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【私】を記述してください【私の存在性】25

1 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 19:48:12 0
副題:=【私】は、どこまで肉体に依存するのか?=

『私』『我』『自我』『主体』『主観』『主観性』、
デカルト的懐疑の到達点、認識の基点、思考の起点、思惟の場、
或いは、各種宗教的アプローチの底に見出されるもの、
等は、どのような記述が可能なのか?
その記述方法は、唯物的な(或いは還元的な)事象の羅列で十分か不十分か?
その記述方法は、一通りか?それとも何種類もあるか?
それら記述方法の分類・仕分けはどのようなものか?

『それ』にふさわしいラベルはどんなものだろうか?
『それ』と「外界」の関係は?
『それ』と「他者の『それ』」との関係は?
『それ』は、普遍性を持つか?

『それ』は、どこにあるのか?
『それ』は、複合的に形成・構成されたもの・成立したものか?
『それ』は、単独に存在しうる(成立しうる)ものか?

『それ』は、妄想か?錯覚か?便宜上のラベルか?
『それ』は、実感されるが故に確かな存在か?


前スレ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1222213200/

当スレは隔離スレとして誕生したという経緯があります。

2 :天才君:2008/10/05(日) 20:06:02 0
神は言葉をつくり、同時に「私」と「他」を分けた。そして神と我々を隔てた事に
より、神は自らを我々をみることによって知ることになった。

神の下位の相対として顕れた我々、自他は、他をみることで、「私」の行いを
知ることができる。これが比較による知の発見だ。

この知は、「違う」という事のみであり、知とは違う事おの発見です。

言語で神と我々は分離しているだけであるので、観念と概念が消滅すれば、
神と私の相対関係は消滅してしまう。あるのは行為のみになる。
誰が?などという問題自体がないのである。これは意識というものが
ない者達の社会ともいえるが、そうではなく、意識がありながら、
そうである事実を知っている者の集まりの社会である。

一方、文字に相当するものは言葉以前に存在している。絵である。
絵は言葉と違い、物にしか記入できない。だから物々交換の社会である。

言語が必要になったのは、捕獲、保有、保持、安全、備蓄等こういった
備えや保証を確保する事において発生した知恵でもある。

こういった発生原因で言葉の世界を観る天才君である。

3 :動物君:2008/10/05(日) 20:14:10 0
はっきりいっておく、みなさんが「私」といっているものは、
「恐怖」」「不安」「懐疑」である。

そもそも、なぜ、思うのか?どういう時、思うのか?どんなとき、
考えがかすめるのか?

等身大に実体を表現してもいいのか?いけないのか?
あるいは、威嚇するか?とても単純な事なのである。

我々は動物なのである。

4 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 20:19:16 0
>>3
また、定義(低議)論の話かよwww。

結局哲板って定義以上を語れないんだよなぁw。


5 :動物君:2008/10/05(日) 20:22:13 0
動物は動くものであって、考えるという行為もただ動いているだけである。
内容などはどうでもいい。なぜならば、実体は動いているだけですからね。

どうでもよくないと思っているのはたかだか「私」達です。

でも「私」達外からみれば、ただせっせと動いているだけです。

巣を沢山つくったりいろんなものを創っています。

人間は環境汚染などという馬鹿げきった事をいっていますが、
汚染しているのは、人間生活をともにする動物や環境であって、
それらが宇宙すべてではない。小さなものである。

小さな人間がさらに小さな「私」にしがみつき、それだけではあきたらず、
「私」の所有物までにもしがみつき…。もうどんどんしがみつき。
挙げ句の果てには、しがみついた結果病気になったとして、やっと
体にしがみつく。で、生きたいと言う。生きたいなら環境汚染を止めれば
いいだけの事ですね。

天才君談。

6 :天才君:2008/10/05(日) 20:24:39 0
>>4
いいえ、定義以上などありません。言葉の世界などはそんなもんです。

何故ならば、第一原因が「私」であるい以上、なにを語っても
定義です。

7 :ラプラスの悪魔@4  ◆daemontaDA :2008/10/05(日) 20:32:11 0
>>6
チキショウ、まだお前を一語で語って、ひと括りするだけのポマエの情報量が無いw。

何が天才だ、何が最高位だ、ワラカスナwww。

8 :天才君:2008/10/05(日) 20:41:49 0
天才や最高位になんの意味もないと思います。呼び名です。

「私」を失った事があれば、たぶん私って大切だなと思います。

9 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/10/05(日) 20:49:13 0
>>8
>「私」を失った事があれば、たぶん私って大切だなと思います。

それには同意するが、いまにみてろ、お前の総体を一言、一語で、

ひと括りにしてやるから。

そもそも名前が気に入らないんだよ、天才とか、最高位とか、

舐めとんのか、ひと括りに分析してやるから、おまえ等待ってろよなwwww。



10 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 20:52:25 0
>>6
違いますよ、おばかさん。「定義」という言葉の濫用です。

11 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 20:53:49 0
>>8
なんでそういう意味のない議論がすきなの?
ばかなの?

12 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/10/05(日) 20:54:23 0
までも、最高位の総体は既に99%捉えたと思ってるw。

あとは天才君、お前だけだw。

>>10

はぁ?。レスは分かり易くね。


13 :天才君:2008/10/05(日) 20:57:22 0
私の総体は神ですよ。主体が神、かつ私も主体。
一括りにしたら神です。

だから、天才君を一括りにするならば、こう言ってください。
「お前は神で、俺も神だ」。

14 :天才君:2008/10/05(日) 21:01:13 0
>>11
バカなのが「私」なのです。バカな私に意味を見出すのは、バカではありませんか。

ちなみに最高位は私は在るという。天才君は私は在るかつ神も在るという。
唯一無二が在るという点では一致しているわけです。

15 :天才君:2008/10/05(日) 21:02:59 0
究極の固有性を否定することはできません。
みなさん、自分自身の究極の私に到達しようではありませんか!

16 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/10/05(日) 21:03:52 0
皆で分析しあおうぜw。

ま、程度が悪いと個人的な投影で恥ずかしい目を見ることになるが、

他人も含めて分析するってのはかなり面白いよなぁ。

までもさ、分析うんたらってただの解釈学(解釈学なんて学問はないけど)だからなぁ。

wwww

全てを解釈して分析するんだ。己の投影が普遍(平均)的な人間心理を
投影するように努力しようぜ。



17 :素人:2008/10/05(日) 21:05:24 0
994 24 sage New! 2008/10/05(日) 19:58:45 0
>> 992
だから、どうして「逃れられない枷、縛り」なのかということだけど。
枷だと考えるのは例えば君は「私の身体はなぜ私の身体であって他人のそれではないのか、いや他人の身体であってもいいはずだ」とか考えているということかな?


>私の身体はなぜ私の身体であって他人のそれではないのか
>他人の身体であってもいいはずだ
そういう方向とはちょっと違うでしょうね・・・。

思考している以上、それは「私が思考している」のでしょう。
五感でもって知覚し、情報収集している以上、「私の身体」なのでしょう。
その時、「思考がある」とだけ見る。「感受がある」とだけ見る。
そのように見ている何ものかをもまた、「そのように見ている」という観察がある、とだけ見るのです。
(この無限遡及は一度或いは二度で十分です。)
掘り下げ、潜行し、余分なものを削ぎ落とし、玉葱を剥いていった時、
『見ている何者か』、『観察している何者か』、は本当に必要なんだろうか・・・?という疑問を持っているだけです。
それは、玉葱の芯を探す(確定する)ことのように愚かなことではないのか? と・・・。


おやすみなさい。  ノシ

18 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/10/05(日) 21:08:59 0
>>17
レスして直ぐに寝るって、どんだけ失礼な奴。



もう二度とレスしてもいいよw。

19 :天才君:2008/10/05(日) 21:11:38 0
固有性の特性を尊重しましょう!

20 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 21:16:27 0
>>19
もうちょっと詳しく細かく正確なレスで頼む。

まぁ、俺も極めて個性的なので。



21 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 21:17:39 0
>>14
唯一無二の定義は?

22 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 21:19:43 0
むしかえすが
定義付け=語の意味の説明
だったら

定義の行き着く先は
「『壜の中に蠅のいる写真』の定義は、壜の中に蠅のいる写真」
「『壜の中に蠅のいる写真』は、壜の中に蠅のいる写真だ」
にならざるを得ない

23 :天才君:2008/10/05(日) 21:27:47 0
>>21
>唯一無二の定義は?
「在る」という事です。在るという定義は、無いの反対です。
これが天才君の思想の根本です。だから在るものは否定できません。

24 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/10/05(日) 21:30:33 0
まだ定義論云々をやってるのかw。

先に進めよw。

>>14
飛躍が激しいよw。>>21暇人w。


25 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 21:35:16 0
>>23
唯一無二って差異が在るって事じゃないの?

26 :天才君:2008/10/05(日) 21:39:36 0
>>25
唯一無二は差異つまり違いを生みます。
しかし唯一無二自体に差異はありません。
唯一無二自体はそれ自体で完結しています。

天才君はこのように考えます。
最高位流に言えば、交わらない。

27 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 21:46:02 0
>>26
差異化の運動のみが存在するのではなく、
差異化されない実体的存在があって、
それが「神と私」の2つだという事にしたいの?

28 :天才君:2008/10/05(日) 22:10:30 0
>>27
> 差異化の運動のみが存在するのではなく、
>差異化されない実体的存在があって、
>それが「神と私」の2つだという事にしたいの
いいえ、「神と私」で一つであるという現象を説明しているだけです。
神と私という事であれば、これは唯一無二ではありませんね。
既に、相対化・分裂化されている。その分裂化の主は、まぎれもなく
観念によるものです。

実在とか実体とかは我々の観念上には存在しますが、在るのは現象でしょう。

我々は現象の一部であり主体などはどこにも存在しない。こう考える訳です。
しかしながら、主体は時空内には存在します。とうぜん社会という観念上では、
しっかり私は存在しますね。

神の世界は階層構造をしているようです。天才君談。

29 :天才君:2008/10/05(日) 22:32:54 0
我々は、「私」について発言をすることによって、
我々の社会的あるいは、国民的、思想的ドグマの省察を行っている訳です。

最後に立ち現れるドグマが「固有の」「私が多数存在する」というドグマです。
つまり「他」が存在するというドグマです。

しかしこれは相対主義の存在性を表しているだけであって、
真実は絶対主義、全体主義にあり。つまつところ、一元論で
思考は終わるわです。

一元の大元である時空の正体を見極めなければ、相対主義は克服できません。
相対主義を克服することにより相対主義が解ります。つまり自他の謎が解けます。

天才君談。

30 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 22:37:05 0
そういえば最高位が来てないな。
あの人は個室ビデオ屋の受付で夜勤やってると言っていたけど。
ま、まさかな・・・

31 :天才君:2008/10/05(日) 22:59:52 0
天才君の思想によると、物質は、観察すると同時に立ち現れる。
時間が密接に関係している。過去が物質であり、そして我々は
過去しか認識することができない。

ならばする事は一つである。物質の形成過程の操作である。
それはつまるところ観念である。観察したものをみて、
あるいは形態という過去をみて、次の物質形成をどう
クリエイトするか?アートですね。

しかし相対主義論者は、分析ばかりする。
だから現実という形態自体に働きかける事は不可能であるという
結論であろうし、形態自体を生んでいるみずからの現実というものを
把握できず、過去、すなわち既成概念の奴隷に収まるわけである。

これは現象であり善悪、倫理、規範の問題ではない。

天才君談。

32 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 23:11:01 0
天才君ってきちがい?

33 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 23:13:45 0
>>31
存在は、理性による観察と追及の末に顕わになる。

複素数の概念が見出された瞬間、
マンデルブロー集合の図は存在が決定した。
ただ、その図を理性を以って導くまで、100年ほどかかった。

34 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 23:15:37 0
>>32
いや、ただの現実逃避のゴミだろwww

35 :π ◆o2GXnyGxSY :2008/10/05(日) 23:18:41 0
日本語と英語なら、自然言語記号の意味が全く違う。
漢字は象形文字で、その意味を手繰っていけば、それはただの絵になるから。
表音文字は「それをそう呼んだ」、それだけの理由でその記号が認められる。

表意文字と表音文字の間には非常な差異がある。


36 :天才君:2008/10/05(日) 23:42:39 0
>>32
> 天才君ってきちがい?
あなたの既知外でしょう。
>>33
理性ってなんと役に立たないのでしょうね。
>>34
> いや、ただの現実逃避のゴミだろwww
現実から逃避できるとはなんと素晴らしい発想でしょう。

みなさんとても秀才だと思います。



37 :考える名無しさん:2008/10/05(日) 23:49:02 0
おまえら天才君にひれ伏せよ

38 :天才君:2008/10/06(月) 00:37:41 0
「私」という常識だよ。
「私」が存在しているって決めた社会なのですよ。ここは。
これは数学と同じです。1+1=2と決めた。

もっとも天才君は1+1=2というルールは使うが、
真相は1+1=1です。
天才君談。

39 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 00:45:51 0
天才君、あなたはまさか・・・
あのお方なのですか?

40 :ネオマトリクス:2008/10/06(月) 00:51:59 0
>天才殿
貴公は英知ある賢人とお見受けする。
私は、この私の発生源をある程度変えられる術を持ちますが
生物からの転送収容に、まだ時間がかかるので
その間だけでも情報交換を願いたい。

とりあえず、苦の発生装置であるタンパク質の肉体から脱出し
別宇宙の意識が肉体を支配する肉体へ脱出を目指してますが
今の苦の発生装置からの脱出法は貴殿はどうします?

俺は、自由意思を使い、本能は自由に変えられる事はできた。

41 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/06(月) 01:31:25 O
意思の無限と有限の空間から生じる閉塞感ですよ。

42 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/06(月) 01:56:10 0
>>40さん
苦の発生装置はタンパク質の合成
肉体が有るからでは無く。
自らの行いによって記録され(原因)
諸条件が揃ったとき発生する(結果)のです。

もっとも西洋では
肉体が有るが故に苦が有る、というような思想もあるようですが。

43 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 01:58:10 0
なるほど。勉強になります。

44 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 07:17:39 0
    ,、_,、 ,、_,、
  ,、_(。・_・)(・_・。)、_,、
 (。・_・)u゚  ゚uu(・_・。)  ワタシトハナニカ
  ゚uu゚( '・) (・` )u゚
    ゚uu゚  ゚uJ゚

45 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 07:19:59 0
>>30
最後の書き込みが10/1か・・・。

46 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 07:28:05 0
天才君を解釈するって、
おれがもう、天才君の論理は矛盾しているって前スレで結論付けてきたのに。

47 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 08:59:34 0
>>42
生老病死は明らかに肉体(色)の苦でしょうが。
心の苦も身体がなければ生まれない。
一切皆苦といわれる。

48 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 09:06:06 0
>>47
コテからして唯識だからね・・・w
肉体の様々な在り様もまた、識へと解体される。
唯識は五位七十五法だったけか・・・。
(人の(自身の)存在の仕方を)、識の75種の現れ方として見る感じだったかな・・・?

違ったらスマソw

49 :天才君:2008/10/06(月) 09:11:30 0
>>39
>天才君、あなたはまさか・・・
>あのお方なのですか?
はい。あそこにもここにもいるお方です。

>>40
一ついっておきますが、私はバカであり、小心であり臆病であり、
気違いでもあり、まあ、だれでもありません。関係の中にだけ
あらわれる「私」です。それはさておき…。

>今の苦の発生装置からの脱出法は貴殿はどうします?
苦の発生原因は肉体にあるとお考えのようですが、
天才君は苦の発生原因はもともとなんらかの行為の連鎖の現象である。
こう考える訳です。その連鎖が苦を創っているならば、肉体は苦によって
創られているという事になりませんか。

苦と快は対極をなしていて、その中間に平常という退屈極まる状態がありますね。
苦が多ければ、快も同等に増えるこのバランスに変化はしませんね。
苦からの脱出?つまり快の減少を施すという事ですか?
喜ばなければいいんじゃないですか。あるいは苦を沢山行えばいい。
快を求めるからいけないんですが…。苦を体験すれば勝手に快のみ享受しますよね。
極めてシンプルなセンチメンタリズムの作用反作用だと思います。

>俺は、自由意思を使い、本能は自由に変えられる事はできた。
そう思われているようですね。でも思いが変わっているだけではありませんか?
なぜならば、現象自体の均衡状態を個が崩す事は不可能です。つまり自然を
コントロールしているのは我々ではありません。
このように天才君は考えます。

50 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 09:16:30 0
く('ε`) エヘヘ 誉められちゃった

51 :天才君:2008/10/06(月) 09:16:40 0
>>46
>おれがもう、天才君の論理は矛盾しているって前スレで結論付けてきたのに。
そうです、記憶喪失した男 さんが、つまるところ、宇宙自体が完全であり、
その全てが在るにも関わらず、

論理が矛盾している状態が信じられないという結論を出したというだけです。

論理が矛盾しているとしましょう。だとして存在自体が消えるわけでも
変化するわけでもなんら変わらない。

つまり人間の出す結論などは、神に対して無力であります。
もちろん無力も神の顕れです。

天才君談。

52 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 09:31:58 0
>>51
あんたいつも一日中書き込んでるけど、2−トなの?

53 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 09:42:14 0
>>51 思う存分、やってくれ。勝ち負けを競う気はない。
天才君の思想は、おれはすでに考察済みなのだ。
新しく得られるものがあるとは思わない。

54 :天才君:2008/10/06(月) 09:50:44 0
>>52
何かをして、なにか別のことをする。気休めです。
本業を指すならば、それは生きるって事くらいです。

>>53
>思う存分、やってくれ。勝ち負けを競う気はない。
思う存分することは勝ち負けを競う事ではないです。
勝ち負けは最初から決定済みではないでしょうか。
天才君は最初から負けているし、勝っているもの。
ま、どうでもいいという事ですね。


55 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 10:04:26 0
前スレ949です。レスできなくてごめんなさいでした。
不定期的にしか書き込めなくっていけませんねー。
気まずいですけど、一往レスを。
>>951
>厳密に規則化されているということなら、自由(意志)は単なる幻想である。
あい。そーです。単なる幻想ですよ。ええもう、がっちがちのアレですから。
>もう一つ。“その時の世界の状態”は貴君の「観念」である。
>事象(存在)そのままの“姿”を描出する方法はまだ知られていない。
そそそそ。ご存知のとーり、人は自分の体内の事しか観る事ができません。
人が観ているのは自分自身なんですよね。
ほかーにも含みがあるかもだけど、とりあえず含みっぱなしでいーや。
>一度たりとも“その時の世界の状態”が把捉されたことはないはずだ。
またまたー、御冗談を。何度も何度も把捉されてるじゃないですか。
人が感知した全てがその人にとっての世界なのですよ。
ね。皆さん把捉なさってるんでしょ。自分自身にとっての世界を。
そういえば、一寸違う話かもですけど、決定論スレ135の>>410にある
記憶喪失した男さんのレスが最近のお気に入りですよ。
>>952
>この発想はどんな条件なんだろ?
>もしくは、この発想自体が条件にみえてしまう。
みえていいんですよ。それを感知した時点で紛う方なき条件なんですから。

56 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 10:10:05 O
苦への対応なんか苦集滅道で解決済み。
苦るしい時は苦るしめばよい。

57 :天才君:2008/10/06(月) 12:17:20 0
「私」達の大きな癖。それは、間違いを認めないという事です。
それどころか、常に、反対概念を盲目的に無かった事にする。
そしてどんどん無意識が拡大する。どんどん苦しみも増大する。

苦しみの根本原因は、否定です。在るのに無いといいはる。
こりゃ苦しいです。

天才君談。

58 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 12:27:27 0
>>57 だから、天才君は神ではなく、論理が矛盾している情報体であり、
かつ、間違いを認めているのだから、何か思想の変化を行うべきではないのかな。
すぐには無理かな。
間違ったままの情報体として存在しつづけるつもりかい。

59 :天才君:2008/10/06(月) 12:58:30 0
>>58
>間違ったままの情報体として存在しつづけるつもりかい。
つもりではなく、私の存在自体が間違っている訳です。
だから完璧な間違いを表明しているわけですね。

間、が、違う、という訳です。

そうですね。記憶喪失した男さんに言うならば、
思想の変化があるのではなく、全体が変化しているのですから、
無理というものが無いと思います。私だけ無理を通す事など
できませんね。よって間違ったまま情報体として存在しています。

天才君に主体が存在しないのです。

天才君談。

60 :天才君:2008/10/06(月) 13:09:41 0
全てを肯定する思想。これは完璧な思想なのです。
そして我々自身も完璧な訳です。

完璧になれないのは、「私」という個別化された幻想をもっている
その思い込みにあります。だから「私」を貫くならば、
完璧にはなれず、「私」という道具を使う立場であるならば、

誰でも今すぐ完璧です。

61 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 13:36:39 0
>>60 おれの思想とはまるで違うのだな。
この生命は、この文明は、奇跡的組み合わせでできているわけだよ。
その奇跡的組み合わせを一歩でも前に進めるには、とんでもない試行錯誤がいると思ってるんだよ。
そういう世界観が好きなんだ。
すぐに完璧になれるなんて、嘘さ。まがいものさ。死という悪魔を見まちがえた幻想さ。

62 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 13:40:20 0
ちなみに、今日つくったSF小説「決定論」
http://ssstory.net/ssstory/story_day/index.php?search_data=20081006090757215&page_num=1&anthorogy_name=
感想を受け付けてます。

63 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 13:41:37 O
天才君てやつは

「全て決め付ける。」

凄いな。凄い凄い。確かに天才だよ。神だよ。お前がルールだもんなw

64 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 13:56:18 O
>>62
なるほど!全くもって、くだらない内容の小説だね!!

65 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 14:14:37 O
>>54
>>52の質問に対しての回答をしっかりしような。

結局、お前は働きながら書き込みまくっているが自分の本業は「生きる」

って事なのか、それとも

生きるという本業と2ちゃんという副業のみの生活

なのか、どっちか分からん。読み取り様によっては両方に解釈出来る。神ならもっと分かり易く説明せんかい。表現の仕方が自己満足やねん。

66 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 14:19:02 O
>>63、64、65
全て私。

67 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 14:21:43 0
>>64 非決定論者の主張する(例えば最高位とか)の決定論では努力が無駄になる
というのを否定してみたのに。わかりにくかったかな。
おれの決定論についての主張の半分はこの小説で書かれていることなのだが。

68 :天才君:2008/10/06(月) 14:30:57 0
>>61
思想の違いなどは当然の事として、奇跡的組み合わせで、今があるという
思想ですか…。で、そこから前にすすめるには、とんでもない試行錯誤がいる。
そんな世界観が好きですか…。つまり天才君流に言えば、「忍苦待望の精神」ですか。

その精神は日本では、特に美徳とされていますね。

私は努力を放棄します。努力していると思う事は高慢な精神の象徴です。
また、前進主義というものを信じていません。

こんな違いがありますね。

69 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 14:33:04 0
>>64
まぁ、待て。記憶喪失君はホープだろう?w
>>62
あちらの機械スレで共同主観云々という甘い突込みをいれたものだが、
君は統合失調症で、その後、謎の組織に監視されているという不安を
レスしていたと思う。間違っていたら、許せ。
もし差し支えなければ重複してもいいので、そのあたりの君の心的模様を
語ってくれまいか。

なお、天才君と普通の議論をするのは難しいよ。彼は相手したり、されたり
するのは嫌いではなさそうが、それで何かが明らかになるといった“弁証法”
は冗談と思っているだろうから。


70 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 14:40:06 0
>>68 努力が高慢だって? 前進主義を信じないだって?
現場では、着々と改良を加えて、少しでもやりやすくするように変えていっているんだよ。
そういう現場の試行錯誤を知らないんだよ、天才君は。
まだ、社会人というものを知らないんだ、きっと。
世間知らずの若者なんだよ。
たぶん、天才君はおれより若いと思うけど、時代は確実に変わったよ。
おれの子供の時と時代は変わったよ。
それが前進なのか、同じ場所をぐるぐるまわってるのかは知らないけど。
コーヒー牛乳が贅沢品だった二十五年前とはだいぶ、今は豊かになったよ。

71 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 14:42:25 0
一寸失礼します。試論しました。参考にしてください。
   ヤフー検索:精神について

72 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 14:49:18 0
>>69 「心を読む機械とタイムマシーン」スレというところがあり、
ここにだいたいの要約を書いている。最後の方に、年表が書いてある。
なお、このスレは保存したいのであまり書き込まないでほしい。
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/future/1029586086/

こっちの問題で雑談がしたければ、オカルト板の
「思考盗聴システムは実在している!!!その14」へ来てくれ。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/occult/1223188178/

73 :天才君:2008/10/06(月) 14:49:59 0
>>70
天才君のご想像については、記憶喪失した男さんの思う所として傾聴しますが、
天才君に言わせれば、変化が起こった。豊になった。それだけです。
そこに虚栄も、自負も、誇りすら無いはずですね。

高慢とは、ただ起こっている事実を湾曲し、クールな見解を見下す
精神を指しますね。

74 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 14:52:42 0
>>70

>コーヒー牛乳が贅沢品だった二十五年前とはだいぶ、
>今は豊かになったよ。

当時のコーヒー牛乳は、今で例えると何にあたるの?

75 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 14:58:33 0
>>71 ここのことかい?
http://www5b.biglobe.ne.jp/~ken-hari/32seisin.htm
精と神の語源については、どれだけの信憑性があるのか疑うが。
欝気のあるおれとしては、欲望を暴走させたため精神が壊れたというのは賛同しかねるが。

76 :天才君:2008/10/06(月) 15:01:07 0
みなさん、精神という抽象的話題はなかなか面白そうですね。
一つ申し上げておきましょう。

ズバリいいますが…。努力家には高慢しかないですよ。
ナルシストといってもいい。

獲得の精神ですからね。現状に不満しかないですから。
相対主義そのものです。個別化がたどる結末です。

そして頑張りの果てに何が残るか?
「私」があるのかないのか?です。
で、また努力して「私」を知ろうとする。
努力で見つかるものでもない。これが一つのドグマだからです。

77 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 15:30:44 O
>>67
わかりにくかったかな。
って?

俺は
『くだらない』
と言ってるねん。自分中心でしか物事を捉らえてないからそんな発言になるねん。

俺から言わせればアンタも天才君とやらも同レベル。

二人に聞きたいねんけど、アンタらは自分の事を何やとおもてるんや?

78 :記憶喪失した男:2008/10/06(月) 15:38:27 O
携帯から。
>>74 子供じゃないんでわかんない。
ショートケーキかな。一年に数回しか買ってくれないもの。

>>75 九九を覚える努力が無駄になるかい。
特殊相対性理論を独学したおれの努力が無駄になるかい。
そういう努力のおかげで、おれはバカにされながらも、
哲学板や物理板の話題についていってるんだよ。
未来技術板の特殊相対性理論がわかってない人に教えてあげるのは楽しいできごとだった。

79 :記憶喪失した男:2008/10/06(月) 15:48:03 O
>>77 ひとつの謎を解いたもの。
昔、自由意志を肯定する人に怒られたが、ちゃんと文句のでない返事のできた人。

80 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 15:57:07 O
記憶喪失

教えるのは楽しい出来事かもしれない
だが、ここ哲学板ではそれより楽しい出来事がある
新しい知識の発見、言い換えれば、新たなる知識の創造だ

知識の発見を楽しむという目的に対する態度変更抜きには厭世観を払拭できないだろう

他人に教えるという行為を通して、自分自身が新しい見解を得る時がある
丁度、我が子に対する育児、教育を通して親が自らの見解を深め成長するように
そのような契機を認めるならば
バカや無知や非常識や狂人との対話すら、自らの見解を深める契機になるかもしれない

天才君は狂人だよ
狂人の論理は常識人からは計り知れない
非理は理によって把握できない、だから非理だ
そんな奥の深さ、神秘、理によって捉えきれない存在を認め、理性の限界を認めた上で天才君との対話を維持していくべきではなかろうか


81 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/06(月) 15:57:52 0
>>46
ちょとマジレスしよか。

、「てんさいくん」のキャパは、「おれ」の50%無い。たぶん、30%無い。

「てんさいくん」は好き勝手したい。と云ってるようにしか聞こえん。おれは

82 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/06(月) 16:02:33 0
>>80

、「てんさいくん」は狂人では無い。

、「そこらへんに落ちてる」、「ただのゴミ」なのだ。
_

、「てんさいくん」に決定的に欠けてるもの。アンタラは、わからんか。?


83 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 16:05:07 0
天才君は
この世界は好き勝手できるんだよって言ってるんじゃないかな。

84 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 16:05:14 O
>>79
ふぅ〜ん、ほなら、なぜ哲学板で論議してんの?哲学なんて、答えとか出ないと思うけど。

85 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 16:05:16 O
ナルシストは語源を辿れば他人を愛せないために女神に呪いをかけられた冷淡な男

誰しもが少しぐらいは自己愛をもっているだろう
リア厨や青少年はそれが強い時期があるだろうが
だが、それは健全なことのように思える
なぜならば、他人に対する優しさをもつことは、同時に自分に対しても優しさをもつことになるからだ
自己愛がまったくない人間は他者との健全な人間関係を築けないだろう
他者の気持ちを類推するには自分を投影して考えるからである
だから、自己愛をもつことは、他者に対して愛をもって接する必須条件でもある
ただいきすぎはよくない
過度な自己愛は「ナルシスト」と呼ばれ敬遠される


86 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 16:12:31 O
天才君の解釈をするのは筋違いだ

解釈は、語られた意味内容に制限をかけていく行為だ
それは天才君の制限をかけない言葉とまったく正反対だ
天才君は不真面目に言葉を発している
それを真面目に解釈するのは本末転倒
むしろ天才君は「言葉を真面目に使わなくてもいいじゃん」て暗に言っている

われわれが暗黙の前提としている「言葉は真面目に使われるべきだ」という価値を暗に批判している


87 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 16:22:01 0
天才君の発言の意味はだいたいわかるよ。
でもわかりづらいだろうね。
禅の坊主のようなコミュニケーションかもしれない。
わかるひとにはわかる。
わからないひとにはわからない。
どんな言葉もそうなんだけど。

> 解釈は、語られた意味内容に制限をかけていく行為だ
そうだね。制限をかけられなかった場合は解釈できない。
でもそれは発話者の責任だろうか?
解釈できないのは聞き手の能力のせいかもしれない。

88 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 16:31:20 0
>>84 哲学にも答えはあるよ。
自分なりに世界観を描いて、
自分の世界観が自由意志と不確定性原理以外には崩れないことを再確認している。

89 :エスアイ:2008/10/06(月) 16:33:56 0
71
http://www016.upp.so-net.ne.jp./jikuron/seishi
精神について

90 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 16:43:22 0
89間違いです
ーーーーーーーーne.jp./jikuron/seishin/

91 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 17:18:31 O
>>88
うん、だからなんで
答えが「ある」
と決め付けられるんや?

断定出来る根拠はない。


92 :天才君:2008/10/06(月) 17:22:08 0
活発な議論が展開され、創造性を思う存分発揮する「私」および
全体がありますね。活気はがあるっていいことだと天才君は思います。

93 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/06(月) 17:36:17 0
>>91 最終真理があるかどうかは知らないが、
論理的に正しい、間違っている、有益、無益のちがいはあると思う。
実際に議論していて思う。考えが前進するのは感じる。

94 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 18:05:11 0
>93
社員教育に多用されているロジカルシンキングの訓練のことかい?

95 :π ◆o2GXnyGxSY :2008/10/06(月) 18:08:44 0
>>94
ロジカルシンキングにはものすごいツッコミどころがある。
「ロジカルシンキングはなぜ分かりやすいか?」ということを
ロジカルシンキングで説明すると、
ロジカルシンキングの分かりやすさが
ロジカルシンキングの外部にあることがわかるから。

96 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 18:10:24 0
>>17
俺からすると君のほうが強烈な呪縛に捕らわれているように見えるんだけれど、まあそういったことを言い合っても仕方がない。
とりあえずお相子ということで。

で、その玉葱の例えは何を言いたいのだろう?
なにも残らない、「私」はもちろん
> その時、「思考がある」とだけ見る。「感受がある」とだけ見る。
> そのように見ている何ものかをもまた、「そのように見ている」という観察がある、とだけ見るのです。
と、君が書いているようなことさえ残らない、ということなのかな?

多分そうではないよね。
「思考」や「感受」が残ると考えてるんだよね。
そしてそれだけが残ると。
じゃあ、その「思考」や「感受」はいったい何を「思考」したり「感受」したりしてると考えますか?

97 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 18:16:31 O
87

責任?
発言者の責任でしょう

知的業種に従事する人間は、発言を明快に書く努力をするべきだ
世の中には難解な言い回しを旨とする人たちがいる
嘆かわしい

俺は、真理への価値を最大限に見る
分かりやすさと、間違っている時の間違いの発見のしやすさに最大限の価値をおく

あくまで俺個人の価値観だがね

98 :ネオマトリクス:2008/10/06(月) 18:20:43 0
>>42
では、俺は新しい記録の作成に走るべきですかね?

イスラム原理主義とかキリスト原理主義とかを信じ
HNにその教えを書いて、トリップも付け執着や煩悩まみれになって
冷静さを維持してるようなふりをしつつ
専門用語を多用し周囲の反応を楽しみ知識人ぶって
本人の快苦以外にどのような意味があるか分からない
様々な書き込みを何度も行うべきでしょうか?

「○○的な立場で申しますと」という、最強の大義名分も
使うべきでしょうか?

99 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 18:29:43 0
>>54
で、ニートなの?

100 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/06(月) 18:50:39 0
ゴミだろ.

101 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/06(月) 18:56:01 0
色即是空空即是色
肉体は空です在りません
ホログラムです

102 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:07:51 0
>>92
何でそんなにクズなの?
親の金使ってくだらないこといってないで働けよ!

103 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:11:39 0
一言で要約すると「知的悟り」だな 

104 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:20:23 O
記憶喪失した男て人は主観が強過ぎだな。いかに客観的思想を述べるかが哲学の真髄だと思う。

105 :天才君:2008/10/06(月) 19:33:05 0
>>77
> 二人に聞きたいねんけど、アンタらは自分の事を何やとおもてるんや?
なにものでもないです。

私は主体は無い。神の行為が在るこういう世界観のを
もち生きています。私が自分というとき、その場に応じた自分を演じています。
だから自分は常に変化します。つまり私が思うという事は無いという事です。

106 :素人:2008/10/06(月) 19:35:33 0
>>96
> 俺からすると君のほうが強烈な呪縛に捕らわれて
まあ、そういう言い方もできますねw
自分としては(言い訳としてはw)、「自ら枷を掛けている」つもりではありますが・・・。

> で、その玉葱の例えは何を言いたいのだろう?
西洋の誰かが言った「知覚の束」とか「感覚の束」という言い回しは、近いかもしれませんw

> 多分そうではないよね。
はい、そうではないですね。
> 「思考」や「感受」が残ると考えてるんだよね。
そうですね。

> そしてそれだけが残ると。
> じゃあ、その「思考」や「感受」はいったい何を「思考」したり「感受」したりしてると考えますか?
さあ?w
ケースバイケース、個々の事例次第じゃないでしょうか・・。
100人居たら、100の感受があるんでしょうねw


雑な返しで申し訳ない。

107 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:36:03 0
>>104
それはいえるね。
主観だけでは哲学にならない。


108 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:36:53 O
>>102
そこ突っ込まんといたってw

こんなトコで思想やなんやらを展開して書き込む人達は

【表舞台では全く相手にされない可哀相な人達】

なんだからw

だから、こういう所で持論や思想を展開するしか普段のうやもやを発散したり、そもそも居場所が無いんだからw


109 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:38:29 0
おのおのが思うところの
我を語ればいいのだ。

110 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/06(月) 19:38:46 0
誰も居なかったんです
アダムの世から同じでした・・・


111 :天才君:2008/10/06(月) 19:39:58 0
無限の可能性と無限の無知をもつ「私」達が言葉を使って、
「私」を語り尽くせるはずがないのです。

しかし「私」達の自らの限定を語る事はできるのです。
だから「私」の囚われ、奴隷である「私」しか語る事はできないわけです。

しかもですよ。囚われている「私」が開かれた「私」に向かって限定を
押しつけたとしても、発見するのは、自らの限定です。

だから開かれた「私」を切磋琢磨して競い合うという意味では
とても有益に議論は進む訳です。この意味において議論即発見に繋がります。


112 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:47:30 O
1 1 1 何難しい事いってんねん

113 :天才君:2008/10/06(月) 19:49:51 0
質問がありましたね。また説教もありますね。
>>99
>>100
>>102
関連して憐れみもありますね。
>>108
私はニートでもあり、 ゴミでもあり、クズでもあり、
「 親の金使ってくだらないこといってないで働けよ! 」と言われる者であり、
【表舞台では全く相手にされない可哀相な人達】 であり、
こういう所で持論や思想を展開するしか普段のうやもやを発散したり、そもそも居場所が無い者らしいです。

114 :天才君:2008/10/06(月) 19:50:41 0
>>112
なにも言っていません。観たとおりです。

115 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 19:53:06 O
1 14 わかった

116 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 20:02:19 0
>>106
意識だけがある、というのは変だろう?
たとえば天才君は意識(彼の場合は観念、あるいはその動態的側面を
指して行為とも言う)は“神”において存在すると言い切っている。
ほとんどの唯物論者は「意識は脳の機能だ」と述べている。
君だけだよ。意識の“自立性”を主張しているのは。
意識はそれほど神秘的なものではなかろう。



117 :96:2008/10/06(月) 20:02:23 0
>>106
君は「私」よりも知覚や感覚のほうが確からしいと考えてるということかな?
でも、知覚や感覚は騙されたりしない?
デカルトはそうやって知覚や感覚を疑わしいとして捨ててるよね。

118 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 20:09:52 O
>>105
「なにものでもない」か。

ほんで、理由が

その場に応じた自分を演じています。だから自分は常に変化します。つまり私が思うという事は無いという事

↑の理由は納得出来る確かな理由やわ。けど、こう答えたら指摘させてもらうが

アンタが自分を言う時は
「常に変化する演者」
なわけだよな?

そうすると、俺が質問した
「自分を何やと思っている?」
に対し、上記の正当な理由を述べる事こそ

『その場にあった変化する演者じゃない』

やん。

明らかに自分は『なにものでもないという人間』としっかり意思を持って言うてるやん。

演者ならばもっと哲学的にお前の言う
『その場にあった変化させた自分』
で俺の質問に答えてくれる?
甘いわ、どんまい。

119 :素人:2008/10/06(月) 20:11:10 0
>>116
「意識だけがある」というのは唯識教学だけでしょう?w

>>117
「知覚や感覚を媒介しない」ということがありえようか?
てか、
ちなみに、「知覚や感覚を信用しない」なら、何を信用しているのですか?

120 :天才君:2008/10/06(月) 20:12:26 0
天才君として意識の話をするならば、

意識=神でも天才君の言っている事となんら変わりません。
別に意図でもいいです。

ようするに一者を表す意味において、いかなる言葉をつかっても
私の思想と同じ事です。

意識しかない。意識によって万物は存在する。
私も意識の一部である。我々はある一つの意識の
現れとして、固有の意識も同時にもっている。

121 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/06(月) 20:17:13 0

努力するほどゴミクソ抱え込むシステムなってるからな。
おれもトリ継続してる意味わからんなってきた。最近.


122 :天才君:2008/10/06(月) 20:17:37 0
>>118
> 演者ならばもっと哲学的にお前の言う
>『その場にあった変化させた自分』
>で俺の質問に答えてくれる?
私が 「演者ならば」、天才君は、「 甘いわ、どんまい。」ということでよろしいのでは。
しかし私はいぜんとしてなにものでもないですね。

123 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 20:20:48 0
今この瞬間の社会を停止し、各配置されたA君、Bちゃん、Cさん、D様
を各人の存在、つまり”私”から考察し、そしてそこにいた理由を、その私
からだけで説明できるだろうか?


124 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 20:22:45 O
>>111
「私」を語り尽くせるハズがない?いやいや、語り尽くせますよ。

そもそも私と共有するその他一切の事象こそ本来の自我を明確にさせ、邂逅と化する己の存在価値を目的とした唯一無二な証明に過ぎないからだと思いますが、この事に対して天才君はどう思いますか?

125 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 20:28:28 O
>>122
「いぜんとして」
いつから?

126 :天才君:2008/10/06(月) 20:28:45 0
>>124
>そもそも私と共有するその他一切の事象こそ本来の自我を明確にさせ、
>邂逅と化する己の存在価値を目的とした唯一無二な証明に過ぎないからだと思います。

それが「私」ですか。なるほどそれで沈黙していられるならば語り尽くしましたね。
よってあなたは「私」を語る必要もなくなった。語り尽くした。終了って事ですね。

確かに語り尽くしたようですね。残るは沈黙のようですが…。

127 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 20:36:21 O
>>126
語り尽くす→終了???

いやいや、終了ではないですよ。語り尽くしてもまだ「期待」、「不安」という継続的要素が含まれている。

継続的要素を含んでいる事は終了には成りえない。

128 :天才君:2008/10/06(月) 20:41:17 0
>>127
>継続的要素を含んでいる事は終了には成りえない。
なるほど…。語り尽くせる事が沢山ありますね。
いつまで語り尽くせるのでしょうね。

129 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 20:51:02 O
>>128
本当です。いつまで語り尽くせるんでしょうね・・・
それが私を知る真の霾矗的素材になり得るやもしれないと思うと纛隧仕切れません・・・

天才君もまた同じ感覚に囚われてると思います

130 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 21:04:30 0
>>102
あんまり、天才君をいじめるなよなw

ああいう人間の「思想」を読んでるとさ、「自分もまだ捨てたもんじゃない」
って思えるだろwww


131 :天才君:2008/10/06(月) 21:09:21 0
>>130
つまり優越感に浸れる。
もっと言えば、優越感を求めている。
ずばり言えば、劣等感を抱えている。
こんな所でしょうか。ちなみに、あなたを刺激するもっとも有効な言葉は、

天才君は完璧です。

132 :考える名無しさん:2008/10/06(月) 21:24:45 0
天才君のほうが
一枚も二枚も上手だな

133 :天才君:2008/10/06(月) 21:26:37 O
>>130
そして私はあなたに恋焦がれています。アーメン・・・

134 :天才君:2008/10/06(月) 21:38:25 0
>>133
天才君が天才君を生んだようです。よいことです。

135 :天才君:2008/10/06(月) 21:51:08 0
実際の所、ほとんどのみなさんは、本当の「私」など知りたくもないのでしょう。
本当の「私」などは、見るも無惨ですよ。

そういう人は怒らせれば解るでしょう。

何かを守ります。自分の信念、思想、自負、権力、つまりしがみつくものなら
なんでもしがみつくまったく証拠や、根拠という保証がなければ冒険もできない
大人やら常識と同一化した役人です。

「私」に守るべきものがありますか?
「私」が存在するとして、ただ存在するだけのものに恐怖や怒りが存在しますか?

このような点をまずもってチェックにかけないといけないと思います。

天才君談。

136 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 00:00:43 0
>>131
全然、刺激されないんだけどさ。ぷぷぷ。

なあ、完璧なニートさん。

137 :天才君:2008/10/07(火) 00:12:19 0
>>136
そうですか。 全然、刺激されなかったですか。おかしいですね…。
ところでよく皆さんニートを他者をおとしめる意味あいで使っているようですが…。
ニートの輪でも広げたいのでしょうか?

138 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 00:16:02 0
さすがは天才君。
動じないぜ。

139 :天才君:2008/10/07(火) 00:34:57 0
私は素朴に思うのですが、我々は、哲学以前の問題が山積みではないでしょうか。
「私」を考える要素の中に、考える等の行為がありますね。
我々は考える何者かを「私」としています。これはいたって普通に
社会生活を送る上での合意事項でしょう。

そして肉体とセットで行為者としてみなすという事です。これが
一般常識でいう「私」でしょう。法治国家では行為者を裁きます。

しかし一般常識以前に、「私」とは「情緒」あるいは「観念」この二つと
同一化されてしまっている「私」達の現状があるようです。

考える行為は同時に複数の事を考えられません。感情的になった瞬間にそれに囚われるし、
特定の観念に支配されれば、それにとらわれる。天才君が何故、神をよく用いるか?

