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神武東征は事実か神話か

1 :天之御名無主:2007/02/27(火) 17:35:09
関東各地に残る神武天皇の足跡。
しかし神武天皇は神話の天皇と言われもする。
いったいどういうことなのか。

2 :天之御名無主:2007/02/27(火) 18:36:55
かわいそうだから2ゲット!

3 :天之御名無主:2007/02/27(火) 22:01:14
神武天皇が何故神話的、伝説的と言われるのか?

理由は簡単、同時代の文字資料が無いから。

雄略天皇は稲荷山古墳の鉄剣銘に「ワカタケル」の名前が確認され、「宋書」などの中国史書により(倭の五王)、雄略の曾祖父応神天皇辺りまでは実在しただろうと考えらてれる。

文字で記録する以前は先史時代となり、先史時代の人物の事蹟を歴史として証明するのは、まず不可能。

4 :天之御名無主:2007/02/28(水) 01:25:15
証拠の無い事柄を事実と言われてもなあ。

5 :天之御名無主:2007/02/28(水) 01:50:10
神武が辿り着いたとされる埼玉の鷲宮神社は
正式に認められてないらしいけどなんで?

6 :天之御名無主:2007/02/28(水) 03:04:29
まず、日本書紀に神武が辿りついたという記述があるかどうかが問題。

その上で、地域の神武に関する伝承を集め整理し、神武の行動を再構成出来れば一つの仮説になるかもしんが。


7 :天之御名無主:2007/02/28(水) 10:38:33
古代日本において先端文化や技術が渡来人の影響を受けた北九州から
畿内に移動したのは事実。
それが一人の王(神武?)の間の出来事なのか、何世代にも渡った
緩やかな勢力移動なのか、それはわからん。
ただ事実上の初代天皇と言われる崇神天皇も成り上がりではなく、前
に何代も血縁の大王がいたようだから、神武のモデルになったような
王はいたのかもしれない。
個人的には神武は大和武尊と同様、物語化する過程で象徴的なエピソード
を持つ複数の人物を統合させた架空の人物だと思う。

8 :天之御名無主:2007/03/01(木) 04:53:45
>>7
に同意する。九州高千穂あたりから大きな勢力が近畿方面に抜けて、出雲の大国主や
熊野の長脛彦あたりを征服。しかも裏切りや寝返り色香やらかなり卑劣な方法とって征服
してる。ただ神武にあたる存在はいたと思ってる。もちろん脚色みたいなのはされてるだろうが。


9 :天之御名無主:2007/03/01(木) 09:31:12
鷲宮神社の由来は怪しいが、創建が出雲族によることは確かなようす

10 :天之御名無主:2007/03/04(日) 04:19:24
>>1えーと、、、
「神武東征」は九州から畿内への移動だから、
関東には足跡を残していないと思います。

関東に東征したのは日本武尊(ヤマトタケルノミコト)ですね。
日本武尊ならば、関東各地に伝説が残っています。

>>5>>9
埼玉の鷲宮神社にも日本武尊の伝説がありますが、
やはり学問的な確証には欠けるようですね。

こうした伝説には、中世・近世に生まれたものも多いので
(特に神社縁起は後代の創作が大半とされる)
歴史的事実とみるには抵抗があるのでしょうね。

11 :天之御名無主:2007/03/04(日) 21:19:38
>7-8
基本的な質問で恐縮ですが…

東征した神武のモデル=先進技術を持った北九州の勢力ならば、
何故に出発点(降臨地)が北九州ではなく、大陸からの玄関口とは言いがたい日向高千穂なのですか?

12 :天之御名無主:2007/03/04(日) 21:25:31
>>3
考古学板向けのネタだよねえ

13 :天之御名無主:2007/03/05(月) 21:25:37
>>11
後の大和朝廷につながる有力豪族が北九州にいたとして、その先祖は
日向あたりの猟師や狩人からのし上がってきたかもしれない。
何世代にも渡る権力者の系譜と移動とその記憶が神武という架空の人物に
集約されたということじゃないの?


14 :天之御名無主:2007/03/06(火) 01:55:50
日本古代史の謎が解明される。

邪馬台国総論
http://yamatonokuni.seesaa.net/

15 :天之御名無主:2007/03/06(火) 06:09:44
民神板的には
「神武神話」がいつごろ確立したか
ってことなんじゃないのかな。かなり新しいとは思うけれど

16 :天之御名無主:2007/03/06(火) 19:06:50
記紀編纂以前については確かめようがないよね。

福岡の郷土史家が記紀と伝承を基に神功皇后の行動を再構成して、それなりにつじつまの合う行動に再現してるけど、仮説の域を出るものじゃないしね。

フィールドワークで集めた伝承も起源が何時かは定かじゃない。

まぁ、それでも神功皇后の伝承は豊富にあるから、全く根も葉も無いとは思わんけどね。

しかし、神武天皇は大和に入って即位してからの記述がない。
記紀編纂の時点で神武に関する情報があったとしても、せいぜい名前とか初代とか東征したとかいった断片的な情報しか無かったと思う。

17 :天之御名無主:2007/03/06(火) 19:32:09
最初に東征したのは火明命。記紀にも書いてあるだろう。
神武は遅れて入っている。
ちなみに火明命の東征については海部氏勘注系図に詳しい。

18 :天之御名無主:2007/03/08(木) 20:05:30
神武天皇はアレキサンダー大王をモデルしたものだってことは既に明らかですよね。

19 :天之御名無主:2007/03/09(金) 21:44:41
>>11
日向の地から太陽神の霊感が発せられていたからだよ。

20 :天之御名無主:2007/03/09(金) 21:53:28
宗教(祭祀)と科学(技術)はもともと兄弟みたいなものなのだ。
「先進技術を持った集団」といえば技術だけに秀でた集団と
考えるのは現代的思考だろう。

21 :天之御名無主:2007/03/10(土) 14:20:20
猿田彦は先遣隊長だったんだろうな
西洋人みたいな顔の特徴してるのが気になるが

22 :天之御名無主:2007/03/11(日) 23:16:15
21>>
猿田彦は天孫降臨に出てくる神様だよ。
神武東征の道案内をした国津神はシイネツヒコ(漢字わすれた)。
この神様、あんまり強そうぢゃない。
あと、タカクラジ、ヤタガラスなんてのもいたな。ほかにも協力者多数。

でも、神武東征と応神天皇の大和入りなんかは、完全に話がループしてるから、
天孫降臨や海幸山幸伝説も含めて、元は一つの出来事だったのかも。

ちなみに猿田彦はアメノウズメと結婚したあと地元の伊勢に帰り、平和に暮らして
いたが、あるとき貝に手をはさまれて海で溺れ氏んぢまったそうな。キノドク。

23 :天之御名無主:2007/03/22(木) 23:32:27
神武は、そのまんま知事だよ〜かつては、日向の国から、東京へ、東性したんだよ!!

24 :天之御名無主:2007/03/24(土) 18:56:00
>>23
まあ、世界史みれば首都が変わるなんて当たり前のことだけどな…


25 :天之御名無主:2007/03/24(土) 21:20:54
>>19
(・ω・)オカ板にカエレ!

26 :天之御名無主:2007/03/25(日) 17:20:19
>>18
偽史に出てくるウガヤ王朝76代だっけ?

ウガヤって朝鮮半島の伽耶語で上伽耶(国)と読めるんだってね。
しかも伽耶王朝は76代?までだそうで。

27 :天之御名無主:2007/03/30(金) 18:05:47
漢書で出てくる頃は日本は分裂してたから統一がいつからかはわからんよなあ…


28 :天之御名無主:2007/08/06(月) 18:03:31
>>26
それって、バカチョンのでっち上げじゃん。>>26はチョンかな?

29 :天之御名無主:2007/09/30(日) 03:21:05
バカチョンて言ってしまったら、チョンに決まってしまうだろw
実際、バカチョンの元の意味はそうでないようだけど。

30 :天之御名無主:2008/02/25(月) 22:44:19
>>17>>21
36 :天之御名無主:2007/07/01(日) 15:58:28
”サルタヒコとホノアカリとが同格神であった可能性は高い・・・”
伊勢神宮 ─森と平和の神殿 川添登 筑摩書房 2007/01/25 p183
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480842725/
さるたひこって…
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1121183006/36

31 :天之御名無主:2008/03/15(土) 22:18:30
奈良盆地は縄文時代は湖で、古墳時代になっても湿地帯だった。
神武東征の経路は、かつて湖、湿地帯であった土地をきれいに避けている。

32 :天之御名無主:2008/03/17(月) 20:58:12
神武天皇が即位したとされるB.C.660年は、
「軸の時代」のただ中に当たる。

33 :天之御名無主:2008/03/25(火) 10:13:51
応神天皇、建内宿禰が北九州から大和に進出したのともダブってるね。
建内宿禰(武内宿禰)の子供達は北九州出身節が強い。

34 :天之御名無主:2008/04/27(日) 17:35:23
保守

35 :天之御名無主:2008/04/28(月) 23:36:54
遅レスにも程があるが

>>29
カメラのアレの呼称に関しては
「バカ」でも「チョン」でも使える簡単なカメラ、
って事でそう呼ばれてると聞いたことがあるのだけど…都市伝説?

36 :天之御名無主:2008/05/02(金) 17:54:21
>>11
天皇家の太陽神子孫思想に基づくらしいよ。
「天神=日神の子孫であるニニギノミコトが降り立つにふさわしい場所・・・
太陽が上る方角に位置している・・・南九州の日向が・・・えらばれ・・・」
天皇誕生 遠山美都男 中公新書1568 2001.1 p37
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0101044593

37 :天之御名無主:2008/05/02(金) 23:32:24
コノハナサクヤヒメの別名がカムアタツヒメで隼人系でしたっけ。


38 :天之御名無主:2008/05/03(土) 13:44:57
記紀では隼人の祖と皇室の祖が縁戚関係になっていなかったっけ?

39 :天之御名無主:2008/05/03(土) 15:31:33
隼人や蝦夷は現日本人なのに、後の大和に虐められました。


40 :天之御名無主:2008/05/03(土) 18:12:35
>>39
大和言葉も喋れないやつが、大和民族なんだからよw

41 :天之御名無主:2008/05/04(日) 10:52:00
墳墓に鏡剣珠を埋葬する習慣は、3世紀ごろ、九州から近畿に移っている。
考古学的事実が、東征を証明している。

42 :天之御名無主:2008/05/04(日) 16:42:13
東征の主力は水軍か?(当時の道路事情)

東征には隼人軍団も加勢していたのか?

43 :天之御名無主:2008/05/04(日) 18:26:50
多分そうだと思うよ。

44 :天之御名無主:2008/05/04(日) 22:43:09
氷河期終わり頃からでは
人類が日本列島で繁栄できる場所は
南九州ぐらいに限定されます。
考古学的事実です。

45 :天之御名無主:2008/05/04(日) 22:47:49
たしか上高森遺跡

46 :天之御名無主:2008/05/04(日) 22:51:59
>>42
主力は水軍。隼人は海人。

47 :天之御名無主:2008/05/04(日) 23:24:06

書紀では神武は東征後に郊祭(祀)をしているんだ。場所も特定されている。
郊祭(祀)は中国では天子が行なう祭祀なんだ。なぜ神武が中国の祭祀をするか?
書紀の記述からは、はっきり郊祭(祀)の意味を認識しているようにみえる。

48 :天之御名無主:2008/05/06(火) 09:00:38
書紀の作家の中に中国人が参加していただけだろ。
書紀には漢籍からの明らかなパクリもあるし。

49 :天之御名無主:2008/05/10(土) 09:58:24
>>47
伏義つながりだから

50 :天之御名無主:2008/05/10(土) 11:19:08
>>47

神武=徐福なら中国祭祀にはくわしいはず。

51 :天之御名無主:2008/05/11(日) 02:53:52
諸君らは知るか?
江戸時代に日向(宮崎県)で古代中国の祭器が発見されたるを!
しかし金印に匹敵する、この発見は何故か無視されてきた…

52 :天之御名無主:2008/05/11(日) 04:00:37
>>51
ネットでkwsk読めるとこある?

53 :天之御名無主:2008/05/11(日) 11:45:24
>>52
>>51じゃないけど
たぶんコレのことだと思う



ttp://www.city.kushima.miyazaki.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020000&WIT_oid=icityv2::Contents::2823

面白いモノだと思うのに、原田実って人の本以外で取り上げられたのは知らないんだよなぁ

54 :⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒○ :2008/05/11(日) 20:20:30
 
日ユ同祖論(1) 神武東征
http://kuwappa.livedoor.biz/archives/50386937.html

境目
http://diarynote.jp/d/36488/_0_1320.html

神武東征
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=2&nid=1931046&st=writer_id&sw=jugemujugemu&start_range=1930987&end_range=1933039

倭国、大和国とヘブライ王国  ENTRY ARCHIVE 2005年09月  神武東征を読む
http://blog.goo.ne.jp/n_ishii517/m/200509

日本と古代ヘブライの共通点メモ
http://yawatakoma.blog46.fc2.com/blog-entry-281.html

磐余で天下を治めた「神倭伊波禮毘古」
http://blogs.yahoo.co.jp/leg1723/36027569.html

日本に来たユダヤの民 (古代日本謎の中東思想渡来考)
http://www.asyura2.com/0411/bd38/msg/790.html

聖徳太子の正体と2人のメシアの謎
http://get-astep-ahead.seesaa.net/article/55714287.html

日本大好きNo71 神の字が付く地名とユダヤ
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2007-05-14

55 :52:2008/05/11(日) 21:07:39
>>53
出掛けてて遅くなったがURLありがとん。すごく面白いねー。
串間あたりの首長が国交交易により周王からもらったかも知れないし、
周王から授与された大陸人がそれを身につけ来日しただけかも知れないが、
モノとして非常に古いわけじゃん。もっと積極的に研究されてもいいよな。

56 :天之御名無主:2008/05/13(火) 16:34:26
「串間の穀璧」が「志賀島の金印」ほど有名じゃないのは、現物を所有しているのが国ではなく民間だから。
歴史好きを自認する奴でも知らないのが多いから、そいつの知識をはかるリトマス試験紙になるよw

57 :天之御名無主:2008/05/14(水) 13:26:01
>呉の国は戦には敗れたが水軍は健在であった。
「この呉の国王夫差か、その子孫が穀璧を持って海流を利用し島伝いに串間に
亡命したという説」もある。
いずれにせよ、この穀璧を持つ子爵の位の人が串間にいたことには間違いはない。



ありうる話だけど、海流の関係で、呉から倭に逃げた場合には宮崎県ではなく
九州西岸に漂着するような気がするんだが。

58 :天之御名無主:2008/05/14(水) 13:28:11
神武軍団の戦法は原始的な手口であり
中国の兵法や技術を駆使した戦法が見られないようにも思われる。

59 :天之御名無主:2008/05/14(水) 14:40:11
>>57
漂着した場所から、より立地の良い所に移動したとも考えないのか?

60 :天之御名無主:2008/05/14(水) 15:16:43
>58
戦国時代でも、孫子の兵法は知られてたけど、
山がちな日本では、平野での決戦を基本とした兵法は難しかった…んじゃないの?


61 :天之御名無主:2008/05/16(金) 19:53:18
なんかネタないか?

62 :天之御名無主:2008/05/24(土) 20:44:13
保守あげ。



63 :天之御名無主:2008/05/25(日) 00:39:41
>>61
あるよムーを読め

64 :天之御名無主:2008/05/25(日) 11:41:53
>>61
神武の部族は、邪馬台国勢力に九州から追い出された?
”(天孫族は)3世紀初の加羅からの降臨の後・・・北九州の制覇を目指したが・・・邪馬台国
連盟から圧迫を受け・・・やむをえず東征に出ざるを得なかったのではないか・・・・・”
倭人と韓人 上垣外憲一 講談社学術文庫 2003 p56
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4061596233.html

65 :天之御名無主:2008/05/25(日) 13:25:26
天孫族の故郷は韓国の「金海」付近という説もあるね。

66 :天之御名無主:2008/05/25(日) 19:16:41
>>64
邪馬台国の一部が東遷したと考える方が自然。

67 :天之御名無主:2008/05/25(日) 20:33:04
>>65
天孫族の故郷は、金官伽耶(金海市)でなく大伽耶(高霊)だろ?

68 :天之御名無主:2008/05/25(日) 23:42:03
高霊のいい写真ウェブのどこかにないだろうか。

69 :天之御名無主:2008/05/26(月) 09:19:33
ttp://www.nishida-s.com/main/categ2/korea-2/korea-2.htm

高天原故地

70 :天之御名無主:2008/05/26(月) 09:20:35
でも考古学の裏づけはとれていないからなあ。

71 :天之御名無主:2008/05/26(月) 20:14:10
高天原は九州。

72 :天之御名無主:2008/06/05(木) 19:37:34
2世紀頃までは関東から西の各地に経済圏というか
ローカルな首長の勢力圏がいくつか並んでた。
それぞれ他の勢力を仮想敵国にしていて、実際戦争もあった。
けど絶対的に強い勢力はまだなかった。

3世紀始め頃に、奈良盆地や大阪平野を中心として
東海から中国四国までのあたりを統括する政権が発足。
岡山、徳島の勢力も政権樹立の際中心にいた可能性があるが、
各勢力の合意のもとにできた連立政権っぽい。戦争の形跡はない。
その少し後に九州北部の勢力もこれに参加。

これが考古学で分かる範囲で、九州勢が近畿を征服するシナリオは
成立しがたい。

5世紀頃まで、今の大阪平野の真ん中へんは河内潟という海だった。
記紀が書かれた8世紀にはもう河内潟はなくなって陸地になってた。
神武東征では河内潟沿いの港に軍を上陸させる話があるので、
東征の伝説は少なくとも記紀が書かれた時点で300年以上遡る、
とどこかで読んだ…もしも何らかの事実を反映しているなら。

73 :天之御名無主:2008/06/05(木) 19:57:31
>>72 ウソつくな。 九州王朝は事実。 少なくとも7世紀初頭まで九州王朝が実権を持っていた。
鉄器の出土を見ればわかるだろう。
九州から東征したのは全ての史実が物語っている。

74 :天之御名無主:2008/06/08(日) 10:30:59
入京の案内したカモ氏は、当時の大和の一大勢力だったんだね。
”神武天皇の東征を先導したヤタガラスの後というカモ氏は、葛城の鴨君(のち賀茂
朝臣)と山城葛野の賀茂県主に分立・・・彼らが奉斎した鴨都波神社の鎮座地が弥生
時代の拠点的大集落である御所市鴨都波遺跡である・・・・・”
神々と肉食の古代史 平林章仁 吉川弘文館 2007/06 p60
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4642079777.html

75 :天之御名無主:2008/06/08(日) 10:53:58
東征が事実とした場合、
吉備勢力の協力(兵站とか)をとりつけていたんだろうか?

76 :天之御名無主:2008/06/08(日) 12:32:00
>>73
電波は巣に帰れ。
神武東征と九州王朝説は何の関係もない。

77 :天之御名無主:2008/06/09(月) 12:23:24
南九州の日向から出発したとは書かれていない。
筑紫の日向から出発したんだから、北九州の日向以外にないだろう。

78 :天之御名無主:2008/06/09(月) 13:00:46
近畿王朝の元号は、701年の大宝から。 その前の朱鳥、白雉は九州元号でそれまで近畿王朝は元号を持っていなかった。
九州元号は、継体(517年)から元号を使っていたし、中国、韓国の歴史書にも九州元号が記録されている。
海外と行き来するのに元号を持たない国なんて有りえない。

79 :天之御名無主:2008/06/09(月) 13:03:17
大体高千穂峡ってあんな山奥に少しの間でも朝廷が有ることなんてありえない。
行った事も無い近畿のバカ者が勝手にでっち上げただけ・

80 :天之御名無主:2008/06/09(月) 13:15:16
九州元号
http://www.interq.or.jp/www-user/fuushi/5-anc/siryou/e-kyusyuGkawa.htm

81 :天之御名無主:2008/06/09(月) 17:49:48
神武天皇=景行天皇だろ。 神功皇后と武内宿禰は200〜500年くらいの間の出来事を2人の話にでっち上げ。
卑弥呼は=天造日女命=日女命=大倭命

82 :天之御名無主:2008/06/10(火) 16:21:38
そういやこいつが面白かったな
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1070731657/468,470

83 :天之御名無主:2008/06/10(火) 20:15:52
>>79
あほか。だからこそ信憑性があるんだろうが。

84 :天之御名無主:2008/06/11(水) 16:41:35
霧島連峰にもカラクニ岳と言うのが有るけどカラクニが見えるわけが無い。

85 :天之御名無主:2008/06/11(水) 17:03:06
カラクニから着た人が近辺に住み着いた、って意味なんだろうか?

86 :天之御名無主:2008/06/11(水) 17:13:11
違う。 宮崎に行ってみると解るけど全ての地名が神話に出てくる地名。
大学の倫理の時に神話の講義が有ったが、次から次に宮崎の地名が出てきてびっくりした。
戦前の道徳教育用のでっち上げ神話か、後から適当に宮崎の地名をすり替えたかのどちらか。
古事記をかじってもそんな地名は出てこない。
宮崎市内近辺の地名が多かった。
宮崎の平和台は皇紀2600年を記念して建てられた。

87 :天之御名無主:2008/06/18(水) 01:33:56
津軽外三郡誌に十三湊を支配した蝦夷安東氏、荒覇吐一族に神武天皇と
倭で争って敗れた長脛彦の話が出てくるしぃ。

88 :天之御名無主:2008/06/18(水) 01:35:55
海彦山彦の兄弟喧嘩!しかも山彦は長脛彦だし。

89 :天之御名無主:2008/06/18(水) 16:48:37
津軽外三郡誌は

「神武天皇の本名はサヌで、台湾の高砂族」

みたいなことを書いているな。

90 :天之御名無主:2008/06/18(水) 18:46:03
台湾の高砂族なんて新しい時代のデッチ上げだろw

91 :天之御名無主:2008/06/18(水) 19:02:45
>>86
>大学の倫理の時に神話の講義が有ったが、次から次に宮崎の地名が出てきてびっくりした。
>戦前の道徳教育用のでっち上げ神話か、後から適当に宮崎の地名をすり替えたかのどちらか。

学生がわかりやすいように現代の地名で解説したとは考えんのか?

92 :天之御名無主:2008/06/19(木) 04:41:14
サノだからスサノオと同一なのかもしれんな

93 :天之御名無主:2008/06/19(木) 09:46:04
高砂族とは書いていない。

「台湾の原住民族」のような書き方をしている。

ただし、それだと高砂族っぽい首切りの風習が神武軍にはないなあ。

神武側近が顔に刺青をしていた記録(というか神話伝承)はあるが。

94 :天之御名無主:2008/06/19(木) 09:47:29
正確には台湾とも書いていない。

南方の島と書いてある。

フィリピンやポリネシアや海南島ではないだろうから、やはり台湾だろう。

95 :天之御名無主:2008/06/19(木) 10:04:08
>>91 >学生がわかりやすいように現代の地名で解説したとは考えんのか?

そんなの意味無い。 宮崎に住んだことが有る人にしかわからない地名だから、
東京の一般学生にとってはアメリカの地名と同じ事。
もううろ覚えだが、「ヒトツバ」の浜で目を洗ったとか。 
大淀位は聞いたことが有る人がいても一ツ葉を知っている人は少ないだろう。

96 :天之御名無主:2008/06/22(日) 00:50:12
東日流外三郡誌wwwwww

>>95
それじゃ
>戦前の道徳教育用のでっち上げ神話
でも
>後から適当に宮崎の地名をすり替えた
のどちらでもないだろ。
そんな誰も知らない、神話にも出てこない地名じゃな。

単なる教授の趣味の世界っぽいな。

97 :天之御名無主:2008/06/22(日) 16:38:35
教授の宮崎が舞台の邪気眼物語を聞かされたのか

98 :天之御名無主:2008/06/23(月) 11:25:51
黄泉の国
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/chiiki/h-mythroad_story/shinwa/03.html
イザナギのみそぎ  「橘」「小戸」 「阿波岐原」
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/chiiki/h-mythroad_story/shinwa/04.html
橘公園は大淀川沿いの有名な公園 小戸神社も有る。
阿波岐原はシーガイアのある一ツ葉海岸の一角の地名

大学の時に聞いた話はもっと詳しくもっと沢山の地名が出てきていた。
ヒトツバと言う地名も出てきたと思う。

しかし、筑紫の日向の海でみそぎをしたと書いてあるのに、
南九州の日向の海とすり替えるのは無理が有りすぎる。
南九州の日向は神武天皇が行った時に付けた名前だと言う事になっている。

当然福岡にも筑紫の日向の小戸は有る。
http://nonbiri.boo.jp/sinwa%2018.html

99 :天之御名無主:2008/06/23(月) 23:09:47
でも日向三代の「日向」は、細かい場所の特定はともかく、宮崎県と言うことで研究者の意見が一致してるよね。

100 :天之御名無主:2008/06/24(火) 07:13:20
>>99
否、降臨したのは、筑紫のクシ岳近辺の日向説もある。

101 :天之御名無主:2008/06/29(日) 10:58:55
>>100
書紀には「日向の襲(そ)」と、大隅の古名があり、薩摩の古名の吾田から妻をめとっている以上、
南九州であることは明らか。
また、山幸彦を隼人の祖とするなど、南九州とのつながりを示唆している。

102 :天之御名無主:2008/06/29(日) 12:44:58
神武東征軍に隼人兵が加勢していた傍証みたいなのはあるだろうか?

103 :天之御名無主:2008/07/21(月) 18:09:17
>>101
神武の妻は、大和在の大物主女の媛蹈鞴五十鈴比売だろが。

104 :天之御名無主:2008/07/21(月) 18:48:07
>>103
ニニギの話だよ。

105 :天之御名無主:2008/07/23(水) 18:07:32
アレクサンダー大王はギリシアからみればマケドニアという蛮地から出てきた。
神武天皇も同じ。
不毛な地から豊穣な地を目指す。
何も不思議なところはない。


106 :天之御名無主:2008/07/24(木) 15:36:27
不毛な地とはどこの事だよ。 地理を知らないボンボンかな。

107 :天之御名無主:2008/07/24(木) 15:45:49
>>105ではないが、そういう記述はあるよ。「背宍の空国」
南九州は火山灰土で、当時の技術では稲作の生産性が低かった。


108 :天之御名無主:2008/07/24(木) 17:26:20
>>107 有難う、その言葉は知らなかったので今調べたけど、不毛の地などと解釈するのはおかしい。
背宍(おいしい鹿の背の肉)が食べられるカラクニ(現在の韓国岳=カラクニダケ)を通って薩摩に行った と書かれてるだけじゃないか。

権力者は、豊穣の地からしか生まれない。 筑紫の日向 辺りは稲作が盛んだった。

それに 日向が宮崎だとしても宮崎辺りは火山灰土壌じゃないぞ。 
あそこを火山灰土壌と言うなら日本中が火山灰土壌だよ。
肥沃な土地で遊んでいても暮らしていける位豊だよ。 食べ物には決して困らない土地。

109 :天之御名無主:2008/07/24(木) 21:51:38
素人ですが神武東征って非常に興味あります。
仮に九州から東征したのならば理由はなんだったんですかね?
増えすぎた人口を養う為?雲仙普賢岳や桜島が噴火したり、台風による水害や
日照りが続いて米や農作物が不作だった?そもそも古代の九州は今とおんなじ
地形だったんですかね?理由がなければ東征なんかしないと思うんですけど。
神話って全部嘘ってわけではないと思います。
当時の自然状況や環境がわかれば何か分かるかもですね。


110 :天之御名無主:2008/07/24(木) 22:00:05
>>104
瓊々杵の妻は、吾田国の海人でなく大山津見女の木花開耶姫のはずだが。

111 :天之御名無主:2008/07/25(金) 22:09:51
>>108
韓国(からくに)は韓国で記載されているし、「空国」は通常「むなくに」「むなしくに」と読まれている。
「背宍の空国」は、「背中の骨のまわりに肉がついていない痩せた体のように、荒れて不毛な地」という意味に解釈されている。

>>110
別名を神吾田鹿葦津姫。これは通常、「吾田の鹿葦津姫」と解釈される。
吾田津姫、鹿葦津姫とも言う。
なお、彼女を海人と書いた覚えはない。

112 :天之御名無主:2008/07/26(土) 08:56:04
>>101
瓊々杵が降臨したクシフル岳は筑紫の現直方市西方の六ヶ岳、吾田の笠沙岬は
現宗像市の草崎らしい。
イワレヒコに相当する人物が実在した2〜3世紀に、当時の北部九州住人が
稲作不毛の地の鹿児島県住人と交流したとは考えられない。
http://www.geocities.jp/oden1947/ninigizinmu.html

>>109
東征理由は>>64に。

113 :天之御名無主:2008/07/28(月) 10:32:24
高良大社文書『高良記』(中世末期成立)

百済からの降人の頭、百済氏が犬の面をつけて正月十五日に犬の舞を日本国の朝廷の守りとなって舞う行事が
今も高良大社で続いているということだが、初代高良玉 垂命がこの地に都をおいた時期、
四世紀末から五世紀初頭にかけて百済王族が捕虜となっていることを示している。
これに対応する記事が朝鮮半島側の史書『三国史記』百済本紀に見える。

「王、倭国と好(よしみ)を結び、太子腆支(てんし)を以て質と為す。」
(第三、阿[辛*]王六年<三九七>五月条)
「腆支王。<或は直支と云う。>……阿の在位第三年の年に立ちて太子と為る。六年、出でて倭国に質す。」
       (第三、腆支王即位前紀)
インターネット事務局注記2001.8.30
辛*は草冠編に辛です。
 
『三国史記』のこの記事によれば、三九七年に百済の太子で後に百済王となった腆支が倭国へ人質となって来ていたのだ。
この三九七年という年は、初代玉 垂命が没した三九〇年の後であることから、倭王讃の時代となろう。
『日本書紀』応神八年三月条に百済記からの引用として、百済王子直支の来朝のことが見えるが、
書紀本文には『高良記』のような具体的な記事はない。

すなわち、百済王子が人質として来た倭国とは、近畿天皇家ではなく、九州王朝の都、三瀦あるいは高良山だったのである。
 百済国王子による正月の犬の舞は、いわゆる獅子舞のルーツではないかと想像するのだが、
七支刀だけではなく王子までも人質に差し出さねばならなかったことを考えると、当時の百済と倭国の力関係がよく示された記事と思われる。
この後(四〇二)、新羅も倭国に王子(未斯欣)を人質に出していることを考えると、東アジアの軍事バランスが倭国優位 となっていたのであろうが、
倭の五王が中国への上表文にて、たびたび朝鮮半島(百済など)の支配権を認めることを要請しているのも、こうした力関係を背景にしていたのではあるまいか。


114 :天之御名無主:2008/07/28(月) 14:45:50
神武東征って
邪馬台国を盟主とするヤマト連合国の大王が「東征するから各国の
王や王子は小倉に全員集合!」っていう話ではないんですよね?
神武さんは当時日向にいた一豪族にすぎないの?現在の天皇の
ご先祖様なの?

115 :天之御名無主:2008/07/28(月) 16:02:12
>>114 そんなこと聞くな。 勝手に想像して面白がってればいいんだよ。

116 :天之御名無主:2008/07/28(月) 19:43:29
>>114
日向三代と初期天皇は、いずれも末子相続だが、ニニギノ命の父は、五男神の長子である天之忍穂耳命。
つまり神武帝の家系は、邪馬台国連合から見れば傍系ということ。
因みに九州王朝説はデムパ。


117 :天之御名無主:2008/07/28(月) 23:28:58
>>116
ありがとうございました。
勉強になりました!

118 :天之御名無主:2008/07/29(火) 09:38:20
>>116 高千穂なんて何もないぞ。 あんな山奥に豪族が育つはずもない。 古墳もそれらしきものも何もない。
もっともらしい観光名所が出来ているだけ。 かなり後世になって神楽とか持ち込まれたのだろう。
ずっと南の開けたところには西都原古墳群が有るが、高千穂とは全然違う。

119 :天之御名無主:2008/07/29(火) 09:43:33
>>116 全てが九州から始まっていると書かれているのに、九州王朝説がデムパとはこれいかに。
神武東征は信じて、九州王朝説を信じない方がおかしい。
近畿王朝は、大宝からしか年号を持っていないんだぞ。 正倉院書物も700年以降の書物しか保存されていない。
それ以前は全て九州年号で世界と交易をしていた。 
百済ですら年号を持っていたのに年号を持たない近畿王朝が交易しているはずがない。

120 :天之御名無主:2008/07/29(火) 10:10:31
で、九州王朝の年号は何なんだ?

121 :天之御名無主:2008/07/29(火) 21:51:31
>>118
その高千穂は神話に言う高千穂ではないらしいが、それでも弥生時代の遺跡がある。
天孫が降臨した高千穂は、韓国岳に向かい、襲の国にまたがる霧島山のあたり。
縄文時代から中世にまたがる複合遺跡、上野原遺跡がある。
九州時代の神武帝が、阿多の阿比良姫を娶ったという、文献上の裏付けもあるので
高千穂は霧島近辺であろう。
なお、一口に「高千穂の宮」と言っても、神代三山稜の位置を見るに、その所在地は一定ではなかったようである。

>>119
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%8E%8B%E6%9C%9D#.E5.95.8F.E9.A1.8C.E7.82.B9

122 :天之御名無主:2008/07/30(水) 07:44:50
こっちでも九州王朝かよ

123 :天之御名無主:2008/07/30(水) 11:22:36
>>121 霧島あたりと言う方がもっと信じられないけどな。  霧島連山を縦走したことが有るけどあんな所で生活できる訳が無い。
上野原遺跡なんて山じゃなく錦江湾に近いじゃない。 霧島連山をはるかかなたに臨む地。

124 :天之御名無主:2008/07/30(水) 19:31:59
>>123
おいおい、天孫は稲作民だよ。山の中に住むわけないだろ。
住んだのはあくまで平地、高千穂の峯ってのは、天から降って来たって建前だから山を選んだに過ぎん。
日向三代の勢力範囲はもっと広いし、高千穂の宮だって所在地は一定でないと書いたんだがな。

125 :天之御名無主:2008/07/31(木) 23:18:46
橿原在住の俺がきましたよ
天から天下るってのは韓国の神話との類似が否定できないな
なんで卵生神話を引き継いでないのか不思議っちゃ不思議だが

で、 アマ=天=海 というつながりがあるわけだ
九州から韓国を見たときに、海があって、その水平線は天とつながっていて
結局、「韓国から来る」「海から来る」「天から来る」というのが
全部、同義になってしまっていたとしても不思議ではないと思う

アマ族はカヤ(ミマナ)の追放された王族とかいうのが一番ありそうなんじゃないかね

126 :天之御名無主:2008/08/01(金) 00:34:25
海は上代では、単独で用いる場合、どこまで行っても「うみ」。
他の言い方をするとしたら「わた」。
「あま」は海部とか海人などで用いられる。
記紀に於いては「天」「海」「韓国」は厳然と区別されており、混同された形跡はない。
「天」=「海」でも苦しいのに、まして韓国と結びつけるなど、論理の飛躍も甚だしい。

127 :天之御名無主:2008/08/01(金) 13:15:11
天国から移動する際、どこでも天降っってるわけじゃないんだよね。
筑紫・出雲・韓に限定されてる。
てことは天国はその3地域に接してる地域。

128 :天之御名無主:2008/08/01(金) 18:22:42
その三か所は互いに海で隔てられてるんだが、と一応突っ込んでみる。

しかしその考えだと、



筑紫→出雲

日向の襲

の方がしっくりくるんじゃない?

129 :天之御名無主:2008/08/01(金) 19:26:29
いい突込みですね、まさしくそのとおり海域です。
その海域に点在する島々が天国。
壱岐、対馬、五島列島等。
古事記にそれらしきことが書いてあります。

ちなみにニニギは筑紫に天降ってますので筑紫は天国の対象外。

130 :天之御名無主:2008/08/01(金) 20:05:23
まあもともと倭人は半島南部から北九州にかけて住んでいた民族らしいが、
人口が集まってたのはやっぱり筑紫だよ。
つまり筑紫こそが高天原。
神武天皇は生産力の低い襲の国に追いやられた傍系の王子の子孫。

131 :天之御名無主:2008/08/01(金) 20:20:09
神武が傍系の王子ってのは同意。

ただ筑紫の古名は白日別。
壱岐=天比登都柱
対馬=天之狭手依比売
とは別のようです。
筑紫に天降ってる事も天国とは矛盾します。

132 :天之御名無主:2008/08/01(金) 21:53:38
>筑紫に天降ってる事も天国とは矛盾します。

それはあくまであなたの見解だから・・・

133 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:03:20
また、高天原が島嶼だとすると、対馬は良田無く、壱岐は少しあるが足りず、魚をとり、南北に船を出して交易している、
という、海洋民であることを示す魏志の記述と、稲作民であったとする記紀の記述が矛盾します。
ただあなたの意見にも一理あるので、天照大御神以前の高天原がそれらの島嶼で、
以降の高天原が筑紫だというのはどうでしょうか。
それだと、半島南部→島嶼→北九州という歴史的な流れも説明できます。

134 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:28:25
>>126
>記紀に於いては「天」「海」「韓国」は厳然と区別されており、混同された形跡はない。

概念として区別されていても、実際には「天から下る」ということは出来ないわけだから
異人は、「どこか」から来たわけだわな
その「どこか」とは、「どこか」が問題なわけだ

ちょっと驚いてるんだがね
韓国とか筑紫とか出雲に天下ったという記紀の記述によって、
「天」が韓国とか筑紫とか出雲であるとかいう議論をしてる人がいるのか?
天下ってきた人たちは、日本に土着していた人だと主張している人がいる?

「どこか」から、韓国とか筑紫とか出雲に来た、その「どこか」が、問題なのであって、
天族は、内陸人にとって、外からきた異人だということには、はじめから異論はないのかと思っていたのだがね

で、「天」が、対馬とか壱岐とかの島々を指すというのは
まだわからんでもないが、常識的に考えれば
日本に来れる場所で、人が住める陸地なんてのは限られてて
しかもある程度文明が進歩してて
内陸人を制圧できそうなところといえば
必然的に韓国か中国になっちまうと思うんだけどな



135 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:35:26
で、「天」「海」は混同されているわけではないかもしれないが
とこに内陸民から見て、異界として認識されている

神話では、はっきりと天孫と海神の娘が結婚して皇祖になっているわけだ
アマテラスとスサノヲの神話を見ても、天には田んぼがあるので、
天族が稲作の技術を持った渡来系で、
彼らが、日本沿岸もしくは島々に住む海族を巻き込んで
内陸民を支配するに至るという構図に見える

136 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:36:45
× とこに内陸民から見て、異界として認識されている

○ ともに、内陸民

137 :天之御名無主:2008/08/02(土) 05:45:59
目的は良田ですよね、きっと。
おっしゃるとおり島嶼には良田がない。
だがここには大陸技術が真っ先に入ってくる。
最新の武器で武装した軍団の豊穣の地への侵入。
それがニニギの天孫降臨、かな〜と。
以後は九州が舞台となるわけです。


138 :天之御名無主:2008/08/02(土) 20:03:20
つまり筑紫は豊穣の地だと。
それだと東征の動機が弱いのでは?
それに山幸彦海幸彦の話は、稲作だけでは食えないことを示しているとも考えられるので、
やはり天孫は生産力の低い土地にいたのでは?
また、イザナギが禊ぎをしたのが筑紫の海岸なら、その時点で天津神は筑紫にいたと考えるのが妥当では?
まあイザナギは当時既に信仰されていた神様だと思うので、
イザナギを信仰する集団ということですね。
で、地元阿多の豪族と政略結婚を繰り返して地歩を築き、東征に至ると。
同機は、このまま九州にいたのでは未来永劫傍系だから。

>>134
最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
中国語に至っては文法自体違う。
で、九州に降った天孫は、何ら武力行使はしていないわけですね。したのは政略結婚。
出雲の場合、タケミナカタと諏訪の神モレヤの間でも、
タケミカヅチとタケミナカタと同じようなことがあったようで、
ひょっとしたらこっちの話が混入している可能性も考えられます。

整理すると、現在天孫の故郷は半島と島嶼と北九州の三説が出ているわけで、
興味深いことに、これは魏志や後漢書から導き出される倭人の元々の勢力圏、
つまり「弁韓トクロ国は倭と境を接す」「奴国は倭の極南界」との記述から、
倭人の勢力圏は半島南部から北九州にかけてと思われますが、
それとほぼ一致しています。


139 :天之御名無主:2008/08/02(土) 23:35:16
>やはり天孫は生産力の低い土地にいたのでは?
島嶼には良田がないのですよね?
とすれば島嶼説は矛盾無くぴったりきますよね。

>最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
これも壱岐・対馬等の島々なら問題ないですよね。
魏志倭人伝にも倭国に属する国として紹介されてますし。

あと134さんの「どこか」の話はとても根本的かつ重要なテーマで、無視出来ないですよ。
AからBに移動したのにもかかわらずAとBが同じ土地、
というのは有り得ないからです。


スサノオ:天国⇒新羅国
タケミカヅチ:天国⇒出雲
ニニギ:天国⇒筑紫

ということで資料(記紀)を無視しない限り、この3領域は対象外となります。
そもそも筑紫が天国であったら、天孫降臨などする必要が全くないじゃないですかw。







140 :天之御名無主:2008/08/03(日) 00:18:55
>>139
> >やはり天孫は生産力の低い土地にいたのでは?
> 島嶼には良田がないのですよね?
> とすれば島嶼説は矛盾無くぴったりきますよね。

いやあなたの言うのは天孫ではなく天祖の話ですよね?
私が言っているのは天孫、つまり日向三代と神武天皇のことです。

> >最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
> これも壱岐・対馬等の島々なら問題ないですよね。
> 魏志倭人伝にも倭国に属する国として紹介されてますし。

言語の問題はそうですが、高天原には良田があったとする記紀の記述とは矛盾が生じます。

> あと134さんの「どこか」の話はとても根本的かつ重要なテーマで、無視出来ないですよ。
> AからBに移動したのにもかかわらずAとBが同じ土地、
> というのは有り得ないからです。

> スサノオ:天国⇒新羅国
> タケミカヅチ:天国⇒出雲
> ニニギ:天国⇒筑紫

> ということで資料(記紀)を無視しない限り、この3領域は対象外となります。
> そもそも筑紫が天国であったら、天孫降臨などする必要が全くないじゃないですかw。

前にも書きましたが、それはあくまであなたの見解。
天孫降臨の地が日向の襲、つまり南九州なら、当然高天原と降臨した土地は別ということになります。


141 :天之御名無主:2008/08/03(日) 07:10:00
>いやあなたの言うのは天孫ではなく天祖の話ですよね?
>私が言っているのは天孫、つまり日向三代と神武天皇のことです。

あれれれ?
いつのまにか話題が天国のありかから日向三代と神武天皇になってるw。
じゃあ天国はもうやめてそっちにしましょうか?(笑)。

142 :134:2008/08/03(日) 09:20:52
>>138

>また、イザナギが禊ぎをしたのが筑紫の海岸なら、その時点で天津神は筑紫にいたと考えるのが妥当では?
>まあイザナギは当時既に信仰されていた神様だと思うので、
>イザナギを信仰する集団ということですね。

皇祖に連なる神々は、必ずしも一系とは限らないわけで、
筑紫にイザナギがいたから天族だというのは短絡的だと思いますよ
イザナギ自身は天族(皇族)というより、土着の部族の太祖であり
よそから来た天族が、地元の民族神話を吸収したと考えることもできる

神話学的には、征服者が自己の血筋を聖化して説明するための王朝の来歴を示す「氏神」の神話と
「民族」の成り立ちやこの世の成り立ちを説明するための神話は、じゃっかん筋が違う
この二つは、征服者が交代するたびに溶け合うので、混乱するが
民族の移動を考える点からは、
イザナギ(太祖)とかイザナミ(太母)・アマテラス(日神)・ツクヨミ(月神)は、
大和の民族集団が抱えてきた大神話であり、

スサノヲは韓国から出雲へと渡来した一族が抱えてきた氏神(征服者の英雄神)
ニニギやイワレヒコは皇族が抱えてきた氏神と割り切ったほうがいいと思う

143 :天之御名無主:2008/08/03(日) 13:17:00
>>141
話を整理しましょう。
要するに、天孫は初めどこにいて、どこに移ったかという話ですよね?
で、貴説では、壱岐対馬などの島嶼にいて、筑紫に移ったと。
ならば当然、その子孫である神武天皇も筑紫にいたことになる。
ところが古事記には、日向から出発して筑紫に至ったと明記してある。
この日向を、筑紫にある日向とするのは、福岡から九州へ向かったと書くようなもので、全くナンセンスであり、
これは勿論宮崎以南の日向のことです。
神武紀には出発地は明記していませんが、速吸之門、つまり豊後水道を通って筑紫国の宇佐に至ったとある。
いずれも、東征の出発地が、筑紫にある日向ではなく、宮崎県の日向、あるいは豊の国以南の地であることを示しています。
つまり天孫降臨の地=筑紫説はここで完全に崩れます。
筑紫からわざわざ日向方面へ行ってそこから出発し、また筑紫に戻ってくるなど不自然ですから。

要するに神武天皇がいたのは筑紫ではあり得ず、その先祖の移住の記事は天孫降臨以外にはないので、
天孫降臨の地は筑紫たり得ず、婚姻記事等からも、日向以南の南九州である可能性が高いと言えます。
つまり高天原が筑紫であることを否定する材料はないということです。
無論、稲作に関する記述を除けば、島嶼群であることを否定する決定的な証拠もないわけですが。
そももそ何度も書いてますが、島嶼群も筑紫も、倭人の勢力圏なので、どちらがどうというのもおかしな話です。

なお、あなたの挙げた大八島の別名は古事記にのみ見えて書紀にはないので、考慮が必要です。

>>142
その考えは否定しませんが、神々の系統が元来どうだったかは、今後の研究課題では?

144 :天之御名無主:2008/08/03(日) 20:04:25
>>143
神武の本拠地が日向であることと、天孫降臨が筑紫であること、
とりたてて矛盾はしませんが。
なぜなら
>神武天皇は生産力の低い襲の国に追いやられた傍系の王子の子孫。
という見解ですので。
でなけりゃわざわざ異国の地まで出かけ、
命がけで土地を侵略しようなんて思わんでしょ。
しかも得た土地はたった大和の一隅です。

あと筑紫にはニニギだけでなく、スサノオも天国から天降ってますが、
これはどう解釈します?
でもまあここは民俗・神話板なのでそこまで厳密に検証する必要はないのかもしれませんね。

また古名ですが、書紀になければ確かに考慮は必要ですが、
記紀ともに天国=島嶼群という認識で書かれていない以上、創作とは考え難く、
貴重な資料であることに変わりはないでしょう。





145 :天之御名無主:2008/08/03(日) 21:30:05
>>144
>神武天皇は生産力の低い襲の国に追いやられた傍系の王子の子孫。
と書いたのは私ですが、ここでいう傍系の王子とは、ニニギノ命自身のことを指しています。

さて、私は
>その先祖の移住の記事は天孫降臨以外にはない
とも書きましたが、天孫降臨が筑紫で、神武天皇の出発地が日向であることを矛盾なく成立させるためには、
それを示す文献なりを示す必要があるのではないでしょうか。
何か根拠がありますか?

