。

70 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 05:07:05 0
利害

蓋人業之流、各有利害、
夫清節之業、著於儀容、発於徳行、未用而章、其道順而有化。
故其未達也、為衆人之所進、既達也、為上下之所敬。
其功足以激濁揚清、師範僚友。其為業也、無弊而常顕、故為世之所貴。

法家之業、本於制度、待乎成功而効。
其道前口而後治、厳而為衆。故其未達也、為衆人之所忌、已試也、為上下之所憚。
其功足以立法成治。其弊也、為群枉之所讐。其為業也、有敝而不常用、故功大而不終。

術家之業、出於聡思、待於謀得而章。
其道先微而後著、精而且玄。其未達也、為衆人之所不識。其用也、為明主之所珍。
其功足以運籌通変。其退也、蔵於隠微。其為業也、奇而希用、故或沈微而不章。

智意之業、本於度原、其道順而不忤。
故其未達也、為眾人之所容矣、已達也、為寵愛之所嘉。
其功足以讃明計慮。其蔽也、知進而不退、或離正以自全。其為業也、諝而難持、故或先利而後害。

臧否之業、本乎是非、其道廉而且砭。
故其未達也、為衆人之所識、已達也、為衆人之所称。
其功足以変察是非、其蔽也、為詆訶之所怨。其為業也、峭而不裕、故或先得而後離衆。

技量之業、本於事能、其道弁而且速。
其未達也、為衆人之所異、已達也、為官司之所任。
其功足以理煩紏邪。其蔽也、民労而下困。其為業也、細而不泰、故為治之末也。

71 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 05:09:40 0
接識

夫人初甚難知、而士無衆寡、皆自以為知人。
故以己観人、則以為可知也、観人之察人、則以為不識也。
夫何哉?是故、能識同体之善、而或失異量之美。何以論其然?
夫清節之人、以正直為度、故其歴衆材也、能識性行之常、而或疑法術之詭。
法制之人、以分数為度、故能識較方直之量、而不貴変化之術。
術謀之人、以思謨為度、故能成策略之奇、而不識遵法之良。
器能之人、以弁護為度、故能識方略之規、而不知制度之原。
智意之人、以原意為度、故能識韜諝之権、而不貴法教之常。
技量之人、以邀功為度、故能識進趣之功、而不通道徳之化。
臧否之人、以伺察為度、故能識訶砭之明、而不暢倜儻之異。
言語之人、以弁析為度、故能識捷給之恵、而不知含章之美。

是以互相非駁、莫肯相是。取同体也、則接論而相得、取異體也、雖歴久而不知。
凡此之類、皆謂一流之材也。若二至已上、亦随其所兼、以及異数。
故一流之人、能識一流之善。二流之人、能識二流之美。
尽有諸流、則亦能兼達衆材。故兼材之人、与国体同。
欲観其一隅、則終朝足以識之、将究其詳、則三日而後足。何謂三日而後足?
夫国体之人、兼有三材、故談不三日、不足以尽之、一以論道徳、二以論法制、三以論策術、然後乃能竭其所長、而挙之不疑。
然則、何以知其兼偏、而与之言乎?
其為人也、務以流数、杼人之所長、而為之名目、如是兼也、如陳以美、欲人称之、不欲知人之所有、如是者偏也。
不欲知人、則言無不疑。是故、以深説浅、益深益異、異則相返、反則相非。
是故、多陳処直、則以為見美、静聴不言、則以為虚空、抗為高談、則以為不遜、遜譲不尽、則以為浅陋、言称一善、
則以為不博、歴発衆奇、則以為多端、先意而言、則以為分美、因失難之、則以為不喩、説以対反、則以為較己、博以異雑、則以為無要。
論以同体、然後乃悦、於是乎有親愛之情、称挙之誉。此偏材之常失。

