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◇◇ 日常哲学派 ◇◇

1 :考える名無しさん:2009/12/11(金) 01:26:52 0
日常から哲学をまったりと考える

例 なぜ人は上から2冊目の本を買うのか。
   なぜ夕日は美しいのか。
   なぜマクドナルドへいくとほっとするのか。
   なぜ人はネットで懸命にコミュニケーションするのか。
   etc

2 :考える名無しさん:2009/12/11(金) 19:08:30 O
無気力スレ

3 :考える名無しさん:2009/12/11(金) 19:12:18 0
マクド食うとどす黒いウンコが出る。ほっとしないけどはっとする。
つーか、ぴかーのスレだろこれ。

4 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/12(土) 14:58:58 0
■安心のインフレーション

日本人ほど安心に敏感な国民はいないだろうね。規律はきびしく、規制は厳しく、心配性。
安心はコストだから一番高いものを買っているともいえる。地球環境会議をみて思うだう。日
本の国家予算が膨らむのも安心過剰のためですね。安心はすぐにインフレーションするの
でいくら金があっても足りない。

ようするに人の値段はいくらか、ということ。そんなものは値段をつけられないが、しかし実
際に運営においては安心のコストを試算しないといけない。それで足りるなんか言えない。
福祉もインフレーションすると国家予算は無限大に膨らむ。

民主党は安心インフレを利用して政権をとったからいくら金があっても足りない。仕分けがパ
フォーマンティブなのもそのため。さらに安心インレはこ金持ちの贅沢病だからほんとに困っ
てる人のためになるか怪しい。さらに安心インレはこ金持ちの贅沢病だから。仕訳見て安心
してだからなに?(笑)ほんとに困ってる人のためになるか怪しい。

5 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/12(土) 14:59:53 0
希望を捨てる理由なんかなくてまさに安心インフレこ金持ち病でしょ。安心インフレこ金持ち
病。たとえばカバンに一千万円現金入れて街を歩くような感じでしょ。不安で寄り道できなく
てキョドる。

安心インフレーションは安心にきりがないということ。その底なしのネガティブで恵まれてい
るのに希望がもてなくなる。たとえば日本の高齢者の貯蓄は将来への不安から蓄えられる
わけですが、いくらあれば安心というのはなくて、1千万円あればそれはそれで、1億円それ
はそれで・・・ときりがない。いかに安心であってもそこに新たな不安が生まれて安心を求め
てしまう。それが安心のインフレーション。安心のインフレーションは安心すぎる贅沢病ですね。

あとは、安心のインフレーションでお金儲けをするのがマスメディアですね。いくら安心に
なってもたえず新たな不安を見つけ出しクローズアップし不安を煽りつづけることで儲け続
ける。たとえば潔癖性も安心のインフレーションを起こしています。潔癖性というのはある程
度清潔な生活におこり、さらに清潔の安心を求めつづける。もともと貧しく不衛生な生活を
送っている人は潔癖性にはならない。だから安心のインフレーションは贅沢病なのです。

6 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/12(土) 15:08:30 0
■ネオリベラリズムとウェブの共生関係

いまは親切もむずかしい時代である。知らない人に安易に親切にされるのは面倒で、警戒
する。しかしネットではそれが許されている。親切天国である。

社会のベースは信用なので信用を確保しなければならないが、その形態もかわってきてい
るか。たとえばネット上で相談すれば誰かがアドバイスをもらえる、あるいはホームページに
必要な情報がある。信用は匿名の不特定多数がネットワーク状にゆるく補完し合う。これも
新たな信頼の形態かもしれない。

ネオリベラリズムへのシフトとウェブの登場の時期が重なるのは偶然だろうか。そこには共
生関係があるのではないだろうか。ネット上の繋がり重視があって実社会の経済重視が許
され、まだ逆もあるという共生関係。それがゼロ年代だったのではないか。すなわちネオリ
ベラリズムの他者回避傾向と、ウェブの他者選別の共犯関係。

ネット上のフリーとは・・・一つ情報コストほぼゼロ環境、二つハッカー文化継承としてのフ
リー思想、三つ贈与としての繋がりの社会性、四つ儲けるためのためのフリー商品。最初に
コストゼロのデジタル環境があり。ハッカーはフリー思想を打ち立て、住人は繋がりの社会
をつくり、Googleはあたらな集金方法を考えた・・・そしてウェブ環境はさらに成長する。


7 :考える名無しさん:2009/12/12(土) 15:10:50 0
そうですね

8 :あめのみやつこ:2009/12/12(土) 16:51:01 0
おにというのは片鬼ということはない。必ず両鬼でひとつになる。
何故なら鬼がひとりなら人類が住むところすべてが砂漠であってもおかしく
ないのだ。鬼の特性はわからない。わたしは鬼ではないが鬼の家に四次元に
暮らしているからだ。付き合いもない。しかし岩八尾の情景から河合の子孫まで
わたしは鬼と暮らしている。OK。

書店というものはジャンクを売りそれ自体ジャンクである。ジャンクと赤トマトとは
社会構造上となり合っている。不思議ではあるが青菜の色とトマトの蔕はアフリカのスコール
のように水を欲しがっている(インデアンみたいな言い方w)


9 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/12(土) 17:30:55 0
■情報革命とネオリベラリズムとネットコミュニティ

ネットの環境変化二つあって、
経済面・・・フリー。情報伝達、処理コストがただのように安くなった
社会面・・・贈与交換。関心(手間)を交換し合うことで繋がることを重視するようになった

経済面は資本主義社会を変化させる。たとえば新聞、TVなどの旧来のマスメディアを解体
させつつあるなど、情報コストのゼロ=フリーは大きなインパクトを与えている。ネット上の
社会面もこのようなフリーの恩恵を受けているだろう。ブロードバンドの発達で長時間、ネッ
トで過ごし社会活動を可能にした

そしてフリーはネット上での社会活動での貨幣活動を制限し、一つの文化としての贈与交換
社会を形成した。貨幣交換は困難であるだけではなく、嫌悪される。一つの思想であるとも
いえる。その源流を探ればハッカー文化、カリフォルニアイデオロギーの宣言まで坂ののぼ
ることができるだろう。

面白いのはネオリベラリズムの信仰者は多くにおいて、このようなネットのフリー思想の支
持者であるということだ。すなわち情報技術革命がフリー経済を発展させて、自由経済を再
生産し、ネット上に新たな贈与交換コミュニティを生み出しているということだ。

10 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 17:34:15 0
なあ、ぴかぁ〜って障害者手当てで暮らしてんだろ?
昨日、やっと気が付いたよ。

11 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 17:35:24 0
思えば、キキキも障害者手当てで暮らしてるし、
ひかるも障害者手当てで暮らしてる。

ぴかぁ〜もそんな甘いチートを使わない筈が無い。

12 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 17:37:02 0
だから、ぴかぁ〜は三十路で無職という
普通なら焦るべきところを障害者手当てと
親からの小遣いで何不自由なく暮らせる訳だな。

