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クリシュナムルティ part3

1 :考える名無しさん:2008/07/19(土) 22:36:59 0

クリシュナムルティ part2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1211599787/
クリシュナムルティ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1189608383/



ジッドゥ・クリシュナムルティ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3
クリシュナムルティ
http://www.geocities.jp/andreaskjp/jk/framepage4.htm
J・クリシュナムルティ
http://www.nnc.or.jp/~takafumi/psych/term/list/kris.html
クリシュナムルティ語録
http://krishnamurti.blog62.fc2.com/
クリシュナムルティの初期の頃の話しより
http://homepage1.nifty.com/spr/early.htm


101 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 22:52:16 0
悟りましたのでクリシュナジーはもう卒業です

102 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 23:01:27 0
ああ、そう。よかったね。

103 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 23:04:25 0
ところでクリシュナムルティって誰?

104 :考える名無しさん:2008/08/07(木) 17:48:49 0
弥勒菩薩です

105 :考える名無しさん:2008/08/08(金) 04:18:39 0
クリシュナってなんか名前がキノコ系

106 :考える名無しさん:2008/08/09(土) 04:16:06 0
>>105さんにもミーイズムを感じるな。
社会から自分達を見ようとする視線の欠如、
外からの視線の欠如。

自分の身体感覚を世界全体に拡張するという世界観は
近代以降から次第に強くなったのだろうけど、
1970年代のアメリカ(多くのグルがアメリカに渡った時期)に
特に強まって、自己中心主義と瞑想とオカルト流行がリンクし始めた。

自己中心的瞑想もいいんだろうけど、社会的観点で物を見るのも大事だよ。




107 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 01:06:50 0
>>103
弥勒の媒体

108 ::2008/08/10(日) 01:11:02 0
バカ

109 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 01:12:44 0
↑なぜ?

110 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 01:17:32 0
>>106
なんだこりゃ

111 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 01:37:55 0
>>107
本当。

112 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 01:44:19 0


113 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 04:44:02 0
>>106さんからはマモニズムを感じるな。
世界経済から自分達を見ようとする視線の欠如、
外からの視線の欠如。

自分の金銭感覚を金融界全体に拡張するという世界観は
近代以降から次第に強くなったのだろうけど、
1990年代のアメリカ(ソロスなど多くの投資家が投機に走った時期)に
特に強まって、自己中心主義と投機とファイナンス流行がリンクし始めた。

自己中心的投機もいいんだろうけど、社会的観点で物を見るのも大事だよ。




114 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 04:47:31 0
>>113からはオナニズムを感じるな。
異性から自分達を見ようとする視線の欠如、
外からの視線の欠如。

自分の性的感覚を性産業全体に拡張するという世界観は
近代以降から次第に強くなったのだろうけど、
1990年代の日本(宮崎など多くの変態が性犯罪に走った時期)に
特に強まって、自己中心主義と変態とAV流行がリンクし始めた。

自己中心的オナニーもいいんだろうけど、女性的観点で物を見るのも大事だよ。



115 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 04:51:57 0
>>114さんからは低俗な教養主義を感じるな。
実用性から自分達の知識を見ようとする視線の欠如、
外からの視線の欠如。

自分のオタ的感覚を一般知性にまで拡張するという妄想は
近代以降から次第に強くなったのだろうけど、
2000年代の日本(仏教オタなど多くのオタが変質的布教活動に走った時期)に
特に強まって、自己中心主義とコンプレックスとオタク流行がリンクし始めた。

自己中心的知識もいいんだろうけど、普通の観点で物を見るのも大事だよ。






116 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 05:01:08 0
>>115さんからは二番煎じを感じるな。
下らないオリジナルレスから自分達のレスを反省する視線の欠如、
外からの視線の欠如。

自分のセコハン感覚を下らないレスにまで拡張するという試みは
2ちゃん以降から次第に強くなったのだろうけど、
2000年代の日本(ねらーなど多くの暇人がコピペに走った時期)に
特に強まって、蔑みと嘲笑と自己満足がリンクし始めた。

自己中心的コピペもいいんだろうけど、オリジナルでレスするのも大事だよ。


117 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 14:19:56 0
↑おもしろいから、もっとやってください

118 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 17:02:17 0
つまんね。もうやめれ。

119 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 17:05:39 0
瞑想なんかに引きこもってるから、ますます社会性の無いバカに成っちゃうんだろうな。

120 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 21:14:59 0
瞑想は方法でも観念でも無いから、
本当は引きこもりや、社会性とも関係ない類のものだ。

121 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 23:08:17 0
つまらない奴に限って社会性がどうとか言うんだよな。
その内容をよく聞いてみたら自分の周囲の本当に狭い関係性を社会と
思い込んでいたりいたり本で読んだ身の丈以上の概念を提示したり。
瞑想マニアと似たり寄ったり。あいつらも自分の体験に囚われ宗教の
マイナーな規範で社会の出来事を解釈してるもんな。



