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仏教全般 4

1 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 18:31:29 0
初心者の質問から、マニアックな議論まで
なんでもOKです。

前スレ:
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1269694670/

2 :ハラマセヨー ◆HRMS.lD96k :2010/04/26(月) 20:28:13 0
ハラマセヨーが2GET!

3 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 22:10:15 O
いやあ、新スレはいいなあ

4 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 07:53:45 0

色即是空  空即是色

5 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 11:37:29 P
空即是色 って間違ってるよな?

6 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 12:56:03 0
>>5
別に間違ってないんじゃない?

色即是空 = 空
空即是色 = 仮
その二つのバランスが大切 = 中

だろ?

7 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 13:06:22 P
>>6
色は経験であり空はその解釈なのに
その逆はおかしいだろ

>空即是色 = 仮
>その二つのバランスが大切 = 中

仮ってなに?

8 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 13:19:33 0
>>7
中観でググってみな

ニコニコが見れるなら是がわかりやすいかも
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6723592
19分ぐらい

9 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 13:20:17 0
スマナサーラって人も言ってたね
空即是色はおかしいって

10 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 13:49:22 P
>>8
言いたいことは分かった。
その意味で言ったのならわかる。
でも表現は正確じゃない気がする

11 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 14:32:29 P
ナーマも空だから、必ずしも空がルーパとは限らない

12 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/04/27(火) 14:47:00 0
>>11
受想行識亦復如是

13 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 15:00:59 0
般若心経、空のこころなり・・・・、ナマンダブツ、ナマンダブツ。

でも空の哲学を体系化して大乗仏教の理論的創始者龍樹菩薩も、こころの中では
阿弥陀様を念じていたよね。

14 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 19:15:35 O
早くも4に突入。私は1からいるが、なかなか皆さん勉強なさってて、感心させられる。入り込めないことさえあるが、まあ、おもしろい。

15 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 19:34:30 0
色即是空 ここまでは釈迦も容認するだろう
しかし
空即是色 は釈迦も苦笑いか・・w

16 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 20:19:43 0
空即是色がないと、現実世界から、重みが失われてしまう。
僕は禅の考え方が好きだけど、禅では、たいてい空即是色を重視するね。



17 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 20:26:36 0
禅は現実の体験を重視するからね・・・。

現実の生きた宗教体験を、ね。
見性するまで宗教も哲学も考えてはならない見性してから思索しろ、だからね。

18 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/04/27(火) 20:38:07 0
だから受想行識を忘れるなと言tw

19 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 06:11:52 0
心経を学ぶと、「中論」になるよネ。

20 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 06:32:43 0
別にならないでしょ。
般若心経は、どういう方向からでも読めるから、多くの宗派で重視されているんだ。


21 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 09:00:50 0
心経は最後が呪文で終わるところがなんだか惜しい

22 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 10:14:15 O
理的呪文だろ。なんか法力があるのかな?

23 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 10:24:18 0
作者不明だし、どうせなら最後まで無○○で締めくくってほしかったw

24 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 11:57:34 0
よく般若心経は仏教のエッセンスが凝縮されてるっていうけど、
般若心経より、中論の最初のが仏教のエッセンスつまってると思うんだが〜

25 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 14:20:01 0
もろもろの事物はどこにあっても、いかなるものでも
自体からも、他のものからも、二つからも
また無因から生じたものも、あることなし

               中村元著 「竜樹」 1−1

26 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 14:43:26 0
中村元氏の金剛般若経の訳が空の世界観を如実に表してる。

27 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 18:40:58 0
「814」 「副島隆彦という生き方」というタイトルのインタヴュー記事を、載せます。 
最近の私の考えが分かりやすく表明されています。副島隆彦 2006.12.15
http://snsi-j.jp/boyakif/wd200612.html#1501

スッタニパータと、法句経(ダンマパダ)という一番古いお経がある。どうやら仏陀本人の本当の
言葉はこの二つだけのようですね。その他のいろんな膨大なお経は、全部仏陀が亡くなった後に、
弟子たちが勝手に作ったものだ。僧侶が葬式をやったり、お盆にお経をとなえたり死者を祀ったりは、
仏陀は一言も言ってない。ブッダは死に関わるな、と言っている。勝手に後の人たちが作った制度だ。
仏陀自身の言葉は、「愛欲と煩悩を捨てて、この世とあの世のすべてを捨てて、ただ一人歩め。ヘビの
皮が新しく抜け変わるように。サイの角がひとつ進むように。」と書いてあります。
奈良の興福寺、東大寺は法相宗(ほっそうしゅう)という仏教で、中国までやって来た仏教のうちでは
一番古い仏教を伝えている。それは輪廻転生(りんねてんせい)を認めないんです。
来世はない。あの世もない。「この世とあの世をともに超える」とスッタニパータ(「ブッダのことば」 
岩波文庫 中村元訳、1984年初版) で仏陀は言っています。だから輪廻転生(りんねてんしょう)
もないのです。そこで私はブッダに従うならば、ゼロ、全くないと思います。「今」という現実は有るの
だけれど、それは仮のすがたであって、すべてなくなるんだ、と。輪廻転生は、仏陀が若い頃、厳しい修行
をしたヒンドゥ教の思想なのです。ヒンドゥ教 ( Hindu 、ヒンズー教、インド教)には輪廻転生が強烈
になる。六道輪廻ですね。生命は生まれ変わる。ですから、不思議な話ですが、本当の仏教(ブッダの教え)
は、徹底的に、無神論(むしんろん、atheismエイシイズム)なんです。


28 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 18:43:11 0
というよりも不可知論だろう。

29 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 18:45:09 0
なんかもう論点なくなっちゃったな
修行の具体的な方法に論理なんてないし
議論にもならないよな

30 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 19:04:14 0
副島w

31 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 19:44:07 0
般若心経は今いちだね。

32 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 21:29:04 P
「この世とあの世のすべてをすてて」は自分はこの世とあの世への
執着を捨てるという意味だと思ってた。当時はまだ曖昧な輪廻の概念
しかなかったから、この世で苦行を積んで悪業を滅ぼせば、あの世で
善い境遇に生まれると信じている人も多かった。だから、あの世に期待
している人に向けて、あの世への執着を捨てよと言ってるのかと。

33 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 23:13:29 0
>>29
そもそも議論自体、釈迦が否定してるしな…。
でも、このスレ自体はあっても良いと思う。
結構いろいろな知識入ってくるし

34 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 23:13:34 0
前スレでごちゃごちゃいっていた話なんだが、
文意がよく分からなかったんで、憶測で言わせて貰うが、
語り得ぬものは沈黙しなければならないという考えが、
通俗化されて簡単にニヒリズムや戯言の操作に転化する可能性については
何も考えないのかね

35 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 23:18:20 0
>釈迦が否定してるし
脳内妄想乙w

36 :考える名無しさん:2010/04/29(木) 01:22:43 0
脳外妄想は存在するのだろうか。

37 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/04/29(木) 07:11:09 0
「共有されていない(→自分だけの)妄想」と捉えればいい。
「脳外妄想」は「共同幻想」とかの類と言える・・・  かな?

38 :考える名無しさん:2010/04/29(木) 09:06:24 0
>>34
>語り得ぬものは沈黙しなければならないという考えが
しかし、体験できない死後の世界に言及することの弊害の方が大きいではないかw
地獄や極楽は、日常の眼前にあるのだから、それに対する処方箋を出したほうがいい
と判断されたんだろうさ

39 :考える名無しさん:2010/04/29(木) 10:31:39 0
>>34
分からないものに対してどういう態度を取るかに正解はないだろう
人それぞれとしかいいようがない

40 :考える名無しさん:2010/04/29(木) 10:38:18 0
釈迦は基本的に語りえぬものについては、
無記の態度を貫いたと言うけど、
場合によっては方便も多用してたという話
対機説法ならではですね

41 :考える名無しさん:2010/04/29(木) 14:38:14 0
喩えだな

42 :考える名無しさん:2010/04/29(木) 23:11:40 O
そうか

43 :考える名無しさん:2010/04/30(金) 07:47:49 0
age

44 :考える名無しさん:2010/04/30(金) 17:33:45 0
なんで神は「いる」っていうのに、
仏は「ある」っていうの?

45 :考える名無しさん:2010/04/30(金) 17:49:53 0
神は、概念として人格を備えている場合が多い
それに対し仏は、人格に限定されない
森羅万象、宇宙そのものを仏と表現する場合もある

46 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/04/30(金) 18:00:33 0
>>44
逆では?
≪「仏」がある≫とは言わない。
「仏」や「菩薩」と言った場合、それは常に「いる」しかない。
「ある」と表現されるのは『仏性』や『仏心』『菩提心』等、
仏(或いは衆生)が有する「性質」や「要素」「特徴」を指す場合。
総体としての仏・菩薩を「ある」などとは決して言わない。

47 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 04:20:21 0
在るを超えるのが仏だものね

48 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 13:34:16 0
神も絶対無であり空なんだけど(創造的絶対神はな、神々は有)。

49 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 05:49:21 O
認知外の森羅万象を悟るという行為は、万物の情報を得てないところにあるから、

50 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 06:10:18 O
万物創造が神であるという他力本願かな?まあ、そうしとけば楽だもんね。
依存型推移に仏の概念をオーバーラップさせると人生がおもしろくなるかも。
人為的な行為が、想像をはるかに越える時代にそれを理解するのは無理な話だからな。
誰かが理解してるから、宇宙なんぞにも行けるわけであって
不可解な頭脳はあるものの具現化によって解消されてくもんだからね



51 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 06:20:08 O
逆に宇宙に行った人は何を悟るんだろうね。アームストロングは酒びたりの生活になったと言うし、不倫事件でどうこうなった乗組員もいるし。
苦痛からの解放、重力からの解き放ちに耐えられないほど、人類は苦痛を求めているのか?
数百億をドブに捨ててるようなもんだな。

52 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 23:07:05 O
ごくろう

53 :考える名無しさん:2010/05/04(火) 22:48:02 0
GWは、神社仏閣巡りしてきた。
寺は人為を感じるが神社は自然そのものを感じた・・・。

仏教は哲学で神道は天然だからかな・・・?

54 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 06:56:07 0
天地人、総ての存在つまり自然、のなかに「畏れ」を抱くとき、「神」と成るのが
「神道」−−−無限の「生命」へとつづく。

総ての存在の中に「死」を感ずるのが「仏教」−−−。総てが「無自性」で、「縁起」
「空性」の哲学から逃れられない。

53氏と同じ心境です。

55 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 09:46:22 0
仏教徒でも
歩くなら神社のが好き

56 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 11:03:01 0
仏教は御伽噺(フィクション)です。

57 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 11:59:20 0
暗い「無」の世界、「死」の影がチラチラする。総ては実体が無い。「空」の世界。この世の
雑事に、疲労困憊した心に、何故か魅かれるーーー仏教の魔力。死にたい。

58 :考える名無しさん:2010/05/06(木) 22:20:40 0
確かに初期、小乗まではそういう感じが無くはないな

59 :考える名無しさん:2010/05/06(木) 22:31:21 0
お釈迦様が、この世の儚さ虚しさ愚かしさを強調したのは
悟りの世界、涅槃寂静の素晴らしさを教えるための方便じゃあないかな?

同じ初期仏典でこの地上の美しさこうごうしさを賛美している箇所もあるし。

60 :考える名無しさん:2010/05/06(木) 23:08:14 0
すべてが方便なんだね、仏教は。
国際社会ではw車夫馬丁の処世術、といったところだろうね。無価値ではない。

61 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 05:32:09 0
たしかに冷静に考えてみると、空即是色ってなんか納得いかないな

62 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 07:34:27 0
葬式仏教を撲滅させようぜ。
戒名、ん十万円だってさ。全くバカにしてるよ。

63 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 09:27:30 0
いや、葬式仏教で十分。
仏教にそれ以上の価値を、結局、この国の大半の人間は認めなかった。
「大衆は愚にして賢」をよく物語っている。

値段はビジネス上の問題なので、安く挙げたいのならそうすればよく、
見栄を張りたいものは大いに奮発すればいい。


64 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 21:16:36 0
葬式ビジネスの現状はよく知らんけれども、
寺が葬式を担うというのは徳川が普及させたものだろう
愚にして賢な大衆が行ったというのは事実誤認では?

65 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 21:48:11 0
戦国時代の一向宗(浄土真宗)による一向一揆に苦しめられたからな、家康は。
牙を抜く必要から冠婚葬祭を押し付けたんだろ、幕府が。

66 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 23:40:56 0
徳川幕府の巧妙な管理に先立って、信長の徹底的な弾圧があった。
それを民衆はよくみていた。

67 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 23:49:02 0
仏教の牙を抜いたのは信長。
あとは死の儀礼を司るくらいしかやることがなかった。

変な宗教国家にならなくて幸いだった。信長は偉い。



68 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 00:02:14 0
信長はキリスト教のお伽噺を聴かされ、また彼らの死を賭した布教活動
をみるにつけ、それと比べてこの国の坊主どもの説く教えのチンケさと
その俗物性に我慢できなかったらしい。

69 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 04:15:11 0
それは仏教哲学の問題と言うより、
組織・運用の問題だろ
例えば、機密費の私的流用の問題は、
国家の組織・運用の問題であって国家という統治哲学の問題ではないよ

70 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 05:48:26 0
時代も変ったし、今更仏陀の2500年前の原始仏教には、戻れまい。

71 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 12:21:15 0
仏式の婚礼も良いもんだったよ・・・。

72 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 15:27:51 0
そりゃあそうだよ、いまでこそ婚礼は神道式が一般的だけど、
昔は仏式婚礼の方が多かった。

73 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 16:54:03 0
>>72
仏式が正式に考案されたのって、明治に神道式が考案された後じゃなかったっけ?

74 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 17:58:24 P
知ったか

75 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 18:35:46 0
>>72
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%90%E5%A9%9A%E5%BC%8F

>>73の言っている方が正しい。

76 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 21:08:36 0
1885年ってずいぶん昔だけどwww

77 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 09:38:59 0
古来……大多数が自宅での祝言、少数が神前結婚式
1985……仏前結婚式考案
1900……大正天皇の結婚で、神前結婚式が流行
戦後……キリスト教式が大流行。
2005年(平成17年)度においてはキリスト教式が68%、神前式が16%、人前式が15%
仏式結婚式は、1%未満。

よって、1985〜1900の15年間に、仏前結婚式が爆発的に広まってれば、
一時的に>>72のいう状況になったかもしれないが、
仏前結婚式が認知すらされていない現状から考えて、そのようなことは考えにくいし、
そもそも15年間だけのことが、「昔は〜」という発言にふさわしいとも思えない。

78 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 11:00:12 0
宗教を儀礼化する、というか、そこに閉じ込めてしまうのが、この国の民衆の知恵。
それによって何か大事なものが失われてしまった感じは否めないが。

79 :渡海 難:2010/05/10(月) 19:08:39 P
 インターネットアーカイブが公開している一切経(カナダトロント大学収蔵)の
索引を作りました。

  ブログ親鸞仏教

        www.しんらん.jp

80 :考える名無しさん:2010/05/10(月) 20:10:21 0
俺今有余涅槃

81 :考える名無しさん:2010/05/11(火) 19:47:07 0
>>80
説法するつもりが無いなら、さっさと無余涅槃に入ったら?