やっとぴかぁ〜のその余裕の謎が解けたよ。

普通にバイトとかして働いて稼いでる俺らがアホみたいだもんな〜

13 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 17:42:42 0
まあ、しかし、そうなると
ぴかぁ〜の自民支持の言動も
結局はぴかぁ〜が知的障害手当てをもらいながらと仮定すると、
結局はぴかぁ〜のハッタリも良いところだったんだな〜と思うよ。

14 :考える名無しさん:2009/12/12(土) 17:44:36 0
純一いいかげんにしないと名誉毀損で訴えられるぞ
最近逮捕者増えてるだろう

15 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 17:44:37 0
結局、ぴかぁ〜は知的障害手当てをもらながら、
福祉重視の方針を打ち出すであろう民主批判という矛盾した
行為をやってしまうという事だな。

これはまた池沼な。

16 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 17:47:07 0
まあ、しかし、良い生き方の抜け道を見つけたな。
そうか、知的障害手当てか、なるほど、
確かに既にキキキやひかるもやっているとなると、
ぴかぁ〜でも申請は通るだろう。

なるほどね、これで永久ニート決定って訳か。
負けたよ、まさかそこまでぴかぁ〜が引き篭もりに賭けるとは
思わなんだ。

17 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 17:49:10 0
国にたかる、という方法か、ぴかぁ〜もなかなかうまいな。
俺はぴかぁ〜が生活保護を申請しても却下されるだろうと
思っていたが、知的障害手当ての申請なら通るだろうな。

なるほどね、ぴかぁ〜なかなかうまいな。

18 :考える名無しさん:2009/12/12(土) 18:39:07 0
ひとり惨めにおぼれていく純一さん

19 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 18:44:38 0


20 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/12(土) 19:36:35 0
百均商品はどこかかけている。最後の一手間が省略されている。そこでコストダウンしてい
るのだ。それはマックでもいえる。セルフサービスである。たとえばネット上のフリーにおいて
もただコピーするだけではなく、多くにおいてセルフサービス面がある。自分で学び作るのだ。

ただコピペする人は嫌われる。自らも努力する姿勢が求められる。これ自給自足である。コ
ストダウン、フリーが自給自足を呼び戻す。国民総創造活動。消費と労働の解体。

21 :ただコピペする人:2009/12/12(土) 20:31:59 0
30 :第三の波平 ◆JXLBLRMhnY :2009/12/11(金) 04:01:42
ピカーピカーってうるせえな。
おまえらもツギハギでいいから自分の思想をしっかり持つ努力せい。

22 :Tar ◆SQIDAUQYpc :2009/12/12(土) 20:42:30 0
障害年金って国民年金払ってないと貰えないって知ってた?

23 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/12(土) 20:46:54 Q
たぶん、ぴかぁ〜の親が払ってんじゃないか?

24 :考える名無しさん:2009/12/12(土) 20:50:28 0
ほしの位置というのは変わることはない。
ほしの位置がかわらないということはエントロピーの増大もない
たださきへさきへ広がるだけだ。

戦国の武田軍や元王朝は敵の領地に攻め込むとき星の位置を気にして
行動していただろうし軍隊の配置もそれにあわせて見ていたと考えられる。
星の位置が変わらないならば地球の自転や公転で位置との対極が決まるのである。

また男女というものも星で決まる。位置というものがある。対極というものがあるのは確かだ。
対極というものはもちろん快不快の原則により人間が都度位置をずらすので
一致は奇跡のように短い時間に起こる従ってよくはみえないがその一致のなかで
奇跡とよばれる必然が起こるものである。

25 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/13(日) 00:30:35 0
>>
「自由論」 新しい権力地図が生まれるとき 酒井隆史 (ISBN:9784791758982)


知的労働あるいは非物質的労働は、労働時間と非労働時間とを明確に区分しない。たとえば
商品の企画、アイディアをひねり出す作業。それは、職場から帰ったあとも、飲みに行こうが風
呂にはいろうが、寝つくまえのベッドだろうが私たちの生活にとりつくだろう。この労働は、それ
が支出する場所も時間も特定することはないのだ。・・・その平面は、一方では、新しい権力テク
ノロジーをむすびつき社会総体を利潤生産の場として形成することで「資本による実質的包摂」
の完成をしるしづけている・・・この平面を利潤形成へと向けて収斂させて解釈するのか、つまり
生活への資本の全般的支配として解釈するのか、それともそこから全面的に逃れるための高
度の可能性として解釈するのか、それが問われている。

知の社会化を表現する言葉が、「大衆知性」である。・・・大衆知性とは、「水平的に社会を横断
して拡がる集団的インテリジェンス、蓄積された知的力」であり、特定の集団にのみ限定される
ものではない。・・・それは多かれ少なかれ現代社会の人間総体を規定している。こういう概念
によって示されているのは、ポストフォーディズムの資本主義における開放的ポテンシャルを明
確に指示するためである。・・・資本は現在こうした実践を自らの価値形成の源泉としてそのまま
組み込んでいる。資本は労働者の協働にとって外部からコマンドを下し、そしてその生産物をわ
がものとする、その意味で、資本はますます「寄生的」性格を剥き出しにしているのだ。P45-48
<<

26 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/13(日) 01:14:34 0
■情報革命は資本の全面支配か、新たな可能性か


1)ネットによる変化の経済面と社会面

ネットの環境変化二つあって、

経済面・・・フリー。情報伝達、処理コストがただのように安くなった
社会面・・・贈与交換。関心(手間)を交換し合うことで繋がることを重視するようになった

経済面は資本主義社会を変化させる。たとえば新聞、TVなどの旧来のマスメディアを解体
させつつあるなど、情報コストのゼロ=フリーは大きなインパクトを与えている。ネット上の社会
面もこのようなフリーの恩恵を受けているだろう。ブロードバンドの発達で長時間、ネットで過ご
し社会活動を可能にした。

そしてフリーはネット上での社会活動での貨幣活動を制限し、一つの文化としての贈与交換
社会を形成した。貨幣交換は困難であるだけではなく、嫌悪される。一つの思想であるとも
いえる。その源流を探ればハッカー文化、カリフォルニアイデオロギーの宣言まで坂ののぼ
ることができるだろう。


27 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/13(日) 01:15:20 0
2)ネオリベラルとウェブの関係


面白いのはネオリベラリズムの信仰者は多くにおいて、このようなネットのフリー思想の支
持者であるということだ。ネオリベラリズムへのシフトとウェブの登場の時期が重なるのは偶然
だろうか。そこには共生関係があるのではないだろうか。ネット上の繋がり重視があって実社会
の経済重視が許され、まだ逆もあるという共生関係。それがゼロ年代だったのではないか。す
なわちネオリベラリズムの他者回避傾向と、ウェブの他者選別の共犯関係。

すなわち情報技術革命がフリー経済を発展させて、自由経済を再生産し、ネット上に新たな贈
与交換コミュニティを生み出しているということだ。

28 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/13(日) 01:16:18 0
3)デジタル・ムラ社会