72 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 05:10:36 0
英雄
夫草之精秀者為英、獣之特群者為雄、故人之文武茂異、取名於此。
是故、聡明秀出、謂之英、胆力過人、謂之雄。
此其大体之別名也。
若校其分数、則牙則須、各以二分、取彼一分、然後乃成。
何以論其然?夫聡明者、英之分也、不得雄之胆、則説不行、胆力者、雄之分也、不得英之智、則事不立。
是以、英以其聡謀始、以其明見機、待雄之胆行之、雄以其力服衆、以其勇排難、待英之智成之、然後乃能各済其所長也。
若聡能謀始、而明不見機、乃可以座論、而不可以処事。
聡能謀始、明能見機、而勇不能行、可以循常、而不可以慮変。
若力能過人、而勇不能行、可以為力人、未可以為先登。
力能過人、勇能行之、而智不能断事、可以為先登、未足以為将帥。
必聡能謀始、明能見機、胆能決之、然後可以為英、張良是也。
気力過人、勇能行之、智足断事、乃可以為雄、韓信是也。
体分不同、以多為目、故英雄異名。
然皆偏至之材、人臣之任也。故英可以為相、雄可以為将。
若一人之身、兼有英雄、則能長世、高祖、項羽是也。
然英之分、以多於雄、而英不可以少也。
英分少、則智者去之、故項羽気力蓋世、明能合変、而不能聴采奇異、有一范増不用、是以陳平之徒、皆亡帰高祖。
英分多、故群雄服之、英才帰之、両得其用、故能呑秦破楚、宅有天下。
然則英雄多少、能自勝之数也。
徒英而不雄、則雄材不服也、徒雄而不英、則智者不帰往也。
故雄能得雄、不能得英、英能得英、不能得雄。
故一人之身、兼有英雄、乃能役英与雄。
能役英与雄、故能成大業也。

73 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 08:59:59 0
釈争

蓋善以不伐為大、賢以自矜為損。
是故、舜譲於徳而顕義登聞、湯降不遅而聖敬日躋、隙至上人而抑下滋甚、王叔好争而終於出奔。
然則卑譲降下者、茂進之遂路也、矜奮侵陵者、毀塞之険途也。
是以君子挙不敢越儀準、志不敢凌軌等、内勤己以自済、外謙譲以敬懼。
是以怨難不在於身、而栄福通於長久也。彼小人則不然、矜功伐能、好以陵人、是以在前者然害之、有功者人毀之、毀敗者人幸之。
是故、並轡争先而不能相奪、両頓倶折而為後者所趨。由是論之、争譲之途、其別明矣。
然好勝之人、猶謂不然、以在前為速鋭、以処後為留滞、以下衆為卑屈、以躡等為異傑、以譲敵為回辱、以陵上為高氏B
是故、抗奮遂往、不能自反也。夫以抗遇賢必見遜下、以抗遇暴必搆敵難。
敵難既搆、則是非之理必溷而難明、溷而難明則其与自毀何以異哉?
且人之毀己、皆発怨憾、而変生■也、必依託於事飾成端末、其於聴者、雖不尽信、猶半以為然也。
己之校報、亦又如之。終其所帰、亦各有半信著於遠近也。
然則、交気疾争者、為易口而自毀也、並弁競説者、為貸手以自殴、為惑繆豈不甚哉?
然原其所由、豈有躬自厚責以致変訟者乎?
皆由内恕不足、外望不已、或怨彼軽我、或疾彼勝己。
夫我薄而彼軽之、則由我曲而彼直也、我賢而彼不知、則見軽非我咎也。
若彼賢而処我前、則我徳之未至也、若徳鈞而彼先我、則我徳之近次也。夫何怨哉?
且両賢未別、則能譲者為雋矣、争雋未別、則用力者為憊矣。
是故、藺相如以回車決勝於廉頗、寇恂以不闘取賢於賈復。物勢之反、乃君子所謂道也。
是故、君子知屈之可以為伸、故含辱而不弁、知卑譲之可以勝敵、故下之而不疑。

74 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 09:01:08 0
釈争

及其終極、乃転禍為福、屈讐而為友、使怨讐不延於後嗣、而美名宣於無窮、君子之道、豈不裕乎!
且君子能受繊微之小嫌、故無変闘之大訟、小人不能忍小忿之故、終有赫赫之敗辱。
怨在微而下之、猶可以為謙徳也、変在萌而争之、則禍成而不救矣。
是故、陳余以張耳之変、卒受離身之害、彭寵以朱浮之隙、終有覆亡之禍。禍福之機、可不慎哉!
是故、君子之求勝也、以推譲為利鋭、以自修為棚櫓、静則閉黙泯之玄門、動則由恭順之通路。
是以戦勝而争不形、敵服而怨不搆。若然者、悔吝不存於声色、夫何顕争之有哉?
彼顕争者、必自以為賢人、而人以為険詖者。実無険徳、則無可毀之義。若信有険徳、又何可与訟乎?
険而与之訟、是檻児而触虎、其可乎?怒而害人、亦必矣!
易曰、「険而違者、訟。訟必有衆起」
老子曰、「夫惟不争、故天下莫能与之争」
是故、君子以争途之不可由也。是以越俗乗高、独行於三等之上。何謂三等?
大無功而自矜、一等。有功而伐之、二等。功大而不伐、三等。
愚而好勝、一等。賢而尚人、二等。賢而能譲、三等。
緩己急人、一等。急己急人、二等。急己寛人、三等。
凡此数者、皆道之奇、物之変也。三変而後得之、故人末能遠也。夫唯知道通変者、然後能処之。
是故、孟之反以不伐獲聖人之誉、管叔以弁賞受嘉重之賜、夫豈詭遇以求之哉?乃純徳自然之所合也。
彼君子知自損之為益、故功一而美二、小人不知自益之為損、故一伐而並失。
由此論之、則不伐者伐之也、不争者争之也、譲敵者勝之也、下衆者上之也。
君子誠能睹争途之名険、独乗高於玄路、則光暉煥而日新、徳声倫於古人矣。

