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徳川幕府って、そんな悪かったのかい???

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 18:38:23 ID:/RYUYMcC0
倒幕は国を憂う若者たちの正義の行為って洗脳されてる僕たち
これこそ真の自虐史ではないか?


2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 20:07:18 ID:adxODPrz0
日本の歴史上江戸幕府ほど、日本を停滞させ、
国民を餓死させ、多くの民草を殺した政権はないだろうな。


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 20:22:07 ID:vMmpq4Hc0
徳川時代を一言で言えば「天下泰平」。
これほど長期の平和と安定が続いた例は世界史的にも珍しい。
円熟した庶民文化が花開き、浮世絵、歌舞伎、俳諧等々、
日本文化の粋が最高度に発展したのもこの時代。
明治以降は薩長による日本文化の破壊活動が展開され、
多くの文化遺産や芸能が消滅衰退した。
日本人が自国の文化を灰にし西欧文化の猿真似を始めたことを、
最も嘆いたのは皮肉にも日本通の外国人たちであった。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 20:49:31 ID:ApVAK4LI0
>>1
革命や内戦で政権を握った支配者たちが
自己正当化を宣伝・繰返すのはいつの世にもあることだよ。
徳川幕府の創始者である徳川家も豊臣家をつぶす際は
徹底して非難して自己正当化を計ったものだ。

徳川家の人たちがどうあれ
でも幕府のシステムが古いものだったのは事実だろ。
世襲で支配者を決定させるなんて近現代には通じない政治システムだった。
選挙や議会制民主主義、政党政治のような方法で
統治者を決定させ政治を行うのではなく、
支配者の血筋と言う理由のみで支配者を決定させるんだからな。

善悪とか正義と言うのならまた別の問題になるが、
政党政治、議会制、選挙の導入は必要なことだったと思うけどね。
日本独自の世襲で統治者(権力者)を選出する幕府と言う政治形態は
現代的に見れば古いやりかただし前近代的だったのも事実だ

どうあれ中国でも君主制が終焉して
世襲が事実上、終わった時点で政治システムを改めるのは
必要な事だったろう

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 20:59:26 ID:2E5Heroe0
徳川政権が続行していれば、太平洋戦争は無かった。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1161996972/

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 21:27:43 ID:QC9olwYm0
郡県制、大統領制、横須賀製鉄所、横須賀造船所、
火薬・大砲製作所、洋式陸海軍、鉱山開発、天然資源保護計画、
近代的会計制度、株式会社、国益会所、商工会議所、
外国語専門学校の設立、郵便制度の建議、電信事業の建議、
鉄道(江戸−横浜)建設の建議、新聞発行計画…

幕府の構想をざっと並べただけでも、その先見性に驚かされる。
これに対し薩長側に一体どんな将来構想があった?
唯一、龍馬の「船中八策」があるのみだろ。
そしてその「船中八策」もまた幕府の思想のパクリにすぎない。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 21:28:23 ID:tQmGGcMc0
悪くはないけど時代には合わなかった

みんなで引きこもって貧乏になって平和を守ろうという体制だったからな

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 23:01:32 ID:/RYUYMcC0
結果的に引きこもってたほうが良かった

鎖国鎖国というが、江戸時代でも要人は海外へ自由に行けたし
明治以降と変わりない
個人の海外旅行は昭和30年代まで違法だったしね・・・

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 23:45:20 ID:uIlbek3y0
>結果的に引きこもってたほうが良かった

引きこもっていたかったが、外国の方がやってきたから泣く泣く開国でしょ幕府は

>鎖国鎖国というが、江戸時代でも要人は海外へ自由に行けたし明治以降と変わりない

自由に行けないよ。行けたのは幕臣限定で、かつ幕臣でも特定の認められた地位にいる人だけ。
自由にではなく、政治上必要な場合のみに行けるだけで、明治時代のように個人的な渡航はできません。
長州の伊藤や井上は密航、高杉の上海渡航は賄賂で幕臣の家臣として入り込んでようやく渡航している。
薩摩の五代才助は、荷物運びとして雇われる事で渡航した。

>個人の海外旅行は昭和30年代まで違法だったしね・・・
違法じゃないよw。馬鹿だろお前。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 00:23:39 ID:9pdgi9g50
鎖国は外様の愚民どもが外国の手先となって反日暴動を起こすのを防止するための措置。
幕閣はオランダを通じて最先端の外国事情に精通してた。
鎖国のおかげで日本はキリスト教の汚染から逃れ、
世界史の奇跡とも言える江戸文化を開花させたわけだから、鎖国の功績は極めて大きい。
江戸期の日本は西欧社会を凌駕する文化大国であったことを忘れてはならない。
しかし、最後は薩長が密貿易を通じてイギリスの手先となって内乱を起こし、
独自の発展を遂げた日本文化を滅茶苦茶に破壊しまくる。
外様諸藩に対する監視と締め付けが緩やかすぎたことが間違いだった。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 00:39:58 ID:BGkEa/yw0
>>10
日本史をもう一度勉強し直せ
間違いだらけの上に常識も無いから全部間違っている
間違いが多すぎて突っ込みようがないw


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 03:46:57 ID:EW1ttCoW0
>>11
>10は、概ね合ってるんじゃね?今の通説的に。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 05:09:34 ID:dW/ifGnb0
1000年後の義務教育段階の歴史教科書なら、
おおむね許容できる程度。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 07:44:14 ID:BGkEa/yw0
>>12
通説知らない人間が通説を語るなw
と思いつつ、んじゃ暇だしやってみるか?

>鎖国は外様の愚民どもが外国の手先となって反日暴動を起こすのを防止するための措置
 徳川家康や幕藩体制を完成させた家光が「外国と手を組む外様の阻止」という考えがあったか?
 通説は、外国貿易により富を蓄えさせない為だ。

>幕閣はオランダを通じて最先端の外国事情に精通してた
 通説では「精通していない」だ。何故かといえば、オランダから情報は廻ってきていたが、幕閣はこれを軽視し何もしなかった。
 つまり「精通」していなかったんだ。

>鎖国のおかげで日本はキリスト教の汚染から逃れ
 鎖国はキリスト教阻止だけが目的ではないというのが通説

>世界史の奇跡とも言える江戸文化を開花させたわけだから、鎖国の功績は極めて大きい
 文化という物は、鎖国しようとしまいと出来てくる物だ。
 君の言っている事に何の説得力もない。

>江戸期の日本は西欧社会を凌駕する文化大国であったことを忘れてはならない
 文化を計る基準は?日本の文化が外国を上回る条件・基準はどこにある?w。
 無ければ、それは君の妄想。主観論w。

>最後は薩長が密貿易を通じてイギリスの手先となって内乱を起こし
 イギリスは江戸総攻撃に際し、薩長を妨害した事をお忘れ無くw

>独自の発展を遂げた日本文化を滅茶苦茶に破壊しまくる
 破壊なんてしていなよw。武士階級を破壊しただけだよ。
 和魂洋才だよ。

>外様諸藩に対する監視と締め付けが緩やかすぎたことが間違いだった
 何故ゆるやかになったか?黒船が来た事が問題ではないんだよ。
 君の言う「文化」に溺れ、平穏に慣れた幕府閣僚が徐々に緩やかにしていき、
 黒船来航で緩めるどころか締め付けを一切無くした。そういうことだよ。

な、こいつの言っている事馬鹿でしょw

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 08:37:29 ID:R7RQn2Nt0
1850年以降の徳川幕府体制は時代遅れだったのでぶったおして正解じゃね?

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 09:00:06 ID:hlltKtrY0
>>14
必死なのはわかるけど、言葉尻をとらえてるだけだな。

>通説は、外国貿易により富を蓄えさせない為だ。
同じことでしょ。外様が外国との貿易で富や武器を蓄えたら、
当然、謀反を起こす。それを防止することが鎖国の究極的な目的。

>オランダから情報は廻ってきていたが、幕閣はこれを軽視し何もしなかった。
なにもしてないどころか、開明的な人材のほとんどは幕府が育ててる。
幕末に開国を決断し近代的国家の礎を準備したのも幕府だ。
幕府が最先端の西洋事情に精通してたからこそ、
日本は明治期に短期間で驚異的な近代化に成功したんだよ。

>鎖国はキリスト教阻止だけが目的ではないというのが通説
キリスト教阻止も大きな目的のひとつなんだから>>10は正しい。

>文化という物は、鎖国しようとしまいと出来てくる物だ。
江戸期のオリジナル日本文化と、明治以降の西欧猿真似文化とでは、その価値が全く異なる。
例えば江戸期の浮世絵は世界の美術史に革命的な衝撃を与え、
印象派から現代絵画に至る潮流を生み出した。
しかし明治期の西欧模倣文化は外国人の失笑を買っただけだった。

>文化を計る基準は?日本の文化が外国を上回る条件・基準はどこにある?w。
西欧列強を上回る識字率を見ればいい。
能、歌舞伎、俳句など旺盛な庶民文化、和算が盛んで高度な代数学が発展、
などといった実例を挙げるまでもなく、
西欧とは独自にこれ程ユニークで高度な文化を発達させた国は日本以外に存在しない。

>イギリスは江戸総攻撃に際し、薩長を妨害した事をお忘れ無くw
イギリスが薩長に武器を与え、倒幕をそそのかしたことは事実。
パークスが江戸攻撃中止指令を出したのは、
横浜の英国商人に損害が出るのを防止するための措置にすぎない。

>破壊なんてしていなよw。武士階級を破壊しただけだよ。
廃仏毀釈で無数の仏教施設が破壊され、国宝級の仏像の多くが灰になった。
また、城郭の多くが悪しき武家社会の象徴として取り壊された。
浅はかな西欧文化崇拝により、伝統文化が軽視され、その多くは保存されることなく消滅した。
これが文化不毛の地の下級武士や百姓による下克上の結果だ。
江戸期の庶民文化の重要なコレクションが、日本ではなく海外にある事実を、
日本人は恥じなければならない。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 10:46:01 ID:03xK1h2n0
>>16
お前の認識が馬鹿げているだけだ
頭の中が腐っているとしか思えないね

>同じことでしょ。外様が外国との貿易で富や武器を蓄えたら、当然、謀反を起こす。
同じ事ではない。君は「外国と組み」と言っていた。貿易はあくまでも貿易であり、富を蓄える事=反乱にはならない。
徳川に徳があればな。徳川に徳が無いからこそ反乱された。それだけだ。

>なにもしてないどころか、開明的な人材のほとんどは幕府が育ててる。
その人材を幕府が育てたか?違うだろw
高野長英を始め、幕府は開明的な人材を弾圧していただろう
黒船が来てからにわかに焦り、幕府に隠れて勉強した蘭学者を起用しはじめただけ。

>例えば江戸期の浮世絵は世界の美術史に革命的な衝撃を与え、
>印象派から現代絵画に至る潮流を生み出した。
>しかし明治期の西欧模倣文化は外国人の失笑を買っただけだった。

馬鹿げた理屈だ。外国人が浮世絵を褒めたから日本の文化を越えたってかw。
あれは単に「おもしろがられた&珍しがられた」だけだろ
日本人が西洋式の暮らしや文明に憧れた事と大差ない。

>西欧列強を上回る識字率を見ればいい。
>能、歌舞伎、俳句など旺盛な庶民文化、和算が盛んで高度な代数学が発展、
>などといった実例を挙げるまでもなく、

はぁ?君、歴史ホントに知っているの?w。
能、歌舞伎、俳句?で?、当時の日本が西洋のオペラや芸術、絵画を越えていると力説ですか?
全然基準が無いだろうw。たとえば、俺が「能や歌舞伎、俳句は明らかに西洋のオペラを初めとする芸術と比べると劣っている」と、
基準を示さず主観論で語ったらどうする?。文化なんてものは計れるものじゃない。と、俺は言っている。

>イギリスが薩長に武器を与え、倒幕をそそのかしたことは事実
違いますなw。イギリスから武器を与えられたのではなく買ったの。
イギリスにしてみれば幕府だろうと薩長だろうと関係ない。
彼らは市場の安定こそ重視し、日本の内戦自体はノーサンキュウだ。
だから戦争を速く終わらせる為に、薩長に圧力をかけた。それだけだろ。

>廃仏毀釈で無数の仏教施設が破壊され、国宝級の仏像の多くが灰になった
あー、また勘違い君かw。
廃仏毀釈は明治政府の政策ではない。明治政府の政策は「神仏分離」だった。
神仏分離を廃仏と勘違いしたのは庶民の方。それはなぜか?
幕府は寺(仏教)を寺社奉行を通じて支配し、寺は幕藩体制の出先機関として「人別帳」という戸籍を管理していた。
寺に嫌われた村人は、人別帳から外されて「村八分」にされてしまう。
戸籍を無くせば、どうなるか各種の保障たとえば、「手形」など発行してもらえなくなるからな。
だから村人は「賄賂(法要ともいうが♪)」を定期的に送り、寺を優遇した。
明治政府は、この寺の特権を剥ぎ取る為に、幕府の寺保護政策を破棄したに過ぎない。
そして村人たちは、恨みを込めて仏教破壊に走っただけだ。
もっとも、本居から始まる国学そのものが廃仏を唱えて、ひろめているから廃仏の地盤は幕末以前の江戸中期から後期にかけて広まっているがね。


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 10:59:42 ID:bCqK3QmOO
>>1
朝鮮人は日帝支配に反発しその直前の李朝を強引に美化したりしてるけど、
これはその日本版みたいなもんなのかね。ウリナラ民族主義の成れの果てっていうか。
文化が優れているだの、陰謀論だの、あまりにも厨過ぎる。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 12:49:42 ID:lmVH7hf50
>当然、謀反を起こす。それを防止することが鎖国の究極的な目的。

進歩を阻害して、日本を遅らせただけ。無意味。

>なにもしてないどころか、開明的な人材のほとんどは幕府が育ててる。

幕府にはそんな人材はいないし、
稀にいたのも明治政府が登用して初めて生きてきただけ、。
幕府には開明派などといった人材は皆無。

>江戸期のオリジナル日本文化と、明治以降の西欧猿真似文化とでは、その価値が全く異なる。

江戸幕府が作り上げたわけでもなんでもない。
幕府がえらいわけでもなんでもない。

>西欧列強を上回る識字率を見ればいい。

幕府が庶民の教育などしとらん。
民が自分で学んだだけ、むしろ幕府はそういうのを嫌っていたほうだろう。

>廃仏毀釈で無数の仏教施設が破壊され、国宝級の仏像の多くが灰になった。

廃仏毀釈は江戸幕府の統治機関のひとつであった、寺に対して怨みが溜まっていたから、
幕府が倒れたあと、庶民から焼き討ちにあっただけ。
それだけ怨まれていただけ。

そして幕府が作り出した莫大な借金の返済の為に、
金になるものを全て売りにだしただけで、
全て幕府が悪い。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 13:15:14 ID:IU7bbi7B0
>>18
なぜアンチ幕府が唐突に「ウリナラ」を持ち出すのか理解できないけど、
すると米帝支配に反発して明治〜戦前を美化する考えは「ウリナラ民族主義の成れの果て」ということになる。
そもそも明治政府は、日本と朝鮮を対等合併させて、日本を後回しにして半島開発に巨額の金をつぎ込み、
ウリナラに日本国籍を与えた。
日本の伝統文化が嫌いで「ウリナラ」に異常に愛着を示すのが、アンチ幕府に共通する特徴だな。