資本主義以前のムラ社会では、二つの生産様式が経済を支えていた。一つは自給自足であ
る。自ら田畑を持ち農作物を生産する、そして住居から農耕機具まで自作である。しかし当然、
一人では十分ではなくムラ社会を形成し、助け合いの贈与交換が発達した。実際には階級社
会であって、生産物は徴収されて、また公共企業などで再配分される経済もあった。

ネットはムラ社会と言われるときには、同様な特性があるだろう。多くにおいて人々はDIY(自給
自足)で生産している。そして贈与交換で助け合っている。あるいは関心を交換しあっている。
再配分もあるがサービスはほぼただであることで、またサービスを提供者は広告収入という「フ
リー」の原理で再配分を行っている。ここで重要であるのは回収しているのはユーザーのアク
セス(関心)であり、それがフリーによって資金になるのだ。

百均商品はどこかかけている。最後の一手間が省略されている。そこでコストダウンしてい
るのだ。それはマックでもいえる。セルフサービスである。たとえばネット上のフリーにおいて
もただコピーするだけではなく、多くにおいてセルフサービス面がある。自分で学び作るのだ。
ただコピペする人は嫌われる。自らも努力する姿勢が求められる。これ自給自足である。コ
ストダウン、フリーが自給自足を呼び戻す。国民総創造活動。消費と労働の解体。

29 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/13(日) 01:17:09 0
4)社会基盤としての信用の変化 グローバルビレッジ


社会のベースは信用なので信用を確保しなければならない。ムラ社会では信用は近隣の贈与
交換によって支えられていた。貨幣社会では資本をもつことが信用であった。自ら資本をもつ、
あるいは資本をもつ会社に帰属することで社会的な信用をえることができた。ネット社会では関
心を集めること(アクセス数やブクマ数、フォロー数など)が信用を支えている。信用を操作する
Googleは巨大な権力をもち、貨幣社会において資本へ転換している。

しかしネットの関心は貨幣社会だけではなく、通信手段コストが下がったことで、たとえばネット
上で相談すれば誰かがアドバイスをもらえる、あるいはホームページに必要な情報がある。信
用は匿名の不特定多数がネットワーク状にゆるく補完し合うというように、地球規模のムラ社会
(グローバルビレッジ)を可能にしている。これも新たな信頼の形態といえるだろう。

30 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/13(日) 01:18:08 0
5)資本の全面支配か、新たな可能性か


このような変化をどのように捉えるべきだろうか。「生活への資本の全般的支配として解釈する
のか、それともそこから全面的に逃れるための高度の可能性として解釈するのか」

>>
「自由論」 新しい権力地図が生まれるとき 酒井隆史 (ISBN:9784791758982)


知的労働あるいは非物質的労働は、労働時間と非労働時間とを明確に区分しない。たとえば
商品の企画、アイディアをひねり出す作業。それは、職場から帰ったあとも、飲みに行こうが風
呂にはいろうが、寝つくまえのベッドだろうが私たちの生活にとりつくだろう。この労働は、それ
が支出する場所も時間も特定することはないのだ。・・・その平面は、一方では、新しい権力テ
クノロジーをむすびつき社会総体を利潤生産の場として形成することで「資本による実質的包
摂」の完成をしるしづけている・・・この平面を利潤形成へと向けて収斂させて解釈するのか、
つまり生活への資本の全般的支配として解釈するのか、それともそこから全面的に逃れるた
めの高度の可能性として解釈するのか、それが問われている。

知の社会化を表現する言葉が、「大衆知性」である。・・・大衆知性とは、「水平的に社会を横断
して拡がる集団的インテリジェンス、蓄積された知的力」であり、特定の集団にのみ限定される
ものではない。・・・それは多かれ少なかれ現代社会の人間総体を規定している。こういう概念
によって示されているのは、ポストフォーディズムの資本主義における開放的ポテンシャルを明
確に指示するためである。・・・資本は現在こうした実践を自らの価値形成の源泉としてそのまま
組み込んでいる。資本は労働者の協働にとって外部からコマンドを下し、そしてその生産物を
わがものとする、その意味で、資本はますます「寄生的」性格を剥き出しにしているのだ。
P45-48
<<

31 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/13(日) 23:08:07 0
まあ、この様に、精神障害手当てを申請して、
月にタダで金を貰える様になったぴかぁ〜の様な人間は
もはや、ニュースを見て世界を1個上からの視点で見れる、
というドクサに囲まれ、もはや社会復帰できない程に池沼化していく訳である、と。

32 :考える名無しさん:2009/12/13(日) 23:18:31 O
平均的日常性における世界の通俗的了解について延々と
語り合うスレです。

33 :考える名無しさん:2009/12/13(日) 23:20:18 0

 提供 ル・サンチマン™




34 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/13(日) 23:27:01 0
しかし、ぴかぁ〜はチートが得意だが、
精神障害手当てで食っていくとは誰が予想しただろうか!

35 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/13(日) 23:28:33 0
つーか、事業仕分けで本当に必要な人の為になるのだろうかってな〜
ぴかぁ〜が受給している障害者手当てがそもそも無駄な様に思うがね。

36 :考える名無しさん:2009/12/13(日) 23:58:44 0
資本主義という不平等で有害なシステム - ブローデル『歴史入門』
http://news.livedoor.com/article/detail/4501218/

37 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/14(月) 00:07:57 0
>>36
必読でしょう。
ボクはこれは読んでいませんが、元本の『物質文明・経済・資本主義』を
読みました。

38 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 07:33:35 Q
おいおい、バレバレな自演は痛いぞ

39 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/14(月) 08:54:33 O
資本の力をもとにして分業体制、さらに機械化により効率化することで商品価格はさがる。
すなわち短い労働で多くの富をえることが可能になった。
さらに労働の三次産業へのシフト。機械化できないサービス業はマニュアル化、労働の流動化により、労働は場所、時間から解放される。
さらに情報化である。情報技術の飛躍的発達でコストがただ近くなった。
機械という資本自体が意味を持たなくなった。フリーが登場する。

40 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 09:06:39 0
しかし、それを実際に行為として、
つまり、ぴかぁ〜の理論が正しければ
ぴかぁ〜は稼ぐ事が可能だが、

現実のぴかぁ〜は障害者手当てというチートで
甘い汁をちょろちょろ吸って福祉という乞食行為に
頼って細々と生きているに過ぎない存在なのに、

まるで上から見たような、つまり認知系から語る訳だ。
そして、その認知系の思考回路はものごとを上から見れる
という誤解を与えるニュースをぴかぁ〜が一日中見ているから
洗脳され、そういう認知系の思考回路にぴかぁ〜自身が作られる訳だ。

41 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 09:13:32 0
しかも、このぴかぁ〜が受けている
障害者手当ては一種の贈与であって、
金をドブに捨てている様なものというよりも、
働けるぴかぁ〜を乞食にとどめておく事しかできないので
本当にドブに捨てている訳だが、
それでもやってくれてる訳だ。

ありがたいじゃないか。

42 :考える名無しさん:2009/12/14(月) 10:28:13 0
VS

43 :考える名無しさん:2009/12/14(月) 11:08:40 O
先生方と陛下たちの座談会

全員紳士淑女でパネラーです

おっしゃって下されば私もおっしゃいます

44 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 15:10:03 0
新事実!ぴかぁ〜は痛風だっだ!!

