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明治の軍隊と昭和の軍隊の違い?

1 :なたら野:2008/03/15(土) 11:41:25 ID:ghjn9JaL0
勝敗と世界

なにが違うの?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/15(土) 12:22:38 ID:2cJAblCVO
2なら二階級特進

3 :名無しさん@お腹いっぱい:2008/03/16(日) 08:34:44 ID:McNQN9190
軍服が違う

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 09:28:31 ID:Dg19AzaG0
前者は町の人が多く、ファッショナブル。後者は田舎の人多く泥臭い。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 10:04:45 ID:t6lgSFMN0
>>4
 共に全国から募った徴兵と志願による将兵によって
成り立っているわけだが、この違いは?

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 11:28:58 ID:LzNB7uDQ0
兵士の出身階層が違う。
明治の軍隊は旧士族が多数派で農民出身は少数派。
昭和の軍隊は農民出身が多数派で旧士族は少数派。
日露戦争の東郷平八郎聯合艦隊司令長官は元々が薩摩藩士であった。
明治の軍隊のトップクラスは薩英戦争、戊辰戦争など実戦経験のある武士であった。
昭和の軍隊のトップクラスは陸軍士官学校を出ただけで実戦経験皆無の軍人であり、
旧士族でもない。インパール作戦の牟田口廉也、ビルマの屠殺者こと木村兵太郎、
敵前逃亡の富永恭次が代表例。青年将校クラスは農家の次男あるいは三男以下が
ほとんど。代表例が226事件の磯部浅一。
明治の軍隊が武士道を幼少時代から身につけて時代のリーダーだった武士に指導されていたのに対し、
昭和の軍隊は無知・単純・純朴・粗野・愚鈍だが学歴だけでのし上がった農民に指導されていた。
明治の軍隊が統制が取れていて国家に対する自己犠牲精神に貫かれていたのに対し、
昭和の軍隊は統制が取れてなく情実人事、情実処分ばかりで筋が通らないことばかりであった。
明治の軍隊は士族の反乱や秩父事件の鎮圧など国内の治安維持にも活躍し無法な農民に対して
同情的でなかったのに対し、昭和の軍隊は515事件、226事件など貧窮に喘ぐ農民に同情したあまり
自ら国内の治安を乱した。
明治の軍隊は儒学思想がベースにあったのに対し、昭和の軍隊は国家社会主義、無政府主義、
共産主義などの思想に影響されていた。
明治の軍隊と昭和の軍隊の違いは枚挙の暇なし。一旦筆を置き読者の評を待ちたい。


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 11:35:13 ID:BRmmJRyEO
ラッキー7

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 11:57:37 ID:vfaeVE5g0
明治の軍人を教育したのは徳川幕府

昭和の軍人を教育したのは明治政府

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 11:59:08 ID:yLZAsymX0
明治は薩長中心
昭和は東北中心

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 12:03:53 ID:LzNB7uDQ0
>>8
徳川幕府は誰も教育などしていない。
教育をしたのは薩摩藩であり長州藩だ。
教育は藩政の管轄であり、徳川幕府はノータッチ。
まあ犬の教育ぐらいは徳川幕府がやったかも知れない。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 12:07:11 ID:hH5qMoHRO
昭和の軍人はカルト宗教で洗脳されていて、オウムと同じ

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 12:52:08 ID:WwNA+PJOO
日露戦争時の軍人が大平洋戦争に参加していたらどうなっていただろう。
勝ちはしなくとももっとマシだっただろう。というか合理的な人が多かったからアメリカとの戦争は何があっても避けようとしただろうな

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 13:01:02 ID:LzNB7uDQ0
>>12
参加してたよ。山本五十六。日米戦争にも反対していた。
でも海軍だったしな。陸軍がいうこと聞かなかった。
日米戦を避けようとした人も居れば、妨害して全部パーにしてしまった人も居た。
支離滅裂でばらばら、二人羽織じゃあるまいし笑い事じゃなかった。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 13:07:35 ID:oXsmubp20
>>12
当時の日本がロシアと戦うことは一種の大博打で、
決して「合理的」な判断で遂行された戦争ではない。
結果的に勝ったから美化されてるけど、負けてたら日本は破滅してた。

ちなみに、もしも乃木や伊地知が太平洋戦争に参加していたら、
無謀な肉弾突撃を繰り返し、犬死にする兵士の山を築いてたはず。

要するに、ほとんど変っていないということだな。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 13:42:40 ID:500qzXsg0
>>14
とんでもない。>>14はことごとくデタラメだ。歴史を無視した暴論に過ぎない。
日本は日英同盟を結び英吉利の間接的支援を受けたし朝鮮、清の局外中立を取り付け、
亜米利加の講和斡旋を得るなど軍事力だけでない外交力を含めた総力戦で勝利した。
明石元二郎は露西亜の革命勢力を支援するなど、帝政ロシアの後方攪乱作戦で活躍し、
日露戦争に貢献した。大博打では全く無い。
そして負けてたとしても破滅などしていない。朝鮮半島の利権を失い、樺太・南満州鉄道等の戦果は
当然無かっただろうけど。
ただし皮肉なことに明石が支援した革命勢力はその後ロシア革命に成功し、
ソ連は謀略で日本を太平洋戦争に引きずり込み、樺太・南満州鉄道等も全て奪い返された。
だけでなく北方領土も不法に占拠されてしまった。
日露戦争で日本がやったことはソ連にそっくりそのままやり返されてしまったのだ。

要するに、ほとんどお前は嘘つきだということだな。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 14:34:09 ID:8Wr97cDwO
宮中某重大事件とバーデンバーデンの密約に端を発する
1920年代の長州閥粛清を経て、東北人が陸軍と政府を掌握するに至った。
陸軍が奇行に走り政府がこれを追認しだしたのは、この頃からである。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 15:09:24 ID:DxPAGqcu0
>>15

ロシアにもうちょっと戦争を続ける気があったらヤバかったわけだし、
明石の工作の有効性には最近疑問符が付けられてるし、
朝鮮半島の利権を失うということは当時の日本にとっては「破滅」に他ならなかった
(だから戦争をしたわけだが)ということも分からんお前はバカということだな、気の毒だが


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 15:33:06 ID:500qzXsg0
>>17
>ロシアにもうちょっと戦争を続ける気があったらヤバかったわけだし、

明石の工作が効いたから血の日曜日事件などが起きて、帝政ロシアは戦意喪失したのだが。
お前は歴史を無視した空論だ。

>明石の工作の有効性には最近疑問符が付けられてるし、

明石の工作の有効性は当時の外国首脳からも高い評価を得たのだが。
疑問府をつけたのは誰?お前は全く具体的な事例を示さない空論だ。

>朝鮮半島の利権を失うということは当時の日本にとっては「破滅」に他ならなかった
いいえ、全然。お前は歴史を無視した空論だ。

お前はバカということだな、気の毒だが
お前の御伽噺には何一つ根拠がない

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 15:53:34 ID:WwNA+PJOO
バカだとか罵倒しなくてもいいだろw
落ち着いてくれよ。煽らなくても議論はできるぞ

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:06:59 ID:la7Y4rLGO
ロシアには舐めてかかっていないけど、アメリカはロシアよりも舐めてかかっているよ。
それと第一次大戦を本気でやっていないから、革新的に進んだ総力戦に全く未経験だったのも痛い。
あのイタリアですら、自動小銃に最低8連発可能な小銃を装備していたのに、日本軍は日清戦争時の清軍が使っていた連発銃より装弾数の劣る3発式でアメリカとやってんだもん。
一次大戦を本気でやっていれば、ヤシの木を組んだ陣地で水際作戦やって、艦砲射撃で陣地粉々にされて、ただてさえ少ない武器食料を陣地に起きっぱでジャングルに逃亡、
餓死・病死・原住民になぶり殺し・万歳突撃、だなんて結末にはならなかったろうね。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:24:08 ID:DxPAGqcu0
>>18

明石の工作がことごとく失敗してた点については
稲葉千晴『明石工作 謀略の日露戦争』(丸善ライブラリー)に詳しい

まあお前みたいなのは死ぬまで坂の上の雲でも読んでアヘアヘしてろクズw



22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:26:26 ID:JsoWVm280
>>17

横からスマソ

貴方の言うことも一理あると思うが、開戦の決断は大バクチだったと思うよ。
何しろ当時のロシアは世界一の陸軍を持つ大国だよ?
本当の意味で賠償金を取れなかった時点で勝利とは思えないし、実際民衆が不満を募らせたんでしょ?
逆に日本が賠償金を取るって依怙地になって戦争が続いていたら多分フルボッコ状態。
その上多額の賠償金取られて今頃ロシアの一部だろうね。

わしが思うに明治の軍隊と昭和の軍隊に基本的に違いはないと思ってます。
明治は挙国一致だったのに対し昭和は官僚(陸軍省・海軍省)が自分の省益だけを考えて好き勝手に動いた。

たったそれだけの差(でもすごく大きい)じゃあるマイカ。

23 :17:2008/03/16(日) 16:29:57 ID:DxPAGqcu0
>>22

俺は開戦の決断は大博打だったと言ってるよ
そういうことは司馬史観w信者の>>18に言ってくれ

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:30:52 ID:500qzXsg0
>>20
日露戦争の時代は、死の八甲田山行軍事件を起こしたように、事前の準備・研究に余念が無かったし、
そうした痛ましい犠牲者も出したのだ。
しかし太平洋戦争はどうだ。
大吉が出るまで御神籤を引きなおすことしかやってない。
首脳部が戦争をボードゲームとしか認識していない現場知らずだ。
太平洋戦争の軍首脳部は明治維新の旧幕府軍にも劣る壮絶な馬鹿っぷりを遺憾なく発揮して
日本人を見殺しにした。
話にならんよ。
明治の軍隊が勝ち取った成果を昭和の軍隊を全て無にしたうえに、加えて比較にならない被害を
日本にもたらした。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:33:39 ID:M8yvA7BtO
日本を誇張しすぎ 運でやってきたような国だからねほとんど だから今でもなめられるのさ アメリカ、ロシアはもとより韓国やオーストラリアの雑魚にもね

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:36:38 ID:yL7TKBDa0
>>15
日露戦争は南下するロシアからイギリスの中国利権を守るため、日本が番犬として利用された戦い。
たしかにイギリスの強力な支援があったことが最も大きな勝因なんだけど、
それはあくまでもイギリスの政治外交能力が優れていたことの証。
イギリスの手のひらの上で踊らされていた明治の軍人が優れていたわけではない。

また、日本はイギリスから国家予算の2倍にあたる借金をして日露戦争にいどんだ。
負ければ、日本の港湾の関税は担保としてイギリスに差し押さえられ、日本経済はイギリス資本に牛耳られるところだった。
さらに、強欲なロシアも、朝鮮半島だけで満足するわけがない。巨額の賠償金をふっかけ日本の植民地化を謀るのは必至。
まぐれ勝ちできたから助かったものの、たかが朝鮮半島のために日本の存亡を賭けたのは、どう考えても不合理だ。

また、樺太は「戦果」とはいえない。
明治政府がロシアに二束三文で譲り渡した島の半分を、返還させただけのこと。
数万人の兵士を犬死させたのに、賠償金すら取れなかった結末は、明治政府の読みの甘さを如実に示している。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:37:53 ID:DxPAGqcu0
>>24

お前、太平洋戦争で戦死した人にずいぶん失礼な言い草だなw
て明石工作はどうなったんだ?w

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:42:37 ID:DxPAGqcu0
>>26
>たかが朝鮮半島のために日本の存亡を賭けたのは、どう考えても不合理だ。

おいおい、朝鮮半島は日本の安全保障のために死守すべきだったんじゃなかったのか?


29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:45:06 ID:JsoWVm280
>>17殿

すまそ。>>18殿に、ですorz

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:45:34 ID:500qzXsg0
>>21
ふへ?>>18への反論がたったそれだけ?それで精一杯?
稲葉千晴がお前のキリスト様か。
まあお前みたいなのは死ぬまで稲葉千晴でも読んでアヘアヘしてろクズw



31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 16:53:45 ID:DxPAGqcu0
>>30

しょーもないオウム返しはお前の敗北の明石じゃなかった証www


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:03:01 ID:DxPAGqcu0
>>30

ttp://www1.kcn.ne.jp/~orio/yorozu/shohyo001.html

その明石元二郎を、世界にも何人といない謀略の大家である(p.213)と言い、
レーニンに資金を提供してロシア革命の援助をした(p.195、213)と著者は言う。
しかし明石が主として支援したのはフィンランドのコンニ・シリアクスであり、
レーニンと明石が会った事実は確認できていない。
明石がシリアクスらを援助して日露戦中のロシアの後方撹乱を謀ったのは事実であるが、
現実には悉く失敗したことは、最近の研究で明らかである
(稲葉千晴「明石工作 謀略の日露戦争」丸善ライブラリー、1995參照)。
明石の動静が詳細にロシア側のスパイに察知されていたことも、近年明らかになった。
すなわち明石元二郎は、戦時謀略活動の先駆者ではあっても、
著者が言うような謀略の大家であったり、世界にも何人といないような存在ではなかったのである。


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:08:44 ID:500qzXsg0
>>22
>貴方の言うことも一理あると思うが、開戦の決断は大バクチだったと思うよ。
論拠は?単なる私見ですか。
>何しろ当時のロシアは世界一の陸軍を持つ大国だよ?
何が世界一?
>本当の意味で賠償金を取れなかった時点で勝利とは思えないし、実際民衆が不満を募らせたんでしょ?
はあ?あなた明治の生まれ?
>逆に日本が賠償金を取るって依怙地になって戦争が続いていたら多分フルボッコ状態。
無意味な想像。日本は亜米利加に講和の斡旋を依頼した。ロシアも血の日曜日事件など、
革命騒動で戦争継続どころじゃなかった。
>その上多額の賠償金取られて今頃ロシアの一部だろうね。
根拠の無い思い込み。フルボッコ状態になった太平洋戦争でも樺太・千島・北方領土がロシアの一部になっただけだが。

お前は何が何でも日露戦争で日本を負けさせたがっているようだが、お前が総理大臣だったらやばかっただろうな。

>わしが思うに明治の軍隊と昭和の軍隊に基本的に違いはないと思ってます。
またしても根拠の無い一方的な決め付け。>>6に反論せよ。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:13:47 ID:DxPAGqcu0
ID:500qzXsg0

明石工作がロシアの足をひっぱったという具体的なソースまだー?
(レーニンとかドイツ皇帝とか部外者のリップサービスはどうでもいいぞw)
あとお前の説によれば朝鮮なんか失っても全然惜しくないそうだが、
なんでその朝鮮を死守すべく対露開戦したのか、その理由の説明も早くしてくれよ、
こっちは待ってるんだからw


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:25:20 ID:500qzXsg0
>>26
>日露戦争は南下するロシアからイギリスの中国利権を守るため、日本が番犬として利用された戦い。
国際社会とはそういうもの。お互いを利用し合って、それぞれの国益に資するために条約を結ぶ。
お前に番犬などと日本を貶める資格などない。

>イギリスの手のひらの上で踊らされていた明治の軍人が優れていたわけではない。
お前は明治の軍人を貶めたいだけの卑怯者。国際社会では躍らせたり、踊ったりするのは当たり前。
同じ踊るならイギリスの手のひらの上の方がまだましというだけだ。
それが証拠に日英同盟を解消してから、昭和の軍人は大日本帝國を滅ぼす為に踊り狂った。

以下、お前は自虐史観の妄言ばかりだ。およそ論評に値しない。明治の人の努力をまぐれ勝ちと
中傷するとは売国奴の正体見たり。

>また、樺太は「戦果」とはいえない。
>明治政府がロシアに二束三文で譲り渡した島の半分を、返還させただけのこと。
笑止千万。樺太千島交換条約後、およそ30年かけたロシアの開発の成果を丸ごと横取りしたのが
戦果でないなら、何が戦果だ。そもそも賠償金目当ての戦争でないのに、賠償金すら取れなかったとは
どこのヤクザの言いがかりだ?