>筑紫にはニニギだけでなく、スサノオも天国から天降ってます
それは樹種の記事のことでしょうか?天降ったとは書いてない(むしろ新羅からの帰還)し、主役は御子のイタケルだし、
「筑紫をはじめ大八洲国」ということは、明らかに筑紫の島、つまり九州全体のことのようですが。
いずれにせよ、天孫降臨時の高天原と、それ以前の高天原が同一でない可能性を、既に書いています。

>>142
>イザナギ自身は天族(皇族)というより、土着の部族の太祖であり
>よそから来た天族が、地元の民族神話を吸収したと考えることもできる
それだと吸収されたことになりませんか?
征服者が征服した民の太祖を自分たちの太祖としたと考えるより、
征服者自身の太祖か、あるいは元々共通の信仰神話があったと考える方が自然ではないでしょうか。

>イザナギ(太祖)とかイザナミ(太母)・アマテラス(日神)・ツクヨミ(月神)は、
>大和の民族集団が抱えてきた大神話であり、
つまり天孫族もその民族集団の一員とした方が自然ということです。
でなければ、戦前の日本が壇君を崇めるような奇妙な構図になります。


146 :天之御名無主:2008/08/04(月) 07:34:59
ではお聞きしたい。
筑紫が豊穣の地、ということは共通認識でいいですか?
では島嶼群と日向は筑紫と比較してどうでしょう?
当然「貧」ということになりますよね。
であるならばですよ、もし天国が筑紫降りた地が日向だとしたら

葦原千五百秋之瑞穂国。是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫就而治焉。行矣。
宝祚之隆、当与天壌無窮者矣。

これは天孫降臨に際して発せられたアマテラスの言葉。
これおかしくないです?
アマテラスはニニギに対し「瑞穂の豊かで尽きることの無い、まさにオマエが統治するに相応しい土地だ、行け」
と勢い込んで言ってるわけですよ。

なのに行ってみたら筑紫より全然貧しいじゃん!って、
ニニギ怒りますよ、バアチャンの嘘つき〜ってw。
それともアマテラスに謀られたニニギ、こういうご認識?


147 :天之御名無主:2008/08/04(月) 21:30:11
>>146
質問に質問で返すのはあまり感心しません。

豊葦原千五百秋之瑞穂国は日本全体の美称であり、天孫降臨の一地域のみを指しているとした例は、私は寡聞にして知りません。
ここは天皇家の正当性を述べた個所なので、ここでも当然日本全体の意味になります。

なお、
「元来の語義は葦の穂の豊かに実った国の意。のちに水(瑞)穂を稲穂と解し、稲作にも適した環境との認識が生じ、
五穀豊穣の予祝の意が込められていく」(國学院大学日本文化研究所編『神道事典』弘文堂)

つまり現在豊穣であることを必ずしも意味しない、むしろ

「むかしは耕地も少なく地味また豊かでない葦原にひとしい国であった」
「豊穣な稔りは将来に約束される」(『神道辞典』神社新報社)

将来の豊穣を予祝したものだったわけですね。

で、神武天皇本人なり、ニニギノ命でない先祖なりが日向に入ったという根拠は?

148 :天之御名無主:2008/08/04(月) 21:56:21
さて、「葦の穂の豊かに実った国」で思い出すのは、奈良盆地。
ここは元来湖であり、大和朝廷の初期に至ってもなお、あちこちに湿原が広がっていたことは、
夙に知られている。
あるいはこの記憶を言ったものか。

149 :天之御名無主:2008/08/04(月) 23:14:52
なお、天壌無窮の神勅へと続くこの部分は、ひとり天孫のみに与えられたものではなく、
子々孫々、現在に至る歴代の皇室に与えられた祝福であることは言うまでもない。

150 :天之御名無主:2008/08/05(火) 07:07:01
>豊葦原千五百秋之瑞穂国は日本全体の美称であり、天孫降臨の一地域のみを指しているとした例は、私は寡聞にして知りません。
>ここは天皇家の正当性を述べた個所なので、ここでも当然日本全体の意味になります。

それじゃあ筑紫は日本じゃないんですw?矛盾ですね。
もともと日本にいたのなら、何も大げさに天孫降臨〜なんてする必要もないんじゃないですか?
動機とか、ストーリーが見えません。
こういう解釈なら天国は海外かそれこそ天上にならざるを得ません。
どうします?
それにこの時点で言えばアマテラスは一豪族に過ぎない。
当然日本の王たることを約束されていたわけではない。
ですので日本統治といった概念はそれらを美化し拡大解釈しているに過ぎません。
所謂戦前の皇国史観、天皇中心主義の拡大解釈ですね。
この板ではそういったイデオロギーを抜きにして、
神武のリアリティを追求していく、という趣旨だと思っていましたが違いますか?

あと天皇家の日向移動ですが、これについては記紀でハッキリと語られてる箇所はないと思います。
おそらくはウガヤフキアエズの時期だとは思いますが。

>乃以日神所生三女神、令降於筑紫洲。因教之曰。汝三神宜降居道中、奉助天孫、而為天孫所祭也。
これは第六段一書第一です。舞台は天国。
ここは明確に天国⇒筑紫を書いてあります。
ここでも天国=筑紫は破綻してます。どうしますか?


151 :天之御名無主:2008/08/05(火) 20:34:59
>>150
> それじゃあ筑紫は日本じゃないんですw?矛盾ですね。
> もともと日本にいたのなら、何も大げさに天孫降臨〜なんてする必要もないんじゃないですか?
> 動機とか、ストーリーが見えません。
> こういう解釈なら天国は海外かそれこそ天上にならざるを得ません。
> どうします?
どうしますって、もともと天上という建前の記述ですからね。
島嶼とか筑紫というのはあくまで解釈に過ぎません。
言っときますが、豊葦原の瑞穂の国が日本全体の異称というのは通説、というより常識ですよ。

> それにこの時点で言えばアマテラスは一豪族に過ぎない。
> 当然日本の王たることを約束されていたわけではない。
「約束されていた」というのが神話の構造です。

> ですので日本統治といった概念はそれらを美化し拡大解釈しているに過ぎません。
> 所謂戦前の皇国史観、天皇中心主義の拡大解釈ですね。
> この板ではそういったイデオロギーを抜きにして、
> 神武のリアリティを追求していく、という趣旨だと思っていましたが違いますか?
それこそイデオロギーですね。
「神話がそういう構造になっている」という常識中の常識から目をそむけて、何がリアリティですか?

で、
> 「元来の語義は葦の穂の豊かに実った国の意。のちに水(瑞)穂を稲穂と解し、稲作にも適した環境との認識が生じ、
> 五穀豊穣の予祝の意が込められていく」(國学院大学日本文化研究所編『神道事典』弘文堂)
はスルーですか?w

> あと天皇家の日向移動ですが、これについては記紀でハッキリと語られてる箇所はないと思います。
> おそらくはウガヤフキアエズの時期だとは思いますが。
ほう、根拠もなしに仰ってたんですか?それは学問ではありませんねw



152 :天之御名無主:2008/08/05(火) 20:36:57
> >乃以日神所生三女神、令降於筑紫洲。因教之曰。汝三神宜降居道中、奉助天孫、而為天孫所祭也。
> これは第六段一書第一です。舞台は天国。
> ここは明確に天国⇒筑紫を書いてあります。
> ここでも天国=筑紫は破綻してます。どうしますか?
では具体的にはどこか。
岩波の『日本古典文学大系・日本書紀上』の頭注によれば、
「道中」とは、一書第三の「海北道中」と同じで、要するに宗像大社の辺津宮、中津宮、沖津宮のことです。
その沖津宮、海の正倉院と言われた沖ノ島は、壱岐よりも北にあります。
所属は筑紫(いつからの所属かは不明)でも、地理的にはあなたの言う「天国」に近いと言えます。
つまり天国から天国に天降ったとも言えるわけですが、どうしますか?

153 :天之御名無主:2008/08/05(火) 21:08:05
>では具体的にはどこか。
そんなこと聞いてやしません。
天国から筑紫に天降ってることを問題にしてるんです。
これで天国=筑紫じゃないことが分からないですか?
子供でも分かると思いますがw。
>つまり天国から天国に天降ったとも言えるわけですが、どうしますか?
天国から天国に天降る。
詭弁もほどほどに。これこそ寡聞にして知りませんよw。
どこぞにそんな事例がありますか?ご教示ください。

154 :天之御名無主:2008/08/05(火) 21:10:41
貴方の日本語の中では東京から東京に上京した、
といった用法があるのでしょうかw?

155 :天之御名無主:2008/08/05(火) 21:26:27
それに神武のリアリティを吟味しているに分が悪いと建前を知らないのか?と逃げる。
そんなの百も承知で議論してるんじゃないですか。
建前は関係ないです。
天上界だ筑紫だとその時々でいい逃れるダブルスタンダードは卑怯ですよw。
貴方の解釈はいったいどっちなんですか?

156 :天之御名無主:2008/08/05(火) 23:00:00
>>153
やれやれ・・・
筑紫と言っても実態は沖合の島嶼だと言ってるんですがね。
つまり極めて限定された地域。
しかも地理的にはあなたの言う「天国」の方が近い。
そもそも高天原が筑紫にあったのなら、筑紫への降臨の記事はあり得ないというのはあなたの理屈であって、
私はそうは思っておりません。
例えば「天国」が壱岐対馬で、そこから対馬への降臨の記事があったとして、故に対馬は天国ではない、という考え方はしません。
なお、「天国から天国に」は皮肉ですが、余計なことでしたね。失礼しました。

>>155
神話の構造と基本認識の話をしているのです。
昔の人々はそう考えていたと言っているのです。
天壌無窮の神勅はそういう構造だと言っているのです。
これまでの研究を踏まえた議論をしましょうと言っているのです。
古来の伝説や先人の研究より自分の考えを優先させるのは傲慢ですよ。
高天原は天上界として、天照大御神、日向三代は神様として伝えられてきた、
それを踏まえない議論は単なるトンデモです。

157 :天之御名無主:2008/08/06(水) 00:43:48
ここの人たちって宝満神社って知ってる?かな?
知らないだろうな・・
九州と奄美だけにしかない神社なんだが(おそらく)
これって神武東征とどういう関係があるのだろうか?
といってもここの人は無知で自分の考えに固執してる
おじいちゃんばかりだから・・

158 :天之御名無主:2008/08/06(水) 00:46:43
あとここのおじいちゃん達は
弥生、古墳時代ともっとも渡来形質が強いのが
出雲島根で次ぎ関西、関東、東北と続き
実は北部九州の佐賀、長崎、福岡南部がもっとも
縄文形質に近い眼窩の低い骨格であることについては
どう考えるのだろうか?

159 :天之御名無主:2008/08/06(水) 06:28:04
とりあえず、ここをひととおり読んでみ
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本人

言語体系からの解読も、骨格からの解読も、神話伝播からの解読も
DNAからの解読も稲のプラントオパールの伝播からの解読も
ひとつの「断面」にすぎない
総合的な判断が必要だ

長江文明を背負ってきた民族の一部が、稲作技術をもって
韓国を通り、その際にスサノヲを一族の氏神としてとりこみ、
さらに出雲に移り住んだあと、マイノリティーゆえに大和言葉に馴化して、
自分たちの言語体系を捨ててスサノヲへの信仰だけが地元に溶け込んだ
というようなこともあるかもしれない

160 :天之御名無主:2008/08/06(水) 06:37:48
>高天原は天上界として、天照大御神、日向三代は神様として伝えられてきた、
それを踏まえない議論は単なるトンデモです。

トンデモってw。
新井白石は高天原地上説です。江上波夫、安本美典しかり。
他にも富来隆、狭間畏三やらなんやらたくさんいます。
高天原地上説は古来から存在しているのですよ。
この学者達は貴方の言う構造を知らなかったのですか?
というより先人の説はもちろん貴重なものですが、
それに拘泥する事は真理を追究するという上では
足かせにも成りかねない、諸刃の剣ではないでしょうか。

まあ、これ以上議論してもなかなかかみ合いそうもありませんw。
なので残念ですがここは一旦これで終わらせ、時系列を先に進めようかと。
なかなか楽しい時間をありがとうございました。
またいろいろと書き込んでいただけると嬉しいです。^^




161 :天之御名無主:2008/08/06(水) 06:48:20
>>159
wiki厨は口語でもかまわないから記紀を読んでから来いw。

162 :天之御名無主:2008/08/06(水) 08:22:39
神武東征は事実か神話か?ここはそういうテーマですが、
筑紫⇒日向の移動についてご指摘があり、
確かにその線があいまいであることに気づきました。
実際問題、ヤマサチあたりから系譜がアヤしくなってきますよね。

ヤマサチは鉤を探しに海中に赴き海神の娘(豊玉毘売)を娶ったという。
その子供のウガヤフキアエズは本人の乳母にして豊玉毘売の妹である玉依毘売を娶ってる。
(ここあたりの記載には原資料の古さを感じさせる)
ウガヤフキアエズは見知らぬ海の海神の娘の子。
このあたりは異郷の地の異腹の子のイメージそのものですよね。
本国筑紫には正室がいなかったのかどうか。
(いたとしてもそちらの系譜はカットされる可能性が高く不明、余談ながらそのあたりが本家九州王朝の系譜、という可能性もアリ)
古事記には580才生きたって書いてありますし。
ヤマサチーウガヤフカエズー神武、
断絶とまではいかないまでも、
ちと継体を思い起こさせるような記載になってますよね。




163 :天之御名無主:2008/08/06(水) 18:46:08
>>160
賛成ですね。
「昔の人がそう考えていた事実を踏まえる」と言っているのに、
地上説とかズレたことをいうあなたとは話がかみ合いそうもありません。
大体私自身地上説ですし。

164 :天之御名無主:2008/08/06(水) 22:18:03
俺とかは天孫降臨っていうと後の関西人が
全国各地の殿様になるのとダブるから
関西が天孫降臨の高天原だと思ってしまう。
それに九州だと「タカマガハラ」とは読まずに
「タカマガバル」だ。読み方が全く違うw

165 :天之御名無主:2008/08/06(水) 23:31:07
天孫降臨の高天原?


166 :天之御名無主:2008/08/06(水) 23:39:45
バルの意味解ってんのか?w

だだっ広い平らな平面じゃないぞ。

167 :天之御名無主:2008/08/06(水) 23:57:41
高天原はタカマガハラなのかそれともタカマガバルなのか?
で九州かそれとも本州なのかが推定できる。

168 :天之御名無主:2008/08/07(木) 00:05:06
高天原はタカマガハラなのかそれともタカマガバルなのか?
で九州沖縄かそれとも本州四国なのかが推定できる。

169 :天之御名無主:2008/08/07(木) 00:20:31
稚拙すぎて吹くw

170 :天之御名無主:2008/08/07(木) 00:25:37
幼稚で稚拙で悪かったなw
でも、ここの人たちって俺以上に
無知で頑固じじいなんじゃないの?www

171 :天之御名無主:2008/08/07(木) 01:52:19
FBI透視捜査官マクモニーグルが卑弥呼をリモートビューイングしたところ
卑弥呼の先祖は雲南の昆明から出発し沖縄を経て福岡から上陸した
卑弥呼は山口県で生まれ、邪馬台国は奈良県、卑弥呼の墓は箸墓だそうだ

172 :天之御名無主:2008/08/07(木) 02:11:46
まちがったマクモニは卑弥呼の墓は箸墓じゃないって言ってたすまん

173 :天之御名無主:2008/08/07(木) 07:55:52
夏休み厨房はすっこんでろってw

174 :天之御名無主:2008/08/07(木) 08:50:00
神武の実証にはやはりなんらかの物証が必要でしょう。
ただそれはそれとして、実証まではいかずとも虚構ではないのでは?
といった程度の検証は文献からもある程度出来ると思います。
個人的に神武が好きで希望的観測込みですがw。

例えば神武の軍団の足取り。

宇佐
筑紫岡田宮
安芸タケリ宮
吉備高島宮
------淡路島------
河内白肩津⇒戦闘

神武が戦闘を開始するのは淡路島を越えてから。
でもこれって創作だとしたら絶妙。

なぜなら銅剣の東限、これは淡路島の西までだから。
それより東は純粋な銅鐸圏、つまり異文化の地に入った途端、先端が開かれているわけです。
記紀の作られた8世紀には当然銅剣銅矛圏と銅鐸圏の対立などといった
現代の考古学的認識などあろうはずもないでしょうから。
作り話だとしたら絶妙です。



175 :天之御名無主:2008/08/07(木) 11:13:30
×先端が開かれているわけです。

○戦端が開かれているわけです。

176 :天之御名無主:2008/08/07(木) 13:17:15
神武天皇が実在したとしたら、おそらく崇神天皇と同一人物もしくはモデルであった可能性が高いだろ
どちらも異名はハツクニシラススメだしな
崇神天皇が東征したのを、神武天皇の東征という形になったのだ

銅鐸が祭器であった畿内から、ある時期に銅鐸が一斉に消えて
九州の祭器であった銅剣にとって変わるのだし
九州勢力が、ある時期に畿内へと移動したってのはほとんどの学者が認めている事だ。

それが行われた以上、何代かわからないが天皇による東征があったと考えてよい
あるいは、天皇家の口伝か何かで、我々の先祖が九州から畿内に移動したとの伝承が残されていた
それが神武天皇の神話として反映された可能性が高いな

177 :天之御名無主:2008/08/07(木) 18:56:09
先祖⇒子孫で名前が同じっつーのはとりたてて珍しいこっちゃないよね。
古今東西ごくありふれた出来事。
実は神武は祖父ヤマサチともヒコホホデミという同名を持っている。
これは何か?
なんのことはない、襲名ですよね。
現代においても歌舞伎や相撲の世界では普通に行われている。
市川団十郎とか若乃花とかね。
自分は偉大な先人の系譜なのだという表明。
なので先祖⇒子孫同名に関しては恣意的な出来事とは言えないです。


178 :天之御名無主:2008/08/07(木) 19:34:06
単なる襲名にしては言葉の意味が重すぎるんだけどな、この場合
また、内容的にも重複する神話がけっこうあり
飛鳥時代の話を元に、古代神話が創造されている可能性は
むしろ高いように思う

179 :天之御名無主:2008/08/07(木) 21:09:01
神武伝承の古さを感じさせるのがの楯津の戦いです。

故從其國上行之時經浪速之渡而泊青雲之白肩津
此時登美能那賀須泥毘古【自登下九字以音】
興軍待向以戰尓取所入御船之楯而下立故號其地謂楯津

楯津は現在の日下。ここは内陸です。
ところが神武は船から盾を取って戦っているわけですから
楯津まで船で行っているわけです。
だが楯津は内陸。
一見矛盾、理解不能な記述ですが実はこれが正しいんですね。
なぜなら古地図によればここは河内湖となっていて、楯津はその突き当たりとなっている。
十分船で行くことが可能な地形なのです。
そして逆に8世紀にはすでに陸地になっていた。
なのでここも創作としたら絶妙という他はなく、
というかほぼ不可能なんじゃないかと。






180 :天之御名無主:2008/08/08(金) 00:21:35
>>177
ハツクニシラススメはオクリナだよ。
和風のもので、死後名づけられるものであり。
また、崇神天皇と神武天皇くらいしか同じオクリナを持っている人はいない。
その時点で襲名ってのは考えにくい。

>>179
民族に伝わる伝承ってのは、意外なほど馬鹿にならないものであり
ポリネシアの人々に残された彼らの先祖が渡ってきたルートに関する伝承を、言語学・遺伝子学的に調べてみれば、その内容がほぼ一致した。
先祖が九州から畿内に移ったとの伝承が日本書紀編纂の時点で残されていたとしたなら
そうした内容が、日本書紀に反映されるのはむしろ当然だろう
本当に東征を行ったのが誰であったにしても、その過程について詳しく口伝されて行ったと考えてよく

すでに消失していたが、聖徳太子の時代などに書かれた歴史書にも、そうした内容が記されていたと考えられる

181 :天之御名無主:2008/08/08(金) 07:38:29
>>176
そのオクリナ自身、古い写本には存在しないんですけどねw。
なので論拠にはちとなりにくいものだと思います。

>民族に伝わる伝承ってのは、意外なほど馬鹿にならないものであり
おっしゃるとおりと思います。

ただぶっちゃけ仮に崇神ひとりの業績であるならばですよ、
普通にそう書けばいいと思うんですが。

それをわざわざ別のキャラを創作して功績の半分をそっちに移動させ、
しかも諡号を同じくしてヒントめいたものを残していた・・・
なにやら推理小説みたいな楽しい話ではありますがw。


182 :天之御名無主:2008/08/08(金) 20:10:07
>>176
変なとこで切るなよwハツクニシラススメラミコトな。
そもそも両者は全く字が違う。
神武天皇は「始馭天下之天皇」、一方崇神天皇は「御肇国天皇」。
両者を同じように読むという証明は、実はなされていない。
字面だけ見れば、前者は「初代天皇」、後者は「広域統一国家を建国した天皇」ぐらいの意か。

なお、所謂欠史八代については、前後の神武天皇と崇神天皇に、事績が吸収されてしまったという見方がある。

183 :天之御名無主:2008/08/09(土) 07:03:50
>所謂欠史八代については、前後の神武天皇と崇神天皇に、事績が吸収されてしまったという見方がある。

なるほど、そんな説もあるんですか。
そう解釈すれば欠史八代の不自然も説明できますよね。

欠史八代は不自然でおかしい、だから創作だ、と考えた元祖は津田左右吉でしたっけ?
でもよくよく考えてみるとこの理論はかなり幼稚ですよね。
なぜなら創作であるならばいくらでも加筆できる訳ですから、
業績のない天皇などハナから作らなければいいんじゃないでしょうか?
我々が普通に気づく不体裁を当時のトップ連中が気づいていないわけがないと思いますがw。

ではなぜ不体裁のままにしたか?
特に記録がなかったのでそのまま編集した、
これが最も平易で自然な解釈だと思いますが。
(記録がなかったことについては冒頭の可能性もあるでしょうネ)


184 :天之御名無主:2008/08/10(日) 10:29:53
>>172
マクモはメタボだからな
だらしないし参考にもならないな

185 :天之御名無主:2008/08/10(日) 11:52:14
まあここで自然・不自然を論じても仕方ないですが、
例えば始祖の事績が子孫に繰り返し語られ、受け継がれる。
これはごく自然な現象ですよね。
ではその後の2代目、3代目はどうか?と言えば、
特に目立った功績でもない限り、その保証は必ずあるものでもないような気がします。
そんな中、中興の祖である崇神が素晴らしい事績を残した。
そしてここで初めて国家としての基礎が築かれ、
その後は国家のプロジェクト的に各天皇の事績が残されることになった。

といったような想像をしています。

186 :天之御名無主:2008/08/10(日) 11:55:20
津田の貧弱な発想(欠史八代)
がなぜ後生までこれほど支持されてるか
そっちの方が凄い。
政治力だろうか?
歴史は権力者により塗り替えられる。
ここでも垣間見た。

187 :天之御名無主:2008/08/10(日) 21:11:22
崇神天皇の事績として有名なのが四道将軍の派遣なんだが、
その内のヒコイサセリヒコは孝霊天皇の皇子。
つまり四道将軍の派遣は孝霊朝から始まったともいえる。

188 :天之御名無主:2008/08/13(水) 06:58:02
神武の長男、タギシミミにも興味深い逸話が混じってます。
古事記ですが

天皇崩後、其庶兄當藝志美美命、娶其嫡后伊須氣余理比賣之時

伊須氣余理比賣は神武の妻です。
なんと父の妻を妻にしているんですね。
伊須氣余理比賣は現地妻ですので、義理の関係ではありますが、
それにしても親子ですからねw。
こういった行為は8世紀にはすでにアンチモラルな行為と考えられていたはず。
記事のソースの古さを感じます。



189 :天之御名無主:2008/08/13(水) 08:44:47
そういうインモラルさが記紀の素敵なところ

190 :天之御名無主:2008/08/14(木) 01:45:00
>>143
>島嶼にいて、筑紫に移ったと。
>ならば当然、その子孫である神武天皇も筑紫にいたことに・・・・
何故、当然なの?降臨世代のニニギから東遷世代のイワレヒコ世代の間に
九州島内を移住も有りうるのでは?

191 :天之御名無主:2008/08/14(木) 09:06:28
>>188
當藝志美美の時代でも後世の8世紀でも、義理の親子婚は別にインモラルではないよ。
とりわけ年齢の離れた側女を置く機会の多い為政者層では、先代遺産の一部として
後の世代が面倒をみるのが合理的処置と思われ。9世紀桓武帝の多数の子孫間でも
同様の配偶があった記憶が。

192 :天之御名無主:2008/08/14(木) 09:58:49
>>191
六月晦大祓祝詞なんつーのもあるけどな。

己が母犯罪己が子犯罪 母と子と犯罪子と母と犯罪 畜犯罪

193 :天之御名無主:2008/08/14(木) 21:32:30
>>188
貴種保存目的からか、古代では、実の近親間でもタブーではなかったらしい。
136 :天之御名無主:2006/07/13(木) 17:33:58
>>1
日本の神社伝承を趣味で集めている者です。
特に記紀に添わない伝承を集めて見ると、
記紀とは大違いな血縁関係がかなり見られます。

有名ですが、イザナミイザナギは同父母姉弟です。
これは記紀でも同様ですが、
その子天照大御神は、兄(スサノオは兄ではありません)と、
どうやら子供を儲けています。

もっと凄い近親相姦は他にも沢山あります。
一番上の娘と末の弟を作ったとか・・・

詳しくは申せませんが、
日本の古代の神様達の近親相姦は想像を絶します。
多分古代は血を守る方が、近親相姦を上回る、
モラルだったのではないでしょうか?
神話と近親相姦
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1007996665/136

194 :天之御名無主:2008/08/14(木) 22:42:37
しかしまあ良く考えてみればたいていの神話は男女一組からスタートするわけで
どうしたって近親相姦をしなきゃ子孫はできない。

195 :天之御名無主:2008/08/17(日) 15:54:53
東征は二回

196 :天之御名無主:2008/08/20(水) 07:51:07
遺伝子分布図を見ると、D系統は日本とチベットだけである。
他の地域では、比較的多い朝鮮半島ですらD系は2〜4%と極めて希少である。
これによって、チベットと日本には同じ民族が存在していた(しかもかなり排他的)のは確定。
立国の王の名であるハツクニシラスの名を持つ天皇が二人いる事と合わせて、
チベットへと日本(+古代朝鮮)への二回の東征があったと考えると合点が行く。

197 :天之御名無主:2008/08/20(水) 20:03:51
>>196
>これによって、チベットと日本には同じ民族が存在していた(しかもかなり排他的)のは確定。
なんでそう簡単に言い切れるのか?
母系は全く違ったんじゃなかったか?
父系の特定の遺伝子のみ凝縮され遺伝子が偏ったかも
かもしれないだろう?
お前数学苦手だったろ?


198 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:04:18
何百とある遺伝子の型から、唯一チベットと日本にだけあるというやつを選んだだけだろ。

ほかのを選べばまた別の結論が出る。

199 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:11:52
>>198
どういう意味だよW
よく頭使ってしゃべれW
チベットと日本以外にも少ないがいるよW


200 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:29:24
「唯一チベットと日本にだけ偏っている」でいいか?

201 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:37:44
いいよ。

202 :天之御名無主:2008/08/21(木) 07:43:32
大和国造の出自は、西国の海人族?
”大倭直はシイノネツヒコともウズヒコとも呼ばれる大和国造の子孫なんですな。
シイノネツヒコは、神武東征軍が豊後水道か明石海峡にて採用した水先案内人で
・・・西国の海人ながら大和国造になった・・・”
大和誕生と神々−三輪山のむかしばなし 田中八郎 1996 彩流社 p158
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4882024284.html

203 :天之御名無主:2008/08/21(木) 07:50:27
>>197
その父系が偏り過ぎてるのがその理由
Y遺伝子はIDタグみたいなもので凝縮するようなものじゃないと思うが、
仮に凝縮するとしてもそれこそ同じ遺伝子を持つ同民族が固まっていた事になるし
実際には父親が代わればあっさりと消えるのがY遺伝子。
そして、この遺伝子がD系統と言うかなり古い血統でしかもレアである事から
かなりの昔から同種が血統を守ってきた事になる。
しかも、場所が、日本とチベットの2ケ所で、この二つの場所はかなり離れているのに
その間に日本やチベットのようにD系統がばらついているような事もない不自然な分布
よっぽど結束が強くないとここまで極端に固まらず、もっと偏在しているのが自然だろう。

204 :天之御名無主:2008/08/21(木) 08:55:44
D系統はインド洋のアンダマン諸島にも存在していて、一般的に日本とチベットとアンダマン諸島に分布、とされている。
また、日本人のなかでもとくにアイヌに8割以上となっている。本土人は5割程度。

こうした分布からわかるのは、遺伝子の系統と文化・民族・宗教がまったくの無関係だ、ということだな。

205 :天之御名無主:2008/08/21(木) 18:37:24
>>203
日本は藤原の子孫が多いけど
例えば、藤原のような繁栄した氏族がそういう遺伝子もってたと
すれば説明がつくよ。
ただし、藤原の祖先がいたころに
その民族が同じY遺伝子のD比率が高かったとは
いえない。チベットはそのときからDが高かったかもしれないし
低かったかもしれない。低いとしても極東地域と同じ比率だったかも
しれない。結局、同じ民族であった証拠なんてものはそれだけでは
まったくもって皆無。

206 :天之御名無主:2008/08/21(木) 18:40:17
>>203
文系、低学歴がすきな詭弁。
論理性なし、ゼロ点!

207 :天之御名無主:2008/08/23(土) 00:07:27
神武天皇の伝承に関しては、何らかの史実が背景にあるのは、ほとんどの歴史学者の一致した意見だろう。
ただ、それがいまの天皇家に繋がるかどうかは、疑問も残るところだ。

ただ、ヤマトトモモソヒメの伝説で、姫のもとに通っていた神様は、大物主
これは出雲の大国主の別名とも言われている。

多分、これは当時、大和も出雲王朝の勢力圏内にあった事を暗示するように思える
どこかの氏族が勢力を拡大する過程で、新たに勢力圏内に入った地域の神様を取り込むのはよくあることだ。
女神なら征服者の神の妻にして、男神なら息子とか、あるいは別名ということにしてとね。

大国主を奉じていた出雲に、崇神天皇の時代より前には服属していたと考えてよい
崇神天皇の四道将軍派遣は、その出雲の勢力圏内から脱した事を意味するのかも知れないな。

そうなると神武とは誰かってことだが、記紀の編纂当時には、九州の高千穂を拠点とした我らの先祖が東へと勢力を伸ばした、あるいは九州での勢力争いに破れ逃亡した。
そんな伝承があったのかも知れないな。

歴史上、このような地域の勢力争いに敗れた民族が新天地を目指して移動する事はよくあることだ。
それが神武の東征の伝承という形で反映されたのかも知れない

208 :天之御名無主:2008/09/05(金) 11:32:48
九州から来た神武が建国した大和が何度も九州に兵を送っている不思議。

209 :天之御名無主:2008/09/06(土) 00:13:45
>>203
単に蝦夷が虐殺されずに多く残ったからだろう。

210 :天之御名無主:2008/09/06(土) 07:07:05
天皇の文字を分解すると
二人白王となる

211 :天之御名無主:2008/09/06(土) 07:14:38





ですか。。

212 :天之御名無主:2008/09/06(土) 08:44:06
>>208
神武が九州居た時の話をおくらせ九州に兵を送ったように書いたのでは。

213 :天之御名無主:2008/09/06(土) 11:46:37
>>212
そういう突飛な安本説はよく裏をあたってからにしてくれw

214 :天之御名無主:2008/09/07(日) 15:38:26
>>213
お前こそ裏を当たれ。安本美典はそんなことは言ってない。

215 :天之御名無主:2008/09/15(月) 10:42:29
神話信仰を強要されている中で、神話を全否定することには大きな意味がある。
しかし、言論の自由のある中でそれを行うことは学問的に何の価値も無い。
最も良いことは神話に科学のメスを入れることである。
そして、何時の時代も愚かなのは、神話をイデオロギーに援用する者である。

神話信仰の強要状態で神話を全否定した者=津田左右吉等
言論の自由のある状態で神話を全否定する者=戦後の津田史観の後継者
神話に科学のメスを入れるもの=中山平次郎、和辻哲郎、原田大六等
神話をイデオロギーに援用する者=帝国陸軍等

216 :素人:2008/09/21(日) 13:06:53
邪馬台国は狗奴国に滅ぼされてしまい
後に狗奴国は何らかの理由で分裂して、追い出された方が神武東征説になり大和方面へ
追い出した方は、後の熊襲になって、それで古事記や日本書紀に親の仇のように熊襲が頻繁に出てきてるんじゃないだろうか。。

これ、私の妄想。


217 :天之御名無主:2008/09/21(日) 16:57:48
>>216
無理に「日向」を「日向国」に置く必要はないよ。
「日向国」は景行天皇に命名されたわけだから。
昔の九州は「筑紫」「豊」「肥」「熊襲」の4国。
筑紫方面とするのが今の所有力だね。


218 :天之御名無主:2008/09/21(日) 17:01:03
>>217
熊襲なんて国はないぜ。
隈県はあるが、県は国の下の行政区画で
記紀よむ限りは俺は今の福岡にあったと思うが。
実際、隈の地名が一番多いのは福岡県。次、佐賀、熊本。

219 :天之御名無主:2008/09/21(日) 17:02:53
熊本が本来隈元であったように
西九州で本来熊を使う地名はまずない。

220 :天之御名無主:2008/09/22(月) 01:26:51
>>216
邪馬台国が分裂したと考えたほうが自然。

221 :天之御名無主:2008/09/22(月) 16:02:14
>>220
邪馬台国はどこにあったと予想?

222 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:02:45
>>218
綴りが間違っていた。
実際は「熊襲」ではなく「熊曾」だな。
一番最初のころは「筑紫」「豊」「肥」「熊曾」に分けられてたんだよ。

223 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:30:01
南九州が定説じゃないの?
球摩と曽於で、みたいな

224 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:44:23
定説っていっても明治時代のだから。
だって東京人が他地域の妄想しても
地域の方言さえ全く知らないんだから
信憑性あるまい。

225 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:47:10
>>222
九州に熊って地名は古代はほとんど無いよ。
全て隈が正解。
熊の地名があるのは
大分地方から本州四国全域。
逆に隈の地名は腐るほどある。
実際、熊襲は本来隈背と呼ばれてたんだよ。


226 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:57:23
んじゃ大隈とかはどんぴしゃ?
うーん まったくわからんなw

227 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:59:35
隈氏ていう氏姓も筑後、肥前を中心に結構いるんだけど
これってクマソと関係あるんじゃないかな。
佐賀の大隈重信とかも関係あるかも。

228 :素人:2008/09/23(火) 01:24:18
>>225
じゃあ、日本書紀に出てくる熊襲とは?

229 :天之御名無主:2008/09/23(火) 10:45:27
古代日本九州の西南部の地域とそこにすむ人々の総称。
《古事記》の国生みの段に,〈熊曾の国は建日別と謂う〉と見える。
九州の《風土記》には熊襲は〈球磨,贈於〉と併記されるから,
肥後国球磨(くま)郡,大隅国贈於(そお)郡に基づく名称であろう。
おそらく大和政権の西南日本支配のセンターとされた〈熊県(あがた)〉と,
〈曾県〉の間にはさまれた広大な地域に住み,いわゆる〈まつろわぬ〉人々
を熊襲と呼んだものと考えられる。本居宣長は,熊になぞらえて猛き物,
曾は於曾(おぞ)の約で,是も猛き意というが,語源的には,
〈くま〉は〈隈〉〈曲〉,〈そ〉は〈背〉で,膂宍(そしし)の空国(むなしくに)(やせた土地の意)
を連想させる地理的な名称によると考えた方が穏当であろう。
しかし,〈くまそ〉にあえて熊襲の字を当てるのは,勇猛果敢さを意識してであろう。
大和政権の軍隊に対抗し,ほの暗い森林の茂みにひそみ,突如として
熊のように襲いかかるゲリラ戦法がこのイメージを作り出し,熊襲建(たける)の
伝承を生み出したものと考えられる。だがしだいに,その熊襲の名称も
隼人(はやと)の中に吸収されていく。 

球磨曽於は一説に過ぎんと思う。しかも球磨と曽於は
大和に抵抗した形跡が無い。

230 :天之御名無主:2008/09/23(火) 10:50:25
記紀の景行天皇条に出てくる王化にしたがわぬ西方の土豪。
《古事記》では熊曾建と記す。《日本書紀》には〈熊襲の八十梟帥(やそたける)〉
およびそれとは別の〈川上梟帥(かわかみたける)〉が見られるが,
《古事記》は〈熊曾建兄弟二人〉とする。後者は前者を説話的に典型化したものである。
《古事記》によれば父の景行天皇より熊曾建の討伐を命じられた小碓(おうす)命
は童女に変装して宴の席の建兄弟に近づき,つぎつぎに2人を殺したが,
弟を刺したときその勇猛さを讃えられて〈倭建(やまとたける)〉の名を献じられ,
爾後小碓はその名を名乗るようになったという(日本武尊)。
なお,〈熊襲〉は片隅を意味する〈くま(隈)〉と不毛を意味する〈そ(背)〉を合した名で,
東方の蝦夷(えみし)に対する西方の蛮夷への大和朝廷側の蔑称とみなされる。 

川上建とクマソ建は兄弟という、そして川上建がいたのは
佐賀県と言われてるからクマソ建は佐賀県にいた
つまりクマソは佐賀県周辺を示しているという一つの傍証にもなりうる。

231 :天之御名無主:2008/09/23(火) 11:19:41

福岡の霊験でみると
高良大社で
神代氏(クマシロよ読む)は代々、筑後一宮の高良神社に奉仕した神官
大善寺玉垂宮では
隈氏
大善寺玉垂宮大祝部。神代氏と同族とも。
「隈右京(一本に左京)、三潴郡隈犬塚に居り、三十五町四反を領す」(筑後領主附)

筑前の霊験
竃神社(宝満神社)については調査中。

いずれも関西人とは無関係のようだ。

関西人が関わってるのは比較的新しい
太宰府天満宮の菅原氏。


232 :天之御名無主:2008/09/23(火) 11:26:59
福岡、佐賀県で一番多い神社は
おそらく竈神社と宝満神社
これはいずれも太宰府にある竈(宝満)神社を祀ったもの。
福岡佐賀の古代史を探る上で
竈神社と大善寺玉垂宮、高良大社とその神官の系譜の研究は
避けて通れないと思ってる。
なお久留米大善寺玉垂宮の
火祭りは二千年以上続く祀りだという事です。

233 :天之御名無主:2008/09/28(日) 10:28:32
>>138
>最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
>中国語に至っては文法自体・・・
問題でも何でもないよ。三々五々渡海渡来した男性集団の弥生人の先祖は、
先住縄文人と交流混血して、多数派縄文人の言語に呑み込まれただろうから。
単語はともかく言語の骨格である文法などに、渡来人の言語のが残るはずもない。
現代アメリカへの移民の日常語が、母国語でなく英語にならざるを得ないようにね。

234 :天之御名無主:2008/09/28(日) 10:38:20
>>233
アメリカの例えは例になってないんだがw
君もしかしてウマシカ?

235 :天之御名無主:2008/09/28(日) 19:52:04
>>116
>ニニギノ命の父は、五男神の長子である天之忍穂耳命・・・・・
”忍穂耳相当人物が突然不慮の死に見舞われて危機に陥った皇室が、未だ幼いニニギ
相当人物を抱えて日向の地に避難し・・・原籍地は豊前国・・・香春・・・”
倭国の謎 相見英咲 講談社 2003 p137-
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4062582813.html

236 :天之御名無主:2008/09/30(火) 23:56:00
日向は畿内と変わらないくらい古い古墳があり、
しかも古墳時代全期にわたって古墳の造営が続いてるね。
記紀の通り、日向が皇室の祖地だった証拠かも。

237 :天之御名無主:2008/10/01(水) 01:49:46
日本神話って聖書のパクリじゃないの

238 :天之御名無主:2008/10/01(水) 15:15:59
うん?どこらへんが似てる?

239 :天之御名無主:2008/10/01(水) 17:19:15
>>238
http://diary.jp.aol.com/a4pcpx/262.html

日本神話と聖書の類似
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1182341478/l50#tag168

240 :天之御名無主:2008/10/01(水) 17:53:52
神武東征なんて神話にきまってるだろ。

本当なら、その後の世に、日本武尊の九州遠征なんて
わざわざ出てくるわけが無い。

241 :天之御名無主:2008/10/01(水) 19:19:27
そういうことは一度でも記紀を読んでからいいな。
神武天皇が熊襲を完全制圧したとは一言も書いてないし、
逆に日本武尊の時は「熊襲が背いた」とはっきり書いてある。

242 :天之御名無主:2008/10/01(水) 20:17:44
>>240
出発地点を今の日本国内だと決めつけて考えるからおかしくなる
邪馬台国だって九州説とか近畿説とかあるが、記述内容から考えれば沖縄あたりじゃないと説明がつかない。

てか、邪馬台国の位置を示す記述を見ても朝鮮半島の南側に倭がある事をサラッと書いてるし
他にも倭が大陸の西側から移動してきているっぽい事は中国側の文献から伺える
また、何よりも、日本人とチベット人が遺伝子的に近親である
更に、チベットの左隣のキルギスでは
肉が好きな者はキルギスに残り魚が好きな者は東に行って日本人になったって話も伝わっている
東征の出発地点はチベットあたりかそれより西である可能性も十分に高い

243 :天之御名無主:2008/10/01(水) 23:13:42
>>237
聖書はエヴァンゲリオンのパク……ゲフンゲフン


244 :天之御名無主:2008/10/01(水) 23:55:00
>>237
聖書のパクり(秦氏の陰謀)か
伝わってる話をまとめるうちにあっちの話が混ざっちゃったのか
逆に聖書のがパクり(日本起源)なのか
本来は同じもの(日ユ同祖論)なのか
同じルーツ(シュメール神話)を持つものなのか

まぁこれらのうちのどれかである事は確かだろう

245 :天之御名無主:2008/10/02(木) 00:32:51
日本武尊の東征はどうやら本当みたいだね。

http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku240.htm
考古学者の小林行雄氏によれば、三角縁神獣鏡の同じ鋳型で作った鏡(同型鏡)は、
関東に達しているものは、また、吉備にも多いという。

岡山県の備前車塚古墳で発見された13枚の鏡の中に、
各地で出土したものと同型の三角縁神獣鏡が8種9枚ある。

そのうち4枚が、次のような東国の遺跡から出土した鏡と同型であった。
群馬県の北山茶臼山古墳
群馬県の三本木古墳
山梨県の銚子塚古墳
神奈川県の真土大塚山古墳
しかも、これらの同型鏡は、日本武の尊の東征経路に沿って分布している。(図B)

246 :天之御名無主:2008/10/02(木) 01:07:29
古墳は崇神の四道将軍の進軍の跡だと言われてるくらいだ。
ヤマトタケルも実在だろ。

247 :天之御名無主:2008/10/02(木) 07:33:17
ヤマトタケル…
雄略天皇がモデルになってる気がする。

248 :天之御名無主:2008/10/02(木) 07:35:50
クマソが背いて制圧に向かったのは関西人なわけで
福岡県人はクマソと同根と考えられる、
少なくとも関西人よりではないわな。
だって関西人よりなら福岡県人が制圧に向かうはずだもの。

249 :天之御名無主:2008/10/02(木) 07:38:30
>>247
どうしてそう唯一存在が確認されたものが全てのような
勘違いするの、ヤマトタケルも一応天皇の系譜に入ってるんだから
確認されてないだけ。
おまえは実際にみたものしか信じない
中卒かwwww
じゃあお前はみたことない
太陽ってのは存在しないんだなwww
IQ60点ぐらいでちゅかー?www

250 :天之御名無主:2008/10/02(木) 09:08:24
いや太陽は見れるだろ

251 :天之御名無主:2008/10/02(木) 14:30:03
>>249
まさか此処までアレルギーを示す奴がいるとは思わなかったなw
まあ落ち着け。

252 :天之御名無主:2008/10/02(木) 14:34:15
あと、>>249、「見たことないものは信じない」奴でも、
太陽は見てるからその存在は認識してると思うぞ。
(ちなみに、俺は「応神天皇以前は全て嘘」なんて輩ではない。)
(神武東征も、海幸山幸も天孫降臨も国譲りも高天原も、何らかの事実が元になっていると考えている。)
(雄略天皇以前の天皇の平均在位年代は16年で、それで天照大神まで遡れると考えている。)

253 :天之御名無主:2008/10/03(金) 08:50:21
天皇家の国家統治を正当化するために机上で創作されたのが記紀"神話"なのよ。これが戦後史学の
定説。神武天皇の実在を唱える人は日本をまたアジア侵略の道に進ませたいの?

254 :天之御名無主:2008/10/03(金) 09:46:13
何で神武天皇実在がアジア侵略の道になるんだ?

むしろ戦後、津田左右吉のように、
ヤマトタケルも非実在のようにされてしまったが、
考古学的には>245の古墳など、
ヤマトタケルに関するものが見つかってる。
大阪の津堂城山古墳は河内王朝開始時期の大王陵だが、
水鳥の埴輪が出土してる。
ヤマトタケル伝承と関連づけれるのではいか。
時期的にも一致するぞ。

255 :天之御名無主:2008/10/03(金) 10:39:20
八紘一宇を知らないの?

256 :タケミカヅチ ◆sexy.v5y7c :2008/10/03(金) 11:03:14
>>253
アジア侵略とかもう飽きた
一生謝罪と賠償叫んでろよチョン

257 :天之御名無主:2008/10/03(金) 16:13:31
>>253
落ち着け落ち着け。
世界中の神話に考古学的事実の要素が見つかっているのに、
何故日本の神話は全て嘘と決め付ける?


258 :天之御名無主:2008/10/04(土) 19:35:13
>>253
どんな脳味噌してたらそんな結論に辿り着くんだ?頭膿んでのか?
それに、頼まれてもあんな国の統治なんてしたくねーよ

野村がリーマンのアジア部門を買う時に韓国だけ除外したのは
あの国にはゴミしか転がってないからだよ

259 :天之御名無主:2008/10/04(土) 21:04:27
>>256
足を踏まれた人は、踏んだ人とは違って、痛みを忘れないという喩えを念頭に
おいて発言した方がいいよ。日本人側が、先の戦争を聞き飽きたとか忘れたとか言う
べきでないし、「チョン」なぞという蔑称を使うのは、己が品性を貶めているよ。
それとも周りの女性を、「売女」と汚い蔑称語で呼ぶような人物なのかな?

260 :天之御名無主:2008/10/05(日) 00:14:46
>>259

朝鮮は日本人の血税で近代化されたのであって、
彼らの足を踏んでませんが。
日本人が踏まれてるというのが正しいかな。

261 :天之御名無主:2008/10/05(日) 09:40:44
日本"神話"は神話じゃないの。律令官僚の机上の創作。小説と同じようなもの。語り伝えられたり
信仰の対象とされたりした形跡がない。

262 :天之御名無主:2008/10/05(日) 14:56:06
麻生 太郎

自由と繁栄の弧 (幻冬舎文庫)


263 :天之御名無主:2008/10/05(日) 18:28:21
>>261
そりゃ檀君だろw

264 :天之御名無主:2008/10/05(日) 20:11:49
たしかに、アマテラスは民間信仰じゃないね。

265 :天之御名無主:2008/10/05(日) 21:52:51
お伊勢さんは昔から民間でも信仰されてたし、もっと前の時代の民間信仰の実態なんか誰にもわからんよ。

266 :天之御名無主:2008/10/05(日) 22:17:58
アマテラスは伊勢以外では祭られてないんだよね。

267 :天之御名無主:2008/10/06(月) 07:35:12
神武天皇なんかいなかったに決まってるじゃないか。おまえらそんなに戦争がしたいのか。

268 :天之御名無主:2008/10/06(月) 08:12:17
もう釣れんだろw

269 :天之御名無主:2008/10/06(月) 08:45:06
神武が祀ったのはタカミムスビだから、
どのみちアマテラスは皇祖神ではない。

270 :天之御名無主:2008/10/06(月) 19:33:17
その時代のアマテラスはまだ生きてたんじゃないの?

271 :天之御名無主:2008/10/06(月) 23:14:45
>>261
官僚がセクロスの話やうんこの話を創作したとでも?

>>266
元伊勢知らんのか?

272 :天之御名無主:2008/10/06(月) 23:28:33
>>271
元伊勢についてどの程度知ってるのか語ってもらおうか。

273 :天之御名無主:2008/10/07(火) 00:18:53
朕聞く、諸家のもたる帝紀及び本辞、既に正実に違ひ、多く虚偽を加ふと。
今の時に当りて、其の失を改めずば、未だ幾年をも経ずして其の旨滅びなむとす。
斯れ乃ち、邦家の経緯、王家の鴻基なり。
故惟れ、帝紀を撰録し、旧辞を討覈して、偽りを削り実を定めて、後葉に流へむと欲す

要するにいくつかの氏族の神話を編纂改竄統合したのが記紀であって官僚が創作したわけではなかろ

274 :天之御名無主:2008/10/07(火) 06:39:01
漢字よめねー

275 :天之御名無主:2008/10/07(火) 20:42:01
>>272
各地にあるからぐぐれば?