82 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 03:41:25 0
右手に法華経と論語をもち、左手に韓非子と孫子・戦国策をもって生きているのだがな

83 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 07:45:53 0
なにやってもダメな自分がいる
しょうがない
これが真理、仏の姿だ

84 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 08:40:06 0
作務


85 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 12:34:14 0
法華経と般若経を唱えながらも
韓非子や君主論を信じます

86 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 13:27:18 0
とにかく涅槃を究竟する。
日常のすべてをそれに賭けて気も狂わんばかりにすべて修行となす。

87 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 17:47:12 P
欲望をなくせば苦痛はなくなるだろうが
そんな空虚な人生に意味があるのだろうか

88 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 17:57:01 P
欲望を否定した世界ってたとえばどこにある?
歴史や場所を問わずそんな世界はあったか?
欲望の価値を否定するなら、ほかにどんな新しい価値を見出すのか?
それとも空である無価値な世界を生きろと?
もしくは実現不可能な欲望のみ空だと線引きするのか
だとしたらそんな都合のいい線引きなんてできるのか

89 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 18:35:55 0
>>87
空虚感すら欲望だと思うが。

>>88
欲望を否定するんじゃなしに、大逆転なんじゃなかろうか。
生きてるからにはすべて欲望で生きてると知ってる。
こういったカキコや人間のすべての営みが欲望で動いてる。
無欲だとか強欲を制すとかいってもそれも欲望だ。
そういった何もかもが欲望で動かされていて逃げ場が一寸も無いと気づいた人が
悟りやら解脱するんだろうよ。それが空だろう。
1「私は欲まみれだ」
2「私は欲を滅ぼす」
3「欲を滅ぼしたつもりがそれもすべて欲だった」
4「悟り」
その後は無価値である空が大逆転で全価値になる。
喩えて言うなら9回2アウト2ストライクからの逆転サヨナラ満塁ホームランなんだろうな。

90 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 18:37:10 0
人間生きて行く事で自分自身(人間)としての
欲望と折り合いをつけて行く、それが生きる事
そのものなのでは、ないかと感じている。

91 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 16:44:17 0

  一寸失礼します。

「欲望」で皆さん、壁にぶつかっている様に感じます。
仏教は、欲望を否定してはおりません。「真言密教」を勉強して下さい。
ただ興味本位では、真髄は理解出来ません。蛇足ですが。

92 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 17:21:58 0
密教は大乗仏教の堕落形態だよ、仏教はヨーガ行唯識で完成されているよ。


93 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 18:17:28 0
また始まったか・・・

94 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 18:23:15 0
もともとブッタは、バラモン教から呪術的な要素を排除して、仏教へと発展させていったわけだが
密教は、バラモンやヒンドゥーの神を取り入れたり、呪術を再度取り入れたりしたわけだから、確かにブッタの考えには反する
しかし、それを言えば現在の仏教の主流である大乗仏教はブッタの教えをかなり否定しているわけだし
堕落した姿と言えなくはないだろう

95 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 18:53:04 0
「密教」の話が出てるけど、対になるのは「顕教」だよ。
顕教と密教は始まる点が違う様に思う。
密教は神秘的なものが始点になると思う。
初期仏教からすれば密教は堕落なのだろうが、空海にもそれなりに意図があると見える。
スッタニパータでも覚者は善悪や道徳や教義やらに拘泥しないとある。

道はいろいろあるけど最終地点は同じだろということ。
「こうすれば必ず悟りに至れます」と断言している経典は皆無。
大体は読者が答えを見つけようとして何も見いだせない泥沼状態になる。
あと「ブッダ」というのはゴータマ・シッダルタのことだけじゃなくて
悟った人全般を意味する言葉。だから多様な宗派があって当たり前。
自分に適合した宗派がないなら、自分でオンリーワン仏教を造るしかないという過酷さだ。
迷いが起こるのは、いろいろな仏教言説があること。
到着したいのは悟りだろ?ならば選んだ道を行くしかない。
初めにしっかり吟味せねばならん。引き返したりどの道がよいか議論しては登頂が妨げられる。

96 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 19:50:37 0
上座部仏教では、ブッタはシャカのみだよ。
様々な仏を認めるのは大乗仏教の方だ
これが両派の最大の差異だよ。

ま、もともとインドで仏教が衰退したのは、出家信者中心に思想が偏りがちになっていたからと聞いている
大乗仏教と上座部仏教への分裂もこの辺の問題から仏教が衰退する事に若手が危機感を持っての事だろうけど

97 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 22:04:33 0
仏教では不生不滅だ
始点があるというと生じることがあることになってしまう
終点があるというと滅することがあることになってしまう

98 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 09:25:40 0
>仏教では
ここが、問題になってるんだが・・・w

99 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 10:33:37 0
牛の殺処分は仏教的には仕方ないのか

100 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 11:16:28 0
>>99
ジャイナ教じゃないのだから、ある程度妥協が必要。

101 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 11:32:56 0
んっ、仏教も不殺生戒があるんだがwww

102 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 11:44:59 0
>>101
仏教で戒めているのは、「自分が」殺して、喰うことだろ?
(三種浄肉ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%A8%AE%E3%81%AE%E6%B5%84%E8%82%89)

>>100が言っているのは、ジャイナ教では、他人が殺したものであっても食べないって指摘じゃないのか?
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%8A%E6%95%99

103 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 12:07:48 0
野菜も生きてますよw

104 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 12:18:38 0
>>99>>101
不殺生戒をそのように解するならば、
『一切の生き物を殺さずに、伝染性の疫病で、人類も罹患した生き物も共に滅びましょう』
というのが仏教の教えになる罠。

105 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 12:20:29 0
勿論、魚類肉類も摂取せずに暮らすことになる。
>>104に従えば
、『絶食して、我々人類は滅びましょう』というのが仏教のおしえということになる罠。

106 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 12:28:11 0
食うってことは、切ないっていうか、なんていうか、この世の難題だね。

東北のある学校では、生徒たちに鶏の首をはねさせて、それでも
とびまわっている首の無い鶏を、捕まえさせ、その鳥の羽をむしりとらせて殺す、
そんな「授業」を行っているそうだ。生徒たちは、泣きながら、それを行っているそうだよ。

仏教はともかくとして、人への教育の原点を、そこにみるような気がするな。

107 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 15:55:22 0
殺す事を、授業しているの?

108 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 16:25:49 0
ふた昔前の農家なら、庭先でやってたことだろうけどなw

109 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 17:04:43 0
だから仏教は御伽噺だと言っているだろう。w

110 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 20:30:59 0
仏教では諸法が空、縁起なので、
戒も当然のことながらあるものとしてあるわけではないよ

111 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/19(水) 20:39:29 0
>>110
そういう問題じゃねーだろw タコ助www

112 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 03:03:17 P
動物の死骸は食べていいけど、自分が食べる為に自ら動物を殺してはいけない。

113 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 06:34:15 0
まず鶏肉を食らうなら、自分でそれを育てて、そして、自分で、それを殺して食らう。
それが、まず原則だな。108さんが言うとおり、昔の農家ではあたりまえだったろうな。
その、あたりまえが、あたりまえでなくなって、「殺し」は他人にやらせ、
どこぞのレストランで、「あらぁ、この肉、おいし〜い」とくる。

この鈍感さがタマラナク、イヤになることがあるのさ、己を含めてのことだが。

114 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/20(木) 09:06:23 0
殺生には直接、手を出さないことがまず基本という意味でしょう。

>>113
死肉を食らえば、それで殺生に賛同していることとはならない。
殺生しないことが大前提であり、できることなら死肉も摂取しない姿勢であればもちろん理想的ということでしょう
(殺生を推奨せず抑制する方向性として)。

>>103
植物は動物と同レベルの生命体ではなく、
植物には苦痛が(動物のような意味としては)ない。
植物の葉や茎を千切ることは、動物の手足を生きたまま?ぎ取るのとは訳が違うということ。
生物としての違いを正しく理解しましょう。

115 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/20(木) 09:08:37 0
訂正>>114
 ×「?ぎ取るのとは」
 ○「もぎ取るのとは」
 (貼り付け文字が文字化けしました)

116 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 09:30:32 0
>植物は動物と同レベルの生命体ではなく
>生物としての違いを正しく理解しましょう。

仏教って、そんな「命の選別」思想だったの?

117 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/20(木) 09:40:37 0
>>116
それが自分自身が最低限、人間として生存中であることの業です。
では、あなたは一人、植物も摂取することなく生存してみなさい。

分別を得ることが理を知るということ。

118 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 10:26:43 0
>>114
>死肉を食らえば、それで殺生に賛同していることとはならない。

そのように、すまして言うヤツが我慢ならんのだな、オレは。
貴殿の言は、へ理屈に聞こえてしようがないのさ。死肉だろう生肉だろうが
食らった以上は、「食ったものを殺した」も同然さ。

そこから、生きるってことの、つらさ、や、苦味が、どうしようなく生まれて
くる。そういう感情は、仏教が、どうのこうの、ってこととは一切関係ない。

「鶏」殺して「涙する」。その「涙」こそが、この世で、最も、肝心なことじゃあ
ないかい?
 
(つまり、オレは、いつまでたっても「大人」になりきれず小僧ということなんだが)。

119 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 10:43:41 0
>>114
>植物は動物と同レベルの生命体ではなく、
>植物には苦痛が(動物のような意味としては)ない。

いかなる理由で、そう断言できるの?
植物になったことがなければ、断言できないはず。
小生は、このごろ、雑草が、なんとなく、摘めなくなったよ。
もしかしたら「痛い」のかと思ったりしてね。


120 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 10:55:18 0
いいですね。
心のこもった慈悲の瞑想そのものだと思いますよ。

121 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:01:18 0
>>117
結局は、自分が生きるために他の命を取らざるを得ない業ということで。
そんなら相手が動物だろうと植物だろうと同じじゃん。

122 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:19:33 0
垢、毛、爪なんかはタンパク質だから食べてもいいよね?
植物の場合は、葉っぱや根っこの先っちょとか、
本当に一番表面の皮とか、痛くないだろうという部分が良さそうだね。
でもどうしよう、どこまでが植物にとって痛くないだろうという部分になるかな。
そういえば草食動物も肉食動物も、あいつらも気に入らんな。
人間がこれだけ悩んでるのに、何も考えずに食べやがって。
微生物も、なんの断りもなく形あるものを分解するんじゃないよ。
ていうか気に入らんな。
人間を含めて地球そのものが気に入らん。
いや宇宙も気に入らん。
隕石一発で生物が滅ぶんだぞ。
気に入らん。
俺はれっきとした人間として宇宙の野郎に腹が立ってしょうがないぞ。

123 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:31:17 0
俺も最近インフルエンザにかかったんだが
俺の中で健やかに生きているインフルエンザウイルスを殺すのが忍びなくてな
あいつら俺に頼ってきて、可愛いんだよ
あんなに頼られたらまいっちゃうよね

124 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:35:03 0
118を書いた者だが、ちょっと言たりないので補足しておく。

前に「鶏を殺す授業」について書き込みをしたのもオレなんだが、
確かに残酷な授業ではあるし、「教材」で殺された鶏も気の毒なんだが、
この授業を受けた生徒たちは、百の仏教の説教より、真に大事なことを
学ぶんだと思うな。この生徒たちは、泣きながら鶏を殺すとのことだが、
この「涙」が、この授業の要諦なんだろうう。この生徒たちの「涙」は、
生徒たちの、その後の人生にとって、最も肝要なものを、記憶として
残すに違いない。 果たして、今の仏教に、この授業に勝る「説教」
とやらはあるのだろうか?
オレの勘違いかも知れないが、114さんの言には、「涙」の尊さみたいな
ものが感じ取れないんだよな。尤も、十数行で話せ、というのも無理な
相談には違いないが。


125 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:42:56 0
>>112
同感だな。

126 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:43:51 0
説教を、座って聞く授業と比べるなら分かるけど
その授業は体験授業だから、瞑想などの実践と体験と比べるべきだな
瞑想で殺生のなんたるかを学ぶなら、殺される鶏も必要ないよ

127 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:45:03 0
↑122の誤り。

128 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:48:04 0
どうも、めんどくさいな。125での112は、122の誤り。
つまり、
>>122
さんに同感。

129 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 12:03:58 0
鶏を殺す体験授業の話を聞いて、授業を受けた子供と同じような気持ちになって同じように学ぶこともできる。
現にこのスレには、この話に気持ちが入ってしまい、それをきっかけに自分の心を見つめている人がいる。
このように自分の心を見つめること、これは瞑想なんだよね。
そして何よりも、間接的に体験授業を受けているとも言える。
そうすると、この体験授業と仏教を別のものとは捉えられないんだね。
それで、煩悩ではあるんだけど、こういう話って、仏教やってる人はみんな
なんていうか、大好きなんだよねw

130 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 13:19:33 0
>>129
まぁ、そうだろうけど、14,5歳の生徒たちに、それを瞑想しろっても無理じゃあないかい。
この授業での生徒たちは、その年齢ぐらいらしいけど、この年代あたりの年頃が
最も感じやすい年頃らしいし、人間の「基礎」みたいなものは、この年頃あたりで、決定
されてしまうとしたら、瞑想なんて、あやふやなものではなく、ある種の強制的な
「心の鍛錬」みたいなものが必要かも知れない。
しかし、「鶏の殺し」授業は、全国には広がらないだろうな。PTAあたりから
まず、反対って声が聞こえてきそうだ・・・

131 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 13:42:24 0
130の続きだけれども、だいぶ前だが、野坂昭如がテレビで言っていた。

『最近の子供は、たとえば、ハエやゴキブリを、己の手で、たたき殺す、って
ことを経験しなくなった。己が、たたき殺ろそうとした虫がケイレンしなが死んでいくのを
見ることが無くなった。』そんなことを言っていた。つまり、己と、他のものの死の
直接的な体験というものが希薄になってきた、ということなんだな。

そのことは良いことか悪いことか、簡単には結論できない問題だが
死というものを、直視するような体験をしておくことは、人間として、
たぶん、必要なことなんだろうな。


132 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 14:21:20 0
まあね・・。
寿命が延びてる、医療が進歩してるため、
50代60代になって初めて、(身内の)死に直面する時代だしね・・・。

133 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 15:16:23 0
動物は殺して良いが植物はダメだ
草花は美的だが動物は決してそうではない

134 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 15:29:45 0
スレ違いは承知してるんだが、これまでの話題と関係なくもないということで・・・
5/16(日)、Bshiで、『ヤノマミ〜奥アマゾン 原初の森に生きる〜』と言う番組が放送
されたんだが、生と死ということについて、考えさせられたというか、なにか、それの
根源的な問いが、この番組にあった。観た人も多いとおもうが、もし観ていない人には
是非、お勧めの番組だよ。これは再放送の番組だったが、もしかしたら再々放送される
かも知れない。


135 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/20(木) 15:43:54 0
養老孟司は昔
「人間は(「脳」は)、その生活範囲から自然を排除する方向で社会を築いてきた。
自分自身が(肉体が)自然そのものであることを忘却して。
そして、その排除の度合いは高くなる一方である。
(そして、最後に残るのが「脳」という自然だが、これも排除するだろうか?)。」
という主旨のことを言っていた。
勿論、「病」や「死」も、「自然(であること)」の大きな象徴の一つだ。

自戒を込めて思う。
我々は、誤った方向へ進んでいないだろうか?と・・・。

136 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 16:01:33 0
>>135
でも今、田舎礼賛みたいなのも片方にあるじゃない?
主に都会に住んでる人による、わりと安易な自然バンザイ旅行みたいな。
また、それと一緒にするのは違うかもしれないけど
都会からの移住者による農業とか
広い意味では「エコ」運動も含まれるかもしれない。

「新しき村」とか「ヒッピー」とか、時代により似たようなのは色々あったけど
今はそうした「自然信仰」みたいなのが広く薄く共有され始めてる気がする。
個人的にはイマイチのれないけど。