囚われがなくなり神によっての現象として「私」を観察できうる一つの
手法であるからです。

みなさん罪悪感が多すぎませんか?我々は個として完璧であるのです。
完璧でないのは、思想である。こう天才君は思う。

140 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 00:36:34 0
>>137
私はちゃんと働いてるよ。
もう飽きたわ、お前。じゃあな、寝る。

141 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/07(火) 01:03:33 0
>>98さん
PCのハードディスクのようにいけば
可能なのでしょうが
そうはいきませんからね。
ネオマトリクスさんは
「私」というお題よりも「苦」からの離脱がメインなのでは。

また私の名前がお気に召さないようですが
意味がお分かりでしょうか?
イスラム原理主義でもなんでもありませんよ。
(そういう西洋系には疎いもので)

142 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 01:13:29 0
>>140
働いてると一段上からものが言える。
働いてさえいれば。
そういう考え気に入らんな。
ちなみに俺もちゃんとかどうか知らんが働いてるよ。

143 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/07(火) 04:09:37 0
>>1
もがき苦しんだ哀れな生き物でした


144 :天才君:2008/10/07(火) 08:42:34 O
>>134
天才君が天才君の天才君を生んだようです。素晴らしい事です。

145 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 08:46:48 O
天才君へ
社会的蟄實夢寐病についてどう思われますか?ご意見宜しくお願いいたします。

146 :天才君:2008/10/07(火) 08:52:02 0
ニートという言葉が他者のおとしめの象徴的に扱われているのは、
メディアの影響が大きいですね。昔で言えば、「どら息子」でしょう。
食えるですから良いんでしょう。また働いているというだけで、
何か特別な事をしているわけでもないでしょう。またニートという
だけで特別な事でもない。

まったく「私」達は特別扱いが大好きです。

偶像崇拝は、出来事を特別視してそれに囚われる心(認識)をいうのですが、
「私」達は、現在、偶像崇拝のオンパレードです。

言葉は形態を表すものですね。虚像をも表すようになってしまったのは、
形態ではなく、形態から連想される虚像を言葉とはき違える偶像崇拝です。

これをバーチャルリアリティーといいますが、実際は名前が変わっただけで、
偶像崇拝です。ITの基本はこの偶像崇拝に根ざしているわけですね。

虚像をどう創り上げるか?それに対して、集客するのが…。ダマし、詐欺ですが…。
ITビジネスの本質ですね。

「私」達は偶像崇拝が大好きなのですね。

天才君談。

147 :天才君:2008/10/07(火) 08:53:23 0
>>145
>社会的蟄實夢寐病についてどう思われますか?ご意見宜しくお願いいたします。
「社会的蟄實夢寐病」とはなんですか?病気ですか?
要約していただますか?

148 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 09:17:52 0
天才君はいつも「一者」の観点から全てを片付けてしまう。

しかし、今ここに生きる「私」の本分を「一者」の一言で片付けてよいのか?  

149 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 09:26:05 O
>>147
社会的蟄實夢寐病
ご存知ではありませんでしたか・・・・
病気ではありません。
ご存知無いなら結構です。ありがとうございました

150 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 09:42:52 0
>>89 「精神について」
http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/seishin/
これだね。読んだよ。
他人の力で自分が成功、感謝/無視の図なんかはうまくできていると思う。
でも、現在の失敗=恐怖の図は疑問だ。未来の失敗=恐怖ではないのか。

まとめると、よくできているとは思うのだが、
知りたいのは専門的な脳内物質の動きや脳内神経の働きであって、
そういう意味では、でれだけ上手に作っても期待はずれで終わると思う。
妄想型統合失調症の患者としては、幻聴は聞こえても発症は自我の崩壊などではなかった。
自我の崩壊という特別なことばを持ち出して説明しようとする限り、
実際の症状の解明には貢献できないと思う。
経験上、自我は保たれたまま、妄想型統合失調症は発症する。

151 :天才君:2008/10/07(火) 10:54:22 0
>>148
>しかし、今ここに生きる「私」の本分を「一者」の一言で片付けてよいのか?
個としての現象を語る時、私は一者から生まれ出た現象としての「私」を語ります。
しかし、個としての「私」を語るならば、社会性・群れとしての「私」ですから、
自他という概念。すなわち相対性について語る事になります。

よって、「私」という一現象としての生死(人生)を語る時、
一者として語る事はとうていできません。

だから、「私」の記述ではなく、「私の人生」の記述。
あるいは、「人間」「主体」「個」の記述という事でも良いと考えます。

但し善悪、正誤を問うならば、私の思想は一者がベースにありますから、
正誤善悪無しという事になり、ただ在る現象に何故善悪正誤があるのか?
と問う訳です。

人生は戦いではない。相対主義者にむけたメッセージでもあります。

152 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 11:02:58 0
>>151 天才君には夢や生きがいが必要だね。
目的がないから、価値が生まれないんだよ。

153 :天才君:2008/10/07(火) 11:20:07 0
>>152
それは「私」についてではなく、「他者の人生」についての話しでしょうか?

154 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 11:29:20 0
>>153 いいや、天才君についての話だよ。
天才君が正誤善悪なしといっていられるのは、目的がないからだよ。
天才君の目的は、宇宙を正誤善悪なしの均衡点に統一することかい。
そこには生命は住めない死の世界だよ。
せっかく、宇宙の偏りの中から生まれたんだから、偏った見方をして生きるべきさ。

155 :天才君:2008/10/07(火) 11:49:34 0
>>154
つまりあなたが考える天才君の観念ですね。
どのようにお考えでもよろしいと思いますよ。

しかしそれは宇宙ではなく、あなたの宇宙を思う観念ですからね。
宇宙はただ存在するだけではないですか。

あなたの思いは尊重しますが…。

156 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 11:59:26 0
>>155 いや、失礼。天才君について、といったのはいいすぎだった。
おれは天才君が実際にどんなことを志している人なのかを知らない。
>>153は天才君がこのスレで展開している思想についての話だ。

宇宙は偏っているよ。その偏りから星が生まれ、生命が生まれた。
宇宙は無我無相ではなく、歪み偏り、へんてこりんな生命というものを生み出した。
この事実により、天才君の思想は否定される。

157 :天才君&動物君:2008/10/07(火) 12:00:32 0
目的主義というものは、常に観念が先走りますからね。
傲慢な精神と言わざるを得ない。
人は身体をもつ動物です。
そして様々な生命が相互依存してなりたっています。
この事実を無視して、特定の個体の都合で全体に影響を与える事は
不可能です。ただ、そうしているのだと考える事はできます。
だから傲慢な精神という独立した、目的主義というものを持っているだけの事です。

158 :天才君:2008/10/07(火) 12:03:38 0
>>156
>宇宙は偏っているよ。その偏りから星が生まれ、生命が生まれた。
>宇宙は無我無相ではなく、歪み偏り、へんてこりんな生命というものを生み出した。
>この事実により、天才君の思想は否定される。

あなたの宇宙論でしょ。天才君の宇宙論とは違いますよね。
しかし天才君の宇宙論は事実ですからね。
いずれにしても歪み偏り…云々…であってもただ宇宙は在るだけですよ。

159 :天才君:2008/10/07(火) 12:17:37 0
そうですね。記憶喪失した男さんの宇宙は記憶喪失した男さんの
観念内にあるようで、実に創造豊ではありますが…。

記憶喪失した男さんの観念の中、つまりあなたの主観内に
天才君や天才君の思想はありませんよ。

内的な世界もあるでしょうが、他はあなたの主観内には存在していません。
言ってみれば、神(宇宙)の中に私たちが在るのです。
内的世界の王として記憶喪失した男さんは君臨できても、
一歩外に出れば、神の中。こんな所です。

我々は宇宙の一部であって、自分が考える宇宙の一部に自分がいるのではないでしょう。

160 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 12:22:22 0
自分が考える宇宙の一部に自分がいることは論理的に
ありえない。
自分とは関係ない宇宙の一部に自分がいることはあるだろう。

161 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 12:24:03 0
>>158 物理学の宇宙背景放射の観測から、宇宙背景放射には偏りがあり、そこから銀河が生まれたと説明されています。
また、物質と反物質が等量生成されていれば物質は存在できず、観測される限り、物質の生成は反物質の生成より多い。
というように、宇宙が偏っているというのは、おれの独自の世界観ではなく、物理学に裏打ちされたものです。

162 :天才君:2008/10/07(火) 12:30:02 0
>>161
宇宙が偏っているんでしょ。そういう観測結果が在るのですね。
それだけの事でしょう。

宇宙はただあるだけなのにね。

163 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 12:33:43 O
>>161
各々の観念性を持ったアイデンティティをいかに勇壮させ、計らずとも未知なる所以の基幹的増幅が観測への解決へと導くと思いますがこの事についてどう思われます?


164 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 12:53:14 0
>>162 だから、「宇宙偏ってる=神偏ってる」なんだって。
「宇宙偏ってる。よって、人偏るべき」なんだって。

>>163 論理的検証により、勇壮さに惑わされず正しい答えを見つけることが大切だと思われます。

165 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 13:02:05 0
>「宇宙偏ってる。よって、人偏るべき」なんだって。

ちょっとわらた

166 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 13:19:47 O
>>164なるほど。
勇壮さを以てして興ずるというわけですか。ありがとうございます。「私」の鑿的関係を複してみたいのですが具体的な思考案を提示していただきたく思います。

167 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 13:24:20 0
「宇宙偏ってる。よって人偏ってる。」とはいえても
「人偏るべき」なんて論理的に言えない。

168 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 13:47:48 0
>>166 
>勇壮さを以てして興ずる
のはおれのいってることと逆じゃあ……
思考案としては、偏った私を仮定して、現実に当てはめてみれば、
いかにうまく説明できるかを試してみればよいかと。

>>167 
「人偏らざるべき」とは天才君と同じ無為自然をよしとする思想の方ですかな。

169 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 14:40:02 O
自然主義的誤謬

170 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 15:16:25 O
>>168
いいえ、バイタリティの念がそのような記述形式を伴ったと思います

171 :満豚:2008/10/07(火) 15:21:10 O
 また概念の分析してやがるな!!
 自民党総裁選くん、行くぞ。

172 :満豚:2008/10/07(火) 15:22:22 O
>>895
>まぁいいよ。答えたくなかったら答えなくても。
まず、俺が書いた日本語の文章が理解出来たのか、出来なかったのかのコンセンサスが先じゃないのかい?お前はどうも自分の言いたいことだけを述べたがる癖がある。

>単純に分哲系の記述方法に従えば引用符つきの「りんご」はトークンを表して
つぎのりんごはタイプを表すからトートロジーではないよ。

後付けが多いな。「俺はそういう意味で使ってるけど君は違うのかい?」と言っていた君よ。(笑)
で「指示対象ではないトークン」というのがイマイチよく分からないな。
一応もう少し説明してくれないか?
「んをあや」の意味は「んをあや」
前の「んをあや」はタイプで、後ろの「んをあや」はトークンだから。あ〜なるほど、「んをあや」の意味が分かったよ。て、なるかボケ(笑)
(ふとした疑問だが「タイプはタイプだ」と言ったとき後ろのタイプはタイプなのか?それともトークンなのか?)

>…なぜなら言葉の意味を知らなくても適切な文脈でその言葉を使用することができるから。

 ここで言われている「言葉の意味」とは指示対象のことだな。例えば「んをあや」という言葉の指示対象を知らなくても「ねぇねぇ「んをあや」って何ですか?」と、適切な文脈で「んをあや」という言葉を使用出来るからな。
しかし残念ながら、ある言葉の意味とは、その指示対象ではない。その説明は今までさんざんしてきた。というか君よ、いつ僕との間に、ある言葉の意味とはその指示対象だというコンセンサスにいたったのだ?(笑)
出直してこい。

>…ならば
これから発する語はいまから発生する文脈、状況によって初めて意味を与えられるということになる。
とすると、われわれは自分の話している言葉の意味もわからずに言葉を発しているという奇妙な帰結に至る。

“それまでの”文脈は一体どこへ吹っ飛んだだ?(笑) 産まれた瞬間の赤ん坊が「天上天下唯我独尊」と喋ったら、君の言っていることも少しは説得力があるかもな(笑)

>「おれの発した言葉の意味は、おれしか知らない」
言語とは根本的には私的言語なんだよ。

このことは後でじっくりと反駁してやるよ。


173 :満豚:2008/10/07(火) 15:23:27 O
>>900
>>ある言葉の意味を知りたければ、その言葉がどのように使われているのかを分析しろ。

これはブタさんが発言したみたいだけど、これとほぼ同様の内容
を哲学者L.Wittgensteinが『哲学探究』で述べています。
つまり、Wittgensteinの語っていることを、偉そうにまねして
話しているだけ。一言で言うと、

剽窃。

剽窃とは言ってくれるじゃないか。 では、俺がこれまでに引用文の後ろに『哲学探求』や「ウィトゲンシュタイン」と明記した一連の文脈は一体どこへ吹っ飛んだんだ?
しかし、君が指摘した引用箇所には確かに『哲学探求』と入れてなかった。それは認める。
しかし、そこだけを抜粋して
〉つまり、Wittgensteinの語っていることを、偉そうにまねして
話しているだけ。
という批判は、それまでの文脈を無視した不当なものだ、とだけ弁明しておく。
それに『哲学探求』や『論考』といった書物において、ウィトゲンシュタイは考えなくてすむような説明の仕方をしてくれているかい?自分で考えろと言わんばかりの書物じゃないか。
例えばトートロジーと意味の指示対象についての関係などの主張は完全に俺のものだ。少なくとも、『哲学探求』やその他の書物から、これに似た主張を俺は今のところ見たことがない。
いや、もしかすると、というよりむしろ『哲学探求』の問題意識の中に身を投じ、その問題意識を共有できたからこそ辿り着けたものかもしれない。
ウィトゲンシュタインならいちいち細かな説明をするほどのものではないことをだが。
ところでWittgenstein、名無し君の文中から「私的言語」と「意味の指示対象説」の2つが出てきたが、この2つについて何か語れ、と言われたら君はどう答える?
しかし今の君に、この問いに答える説明責任は全くないので、別に答えなくとも結構だ。だがその時は
>こんな高尚な問題を問いかけた
俺がバカだったよ、と言ってやる(笑)

174 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 15:24:21 O
>>168
偏った私を仮定して、現実に当てはめてみれば、
いかにうまく説明できるかを試してみればよいかと

ありがとうございます。この様なカンマンティブを発する議案に基づいた奇想感を頂けるとはありがたいです。貴方様に付いていきたいと思います。

これからも何卒ご指導よろしくお願いします。

175 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 15:48:12 O
ハエとり壺に迷い込んだハエが一匹

出口を示したと思っている本人が迷い込んどる

176 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 15:49:16 0
宇宙が無限の大きさなら、宇宙の中心は無い。
有限なら、宇宙の中心はある。

177 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 15:55:39 0
風船の表面のようであれば表面の中心は求められない。
私を求めても私を捕まえられないのは、表面の中心を探すようなものかもしれない。

178 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 16:11:02 0
>>172

>俺はそういう意味で使ってるけど君は違うのかい?」と言っていた君よ。(笑)

そうだよ。おれはある語にどんな内容を盛り込むのかは発話者の意図に依存すると考えているわけだから当然だ。

>で「指示対象ではないトークン」というのがイマイチよく分からないな。
>一応もう少し説明してくれないか?

T-文と同じだということだよ。

> 「んをあや」の意味は「んをあや」
>前の「んをあや」はタイプで、後ろの「んをあや」はトークンだから。あ〜なるほど、「んをあや」の意味が分かったよ。て、なるかボケ(笑)

きみは分析哲学系の本を読んだことあるのかい?ほとんどないだろう。
言語分析の基礎概念も知らずに意味の理論は10年はやいよ。
おれもここで初歩からレクチャーするほどヒマじゃないんでね。
勉強してから出直しておいで。

>ここで言われている「言葉の意味」とは指示対象のことだな。

ちがうよ。
しかも
>例えば「んをあや」という言葉の指示対象を知らなくても「ねぇねぇ「んをあや」って何ですか?」と、適切な文脈で「んをあや」という言葉を使用出来るからな。

って認めちゃってどうするんだよw きみの主張をまるっきり矛盾するじゃないか。しかもその例自体適切じゃないし。

>“それまでの”文脈は一体どこへ吹っ飛んだだ?(笑)

まだ分かってないと見えるね。それまでの文脈で意味が与えられるのなら、
語や文の意味はその時点での発話者の頭の中にあるということになっちゃうね。
またきみの主張と矛盾が出てきた。さあどうする?

179 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 16:15:59 0
天才君は連投規制かな。

>>174 いえいえ、よろしくです。
ところで、カンマンティブなわたしとしては、
これからもカンマンティブであろうと試みるのですが、
カンマンティブについて、カンマンティブであり、カンマンティブするところの、
つまるところ、カンマンティブの意味って何ですか。
カンマンティブでググる23件、バイオハザードがカンマンティブとのこと。
カンマンティブで辞書引く0件。打つ手なし。
カンマンティブの意味を教えてください。

180 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 17:22:19 0
>>179
こっち見んな廃人

181 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/07(火) 17:31:19 0
>>180 廃人までいってない。
見えねえよ、おまえなんか。

182 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 17:36:39 0
>>180
他にすることねーの?呆れるなまったく
絶対見んなよ廃人

183 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 17:44:47 0
「てんさいくん」つかえんな。

、「きおく」と、「まんぶた」がおらんとまともに、まわらん。このスレ

_

184 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 17:48:10 0
>>180
>>181
>>182

、「他人にたいする理解しろ」って言っただろ。 このまえ > スレタイ.


185 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 17:55:51 0
>>184
ごめん、ちょっと待って。



cnhIMeWufo ができるのはせいぜい、
2ちゃんでのレスを個人別に一覧で見る事くらいだろ?
ほかは出来んだろ、廃人でも。そうなんだろ?
見て、何か思う、2ちゃんに書く、それだけ。それだけの人生だよお前は。

186 :ネオマトリクス:2008/10/07(火) 18:30:46 0
>>49 天才氏
確かに、快苦は無限通りで、+∞と-∞=ゼロです。なので、
主観的には無限の時間を感じられない私は
永遠に無限通りの快楽だけを感じればいいので、
永遠に快だけ(主観的には快オンリー)となります。

で、ニート論で貴殿の立場に同意しますが
『快苦を克服できれば働く必要は全く無し』
なので、納得できる寿命を短くすれば
親の金で死ぬまで遊んで生きられる。

分かり易く書くと、親の年収によりますが
30〜40くらいで死んでもOKならば
一生働かずに済む。ニート論は、単なる他者への強要という野蛮な本能の結果で
『俺もやってるからお前もやれ』程度の本能で、別にニートでも
いいんですよね。

俺はそうやって、この世からの脱出を目標にし、脱出先はある程度分かったので
そのうちニートになると思う。

187 :天才君:2008/10/07(火) 18:31:09 0
>>164
>「宇宙偏ってる。よって、人偏るべき」なんだって。
だから記憶喪失した男さんは人偏るべきという思想をもって居るんですよね。
私の思想と違いますね。

私の思想は偏りも在り。人偏るべきも在りです。
なぜならば、全てがあるのですから。全体は全てが在るわけです。

全体の中の一部に、あなたの思想も記憶喪失した男さん自身もちゃんと含まれています。

188 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 18:32:39 0
>>185
ん?。
「日本語」で。

189 :ネオマトリクス:2008/10/07(火) 18:41:27 0
>>141
俺は貴殿はNPCだと思ってます。
なので、物理的に特定の情報しか持たないと思われる貴殿が
なぜ物事を断言できるのか、妄信としか思えません。

快苦に関して言うと、何か巨大な力に浸って
それを崇めて、その名を借りていかにも自分を知識人ぶった
冷静な他者とは違うような存在っぽくする、
俗に言うごっこ遊びのようなのは、誰もが快なので
HNに酉まで付けて独占するのは、俺からすると
執着や煩悩まみれとしか思えなかったのですよ。

いえ、唯識思想ってのは、けっこう好きな人は多いですが、
興味があるのは唯識思想であり、
万人と変わらない一個人ではないんですよね。

190 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 18:41:41 0
あーそうか

191 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 18:43:05 0

185 :統合失調症:2008/10/07(火) 17:55:51 0

192 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 18:50:39 0
>>190
何で捨てコテはずしたの機械?反応しちゃってるじゃん
お前さ、つまんない覗きとかやってないで
少しはぴかぁとか見習ったらどうなの?
アホはアホなりに荒らしから成長して批評家目指したりしてんじゃん
お前何やってんの、もう十年位そんなくだらない事して暮らしてんの?
まったくクズだな、お前は。なあ機械。死ねよ廃人
親切に言ってやってんだから少しは受け止めろよな

193 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 18:52:41 0
>>全員
_

、「>>185」は日本語がおかしい。やばい。
_

194 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 18:55:43 0
>>192
キリ無いな。

、個人特定するの簡単なの。

195 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 18:57:35 0
>>運営
_

、此処でトリつけても無駄らしい、ID入れろボケ

196 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 19:01:41 0
お前がまともじゃない位の事誰だってわかるだろ。
死ねクズ。マジでこっち見んなウゼえ

197 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 19:08:20 0
>>194
個人特定は他の奴もやってるけどお前のはエグいんだよ。
いい加減にしろ機械 死ねよゴミ虫
あと関わってこようとすんなよ?お前が嫌いなんだっつてんだろ

関  わ  っ  て  く  ん  な

あとな、お前にレスしたからと言ってお前と話したい訳じゃない。
うるさい蠅を追い払いたいだけ。

198 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 19:19:55 O
>>179
↓引用ですが。

●カンマンティブ●
カンマンティブとは究極なる原点に辿り着こうとする啓発的歪みと短絡的淀みの間に潜む士気の戯れである。
〜ピートボーンの讒言唄より〜

199 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 19:21:22 O
>>198
私は貴方様の興発的な慣行を今後とも私の念を構築しながら探求していく所存でございます。



200 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/07(火) 19:23:17 0
>>1
>副題:=【私】は、どこまで肉体に依存するのか?=

色即是空空即是色
肉体は空
存在しません
ホログラムです

201 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 19:25:16 0
誘導されてゲハから来ました。どこの景色も変わりませんね

202 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 19:25:57 0
機械よ、

特定した個人がどこにアクセスしてるか追っかけまわすのは
お前の悲しい性癖なんだろうが、
それをいちいち2ちゃんに書くな。書いて嬉しいか?
どんだけ底辺なんだお前。

あとは・・・言いたい事ないな。
「機械的唯物論者という糞コテは、個人特定した(自分で言ってるし)上に個人をストーキング、
その後、個人のアクセス状況、パソコンの中身を2ちゃんで書いている。だから死ね。」
これだけだ。

スレ汚し失礼。



203 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 19:36:29 0
>196
>197
>198
>199
>200
>201
>202
_
922 :名無しさん必死だな:2008/10/07(火) 19:32:26 ID:wi99d74c0
なんか今日はでかいニュースが多いな。
おかげで何も手につかなかったぜ

923 :ゲハ ◆oTZJuX2yEU :2008/10/07(火) 19:32:36 ID:sTS0ObLm0
トーマス東京ゲームショーこいよ

924 :名無しさん必死だな:2008/10/07(火) 19:32:51 ID:5+m5xlgr0
>>884
管理会社が開発元買収して今は日本の会社が暴利貪ってます(´・ω・`)

925 :| )`ε´( |ループループル-プ| ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 19:33:08 ID:pMMnsN270

「てついた」の「管理人」が、カス。常識で考えろ。 

926 :名無しさん必死だな:2008/10/07(火) 19:33:26 ID:S+nZ7DlR0
>>924
な、なんだと!?
_
 コレ → http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/ghard/1223369552/l50 .

204 :天才君:2008/10/07(火) 21:10:30 0
>>186
あなたの考えの社会的な倫理にてらした判断は差し控えますが、私個人としては、
生き方として有りでしょう。多くのあなたの同じ思いの方が、あなたと同じ結論に至り、
そう実行することで、面白い社会現象が期待できると考えます。


205 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/07(火) 21:17:55 0
偉い人の喜び組に強制参加なんて嫌過ぎる
と言ってストライキすれば偉い人が贅沢出来なくなって
困るのでざまあみろです
サラリーマンに夢を見せないと
自分達が贅沢できないからマスコミも必死ですよwww


206 :天才君:2008/10/07(火) 21:19:11 0
記憶喪失した男さんは、だんだん本性が現れてきたように思います。
その調子でいけば、ちゃんと「私」に到達するでしょう。

そういえば、記憶喪失した男さんは、「私」の記述はされてませんね。
尋ねてみたいものです。記述できれば…ですが…。

207 :天才君:2008/10/07(火) 21:24:45 0
死にたい者は死に、生きたい者は生きる。
但し、生きたい者と子孫を残すものが次ぎの世代に受け継がれる。

思想も同じ宿命であり、生き残る思想しか残らない。
つまり一個人のもつ思想としては、もつ思想が継続性、連続性があるならば、
その生も連続性があるという事である。

だから論破される思想はいずれ消滅する運命である。
だから論理的議論においての勝者としての価値は継続性が在るという意味において、
優れているという事である。

神という思想をいまだ人間は論破できない。

208 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/07(火) 21:30:32 0
食料も他に依存しないウロボロスは論破不可能ですよ
コレはキリストの血であり肉であると言って
キリストが一番偉いことになるんです


209 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 21:33:30 0
>>207
あんたそろそろ止めといたほうがいいと思うよ
まだ若いんだし浮かれる気持ちもわからなくないけど
そんなスピノチスト丸出しの借り物衣装で威張ってると本物が叩きにくるよ

210 :天才君:2008/10/07(火) 21:34:23 0
論破不可能なものだけが真理ではないでしょうか。
さらに言えば、論破の影響下に無いのが真理であり、
つまるところ、根拠も証明も不要なものが真理である。

こう天才君は思っています。
もちろん天才君は神の一部であるから、神が思っている訳です。

211 :天才君:2008/10/07(火) 21:35:11 0
>>209
本物ならば、叩けないという事が解ると思います。

212 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 22:04:01 0
くだらねえw 叩く意味ねえw

213 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 22:06:14 0
>>209
だから
、「おれ」も「まんぶた」も「きおく」も「そのたコテ」も「ななし」も
、「この人はこれでいい」で放置してんだよ。
「てんさいくん」は、誰にも迷惑かけてない。

214 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 22:08:37 0
・、IP辿るなりして「おれ」と「きかい(だれ?)」が、同じ人間かどうかわかるだろ。
_

、「運営」は、ID制いれろ。、余分な混乱が減る。

215 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/07(火) 22:10:15 0



 「運営」はID制いれろ。 余分な混乱が減る。  _

216 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 22:41:34 0
「私」って一言でいえば自我のことだよな。
自我の確認は自意識でなされるよな。
自意識を自覚できればそれが私ってことじゃないの。



217 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 22:49:41 0
自分を知りたければ世界を知れ
世界を知りたければ自分を知れ
・・・という考えがあるな

218 :天才君:2008/10/07(火) 23:02:56 0
我々は、「他」の愚かさを知ったつもりでいる。
「私」の愚かさは棚に上げ「他」の愚かさより「私」はましであると
勝手に思う。結構な事であるが、それは「私」の勝手な思いであり、
「他」は他のまま変わらず、そこに在る。
当然、「私」も変わらずそこに在る。

しかし思いだけが、「他」が愚かであると断定する。

一体誰が「他」を愚かにするのか?
「私」も「他」もただ在るだけで何も変わっていないのに、
思いだけが「他」が愚かであるとする。

実はこれを思っている主体は「私」ではなく、
特定のイデオロギーである。つまり「思い込み」である。

あらゆるイデオロギーは「私」とイデオロギーをすり替える。
だからイデオロギーは「私」に反逆を試みるが、
イデオロギーは常に「私」に敗北する。

「私」にはちゃんと肉体がある。イデオロギーには肉体は無い。
肉体があるものが「私」である。

天才君談。

219 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 23:06:55 0
デカルトって「我考える。故に我有り」って言ったんだったか。
これは考え方によっては半分正解で半分不正解になるな。
人間が何かを考える時にはその考えの対象に没頭するから、その時点で自分はどこにもいなくなるな。
座禅でもして自分に集中・瞑想している時は自分がいることになるがな。

まあ、あくまで自分の存在や世界の実体の確実性を観念論で裏づけようとするならばの話だが。


220 :天才君:2008/10/07(火) 23:16:47 0
みなさんはイデオロギーに命がある。あるいは圧力があると
考える論者は少ないと思います。

天才君は、イデオロギーはエネルギーである。よって
圧力もあれば、「私」を取り込むだけのエネルギーすら持っていると
考える。洗脳という言葉があるが、これは特定のイデオロギーに「私」という
主体が取り込まれて群衆化した状態・現象を指している。

「私」はイデオロギーの正体を見抜く。しかしイデオロギーは「私」を
取り込もうと必死になる。しかし「私」はイデオロギーには取り込まれない。

何故ならば、「私」は実は、「私」自身の存在を疑っていないからである。

天才君談。

221 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 23:47:27 0
人間というものは実は自分が思う以上に精神的な生き物なんだよな。
皆が頭の中で様々なことを考えて、それが世界の真の姿だと思ったりするのだが究極的に言えば人間とは自分が見たいものだけを見、考えたいものだけを自分が考えたいように考える生き物なんだよな。
だがそうやって人間が認識しようとする世界の姿はそれが世界の全てを表しているとは言えなくても世界の一面を表しているとは言えるな。
同じものを見ている人間の意見が異なるのは個々の視点や観点が違うからなのだろう。
それぞれ正解なのに内容が異なるのは、それぞれの世界観が表す内容は世界の全てを表しているものではなく世界の一部分を表しているものに過ぎないからなのだろう。

222 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 23:49:57 0
>>220
つまんないよ。

223 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/07(火) 23:53:37 0
>>221
イラクやアフガニスタンの人は戦争を見たいのか・・・
変わった人たちですね

224 :考える名無しさん:2008/10/07(火) 23:57:15 0
>>213
>「てんさいくん」は、誰にも迷惑かけてない。
というが、それは違う。
板を下らないエッセイで埋め尽くすのは、有害無益。
迷惑至極。

225 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:15:36 O
>>224
ココはこういう板だ。気に障るなら来んな。

226 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:17:19 O
>>224
付け足し。てんさいくんはまぁ派生は多少あるがスレタイ通りに私についての記述をしている。文句垂れるならお前も「私」についての記述をするべき。



227 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:18:20 0
或る意味スレタイにも沿ってるしなw

って、先越されたwww

228 :ネオマトリクス:2008/10/08(水) 00:19:29 0
>板を下らないエッセイで埋め尽くすのは、有害無益。
人間の世俗的文化にも同様の事が言えますね。
社会を下らない文化・風習・常識で埋め尽くすのは
人間の生存や全体の幸福にとって有害無益。
洗脳といっしょ。
天才君のような方がいるから
世間の洗脳から解け、生物の本能から脱出し易くなり、結果的に
肉体からも脱出しやすくなり、有益だ。

世間の文化・価値観・風習の方が
人間をサーカスや闘技場の動物で争わせるような有害な存在で、
まさに支配でヤバイ。天才君は世間の洗脳から解けてるから
一見すると有害に見えるだけ。

229 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:22:13 0
ひょっとして最高位か?w

230 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:22:32 0
>>219
没頭しても、自分はいなくならないよ
「俺だよ、俺。俺俺俺俺」とかは考えてないけどね
自分は対象に向かう意識の中心において常に背景のように感じられている筈

231 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:27:03 0
自分は自分、私は私。
それだけでもいいじゃないですか。

232 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:32:58 0
おいおいw
228みたいな自覚のない被害者を生むとしたらヤベエぞ

233 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:33:08 0
欲を言えばニート君にはもうちょい物議を醸すネタを振って欲しい

234 :天才君:2008/10/08(水) 00:54:33 0
他はそれ自体で完璧であるわけです。

「私」がバカなんです。
みなさん「私」を利口にしましょう。

235 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 00:56:11 0
ここは「てんさいくん」のオナスレ

「もっとちょーだい」と喜んで来る人
「何やってんだおまえw」と嘲笑しに来る人
「こいつ阿呆だ…」と冷ややかな視線を向ける人
「俺のやり方のほうが正しい」と競う人
そしてたまに、
「なにぶっかけてやがる!!」と怒って通りすがる人

といった方々が覗いてるスレです

236 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 02:06:45 0
>>206 おれの私の記述は、脳内鏡理論というんだよ。
自分の顔が鏡を見なければわからないように、自分が考えたことは脳内の鏡のようなものがなければわからない。
その脳内の鏡のようなものが意識である。
という説なんだ。これで意識の定義ができ、私を記述していると思う。
まだ、実験による確認は行われていない。


237 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/08(水) 02:10:41 0
、「てんさいくん」の視点は、天才的なんだけど、
、「そんなんで生きてて楽しいのか?」て、疑問が。
_


238 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/08(水) 02:13:35 0
>>236
たとえば「トリ」つけてたのしいか?、てのが。
、でもまあ、いろんな価値観(センス?)にボコられるのもそれなりにたのしい、おれは。

239 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/08(水) 02:15:34 0
>>234
、たとえば「たにん」がいるから
、ボコられたり張り合いなったりして、たのしいんだぜ。?

おれの思想だけど.


240 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 03:34:26 0
>>230
それはキミが自意識過剰なだけ。

241 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 04:02:34 0
>>238 コテつけてるのは、おれは半年前の近似くんだった時から、
一貫した主張してるからね。それでだよ。

242 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 04:21:36 0
>>240
貴方も意識の発生元は常に同じ所にあると感じている筈。自分自身からであると。
これが1000Km先の花壇からだったり、他人の頭からだったりはしない。生まれてから一度として変わっていない。
「俺だよ、俺」なんて常に考えていたら、言う通り自意識過剰だね。
そうではなく、あくまで背景的に意識されているという事。
意識の出所が変えられたら、他人にもなれるだろうけど、それはできない。

243 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 04:26:17 0
>>242
意識の発生元?
意識の発生元という概念には神秘主義的なものを感じるけど、
どういう事か説明してください。

244 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 04:48:09 0


       @@@@@@@@
      @@@@@@@@@@
     @@@@、,,__  _,,,  j     
    @@@@,、 _, ' '、_ }    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    @@@ `´        `i < あんた まさか来年も無職じゃないでしょうね?
    @@(6    ,(oo)、  }   \_________
     /    /-===-、 i 
   / \ 、ヽ  ヽ こ ノノ  
  /      ` ー-- '  \


245 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 07:58:14 0
>>219
>座禅でもして自分に集中・瞑想している時は自分がいることになるがな。
無我を悟るという座禅が一番自分を意識する時間とは面白いものだね。
瞑想とはなんだろうか?

246 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 08:14:53 0
けっきょく、今の時点で過去の自己イメージを想像しているに過ぎないからな。
今は眠ってないのに、2時間前に眠ってた自分を必死に思い出そうとしても、
それって今の自分が作った観念に過ぎないし。

247 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 08:37:16 0
半分意識のある夢を思い出すことは出来ても意識のない
熟睡状態は記憶にさえない。
記憶を整理する時間が睡眠だといわれる。

248 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 08:49:16 O
記憶喪失した男さんおはようございます。今日もまた素晴らしき謳を頂戴したく書き込みました。

早速ですが、本日「私」は朝から脅迫観念に捕われていますが私の存在を明白にすべきでしょうか?

249 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 08:55:00 0
>>247
誰が眠っているんだい?
「私」が眠っているんじゃないのかい?



と言いたい所だが、
そのような状態の何かを「私」と呼んでいいものだろうか・・・。
いや、何かすら無いのか?

250 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 09:02:43 0
「私」なんかなくても生きている。
それが自然の存在としての自己だろ。
自己の根源は身体にある。



251 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 09:27:37 0
>>248 おはよ。
強迫観念ですか。強迫観念に対抗するには、強い信念をもった認識が必要です。
「私」を顕在化し、強迫観念に対抗するべきです。
ちょっと、どうなるかはらはらします。がむばってください。

252 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 09:30:03 0
天才君。
天才君との議論を小説にしたよ。天才君はちょっと思想を変えて、無我君として登場するよ。
「偏見のすすめ」
http://ssstory.net/ssstory/story_day/index.php?search_data=20081008055326802&page_num=1&anthology_name=&poetname=&count=101

253 :天才君:2008/10/08(水) 09:38:57 0
>>235
「私」というものが「他」をみて、どう反応するか?
あるいは、何を思う?またそれに基づきどんな人達に
分類できるかが、面白く表現されていますね。

まさに「私」達を語っています。

>>237
>「そんなんで生きてて楽しいのか?」て、疑問が。
生きる事が楽しいというのはなはだ疑問ではありませんか?
楽しい&苦しいはセットであり、和式に言えば、ワビサビであり、
全体を観れば、使命だけが在る。こう人生を考えますね。

>>239
>ボコられたり張り合いなったりして、たのしいんだぜ。?
そういうドラマがありますね。人生には。天才君は孤高の天才君です。

254 :天才君:2008/10/08(水) 09:42:19 0
>>252
おおいに、天才君をネタにしてください。
天才君に接する事は、神の一部に接する事であり、つまるところ、
「私」自身を知ることになります。

偏見というものは、「他」にあるのではなく、つねに「私」側に在るわけです。

255 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 09:59:56 0
>>246
意識って、常に後追いだね・・・。

256 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 10:51:51 0
身体に“根源性”をみる意見が多いようです。
しかし身体は「意識された身体」です。
そもそも意識されない身体とは何でしょうか。
昏睡状態には“身体”も存在しないのではないでしょうか。
つまり身体もまた他の存在者(事物)と同様に意識の相関者だということです。






257 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 10:57:27 0
>>255
なにを後追いしているの?

258 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 11:17:44 0
>>257
端的に言えば「今」じゃない?

259 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 11:32:07 0
>>257 無意識を後追いしているんだよ。
意識は思考の0.6秒遅れて現れる。

260 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 11:42:16 0
>>256
睡眠で身体がなくなるなら死体の処理には困らないね。www

261 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 11:42:26 0
>>258
「今」というのは取りだすことはおろか、観測することもできない。
つまり君の観念、もしくは概念。
なら、後追いという言い方はおかしいよね。
それとも、先行する意識を後発のそれが追いかけるということ?

262 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 11:44:22 0
意識は0.5秒遅れであることが、観測機で測定されたが、
その観測機データを確認したその瞬間も、やはり観測機は
0.5秒遅れであることが観測されたのだろうか?

なんか変だな?

263 :天才君:2008/10/08(水) 11:49:34 0
0.5秒以前に物質が再編成されるという現実があったとしても、
我々はそれを把握することも確かめることもできません。

しかし確かめる事ができないとして、0.5秒後の世界が
現実であると思い込んでいるのが我々であり、我々の制限ですね。

天才君の考える真理は時空自体が幻想である。しかし0.5秒の世界も
あるし、それより遅く編成される世界もある。世界は無限にある。

こう考える訳です。

264 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 11:52:46 0
>>260
今夜はどこに泊まろうか、と悩む必要もなくなるな。
ネカフェ難民問題解決w

265 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 11:54:42 0
>>254
>全体を観れば、使命だけが在る。こう人生を考えますね。

天才君はどんな使命があると考えているのでしょうか?
他の人の使命および生き方も神の、すなわち「私」の表れなのでしょうか?
そのことにある人は正しくて、かの人は間違っているという違いはあるのでしょうか?

>>254
>天才君に接する事は、神の一部に接する事であり、つまるところ、
>「私」自身を知ることになります。

他の人に接し、他の人を知ることも同様ではないのでしょうか?

>偏見というものは、「他」にあるのではなく、つねに「私」側に在るわけです。

偏見を持っていない「私」は存在するのでしょうか?
もし存在するのでしたらどのような理由から「私」はそれを理解できるのでしょうか?


266 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 11:55:20 0
>>256
これは私の偏見かも知れませんが
植物なんかは一生昏睡状態のようなものなんじゃないですか。
動物についても昏睡とまでは言いませんがコックリコックリしているように
人間である私には映るものが見受けられます。

267 :天才君:2008/10/08(水) 11:56:57 0
ハエがみている人間の姿を想像するならば、
巨人が極めてゆったりただよっている。
こう想像することができる。実際はどうかはしらないが、
時空に囚われた人間がハエを擬人化して想像すればそんなイメージです。

カラスは同種のカラスは輝き、あとは灰色の世界かもしれない。

コウモリは別のリアリティーを体験していることでしょう。

この例をあげるまでもなく、個々のリアリティーなどは、
無限に違いがある。同種は近いリアリティーに存在しているだけなんです。

現実逃避ができるなどと人間は馬鹿馬鹿しい事を考えるものです。

逃避したとても、そこは既に現実ですからね。

天才君談。

268 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 12:02:19 0
>>260
ええ、路上で昏睡状態に陥ったら、
その処置に手を焼くのはご当人ではないでしよぅね。
もし死んでしまったら、
その処理に労を費やすのもご本人ではありません。

269 :天才君:2008/10/08(水) 12:13:14 0
>>265
>天才君はどんな使命があると考えているのでしょうか?
私自身の使命ですか。全体の使命でしょうか。個々の使命でしょうか。
そのどれにも共通するものは、全体の動きの中で、個の役割を知れば良いわけです。
考えるのではなく、今、どんな役割を演じているのか?これを「私」達が
自分自身に問えばよい。人間社会の中で「私」達の使命に相当するものは、人格でしょう。
どんな人格か?です。全体の中での「私」の使命となると、また変わってくる。
この問題も詰めれば、面白いですよ。

>他の人に接し、他の人を知ることも同様ではないのでしょうか?
「他」を知ろうとするのは、「私」自身ですよね。「他」はただ存在するだけですね。
「他」の存在を知るのではなく、「他」を観察して連想された自分の観念の正体を
知るという事が実際、「他」を知ると事という事実を表しているのではないでしょうか。

>偏見を持っていない「私」は存在するのでしょうか?
はい。ただの出来事であり、なんの意味もないとただ、知ることですよね。
出来事は起こっているだけであり、解釈がはいってはじめて偏見が顕れます。

>もし存在するのでしたらどのような理由から「私」はそれを理解できるのでしょうか?
理解できません。信じ込んでいますから。だからそれを知る為に、
自他との交流と対話や議論をしているのでしょう。

「私」達は、神(全体)を知りたいのです。

こんな風に考えるのが天才君ですが…。

270 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 12:25:08 0
>>262 記録データが時間表になって残ってるから、それでわかるんじゃねえ。

271 :天才君:2008/10/08(水) 12:27:19 0
精神修養、気功、武術、禅、ヨガ、まあなんでもいいですが、
ドラッグでもいいでしょう。危機的な状況でもいいでしょう。
こういう日常の状態とは違った体験上では、現実?では
考えられない事実があります。

例えば、風景は極度の集中?状態では、まるでスローモーションですよ。
理解の前に答えがあるとか。まあ、変な事を言ってしまいましたね。

天才君談。

272 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 12:32:55 0
時間表自体がずれてねーのか?

273 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 12:34:33 0
>>261
独我論的には、
仰るとおり「認識している」「思考している」その時が、まさに「今」なんでしょうね。
「世界が、私にとってしかない」ように・・・。
ただ、たとえ言語化せずとも「(今考えている)」という瞬間を認識することができるだろうか。
できないとすれば、「今」は存在しない。貴方の言う通りだ。
存在しないものについてあれこれ言うのは馬鹿らしいw

274 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 12:35:53 0
時計見た時点でずれるんじゃね。
ってことは、ずれた時間を軸にしなけりゃだめでしょ?

275 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 12:54:46 0
「今」と思った時がいつでも今だね。
今という時刻ではない。

276 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 13:18:14 0
>>275
>「今」と思った時がいつでも今

「今」と“思った時”

過去形ですが、宜しいんですか?

277 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 13:32:23 0
0.6秒のズレというのは、視覚と運動神経のズレだ。
視覚したものを判断し行動する。その行動の0.6秒後に意識する。
ということになる。
我々、物質肯定派はこの問題を難なく解決し、
今は視覚した時点とも、意識した時点とも定義できるが、
観念派の人たちは今をどう定義するんだろうね。
意識した時点を今と定義しつづける限り、物質肯定派に行動が0.6秒必ず遅れることになる。
生存競争に勝ち残るのは無理だよ。

278 :天才君:2008/10/08(水) 13:37:16 0
物質肯定派も観念派も両方とも、0.6秒遅れになりますね。


279 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 13:39:54 0
>>276
未来は未だ来たらず、だね。
今は昔だ。だから今昔物語が出来た。

280 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 14:01:06 0
だから物質肯定派は観念的なんだね。

281 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 14:08:06 0
>>269
>>>偏見というものは、「他」にあるのではなく、つねに「私」側に在るわけです。

>>偏見を持っていない「私」は存在するのでしょうか?
>はい。ただの出来事であり、なんの意味もないとただ、知ることですよね。
>出来事は起こっているだけであり、解釈がはいってはじめて偏見が顕れます。

>>もし存在するのでしたらどのような理由から「私」はそれを理解できるのでしょうか?
>理解できません。信じ込んでいますから。だからそれを知る為に、
>自他との交流と対話や議論をしているのでしょう。

偏見を持っていない「私」の存在する理由を「天才君」は理解できないのであれば
どうしてそれが存在することに「天才君」が肯定できるのですか?