276 :天之御名無主:2008/10/07(火) 20:43:02
>>235
神武天皇は、博多湾岸生まれ?
483 :コーヒーカップを持つ手がふいに 実はサガミハラハラ:2007/07/22(日) 11:50:25
・・・・この神社はなにか神武天皇とゆかりがあったのではということである。
神武天皇の生誕地、生育地は糸島半島周辺であるということはもはやまちがいのないことである(東国原知事がなんと言おうが)
ので、前原市の近くにあるこの神社もなんらかの縁があったとみておかしくはない。
この神社の性格(ご利益)からみて、神武の母がこの神社に安産祈願におとずれたとみることもできる。
その伝承を知った神功がそれにあやかり安産祈願におとずれたとみてよい。
だとするならば、身重の女性が訪問できる範囲(遠くからでは体に悪い。それが原因で流産しては元も子もない)
はそう遠くないところ(日帰り)にかぎられるであろうから、神武の出生地は糸島半島から福岡市西区内とみてよい。
ニニギ以来の伝承が海岸部であること。神武東征の出発地の日向(ヒナタ)が近いこと。
神武の部下に糸島半島やその周辺地の出身者がいること(神武歌謡)などから考え、神武の出生地はこの神社から
そう遠くない・・・
【裏の歴史】空白の四世紀【タブー】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1085642650/483

277 :天之御名無主:2008/10/07(火) 21:00:42
神武天皇の実在を証明するのはほぼ不可能に近い

278 :天之御名無主:2008/10/08(水) 04:23:42
>>275
>各地にあるからぐぐれば?

九州には無いね。

279 :天之御名無主:2008/10/08(水) 10:53:26
神武天皇は実在した主張する人たちは南京大虐殺はなかったって主張してる人たちね。

280 :天之御名無主:2008/10/08(水) 15:56:38
だってなかったものw

281 :天之御名無主:2008/10/08(水) 16:43:12
>>279
俺は天照が1世紀中ごろに実在したと思ってる共産党支持者だが。
南京大虐殺?南京「市」に範囲を絞って、敗残兵掃討を虐殺としなくても
4万は殺されたろう。

282 :天之御名無主:2008/10/08(水) 17:47:11
アマテラスは九州では祀られてません。

283 :天之御名無主:2008/10/08(水) 18:52:55
福岡、佐賀で一番祀られてるのは
宝満神社と竈神社系なんだよね。
これは玉衣姫を祀ってるんだけど、
これがアマテラスとかいうヤツに転化した
可能性はある。
アマテラスそのものを神社祀るってのは
他はともかく
福岡佐賀では非国民扱いになるかもよ。


284 :天之御名無主:2008/10/08(水) 19:59:53
>>281
共産党支持者がなぜ皇国史観を利する発言をするのか?

285 :天之御名無主:2008/10/08(水) 22:03:47
玉衣姫とアマテラスは全然別物だろ。

玉衣姫は海神の娘だろうが。


286 :天之御名無主:2008/10/08(水) 22:29:27
九州の古い言い伝えでは必ず
女の神がでてくる気がする。
八女津姫、見借、種子島の宝満神社の巫女、
魏志倭人伝。

287 :天之御名無主:2008/10/08(水) 23:56:27
畿内にも女酋はいるけどね。

288 :天之御名無主:2008/10/09(木) 07:15:13
アマテラスは後付だろ、初期天皇の系譜みても
アマっていうのは出てこないし最初に出たのは
但馬のアメノヒボコだったと思うが。

289 :天之御名無主:2008/10/09(木) 15:35:26
>>284
日本神話に考古学的なモデルを探る事と、
だから先の侵略戦争は正しかったのだー
と言うのは全く別次元の話だが。

290 :天之御名無主:2008/10/09(木) 19:22:34
>>289
やっぱ安本説支持者?
あいつのは初めに結論ありきで
胡散臭すぎなんだが。
もし、安本説支持者なら
九州でアマテラスが祀られてない
天満宮も関西人菅原の輸入品である理由を教えて。
それから九州最大の霊験、竈神社と玉垂宮の由来についても。

291 :天之御名無主:2008/10/09(木) 22:08:01
安本以外で、アマテラスが九州の神だなんて言ってるやつはいないよ。

だいたい、天皇家の本来の祭神はタカミムスビだというのに。

292 :天之御名無主:2008/10/09(木) 22:09:51
>>290
>>289ではないが、対馬にアマテル神社がある。
そもそも安本は、天照大御神が九州の神などとは一言も言っていない。
九州の「人」だと言っているのである。

293 :天之御名無主:2008/10/09(木) 22:51:06
開聞のヒルメさんはアマテラスじゃないん?

294 :天之御名無主:2008/10/09(木) 23:28:51
卑弥呼が天照大神として宮中で祀られたのが東征以降なら、九州で祀られてないのは理の当然。

295 :天之御名無主:2008/10/10(金) 00:50:32
神武が祭ったのはタカミムスビということも知らんのか。
安本に騙されすぎ。


296 :天之御名無主:2008/10/10(金) 07:21:32
>>295
俺は知ってるけど
ここの連中はバカだからそれを知らないw

297 :天之御名無主:2008/10/10(金) 07:27:48
>>292
揚げ足取りご苦労。
それにしててもアマテラスと九州を結びつけるのは
苦しいな。

298 :天之御名無主:2008/10/10(金) 10:12:40
アマテラスは筑紫で生まれたんだよ。ニニギノミコトを降らせたのも筑紫の高千穂の峰。
関係あるじゃないか。

299 :天之御名無主:2008/10/10(金) 15:24:44
神武天皇は実在しなかったってのが戦後史学の定説。今さら皇国史観を持ち出されても・・・

300 :289:2008/10/10(金) 18:20:58
>>290
安本は先の大戦も正当化しそうな立場の奴だが?

301 :天之御名無主:2008/10/10(金) 19:14:32
>>298
それどこに書いてあるの?
俺の記憶ではニニギはタカマガハラから
高千穂に降臨する。
タカマガハラということは本州四国の方じゃないかな?
九州沖縄だとヤンバルクイナのように
タカマガバルになるwぷはは

302 :天之御名無主:2008/10/10(金) 19:17:16
俺の推論では高天原は出雲か関西地方だと思うな。
そこから朝鮮の遺伝子が関東東北方面に散らばった。
実際、弥生時代に一番渡来形質が強いのは出雲、
その次ぎ、関西東北となってる。

303 :天之御名無主:2008/10/10(金) 19:26:56
アマテラスは九州沖縄国では祀られていない。
本州四国北海道の日本国のみで祀られている。
本州四国北海道の
ニッポンコクの神様アマテラス!

304 :天之御名無主:2008/10/10(金) 21:31:35
民俗学板で「アマテラスは九州のカミでござい」なんて子供だましが通用すると思うかwwww



305 :天之御名無主:2008/10/10(金) 21:42:25
なんか九州コンプレックスの人がいるな

306 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:08:52
アマテラスは九州のカミじゃないと、九州コンプレックスなのか?

wwwwwwwwwwww

307 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:15:55
少なくとも関西と関東と東北のチョン顔人は
出雲経由で入ってることは確か。
だからおそらくアマテラスは出雲経由の韓国人。

308 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:18:51
残念、中国江南の視点が欠けてるよ。

309 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:21:29
安本のアンポンタンは、
四国と沖縄がインドネシア文化圏で繋がると宣ったw
笑いの種であるw

310 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:48:17
本州四国の神様アマテラス。
九州沖縄の神様宝満神。
これで終了。

311 :siraki:2008/10/11(土) 02:30:53
列島人たちは 神武 天皇を忠心で尊敬しなければならない..
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=110556
朝鮮王 大韓王 意富加羅 惱窒朱日 惱窒裔

312 :天之御名無主:2008/10/11(土) 09:08:14
アマテラスが九州出身であるという安本流の作り話は
アマテラスが九州から追い出されてその後
九州に復讐をするというでっち上げの作り話が根底にあるの?


313 :天之御名無主:2008/10/11(土) 17:05:00
宮崎神宮は、神武天皇を祀っている。

再建されるとき、明治天皇は寄付金を出したし、大正天皇も昭和天皇も
参拝している。
大正天皇が参拝した頃は、宮崎までやってくるのは大変だっただろう。

昭和天皇は、皇太子時代を中心に8回ほど参拝している。

皇室は、宮崎がふるさとみたいな感じを持っているんじゃなかろうか。

314 :天之御名無主:2008/10/11(土) 17:58:24
明治まで皇室は宮崎を無視してたわけだな。

315 :トレクワトリスタ:2008/10/11(土) 18:03:02
東国原英夫宮崎県知事が、中山前国土交通相の後継指名に応じて
衆議院宮崎一区から出馬・当選することになっていたら、
ある意味、21世紀版神武東征(そのまんま東)だよな。w


316 :トレクワトリスタ:2008/10/11(土) 18:07:59
>>311
神武天皇の地盤は、宮崎であったり紀伊半島だったりする太陽神信仰と赤を象徴とする、
縄文系要素が濃い典型的なシーパワーなので、あなたは電波です。



317 :天之御名無主:2008/10/11(土) 18:35:20
宮崎は後付けじゃないかな?
宮崎に本当に古来から神武縁の神社とか
そういうのあるの?
大分の筑豊の宇佐神宮が朝鮮系というのは
ほぼ確定とされてるけどそれ以外に九州に
そんな神社あるか?
関西人菅原の太宰府天満宮くらいだろ。

318 :トレクワトリスタ:2008/10/11(土) 18:54:17
>>317
おれも以前はそう思っていて、畿内から派遣されていた辺境派遣軍(鎮西将軍みたいなの)の司令官が
クーデターをしたんだと思っていたが、どうも日向(昔は大隈・薩摩も含む)あたりが本拠だったのは本当かもと。
日向の南西部に、古墳時代の初めかその以前と思われる西都原古墳群がある。
それから、山陽路を侵攻するのではなくて、瀬戸内海を東進して、最後は熊野・吉野から大和に攻め入っているから、
陸軍の数自体は意外と少なかったかも。(難波で一度敗北してるし。)

ずっと後の時代に、その宇佐神宮のある豊後の国の大友フランシスコ(宗麟)が、
全北九州から集めた6万の大軍で日向の寺社を破壊しながら南下したって話がある。
高千穂の88以上の神社が燃やされたとか。
その後、迎え撃った薩摩の島津軍が、三方を包囲してまさかの圧勝をした。
日本の神々の御加護だろう。


319 :天之御名無主:2008/10/11(土) 19:33:44
宮崎神宮は12世紀後半になってからここら辺が神武ゆかりの地に違いないといって土地の豪族が立てた神社
実際のつながりは不明らしいよ

320 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:05:12
317でそういった俺がいうのもなんだが
俺も神武の母方が九州だったという記紀の
記述は本当だと思う。
実際、神武の母を祀る宝満神社が九州各地にあること
吾平姫は大隅半島の吾平町の地名と一致してる。
点在する小規模神社は権力者の恣意的思いとかけ離れ
本当の古来民間信仰を承継してると思うからその存在は大きい。
俺の記紀と遺跡を参考にした
推論はこう、というかほぼ確定。

@出雲・山口に渡来人中心の大規模な国家が成立
彼らは東北にまで支配領域を広げる
その後出雲にタカマガハラが成立
・当時の出雲界隈の遺骨が全国屈指の渡来形質

Aニニギの降臨(九州のどこか日向か筑紫か)、
(地名、神社の存在から母方が九州系であることはほぼ確実と思われる)

B神武東遷(出雲の支配する近畿)、
・父方の親類ナガスネヒコを撃つ(高天原が近畿出雲である傍証になる)
・妃が出雲系の姓をもつので神武が出雲支配圏にいたことは確か。

C崇神記四道将軍派遣(古墳が東北と九州にまで広がる)
日向にもっとも大規模な古墳が存在するのは
降臨したのが日向であった一つの証拠にはなりうる。

おそらく守旧派が大勢力をもつ筑紫地区に出雲の流れ者ニニギが
降臨しても勢力が保てるとは思えない。
そこで過疎地の日向を選んだのだろう。

321 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:11:35
>>320
の仮説なら魏志倭人伝も熊襲(隈背)征伐も
景行もヤマトタケルも神功も
全て完璧に説明可能。

322 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:15:40
>>320
>俺も神武の母方が九州だったという記紀の
>記述は本当だと思う。

ならば、2代目天皇の母がヒメタタライスズヒメで、神武がヤマトで娶った妃の子であり、
神武が日向で娶った妃の子のタギシミミが反乱起したのを鎮圧した事件も本当だと思うよね?

2代目天皇が即位した時点で、九州との関係が切れたってことだよ。


323 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:19:56
タギシミミの反乱の鎮圧は、日向純血の王族を、ヤマトが拒否したことに他ならない。
この意味をもっと考えることだね。


324 :320:2008/10/11(土) 20:22:20
神武東征は実際には
先祖の居た故地出雲勢力圏に戻ったという事でしょう。
親類のナガスネヒコ撃ってもまだ勢力的には小さいので
本当に畿内を制圧するのは崇神天皇まで時間を要する。


325 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:30:52
>>324
「出雲勢力圏」の定義は?

勢力圏の範囲と、民族の実態について述べよ。

今の島根県に王権があって近畿を支配してたなんて考えてるとしたら失格。


326 :320:2008/10/11(土) 21:07:26
>>322
>>323
それと俺の言ったことが何処が矛盾するんだ?


327 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:19:52
>>326

畿内と九州との関係が切れてるのに、日向に古墳ができるのはおかしい。
つまり、神武東征は日向に古墳ができる頃ではなく、
もっとずっと古代の話でなければならないってこと。


328 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:23:32
たまに国譲りを「出雲が大和に国を譲った」と思ってる奴がいるのは
どういうことだ。
あれは神武東征より前の設定だぞ。

329 :320:2008/10/11(土) 21:29:12
>>327
>つまり、神武東征は日向に古墳ができる頃ではなく、
>もっとずっと古代の話でなければならないってこと。

俺もそういう認識だけど?
そういう風によめる?

330 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:37:19
>>329

それなら、神武東征とは、事実であってとしても、
クメ賊が少数でヤマトにやってきて、狭い地域に居住地を確保しただけという話だってこと。

>・父方の親類ナガスネヒコを撃つ(高天原が近畿出雲である傍証になる)
>・妃が出雲系の姓をもつので神武が出雲支配圏にいたことは確か。
こんな巨大なスケールの話ではない。
妄想しすぎ。



331 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:37:39
古墳は崇神以降です。
畿内と豊国、日向や薩摩の関係は神武が東に移った後も
関係は悪くはないはずだけどね。
最悪の関係にあったのは
筑紫(福岡、佐賀)と近畿これはガチ。

332 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:39:41
>>330
誰にも分かり易く書いたまでで
別に巨大なスケールとは思ってないよw
そう読める?

333 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:41:49
>>332

だったら「出雲勢力圏」って何?

定義をちゃんと説明してね。

334 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:44:19
出雲勢力圏が語弊あったかな・・
俺って結構大げさに表現する時あるから
でも分かり易くってセンセーショナルで刺激的
なんだよねーw

335 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:53:08
>>295
そういう記事があるというだけの話だ。それを持って他の神を祀っていなかったことにはならない。
なら高倉下が天照大御神の神託を受けて神武天皇を助けたという記事はどう説明するんだ?
まさか自説に都合のいい記事は採用するが、都合の悪い記事は無視するなんて言わないだろうね?

>>327
日向の古墳は具体的にいつ頃って認識?

>>330
> それなら、神武東征とは、事実であってとしても、
> クメ賊が少数でヤマトにやってきて、狭い地域に居住地を確保しただけという話だってこと。

クメ族という呼称はともかく、記紀の記述はそれ以外に解釈のしようがないと思うが。



336 :天之御名無主:2008/10/11(土) 23:54:42
>>335
>なら高倉下が天照大御神の神託を受けて神武天皇を助けたという記事はどう説明するんだ?

高倉下が天照大御神を祭っていたということだろ?
高倉下の祖は天火明だから、むしろ天照大御神は天火明と同一と考えたほうが合理的。

ようするに、いろんな氏族がそれぞれのカミを祀っており、
もともと神武はタカミムスビを祀り、高倉下はアマテラスを祀っていたということ。
よって、天皇家の祖神はタカミムスビであり、アマテラスでは無いというわけ。





337 :天之御名無主:2008/10/11(土) 23:57:05
>>336
あまり詳しくないんですが
するとスサノオとの関係はどうなるんですか?

338 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:01:25
>>337

スサノオとの関係って?
誰のこと?

339 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:05:31
>>338
スサノオとアマテラス、タカムスビ、神武それぞれの関係です。

340 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:12:53
神武東征の時点で、スサノオは何も関係してこないよ。

スサノオは出雲(島根)の神。朝鮮からの渡来系の神かもしれない。
スサノオから嫁をもらったのがオオクニヌシ。これは、西日本に古代からいた神。
>>320が「出雲勢力圏」といってるのは、オオクニヌシを祀っていた集団とするなら、正解。
アマテラス(天火明)は、高倉下、海部氏、尾張氏の祖神で近畿に鏡が伝来したときに発祥した神。
タカミムスビは九州から来た神。

国譲り、天孫降臨、神武東征はほとんど脚色。


341 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:18:39
>タカミムスビは九州から来た神。

記紀はそうは読めないけど。

342 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:20:40
タカミムスビを祀っていた神武の後裔の孝昭天皇は、
尾張の世襲足媛を皇后にしている。

このとき、天皇家の祖神は、タカミムスビと天火明を共通の祖としたことになる。
天火明は男神だが、女性天皇登場に合わせて、女性の祖神としてアマテラスを創出したというわけだ。
日本書紀はそうして生まれたのさ。

天火明を祀ってたのは、近畿の人々だから、アマテラスも近畿(伊勢)で祀られている。
元伊勢もすべて近畿中心なのはそのため。


343 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:20:47
神武東征なんて事実はない
終了

344 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:21:12
>>336
ホアカリは天照御魂神で、天照大御神とは違うんじゃ?
それにヤタガラスのことは神武天皇自身への神託だぞ。

345 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:25:36
天孫ニニギが降臨したのが日向か筑紫として
高天原のタカムスビノカミが九州だとは読めない。
高天原を比定する人が久留米高良山挙げる人いるけど
あそこは火を祀る玉垂宮の分社であり
神籠石の一つがある謎の城壁の跡。
おそらくヤマトに滅ぼされた古代九州の遺跡だろう。
玉垂宮の火祭りは謎の古代人が脈々と引き継いだ謎の祭り。

○良とつける地名は九州と沖縄によくある地名。
古代南朝鮮も○羅ってつけてたね。

346 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:25:57
日本書紀には、高倉下は熊野の人と明記している。
もうこの時点で、アマテラスは九州の神ではなく、近畿の神だということが確定。
アマテラスが九州の神で神武の祖神なら、わざわざ高倉下を介して神武を助ける理由が無い。




347 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:26:57
>>345

なら、タカミムスビはどこの神ですか?


348 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:30:09
>>344

ヤタガラス=カモタケツヌミの祖は、カミムスビ(タカミムスビ)だよ。
よく調べてみ。



349 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:32:20
>>347
>なら、タカミムスビはどこの神ですか?

俺の記憶では高句麗から出雲に移住した
おもうけど。
確かスクナヒコナ海超えて出雲に降らせたのは
タカミムスビじゃなかったですか?
その後自身も出雲に移住してきたと記憶してる。


350 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:33:08
>>346
それはホアカリ=ニギハヤヒ系を取り込むためということで説明がつく。

>>348
問題は天照大御神が直接神武天皇に神託を授けたってとこだよ。
あとカミムスビとタカミムスビをごっちゃにすんなよ。

351 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:38:36
>>350

ヤタガラス自体が朝鮮〜中国から伝来した思想に基づくものだから
アマテラスと絡めて考察するのには無理がありすぎる。

352 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:40:11
>>349

タカミムスビが出雲の神というのは苦しいね。

タカミムスビを祖としてる氏族は大伴氏だが、出雲とはまったく縁が無い。


353 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:40:59
タカミムスビの子がスクナヒコナであり
トキワ神、常盤、常葉とも書く。
大分県、茨城県の方でよく信仰されてる
朝鮮の神様だと俺は睨んでる。

大分は九州ではなく宇佐八幡にみられるよう、
朝鮮人が過疎地に新興開拓した地域です。
方言も中国地方のそれ。

354 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:41:23
>>351
そのあたり、ヤタガラススレでも散々議論されたことなんだけど、
その三本足の烏とヤタガラスは別物なんじゃないの?

355 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:44:26
>>354

なんにしても、ヤタガラス(カモタケツヌミ=カモ神社系)の祖はアマテラスじゃないよ。


356 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:47:17
九州には特異点が一つあって
それは大分県などの豊前、豊後地区である。
大分県は全地域において朝鮮人の開拓地と考えられている。
これは九州の半ば常識。
言葉が関西弁と中国地方弁の中間であり、
そ社会党、共産党などの革新政党が昔から強い地域。
九州ではまず無い朝鮮由来のトキワ(常磐)信仰、八幡信仰が
早くから発達しているのも他の九州地方と全く異なる。

357 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:51:50
大分県は地名も殆ど九州ではなく関西四国や本州全域と
共通点が多い。苗字においてもそう。
大分県は出雲とも大変接点が大きい。
大分と出雲が朝鮮人の初期の
一大拠点なのは常識。
大分のみ地名と苗字が本州四国と共通点が多いのはその証拠。

358 :天之御名無主:2008/10/12(日) 01:07:03
本州四国で祀られてる神様、氏族全て
九州由来(大分除く)のものは何一つないと俺は考える。
本州四国に与えた影響は
ニニギから神武までの数代において
母方が九州人(大分除く)だったというそれだけ。
それ以降は完全に九州(大分除く)と本州四国は敵対関係に
あって本州四国から九州(大分除く)への遺伝的な送り込みがあったとしても
その逆、少なくとも支配階級に関してはゼロだ。

359 :天之御名無主:2008/10/12(日) 01:10:25
>>355
だからヤタガラスの話じゃなくて天照大神が神武天皇に直接神託を授けてるじゃないかってことだよ。

あと神武紀ではタカミムスビと一緒にオオヒルメ(天照大神)にも言及してる。

360 :天之御名無主:2008/10/12(日) 02:18:22
>>259
犬は旨いの?

361 :天之御名無主:2008/10/12(日) 03:08:19
>>359

神武紀の天照は後付けだろ。

神武がヤマトに入ってから祭った神はタカミムスビのみでアマテラスは祭ってない。
それ以後、崇神までアマテラスは登場しないんだよ。

結局、アマテラスに関係してるのはヤタガラス(カモ系)と高倉下(熊野)だけ。
アマテラスは、近畿の豪族が祭ってた神なんだよ。

362 :天之御名無主:2008/10/12(日) 03:24:53
>>356
大分の言葉は標準語に近いわけだが

363 :天之御名無主:2008/10/12(日) 03:26:37
>>317
一応、神社はある。
たとえば、霧島六社権現。邇邇芸命を祀っており、それなりに歴史がある。
六社権現の中に、狭野神社というのがある。狭野命というのは、神武天皇の
幼名で、この付近で神武天皇は生まれたとされる。
霧島神宮などはかなりでかい。

そのほか、神武天皇の孫である健磐龍命を祀っている阿蘇神社が有名かな。
宮崎県高千穂町には、天照大神を祀った天岩戸神社というのもある。

364 :天之御名無主:2008/10/12(日) 05:26:01
天岩戸神社は明治に出来たやつだろ。

365 :天之御名無主:2008/10/12(日) 07:19:37

そもそも神武なんていないし
さも古代時代を見てきたかのような知ったかぶりの厨房スレ

366 :天之御名無主:2008/10/12(日) 07:36:52
神武天皇は実在じゃないの。戦後史学の定説にたてつくなくクソウヨクども。

367 :天之御名無主:2008/10/12(日) 09:10:51
たてつくなく?w

368 :天之御名無主:2008/10/12(日) 10:23:49
>>361
ある部分はそのまま採用して、ある部分は後付けとするようなダブルスタンダードは感心しないね。
そもそも高倉下はニギハヤヒの子供で、神武天皇とは同族だぞ。

369 :天之御名無主:2008/10/12(日) 10:32:24
>>363
それらの神社は吾平津姫を祀ったり
決史八代頃の創建だったりかなり歴史的信頼性が高い神社だと俺は思う。
ニニギは南九州に降臨し神武が畿内に移った後も
隼人などの下支えもありそれらの神社又はそれと元になるものが
南九州に作られたと俺は確信する。


370 :天之御名無主:2008/10/12(日) 10:38:03
畿内とか本州的にはアマテラス、タカムスビノカミが
天皇系のピラミッドの頂点に立ちそうであるが
九州では吾平津姫、玉依姫が頂点にきてることは確か。
アマテラス、タカムスビノカミは畿内本州人が祀ったもの
吾平津姫、玉依姫は九州に本当にいた何かを元に
したものであると俺は考える。
理由はアマテラス、タカムスビノカミを祀った
古い神社がない事。
吾平津姫、玉依姫は九州の古い神社の主神である事からである。
それにしてもどうしても火の神久留米大善寺玉垂宮の
謎だけが解明できない。実際神社に行ってみたことあるが
三潴氏のお膝元であったこと以外なんもわからんかった。


371 :天之御名無主:2008/10/12(日) 10:45:25
上でアマテラス、タカムスビノカミが九州出身で
祀ったのは本州人で九州で祀られないのは
理に適ってるという意見があったがそうであれば
>>363のような神武を祀る神社は九州にはないという
理屈が成り立つわけであるw

だがしっかり神武も南九州で古くから祀られている。
神社はしっかり由来の場所でほぼ祀られているんだよ。
九州にアマテラス、タカムスビノカミは祀られていない。
もちろんスサノオなんて何処の韓国の神っていうレベルw

神武とその母方、玉依姫、吾平津姫は
九州でしっかり
古くから祀られている。これは記紀史料通りであり
実に感慨深い事じゃないかwww


372 :天之御名無主:2008/10/12(日) 11:34:00
>>368
俺は>>361ではないけど記紀の一部を採用し一部を採用しないと
いう方法はありと思うぞ。それなりの理由があればだ。
俺の場合民間信仰、関連史料あたりを参考にしてる。
それらで裏付けとれないのは
元々空洞スッカラカンの
後付け捏造記事だw

373 :天之御名無主:2008/10/12(日) 11:39:43
>>368
君はたぶん安本や津田の印象操作で捏造、妄想でも
事実誤認してるバカだろw
古くは水戸黄門の悪役を本当に嫌いになるじじばかと
同水準のl知能指数だwww

374 :天之御名無主:2008/10/12(日) 11:42:22
>>371
鹿児島の枚聞(ひらきき)神社は式内小社で、オオヒルメを祀っているし、
トヨヒルメ神社も天照大御神を祀っている。
九州で天照大御神が祀られていないという事実はない。
タカミムスビは九州各地で祀られており、対馬のタカミムスビ神社は名神大社。
対馬にはアマテル神社もある。



375 :天之御名無主:2008/10/12(日) 11:44:25
>>373
君こそ立場が正反対の安本と津田の区別もつかないバカか?

376 :天之御名無主:2008/10/12(日) 11:59:21
>>374
九州でアマテラスを祀ってないというのは
”古くから”アマテラスを祀ってないという意味です。
後世になりアマテラスを祀ってる、
一部だけ点として広がりがない祀り方をしてる
そういう如何にも後付け的な祀り方は論外です。

377 :天之御名無主:2008/10/12(日) 12:04:32
九州でも大きな神社、宇佐八幡、太宰府天満宮、宗像大社等の
神社は九州の民間信仰ではほとんど祀られていないにも
関わらずその神社のみデカイ荘厳。
これは渡来人の血筋が強い近畿本州人の
庇護があったからだと考えるね。
宇佐八幡、宗像大社、太宰府天満宮いずれも
朝鮮由来の近畿や出雲の庇護を受けた神社である。

378 :377:2008/10/12(日) 12:06:06
>神社は九州の民間信仰ではほとんど祀られていないにも

古くからという前提付け加えておく。

379 :天之御名無主:2008/10/12(日) 12:16:49
>>375
何をもって正反対なのかそこ省略されては困るな君・・

380 :天之御名無主:2008/10/12(日) 12:59:22
>>376
式内社と書いたのをスルーしてもらっては困る。
創建年代不詳の古いのを挙げたんだが。
広がりというなら、月読神とか日向三代とか宗像三神とか住吉三神とか、
周辺の神様は各地で祀られてるのに、中心にいる天照大神が殆ど祀られていない不自然さに着目すべき。
単に大和朝廷が独占した結果じゃないのか?

381 :天之御名無主:2008/10/12(日) 13:35:00
>>380
>単に大和朝廷が独占した結果じゃないのか?

それでも九州のどこかになんか一つぐらいその痕跡が残ってもいいだろ
そういうのが無いのは不自然だ。
宝満神社と竈神社は田舎のお宮として腐る程あるのに。

>月読神とか日向三代とか宗像三神とか住吉三神
これらの神社はそれぞれ由来の地で祀られてるだけで
民間信仰、古代信仰とはあまり関係ない。
祀られてる場所は明確な理由があるから考える必要性がないな。

それにしても対馬のアマテル神社はどういうもので
どれだけその地域に広がってるか調べないと分からないな〜。


382 :天之御名無主:2008/10/12(日) 13:40:41
>>381
>九州のどこかになんか一つぐらいその痕跡が残ってもいいだろ

だからその痕跡として枚聞神社とトヨヒルメ神社を挙げたんだが。

383 :天之御名無主:2008/10/12(日) 13:53:13
>>382
俺その神社余り詳しくないんでよく分からないけど
天孫降臨した南九州にアマテラスが祀られるというのは
ごく自然なことじゃないかな?
しかしアマテラスが居たとする高天原は
南九州以外と考えるのが自然だからアマテラスが本拠地としては
薄いぜ。

384 :siraki:2008/10/12(日) 14:17:46
神武 東征の 始め そして 拡戦
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=109091
実は毛沢東の大長征と同じようなもの..大逃亡

385 :天之御名無主:2008/10/12(日) 14:35:48
>>384
一から十まで妄想乙w

386 :天之御名無主:2008/10/12(日) 16:51:42
神話を史実と教え込んでまた戦争に国民をかりたてるつもり?

387 :天之御名無主:2008/10/12(日) 18:15:26
>>368

じゃ、天孫降臨は、本当に天から人が降ってきたと信じるわけか?
そうでなければ、記紀に書いてあることは一切信用するなよ。

388 :天之御名無主:2008/10/12(日) 18:20:59
最近は関裕二(笑)とかが、神武東征を否定せず再検証し、
そこに事実を見出だし見直す動きがブームらしい

389 :天之御名無主:2008/10/12(日) 18:22:03
関裕二は、九州説を捨てれば話を聞いてやってもいい。

390 :天之御名無主:2008/10/12(日) 18:53:40
大きな歴史の流れを見れば、中国江南から稲が伝わり、鳥居や高床住居が伝わったのは明らか。
琉球〜鹿児島を経由して本州東北まで稲が拡散してるわけだから、
オオヒルメという太陽神が南九州で祭られてることは不自然ではない。
神武東征も、稲の伝播経路の記憶の投影だろう。

ただし、紀元前のはるか古代の話。
アマテラスは、奈良時代の創出。

391 :天之御名無主:2008/10/12(日) 19:17:02
>>390
俺も近い説もってるよ、
しかしどうしても日本の起源を朝鮮に持って行きたい
一派にとってその説は彼らの
脳細胞を死滅させ論争が破綻させかねない。
だから俺はあえて口にださない。

392 :天之御名無主:2008/10/12(日) 19:26:18
俺たちって日教組と文部省から
渡来人の祖先は半島から北九州を経由して
入ってきたと習ってるんだよね。
その固定概念はなかなか抜けないんだよ。

393 :siraki:2008/10/12(日) 20:26:22
神武 東征 九州戰鬪 敗北 以後
新羅 蘇民將來 巨旦將來
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=106009

394 :天之御名無主:2008/10/12(日) 23:35:02
天照大神の信仰の分布から、東征の真偽を云々するのは無意味。
なぜなら天照大神は、皇室が独占的に奉祀してきた私的な神であり、土地に根差してはいないから。

395 :天之御名無主:2008/10/13(月) 00:06:26
吾平津姫=油津=田油津姫?
九州土着(熊襲)の神様?

396 :天之御名無主:2008/10/13(月) 00:06:41
東征の真偽(笑)
まさにデムパ垂れ流し場所(笑)


397 :天之御名無主:2008/10/13(月) 00:33:57
阿多の小椅君も九州土着(熊襲)の神様?


398 :天之御名無主:2008/10/13(月) 00:39:11
>>394
ということは天皇と皇別は土地を転々と
土着の人とほとんど関わりを持たず
根無し草のように単に移動したという事なんだね。

399 :天之御名無主:2008/10/13(月) 01:15:38
俺は天皇家は元々出雲か近畿の出でこの地方に沢山の親戚がいて
たまたま数世代だけ九州に遠征にきてただけだと確信してます。
だから天皇の親戚は九州の土着民には殆どいない!
しかしその後近畿や関東から移住した天皇の子孫は沢山います。

400 :天之御名無主:2008/10/13(月) 01:24:51
ニニギから神武の世代の九州遠征時代は
おおかた
今の福岡佐賀で
出雲や近畿に従わず好き勝手やってた勢力を
南方から攻めるという目論見だったのでしょう。

大和時代になって福岡と沖縄の交易が途絶え
福岡の甕棺が廃止されるのが一つの証拠といえようか。

401 :天之御名無主:2008/10/13(月) 01:46:26
米と天皇家は別個の移動。
米伝来ルートは南方から北上。
天皇の父方は高句麗から出雲をえて
九州へ移りその後近畿へと大移動。
朝鮮人のフットワークの軽さは
今も昔も変わりない。


402 :天之御名無主:2008/10/13(月) 09:30:32
>>401
九州の王は近畿に来て無いよ。
ミカ棺が畿内から出ないし、九州の土器も畿内からほとんど出ない。

403 :天之御名無主:2008/10/13(月) 11:17:13
>吾平津姫=油津=田油津姫?

それだ!
九州土着の神が権力に擦り寄るために、親子という伝承を作り出したんだ。

404 :啓蒙社:2008/10/13(月) 13:00:19
古事記&竹内文書を読みましょう・・
http://www.keimousha.com へ

405 :天之御名無主:2008/10/13(月) 13:26:55
>>402
記紀以外で九州から近畿への人の流れを裏付ける
資料が一切ないのは事実だけど。
記紀がそう書いてある以上なにかの関係があると俺は考えている。

406 :天之御名無主:2008/10/13(月) 16:59:35
>>401
天皇朝鮮人説はカルト版で語ってください。

407 :天之御名無主:2008/10/13(月) 17:00:27
【新唐書 日本伝】 
自言初主號天御中主、至彦瀲、凡三十二世、皆以「尊」為號、居筑紫城。
彦瀲子神武立、更以「天皇」為號、徙治大和州。

初めの主は天御中主と号し、彦瀲に至り、およそ三十二世、皆が「尊」を号として、筑紫城に居住する。
彦瀲の子の神武が立ち、改めて「天皇」を号とし、大和州に移って統治する。

>>402
その甕棺から出て来るのが三種の神器の原型だよ

408 :天之御名無主:2008/10/13(月) 17:04:22
>>407
それ時代が時代だけに記紀を参考にしたんじゃ?

409 :天之御名無主:2008/10/13(月) 18:16:38
>>407
>その甕棺から出て来るのが三種の神器の原型だよ

その論法は無理。
文明の利器は東征の証拠にはならない。

鉄器が日本にもたらされたのは、朝鮮が東征したからか?
テレビや冷蔵庫が日本で普及したのは、アメリカが東征したからか?



410 :天之御名無主:2008/10/13(月) 22:28:44
>>409
>鉄器が日本に〜
それはあったろうよ。
>テレビや〜
別にテレビや冷蔵庫はアメリカの特産物じゃないでしょ。

411 :天之御名無主:2008/10/13(月) 23:53:11
>>410
朝鮮から東征して来たことはないね。

朝鮮はオンドル。
日本は高床。

朝鮮の屋根は反ってるが、日本家屋の屋根は水平。


412 :天之御名無主:2008/10/14(火) 11:01:34
記紀によると、神武東征は、直接大和に行ったわけではない。
吉備なんかには何年も滞在している。
軍人が移動したわけだから、物はその場所で調達する。
だから、土器は特に必要ない。

吉備で物資、船などを整えて大和に行ったわけだから、吉備の土器は出て
来るかもしれないが、それほど多い数とも思えない。
むしろ、吉備の土器を作る人間を連れて行ったとすれば、大和で大量に
吉備系の土器が見つかる根拠になる。

また、畿内の弥生時代に鏡は全くないといって良い。それが古墳時代になると
大量に出てくる。鏡の出ない古墳はないと言える。
これは非常に大きな変化だろう。また、時を同じくして畿内で発展した銅鐸
が消滅する。これも大きな変化。

弥生時代の九州と古墳時代の畿内の連続性は明らか。一方で、弥生時代の
畿内と古墳時代の畿内は全くつながらない。

甕棺は、ある時期を境に九州では別の棺に変わっていく。
しかし、平原遺跡などを見るとわかるように中身は変わっていない。
古墳時代になるのは、甕棺時代のずっと後だから、畿内で甕棺が出ないのは
ちっとも不思議ではない。
ただ、尼崎市の田能遺跡では確か幼児用の甕棺も出ている。
ここは九州との関連性がよく言われる。

413 :天之御名無主:2008/10/14(火) 18:11:27
だからといって、神武東征を弥生時代末〜古墳時代と考える根拠は無い。

414 :天之御名無主:2008/10/14(火) 18:23:20
きりがねえなw

415 :天之御名無主:2008/10/14(火) 18:30:17
神武東征は少数部族の移動なんだから、弥生時代末の変革期を当てるのは間違いということ。

神武が鏡を携帯していたとはどこにも書いて無いしな。

416 :天之御名無主:2008/10/14(火) 20:12:22
>>412
でも九州では鏡を飾らないのに
関東の神道では鏡を飾るのはなぜ?


417 :天之御名無主:2008/10/14(火) 22:22:11
>>415
どっかに「神武は鏡を持ってない」て特別な注があったっけ?

神武東征と壬申の乱が同じに見える節穴を持つ奴はいねが?

418 :天之御名無主:2008/10/14(火) 22:55:20
>>417

天岩戸でも天孫降臨でも鏡は出てくるが、神武東征だけは鏡は出てこない。これ重要。


419 :siraki:2008/10/14(火) 23:01:30
神武 東征....
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=111570
高御産靈尊 新羅波遣

420 :天之御名無主:2008/10/15(水) 16:51:18
神武って渡来系なんですか

421 :天之御名無主:2008/10/15(水) 18:01:08
>>420

そう思ってるのは九州説の一部のバカだけ。

422 :アンポン安本の主張w:2008/10/15(水) 19:02:53
>>289
天皇は朝鮮から来たから朝鮮は日本の領土ニダか?w

423 :天之御名無主:2008/10/15(水) 19:26:58
>>418
鏡は、天孫降臨時の同床共殿の神勅から、崇神朝の神勅破りまで、特に動きが無いので何も記されていないだけの話。
同様に剣も、ヤマトヒメがタケルに授けるまで動きが無いので登場しない。
玉に至っては、別の玉は登場するが、三種の神器としての玉は壇ノ浦まで動きが無いので、国史には一切出てこない。

424 :天之御名無主:2008/10/15(水) 19:57:10
>>423
そもそも[三種の神器]が定められたのは奈良時代からだろ?


425 :天之御名無主:2008/10/15(水) 20:07:52
>>424
いつ定められたかはこの場合関係ない。

426 :天之御名無主:2008/10/15(水) 20:12:00
神武東征が本当だとしても
神武は父方の故郷の近畿に里帰りしただけ。
これが真実。


427 :天之御名無主:2008/10/15(水) 20:52:32
そんな記述がどこに?

428 :天之御名無主:2008/10/15(水) 20:53:20
高天原は葛城にあるからな。

429 :siraki:2008/10/15(水) 20:55:06
今の列島人たちは私たちの新羅が列島を作ったが..
韓国人たちが今の 天皇は百済と言う理由が分からない.
そこには波乱万丈した 物語があるのなの...
幾多の戦闘と夢と野望涙そんなことを君たちは分からない.

430 :天之御名無主:2008/10/15(水) 21:49:05
百済王子である扶余豊璋が、藤原氏の祖・藤原鎌足という説があり、
その後の天皇家と藤原家の密接な婚姻関係から、
DNA的には、今の天皇は百済人という考え方もわかるな。

男系天皇制が崩れ、女系天皇も容認されると、
朝鮮からみると、まさに天皇・日本は韓国のものという考え方も
でてきそう。



431 :天之御名無主:2008/10/15(水) 21:52:43
室町、江戸とづっと藤原と血縁もってるから
Xに関しては完全に藤原の濃縮版だろ。

432 :siraki:2008/10/15(水) 21:55:28
鎌足という単語は 軽皇子 韓王 百済王 沈流
帯中津 今の 天皇家は 藤原氏 陰太貴首と言うこともできるが
正確するように 建内 建支だ 中支とは少し違う..
実は初めは 大新羅 弗矩内 福支 八千矛..そんなのなの.

433 :天之御名無主:2008/10/15(水) 23:11:57
>>430

九州王朝説を信じてるのかよ。
ばか?

434 :天之御名無主:2008/10/16(木) 01:25:10
藤原一族がそれまで出雲王朝の支配していた
近畿地方を乗っ取ったのが神武東征でしょう。
そのあと出雲は歴史から完全に消し去られた。
藤原氏というのは百済を経由してやって来た
唐の勢力。唐を源とするから藤原氏でしょう。

435 :天之御名無主:2008/10/16(木) 01:44:04
藤原氏が渡来系とはよく聞く話だが、決定的な証拠が無いのが残念だ。


436 :siraki:2008/10/16(木) 02:09:52
蘇我高麗 蘇我韓子 藤原樟夫樓 聖コ太子 物部氏の祖神 饒速日尊
布都御魂 韓國息長 伊勢 出雲 大國主
すべてのものの手始めは 天磐座 脱出.
神武 東征 事実は大 脱走 言わば 毛主席の大長征
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1973135

437 :天之御名無主:2008/10/16(木) 02:23:39
誰だれは渡来人だ!と言えば歴史の真相が解けた気になるのは下品だね。


438 :siraki:2008/10/16(木) 02:29:19
実際ではとても複合した話.
幾多の戦闘と 大 戦争そして生き残った者等の
光栄と苦悩.そしてまた歴史と運命の波..
すごい話らだ..
韓国でどんな話をしているのか耳を傾けて..
今の日本歴史界が分かってからはあるができない話を
聞かせるはずなの...

439 :siraki:2008/10/16(木) 02:39:46
今の 天皇の 出自を説明しようとすれば
これが一番正確だ. 韓国人たちは分かっているのだと
それで百済やつらだと言うのだろう..
深く吟味して真実を捜し出して見なさい.
素佐之男の息子が韓国 五十猛おこるようなのか?
そうではない.君たちは今 少名彦の名前の意味も分からないじゃないか?
それとともにどんなに 藤原の 出自が分かるか? 君たち韓国語が分からない
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=111518

440 :天之御名無主:2008/10/16(木) 03:18:54
出雲王朝もそうだけど天皇家も乗っ取られました。
卑弥呼の国がどこにあったのか分からないように
されているのもそのためではないかと思われます。
平城京や平安京は唐の都長安とそっくりですよね。
着ていた服もどことなく唐風な感じがしませんか。
もともとこの島に住んでいた日本人を奴隷にして
自分たちは支配者として政権を独占し荘園で優雅
に暮らしていた人たち。それが藤原氏なのですよ。


441 :天之御名無主:2008/10/16(木) 04:22:38
藤原氏は壬申の乱の負け組みなんだけどね。

442 :天之御名無主:2008/10/16(木) 13:07:46
大宝元年に大宝律令が施行され、租庸調、均田制など
唐の制度が徹底されていきました。日本という国は唐王朝
の植民地みたいなものだったわけです。藤原政権に従わない
人々は蝦夷などと呼ばれて徹底的に征服されていきました。
征夷大将軍の夷というのは中華思想に基づいた東方異民族
に対する蔑称です。蘇我蝦夷などと名付けて卑下しています。

443 :天之御名無主:2008/10/16(木) 20:24:58
戦後日本はアメリカの植民地か。

444 :siraki:2008/10/16(木) 20:27:32
昔の 神武 東征の結果終決過程でそんなことがあった.
今の列島人たちは相変らずあほらしい 藤原が何か
蘇我蝦夷が何なのか相変らず分からない.韓国の私たちは 340歳を生きた
武内のように硝子卵のように見ているが
大戦争の記憶君たちは全部忘れた
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=103038

445 :天之御名無主:2008/10/16(木) 20:46:51
朝鮮とは関係ありませんが。

446 :天之御名無主:2008/10/16(木) 20:51:46
朝鮮にはよっぽど人物がいないんだねw

447 :天之御名無主:2008/10/16(木) 20:55:20
>>369
>決史八代頃の創建だったりかなり歴史的信頼性が高い神社・・・・
えっ、九州には欠史八代の西暦の紀元前創建の神社があるの?何神社のことなの?

448 :天之御名無主:2008/10/16(木) 21:05:16
さて、朝鮮と日本の関係についてだが、
朝鮮の貴族が日本で居をかまえた場合、当然、自国の朝鮮式家を建てるだろう。

朝鮮式家屋の特徴なのが「オンドル」なことは、朝鮮人ならみんな知ってる。
日本には冬はコタツで暖をとるが、朝鮮ではオンドルは欠かせない。

このオンドルの遺跡は、奈良の飛鳥に存在するが、5〜6世紀で廃れて消えている。
つまり、渡来人が入植してきたことは事実だが、
隆盛したことはなく、朝鮮文化が根付くこともなく、7世紀にはすっかり消えていったということだよ。

残念だったな>朝鮮人


449 :天之御名無主:2008/10/16(木) 22:19:29
天智天皇・藤原鎌足=親百済政権、韓国に干渉。
しかし、白村江の戦で手痛い敗戦。

天武天皇=親新羅政権=蘇我系、韓国に不干渉。
しかし、藤原不比等に乗っ取られる。

桓武天皇=天智系天皇。
天武=蘇我系天皇は滅亡。

450 :天之御名無主:2008/10/16(木) 22:41:34
藤原氏は、壬申の乱で負けた側なんですが。



451 :天之御名無主:2008/10/16(木) 23:32:57
負けたっつっても現代まで続いとるがね。

452 :天之御名無主:2008/10/16(木) 23:42:57
藤原氏というのは自分たちの出自を隠してたりするからね。
唐から来たにしても百済の王族を名乗ってる可能性もある。
歴史を捏造するなんてのは彼らの専売特許だしおてのもの。

453 :天之御名無主:2008/10/17(金) 00:04:02
こんなの見つけた。
http://d.hatena.ne.jp/jimrogers/20070711

八切止夫説なんてのがあったんだな。



454 :天之御名無主:2008/10/17(金) 01:54:07
藤原氏は古代から神道の祭祀を掌握していたから、
壬申の乱で負けても神職に残ることが出来た。

さて、その藤原氏が祭祀する神道・神社は、
どれくらい中国・朝鮮の宗教と似ているというのかね?