36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:26:44 ID:Dg19AzaG0
>>6
当たってる。こないだ漁船にぶっつけて撃沈した軍艦の艦長も泥臭い顔してたね。
どこの何の出身かおしえて。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:29:44 ID:DxPAGqcu0
>兵士の出身階層が違う。
>明治の軍隊は旧士族が多数派で農民出身は少数派。
>昭和の軍隊は農民出身が多数派で旧士族は少数派。

軍隊に農民出身が多いと軍隊の質が下がるのか?
下がるというなら証拠出してみろよ
だいたい下士兵卒に限ればどっちも農民が大半だろw

>日露戦争の東郷平八郎聯合艦隊司令長官は元々が薩摩藩士であった。
>明治の軍隊のトップクラスは薩英戦争、戊辰戦争など実戦経験のある武士であった。
>昭和の軍隊のトップクラスは陸軍士官学校を出ただけで実戦経験皆無の軍人であり、
>旧士族でもない。インパール作戦の牟田口廉也、ビルマの屠殺者こと木村兵太郎、
>敵前逃亡の富永恭次が代表例。青年将校クラスは農家の次男あるいは三男以下が
>ほとんど。代表例が226事件の磯部浅一。

実戦経験ってw、戊辰戦争で戦争指導した指導者層の連中なんて日清・日露のころには
もう現役じゃないだろ
下級将校としての実戦経験というなら山本五十六も松井石根も持ってるが
そっちは無視か?w

>明治の軍隊が武士道を幼少時代から身につけて時代のリーダーだった武士に指導されていたのに対し、
>昭和の軍隊は無知・単純・純朴・粗野・愚鈍だが学歴だけでのし上がった農民に指導されていた。

旅順虐殺事件やらかして外国に言い訳してたくせに何が武士道だよw

>明治の軍隊が統制が取れていて国家に対する自己犠牲精神に貫かれていたのに対し、
>昭和の軍隊は統制が取れてなく情実人事、情実処分ばかりで筋が通らないことばかりであった。

昭和の軍隊だって統制がよくとれていただろwその証拠に天皇の玉音放送ひとつで
整然と降伏しただろw

>明治の軍隊は士族の反乱や秩父事件の鎮圧など国内の治安維持にも活躍し無法な農民に対して
>同情的でなかったのに対し、昭和の軍隊は515事件、226事件など貧窮に喘ぐ農民に同情したあまり
>自ら国内の治安を乱した。

明治には反乱おこす要素がなかっただけだろw

>明治の軍隊は儒学思想がベースにあったのに対し、昭和の軍隊は国家社会主義、無政府主義、
>共産主義などの思想に影響されていた。

お前は徹底的に弾圧されてて見る影もなかった共産革命にびびって早期和平を天皇に申し出た
近衛文麿か?w

>明治の軍隊と昭和の軍隊の違いは枚挙の暇なし。一旦筆を置き読者の評を待ちたい。

こいつの歴史認識が狂ってるのは間違いないw

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:30:44 ID:500qzXsg0
>>34
>あとお前の説によれば朝鮮なんか失っても全然惜しくないそうだが、
お前は捏造ばかりだな。歴史も捏造。他人の書き込みも捏造。
勝手にやってろ!

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:34:38 ID:GDc4RdUQ0
>>1
政府が軍を完全にコントロール出来ていた明治、それが全く出来なかった昭和・・・・この違いだろうな。
もしも明治に石原のような奴がいたら、牢屋にぶち込まれていただろう。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:36:25 ID:DxPAGqcu0
>>38

お前は>>15において「負けてたとしても破滅などしていない。朝鮮半島の利権を失い、
樺太・南満州鉄道等の戦果は当然無かっただろうけど」とほざいて、朝鮮なんか
取られてもそんなのは日本にとって「破滅」でもなんでもないですよと言っちゃってるんだよw
自分の発言にはちゃんと責任を持て、バカw


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:37:54 ID:Dg19AzaG0
 確かに明治の軍人は面長で毅然とした顔つきの人多い。
昭和の陸軍軍人には泥臭い顔(山下奉文等)の人多い。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:40:50 ID:DxPAGqcu0
>>41

>明治の軍人は面長で毅然とした顔つきの人多い。

大山巌なんてカバそっくりだと思うがw

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:42:44 ID:Dg19AzaG0
美的感覚が君とは違う。君農民?俺旧士族。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:43:56 ID:DxPAGqcu0
>>43

それがお前の唯一の心のよりどころだろw

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:47:25 ID:Dg19AzaG0
 よりどころではなく誇り。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:48:45 ID:DxPAGqcu0
>>45

他に誇れるものがありませんと自ら認めてるわけだな
哀れな奴だw

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:50:47 ID:Dg19AzaG0
他にも誇れるものはあるから心配しなくてよい。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:51:29 ID:DxPAGqcu0
>>47

じゃ言ってみろよ
どうせ何もないから言えないだろうがなw

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:54:27 ID:Dg19AzaG0
 農民に言ってもわからないから言わない。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:55:46 ID:DxPAGqcu0
>>49

ほーらやっぱり何もないじゃん
先祖自慢は無能無職の最後の誇りって決まってるんだよww

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 17:59:29 ID:500qzXsg0
>>37
>軍隊に農民出身が多いと軍隊の質が下がるのか?
歴史が証明している。農民主体の軍は内乱を起こすのが精一杯で、ほとんどは鎮圧された。
まして農民主体の軍が外国と戦争して勝利した例は皆無に等しい。例外は外国の協力な支援を得た場合だけ。
>実戦経験ってw、
間接経験も自分の血となり肉となる。歴史に学ばないお前には理解できないと思うが。
>旅順虐殺事件やらかして外国に言い訳してたくせに何が武士道だよw
その前に清の国際法違反がある。すべての責任は清にある。
>昭和の軍隊だって統制がよくとれていただろwその証拠に天皇の玉音放送ひとつで
>整然と降伏しただろw
事実無根。満州事変、515事件、226事件は全て統制違反の青年将校の暴走である。
玉音放送の際にも宮城事件が起きて近衛師団長森越中将が殺害されている。
昭和の軍隊ほど統制の取れてない軍隊は世界史でも珍しい。
>お前は徹底的に弾圧されてて見る影もなかった共産革命にびびって早期和平を天皇に申し出た
>近衛文麿か?w
見る影もなかったのは日本共産党だけ。実際は日本共産党と関係ない共産主義者が軍部、官僚、
マスコミの津々浦々に浸透していた。現在は当時よりも酷いが。

お前の歴史認識が狂ってるのは間違いないw



52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:05:44 ID:DxPAGqcu0
>>51

>歴史が証明している。農民主体の軍は内乱を起こすのが精一杯で、ほとんどは鎮圧された。

お前が言ってるのは大平天国みたいなもので、それを一国の国軍とごっちゃにするなよw

>間接経験も自分の血となり肉となる。歴史に学ばないお前には理解できないと思うが。

同じ事はそっくりそのまま昭和の軍隊にも当てはまるだろw

>その前に清の国際法違反がある。すべての責任は清にある。

大山巌や伊藤博文でさえそんなことは言わなかったぞw

>玉音放送の際にも宮城事件が起きて近衛師団長森越中将が殺害されている。

森は気の毒だったとは思うが、そんなに統制のとれてない暴走軍隊がなんで
玉音放送を阻止できなかったのか説明してみろw

>見る影もなかったのは日本共産党だけ。実際は日本共産党と関係ない共産主義者が軍部、官僚、
>マスコミの津々浦々に浸透していた。現在は当時よりも酷いが。

お前にかかると郵便ポストが赤いのも共産主義者の陰謀だろw

もう少しまともな反論してこいよ、無能w

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:07:27 ID:500qzXsg0
>>40

>>15 のどこに「あとお前の説によれば朝鮮なんか失っても全然惜しくないそうだが」なんて書いてある?


「あとお前の説によれば朝鮮なんか失っても全然惜しくないそうだが」はお前の創作だ。
自分の発言にはちゃんと責任を持て、バカw



54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:10:20 ID:DxPAGqcu0
>>53

>>15>>40を百回交互に読み直せ、能なしw

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:14:16 ID:500qzXsg0
>>52
>お前が言ってるのは大平天国みたいなもので、それを一国の国軍とごっちゃにするなよw
それを一国の国軍とごっちゃにしたのが昭和の軍隊だ。俺に文句言われても困るぜ。
>同じ事はそっくりそのまま昭和の軍隊にも当てはまるだろw
その通り。昭和の軍隊は歴史に学ばなかったからな。
>大山巌や伊藤博文でさえそんなことは言わなかったぞw
当時の政治的判断で言わないほうが得と考えたのだな。
>玉音放送を阻止できなかったのか説明してみろw
統制が取れてなかったから。
>お前にかかると郵便ポストが赤いのも共産主義者の陰謀だろw
くだらねえ。消防かお前はw

もう少しまともな反論してこいよ、無能w


56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:21:23 ID:500qzXsg0
>>54
>>15>>40を百万回交互に読み直せ、能なしw

朝鮮半島の利権が惜しくない訳ないだろ。戦争するぐらいなんだから。
しかし最悪、朝鮮半島の利権を失ったとしても日本が破滅する理由・根拠は全く無い。
一部の資本家か政治家は破滅したかも知れないけどな。
と俺の論点は実に明確で一貫している。

ところが捏造病のお前の手にかかると、これが↓に摩り替えられてしまう。

「あとお前の説によれば朝鮮なんか失っても全然惜しくないそうだが」

お前は先天性摩り替え症候群ですか?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:21:42 ID:DxPAGqcu0
>>52

>それを一国の国軍とごっちゃにしたのが昭和の軍隊だ。俺に文句言われても困るぜ。

昭和の軍隊と太平天国をごっちゃにしてるお前の頭が狂ってるって言われてるんだよw

>その通り。昭和の軍隊は歴史に学ばなかったからな。

明治の軍隊がどんな歴史に学んだのか言って見ろよw

>当時の政治的判断で言わないほうが得と考えたのだな。

それはお前の単なる憶測w

>統制が取れてなかったから。

お前の説では統制がとれてないはずの軍隊が(一部の反乱を除いて)粛々と
降伏したのはなぜかと聞いてるんだ、バカw


>くだらねえ。消防かお前はw

共産主義者が今でも全国のあちこちに巣くってるとかいう
お前の妄想よりは一億倍ましですからw

やっぱり無能はお前でしたからw



58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:26:07 ID:DxPAGqcu0
>>56

>朝鮮半島の利権を失ったとしても日本が破滅する理由・根拠は全く無い

のになんで大国ロシアを相手に戦争始めたのはなぜかって前から
聞かれてるんだから、いいかげんちゃんと答えてくれないかw
話題そらし症候群論点すり替え病かお前はw


59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:30:12 ID:500qzXsg0
>>57
>昭和の軍隊と太平天国をごっちゃにしてるお前の頭が狂ってるって言われてるんだよw
昭和の軍隊は太平天国にも劣る。狂ってるお前になんといわれても全然気にならないけど。
>明治の軍隊がどんな歴史に学んだのか言って見ろよw
やめとく。お前の頭では無理だ。
>粛々と降伏したのはなぜかと聞いてるんだ
それは事実と反すると指摘した筈だが。
(一部の反乱を除いて)で軽く済まされる話じゃないのだぞ。
満州事変、515事件、226事件も(一部の反乱を除いて)で済まされちゃう訳か?
お前はどこの中学校を卒業したのか?それとも小学校中退?

お前と遊んでやるのもこれが最後だ。後はお母さんに遊んでもらえ。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:31:30 ID:DxPAGqcu0
ID:500qzXsg0

が涙目で降伏宣言www

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 18:39:19 ID:DxPAGqcu0
>昭和の軍隊は太平天国にも劣る

こんな自虐発言にはなかなかお目にかかれないな
きっとお母さんの「ご飯よ〜」って声が聞こえてきたんだろうなw
俺も飯でも食うか

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 20:06:36 ID:JsoWVm280
>>33

おまいさんはあおり厨かい?
「恐露病」と「戦争 賠償金」でググってみ。

歴史にifはないから、史実以外はみんな妄想だよ。
当時の紛争処理に敗戦国の賠償金支払いがあったろ?
ロシア皇帝ニコライ2世は「いかなる場合も一銭の償金も一握の領土も譲渡するものであってはならぬ」って突っぱねたんだぞ。
その時点ではまだ条件付き講和するつもりはない、すなわち日本が強硬な姿勢を取れば戦争継続してたって事だろ?
本当に「戦争」に勝ったんなら負けた方がそこまで強気に来るかよww

講和の時点で日本はすっからかん(この戦争に当時の国家予算8年分を消費)、ロシアは戦力はあるが動かせなかった。
軍事的にどっちが優位だ?
強いて言えば事前に米英清朝に根回ししておいた「政治的勝利」だな。
最初から終わりを考えていた明治日本と精神主義で楽観的な昭和日本だよ。違いは。
今と変わらん。

わしは第二次大戦の関東軍シベリア抑留の話を読むと、露助に負けなくてよかったと思っている。マジで。



それから、人のカキコは全て嫁!ゆとりっ!!

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 20:16:12 ID:okYwo2ie0
>>62
>本当に「戦争」に勝ったんなら負けた方がそこまで強気に来るかよww
来るよ。それが100年前のロシアの外交術だ。今でもたいした変わらんが。
>軍事的にどっちが優位だ?
無意味な謎かけに付き合うほど暇ではない。ポーツマス条約がすべてだ。

で、>>6 への反論は無しですか?