122 :35:2008/08/10(日) 23:08:39 0
夏のせいなのか?
藻前ら不毛なことはやめてあずきバーでも喰いなよw

               _______
              |\         \
              〈 ..\______''ヽ
              .〉  .〉  U      ''ヽ
               .〈  .〈       U   .|
   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| 〉          | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
    |  *‘ω‘*  アタリ |.〈  U          |  生の全体性          |
   \________| 〉          |__________/
               〉  〈       U      |
               \  〉 U        |
                \|______,,,ノ



123 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 23:12:11 0
おまえら言い訳ばっかで全然ダメじゃんw

124 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 23:19:45 0
>>123
お前の一行レスで他を見下せると思い込む態度の方がダメだと思うよ。

125 :考える名無しさん:2008/08/10(日) 23:25:04 0
>>106
この文章何度見ても笑えるわ。
受け売り全開ではじめて見た時は赤面しちゃったよw


126 :35:2008/08/10(日) 23:50:54 0
瞑想は自由。そして飛翔。こころには本来一切の束縛がない。
そして光、本源なる音色。本来の「私」がそうであることのもの。
一切の疑念、不安、恐怖は光の不在の証拠。

思考は道具にして主人にあらず。感情もまた然り。
社会性は、私たちが本来「そうである」ところのもの。の肯定から
始まる。それは自律的、それは他者に自分を見出すところから。
コミュニケーションは、「そうである」ところのものから始まる
手助け。社会とコミュニケーションは同一の輪の中。
それにより断片と思われていたものの真なる統合への認識が育つ。
故に社会性も個人性も同じ。あなたもわたしも同じ。
話せば分かる。語ればわかる。あずきバーを食べれば絶対分かる。

127 :考える名無しさん:2008/08/11(月) 00:45:06 0
やあ、口が達者だねえ。w

128 :35:2008/08/11(月) 00:49:28 0
おかげさまで。お元気ですか?

129 :考える名無しさん:2008/08/11(月) 01:09:37 0
>>128
あ、あずきバーのおっさんだ!
あーあ、ちょっと絡みたかったけど今日は眠いや
またねー

130 :考える名無しさん:2008/08/11(月) 18:31:21 0
本来の私なんてあるわけねぇよ。

131 :考える名無しさん:2008/08/11(月) 23:18:38 0
あるはずだとか、あるわけないとか、推定してても意味ないだろ?

132 :考える名無しさん:2008/08/12(火) 01:10:30 0
この肉体と外部との関係を越えたところで「私」という概念が成立するわけが
ない。その本来の私とやらがあると仮定した所でそれを認識するのは
固定的実体のない我々の移ろいやすい知覚器官でありそれは世間一般で
呼ばれるところの「私」と変わらないわけである。つまり本来の「私」でも
なんでもなくて慣用的な意味での「私」と同じでありその帰属は全く恣意に
まかせられており「私」の知識、「私」の身体、「私」の立場と呼ぶところの
「私」と全く変わらないわけだ。本来の私といった概念は
「真理は私のものでもあなたのものでもない」と言ったクリシュナムルティの
思想とも矛盾する。認識者が止滅した所で私のものや誰かのものといった概念が
成立するわけがないのである。この本来の私(≒真我or魂)という思想は古くは
バラモン思想に現れ仏教で否定された後、形を変えタターガタガルバや
ブッダネーチャーという概念となり仏教に混入され人間は本来悟っているとする
本覚思想に結実する。この本来の私という概念は脳のドーパミン過多等の状態に
より予め組み込まれた体験による妄想であると考えるのが妥当であり世界各国に
類型的思考が存在する。かくして2ちゃんにもよく「絶対的な本来、清浄な私を
体験しましたがすぐ戻ってしまいました。人間は本来悟っているのです。」なる
申告がなされるわけである。それが「体験」である以上、絶対的ではありえず
因果把握は大抵、間違っている。本来の私という概念は実害も甚だしく
「本来の私」対「あるがままの私」という対立を生むのみならず人間は肉体では
ないのだから殺しちゃってOKなる思想を生みかくしてキリスト教やイスラム教の
皆さんが殺戮に勤しみインドでは差別が行われ戦中の日本では「靖国で会おう」
なるキャッチフレーズのもとに若者が命を捨ててしまったのである。
本来の私なんて勘違いの産物に過ぎない。

133 :35:2008/08/12(火) 09:15:51 0
えーと。何を言いたいのかよく分からん。

>>132
君は自分のことを私と表現しないのか?
私にとって、本来の私とあるがままの私はイコールで結ばれる。
対立概念じゃない。それが対立概念じゃないことは、私でないものを
私の中で見抜く事ができないと理解は難しいだろうな。

私は様々な層でできてる。感情、思考、肉体。そして私には様々な
表現がある。喜び、悲しみ、心配、不安、苦しみ。
しかし単純に考えて、これらの単語の前には全て「私の」とつける
ことができる。故にそれらは私ではない。けれども人生の中において
みんな、「私」をそれらと同一認する。そこから人生の中における、
ありとあらゆる間違った反応が出てくる。つまり思考の動きが始まる。

