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木戸孝允(桂小五郎)について語ろう10

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/12(土) 17:15:55 ID:smxeGM/u0
骨董品好き、植木好き、世話好き殿好き恩師好き。
そんな木戸について引き続き語っちゃげて。

前スレ
木戸孝允(桂小五郎)について語ろう9
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1225044802/

・sage推奨。荒らし、コピペには華麗にスルー。
・常連の脱糞君には、たまには相手をしてあげよう。
・幕末明治に関する小説、TVやドラマの話題もOK。
・木戸周辺の人たちの話題も歓迎。
・ここ見て木戸が気になった人は木戸日記を読んでみよう。大きな図書館には大抵あるよ!

249 :きど:2010/07/11(日) 17:39:18 ID:5kF1quIJO
>>245
地方官会議の議事録はわからないが改正案とかそういうものなら地方官会議事務局掛の人間が書いたものがあった気がするよ。
大熊学校図書館データベースとかにありそうな気もする。


250 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 19:15:07 ID:vpulTqPs0
三村wwwwww

251 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 19:16:03 ID:vpulTqPs0
御免誤爆した

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/12(月) 00:53:54 ID:Jk2xZUZA0
幾松

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/12(月) 20:12:39 ID:h02b3jJh0
>>254 漂流乙(泣)
久々で嬉しくて、全く知らんのに土曜に図書館まで調べに行っちゃったよ>地方官会議の記録
ただこっちもPC・携帯・他全滅。ずっと手も足も出ない。。>>249なんで書き込めるんだw

公式なのは、今だとまとめて『地方官会議史料集成』という便利なものが刊行されてた。
巻数多いけど。影印だけど。でも木戸の小っさな<孝允>印があちこち押されてて楽しい。
浅草本願寺の会場間取り、人員配置図もあったぞ。

その中の「地方官会議日誌」(by書記官:福地・依田学海ら)が要望に合うのかな。1期3巻あたり。
※公式じゃない『傍聴録』もあるけど、結局東京日日の焼き直しらしいw

さらっと見たけど、各知事の発言が大量記録されてて、書記官ほんとマジ乙w
日記の木戸は愚痴が目立つから、もっとひどい有様かと思ってたが、
意外と?木戸の事前準備ぶり・議長ぶりが頼もしい。
ちなみに起立して発言、回答は議長に向けて、相互直接の議論は禁止のルールなのね。
ただ、これ読んでる学者さんが疲れを覚えたとしてもよく分かるw

3日目立ち上って、地方官会議における論議の無用論を提察した薩摩の大山綱良、
木戸が苦い顔でその建議をつぶしてたって回顧録もあるそうだが、それも分からないではないw

木戸の地方官会議、一般に報われないのはこれこそ名前のせいじゃね?
地味な事務会合と勘違いしちゃうみたいな。
もっとこう、、、栄えある第一回「民撰議院先行国会」とか。ムリかww

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/13(火) 18:17:19 ID:n5J5eAo80
木戸は人々の幸福を願っていた人だから、そのために廃藩置県を行った人。
地方の自治も大切にしていたと思われる。


255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/14(水) 18:26:54 ID:X5thJzyf0
本日7月14日は廃藩置県の日。木戸孝允も大きく関わっていたんだよね?
フランスは革命記念日。日本もフランスもきんだいかに向けて大きく踏み出した
記念すべき日なのですね。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 08:54:45 ID:0Cld7+d2O
地方官会議で地方からきた参事達は何処に泊まったんだろう…

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 21:18:36 ID:5IonW40I0
日記、木戸文書、関係文書読んだ。
小説のいい加減さが恐ろしい。
松子とは仲が良く、一緒に出かけたり、主婦としての用を命じたり
ごく普通の夫婦としか思えん。
ただお茶屋遊びは激しい。芸者加代は幕末から明治の初めになじみだったようだ。
明治元年八月の日記に「東山の加代等座す」と数回出てくる。
ただ、この頃松子も山口から呼び寄せ明治二年の六月頃まで京都に住んでいる。
大阪遷都の話があったから京都に住もうと考えたか?
西園寺卿は卿が26歳頃(明治7年頃)加代のなじみだったらしいから、
その前に木戸がなじみだったのか、それとも別の加代か?
ただ『醒めた炎』で指摘されているように、晩年加世に貢いでいたとは思えん。
東京に居を移してからは、櫻屋の阿亀小春小松小濱の名がよく出てくる。
洋行から帰ってからはあまり激しくは遊んでないようだが。どうだろう。
立場や容姿などを考えると思いっきりもてただろう。


258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 22:19:48 ID:w0snuqWZ0
>>257
あくまでも推測だが
木戸は芸者と大騒ぎをするのは好きだが
芸者と深い仲になることはほとんどないのではないかと思う。
だいたい酔いつぶれて寝てしまうことが多かったのでは。
日記からの推測だけど。
妻を大切にした人ではないだろうか。
特定の愛人と言うのもなかったのでは?

