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もしも清が存在しなかったら現在の中国は矮小?

1 :世界@名無史さん:2008/12/04(木) 20:58:50 0
満州人国家の清だったからこそ、
漢民族、満州俗、モンゴル族、ウイグル族、チベット族などが征服され、
それらの民族の土地が現代の中国の領土の基礎になったのだが、
もしも、清が存在せず、漢民族国家だったら、
現代の中国は明か宋程度の領域に収まっていたのではないだろうか?

2 :世界@名無史さん:2008/12/04(木) 21:06:08 0
そうかもな
そしてラーメンマンのデザインも違ったものになっていただろう

3 :世界@名無史さん:2008/12/04(木) 21:17:11 0
万里の長城以南に収まっていたのは確実
超えて支配したこと無いからな。漢民族は。

4 :世界@名無史さん:2008/12/04(木) 22:31:59 0
長城以北は全部ロシアか。

日本は日清すっ飛ばしていきなりロシアと対立するわけですね。

5 :世界@名無史さん:2008/12/04(木) 23:51:26 0
長城以北 ロシア
東トルキスタン ロシア
チベット イギリス傀儡国家

6 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 00:50:47 0
モンゴル共和国が外モンゴルだけでなく
内モンゴル、満州も領土にして東アジアの大国になってたりして

7 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 00:58:12 0
北宋だな

8 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 01:32:31 0
江戸時代初期から日本にロシアの魔の手が伸びそうですな。
なんだかんだいって清はロシアの防波堤になってた。

9 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 02:00:21 0
いまからでもおそくないから、人民解放軍を受け入れませんか?

10 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 02:00:34 0
清朝が存在しなかったら・・・?

@ヌルハチ挙兵失敗で清朝自体アボン
A呉三桂が李自成の側につき、入関出来ず

どっちでも面白うな展開〜

11 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 03:05:00 0
太平天国の時に倒れていれば、満洲が中国人で
いっぱいになることは無かったかもしれないな。

12 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 03:07:33 0
なぜ?

13 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 04:02:54 0
清はなくても、
後金はあったかもしれないな。

14 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 18:13:16 0
・清朝
・大順
・ジュンガル
の三つ巴カモーン

15 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 18:34:19 0
矮小するわけないっしょ。中国人の欲しがり性は変わるわけがない

16 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 18:55:59 0
@ 漢王朝
A 満州人国家
B 内モンゴルも含んだモンゴル人国家
C チベット人国家
D 東トルキスタン国家

17 :世界@名無史さん:2008/12/05(金) 19:02:12 0
正解は オイラト(モンゴル)が
もう一回南下して、モンゴル王朝作ってただろうね。

18 :世界@名無史さん:2008/12/06(土) 20:32:22 0
火器帝国の時代に遊牧民の優位はないだろ
明が続いていても北に勢力のばしたと思う
チベットやジュンガルまで手を伸ばすかは微妙だが

19 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 07:06:34 0
間違いないのは清朝という大国があったのは日本には幸いだったという事だけだな。

20 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 08:21:49 0
清がなくても、外部要因として

欧米の植民地主義
民族主義
共産主義の台頭

この3つはでかい

21 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 08:58:33 0
戦国時代みたいに分裂したりして

22 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 09:44:33 0
清がなかったら……
チャイナドレスが生まれない

23 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 10:40:58 0
>>18
ジューンガル部あたりになると支配下の回教徒から銃兵隊や砲兵隊を組織してたらしい。
騎兵も伝統的な弓矢や刀槍の他に火縄銃も使ってたと。

24 :世界@名無史さん:2008/12/07(日) 20:51:25 0
>>23
まぁ、アメリカンインディアンも鉄砲で武装してたけどね

25 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 00:13:20 0
一方、サルフ会戦では火器を持たないヌルハチが。火器を装備する明・朝鮮連合軍に勝利
部隊間の連帯が取れない連合軍を各個撃破だったような〜


18世紀末までは、そうそう火器が圧倒的優位というわけではないかもね
あるい19世紀以降の伝統的遊牧騎兵集団の衰退は、火器というよりも、西洋式軍隊の優位かも知れない

26 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 00:57:39 0
アヘン戦争では蒙古八旗VSイギリス軍という場面もあったようだな。