75 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 09:17:41 0
効難
蓋知人之効有二難、有難知之難、有知之無由得効之難。
何謂難知之難?人物精微、能神而明、其道甚難、固難知之難也。
是以衆人之察、不能尽備。故各自立度、以相観采。
或相其形容、或候其動作、或揆其終始、或揆其擬象、或推其細微、或恐其過誤、或循其所言、或稽其行事。
八者遊雑、故其得者少、所失者多。是故必有草創信形之誤、又有居止変化之謬、故其接遇観人也、随行信名、失其中情。
故浅美揚露、則以為有異。深明沈漠、則以為空虚。分別妙理、則以為離婁。口伝甲乙、則以為義理。
好説是非、則以為臧否。講目成名、則以為人物。平道政事、則以為国体。
猶拝有声之類、名随其音。夫名非実、用之不効。
故曰、名猶口進、而実従事退。中情之人、名不副実、用之有効、故名由衆退、而実従事章。
此草創之常失也。故必待居止、然後識之。
故居視其所安、達視其所挙、富視其所与、窮視其所為、貧視其所取。
然後乃能知賢否。此又已試、非始相也。
所以知質未足以知其略、且天下之人、不可得皆与遊処。
或志趣変易、随物而化、或未至而懸欲、或已至而易顧、或窮約而力行、或得志而従欲、此又居止之所失也。
由是論之、能両得其要、是難知之難。何謂無由得効之難?
上材已莫知、或所識在幼賎之中、未達而喪。或所識者、未抜而先没。或曲高和寡、唱不見讃。
或身卑力微、言不見亮。或器非時好、不見信貴。或不在其位、無由得抜。或在其位、以有所屈迫。
是以良材識真、万不一遇也。須識真在位識、百不一有也。以位勢値可薦致之士、十不一合也。
或明足識真、有所妨奪、不欲貢薦、或好貢薦、而不能識真。
是故、知与不知、相与分乱於総猥之中、実知者患於不得達効、不知者亦自以為未識。
所謂無由得効之難也。

76 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 09:40:08 0
材能

或曰、人材有能大而不能小、猶函牛之鼎不可以烹鶏、愚以為此非名也。
夫能之為言、已定之称、豈有能大而不能小乎?
凡所謂能大而不能小、其語出於性有寛急、性有寛急、故宜有大小。
寛弘之人、宜為郡国、使下得施其功、而総成其事、急小之人、宜理百里、使事弁於己。
然則郡之与県、異体之大小者也、以実理寛急論弁之、則当言大小異宜、不当言能大不能小也。
若夫鶏之与牛、亦異体之小大也、故鼎亦宜有大小。若以烹犢、則豈不能烹鶏乎?
故能治大郡、則亦能治小郡矣。推此論之、人材各有所宜、非独大小之謂也。夫人材不同、能各有異。
有自任之能、有立法使人之能、有消息弁護之能、以徳教師人之能、有行事使人譴譲之能、有司察紏摘之能、有権奇之能、有威猛之能。
夫能出於材、材不同量、材能既殊、任政亦異。

77 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 09:41:31 0
材能

是故、
自任之能、清節之材也、故在朝也、則冢宰之任。為国、則矯直之政。
立法之能、治家之材也、故在朝也、則司寇之任。為国、則公正之政。
計策之能、術家之材也、故在朝也、則三孤之任。為国、則変化之政。
人事之能、智意之材也、故在朝也、則冢宰之佐。為国、則諧合之政。
行事之能、譴譲之材也、故在朝也、則司寇之佐。為国、則督責之政。
権奇之能、技量之材也、故在朝也、則司空之任。為国、則芸事之政。
司察之能、臧否之材也、故在朝也、則師氏之佐。為国、則刻削之政。
威猛之能、豪傑之材也、故在朝也、則将帥之任。為国、則厳飼V政。
凡偏材之人、皆一味之美。故長於弁一官、而短於為一国。
何者?夫一官之任、以一味協五味。一国之政、以無味和五味。
又国有俗化、民有劇易。而人材不同、故政有得失。

