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【松下村塾】吉田松陰を語れ【幕末】

1 :日本@名無史さん:2010/01/27(水) 03:51:55
維新の志士を育てた吉田松蔭。
みんなの評価は?

2 :日本@名無史さん:2010/01/27(水) 11:05:01
松陰しんだ、って誰か書くんじゃないかな〜

3 :日本@名無史さん:2010/01/27(水) 14:49:46
【死亡年齢】吉田松陰 30歳  高杉晋作 27歳  久坂玄瑞 25歳・・・昔の人は若いのにスゴスギ
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1264571180/l50


4 :日本@名無史さん:2010/01/27(水) 22:00:34
吉田・久坂・高杉が秀才だったらしいが、明治維新後も活躍した山県・伊藤・品川あたりはどんな成績だったろうね?

5 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 01:06:00
吉田松陰の映画 早く観たいな〜
山口に行こうかな!

そういえば、龍馬伝に吉田松陰が出てくるらしいね。
誰が演じるんだろう?演者は、大事だから。
福山龍馬カッコよすぎてイマイチなんだよね〜
ドラマJINの龍馬役、内野だっけ?あの人よかったのに!



6 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 01:14:13
杉百合乃助の子で吉田家への養子
どっちにしても世が世なら貧乏の家のうだつの上がらない変人だったろうね

7 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 01:19:25
うん、JINの龍馬は良かった。

武田龍馬「男はみんな龍馬かぶれなんだよ」
カイくん「そうだ」
あのバージョンのソフトバンクCMも良い。

8 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 01:22:43
>6
たしかに紙一重な感はある。


9 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 01:38:49
>>6
黒船来航がなかったら、きっとその通りだったろうねw
でも、明治維新への導火線となったのは、間違いなく松陰だ。
紙一重は、維新転回へ乗り出すのには必要な資質だったと思う。
いわゆる「狂」ね。

10 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 07:33:03
黒船以前に、子供のころから藩主のお気に入りだから、
何もなければ軍政家として重宝されてたのでは?

11 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 08:34:58
吉田家は断絶したの?実家の杉家も断絶?
維新後も恩賞は何にも無し?

12 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 08:36:11
吉田松陰役なんと武田鉄也だってwwwwwwwww



13 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 19:43:35
武田ってマジかよ・・・
松陰まで無茶苦茶にするつもりかよ武田w

14 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 19:50:22
必死にageて自演するくらいなら、史学板に耐えうることでも書き込めばいいのに。

15 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 21:59:51
>12
イメージに合わないな〜
龍馬好きの武田鉄矢にオファーしないわけにはいかず、
気を使ったのかな◯HK。

16 :日本@名無史さん:2010/01/30(土) 18:46:49
龍馬伝の松陰は生瀬だろ?

あれもジジイ過ぎるけど

17 :日本@名無史さん:2010/01/31(日) 00:24:17
>16
ほんとだ、調べたら生瀬だった。
イメージと合ってて、よさそうだな。

18 :日本@名無史さん:2010/02/03(水) 15:01:04
世田谷松陰神社に行って松陰先生の銅像を見ると
生瀬くらいの年齢でちょうど良いと思う
実年齢は20代後半なんだけどw

19 :日本@名無史さん:2010/02/05(金) 10:55:22
今の時代にはあんな老成した20代って居ないな

20 :日本@名無史さん:2010/02/06(土) 05:40:50
松陰って老成というイメージはないなあ、おれは。


21 :日本@名無史さん:2010/02/06(土) 12:05:41
ちっちゃい頃から死ぬまでキレまくりでした。
あまりに真っ直ぐで、それ以外を許せませんでした。

22 :日本@名無史さん:2010/02/07(日) 13:13:45

★結論

松陰=武士の世界のイエス・キリストであり預言者
周りに与えた影響力・非業の死を遂げたところなんかそっくりで
残した言葉の多くが共通している



23 :日本@名無史さん:2010/02/07(日) 13:29:49

★キリストに酷似している吉田松陰★

http://www9.ocn.ne.jp/~shohukai/syoumon/32gou2.htm
松陰の生涯を見るとき、唐突であるが、私はイエス・キリストの生涯を思い出さずにはいられない。
イエス・キリストは約二千年前のローマ帝国の支配下にあって、人々を救わんとして、自己の信仰を貫き通し、
それ故に三十代の若さで刑死したという。功名を求めず人々の幸せをひたすら願ったことといい、
死をも辞さなかった信念といい、時の権力者に処刑されたことといい、(世俗的な観点からすれば)
一事成ることなく三十代で死亡したことといい、その遺志を継いだ人々が新時代を切り開いていったことといい、
両者には多くの共通点がある。