>>19
>全て幕府が悪い。
オマエの妄想も、すべて日本が悪いニダ、とする「ウリナラ民族主義」の臭いがする。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 13:25:56 ID:lmVH7hf50
朝鮮人が江戸幕府を賛美する傾向がある、
在日も朝鮮通信使の研究とかやって、
江戸幕府最高と唱えている。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 14:50:34 ID:smXU6WpgO
江戸が悪かったとする人にはどうすればよかったか、時代の変遷の必然性がどの時点で生まれたか聞きたい
自分は薩摩が嫌いだが、幕末が時代の変わり目が訪れたということは否定しない
しかし、朱印条を発しまくってた家康が国内整備のためや輸入超過による金銀流出を恐れて消極外交に転じたのはおかしくないし、
イギリスの撤退、オランダの海賊行為による南蛮側の来航者の減少から言っても交易自体は消極化の流れにあった。
家光以降日本は緩やかに西欧と別ベクトルに進むことになる。
用水技術や下流中流の生活水準は劣っていない
西欧の進んだ化学技術は有用だろうが、日本がそれを真に必要としたのはいつ頃からだ。
蘭学も完全に禁止されているわけじゃない。
現在から見て当時可能だったことなんて幾らでもあるが、それをしなかったからといって責任を全て押し付けるものでもない

てか、明治政府は幕府の人材や施策をかなり吸収しているんだがな
幕府がそれらを腐らしていたとか酷い言いぐさだ
それに海外に喧嘩を売って賠償金は同じく喧嘩をうっている幕府に押し付けるとか身勝手な事は倒幕派も結構やっているんだがな

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 15:15:49 ID:SfdY9QIE0
幕末の幕府外交は相当上手くやったと思うけど。
頑迷に鎖国を続けてられる状況じゃないし。
列強の間を上手く泳いで小笠原諸島を領有したり、米国と組んで関税設定を日本優位にしたり。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 15:26:24 ID:lmVH7hf50
国内整備などしとらんよ。
江戸幕府がしたのは流通網の破壊だ。
東海道への架橋を禁止し、既存の橋までぶっ壊した。
また街道への車輪の乗り入れを禁止し、流通コストを増大させた。
また大型船舶を建造を禁止し、許可制へと変えた。
西洋風の船が原則禁止で、江戸期を通じて、数船しか建造されていない(小笠原探検などの限定目的)
結果多くの船が遭難することになり、海上でも流通コストの増大をさせた。

また貿易を消極化させたのは幕府だろ。
諸藩へは貿易を禁止し、その利権を独占した。
また情報も禁止し、技術や思想の流入も禁止した。
結果日本は緩やかに停滞していった。

下流中流の生活水準は劣っていない?
江戸期の異常なまでの餓死者を同説明するつもりだ。
同じ寒冷期であった、戦国時代より酷いぞ。
諸藩に強制的に江戸消費させることで、
潤っていた江戸の庶民の生活だけみて、庶民の生活語るな。
多くの諸藩の民は疲弊していったんだよ。
無駄な参勤交代と江戸滞在でな。
そして江戸と江戸近辺の街道だけ潤った。

>てか、明治政府は幕府の人材や施策をかなり吸収しているんだがな

幕府がやっていて、諸藩がやっていない政策などない。
人材においても、幕府では目の出なかった人間を新政府が抜擢しただけだ、
尚歯会を弾圧して潰した幕府に未来などない。
またそれにしても劣位な人材だったといわざるをえまい。

>それに海外に喧嘩を売って賠償金は同じく喧嘩をうっている幕府に押し付けるとか身勝手な事は倒幕派も結構やっているんだがな

本来なら幕府がすべきことを変わりに諸藩がやったんだ、
感謝すれこそ、恨み筋合いなどあるまい。
嫌なら打ち払い令など出すな。
英吉利人も幕府が交渉しとけばよい。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 15:34:17 ID:lmVH7hf50
>>23
幕府の外交はクソの一言。
欧米に脅されて、無理やり条約を結ばれるのは当たり前。
関税でも著しく不利な協定を結ばされ、
国内産業は壊滅した。結果綿花などは輸入して製造するしかなくなり、
国内の綿花農家は路頭に迷い。また生糸を安く買い叩かれたため、
国内では枯渇し。生糸と製品の価格が冒頭。
また西洋の安い商品が流入したことで、国内の業者は次々につぶれていった。

また関税といえば、長州から賠償金を押し付けられた不手際はもう売国奴といってよい。
英国は払えるわけもない、というか払う必要もない賠償金を要求しており。
これは開港を迫るためのブラフに過ぎなかった。
だが、幕府は開港を拒絶し、賠償金を選んだ、この時点が時代を逆行した上に、
国富の海外流出を招いたといえよう。
さらに酷いことに、賠償金は結局払えず、列強に脅され、支払い延期のかわりに、
開港を認めることになり。ついでに関税率の引き下げまで飲まされた。

馬鹿が外交をとると、際限なく国を路頭に迷わせるいい例だ。
ちなみに新政府は支払いを短期間で完了し、
鉄道建設の為の借款も、前倒しで返済し、
付け入られる隙をなくしているのと比べると、稚拙さが際立っている。


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 17:13:40 ID:2K/6gicR0
>>25
>関税でも著しく不利な協定を結ばされ
幕府が結んだ日米和親条約は、
中国の天津条約などと比べると格段に日本に有利な内容。
イギリスはアメリカ主導で自分に不利な条約が一人歩きしたことに不快感をもち、
これが薩長などの反幕勢力を支援する動機ともなった。

>国内の綿花農家は路頭に迷い
なにをもって「壊滅」と言ってるのかしらないけど、
幕末期の日本には大規模な綿産業は存在しない。
明治期に綿花の輸入が増加したのは綿織物工業が発達したため。
近代化の過程で前近代的な生産様式が廃れたのは幕府のせいではない。

>長州から賠償金を押し付けられた不手際はもう売国奴といってよい。
第一義的には、無意味な攘夷戦争に走ってボロ負けしたあげく、
その尻拭いを幕府に押し付けた長州の愚行を責めるべきだ。
長州こそが売国奴。

>ちなみに新政府は支払いを短期間で完了し、
明治政府は飼い主のイギリスに泣きついて借金の付け替えをしただけ。
その際、足元を見られ高率の利子を吹っかけられてる。
薩長は維新後オナニー的な復古ごっこにはまり、近代化や殖産興業を放棄し、
日本を破綻寸前まで追い込んでる。
それでも日本の近代化が成功し借金を返済できたのは、
幕府が進めてた殖産興業政策のおかげだ。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 17:43:15 ID:dW/ifGnb0
幕府では、武士階級の廃止はできなかったろうなぁ。
小栗忠助が主導した殖産興業を幕府が完成させることは
不可能だったろう。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 18:18:47 ID:VMm2EeZL0
鎖国を徹底してきたことで日本という国を世界から遅らせてしまった。
よって悪です。

信長が暗殺されず世を治めていたら、戦国時代の日本なら世界とも
互角に渡り合える力は間違いなくあったのだから侵略戦争も成功し、
文明も遅れることはなかった。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 18:52:18 ID:lmVH7hf50
>>26
>中国の天津条約などと比べると格段に日本に有利な内容。

戦争に負けたわけでもないのに。この条約を結んでいる時点で無能の証拠。

>幕末期の日本には大規模な綿産業は存在しない。

馬鹿が、当時は国産の綿製品が普及しており、
庶民国産の綿の服を着ていた。

>明治期に綿花の輸入が増加したのは綿織物工業が発達したため。

日本の農家がインドで植民地の農民酷使してつくる価格にはかなわず、
廃業に追いやられただけ。
綿製品を作っている業者だけは、海外製品を加工することで生き残った。

>第一義的には、無意味な攘夷戦争に走ってボロ負けしたあげく、

長州は領土も賠償金もやれん、やるなら戦争を続けると豪語して、
列強には一歩も引かなかった。実際死傷者も列強のほうが多かった。
薩摩においても同じ。だからこそ無能な幕府を騙すことを英国は思いついたわけだ。

>明治政府は飼い主のイギリスに泣きついて借金の付け替えをしただけ。

政府から借りるのは危険と判断して、高利と分かっていながら、銀行から借りたわけ。
最悪の場合でも攻め込まれる恐れはないからね。
フランスからなんの返済計画もないまま狩り様とした幕府とは違う。
そもそも新政府の借金も鉄道敷設と、幕府が作った借金の為。
なお幕府は鉄道の敷設権を他国に認めた売国奴。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 19:02:56 ID:8x7DhpOJO
幕府のデメリットは認めよう。しかし、だからといってクーデターが許されるのか?


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 19:07:50 ID:lmVH7hf50
幕府が自己改革して全うな政権になれればね。
だけど、大奥や旗本などの既得権益層を排除できず。
西洋知識も全くいかせず、
有為な人材を排除していた幕府には未来はなかったんだよ。
日本ごとつぶれるか、幕府がつぶれるか、その違いでしかなった。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 19:13:36 ID:/Rd/EwZT0
いまの自民党みたいなもんかw

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 19:15:24 ID:8x7DhpOJO
タイレベルでも独立してたんだから徳川幕府なら大丈夫だったはず

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 19:29:14 ID:lmVH7hf50
>>32
そのとおり、自民が土建や官僚、
いや老人という最大の癌を切れないと、日本はマジでヤバイ。
(むしろ土建や官僚などはまだメリットもあるので、無理に切らなくてもかまわない)
日本の医療、年金、税金これら全ての負担は、
労働者と企業がほとんど負担をして、逆に老人は消費するばかりで、
ほとんど負担をしない、年金、医療を消費しているのはほとんど老人なのにな。

結果毎年兆近い社会保障費が増大している。
いいかげん老人に負担させないと、国ごと沈む。
日本の資産の三分の二以上は、団塊世代以上がもっているというのに。
資産の三分の一しかもっていない世代に、税や保険、年金を負担させるのは、
狂気の沙汰。さっさと消費税を20以上にまであげて、
所得税と法人税の大幅減税をしないと駄目。

もっとも野党も老人票欲しさに、老人を苛めるなと、
老人にもっと分配するように主張しており、
今の自民より酷いカスっぷり。
非労働者の選挙権を停止しないといけない。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 22:13:52 ID:huQdGB7E0
ヘタレ薩長が行った売国事例を置いときます。

慶応4年 神戸事件。討幕派、攘夷を行った備前藩士を外国人が見物する前で切腹させる。
慶応4年 討幕派、幕府締結の条約の絶対遵守を各国に誓約する。
慶応4年 堺事件。討幕派、土佐藩士20名を外国人の前で公開処刑。うち9名はフランスの助命で命拾い。
慶応4年 パークス襲撃事件。十津川郷士2名が攘夷を試みるも失敗。討幕派の手で攘夷志士は惨殺及び梟首。
明治1年 明治政府、スウェーデン・ノルウェー・スペインと不平等条約を調印。
明治2年 明治政府、北ドイツ連邦との不平等条約に調印。
明治2年 ロシア兵、樺太函泊を占領、明治政府が抗議せず容認したため兵営陣地を構築。
明治4年 イギリス公使パークス、樺太放棄を勧告。
明治4年 明治政府の主要メンバーが国事を放棄して海外漫遊に出かける。
明治5年 岩倉漫遊使節団、条約改正を試みるもすぐさま断念。以降明治政府は半世紀近く不平等を放置。
明治8年 明治政府、樺太をロシアに二束三文で売り渡す。日本は北海道とほぼ同じ面積の領土を失う。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 23:49:49 ID:qbJhFV680
「赤根武人なる者は、大島郡の土百姓ではないか。
これに反して此晋作は、毛利家譜代恩顧の士である。
武人の如き匹夫と同一視される男児ではないぞ」
(高杉晋作・東行先生遺文)

高杉はこう言って奇兵隊総督だった赤根を追放した。
奇兵隊は身分制度を打ち破った英雄であるかのごとく美化されてるけど、
実際はそれを統率する高杉自身が、前近代的な価値観に縛られた俗物であった。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 00:00:03 ID:K9peLpTtO
>>24
しかし中近世の商品生産一極集中に比べ、各地の城下町、港町に意味が出、商品作物ができたのが江戸
1710年の新潟では蔵米の倍の米が百姓によって販売されている
一方、流通網、経済網の抑制が効かなくなった結果が餓死者の増加となる場合もある
借金を抱えた藩主達が米を過度に大坂や江戸に送る

経済が過度に発展すればするほどこの傾向は強まる
明治や現在でさえ地方の過疎化は止まらない
それにヨーロッパの飢餓に比べれば日本なんかましだ
異常?じゃあジャガイモ飢饉を何と評する?

