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出雲文化について考える

1 :天之御名無主:2001/07/03(火) 23:47
出雲は歴史が古いし、
出雲大社もあるし、
妙に顔の濃い仏様も多い

出雲文化の謎にせまってください

2 :天之御名無主:2001/07/04(水) 16:30
あれーみなさん興味無い?
この前のNHKスペシャルの大神殿はあったか、はおもしろかった。
出雲には一種独特な文化が息づいていたと思う。

3 :天之御名無主:2001/07/04(水) 17:28
関連
■出雲神話■
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=min&key=993006016

4 :天之御名無主:2001/07/04(水) 23:20
>>3
ありがとう

5 :天之御名無主:2001/07/07(土) 01:33
まあかなり大和政権と拮抗した勢力があったということは
確かだろう。

6 :天之御名無主:2001/07/11(水) 23:51
最近会う出雲人って素朴でおっとりしてるって感じがするんですけど。
そんな人達が大和政権と激しく争ったとは思えないんですけど。

7 :考える名無しさん:2001/07/12(木) 02:28
混血も進んでるんじゃない?
出雲というより日本海側の人の気質があるような気が。
ちょっと控えめな感じ。
天気悪い日多いから。

8 :鍵格好のおやじ。:2001/07/12(木) 03:00
 「日本イシ開」開催も誓いかなァ・・・

9 :トム:2001/07/12(木) 21:11
放置プレイと出雲神話の関係を教えてください。

10 :天之御名無主:2001/07/12(木) 23:42
弥生人に対抗した、一つのしっかりした
縄文文化の流れを汲む民族だった、てことなの?
だとすれば顔が濃いっていうのもなんとなく。

11 :天之御名無主:2001/07/13(金) 14:39
あのへんの人のしゃべり方が東北弁に似てるってのは
どういうことなんだろ。

12 :天之御名無主:2001/07/13(金) 15:56
>>11
古代の日本海文化圏の共通性では。

13 :反省汁:2001/07/13(金) 16:47
常に謝ってばっかりいる低姿勢な文化です。
「いづも しまねえ」

14 :天之御名無主:2001/07/13(金) 21:15
>>9
トムさんはお船の学校?

15 :天之御名無主:2001/07/13(金) 23:17
私は出雲人です

16 :天之御名無主:2001/07/14(土) 00:09
大和朝廷側が出雲人に対して,おとなしくなるように
教育をしたということは考えられないのでしょうか.

17 :でまかせだよ:2001/07/14(土) 05:42
出雲は、古代日本の中心勢力で、これを
あとから日本に上陸した勢力(のちの大和朝廷)が制圧した。
滅ぼされた側の勢力(つまりいまや死者の群れ)の怨霊・たたりを恐れて
大和朝廷が建立したのが出雲大社である。
たたりへの恐れは猛烈なものであったらしく、
当時の出雲大社のスケールは現存するものよりはるかに大きいものだった。

18 :天之御名無主:2001/07/14(土) 06:53
その恐れは出雲民族が
呪術にたけた集団だったことからくる?

19 :天之御名無主:2001/07/14(土) 16:10
出雲大社はいつごろ建てられたのかしら?

20 :投稿日:2001/07/14(土) 18:35
>>19
年代測定はこれからみたいね。こないだ見つかったのは。

21 :投稿日:2001/07/14(土) 18:55
>>13
基本的に他人と事を荒立てないと言うのが文化みたいだね。

22 :天之御名無主:2001/07/14(土) 21:12
>>21
僕は出雲人ですが、いま他の地方にいます.
どうも、みなさん攻撃的に感じます

23 :天之御名無主:2001/07/15(日) 00:33
何か出雲についてのおもしろい本でてませんか?
(トンデモ本は除く)
真剣に研究している人とか。

もし出雲大社の最初期のものの年代がわかったら、
おもしろいね。
謎の多い大和朝廷の初期についてわかってくること多いんじゃない?
ちなみにこないだのやつの年代測定って、鎌倉ぐらいじゃなかった?
だとしたら既に立て直されたものだね。
平安時代に既に最も高い建築物で登場しているんだから。

24 :投稿日:2001/07/15(日) 01:51
>>23
なんか何度も建て直してるみたいですね。そのたびに高さはまばらだったみたいですけど。とりあえず史料に出てくるのは970年頃の口遊という物が一番古いみたいです。

25 :天之御名無主:2001/07/15(日) 04:34
日本史板になっちゃうかもしれないけど、出雲は
長らく大和政権と共立していたんだと思うよ。
殲滅戦みたいなものはなかったんじゃないかなあ。

26 :投稿日:2001/07/15(日) 04:37
>>25
まともに戦ったとは考えにくいよね。神社建てるぐらいだし何らかの妥協をしたんだろうね。
国譲りの神話がそれを象徴してるんじゃないかと思う。

27 :天之御名無主:2001/07/15(日) 15:11
岡田山2号古墳ってどう?

28 :天之御名無主:2001/07/15(日) 16:37
もし大和政権と共立していたとしたら、いつくらいまでかしら?
もしそれが本当ならおもしろーい
今までの常識が覆されるね。

29 :天之御名無主:2001/07/16(月) 01:06
日のいづるところの天子と
沈むところの天子は
大和朝廷と出雲

30 :天之御名無主:2001/07/16(月) 02:20
>>28
少なくとも3世紀初頭まではそんな感じだったんじゃないかと
思いますけど。日本書紀読んでなんとなくそう思うだけですが。

31 :投稿日:2001/07/16(月) 03:10
出雲大社の宮司は天皇家の血筋らしい。

32 :天之御名無主:2001/07/16(月) 07:53
>>31
名前は?

33 :反省汁:2001/07/16(月) 18:59
>>32
 千家家。
 神社の縁起に寄れば、天皇家の血筋というより、天照大神から神武天皇に至るまでの神話段階で分離した家系となっておりますよ。

34 :天之御名無主:2001/07/16(月) 21:59
つーか漏れは。

タケミカズチとヤチホコの話しに出てくる社はでかい墓=古墳
だと思ってた。

まづ、ヤチホコが捕らえられる戦わず降伏。

それに連なる地方豪族の一つであるタケミナカタが反抗。

敗走し諏訪にて決着。

ヤチホコ処刑前の最後の願いとして、
できれば自分の威光を後世に残したいので墓は立派なのを頼む。

分かったからさっさと逝け。

出雲ここに果てる。

35 :天之御名無主:2001/07/17(火) 20:56
神社はやっぱり弥生人の文化なんだよね?

36 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:2001/07/19(木) 01:18
 ・・・・・・・・

37 :天之御名無主:2001/07/25(水) 03:21
>>12
う〜ん、でも北陸はずうずう弁じゃないよね?

38 :哲人:2001/07/26(木) 04:10
 あら、こげなスレが立っとるかね。まげなことで。
 出雲地方の人は穏かな気性だちゅうて言っちょうますけど、それは単に
日本海に面した地方に共通のことだと思いますがね。

>>12
 私にとって更に興味深いのは、北陸地方の言葉は発音が不明瞭で
南に行くにしたがって明瞭になっていく、という典型から外れ、出雲地方は
あまりにも発音が不明瞭、という点。
どなたかそこら辺詳しい方いらっしゃいませんか?

39 :天之御名無主:2001/08/02(木) 20:34
言語の区分でもちょっと特異だね

40 :qyrtuyiutio:2001/08/02(木) 20:40
http://www.himawari.sakura.ne.jp/%7Eloveseat/index.html
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41 :天之御名無主:2001/08/03(金) 04:43
韓国語とはどうなの?

42 :天之御名無主:2001/08/05(日) 04:50
出雲は投馬国。伊都国・出雲(投馬国)・吉備の連合によって二世紀後半、
大和の三輪に統一政権が誕生した。ヤマト国といい、倭国の首都であった。
女王の都する所。

43 :投稿日:2001/08/05(日) 05:35
>>41
当時の韓国語の資料は韓国人の前時代のものは総て否定する
性格上、資料が殆ど無いらしいね。

44 : :2001/08/05(日) 08:14
そうなんですか。

45 :天之御名無主:2001/08/06(月) 10:04
age

46 :天之御名無主:2001/08/07(火) 03:01
出雲の方ってどうなの?自分達の歴史をどうとらえてるの?
過去我々は西日本を制覇したのだッ、みたいに威張ってる人
っているの?

47 :天之御名無主:2001/08/07(火) 03:20
そうだと思っています

48 :投稿日:2001/08/07(火) 03:47
>>46
単なる田舎としか思ってないよ。つーかそんな奴いたら怖い。
そもそも地元の人間もほとんど歴史の事知らないしね。
過去我々は西日本を制覇した何て言ったら白い目で見られるよ。
基本的に出雲の人間は謙虚さと協調性がうりなんですよね。
みんな、また−りしてるよ。最近天の御柱も発見されたし、
興味があれば来てみてください。

49 :46:2001/08/15(水) 19:45
>>48
ありがとう。

50 :天之御名無主:2001/08/15(水) 23:53
すごくやさしいぶんかだよ

51 :天之御名無主:01/09/05 04:12 ID:aB4rZ3xI
なにかの支配を受けてそういう気質にされたという可能性は?

52 :投稿日:01/09/05 12:09 ID:Iwh9.UNo
つーか、元々稲作文化だしね。この手の気質になるんじゃないかな。
何かの支配というのは当時の情勢でどうなんだろうね。
出雲は当時の最大勢力だったはずだし。
天皇家との対立も結局記紀神話のように平和的な物だったと思う。
天皇家側が実権握った後も出雲系の人間が政治の中枢に
居たみたいだし、どうも連合政権ぽい気がする。
これは当時の半島の勢力下の元、国内で大きな争いをする
余裕なんて無かったはずだし、妥協したんだと思う。
日本の神社の半分以上が出雲系の神様らしいし、神在月とか
残ってるし,とても虐げられてたとも考えにくいしね、どうなんだろ。
正直、自分で言ってて自信ないけど。

53 :天之御名無主:01/09/15 18:24
なぜ日本の中心にならなかったの?

54 :出雲は新羅系:01/09/15 21:25
出雲スサノオ伝説
当時 朝鮮半島では部族・民族間の戦い繰広げられ、難を逃れた多くの人たちが渡来人として日本にやってきた。
スサノオノミコトもその一人で新羅系の人たちと共に日本に逃れ、出雲に来て、すでにやってきて、
農耕の民と争っていた先住のたたらの民を討ち、国を治め出雲の王となった。その後、大和朝廷に国を譲った。
スサノオノミコトが鉄を目指して朝鮮半島 当時の新羅から日本にやって来たともいわれている。

出雲人の祖先は一体どこから来たのであろうか?
出雲は新羅から船を迎日湾に浮かべると海流によってたどり着くことの出来る場所である。
当時から大勢の移民が出雲に流れ着いたか、意図 的に渡来していたと考えられる。

出雲では砂鉄が取れ、縄文時代の中期頃からすで に素朴な鉄生産が行われていたという記述もある。
倭から弁・辰韓に鉄を取りに 行った人々の情報の中に出雲の鉄のことが含まれていたとしてもあな
がち妄想で はなかろう。

55 :天之御名無主:01/09/15 21:31
出雲は縄文から弥生にかけて地理的な利点を持っていた。出雲は日本海に面しており、
大陸からの文化を吸収する玄関口として北九州とならんで重要な拠点であった。
特に朝鮮東部から船で日本海に漕ぎ出でると、海流のおかげで漂流した場合でも出雲方面に
流れ着くといわれている。玄界灘の潮の流れの激しさを考えると、距離は遠いが出雲の方が
朝鮮から容易に渡ってこれたともいえるのである。

朝鮮東南部にはかって朝鮮を統一した新羅の都、慶州がある。この場所は地形的に見て
最も航海技術が発展しそうな場所である。朝鮮と日本の間は対馬海流が走っている。
そして朝鮮半島西部は黄海がぶつかる場所である。それに比べてこの東南部は海流の
真空地帯のような場所ができ航海技術が発展するのにもってこいの場所なのである。
そしてきわめつけに良質の迎日湾が存在する。遣唐使の時代、日本の航海技術及び
造船技術は遅れており、よく航海に堪えない船なので帰路は新羅の船を頼ったそうである。
それほど新羅の航海技術及び造船技術は進んでいたということである。

そして出雲である。
新羅、すなわち現在の慶州から流れている兄山江は迎日湾に繋がっている。
その迎日湾から船を漕ぎ出すと海流に流されて出雲方面に流れ着く。

56 :天之御名無主:01/09/15 21:33
出雲が縄文系とかいう話は、
まったくのトンデモ

57 :天之御名無主:01/09/15 22:41
>>56
それを含めて話し合うスレッドです。

58 :投稿日:01/09/15 23:55
>53
朝鮮との結びつきの低下や東征していくうちに
拠点性を失ったんだろうね。

59 :天之御名無主:01/09/16 00:02
遺跡は異常にあるな

60 :天之御名無主:02/01/20 04:40
出雲が4世紀頃から力を持っていたっていうのはどうも幻想みたいよ。




61 :天之御名無主:02/01/20 06:35
なぜ?

62 :天之御名無主:02/01/20 21:21
a

63 :天之御名無主:02/01/21 00:49
神道の調査をしてみたいけどね

64 :天之御名無主:02/01/28 12:03
みなさん古い本だが、吉田大洋『謎の出雲帝国』を読みましたか?
古代出雲は古代ペルシャから東南アジヤ経由で黒潮にのり朝鮮半島
経由で列島に入った民族となっています。だが記紀が一生懸命隠した
ウガヤだろうと思います。神武より古い二千年位続いたウガヤフキア
エズ命の王朝では。だから中国地方にタタラや廃仏毀釈の時代にも
皆が残した黄幡神社が沢山あります。もちろん出雲系古墳では瑪瑙や
勾玉がでますが、大和族や新羅・吉備族の古墳ではそれがでないとか。
高句麗系古墳もあり、新羅系も日槍だけでなく大国主の命を祭るようで
、後の出雲は高句麗・新羅も合流した時代があるとみています。その
区別はサンカ諸族にみることができるかと、調べています。
この本は出雲神族の富氏の伝承があることが注目されます。出雲神族の
家紋は本来矛の交叉した物で平安時代に矛の代りに大根に無理やり替え
られたと伝え、兵庫県にはこの神紋の神社があります。大切な事は出雲
族は常に反体制側にあった事です。出雲大社の元国造(こくぞう)千家
は新羅系としています。読まれた方はぜひ批判を聞かせて下さい。

65 :天之御名無主:02/01/28 13:17
こんど出雲に行こうと思うんですが、出雲大社以外何もないそうで。
あと八重垣神社?
他に、行った方がいいところってありますか?

66 :天之御名無主:02/01/28 23:35
風土記の丘

67 :天之御名無主:02/01/28 23:36
熊野退社とかもす神社

68 :天之御名無主:02/01/30 14:05
 出雲ってなんか中国、朝鮮あたりと古代には国交がありそうな
とこに思えます。(流れ着くには)大昔の出島?

69 :親切な人:02/01/30 15:17

ヤフーオークションにおいて、幻の人気商品を
発見致しました!!!

詳しくは、下記のホームページを観て下さい↓
http://www.guruguru.net/auction/selleritem.php3?list=10&userid=17721

70 :天之御名無主:02/01/31 01:52
安彦の漫画、ナムジの話を信じていいですか?

71 :天之御名無主:02/02/04 03:49
52さんとかの続きだけど。基本的にこのへんのまったり文化論に同意。

結局、泣く子も黙る出雲、っていって、結局ホンモン(本物)であるからこそ
誰も咎めず、逆らわず、掘り起こさず、たてつかず、神聖そのままにして
おきましょう、っていう暗黙の空気があった。出雲に対しては、やっぱし
あくまで一目おいたものの見方や考え方が根強く、またそれをあまり表に皆が
出さない、出す必要はないとポーズしているのが、出雲文化をとりまく空気だと
言う方が多い。えらいとかえらくないとかの問題でなくてさ、
何かに手をあわす人がそこに生活といっしょに今もたくさんいる、ってことだな。
漠然としてて申し訳ないけど。

72 :  :02/02/04 07:24
出雲ってのはユダヤの以下省略・・・

73 :天之御名無主:02/02/04 23:39
荒神谷遺跡の銅剣358本が
全てを物語っている。

74 :天之御名無主:02/02/05 04:06
>73
 そうだよねー。
 結構この銅剣が出てきた話って、色んな人を黙らせる効果が
 あるね。

75 :天之御名無主:02/02/05 18:14
出雲は新羅の影響を受けてたと思う。

76 :天之御名無主:02/02/06 13:24
出雲出身ですが、石見と一緒の県になってたり、鳥取と間違えられたりするのが悲しい。
砂丘の話とかすんじゃねーよ。同じ悲哀を味わっている同郷人いない?

77 :天之御名無主:02/02/06 19:46
俺は大庭だよ

78 :天之御名無主:02/02/08 21:18
鳥取の左と説明します

79 :天之御名無主:02/02/13 02:56
出雲神話は7〜8世紀に歴史とは別に作られた、
出雲教とでも言うべき寓話である、という話を
聞いたんですがどうなんでしょうか。
私は出雲帝国万歳派なんですが・・

80 :天之御名無主:02/02/13 21:26
79>>
 出雲教というのはあります。教会もあるそうです。
知人の若い女性が交通事故で死亡しましたので「葬儀?」
に行きました。「祭壇?」があって彼女の「神名?」に
「XXXXの命」とありました。墓は仏式だそうです。
広島県の話です。この地帯の古墳には出雲を象徴する瑪瑙
(めのう)が良く出るそうです。

81 :天之御名無主:02/02/14 01:19
>>76
仲間・・・

82 :天之御名無主:02/02/15 00:17
34>>
80>>
吉田大洋『謎の出雲帝国』によると出雲系は古墳など
作らなかった。考古学者はこれを知らないといっています。

83 :天之御名無主:02/02/15 00:26
でも古墳がいっぱいある

84 :天之御名無主:02/02/15 20:13
たしか出雲式の古墳(四隅突出型方形墳墓や方形台状墳墓)があったと
思うのですが、、

85 :天之御名無主:02/02/16 02:00
風土記の丘近辺は古墳だらけだよ

86 :宇都御魂 ◆m2MmHxX2 :02/02/17 01:09
>80
 千家系の「出雲大社教」が主流派で、北島系の「出雲教」が非主流派。
それから、神道の葬儀は「神葬式」と言います。

87 :天之御名無主:02/02/21 23:53
84>>四隅突出型方形墳墓
 は高句麗人のものだそうです。考古学で古墳の専門家に問合わ
せているのですが、中々答えてくれません。何かに遠慮してるの
でしょうか。いつになったら本当の事をいうのでしょうか?
 出雲系には、かつて敵だった高句麗や新羅系が、唐や百済に対抗
して反体制になった後の時代に合流したのではないでしょうか?


88 :天之御名無主:02/02/21 23:56
86>
ありがとう。親戚は反主流北島系の出雲教なんですか。
 やはり、非人筋なんですね。

89 :宇都御魂 ◆m2MmHxX2 :02/02/22 04:53
>88
 2行目は意味不明。それから、「非主流派」だ。

90 :天之御名無主:02/03/01 03:42
奥出雲は製鉄の技術があるよね。もののけ姫の舞台もあの辺だし。


91 :天之御名無主:02/03/02 22:48
そうなのか!
知らなかった。。
もののけ姫の舞台に住んでいたなんて

92 :天之御名無主:02/03/03 00:04
ジブリのスタッフは吉田村で取材したそうな。
八俣大蛇のしっぽから刀が出てきたというのも、そのことと無関係ではないかもね。


93 :天之御名無主:02/03/03 00:26
八俣大蛇と、ヒッタイトのイルルヤンカシュの
関連性については興味深いね。
関連があるとすれば、どういう経緯で伝わったのかとか。

94 :天之御名無主:02/03/03 00:49
ヒッタイトと言えば製鉄。
出雲にも製鉄の伝統がある。
・・・・やめとこ。 トンデモ説になりそう。

95 :天之御名無主:02/03/03 01:40
>>94
それがよろしい

96 :天之御名無主:02/03/03 21:43
マグネタイトあげ

97 :天之御名無主:02/03/04 04:24
ヤマタノオロチ伝説=治水伝承と、
大学の一般教養科目で聞いたんだけどどう思う?