どっちが勝ったか忘れたけど。

27 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 10:14:33 0
>>15
中国が過去の領土を越えて大きく領土拡張をしたのは下記4回。

1.秦、
2.唐
3.元
4.清

いづれも国外の影響が大きいと思われる。

1.秦
 -秦には西方の影響が認められる。アケメネス朝やギリシア人の文化や思想の
流入があった。
2.唐
 -唐の支配層は鮮卑族。
3.元 -モンゴル
4.清 -女真族

漢民族の本質は文化的爛熟と官僚の腐敗にあり、拡張主義はそれ程大きな要素
ではないと思う。そういう考えがあっても実力が伴わないのが漢民族。

28 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 11:11:07 0
永楽帝カワイソス
まぁこの人も苛烈な人だが

29 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 17:09:33 0
明は「モンゴル帝国の影響を払拭できない漢民族」の王朝ではなからうか。
ほら、タタールとモスクワ・ルーシみたいな。

30 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 20:37:21 0
上田信氏はそういう説のようですね。
北京という、漢民族の居住地としては、どう考えても辺境に首都を
置いたところとか、漢民族領土以上を想定していた、という説は検討すべき
点だと思います。

31 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 21:38:51 0
唐の李氏の出自が鮮卑というのはあくまでも説のひとつであって
完全に証明されたわけじゃないだろ

32 :世界@名無史さん:2008/12/08(月) 22:57:20 0
少なくとも、李淵の母方は独孤氏(先祖は匈奴系だが鮮卑化している)
李世民の皇后・長孫氏は拓跋部の子孫で関隴集団(武川鎮軍閥)の名門だな

33 :世界@名無史さん:2008/12/10(水) 20:31:17 0
>>12
そりゃあ漢人が19世紀後期、特に末期に大挙して流入したからだよ。
義和団が発生した山東省から多くの移民が満洲に入った。
清朝は満洲への漢人の移住を禁じていたが、ロシアの南下に危機感を
持ったため、人口希薄地帯だった満洲への移住を許した。
しかし、19世紀中ごろに清朝が倒れていれば、北元よろしく北へ逃れていたかもね。
中国の北限が長城であれば、ひょっとすると満洲への流入はなかったかもしれない。
それに当時は東トルキスタンのヤクブ・ベク、河西の回族蜂起、
華南の天地会、華北の捻軍、雲南の少数民族や回民の蜂起、そしてアロー号戦争と
清朝も追い詰められていたし。それを乗り越えたからこそ現代の版図があるのかも。

34 :世界@名無史さん:2008/12/11(木) 20:04:19 0
そもそも北宋の領土って矮小なのか?

35 :世界@名無史さん:2008/12/12(金) 09:39:11 0
満州、ウイグル、チベット、その他が民族国家として独立していても
冷戦下で東欧や中央アジアのスタン国家のような
運命をたどるんじゃないかなぁ
アメリカ・西欧勢力は独自に内陸へ軍事力を展開できないし

36 :世界@名無史さん:2008/12/12(金) 21:14:23 0
なんだかんだと現代の中国は領土保っているほうだな。

37 :世界@名無史さん:2008/12/12(金) 21:31:03 0
>>34
現代に比べれば、って所じゃないの

38 :世界@名無史さん:2008/12/13(土) 11:28:41 0
>>23
まぁ、武田信玄も鉄砲で武装してたけどね

39 :世界@名無史さん:2008/12/13(土) 11:58:34 0
>>34
歴代統一王朝の中では一番領土が狭いんじゃなかろうか?
結局、燕雲十六州は回復出来なかった訳だし。

40 :世界@名無史さん:2008/12/13(土) 12:31:20 0
でも今の中国人はロシアの沿海州やベトナムが不法に奪われた領土って思ってるんだけどなw

41 :世界@名無史さん:2008/12/13(土) 12:50:21 0
中共も人の事、偉そうに言えた立場じゃないよなw

42 :世界@名無史さん:2008/12/13(土) 17:49:44 0
>>35
チベットだけはイギリスの勢力化ね。

43 :世界@名無史さん:2008/12/13(土) 18:06:14 0
>>40
ベトナムはともかく沿海州はそうなんじゃないの

44 :世界@名無史さん:2008/12/15(月) 05:21:58 0
>>43
漢人がいうことじゃないだろ

45 :世界@名無史さん:2008/12/15(月) 08:29:38 0
何気に台湾が今だにアッサム地方やトゥバ共和国を自国領と主張しているところが笑えるな

46 :世界@名無史さん:2008/12/16(火) 00:42:30 0
南蛮とか雲南がとりこまれないようにするには
どの時代までさかのぼればいいんだ?
孫呉あたりか?