利益が幕府だけにいったのは否定しないが
東南アジアの覇権争いに加わらないためには消極的にならざるを得ないだろ
太閤なんて前例もあるし
最初はオランダすら朱印船に海賊行為を行っていた
キリスト教禁止も大坂と組まれることを考えれば妥当
島原の乱も国内整備の邪魔でしかない
情報はオランダから入ってくる
それを有効に利用しなかったのは誉めないが、対して必要とされなかっただけ
率先して発展させなきゃいけなかったの?
幕府ってそういう機関?
時代が必要としたときに発展する。それが明治。そして急速に受け入れられる土台は江戸になくもない。

参勤交代は昔からある制度
鎌倉にも豊臣にもある
家光時代によって年数が決まって負担が軽減され、吉宗の時代にはさらに減った
参勤交代の派手さを幕府に戒められる大名達でもしかってやれ

>>6
明治政府は利用してるよ
別に時代においついてないのは否定しないが

いやいや生麦は八つ当たりでしかない
以降もダブスタが目立つ

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 00:21:12 ID:8lWrTTUa0
江戸期を停滞の時代と見るのは誤り。
資本主義的な流通や生産は、すでに江戸期に萌芽的な形態で発展してる。
さらに江戸を中心に成熟した市民文化が花開き、欧米に大きなインパクトを与えた。

また開国近代化を選択したのは幕府の指導者。
薩長は、それに対し時代遅れな攘夷を対置して騒乱を引き起こす。
そして明治以降は、バカげた復古思想を撒き散らして、文明開化に抵抗し、
さらに廃仏毀釈などによって伝統的な日本文化を破壊しまくってる。

しかし、薩長の抵抗にかかわらず、日本の近代化は既に規定路線となっており、
優秀な幕府の人材や組織が明治以降の発展を牽引した。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 00:31:44 ID:hVF8+HR40
地方の反乱を鎮圧できない時点で中央政府たる資格なし

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 01:56:10 ID:2GVmeidE0
パクス・トクガワ〜ナ

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 07:59:58 ID:1Ek3KeH60
>>29
お前はアホだ

>戦争に負けたわけでもないのに。この条約を結んでいる時点で無能の証拠。
薩長はその幕府の条約を改正要求もせず追認し、
さらに幕府以上に不平等な内容の条約を結んでる。幕府を批判する資格はない。

>当時は国産の綿製品が普及しており
綿製品の存在に問題をすり替えるな低脳。
江戸時代に大規模な綿工場がどこに存在したか言ってみろ。

>廃業に追いやられただけ。
小規模で家内工業的な伝統産業が衰退したのは近代化に伴う時代の流れ。
それを幕府の失策であるかのごとくあげつらうのは基地外。
ちなみに明治以降の日本は綿製品を輸出するまでになってる。

>列強には一歩も引かなかった。
ボロ負けを大勝利と言い換える自慰史観だ。
幕府の後ろ盾を背景に虚勢を張った幼稚な攘夷馬鹿が、
四国艦隊にお仕置きされて、逆に外国の下僕と化したというのが実態。

>政府から借りるのは危険
なんのマンガを読んだかは知らないけど、幕府の借款も銀行からのものだ。
明治政府は関税を担保に差し出したりしてるから、
最悪の場合日本の対外貿易がイギリスに牛耳られ植民地になる危険性があった。
てか、明治政府はイギリスの命令で樺太を放棄してるから、事実上の売国奴だ。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 11:03:09 ID:umgrk+/30
鎖国していなかったら朝鮮なんてもっと早くからチンチンにされていて、
ヨーロッパもあんな簡単にインドとか植民地に出来なかっただろうな

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 12:27:28 ID:YVJxKKTdO
>>38
明治新政府がやったのは神仏分離令。廃仏棄釈はそれを受けて民衆が自発的に起こした行動。
江戸時代の寺は権力の走狗だったのに、都合の良い時だけ宗教のジャンルに逃げ帰るなよ。
「宗教」だの「文化」だのそういうマジックコンセプトでくるめば
何でも正当化できると思ってるあたり、ゲーム脳気質な典型的歴史ヲタだな。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 18:33:04 ID:1Ek3KeH60
「神武創業之始ニ原キ,縉紳武弁堂上地下之無別,至当之公議ヲ竭シ,天下ト休戚ヲ同ク可被遊 
叡慮ニ付各勉励,旧来驕惰之汚習ヲ洗ヒ,尽忠報国之誠ヲ以テ可致奉」

これが薩長や下級公家による倒幕クーデタの原点。
いわば宗教的観点から徳川時代を「汚習」として全否定するところから始まった。

そして誕生間もない明治政府は、古きよき律令時代への復古を宣言し、次々とカルトな政策をうちだす。

「宣教使ヲ置クノ詔(明治3年正月3日)
朕恭しく惟るに天神天祖極を立て統を垂れ列聖相承け之れを継き之れを述へ
祭政一致億兆同心治教上に明かに風俗下に美なりし而して中世以降時汚隆あり道顕晦あり
今や天運循環百度維れ新なり宜しく治教を明らかにし以て惟神の道を宣揚すへきなり
因て宣教使に命し天下に布教す汝群臣衆庶其れ斯旨を体せよ」

明治政府は、神祇官を頂点とする官製をでっちあげ、宣教使をつかって国民を洗脳し、
諸々の風俗を恣意的に統制しようとした。
廃仏毀釈は、このような愚かで狂った政策の下で発生した事件。

江戸を憎む薩長の下級武士や百姓に文化など理解できるはずもなく、
このような抑圧的な体制を指向したのは無理もないことなんだけど、
それにしても、近代日本がこのような蒙昧な暗黒から始まったことは、日本にとって大きな不幸だった。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 19:36:04 ID:BuPxz7vV0
>>44
一生懸命調べたんだろうが、どうせならもう少し先まで調べて欲しかったよ。
君が書いたその内容は、戊辰戦争が終わり明治政府として本格的に始動した際に破棄されてますw。
だから、逆に神風連の連中なんて、君のそこに書いた事を信じていたのに騙された!と反乱しています。
ついでに神祇官も戊辰戦争中だけで、戦争が終わったら廃止w

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 20:20:59 ID:Yxb++tb30
>>45
そう。神道国教化政策は早々に破綻する。
薩長が願望し着手したものの、現実の壁にぶつかり破綻した政策は多い。
神祇官制もそのひとつ。
ともあれ薩長が真っ先に行ったのが、国会の開設や殖産興業政策でもなく、
神仏分離や国民教化という時代錯誤なカルト政策だったことが重要。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 20:35:01 ID:BuPxz7vV0
>>41
俺は>>29じゃないが、お前も馬鹿の一人だよw

>薩長はその幕府の条約を改正要求もせず追認し
 幕府が素直に朝廷政権に従っていれば、戦争の危険もなく国内一致し、じっくりと引き継ぐべきか否か議論できたはず。
 それが出来なかったのは、諸外国が幕府の味方になる前に朝廷側に味方するよう要請する。
 外国から文句を付けられ幕府に味方される事を恐れた朝廷政府は「幕府の結んだ条約を、やむを得ずすべて引き継いだ」んだよ。
 大政奉還したはずの徳川慶喜が大阪城で「日本の外交権はいまだ徳川家にある」と外国に向け宣言までしていたからな。
 それをあたかも薩長が外国手先のように語る君の知能の低さに呆れるよ。

>小規模で家内工業的な伝統産業が衰退したのは近代化に伴う時代の流れ。
>それを幕府の失策であるかのごとくあげつらうのは基地外。
 幕府が不平等な金銀交換比率を承認したのは事実、後で気が付いた馬鹿な幕府は、
 これを解消しようと金銀含有量を減らした悪貨小判を流通させた結果、さらに経済が混乱に陥って物価高騰を起こした。
 その結果、零細職人達を困窮させているんだが、それを時代の流れと解釈するのか?お前はw?。

>四国艦隊にお仕置きされて、逆に外国の下僕と化したというのが実態
 攘夷戦に失敗した事は事実だが、外国の下僕になんてなってませんなw。
 第一、攘夷実行は幕府の意向だよ。
 和宮降嫁の条件として、幕府は十年以内に攘夷を行うと天皇に約束。
 十年が過ぎて責められると、慶喜は「開港していない港に外国船が近づけば、各藩の判断で打ち払って良し」と宣言している。
 長州藩は、下関港に近づいてきた外国船に向けて撃っただけですよw。
 まぁ、朝廷に追い詰められて苦し紛れに宣言したんだろうが、無責任な幕命を出した責任は取らされて当然でしょうw。


48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 20:41:54 ID:BuPxz7vV0
>>46
このタコw
>薩長が真っ先に行ったのが、国会の開設や殖産興業政策でもなく、
>神仏分離や国民教化という時代錯誤なカルト政策だったことが重要。

先にそれをやったら尊王派が明治政府を信用しなくなるだろw。
尊王派の信用=天皇を囲む公家衆や攘夷思想家の信用を失えば、政治基盤が無いのと一緒。
良い政策を行う前に政権がぶっ倒れるような事するバカはいないってのw。

幕府と奥羽諸藩を鎮定し、日本唯一の統一政権となって天皇を東京に連れてきて(遷都)、
古い頭の公家衆から引き離し、かつ天皇直轄の御親兵を設置する。これらの条件が整い、
明治政府に逆らう者を完全に鎮定できる状態になって初めて本性を出したというのが正解だよw。


49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 20:45:36 ID:k6F7OUQ20
>>37
>借金を抱えた藩主達が米を過度に大坂や江戸に送る

ではなぜ藩主たちが借金を重ねたと思う?
国で生活する分には金銭はさして必要としない。
だが、江戸で暮らす分には莫大な金が毎年必要となる。
また参勤交代でも街道で莫大な出費が必要となる。
またこれらの出費は藩主について江戸に行く、藩士にも言えること。
このように諸藩の藩主と藩士達は慢性的な金欠状態であり、
借金に借金を重ねざるをえなかった、また借金の形として来年の収穫を先物してたりするから、
不作でも容赦なくとられる。結果農民は餓死か、農村捨てて都市部に出て野垂れ死にせざるをえなくなる。
これは江戸幕府の構造的な欠陥なんだよ。
諸藩に内乱を起こさせないように、常に出費をさせて、疲弊させるというね。
そして江戸や街道では出費を強いられるから、その周辺の町民だけは潤い、
彼らから、土地代と御用金と賄賂を取り立てて、幕府のみ肥え太る。

>経済が過度に発展すればするほどこの傾向は強まる

明治以降で国民が餓死した事例はない、(南方への出兵で補給線が立たれたケースくらいのもの)
気候も急激に変動したわけではないので、
江戸幕府に何らかの問題があったことがわかる。
餓死とは不作以外に、経済格差による収奪が原因となる。
江戸期は不作と飢餓移出がダブルで多発した結果、
日本史上例を見ないほど、飢饉が多発した。
戦国時代以前は、不作による餓死だけだったのにね。

>東南アジアの覇権争いに加わらないためには消極的にならざるを得ないだろ

加わればいいではないか、香料諸島を制圧すれば莫大な利益が生まれる。
西洋は地球を半周せざるをえないので、日本が圧倒的に優位に立てた。
造船技術も飛躍的に進歩しただろうに。

>最初はオランダすら朱印船に海賊行為を行っていた

だから日本も積極的に襲えばいいんだよ、アジアから駆逐してしまえ。
それが出来るだけの国力が当時の日本にはあった、
江戸期に停滞した結果、西洋に大きく遅れをとってしまったのだ。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 20:45:39 ID:BuPxz7vV0
>>46
あ、一つ忘れてたw
お前の言う「国民教化」は、ずっと後だろw明治も30年過ぎたぐらいからでしょw
戊辰戦争中や明治初期に国民教化なんてやってねーよwそんな余裕ないしw。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 20:59:31 ID:k6F7OUQ20
>>37
>時代が必要としたときに発展する。それが明治。そして急速に受け入れられる土台は江戸になくもない。

必要性はあったが、幕府がその問題から目をそらし続けただけ、
蝦夷地近辺をロシアがうろうろしてきたのは、明治維新のはるか前から分かっていたこと。
だが、ろくに対応せずに、ずるずると先延ばし、樺太千島を雑居地として認め、
だが日本人の移住は認めず、実質ロシア人に占拠されてしまった。
明治政府は千島だけは外交で取り返し、後に戦争で樺太も取り返したが、
幕府がもっと速く率先して動いていれば、状況は大きく変わった、
黒船にしても来ることはもっと前から分かっていたのに。きてから大慌て。
馬鹿としかいいようがない。

>参勤交代は昔からある制度鎌倉にも豊臣にもある

江戸期の参勤交代は、それ以前の制度とは規模が大きく違う。
それ以前は護衛と使用人を数十人つれていくだけ、
妻子を人質としておいとくくらいのもの。
あんなに、数百人から数千人の規模で行かせたのは江戸幕府だけだ、
華美に参勤交代した藩もごく一部の例、多くの諸藩はやりたくなかった。
だから国元にかえると、さっさと単身馬で都城するという始末。
免除の申請をした藩も少なくない。だが飢饉などでもなかなか免除が認められない。
幕府は、領民を餓死させたいとしか思えない。
>>38
この前それと同じことを言っている奴がいたな。
朝鮮人だ。
日本が統治しなくとも。李朝には発展の「萌芽」があり、
自力で発展したといっていたな。芽は芽でしかないというのに。
奈良時代だって「萌芽」くらいはあったさ。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 21:09:58 ID:k6F7OUQ20
>>41
>薩長はその幕府の条約を改正要求もせず追認し、

改正時期は決められており、岩倉使節団はそのために送られたもの。
つまり条約改正を真っ先に行おうとしていたことがわかる。

>綿製品の存在に問題をすり替えるな低脳。

俺は最初から綿農家といっているが?低脳はどっちだ?
また家内制手工業などの「萌芽」を叩き潰したのは幕府だな。

>小規模で家内工業的な伝統産業が衰退したのは近代化に伴う時代の流れ。

違う関税自主権がなく、関税率が低かったからだよ。
そして明治期に輸出するようになったのは、明治政府の優秀さであって、
幕府の無能を否定することにはならない。

>ボロ負けを大勝利と言い換える自慰史観だ。

死傷者は連合軍のほうが多く、
英国の旗艦にも多数命中し、艦長以下士官が何人も死傷している。
このまま戦争を継続しても、連合軍がどれだけ戦えたか疑問だね。

>なんのマンガを読んだかは知らないけど、幕府の借款も銀行からのものだ。

幕府の場合は借款を頼んだ相手はフランス政府。
そもそも銀行から借りて借款とはいわんよ。
金を直接支払ったところが銀行ってだけ。金の出所が違う。

>明治政府は関税を担保に差し出したりしてるから、

幕府がへまやって下げられて5パーセントになった、関税の「収入」
関税を担保にするなんて馬鹿やってないよ。幕府みたいな売国奴じゃあるまいし。

また樺太を取られたのは、幕府がロシアとの雑居を認めたから。
排除しとけばよかったのに。千島だけでも取り返した明治政府と比べると無能としかいいようがない。


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 21:11:44 ID:1Ek3KeH60
>>47
>「幕府の結んだ条約を、やむを得ずすべて引き継いだ」
そもそも攘夷を叫んで幕府の開国政策にケチをつけ倒幕に至った連中が、
外国に媚びへつらって、徳川家が私的に結んだ条約を丸呑みするのはおかしいだろ。
薩長が条約承継し際して要求したのは徳川を天皇に置き換えることだけで、
内容については何一つ注文をつけていない。
さらにその後の明治政府は日本史上最悪の不平等条約すら結んでる。
薩長は外国の手先と罵倒されてもしょうがないな。

>不平等な金銀交換比率を承認したのは事実
日米修好通商条約では、内外通貨の交換比率は同種同量交換規定があり、
為替取引における形式的な平等は保たれていた。
ただし日本国内の金銀交換レートが国際水準と乖離してたため、
開国直後は裁定益を狙う外商により金貨の流出が進んだ。
幕府はすぐさま金銀比価を国際レートに引き上げるんだけど、
今度はそれが原因で通貨インフレが起きる。
これが君のいう「経済の混乱」だ。
要するに閉鎖的な経済体系を開放した際に不可避的に起きた混乱にすぎない。