24 :サリオン:2010/02/07(日) 22:51:23
吉田松陰の生き方見てると、
涙が出て、
その後、闘志が出て、燃えて来る、

25 :日本@名無史さん:2010/02/08(月) 04:35:46
長州藩士に興味無かったけど、吉田松陰のことを調べれば調べるほど魅力的な人物だ。
他人に嫌疑が掛らぬようにすべて自首とかwww
幕府はこの人を処刑すべきでは無かったよ・・・

26 :日本@名無史さん:2010/02/08(月) 14:49:05
ちょうどいいスレがたった。松下村塾に詳しい人きてくれ
松陰門下の四天王と呼ばれる高杉久坂吉田入江のうち高杉以外が何したか教えてほしい
吉田が池田屋、久坂入江が禁門の変で死んだのは知ってる

27 :日本@名無史さん:2010/02/08(月) 18:55:48
>>25
友人との約束を守るため士籍剥奪されたり....
保身という意識は一切無い感じだ

28 :日本@名無史さん:2010/02/08(月) 19:18:11
このやうな日本の生温い状況が、現在および将来にどのやうな意味を持つてゐるかを探つてみれば、これは
安保以前、安保以後の問題ではなく、精神の問題であると考へられる。
精神といふと、またいつもの精神主義かといはれるかもしれないが、われわれの決意としては、吉田松陰の
「汝は功業をなせ、我は忠義をなす」との信念で行くほかないと思つてゐる。「功業」といふのは、自分が
大政治家として権力を握らなければ役立たない。そしてその権力を背景として自分の考へたことを実現していくことが
「功業」の意味で、それはいづれは大勲位の勲章をもらつて、うまくすると国葬にまでしてもらへるみちです。
しかし、「忠義」は枯野に野垂れ死にするみちです。何の効果もなく、人のわらふところになるかもしれず、
その瞬間瞬間には、全く狂人の行ひとしか見えないやうなことになるかもしれないわけです。

三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 六、松陰は狂はなければならなかつたといふことについて」より

29 :日本@名無史さん:2010/02/08(月) 19:19:01
吉田松陰が「狂」といふことを盛んに言ひ出したのは晩年ですが、やはり松陰の時代にも、全てをシニカルに
見てわらひ飛ばすやうな江戸末期の民衆の世界があつたわけで、とにかく毎日が楽しければよく、明日のことなど
考へる必要がないではないか、お国なんかどうなつてもよいといふやうな民衆の心理的基調があつた。さういふ
基本的メンタリティがあつたわけです。さういふ状況の中で、松陰は、孤立して狂つてゐるのではないかと
疑はれるほど精神が先鋭化していくのを自覚したに違ひない。そして、
松陰が異常に孤立した、自分一人しかゐない、自分が狂人だと思つた段階から明治維新は動き出したわけです。

三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 六、松陰は狂はなければならなかつたといふことについて」より

30 :日本@名無史さん:2010/02/08(月) 19:21:07
私は、諸君がこれを肚の中に一人一人持つてもらひたいと思ふ。左翼の大衆運動といふものは、大衆を
動かさなければどうにもならないので、まづ大衆を巻き込んで、彼らの大きな力で状況を変へていく、
といふのが基本的な立場ですね。赤軍派の場合は例外と言へるかもしれないが、左翼は一般にさうですね。
ところがわれわれの立場は、孤立を恐れない、孤立でほかにみちなく、助けてくれる身方もゐない、さうなつた
状況から、初めて何かが始まるのです。いはば絶望からの出発といふのが特色だと思はれる。いはゆる能動的虚無、
さういつた絶望感を胸の中で噛みしめたことのない人間は、松陰の忠義のみちを行くことはできない。
かりにも世間を甘く考へて、世間の支持を期待したり、大衆をあてにするやうな思想の磨き方ではどうにも
ならないところまで来てゐることを自覚して欲しい。