是以、
王化之政、宜於統大、以之治小則迂。弁護之政、宜於治煩、以之治易則無易。
策術之政、宜於治難、以之治平則無奇。矯抗之政、宜於治侈、以之治弊則残。
諧和之政、宜於治新、以之治旧則虚。公刻之政、宜於紏姦、以之治辺則失衆。
威猛之政、宜於討乱、以之治善則暴。技量之政、宜於治富、以之治貧則労而下困。
故量能授官、不可不審也。凡此之能、皆偏材之人也。
故或能言而不能行、或能行而不能言。至於国体之人、能言能行、故為衆材之雋也。
人君之能異於此。故臣以自任為能、君以用人為能。臣以能言為能、君以能聴為能。
臣以能行為能、君以能賞罰為能。所能不同、故能君衆材也。

78 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 10:47:35 0
材理

夫建事立義、莫不須理而定、及其論難、鮮能定之。
夫何故哉?蓋理多品而人異也。
夫理多品則難通、人材異則情詭、情詭難通、則理失而事違也。
夫理有四部、明有四家、情有九偏、流有七似、説有三失、難有六構、通有八能。
若夫天地気化、盈気損益、道之理也。法制正事、事之理也。礼教宜適、義之理也。人情枢機、情之理也。
四理不同、其於才也、須明而章、明待質而行。是故、質於理合、合而有明、明足見理、理足成家。
是故、質性平淡、思心玄微、能通自然、道理之家也。質性警徹、権略機捷、能理煩速、事理之家也。
質性和平、能論礼教、弁其得失、義礼之家也。質性機解、推情原意、能適其変、情理之家也。

四家之明既異、而有九偏之情、以性犯明、各有得失、
剛略之人、不能理微。故其論大体則弘博而高遠、歴繊理則宕往而疏越。
抗飼V人、不能回撓。論法直則括処而公正、説変通則否戻而不入。
堅勁之人、好攻其事実。指機理則穎灼而徹尽、渉大道則径露而単持。
弁給之人、弁煩而意鋭。推人事則精識而窮理、即大義則恢愕而不周。
浮沈之人、不能沈思。序疏数則闊達而傲博、立事要則■炎而不定。
浅解之人、不能深難。聴弁説則擬鍔而愉悦、審精理則掉転而無根。
寛恕之人、不能速捷。論仁義則弘詳而長雅、趨時務則遅緩而不及。
温柔之人、力不休強。味道則順適而和暢、擬疑難則濡懦而不尽。
好奇之人、逸而求異。造権譎則倜儻而瑰壮、案清道則詭常而恢迂。
所謂性有九偏、各従其心之所可以為理。若乃性不精暢、則流有七似。
有漫談陳説、似有流行者。有理少多端、似若博意者。有回説合意、似若讃解者。
有処後持長、従衆所安、似能聴断者。有避難不応、似若有余、而実不知者。有慕通口解、似悦而不懌者。
有因勝情失、窮而称妙、跌則掎蹠、実求両解、似理不可屈者。

79 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 10:49:07 0
材理

凡此七似、衆人之所惑也。
夫弁、有理勝、有弁勝。理勝者、正白黒以広論、釈微妙而通之。
辞勝者、破正理以求異、求異則正失矣。夫九偏之材、有同、有反、有雑。同則相解、反則相非、雑則相恢。
故善接論者、度所長而論之。歴之不動則不説也、傍無聴達則不難也。
不善接論者、説之以雑、反。説之以雜、反、則不入矣。
善喩者、以一言明数事。不善喩者、百言不明一意。百言不明一意、則不聴也。是説之三失也。
善難者、務釈事本。不善難者、舍本而理末。舍本而理末、則辞構矣。
善攻強者、下其盛鋭、扶其本指以漸攻之。不善攻強者、引其誤辞以挫其鋭意。挫其鋭意、則気構矣。
善躡失者、指其所跌。不善躡失者、因屈而抵其性。
因屈而抵其性、則怨構矣。或常所思求、久乃得之、倉卒諭人。人不速知、則以為難諭。
以為難諭、則忿構矣。夫盛難之時、其誤難迫。故善難者、徴之使還。
不善難者、凌而激之、雖欲顧藉、其勢無由。其勢無由、則妄構矣。
凡人心有所思、則耳且不能聴、是故並思倶説、競相制止、欲人之聴己。
人亦以其方思之故、不了己意、則以為不解。
人情莫不諱不解、諱不解則怒構矣。
凡此六構、変之所由興矣。
然雖有変構、猶有所得。若説而不難、各陳所見、則莫知所由矣。
由此論之、談而定理者眇矣。
必也。聡能聴序、思能造端、明能見機、辞能弁意、捷能攝失、守能待攻、攻能奪守、奪能易予。
兼此八者、然後乃能通於天下之理、通於天下之理、則能通人矣。
不能兼有八美、適有一能、則所達者偏、而所有異目矣。