45 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 15:46:04 0
まあ、それはともかく、
最近考えているのは、知的障害者としてのぴかぁ〜だ。

46 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 15:59:03 0
ぴかぁ〜が『田舎者は東京にくれば有名人に会えると思っているが、
一週間もすれば東京も田舎と変わりない事に気付く』というのに
違和感を持ったんですが、

まあ、確かに大体合ってるんですが、
ぴかぁ〜はまるでこう、田舎ってのをファンタジーの世界の様に
考えているんだなぁという感じがしましたね、逆に。

47 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:00:52 0
まあ、確かに東京はニュースの影響で
芸能人がいるという感じを与えられていますが、

逆にぴかぁ〜は都会から出ないので、
田舎が田んぼだらけであるとかのファンタジーを
そのまま抱いている、という感じがしますね。

48 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:03:21 0
俺純一がぴかぁ〜の住んでる東京を見た感じでは、
まあ、屋内ってのが第一印象ですね。

まあ、地域によって違うんでしょうが、
一応都会という定義上、そういう感じでしょう。

そして、面白いのは都会に行く程、
知的障害者(ぴかぁ〜みたいなの)が増えるって事ですね。

49 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:05:38 0
で、我が街でもですね、
東京と何ら変わらない地方都市というのがあるんですな。

そこに行くと、途端にぴかぁ〜みたいなウザい感じの
池沼が増えるんですよね、ラッパーで言ったら環royみたいな池沼が増えます。

50 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:08:24 0
で、面白いのは、ぴかぁ〜みたいな
知的障害者は知的障害者であるという自分を自覚していない。

むしろ、知的な都会人という自己イメージを
第三者から見たイメージとは全く違うのに持っています。

ここがまず面白い。

51 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:13:07 0
ぴかぁ〜、藤田直哉、環roy辺りは、皆、
醜い容姿をしています。

弛んだ腹、他者経験の乏しい挙動不審な表情、
他人の親切を仇で返すもそれを自分が頭から良いからと
思い込む器の小ささ、等は共通ですね。

52 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:16:22 0
田舎ではホームレスは見ないが、
新宿駅の下では、都庁がある一方、
ホームレスは溢れている。

が、一方、俺純一が住んでいる様な
地方となると、ホームレスは殆ど見かけない。

これは面白い逆説を生み出す。
つまり、自然が多い筈の地方では逆に自然に近いと思われがちな
ホームレスは逆に生きられない、という事実だ。

これは逆に都会の方が知的障害者が多い、という事実と符合する。

53 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:19:50 0
都会は基本的に家の中、という空間を
拡大したのと同じ環境としてある。

だから、その中にいると、
基本的に学校やら駅やらデパートやらモールやらの
公共施設の中で暮らしていると変わりないと言える。

ぴかぁ〜、藤田直哉、環roy等を観察してみると、
こういう人種がいかにその環境に適応して
どんな変態をしていくのかが分かります。

54 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:22:18 0
例えば、ゴキブリは
逆に自然の中では生きられない。

人の住環境(=都会)に依存しているので、
都会(人間の家)を離れて自然(地方)の中では生きられない。

55 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:24:50 0
自然(地方)の中で生きるゴキブリはまだ
捕食能力があると考えられるが、

ぴかぁ〜や藤田や環royレベルの
もはや人間の食べかすを漁る能力しかなくなった
ゴキブリというのは進化としては面白い方向であると言えます。

56 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:27:55 0
例えば、都会人としてのぴかぁ〜ってのは、
人間の食べかす以外は口に出来ず、
自然の虫を捕らえる等の行為を嫌うゴキブリみたいなものです。

虫なんて低俗なものは口にできない、
わしは人間と同じ高等なものだけ食うんや!
と叫ぶゴキブリがぴかぁ〜みたいなものです。

57 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:29:59 0
さて、問題は
このぴかぁ〜の様に、

『夜中にコソコソ人間の食べカスを漁るゴキブリが
 自分自身を高等な人間と同列だと謳う事の醜悪さ』

であります。

58 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:33:36 0
都会への適応ってのは、人間の住環境への
適応と同じで、例えばの話、
足が痙攣した状態の捕食能力が衰えたゴキブリでも
それほど食べかすという捕食対象を得るには
困らない、という事を意味する。

59 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:36:07 0
まあ、つまり、生体としては弱った
生物に成り下がっているんですな。

それがぴかぁ〜、藤田、環roy辺りでは
弛んだ腹、という生体の弱りというか退化として現れる。

60 :考える名無しさん:2009/12/14(月) 16:37:18 0
ぴかぁ〜はツイッターに心酔してますよ

61 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:47:24 0
ぴかゴキブリ『虫なんて低俗なものは口にできない、
       わしは人間と同じ高等なものだけ食うんや!』

というゴキブリは、足を痙攣させながら、
捕食能力が生きている自然(田舎)のゴキブリを野蛮や!と笑う訳ですが、
これは何かおかしい図である、というのが分かります。

つまり、笑われるのは↑の図ではなく、
むしろ、足を痙攣させつつ、己の捕食能力の衰えをそのまま
弱点として捉える事が出来ず、それを人間と同じ食べ物を
食っている、というルサンチマンで埋めるという醜い生き方をしている
ぴかぁ〜という自称都会人の行き方の醜さを笑われる、というのが
現実でしょう。ぴかぁ〜はこれを頭の中で逆転させる。


62 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:48:35 0
語彙が…

63 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:57:08 0
また、ぴかぁ〜の場合、
ネットの掲示板に書き込む事によって、
ぴかぁ〜が知的障害者である特徴の
しぐさとか急に奇声を発したりする行動が
文字だけを書くネットでは見えなくなってしまう。

要するに、フィルタリングされるんだろうね。
しかし、ぴかぁ〜の知的障害者っぽさは
打ち間違いの多さや思考の池沼っぽさから推測は出来る訳だ。

64 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/14(月) 16:59:15 0
まあ、ネットでは文字だけだから、
ぴかぁ〜を現実で見た時の挙動不審さとか
ぴかぁ〜の異様に高い声とか異様な早口とか
たまに上げる高音の奇声などは全部フィルタリングされて
見えなくなる訳だ。

これによって、ぴかぁ〜は現実では池沼扱いなのに、
ネットでは、まるでまともに喋っているかの様に見えてしまう。
ここが問題だ。

65 :考える名無しさん:2009/12/15(火) 22:38:16 0

http://news.ameba.jp/domestic/2009/12/52698.html


66 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/16(水) 00:16:49 0
■セルフサービス社会