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 01:11:16 ID:HFRpmRHm0
どこの記憶か定かじゃないが、幾松って女世話してなかったっけ?
その流れで、下女にだけは手を出すな→井上の手引きで下女を妾にしてると聞いてアメリカへ激怒のおてまみ→誤解を解くために聞多奔走かと。

名家で唯一人の跡継ぎながら継嗣が無いのを、本妻として気にしてたんだろうなぁ、と思った記憶がある。
でも夫婦仲はかなり良さげ。あの時代の感覚だろうな。

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 01:29:48 ID:2IPWLyw5O
ダメだ・・・もう我慢の限界・・・なにこの糞スレ・・・・

もうね、院で近代史を学んでる自分からすると馬鹿馬鹿しくて観てられないのね・・・
高卒とか学士の人は楽しめるかも知れないけど、自分は無理っすわ・・・

っつーことで落ちるわw あとは高卒&学士の諸君で楽しんでくれやノシ


261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 01:47:36 ID:HFRpmRHm0
映画実況で御馴染のコピペの改変か。今更なネタだなw

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 10:24:18 ID:4M4T48E90
「長州の関係者が細かに記録を残しているので長州は扱いにくい」みたいなことを
小説家が言ったと聞きました。
誰が記録を残して、誰が不満を言っていたのでしょうか?

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 12:20:54 ID:sxBApZo20
>>262
長州藩のことを小説に書くと史実と違うと言い出す人がしばしば現れるからね。
しばしばのクレームにペンネームをしばりょうたろうにした人もいるくらいだから。

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 12:40:34 ID:+FuQOomf0
桐野利秋も日記を書いているのだが、
彼が歴史小説内であらゆる時代の日本各地に同時に現れ何千人も殺して回っても、誰も騒がない。
というか、記録に残っているのは婦女暴行魔(未遂)をその場で斬った一件のみで、残りは全て創作

それにつけても佐幕小説の虚偽の多さよ

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 14:53:50 ID:/BXMxlttO
防長回天記は伊藤やら元勲がいかに正しいことをしてきたかを書いたところがあるから一概に信憑性があるとは言えないようだけど。


266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 21:32:21 ID:a+uQEdIa0
関係文書5早く出てほしい。年内に出るのだろうか?

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/18(日) 01:16:15 ID:ht5Yg1LH0
7月24日(土)関西テレビ 11:40〜45 偉人散歩「木戸孝允」

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/19(月) 11:27:07 ID:Vh8pn3Yd0
>>267
九州(長崎)でも放送されるかな?

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/26(月) 03:28:50 ID:w//Xqis10
あのー、初めて書き込ませてもらう者だが、聞きたいことがあるんだ。
木戸と大久保の関係についてなんだが、ややこしくてよく解らんのだ。
彼らは一流の政治家だから、関係に政治が絡んでるのは当然として、彼ら個人の性格・才能の質も絡んでるのかな?
互いが互いの才能を認め補い合う、って面もあったのか?

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/26(月) 23:59:23 ID:4XrKz6cM0
そりゃ、あったんじゃね?
(超てきとー)

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/27(火) 01:26:34 ID:41qKmCc80
仲の悪い爺さんと婆さん

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/28(水) 19:36:24 ID:bzyqWxG20
あれだけ仲が悪いのに相手が出て行くと引き戻そうとするのが不思議だ

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/28(水) 20:42:48 ID:TrHNc6gZ0
>>272
互いに個性が違うことを意識していた?
個性が違うゆえに自分の出来ない部分を
相手が出来ると言うことを感じていた。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/28(水) 21:01:08 ID:hxUrycE50
明治2年だったか、大久保と岩倉が組んで木戸を道連れに奉り上げ、副島・前原体制で
実権掌握しようとして失敗したことあったよね。
待詔院学士の一件。
あの騒動を収めるには、結局大久保と木戸を参議にするしかなかった辺りの力関係は面白い。
(実際には、木戸は固辞して廣澤を推薦してるけど)

政府内の立ち位置も、使節団前は木戸が改革派の本尊、大久保が保守派の領袖だったが、
使節団後は木戸が改革漸進派・政府内民権派の本尊、大久保が改革急進派・有司専制の領袖に変化してる。
しかしこれだけ立ち位置が違っても、政府の危機にはとりあえず協力し合ってるのも面白い。

もちろん、間に立ってた伊藤や井上の艱難辛苦も外せないがw

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/28(水) 21:51:44 ID:TrHNc6gZ0
大久保に政策等方針を部下が相談したらその方針に多少の問題があっても
やらせてもらえたと言う、逆に木戸に相談するといろいろ、問題点を指摘
されてしまったと言う。
伊藤などが大久保を良く言うのはそこの点にもあったかもしれない。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/29(木) 22:53:05 ID:/EtapbJi0
なんか調べたら木戸が政治家やめて大久保が願うような
形で大阪会議に出席みたいなwikあったけど大久保と木戸だと木戸の方が立場上なの?