282 :天才君:2008/10/08(水) 15:02:44 0
>>281
簡単な事です。疑うという偏見を持たないだけの事です。

283 :天才君:2008/10/08(水) 15:22:15 0
ひねくれた論者もいるでしょうから補足しましょう。
懐疑も判断も解釈もなにもしないという事です。
ありのままをただ肯定する。その肯定すら意識しない。
つまり何もしないという事です。

284 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 15:24:59 0
まさに天才君のいってることは>>252の無我君のいってることのよう。

285 :天才君:2008/10/08(水) 16:03:22 0
偏見は善悪の問題でも倫理の問題でもないわけです。
偏見は在ります。偏見の根底に「私」があるのです。
だから偏見自体はなくてはならない。

偏見で問題になるのは、獲得の精神です。
自分でないものになろうと頑張る精神です。
最初は傲慢ですみますが、この極地には、殺意があります。

どんな事をしてもやってやる!この精神はまぎれもなく殺意です。

286 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 16:17:20 0
>>282
>簡単な事です。疑うという偏見を持たないだけの事です。

天才君は疑うという偏見を持っていないのでしょうか?
疑うという偏見を持っていないことをどのようにして知る、あるいは天才君は理解しているのでしょうか?

>>283
>ひねくれた論者もいるでしょうから補足しましょう。

天才君は「ひねくれた論者」をどのような論者として理解しているのですか?

>懐疑も判断も解釈もなにもしないという事です。
>ありのままをただ肯定する。その肯定すら意識しない。
>つまり何もしないという事です。

そうであるならばどうして天才君は例えば>>158のように、
>あなたの宇宙論でしょ。天才君の宇宙論とは違いますよね。
>しかし天才君の宇宙論は事実ですからね。
このような発言を行い、差別的な解釈の判断をして、それを意識しているのですか?

>>285
すいません。おそらく私にとっても他の人にとっても意味不明な言明だと思います

天才君は>>220のように、
>天才君は、イデオロギーはエネルギーである。
>〜
>「私」はイデオロギーの正体を見抜く。しかしイデオロギーは「私」を
>取り込もうと必死になる。しかし「私」はイデオロギーには取り込まれない。

このようにご自身を理解しているようですが
>>285のレスを察するに、実際にはそうでないと私は感じます


287 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/08(水) 16:27:02 0
>>285 天才君は偏見や執着を悪いものだととらえすぎだよ。
例えば、今、おれはコーヒーを飲んだわけだ。
この時、コーヒーはあるがままの姿ではなく、おれの先入観によって作られた
飲むための物という意味を与えられるわけだ。
そこにはカカオ豆の繁殖するべきDNA情報などは何の意味も持たないわけだ。
おれが見たコーヒー像は歪んで偏見に満ちているわけだ。
しかし、それを傲慢だとか、殺意があるとかいうかね。
おれに神と一体となってコーヒーのあるがままの全体像をつかむ必要があるかね。
ないよ。
おれはコーヒーを飲めばいいだけだよ。そして、おれにコーヒーは飲まれたのだ。
こういうものなんだよ。これが偏見君の世界観だ。

288 :96:2008/10/08(水) 17:21:23 0
>>119
俺はもちろん、デカルトも感覚がもたらすものを受け入れてるよ。
でも今はそういう実生活とは別の水準で実行される方法的懐疑というプログラムの話だから。

デカルトは曖昧な根拠に基づく知識ばかりの状況にうんざりしてて、
これを土台からひっくり返して確実な基盤の上に真理の体系を一から築こうとした。
この確実な基盤、第一原理を見つけるためのプログラムが方法的懐疑という思考実験。
いわば我々の知識や信念と言ったものの棚卸だね。
彼はその棚卸の過程で感覚や論理なんかを振り捨てている
(俺も正直この振り捨てていくときの手つきに関して疑問に思わないでもないけどそこはちょっと目をつぶろう)。
で、彼が最終的にこれ以上ないという確実なものとして行き着いたのが「疑いつつある我」。

これは「私とはなにか」とか「この世界で真に存在するものはなにか」とかとは直接の関係はない。
そうではなくて、そういった知識なり信念なりが確実であると言えるための基礎付けの議論。
つまり「私」が「知覚の束」とかそういった議論は「我思う故に我あり」の後から出てくる問題だよね。

ちなみにデカルトも「我思う故に我あり」のくだりの少し後にそういった存在論的な議論をしてて、
そこでは君の>>17と似たようなことを言ってる。「私」とはただ「考える」ということだけをその本質とする、みたいな。

289 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/08(水) 18:18:05 0
隠されたものには、我々は興味がない、を体現してるな、天才君は。

290 :満豚:2008/10/08(水) 18:45:49 O
>>178
お互いこうもいがみあっては、互いの主張を理解しようという態度が損なわれて、反論や指摘も曲解に曲解を重ねたものになってしまっている。
 お互い、違う舞台の上で技を掛け合っている状態だ。だから僕から二つ提案があるんだ。僕はこれから君への悪態を止める。これまでの悪態の数々は申し訳なかった。
 どうだ?君はこれでも僕への悪態を止めないかい?止めないときは、これでおしまいにしよう。まったく議論が進む可能性がないからな。
 もしも君がこの一つ目の提案を聞き入れてくれた場合は、議論の論点を変えよう、というものだ。僕達の相違点の根幹は今まで話してきたところではないはずだからだ。だからいつまでたっても前に進まないと僕は考えている。
 論点はこうだ
「言葉の意味とは自分の内にあるのか、外にあるのか」 
 君は恐らく「内にある」と言うだろう。僕自身の考えは「内でも外でもない」というものだが、切り口としては「内ではない」というものだ。
 君がこの提案に同意してくれるならば、昨日の君からのレスに答えてから始めようと考えている。どうだい?

291 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 18:54:35 0
自分の内とか外とか言ってるが、まず自分が何なのか分からなければ、
内も外も無いね。
自分=脳と規定するなら、脳の内・脳の外とハッキリ言えるけど、
まさか哲板でそんな人はいないし。
まず、自分に内や外といった生まれながらに所有する空間があるという証拠がない。


292 :178:2008/10/08(水) 19:02:21 0
>>290
>どうだ?君はこれでも僕への悪態を止めないかい?

それはいい考えだ。こちらこそ申し訳なかった。

>君は恐らく「内にある」と言うだろう。僕自身の考えは「内でも外でもない」というものだが、切り口としては「内ではない」というものだ。
>君がこの提案に同意してくれるならば、昨日の君からのレスに答えてから始めようと考えている。どうだい?

いいよ。

293 :満豚:2008/10/08(水) 19:08:40 O
>>291

 (よく吟味したわけではないが)確かに、君の主張は一利あるかもしれない。 
 しかし、我々は現に「私」と「他人」という言葉を区別して使用しているのが、逃れられない事実であるはずだ。


294 :満豚:2008/10/08(水) 19:17:49 O
>>292 
ありがとう。こちらこそ申し訳なかった。
 しかし、僕は見てのとおり頻繁に書くことが出来ない。「お互い気長に行こう」と言ってくれれば、とても助かる。
 重ね重ね申し訳ないのだが、もう家に着くので今日もこれでおしまいだ。
 実のある対話になることを期待しているよ。

295 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 19:20:26 0
>>291
>まず、自分に内や外といった生まれながらに所有する空間があるという証拠がない。

内や外を「空間」として捉えてる時点でアウトだろwww
帰ってママのおっぱいでも飲んでなw

296 :178:2008/10/08(水) 19:22:22 0
>>294
うん、気長に行こう。
こちらも期待しているよ。

297 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 19:29:34 0
天才君の一連の書き込みに不具合いを感じるのは「神が言葉をつくった」
というところ。世界の外に超越する絶対神ならともかく、天才君の神には
本来、言葉は不要のはずだからだ。
言葉は自我から流出した、と私はみる。偏見も言葉がもたらしたものだ。
偏見は未達成感を増殖させる。それは恨み辛みを膨らませ、殺意を呼ぶ。
対称性の破れた(さっそく使ってみたw)世界にすむ私(たち)は、しかし、
天才君の述べられるように「懐疑も判断も解釈もしない」で済ますことは
できない。言葉(業)と一緒に転がり続けるしかないのではないか。



298 :96:2008/10/08(水) 19:36:50 0
>>293
横レスだけど、必ずしも「自分」の境界をはっきりさせないと議論できないわけではないんじゃない?
哲学では言葉の意味や知識、心的性質などなどに関する内在的/外在的な捕らえ方についてよく議論になるよね。
内在的とはある事柄が他の対象との関係ではなく主体それ自身がもつとされること、
外在的とは主体が持たないとされること、と区別されてるね(場合によっては外在に関係も含めることもあるけど)。
この場合の主体は最初は>>293にあるような我々がふだん使う「私」という言葉が指示する対象を念頭において議論されてるようだよ。
だからまずそっからスタートして必要に応じて「自分」を定義してけばいいのでは?

あと、君は言葉の意味に関する議論は一旦終わりにして心的述語とやらに話を移すんじゃなかった?
いっそのこと内/外の議論は「心的性質に関する内在主義/外在主義」で議論してみてはどうだろう?

299 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 19:59:23 0
>>298
共同主体性も内在と言えるの?

300 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2008/10/08(水) 20:04:47 0
>299
そう。
「純粋主体」などは措定不能ですから、「内在/外在」というカテゴライズの仕方にはかなり無理があると思います。

301 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2008/10/08(水) 20:06:09 0
ここでは、措定不能というよりは、抽出不能の方がいいですね。

302 :96:2008/10/08(水) 20:07:18 0
>>299
> 共同主体性も内在と言えるの?

俺自身こういった議論の中身について詳しいわけではないし、共同主体ってのがどういうものかも知らないからなんとも言えない。
まあ、主体をどう設定するかによると思うけどこういうのがあるよ。

認識論における非個人主義的内在主義/伊勢田 哲治
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~tiseda/index_japanese.html

303 :96:2008/10/08(水) 21:46:03 0
ゴメン、>>302はアドレス間違えてた。

訂正
認識論における非個人主義的内在主義/伊勢田 哲治
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~tiseda/works/NII.html

304 :考える名無しさん:2008/10/08(水) 21:47:40 O
記憶喪失した男さんこんばんは。
今朝の教えを遂行しました。「私」の中で僥意識が具現化され潜在支配の浄化に一歩近づけた気がします。ありがとうございました。

私を観た時、相思物を「他 」から「内」へ魁蕊させうる機能的模索が不必要から必要へと成り代わる存在だと思いました。

305 :素人:2008/10/08(水) 23:30:56 0
>>288
> 俺はもちろん、デカルトも感覚がもたらすものを受け入れてるよ。
> でも今はそういう実生活とは別の水準で実行される方法的懐疑というプログラムの話だから。
ですからwww
自身の感覚や知覚認識を捨象して、そこに思考や考察(この場合は“方法的懐疑”)があり得るのか?
ということです。
それとも、水槽脳のような形で思考が為されるということでしょうか。
(それでも、「脳内で為される」という唯物的土台になりますし、脳内での思考の様子は?ということもでてくる。)
また、過去の経験・学習、記憶の蓄積無しに思考・考察があり得るのか?
(→真にゼロからの思考がありえるのか?)ということでもあります。
五感からの入力及び過去入力され蓄積された情報無しに、そこに思考が生じるのか?ということでもあります。
尤も、脳(認識)とか肉体(五感)とは別個に思考があり得ると言うなら別ですが・・・。
ま、霊魂、魂、等を想定すれば一発解決ですけどねw
>>117で言う、 >知覚や感覚を疑わしいとして捨ててる のその後で、
デカルトはそれを拾っているのか、捨てっぱなしなのか。
拾わなかったのなら、彼の思考は何によって支えられ・・、いや、どこから始まったのか?


たとえ、実生活と別の水準で考察が為されるとしても、
それが、自身の知覚感覚(五感)を離れて為されるのでないならば、
(且つ、それによる情報の入力及び蓄積を当てにするならば)、疑いの純度は極端に落ちる。
全てを疑う?w できてないじゃんwww と揶揄したくもなるw

というか、(ヘンゼルとグレーテルのパンの欠片、或いは洞窟探検の入り口からのロープではないが)、
「日常への帰還」の為のリンクを外してはならないと思う。そこに断絶を設けることを、私は良しとはしない。

※(私見・思いつきではあるが、「唯物論」とは、そうした意味での
  「ヘンゼルとグレーテルのパン」に当たるのかもしれない・・・。)

306 :素人:2008/10/08(水) 23:31:47 0
>>288
> で、彼が最終的にこれ以上ないという確実なものとして行き着いたのが「疑いつつある我」。
なぜ、『それ』が「我」となるのでしょう。
考察する上で便宜上のラベルが必要であり、且つ「“思考”は“自分として”しかない」という制約によって、
「私」「我」となるのが必然であったとしても、その一歩先へ踏み出せなかったのはなぜだろう・・。
「“思考”が、“自分として”しかない」ならば、わざわざ「我」と言う(宣言する)必要はない。
まるで、人称変化を有する言語のように、「○○」という行為(或いは様態)を述べるだけで十分だったのではないか。
なぜ、そこへ「我」というラベルを貼る必要があったのか?

> つまり「私」が「知覚の束」とかそういった議論は「我思う故に我あり」の後から出てくる問題だよね。
後か先かは、考察上の(テクニカルな)順序の問題であって、
「そこにあるのは何か?」「どのようにあるか?」を制限はしないでしょう?
むしろ、≪最初から、アプリオリに、「我」がある・いる≫という前提は疑われてはいない。
「思う」だろうが「疑いつつある」だろうが、≪「我」が○○している≫という形式が崩されることはない。
これって、まんま最高位氏だよね? やっぱり、デカルトと最高位氏は同じだったのかな・・?


> ちなみにデカルトも「我思う故に我あり」のくだりの少し後にそういった存在論的な議論をしてて、
> そこでは君の>>17と似たようなことを言ってる。「私」とはただ「考える」ということだけをその本質とする、みたいな。
そうですか・・・。
では、デカルトはなぜ、『それ』を『我』(『私』)としたのだろうか・・・。


> (俺も正直この振り捨てていくときの手つきに関して疑問に思わないでもないけどそこはちょっと目をつぶろう)。
なるほど。
私も、種々の考察をする上で、捨象したり、等閑に伏したり、今は目をつぶっておこう、という部分はあります。
ただこの場合、
(私的にはw)絶対に目をつぶってはいけない、しっかと見開いて見据えねばならないポイントだと思われるので、
最高位氏他(或いはデカルトさん)と反りが合わないのでしょうね・・・w

307 :素人:2008/10/09(木) 00:03:28 0
>>288
もし、過去スレを見ることが可能ならば、
【私】を記述してください。【私の存在性】 11
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1203076370/
の、赤い猫氏のレス関連が、少しばかりは参考になるかもしれません。


おやすみなさい。 ノシ

308 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 00:10:09 0
我の捉えかた。
思う、が、生じる場所。
思う、の、外。

309 :記憶喪失した男 ◆cnhIMeWufo :2008/10/09(木) 04:57:04 0
>>304 僥意識が具現化されれば、魁蕊すると思っていました。
まことに良い兆候です。これからもその調子で。

310 :天才君:2008/10/09(木) 06:23:13 0
>>286
> 天才君は疑うという偏見を持っていないのでしょうか?
疑うというのは意識的に行うなら、一つの思考法ですが、反射的に行うってしまうならば
それは偏見であるという事です。

>疑うという偏見を持っていないことをどのようにして知る、
>あるいは天才君は理解しているのでしょうか?
偏見は必要ですよ。偏見は手段である。自ら偏見を持っている事をしならい論者は、
自らの論理なり考えのより所に無知であるだけです。「私」という個という視点観点を
もつものが絶対的に抱え込んでいる偏見は、我々は個別に存在しているというものです。
しかし「実際はそうではない」。←ここが解れば偏見の正体は解ると思います。

> 天才君は「ひねくれた論者」をどのような論者として理解しているのですか?
自分なりの考えが正しいという前提で、他者の考えを解釈する行為です。
どの考えも在りであるという事を認められない論者としてもいいでしょう。

>差別的な解釈の判断
これについて、私は「宇宙はただ在るだけだ」と言いました。
これは事実ではありませんか?これは差別ですか?

私の思想は実は私の思想でもなんでもなく、在るのですよ。というだけのシンプルなもので、
でっち上げられた幻想は最初から在ったものではなく人の創作品も在るのです。
とこう言っている訳です。


311 :天才君:2008/10/09(木) 06:27:08 0
>>287
私は偏見に善悪無し、必要なものだと言っています。
偏見自体に殺意などはありません。単なる道具ですからね。

>>285でも言っている繰り返しになりますが…。
> 偏見で問題になるのは、獲得の精神です。

殺意はここから生まれると言っているだけです。

だから、あなたは、何を獲得しようとしているのか?
自分自身に問えばいいのです。

312 :天才君:2008/10/09(木) 06:30:55 0
>>297
まったくそのとおりです。
だから生きているのでしょう。
問題は意識的に生きるか?機械的に生きるか?の違いです。

原因自体を知らない限り、機械的にいきるしかありません。
これを繰り返すかぎり、あなたのおっしゃる
「言葉(業)と一緒に転がり続けるしかないのではないか。」
という行為を克服できません。

313 :天才君:2008/10/09(木) 06:41:53 0
全ての論者、すべての判断、解釈、分析をするイデオロギー自体に
私は言っておきたいですが、善悪、正誤は、特定のイデオロギーに
基づいています。

哲学は倫理や規範として機能する場合もあります。
それは最終的に結論が出た時に、その結論に照らして、現状の我々の実状との
比較によってなされればいいのです。

「私」という結論が出されない。あるいは、出せない。
つまり「私」を記述できない論者がだす善悪正誤はすべてイデオロギーの
奴隷であり、洗脳が上手くいった実例であり、それはまったく「私」とは
言えない。

こう天才君はバッサリと切り捨てます。なぜならば、それは命とは別の
幻想という別の命でもあるからです。思想によって殺される。思想によって死ぬ。
これは人生とは言えない。思想によって、あるいは論理によって生命は存在しているのではない。

ただ存在している。つまりただ生きているだけです。そしてただ思想しているだけです。
そこにドラマは発生しますが、ドラマが人生ではないのです。

天才君談。

314 :天才君:2008/10/09(木) 06:57:29 0
「私」というフィクションには必ず裏がある。

こうしたい、ああしたいという欲求に基づいて、「私」は創られる。
そして群衆の中で生きる私は群衆と「私」との比較によって
「私」の欲求を殺すか、生かすか選択を迫られる。

大多数の「私」は「私」を殺す。少数の「私」は、「私」を生かす。

しかし最初の目的は「私」はこうしたい、ああしたいだ。
群衆に乗ずるつまり群衆の流れに飲み込まれる「私」と
群衆を群衆とみる「私」も「私」である。

「私」は群衆ではなく「私」であるのではないか?

天才君談。

315 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 07:11:59 0
「私」が集まって群集となる。簡単な理だ。
群集にも群集としての「私」がある。全体主義はここから生まれる。

316 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 07:55:35 0




世界恐慌が来ようとしてても
無職は呑気です


317 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 08:03:51 0
世界同時株安?
そんなの風評被害だろ。実質がない。

318 :記憶喪失した男:2008/10/09(木) 09:27:29 O
>>316 何、アメリカが損するだけさ。アメリカは世界一金持ちなんだから、ちょっと貧乏になった方がいいさ。
日本は円高で輸出減かもしれないが、原油が安く買えてどっこいどっこいさ。
戦争が起きなければ無職としても気にしないね。

319 :記憶喪失した男:2008/10/09(木) 09:46:09 O
天才君、かつては物質界のあるがままの世界を発見しそのままに生きることが理想の生き方と考えられていた。天才君もその流派だ。
しかし、おれは生き物が偏っている以上、無数の偏見の中から最適な偏見を探して、その生き方をするべきだと思う。

320 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 10:18:50 0
>>306
>では、デカルトはなぜ、『それ』を『我』(『私』)としたのだろうか・・・。

言いたい事がよくわからないけど、『それ』を『それ』とするならば、
『それ』を『それ』として意識しているのは何なの? それも『それ』?
そうなると様々な『それ』があるということになって、統覚の統一がないね。


321 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 10:23:56 0
私の製造者責任者は統覚の統一なのか。

322 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 11:19:34 0
>>306
割り込みレス、失礼。
>まるで、人称変化を有する言語のように、「○○」という行為(或いは様態)を述べるだけで十分だったのではないか。
行為を表す動詞が人称変化するということは常にその行為主体を意識しなければ成立しない
言語ということ。だからデカルトはフランス語やラテン語の文化的制約の中で
「我思う」といわざるを得なかった。日本語のように主語を必要としない言語なら「我」は
いらない。もちろん社会的な関係における「私・汝・彼」とは別のことだけど。
主客は主人と客人の関係でしかないのが日本語の環境だろう。
もともと主体を必要としない言語環境で考察している。

323 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 11:39:16 0
「考える私」を出発点に置くのが近代哲学だと言われても、
やっぱ私を作ったのは私じゃないから、もっと根源に遡りたくなりますすね

324 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 11:49:51 0
誤謬から誤謬が生まれるのは、至極当然で分かり易い。

325 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 11:58:34 0
「我考えるゆえに我間違う」というように意識による判断すなわち
「比量」より五感による感覚・知覚の五識による判断すなわち「現量」
を重視したインド哲学や経験論のイギリス哲学のほうが確実だろう。

326 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/09(木) 12:41:05 0
>>40
>俺は、自由意思を使い、本能は自由に変えられる事はできた。

これが人格の向上だと思います。

327 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/09(木) 12:57:10 0
別に、哲学全体の進歩、思想といったものにこだわらなくても、個人の中の観念が、
別様に変化すること、これがとても大事なことだと思います。

328 :素人:2008/10/09(木) 13:07:32 0
>>320
>                              それも『それ』?
>そうなると様々な『それ』があるということになって

そうです。
「固定化され、変化しない“何ものか”」ではなく、
その時々の、「一瞬一瞬の在り様や行為」が(その時に)ある、ということです。
(一つとして、一度として、「“同じ”『それ』」は無い、とも言い得ます。)

>統覚の統一がないね。

統覚、或いは統覚の統一は、
根源ではなく、その一歩後のことではないでしょうか?
別の言い方をすれば、時間軸上での後のことではないでしょうか?
「まとめる」ということ、「まとめる作業」、「まとめる作業をする者」は、
まとめられるべき要素より先んじることはないのではないでしょうか?

卑俗な譬になりますが、『りんごを箱に詰める作業』、
りんごや箱のない所に、どうして「“りんごを箱に詰める”作業」が存在し得ようか。
ましてや「“りんごを箱に詰める”者」など・・・。

329 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 13:14:47 O
起源を問う問い

330 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 13:24:13 0
>>328
>その時々の、「一瞬一瞬の在り様や行為」が(その時に)ある、ということです。

統一がなければ、そういうことも言えないはず。
「その時々の、「一瞬一瞬の在り様や行為」が(その時に)ある」と見ている基準点があるはずでしょう。
でなければ、その一瞬一瞬の在り様は、混沌そのものだよ。




331 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 13:34:09 0
>>330
統覚的な視点など、あてにならないよ、あなたの文章からわかるように。

332 :素人:2008/10/09(木) 13:40:38 0
>>330
ですから、その時は、(まさに貴方が言うような)、
≪「その時々の、「一瞬一瞬の在り様や行為」が(その時に)ある」と見ている≫
という行為(或いは作用、在り様)があるわけです。

それを基準点とすることを否定はしませんが、
一切の根源であるとか、一切の基準とし得るとかいうことになるなら、疑義を挟みたくなります。
勿論、日常へとシフトさせる時、そこに様々な要件を組入れて同一性を確保し、
統率するものとしての、総体としての「自己」は必要となります。
(まさに、貴方が言うように基準点として用いて日常を送るわけです。)
けれども、それは解体可能である、というのが仏教の立場であり、
解体することによって、苦悩の滅、或いは軽減を目指すのです。

333 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 13:51:12 0
>>332
>けれども、それは解体可能である、というのが仏教の立場であり、
>解体することによって、苦悩の滅、或いは軽減を目指すのです。

そこで仏教を持ち出すのはふさわしくないだろうね。
根源への問いにおいて、根源を問う視点を度外視したら、宗教か形而上学になってしまう。
それだったら、何とでも言えるわけで。





334 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 14:01:05 O
地球をてこで動かせる支点はあるやなしや

次号 詰むや詰まざるや

335 :素人:2008/10/09(木) 14:05:02 0
>>333
ですね。
私も書き込んだ後、まずかったな・・と思いました。
最後二行は忘れて下さい。

336 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 14:15:43 0
素人は、ある時は仏教の立場で、またある時は素朴実在論者みたいな書き込みをして、
自分の中では一貫性あるの? 全然一貫性ないように見えるんだけどw

337 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 14:27:08 0
>>332

哲学は、苦悩の滅、或いは軽減を目的にしてない。

仏教は哲学でなく、不安をとがめる心理カウンセリング、心療イデオロギーだね。
宗教したいだけなら、宗教板に行ったほうがいいよ。
素人には哲学はできないな。

338 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 14:29:15 0
>>337
忘れて下さいって言ってるんだから、そんなことは言わなくてもいいだろ。

339 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 15:07:55 0
>>335 (素人氏)
譬えから結論への導き方が…。まぁ、他人のことはいえないけど。w

>>328 は「リンゴを箱に詰める作業」に私は勤しんでおり、そのことを私は知って
いるという事例だろう? 私は、自らの行為も含めて対象を全体的に意識しており、
かつ意識していることをも意識している(自己意識)という、ごく普通の事態である。

>>330 の言う「基準点」は、この日常における「私」を指しているわけではなかろう(たぶん)。
この日常的、経験的「私」とその意識現象を可能にしている“条件”を吟味する『私』を
彼は“基準点”と称しているように思われる。
超越論的主体とか主観とかの言葉を使うべきかもしれぬが、なにせ>>322 の指摘のように
日常においてさえ主体を隠す習慣が根強く、この種のこなれていない言葉を使っても…w






340 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 16:11:33 0
哲学に期待してもしょうがないよ。
哲学の説明のやり方では、けっきょく何も説明できないもの。

341 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 16:19:10 0
私は思うんですが「私」が指し示す範囲は今後拡張していくのではないでしょうか。
下品な話で恐縮ですが私はオナニーをするとき、せめて手があと一本あればなあと思うんですよ。
技術は着実に進歩してますからいずれ三本目の手を手に入れる時代が来るんじゃないですかね。
脳とて同じでメモ帳やパソコンが「私」の肉体に融合される日も来るんじゃないでしょうか。

いずれはこの世界全体が文字通り私であると言えることになる可能性もあるかもしれませんね。
そのときは一人ぼっちでしょうけど。

342 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 16:44:24 0
私は今、先日抜いた親不知を手にとって眺めています。
とても愛おしい気がします。

343 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 17:01:41 0
お疲れ様デス。
最高位先生は、人間は3つの目で見ることは出来ないとおっしゃっています。
現代最先端最高位哲学では不可能な行為でしょう。

344 :素人:2008/10/09(木) 18:07:20 0
>>336
仏教は素朴実在論(的)ですが何か?

345 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 18:31:30 0
つうか、素朴実在論の何が悪いのかね。
正常でまともな人間はみんな素朴実在論者だよ。

346 :素人:2008/10/09(木) 18:32:18 0
>>339
> >>328 は「リンゴを箱に詰める作業」に私は勤しんでおり、そのことを私は知って
> いるという事例だろう? 私は、自らの行為も含めて対象を全体的に意識しており、
> かつ意識していることをも意識している(自己意識)という、ごく普通の事態である。
いや、そうではなく、
「リンゴを箱に詰める作業」は、
「リンゴ」と「箱」と、「リンゴを移動させるもの(機械でも構わない)」が揃わない限り
成立しない(→生じない)行為だということです。どれか一つを欠いても成立しないのです。
その意味で、「リンゴ」「箱」のない所には「“リンゴを箱に詰める”者」も存在しないのです。

このように見る時、
「リンゴを箱に詰める作業」でなく、『(○○を)思考する』という行為であった場合、
さて、どのような構図が見えてくるでしょうか・・・。


> >>330 の言う「基準点」は、この日常における「私」を指しているわけではなかろう(たぶん)。
> この日常的、経験的「私」とその意識現象を可能にしている“条件”を吟味する『私』を
> 彼は“基準点”と称しているように思われる。
> 超越論的主体とか主観とかの言葉を使うべきかもしれぬが、なにせ>>322 の指摘のように
> 日常においてさえ主体を隠す習慣が根強く、この種のこなれていない言葉を使っても…w
そのように、「日常の起点・基点」と「哲学的起点・基点(超越論的主体・主観?)」を分別するなら、
最高位氏の、(様々な日常行為での)「誰が○○してるんだい?」「○○しているのは誰だい?」
という問い掛けをルール違反と見做すべきです。
もし、彼のそうした発言を許容するなら、私のレスもまた非難される謂れはないw
貴方は最高位陣営でしたよね? そこんとこどうなんですか?w

また、>>330が、そうした「捜査本部や管制塔のようなw基点」を想定した発言だったとしても、
私の立場がそれに疑義を唱えるものである以上、仕方のない応答ではありませんか?
私は日常的起点・基点のみを認めるのですから・・・。

347 :96:2008/10/09(木) 18:53:02 0
>>305-306
なんか同じことの繰り返しで正直答えるのがしんどくなってきた。
君の疑問って『方法序説』なり何なりの該当個所読んでちょっと考えたらある程度答えが出るように思うけど?

348 :天才君:2008/10/09(木) 19:22:22 0
群衆は、支配的である。
まことにうるさい。ああしろこうしろと、まるで軍隊である。
「私」は支配的ではない。「私」は、ただ感じ行う。つまり「行為者」である。
「行為者」である主体を支配している「行為者」はだれであろうか?と考える時に
立ち現れるのが「信仰」である。

全ての「私」の行為は信仰に支配されている。

そして信仰の正体は、私とは何者か?と自分自身に問うた時、その答えが
「私」の正体である。それを問う者は少数である。

天才君談。

349 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 19:25:44 0
>>310
>>差別的な解釈の判断
>これについて、私は「宇宙はただ在るだけだ」と言いました。
>これは事実ではありませんか?これは差別ですか?

いいえ、その引用箇所だけなら差別はありません
>>286で、私が>>158から引用した箇所は以下です
>あなたの宇宙論でしょ。天才君の宇宙論とは違いますよね。
>しかし天才君の宇宙論は事実ですからね。
これで理解に努められませんか?

※念のためですけど
この場合、天才君の解釈する「差別」を持ち出す必要はありません


>>天才君は「ひねくれた論者」をどのような論者として理解しているのですか?
>自分なりの考えが正しいという前提で、他者の考えを解釈する行為です。
>どの考えも在りであるという事を認められない論者としてもいいでしょう。

例えば>>158の発言行為から、天才君は「ひねくれた論者」に適当するのではありませんか?


>私の思想は実は私の思想でもなんでもなく、在るのですよ。というだけのシンプルなもので、
>でっち上げられた幻想は最初から在ったものではなく人の創作品も在るのです。

>>283の天才君の発言によれば、
懐疑も判断も解釈もなにもしないで、ありのままをただ肯定し、その肯定すら意識しないことで
どうして例えば、
>でっち上げられた幻想は最初から在ったものではなく人の創作品も在るのです
なんて言えるのですか?


350 :天才君:2008/10/09(木) 19:30:04 0
「私」を創ったものは、「私」に決まっているではないか。
では創られた「私」は何なのか?といえば、「私」の観念であることは
事実ではないか。

「私」の作り手である「私」の方の根元を問う事をしなくては、
「私」という主体ではなく、「私」という客体を語るに過ぎない。
この客体の「私」は観念に決まっているではないか。

観念でなく、リアルな私は、こうしてキーボードを打っている
肉体を持っているのである。肉体とセットで語られない「私」は
観念である。

天才君の場合、「神」がこの体をつかって書いている、そして、
神が神の事を天才君と呼び、神が「私」について語っているわけだ。

その神とは、なにものでもないものでもあり、全てのものである。
まったく言語表現不可なものである。そして無いものの反対のものである。
当然理解できないし、無意味であり、意味すら無い。またその反対でもある。

それを在ると天才君は言う。

351 :天才君:2008/10/09(木) 19:39:03 0
>>349
天才君の宇宙論は事実です。在るだけですから。
だからなんでも在るのです。
これで答えになっていませんか?

352 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 19:42:30 0
>>347
ああ、そうか。
あの文章だと、「デカルトがどう考えていたのか」を知りたがっているように見えますね。申し訳ない。
正直、デカルトさんにはあまり興味はありません。
大勢の方が、デカルトデカルトと言うものですから、どこが凄いのかなぁ・・・と素朴に思っただけです。


方法序説かぁ・・・。岩波文庫でいい?

353 :天才君:2008/10/09(木) 19:42:33 0
全てが在るという事をなかなか認められない論者がいますが、
実際、どうでしょう?

無いものはないのではないですか?
不可知が在るとかいう人もいる。
それも在りますよね。無いわけではない。

ここんところを考えれば解ると思うのですが…。

つまり群衆は、何かを殺したいのです。

354 :天才君:2008/10/09(木) 19:54:40 0
群衆の目的は一つ、個の没入と、集団への献身です。
これは「私」を殺す行為です。

で、死んでいる「私」の群れが、生きている「私」達を
殺そうとする。

だから生まれ変わるには、別の群れである神なり、人間の群れ外の
目的場所および献身先が必要になるわけです。
それが神であり自然であり、また仏でもあり。まあいっぱいありますね。

それまでは死人です。

天才君談。

355 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 20:01:33 0
>>352
近代科学の基礎を築いた言葉が、
「我思う故に我有り」
つまり、神を無効にし、考えろそれが全てだと
太平の世を開きなすった人だ。



356 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 20:13:12 0
だが、週に一度の定期的な休日、そう日曜日を創造してくださった
神には感謝感謝。
神がいなければ、休日と言う概念は無かったろう。多分。
江戸時代に日曜日あったのかなぁ。知らんけど。

357 :π ◆o2GXnyGxSY :2008/10/09(木) 20:16:22 0
>>355
岩波の方法序説、谷川訳の4部pp49には
私の内部には、神のような完全性を持つ本性が備わっている
ってなようなことが書かれているけど、

こりゃオレの読み込みが足らんのか? 違ってるのか?

358 :96:2008/10/09(木) 20:16:45 0
>>352
『もろもろの学問分野で、正しく理詰めで真理を探究するための方法についての考察』
ルネ・デカルト 著(山形浩生 訳)
http://www.genpaku.org/dcart01/dcart10j.html

デカルトに興味ないなら無理して読まなくてもいいと思うよ。
でも、わら人形論法みたいな真似はやらないようにしたいね、お互いに。

359 :355:2008/10/09(木) 20:34:48 0
>>357

お答えしよう。
俺の読みが足らんだけだ。

360 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 20:35:51 0
>>358
>わら人形論法

はは・・・・・w 気をつけましょう・・・。 m(_ _)m


(そのサイト(ページ)は、以前このスレでも挙げられていて、目を通したことがあるような気がしますw)

361 :355:2008/10/09(木) 20:46:10 0
神が、休めと言ったから。
今日は、日曜日。

362 :355:2008/10/09(木) 20:47:35 0
じゃなくて、木曜日。

363 :355:2008/10/09(木) 21:12:36 0
無神論者の日曜日は、召し上げじゃ。
働かんかい。こら。

364 :天才君:2008/10/09(木) 21:13:26 0
天才君は神だと絶叫するが、別に真理と言ってもいいです。
真理とは?神とは?などと問う必要はないのです。
探求という形をとるならば、対象として向かう先として、
ターゲットが必要ではないか。

そういった目的を見出し、
理詰めで神なり真理を突き止めてゆくのは当然ではないか。

こう考える訳です。

しかしどうも神や真理を殺そうとする論者が多いのには「私」は困るね。
まあ、私は困りませんが…。

天才君談。

365 :355:2008/10/09(木) 21:17:45 0
貴様らの暦のこの赤いとこは、こうしてくれるぅ。
黒。

366 :天才君:2008/10/09(木) 21:26:13 0
我々は真理という目的があることに感謝しようではないか。
だから哲学ができるのだから。ひいては神に敬虔になるであろうし、
「私」の扱いにも感謝があるのである。


367 :355:2008/10/09(木) 21:32:03 0
【日曜】日曜を記述してください【日曜の存在性】1
1:355:2008/10/09(木) 20:46:10 0
神が、休めと言ったから。
今日は、日曜日。

368 :天才君:2008/10/09(木) 21:38:27 0
「私」達はあまりにも減点主義にならされすぎて、
加点主義という発想を持てなくなっている。
つまり夢、希望、可能性だ。

これらに対し、開かれた「私」は死んでしまったのであろうか?

「私」は生きている。天才君も生きている。

369 :355:2008/10/09(木) 21:50:01 0
355「課長、次の日曜日に休みたいのですが。。」
課長「しょうがないなぁ、5000円ね。」
355「給料日前なんで。。。」
課長「じゃぁ、天引きね。」


370 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 22:33:11 0
750 635 sage 2008/10/02(木) 12:59:56 0
>> 651 素人さん
脳死問題を提起している仏教徒の素人さん自身が、脳死についての仏教的視点からの
見解をもっておられないのは残念ですね。

仏教では「生」を言いあらわす時によく「海」と「波」の比喩をつかいますね。
「海」が生命全体であるとすれば、「波」は個々の個体的生命を表すわけですが、
「波」は「色」(あるいは「事」)、「海」は「空」(あるいは「理」)
と言い換えることができます。
「波」は実際は「海」としての生命そのものなのであって(色即是空、理事無碍)、
もし一つの「波」が『自分の命は独立した命だ』などと思うとすれば、それは
愚かしい妄想だというわけです。

脳死というのは、個体的生命(「波」)としての命の境界線を明確に引こうという
考え方に基づくものではないでしょうか。
それは、「海」の中の一つ一つの「波」に線を引いて印をつけようとするような
ものであって、「理事無碍」(つまり海と波とはさまたげ合うことなく溶け合っている)
という考え方に全く反するものではないのでしょうか?

371 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 22:34:11 0
754 考える名無しさん sage 2008/10/02(木) 13:43:14 0
>> 750
しかし、その考え方だと脳死に限らず心臓死でも何でも
同じように根拠がないということにならないか。
また個体の別が絶対のものでないのなら、むしろ臓器移植については
積極推進の根拠にもなる。可能なら心臓でも脳でもどんどん移植して、
つぎはぎのサイボーグ人間みたいなのを作っていけない倫理的理由もない。
それに加えて「死は社会的な約束事に過ぎない」というのなら、
「80歳になったら死んだものとみなして臓器を取り出してもいい」と
決めても別に構わないことにもなる。
仏教というのはそういうニヒリズムにつながる潜在的傾向を
持っているのか。

372 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/10/09(木) 22:34:45 0
>>368
たまには良いこと言うんだね。
それにはルパン三世だぜw。


373 :素人:2008/10/09(木) 22:43:48 0
>>370
> 脳死問題を提起している仏教徒の素人さん自身が、脳死についての仏教的視点からの
> 見解をもっておられないのは残念ですね。
面目ない。
が、一言弁明させて貰えば、前スレ651のように、
「仏教という枠」はそれ(脳死或いは尊厳死)を肯定も否定もできてしまうのです。
ですから、たとえ“仏教的視点から”という前置きがあったとしても、
その言は“その人の価値観、その人の仏教解釈”でしかないのです。
(勿論、宗派内・共同体内で意見をまとめることは可能です。しかし、それも解釈の亜種に過ぎません。
 それとは別に個人の見解を持つことも許容されます。)
別の事例で言えば、裁判員制度に於いて僧侶がどのようなスタンスで評議に臨むか、等もまた、
個々の判断に委ねられます。「罰金を払ってでも拒否する」というのも一つの立派な態度です。
「社会の一員であるから参加すべきであり、被告原告双方の想いと利益を(慈悲の視線で)重んじて議論を誘導すべき」
というのも、一つの立派な態度です。(こちらも当然、宗派内・共同体内で意見をまとめることがあってもよいでしょう。)

私の「脳死肯定(臓器移植肯定)」も、勿論仏教的価値観に裏付けされているわけですが、
仏教の教義や考え方そのままを引用することはありません。「応用」でしかありません。
その意味で、貴方が期待するような答弁(≒「仏教では、脳死をこのように捉える」)をすることはできません。
(もし、そのような言い方をする人がいたら、丸呑みしたり鵜呑みにすることなく、
 一割の疑いを残し、自身で吟味した方が良いでしょうw)

※また、自身でも確定し切っていない、というのも正直に告白する事実です。申し訳ありません。

374 :素人:2008/10/09(木) 22:46:32 0
>>370
> 仏教では「生」を・・・・・・
> ・・・・・・反するものではないのでしょうか?
(「どこが“死”か」という境目に関してはそういう見方もありでしょうが一先ず措きます。)
>>371が指摘するように、その考え方は寧ろ脳死・臓器移植推進の為の大きな後ろ盾として利用できる。
大海の一部の波でしかないこの命、この体、この臓器。
脳が活動を停止し、人工呼吸器で酸素が供給されるだけで、細胞の老化が進むだけであるなら、
“この波”が、大海の別の所に、新たな波として生じると見るなら、
同じように大海の一部にまた生を受ける!新たな生を生きる!或いは役に立つなら、
大いなる“いのち”遍く満ちる“いのち”の生かし方として、こんなに素晴らしいことはない!w
そうは思いませんか?
(私個人は、この理屈を(極一部しか)採用しませんが・・・www)



>>371
> 仏教というのはそういうニヒリズムにつながる潜在的傾向を
> 持っているのか。
持っていますね。それは否定しませんw
現に一神教系(特にキリスト教系)の人達は、多くがそのような見方をしているでしょう。
亡くなられたパウロ二世の著「希望の扉を開く」の中には、露骨にそのように述べられていますw
もし彼が、多大な尊敬を集めていて、多くの人々にその著が読まれているとしたら、
多くの西洋人が、或いはキリスト者が、仏教を悲観的宗教だと断じているでしょう。
(これは、ゆゆしき事態の筈なんだが、2ch内ですら、気にする仏教関係者はいないんだよなぁ・・・w)

375 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 22:51:19 0
>>374
仏教はキリスト教よりまだ自由だからなぁ。



376 :ネオマトリクス:2008/10/09(木) 23:07:09 0
そこで俺の論
『意識は検証も証明もできないので
 科学的には存在せず、万人は哲学的ゾンビである』
これで人類の様々な謎は全て終わりだ。
万人に意識はなく、あるのは時空と物質。これだけ。

実際、意識なんて俺にねーし検証できねーし
悪魔や霊と同じ。証明できねえから存在しねえんだよ。
分かるか?存在しない。
変な思考に洗脳された自称常識人だらけだよなw

ゲーム的マトリクスこそが世界の正体なんだよなあ。
で、俺はマトリクス外では神レベルだが
マトリクス内では未開惑星の辺境の一般市民以下レベル。
これはやばすぎるバグだ

377 :355:2008/10/09(木) 23:08:39 0
日曜の概念を創造できるか。仏教徒め。

378 :355:2008/10/09(木) 23:29:13 0
355「このように、日本人の平均寿命が延びた原因はなんなのでしょう?」
先生「日曜です」

379 :天才君:2008/10/09(木) 23:31:01 0
仏教では、業(カルマ)が在る。
天才君は神とも相性がいいが、カルマとも相性がいい。
何故ならば、行為が在るだけ。これが仏教的世界観である。

世界観というのは、ものの見方、視点である。
世界がそうなっているのではなく、世界をそのように観るという事です。
行為がカルマで、全体(背景)が神です。

また行為も全体である。つまり全てが因縁である。

これは神が因縁であろうと、私が因縁であろうとどうでもいい。
つまり全体がカルマである。

行為に主体は存在せず、行為が主体を生んでいるのですから、
瞬間瞬間という時間を区切れば、過去の私が今の私を生んでいる。
もうイヤだといっても生まれてしまう。だから苦です。

我々は生まれてしまったのですから、生まれなくてはならぬ行為が在った。
苦を享受しなくてはならぬ行為が在った。だから行為を無くせばいいのですが、
生んでしまう。これは生んでしまうのではなく生む行為が在る。生む為に
生まれた何かの行為が在るわけです。

だから殺意は在るのです、行為を無に帰したいという事を
本当は知っているのです。でもできない。だから「私」を知るしか無いわけです。
一気には無理です。
天才君談

380 :355:2008/10/09(木) 23:34:06 0
企業。仏教め。

381 :天才君:2008/10/09(木) 23:36:17 0
我々は知っている事があります。

帰りたいのです。何処に帰りたいかは知らない。
そして殺したいのです。そして楽になりたいのです。
なぜそうかは知らない。

つまり衝動の究極には、楽に帰りたいと、知っているのです。

変える、帰る、カエル、還る、返る、換える、代える、替える。

まあ、何を?ですがね。

382 :天才君:2008/10/09(木) 23:40:44 0
例えば、結論から言えば、哲学の究極は、無知です。
ここがカエル場所です。知識の果ては無知です。
無限なる知があるとして、人の知など無知に等しい。

無限と=になるにはどうすればいいか?
簡単な事です。無知になればいい。なにもしらない事は
全てを知っているという事です。但し、知るという事を知ってからの
再発見の無知ならばという条件付きですが…。

383 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 23:41:28 0
>>377
弥勒降臨や浄土信仰はさておきw、
お釈迦さんは、苦悩を逃れようと訪れた者に、「来なさい、比丘よ」と言った。
解脱・涅槃を求める者に、「来て、見よ」と言った。

いつ来るか判らない神の国なんかじゃない。
一切を打ち捨てて行じてみろと言った。
そうすれば必ず苦の滅がある、と。
生きているこの今生のうちに、(輪廻を抜け)苦を滅し、安楽に住する(生きる)ことの可能性を
自身の身を以て示した。

神さんが全能なら、一言わせてもらおう。
日曜日なんか作ってないで、さっさと神の国を作りやがれw
知恵の木の実なんて余計なもん作るなw と・・・www

384 :355:2008/10/09(木) 23:44:46 0
神は死んだ。
日曜を作ってから。さすがだ。

385 :天才君:2008/10/09(木) 23:50:05 0
無限を常に想定しているならば、無知を表しています。
無知はそれ自体では何も生みませんが、有があれば、
無知から有を語るから有の全容を語る事ができます。

こういう理屈なんです。だから無知はそれ自体では無知ですが、
あるものが顕れた場合、それが顕れた事を知ることができます。

だから在るものは確実に知ることができます。

在るものが立ち現れた成り立ちを知る事が知るという事ですから、
在るものが出来た原因自体を知ることができるから無知は
完全なる知であるという事であり、観点は、無と無限・永遠です。
だから結論はないけれども、立ち現れた経緯は解るという事です。

理屈はそうであるが、生まれているものは既に、無知ではないから、
完全なる無知にはなりえない。だから無知になるように知ろうとする。
知り方は、つまり生き方は人それぞれの行為によるわけです。

386 :考える名無しさん:2008/10/09(木) 23:51:33 0
今でこそ土曜休みも一般的だが、
昔は日曜だけだったんだよな・・・。
パパさん達には貴重な休日。

神様ありがとう〜♪ 僕に、日曜をくれ〜て♪
日曜に会わせてくれて 日曜に会わせてくれて
ありがとう、僕の休日 日曜日に 会わせて く〜れ〜ぇて〜♪

387 :天才君:2008/10/10(金) 00:02:34 0
神は神であり、仏は仏であるわけですね。

「私」とすり替えてはいけませんね。
神も仏も主体はありません。

我々は自分をなんだと思っているのでしょう。
言葉で表現できるものはすべて神でも仏でもないです。
しかしながら、確かに、神や仏が決めています。
よって感謝その行為自体はまったくの無害ですが、偽善は、カルマ的にはかなり重傷です。

388 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 00:21:04 0
>>387
あんた前に、「私は神です」とかいってたよ。
どうしてそんなにバカなの?