137 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/20(木) 16:18:39 0
>>136
イメージとしては「農作業限定」って感じがする。
たとえば、さっきの東北の学校の例を出せば、
TOKIO(だっけ?)が関わってるDASH村ってのがあるけど、
あの番組で、飼っている動物を「シメる」というようなことがあるだろうか?
(放送はしないにしてもw)

あの流れ(≒田舎志向)は、
《「忙しさ」「追い立てられる脅迫感」「金銭重視」「仕事(ビジネス)重視」他》
といったものからの離脱や価値転換であり、
『自身が、或いは自分を取り巻く環境(≒条件・要素)が
「自然由来であること」へ視線が向いているわけではない』と思う。(そういう人もいるだろうが)
それはそれで、寧ろ、今、「緊急に」必要とされている方向性・価値観だろうとは思うけど、
「美」「善」「緩」「優」といった側面がクローズアップされ、
「醜」「悪」「荒」「厳」といった側面に、視線が注がれているだろうか。
あまつさえ、それらもまた排除対象にされていないだろうか。
 (※今現在、(昔から)実際に生活している人は、当然>>135の流れにいるし、
   古来より、神事が重視されてきた歴史は、そうした「負の側面」の
   「調伏」「制御・統御」「安けき祈願・嘆願」であったことも忘れてはならないが・・。)

138 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/20(木) 23:35:32 0
>>118
>そのように、すまして言うヤツが我慢ならんのだな、オレは。
>貴殿の言は、へ理屈に聞こえてしようがないのさ。死肉だろう生肉だろうが
>食らった以上は、「食ったものを殺した」も同然さ。

 これは“三種の浄肉”http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%A8%AE%E3%81%AE%E6%B5%84%E8%82%89
といって、あくまでも制限付きで食するのを許可したものです。
 ここで最も避けたい行為とは殺生行為のことであって、もちろん、食べないでも済む人は一切、口にしない
に越したことはない。実際、ベジタリアンの多くは、口にしないことが殺生を減らすことに繋がるという信念か
ら運動しています。
 私も、それ自体については理想的な姿勢であるとして高く評価します。何も食肉を推奨しているわけではな
いので誤解しないようにして下さい。

>>119
>いかなる理由で、そう断言できるの?
>植物になったことがなければ、断言できないはず。

 あなたのいってることは、自分で直接に行ったことがないから、オーストラリア大陸が現実に在るかどうかは
判らない。もしかしたら、地図や映像はヤラセによる嘘かもしれない・・・といってるのと似てる。
 動物と植物とでは苦痛におけるレベルが違う。それは、生体構造の違い及び反応の観察から見ても明らか
なこと。
 誰も相手が植物なら無駄に意味なく抜き取ったり、引き千切ってもいいなどとはいってない。ただの観念だけ
の平等感覚などは無意味です。

>>121
>そんなら相手が動物だろうと植物だろうと同じじゃん。

 「植物も食するな!」なんて愚かな口先だけの主張(平等論)など止めて、そんなことは、自分が肉食どころか、
一切の植物も食することなく自己の生体を維持できるようになってから、初めてそれをいいなさいな。
 まっ、月と太陽の区別すら付かないような人とは会話もできない。

139 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/20(木) 23:59:40 0
違いも理解できないのか、
観念だけの平等論を説く人間とは対話できない。

ニラを釜茹でにするのと(当然、生体的には生きてる)、
生きたままの子猫を釜茹でにするのと同じ感覚で見ている人間には、
ゾッとさせられる・・・。


140 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/21(金) 00:13:05 0
>>139
勿論、そこに違いはある。
が、それを同じ“構図”で見れない人間に仏教は無理だよw
違うけど同じ、同じだけど違う。

解る?

141 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/21(金) 00:24:42 0
>>141
解る(涙)....

けど、話せば中には解る人もいるであろうことを信じたい・・・。

142 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/21(金) 00:27:44 0
これらが、
人間の食の理想というものです(1-4がレベル順)。

1.不食
  完全な不食であり、究極の理想の状態です。歴史上、ごく少数の人間ながら実在の記録
 はある。これはいわゆる、“神に選ばれし者”という生まれつきや突然変異による一部の人
 たちと、または自己の究極的な修行の成果として、プラーナ・エネルギーを太陽から直接、
 摂取することを身につけた特殊能力(体質)との場合がある。
  当然、普通の一般人に推奨できるといった話ではありません。
2.完全な菜食
  一切の動物性の食事を絶つ。動物肉、鶏肉、卵、魚介類・・・すべての動物を食べない。
3.部分菜食
  卵やミルクなどは摂る菜食。
4.三種の浄肉は食べる
5.自分で直接、動物を殺生して食べる
  一般人は殺生しているが、「食べても食べなくても殺生するな」が、仏教徒として生きる理想
 生活の模範であり、自ら律すべき戒というものでしょう。

(この話題はここまでにします)

143 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 05:33:40 0
みなさんは、植物の果実が何で甘いのか知っていますか?
小学校で習ったと思いますが、それは果実を動物や鳥に食べさせてフンをさせ、種を広範囲に移動させるためです。
ですから、果実を食べて野糞をすることが、植物の幸せと希望をかなえる事なのです。
植物の事を思いやるのならば、果実を食べてあげてください。
そしてノグソを垂れてください。食べちゃ駄目とか言ってる人は植物の気持ちを理解していない鬼です。

144 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 06:32:27 0
>>138
やはり、オレにはへ理屈に聞こえるな。昔の人が、あー言ったとか、なんとかの
経典とやらに、なんとかが書いてあるって、ことは、少なくともオレは
全く興味がない。まぁ、仏教さんかにすれば、オレは縁無き衆生。それで結構さ。
(それにしても、昔の人は、うまい、へ理屈をつけたものだ)
>>142
まず、貴殿自身が、それを1から実施してみてくれや。それでなきゃあ、貴殿は、そう言っちゃあ
ななんだが、偽善者さ。(言葉ってやつは重宝なものだよ。なんだのかんだの
喋っていりゃあ、なんだか実践した気になってくるし・・・)
>>143
これも、ただの言葉のお遊びだな。へ理屈と言う、ただのお遊び。まぁ、そうして遊んで
いるんだろうから、別にケチつけても仕方がないんだか。当方も遊んでるんだから。


145 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 06:42:21 0
それはそうとして、オレは、みんなに訊いてみたい。
安楽死を、自身の問題として、どのように整理しておくか?ってこと。
これゃあ、他人事の問題じゃあないぜ。
己自身のみならず、とりあえず、みなさまがたの、ご両親での
切実な問題となって、いずれ、迫ってくるぞ。
現に、オレは病院のDr.にたずねられたよ。オヤジが死にそうなとき。
「・・・の場合は、どうされますか?」。・・・は、要するに
安楽死のことさ。

146 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 08:26:09 0
医師とすれば「安楽死」は、「法」次第さ。

147 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 09:11:03 0
法を制定すれば、安楽死殺人が合法化されてしまう
現状の緩やかな家族と医者の間の「暗黙の了解」でいいんじゃなかろうか
訴追される可能性の残る医者には不利な状況だが・・


148 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 09:15:22 0
>>146
オレが訊いているのは、貴殿自身が、どう安楽死を「整理」しているか?ってこと。

149 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 09:21:24 0
>>147
話が、どうも、すれ違うな、あなたは、どうするの?って、こと。
法がどうこうってことでなく、もし、Dr.に、安楽死を
させるか否かを聞かれたら、あなたは、どう答えるつもり
ってことをオレは訊いているんだよ。つまり、あなた自身の死生観だな、
訊きたいのは。

150 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 09:24:13 0
「暗黙の了解」でOKさ
自分も身内に対しても、回復の望みのない苦痛は一刻も早く処理してもらいたい

151 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 09:48:28 0
>>150
>回復の望みのない苦痛は一刻も早く処理してもらいたい
↑そう。これが訊きたかったこと。

オレも、そう思う。実はオレは「りすシステム」ってものに
登録していて、「出来るだけ早く苦痛なしで、死なして欲しい」
って欄に○を付けている。

152 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 12:53:42 0
はあ、人生ってほんとくだらねえよな
まあ恵まれているかいないかが大事なんだよね
金があれば手厚い看護も高度な医療もうけられて何も心配ない

結局、原始時代に生まれた仏教は古いんだよ
高度な文明、技術社会では金がすべて


153 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 13:19:50 0
>>152
安楽死と、尊厳死の違いも知らんようだな。

154 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 13:25:10 0
>>152
やっと仏道の入り口に立てたじゃないかw 喜べ

155 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 14:20:54 0
安楽死も尊厳死も甘ったれてるだけだろ
もちろん甘えるのはいい、それを尊厳などと言って誤魔化すなってことだ

156 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 14:25:42 0
安楽死は甘ったれだとよ〜〜

157 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 15:54:13 0
ピント外れるが、俺が主治医なら法のリスクを犯してまで、安楽死は
絶対にし無い。たとえ植物人間に患者が成ろうとも。

158 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/21(金) 17:02:45 0
>>157
で、延々と治療代投薬代等を徴収し続けるわけですね。わかります。賢いです。

159 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 17:45:53 0
で、治療代薬代が払えないから殺しちゃっていいよ、と言うんですね。
金の切れ目が命の切れ目、と。

160 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/21(金) 17:46:20 0
>>159
その通りです。

161 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 19:06:55 0
仏教の慈悲のこころはいずこ・・・???

162 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 21:08:28 0
慈悲でなんでも解決できるなら皆そうしてる
姥捨てという殺生まがいのこともしなければならない、
これが人間生活の現実だ

163 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 23:34:26 0
慈悲は社会問題を「なんでも解決」するための心じゃないよ。
自分の心を平和に保つために慈悲の心を持つんだ。解決が目的ではない。

164 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/22(土) 00:49:03 0
 私は、以下を理由にして“安楽死”というものを明確に肯定します。

 本来からして仏教の生命観や人生観というものは、“何としてでも生存にしがみ付く”といったも
のではありません。
 とうに限界を迎えた肉体へと執着し続けることはある意味で愚かであって、できれば気持ちを切
り換えて、早く次の生(あの世と来世の転生)へと意識を向けることの方が遙かに前向きな姿勢な
のです。もちろん、これは限界を超えた状態に達した場合の話であり、それ以上の肉体の維持には
価値が見出されない状態に限定したことを想定しています。

 〜これが私が理解する仏教的人生観です。

 尚、この16日に私の父が永年の難病と障害でついに亡くなりました。医師から延命(無理な)につ
いての是非の確認を問われ、とうとう究極の状況になった時には、もう無理な延命処置はしないこと
(本人の希望でもある)の確認をとったのでした。
 現実に、生存(延命)の見込みすらもないので、もう煩わしい環境から解放すべく、すべての医療装
置を外しました。本人はやっと楽な状態になったのを喜んでから、スーと息を引き取ったのです。
 ---この処置に後悔なし。

165 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 06:03:38 0
ターミナルの痛みなら、緩和ケア病棟で十分。安楽死させるまでも無い。
植物状態が嫌なら、家族が退院させて自宅で、餓死させればよい。法的に
問題はない。医師に安楽死を頼むのは、今の日本では無理。

166 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 06:52:09 0
164さん。それは、ご愁傷さまでした。あなたは、ちゃんとハンドル名を使って
いなさる。それだけでも、オレたち雑魚よりは、ましさ。

ところで、オレは145の書き込みをした者なんだが(←こういうところが匿名ってものは
不便だな)、も一つ、みんなに訊いてみたいことがある。

実はオレは某大学病院への「献体登録」を済ましてある。「献体」って知ってるな?
知らない人のため、蛇足しておくと、己の死体を、医学生の解剖実習での教材として
提供する、ってこと。

オレが、その献体登録をした理由は、ただ一つ。「医学への貢献」なんて洒落たものじぁ
決してない。それが、周りの者に迷惑をかけない最良の方法と思ったからだ。

(ちょっと、長くなるから、以下に続けよう)

167 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 07:08:35 0
経験した人には分かるだろうが、人が死ぬってことは、他人にとっては
結構、いろいろと面倒なものだよ。その面倒さを、いちいち、ここで説明
しなくても誰も想像できるだろう。

一つ言えば、死体の始末。一番困るのは己が、己自身で死体の始末が出来ない、ってこと。誰か他人に始末してもらわなくては
その点、「献体」は最も、少なくともオレにとっては、実に実に有難い、己の死体の
始末方法だよ←ここは、決して誤解しないで欲しい。オレは、「献体」
ってものを、己の人生への最大の贈りものだと思っている。

また、長くなるから、次へ続けよう。

168 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 07:45:14 0
オレが登録した某大学では、オレが死んだとき、誰かが、大学へ電話一本して
くれれば、直ぐ大学から遺体を運びに来てくれる。そして直ぐ、大学へ運んでくれる。

オレの死に、他人が関わるのは、それだけ。遺体登録時に依頼しておけば、解剖実習後の
遺体は、大学の、しかる場所で「永代供養」してくれる。金銭的に、オレの死体の
始末は、一本の電話料金のみ。他は一切かからない。

さて、オレが、みんなに訊きたいのは、この「献体」ってものを、どう思うか?ってこと。
言っておくが、訊きたいのは、その仏法的解釈なんかじゃあない。あなた自身は自身の死の
対応方法として、この献体について、どう思うか、ってことね、訊きたいのは。

ついでに付け足しておくと、オレのオヤジは献体した。それがオヤジの生前での
希望だったので。(以上、誤字脱字は適当に付け足して読んでくれ)

169 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 11:05:15 0
>>166-168
いくつか問題点がある。
一つには、自分が死んだあとのことまで、自分がコントロールしようとするのは、傲慢が過ぎるのではないかという事。
>己が、己自身で死体の始末が出来ない
といっているが、まさしくその通りで、自分の死体は、遺された人に託すしかないと思う。
死んだら、死人があれこれ口を出す事ではないと思う。

また、周囲のものに迷惑をかけないというが、遺族が一人も居ない独身の孤独死なら、問題ないだろうが、
遺族がいた場合に、その人の「弔いたい」という気持ちを無視する事になりかねないという懸念。
本人は良くても、自分の親しい人間が切り刻まれて、長期間標本として人目に晒される事を嫌悪する人も居るだろう。

さらに、検体を申し込んでおいても、断られるケースが有るということ。
事故死、病死などで、遺体の状態が悪い時はもちろん、老衰など、高齢の場合にも断られる事がある。
(近所の老婆が、断られた実例を知っている。)
献体希望者数自体も増えている事から、単純に「余ってるからいらない」と断られる事も有ると聞く。

170 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 12:15:29 0
>>169
>一つには、自分が死んだあとのことまで、自分がコントロールしようとするのは、傲慢が過ぎるのではないかという事。
↑ここは、よく分からんな、傲慢かね。要するに、己の「死」の始末は己自身でできない、ということかね?。ここは確かに問題がありそうだな。他の諸君の意見を 訊いてみたいな。特に、「死」にかんする商売をしていない人に。

>また、周囲のものに迷惑をかけないというが、遺族が一人も居ない独身の孤独死なら、問題ないだろうが。
↑オレの場合、これはクリアしている。「献体契約」するときは、勿論、近親者の承諾ってものを求めらる。

>さらに、検体を申し込んでおいても、断られるケースが有るということ。
↑オレは、既に登録済みだから、これもクリア。 まぁ、対応可能な、全ての大学で断られたら、諦めるしかないな。