労働は第一次、第二次、第三次産業と遷移してきた。農業人口が減ったからといって生産量
が減ったわけではない。品種改良、肥料、機械などにより効率が向上したのだ。第二次産業も
同様である。だから現代の問題はサービス業の効率化である。しかしサービス業は勝手が違
う。なぜなら対象が人だからだ。

自動販売機など機械化が進むが、サービスという人相手には限界がある。それよりも進む
のがサービスのマニュアル化である。マニュアル化によって効率化を図り、また誰でもできる仕
事にすることでバイト、パートなど安い労働力を使う。さらに進んだのがセルフサービスである。

農作物も工業製品も家畜も機械化に対応する。人は機械化を嫌うがまた自らサービスを生産
する能力をもつ。価格を下げるかわりに自分でできることは任せることで、サービス業の効率を
上げる。セルフサービスというとマックなどを想像するが、第三次産業が発達して現代では深く
広く広がっている。

たとえばオタクなどの二次創作物は広義のセルフサービスといえるだろう。すなわち広義のセ
ルフサービスとは生産と消費の境界を解体する。プロが生産した作品で完結せず、二次創作と
して自ら補完する、さらには拡張していく。さらに情報化社会はセルフサービス社会と言えるだろう。

ネットでは生産と消費という境界がなくなっている。そして対価なく生産され、ただで消費する。
かといってネットにおいてもただ乗りは歓迎されない。もしかするとお金を払えば容易に手には
いるかもしれないが、自分でググり、情報をえて、それによってセルフサービスすることが求め
られる。

ネットは単に助け合うだけの社会ではなく、それぞれが自律的に生産に参加することを求めら
れる。だから生産した人は神として敬意がもたれるのだ。そしてまさに第三次産業の効率化と
はこのような自給自足的な非貨幣経済へ向かうといえる。

67 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/16(水) 00:48:58 0
セフルサービスの労力はGDPには現れない。間接的には生産性を上げているだろうが、そのも
のは対価を生まないからだ。このような非貨幣経済は一般に産業を計る尺度からは抜けてい
く。しかし非貨幣経済は人々の暮らしを確実に豊かにしているのだ。

職業は?ブロガーです。お金は稼いでいないけど人々の生産性に間接的に関与していま
す・・・というのは正しいだろうか。

たとえばあなたが陶芸が趣味で自分がつくったものを人々に贈ろうと思う。自らの労働は良い
としても、材料費、場所使用量、梱包、運送費などかかってしまうので、贈るだけで赤字であ
る。しかしネットから道具を落としてソフトを作り贈る場合には経費はほぼゼロである・・・ということ。

いまやエコノミーのトレンドは非貨幣経済である。楽観派は「富の未来」トフラー、「フリー」アン
ダーソンなど新たな経済であり、悲観派はネグリなど資本主義の完成系とみる。

セルフサービス社会には二面性がある。楽観的には生産手段、消費の解放・民主化、悲観的
にはサービス産業の効率化に組み込まれている・・・どっちが正しいのか。どっちも正しいのか。

68 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/16(水) 17:27:42 0
まあ、今までのレベルから考えると
多分にマシな方だろう。

ただ、ぴかぁ〜はアホなので、
次の点が見えていない。

69 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/16(水) 17:31:46 0
ネットというのは、仕事としてやってる人もいれば(it業)、
趣味でネットを余暇に使っている人もいる。

趣味でやってる事は、金が入らなくてもやる訳だ。
ぴかぁ〜はこれをセルフサービスとか非貨幣労働と
勘違いするが、普通、趣味は非貨幣労働というか、
金の為にやるのではない。

70 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/16(水) 17:34:23 0
趣味でやるものは当然対価を求めないので、
オタクの二次創価等は当然、非貨幣経済ではなく、
趣味だから対価を求めない。

当たり前だろうがね。

71 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/16(水) 17:37:52 0
車が趣味の人は別に売る為にでなくても、
車を改造し、いじるが別にこれは非貨幣経済ではなく、
趣味であるのだからそうなるに過ぎず、

ぴかぁ〜は知的障害者なので、
趣味をセルフサービスと勘違いして、
勝手に自分のオタク趣味を新時代の概念として提出するので
タチが悪いと言えよう。

72 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/16(水) 20:16:53 0
■DIY(Do it youself)とはなにか

第三次産業のセフルサービス


労働は第一次、第二次、第三次産業と遷移してきた。農業人口が減ったからといって生産量
が減ったわけではない。品種改良、肥料、機械などにより効率が向上したのだ。第二次産業も
同様である。だから現代の問題はサービス業の効率化である。しかしサービス業は勝手が違
う。なぜなら対象が人だからだ。

自動販売機など機械化が進むが、サービスという人相手には限界がある。それよりも進む
のがサービスのマニュアル化である。マニュアル化によって効率化を図り、また誰でもできる仕
事にすることでバイト、パートなど安い労働力を使う。さらに進んだのがセルフサービスである。

農作物も工業製品も家畜も機械化に対応する。人は機械化を嫌うがまた自らサービスを生産
する能力をもつ。価格を下げるかわりに自分でできることは任せることで、サービス業の効率を
上げる。セルフサービスというとマックなどを想像するが、第三次産業が発達して現代では深く
広く広がっている。

73 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/16(水) 20:17:43 0
ネットのDIY(Do it youself)


たとえばオタクなどの二次創作物は広義のセルフサービスといえるだろう。すなわち広義のセ
ルフサービスとは生産と消費の境界を解体する。プロが生産した作品で完結せず、二次創作と
して自ら補完する、さらには拡張していく。さらに情報化社会はセルフサービス社会と言えるだろう。

ネットでは生産と消費という境界がなくなっている。そして対価なく生産され、ただで消費する。
かといってネットにおいてもただ乗りは歓迎されない。もしかするとお金を払えば容易に手には
いるかもしれないが、自分でググり、情報をえて、それによってセルフサービスすることが求め
られる。

ネットは単に助け合うだけの社会ではなく、それぞれが自律的に生産に参加することを求めら
れる。だから生産した人は神として敬意がもたれるのだ。そしてまさに第三次産業の効率化と
はこのような自給自足的な非貨幣経済へ向かうといえる。

74 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/16(水) 20:18:33 0
貨幣経済とDIY(Do it youself)


たとえばあなたが陶芸が趣味で自分がつくったものを人々に贈ろうと思う。自らの労働は良い
としても、材料費、場所使用量、梱包、運送費などかかってしまうので、贈るだけで赤字であ
る。しかしネットから道具を落としてソフトを作り贈る場合には経費はほぼゼロである・・・ということ。

職業は?ブロガーです。お金は稼いでいないけど人々の生産性に間接的に関与していま
す・・・というのは正しいだろうか。 セフルサービスの労力はGDPには現れない。間接的には生
産性を上げているだろうが、そのものは対価を生まないからだ。このような非貨幣経済は一般
に産業を計る尺度からは抜けていく。しかし非貨幣経済は人々の暮らしを確実に豊かにしているのだ。