47 :世界@名無史さん:2008/12/16(火) 23:34:32 0
戦国末期、楚の将軍が雲南を征服している。前279年以前かな。

48 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 20:06:14 0
ベトナムは中国の一部だと思ってたんだろう。
近年まで感じ使用していた「越」の国なんだし。

49 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 20:14:53 0
スレのテーマはともかくとして清は素晴しい国だった。
民の税金は下げたし、周辺民族には自治権を与えてたし、
現代の中共とは比べ物にならない。

50 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 22:23:13 0
清朝は偉大だ。
有史上、最高の大国。

51 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 22:41:24 0
そうだな。まず歴代皇帝からして賢明勤勉すぎるわ。
明の25年間ひきこもってた某は爪の垢でも飲め

52 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 22:58:44 0
今の中国より広いんだから
中国の最盛期は清だろう
元以前のモンゴル帝国は除外ね

53 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 23:16:11 0
漢の時代の交州がベトナムだと知ったときは驚いたな


54 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 23:16:17 0
そーかー?
現在満州人は1千万人いるわけだが中国語しかしゃべらんから満州語は絶滅寸前だ。
それ以外のツングース諸民族はハナっから少数派。

孤立言語である日本語に一番近いカンケイにある語族がツングース語族なのに、
それが今、生きてる言語としては風前の灯火となっている。

1千万人もいるクセに誰も民族の言葉がしゃべれんとは。情けなくって涙が出る。
征服されたんならまあ仕方ないが、征服した側だからな。
ドコが最高の大国なんだ。少しはアイルランド見習え。

55 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 23:18:30 0
清朝はまさに恐竜だよな。
でかい図体で繁栄したが、環境の変化について行けずに滅亡した。

56 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 23:22:21 0
矮小ねぇ・・・
言葉の意味分かってんのかな

57 :世界@名無史さん:2008/12/17(水) 23:29:43 0
>>51
順治帝いわく洪武帝は中国一の名君
康熙帝いわく洪武帝の治世は唐や宋より上
つまり俺が言いたいのは明なめんな!

58 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 00:28:34 O
宋王朝なんかは欧米人がほめたたえそうなもんなんだが、あまり聞いたことないね。

59 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 00:33:29 0
ヌルハチの遺伝子は高く売れそうだな、賢い子生まれそう

60 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 01:32:09 0
>>57
それ、明初じゃね〜か
それ以降はグダグダ
ま、グダグダでも継続した体制を作り上げた洪武帝は凄いのは事実

順治帝も康熙帝も、満洲による中国支配に苦労したから、洪武帝を持ち上げるのも分る気がするし
色々な意味で明以降の中国を構成した人だし>朱元璋

61 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 01:35:50 0
>>46
モンゴルに征服された後の時代は回土帰流が進んだようだから、
北宋までではなかろうか。ただ清初には三藩の乱が
起きているし、民国時代の雲南軍閥も一番遅く中央に取り込まれた方だから
日中戦争頃も転機になっていると思う。

62 :とびどぐもたないでください:2008/12/18(木) 05:47:26 O
>>61
そういや辛亥革命の時、西蔵や新彊ってどうしてたんだろ。いつのまにか中華民国領になってるイマゲ。独立運動とか起こらなかったんだろうか?
その後の軍閥時代はどこが実効支配していたのか?
蒋介石の北伐も広東→南京→北京はやけに詳しくわかるが、いつ西蔵・新彊はいつ国民党の勢力下に置かれたんだろ?
今も独立運動があるみたいだが、清朝崩壊後の20年間ならいくらでもチャンスがあった気がする。
そして独立してりゃ、ちょうど明朝ぐらいの面積かな。今よりもっと経済発展してるだろうな。
詳しい人教えて。
中共はかなりひどいことしてチベット・新彊を征服したみたいだが。