>献体希望者数自体も増えている事から、単純に「余ってるからいらない」と断られる事も有ると聞く。
↑事実かね? オレは、そうは聞いていないがね。

ところで、あなたは、献体する? しない? 察するところ「しない」ほうらしいな。


171 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 13:01:40 0
>>170
>↑オレの場合、これはクリアしている。「献体契約」するときは、勿論、近親者の承諾ってものを求めらる。
近親者だけじゃなくて、隣近所、友人、知人にも根回ししとかないと。
周知徹底しておかないと、「家族が死んだのに葬式もしないのか!」なんて、遺族が白い目で見られるかも知れん。


>↑オレは、既に登録済みだから、これもクリア。 まぁ、対応可能な、全ての大学で断られたら、諦めるしかないな。
いや、登録しておいたのに、断られた人を知っているって事。
たしか、1年ぐらい前の話。
90歳前後の独身女性で、養護施設で、老衰で死亡。(厳密には肺炎だったかな?)
成人後見人制度を利用してて、後見人が居たんだが、
その人が、献体登録していた所に問い合わせたら、断られたそうだ。
それから、交通事故などで、遺体が損傷してると断られる。
登録地から離れた旅先で死んでもアウトみたいだね。
ttp://anat2.med.nihon-u.ac.jp/qanda.html


>↑事実かね? オレは、そうは聞いていないがね。
ttp://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1996/00999/contents/096.htm
ttp://shinka3.exblog.jp/8673463/


>ところで、あなたは、献体する? しない? 
しないつもり。
上でも書いたが、自分が死んだあとの事は、生きている人に任せようと思うから。
蛇足だが、自分が脳死になった時の臓器移植や、珍しい病気にかかったときの病理解剖は同意しとこうと思ってる。
これも、そのときになって、「家族が反対しなければ」だが。

172 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 13:19:55 0
>>171
貴殿の意見(心の整理)は了解した。by 170

173 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 13:32:14 0
鳥葬であったり、アステカの神に心臓を奉げるようなことは大変名誉で喜ばしいが、
献体や移植などあらゆる意味で社会のためになることは険悪するな
そんなことになったら、死後魂は永遠に地下を彷徨うことになるだろう


174 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 14:03:39 0
魂ねえw

175 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 14:14:58 0
葬式をしたくない、金を使いたくない、だから献体するって。
凄く不純だなw
そんな不純な動機で死体を押し付けられる大学も困っているみたいだなw

http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1996/00999/contents/096.htm
>昨今、献体過剰がさけばれておりますが、当初の頃は純粋に医学教育の為に献体するとの尊い御志で申し込まれた方々でした。
>近年はともすれば、その志が異なり、墓地がないことを理由に献体申込をされる方が若干増えた様に思われます。
>学生の教育の面からも純粋な尊い御志をお受けして参りたいと思っております。


176 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 14:33:44 0
どうやら、ここでは、オレは、「無縁の衆生度し難し」らしい。尤も↓らしいけれども。
http://homepage3.nifty.com/mitsumonkai/prefaces/preface200511.html
いずれにしても、オレは涅槃も地獄も信じていない。この世は、一夜の夢に如かず。
死んだら、ただの土くれ。それ以上でもなく、それ以下でもない。オレは、既に、
五十を、はるかに過ぎているが、信長が好んだといわれる↓が好きだ。

『思へばこの世は常のすみかにあらず。草葉におく白露、水に宿る月よりなおあやし。
金谷に花を詠じし栄花は先立って無常の風にさそはるゝ。南楼の月をもてあそぶともがらも
月に先立って有為の雲に隠れり。人間五十年、化転の中をくらぶれば夢まぼろしのごとくなり。一たび生を受けて滅せぬ者のあるべきか。
                                     (幸若・「敦盛」) 』 
信長と言えば、ご承知のように↓。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~echigoya/ka/HieizanYakiuchi.html
『比叡山は仏教信仰の「聖地」とされていたが堂塔も坊舎も荒れ果て、
修行もせずに肉を喰らい、女を抱くなどその山門僧侶の腐敗堕落ぶりは
明らかであった。それでも比叡山そのものは多くの人々にとっては神聖不可侵の
地として崇められていたのである。それと同時に山全体が要害でもあり、
8百年来の俗権不可侵の特権を持つ数百の坊舎は、宗徒が籠もれば数万の軍勢の寄宿
に耐える力を持っていたといわれる。』 現在が、さすがに、↑だとは、勿論、オレは思わない。

ただ、このスレの何人かの人よりオレは、やはり信長をほうを好む。
ということで、諸君、さらばじぁ。お元気で。


177 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 15:15:44 0
信長くんですねw

178 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/22(土) 15:46:20 0
>>166-168
温かいお言葉に感謝します m(__)m

 まず、大変ご立派な考え方であると私は思います。私もなるべく自分の死で遺族に負担を掛け
たくないという考えがあり、そしてまた、葬儀(法要)そのものが故人を安らかなあの世へと送り届
ける決定打ではなく、生前の生き様と行為、そして死の間際での想いが重視されるものと見てい
ます。よって葬儀(法要)の必要が絶対性のものとは見なしてはいません(一応...)。ましてや、過
剰で盛大過ぎるものには賛同しかねます。

 >>169さん同様、私も残される遺族としては、故人のその思いとその決定には頭が下がる想い
ではあっても、家族の体が刻まれたり、ましてや標本にでもされるとなると、決して良い気分には
なれないだろう、というのが普通ではないでしょうか?
 私の知っている話でも、有縁の身内が誰もいないので献体した、という方がいました。この場合
には、なるほどなぁ〜と思えましたが・・・。

 それと、法要は特に遺族側にとっての故人との別れを告げる儀式であり、また私、個人的には
僧侶(宗派を問わず)やプロの聖職者(牧師や神父、神官であれ)による法要にはある一定の“力”
(引導を渡す神秘力)があるものと見なしているので、無意味だという考え方はありません。

 さて、自分自身の死後については、今のところは献体する考えはありません(上記理由による)。
葬儀はなるべく質素でできれば僧侶の法要はあれば有難いと思います。
 ただ、その後のお祭り(供養)をこの私は殆ど無用(最小限か無しでも可)だという考えです。理
由は上記の通り、生前の故人のあり方が中心であって、追善供養に必須性はないと見ているか
らです。また、いずれの内には次の肉体へと転生していき、生前(故人)のパーソナリティーなどは
すでにないからです。

179 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 04:31:25 0
5/23(日)、4:10pm〜6:00pm
Bshiで、『ヤノマミ〜奥アマゾン 原初の森に生きる〜』再放送
ご参考まで。

180 :おお、忘れておった・・・:2010/05/23(日) 10:08:16 0
178じゃがの。スレちがったのも、多少の縁。
↓はオレ様のブログ。仏教とはなんのもないが、誰も訪れることのない侘びしいところ。
たまには、おとずれて、お線香、一本でも、あげてくれや・
http://iiii.no-blog.jp/blog/

181 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 11:35:04 0
寒い

182 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 12:57:04 0
宝珠愚者w
宗教板の大物がついに降臨。

183 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 15:57:34 0
>また私、個人的には
僧侶(宗派を問わず)やプロの聖職者(牧師や神父、神官であれ)による法要にはある一定の“力”
(引導を渡す神秘力)があるものと見なしているので、無意味だという考え方はありません。

と、期待しつつも念仏をただ暗記したインスタント坊主に高い金を払う哀れな愚者であった

184 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 21:36:30 0
修行してある程度以上の行力がつかないと引導わたすちからは出てこないからな。

185 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 21:47:40 0
宗教板ではありません

186 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/23(日) 22:58:28 0
>>183-184
本物のプロの聖職者(伝統に則って得度した僧侶など)には、
高次の存在がそれ相当(最小限)の加護と力を賦与します。
また、仏教者によって真摯な想いで三帰依が唱和されると、
仏法守護のある種の妖精のような生命体が(磁力的に引きつけられて)集い来て、
修行者を祝福してくれます(見えません?)。

>念仏をただ暗記したインスタント坊主に高い金を払う

どの僧侶にも“一定”の敬意は払います。
(まっ、正直コイツは大したことないなぁ・・・
修行もあまりしてないただの二世住職だろ!とか見なしながらw)

>>184
一応、密教者にはその程度は期待します。
当然、その修法を受け継いでいるのでね。


187 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 23:46:38 0
何この人…

188 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/24(月) 01:12:32 0
>>186追記
>(まっ、正直コイツは大したことないなぁ・・・
>修行もあまりしてないただの二世住職だろ!とか見なしながらw)

あっ、ごめんごめん・・・
こういのは私の若い頃の話ねぇw
「たぶん、私のほうが修行してるな」とかwww

いや、今は敬意申し上げてますよ。
失礼に当たることがないよう、心を込めて丁寧に接しておりますから。
どうかご心配なく m(__)m

>高い金を払う哀れな愚者であった >>183

まっ、過剰な金額でなければ問題ありません。
お布施は当然と考えているので、快くお布施させて頂きますよ。
本来はお布施することそのものが有難い行為なのです。

189 :考える名無しさん:2010/05/24(月) 02:11:26 0
>>188
あなたその昔、宗教スレにいなかった?

190 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/24(月) 07:07:45 0
>>189
01年3月〜神智学関系のスレ(心と宗教板)
03年3月〜『原始佛教』スレ(心と宗教板)

一時期、別ハンドルにて投稿しています(それ以前はなし)。

191 :考える名無しさん:2010/05/24(月) 21:17:17 0
>>189
ttp://houjugusya.web.fc2.com/link.html
ttp://houjugusya.web.fc2.com/link2.htm

>>190 自分で作っておいて、なぜコレを紹介しないw

192 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/24(月) 21:27:10 0
>>191
それは、今の話(≒現在進行形の話)でしょw
問いは、「昔、居なかった?」だから、>>190で問題無しw

193 :考える名無しさん:2010/05/24(月) 21:31:25 0
>>192
私的には、一年以上前は、「その昔」という感覚なんだが。
う〜む、最近時間の感覚がおかしいかな……

194 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/24(月) 21:39:08 0
>>193
191のリンク先は【現在に(まだ)連結してる】からね。
ある程度の断絶を挟んだら「昔認定」してもいいけど、
関わった者としては、【そこは「今」】だよ。

195 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/24(月) 22:17:25 0
>>192は、回答としては確かに正解なのかな?
ただし、その神智学系の最も古い投稿というのは、
実際、この私が作ったリンク集内(継続中)でのスレ投稿中で確認することができます。
原始佛教スレへの投稿もリンク集内「保管サイト:原始佛教」からアクセス閲覧できます。

ハテ?その人(他者)がいう“その昔”とは、
一体、どのくらいのことなのか?---これはどうも分らないw

で、セブンは何故、ココにだけ“名無し”じゃないの?


196 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/24(月) 22:22:19 0
>>195
前スレ参照w

197 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/24(月) 22:41:34 0
>>196
自演疑いを晴らす一貫?

198 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/24(月) 22:57:06 0
>>197
気休めでしかないがな。
仮に、コテ酉まで付けていたとしても、IDが出ない以上、
名前欄をブランクにすれば自演完了だw
哲板に病んだ人間が多いのは、案外IDが出ないせいじゃないかと思ったりもするが・・w
(ま、それはいいかw)

(IDを変える手法があることはさておき)、
《その気になれば「名前欄の記入の仕方次第で『自演し放題』」》だし、
《「自演認定厨」は『認定し放題』》なわけさw

哲板は修羅の国。ラオウが来るのを待ってるのかもしれないwww

199 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 08:29:06 0
いまいちもりあがりませんね・・・w





200 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 09:05:43 0
>>142
>これらが、
>人間の食の理想というものです(1-4がレベル順)。

「理想」に「レベル」があるというのも、いまいち不可解・・・w
プラトンのイデアに代表されるように、「理想」というものはある種の絶対性をもつものだと思う。
そしてその絶対性に、人間は完全に到達することはできない。
だから「理想」はつねに「理想」であり続ける。

「不殺生戒」というのは、そういう「理想」に到達できない人間の不完全性、
そして人間の罪深さを認識させる意味を持つ、という考え方もありますよ。



201 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 09:26:35 0
できそうにないことだから、戒律として現在まで残ってるってことですね

202 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 17:32:05 P
 不殺生は確か意思をもって殺すのがいけなかったはずだよ。
道を歩いてて、うっかり蟻を踏み殺すのは殺してやろうと意思を
もって殺したら悪い業になるけど、本当に分からないでふつうに
道を歩いてて殺してしまったら業にはならない。それをするなと
言われたら道歩けないからねw

203 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 17:37:32 P
まあ、みんな頭いいからこんなの当たり前なんだけどねw

204 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 19:24:38 0
アホらしいな
無駄な殺生を禁ずるのは解るが
殺さなきゃ生きていけないのにそれにまで罪を認識する必要があるのかよ
本気でそう思ってるなら奴がいるなら今すぐ自殺しろよボケ

205 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 20:35:45 0
仏教的な生き方だけが正解と思ってる?

206 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/25(火) 21:39:34 0
>>200
では、説明します!

 「不食」というのは---完成/解脱成仏のための---絶対に必要な状態(もしくは条件)ではないのです。
従って、これは“理想ではある”という言い方は確かに可能です。ただし、不可能という意味ではなく、イ
ンドのギリバラをはじめとする複数人の実際の体現者たちがおります。彼らによって多くの場合に説かれ
る共通点とは、太陽の瞑想(行法)という太陽凝視法(トラタック)なのです。
 つまり、太陽から放射されているプラーナ・エネルギーの摂取を可能する瞑想訓練ということでしょう。こ
のプラーナの意識的な摂取に100%成功した者は食事を無用とすることが可能となるということ。

 我々が霊的に目指すべき理想の食状態とはベジタブルライフというもの。しかしながら、これとて万人に
対して強要されるような話ではないのであって、あくまでも自分の目指すべきレベルに応じて自己選択さ
れるものなのです。
 霊的完成に向けての歩みにおいては集中型の超特急か、そうではなくて、もっとゆっくりした普通列車に
乗るのかは全くの自己選択です。
 
 これらが理想やレベルということ。

207 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 23:58:57 0
>>206
仏教スレで、神智学の布教をするなw

208 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/26(水) 00:12:33 0
>>207
私は、何も神智学の話などしていないと思います。
どちらかというと、ヒンドゥー分野か?・・・。

しかしながら、仏教徒であってもトラタック行法の実践はできるし、
かといっても必ずしも「不食」は必須条件ではない、ということなのです。
それと、完全菜食の理想については(肉食を完全に禁じない)仏教分野でも同じ筈ですが?