第一次、第二次産業の機械化による効率化の先の第三次産業の効率化は機械化ではなく、
セルフサービスからDIYへと迎う。非貨幣経済が重要になる。


75 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/16(水) 20:19:55 0
自給自足とDIY(Do it youself)


農耕は自給自足を基礎としていたが、工業化により分業となり自給自足は貨幣交換へ移る。そ
れでも家事など多くのことは自らの労力で行ってきた。労働が第三次、サービス業により深く貨
幣交換へシフトした。

主婦が食事を作る自給自足から食堂、レストランでの貨幣交換へ。さらに機械化とサービス業
の発達でファーストフード、ファミレス、コンビニなどにより安価で多様な食事の提供で貨幣依
存を深める。そこでDIYが回帰する。自給自足が減少しつつ、DIYが回帰するパラドクス。

この違いはなにかといえばかつての自給自足は家族、地域の助け合いの中にあった。最近の
DIYは貨幣と個人に関係する。金があればサービスを受けられるがやすくあげるためにセルフ
サービスする。

最近のDIYは貨幣を越えて好きだからやることに向いている。それにしても自分の趣向が重視
される。同じように自給自足でも貨幣により整流されることで大きくかわっているのだ。ではネッ
ト上のDIYはどうか?

76 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/16(水) 20:20:42 0
DIY(Do it youself)という思想


情報機器は不親切である。家電製品がワンタッチ操作に比べるとパソコンの操作はなんと難し
いか。多機能、インテリジェンスからいえば当然ともいえるが、それだけではなく、パソコンには
セルフサービスが暗黙の了解としてある。

情報機器はセルフサービスである以上に、セルフサービスを楽しむことが目的であり、またそ
れは使いこなすをこえて自ら使い方を拡張、創造することを含む。属に言うDIY(ドウイットユアセルフ)
が前提とされている。

だからネットは不完全で不便である。大量の情報から必要ないものを捜し出す。他者から聞き
出すなどには技術と慣れと必要である。多くの人はむしろこの不便利さが楽しいのだろうが、そ
うでなければ不完全なサービスである。

ケータイと比べてiPhoneの魅力はまさにセルフサービスですね。iPhoneのセルフサービスの魅
力はそれがDIYにつながり、創造へつながることにある。しかしケータイの便利さから言えば難
しい、不便、趣味の世界である。

iPhoneの魅力はDIYにあるが、さらにはそれは趣味である以上に思想である。ハッカー文化か
らカリフォルニアイデオロギーというサイバーリベラルというべき知の解放思想がある。ケータイ
は道具であるがiPhoneは武器なのである。

77 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/17(木) 05:39:44 Q
趣味だっての、

ボケが

78 :考える名無しさん:2009/12/17(木) 08:35:29 O
ん?
純一さんのスレ?

79 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 00:26:43 0
サービス − セルフサービス − DIY(ドゥイットユアセルフ)


セルフサービス…自らのサービスの一部を行うことで商品価格を下げる。受け身だけでなく、他
者回避の快適、速度アップなどからより自主的に求められている面あり。ファーストフード、コン
ビニなど。あるいは手間そのものを楽しむ。

DIY(ドゥイットユアセルフ)…サービスをこえてより積極的に生産部分に関わる。生活の補助以上にプ
チクリと言える。たとえばバソコン、ネットは商品に前提とされている。さらに生活を犠牲にして
まで行われる。

セルフサービスとDIYを連続性で繋ぐのは、DIYが自給自足の生活の糧でもまた単なる趣味で
はなく、非貨幣経済でありつつ貨幣経済と密接に結びついた生産活動の一部を担っているた
めである。たとえばそれはポストフォーディズムと呼ばれたりする。

「美しすぎる〜」流行りであるが、訳さないと「〜にといういままでのイメージからすると美しすぎ
るだろう」ということだろう。そういうひとは昔からいただろう。なにが受けているのか?すなわち
商品でない美人探しのセルフサービス、DIY。「ネット界隈学園のボクたちのマドンナ」ってことでは?

80 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 00:27:56 0
社会とはなにか。国民、市民社会、想像の共同体などと呼ばれる。一面では国家権力のカウン
ターでありつつ、また国家そのものでもある不思議な二面性。それが単に共同体ではなく法的
(主権)にまた経済的に管理されることで現れる対象ぶつであることは確かである。ではネット
上の社会とはなにか?

本屋にいくとネット関連本がどこにおいてあるか。1つは理系の情報技術のコーナー、二つ目
は文系の社会学の横、そして三つ目は経済のマーケティングのコーナー。ネットは自由のイ
メージだかマーケティングような管理技術としてすぐれている。

81 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/18(金) 00:31:29 0
趣味だっての、

ボケが

82 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/18(金) 00:34:30 0
趣味だっての、

ボケが

83 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/18(金) 00:35:15 0
趣味だっての、

ボケが

84 :考える名無しさん:2009/12/18(金) 01:20:10 O
そういや今日、タバコ屋で美人すぎる女性客見たな。
しかもキモって目で見られたよorz
文句あるなら親にいえっての!

85 :考える名無しさん:2009/12/18(金) 01:22:07 O
どっちが場違いなんだか。
信じらんねえな。死ねよ。


86 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 09:09:55 0
ネット上で起こっていることを、ポストフォーディズムの文脈や、市民社会の文脈では語りきれ
ないのはなぜか。なにかはみ出していくか。それは本質的な問題か。抹消の問題か?

ポストフォーディズムの文脈とは、生産物が知的価値になり、労働と生産の境界が解体する。
企業は正社員のような労働者の時間的な拘束を緩め、結果を求める。労働者は生活をかけて
自主学習する。雇用は流動かする。

この先にDIYがある。固定された労働条件から解放された労働者は自由に労働を選べる。それ
は趣味のようなものでもよい。それは将来の労働学習でないとはいえない。

この先にDIYがある。固定された労働条件から解放された労働者は自由に労働を選べる。それ
は趣味のようなものでもよい。それは将来の労働学習でないとはいえない。ここには労働の解
放と、企業の都合のよい労働形態の獲得がある。たとえばフリーターは自由か利用されているのか

ネットの特徴はポストフォーディズム的に解放されDIYの世界以上に生産手段そのものが解放
される。情報処理速度の画期的な向上により、生産流通販売がほぼゼロになり徹底的に生産
と消費が解体される。従来の企業のアドバンテージはなくなる、あるいはマイナスになる。現に
新たにベンチャーに溢れる。

しかしこれらはポストフォーディズムの文脈と離れていない。貨幣価値求めた営利目的である。
グーグルも広告業者である。

87 :純一 ◆QzuB1xeuck :2009/12/18(金) 09:16:10 Q
セルフサービスじゃなくて、趣味な

馬鹿だからわかんないと思うけど

88 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:16:04 0
■ポストフォーディズムとネット

1)セルフサービスとDIY(Doityouself)