>外国の下僕になんてなってませんなw。
>>35を見ろ。完全に下僕として振舞ってる。

>慶喜は「開港していない港に外国船が近づけば、各藩の判断で打ち払って良し」と宣言している。
そんな宣言はしていない。
「襲来候節ハ掃攘致し候様可被致候」来襲されたら掃討してもよしと布告しただけ。
しかし長州は沿岸を通行しただけの商船を攻撃し、その結果四国艦隊にボコボコにされてる。
長州は基地外としか言いようがない。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 21:30:38 ID:k6F7OUQ20
>外国に媚びへつらって、徳川家が私的に結んだ条約を丸呑みするのはおかしいだろ。

国家を継承した場合は、借金や条約も引き継がないといけないんだよ。
前政権がクソでも、それは仕方のないこと。
国民党みたいに、北洋軍閥のつくった中華民国(帝國)の借金や条約を、
無視してたら、戦争になりかねない。

また改正時期がくるやいなや、木戸や大久保などの重鎮が洋行して、
条約の改正に動いており、明治政府の条約改正の意欲がよくわかる。
欧米の犬だった幕府とは大違いだ。

>日米修好通商条約では、内外通貨の交換比率は同種同量交換規定があり、

だからその時点で不平等条約なんだが?
幕臣でもこれじゃ日本が大損すると幕府の上に具申したのに、
経済に無知な幕閣はそれを無視して、不平等条約を締結した。

>要するに閉鎖的な経済体系を開放した際に不可避的に起きた混乱にすぎない。

ずっと鎖国して、閉鎖していたのは幕府、
また商人は損をすると分かっていたので、交換しなかったが、
アメがこれじゃ貿易できないじゃないか、と幕府を恫喝したら、
欧米の犬っころたる幕府は、ははあ、アメリカ様の言うとおりでございます、わんわん。

商人には、お前らとっとと交換に応じて貿易しろ、株仲間から追い出すぞ、
商人に命じて、強制的に交換させた。
結果莫大な金が流出してしまった。
あらゆる面から見ても、幕府が主体的にこれは起こしたんだよ。

>「襲来候節ハ掃攘致し候様可被致候」来襲されたら掃討してもよしと布告しただけ。

これは近づいたら打ち払えということですが?
つか自国の付近を無許可で通る船を排除するのは当然のこと。
不審船を温かく迎え入れ、国民を拉致させるようなことする国は世界にそうそうないよ。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 21:49:22 ID:Yxb++tb30
>>48
>尊王派の信用=天皇を囲む公家衆や攘夷思想家の信用
それがカルトなんだよ。
伊藤がでっちあげた大日本帝国憲法にもそのカルトが色濃く反映され、
戦前まで様々な禍根を残すことになる。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 21:53:44 ID:Yxb++tb30
>>52
>つまり条約改正を真っ先に行おうとしていたことがわかる。
岩倉使節団は条約改正を放棄し、諸国漫遊しただけで帰国してるけど?

>俺は最初から綿農家といっているが?
おまえは時代認識が滅茶苦茶な百姓だな。
綿花の輸入が増えたのは国内で大規模な綿織物工業が発展したからだ。
その結果海外の安い綿花に太刀打ちできない国内綿花栽培が打撃を受けた。
しかし綿製品を輸出するまでになるんだから綿産業が打撃を受けていない。
これが結論だ。

>違う関税自主権がなく、関税率が低かったからだよ。
高関税をかけて国内綿栽培や前近代的な家内工業を保護してたら、
今の日本は後進国のままだ。

>英国の旗艦にも多数命中
面倒くさいから長州の大勝利でいいよ。よかったね。

>幕府の場合は借款を頼んだ相手はフランス政府。
いわゆる日仏借款と言われてるものは、
ソシエテ・ジェネラルなどからの借り入れのことだ。
ちなみに薩長はこの債務をオリエンタルバンクに付け替えただけ。
しかもその際、超高利を吹っかけられ、必要も無いのに横浜の関税権を担保にとられてる。

>幕府がロシアとの雑居を認めたから。
明治政府が千島と「交換」したのは、日本が持つ樺太の領有権そのものなんだよ。
しかし薩長は、榎本武明などがロシア政府と樺太買収交渉を進めてる最中に、
樺太の主権を放棄してしまう。これは日本史上最悪の売国行為だ。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 22:09:16 ID:k6F7OUQ20
>>56
>岩倉使節団は条約改正を放棄し、諸国漫遊しただけで帰国してるけど?

欧米があくまで応じないので、国力を高め応じさせるように方針を転換しただけ。

>綿花の輸入が増えたのは国内で大規模な綿織物工業が発展したからだ。

時系列が頭に入ってないよう棚。国内の製造業者が太刀打ちできなくなり、
国産のものではなくて、外国産のものを使うようになったから、
国内の綿花農家は廃業に追い込まれた。

>高関税をかけて国内綿栽培や前近代的な家内工業を保護してたら、

最初から欧米と戦わせようというのが間違い。
市場を独占されて、国内の産業が壊滅するだけだよ。
100年の差を即座に埋められるわけがない。
日本の紡績業が本格化して、発展しだしたのは関税自主権を回復して、
国内産業を保護し、ある程度育てたから。

>ソシエテ・ジェネラルなどからの借り入れのことだ。

残念ながら幕府が借款契約を結んだ相手はフランスです。
クレーが生糸の独占購入権とか得てなにを得するというんですか。

>明治政府が千島と「交換」したのは、日本が持つ樺太の領有権そのものなんだよ。

違う、雑居を認め、だが日本人の移動は農地などを捨てて移動することは、
原則禁止だったので、ロシア人の移住のみを認めた制度。
結果ロシア人ばかり入植し、日本人はいなかった。
結果両方ともロシアの手に落ちかかっていた。

それを千島だけでも奪回したのが明治政府。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 23:59:47 ID:Yxb++tb30
>>54
>国家を継承した場合は、借金や条約も引き継がないといけないんだよ。
クーデタ政権が前政権の条約を改正・破棄することは珍しくない。
薩長は、だめもとで改正を望んでる旨を意思表示すらせず、
英国の顔色伺いに終始している。

>木戸や大久保などの重鎮が洋行して、条約の改正に動いており
ものは言いようだな。
天皇の委任状も持たずに政府首脳が雁首そろえて出かけて行き、何度か交渉するも、
まともに相手にされず、その後は条約改正そのものを封印してしまった。
幕府の遣米使節団が困難な経済交渉を日本側のペースで速やかにまとめたのと比べると、
薩長の人材の無能さはどうしようもない。

>ずっと鎖国して、閉鎖していたのは幕府、
だから幕府が開国したんだろ。
攘夷派のバカどもはなぜそれにケチをつける?

>これは近づいたら打ち払えということですが?
オマエは狂犬か?
「襲来候節」は、「近づいたら」ではなく「襲われたら」という意味だ。
もっと日本語を勉強しろ。


59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 00:44:16 ID:zX9Kf9Rn0
>>57
>欧米があくまで応じないので、国力を高め応じさせるように方針を転換しただけ。
一口に欧米と言ってもアメリカとイギリスとでは極東を巡る利害が対立してた。
アメリカは、中国市場から排除され、日本市場もイギリスに出し抜かれてたから、
日本が関税自主権をもつことに比較的寛容だった。一方のイギリスは日本に対する強硬姿勢を崩さなかった。
岩倉使節団が成果を得られなかったのは、欧米が強硬というよりも、まともな交渉相手とみなされなかった点にある。
また岩倉や木戸もイギリスに対する忠誠心から、アメリカとの交渉に及び腰で、イギリス相手には何も言えなかった。
小栗上野介あたりにまかせてたら、欧米の不和に上手く斬り込んだんだろうけど、
いかんせん木戸や岩倉といったぼんくらではどうしようもなかった。

>国内の綿花農家は廃業に追い込まれた。
なぜ日本経済にとって末梢的な問題である綿生産農家にこだわるのか理解不能。

>残念ながら幕府が借款契約を結んだ相手はフランスです。
>クレーが生糸の独占購入権とか得てなにを得するというんですか
そもそもクレーは民間人。
幕府の借り入れがフランスからのものなら、明治政府の借金もイギリスからの借金だ。

>それを千島だけでも奪回したのが明治政府。
雑居であろうとなかろうと、日本が樺太に領有権をもっていたのは事実。
領有権があるからこそ、明治政府は「交換」という体裁をとることができた。
ただし、交換とはいっても1万円と1円を交換させられたようなもので、
日本にとっては、事実上、奪われたに等しい。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 00:55:49 ID:zX9Kf9Rn0
>>50
神祇官復興は慶応4年、大教宣布の詔は明治3年、教部省設置は明治5年。
神道国教化は明治政府が真っ先に、そして最重要課題として取り組んだ政策だよ。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 02:25:35 ID:vPWZt9xuO
>>51
その必要とされたターニングポイントがどこかはっきり聞こうか
蝦夷のところはいいよ。こちらは普通に苦々しい。後の安易な開国組もただの日和見。
まあ最初に警鐘ならしてたのは水戸で他の諸国もドングリ達じゃないか。
別に幕府が老朽して行ってたのは否定していないんだぜ。
けど、それはただの時代の流れだろ。過剰に期待しすぎ。
大事なのは節目節目で、初期の鎖国には関係ないと思うがね。
中国、オランダ、イギリス、スペインが競う東南アジアなんて泥沼でしかない。勇ましいことは朝鮮程度簡単に手に入れて見せてから言ってほしい
で、失敗したら秀吉の前例があるのに、と叩くんじゃない

ダウト。豊臣時代も軍事という名目のため少ない数が大坂や伏見で生活させられた
そしてさ、数や華美の制限が何度も出されなきゃいけない理由わかりますか?
戦の無い時代に君はどういう統制例を取りますか?
切り米はなぜ支給されますか?
大名は自らどうやって忠誠を誓いますか?
秀吉以降にどのような政権が生まれる可能性がありましたか?
それいったら武家制度の限界だね。

あと天保では、幕府の備蓄制度も気にせず目先の利益で米や売った郡や村以外は天明に比べて餓死者激減してるからな
で、当時憧れの西洋の餓死者は?

幕末に解説図だけで西洋船一隻作れる技術の持ち主がいてもですか、そうですか
別にとって変わった薩長が格別なことやっていたと思わんがな
江戸時代は発展のベクトルが違うだけ
三井みたいな大型店もイギリスより一世紀早い
幕末に海外の技術をとりいれるなんて幕府でもやってた

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 04:17:02 ID:V+U9C4Ce0
>>60
馬鹿野郎
お前「国民教化」っつって「神道国教化」なんて言ってねーじゃん
それだと意味全然違ってくるっつーの。
んじゃ、やっぱりその政策もすぐに破棄された見せかけ人気取り政策だっただけじゃん。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 04:26:51 ID:V+U9C4Ce0
>>53

>そもそも攘夷を叫んで幕府の開国政策にケチをつけ倒幕に至った連中が、
>外国に媚びへつらって、徳川家が私的に結んだ条約を丸呑みするのはおかしいだろ

なに必死に話しすり替えてるんだよw
おかしくなんてないよ。だって条約に一つでもケチ付けた途端に、
「あっそ、じゃ英国は幕府に味方しますね」と見切り付けられたら終わりジャン。
それを恐れればこそ、条約を丸呑みで引き継いだっつってんじゃん。
何度も同じ事を言わせるな馬鹿たれが。

>幕府はすぐさま金銀比価を国際レートに引き上げるんだけど、
>今度はそれが原因で通貨インフレが起きる。
>これが君のいう「経済の混乱」だ。

はぁ?俺そんな事言ってねーよw。
幕府が鋳造した悪貨幣(小判)が経済混乱を引き起こしたと言っているんだが?
悪貨幣鋳造の件はどこへいった?www

>「襲来候節ハ掃攘致し候様可被致候」来襲されたら掃討してもよしと布告しただけ。
だから長州が攘夷決行したんだろ。
条件付きでも「幕府が撃って良い」と言ってるジャン。
撃たれたくないなら、「外国船に対して発砲するな」とハッキリ宣言すれば良かったんだよ。
紛らわしい宣言をした責任は問われるべきだよなぁ?あ?www

64 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2008/12/30(火) 12:34:44 ID:2wwsH/GO0
なかなか面白い議論だが一つ物申す。
>>27の「小栗忠助」は「忠順」です。
「忠順」と「上野介」が、ごっちゃになったな。さては。
中断終わり。
「FIGHT!」

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 20:04:21 ID:XyNW7KCk0
>>59
>小栗上野介あたりにまかせてたら、欧米の不和に上手く斬り込んだんだろうけど、

小栗の馬鹿は土下座外交しかできないだろ。

>なぜ日本経済にとって末梢的な問題である綿生産農家にこだわるのか理解不能。

末端を切り捨てているということだな。
そして全体をいえば、生糸などは海外に流出して、
物価が何倍にもなるインフレ状態。米も八倍にも高騰している。
日本経済を滅茶苦茶にしたのが幕府なんだがw

>そもそもクレーは民間人。
なんで民間人が、生糸の優先買い付け権(事実上の独占購入権)なんて欲しかったんですかねw
ちなみに新政府は政府からも借りれたし、その提案もあったけど、
それを断って、民間の高率の銀行から直接借りた。

>雑居であろうとなかろうと、日本が樺太に領有権をもっていたのは事実。

違うな、日本人が一人もおらず、ロシア人ばかりになっていた、
その状況でもう事実上領有権を失っているんだよ。
つかロシアの上等手段じゃないか、殖民して領有宣言。
どうやって東の果てまで領土広げたと思っているんだ。
領有権があるなら、ロシア人を排除すればよかったんだよ。
このときすでに樺太も千島も奪われたんだよ。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 20:16:54 ID:XyNW7KCk0
>>61
>けど、それはただの時代の流れだろ。過剰に期待しすぎ。

言い訳にならん。
というか時代はずっと動いてたのに、なんら対処せずに後手後手にまわり、
後回しにしただけだろう。

>中国、オランダ、イギリス、スペインが競う東南アジアなんて泥沼でしかない。

だから取りやすかったんだよ。
各国の利害が衝突しているからこそ日本が付け入る隙がある。
そして当時の日本の国力なら余裕だろう。

>勇ましいことは朝鮮程度簡単に手に入れて見せてから言ってほしい

秀吉の後継者が腰抜けだったからだよ。
明も朝鮮ももう限界だったが、日本はまだまだ余裕だった。
関が原では両軍あわせて20万が衝突。
また朝鮮よりも、香料諸島は得るものがある。

>ダウト。豊臣時代も軍事という名目のため少ない数が大坂や伏見で生活させられた

ほっほう。数百人から、数千人も付き従って移動していたと?
それも戦闘もないのに?伏見に何百何千と待機していたと?
それは初耳だなあ。

>戦の無い時代に君はどういう統制例を取りますか?