389 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 00:25:03 0
天才君の思想は複層的だから、私とか神とかの意味にもレベルがあるらしいよ。

390 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 00:31:24 0
う〜〜〜〜〜む。
天才君のスレと化しているなw
反応するレスがある故に、更にその色合いは濃度を増すwww

「天才君がレスをする」という因に、「そこにレスが付く」という縁が加わり、
「天才君絡みの話題でスレが埋まる」という果が生じる、と・・・w



てか、>>30が洒落にならない発言に思えてくるのだが、
最高位はどうしたんだ?
安否くらい知らせてほしいものだ・・・。

391 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 00:42:37 0

最高位は自分が勤めてる店が消防法に引っかかったんじゃないの。
大阪南で放火事件があったけど、似たような24時間サービスの店に勤めてると言ってたから。

392 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/10(金) 00:42:56 0
>>288>>302さんを読んでいますと
「鏡合わせ」(或いはフィードバック)から抜け出る手段としての
「私」という感がありますね。
しかし重要ではないかと。

393 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/10(金) 00:45:29 0
失礼しました。
>>305素人さんですね。
>>391さん
以前ネットカフェ経営と聞きましたが。
真偽は到底わかりませんが。

394 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 00:45:34 0
>>392
オーナーや防火管理者でなければ
おとがめないんじゃない?

って、防火管理者だったとか?


心配だなぁ・・・。

395 :ネオマトリクス:2008/10/10(金) 00:51:05 0
>>383
お釈迦様は少し苦痛への対応が完全ではなかったのでは?と思う。
それは
『解脱できたという記憶は、どうやって証明するのか』
『心・意識に関する根源的な法則が変わってしまうのではないか』
『原因が無くても存在してしまう物事があるのではないか』
といった事です。
仏教の大きな弱点は
『理屈・原因と結果の信仰』です。
もしかしたら理屈はないかもしれない。
因果もないかもしれない。

そこで俺は別の方法を見つけた。
唯一、自分自身に依存し自分自身を由来とし自分自身を原因とする
『自由意思』です。自由意思で右手を上げるとか選択するとか。
自由意思で自由意思を増やす行動をとれば、
生物から脱出できる位に自由意思が増え、苦が消える

396 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 01:17:51 0
ネオマトリクス氏は自由意志のパワーでどこまで強い超人になれるか期待できますね。

397 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/10(金) 01:25:51 0
>>395さん
> 『解脱できたという記憶は、どうやって証明するのか』
それは所謂、五部法身ではないでしょうか。

398 :355:2008/10/10(金) 01:43:45 0
難しい事を難しく言うのは簡単なことですよ。
少しは考えましょう。

399 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 02:27:14 O

◆結局、自我が如何に不安定で不確実なものかを認識するだけ。そして宇宙と自我を重ねて安定させるのがすべての宗教と哲学の結論。
表現の仕方の違いだけです!


400 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 05:33:00 0
「私」の中にはアキラと鉄雄が同居しています。

401 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 12:48:01 0
>>344 :素人さん
>仏教は素朴実在論(的)ですが何か?

なぜ仏教が素朴実在論的だと思いますか?
説明お願いします。

>>346 :素人さん
>「リンゴ」「箱」のない所には「“リンゴを箱に詰める”者」も存在しないのです。
>このように見る時、
>「リンゴを箱に詰める作業」でなく、『(○○を)思考する』という行為であった場合、
>さて、どのような構図が見えてくるでしょうか・・・。

リンゴがリンゴとして存在するためには、既にリンゴとして本質規定されていなければならない。
そして「〜である」と本質規定することは、『思考する』ことの一種である。
だから“リンゴを箱に詰める”と『(○○を)思考する』とを比較しようとするのは、かなりズレてると思います。

>>374 :素人さん
>“この波”が、大海の別の所に、新たな波として生じると見るなら、
>同じように大海の一部にまた生を受ける!新たな生を生きる!或いは役に立つなら、
>大いなる“いのち”遍く満ちる“いのち”の生かし方として、こんなに素晴らしいことはない!

波と海の比喩は、個体的生命への執着の愚かしさを示しているのだから
それは全く見当はずれな理屈だと思います。



402 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 17:08:04 0
>>374
仏教がニヒリズム的傾向で、悲観的宗教だ見れている原因は、
無常感の過度な強調や、極端な禁欲主義を求める主張にある。

仏教は過度の厭世主義、極端な禁欲主義だよ。

「他者を悟らせる」などという、他者への強要が含まれるため抑圧的になり、
他者への精神的自由、世界観、人生観、を排除する努力が払われてきた。
仏教は、他者への自由権の侵害が是認される特徴がある。

403 :天才君:2008/10/10(金) 19:17:04 0
仏教の話題およびブッダ自身についての解釈がなされていますね。
仏教はブッダではありません。
ブッダ自身は誰かの解釈ではありません。

我々は苦&無常を我々の知りうる観念に置き換えて、解釈しますが、
それはブッダの境地ではありませんね。単なる解釈です。

ブッダは人間に向かって語った。人間は、苦であり無常である。
そして人間は業であるが仏である。そして天上天下唯我独尊。
つまりそれしか無い。というよりそれが在る。

業が仏になるわけです。これが成仏でしょう。
業があるから生まれている。業が無くなれば生まれない。
生きる即苦です。生きることは業が在るという事ですからね。

解脱というのはもう生まれない状態です。仏ですね。
状態自体も無常ですから、解脱を体験しただけでは業によってまた生まれる。

仏陀は仏ですから、解脱を知ったのでも体験したのでもなく、
解脱の先から解脱に至る業をもつ者に対する道をつくっただけです。
仏陀だけが作った道ですね。別の人は別の道を造っていますけど…。
天才君談

404 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 19:58:12 0
ブッダを固有名詞のように言ってるところからして仏教を
理解していないことが丸見えですね。
後は読むまでもない。

405 :π ◆o2GXnyGxSY :2008/10/10(金) 20:18:19 0
キリスト= 香油を注がれたもの の総称
ブッダ = 目覚めた人 の総称



406 :天才君:2008/10/10(金) 20:37:57 0
仏教は行うものであって、理解するものではないです。

「私」が行い、「私」を知るものです。
だから仏教を読むというのは、自分の立場・位置を確認するという事だけです。

407 :天才君:2008/10/10(金) 20:42:32 0
>>404
そうです。読むまでも無いことなのです。
理解などするものでもない。
また言葉でもない。
実践ですからね。

408 :天才君:2008/10/10(金) 20:52:22 0
仏教から観れば、哲学などは妄想です。
哲学に向き合うその個の態度そのものが、カルマです。
作用反作用を言語で繰り返し延々と懐疑するならば、
それはカルマです。

しかし歴史に名を残す哲学者はそんな懐疑の手法を用いていない。

哲学は何を生むのか?考えるという手法に新しさは在るのか?
単なる哲学史のトレースならば、それはまた基本を学んでいる最中である。

哲学をやっているとは言い難い。

基本的に哲学者なら哲学家なら自分なりの宇宙論なくしてどうやって
哲学するのか?論理の立脚点すら解っていないものがどうやって哲学をするのか?

起点を「私」にすらおけない論理は取りあえず、近体哲学とも言い難い。
お喋り茶番雑談である。しかし私はそれの是非は問わない。

ただそういう見方があるのだと提示しているに過ぎないのである。

天才君談。

409 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 20:55:39 0
>>404>>405

ホームラン王と言ったら誰だい?
ライダーと言ったら何を一番に思い浮かべる?
「明日来てくれる?」「いいとも」、これでアノ番組を思い浮かべたりはしないかい?

真逆の事例でも、
セメダイン、セロテープ、ウォークマン、等々色々ある。



そんな堅い頭は豆腐にぶつけて来いw

410 :天才君:2008/10/10(金) 21:24:57 0
天才君は思う。体で考える。人間は全身で考えられるのである。
無意識というものがあるならば、それは、身体感覚もその一つであると
天才君なんかは思うんだ。

411 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 21:58:19 0
>>408
とりえあえず、病院いっとけwww

412 :天才君:2008/10/10(金) 22:24:32 0
そうなのです。病院に行けばいいのです。
病院に行けば、解るのです。
体を診察してくれるからです。

体を診察すれば、解る事があります。
それは、カルマ、すなわち業は体に病理として現れるからです。

癌、それは「固定」です。
循環系の病理は、気持ちです。
全ては、一つであり、気持ちは体であり、体は気持ち。
思考も体に現れる。

座禅は鎮める。

体を意識するならば、病院が一番いいのです。

413 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/10(金) 22:47:30 0
>>30
>あの人は個室ビデオ屋の受付で夜勤やってると言っていたけど。

誰が、そんな事を言ってたんだ??
やっぱりオマエらの頭の中には、虫でも湧いてるんかね

414 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 22:50:52 0
キタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ ! ! !


2chは、色んな憶測が飛び交うからなw
けど、マジで心配したんだぞ!ヽ(`Д´*)ノ     >>413

415 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 22:55:10 0
哲学から観れば、仏教などは堕落です。
仏教に向き合うその個の態度そのものが哀れです。
作用反作用を念仏で繰り返し延々と時間潰すのならば、
それは怠惰です。

しかし歴史に名を残す哲学者はそんな無力の日々を過ごしていない。

哲学は何をもたらしたか?考えるという以外に進化は実在するのか?
単なる仏法の素読を行うのならば、それはまだ現実を学んでない証拠である。

日常を生きているとは言い難い。

基本的に仏教徒なら坊主なら自分なりの生産的貢献等皆無に等しいのにどうして
社会に寄生するのか?納税の義務すら放棄している宗教がどうして人を救う等と言い出すのか?

起点を「闘争」にすらおけない論理は取りあえず、弱者の精神的救済とも言い難い。
気休めにもならない茶番である。しかし私はそれの害悪については述べない。

ただそういう程度でしかないのだと啓示しているに過ぎないのである。

無理矢理改変ノ巻。

416 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 22:57:24 0
>>413
夜勤なら心配しないのだけど、経営者だとうかがっていたので…

417 :考える名無しさん:2008/10/10(金) 23:05:33 0
>>416
だな。
これからしばらくは、消防のチェックが厳しくなりそうだw

418 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/11(土) 00:22:02 0
>>414
ありがとう
消防署と市役所が来たけど、うちは特に問題ないよ〜

419 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 02:27:39 0
消防署と役所はこれから検査しに行くと電話連絡が入ってから来たの?
それとも突然の抜き打ち検査?

420 :天才君:2008/10/11(土) 07:03:12 0
>>415
途中までは凄く良かったと思う。
仏教を「宗教」にしてしまったところが残念だ。

天才君談。

421 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 07:12:42 0
哲学は偉くて素晴らしくて、仏教は全然駄目という根拠はどこにあるのかな。
哲学は人間にとって至高の価値を持っているという証拠はあるのかな。

422 :天才君:2008/10/11(土) 08:04:36 0
天才君は哲学宗教あるいは、その全てが道具でおしまいです。
言葉も人生も、それを執り行う肉体でさえ道具である。

なんの道具か?だれの道具か?という主体探求も愚かです。

但し、全てが無いのだという所まで考え抜けば、そこから
生まれてくるものを在るとみなし。それを有益に活用すれば
よいだけの事だという事で、つまるところ、個々の人間すなわち我々が
どう生きるか?どう考えるか?というものを模索する材料の一つであると
いう結論に帰着すると思います。

ここは何処?私は誰?というものを知って行動しなければ
ならない「な考える」というものを発見発明した人間は、
納得して生きたいのである。

考えなければただ、生きればいいわけで、その自覚さえ芽生えない。
考えるならば、考える起点を押さえて置かなければ、ただ考えているだけの
奴隷である。

天才君談。

423 :天才君:2008/10/11(土) 08:21:27 0
全てにはルーツがある。事の成り立ちがある。
ものごとの成長過程を観察せずに、現状こうであるから、
こうであろう…。などという功利主義や順応主義は
社会生活を営む人間の下心としては良しとしても。
それを哲学だなどというならば、それは人生哲学どころか人生規範ではないか。

人生哲学であるその人生を考えれば哲学たりえるが、規範を考えれば、
それは社会評論や批評というものに収まる。批評社会評論のそのルーツは
批評者の人生が絡んでくる。

物事は、ルーツがあり、それが原理原則として機能している。
それを見つけるのが哲学である。いや哲学的思考術である。

つまるところ、哲学と呼んでいるものは、西洋式思考術だと
天才君なんかは思っている。

我々日本人は西洋式思考術一辺倒でもなく、様々な思考術の一つとして傍観できる
立場である。このように日本人の置かれた哲学的環境を思う天才君も在る。

424 :415:2008/10/11(土) 14:36:42 0
宗教というものは個人が生きていくうえで社会から逸脱したり秩序を混乱させないための
一つの指針、安全装置であり、教養という枠を超えるものではないと思う。
但し宇宙や死後の世界、高度な抽象的世界観については特殊な恩恵をもたらすであろう
事については未知数のものと言える

哲学については個人的な葛藤からはじまり既存の社会との軋轢、宗教や政治、あらゆる
社会構造について詳細にそれらの関連性を追求しひいては社会、個人の在り方まで
劇的に発展、向上させ人間らしい知的な生活を維持する為の飽くなきデータの積み重ね
でありそれらは我々と未開の部族や第三世界の人々との暮らしを比較すれば一目瞭然
である事は明白でありやはり一つの偉大な学問と言える。
ここではとりあえずこれ以上の記述は控えておく、異論も認める

仏教についてはかじったこともないので、あしからず(笑)


425 :天才君:2008/10/11(土) 16:09:16 0
私は、あらゆる世界の人々の暮らしや文化について、何が偉大であり、
何が下劣であるかという点の個の尺度は哲学的問題ではないと思う。

知的な生活者がいるとして、その知性を私は懐疑にかけたい。
例えば、我々は幸せになるために、働くとしよう。そして疲れて
金をつかって幸せを得るというサイクルで解消するとしよう。
しかしそんな事をしなくても幸せにはなれる。

長生きが幸せか?便利が果たして幸せか?物知りでなにもしない者がはびこる
知的な文化が果たして幸せか?

こういう所を問いたいと天才君などは考えるんだ

426 :天才君:2008/10/11(土) 16:15:46 0
体あっての人間である。
体を動かし、せっせと働くものをバカにする社会。
また、金を右から左に流して儲けたなどと騒ぐ知的な人々。
さらに、誠実者を騙し、ピンハネする役者。
人手がないわけでもなく、ただ、低賃金で使えるからといって
外国の人を使う。そして安く創れると大騒ぎ。そして生まれた差額で、
数字回しや投資などというマネーゲーム。

まったく楽しい世の中ですね。

427 :天才君:2008/10/11(土) 16:19:35 0
ああそうそう、著作権などといい。あるいは
開発コストなどといい。目の前で苦しむ人から薬の金を取る。

さあ、どうやってカモから金を取ろうか?考えよう。

これがマネーゲームである。

ニートが発生するのは必然である。
ニートをバカにする社会があるとする。
バカにするその人は一体何をやっているのか知っているのであろうか?
これは哲学的問題だ。

天才君談。

428 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 17:02:39 0
普遍的な幸福の土台になりえるものは自然や隣人と調和しある程度の日常の連続性と生きる糧が
満たされる事にある、知的探求や技能の熟練等没頭出来る何かを見つける事も大切だ

しかし過度の物欲や金銭、権力を持ち人々を支配する行為や思想は魂を穢す邪悪なものであり
現代に生きる者は意識しなくとも資本家や人民を一つのコマとしか見ない権力者達の思惑に乗せられ
てることから脱却する時間や探求を許されず我々を縛り付けるあらゆる社会構造、法の楔を研究し
我々の真の幸福、自由というものを獲得するため一人一人のマンパワー、個人的覚醒を日頃から強く意識し
全身全霊を持って社会と格闘する意識を持たなければこの呪われし唯物的世界の囚われた住人に
成り下がってしまい渦巻く欲望や堕落に怯え暮らす生活から抜け出す事は出来ない


429 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 17:06:36 O
天才君へ
言わずと知れたマネーゲーム。そこには「私」と「私」が葛藤し織り成すコンチネンタルな証が存在する。

生まれながらにして人間はマネーゲームを展開している。そう、あなたと私も。人類のマネーゲームとは必然的バイオグラフィティなのかな。

430 :天才君信者:2008/10/11(土) 17:34:13 0
天才君のスレを立てました。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1223713992/
天才君はこちらで思う存分に語ってください。
天才君信者も移動をよろしくお願いします。

431 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 17:59:46 0
おいおいただでさえ過疎スレなのに分離させて何が楽しいんだよ
余計なおせっかいほど迷惑なものはないぞ

432 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:02:07 0
八つ当たりだよ

433 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:27:43 0
>>427
はい、はい、ニート君。わかった、わかった。

親に寄生する自分の正当化で大忙しだね。笑

434 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:30:43 0
>>424>>428
おまえ、すげえな。恥ずかしくないって言うのが。

435 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:40:03 0
>>434
恥ずかしいなんて感覚はそもそも劣等者のものだよ
自分に自信が無いからつまらない一行レスしかできないつまらん人間になるんだ

436 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:48:08 0
>>435
そのおおざっぱさ、やっぱりすげえな。

437 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:50:24 0
>>435
自分のレスを読んで劣等者だと思わないのは、客観的な判断基準がないのか、
ものすごくずれているのか。なんかかわいそうなくらいだ。

438 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:52:38 0
その落書き程度のレスしか出来ない池沼のようなお前らの存在には
何を与えても無意味だという事くらいは心得てるよ


439 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 18:56:37 0
>>435



440 :天才君:2008/10/11(土) 20:57:22 0
みなさん、他者に向かって、自分が知的な立場からものを観ているようですが、
バカの立場からものをみるから、全てが観えると思いませんか?

知的で利口で賢いという理想像は捨てようではありませんか。

「私」はなにものでもないのですよ。

「他」を限定するとき、その限定している「私」は、
「他」を観ているのではなく、まぎれもなく幻想を観ていますね。

みなさんバカである「私」の自覚をもとうではありませんか。

441 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 21:21:31 0
馬鹿を自覚して知性を蔑ろにし努力を怠るのは自由だが理解し習得する事によって
人は成長し文化を継承していくものだ
哲学をモラトリアムだか半人前の未熟者の自分探しと混同してもらっちゃ困る

442 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 21:24:46 0
>>440
俺はニートなんかといっしょにされたくない。

443 :天才君:2008/10/11(土) 22:32:54 0
「私」はバカで無知でニートある。だから知恵を付けたり働く訳だ。
なのに、「私」がバカでもニートでもないとは何様か?

つまり、「私」は知性でも仕事でもない。

「私」は知性でありまた仕事なのであろうか?

私は「私」はやはりバカで無知でニートである。
しかしそうではないのだが、極めて「私」に近いものである。


444 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 22:57:27 0
この板、知性の優劣にこだわる人(コンプレックスを持つ人)が多いね。

445 :天才君:2008/10/11(土) 23:14:49 0
天才君は無知にこだわります。しかしこだわりが「私」でもない。
さらに、無知に優劣はありません。
だから「私」は優劣でもコンプレックスでもなく、
「私」はつまるところ何者でもなくなってしまうわけです。

446 :考える名無しさん:2008/10/11(土) 23:26:51 i
幽霊みたいな人だね。
恐らく、「行って帰ってきた」のかもね。

447 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 00:22:54 0
社会に出て働くと一言で言ってもその内容は様々。
ニートにも劣る社会人がいないとは思わんな。
天才君のいうマネーゲームやってる奴ら、国内では堀江とか村上とかああいうのは
社会に出ず引きこもっておいてもらいたいもんだね。
まあ国外にはもっと派手にやってる奴らが腐るほどいて、彼らを養うために多くの日本人は
これからも残業ばかりしなければいけないんだろうな。あー気が滅入る。

448 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/12(日) 02:02:00 0
>>415さん
何かと厳しい発言ですが
一応「仏教哲学」というのもありますので。

449 :天才君:2008/10/12(日) 07:26:39 0
インド哲学もありますし、ネイティブアメリカンでも哲学はある。
日本にだって哲学はある。

産業革命がイギリスで起こった。で植民地という馬鹿馬鹿しい奴隷の国を
沢山こしらえた。そして金の社会のモデルとその基準によって
先進国などという馬鹿げきった名称を氾濫させた。

アメリカはその後イギリスから独立した。独立記念日などと馬鹿げきった事を
言っている。なんのことはない植民地から独立しただけである。
ネイティブアメリカンのすむ地に土足でずかずかと踏み込み独立だと絶叫する。

金はパワーである。ここから金崇拝が始まり、人間は金に支配されるようになった。
その者達が都合の良い学問や歴史観をつくり、我々日本人は、それを信じている。
哲学もその一つである。

文化自体の発祥が何処か?というルーツは私はオリエントであり。
物品交流であって、金の交流ではない。また人材つまり奴隷の交流でもない。

天才君は、泥棒や詐欺師などは信じない。「私」達とて同様ではないか。

450 :天才君:2008/10/12(日) 07:40:40 0
いいかげんいしろ!とアジアの日本は革命を起こした。
それだけではない、虚構のナショナリズムを実体化させ、領土を設定したくなった。
日本のみならず他国も同様だった。太平洋戦争である。

で、自分の立場を自覚する事になった国々は、それぞれ自分を守った。
あるいは欲張った。で喧嘩するわけだが…。

アメリカは原爆を出した。日本に落とした。当時の最終兵器だ。
いっておくが、原爆を落とされた国は原爆を落とされた事がない。
だから知らない。

彼にとって原爆よりこわいもの。それはテロである。
テロは「私」が行うものである。特攻も「私」が行うのである。

「私」を恐れているのは「私」を恐れる者達なのである。

451 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 09:11:24 0
言葉がないところにはその言葉があらわす概念がないということだろ。
哲学という言葉は日本では明らかに明治になってからの翻訳造語だね。
すなわち日本や中国には哲学はなかった。
だから未だに日本で哲学というと哲学史の学問だと思ってるのが多い。
自分で考える哲学が少ない。

452 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 09:26:48 0
>>451
すなわちwwww
だからwwww

453 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 09:53:49 0
言葉で表すというのは、意識的に表すという意味だろう。
しかし、無意識的には、言葉が無くても表してる事があるんじゃないかな。
それを意識化していないだけで。
人間は、気づいていない情報を沢山受け取っているんだよ。
気づいていない相手の表情や声や呼吸や体温でも変化すると
「あれ?何か変わったな、でも何が変わったのだろう、何も変わってないはずだけど」
という気分になる。

454 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 10:00:33 0
>>411は最高位だな。
名無しで書き込んでたのか。

455 :天才君:2008/10/12(日) 11:07:27 0
偉い学者さんによると、
コミュニケーションにおける言葉の割合は10%以下と言われる。
発声による言語表現で40%以下。つまりここで話されている内容は、
10%以下で交流しているわけである。これは平均値であろう。

だから天才君は言葉には何の意味もなく、伝えている何かに
注目すべきであると絶叫せしめるわけである。

哲学が言語だけで行われているならば、それは世界の
40%以下しか…、つまり半分も正しくも間違いもない。

しかも知識教育に偏った連中の話す事など、天才君には
馬耳東風である。

この文章自体も10%以下のコミュニケーションであるという事でもある。
だからどうにでも受け取られる宿命なのである。

天才君談。

456 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 11:10:35 0
\(◎o◎)/!

457 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 11:53:13 0

意識が私であるなら、私を意識することは、意識を意識することに等しい。

意識には、意識の内容と、意識の内容に対する気づきとが伴っている。

意識を意識することには、意識の内容を意識することと、気づきを意識することの2通りがある。

意識の内容を意識することには、その意識内容に対して別の意識内容を持つことと、その意識内容に気づくことの2通りがある。

気づきを意識することには、気づきに対して別の意識内容を持つことと、気づきに気づくことの2通りがある。

<意識を意識する>

(1)ある意識内容に対して別の意識内容を持つ

(2)意識内容に気づく

(3)気づきに対して別の意識内容を持つ

(4)気づきに気づく


458 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 12:14:16 0
>>455
日本語が色々と変だよ。

459 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 17:48:51 0
>>408 >>415

哲学から観れば、仏教などは堕落です。
仏教に向き合うその個の態度そのものが盲信です。
作用反作用を言語で繰り返さず、自己の体験のみを至上のものとするなら、
それは独善です。

しかし歴史に名を残す哲学者はそんな自己満足で終わりはしない。

仏教は何を生むのか?実体験という手法に新しさは在るのか?
単なる先人のトレースならば、それはまた基本を学んでいる最中である。

仏教を生きているとは言い難い。

基本的に仏教者なら仏教家なら自分にとっての縁起なくしてどうやって
仏教するのか?釈尊の出発点すら解っていないものがどうやって仏教をするのか?

起点を「苦」にすらおけない論理は取りあえず、近代仏教とも言い難い。
お喋り茶番雑談である。しかし私はそれの是非は問わない。

ただそういう見方があるのだと提示しているに過ぎないのである。

460 :天才君:2008/10/12(日) 18:15:46 0
仏教が、
>自己の体験のみを至上のものとする
にだれかの自己の独善で、すり替わって語られています。
なるほど、哲学史的な解釈ではあります。

461 :天才君:2008/10/12(日) 18:18:23 0
>>458
日本語は色々と変なのです。
また、何か正解があると信じている場合、さらに変に読めてきて、
それが極まると、意味不明になりますね。
究極の理解は、変どころか、画像としてしかみえません。

462 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 18:23:32 0
日本語が変なのじゃなく日本語の言葉遣い
がおかしいだけ。
自分の間違いを日本語のせいにするな。

463 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 18:23:38 0
>>460
改変ネタだよw
マジレスすんなw

464 :考える名無しさん:2008/10/12(日) 19:01:11 0
>>461
そうでちたか。つっこみでよけいでごめんと私は思いまちゅ。

465 :天才君:2008/10/12(日) 23:45:19 0
「私」に間違いがあると考える論者の視点はどこにあるのだろう?
日本語に正解があるのだろうか?
言葉は正しさを裁く権利があるという支配的特性があるようだ。
「私」は裁きではないことは確かである。裁いているものは「私」ではない。


466 :天才君:2008/10/12(日) 23:46:48 0
>>463
つまり「私」はふざけていた。

467 :天才君:2008/10/12(日) 23:48:44 0
しかしいっこうに「私」が存在しませんね。
言葉についてああだこうだという論者に限って「私」など
どこにもなく、「私」が思っている事すら自覚がないようだ。

「私」はだれでもないではないか。

天才君は「私」は誰でもないという事をちゃんと認めている。

468 :天才君:2008/10/12(日) 23:59:24 0
私は思うと言えない「私」のほとんどは、最高位ようなヒール役の優しさに甘えなければならない。
最高位によってみなさんは感情を逆撫でされて、「私」を表さなければ、
いっこうに「私」は立ち現れない。

バカだの、アホだの言われないと「私」が立ち現れないなら、
これは病気だのアホだの言われても仕方がない。

いいですか、コケにされてやっと自分の事を言われたのだと気付くのは
まぎれもなくアホです。という事はですよ…。アホが「私」ではありませんか?

バカだのアホだの言われて、それに「私」が反応するのであれば、
それは「私」なのです。「私は思う」「私は考える」と言えない「私」は何か確固としたものを
探しそれにすがる「私」を演じたり、その背後に隠れる「私」を演ずるずるつもりでしょうか?

無理とだけ言っておきましょう。哲学は「私」がするものです。

哲学が哲学をしたり、正しさが「私」を裁くのではありません。

天才君談

469 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 00:06:16 0
何だよそれ。
馬鹿に馬鹿と言われたら普通笑うだろ。
しかも、馬鹿と言われて楽しくなるか不快になるかは
脳が不快な物質を出す出さないに左右される。
酔っぱらって脳が心地よければ馬鹿に馬鹿と言われて笑うし、
イライラしてれば馬鹿と言われて殴りたくなる。
こんなのは脳の状態によるね。

470 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 00:09:00 O
自己愛人格障害

471 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 00:27:59 0
>>468
日本語でおk

472 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 05:46:27 0
>>469
>しかも、馬鹿と言われて楽しくなるか不快になるかは
>脳が不快な物質を出す出さないに左右される。

私の脳以外の脳が、いくら不快な物質を出しても
私は決して不快にはなりません
当たり前ですが、私の脳だから、私が不快になるのです
では
なぜ、この脳が私なのでしょうか?
もし唯物論が正しいと思うのなら
この脳の、物理的要素で説明してみて下さい

473 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 06:16:17 0
ワンパターン馬鹿はスルーで

474 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 06:22:43 O
隔離スレでも相手にされない最高位
カワイソス

475 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 06:29:05 0
相手にしてほしいからレスに食いついてるだけ。
マジでスルー。

476 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 06:32:07 0
>>472
馬鹿だな。

例えば、俺のレスを読んだ奴が「お前は怒っている」と俺にレスをしたとする。
しかし、現実には俺は怒っていないのだ。

では、何が怒っているように見えるのか?
現実は、「俺の脳の反応(文章)を見た他人が
『こいつは怒っているんだろうな・・・』と勝手に想像した」
に過ぎないのだ。

人の脳の反応を見た他人が、彼は怒っているのだと
勝手に解釈したに過ぎないのだよ。

477 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 06:43:44 0
>>476
もうスルーしとけって。

478 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 07:44:42 0
>>472
>私の脳以外の脳が、いくら不快な物質を出しても
>私は決して不快にはなりません
>当たり前ですが、私の脳だから、私が不快になるのです

だから、そういう場合の「私」は不要な言葉だ。
脳が不快物質により不快という感情を生じる、というだけのこと。

>なぜ、この脳が私なのでしょうか?

愚問だ。
「この脳」ということで「私の脳」を指示してるなら
「私の脳」は「私の脳」である、という同語反復に過ぎない。
もし「脳である」というなら端的な間違い言明だ。
脳は私の体の一部にしか過ぎない。
「私」とは一人称代名詞であり発話者を指示するということで
何の問題もない。


479 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 07:47:07 0
>>478
>もし「脳である」というなら端的な間違い言明だ。
もし「私は脳である」というなら端的な間違い言明だ。
に訂正します。

480 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 08:03:21 0
何かの勘違いだな。
私は脳である、と主張をしている人はこのスレには誰もいないよ。


481 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 08:29:09 0
>>480
そうだね。
だから
>なぜ、この脳が私なのでしょうか?
>もし唯物論が正しいと思うのなら
>この脳の、物理的要素で説明してみて下さい
は問題にもならないことを問題にしてる擬似問題ということだろ。



482 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 10:06:43 O
アイアムブレイン


483 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 10:33:26 0
素人君は突っ込まれると消える人だな

484 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 10:51:10 0
>>476
そんな事を言ってるんじゃないよ
何を読んでるの??

>>478
>だから、そういう場合の「私」は不要な言葉だ。

不要なんじゃなくて
哲学的には、より根源的な問題があるのだ という事
なんでキミらは
必死で、その問題から目を逸らすのかね??

>脳が不快物質により不快という感情を生じる、というだけのこと。

この脳が私であった
という結果を生み出す物質は何かね?

>「この脳」ということで「私の脳」を指示してるなら
>「私の脳」は「私の脳」である、という同語反復に過ぎない。

それは結果論から見た立場にすぎない
自分が存在した原因性を、物理的要素に特定できるのか
という問題提起をしている

>脳は私の体の一部にしか過ぎない。
>「私」とは一人称代名詞であり発話者を指示するということで
>何の問題もない。

その発話者は
なぜ、その脳であるのか
という哲学的な根本問題

485 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 10:59:42 0
>>480
>私は脳である、と主張をしている人はこのスレには誰もいないよ。

だったら
このスレには、唯物論を肯定できる人は、一人もいない
という事になるよね

486 :1/2 素人:2008/10/13(月) 11:20:47 0
>>401
> なぜ仏教が素朴実在論的だと思いますか?
> 説明お願いします。
板違いでもあるので簡単にいきます。
・「根・境」の十二処を立てたこと。
・五蘊に色((自身の)肉体)を含めたこと。
・感官の制御(或いは遮断)を手法として採用したこと。 (→“四禅及び四禅の上”との絡みは今は措く)
・安居が制定された外的理由。及び、律が制定された外的理由。
・在俗信者の在り様、存在が許容されたこと。
・托鉢で食物を得ていること。
 (→素朴実在論を批判する者は「食事をとる」ということ(行為)について、どう考えているのだろう・・・?)
・(知覚認識される)他者が実在するからこそ、威儀が重視される。(→行為の制限が要請される理由の一つ)
  (→関連:「既信者に信を増大せしめ、未信者に信を起こさせるようにあれ」という意味の文は散見される。)
   ※(具体的にどこかは問わないようにw 探すの面倒臭いからw
      ただ、戒や律等、(身・口としての)具体的行為に関連する文脈で為されているということだけ付記しておきます。)

487 :2/2 素人:2008/10/13(月) 11:21:37 0
>>401
・無常や無我(非我)は、所謂「無」ではないということ。「何も無い」ということではないということ。 ・・・a
・何かが、「泡沫の如し」とか「幻」とか「虚妄」とか言われる時、
 それは、「それらが無い」ということでなく、「常住不変な、根源的拠り所としてすがれるものではない」
 という意味であることを押さえねばならない。
 (→「空」や「空性」もまた同様である。(心経の罪は重い・・・w)) ・・・b
・(知覚認識される)他者が実在するからこそ、法を説く、彼を教導する、ということが意味を持つ。
・(知覚認識される)他者や地方が実在するからこそ、初期60人の弟子達は遊行(布教)の旅に出、
 釈尊もまた45年間、遊行・説法の日々を過ごしたわけで・・・。
・abと関連したことだが、「○○は無い」と言われる時、「明らかに“無い”」場合と
 「仏教という枠、視線で見た時(勝義に於いて)“無い”(と見做す)」場合とがあり、
 後者に於いては「(知覚認識される対象の)真の在り様は、“(確固たるものとして)ある”とは言えない」
 という意味で受け取られるべき。だから「虚妄」「泡沫」と言われる。真の在り様に気付いていない場合でも、
 「彼にとって“虚妄なるものとして”それは“ある”」。
・「ある」と言われる時、その多くは、たとえば「釈尊は歴史上実在の人物だ」という言明のような意味での「ある」「実在」のこと。
 (だから、現代の我々は「天界」や「天人」「魔」「神通(力)」(或いは「輪廻」)等の読み解き方に苦慮するわけだが・・・。)

(粗雑で申し訳ないが)こんな感じでどうです? 足りませんか?

488 :1/2 素人:2008/10/13(月) 11:22:36 0
>>401
> リンゴがリンゴとして存在するためには、既にリンゴとして本質規定されていなければならない。
> そして「〜である」と本質規定することは、『思考する』ことの一種である。
> だから“リンゴを箱に詰める”と『(○○を)思考する』とを比較しようとするのは、かなりズレてると思います。
貴方もネコと同じく捨象や前提を嫌うタイプのようですねw
「リンゴの本質規定を改めて問う」姿勢が余計なのです。
「リンゴはリンゴとしてある」ことが前提でなければ、譬喩が成り立ちません。
もしそこで本質規定を問うならば、我々は何も語ることができない。
辞書の辞書が必要になり、更にその辞書の辞書が必要になり、さらにその辞書の・・・
と、無限に微分を続けるつもりですか?
(これをしていないこと(≒譬喩表現が多用されること)も、仏教が素朴実在論的である理由と言えましょう。
 また、仮に「微分・解体」をしたとしても、解体できたから“それ”は無い(≒リンゴとして無い)とはなりません。
 「或る視線を採った時に、リンゴでなくなる」。ただそれだけのことです。
 「或る条件下に於いて“リンゴとして”ある」ことに変わりはないのですw)

489 :2/2 素人:2008/10/13(月) 11:23:31 0
>>401
もし、“リンゴを箱に詰める” と 『(○○を)思考する』 とを比較できないと言うならば、
貴方には「構図を見る」というスキルが欠けていると言わざるを得ません。
(この段階、この考察に於いては、リンゴの本質規定を探る必要はないのです。喩えとして利用しているだけなのですから・・・。)
また、もしここで、 >「〜である」と本質規定することは、『思考する』ことの一種である  と言うならば、
全てが、『思考する』という手続き(「〜である」と本質規定されること)を経て初めて考察の素材として扱うことが可能となるなら、
「思考する」という行為を、他の様々な行為と比較検討するという手法は却下されます。
「思考する」という行為を、人が行う様々な行為の一つとして俎上に挙げることはできなくなります。
そして、「思考する」という行為は、
特別で、特殊で、他と比べることのできない、比較検討できない、所謂「行為」として括ることのできない、
神聖な、侵すべからざる営みとして、触れてはいけない領域(聖域)として扱わねばなりません。
(私は、この態度を良しとはしません。)


まあ、もっと開き直った言い方をすればw、
この考察に於いては、「>リンゴがリンゴとして ある」必要はないのです。
「何かがあり、それを○○する」という構図が示せればそれでいいのです。
それが、リンゴであろうが、リンゴ的なものであろうが、リンゴと誤解・誤認されている別物であろうが関係ないのです。
(これは、以前話題に出た“嘘つき村正直村クイズ”での「クイズとしての前提」と構造を同じくします。)

490 :1/2 素人:2008/10/13(月) 11:24:34 0
>>401 (>>370
> それは全く見当はずれな理屈だと思います。
そうでしょうか?
「海」が一なる・全なる“いのち”であり、「波」が、その一部としての“いのち”であるなら、
「海と波との関係」により(譬喩としての構図にそれを採用するなら)、
「現れては消え消えては現れる、一なる海へ溶け込み、また波として現れる」
そうした「明滅」するような“いのち”として「波」を捉えるなら、>>374のような解釈を妨げるものはありません。
 >個体的生命(「波」)としての命の境界線  の引き方は別問題となります。
また、「心停止」や「呼吸」「瞳孔」等のこれまでの判断基準も批判対象となります。
「大海の波であるから線引きはできない」というのであれば、腐敗し塵になるまで布団に寝かせておいて、
ともに寝起きを続ければいい。

また、 >一つの「波」が『自分の命は独立した命だ』などと思うとすれば、それは愚かしい妄想  と言うならば、
人々が皆、大海の大きな“いのち”の部分であるなら、(脳死)臓器移植は、
「一時与えられた個としての命を『全なるものの一部として!』生かし続ける」方途として、
寧ろ374を後押ししませんか?
(他の、今まさに波として生じている命をサポートする“菩薩行”と見做せませんか?
 この私という波は、他の鈴木さんという波と合して、新たな波として大海にあり続ける・・・、
 素晴らしいじゃないですかwww)

>「理事無碍」(つまり海と波とはさまたげ合うことなく溶け合っている)という考え方  は、
貴方に370のように述べさせると同時に、私に374と述べさせるのです。
前スレ651は、このことを言っているのです。

491 :2/2 素人:2008/10/13(月) 11:25:23 0
>>401 (>>370
また、
> 波と海の比喩は、個体的生命への執着の愚かしさを示しているのだから
これも、「波と海の比喩」から導かれるものとしては、幾つもある解釈の一つに過ぎません。
・「波と海の比喩」を用いて、「全体の一部である(共同体の一員である)」ことを強調もできます。
 集団の一員として倫理道徳を守り、節制し、我儘を抑える訓話とすることもできます。
・「波と海の比喩」を用いて、「亡くなった人物に抱く悲しみを和らげる」慰めとすることもできます。
・「波と海の比喩」を用いて、「争いの愚かしさを示す」こともできます。世界規模での反戦にも応用できます。
・「波と海の比喩」を用いて、「全体の利益の為に個を打ち捨てる」ことを薦めることもできます。
 「大海(全体)こそが真の姿であり、大切にされるべきであり、その為には、
 (一時の波でしかないのだから)個を犠牲にすべき」と方向付けることもできます。

他にも様々な利用の仕方があるでしょう。
貴方が利用した形もその一つです。間違っていると言うわけではありません。
 ※(「リンゴを箱に詰める」という譬えを批判するのであれば、この意味を踏まえて、
   『その構図はこれこれこういう解釈が可能であり、寧ろその方がダイレクトであり、譬えとしては適切だ』
   と批判すべきなのです。)

492 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 11:26:43 0
>>401 参考1:「素朴実在論」で心と宗教板既得ログ検索結果から選抜。(特に★印。)
過去ログは、ttp://www.geocities.jp/jfcps873/index1.htmlで閲覧できます。

原始佛教 その28
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1219212323/ [ 99 100 ]

原始佛教 その20 ★
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1165378636/ [ 325 914 ]

原始佛教 その21 ★
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1169453597/
[ 243 245 247 258 358 544 573 724 731 732 733 737 741 743 745 748 749 751 755 757
  805 809 837 852 853 856 860 866 869 876 881 889 892 893 894 895 896 898 905 911 913 915 916 ]

原始佛教 その22 ★
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1171778595/ [ 9 10 12 13 40 84 958 960 961 ]

原始佛教 その23
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1175249680/ [ 383 796 946 ]

原始佛教 その24
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1177993402/ [ 124 136 137 160 161★ 172 ]
 161に絡んだその後のやりとり〔 171、172、176、177、178、179、〕
  (161の参考:■原始仏教談話室 その4■http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146643240/551-552

原始佛教 その26 [仏教] ★
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1186442517/
[ 522 805 809 846 848 870 871 887 897 898 903 904 906 913 915 921 923 930 951 953 960 961 965 966 976 985 ]
(特に、903以降の流れ。)

493 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 11:27:30 0
>>401 参考2: 原始佛教 その26 [仏教]
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1186442517/ (《 》が私のレス。)
903、904、《905》★、906、907、908、《909》、911、912、913★、915★、917★、920★、
《921》、《931》、941、《942》、949★、950★、951★、952、953、
956、960、961★、963、965、966、973、975、976、
《978》、979、980、《983》、985、《986》、987。





>>483
(特に精神的に)忙しい時期なんだよw 許せw

494 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 11:32:28 0
最高位はホームレスが宿泊する部屋で働いているので、
深夜の寝タバコにはくれぐれも気をつけて欲しい。

495 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 11:34:39 0
>>486
> > なぜ仏教が素朴実在論的だと思いますか?
> > 説明お願いします。
> 板違いでもあるので簡単にいきます。

では何故、仏教では死者を供養したりするのですか?