藤原氏が渡来人なら、なぜ、中国・朝鮮とまったく似ていない宗教を祭祀してるのかね?
藤原氏が渡来人なら、古代中国江南から稲が日本に伝わった紀元前の話だろう。

455 :siraki:2008/10/17(金) 03:11:14
見ることがよほど狭いね実は 渡來人という表現は変な表現だ.列島に三韓諸族以外には存在しない.
話の手始めはもっと昔にさかのぼって百済 尼今速古王から始める.神道の手始めは実は檀君朝鮮が分からなければ意味をわからない.
尼今速日に対して勉強して見なさい百済氏族は全部そこで始める.それが 十済 夫都支 温羅王 大蛇軍だ.
、「物部氏は由緒正しい家柄で、神武天皇以来、代々石上神宮(いそのかみじんぐう)の神を祀ってきた」
ことを主張 云云 する理由もそんなことにある実は 神武 東征においては 百済よりは朝鮮 新羅 意富加羅 白鬚や
赤衾伊農意保須美比古佐倭気命 猿田 赫巨世 日槍支 弗矩内が話の中心にならなければならない
百濟 藤原 久須扶婁まで行こうとすればずいぶん遠い.エンジョイで遊びに来なさい.ここよりはシステムが便利だから

456 :天之御名無主:2008/10/17(金) 03:43:30
>>455

説得力ないんだよ。

韓国に神道の起源の証拠が何かあるなら、何かもってきなさい。


457 :siraki:2008/10/17(金) 15:44:15
456>列島人たちは太平洋を渡ったのか? w
結局韓国で始めるしかない.朝鮮王剣 高御産霊 新羅波遣武鷺が説明してくれるというのに..
お前は文を作ることを見たら歴史の相当な初心者みたいだ.
列島の中で始めたと思ったら結局 真意が分からなくて迷忘の沼にはまるはずなの..
君たちは 大和の意味も 日の 本の意味も 天皇の 出自も何も分からない.
秘義を教えてもお前はまだ用意ができていない.理解する実力がない.

458 :サミュエル・A・リンドバーグ:2008/10/17(金) 15:54:23
天皇の古称である「ミカド(帝)」はヘブライ語に訳すと
「ガド族出身の者」という意味に当たるとして、
天皇はガド族の子孫と主張した。
ガド族の始祖であるガドの長男の名前は
「ニェポン(ニッポン/英語ではジェッポン)」
であったという主張もあるが、英語版聖書での表記は Ezbon であり、
ジェッポンとする主張の根拠は不明である
(ミカドについては、ミ・ガドー:MY・GDWL:「偉大な者」とする説もある)。


459 :天之御名無主:2008/10/17(金) 16:03:11
457
なーに勝ち誇ってんのばかじゃないの
真実の探求に初心者もエロい人も関係ないだろう
結局おまえなにもしらないんだ


460 :天之御名無主:2008/10/17(金) 20:18:02
>>457

だからね、日本文化は朝鮮半島経由ではなく、中国南部から来たの。

神社は高床式住居であって、オンドルは無い。
鳥居の原型は、中国南部にある。

稲のジャポニカも中国南部から流入しており、朝鮮半島は経由していない。
なぜなら、朝鮮半島北部では寒すぎて稲が育たないからである。
DNAによって証明されている。
ジャポニカ特有のDNAは、日本と中国南部にしかなく、朝鮮半島には存在しない。


461 :天之御名無主:2008/10/17(金) 20:46:01
うーむ。
学術的には、天皇をDNA鑑定したいね。

でも、天皇墓候補というだけで、
古墳の史学的探査も許してくれない宮内庁がいるからな。
神武天皇陵墓「候補」だけで、全国に3つあるというが全部、発掘拒否www
皇紀2600年前の神武なんて神話なのに・・・

アングラで天皇健康診断の採血が回ってきたり、
愛○ちゃんの唾液とか鑑定できないものか。

462 :天之御名無主:2008/10/17(金) 20:47:26
あー、でも天皇家でなくても、
藤原系の家系の元貴族でもいいね。
学術的興味はつきない。

463 :天之御名無主:2008/10/17(金) 20:51:08
>>460
俺インドネシアで千木見たけど?

464 :天之御名無主:2008/10/17(金) 20:58:21
藤原鎌足=豊璋
藤原不比等=豊璋の息子
って線、うまくつながる部分があるんだよね。

天智・藤原鎌足(=豊璋)政権では、百済救援とか
外征積極策をとるのもわかるし。
藤原不比等が編纂した日本書記では、
親父擁護で、前の政権の外征失敗をことさら悪く言わないどころか、
褒めている節がある。




465 :天之御名無主:2008/10/17(金) 21:10:38
>>464

「うまくつながる」って何が?

藤原氏の前身の中臣氏はどこへいったのさ?
なぜ豊璋が神社を祭祀するわけ?朝鮮には神社は無いよ。

人物背景を無視して結びつけるのはあまりに安易すぎる。

466 :天之御名無主:2008/10/17(金) 21:43:13
中臣氏は、豊璋の嫁(妾)の家系

467 :天之御名無主:2008/10/17(金) 21:50:20
不比等は、日本育ち

468 :天之御名無主:2008/10/17(金) 23:01:18
>>466
先祖が嫁の家系?

469 :天之御名無主:2008/10/17(金) 23:39:14
>>458
古称は「すめらぎ」とか「すめらみこと」とか。
「みかど」という言い方は御所の門のことで婉曲な表現。
平安時代から使用。

470 :天之御名無主:2008/10/17(金) 23:39:52
いいから、豊璋が神社を祭祀する理由を書けよ。


471 :天之御名無主:2008/10/18(土) 09:10:20
談山神社は、元は寺だけどね。
なぜ、神社でなかったのか?

472 :天之御名無主:2008/10/18(土) 09:51:59
子供が僧侶だったから。

473 :天之御名無主:2008/10/19(日) 06:30:39
天皇家は九州を故郷と考えている節があるわな


474 :天之御名無主:2008/10/19(日) 09:28:44
神武東征が全くのデタラメなら
そもそも書く必要はないわな
祖父の邇邇芸が最初から大和に天孫降臨すれば良い訳で。

475 :天之御名無主:2008/10/19(日) 11:39:23
いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、
それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興
されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な出雲の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓
が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と
安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと
考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。

476 :天之御名無主:2008/10/20(月) 02:36:30
畿内に四隅突出墳丘墓は無いので、出雲が絡んできたことはありません。



477 :天之御名無主:2008/10/20(月) 22:40:23
>>479
葺石の問題はどうなる?

478 :天之御名無主:2008/10/20(月) 23:30:50
>>477
じゃ、吉備の埴輪は?

479 :天之御名無主:2008/10/21(火) 07:33:52
>>478
だから吉備からも勢力が入ってきたんだよ。
多分崇神天皇あたりじゃないかね。

480 :天之御名無主:2008/10/21(火) 07:38:46
>>479
崇神は4道将軍吉備に派遣してるのに????
記紀にもそういう記述ないのに?????

なんの根拠が???????????????????????


481 :siraki:2008/10/21(火) 14:02:22
百済王伝説 禎嘉 みかど
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/seikatu/miyazaki101/shinwa_densho/013.html
大韓王 意富加羅王 惱窒朱日 素_新羅王 彦火火出見
http://siraki.tistory.com/entry/테스트

482 :天之御名無主:2008/10/21(火) 17:39:29
>>473 8世紀までは九州の宗廟は高良大社がつとめていたが8世紀に宗廟の座を宇佐神宮に譲った。

483 :天之御名無主:2008/10/21(火) 18:02:49
>>473 神宮皇后だって九州で出産しているし宮廷も有った。
豊前国京都郡に景行天皇は仮宮を造っている。 日向高屋宮では6年も過ごしている。 完全な自宅じゃないか。
九州巡幸の最後は生葉(浮羽)に止まり、そこから近畿へ帰っている。
神武=景行  スサノオノミコト=武内宿禰

484 :天之御名無主:2008/10/21(火) 18:47:17
高良山の記録には、新羅の人質(王子)が正月に犬の面をかぶって踊って祝ったと書かれているけど、
近畿王朝の記録には新羅の人質の話は一切書かれていない。
つまり新羅が人質を出した頃は九州王朝だったという事を物語っているんだろうね。

>(402年3月)に倭国と国交を結び、先王の第3子の未斯欣を人質として送った。

485 :天之御名無主:2008/10/21(火) 18:54:52
高良山と玉垂宮は
九州の王都であり近畿朝とは関係ないんじゃないか?

486 :天之御名無主:2008/10/21(火) 18:56:06
近畿と九州は全く別個の政権だろう。

487 :天之御名無主:2008/10/22(水) 17:21:37
つまり400年頃外交をしていたのは九州王朝(一部出雲)だと言う事だよ。

488 :天之御名無主:2008/10/22(水) 19:35:36
九州王朝なぞ何の根拠もないよw

489 :天之御名無主:2008/10/22(水) 19:43:03
>>488
あれだけ大和が九州に何度も攻め入ってるんだから
根拠がないということはないよw

490 :天之御名無主:2008/10/22(水) 20:15:38
一大勢力と王朝は別。

491 :天之御名無主:2008/10/22(水) 20:46:34
>>490
日本が北から南まで大昔から一緒というのは
現代に生きる俺達の幻想にすぎない。
近畿関東東海と九州はかなり違う。

492 :天之御名無主:2008/10/22(水) 21:07:33
いやいやいや、問題はあくまで「王朝」だから。

493 :天之御名無主:2008/10/22(水) 22:53:18
>>489
しかし
九州に王朝があったとしても
大和の王朝の事とされているのは全てそっちのことで
その証拠は殆ど大和が消し去った
というのは根拠の無い話だ。

494 :天之御名無主:2008/10/22(水) 23:36:04
>>493
消し去ったのではなく
忘れ去られたのかもしれないし、
どういう形でも今に残ってない
というだけの話。
こういうのは良くある話だよ。
実際日本史は古代は近畿の歴史
今は東京の歴史しか残っていないw

495 :天之御名無主:2008/10/23(木) 00:42:38
残ってないのは、九州人が忘れることを選んだからだろ。
大和が消せと命令しても、九州人が忘れたくなければ消えることはない。

496 :天之御名無主:2008/10/23(木) 20:59:34
博多という地名は、忘れられず残っている

497 :天之御名無主:2008/10/23(木) 21:03:49
>>496
博多ってどのくらい昔からあるの?

498 :天之御名無主:2008/10/23(木) 22:04:19
>>495
磐井の乱とか色々残ってますが。でも九州王朝とかは全く。

499 :天之御名無主:2008/10/23(木) 23:11:08
少なくとも4世紀からの倭国は大和王権だろう。
九州には確かに別個の王朝があったかも知らんが、
それとその九州王朝が倭の代表だったかは別。

500 :天之御名無主:2008/10/23(木) 23:26:31
高良山行ったことあるけど、ホントこれがかつての都の跡かと
とても思えないほどの単なる山深い登山道。
でも確かに神籠石と呼ばれる
遺跡のような跡がある。高良山の頂上にある神社も閑散としてて、
古代人がここで九州全土を支配してたとはとても想像できない。

501 :天之御名無主:2008/10/23(木) 23:49:20
>>500 高良山に行ったことはないけど、昔は山城だったんだよ。 そんな山の上の建物がいつまでも残っているはずはない。
しかし、出張所の大宰府はそのころから有ったと思われる。
神社としての体裁を保った後(300〜400年位?)今の姿に近くなったんじゃないだろうか。
神武天皇を先導した賀茂氏も山城。 雷さんがご本尊。

502 :天之御名無主:2008/10/24(金) 01:49:46
>>501
>神武天皇を先導した賀茂氏も山城。 雷さんがご本尊。

葛城の賀茂は何?

503 :天之御名無主:2008/10/24(金) 10:39:23
朝鮮半島の存在を知らない仲哀天皇。

504 :天之御名無主:2008/10/26(日) 17:10:36
★藤原氏
唐貴族中国脱出→百済建国→出雲系=大倭の中枢乗っ取り
宗教抹殺、唐の政治制度、仏教導入、全国布教
豪族の系図、歴史書没収、焼却→古事記、日本書紀により新しい歴史を創出して
日本国民を騙してきた経緯

は、ここのサイトに取り合えず「経緯」がまとめられているから
読んで見れば?結論部分は主観的過ぎて賛成はできないけど。


http://kodaishi-21.hp.infoseek.co.jp/hn-s.html








505 :天之御名無主:2008/10/26(日) 17:15:12
>>504
>>
おそらくその時代に、
唐の侵略勢力により、漢字や漢音が強制導入されて、
出雲や倭人の話していた言語(ヘブライ語)までもが
神社の祭神書き換え、豪族が所持していた歴史文献の焚書と共に
抹殺されたのだろう。痕跡さえも消し去ることは
結局は出来なかったわけだが。

506 :天之御名無主:2008/10/26(日) 17:36:30
>>504
デムパ貼るなアホ。

507 :天之御名無主:2008/10/26(日) 19:59:20
>>506
どこが電波?ネットではこの論調は多いじゃん。
考古学を否定することはできないでしょ

508 :天之御名無主:2008/10/26(日) 20:34:34
藤原氏の手法にそっくりだ。

転載>
 朝鮮半島の争いの裏には必ず中国人がいたのであります。

 そのもっとも、重要な犯罪者こそ、
  燕国の亡命者 〔 衛満 〕であります。
 つまり中国人に他ならない。

 朝鮮半島が、朝鮮三国時代の百済・高句麗・新羅および任那16ヶ国に分断される
切っ掛けを造ったのが、その衛満です。
 朝鮮三国時代の前のことを、古代朝鮮時代と言い、檀君朝鮮・箕子朝鮮・衛氏朝鮮の
三時代があったとされています。
 その箕子朝鮮時代の末期に、燕国からの中国人の亡命者が多く朝鮮半島に流れ着いて
きました。
 箕子朝鮮の準王は、彼等を受け入れました。

 しかし、衛満は、その王を騙しクーデターを成して、朝鮮半島を手中に収めました。
 燕国からの亡命時2000人いたとされる説もありますが、その軍団でもって略取した
のです。
 朝鮮半島を手中に収めて、何したかというと、朝鮮半島の民族史総てを否定し、
総てを中国の属国化に至らしめたのです。
 ここにアジア全土の中国人によるアジア広域支配が成功したのです。
<転載終わり

ttp://ez.st37.arena.ne.jp/cgi-bin/danwa/kiji_display.cgi?thread_id=200803-001&kiji_id=00029




509 :天之御名無主:2008/10/26(日) 22:58:42
>>502 賀茂には2系統ある

1) 本家 山城国葛野 九州系
山城国葛野を本拠とし代々賀茂神社に奉斎した賀茂県主(かものあがたぬし)は、八咫烏に化身して神武天皇を導いた賀茂建角身命を始祖とする。
賀茂県主は、同じ山城を本拠とする秦氏との関係が深い。

2) 賀茂朝臣 系 大和国葛城 出雲系
大和国葛城(現 奈良県御所市)を本拠地とする賀茂君、後の賀茂朝臣(かものあそみ)は大物主の子の大田田根子の孫の大鴨積を始祖とする。


510 :天之御名無主:2008/10/27(月) 11:11:26
>>509 賀茂神社の賀茂も大和国葛城から来たという説も有るね。

511 :天之御名無主:2008/10/27(月) 11:15:48
九州に賀茂なんて地名まず聞かないW
賀茂は出雲か近畿の系列だろW

512 :天之御名無主:2008/10/27(月) 16:18:25
古事記

この大国主神、宗像にいます奥津宮の神・多紀理姫の命を娶りてなす子、
 阿遅鋤高日子根神。次いで妹・高姫命、またの名を下光姫(したてるひめ)命。
 
 この阿遅鋤高日子根神は、今にいう『かもの大御神』なるぞ。

 大国主神、また神屋楯姫の命を娶りてなす子、事代主命。
-------------------
おおみかみと呼ばれるのは、アマテラスとカモだけ。

513 :天之御名無主:2008/10/28(火) 00:57:26
かれ伊邪那岐大御神、速須佐之男命にのりたまはく

ここに伊邪那岐大御神いたく怒らして

かれその伊邪那岐大御神は

514 :天之御名無主:2008/10/28(火) 07:30:18
九州年号
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC#.E4.B9.9D.E5.B7.9E.E5.B9.B4.E5.8F.B7.E8.A1.A8

近畿元号
http://209.85.175.104/search?q=cache:tJpBfTdsGjwJ:ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)+%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%80%80%E5%85%83%E5%8F%B7&hl=ja&ct=clnk&cd=1&gl=jp
この中の白雉、朱鳥などは九州年号。 

515 :大和島根:2008/10/31(金) 21:22:44
いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、
それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興
されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な山陰の青銅器時代がおわり日本海沿岸で四隅突出墳丘墓
が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と
安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと
考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。
 西谷は出雲大社に近く、安来は古事記に記されたイザナミの神陵があるので神話との関係にも興味がわいてきます。

516 :天之御名無主:2008/11/01(土) 08:15:47
>>515
日本海沿岸の四隅突出墳は丹波をさける分布で展開してたはず。
丹波は大和の玄関口だったからなのかな。

2世紀に半島で鉄採掘してた北九州倭人が、
3世紀になって大和王権の範疇に入る。
北九州に前方後円墳が出来始めるからね。
出雲は5世紀後半から前方後円墳が出来るね。
これらを考慮すれば、
出雲から青銅器持った人達が畿内に入ってほどなく北九州系が畿内に入ったか、
あるいは逆に例えば宗教的に畿内に屈服したのか…

517 :天之御名無主:2008/11/02(日) 13:58:10
まあ、感覚的にだけど九州は移動してないね。
関東にせよ関西にせよ九州の文化とか風習は一切残ってないし。
かつて、九州国、本州四国国という二重国家があった説を支持する。
九州が近畿中心とした本州四国国に屈服。

518 :天之御名無主:2008/11/02(日) 15:10:55
>九州が近畿中心とした本州四国国に屈服。

そうだね。

残る問題は九州が屈服した時期だが。
3世紀初頭か3世紀末かで邪馬台国の位置がきまる。




519 :天之御名無主:2008/11/03(月) 10:57:24
>>517
「鏡・玉・剣」「竪穴式石室」
この2つはモロに九州発祥なんだが

520 :天之御名無主:2008/11/03(月) 14:44:19
だから移動したのは「九州」じゃなくて「九州人」だっての。

521 :天之御名無主:2008/11/03(月) 15:30:09
九州人含め九州は移動してない。


522 :天之御名無主:2008/11/03(月) 15:30:33
>>519

玉は縄文時代から。
鏡、剣は、大王が移動しなくても、伝来する。
でなければ、中国の大王が日本に来たことになるぞ?

523 :天之御名無主:2008/11/03(月) 15:52:47
>中国の大王が日本に来たことになるぞ?

傑作!ワロタ。

524 :天之御名無主:2008/11/03(月) 16:02:58
>だから移動したのは「九州」じゃなくて「九州人」だっての。

という感じで些末な事をいう人じゃ分析力はないだろうな。

525 :天之御名無主:2008/11/03(月) 18:01:41
>>524
えっと、九州島じゃなくて九州人だと思った?
そうじゃなくて、九州の勢力丸ごとでなく九州にいた小集団って意味なんだが。

526 :天之御名無主:2008/11/06(木) 00:21:28
>>518 3世紀なんて有り得ない。 少なくとも6世紀位までは九州が外交の中心だったはず。

527 :天之御名無主:2008/11/06(木) 07:23:50
>>526
だったら、日本から独立してください>九州

528 :天之御名無主:2008/11/06(木) 07:51:28
出雲と九州北部じゃないかなー外交

529 :天之御名無主:2008/11/06(木) 14:33:37
外交?
接待の間違いだろプ

530 :天之御名無主:2008/11/21(金) 16:27:48
古代の文献を調べたら、高天原=葛城(現在の奈良県御所市周辺)ということになっている。

ニニギ命(神武天皇の曽祖父)は、
この高天原(大和の葛城)から、高千穂(九州南部)に覇権された
というふうに記紀には書かれている。

ちなみに、古事記には、出雲国譲りは、これよりも前になっている。

つまり、大和が出雲を降伏させ、日本の大半を統一させたあと、
大和が全国統治の過程で、各地に将軍を派遣した。
その中の一人に、九州南部に派遣されたニニギ命がいたということだろう?
この一族は、日向三代といって、その後、三代にわたって
日向の知事のようなことをしていたことが分かる。

531 :天之御名無主:2008/11/21(金) 20:34:23
どんな文献だよ

532 :天之御名無主:2008/11/22(土) 15:48:16
高天原=葛城だろ。
常識。

533 :天之御名無主:2008/11/22(土) 21:49:28
高天神社とかあるね

534 :天之御名無主:2008/11/24(月) 02:46:26
後でつくったんだろ。当時の有力な豪族がね。

葛城だったら日本書紀がおかしくなる。

535 :天之御名無主:2008/11/24(月) 18:47:49
日本書紀も当時の有力な豪族が作ったものですが。

536 :天之御名無主:2008/11/24(月) 20:01:52
国家事業だよ。

537 :天之御名無主:2008/11/26(水) 23:08:55
>>536
葛城が高天原はありえない。
朝廷の傍で奉るためだよ。地主神でもないし。
そんなホラを吹かせるために建てたんじゃないんだから
罰当たるぞ




538 :天之御名無主:2008/11/26(水) 23:12:03
葛城一言主神社にいくと
「ここが実は記紀にでてくる高天原なのです〜」って立て看板があるんだが
それが実にしつこい書き方。

しかも記紀では、どこにも葛城と書いてないうえ示唆するものもなく
奈良ではありえない書き方になっている。なんか変なんだよ、今のココは。

539 :天之御名無主:2008/11/27(木) 16:44:24
しつこいのは、九州のほうだろ。


540 :天之御名無主:2008/11/28(金) 20:16:06
>>537
おいおい、俺はそんなこと言ってないぞw
書紀編纂が国家事業だってことだよ

541 :天之御名無主:2008/11/29(土) 05:38:06
>>529
在日乙

542 :天之御名無主:2008/11/30(日) 19:30:32
面白い事に気がついた!


543 :天之御名無主:2008/12/01(月) 16:24:47
普通に考えれば、高天原=北九州だろ。
そこから出雲に行ったり南九州に行ったり大和に行ったりするわけだから。

544 :天之御名無主:2008/12/01(月) 21:35:30
高天原は葛城ですが?

545 :天之御名無主:2008/12/07(日) 07:56:47
>>544
それは無い。
何で畿内から九州に行ってまた畿内を攻めなくちゃあかんの?

546 :天之御名無主:2008/12/07(日) 14:21:21
神武は畿内を攻めてるわけじゃない。

神武の祖が葛城(高天原)から日向に行き、神武は日向から橿原に拠点を移しただけ。

547 :天之御名無主:2008/12/07(日) 17:53:24
根拠よろ

548 :天之御名無主:2008/12/07(日) 17:57:20
日本書紀よめ。

549 :天之御名無主:2008/12/07(日) 19:20:40
書紀に高天原が葛城だなどという記述はない。

550 :天之御名無主:2008/12/07(日) 22:54:06
高天彦神社

551 :天之御名無主:2008/12/07(日) 23:03:42
高天原は、葛城の高天彦神社のことだよ。
知らない人も多いだろうから、はいソース。

ttp://takama.sakura.ne.jp/takamahikojinjya

552 :天之御名無主:2008/12/09(火) 17:57:28
神社が電波飛ばしてるから何だって?

553 :天之御名無主:2008/12/09(火) 18:11:21
高天原って、
仏教で言う世界の中心にあって頂上に神が住む須弥山と同じだから、
そんなのどこにもないのだよ。
ヒンドゥー教ではその山の名前はメール山だったかな。

554 :天之御名無主:2008/12/12(金) 17:15:23
当時は地球儀を知らない天動説の時代だと認識しないと。
我々現代人の知識がじゃましてるんだよ。

鏡が古墳に副葬されたり、神器であったりしたのは、
あれが当時の地球儀だったから。
中心に山があり神獣や人の住む世界が周りにある。
つまり高天原世界観なんだ。

555 :天之御名無主:2008/12/20(土) 23:19:10
>>176
明治天皇の御真影や錦絵の肖像画は洋装の大礼服を着ているけれど、
明治期に皇統がフランス系に入れ替わったの?

556 :天之御名無主:2008/12/22(月) 22:23:00
神武天皇は分からないが、
ヤマトタケルの実在は確かみたいだね。

http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku240.htm

「考古学者の小林行雄氏によれば、三角縁神獣鏡の同じ鋳型で作った鏡(同型鏡)は、
関東に達しているものは、また、吉備にも多いという。

岡山県の備前車塚古墳で発見された13枚の鏡の中に、
各地で出土したものと同型の三角縁神獣鏡が8種9枚ある。

そのうち4枚が、次のような東国の遺跡から出土した鏡と同型であった。
群馬県の北山茶臼山古墳
群馬県の三本木古墳
山梨県の銚子塚古墳
神奈川県の真土大塚山古墳
しかも、これらの同型鏡は、日本武の尊の東征経路に沿って分布している。(図B)

日本武の尊と同行した吉備の武彦が、吉備と同型の三角縁神獣鏡を東国に持ち込んだのであろう。

このように見てくると、『古事記』『日本書紀』の記す日本武の尊の伝承には、
かなりの史実がふくまれているように見える。」

557 :天之御名無主:2008/12/23(火) 10:37:00
考古学者をさんざんバカにしておいて、都合のいいとこだけ、
「考古学者の小林行雄氏によれば」か。

小さいやつだ。


558 :天之御名無主:2008/12/23(火) 12:46:56
考古学者がバカかどうかは別にして、
鏡がヤマトタケルの東征経路に沿って分布しているのは面白いよね?

559 :天之御名無主:2008/12/23(火) 14:24:24
なるほど、ヤマトタケルは鏡を求めて進軍したわけですね

560 :天之御名無主:2008/12/23(火) 20:07:20
>>558

>鏡がヤマトタケルの東征経路に沿って分布している

安本お得意のウソ。

一部の例を出して、全体が事実であるように誤認させている。
ヤマトタケルが東征で姫を娶った尾張で、三角鏡がどっさり出てきたという話は聞かない。

561 :天之御名無主:2008/12/23(火) 20:34:34
近畿と北九州以外で「どっさり」出たなんて邪馬台国の回のHPにも書いてありませんが?

562 :天之御名無主:2008/12/23(火) 22:18:00
ヤマトタケル以前に、四道将軍が東海関東に派遣済みなんだが、そのことは無視して、
ヤマトタケル東征の根拠に三角鏡を持ち出すなど詭弁もいいとこ。

563 :天之御名無主:2008/12/24(水) 01:32:57
>ヤマトタケル東征の根拠に三角鏡を持ち出すなど詭弁もいいとこ。

じゃ、何があればいいのだ?

564 :天之御名無主:2008/12/24(水) 01:39:29
>>559
>なるほど、ヤマトタケルは鏡を求めて進軍したわけですね

鏡を求めて進軍したという意味が分からない。
進駐した所に神器があるという事だろう。

不満があるのなら、何故に

群馬県の北山茶臼山古墳
群馬県の三本木古墳
山梨県の銚子塚古墳
神奈川県の真土大塚山古墳

にあるのか説明してくれ。
それ相当の説明をお願いする。


565 :天之御名無主:2008/12/24(水) 03:00:54
四道将軍のタケヌナカワワケが東征済み。

タケルはそのあと。

なぜ、タケヌナカワワケを無視するのか?説明をお願いする。



566 :天之御名無主:2008/12/24(水) 08:51:05
>>565
>四道将軍のタケヌナカワワケが東征済み。

その通りだね。
東国の古墳の分布が四道将軍の経路と一致してるらしい。

>なぜ、タケヌナカワワケを無視するのか?説明をお願いする。

タケルは実在した可能性が高いが、崇神天皇や四道将軍は低いとは言ってない。
まずタケルの話をしただけだ。

にもかかわらず「なぜ、タケヌナカワワケを無視するのか?」
などと、何故論点をすり替えて文句言ってるのか説明をお願いする。


567 :天之御名無主:2008/12/24(水) 09:38:49
>タケルは実在した可能性が高いが

タケルは、たくさんいた武将の総称だろ。
常識的に。


568 :天之御名無主:2008/12/24(水) 21:26:29
タケルが何人いようと、「日本武尊」と言えば通常景行帝皇子の小碓命のことを指す。
まぜっかえすのはやめてもらおう。

569 :天之御名無主:2008/12/24(水) 21:41:39
つ「ワカタケル大王」

570 :天之御名無主:2008/12/24(水) 22:12:25
>>417
壬申の乱と同じに見えるというか、天武にとって都合の良い形で取り入れられた説話であるから、
直近の壬申の乱を反映してると見るのは当たり前の事だと思うけど。
ただ、天武の後ろ盾になったとおぼしき越が出雲を継承してるのか、それとも東側に勢力を伸ばした元は
西日本の勢力だったのか、純粋に倭の一勢力だったのか、それが全く解らない。
東征を含めた神話の解釈は天武朝の為の神話なんだけど、倭が統一されたのは
実際にはその神話が成立した時。つまり壬申の乱の時なんだと理解するのが
すんなりした解釈だと思うよ。だからこそ国号が改められた。

571 :天之御名無主:2008/12/25(木) 02:03:37
日清戦争・日露戦争は今から見れば、
何となくイメージとしてワンセットみたいな感じだが、
もちろん別々の戦争だ。
四道将軍と日本武尊もそんな感じだろう。

572 :天之御名無主:2008/12/25(木) 12:52:27
>>570

九州王朝説は誌ね。


573 :天之御名無主:2008/12/25(木) 23:42:16
>>569
だから他のタケルの話などしていない。

574 :天之御名無主:2008/12/27(土) 15:34:17
>>395
天皇家の先祖は、薩摩阿多に一時定住していたんだね。
114 :天之御名無主:2006/04/16(日) 21:50:38
>>23
>瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の嫁さん・・・
本名は鹿葦津姫、亦名神吾田津姫亦名木花之開耶姫だな。
父の大山祗神は海人集団の祀る神だから、鹿葦津姫も海人族。
子孫も豊玉姫、玉依姫を娶るから、天皇家の先祖は三代続けて
海人族と交婚したわけだ。
この天皇家と海人族の親密さは、何を投影してるのかな。
コノハナサクヤヒメ?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1019113502/23-114

575 :天之御名無主:2008/12/31(水) 11:19:50
>>568
古事記では倭建命、風土記では倭武天皇と書かれている人物のことですね。
”倭武天皇 舟に乗り海に浮かびて 島の磯を御覧はししに 種々の海藻
多に生ひて茂り栄ゆ ・・・” --- 常陸国風土記

576 :天之御名無主:2009/01/01(木) 16:47:39
まきむくのウガヤフキアエズ王朝というのは合議制の古代政権だった。
紀記では神武はウガヤフキアエズノ命の子供となっているが九州の日向
地方の代表がこの原始中央政権を掌握するにあたって小競り合いがあった
これが神武東征として語り継がれていた。

577 :天之御名無主:2009/01/01(木) 19:57:37
年の初めから何の根拠も傍証も無い事を見て来たように。。。
タイムマシンでその時代からやって来たのじゃない限り、死ねよ。

578 :天之御名無主:2009/01/08(木) 12:16:45
上伽耶フキアエズ

579 :天之御名無主:2009/01/08(木) 12:27:37
高皇産霊尊=高霊郡+皇産だそうですよ

580 :天之御名無主:2009/01/17(土) 14:59:50
>>562
ヤマトタケル東征の根拠は、関東各国風土記に採録されている渡来伝記で
十分だろ。

581 :天之御名無主:2009/01/20(火) 10:54:17
552 :天之御名無主:2008/12/09(火) 17:57:28
神社が電波飛ばしてるから何だって?

電波じゃない。
高天彦神社は、延喜式にも認められた式内社。
日本各地にある、後世に出来上がった高天原伝承などとは違って
大和葛城は、古代から朝廷より、高天原の地とされていた。

それが、時代がたつにつれて、その意味が忘れられたんじゃないのか?

582 :天之御名無主:2009/02/04(水) 12:55:01
疑問なんだけど神武東征が事実ならなぜ日向国はぞんざいな扱いを受けていたのか
普通なら日本国発祥の場所として神聖視されてもいいはずなのに

583 :天之御名無主:2009/02/04(水) 17:57:33
日本国発祥じゃないだろ。
たまたま4世紀頃にヤマトの王になったやつの父方の祖先が日向出身だっただけ。


584 :天之御名無主:2009/02/14(土) 17:51:09
日向は大戦前は聖地扱いされてたんだが
敗戦で逆に黒歴史扱いになって(左派の皇国史観完全否定で)
戦後今まで無視されてきたという事情もあるのよ
梅原猛とかが書いてることなんだけど



585 :天之御名無主:2009/02/14(土) 18:22:10

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/kobun/1120126668/468-469

振られた腹いせに実名晒した元大学生が・・・

マジでヤバイ書き込みだぞ・・・

ヤバイな国学院・・・


586 :天之御名無主:2009/02/15(日) 19:08:09
邪馬台国が巻向遺跡にあったのなら
神武東征はその11代前くらいになるから
東征があったとしたら紀元前くらい?

587 :天之御名無主:2009/02/21(土) 08:57:26
>>586
巻向は東海土器が主流で、
その土器の一部が伊勢で作られた事が判明してる。
伊勢は日向と同じで朝日を拝める土地だし、
まさに日向族とも呼べるのではないかな。
あとは房総半島も同じかも。
香取神宮もあり、千葉県市原には日本最古級の古墳もあるし。

588 :天之御名無主:2009/02/21(土) 16:12:50
纒向遺跡は、南関東から瀬戸内海西部までの広範な地方から人民を動員して
古墳を築造するために、3世紀になって新しく開発された場所という話が出てる。
箸墓古墳が作られた推定年代が、卑弥呼の死亡時期に近づいたし、
邪馬台(邪馬壹)国の首都が纒向遺跡とならないだろうか。

倭(ワ)は我(ワレ)の『ワ』で、倭国は我々の国という意味。
大和(ヤマト)の『ヤマ』は、多くのという意味で、『ト』は人のことだとすると、
大和は、大勢の人が集まった場所ってことで、つまりは都の意味かもしれない。
邪馬壹国は、ヤマトから派生した国名だろうか。

いずれにしろ、卑弥呼が束ねた邪馬壹国は、中国大陸の優れた思想を採り入れて、
鬼道、つまり道教を重んじる文化的な社会に移行していた。
道教では、剣、鏡、壷が神聖な宗教道具で、冠婚葬祭や国家行事などに使われる。
剣と鏡と勾玉(壷では平凡すぎるので置き換わった?)をワンセットとする三種の神器は
道教のカラーが入っていると見ていい。

鏡の分布から見て、邪馬壹国は、北九州から奈良までが勢力範囲。
狗奴国は、おそらく南九州から四国を勢力範囲に置いていた筈。

神武天皇と崇神天皇が同一人物という説があるので、それが正しいとすると、

大和の都を、呉が後推していた狗奴国の王が支配するようになったから、
魏との外交を、政権交代以降長い間経つことになったというストーリーが考えられる。

589 :天之御名無主:2009/02/21(土) 18:13:11
神武朝の成立と関わりが深いものとして、
タケルという英雄が日本各地で暴れまわった神話が存在する。

卑怯にも、女装して敵地に乗り込んで暗殺したとか、
酒を飲ませて酔わせたうえで、相手の剣を隠して暗殺したとか、
卑劣きわまる所業を繰り返した忍者集団の存在が見え隠れしている。

多氷(タケル)という、傍若無人の振る舞いをする武装集団の正体は、
美豆良(みづら)という、
日本人本来の風習からかけ離れた、彼等独特の髪型を観察すれば明らか。

もともと日本人(アイヌ)は、あんな髪型などしないし、
中国や韓国にもないわけだが、
アジアの北方騎馬民族は、ずっとあの髪型を保っていた。

みづらの語源も蒙古を見回せばありそうだ。

590 :天之御名無主:2009/02/22(日) 00:34:24
古事記の神武天皇東征に出てくる『血沼の戦い』は、
倭国が百済の侵略を受けたことが書かれたもの。

『血沼(ちぬ)』は匈奴を漢読みした『Xing-no(シンノ)』を指す当て字で、
この漢字を用いるほどの激戦だったらしい。

ヤバイという日本語は、邪馬壱国(邪馬台国)のこと。
制圧した後も、邪馬壱は危険な存在だったことに由来するらしい。

591 :天之御名無主:2009/02/22(日) 00:37:03
ヤマトの語源として、王の子孫達のことを指すという説がある。

真人(マト)は、日本で言えば、源氏とか平氏と同じような存在で、
百済から自分達の領地を求めて日本列島に雪崩れ込んだものらしい。

真人の集団を表す場合、大勢という意味のヤを付けて、ヤマトとなった。

ヤマトが奈良盆地に達する前に存在していたニギハヤヒが、日本語を作った一族だが、
スサノオ(高句麗の首都スサの王 出雲系とされる)の一族は、皆蒙古名を持っている。

高句麗語と日本語は非常に近い。
漢字を最初に表音文字として使った高句麗は、日本に来て日本語を作ったが、
最終的に百済勢力ヤマトによって蝦夷として討伐される運命を辿っている。

592 :天之御名無主:2009/02/22(日) 23:42:56
>スサノオ(高句麗の首都スサの王 出雲系とされる)の一族は、皆蒙古名を持っている。

電波乙。
出雲と高句麗が何で関係あるのだ?


593 :天之御名無主:2009/02/22(日) 23:52:12
>>589
>もともと日本人(アイヌ)は、あんな髪型などしないし、

http://www.yoshinogari.jp/ym/episode04/dress03.html

近年の発掘調査により、衣服以外の弥生人のファッションについてもわかってきました。
男性の髪型は吉野ヶ里遺跡の甕棺墓からミズラという埴輪に見られる耳の上で髪を巻いてまとめた形の毛髪が出土したことから、
既に弥生時代からミズラがあったことがわかりました。
また、倭人伝には人々ははだしであると記述されていましたが、
吉野ヶ里遺跡や福岡県の那珂久平遺跡で板を浅くえぐった
木製の履物と考えられる遺物が出土しており、
沓が存在していたことも明らかになっています。

594 :天之御名無主:2009/02/23(月) 04:41:08
日本創世の謎には日田という地が封印されているのである。

http://www.hisatuhime.com/

595 :天之御名無主:2009/02/23(月) 10:15:47
>>592
アイヌの縄文人がいた日本列島に、2300年ぐらい前から弥生人が入り込んできているのは、
ほとんど周知のことだと思う。

北方騎馬武装集団の鮮卑は、非常に行動力があり、北魏の皇帝も輩出しているぐらいだ。

時代が下って、漢字文化を持つようになってからも、繰り返し日本にもやってきて、
大豪族としてその武力を示している。

だから、大陸由来の漢字表記の地名が、日本各地に存在する。

たとえば、
日向という言葉も、鮮卑の部族名二つの合成語。
だから、東征の過程で二つの部族の形勢が逆転した結果、
向日なんて、前後が逆の地名が付けられた場所が、日本国内にかなり存在している。

そして、高天原が熊の手という意味を持つ土地を表す言葉だということからも分るように、
九州の『熊本』と『日の本』は、もとは同じ「イヌ+ムト」という言葉。
「イヌムト」から「ヒノモト」へと、音が変化しているので分りにくくなっているうえに、
「倭奴」の略称が熊(イヌ)だという、高句麗語の世界を知らないと理解できない漢字合成語。

日本という名称のルーツも、日本語のルーツの一つ、高句麗語の漢字の用法にあったというのが現実。

596 :天之御名無主:2009/02/23(月) 10:18:24
高句麗の王都、『スハ(通化)の王』がスサノオの名前の由来。

高句麗語は正確に残っていないので、韓語の音訓を頼りにするしかないが、
宗像(むなかた)神社を韓語の音訓で読めば「スジャン」となる。
とうぜんその王は「スジャン王」。

「須佐(スジャ)の王(ンノオー)」としっかり書いてあるのだから、
素直に、当時漢字を用いてこの言葉を作った人々の発想のまま受取っておけばいい。

出雲系とされている豪族は、高句麗から渡来した一族なのだから、
とうぜん、モンゴル(鮮卑)表記の名前を別に持っていてもなんら不思議はない。

この勢力を、あとからやってきて駆逐した、百済系渡来豪族が神武系で、
やはり韓語の音訓を頼りに分解していくと、名前の意味を綺麗に説明できる。

蘇我氏は中央を追われて諏訪に落ち延び、蝦夷として討伐されたため、
諏訪湖のあたりに地名を残したとも言われている。

597 :天之御名無主:2009/02/23(月) 17:00:53
今では吏読(いどう)は、宮内庁のお役人と、
一部の神職しか判る人がいなくなっている。
吏読が分れば、日本語とそれを生み出す母体のひとつ高句麗語の関係が簡単に分る。

『兵』(つわもの)は、高句麗の王都 『通化』(ツウカ)の者という意味。
その名のとおり強力な武力を誇っていた時期があるが、
神武東征で、都を追い落とされた『通化』の兵であるつわもの達は、
諏訪湖付近に逃れて、その地を『諏訪』(スワ)と呼んだ。

大日と書いてテイルと読む。日本では照(てる)の一字が当てられることもある。
天照(アマテル)神のまたの名を、大日霊女(おおひるめ)尊などと書くが、
大日(テイル)と照(てる)は吏読では同じ言葉なので、ほぼ同じ名前だ。

大大日と書いてタタリと読む。
邪馬壱国と書いて、ヤバイ国と読む。
神武東征で邪馬壱(ヤバイ)国を倒したから、大大日(タタリ)があると怖いので、
神武(崇神)天皇は、真先に大神神社に大日(テイル)系の神を祀っている。
侵略しても、先の治世者を慕う原住民の心から生まれる祟りイコール反逆を畏れて、
先の治世者を神社に祀ることは、
征服者の謝罪の念を暗に土着民に示すことで、
新政権の治世を磐石のものにする、日本独特の方便。

しかし、『通化』(ツウカ)の者に対して容赦することなく、
蝦夷(エゾ)の討伐は行なわれた。

598 :天之御名無主:2009/02/23(月) 18:14:49
高句麗語の漢字用法は吏読(りとう)で、李朝時代にまで用いられていた。

日本では、神主の祝詞などにも用いられる「宣命(せんみょう)書き」と
そっくり同じ方法だ。

宣命書きの漢字の用い方を調べていけば、
天照大御神や須佐の王の名前の由来が読み解けるのは、当たり前だよ。

宣命書きを理解していない神社の神主って、本物じゃないと思う。

599 :天之御名無主:2009/02/23(月) 22:39:04
>>595
>時代が下って、漢字文化を持つようになってからも、繰り返し日本にもやってきて、
>大豪族としてその武力を示している。

ソースは?

>たとえば、日向という言葉も、鮮卑の部族名二つの合成語。

>>596
>高句麗の王都、『スハ(通化)の王』がスサノオの名前の由来。

ソースは?

>出雲系とされている豪族は、高句麗から渡来した一族なのだから、

ソースは?

>>597
>『兵』(つわもの)は、高句麗の王都 『通化』(ツウカ)の者という意味。

ソースは?



ソースは?