209 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/26(水) 00:29:53 0
追記:

 近代神智学の創立者、ブラヴァツキーとオルコットの両名は共に、スリランカにおいて正式に受戒
を受けた仏教者です。特に、自分の生涯をスリランカの仏教復興にすべて捧げたオルコット(神智学
協会のことはブラヴァツキーに任せた)は現代でもスリランカ仏教界の国民的英雄です。
 彼はアショーカ王の生まれ変わりとも信じられ、称賛されています。

 また、オルコット大佐は日本仏教界からの招待を受けてこの日本にも来ています。当時の日本僧侶
の姿(生臭ぶり)に驚かれたというほど、彼は南方の大変、厳格な仏教の戒律を護持されていた方です。

210 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 02:06:34 0
>>208
>私は、何も神智学の話などしていないと思います。
>どちらかというと、ヒンドゥー分野か?・・・。

神智学に取り入れられた、ヒンドゥー分野の話だろ?w
どっちにしろ、仏教スレでする話題じゃないと思うが。


>>209
キリスト教が近代科学によって否定され始めた時代において、
それに代わる新しい宗教として考案されたのが神智学だろ?
科学的な信仰で有るという印象を与える為に、
進化論という真っ当な科学から、「魂の進化論」という疑似科学を編み出し、
「西洋哲学に対抗する、東洋の神秘」というベールを被る為に、
仏教やヒンドゥー教をつまみ食いして、権威付けに用いた。

現在の、オカルト、スピリチュアリズムの源流が神智学ともいえるんじゃないかな。
ニコ厨的に言えば、「だいたいこいつのせい」タグが付く所だw


しかしお前さんも、仏教を神智学の権威付けに使おうとして、
ボロクソに論破されたのに、まったく懲りてないなw

211 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 06:30:16 0
神智学ワロタ

というかブラバツキーが協会の中にある
隠し部屋に降霊術の手品ネタを仕込んで
いたのがバレて一大スキャンダルとなり、
インドからイギリスに逃亡した話は細かい
ウラ話もふくめて、ネット上にいっぱい
出てるでしょ。

むしろ神智学協会を受け継いだ霊能力者の
リードビーターがガンジス川のほとりで
「かって見たことのないオーラにつつまれた
少年を発見する 」 というちょっちマユツバな話で、
世界教師として育てられた人物、、、

この世界教師の候補であった少年のほうが
20世紀の仏教的には圧倒的に価値が高い
と思いますよ。






212 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 10:27:23 0
なにはともあれ、宮崎の口蹄疫。
先日、生まれたばかりの子牛を殺し、埋めた農場主が、つぶやいたそうだ。
「すまんかったね」と。
つらいよなぁ。


213 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 12:51:40 0
つらいね。
しかし生まれたばかりなら、まだ牛の心(?)との交流がないだけ、
まだましかもしれない・・・


214 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 12:54:08 0
が、別の意味でのつらさはあるな・・・
犬にしても猫にしても、生まれたばかりの子どもって、
無条件にかわいいからね・・・


215 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/26(水) 21:32:03 0
>>210
>神智学に取り入れられた、ヒンドゥー分野の話だろ?w
>どっちにしろ、仏教スレでする話題じゃないと思うが。

トラタックの話も不食の話もヒンドゥー、インドの話です(神智学ではない)。
あなた方があまりにも無知なのです。

>キリスト教が近代科学によって否定され始めた時代において、
>--中略--権威付けに用いた。

無知過ぎて相手できない。
まっ、ご自由に・・・。

>ボロクソに論破されたのに、まったく懲りてないなw

論破された覚えなどはない。ジョウダンじゃない・・・。

216 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/26(水) 21:33:12 0
>>211
ブラヴァツキーは彼女を理解できない連中からの迫害と弾圧を受けたのです。
そのネット上の情報というのはどれも同じ話ばかりであり、
これらは何も知らない連中が一つの噂話を真に受けて流布していった結果に過ぎません。
これらの連中で真相を知る者などは皆無です。

僅かに真相を知る者たちは“沈黙の美徳”を尊び、
これらの噂と中傷行為を相手にせず放置してきたのです。
http://houjugusya.web.fc2.com/hpb.html

>この世界教師の候補であった少年のほうが
>20世紀の仏教的には圧倒的に価値が高いと思いますよ。

「K」はマイトレーヤのオーバーシャドウにあった弟子の一人で4.0段階のイニシエートでした。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1231261568/444

>>210-211
まっ、仏教スレで詳細に扱うつもりはない。

217 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 22:04:05 0
>>211
トンデモ批判かと思ったら結局最後は同じ穴のむじなかよ。

218 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/26(水) 22:59:47 0
クリシュナムルティ(の教え)との出逢いは、
その人に教義/信条の完全な崩壊をもたらします。
仏教とて同じこと。教えが形骸化し、ドグマ(教義)化して結晶化するなら、
彼の教えによって崩壊するだけ。

>>217
こういう発言は知らない人がいうのです(知らない証拠)。


219 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/26(水) 23:20:47 0
少なくとも、日本の現僧侶たちの100倍もの聖人/哲人に間違いないでしょう。
仏教枠ではない・・などという偏狭な了見しか持ち合わせていない者には所詮、無縁ということ。


220 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 23:43:51 0
クリシュナムルティには教条破壊力が少しだけあるとは思うけど、
クリシュナムルティを読んだからって別に何も破壊されないし。

221 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/05/27(木) 01:09:18 0
>>209
参考:
 http://mimizun.com/log/2ch/kyoto/love6.2ch.net/kyoto/kako/1024/10244/1024412023.dat/947-948
 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1080356186/231
 http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/56015/1/KJ00000133586.pdf

222 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 04:08:10 0
撃墜w 不謹慎だが思わず笑った
現実とシューティングゲームの区別がついてないんだな


223 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 04:26:51 P
クリはスレ違いだから、出て行った方がいいんじゃない?

224 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 05:27:47 0
クソコテのオナニー長文うぜえ

225 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 08:26:30 0
問題は、むしろ、「仏教」とは無縁なところにある。

即ち、いつまで、人類が存在しているか、ということ。
1962年10月 キューバ危機。いわゆる「10月の悪夢」。
20X年Y月 北朝鮮の暴発。米韓日との全面戦争へ発展。
         結果、挑戦半島、日本列島の、ほぼ全土焦土化。
21W年A月 xウイルスの超パンデミック→そして the End
****
人類のもつ四つの病状
・「創世記」から近世に至るまで繰り返されていた「いけにえ」の儀式。
 即ち、今日、なお人類の心に潜む妄想傾向。
・他の生物にはみられない、人類の種内殺戮。
・人類の理性と情緒との決定的な不均衡。
・科学技術と倫理の成長曲線の著しい差
               (アーサー・ケストラー)


226 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 13:44:23 0
>>218
俺も崩壊などしなかったぞw
むしろ禅の理解がより深まった感じだ

227 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 13:49:08 0
>>226
これまでの所、崩壊したのは宝珠だけかw

228 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 16:40:51 0
仏教スレなんだから気持ちを落ち着けて

229 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 23:57:34 P
欲界から離れたいよー


230 :考える名無しさん:2010/05/28(金) 07:37:14 0
婆子焼庵という公案に登場する僧は否定的に語られる
ことが多いが俺にはかっこいいな

枯木寒厳に倚り、三冬暖気なし・・・・
一度言ってみたいなw

231 :考える名無しさん:2010/05/28(金) 09:14:32 0
かっこいいけど、石木の様では味気ないw

232 :考える名無しさん:2010/05/28(金) 22:03:34 0
瞬間であるが永遠でもある、
そんな時空を超越した精神がほしい

233 :考える名無しさん:2010/05/29(土) 12:15:46 0
四弘誓願
衆生無辺誓願度 衆生は数え切れないが、誓ってすべて救うぞ
煩悩無尽誓願断 煩悩は尽きることがないが、誓って断滅するぞ
法門無量誓願智  法門は限りがないが、誓ってすべて知るぞ
仏道無上誓願成 仏道は無上だが、誓って成仏するぞ

これを読めば絶対達成不可能な誓願だとわかるでしょう。
絶対無理だとわかっていながら、絶対やるというのが宗教の真骨頂である。

234 :考える名無しさん:2010/05/29(土) 12:22:46 0
無理だと分かっていながらやるのは哲学だろ
カントとか

235 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/29(土) 12:27:47 0
>>233
2chやってると、そういう誠実で朴訥な心を忘れちゃうんだよね・・・。
情報の坩堝であり、思弁の純化にも適してはいるが、
同時に
「言葉の海に溺れ」てしまい、「観念的言辞のみが水面を漂い」、
錨として必要な、そうした心(想い)は掻き消えてゆく・・・。
そうした意味で、(2chに限らず、ネット上というのは)「危険な場所」ではある・・・。

236 :考える名無しさん:2010/05/29(土) 13:59:26 0
>>233
そうですか?誠に尊い偈だと思います。
三宝帰依、上求菩提、下化衆生、大乗仏教のすべてが込められています。

237 :考える名無しさん:2010/05/29(土) 20:02:45 0
>>233
感動した

238 :あんぽんたんオオムラ:2010/05/29(土) 20:56:39 0

親鸞の著書『教行信証』とは、浄土三部経を自己流に翻訳したものだと聞いたことがありますが、

これで正解ですか?

しかし、本願寺の現代語版には、『観経疏』とか『如来会』からの引用もあるのですが???

これらは、浄土三部経のなかの何処かの章のタイトルなのでしょうか?

239 :考える名無しさん:2010/05/30(日) 20:17:03 0
タオ(道)と一体となる

240 :考える名無しさん:2010/05/31(月) 08:57:14 0
自分は僧侶です。内部の色々なことを見たり、起きている問題を見たりし
ているうちに、そもそも仏教を信じている人として、これでいいのだろう
か、間違ってるのでないかと思えてきてしまい、実は悩 んでいます。
私の知人(同じく僧侶)に相談したら、最近ブログを開いたといって教え
てくれたんですが、

 →http://mugenkairi.cocolog-nifty.com/blog/

これは今まで自分が信じてきたものとは違う気がするのですが、正直、こ
れが本物かもしれないとか思ったり、どうしていいか分からず考え中です。



241 :考える名無しさん:2010/05/31(月) 10:23:44 0
>>240
何をどう間違っていると思えてきて、何について悩んでいるのか、
また、そのブログのどの内容が、自分の信じてきたものと、どう違う気がするのか、
その辺を書いてくれないとコメントの仕様が無い。

242 :考える名無しさん:2010/05/31(月) 10:36:33 P
>>241
自分のブログを紹介したかっただけだよ

243 :考える名無しさん:2010/05/31(月) 10:37:03 0
>これが本物かもしれないとか思った
説示一物即不中

244 :考える名無しさん:2010/05/31(月) 13:36:19 0
>>240
親○会って危険らしいぞ

245 :考える名無しさん:2010/05/31(月) 20:01:44 0
>>112
>動物の死骸は食べていいけど、自分が食べる為に自ら動物を殺してはいけない。

亀ですまんが、偽善者・・・と言わせていただく。

>>113>>118に完全同意。

とだけ言いたかった。

すまん、するーしてくれ。


246 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/05/31(月) 20:13:43 0
>>245
だから、「出家と在家」「聖と俗」という区分は失われてはならないのさ。

俗なる領域に身を置く者は、
「そこで全うすべきこと」「ふさわしい在り方」があるし、
それを軽んじてはいけない。放棄してはならない。
また、(俗なる身のまま)聖なる領域に背伸びしてはならない。
(それは、「聖なる価値観を俗なる価値観へと変質させる」ことに他ならない。)

聖なる領域に身を置く者は、
「そこで全うすべきこと」「ふさわしい在り方」があるし、
それを軽んじてはいけない。放棄してはならない。
また、(聖なる身のまま)俗なる領域に甘んじてはならない。
(それは既に「聖人」ではなく「俗人」でしかない。
 それは、「聖なる価値観を俗なる価値観へと変質させる」ことに他ならない。)

247 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/01(火) 06:35:13 0
>>245
要するに、
「“殺すな”という割りには自分で肉を食ってるじゃないか!」ってことをいいたいわけだね?
けれども、ここでいう死肉は許可するというのは、そうじゃないと何のために殺されたのか、
その死が無意味となってしまう、という意味もあるでしょう。
今の死をムダにせず、次の殺生をしなければいい。
厳密には三種の浄肉>>138を許可した、というのが正解です。
もちろん、ご指摘のように肉食を一切絶つことが最も望ましいことでしょうね。

>「あらぁ、この肉、おいし〜い」とくる。>>113

意識が高まってくると、肉を食べても美味しく感じられなくなってくるし、
食べたいという欲求もなくなっていきます。

>>235>>246
ホーー。
セブンも珍しくいいことをいうね!
チットぁ〜見直したわぃ♪

248 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/01(火) 06:52:05 0
>>247
アホかw
>>246は肉食の肯定だ。

それに、ワシは最初から246と言い続けてきた筈だが?w

249 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 10:55:24 0
出家もできねーくせに肉食断つだなんておこがましいとはおもわんかね
ということですか

250 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 15:28:52 0
このサンスクリット般若心経を聞けば一発で悟りだよ
http://dic.nicovideo.jp/v/sm4732207

251 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 15:35:01 0
悟りに無理があると思うのは、欲を無くすということ。
比較的原初の脳から発令される、極めて自然なもの。それが欲求。
それを乗り越えるってできるのかと

252 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 16:05:18 0
何をしてもつまらなくて
何もしたくなくて惰性で生きてるって人
けっこういるけど、あれは悟りを得たと言えるのかね。
この世が美しくて、生きとし生けるものに愛情を感じてっていうのは
弱肉強食も煩悩も本能から来る欲望も
一度すべてを受け入れて肯定しなきゃならないし
そこからしか悟りには行きつけないと思うんだけどねえ

253 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 16:30:21 0
悟りは、乗り越えて得られるものではない
悟りは、行きつくものではない

254 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 17:28:17 0
>>251
欲求にも種類があるけど、生理的欲求とか社会的欲求とか。
たぶん欲求の分別がなくなるんじゃない?欲求自体はなくならなくて。
つまり欲求の総量は同じだけど、欲求を自分で自由に仕分けできるようになるんじゃなかろうか?

ゲーテは「したいけど、できない。できるけど、したくない。」と言った。
相反する欲求が衝突することが苦しみだと思うんだよね。
だから悟ったら欲求の仕分けで衝突が無くなり、苦の滅尽ということになると思う。
だから欲求自体はなくならないんだよね。
欲求を認識できるということは、欲求を欲求でなんとかしようとしているということだと思う。
欲求の仕分けが自由自在になれば、欲求そのものが滅んだようになる=悟りじゃないか。

255 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 21:43:02 P
>>245
私は112を書いた人です。
仏教は殺意とそれから生じる殺害を悪行為として禁じています。
しかし、すでに死んだ肉を食することはそうではありません。
なぜこの違いが生じるのか?その原理は
動物に苦痛を与えるか否かなのです。死んだ肉を食べることはその動物に苦痛を
与えるわけではありません。既に死んでいて感覚がないからです。
しかし、生きている動物を殺すことは明確に苦痛を与えています。死ぬのが怖い
のは動物も同じです。身体を壊されて死ぬのは生命に共通する苦しみなのです。
他にも、業の考え方を根拠としているのですが、これは難しいので省略します。



256 :255:2010/06/01(火) 21:47:09 P
もし、お腹がすいて餓死しそうな人の目の前に動物がいても
それを殺してしまうくらいなら餓死を選ぼうというのが仏教の論理です。
それで、誰か親切な人から他の人からお肉をお裾分けしてもらって
お肉を食べるのは別に悪いことではありません。

分かりにくい論理ですよねえ、でも仕方ないです。
ふつうはわかりっこないもんですよw

257 :255:2010/06/01(火) 21:59:00 P
最後に、「動物の死骸は食べていいが、自分が食べる為に動物を殺してはならない」

これは出家者の方が守るルールです。在家の方のためのルールではありません。

258 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/02(水) 07:30:38 0
>>255-257
私も基本的には255さんの説明で正しいと思います。

ただし、死肉を食することに対して偽善者呼ばわりをする人たちには、
肉食の需要が家畜の屠殺を維持する原動力になっているから、
という理由を上げてている人が含まれているかもしれません。
現代のベジタリアン(菜食主義)運動というのは動物愛護の精神からこのことを訴えるのが殆どです。
つまり、肉食文化を絶てば食肉は売れなくなり、従って、需要の無さから肉食目的の家畜飼育も無くなる。
強いては、結果的に屠殺行為も根絶することができる、という主張なのです。

更にもう一つ、霊的観点からみて肉食を推奨しない理由とは、
食した側の意識に対する影響力の問題であり、
肉食はそれを食した者の意識を荒らぶらせる作用があるからです。
要するに、人間が肉食を常としていた頃の肉食動物的な太古の本能的意識を刺激するからです。
これは肉食動物の様子からも分る通りです。

259 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 07:49:21 0
知り合いのミャンマー人に、あさりやしじみを料理しないのが居る。
勿論、仏教的な意味で。

当然、食べないのだろうと思ったらそんなことない。食べる。
奥さんに料理させて食べるのだそうだ。
自分で殺してないからいいんだって。

260 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 08:35:46 0
words,words,words

261 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 09:19:10 0
ぶっちゃけて言うと、仏教で肉食(殺して喰う)をしないのは、>>112が指摘しているように、
偽善的で、個人主義的な理由だと思っている。

すなわち、自分の手で生き物を殺すという事は、自分の死を連想してしまい、心が乱れてしまうので、
禅定をして心を落ち着けて悟りに至ろうとする修行の妨げとなる。
三種浄肉が許容されるのは、自分で手を下さず、動物の死に自分が責任が無い(罪は他人にある)と確信できる肉なら、
食べても、心が乱れないから。

まあ、解釈は色々あるだろうが、少なくとも、宝珠の霊的云々の話は、仏教じゃないw
(肉食でスタミナが付くと、修行仲間同士で争うようになってしまうからという理由で、
 後世に三種浄肉を含む全ての肉食が禁止された事は否定しない。
 だがそれは、霊的な理由ではなく、単純な物理的理由だ。)

262 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 09:59:39 0
空を悟れば自分の命にも他人の命にも執着しなくなるだろう

263 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 18:21:20 0
でも、仏教にとって食肉がそれほどクリティカルなことだとは思わないけどな。
戒律は大事だけど、それなら食肉だけを殊更取り上げる必要はなく、他の戒律も同じ重みを持つ。
戒律は悟りに至る為の手段の一つぐらいに思うけど、どうなの?