496 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 11:43:07 0
>>494
タバコは2年前にやめたよ

友人から
「『禁煙セラピー』という本で、知り合いの10人中8人ぐらいがやめてる」
と聞いたので
べつにやめるつもりは、あんまりなかったんだけど
「どんなんやねん」と
その魔法のような効果のある本に興味を持ってね
その日に買って帰って
そのまんま、その日にやめちゃったよ(爆笑

497 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 12:09:04 0
いちいちレスに文句つけんな。かまってちゃんがw

498 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 12:45:17 0
>>467
>「私」はだれでもないではないか。
今頃なんでそんあ当たり前なことを言う。
誰でも私になれるだろ。
私に特殊性はない。

499 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 13:00:10 0
>>484
>この脳が私であった
>という結果を生み出す物質は何かね?
この脳は私ではない、私の体の一部だ、と何度言っても
それを認めたくないのだね。
それに日本語としても変だね。
もっと日本語を勉強したほうがいい。
たぶん脳が「私は私だ」という自意識を生み出すのは
物理的にどういう事か?とでも聞きたいのだろうが、
脳科学の知識を調べればいくらでも説明されていることだ。
コネクショニズムでググって見てもいいだろ。

500 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 13:21:29 0
>>497
>いちいちレスに文句つけんな。かまってちゃんがw

それは自分だと自覚しなさい
少しでも、内容のある事を書けないのかい?
単に、かまって欲しいだけかい?(爆笑

>>499
>この脳は私ではない、私の体の一部だ、と何度言っても
>それを認めたくないのだね。

はぁ?
そもそも問題が理解できていないね
私は唯物論を否定しているわけです
「この脳が私である」というのは唯物的立場の前提
「脳は私の体の一部にすぎず、脳という物質が原因で私があるのではない」というなら
それは唯物論ではないのだよ
それは唯物論を否定した立場だ

501 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 15:08:10 0
>「この脳が私である」というのは唯物的立場の前提

ばかw
「体や脳を構成している物質が無ければ、心も無い」というのが唯物的立場の前提だ



502 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 15:11:28 0
脳という物質の活動が原因で「“私”という意識が生まれる」と考えるのが大方の唯物論の主張

503 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 15:36:08 0
>この脳が私であった
>という結果を生み出す物質は何かね?

唯物論的決定論とかが究極の唯物論なのだと
決めつけ過ぎだろ おまえw

504 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 15:51:08 0
とうとう「私は脳である」が唯物論の主張ということに? ・・・
最高位とやら、アホすぎだろwwww

505 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 16:15:59 0
>>501
>「体や脳を構成している物質が無ければ、心も無い」というのが唯物的立場の前提だ

@ なんの根拠で、それを結論づけたのかね?

A 唯物論の立場では
  「この脳が私である」
      ↑
   これは間違いである という事でいいのかね?
   じゃぁ私って何? 物質じゃないの??(爆笑

>>504
では、まず唯物論の立場として
『私』が脳でないならば、物質的な何の要素なのかね?
これをハッキリさせてくれ

506 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 16:17:52 0
物質を勝手に一種類に限定スンナや

507 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 16:19:45 0
>>506
誰が、物質を一種類に限定しているのかね?
もう少しマトモに会話できるようになってから書きこもうね

508 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 16:39:57 0
限定してなかったのか。これは失礼。
じゃあ脳だけに限定スンナや。
骨や内臓や皮膚も人体に含ませろや。

509 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 16:47:11 0
>>500
>そもそも問題が理解できていないね
>私は唯物論を否定しているわけです
そもそも問題でもないことを問題にしているのはお前だろ。
「私」と唯物論には何の関係もない。
私の身体は私ではない。お釈迦様も言ってるとおりだ。
私とは何か、言ってみたらいいだろ。
一人称代名詞の私以外の意味があるならね。


510 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 16:57:09 0
>>508

それが、どういう要素だから私なのかね?

>>509
私は私だろ
なぜ他の言葉に変える必要があるのかね?

自分は自分
自分という存在
キミは存在しないのかね?
私は存在してるんだけどなぁ(爆笑

その存在する私は
いかなる物理的要素なのか
というのが問題

511 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:03:57 0
おい差異緒行為、ういるんなら別コテのスレもあげろよ。

512 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/13(月) 17:07:31 0
>>510
「私」が物理的要素に還元できないのは、あれですね、脳と五感の間に往復運動があり、
自立的な情報を人間は自らの中に蓄えるからですね。

513 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 17:12:11 0
>>512
いやいや
そもそも元をたどれば
なぜ私は存在しているのか
という根本問題です

物理的要素に還元できる方が、おかしいのです

簡単な事なのに
キミらは、あまりにも観点がズレすぎです

514 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:14:15 0
>>510
「私は私」「自分は自分」すべて同語反復の無意味な言明だね。
「私は身体だけから構成される、心は身体の機能である」という
なら身体一元論だろう。
「私は色・受・想・行・識の五元の要素から構成される」という
なら心身五元論だね。
デカルトのように「心身二つの実体がある」という心身二元論
もある。
「私には実体はない、すべての物事は無我である」という仏教の
立場もある。
どの論もよってたつ根拠が別だから並立しても否定することは出来ない。

515 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:18:20 0
>>513
なぜ私があるか、理由を求めるなら、生物学的な答えが一番いいでしょう。捕食と性交と睡眠
のために、進化したから。最高位氏は動物には私を認めませんか?

516 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 17:18:44 0
>>514
何の反論にもなっていないなぁ


『私』は、いかなる物理的要素だと言えるのかね?(爆笑

517 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/13(月) 17:22:10 0
すいません、>>515は私です。

518 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 17:22:53 0
>>515
ゴキブリのAさんも捕食とか生物的な行為を行いますが
ゴキブリAさんは私ではありません
私から見れば『他』(他人?)です(笑

キミは
ゴキブリAさんでもありBさんでもあり
うじ虫くんCさんでもあるのかね? (苦笑

519 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:23:17 0
>>516
最高遺産に質問

雷神の剣と千鳥は結局どちらが強いんでしょうか?

520 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/13(月) 17:27:45 0
>>518
「最高位氏」ご自身の「私」についてしか言及できないとお考えですか?『他(人)』はすべて
『私』を主張していると思いますが。

521 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 17:32:30 0
>>520
わかりやすく説明してあげてるのに
私の言っている事が、ぜんぜん理解できてないなぁ

反論が目的だからじゃない?
わざと不理解の方向へ行ってるんじゃないかな
そんな発想してたら、いつまでも理解できないよ?

私はそんな、くだらない話をしてるんじゃないからね

522 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:37:57 0
>>516
>『私』は、いかなる物理的要素だと言えるのかね?(爆笑
私の身体は物体だね。具体的にどういう物体かは解剖学の
養老先生が詳しいんじゃないか。
私の財産も少なくとも不動産は物体だね。
私の名前や私の思想や私の知識や私の権利などは「情報」だから
モノに還元は出来ない。
これでいいかな?

523 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/13(月) 17:43:05 0
>>521
議論とはそういったものではないでしょうか。一応理解しているつもりなのです。A,B,Cなどを
登場させたところは、「私」概念が「個人」を表すことをわかってないというつもりでおっしゃったのでしょうが
そんなことは分かり切っているので、別の論点を持ってきたのですよ。私の言っていることに
ついても、理解できないところがあれば質問されてもいいのですよ。

524 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 17:46:44 0
普通に考えて下さい
他人は、わたしではありません
当たり前ですよね?

他人の自我は他人の自我であり
私ではありません

私の自我と、他人の自我
それは互いに別人です

他人の自我の話は、他人の話であって
私の話ではありません

もし想像力があるなら
私のいない 他人だけの世界を想像してみてください
(実は、これが意外と難しい)
その世界には、私は存在しないのです
じつは
それが普通の客観世界なんです
なぜなら
私が生まれるまでは、それが実際に普通だったんですから(苦笑
当たり前ですね?(笑

では
何がどうだから
今、私が存在しているのか
という問題です

525 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:56:53 0
他人も私だよ

526 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:57:03 0
私の自我とか他人の自我とか、意味不明 
自我をしてみたら?


527 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 17:58:34 0
「普通に考えて下さい 」と懇願することろが、哲学らしくないなw

528 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/13(月) 17:59:26 0
>>524
なるほど、これは失礼しました。他人だけが存在した世界に、「私」という概念でとらえられる
存在がいつからか現れ、その「私」性は独自性、唯一性をもち、もっとも自分に近しい
もの、じぶんをあらわすもの、となった。唯物論的世界では、他人は存在しえても、
「私」という意識が登場するのでは、またその「私」が全ての人間に備わっているということ
から、唯物論は崩壊だ。なぜなら物とは離れた私が物事を決めるのだから。
こんなところで最高位さんの言いたいことに近いでしょうか。

529 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 17:59:37 0
>>525
他人は他人であり、私ではありません

もし
他人も私だと
本当に、そう思うなら
病院に行った方がいいです
悪い事は言わない

530 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:03:15 0
余計な御世話だ

531 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:04:26 0
>わかりやすく説明してあげてるのに
>私の言っている事が、ぜんぜん理解できてないなぁ

へんてこな論理で説明するから、さんざんあちこちから指摘されているだけなのにw

532 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 18:07:53 0
>>531
>へんてこな論理で説明するから、さんざんあちこちから指摘されているだけなのにw

私は私
他人は他人
当たり前だね

わかりやすくないか?
小学生でも理解できるように説明してるつもりだよ(苦笑

こんなアホみたいに簡単な事も理解できんの???
大丈夫かい?

533 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:10:51 0
>私は私
>他人は他人
>当たり前だね

何の説明にもなってないなw
私とは何かね ?他人とは何かね?



534 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:14:41 0
私は私  他人は他人
で説明したつもりになっているって、どんだけ馬鹿なんだろうw

535 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/13(月) 18:16:11 0
しかも、「私」のすごいところは、「私」と私の関わることのできる「世界」が一致していて、
それを持ち寄った総体が人類にとっての「世界」である、ということだ。科学的手法によれば
さらに個人を超えたところにある「世界」を信仰的に想定することもできるが。「私」の想像力
の大きさと、「他」の小ささ。

536 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:17:34 0
私が私であるのが何故に「当たり前」なんだねw

哲学的素養が無いなw

537 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:20:58 0
他人は私で私は他人。
これぐらいはわかってもらいたい。

538 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:30:35 0
>「この脳が私である」
>      ↑
>これは間違いである という事でいいのかね?
   
脳は、体の一部だろw おまえ、大丈夫か?



539 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/13(月) 18:33:59 0
それにもかかわらず、「私」は「他人」と相対するとき、両方を同じ大きさのように感じる。
これは、コミュニケーション能力の偉大さを表すのか、あるいは私が小さくなっているのか。


540 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:35:33 0
>>537
そうですね。まずは、自らの「他者性」を発見することですね。

541 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:46:37 0
自己と私はまったく別の概念だね。
自己同一といえても私同一とはいえない。
自己矛盾はあっても私矛盾はない。
自我と私も別概念だね。
言葉を厳密に使い分けるのは哲学のはじめだろ。


542 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:51:39 0
ところが厳密に考えれば考えるほど言葉のいい加減さが浮き彫りになっていく。
真剣に語るほどに滑稽な文章になっていく。
天才君の文章がその典型。

543 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 18:58:05 0
私と他者の境界線は極めてぼやけて捕らえときゃいい。
数学において線が面積を持たないという概念と同じ。
言葉自体が曖昧なんだからその言葉を使って考えてる以上明確な私の記述は不可能。
結局は生活上問題ない程度に、ある意味ざっくり、常識的に私を規程すれば十分。

544 :素人:2008/10/13(月) 18:58:59 0
>>495
・遺体の処理(の一部を担う形)として。
・(社会的な)、人が行う自然な行為だから。
・文化的に確立された、社会に(或いは遺族に)必要な儀礼だから。
・亡くなった者への哀悼(或いは感謝)の意の表現だから。
・遺族の想いのケジメになるから。
・道徳、情操教育の一シーンとして。
・先祖を大切にするという価値観を評価し、関連する儀礼を行うことで土地土地の文化に受容され易くなるため。
・善き後生へと繋げるため。
・(死後においても)悟りへの道筋をつけるため。
(・弥陀の来迎を確実にするため。)
等々と、まあ色々考えられますが、
おおまかな部分(根本的部分)では、他の様々な宗教と、理由はさほど変わらないでしょう。
(教義面での擦り合わせ(辻褄合わせ)としての歴史的理由を探ることもできますが・・・。)

また、 >仏教では  と仰いますが、
「文化としての仏教が」死者供養(死者儀礼)をするのか、
「仏教の教義が」死者供養(死者儀礼)をどう位置付けているか、
「仏教的価値観を持った人が」死者供養(死者儀礼)をするのか、
「仏教的価値観を持った現今僧侶が」死者供養(死者儀礼)をするのか、
「仏教の教義に殉じている者が」死者供養(死者儀礼)をするのか、
「仏教の教義に殉じている僧侶が」死者供養(死者儀礼)をするのか、
などでは、それぞれ理由が異なっているでしょう。
全てに通ずるように、基本ラインとして(建前として)設定される理由とすれば
≪「仏教だから」死者を供養する≫ のでなく、
≪「“死者を供養する”という文化があるから」、そこに関わることで、それを仏法への入口とする≫
というスタンスが骨子になるでしょう。
もっと俗っぽい歴史的な理由とすれば、≪受容され、収まることのできたポジションの維持の為≫とも言えるでしょう。
(「仏教でも死者儀礼しますよ〜。皆さん、仏教に触れてみませんか〜?」とw)
≪政治に(江戸幕府に)利用された。(それを甘んじて(寧ろ進んで)受け入れた)≫という面もあるでしょう。

545 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 19:08:31 0
脳と非脳が一体となって脳となる。
もし、脳は脳で、非脳など知ったことではない
とするならば、すべてが脳で埋め尽くされる。

しかし、一般的に脳が私であると言う場合は、
非脳は含まれていない考え方に見える。

546 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 19:09:40 0
>>522
君が対象化している何かを“私の身体”と呼んでいるのなら、
それもまた「情報」だよ。
情報でない事物を私(たち)は知らない。

547 :素人:2008/10/13(月) 19:20:37 0
>>495
仏教が、既に“文化”として溶け込み、且つ、そのバリエーションを増やしている以上、
貴方のような立場からの広範な(総体的な)問いに一言で答えるのは不可能です。
(勿論、ケースバイケースで、「ある一面からのみの答え」を提示するだけで済む場合もあります。
 既に何らかの宗派、或いは価値観の上に立って問いが投げかけられている場合は、
 その方向で答えれば十分です。余計な事を付け加える必要はありません。
 けど、貴方の問いは違うのでしょう?w)
ですから、>>544冒頭のような大雑把な箇条書きになるのです。
問いは、『「仏教が」死者儀礼をする理由』なのですから・・・。
それは、
歴史的要請からかもしれない。
為政者の思惑からかもしれない。
民衆の要望からかもしれない。
土着の文化、慣習からかもしれない。
共同体維持の為、計画的に導入されたものかもしれない。
慈悲と重なった哀悼の気持ちからかもしれない。

インドでの誕生時に、死者儀礼が教義として(→比丘に関わるものとして)内包されていない以上、
その理由は、歴史的考察・文化的考察、或いは地域性(各国の仏教の在り様)を抜きにしては語れない。

人は、これを「逃げ」ととるかもしれないが、そのことに敢えて反論はしない。
「逃げ」である側面は確実にあるのだから・・・。
ただ、原理主義に陥らぬよう、仏教を俯瞰的に捉える視線を忘れたくないだけだ・・。
願わくば、こうした俯瞰的視線を許容して貰いたいし、
許容して貰えるよう言葉を紡ぐのも、仏教に触れた者の義務だと感じてはいる・・・。



甚だしくスレ違いだな・・・w  m(_ _)m

548 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 19:26:15 0
>>546
だから、唯識氏に弟子入りしろと何度もアドバイスしているのに・・・w

549 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 19:38:36 0
>>548
はた迷惑な長文癖がなおらないね。w
君こそ唯識氏から短文の書き方を学ぶといい。
で、君は“情報ではない”事物を知っているの? 挙げてみて。
リンゴはだめだよ。w





550 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 19:44:15 0
最高位は読みやすいように改行が多いけれども、
あほみたいな長文は書かない。
須らく見習うべし。

551 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:36:13 0
>>505

>@ なんの根拠で、それを結論づけたのかね?

なんの根拠でって、科学的根拠か?
おまえ どうしても、唯物論を学説にしたいらしいな w 
どうしようもないな アホの壁






552 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:39:46 0
彼は何年も同じフレーズを使い回してるからね。
型が出来上がっている。
ネットで拾った煽りフレーズもたまに混ぜる。
彼はもう何も考えなくていい位置にいるし、
実際何も考えていない。

553 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:44:06 0
>>546
>情報でない事物を私(たち)は知らない。
そんなことはない。
私たちの身体で情報を処理するのは神経系だけだ。
消化器系は食物、すなわちモノを処理する器官だ。
呼吸器系も酸素というものを扱う器官だね。




554 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:44:56 0

>実際何も考えていない。

わろた。
まあ、思考の粗さはあいかわらず、ってことで。


555 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 20:46:07 0
>>533
私とは何か
他人とは何か
なんていう難しい事を言ってるんじゃないんだよ

私は私
他人は他人
という当たり前の事を言っているんだよ
こんな簡単な事すら理解できんの?(苦笑

>>534
>私は私  他人は他人
    ↑
これが理解できんとは珍しいね(爆笑
正常なら、子供でも理解できるぞ?

>>537
>他人は私で私は他人。
>これぐらいはわかってもらいたい。

はぁ???
他人は他人で私は私 だぞ
これ当たり前ね(爆笑

というか真剣な話だけど
キミらは、自分が存在している事実に対する原因的根拠性の無さ
というような現代哲学的観点について、サッパリ全く理解できんわけか???

キミらは、自分という最も身近で、最も重要な観点を見落とし
客観的観点でのみとらえようとしている
それは前時代的な観点であってね
その視点では、現代哲学は永遠に理解できませんよ

556 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 20:48:48 0
>>538
会話にすらなっていないなぁ・・・
言葉のキャッチボールというものを
日常で訓練しようぜ

>>539
それはキミの主観だね
わかってるとは思うが
決して、キミが他人になったわけじゃない
その事とは関係がない
頭をこんがらがらせて、ゴッチャに混同してはいけません

>>540
>まずは、自らの「他者性」を発見することですね。

最初の前提が「自らの」になっている事に気づけない哀れさ・・・
『私』は何を思おうが、『私』を離れては思えないんだよ
『私』は『私』を離れては、存在する事すらできないのですよ
まずは、そういう本質的な前提を理解するところからです

>>541
だったら自分で、ちゃんと定義して説明すれば?
私は言葉というものは
ある程度、かなり曖昧な道具だと思っているけどね

>>543
>言葉を使って考えてる以上

それはキミが、左脳的な思考方法に依存しているからだよ
私の場合、説明するのには言葉を使うが
思考するのには、イメージという事があるし
必ずしも言葉に依存しないね

557 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:49:16 0
>私は私
>他人は他人
>という当たり前の事を言っているんだよ

だから、何で「当たり前のこと」なんだよw

558 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:51:46 0
>正常なら、子供でも理解できるぞ?

どういうふうに理解しているのかね?

559 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:56:07 0

>自分が存在している事実に対する原因的根拠性の無さ

はあ? 適当に言葉並べてんじゃねえぞ ゴラアw

560 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:58:15 0
>>555
>その視点では、現代哲学は永遠に理解できませんよ
哲学に古代も現代もないだろ。
時間や歴史にかかわらない普遍性を追求するのが哲学だろ。
数学を見よ。ユークリッド幾何学は現在でも教育されている。

561 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 20:58:48 0
>>556
>会話にすらなっていないなぁ・・・
お前のことじゃないかww

562 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 21:01:08 0
>>544
私が聞いているのは
素朴実在論の立場からすると
死者の魂は、いかなる実在なのですか?という事です

>>551
>なんの根拠でって、科学的根拠か?
>おまえ どうしても、唯物論を学説にしたいらしいな w 

はぁ? 何考えてんの?
唯物論は、論だろ
だったら論理的根拠を挙げればいいだろバカ

>>552
>彼はもう何も考えなくていい位置にいるし、
>実際何も考えていない。

いや
昔ほどは考えてないけどさ
今でも、ちょっとは考えてるよ
現代哲学を、アホにも理解させる事が出来る説明法は無いものか とね(苦笑

今のところ、まともな人なら理解させられる所まで来たけどね(笑
さすがに、アホに対しては、いまだに難しいわ(爆笑

563 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 21:02:24 0
>『私』は『私』を離れては、存在する事すらできないのですよ

訊くが、
『私』を離れるって、どういうことかね?
ポエムですか?




564 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 21:03:59 0
>>556
く、その指摘は認めざる終えん。
543の文の「言葉」の部分を「イメージ」に訂正してくれ。

565 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 21:10:11 0
>思考するのには、イメージという事があるし
>必ずしも言葉に依存しないね

はあ、言葉やイメージで思考するのかね?



566 :天才君:2008/10/13(月) 21:30:34 0
とりあえず、哲学者最高位によって活発化された「私」が
沢山でてきたではありませんか。

何者でもない天才君は、いい加減であり、また完璧でもあり、
また自我というものを立ち表せる事もでき、矛盾もあり、
バカであり、ニートでもある「私」を包括しているわけです。

そして、「私」を記述する。わけですが、ここに書いてある事は、
「記述が在る」という事です。記述されたものは「私」すなわち
天才君ではありません。

しかしながら、おそらく「私」は存在しています。

567 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 21:31:25 0
>>565
いわゆる論理的思考っていうのは記号(言葉、数字)を道具としてるんじゃないの?

568 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 21:45:43 0
>>566
あんたがニートかニートでないかは確かだろ?
あんたは「私」を在るか在らないかでしか語らないからその内容は無意味なんだよ

569 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 21:48:12 0
>>563
不可能だ と言ってるわけだが
根本的に頭だいじょうぶですか?

>>543
>私と他者の境界線は極めてぼやけて捕らえときゃいい。

なんで?
非常にハッキリしているでしょうに
キミの感覚では、ぼやけているわけかい??
自分と他者との境界がハッキリしないなんて・・・
病院の先生に相談してみる事を勧める

>結局は生活上問題ない程度に、ある意味ざっくり、常識的に私を規程すれば十分。

そういう、いい加減な規定が前時代的なんだよ
時代は進歩しているのに、キミの頭の中はついて来れないようですね

>>565
キミは何かを考える時に、言葉やイメージにしませんかね?

>>566
>「記述が在る」という事です。
>記述されたものは「私」すなわち 天才君ではありません。

記述されたものは天才君でなかろうが
記述しているのは天才君なのではないかね?

>しかしながら、おそらく「私」は存在しています。

我思う故に我あり だからね〜

570 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 21:49:57 0
>>568
ニートのようであり、ニートのようでもない「私」があるかもしれなくない?フィフティフィフティのやつ。

571 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 21:52:08 0
>>569
>記述しているのは天才君なのではないかね?

天才君はそれを認めないのさ

572 :565:2008/10/13(月) 21:53:18 0
>>567

記号(言葉、数字)は思考(推測・推理等)とともに現れるだけで、思考の道具ではない。

「・・だから・・で・・」という内言は言葉だが、言葉で考えている訳ではない。

と、考える。





573 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 21:57:32 0
>>568
>>570

ん?
彼は自分自身で

>何者でもない天才君は、いい加減であり、
>バカであり、ニートでもある

と、自分がニートであると、ハッキリと述べているのであり
ニートでない可能性など、全く述べていないのではないか??

574 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:00:25 0
>>573

>>461

575 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:00:27 0
>>569
543だが、
たとえばリンゴがあったとして、その輪郭(リンゴとその外の境界)をはっきりさせようとしたら、
どこまでもミクロの世界にもぐりこんで帰ってこれなくなるでしょ。
だけど、実際の生活ではりんごの輪郭っていうのは、だいたい視覚の解像度ぐらいで大雑把に規程してる。
つまり私を記述するって言うのは100%は無理。「ぼやけて捕らえときゃいい」って言うのはそういうこと。
実生活のスケールで適度に「私」を記述できるやつって言うのがいわゆるしっかりした自分を持ったやつ。

576 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:02:27 0
>>569
『私』を離れるって、どういうことかね? と訊いているのに、


>不可能だ と言ってるわけだが  

では答えになっていないだろ。

春ではないんだから、ポエムはよしましょう。



577 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:03:51 0
>>575
「私」を語る諸層が異なっているからさ
「りんご」は物質だの赤いだの甘いだの、すべては正解だ

578 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:04:53 0
>自分と他者との境界

その境界は、どこにあるの?

579 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:08:24 0
>キミは何かを考える時に、言葉やイメージにしませんかね?

「思考」と「言葉やイメージにする」ことを混同しているな キミはw

580 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:08:51 0
>>572
すくなくとも俺らには5感しかないよな。
だから俺らにとっての宇宙は5感で感じられることに限られる。
記号(言葉・数字)は完璧じゃないけど、ある程度置きかえられてるない?
というかあなたは何で思考してるの?いや、むしろあなたにとっての思考って何?
これは揚げ足取りになっちゃうけど、推し測る、理を推す、まさに、記号を使うってことじゃないの?

581 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:11:06 0
>>578
だから、厳密にはない。

582 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 22:12:08 0
>>575
物質的なものは、体ですら境界がハッキリしない
それ故に、『私』とは根本的に異質である と言っているのだよ

『私』というものは、完全に『他』とは別なのであり
『私』は『私』である限り、他の何ものでもなく
『私』は完全に、絶対的に『私』なのです

>実生活のスケールで適度に「私」を記述できるやつって言うのがいわゆるしっかりした自分を持ったやつ。

そういうのは論理哲学ではなく、人生哲学の部類ですね

583 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:17:33 0
>>580
>推し測る、理を推す、まさに、記号を使うってことじゃないの?

「推し測る、理を推す」が何で「記号を使う」ってことになるの?

たとえば「ここが動くとここが連動して動く」ということを思いつくのに、
記号を使って思いつくのかな?
記号の使い方を知っていても、まさにそれを「思いつく」ことにはならないではないか。






584 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 22:21:28 0
>>576
そもそも不可能で、有りえない と言ってるのに
「どういう事かね?」とは、どういう事かね?

>>578
>その境界は、どこにあるの?

境界線が、どこかにあるはずだ
という感じで、唯物的に決め付けた発想じたいが貧困だね

境界線など定めなくとも、私と他人は完全に別人ですよ(苦笑

585 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:25:57 0
>>582
精神的な話し?
正直言ってる意味がよくわからん。もうすこし俗っぽく説明してくれ。
ただ絶対って言う言葉がはっきり言って信用ならん。
絶対って言う言葉の使い方が俺ら違う気がするんだよな。
共通理解ができてないような。どっちが正しい、間違ってるじゃなくてね。
俺の場合絶対なんて1つしかしらんし。

人生哲学っていう指摘にかんしては、それは論理哲学は結局ぶっ飛んじゃってる
からかならず生活レベルに持ってきたいっていうのもあるんだよね。個人的に。
スレタイを素直に読めば論理哲学だけど。

586 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:27:27 0
>物質的なものは、体ですら境界がハッキリしない
>それ故に、『私』とは根本的に異質である

体の境界がハッキリしない と、どうなの?
『私』とは根本的に異質とは、『私』にはハッキリした境界があるということなの?





587 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:29:19 0
>境界線など定めなくとも、私と他人は完全に別人ですよ(苦笑

非論理の論理だな。 オバカの論理。

588 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:29:27 0
>>583
推し測る論争は揚げ足取りだから気にせんといてくれ。言葉の成り立ちの問題だし。

言葉じゃなくてイメージってこと?記述するってのは「ここが動くとここが連動して動く」っていうまさにこういう風な文章のことじゃないの?

589 :素人:2008/10/13(月) 22:30:15 0
>>562
>私が聞いているのは
>素朴実在論の立場からすると
>死者の魂は、いかなる実在なのですか?という事です

お前はホントに姑息だな。
>>495の文章が上記の内容であると読む人間は一人もいないだろう。
どうして、恥ずかしげもなくこんな態度がとれるかね・・・。
495の、どこをどう読んだら「死者の魂」なんて(各論としての)言葉が(概念が)出てくるんだ?
総論として質問されているとしか読めない。 私は、そうした495の文章に合わせて答えたまで。
「なぜ、仏教で死者供養をするのか?」という一文が、「魂についての問いである」とは考えられない。
少なくとも、もっと広範囲での問いにしかならない。だから、文化的社会的(或いは心理的)側面で答えることにした。
「495での、“仏教では”」が「562では、“素朴実在論では”」に変わっているが、
流れから省略したのかもしれないが貴方とやりとりをしていたわけではない。
横から入ってくるなら(562が問いたい内容であるなら)、せめて
『仏教が素朴実在論的であるなら、そのような素朴実在論的仏教で、
 “死者の魂を前提とした”死者供養をする理由はなぜだい?』
とでも最初から問うべきだろ? そのくらいの補足文章をつけるのに、さほど労力は要らないだろ?
「魂」について聞きたければ、その旨を最初から文章に織り交ぜるべきだろ?
それがなかったから、穏当な回答を並べただけだ。
495と562を見ると、いかに何も考えず言葉を垂れ流しているかがよく判る。
495と562は、(それぞれの文章からするならば)全く別の問題だ。
よく考えろ。このタコスケが・・。

ついでに言っておくが、562の問いなら私が答える義務はないし、また、答えようもない。
私は、素朴実在論者が死者の魂をどう考えているかを知らない。
強いて推測するなら、
死者の魂が知覚認識されるなら実在とするであろうし、
知覚認識されないなら実在とは考えないのではないでしょうかね?
(素朴実在論にもバリエーションがあったり、知覚認識のされ方で分類がされるようなら、また違ってくるでしょうが・・・。)

590 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:33:15 0
スルーするつもりだったが、ついでだからレスしておく。
>>549>>550
短いということは、多くが省略されるということだ。
多くが省略されるということは、読み取り方(解釈)の幅が格段に広くなるということだ。
誠実な議論の場面に於いて、(他愛ないやりとり、馴れ合い的やりとりは別にして)、
解釈の方向性を相手に丸投げしておいて「わかってないなぁw」と発言する傲慢さを私は許さない。
文脈が不明瞭なら尚更だ。
発話者の側で、できる範囲で、その幅を小さくする努力が最大限為されていて初めて許される態度だよ。
長文が読めない“ゆとり世代”なら、それを自覚し、自称しておけ。
最高位の文章に中身が無いことが判らないようじゃ仕方ないがな・・・。

591 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:34:59 0
「境界線など定めなくとも」というところをみると、思考放棄だなw



592 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 22:40:09 0
>>589
ん?
死者を供養する
というのは
死者の魂を慰める
というような事ではないのかね??

ようするに、簡単に言えば
私には、仏教が素朴実在論である という主張が、そもそも理解できないのだよ
唯物論を支持したりとかね
常識的に考えて、逆だろ普通
仏教は観念論の代表じゃないのかね?
そういう常識的な考え方を知らずして
仏教は素朴実在論である
なんてワケのわからない大昔の左翼教師みたいなアホな事を言ってるから
私が、わかりやすく突っ込んであげてるんだよ

593 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:44:25 0
>>487 :素人さん
>こんな感じでどうです? 足りませんか?

素人さんは結局【「ある」のか「無い」のか?】に還元して考えてしまっているから、ポイントが全くズレてます。
「空」はもともと「無」ではないから、「ある」のか「無い」のかの問題ではないし、
素朴実在論の問題も「ある」か「無い」かという問題では全然ないのです。
【素朴実在論】とは・・・「哲学で、主観と独立して物質的対象からなる世界が実在するという主張。
特に認識論では、知覚や認識はこのような外界を忠実に反映・模写して成立するという。→模写説 」(大辞林)。
ポイントは「ある」にではなくて、「独立して」にあります。そこがなければ素朴実在論も模写説も成立しない。

>>493のリンク先の素人さんの書き込みも、★さんの書き込みもズレてます。
一番まともな書き込みは960さん。
★さんの間違いが分かりやすい所は例えば951の【「認識がある以上、認識対象もある」と言う素朴実在論】。
素朴実在論でも観念論でも認識対象は「ある」のです。

つまり
対象が「独立して」「ある」とするのが素朴実在論
対象は「構成されて」「ある」とするのがカントの観念論
そして、一切は「縁起において」「ある」とするのが仏説
なのです。


594 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 22:45:33 0
>>489 :素人さん
>もし、“リンゴを箱に詰める” と 『(○○を)思考する』 とを比較できないと言うならば、
>貴方には「構図を見る」というスキルが欠けていると言わざるを得ません。

>>328の【先んじることはないのではないでしょうか?】を見れば分かるように、素人さんの“リンゴを箱に詰める”という譬は
大雑把にいえば、上の素朴実在論の問題と同じで、対象が先か(模写説)、認識が先か(構成説)という問題のための譬です。
そして素人さんがズレているのは、構成説を否定する考え方の譬として、模写説を前提とした譬を使ってしまっているところです。
つまり素人さんが“リンゴを箱に詰める” と同列に比較しようとしている 『(○○を)思考する』は、素朴実在論における
『思考』でしかないということです。


>>490 :素人さん
>他の、今まさに波として生じている命をサポートする“菩薩行”と見做せませんか?
>この私という波は、他の鈴木さんという波と合して、新たな波として大海にあり続ける・・・、
>素晴らしいじゃないですかwww

臓器移植を肯定するということは、臓器提供者の立場だけでなく臓器をもらおうとする側の立場も肯定することです。
そして菩薩行の実践としての布施行においては、与える側にも受け取る側にも我欲が絡んではならないとされています。
現実問題として、臓器を順番待ちで待っていながら、与えられることを期待しないということはあり得ないので、
“菩薩行”とは見做せないでしょう。

我欲は三毒の一つとされているから、ここは大事な問題です。
そして我欲は、個体的生命(波)への執着によって生じます。


595 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 22:57:06 0
素人くんへ

墓参り とかは、何の為にするのですか?
あれは、石に対してお参りするのですか?
私は死者である先祖の霊に対して、お参りする という仏教思想だと認識していましたが・・・

素朴実在論的な哲学であるところの仏教の立場として
お墓参りは、どういう意義があるのですか?

596 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:02:45 0
参考にこれでも読めよ。おれはほとんど関心ないが。

「誤解された仏教」著者: 秋月龍a



597 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:02:54 0
>>582
あなたの宇宙では「完全」に「私」と「その他」が分かれててもいいけど、
それを押し付けるあなたの宇宙を私は否定せざるを得ない。

598 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 23:03:16 0
素人くんへ

戒名というのは何ですか?
結構、高いらしいですよ戒名を付けるのに値段がね
しかし仏教が素朴実在論的であれば
死んだ人に名前を付けるというのは、ヘンなんじゃないですか?
死んだ人は素朴に、実在じゃないですよね?
どう考えても素朴実在論ではないようにしか思えませんが
どういう事なんですか??

599 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:06:47 0

>『私』というものは、完全に『他』とは別なのであり
>『私』は『私』である限り、他の何ものでもなく
>『私』は完全に、絶対的に『私』なのです

「である限り」って何wwwww
内容なさ過ぎw


600 :よけいなお世話:2008/10/13(月) 23:15:59 0
【誤解された仏教】著者: 秋月龍a
私は、霊魂を認めない。あの世も信じない。輪廻転生も否定する。
三世の因果も信じない。葬式だの法事だのいう死者儀礼は本来の仏教とは関わりなかった。
仏教は無神・無霊魂論なのだから、霊魂どころか、
「神も仏もあるものか」などというような仏も認めない。
私はひたすら「摩訶般若波羅蜜多(悟りの智慧の完成)は仏道の第一義なり」
ということだけを信じ、それだけを提唱する。

――<本書「まえがき」より>




601 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:28:10 0
『私』というものは、完全に『他(』とは別なのであり

ぷっ
『私』というものは、完全に『(私ではないもの)』とは別なのであり
と言っているだけ。馬鹿すぎ。



602 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/13(月) 23:29:00 0
>>599
アホは黙ってろって

お前が書いた事に、内容があるつもりか?バカ(爆笑

>>600
キモいな
仏も認めないんじゃ
そもそも仏教という呼び名じたいが、おかしいんじゃないかと思えるね
極端に言えば、何かの新興宗教じゃないの?


仏という字と、私という字は似てるよね
関係があるかも知れないね
お釈迦様も、生まれた瞬間に
「天上天下唯我独尊」と述べられた らしいしね

603 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:35:08 0
>>593
>対象が「独立して」「ある」とするのが素朴実在論
「独立して」じゃなく「主観から独立して」だね。
対象に自性があることを意味する「独立」ではない。
対象に因果関係が有ることを認めるのも素朴実在論だろ。

604 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:36:23 0
>お前が書いた事に、内容があるつもりか?バカ(爆笑

お前のレスよりはなw  オバカ君。

605 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:38:43 0
仏教は無我、私が無いのが仏教だよ。
仏の本字は佛、すなわち人に非ずという意味の字だ。

606 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:43:57 0
>>582
 _
|私| 環境
  ̄
あなたの思考のうちでは「私」がどうなってるか分からんが、
「完全」に私が環境と区別されてるなら、上図みたいなイメージなの?
そしたらよく私と環境の境目を凝視して見てほしいんだが。


607 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:46:33 0
>>605
本当に仏教が分かっていて、私を記述したいなら、ここに書き込まない事が正解だよ。

608 :素人:2008/10/13(月) 23:46:42 0
>>593
その他のレスも含め詳細は数日後に作文させて貰うが、
どうやら、あっちのレスでの話をもう一度しなければならないようですね・・・w
ひょっとして、その時の方ですか? 最初の問いかけからしてそんな匂いがしたのですが・・・。

同一人物かもしれませんので、一つだけ指摘しておきます。
貴方の言う「独立して」が、
『それ自体で「独立して」』なのか、『認識から「独立して」』なのか、『主観から「独立して」』なのか、で
意味が全く変わってくるということです。これは、向こうのスレでも指摘しました。
貴方なら三者の違いがお解りになるでしょう?

ほか、ツッコみたい所は多々ありますが後日としましょう。


>>最高位
上記の件が一区切り付いたら答えてやってもいいが、とりあえず
戒名に関しては、「戒名と日本人―あの世の名前は必要か―」(保坂俊司/祥伝社新書)でも読んどけ。
お前の疑問に全部答えてくれるよw ワシが長文書くより解り易いだろうよwww
墓参りは、適した本を知らないので、長文でよければ後日の後日に投下しようか?w
>>592も、溜息が出るがw気が向いたら「丁寧に」長文投下してみよう。

いずれにしろ今日は就寝だ。
おやすみ ノシ

609 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:49:06 0
>キモいな
>仏も認めないんじゃ

秋月龍a(1921~99)
仏教界ではすごく有名な人らすい

610 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 23:54:08 0
>>608
模写説と構成論の話なんだから「主観から独立して」だろ
言うまでもなく。。。

611 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 00:01:18 0
>>605
無我 というのは、無心と同じような意味なんじゃないのかな
無心の心 という本もあるように
心がなくなる という意味ではなく
あくまでも、心の状態を表す言葉ではないのかな

結局、無我の境地に達するべきは『私』なのであり
他人がいくら無我の境地に達しても、私には無関係なんだしね
我に執着するな というような教えではないのかな

>>606
凝視できるのは
素朴な実在だけですよ

>>608
相反するいろんな人の主張を持ってきて
その場その場に合わせてコロコロと主張を変えられても困るんですよ
簡単に言えば、仏教は素朴実在論的である と主張するキミの仏教観としては
先祖の霊は存在しない という事なのかねどうなのかね

612 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 00:07:39 0
>>609
>秋月龍a(1921~99)
>仏教界ではすごく有名な人らすい

だったら仏教徒は、葬式も先祖供養も墓参りも
全てやめればいいじゃんか(苦笑

613 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 00:08:33 0
>>611
あなたにとって、「私」は本当は言葉で記述できると思ってる?
それとも俺らとの交信手段が言葉しかないから言葉で記述してるが厳密には無理だと思ってる?

614 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 00:15:09 0

>>584
>そもそも不可能で、有りえない >と言ってるのに
>「どういう事かね?」とは、どう>いう事かね?

『私』を離れる とは いかなる事態なのかね?
と、当方は訊いているのだが、
あなたは相当なボケでいらっしゃるので、そのことが理解できない。
それだけのこと。



615 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 00:17:13 0
>>613
キミ、少し頭がおかしいんじゃないの?
自分で考えりゃわかるでしょう
やれるんだったら、そんなこと私に聞かなくても
キミが自分で、すればいいだけでは?

>>614
>『私』を離れる とは いかなる事態なのかね?
>と、当方は訊いているのだが、

私は、そういう事態はない と言ってるんだよバカ

616 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 00:20:49 0
>全てやめればいいじゃんか(苦笑

かなりひどい言い草ですなぁ

「デカルトが言ってるから」「ライプニッツが言ってるから」みたいなw

617 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 00:26:13 0
>私は、そういう事態はない と言ってるんだよバカ

会話が出来ないやつだなw
「どういう事態か」と訊いているのに、
「そういう事態はない」では まったく「事態の説明」になってないんだよw
このくらい分らなくて、よく生活できるな ニワトリ脳君。






618 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 00:33:06 0
>>616
>「デカルトが言ってるから」「ライプニッツが言ってるから」みたいなw

ぜんぜん違うわけだが、あたま大丈夫?

>>617
私は最初から
『私』は『私』を離れては、存在する事すらできない
と言ってるだろ
私を離れた状態など無い ということ

>「そういう事態はない」では まったく「事態の説明」になってないんだよw

無い事態を、どう説明しろと言うのかね?

619 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 00:33:11 0
>>615
いや、だからおれは厳密には無理だと思ってるんだって。
けど、あなたは「完全」に「絶対」に「私」を記述できるんでしょ。
それにもかかわらず、かなり曖昧な言葉で説明してるから結局言葉の限界は認知してるんじゃないかと思って。
言葉の限界を認めてくれれば、「私」が厳密に規定することは不可能だってことを教えられるんだが。

620 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 00:40:43 0
>>618
>無い事態を、どう説明しろと言うのかね?

「まったく説明できない事態」について、それは不可能だ、と言ったのかねw
ニワトリ脳君。
あまり嗤わさないでくれよw



621 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 01:07:05 0
>>618
>無い事態を、どう説明しろと言うのかね?

ニワトリ脳にも、もう少し分りやすく説明しよう。
有りもしない事態について「・・することは不可能」というのは明らかに変なんだよ、ということだ。
たとえば、地球に小惑星が衝突するというような事態は、あり得ない事態ではない。
また、迫りつつある事実があるのなら、「この事態は回避不能」とか、回避できるとかいう議論が成り立つわけだ。
しかし、説明されていないし、説明不能なものに対して、不可能だということは「無内容な話」だ。
これで分ったかね、ニワトリ脳君。



622 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 01:12:05 0
>>619
キミは何かを勘違いしているなぁ

まぁいいや
言葉の限界を認めているよ
で、それで何を説明してくれるのかね?