教授が言うには、
オロチ=河
クシナダ=稲田
そう考えると確かに、
オロチを倒して クシナダを救った
(治水して)(田を水害から守った)
という話のようにも思えるんだけど・・・。

98 :天之御名無主:02/03/04 14:31
>97
観光バスのガイドさんもそういっていた気がする。

99 :天之御名無主:02/03/05 03:16
製鉄は斐伊川上流域でも盛んに行なわれていて、砂鉄をとるために山を崩したりした
と聞いたことがある。そのため川が濁るほど大量の土砂が流れたらしいけど、それが
川の氾濫にも結びついたのかも??


100 :桜☆ :02/03/15 14:25
三刀屋町ってあるよね。
昔から、刀造ってたのかな。国道通ってトンネル抜けるまで、
なんか霊験あらたかだ。

101 :天之御名無主:02/03/16 02:29
霊験?

102 :天之御名無主:02/04/08 02:54
おや、こんな所に郷愁の香りが……

日本語と高句麗語は似てるらしいね。
古墳まであるとなると、ずいぶんと深い交流があったやに思います。
国引きの相手は高句麗か?w

出雲風土記は、2度書かれたらしいね。
前に書いたのが、古事記に反映されたとか。
真偽はともかく、出雲神話でもスサノヲは異質の神だねぇ。
実際余所から来た神なんだけど。
性行からして、鬼神=高句麗の神なのかな。
アマテラスは脇役っぽい。
アマテラスが天皇家の祖先と聞いたとき、
「あれ、なんであのヒス女が」と思った。

大社系と神宮系は雰囲気違いますね。
伊勢神宮や明治神宮行っても、ただ大きいと思うだけで、
神秘性は感じないです。
まあ、幼い頃から出雲大社で遊んで馴染んでいたせいもあるでしょう。

出雲人が穏やかなのは、斐伊川の氾濫が頻繁に起きるので、
人同士で争ってる場合じゃないが故かも。
実際、都会になじめず戻る人は多い模様。

以上、元出雲人の徒然なのでsage

103 :天之御名無主:02/04/10 07:18
やっぱ斐川?

104 :天之御名無主:02/04/13 04:36
八雲だろう

105 :天之御名無主:02/04/20 11:14
今でも氾濫するの?

106 :天之御名無主:02/04/22 03:35
今はさすがにしないよ。
どちらかというと枯れてる印象の方が強いけど。
すぐ隣にゴルフ場なんかもあるくらいだし。


107 :天之御名無主:02/04/22 21:54
『もののけ姫』の舞台とは、言われたくないな。
実は重大な監督の勘違いがあるから。
たたら場には、女は入れないのよ。近づいてもだめ。

製鉄の神は、金屋子神という女神だから。
大昔に空飛ぶ船でやってきて人々にたたらの技術を教えたという。
すばらしく硬い鉄ができたそうだが、人々がしだいに武器を作り、
争いに用いるようになったのを憂い悲しんだ女神は、突然死んでしまう。
女神を失った人々はどうしていいかわからず、祈った。
下されたお告げは、
「たたら場に、死体を立てかけよ!」というものだった。
そして、女は近づいてはならず、出産に関する話をすることも口にしてはならない。
と言い伝えられる。禁を破れば、いい鉄はできないという。
それ以後、たたらをするものは常に「死」を見つめなければならなくなったという訳。

子供のころ聞いた話だから、詳しいことは不明だけど、
まるで女神が身をもって人間に武器を作る意味を伝えているいい話だと思った。

もっと詳しい話知っている方、いたら情報求む。


108 : :02/04/22 22:19
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/download/1019446859/
助けてあげて下さい。
論文があぼーんされそうです。

109 :天之御名無主:02/04/22 22:29
現代の製鉄はコークスを使用するが
出雲の製鉄は炭を使った。
中国地方の山の木々が炭の材料として伐採され、山は洪水を起こし、
多くの川が天井川になった。
まさしく鉄の歴史は血の歴史であった。
鉄の正字は鉄の中に王を持つ。王権は鉄と共にあったのだ。


110 :天之御名無主:02/04/23 09:32
>>106
そこに遺跡が!

111 :天之御名無主:02/04/29 11:11
金屋子神については
     タタラ
石塚尊俊「鑪と鍛治」(岩崎美術社)にこの信仰の禁忌や呪術も紹介されてる。

どうしても鉄が沸かないときは作業場の四隅の四本柱に死体をたてかけておく
・・・金屋子神は死のけがれを忌まず、むしろ死人が好きだという性質が
あったから、、、

実になんというか猟奇的光景ですな。


112 :天之御名無主:02/04/29 17:18
>>86  出雲大社の宮司を継承する「出雲国造家」は南北朝期に後継問題で
千家家と北島家に分裂。以後、月番制で交互に祭祀を行ったが、明治以降
千家家が独占するようなった。ちなみに両家とも男爵だからその意味では同格。
 なお、北島家は出雲大社に隣接する「北島国造館」で今も別個に祭祀を行って
おり、出雲大社と同様、自由に拝観することができる。


113 :宇都御魂 ◆ZK38QLd. :02/04/29 18:03
>112
 現在では千家家が出雲大社での祭祀を独占しているから、
千家系の出雲大社教を「主流派」と言ったのですが、何か?

114 :天之御名無主:02/04/29 18:39
単なる補足でしょ。

115 : :02/10/29 07:47
今夜の実況は こちらで

≪ プロジェクト X  肝臓移植 ≫ 02年10月28日
http://live.2ch.net/test/read.cgi/endless/1035835900/

116 : :02/10/29 20:25
 今夜の実況は こちらで

≪ プロジェクト X  肝臓移植 ≫ 02年10月28日
http://live.2ch.net/test/read.cgi/endless/1035835900/

117 :天之御名無主:02/11/02 09:35
掛合は?

118 ::02/11/12 22:43
>111
金屋子神については、金屋子神社及び
金屋子神話資料館?(神社隣)に行けば
いろいろわかる。結構おもしろい

119 :天之御名無主:02/11/30 19:48
>>100
『三刀屋(ミトヤ)の由来』
出雲国風土記によれば、「三屋郷の郷庁は、飯石郡家の東北12.82キロメートルの
所にあり、所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみおほなもち、大国主命のこと)の
神門(今の鳥居にあたる)がこの地にあるので御門屋の意で三刀矢といった。」という
ようなことが書かれています。この地に出雲大社の鳥居を建てたのでしょう。
そして御門屋はそこに建てた拝殿であったと思われます。
ttp://www.town.mitoya.shimane.jp/kankou/yurai/yurai.html

>>118
広瀬町の「金屋子神話民俗館」ですね。
ttp://www.web-sanin.co.jp/local/hirose/kanayago.htm

120 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

121 :天之御名無主:02/12/06 02:34
全員がシャーマン

122 :天之御名無主:02/12/06 12:42
>>111
んー、どっかで読んだぞ?街道を逝く、だったか?
職場なので確認でけん。帰ったらみてみる。

123 :天之御名無主:02/12/06 22:00
神秘の国だろ

124 :天之御名無主:02/12/06 22:06
金屋子神
ttp://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/p0307.htm

125 :山崎渉:03/01/11 03:12
(^^)

126 :天之御名無主:03/01/13 14:45


127 :天之御名無主:03/02/13 19:22
  >>107
>『もののけ姫』の舞台とは、言われたくないな。
>実は重大な監督の勘違いがあるから。
>たたら場には、女は入れないのよ。近づいてもだめ。
>
>製鉄の神は、金屋子神という女神だから。

だからこそわざとああやって描いたんじゃないの? エボシが慣習を気にしないことの描写として
なんだっけな、なんか台詞あったじゃない。
「エボシ様、可哀相な娘をみつけたらすぐに連れてきちまうんだ。
 普通ぁ、たたら場には女は入れないもんなんだよ。鉄が穢れるっちうしな」
とかなんとか。



128 :天之御名無主:03/02/13 19:53
八雲立つ 出雲八重垣妻込みに 八重垣造る その八重垣を
(やくもたつ いずもやえがきつまごみに やえがきつくる そのやえがきを)

山陰は季節を問わず曇りの日が多いですね。
古代、鉄が出なければ、誰も好んで住まんぞなもし。

129 :天之御名無主:03/02/13 20:11
こちらは秋田だけどここも年中曇りがちだよ。色白な秋田美人の原因らしいが、ほんとなんだろうか。

秋田に比べれば山陰はまだいい方だと思う。
過疎化に少子高齢化にすでに毎年恒例となった全国自殺率一位・・・

だ、誰か助けてけれ



130 :1:03/02/13 21:49
http://members.tripod.co.jp/umibenomakigai/index.html

131 :天之御名無主:03/02/13 21:55
日本家屋について質問があります。
母屋は神明造が基本で、蔵は大社造が基本のようですが、
そこに出雲文化の影響はあるのでしょうか?
(大切なものを入れる蔵との関係)
くだらないことかもしれませんが、なにか教えていただけると助かります。

132 :天之御名無主:03/02/13 22:53
>>131
建築には詳しくないですが、屋根だけ考えると
蔵は確かにほとんど妻入
母屋は平入が多いかな
言われてみるとそんな気がするなあ

でも大社造りの構造は住居っぽいって聞いたことがある
神殿というより大国主の住居としての意味合いがみえるって

133 :天之御名無主:03/02/13 23:27
バレンタインだよ!全員集合!
    --------------------------
     Captain of the Ship祭り
    --------------------------

【日時】2/14(金)12:00〜24:00

【方法】各自、殺伐と各地の有線へ
    長渕剛「キャプテン オブ ザ シップ」をリクエストしる!

    全国同時多発長渕現象でバレンタイン台無し(゚д゚)ウマー

(・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー

★Captain of the Ship祭り★
http://life2.2ch.net/test/read.cgi/offevent/1045096328/
起源スレ:【音楽】長渕剛が長渕探し!後継者のオーディション
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1044834485/

134 :天之御名無主:03/02/19 10:27
Q.神社の社殿の形にもいろいろとありますが、その種類と成り立ちなどについて教えて下さい。

A.各地の神社をお参りすると、それぞれの神社で、社殿(本殿)の様式が異なっていることに
気がつきます。
 大きく見てその様式を二つに分けることができ、一つは倉庫の形から発達した「神明造(しんめい
つくり)」であり、もう一つは住居の形から発達した「大社造(たいしゃつくり)」となっています。

「神明造」とは、伊勢の神宮を代表としてみられる様式で、切妻造の屋根(棟を境に本を開いた
ように屋根が両側に流れている)の棟と平行の側に入り口がある平入という形になっています。
この神明造より派生したものとして、前面の屋根が長くのびて向拝となっている「流造」や、切妻
平入の建物が二棟接続している「八幡造(はちまんつくり)」などがあります。

 もう一つの「大社造」は、出雲大社に代表される様式であり、切妻造の屋根の側面、つまり破風
(はふ)の見える方に入り口があるため、妻入と言います。この「大社造」の流れを汲むのが、
住吉大社の「住吉造(すみよしつくり)」や春日大社の「春日造(かすがつくり)」です。

ttp://www2.ocn.ne.jp/~inari/iroha.html

135 :山崎渉:03/03/13 13:03
(^^)

136 :天之御名無主:03/03/23 13:24
■出雲神話■
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/min/993006016/

出雲文化について考える
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/min/994171651/

神秘の国・出雲
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1040726549/

出雲弁の起源て…
http://academy.2ch.net/gengo/kako/997/997013877.html

出雲大社VS住吉大社
http://travel.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/984125247/

137 :山崎渉:03/04/17 09:30
(^^)

138 :山崎渉:03/04/20 04:50
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

139 :天之御名無主:03/05/08 18:02
鉄の話がでてるのでひとつ。
2年前に神社・古墳めぐりに出かけた折、斐伊川のほとりのある古社の宮司さんが
製鉄の技術はスサノオノミコトが大陸から持ってこられた、とおっしゃってました。
昔は海岸線がもっと奥地まで入り込んでいたから船で奥出雲までこられた等、地元では
具体的な話が残ってるものだな〜と。
記紀とちがって実在の人物としての伝説があるなんてすごい。
他に大国主命の話など、知ってる方いませんか??



140 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

141 :天之御名無主:03/05/10 15:00
オレノ彼女松江出身
ベトナム人みたいな顔しとる。お母さんも。

142 :天之御名無主:03/05/10 15:08
>141
そりゃー困るぜ、大陸系じゃないとな。

143 :天之御名無主:03/05/10 16:41
>>139
>昔は海岸線がもっと奥地まで入り込んでいたから船で奥出雲までこられた等、地元では
>具体的な話が残ってるものだな〜と。
ただ単にその人の説っていうか予想なんじゃないの?

144 :天之御名無主:03/05/18 03:55
出雲地方は昔から製鉄で中国山地の山がけずられ、川に流され
島根半島があるおかげで、その土が日本海に流出することなく
結果、大規模な干拓地ができたと思われます。
だから予想以上に奥地まで海だったと思われます。

145 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

146 :カンナビ:03/05/19 03:35
>84
>たしか出雲式の古墳(四隅突出型方形墳墓や方形台状墳墓)があったと
>思うのですが、、

これは西谷古墳と呼ばれるサイトに大小10以上あります。
3,4,5号墳が規模が大きく、保存されています。
四隅が出っ張っているのはなぜなのか。
この曲線を見ていると、弓が浜と長浜の海岸線が連想されて、
もしかするとこれは、出雲の国の範囲を示していたのかなと
妄想したりしたりします。
ちなみこの古墳は小高い丘にありますが、そこから風土記に語られる
カンナビ山をみることができます。

147 :天之御名無主:03/05/21 22:52
>>84 >>146
そういえば四隅突出型墳丘墓って北陸地方にもあるんだよね

148 :だんだん ◆j9mCFXQPxs :03/05/21 23:24
>>146
なかなかよい妄想をされますねw
もしそれがホントだったら、古代の人が島根半島の形状を把握していたということで、すごいことですね
しかし島根半島を国引きされた土地だとしたり、弓ヶ浜・長浜を綱と見立てたり、あながちありえないとも言い切れないかも

四隅墓の発生は、広島の三次あたりにあるのが最古式だと言われますね

149 :天之御名無主:03/07/27 17:34
猟奇的な神、金屋子神
死体の有る『たたら』
祟るにつながらね?

150 :天之御名無主:03/07/28 21:54
広告ウザイ

151 :天之御名無主:03/07/29 11:00
出雲といったら人狐憑だな。

152 :天之御名無主:03/07/30 02:02
私出雲で生まれて大学はいるまで出雲にいたけど
アソコには何もない。何もないんだよ。
あるのは、都会では考えられない恐ろしいまでの緊密な隣近所の噂のネットワークと
ひがみ根性と垂れ込める暗澹とした雲と日本海からの北風。
神秘なんてないです。
漫画 八雲立つ は、架空の話ですよ〜〜


153 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

154 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

155 :天之御名無主:03/08/06 23:07
岩手の上閉伊(上閉伊)下閉伊(しもへい)は、出雲の斐伊が元だ
って高橋克彦が『火怨』っていうアテルイの小説に書いてたけど、
トンデモ説でしょ?

156 :山崎 渉:03/08/15 18:31
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

157 :霊亀:03/12/16 02:45
神田で、吉田大洋『謎の出雲帝国』を見つけたので、
さっそく読みました。驚きでした。
ところで、「出雲井神社」って、大社の近くらしいですが、
行けば、分かるのでしょうか。

158 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

159 :天之御名無主:04/09/08 05:07
出雲神と出雲臣ってどうちがうの?

160 :天之御名無主:04/09/08 11:10
質問の背景がどのあたりにあるのか不明だけど、とりあえず。

【出雲臣】 (いずものおみ)
出雲地方の豪族で、出雲国造を輩出。
天穂日命(あめのほひのみこと)を祖神とするという。
天穂日命は、天照大神と素戔嗚尊との誓約(うけい)の際に生まれ、国譲り後、大国主命を
祀ることを担った神さま。

【出雲神】 (いずものかみ)
出雲大社の祭神。すなわち、大国主命のこと。
古典文学だと、10月に全国の神々が出雲国に集まって縁結びの相談をするという伝説から、
「縁結びの神」を意味することも。そこから、比喩で「仲人さん」を出雲の神ということもある。
また、場合によっては、国津神を出雲神ということもあるようだ。

161 :天之御名無主:04/09/09 23:19
アメノホヒノミコトって覚えにくいなだよね。
ここのURLって面白いよ。天穂日や日本という呼び方の源流に
ついて考察してて。

http://www.toshikozo.co.jp/kousatu/nihontyuuoutoninazoku.htm

そうそう、私の住んでいるのは天日穂命をまつる能義神社がある、
安来市(旧名;能義郡安来町)なんですが、ここの南に鳥取県日南町
ってのがあるんです。日南(ヒノミナミ=ヒナノミナミ)となると、
日本(ヒノモト)ってところが安来ってことになるのかなあと勝手に
想像したりしてます。


162 :天之御名無主:04/09/10 10:39
>>161
とすると、宮崎県の日南市も関連あるんでしょうか? (^^;
冗談はさておき、ご紹介のサイト、冒頭でいきなり仮説を仮設と書いてあったり、ルビが間違っていたりで、
眉に唾して読んじゃいました。誤字脱字が多いと、それだけで信憑性が下がるような気がするから、損だよね。

ええっと、ここから本題。
夢を壊すようで心苦しいんだけど、日南町という名前での町政の施行は昭和30年代からなので、その論旨
だと「ヒノモト≠安来」だと思います。地図を俯瞰するとわかりますが、日南町は日野郡に含まれることから、
日野郡内の南部の意味で「日南」ですから。
日南町になる前には、伯耆国の南で伯南町とも称していました。宮崎県の日南市も同様ですね。旧国名の
日向国の南の意味です。

それでは日野郡の「日野」の方はどうかというと、「日当たりの良い野原」だからだとか、山間の最奥部にある
ことから「鄙(ヒナ)」なのだとか、諸説あるようです。
『出雲国風土記』を捲ると、日野川の源流域(斐伊川の源流でもある)に樋速日子命(ひはやひこのみこと)が
住んだので、それに由来するようなことも見えますね。

ちなみに、『出雲国風土記』は、スサノオがこの地に来て「吾が御心は安平(やす)けくなりぬ(=落ち着いた)」と
言われたことによって、安来という地名になったのだと紹介していますね。

163 :天之御名無主:04/09/13 18:42:24
大和に滅ぼされたのは出雲に蝦夷。
両方ともズーズー弁。

164 :天之御名無主:04/09/26 23:41:45
 出雲は帰化し、蝦夷は征服されたが、どちらも同じ王朝
であったことが考古学で四隅突出型墳の分布等からわか
ってきている。

165 :天之御名無主:04/09/27 00:34:03
結論は出ていない

166 :天之御名無主:04/09/29 15:24:25
日南町には「樂樂福」と書いて「ささふく」と読ませる神社が鎮座している。
その樂樂福神社は「たたら製鉄」と関係が深く「ささふく」の意味は砂鉄を吹くの意で金屋子神よりも古い製鉄の神と考えられている。鉄の争奪戦を暗示するささふく神の鬼退治伝説も残っている。現在は願望成就の福の神・交通安全の神として崇敬されている。

167 :天之御名無主:04/09/29 23:05:30
うけうりなんだけど、
縄文古代出雲とタタラ奥出雲って全然別の文明らしい。
縄文古代出雲は海洋民族で(だから腐食しにくい銅を使った)、農耕の発達とともに弥生中期に終わって、
製鉄でタタラ奥出雲が発生する戦国時代まで文化的な断絶があるそうです。

中国山地の全般で古代からタタラはあったらしいけど、最初に権力者による資本投資や流通を発達させた
のは日野川流域の(妻木晩田を含む)伯耆国。
平安時代に鉄穴流し(カンナナガシ)技術導入によって純度の高い砂鉄を採取できるようになった。
そのころ、松江・弓ヶ浜半島・米子の海岸部まだなく、神戸ポートアイランドの約3倍の砂を日野川から
流出したために出来上がったもの。
平安時代には東大寺に寄進するなど日本国内の鉄産出量の約40%が伯耆製。
同じ時期には”童子斬り安綱”で有名な刀鍛冶・大原安綱も輩出。
鉄=出雲が定着するのは江戸時代から。

