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日本の国語教育14

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 01:13:32 ID:dppxbyuG
長新太の名作「キャベツくん」はキャベツを食べたらキャベツになるぞという物語である。

 そんなことは有りえない!などといったら物語は存在しない。
 しかし、このナンセンスな物語も、ことばと絵で作られている<もの>なのだ。

我々が読むというのは、ことばと絵で作られている構造を読み取るということ。

 たき火の分析読みはそれこそ形象(イメージ)の明確化の取り組み。
ただ字面を追って分かった気になっていると、具体的なイメージを持てないまま分かった気になるだけ。

 垣根というものがイメージできない人間は垣根の垣根の曲がり角がわからない。
 だから住宅地という置き換えが必要になる。
 敷地内なら当たれない。公共の場所である道ばたで落ち葉を燃やしているからこそ、そこに関わろうと
できる。

 そのように、わたしとあなたの間にあるテキストをそのままに、あなたとわたしの間で成立させることが
形象を読み取ることになっていく。(というのば構造分析の考え方。)

 あくまでも、授業で使う場合は、自分ーテキストー他者ということを意識しなければ意味がありません。
その中で構造ということは一致できてもそこから考えることは多様であるという知的インプレッションこそ
読むことの楽しみではないだろうか?

 キャベツくんを食べるとキャベツになるということを受け入れなければキャベツくんは成り立たない。

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