諸藩など放置だよ、変わりに幕府も積極的に産業、商業貿易を振興して、国力を高める。
そうやって切磋琢磨して、国力を高める。力関係が幕府が上なら、諸藩は反乱などせん。

>秀吉以降にどのような政権が生まれる可能性がありましたか?

積極的に海外進出し、貿易も行い、新技術も生まれ、
西洋に遅れない政権が生まれただろうね。
幕府というカス政権が生まれることこそレアだろう。
家康にしても、その方針だ、秀忠と家光が無能だったのが痛かった。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 20:29:50 ID:XyNW7KCk0
>>61
>あと天保では、幕府の備蓄制度も気にせず目先の利益で米や売った郡や村以外は天明に比べて餓死者激減してるからな

目先の利益?
幕藩体制の問題点である、参勤交代と江戸滞在費、普請などを捻出する為に、
諸藩が凶作でも重税を課したからだろうが。
村にしても借金抱えて、冬越せないんだよ。

そして気候も風土も主食も違う西洋なんて比較にせんよ。
同じ日本で比べるべきだ。
明治では餓死は発生していない。気候も風土も同じで、
農村の生活なんて昭和初期くらいまでなんら変わらなかったのにね。
なんででしょうか?
ちなみに戦国時代でもこれほど頻発して餓死は発生していないよ。

>幕末に解説図だけで西洋船一隻作れる技術の持ち主がいてもですか、そうですか

幕府とはぜんぜん関係ありませんね。
それにあの程度のもので?

>三井みたいな大型店もイギリスより一世紀早い

江戸幕府とは全く関係ないですね。
むしろないほうが速かったでしょう。


68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 20:36:16 ID:XyNW7KCk0
>>58
>薩長は、だめもとで改正を望んでる旨を意思表示すらせず、

改正を望んでいるから、即座に洋行したわけです。
また日本の政府はずっと朝廷のままですよ。
また幕府から、移行したとしても、前政権の負債を踏み倒す国は、
中国などの馬鹿な国だけですよ、貴方は戦争したかったんですか?
実際踏み倒した中国は、日本と戦争になりました。

>まともに相手にされず、その後は条約改正そのものを封印してしまった。

最大級の歓迎をどこの国でも受けているんですが?
どこの平行世界にすんでいるのでしょうか?

>幕府の遣米使節団が困難な経済交渉を日本側のペースで速やかにまとめたのと比べると、

あれ騙されたのに気づいて修正しただけものものでしょうがw

>「襲来候節」は、「近づいたら」ではなく「襲われたら」という意味だ。

無許可で近づいている敵船は、襲来ですよ。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 23:26:32 ID:C0EVDaox0
>>62
>やっぱりその政策もすぐに破棄された見せかけ人気取り政策だっただけじゃん。
事実を確認しろ。
明治政府は明治初年の神仏分離令を皮切りに、翌年の大教宣布に基づく宣教使による国民教化運動を推進してる。
こうした神祇官を中心とする神道国教化政策は、廃仏毀釈が手に負えなくなり政府批判が強まったことから頓挫するが、
明治5年には、神祇官制を手直しし教部省に改組し、国民教化を実現する為に教導職制度を設け、
神道・仏教一体となった国民教化・大教宣布運動を行う。
…これが明治政府が明治初期に行った政策だ。明治政府の原点がカルトであることがよくわかる。

>>63
>それを恐れればこそ、条約を丸呑みで引き継いだっつってんじゃん。
長州は四国艦隊相手に大勝利したのではなかったか?
英国相手に思う存分攘夷戦争をやればいいじゃん。
幕府の後ろ盾がなければ怖くて夷敵と戦えないヘタレならば、
幼稚な攘夷論をもてあそんで内政を乱した事を反省しなければならない。

>悪貨幣鋳造の件
「金銀比価を国際レートに引き上げる」ための措置のひとつが貨幣改鋳ということ。
経済混乱は開国に伴う痛みで、幕府はそれに完璧に対処してる。

>撃たれたくないなら、「外国船に対して発砲するな」とハッキリ宣言すれば良かったんだよ。
お前の家に外国人武装強盗が押し入ったならば反撃し強盗を叩きのめしてもOK。
幕府の布告はこういう意味だ。これは正当防衛に当たる。
しかし、たまたま家の近くを通りかかったDHLの配送車に攘夷を決行したら、お前は犯罪者だ。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 23:33:58 ID:C0EVDaox0
>>65
>小栗の馬鹿は土下座外交しかできないだろ。
幕府の遣米使節団と岩倉使節団を比較してみろ。薩長の無能さがよくわかる。

>生糸などは海外に流出して
生糸は高い国際競争力を有する日本の主力商品。
日本はこれによって得た利益で近代化のための足がかりを得た。
インフレなどで国際競争力のない分野が淘汰されたことは開国に伴う痛みだね。

>なんで民間人が、生糸の優先買い付け権(事実上の独占購入権)なんて欲しかったんですかねw
クレーに聞いてこい。ドアホ。

>違うな、日本人が一人もおらず、ロシア人ばかりになっていた
デタラメを言うな朝鮮人。
樺太には多くの日本人がいたし、そもそもアイヌ人は日本人だ。

>領有権があるなら、ロシア人を排除すればよかったんだよ。
それは明治政府に言うべきだな。
幕府が樺太をめぐる領土問題を闘ってる時に、その足を引っ張ったのが薩長。
幕府は全島の領有権を求めるロシアの主張を拒否し続けたが、
薩長はロシアに土下座し樺太をロシアに進呈してしまった。売国奴そのもの。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 23:38:08 ID:C0EVDaox0
>>68
>改正を望んでいるから、即座に洋行したわけです。
そもそもは明治2年頃にフルベッキが大隈に外遊を促したことが岩倉使節団のきっかけ。
条約改正云々は後から取ってつけた理由にすぎない。
だから天皇の委任状も持たずに出かけた。

>最大級の歓迎をどこの国でも受けているんですが?
形式的な歓待なんてどうでもいい。
条約改正交渉をどこの国でも行ったか?その結果は?

>あれ騙されたのに気づいて修正しただけものものでしょうがw
幕府は修正する力があるが、薩長にはそれすらなかった。

>無許可で近づいている敵船は、襲来ですよ。
お前はいずれ犯罪者になる可能性が高い。すでになってるかもしれない。
気をつけるように。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 00:11:12 ID:d8xuAhs8O
>>66
だから余裕なら朝鮮をだな
同じ材料から全く違う答えが出たな
だが、その四か国全てに勝ち抜くのが楽だと思わんし、豊臣が滅びた決定打も朝鮮
余裕と言うが九州勢は疲弊に疲弊した
国内の不穏分子のもと安定を図れるかな

実際豊臣時代、大名は大坂、聚楽、伏見に居住するようになったが何人大名に付き添ったんだろうね。
こいつらが家康時代に自発的に江戸に参勤するようになっただけなんだけどね
そして何年もいるのが負担だから家光時代に日数が決まり、以降何度も華美の戒めが出るわけだが
戦闘もないのにって、戦闘に備えてって名目なんだよ
軍役だよ、軍役
あと、特別にヤバイときは参勤は免除されるぞ
元禄の飢饉の時盛岡藩は参勤を免除してもらいその費用で救済に当たってる

国と国をなるだけ関わらせぬ個々独立した封建体制
この経済の抑制の中ですら元禄期には町人の天下になった
関抜けの数など半端じゃない
そして待っていたのは米と特産品、関税にたよっていた幕藩制度の崩壊

それとな、江戸は急速に産業が発達した時代だろ
まるでしてないかのような書き方だな
土木工事、城下町建設を主に木を中心とした生活が一気に木の需要を高め、
更に積極的に推奨された開墾により肥料となるイワシ、クジラ漁が盛んとなる
金、銀、銅の採掘も発達した。木材の発展はこの金、銀の採掘の坑道に使われたのにもよっている。
鎖国時代でも貿易は存在する。が、金、銀にも限りがある。当時の日本は主な輸出品を金、銀、工芸品に頼る輸入超過国だ。
これでは貿易は消極的にならざるを得ず、かえって金銀は貨幣となり、国内の商品流通に力を注ぐことになる。綿糸、養蚕、製糸の発展もこの時期だ。これらに経済の発展が伴わぬわけがない。
だからこその町人天下と幕藩体制の崩壊が来るんだ。
貿易に夢見すぎ

徳川前にも豊臣なんて捻れた政権があったじゃない
あの政権は何したんだ

天明の浅間山、ラキ火山の噴火クラスがあったのか。
むしろ違う時代で比べんな。何年立っても本当に生活レベルが変わらなかったのか。それはそれで幕府も明治政府も無能だな。
天明は何年も続いた豊作による油断から金のために米を売り、一気に稀有の大災害来たのが原因だ。
江戸ってのは農民まで米を売り買いするような時代、かつ、商売の成功失敗による貧富の差が現れ始め、豊かになった農民、庄屋に相互の自覚がたりぬ時代。
幕府や藩の言うとおり備蓄米をしている地域の被害は少ない。
検知の行われ続けなかった江戸時代は、名目と実質に差が出、税は三割ぐらいと軽い。

幕府とは関係ない
まあ俺にしろお前にしろこういう言葉は使い勝ちになっちまうような

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 00:25:50 ID:bHNKoT9H0
女の文章みたいだな。長いわりに情報すくねーぞ。縮めろ。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 20:43:53 ID:SG5sRCcN0
>>69
>長州は四国艦隊相手に大勝利したのではなかったか?

大勝利ではなくて、痛みわけ、。英国は戦争継続はできなかっただろうね。

>「金銀比価を国際レートに引き上げる」ための措置のひとつが貨幣改鋳ということ。

なら和親条約を締結したときに即座に改鋳すべきだった、
それなら金が流出することはなかった。流出して貨幣がなくなって、
貨幣が流通しなくなり。経済的に大混乱してから、
改鋳して数を増やしただけ、当然貨幣価値は乱高下し、経済にも悪影響。
後手後手に終始回っている。
損だってことは最初からわかっていたのにね。
だから商人は欧米とは貿易に応じなかったのに、幕府が無理やり交換させた。

>幕府の遣米使節団と岩倉使節団を比較してみろ。薩長の無能さがよくわかる。

比べていってます。小栗は無能です。
あれだけ山ほどあった不平等条約をほぼ全て、後回しにして、
それの後始末をしたのが明治政府。

>生糸は高い国際競争力を有する日本の主力商品。

実は倫敦での生糸相場の半分で買い叩かれています。
石油を半分で売っていたようなものですな。
そりゃフランスが借款にくらい応じますよ。
ぼろもうけですから。売国奴としかいいようがないですね。

>クレーに聞いてこい。ドアホ。

つまりクレーが融資に応じたわけではないということです。
銀行屋が裏側にある国への低利での融資に簡単に応じるわけないでしょ。
契約を結んだ相手はフランス。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 20:51:04 ID:SG5sRCcN0
>>69
カルト狂である朱子学と仏教で国民を洗脳していたのが幕府。

>樺太には多くの日本人がいたし、そもそもアイヌ人は日本人だ。

当時のアイヌは日本人ではまだないと思うが。
日本の統治形態に組み込まれていない。
それに彼らを日本人と定義して、彼らが樺太に多数いたとするなら、
そんなところに、ロシア人の入植を許可した幕府はクソ政府だな。
お前の家に、朝鮮人の下宿を認めるようなものだ。

>幕府は全島の領有権を求めるロシアの主張を拒否し続けたが、

なにいってんの、千島までプレゼントしようとしたってのに。

>条約改正云々は後から取ってつけた理由にすぎない。

こっちが主目的。でないと政府の重鎮があれだけ洋行しない。

>条約改正交渉をどこの国でも行ったか?その結果は?

行ったが一旦結んだ条約の改正は難しい。
新政府は幕府の無能の尻拭いに明け暮れたといえよう。

>幕府は修正する力があるが、薩長にはそれすらなかった。

通貨のトリックに気付かず、条約を結んでしまう時点でアホ。

>お前はいずれ犯罪者になる可能性が高い。すでになってるかもしれない。

領海に侵入してくる奴を暖かく迎えてやるなんて、馬鹿ですね貴方。
家の庭に見知らぬ外国人がいてももてなすのでしょう。


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 21:03:49 ID:SG5sRCcN0
>>72
>だから余裕なら朝鮮をだな

秀吉が死んだから撤退しただけ、また地球を半周してくるオランダ相手なんて相手にならんよ。
軍船の数もたかが知れているし。

>余裕と言うが九州勢は疲弊に疲弊した

参勤交代などで無駄に疲弊させるよりまし。
有力大名を疲弊させ政権を安定させるのに役立った。
悪いことは何一つないな。秀吉が死に、後継者が若かったのがまずかっただけで。

>こいつらが家康時代に自発的に江戸に参勤するようになっただけなんだけどね

一部の例で全体を語るな厨房。
負担の少ない譜代が石高を増やしてもらう為に、忠誠をみせたという、
非常にレアな現象を、財政危機で苦しんでいる外様諸藩全体と混同するとはな。

>戦闘もないのにって、戦闘に備えてって名目なんだよ軍役だよ、軍役

戦争もないのに軍役させているから、無駄なんだが。
戦争ならまだ勝てば領土が入るし。勝てなくても相手に領土にいる間は、
現地調達により、国元の負担は少ないが、
これでは現地調達する費用をほぼ全て国元が負担しなければならなくなる。

>あと、特別にヤバイときは参勤は免除されるぞ

滅多にされません、江戸時代を通じて、藩一つに一度か二度というレベル。
中期以降は数年おきに飢饉が発生して、慢性的な飢餓状態だったのに。
参勤交代と江戸滞在さえなければ、餓死者などほとんど出なかったのに。

>この経済の抑制の中ですら元禄期には町人の天下になった

理解がたりません。江戸滞在と参勤交代で、
街道と江戸に大名と武士が強制的に消費しなければならないシステムなのです。
それも幕藩体制の問題で、流通網が貧弱で、物価が高い江戸でね。
その消費に群がったハエが、江戸と江戸付近の街道の町民
諸藩の農民と町民(本来なら諸藩の消費で潤うのはその藩の町民だった)
から搾取した富で豊かになっていただけだな。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 21:45:42 ID:SG5sRCcN0
>それとな、江戸は急速に産業が発達した時代だろ