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 22:25:25 ID:BRmmJRyEO
ポーツマス ポーツマス

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 23:41:21 ID:CTzsAnfX0
明治から昭和にかけて最も無能な軍人は乃木だろ

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 21:54:02 ID:IWuGXNmo0
旅順要塞に対し、歩兵に正面からの銃剣突撃を繰り返させ、
短時間のうちに6万人の日本兵を殺戮。
やっぱり乃木はすげーよ、普通じゃない。
その後の日本陸軍の自滅戦略の原型をつくった偉人だ。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 23:39:40 ID:lTXrPKlD0
243 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/17(月) 22:47:22 ID:IWuGXNmo0
木戸孝允の孫でなければ、無能な木戸幸一が内大臣になれるわけがない。
寺内正毅の息子でなければ、無能な寺内寿一が陸軍大臣や軍総司令官になれるわけがない。
長州の世襲システムが日本を腐らせたんだよ

いろんなところで必死だのう。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/18(火) 05:56:24 ID:qS1YZv580
>ポーツマス条約
日本は賠償金にこだわったため、樺太全島を取りそこなった。
結局、賠償金は一切なし、樺太は半分だけで決着。
その樺太半分にしても、もともとは明治政府がロシアに騙し取られた日本の領土だ。
日本の外交下手は明治から変わっていないね。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/18(火) 07:40:44 ID:XIEnkdHW0
>>10
明治の武士の教育は藩主たる殿様。
昭和の教育は下級武士だな。
>>6に近い意見かな。
しかし明治と昭和は継続性も多い。
例えば東郷平八郎は昭和の海軍のリーダー的存在。
>>12
関東軍の起源は日露戦争後の遼東半島守備隊から。
>>18
ガポンが起こした事件だから明石は関係ねーだろ。
>>26
それが安請負の増税と臥薪嘗胆スローガンから日比谷焼き討ち事件まで
招いたわけで、ここいらの安直さは昭和にしっかりと受け継がれている。
昭和のポピュリズムは明らかに明治に起源がある。
>>32
そもそも血の日曜日にレーニンは関係はない。
>>37
明治にも竹橋騒動があったように、敗戦直後の近衛兵も反乱を起こした。
また昭和の軍隊や政府の「鬼畜米英」のスローガンは攘夷思想が起源だと思う。
>>51
軍隊で問題だったのはむしろ日蓮宗の観念論だろ。
この観念論がドイツ観念論と実に相性がいい。
>>52
マッカーサーがいなかったら内戦だったかもしれんな。
明治政府も内戦したしなw

大局的にはペリーにより強いられた開国は米国の西方進出の始まりであって、
日清戦争の頃にハワイに進出されていた時点で、明治政府も甘かったと思うけどね。
当時ハワイに行って砲艦外交で恫喝したのが東郷平八郎だな。昭和に入りワシントン
条約に反対したのも東郷だよ。明治昭和ともに米軍に対しては甘かったと思うね。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/18(火) 23:58:07 ID:Y9023Ra70
討幕から日露戦争まではアングロサクソンの援助を受けてたけど、
満州の利権を牛耳ってからは、逆に対立関係になってしまった。
飼い犬がご主人様を噛んだようなものだね。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/19(水) 00:01:25 ID:xGzxaAP4O
すでに指摘されているとおり明治の人は
江戸時代の教育を受けています。

昭和の人間は科挙並の試験制度が生んだ人材。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/19(水) 00:22:06 ID:GIeG+Tkx0
>>70
そう、大正・昭和をリードした人たちは明治時代に学んでいない。
というか学び方を間違えた。謙虚さを忘れ、自信過剰で思い上がった。
そうして明治時代に勝ち取ったものを全て失った。
といって今の日本人に彼らを非難する資格があるとは思わないが。
歴史の学び方を間違っているのは今も同じだと思うからだ。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/19(水) 00:39:41 ID:/pZmnvFS0
>>70
陸軍でも皇道派は、米英協調路線だったんだけどね。
が、現場主義の戦争バカばかりだったので、主導権を握れず干されることになった。
ただ、その戦争バカの方が、先を見る目は上だったというのが、何とも皮肉。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 18:27:48 ID:QLt7IXzT0
明治の軍隊は文武を超えた元老には逆らえなかった
昭和にはそういう存在がなくてやりたい放題

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 19:08:16 ID:O4IWvaj20
>>74
>明治の軍隊は文武を超えた元老には逆らえなかった

単に薩長閥でつるんでなれ合ってただけだろ、バカw


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 19:20:34 ID:hPNpQ/e90
元老=イギリスの下僕
鹿鳴館をつくって毛唐の足の裏を舐めまくったのが明治の「元老」

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 19:36:10 ID:QLt7IXzT0
元老=悪というのか?
元老が絶滅したころから軍部の横暴が始まったんだが

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 20:05:28 ID:lg9lACZG0
>>77
東北出身の青年将校が増えてきて、統制が効かなくなった。
とにかく下のものが上の命令を聞かないし、権限に無いことを勝手にやるし滅茶苦茶。
明治時代の軍部は実に統制が取れていた。
時期としては重なるけど、元老が絶滅したからというのも当たってない。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 20:14:24 ID:QLt7IXzT0
天皇は元老がいる間は元老の意に従っていた
元老がいなくなってからは軍に関しては軍(参謀総長や軍令部総長)の言いなり
になった(総理の任命については内大臣の)
 元老がいてしっかりしていれば軍に関する事項も軍の言いなりではなく
元老の力が効いていたはず 
 

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 21:38:55 ID:lg9lACZG0
>>79
そういう意味ならそのとおりだ。しかし軍部の内部がもはや統制を失っていたのだ。
俺はそれを強く指摘しているつもりである。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 22:03:49 ID:hPNpQ/e90
薩長が藩閥の権益を守るため、天皇を超法規的存在とし強大な大権を与えたことがそもそもの元凶。
議会制民主主義は軽視され、軍は議会ではなく天皇への従属が強要された。
こんなデタラメな政治体制で暴走するなというのが無理。

>>78
そもそも、その「元老」が法の統制からはずれた存在。
明治国家は最初から国家としての統制が取れておらず、薩長閥の恣意がまかり通る混乱した体制だった。

>>79
元老がいてもいなくなってからも天皇は御前会議の決定に従ってるだろ。
明治期は日本の国力が未熟でパックスブリタニカに組み込まれてたから、元老がバカでもなんとかやってこれた。
しかし昭和期には、木戸幸一が冗官にすぎなかった内大臣に権力を集中し、御前会議を乗っ取ったことにより、日本が狂っていく。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 22:55:21 ID:eMZAbRk40
この国は、なぜこんなひどい国になってしまったのでしょうか?
 すべての根源は明治維新にあるのです。

日本の諸悪の根源は明治維新
http://blog.goo.ne.jp/meijiisin000

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 23:41:28 ID:HOOMLX6M0
>>81
そもそも議会制民主主義なんてハナからないわw
国会は立法の権限だけで国政とは分離している

軍は国防の専門化としての判断を委ねられるが、薩長閥のころには
それなりの安定感があった
昭和の学閥体制は国防以外はgdgdで安定感を失っていったんだな

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 23:48:29 ID:HOOMLX6M0
元老は明治の重鎮で、皇室関係と総理使命の権限をもっていると考えてくれ
ところが、内閣の政策は大臣すなわち官僚体制の合議で元老は力がない
ここに官僚が実権を握る種がある


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 01:43:25 ID:cFXF18RI0
>>84
明治の元老なんてものは、もともとは薩長の百姓や下級武士だった田舎の成り上がり者で、
国家を運営する知識や才覚はほとんど持ち合わせていなかった。
実際に明治国家の屋台骨を支えていたのは旧幕府組織が転化した官僚機構だ。
つまり明治国家の運営が手際よく進んだのは、幕府が早くから日本の近代化に着手し、
近代国家を担う人材を育成していたおかげに他ならない。
「元老」は天皇の権威を笠に着て暗然たる実権を牛耳っていたが、その無能ゆえに、
外交、経済、軍事、いずれの分野でも専門的な領域にはろくな口出しができなかった。
明治の政策で「それなりの安定感」「元老は力がない」と見えるのは、以上のような要因が背景にある。

また、元老は最初から無能だったのだから、元老がいなくなったから国が混乱したとする説は誤り。
旧幕府の武士達が引退し、明治の教育を受けた俗物が官僚機構を担うようになったことから、
腐敗が進行し、安定感を失ったとみなすべき。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 01:48:00 ID:kjTKiYB+0
良スレ

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 02:12:46 ID:cwfzj8wU0
「われわれの連隊は、敵が上陸すると同時に南下して敵を水際で撃滅する任務をもっているが、
しかし、敵上陸とともに、東京都の避難民が荷車に家財を積んで北上してくるであろうから、
当然、街道の交通混雑が予想される。こういう場合、わが八十輌の中戦車は、
戦場到着までに立ち往生してしまう。どうすればよいか」

高級な戦術論ではなく、ごく常識的な質問である。だから大本営少佐参謀も、ごくあたりまえな表情で答えた。

「轢き殺してゆく」

(やめた)
と思った。そのときは故障さ、と決意し、故障した場所で敵と戦おうと思った。
日本人のために戦っているはずの軍隊が、味方を轢き殺すという論理はどこからうまれるのか。

大正、昭和に軍部の主導権をにぎったひとに、東北人が多い。戊辰戦争で「賊軍」にされた藩から、
多くの軍人が出ている。かれらは西国諸藩出身よりも、より以上に「勤皇屋」になり、
陸軍の「長州的暴走性」のうえに、狂信性を加えた。東条英機の祖父が南部藩士であり、
旧会津藩士の家系からも多い。かれらは、「わが藩は、薩長よりもむしろ尊王の伝統が深かった」
というさまざまの藩伝説を誇大に教えこまれて維新後育った家系の出身である。
一種の史的コンプレックスからぬけるために、非常な精神家になる場合が多かった。

「轢き殺しても進め」

といったひとは、東北人であり、「天皇陛下のためだからやむをえない」とつけくわえた。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 02:33:38 ID:ox2Z6EDg0
確かに、太平洋戦争の軍首脳部と明治維新の旧幕府軍のマヌケさは似ている。
最後は玉砕とか言い出す始末だし。日露戦争の時に比べたら、同じ国とは思えないほど酷い。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 05:13:12 ID:DuZgURUT0
>>79
君主に軍権があるのは、立憲君主制国家としては当然のこと。

そもそも天皇に服しているわけでもないんだから、
天皇大権など関係ない。
天皇なら止められたか、といわれれば、NOだ。
天皇の意向すら軽視されているわけなんだから。
大統領制だろうが、内閣制だろうが。
軍部の暴走はありうるし、そういう国は珍しくない。
>>83
議会は立法権しかないからな。
そこが行政権も担うようになったのが、英国などの議会制国家。
(英国はおろか、今の日本でも、与党と政府が完全に一致しているわけでもないわけだが)
日本は政府、つまり官僚機構と元老が行政を、
議会は立法権と、予算審議と議定権を持つ。
どちらかといえば、議会の権限に限れば、戦前の日本は米国に近い。


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 05:30:06 ID:DuZgURUT0
>>85
幕府の官僚機構がそれなりに多かったのは事実だが、
薩長土肥で、全体の三分の一は占めるし、
中枢はほぼ占められている。
幕府の官僚は下っ端にすぎず、それらを指導した、
元老と、薩長土肥の優秀な官僚に過ぎない。
また幕府の官僚にしても、取り立てられたのは、
幕府時代には、そろばん侍として蔑視され、
薄給だった人を、大抜擢した例などであり、
幕府の指導層は相手にされていない。
そもそも幕府には近代化の何たるかなど分かっていないし。

>外交、経済、軍事、いずれの分野でも専門的な領域にはろくな口出しができなかった。

ぜんぜんわかってない。
明治政府の元老は、その道のスペシャリスト、官僚機構よりも、
専門的な知識を持つ、彼らの残した蔵書などをみればわかるが、
欧米の原書で、専門書、解説書がごろごろある。
>>84
官僚の合議じゃなくて、元老の合議だろ。
その道のスペシャリストである、官僚とそれを、「それぞれ従える元老」
彼らが各省庁を背景に、意見をすり合わせて、国家の最高意思を決定する。
つまり元老が、意見の調整役を担っていたわけ。

厳密には昭和は軍部だけが暴走したわけではなく、
全ての省庁が暴走していたというのが正しい。
省益のみで、国益を考えない、その道のみの専門家な官僚軍人が、
意思調整機関をもたずに、動けばどうなるか、それを示したのが昭和。
昭和期の人たちだって、馬鹿じゃないから、代わりになる御前会議を作ったわけだが、
だが彼らは、元老と違い、能力に著しい劣化が見られる。
省庁軍部をまとめ切れていない、というか彼らは省庁の代弁者に過ぎなかった。
元老が省庁軍部を統率していた時代とは違う。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 06:06:01 ID:7cYtAvPl0
>>90
西周はかなり有能な幕臣だよ。
漢籍と西洋語両方に通じていたからこそ多くの
翻訳語がつくれたんだよ。
これは日本以外の漢字文化圏でも使われているよ。
文字が違う韓国やベトナムなんかもやはり使っている。

軍人勅諭の草案つくったのも西だな。

余談になるが、文章が下手糞だなw
読点が多過ぎるよ。
>>87もコピぺかと思ったが読点の打ち方の下手糞さ加減は
似ているなww



92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 07:50:30 ID:b+AW3J4A0
まあその西周も山縣の秘書官的役割をしていたりするんだがな。
つまるところ、山縣の部下。軍人勅諭だってだからこそ草案を頼まれた。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 07:58:32 ID:7cYtAvPl0
>>92
そんな短文で「つまるところ」の後に読点は要らんだろうなw

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 08:12:02 ID:2zJ0daSj0
>>85
馬鹿馬鹿しい。>>85は全部デタラメ。ことごとく論外。
明治新政府の官僚機構は旧幕府組織とは何も関係が無い。
そもそも旧幕府組織なんてものは存在しない。
組織じゃないんだよ、幕府は。足の引っ張り合いをしていた烏合の衆がいただけ。
かろうじて組織といえるのは大奥だけ。
幕府は何も政治をしていない。全部、諸藩に丸投げ。
鎖国体制で外交もしてない。幕府は本当に何もしてなかった。
一部の幕僚が明治新政府に再雇用されたというだけの話。
幕府は近代化に着手してもいないし、人材を育成してもいない。
幕府は有能な人材を腐らせていただけだ。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 15:09:40 ID:+NyWkZWu0
 会津藩の末裔がキチガイ右翼(平泉一門)の手下に成り下がったのと同じようなもの?
8月15日に玉音放送妨害する反乱軍と同じムジナの
(靖国神社宮司として昭和天皇にさえ逆らうような)

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 18:46:02 ID:DuZgURUT0
>>91
彼は慶喜の個人的な相談役。
今でいえば、政治家の個人的なブレインに近い。
幕臣といっても、幕府の老中など、政治に直接関わる重役ではない。

まあ、ぶっちゃけただの翻訳家なんだけどね。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/22(土) 03:49:16 ID:FvBj0hYz0
読点の代わりに句点に変えのに、また戻しちゃったみたいだなw

先ずはもっと本読むんだなw検索太郎では文章力の進歩はないよw

なんか句読点がやたらに多くてまるで小学生の文章だなww

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/22(土) 21:16:46 ID:m99DfNxX0
言いたいことは、それで終わりか?
文章以前に、君は頭の中身と知識が小学生だよ。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/22(土) 22:16:00 ID:2qwBpvZ40
>>98
小学生が怒るよ。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/22(土) 23:07:19 ID:iPyc/h720
料亭接待漬け
これは昭和も明治も共通だね

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 00:30:43 ID:B8FyQHhr0
化政から幕末にかけては、江戸を中心に華麗な庶民文化が花開き、
権威を皮肉り、滑稽や洒落をよしとし、刹那的で退廃的な美を愛した。
この時代の日本は、欧米に引けを取らない高度な庶民文化を持っていた。

しかし明治維新により、日本文化は「汚習」として否定されてしまう。

「諸事神武創業の始めに原に、縉紳武弁堂上地下の別なく、至当の公議を竭し、
天下と休戚を同じく遊さる叡慮に付き、各勉励旧来驕惰の汚習を洗ひ、尽報国の誠を以て奉公致すべく候事。」