600 :天之御名無主:2009/02/24(火) 02:28:07
天照大御神を皇祖霊として祀る信仰なくして、日本人(大陸から渡来した弥生人)の文化を語ることは出来ない。
神武東征の後も、この信仰はそのまま生き残り、うまく治世の道具として利用されている。
この祖霊を祀る信仰は『オボ』(御墓)と呼ばれる。つまりは古墳に祖霊を祀る信仰だ。
もともとモンゴルでのオボは石塚にすぎなかったが、日本ではそれが巨大化して、古墳へと発展している。

吏読(りとう)だと、天照大御神という神の名は、アマル、テイル、オホ、ミ、カミと分解できる。
日本語のルーツとなった、北方騎馬民族系独特の漢字合成語で、宣命書きと同じ発想と思っていい。

漢字の使い方を観察すれば分ることだが、北方騎馬民族系の豪族集団鮮卑の知識は、相当なものがある。
『天』(あま)は、アムール川の周辺にいた北方騎馬民族、扶余(アマル)系のシャーマニズムの
祖霊を崇める『大』(オオ→オホ→オボ→御墓)信仰の、民族的ルーツを示すための一文字。
太陽神の子孫という伝承を持っているから、扶余(アマル)ではなく『天』(アマ)を使ったと思われる。
『大』は大きいという意味だと思ってしまう人が多いようだが、そんな単純な漢字の合成はされていない。
『ミ』は巫女のことで、巫女が神格化した姫神であることを示すために付けられている。

卑弥呼の鬼道(道教)による統治を見ても明らかだが、
国際情勢に対する知識が豊富で、いい加減な発想で邪馬壱国を束ねていたわけではない。
三種の神器は、高句麗道教で使われるアイテム、剣、鏡、壷(の代用としての勾玉)の3点セットになっていて、
卑弥呼(日巫王 ヒミヲ)が用いたとされる、鬼道イコール高句麗道教をストレートに継承している証拠品。

もちろん、三種の神器を継承して、皇祖の太陽神を祀るのは、オボヒ(御墓日)信仰そのものの発想で、
卑弥呼の時代からしっかり受け継がれていていると思われる。

601 :天之御名無主:2009/02/24(火) 02:30:45
天照大御神の『照』(テル)の一文字は、
記紀で別名とされている大日霊女(オオヒルメ)を見れば、その由来が明らかになる。

卑弥呼の高句麗道教系では、『オホヒ』に大日という字が当てられている。
太陽信仰を掲げる一族ならではの漢字の用い方だ。
大日の高句麗語での読みは(テ イル)であり、その短縮形はテルなので、
大日を短縮して一文字で表すために、照の漢字が当てられている。

現代人の感覚では、一見すると天照と大日霊はまったく違う言葉のように見えるが、元は同じ言葉。
なぜこんな短縮方法で表記されるようになったかというと、
天照という漢字二文字の熟語を得るためで、この二文字短縮も、高句麗語系の言葉の特徴らしい。

『オボ』(御墓)信仰については、恐山のイタコの、畏れを観察するとよく分かる、
極東アジアのシャーマニズムでは珍しくない。
神憑りによって、先祖の霊と会話するイタコの技は、
神社になると、国家の危機に対処するため、皇祖神から御神託を得る神事へと発展している。

恐れ→宇曽利→ウスリー川となり、
恐山から見て、日本海を挟んだ反対側の『オボヒ』信仰とリンクしている。
簡略に説明する便宜上、御墓日という勝手な当て字を使ってしまったが、
もともとは、ロシアのニブヒ族の種族名にみられる言葉だ。
記紀に高皇産霊(ウブヒ)尊となっている『ウブヒ』の語源もニブヒだ。

神憑りして神託を得る神事は、西洋の北欧神にまで影響を与えていて、
ヴァン神族に仕える巫女(アジア系)が神憑りして、神々の黄昏を予言するという形で登場する。

というわけで、天照とは、アマルとウブヒの合成語を表す、二文字短縮漢字表記。

産霊と大日霊と天照、ついでに恵比寿も、まったく同じ言葉を基にして、
高句麗語(鮮卑語)独特の、宣命書きの漢字合成になっている。

602 :天之御名無主:2009/02/24(火) 14:22:18
>>600
>>601

いくら大陸との関わりを君の想像で言われても、
実質、弥生時代の日本にに牛や馬がいないのだが。

603 :天之御名無主:2009/02/24(火) 18:51:13
もともと、天照(アマテル)神に相当する存在は、天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊と呼ばれ、
太陽神だからとうぜん男神なのに対して、
天岩戸の神事で復活したとして、二代目となった、天照大御神のほうは、
名前が長くなって、女神になっている。

天照の後ろに付け加えられた部分は、
『オホ』が祖霊と交流する信仰形態を意味し、『ミ』は巫女を表すことからも分るように、
男神である太陽神が放つ光の力を受け止める、依り代となる巫女が、神格化した女神のことを指す。

背景には、陰陽道の考え方が存在しているので、
男神である太陽神の力を受け止めるのは、月の属性を持つ女神であり、
西洋の月の女神アルテミスをもじった形で、巫女を神格化する目的で作ったカッコイイ名前がアマテラスだ。

天照大御神に、アルテミス信仰が作為的にくっつけられていることは、ほとんど知られておらず、
どうやら、ここだけの内緒の話、日本神道成立期のトップシークレットらしい。

記紀が編纂されて、伊勢神宮とアマテラス大御神が姿を現した直後に、
天然痘の流行などによって、藤原4兄弟が相次いで死に、
これを祟りと信じて、聖徳太子像に五寸釘を打ちつけてまで、怨霊封じするムード一色になって、
一気に仏教国になってしまった日本では、
国家神道が定着する期間が短いまま、仏教と習合する形になった。

インドの密(ミトラ)教の、大日(天照)信仰を定着させるために、
神道と仏教を習合した奈良の大仏が、国家プロジェクトとして建造されたが、
神道色が薄かったため、あれを見て天照を連想する人はほとんどいない。

604 :天之御名無主:2009/02/24(火) 19:11:05
国風文化として神道が発展する期間がほとんどないまま、日本は仏教の国になってしまったため、
伊勢神宮が建てられてから明治維新に至るまで、参拝した記録を残した天皇は持統天皇ただ一人、
といったありさまになった。

皇室の神道の行事は、天照大御神が三種の神器を授けるシーンの再現に留まってしまい、
オボ信仰系の神事は、十分に発達していかなかった。

神武天皇が東征を果たした時代、
日本武尊は、女装して敵地に乗り込んで、同じ武軍団のメンバーを暗殺したり、
敵を酒で酔わせて剣を隠して相手を殺すなど、武士ではなく忍者のやり方で手柄を立ててる。

北魏の皇帝を輩出したほどの力を有した鮮卑は、
クーデターや毒などを用いた暗殺も行なっていた可能性が指摘されている。

忍(シノビ)のルーツは鮮卑(センピ)という言葉にある。

忍の元祖とも言える武軍団は、伊吹山で白猪と出合ったが、
これが神だと気付かないまま、うかつにも戦ってしまい、命を落としている。

つまり、皇軍よりもさらに強い、猪をシンボルとして神威を示す一族がいたことになる。

605 :天之御名無主:2009/02/24(火) 19:17:17
猪といえば、雄略天皇が葛城山で出会って「神そのもの」と判断して、木登って難を避けている。

その後、雄略天皇は『一言主神』と出会い、武具や衣服をに献上している。
この『言』は、神託のこと。

当時、神憑りして託宣を得たり、天皇すら屈服させる神威を示したり、
神憑りによって、女神へと変身したり、
猪の神にとり憑かれたようになって、神通力を発揮して戦う能力を有した、
シャーマニズムと密接な関係を持った、特殊な武装集団が存在していたことになる。

これは、忍術を用いる武装集団に他ならない。

一言主神へと神憑りする神職の豪族は、葛城氏をおいて他にない。

後に、葛城氏から、神通力を使う役の行者が輩出され、流刑になっているが、
使役した前鬼・後鬼とは、まさに神出鬼没の活動をする忍者軍団だった。

日本最高の戦闘技術、忍術と、オボ信仰系の神憑りや憑依の技術は、
役の行者によって修験道へと形を変えて伝えられ、
当時国家が管理していた神社に伝承されている、
未成熟のまま仏教と習合した神道の技術とは、まったく異なる形態へと発展していった。

その一部は、明治維新とともに、会津藩武田家から大東流合気柔術となって広まり、
そこから派生した合気道の形で、全世界に公開されることになった。
合気の技には、神通力と錯覚するようなものが含まれている。

606 :天之御名無主:2009/02/24(火) 20:26:43
天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊はアマテラスの先神じゃなくて
アマテラスの孫格だろ
異説でもアマテラスの子かスサノオの子くらいで
天孫系かすらわからんのが実情だったはず
アマテラスの先神っていうなら蛭子神じゃね?
オオヒルメとヒルコの話の方が主力だと思うけどな
色々書いてるけどツッコミどころ多いってレベルじゃなくて
自説ありきで調べてるっぽく見えて腹いっぱいなんだが・・・


607 :天之御名無主:2009/02/24(火) 20:53:15
扶余や高句麗、新羅も殺牛祭祀を持ってたんだよね。
特に扶余は川べりに住む皮革の民なんだよ。
日本に来たとしたら被差別民になったと考えた方が蓋然性があるよね。

608 :天之御名無主:2009/02/25(水) 04:43:30
>>606
ところがドッコイ、これが逆なのだ。

記紀がかなりデタラメで嘘だらけで信用できないこと、
女帝を正当化するために必死で情報操作の工作をしすぎている、
という見解はほぼ一般化してきたと思う。

天照大御神は、記紀編纂責任者、藤原不比等あたりが創作した、非常に新しい神名。
伊勢神宮を、持統女帝以後は、明治天皇まで参拝した天皇の記録がないのも、
女帝を正当化するために、にわかに作り出した辻褄合わせの神だとバレバレだから。
大神神社に祀られている神は、出雲系の男神で、伊勢神宮の神も同じものだと知れ渡っているのに、
女神と強調するあたりでもうアウト。
しかも、歴代天皇の位牌が仏教方式なのだから、皇室はずっと仏教徒だったことが分る。

天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊のほうが古い名前ってことは、
記紀を読んでも絶対に分らないように粉飾されているが、
神社に祀られている神の名が、女帝を正当化しようとする人々によって、
どう改竄されていったか、痕跡を観察することで明らかになる。

一番のキーポイントは、皇祖とされる、産霊神と天照神の名前が、
日本に漢字文化を持ち込んだ高句麗語圏の人間によって、
宣命(せんみょう)書きされていると考えて吏読(りとう)風に読むと、
同じ発音の神の名を、別の漢字を当てて表記しているだけだとはっきり分る点。
産霊神が先にあり、天照神を西洋のアルテミス神になぞって後から作っているあたり、
神名を新作するときの発想が丸見えというか、凄く分りやすく納得性がある女神様だと思う。

産霊神イコール天照神は男神なのに対して、天照大御神は女神であり巫女。
記紀の編纂者は、卑弥呼の存在を知っていたフシがあり、天照大御神という巫女神の創作は、
神武天皇の東征で消え去った卑弥呼が用いた古い神道(高句麗系道教)の復活を念頭に置いたもの。
天岩戸の伝説も、その復活を暗に示すために、意図して用いられたエピソード。

609 :天之御名無主:2009/02/25(水) 04:48:40
天照大御神を、まったく短縮しないで音に展開すると、
アマル・ウブヒ・オボ・ミ・カムイのような音になり、まるで呪文にしか聞こえない。

太陽神の力は冬に向かって衰えていく。しかし、冬至を境にして再びその力を取り戻す。
この、若返った天照神の力を受け止める役割を担う巫女が神格化したのが、稚日女(わかひるめ)だ。
某神社の巫女さん達は、幼少時からこういった諏訪語を聞き育っているので、普通に話せるらしい。

諏訪とは、日本でスキタイに当てられた漢字で、蘇我なども諏訪と同源の言葉らしい。
蘇我氏は都を追われて諏訪に落ち延び、蝦夷として討伐されたため、
諏訪湖のあたりにも地名を残したと言われている。

実際にこれらの言葉を含む祝詞を用いて、今も神事を行なっている、葛城氏系の神職の方々がいる。
表向きは、出雲系を名乗ってはいるが、諏訪語を話すのだから、中味はかなり違っている。

冬至の日に、日の出を拝みながら、甘南備山の山頂のイワクラを舞台にして、
祝詞を唱え、剣と鏡を手に神楽を舞っているうちに、日の巫女は神憑り状態になっていく。
太陽の息吹を口から吸い込んで、その分霊を体内のお腹の部分に宿す。
そこには太陽神経叢という、自律神経のコアがあり、
太陽の力が宿って暖かいという自己暗示を用いてイメージすることで、
免疫機構が活性化することが、心身医学でも確認されている。

太陽の息吹のイメージによって、体に生気がみなぎり活性化した状態で、
その場にいる人々に、手をかざしたり、息を吹きかけて、太陽の分霊を吹き込み分け与えていく。
それによって、心身ともに健康に生きる力が回復する、ヒーリング系の所作が続く。
それまで弱まっていた太陽が、再び力を取り戻したことを、
こうして皆で確認して祝いあうのが、メインイベントらしい。

卑弥呼(日巫王 ヒミヲ)から直接受け継いだ、高句麗道教系神道の、剣と鏡と勾玉を用いた儀式で、
まさに、太陽信仰の核となる巫女の女神を体現するような神事だが、
これは、葛城氏の、役の行者が流刑になって以後、
修験道と習合した高句麗道教系神道の秘伝とされたらしい。
しかし、大掛かりにしなくても、ただ心静かに日の出を拝むだけでも良い、とされている。

610 :天之御名無主:2009/02/25(水) 05:31:45
>>607
殺牛信仰といえば、京都の祇園の神社に祀られている、牛頭天王だ。
祇園祭は伝染病の流行が治まったことを祝う祭り。

少し観察すれば分ることだが、
日本神道の発想として、動物の頭をちょん切って神社に祀るなど、基本的には考えられない。
たとえば、お稲荷さんのお使いの狐の首を切って、その頭を神社に祀る発想は、日本人にはない。
牛の首をちょん切って、その頭を神として神社に祀る発想には、むろん特別な理由が存在する。

今までトップシークレットとされていた、伝染病平癒の秘術について、ここに明らかにしよう。
それができるようになったのは、天然痘が撲滅されたためだ。
天然痘を用いて呪殺(実際に藤原四兄弟の暗殺に使われているのだ)する、
陰陽道というよりも、ほんとうは 八真人(ヤマト)武(タクォル)の秘術(忍術)が、
現在は誰にも使えなくなっているから、概略を情報公開しても、危険はない。

611 :天之御名無主:2009/02/25(水) 05:34:58
例の諏訪語を話せる巫女さん達の一族は、神道と修験道が習合した形になっている。

雄略天皇を畏れかしこまらせたほどの、葛城氏由来の恐るべき技術の数々を今に伝えている。
修験道のルーツとなった、八真人武(ヤマトタケル)系の鮮卑(忍 センピ)暗殺術を伝承し、
同時に、この術を跳ね返す、吉備真備から託されたとされる、牛頭天王の秘術も伝承している。

牛の天然痘は人のものより軽いため、先にかかっておくと、免疫ができて、
後から人の天然痘に罹っても、発症しないか、しても軽い症状で済む。
そのため、朝鮮半島では古い時代に、牛の首を切り落としてその血を玄関先に撒く風習があった。

その牛の血で、木札や紙を赤く染めて、神社から無病息災のお札で配布することで、
伝染病に対する防疫結界を貼る技術こそ、
陰陽師の祖、吉備真備から託されたとされる、牛頭天王の秘術なのだ。
この、対病魔結界を張る忍法は、科学的にも根拠が明らかな、実効力のある本物だ。

今も京都の祇園の神社から、赤いお札が配布されているが、秘術の中味は失われているため、
牛の血など使われておらず、ただの紙切れと化している。
本物の無病息災のお札の作り方は、役の行者の血を引き諏訪語を話せる一族にのみ伝承されている。
なぜトップシークレットの秘術とされてきたか、理由は説明するまでもないだろう。
悪用されれば、鬼の疫病騒ぎが現代にも再現されてしまい、あまりにも危険すぎる。

神武天皇が畏れた大大日(タタリ)は、このような形で実在し、実際に使用された歴史があるのだ。

612 :天之御名無主:2009/02/25(水) 05:50:30
神武=カムタケル=ヤマトタケル

613 :天之御名無主:2009/02/25(水) 05:53:53
>>601
あんたの言う高麗人参語だかは戦後の野蛮語だよな?

614 :天之御名無主:2009/02/25(水) 07:59:34
余所のスレで似たようなのを読んだ記憶が…


615 :天之御名無主:2009/02/25(水) 08:03:16
>>610
>殺牛信仰といえば、京都の祇園の神社に祀られている、牛頭天王だ。

全然違う。
桓武天皇は渡来系が持ち込み日本人の間にも広まってた殺牛祭祀を禁止してるのだが?
今のような神道が形作られたのはその後だからね。

616 :天之御名無主:2009/02/25(水) 08:06:53
>>612
日本に来た真人(マト)は、百済の皇室から派生した、
本拠地では領地が持てない王子達だろうな。
集団だから、たくさんって意味の八(ヤ)が付いて、ヤマト。

八真人(ヤマト)の武装集団だから、ヤマトタケルで、
そのトップが没後神格化されて神武となった。

神武天皇の兄が死んだとか、ヤマトタケル軍団はいろいろ苦労もあったらしいな。

617 :天之御名無主:2009/02/25(水) 08:07:01


長文連カキ君にもう一度聞く。
「出雲に高句麗系が上陸したという根拠」を言ってくれ。





618 :天之御名無主:2009/02/25(水) 09:51:48
>>616
日本に来た。でなくクダラに別荘があっただぞ?蠻人

619 :天之御名無主:2009/02/25(水) 10:30:46
高句麗とか百済とかよく出てくるけど、日本人は半島の言葉を理解できない。
その時点でそれほど日本には縁がないということだろう。
同じ東アジアの国でも中国の場合は、言葉は理解できないが文字の意味はは少しは分かる。
こちらの方が日本に縁があるということだろう。

620 :天之御名無主:2009/02/25(水) 15:29:25
この大大日(タタリ)の話は、マジで邪馬壱(ヤバイ)な。

鬼が流行させた疫病が、迷信ではなく本当だったとは驚いた。
陰陽師が使う呪殺法や、病魔を退ける結界も、マジで本物ってことだよな。
漫画やアニメや映画の世界で、迷信だと刷り込まれてきたせいで、
本物があると分った今も、頭の切り替えがなかなか出来ない。

621 :天之御名無主:2009/02/25(水) 22:37:20
卑弥呼(日巫王)の鬼道(高句麗道教)は、神武天皇の東征で滅んだかに見えたが、
葛城氏 小角 修験道の伝承ルートで、今に伝わっているとは、驚きだ。

冬至の日に、三種の神器を用いて行なわれる、稚日女の太陽神復活の神事が、
日巫王の邪馬壱国の時代から、延々と引き継がれてきているものだとすると、
天照大御神は記紀によって捏造された女神という説にも大きな影響が出てくる。
大日(テイル)神、産霊神、天照神が、同じ名前の異漢字表記なら、
天照大御神は、記紀の編集者が、神武天皇に滅ぼされた邪馬壱の王朝に思いを馳せながら、
卑弥呼を偲んで神格化して、伊勢神宮に祀ったもの、ということになる。

伊勢神宮は天照神に仕える斎王が主役で、天皇は必要ない理由も明らかだな。
もしも天皇が伊勢神宮に行ったら、斎王に対して頭を下げなくてはならない。
それは絶対に出来ないことだから、行くに行けなかったわけだ。

622 :天之御名無主:2009/02/26(木) 00:58:23
>>619
高句麗語風に、百済風に宣命書きするとどうなるかについて、
まともに研究されていないだけ。

記紀のなかには、日本人が万葉仮名を使った箇所が不正確で、
表記に統一性がないから元の日本語がどう発音されていたか分らない。
それに対して、中国人が書いた部分は、正確な音写になっている。
という話で終わっている。

まともに研究しないで、不正確の一言で片付けてきたのが間違い。

623 :天之御名無主:2009/02/26(木) 07:07:21
以前から、
稚日女をワカヒルメと読んだりワカヒメと読むから、
どちらが正しいのか分らず変だと思っていたが、
吏読と日本語の読みの違いにすぎず、どちらも正しかったわけだ。

今でも朝鮮半島では、人名などに出てくる日は、イルと読むもんな。
朝鮮古語と現代語はかなり変化しているが、この部分は変ってない。
朝鮮半島の人間も太陽信仰を持っているし、
命日などに、死んだ親族の霊を呼んで会話するイタコの役をする巫女が、
3万人ぐらいいるらしい。

卑弥呼が高句麗系道教で人を惑わしたっていうのは、
中国人から見ると、変な風習に見えたってことだろう。

蛭子神は、本来の意味を考えて記紀の表記に従うと、
日霊子(昼子)と書くべきだし、
大日霊女の幼名みたいな扱いだよな。
昼子から稚日女になって大日霊女へと改名していく流れは、
ホツマツタエに詳しいな。

624 :天之御名無主:2009/02/26(木) 09:08:31
>>615
何が違うって?

牛頭天王を祀る神社は、日本中に広く分布している。
日本で、牛頭天王という疫病神が、大流行した時代がある。
それは、天然痘など、大陸からもたらされた伝染病の流行と、時期が一致している。

菅原道真は、これ以上伝染病が国内に入って来ないようにする意味も含めて、
大陸との交流を断つように進言した。

伝染病の流行が収まれば、牛を殺す必要などなくなる。
そこで、桓武天皇は、無闇に牛を殺すことを禁じ、
伝染病を用いた暗殺術と、それに対抗できる結界を張る、牛頭天王の秘術を、
ともに封印したのだ。

何の矛盾もない。

625 :天之御名無主:2009/02/26(木) 09:26:35
卑弥呼、邪馬台国双方どこにあったのかも、本当に存在したのかも分かってないのに。

626 :天之御名無主:2009/02/26(木) 09:32:00
八坂神社などで配布されてる
赤い地の紙に金色の文字で「蘇民将来子孫之門」と書かれた札の由来は、
備後国風土記逸文に出てくる蘇民将来兄弟の説話だということは分った。

無病息災のお守り札が、血染めの札だったことや、
茅の輪くぐりがもとは、血の輪くぐりで、防疫ゲートだったことも理解した。

分らないのは、
奈良や滋賀の天皇神社は、スメラミコトの天皇ではなく、牛頭天王が祭神なのだが
なぜそうなっているのかだ。

皇室のルーツや祀神と、牛頭天王はなんか関係あるのだろうか。

答えて、偉い人。

おっと、明治に入ってから、無理矢理スサノオと習合させられて、
名前も八坂神社にされてしまった事は学習済み。

627 :天之御名無主:2009/02/26(木) 12:01:32
いやいやいやいや高句麗語と古代日本語の関連は誰もが認めるけど
高句麗語と現代ハングルの関連性はねーよ
そんなトンデモ説はないだろ
現代ハングルの起源調べてみてみ

628 :天之御名無主:2009/02/26(木) 16:25:35
大陸から漢字文化を持ち込んだのは、
朝鮮半島に領地を持てなかった、本国で余ってなかば流れ者となった王の子達が、
日本に来て武装化した集団だ。
彼等は一般人と違って、古い時代から漢字が扱えたのだ。

百済などから渡来した王子達の名が記録に残っているし、
鬼退治の伝説まで生まれているのだから、これは疑いようもない。
彼等は、日本でも王侯扱いだった時期がある。

古墳時代の日本では、渡来した王子を支持する渡来人の武装集団が暴れまわり、
陣取り合戦を繰り広げていた。
日本人を狩り集めて、百済に派兵する計画が何度も組まれた。

彼等が日本を次々に植民地化して、土地に名前を付けていったからこそ、
日本の地名の多くが大陸に由来を持ち、吏読で意味が拾えるケースがあるのだ。

ごもっともな話だが、はたしてどの程度信頼が置けるのだろう。

629 :天之御名無主:2009/02/26(木) 16:32:57
人通りの多い場所に、犬を首まで埋めて、目の前に餌を置き、
飢え死に寸前の状態で首をはねる呪術がある。

これについて、牛頭天王の秘術を伝える巫女さんに質問したところ、
大笑いして、「それって迷信」の一言で片付けてしまわれた。

「世の中には、迷信のオマジナイっていっぱいありますよ。
 犬の首をはねても、人を怖がらせる以外、何の役にも立ちません。
 日本人は昔から、妖怪などの怖い作り話が大好きな、
 とっても面白い文化を持っていることを理解していないと、
 研究しているうちに、ミイラ取りがミイラになっちゃいます」

素人には、牛の首を切り落とすのも犬の首を切り落とすのも同じように思えるのだが、
どうやら、専門家にかかると、真偽は明白ということらし

630 :天之御名無主:2009/02/26(木) 18:45:20
牛と犬の差はデカイんじゃね?
メソポタミアあたりからの牛と竜の対立は古代中国神話にも
影響出てるくらいに広範囲に波及されてるんだし


631 :天之御名無主:2009/02/26(木) 22:34:04
葛城氏は、元々「八咫烏 」の子孫の子孫で、
神武天皇の東征を助けた土着の一族という説もあるな。

632 :天之御名無主:2009/02/27(金) 00:06:58


長文連カキ君が答えるまで聞く。
「出雲に高句麗系が上陸したという根拠」を言ってくれ。



633 :天之御名無主:2009/02/27(金) 00:17:04
>>624
だから牛殺祭祀の渡来系民が被差別民になった可能性が高いという事でいいのだな?

634 :天之御名無主:2009/02/27(金) 04:09:45
葛城氏が神武東征の手助けをしたことで生き残り
卑弥呼の時代の道教を今に伝えることができた

でオーケーか?

635 :天之御名無主:2009/02/27(金) 04:15:39
>633
違うだろう。
姫路のすぐ北の山に牛頭天王を祀ってるところがあって、
それが渡来系総本山だろ。

牛頭天王が天皇神社に祀られている理由は分らないが、
渡来系武装集団の集合拠点となった建物の痕跡じゃないのか?

636 :天之御名無主:2009/02/27(金) 09:15:22
>>632
出雲系の神を信仰する一族が出雲に上陸したなどと、誰も書いてないと思うが
完全に勘違いしてないか。

スサノオを祀る神社は、日本全国にあり、
天照(ニギハヤヒ)を祀るものより、圧倒的に数が多かった時代がある。
記紀が作られる以前は、女神の天照の信仰などなかった、という見方も広がってきている。

北九州からニギハヤヒが率いる物部氏の東進とともに、
スサノオやアマテラスを祀る神社が広まっていった可能性が高いとする説もある。

記紀が作られた頃、辻褄あわせのために、スサノオが出雲の神とされ、
巨大な神社が新しく建てられていったことも、ほぼ明らかになってきている。

このような、スサノオ一族が北部九州から東進したと考える流れを無視して、
出雲にスサノオを信仰する一族が上陸した証拠を求めるのは、お門違いだろう。

神武東征、崇神東征などによって、スサノオを信仰する物部氏の多くを駆逐し、
大日(テイル 天照)信仰を復活させ、大神神社に祀る形になった可能性もある。
しかし、詳細がまるで見えてこないため、周囲を見回して推理するしかない。

葛城氏は、中国大陸にもその名が伝わっており、
葛城氏の末裔が何を伝承しているか確認を取ることで、
多少は東征当時の状況が見えてくる可能性がある。

いずれにしろ、東征(渡来系弥生人武装集団による侵略)は一回で終わっておらず、
異なる時代に複数行なわれ、日本各地が植民地化されたと見たほうが自然だろう。
高句麗(鮮卑)系の土地の名が、関東から西の地域に幅広く点在することを説明するには、
そう考えるのが、今のところは一番妥当と思われる。

637 :天之御名無主:2009/02/27(金) 09:23:03
なぜ、日本の陰陽師の祖とも言われる吉備真備が、牛頭天王の秘術を会得していたのか、
伝承している巫女さんに、率直な疑問をぶつけてみたことがある。

その結果明らかにされたのは、
文献にはあまり残されていないが、
昔の戦争では、敵兵に倒されるよりも、伝染病などで死亡する兵の数のほうが多かった、
ということだ。
そこで、中国大陸では、大軍を動かすときに、防疫技術が非常に重要視された。
吉備真備は、当時の最先端をいく軍事技術を大陸で学んで帰ってきている。
とうぜん、防疫技術も心得ていたらしいのだ。

中国には、怪しい老人が術を用いて、たった一人で戦局を変え大軍を倒す、類の伝説がある。
迷信だと思っている人が多いようだが、伝染病を用いる暗殺術などを知っている術者ならば、
実行不可能ではないかもしれない。
となると、病魔を操る術に対抗する予防策として、結界技術などが発達することになる。

神社は、ヒノキで建てられることによって、樹木が持つ殺菌成分フィトンチッドを放出している。
病魔に対する結界を備えた防疫施設でもあるのだという。

『うちわ』の名前の由来を中国大陸にさかのぼって調べてみれば、
結界技術がどのようにして生まれて発達していったか、知ることが出来ます。

だそうだ。

638 :天之御名無主:2009/02/27(金) 09:30:08
>>635
姫路は皮革産業の本拠地なのだが?
当然被差別民も多い。

639 :天之御名無主:2009/02/27(金) 09:38:20
>>636
>このような、スサノオ一族が北部九州から東進したと考える流れを無視して、
出雲にスサノオを信仰する一族が上陸した証拠を求めるのは、お門違いだろう。

スサノオは半島に行って帰ってきた製鉄関係の出戻り倭人。
新羅建国の倭人と関係あるだろう。

>高句麗(鮮卑)系の土地の名が、関東から西の地域に幅広く点在することを
>説明するには、そう考えるのが、今のところは一番妥当と思われる

勝手に語呂合わせするなボケ。



640 :天之御名無主:2009/02/27(金) 09:46:51
だいたい大陸から来て侵略して王になったなら、
誰にも遠慮せず、そう言う伝説を記紀に書けばいいだけ。

何で書かれてないのだ?
記紀に神武が日向から来たと書かれてるのは、実際日向から来たからだ。
考古学的にも最古級の古墳もあるし。

出自を大陸に求めるなボケ。

641 :天之御名無主:2009/02/27(金) 10:28:32
そもそも大陸にそういう記録が残ってないしね

642 :天之御名無主:2009/02/27(金) 10:59:27
この長文君の自説もそれなりに読むところあるとは思う
面白いと思う部分もあるけど、どこぞの巫女さんに聞いたとか
ソースが全然確かじゃない上に断定的に書いてるし、
自説を補強するためにしか資料を読まないクセが強すぎて、
脂っこくて読み続けるのがツラくなるな

それと男性上位の神話でないと気がすまないみたいだけど
女性優位の神話は各地にあるぜ?しかも古いものほどさ。
侵略民族ほど男性優位になりがちなのは知ってるが
男性優位の発想自体は後の大乗系宗教の影響での先入観もあると
思うんだがね。

日本神話は同格2柱から始まって、女性のイザナミが失敗だらけする
男性優位の面と太陽神が女性な部分の齟齬とか、各小伝説での
女性の重要性でバランスを取っている面からも男性優位の発想自体が無い
神話だと思うんだが如何かね。

それと古代の人の事を中世の人が考察した場合に、中世の人間が
間違えてる可能性、いわゆる1次資料・2次資料の件ね。
その部分の危険性が抜けすぎだと思う。

地名考察も同じで中世・近代の人が伝説などから改竄してる例は
腐るほどあるんだし(特に九州・近畿あたりはひどい)
まんま真に受けるのはどうかと・・・

643 :天之御名無主:2009/02/27(金) 11:16:53
誰も真に受けてないと思うよ。
スサノヲ信仰自体が中世以後の話。
日本に来た渡来人が、自分達の祀る神を誰にしようかと考えて、
天神は無理だということで、
スサノヲが半島と往来してる神話を知って、あやかったというだけのこと。

644 :天之御名無主:2009/02/27(金) 17:07:20
ヤマトタケルは、火トンの術で暗殺されそうになったが、
草薙の剣を用いてその術を跳ね返している。
しかし、伊吹山で出会った猪が、山の神だと気付かずに戦って、
氷を浴びて気を失って倒れ、病にかかって死んでしまう。

その頃から、さまざまな忍術が発達していたことがうかがえるが、
日本のものではなく、そのほとんどが外来のものだったのだろう。

ヤマトタケルの死亡原因について、
牛頭天王の秘術を伝承している巫女さんに、心当たりがないか質問してみた。

白い氷が降ってきた描写から、雪攻め氷攻めだった、
または雹に打たれて死んだという話は、線が細いのでとりあえずここでは無しね。
もしも、白い猪に喩えられた人々が、雪崩などを使ってヤマトタケルを倒したのなら、
草薙の剣の火攻めのエピソードと同じように、
もっとはっきり、凍傷にかかって死んだとか、いろいろ理由が書けるでしょう。
曖昧に描写されているのは、相手が使った術の正体を、はっきり見極められなかったから。

記紀には、タケル軍団の内紛が描かれているわけだけど、
そのなかには、あまり知られていない術も存在したってことでしょうね。

645 :天之御名無主:2009/02/27(金) 17:09:03
仙人や忍者は、煙に包まれて姿が消えるって、本当なんですよ。
伝承されているものは、成分が濃いまま吸引すると、命にもかかわる危険な薬物です。

((( ;゚Д゚))) ガクガクブルブル 可愛い顔してるくせに、サラリと怖いことを言ったので、
全身に悪寒が走って、聞かなければよかったと後悔した。

忍者が山狩りから逃れる目的で、昔使っていたと伝えられている、霧隠れの白い毒霧を、
哺乳動物に浴びせたら実際にどうなるか、
某国で行なわれた、犬を用いた実験のビデオを見せられた。
20頭の犬が昏倒し、やがて高熱を発して死に至るまで詳細に観察した、
再現実験が存在することに驚かされた。

ヤマトタケルの時代から存在していたかどうか、今となっては真偽の確かめようがありませんが、
当家に残っている、この種の薬の製造器具や、持ち運ぶためのアイテムとそっくりのものが、
幾つかの遺跡から発掘されてますよ。
掘り出した人達は、それと気付かずに博物館などに展示してますが、特徴を拾えるんです。
だから、この種のものが、伝承どおり当時から忍者の間で使われていた可能性はあると思います。

((( ;゚Д゚))) ガクブル

646 :天之御名無主:2009/02/27(金) 17:12:57
私は、フィールドワークの野生動物の観察中に、山で熊に出会ったら、
最終手段として、唐辛子の加工品を摘めたものを使えるように用意しています。
普通は追い払ったりしません。観察対象ですからね。あくまでも非常用です。
ただ、昔の人は熊の習性や対処方法を理解してなかった筈なので、
子熊を守ろうとする母熊に襲われたとき、白い毒霧を使って難を逃れていたかもしれませんね。

中学生のとき、刑事さん相手にバールを振り回したカツアゲグループめがけて
唐辛子を詰めたこれを使って、補導に協力したことがあります。
私は風紀委員をしてましたから。
不幸にも、取っ組み合っていた刑事さんも唐辛子を頭から浴びちゃって、
不良グループと一緒に倒れて苦しんじゃったことは、ここだけの内緒ね。
そのままだと、刑事さんがバールで殴り殺されてたかもしれないから、仕方なかったの。
というわけで、このアイテムの実用性の高さは確認済みです。

そうそう、ゾンビパウダーにフグの神経毒が使われてるって噂があるでしょう。
実験してみたけど、あれって嘘みたい。
フグ毒で仮死状態にしようとしても無理だし、けっきょく猿のゾンビは作れませんでした。
心当たりの他の成分で試してみたら、ちゃんと前頭葉が破壊された猿が作れたので、
ゾンビパウダーとほぼ同じ効果を持つ薬は、再現できたと思っています。

(((((( ;゚Д゚)))))) ガクガクブルブル ちゃんと作れたって言われても困るよ。
可愛い顔して、どういう動物実験をやってるんだか。

昔の人は、こういうものをいろいろ試して、麻酔などの技術を確立していったみたいね。
安全に人を仮死状態にする技術は、低体温脳療法などにもフィードバックされて、
医療の進歩に大きく貢献してるんですよ。寝ているうちに体が治っちゃう機械にね。

ヤマトタケルを死に追いやった霧隠れの忍術が、今では医療に応用されているとは、
時代が変ったというか、予想もしていなかった話の展開に、驚かされっぱなしだった。

647 :天之御名無主:2009/02/27(金) 18:43:42
ここまで人の話きかないと清々しいなwwwww

648 :天之御名無主:2009/02/27(金) 22:30:08
出雲に前方後円墳が出来るのが5世紀後半と聞いた。
やはり遅いね。
これが「国譲り」なら、
朝鮮で活動してた大和系製鉄集団が出雲に来たという事であろうか。
釜山の菜城遺跡は弥生時代からの倭人の製鉄遺跡だ。
高句麗の南下に伴って半島情勢が緊迫し、彼らは日本に帰ってきたのだろう。

649 :天之御名無主:2009/02/27(金) 22:31:23
7世紀以前の日本史は、言った者勝ちですから。

650 :天之御名無主:2009/02/27(金) 22:39:39
騎馬民族説なんて言った人いたけど負けたよw

651 :天之御名無主:2009/02/28(土) 03:43:06
スサノオを信仰する(旗印にする)日本に渡来した弥生人武装集団が、
鉄を求めてさすらった一族だったらしいことが、記紀からも分ると主張する人達がいるね。

記紀には、イザナギ・イザナミから大勢の神が生まれた描写があるらしいが、
その神々の名を借りて、鉄製の武器を鍛える手順が書かれている部分があるらしい。
火の神水の神などの誕生を、次々と列記した部分だ。

最初にこれを指摘したのは、満州の製鉄試験所長を務めた人物だったとか。
クズ鉄を高級な鉄に作り変えることに成功したり、絶縁油を開発した人物だそうだから、
当時としては、最先端を行っていた人らしい。

例の巫女さん(御専門は生命工学)の親戚に刀鍛冶の家があり、
隕鉄製の武器を鍛えて神剣を得る技術と解釈して、
今も実際に隕鉄から、神社で使用する神器を作っているという。
フイゴがなかった古い時代は製鉄が不可能なため、
人類が鉄製の武器を得る方法は、隕石に含まれる鉄を拾う以外になかった、
という説明をして頂けた。

隕鉄製の神器は、日本人と同じDグループのY遺伝子を持つチベットの人々の間でも
護符などとして珍重されている。
日本とチベットに分断される以前に存在していた風習の痕跡と考えられるという。

Y遺伝子は性別を決定する男のみに遺伝する遺伝子で、男系の血筋を辿ることができるもの。
アジア大陸中央部では、駆逐されてしまい、日本とチベットにしか残っていない。

652 :天之御名無主:2009/02/28(土) 03:47:13
隕鉄は強力な磁気を帯びているため、隕鉄製の神剣を振り回しながら神楽を舞うと、
脳に対して舞のリズムに合わせて、周期的に強弱がついた磁気刺激が行なわれる。
脳の活動とシンクロする磁気変動アルゴリズムを作り出せば、
それによって自己催眠の神憑り状態に移行することが、容易になるという。
その効果は、神楽鈴の音で脳を刺激した場合以上に強力だというのだ。

特殊な8の字形状の電磁石を用いて脳を磁気刺激する治療装置は、
経頭蓋磁気刺激装置という名で、一般の医院に普及しているらしい。
それと同じ原理で、隕鉄製の神剣を用いれば、脳刺激が可能らしい。

なんだか特命リサーチ200Xのような話の展開だが、
実際に神剣を作る技術も、神楽を舞って神憑りになって御神託を得る神事も
今に残っているのだから、これは否定できないと感じる。

現代に残っている伝承だけでは話半分だと感じたので、
それだけでは、神話が作られた時代の、日本の神器製造技術は分らないと指摘したら、
とんでもないものが目の前に置かれた。

これ、うちのご先祖様から受け継がれてきた神剣のオリジナルです。
すっかり錆が回っていますが、古墳から出土するものとそっくりですが、
掘り出してきたのではなくて、代々伝わったものです。
何が書かれているか読めるんですよ。もちろん隕鉄製です。

ということは、すでに発掘されている祭祀用の鉄製の剣のなかに、
隕石由来の鉄で出来ているものがないか、調べる価値はおおいにあると思う。
天叢雲剣と、記紀に列記された神々の名がどう関わっていたのか、
真相が知りたくなってきた。

653 :天之御名無主:2009/02/28(土) 04:00:23
>>650
日本の戦国時代の甲冑と、モンゴルの甲冑の模様を見ると、
ルーツが同じだとはっきり分るよ。

あの独特のカラフルで目立つことを考えた甲冑の色模様が、
日本の甲冑のルーツが、モンゴルと同源だと示してる。

日本のお御輿と同じ形のものが、モンゴルでも見られる。
ただし、用途がまったく違う。
使われるのは、戦死者の遺体の輸送。
死んだらお御輿に担がれて帰ってくるのが風習だ。

日本で、戦死者は神様扱いなわけだが、この文化は大陸起源と見ていい。

オボ(御墓)信仰、
神憑りによって祖先の霊を呼び出して対話する宗教様式や、

高句麗道教のアイテム、
剣、鏡、壷(日本では勾玉が容器の代わり)を用いる道具立て、

日(イル)の文字を人の名前に用いる、大日(テイル)信仰、

これだけでも、アイヌとは異なる弥生人の神道の文化のルーツが
大陸にあることが明白だ。

それプラス、
武家のアイテム甲冑のラメラアーマーの仕立て方や模様や、
お御輿の形まで、モンゴルのほうから来ているとなると、
証拠品がずらりと並んでいることになる。

654 :天之御名無主:2009/02/28(土) 04:43:19
この板にはどうしても日本と朝鮮をくっつけたい人がいるみたいですね。
遣唐使、遣隋使などを見ても分かるように古代日本に最も影響を与えたのは中国なのは明らか。
逆に古い時代から日本と朝鮮半島は争いがある、昔から民族的にそりが合わないのだろう。


655 :天之御名無主:2009/02/28(土) 12:45:21
朝鮮てなぁー
東京と大阪の間の名古屋みたいだな

656 :天之御名無主:2009/02/28(土) 17:44:31
>>653
>日本の戦国時代の甲冑と、モンゴルの甲冑の模様を見ると、
>ルーツが同じだとはっきり分るよ。

全然違う。
日本の甲冑は弥生〜古墳時代の甲冑・短甲がルーツで、
途中(5世紀後半)から騎馬用甲冑の桂甲が加わり、
両者の良い面(短甲は軽量。桂甲は運動性)を採りいれ発展したのが戦国時代の甲冑だろうね。
モンゴルがルーツったって蒙古型の冑なんて古墳時代に2つしか見つかってない。

騎馬民族説が否定される理由は、
日本で馬具が見つかる5世紀前後から、
6世紀前後の桂甲までの間に1世紀近いタイムラグがある事。
乗馬習慣が1世紀近く熟成してから騎馬戦術を採りいれた事が分かる。
もし騎馬民族に征服されてたなら、馬具が見つかる5世紀前後に、
いきなり桂甲が見つかってしかるべきだからな。

657 :天之御名無主:2009/02/28(土) 17:53:26
続けて言えば日本の古墳に騎馬民族の特徴である殉葬がまったく見られない。

ただ長瀞西遺跡の積石塚や大室古墳群など
日本に渡来系の墓はある。
しかしそれらは前方後円墳に比べ明らかに劣位なのだ。


>これだけでも、アイヌとは異なる弥生人の神道の文化のルーツが
>大陸にあることが明白だ。

アイヌや沖縄を含む「日本人」が北東アジアから来たのだから、
大陸にルーツがあるのは当たり前。




658 :天之御名無主:2009/03/01(日) 06:55:05
>>657
弥生時代から古墳時代にかけて、墳丘墓周辺で副葬品のみられない埋葬施設がある。
これを見て、殉葬が行われていた可能性を考える人もいるよ。

だいたい、ハニワがそうだろう?

どうも、常識的な見方が出来てないように感じる。

659 :天之御名無主:2009/03/01(日) 06:58:20
>>656
忍が潜入国に、自国の兵装でそのまま乗り込んで行く
という発想がそもそもおかしいことに気付こう。

常識外れだよ。

660 :天之御名無主:2009/03/01(日) 07:08:51
冬至の日に、日の出を拝みながら、
三種の神器と同種のアイテム一式を用いて行なわれる、
稚日女の太陽神復活の神事と道教との関係を、ちょっとだけ調べてみた。

太陽の息吹を口から飲み込んで腹部の丹田に蓄えるイメージを思い描いて、
仙丹にして服用して不老不死の仙人となる考え方は、
道教の内丹術として、かなり知られているものらしい。

新嘗祭などとはまったく違うし、
聞いたことがなかったので、
てっきり、その一族にしか伝わっていない特別なものかと思ったのだが、
比較できる対象が他にも幾つかあったのが意外だ。

江戸時代の末に、日拝と丹田で気を練る技術を復活させて、
健康法として広めて皇室からも認められたのが、
新興宗教黒住教の始まりだったらしい。

黒住教は、もっとも神道としての本筋の形態を保っている新興宗教らしいのだが、
その発想や儀式と、葛城・役の行者経由の修験道と習合した神道に、
共通性があるのは、どう受け取ればいいのだろうか。

太陽神経叢を活性化させるこの種のイメージトレーニングは、
心身医学でも説明がつくらしいので、
卑弥呼の時代から現代まで受け継がれた鬼道由来の神道の技術が残っていると見ていいのかも。

661 :天之御名無主:2009/03/01(日) 07:21:49
ただし、黒住教はあくまでも健康になる技術を中心に成立したものらしく、
神剣を用いた神憑りによって、脳のリミッターを解除して、
脳の機能を高めて繰り出す神通力の技などは存在しないらしい。

気功や合気を用いた技は、少し工夫すると効かなくなると言われている。

たとえば、舌の位置を意識して少しずらす、足の親指に力を入れて少し持上げる、
といった工夫で、小脳の運動神経への、生体電流の帯電現象による干渉を外すことができる。
ところが、神憑りの自己暗示で、脳のリミッターを解除すると、
感化力が通常とまったく違ってくるので、小手先の工夫で技を防ぐことが出来なくなる。

試しに巫女さんに、Tシャツを軽くつまんで引っ張って人を投げる
合気の代表的な技をかけてもらった。
巫女さんがノーマルの状態で合気を使っても、舌の位置を意識するだけで簡単に防げた。

ところが、神憑りして神気をまとった状態では、まったく防げず、
いいように体を引き回されて、転がされてしまった。
まさに神通力。テンションが高すぎて、巫女さんの目が怖くてまともに見れなかった。
本能的に倒されることを体が察知してしまい、
近付いただけでも、畏怖で全身が鳥肌立って、冷や汗が出るほどの神威を感じた。

もちろん、伸び縮みするTシャツを指先でつまんで引っ張る程度の力で
体重が百キロを超える私の体が、簡単に引き回せる筈もなく、
小脳の運動神経が合気の干渉を受けて、
体が自分の意思に反して動く状態になっていたことは間違いない。

古事記に記されたテゴイから進化した修験道系の武術は、神通力そのものに見える。
たぶん、相撲取りでも、この種の忍術には対抗不能だと思う。
神通力に忍者の武器が加わったら、甲冑を着ていても秒殺されそうだと感じた。

662 :天之御名無主:2009/03/01(日) 15:27:20
ガリレイの相対性原理が完全に間違っていることは、
支配原理(支配の法則・速度の法則)が完全証明する。
必然的にアインシュタインの相対性理論も間違っている
ことになる。
http://hwbb.gyao.ne.jp/cym10262-pg/fenomina.html

663 :天之御名無主:2009/03/01(日) 18:13:45
>>658
>弥生時代から古墳時代にかけて、墳丘墓周辺で副葬品のみられない埋葬施設がある。
>これを見て、殉葬が行われていた可能性を考える人もいるよ。

じゃその弥生時代から古墳時代にかけての副葬品のみられない埋葬施設は、
埋葬品がないのだから騎馬民族的とは言えないわけだな。
騎馬民族はかなり多くの副葬品を残すからね。

664 :天之御名無主:2009/03/01(日) 18:21:17
>>658
>だいたい、ハニワがそうだろう?
>どうも、常識的な見方が出来てないように感じる

埴輪が大陸的なのか?
日本人は大陸の殉葬を知ってて、
とてもじゃないが自分達には出来ないという事で埴輪を並べたのだろう。
書紀には殉葬が忍びないので埴輪を作ったとあるが、
今のところ日本で殉葬とされるものは発見されてない。

どうも君は常識的な見方が出来てないように感じる。



665 :天之御名無主:2009/03/02(月) 00:26:28
>>659
>忍が潜入国に、自国の兵装でそのまま乗り込んで行く
>という発想がそもそもおかしいことに気付こう。

忍かよw
騎馬民族なら堂々と攻めてきたのじゃねぇのかよw

666 :天之御名無主:2009/03/02(月) 20:54:32
>>665
ぜんぜん話の流れが見えてない人がいるらしいな。

当時、中国大陸から朝鮮半島日本に至るまで、
暗殺が横行していたことは、記紀にも記されている。

ヤマトタケルの話をよく読めば、
相手の剣をすりかえて殺すなど、
好き勝手に卑怯な方法で暗殺しまくって、
それが、讃えられていたことが窺える。
倒した相手も倒した人物も名前がタケル。
しかも、毎回名前が違っていて、ペアになる女性の名前も違う。
とすれば、タケルは特定の個人名ではなく、武装集団などの名前の可能性が高い。

蘇我入鹿と同じような殺され方をした人物が朝鮮半島にもいて、
実行犯の武装集団は同一グループではないか、という説も出て来ている。

そこから、鮮卑(センピ)という言葉が忍(シノビ)に変化して、
日本に風習を持ち込むと同時に、
地名や神社などにさまざまな痕跡を残した、という見方が生まれている。

天皇になったとされていながら、
出自や年齢を隠している様子がうかがえるから、
忍者のような武装組織の暗躍という見方が出て来ることになる。

667 :天之御名無主:2009/03/02(月) 20:56:11
負けん気を出して議論を挑んできているようだが、
きちんと考えが回っていないように見える。

大陸と同じ勝手が、文化が違う日本でできる筈がない。

副葬品がない埋葬施設を発掘して、
身分の低い者の殉葬と見る先生方がおられるのは、妥当と思う。

大陸と同じように殉葬させようとしたが、
日本は文化が違うため、反発が大きかった。
そこで、しかたなくハニワを用いることになった。

この説明の流れで、何の問題もない。

>今のところ日本で殉葬とされるものは発見されてない。

だから、
発見されている副葬品がない埋葬施設が
そうではないかと指摘されているんだろう?

「発見されてない」は、自分勝手なただの思い込みの決め付けと受取られて終わり。

まともな議論にならないようだから、以後無視する。

668 :天之御名無主:2009/03/02(月) 20:57:11
>>666
どの学者が言ってるんだ

669 :天之御名無主:2009/03/02(月) 21:07:02
>>666
>>667
何を訳の分からない事を言ってるのだ?
横行してた暗殺が仮に日本で行われたとして、
それで大陸人が政権とったなら
自分達の武装をすればいいだけじゃないか。
日本は弥生時代〜古墳時代まで衝角付冑など日本独自の武装なんだよ。


>そこから、鮮卑(センピ)という言葉が忍(シノビ)に変化して、
>日本に風習を持ち込むと同時に、
>地名や神社などにさまざまな痕跡を残した、という見方が生まれている。


どこの誰が言ってるんだよバカw

> 発見されている副葬品がない埋葬施設が
>そうではないかと指摘されているんだろう?

何古墳なんだよ、名前言え。
いい加減な事言うなボケ。


670 :天之御名無主:2009/03/02(月) 22:06:08
まだ懲りずにやってるのかwwwwwwwww
このスレに書かないで自分でHP立ち上げて書いたらどうだい?
そろそろみんな「チラ裏に書け」って言うのを堪える限界だろうし
方向性さえ間違えなければ、その妄想力と斜行眼つけたような猪突ぶりは
面白いと思う人もいるんじゃないかと思うんだけどねwww
HP作るの面倒ならアメブロとか始めたらどうだね

671 :天之御名無主:2009/03/02(月) 22:11:41
>>669
>それで大陸人が政権とったなら
>自分達の武装をすればいいだけじゃないか。

記紀に記されている天智と天武二人の天皇が兄弟ではない可能性、
出自や年齢を必死で隠している可能性が、かなり話題になってきている。

隠そうとする痕跡がミエミエの状態なのに、
「自分達の武装をすればいい」とはどういう発想なんだろう。

必死で正体を隠そうとしている武装集団が、
「自分達の武装」をして、正体を晒して反感を買うのかい?