第三次産業のセフルサービス


労働は第一次、第二次、第三次産業と遷移してきた。農業人口が減ったからといって生産量
が減ったわけではない。品種改良、肥料、機械などにより効率が向上したのだ。第二次産業も
同様である。だから現代の問題はサービス業の効率化である。しかしサービス業は勝手が違
う。なぜなら対象が人だからだ。

自動販売機など機械化が進むが、サービスという人相手には限界がある。それよりも進む
のがサービスのマニュアル化である。マニュアル化によって効率化を図り、また誰でもできる仕
事にすることでバイト、パートなど安い労働力を使う。さらに進んだのがセルフサービスである。

農作物も工業製品も家畜も機械化に対応する。人は機械化を嫌うがまた自らサービスを生産
する能力をもつ。価格を下げるかわりに自分でできることは任せることで、サービス業の効率を
上げる。セルフサービスというとマックなどを想像するが、第三次産業が発達して現代では深く
広く広がっている。

89 :考える名無しさん :2009/12/18(金) 21:16:52 0
     O
      o                        と
       。 ,. -ー冖'⌒'ー-、            思
       ,ノ         \            う
       / ,r‐へへく⌒'¬、  ヽ          キ
       {ノ へ.._、 ,,/~`  〉  }    ,r=-、  モ
      /プ ̄`y'¨Y´ ̄ヽ―}j=く    /,ミ=/  オ
    ノ /レ'>-〈_ュ`ー‐'  リ,イ}    〃 /  タ
   / _勺 イ;;∵r;==、、∴'∵; シ    〃 /   で
  ,/ └' ノ \   こ¨`    ノ{ー--、〃__/    あ
  人__/ー┬ 个-、__,,.. ‐'´ 〃`ァーァー\  っ
. /   |/ |::::::|、       〃 /:::::/    ヽ  た
/   |   |::::::|\、_________/'   /:::::/〃


90 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:16:52 0
ネットのDIY(Doityouself)


たとえばオタクなどの二次創作物は広義のセルフサービスといえるだろう。すなわち広義のセ
ルフサービスとは生産と消費の境界を解体する。プロが生産した作品で完結せず、二次創作と
して自ら補完する、さらには拡張していく。さらに情報化社会はセルフサービス社会と言えるだろう。

ネットでは生産と消費という境界がなくなっている。そして対価なく生産され、ただで消費する。
かといってネットにおいてもただ乗りは歓迎されない。もしかするとお金を払えば容易に手には
いるかもしれないが、自分でググり、情報をえて、それによってセルフサービスすることが求め
られる。

ネットは単に助け合うだけの社会ではなく、それぞれが自律的に生産に参加することを求めら
れる。だから生産した人は神として敬意がもたれるのだ。そしてまさに第三次産業の効率化と
はこのような自給自足的な非貨幣経済へ向かうといえる。

91 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:17:39 0
貨幣経済とDIY(Doityouself)


たとえばあなたが陶芸が趣味で自分がつくったものを人々に贈ろうと思う。自らの労働は良い
としても、材料費、場所使用量、梱包、運送費などかかってしまうので、贈るだけで赤字であ
る。しかしネットから道具を落としてソフトを作り贈る場合には経費はほぼゼロである・・・ということ。

職業は?ブロガーです。お金は稼いでいないけど人々の生産性に間接的に関与していま
す・・・というのは正しいだろうか。セフルサービスの労力はGDPには現れない。間接的には生
産性を上げているだろうが、そのものは対価を生まないからだ。このような非貨幣経済は一般
に産業を計る尺度からは抜けていく。しかし非貨幣経済は人々の暮らしを確実に豊かにしているのだ。

第一次、第二次産業の機械化による効率化の先の第三次産業の効率化は機械化ではなく、
セルフサービスからDIYへと迎う。非貨幣経済が重要になる。

92 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:18:26 0
2)自給自足とDIY(Doityouself)


自給自足とDIY(Doityouself)


農耕は自給自足を基礎としていたが、工業化により分業となり自給自足は貨幣交換へ移る。そ
れでも家事など多くのことは自らの労力で行ってきた。労働が第三次、サービス業により深く貨
幣交換へシフトした。

主婦が食事を作る自給自足から食堂、レストランでの貨幣交換へ。さらに機械化とサービス業
の発達でファーストフード、ファミレス、コンビニなどにより安価で多様な食事の提供で貨幣依
存を深める。そこでDIYが回帰する。自給自足が減少しつつ、DIYが回帰するパラドクス。

この違いはなにかといえばかつての自給自足は家族、地域の助け合いの中にあった。最近の
DIYは貨幣と個人に関係する。金があればサービスを受けられるがやすくあげるためにセルフ
サービスする。

最近のDIYは貨幣を越えて好きだからやることに向いている。それにしても自分の趣向が重視
される。同じように自給自足でも貨幣により整流されることで大きくかわっているのだ。ではネッ
ト上のDIYはどうか?

93 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:19:12 0
DIY(Doityouself)という思想


情報機器は不親切である。家電製品がワンタッチ操作に比べるとパソコンの操作はなんと難し
いか。多機能、インテリジェンスからいえば当然ともいえるが、それだけではなく、パソコンには
セルフサービスが暗黙の了解としてある。

情報機器はセルフサービスである以上に、セルフサービスを楽しむことが目的であり、またそ
れは使いこなすをこえて自ら使い方を拡張、創造することを含む。属に言うDIY(ドウイットユアセルフ)
が前提とされている。

だからネットは不完全で不便である。大量の情報から必要ないものを捜し出す。他者から聞き
出すなどには技術と慣れと必要である。多くの人はむしろこの不便利さが楽しいのだろうが、そ
うでなければ不完全なサービスである。

ケータイと比べてiPhoneの魅力はまさにセルフサービスですね。iPhoneのセルフサービスの魅
力はそれがDIYにつながり、創造へつながることにある。しかしケータイの便利さから言えば難
しい、不便、趣味の世界である。

iPhoneの魅力はDIYにあるが、さらにはそれは趣味である以上に思想である。ハッカー文化か
らカリフォルニアイデオロギーというサイバーリベラルというべき知の解放思想がある。ケータイ
は道具であるがiPhoneは武器なのである。

94 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:19:58 0
3)ポストフォーディズムとしてのネット

セルフサービスとDIY(ドゥイットユアセルフ)の連続性


セルフサービス…自らのサービスの一部を行うことで商品価格を下げる。受け身だけでなく、他
者回避の快適、速度アップなどからより自主的に求められている面あり。ファーストフード、コン
ビニなど。あるいは手間そのものを楽しむ。

DIY(ドゥイットユアセルフ)…サービスをこえてより積極的に生産部分に関わる。生活の補助以上にプ
チクリと言える。たとえばバソコン、ネットは商品に前提とされている。さらに生活を犠牲にして
まで行われる。

セルフサービスとDIYを連続性で繋ぐのは、DIYが自給自足の生活の糧でもまた単なる趣味で
はなく、非貨幣経済でありつつ貨幣経済と密接に結びついた生産活動の一部を担っているた
めである。たとえばそれはポストフォーディズムと呼ばれたりする。

「美しすぎる〜」流行りであるが、訳さないと「〜にといういままでのイメージからすると美しすぎ
るだろう」ということだろう。そういうひとは昔からいただろう。なにが受けているのか?すなわち
商品でない美人探しのセルフサービス、DIY。「ネット界隈学園のボクたちのマドンナ」ってことでは?

