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日本の国語教育14

680 :おっさん:2007/07/10(火) 06:25:22 ID:hUcv1Arb
>向山や西郷の実践も実は西洋の論理に他ならないんですよね。
ただ、中途半端だということです。かなりお粗末な部分もあるようです。論理という点に
おいて。いい加減なパッチワークが困るんです。やるんだったら徹底するということです。
そのような負荷において日本語の限界が見えると同時に意義ある変容が期待できる
と考えています。

僕自身は上に述べたようにパッチワークです。
自分の納得できるもの、とは思っているのですが。
徹底化というよりも、実践化という視点の方が強いような気がします。
「いい加減」です。「いい・加減」になるといいのですが。
向山も悪くはなかったんですよ。
今も過去の良質な部分は学ぶべきものがあると思います。
でも、結局向山は運動論(だけ)の人だったんだなぁ、と思います。
法則化は、エイズ問題や環境問題などに、教育界では先駆けて着目しましたが、
それは、児言研が世間的な流行に関係なく
自らの理論的な立場から音声言語に着目したのとはわけが違います。

西郷さんの文芸理論はほんとうはちょっとすごいんじゃないかな、と思っています。
ソビエト出自の理論らしいのですが、基本的には三浦らのように在野の理論家なんだと思います。
こうした人の理論は、アカデミックな連中がよくやるように簡単にバカにできるでしょう。
しかし、流行に敏感で泡のように消えていくのが、
日本のアカデミックな立場からマスメディアに流される言説ではないでしょうか。

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