思考の道筋が普通でないと感じる。

必死で正体を隠す武装集団イコール元祖忍者ではないのか?
当時の文献にも載っている忍術や宗教形態や道具類がいろいろ伝わってるよ、
という話の流れになっていることが、まるで見えてないらしいな。

隠そうとしても、先祖から受け継いだ伝統を隠し切れない部分が、
どうしても出て来て、後世に残される結果になる。

672 :天之御名無主:2009/03/02(月) 22:12:31
>>669
>何古墳なんだよ、名前言え。
>いい加減な事言うなボケ。

つまり、
古墳についてまともに体系的に勉強してない状態だから、
何に焦点を当てた議論が進められているか判らず、
相手の書き込みがボケに見えているわけだ。
それでは、まったく話にならない。

>どこの誰が言ってるんだよバカw

まともに勉強しないで、
自分だけ賢い判った人間のつもりで相手を罵倒していっても、
誰にも相手にされなくなるだけだよ。

673 :天之御名無主:2009/03/02(月) 22:33:56
勉強したけどわからないので何と言う古墳か教えてください

674 :天之御名無主:2009/03/02(月) 23:16:25
>>671
>記紀に記されている天智と天武二人の天皇が兄弟ではない可能性、
>出自や年齢を必死で隠している可能性が、かなり話題になってきている。

大陸系なのか?
で、どこで話題になってるのだ?
笑わせるなw

>>672
はぐらかさず具体的に答えろよ。

675 :天之御名無主:2009/03/03(火) 00:47:17
ちゃんと八切止夫読めよとか言い出しそう

676 :天之御名無主:2009/03/03(火) 01:07:02
高句麗=鮮卑だと中国の東北工程になってしまうのでは。


677 :天之御名無主:2009/03/03(火) 07:26:53
神武天皇の東征は、記紀の内容がいい加減すぎて、実態がつかめないから、
残っている他のものとの関係を見ていかないと、なんとも言えない。

神武東征のあと、紀州国造に任命され紀州の統治を行なってきた豪族とされる紀氏。
日前国懸両神宮の社家で、皇室と同等の古さを持っている。
この家が、本当に伝承どおりかどうか見ていけば、当時のことがある程度分る。

紀氏の傍流の天野祝氏は、
丹土を掘って水銀丹や水銀を生産する技術を持つ祖先を丹生都比売神社に祀っている。
丹生の姫の伝説によると、中国の姫氏の血を引いているらしい。
北九州に上陸して東進したことが、
各神社に伝わる丹生都比売の伝承から読み取れるらしい。

例の卑弥呼鬼道の日の出を拝んで内丹を練る神事を受け継ぐ巫女さんの一族も、
天照大御神のモデルになったとされる、
丹生の姫の血を引く姫氏と伝えられてきたらしい。

生命工学が御専門の方なので、
数百の墓を掘り起こしたり中国大陸まで足を運んで、
稚日女の一族の遺伝的なルーツが姫氏にあったことを、
ある程度確認できるようになってきたことを説明してくださった。

記紀に、皇室の姓は姫氏とする記述があるらしい。
調べればこのあたりの一連の伝承の真偽も明らかにできるのだろうと思う。

678 :天之御名無主:2009/03/03(火) 07:39:25
問題は、
壬申の乱の後に即位した天武天皇の出自や年齢が
記紀を見てもはっきりしないことだ。

百済との関係の深さを臭わせる記述が多く、
実際に朝鮮出兵の軍事行動も見られることから、
当時の日本は、実質的に百済から来た王族の武装集団によって植民地化されていて、
壬申の乱によって皇室は乗っ取られた可能性が指摘されている。

神武からの血筋を引き継げているか、興味がある。

例の巫女さんの一族とDNAを比べた結果を知りたくなったのだが、
国民の前に皇室の遺伝的ルーツが明らかにされることはあるのだろうか。

679 :天之御名無主:2009/03/03(火) 07:51:44
スサノオは、高句麗の首都スサの王の意味だとする説の信憑性を確かめようと、
モンゴル名を合わせ持つ一族なので、神話のルーツを大陸に求めてみた。

見回すと、4・5世紀頃、中国東北部に『オロチ族』がいた。
記紀の神話は、出雲の話じゃなかった可能性が出て来た。

680 :天之御名無主:2009/03/03(火) 08:39:50
蘇我氏、紀氏、葛城氏の祖といえば、武内宿禰だな。

日本武という武装集団内の紛争が話題になっているが、
その武軍団の内に、後世有力豪族を派生させた宿禰がいたことになる。

武内宿禰の父親は屋主忍武雄心で、
名前をそのまま解釈するなら、
雄雄しい心を持った、武軍団の忍の主だったことになるらしい。

当時の大王家を支える有力豪族がどのように編成されていたか、
多少見えてくるな。

681 :天之御名無主:2009/03/03(火) 10:15:20
>当時の日本は、実質的に百済から来た王族の武装集団によって植民地化されていて、
>壬申の乱によって皇室は乗っ取られた可能性が指摘されている。

誰に指摘されてるんだよw
なんで崩壊後の亡命百済人ごときが朝廷を乗っ取れるんだよw

亡命百済人のことを細かく書いてる日本書紀をどう説明するんだよw


682 :天之御名無主:2009/03/03(火) 11:36:29
ヒント=大化の改新

683 :天之御名無主:2009/03/03(火) 13:46:29
巫女さんの一族=民明書房化してきたのでは…


684 :天之御名無主:2009/03/03(火) 13:59:51
だいたい蘇我を渡来系だと決め付けてるやつが多いが、
9世紀の新撰姓氏録に諸蕃(渡来系)ではなく、
「皇別」と書かれてる理由を単純明確に教えてくれ。


685 :天之御名無主:2009/03/03(火) 14:59:34
>>681
起った出来事の順序は分っているのかい?
記録に残っている当時のことを少し書いてみようか。

中国大陸では隋が勢力圏を広げて、高句麗に迫っていた。
高句麗の平原王は、大和朝廷と同盟を結び、援助を受けようと考えて、
僧の恵便や法明らを送り出し、崇仏派の蘇我馬子に接近させた。
ところが、恵便らは、日本国内で襲撃を受けてしまい、
一時期播磨に身を隠すことになった。

百斉の聖明王は、国運にかかわる新羅との戦いを前に、仏像と経論を日本へ送ってきた。
蘇我馬子は、潜伏している恵便らを見つけ出して、
百済から得た2体の仏像を祀らせ、仏教を政治手段として用いた。

高句麗は、皇太子として期待されていた、
伝説上の謎のスーパー万能超能力者聖徳太子の教育洗脳係として、
新たに高齢の学問僧慧慈を送り込んできた。
また、馬子が飛鳥寺を建てるための資金として、高句麗王は黄金300両を仕送りし、
仏教を道具として日本を操る国際政治戦略を試みていたことがうかがえる。

以上から、倭国に対する、百済と高句麗の綱引き合戦が当時盛んだったことは明らか。
暗殺などの裏工作を含めて、いろいろ仕掛けられている。

686 :天之御名無主:2009/03/03(火) 15:00:58
滅亡直前の百済が、
倭国から徴兵した兵力を、かなりアテにしていたことをうかがわせる記録も残っている。
白村江の戦に、倭国からの援軍が何日も遅れて戦場に到着してしまったことや、
火計を使われて、対処できなかったことなどが、百済・倭国連合軍の敗戦の原因らしい。

白村江の戦に敗れた当時の、倭国の王だった筑紫君薩夜麻は、
戦犯として唐に捕らえられて抑留を強いられ、
671年になってようやく日本国に帰還したことが、記紀に残されている。

超大国隋や唐に対して、対等外交で臨んでいた倭国は、白村江の戦で滅亡してしまい、
戦後処理の結果として、新たに日本国が誕生した。
その新領土・九州を管理統括する為に、太宰府が設置され、
唐人2000人が進駐してきている。

新生日本国の朝廷内には、帰化という名目で、
戦勝国唐や新羅の要人が、閣僚として送り込まれて、
貴族という名目で、日本の国政を動かしていった。

このあたりの歴史を誤魔化そうとする情報工作が認められるが、
少し距離を置いて客観的に当時起った出来事の記録を観察すれば見えてくる。

神武東征によって生まれた倭国は、663年に滅んだというのが史実だろう。

いろいろ体裁をつくろってはいるようだが、
日本書紀は、戦勝国に対する戦後処理に関する報告書でもあったことになる。

687 :天之御名無主:2009/03/03(火) 19:13:39
>>685
だから誰が?と聞いてるのだがw

>>686
>戦後処理の結果として、新たに日本国が誕生した。
>その新領土・九州を管理統括する為に、太宰府が設置され、
>唐人2000人が進駐してきている。

>新生日本国の朝廷内には、帰化という名目で、
>戦勝国唐や新羅の要人が、閣僚として送り込まれて、
>貴族という名目で、日本の国政を動かしていった。

ソースは?
おまえさぁ、断定口調で嘘を平気で言うな。
詐欺師と同じじゃねぇか。

唐や新羅が日本を乗っ取ったなら、
自分達の視点で記紀にそう書けばいいだけ。
なぜなってないのだ?
どうせまた答えないのだろうなw

688 :天之御名無主:2009/03/03(火) 22:54:25
>>686
>神武東征によって生まれた倭国は、663年に滅んだというのが史実だろう。

へー現在の日本人は朝鮮人なんだ。
それならば過去の韓国併合は侵略ではなく単なる内戦になるな。


689 :天之御名無主:2009/03/04(水) 00:05:23
そろそろ磐井の乱について語り合おうぜ

690 :天之御名無主:2009/03/04(水) 10:39:25
667年11月9日・・・百済鎮将劉仁願が、熊津都督府熊山県令上柱国司馬法聰等を遣し、
大山下境部連石積等を筑紫都督府に送ってきた。 
667年11月13日・・・司馬法聰等が帰国。
669年10月16日・・・藤原内大臣(鎌足)薨去。  (天智8年)「大唐が郭務悰ら2000余人を遣わしてきた」
671年1月13日・・・百済鎮将の劉仁願が、李守真等を遣わして、上表した。
671年7月11日・・・唐人李守真等と百済の使人らは共に帰途についた。
671年11月2日・・・沙門道久・筑紫君薩野馬・韓嶋勝娑婆・布師首磐の四人が唐から来ました。
彼らが申すには、唐国の使人郭務悰等600人、送使沙宅孫登等1400人、総計2000人が、船47隻に乗り、
比知島に停泊、相談した結果「いま我らは人数も船数も多い。突然彼の地に入港すれば、
防人たちは驚いて矢を射て戦おうとするだろう。そこで道久等を遣して、前もって来朝の意を伝えたし」
672年3月18日・・・内小七位阿曇連稲敷を筑紫に遣して、天皇崩御を郭務悰等に告げた。
是に、郭務悰等は、みな喪服を着て、三度哀の礼を奉じ、東に向って首を垂れた。
672年3月18日・・・郭務悰等は再拝し、書函と信物を献上した。
672年5月12日・・・甲冑弓矢を郭務悰等に賜る。
672年6月30日・・・郭務悰等が帰途についた。


>>686
嘘 を つ く な!

691 :天之御名無主:2009/03/04(水) 11:05:14
がんばって朝鮮起源を唱えたいみたいだけど
ありとあらゆるところで論破されてるし
そもそも朝鮮の方が文化断絶してて昔の半島国家と
今のチョウセンヒトモドキに関連性がないからねぇ

オナニーしたいなら1人でしろよ

692 :天之御名無主:2009/03/04(水) 11:21:14
とにかくソース無しの話だけはマジ勘弁
内容がどうこうより読んでて気分が悪くなる
ソースを明記しろよ
「〜記録も残っている」←何て名前の記録?
「巫女がいうには」←話にならん

693 :天之御名無主:2009/03/04(水) 19:56:24
>>688
極論を振り回すとはな。

Y遺伝子の追跡によって、長江文明が日本に移住した時期が算定されている。
これが、縄文時代を終わらせた渡来系弥生人だと選別できる遺伝子が分ってきている。

時代が下って、
白村江の戦に敗れた結果として、
唐から日本を監視しにやってきた貴族達の遺伝子の特徴も、
すでにかなり分ってきている。
当時の文献がアテにならない部分は、血筋を辿って補えるようになってきた。

ただ、皇室の遺伝子を情報公開してもらえないと、
最後の詰めが出来ないから、
現状のままでは、学説にまとまらないだろうな。

けっきょく、今のところは、掲示板での与太話でお茶を濁すしかない。

694 :天之御名無主:2009/03/04(水) 20:28:58
>>687
唐と新羅の連合軍が日本を乗っ取ったなどと、誰も書いてないぞ。

人が書いた文章をデタラメに読んで、一人勝手に混乱してるようでは話にならない。
読解力がない人には、文献研究はもちろん、掲示板のコミュニケーションも不可能だ。

いつの時代も、戦勝国がやることは同じだ。
日本が第二次世界大戦に負けたときと同じことが起ったと見ていい。

進駐軍が来て、国名が大日本帝国から日本に変更になっただろう。
同様に、倭国は日本に改名させられたのさ。
政府は監視下に置かれて、二度と逆らえないように、政治体制の変革を求められる。
その最たるものが、国名の変更だ。

唐は、新政権の監視役を置いただけで、政権奪取までは考えていなかっただろう。

倭国乗っ取りの話は、乙巳の変のクーデターのことなのだが、
はっきり書いているのに話が通じないで、あらぬ方向に曲解するようでは、
コミュニケーション不能だと感じる。

蘇我入鹿を殺害したのは朝鮮半島の人間だと、
皇極天皇が犯行現場で指摘したことになっている。

出自を曖昧にしたり、年齢を誤魔化したり、さまざまな隠蔽が見て取れるため、
ほとんどの人は、天智と天武が兄弟とは思っていないだろう。

このあたりの不自然さを指摘する議論は最近盛んになっていて、
大勢の人が言及しているから、特定の学者の学説として語れる状況にない。
有名なテーマにもかかわらず、ソースうんぬん言うほうがおかしいと感じる。

695 :天之御名無主:2009/03/04(水) 20:45:11
>>690
何が嘘だって?

当時新羅や唐からやってきて帰化した
貴族の血筋の遺伝子を特定できるようになってきつつある。

帰化した人はいません、それは嘘です、と主張して、
いったい誰が信じるのか疑問だ。

669年に、唐国から総計2000人が来て、672年に帰っている。

まさか、
その4年間唐人はずっと船の上に滞在していました、
日本に上陸して進駐してません、とか、
やってきた全員が672年に唐に帰っていきました、
なんて言い出したりはしないよな。

戦勝国としての終戦処理の主張を行なうために、2000人を派遣してきたことは、
白村江の戦で捕虜になった筑紫君薩野馬が含まれていることからも分る。

戦勝国として日本に進駐してきたという話は嘘です、と主張して
いったい誰が信じるのか疑問だ。

適当に相手を嘘つき呼ばわりしていれば、論破できるといった、
不自然なバイアスがかかってるように見えるな。

696 :天之御名無主:2009/03/04(水) 21:11:15
姫氏の血を引く巫女さんの話を毛嫌いするムードを
必死で作りたがっている人物がいるようだが、
古い家に、
昔の神道の儀式がそのまま伝わっていたり、
その親戚には、神剣を作る技術が伝承されていたり、
遺伝子の追跡調査で、古代豪族のルーツが明らかにされつつあることを、
話題にするのが悪い、とでも言いたいのだろうか。

遺伝子を調べてルーツを探る研究は、最近盛んになっているから、
話題にするのが当然だろう。
神武天皇が東征した痕跡が、遺伝子の分布として見て取れるなら、
興味深いことになる。

巫女さんの話しを聞いていて面白いと感じたのは、
Y遺伝子のN系統(モンゴル系統)を追跡すると、
四国に多く分布している点だ。
南九州から四国を東進したグループの存在を示唆しているのかもしれない。

米国の『ファミリー・ツリー・DNA』というサイトは、
一定の料金を支払うと、自分の遺伝子を調べて、
どういう民族に分類されるか教えてくれる。
多くの日本人がこれに参加して、サンプル数が増えていけば、
より正確なことが分るようになるだろうな。

697 :天之御名無主:2009/03/04(水) 22:12:51
>>696
>姫氏の血を引く巫女さんの話を毛嫌いするムードを

君は「血を引く」と断言しているが、


>>677
>丹生の姫の伝説によると、中国の姫氏の血を引いているらしい。

「らしい」じゃ、話にならんと言ってるのだよ。

698 :天之御名無主:2009/03/04(水) 22:30:39
>>695
じゃ、その進駐してきて日本に居座り、
朝廷を乗っ取った唐や新羅人の名前を言ってもらおうか。
当然、日本書紀や新撰 姓氏録に自慢を込めて載せるだろうからな。

分からないじゃすまねぇぞ。

699 :天之御名無主:2009/03/04(水) 22:36:42
おまえは>678で、

>当時の日本は、実質的に百済から来た王族の武装集団によって植民地化されていて、
>壬申の乱によって皇室は乗っ取られた可能性が指摘されている。

と言いながら、>>694

>唐と新羅の連合軍が日本を乗っ取ったなどと、誰も書いてないぞ。

などと何を言い換えてるのだ?

どっちにしても日本に常駐し監視役になった人物の名前を言え。

絶対言えよ。

700 :天之御名無主:2009/03/04(水) 22:44:08
>>693
>唐から日本を監視しにやってきた貴族達の遺伝子の特徴も、
>すでにかなり分ってきている。

具体的に言え。
巫女の話か?ww

701 :天之御名無主:2009/03/05(木) 06:06:25
日本人のY染色体亜型のなかでも、
8800〜6900年前に分岐してユーラシア大陸を東進した
N系統の動きが注目に値する。

N系統は、ユーラシア北西部のウラル系に特徴的な系統だが、
一部が、華北から朝鮮半島を経て、日本へ達している。
分子生物学の崎谷満氏の『DNAでたどる日本人10万年の旅』を多少手直しすると、
国内の分布は、九州4 四国7 東海2 関東0 東北8 北海道0
スキタイ→匈奴→高句麗→倭国という流れが、いちおう遺伝子レベルで追える。
日本語の成立にとって、N系統は非常に重要な役割を果たしたと考えられる。

縄文文化の担い手D2は、
アフリカ→インド→東南アジア→華北→朝鮮→日本と移動し、
日本に到達したのは新石器1万2000年頃というのが妥当な線。
九州26 四国26 東海33 関東40 東北39 北海道88

長江文明弥生人O2b(倭人)は、2400年前に日本に来ている。
九州32 四国33 東海36 関東34 東北31 北海道0

神武東征の時代の人の流れを追跡するうえで重要なのは
5000年前に分岐して移動が始まった華北O3系統。
九州26 四国21 東海20 関東23 東北15 北海道0

特にO3e系統は、古墳時代、飛鳥時代、奈良時代を通して、
日本列島に少数流入してきたことが分っている。

702 :天之御名無主:2009/03/05(木) 06:48:42
丹生都比売の稚日女伝説を色濃く引き継いでいるのが、例の巫女さんの一族だが、
伝承を追って中国大陸の姫氏のDNAを調査した結果、
丹生都比売を祀る各神社に伝わっているとおり、実際に遺伝的痕跡が残っている。

『紀氏家牒』にもあるのだが、
孝元天皇→彦太忍信命→屋主忍武雄心命→紀武内宿祢から派生した豪族
葛城氏と紀氏の血を引く家系図が姫巫女さんの一族にも伝わっている。
しかし、どうやらこの流れは、一部が怪しくなってきているらしい。

皇室と同じぐらいの古さがあり、紀氏の直系とされる日前国懸神宮神職家の血筋から、
姫氏と遺伝的に繋がりがあることが分かった、
という話がいまだに出てこないのは不自然だと感じる。
DNAは個人データだからなかなか出せないことは分かるが、何とかならないものか。
記紀には皇室の姓は姫氏だとあるわけだが、もしもそれが拾えないとなると、
出自が記紀の記述や、伝わっている家系図どおりでないことになる。

某姫巫女さんは生命工学がご専門ということもあって、
一族の祖先の墓を600も掘り起こして、古墳から出てきた遺骨なども対象にしている。
古い時代の婚姻関係の分ってきた部分と、家系図との照合作業も見せていただけた。
丹生姫氏が、古い時代に出雲族の饒速日(現在の物部)と
血縁関係を持ったことがうかがえる痕跡を示していただけた。

こういった形で、神武東征の流れをDNAから具体的に追える状況になりつつあるが、
丹生姫氏の遺伝的ルーツを辿る作業の枠の中に、
もしも、出雲国造や紀伊国造や皇室などが入ってこないとなると、
記紀の伝承や家系図と、現実が食い違うことになってしまう。

出自をはぐらかしたい人々が、記紀にいい加減なことを書いて
日本国の成立当初から、長く国民を騙してきたことが、
すでに多くの文献研究者によって、繰り返し指摘されてきたわけだが、
DNAの追跡は、物証面から虚構の実態を暴く形になる。

703 :天之御名無主:2009/03/05(木) 08:23:36
>>702
なぜ出自をはぐらかしたいのだろうか?
堂々と書けばいいのに。

大陸から来て、この国の王にでもなったのなら、
誰にも遠慮せずそう言えばいいだけ。
そして新撰姓氏録で、自分達渡来系を皇別または神別にして、
先住土着系を諸蕃にすればいいのに。

なぜそうなってないの?


それと

704 :天之御名無主:2009/03/05(木) 08:29:37
白村江以降、日本に滞在し監視役になった人物の名前はまだ?

中国側の資料では何と言う名前なの?

705 :天之御名無主:2009/03/05(木) 10:24:22
この時代の研究を専門とする人が激減していると聞く。

その理由だが、
記紀はまったくアテにならない、中国や朝鮮の文献に残されている情報は少なすぎる、
先人がほとんど調べ尽くして、文献研究から新しく見つけられるものはほとんどない
ことなどが、主な原因らしい。

ところが、実際には、研究できる対象は数多く残っているようにみえる。

ひとつ、ふたつ、みっつと、数をかぞえる言葉を比較すると分ることだが、
最も日本語と近いのは高句麗語だ。その存在が軽視されてしまっている。
神社の名前や祀神地名の由来を、高句麗語と照らし合わせて探る作業が、
まだ残っている。

何人かの人が指摘しはじめているが、
卑弥呼の鬼道を、人身を迷わす呪術と解釈してしまったことが原因で、
高句麗道教との関係に目が行かなくなり、
道教から派生した神道の神事などの調査がほとんど行なわれていない。
国家神道化の影響や、神仏習合によって、
多くの重要な神事が神社から消え失せてしまっているように見えるが、
巫女禁止令などの規制が行なわれたにもかかわらず、完全に失伝しているわけではない。
伝承を詳細に掘り起こす作業は十分なされていない。

遺伝子を調べることで、祖先にさかのぼって人の動きを調べられるようになってきた。
この分野の研究はこれから、といったところ。

ほとんど調べ尽くして、研究するだけ無駄という見解は間違っているように見える。

706 :天之御名無主:2009/03/05(木) 14:02:09
ん?違うんじゃね?
民俗学に触れた人間で、フィールドワークから得られる証言に基づく推察を嫌がる人っていないだろ。
そこじゃなくて由来もはっきり出来ない巫女さんの話を大前提にされても
あなたが巫女さんに対して抱いてる信頼を共感できない人からは叩かれて当然かと。
実際はちゃんとした由来、かつ古代史を研究している巫女さんと、
説明下手で断定的だけど古代史解明に意欲的なあなたが構築している話かも知れないのに、
ここで読んでると単なる妄想にしか見えなくなるんだよねー

正直、ここで俺が「うちのじいちゃん、実は天皇家の血筋でさ、
じいちゃんから聞いた話じゃ、天皇家のルーツって宇宙人なんだって。
しかもその宇宙人ってケロロwwケロロ軍曹がそうなんだってよ。
マジマジ、ケロロ軍曹って天皇家からの指示で作られてるマンガで
バックボーンにユダヤとKGBとが関わってるの。
ん?じいちゃん?今はボケて施設入ってるよ」
って言ってるのとまったく変わりないレベルだ。

巫女さんの話は全て根拠があって正しいというなら、納得させる由来を話すとか
「〜らしい」とか「〜が当然だったから」とか使う時に一々根拠話そうよ。
あなたの中じゃどんどん話が進んでるんだろうが、一気に話すから
途中の引っかかる部分も次の結論ありきで断定してるようにしか見えなくなる。
ここにこれだけ書いてるんだし、方向性は分からないけど熱意はあるんだろうからさ。
発表の方法技術をちゃんとすれば嫌悪されないんじゃない?

707 :天之御名無主:2009/03/05(木) 16:32:44
>>706
>発表の方法技術をちゃんとすれば嫌悪されないんじゃない?

最低限、巫女の素性をはっきりさせるべきだね。
どこの神社の巫女かくらい明かせるだろう。
DNAを調べたという研究機関の名称はハッキリ出せるはず。
出せないなら、嘘と決め付けられても仕方ない。

DNAの話が本当だしても、倭国が征服されたとか、それはまた別の話。
事実として、韓国人と日本人のDNAは似ているが、
渡来系移住者が多かったというだけで、征服云々の話は飛躍しすぎる。

もっとも、征服されていない証拠のほうが豊富にあるから、誰も巫女話に耳を貸さないわけだが。


708 :天之御名無主:2009/03/06(金) 04:53:55
>>703
持統天皇は、自分の子孫が皇位を継承していくことに執着した天皇として有名。
その名前の由来も、皇統に執着したことにあるらしい。

天皇は、神代から天照大御神や神武天皇の血を引き継ぐ子孫だから尊い存在なのだ、
という伝説を作ることで、子孫が安定して政権を維持できる体制を作ろうとした。
天照大御神という名前や記紀の神話を作り、
それに対応するように、伊勢神宮や出雲大社などを、当時新たに建てている。

政権を長期に渡って安定して維持するために
強引に作った記紀の神話のストーリーに、少しでも破綻があっては困ることになる。
矛盾しそうなところは全て辻褄合わせをして誤魔化している。
それだけでなく、記紀以前に存在した多くの書物を焼き捨て、
神社の社伝を矛盾しないように書き換えるなど、徹底した情報操作が行なわれた痕跡がある。

そうまでしなくてはならなかった理由だが、
百済を援助するために倭国で大規模な徴兵をおこなって白村江の戦に望んだものの、
大敗してその威厳が地に落ち、日本国内での反発が非常に強くなり、
簒奪した形のままでは、子孫が長期間安定した政権を維持することが困難と感じたため。
正しい血筋を受け継いだ強い求心力を備えた皇室の理想像を追い求めたことが考えられる。

日本国内で、外来勢力が疎まれる空気が生まれると、
容易に排除されてしまう可能性があることは、
百済の王子を駆逐した、桃太郎の鬼退治などの昔話からも分る。
そのようなリスクを徹底して排除する方針が打ち出されて焚書が行なわれたため、
記紀が引用元とした書物のほとんどが失われて現存していない。

709 :天之御名無主:2009/03/06(金) 05:20:19
>>707
征服していない、
神代の伝説にしたがって東征しただけだ、
と主張するのが、神武東征神話を創作した真意では?

征服していない、帰化しただけだ、
というのも、外来勢力にとっては都合のいい表現だろう。

ただし、まったくの作り話では
記紀を用いて皇室の神威を高めることに繋がらないので
なんらかの古い伝承をもとに創作していると思われる。

DNAのルーツを追いかけているうちに、
日本語が古い朝鮮語よりもはるかに高句麗語と近いだけでなく、
スサノオが高句麗の首都の王を指すこと、
オロチ族もまた、高句麗に存在することにびっくりしているところ。

記紀の編纂時に、大陸に存在した部族間の古い伝説を、
神話の形に仕立て直して、出雲地方に当てはめただけなのか、
それとも、本当にそのような神話が存在していたのかは、
残っている誤魔化しだらけの文献だけでは分らない。

DNAの追跡など、別の方向から見てお茶を濁すしかないと思う。

710 :天之御名無主:2009/03/06(金) 08:47:44
「DNAの追跡」と「征服」を関連させてるのは君だけだよ。

だったら、稲のDNAは中国江南から日本に渡来するのに、半島を経由してないことくらい知ってるよな?


711 :天之御名無主:2009/03/06(金) 09:08:30
DNAで当時の階級まで分かるんですか?


712 :天之御名無主:2009/03/06(金) 09:14:45
詐欺師は9割の本当と1割の嘘を混ぜてるからな。

でもこの長文荒らしは4割の本当と6割の嘘で固めてるw

713 :天之御名無主:2009/03/08(日) 20:37:48
>>710
稲作を伝えた、長江文明弥生人O2b(倭人)は、2400年前
O3e系統は、古墳時代、飛鳥時代、奈良時代

と書いてあるのが、拾えないようでは話にならないな。

714 :天之御名無主:2009/03/08(日) 20:39:11
>>702
大王家を取り巻く波多氏、巨勢氏、蘇我氏、平群氏、紀氏、葛城氏を派生させた
武内宿祢は紀州という話もあるが、本当は九州だろう。

九州説優位の根拠はいろいろあるが、
佐賀県武雄市の武雄神社が何よりの証拠。

和歌山が生誕の地とする伝承が残っているのは、
記紀と辻褄を合わせるため、後世捏造されたものか、
神武東征の結果、移住した子孫の赴任地だったため、後世になって伝説が生まれたのか。

神武東征の有無を論じるときに、避けて通れない人物だな。

715 :天之御名無主:2009/03/08(日) 20:43:26
話題になっている高句麗語について調べてみたが、
これは滅亡した言葉だから、資料的な制約がかなりある。
満州語などを参考に類推するしかない部分も多い。

古い中国側の資料では、高句麗語と百済支配層が用いた言語は同系とされているから
夫余系諸語といった概念が生まれている。

高句麗語と日本語には、朝鮮古語よりもさらに深い関連が見出されることから、
扶余地域の住民が東征したとする仮設が唱えられている。

高句麗の祖先でもある扶余地域の住民が東征して、
日本に渡来したのが大和民族のはじまり。
百済は高句麗の王族のによって建国されたか、同じ扶余族が建てた国であり、
その繋がりがあるため、百済は大和時代の日本と近しい関係を保っていた。
などが骨子。

高句麗語の研究は、クリストファー・ベックウィズが有名。
主に古代の地名から高句麗語語彙約140語を再現している。
所有格「の」や限定語句「し」のような
日本語と類似した機能を持つ、同系統の形態素を含んでいる点が注目されている。

716 :天之御名無主:2009/03/08(日) 20:59:32
>>712
書かれている内容が正常に拾えないレベルで、
混乱を招いて荒らすようなコメントばかり付けて回っている粘着性の人物は、
この板にたった一人しかいないと見ている。
他のスレッドにも出没して、荒らしてるのが目立つ。

誰のことか分かるよな。

717 :天之御名無主:2009/03/09(月) 00:34:26
>>714
>武内宿祢は紀州という話もあるが、本当は九州だろう。

げらげら。
また何の根拠も無い妄想が飛び出したぞ。


718 :ミシャグヂさま:2009/03/09(月) 00:36:37
ぶっるぅあsdgさfrgshがdfsdふぁsdgふぁsdふぁ~~

719 :天之御名無主:2009/03/09(月) 04:00:07
>>715
東征をいつの時代に想定してるのか知らないが、
扶余系が来てたのなら牛も連れてきて、
殺牛祭祀もあったはずなのだが?
牛は弥生時代後期〜古墳時代開始期にはいただろうと言われてるが、
ならば同時期に馬も連れてくればいいのに、馬は5世紀になってからだからな。
弥生時代〜古墳前期まで馬を知らない日本人が扶余系とは大笑いだ。

720 :天之御名無主:2009/03/09(月) 04:10:55
>>715
もし君が日本の古墳時代開始期を扶余によるものと見てるのなら、
前方後円墳のルーツを扶余の文化の中から探さなければいけないが、
それは無理だろう。
じゃ江上説のように古墳中期を扶余による征服王朝と見ても、
副葬品のごく一部に鮮卑系のものがあるというだけで、
大筋の副葬品も古墳前期と変化はない。
つまりどっちに転んでも無理だ。
唯一残された道は扶余が5世紀以降帰化人として日本にやってきて、
自分達の文化である皮革文化を日本に伝え、
後、被差別民となったという仮説。
これぐらいだな。
実際、革なめし技術は渡来系によるものであり、
それが扶余である可能性が極めて高い。

721 :天之御名無主:2009/03/09(月) 06:45:52
>>715
>高句麗の祖先でもある扶余地域の住民が東征して、
>日本に渡来したのが大和民族のはじまり

日本人固有のD2が扶余にはないのだが。
そんな状況で扶余を大和民族の祖先にされても困るわけだ。

722 :天之御名無主:2009/03/09(月) 07:05:57
>>714
邪馬台国が北九州か奈良かで論争になるのと、
武内宿祢が北九州か紀州かで論争になるのは、
おそらく、まったく同じ理由からだろう。

つまり、北九州の話を、計画的に地名ごと東に移動させて、
故意に神話化した人物がいる可能性大ってことだ。

神武東征が北九州の狭い範囲で完結する神話だと、
残っている土地の名前を挙げて指摘している人もいるしな。

武内宿祢紀州説は、伝説のみで他に裏付けるものが何もない。
九州に裏付ける痕跡が残っているだけでなく、
朝鮮半島でも名を知られた人物だ。
当時の大王家を取り巻く最重要人物と見ていい。

しかし、
やたらと水増しされた天皇の在位期間を短縮していっても、
武内宿祢は90歳ぐらいの長寿だったことになる。
本当に実在の人物と見ていいのか?

723 :天之御名無主:2009/03/09(月) 07:26:02
>>719
便利な馬を日本に運びたがった半島の人間はいただろう。
半島と日本を行き来する人間は昔からいたのだから、馬を知らない筈がない。

この問題は、実際に馬を船で輸送してみると分るよ。
牛ほど容易に運べない理由は、生物板ででも聞いてくれ、
このスレッドで議論するだけ無駄だ。



殺牛祭祀についてだが、
すでに、このスレッドでこのことが詳しく説明されているのに、何度も採り上げると、
読んでない人物と判断されて相手にされなくなるよ。

これは、容易に日本に輸入できない性格のものだ。
たとえばお稲荷さんのお使いが狐だからといって、
狐の首を切り落としてその生首を神社に祀るような、
気味が悪いことを考える持つ日本人はまずいない。発想そのものがアウトなんだよ。
基本的に、神社は血の穢れを嫌う考え方があるんだ。

牛頭天王が日本で広まって、全国各地に牛の頭の神様を祀る神社が出現したのは、
天然痘などが大流行してからで、吉備真備が中国大陸から学んで帰って一時的に行い、
その後を、武の血を引く豪族、丹生姫氏に託して歴史の表舞台から消し去った
陰陽師の秘術のなかでも最高機密クラスのもの。

すでに、このスレッドで詳しく流れが説明されているのに、
何度も執拗に繰り返していると、相手にされなくなる。

724 :天之御名無主:2009/03/09(月) 07:27:51
>>719
>大笑いだ。
馬の輸送時にどのような問題が発生するのか、
基本を把握しないまま論じるような、乱暴なことをしたり、
牛頭天王信仰について詳細に説明された文章を読んでも、
理解できないお粗末すぎる読解力を示したりして、
箸にも棒にもかからない大笑いの対象だと、証明して見せてくれているのは君だと思う。

朝の4時まで頑張ってせっせと大笑いの作文をするだけ無駄なんだ。分るよな。

725 :天之御名無主:2009/03/09(月) 07:28:56
>>721
日本国内でのD系統(アイヌ)は、
後から渡来した弥生系その他によって、大きく圧迫されている。

移動時期が明記されているにもかかわらず、
扶余の移動がD2に該当すると考えてしまう時点でどうかしていると思う。
簡単な年表が読めないようでは、歴史や文化を語るのは無理だ。
自分の読解力が不自然なことに、いい加減気付こう。

D系統は、大陸中央と朝鮮半島から駆逐され、
今では日本列島とチベットにしか存在しない点が注目されている。

清を建国して、近代までその血を残したことが明白な、
扶余を含めた高句麗地域の遺伝子が、
中国大陸からほぼ駆逐された形のD系統ではないことぐらい、
とある図書館に集まった小学5年生に説明しても、
ほぼ100%近く理解できたことなんだが、
何をどう読み違えれば、頭の中が混乱するのだろう。

このスレッドに粘着して、奇妙な落書きを繰り返すのはやめよう。

726 :天之御名無主:2009/03/09(月) 07:36:42
>>720
ごみを書くな。



馬の輸送時にどのような問題が発生するのか、基本を把握しないまま論じて、
可能性が極めて高い、などと結論付けても無駄。



あと、帰化人とは、どのような立場にある人物なのかも理解したほうがいい。

でないと、
>副葬品のごく一部に鮮卑系のものがあるというだけで、
といった、変な指摘をする末路を辿ることになる。

連立政権の体制を採る大和(だいわ)の文化を持つ人々の中に潜り込んできて、
無理矢理異文化を浸透させようとしても、反感を買うだけなんだよ。



前方後円墳の類は、オボ信仰が日本で発達したもの。
古墳でどのような儀式が行なわれていたかも分ってきているのに、
副葬品がどうのこうのと、混乱しまくった知恵が回らないことを書かれても困る。

727 :天之御名無主:2009/03/09(月) 07:52:10
日本の八幡神社は、中国東北部の民族が建国した清でも見られた
八旗と同源の武族の統合システムの痕跡と見るむきもある。

道鏡が皇位を狙った皇位継承問題の話によって、
宇佐八幡神社がいかに皇室のルーツにとって重要な存在かが分るわけだが、
八幡(やはた)が八旗(やはた)と同源で、
中国東北部の武族と関わりが深いシステムだとすれば、
自ずと皇室のルーツが見えてくる。

『高天原』の『高』は高句麗の高と同じであり、
『天』(アマ)はアムールといった民族のルーツを現す漢字一文字だとすると、
高天原は、日本語と最も近いとされる高句麗語が話されていた、
中国東北部の大草原ということになる。

スサの王の神話に出て来るオロチョン族もいるし、
日本語のルーツを高句麗語との共通性から辿れるし、
遺伝子の動きも追跡でき、
オボ信仰から卑弥呼道鏡へと発展して神道が生まれた流れも追えるとなると、

神武東征神話の最初の出発点は、中国東北部にあった可能性が濃厚だな。
部品が揃いすぎている。

728 :天之御名無主:2009/03/09(月) 08:00:39
おい。
ごちゃごちゃ言わず、
扶余系の東征がいつなのかはっきり時代を示してもらえないか?
おまえはいつも長文で論点を散漫化させるからな。
はっきり言え。
いくらでも論破できるのでなw

>馬の輸送時にどのような問題が発生するのか

じゃなんで5世紀以降日本に根付いたのだ?

>前方後円墳の類は、オボ信仰が日本で発達したもの。

ソースは?

>連立政権の体制を採る大和(だいわ)の文化を持つ人々の中に潜り込んできて、
>無理矢理異文化を浸透させようとしても、反感を買うだけなんだよ。

潜り込んできたというソースと浸透させようとしたというソースは?

どうせないのだろ、このハゲはw

都合の良い部分だけつまみ食いするなゴミ。


729 :天之御名無主:2009/03/09(月) 08:04:51
それと縄文からの神器である勾玉が、
なぜ古墳時代まで神器であり続けたのか言ってもらおうか。
その継続性に関していい加減な事を言うなよ。


730 :天之御名無主:2009/03/09(月) 08:09:48
>牛頭天王が日本で広まって、全国各地に牛の頭の神様を祀る神社が出現したのは、
天然痘などが大流行してからで、吉備真備が中国大陸から学んで帰って一時的に行い、
その後を、武の血を引く豪族、丹生姫氏に託して歴史の表舞台から消し去った
陰陽師の秘術のなかでも最高機密クラスのもの。 <

なら当然だが元々日本になかったものという事だね。
5世紀以降の渡来人が持ち込んだという事でいいかな?
ならば、それ以前は扶余とは関係なかったという事だね。
ほ〜ら、どんどん化けの皮がはがれてくるぞw


731 :天之御名無主:2009/03/09(月) 08:18:52

>『高天原』の『高』は高句麗の高と同じであり、
『天』(アマ)はアムールといった民族のルーツを現す漢字一文字だとすると、
高天原は、日本語と最も近いとされる高句麗語が話されていた、
中国東北部の大草原ということになる<

アホ丸出しw
高天原が中国東北部の大草原ならそう言えばいいだけ。
何で遠慮してるのかな?w

高天原なんて観念上のものでどこにもない。
天動説の時代は、地が平面と考えられてたから、
その中心に高山があると考えられてたんだよね。
つまり仏教で言う須弥山と同じ。

アホやこいつw

732 :天之御名無主:2009/03/09(月) 09:03:51
>>730
5世紀以降の渡来人が持ち込んだではなく、
この長文連書きのバカは

>吉備真備が中国大陸から学んで帰って一時的に行い

と言ってるのだから、
もし大和民族が扶余なら、何故わざわざ大陸に学びに行くのかという意味で矛盾してるわけだ。

733 :天之御名無主:2009/03/09(月) 19:56:04
長文連書きのバカは、古墳時代以後に、半島人が日本を占領したって言ってるんだろ?

反論するのもバカバカしいが、
古墳時代の半島と日本じゃ、副葬品から何から文化が全く違うわけだが。

たとえば古墳時代の半島の貴族階級は鉄箸を使ってたが、
そんなものは日本の貴族階級には伝わらなかった。
木と漆の文化があるからな。
オンドルも半島から日本には伝わっていないし。
半島の建築様式と日本家屋も全く違う。

文化は伝わらず、遺伝子だけ伝わった、なら、占領とは言わない。
渡来人が帰化したという。


734 :天之御名無主:2009/03/09(月) 20:39:35
>>733
オンドルは一応、東漢氏の邸宅跡らしき所で出てはいる。
結局日本には馴染まなかった文化だけどね。

そういやこの連書きバカは、
白村江のあと、新羅や唐人が日本に常駐したとか言ってたけど、
何て名前の人物で大陸の書物に載ってるのかと聞いたら見事にスル〜だったな。w


735 :天之御名無主:2009/03/09(月) 23:17:40
現在の北海道には日本人が住んでいるが地名はアイヌの言葉のまま残っているものもある。
地名から過去にその場所にどんな人が住んでいたか推測するのも面白い。
http://www.shochian.com/harubaru.htm

736 :天之御名無主:2009/03/10(火) 19:20:37
>>728
> >馬の輸送時にどのような問題が発生するのか
>
>じゃなんで5世紀以降日本に根付いたのだ?

生物板で質問して学んで来いと書いている日本語が読めないのか。

基礎的なことを理解していない素人相手では、議論にもならん。
板違いの寝ぼけた荒らしかたをするな。

ソースソースとうるさいようだが、
キーワードをネット検索すればすぐ出て来る基礎教養レベルのことは、自分で勉強して来い。

オボ信仰がどういう形態のものかを、いちいちここでレクチャーするなど時間の無駄。
ネット検索すれば、いくらでもヒットするから、しっかり勉強しろ。

>>729
自分で勉強して書きたいなら答だけ書け。議論したいらしいが、お話にならない。

737 :天之御名無主:2009/03/10(火) 19:23:52
>>730
時系列で起った出来事の前後関係が理解できないのなら、歴史の議論に加わることは不可能。

>5世紀以降の渡来人が持ち込んだという事でいいかな?

吉備真備はどういう人物か、いつどのような理由で大陸に渡って軍事技術を学んできたか、
基本的な日本の歴史を勉強していない人間を相手に議論は不可能。
デタラメを書いて荒らすな。

>ならば、それ以前は扶余とは関係なかったという事だね。

他人が書いたものを、異常に曲解して、話を歪めないでもらおうか。
以後、このような曲解に同調する書き込みも、スレッドを荒らしているとみなすことにする。

通常ありえない勘違いした読み方を繰り返して、
議論不能に陥っている状況から、難読症などの可能性を感じる。
一度病院で診てもらうことをお勧めする。

今後も曲解の羅列が止まらないようなら、
文献研究に最低限必要な、
日本語を正しく読みこなして理解する基本能力がないと判断するしかない。

738 :天之御名無主:2009/03/10(火) 19:24:43
>>731
須弥山と高天原が同一概念から生じたと断じる根拠は、どこにも存在しない。
神道の神話は仏教とは異なる伝承であることを、的確に理解できていない時点でアウト。

議論に必要な理解力を有していないと判断する。

デタラメを書いても、無駄。

>>734
>何て名前の人物で大陸の書物に載ってるのかと聞いたら見事にスル〜だったな。w

興味が無い。
調べれば分ることだし、必要ならば自分でここに答えを書けば済むこと。

執拗に同じことを繰り返し書き込んで、他人に絡んで粘着して迷惑をかけ続ける人物だと、
自己証明しているとしか読めない。

739 :天之御名無主:2009/03/10(火) 19:26:31
>>734
オンドルは、今話題になっている日本に渡来した遊牧民の文化とは関係がない。
知ったつもりで一人合点していても、話にならない。

積雪によって家屋の通気性が失われてしまうと、室内に排気が充満して、
屋内の住人の脳の活動が著しく損なわれてしまい、不健康な状態が長期間続くだけでなく、
場合によっては、一家全員が一酸化炭素中毒で死亡するような事故を招く
致命的な欠陥を抱えたオンドル方式は、日本にはまったく必要なかった。

朝鮮半島の人々の生活様式が、日本よりもはるかに劣っていたことは、
日韓併合直前の朝鮮半島の人々の平均寿命が20代だったことを見ても明らかだ。
弥生時代の日本にも劣る生活様式を採り入れることはありえない。

高床式の木造住居が普及していく、平安中期以前の日本家屋の暖房システムは、
消えずの火を用いて一年をとおして囲炉裏から地盤に熱を伝えて蓄熱する合理的な方式であり、
積雪期には室内の気温はそれなりに低くなるものの、
地盤や家屋の壁からの輻射熱まで含めた体感温度は30度を優に超える。
そのため、オンドルのようなものを導入する余地は、北海道ですらなかった。

こういった基本的な日本家屋に関する知識を学ぶことなく、
神武東征とまったく無関係な、スレと関係のない見当違いのことを
朝鮮半島のことを知っているつもりになって得意気にここに書き込んでも、議論にならない。
逆に、無知さ加減を披露するだけのまったく無駄な行為になっている。

740 :天之御名無主:2009/03/10(火) 19:37:01
邪馬台国の卑弥呼は、魏使に呉の太伯(姫氏)の末裔と伝えている。
魏使は、鯨面文身の風習、地理的関係からも、 確かにそうだろうと書いている。
紀氏も呉系とされているので、丹生の一族が姫氏という伝承や、
遺伝データの照合とも、これは一致する。

今の天皇家が姫氏の遺伝子を引き継いでいれば、
卑弥呼や紀氏と繋がりがあることになるだろうが、このへんがどうも怪しい。

現在の皇室の姓は、姫ではなく朝鮮半島の金だといった話が出てくるのは、なぜなのだろう。
そんな姓は、かなり新しいもので、不自然さを感じる。

神武東征の頃からみれば、何度も入れ替わっているのかもしれない。
とすると、万世一系の皇統という神話が崩れ去ってしまう。
遺伝子のデーターを出すに出せない追い詰められた状況にあるのだろうか。

741 :天之御名無主:2009/03/10(火) 20:21:37
>>連カキ馬鹿

「議論にもならん」
「お話にならない」
「興味が無い」

結 局、答 え ら れ な い の だ な。

大 笑 い だ !

自分で言った神武(扶余系)東征がいつかも答えられないのだなw

お 前 は 氏 ね !

742 :天之御名無主:2009/03/10(火) 20:28:33
>何て名前の人物で大陸の書物に載ってるのかと聞いたら見事にスル〜だったな。w

興味が無い。
調べれば分ることだし、必要ならば自分でここに答えを書けば済むこと。
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     |::( 6  ー─◎─◎ )          q -´ 二 ヽ     |
     |ノ  (∵∴ ( o o)∴)         ノ_ ー  |     |
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743 :天之御名無主:2009/03/10(火) 20:31:35
現在の皇室の姓は、姫ではなく朝鮮半島の金だといった話が出てくるのは、なぜなのだろう。
そんな姓は、かなり新しいもので、不自然さを感じる
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     |::( 6  ー─◎─◎ )          q -´ 二 ヽ     |
     |ノ  (∵∴ ( o o)∴)         ノ_ ー  |     |
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744 :天之御名無主:2009/03/10(火) 20:33:29
議論に必要な理解力を有していないと判断する。
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          V
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     |;;;;;;;;;;ノ   \,, ,,/ ヽ          |・ |―-、       |  う…おまえ臭い
     |::( 6  ー─◎─◎ )          q -´ 二 ヽ     |
     |ノ  (∵∴ ( o o)∴)         ノ_ ー  |     |
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745 :天之御名無主:2009/03/10(火) 20:35:03
完全に底が割れたな
こんなところで油売ってるヒマがあったらお国のために働けよ
ウォンドルレート見て青くなって帰国しろ
お前の母国が無くなるのに、よその国の古代史なんかに興味持ってる場合かwww

746 :天之御名無主:2009/03/10(火) 23:03:54
>>736-740

採点します。

0点。
留年しなさい。

それが嫌なら精神病院行きなさい。

747 :天之御名無主:2009/03/10(火) 23:22:05
>>738
>須弥山と高天原が同一概念から生じたと断じる根拠は、どこにも存在しない。


天動説という概念から生じてるので同じ。

江戸時代の須弥山図。http://www.tctv.ne.jp/tobifudo/newmon/betusekai/shumisen.html

前方後円墳そっくり。
江戸時代の図を示しても意味がないと思うだろうが、
「月や太陽を越える高山(高天原)、その頂上に神が住む」という簡単な概念なら、
江戸時代も弥生時代や古墳時代も同じ事。
例えば「ノッポで禿げててヒゲが生えてる人物を描け」と子供に言ったら、時代が違えども同じような人物を描くのと同じ。

何よりも前方後円墳で考古学上謎とされてた左右の突起「造り出し」が、
月と太陽であると分かる。

何がオボだよ馬鹿w

748 :天之御名無主:2009/03/10(火) 23:58:12
そこらにいる子供何人かつかまえてきて
「ノッポで禿げててヒゲが生えてる人物を描け」
と言って皆が同じような絵を描くかどうかから試してみたら?