では私は何と定義できるのか。まず私は在る。としか言えないのだ。
それを演繹的な知識だけでなく、直接的に知るためには、あるがままで
あることを大切に育てなければいけない。と、言うところまでは、自分
と長年格闘してきてわかったことだ。


134 :考える名無しさん:2008/08/12(火) 22:15:55 0
>>133
>>132は、「本来の私」というのを、概念としての「真我」「魂」あるいは「アートマン」的な
意味で使っていると思います。つまり「あるがままの私」から逃避するための綺麗ごと、
みたいな意味じゃないかと。

>しかし単純に考えて、これらの単語の前には全て「私の」とつける
>ことができる。故にそれらは私ではない。けれども人生の中において
>みんな、「私」をそれらと同一認する。
「私の○○」と言う時点で、すでにそれらと私とを「同一視」しているのでは?
さらに、その「同一視」こそが「私」の本質と言えるのではないですか?
つまり、何かとの同一視(自己投影)なくして私は存在できない、ということですが。

>では私は何と定義できるのか。まず私は在る。としか言えないのだ。
それは定義というのとは違う気がしますが・・・

>それを演繹的な知識だけでなく、直接的に知るためには、あるがままで
>あることを大切に育てなければいけない。と、言うところまでは、自分
>と長年格闘してきてわかったことだ。
あるがままであることを大切に育てる、というのはどういうことでしょうか?

135 :35 アズキバー:2008/08/13(水) 14:47:03 0
>>134
>>132は、「本来の私」というのを、概念としての「真我」「魂」あるいは「アートマン」的な
>意味で使っていると思います。つまり「あるがままの私」から逃避するための綺麗ごと、
>みたいな意味じゃないかと。
なんであなたに132の意図がわかるのか? 132=134なのか?
まぁいい。本来の私は、あるがままの私だ。それを理解するには、本来でない私を
自分自身の中で見抜かなければならない。それは概念の話ではない。
概念などクソの役にも立たない。本来の私も、あるがままの私も、概念的にそれらを
肯定しようと否定しようと、そんなことには何の意味もない。思考は安定を求めるので
ありとあらゆる概念を作り出すが、そもそも思考は不安定であることを見抜けば、
ただ本来のわたしがそこに居るだけだ。思考は思考を見ることができない。これが私の
原理だ。その拠り所の無いところをどれだけ正直に認めることができるか。そういうこと。

> 「私の○○」と言う時点で、すでにそれらと私とを「同一視」しているのでは?
> さらに、その「同一視」こそが「私」の本質と言えるのではないですか?
「私の」と言えるときは、観察とその対象が明確だろう。

> つまり、何かとの同一視(自己投影)なくして私は存在できない、ということですが。
いわゆるパーソナリティ(本来の私でない私、思考・感情により反応している私)は
そうだろうね。だから思考と感情の連鎖を見抜き、ありのままを観察することで
それは止む。本来の自分はそれからの話。

> あるがままであることを大切に育てる、というのはどういうことでしょうか?
あなたは植物を育てたことがありますか?育むという感覚はとても重要です。
自分自身に対する気づきもそう。あるがままをただ他人から聞いただけでは
それを育むことにはならない。生の中でKの言うことを実践することで、それは
日々大きくなる。私たちは私という苗木であると同時にそれを育む庭師でもある。
それを言葉だけでなく、血肉にしないとね。そういうこと。

まぁアズキバーでも喰いなよ。

136 :考える名無しさん:2008/08/13(水) 19:58:20 0
>>135
>何であなたに132の意図がわかるのか? 132=134なのか?
いや、意図がわかるっていうか、単に文章からその意味を読み取っただけですが。
間違って解釈してる可能性も多々ありますよ。ということで当然、僕は132では
ありません。

>ありとあらゆる概念を作り出すが、そもそも思考は不安定であることを見抜けば、
>ただ本来のわたしがそこに居るだけだ。思考は思考を見ることができない。これが私の
>原理だ。その拠り所の無いところをどれだけ正直に認めることができるか。そういうこと。
そうなんですか。その「私の原理」は拠り所として「有り」なんですか?

>「私の」と言えるときは、観察とその対象が明確だろう。
そりゃいわずもがなですが・・・

>いわゆるパーソナリティ(本来の私でない私、思考・感情により反応している私)は
>そうだろうね。だから思考と感情の連鎖を見抜き、ありのままを観察することで
>それは止む。本来の自分はそれからの話。
それが止んだなら、本来の自分もそうでない自分も、どうでもよさそうなもんですが。

>あなたは植物を育てたことがありますか?育むという感覚はとても重要です。
植物も動物も育てたことがあります。ゆくゆくは人間も育てることになりそうです。

>自分自身に対する気づきもそう。あるがままをただ他人から聞いただけでは
>それを育むことにはならない。生の中でKの言うことを実践することで、それは
>日々大きくなる。
あるがままを他人から聞くことなんてできるんですか?僕としては、それはちょっと
不可能じゃないかと思うんですが。ていうか、自分で観てこその「あるがまま」じゃ
ないかと思いますが。

あるがままを育む「本来の私」と、そうでない私とを区別する主体は
どの私なんですか?「本来の私」が、あるがままから逃避しようとする
思考が捏造した概念ではないかという懐疑は沸きませんか?