80 :世界@名無史さん:2009/07/23(木) 10:50:15 0
材理

是故、
聡能聴序、謂之名物之材。
思能造端、謂之構架之材。
明能見機、謂之達識之材。
辞能弁意、謂之贍給之材。
捷能摂失、謂之権捷之材。
守能待攻、謂之持論之材。
攻能奪守、謂之推徹之材。
奪能易予、謂之貿説之材。
通材之人、既兼此八材、行之以道、与通人言、則同解而心喩。
与衆人之言、則察色而順性。雖明包衆理、不以尚人。聡叡資給、不以先人。
善言出己、理足則止。鄙誤在人、過而不迫。写人之所懷、扶人之所能。
不以事類犯人之所■、不以言例及己之所長。説直説変、無所畏悪。采蟲声之善音、賛愚人之偶得。
奪与有宜、去就不留。方其盛気、折謝不吝。方其勝難、勝而不矜。
心平志諭、無士無莫、期於得道而已矣、是可与論経世而理物也。

81 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 01:51:44 0
八観-1

八観者、
一曰観其奪救、以明間雑。
二曰観其感変、以審常度。
三曰観其志質、以知其名。
四曰観其所由、以弁依似。
五曰観其愛敬、以知通塞。
六曰観其情機、以弁恕惑。
七曰観其所短、以知所長。
八曰観其聡明、以知所達。

何謂観其奪救、以明間雑?
夫質有至有違、若至勝違、則悪情奪正、若然而不然。
故仁出於慈、有慈而不仁者、仁必有恤、有仁而不恤者、歯K有剛、有試ァ不剛者。
若夫見可憐則流涕、将分与則吝嗇、是慈而不仁者。
睹危急則惻隠、将赴救則畏患、是仁而不恤者。
処虚義則色氏A顧利欲則内荏、是試ァ不剛者。
然而慈而不仁者、則吝奪之也。仁而不恤者、則懼奪之也。試ァ不剛者、則欲奪之也。

82 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 01:53:19 0
八観-2

故曰、慈不能勝吝、無必其能仁也、仁不能勝懼、無必其能恤也、歯s能勝欲、無必其能剛也。
是故、不仁之質勝、則技力為害器、貪悖之性勝、則強猛為禍梯。
亦有善情救悪、不至為害、愛恵分篤、雖傲狎不離、助善者明、雖疾悪無害也、救済過厚、雖取人不貪也。
是故、観其奪救、而明間雑之情、可得知也。
何謂観其感変、以審常度?
夫人厚貌深情、将欲求之、必観其辞旨、察其応賛。
夫観其辞旨、猶聴音之善醜。察其応賛、猶視智之能否也。
故観辞察応、足以互相別識。
然則、論顕揚正、白也。不善言応、玄也。経緯玄白、通也。移易無正、雑也。先識未然、聖也。追思玄事、叡也。
見事過人、明也。以明為晦、智也。微忽必識、妙也。美妙不昧、疏也。測之益深、実也。
仮合R耀、虚也。自見其美、不足也。不伐其能、有余也。
故曰、凡事不度、必有其故、憂患之色、乏而且荒。疾■之色、乱而垢雑。喜色、愉然以懌。
慍色、資R以揚。妬惑之色、冒昧無常。及其動作、蓋並言辞。
是故、其言甚懌、而精色不従者、中有違也。其言有違、而精色可信者、辞不敏也。
言未発而怒色先見者、意憤溢也。言将発而怒気送之者、強所不然也。