三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 七、絶望から思想を磨くといふことについて」より

31 :日本@名無史さん:2010/02/09(火) 02:25:20
また、おまえか
>松陰が異常に孤立した、自分一人しかゐない、自分が狂人だと思つた段階から明治維新は動き出したわけです。

ここだけは削除しとけよ。
三島の歴史オンチが露呈するだろ

32 :日本@名無史さん:2010/02/09(火) 07:51:48
>>31
三島の言ってる事に共感を覚える。
司馬よりは歴史音痴じゃないだろw

33 :日本@名無史さん:2010/02/09(火) 13:41:39
>>28
そもそも松陰って三島由紀夫に似てるからなw

34 :日本@名無史さん:2010/02/09(火) 13:44:44

◆吉田松陰に似てる人物

イエス・キリスト
三島由紀夫
織田信長
篠田三郎w ←本当に「花神」で松陰役を演じてた



35 :日本@名無史さん:2010/02/09(火) 13:46:39
 ≪私が先生に初めてお目にかかったのは、入門しようと思って出かけたときであった。

 そのとき、先生は謹慎中であるためにはかまをはくことができないから、着流しに小刀を
腰に帯び、2、3人の門弟とともに裏の畠に出て大根の草を取っておられた。

 小男でやせて、赤あばたのある、あまり風采(ふうさい)のあがった人とは思えなかった。
しかし、その鋭く、きらきらした眼光にはそのまま、人の心の奥底を貫く気概があった。

 「どうか入門をお願いしたい」と申し上げると、「はアそうか」といってじっと私の顔を見詰められた。

 そのとき、何ともいえぬほど粛然とした気持ちになり、体の方が勝手に姿勢をただしたことを覚えている≫

 吉田松陰のまな弟子の一人、野村和作(後の子爵)の述懐である

36 :日本@名無史さん:2010/02/10(水) 06:59:24
松陰って自分から「狂」って言ってたん?
おいらはいつも大真面目の純真まっ直ぐで、自分が狂ってるなんて全然思ってなかったって印象だったのにな。

37 :日本@名無史さん:2010/02/10(水) 10:25:13
「狂」は陽明学上正しい行為。

天道が正しく確かならそれに従うのが良い。
しかし上が乱れているのなら、各自は自らの中に正当な指針を探すしかない。
「狂」とは、自らの考えた結果としての正義を追及する行為で、相手を気にしないので「狂」なのだ。
精神異常という意味ではない。

38 :日本@名無史さん:2010/02/10(水) 22:50:30


       佐久間象山
          ↓
小林虎三郎  =  吉田松陰(寅次郎) ← 佐久間塾の両虎と呼ばれた

   ↓親戚

小金井良精 東京帝大医学部長 小林虎三郎の甥
   |
  星一    星製薬創設者
   |
  星新一  世界的に有名なSFショート作家


■佐久間象山のコメント■

世に事を成すのは寅次郎であろう
教育者になるのは虎三郎であろう





39 :日本@名無史さん:2010/02/10(水) 22:53:10
訂正


       佐久間象山
          ↓
小林虎三郎  =  吉田松陰(寅次郎) ← 佐久間塾の両虎と呼ばれた

   ↓親戚

小金井良精 東京帝大医学部長 小林虎三郎の甥  − 妻 喜美子 ←森鴎外の妹
   |
  星一    星製薬創設者
   |
  星新一  世界的に有名なSFショート作家


■佐久間象山のコメント■

世に事を成すのは寅次郎であろう
教育者になるのは虎三郎であろう




40 :日本@名無史さん:2010/02/11(木) 06:27:38
家紋カコイイ!


http://item.rakuten.co.jp/rekishi-midorii/457yoshida/


41 :日本@名無史さん:2010/02/11(木) 17:31:42
>>37
それを松陰自身は言っていたん?自覚してたのだろうか?
三島の言う「狂」とは対するモノが違うね。
三島はどうやら私心といったら言い過ぎかもしらんが、自分に合わすため、というか他者にたいして自分の行為の説明をしているようなとこがある。
自分の説明を松陰を借りてやってるとでもいうような感じ。
松陰は全く他人なんか気にしてないって感じなんだが。
いやあ、うまく言えないや。

42 :たくあん ◆iO5K/c.ATE :2010/02/14(日) 03:01:18
萩って行くの不便じゃね?