63 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 07:33:08 0
チベットは独立を宣言したが、国際社会はそれを認めなかった。
つか、スルーした。
中国共産党がチベットを自国領土だと主張している根拠の一つ。

64 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 12:48:47 0
満州人で一つの国があれば渤海の時見たいに仲良く出来そうなんだけどな

65 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 13:37:10 0
清がイロケ出さずに満州あたりに留まっていたら、結構いいカンケイになってたと思う。
20世紀になるとロシアの南下に対抗するため日本の進出もあるだろうが
軋轢も生まれる反面、近代化や国防の点で評価される面もあると思う。
台湾程度の親日国家にはなってたと思う。

一番の難関は終戦のどさくさのソ連軍進駐。衛星国家にされてしまう可能性大。
どっちにしろ満州語が滅びることは無かったろうがな。

66 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 18:12:52 0
それは無理だろう。明朝は満州を統一させないように部族ごとで工作して仲たがいさせてたから。
それを統一して女真を「満州」として一体感を強めたのが太祖ヌルハチ。

67 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 20:42:27 0
>>65
あの時代は、テムズ川が氷結するなど、全世界的に寒冷期だったそうだ。
満州に留まっていては、多くが生き延びれない状況だったのであろう。

68 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 21:47:41 0
明のような極悪な国が続かなくてシナ人は本当にラッキーだった

69 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 22:14:29 0
寒冷化か。それで北方のヨーロッパ人も海外へ進出したのかもなあ。

70 :世界@名無史さん:2008/12/18(木) 23:17:39 0
単にオリエントとの交易路がイスラム国家に塞がれたんで、新交易路を求めただけだが。

71 :世界@名無史さん:2008/12/19(金) 00:06:20 0
スレの主題とは違うが興味ある話しだな。
何でチベットの独立を国際社会は認めなかった?
現代ではフリーチベットと欧米でチベット独立支援がでてきてるのに。

72 :世界@名無史さん:2008/12/19(金) 02:54:48 0
革命当時は中国は弱小国でチベットが独立しようがしまいがどうでもよかった
(独と英仏の対立が表面化して東アジアにかまっていられなかった)
現在は急速に成長した中国を悪者にしたい・少しでも国力を削ぎたいの理由から(表面的には)フリーチベットと言っている

欧米人の行動理由なんてこんなもん

73 :世界@名無史さん:2008/12/19(金) 20:17:43 0
結局は自分トコでも植民地抱えてたからだろ。
バックにソ連や日本がいたモンゴルや満州は他の国が認めんでも、実力で独立を既成化できるが
チベットにはいない。場所が悪かったな。
イギリスがチベット事変でも起こしてヤリャ良かったのに。

74 :世界@名無史さん:2008/12/19(金) 22:50:44 0
いや、チベットに関してはイギリスも割と突っ込んだことしてるんだよ。
大日本帝国が満州でやったのと似たようなことをチベットでも試みてる。

75 :世界@名無史さん:2008/12/20(土) 02:48:31 0
>>62
新彊のほうは楊増新という科挙に合格した漢人の役人による安定した支配下にあった。
その切れ者ぶりにはヘディンも感心したという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%8A%E5%A2%97%E6%96%B0


76 :世界@名無史さん:2008/12/20(土) 13:41:56 0
>>74
何で失敗したんだ?

77 :世界@名無史さん:2008/12/20(土) 13:51:21 0
>>76
ぶっちゃけていうと、チベットの首脳部が二つに分かれてて清(中国)派がいたから。
パンチェン・ラマ九世はイギリスの傀儡化を嫌って、亡命してる。
パンチェン・ラマはダライ・ラマに次ぐチベット仏教No2。
このパンチェン・ラマは清国派だったんで、イギリスもうまいこと傀儡政権を作れなかった。

78 :世界@名無史さん:2008/12/20(土) 18:12:28 0
>>77
現代の中共のチベット支配を見ると一見、最悪の選択に見えるが

清はチベットに自治権を与えて優遇してたからね。
当時としてはチベットはイギリスよりは清の方が良かったわけね。

79 :世界@名無史さん:2008/12/20(土) 23:43:01 0
>73
モンゴルや満州と違って、交通が不便すぎて維持するのも厳しいだろう。
ましてイギリスがやろうとしたインド側からのコントロールなど一番兵站が持たないルート。

80 :世界@名無史さん:2008/12/20(土) 23:50:18 0
みんな朝鮮のこと忘れてね?