264 :255:2010/06/02(水) 18:27:15 P
私もそう思いますね。

265 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 18:50:02 0
生物を殺すこと、打ち、切断し、縛ること、盗むこと、嘘をつくこと、詐欺、だますこと、邪曲を学習すること、他人の妻に親近すること、これがなまぐさである。肉食することが<なまぐさい>のではない。
この世において欲望を制することなく、美味を貪り、不浄の(邪悪な)生活をまじえ、虚無論をいだき、不正の行いをなし、頑迷な人々、これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。
粗暴・残酷であって、陰口を言い、友を裏切り、無慈悲で、極めて傲慢であり、ものおしみする性で、なんびとにも与えない人々、これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。
怒り、驕り、強情、反抗心、偽り、嫉妬、ほら吹くこと、極端の傲慢、不良の徒と交わること、これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。
この世で、性質が悪く、借金を踏み倒し、密告をし、法廷で偽証し、正義を装い、邪悪を犯す最も劣等な人々、これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。
この世でほしいままに生きものを殺し、他人のものを奪って、かえってかれらを害しようと努め、たちが悪く、残酷で、粗暴で無礼な人々、これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。
これら(生けるものども)に対して貪り求め、敵対して殺し、常に(害を)なすことにつとめる人々は、死んでからは暗黒に入り、頭を逆さまにして地獄に落ちる、これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。
魚肉・獣肉(を食わないこと)も、断食も、裸体も、剃髪も、結髪も、塵垢にまみえることも、粗い鹿の皮(を着ること)も、火神への献供につとめることも、
あるいはまた世の中でなされるような、不死を得るための苦行も、(ヴェーダの)呪文も、供犠も、祭祀も、季節の荒行も、それらは、疑念を超えていなければ、その人を清めることができない。

266 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 19:05:04 0
全部コピペだね。

267 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 19:10:01 0
スッタニパーダだっけ?

268 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 19:39:59 P
yes

269 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 20:54:41 0
苦しい苦しい苦しい

270 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 21:54:30 O
>>269
つ四諦八正道

271 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/03(木) 06:15:05 0
>>261
>すなわち、自分の手で生き物を殺すという事は、自分の死を連想してしまい、心が乱れてしまうので、
>禅定をして心を落ち着けて悟りに至ろうとする修行の妨げとなる。

コレは全く違うでしょ!
仏教は他者(自分以外の生命)に対して害悪と危害を加えない生き方を理想とするからですよ。
これが悪しきカルマを形成しないということであり、相手への慈悲(心)にも合い通じていくわけです。
解脱を目指す上で悪しきカルマを形成しない生活は何よりも重要視される。

>肉食でスタミナが付くと、修行仲間同士で争うようになってしまうからという理由で、

スタミナが付くと争う?どこからそんな馬鹿げた発想が・・・。
力を余して、つい荒々しくなると?www

まったく無知の塊だな!
そうではなくて、意識に荒ぶらせる作用が生じるから避けるのですよ。
肉食動物だった頃の意識を活性化してしまうからで、これが暴力性を増徴するからです。
しかし、菜食にはそれが生じない。

これを一般に、
波動が荒いから意識の低下を招くと表現します。
いちいち仏典の記述になくても、これくらいは自分で理解しようや諸君。

272 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/03(木) 06:21:58 0
>>271
>これを一般に・・・・・
>いちいち仏典の記述になくても

君は何の話をしているのかな?www

273 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/03(木) 06:28:30 0
あ、一言フォローしとくと、
「殺生・他を害すること、による業の蓄積を避ける」(或いは「(心的)悪癖・悪しき方向性の薫習を避ける」)
というのは、正当な理由だと思いますよ。
勿論、「“道”を歩む際の妨げとなるから」というのも、(上記の理由とリンクして)
正当なものですけどねw

274 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/03(木) 06:53:18 0
レス一つだけか・・。(ま、早朝だしな。)

>>271
>しかし、菜食にはそれが生じない
老婆親切で、もう一言加えておきましょう。
人は、生まれによってバラモンとなるのではない。
行為によってバラモンとなる。 とお釈迦さんは言ってませんでしたっけw

釈尊がkammavAdinと称されたことを思い出しましょうw
肉食だろうが菜食だろうが変わりはない。

「肉食によって心が荒むのではなく、行為によって心が荒む」のですw

275 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/03(木) 07:23:15 0
>>274
>「肉食によって心が荒むのではなく、行為によって心が荒む」のですw

もちろん、それは教えの“中核部分”ですからね。
ただし、修行を補佐するものは利用し、逆に妨げとなるものは意識的に避ける工夫というのは
“行者の智恵”と呼ばれるのですよ。

菜食は精神を沈めておくのに役立つということ(実践者は体験によってその違いが分る)。
何もベジタリアンであれば暴力を振るっていい、という話ではないのでね。

>レス一つだけか・・。(ま、早朝だしな。)

そんなに期待されても面白い投稿などないw

てかっ、セブン・・・
反応ハヤ!!(笑)


276 :考える名無しさん:2010/06/03(木) 08:37:24 0
>>272
神智学だろw

277 :考える名無しさん:2010/06/03(木) 10:12:48 P
食事によって修行で発揮できる集中力に違いが出るのは本当のこと。
強い集中力を作らないといけない時ほど他にも空気とか細かい条件でモロに
影響されるから。禅定に入るレベルの集中力での話だけどね。

肉食か菜食かというよりも、バランス良く色んな食べ物を少しずつ採るのがいいよ。

278 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/03(木) 10:46:40 0
>>277
>肉食か菜食かというよりも、バランス良く色んな食べ物を少しずつ採るのがいいよ。

肉食すると自身の波動が低下するのが分らないのか?
波動が引揚げられるのと低下するのとを分けられないとは随分と鈍感だね!
菜食を奨める表面上の理由しか知らないらしい・・・。


279 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/03(木) 10:48:05 0
訂正:>>278
 ×「分けられないとは」
 ○「見分けられないとは」


280 :考える名無しさん:2010/06/03(木) 11:15:52 P
>>278
君はそうかもしれないけど、人によって必要な食べ物ってあるからね。
肉食が駄目とは簡単には言えないと思うよ。

281 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/03(木) 11:35:55 0
>>280
わかります!

肉食か菜食というのは、
ニルヴァーナを目指す解脱の道においては絶対基準ではないということ。
ただし、転生を繰り返し解脱が近い境地(斯陀含や阿那含など)になってくると
自然と肉食は自ら遠ざけるようになります。そのようにして、より相応しい状態に自己を整えるようになる。

尚、一般においては、菜食というのは強いるような話ではもちろんない。
エスキモーのようなアザラシしか食べ物がないような暮らしの人間もまたいます。
あくまでも、ただ“推奨”に留めるレベルです。


282 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/03(木) 13:17:09 0
>>277
みのさんが「納豆が体にいい」と言ったからって
品切れ続出にするな、ってことだなw
毎日3食納豆のみなんて論外だなw


>>275
>菜食は精神を沈めておくのに役立つということ
ならば、そこに「どのような」「どれほどの」因果関係があるかはさておき、
>>261後段()内のような言及(の仕方)を却下する必要もあるまい?
仮に、もしそこに、何らかの因果関係があるとするなら、余計に
「共同体内の和を保つ為に推奨或いは戒められた」としても不思議はない。
また、仮に、もしそこに、何らかの因果関係があるとするなら、
(女性への接し方の訓戒のように)
「念の確立していない」者(修行中の者・未達の者・途上にある者)にとっては、
(それこそ、「行の助け」「行の妨げの排除」として)推奨されても良い案件ではあるが、
同時に、(悟り・仏の視線から見れば!)『選り好み』であることも事実だ。

283 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/04(金) 07:43:49 0
>>282
 納豆が体に良いものではあっても、その過剰摂取には弊害が出るでしょうね。タンパク質の過剰
摂取は(それが植物性であろうとも)体内細胞に異常を来たす可能性が高いのです。プリオンや狂
牛病も同様、タンパク質の過剰摂取は肉体に破壊をもたらします。タンパク質というのはガン細胞の
発生原因にも深い関係があるのです。
 “肉体(タンパク質)の維持はタンパク質の摂取による”、などといった現代医学の単純思考(馬鹿
思想)がこれらの弊害を生んでいるのです。
 肉骨粉なるタンパク質の摂取などは問題外で、これが狂牛病の原因を作っている。そもそも“共食
い”は肉体に異常を来たすのです。すべてが無知の賜物(弊害)ですよ。

 人類も太古のかつては肉食を多食した時代もありましたが、しかし、現代人の肉体はすっかり草食
仕様(一般には雑食向きといわれるが・・・)と化しているのです。これは現代人の歯の形状、及び消
化器官の腸の長さでも証明できるものです。

 で、菜食についていうと、
これは万年、毎日三食続きでも何ら問題は生じません。

---以上、余談でした ヽ(´ー`)ノ


284 :考える名無しさん:2010/06/04(金) 11:17:46 0
>>283
論旨はともかく、内容がトンデモ科学になってるぞw

>プリオンや狂牛病も同様、タンパク質の過剰摂取は肉体に破壊をもたらします。
狂牛病(クロイツフェルト・ヤコブ病)は、「異常プリオンという名前のたんぱく質」を摂取する事で発病する。
過剰摂取したから発病したのでもないし、異常プリオン以外のたんぱく質を幾ら摂取しても発病する事は無い。

>タンパク質というのはガン細胞の発生原因にも深い関係があるのです。
いやいやw
確かに関係あるけど、それは、
「ネジは、車の故障にも深い関係があるのです。」
というレベルの話だぞ?w

>そもそも“共食い”は肉体に異常を来たすのです。
共食いをする山椒魚は、異常を来たすのか?w
というか、多くの動物が共食いをするんだが。
そして、クロイツフェルト・ヤコブ病は、人間が、牛という、「別種族」を食べる事で発病してるんだがね?w
別に、「共食い」したから発病したのではなく、「異常プリオン」を摂取したから発病しただけだ。

それから、肉食を嫌うあまり、肉(たんぱく質)の摂取自体が「悪」であるかのような論調で語っているが、
ライオンなどの肉食動物の立場はどうなるんだ?w

285 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/04(金) 11:52:42 0
>>284
>トンデモ科学になってるぞw

まっ、チト知ったかだったか・・・反省orz

>ライオンなどの肉食動物の立場はどうなるんだ?w

彼らは草食動物の頭数、調整係りですw
従って、そういうシステムの一員にて善悪の判断の範疇にはありません。
尚、彼らはそのための適した肉体をしています。
我々、一般人は菜食のほうが適した肉体をしています。
かといって・・・肉食行為を悪ということではないです。
一般には菜食を強いるべきではなく、肉食もまた普通に正常なことです。
これは推奨するに留めるまで。

286 :考える名無しさん:2010/06/04(金) 12:33:23 0
>>285
>彼らは草食動物の頭数、調整係りですw
ちょwww
酷いなwww

それから、あまり知られて居ないようだが、草食動物だって、機会があれば肉を食うんだぞ?w
単に、積極的に狩りをする能力を持たないから、入手が簡単な植物を大量に喰ってるだけ。

287 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/04(金) 12:40:36 0
>>286
>ちょwww 酷いなwww

確かに可哀想な扱いですが、それが野生(自然)の摂理(システム)というものです。
野生は非情な世界として存在しています。我々は、感情を以って見なしますけれどね。
であるから、野生(システム)を脱したこと(人類というもの)は実に有難いことなのです。

>草食動物だって、機会があれば肉を食うんだぞ?w
>--中略--入手が簡単な植物を大量に喰ってるだけ。

場合により、生存のために止む無くでしょう?
やはり、身体には良くないです。


288 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/04(金) 16:56:05 0
>>285>>287
(同じエリア内の)「肉食獣が草食獣を喰らうこと」が、
【結果的に】「調整」になってるだけだろがw (君は進化論や淘汰という考えを認めてないのかい?)
人間が、その様子を「永いスパン・広い範囲で見た時に」(そう、まるで、どこかの動的平衡論議のようにw)
繁殖・増殖と捕食の関係が『「調整」としての働きとなっている』ように見えるだけだ。
≪【目的的に】(→調整の為に)!肉食獣が草食獣を捕食しているわけではない≫。
(これは「擬態」など、様々な自然界の事象についても言い得る。)

≪《結果的に頭数の調整、互いの総数のバランスが取れているから》、
 《そこに【人間社会の価値判断・分別を】【当てはめて】》、
 《「肉食獣の(種としての)捕食行動は、互いの頭数の調整になっている」としている(見做している)だけ》≫だ。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/426の後段と同様に、
≪【人間側の(社会的)価値観・分別が】【投影されている】≫とも、十分に言える。

当然、捕食し過ぎれば、その肉食種の存続は危くなるし、
歴史的には、そのケースで絶滅した種とかあるんじゃない?よく知らんけど。
(棲息エリアが狭い場合、その危険性は高くなるだろう。)
 (→その時、肉食獣たちは「あ・・、ちょっとヤバくね?俺たち食べすぎじゃね?セーブした方が良くね?」
   などと、【調整役としての行動】を取るだろうか? もし、取らないならば、
   彼らの捕食行動は≪「調整」ではなく、「個体及び種の生存・繁殖の為」≫
   とすべきではないか?)

捕食側の繁殖力よりも被食側の繁殖力が大きいから、(その総数も多いから)、
「バランスが(平衡が)保たれている」、と見ることに(それだけで済ますことに)、一体何の問題があるのか?
ここにも、神や宇宙意思、はたまた「(神智学的?w)道徳的・価値順列序列的摂理」の出番は無い。
(参:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1239017285/805

289 :考える名無しさん:2010/06/04(金) 18:55:23 0
>>287
>場合により、生存のために止む無くでしょう?

