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習合について

1 :天之御名無主:2008/04/23(水) 00:56:30
例えば、八坂神社に祭られているスサノオ神は、牛頭大王やはたまた蘇民将来伝においては
北の海の神などとされ、それらが習合(同一神の異名扱い?)した状態が現在の形であると
されていると思う。
それでは、その習合する以前の形である牛頭大王などは、スサノオ神そのものであり、単に
以前はそういう名前で呼ばれていた神が、名前を変えて変化したに過ぎないのだろうか?
もともと名前のあった神は、単独で存在していて、スサノオ神と牛頭大王は別個の独立した
存在だったんではないのかと思うが、異名扱いされているようで、そのあたりの扱いが、本
を見てもネットで見てもよく判らない。
その他の習合に関することでもいいので、存分に語って欲しい。



2 :天之御名無主:2008/04/23(水) 17:11:00
>>1
もし仕事に行きたくなくなったら、そのまま反対の電車に乗って、
海を見に行くといいよ。

海辺の酒屋でビールとピーナツ買って、海岸に座って
陽に当たりながら飲むといいよ。

ビールが無くなったら、そのまま仰向けに寝ころんで、
流れる雲をずっと眺めるといいよ。

そんな穏やかな時間がキミを待ってるのに、何も無理して
仕事になんか行く必要ないよ。

3 :山野野衾 ◆jBrGNc9rBQ :2008/04/23(水) 18:06:28
>>1
もう一寸日本語を分かり易く整理された方がよろしかったのでは。
唐突な表現を重ねたようで、読み難いですよ。

祇園社について言えば、10世紀に成立した祇園天神を祭神とする祇園感神
院を原型とするもので、鎌倉時代までには祭神を牛頭天王とも呼んでいます。
これが素戔鳴尊と同一視されるようになるのは、ト部氏が編纂した『釈日本
紀』以降でしょう。
『釈日本紀』には有名な『備後国風土記』逸文とされるものが引用されてい
ますが、風土記の文章とは思えない内容で、比較的近い時代にト部氏が自氏
に都合よく製作したもののようです。

つまり、元々素戔鳴尊とは無関係な神格です。
>その習合する以前の形である牛頭大王などは、スサノオ神そのものであり
この文章だと素戔鳴尊に牛頭天皇がくっついたように読めますよ。
八坂は通称としては江戸期まで遡れるかもしれませんが、江戸期までは延暦
寺を本山とする祇園社で、元々寺院としての性格が強かった所では。

それと「習合」という言葉は対等な者同士の結合を意識させますが、これは元
々神仏判然を志向していた神道家たちが仏と神を対等な存在であるかのように
主張して使い出した言葉で、(歴史的経緯とは別に)当時の信仰面では本地仏
などを中心に他の性格が垂迹扱いで存在するものとして意識されていたことは
心にとめておく必要があります。

>スサノオ神と牛頭大王は別個の独立した存在だったんではないのかと思うが
結論から言えば、その通りです。かなり乱暴に書籍を読んでいても出て来る結
論だと思いますが、まあ現在の八坂神社は「神道」系で、仏教系の神格について
は「黒歴史」扱いですからね。元は宮寺のくせに。

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