137 :考える名無しさん:2008/08/14(木) 11:18:29 0
結局は、悟りを求める動機のある人、なにか苦しんでいる人が、
「普通の私」を「本来の私=意識」と「私でないもの=思考」に分けることで、
「思考」を抑制したり、「思考」と距離を置くことで問題を解消する、
という一種の精神操作の類なのではないかな?

132が勘違いしてる(というか余計な)のは「本来の私」を勝手に外部に設定し、
知覚器官云々と言って、論理展開していること。あってるのは「本来の私」=「普通の私」。
上に書いたように、「本来の私」とやらも「普通の私」において存在しているから外部に
別に存在するものではない。これはアズキバーもおそらく同じ趣旨であって、
132とアズキバーの言ってることは実はそんなに違わないだろう。

後は、思考であったりいわゆる探求をどう扱うかだけだね。134が出てきてもめてんのは。
最初に書いたように、探求者には解消しなければならないことがあり、
探求によって解消するのだから、いろんなパターンがあっていいように思う。
努力して努力して疑って苦しんであきらめても考えは静かになるし、
アズキバーのように方法を信じて、「本来の私」を育てる?でも静かになるし、
すべてを縁起によって起こる思考だと喝破しても気にならなくなるし。
いろんな方法があっていいだろう。
俺はそれこそ宗教団体に所属して苦しみがなくなるならそれもいいと思ってるよ。

138 :考える名無しさん:2008/08/14(木) 14:53:10 0
ほんとはクリシュナ・ムルティなのですが、
わたくしはクリシュ・ナムルティというほうが何故か好きなんです。


139 :考える名無しさん:2008/08/15(金) 22:19:13 0
ほんとは

ジッドゥ・クリシュナムルティ  なんですが、

「ジッドゥ」は姓なのに何故、前に置くのかの?

140 :考える名無しさん:2008/08/17(日) 01:58:58 0
ああそうですか!
クリシュナムルティですか!
しかしですねぇ〜ナムルティの部分が好きなんですよ。
だからナムルティ・ナムルティだったら更にうれしかったんですよ。

141 :考える名無しさん:2008/08/17(日) 14:46:29 0
ナムルですかあ?

142 :考える名無しさん:2008/08/17(日) 18:57:45 0
ナムルだとすっきりしすぎなのです。
ナムルティのティここがミソなのです。
ナムルティと繰り返してみてください。
不思議な感じがしますよ。
ですからクリシュ・ナムルティが好きなのです。
まあクリシュナ・ムルティもジッドゥ・クリシュナムルティも
良いですが・・・。
名前に格式を感じますね。いまは居られないそうなので残念です。

143 :考える名無しさん:2008/08/17(日) 20:15:08 0
クリたんでいいじゃないか

144 :考える名無しさん:2008/08/17(日) 21:43:42 O
死というものは無い。
死体というものを生またはテレビなどで見たことがある人も多いと思うが、
あれは幻で実際には存在しない。
死を恐れている者は幻想に怯えている。
真理の面から言えば死ぬことは不可能。

145 :考える名無しさん:2008/08/17(日) 23:56:24 0
>>144
そういう信念にすがりついていては、真実が見えないってKは言っんじゃね?w

146 :考える名無しさん:2008/08/18(月) 00:21:09 0
クリは思想批判としては価値があるな。
思想を相対化する存在として。
やってるのはそれだけだけど。

147 :考える名無しさん:2008/08/18(月) 00:43:09 0
クリたんですと近くにクリちゃんという犬がいて以前に死んだので
それを連想します。
クリというのは女性のあれを思い出してしまい吸いたくなる。
せめてクリシュたんぐらいじゃないと頭の中で一致しなくなりますよ。

148 :35 :2008/08/18(月) 12:17:14 0
お盆が終わって帰ってきて、今会社のお昼だ。
そろそろ暑さも峠を過ぎたね。

>いわゆるパーソナリティ(本来の私でない私、思考・感情により反応している私)は
>そうだろうね。だから思考と感情の連鎖を見抜き、ありのままを観察することで
>それは止む。本来の自分はそれからの話。
>それが止んだなら、本来の自分もそうでない自分も、どうでもよさそうなもんですが。
問題は止んだり、止まなかったりするところだ。
ありのままに思考や感情の動きを見抜いてそれに囚われないというのは、
難しいことなんだよ。Kにとってはそれは容易なことのようだが。一度止んだら、
それでいいというものでは無いんだ。

>あるがままを育む「本来の私」と、そうでない私とを区別する主体は
>どの私なんですか?「本来の私」が、あるがままから逃避しようとする
>思考が捏造した概念ではないかという懐疑は沸きませんか?