81 :世界@名無史さん:2008/12/20(土) 23:55:09 0
朱子学とりいれてた日本に華夷変体は思想史的に大きなインパクトだったと思うが

82 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 04:08:38 0
>>80
荒れる元になるし、話題にするのを嫌う人もいるから
別に・・・って感じじゃない?


徳川幕府が鄭成功の救援要請を断ったのは何故だろか。
浪人を国内に抱えるより外に出してしまえば良かったのに。

83 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 05:24:43 0
家光はやる気まんまんだったが
知恵伊豆やなんかが反対した
秀吉の朝鮮の役のとかでの外征の苦労がも絡んでる気がしないでもないが
これは俺の妄想にすぎんね
ローマ法王庁も断った。こっちはたぶん遠いからだろう

84 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 09:22:59 0
明の遺臣の口車に乗って下手に介入してたら、全盛期の八旗兵にボコられて、
数多の日本武士が満州八旗の馬蹄に蹂躙され、屠られるのがオチ。

さらに明復興の援軍出すということは、徳川将軍が大明の臣下になっちゃうし、
清に負けたら本当に大清の臣下にされちゃうし、日本にとってメリットなし。

85 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 11:28:34 0
秦が、シナを攻撃せず、蒙古とシベリアを押さえていたら
大ロシア帝国は存在せず、
白人と黄色人は、完全に住み分けをしていたな


86 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 12:03:40 0
>>84
幕府軍が清に負けたとしても、清だって日本に攻めてくることは出来ん。
もし来たら今度は清軍が負ける番。よって別に清に臣従する必要はない

元の日本遠征は失敗(つまり元の敗北)だったが、別に日本に服従したワケじゃない。
ベトナム戦争もアメリカの負けだったが、北ベトナムの支配下に入ったワケじゃない。

もちろん中国本土での戦いは幕府軍にとっては圧倒的に不利だから、勝ち目が無いのは異論ない。

87 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 12:42:29 0
それでも、浪人を多数処分できるんだからな

88 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 13:52:04 0
まあ中国の内乱なんて日本人からしたらどうでもいいことだからな

89 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 19:36:18 0
>>87
でも、その場合、
清に行った浪人たちの子孫は現代産まれてないだろうね。

90 :世界@名無史さん:2008/12/21(日) 19:38:24 0
>>87
朝鮮征伐やタイの日本人町で
だいぶ浪人は処理できたと思うが

91 :世界@名無史さん:2008/12/22(月) 11:43:29 0
>>87>>90
勝たなきゃ意味無いよ。負けたら引き上げてくるだけだから。
戦死者数は全体からすればたかが知れてる。

92 :世界@名無史さん:2008/12/22(月) 11:45:48 0
死ぬために戦いたくないもんな
しょせん傭兵みたいなもんだ

93 :世界@名無史さん:2008/12/22(月) 23:52:39 0
>>81
時間の前後が問題。まだ17世紀前半の話だからね。
徳川武士道が、水戸黄門などにより朱子学に脚色される以前の話。
当時の日本人にとっては、天下は持ち回り→徳川支配体制の確立時期で、
明が清に変わっても、形而上学的な驚きは何も無かっただろう。
日本の朱子学は、「清の征服を現実の前提に」話が進んだところがある。
どのように進めるかは論者次第だが。


>>1に戻れば、支那=唐土=山海関以南で、
トウモロコシ伝来による史実どおりの人口爆発が起きれば、
遼東以北に漢族が侵出するのは時間の問題だったと思うけど。
逆に、山海関以北で、女真なりモンゴルなりが磐石の支配体制を敷く必要があり、
この仮定のほうが難しいだろう。ただし、中華帝国の「国土の大小」とは連動しない。


94 :世界@名無史さん:2008/12/23(火) 00:24:13 0
>>93
そうだね、リアルタイムで衝撃はうけなかっただろうね
朱子学とりいれてたら明と戦うことなんてしないはず

でも朱子学は後醍醐天皇の時代から
日本にも脈々とあるからなあ
日本で天下は持ち回りという意識がどのていどのものだったか疑問だな
源平源平と支配者がつづく思想もあったし