95 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:21:03 0
ポストフォーディズムの文脈

ネット上で起こっていることを、ポストフォーディズムの文脈や、市民社会の文脈では語りきれ
ないのはなぜか。なにかはみ出していくか。それは本質的な問題か。抹消の問題か?

ポストフォーディズムの文脈とは、生産物が知的価値になり、労働と生産の境界が解体する。
企業は正社員のような労働者の時間的な拘束を緩め、結果を求める。労働者は生活をかけて
自主学習する。雇用は流動かする。この先にDIYがある。固定された労働条件から解放された
労働者は自由に労働を選べる。それは趣味のようなものでもよい。それは将来の労働学習で
ないとはいえない。

この先にDIYがある。固定された労働条件から解放された労働者は自由に労働を選べる。それ
は趣味のようなものでもよい。それは将来の労働学習でないとはいえない。ここには労働の解
放と、企業の都合のよい労働形態の獲得がある。たとえばフリーターは自由か利用されているのか。

96 :考える名無しさん :2009/12/18(金) 21:21:48 0
     O
      o                        と
       。 ,. -ー冖'⌒'ー-、            思
       ,ノ         \            う
       / ,r‐へへく⌒'¬、  ヽ          ぴ
       {ノ へ.._、 ,,/~`  〉  }    ,r=-、  か
      /プ ̄`y'¨Y´ ̄ヽ―}j=く    /,ミ=/  ぁ
    ノ /レ'>-〈_ュ`ー‐'  リ,イ}    〃 /  な
   / _勺 イ;;∵r;==、、∴'∵; シ    〃 /   の
  ,/ └' ノ \   こ¨`    ノ{ー--、〃__/    で
  人__/ー┬ 个-、__,,.. ‐'´ 〃`ァーァー\  あ
. /   |/ |::::::|、       〃 /:::::/    ヽ  る
/   |   |::::::|\、_________/'   /:::::/〃


97 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/18(金) 21:21:51 0
ネットとポストフォーディズム

ネットの特徴はポストフォーディズム的に解放されDIYの世界以上に生産手段そのものが解放
される。情報処理速度の画期的な向上により、生産流通販売がほぼゼロになり徹底的に生産
と消費が解体される。従来の企業のアドバンテージはなくなる、あるいはマイナスになる。現に
新たにベンチャーに溢れる。

しかしこれらはポストフォーディズムの文脈と離れていない。貨幣価値求めた営利目的である。
グーグルも広告業者である。その意味ではニコニコは当然、そして2ちゃんねるでさえ営利を抜
きに運営されているわけではない。またオープンソースもポストフォーディズムの文脈では非営
利とはいえない。ネット上ではフリーはりっぱなマーケティング戦略である。より徹底しているの
はWikipediaなどのように寄付による運営することで非営利な活動による公平性が存在意義に
根ざす限られた場合だけかもしれない。

ハッカーたちは決して金儲けのために働いているわけではないが、金儲けを否定しているわけ
ではない。現に多くの金銭的成功者が生まれ、讃えられている。彼らが求めるのは営利活動に
しても広い(消極的な)自由、リバタリアニズムである。

ネットを楽しむ個人でさえポストフォーディズムの文脈では貨幣経済と切り離せない。オタクの
二次創作はオタク関連経済を活性化している。単に消費者ではなく生産消費者(プロシュー
マー)として。彼らは単に繋がりたいからだけで集うと言うのではなく、生産活動に従事したいのだ。

その意味でセルフサービスの快楽とはなにかに戻る。Web2.0でさえその延長線上にあるだろう。

98 :考える名無しさん :2009/12/18(金) 21:42:28 0
     O
      o                        と
       。 ,. -ー冖'⌒'ー-、            思
       ,ノ         \            う
       / ,r‐へへく⌒'¬、  ヽ          馬
       {ノ へ.._、 ,,/~`  〉  }    ,r=-、  鹿
      /プ ̄`y'¨Y´ ̄ヽ―}j=く    /,ミ=/  ぴ
    ノ /レ'>-〈_ュ`ー‐'  リ,イ}    〃 /  か
   / _勺 イ;;∵r;==、、∴'∵; シ    〃 /   ぁ
  ,/ └' ノ \   こ¨`    ノ{ー--、〃__/    で
  人__/ー┬ 个-、__,,.. ‐'´ 〃`ァーァー\  あ
. /   |/ |::::::|、       〃 /:::::/    ヽ  る
/   |   |::::::|\、_________/'   /:::::/〃


99 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/19(土) 00:00:47 0
■ポストフォーディズムとしてのネット

@第三次産業の効率化 セフルサービス


労働は第一次、第二次、第三次産業と遷移してきた。農業人口が減ったからといって生産量
が減ったわけではない。品種改良、肥料、機械などにより効率が向上したのだ。第二次産業も
同様である。だから現代の問題はサービス業の効率化である。しかしサービス業は勝手が違
う。なぜなら対象が人だからだ。

自動販売機など機械化が進むが、サービスという人相手には限界がある。それよりも進む
のがサービスのマニュアル化である。マニュアル化によって効率化を図り、また誰でもできる仕
事にすることでバイト、パートなど安い労働力を使う。さらに進んだのがセルフサービスである。

農作物も工業製品も家畜も機械化に対応する。人は機械化を嫌うがまた自らサービスを生産
する能力をもつ。価格を下げるかわりに自分でできることは任せることで、サービス業の効率を
上げる。セルフサービスというとマックなどを想像するが、第三次産業が発達して現代では深く
広く広がっている。

100 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2009/12/19(土) 00:01:33 0
A自給自足とDIY(Doityouself)


農耕は自給自足を基礎としていたが、工業化により分業となり自給自足は貨幣交換へ移る。そ
れでも家事など多くのことは自らの労力で行ってきた。労働が第三次、サービス業により深く貨
幣交換へシフトした。

主婦が食事を作る自給自足から食堂、レストランでの貨幣交換へ。さらに機械化とサービス業
の発達でファーストフード、ファミレス、コンビニなどにより安価で多様な食事の提供で貨幣依
存を深める。そこでDIYが回帰する。自給自足が減少しつつ、DIYが回帰するパラドクス。

この違いはなにかといえばかつての自給自足は家族、地域の助け合いの中にあった。最近の
DIYは貨幣と個人に関係する。金があればサービスを受けられるがやすくあげるためにセルフ
サービスする。

最近のDIYは貨幣を越えて好きだからやることに向いている。それにしても自分の趣向が重視
される。同じように自給自足でも貨幣により整流されることで大きくかわっているのだ。ではネッ
ト上のDIYはどうか?

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