43 :日本@名無史さん:2010/02/15(月) 00:24:48
>>41
人間なんだから自覚くらいあるでしょ。
時代が遡るにつれて、個人の細かいキャラクターや心境が現在からみえにくくなるだけで。

44 :日本@名無史さん:2010/02/15(月) 19:23:20
不便な地に築城するしかなかったんだよ。
元々毛利は築城する意識はなかったんだが
幕府老中から築城の命が出たので仕方なく築城した。
揚句、一国一城制が通達され、長門国は
長府に城があったから、長府の城を解体しなきゃいけなくなった。
萩で城を作り、長府の城を壊し
更には徳川側の大名の築城も
豊臣側の大名に負担させてたから
長州藩発足時はかなり過酷だったんだよ。
更に詳しく書くのは大変なので割愛するが
こういった経緯を知る俺は、萩に行くのを
不便だなんて言えないなあ。

45 :日本@名無史さん:2010/02/21(日) 02:57:22
獄に咲く花 観た人いる?

46 :日本@名無史さん:2010/02/23(火) 17:56:11
今の日本人には「狂」が足りないよな。
「猟奇」な奴は増える一方だが。

47 :日本@名無史さん:2010/02/25(木) 08:00:31
そうだよな
試しにあんたが狂しちゃいなよ

48 :日本@名無史さん:2010/02/25(木) 14:59:09
狂気を自分から選択するのが凄い

49 :日本@名無史さん:2010/03/11(木) 17:02:33
本当の人格者でなければ「狂」なんて恐ろしくて選べないし、
選んだところで誰もついてこず、意味を成さない。

50 :日本@名無史さん:2010/03/16(火) 20:48:36
人格、行動に関しては優れているけど、学識に関してはせいぜい長州の中で随一ってレベルで、全国レベルでは傑出してないだろ?

51 :日本@名無史さん:2010/03/21(日) 16:58:26
そもそも吉田松陰って学識で評価された人なの? きいたことないが

52 :日本@名無史さん:2010/03/22(月) 02:00:37
伊豆下田に行ってきました
黒船を指差す先生の像の前で涙。。。
黄砂がひどくてコンタクトがっ

53 :日本@名無史さん:2010/03/27(土) 13:57:44
吉田松陰がいなくなっても久坂玄瑞がいる。久坂玄瑞がいなくなっても高杉晋作がいる。
高杉晋作がいなくなっても桂小五郎がいる。木戸孝允がいなくなっても伊藤博文がいる。
いったい長州という国は。いや、松下村塾とはあれだけ短い時間でいったいどういう
教育が成されていたのだろう。

吉田松陰 幕末の教育者にして軍学者にして思想家 マジでかっちょいい。

54 :日本@名無史さん:2010/03/27(土) 17:07:44
>>45
【吉田松陰】獄(ひとや)に咲く花【生誕180年】
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/cinema/1269671625/

吉田松陰 生誕180年 映画「獄に咲く花」 公式HP
http://www.hitoya.com/

予告編
http://www.youtube.com/watch?v=S4A8itWtxMw
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10176029

吉田松陰 生誕180年。安政元年(一八五四年)長州、萩。「野山獄」にひとりの
男が護送されてきた。生きて出られた者は誰一人いないこの牢獄に、希望を与
え、その後の日本を切り拓いた男。彼の名は、吉田寅次郎。
“幕末”は、この男からはじまった。

直木賞作家:古川薫原作「吉田松陰の恋」(文春文庫刊)待望の映画化!
2月6日(土)、山口・福岡県《先行》ロードショー
4月10日(土)、有楽町スバル座他、全国ロードショー

出演:近衛はな 前田倫良
目黒裕樹 赤座美代子 池内万作 勝村政信 仁科貴 水田太郎 神山繁
後援:山口県 山口県教育委員会 (財)防長倶楽部 山口県商工会議所連合会
萩市 下関市 山口市 長門市 宇部市 周南市 防府市 下松市 柳井市
光市 岩国市 美祢市 及び各市教育委員会

55 :日本@名無史さん:2010/03/27(土) 19:03:27
松蔭は思想家だよ。
兵学者で、幼い頃から教鞭とってたけど
松蔭が生きてた頃は天誅もなかったし
戦争も勃発してないから兵学者として
活動する機会はなかったんだよ。

56 :日本@名無史さん:2010/03/27(土) 20:47:11
>>55
お前に松蔭先生の何が分かると言うんだよ!松蔭先生に謝れよバカ野郎!