インパクトがあったのは朝鮮だろうね


95 :世界@名無史さん:2008/12/23(火) 00:32:43 0
>>90
でも家綱の時代に慶安の変が起きているし、
紀伊の徳川頼宣は意欲を見せていたよ。


現実問題として大陸に明を復権させることは恐らく無理。それは幕府も承知でしょう。
ただ、同盟を結べば力関係の上では鄭氏政権や琉球を従属的な扱いに
できるだろうし、上手くすれば中国沿岸部にも勢力を扶植できる。
まだ外様への警戒心も残っていた時代だから、彼らの勢力を削る意味でも有効だろう。
だから家光も乗り気だったのではないだろうか。

96 :世界@名無史さん:2008/12/23(火) 21:17:01 0
清に勝てるわけないじゃん。

97 :世界@名無史さん:2008/12/24(水) 13:51:27 0
明vs清
明の圧勝だな

98 :世界@名無史さん:2008/12/25(木) 15:50:13 0
初期の満州八旗はかなり強かったんじゃなかった?

99 :世界@名無史さん:2008/12/25(木) 20:14:16 0
明って強いのか
漢民族王朝ってだけで戦争弱そうなイメージあるが

100 :世界@名無史さん:2008/12/25(木) 20:24:57 0
大砲があればそれなりに強いんじゃね?

101 :世界@名無史さん:2008/12/26(金) 01:28:37 0
>99
立ち上げた禿1人が異様に強いだけ

102 :世界@名無史さん:2008/12/26(金) 02:08:50 0
漢民族の王朝だと一番強いんじゃね>明

103 :世界@名無史さん:2008/12/26(金) 15:19:37 0
>>98
初期は強かったけど末期は最弱

104 :世界@名無史さん:2008/12/26(金) 15:24:27 0
>>99
つ朱元璋・永楽帝・徐達・常遇春・李文忠




105 :世界@名無史さん:2008/12/27(土) 03:06:56 0
みんな明初じゃないか
それ以降はグダグダ

106 :世界@名無史さん:2008/12/27(土) 06:46:52 0
まぁ最初から弱かったら統一とか無理だし

あと雲南とよこのキシュウ(だっけ?夜郎のあたり)は
さっさと独立したほうが経済的にも精神的にも幸せになれると思う

107 :世界@名無史さん:2008/12/27(土) 17:13:47 0
>>105-106
確かにどこの王朝も建国時は強いんだけど時代を重ねるごとに弱体していくだよな。


108 :世界@名無史さん:2008/12/27(土) 17:28:30 0
建国期
上昇期
動揺期
中興期
安定期
爛熟期
断末魔

109 :世界@名無史さん:2008/12/27(土) 18:28:23 0
最後の方の支那帝国は将軍自体が戦わないからな。「次の皇帝は俺がなる」って
理由で戦力温存。

110 :エビちゃんファン:2008/12/28(日) 02:58:01 0
>>70
南方の欧州人はイスラム勢力がなければ地中海で満足しただろう。
ジェノバなどのイタリア系の新大陸進出は多分イスラムが原因だろう。
しかし、北方系はノルマンもデーンもアングルもスコッチも
地理的にどの道大西洋を超えて新大陸に進出する民族だと思う。
ロシア人は黒海とバルト海に進出したい民族だが、大西洋まで目指すとまでは思わない。
ロシア人はアジア・東方進出志向が強いし、黒海に進出したら、中東方面に出る民族だ。
ドイツ人は地中海、大西洋、バルト海、中東等八方に進出する民族だと思う。
ナチスは結局イスラムに奪われたローマ帝国の還地中海領土をほぼ全て回復したように思う。
そしてイタリア人は地理的民族的にドイツには逆らいにくい民族だと思う。
ドイツが強大化するほど、イタリアの領土は縮小する。
南のアラブ、北のドイツ。イタリアは北虜南倭の明みたいな国だ。

111 :世界@名無史さん:2008/12/28(日) 11:48:51 0
「中国英雄」板 秀吉頑張れば中国に王朝立てれたって
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1164125822/l50

112 :世界@名無史さん:2009/01/01(木) 14:41:32 0
明は戦国時代の日本を防御したし
この頃も強い方だと思う

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