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 00:12:38 ID:RuvvRfef0
明治初期の政治は表向き三条>岩倉>西郷>木戸>大久保
だから人前だと大久保は木戸を立てたりもする

だが実務はあくまで大久保=木戸であって他三人は自己主張少ない

伊藤は木戸の良い所も多く言い残している
京都に行けば必ず山登って墓参りもするんだよ
むしろ例の発言が異質であって、その印象を一般人に広めた司馬が有罪


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 03:20:21 ID:+kN5EXcb0
ああ、例の「心が狭くては・・・」の発言だね。
あれは一体どういう状況下での発言だったのかな。養子の孝正くんに、なぜ父の晩年あなたと父は疎遠になったのか(実際のところ全然交流は絶えてないんだけどね)、とでも質問されたのだろうか。

司馬は多少の別はあれその著作において一貫して木戸(桂)を矮小化してるからなあ。その根拠付けとして伊藤の、木戸に対しては異質の発言を持ってきたんだね。
確かに陰湿だ。
現在のメディアと共通してる部分がある。ひとつの発言だけ取り上げて繰り返し放送するじゃん。
木戸は運が悪いよなあ・・・ よりによって司馬に好かれなかったなんて。司馬がこの国の大衆に植え付けてしまった木戸(桂)像を変化させる、つか本来の姿に戻すのって可能なんだろうか、って絶望的な気分になることがあるよ。

しかし大久保と木戸の関係は面白いよな。
研究書とかも出て欲しいんだが・・・ その価値が充分にあるんだけどねえ。
明治のはじめ10年間に政府の中心にいたのは間違いなくこの二人なんだから。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 07:59:57 ID:xQLYR4IG0
竜馬物とかだと幕末で終わるけど明治10年ぐらいまでのやりとりも
相当面白そうだよね。木戸が西郷が戦争するってわかった時、京都にいったり
木戸が死ぬとき大久保がいたりしたわけでしょ。ドラマチックだと思うんだけど。

木戸って今なら思想とかも受け入れやすくて主役になれそうな気がするんだけどな。
高杉の引き立て役 竜馬の引き立て役 西郷の引き立て役にされてかわいそうだな。

後、吉田松陰があんまり木戸の事を書き残してないような気がするんだけど、詳しい人どう?
松陰は高杉、久坂、伊藤の資質の事は丁寧に教えてるのに木戸にはなんて言ってたんだろう?


280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 10:09:16 ID:BhLbNHkR0
桂は松陰個人の門弟じゃないからな
評価のための評価は遠慮してしないだろう

高杉宛の送辞や目安箱に投入した推薦状での言葉はかなり良い
 寛洪の量、温然敬愛すべき人なる、かつ才気あり
だがここでも二人が仲違い、というか松陰が一方的に誤解して
桂にブチ切れた際の発言ばかり取り上げられるワナwww

まあファンとして実態のがより偉人だと更に好きになるんだが

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 17:40:03 ID:iUxWgOj/0
明治のある、政治家の話
「薩長の関係はやがて木戸(孝允)と大久保(利通)との関係になっていて、
両雄とも互いに心を労していた。私どもが何か献策、あるいは相談ごとがあって
大久保のところに良くと、大久保は先ず木戸に相談しろと言った。こんどは
木戸のところに行くと、そのことは大久保は承知かと訊ねられるといったふうで、
双方が譲り合っていた。
と言うことが有ったそうです。互いに一目おきあっていたのだろうと考える。
*参考文献:講談社学術文庫「大久保利通」佐々木克 監修




282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 18:12:36 ID:lwC/0s4s0
勝の発言も木戸の評価を下げる要因だよな。

西郷に比べると小さいとかさあ。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 18:40:23 ID:iUxWgOj/0
勝海舟は自分に媚びた人間は評価してなびかねぇ人間は悪く言うのさ。
勝自身がそこら辺に関しては小せえ男よ。
と嫌味の一つも言いたくなるのは俺が小さい男だからかも。
どんな、悪口にも同ぜず、国民のため信念を貫いた幕末維新の志士は
大きい人間達。