57 :日本@名無史さん:2010/03/28(日) 09:03:07
↑何沸いてるのこの人(笑)
松蔭は幼い頃から山鹿流兵学の師範だが
時代的に兵学者としての才を見せる機会が
なかったと言ってるだけだろ。


58 :日本@名無史さん:2010/03/28(日) 15:43:27
黒船対策とか欧米の情報とかの面は
松蔭が高く評価されている部分の一つ(主因ではなく、その他のいくつかの特徴のひとつという程度ながら)ではあるが、
実際には、この点に関しては幕府泡の方が圧倒的に多くの情報を集めていたし、適切な対応をした。
この点に関しての松蔭の発想は、残念ながら的外れな意見が多かったな。

59 :日本@名無史さん:2010/03/28(日) 17:44:03
征韓論以外は正論と思う。
半島とはかかわらないほうがいい。

60 :日本@名無史さん:2010/03/29(月) 15:37:06
人の意見が全て的を得てるなんてない。

61 :日本@名無史さん:2010/03/30(火) 17:17:36
もし吉田松陰と坂本龍馬が出会っていたらどうなっていただろう

62 :日本@名無史さん:2010/03/30(火) 20:48:26
>>61
坂本龍馬は司馬が作った虚像だからなぁw

明治維新に与えた影響力では比較にならんだろうね。

63 :日本@名無史さん:2010/03/31(水) 09:01:38
松蔭塾で影響受けたのは士分階級だけ、わずかにきていた町人階級の門下生
の粗暴には教育者として退塾させただけ、更生はさせられなかつた。
まあ、そりゃそうだわな。

64 :日本@名無史さん:2010/03/31(水) 09:36:57
>>63
全然違うよwww

伊藤博文も品川弥二郎も違うし

65 :日本@名無史さん:2010/03/31(水) 10:03:37
>>64
品川は師の顔に泥を塗ったw
ほめ上手な松蔭も伊藤の長所を探すのに手こずったw


66 :日本@名無史さん:2010/03/31(水) 10:15:57
>>64
ゼンゼンってなーんだ、安物ウィスキーかなwww

67 :日本@名無史さん:2010/03/31(水) 10:48:19
>>64
伊藤・品川は桂や高杉についていっただけ、明治後一流ブランドに
なった松下村塾卒の経歴を最大限に生かして栄達したが、評価して
くれなかった師の松蔭個人にどれだけ敬意を持っていたかは疑問。
松門四天王(高杉・久坂・吉田・入江)に比べて見劣りしていた2人の
名を出すのは藪蛇。

68 :日本@名無史さん:2010/03/31(水) 11:49:24
>>61
松陰の方が全然上
龍馬は作り話が多すぎ
実績もぱっとしない

周りをあっと言わせる縦横無尽の行動力も 高杉>>>龍馬

69 :日本@名無史さん:2010/03/31(水) 12:33:01
松蔭は革命家としては過激すぎて、あの高杉でさえもっと行動は慎重に
というほど、松蔭は逆にその慎重さを叱る、もうわけわからん。
家伝の軍学者としては、もう時勢遅れだろ。

教育者としては最高、緒方洪庵のような大人びた対人関係を築けたら
云うことないな。

平穏な時代に生まれてたら、どんな人生をおくったのかなぁ。

70 :日本@名無史さん:2010/04/02(金) 07:00:16
>>67
そうなんだよなー、ブランドなんだよな、松陰とか松下村塾って。
具体的に松陰のどういった思想なり行動が後世に影響を与えたのかが今一つ分からんのだ。不勉強なおいらには。
松門四天王という優秀な連中、誰も維新まで生きてなかった。
その後の連中はほとんどクソなんだろ。
それで松陰の何を引き継げたというのか?

71 :日本@名無史さん:2010/04/02(金) 14:08:17
勉強して調べたら?

72 :日本@名無史さん:2010/04/03(土) 22:22:10
>>69

> 松蔭は革命家としては過激すぎて、あの高杉でさえもっと行動は慎重に
> というほど、松蔭は逆にその慎重さを叱る、もうわけわからん。

君が時代背景を知らないだけでしょ。
幕末は背景が変わるの早いんだから。

73 :日本@名無史さん:2010/04/04(日) 09:26:08
>全然違うよ

「全く然り」、だから肯定文に使うべきではないのか?

