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日本の国語教育14

635 :おっさん:2007/07/09(月) 01:05:37 ID:YEfvSH+z
現在ある「国語」は明治以前には存在しなかった。作られたものである。
そう思います。
ただ『「国語」という思想』を読むと、
上田や保科が「国語」づくりの政策に異常なほどの精力を傾けながらも、
政治的には全く無力であったことがわかります。
彼らよりも漱石や鴎外、あるいは諭吉などの言語実践の方が
「国語」づくりにずっと貢献したのかもしれないな、とも思います。
漱石や鴎外の小説を今読んでもほとんど違和感はありません。
前時代の書き言葉と方言しかなかった状態から
あれほどの短期間で彼らが果たした「国語」の創造は驚くべきものに思えます。
彼らとともに新聞などのマスメディアの力も大きかったのだと思います。
一方、保科らの政策は無力であったにしても、国語の教科書は作られ使われていました。
これも当然「国語」づくりに力があったでしょう。

保科は、昭和に入っても存在すべき「国語」は未だ存在していないことを嘆いています。
結局、国として明確にあるべき「国語」を作ることはできなかったのだと思います。
今ある「国語」も様々な力がアナーキーに絡み合いできたもののような気がします。

作られたものだから新たに変容可能である、
そう僕も思うのですが、
どんな内容で、どのような方法によってなのか、
僕にはそこまで考えが及びません。



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