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八幡和郎の河井継之助嫌いは異常過ぎ

1 :名無しさん@社会人:2009/10/23(金) 23:49:57
ここまで批判されると正直ムカツク

2 :名無しさん@社会人:2009/10/24(土) 05:34:57
宮台信者絶滅祈願m(_ _)m

3 :名無しさん@社会人:2009/10/25(日) 09:08:38
■江戸300藩を扱った「江戸三○○藩 最後の藩主」の評判がよろしくない八幡和郎の2009年の新書が「本当は恐ろしい江戸時代」だ。

江戸時代の農村部の人口推計の研究のために、寺の過去帳や代官所の宗門改め帳などの記録が、活用されていること。あるいは、江戸時代に人口が確実に増えていたことを無視している。

江戸時代の人口増は農村部の豊かさによる人口増が主であり、都市部は奉公人などとして流入した農村人口を不健康な環境によってすり潰す蟻地獄のようなものだった。これは「歴史人口学で見た日本」で既に語られている話。

この時代の農村は地域によっては農村と言うよりも手工業の生産地。生産した工芸品を都市部に売ることで現金収入を得ていた。
農業収入も検地による実収入高把握が頻繁にはなされていなかったため、生産性向上や新田開発による実収入高の増加は見逃されていた。
というように一部には豊かな農村部も存在した。一律に高い年貢に苦しみ飢饉で餓死する農民などという古い歴史観に縛られるのはやめにしてほしい。

石川英輔氏は江戸時代をやや持ち上げすぎな気配があるが、一方の八幡和郎氏は資料などをきちんとリサーチしていない。

八幡和郎氏が展開する「江戸時代暗黒論」は、
1.明治政府が自分たちの正当性を主張するため広めた。
2.戦後のマルクス主義経済学者などが江戸時代を暗黒中世と定義付けるため、年貢が重い、一揆だらけの暗黒時代と主張。
というように自らの正当性を主張するための工作活動。

「封建制」日本よりも「中央集権」の朝鮮のインフラは地方において皆無。首都においても京城は衛生的とは言いがたい街だった。


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