そして誕生間もない明治政府は、古きよき律令時代への復古を宣言し、次々とカルトな政策をうちだす。

「宣教使ヲ置クノ詔(明治3年正月3日)
朕恭しく惟るに天神天祖極を立て統を垂れ列聖相承け之れを継き之れを述へ
祭政一致億兆同心治教上に明かに風俗下に美なりし而して中世以降時汚隆あり道顕晦あり
今や天運循環百度維れ新なり宜しく治教を明らかにし以て惟神の道を宣揚すへきなり
因て宣教使に命し天下に布教す汝群臣衆庶其れ斯旨を体せよ」

例えば↑は、為政者が国民の頭の中を同じ色に染め上げ、諸々の風俗を恣意的にコントロールするぞ、という趣旨の宣言。
薩長の百姓に文化など理解できるはずもなく、このような抑圧的な体制を指向したのは無理もないことなんだけど、
それにしても、近代日本がこのような蒙昧な暗黒から始まったことは、日本にとって大きな不幸だった。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 00:41:37 ID:GygcN3L40
・・・尾張という流通のさかんな土地で成長した信長や秀吉は商人の原理と機略を持っていたが、
家康はそういうところがすこしもなく、あくまでも山村の庄屋さんの原理でその生涯を終始した。
信長・秀吉という商人が倒産したあと、庄屋さんが出てきて自分のものにし、
徳川帝国というものを庄屋の原理でつくりあげた。鎖国も庄屋の原理であり、四民の階級を法制化したのも農民の感覚であり、
家康はそれらを意識的に平定の原理であるとし、死ぬ前に、
―三河のころの制度を変えるな。
と遺言し、それを天下統治の法制的原理として据えこんだのである。その点、変わったおっさんであった。

世界史的にいえば航海商業時代が第二期の隆盛期に入っていたのに、徳川家一軒をまもるために、
世界史の潮流から日本を孤立せしめ、ことさらに農民の原理でしばりあげた。農民の嫉妬心を利用し、
相互監視の制度をつくり、密告を奨励し、間諜網を張った点で、日本人の性格をそれ以前にくらべてずいぶん矮小化した。・・・


幕末の長州藩・・・藩そのものが、一個の貿易会社であったような印象がある。
元来、この山口県は、戦国初期までさかえた大内氏のころから、貿易熱心であった。
一時、上方に進出して堺をおさえたことがあり、対明・対韓貿易をやって大いに国富を得た。
単に百姓大名なら、大内氏が室町期にあってあれほどの文化圏を誇ることはできなかったであろう。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 13:15:42 ID:7MadAfdf0
明治維新で長州出身の政治家軍人は多かったが
長州閥のもっとも優れた才能は私利私欲を肥やすことであり
暴力と弾圧の政治手法により
明治時代でも民衆より徹底して嫌われていた

昔からそんな藩だったんだな
納得したよ

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 13:26:12 ID:avXcbfUN0
関が原の合戦で徳川家出身の将軍は多かったが
徳川家のもっとも優れた才能は側室を孕ませることであり
暴力と弾圧の政治手法により
江戸時代でも民衆より徹底して嫌われていた

昔からそんな家だったんだな
納得したよ

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 14:05:29 ID:GygcN3L40
守屋事務次官 東北出身

今も昔も東北らしいのう。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 14:07:50 ID:GygcN3L40
守屋が長州出身だったら鬼の首を取ったようにコピペするんだろうな。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 14:13:04 ID:GygcN3L40
タモリ 森田一義

本名は「一義」だが生まれる前までは「義一」と名付けられる予定だった。
これは祖父が尊敬している田中義一(陸軍軍人、昭和初期に立憲政友会総裁として首相をつとめる)
にあやかって名付けようとしたが、「畏れ多い」と名を逆にしたもの。
後年タモリは「俺は姓名ともに逆さにされたからひねくれてんだよな」と語っている。


民衆に嫌われてたねえ・・・・・・

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 15:14:34 ID:EePM9M3I0
>>102
大内といえば朝鮮人大名だね。
そして朝鮮人にとっては根拠のない逆恨みはお家芸。
チョソ臭い大内遺臣団や防長土着民と、恨み爆発の毛利家臣団が融合したのが長州藩。
結果「防長の人々全部が関ヶ原の恨み」を延々と共有することとなったんだよ。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 15:19:49 ID:mBgmwplL0
会津臭でクラクラしそうなスレだなw

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 15:34:59 ID:GygcN3L40
>>108
百済の王の子孫って自称してただけでしょ。
信憑せい薄いといわれてる。
だいたい、朝鮮民族と百済民族は別の民像といわれてるだけではなく、
天皇陛下も、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じます」と発言されている。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 15:38:03 ID:GygcN3L40
憾み云々は、常識的に考えて会津の人たちでしょ。
長州が倒幕に向かったのは時代の趨勢だっただけ。
小説の物語を面白おかしくするために、関ヶ原の憾み云々ってやるけどあんなのない。
水戸の天狗党とかもいたそんな時代だったわけで。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 16:19:47 ID:OavKNsCO0
>>111
うーん。関が原の恨みというのは当たってないと思うけど、関が原で
西軍側に立ったために外様として薩長は江戸時代を通して幕府には酷いいじめに遭ったからね。
そうした積年の恨みも倒幕のエネルギーに含まれていたのは否定できないと思う。
そしてそれは正当な恨みだ。一方、会津のは逆恨みというか、実に屈折したひねくれ根性的な
恨みであって、これは正当な恨みとはいえない。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 16:38:50 ID:zT8R23Ej0
>>111
水戸の場合は純粋な尊王運動で、倒幕という発想はないでしょ。
また「時代の趨勢」を読んでいたのは開国近代化を進めた幕府の方。
これに対し尊王思想を悪用して不合理な反体制テロに走ったのは、
薩長や土佐の長宗我部残党という関ヶ原負け組みなわけで、
その根底に積年の恨みがあったことは間違いない。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 17:06:49 ID:GygcN3L40
徳川家存続のために不合理なシステムを作って
虐げられてた日本の為。
そういう時勢だった。
吉田松陰が長州では中心だったんだろうけど、松陰が恨みから倒幕をはじめたとは思わない。
水戸が純粋な尊王だろうが、恨みがある人がいようがいまいが、そういう時代の流れ。
歴史にもしもはない。


115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 17:10:36 ID:mBgmwplL0
恨族はすべての人間は恨ベースで行動していると考えたがるからなw

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 19:23:52 ID:a/jIm/Pw0
>>115
怨恨思想と言えば朝鮮半島に見られる思想だが、これに類似する
日本の思想に朝敵思想と言うものがある。
本来日本人は敵対者に対しては死語は寛容であるが、朝敵思想は違う。
靖国神社に体現されているこの思想は朝鮮半島と古来関係が深い
長州の招魂思想が影響している。靖国神社は長州の招魂社が起源となり、
この招魂思想は儒教の影響が強く、朝鮮半島に最も近い藩の一つである
長州は大内氏の百済王朝の末裔発言から勘合貿易まで、朝鮮との貿易と
文化交流の歴史は長い。当然朝鮮儒教の影響も強い。

朝敵思想とは怨恨思想そのものである。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 20:04:35 ID:7MadAfdf0
>長州藩では江戸時代を通じて「倒幕」が極秘の「国是」で、
新年拝賀の儀で家老が「今年は倒幕の機はいかに」と藩主に伺いを立てると、
藩主は毎年「時期尚早」と答えるのが習わしだったという。

江戸初期からだぜ、どうみても私怨9割だろ
明治維新後の行動を見ても長州閥には国の為より私利私欲が目立つ
しかも長州閥には反省という文字が全く無い
結果が悪かった場合は、すべて人のせい

長州閥が権力を握ってしまった事は、日本最大の不幸だった
軍備に金を集中して軍事力を高めるなんて、どんなバカ殿でも出来るぜ
しかも金にならない戦争ばかりしやがって
もうかったのは財閥だけ

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 20:29:34 ID:GygcN3L40
「われわれの連隊は、敵が上陸すると同時に南下して敵を水際で撃滅する任務をもっているが、
しかし、敵上陸とともに、東京都の避難民が荷車に家財を積んで北上してくるであろうから、
当然、街道の交通混雑が予想される。こういう場合、わが八十輌の中戦車は、
戦場到着までに立ち往生してしまう。どうすればよいか」

高級な戦術論ではなく、ごく常識的な質問である。だから大本営少佐参謀も、ごくあたりまえな表情で答えた。

「轢き殺してゆく」

(やめた)
と思った。そのときは故障さ、と決意し、故障した場所で敵と戦おうと思った。
日本人のために戦っているはずの軍隊が、味方を轢き殺すという論理はどこからうまれるのか。

大正、昭和に軍部の主導権をにぎったひとに、東北人が多い。戊辰戦争で「賊軍」にされた藩から、
多くの軍人が出ている。かれらは西国諸藩出身よりも、より以上に「勤皇屋」になり、
陸軍の「長州的暴走性」のうえに、狂信性を加えた。東条英機の祖父が南部藩士であり、
旧会津藩士の家系からも多い。かれらは、「わが藩は、薩長よりもむしろ尊王の伝統が深かった」
というさまざまの藩伝説を誇大に教えこまれて維新後育った家系の出身である。
一種の史的コンプレックスからぬけるために、非常な精神家になる場合が多かった。

「轢き殺しても進め」

といったひとは、東北人であり、「天皇陛下のためだからやむをえない」とつけくわえた。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 20:30:15 ID:GygcN3L40
>>117
儀式云々はつくりばなし。


120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 20:31:17 ID:XBxc+CVe0
幕藩体制がどれだけ糞だったかの証左だな。


121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 20:33:58 ID:GygcN3L40
>>116
大陸との文化交流云々いったら、日本どこでもだろ。
仏教だって大陸から伝わってきたんだし。
今となっては、朝鮮といえば差別して得意になってる奴もいるけど。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 20:57:24 ID:a/jIm/Pw0
>>121
いや、朝敵思想の歴史的な深源について述べたまでだ。
長州ほど朝鮮半島と関係が深い地域は日本にはそれほどない。

現在においても経済制裁前の北朝鮮海産物の水揚げは下関が日本最大である。
これは本州で朝鮮半島に最も近い都道府県だからだ。

長州藩-山口県と朝鮮半島との深い関係は天変地異が起きない限りは
なくなりはしない。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 20:58:06 ID:7MadAfdf0
>>118
天皇を神格化した教育勅語は、長州閥の大ボス山県有朋のもとで起草された。
しかも天皇には政治に口を挟むべきではないと言っている

どうみても自己中心過ぎ

それから50年後は教育勅語は日本の隅々まで行き渡ってしまった。
天皇自身も否定出来ないぐらいに・・

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 21:07:00 ID:XBxc+CVe0
>>123
なにが問題なのかわからない。
君主に権威をつけるが、
君主にはなにもさせない。
これが立憲君主制ってもんなんだが。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 21:14:52 ID:GygcN3L40
>>122
>北朝鮮海産物の水揚げは下関が日本最大
下関は一大漁港だしな。
クジラの基地もある、フグの集積地でもある。
大昔ならともかく、今は、山口県にこだわらずとも、
福岡の博多とか大阪神戸とか大きい港はたくさんあるわけだし、
人の流れもそっちのほうが大きいだろ。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 21:50:29 ID:xDUUj11t0
>>110
489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 21:23:25 ID:0klmriFR0
>>482
百済王の子孫か否かの「信憑性」は本質的な問題ではない。
大内が自分で自分をチョソだと言い張ったことが重要。
後に長州人は日鮮同祖論をぶちあげて、日本を朝鮮人だらけにするんだけど、
その原点は大内にあると考えるべきだろう。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 21:58:24 ID:GygcN3L40
>>126
くりかえすけど、
朝鮮民族と百済民族は別の民族といわれてるだけではなく、
天皇陛下も、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じます」と発言されている。
つまり、お前のコピペの人がチョンだと言い張った云々としたら天皇まで侮辱することになる。
朝鮮民族と百済民族は別の民族。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 22:31:52 ID:xDUUj11t0
>>127
492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 21:29:05 ID:0klmriFR0
>>491
百済人と朝鮮人が同じ民族か否かは本質的な問題ではない。
長州人が自分達を朝鮮人と「同祖」と考えていたことが重要。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 23:01:38 ID:GygcN3L40
>>128   同祖論を考えてたのは東北人

星野恒  越後国蒲原郡白根町(現在の新潟県新潟市)生まれ
日鮮同祖論を主張した先駆者としては、星野恒が挙げられる。
星野は1890年の「本邦ノ人種言語ニ付鄙考ヲ述テ世ノ真心愛国者イ質ス」と題する論文において、
実証主義の立場から記紀を研究し、天皇家の祖先は朝鮮半島から「本州ヲ発見」して渡来してきた「新羅ノ主」であると主張した。
彼ら「皇祖」はまず「出雲地方」(現在の島根)に定着し、次いで大和地方(現在の近畿)に勢力を広げ、
神武東征を経て列島先住民を征服し、太陽神に擬されたアマテラスの下、皇国を築いたという。
また、スサノヲは新羅の主であり、日本列島征服後も朝鮮半島と行き来していたという。
後にアマテラスとスサノヲが仲違いして、半島側が熊襲を支援し反乱を起こしたことにより半島は列島より離反してしまう。
神功皇后による半島侵攻と熊襲鎮圧により一時は「日韓複タ一国ト為リ」はしたが、
程なくして再び新羅が離反、唐と連合して白村江の戦いで日本と百済の連合国を破り、
天智天皇の代にして完全に半島を失うに至る。星野はこれを「憤慨歎惜」と嘆き、
豊臣秀吉の朝鮮征伐を「其武功ヲ激賞」している。そして、天皇家は半島の支配者で、
半島と列島はもともと一国であり、日本人と朝鮮人は言語的にも人種的にも同一であるゆえ、
半島を再び天皇家の領土に編入させるのは当然であると主張した。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 02:10:09 ID:Zt45XpLA0
すまんが新潟は東北ではない
どっちかというと加賀とか南の影響が大きい

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 02:24:10 ID:Zt45XpLA0
>>127
>朝鮮民族と百済民族は別の民族

だとすると日本には100以上の民族が有ることになる
日本は単一民族の国家ではないという思想だね
それは間違っていないと思う

明治維新では薩摩が実権を握って長州は皆無だったら良かったのに
長州は明治日本の癌

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 00:09:32 ID:/yW3jbFe0
またルサンチマンスレっすか

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 00:15:24 ID:K/JS5OX60
日本の朝鮮植民地政策には異常な特徴がある。
1.経済的には日本側が損失を被る関係だった。
2.混血による同化政策を進め、一時は日本の総人口の30%を朝鮮人や台湾人が占めていた。

英国やフランスは、過剰な生産力のはけ口として植民地を求めたのであり、
持ち出しで他国の開発に投資するようなことはしない。
ましてや植民地土人を自国民と同列に扱い混血政策を進めるようなことはありえない。