「もののけ姫」の海(湖)・山・タタラ場・騎馬を使う地方士族・山伏風の朝廷密使などのロケーション
がそろっているのは山陰では”妻木晩田”ぐらいですよ。

話が長くなりました・・・
伯耆も出雲文化って思っている人多いと思いますが、確かに方言は同じものが多いけど、特に西伯耆、
ではナマリとか街の雰囲気が全然ちがう。
むしろ東伯耆(倉吉)・備中・美作のほうが出雲文化とよく似てる。
実際、美作あたりでは出雲大社が崇拝されているのには驚いた。
西伯耆では大山寺が古くから信仰されているので、価値観としては寺院>神社になってしまいます。

168 :天之御名無主:04/09/29 23:51:39
>>167
根本的なことだけど、このスレでいう出雲は古代出雲のことであって、
律令以降の国の区分ではない。
だから、伯耆国は、当然出雲。

169 :天之御名無主:04/09/30 08:25:34
>>168
古代出雲って斐川平野のあたりでしょ?
そこからだったら安芸・備中・美作西部の方が近いよ。
伯耆は随分遠い。南伯耆の日野郡は出雲と言って差し支えないと思けど。

170 :天之御名無主:04/09/30 11:24:16
またまた日南町の話だけど八俣大蛇退治の肥河上は日野川流域の日南町河上の事とする説もある。

171 :天之御名無主:04/09/30 23:06:52
出雲国風土記に記載されてる神の信仰集団で考えると
神魂命=漁猟集団
須佐能乎命=製鉄集団
大穴持命=農耕集団

>>167
街の雰囲気って、古代におけるつながりと関係があるとは思わんが・・

>>169
さすがに伯耆の方が近いと思うが・・
吉備との繋がりは深かったようだけどね

古代「出雲」の発祥の地は、斐伊川下流域、後の出雲国出雲郡出雲郷の辺りだろうけど、
その文化圏は徐々に広がって、伯耆はもちろんかなり広範囲が「出雲」であったと考えていいとおもう


172 :天之御名無主:04/09/30 23:45:58
古代出雲の範囲についてはいろいろ説がありますが、西限と南限は比較的は
っきりしていると言えます。
石見や安芸・備中には出雲の影響があまり見られないようです。
これは、古代出雲と同時代に北九州地方・吉備地方にも大きな勢力があった
こと、また大和王朝と敵対関係にあり、何かにつけ東側に重点を置いていたの
ではないかと想像できます。
また街道というものが存在しない当時、中国山地を越えて山陽地方へ出るには
日野川等の大きな河川の谷を遡っていくしか方法がありません。
それより海流に乗って日本海側の地方と交流する方が容易です。
だから、北陸地方に出雲の影響が見られる土地が点在する一方、山陽地方に
はあまり影響を与えることがなかったという理由になるでしょう。
つまり、古代出雲のカタチは、簸川平野(出雲平野)を最深部とした袋小路状態
であったと考えてよいのではないでしょうか。

173 :天之御名無主:04/10/01 08:36:32
>>171
斐川平野って松江じゃないいんだよ。
出雲市、斐川郡の位置を日本地図でよーく確認してみてください。
備後、安芸の方が影響受けてるはずだよ。
注意すべきは、古代の平野部はまだ海の中なので国の中心はもっと山に近いところ
にあったはずなんだよ。
>>172
こちらならまだ納得です。
日本海航路での交流は古代からあったでしょうね。


174 :天之御名無主:04/10/01 09:52:08
所謂「国境」と「文化圏」の話がごっちゃになってる気がします


175 :天之御名無主:04/10/01 18:59:00
>>162
だけど、安来の日向尾根古墳という弥生期の高地性古墳の
名前は気にかかるんだけど(笑)。

176 :171:04/10/01 19:10:47
>>173
>斐川平野って松江じゃないいんだよ
当然分かってますが・・・(斐川じゃなくて、簸川平野、簸川郡ね)
私としては弥生時代の感覚ですけど
西谷墳墓群などのある出雲市の辺りからざっとの距離で
伯耆・・・妻木晩田遺跡のある淀江町の辺りまで60kmくらい
備後・・・四隅突出墓のある三次市の辺りまで70kmくらい
弥生時代の安芸や備後については詳しくないので何とも言えませんが

>>174の指摘の通り、「国」と「文化圏」はまったく別物な訳ですけど

177 :天之御名無主:04/10/01 19:46:47
>>162
雲伯地方には、たたら製鉄で縁のある大河が2つあり一方を日野川、
もう一つを斐伊川となりその両者から均等に近く、大規模な古墳群が
あるのが安来平野。記紀では根の堅州国と呼ばれた地域で、安来市
に隣接するところに根雨などがある。この「根」という言葉と2つの「日
の川」から雲伯国境地方一帯が日根の国と呼ばれていた。それが日
本の語源となったのでは無いだろうか。

178 :天之御名無主:04/10/01 20:20:23
>>177
 そうだね、根がつく地名は大根島っていうのもある。根雨と大根島の
間あたりが日根国になるのだろうか。

179 :天之御名無主:04/10/01 20:45:29
面白いと思うが、それらの地名が古代までさかのぼれると思う?
伯耆の地名はよく分からないが、出雲の地名は風土記の時代まで把握できる
少なくとも大根島はタコ嶋(字は虫に居と虫に者)と表記されてるので、根とは関係なさそうだね


180 :天之御名無主:04/10/02 00:37:18
>>177
斐伊川・日野川の上流は船通山の近くを通過しているので、ヤマタのオロチ
の話は両川を1つに見立てた話かもしれません。
確かに、安来・日野は山陰でも独特の雰囲気がありますよね。

181 :天之御名無主:04/10/06 09:25:13
>>164
「分布等から」の「等」の部分を教えてください。

182 :天之御名無主:04/10/06 19:02:56
銅剣?

183 :天之御名無主:04/10/06 20:02:45
>>164
四隅墓の北限は富山あたりじゃなかった?

184 :いなむらきよし:04/10/06 21:08:13
スサノオの尊は奇形だったと言われてるキケー!

185 :天之御名無主:04/10/07 20:16:44
 それは製鉄神でよく言われていることだ。
片目、片足等、別に珍しくも無い。


186 :天之御名無主:04/10/07 22:01:39
>>179
>少なくとも大根島はタコ嶋(字は虫に居と虫に者)と表記されてるので、根とは関係なさそうだね
・虫とはもともと蛇のこと。
・ヤマタノオロチは八つ首、蛸の足は同じ八本。
・ヤマタノオロチは八腕の弁財天の化身っていう神代からのもっぱらの噂。
・スサノオのスサはツタ(蔓の仲間)のことだとしたら、ノオは〜の尾で「スサの尾」
・スサの尾ってとぐろ巻いた蛇?鎌首上げた蛇、それとも剣そのもの?
 スサノオ自体が草薙の剣だったりして(爆but激マジ!)。
・根が深い穴(天)の中にいっぱいになって生まれたのが穴混んだ(アナコンダ)。
 生育地はもちろん天ゾーン(アマゾン)。
・アマゾンライダーは顔半分人間!こりゃ関係ないか・・・na。

>>185
恵比須さんも片目、片足、三歳まで立てずに腰も曲がってて奇形の代名詞になっているらしい。

参考資料は、サイト「森羅万象/綾姿七福神」です。

187 :天之御名無主:04/10/07 22:04:08
古事記と日本書紀くらいは読もうな。

188 :天之御名無主:04/10/07 22:23:57
なんつーか。香ばしいレスが多いな
神話が豊富な分、根拠の薄い妄想がはびこりやすいんだな

189 :天之御名無主:04/10/09 00:02:19
おっとこんなもの見つけてしまった。

http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku201.htm

190 :天之御名無主:04/10/12 23:40:24
>>162
 そういえば、安来市の南側に日次(ひなみ)という地名が残っており
イザナミの墓陵も近くにあります。確かに中世以降のたたら製鉄は
日の川(日野川、斐伊川)周囲にありましたが、古代においては安来市
の山奥にその遺跡の集中が見られます。また、出雲で集中度の最も高
い古墳群地域に日白という地名もあります。
 さらには、古事記において安来に該当すると思われる地名「妣国根
之堅州国」の妣国=日国とすれば、一応カッコがつくのではと思った
りもします。ただし、日国は2つの日の川に囲まれたより広域の地名
で、堅州国が今の安来市くらいを指すのかもしれません。

191 :天之御名無主:04/10/13 11:02:49
なあ 俺スサノオなんだけど

192 :天之御名無主:04/10/13 23:38:12
安来ってスサノオ信仰とオオクニヌシ信仰が入り混じっていて
どちらか分かりにくいのが出雲の中でも特徴的だね〜。


193 :天之御名無主:04/10/13 23:47:08
安来の辺りはスサノオと同時に、フツヌシの伝承があるのが謎

194 :天之御名無主:04/10/14 23:27:28
>>190
 安来の近海にありむかしから海路で結ばれていた隠岐島
に比奈(ひな)麻治比売命を祭る神社があるけど、けっこう
ロマンチックな名前だね。比奈=ヒナ=ヒネ=日子(男)と
考えると。



195 :天之御名無主:04/10/15 19:22:40
旧伯太町のほうにはなんか面白い話ありませんか?

196 :天之御名無主:04/10/15 19:34:31
>>195
出雲国風土記でいえば、意宇郡の母理郷と屋代郷のあたりかな

母理の郷 郡家の東南のかた卅九里一百九十歩なり。天の下造らしし大神、大穴持命、
越の八口を平け賜ひて、還りましし時、長江山に來まして詔りたまひしく、「我が造りまし
て、命らす國は、皇御孫の命、平らけくみ世知らせと依さしまつらむ。但、八雲立つ出雲
の國は、我が靜まります國と、青垣山廻らし賜ひて、玉珍置き賜ひて守らむ」と詔りたま
ひき。故、文理といふ。 神龜三年、字を母理と改む。

屋代の郷 郡家の正東卅九里一百廾歩なり。天乃夫比命の御伴に天降り來ましし伊支
等が遠つ神、天津子命、詔りたまひしく、「吾が靜まり坐さむと志ふ社」と詔りたまひき。
故、社といふ。 神龜三年、字を屋代と改む。


197 :天之御名無主:04/10/18 18:14:59
昨日、島根県立博物館に行ってきました。
現在、荒神谷遺跡の国宝である銅鐸・銅剣が全てが展示されています。
あと、年代が分かるように古代から順々に遺物の説明があったので、
非常によかったです。

妻木晩田遺跡群&淀江町歴史民俗資料館の展示物と島根県立博物館の資料
を比べて分かることは、弥生時代までは、双方同じようなものが出土して
いるが、出雲に青銅器が出土して以降、まったく違うものになっていると
言う事。出雲では青銅器以降の時代では土器が多く鉄器がまずない。
それに対し妻木晩田では鉄器が飛躍的に多くなり、石馬や古墳の石室に象
徴されるような岩を削ったもの多くなる、ということです。
で、土器と言えばやはり吉備の国。
出雲と吉備は随分お互いに影響された合った地域同士じゃないでしょうか?

198 :天之御名無主:04/10/18 19:02:49
先日も出雲平野で吉備系の土器が出土しました
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041015-00000211-mailo-l32

199 :天之御名無主:04/10/23 00:38:33
   _,,,,,,,,
     , - ' ゙    `` ‐ 、_,,,,,
   ,r'          /=ミ
  /    愛知      彡ll',''´
. /             彡lll
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 l,,,,,__ /   ___     'r''゙ヽ
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. |  |   | l     / /  |  |

出雲は焼き討ちじゃ。


200 :天之御名無主:04/10/25 11:44:49
 出雲を焼き討ちするまで命が持たない、そういう
運命だった。だれか丁寧にお祀り下さい。

201 :天之御名無主:04/10/29 05:53:58
たまにはオカ板に遊びに来てね。

【牡牛と竜 三柱目「天津神と国津神の系譜」】
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1092666207/101-200


202 :天之御名無主:04/11/03 22:18:56
埼玉の『氷川神社』は関係有りますか?

203 :天之御名無主:04/11/04 00:05:28
氷川神社の祭神はスサノオだが・・・
っていうか質問の意図がわかんねーって


204 :天之御名無主:04/11/07 19:33:35
 出雲の起源が意宇(安来)王朝であるという説
は最近あまり聞きませんがどうしてでしょうか?

205 :天之御名無主:04/11/22 01:29:19
 大体、金屋子があるからって安来は
大きな顔しすぎ。観光開発は奥出雲-松江
で鉄文化の推進をしてきた。

206 :天之御名無主:04/11/28 23:00:05
 奥出雲ってなんですか?雲南市というのが
正式です。

207 :天之御名無主:04/11/29 18:21:25
>>206
仁多や横田、赤来や頓原も奥出雲ですが?w

208 :天之御名無主:04/12/01 23:36:16
>>206
出雲地方の中国山地寄りの辺りは昔から「奥出雲」って呼びます。
雲南市と言われてもピンとこない…

209 :天之御名無主:04/12/02 17:58:26
>>206
雲南市の市域はまだ奥出雲って感じじゃないな

210 :天之御名無主:04/12/03 11:22:03
祟りを恐れて、大社の御神体は西のほうを向いて安置されている、というのは本当なのだろうか

211 :天之御名無主:04/12/03 19:40:02
出雲大社本殿の内部はこんな感じ


○−○−○
|   神|
○  ○−○
|     |
○−○  ○
   |  |

212 :天之御名無主:04/12/03 19:53:11
本殿の中って入れたっけ?

213 :天之御名無主:04/12/03 21:25:29
神職なら入れるだろ

214 :天之御名無主:04/12/03 23:20:32
出雲は昔から朝鮮との関係が深いからな。人種的にもあの辺は渡来人の子孫が多いし。

215 :天之御名無主:04/12/04 00:02:22
>>212
本殿の横に見取り図の看板がたってる。



216 :天之御名無主:04/12/04 01:32:04
5歳の貯金箱 新球場へおやつ代節約

▽広島の森島君 イベント心待ち
広島東洋カープの本拠地となる新球場建設を目指し、二十日に始まる「たる募金」を心待ちにする五歳の
熱烈なカープファンがいる。広島市安佐南区の森島宏太朗君。球界再編でカープの行方が心配になり、
おやつ代をためてきた。中区の基町クレド広場であるスタートイベントに参加して、大だるに入れる。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn04111904.html

217 :天之御名無主:04/12/15 23:14:35
 高天原って、古事記の文脈から考えると
出雲のような気がします。雲海が見えると
ころ出雲にありますか?



218 :愛知聖民:04/12/15 23:36:32
 奥出雲って松江の属国ってイメージ強いな。松江は出雲にあって
出雲ではない。繁華街は伊勢宮。松江は歴史的に出雲の東と西を分
断させるために江戸時代においた新興都市で、出雲などを口にする
など片腹痛し。

219 :松江沁みん:04/12/16 00:39:42
>>218
最初の一文がそれ以降にどう繋がるのか、よくわからん。
松江が東西分断についてはそのとおりだと思う。
(松江城主に松平氏迎え入れてるから)

でも、愛知なんて辺境の民(←1600年前)に言われたくない。

220 :天之御名無主:04/12/16 18:32:50
意宇郡(今の松江南部)と神門郡(今の出雲市)には同時期に同規模の大型古墳が存在したり
古代から対立構造は見られるわけだが
出雲国造の本拠も意宇郡にあったわけだし

>>219
尾張氏の存在など、古代の愛知は決して辺境とは言えませんよ

221 :天之御名無主:04/12/17 00:10:31
>>220
大型古墳は同じ意宇郡でも現在の安来市が正確ですよ。

222 :天之御名無主:04/12/17 20:00:52
弥生時代のものは墳丘墓
古墳時代のものが古墳

弥生時代後期は安来市と出雲市に大型の四隅突出型墳丘墓が
古墳時代後期は松江市と出雲市に大型の前方後方墳と前方後円墳が

というのが正確なところ

223 :天之御名無主:04/12/20 18:39:44
古墳時代前期は安来市だけに大型(古墳時代前期では全国最大級)の
方墳が作られた。その石棺は8m近くありこれも最大級。他の出雲
地方に見られない鉄製武器等の副葬品が多く発見されている。

というのが一番大事な部分の補足。

224 :天之御名無主:05/01/22 23:35:37
>>152
 伊勢製鉄さま、東海日鉄様かもしれませんが懲りないですね?

225 :天之御名無主:05/01/23 16:25:29
>>218
>松江は出雲にあって出雲ではない。繁華街は伊勢宮。松江は歴史的に出雲の東と西を
>分断させるために江戸時代においた新興都市で、出雲などを口にするなど片腹痛し。

なぜ分断する必要があったの?
ちなみに松山・松江・会津若松・高松など松のつく都市はだいたい徳川が造った町みたいですね。


226 :出雲伯耆:05/01/24 05:49:13
 よくわかんないんだけど、旧出雲国の中心に松江が
あるのだが、その東西に出雲市と安来市というちょっ
とした小さな中心がある。この3つの中心の拡大が
日本海沿岸部の市町村合併の基本骨格なのだが、松江
市と東西両市の間の町がどちらにも属さない事を貫く
ようです。松江市は20万人以上になりたかったのに
難しくなった。
 振り返って、松江の東西にある出雲市と安来市は、
どちらかというと出雲文化風、おっしゃるように松江
は徳川文化風というのが私の感想です。

227 :天之御名無主:05/01/28 15:22:46
以前オカ板で出雲地方にヒカリとカゲといわれる家の区別があり、
表だってその話をするのはタブーらしいので誰か知ってる人いますかってな
趣旨のスレがあったんだけど。
スレ立てたのが出雲の人で祖父からききかじったようなこと書いてたと思う。
結局わかる人がいなかったんだけど、
こちらの方でご存知の方いらっしゃいますか。



228 :天之御名無主:05/01/28 23:44:06
>>227
知らない 聞いたことない

229 :天之御名無主:05/01/29 20:56:55
>>88
超亀レスだが禿藁

230 :安来の人:05/02/06 21:57:23
僕は安来の出身です。出雲地方(当然松江含む)について
何か質問があったら聞いてください。
3日に一度の割合で覘いてみるつもりなので。

231 :松江の人:05/02/08 00:34:14
>>230
毎日見にごだっしゃい。

232 :安来の人:05/02/08 21:35:03
>>231
毎日来ても誰もいないんですもん・・・(* *)

233 :松江の人:05/02/08 23:53:41
>>232
こぎゃん板でだーもおらんて、そらそげだらぞねw
諦めんこに、ちったーしゃーね見せーだわね。

234 :天之御名無主:05/02/10 02:03:16
>>233
そういう感じなのですか? 名古屋弁みたい

235 :天之御名無主:05/02/10 03:46:15
〜だわねって島根出身の自民党参議院のボス・青木の口癖だけど、
あれは島根の方言だったのか

236 :天之御名無主:05/02/10 13:34:14
無意識のうちに「だわな」とか使ってしまうんだよな・・・

237 :安来の人:05/02/10 23:41:00
まあ実際232のようなしゃべり方をする人はほとんどいないわけですが。
特にうちらのような若い世代は標準語に近い。
語尾は若干方言が入っていますがね。

238 :安来の人:05/02/10 23:47:27
ちなみに僕の出身である安来は一般的に言う出雲弁とは
若干異なっています。どんなふうに?と聞かれると難しいですが・・・

239 :天之御名無主:05/02/10 23:59:14
どんなふうに?

240 :安来の人:05/02/11 00:02:32
つまりみかんとポンカンの違いです。

241 :松江の人:05/02/11 01:08:47
>>240
あだん、えなげなこと言わっしゃーなやw
そぎゃんことゆーと、よけーあやくちゃなんなーでや。

242 :天之御名無主:05/02/11 02:02:07
>>230
大国主って「大国」という場所を統治していた王様だったんでしょうか?
出雲の語り部の伝承は「現政権下では公言できない」とはどういう意味でしょうか?
出雲の語り部は絶えていないでしょうか?

243 :天之御名無主:05/02/11 02:31:38
>>227
その話は知らんが、出雲の迷信といえば、
狐つきというのがあるから、その関係か?

244 :天之御名無主:05/02/11 23:26:14
 出雲に黄泉の国への入り口である、ヨモツヒラ坂がある事についての考察。
出雲という名前は、雲が出(いずる)から来てると考えられる。あそこら
辺の地域はいつも雲が出てどんよりしているし、出雲の枕詞が八雲立つだから
たぶん間違いない。
 そして、日本の最高神は太陽神である天照大神。だから、太陽を遮り、太陽
の力を無効化する雲は死のイメージに繋がる。よって、雲がやたら出る出雲は
死のイメージが強くて、ヨモツヒラ坂があると考えられた。
 全部、井沢元彦の受け売り。

245 :天之御名無主:05/02/12 11:41:59
>>242
国はそのまま日本を指し、
その時の政権は大和だからってことじゃない?