83 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 01:54:04 0
八観-3

凡此之類、徴見於外、不可奄違、雖欲違之、精色不従、感愕以明、雖変可知。是故、観其感変、而常度之情可知。
何謂観其至質、以知其名?
凡偏材之性、二至以上、則至質相発、而令名生矣。
是故、骨直気清、則休名生焉。気清力勁、則烈名生焉。勁智精理、則能名生焉。智直強愨、則任名生焉。
集於端質、則令徳済焉。加之学、則文理灼焉。是故、観其所至之多少、而異名之所生可知也。何謂観其所由、以弁依似?
夫純訐性違、不能公正。依訐似直、以訐訐善。純宕似流、不能通道。依宕似通、行傲過節。
故曰、直者亦訐、訐者亦訐、其訐則同、其所以為訐則異。通者亦宕、宕者亦宕、其所以為宕則異。
然則、何以別之?直而能温者、徳也。直而好訐者、偏也。訐而不直者、依也。
道而能節者、通也。通而時過者、偏也。宕而不節者、依也。偏之与依、志同質違、所謂似是而非也。
是故、軽諾似烈而寡信、多易似能而無効、進鋭似精而去速、訶者似察而事煩、訐施似恵而無成、面従似忠而退違、此似是而非者也。
亦有似非而是者、大権似姦而有功、大智似愚而内明、博愛似虚而実厚、正言似訐而情忠。
夫察似明非、御情之反、有似理訟、其実難別也。非天下之至精、其孰能得其実?
故聴言信貌、或失其真。詭情御反、或失其賢。賢否之察、実在所依。
是故、観其所依、而似類之質、可知也。何謂観其愛敬、以知通塞?

84 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 01:55:21 0
八観-4

蓋人道之極、莫過愛敬。是故、孝経以愛為至徳、以敬為要道。
易以感為徳、以謙為道。老子以無為徳、以虚為道。礼以敬為本。楽以愛為主。
然則、人情之質、有愛敬之誠、則与道徳同体。動獲人心、而道無不通也。
然愛不可少於敬、少於敬、則廉節者帰之、而衆人不与。
愛多於敬、則雖廉節者不悦、而愛接者死之。何則?
敬之為道也、厳而相離、其勢難久。愛之為道也、情親意厚、深而感物。
是故、観其愛敬之誠、而通塞之理、可得而知也。何謂観其情機、以弁恕惑?
夫人之情有六機。杼其所欲則喜、不杼其所欲則悪、以自代歴則悪、以謙損下之則悦、犯其所乏則■、以悪犯■則妬。此人性之六機也。
夫人情莫不欲遂其志、故、烈士楽奮力之功、善士楽督政之訓、能士楽治乱之事、術士楽計策之謀、弁士楽陵訊之辞、貪者楽貨財之積、幸者楽権勢之尤。
苟賛其志、則莫不欣然、是所謂杼其所欲則喜也。
若不杼其所能、則不獲其志、不獲其志則戚。
是故、功力不建則烈士奮、徳行不訓則正人哀哀、政乱不治則能者歎歎、敵能未弭則術人思思、貨財不積則貪者憂憂、権勢不尤則幸者悲、是所謂不杼其能則怨也。
人情莫不欲処前、故悪人之自伐。自伐、皆欲勝之類也。
是故、自伐其善則莫不悪也、是所謂自伐歴之則悪也。
人情皆欲求勝、故悦人之謙。謙所以下之、下有推与之意。
是故、人無賢愚、接之以謙、則無不色懌。是所謂以謙下之則悦也。
人情皆欲掩其所短、見其所長。是故、人駮其所短、似若物冒之、是所謂駮其所伐則■也。
人情陵上者也、陵犯其所悪、雖見憎未害也。若以長駮短、是所謂以悪犯■、則妬悪生矣。
凡此六機、其帰皆欲処上。是以君子接物、犯而不校、不校則無不敬下、所以避其害也。
小人則不然、既不見機、而欲人之順己。
以佯愛敬為見異、以偶邀会為軽。苟犯其機、則深以為怨。是故、観其情機、而賢鄙之志、可得而知也。

85 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 01:56:20 0
八観-5

何謂観其所短、以知所長?
夫偏材之人、皆有所短。故、直之失也訐、剛之失也氏A和之失也懦、介之失也拘。
夫直者不訐、無以成其直。既悦其直、不可非其訐。訐也者、直之徴也。
剛者不氏A無以済其剛。既悦其剛、不可非其氏B事邇メ、剛之徴也。
和者不懦、無以保其和。既悦其和、不可非其懦。懦也者、和之徴也。
介者不拘、無以守其介。既悦其介、不可非其拘。拘也者、介之徴也。
然有短者、未必能長也。有長者必以短為徴。是故、観其徴之所短、而其材之所長可知也。
何謂観其聡明、以知所達?
夫仁者徳之基也、義者徳之節也、礼者徳之文也、信者徳之固也、智者徳之帥也。
夫智出於明、明之於人、猶昼之待白日、夜之待燭火。其明益盛者、所見及遠、及遠之明雑。
是故、守業勤学、未必及材。材芸精巧、未必及理。理意晏給、未必及智。智能経事、未必及道。道思玄遠、然後乃周。
是謂学不及材、材不及理、理不及智、智不及道。道也者、回復変通。
是故、別而論之。各自独行、則仁為勝。合而倶用、則明為将。
故以明将仁、則無不懐。以明将義、則無不勝。以明将理、則無不通。
然則、苟無聡明、無以能遂。
故好声而実不克則恢、好弁而礼不至則煩、好法而思不深則刻、好術而計不足則偽。
是故、鈞材而好学、明者為師。比力而争、智者為雄。等徳而斉、達者称聖、聖之為称、明智之極明也。
是故、観其聡明、而所達之材可知也。