全然その通り。
全然同じことです。

74 :日本@名無史さん:2010/04/04(日) 17:13:14
>>71
おまえもわかってないんだろう?タコすけが。
一緒に勉強しよう。
2ちゃんで勉強しよう。

75 :日本@名無史さん:2010/04/09(金) 06:50:38
>>72
君が時代背景を知らないだけでしょ。

>74
おまえもわかってないんだろう?タコすけが。
一緒に勉強しよう。
2ちゃんで勉強しよう。

便利だな。



76 :日本@名無史さん:2010/04/09(金) 07:49:42
大学生の時に夏の萩を訪れたが本当にすばらしいところだったな。
浜辺で海を見ながらこの小さな町から松蔭や高杉が出てきたんだなあと思ったら胸が熱くなった。

77 :日本@名無史さん:2010/04/09(金) 22:14:02
講談社学術文庫から出ている講孟箚記や留魂録は読んだけど
他に現代語訳されてる著書ってある?

78 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 13:01:32
長州の志士は大半が松陰の影響を強く受けているが、大村益次郎だけは緒方洪庵の愛弟子と言う事もあって受けていないよね。
大村益次郎の生き方を見れば、同門の後輩・福澤諭吉にも通ずる合理主義者の面が見えて来るから、高杉・久坂・桂等が中心の長州藩志士の中では異色の存在で浮いていたからなぁ。

79 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 19:40:26
>>78
防長二州の長州藩のうち、周防出身者の大村益次郎・赤根武人・世良修蔵など
は非業の死を遂げている、人間関係の築き方に共通の問題があったのかも知れ
ない。。
維新当時は少年だった児玉源太郎だけは例外みたい。

80 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 02:24:20
まあ、現代にたとえるなら
麻原尊士に一番ににてるな。

81 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 14:09:29
>>79
児玉は養父だか父代わりの義兄だかが、壮絶な殺され方してるよな

82 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 14:10:14
>>80バカだろオマエ。いや、クズだなオマエ。

83 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 14:12:28
>>78いや、単に親交がないだけだよ。
あんま予想だけでもの言うな。


84 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 14:15:00
>>76解る!俺は高校の修学旅行が広島・山口コースだったんだが
萩を訪れて好きになり、今では年に1回は山口旅行に出かけてるよ。
かなり県内を回ったが萩は何回行ってもいいよな!

85 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 14:17:43
萩出身だけど魅力が分からない

86 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 14:59:28
松陰が孟子じゃなく、日蓮の影響を受けてたら凄いことになってただろうな

87 :日本@名無史さん:2010/04/14(水) 05:04:41
>>84
修学旅行で関心もなく訪れ数十年後に歴史ブームにイレ込むニワカもいるよ

88 :日本@名無史さん:2010/04/14(水) 22:02:44
NHK総合age

89 :日本@名無史さん:2010/04/14(水) 23:37:19
■死ぬまで、「私」を捨て、「公」に奉仕した、吉田松陰■

首を斬られるのは「私」事。日本の為に外国の負けない国力を築く「公」の方が大事。
死罪という「私」事を恐れて、「公」を捨ててはならないと死んでいった松陰・・・・

(´;ω;`) 松陰先生に合掌

結局、生涯、日本全体のことばかり考えて行動していた人 「日本の為になるのなら、いつ死んでも惜しくは無い」
と言い続け、日本全国の誰も幕府を恐れて行動に移れなかったときにひとり、行動を起こし、日本全国を駆けづりまわった。

「時勢は、来るのを待っていてもやってこない。時勢は作るものだ。誰かが壁を打ち破らねばならない。
しかし、壁を打ち破れば、その者は必ず殺されるだろう。しかし死を恐れて、手をこまねいていれば
日本は外夷によって滅びてしまう。私は常に死を覚悟して活動してきた。いつ死んでも惜しくはない。
志士は常に死を念頭に置き行動しなければならない」     【吉田松陰】

