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日本の国語教育14

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 09:24:13 ID:4myExY2z
>>287
うんうん。20年も前、向山らによって議論されたことですね。
教師の読みへ誘導するのはいけない。これは了解。
子供が自らの読みを持つこと、また自らの読みを持てる力を育てること。
こうした授業を目指していかなければならない、と僕も思います。
だが、そうした授業にしていくためになぜ構造分析が有効なのか?
構造分析を授業に導入することと教師主導の授業から脱却することはイコールではないと思います。
教師主導の構造分析の授業も十分できると思います。
(実は三森さんの講演(?)も、もしそのまま授業だとしたらどうなんだろうと疑問があります。)
構造分析の導入は、教師主導の授業をどう脱却するかというよりも、
読みの力をどう考えるかという問題なのではないでしょうか?
(またまた実を言えば、教師主導の授業もある段階、ある場面ではあってもいいと思っています。)

「作者」の問題もかつて僕もそう学びました。
語り手や登場人物と同一レベルで扱えないのは了解。
しかし、生身の作者と読み手が作品から想像する「作者」とは違うと思います。
これを同一視することが問題なのであって、
読み手が「作者」を想像することはあってよいことだと思います。
また、作品から想像される「作者」の内面や心情を問うことと、
教師などの既定の価値観を注入することはイコールではないと思います。
幸・不幸の感じ方は子供が判断する授業でよいのですから。


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