86 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 02:31:28 0
七繆-1

七繆、
一曰察誉有偏頗之繆、
二曰接物有愛悪之惑、
三曰度心有大小之誤、
四曰品質有早晩之疑、
五曰変類有同体之嫌、
六曰論材有申圧之詭、
七曰観奇有二尤之失。

夫采訪之要、不在多少。
然徴質不明者、信耳而不敢信目。
故、人以為是、則心随而明之、人以為非、則意転而化之、雖無所嫌、意若不疑。
且人察物、亦自有誤、愛憎兼之、其情万原、不暢其本、胡可必信。
是故、知人者、以目正耳、不知人者、以耳敗目。
故州閭之士、皆誉皆毀、未可為正也。交遊之人、誉不三周、未必信是也。
夫実厚之士、交遊之間、必毎所在肩称。上等援之、下等推之、苟不能周、必有咎毀。
故偏上失下、則其終有毀、偏下失上、則其進不傑。
故誠能三周、則為国所利、此正直之交也。
故皆合而是、亦有違比。皆合而非、或在其中。
若有奇異之材、則非衆所見。而耳所聴采、以多為信、是繆於察誉者也。
夫愛善疾悪、人情所常。苟不明賢、或疏善善非。
何以論之?夫善非者、雖非猶有所是、以其所是、順己所長、則不自覚情通意親、忽忘其悪。
善人雖善、猶有所乏。以其所乏、不明己長。以其所長、軽己所短。則不自知志乖気違、忽忘其善。
是惑於愛悪者也。夫精欲深微、質欲懿重、志欲弘大、心欲謙小。
精微所以入神妙也、懿重所以崇徳宇也、志大所以戡物任也、心小所以慎咎悔也。
故詩詠文王、「小心翼翼」「不大声以色」
小心也、「王赫斯怒、以対於天下」志大也。
由此論之、心小志大者、聖賢之倫也。心大志大者、豪傑之雋也。
心大志小者、傲蕩之類也。心小志小者、拘懦之人也。
衆人之察、或陋其心小、或壮其志大、是誤於小大者也。

87 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 02:32:47 0
七繆-2

夫人材不同、成有早晩、有早智速成者、有晩智而晩成者、有少無智而終無所成者、有少有令材遂為雋器者、四者之理、不可不察。
夫幼智之人、材智精達、然其在童髦、皆有端緒。
故文本辞繁、弁始給口、仁出慈恤、施発過与、慎生畏懼、廉起不取。
早智者浅恵而見速、晩成者奇識而叙遅、終暗者並困於不足、遂務者周達而有余。
而衆人之察、不慮其変、是疑於早晩者也。
夫人情莫不趣名利、避損害。
名利之路、在於是得。損害之源、在於非失。
故人無賢愚、皆欲使是得在己。
能明己是、莫過同体。是以偏材之人、交遊進趨之類、皆親愛同体而誉之、憎悪対反而毀之、序異雑而不尚也。
推而論之、無他故焉。夫誉同体、毀対反、所以証彼非而著己是也。
至於異雑之人、於彼無益、於己無害、則序而不尚。
是故、同体之人、常患於過誉。及其名敵、則尟能相下。
是故、直者性奮、好人行直於人、而不能受人之訐。
尽者情露、好人行尽於人、而不能納人之径。務名者楽人之進趨過人、而不能出陵己之後。
是故、性同而材傾、則相援而相頼也。性同而勢均、則相競而相害也。此又同体之変也。
故或助直而毀直、或与明而毀明。
而衆人之察、不弁其律理、是嫌於体同也。