自らの思考や感情に気がつくことによって、「そうでない私」が分かる。
それはあるがままと同時に自らに対する注意力も必要だね。
この場合、分かる主体は「本来の私」だ。「本来の私」が「本来の私」を
気づかせる。論理的には矛盾のようかもしれないが、実際にはこの表現の方が
正しい。

懐疑は一切ない。「本来の私」の一瞥は、間違いなく人を変容させる。
もちろん「本来の私」を逃避のために思考が考え出すことは可能だ。
Kを自らの逃避の拠り所とすることも可能だ。
そしてあなたが言うように、端から見ていてそれらを懐疑の念が
沸くことも無理はない。そういうことを前置きした上であえて言う。
太陽の存在を疑えぬように、本来の私も疑えない。それは徐々に分かる。
一編は無理だが、私は私というドアでしかないことを知ることはとてつもない
ショックだよ。雲が晴れれば太陽が顔を除かせる。思考が止めば、誰であろうと
輝きだす。


149 :35 アズキバー:2008/08/18(月) 12:26:05 0
>アズキバーのように方法を信じて、「本来の私」を育てる?でも静かになるし、
>すべてを縁起によって起こる思考だと喝破しても気にならなくなるし。
>いろんな方法があっていいだろう。

私から言わせれば「方法」というにはシンプルすぎると思う。
私はKの言葉を聞き、自ら実践してきただけだから。確かにいろいろな所に行き
探求はしてきたが、Kは探求者のために講演をしていたとは思わない。

誰もが自らの生のなかで苦しみ、悩み、そして自らに問いかける。
Kは聞く耳を持つ人が誰であれ、語っていたのだと思う。だから探求者かどうか
という分別は、Kの言葉の前でまったく意味をなさないと思う。縁起かどうか
努力かどうかの問題でもない。

あるいみ、誰もが自らの探求者ではないか?宗教やそのたの団体に所属しているか
どうかなど、対して違わない。ひとりの人間として、愚かしさとその輝きのすべてを
私たちは共有しているのだ。私にも多くの悩みや苦しみはあるが、それらは特別な
何かではないし、それらからの逃避がいかに愚かしいか、痛いほど良く知っている。
Kが語っていたのはその意味で私たちは一緒だということだと私は捉えている。


150 :考える名無しさん:2008/08/18(月) 20:57:14 0
>>148
>ありのままに思考や感情の動きを見抜いてそれに囚われないというのは、
>難しいことなんだよ。Kにとってはそれは容易なことのようだが。一度止んだら、
>それでいいというものでは無いんだ。
それはよくわかります。知覚することは簡単だけど、それに囚われないのは
相当難しいってことですね。思考が止んだ瞬間を体験しても、その体験を
認識した時点ですでに思考が沸いてるってことですからね。

>自らの思考や感情に気がつくことによって、「そうでない私」が分かる。
>それはあるがままと同時に自らに対する注意力も必要だね。
僕はあるがまま=自己という感覚で把握してます。自らに気づくことが
あるがままに気づくことだと。
35さんの言いたいことはなんとなくわかってきました。というか思い出して
きました。確かに自分も「本来の私」を感じたことがありました。本当の
自分が確立された瞬間みたいな。ただ、その感動は過去のものになって
しまいました。だから、「本来の自分」ということをわざわざ思わなくなった
のかもしれません。あるいはまた本来の自分を見失ったのかも。
そもそも、本来の自分を感じたこと自体がウソだったのではないかとも
思います。でも、そんなことはどうでもよくなってます。

>太陽の存在を疑えぬように、本来の私も疑えない。それは徐々に分かる。
>一編は無理だが、私は私というドアでしかないことを知ることはとてつもない
>ショックだよ。雲が晴れれば太陽が顔を除かせる。思考が止めば、誰であろうと
>輝きだす。
そうなんですか。僕も輝いてた時期があったんですが、今は暗転してます。w
ぶっちゃけ、本来の自分を疑うとか疑わないとかも、どうでもよくなってます。
Kの本は読んでますが、実践とかも考えないです。確かにヒントにはなりますが、
最終的には自分なりに悩むしかないな、と思って。重要なのはKじゃなくて
真理そのものですね。Kはあくまで媒介なのかなと。

151 :考える名無しさん:2008/08/20(水) 11:30:20 0
でも「本来の私」って何ですか?

各人固有の脳の性質と全ての記憶、またそれらの関係性以外に「私」を形成するものはありますか?