急激に発展しつつあったのは戦国時代だな。
それにストップをかけたのが江戸時代。
莫大な軍需により、鉄砲軍船武器弾薬鎧兜など様々なものが作られ、
そのために製鉄も盛んになり、鉱山開発も積極的に行われた。

>土木工事、城下町建設を主に木を中心とした生活が一気に木の需要を高め、

インフラ整備なんて江戸幕府はほとんどしてませんよ。
賦役として無理やりやらせていたくらいで、
街道整備などもろくにしてません。
車輪を活用しなかったのは、軍事的な理由や、既存の運送業者という既得権益層の反発のほかに、
街道の定期整備が必要になるので、その経費を払うのが嫌だったというのが理由です。

それに木の需要といいますけど、貿易とかやめているから、
船の需要も減り、木の需要そのものは減っているはずですが?
それに江戸や大阪などの大都市周辺は、明治期には禿山ばかりで、
明治政治が必死に植林して今があるわけです。
無計画に伐採したら駄目ですよ。

>鎖国時代でも貿易は存在する。が、金、銀にも限りがある。当時の日本は主な輸出品を金、銀、工芸品に頼る輸入超過国だ。

一番大きいのは銅だよ。そしてこれはまだまだ算出可能。
日本ではもう採算とれないから、しないけどね。
そして鎖国により。
生糸の輸入を第三国経由になってしまい。
多額の中間マージンを取られてしまった。
積極的に貿易してれば、そんなことなかったのにね。

>天明の浅間山、ラキ火山の噴火クラスがあったのか。

火山の噴火なんて、別段珍しくもない。タンボラとか、プレーとかピナツボ
気温の変化のここ1000年くらいのデータみれば、
戦国時代や、明治時代も寒冷だったことがわかる。
江戸時代初期と今がたまたま暖かいだけ、
地球は基本的に寒冷化しており、たまに温暖化するだけなんだよ。

>天明は何年も続いた豊作による油断から金のために米を売り、一気に稀有の大災害来たのが原因だ。

金がないから、売らざるを得なかっただけ、
東北では飢饉で食うものがなくても、江戸では白米を食っていた。
財力があれば、打っても買いなおせた。
つまり貧乏だったから無理だっただけ。
貧乏にしたのは幕府。

>検知の行われ続けなかった江戸時代は、名目と実質に差が出、税は三割ぐらいと軽い。

そんなの天領だけ。諸藩は数十年、ときには十数年で検地をして、
農民が増やした分にさっさと課税している。


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/01(木) 15:31:33 ID:UYjzFDZE0
>>4
> 世襲で支配者を決定させるなんて近現代には通じない政治システムだった。

つまり、今の日本における議院内閣制は近現代には通じない政治システムということだな。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/02(金) 16:08:48 ID:W68l8Wti0
木戸は「既に神経衰弱に罹れるに非ざるや疑ふべし」三宅雪嶺

アメリカに赴いた岩倉使節団は、条約改正交渉に乗り出す。
当初、天皇の委任状が無いことを突かれて交渉が頓挫しかけるが、
大久保と伊藤が委任状のために帰国することで交渉は続けられた。
アメリカ側とは木戸が中心となって何度も会談を重ねる。
しかし、木戸ごときに老獪なアメリカ外交を崩すことは到底不可能。
壁にぶち当たった木戸は、ついにはヒステリーを起こし、
そもそも条約改正交渉を行ったことが間違いだったと言い出す。
森有礼をはじめ周囲の日本人に当り散らしたことは有名な話で、
冒頭の三宅の一節は、その際の木戸についての評。

その後、使節団は欧州に渡りイギリス、フランスなど各国を巡るが、
木戸は条約問題については一切口をつぐんでしまう。
岩倉使節団は、世界中に日本人のバカの見本を晒して回ったようなもの。
岩倉や木戸ではなく、大隈を代表にしてたら、もう少しマシな活動ができただろうに…

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/03(土) 12:49:38 ID:4BO5UFuJ0
>>6の郡県制、大統領制、横須賀製鉄所、横須賀造船所、
火薬・大砲製作所、洋式陸海軍、鉱山開発、天然資源保護計画、
近代的会計制度、株式会社、国益会所、商工会議所、
外国語専門学校の設立、郵便制度の建議、電信事業の建議、
鉄道(江戸−横浜)建設の建議、新聞発行計画…

いずれも江戸幕府では本格化しないな
だって雄藩をまとめられず長州1藩を征伐できず朝廷に振り回される幕府じゃ
新しい国づくりは無理無理


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/03(土) 13:28:50 ID:7VCjf1sR0
日本の25%を支配する徳川幕府は並ぶものの無い最大の実力者として日本に安定をもたらしたが、
武家の棟梁などと言っても法的な立場はしょせん遠征軍司令官に過ぎないという縛りが結局幕府をグダグダにした。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/03(土) 13:43:11 ID:K15z3aRZ0
徳川家康の農本主義が日本の歴史にどれだけのマイナスを齎したことか!

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/04(日) 15:53:00 ID:kMbpD43q0
関連スレ
徳川政権が続行していれば、太平洋戦争は無かった。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1161996972/


84 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2009/01/06(火) 04:00:51 ID:6jbugodh0
簡潔に頼むぜ。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/21(水) 21:31:41 ID:SmL+wKcW0
今、民主党が倒幕・維新気取りなのだろうが、
彼らこそ、国家の行く末より自己の権力獲得・保持しか考えず、
国家・国民を商売道具にする、まさに当時の徳川将軍家&幕閣と同じやろ。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/21(水) 22:44:58 ID:1Gz2GlIu0
>85

自民党の方が徳川将軍家&幕閣そっくりだぞ。

87 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2009/01/22(木) 02:28:05 ID:JT8+iUoz0
なぜ「徳川」を「悪の象徴」にしたがるんだ?

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/22(木) 02:33:33 ID:UnUNX7A90
現代日本人にとってワルなんて誰だっていいんだよ
さんざん社会を荒らしたあげくその責を求める存在があればいいだけ

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/22(木) 02:34:22 ID:UnUNX7A90
「馬」「鹿」なんだ

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/22(木) 02:35:11 ID:UnUNX7A90
馬鹿の筆頭家老「桜井よしこ」さま

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/22(木) 02:37:16 ID:UnUNX7A90
まさに「馬鹿のマニュアル」通りだね

92 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2009/01/24(土) 00:15:02 ID:hjwCQfzv0
要は徳川以前の歴史知らんのだろう?

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/24(土) 22:47:08 ID:5IJtW4xJ0
>>85
一番志士気取りなのは自民党を脱党する時に「まるで安政の大獄だ」と言った渡辺なんじゃないかと思われ。
自分だって門閥政治家のくせに何言ってるんだとw

94 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2009/01/27(火) 02:09:48 ID:mSVgepZ40
安政の大獄など生ぬるい。
改易になった大名家などなかろう。
どんどん御家取り潰してしまえばよかったのだ。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/27(火) 06:20:04 ID:SnC3Gmcw0
国民を牛馬のように思いそれを売り渡そうとする人間が何故志士になるのかわからない
それをたしなめると安政の大獄になるんだから意味不明だ

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/27(火) 07:00:47 ID:SnC3Gmcw0
貧困と失業をもたらすことを要求している人間がいる
それに迎合するのが志士か(笑

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/27(火) 07:02:24 ID:SnC3Gmcw0
>貧困と失業をもたらすことを要求している人間

旧皇族のバカボン&若年女性皇族

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/27(火) 07:03:35 ID:SnC3Gmcw0
アサヒっちゃったよ
HAHAHA

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/30(金) 15:38:18 ID:49JW24WX0
維新に洗脳された妄想馬鹿がウヨウヨ

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/30(金) 16:53:50 ID:JausGyOP0
>>1

勧善懲悪物じゃないんだから。悪かったってなんだよ。
こいつらだめだ。早く何とかしないと。(AAなし
見たいな感じかね。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/30(金) 19:17:06 ID:qkIAHI2K0
会津は勧善懲悪だぞ
悪の薩長を正義の会津が倒す事を夢見て、未だに活動中だ

102 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2009/01/30(金) 23:54:50 ID:I0VEWb5W0
>>101
おお!ガンバレ!

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/31(土) 06:46:33 ID:+q64o0rV0
>>1
徳川幕府が意図的に悪い事をしてたとかは多く無いだろうけど、
江戸時代は言うほど良い時代では無いよ。
江戸時代的なものが嫌だった人は民間でも政治に関わった人でも結構いるよ。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/31(土) 07:15:17 ID:j6L533RJ0
商売の本質が、人を束縛することと見抜いた秀吉は賢い
日本には鎖国する力があった

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/31(土) 16:10:09 ID:IUC89pmvO
幕末は上層部がチキンなだけで、実際戦地に赴いた人間の中には優秀な人間が多かった。
支配者が堕落すると天は他の者に支配を交代させるという考えには納得できる

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/31(土) 16:18:16 ID:aInY/+tiO
たぶん、西郷先生、大久保、桂、
その他、維新の志士達も
徳川家が完全に悪とは思っていないし、
それなりの敬意をもっていた。

しかし、時代の流れなのです。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/31(土) 16:41:49 ID:IUC89pmvO
結果としてよかったのか悪かったのか判断しにくいけどね

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/31(土) 19:11:59 ID:0akl2FKb0
徳川幕府の愚民政策、これが日本にまともなデモクラシーが定着しなかった根本原因

109 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2009/02/01(日) 05:55:46 ID:koynhNLx0
大正デモクラシーって何だったんだ?

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/01(日) 09:44:53 ID:7bNwhwZ40
大正時代デモ暮らしーやすい

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/01(日) 12:54:24 ID:H5Ntjqqp0
抽出 ID:SG5sRCcN0 (4回)












(笑)

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/09(月) 16:39:01 ID:bcQt9zIL0
弱腰外交じゃなかったら倒幕も明治維新も必要なかったよ。
あと井伊の独断。もう幕府じゃ駄目だって思わせたのが
倒幕につながったんだよ。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/09(月) 16:51:45 ID:/ElCofrH0
「弱腰外交」w

専門用語だなw

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/13(金) 21:53:35 ID:Iy5yiOmY0
樺太についてはもうちょっと何とかならなかったのか。
アレは全部日本領で確定させていいレベル。ロシア人など一人も居なかったのに。
いくら幕府が弱体化してたとは言え。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/14(土) 00:19:54 ID:8n4dtoz70
>>114
じゃ、今から一人で取り返してこい。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/14(土) 00:22:49 ID:rrtv769W0
何怒ってるの?日露和親条約で樺太を雑居地にしたのは失敗だったろ。
雑居どころか樺太には日本しか居なかったのに。
アレがなければ4島以外の変換も主張できたのに。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 15:51:18 ID:q/CeBVFM0
日露和親条約も何も、一旦条約で決まりはしたが、その後日露戦争の時にすべて占領して日本領にしてるよ明治政府はw
その後失ってしまったのは、薩長閥が結んだ日英同盟を破棄し、二次大戦を起こした東北人を中心とした昭和軍閥なんですが?なにか?。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 16:00:27 ID:KXSkWccP0
オイ金融業者の女!
第二次大戦の原因は、大塩平八郎の乱と同じだぞ

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 17:16:04 ID:KXSkWccP0
おかしな人間が社会資本を独占するおそろしさ

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 17:22:11 ID:KXSkWccP0
国民経済を守る官僚から、自分の欲望に忠実な人間に権力が移行したら
多分また戦争になる

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 17:24:16 ID:KXSkWccP0
トカゲとカマキリは食うことと一発やることしか考えてませんから

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 22:01:14 ID:3DFF+DcK0
>>117
そりゃまぁ昭和軍部があほ過ぎて日本領土を半減させた罪に比べれば屁でもないが、
幕末の幕府も弱くて外国と対等に渡り合えなかったので駄目じゃね?

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/12(水) 22:03:01 ID:ecQCr1zP0
保守

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/12(水) 22:56:07 ID:6F9M/RI20
>>122
いや、それなりに渡り合っていたよ。
アメリカ相手に小笠原を守りきったし、ロシア相手にも互角に交渉していた。
現在、択捉国後の領有権を主張できるのは、幕府がこの件では一歩も引かずに交渉した結果だ。

不平等条約は単なる経験不足が原因。問題となる関税にしても、締結後の関税率はさほど低いものではなかった。
長州とかが暴れるから、引き下げ要求に応じざるを得なくなっただけ。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/13(木) 07:31:56 ID:RdgWjD6h0
鎖国などせず南方に進出してれば、オーストラリアは日本領のはずだ。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/15(土) 02:20:52 ID:RtA9SsdFO
ペリーが開国迫った時の幕府の対応は悪くは無かったよね。
下手したら国中が戦になってた可能性もあったし。
今の日本の政治家なら確実に乙ってた

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 02:32:46 ID:IU9DPsBE0
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128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 20:40:01 ID:Qn1PbB4+0
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129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 23:21:44 ID:AFn6L7Bp0
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130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/26(水) 00:10:05 ID:32u9NV670
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131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/26(水) 00:37:56 ID:I3I7IA1Q0
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132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/26(水) 01:39:25 ID:VuxkM4iu0
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133 :a:2009/08/26(水) 19:07:56 ID:NXHS5IL80
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134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/27(木) 00:11:06 ID:cJQVbddc0
>>124
だね。少なくとも後世言われているより外交能力はあったと思う。
不平等条約だって治外法権・関税自主権否定など不平等だが拒否してアメリカ
とかと開戦してしまう策よりはベターな策だったわけだし。
外国には攻撃を仕掛けないが、国益と国土・国民はきちんと守る。
そう考えたら徳川幕府、なかなかすごいじゃないか。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/27(木) 00:30:41 ID:aSnfW2nK0
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136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/27(木) 17:14:15 ID:NZmgz5mK0
>>134
ロシアとの場合は日本を文明国として試しに無理難題を出してみた結果、
あちらが想定した以上の切り返しが来たのでうまくいったという話。
アメリカとの場合は日本はまだ工業化してないという遅れはあるけど、
GDPなどで比べるとまだ日本の方がアメリカよりも大国だからね。
アメリカとしては日本の無知に付け込んでしてやったりではないかと。

ちなみに1850年頃のGDP国際順位は
4位 ロシア、5位 日本、7位 アメリカ
らしい

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/05(土) 05:44:56 ID:uU3CeBBu0
結果論だねw
徳川幕府は米国と堂々と外交で渡り合ってたなんてw

確かに一握りの官僚(開明派幕臣達)ががんばってはいたが、
実態としては、トップの老中クラスは腰が引けていた。
外国と戦争になったら困ると、相手のイイなりになっている。
ギリギリの交渉が出来たのは、優秀は一握りの開明派幕臣達のおかげであって、
それを徳川幕府全体の外交力と評価するのはイタイよw。
結局は、この開明派幕臣達の意見を入れず、既得権益に固執した老中達は、
天皇に「10年以内に攘夷を行う」と空約束し、皇女和宮を手に入れた。
長州はこの幕府の公約を守れと暴れただけだしw。
幕府の外交はロクデモナイと言える。


138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/10(木) 01:17:25 ID:aPt2pCFe0
>>137
そうだね。
官僚(優良幕臣)は優秀だったのに政治家(譜代の老中)がバカだった。
民主党が霞ヶ関を潰すとかなんとか言ってるが、どうなんだか。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 00:45:27 ID:Flj16Thw0
薩長にしたって、優れた政治家思想家はいたが、それを実施する行政段階の手腕は乏しかった。
細々した事は、結局徳川家家臣を政府に入れ、彼らを上手く使ったから出来た芸当。
明治政府の徳川家臣引き抜きが激しすぎて、静岡藩徳川家が藩政を行う人材がいなくなると嘆いた程だよ。
民主党の「政治主導」は良いとしても、これが脱官僚(官僚切り捨て、官僚不使用)では、やることなすこと失敗するだろう。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 07:08:26 ID:iBu+P0RY0
>>139
>細々した事は、結局徳川家家臣を政府に入れ、彼らを上手く使ったから出来た芸当。

幕府はどうして徳川家家臣を政府に入れ、彼らを上手く使えなかったの?