749 :天之御名無主:2009/03/11(水) 07:55:20
>>748
言場を理解できない子以外は、
ノッポで禿げててヒゲが生えてる人物を描くだろう。

当たり前ではないか。

750 :天之御名無主:2009/03/11(水) 07:56:26
変換ミス

「言葉」ね。

751 :天之御名無主:2009/03/11(水) 08:51:14
髭だけでこんなに種類が!
http://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up38892.jpg.html
禿だけでこんなに種類が!
http://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up38893.gif.html

お前本当に子供にノッポで禿げててヒゲが生えてる人物描かせて見たの?
全部同じような絵になったのか?やってねーんだろそんなこと?

752 :天之御名無主:2009/03/11(水) 08:58:20
要するにお前は頭の中で考え付いたことを検証もせずにただ書いてるだけなんだよ
と言うことが言いたいわけだな

753 :天之御名無主:2009/03/11(水) 09:20:18
>>751
ヒゲと禿げにどんな種類があろうが、
ノッポで禿げててヒゲが生えてる人物に見えれば、
ノッポで禿げててヒゲが生えてる人物を描いた事になる。

>お前本当に子供にノッポで禿げててヒゲが生えてる人物描かせて見たの?

というおまえはキチガイ?


754 :天之御名無主:2009/03/12(木) 22:09:25
朝鮮人てバカ丸出しだなW

755 :天之御名無主:2009/03/15(日) 18:08:30
神武東征はほぼ事実と考えていい。
良地を求めて東へ、大和へと侵入したのは、
南九州なんがだと地が痩せていて一族を食わせれなくなったため。
一番大きな米所であるから。

もとより建国年云々は中国の暦に基づいた年月日を創作したもので、
実際よりは古くしようという記紀の意図によるもの。
それによって異様に長い古代天皇の寿命も説明がつく。

問題は実際はいつ頃のことだったのか、ということ。
その目星がつけばだいたいのことは合理的な説明がつくはず。

756 :天之御名無主:2009/03/16(月) 08:23:43
丹生姫氏の巫女さんの話の信憑性が問われているようだが、怪しい話には見えない。

とんでもない田舎の山中の古い家に住んでおられるが、
だからといって、田舎の爺さんの昔話と言い切るには、無理がありすぎる。
隠れ里にお住まいなのは、この一族の社会的役割の理由があってのことだったらしい。

訪問した旧家は、平安時代に建てられた竪穴式住居を増改築したもので、
土蔵造りの壁全体に苔が生えているため、緑色の建物に見えた。

地震で崩れてから、抗火石と呼ばれる特殊な発泡ガラスの軽石を磨り合わせて
耐震性を確保した外壁に換えたのだという。
平安末期に、何百キロもの距離を運んできただけでも、凄いことだと思う。
屋根は、森林火災を想定して、銅屋根に直して耐火性を確保するなど、
多に類を見ない非常にユニークで堅牢な構造になっていた。

竪穴式住居は、地面が冷暖房装置の役割を果たすので、夏涼しく冬暖かく、
体に不自然なヒートショックによるストレスを与える問題を抱えている
機械式の冷暖房は一切不要という。

応仁の乱で京都が焼け野が原になったとき、この一族の隠れ里に疎開してきたとされる品々は、
本来宮中か貴族の館に置いてあるのがふさわしいと感じられる、高価そうなものばかりだ。

757 :天之御名無主:2009/03/16(月) 08:24:57
見慣れない家具一式があったので、何に使うか質問したところ、
ゆするという、髪の毛を洗う米のとぎ汁を集めておく日用品だと説明していただけた。
姫巫女さんは、神憑りの神事を担当しているだけあって、
どこか浮世離れした雰囲気を持つ方なので、
まるで一般家庭に置いてある洗面器について説明するような感覚で話しておられたが、
器を載せる台は、輝く貝殻や金箔が施された上から漆で処理された高価なものに見えた。

ゆするつきと言われても、古い時代の女性の持ち物のことは、よく分らなかった。
普通に米のとぎ汁を用いて髪を整えると、頭に毛ジラミがわいて大変なことになるらしい。
そこで、昔から香炉を用いて、燃える樹木から放出されるフィトンチッドで防虫処理して、
シラミなどがいっさい寄り付かないように工夫する技術が伝わっているらしい。
古い書物がほとんど虫に食われることなくその家に残っているのも、
家や蔵の建材を定期的に交換したり、香を用いた結界が長期間消滅しないように工夫して、
虫がいっさい付かない状態を保ってきたからだという。

似たような整髪用具一式が紹介されているサイトを見て、
昔は貴族の家で日常的に使われていたものだと理解した。
ttp://www2.ocn.ne.jp/~heiryu/choudo.htm

こういった高価そうな品々や、知識や、技術が伝承されている旧家を見て、
ただの、田舎のお爺さんから伝え聞いた昔話と混同する人は、まずいないだろう。

758 :天之御名無主:2009/03/16(月) 08:26:42
古い檜扇に残された、見たこともない神代文字、正しくは忍文字で書かれたものを、
姫巫女さんに見せられたことがある。

中国の皇帝から贈られた香木で作られていると伝えられるものに記されているため、
まったく虫に食われることなく、千数百年の時を耐えて残ったらしい。
普通に見ても文字は消えてしまって読めないが、ハイテクを使うと浮かび上がってきたという。
忍者の秘密の通信文らしさが漂うが、内容はありふれた辞世だそうだ。

ヤマトタケルが、忍者の戦闘スタイルを取る武装集団で、
記紀にあるような内紛が繰り返されたことと、
乱造された幾つかの文字の間には、密接な関係があるらしい。
忍者が通信用に忍文字を用いることは常識だが、問題はいつから使うようになったかだ。
問題の檜扇が作られた年代は推定できると思うが、いつ書かれたかまで判るものだろうか。

忍者が持っていた機密書類は、できる限り後世に残らないようにした筈だ。
にもかかわらず、一部が人の目に触れる状態で残っている。しかし、量がほとんどない。
形見の品として、短冊の形で子孫に宛てて残され、
京の職人の手で檜扇に仕立て直されて、今も日常的に使われているものがあったとは驚きだった。

50音図成立の裏には、鮮卑が用いた暗号文のシステムが潜んでいるらしい。
アヒル文字やヲシテなどの神代文字の多くは、忍文字と組み立ての発想が似ている。

これらの文字の存在を隠そうとしたり、誤魔化そうとする勢力があると聞いたが、
御先祖様の言いつけを守っても、
今では日本の歴史の解明を妨げるマイナス効果しか生み出さなくなっているのではないか。
江戸時代に神代文字が大量に発見されているが、戦国時代の忍者が残したものが、
時代を経て、本来の用途が忘れ去られてから、表に出てきた可能性が高そうだ。

759 :天之御名無主:2009/03/16(月) 09:02:28
>>758
何を隠そう、私がそれらの文字の存在を隠そうとしたり、
誤魔化そうとする闇の勢力なのだ。

詳しく知りたいか?

ムフフフ…

残念ながら今日は忙しいので詳細は言えない。

760 :天之御名無主:2009/03/16(月) 11:11:41
丹生姫氏は、吉備真備から託されたとされる、天然痘を撲滅するための防疫技術を、
牛頭天王の血札を用いた結界の秘術という形で正確に伝承してきた。
これは、基本的な考え方が種痘と同じで、科学的に有効とみなせるものだ。

ところが、朝鮮半島では日本に併合されるまで
牛の首を切り落として、ニンニクと組み合わせて飾ることで、
腸チフスを防ぐことができる、という迷信が伝わっていたことが、写真などに残っている。
どんぶりに十文字に交差させて箸を置いて病魔を退けるマジナイの類も存在していた。
こういったトンデモ系の迷信の存在を示す証拠写真は、ユーチューブなどでも閲覧可能だ。
ttp://www.youtube.com/watch?v=Ktia8Kb7yK0

日本では、伝染病を食い止めることができる技術が、吉備真備によって唐からもたらされ、
奈良時代から現代まで正しく伝承されてきたのに対して、
大陸からの知識をより豊富に得られていたと思われる朝鮮半島において、
科学的にまったく説明できない奇妙な迷信が、近年まではびこっていたのはなぜか。
この点について、生命工学が御専門の例の丹生姫氏の巫女さんに質問してみた。

すると、鎌倉時代に元寇の襲来に備えるために、朝鮮半島や中国大陸に潜入して、
当時見聞した信仰や風習や政治情勢を、忍文字で詳細に書き残した資料が目の前に置かれた。
一般に忍文字または神代文字とされるものは数多く残っているが、
ほとんどは50音図のみだったり、どうでもいいような短い文章が残されている程度なのだが、
大陸で得られた膨大な調査記録が忍文字で書かれたものは、他に見たことがない。

761 :天之御名無主:2009/03/16(月) 11:15:39
映画や漫画の世界では、陰陽師の結界と言えばオカルト扱いだが、
そうでない、科学的に説明がつく病原体から人々を守る本物の技術が存在することに、
丹生姫氏との接触で驚かされた。
鎌倉時代に海外を調査した記録が残っているのも、素晴らしいと思う。

内容があまりにも専門的すぎるため、
公案と同じで、疎い人間はいちいち注釈を付けてもらわないと読みこなせない部分が多い。
忍文字で記された古神道の専門書を、
すらすらと目の前で読み解いていってくださる姫巫女さんの素養には恐れ入った。
秘伝のほとんどが、その方式で書かれているらしく、読めなくては何も出来ないそうだ。

注目すべきなのは、
朝鮮半島に伝わる、牛の頭を切り落としてニンニクと合わせて家の前に祀る風習が、
端的に迷信と指摘され、そう判断する理由も、当時の日記に書き残されている点だ。
大陸や朝鮮半島の風習を、無思慮にありがたがって採り入れていたわけではないことが分る。

丹生姫氏配下の隠密行動を取っていた武装集団は、
朝廷や幕府の要請に基づいて、国外の軍事情勢を探索する能力を有し、
病原体の存在が知られていなかった鎌倉時代ですら、
本物の防疫技術と迷信をはっきり区別できるだけの、専門知識を備えていたことになる。

伝染病が大陸から国内に持ち込まれる問題が遣唐使廃止の理由のひとつだったようなので、
防疫に関する十分な知識を持たない人間が、大陸に潜入調査に出向くなど、危険極まりない。
丹生姫氏配下の、防疫に関する専門知識を備えた、仏僧に扮した忍者達に命が下ったのは、
理にかなったことだろう。

762 :天之御名無主:2009/03/16(月) 11:16:41
朝鮮半島では迷信がはびこったのに、なぜ日本ではそうならなかったのはなぜか、
姫巫女さんに質問してみた。

日巫王(ヒミヲ 魏志倭人伝の卑弥呼に相当)様から受け継いだ道教が本物だからです。
神功皇后の遠征などで取得していた伽耶諸国の地域には、本物が根付かず消滅したのです。

本物の陰陽道を修めて、内丹を練り免疫力を高める術を心得ている人に向かって、
いくら迷信を突きつけても通用しないのは、
オーリングテストをすれば、薬や治療法の有効性や毒性の有無が判断できるのと、
同じ原理が働くからだという。

人の体は非常に優れたセンサーを備えていて、無意識レベルでも的確に情報を処理しているので、
迷信かどうか、一瞬で判断がつくのです。ほとんどの場合、直感が先で、理屈は後付けですよ。

人間が優れたセンサーだと言われても、その場ではいまひとつ理解できなかった。

763 :天之御名無主:2009/03/16(月) 11:18:06
姫巫女さんは、直感がどのようなものか説明するために、
神眼が使える神憑り状態になってから、
私に向かって、上着を脱いでお腹を出すように促して、
水性マジックで体の表面に、臓器の形の落書きをしてくださった。

この絵は、内臓を透視した、なんてオカルトめいた話ではなくて、
病変によって体表面に現れる生体電位の変化に沿って、勘を頼りに手探りで描いたものです。
内臓のツボに対応していて、同じものはオーリングテストのイメージングなどでも得られます。
未病状態と思いますが、この部分を圧すと、違和感があることがご自分でもお分かりですよね。
いちど、親戚の者が経営する病院に行って、診断を受けることをお勧めします。
採取した細胞や血液のサンプルを、私のところに持ってきてくだされば、
それをもとに不健康になっている原因を突き止めて、
食生活の改善など、具体的なアドバイスをしてさしあげられると思いますよ。

紹介されて行った病院の医師は、姫巫女さんが描いたツボを圧して私の反応を見ながら、
MRIの画像でもうっすらと判るが、体表面に現れたツボを圧せば確実に確認できるから
姫巫女さんの落書きのほうが実用性が高い、という説明をしてくれた。

何千年も前から、MRIより正確に未病を把握する技術が存在していたことに驚かされた。
神社の娘ですと言って、女狩衣を着て桧扇をあおぐ古風な暮らしをしていながら、
生命工学を御専門にしておられる理由は、
担ってきた一族の社会的役割を、正しく未来に引き継ごうとする意思の現われだろう。

764 :763:2009/03/16(月) 18:22:13


以上、すべて私の創作です。
長々とお付き合いありがとうございました。




765 :天之御名無主:2009/03/18(水) 06:59:13
明治政府がとった、軍国主義の道具として国家神道を用いる政策によって、
神職の公務員化が起こり、多くの神社の神事などにも影響が及んで、かなり歪んだという。
皇室の神道の指南役だった伯王家が断絶を強いられて、皇室から離れてしまったのも、
古い神道を切り捨てる新政策が原因だったらしい。

伯王家に伝わる古神道を伝承する血筋と名乗って、ブログをお書きになっていながら、
神憑りという現象について、基本的なことを正しく把握してない人もおられる。
軍国主義による歪曲は、深刻な痕跡を現在まで残し、多くのものを失伝させている。

明治政府が打ち出した、神道大改造に対処するために、
姫巫女さんの一族は、国家神道政策に従って、幾つかの神社を管理する分家と、
そのような歪曲を受けた神道から離れて、昔からの伝承を守り伝えていく本家に分離することで、
文明開化の影響を受けることなく、祖先から受け継いだものを残す道を選んだという。

したがって、現在本拠地となっている施設は、神社本庁の管理下になく、
風格のある建物が残っているものの、正式な神社として存在していない。
軍国主義の道具と成り果て、国家神道の影響を受けた正式な神社ではないからこそ、
卑弥呼の時代から受け継がれてきた、本物の知識と技術を、より正確に伝承しているのだ。
このあたりの認識は、事情を知らない一般の人々が持つ常識とは、正反対のものだろう。

また、明治6年に出された、梓巫市子並憑祈祷孤下ケ等ノ所業禁止ノ件、
通称巫女禁断令によって、多くの民間伝承が失われてしまったとされている。
ところが、丹生姫氏に対しては、この禁断令を適用することが、
備わった神威ゆえに、ついに出来なかったらしい。
こうして、卑弥呼道教から受け継がれた多くの神事が守り伝えられているという。

766 :天之御名無主:2009/03/18(水) 07:00:01
一族は、大陸にルーツを持つ神道と修験道が習合した集団だから、
鎌倉時代に、僧侶に扮して朝鮮半島やユーラシア大陸を歩き回って、
神霊の憑依によって託宣を得る神事をコレクションした記録が残っている。
朝廷と鎌倉幕府の要請で、元寇に備えて調査に行ったとあるので、
当時はかなり評価されていた、実質的に忍の役割を果たしていた集団だったことがうかがえる。

高句麗道教、というよりも、正確には東アジア一帯に広まっているオボ信仰の
集大成ともいえる歴史資料が残っていると思う。

日本でのオボ信仰は、イワクラ信仰→古墳信仰→神社で神憑りして神託を得る神事へと、
記紀の頃の国家神道化によって、大きく変化していったことがうかがえるのだが、
この切り口から、オープンに、神道の歴史を研究した人がほとんどいないと感じる。

天然痘が撲滅されて、伝染病を用いた呪殺術などを悪用することが不可能になり、
忍者も時代錯誤になった現在、丹生姫氏の存在を伏せておく必要はなくなっていると思う。

丹生姫氏と言えば神職の家柄として知られているわけだが、
武内宿祢絡みの皇室を取り囲む豪族から派生した、
修験者を隠れ蓑にして隠密行動を取る武装集団へと発展した一族という一面があるらしい。

767 :天之御名無主:2009/03/18(水) 07:02:10
丹生の一族の中に、天野という苗字を持つ人々がいる。

姫巫女さんからは、具体的な繋がりを示していただけなかったのだが、
日本武尊を思わせるような大活躍をした、天野と名乗った歴史上の人物となると、
真っ先に思い浮かぶのが、源頼朝の懐刀とも呼ばれた、天野遠景だ。
鎌倉幕府成立期に、ダーティな部分を請け負ったことで知られている。

何度か頼朝の命を脅かし、頼朝の子を殺すなどした因縁を持つ、伊東祐親を捕縛
木曾義仲の嫡子、義高を人質にとる
甲斐源氏の一条忠頼を謀殺
平家追討に功績のあった12人のなかに名を連ね
鎮西奉行として大宰府を掌握し、肥前国などで豪族の狼藉行為を鎮圧
鬼界ヶ島に出向いてまで平氏残党を征伐
梶原景時の変に関与し、比企能員暗殺を実行

これだけの手柄をあげて鎌倉幕府の成立に貢献し、大宰府も掌握していた時期がある一族なら、
元寇に備えて、幕府や朝廷の命を受けて、
大陸方面の調査に赴いたとしてもなんら不思議はないだろう。

どこかで話が繋がった結果、例の忍文字で記された調査書類が誕生したと直感したので、
再度質問してみたが、
うちの蔵には、天野遠景に触れた記録は見当たりません。
としか回答が得られなかった。

日本武として伝説化している、元祖忍者ともいえる武(タクォル)との接点は、
屋主忍武雄心や武内宿祢の口伝などからもうかがえるものの、
神武東征時代からの正確な足取りの痕跡を追うのは、
平安末期以後の記録しか残っていない丹生姫氏に伝わる文献だけでは無理があると感じる。

768 :天之御名無主:2009/03/18(水) 09:33:02
まだ続くのかー
てか神社本庁は役所でも何でも無いんだよなうざってえ何様のつもりだ

769 :天之御名無主:2009/03/18(水) 11:34:42
もともと、ヤマト(山門=山戸=山門)とは、
現在の奈良県全域を指すのではなく
三輪山周辺の限定された地域を指す地域だった。

ちなみに、京都の一部は、ヤマシロ(山背=山城)であり、

このヤマシロ(山門)とヤマト(山背)の間には、山国という地名が残っている。
魏志倭人伝に登場する邪馬国のことだな。

で、この山門(三輪山周辺)の南西には、葛木という地域があり
ここには、葛木山、高天山(金剛山)があり、
この周辺は、またの名を高天原といった。

つまり、皇室の起源の地は、高天(葛木)のことであり
ニニギ命(神武天皇の曽祖父)は、
この高天(葛木地方)から、高千穂(九州南部)へ降臨したことになる。


770 :天之御名無主:2009/03/18(水) 17:49:56
ヤマトに拘って、地名を探るのはいいが、
日本国の別名『秋津島』という名の由来と、ヤマトとの関係もおさえておいたほうが良いだろう。
ヤマトが山門の意味で正解なら、非常に単純な話で、最初からそう漢字表記すれば良い。
大和と書いてヤマトと読ませるのは、かなり無理をしていて、必ず裏事情があると見るべきだ。

秋津(あきつ)は明津(あきつ)とも書き、明くる(あくる)のことでもある。
この言葉は日月神社としても痕跡を留めている、太陽信仰と非常に関係が深い言葉だ。

古代高句麗の牟頭婁塚から出た墓碑銘に、
「惟昔始祖鄒牟王之創基也」「河泊之孫、日月之子、鄒牟聖王」とある。
これは、高句麗の始祖、鄒牟王は、河伯の孫で、日月の子という意味だ。

他の日本各地の地名や神社や神々の名前も、高句麗と関係が深いので、
日月神社や秋津島は、高句麗から来ていると見て間違いない。
太陽神、天照大御神のイメージ的ルーツが、高句麗の「日月」神にあることは
高句麗道教の流れから見ても明らかだろう。

日本の古い地名明津(あきつ)島を、後から来て乗っ取ったのが百済神武勢だが、
もしも山門(やまと)が最初から地名なら、神武天皇は、神山門と書かれていただろう。
九州や百済にも、その由来となった地名が存在しなくてはならなくなる。

現実には、ヤマトも秋津同様、高句麗にルーツを持つ、「ヤ」と「マト」に分解される言葉で、
真人(マト)は、百済の王子達のことを指し、ヤは「大勢の」という意味だ。
ヤマトは、大勢の王子達の連合を意味する言葉で、
大和と書いてヤマトと無理に読ませているのは、和を重んじる王子達の連合国家の意味からだ。
外来勢力だったというルーツを隠して、正体を見せないように巧みに漢字を置き換えることで、
現地人(弥生人)の抵抗勢力を出来る限り作らないように統治しようと努力した結果そうなったが、
百済との関係は、とうてい隠し切れるものでなく、識者からは丸見えになっている。

771 :天之御名無主:2009/03/18(水) 19:25:40
>>770

長文書く暇があったら、記紀をよく読めばいいのに。

>大和と書いてヤマトと読ませるのは、かなり無理をしていて、必ず裏事情があると見るべきだ。
君が知らないだけ。
「ヤマト」が「山門」の意味かはしらないが、
日本人が「ヤマト」に「山門」の漢字を当てる前に、中国人が「ヤマト」に「倭」の漢字を当てた。
まず、それを日本人が踏襲し、「ヤマト」を「倭」と表記した。
ヤマトトトトヒモモソヒメは、倭迹迹日百襲媛命と表記する。
その後、日本人は、「倭」を偉大に見せるため「大倭」とし、「大和」は、好字に置き換えただけ。

>秋津(あきつ)

秋津(アキツ)は、トンボの古名。
トンボは秋の収穫時に飛来するから、縁起の良い虫として銅鐸にも彫られてる。
アキツがよく飛来し豊穣を願うことで、「秋津島(アキツシマ)」の名で呼ばれてる。
また、トンボは雄略天皇とか古代の天皇からも愛されていた虫だ。

自分勝手な推論を立てる前に、原典をよく読み下すことだな。




772 :天之御名無主:2009/03/18(水) 23:18:13
>>770
そんなことぐらいで高句麗とか百済なんて出されたら
たまらんわなw

あほうらしいw

ちゃんと記紀を読め。

ヤマト朝廷では、出自によって、ちゃんと
豪族を振り分けていたんだよ。
その中で、諸蕃といって、渡来系の豪族たちには、そういうカテゴリで
区別していたわけで。

皇室や藤原氏、出雲王家の子孫たちは
ちゃんと諸蕃とは違うカテゴリだったわけだから
渡来形のはずがないw

773 :天之御名無主:2009/03/18(水) 23:34:24
中国人が「ヤマト」と呼んだのは倭人が「ヤマト」と呼んだからでせぅ?

774 :天之御名無主:2009/03/18(水) 23:38:02
高句麗から来たなら
私達は高句麗から来ましたと言えばよいだけ。
なんで遠慮してるのかなw

775 :天之御名無主:2009/03/19(木) 08:19:50
言えるわけないじゃん。縄文系とか、先輩渡来系とかの小姑がうようよしてるんだもん。先輩渡来人の
中には高句麗よりも大物の中国系だっているしな。

776 :天之御名無主:2009/03/19(木) 09:20:22
基本的な言葉の成立を無視した、素人の論を展開しないほうがいい。

当時の中国人が他の民族を呼ぶとき、自分達で名を付けたケースはない。
したがって、「倭」もまた、日本人が当時そう名乗っているから付いた名であり、
中国人が日本人に対して付けたなどという説は、初歩的な中学生レベルの間違い。
高校生にもなって、そんな変な説を信じる勉強不足の人間はいなかったよ。
その点、>>773さんはちゃんと基本をおさえてる人だね。

「倭」の由来は諸説あって定まっていないが、
「我」(われわれ)の「ワ」の音に由来する、自分達という意味という、
言語学的を踏まえた説が、今のところは最も妥当性があるように感じる。

「真人」(マト)についてまともに勉強しないまま、幼稚な自論を振り回しているだけに見える。
相手が持ち出している言葉について、きちんと勉強してから議論しよう。
勉強しない人間のコメントは無視されるだけだよ。

777 :天之御名無主:2009/03/19(木) 09:34:18
>>771
秋津(アキツ)を、トンボの古名と同一視してしまうのは勝手だが、
古い時代の日本人が、本当に自分達の国を「トンボの国」と名乗ったかどうか、
常識的によく考えてみよう。
「うちはトンボを愛でる風流な国です」では、対外的に問題がある。
神武ヤマトに滅ぼされた当時、日本国内は戦乱が頻発していたから、
雅な文化を主張する国名を打ち出すことは、考えにくい。

ありえない、常識外れの、物証のない珍説を唱えていると思う。

秋津などの地名を観察すると、津(みなと)と関係のない場所にも散見される。
となると、秋になるとトンボが飛ぶのが見れる水辺(港)の意味で、
この言葉が存在しているわけでははなく、何か別の言葉に漢字を当てていることが分る。

「アキツ」が「明くる」などと同じ言葉に由来すると、言語学的に判断し、
数多く残っている地名、神社の名、古代の墓からも見つかっていると、
物証まで示している説のほうが、正しいことは明らかだろう。

高句麗までさかのぼる、祖先の名との関係が、墓碑銘から出ている。
国を治めるために使われた神社の名や、神の名との関係のほうが、
トンボとの関係よりも、よほど当時の国政との関わりが深いと見るのが妥当だ。

このあたりの、常識的発想かどうかの判断、妥当性の有無の判断は、センスの問題でもある。
文献研究は、誰でも同じように出来るわけではない。
読み取るセンスの有無によって、結果に大きな差が出る分野だ。

難読症という言葉がすでに出ているようだが、センスが無いと話しにならない分野だからだろう。

778 :天之御名無主:2009/03/19(木) 09:36:35
>>772
君はしっかりとした嘘を書く人だね。

記紀に登場する、大王家を取り巻く武内宿祢から派生した豪族のほとんどが、
出自不明とされていることは、うちの中学生でも習って知っていることだ。

武内宿祢と各豪族の出自について言及が及び、
神武東征の関係を謎解きする話が、このスレッドに繰り返し出ているにもかかわらず、
嘘を書くとはどういうことかな。

中学校は義務教育だから、
君が歴史を知らないのは、君の責任というよりも、
中学で歴史を君に教える教師の責任ということになる。
君に歴史を教える義務を負っていた教師のところに行って、
義務を果たしてもらったほうが良いだろう。

勉強していない人間とはまともな議論ができないよ。

779 :天之御名無主:2009/03/19(木) 09:39:43
>>774
この議論を執拗に繰り返して粘着しているようだが、あまりにも物分りが悪すぎると感じる。

当時の日本は、いろんな方面の渡来系豪族の植民地が出来ていた。
正体をバラしたら、自分達より強い派閥に滅ぼされちゃうんだよ。

実際に、ヤマト朝廷と同系列の血筋だった可能性が高い、高句麗も百済も滅んでいる。
当時の国際情勢がどうなっていたか理解できていないのでは、議論にならない。

倭国も、そのまま存続することは出来ず、日本と改名しているわけだから、
出自を正直に記紀に書き残すようなリスクがあることは、持統天皇派に出来るわけがない。

こういった、中学生でも分る理屈が納得できず、いつまでも執拗に蒸し返していると、
荒らしの認定を受けることになる。

780 :天之御名無主:2009/03/19(木) 13:03:20
>>779
>正体をバラしたら、自分達より強い派閥に滅ぼされちゃうんだよ。

君が前提とした「正体をバラしたら、自分達より強い派閥に滅ぼされる」という仮定は、
どういう資料に基づいて事実と考えてるの?

781 :天之御名無主:2009/03/19(木) 13:40:00
>>777
うろ覚えだが記紀に国土の形が秋津(トンボ)の形に似てるから
秋津島て感じのこと書いてなかったか?

782 :天之御名無主:2009/03/19(木) 15:27:42
なぜ自分達を渡来系だと言えないのかについて、
まともな答えはないみたいだな。
誰に遠慮してるのだろうか。

正解を言おう。
渡来系ではないから渡来系と言ってないだけ。

783 :天之御名無主:2009/03/19(木) 15:29:32
>>775
知的障害?
言ってることが意味不明w

784 :天之御名無主:2009/03/19(木) 15:32:33
>正体をバラしたら、自分達より強い派閥に滅ぼされちゃうんだよ。
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785 :天之御名無主:2009/03/19(木) 15:43:15
>>779
>当時の日本は、いろんな方面の渡来系豪族の植民地が出来ていた

お願いだ。
たとえばどこが何系の植民地だったのだ?
巫女の話以外に何か確実な証拠を言ってくれ。

786 :天之御名無主:2009/03/20(金) 01:20:37
自説の結論ありきで
資料とも言えないフレーバーをつまみ食いしてるだけだから
一次資料すら無視して、辻褄があわなくなると
『興味が無い』なんてことが言えるんだろうな。

とくにこの巫女さんての酷すぎる。

787 :天之御名無主:2009/03/20(金) 04:32:08
>>778
その教師居なかったら、夜の校舎(ry
でもいい?
タバコは吸わないよ?見つかれば逃げ場なくなるから。

あと、しゃがんで固まって背を向けるのは駄目だね。背後の感覚疎い奴の
頭飛び越えられて、ど真ん中に入られて虚を突かれれば、楽に一掃される
可能性もある(w

もういいだろ。アレだ、宇宙から来たとでも炒っとけば、マルク収まるよ?

788 :天之御名無主:2009/03/22(日) 04:55:57
>>781
古代文明のユーフォーにでも乗ったのかい?

789 :781:2009/03/22(日) 15:09:23
>>788
ニギハヤヒは天磐舟で河内に飛んできたってさw

おとぎ話はさておき、記紀を読んだら神武が「国土の形が秋津のようだ」みたいに言ってるのが確認できます。

それと>>788は「空を飛ばなければ国土の形なんて解らない」とでも言うような書き方をされてますが、
それだと、古地図はおろか伊能忠敬の地図まで否定することになりますが?w
精度はともかく大ざっぱな国土の形は、把握してたと考えて問題ないのではないでしょうか。

790 :天之御名無主:2009/03/22(日) 15:25:59
朝廷の祖先は宇宙から来たに一票。

791 :天之御名無主:2009/03/22(日) 15:52:51
>>790
有機物は隕石由来か地球上で自然現象により合成されたか等
科学的に生命起源を問いたいのなら科学板へ
そうでなければオカ板へお行き下さいな。

792 :天之御名無主:2009/03/22(日) 20:32:59
北海道が頭なんだろうな。

793 :天之御名無主:2009/03/22(日) 21:06:33
>>792
残念ながら、記紀の国産みの箇所をお読みいただけば解ると思いますが、
本州のみで大倭豊秋津島で以下、伊予の二名島(四国)などで北海道は含みません。
豊(豊前・豊後)が九州の一部か秋津島に掛かる美称かは知りませんが、
九州が筑紫島と成っているので豊はこの場合は美称ですかね?

794 :天之御名無主:2009/03/22(日) 21:07:27
トンボ(が交尾した形)は盆地の地形では。


795 :天之御名無主:2009/03/22(日) 22:59:17
国産みの箇所は蝦夷征伐に失敗する前に成立した?

796 :天之御名無主:2009/03/23(月) 01:02:54
機内を中心に九州が西海道、紀伊半島が南海道、東海地方が東海道な
畿内七道が当事の区割りなので頭は北陸のほうになるのでは

797 :天之御名無主:2009/03/23(月) 01:20:08
ああ、秋津島は本州だけの名前ね。失敬。

798 :天之御名無主:2009/03/23(月) 10:10:25
イワレヒコちゃんが巡幸した時の記述じゃ
「形がトンボの尾のトコみた〜いw」
って言ってるだけだから、頭の向きとか分からんねw

ただ個人的には日向から東征してきたイワレちゃん目線では西が頭の方向じゃないかな?とは思う

799 :天之御名無主:2009/03/23(月) 20:16:17
違うよ。「トンボが交尾してるとこ」だよ。

800 :798:2009/03/23(月) 21:09:14
>>799
ありがとうございます。交尾(トナメ)から『交』の字が抜けてましたねw

801 :天之御名無主:2009/03/24(火) 15:22:34
神武と言うのは日向でキャンプを張っていた半島の武人集団であったのかもしれない。そこで地元の
武人集団の姫と結婚した後、関西で倭国女王の親衛隊に抜擢される。こんなところじゃないか。

802 :天之御名無主:2009/03/24(火) 18:33:52
>>801
なら半島から来ましたと言えばいい。
言ってない事実を説明せい。

803 :天之御名無主:2009/03/24(火) 19:53:41
正体をバラしたら、自分達より強い派閥に滅ぼされちゃうんだよ。
言える訳ないじゃん…。

804 :天之御名無主:2009/03/25(水) 00:00:31
なぜ滅ぼすのかな?w
ばらさなかったら滅ぼさないという根拠は?w

805 :天之御名無主:2009/03/25(水) 00:22:12
だから、
「正体がバレたから、自分達より強い派閥に滅ぼされた」という事実がわかる文献を出してくれよ。

当然、強い派閥は「あいつらの正体は○○だったから滅ぼした」と意気揚々と記録に残すはずだろ?



806 :天之御名無主:2009/03/25(水) 13:08:46
      ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━ A
━━━┫
      ┗━━┳━━━━━━━━━━━━━━ B
            ┃
            ┃    ┏━━━━━━━━━━━ C
            ┃    ┃
            ┗━━╋━━━━━━┳━━━━ D 縄文人
                  ┃            ┗━━━━ E
                  ┃F
                  ┗━━━┳━━━━━━━ G
                          ┣━━━━━━━ H
                          ┣━━━━━━━ I
                          ┣━━━━━━━ J
                          ┃   K
                          ┗━━┳━━━━ L
                                ┣━━━━ M
                                ┣━━┳━ N
                                ┃    ┗━ O 神武・その他天孫
                                ┃  ┏━━ Q
                                ┗━┻━━ R
                                  P


807 :天之御名無主:2009/03/25(水) 14:12:22
優勝するまでに同じ相手と5回対戦するんですね。


808 :天之御名無主:2009/03/25(水) 15:12:59
そのうちにゃー「東方神起」も降ってくるわな。

809 :天之御名無主:2009/03/28(土) 08:29:19
皇室のルーツとされる天照大御神は、卑弥呼(日巫王)の伝説をもとに捏造した、
ダミーの巫女神のことだから、皇室のルーツとみなすべきではない。
神功皇后なども実在するとは考えにくいとされているが、
ふたつは持統女帝を正当化するための捏造神話と見ていいだろう。

当時の本当の支配者だったスサノオ一族は、モンゴル系民族だから、
日本名とモンゴル名の両方を持っていたことが、かなり知られるようになってきたな。

107年倭国王帥升ら生口160人献上と後漢書にあるとおり、
スサノオの父親の日本名は帥升(すいしょう)で、モンゴル名は布都(フツ)だ。

記紀の編纂者はうまく隠蔽したつもりのようだが、
石上神宮の祀神に行けば、スサノオ一族の始祖4代のことがはっきり分る。

日本名 帥升(すいしょう) = モンゴル名 布都(フツ) = 布都(フツ)御魂(ふつのみたま)
日本名 スサノオ = モンゴル名 布都斯(フツシ) = 布都斯(フツシ)御魂(ふつしのみたま)
日本名 ニギハヤヒ = モンゴル名 布留(フル) = 布留(フル)御御魂(ふるのみたま)
日本名 宇摩志麻遅 = モンゴル名 ウガ(宇迦) = ウマシマチ尊 【長男】

そして、物部氏へと続く。

モンゴル民族は末っ子に相続権があるから、
スサノオの末娘が、日本名 須世理 モンゴル名 美具久留(ミククル)が跡を継ぐことになった。
美具久留は、後世になって、ダミーの巫女神、日巫王 天照大御神に祀り上げられている。
その養子婿が大国主ということになり、卑弥呼とはとうぜん別人だ。

道鏡事件から読み取れるように、皇室のルーツを決定付けるものは、
伊勢神宮ではなく、ニギハヤヒの息子を祀る宇佐八幡にある。

結論として、
モンゴル系のスサノオ王朝を、神武東征で滅ぼしたヤマト一族がいたことになる。
血沼の戦いの後、国譲りしたというのがソレだろう。

810 :天之御名無主:2009/03/28(土) 08:57:41
>>786
巫女さんの話は、実際に訪問して資料を見せて頂けば分ることだが、
明治政府が裏切って、
皇室のルーツがバレてしまうような資料を、一般公開しないように言い含めたり、
軍国主義の道具として神道を作り変えようとした歴史があるため、
基本的に神宝は公開しない方針らしい。

明治時代に、神宝とされている古文書を偽書呼ばわりした歴史学者がいたらしく、
そのトラブル以降、は、いっさいお断りだそうだ。

では、巫女さんの一族から直接資料を見せてもらえなければ、
怪しい話と判断するしかないのかというと、そうではない。

たとえば、テゴイや遠当てと呼ばれる古武術や忍術の話は、かなり一般に漏れている。
修験者や巫女に扮するのは、戦国時代までは普通だった。
古武術や忍術を会得した巫女集団で有名だったのは、武田信玄配下の歩き巫女。
武田家は滅んでしまったが、テゴイの秘伝は、会津藩武田家へと引き継がれ、
明治維新によって、大東流合気柔術の名で一般公開され、
そこから合気道が分岐して現在に至っている。

スサノオ、日本武、役の行者の流れを持つ伝承文化としての古武術が、
確実に現代まで伝わっていることが、客観的に見て明らかだ。

811 :天之御名無主:2009/03/28(土) 11:56:42
モンゴルが歴史に登場するのは7世紀からだよお馬鹿
107年の時点でモンゴル名がどうとかってもうちょっと調べてうそつきなよ

812 :天之御名無主:2009/03/28(土) 12:19:01
>>811
もう少し、常識的判断をしよう。異常発想を書き込んでも無意味だ。

モンゴル民族が7世紀まで存在しなかったと、本気で思っているのだろうか。
存在しなかった民族が、ある日いきなり出現することなどない。

スサノオは、高句麗の首都スサの王の意味だ。

当然、モンゴル名とは、当時の高句麗語の名前、の意味。
現在は、高句麗語など、あの地方の古語が消滅して久しいので、
モンゴル名という表記をする人が多いし、それでたいていはそれで分る。

813 :天之御名無主:2009/03/30(月) 09:54:40
>スサノオは、高句麗の首都スサの王の意味だ


根拠は?



814 :天之御名無主:2009/03/30(月) 10:30:21
>>812
>もう少し、常識的判断をしよう。異常発想を書き込んでも無意味だ。

それはおまえの事だw

815 :天之御名無主:2009/03/31(火) 02:48:32
高天原の地は、葛城。
このあたりは、高天という地名が残っており、
延喜式でも、そういう認識で記してある。
また、地政学的に見て、葛城は安全保障上、重要な地域だった。

しかしながら、中世になるにつれて、そのことの記憶が薄れていった。

なぜ、皇室発祥の地の高天原が、畿内の葛城なら
皇室は、わざわざ、畿内→九州南部→畿内というふうに首都を移さないといけないのか?
しかも、なんで、ニニギ命からではなく、神武天皇から初代皇帝としないといけないのか?
そういう疑問が沸き起こっていった。

816 :天之御名無主:2009/03/31(火) 02:49:12
そんなことは分かりきっている。
初期、畿内王朝では、神武の家系は、九州に飛ばされた傍系家系でしかなかったから。
そのことは、古代において、畿内王朝内部での
神武皇統を上回る家系の一族がいたことをあらわしている。

古事記を編纂する時に、天武天皇がそのことを隠そうとしたから
日本神話は意味不明な内容になってしまった。
そして、その天武天皇と大いにもめていたのが熱田社の尾張氏であった。
この尾張氏は火明命の嫡流に当たり、
皇室の祖であるニニギ命の兄が火明命だった。
この家系こそが、畿内王朝建国当時の正統な本流の家系だった。

それが途中、畿内で内乱が勃発し、
九州分家だった神武が援軍として駆けつけ、
その後、実際の神武が担当し、祭祀だけを火明命の後胤が受け継ぐことになった。
そして、欠史八代の途中、両者の間に内乱が勃発し(倭国大乱)
神武皇統は一族のヤマトトトヒモモソ媛命をたてることによって
事態を収拾したのである。
このヤマトトトヒモモソ媛命=卑弥呼なのである。

このことは、現在の纏向遺跡のは発掘によって、いずれ確実になる。

817 :天之御名無主:2009/03/31(火) 08:13:07



もう少し、常識的判断をしよう。異常発想を書き込んでも無意味だ。 w




818 :天之御名無主:2009/03/31(火) 08:38:51
                、wv,,,
      お前らも良く見とけよ vWWWv
                    ミr'"-、"__'ミ    / ̄`ー、
       ,、- 、 _,, -ー ''"'-、__ !6" '~~」ヽレ'   lハ、  ヽ, オラ
      、'"  ,、_<、       ̄!T、 i'⌒)/' ノ`!ート、 __7、 _/ 気持ちいいって
      ミ  ノ , ヽ  _,, -ー{ミ7'人`二ラ'> | ̄イィ_ヘ,ム '  言ってみろ  
      ミ  ノ,-< -ヽ / ,   〔|"`"ー'Y彡!、  { ミ__/ヽ、 ,- ー 、
      ヽ,, - 'ー`'- '/     //  -    `i   Y  ヽ{ ,;", , `' 9;、___,...;- きたねぇ
        K   /  /y // >>817    }  ,-   } `ー、;、..,  ハ |\ i ケツだなぁ
 なんか   ヽ ーv  /{ //  ,、   /、 }/   /   ー "._ノ ハ ./ ヽ
 足んねぇよな|  / ー/ {//゚ヽ-'チヽ_,゚/ |  |    /   ,/ ハ只|〈  |
     ,;-'""'-\/  } レ/ _ _ ,,イ |  { /''''' ̄ ̄ヾ'>  || | ヽ/
   ,;--{_    '>|  /`y/ ヽ ,,__ /_ / {  | ヽ_,....;ー-、 n'  _,..--!、|<..._
_,;;-''"  {9レ'"`ラ" |  〈 r'">、 ト   ,≡ヽ {  /  Y、_,- Y〉-、   お前初めてかここは? 
般    ヽ__フ'"  / /`''ラく ,`ッ、_ ,,,;;;,彡 ノ  `{-、v'YL_ー ノ|  \_ 力抜けよ
      )、\  /,、 j /  \  ニC," ̄     ""''- ノノ   }
  ,ィ、i般ノ\ ' 〈〈l,j'/     ヽ、ミ三}__         /   /
 ソ__|若/- 、_\_` /      / 「川 | ヽ、_     /   / |

819 :天之御名無主:2009/03/31(火) 12:19:13
天武天皇も知られたら殺されちゃうとガクブルだったんですか?


820 :天之御名無主:2009/03/31(火) 22:08:52
古朝鮮民族である神武が東韓列島を征服した

821 :天之御名無主:2009/04/01(水) 12:33:42
↑エイプリルフールならぬ
エブリディフール

822 :月光仮面:2009/04/01(水) 13:17:41
神武は紀伊半島を左回りに一周しているが、これは銅鐸圏と一致しており、一周の意義は銅鐸という
青銅祭器埋納文化から首長墳文化の時代へと変わる際の宗教のような精神的背景を広げていった
ものとみられる。一つのゴールとしては熊野の神社の御由緒に神武の系統を書き込むことであったの
であろう。また、天香具山の土でもって土器を作っているが、これは庄内式とか、布留式のような
全国共通のスタンダードを制定したということを言っているようだ。魏志倭人伝の描く邪馬台国は
神武の時代から半世紀ほど経過していたようであるが、最初に男性の王を立てたが国中収まらず
その後はずっと女王にしている。女王の下には4官がいるとしている。4官を天皇クラスとすると
女王が2巡しているということで、ほぼ欠史八代に相当する。神武の時代を庄内式土器開始の時代と
考えておくのがいいのではなかろうか。

823 :天之御名無主:2009/04/02(木) 03:36:26
>>812
まあ高句麗は日の本の属国だからなW早く朝鮮半島は日本に明け渡せ

824 :天之御名無主:2009/04/02(木) 14:10:44
なーなー、巫女さんソースのいつもの人いるー?
朝日ドメイン規制になってから見てないの俺だけ?

825 :天之御名無主:2009/04/02(木) 20:34:40
>>823
朝鮮半島「は」?