いや、大量に草があっても、肉を食べるそうな。
肉体を構成するたんぱく質を補給するには、草よりも肉を食ったほうが、遥かに効率的だからな。


>>288
丁寧な突っ込み乙。
その通りだと思う。
肉食動物に、人間の価値観を当てはめて、「調整係り」などとレッテルを張るのは酷すぎるだろw

290 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/04(金) 21:00:16 0
>>288
>(同じエリア内の)「肉食獣が草食獣を喰らうこと」が、
>【結果的に】「調整」になってるだけだろがw (君は進化論や淘汰という考えを認めてないのかい?)--中略--
>≪【目的的に】(→調整の為に)!肉食獣が草食獣を捕食しているわけではない≫。

肉食獣の頂点がライオンであろうと虎であろうと、
または、それが豹だろうとチーターだろうと、それらは結果に過ぎない(何だってイイ!!)。
調整係りの存在は偶然ではなく、“必然性”おいて発生したものです。
これら(野生生物界)はシステムとして存在しています。

野生生物界の進化論や淘汰というものは、
より優れたDNAを継承していくためのシステムに過ぎない。
この繰り返しの中でいずれ入魂の媒体に相応しい生物(媒体となるべき肉体)が発生するときがやってくる。
それは必ず現れる・・・。

>>289
>肉食動物に、人間の価値観を当てはめて、「調整係り」などとレッテルを張るのは酷すぎるだろw

感情を持ち込んで、勝手に見なしているのが人間ということ。
ま〜こんなことを議論するスレじゃないけとれどw

291 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/04(金) 21:33:11 0
>>290
>感情を持ち込んで、勝手に見なして

価値観や社会構造、序列、関係性、目的性、等を持ち込むことは良いんですねwww

292 :考える名無しさん:2010/06/04(金) 21:54:23 0
>>290
>肉食獣の頂点がライオンであろうと虎であろうと、
>または、それが豹だろうとチーターだろうと、それらは結果に過ぎない(何だってイイ!!)。
>調整係りの存在は偶然ではなく、“必然性”おいて発生したものです。
>これら(野生生物界)はシステムとして存在しています。

つ ガラパゴス諸島
ここには肉食獣が居ない生態系があるぞ?w

293 :考える名無しさん:2010/06/04(金) 21:56:08 0
>>290
>野生生物界の進化論や淘汰というものは、
>より優れたDNAを継承していくためのシステムに過ぎない。
>この繰り返しの中でいずれ入魂の媒体に相応しい生物(媒体となるべき肉体)が発生するときがやってくる。
>それは必ず現れる・・・。
「進化=より優れた方向に変化する」 と考えているようだが、進化・淘汰というものは、
別に複雑化の方向に進む事を意味しないぞ?w
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%80%E5%8C%96

例えば、ある蛾は、二種類の音しか認識できない。
すなわち、天敵のコウモリが通常出す音と、捕食の直前に出す音だ。
そして、通常出す音を聞くと、全力で逃げ、捕食の直前だと気がつとと羽ばたきをとめて、急降下する。
コレだけの単純な聴覚器官・神経系の方向に進化する事で、生き延びてきたんだ。

どうやら、原因と結果を取り違えているようだが、
調整係が必要だから肉食動物が居るわけでもない。
肉食動物がいる状態で、安定化した食物連鎖が形成されたから、「調整係」が必要なように見えるだけ。
(実際には肉食動物が居なくても安定する)
複雑化するために進化しているわけでもない。
複雑化する事で生き延びた生物がいるから、進化が複雑化の方向に進んでいるように見えるだけ。
(単純化することで生き延びる生物も多い)

まあ、魂の進化論という疑似科学を権威付けるためには、「進化=複雑化」という図式が必要なんだろうがw


>感情を持ち込んで、勝手に見なしているのが人間ということ。
そのとおりw
お前さんが「勝手にみなしている」だけなんだよw

294 :考える名無しさん:2010/06/04(金) 22:06:30 0
宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk(笑)

295 :考える名無しさん:2010/06/04(金) 23:46:14 P
肉食と草食はここまでレスを消費して話し合うようなネタじゃないですよ

296 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/04(金) 23:57:11 0
>>295
要点は「肉食・草食(菜食)」を超えて、
事象への「人間(固有)の価値観の投影」に移っているので、良いのでは?w

それは、ひいては『「諸法の在り様を如実に見る」とはどういうことか?』へと連なるものと思います。

297 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 00:29:14 P
>>296
それはちょっと無理やりすぎるw
草食に好意的な愚者の揚げ足の論理的な不備を叩きたいようにしか
見えない。つまり、自己満のための話題はいらないのだと言いたい

298 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/05(土) 00:41:53 0
>>297
そか。
そういう面もあるかもしれない。彼との腐れ縁も長いんでね・・w

けど、たとえば、
『業報の説明に、「悪事の酬い」を期待する姿勢が紛れ込んでないか?』
とか、
『因果の連鎖に、「ミミズに小便をかけたらチンコが腫れる」といった結び付けが紛れていないか?』
とかと繋がってるとは思うよ。

ノシ

299 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 01:01:49 P
おやすみ、ノシ

300 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/05(土) 01:11:45 0
>>298
>『業報の説明に、「悪事の酬い」を期待する姿勢が紛れ込んでないか?』

それは、勘違いと誤解ではありませんか?
仏教の業報理論には、“報いを与えよう”などといった感情などは
どこにも存在(または意志の介在などは)していません。

これが真に重要部分です。
セブンの感情的反応(「悪事の酬いを与えよう」などというのは酷い考え方であり、
これは何者かが勝手に仏教理論の中へと刷り込んだ偽りである、というセブンの見解)などは、
法の上には無関係です。

>「ミミズに小便をかけたらチンコが腫れる」

業報は自然法則であって、
このような誰かが勝手に創作した戒めのための方便や迷信ではありません。
そういうことをいう人は、仏教を信奉しなければいいのです。


301 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 01:14:45 0
>>295 >>297
論理的不備を叩きたいという意図は、確かに否定できないなw
アホな意見を見ると、反射的に突っ込みたくなるもんでねw

だが、自分の意見の根拠として、トンデモ理論を持ち出すのは、宝珠愚者氏の得意技なわけだ。
コレを許すという事は、彼が輪廻スレでも散々やってきた、
「テレビで超能力番組をやってたから、超能力は存在する、だから、輪廻は存在する」
等という、無茶苦茶を容認する方向にも繋がるわけだ。

やはり、トンデモ理論を根拠に、トンデモ説を主張し始めたら、(主張の内容はともあれ)
根拠の間違いを指摘して、キチンとした物を根拠にするようにと、言わなければいけないと思うんだ。

彼の場合、「本を読んでないのに、読んだつもり」とか、
「体験した事ないのに、体験したつもり」とか、
「入門書を斜め読みしただけで専門家のつもり」なんていう、
滅茶苦茶な根拠で理論を展開する事が散々あったw

302 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 01:16:30 0
>>300
相変わらず何を指摘されているのか理解できずに、ピントのずれた反論をしてるなw
まあ、もう一回じっくりレスを読み直してみな。

おやすみ ノシ

303 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 01:24:44 O
仏論においては報いさえも愛なんですよ。

304 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/05(土) 01:55:53 0
>>301
>彼の場合、「本を読んでないのに、読んだつもり」とか、
>「体験した事ないのに、体験したつもり」とか、
>「入門書を斜め読みしただけで専門家のつもり」なんていう、
>滅茶苦茶な根拠で理論を展開する事が散々あったw

実に詳しく、私についての紹介に感謝!!

>>302
セブンの安らかな眠りを邪魔してしまったようですね。
ごめんねぇ!


305 :やみつき:2010/06/05(土) 02:04:41 O
つゆとをち つゆときえにし わが身かな 大阪のことも ゆめのまたゆめ

306 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 02:13:00 0
馴れ合いスレか

307 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 02:23:58 0
>>304
>セブンの安らかな眠りを邪魔してしまったようですね。
ああ、紛らわしくてすまん、>>302は、俺(>>301)だ

308 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/05(土) 09:53:14 0
>>300
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232767495/20
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232767495/37
>何十人も人を殺して自殺した人間も、人を救うために命を落とした人間も
>行為の結果においては平等という過失が生じます。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/93
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/95
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/125
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/357
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/426

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/332
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/335
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/408
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/418
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/423
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/433
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/495
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/665

309 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/05(土) 10:32:58 0
>>300
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/811
> >(また、死に面した人でも、そこで教えを聞き、頷き、納得し、
> >安心して死を迎える可能性はゼロではありません。)
>
>  死んで断滅なら、安心の意味すらも不明ですが・・。安心しようが不安でイッパイだろうが、死んだらそれで
> 終わりなら何の価値があるのか?そんなもん、早く死んだほうがいいだけでは!!
>  無価値ですよ!生存している意味すらもない。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/816
> はいはぃ、どう致しまして!!
> 無知な人間からの罵倒など慣れっ子で、そんなもん屁でもないわw
> 死んだら終わりなら、安心して死去することの価値すら不明---非論理的だということ。
>
> 死んで終わりなら、生存する意味すらもない。
> 生まれてきた意義もない。一体、人は何しに生まれてくるや??

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/831
> 人の「生」というものが今生1回限りのものであるなら、
> 殺戮を繰り返す人生を過ごした人間と善意の生涯を過ごした人間との違い(価値)は、
> 一体どこにあるのです?その後の果報(つまり、次の生存)がないのならば、意味が見出せませんが・・。
> 是非、ご回答を宜しくお願いします。
>
> 宗教とはこれらの問題・議論に回答するものです。
> 仏教は宗教なのです(宗教とは科学では認めない領域を説くもの)。
> それは社会道徳や唯物的哲学などではない。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/838

310 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/05(土) 12:23:15 0
>>308-309
セブン。何も、朝からそんな・・・
ズーと以前の私の記述をこんなに晒さなくても・・・( -_-)
かなり恥ずかしぃし。ポッ!!

で、勘違いされては困るのは、これらは“感情的願望ではなくて
”ゴータマが正しいものとして説いた自然界(の人間)に作用している“法”であるということ。
「そんな馬鹿な!」という人は、別に仏教を信奉しなければそれでいいことです。
もちろん、「仏教のココは認めるがココは理解でない」という姿勢もありでしょう。
それだけのこと。

311 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/05(土) 12:35:06 0
追記:

セブンほどの豊かな学識があるのに、
つまりは、知ってはいるのだが「自分個人は信じていない」というのは十分にありです。
現実に今のご時世、僧侶の大半も世襲化の二世僧侶が多くて、
職業としてはやってはいるが、「信じているわけではない」というのが本音でしょう。

仏教/文献学者らも然りです。
「自分は信じないが経典の記述はコレコレ然々です」というもの。
それから、この私は認めます。

ただ、信じないのはご自由ですが、
業報理論を勝手に仏教から排除したり、それを歪曲してしまおうというのは認められない。

312 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 12:57:41 0
業は仏教、すくなくとも大乗仏教の根本にかかわる思想だろ。

313 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 14:07:56 0
偽者の予感>宝珠

314 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 14:10:35 0
前スレだったかの自作自演
自称僧侶の人とは違うのか?

315 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/05(土) 15:20:04 0
やっぱり、自演認定は哲板特有の病理だな・・・

316 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/05(土) 15:43:35 0
勘違いしているようだがwww

>>311-312
《業報思想を否定》しているのではなく、
≪『(【罰としての】)報い』『ご褒美』、が無い「因果(関係)」が認められない≫姿勢はおかしくないですか?
と言ってるだけだ。

317 :考える名無しさん:2010/06/05(土) 19:27:31 0
善因善果、悪因悪果・・・、これ仏教の業思想の常識、なwww

318 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/05(土) 19:32:01 0
>>317
善因楽果、悪因苦果・・・というのも聞きますね。

319 :考える名無しさん:2010/06/06(日) 02:58:26 O
ふーん

320 :考える名無しさん:2010/06/06(日) 04:00:12 O
まあ、どうせみんな、いずれ死ぬんだけどね

321 :考える名無しさん:2010/06/06(日) 15:52:35 0
             /)
           ///)
          /,.=゙''"/   
   /     i f ,.r='"-‐'つ____   こまけぇこたぁいいんだよ!!
  /      /   _,.-‐'~/⌒  ⌒\
    /   ,i   ,二ニ⊃( ●). (●)\
   /    ノ    il゙フ::::::⌒(__人__)⌒::::: \
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322 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 11:11:57 0
昨日と一昨日のラジオ深夜便am4からの、詩人・いとうひろみ さんの話がおもしろかった。
この人は、本よりも、ご本人の話のほうが、おもしろいみたい。

323 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 09:47:27 0
『生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに罔(くら)く、死に死に死に死に死んで死の終わりに罔(くら)し』
  ↑
 だれか、小学生でも分かるように解説してみて。

324 :sage:2010/06/09(水) 10:09:22 O
空海(弘法大師)

われわれ人間は数え切れないほどの生・死を繰り返しているが、生きるとはどんなことか、死ぬとはどんなことか、本当の意味はまるで分からずにいる。そんな意味だと思う。還暦を過ぎてなお悩み多き私など、大師のこの言葉にいつも慰められ、救われている。


325 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 10:36:32 O
日本に仏教は伝わってないってどっかのテレビで見たな

326 :hyud:2010/06/09(水) 10:44:03 0
人生相談でここに相談したんだが、かなり親切だった。なんか胸のつっかえが取れた感じ
まあ、人によって違うかも知れないが覗いてみる価値はあると思う

仏教の教えを学ぼう!! : http://bukkyouwakaru.com/


327 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 11:51:10 0
>>324
成語林と同じですね。私も成語林は座右の書です。
この言葉で、「罔(くら)い」という単語がキーポイントのようですね、素人ながら。
ちなみに、広辞苑で調べたら載ってません。空海の「秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)」
からの言葉のようですが、この原典でも、同じ漢字を使っているんでしようか。

いとうみろみ さんだったら、この言葉、どのように現代の口語訳するか、
きいてみたいものです。

328 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 23:48:46 0
>>318
君は素人さん? 