152 :35 アズキバー:2008/08/20(水) 13:21:31 0
>重要なのはKじゃなくて真理そのものですね。Kはあくまで媒介なのかなと。
そうそう。そのとおりだね。

>各人固有の脳の性質と全ての記憶、またそれらの関係性以外に「私」を形成するものはありますか?
それは連続性だと思う。なぜだか続いてる「私」、「永遠に終わらない私」だろう。
あらゆるものは生成流転消滅する(もちろんパーソナリティの私も)が、それでも普遍的な「私」は
残る。この「私」の2重構造についてKは触れてないけれども、「連続性」という表現は残している。
こういう「私の2重構造」のような表現はエソテリックなものになっていまいがちなので、私も好きでは
ない。今、自分にとってその全体像がリアルでないものについては、推測するか、伝わっている情報を
信じるしかないが、それはKの流儀に反するから、ここではそのような表現を私はしたくない。

私を形成するもの--単純に考えて、形成しうるものは、いつか終わり無に帰するのではないだろうか?
怒りや愛情、記憶、脳の傾向とそれらにまつわるすべては、生起しそしていつか消えていく運命じゃない
だろうか。形成しうるものを私と同一視し、一体化またはそれらに反発することは、私たちの苦しみの
源ではないか?故に、私を探求するには、私を形成するものは何か?という問いではなく、
私は何か(誰か)?の方が確信を突いていると、私は思う。

まだまだアズキバーがうまい



153 :35 アズキバー:2008/08/20(水) 13:29:31 0
もうちょっと補足してみる。

私の中と外に形成しうるものは、「本来」の私ではない。
「本来」という言葉をわざわざつけるのは「本来でない」私が我々の現実だから
であるからだ。「本来の私」の片鱗を一瞥すれば必然的に私の2重性に気がつく
ことになる。だから「本来の私」という表現をつかった。

>各人固有の脳の性質と全ての記憶、またそれらの関係性以外に「私」を形成するものはありますか?
だからこの質問の答えは、「ない」だ。

154 :考える名無しさん:2008/08/20(水) 18:36:47 0
連続性ですか。
昔から「私」が続いているというのも記憶によるものではないですか?
永遠に終わらないんでしょうか?
Kは(精神的に)死ぬことを話してましたね。


155 :考える名無しさん:2008/08/20(水) 19:19:04 0
殆ど記憶によらない、つまり形成されたものではない「私」は
「あなた」などとの関係性によって示される今の自分でしょうか。
実際、それは誕生から死亡まで同一の個人としてあり、
連続してあると感じますが・・。
そういうことではなくて?

156 :考える名無しさん:2008/08/20(水) 19:46:46 0
>>150 を読み直してみて私もなんとなく見当が付いた気がします。

巷でよく聞く「自分らしさ」とか「自分探し」などの「自分」みたいなのですかね。
根っこ近くにある欲求や衝動みたいなもの。
それに気付くことによるエネルギーとか、、

だから二重性にも気付いたり。

157 :考える名無しさん:2008/08/21(木) 18:12:00 O
五感の届かないところが至福だろう。
五感で感じる快楽はどうしても比較、競争になっていくから苦痛が伴うからな。

158 :考える名無しさん:2008/08/22(金) 03:44:59 0
キノコのスレ キットシロイキノコナンダロウナ

159 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 03:59:54 O
ええっ?まだ本来の私なんてバカな議論してんの?

160 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 04:04:18 O
本来の私なんて本当にナンセンスな議論だよ。何をもって本来と判断するの?
その基準は何?言葉に慎重になりなよ。

161 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 04:15:42 O
本来の私の一瞥で人は変容?あほか。そんな下らない経験こそが
お前の集積でありそれが終わることこそが変容だろ。オウム信者が
本来の私を見つけましたと言いながらサリンをまいたのが想起されるわ。
この神秘主義馬鹿が。

162 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 05:28:55 0
ある程度レベルが上になれば、本来の自己というのは実感できるはず。
それが分からない人は自己の落ち着く重心が全くなく、
内面的混乱の中で生きており、可哀想な人ではある。

163 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 09:59:16 0
>>162
「本来の自己」はこのような物言いはしないでしょう。

164 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 11:36:46 0
>>162
仏教ではそのような「本来の自己」は瞑想の過程で得られる妄想の
一種だと否定される。

165 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 12:43:20 0
クリシュナムルティの思想で変容したと主張する人は本気で言ってるの?
その物言いが余りにクリシュナムルティの発言と乖離しているのはまぁ
置いておくとして余りにもその変容とやらの主張は杜撰ではないか?

変容したと主張するには、変化前の状態xがあってそれを覚えていて
(というのも変化を認識、主張するには起点や基準が必要だから)
そのxの状態との差異を変化と呼ぶんだろ?それは単にxがx'に装いを
新たにしただけでありそういうのは修正と呼んだほうが適切なんじゃない。
そういうのこそが自我の自我による誑かしじゃないの。
だって本当に本人が変わっていたら本人はその変化に気付かないだろう。
xがyに質的転換を遂げていたらそのyはxの特質が含まれていないので
自らの変化に気付くことすら出来ないんじゃないの。
そういやクリシュナムルティには記憶がほとんどなかったらしいね。
それで変容を主張する人は大抵>>162のような優越意識を持っているのが
常だけどそれって精神の領域で何をやろうが精神はそれ自体を超えられない
という証左じゃない。その狡猾な自我を全て終わらせろというのが
クリシュナムルティの主張であり「ある程度レベルが上になれば」
なんて発言が出てくること自体がおかしいのではないか。
精神は何を主張しようがその枠内から逃れられないのでありレベルの上下
という発想こそが欺瞞じゃん。別に「本来の自己というのは実感できるはず」
とか考えるのは自由だけど一昔前にLSDとかドラッグ使って
「本来の私を発見した」とか言ってた連中と大差がないんじゃないの。
ただ自我があってそこに本来の私とか非本来の私とかを区別をすることに
意味はないのではないか。全か無かの主張をするつもりはないが
全部「我でない」と仏陀のように否定する方が潔く感じられるし本来の私
という発想はクリシュナムルティよりインドの伝統的哲学、ヴェーダンタ
やサーンキヤ哲学の方が親和的なんじゃないの。そんなつまらない本来の私
の発見なんか興味がないが。