(´;ω;`) まるで戦国時代の信長、または昭和の三島だね・・・



90 :日本@名無史さん:2010/04/15(木) 01:24:13
>>70
> >>67
> そうなんだよなー、ブランドなんだよな、松陰とか松下村塾って。
> 具体的に松陰のどういった思想なり行動が後世に影響を与えたのかが今一つ分からんのだ。不勉強なおいらには。


>>89
結局、生涯、日本全体のことばかり考えて行動していた人 「日本の為になるのなら、いつ死んでも惜しくは無い」
と言い続け、日本全国の誰も幕府を恐れて行動に移れなかったときにひとり、行動を起こし、日本全国を駆けづりまわった。

「時勢は、来るのを待っていてもやってこない。時勢は作るものだ。誰かが壁を打ち破らねばならない。
しかし、壁を打ち破れば、その者は必ず殺されるだろう。しかし死を恐れて、手をこまねいていれば
日本は外夷によって滅びてしまう。私は常に死を覚悟して活動してきた。いつ死んでも惜しくはない。
志士は常に死を念頭に置き行動しなければならない」     【吉田松陰】

★要するに、パイオニアだったということ
★野球に例えると、野茂のようなもの。野茂以前にもメジャーで通用する選手はいたのに
 誰も挑戦しなかった。(村上は除く) いくらイチローが偉大な成績を残してもパイオニアの野茂には
 かなわないのと同じ

91 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 07:20:56
なるほどね、わかりやすいね。
パイオニア、先駆者。
受け継がれるような具体的思想や哲学があるわけでもないのに、名が残るってのがよくわかるね。
そんなもんより、行動したことのほうが重要なんだし。
ってことは、紙で松陰の思想なんか学んでも詮ないな。
勉強は終わりだ。
行動あるのみ。
って、今の時代、どう行動したらよいのか?

92 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 07:34:57
政府転覆、これだな、やはり。
国体、官僚体制破壊、
もはや戦あるのみ。

93 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 09:51:41
マスかけば でかくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂


94 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 15:22:27
★松陰以前にも松陰に似た考えを唱える人はいたが、幕府が怖くて行動に移した奴はしなかった。
 全国の各藩はどこも、ひたすら幕府を怖れ、幕府の嫌がることはけっしてせず、事なかれで過ごしていた

★松陰が、勤皇倒幕を唱え、次々と、実践していった。

★自分の行動の結果、拘束された為に、今度は弟子たちに呼びかけ、決起をうながすも
 高杉・久坂始め弟子たちは、幕府どころか藩にも殺されると、松陰に自重を促したところ、松陰に
 「私は信念に従う人間、君たちは功利を欲しがっているだけの命を惜しむ俗物」と言われ、弟子たちがヘコむ
★松陰、当然のように怒った幕府にぬっ殺された

★師が殺されて、高杉、考えを改め、松陰の教えを実行することを決意、死を覚悟して行動することを誓った

★長州藩、幕府と外国勢力との大戦争に完敗、長州征伐が開始され、長州藩も佐幕の俗論党内閣に代わり
 全国の藩も佐幕に逆戻りし、幕府を恐れ、幕府の嫌がることはけっしてしない、事なかれ主義に復帰した。
 これにより全国的に勤皇倒幕運動は壊滅寸前に陥り、徳川政権は今後も続くという見方が支配的になった。

★このまま誰も決起しなければ、明治維新は起こらなかったが、、ここで、「松陰先生に自分が命を惜しむ人間
 ではないことを見せるのは今」、と高杉が決起。
 しかし高杉が松陰の教えに基づき作った奇兵隊員ですら、政府と幕府を怖れて立ち上がらなかった為
 伊藤を引き連れ、たった数人で決起、幕府と長州藩政府相手に戦った(伊藤が出世したのはこれが理由)

★高杉の縦横無尽の活躍で、革命軍にもかすかに勝ち目が出てきたと見た奇兵隊が便乗←山縣有朋w (ノ∀`)
 民衆も決起し、なんと圧倒的に少人数の革命軍が勝利し、尊皇攘夷派が藩内閣に就任。本格的な討幕運動が
 ここから始まった。

★この長州藩の動きに触発され、全国の雄藩で、また尊皇攘夷派が復活、幕府が追い込まれていった。
 坂本や西郷などの全国の志士たちもこの動きに便乗ww (ノ∀`)