246 :242:05/02/12 17:12:43
大国や須佐の王様が、大国主命や須佐之男命ではないでしょうか?>245

247 :安来の人:05/02/13 01:45:25
>>242
僕の考えでは、大国主というのは当て字ではないでしょうか。
この神話の本となる時代はどう考えてもカタカナや平仮名生まれる前です。
となると、音を表すには漢字しかないわけです。
もちろん当時は今と違って漢字が体系化されているわけではないので
大雑把な発音にあわせて漢字をあてることになりますね。

248 :天之御名無主:05/02/13 02:34:24
ドメインshinwa.comがあと26時間後に誰でも登録可能になります。
しかし手動では取れませんpool.comまたはsnapnames.comなどに頼むしかない!
申し込み者が複数の場合オークション制なのでがんばって。

249 ::05/02/13 19:37:25
迷子

250 :天之御名無主:05/02/14 06:42:25
shinwa.com
enom.comで6万でした。。。
pool.com snapも役立たず。

251 ::05/02/19 18:52:00
宣伝ウザ〜〜〜!!

252 :天之御名無主:05/02/20 22:14:06
>242
神那美がいるよ。

253 :242:05/02/20 22:19:07
>>252
サンクスコ。詳細ヨロ。

254 :天之御名無主:05/02/24 01:20:19
>>252
 違うだろ。神漏美もしくは神魯美だろ?

255 :天之御名無主:05/02/24 03:36:12
>>247
アテ字でもなかろう。
そもそも中国語用に作られた漢字を日本語読みにする訓読というのがあるではないか。
文字が伝わる以前の字で当てはまる文字を入れたとしても不思議は無い

だいたい大国主には別名が数多くある。
そこからもともと一人の神ではなく、それぞれの氏族が奉じていた神様を大国主という一人の神にまとめた総合神との説が有力だ。
多神教では複数の神が何時の間にか一人の神として同一視されることなどよくあることだし

256 :天之御名無主:05/03/07 14:27:57
 各氏神様を統一化し、同一の神話にその神様をはめ込むことで出雲は
氏族連合国家を作っていたんでしょう。勢力が、北陸、関東、九州
まで及ぶようになると宗教以外の結びつきも必要とした。それが当
時は高価で、農業の生産性、軍隊の無敵性を付与する鉄が出雲で
出来るようになった。その交易も日本に広域に広がった出雲連合国
の結ぶつきを強化したのでしょう。
 このような国家勢力の拡大は戦いのエネルギーを必要としないの
で急激に広がったのではないかと思う。しかし、強力なピラミッド
組織の軍団をもつ南中九州-大和の勢力により駆逐されていった。
これが出雲が国家権力の中心に座れず、宗教にのみ強い影響力を
残した理由では?

257 :天之御名無主:05/03/12 04:05:32
古代出雲を実体的に語る言説が
すべてうさんくさく思えるのはなぜだろう。

258 :大歳命:05/03/13 14:50:44
>257
それは君が真実の古代史を考えてないからじゃない?
今までの常識、知識では考えにくい発見が多いよ。
古代山陰地方から出ている遺跡は、古代史学では無視できない存在だよ。
でも今まで古代出雲を軽視してきた有力学者らが真剣に解明しようとしない
のも事実。古代出雲を完全に解明しちゃうと困る人が多いからかもしれん。
 うさんくさいと思うのもわかるよ、文献とか人の意見だけだと個人の思いこみ
がでちゃうからね。一度、時間とお金に余裕あれば山陰に一ヶ月位滞在して歴史
探訪してみたら?ただの田舎には見えない何か発見があるよ、多分(笑)。
 思うに古代史語るのに出雲は避けて通れない。(古代出雲が小さい存在としてもね)
 まぁロマンがあっていいじゃない?古代出雲。

259 :天之御名無主:05/03/14 00:10:58
>>257
神話・伝承と切っても切れないからだろうか

260 :天之御名無主:05/03/14 02:27:10
島根県立博物館で働いてたんだが、心の御柱の模型はすごいな
あんな柱使う建造物が古代に実在したってだけでやはり有力ななにかがあったというのは勘案に想像できる
でかいからって理由で何度も倒壊、しかも倒壊してるのにこりずに立て直すとか意味不明
銅剣のこともあるし、当時はいいところだったんだろうね

あと当時の刀剣を見学できたのはいい思い出だった
時価1億以上!
古代の刀剣がそのままさびずに残ってるとかロマンありすぎ

261 :天之御名無主:05/03/15 01:18:22
>>260
でも、切っても切れない

262 :天之御名無主:2005/04/03(日) 11:44:28
>>260
 さびない刀剣って安来地方で出土したんでしょ?
普通、古代の刀剣って正倉院とかで保管されたもの
しかなく、地中でさびてボロボロになるはずだが、
何か特殊な状態で埋もれていたのかな。

263 :天之御名無主:2005/04/04(月) 06:56:20
一応聞いてた
普通は直接地面において埋めてしまうらしいんだが
その刀剣だけ、土器の上においてあって、土に直接触れる部分が極端に少なかったらしい
鞘もほぼ完璧な形で残ってた
ちなみに鞘は木でできた鞘に金属の板(装飾もかねて)を巻いたもの
木もほとんど腐ってなかった。
修復(といっても土を落として磨いた程度だがw)した状態だと輝いてたからスゲーよ…

同時に出土した刀剣はほとんど通常通りさびてたらしいから、奇跡と言ってもいいらしい


264 :天之御名無主:2005/04/04(月) 15:12:43
>遺跡を掘ると都合が悪い
何か大きな勘違いというか非常識を感じる
こんなこと言っているの日本だけだろ

265 :天之御名無主:2005/04/06(水) 03:29:27
出雲は古代の日本

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/04/11(月) 23:37:37
まあ、ポイントは
京都の出雲路や吉野の出雲郷
と山陰の出雲がどっちが古い地名かだなー。



267 :変光星:2005/04/12(火) 08:35:50
布留式土器、銅鐸破壊等を見ると島根・京都・奈良の順みたいだが。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/04/18(月) 11:15:54
正解だな。
出雲では銅鐸は1世紀に4隅突出古墳に変わる。
畿内ではAD300年に滅び地名を残す。

そして律令時代には出雲には餘戸里が4つも出来、
畿内には陵戸・土師部=のちの被差別部落ができる。
出雲路には阿国歌舞伎がおこり
出雲郷には沢山の垣内と天河神社が残る。

269 :天之御名無主:2005/05/11(水) 20:10:50
 出雲郷って「あだかえ」という呼び名が安来市の
隣、東出雲町にある。吉野のはなんて読むのかな。

270 :天之御名無主:2005/05/15(日) 03:35:50
国津神系と天津神系って今でも、派閥みたいなのあるんですか?
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/daitoasensootou_taisyotennoco_rireki.htm


271 :カラス:2005/05/15(日) 18:22:04
>>263
古代の人達が考え、その刀をそのままに保ちたかった
周りから敬われていた人の大切な持ち物なんだろうな

272 :天之御名無主:2005/05/16(月) 22:22:18
出雲(出雲民族)に対し出石(出石民族)とは出雲については良く聞くが‥
出石は余り聞きません?
出石民族とは…どのような民族ですか?

273 :天之御名無主:2005/05/22(日) 22:02:55
わに

274 :天之御名無主:2005/06/21(火) 00:10:24
さめ

275 :天之御名無主:2005/07/10(日) 15:29:45
 北朝鮮の工作船

276 :天之御名無主:2005/07/14(木) 00:12:34
出雲大社から真東に行くと、大山・大神山神社に到達します。
これは、国引きの神話になぞらえたものだと思います。
出雲大社って妙な場所にあると思いませんか?
あの場所にある意味が分りません。
それに比べたら、日御崎神社の立地条件は完璧です。
ついでに、
大神山神社から真南にいくと笠岡市・大仙院に到達します。

277 :天之御名無主:2005/07/14(木) 00:48:00
天孫民族だから出雲はツングースだよ、目のつり上がった。

278 :天之御名無主:2005/07/17(日) 18:00:03
すでにご存知と思われますが『本物の隠し皇族』の回収が始まっています。
血液検査により『偽者』との判別が、医学的・生物学的に決着したからだそうです。
「ゲノム解析」「遺伝子検査」等で全て証明されたとのこと。
宮内庁・内閣府・自由民主党々本部・厚生労働省・警察庁・文部科学省が共同による
極秘裏の20年がかりの調査で遂に発見され、本人達に通知がだされたそうです。
自分はいったい・・・・?

279 :天之御名無主:2005/07/17(日) 18:28:20
http://www5.tok2.com/home2/okunouso/timei.gif

http://www5.tok2.com/home2/okunouso/0210.htm

280 :天之御名無主:2005/07/18(月) 02:35:41
>>279
そのHP一部信憑性があるのもあるが殆ど駄目。


281 :天之御名無主:2005/07/18(月) 20:17:46
全国大学生考古学キャンプ「古代出雲学講座」
http://www.kio.gr.jp/event/daigaku.htm

282 :天之御名無主:2005/07/29(金) 16:02:26
■ハングル板基本用語解説■其の14

(理由2) <<白丁(ペクチョン)>> 日韓併合されるまで朝鮮に存在していた被差別階級。在日=白丁とされる韓国では
現在でも在日は差別される。実際は全ての在日が白丁な訳ではないがその多くは朝鮮社会での被差別階級だった。朝鮮の身
分階級は大別して「良人(両班、中人等)」「賤人=奴隷」とあり、「賤人」のうち個人所有=民婢、公有=官婢と称した。
国家的奴隷制、贈り物・相続・売買され、殺生しても罪に問われなかった(←部落との違い)「白丁」は、これの更に下層
に奴隷以下の被差別民として位置づけられた。李朝時代に身分として固定され、柳細工の製造販売や屠畜などに従事、衣服
も指定され、居住地も制限され、目印として平壌笠と呼ばれる笠をかぶらねばならなかった。(コピペ)
(理由3) <<済州島出身者>> 白丁よりも済州島が多い。ソウル>地方>全羅道>白丁>済州島 済州島に対する差別
は酷く、完全な野蛮人扱い。済州島出身者との結婚となると、在日の間でさえ「血が汚れる」と一族が猛反対。
1948年、南朝鮮の単独選挙に反対する南朝鮮労働党が組織した済州島四・三蜂起が発生し、朝鮮戦争後の1950年代
半ばまで、弾圧とテロ、山岳ゲリラ活動が続き、のべ8万人の島民が殺されたとされている。今日でも、済州島は反中央の
気風と結びつけて語られることが多く、半島には済州島出身者への差別意識が残っていると論じられることも多い。
済州島は、民族的に陸(半島)と著しく異なり、倭人に近い。昔は独立国だったが、いつの頃か朝鮮に侵略されて現在に至
る。ただ、完全な支配となると意外と新しく、三別抄の乱後、元寇以後になるんじゃないかな。日本では、神功皇后が済州
島を征伐し、その時百済に与えたと伝えられてる。 (コピペ)

――戦後の補償と謝罪―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦後の補償と謝罪に関するデータ http://tenpura_c.tripod.co.jp/


360 :日本@名無史さん :2005/07/29(金) 15:41:29
早い話満州人が倭人(縄文)をB扱いして差別・排除してきただけだね。
半島も日本も構造は同じじゃん。

283 :変光星:2005/08/05(金) 15:56:59
両国とも稲作モノカルチャだけに極論すれば差別的な話になる。要するに農業ばかりで
水産はかろうじて残し牧畜は稲作文化と共に排除されたんだな。

284 :天之御名無主:2005/08/05(金) 16:29:04
オルドスみたいなのは残したね韓国

285 :天之御名無主:2005/08/14(日) 08:06:49
>262,263
 古代の刀剣を語るには「大刀」というキーワードで
検索するといいよ。たち=太刀は普通古い時代の長尺の
日本刀をいうが、大刀=たちと読む。ただし、意味は
違い先の古い日本刀が平安以降を指すが、それ以前の
長い刀を指す。

286 :天之御名無主:2005/08/14(日) 09:01:33
山陰にいらっしゃ〜い(^O^)

287 :天之御名無主:2005/08/15(月) 00:13:14
>238
 出雲弁は正式には雲伯方言といって
出雲、米子、安来弁を一グループとして
扱うんだよ。

288 :天之御名無主:2005/08/15(月) 00:51:10
でも米子と出雲の言葉は全然違うけど…

289 :天之御名主:2005/08/15(月) 02:15:24
出雲だけ関東弁に近い
神業(゜∀゜)


290 :天之御名無主:2005/08/15(月) 02:34:32
名古屋弁だと思われ

291 :天之御名主:2005/08/15(月) 02:53:04
関東弁です!


        砂の器参照

292 :天之御名無主:2005/08/15(月) 03:09:28
ニャーニャー言ってるし

293 :天之御名無主:2005/08/15(月) 10:13:51
>>291
砂の器なら、東北弁じゃない?

294 :天之御名無主:2005/08/15(月) 21:17:41
>>288
河内弁、摂津弁、和泉弁、京都弁、近江弁・・・の違い分かる?
違うらしいけど、よその人間からとってみれば全て「関西弁」

出雲と米子も似たようなもんだよ

295 :天之御名無主:2005/08/15(月) 22:11:21
よその人が聞きゃそげかもしれんな。けど出雲の人の言葉は、米子のオラやちが聞いても、何言っちょーか分かぁへんでぇ!

296 :天之御名無主:2005/08/15(月) 22:52:33
出雲弁は名古屋風の言葉を東北風の訛りで発音する

297 :天之御名無主:2005/08/15(月) 23:07:43
東京イントネーションとは乃ち朝鮮人であるう!

298 :天之御名無主:2005/08/16(火) 00:51:19
>>294
ちっちっちっ、そいつあ違うな・・・
えー、日本の方言は京都を中心に水の波紋のように広がっていくそうです。
九州の方も標準語と明らかなイントネーションの違いがあり、ハッキリ言えば
東北弁を聞くぐらいの忍耐と努力が必要となります。
出雲も場合、かつて大きな都が存在した時代の方言がそのまま現在まで残るこ
とは学術的にも証明されていて、それが戦国の尼子氏のものだと考えられます。
さらに、東北地方に隣接する関東地方、出雲地方に隣接する伯耆地方のイント
ネーションはほぼ同じであります。これも学術的に証明されていることです。
NHKのメガネをかけてニュースを読んでるアナウンサーも伯耆の人ですが、
標準語のようでビミョーに違います。濁音の使い方が山陰っぽいですね。

299 :天之御名無主:2005/08/16(火) 00:55:50
関東は基本的に東京イントネーションで出雲系だろ
九州では豊国がそうだ、九州は他に様々なイントネーションがあり
バラバラだが、関西四国は基本的に同じ近畿イントネーションとなる。
中国地方は三つに分かれる畿内型、広島型、山口型(東京イントネーション)


300 :天之御名無主:2005/08/16(火) 00:57:03
広島イントネーションはちょっと独特である。

301 :天之御名無主:2005/08/19(金) 22:54:00
>>218
松江の起源は、南北朝時代に”六分一の衆”と呼ばれた山名時氏が守護国伯耆から
出雲の国を侵略して築いた要害だろう。
当時、出雲の守護は近江の塩次氏なのだが、実質的支配は山名氏のものだった。
そのため塩次氏の棟梁はついには自決してしまう。
”仮名手本忠臣蔵”という舞台は、両氏の抜き差しならぬ関係を”忠臣蔵”のキャ
ラに置き換え、さらに山名氏と塩次氏の妻の”不倫”という分りやすい因縁を織り
交ぜたストーリーである。

302 :天之御名無主:2005/08/20(土) 12:28:53
塩治じゃないの?

303 :天之御名無主:2005/08/20(土) 13:06:19
この地域にも土雲が居たらしいですよ。
イズモって新羅の渡来人の発音でしょう?


304 :天之御名無主:2005/08/20(土) 16:35:58
古代出雲イスラエル王国の謎―神社に隠された日本人のルーツ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4054026745/


コレ、読んだ人いますか?
説得力がある、と私は感じました。

305 :天之御名無主:2005/08/20(土) 16:45:25
仏教の中のユダヤ文化―聖書から見た釈迦の教えと聖徳太子伝説
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/405402744X/


この本も説得力あります。

306 :天之御名無主:2005/08/20(土) 16:59:12
>>301-302
塩冶判官だよね。

307 :天之御名無主:2005/08/22(月) 23:43:27
オカ板で、島根の「ことりばこ」なる呪具が話題になってるんだけど

http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1124206886/912

308 :天之御名無主:2005/08/24(水) 22:34:32
>>302
>>306
サンキュー、そうだ”塩冶”だ!
その後の山名氏は、天皇の策略の結果、但馬山名・伯耆山名に分裂してしまう
のですが、嘉吉の乱で勢力を取り戻す。
伯耆山名氏はこのとき、伯耆・出雲・美作・備前・備中・備後のそれぞれ、
尾高城・松江城・津山城・福岡城・竜王山城・神辺城を配下に治めていました。
戦国時代に入り、山名氏の勢力が大きく衰えたスキを狙って伯耆山名氏の領土
を出雲尼子氏が侵略します。が、尼子氏の支配は長く続かなく安芸毛利氏が正
統な統治者と認められることになります。
ところが羽柴秀吉の備前・因幡への侵略により”備中高松城の戦い”で雌雄を
決することになるのです。

309 :天之御名無主:2005/08/25(木) 12:53:06
塩冶って名字の人、今もいるぞ

310 :天之御名無主:2005/08/26(金) 23:46:02
安芸毛利氏って安来市の母里の出だとか。

311 :天之御名無主:2005/08/27(土) 00:43:27
マジレスすると、出雲国は馬韓の国、そこから全国を
統一したのが倭王、皇室のルーツ
本来は、馬韓の倭国征服だったが、結局倭国メインで、馬韓も保有している
という形の王になってしまった。イギリスのノルマン朝と同じパターン。

10月に出雲に神が集まるというのは、当時の出雲政権の
各地に派遣されてる役人が出雲に帰ってくるのが10月だったから。
その名残り。

後に大和地域へと遷都したため、古都を封印する意味で、出雲大社が建てられた。

これが古代史の真相。

312 :天之御名無主:2005/08/28(日) 00:38:02
創作乙

313 :天之御名無主:2005/08/28(日) 02:51:17
マジレスするのも馬鹿らしいが出雲って征服された側ジャマイカ

314 :天之御名無主:2005/09/02(金) 16:27:17
出雲大社北島国造家第79代出雲国造の北島英孝さん死去
http://www.asahi.com/obituaries/update/0902/003.html
2005年09月02日15時24分
 北島 英孝さん(きたじま・ふさのり=出雲大社北島国造家第79代出雲国造)が1日、
 内臓疾患で死去、80歳。通夜・葬儀は近親者で営む。告別式は9日午後1時から島根
 県出雲市大社町杵築東194の出雲教祖霊社で。喪主は孫大孝(ひろのり)さん。自宅
 は同市大社町杵築東194。
 出雲国造(こくそう)は、出雲大社の祭祀(さいし)をつかさどり、南北朝時代に千家、北島
 の2家に分かれたとされる。現在、北島家は大社に隣接する北島国造館で神事を営んで
 いる。
 00年11月に亡くなった英孝さんの妻洋子さんは、天皇陛下のいとこ。

315 :天之御名無主:2005/09/09(金) 22:38:07
やっぱ宮内庁は出雲のことは知っていて
なにか隠してそうだな

316 :天之御名無主:2005/09/10(土) 00:31:48
北島って北朝?チョン?

317 :天之御名無主:2005/09/10(土) 01:56:44
「神無月」て八百万神が出雲に行くんですよね?
さらに、私の先生は「出雲は神々がいるから、神在り月と言う」
と言ってましたが、これって本当ですか?

318 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 22:26:41
>>315
何か知ってるなら公表してホスイ。
B問題も早く決着するかも。
構造改革も容易になるかもよw

319 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 09:35:38
そうだよ、島根だけは神在月だよ!島根じゃ常識!