88 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 02:36:27 0
七繆-3

夫人所処異勢、勢有申圧、富貴遂達、勢之申也。貧賎窮匱、勢之圧也。
上材之人、能行人所不能行、是故、達有労謙之称、窮有著明之節。
中材之人、則随世損益、是故、藉富貴則貨財克於内、施恵周於外。
見贍者求可称而誉之、見援者闡小美而大之、雖無異材、猶行成而名立。
処貧賎則欲施而無財、欲援而無勢、親戚不能恤、朋友不見済、分義不復立、恩愛浸以離、怨望者並至、帰非者日多。
雖無罪尤、猶無故而廃也。
故世有侈倹、名由進退、天下皆富、則清貧者雖苦、必無委頓之憂、且有辞施之高、以獲栄名之利。
皆貧、則求仮無所告、而有窮乏之患、且生鄙吝之訟。
是故、鈞材而進、有与之者、則体益而茂遂。
私理卑抑、有累之者、則微降而稍退。
而衆人之観、不理其本、各指其所在、是疑於申圧者也。
夫清雅之美、著乎形質、察之寡失。失繆之由、恒在二尤。
二尤之生、与物異列、故尤妙之人、含精於内、外無飾姿。尤虚之人、碩言瑰姿、内実乖反。
而人之求奇、不可以精微測其玄機、明異希。
或以貌少為不足、或以瑰姿為巨偉、或以直露為虚華、或以巧飭為真実。
是以早抜多誤、不如順次。夫順次、常度也。苟不察其実、亦焉往而不失。
故遺賢而賢有済、則恨在不早抜。抜奇而奇有敗、則患在不素別。任意而独繆、則悔在不広問。広問而誤己、則怨己不自信。
是以驥子発足、衆士乃誤。韓信立功、淮陰乃震。夫豈悪奇而好疑哉?
乃尤物不世見,而奇逸美異也。
是以張良体弱而精強、為衆智之雋也。荊叔色平而神勇、為衆勇之傑也。
然則、雋傑者、衆人之尤也。聖人者、衆尤之尤也。其尤弥出者、其道弥遠。
故一国之雋、於州為輩、未得為第也。一州之第、於天下為椳。天下之椳、世有憂劣。
是故、衆人之所貴、各貴其出己之尤、而不貴尤之所尤。
是故、衆人之明、能知輩士之数、而不能知第目之度。
輩士之明、能知第目之度、不能識出尤之良也。出尤之人、能知聖人之教、不能究之入室之奥也。
由是論之、人物之理妙、不可得而窮已。

89 :世界@名無史さん:2009/07/24(金) 02:43:13 0
ttp://zh.wikisource.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%89%A9%E8%AA%8C

自序 >>62
九徴 >>63-66
体別 >>67
流業 >>69
材理 >>78-80
材能 >>76-77
利害 >>70
接識 >>71
英雄 >>72
八観 >>81-85
七繆 >>86-88
効難 >>75
釈争 >>73-74

90 :世界@名無史さん:2009/09/07(月) 06:48:30 0
【韓国】川増水、6人不明 北朝鮮ダム放流原因か

【ソウル共同】北朝鮮との軍事境界線に近い韓国北部の京機道漣川郡で6日朝、臨津江の水位が急に
上昇し、子供1人を含む韓国人のキャンプ客ら6人が流され、行方不明になった。上流の北朝鮮のダムで
放流が行われたことが原因とみられ、警察や軍、消防当局が出動して捜索している。
 北朝鮮側から放流の事前通告はなかった。韓国統一省は6日夜、北朝鮮に遺憾を表明する通知文を
7日に送り、十分な説明と再発防止を要求すると発表した。
 韓国水資源公社は、臨津江上流に位置する北朝鮮の「ファンガン・ダム」の放流が原因と推定。一部韓
国メディアは、北朝鮮が意図的に予告なしに放流した可能性もあると指摘している。
 聯合ニュースによると、行方不明になっているのは臨津江の中州にテントを張って寝ていた2家族7人のう
ち5人と、下流で釣りをしていた男性、それぞれ午前6時頃と同7時20分頃に流された。車10台も水に漬
かったり流されたりした。
 6日未明から急に増水。事故現場近くの水位計は通常2・4b前後だが、午前6時過ぎには4・69bま
でに上昇した。増水につながるような降雨は観測されていない。
 韓国は過去の南北協議で水害防止のためダム放流の事前通告を求めてきた。聯合ニュースによると、北
朝鮮のダム放流による増水で行方不明者が出たのは初めて。

2009.9.7 某地方新聞朝刊

91 :世界@名無史さん:2009/09/07(月) 06:55:56 0
誤爆でした

92 :世界@名無史さん:2009/09/08(火) 03:17:19 0
На официальном открытии киевской организации
"Фронта перемен" лидер организации Арсений Яценюк
подчеркнул, что открытием киевской ячейки
общественной инициативы официально завершается
формирование региональной сети.
"Я констатирую фактическое завершение формирования
"Фронта перемен".

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