166 :35 アズキバー:2008/08/25(月) 14:58:44 0
自己の2重性について、私は一定の見解を持っているが、
それをどう解釈するかは皆さんの自由だ。
ただいえるのは、「本来の自分」というものの肯定も否定も議論
から始まるのではなく、内面的な洞察から出発するものだということ。

>ただ自我があってそこに本来の私とか非本来の私とかを区別をすることに
>意味はないのではないか。
プラクティカルに言うと意味がある。
一瞥があって初めて、そうでない自分の感覚が何か、が認識できるということ。
そこから、思考と感情と記憶に振り回されるのはもう嫌だという意思の全てが
出てくる。実際は努力などないけどね。無選択の気づきと集中と情熱だろうか。
みんなにはそういう意思は無いのか?無いなら何故Kを読んでるんだ?

>>161
神秘主義?バカ言っちゃいけない。自身も含めて神秘以外の何が
あると言うんだ?それは主義じゃない。我々の現実だ。
昔は自分のことを良く分かったつもりでいたが、今は違う。
自己の内と外の神秘にどう付き合うか。それらについて東洋や西洋の哲学を
持ち出すのは構わんが、神秘に接するにはプラクティカルで、ある意味経験
主義がものを言う。Kは哲学を語っていたと、私は思わない。
手ほどきしてくれたのだと、私は解釈している。

>>162
ここでそういう書き方は良くない。誰でも同じだよ。反省するように。



167 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 18:48:01 0
なんかこのスレつまらねえな。
クリの言動丸コピで、さも自分の意見だが〜みたいな奴ばっかw

そもそもkは誰も信じるなと言ってたよな。
つまりkも信じるなって事だよ。
まるでどっぷりつかってるありさまは滑稽ですらあるな。

168 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 19:00:07 O
>>167
安心しろお前の書き込みが一番つまんないからw


169 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 19:25:53 0
>>167
コイツのすごいとこは

>クリの言動丸コピで、さも自分の意見だが〜みたいな奴ばっかw

と言っておいて自分は

>そもそもkは誰も信じるなと言ってたよな。
>つまりkも信じるなって事だよ。

となぜか「信じるな」というところはkの言葉を丸々受け入れてるくせ

>まるでどっぷりつかってるありさまは滑稽ですらあるな。

とその冷笑が自分にも該当することに気付いていないとこかなw
頭良すぎw

170 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 19:38:27 0
馬鹿なやつだなあw
俺はkの言葉の丸コピで自分の意見の様にカモフラージュはしてないだろ。
前置きでkは〜と言っている。

俺が冷笑してんのはkの言葉丸コピかつ自分の意見だが〜野郎だよww
人のレスは良く読めよw

171 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 20:13:07 O
>>170
図星で悔しかったんだな。お前、あの程度の自分の書き込み擁護すんのに
必死だもんなw

172 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 20:14:40 O
>>170
そのレスもつまんねぇよw

173 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 20:47:43 0
ハイハイw
おこちゃまはそんな反応ばっかでつまんないなあww

174 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 20:51:51 0
>>173同意!以下に大人のレスの見本を貼っておく

167 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 18:48:01 0
なんかこのスレつまらねえな。
クリの言動丸コピで、さも自分の意見だが〜みたいな奴ばっかw

そもそもkは誰も信じるなと言ってたよな。
つまりkも信じるなって事だよ。
まるでどっぷりつかってるありさまは滑稽ですらあるな。

175 :考える名無しさん:2008/08/25(月) 20:58:14 O
>>167
お前のつまんない書き込みのおかげで楽しい流れになってきたなw

176 :考える名無しさん:2008/08/26(火) 19:44:19 0
自分の意見?