826 :天之御名無主:2009/04/02(木) 23:11:01
属国だったけど追い出された、が正しいのに

827 :天之御名無主:2009/04/04(土) 09:29:11
しかし奈良の三輪山には縄文からの祭祀跡もあるし、
安本美典が言うように、
福岡にも奈良と同じ三輪山(周辺地名も同じ)があるからといって、
それが東征の根拠に成り得るのだろうか。

828 :天之御名無主:2009/04/05(日) 17:00:30
>>814
論拠を示すことなく、嘲笑的態度で、ただ相手を攻撃しているだけだね。

反論不能になった何よりの証拠。

日本最古の神社とされる、石神神社の祀神を知らないまま、
スサノオの蒙古名の存在を否定するなど、
メチャクチャなコメントを書き込む粘着が目立つスレッドだと感じる。

神話学板で、神道関係のコメントを書き込む以上、
せめて石神神社の祀神ぐらいはおさえておく必要があるのだが、
テーマを語るのに必要最低限の予備知識を持たないままデタラメを書き込んで、
無意味とみなされるケースが多すぎる。

情報の伝達を妨害する行為にしかなっていないのでは困る。

829 :天之御名無主:2009/04/05(日) 17:02:24
>>815
日本の地名の多くが、高句麗地域からこちらに移動してきていることを、
調べてみることをお奨めするよ。

たとえば、ニューヨークをはじめとして、
USAの地名の多くが、ヨーロッパの地名を移動したものだが、
これは、民族の移動を物語っている。

日本語と高句麗地域の言語的共通性、そして地名の移動。
ここから出てくる結論は一つ。
高句麗地域からの民族の移動があったということ。

これは、Y遺伝子の追跡調査などの、物証面からも可能になっていて、疑問の余地はない。
物証があって確定的に書いているものを、
根拠が無いうんぬん言い立てて、必死で否定しまくっている変な人物がいるようだが、
無意味な情報の伝達妨害行為になっているものには同調しないように。

高句麗語は消滅した古い言葉だが、痕跡に関する情報は、ネット上にも多数存在する。
高句麗の地域から旅立った人々が誕生させた帝国は、
倭国だけでなく、元や清などの形になっているので、彼らは東アジア全域に進出したと見ていい。

似たような進出傾向は、ヨーロッパのバイキングにも認められる。
イギリスなどにもバイキングの子孫の王朝が存在した。
人の動きと、王朝の成立は、東西を問わず同一の傾向が認められる。
人類の行動パターンが同じ発想に基づくものだからであり、
こうしたパターン解析によって史実を推理し、物証と照らして解き明かす、
一般にまだあまり知られてない手法も生まれてきている。

830 :天之御名無主:2009/04/05(日) 20:49:01
>>829
アルタイ・ツングース系語族なんですね日本人は。

831 :天之御名無主:2009/04/07(火) 18:19:05
>>829
>日本の地名の多くが、高句麗地域からこちらに移動してきていることを、
>調べてみることをお奨めするよ。

もったいつけてないで数例を言ってくれないか?
まさか奈良を朝鮮語の国とか言うんじゃないだろうな。

だいたいさぁ、
唐古鍵遺跡〜巻向遺跡まで、大陸との関わりなんて極めて少ないんだけどな。


832 :天之御名無主:2009/04/07(火) 18:57:40
>>828
>日本最古の神社とされる、石神神社の祀神を知らないまま、
>スサノオの蒙古名の存在を否定するなど、
>メチャクチャなコメントを書き込む粘着が目立つスレッドだと感じる。

日本最古の神社とされる石上神社の名前を知らないまま
メチャクチャなコメントを書き込む粘着が目立つスレッドだと感じる。

石上神社は物部氏が祭祀してるんだよね。
物部氏と高句麗の関係は如何に・・・

何も関係ねぇよ。

833 :天之御名無主:2009/04/07(火) 19:59:24
「くたばれ、創価学会。お国のために」
http://video.google.com/videoplay?docid=8770976455031261947

834 :くうる丸:2009/04/08(水) 08:27:41
 簡単な話で、文明がチャンポンになっているんだよ。ゴチャ混ぜ文化
と言えばいいのかな。よく言えば、文化の融合ですか。

 そして、争いに勝ち残った勢力側が、都合よく、歴史を書き換えていく。

835 :天之御名無主:2009/04/08(水) 09:29:05
>>834
という事は日本の支配層が高句麗であった歴史書なんてないのだから、
高句麗側は負けた勢力なんだろうね。
というか日本に来てないのだろうけど。

日本人そのものは大昔に北東アジアから来たのだろうけどね。


836 :天之御名無主:2009/04/08(水) 09:54:41
高句麗に負けて半島北部から追い出されはしたけどね

837 :天之御名無主:2009/04/10(金) 14:24:28
日本の神話自体が胡散臭いよね。
本当は万世一系だって嘘みたいだしね。

838 :天之御名無主:2009/04/10(金) 14:40:48
お隣みたいに歴史が切れまくってる国よりはいいんじゃねw

839 :天之御名無主:2009/04/10(金) 21:19:27
胡散臭くない神話なんかねえよw
胡散臭いから神話と呼ぶんだろ。

840 :天之御名無主:2009/04/11(土) 01:13:28
古事記にはっきりと天皇自らの言葉として
豪族どもの持ってた神話を改竄して作ったよって書いてあるんだから
わざわざ胡散臭いとか言うほどのことでもないけどな
アレはあくまでも神話であって歴史と見るから色々とおかしくなるんだ

841 :天之御名無主:2009/04/11(土) 16:03:59
天皇が古百済から派遣された植民地長官が世襲化したものであることが一般に知れ渡ると国家が瓦解するので隠匿した

842 :天之御名無主:2009/04/11(土) 16:42:01
物部氏が服属するまでの物語とも言えるのでしょうか。


843 :天之御名無主:2009/04/11(土) 18:26:46
>>841
>古百済から派遣された植民地長官


半島はずっと倭の支配下w

844 :天之御名無主:2009/04/12(日) 23:22:41
>>840
そんなことは書いてない。
「改竄されたものを直した」と書いてあるんだよ。

845 :天之御名無主:2009/04/12(日) 23:55:16
本居宣長が馬鹿のこと言ったから、日本は歴史を多く失ったんだよな。

本居宣長が言った馬鹿のこと。
「高天原は天上の地。実在の土地を求めるのは皇室に対して不敬」
「皇室が中国の朝貢するわけがない。九州熊襲のの女酋長だった卑弥呼が勝手に朝貢したんだ」

とまあ、本当にどうしようもない馬鹿だろう?本居宣長はw

実際は、京都朝廷では「邪馬台国=大和国」「高天原=葛城」
と公式見解をもっていた。

それを民間の新興の学者であった、皇室とは無関係の本居宣長らが
勝手にほじくりまわした。

でも、こんな新興宗教みたいなのが、明治日本の国家宗教になってしまったんだw
某旧皇族の誰々さんも、本居宣長と同じようなこと言っているw
あんた、それは、あんたの御先祖様の見解とは違うよwって。

846 :天之御名無主:2009/04/12(日) 23:58:31
もう、日本の古代史は謎でもなんでもない。

纏向遺跡の件で、おおかた分かった。

ここ数年でも、すごい研究の成果だ。

847 :天之御名無主:2009/04/13(月) 00:01:05
>>829
高句麗と日本は無関係だよ。
そもそも、高句麗って扶余系だろうが?
扶余系というのは、百済もそうだし、
後の北部中国に建国した契丹も同じだ。

そして、これは、モンゴル語族。

848 :天之御名無主:2009/04/13(月) 08:52:34
川沿いに住み皮革の民であった扶余系は、
日本では被差別民の原型になったともいえるね。

849 :天之御名無主:2009/04/13(月) 20:29:49
【卑弥呼】倭迹迹日百襲媛命【邪馬台国女王】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1239621756/

850 :けんた:2009/04/19(日) 02:46:24
何かの参考になりそうでしょうか? 備前国 石上布都魂神社は 素盞嗚尊が八岐大蛇を斬ったときの剣と伝えられる剣を祀り、その剣は大和国の石上神宮へ移されたとされており、このことは石上神宮の社伝にも記されているそうです。

851 :けんた:2009/04/19(日) 04:26:43
上記850の文言を一部訂正します。 何かの参考になりそうでしょうか? 備前国 石上布都魂神社は 素盞嗚尊が八岐大蛇を退治のときの剣と伝えられる剣を祀り、その剣は大和国の石上神宮へ移されたとされており、このことは石上神宮の社伝にも記されているそうです。

852 :天之御名無主:2009/04/19(日) 07:58:42
ラグーナ蒲郡 闇の中

853 :天之御名無主:2009/04/19(日) 07:59:49
下に下にい

854 :天之御名無主:2009/04/19(日) 08:01:24
山にい 山にい 鞭にい鞭にい

855 :天之御名無主:2009/04/19(日) 08:04:27
さらにい さらにい無知にトワに

856 :天之御名無主:2009/04/19(日) 08:06:03


857 :天之御名無主:2009/04/20(月) 17:32:48
古朝鮮の下級将校であったシムルゥ(神武)が九州から関東平野まで制圧した

858 :サガミハラハラ:2009/04/21(火) 21:06:19
突然の降臨失礼いたします。
神武の橿原即位であるが、拙者が日本書紀古事記を丹念に交渉した結果、西暦131年即位と判明いたしました。
神武天皇は実ぁいでその生年崩年もわかりました。

859 :天之御名無主:2009/04/22(水) 13:22:56
まずは日本語を満足に使いこなせるようにしたほうがいい

860 :サガミハラハラ:2009/04/22(水) 14:01:11
上記の交渉は考証の、実あいは実在の間違いです。

861 :天之御名無主:2009/04/22(水) 14:49:26
そんな簡単な間違いする「拙者」が何を考察しても誰も相手にしないよw

862 :サガミハラハラ:2009/04/22(水) 20:03:33
ってあんた形式主義ですか?

863 :天之御名無主:2009/04/23(木) 00:43:02
形式主義じゃなくて常識じゃね

864 :天之御名無主:2009/04/30(木) 13:32:28
>>112
下記書籍によれば、記紀のいう「吾田の長屋の笠狭崎」に比定される鹿児島県川辺郡
笠沙町の笠沙町という町名は1923年に西加世田村から改名された名らしいね。
高千穂幻想 「国家」を背負った風景 PHP新書 千田稔 1999 p86
http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-60810-5

865 :天之御名無主:2009/05/08(金) 09:40:06
連レス長文君はいい伝奇小説の原案者になれそうな気がした

866 :天之御名無主:2009/05/18(月) 00:58:22
天皇家の発祥は、葛城の高天でしょう?
葛城地方には、高天原関連の遺跡が集結している。
奈良県御所市周辺の地名や神社を見てみろ。
「高○○」とか、「葛○○」とか、「秋津○○」そんなのばっかだ。
そんなのばっかだ。
とくに、近畿王朝初期の豪族の祖先の地が終結している。

現在の奈良県御所市高天。 葛城の高天に本拠地がある勢力が、出雲を併合したんだろう。
それは、ニニギ命(神武天皇の曽祖父)のあたりの時代の話だ。
紀元前1世紀か、紀元1世紀くらいの話かな?
その後、ニニギ命は、九州の高千穂に降臨する。
だから、九州から近畿へ東征した神武天皇の話も、決して間違いではない。

たしか、唐か宋の時代に中国に派遣された日本の使者が
「倭国が西にあって、日本が東にあって
もともとは東の日本は小国だったけど、倭国を併合した。
でも、その後も、ずっと日本は倭国の名前を継承していたが
この名前が好きではないから、変えてくれ」って
言っているんだよね。

あと、倭王武である「雄略天皇」が、中国への上奏文でも、
「私の国は、西に数十カ国、東に数十カ国、平定して
次に海を越え北に数十カ国を平定した」と説明している。
この私の国の本拠地は、どうみても、近畿地方、なかでも葛城の高天でしょう。

867 :天之御名無主:2009/05/19(火) 09:31:59
>>866
倭王武の本名が「姫武」。

彼らは、降臨して来たのではなく、中国の戦乱から逃れてきたんだよ。
彼らが、呉(姫氏)の末裔であることは、中国側の文献に残ってるよ。

868 :天之御名無主:2009/05/20(水) 06:54:07
>>867
そんな文献は無い。
ただ、大雑把に、周時代の呉の太白の末裔と主張していたと登場するだけ。
これは、魏志倭人伝に出てくる。

それ以前の歴史書では、倭人は周の時代から
中国と通交していたと登場する。

869 :天之御名無主:2009/05/23(土) 23:02:54
>>868
日本が姫氏国と呼ばれてるって記述は日本紀私記にある。
>>867はそれとごっちゃになってるんだろう。

870 :天之御名無主:2009/06/05(金) 22:32:50
>>823>>843
巫女さん電波にまぎれてサラッと嘘を書くな
高句麗がいつ倭の属国だった

871 :天之御名無主:2009/07/12(日) 15:40:42
>>866
>葛城の高天に本拠地がある勢力が・・・九州の高千穂に降臨・・・
おいおい、葛城在住部族が何で九州に降臨して、何でその子孫が大和国入りを
ナガスネヒコに阻止されるんだ?

872 :天之御名無主:2009/07/12(日) 15:54:42
>>866ではないが、大和国と葛城国は違う国だよ。

873 :天之御名無主:2009/07/12(日) 22:02:55
へえ

874 :天之御名無主:2009/07/16(木) 19:29:06
>>866
古代の移住原則は、文明先進地から開拓できる未開の地へだろ。当時の文明先進地
たる九州へ葛城から移住する動機は何だというの?

875 :天之御名無主:2009/07/16(木) 21:40:10
>>874

>>866ではないが、九州へ葛城ではなく、九州へ大和ね。
大和国と葛城国は違う国であり、
高天原は葛城にあるから。



876 :天之御名無主:2009/07/16(木) 21:42:11
>>875
すまん、まちがえた。

文明先進地は北九州だが、南九州(日向)は後進地域。
葛城から九州の日向に移住したということだよ。




877 :天之御名無主:2009/07/17(金) 12:36:38
邪馬台国系スレッドで1番人気らしい

謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符!32
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1246892726/


878 :天之御名無主:2009/07/19(日) 16:03:33
>>877
日本史板から引用するなら、こちらのスレだろ?
1 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 18:47:48
神武天皇は日本に舞い降りてきた
元祖天下りですww
【元祖】神武天皇【天下り】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1146131268/

879 :sage:2009/07/24(金) 00:45:13
流れを無視して申し訳ないでが、
岡田史観についてみんなはどう思う?

岡田氏は、神武天皇は天武天皇を元にしたフィクションと主張しているが
そもそも彼の歴史観には独特なものがあると思うので、
その辺りについても、可能ならば意見を聞いてみたい。

880 :sage:2009/07/24(金) 00:45:57
流れを無視して申し訳ないでが、
岡田史観についてみんなはどう思う?

岡田氏は、神武天皇は天武天皇を元にしたフィクションと主張しているが
そもそも彼の歴史観には独特なものがあると思うので、
その辺りについても、可能ならば意見を聞いてみたい。

881 :879-880:2009/07/24(金) 00:52:51
色々とミスをしました。申し訳ないです。
こんな体たらくですが、前の書き込みにレスを
いただければと思います。

882 :天之御名無主:2009/08/14(金) 20:24:34
>>881
確か直木孝次郎も同じようなことを言ってたな。
個人的には、その見方は苦しいと思う。
実際、畿内の古墳時代の文化には九州の影響が見られる(三種の神器とか)わけだから、
東征伝説を創作とは言い切れないと思うが。
まあ、実際に東征したのは誰か、というのは別問題だが。
(個人的には崇神若しくは孝霊が可能性高いと思う。
神武〜開化or孝安は、それ以前の土着王朝の王の名をはめ込んだんじゃ?)

883 :天之御名無主:2009/08/14(金) 20:59:25
文化の影響だけで、王の東征があったというのは短絡的すぎる。

記紀神話の神武東征は紀元前の話。
考古学上では、九州勢力が紀伊半島まで来たことはわかってるが、
1〜2世紀頃のはなし。
そのときに少数部族(神武)が来たというなら、まだわかるが。
崇神の時代(3世紀前後)に東征なんてことは有り得ない。
九州からの土器など生活用品はほとんどまったく畿内に入ってきていない。


884 :天之御名無主:2009/08/14(金) 21:35:37 ?2BP(1519)
いやいや、記紀を素直に読めば小集団の侵攻。

885 :天之御名無主:2009/08/15(土) 06:48:00
ヤクザの出世物語としては不自然じゃない。
規模としてもそんなモンだろうし。

886 :天之御名無主:2009/08/16(日) 13:09:37
>>882
>(個人的には崇神若しくは孝霊が可能性高い・・・
応神や饒速日を忘れているぞ。もっとも饒速日は、東征でなく東遷だろうが。

887 :天之御名無主:2009/08/18(火) 17:41:08
饒速日が西から来たなんて、どこにそんな根拠があるのよ。


888 :天之御名無主:2009/09/01(火) 10:20:31
>>843
>>841の言ってることは、
大化の改新で連続クーデターにより、百済人が
「ヤマト」(夜麻登)の王家の大殺戮をして、自分らが日本の王家(天皇家)に
摩り替わり、ついでに国号まで「日本」に変えて名乗るようになった
ことを言ってると思う。

889 :天之御名無主:2009/09/01(火) 10:27:56
×連続クーデター
◎外国種の連続テロ

890 :天之御名無主:2009/09/06(日) 22:03:02
>>346
熊野は、父祖ニニギが侵略した筑紫の熊野なる珍説発見。
神武天皇の熊野侵入譚の真実
http://www2.ocn.ne.jp/~syouji/kodaisi_12-AZ.html

891 :天之御名無主:2009/09/07(月) 09:47:35
日本書紀には空を飛んでいく天の鳥船に乗ったニギハヤヒを神武が下から見てる記述があるよ。
神武が九州を旅立つのはその後。

892 :仕事を休まずに働いているという屁理屈でクビ:2009/09/13(日) 13:19:41
<週刊誌が「休みが多い!」と騒いだ会社のスキャンダル(人権侵害)>

弁護士(東京の石嵜信憲法律事務所)までつけて揉み消し 。
 ↓
鳥取市のリコーマイクロエレクトロニクスは「週休4日制」つまり「休みが多い!」
ことで週刊誌で騒がれた会社だ。

僕はリコーマイクロエレクトロニクスにアルバイトに行っていた。
勤務態度不良で「休みが多い!」と叱られリコーのアルバイトをクビ同然で辞めた。

その後、鳥取最大の工場・鳥取三洋の構内にあるテスコという工場に勤め
一年半休まずに働いていた。

「休まずに働いているのはリコーに対する報復」という噂でテスコをクビになった。

リコーと三洋の2つの大手企業が関わる問題のせいか
地元ムラ社会鳥取市の人はおかしな出来事の事情を僕には教えてくれない。

893 :天之御名無主:2009/09/21(月) 09:57:53
歴史の壁|∀・)ニヤニヤ藤原不比等
本当とウソとそのミックスの三位一体構成
歴史を作り歴史の抹殺をした
焚書の完璧な実施
不比等が生きた時代だからこそ可能だった


894 :天之御名無主:2009/09/22(火) 02:13:30
そりゃヤマタノオロチもいたし、扶桑国もあったし、エデンの園もあっただろう。
何か問題でもあるのか?

895 :天之御名無主:2009/10/03(土) 09:06:00
>>887
「旧事本記」の記す、天磐船で河内に降臨したニギハヤヒの同行者−十市物部、芹田物部、
弦田物部、狭竹物部、筑紫贄田物部等−の名からみて何れも北部九州出身、よって首領の
ニギハヤヒも同地出身だよ。

896 :天之御名無主:2009/10/04(日) 19:33:03
>>874
イワレヒコ一行の海路を水先案内した塩土翁って、一体何者なの?
土を筒と解して、筒男即ち住吉神社の祭神即ち北九州海人族の先祖?

897 :天之御名無主:2009/10/04(日) 20:18:22
>>895
そこら辺のお話は後からの創作だろ。北九州に入植した際の有力な部下なんじゃないか。
入植の発端は磐井の乱の後反抗勢力抑えるためで宇佐八幡宮はその前線基地

898 :天之御名無主:2009/10/05(月) 02:02:54
>>895
物部性は崇神以後だから、ニギハヤヒと一緒に降臨したという伝承が間違ってる。
後からの創作だね。

899 :天之御名無主:2009/10/05(月) 10:45:35
>>898
あなたの立ち位置は知らないが、
後代の写本しか残っていず、捏造文書と多数の人により
指摘されている記紀ばかり信じる時代でもない。
各地神社や土地伝承、考古学を無視して語ることはできないし、
例えば宋史も、神武以前の系図を記録しているよ。


900 :天之御名無主:2009/10/05(月) 10:49:10
物部氏族
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/takamine/rekisi/shosizoku/sinbetu/tenjin/mononobe.htm

901 :天之御名無主:2009/10/05(月) 10:57:43
宋史が神武以前の系図を伝えてるったって
それは日本から来た奴が言ったことを写しただけだし
それが古い時代の話ならまだしも10世紀末ではなあ

902 :天之御名無主:2009/10/05(月) 12:55:18
日本書記の「写本」が発見されたのが14世紀か15世紀かだっけ?
これが当時の本物の伝承だってことは
どうして証明するの?
しかも雄略記に、日本書記が参照とした史書があることを
明確に記してる箇所はどう説明するの?要するに、日本書記など
創作文書じゃん

903 :天之御名無主:2009/10/05(月) 12:57:59
しかも、明治まで捨てられてた日本書記を引っ張り出して
神社神道を弾圧しながら国民に大宣伝つか、押し付け行ったのが、
「国家神道(天皇神道)」をこしらえた明治政府と黒幕の公家だし。

904 :國學院大學卒:2009/10/07(水) 18:17:16
近年の考古学的新発見は
全て日本書紀の記録が
正確なことを裏付けています。

今時、「日本書紀は創作、捏造」
などと言ってる人は笑われますよ。

905 :天之御名無主:2009/10/07(水) 20:48:19
つまり日本列島はイザナギイザナミが作ったものであり天皇は神の子孫だと言うことですね

906 :天之御名無主:2009/10/07(水) 23:52:08
>>905
真逆です。今時そんなことを言ってるのは
倭人を騙し続けるよりない人たちなんですね。
かわいそうに。

真実が分かったら、日本にいられなくなるから
スイス銀行でしこたま貯め込んでるんですねw

907 :天之御名無主:2009/10/08(木) 12:25:46 ?2BP(1551)
日本列島の土台となる付加体を運んできたのはイザナギプレート。
これが科学的真実。

908 :天之御名無主:2009/10/11(日) 18:26:14
>>899
>例えば宋史も、神武以前の系図を記録・・・・
どのような記事が載っているの?

909 :天之御名無主:2009/10/13(火) 01:33:23
★宋史卷四九一外國伝日本國

初主 天御中主 次曰天村雲尊 其後皆以尊爲  次天八重雲尊 次天彌聞尊 
次天忍勝尊 次贍波尊 次萬魂尊 次利利魂尊 次國狭槌尊 次角 魂尊 
次汲津丹尊 次面垂見尊 次國常立尊 次天鑑尊 次天萬尊 次沫名杵尊 
次伊弉諾尊 次素戔烏尊 次天照大神尊 次正 吾勝速日天押穂耳尊 
次天彦尊 次炎尊 次彦瀲尊 凡二十三世 
並都於筑紫日向宮

910 :天之御名無主:2009/10/13(火) 23:29:57 ?2BP(1551)
>>899
それって神代の系図じゃなかった?

911 :天之御名無主:2009/10/17(土) 13:07:07
「物部」という名前の通り部民制が出来てからの氏族だよ。
「部」とつく名前の神代の人物はいない。

無知なやつが多すぎる。

912 :天之御名無主:2009/10/17(土) 20:02:05
>>898>>911
>「部」とつく名前の神代の人物はいない・・・・
おいおい、神代に物部氏という氏族名はなかったろうが、記紀が物部大連十千根と記す
当人又は相当する人物は存在していたわけで、その人物を後世に定めた名称で呼んで
いるだけだ。十市物部、芹田物部>>895なる名も同様だ。
雄略天皇は生存時にはその名では呼ばれなかったが、後世に彼を指す時には
この名称を用いてもよいというのが史学の原則だぞ。生存時の実名ワカタケルを用いる
より都合がいい場面があるからね。
15世紀以前のアメリカ大陸の事物を述べる際に、後世に命名されたアメリカという名を
使うのも同様だがね。

913 :天之御名無主:2009/10/18(日) 00:17:45
>>910
神代などという時代は架空の名称に過ぎない。
「神代」にされちまった時代の
歴史的実体がなかったと思うほうが
どうかしてる。
日本の縄文時代の遺構はたくさん発見されてるぞ。
藤村氏の例を引き出して
捏造だとか言いそうだがな。
アカデミズムは完全無視してるが、
「上記(うえつふみ)」に書かれてることは
本当だったりして。w


488 :出土地不明:2009/08/28(金) 13:23:14 ID:k5gJsqcN
>>531 アクセス不良なのでコチラへ
   *下記のアクセス先も潰されました。
*余程都合の悪い情報なんだな?民潭工作隊!必死さが目に浮かぶぜ。

**これは縄文なのか弥生なのか分から無く成ってきたぞ。

桜町遺跡と河姆渡遺跡・・「高床の道は米の道、河姆渡遺跡と桜町遺跡はつながっている」

縄文中期末葉から後期初頭(約4.000年前)の「高床建物」の柱材が100本以上も出てきた。
貫穴(ぬきあな)や桟穴(えつりあい)、ほぞ穴などといつた二つの部材を組み合わせる
加工技術があり、「渡腮(わたりあご)仕口」(木材を凹凸に削って組み合わせる)といった
高度な技法も見られた。渡腮仕口は、法隆寺の金堂(7世紀後半)に使われていたのが最古と
されていた。その加工技術が約4.000年前の桜町で既に存在していることが明らかとなった。
http://siyasin.ninja-x.jp/sisou-2/kodaisi/hokuriku/sakurahukugen/hukugen.html




914 :天之御名無主:2009/10/22(木) 19:06:43
>>913
>神代などという時代は架空の名称・・・
ではないだろ。神代=先史時代と同義で、文字で記された氏名なぞなくとも
我々の祖先たちは生きていたわけで、その痕跡が遺跡として残っているから、
神代も考古学の視点で推測できる。
「歴史的実体」って、語意不明なんだが何のこと?

915 :天之御名無主:2009/11/14(土) 15:00:04
>>883
邪馬台国が大和だとすると、神武東征は天皇家の何の記憶の投影なのだろ?
1 :☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★:2009/11/13(金) 08:36:29
 ・・・所在地論争の最大の決め手は卑弥呼が中国・魏から授かった金印の出土とされるが、丹念な
 調査が邪馬台国の実像をあぶり出しつつある。白石館長は「長年の研究の蓄積によって『九州説は
 無理だろう』という考古学研究者が大半を占めるようになった」と指摘・・・
【歴史】 「もう『邪馬台国は九州にあった』説は無理…」 邪馬台国論争、決着近し…奈良・纒向遺跡の大型建物跡発見で★4
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1258068989/

916 :天之御名無主:2009/11/15(日) 17:25:22
ネーミングがカッコ良過ぎるので架空の天皇だと思う。だいたい日本の天皇は古代でカッコ良い名前を付け過ぎて中世以後は地名など変なネーミングばかり。明治からマトモに戻ったけどね。

917 :天之御名無主:2009/11/15(日) 22:00:12 ?2BP(2029)
そのかっこいい名前は後世のおくり名。
実名はホホデミだよ。

918 :天之御名無主:2009/11/16(月) 11:26:25
>>915
魏志にある卑弥呼の邪馬台国が崇神天皇時代の大和だとすると、
それ以前の時代に北部九州勢力が瀬戸内海経由で畿内に
入ってきたってことになるな
>>883 にあった紀伊半島に渡った勢力が畿内の部族と連合して
他勢力を駆逐したのかもわからん

919 :天之御名無主:2009/11/17(火) 22:55:25
>>916
おいおい、高校の日本史の授業を居眠りしていた手合いか?
ネーミングがカッコ良過ぎるので架空の天皇って、その漢字2文字の名は
漢風諡号といって、後世の文人が各天皇の足跡等から名付けた名なので、
当人の実在・非実在とは無関係なのだよ。
神武の実名というか生存時の名は、ホホデミ>>917とかサノとかイワレヒコとか
伝承されているがね。

920 :天之御名無主:2009/11/23(月) 19:22:14
本当に纒向遺跡が卑弥呼の国で卑弥呼がアマテラスなら、高天原は九州ってのは無理があるよな
かと言って、元々奈良を拠点にしてたってのなら奈良から神武が東征してどこを征服したのか?ってと???
大和朝廷がもっと東の方を支配下に置くのはずっと先の話なわけだし

邪馬台国近畿説派の研究者って、
大和朝廷=邪馬台国って結論から始まった願望とこじつけが先行してる感じがしてイマイチ信用出来ないんだよな

921 :天之御名無主:2009/11/25(水) 20:33:15
>>920
氏ね
この国の開闢以来、中心地は近畿圏だよ
それが理解できない低能は氏ね

922 :天之御名無主:2009/11/26(木) 00:47:55
当事の魏晋の人間は日本列島を東西に伸びてると思ってたの?それとも南北?
会稽東治の東という記述は南北に伸びてると信じてたってこと?

923 :天之御名無主:2009/11/26(木) 12:11:14
ユダヤ人秦氏による列島侵略の過程が神武東征伝のモデルになっています。

924 :天之御名無主:2009/11/29(日) 18:56:18
>>103
神武の后が媛蹈鞴五十鈴比売と伝承されているということは、その当時既に
大和地方では蹈鞴製鉄法で鉄が生産されていたってことになるのか?

925 :天之御名無主:2009/12/13(日) 22:17:37
>>1
神武とは、百済人の入り婿雄略のこと。
入り婿の先をテロで乗っ取ったんだよね。
暴力の系譜は現在にまで繋がっている。
呪われた系譜には終止符を打たないと
この先も同じことを繰り返すことになる。

倭国を侵略し、各地で殺戮を重ねた家系が
大戦争の責任もウヤムヤにしたまま
しゃあしゃあ生き永らえることは許されないでしょ

926 :わんこ:2009/12/14(月) 05:30:42
高天原 = タガマーハラ

http://judea.naritacity.com/journal_japan_031015.asp

927 :天之御名無主:2009/12/14(月) 10:55:21
ヤマトのイワレに宮をおいた継体天皇とその系統を持ち上げるために蘇我氏が
作った架空の話だと思っていたのだが違うのか?

928 :天之御名無主:2009/12/14(月) 19:05:41
>>927
北陸豪族出身の継体天皇を持ち上げるために何故東征神話?
それぐらいなら南征神話とか北陸豪族をプッシュした伝説を創るんじゃないかな

929 :天之御名無主:2009/12/15(火) 07:55:12
応神仁徳の正当化ならまだわかる

930 :天之御名無主:2009/12/15(火) 12:06:17
当時の認識が畿内とその他大勢って考え方だったからじゃないか。保守派の物部
叩くことで蘇我氏の相対的地位は向上するし天皇家に取り入ることもできる

931 :天之御名無主:2009/12/15(火) 19:19:07
東征神話じゃ物部氏を叩けないんじゃない?
天皇家に取り入るも何も元々蘇我氏は天皇家の血統で政権の重席を担ってた武内宿禰の家だし
それ自体を否定するにしても物部氏の資料とされる国造本記でも有力豪族の出所は殆ど同じだし

それに、継体天皇を持ち上げるなら、蘇我氏よりも
実権を握った巨勢氏や継体天皇のお仲間でもある北陸豪族がやらかす方が自然だと思うな
だけど、継体天皇って名前自体も事務的過ぎるし、
これに絡んでた人達は、持ち上げようとかそんな小細工をするような人達よりも
むしろ田舎者と言うか素朴と言うかストイックな人物像が浮かぶ

932 :天之御名無主:2009/12/15(火) 19:49:09
神武天皇がやってきたと言う九州南部の隼人勢力を当時物部が押さえ込んで
いたのではないか。あとナガスネヒコは明らかに敵役として描かれている

933 :天之御名無主:2009/12/16(水) 13:58:15
隼人は天孫族だが神武と違って海彦の子孫だな
まぁ親類とはいえるが

934 :天之御名無主:2009/12/23(水) 22:21:15
神武天皇は九州南部の出身だが
彼の曽祖父のニニギ命は、高天原(葛木の高天の原=現在の奈良県御所市高天周辺)
の出身でしょう?

実際に、神武さんが近畿に入った時、彼を出迎えた人たちには
彼の親戚が多かったわけだし。

935 :天之御名無主:2009/12/25(金) 16:02:08
記紀の言うアマテラス(女神)と
神社に祀られている天照(男神)は違う。
どの神社にも天照国照彦となってるんだから本物は男。
スサノオの子の大物主が本来の天照。

936 :天之御名無主:2009/12/29(火) 16:14:09
>>934
珍説発見。神武は、九州大分から夜逃げしてきた?
718 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 11:18:53
・・・神武は九州大分から大和朝廷の一角に夜逃げしてきただけ。
天智の代まで大和朝廷(物部大王家)→飛鳥朝廷(蘇我大王家)配下の一豪族だった。
謎多き存在、物部氏について語るスレ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1106979203/718

937 :天之御名無主:2009/12/29(火) 18:08:41
【レス抽出】
対象スレ:神武東征は事実か神話か
キーワード:名草

抽出レス数:0

名草姫って議論外なのか...

938 :天之御名無主:2010/01/02(土) 13:45:42 ?2BP(2029)
>>935
どちらも間違い。
女神のアマテラスも、男神の天照も、太陽神を祀る支配者が神格化したもの。
どの神社にもということ自体事実に反するし、ましてそれが大物主などと、トンデモに過ぎない。

939 :天之御名無主:2010/01/03(日) 02:13:01
>>937
>名草姫

神武に、手足頭をバラバラにして
虐殺された女性だよね

940 :天之御名無主:2010/01/03(日) 02:17:51
>>938

神社伝承学知ってる?詳しく調査した人がたくさんいるんだよね。
数がうなぎのぼりに増大して、証拠はもはや、動かせない。
アマテルクニテルヒコ何だらが全部の神社に
その名で祀られてるというのは違うが
内宮の外向け祭神が摩り替えられて、隠されているというのは
ほんと。



941 :天之御名無主:2010/01/03(日) 11:04:20 ?2BP(2029)
>>940
> アマテルクニテルヒコ何だらが全部の神社に
> その名で祀られてるというのは違うが

違うんじゃねえかw

> 内宮の外向け祭神が摩り替えられて、隠されているというのは
> ほんと。

証拠は?

942 :天之御名無主:2010/01/03(日) 14:19:11
神武は元倭国支配下の扶余族百済王だったのを
北方同族に押されて南下。北九州に、馬をつれて上陸、
支配。更には出雲や畿内に侵入して、倭国王族を殺戮。
倭国邪馬台国を乗っ取ったというのが真相。

伊勢の祭神隠しは、藤原氏の仕業。




943 :天之御名無主:2010/01/03(日) 19:01:20 ?2BP(2029)
小沢乙

944 :天之御名無主:2010/01/04(月) 14:28:21
>>939
敗北した側の伝承が残ってる珍しい例らしい
その伝承が見つからない…
…けど神武東征があった一つの根拠になる気がする。
戦った場所とか今も残ってるし

945 :天之御名無主:2010/01/05(火) 11:21:11
名草戸畔
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%8D%89%E6%88%B8%E7%95%94

バラバラにされた頭と胴体と足が別々のところに祭られて現代に至る

946 :天之御名無主:2010/01/06(水) 04:32:48
他にも神武に襲われて、血をだらだら流しながら河渡って、
あたりが真っ赤に染まってたたの
恐ろしい伝説もあるな。


947 :天之御名無主:2010/01/07(木) 20:01:09
日本の天皇家が何故、これほど長く続くかというと「毛並み」が、中国人から
見ても半端でない。

つまり天皇家の皇祖は、周王の皇祖の末裔という可能性が極めて高い。
つまり、周王朝初代武王の曾祖父・古公亶父(ここうたんぽ)の長男(大伯)の
娘婿の末裔か、又は次男・虞仲(仲雍)の末裔くさい。

そうなら天皇家は騎馬民族の可能性はあるが、単なる騎馬民族ではなく「呉」に下って
水稲文化で且つ海洋民族化した人種ということなのである。
出自は漢族なのだが、文化は長江文明と海洋文明に半農半漁の文化だ。

第一仮説

神武天皇は周の初代皇帝・武王の曾祖父・古公亶父(ここうたんぽ)の長男(大伯)
の娘婿の末裔か、又は古公亶父(ここうたんぽ)の四男・虞仲(仲雍)の末裔くさい。
呉が越に滅ばされるとき(紀元前473年)、「紫庭」を築かんと九州(九夷)に亡命した。

命題
「筑紫」(=紫庭を築く)は何故?
何故、「倭人は黥面文身」が、これほど頻繁に中国の古文書に出るのか?
何故、孔子が東周に「道がない」と嘆き「九夷」を憧れたか?

ちょっと気がつかなかった。
孔子の晩年のときに呉が衰退して越に滅ぼされそうになっていったんだ。
(周:紀元前1046年ー紀元前256年)
(呉:紀元前585-紀元前473年)
(孔子:紀元前551−479年)
孔子という人は、呉とともに生まれて生き、呉ととものこの世を去った人だったんだね。





948 :天之御名無主:2010/01/07(木) 22:06:05
さすがにそりゃ妄想の域だろ

949 :天之御名無主:2010/01/17(日) 18:40:32
>>938
神武天皇の東征神話原型は、高句麗発祥なの?
183 :耀姫(あかるひめ) ◆e8vCy/0/f/3b :2010/01/16(土) 19:34:50
あるとき、日神に仕える巫女が、東にある祖先の地日国に向けて東進する旨の託宣を行ったのを受けて、
南東方向の太陽が豊かな土地を求めて、東進を開始した内容の神話が残っています。
神武天皇の東征神話の原型となった、より具体的な古い言い伝えがあるのです。
高句麗の多勿(タムル)軍イコール、勿が物の字に変化した物部氏の祖先で、
これに、長江文明ゆかりの、姫姓を持つ王を頂く海人族が加わって東進を開始し・・・・
八咫烏(やたがらす 三本足の鳥)をトーテムとする多勿軍と、神武天皇の関係は誰が見ても明らか・・・
伊勢神宮っていいね!その14 【敬神】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1262293852/183

950 :天之御名無主:2010/01/17(日) 18:43:08
神武は百済雄略一味の日本各地侵略のことだと思う。

951 :天之御名無主:2010/02/05(金) 20:58:45
神武東征の皇軍のシンボルは、3本足のカラス。
ところが、なぜ3本の鳥なのか答えられる学者が・・・ほとんどいないのはなぜだ。
弥生時代や古墳時代の文化を勉強していないのだろうか?

古代世界では太陽を表す数は3だった。
2世紀後半から地球規模の寒冷化が起こって扶余・高句麗地域では飢饉から難民が発生。
太陽を求めて移動する高句麗軍は、太陽信仰を表す3を掲げて東進したのだ。

ちなみに、
皇室のシンボル菊の御紋章は、古墳時代に流行した16の放射線で構成された車輪石にあり、
そのルーツは、神器として作られた土器の三角形の紋様にある。

日本の古墳や神道は、高句麗地域の道教から発展したものだ。
耀姫というのは、古事記にも登場するが、高句麗軍を導いた太陽神の巫女集団を神格化した女神の名。
しかし、刺青の慣習を持つ卑弥呼(日巫王 ピミヲ)とは違うグループらしい。

952 :天之御名無主:2010/02/05(金) 21:14:32
韓国で作られた高句麗建国神話をモチーフにしたテレビドラマ朱蒙に、
三本足のカラスが登場。兵主神に代表される、
山東半島の8神を軍旗として掲げて、八旗を押し立てて進軍する姿から、
八幡宮の元型を見て取ることができるような気がしてならない。

纏向遺跡を見下ろす穴師坐兵主神社の古い祭神の名として、天日矛の名があり、
耀姫の巫女集団に導かれた泰氏一族が、
大陸の山東半島や遼東半島付近で活動していた海人族と連合した高句麗軍の末裔の可能性が見えてくる。

ヤマト王権の中枢に朝鮮半島の勢力がいたと推理する人々は多いが、
大陸の文化を継承する一族がいたことは、明確に意識されていないように感じるので触れてみた。
疑問点があるなら指摘してくれ。

953 :天之御名無主:2010/02/06(土) 17:15:59
神武東征は神話の脚色がなされていて、真相が見えない部分がある。
現実に出土しているものと突き合わせていくと生まれる最大の謎が、
銅鐸祭祀文化を持った国々の消滅。

弥生時代中期と後期の銅鐸の出土地域の推移を示す図を掲げているサイト。
http://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-832.html

この銅鐸文化圏は、かなりの勢力を持っていたことになる。
倭国ではない可能性を指摘する人が少なくない。

その最大の根拠は、次の一対の記述にある。
倭国→ 「楽浪海中、倭国有り。分れて百余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う。」
東是人→「会稽海外、東是人有り。分れて二十余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う。」

東の端っこの人という意味の東是人達はアイヌなのか? どうやらそうではないらしい。

東是人を銅鐸祭祀文化圏と見る主張を行っているサイトの例。
http://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-187.html

この勢力は記紀に何も記されることなく歴史の彼方に消滅している。明らかにおかしい。

弥生時代後期、銅鐸が出土する場所は滋賀県に集中している。
ここはスサノオが天照大神を訊ねた、天の安川(現在の野洲川)流域ではないのか?
となると、
銅矛祭祀集団は、天の安川を攻め滅ぼしてヤマト王権を築いたとでもいうのだろうか?

954 :天之御名無主:2010/02/10(水) 00:12:00
>>948

以下の事実も妄想なのか?

『宋書』の楽志の「白紵舞歌」
その一節
「東造扶桑游紫庭 西至崑崙戯曽城」
(東、扶桑に造りて紫庭に游び、西、昆崙に至りて曾城に戯る。原文の「崑崙」は山へん付である。)
この「(白)紵」というのは「呉」地方に産する織物

『論語』子罕第九
「欲居九夷」
(子は、九夷に居すを欲した。)
『論語』公治長第五
「子曰、道不行、乗桴浮于海」
(子はいわれた。この国では道は行われない。いかだに乗って海を渡って九夷に行きたい。)
『漢書』地理志
「然東夷天性柔順、異於三方之外、故孔子悼道不行、設浮於海、欲居九夷、有以也夫。樂浪海中有倭人
分爲百餘國 以歳時來獻見云」
(然して東夷の天性柔順、三方の外に異なる。故に孔子、道の行われざるを悼み、説(も)し海に浮かばば、
九夷に居らんと欲す。以(ゆえ)有るかな。楽浪海中に倭人あり、 分かれて百余国をなし、 歳時をもって
来たりて献見すと云う。)
『隋書』倭伝
「倭・・九夷所居(倭は九夷の居るところである)」


955 :天之御名無主:2010/02/10(水) 00:15:39
訂正

『隋書』倭伝
「倭・・九夷所居(倭は九夷の居るところである)」

『隋書』倭伝
「倭・・天性従順・・九夷所居(倭人は天性従順で、九夷が居る。)



956 :天之御名無主:2010/02/10(水) 00:20:19
「白紵舞歌」 というのは、門出の舞歌らしいが、
白無垢の「呉服」を着て門出の舞をするなんて花嫁姿を思い浮かべるね。



957 :天之御名無主:2010/02/11(木) 15:23:33
>>954

「事実」と言うより、「そういった伝説があった」では?

>>952
ドラマのもとである建国神話とやらでは、どんな描写になってるかが問題。

958 :天之御名無主:2010/02/13(土) 20:44:36
>>957

古文書や、そこに書かれている世界観の存在は、存在としての事実でしかない。


959 :天之御名無主:2010/02/26(金) 22:25:11
俺の考えだが、神武ってのは邪馬台国と敵対していた狗奴国のボス
女王を崇拝する狂信者の軍勢にフルボッコされて日向を脱出し奈良への逃走劇
奈良の領主だった長髄彦をPKして建国
その後、国力を高めて九州へ仕返しにGO!
熊襲ってのは邪馬台国の事で大和タケルがぶっとばして終わり
大宰府は元邪馬台国連合の首都

こんなイメージ


960 :天之御名無主:2010/02/27(土) 23:20:12
九州大学の学説だ

961 :天之御名無主:2010/02/28(日) 23:43:41
戦いは今も続いている
攻め寄せる女王連合の容赦ない攻撃の手は緩むことはなく
幾多の仲間達が狂信者の軍団によって屍となり方々に散らばっていた

この世界に女王が現われたのはいつのことだったろう
最初はキチガイじみた変な女が神の使いだと騒いでるだけだった
我々は噂を聞き鼻で笑っていた
一支国が女王の傘下に入った時、一支国と関係ない我々は行動しなかった。
次に奴国が女王の傘下に入った。奴国と関係ない我々は行動しなかった。
女王は伊都国や投馬国に勢力の輪を広げ、最後に我々の住む日向にも手を伸ばしてきた。
日向に住む我々は立ち上がった。しかし時すでに遅かった。

敵陣に隣国魏の黄色い傘のような戦闘旗を発見したとき、我々の驚愕は尋常ではなかった
潜入させていた間者の報告によると魏から来た張政なる将軍率いる数万の兵が
大陸から援軍として動員されているという
敵は益々強くなり、我々はどんどん弱くなる
すでに今年の食料も底をつきかけ、村々は女王連合の兵士達により略奪、殺戮され廃墟と化していた
周辺のリーダーを集めて会議を開いてみたものの戦って滅亡するか、降伏するか
あるいは逃げるかの3択しかないことはわかっていた
敵の本拠地をゲリラ的に襲撃して敵の女王を倒してはどうかという意見を述べたが
すぐに後継者がでてくるだけで意味はないだろう
こうしている間にも敵は迫ってくる
私はある決断を下した
以前に漁師達に聞いた話によると東の果てに無人の地があるという
広大な平野が広がり、川が流れ、気候温暖な新天地があると
私は仲間達を連れ移住することにし船を作らせた

962 :天之御名無主:2010/02/28(日) 23:45:56
10/15
日向の港を出港した我々だったが、ただ逃げるのも癪なので筑紫近辺にある邪馬台国連合の基地を1つ潰してやろうと船団は北上を開始する
途中、速水門付近で漁船を発見して拿捕
その船長であった珍彦に水先案内させ筑紫の菟狭基地を襲撃し全滅させた
その基地の司令長官であった菟狭津彦に菟狭津姫を筆頭に女官や巫女を差し出させ天種子の部隊の慰安婦にした
菟狭津姫達女はみんなで三日三晩犯したら死んだので全部海へ捨てた
ぶっちゃけ狂信者の女なので両親の呵責はない

11/9船団はさらに北上し筑紫の国の岡の水門の基地を襲撃

12/27安藝の国の埃宮基地を襲撃

翌年乙卯年の3/6 吉備の高島に上陸し、ここを拠点に3年ほど海賊行為をして船と食料を確保
しかし邪馬台国連合の大規模な討伐隊がきたので逃げる

戌午年2/1 ひたすら南下してから東へ進み舳艫、難波碕を経由して波速国(現大阪)に到着

3/30 船団は川を溯り河内の国の草香邑の青雲白肩之津に到着

4/9 龍田から生駒山付近まできたところで長髄彦の軍勢に襲撃を受ける
孔舎衛坂会戦が勃発し兄の五瀬命が負傷を負う
とりあえず草香之津まで退却する

5/8 茅渟の山城の水門まできた所で五瀬命が死亡

6/23 名草邑に到着し、そこの領主だった名草戸畔をPK
狭野を越え熊野の神邑まで移動して築陣

963 :天之御名無主:2010/02/28(日) 23:46:48
翌日、さらに進み熊野の荒坂津に到着し領主の丹敷戸畔をPKするが
神武軍も半壊に近いダメージを負う

どうにか大勢を建て直して進軍再開、中州あたりまできたところで地元の住人っぽい八咫烏なる人物を拘束
これに道案内をさせ宇陀の下県に到着

8/2 この地域、莵田県の領主だった兄猾、弟猾に降伏勧告を促す
ぶちゃけ戦力が疲弊していたので戦いは避けたかった

翌日吉野まで移動、ここで地元の村人らしい井光と磐排、苞苴担なる人物を拘束し道案内をさせる

9/5 菟田の高倉山を占領
国見の丘の上に八十梟帥、磯城邑に磯城の八十梟帥、高尾張邑に赤鯛八十梟帥との戦闘膠着状態に陥る
とりあえず敵情視察の為、椎津根彦と弟猾を潜入させ情報を得ることにした

10/1
国見の丘にて八十梟帥軍を撃破、残党に降伏を促し投降してきた敵兵を皆殺しにした

11/7
磯城邑に磯城の八十梟帥のもとへ八咫烏氏を降伏勧告の使者として送り込んだが拒否
その後、戦闘開始し八十梟帥軍を撃破する

12/4
敵総大将の長髄彦軍と戦闘開始
この間に長髄彦軍内で内乱が勃発し饒速日尊が長髄彦をPKし
神武軍に降伏してきた

964 :天之御名無主:2010/02/28(日) 23:47:56
翌2/20 層富県波多の丘岬の領主、新城戸畔をPK
和珥の坂下の領主、居勢祝をPK
臍見の長柄の丘岬の領主、猪祝をPK
高尾張邑の領主、土蜘蛛をPK


翌3/7 奈良の完全制圧完了
畝傍山の東西の橿原の地に拠点設立

庚申年8/15 現地の有力者、事代主神娘の娘、姫蹈鞴五十鈴媛命を見初める

9/24 姫蹈鞴五十鈴媛命と婚姻

辛酉年1/1 建国

翌2/2 論功行賞&新人事


http://www.youtube.com/watch?v=vs8BSSpU5fU
♪友よ、いつの日か、狂信者を打倒し解放された大地の上に  
 ♪自由の旗を樹てよう、吾ら現在を戦う、輝く未来のために
  ♪吾ら今日を戦う、実りある明日のために
♪友よ、謳おう、自由の魂を、友よ、示そう、自由の魂を
 ♪邪馬台国の闇の彼方から、自由の暁を、吾らの手で呼びこもう
  ♪おお、吾ら自由の民、吾ら永遠に洗脳されず

965 :天之御名無主:2010/03/07(日) 16:42:34
http://www.youtube.com/watch?v=ELUfqABU2Ew&feature=related

♪さあ、行こう日向の子よ
 ♪栄光の時が来た
  ♪我々に対する狂信者達の
   ♪血に染められた旗が掲げられている
♪血に染められた旗が掲げられている
 ♪響き渡る凶悪で乱暴な信徒達の怒号を聞け
  ♪信徒が私達のすぐ近くまでやってくる
   ♪私達の家族の喉をかき切る為に
♪我がおおみたからよ武器を取れ
 ♪我々を守る為の隊列を作れ
  ♪さあ進め、さあ進め
   ♪汚れた敵の血で我らの大地を染め上げろ
♪我がおおみたからよ武器を取れ
 ♪我々を守る為の隊列を作れ
  ♪さあ進め、さあ進め
   ♪汚れた敵の血で我らの大地を染め上げろ

966 :天之御名無主:2010/05/22(土) 15:53:25
>>188
當藝志美美が継母の伊須氣余理比賣を妻にしたのは、財産継承面の措置だったの?
少なくとも古事記上梓時の社会規範上、何の背徳でもなかったわけだ。

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