284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 21:17:46 ID:5wgYHnJn0
司馬に好かれなかったのが不運、ってのは同意かな
元新聞記者らしい恣意的な引用を感じる

でも戦前は西郷に次いで人気あったみたいだし、また木戸が評価される時代が来るでしょう

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 21:34:47 ID:PC6Lv/xf0
器小さいと言われても反論する必要を感じ無いw

木戸の場合は器の綺麗さで勝負すれば良い

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 22:32:04 ID:lwC/0s4s0
裏方に回る事が多いから「これは木戸がやった」って事が目立たないのかもな。
高杉、大村。西郷は戦争指揮してるし。伊藤は後の初代総理大臣。

大久保は木戸と似たような感じだけど。西南戦争で西郷と戦った悲劇的な事で
インパクト強いし。



287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/31(土) 11:40:14 ID:arZzcWlT0
畳の上で死んでいるとなぜか、人気が下がるのが日本の特徴。
例外は高杉晋作。この人は志し半ばでの死去で
そこに、判官贔屓が働いたのかもしれない。

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/31(土) 12:38:18 ID:0YjAar5s0
だけど、それらは全てメディアと言うかマスコミの扇動に因ってなんだけどね

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/31(土) 15:29:28 ID:+mBQxfvO0
木戸のおかげで史実資料を調べることの面白さを知った。
だけどもうちょっと手に取りやすい本でまともに扱ってほしいとは思う。
木戸日記なんか気軽に読める現代語訳でも出てきてくれたらなあ。
久米の米欧回覧実記 みたいに。
原文で読めって言われそうだけど。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/31(土) 16:30:57 ID:9YL6mLPB0
史料読みは習うより慣れろ。愛があれば大丈夫だよ。
(自分も初めて木戸日記を見た時は、漢字ばかりで絶望した)

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/31(土) 20:35:37 ID:U1V+mtaP0
適当に眺めていたんだがなぜか分かるようになってきた
にしても関係文書面白いな、木戸周辺の人間はなぜあんなに個性的なんだ
変人率高すぎるwww

品川は普通な方と思っていたんだけどなぁ
京都情勢報告の手紙に毎回琵琶名手美少年、美人芸妓の話が出てくる
また色々お話したいけど土産話に残しておきますねっておいww
こいつは何のために京都残ってるんだ、木戸怒れよまじで

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/01(日) 00:03:53 ID:CC7z+74U0
>>290
古本屋で木戸日記は購入しているから、まあ、慣れるしかないね。
291が言うように気が向いたときに眺めているだけでもなんか面白いですw

それはそれとしてやはり初心者向けで且つしっかりしている入り口は欲しいなと思う。
木戸なんてせっかく本人が書いているものが一番面白そうな上、それ自体が貴重な史料なんだしね。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/01(日) 00:14:11 ID:rhbvG3GU0
>>291
夜の京は工作の舞台だから、そこの情報は詳細に報告する必要があったんだよ。
それに実はその話の中に重要な暗号が
ごめんこれ以上のやじの弁護は無理。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/01(日) 01:08:01 ID:LJwcU7Ak0
品川のハジケっぷりは全く予想外だった
明治初期の青木が普通に見えるんだよ
八年以後はさすがにネタ以外の何でもないがw

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/01(日) 17:58:45 ID:XGAc9gPU0
木戸本人の事は日記を読むとして
他人の木戸評を集めた本みたいなのはないですかね?

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/01(日) 22:32:57 ID:kyIdSEyU0
いろんなとこに散らばっってるからなー
手軽に読むなら「醒めた炎」としか言いようがない


297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/01(日) 22:39:20 ID:XGAc9gPU0
わかりました
気長に資料を漁ることにします
ありがとうございます

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/02(月) 09:27:04 ID:a5A/da9T0
八朔で、京都の舞妓芸妓さんの井上流家元への挨拶の新聞記事が出ていたので
スレ違いかもわかりませんが書き込みます。

上でも書かれていた加代さんですが、踊りが上手くて井上流の舞を習っていました。
木戸がそれを好んで京都のお座敷では呼んで舞わせたそうです。
その関係で師匠三世井上八千代を知ります。これは小五郎時代とも言われています。
そのため、木戸の懐刀である槇村正直が、明治4年頃?京都で博覧会を催すにあたり
井上流の京踊りを博覧会のメインにすえたのです。
これが都踊りの始まりとも言われ、当時井上流より有名な流派はあったのですが、
これ以後、京都において井上流が御本流となり、
この経緯が井上流の古い歴史本に書かれているため、
木戸と加代の話が大きくなって伝わったのだと思います。


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