177 :考える名無しさん:2008/08/26(火) 20:26:04 0
>>174
幼い文体

178 :考える名無しさん:2008/08/26(火) 23:54:51 0
Kの話は信じるか信じないかという二通りの選択しかない低次元の話ではありません。
167は馬鹿であります。

179 :考える名無しさん:2008/08/26(火) 23:56:18 0
>>176

ですね。
ここでは意見などあまり用はない。

180 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 01:31:56 0
つぅかここクリシュナムルティスレだろ。一々「k曰く云々」
とか言った後で「それを受けて私はこういう見解を持ちました」
とか言わなくてもここに来る人はどこまでがkの言葉で
どこからがその人の見解か大体わかるし必要な場合は引用したり
ソース提示したらいいだけで、よその宗教とは無関係のスレ等で
「観察者は観察されるものなのです」とかやってたら非難されて
当然なのかもしれないがここで「さも自分の意見だが〜みたいな奴」
が本当にいるとしたらそいつは相当、頭がいかれてるよなw
一秒でソースがばれんじゃんw


181 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 11:13:25 0
しかし、それはそれとして、ここの議論はつまらんと思う。

182 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 14:31:56 0
クリシュナムルティは、どちらかと言うと2ch的な議論には向かない。

183 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 15:05:04 0
滅多にここ拝見しないんだけどつまらないと思う人はなぜ自分で
面白いと思う方向に持って行こうとしないの?
それとあなたにとって面白いことが他人にとってつまらないことで
ある場合が多々あることをお忘れなく。



184 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 19:09:52 0
意図的に面白くしようという、方向性そのものが面白くない根本原因。
kの言う事はkが言うから聞いてみよう、読んでみようという事になるのであって、
「俺はkをこう思う〜」とか「アンタのk理解は駄目、駄目、そんなんじゃ全くなってない〜」
とかのレスばかりじゃ面白くならないのは当然。
無論、興味の範囲は個々人の内に有るが、多くの人間が興味なし〜の話題じゃ誰も見やしない
だろうよw

185 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 19:39:45 0
>>184

>意図的に面白くしようという、方向性そのものが面白くない根本原因。

ここで文句垂れてるだけの奴やお前のレスよりゃその方向性のほうがマシ
だろうよ


186 :184:2008/08/27(水) 19:42:43 0
>>185
んじゃあ、アンタが面白い方向性とやらに持っていってくれやw

>それとあなたにとって面白いことが他人にとってつまらないことで
>ある場合が多々あることをお忘れなく。

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

187 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 19:46:16 0
>>184=>>186なのか。

変わった奴だな。

188 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 19:49:20 0
>>181-186は全部同一人物だろ

189 :184=186:2008/08/27(水) 19:52:56 0
ハズレ!wwww

俺は184と186だけだよ。

181〜183は別人w

190 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 19:59:42 0
>>189
そんなこだわるようなことかwww


191 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 20:04:33 0
>>188,>>189

残念!>>183-184=>>186でした。
そのほかは別人
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

192 :189:2008/08/27(水) 20:07:10 0
変な野郎だなw

193 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 20:17:10 O
>>192
お前おもしろいよwww

194 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 19:14:24 O
>>185
んじゃあ、アンタが面白い方向性とやらに持っていってくれやw

>それとあなたにとって面白いことが他人にとってつまらないことで
>ある場合が多々あることをお忘れなく。

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
馬鹿なやつだなあw
俺はkの言葉の丸コピで自分の意見の様にカモフラージュはしてないだろ。
前置きでkは〜と言っている。

俺が冷笑してんのはkの言葉丸コピかつ自分の意見だが〜野郎だよww
人のレスは良く読めよw
滅多にここ拝見しないんだけどつまらないと思う人はなぜ自分で
面白いと思う方向に持って行こうとしないの?
それとあなたにとって面白いことが他人にとってつまらないことで
ある場合が多々あることをお忘れなく。

なんかこのスレつまらねえな。
クリの言動丸コピで、さも自分の意見だが〜みたいな奴ばっかw

そもそもkは誰も信じるなと言ってたよな。
つまりkも信じるなって事だよ。
まるでどっぷりつかってるありさまは滑稽ですらあるな。


意図的に面白くしようという、方向性そのものが面白くない根本原因。
kの言う事はkが言うから聞いてみよう、読んでみようという事になるのであって、
「俺はkをこう思う〜」とか「アンタのk理解は駄目、駄目、そんなんじゃ全くなってない〜」
とかのレスばかりじゃ面白くならないのは当然。
無論、興味の範囲は個々人の内に有るが、多くの人間が興味なし〜の話題じゃ誰も見やしない
だろうよw

195 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 20:40:10 0
>>194
妄想

196 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 20:46:29 0
>>194
詰まらなそうな人。

197 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 20:53:55 0
>>195-196
るちちーん女子高生を見るとムラムラしてグラマーだろ?
オラオラチンチンポインコッコスマナラコッサーラ・プゲラゲッチョゲラゲブレを毎日懲りずにですか?




198 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 20:59:16 0
>クリの言動丸コピで、さも自分の意見だが〜みたいな奴ばっかw

クリシュナムルティのスレは、遡って過去のものまで色々読んだがそんなこと無いと思うよ。

199 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 22:26:05 O
世界の中に私があるのではなく
私の中に世界があるということだろ

200 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 22:42:08 0
そもそも自分の意見とは存在するのだろうか?

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