320 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 18:04:33
そうなんだ〜!!なんか、楽しい☆
こういうの、もっと他に無いかな・・・

321 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 18:56:45
やっぱ。教科書もそこら辺は微妙なんだろうね。現皇室問題に関わるからw

322 :天之御名無主:2005/09/12(月) 00:17:38
日本の歴史がやばいことになるだろうな

323 :天之御名無主:2005/09/12(月) 04:16:08
出雲在住某馬鹿高生(出雲人なら誰でも分かる言わずと知れた馬鹿高)
なんだか、確か出雲は昔日本の中心だったとか言われた記憶がある。
あと、友達のことなんだが出雲か出雲の界隈に日本中の神を束ねる?(そいつは司令塔みたいなもんって言ってた)神さまを奉った神社があるらしい。
ソイツはそこの神主さんの息子だってさ。
本当かどうか知らんけど……

324 :天之御名無主:2005/09/12(月) 08:03:01
それこそ出雲大社じゃね?確かに昔は出雲が中心だった時期もあったみたいだな。

325 :天之御名無主:2005/09/12(月) 10:50:35
いや、違う。
出雲大社は七福神の誰かだった筈。俺はそうきいた。

326 :天之御名無主:2005/09/12(月) 13:42:00
ごめんしらんけど馬鹿幸なんだね。w
>出雲大社は七福神の誰かだった筈
それは大黒神で大国之主の(江戸期頃?の語呂合わせの別名)ことじゃない?
日本中の神を束ねるって名前どうり大国の主なんじゃね?
考古学的にも荒神谷遺跡が発掘されたし(日本で最大規模)

327 :天之御名無主:2005/09/18(日) 19:27:08
大国主の大黒さんが出たところで恵比寿さんの事代主がどうなったか誰か知らない?武御名方は有名なのに...

328 :天之御名無主:2005/09/18(日) 20:46:13
>>316
北島さんは南朝。北朝がチョンってなんで?

329 :嫌韓流:2005/09/18(日) 22:42:30
最近「出雲学」は韓国人に冒されているんじゃない?なんで最近出版された、出雲
紀行の本は島根半島を中心に書かれているんじゃ?出雲伝統の産鉄と鉄の神の、記
紀とのつながりを無視した傾向は残念だ。

330 :天之御名無主:2005/09/18(日) 22:50:53
産鉄こそ、渡来系がもたらした新技術じゃ...(^^)。

331 :天之御名無主:2005/09/19(月) 10:25:40
金屋子神とかのことかな?

332 :天之御名無主:2005/09/26(月) 19:50:50
>>331
金屋子神のこと、もっと教えて!

333 :天之御名無主:2005/09/27(火) 19:03:49
掻い摘んで言うと、鉄の神様で、播磨から白鷺に乗って今の安来市広瀬町にやって来たんだよ。広瀬町には金屋子神社もあるからリサーチしてみては?鷺の湯温泉もありマス

334 :天之御名無主:2005/09/27(火) 23:14:25
播磨って何でかなぁ?製鉄技術があったんかなぁ?
ん?
三木とかあの辺って、刃物が盛んだっけ?

335 :天之御名無主:2005/09/27(火) 23:40:19
伝説によると、確か播磨の山中で細々と鍛冶に勤しんでおられたが、ある日「私の安住の地は、もっと西にある!」と思い立って白鷺に乗って出掛けられたそうだ。で、舞い降りた所が広瀬町だったんだって

336 :天之御名無主:2005/09/28(水) 16:37:22
この地方(出雲・伯耆)の古代からの製鉄神は「ささふく神」ささふくの「ささ」は砂鉄のささ、ささふくの「ふく」は鞴を吹くのふく、鳥取県日南町宮内の「樂樂福神社・ささふくじんじゃ」が総本社(近隣にも数社同名の神社が鎮座する)
主神は孝霊天皇(和名おおやまとねこひこふとにのみこと)で印賀鋼生産の守護神であったと考えられる。現在は製鉄神としての性格は薄まり願望成就・安産・交通安全・商売繁盛の神となっている。

337 :まじめな質問:2005/09/29(木) 06:03:17
六所明神、現大国魂神社の主祭神が
「大国主」と言うのがどうしても納得できないのですが。

「大国魂」とは武蔵の土着神、地神だとおもう。
その正体をどなたかご存知ないか?

338 :天之御名無主:2005/10/02(日) 21:32:35
そういや、スサノオとイザナミとイザナギは韓国人だ!
ってチョンの学者が言って無かったっけ?

339 :天之御名無主:2005/10/04(火) 21:29:58
そんなの相手にするなって。
相手にしてるの、日本人だけだ。
もっとまともな奴らだけとつきあうべし。

340 :天之御名無主:2005/10/08(土) 23:15:31
 門脇禎二氏の「古代出雲」(講談社学術文庫2002)はなかなか、興味深いもので
あった。加茂岩倉遺跡の銅鐸、神庭荒神谷遺跡の青銅器群と出雲王国を単純に関
連付けようとする説が多く流布されているが、王国が出来る程度の生産性の高い
集団が組織化され古墳が生み出されるためには、青銅器ではなく鉄器の農具が必
要だからだ。そうすると昔から鉄の産地である出雲東部に目が行く。製鉄で有名
な安来には荒島古墳群がありここの王が出雲国造へ連なるという考えがすっきり
する。
 なんとなく気になって、この安来の歴史に関して調べてみると、(1)出雲国造
の祖、天穂日命をまつる能義神社がある。(2)古事記に記されている伊邪那美神
の神陵がある。(3)出雲風土記を調べると、ここには「語臣猪麻呂」という男の
娘が、和爾(サメ)に食われ男が復讐したことを他の地域よりも長々しく書いて
いること。語臣とは語り部のことで、王権の正統性を伝える官職と考えること
が出来る。この地域の母理というところの地名紹介では、古志の八俣遠呂知の
ことを「越の八口」としたヤマタノオロチ退治伝説が記載されているなどが
新たに理解された。


341 :天之御名無主:2005/10/08(土) 23:32:20
出雲駅前のパルコってなくなったって聞いたんだけど本当?

342 :天之御名無主:2005/10/15(土) 22:27:52
「ビタミンの里よしの」

品種・品名 きねつき餅
参考価格 700円/550g10ヶ入

自然をたっぷり残した静かな山里。
清らかな水が生み出した美味しいお米からつきあげる、
昔ながらの杵と臼でのこだわりのまろやかなお餅が出来上がります。
標高350メートルの冷淳な気候で育んだもち米を原材料に湧き出づる清水で研ぎ、
昔ながらの臼と杵でつきあげたお餅。
粘りとコシの強さが定評でふるさとの香りが味わっていただけるものと確信しています。

住所 〒693-0505 島根県出雲市佐田町吉野475
URL http://www.chusankan.jp/Brand/00000174/

343 :天之御名無主:2005/10/24(月) 00:25:55
>>337
なんとこの神様もかの『ニギハヤヒ』らしいっすよ!

by原田常治 古代日本正史

344 :天之御名無主:2005/10/24(月) 01:05:41
イザナギとスサノオは全くの別民族だと思うがな、
記紀からそう読み取れる。
ニギヤハヒというのは本来は博多周辺から全国にいた
ハヤトの長を指しているんだろう。


345 :天之御名無主:2005/10/24(月) 10:24:53
越の蝦夷と朝鮮半島の双方との関係の中で発展した古代国家、それが出雲。
それは越の八口退治や、国引き神話に端的に現れている。
その意味ではヤマト国家と同じ課題と言えば同じ。
違いは朝鮮半島での提携・婚姻相手先と、対蝦夷政策。
出雲は蝦夷自体に近く、文化・技術移入が多いと考えられる。
ヤマトはずばり渡来系集団・王族による直接入植。
列島先住民+半島系技術(非百済) VS 百済系渡来民?

以上覚え書き


346 :天之御名無主:2005/10/24(月) 13:00:40
渡来と直結しているのはどうみても古代国家出雲だと思う。
出雲は紀元前2、300年前に満州人の墓をもった渡来人が
来ているのは確かだからな、彼らが本州を中心とした
初の統一国家に深く関与したことは確か。
鉄は実用品なので物のみの輸入が考えられるが墓、宗教は
物と人がセットで移動しやすい。
事実、土井が浜の方言は東日本のズーズー弁にそっくり
山古志村の地元の人の方言と山口県豊浦郡土井が浜地域の
方言とそっくり、、、驚くぞ。

347 :変光星:2005/10/24(月) 14:55:46
ツングースがエベンキ語で「山越民族」という意味らしい。

348 :天之御名無主:2005/10/30(日) 01:08:44
 おれは古志=吉備だと思う。
とにかく、出雲の考古学的集中調査が今の
日本人には重要だとおもう。

349 :天之御名無主:2005/10/30(日) 22:08:06
>>330
それは、既成の事実と考えていい。
産鉄は大陸から半島を通じ、産鉄に必要となる森林を求めて技術者と共に
古代日本にもたらされたもの。中国・朝鮮では森林を育成するのに不十分
な気候帯であったが、中国山地は鉱物資源の宝庫である上に森林を育成し
続ける事ができる軌跡のような地域。”火の神”を祭る信仰が生まれた事
にも決して無縁ではなかろう。
結局、この産鉄は外国との交易が不遇であった第2次世界大戦まで日本の
経済を支え続けた。

事実と信仰がごっちゃになってないか?
信仰ってのが真実のみを伝えるものではないとは思うが、その文化が育ま
れた事実まで否定するのは狭量すぎないか?

350 :天之御名無主:2005/10/31(月) 22:24:34
モロ日本海に隣接する出雲と、内陸の大和盆地に成立した大和朝廷。そりゃ、渡来系に近いのは出雲でしょ。でも多分加羅だとおもうけどね。



351 :天之御名無主:2005/11/03(木) 21:28:21
>>349
 ここの地域の人は伊勢神道=国家神道系に不当に弾圧された歴史を
もっているから大目にみてやってよ。

352 :天之御名無主:2005/11/12(土) 00:17:20
神道とか出雲の神とか言ってるが、中国地方の信仰は仏教の影響力が未だに強く残ってる。
むしろ、出雲のように神社が特別に信仰されるのが不思議なぐらい。
元々、神仏分離が必要がないぐら神社と寺は別々に建てられたものがほとんどで、神社:1
に対して寺:2の割合。
神仏習合は、よほど歴史があるものは別格として、大体は江戸時代に成立した行政区に対し
役所(書記)の役割を設置した神社兼寺が明治になって分離したものがほとんどである。
神社は歴史的バックボーンを排除したところに、その信仰のよさが存在すると思う。
出雲には古いものが残っているとよく言うが、それは当たり前で人類有史以来一度も戦の被
害を受けていない地域だからです。だから古い書物もそのまま残っていたりする。
隣の鳥取は平安・室町・戦国・第二次世界大戦を通じて必ず戦場になっていて、寺以外に歴
史を残す資料が皆無となっている。
出雲文化ってのは”戦”の歴史がないのが、長所であり短所なんだと思う。

353 :天之御名無主:2005/11/12(土) 06:12:04
出雲でも戦・反乱が皆無というわけでもないけどね。

354 :天之御名無主:2005/11/29(火) 01:26:19
千家と北島家が別れる時ってなんか戦争って起こったんでしょうか?

355 :天之御名無主:2006/01/04(水) 09:13:26
>>220
>出雲国造の本拠も意宇郡にあったわけだし...
出雲国造家は、出雲大社(神門郡)神官家ではないのですか?
出雲一宮の熊野大社の方が、出雲国造ってことですか?

356 :天之御名無主:2006/01/04(水) 10:07:37
>>340
>「語臣猪麻呂」という男の娘が、和爾(サメ)に食われ男が復讐した....
674年7月に安来郷の毘売埼という海辺を逍遥中、和爾に出会い喰われた
話だね。娘を喰い殺したという和爾って、何の比喩なんだろうか?

357 :天之御名無主:2006/01/04(水) 11:12:40
>>355
出雲大社と熊野大社の関係。
”出雲大社の祭祀は熊野大社の「神聖の火《熊野大神の霊》」、燧臼
燧杵の神器を拝載する事によってはじまるとされ....”
熊野大社縁起 http://www.shinbutsu.jp/?ID=33

358 :天之御名無主:2006/01/04(水) 22:18:26
>>355
出雲国造は元々、意宇郡の大庭にありました(神魂神社の近く)
平安初期頃杵築に移転しました

359 :天之御名無主:2006/01/04(水) 23:20:22
出雲国造概略
http://www.remus.dti.ne.jp/~n-makoto/izushinto/kokugairyaku.html

360 :天之御名無主:2006/01/04(水) 23:38:41
>>356
百の和爾→餅
一匹の和爾→鏡餅
娘→橙

361 :天之御名無主:2006/01/05(木) 09:55:35
>>358
なるほど意宇郡大庭に出雲国造が在ったので、出雲国府も意宇郡大草郷におかれた
わけか。すると何故に出雲国造は、平安初期頃に杵築に移ったのかな。>>359紹介
ページには出雲大社の方がより重要になったからとあるが、おのが先祖の天穂日命が
草創由緒の神魂神社の方が大事だろ。

362 :天之御名無主:2006/01/05(木) 10:38:29
>>358
>出雲国造は..平安初期頃杵築に移転...
出雲大社の公式サイトでは、天照大神が天穂日命を出雲大社神官に任命したと書かれ
ているな。記紀では、天照大神は天穂日命に出雲奪取を命じたのだが、出向いた天穂
日命は現地の女を娶って、大国神の配下に取り込まれたんじゃなかったか。
”天照大御神は..大国主大神のために天日隅宮をおつくりになり、第二子である
天穂日命を大国主大神に仕えさせられました。
この天日隅宮が今の出雲大社であり、天穂日命の子孫は代々「出雲國造」と称し、
出雲大社宮司の職に就いています....”
国譲り - いづもおおやしろ事始め -
http://www.izumooyashiro.or.jp/kamigami/izumo/yuzuri.html

363 :天之御名無主:2006/01/06(金) 00:56:48
>>361
思うに、

出雲国造の祖先は元々意宇郡で熊野大神の祭祀を行っていた
また、それと同時期に杵築で出雲大神(大国主)を祀っていた勢力もいた
その後大和が出雲征伐にやってきた際、意宇勢力は大和に従い、杵築を滅ぼした
しかし出雲大神の祟りを恐れた大和は、意宇勢力に杵築の地での出雲大神の祭祀を命じた
そのため意宇勢力は意宇に本拠を置いたまま、熊野と出雲の両方の祭祀を行った
(いわば出雲の祭祀は公的な仕事で、熊野の祭祀は私的なもの)
(記紀神話に登場しない熊野大神が、出雲国造編纂の出雲風土記では出雲大神と並立して登場するのはそのため)
そのうち朝廷が出雲大神の祭祀に力を入れるようになり、それに従い出雲国造も本拠を意宇から杵築に移転した

というところでどうでしょう

364 :天之御名無主:2006/01/06(金) 01:10:55
杵築ってどこにあるの?

365 :天之御名無主:2006/01/06(金) 01:25:55
大分

366 :天之御名無主:2006/01/06(金) 08:18:15
杵築大社=出雲大社でしょ

367 :天之御名無主:2006/01/06(金) 22:34:39
>>365
豊後速見郡木付(大分県杵築市)だね。往古に豊国在住民が出雲へ北上入植
したって説もあったかな。

368 :天之御名無主:2006/01/06(金) 23:53:26
出雲国出雲郡杵築郷

杵築郷
郡家の西北二十八里六十歩なり。
八束水臣津野命の国引き給ひし後。所造天下大神の宮奉へまつらむとして、諸の皇神等宮處に参り集ひて、杵築きたまひき。
故、寸付と云ふ。神亀三年に、字を杵築とあらたむ。
http://www3.synapse.ne.jp/kintaro/fudoki0/c406fse.htm

369 :天之御名無主:2006/01/07(土) 00:06:49
>>367
出雲には、大原郡木次町(雲南市)もあるな。そういや杵築市には、
鴨川という地名があるな。出雲には、大原郡加茂町(雲南市)。
カモという郡名地名は、広島、岡山、兵庫、奈良、京都、岐阜、愛知、
静岡と山陽道、東海道に沿ってのびており、九州にはないと思い込ん
でいたが、鴨族は、豊後、出雲、因幡(八頭郡賀茂)と日本海沿い
でも進展していったのか。

370 :天之御名無主:2006/01/07(土) 00:16:29
 安来の賀茂神社はなぜ荒れたのか?
なぜ、伊邪那美神の神陵地にある久米神社は
熊野神社となっているのか?

371 :天之御名無主:2006/01/07(土) 00:26:53
>>369
加茂といえば出雲の加茂、葛城の加茂、そして山城の賀茂である。
いずれも出雲系とされる神を祀る土地である...
四道将軍の謎 ttp://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/sujinchou1.htm

372 :天之御名無主:2006/01/07(土) 00:47:34
豊後人が北上はありえんだろ。
出雲人が豊後に入植したと考える方が自然だ。

373 :天之御名無主:2006/01/07(土) 11:54:03
葛城の加茂大神ことアジスキタカヒコネは大国主の子として出雲風土記にも登場
同じく子神の事代主も葛城の鴨都波神社に祀られる

出雲人が葛城に移住して加茂氏になったてこと?

374 :天之御名無主:2006/01/08(日) 01:59:23
 倭は高句麗新羅に乗っ取られたのか??? 

魏志倭人伝訳文(ホームページ製作者訳)
http://inoues.net/wajindenx.html
三国志魏書 東夷伝
http://www.geocities.jp/thirdcenturyjapan/gisi-toi.html
出雲の四隅墓、九州の丸墓
東国武士の袴、白装束、ちょんまげ←高句麗、扶余、鮮卑の習俗

源氏の白旗、平氏の赤旗、天孫伝説、朝鮮壇君(天君)伝説
角餅、丸餅、日の丸等々
倭が高句麗・新羅に乗っ取られたかどうかを徹底検証します。

375 :天之御名無主:2006/01/08(日) 06:51:56
扶余と新羅は関係ないだろ

376 :天之御名無主:2006/01/12(木) 23:42:00
>>374
 正月だから丸餅と角餅の東西差も入れてよ。
古墳との関連性があればなおよい。

377 :天之御名無主:2006/01/13(金) 01:45:19
属国に乗っ取られるってアホですか

378 :天之御名無主:2006/01/22(日) 23:29:50
出雲大社は昔は32丈(およそ96メートル)の高さだったらしいな

379 :天之御名無主:2006/01/23(月) 08:10:28
平氏(赤旗=先住民の色)はどこに拠点があった?
源氏(白旗=朝鮮人の色)はどこに拠点があった?
南朝はどこに拠点があった?北朝はどこに拠点があった?
水神と共に祀られる平氏、水神といえば西日本だよね。
平氏も貴族だから朝鮮の血は濃いよ、しかし先住民の
反乱だったんだ。あれは単なる権力闘争じゃないんだよ。
南朝しかりだ。よーく考えよう。
記紀、倭人伝、東夷伝、風土記をよーく読もう。
先住民はいま朝鮮人(源氏=東日本人)により根絶やしに
されようとしているのである。

380 :天之御名無主:2006/01/26(木) 04:51:54
>>379
 どっちかというと平氏が渡来系では?
実は東国源氏は、遡ると出雲につながり、それは王制を
初めて作った縄文系(もしくは縄文的弥生人)の人たちだ
ろうと思うが。どこにも、日本人が日本人同士で根絶や
しにするような、脅迫的事実は認められない。
 出雲で新たな考古学的発見があると、頭を抱える考古
学者の群れがいるってなんかの本で読んだが、そのアレ
ルギー的な発言は当人なのではと思ってしまう。

381 :天之御名無主:2006/01/26(木) 06:20:04
出雲は高麗渡来人
(白鳥、源氏、北朝、ニニギ、新羅日鉾、鈴(銅鐸、五十鈴)、
木(五十猛)、金、紺野、天、日、天孫)
のメッカだったからね。

九州倭人、赤旗、水神とかを今でも最大の敵、朝鮮人とみなし
ひたすら情報工作してるのも自分たちが渡来系だと認めたくない証。
実は源氏北朝東北こそ朝鮮の本場で侵略者
だったとは断固認めたくないので

必死で九州人を朝鮮認定しようとして九州=朝鮮認定を必死で
しようとしているのが実情。

382 :天之御名無主:2006/01/26(木) 06:26:59
出雲は朝鮮の本場であるのは仕方がない。
その末裔は東京人北朝、白鳥だよ。
倭は滅び、日(天)を崇拝する天孫族(出雲人の後裔)
に乗っ取られた。
元々、九州は出雲の支配下にはまったくなってない、
国津神、島津神など出雲の神がなく九州の土着の
土蜘蛛、隈民、蘇民が支配していた。
水、火を信仰していた。

そう関東中心の朝鮮歴史観が真実を歪めていたわけである。
まさに朝鮮ビビンバ工作の本場関東である。


383 :天之御名無主:2006/01/26(木) 07:12:18
>出雲で新たな考古学的発見があると、頭を抱える考古
>学者の群れがいるってなんかの本で読んだが、そのアレ
>ルギー的な発言は当人なのではと思ってしまう。


記紀・古事記通り、出雲が朝鮮認定されると困るのは
関東・北朝・源氏=白装束。
是が非でも、情報ねじ曲げてでも九州土民を朝鮮人認定せねばならぬ。
本来九州人と本州人は全く別のルーツがあり
同じ民族ではない。
九州人を朝鮮認定できれば自分達が朝鮮人ではないという
証明ができる。
しかし、真実はその真逆。
本州関東人はビビンバ工作に必死

384 :天之御名無主:2006/01/27(金) 17:43:50
新羅国は倭人が創った(2)
実は「瓢公」が新羅の王になったことは、三国史記からは明確ではありません。その代り
4代目の脱解王が日本出身であったことは、明確に書かれています。この王は倭の都から
東北千里にある多婆那(丹波?)国で生まれたが、生まれた時大きな卵だったので、海に
流され、新羅で拾われたそうです。そして、「瓢公」の家で育ったそうです。
これで新羅国は倭人が創ったことがよりはっきりしました。

しかも韓国の壇君伝説は卵から生まれた天孫が
熊と虎を人間にしようとしますが、熊だけが人間の女性になります。
そして壇君と熊女は結婚し子孫を儲けます。

新良貴の天日鉾(五十猛、五十鈴木、伊達、館の祖先)
が移住したのも但馬です。
高天原は近江・丹波・但馬ラインで確定です。

おめでとう、おめでとう



385 :天之御名無主:2006/02/11(土) 21:19:34
>>383
 おお、純潔オタクの伊勢殿よ、日本文明の基層は
縄文と弥生の融合にあって、弥生=朝鮮だとしても
日本は日本で揺ぎ無いのだよ。

386 :天之御名無主:2006/02/16(木) 14:51:52
出雲大社の祭神は昔は大国主命ではなく、スサノオノミコトだったらしいが、
何故に祭神が変わったのだ?