半島へ最も執着したのは長州人なんだけど、もともと長州人のルーツは半島帰化人だから、
彼らにとっては東北北海道よりも朝鮮のほうが身近な存在。
朝鮮人に国籍を与えることになんのためらいも感じなかったんだろうね。
明治から昭和初期の日本の歴史は、
日本が半島人やその傀儡に食い物にされた歴史といってもいい。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 12:06:06 ID:WpFqQQIG0
明治の軍隊:当時としてはまずまずの装備、武器を整備(海外から購入だが)してた
昭和の軍隊:一部の戦闘機など(これも生産体制が貧弱)を除き、時代遅れの古い銃や
世界の趨勢からかけ離れた貧弱な性能の兵器ばっか

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 21:28:56 ID:iD5rZWjk0
明治の軍人は下級武士のたたき上げ。昭和の軍人は学業成績優秀な
官僚。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 22:45:19 ID:vbt6yV9B0
明治の軍隊は優秀な朝鮮民族が指導した偉大な軍隊。
昭和の軍隊は倭土人が牛耳った烏合の衆。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 15:56:20 ID:zjBJTDcN0
陸軍幼年学校。
これが昭和軍人の無教養を招いたというご指摘は真に鋭いと思う。

ただ、これも学校の運営に問題があったと思う。
独・露にも同様の施設があったが、ドイツのはユンカーの落ちこぼれを拾う学校で、
アビツトゥア合格(大学入学資格試験)はむしろ奨励されていた。
ロシアのもただの軍営「進学校」で、各地につくられ、
ドストエフスキーも出ていた。

日本の問題は制度設計にもあった。

全寮制にした結果、「シゴキ」問題が出た。

上級生が下級生の食事を削ったり、肝試しばかりやったり、寮生自治に任せすぎた。
この結果みな成長障害を起こし、
帝国陸軍はチビがデカを率いるという奇妙な軍隊だった。


138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 20:15:59 ID:BfAaTUS8O
明治の将官はプロの戦争屋が多い

昭和の将官〜中堅は官僚ばかり

日本の兵隊の質は落ちてないが、武器と将官〜下士官の質は落ちまくってた。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 00:30:40 ID:oFT/FPal0
>>134
>時代遅れの古い銃

三八式は別に古くはないですよ・・・・当時としては標準。
米国以外は全てボルトアクションがスタンダード。
むしろ、他国のものより小口径なので反動が少なく、命中率も高かった。
この銃の欠点は、規格が統一されてなかったことぐらい。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 22:57:08 ID:32tsF4x10
明治の軍人を教育したのは徳川幕府

昭和の軍人を教育したのは明治政府

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 23:10:46 ID:ZVQ+n16DO
38はたいした銃じゃない
ロシアのマンドリン相手に歯が立たなかったっていってたな

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 23:16:03 ID:XZ5EPgsF0
>>14
遅レスだが、勝てないと分かってたときは臥薪嘗胆したろうが(三国干渉後)。
そして勝てる準備をちゃんとしてから開戦した。
勝てないと分かってたのに開戦したのが昭和の軍人と政治家。
なぜ第二次臥薪嘗胆できなかったのか。悔やまれる。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 23:48:48 ID:IHAxTBeP0
>>142
いやー
昭和の人は「天皇は神だから絶対勝てる」と思ってたw
教育勅語作ったのだ〜れだ
絶対神教育やばいっす

でも教育勅語作った人は「天皇がじゃまなら変死しる」とか
思ってたらしい

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 18:52:57 ID:y1O52BIcO
>>143
天皇が神だなんて、そんな事本当に思ってた人はごく一部だよ


145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 21:07:15 ID:TRFZNFmM0
じゃ死んだら靖国神社に行くってのは
完全なデタラメと知ってて言っていたのか?

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 21:21:26 ID:2QnqOjEA0
薩長政府は、日本人を「老人から赤ん坊まで一人残らず政府のあやつり人形のように」
しようと陰謀をめぐらしていた。

宣教使ヲ置クノ詔(明治3年正月3日)
朕恭しく惟るに天神天祖極を立て統を垂れ列聖相承け之れを継き之れを述へ
祭政一致億兆同心治教上に明かに風俗下に美なりし而して中世以降時汚隆あり道顕晦あり
今や天運循環百度維れ新なり宜しく治教を明らかにし以て惟神の道を宣揚すへきなり
因て宣教使に命し天下に布教す汝群臣衆庶其れ斯旨を体せよ

「祭政一致億兆同心」という基地外じみたスローガンにその野望が現れてるね。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 21:39:36 ID:TRFZNFmM0
>薩長政府

薩の方は割とまともだったと思う、長が極悪だった・・

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 21:47:23 ID:Muv2Whqb0
そんなの信じてたのって、トー保愚人だけだと思うけど。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 22:09:44 ID:Muv2Whqb0
>>140
幕府は教育などしとらん。
あと日清日露で勝ったことは、明治政府の教育のもとでだよ。
>>147
薩のほうには、影響力も能力もないじゃん。
大久保以後は酷いもんだ。
いや大久保が傑出しすぎていたから、そう感じるだけか?

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 22:42:00 ID:RVXUXoRb0
>>145
真面目に信じていた人はいないよ。人間死んだらおしまいだから。生きてかえることができるなら生きて帰りたいと思うのが人情。徹底的に「洗脳」されて死ななければならないと義務感を植え付けられていたからな。

ただ、現人神である天皇が下々の者に頭を下げて感謝してくれるのは靖国だけだ。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 01:30:10 ID:nm/YMm5Q0
昭和の軍隊は百姓が中心
だから負けた
秀吉とかも含めて百姓ごときが上に立つとろくなことがない
やはり士道を学んだ武士でなければ・・・
武士は数百年にわたって日本を維持してきたもう百姓なんかと人種も血統も違う
現代だって百姓なんかが選挙権あるから朝鮮人に国を乗っ取られた
百姓は泥に塗れながらせっせと米でもつくってろ、ってこったw

ちなみにオレは200石とりの由緒ある武士の家系
非難する資格は十分にある

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 02:15:31 ID:1hgzxjIeO
>>151
西南戦争や日清、日露も百姓参加してるだろ
奇兵隊にも百姓いたしな


153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 07:44:57 ID:jOCe9Grk0
>>151
その百姓中心の徴兵制度つくったのは明治の下級武士と言う悲劇ww
>>150
靖国神社で祭られているのは「〜の命」と言うことで神様だよ。250万柱も居るのは
不思議だけどなwこれも徴兵制度実現の為の手段。
しかし実質的な効果があったものは軍人恩給であり、現在の年金制度の起源。
民衆は常に念仏より現金だw現与党参院敗退の最大の原因だな。
>>149
相変らず日本語がおかしいなw
>>142
その身のほど知らずの臥薪嘗胆と増税が政治の大衆化を加速するんだよ。
典型的な行動が日比谷焼き討ち事件。起源は日清戦争にあり、日露戦争で顕現し、
大正デモクラを通じて太平洋戦争に帰結する。
例えば不平等条約の改正の過程調べて味噌。外国が妥協してくれても
国内世論の慢心がむしろ壁になっていて改正が遅れた明治時代のお話し。

異常な大衆化は間違いなく明治時代に原因がある。
具体的には、M6徴兵制度、議会政治、日清戦争、条約改正、日露戦争、M44普選衆院通過。
全て明治時代の出来事だよ。日本は僅か38年で普選にまで手をつけて、極めて急進的な大衆化
を実現した珍しい国だww憲法発布からは僅か22年後だよ。貴族院通過の大正末期で勘違い
するんだよな、ここいらの過程を。民衆に引き摺られる政治始めた起源はむしろ日清-日露戦争の
悪弊とさえ言える。
それが大正デモクラで増幅され、昭和の暴走に繋がるわけだよ。

この過程を馬鹿の平等主義と言う。一言で言うと四民平等だなw

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 10:01:00 ID:CV2YJoDO0
明治政府の基本方針が
全国から金を集めて軍備につぎ込むって政策で、
定期的に戦争してしかも植民地につぎ込む政策をしていた

暮らしが安定していれば大衆は暴れない
生かさず殺さずが正解、それが出来ていなかった
つーか為政者も貧乏だったら庶民は我慢しますw

昔の日本の庶民には「まつりごとお上に任せとけば間違いねえ」という伝統が有った
為政者には礼節を最も大事にした、たまにバカ殿も居たが周りがなんとかした
庶民が政治に口を出したのはよっぽどの時だけだった。
それが明治から低下し、平成では
「最も信頼出来ない職業は政治家と官僚」だってさw

明治の理想が富国強兵だったから、そんな国になった
しかも長州閥から始まった政治腐敗はとどまる事を知らなかった
金と力が重視され、礼と義はあとまわしにされた
金と力を国づくりの基本にしたら、
どんなくにでもいずれ滅びる

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 18:50:42 ID:JffUvkZY0
明治期の元老なら、軍隊動員して大弾圧してでも世論を強引に押さえ込む。
世論からフルボッコにされても正しい道を歩む。
本当の政治家だからね。
昭和期の馬鹿どもや。今の大衆迎合主義の政治業者とは違う。
>>154
馬鹿かお前は、
日本の大飢饉は全て江戸時代だし、
打ちこわしや、一揆も江戸時代がもっとも多い。
これが明治に入って、急速に減っている。
暮らしが安定せずに、民衆が暴れまくっていたのが江戸時代で、
生活が安定し、おとなしくなったのが明治期だよ。

それに政治腐敗が長州閥からってどこの基地外だ。
江戸幕府なんて、全て賄賂で話が進む、完全な賄賂政治だろうが。
官僚機構による政治腐敗をなんか勘違いしてないか?

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:05:41 ID:CB77pMVu0
井上の鹿鳴館は長州人の暗愚と奴隷根性の象徴。
外国人は卑屈に欧米人の真似をする日本人を軽蔑し冷笑してた。
「日本古来の風俗を守ったほうが似合う」と軽薄な風潮をいさめたのは、
マウントバッテン卿をはじめとする外国人たちだった。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 00:42:09 ID:+EurVyik0
>>155
明治期の元老なら、軍隊動員して大弾圧してでも世論を強引に押さえ込む。
世論からフルボッコにされても正しい道を歩む。

その元老の正しい道って「巨万の富を築くとこ」かい?
どうやったらあんだけの富を築けるんだ?
少しは貧乏でも政治に打ち込んだ明治の武士を少しは見習えよ、

それに血税一揆も知らないのか?
明治の悪政はその流れをくむ今の政治に隠されているんだよ
教科書検定で必ずボツになるw

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 04:41:56 ID:ECkEpPArO
>>157
明治の政治家の財産を「巨万の富」なんて言っちゃうと、
江戸以前のそれは何になっちゃうんだろうねぇw
挙げ句の果ては陰謀論かw

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 05:00:23 ID:lQDFI9TA0
明治期は日本の国力が未熟でパックスブリタニカに組み込まれてたから、元老がバカでもなんとかやってこれた。
しかし昭和期には、木戸幸一が冗官にすぎなかった内大臣に権力を集中し、御前会議を乗っ取ったことにより、日本が狂っていく。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 06:24:46 ID:guK8CsZ10
>>157
やっぱあほですかあなた。
伊藤なんかほとんど財産残ってなかったし。
山縣にしても、当時日本の最高権力者の一人にして、
あの程度のもんに過ぎない。

また明治は公務員の数が、今の何十分の一、外郭団体などといった、
無駄なものもほとんどなかったから、
(無駄な武士層を切り捨てたしな)
政府の高官はかなりの高給だったのは事実だが、
それで財を成した人など、ほんの一握りだし、
明治期の成果に比べれば安いもんだろう。
江戸時代みたいに、なにもしていないのに、金だけ奪っていたのとは違う品。

あと血税一揆とか馬鹿?

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 07:20:34 ID:QX+pASmiO
明治期は偉大な韓民族が主導していた。
昭和期は劣等民族である倭奴が主導した支離滅裂な烏合の衆。お陰で倭奴は大量に餓死したり、鮫の餌になったりと、東南アジアに肥やしと魚の餌を大量に撒きに行ったようなもの。

162 :大正大衆迎合時代w:2008/04/02(水) 07:44:24 ID:uBEASokt0
>>155
山縣有朋なら米騒動にビビって原敬総裁にしただろ。
典型的な大衆迎合だねww

寺内(山口)内閣が崩壊して原(岩手)内閣が成立wwあららww
総理が元陸軍軍人から元ジャーナリストに交代なんてのもなんとも大衆迎合的だなーwww

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 09:17:55 ID:guK8CsZ10
原をなんか誤解してないか。
山縣いわく、原と自分の違いは、政党の容認だけ、
と言っており、二人の政策に大きな違いはない。

原にしても、山縣にとりいって出世した人間で、山縣閥の一人だよ。
政党にも地盤があったし、山縣の狗ってわけじゃないけどね。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 10:39:22 ID:+EurVyik0
>>160
山縣にしても、当時日本の最高権力者の一人にして、
あの程度のもんに過ぎない。

これで?
http://www.general-yamagata-foundation.or.jp/tkutei.htm
こんな庭園つれるのは藩主くらす

あと山縣有朋記念館の元になった別荘は
しきち1000町歩近くあっただろ
他にも別荘多数

秀吉あたりと比較すれば少ないかも知れないけど、あっちは言わば君主だし
山縣有朋は軍人で政治家
もしかして自分を王だと思っていたかも知れないな
天皇をそれほど重視してなかったのは確か でもなぜかこいつが教育勅語を作るw

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 11:29:52 ID:guK8CsZ10
>>164
当時の山縣の権力からいえば、藩主はおろか、
将軍に匹敵する。
比肩するのは伊藤のみ、伊藤はろくに金もってなかったが、
山縣は財界にもパトロンが腐るほどおり、彼らから膨大な政治献金も受けてたしな。

当時の財閥クラスなら、その程度の庭園は簡単なこと。


166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 22:03:47 ID:PxvZkVmj0
税金で食っている異常公務員や政治家はあくだろ
いつの時代でもこの原理原則は変わらないぜ?
血税を、俺たちの命をススって生きてるんだ。まさに吸血鬼害虫だぜ
俺たち市民は平等のためにいつでもいつまでも体制と戦う闘士じゃなければならいんだ
今の日本人はそれを忘れてるぜ・・・
革命を起こすことで太平天国を作るんだ
魔獣ともいえる国家なんてて不自然だぜ!支配したがる政府なんて人間には必要ないぜ!
国家なんて倒れちまえ倒れちまえ
俺たちは生まれながらに万物平等で自由なんだ!!