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 08:31:22 ID:Fsp6pPYN0
>>140
優秀な幕臣とは、その殆どが官僚で、政策を実際に実務として運用する為の行動を行う人達。
純粋な徳川家臣であり、仕事の善し悪しが直接自分の評価につながるから、かなり死ぬ気で取り組んでくれる。
これに対し、老中は譜代大名つまり藩主だ。
徳川家とは別に自分の藩を持っている。老中は任期制でもあり、任期の間に問題が起こらなければ、それで十分に評価される。
逆に言えば、問題を棚上げにして、任期中を逃げ切れば勝ち。
幕臣たちから上がってくる声の多くが、「幕政改革」だったが、
改革には痛みが伴う。その痛みは直接老中に与えられる事なので老中は皆逃げた。
幕府思いと言われる小栗や勝海舟など、何回担当奉行職を辞職(クビ)している事かw。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 08:33:53 ID:Fsp6pPYN0
簡単に言えば、
幕臣達「今、やらなければ日本も幕府も滅びます!痛くてもやるんです!」
老中達「痛いのは厭だ。任期終了まであと○○日。その後の老中がやれば良い。」


143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 13:33:01 ID:t4TwKscbO
今の日本の官僚て日本のために働いてるようにみえねーわ
天下りで退職金たんまりとるために官僚やってんじゃねーの

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 13:39:30 ID:W7Z5PaaI0
>幕臣達「今、やらなければ日本も幕府も滅びます!痛くてもやるんです!」


そんな幕臣が一人もいなかったから幕府は滅びたんじゃないの
長州戦争の時旗本八万騎(笑)は何やってたんだっけ?

それと>>1
江戸時代は飢饉で数十万の民が死ぬ中、将軍様は美女3000人をはべらせて
どんちゃん騒ぎをしていた
明治以降飢饉で人は死んでいない



145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 19:20:13 ID:oDfasWfq0
徳川幕府は犬小屋と非人小屋と御救小屋を建てた。
これを江戸の三小屋という。

明治政府は官営工場と帝国大学と官営鉄道を建てた。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/20(日) 01:51:13 ID:AwcfnP3tO
>>144
>明治以降飢饉で人は死んでいない

長州閥が支配していた明治期はそうかもしれないけど、
長州閥が駆逐されて政党や軍部が政治行政を牛耳った昭和8年あたりだかは
東北でボコボコ飢餓や身売りが頻発してたよ。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/20(日) 04:14:29 ID:MHCM7oRMO

上杉が挟み撃ちしていたら、江戸幕府はなかったのにな



148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/20(日) 11:32:23 ID:QR5VWHl50
>>144
>明治以降飢饉で人は死んでいない
平成に入ってから、生活保護を打ち切られた人が餓死したニュースがいくつもあるぞ。
特に福岡と熊本!

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/22(火) 23:00:07 ID:4meVt7K80
公害で死んだ人

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/23(水) 13:10:26 ID:HyCK5LQ30
>>144
>そんな幕臣が一人もいなかったから幕府は滅びたんじゃないの

 いや、いたんだよw
 ただ君の指摘通り「少数派」だった。
 というか、実際「無役(仕事がない)」の幕臣が大多数で、幕府は飼い殺しにしていた。
 仕事がないといっても、幕臣が多すぎ(江戸時代を通じて、本家から分家分家…と増えていったからな)て、
 本当に与えるべき仕事が無かったのだがw。だが、無役でも禄は貰える。文字通りの「穀潰し」だったんだ。
 優秀な幕臣というのは、元は百姓や町人で、幕臣に新規で取り立てられた人が多いね。
 福沢諭吉とかジョン万次郎とか、あの大村益次郎ですら幕府が見つけ幕臣にした人物(それをスカウトしたのが長州藩)。


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/23(水) 13:24:49 ID:HyCK5LQ30
>>143
現在の官僚は、「金の為」だから日本の為に働いている訳じゃない
江戸幕府の官僚は、良くも悪くも「世襲」するので、がんばって働くと子へと確実に引き継がれていくからね。
ただし、この世襲が有るライン「もう遊んでも一生遊べる」ラインを越すと、害悪に変貌するw

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/12(月) 18:29:42 ID:euZxCnSm0
幕府が、欧米に対抗できる防衛の軍事力を持っていればこんな事にならなかったのになぁ

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/12(月) 21:04:52 ID:EbNBfBhVO
>>139

> 薩長にしたって、優れた政治家思想家はいたが、それを実施する行政段階の手腕は乏しかった。

安政の大獄や禁門の変等で尊皇派の優秀な人材はほとんどいなくなったんだからしょうがないじゃん

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/14(水) 03:42:45 ID:eiCt+/Mc0
徳川幕府が樺太、千島、カムチャツカに
和人を入植奨励していたらおもしろかったのにな

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/17(土) 03:10:25 ID:i1mnSxeTO
>>154
やれる可能性はあったかもしれないけど問題は「誰にさせるか?」だろうね。

維新後は戊辰戦争で食い詰めた武家や囚人がいたから北海道開拓の担い手になったけど。

初期投資も相当な額になる上に、農業や鉱業の近代的技術や経営ノウハウなしに思い付きだけでは成功せんだろうし。

陣頭指揮を取れる農政のリーダーや国境問題を解決しうる外交担当者もいないとロシア・清・アメリカとの軋轢を大きくするだけに終わりそう。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/18(日) 10:34:38 ID:JdQpA5dV0
田沼意次が失脚してなければ、やってたかもしれないね。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/18(日) 19:51:22 ID:LqFJyAwB0
豊臣秀吉、明征伐の一貫で朝鮮&台湾出兵

明が領有意識のない台湾を手中に収める

台湾が徳川に引き継がれ、
対外に琉球国の一部と見せかける

明の終焉、清は台湾(琉球王国)の日本服属下を黙認し、
日本との貿易中継国として利用

かしこい江戸幕府が樺太・千島・
カムチャツカに日本人入植を推進

日露国境がカムチャツカ内と北樺太でモメる

北樺太カムチャツカ交換条約によって、
占守島カムチャツカ間と宗谷海峡が日露国境に画定

日清戦争で海南島・遼東半島割譲→
三国干渉で遼東半島返還→
日露戦争で南カムチャツカを割譲→
第二次大戦敗北により満州国利権、海南島、
南洋、南カムチャツカを各国に返上

樺太島、千島、北海道、本州四国九州、
沖縄、小笠原諸島、台湾島の日本の完成

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/20(火) 00:50:45 ID:DfWOi2YU0
>>153
安政の大獄で捕まった連中って優秀か?
むしろ蛮社の獄の方がダメージ多かったんじゃ

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/20(火) 18:35:13 ID:lSwhUX2E0
>>158
知識があって優秀っていうより影響力が大きい小さいの話しっぽいけどね。

蛮社の獄で捕まったのは学者・浪人が多くてあくまで知識や思想統制だったけど、
安政の大獄では藩の要職・事実上のオピニオンリーダーで藩政や幕政に直接影響力を発揮しかねない人物。

だからこそ大獄後は水戸も越前も動くに動けなくなったかと。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/21(水) 22:53:07 ID:I/dTyHbxO
>>153
あの〜、安政の大獄や禁門の変で死んだ連中は行政官タイプじゃないんですが。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/23(金) 11:28:07 ID:e+BWowWcO
>>150
旗本八万騎を近代歩兵にしようとしたら
殆どの当主が隠居しやがったでござるの巻には笑ったな。

幕府改革主張したら旗本に斬られるこんな世の中じゃ

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/24(土) 01:00:56 ID:juExJot/O
ポイズン…

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/08(日) 00:44:13 ID:KI09Qa5f0
まだ規制か?

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/23(月) 20:48:44 ID:qzqSf4kh0
徳川幕府にも事業仕分けが必要だったな

とりあえず大奥は全廃
旗本御家人も大リストラ、全員いったん解雇を敢行

大鳥とか古屋とか幕末になって採用された連中を除けば、代々の直参で再雇用される価値のある奴なんて
全体の2%ぐらいしかいなさそうだ


165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/23(月) 21:02:56 ID:WRVQFBth0
江戸に正室、嫡男を人質に取って成り立ってる天下泰平など、
真の意味での天下泰平ではなかった。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/23(月) 22:46:38 ID:xcTUB2HGO
>>164
浪人の反乱再びか。

98%が2%を殺して政権転覆だな。

>>165アメリカの核にたよる現在の平和よりましやね

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/24(火) 00:01:34 ID:7/EOVqBk0
>>166
そのアメリカの脅迫におびえるような国力の低下を招いたのは、
徳川幕府の限界。

参勤交代を強い、国力を疲弊させることでしか、自分の権力を維持できなかった
徳川幕府は、去るべくして去った政権。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/02(水) 19:33:08 ID:0k52/10E0
国力の低下というよりは、泰平の世の中で軍事力的に欧米に劣ったのが問題だろ。

軍事的に対等だったら不平等条約なんて結ばなかった。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/02(水) 19:36:25 ID:YFQGllt40
江戸時代は流通コストが高く。経済的にみても駄目。
無駄な支出が多すぎて、国家が傾いていた。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/03(木) 00:54:16 ID:q1LzL3HO0
そうそう、国力の低下を招くことでしか政権を維持できなかった。

鎖国で幕府外の藩が力を持つことを押さえ(一部外国との貿易は幕府が一括管理)、
江戸に正妻、嫡男を人質に取って参勤交代を強いて莫大な経済的出費を強いることで、
幕府の優位性を保つ、時代遅れの政権だった。

欧米各国と国力の差が出るのは当然の帰結だった。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/03(木) 02:59:52 ID:NXfvtNGrO
まあ北の将軍様に比べれば遥かに民衆を幸せにする政府だたと思う。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/03(木) 08:00:26 ID:dbegvMCf0
なんかへんなネガキャンしてる奴がいるな

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/03(木) 19:34:41 ID:cg+0YIT6O
>>171
北朝鮮だってメディアがロクに報道していなかった頃は
地上の楽園扱いしていた奴もいたじゃん。
江戸時代の史料なんて高級役人が書いた捏造文章ばっかりだから
江戸時代を見るときは北朝鮮並のバイアスをかけないといけないよ。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/03(木) 21:16:58 ID:yAy46Cxb0
北朝鮮と江戸時代は確かに似ているよな。
地方の人間は餓死しまくりで、
将軍様のお膝元であるピョンヤンに住む一握りの住民だけ豊かとか。
将軍様に忠誠を誓う官僚だけ優遇され、逆らったら財産没収でゲットー行き。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/03(木) 21:46:36 ID:cg+0YIT6O
>>174
もちろん北朝鮮よりマトモな点もある。
幕府に反抗的な外様の一部の藩や、
農本主義から外れた一部の町人はそこそこ豊かだったこと。
幕府やお仲間藩の支配下はこの世の地獄で
統制が及ばなかったところは比較的マトモだったなんて、
どんだけはた迷惑な為政者なんだかw

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/05(土) 13:40:46 ID:A3w5Ip12O
江戸時代の文化は好き
まあ幕府関係ねーけど

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/05(土) 14:50:56 ID:1dRQHByz0
近世のことを語る奴は…キチガイ

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/05(土) 18:35:52 ID:Qbb/w2CR0
>430 :名無しさん@十周年:2009/12/05(土) 15:30:51 ID:g+oqknRm0
>江戸幕府・・・要所はすべて直轄地、江戸〜京都間は親藩、譜代でがっちり固める。
>まさに鉄壁の体制、中の人は崩壊なんてありえないwwwwと思ってたよ。

鉄壁の体制で最後の最後まで崩壊していない。
徳川幕府のトップが鳥羽伏見の戦いの結果に嫌気が差して投げ出しただけ。


179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/07(月) 00:40:44 ID:onWay3fc0
>>175
おいおい、江戸時代 どれだけ貧しいと考えているの。
第一、日本は、中央集権国家じゃねえの。 藩の寄せ集め。

租税も、実際は、15〜20%で、農民でも米が食べることができた。
といわれている。(米の収穫量から計算すると)
税率も、検地は、江戸初期に行われただけで、それに合わせているから
そのあと、収量が増えたとか、開墾とかは関係なし。
(だから八公二民なんてことになる)
飢饉のときは、そりゃ餓死者はでるが。

さらに貨幣経済も発達している。

そりゃ、現代と比べ、貧しいかもしれないが、地獄じゃないと思うぞ。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/08(火) 05:45:18 ID:oitNU9930
税金が安かったのは、天領だけだぞ、諸藩は参勤交代と、江戸滞在費用がかかり、
これは藩の経費の半分を占めていた。さらに普請などもいいつけられて、金がかかる。
検地も諸藩はけっこう頻度高い。100年もなかったのはそれこそ天領だけだろう。

そして貨幣経済の発達?だからそれで飢饉がでれば餓死者がでまくり、
諸藩は金がないから、飢餓移出していたからな。
莫大な参勤交代と、江戸滞在費用を捻出する為だ。
江戸時代は暗黒時代。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/08(火) 09:22:01 ID:9unI/4lV0
>>144
琉球、沖縄県は無視かよ
明治維新以後も人頭税やってたんだぞ