387 :天之御名無主:2006/02/16(木) 23:18:08
>>386
中世の頃は神仏習合の影響で、
出雲大社と山を挟んで反対にある鰐淵寺に祀られる蔵王権現と同一視された為とか聞いたことがある
近世には大国主命に戻った

388 :天之御名無主:2006/02/17(金) 23:38:48
>>386
 面白い質問だ。古事記/日本書紀ではヤマタノオロチは
スサノオノミコトが退治しているが、出雲風土記では、
大国主(大穴持)命となっている。これに関連性があるの
ではないだろうか?

389 :天之御名無主:2006/02/19(日) 23:53:31
それって島根の安来ってところの話だろ?
そこに母里郷というのがかつてあって、意宇(おう)国主が
大穴持の時代であったとき、古志の八口を平らげたという
話だと思う。
 意宇国主とは今の島根県東部を治める王の称号で、大穴持
もスサノオもそれぞれの時代に即位した別人物だったと思え
るがいかがかな?


390 :天之御名無主:2006/02/22(水) 22:30:14
 博学ですね。恐れ入りました。

391 :天之御名無主:2006/03/10(金) 21:56:04
封印された古都は安来にあったんでしょう。

392 :天之御名無主:2006/05/05(金) 05:46:14
能登住民と最も血液型分布が、似通っているらしい。
能登一宮の祭神も大国主命だし。
血液型の話 古畑種基 岩波新書G-145 1962
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/41/2/4161450.html

393 :天之御名無主:2006/05/14(日) 23:41:11
 能登も出雲だったからね。

394 :天之御名無主:2006/05/18(木) 20:32:19
>>383
認定も何も、動かしようがないDNA検査で結果出てるじゃん。
島根だけが縄文系で、他の九州関西は朝鮮系との類似が高いって。


395 :天之御名無主:2006/05/18(木) 21:37:14
地味な侍顔が縄文かい、きもー
縄文きもーきもー、関東ザムライきもー
地味ザムライきもー

396 :天之御名無主:2006/05/18(木) 21:41:38
近頃縄文と聞くとマジ気持ち悪い。
縄文っていい加減な言葉だよな。。。
縄文ってなんだよ、って話
しかも地味な侍顔のやつが誇らしげに言ってるの想像する
だけできもー。。。

397 :天之御名無主:2006/05/18(木) 21:48:47
ところでその縄文とやらはなんで
そんなに地味顔なんかい?
つくづく、東京人のダサいサムライ顔みると
恥ずかしくなる。

どこ行っても東洋人の威光はなってるよな。。


398 :天之御名無主:2006/05/18(木) 21:58:54
子供のときにみたアメリカ映画。。
登場するたびに尺八なる東洋人、
まさに東京人のそれだった。。
常に東洋の威光を放つ西洋人の正反対異様な顔立ち。
白装束とチョン曲げがよくにあう。


399 :天之御名無主:2006/05/19(金) 00:30:09
レスしても大丈夫かしら・・・

ええとね、ちょっと渡来系の神様に
ついて調べていたら聞いたんだけど、
スサノオが高麗の出身だとかいう学説ってあるの?

400 :ハルカ ◆haruka.ATI :2006/05/19(金) 00:30:42
来たけど?

401 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 00:31:28
>>400
ありがとう。こっちでコテ使っても大丈夫かしら・・・

>>399


402 :ハルカ ◆haruka.ATI :2006/05/19(金) 00:33:28
>>399
> スサノオが高麗の出身だとかいう学説ってあるの?
高麗の出身と言うより、高麗経由と言う説なら。

403 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 00:37:20
>>402
スサノオが渡来系の神様だっていうのも、ある?
どうも祭られてる神社の創建年代と合わないのが
多いんで気になってさ・・・

404 :ハルカ ◆haruka.ATI :2006/05/19(金) 00:40:24
>>403
有る、と言うより『スサノオ=渡来系』って説が有力。

405 :天之御名無主:2006/05/19(金) 00:42:27
>>404
有力、と言うより『スサノオ=朝鮮人』って説が真実。

406 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 00:43:55
>>404
なるほど、確かに渡来人が建てた神社に
スサノオが祭神になってるところは多いけど、あれも関係あるのかしらね。

それと、さっき私が聞いた話のもとね
ttp://www.soc.shukutoku.ac.jp/yokoyama/LIBRI/CHOUSENBUNKA.HTML

これだとかなり主要な神様が渡来系だってことになるらしいけど、
朝鮮の王朝と神社の創建年代(大国魂神社、大宮氷川神社)が合わない
ような気がするのよね・・・

407 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 00:44:45
>>405
そうなの?

408 :ハルカ ◆haruka.ATI :2006/05/19(金) 00:46:49
>>405
いや、そこまで断言は出来ないよチョンw


>>406
あ、朝鮮王朝とは無関係だからね。
高麗は飽く迄『高麗』。

409 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 00:49:42
>>408
まあ、単なる地名だと考えた方が自然かしら。
さっきのサイト(作者は日本人じゃないみたいだけど)
読むと、渡ってきたのが4世紀で、その神様が祭られた神社が
出来たのが1世紀〜2世紀ってのは明らかに変だと思うんだけど

410 :天之御名無主:2006/05/19(金) 00:54:14
>>409
DNA的にもかなり変わってるのではないかと思われるし、民族的には別物でしょう。

411 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 00:58:55
>>410
それはそうよね・・・ただ、渡来してきた
人にも時期っていうのはある気がするのよ。

古代の渡来人(確かめようがない人たち)と、
少し後の、国同士の付き合いの過程で来た人たちっていうのかしら。
もちろん両方今の韓国、北朝鮮の人たちとは別物だけどねw

まあ、相手の韓国人は「神社はウリナラ起源ニダ!」っていいながら、
全然関係ない高麗神社持ってくるくらいだから、こっちより全然考えがいい加減
なんだろうけど。

412 :ハルカ ◆haruka.ATI :2006/05/19(金) 01:03:13
>>409
んだね。
単なる『地名』だから。
民族的関係は無い。
スサノオが『土着神』では無く『渡来系』ってのは、殆ど定説に近くなってる。
『古事記』における『高天原追放』からの各地の放浪を見ても『流浪民族の王』ってのは間違い無いかと。

ただねぇ…
>>406のサイトのアレは、正直言って『?』だけどね。
つーか、ハッキリ言って素人の戯言。
あの書評してるのは『社会学部教授』だからね。
比較神話学や宗教学、美術史、せめて東洋歴史学の教授なら未だいいが…

413 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 01:07:12
>>412
そうすると、ややこしいのは
スサノオの義理の息子に当たる大国主命を援助した
スクナヒコなんかは、また別の渡来神になるの?

まあ、来た国が違うだけなのかもしれないけど・・・

414 :フレイ@見習い ◆Fray/ompRw :2006/05/19(金) 01:17:36
>>412
と、ごめんなさい・・・ちょっと質問がずれたわねw
スサノオが渡来系だってのは聞けたし、そこが
ハッキリしてだいぶ助かったわ。

それからレスくれた人もありがとう。それじゃあ巣に帰るわノシ

415 :ハルカ ◆haruka.ATI :2006/05/19(金) 01:19:47
>>413
スサノオが『渡来神』であって、イコール『渡来系流浪民族の長』な訳。
で『大国主尊』は『土着神(民族)』と『渡来神(民族)』が混交して、混血した融和民族になったって事の象徴。
スサノオの義理の息子ってのは、そういう意味らしい。

で、コレに援助していた『スクナヒコ』は、スサノオとは別系統の『渡来民』の一派と考えられる。
スサノオとは別の『文化』『文明』を日本にもたらした『民族』の象徴…
そう解釈出来るね。

年代的には4Cより、遥か以前だと思うけど…

416 :天之御名無主:2006/05/19(金) 22:27:02
>>412
つうか>>406の金達寿は有名なトンデモほら吹き野郎ですよ

417 :天之御名無主:2006/05/20(土) 21:16:15
 基本的に、渡来人と縄文人の混血が日本人だから西日本に渡来の文化が濃いのは
当然だろうよ。それ以降が、日本人と朝鮮人の文化的差異を決定付けた。朝鮮は森
の木が育ちにくくて製鉄が思うように出来ず、陸続きで中華王朝にどっぷり漬かった。
にほんは自力で鉄をつくり、自分の都合で大陸文化を取り入れたり遮断したり出来た。
しかも、日本人には王朝的権威だけでなく縄文の精霊にも耳を澄ますことのできる
文明をつくりあげた。だから日本人は縄文と弥生のハイブリッドなのだよ。

418 :395-398dakeredo:2006/05/20(土) 21:55:38
漏れはスサノオは朝鮮出戻りだが
本来は出雲の土着民だとみてる、彼にスクナヒコ、
タカムスビノカミ、イソタケルなどの朝鮮の文化を
持つ民族を次々と引き入れた親高麗派がスサノオだということ。
スサノオの文化は出雲以西にはづっと後になってしか
伝わらないことをみるとスサノオが基本的に
東日本人の氏神様だということが見て取れる。
トキワ、常磐思想、氷川、等々
さらに、
445 :天之御名無主 :2006/05/20(土) 21:14:29
新羅ヒボコがつれてきた一族という説も有力ですよ。
(というかほぼ確定だとおもうが)
阿部自体天孫氏族だし。。。w
いや氏族自体が天孫系しかいねぇけどね


446 :天之御名無主 :2006/05/20(土) 21:24:01
http://ja.wikipedia.org/wiki/阿倍比羅夫
http://ja.wikipedia.org/wiki/粛慎
要するに沿海州のツングース系と
ヒボコがつれてきた金氏系ですよん。

419 :395-398dakeredo:2006/05/20(土) 22:01:06
この場合スサノオが朝鮮人であるということが問題ではない
(おそらく、スサノオ自身は出雲の土豪だろう、高麗人が少し混じる)

この場合、スサノオが本州、
特に東日本の渡来文化の担い手になるという
点が最大のポイントなんだな。
そういう象徴でもあるわけ


420 :395-398dakeredo:2006/05/20(土) 22:07:07
スサノオとその取り巻きを考えることは日本の古代史を
紐解く上で重要な試金石となちゃったりするわけよん。

くれぐれも科学的にみるべきで私情挟んじゃいかんわけです。

421 :天之御名無主:2006/05/20(土) 22:33:47
安部は俘囚長、出雲は縄文神、粛慎は日本にきてないなど
超ウルトラC理論を展開して出雲=土着神という
幻想を追い続け、黒い山葡萄原人並の
妄説を愚衆に垂れ流してきたわけであるが
昨今の考古学発見の成果をみればそういうのは
もうとっくに大嘘、嘘80000000と
証明されているのである。
なんたる、黒い山葡萄原人国家であるか・・


422 : ◆xn6wAXz4Ng :2006/05/21(日) 19:57:23
>>406のソースは当てにならん、引き合いに出した者も同じく。

423 :天之御名無主:2006/05/23(火) 02:14:59
金達寿氏は青土社の韓国の神話のあとがきが面白い。
書きあげたワープロ原稿がデータクラッシュし、
再度書き直した原稿は新幹線の中に紛失。


424 :天之御名無主:2006/06/04(日) 22:36:14
大根って、於保彌(おほね)と昔はいっていたんだろう?
於保は出雲東部の意宇の別字だから、意宇根と書ける。
島根県の大根島近くの旧意宇郡部に根の国はあったの
じゃないの?

425 :天之御名無主:2006/06/04(日) 22:51:16
>>424
大根島は風土記の時代には「たこ島」と言っていた。たこ島が訛って大根島に変化したらしい。

426 :天之御名無主:2006/06/11(日) 14:37:10
 出雲東部の安来市ってところは、出雲国風土記によると
スサノオノ命が「安来」って地名を名付けたらしい。

427 :天之御名無主:2006/06/11(日) 20:03:40
出雲と東北地方は北前船があるから出雲から東北に文化が流れて同じような方言になったの?


428 :天之御名無主:2006/06/12(月) 22:54:14
>>424
>於保は出雲東部の意宇の別字だから、

平安時代以前には「於保」と「意宇」は明らかに発音が異なります

429 :天之御名無主:2006/06/17(土) 01:31:31
 山陰では今、本居宣長の「古事記伝」を置いている
書店がゼロだ。

430 :天之御名無主:2006/06/17(土) 20:13:10
>>394
 出雲のDNAは縄文的な面も強いかもしれません。
出雲東部の安来-奥出雲地方は昭和30年代の調査では
そば文化の西限です。その後、松平公が信州からそば
を持ち込んだという話にすりかわった。
 それにしても、出雲は朝鮮的な文化の名残も強い。
縄文ー渡来の両極性があるのだろうか。

431 :天之御名無主:2006/06/17(土) 20:56:33
本居宣長撰「古事記伝」岩波文庫P312によると
「ある説に、出雲国秋鹿郡佐陀の神社であるといっているが、秋鹿は伯耆の境
ではない。出雲風土記の一部に、比婆の山は出雲国能義郡日波村の山だと書い
てある。また出雲風土記には仁多郡に灰火山があると書いてある。ここは伯耆
と近いので、ここが火灰(ひば)山ということも考えられる。また、出雲国大原
郡に比和社、日原社がある。しかし、ここは伯耆国との境ではない。また、
備中国の賀夜郡に日羽郷というのが和妙抄には書いてある。賀夜郡など場所も
知らないが、備中、備後、伯耆、出雲の四つの国境に位置することになるため
承服できない。枕草子に比波之山というくだりがあるがどこの国にあるのか
は書かれていない。また伯耆の人の物語に、出雲国内の伯耆に近いところの
山間に、たわの内という処がありここが、伊邪那美之命の陵であるとしている。」

実は島根県安来市にあるイザナミ神陵は、日波(現在では日次とかいて「ひなみ」
とよむ)という地名と峠之内(たわのうち)という地名の間に位置する比婆山にあります。


432 :天之御名無主:2006/07/22(土) 00:13:55
 日鉄が怖がる出雲かな。

433 :天之御名無主:2006/08/29(火) 21:11:08
やっぱり考古学的アプローチも重要かと。
四隅突出型方墳とか。

434 :天之御名無主:2006/08/31(木) 18:38:49
倭=ヤマト朝廷は出雲人が建てたのよ。
日向国のニニギ天皇の時代から、出雲人は朝廷内に入り込んでいたようだ。

ヤマトの京(みやこ)を、北九州から近畿に移したのも出雲人。
日向人にまったく相談しないで、出雲人の独断で強行したらしい。
とうぜん、日向人は怒って、「京を北九州に戻せ!」と要求したが、
そもそも、近畿に遷都した目的は、天皇がいる京を日向から遠ざけることで、
日向勢力の朝廷への影響力を排除するためだから、出雲勢力は拒否した。
だから、神武天皇が崩御した後、ヤマトは日向圏と出雲・大和圏という
二つの地域に分裂してしまった。
いわゆる欠史八代と呼ばれている時代は、この分裂時代のことだよ。
神武天皇の時代から国の統一が始まった、というのが日本古代史の建前だが、
実はウガヤフキアエズ時代以前に(日向と出雲は)すでに統一されていたのだが、
神武東征(近畿への遷都)が原因で、大八島国が分裂してしまったのだ。
ヤマトタケル時代になっても、日向国(九州中南部圏)の出雲=大和圏への憎悪は収まらず、
日向国と出雲=大和連合との対立は続いていた。

大和地方は、もともと出雲の支配下にあった(神武天皇時代から)。
つまり、出雲=本家、大和=分家、という関係だったのだが、
興味深いのは、ヤマトタケル時代になると、分家だった大和のほうが強くなり、
出雲が大和に対し反発して、出雲−大和の関係も断絶していたらしいことだ。
だから、ヤマトタケルが出雲タケルを殺したわけだ。


435 :天之御名無主:2006/09/02(土) 06:40:48
なるほど面白い

436 :天之御名無主:2006/09/17(日) 09:49:28
 安来 ひなみ

437 :天之御名無主:2006/09/20(水) 00:46:21
age

438 :天之御名無主:2006/10/01(日) 22:05:51
九州北部、韓西、名古屋の奴らは弥生系とチョソの関係を
否定するのに必死だなw

遺伝子の統計で朝鮮固有の遺伝子とのつながりが示されちまってるのにw
NHKの日本人はるかな旅を見ろよw

所詮何でやろうと、DNA検査で韓西人=チョソは確定なんだよw

439 :天之御名無主:2006/10/04(水) 18:13:59
NHK職員の方ですか?

440 :天之御名無主:2006/10/04(水) 18:14:35
NHK職員の方ですか?

441 :天之御名無主:2006/10/04(水) 18:16:51
NHK職員の方ですか?

442 :天之御名無主:2006/10/08(日) 14:16:31
出雲大社の本殿のぐるりには塀があり、八足門(やつあしもん)という門があります
一般には正月三が日しかその門の内側(しかもほんの数メートル)には入れない
しかし地元の小学校は年1で、「八足門清掃」といって門の内側に入れる
今考えたらなんて貴重な体験なんだろうと思う

ちなみに本殿の天井には青い空と白い雲が描かれている、と千家宮司に聞いた

あと、本殿の中のご祭神は、参拝客のいる南ではなく、稲佐の浜のある西の方向を向いている
稲佐は、国譲りの舞台であり、神在月には全国の神様が稲佐から出雲に入られる


443 :天之御名無主:2006/10/08(日) 14:27:13
ごめん
清掃で入れるのは、門の内側であり塀の内側、つまりそこに本殿のすぐ周り


本殿は塀の東側から見たほうが、大きさと神さびた感じがよくみてとれてオススメです



444 :天之御名無主:2006/10/16(月) 02:32:41
 なぜ出雲には古墳時代以前の弥生時代から
古墳が建設されていたのですか?