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 01:09:51 ID:PPF0aUYD0
つーか、税金を湯水の如く使う戦後の政治家や役人どもに比べたら、山縣や伊藤はかなり質素に見えるが。
ろくに仕事もしていない天下りどもが年収云千万とか、舐めているとしか言いようがない。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 02:04:05 ID:gePVMAK70
>>163
それが誤解だな。原が結婚した相手は薩摩の官僚の娘。
ボスは長州の井上馨で伊藤閥だな。外務省時代の上司の
陸奥は和歌山の人間で藩閥と関係ない。

寺内の藩閥官僚内閣と原の政党内閣と言うことで手法はむしろ正反対。
そして山縣はこの政党政治を嫌ったんだぜ。




169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 07:05:11 ID:t3zwwcZB0
>>167
山県は権力、伊藤は女、井上は金。
興味の対象が異なるだけで、
公権力を私的欲望を満たすために悪用した点では同じ。

井上馨なんて、内務省の権力をつかって鉱山利権を私物化し、
巨額の蓄財をしており、今日に続く政治腐敗の原因をつくった。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 12:42:19 ID:Grm3C0Yj0
井上は幕末に滅多切りされたときに死んでたほうが評価高くなったかもな

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 18:52:25 ID:h+Z+O8Kr0
>>168
厳密には陸奥は井上の派閥。
そして原は山縣の派閥の人間で、山縣に認められて総理になったわけ。
ちなみに彼は非常に強権的だよ。
足尾鉱山のときも容赦なかった。対外政策も同じ。
だから原は、山縣がいれば安心みたいなこといってる。
違うのは政党政治というスタンス、中身は山縣と同じ。
これは二人が、二人とも認めている。
>>169
女くらい別にいいと思うんだがなあ。
山縣にしても権力を使って、国の舵取りを間違ったというのならともかく、
それはなかった。

あと井上のその鉱山ネタはデマだから。
立て札たてたって奴だろ。

金に汚かったのは事実だけどね。
正しく言えば、組織の金と自分の金の区別がついてない。
金に困れば、迷わず私財を使うが、
財閥などに便宜を図って、金もらうのも当然と思っている。

当然のことだが、今日に続く政府腐敗とは関係ない。

江戸時代なんか、井上など問題にもならん賄賂社会だよ。
老中になるのにも、藩の財政が傾くほどの金をばら撒かないといけない。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 20:14:01 ID:qxlfouNeO
山県ってヒトラータイプの政治家だよな

権力欲があれだけ強いのにほとんど閨閥つくらなかった。
山県は身分が高い出じゃないから望みそうなのに

どんなに勲章貰っても
伍長時代の鉄十字勲章しか着けなかったヒトラーに通じるものがあるよ

繊細でプライドが相当高そう

そういや山県って原に出身身分の事でバカにされなかったっけ?


173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 20:17:17 ID:h+Z+O8Kr0
あれは足軽だからって奴か。

原は平民宰相とか言われながら、
実際無茶苦茶な名家だからな。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 20:46:13 ID:9RFdFVr10
>女くらい別にいいと思うんだがなあ。
児童買春常習者の伊藤は、現代なら凶悪な性犯罪者だ。
本来、公職から追放し刑務所に収監すべき犯罪者が、
野放しにされ、権力のトップに居座っていた。

>山縣にしても権力を使って、国の舵取りを間違ったというのならともかく、
>それはなかった。
山県は軍を私物化し政党政治を無効化するために軍部大臣現役武官制をつくる。
これが後に軍部の暴走と政治の混乱をまねく引き金となり、太平洋戦争に至る。
近代国家として船出して間もない日本の舵を破壊したのは、ほかならぬ山県なんだよ。

>当然のことだが、今日に続く政府腐敗とは関係ない。
今日の政治と財界の汚い癒着の元凶は、井上などの長州閥でしょ。
たしかに現在の政治家は、井上と比べれば、はるかに健全でクリーンだけど、
これは、敗戦によってある程度是正されたから。
また、今日の対米追従路線も、井上が鹿鳴館で行った卑屈な売国政策の延長にある。
色々な意味で井上は近代日本史上の癌だね。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 21:15:12 ID:h+Z+O8Kr0
>児童買春常習者の伊藤は、現代なら凶悪な性犯罪者だ。

当時は合法だが、
戦国時代の衆道をとりあげて、みなショタコンで犯罪者逮捕しろってのと同じ。

>山県は軍を私物化し政党政治を無効化するために軍部大臣現役武官制をつくる。

ちょいと違う、政党が暴走して好き勝手に戦争しないために作った。
隈板内閣が出来る前は、軍部大臣現役武官制は、最初あったのを山縣自らが削除している。
ちなみに、対華21か条の要求をしたのは政党であり、
それに反発して日中提携論を唱えたのが山縣。
台湾出兵にも反対したのが山縣で、強引に出兵したのが政府。

政府主導なら暴走しないってのは、ヒトラーや今の米国を知らない奴の台詞。

>今日の政治と財界の汚い癒着の元凶は、井上などの長州閥でしょ。

関係ありません。薩摩のそっちの専門家の松方は三菱と組んでましたし、
江戸時代においても、株仲間という独占企業を認めることで、金をもらっていたのが幕府と重臣。
株仲間のように、特定企業に政府が事業を認めることで、キックバックを受けるという、
江戸時代の仕組みをいくらか、クリーンにしたものに他なりません。
戦国時代でも御用商人が、好き勝手やってましたしね。

そして当然これは日本のみに見られることではありません。
アメリカなんて、今でも献金して、その企業や団体に有利な法案作ったり、
外国に圧力かけたりするのは当たり前の話です。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 21:49:39 ID:CjM30ANz0
>>173
原敬の爺さんは南部藩の家老だったな。
たしか原敬は次男だか三男だかで分家したから士族から平民に格下げになったと記憶している。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 22:19:22 ID:P1jYm0Ed0
>>171
尾去沢銅山疑獄事件は事実だ。
井上は政治家というよりも詐欺師に近い。

>>175
>当時は合法だが、
法の整備が追いついていないだけで「合法」とは言いがたい。
連日処女の破瓜の血をすすってた伊藤の性癖は公序良俗に照らして問題ありだろ。
変態伊藤やホモ薩摩人が、庶民に対しては道徳や禁欲を説いてたんだから、呆れる外はない。

>ちょいと違う、政党が暴走して好き勝手に戦争しないために作った。
ある程度の暴走があっても自律調整機能が働き決定的な破綻を回避するのが民主的な議会システム。
山県が指向した個人独裁体制は、暴走すると誰も手が付けられなくなる。
そして、現実にそうなってしまい、大日本帝国は滅んだ。

>江戸時代の仕組みをいくらか、クリーンにしたものに他なりません。
江戸時代から長州人の金に対する汚さは際立ってる。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 23:18:45 ID:PPF0aUYD0
別に女ぐらいいーだろが。
それだけ、モテたってことだろ。
童貞のひがみしか見えないぞ。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 00:03:48 ID:srZpqXVP0
吉田松陰は童貞のひがみでテロに走った。
伊藤はその反動でレイプマンとなった。
うるわしき師弟関係だ。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 01:01:02 ID:KjHuxQrN0
>>171
山縣にしても権力を使って、国の舵取りを間違ったというのならともかく、
それはなかった。

教育勅語と軍人勅語はダメだろう
しかもエライ人ほどこれを無視してるという
変な構造になってしまったし

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 08:16:16 ID:qxX7uQljO
少数の権力者が美人な女を独占するのは独占禁止法にひっかかる疑いがある

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 08:32:10 ID:Ptck5ST30
>>175
その原因はやはり徴兵制度。
民意を尖鋭にする最大の原因だよ。
そして最も多くの兵員を必要としたのは陸軍だろうな。

開戦-大衆迎合-暴走と言う流れだな。
例えば山縣内閣で増税と臥薪嘗胆なんてスローガンは
日露戦争への伏線以外のなにものでもない。
他方で選挙制度改正だろ。
原内閣も似たようなものだろ。
財産制限で妥協し続けた先が普選だな。
憲法発布以来この間僅か36年。

憲法発布後僅か36年で普選に行きついた急進性は明治-大正の流れであり、
それが昭和の暴走を生み出した。軍隊の暴走や右翼の台頭を後押ししていた
ものは明らかに世論であり、民意を刺激しその政治参加を加速させたものが徴兵制度と
選挙制度だよ。



183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 10:24:27 ID:KjHuxQrN0
当時の農民の流れ

明治になって年貢が税金になった
税金が払えず借金(江戸時代はコメを物納、払えないと強制労働w

借金が返せずに娘を売る
息子を兵隊にすることで希望をつなぐ
それでも駄目で土地を手放す
貧乏小作人になるかアテもなく都会へ
残された息子は兵隊で出世することが最後の希望!

戦争じゃぁー!(下っ端兵)  共産主義じぁー!(貧乏農民)


184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 20:41:52 ID:B28VMxBd0
地租   公租  地主  小作人
徳川末期 37% 24% 39%
地租改正 34% 34% 32%
明治18年 16% 42% 42%

明治維新によって地主と薩長の成り上がり者のみが肥え太り、
農民や労働者は幕府時代以上に貧しくなった。
この貧富の差の拡大が日本が不安定となった原因。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 21:11:50 ID:uKtvedec0
>>177
>尾去沢銅山疑獄事件は事実だ。

週刊現代レベルのゴシップ記事だよ、
だいたい、後ろ暗いとするなら、井上の看板など立てるか。

>法の整備が追いついていないだけで「合法」とは言いがたい。

それは合法というんだよ、脱法ではない。
売春が合法だった時代に、女かったことで、責められるようなもんだ、
そして逆にゆるくなったら、事前に行っていたものは、法が遅れていただけで、
そいつは犯罪行為をしていないというつもりか?

>ある程度の暴走があっても自律調整機能が働き決定的な破綻を回避するのが民主的な議会システム。

そんな機能はついてませんよ。民主的な議会というのは、
暴走機関車です。一度動いたらとまりません。
米国の議会が戦争反対で、政府を止めたことありますか?
英国が止めたことありますか?
ありませんよ、民主主義ってのはブレーキなどついてないんです。
むしろ独裁体制のほうが、決定的な破綻を回避しやすい。
だって独裁者が世論を無視して、止められますからね。

>そして、現実にそうなってしまい、大日本帝国は滅んだ。

滅んだのは独裁体制じゃなかったからですが?
議会は翼賛体制に自らなって、戦争万歳をしてました。
英国もそのころ挙国一致内閣になって、戦争マンセー。
米国でも政争やめて、一致して戦争マンセー。
イラクのときでも、反対したのは一人か二人

逆に元老の独裁体制のときは、三国干渉でも耐えて我慢。
満州の経営のときも、欧米と摩擦生みそうになったときは我慢してます。

>江戸時代から長州人の金に対する汚さは際立ってる。

具体的になにを根拠に?


186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 21:20:19 ID:uKtvedec0
>>180
なんで?
軍人勅諭んは、軍人は政治に関与してはならんと戒められ、
軍人には参政権もなかった。
そうやって厳格にやっていたんだよ。
>>181
伊藤はブスと処女オンリーっすよ。
いい女に手をつけたら、地域のお偉いさんと対立するってんで、
ブスや、まだお偉いさんの手がついてない処女を食うことで、
揉め事を回避していたわけ。
処女スキーってのは、プロの遊女は金持ちのパトロンとかもいて、
もめると困るから、そういう女を選んだからついた話。
>>182
そうやって、国民意識を盛り上げ、
徴兵制と参政権を与えて、やっと近代国家になるわけ。
それまでは武士、西洋だと騎士傭兵のみが戦争してて、
国民の大半は関係なかったけど、国民も参加するようになって、
戦争の規模も一気に拡大し、多くても数万程度だったのが、
数十万が当たり前になってくる。
そういう列強と張り合うには、これは必須なのよ。
どんなに危険な形態でも、最良と民主主義が言われるのは、そういうことさ。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 21:24:37 ID:uKtvedec0
>>184
幕府時代より貧しくなったというのは間違い。
幕府時代みたいに、ごろごろ死んでないよ。
かつかつ食えている。
人口が急増しているのにね。
幕府時代は、子供と爺婆の何割かを殺して、
人口調整しても、飢饉が多発。
江戸も人口低下が激しい。

そしてほっとけば、資本が集中していくのは当たり前。
そしてそれでいい。
今の日本の農業が駄目なのは、戦後の農地改革で、
農業の法人化を禁止し、土地を細分化したため。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 22:00:28 ID:B28VMxBd0
>>185
例えばアメリカやフランスの大統領が、毎晩幼女を買って、女体盛りに呆け、処女の破瓜の血を舐めてたなら、
そのような大統領は即刻大統領の地位から引きずりおろされるだろう。
一国の指導者にはそれなりの品格と良識が求められる。
しかし伊藤のような下賤な成り上がり者にはそのような資質が完全に欠けていた。
こうしたクズに乗っ取られた状態で近代化に踏み出したことは、日本にとって大きな不幸だった。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 22:25:25 ID:KjHuxQrN0
>>187
幕末なんて「ええじゃないか」でみんな踊って遊んでたんだけど
明治でそんな余裕がどこにある
江戸は確かに中世でみんな貧乏だけど、最後は義とか信だった
明治は金w
マリーアントワネットも貧乏だったらフランス革命は無かった
まあ江戸の飢餓はみんな飢餓だった

>軍人勅諭んは、軍人は政治に関与してはならんと戒められ、
「生きて虜囚の辱を受けず」
これに尽きる
このせいでどれだけの無駄な死が有った事か
万歳突撃も集団自決も元凶がこれ
しかし軍人勅諭には隊長クラス以上は投降可という隠しコマンドが有ったらしいw

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 22:56:55 ID:w/4TmQtN0
>「生きて虜囚の辱を受けず」
日清日露の頃は別に捕虜になっちゃいけないなんて規則は無かったし、
そんな雰囲気も無かった。
別に軍人勅諭が原因で捕虜になるな、なんて規則が出来た訳じゃない。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 22:59:40 ID:KjHuxQrN0
>>190
でわ
捕虜になるな、なんて雰囲気が出来たのは何が原因ですか?

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 23:06:50 ID:j/6sbMez0
>>189
日本そのものが貧乏だったら欧米の帝国主義国に徹底的に食い物にされるな。

>江戸の飢餓はみんな飢餓
本来は日本だけではなく地球上の人類が全て貧乏で飢餓で有るべきと言うのが正しいぞ。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 23:07:25 ID:xvE47ShB0
>>191
戦陣訓

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 23:12:30 ID:uKtvedec0
>>189
>幕末なんて「ええじゃないか」でみんな踊って遊んでたんだけど

江戸町民だけの話だな。
そして東京の市民だけをとるなら、やはり豊かだった。
穀物の消費量などをみても、東京だけ白米の消費が以上に多いし、
東京の市民の多くは生活レベルが高かった。

そして江戸の生活が明治よりよかったということはない。
江戸では餓死や行き倒れが非常に多かった。
江戸中期では100万以上いたが、幕末には三割ほど減っている。
つまりそれだけ死んでんの。

>「生きて虜囚の辱を受けず」

これは戦陣訓
東北出身の東条英機がつくったもの。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 23:15:30 ID:uKtvedec0
行政能力があれば、なんら問題はない。
たとえばオランダは売春がOKだが、
そこに入り浸っている人が首相になったとしてもなんら問題はあるまい。
後に売春が禁止されたとしても、非難する人はまずいない。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 00:51:03 ID:qrQrfyNM0
>>194

>軍紀が乱れている、これを是正し、軍人の守るべき道徳的基準を明確にしようと、
>陸軍省は『戦陣訓』の作成にとりかかった。
>畑俊六陸軍大臣の決裁ののち、1938年秋から教育総監部(総監山田乙三、本部
>長今村均)が作成にあたった。
>作成の中心的な役割をはたしたのは、今村均教育総監部本部長である。
>できあがった『戦陣訓』が全陸軍に布達された。
>しかし、起案にたずさわった今村自身が、軍司令官として戦地でこれを読んでみると、
>戦陣で守るべき道徳の主眼点がはっきりしておらず、迫力がなかったという。
>このため、和辻哲郎、井上哲次郎や島崎藤村、佐藤惣之助、土井晩翠らの協力を得
>て、文章表現が練られ、改めてできあがったのが、1941年1月8日、東条英機陸軍大
>臣の名前で示達された『戦陣訓』である。」
>(以上、内海愛子著『日本軍の捕虜政策』より)
http://www.city.kitami.lg.jp/650-03/115/nupunkesi115.htm

東条はできあがった戦陣訓を読んで喜んでただけで、誰が作ったかといえば教育総監部(総監
山田乙三、本部長今村均)

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 05:02:17 ID:SEFSXSby0
>>194
江戸中期では100万以上いたが、幕末には三割ほど減っている。
つまりそれだけ死んでんの。

これって江戸住まいの武士が幕府が滅んだから地元に帰っただけでない?