>>620
無い事態に対して、どういう説明を求めているのですか?と聞いているのだよ

623 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 01:26:04 0

>>622

まだ分らないのか。あきれたw
説明不能な事態に対して、
どうして「不可能だ」と言えるのですか?と聞いているのだよ



624 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 01:34:55 0
>>622

「私が私を離れて存在する事は不可能」
「私が私を離れて存在するって、どういう事態? 」
「どういう事態なのかは説明不可能だが、あり得ないんだよ」
「私が私を離れて存在するという事態がどういうことなのかを説明してもらわねば、
不可能とか、可能であるという話も成り立たないぞ」

これでもまだ、分らないかねw ニワトリ脳君。




625 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 01:45:42 0

自分でもそれがどういう事態なのかを分っていないし、説明できないないけど、
「そういう事態は無い」って言っちゃった。

そういうことだろ。


626 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/14(火) 02:07:18 0
>>611最高位さん
また勝手な解釈で最高位さんの世界観の披瀝は止めましょう。
無我とは本来「我の実体は無し」ということです。
それを「有」とし執着するのが「人」であり「煩悩」であります。

私わたしと区別が面倒ですので
今後最高位さんが「私」を指す場合
「最高位さんの私」として議論したほうがよいですね。

誰も同じ「私」ではありませんので。

>>624さん
ご本人も分かっていない空想談義に関わる必要はさほども無いかと。

627 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 02:32:34 0
>>624
>「私が私を離れて存在するって、どういう事態? 」

私が私を離れて存在できるのかい?
できないだろ?
もし存在できるなら
私も、どういう事態なのか知りたいよ(爆笑

>>626
我の実体は無し??
意味がよくわからんけど

我は存在するのかい?
存在しないのかい?

ところで
我に執着する人がいるとの事ですが
それは誰?(爆笑

628 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 02:32:49 0
いくら話しても分かってくれないのは他人は『私』じゃないからだねw
他人に関係ない『私』の話なんて、他人にしても仕方がないねw
そんな当たり前の事が分からない『私』って馬鹿よね。お馬鹿さんよね。

629 :624:2008/10/14(火) 02:41:34 0
>私が私を離れて存在できるのかい?
>できないだろ?

おやおや、まだ分っていないんだなw
当方はね、「私が私を離れて存在する」とはどういうことかね
と訊いているのだよ。
どういうことか分らない事に対して
「できる」も「できない」の判断もできない 
と言っている。
君は、「できない」と言っているのだから、その事態を説明できるはずだ。
さあ、説明したまえw



630 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 02:46:03 0
最高位哲学は実質的にデカルトの第一哲学原理第のみだから、
最高位哲学ではみんな満足できないんだよ。

最高位自身だって、自分の哲学に満足できないから、
他人の意見を煽って必死にマイ哲学に満足しようとする以外に、
マイ哲学を利用できていない。

最高位は駄目だね。

631 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 02:46:23 0
>>628
いや
他人に自我が無いか、又はアホの場合には、分からんだろね
このスレの場合
おそらく、ほとんどがアホだからだろね

もし、その他人がアホでなく、私と同じく自我があるならば
自分の事として自覚する事によって普通は理解できるんじゃないかな?

>>629
>当方はね、「私が私を離れて存在する」とはどういうことかね
>と訊いているのだよ。

私が私でなくなって、どうして私として存在できるのかね?
アホですか??

632 :624:2008/10/14(火) 02:46:36 0
>私も、どういう事態なのか知りたいよ(爆笑

ニワトリ脳のいうことは、ちんぷんかんぷんだな。
どういう事態なのか知らないのに、「それは、できない」と判断するなんて・・


633 :624:2008/10/14(火) 02:50:37 0
>私が私でなくなって、どうして私として存在できるのかね?

「私でなくなる」とはどういうことかね?
「私として存在する」とはどういうことかね?

君はこれらの質問に答えられるか?
答えられずに語っているとしたら、言葉をただ並べているだけだねww




634 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/14(火) 02:50:43 0
>>627最高位さん
煩悩を滅しない限り「我の有」という考えは消えません。
執着するのは「誰」ではなくその人個々の「こころ」です。
つまり一切有情(人も含む)です。

635 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 02:53:06 0
>最高位

「私が私から離れて存在する」とか意味わかんねーしw

「私は私から離れて存在するか?水素原子が水素原子から離れて存在するか?」
と言われて、何を言われてるか分かる奴はいねーよ。
とりあえず病院いっとけw>最高位

「水素原子が水素原子から離れて存在するか?」
水素原子が水素原子から離れて存在出来ないとしたら、
水素原子は特別な神秘的な存在なのかよバーカバーカ最高位w



636 :624:2008/10/14(火) 02:55:01 0
「私が私を離れて存在する」とは、私が私でなくなることかね?
それでは何も説明になっていないないだろ。
「私が私でなくなる」とは、どういう事態をいうのかね?



637 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 02:59:52 0
>とりあえず病院いっとけw>最高位

最高位、小学生とかではなく、いい歳ぶっこいていたら、
「知恵遅れは診察いたしません」て、病院側は断るだろなw

638 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 03:07:30 0
最高位の説明はメチャクチャだよ。


「動詞には必ず主語がある

だから『走る』という動詞のみが存在するのは不可能だ

走っている主語は誰なの?私だろ?

私は存在する」


って最高位は言うじゃない?
でもデカルト的方法的懐疑で言えば、自分が走っているのは疑えるのだから、
自分が走っているかどうかは疑えるが、
走っていると「考えているわれ」が存在するとなるはず。

最高位は何も分かってないよ。

639 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 03:11:29 0
最高位ってそんなレヴェル?

640 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 03:11:34 0
>>632
じゃあ私が私を離れて存在できる根拠を教えてよ
どんな状態で存在するわけかね?

私は存在できないと思うけどね(爆笑

>どういう事態なのか知らないのに、「それは、できない」と判断するなんて・・

できると判断する根拠を教えてくださいな(爆笑
私には、どういう事態になるのかすら、全く想像すらできませんね

どういう根拠で存在できると言うのかね??

>633
>「私でなくなる」とはどういうことかね?

キミは、私とかボクとかオレなどという言葉を使わないのかね?
キミでなくなる
という事じゃないか?

>>634
>煩悩を滅しない限り「我の有」という考えは消えません。

誰の煩悩の話ですかな?

>執着するのは「誰」ではなくその人個々の「こころ」です。

その人って誰の事ですか?
誰と特定できない心って、たとえば、どこにありますか?

641 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 03:13:08 0
>>640
レスもセンスないな

642 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 03:19:42 0
>>635
>「水素原子が水素原子から離れて存在するか?」

水素原子は、より根源的な素粒子の集まりによって存在してるとも考えられるし
要するに、分解とかが可能なんだよ
本質を見抜けよ

>>636
>「私が私でなくなる」とは、どういう事態をいうのかね?

そのまんまの意味だが?
私には、想像すらできないね
私が私でないのに、私として存在するなんて
どう考えても不可能だと思うよ?(爆笑

>>638
わかってないのはキミだよ

>走っていると「考えているわれ」が存在するとなるはず。

そうなるわけです
ところで
主語の無い『走り』は、どこにあるのかね?
これはまた別の話
キミには、主語の無い『走り』を具体的に想像できるのですか?

>>641
お前が言える立場かよ(爆笑

643 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 03:25:29 0
>水素原子は、より根源的な素粒子の集まりによって存在してるとも考えられるし
>要するに、分解とかが可能なんだよ
>本質を見抜けよ

(爆笑

644 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 03:27:23 0


どうでもいいが

しかしオマエら必死だな(爆笑

わけのわからん話のすり替えばかりして
なんで、そこまで必死なんだ??(苦笑




645 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 03:28:23 0
そりゃあんさんが哀れだから(爆笑

646 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/14(火) 03:30:56 0
>>640最高位さん
どこを読まれているのか?
一切有情と申しております。

特定できない心ですか。
仏教的にはそれは
釈尊の悟られたこころ
一切有情の済度の誓いを果たされたこころ
そして現象世界そのもののこころ
ですね。

私が私を離れてではなく
私が身体を離れては有り得ない、正しいでしょう。
唯識では私もこころの働きは離れては有り得ない、ということです。

>>642について
それはすでに分かっていることでしょう。
水素原子は陽子1個でそのまま原子核であり
それはuクォークとdクオーク(数はわかりませんが)の3つの組み合わせですね。
たしか分数電荷で足してプラス1に
同様にc−s、b-tというように全部で三世代だと。(そのように記憶していますが)
(ノーベル賞を受賞されましたね)
ただこの素粒子等々、「実体有るものなのか」ということです。
最高位さんはご存知でしょうか?量子というものに
ボール球のようなイメージは適当ではありませんよ。
分解云々というような世界観ではないんですよ。

ちょっと機械さん振ってみました。


647 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 03:33:05 0
>>645
オレも哀れかも知れんが
お前の方が、もっと哀れだと思うぞ?多分

648 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 03:42:51 0
>>646
>一切有情

って何ですか?

>特定できない心ですか。
>仏教的にはそれは
>釈尊の悟られたこころ

釈尊の と、特定してますね(苦笑

>私が私を離れてではなく
>私が身体を離れては有り得ない、正しいでしょう。

日本語でよろしく

というか、論理性の無い宗教教義を、ここで語られてもスレ違いであり無駄です

649 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 04:03:48 0
私 「タケコプターで空を飛んで家に帰るなんて不可能だよ」
キミ「タケコプターで空を飛んで家に帰るって、いかなる事態なのかね?」
私 「いや、いかなる事態もクソも、そもそも論理的に不可能だよ。無理」
キミ「キミは、いかなる事態であるのか説明もできないのに不可能だと言っちゃってるわけか?」
私 「アホか?普通に考えても、風圧で頭の皮がもたないし、プロペラより自分の体が回転するだけだろ。タケコプターで空を飛ぶ事が、いかなる事態かもクソもなく不可能なんだよ。私には想像すらできんね」
キミ「いかなる事態なのか説明できなきゃ、不可能だなんて言えないんだよ〜〜このニワトリめ〜(泣)」
私 「ハァ(ため息)」

650 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/14(火) 04:08:07 0
>>648最高位さん
やはり単純な考えの人ですね。
なぜ三つを挙げたのか、
この辺りはお勉強していただくしかないですね。
悟りとはなにか?の根本ですから。

失礼しました。
私が身体を離れては有り得ない、が正しいでしょう。
が、が抜けておりました。

論理性の無い妄想、不勉強の引用、転用をここで語られても
無駄ですし、ご自身の勉強不足を露呈しているだけです。
とにかく分からないことは勉強ということで。

651 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 04:11:49 0
>>640 >>642
>そのまんまの意味だが?
そのまんまの意味が分からんから質問している。

>私が私でないのに
「私が私でない」とか「私が私である」とは、いかなることかね?

>私として存在するなんて
だから、「私として」とは、どういうことかね、と質問している。
君は依然として、これに答えていない。
「私が私である」ということがどういうことなのか、その説明が無いかぎり
「私として」も考えられない。
分らない事柄について、また説明されてもいない事柄について
不可能も可能も無い(判断し得ない)、と当方は言っているのだ。

>じゃあ私が私を離れて存在できる根拠を教えてよ
馬鹿げた逆質問だ。
「私が私を離れて存在する」という事態がどういうことか分らないのに、
「存在できる根拠」も何もないだろ。アホかw




652 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 04:27:57 0
困ったときの「逆質問」w はぐらかし。








653 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 04:29:29 0
機械発狂wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

654 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 04:34:22 0

>できると判断する根拠を教えてくださいな(爆笑
>私には、どういう事態になるのかすら、全く想像すらできませんね

おやおや、「できる、できないの判断ができない」と言っているのに
「できると判断する」になっちまってるw
君は相当な慌てん坊なのか、やはり、ニワトリ脳なのかwww




655 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 08:26:37 0
最高位は、自分とは異なる意見の人に「病院に行け」と言っていることからも分かるように、
医学的な脳機能によって「私」が作られていると考えている。

つまり、最高位と同じ「私(『私』観)」を持たない人は脳の病気であり、
脳の機能・構造が最高位の脳とは異なることを認めている。
自分が自分を脳に還元しているくせに、それを認めない最高位の議論は
噛み合わないのである。

656 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 08:38:17 0
>キミ「いかなる事態なのか説明できなきゃ、
>   不可能だなんて言えないんだよ〜〜このニワトリめ〜(泣)」
    ↑
不可能とも可能とも言えないんだよ〜〜このニワトリ脳め〜(笑)」

だな。
「君はそそっかしいから、よく読んでから発言するように」
って小学校の先生によく言われるだろw
はやく学校に復帰できるようにがんばりなw



657 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 08:42:55 0
>>651
可能です。
以上。
↓次どうぞ

658 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 08:47:13 0
>>657
意味不明です。
以上。
↓次どうぞ

659 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 09:37:36 0
「タケコプターで空を飛んで家に帰る」のは論理的に不可能でも何でもないぞ。
想像もできるし、現に絵にも描けるんだからw
「経験的な法則に従うと実現できそうもない」というだけだ。


660 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 10:20:07 0
>>651 
最高位の見解とは違うが、私見を述べると、
「私として存在する」「私が私である」としか『私』は語りえない、と
いうことだろう。『私』の“自同律”と言ってもよい。

私の眼前のコップはコップとして存在しているし、他の存在者も同様だ。
この在りようを「コップはコップを離れては存在しえない」と形容しても、
そう無茶ではなかろう。「ありえない」事態を強調修飾する表現としては、
それほど不自然ではない。ここは事実の言明と解するべきではなく、修辞
として受けとるべきかと… 

ところで、眼前のコップはコップとして存在し続けているように思えるが、
実際はそうではない。コップは瞬時たりとも同一だったことはなく、コップは
(瞬前の)コップから離れつつ、存在している。これは『私』の身心も同じだ。
では、『私』は? 
身心=『私』なのか、身心を含む“世界”の外に『私』は存在するのか? 



661 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 10:58:11 0
私は物質以外の何かであり私の存在理由は親などの環境要因ではないと根拠のないイメージを持つ。
原因を考える能力の空回り。
私を私だと思うこと自体が脳という計算機の行う計算過。それに気づかずトートロジーに陥っているようだ。

662 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 11:06:27 0
>>650
>この辺りはお勉強していただくしかないですね。
>悟りとはなにか?の根本ですから。

ほう
実際、悟りとは何なのですか?
少し興味ありますね
で、ところでキミは悟っているのですか?

>とにかく分からないことは勉強ということで。

なんだ
わけのわからない単語を並べといて
その意味を聞かれても、自分で説明できないのかよ(爆笑

>>651
>そのまんまの意味が分からんから質問している。

アホですね
いくら何でも、説明にも限界がある

>だから、「私として」とは、どういうことかね、と質問している。

はぁ?
キミは、他人として存在しているのかね??
何がわからんのか、意味がわからん
アホすぎて、お手上げだ
あとは病院の先生にでも聞いてくれ

663 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 11:13:00 0
>>661 訂正
計算過>計算過程
ですすいません。

664 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 11:17:00 0
因果律に基づいた思考以外の思考は役に立たないものだよ。それは何故だかわかるよね。

665 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/14(火) 11:26:57 0
>>654
今日はちょっとイライラする事があってね
その上で、キミみたいなアホすぎる質問だろ?
正直いって、面倒なんだよね

>「できる、できないの判断ができない」と言っているのに
>「できると判断する」になっちまってるw

なぜ判断ができないのかね?

>>656
はぁ?
不可能だろバカ

タケコプターで飛んで帰る事など、できない という結論以外にないだろバカ
とんでもない風が発生して、飛ぶ前から息すらできんわバカ

>>659
論理的に不可能です

>>660
>私の眼前のコップはコップとして存在しているし、他の存在者も同様だ。
>この在りようを「コップはコップを離れては存在しえない」と形容しても、
>そう無茶ではなかろう。

「コップ」というものは、人間の価値観によって「コップ」だと思われているだけです
コップの本質は、ある意味、単なるガラスであり、分子構造にすぎません

>>661
可愛そうだが知能が低いな・・・

666 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 11:28:00 0
>>664
>因果律に基づいた思考以外の思考は役に立たないものだよ。
そんなことはないだろ。
数学は形式論理であって因果律に基づいた思考ではない。
数学は役に立たないと思ってるのか?
物理学などの厳密科学の言葉になるのが数学だ。
因果律は数学では表現できない経験則だ。

667 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 11:30:54 0
>>664
意味ありげな言い方をするところが君の欠点。
昔からそう。ズバッと言えよ。


668 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 11:32:29 0
>>666
因果律抜きに形式論理をどうやって扱うのかな。原因が結果を産むという考え方をしなければ
数学すら扱えないはず。

669 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 11:34:59 0
>>665
>コップの本質は、ある意味、単なるガラスであり、分子構造にすぎません
コップの本質などあるわけないだろ。
コップの本質が何でガラスなんだ?ガラスでなくてもコップは作れるだろ。
そのものをしてそのものたらしめるものをそのものの本質というんだよ。
ガラスでないコップがあるかぎりコップの本質はガラスではない。
コップの材料の一つとしてガラスがあるだけのことだ。
本質とはそれだけ重い言葉だよ。

670 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 11:44:16 0
>>667
原因と結果を結びつけていくのが思考だと思う、と書けばよかった、かな。

671 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 11:47:08 0
>>669
そうですね。本質は意味だから >>665 ではコップの実在とかの方がいいかも。

672 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 12:04:42 0
>>665
>論理的に不可能です

だから、「とんでもない風が発生して、飛ぶ前から息すらできない」等々は、
「経験則(既存の物理法則等)に照らして不可能」という話で、
論理的に不可能という話ではないのよ。
風も(どんなエネルギーも)ないのに空を飛ぶとか、すごい速さで飛んでも
皮膚がびくともしないとかいうのは、論理的には十分可能なの。
そういう事態は想像できるしマンガにも描けるから。

「私が最高位でなくなる」とか
「私が最高位から離れて存在する」という事態も論理的には十分可能。
これに対し
「私が私から離れて存在する」「最高位が最高位から離れて存在する」という
のは、どういう事態だか意味がわからないから、想像もできないし、
絵にも描きようがない。
だから論理的に不可能ということ。
「私が私でなくなる」とか「最高位が最高位でなくなる」というのは、
表現があいまいだからどちらとも言える。

673 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 12:11:22 0
>>668
形式論理は時間には関係ない空間の論理だね。
原因・結果は時間に関係する論理でなければ扱えない。
時間を考えた論理を時相論理という。様相論理の一つだね。

674 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 12:27:42 0
>>607
>本当に仏教が分かっていて、私を記述したいなら、ここに書き込まない事が正解だよ。
どうして?
仏教では「私=我」はきちんと記述されているよ。


675 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 12:54:36 0
>>611
>無我 というのは、無心と同じような意味なんじゃないのかな
仏教で言う無我は違うだろうね。
仏教では「諸法無我」という。
諸法とはもろもろの法、すべての法ということだね。
法とはサンスクリット語のダルマ、あのだるまさんのダルマのことで
ダルマとは現在の日本語に翻訳すれば「物事」や「自然の事物」ということだね。
自然の事物に心が有るとかないとかいえるのか?
「すべての物事には本質や実体はない」ということが「諸法無我」の意味だろ。
だから人間の自己である我にも本質や実体はないということだ。

676 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 13:18:00 O
私の根幹部分とは何か?
私の必然性を理解する事こそ根幹にたどり着く限界の赴きとなりうるのではないだろうか?

677 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 13:21:55 0
たまに、思うんだ。
ココのコテは、こういうシステムなんじゃないか?と
数年に及んで、何時来ても同じ討論が繰り返されてる
いや、新しい人が来てそれらを理解でき、離れていく。
良いんだけど。
最高位の釣りって事なんでしょ?

機械スレなくなったの?w

678 :677:2008/10/14(火) 13:28:02 0
決定論スレだた、見つけた。

679 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 14:01:17 0
>>672
20光年先の星に宇宙船で飛んでいく、というのは論理的に可能なの?

680 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 14:24:08 0
>>672
二重の極みで石を破壊するのは論理的に可能なの?

681 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 14:35:54 0
>20光年先の星に宇宙船で飛んでいく
いつか行けるんじゃね?

>二重の極みで石を破壊するのは論理的に可能なの?
人間じゃなきゃなんとかなるんじゃね?

682 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 15:10:41 0
>>678
あっちは過疎っていますね。
レベルもかなり低そうです。おっと、これはお互い様か。

683 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/14(火) 16:06:04 0
「理論化できないことについては、物語らなければならない」エーコ

684 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 16:09:59 0
理論とは物語のことである。>考える名無し

685 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 17:01:22 O
論理的に可能→言葉の表現上可能

理論的に可能→現存する理論を駆使すれば実現可能

686 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 18:32:57 0
>>673
例えば1+1=2でもそれを思考する場合は、はじめのイメージから、連想、想起されるイメージへと繋がるよね。
多くの場合1+1が原因で2が結果。
それを因果律に基づいた思考と表現してみた。連想、想起する能力は思考プロセスにおいて重要だと思う。

687 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 19:01:51 0
>なぜ判断ができないのかね?
はあ? お前の読み違いを指摘しているのに
「なぜ判断ができないのかね? 」とはあきれたものだ。
あふぉもここまで来ると記念物並みだ。

>キミは、他人として存在しているのかね??
お前想像以上の徹底した馬鹿だな。
「私としての意見」とか「私としては、こう思う」というように
「として」を使うのなら分るが「私として存在する」では意味が分からん。
で、どういう意味なのだ、と訊いたんだよ、ニワトリ脳君。

>いくら何でも、説明にも限界がある
説明してないだろw
お前は、同じ返答を繰り返しているだけだ。ぶぉけw

688 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 19:11:11 0
>>686
ものの数を数えるのは算術という技術だろ。
算術には思考は無用だ。
ひたすら数える訓練と足し算、掛け算の九九の暗記をすれば
すむことだね。

689 :飛べないカラス:2008/10/14(火) 19:29:15 0
>>688
形式論理は思考の基礎のひとつとして研究されていたと思う。
それにひたすら計算するだけの算術プロセッサであらゆる思考プロセスの実行が原理的には可能。

690 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 19:40:43 0
>>689
計算に思考は不要だね。
だから計算はコンピュータで出来る。
コンピュータの思考に当たる部分はそのソフトプログラム
だね。
プログラムは計算で出来ない。


691 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 20:08:01 0
賢いウマのハンスの話ってあるよね。
計算する馬。
調べていくと、計算しているのではなくて、
観客の反応を見て答えを出していた。
だから馬には知性は無いという話なんだけど、
観客の反応を見て答えを出すなんて、
それも一種の知性のような気もするんだよね。

692 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 20:18:32 0
>>691
下手な芸人より素晴らしいなw

693 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 23:07:15 0
最高位君、君は他人としても立派に存在しているよ。
むしろ君が「私」として存在していることの方が疑わしい。
本当に君に「私」があるのかなあ?
無いんじゃないかなあ。どう思うみんな?

694 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 23:20:59 0
連絡

下記の重複スレを作成した者は削除依頼せよ

ペン回し・1回転目
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/stationery/1223985770/

以上

695 :考える名無しさん:2008/10/14(火) 23:41:02 0
>>693
人は、互いに「哲学的ゾンビ」と見做し合っているのか、「自分と同じだ」と見ているのか・・・。

だなw

696 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/14(火) 23:57:15 0
世界は悪の宇宙に浮かんでいるから駄目人間でも許される
完全な人間しか許されなかったらとてつもない苦痛だろう

697 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 00:09:08 0
どーしたー、さいこーいー

698 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/15(水) 00:10:10 0
>>662最高位さん
悟りとは煩悩から離れること。
(別の表現もあるでしょうが、敢て「滅する」とはしないでおきましょう)

そして私が悟っているか?
凡夫の身、こころで悟っているなどとは思っていません。
あくまで「知識」ですね。

分からなければ「自分」で調べる
当たり前の事でしょう。

699 :飛べないカラス:2008/10/15(水) 00:10:41 0
>>690
もちろん単に計算だけをするなら思考は不要。
それを役立てるには因果律に基づいた思考プロセスとして扱う必要があると思う。なので扱うという表現をしました。
因果律に基づいていればそれは科学的ともいえる。
私の存在性にしても私という自分自身を指す言葉の存在以外の何であるか科学的に説明できなければ
それは役立つことはないはず。

>>695
自分の思考は計算プロセスであり私は哲学的ゾンビだ、という方が科学的。

700 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/15(水) 11:00:41 0
>>669
それはキミの、コップに対する観念の話だろ

コップは何らかの物質からなっており
その物質による分子構造からなっているわけだよ

物質による構造でないコップなど存在しない

コップは観念的価値観によってコップなんだよ
葉っぱでコップを作ったら
これはコップなのかい?それとも葉っぱなのかい?
いやいや単なる分子構造、単なる物理状態なんじゃないかね?
それを勝手にコップだと決めているだけだと思うぞ?(爆笑
コップの本質は
実は人間が認識しているソノモノの物理状態です

701 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/15(水) 11:01:15 0
>>672
>そういう事態は想像できるしマンガにも描けるから。

こういう絵を見た事があるだろ
  ↓
上り階段を曲げて書いていって、始点と終点をつなげた絵
上り階段しかないのに、また同じ所に帰ってきちゃうんだよ
絵には書けるけど、そんなものは、論理的にも実際的にも実現不可能なんだよ

こんな階段を作るなんて、論理的にも不可能だし
どうやって作るのか、どういう状態なのか
想像すらできないね

ただ不可能である事だけは確か なんだよ

その事に対して
「上り階段だけで、無限にループさせる階段を作るとは、どういう事態ですか?」
「知らんがな」としか言えないだろ
それに対して
「それを答えられないと、可能とも不可能とも言えませんね」と言うから
では、どうやって可能たらしめるのかね?と聞いているわけだよ

702 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 12:06:34 0
なんだよ。最高位が「可能不可能(=できるできない)」という言葉に
事象が存在するかどうか(の肯定否定)まで含めてるだけじゃないか。

机上の空論を「(実現させるのは)不可能」と言う奴と
机上に存在しない"事"を(変な表現でスマソ)を「不可能」と表現したやつ
の食い違いみたいなやつか?

前者の「可能不可能」は吟味。
「(実現させるのは)不可能と言ってるくらいなら机上に描いたイメージを教えてくれよ」

後者の「可能不可能」は有無。
「不可能なんだから(=存在しないんだから・有りえないんだから)あるわけねーだろ」


この場合>>556は「できるできない」という表現ではなく
「あるなし」を使って表現すればよかったのかもしれないが、
そこを前者はつついてるわけだ。その表現はポエムですか?と

疑問なのは、最高位がそれを把握した上で後者の発言をしてるのかどうかだ。


しかしこんな単語のニュアンスの食い違いからここまで互いをコケにしあうあたりまさしく哲板
ただの会話だったら相手の言葉に合わせて表現しなおすだけだしな
面白いわ

703 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 12:08:03 0
「〜を(変な表現でスマソ)を」
になってたね。をを1文字削ってくだせえ。

704 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 12:11:36 0

出来ないといえば、出来ない証拠を出せ といい、

出来るといえば、出来る証拠を出せ と言えばいいのさ。

出来ない証拠が無ければ、出来ると言う事なのだ、と豪語した馬鹿がいる。





705 :飛べないカラス:2008/10/15(水) 12:17:18 0
>>700
現象学の用語を勉強してくださいね。ここは哲学板です。

706 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 12:31:55 0
>>705
別にその必要はない。日本語であればよろしい。
こなれていない妙な舶来語で薀蓄を垂れられるほうが迷惑だ。

なお君の因果律云々は非科学的。


707 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 12:47:57 0
観念的価値観 とかなんとか 漢字覚えたての小学生じゃあるまいし
「的」とか「性」をつけりゃいいと思っている馬鹿

観念でないような価値観などありはしないだろw

708 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 13:07:01 0
>>700
>葉っぱでコップを作ったら
語るに落ちるとはこのことだね。
コップをつくったなら其の材料が葉っぱであろうとコップ
に決まってるだろ。
コップの材料が何であろうとコップとして使えるなら
コップといえるだろ。
だからコップの本質は其の材料で決まるわけではない。
材料より形状のほうがコップとしては大事だろうね。
でも形状だって円筒でも角柱でも楕円でも不定形でも
中空で液体を入れのに適した形をした容器ならとりあえず
コップとして使えるだろ。
だからその形状もコップであると決める本質にはならない。
コップの本質があるならそれを記述すればそれでおしまいだね。
俺はコップの本質はないという。ないものは語れない。
「私」の本質がないのと同じことだね。

709 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 13:33:42 0
物性は、観念ではどうしようもないな。
「結合する」と観念しても、その物体同士が結合するわけではない。
「透ける」と観念しても、透けるわけではなく、
「すり抜ける」と観念しても、衝突するものは衝突する。

物性を理解してはじめて、モノ造りがはじまる。
有用性の判断(価値観)がモノを造ろうという発意に結びつき、
用途にあわせてさまざまな形を決めようとする。
また、他人が作ったモノに対しても、有用性の判断(価値観)がある。


710 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 14:43:45 0
>>631
他人に自我が有ろうが無かろうが、アホだろうがアホじゃなかろうが、他人は他人。
それは、『私』とは何の関係もないのね。
関係のない話をいくらしても分かる筈がないの。
そんな当たり前の事が分からない『私』は、どうしようもないお馬鹿なのね。

>もし、その他人がアホでなく、私と同じく自我があるならば
>自分の事として自覚する事によって普通は理解できるんじゃないかな?

他人は『私』じゃないのだから、『私』の事は「自分の事」じゃないのは自明なの。
それが分からない『私』は救いようのない馬鹿なの。

711 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 14:58:11 0
そうか、デカルトは救いようがないバカだったのか

712 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 15:16:17 0
オラはカラスに倣ってアポケーしてるけどね。座禅組んでアオケー、食事後にお百姓さん
ありがとうの気持ちでアポケー。ベカントからエルカントでアポケー。

713 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 17:00:20 0
>>709
君が否定しているその“観念”は想像、空想、念力のたぐいである。それも“観念”ではあるが。
いわゆる「観念」は、君が物体同士の「結合」とか「衝突」とか称しているのがそれ。
そもそも“物体”なるものも物体という観念だろう? こちらは概念と呼ぶほうがいいかもしれぬ。
何が事物の「本質」かは(いまのところ)不可知である。可能なのは諸現象の“概念規定”だけである。

たしかにコップの本質はないともいえる。最高位もそう述べている。
けれども、その概念は君がそうしたように定めることはできる。

『私』の本質も君の言うようにないのかもしれぬ。しかし、その“概念”は言えるだろう?
私とは何ですか? 







714 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 19:49:41 0
コップの「限界」はどこだ!

名刺の四隅を集めて作ったコップ
セミの抜け殻コップ
手編みのコップ
蓮イボだらけのコップ
焼け石コップ
東京ドーム一杯分のコップ
ビバリーヒルズ・コップ
コップ・コーン

715 :ネオマトリクス:2008/10/15(水) 19:54:35 0
>最高位
唯識Vidya0E1.s、というのは『変身願望』とかの煩悩まみれな奴なんで
丁寧な文体に惑わされない方がいいですよ。
ああいう、イスラム原理主義やキリスト原理主義みたいな
『大きな力・思想を支持して、
 それに浸って大義名分を得てその名を掲げて
 信徒になりきって議論吹っ掛ける』
のは誰でも楽しいですが、はたから見ると
誰でも言える事を言ってるだけの痛い奴なんですよねw

このスレに巣くってるのがまさにそう。執着まみれの
煩悩むきだしの野蛮人とお・な・じ(*´艸`)

以下、誰でも出来る鳥Vidya0E1.sの論法
・「○○とは専門用語Aでしょう。専門用語Aは専門用語Bのことですね」
・「専門用語Bはご自分で検索してください」
・「貴方の言う専門用語Cの解釈は間違ってますよ(断言するのがコツ!)」
・出典を明確に明記しない。理由は、指摘されない為
・相手の論を批判する際は、専門用語を用いて定義する。
 理由は、指摘されない為。
・何事も断言する。理由は、説得力を込め、周囲の支持を得る為
・丁寧な口調を使い、あたかも「悟ってる雰囲気」を見せる

いえ、唯識思想は俺も大好きだけどね。Vidya0E1.sは煩悩まみれの
執着しまくりで本能は野蛮でヒステリックな俺らと同じよ

716 :天才君:2008/10/15(水) 20:14:28 0
みなさんが認められないものは、「私」です。

「私」が何者であるか?などというものは、自分自身を指す言葉以外なにもので
もない。だから存在というものを考えねばならないのです。

そこに原因と結果を持ち込めるわけがないのです。ただ存在するものに、
原因も結果もあるはずがないのです。

完結している存在があるのだ。と、認める事ですね。
そして、観念、概念そのたぐいの思考から生まれた全ての言語という形態に
あらわされるものは「私」ではない。
しかしながら、存在しているものが顕れているのが「私」であるだけの事でしょう。
その在り方は、観念的でもあり物質的でもある。ま、どちらも観念ですが…。

存在の影が「私」で、その存在そのものは、神ですね。

天才君談。

717 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 20:30:18 0
うぜえ
なんら「私」の説明になってねえ

718 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 20:54:27 0
>そもそも“物体”なるものも物体という観念だろう?

物体についての観念はあるが、物体は観念ではないよw 混同すべきではないなw

719 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:02:46 0
>いわゆる「観念」は、君が物体同士の「結合」とか「衝突」とか称しているのがそれ。

観念は、「決めつけの思い」だよ。

物質的な結合や、衝突は、決めつけるから生起するのかい?

720 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:04:15 0
物質的な結合や、衝突が、観念によってあるのなら、
最高位のいう物理世界なんていうのも無いはずだろ?

721 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:11:35 O
あなたの観念についての観念はあなたが決めつけているな。

722 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:17:47 0
>>713

>>708>>709は、違う投稿者だよw

723 :天才君:2008/10/15(水) 21:18:22 0
>>717
そうなのです。「私」はうぜえのです。
そして「私」は説明できないものなのであり、
それ自体で完結するものなのです。

完結自体が、思考にとってはうぜえのです。

724 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:18:44 0
早く俺は何かきめろ

725 :天才君:2008/10/15(水) 21:20:04 0
物質世界が在るとか無いとかは
認識の問題ですね。

人間にとっては、物質世界というものは在るという合意で
こうしてみなさんと交流出来るわけです。

ただ、物質世界は在るという合意にすぎないですけど…。

726 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:22:20 O
721は719へ

727 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:23:37 0
>>721

ん。
「である」「であるべき」「そういうものだ」というような決めつけの思いがあるw

728 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/15(水) 21:26:08 0


(´σ `) ホジホジ



( ´・・`) うーん ・・






(* >ω<)=3 だっっあっっくしゃぃいっっ !!! !




 (  )`‥´( )  あー・・  はなミズ出た しかし





729 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/15(水) 21:27:54 0






 ( ´・・`)    はぁ ーーーぁ   まぁよかとです


730 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/15(水) 21:36:52 0
1=3*1/3=0.999...
人は鏡だねwww
一枚足りないお岩さんかよ


731 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:40:13 0
>>719
>観念は、「決めつけの思い」だよ。
信念と観念を混同していないか?
「決め付けの思い」は信念だろう。
観念は観想念仏の略だろ。


732 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/15(水) 21:46:23 0
【妄想】根拠のない主観的な想像や信念
【信念】ある教理や思想などを、かたく信じて動かない心。
【観念】観察し思念すること

733 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:47:34 0
>信念と観念を混同していないか?

「暗がりは怖い」
「身の回りは清潔に保つべき」「金は計画的に使うものだ」
「他人にたよったはだめなんだ」「もはやこれまで」
いずれも、決めつけの思い。



734 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/15(水) 21:48:55 0
【思念】常に心にかけること

735 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 21:53:56 0
>観念は観想念仏の略だろ。
それはわからん。
幕末あたりに、蘭学者が仏教用語から苦心して造語したのだろうか。

736 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 03:55:25 0
>>708
>コップをつくったなら其の材料が葉っぱであろうとコップ
>に決まってるだろ。

いやいや
葉っぱである事に変わりはない

コップは観念によってコップなんだよ
コップと思ってるものは、実は何らかの物質なんだよ
コップだと思っている物の本質は、実は単なる物質
その物質に対して、人間が勝手にコップだと思ってるだけ
キミがコップと思ってるものは、実は持ち主に言わせると
植木鉢なのかも知れないんだよ
しかし、いずれにせよ、それは物質なんだな
コップは物質でしかない
物質に対する観念だ

>コップの材料が何であろうとコップとして使えるなら
>コップといえるだろ。

コップとして使えても、コップとは限らないと思うぞ?

コップであるか、そうでないかは持ち主が決める事だ
持ち主が植木鉢だと言えば、それは植木鉢
シビンだと言えば、シビンなんだなこれが

>だからコップの本質は其の材料で決まるわけではない。

材料で決まる などと言っていない
コップは、物質に対する人間の価値観で決まる と言っている
物質に対して、人間が勝手に呼び名を付けているだけ
コップは、そもそも物質でしかない

737 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 04:17:47 0
>>736
>いやいや
>葉っぱである事に変わりはない

バカ?
葉っぱも観念だろ。
何でコップが観念で、葉っぱだけ実体なんだよバカw

>コップであるか、そうでないかは持ち主が決める事だ
>持ち主が植木鉢だと言えば、それは植木鉢
>シビンだと言えば、シビン

バカ?
コップかどうかは、商品として売る奴が決める事だろ。
コップとして売られていたコップを、買った奴が植木鉢に代用してるか、
買ったコップをシビンに代用してるだけだろーがw
寝ぼけた事ばかり書きやがって、死ねやバカw

738 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 04:45:11 0
>>702
>なんだよ。最高位が「可能不可能(=できるできない)」という言葉に
>事象が存在するかどうか(の肯定否定)まで含めてるだけじゃないか。

存在しえない事象を、どうやって存在せしめるのかね?? 不可能だろ(爆笑

>>707
二回繰り返しゃぁ、キミにも少しは理解できるだろ

>>710
>当たり前の事が分からない『私』は、どうしようもないお馬鹿なのね。

そそキミは、お馬鹿なのね

>他人は『私』じゃないのだから、『私』の事は「自分の事」じゃないのは自明なの。
>それが分からない『私』は救いようのない馬鹿なの。

そそキミは、救いようのない馬鹿なの

739 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 04:51:30 0
>>736
>葉っぱである事に変わりはない

変わりないだぁ?変わりあるだろ。
葉っぱを植木鉢だと言えば植木鉢。
葉っぱをシビンと言えばシビン だw

バカは死ね最高位w
ああ、バカを思う存分バカにするのは楽しいなー

740 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 05:04:14 0
>>702
>なんだよ。最高位が「可能不可能(=できるできない)」という言葉に
>事象が存在するかどうか(の肯定否定)まで含めてるだけじゃないか。

存在しえない事象を、どうやって存在せしめるのかね?? 不可能だろ(爆笑

>>707
二回繰り返しゃぁ、キミにも少しは理解できるだろ

>>710
>当たり前の事が分からない『私』は、どうしようもないお馬鹿なのね。

そそキミは、お馬鹿なのね

>他人は『私』じゃないのだから、『私』の事は「自分の事」じゃないのは自明なの。
>それが分からない『私』は救いようのない馬鹿なの。

そそキミは、救いようのない馬鹿なの

741 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 05:05:24 0
>>718
> >そもそも“物体”なるものも物体という観念だろう?

> 物体についての観念はあるが、物体は観念ではないよw 混同すべきではないなw

いや
キミの言い分も理解できるが
彼の言っている事は正しいよ
彼は結構マトモな人
彼の言わんとする事を理解できないようでは、そもそも話になりません
彼は、物質に対する「概念」だ と言っているでしょう

ようするに、何を考えようと、何を認識しようと
それは、どこまでいっても結局、キミの「概念なんだよ」

キミは物質を認識してるだろ?
認識してるから、それは在る と思ってるんだよな?(笑
物質の存在を前提する
という作業じたいが、すでに観念によるものなんだよ
そして、物質があっても無くても、それを結論(思考)できるのはキミの観念でしかないんだよ

哲学する(考える)という事によって出される結論は
実は、すべて観念だと言えるのです

742 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 05:06:27 0
>>737
しかしキミは、ものごとの本質が見えない人だなぁ

>何でコップが観念で、葉っぱだけ実体なんだよバカw

どっちが、より本質なのかね?
これもわからないようじゃ、話にならないバカだね

>コップかどうかは、商品として売る奴が決める事だろ。
>コップとして売られていたコップを、買った奴が植木鉢に代用してるか、
>買ったコップをシビンに代用してるだけだろーがw

じゃぁ
同じ工場で作られた、全く同じ商品が
それぞれ違う用途で売られていたらどうなのかね?

商品を売った人は、それはシビンとしていたわけだが
キミは見分けられずに
キミの観念では完全にコップであり
もちろんコップとして使うわけだね

これはシビンなのか、コップなのか
どっちなのかね?

いずれにせよ
それは絶対的基準でコップなのでもなくシビンでもなく
それは観念によって、決められるのであって
実際には
それは物質による物理構造であるにすぎないのだよ

743 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 05:09:19 0
>>739
>変わりないだぁ?変わりあるだろ。
>葉っぱを植木鉢だと言えば植木鉢。
>葉っぱをシビンと言えばシビン だw

だから、それは観念なんだよ
「言えば」だろ?

そして植木鉢もシビンもコップも
じつは「葉っぱ」だった という事だよ

744 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 07:35:10 0
>>736
>コップだと思っている物の本質は、実は単なる物質
コップの本質と物の本質はまったく別のことだね。
コップにはコップの本質があり物には物の本質がある。
本質という言葉はそのものをしてそのものたらしめる
そのものの性質は何かを表す言葉だね。
コップの観念って何だ?
コップはコップだという同語反復をするしかないだろ。
だから、すべて物事にその物事でなければ持っていない本質など
ないというのだ。
>コップは、そもそも物質でしかない
それなら、私もそもそも物質でしかないというのと同じことだね。
唯物論の立場そのものじゃないか。www




745 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/16(木) 07:43:16 0
>>730
お菊さんですね、どうでもいいことですけど。

746 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 07:45:14 0
最高位は、コップのイデアがイデアの集まる世界に存在するという意見なんだね。

747 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 07:52:35 0
>>736
>コップであるか、そうでないかは持ち主が決める事だ
>持ち主が植木鉢だと言えば、それは植木鉢
>シビンだと言えば、シビン

こいつ本物のバカだw
コップをシビンとして代用してるだけ。

748 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 08:16:29 0
>>741
>彼は、物質に対する「概念」だ と言っているでしょう
物質に対する概念って何?物質という概念ならまだわからなくもないが。
もともとは物体についての観念と物体そのものは違うという当たり前の
言明だっただろう。
観念を概念に置き換え、物体を物質に置き換えるなんて詭弁そのものだね。


749 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/16(木) 08:43:58 0
カント『実践理性批判』分析論
「定理一 欲求能力の対象(実質)を意志の規定根拠として前提にするすべての実践的
原理は、みな経験的であり、実践的法則を与えることはできない。」

カントの議論を強引に当てはめれば、コップという実質は、人間の意志によって決まるの
であり、よって経験的に構成され、法則性(実践的な)を認めることはできない、つまり
コップという実体はは使うことによって定立される。


750 :713:2008/10/16(木) 09:03:02 0
天才君の好きな“観念”という言葉を不用意に使いすぎたかもしれぬ。
「意識の束」を「観念の束」と訳している例もあるように、要するに意識現象のことだ。
>>718
“物体”そのものと、観念としての“物体”の二つがあるわけか。
で、観念(概念)でない物体そのものは何と言うの? 
>>719
決めつけて思い込んだら「なにごとかをなせる」というのは念力。
これも観念ではあろうが、それには懐疑的だと言外に仄めかしているだろう?