ところで「空」と“因果”は両立するの? その論拠を教えて。

329 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 00:31:50 0
>>328
横レスだけど、両立するよ。

縁起=因果
縁起=空

縁起とは、ものごとが相依関係によって成り立っており、常に変化して
いることを指します。
これはそのまま因果律の説明にもなる。

また、あらゆる物事が、何かと何かの関係性のうえに成り立っており、
変化するものであるならば、物事の中には不変不滅の実体のような
ものは無い。実体が空(から)である。という意味で「空」といいます。

縁起と因果と空とは、同じことを別な角度から語っているものと言える
と思います。

ちなみに、佐倉哲氏のエッセイに詳しい説明があります。

330 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 11:49:57 0
2chの、みなさまがたへ、つつしんで、この場をかりて、申しあげます。

「敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快であり、
且又健康を保つ上には何びとにも絶対必要である。」

          (「侏儒の言葉」芥川龍之介)

331 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 11:55:42 O
ある?いや無い。無い?やっぱある。

ある無いで考えてる内はだめなのか。

332 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 12:38:11 0
ある は ない のうちに あり、ない は ある のうちに ない。

333 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 12:42:08 0
↑「詭弁とは三段論法を欠いた思想であり、彼等の所謂(いわゆる)「思想」とは思想を欠いた三段論法である。」

334 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 12:55:30 0
「ある」と「ない」
両者とも、人の「計らい」の産物
「ある」+「ない」=「空」・真如・真理・法・如実・実相・如来・本来の面目・・・

335 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 14:32:10 0
>>328
>ところで「空」と“因果”は両立するの?その論拠を教えて。

教証的には、『中論』24.18や『廻諍論』22偈、帰敬偈です。
理証的には、「(因に)縁って(果が)起ること」とは、そのまま、
「『他に観待(=依存)しないもの=自性』が元々不可」=空性です。
もし有自性ならば無因にして結果し、果は任意に堕します。
詳細は、『廻諍論』22偈釈(梶山・瓜生津訳注『龍樹論集』中公文庫p157-158)参照下さい。

ちなみに、縁起を可逆的相依(共生の亜種)とするのは問題があります。
ナーガールジュナ自身が『中論』10.8-13、7.4-7等で論破しているからです。
もしも、存在が、(所謂論理的であれ、同時的であれ)非継時的に可逆的に相依して成立するならば、
たとえ刹那であれ、相依主体が相依せずに存在すると(暗黙裡にであれ)認めているからです。
(その場合、すでに現に成立しているのですから相依は不要です)
否であれば、相依すべき何者も無く、相依しようがありません。
つまり、可逆的に相依して成立するような存在が、有なら新たに相依は不要だし、
無なら相依しようがありません。詳細は『中論』同箇所を参照下さい。

336 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 14:43:53 0
>>334
>「ある」+「ない」=「空」

そういう中間的実在者が空なのではありません。
「有」とは自性か他性かが現に存在するときに可能(『中論』15.4)ですが、
そもそも、「非縁已生法は何者も無い。故に、非空法は何者も無い(同24.19)」
のですから、有は不可であり、したがって、有の変異した非有(15.5)も不可です。
故に、有且つ無の中間的な類も不可です。
有ではない、無ではない、しかしながら、有且つ無なる中間的何某かが空だ、
ということも不可なのです。

337 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/10(木) 17:19:22 0
>>328
術語が並んではいるが、正当な正答は>>335ということで・・。
私が雑念混じりのレスを入れるよりは良いでしょうw

一応、一般向けに語り口を変えてみれば、
単に「因果」とのみ言った時、それは「縁りて起こること」(の或る“切り取り”)であり、
《「縁らないもの」「縁らずに自ら存立するもの」がない》ということであり、
それを、「自性無きこと」として(特に大乗に於ける)「空(空性)」と【再定義】したのですから、
両立も何も、ほぼ「同義反復」だと思いますよ。
当然、論拠以前の話です。同じことを言っているのですから。
 (強いて言えば、《「空(空性)」(縁起・縁起性)と言い切るなら(徹底するなら)》、
  《「因果」という切り取り》もまた捨象されるべきではありましょうが・・・。
  針を挿し入れる隙間も無い、間断なき縁起の連鎖を見るならば・・。)
  (ちなみに、その連鎖の終点が、五蘊を残した九割の停止で涅槃、五蘊の滅の十割停止で般涅槃。)

もし、「空(空性)」を、レトリックや表現上のインパクト以上のものとして(→335のような義を超えて)、
或るいは一切諸法の在り様を了解(りょうげ)した上での「無相」「無分別」「如夢幻泡影」を超えて、
【短絡的に】、(或いは“ファッション的”にw)「何も無いこと」「虚無」「幻」だなどと言えば、まさしく「因果撥無」ということになろう。

粗いかな?w 335による添削を待ってから読んで下さいwww

338 :考える名無しさん:2010/06/11(金) 00:50:55 0
唯識論の空性真如、円成実性と同義では?

339 :霧隠蔵斎:2010/06/11(金) 06:51:11 0
空すなわち0  0={x|x<>x}
有すなわち1 1={0}
2 2={0,1}
3 3={0,1,2}
.
    .
.
ω ω={0,1,2,3,・・・・・・} ←仏教は如何?


340 :霧隠蔵斎:2010/06/11(金) 07:06:03 0
>>327
「罔(くら)い=「冥(くら)い」としてみよう。冥土の冥ね。

三省堂の漢和辞典によると、「冥」とは、

1.光がない
2.形や声がない
3.知識が少ない・ものの道理に暗い

とある。



341 :霧隠蔵斎:2010/06/11(金) 10:30:12 0
2chにおいて、「仏教」が、「暮らし・生活」カテゴリーに見当たらない(ある?)のが、
そもそも妙な、というか、当世では当然な気がしたりする。「仏教」が哲学板にある、ということが、
そもそも吾人には不思議。仏教は所詮「哲学」?つまり、無用な長物?と挑発してみよう。

そういえば、仏教に限らず、***教の板も見当たらない。ある?

耶蘇「笛ふけれども、汝ら踊らず。」っていうこと?

連想ゲーム。お寺?→なんだか立派な建物or修学旅行or建前or正座で足が痛いor etc etc 。
****
ある女子高校生のうた。
「信じない 信じられない 信じたい 投げつけられたトマトのように」
  (この投げつけられたトマトが肝要よ)
「黒板に書かれたこと真(まこと)なら 白いチョークを一本ください」
  (黒板に書かれた、誠しやかな嘘八百)
****
若き感性は鋭いものです。



342 :考える名無しさん:2010/06/11(金) 19:09:51 0
何を言っているんだ君は。

343 :霧隠蔵斎:2010/06/12(土) 08:31:14 0
たぶん、理解できますまい。

『懐疑主義も一つの信念の上に、−−−疑ふことは疑はぬと言ふ信念の上に立つものである。
成程それは矛盾かも知れない。しかし、懐疑主義は同時に又少しも信念の上に立たぬ哲学のあることをも疑ふものである。』


『わたしは或嘘つきを知ってゐた。彼は誰よりも幸福だった。が、余りに嘘の巧みだった為にほんとうのことを話している時さへ嘘をついてゐるとしか思われなかった。
それだけは確かに誰の目にも彼の悲劇に違いなかった。』

又、更に、もう一つのヒント。
『西部戦線異状なし』

344 :霧隠蔵斎:2010/06/12(土) 09:32:29 0
>>225 の再質問。

こうなれば、仏教も、くそ( アッ、失礼 )もなくなる。
アーサー・ケストラーは、人類の絶滅からの救済は、要するに、神経薬理学の進歩による、人類の脳の「矯正」しかないと断じた(『ホロン革命』)。

ここで、>>225 のシナリオが的中すると仮定しよう。
さて、「仏教」さんたちは、どうする?

345 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 11:49:09 0
>>344
仏教的には問題なしでしょう?
勝義の観点では時間というものはないわけであるし、
今の人類が死滅しようが、いずれ再びこのような状態にまで再生するでしょうから。

けれども、私個人の見解からいわせて頂くと、
現象世界の人類の存在というものは無為なものではなく、
これも必然であり、かつまた重要な意義があります。
人類の死滅に関るような事態に際しては、
高次の存在方が必ず関与されて、これを阻止すべく援助されるでしょう。
従って、そういうことにはならない。

346 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 14:25:44 0
訂正:>>345
 ×「無為なものではなく」
 ○「無意味なものではなく」


347 :霧隠蔵斎:2010/06/12(土) 14:31:51 0
>そういうことにはならない。

小生も、そう願います。(少なくとも、小生の生きている間は。尤も、そう長くはありませんが)
以下、仏教から話がそれて申し訳ありませんが、小生は、例のキューバ危機を現実に体験した世代の者です。

何か月前でしたか、NHKで『キューバ危機・十月の悪夢』という、ドキュメンタリー番組が放送されました。
ご覧になった方も多く居られるでしょう。この番組で、この危機の真相が全て説明された、とは、
たぶん言えないでしょう。しかし、この危機が回避されたのは、ただの偶然の積み重ねだった、
というのは、少なくとも小生には説得力をもちます。
この番組をみながら、当時を回想しつつ、つくづく思ったのは、この世は、まさに、板子一枚下は地獄、
ということです。まさに「世の中は地獄の上の花見かな」です。小生は、例のA.ケストラーの説に同意します。
故に、人類の滅亡は、そう遠くない将来に必至だと思っています。
そして、人類の滅亡後、仮に、仏教の法典の断片のみが焼け残っていたとしたら・・・・
これは、喜劇(or笑噺)の極みだろうと・・・








348 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 15:17:42 0
>>347
>この危機が回避されたのは、ただの偶然の積み重ねだった、
>というのは、少なくとも小生には説得力をもちます。

私の知る情報(殆ど知られていない)では、
この偶然の積み重ねという奇蹟の裏には、まさに高次の存在の関与(助け)がありました。


349 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 16:36:21 0
タヌキが本性を表しだしたなw

350 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/12(土) 16:59:06 0
軒先を間借りするのはあきらめたのかな?w

351 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 17:17:53 0
>>350
諦めたようだね。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/177
>「科学」とは、現代/物質科学のことではなくて、 “聖なる科学”(聖なる叡智に基く知識)のこと
>“すべて”を知り賜えし存在から教示されたものです。

352 :霧隠蔵斎:2010/06/13(日) 13:56:42 0

 森鷗外『空車(むなぐるま)』

353 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 23:16:15 O
形骸化した仏教の論説は人を寄せ付けない。むしろ遠ざける。文体による説法の場合、同意識として知識を共有しなければならないが、共有する知識が、まったく別な場合、そちらの方が心地いい。


354 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 23:19:19 O
心地いい言葉の流れが、所有する知識と一致した場合、共有意識が生まれそれが正しいものと思い込んでしまう。流れる心地よい言葉に騙される。

355 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 18:46:06 0
悪意さえ感じるほど、議論好きで業づくりの仏教学者ばっかりだな。


356 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/14(月) 18:55:17 0
>>355
文字の応酬しかできない2chの仏教スレに何しに来てんだよw

357 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 19:42:35 0
>>356
善意による、言語を超越した自説の布教だろw

358 :考える名無しさん:2010/06/15(火) 01:49:01 0
肥溜めみたいな場所でまで名称を欲しがる
自己顕示欲まみれの人が仏教を偉そうに語る矛盾

359 :考える名無しさん:2010/06/15(火) 17:57:09 0
臨済義玄が生きてたらここの連中は
一喝されまくりの棒で打たれまくりだろうな。

360 :kcc-202-43-26-161.kamakuranet.ne.jp:2010/06/15(火) 18:49:35 0
>>359
>>356

361 :考える名無しさん:2010/06/16(水) 07:03:02 0
仏教は哲学なりや?
机上の塵(ちり)を閲するを娯楽とする人には、そうであろう。

それを諾としない人は・・・・そもそも、ここで遊んではおるまい。

362 :考える名無しさん:2010/06/16(水) 11:13:06 0
砂場に遊ぶ幼児たちの、はしゃぎかた。

真の幼時ならば、それも愛嬌だが、いい大人が・・・それは喜劇というより、滑稽である。


363 :考える名無しさん:2010/06/17(木) 11:51:45 0
>>359
素手で殴ってるだろう

364 :考える名無しさん:2010/06/18(金) 00:41:15 0
そもそもPCいじれないだろ

365 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 05:18:04 O
そうか

366 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 06:42:31 O
大まかに精神(心構え)は欲望の節制や忍耐や集中や無心、実践はヨガや瞑想とかかな。

「悟り」とかウンコする内はきっと得られないよ。

367 :366:2010/06/22(火) 06:50:33 O
↑は普通の一般人の生活においてのことだからね。
お寺に入って修業や念仏とかの苦行をする人はまた別のやり方だろうから。

368 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 20:40:37 0
30になるって死刑宣告受けるようなもんだな
今20代半ば、余生を過ごしてる気分だ

369 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 21:26:07 0
>>368
安心しな。
30代になれば、

 40になるって死刑宣告受けるようなもんだな
 今30代半ば、余生を過ごしてる気分だ

と言うようになるよ。

370 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 15:07:45 0
本当にここ仏教スレかよ
生まれることが死刑宣告だよ

371 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 18:24:22 0
ええ、全員、死のキャリア―ですからw
安心して、生きなされww

372 :考える名無しさん:2010/06/26(土) 12:10:20 O


373 :考える名無しさん:2010/06/26(土) 20:44:49 0
あーしにたくねー

374 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 05:25:51 0
ごもっとも

375 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 10:33:27 0
一秒でも生きなされ

376 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:23:31 0
南無阿弥陀仏

377 :考える名無しさん:2010/06/30(水) 12:18:33 0
世の中むかつく奴が多すぎる!
嫌な奴に会わなければいけないってのは苦しみだよ

378 :考える名無しさん:2010/06/30(水) 13:03:49 0
その苦しみはごもっとも
まさに怨憎会苦

379 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 09:48:23 0
ではせめて自分だけでも嫌な奴にならないようにww

380 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 13:47:31 0
あなた、人を操作したい執着がすごいですね

381 :考える名無しさん:2010/07/04(日) 05:07:43 P
>>379
できるよ。
以上。
↓次の方どうぞ

382 :考える名無しさん:2010/07/10(土) 03:17:26 O
平等と、無量の力に関して、神通として現世において、働きかけがある場合、どのようなことが、考えられるか?
浄土に生まれるの観点から、死すら救いではなかろうか?
即断と期間の問題は、憂慮して、その救いとの観点を無ではなく有で語る限り、救いはないのだろうが、その即得の概念を法で語るとしたら、どのような状況となるだろうか?

383 :考える名無しさん:2010/07/10(土) 03:41:40 O
個にある視点より、平等による報復があるとしたら、それはどのような神通力か?
それは、果たして正しいのか?
正覚において、悟りの概念を凌駕する出来事が、あった場合、どのように解釈すればよいか?
例えば、親を亡くした場合とか。
お答え願いたい

384 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 23:32:39 O


385 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 05:26:28 O
永続的世俗を断つ方法は解脱という方法だが、南無阿弥陀仏による解脱は果たして可能なのか?

386 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 10:41:11 0
三昧に、念仏三昧に達すれば可能・・・!!!

387 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 21:02:57 P
やはり空即是色はでたらめだったようだ

388 :考える名無しさん:2010/07/31(土) 06:11:57 0
誰もが悟っているだろう。
悟っているのに悟ろうとするから更にわからなくなる。

389 :考える名無しさん:2010/07/31(土) 08:53:02 O
痴豚和代

390 :やみつき:2010/07/31(土) 09:16:02 O
痴豚は痴豚でもいい痴豚だな

391 :(泥酔)阿修羅tanpan:2010/07/31(土) 13:47:35 P
よく訓練された御仁が沢山いそうですね。
こんにちは
阿修羅です^^;

392 :考える名無しさん:2010/07/31(土) 20:54:08 0
無駄な欲をなくさなけらばならない坊主たちが高級車乗り回してキャバクラいってます
皮肉ですね。。。
というか、結局は本人の志が足りないのでしょうか?

393 :(泥酔)阿修羅tanpan:2010/07/31(土) 21:22:25 P
宗教というか仏教というか
そういう世界に準じている方々にとって
世俗というのは
大変な魔力を有している

一度世俗に落ちればQW
二度と仏門をくぐれない。
多分、そんなところなんでしょうね。
ヤレヤレW

後は、おだむどうみたいになって
かーーーーーーーーーーーーーーーーっ
っていってカウンタック乗る位☆
これ、ひょっとして理想的なくそ坊主?W

394 :考える名無しさん:2010/07/31(土) 22:37:46 O
前の会社にいる時よくキャバに連れていってもらったが仮面舞踏会のようにみんな仮面をかぶって接近しあう。かなりラブラブになりお互い赤くなってスキンシップを取るようになるが決してプライベートまではいかない。ある一線を越えることなく金をかけて付き合いをする

395 :考える名無しさん:2010/08/01(日) 03:27:25 0
馬鹿者
仏門もない
無門だ

なぜなら悟道も外道も見分けつかないからな。
揚げ足取りには困った門だ

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