江戸時代は米の価格が下がっているし、人口が3千万人で米の生産量も
3千石ぐらいだった。
つまりひとり一石、需要と供給のバランスが採れていた
これは農民は米価格の暴落を避ける為、米を作りすぎない様に雑穀や野菜を作って
生産量を調整していたので旨くバランスが取れていたからと思われる

武士や町人は全人口の10%ぐらいでっせ、こいつらが全部の米を食って
いたって言うのかよ。どうかんがえても無理、3倍食っても大量に余るぜw

明治中期から米が足りなくなり米価が高騰し政府は、
雑穀や野菜を作らないで米を作れ、という命令を出している

ちなみに明治初期の国の収入は8割が地租税、そのた間接税。
つまり農民が出した税金が国収入の9割ぐらいを占め
その金を国の政策として軍事と重工業の発展に使った
そのけっか明治後期の農村は悲惨なことになっている


198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 05:23:35 ID:eT6I6NHA0
>>196
んなこといったら、政策のほとんどは担当大臣は判子押しただけで、
関係ないってなるけど。。。
>>197
幕府滅亡前の話。
ひところ120万以上だったのが、100万きって、80か90万くらいになってる。
幕府の人返し例などもあるが、
それ以上に疫病で死んでる、
免疫のない人間が、人の集まる都市部にでてきたら、
どうなるか、そして食えない人も大勢いるし、
生活も安定せず、男女比の差が大きいので結婚できない。結果人がものすごく減った、

>江戸時代は米の価格が下がっているし、人口が3千万人で米の生産量も

分かってないな、石高=米の生産量ではない。

>これは農民は米価格の暴落を避ける為、米を作りすぎない様に雑穀や野菜を作って

違う、米価は何度も乱高下している。とくに米価が下がったこともあるので、
だから安定して売れる商品作物に力を入れた結果、
ひとつ飢饉や、米価の高騰があれば、そういう農家は、必要な米の確保が出来なくなり餓死。

>武士や町人は全人口の10%ぐらいでっせ、こいつらが全部の米を食って

農民が全て米を作っていたというのは、ただのイメージ。
米以外を作っているものもいれば、漁業、林業、鉱山、さまざまなものについている。
あと武士と町人、ほかにも非生産人たち、(公家やら部落)を合わせれば、二割はいくよ、
そして彼らは金があるから、米を買える訳、農民は金がないから、
売らざるをえなくなり、東北で飢饉が起きても、江戸ではたらふく食えます。

>そのけっか明治後期の農村は悲惨なことになっている

江戸時代よりはるかに幸福な状態だよ。
そして農民の税収に全て頼っていたのは江戸幕府も同じ、
町人からは屋敷の規模で少々の税とってただけで、商業活動からは税とってなかった。
それを、非生産の武士の給料にあてていたというから、目もあてられない。



199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 07:31:23 ID:R6GfqWcS0
>>190
戦陣訓は明治期の軍人勅諭を敷衍したものにすぎない。
「義は山嶽より重く死は鴻毛より軽しと心得よ」と、
天皇の為に命を捨てる事を命じたのは山県。

山県は日清戦争の際にこう発言してる。
「敵国側の俘虜の扱いは極めて残忍の性を有す。決して敵の生擒する所となる可からず。
寧ろ潔く一死を遂げ、以て日本男児の気象を示し、日本男児の名誉を全うせよ。」
この長州カルト思想が後の無謀な自決突撃賛美につながった。

日露戦争の際に堅固な要塞への歩兵による馬鹿げた突撃を繰り返し、
数万人の兵士をムダに殺した乃木が、処罰されるどころか、軍神として祭られたのも、
天皇のために死ぬことを無条件に賛美するカルト思想が背景にあったため。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 19:27:37 ID:eT6I6NHA0
中国にとっつかまった、
日本人捕虜がどうなったか知らないのか?
すさまじい拷問された結果皆殺しだぞ。

そして要塞に対しては正攻法で、どこでも同じだよ。
それしかさせないのが要塞なんだから、
クリミア戦争のときのロシアの要塞の攻略も同じ方法。
塹壕戦に歩兵を突撃させた、欧米はみんな馬鹿、
といっているようなもん。

ただ、乃木が優秀とはおもわんけどね。
そもそも日本軍の将軍ってのは、作戦は考えないし、
指揮すらとらん。上にどっかり鎮座してて、人格がよく、人望がある人物が選ばれる。
実際にやるのは参謀の仕事。
大山と児玉の関係見てれば分かるだろう。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 20:41:41 ID:4w3Y1TnR0
>ただ、乃木が優秀とはおもわんけどね。

乃木は無能。これ以外に言いようがない。
無能な乃木を軍神として崇拝したんだから、
軍がおかしくなるのは当たり前。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 20:43:22 ID:/2nIScdBO
乃木は大将
無能でも問題ない
無能がなんかするのは問題
牟田口みたいに

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 20:47:26 ID:eT6I6NHA0
人望さえあれば、能力は問題じゃないんだよ。
西郷や皇族が戊辰のときに、将軍やってたでしょ、それと同じ。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 21:52:28 ID:4w3Y1TnR0
>>202
反対意見が多かった牟田口のインパール作戦が通ったのは、
上司の寺内が参謀本部にプッシュしたから。
乃木や寺内のような無能がトップに居座る組織は必然的に腐る。
いずれにせよ根源的な元凶は山県だな。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 23:26:17 ID:/2nIScdBO
>>204
乃木と寺内の無能さは全然違うだろ

乃木はただの飾り
死後、天皇に対する忠誠心を軍部に利用されただけ
本人は悪くない

寺内は飾りになってれば問題ないんだが
いちいち口を挟むので迷惑で有害な無能

山下奉文も被害受けたな

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 00:29:29 ID:sQGCk98J0
>>200
まあ、日本的組織にはよく見られるよな・・・・大将がお飾りで、部下が実際に動くってのは。
ただ、これには部下が失敗した場合、大将がケツを持つっていう前提があるけど。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 04:27:24 ID:CjStnQNL0
寺内寿一(山口県)
広田内閣の陸軍大臣として軍部大臣現役武官制を復活させ、軍部の発言権を拡大させる。
太平洋戦争では南方軍総司令官として南方作戦を指揮した。
フィリピン決戦では37万人という大戦中最大の犠牲者を出す。死者のほとんどは餓死によるもの。
なお、このとき寺内はマニラからサイゴンへ逃亡し、赤坂から芸者を呼び寄せ豪遊していた。
その後、インパール作戦を強行するも、補給を無視した無謀な作戦で約8万人の犠牲者を出し、敗戦の原因をつくる。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 04:43:22 ID:ov84+yx60
乃木は『普通』が妥当な評価だろ。

むしろ海軍のケツ拭いて、物資も送らず尻叩く大本営に急かされて、
使える参謀は児玉に独占されて、と言う状況で戦略的オーダーをほぼ
完全に果たしてんだから良くやった方。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 06:04:15 ID:tX2qzjJM0
フィリピンで大敗したのは、海軍が陸軍に、
台湾沖航空戦で、敵艦隊の多くに打撃を与えた、大戦果だと、
大本営発表をして、誤報だと途中で分かっていたのに、
知らん振りして、作戦を決行させたからだよ、
餓死したのも、海軍が制海権を奪われて、補給路がたたれたため。
陸軍や寺内のミスではないよ。

そして失敗ばかりかいているけど、
東南アジアを短期間で制圧したのも、寺内の手腕なわけなんだけど。
それとも失敗の責任は全て寺内。
成功した場合は、全て優秀な参謀のおかげとでもいうつもり?
逃亡ってのも総司令官が前線にでてもなんも意味はない。
>>206
だからあの縁故採用の無能な参謀の変わりに攻められまくっているじゃん。
最後は切腹までしたし。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 06:12:37 ID:tX2qzjJM0
もっとも寺内が優秀とは思わんがね。
参謀のいいなりだし。
インパールは政治的な配慮で、無理な作戦をどうにかならんのか。
で薦めさせた。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 11:09:53 ID:kZlXzhzf0
>>209
そもそも、前線の情勢を分析し、大本営発表を誤報と判断した山下司令官は、
寺内が主張するレイテ戦に反対してるだろ。
しかし寺内は現地を無視し、大本営の誤報を鵜呑みにし、
50万人に上る日本兵を犬死させた。
この責任はすべて寺内のバカな判断にある。
また、前線の兵が餓死してるときに、自分は芸者と遊んでた寺内を、
「総司令官が前線にでてもなんも意味はない」と擁護するのは詭弁でしかない。
寺内のような無能な長州人が、七光りで陸軍大臣や総司令官になれる制度に問題があった。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 15:00:11 ID:sQGCk98J0
まあ、寺内はバカだが、嘘報告をした海軍が一番悪いだろ。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 19:32:43 ID:tX2qzjJM0
>>211
違うよ。山下が誤報に気付いたのは、陸軍で懇意にしている参謀から個人的に聞いた話。
だけど、それは公式の記録じゃないわけ。
そしてそんなもんを理由に作戦中止はできないのよ。
そして寺内が主張するってのもね、大本営で決まったから、
やりますよってだけでしょ。
そもそもそれだけ大きな作戦を南方軍の独断では出来ない。
実際沖縄の防衛軍すら投入しているわけで、大本営を通さずこんなことできるわけないでしょ。
ていうか大本営が主導したんじゃなかったっけ?

インパールにしても、東條など政府からの圧力で作戦を行うことが決まり、
功名心しかない牟田口がこれに飛びついて、(もともとは牟田口も無理といっていたから始末が悪い)
反対派を首にした、なんで更迭できたのか不思議なんだが、
稲田は東條が飛ばしたらしいが、佐藤は東條じゃなくて、牟田口の独断らしいし。

そして親の七光りで、陸軍大臣や総司令官になったわけじゃないんだがなあ。
陸軍の出世は、士官学校の成績による、華族だろうが、薩長の高官だろうと同じ。
特別扱いは皇族のみ。
ていうか途中からは薩長関係者は陸軍士官学校には入学すらさせてもらえなかったと思うぞ。

>「総司令官が前線にでてもなんも意味はない」と擁護するのは詭弁でしかない。

意味ねージャン。司令部が全滅したらどうするのよ。
辻みたいに、前線に出てくる参謀もいないわけじゃないけど、
はっきりいって意味なかった。無謀さを悟るどころか、
さらに強硬な作戦無理やりやっちゃうわけだし。

愛人つれてきたのは、流石にどうかと思うがな。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 00:01:51 ID:mEQ/nnr00
>>213
大本営の言いなりだったから寺内は無罪という主張はなんだかなあ。
末端の兵ならともかく、総司令官の立場にある人間が、大本営発表の裏を読めずにどうする?
そもそも山下は最前線の敵機の飛来状況からも、誤報であることを見抜いてる。
一方の、寺内は不確実で刻々と流動する情勢の中で、現実を見ずにひたすら大本営の命令に従ってた。
日本が負けるわけだ。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 04:29:39 ID:T25+WQh60
>>186
明治の元老は欧州に視察に行きユンカ―貴族たるビスマルクに
普選はなるべく緩やかにしろと忠告された。
愚かな元老はこの忠告を忘れたんだろうな。

またロシアは民主化により近代化したわけでも強国化したわけでもない。
戦後の韓国は軍事独裁政権が近代化の基礎をつくつたのであって民主化は
関係ない。大英帝国は貴族政治により近代化と強国化を図った。
そこから生まれたものが議会政治であって英国議会政治は民主制とは
なんの関係もなく、そもそも貴族の身分議会が起源だ。

また古代ギリシャのアテネは貴族たるペリクレスが32年間の独裁を敷いて安定
させたのであって、以後の民主的で貴族ではない政治家からデマゴーグが
増え、結局はその後明治政府以上の短期間で衰退した。

民主化=強国化はあまり歴史の知識のない人間の幻想でしかない。
単なる国民総力戦と民主化を混同しているなww
単なる脳内理論と史実を混同している実証性に欠ける意見だ。
史実としての近代化や民主化を根本的に勘違いしている。
また戦時体制としてなら最も優れた形態は共産主義や社会主義だよ。
その特徴は人命軽視と監視体制そして統制経済だ。
これが戦争には極めて都合がいい。
戦後の英国で労働党が勝ったのも実は社会主義的戦時体制への肯定からだ。
共産主義体制はその理論とはかけ離れ、実際の歴史上の体制としては
実に内戦や対外戦争に向いていた。革命から産まれた体制だからだ。
特にロシア革命からだからだろうな。
「ロシアがその世界に恐怖されるのは文化でも外交でもなく、その軍事力である」
                         〜ウィッテ〜

政治体制に関する論評が実に教科書的だなwww
もっと自分で考えた意見言えよ。

えーと、そもそも山縣の自由民権運動統制をよしとしていた意見じゃなかったのかな??
もう宗旨変えか?