私は、或る現象を「結合」とか「衝突」とみなすのが“観念的”だと言っているのである。
それが共同観念として一般化されれば“概念”と称される。

751 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 09:15:55 0
>>749
>コップという実質は、人間の意志によって決まるのであり

人間の意志と私の意志は違うこともあるだろう。
人間の意志はどうしたらわかるのかな?
多数決で決めるのかな?
結局コップの実質は決まらないではないか?www

752 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 09:21:11 0
>>750
>観念(概念)でない物体そのものは何と言うの? 
「物体そのもの」とすでに言ってるではないか。
質問にもならない。

753 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/16(木) 09:23:54 0
>>751
人間とは、コップと相対したときの各人をいうのであり、その場その場でコップについて困難
を抱えた人間の意志、ということを言いたかったのですが、コップの普遍的定義をすることは
できなくて(意味があまりなくて)、実践における態度と経験のみによる、ということです。

754 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 09:31:39 0
>>753
だから「私の意志だけでコップと決め付けてもいいのか」
ということでしょ。それは出来ないことだと思うよ。
コップに一意的な定義がないからといってコップと思えば
コップになるわけじゃないでしょ。
あくまでも「コップとして代用した」くらいの意味しかない。

755 :713:2008/10/16(木) 09:33:19 0
>>752
ほう、君は“物体そのもの”を知っているのか。
ちなみに“物体”もそうだが、“そのもの”は典型的な観念用語。
この場合は、物体という観念をより強めるための表現。
全然、答えになっていない。

なんなら“物体そのもの”の具体例を一つあげてみればいい。

756 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/16(木) 09:41:47 0
>>754
コップという概念にそれほどこだわるのはどんな問題意識からきているのか理解できません。
イデアのように一意的な定義を求めているのでしょうか。だとすれば、その態度には共感
できません。コップというのは便宜上の言葉以上の意味は無いと思うので、問題解決(何が
コップかを決める)には、コップとして使用する物がコップである、というのが私の見解です。
それ以上の思弁的意味を求めるなら、その必然性を示していただきたい。

757 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 09:42:52 0
>>738
>存在しえない事象を、どうやって存在せしめるのかね?? 不可能だろ(爆笑
その前に「存在しえない」ということはどういうことかをきっちり定義しなくては
議論にならない。「存在する・存在しない」と「可能・不可能」との関係も
定義しなくては議論にならない。それが哲学の第一歩だろ。

758 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 09:48:23 0
>>755
>なんなら“物体そのもの”の具体例を一つあげてみればいい。
このレスが読めるか?
読めたらそれが物体そのものの具体例だよ。www
「物体」の観念と「物体そのもの」で言葉としては十分分別されてる。
「物体そのもの」はカントの造語の「物自体」とは違うよ。
俺は「物自体」という概念は不要だと思っている。

759 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 09:55:29 0
「物の観念」「物の概念」は「私の一部分である」ということで
いいのかな?

だとすると、「他人の観念」「他人の概念」も私の一部分だという
ことになって、「物そのもの」「他人そのもの」については知ることも
考えることもできないということになって、
「私は私以外の存在については知ることも考えることもできないので、
それがあるかどうかもわからない」という独我論以外の結論には
なりようがないが、それでいいのかな?

760 :713:2008/10/16(木) 10:10:34 0
>>758
言葉は何だって分別するよ。それが仕事(機能)だから。w
もう一度、聞く。物体と物体という観念は、どこが違うのだ? 
「違う」と私にレスしたのは君だから、答えてくれ。

「物体そのもの」という言葉も君が使ったのだろう? だから、聞いているのである。
カントの“物自体”など、私は一言も述べていない。
カントのそれを「不要」と言い切るほどの君だから、
“物体そのもの”の意味くらい、簡単に答えられるだろう?


761 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 10:18:01 0
>>740
ちょw>>702の中段読んでくれよw
最高位の「不可能」という単語の使い方と
つっかかってる奴の「不可能」という単語の使い方を並べて書いただけだろうが
別に俺はお前を狙って揚げ足取ってるんじゃねえw

762 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 10:30:21 0
>>759
そこが始発点でしょう? 
どうやって、安易に超越しないで独我論を食い破るかが。
その前に、その必要があるのかどうかも問うてみる必要がありそうだ。w

また「話せばわかる」という立場は“他者”の存在を前提にしているようにみえるが、
これこそが独我論の典型という見方もあり、独我論の概念wを決めるのも容易ではない。

話は変わるが、コップとグラスの違いを知っている人、いる?

763 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/16(木) 10:49:33 0
>>736
いやいや
目の前にある食べ物はウンコであることに変わりはない

食べ物は観念によって食べ物なんだよ
食べ物と思っているものは、実は何らかのウンコなんだよ
食べ物だと思っている物の本質は、実は単なるウンコ
そのウンコに対して、人間が勝手に食べ物と思っているだけ
キミが食べ物だと思っているものは、実は生産者に言わせると
ウンコなのかもしれないよ
しかしいずれにせよそれはウンコなんだな
食べ物はウンコでしかない
ウンコに対する観念だ




764 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 10:50:49 0
>>740
>そそキミは、救いようのない馬鹿なの

まともに反論出来ずに『私』を二人称代名詞「キミ」にすり替えて必死に誤魔化すことしか出来ない低能ちゃんね。
救いようのない馬鹿は哲学者最高位の主張する純粋な存在性である『私(笑)』なの。

「他人が何を自覚しようともそれは他人の自覚でしかなく、『私』とは何の関係もない。」
ならば、他人の自覚なんて無意味だね。
「他人が『私』を自覚する」なんて『私』の矛盾(笑)。

765 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 10:58:50 0
>>756
>コップとして使用する物がコップである

携帯電話や腕時計も無理にやろうと思えばコップとしても使用できるが、
本来の使用目的が違うんじゃないの。

766 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/16(木) 11:05:06 0
>>765
コップとしての機能性によって、その物のコップ度というか、よいコップ、悪いコップという
区別がつくんではないでしょうか。コップとしても使える携帯電話、というのが作れない
訳ではない。

767 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 11:41:30 0
>>760
>物体と物体という観念は、どこが違うのだ?
物体は「もの」の範疇であり、物体という観念は
観念だから「こと」の範疇だろうね。
>「物体そのもの」という言葉も君が使ったのだろう? 
アンカーたどればすぐわかるけど「物体そのもの」は私が
最初に使ったことばではない。しかし「物体そのもの」なんて
日本語として常識的な表現だろ。何が問題なの?

768 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 11:42:25 0
>>757
>その前に「存在しえない」ということはどういうことかをきっちり定義しなくては
>議論にならない。

だったら、その前に「存在する」という事は、どういう事か
きっちり定義しなきゃ何も議論できなくなるわけだが
そんな事を答えられる人なんて、どこにもいない
そこに逃げたら詰みだよ

「ある」は「ある」、「ない」は「ない」
として議論すればいいのであって
「ある」が定義できなきゃ何も議論できません
なんて言い出したら、誰も何も論じれなくなる

>>759
>「物の観念」「物の概念」は「私の一部分である」ということで
>いいのかな?

一部だという事じゃなくて
私が認識している観念は、「私の観念」である
という原則がある という事じゃないかな?

>>763

で?

それは、単にキミの価値観を述べているにすぎないと思うが?

>>766
だから、それを決めるのは、あくまでも観念なんだよ
観念を抜きにして、最初から絶対的にコップとして存在しているのではない
あくまでも、ある物理的構造に対して、コップだという価値観を持っているだけ

769 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 11:58:27 0
>>759
>「物の観念」「物の概念」は「私の一部分である」ということで
いいのかな?

それらが私の脳内にあるうちは私の一部でいいだろうね。
しかしそれらを情報として私の外部に表現したものはすでに
私を離れているから私の一部ではない客観的実在物だ。(著作権は除く)
>だとすると、「他人の観念」「他人の概念」も私の一部分だという
>ことになって、
どうしてそうなるのか論理がわからない。
>「物そのもの」「他人そのもの」については知ることも
>考えることもできないということになって、
これもなぜそうなるのか論理がわからない。
>「私は私以外の存在については知ることも考えることもできないので、
>それがあるかどうかもわからない」という独我論以外の結論には
>なりようがないが、それでいいのかな?
だからそうなることはない。
独我論でいえることは「私の世界は私だけの世界である」ということだけで
それはまったく正しいだろ。
私以外の世界があるのかないのかは独我論からは何もいえない。




770 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 11:59:25 0
>二回繰り返しゃぁ、キミにも少しは理解できるだろ

ひどい言い訳だな。
少しは自分の低能ぶりに気がついたかねw ニワトリ脳君。

771 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:07:09 0
>>763
それは間違っている。w
食べ物はウンコの元であって、ウンコそのものwではない。
また、食べ物のすべてがウンコになるわけでもない。
明らかな差異がそこには認められw、それゆえ同一の観念を持つのは難しかろう。

人はめったにウンコを食べない?が、他の生き物のウンコを常食する動物もいるらしい。
連中にとっては「ウンコは食べ物である」ということになるのかな?

772 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 12:07:20 0
>>770
もともと
アホなキミらに理解させるために、いろいろと工夫しているんだよ
狙い通り、価値観が観念である事が理解できたようだね(笑
よかったよかった

そこに突っ込んで、何の反論になるつもりかね?
「オレは気づいたぞ〜〜〜!!!」という主張かい?(爆笑

773 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:10:49 0
>>772
理解させるじゃなくてただの洗脳だろ?
だれも引っかからないわ詐欺師めw

774 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:17:07 0
>アホなキミらに理解させるために、いろいろと工夫しているんだよ

自分の低能ぶりを暴露されて「いろいろと工夫している」と言い訳したい気持ちは分る。
しかし、言い訳のつもりが、所詮はニワトリ脳だから
さらに、低能ぶりを露呈する結果となるw
君がいろいろと工夫しようとすればするほど、君の低能ぶりは公認のものとなるw





775 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:24:30 0
>狙い通り、価値観が観念である事が理解できたようだね(笑

「狙い通り」なんていうごまかしは、山師さんのする事。
小学校の先生に「観念的価値観というのは、変だぞ」と言われて、
「いやぁ、馬鹿なにも分るように言ったんだよ。僕って賢いよね、せんせ? 」
と、その場を取り繕っているだけだ。
無駄だぞ。ニワトリ脳ww



776 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 12:26:20 0
>>773
価値観が観念である という事が洗脳なのかい?(苦笑

>>774
可愛そうだが、何の反論にもなっていないなぁ
「とにかく何か言い返さなきゃ!」てか?
それじゃ脱線するだけだぞ(苦笑

777 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:29:57 0
>>776
それあんたのことだろが
2ちゃん名物、自分を書き込むw

778 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:31:37 0
>そこに突っ込んで、何の反論になるつもりかね?

「突っ込まれた」という意識が少しはあるんだなw


779 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/16(木) 12:33:13 0
>>771
食物連鎖を考えれば全てウンコであると言う結論に達します


780 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:35:38 0
あのさあ
ここ国語辞典じゃねえんだからさあ
いちいち言葉の意味考えるんだったら基準をこれって明確にしようぜ
で、どの辞典にするんだ?

781 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:37:53 0
>可愛そうだが、何の反論にもなっていないなぁ

可哀想だが 、何の言い訳にもなってないなwww
「キミ二度つまずいたね」と指摘されて
「キミにも分るように、二度転んだんだよ」と言い張っているニワトリ脳。

782 :天才君:2008/10/16(木) 12:44:28 0
概念、観念、は全て思考、すなわち考えるという創造活動です。
これは肉体をもった人間の営みであり、活動という行為であり、
生きると言うことであり、これを一括りで生命と天才君は読んでおります。

で生命は肉体を一つのツールとして使用するわけです。
ただ、生命は「私」ではないし、「私」は生命ではありませんよ。

生命自体が言葉でいえば、動詞であり同時にある主体のツールであるからです。
そのある主体がなんであるか?が「私」であり、天才君はそれを神と言います。

でその神とはなにか?といえば、別に一つの意識でもビックバンでもなんでもよく、
一者のみ存在している。毎度の論理ですが、我々は分断されて存在しえず、
純粋な「私」というものがあるとするならば、それは一者である。
こう結論づけます。

これが天才君の思想であり、「神(私)」の観念でもあります。

783 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:55:46 0
>>768
>そんな事を答えられる人なんて、どこにもいない
どうしてそう思うの?
自分が思いつかない事はなんでも「ない」ことにするバカの壁か?
「存在し得ない」とは「存在することが不可能」ということだろ。
だからちゃんと「存在する・しない」と「可能・不可能」の関係
を定義してくれと書いてあるだろ。
「存在する」の定義なら「論理的に矛盾がない物事は存在する」という
定義もあるな。


784 :天才君:2008/10/16(木) 12:55:46 0
一者は、まず在った。次ぎに考えた、次ぎに考えたものが出来た。
考えては、出来。考ては出来たが、考えたものを固定させておく事を考えた。
すると固定化された。これが物質だ。

一者は物質をみてさらに考えた。考えるものを固定化させることを考えた。
すると意思をもつ物質が創られた。

こうしてできたのが人間だが、創造した神から見れば、人間は同時に、
観念という固定化された物質に相当するものでもある。

だから本当は観念も物質も同じものである。何故ならば全てが神の観念だからだ。

天才君談。

785 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/16(木) 12:57:57 0
色即是空空即是色
肉体はありません
ホログラムです

786 :天才君:2008/10/16(木) 13:02:38 0
科学は神の観念、つまり創造物の固定化された残骸を観察して、
その規則性を論理的に説明する学問であるが、簡単に言えば、神の観念だ。

神の観念であるから物質は粒子以前は観念という事になるから、
観察と固定は同時に起こるというわけです。

そして神という観念を境目に、固定化されない宇宙に相当するものも
反対概念として存在する。つまり人間に解るように説明するなら
あの世も在るという事です。

天才君談。

787 :天才君:2008/10/16(木) 13:07:42 0
例えば、全宇宙が物質的に崩壊したとしても、
自分が存在している感覚(あいて肉体依存の言葉を使うが…)はなくならない。
なぜならば、一者がその感覚をもっているのだから。

その感覚すら固有の「私」が持っているという所有意識が無い。
消滅してももともと神の観念だから戻るだけですね。

天才君談。

788 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 13:12:15 0
>>775
可愛そうだが、それでは反論になっていないんだよ
チラッと自分の意見として述べるのは可愛いが
それしか言えないようじゃ終わってる(爆笑

そこに執着したって、私を論破する事は永遠にできないんだよ
わかるかね?
  ↑
次は、これの理解にチャレンジしよう!(笑

>>778
まぁ国語的には、ちょっとおかしいとも言える
「観念であるところの価値観」とでも言えばいいんだろうけど長いからね
しかし、あの表現で、やっと理解できるようになった人もいるようだから
その功績を考えれば、結果的に正解だったとも言える

「上を見上げる」という表現は、国語的には間違えているとも言えるが
状況によっては、それ以外の言葉では的確に表現しにくい場合もある
国語的には二回繰り返すのは美しくないわけだが
日常会話では、あえて繰り返す事によって
その事を、相手に強く印象付ける効果が期待できる

>>779
食べ物もウンコも
どちらも、いずれかの価値観

どちらも結局、物質なんじゃないの?
それともウンコって、物質以外の特別なものなのかね?

>>781
それが何の反論になっているのかね?

789 :713:2008/10/16(木) 13:14:50 0
>>767
では、こちらも日本語の常識とやらに依拠しつつ…

日本語の「もの」は「こと」という意味がある。ご存知だとは思うが。
「もの」と「こと」は同じ範疇に属しているのである。
君の分別では両者の違いを説明したことにはならないということだ。

「ものあわれ」「ものぐるしい」「ものすごい」「もののけ」…
そのほとんどが心模様であり、君の言う「こと」に入る。

無理にとは言わないが、よければ物体と物体の観念の違いを教えてくれ。



790 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 13:20:00 0
>>789
>「ものあわれ」「ものぐるしい」「ものすごい」「もののけ」…

すべて「もの」が心模様ではなく「もの」取り除いた残りの言葉
「あわれ」「くるしい」「すごい」「け」・・・が心模様というだけ。
「もの」に対する心だから「物心」のついた幼児にもわかることだね。


791 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 13:20:38 0
>>784
>まず在った。次ぎに考えた、

とあるけど、天才君は「ある瞬間の「考え」(観念でもいいけど)だけが存在する」
という考え方はどう思う?
やっぱり「考え」というものには、それが帰属するなんらかの主体が必要だとするのかな。

792 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 13:29:14 0
>>791
「考え」というか、「構造」のこと?

793 :713:2008/10/16(木) 13:31:36 0
>>790
だから、その「もの」は「こと」だと言っているのである。
物体ではない、ということだ。わからない?
ちなみに、その「ものごころ」の「もの」は世の中の状態のこと。これも「こと」だ。
世の中の「物体」のことがわかる、という意味ではないよ。w



794 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 13:32:23 0
>>783
じゃぁキミが「存在」とは何か
を、明確に定義したまえ
それが出来ないうちは、キミは何も論じてはいけないよ
そういう事だろ?

>「存在する」の定義なら「論理的に矛盾がない物事は存在する」という
>定義もあるな。

はぁ?
論理的に矛盾する しない以前に、論理が存在する事になるね
論理が存在する とは、どういう事なのかね?

>>789
キミは
主観がなくても存在しているであろう客観としての物質
を否定していると思って、しつこく聞いているんだと思うが

>よければ物体と物体の観念の違いを教えてくれ。

いずれにせよ
その違いは、観念によって認識される
という当たり前の事を言っているだけだね

客観が実際に存在しているかどうかなど、証明のしようがない
観念的判断(←また突っ込むかい?ワラ)に依存する以外にないんだからね
そういうこと

795 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 13:32:30 0
>>762
>そこが始発点でしょう?

始発点ではなくて終着点だって。そこ以外のどこにも原理的に行きようが
ないんだから。

>どうやって、安易に超越しないで独我論を食い破るかが。
>その前に、その必要があるのかどうかも問うてみる必要がありそうだ。w

もちろん必要もないし、仮に必要があっても「できない」んだって。
原理的に私の外に出ようがないんだから、「超越」のしようがないのよw



796 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 13:35:56 0
>>795
うむ
キミは、このスレにいる、その他の病的な人達とは違って
実にマトモだね

797 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 13:37:56 0
>>791
天才君は答えを出しているよ。
「神の観念」と言っているだろう。
神に所属するわけだ。

798 :天才君:2008/10/16(木) 13:40:29 0
>>791
考えに主体は要らないと思います。考えがあるだけですから。
むしろ観察者にとって主体は必要だと思います。

考えの帰属先を見つけるのもその主体ありきですからね。

私の思想は、ある主体が観察者をつくり、同時に観察者側からはつくり主を観察する。
これが宇宙です。原点は「目覚めた」つまり存在自体意識した。

人間でいえば自意識ですが、一者である創造の一者も同じ事が起こった
(起こっているから主体を探そうとする欲求を持つ)。このように考えます。
これが始まりであり同時に終わりでもあります。

何の終わりか?ですが考えるという馬鹿馬鹿しくも創造的でもある行為です。
こんなふうに思います。

799 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 13:42:58 0
>>793
「物心」がつくとは世間や世界の物や者の有様がわかるようになることだから
「もの」に対する心でいいだろ。
心は「こと」だろ。「もの」という言葉が「こと」であることも当たり前だ。
物の名前は言葉であって物ではないことがわかることも物心がつくということ。

800 :天才君:2008/10/16(木) 13:49:17 0
「私」の出口、たとえば超越としましょう。
「私」も「超越」も観念ですからね。

観念が消えたら、即、出るどころか、入っています。

超越と観念的に言い表される出口の先、すなわち入り口でもなく、
そこに。というか、ここにですが…。

801 :713:2008/10/16(木) 13:51:19 0
>>794
いや、違います。逆です。物体は主観(観念、意識)を離れて存在する、
と述べているのは彼のほう。
主観(観念)を通してしか“世界”は知りえない、というのが私の立場。
貴兄の言葉を借りるなら、観念的判断に拠るしかないということです。



802 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 13:52:18 0
独我論について話してる人たち・・・「独我論」の意味がおかしいと思うよ。
とりあえず辞書引いてみてくれ。

>「私は私以外の存在については知ることも考えることもできないので、
>それがあるかどうかもわからない」という独我論以外の結論には
>なりようがないが、それでいいのかな?

これは独我論じゃなくて不可知論。


803 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 14:08:06 0
>>802
キミってマトモだね
それは
唯物論を否定されると困る人達が
観念的な観点からのアプローチを、極端に飛躍させて
独我論とこじつける事によって
一般からの理解を遠ざけさせるスタンスを取ってきたからです

804 :713:2008/10/16(木) 14:11:42 0
>>799
名無しなので、君かどうか分別wがつかないが、こう述べている。
「物体は“もの”の範疇に入り、物体の観念は“こと”のそれに属する」
この範疇の分類が無意味だと言っているのである。
結局、そのようには分別できないということだ。現に、できていない。
ちなみに日本語の「もの」には“言葉”という意味もある。
“もの”→“こと”→“ことのは”かどうかは知らない。w

要するに「物体とは物体という観念、もしくは概念」であるということだ。
あるいは「物体とは物体という言葉だ」のほうが簡明か。


805 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 14:14:46 0
>>795
私に「外」とか「内」なんてあるのかよ。

806 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 14:18:25 0
>>795
終着点であるという事は、ひとまず出発したんだろ?
外が無いのに、どうやって出発するの?
キミの論理だったら、出発点でも終着点でもないはずだろ。
矛盾してるなー

807 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 14:22:58 0
>>805
私である以上
それは「外」ではありえない よな(苦笑

>>806
出発して、いろいろ歩き回ったけど
結局
私は、私の精神世界の、外には出られない
という結論しかなかった って事じゃないか?(苦笑

808 :大辞林:2008/10/16(木) 14:23:39 0
【独我論】〔solipsism〕
自我とその所産であるものだけが実在であり、他者や事物は
自らの意識内容にすぎないとする考え。主観主義的認識論を
極端に押し進めたもので、バークリー・フィヒテ・シュティルナー
などにみられる。独在論。唯我論。独知論。

【不可知論】〔agnosticism〕
所与の感覚的経験以上の実在(究極的真理・神など)を人間は
知ることができないとする立場。そうした実在を有りとした
上での主張と、その有無すら知れぬとする主張とがある。


809 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 14:25:45 0
>>799
もの、物とうるさいが、物の一例を挙げられるの?


810 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/16(木) 14:33:53 0
>>807
>私は、私の精神世界の、外には出られない
>という結論しかなかった って事じゃないか?

そうです深刻な悩みが一つ
生まれ変われないと言う事
同じ人生を永遠に生きるのです
キリスト様
皮肉ですが永遠の命をありがとうございました


811 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 14:43:14 0
>>810
またまた中途半端なところで結論しちゃう人だね

生まれ変わりとは関係ないよ

生まれ変わりって何?
「私が」生まれ変わるんじゃないの?(爆笑

812 :天才君:2008/10/16(木) 14:47:19 0
私は、私の精神世界の、外には出られないというのは、まあ、そうでもありますが、
天才君流は、そういう言い方はしません。

私の精神世界そのものが宇宙である。
そして私とは神である。だから個別化、内外化された思想から、
調和融合的思想に「私」の思想が変化変容するだけです。

よって、私の精神世界の外には出られない。というよりもそんな世界は存在しえないですし、
我即宇宙です。これが個々の人間に与えられている精神世界です。

天才君流は、内外自体が観念であるから、消せって事です。

813 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/16(木) 14:59:43 0
>>812
それは根拠性に乏しく、単に思いつきの次元ですね
それは論理哲学ではなく、完全に宗教的です

814 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 15:04:12 0
>>759
基本的に「物の観念」「物の概念」は私の一部分に決まっていますが、
「物」は私の一部分ではありません。
「他人」についても同じことです。そもそも「私」の外部の存在を
「物」とか「他人」と呼ぶわけですから。
「私の外部にある存在(物・他人)についての私の観念」は私の一部分である、
という、平凡な話です。

ただし、一口に「物の観念」といっても、たとえば同じ「コップの観念」でも、
「現に目の前にあるコップを見たり触ったりしている」場合の観念と、
「過去に見たコップを思い出している」場合の観念と、
「見たこともないコップ(たとえばダイヤモンドのコップとか)について
空想している」場合の観念とでは、全く意味が違うわけです。
最初のものは「観念」と呼ばない立場も有るのかもしれません。

815 :天才君:2008/10/16(木) 15:15:03 0
>>813
そうです。論理哲学ではなく、天才君の思想の根底にあるのは、
宗教的なものです。しかし、私の思想を論理的批判にかけても、
完全に否定ができないというだけの事です。

しかしながら、哲学や論理の根底にある前提は、信仰(人によって言葉の使い方は違うが)
だと天才君は断言します。ようは、発言するか、しないかこのどちらかです。

私は信仰はどんどん告白しますからね。

816 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 15:36:59 0
反応が子供だわ

817 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 17:40:34 0
>しかし、あの表現で、やっと理解できるようになった人もいるようだから
>その功績を考えれば、結果的に正解だったとも言える

妄想乙 お外には出ない方がいいぞ マジでw

ある意味お前は幸せなやつだ



818 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 18:55:27 0
米国では、ニューヨークがどこにあるか知らない市民が
たくさんいるらしい。戦争をしたイラクさえどこにあるか知らない。
基本的に、キリスト教支配色が濃いと、神さえ信じれば無知が尊ばれる。
論理的な思考からすれば、処女受胎は否定されてしまう。
大方が敬虔な信者だ。

とここまでは、何となく理解されるだろう。
しかし、それ自体が論理的なことを彼らは理解していない。
つまり、論理的だと神を否定するから、論理を否定する。
と言うことが論理的なのだ。

これぞ一神教の成せるワザ。

819 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 18:58:49 0
あ〜、つまり最終的には論理的なのだ。

これぞ一神教の成せるワザ。

820 :飛べないカラス:2008/10/16(木) 19:32:15 0
>>741
それら観念論や懐疑論は知的活動の役にたちません。何故でしょう。

> 哲学する(考える)という事によって出される結論は
> 実は、すべて観念だと言えるのです

考えるとはどんなことだと思いますか。誰しも考えればすべて観念という結論になるのでしょうか。

821 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 19:42:03 0
あっと、つまり最終的には論理的ゆえに神は存在できるなのだ。

これぞ一神教の成せるワザ。

822 :天才くん:2008/10/16(木) 20:08:10 0
論理的というのは、つまるところ言葉であり、
筋道を立てて考えたり、筋道をたてて話すというだけで、
記述するれば、筋道を立てた記述というだけの事です。

そこには、常に、信仰があり。例えば神の否定と肯定です。
科学は神の否定です。宗教は神の肯定。
天才君はその両方を否定し、肯定します。私が神であり、神が私ではない。

一神教というものがありますが、これとて神と私が分かれています。
科学と同じものを信じ、否定している。同じ事です。

宇宙と私はそれぞれ独立して存在しているなどと馬鹿げきった事を
信じているのが、科学や宗教です。

823 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 20:29:04 0
>>822
科学は顕微鏡の向こうに神を見てるんでそ
宗教は現人神信仰だから、政治利用上利権争いだのがあって折り合いが悪い

824 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 20:33:35 0
政治とは、全く違うカテゴリーでも
比較し、決定しうる。
力学である。

825 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/16(木) 20:37:56 0
グノーシス派
反宇宙的二元論
悪の宇宙
偽神真神

何でも許してやるのが真の神なのです
悪は放置に限ります


826 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 21:30:55 0
>>804
>あるいは「物体とは物体という言葉だ」のほうが簡明か。

物体という言葉にすべてが表現されてるだろ。www
物体は物体だ、簡単なこと。

827 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 21:35:45 0
>>794
>論理が存在する とは、どういう事なのかね?
バカか。論理が存在するとはそのままの意味だろが。


828 :天才くん:2008/10/16(木) 21:40:43 0
>>823
>科学は顕微鏡の向こうに神を見てる
本当ですか?というか、科学者達は、神が見えるのですか?

829 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 21:42:11 0
>>793
>だから、その「もの」は「こと」だと言っているのである。
どこで「物」が「こと」に変わるのだ?
いい加減なこというな。
物はどこまでももの、ことになることはない。

830 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 21:44:40 O
828
天才君、らしくもない
誰もが神を見ているのではないかね?


831 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 21:47:41 0
>>794
>客観が実際に存在しているかどうかなど、証明のしようがない
証明できないからといってそれがないことにはならない。わかるね。www

832 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 21:59:05 0
>>804
>要するに「物体とは物体という観念、もしくは概念」であるということだ。
これは単なるお前の決め付けに過ぎない。www。

833 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 22:02:15 0
>>826
そうだね。
言葉は裏切らない。

834 :天才くん:2008/10/16(木) 22:04:52 0
>>830
いいえ、私が訪ねたかったのは、科学者達が、神を見ている自覚は
あるのか?という事です。

835 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 22:10:15 0
>>834
科学にとってカミなんかゴミとおなじ、どうでもいいことだね。
これで満足かい。www

836 :天才くん:2008/10/16(木) 22:19:14 0
>>835
> 科学にとってカミなんかゴミとおなじ、どうでもいいことだね。
いいえ、科学者は、そんな発言では、満足はしないでしょう。
それで満足できたら哲学も科学もいらないでしょう。
天才君としては、科学も神もゴミも同類で扱いますが…。

837 :天才君:2008/10/16(木) 22:29:57 0
何かを特別扱いするから「私」が立ち現れるのであって、
仮にですよ、全てを同列で扱ってみれば解る事ですが、
そこに「私」の存在する余地などありませんよ。
なぜならば、どれも「私」であるからです。

我々は生まれた時、皮膚感覚によって自分の身体と外界の境目を知るのでしょう。
そして意志の行使の及ぶ範囲は、意志を行使してみて、反応があるものが、
その可能性が在り、無反応あるいは、無意味なものに関しては、意志が及ばない。

ところが、意味を見出すと、意志が及ぶ訳です。

つまりまず、認識できるようになる。認識以前に観察がありますが、
同時に起こります。これは意志でもあります。見るという行為だけでも
意志の行使が在るわけです。

よって、在るものは、全て「私」であますね。

そして「私」の特別視を止めたとたんに、私の正体が解りますね。

天才君談。

838 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 22:45:31 0
自意識過剰

839 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 00:20:28 0
ゴミは物質ですから、科学的法則に従いますね
ゴミは科学です
ただしゴミという概念は、価値観です

神については
いかなる神観に基づく神なのかを定めずに語るのは
互いの論点が合致せず、極めて愚かな行為ですね

>>837
>なぜならば、どれも「私」であるからです。

通常は、どれも「他人」ですよ
「私」だけが「私」です
普遍的存在として一般論的な観点からしか考えられないと
永遠に、現代哲学的問題を理解する事はできません

840 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 00:25:54 0
>>622
完全な「私」はあるか、について。

哲学上の「私」はみんなで共有する言葉・概念である。
「私」の認識は十人十色で濃淡がある。
100%の完全な「私」などない。
あなたの「完全な私」はあなたの宇宙で存在する言葉であり100%完全に共有できない。
よって完全な「私」はない。

完全な「私」という100%閉じた系があったとしたら、私はそれに触れることができないし、
あなたが、完全な「私」なら、こうして私と交信できない。
どんなに頑張っても99,99・・%の「私」までしか存在し得ない。
あなたが死とか神とかだって言うならなら完全な「私」があるかもしれないけど、
俺と今こうやって交信してる以上俺らは同じ系の宇宙でつながってるんだよ。


841 :天才くん:2008/10/17(金) 00:46:24 0
>>839
> 神については
>いかなる神観に基づく神なのかを定めずに語るのは
>互いの論点が合致せず、極めて愚かな行為ですね
そうなのです。それが真実だからです。
「私」というもの自体が愚かであるからで、「私」のもとめるものは、
絶対なる個の存続です。個と個があって議論が成り立つ。
天才君はそれを放棄するようなもので、個など無いという思想であり、
この思想においては、論点が合致させるいかなる行為も個を満足させるだけの
愚かな行為といういう事になります。

つまるところ、どうころんでも、「私」は愚かどころかそれ以下です。
だから、「私」は愚かでない状態になろうとするのですが、
それは、つまるところ「私」という個の放棄しかありません。

で、何が残るか?といえば、「私」とすら表現しようのないもの。
それを天才君はたまたま「神」と表現しているだけです。
だから完結しているから論点すらありません。よって愚かなのは、
「私」という結論になってしまいます。

842 :天才くん:2008/10/17(金) 00:51:12 0
>>839
> 通常は、どれも「他人」ですよ
それはあなたからみた場合、あなた以外は「他人」というだけの事です。
で、あなただけがあなたにとって「私」です。

天才君からみれば、あなたは存在しないわけです。

なぜならば、あなたは、「私」および「神」の一部だからです。
そして現代哲学的問題をもっているのは、あなたであって、
「私」ではないのです。

現代哲学的問題は、あなたの問題であり、その観念の持ち主は
あなたです。私にとっては、それ自体は単なる観念です。

843 :天才くん:2008/10/17(金) 00:58:07 0
現代哲学的問題などは、神の観念の一部ではありませんか?

つまり「私」達の一部であって、現代哲学的問題などは、
それをもつ主体である個のもつ観念にすぎない。

そんなものは普遍性をおびない。
しかし神は普遍性をもつ。なぜならば、開かれているからです。
べつに神以外の観念をもちいた表現で神を表現してもよいのです。

理解できるとかできないとかは、理解できない人の問題(個の枠内)であって、
天才君および、私の属するこの宇宙にはなんの影響も及ぼすことはないからです。

観念自体は物質をも変化させうると天才君などは考えますからね。
それだけの力をもつものです。

天才君談。

844 :天才くん:2008/10/17(金) 01:02:58 0
>>838
自意識過剰でなければなりません。自意識が希薄であったり、
場である背景および時空に取り込まれると、普通という枠内でしか
物事を考えられなくなります。ま、個の自由ですが…。

845 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:05:33 0
個の枠って有って無き様なものだよね

846 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 01:16:26 0
>>840
「完全な私」という言葉を、どういう意味で使っているのかが不明瞭だね

私は私であり、私でしかありえない のであって
私に他人が混じっているわけもない
よって私は「完全に私」である
これが結論であり前提

完全な私に、いろいろな要素が付随していても
それは、まんま「完全な私」に付随している という事であり
最初の結論、前提は変わらない

>>841
結局、何が言いたいのか、よくわからんな

>>842
うむ
私から見たら、全て他人だよ
だから私ではない
私以外の全ては、他だ

キミから見ると、他人は存在していなくて
全てが自分なのかい??(苦笑

私はキミの言っている事が、理解できなくて反論しているのではないよ
キミは自分が、斬新な発想を持っていると思っているようだが
その発想は「万人は平等である」というような
日教組的教育に洗脳された前時代的な発想から来るものなんだよ
きわめて一般的な発想であり、何も特別なものではない

そんな貧困な発想では、現代哲学を理解する事はできない と教えてあげているのです

847 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:24:08 0
言葉を信仰しちゃダメだよ

848 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/17(金) 01:36:05 0
完全な私とは食料も自給自足で自らの体を食うウロボロスですよ
他に依存する駄目人間が許されるから苦痛だけじゃなくて良かったですね


849 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:37:53 0
このスレ読んでると言葉っていい加減だなあと痛感する
いい加減な人間もいるけど言葉自体がいい加減なのよなあ

850 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:41:23 O
使い方次第

851 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:41:59 0
天才くんは自説の論理性とかおかまいなしだからな
それを自分で認めた上で自分が正しく他人は間違ってるとのたまう

852 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:49:54 0
変な人多いよ。
最高位は、私はデカルトを越えたと吹聴していたが、
一回もデカルトの書いた物を読んだこと無いのがばれてるし。
矛盾点を指摘されると、病院行けとワンパターンの反応だし。

853 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:56:40 0
>>850
いや、言葉の成り立ち自体がね
まあ人間の作ったものなんだからしょうがないんだけれど
それをわかった上で文字通り「言葉半分」ってことで議論するほかないかな
でも空しいなあ

854 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 02:08:46 0
>>849
このスレ読んで実感したの??(苦笑
自分で使ってて、わからんかったのかい?

>>852
デカルトは、唯物論を論理的に屈伏させる事ができなかったんだよ
私は出来てるんだから越えてるだろバカ

それになんで好きでもない、おっさんの書いた本なんて読まなきゃいけないんだ?
わざわざ著書まで買ってきて読まなくても、デカルトなんて学校で習うだろ
ところでキミは、デカルトの原著を読んだのか??
フランス語らしいぞ?(苦笑
まぁ読んでもキミらみたいに誤読してたら、全く意味ないんだよ
だから私が、基礎から教えてあげてる
少しは感謝しろよ
プライドがあるんだろうけど
私の言ってる事の基礎も理解できないようじゃ話にならんぞ

>>853
空しく感じる必要はないだろ
相手が何を言っているのかを考える
という作業をすればいいんだよ

855 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 02:27:16 0
>私は出来てるんだから越えてるだろバカ

妄想体質うらやましすw

856 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 02:34:21 0
>そんな貧困な発想では、現代哲学を理解する事はできない と教えてあげているのです

私の妄想を理解する事はできない と教えてあげているのです

だな


857 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 02:46:17 0
>「私」だけが「私」です

「私」っておらの事やん
お前は、永遠に他人やわ。ざまあw

858 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 02:51:42 0
おらの事,他人に論議されてるとはな・・

859 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/17(金) 03:02:01 0
>>854最高位さん
単なる思い上がりですね。
自分が何かを越えたなどと勘違いされてるようです。
所詮「凡夫」「人の身」であることを忘れないように。

860 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 03:19:56 0
最高位現代哲学って最高位の個人的妄想でしょ。
ほんとうの哲学はみんなに普遍的な物事を考えるんだよ。
最高位は自分だけ見る日記に書いていればいいじゃん。

861 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 03:25:48 0

まあ、壁に向かって
「私はすごい。私は偉いんだ」と叫んでいる人、たまにいるよ。



862 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/17(金) 03:26:09 0
>>860さん
ここ一年で妄想が激しくなられたようで。
それ以前はそうでもなかったですよ。

863 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 04:56:15 0
話はずれるが、日本語の「自己紹介」という言葉はすごいと思わないか?
「自己」を「紹介」できたら誰も苦労しないわけで。

864 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 05:04:15 0

すごいというか、適当と言うか

865 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 06:24:06 0
誰の書き込みも
全然、反論になってないな
よくそれだけボケられるよな
おまえら内容もわからずに、感情だけで書き込んでるだろ(爆笑
それだけ自分のバカさを晒して、恥ずかしくないのかねぇ

866 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 06:48:57 O
おそらく最高位は大学を出ていない

いくらなんでも頭が悪すぎる

867 :飛べないカラス:2008/10/17(金) 07:01:54 0
このスレ見てると役に立つ言論と役に立たない言論の根本的違いがよくわかるよ。

868 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 08:54:08 0
>>867
わかったような口をきいているけど、「役に立つ」ってどういう意味か答えてみな。
「役に立つは役に立つだ」なんていうなよ。その答えでは役に立たないからな。

869 :天才君:2008/10/17(金) 09:33:26 0
>>846
「万人は平等である」と天才君は考えてはいないのです。
そのような人間主体のイデオロギーは、
あなたのいうように、
「日教組的教育に洗脳された前時代的な発想から来るも」ですね。

また、「現代哲学を理解」とおっしゃいますが、
現代哲学のベースが、人間主体のイデオロギーに支配されていると思う訳です。
そのベースからあなたも、私(天才君)を解釈しますが、それは的を射ていません。

870 :天才くん:2008/10/17(金) 09:37:16 0
>>851
>天才くんは自説の論理性とかおかまいなしだからな
>それを自分で認めた上で自分が正しく他人は間違ってるとのたまう
天才くんに正誤はありません。
あるのは、在るか無いかだけです。で、在るから全てがある。
そして「私」とは観念であり、観念に基づいたいかなる解釈も観念である
以上、馬鹿馬鹿しいが、創造的でもある。よって、倫理規範的には、
よりよい殺意のない創造が有効であると認めているだけです。


871 :天才くん:2008/10/17(金) 09:40:08 0
>>865
反論など、馬鹿馬鹿しいと思いませんか?
論理をひっくり返すだけですからね。

同じ意味の事を違った視点で、繰り返すだけの行為でしょ。
すきなんですか?そのやり取りが?

>感情だけで書き込んでるだろ
というが、それはご自身の観念ですから、あなた自身の事です。

872 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 10:12:22 0
>>866
勝手な妄想お疲れさん

>>869
>「万人は平等である」と天才君は考えてはいないのです。

そう考えていなくても
「誰しも私である」という考え方は、左翼教師的だと言っている

>現代哲学のベースが、人間主体のイデオロギーに支配されていると思う訳です。

そもそも哲学してるのは人間だよ?(笑

>>871
唯物論が、間違いであった
という結論が出ちゃったから
それを発表したら
批判してくる人がいるんだよ
だが、誰も反論にはなっていない という話ね

873 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 10:23:45 O
いや、最高位は高卒だ

874 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 10:24:50 0
最高位のレスは全く内容が無いよう

・中学の先生からデカルトの話を聞いた
・化学成分が同じ肉体なのに、自分と他人は違う(最高位の思考実験)
・唯物論者は人間を殺すから間違い(観念論でも殺しは同じだろw)
・俺は賢い、お前ら馬鹿

これの繰り返し

875 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 10:31:31 0
>>869
>そのような人間主体のイデオロギーは、
>あなたのいうように、
>「日教組的教育に洗脳された前時代的な発想から来るも」ですね。

逆ですね
唯物論という思想は、人間性を否定しますからね
人間は、物理現象が、単に複雑になっているだけだ という思想だからね

876 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 10:37:15 0
>>875
人間性って何?人間性という言葉の意味を思想的に書いてよ。

最高位の出発点は「唯物論は人間を鉱物のように潰して殺すので間違いだ」
というものだよね。
しかし、歴史的に見れば民族主義、国粋主義、排他的宗教などの
観念論も大量に人間を殺戮してきた。
結局、人殺しを正当化する思想的屁理屈はどうにでも捏造できる。
オウム教やキリスト原理主義やイスラム原理主義などもね。
最高位はそういう基本的な事が分かってないんだよな。

877 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 10:38:20 0
>>875
>単に複雑になっている

面白い表現

878 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 10:41:46 0
罵倒しまくりの最高位が人間性とは片腹痛い。
唯物論より自分の人格を問題視しろと。

879 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 10:42:43 0
>>874
>・中学の先生からデカルトの話を聞いた
   ↑
これの何が珍しいのかねぇ・・・
当たり前の事だろ
誰でも聞くんじゃないのか??
キミは中学では聞かなかったのかね?
では、キミがデカルトを初めて知ったのは、いつ?

>・化学成分が同じ肉体なのに、自分と他人は違う(最高位の思考実験)

自分と他人は別人じゃないか??
そうだろ?
じゃぁ、いかなる物理的要素が、私を現象させていると言えるのかね?(爆笑

>・唯物論者は人間を殺すから間違い(観念論でも殺しは同じだろw)

単純すぎるなぁ・・・
唯物的価値観からすると
人間の頭を割るのと石を割るのとは同じである という結論に行き着く
という事だよ
もし行き着かないとするならば、人間は物体である以上の何だと主張するのかね?

>・俺は賢い、お前ら馬鹿

上記が理解できないんだから、お前ら馬鹿じゃないか? て事

880 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 10:56:31 0
>>876
キミらは、いつも
人の発言を、実に短絡的に捉えるねぇ

>最高位の出発点は「唯物論は人間を鉱物のように潰して殺すので間違いだ」
>というものだよね。

そもそも、これが間違い
別に出発点なのではない
どこから、それが出発点だという発想に至ったのかね?

しかも「殺すので間違いだ」ではない
そういう思想である という事実を述べているに過ぎないわけだ
これに反論するのなら、そういう思想ではない という事を説明すべきであって
「他の思想も人を殺す」では、話がズレているだろ

881 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 10:59:06 0
単に複雑になっている って良い言葉だよな。このフレーズ、気に入った。

882 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 10:59:07 0
2ちゃんねるは統一教会が運営して個人情報を集めてますよ

「コ◆シミ◆ズ」検索 「独◆立◆党」検索  ◆はずしてを検索

与党も野党もメディアも全部朝鮮人だった。
http://jb◆bs.l◆ivedo◆or.jp/b◆bs/re◆ad.cgi/news/20◆92/115◆7941306/
2chの運◆営の正体をリチ◆ャード・コ◆シ◆ミズが断言
http://mamono.2ch.net/test/re◆ad.cgi/lobby/1213◆329◆871/
2chには何故か?書き込み不可能な文章
http://jb◆bs.live◆do◆or.jp/b◆bs/re◆ad.cgi/news/20◆92/116◆9481830/
リ◆チャード・コ◆シ◆ミズが初めて公の場に登場した、ワールドフォーラム06年8月例会での講演
http://vi◆deo.go◆ogle.com/vi◆deopl◆ay?docid=36658385◆1926860◆5080&hl=en

262 :中江さんへ :2007/01/29(月) 18:24:12 ID:???
中江さんへ 以下のリンクを参照して、2chがどういうサイトがご判断の上、
透派について、書き込みされるか、ご判断下さい。
頭のよいあなたなら、私の伝えたいことは十分に伝わると思います。
http://jb◆bs.li◆vedo◆or.jp/news/20◆92/
http://vid◆eo.go◆ogle.com/vi◆deoplay?docid=366◆583851926860◆5080&hl=en
http://ww◆w15.ocn.ne.jp/~oya◆kodon/newve◆rsion/sinb◆unter◆ebiiranaiyo.htm
http://an◆ti2ch.bl◆og61.fc2.com/
http://re◆sistan◆ce333.w◆eb.f◆c2.com/top_in◆dex.html
264 :中江さんへ :2007/01/31(水) 05:25:05 ID:3U/nw295
なにがあった?
265 :名無しさん@占い修業中 :2007/02/01(木) 19:09:14 ID:???
自殺しました

「日本の母は息子の性処理係」毎日新聞が捏造記事143
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/ms/1223898193/
毎日新聞スレ荒らしは2ちゃん運営(統一教会)
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/ms/1223995813/

883 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 11:07:08 0
人間性という言葉だけど、最高位は

>キミは「人間」という言葉を、一般論から出発させて
>「自分は、それに当てはまるのか?」という思考経路で
>考えているわけだが
>私はまず「私は人間である」と決めて、「他人も同類なのか?」
>という問題意識を持っている わけだよ

と言っていたよね。
こんな事を言ってたくせに、いきなり人間性を持ち出すなんてw
最高位の思想には論理整合性が無いよ。

884 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 11:12:53 0
>>883
何がおかしいのかね?