445 :出雲市佐田町をよろしく:2006/10/18(水) 07:41:56
「ビタミンの里よしの」

品種・品名 きねつき餅
参考価格 700円/550g10ヶ入

自然をたっぷり残した静かな山里。
清らかな水が生み出した美味しいお米からつきあげる、
昔ながらの杵と臼でのこだわりのまろやかなお餅が出来上がります。
標高350メートルの冷淳な気候で育んだもち米を原材料に湧き出づる清水で研ぎ、
昔ながらの臼と杵でつきあげたお餅。
粘りとコシの強さが定評でふるさとの香りが味わっていただけるものと確信しています。

住所 〒693-0505 島根県出雲市佐田町吉野475
URL http://www.chusankan.jp/Brand/00000174/



446 :天之御名無主:2006/10/18(水) 09:34:17
↑ せっかく民俗板に来たのだから、民俗板に関係のある話をしてよ。

佐田町は、猿田彦に関係があるとか

吉野の地名は、吉野修験と関係あるとか

近くの大呂という地名は、八岐大蛇がいた処だとか

ちょちぃ〜っと、解説してみ〜



447 :天之御名無主:2006/10/18(水) 20:13:51
日本書紀の一書にスサノオが降臨した「安芸国の簸の川上」
は安芸→安来であると、関和彦著「出雲国風土記註論」
に書いてある。そうすると色々とつじつま合うもんな。

448 :天之御名無主:2006/10/18(水) 21:26:16
安芸→安来 になるとすれば

結構、新しいちゅうことですな

    つまらん  (-_-);




449 :天之御名無主:2006/10/18(水) 21:33:52

それでは、 ”KI”とは 何か ?

安芸→安来  となっても ”KI”or”GI”は

変わっちゃおらんけんね!



450 :天之御名無主:2006/10/19(木) 22:38:38
わかっちゃいないな。その本読んだら?

451 :天之御名無主:2006/10/25(水) 00:14:30
 御垣守から簸が見えると、猪麻呂が詠んでいます。
しかし出雲の雲は、物凄く低く垂れ込めるので、
見えない時もあったようです。

452 :天之御名無主:2006/10/25(水) 03:57:03
>>447
日本書紀 巻第一 神代上 第八段 正文・一書第二
×安芸国の簸の川上
○安芸国可愛之川上



453 :天之御名無主:2006/10/25(水) 13:00:59
>>447
解説してみて

454 :天之御名無主:2006/10/25(水) 19:20:17

日本書紀 巻第一 神代上 第八段 正文・一書第二
安芸国可愛之川上(安芸の国の江の川の川上)

日本書紀 巻第一 神代上 第八段 正文
出雲国簸之川上(出雲国の斐伊川の川上)

安芸→安来は妄想















455 :http://www.chusankan.jp/Brand/00000174/:2006/10/28(土) 07:49:59
「ビタミンの里よしの」

品種・品名 きねつき餅
参考価格 700円/550g10ヶ入

自然をたっぷり残した静かな山里。
清らかな水が生み出した美味しいお米からつきあげる、
昔ながらの杵と臼でのこだわりのまろやかなお餅が出来上がります。
標高350メートルの冷淳な気候で育んだもち米を原材料に湧き出づる清水で研ぎ、
昔ながらの臼と杵でつきあげたお餅。
粘りとコシの強さが定評でふるさとの香りが味わっていただけるものと確信しています。

住所 〒693-0505 島根県出雲市佐田町吉野475
URL 名前欄



456 :天之御名無主:2006/10/31(火) 12:49:06
ヤマタノオロチて溶岩説(寺田寅彦)と聞いたのですが9、10月にある季節的に起こる台風とも聞きましたがどちらが正しいのですか?

457 :天之御名無主:2006/11/01(水) 00:26:51
記録っていうのは古けりゃ古いだけ写実的だったりするんだよ。
ああいうのが居たんだ、その頃には。
それを否定できる材料はどこにも無い。

458 :天之御名無主:2006/11/01(水) 03:41:28
そんな奴おらんやろ〜

459 :天之御名無主:2006/11/01(水) 11:23:37
チッチキチ〜☆

460 :天之御名無主:2006/11/05(日) 19:32:48
>>454
出雲神話は聞いたことがあるが安芸神話はない。
古事記や日本書紀も大部分はそれを認めている。一文だけを
取り上げてみても意味は無い。

461 :天之御名無主:2006/11/05(日) 21:16:31
「安芸国の簸の川上」などと言う誤った書き込みを
訂正したまで。
そんな、記述はないし、安芸神話などの話はしてない。

462 :天之御名無主:2006/11/09(木) 23:39:27
切川ってなぜ切川なの?賀茂神社はなぜ荒廃しているの?

463 :天之御名無主:2006/11/09(木) 23:52:06
白状するよ。
安来に切川町というのがあってここはむかし、吉田川と伯太川と
いうのが合流していた。ここを昔は河合と読んでいた。これが可愛
の正体。ちなみにこの場所は、出雲風土記にある加茂神戸のあった
ところで、京都の賀茂神社などの本貫なのです。

464 :天之御名無主:2006/11/15(水) 09:15:09
大国主の時代(又はその信奉者)、出雲王朝は東国を日本海沿いに侵攻し
越(現在の北陸地方)にまで勢力を伸ばした。
それを快く思わない倭王朝は出雲朝と断絶、激しい戦いを繰り広げた。
接戦の末に倭朝が勝利、戦後処理で出雲朝の中心的一族は紀の国へ、
更に関東への移住をさせられた。
これが毛野と胸刺・无邪志である(3カ国に分かれたのは移住時期の違い)。

そのうちに続く・・・・・

465 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

466 :アンポンタンの敗北濃厚www:2006/11/15(水) 14:04:27
ようは近畿四国中国と出雲と関東東北は同族ってことかw

467 :天之御名無主:2006/11/19(日) 00:25:13
中国って中国大陸?違うだろ。
それとも中国地方?だったら出雲は中国地方。
この中国は葦原中国の意味で元々は出雲の
こと。

468 :天之御名無主:2006/11/19(日) 14:04:45
フリーのテレビディレクターで、タレントのテリー伊藤は、
実は在日朝鮮人です。
本名は、尹輝男(ユン・ファナム)です。

 この男は自分の民族籍を隠し、日本人のふりをしながら、
インチキ韓流ブームの演出に一役かっています。
 皆さん、こいつに騙されないでください。奴を信じてはいけませぬ。

★テリー伊藤(ユン・ファナム)のプロフィール★
http://www.loco-motion.net/terry.htm

469 :天之御名無主:2006/11/19(日) 14:28:26
★海の道と倭人文化圏★ 
 
 百済人は日本人と同じように日本語を話した<倭人系民族>であり、朝鮮系である韓国人とは
民族系統が別種である。
 百済への民族・文化の伝播・交流ルートは「江南からの海の道」が主流であり、当時の日本と共通していた。
 百済人、任那人および志羅紀人は倭人系であり、シベリア狩猟民族=ワイ族を先祖とする新羅人=朝鮮人とは
何の関係も無い国家・民族であり、韓国人が主張し、かつ、それに迎合した日本の教科書にも記されてある、
「昔の朝鮮民族と、その渡来人が日本を教化・文明化した」という説は、妄言にすぎない。
 そもそも、漢字の呉音や稲作が、北回りの、華北→満州→半島北部→半島南部→日本 このようなルートで
伝わるわけがない。
 インターネット掲示板『2ちゃんねる』で時おり出てくる「半島ストロー論」は虚構である。
大陸からの文化・民族の主な交流ルートは、江南からの「海の道」なのである。
 韓国人=朝鮮人が、古代日本に文化を伝えたことは一度も無い。
 そもそも朝鮮人は、古代日本に一人も移住していないのだから。


■百済伎劇 −【朝鮮日報】−
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/10/20060910000028.html
写真
http://japanese.chosun.com/site/data/img_dir/2006/09/10/200609100000281insert_1.jpg
http://japanese.chosun.com/site/data/img_dir/2006/09/10/200609100000282insert_2.jpg


470 :天之御名無主:2006/11/30(木) 23:12:52
なんでもかんでも朝鮮人にしたいんだね、在日は…。
日本神話のトンデモ本書いてる奴ら手当たり次第調べたら
在日、同和団体やら左巻きの政治家、弁護士やらと
繋がりのあるやつばっかりだったぞ、モロ在日もいたし。

471 :天之御名無主:2007/01/07(日) 22:21:16
 やはり、島根県安来市のあの山の上に築かれた最大級の方墳が気になる。
邪馬台国って山台国で山の上の台形墳(方墳)を中心に発達した東部出雲王朝を
指しているのでは?

472 :天之御名無主:2007/01/08(月) 12:19:20
>>470
「他人のものは俺のもの」
と、中国やら日本やら他人様の歴史や神様を盗む事しか出来ないのが朝鮮人の
アイデンティティーだ。
奴らにとっては、「神」も「歴史」も自分を飾る為のアクセサリーでしかない。
その上で他人を踏み台にする事で自分を大きく見せているだけなんだが。


473 :天之御名無主:2007/01/08(月) 13:27:58
>>469は別に間違ってるとは思わない
弥生史研究にまで”忌むべき朝鮮人”という近代の概念を持ち込む研究者など
2ちゃんねるにしかおらんわ。
まともな人の考え↓

国立科学博物館 日本人はるかな旅展
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/index.html

http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_25_01.jpg
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_17_02.jpg
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_26_01.jpg
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_26_03.jpg

474 :天之御名無主:2007/04/01(日) 02:54:35
age

475 :天之御名無主:2007/04/01(日) 03:07:49
>>470
それを利用つうか、ニタついて眺めてる都合の良い連中が外にも居るんだよw

476 :天之御名無主:2007/04/08(日) 05:32:11
 

477 :天之御名無主:2007/04/08(日) 17:56:44
最近「ものづくり」という言葉が流行っているようですが、この「もの」とは
真弓常忠氏の「古代の鉄と神々」によると「鉄」のことらしい。
さらに考えを勧めると出雲(いずも)は出鉄(いずもの)と昔は呼んでいたのではな
いだろうか。鋳物(いもの)なども鋳鉄(いもの)と書いていたのではないかと色々
と空想が広がります。

478 :天之御名無主:2007/04/09(月) 00:39:58
うーむ

479 :天之御名無主:2007/04/10(火) 01:29:19
出雲と武蔵の関わりは?

480 :天之御名無主:2007/04/15(日) 19:54:47
>>477
>最近「ものづくり」という言葉が流行っているようですが

90年代半ばくらい(?)から、わりと聞くようになってきたと思っていたので、少し違和感が……


>>479
>出雲と武蔵の関わりは?

なんだろう?
出雲国造と武蔵国造の祖神が共通していることとか?
近代だと、出雲国造家出身の千家尊福氏が、埼玉県や東京府の知事を歴任されてたり?

481 :天之御名無主:2007/04/18(水) 18:17:10
>>477
 ということは大物主命(=ニギハヤヒ)は
大鉄主ということになり、いかにも鉄の流通を支配した
出雲の神の名前らしくなるね。

482 :天之御名無主:2007/04/18(水) 20:42:31
大物主に捧げた物部の八十平瓮も鉄製だったりしたのかな

483 :天之御名無主:2007/04/28(土) 18:02:38
>>481
>大物主命(=ニギハヤヒ)・・・
というのは、誰の説ですか?

484 :天之御名無主:2007/05/06(日) 03:21:06
>>481ではないが、どこかで見た。うろ覚えなんだが、ニギハヤヒは
いわば大和の国魂と考えられ、それがナガスネヒコから離れて
イワレビコの手に渡ったからこそ支配者の交代が行われた、とかなんとか。
で、オオモノヌシにも大和の国魂としての性格がある点で共通している、と。
それと、オオモノヌシが現れるときの「海を照らして依り来る」と
いうところに、日神としての性格が見られるし、ニギハヤヒも名前から
それが伺えるということだったかな?
まあ、あとは物部のモノと、オオモノヌシのモノとを
結びつけたりもできるか?

正直、一般的な説ではないと思うがね。

485 :天之御名無主:2007/05/06(日) 03:28:10
>>483
検索したらこんなものがあった。
ttp://www1.kcn.ne.jp/~ganes-z/image/oomononusi.html

486 :天之御名無主:2007/05/24(木) 23:12:50
出雲はぜんざい発祥の地
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070524-00000200-mailo-l32

487 :天之御名無主:2007/05/31(木) 12:51:44
このサイト、かなり江戸と出雲の関係について触れている。
サイト内調べると面白いかも。

http://blog.so-net.ne.jp/chinchiko/

488 :河豚比礼:2007/06/01(金) 09:43:03
>>481
真弓常忠『祭祀と歴史と文化』臨川書店>に拠ると、大穴牟遅の穴は
鉄穴の事で、砂鉄製鉄の神だろう、とある。
>>482
前掲の本には、埴土(鉄分の酸化発色して赤くなった土)から鉄を抽出
できた、とあるから実質鉄かも。

489 :天之御名無主:2007/06/18(月) 11:11:44
 そういえば、吉田大洋氏の「謎の出雲帝国」によると
クナト大神がスサノオ以前の支配者だったとかいてあります。
しかしいままでクナト神を祀った神社は存在しないことが
通説でした。
 最近、出雲でこのクナト神を祀った神社を山陰の安来市で
見かけたとの情報がありますが本当でしょうか?

490 :月光仮面:2007/06/27(水) 09:06:41
クナト大神とくると四隅突出型墳丘墓が結界を意識しており、からんでくる気がします。
スサノオは牧畜的な要素があり、ギリシャ神話の面もあるので、アマテラス時代にセット
で入ってきた感がありますが、逆に、四隅突出型は加賀の潜戸http://www.ne.jp/asahi/rekisi-neko/index/kaganokukedo.html
のように本来出雲にあった黄泉の国の思想を取り込んでいるのでしょうか。

491 :天之御名無主:2007/07/06(金) 00:52:16
クナトの大神はそこいらじゅうでお祀りされています
また、ご祭神名は変えられていますがとてつもなく大きな神社もあります


492 :天之御名無主:2007/07/09(月) 02:47:45
鳥取の四隅突出は1世紀か
遺物の中に中東風の燭台のようなものがあるのが気になる

493 :天之御名無主:2007/07/19(木) 22:22:18
>>491
 その出雲の時代がすぎると、都合が悪くなり祭神が変わった。
ほとんど全部。しかし、この神社はあえて変わろうとしなかった。
その神社と、出雲の語部の心の中にだけは秘められた何かがあ
った。語部の話のほうを司馬遼太郎が書いたわけだ。

494 :月光仮面:2007/07/20(金) 07:03:34
>>492
>中東風の燭台のようなもの
詳細情報懇望

495 :天之御名無主:2007/07/22(日) 19:17:50
>>493
2ちゃんじゃ人気の無い司馬遼太郎が出てくるとは…
他の板ならあれあれだぞw

496 :天之御名無主:2007/08/03(金) 00:37:07
>>463
吉田川って昔、小白川って呼ばれてなかった?
もしそうだったら、千と千尋の神隠しの謎が解けるのだけど。

497 :天之御名無主:2007/08/30(木) 20:49:05
古参スレあげ

498 :天之御名無主:2007/09/05(水) 20:31:33
 安来の吉田川が千と「千尋の神隠し」のハクの元の姿、小白川だったんですか。
ニギハヤヒのほうはどうなんでしょう。

499 :天之御名無主:2007/09/07(金) 21:23:11
出雲生まれ
安来育ちです
私の通っていた中学は古墳の上にあったし
近所の山には貝塚とか普通にあった
校長室の埴輪を壊したり
学校の裏にはよく鉄の塊みたいなのや
陶器みたいなのが転がってた
誰も見向きもしないけどな

500 :天之御名無主:2007/09/07(金) 22:29:27
俺松江。
山ほじくれば、何かが必ず出てくる。
住んでる所の周りは古墳、鶏塚、国庁跡がある。

501 :天之御名無主:2007/09/16(日) 22:10:53
 つまり出雲王朝とは一致しない新しい遺跡だな松江は。

502 :天之御名無主:2007/09/19(水) 20:41:46
おいら播州姫路なんだけど姫路は播磨国風土記に記されてる通り
出雲の影響下にあったところなんだよねえ

503 :天之御名無主:2007/10/08(月) 19:34:24
>>330
朝鮮半島の製鉄法とたたら製鉄は大分違う
渡来人が日本にわたってから何代もかけて作った技術では?

504 :天之御名無主:2007/10/24(水) 03:14:04
どうでもいいけどこのスレは六年も出雲について語ってんのかよ…

505 :天之御名無主:2007/10/24(水) 15:11:24
↑もうすぐ神迎えだから、それ関連のレスが10くらいついて、でまた来年まで底辺をふらふらしているスレ
何年たったら1000行くのか楽しみです

506 :天之御名無主:2007/10/24(水) 18:13:59
さすが出雲は歴史が深いですね

507 :天之御名無主:2007/10/25(木) 22:31:41
宍道湖を縦にして見ると良いよw

508 :天之御名無主:2007/10/26(金) 19:28:31
>>504
時空こえて語り合ってるんだよw

509 :天之御名無主:2007/10/26(金) 22:58:18
>>504
私たちの県はそれ以外語れるものがないのです

510 :天之御名無主:2007/10/27(土) 02:17:04
もうカミ蟻月は終わったのかね?w

511 :天之御名無主:2007/10/27(土) 17:04:15
>>509
世界遺産「石見銀山」もあるッ!

512 :天之御名無主:2007/10/30(火) 19:13:31
>>509
十分古い歴史があるからいんじゃないの
オイラ姫路だけど城と円教寺くらいしかない
播磨国風土記で出雲系統の神様が祭られてるの知った

513 :天之御名無主:2007/11/02(金) 02:50:37
姫路が出雲系なのは分かった。
神戸ってどうなの?
漢字からしても、いかにも関係ありそうなんだけど?

514 :天之御名無主:2007/11/02(金) 07:42:46
神戸市のHPによると、

> 古代、神社に属して祭祀を支え、租庸調といった税金をもとに神社の維持修理に
> あたった「神戸(かんべ)」にちなんでいるといわれてます。

515 :天之御名無主:2007/11/03(土) 19:06:59
>>513
神戸は摂津の国ですが…
明石郡の部分は播磨国風土記から失われてる部分だと記憶してる

たたら製鉄の跡とか残ってるみたいだね
ソースが司馬遼太郎の街道を行くですまんが確かに出雲系統の地域みたいだ播磨

516 :天之御名無主:2007/11/25(日) 13:23:52
 吉備も大和ももともと出雲。
「ヤマト王権の誕生」という最新の考古学
を取り入れた弥生→古墳時代の高度な考証
によるとそうなっている。

517 :天之御名無主:2007/12/03(月) 18:09:34
糸原家に詳しい人いませんかね?
鬼伝説(鬼の舌震とか)が多いあの辺に

518 :天之御名無主:2007/12/03(月) 19:46:35
出雲関係の本読んでると毎回思うんだけどやたらロマンチストな著者が多い気がする
出雲にロマンを求めすぎて凄い美化してるような。
出雲は先住民族!縄文人!後からやってきた天孫族に陥れられた古代の英雄!
しかも、「私は出雲の出だからきっと縄文人の血が濃いと思う」とか自慢げに書いてたりしてなんだかなぁ…
実際問題古くから大陸と交流があったからこそ出雲は勢力を築けたんだろうし、そうなると縄文人の血が濃いとはいえないんじゃないか。

519 :天之御名無主:2007/12/10(月) 20:11:21
 島根県の安来市にある「つべしろ」というなぞのものが解く鍵らしいです。

520 :天之御名無主:2008/05/23(金) 18:58:08
出雲大社ネタで大爆発中

宮大工のヤン・ウェンリー
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1185261501/


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宮大工のヤン・ウェンリー
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521 :天之御名無主:2008/05/29(木) 23:16:21
>>518
今では47都道府県の中で最低レベルの島根県
「だけど、せめて過去だけはすばらしかったに違いない」と妄想中
そんな島根工作員を温かい目で見てやってくれ!