182 :フレスベルグ:2009/12/25(金) 23:15:12 ID:QFeEn/qH0
悪いというイメージは勝利者側の視点かもしれない。


183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/28(月) 02:28:14 ID:OqD5C9Sx0
そもそも江戸幕府の開祖、家康の所業からして、ケチがついてるわけだが。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/28(月) 22:37:45 ID:A7mlYlPj0
武士階級の数が多すぎて
財政的に苦しくなって自滅したんだろうな。
この辺は今の日本と同じ。
公務員階級が多すぎて自滅の一途を進むと・・・。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/28(月) 23:26:37 ID:dp15ve6M0
>>170
でも徳川を上回る藩が現れなかったのも事実
低下を容認してでも泰平を甘受していたんじゃないの
もしくは人質を出すことが既得権益につながると考えてたとか

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/28(月) 23:46:04 ID:07xDirW00
やっぱり徳川時代の政治は消極的なんだよな。
泰平を乱すもとを始めから潰すことばかり考えてるので、進歩性を否定してしまう。
結果、幕末に想像をはるかに超えた武力を持つ西欧列強に出会い、なす術もなく開国させられている。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/30(水) 01:47:12 ID:KHEGEKSD0
という事は、開国をせまられたタイミングって結果良かったって事?
もっと幕府に力ある時だとどうなっていたんだろう…戦争してた?
だとインカとかみたいに国自体が消滅してしまっていたりして

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/30(水) 23:46:48 ID:cd/tXRGu0
>>184
> 武士階級の数が多すぎて
> 財政的に苦しくなって自滅したんだろうな。

それは李氏朝鮮と勘違いしてる。
武士の次男坊三男棒は結婚できずに死んでいったから人数増えてない。
農民や商人の所得を捕捉できず、
経済発展にともなう支出増に徴税能力が追いつかなかった。

> この辺は今の日本と同じ。
> 公務員階級が多すぎて自滅の一途を進むと・・・。

日本の公務員数は、先進国では少ないはず。軍人少ないしね。
ただ、公務員一人当たりコストとか、無駄な公法人や公共投資は多いだろうけど。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/05(火) 19:56:20 ID:9TMCA5CH0
一般的に単純に江戸時代や戦前日本(戦時中でなく大正時代とかまでが)暗黒社会、
恐ろしい時代のように言われるがある一点の視点から見たらいつの時代も暗黒。
今の時代だって後の時代に見方を変えたら、
・21世紀初頭の日本は裕福な者は大規模な投資をしている半面、大半の者は財布が
火の車と言う貧民生活をしていた。更に下にはネットカフェ難民と呼ばれる安アパートに
すら住めない者が大勢いた。また、それにすら住めない者も存在した。
資本家と雇用者は主と奴隷の関係だった。だが、当時はこれが普通だった。また、
雇用を突然きられる者、働かされすぎて過労死も当たり前だった。
格差は問題視されたが皆それを当たり前と思い解決されない社会だった。
・結婚して豪遊する者もいれば恋愛すら出来ない貧しい者がいた。当時の格差社会では
当たり前だった。
・電車内で痴漢をしてなくても女性側の一方的な誤解で冤罪は当たり前だった。
この場合女性側の通報だけで逮捕・有罪となり社会的に破滅させられる者は当時沢山存在した。
時には気にくわない男性を追い落とす為にすらこの手法が使われ破滅させられた者も多く存在した。
男性側の証言は一切拒否される時代だった。

100年後、200年後の人にとって現在はこのようなイメージで語られ、「21世紀初頭は想像を絶する恐ろしい
暗黒社会だった」と言われてるかもしれない。


190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/05(火) 20:35:48 ID:6Ou8tyTQ0
>>188
んー?違うぞ。幕府や藩内に全く無意味な役職や儀典をする部署がつくられ、
そういう次男坊、三男坊が就職して武士階級の数が増えていったのもまた事実だぞ。
藩の場合は財政が厳しいから、そういうケースは少ないが、幕府ではよくあったこと。
江戸時代を通じて、人口は約2倍になったが、武士階級の比率が全体の半分になったわけじゃないしな。

農民には検地で捕捉しているし、商人の場合がカルテルに入るのに金をとったり、
家の敷地に応じて税金をとったりしている。

そして日本の場合は、公務員の数は何分の一かだが、
コストは2倍から、三倍もかかり、欧米が政府で管理しているのを、
民間に事業委託して「公的機関で働く人間」の数はそこまで差がない。
ようは公務員と同じ待遇が出来ないから、民間委託で待遇を切り下げているわけだ。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/05(金) 12:20:08 ID:jDNAi+Py0
江戸時代は必要以上に悪政で尚且つ他国と比べて時代遅れだったようにいわれている気がする。
確かに政治制度的には軍事面では欧米が常備軍制の中、武士の旗本・御家人、政治面も欧米が議会や
憲法を作ってる時に、譜代大名により選ばれた老中による合議制、幕藩体制と遅れていたのは事実。
だが、文化となると欧米より100年程早い面もあると思う。
例えば元禄文化は町人と呼ばれた上方の商人が担い手、これはいわゆる市民文化、ブルジョア文化であり
欧米より一足速い時代に開花している。
後半期の化政文化は担い手は長屋の住民など正式には町人とされなかった大衆層。
つまり大衆消費社会である。これは欧米に至っては20世紀の第一次世界大戦後辺りなってからであり
19世紀初頭の江戸時代既に大衆消費社会ができていた日本は文化的には欧米より
進んでいた一面もあると思う。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/05(金) 13:45:34 ID:LqGGNtaY0
風雲児たちってマンガに江戸時代について詳しく書かれているそうだけど
読んだ事ある人いますか?

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/05(金) 14:59:43 ID:QAwI2dTX0
明治政権は江戸幕府を倒してできたから
悪く言われるのは当然ある
優れたいい政権を倒したとなると大義がないからな
実際どうだったのかはしらんが

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/05(金) 16:55:46 ID:B7rErJC00
江戸時代が悪政なのは事実だが?

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/07(日) 22:29:56 ID:7q9qx2F30
江戸時代の町民文化が優れていたことは認めるが幕府はそれを規制してた側だろ

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 12:28:57 ID:Fjuo2cjt0
家康〜家光の代までに構築した精緻極まりないシステムは
此れ全て徳川幕府の永劫たる存続、それのみを追求したものだし
民衆なんてのはその付随品に過ぎなかった

田沼の改革が上手くいってればもう少し変わったかもしれないけど
結局、白河侯の手でまた逆行してしまったわけだし
で、このスレでの田沼意次の評価はどうなの?
金権政治を持ち込んだ奸物?
それとも貨幣経済を発展させ、近代国家への道を模索しようとした改革者?

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 18:59:05 ID:tTCOcttx0
逆説的には江戸幕府なんて土百姓から見れば単なる付属品に過ぎなかった。
江戸時代の村落は実質的に完全な自治組織であって、法人として他者と契約も結んでいた。

田沼は俺からすると微妙な評価だな。
目指すところは革新的だけど、課税システムも改革しないと幕府はますます貧乏になるよね。
運上みたいな固定的な賦課金じゃなくて、利益や売上に対して課税する必要があるけど
その方法はあの時代に存在しなかったんじゃないかな?
幕府財政を考えれば、重農主義的方向に進むのはやむをえないかと・・・

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 20:19:14 ID:37H4Q54D0
経済発展が進み、その結果相対的に米価格が下がり
それによって武士の生活が立ち行かなくなったわけで…
吉宗も定信も忠邦も結局のところ、経済発展を抑制することで
経済全体における米穀の優位を取り戻そうとしたわけだけど

石高制からの脱却って無理だったんだろうか?

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/11(木) 23:31:55 ID:ERVPr/jI0
日本史の教科書で江戸時代は一揆が多かったという記述が目立つが
付属の図をみると
10年間で多くて90件しかも農民の一揆は1/3程度
1年あたり9件くらいしかなく、しかも藩の数が300余州とか言われているので
その数を割ると…。
一件でもあると騒ぐような感じだと思った。

明治期のほうが倍近くある。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/13(土) 13:27:38 ID:MGlbs4k80
明治維新は完全なクーデター。正義も何もない

だから、幕府を否定しなければならなかったのだろう

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/13(土) 21:58:11 ID:2fuNB3sN0
幕府最大の悪い点は、体制・組織の硬直化だな。
慶喜に代替わりして何とか頑張ってみたが、結局はその悪弊によって天下分け目の鳥羽伏見で敗北した。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/14(日) 05:44:42 ID:TPHlQw6y0
ここは進歩史観でものを語ってる奴が多いねw


203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/14(日) 10:49:42 ID:n7OOm3oP0
>>201
だからこそ250年保ったと思うべき>体制・組織の硬直化
黒船来航なんて家康の時代からじゃ想像できなかったんだから

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/14(日) 11:20:59 ID:Rc2xgXWC0
進歩史観っていうか、ただの組織の柔軟性とかそういう意味さね。
これが硬直化して滅びたのは、別に徳川幕府に限った話でも無い。
むしろ、長く続けば仕方のない事でもある。

>>203
いや、俺は別に徳川家康を批難する積りは無いが、
幕末に幕府が自己を変革しようとして、遂に果たせなかったのが
勝負の分かれ目かなぁと。故に悪かった部分に定義した。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/16(火) 21:53:07 ID:uHbmdtDI0
いや幕府は諸藩を疲弊させることで力を弱めさせて、体制を維持するというもの。
貿易も規制して技術革新も弱くなった。それで列強との間に大きな差が生じた。
黒船に対抗できなかったのは当然の流れ。

ただ家康ではなくて、その子と孫の責任だな。
家康はそこまで諸藩いじめはしていない。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/28(日) 04:26:33 ID:K9mPY6pK0
>>117
おいおい。日英同盟廃棄に応じたのは、
幣原喜重郎だよ。
幣原外交(しではらがいこう)で有名だけどね。
それと日英同盟が廃棄されたのは、昭和軍閥が出てくる前の
ワシントン会議(ワシントンかいぎ、1921年11月12日 - 1922年2月6日)だよ。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/10(水) 20:38:57 ID:h772R9yN0
特色だった鎖国すらまともに出来なくなった腑抜け幕府に何の価値もないだろ。
倒幕されて正解。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/10(水) 21:14:01 ID:lASTh5zv0
ただでさえ神格化されやすい創始者をホントに神様にしたのは失策
だったと思う。




209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/19(金) 23:41:45 ID:s8Co44kR0
江戸幕府の衰退は、朝幕関係の推移から見ないとわからないよ。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/20(土) 00:54:47 ID:spPyqCyt0
まさか明治以降より江戸時代の方が良かったとか思うバカはいないと思うけど、
封建社会に生きる庶民の悲惨さをもっと理解した方が良いと思う。
元禄頃には早くも幕府も藩も財政破綻して、商人から返済なしで借金しまくり。
実質出回っている金の何千倍が借金で、普通の藩士は馬も変えない、人も雇えないってのが江戸時代。

東北あたりでは5年に一回のペースで飢饉が起き、幕末の南部藩では4分の1の人口が餓死した事実があるらしい。
こんな状況でも隣藩からは食糧の支援もままならないのが封建社会。
日本が統一されておらず各藩による自治政治のため、一揆など外向けに不都合な情報は全て握りつぶすので、領民にとってはまさに地獄絵図だ。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/20(土) 08:16:52 ID:pIpCnlGk0
>>210
>まさか明治以降より江戸時代の方が良かったとか思うバカはいないと思うけど

え?いるよ。★とか早乙女とか会津系作家。
日本独自の文化を育み、史上まれにみる平和国家だった江戸時代。
対して西洋の猿まねをして日本の文化を破壊し、戦争に明け暮れた明治以降の日本。
江戸時代がどれほど素晴らしいか、それだけでも解ると著書で力説し、会津ファンの支持を集めている。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/20(土) 08:46:11 ID:spPyqCyt0
>>211
それ、ただのネタだろ?なんでコアな会津作家なんて持ち出すよw
連中は空想を商売にしてる点で、SF作家と同列と見做すべき。
作り話にリアリティを持たせるのが小説家の腕の見せ所だからな。
「まさかUFOがホントにあると思っている人はいないと思うが」と同次元の話だよw


213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/04(日) 13:44:17 ID:DWTQFYVAO
会津系作家は会津や幕府、新撰組を美化してるだけじゃん。
会津なんかどんだけ蛮行やらかしてるよ(笑)

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/21(水) 11:58:13 ID:qRsVKj/q0 ?2BP(0)
 
松本清張原作「かげろう絵図」に日本の陰謀

http://akiba.geocities.jp/pxzuwp/0203/32/207.html

徳川幕府第11代将軍徳川家斉の治世に、日本は世界的な陰謀を企てた。

国内では、日本の戦術に従い、責任者不在、責任転嫁、事件の捏造など、

ありとあらゆる戦術が使われた。

この映画は、その時代背景を如実に表す。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/11(火) 10:30:24 ID:6hduniRZ0
そもそも武士の数が多すぎたんじゃないか

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/02(水) 19:15:45 ID:N0W5J+M9O
ここ左翼史観に被れた奴が多いな
なんだかんだで江戸時代はそれ以前の幕府や朝廷よりはうまいことやってたと思うよ
あの時点での倒幕も当然だとも思うけど

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/16(水) 14:28:50 ID:klKKT/ooO
サヨクスレ

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/17(木) 02:56:46 ID:JjnNw1gL0
まぁ江戸幕府以前は幕権弱過ぎだしな。
ゲームで言えばクルセイダーキングスみたいな感じ。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/30(水) 14:36:39 ID:GUUACVIpO
基地外佐幕も江戸時代暗黒史観主義者もくたばれ

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/30(水) 15:25:00 ID:zT00vtrQ0
米英にビビッって金貨と銀貨の交換比率を
米英の都合の良い様に変えて
金を流出を放置したサムライ政権を
悪くないというのはこれいかに?

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/30(水) 16:23:12 ID:GUUACVIpO
その頃は潰れろと言われても仕方ないけど江戸時代は全て悪いは極端


かつての朝廷、鎌倉、室町幕府よりは治まってたし織田、豊臣政権は長続きしそうにない

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/02(金) 08:59:14 ID:fbjdSSF40
徳川がチキンで徹底的に反乱を防ぐ政策を取ったおかげで平和は続いたが
軍事技術の発展が止まって国際的競争力を失った
そのツケを払わされたのが慶喜

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/06(火) 14:23:43 ID:4vHnUMUa0
内乱防止に努めることはチキンなのかw
為政者なら当然だと思うが。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/06(火) 20:43:06 ID:HWZGpk2F0
江戸幕府って結構敏感に海外情勢に対応してる。
幕末の洋式軍隊設立も決して遅くなかったし。
ただ運用や思想まで学ぶには伝統に固執する旗本が邪魔だった。

225 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 22:37:04 ID:1Ex87nM10
まあ鎖国は失敗と言うしかないな

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