キミらの発言は、いつも思い込んだ結論だけで
その結論を導いた経緯
その一番大切な事を、いつも説明していないのだが
なんで???

885 :飛べないカラス:2008/10/17(金) 11:15:07 0
>>868
役に立つとは突き詰めれば生き残ることじゃないかな、人間社会が最終的に。
認識の結果どうのような原因からどのような結果になるかを示した言説が役に立つ言説になると思う。

886 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 11:22:36 0
今日も最高位先生のバカが思いっきり暴走しとるのおー
田嶋陽子先生を放し飼いにしたみたいだ

887 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 11:39:16 0
>>884
なんでかっていうと、わざわざしんせつていねいにせつめいしなくても
わかるていどのことだからだとおもうよ。もうすこしがんばりましょう。

888 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 11:46:57 0
>>879
>自分と他人は別人じゃないか??

他人と他人も別人だぞw

>>875
>人間は、物理現象が、単に複雑になっているだけだ という思想だからね

では、人間には複雑な物理現象以外の何がある、とキミは考えるのかね?
「人間には精神・自我・私がある」ということかね。しかし、キミは
>>872
>「誰しも私である」という考え方は、左翼教師的だ
と言っているね。すると、キミ自身が左翼教師的だということになるが
それでいいのかね。





889 :天才くん:2008/10/17(金) 11:51:21 0
>>872
>>875
>>879
>>880
>「誰しも私である」という考え方は、左翼教師的
なるほど、あなたの一つの解釈ですね。

まあ一連の発言を傾聴しましたが、哲学者最高位の解釈や観念は
すべては、あなたの観念に過ぎないのであって、
天才君や他を語っているのではないのです。
つまり他をまったく知らないという事です。

ところが、天才君の思想によれば、他も私も全て知っている。

あなたの思想によると他を語る事などできないし、
他とあなたが考え発言しようが、それはあなたの事に過ぎないのです。
ただ、あなたの場合、他を語っているつもりかもしれませんが…。




890 :天才くん:2008/10/17(金) 12:04:11 0
哲学者最高位についていえば、他を語れない思想をもっているにも関わらず、
他をあたかも知っているがごとく語る太々しさは笑止に値します。
しかし、それすら「私」のもつ特性であり、

他を語りえない、哲学者最高位が、あたかも他に向かって話しているような
その行為は、実に滑稽であり、論理を重んずる哲学者最高位であるが故に、
哲学者最高位自身の矛盾が暴露されています。

ま、「私」などは、そんなもんであり、たかだか観念によって発生している
ものに過ぎないのです。

天才君は万物から発生しており、たまたま、万物の一部がこうして
発言している。つまり万物の手足であり触覚でもある存在、
それが天才君です。

891 :天才くん:2008/10/17(金) 12:12:22 0
哲学者最高位。あなたは物質を知らない。

唯物論と物質は違います。
唯物論で扱う物質自体が空である可能性も否定できないし、肯定もできない。
空が物質の本質であったなら、唯物論は空を扱う論理に変化するわけです。
論理はつねに発見の後にあるのです。

ここんところを宜しく。

892 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/17(金) 13:07:54 0
「私」は使用する言葉におそれを抱くことがある。つまり、使い慣れていない新しい言葉である。
この言葉に対しては、誤用する可能性や、感覚的になじみがないことから、おそれを知らず知らず
抱いている。ここで知らず知らずといったのは、そういう言葉で、自分の中にわだかまっている物が
いくつもあるからである。精神的自由とは、言葉の自在な使用をおそれないことではないだろうか。

893 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 13:44:15 0
最高位は自我について私と表記するし、最高位自身も私と表記するから、話が面倒だよ。

894 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 13:45:52 0
>>893
すでに唯識が指摘してる

895 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 13:51:48 0
唯識の自演か?w
「私」が指しているものがいろいろあることなんて、みんな分かってる事だよw

896 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 14:15:51 0
「分かる」
この一語にも階層がある。
分かっていてもそれを自分の思考に反映させることができるのは
一部の人間だけのようなのだ。
かくいう私とてほぼROMってるだけで精いっぱいなのである。

897 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 14:30:48 0
>私はまず「私は人間である」と決めて、「他人も同類なのか?」
>という問題意識を持っている わけだよ

決めるというのは、これまで不確実であったり未定であった物事をハッキリさせることだよ。
自分が人間であることをハッキリさせておいて、
「他人も同類なのか?」と問題意識を持つというのだが 、他人も人間には違いないわなw
人間とは何か?
自分がいかなる「類」なのかまで言及しないと、論じている意味ないな。








898 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/17(金) 14:44:38 0
「私」より感覚が先にあるという議論があったが、「私」という機構は、感覚を後のべにして、
「私」の思いを先にあったという思いこみを強いる傾向があるように思う。たとえば、他人の
名前を覚えて、顔と一致させるわけだが、顔の方が先にあったにもかかわらず、顔の印象は
名前通りだな、と感じるようである気がする。

899 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 15:23:26 0
そうかな^^;

900 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/17(金) 15:29:32 0
>>899
の例で言えば、表情をつけることで、「そうかな」の印象を操作しているわけである(何でおれ
こんなに必死になってんだろ・・・。)

901 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 15:35:12 0
同じ人間だからってそんなことまで同じとは限らんわな

902 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 15:59:33 0
>>890
最高位が不在のようなので、最高位ふうに突っ込んでみる。w

「私」とはたかだか観念である、と天才君はのたまう。
当然「だれの観念?」となるだろう。
それに対して天才君は「神の観念」と答えるにちがいない。
「神の観念と判断し、言明しているのはだれ?」となるだろう。
これに対しては天才君はどう答えるのですか?

最高位がこのような下世話な問答をするかどうかは別としてw。

903 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 16:04:14 0
では天才君風に答えてみましょうか。
言明しているのは天才君です。
神が天才君の指を動かしてレスを打たせているわけです。

どうですか天才君?

904 :天才くん:2008/10/17(金) 16:21:03 0
>>903
完璧です。神、は天才君にそう答えさせられるでしょう。

「私」とは観念の幻想にしか存在しえず、
単に、神と神とで、こちら側を呼ぶ呼び名です。

よってどこまでいっても主体など存在しえないのです。

905 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 16:41:29 0
>>902
ということのようです。

906 :天才くん:2008/10/17(金) 16:45:49 0
但し、社会制度は肉体をベースに個を定義しますね。
社会制度にそまればそまるほど…。これを順応というのですが…。
人間界での順応性が高い「私」の形態をもつ神の一部であるほど、
高慢で、神を忘れ、「私」という物質的個を主張しますね。

その個が人間の作った論理を否定したりする。
滑稽な現象を観察することも出来ます。

907 :902:2008/10/17(金) 16:52:29 0
>>903 のように答えたら、最高位はこういうのではないか。
「神に動かされる何かが在るではないか」と。
主体が受動的かどうかが問題なのではなく、それは「在る」というのが
最高位の主張だから。

>>903>>904 には、その内容にかなりの違いがあるようにも。w
天才君に変貌して「全肯定」を唱える氏には、
そんな些細なことなど、どうでもよろしいということか。

ちなみに、偽最高位の質問に天才君は「私の思惟や言明も神の属性」と
答えるだろうと想像していた。

ところで天才君は「決定論」については、どう思われますか。



908 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 16:53:43 0
>>907
思想の論理ではなく発言の論理に責任を持たないのが天才くん流
よって議論の相手にはなりえない
天才くんが滑稽な現象であることをただ観察するのみ

909 :天才くん:2008/10/17(金) 16:55:44 0
どうしたら神の存在を「私」という幻想が感じられるでしょうか?
簡単な事です。「私」という幻想が、思い描くこれこそ神のイメージである存在に
出会えばよいのです。これも神の仕業ですが、そうやって高慢な精神は
神によってうち砕かれる訳です。

高慢や威張り、頑張り、高望み、勇気、希望、願望もうキリがありませんが、
すべて神の思いであり、受け取り方が、気持ちとして感じられるだけの事で、
自分が、思っているのではなく、気持ちの解釈ではそうなっているという事です。

あるのは、未来の確定状況の可能性の断片を知ったというだけです。
実際確定は神が行う事で、「私」の反応などお構いなしです。
よって神の思いを読むことに専念すれば万事上手くいくという事です。

上手くいくというのは、幸不幸に振り回されない心持ちというだけの事で、
状況は神が決めます。

天才君談

910 :天才くん:2008/10/17(金) 17:05:26 0
>>907
>ところで天才君は「決定論」については、どう思われますか。
決定論は個人のもつ信仰である。
つまり「自分とは何者か?」その答えが「決定論」です。
天才君ならば、「神」あるいは、「一元」「在る」等と答えるます。
そして肉体をもつ私自身はなにものか?という決定論は、「行為」である。
つまり仏教的に言えば、カルマである。こんな所です。

そしてそれらを包括する言論活動自体は、全て言語をつかって他者に伝達されます。
言語は天才君ではありませんから、発言内容の全責任を放棄するわけです。

こんな所でしょうか

911 :902:2008/10/17(金) 17:08:04 0
>>908
いや、そうではないと思う。
天才君については何度か支離滅裂なw長文を書き込んだことがあるが、
非論理的にみえて、必ずしも無論理というわけではない。
彼は“全肯定”によって何かを、たぶん西洋的な価値観を相対化したいのだろう
と見当をつけている。見当はずれかもしれぬ。w

またあとで。



912 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 17:10:55 0
>>911
天才くんにとっての肯定とは「在る」であって論理っではない
そうだろ天才くん?


913 :天才くん:2008/10/17(金) 17:15:34 0
>>912
はい。「在る」つまりこの宇宙に無いものは一つも無い。
不可知も在る。論理もある。なんでもある。
だから否定することは何一つできない。
こういう事です。

914 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 17:17:18 0
>>907
前半部分をもうちょっと掘り下げてみたい。
「神に動かされる何か」というのは物質という理解です。
「私」は言葉の綾というべきもので、神が「私」に命令しているわけではなく
神は直接「私」の手や足に命令しているということです。
細かく見れば脳や神経を経由してはおりますが。
もちろん「神」も言葉の綾ですが。ふう、めんどくさい。
宗教に頼らないというのはホントにめんどくさいものです。

915 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 17:28:08 0
スピノザみたいなものでしょ

916 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 17:33:39 0
>>909
これはまたやらかしたな天才くん
おら知らねーぞw

917 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 18:01:34 0
>>898
>>900
決めつけが凄い^^;

918 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/17(金) 18:09:30 0
>>917
ヘーゲルほどじゃないと思うんですがね。
(いいわけ)

919 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 18:12:13 0
自分がこう感じたから他人の内面も同じだろうと考えるのはありますけどね

920 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 18:33:49 0
最高位がいないとほのぼのしてていいですね

921 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 22:24:39 0
>>846
あなた宗教者?
結論かつ前提を自分で勝手に決めて議論されたら論破しようがないんだが。
それに私を説明する文に私って言う言葉使うなよ。
哲学は学問。相互理解のための文法としての科学を前提にしてくれんと困る。
ここを認めてくれないと議論できない・・・。

一般論の「私」じゃなくて、具体的かつ個別な「私」の例として最高位の「私」を記述して見てよ。
恥ずかしいなら、何か別の「私」でもいいよけど。
いくら言葉やイメージを使っても満足できないでしょ。
哲学は学問。私を記述する言葉は不完全。
哲学上、完全な「私」はない。
ここは哲学板なのであなたの宗教に「完全な私」があってもいいから、宗教スレへ。



922 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/17(金) 23:51:47 0
>>921
>相互理解のための文法としての科学を前提にしてくれんと困る。
>ここを認めてくれないと議論できない・・・。

文法って、どんな科学なのかね?(苦笑
大丈夫?

923 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 00:40:29 0
たぶん宗教的でなく科学的な姿勢で議論しようぜっていってるんだろうぜ。
実際、「完全な私」という表現はなんか宗教的な匂いがするしな。

924 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 00:51:47 0
>>922
文法って言う表現は分かりにくかったか、>>923の言ってることで大体Ok

925 :ネオマトリクス:2008/10/18(土) 01:00:13 0
あのさ、最高位は実利に目ざとく
現実的な賢い理論を言ってるんだけど???
>>874>>879見るとまさに同意する。
要は
『常識的思考は矛盾だらけ・常識はカルトと同じ
 現代科学や大学で習う事は穴だらけで子供の妄想と同じ』
という事を分かり易く言ってるんです。
>化学成分が同じ肉体なのに、自分と他人は違う(最高位の思考実験)
とか。仮に、脳が物理的にコピーで原子レベルで配列が同じならば
同じ人間として
【現代科学では】扱われるでしょう。しかし、そいつは俺ではないわけよ。
そこが、現代の唯物論では意識をうまく扱えてない理由。
現代科学は、意識は全く介入できないんだよ。
だから唯物論では『万人は哲学的ゾンビ』程度しか言えないの。

>人間の頭を割るのと石を割るのとは同じである、という結論に行き着く
これも同意。宇宙には、時空と物質しかない。色も音も感触も無い。
人間もなければ体感時間もない。日常の全ては
『物質の運動』で全て=か、もしくは全て【この】思考と【この】感覚。

ただ、人間社会は共通性が真理らしいんで、真に客観的なのは
何も無っし、全て物質の運動で音も何もないんですよね・・・。
感情や人生や体感時間や他の意思は
【この】思考と【この】感覚の一種ね

926 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 02:04:27 0
>>923
>たぶん宗教的でなく科学的な姿勢で議論しようぜっていってるんだろうぜ。

たぶん科学と唯物論をゴッチャにしてるんだろね

たぶん
唯物論の前提から離れずに って事だろね
それじゃ、はなから話にならない

世界には
唯物的に説明できない事柄があるんだけど
それを指摘すると「宗教だ」とね(爆笑

知能が低いと、そうなる

>「完全な私」という表現はなんか宗教的な匂いがするしな。

「完全な私」って何?(爆笑
なんで、そんなもんが出てくんの?

927 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 02:17:55 0
>>921
>一般論の「私」じゃなくて、具体的かつ個別な「私」の例として最高位の「私」を記述して見てよ。

私は
人間の精神性は、科学的に解明する事は不可能だ と言っているんだよ

精神性を記述すべきは、唯物論者側なのであってね
何を勘違いしてるんだろねマッタク
精神性全般を、唯物的に記述して下さい

私は不可能だと思うよ?(爆笑

928 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2008/10/18(土) 02:31:02 0
>>927最高位さん
それは「物」によって成り立っているということでよろしいのでは?
精神性の「性」は余計です。
なんでもかんでも「性」を付ける癖
お改めになられたほうが正解です。

ついでながら精神とは何を(或いはどこまでを)指すのですか?
五感も、表象、意識も自我もまた精神です。

929 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 02:54:23 0
>>926
唯物論と科学は別物と声高に叫ぶお前自身が
唯物論と科学をゴッチャにしているというギャグwww

930 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 03:18:15 0
>>927
それ以前に君は自分とは何か、精神性とは何かさえ分かっていない。

931 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 03:30:11 0
>>927
>人間の精神性は、科学的に解明する事は不可能だ

その発想自体がおかしいね。
自分の事なんて自分で考えて決めるものだよ。
科学に解明してもらおうなんて発想は甘えでしかない。
そういうバカな奴が変な宗教に頼るんだ。
科学で解明できないなんて当たり前じゃないか。
自分で考えろ。

932 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 03:42:49 0
ちゃんとした反論が、一つも無いなぁ・・・・

933 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 03:44:53 0
だって、最高位は宗教的に満足出来る宗教的回答を求めているんだものね

934 :天才くん:2008/10/18(土) 07:11:11 0
>>932
> ちゃんとした反論が、一つも無いなぁ・・・・
反論などあるはずがないでしょう。
人間の精神性は、科学的に解明する事は不可能だなどという事は
当たり前の事で、反論すべき対象ではない。

みえないもの、観測できないものを解明するという事を
しようとする挑戦的試みであって、あなたはそれをしない。
それだけの事です。

つまり「私」を記述するスレにおいて、解明不可能であるというならば、
反論など求めず、黙っていればいいんです。
あなたには解明も記述もできないんですから。

935 :天才くん:2008/10/18(土) 07:18:18 0
まあ、哲学者最高位ができることといえば、唯物論的な見地に立ち
他者の哲学を批判、批評、さげすむ事でしょうか。
それはそれで、唯物論者の立場、論理的哲学の立場で、いいのですが…。

「私」を記述…、がスレタイだからね。たまには自分自身の「私」の
記述をすればいいのでは?そうすれば、反論してくれる人もいます。

936 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 07:21:12 0
最高位は唯物論と決定論をごっちゃにしているのだ。
理解が甘いというより、あほすぎなのだ。



937 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 07:29:19 0

二元論に対して
私はいかなる肉体(物質)と魂(精神)で他人ではなく、「私」なのか、特定してみろ
というのとおなじ。

アホすぎなんだよ。



938 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 07:30:26 0
最高位はこのスレッドに書き込まなくてはという義務感だか強迫観念が先行して
自分からネタを振るような思考ができないでいる。

939 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 07:33:19 0
最高位は全部が自分の主観でOKという開き直り人間だから。
どんなに間違いでも、オレ様の意見が正しいというバカ。

940 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 07:39:03 0
記述しろって最高位はいってるけど、記述の評価をどうやって定めるんだろう。
ぼくがそうおもうから、じゃあまったく説得力がないし、
評価できないなら、出てくる答えが正当である可能性を受け入れないとならない。
普通は可能性があることを受け入れておくもんなんだけど、
最高位は可能性がゼロだっていってるからどうにもこうにも・・・。
完全に袋小路じゃん。

941 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 07:45:10 0
>>925
>仮に、脳が物理的にコピーで原子レベルで配列が同じならば
>同じ人間として【現代科学では】扱われるでしょう
>そこが、現代の唯物論では意識をうまく扱えてない理由。

いえ、違います。戸籍謄本、身分証明書も別々に発行されます。
顔が同じだからって、税金はどちらか一人が払えば良い
というわけではありません。
同じ顔のAさんがご飯を食べても、同じ顔のBさんの腹は膨れません。
現実を見ましょう。

942 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 08:04:59 0

>仮に、脳が物理的にコピーで原子レベルで配列が同じならば
>同じ人間として【現代科学では】扱われるでしょう

現代科学を扱う前に、基本的に、物理を知らない。あほですか。





943 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 08:15:45 0

物理的に同じ物をいくら作っても、
空間の別の位置を占めることになり、別々の運動をする。
>>941 さんがおっしゃるように、
同じ物のなかの1つを移動させたとしても、ほかの同じ物までは移動しない。
オバカな人は、「同じ物なのになんで? 」と考えてしまう。
物理が基本的に分っていないのです。



944 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 08:20:04 0

最高位の「化学」的視点はようやく初歩。

「物理」的視点は、まるで駄目です。

945 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 08:34:27 0
「もの」と「こと」、言いかえれば「物質」と「情報」の区別が出来ない
バカばっかりだね。
物質から構成される物体のコピーなどありえない。
まったく同じ組成であっても個物は個物であって「同一のもの」ではない。
逆に組成はどんどん変わっていくのに私の体のように常に同一のものと
考えれられる「絶対矛盾的自己同一」の存在もある。
時空間に依存する存在が「もの」だね。
その物を媒体とするが時空間に依存しない存在としての「こと=情報」
はいくらでもコピー可能だ。
一度言われたことはいつでもどこでも繰り返すことが出来る。

946 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 08:44:41 0
基本的に「この身」の
目の前や背後、あるいは傍に居る人、
つまり周りの人が、たとえ「この身」に「そっくり」だとしても
自分だと認識する人はおりません。

「この身」以外に「私」というものが、在るのか、どうか。



947 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 08:45:47 0
>>927
>私は人間の精神性は、科学的に解明する事は不可能だ と言っているんだよ
それはお前の独断と偏見だろうね。
認知科学は人間の認識作用を対象とした科学だ。
科学といえば自然科学それも物理学しかないとでも思ってるのか?
物理学は物を対象とした科学だから唯物論になるのは当たり前だ。
物理学の最終課題は万物理論の完成だろう。

948 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 08:52:34 0
「私」は一人称代名詞だから誰でも「私」になれる。

949 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:00:13 0
「この身」以外に「私」というものが在る、
つまり、「この身を認識している魂とか、精神とかよべるような別の実体」があるとするのが二元論。

ではないのか。
で、認識は、どのようにして生ずる ?





950 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 09:05:53 0
>>936
なぜ、そう思うのかね?

>>937
お前がアホ

>>938
私がネタを振っているからスレが伸びているのだよ

>>939
私は論理的に唯物論を破壊している

>>940
いや、まず
唯物論者が、自分の思うように記述してみるがよかろう

>>941>>942
うむ、違う人間として扱われるね
全く同じ物理的要素だが、私ではないわけだ
で、その結論から
いかなる物理的要素で、私が現象していると言えるのかね?

>>943
いや問題は、そこにあるのではない
なぜ、いかなる物理的要素によって、それが私なのか
という根本問題につながっている

>>945
>まったく同じ組成であっても個物は個物であって「同一のもの」ではない。

唯物的世界観に「個物」など無い
個物は価値観

951 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:16:04 0
私は無我論が一番合理的だと思っている。
私の本質などない。
ないものは語れない。

952 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:16:06 0
>>950
>うむ、違う人間として扱われるね
>全く同じ物理的要素だが、私ではないわけだ

私でなくて他人同士でも違う人間として扱われるってw


953 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 09:18:28 0
>>947
>物理学は物を対象とした科学だから唯物論になるのは当たり前だ。

物理学は
物理的な法則を研究し、紐解く学問であり

唯物論というのは
「世界には物質しかなく、人間の精神も何もかも、物理現象に過ぎない」という思想

「物理学が唯物論になるのは当たり前」

という認識は、大きな間違い

>>948
誰しも自分の事を「私」を呼ぶが
それぞれが別人であり
私という存在からすれば、他人は他人であって、私ではない
その私という存在を現象させる物理的要素を問うている

>>949
なぜキミは、二元論の話をしているのかね?(苦笑

954 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:18:42 0
唯物的世界観も観念に過ぎない。
唯物論ではない。

955 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:22:56 0
>>953
>唯物論というのは
>「世界には物質しかなく、人間の精神も何もかも、物理現象に過ぎない」という思想
それもお前の独断と偏見の唯物論でしかない。
誰がそんな唯物論を述べているか参考文献を挙げて見てくれ。
ウィキペディアの「唯物論」でさえそんな偏見は述べていない。

956 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:28:54 0
>>953
>その私という存在を現象させる物理的要素を問うている
そんなこともわからないのか?
私という存在の物理的要素なら私の身体に決まっている。

957 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 09:31:01 0
>>955
ではキミは
「世界には物質しかなく、人間の精神も何もかも、物理現象に過ぎない」
という考え方を否定するわけだね?

だったら人間の精神は、いったい何なのかね?
少なくとも、物理現象ではないんだろ?(爆笑

その立場で、心身問題における唯物論を肯定してみたまえ

958 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 09:35:56 0
>>956
そういう観念的な事を聞いているんじゃないんだよ
科学的に、具体的に、いかなる物理的要素によって私が現象しているのか
という事を問うている

959 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:49:04 0
「私の身体」のどこが観念的なんだ?
それ以上に具体的な存在なんかあるかw

960 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 09:53:37 0
あなたが「現象して」いるのは、脳内の物理現象によってさ。
頚動脈を押さえて血流を止め、それでもあなたが「現象する」かどうか
試してみたら?

961 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 09:55:02 0
>>951
>私の本質などない。

と思っているのは、誰?

>ないものは語れない。

語れないって、誰が?(爆笑

そう思ってるのは、結局キミじゃないのか?

962 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 10:01:05 0
>>959
>身体に決まっている。

というところが観念的
いや、むしろ宗教的

体は物理的要素にすぎないんだから
いかなる物理的要素によって私が現象しているのか
ハッキリと、要素として具体的に特定できなければ、おかしい

>>960
そんな事をしたって
なぜ、この脳から他人ではなく私が現象しているのかは導けないんだよ

頭の悪いヤツに説明するのは、ホントに骨が折れるわ・・・

963 :天才くん:2008/10/18(土) 10:14:07 0
>>962
哲学者最高位おかしな事を言わないでください。

> 体は物理的要素にすぎないんだから
>いかなる物理的要素によって私が現象しているのか
>ハッキリと、要素として具体的に特定できなければ、おかしい

あなたは、論理的に理解したいだけで、それは自らが無理だと
おっしゃる訳です。だからおかしいままでいいのでは?
唯物論が崩壊したのではなく、あなたが、唯物論的に「私」を特定したいだけで、
それは貴方自身が無理だと言っているんですから。

だから哲学者最高位は、「私」について何も語れないわけで、
語りうるならば、自分の観念だけです。仮説も可能性も受け入れる事ができないというのが、
哲学者最高位であり、唯物論自体は、単なる論理であり、それを行う人間は、
仮説も可能性も考える。あなたはたまたま、それが出来ないだけです。

つまり最高の考える「私」は無能だという事です。

ま、天才君の考える「私」も無能なんですがね。

964 :天才くん:2008/10/18(土) 10:19:03 0
哲学者最高位の考える「私」の滑稽な所は、
自分自身が、その「私」に含まれていない他人事なんですね。
そこを置き去りにしては空論になりますね。
まあ、観念である「私」が「私」を対象化させて考えるならば、
いかなる「私」を語っても、空論なんですがね。

965 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 10:25:38 0
>>962
>そんな事をしたって
>なぜ、この脳から他人ではなく私が現象しているのかは導けないんだよ

私からみるとその脳からは私ではなく他人が現象しておりますがw


966 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 10:30:35 0
>>963
私が語っているのは、私についてではなく
「唯物論は間違いだ」だよ

何を勘違いしてるんだろねマッタク

私について語っているのではなく
私という主観性の、特殊性を語る事によって、唯物論を論理的に破壊しているのです

>>964
論を語るのは、私だという事です
私がいなければ
私は、キミの言う空論すら語れないわけです

キミも同様だろ?(苦笑
キミは、いなくても語れるのかい?(爆笑
無理だよな
では、そのキミは、その体の何の要素によって他人ではなくキミなのか
という問題

>>965
>私からみるとその脳からは私ではなく他人が現象しておりますがw

当たり前だろバカ(爆笑

では、キミの脳からはどうだ?
その体の、何の要素によって、キミは現象している と言えるのかね?

967 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 10:43:08 0
>>966
>当たり前だろバカ(爆笑

ということは、「なぜ、この脳から他人ではなく私が現象しているのか」と問える
のは、まさにこの脳から現象している私だけである、ということですね。
つまり、「この脳から私ではなく他人が現象している」ということは、
矛盾しているので論理的に有り得ない、ということです。
有り得ないことが起こらないのに「なぜ」もくそもないことは
「当たり前だろバカ(爆笑 」というほかありませんw

968 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 10:54:26 0
>>950
たとえばある唯物論者が、
「人が精神という言葉を学習する際に必要不可欠なものは物質である。
故に精神を論じる基盤は物質にある。ならば精神に関するあらゆる議論は
唯物論的世界観を承認した上でしか語れない」
といったら、最高位はどんなふうに評価するの?

969 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 10:56:37 0
>>967
>ということは、「なぜ、この脳から他人ではなく私が現象しているのか」と問える
>のは、まさにこの脳から現象している私だけである、ということですね。

上の文中の「この脳から現象している」は余計だろ。
そんなことは確実に言えることではない。



970 :哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2008/10/18(土) 11:22:51 0
>>967
結果論で語るから当たり前なのであってね
私は原因性という、より本質的な立場に立って
その体がキミである原因を特定してみなさい と言っているわけだよ

>>968
それは、わかりやすく言えば
たとえば物理的に説明できる事は、物理的に説明できる
と言っているだけでね

私の存在を物理現象に特定できる根拠がゼロであるならば
当たり前だが「全てが物理現象である」なんて事は言えないでしょう

971 :天才くん:2008/10/18(土) 11:28:24 0
>>966
>キミは、いなくても語れるのかい?(爆笑
>無理だよな
いいえ、無理なのはあなたであって、私ではない。

天才君を通じて「神(万物)」が語る。主体が存在しないわけです。
あなたの発言はすべて、あなが個人の考えに過ぎない。
よって、あなた自身の「私」観の起源を問う、つまり要素を問うのは、
あなた自身の問題にすぎない。そういう事は、あなた自身で見つければいい。

そしてあなたからみた他人が考える「私」に関する観念の起源に対する思想は、
あなたとはまったく違う。違うものに対し、違うと認めればいい。

いずれにしても、あなたは、自分自身の「私」が、何の要素によって他人でなく
自分なのか?という問いになんの答えも見いだせない訳です。
それだけの事です。つまり無能である「私」観および、唯物論内での検証のみしか
しえない「私」に関する哲学のみを持っているという事です。

972 :天才くん:2008/10/18(土) 11:32:13 0
>>970
哲学者最高位。唯物論者的立場からの問いと検証まことに立派ですが…。
あなたは唯物論的立場でありながら、唯物論は崩壊だなどという立場ですね。

これでは自己崩壊であります。まるで天才君ではありませんか。
つまり主体無しという事です。

973 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 11:55:22 0
>>970
>結果論で語るから当たり前なのであってね
>私は原因性という、より本質的な立場に立って

結果が特定されていなければ、その原因について云々することはできません。
これもまた「当たり前だろバカ(爆笑 」というほかありませんw

>その体がキミである原因を特定してみなさい と言っているわけだよ

「キミ」が結果的にその体から現象している自我のことを指すのなら、
その体がキミである確率は100%であり、その体がキミでないとか
その体以外の体がキミである確率は0%です。
従って、原因など問うことは無意味です。
強いて言うなら「その体から現象している自我に向かってキミと呼びかけて
いるからだ」とでも言う以外ないでしょうw
ちなみに、私がこの体から現象しているのか、この体とは独立に存在して
いるのかは、>>969の指摘の通り不確実です。
それを検証するためには、>>960のいう「この体の頚動脈を押さえて血流を止め、
それでも私が現象するかどうか試してみる」というのも、一つの方法です。
私は嫌ですがw


974 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 11:59:19 0
> あなたは、論理的に理解したいだけで、それは自らが無理だと
> おっしゃる訳です。だからおかしいままでいいのでは?
> 唯物論が崩壊したのではなく、あなたが、唯物論的に「私」を特定したいだけで、
> それは貴方自身が無理だと言っているんですから。
>
> だから哲学者最高位は、「私」について何も語れないわけで、
> 語りうるならば、自分の観念だけです。仮説も可能性も受け入れる事ができないというのが、
> 哲学者最高位であり、唯物論自体は、単なる論理であり、それを行う人間は、
> 仮説も可能性も考える。あなたはたまたま、それが出来ないだけです。

上記>>963は、これまでの天才君の発言の中で初めての、華美な装飾のない的確な評だなw
唯識氏他が、しつこく指摘していたが
「唯物論否定の為に導入されている“私”」、
「唯物的にしか考察できていないことへの無自覚さ」、
「唯物論を用いないなら別の方法で掘り下げることもしない」、
「唯物論の限界を見て、そこで満足している」「“私”については何も考えていない」、
唯物論という呪縛に一番囚われているのが最高位氏御自身なわけで・・・w

>>966
  > 私が語っているのは、私についてではなく
  > 「唯物論は間違いだ」だよ
  > 何を勘違いしてるんだろねマッタク
  > 私について語っているのではなく
  > 私という主観性の、特殊性を語る事によって、唯物論を論理的に破壊しているのです

975 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 12:05:58 0
>>970
ぜんぜん違うよ。ある唯物論者は丁寧にこう加えるだろうね。
「言葉は全て物質を基盤にしているので、
あるものが言葉にて表現できるのは全て物質の基盤あってのこと。
精神もまた、そう表現される限り、物質的基盤の上にある。
これを否定するなら、精神と表現されているものは存在してはならないか、
それを精神と表現してはならない。どちらの条件も排したいのならば、
唯物論的世界観を承認する以外に道はない」
ということだから、先の話も加えて、この唯物論者は物理的な事実から、
どうにか無矛盾の道へ誘導しようと企てているわけだね。
最低、このくらいは分かってほしい。
だから最高位の評価能力は「う〜ん・・・」って感じ。
これじゃあ信用が得られないから、唯物論者も記述しないだろうね。

おまけだけど誰かを物理現象に特定したいなら、誰々さん現象とでも題して
いろいろと定義すれば、特定だけならできると思われ。

976 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 12:14:16 0
>>975
>いろいろと定義すれば、特定だけならできると思われ。

最高位氏は、そのような記述では(そのような記述の時は)「他人になる」と仰っています。
(勿論、ある意味正解なわけですが・・・w)

977 :1/2 素人:2008/10/18(土) 12:18:01 0
>>610
あちらのスレでは「自性」絡みの流れでしたし、「仏教の持つ素朴実在論的性格」についての話なので、
「独立して」という言い方が、「主観から独立して」という意味のみを指すという前提だとは考えませんでした。
もし、そうであるなら尚更、唯識系統(或いは唯識色の強い)以外の仏教は素朴実在論的であると言い得るのではないでしょうか・・。
『何がしかが「主観から独立して」ある』ことを仏教は前提としています。
593氏には、総論的指摘でなく、あちらのスレでのやりとりのように、(別人かもしれませんが・・・w)、
>>486-487の各々を批判、却下してほしかったですね。

貴方は>>603についてどうお考えですか?
私は、「独立して」という言い方から、単純ストレートに「主観から独立して」を導けませんでした。
寧ろ、縁起を否定する「独立自存」を真っ先に思い浮かべてしまいます。
(特に、あちらのスレでは、そここそが肝でもありましたし・・・。)
このことによるボタンの掛け違いが、きっかけだったのかもしれません。
「主観から独立して」であるなら容認されるものですし、「独立自存して」であるならそれは許容できないのです。
(「主観から独立して」か「それのみが独立自存して」か、は『どのようにあるのか』という部分での相違となります。)
あちらのスレでも、意見の相違は「微妙な“在り様”の違い」と「“その在り様”を《ある》と見做すかどうか」
であるような気がしました。
また、もし、「独立して」が「主観から独立して」という意味のみであるなら、
≪「主観から独立して」あることを認めるか認めないか≫が焦点にならねばなりません。
しかし、(あちらのスレの方もそうでしたが)593氏はその方向性で疑義を唱えてきたわけでもなさそうです。
「縁起するものかどうか」を基軸にしています。
が、「縁起するものかどうか」と「主観から独立しているかどうか」は直結するのでしょうか?
≪「主観から独立していたら」「縁起するものではない」≫のでしょうか?
あちらのスレの方も593氏も、そのような考え方に見えるのです。ですから、「それはちょっと短絡的じゃないの」
と反論しているのです。(その意味で、>>603氏には賛同しておきます。)

978 :2/2 素人:2008/10/18(土) 12:19:18 0
>>610
>>593に於ける
 > ポイントは「ある」にではなくて、「独立して」にあります。そこがなければ素朴実在論も模写説も成立しない。
を借りるなら、『どのように「独立して」』いるのかが、仏教にとっては重要となります。
「主観から独立して」あることが素朴実在論の条件なら、仏教はそれに合致しますし、
その上で「素朴実在論的性格を持たない」と主張するならば、『何ものも「主観から独立して」はない』として
>>486-487を一つずつ批判却下、或いは解説していただきたいのです。
(あれらの殆どは、唯識教学誕生以前のものなのですから・・・。)
あちらのスレでもこちらでも、「ある」という点では意見が一致しているようです。
どうやら、「どのようにあるのか」の部分で食い違いが発生しているようです。

あちらのスレの方も593氏も、唯識系の方なのでしょうか・・・。であるならば、成程とも思えるのですが・・・。

粗っぽいレスで申し訳ありません。
ぼちぼち作文し始めようかと思ってはいますが、
時間かかりそうなので、繋ぎのレスを入れときます。
(けど、また次スレ持ち越しだな・・・orz)

979 :975:2008/10/18(土) 12:22:32 0
>>975について、分かってほしいっていうのは変だった。訂正。
このくらいは自分なりにいろいろ推察とかして欲しかったっていうところ。
せっかく記述したんだから相手だってそれなりの誠意が欲しいもんだしね。

980 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 12:23:17 0
>>957
>「世界には物質しかなく、人間の精神も何もかも、物理現象に過ぎない」
>という考え方を否定するわけだね?
当然だね。そんな思想は間違いだし唯物論でもない。
世界には物質しかないなんて思ってる人はいないだろ。
人間の精神は物理現象ではないだろ。
世界は物と事から構成される。


981 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 12:25:24 0
>>961
「私」と「私の本質」の区別もつかないバカなのか?

982 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 13:00:50 0
ずっと読んできたが、最高位の話は詭弁だよ。

経済学や物理学の分野で、素人が「俺は○○を超える新理論を発見した」
と言って変な論文を大学に送ってくる事があるらしいけど、
その中身の一部は正しくても論理の繋ぎ方がメチャクチャだそうだ。

悪いけど、最高位もそういう人達の仲間で、○○を超えた現代最先端哲学とか言ってるのも、
仲間も典型的な特徴だね。
最高位は、ゼノンのパラドクスを解決したとも仰っているのだが、
そのような事を宣うのも変な人の特徴。

983 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 13:02:46 0
>>961
>>私の本質などない。

>と思っているのは、誰?

「他人」だろw
少なくとも「私」ではない。
そんなことは俺は考えないから。


984 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 13:08:35 0
>>962
>体は物理的要素にすぎないんだから
>いかなる物理的要素によって私が現象しているのか
>ハッキリと、要素として具体的に特定できなければ、おかしい

この文章がおかしい。
いかなる物理的要素なのかと問う前に体は物理的要素だと認めているw

985 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 14:11:28 0
「私が現象している物理要素」という言葉の意味が分からないしね。

まずね、「私」は肉体と肉体の外を知覚してる。
肉体と肉体の外の宇宙を見ているのが「私」である。
つまり、「私」とは単独では存在しえない。
宇宙全体と共に存在しなければ、「私」も存在しない。
ゆえに、「私」が存在する物理要素など特定できないのだよ。
最高位は勘違いも甚だしい。

986 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 14:17:12 0
>いかなる物理的要素によって私が現象しているのか
>ハッキリと、要素として具体的に特定できなければ、おかしい

特定は出来ない。
不正確な表現だがあえて言えば、宇宙全体。宇宙の全てによって私が現象している。

987 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/18(土) 15:00:08 0
>>最高位氏

氏は、唯物論を否定しているが、完全に否定しているわけではもちろんないだろう。否定という
行為の次にその意味を見出すとしたら、否定した物を廃棄(アウフヘーベン)して、廃棄された物を
保存し、維持し、その上に論を立てなければならないだろう。

988 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 15:00:50 0
いやそもそもね、「私」という言葉自体があやふやなものなのよ。
確固たる「私」があるという強固な思い込みがあるから他人の言葉を受け付けない。
それが最高位の正体だね。

とはいえ、その強固な思い込みを破壊してやりたいという欲望を抑えられない自分がいるw
何故俺はそんな欲望を持つのかということにも興味があるが、とりあえずは何故最高位はそんなに
かたくなに「私」の存在を信じるようになったのか推測してみたい。
おそらく彼はこんなにハッキリした意識をこんなに安定して保っていられるんだから「私」は
絶対的なものに違いないと思い込んだと思われる。

しかしちょっと客観的に人間を見てみれば、生まれてから十数年間は未熟な精神しか持てないし
人生の終盤には呆ける人もたくさんいる。それだけ見ても「私」が絶対的であるとは言えない。
さらに言えば、健全な若々しい人間の精神とて恐ろしく未熟なものだという見方もできるのだ。

最高位よ、「私」を現象させる物理的要素なんぞは「体」という答えだけで十分なんだよ。
それが不満なら「私」などというあやふやな言葉を使うな。

989 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 15:32:55 0
>なぜキミは、二元論の話をしているのかね?(苦笑

なぜキミは、このスレで唯物論の話をしているのかね?(苦笑




990 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 15:50:41 0
最高位は「完全に」とか「絶対に」とか「確実に」とかいう修飾詞をつけるのが好きだよね。

そして、「・・に」と「・・な」との使い分け、が出来ないの。
まだ日本語になれてないらしい。

991 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 15:52:43 0
>>985
それは、最高位の意見をひっくりかえしただけ。
私の身体と(君の言葉を借りれば)その「外」の諸現象は、私に「知覚(意識)」
されたものだ、と簡単に言い換えることができる。
君のいう「宇宙」も主体の意識的相関者だという意味である。

このスレの二大コテw最高位も天才君も、ここまでは大同小異。ともに意識に
定位して語る。(天才君は観念という言葉を多用する)
最高位の特異性は(彼には常識なのだろうが)この意識から『私』を切り離し、
“『私』の意識”として括ってしまうことだ。
それに対して、天才君は“無限の観念”ともいうべき『神』のみが唯一性を
有するとし、そこに“私”なる仮象の主体を解消してしまうのである。






992 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 16:11:22 0
物体とか身体を何か確たるもののように見立てる言辞が少なくないが、
それらも意識された現象(意識現象)であることに変わりはない。
>>988
「私」を現象させる“体”もまた「私」の意識に映じた現象であり、
君のその言述のどこにも「物理的要素」なるものが見当たらない。
そういう観念を君が持っているということはわかるが。




993 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 16:18:52 0
>>987
いや“唯物”という概念は否定しているでしょう?
ただし物質、物体、物理現象を否定しているということではない。

994 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 16:20:36 0
>その体がキミである原因を特定してみなさい と言っているわけだよ

最高位風にいえば、「この体が私らしい」
「何故だか、この体を自分の体だと私は認識している」ww

認識している私がこの体とは別に存在するならば、その存在がなんであるかを特定して、
その原因をお前も特定してみなさいww




995 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 16:25:36 0
>>991

天才君の図式。

 ○  ○  ○  ○  ○  ○   ・・・ 個別に現象し、現れている“私”(個々の意識)
 ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ・・・ 基体としての(一なるものとしての)神、宇宙
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


最高位氏の図式。

 ◇  ○  ○  ○  ○  ○   ・・・ 個別に現象し、現れている“私”(個々の(自我)意識)
 ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑
 ◆  ●  ●  ●  ●  ●   ・・・ 個別に現象し、存在している“私”(個々の自我)
 ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑
 ◎  ?  ?  ?  ?  ?   ・・・ 基体、基点、起点としての、「あるとしか言えない」
                        「思う、思考する故にその存在を要請される主体としての」“私”

 ※中段の◆や●は無くてもいいかも。※




(気に入ったら次スレでも使ってくれw)

996 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/10/18(土) 16:35:45 O
993
言葉足らずな所を補足してくれてありがとうございます。

997 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 16:41:59 0
>科学的に、具体的に、いかなる物理的要素によって私が現象しているのか
>という事を問うている

だから、唯物論に「科学」を求めるのはお門違いなんだよww 
哲学と科学は違うのだよ、あほ。

998 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 16:43:24 0
>>992
「私」が見当たらないと言ってるんですよ。
確固とした「私」が無いんだから確固とした物理的要素も必要ないのです。
「意識」って何ですか?どこにそんなものがあります?
「観念」もそうですよ。文字にしろ言葉にしろそこに宿っていると思う自分自体が
まやかしなのですよ。痛みも快感も在りはしないんです。
現象が確固として在るものだという認識を改めていただきたい。

999 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/18(土) 16:46:21 0
つまり、オカルトか。

1000 : ◆DqHByghvs6 :2008/10/18(土) 16:47:26 0
ちんちんまんまん。


























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