522 :天之御名無主:2008/05/30(金) 11:06:32
3〜4000年前の三瓶山(風土記では佐比売山)の
噴火とその堆積物が出雲平野の形成につながったそうです。
国びき神話って、その記憶が無意識的に反映されてるのかも。


523 :天之御名無主:2008/06/04(水) 02:57:57
>>519
 安来って並河って家があるよね。
並河=ナビカと読むのは始めてしった。
日立金属の前身の安来の鉄鋼会社の経営者だったらしいね。

524 :天之御名無主:2008/06/05(木) 15:10:29
松江の高校だったけど、並河と言う教師がいたよ。

525 :天之御名無主:2008/06/26(木) 14:52:36
>>518 >>521
飛躍的な話が多いね。著名な先生が、現地に一回行って、話を聞いただけで
推測をかなり織り交ぜながら本を書いているパターンが多いからね。

ただ本当の出雲の歴史、文化、さらには日本国を知れば知るほど、君は今までの無知さを
恥じるようになるかも。

526 :天之御名無主:2008/07/01(火) 02:46:36
 みなさん、出雲は出鉄(いずもの)が語源という説があるらしいです。
鉄の産する出雲という方向からも考えてみてはいかがでしょうか?

527 :金助 ◆qpnUqYSuLU :2008/07/01(火) 10:21:44
日本書紀を読んで古事記神話を笑う
http://www3.point.ne.jp/~ama/

古事記批判の判断基準が「客観と主観」という近代認識論w
そして自分の考えに近い本が出版されたら、好意的に取り上げ、

「日本書紀と古事記について,こうした読み方をする人が出て
きたことは,面白いと思う。」

と自分の主観の解釈を持ち上げるw

あのな、神話についてやるなら最低西洋哲学史の認識論、
言語論、解釈学やってこいよ。
他者を疑うが自己の言語活動基盤は疑わないw
「客観と主観」という程度の基準だからああいう人格が疑われる
サイトを晒せるんだろうなぁ。情けないね。

528 :金助 ◆qpnUqYSuLU :2008/07/01(火) 10:37:02
>>518
いろいろ文献読んでますが、まだそういう妄想の本はないな。
学者もそれなりに過剰なロマン主義に陥らない程度の理性を働かせながら
いかに解釈するかに一生懸命ですよ。

問題は科学理性を根っこに産業主義と技術主義と大衆民主主義が
発達した近現代という空気に拘束された私たちが、それからいかに
距離をとって、そしてそんな時代で神話はいかに解釈されるべきか、
この辺が重要な営為になるとは思います。

529 :金助 ◆qpnUqYSuLU :2008/07/01(火) 12:00:02
丸山眞男の解釈もほったらかしにはできん。

530 :天之御名無主:2008/07/04(金) 23:49:35
     ____|||○|||___
    |―───┬───―|
    |  /    |    \  |
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  |─|●| @      @ |●|─| プアァァァァァァァァン!
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     |___|──|___|



531 :天之御名無主:2008/07/05(土) 01:38:41
けっきょく出雲ってのは鉄文化(ヒッタイトを祖とした遊牧民族)の
はいってきたとこじゃね?神話にでてくるヒ川だっけも赤いってのは鉄のせい
だろうな。

532 :天之御名無主:2008/07/05(土) 21:42:07
527
なんか、唐突。
いきなり、喧嘩ごし。
まあ、きちんと読んでるんだな。わかるよ。
腹が立ったわけだ。

533 :天之御名無主:2008/08/28(木) 02:19:43
>>527
 そうですね。色んな論法の話と最も整合性がある仮設も大事です。
さらに、即物的な事実、すなわち科学的といわれる考古学や実際日本に
残っている文献学との整合なども重要でしょう。前者と後者が程よく
ブレンドされているのが良い解釈なのでは?罪作りなのは、どこかの
論法のみに依存した解釈だと思う。

534 :天之御名無主:2008/08/31(日) 11:15:30
人類学上の形質値の最も弥生渡来人率が高いのが、出雲島根人って本当?
158 :天之御名無主:2008/08/06(水) 00:46:43
あとここのおじいちゃん達は
弥生、古墳時代ともっとも渡来形質が強いのが
出雲島根で次ぎ関西、関東、東北と続き・・・・
神武東征は事実か神話か
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1172565309/158

535 :天之御名無主:2008/09/16(火) 15:53:35
語尾に
朝鮮人は 〜ニダ
出雲弁 〜ダニ

てつけるから何か関係あったのかなぁと

素朴な疑問です


536 :天之御名無主:2008/09/20(土) 19:13:07
>>518
>出雲は先住民族!縄文人!後からやってきた天孫族に陥れられた古代の英雄・・・
先住の縄文人でなく、天皇家を首長とする天孫族より先行して大陸から渡来した
別派の弥生人>>534だろ。

537 :天之御名無主:2008/09/20(土) 20:13:54
朝鮮との関係はいくら討議しても事実は分からんだろ


教科書にも古モンゴロイドと新モンゴロイドとの混血って載ってるからそうなんだろうけど


今犬猿の仲だから真実は解き明かしづらいだろうね



538 :天之御名無主:2008/09/28(日) 08:43:08
簡単に言うとちんぽって事ですよね

539 :天之御名無主:2008/09/30(火) 22:59:30
あんまり学術的なことは分かんないけど
紀伊ノ国と丹波ノ国には元出雲神社がある

540 :天之御名無主:2008/10/13(月) 11:56:18
いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な出雲の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と安来の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。


541 :啓蒙社:2008/10/13(月) 12:37:05
その昔の昔・・大陸と日本はくっついていた、と言う・・
だから・・蒙古人と・・
http://www.keimousha.com

542 :天之御名無主:2008/12/17(水) 19:00:30
出雲文化と言えば建築ではないですか
○水ハウスは最近ISステージという商品を発表しましたし
社名からして完璧に出雲系ですよね
ダ○ワハウスも勿論大和にかけてる訳でしょうし
少し前は平原綾香のジュピターに梃入れしていたようですし

543 :天之御名無主:2008/12/23(火) 18:54:35
 大国魂命って安来に降臨したんだって?

544 :天之御名無主:2008/12/31(水) 12:55:45
>>518
沼川姫に表象される越国との交流もあったしね。
51 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/08/12 01:26
>>49
長野から日本海側に出れば古代の越の国のあたりですよね?
出雲と越は関係深いから、諏訪―越がつながれば出雲―諏訪も何か関係が
あったと考えられるね。
大国主命と沼川姫の話もあるし出雲―越は血縁関係あったでしょう。
それと健御名方命は二人の子供。
出雲から見て越の国の先に両者の血を引く勢力が攻め込んでいった、
というようなことがあって物語ができたのかもしれないですね。
【神話】出雲系神社を語ろう【現実】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1056976937/49-51

545 :天之御名無主:2008/12/31(水) 13:47:25
>>21
司馬遼太郎の受け止めは、違うようだね。
”出雲人は奸譎である・・・私の知っている出雲人の半ばは、他の土地に来ると
ひどく構えるヘキをもっているうようだ・・・”---生きている出雲王朝 司馬遼太郎 

546 :天之御名無主:2009/01/06(火) 18:51:37
 宮崎駿の「千と千尋の神隠し」が流行っていたころから
神道関係者でもおおっぴらにしない安来のイザナミ神陵地
の話が脚光を浴びた。神隠しとはこのことだったのかと
みょうに納得した。


547 :天之御名無主:2009/01/26(月) 04:00:26
出雲と伊勢に原爆が落とされていたら
日本はどうなっていたでしょうか?

この板ならではのマジレスお願いします。

548 :天之御名無主:2009/01/26(月) 23:22:51
≫543
意多伎神社の事ですか? 風土記にはそう書かれていますね。

伊奘冉命の御神稜地も安来市の比婆山だとする
見解もありますし宮内庁の調査では松江市の
神魂神社近くの岩坂御稜が参考地として
宮内庁が買い上げ管理しています。

549 :天之御名無主:2009/02/10(火) 13:23:07
出雲は、出雲大社の大国主でなく
本来意宇出雲国の八束水臣津野命が一番の神であったが
ヤマトにその存在を抹殺されたという気がしています。


550 :天之御名無主:2009/05/04(月) 17:27:58
>>549
出雲大社の旧称が扶桑寺って、事実なの?
220 :日本@名無史さん:2007/11/16(金) 21:58:43
>>219
記紀の出雲って扶桑の事だよね?
出雲大社も明治以降に扶桑寺から出雲大社に名前変えてるし
【飛鳥から】大和朝廷の豪族たち【平安初期】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1149638384/219-220

551 :天之御名無主:2009/05/05(火) 02:41:19
杵築大社かな。


552 :天之御名無主:2009/06/21(日) 15:46:07
出雲大社に行ってきました。   諏訪大社とそっくり。

出雲王朝復活希望

553 :天之御名無主:2009/06/24(水) 14:08:22
落とさないと思う。占領後、そこを中心として発展していくと思う。

554 :天之御名無主:2009/07/26(日) 17:28:48
>>549
この番組で述べていたが、だから熊野大社の方が、出雲大社より格上なのですか?
古代ロマン 歴史の源流・出雲〜出雲大社の謎にせまる〜 
http://bss.jp/tv/izumotaisya/index_org.html

555 :天之御名無主:2009/08/06(木) 06:32:42
扶桑て日本の古称だし、
扶桑は秦始皇帝の長男じゃなかった?陰湿な弟に
跡継ぎの座を追われて東に逃げ延びた
この人物が新羅経由で日本に来た秦氏ということは
ないの?

556 :天之御名無主:2009/08/06(木) 08:36:01
長男は劉邦に降伏しただろ。

557 :天之御名無主:2009/08/06(木) 09:33:44
扶桑じゃなくて扶蘇だな
始皇帝の死後に偽造された勅命によって自殺を命じられ、それに従って自殺した

558 :天之御名無主:2009/08/06(木) 21:37:57
蘇桑

実は自決でなくで半島経由で日本にまで逃れて
秦国を作ったというのはどう?
字違いということもありうるのでは?
蘇我氏とか、匂わない?
日本には秦国もあるし
中国の史書で
その秦国の人々は
不思議なことに大陸のほうの秦の人と同じだ
とか記述してたような?

559 :天之御名無主:2009/08/06(木) 21:42:54
>>558
最初の字
蘇桑 ×

扶蘇 ◎

に訂正


>>545
司馬りょうたろうは中国人の帰化人だから

出雲を何とかして貶めたいのはわかる。

出雲が正統であり、自分らは

侵略者の末裔だということを

自覚しているだろうから。

560 :天之御名無主:2009/08/10(月) 15:03:06
>>551
杵築って、読みはキチク?キツク?キヅク?語意語源は何なのですか?

561 :天之御名無主:2009/09/05(土) 15:13:03
>>129
八岐大蛇がスサノオに追われて八郎潟に着いたという言い伝えがある
大和朝廷に追われた出雲の製鉄一族が北の地に逃げ込んだのかも

562 :天之御名無主:2009/09/05(土) 17:30:42
>>560
きづき【杵築】
島根県簸川(ヒカワ)郡大社町の古地名。出雲大社の所在地。

きづき‐の‐みや【杵築宮】
高皇産霊神(タカミムスビノカミ)が大己貴命(オオナムチノミコト)のために出雲国の杵築に建てた宮殿。今の出雲大社の地にあった。

by 広辞苑


563 :天之御名無主:2009/09/08(火) 02:09:41
「杵築」の地名語源を考えるとき、まず、
「キツキ」を、「キ+ツキ」、「キツ+キ」の
どちらとするかが、問題となります。

杵築・木月・木次などに、漢字がふられている所から、
一般的には、「キ+ツキ」としていいと思われます。

「ツキ」は、(突き)で、高所、あるいは、
岬などの突き出た所に多い地名です。

古くは、川の土砂がそれほど堆積しておらず、
あの地域は、岬のような地形だったと言われています。
岬をさす、「ツキ」と考えていいのではないでしょうか。

とすると、接頭の「キ」は、(牙)としていいでしょう。
鋭くとがったという意味で、ふたつをあわせると、
「とがった岬」の土地を表す地名となります。

「ツキ」を(塚)とする考えも、あるかも知れませんが、
少し無理があるような気もします。


564 :h78t7t888:2010/02/28(日) 19:39:39
f65f6fg76r76っろ7

565 :天之御名無主:2010/03/26(金) 02:26:06
勅祭社
勅祭社(ちょくさいしゃ)とは、祭礼に際して
天皇により勅使が遣わされる(これを勅祭という)神社のことである。


出雲大社 島根県出雲市
氷川神社 さいたま市大宮区 (氷川神社総本山紀元前473年説。出雲の氏族が須佐之男命を奉じてこの地に移住した)
鹿島神宮 茨城県鹿嶋市(創建紀元前660年説)。
香取神宮 千葉県香取市(紀元前643年説。出雲国拓殖氏族がこの地で農耕神として祀ったのが、起源)
橿原神宮 奈良県橿原市(神武天皇を祀るため 1890年創建)
近江神宮 滋賀県大津市
平安神宮 京都市左京区
明治神宮 東京都渋谷区
靖国神社 東京都千代田区
宇佐神宮 大分県宇佐市(八幡神社発祥総本社)
香椎宮 福岡市東区(古くから朝廷や武家のの崇敬厚い)
朝鮮神宮 京畿道京城府
賀茂神社 京都市北区・左京区
石清水八幡宮 京都府八幡市(日本三大八幡宮のひとつ)  
熱田神宮 名古屋市熱田区(創建113年。三種の神器の一つである草薙剣が神体)
春日大社 奈良県奈良市(768年(神護景雲2年)に
            藤原永手が鹿島の武甕槌命、香取の経津主命と、
            枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、
            御蓋山の麓の四殿の社殿を造営したのをもって創祀としている。)



566 :天之御名無主:2010/03/26(金) 23:52:59
そもそも邪馬台国は出雲にあったのでは?

567 :天之御名無主:2010/03/27(土) 01:32:53
ts

568 :天之御名無主:2010/03/27(土) 07:21:59
百済人が大韓半島の高天原から出港したどり着いたのが出雲だと伝わる

569 :天之御名無主:2010/03/27(土) 11:43:48
昨年見たKBSテレビの歴史番組で見ました

新羅のある夫婦が相次いで岩(船)に乗って日本に渡り王と王妃になったという神話
「延鳥郎と細鳥女」=三国遺事より。
現 慶尚北道浦項市ホミ湾から二人は日本に渡ったとされ浦項では延鳥郎と細鳥女を
日と月の精霊と信じている
ホミ岬には二人の立派な銅像があり市では昨年から、二人を親慕する祭事を行っている

570 :天之御名無主:2010/03/27(土) 11:57:46
二人が日本に渡ったのは西暦157年(三国遺事による)
その時期は新羅第8代阿達羅王の時代で 初期新羅が急激に膨張した時期で
韓半島東側では領土争いが激しかった 各地域を治めた群小勢力を国家体系に服属させる征服戦争が絶えなかった
延鳥郎と細鳥女の勢力は服属を拒んで結局は脱出を選んだのではないかと言われる
外勢に服属するよりも新天地日本を選んだ政治的亡命者だった という解釈 
 

571 :天之御名無主:2010/03/27(土) 12:20:22
延鳥郎と細鳥女の勢力が1番最初に着いたのは
島根県隠岐島ではないかと言われるが不明。
隠岐の図書館に残る「伊未自 由来記」には
隠岐に住みついた木の葉比等は1組の男女だったと記されているが獣の皮と木の皮を着ていたとされることから
延鳥郎 細鳥女ではなくもっと以前の時代の人物だろう
隠岐の一番古い民謡に韓国語と日本語が混ざった歌詞の歌もあるにはある。


572 :天之御名無主:2010/03/28(日) 09:40:58
>>569
> 昨年から、二人を親慕する祭事を行っている
いかにも歴史コリエイトな臭いがw

573 :天之御名無主:2010/03/28(日) 09:56:30
日本語と言うものは存在しない
百済人が東韓を征服した時点で東韓に生息していた類人猿(ブタアシザル)は火も言葉も知らなかったからであり
古朝鮮語がブタアシザルの未開性により劣化したものが日本語と呼ばれているに過ぎないのだ

574 :天之御名無主:2010/03/29(月) 15:15:09
と劣等朝鮮人が妄想しています

575 :天之御名無主:2010/05/10(月) 02:06:02
>>573
日本語、韓国語、琉球方言

 縄文系のY染色体の異常な増殖は、言語学による知見とも整合する。
日本語は朝鮮語と余り似ていないのである。

 安本美典博士による計量言語学の研究によれば(『日本語と日本語の起源』[1991] 毎日新聞社、
『新・朝鮮語で万葉集は解読できない』[1991]JICC出版局などを参照)、首里語(琉球方言)は日本語に近く、
孤立語の日本語からするとほとんど方言にすぎない。しかし、日本語と韓国語はかなり異なる。
文法以外に類縁性を見いだせないほど離れている。韓国語と日本語より、日本語とアイヌ語の方が近い。

http://kuroneko.blogdns.net/HP/aicient-Japanese/Japan-Koria.htm

576 :天之御名無主:2010/05/18(火) 21:52:53
コックリさんは高句麗さんだという説がある。
新羅に滅ぼされた高句麗人の怨念を慰める鎮魂の儀式だというのだ。

孤語だとされる日本語が、既に死語となっている高句麗語の残滓である可能性は高い。
日本語の持つ、中国語との構造的類似の特徴を持ちながらもアルタイ系の発音に属し
先住民アイヌ語との相関性も低いという特徴を上手く説明できるのではないか。
・・・誰かが高句麗語を復活させてくれれば、の話だが。

577 :天之御名無主:2010/05/21(金) 05:48:07
アイヌ語と日本語と琉球語は共通点が多いんだが・・・

578 :天之御名無主:2010/05/21(金) 12:42:08
アイヌ語と日本語が似ているのはアイヌが日本語から借用した単語が多いだけである
日本語と言うものは日本支配者であった古朝鮮民族が使ったいた言葉であるので
古朝鮮から派生した高句麗や新羅や百済言語と同根であるので
類似していると言うよりほぼ同じ言語であると言えるであろう

579 :天之御名無主:2010/05/21(金) 13:43:24
なんだ、そのパターンか。


日本語、韓国語、琉球方言

 縄文系のY染色体の異常な増殖は、言語学による知見とも整合する。日本語は朝鮮語と余り似ていないのである。
安本美典博士による計量言語学の研究によれば(『日本語と日本語の起源』[1991]毎日新聞社、『新・朝鮮語で万葉集は解読できない』[1991]JICC出版局などを参照)、
首里語(琉球方言)は日本語に近く、孤立語の日本語からするとほとんど方言にすぎない。しかし、日本語と韓国語はかなり異なる。文法以外に類縁性を見いだせないほど離れている。
韓国語と日本語より、日本語とアイヌ語の方が近い。
 また、上古日本語(奈良時代ぐらいの近畿方言だと考えて良い)と現在日本語(東京方言)も、首里方言ぐらいの差しかない。
古代朝鮮語はほとんど分かっていないため、高麗朝の中期朝鮮語と現代朝鮮語を比べても余り変わらない。言語は時間に対して頑健なのである。
 しかし、日本語は現代語も上古代語も、現代および中期朝鮮語とはかけ離れている。基礎二百語の音の類似度から測って、
日本語と現代朝鮮語の距離がどれだけ離れているかを他言語と比較すると、日本語とカンボジア語、ネパール語、ベンガル語、インドネシア語、
アタヤル語(台湾先住民の方言の一つ)くらい離れている。ついでに安本博士の計った言語の中で日本語と5%有意に関係のある言語を述べると、クラマス語(アメリカ先住民の言語の一つ)、中期朝鮮語、北京方言、客家語である。
 その上、中期朝鮮語より、現代朝鮮語の方が、なぜかずっと日本語に近い! 古代の朝鮮語と日本語が現在より似ていたという証拠はほとんどない。むしろ逆なのである。

http://www.wired.com/images/article/wide/2007/06/human_genographic_project_wide.jpg
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:gruMe5Pi8X8J:kuroneko.blogdns.net/HP/aicient-Japanese/Japan-Koria.htm+http://kuroneko.blogdns.net/HP/aicient-Japanese/Japan-Koria.htm&hl=ja&client=firefox-a&gl=jp&strip=1
http://suttonde.exblog.jp/9202187/
http://megalodon.jp/2008-0711-2149-12/suttonde.exblog.jp/9202187/


580 :天之御名無主:2010/05/23(日) 08:31:23
〜だっちゅーの は高句麗語

581 :天之御名無主:2010/05/23(日) 12:12:29
> その上、中期朝鮮語より、現代朝鮮語の方が、なぜかずっと日本語に近い!

何故かってか、併合中に色々な概念を教えてやったからだろ
感謝とか約束とか半万年も持ってなかった民族だぜ
日本語の祖の訳が無いw
それどころか、現代朝鮮語の祖は日本語と言える

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