216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 05:11:33 ID:PMLpEBRy0
>>214
無罪とは思わんし、責任もあろう。
だがね、南方軍の独断で無理な行動をしたことではないのに、
あたかも、南方軍が独走して敗退した。
そう非難しているようにみられたんでね。

現実には上層部や、政府の意思に従っただけで、軍人としては別段おかしな行動でもないのよ。
強行に反対していた人は、飛ばされてしまったし。
もちろん寺内が強行に反対していれば、なくなったかもしれないし、
稲田などの優秀な参謀には遠く及ばん無能だろう。

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 12:02:24 ID:crhL/mmW0
なんで太平洋戦争末期の幹部はどいつもこいつも「芸者」連れて逃げてんの?
自分ひとりで逃げるならまだわかるのにアフォじゃないのか?
そんなに芸者がすきか?俺にはわからん

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 19:39:43 ID:PMLpEBRy0
>>215
ある程度の民主化をして、
国民の意見を反映させるようにしないと、
兵士が戦わない。
国民が自分の利益にもなると思うから、一生懸命戦うわけで、
完全な専制政治は、国民世論など無視していいから、ラクに政治ができるが、
戦争した場合、国民が裏切る可能性があるし、
そこまで逝かなくとも、必死に戦わないのでもろい。
傭兵が徴兵された民兵に勝てない理由だな、魔キャべりもそのことをいっている。

中世の国家じゃ、近代国家に勝てないってのは、そういうこと。
ナポレオンが台頭できて、フランスが欧州を制覇したのは、そういうからくり、
イタリアがいつも弱いのは、都市国家の意識が強く、国民国家になりきれていないから。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 20:15:26 ID:A00fPG660
>>215
> 民主化=強国化はあまり歴史の知識のない人間の幻想でしかない。
> 単なる国民総力戦と民主化を混同しているなww

徴兵制・総力戦の必要性と民主化要求は、おたがい支えあう関係だろう。
歴史的には、軍事的要請が先行して、それを支える民主化は後追いしてたけど。

> また戦時体制としてなら最も優れた形態は共産主義や社会主義だよ。
> その特徴は人命軽視と監視体制そして統制経済だ。
> これが戦争には極めて都合がいい。

これはおっしゃるとおり。
ファシズムに対抗した自由民主主義国も、
戦時中にはある程度全体主義的にならざるを得なかった。

が、社会主義、共産主義も、政治体制としては民主主義の一種だろ。
少数者の意見や権利を尊重しないだけで、
国民の多数に支えられて物事を進めるというのは同じ。
一応、選挙もやってるしな。

東欧など旧社会主義国が西欧的政治体制になる変化は、
「民主化」というより「自由化」と言うべきだろう。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 21:52:16 ID:oLrHJpYv0
>>217
>どいつもこいつも「芸者」連れて逃げてんの?
寺内、富永、牟田口…
芸者に呆けてた連中は、大勢の部下を殺したのに、
裁かれもせず、自決もせずに、抜け抜けと生き延びてる。
不条理を感じる。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/09(水) 06:31:23 ID:wno2A+uu0
寺内…山口県
富永…長崎県
牟田口…佐賀県

すべての軍幹部が芸者を連れて逃亡したわけではない。
こうした卑怯な振る舞いをするのは半島渡来系の特徴だよ。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/09(水) 21:46:30 ID:GkQY330N0
長州人は朝鮮人

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/09(水) 22:51:12 ID:Bl6qC1UF0
その点芸者は一緒に逃がしてもらえるから前線に出ても安心だな

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 00:30:05 ID:qp1/vILP0
最終的には天皇に責任転嫁するシステムだから、軍のトップはやりたい放題だった。
天皇を政治や軍事の矢面に引っ張り出した長州人が諸悪の根源。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 09:47:40 ID:HTYAnndU0
>>219
スターリンや毛沢東の独裁は民主的でもなんでもないよ。
選挙も経てない。粛清と権力闘争の結果得られたものだろ。

フランコも韓国の朴もそうだよ。
>>218
都市国家郡の古代ギリシャは統一されたペルシャに勝ったぞ。
なんだか社会学的なモデル論に毒れているなw

元老元老と騒いでいるから、離散集合を繰り返していた愚かな政党政治や軍部含めた役人のセクショナリズム、
右翼や左翼や軍過激派の派閥抗争、日本人の悪癖とも言える小異に拘泥して大同に付けない
国民的性癖、等々を批判して指導力の必要性を主張したいのかと思えばそうでもないんだなw
なんだか、論理があっちこっち迷走してるなw
民主化による大衆の暴走も指導者がいなかったからだ。
古代ギリシャの碩学が民主政治を衆愚政治と言ったのも、政治抗争に明け暮れて統一性のない
国策や戦略に堕したからだよ。

戦犯と非難された東条にしても僅か3年しか総理の地位にはいない。
実質的に天皇には大した大権はない。
スターリンや毛沢東が20年以上、ヒトラーやルーズベルトが10年以上、
チャーチルでさえ5年は継続して尚且つ再選もされているのと比較してみ。

日本に決定的に欠落していたものは指導者なんだよ。
いまだに会津だ長州だ言っているようでは相変らずと言うことなんだよwww
小異に拘泥して対立に明け暮れて、結果一人の有能な指導者に託することができない。
藩閥にしても元老にしても、小異に拘泥して大同につけず優れた指導者が長期に渡り
治世できないのが日本の近代政治の欠点であり、その通りの惨めな敗戦を
したと言うことだ。
「我国にクレマンソーさえいれば、、、」これは第1次大戦で敗戦したドイツの将校の
言葉だが、フランスの政治指導者について述べていて、ドイツに優れたリーダーが
いなかった事への嘆きだ。日本人は戦後の欧州に視察に行きなにを学んできたのやらw
残念ながら今の日本もこの時代のドイツの低レベルにさえ達していない。
またまたガラガラポンだのほざいて抗争を継続させるらしいなw戦前は70年間政界再編を
延々と続けていたんだけどなw
歴史解釈にしてもいまだに犯人探しばかりで、誰が悪かったのか?ではなく、何が足りなかったのか?に
達してないからな。経済力だったらしいな。さてそうだろうか?
ならば次の戦争でも間違いなくリーダー不在で開戦することになるだろうな。

戦時中の日本に最も欠落していたものはリーダーだよ。だから大衆の暴走に引き摺られ、
新聞の扇動に引き摺られ、軍部や右翼の暴走に引き摺られた。
戦前の日本には方向性があったわけではない。場当たりがあっただけだ。
これも明治以来のことで、明治や大正の指導者にも明確な指針があったとも思えず、
明確なリーダーもいなかったわけだ。大久保、西郷、伊藤、山縣、等々がリーダーだったかと言えば、
所詮は多くのリーダーの一人程度だ。集団指導体制から少し頭が出た程度の人間だな。
明治から現代に至るまで明確なリーダー像と言うものが殆どない。
儒教的な標語ばかりで時代を画す個人と言うものが見えてこない。
つーか、リーダー不在だな。これは日本人の国民性にも負う所が大きい。

つまり、「和の政治、しかしそれだけでいいのか?」と言う国民性に突きつけるべき根源的な
疑問を近代史解釈に提示していないのがなんとも物足りないところだな。
おそらくこれからの日本人はこのテーマを直視して解決した暁に初めて大きく飛躍する。

「戦争において重要なものは多くの人間ではない。たった一人の人間である。」
                        〜ナポレオン〜
多くの大衆でもなく何人もいる元老でもなく一人のリーダーと言うことだ。
この点、明治と昭和には何等違いはない。


226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 14:45:41 ID:vb/nCro90
ガラガラポンってなんかヒビキ的に頭悪く感じるよね
幼児語みたいだ

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 20:53:19 ID:ACt06Eo2O
>>225
あれだけ軍部の中堅が暴走してれば止められるリーダーなどいないよ。

暴走する群衆心理は
マスコミやネットで緩和させるか武力鎮圧するしかないくらい難しいもの

しかもあの時は軍部中堅の暴走だった。
それに多数の上層部がそれに追従してた

不可能だよ

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 21:21:36 ID:h/hsQ6BCO
暴力団組織の便宜供与だよな。
日本軍、自衛隊なんてところは、暴力団員しか入隊しないし、こいつらが仕切っているからな。

政府機関なんてやくざが仕切っていて、そいつらのいいなりだろ。
政治家自ら犯罪を犯して逮捕なんてね。報道しているところも含めて考えてみようね。
会社、国い・ら・ね

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 21:47:20 ID:ACt06Eo2O
>>228
アナーキストかよ
小さなコミュニティばかりになると、どうせまた争いが起きて勝ったコミュニティが大きな国になるだけ。

人間は猿だから仕方ない

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 02:39:50 ID:/097nGw/O
明治と昭和陸軍の違いは単純に行って世界情勢が全く違う所から来てる。明治は植民地主義全盛期で単純に強い軍隊を作り国際法を守ってれば良かった。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 02:45:28 ID:/097nGw/O
昭和は隣りに国際法無視の革命国家が二つも出来て欧米国際法では解決できず、欧米秩序打破の彼らの言い分にも流され、自らも関わるうちに毒されて行き、軍と言うより国としての戦略が定まらないまま、ドンドン最悪点に流されてしまった感じ。


232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 03:12:32 ID:si2G/SWA0
明治と昭和陸軍の違いは単純に行って
明治には共産主義が存在しなくて昭和には共産主義が存在したことである。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 06:16:11 ID:LoI0gujq0
まあ共産主義とアメリカが戦争してれば
共産主義が買ってたと思うけど

共産主義が戦争で負けた例は非常に少ない

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 07:36:15 ID:mS0oUfQV0
>>232
 いずれも祖国防衛を存在意義としながらも、昭和の日本軍の
護るべきものは恐ろしく広くなった
>>233
 米ソはいずれもガチでは闘わず代理戦争だったね。
結局、冷戦及び緊張緩和という戦場以外の争いに
共産圏は敗れた

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 10:53:03 ID:/95exqv/0
おお、おお、共産主義者が話しを逸らそうと必死だな。
戦前の共産主義者は、日本を共産化するために日本を灰燼にした。
日本を灰燼にする為にアメリカに負ける戦いを挑んだ。
戦前の共産主義者は満州を中国に、樺太・千島・北方領土をソ連に売り飛ばした。
単純無知なる軍人は共産主義者に騙され操られ、戦犯として生贄にされた。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 15:03:05 ID:LoI0gujq0
>>235
山本五十六は共産主義者だったんかw
単純無知な軍人をさばいたのはアメリカなんだけど
アメリカも共産主義者だったのかww


237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 15:18:11 ID:mCHBer+I0
>>236
おお、おお、共産主義者が話しを逸らそうと必死だな。
共産主義者に操られた軍人を抑えられることは誰にもできなかった。
山本五十六であろうと。
共産主義者はアメリカさえも操った。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 15:38:24 ID:DH8cSU+a0
近衛公と松岡洋右は共産主義者だった。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 18:21:13 ID:Fsc6ZmeGO
極度な妄想は終わりにしようか

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 19:39:50 ID:2VbgtIf70
戦前、日本でコミンテルンの手先として反日活動を行った主要な売国共産主義者
裕仁
近衛
東條
山本五十六
源田
宇垣
牟田口
鈴木貫太郎
大川周明
小沢治三郎
寺内寿一
牛島
岡村寧次

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 20:20:39 ID:HkTt8t/f0
>>240
戦前、日本でコミンテルンの手先として反日活動を行った主要な売国共産主義者は
尾崎秀実です。
列挙されている人は尾崎に騙されたか全然無関係な人ばかりです。

近衛は近衛上奏文にて以下のように述べている。
(途中省略)
ソ連が、窮極に於て世界赤化計画を捨てざる事は、最近欧州諸国に対する露骨なる策動により、
明瞭となりつつある次第に御座候。ソ連は欧州に於て、其周辺諸国にはソヴィエット的政権を、
爾余の諸国には少くも親ソ容共政権を樹立せんとて、着々其工作を進め、現に大部分成功を
見つつある現状に有之候。
(途中省略)
 職業軍人の大部分は、中以下の家庭出身者にして、其多くは共産的主張を受け入れ易き境遇にあり、
只彼等は軍隊教育に於て、国体観念丈は徹底的に叩き込まれ居るを以て、共産分子は国体と
共産主義の両立論を以て彼等を引きずらんとしつつあるものに御座候。
(途中省略)

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 20:35:49 ID:DmfZP78G0
つーかw社会主義者ならたくさんいたけどねw
だいたい北一輝からしてロシア革命に触発されて改造論かいているし、
辛亥革命に参加してもいる。

なにしろ日本人は平等好きだからねw

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 21:25:04 ID:I4R+5L960
大本営参謀・朝枝繁春中佐が日本降伏後、新京に飛び極東ソ連軍の政治将校フェデンコに申し入れた
交渉内容が公文書館に残っている。フェデンコが極東軍総司令官ワシレフスキーに送った極秘報告
本日、参謀本部のアサダ(朝枝)中佐と会談した。彼は至急東京に帰る必要性について個人的に説明したいと
申し出た・・・・・・アサダはウメヅ(梅津美治朗)が率いる参謀本部と日本軍を支配する雰囲気と政策について伝えたいと
願い出た。彼の報告内容は次の通りである。「・・・・・・ソ連軍が大陸、対馬、済州島を押さえ、対馬海峡の艦船の出入りを
封鎖すれば、日本を占領した米軍との関係でより有利な立場を得る。ソ連軍がこの通りに展開すれば米軍の大陸進出を阻み
国際社会でのソ連の重みを増すことになる。このため参謀本部、軍中枢部は上記の地域について連合国が最終決定を下す前に
連合国抜きにソ連の利益となる決定に持ち込むべきだと考えている・・・ハタ(秦彦三郎関東軍副参謀長)はワシレフスキー
ソ連軍の南下作戦の加速の必要性について述べた。日本側の判断では(南下作戦が)十分に迅速だとは考えられなかったからだ。
私(朝枝)の来訪の目的は、ソ連軍南下の軍事的、政治的条件を整えることにある・・・この参謀本部と軍中枢部の意見は軍部
大臣、外務省、天皇側近には秘密にされている。日本は完全に敗北した。大陸に残された約200万人の軍隊は抵抗の力がない」。
アサダは離陸の許可を急ぐように要請した。アサダ中佐を貴官のもとに送り、より克明に解明すべきか否か・・・・・・指示を待つ。
陸軍こそ真の売国組織

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 21:33:16 ID:I4R+5L960
ハタ(秦彦三郎関東軍副参謀長)はワシレフスキー       ×
ハタ(秦彦三郎関東軍総参謀長)はワシレフスキーとの会談で  ○


245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 23:06:36 ID:lOF/m5Iq0
是等軍部内一味の者の革新論の狙ひは、必ずしも共産革命に非ずとするも、
これを取巻く一部官僚及び民間有志(之を右翼と云ふも可、左翼と云ふも可なり。
所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義なり)は、
意識的に共産革命に迄引きずらんとする意図を包蔵し居り、
無知単純なる軍人、之に躍らされたりと見て大過なしと存候。
(近衛上奏文)

近衛の言う「一部官僚」とは木戸幸一・岸信介・松岡洋右のこと。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/14(月) 23:15:01 ID:GP8r9ZRn0
戦後、毛沢東と組んで日本社会主義化しようとしたのも長州人だ

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/06(火) 19:16:28 ID:QByQ3t/v0
木戸幸一は共産主義者ハーバート・ノーマンのおかげで命拾い。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/21(土) 11:36:03 ID:tjofPHDP0
うむ

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 17:36:06 ID:MgLVKphB0
過疎スレ

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/29(月) 03:37:13 ID:6C+W+zrM0
らんらすれ

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/31(金) 13:16:54 ID:LVYs7RnA0
太平洋戦争時の日本の体制は明治体制とどう違うのでしょうか?

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/19(金) 18:57:52 ID:/Eahko8Y0
>>251
軍隊が威張り散らしとる

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/20(土) 01:20:19 ID:yveoAGxF0
>>251
一流、二流の人材が明治維新で命を落とすか疲労困憊して
三流〜五流で構成されたのが明治政府とその体制

明治後半から大正時代の好景気や市民社会の拡大で
一流、二流の人材は経済活動の方へ流れてしまい
その頃の三流以下がもっとも威張れる地位に上り詰めたのが太平洋戦争時の体制

あながち間違ってはいないと思うw

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/06(火) 10:33:50 ID:p5jB03YV0
なるほど

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/15(月) 13:32:43 ID:uyHFKsqv0


256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/21(日) 03:43:41 ID:Jp4b5gndO
明治の軍隊…薩摩閥長州閥
昭和の軍隊…東北閥佐賀閥

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/21(日) 12:39:32 ID:1C3hi29FO
>>251
日清戦争では中国が重慶まで後退してでも徹底抗戦しなかった。
日露戦争ではロシアが4年も戦争継続せず、1年で講和できた。
その違いで長期総力戦だったら明治日本も敗けてた。

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