95 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 15:24:58
■つまり、松陰がいなかったら、明治維新は起こらなかった。松陰に触発された高杉が決起しなかったら
明治維新は成功しなかった。明治の元勲達が「維新は長州が単独でやったようなものだ」と言っていたのは
このため。戦後は龍馬や西郷をやたらと持ち上げられるようになったが、戦前は、維新の英雄といえば
松陰とその他という感じの扱いだった。つまり敗戦によって、本当の英雄が差し替えられてしまったということ



後世に与えた影響力、維新の功績の大きさでは
龍馬や西郷は、松陰の足元にも及ばないのが、真実




96 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 15:28:35
松陰の存在が矮小化されたのは
戦後のGHQの政策と
サヨク思想の持ち主の司馬遼太郎が松陰嫌いだったため

坂本龍馬のキャラがどこかサヨクっぽく優柔不断で女性的なのも司馬のせい。

あとは反日マスコミが、保守親日の松陰を嫌っていたのも原因

97 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 16:11:44
訂正 まとめ

■つまり、松陰がいなかったら、明治維新は起こらなかった。松陰に触発された高杉が決起しなかったら
明治維新は成功しなかった。明治の元勲達が「維新は長州が単独でやったようなものだ」と言っていたのは
このため。戦後は龍馬や西郷をやたらと持ち上げられるようになったが、戦前は、維新の英雄といえば
松陰とその他という感じの扱いだった。つまり敗戦によって、本当の英雄が差し替えられてしまったということ

後世に与えた影響力、維新の功績の大きさでは
龍馬や西郷は、松陰の足元にも及ばないのが、真実

松陰の存在が矮小化されたのは
戦後のGHQの政策と
サヨク思想の持ち主の司馬遼太郎が松陰嫌いだったため

坂本龍馬のキャラがどこかサヨクっぽく優柔不断で女性的なのも司馬のせい。
あとは反日マスコミが、保守親日の松陰を嫌っていたのも原因

よく龍馬は信長に似てるという人がいるが、とんでもないw
信長は龍馬みたいに優柔不断ではないし、人のあとをついていく人間でもなかった。
むしろ信長が似ているのは価値観では松陰、行動では晋作だった。
つまり
★織田信長=吉田松陰+高杉晋作
というのが正しい。

意表をつく縦横無尽の活躍という点でも、坂本龍馬は高杉晋作の足元にも及ばない。
龍馬のようにピストルを持ってたとか、新婚旅行に行ったとか、万国公法を取り出したというエピソード
なら、誰でもマネができるが、晋作の行った信長並みの縦横無尽の活躍をマネできる人間は
ほとんどいない。
高杉晋作も過小評価されていると言える

98 :日本@名無史さん:2010/04/17(土) 06:33:22
松陰の死から高杉決起までけっこう期間もあり、いろいろあったが、まあいいか。
要するに玉木文之進がいたから維新が起こったということだな。
おいらは司馬のお陰で、高杉&松陰というか長州ファンになったのだが、司馬は松陰嫌いだったのかね?
司馬のお陰で人気者になった坂本には興味がわかんが、それはすこぶる善人に見えるからだな。
まあ、一般に人気がありすぎるからってもんだけど。
そういう意味では、世の過小評価のお陰で、高杉ら松陰好きになりえてるということかもしれんが。

99 :日本@名無史さん:2010/04/17(土) 10:24:47
>>98
> 司馬は松陰嫌いだったのかね

本人が言ってるよw
松陰嫌いだから、意図的に触れないできたって
ところが殉死を書くとき玉木に触れないと書けない
そうなると松陰にも触れないと書けない
で、松陰のことをよく調べたら
自分の思ってた松陰と逆の人物だった。

今まで松陰に批判的で、意図的になかったことにしてたことを後悔し懺悔してた。

坂本竜馬は逆の扱いをしてた。
だから
歴史研究家から、「司馬は自分の好みで歴史を捻じ曲げた」と批判されてるわけ。

また司馬は、中国の文化大革命を礼賛し、日本の特攻隊を猛批判していた。
これも、後で、自分が浅はかだったと、謝罪している。

司馬って傑作を世に出したわりには、ひどく幼稚なとこがあるんだよねw


100 :日本@名無史さん:2010/04/17(土) 13:15:24
>>99
松蔭を過剰に持ち上げたいがため、司馬を腐すのはどうかなぁ。
そういう手法は、逆に松陰先生の品格を歪めることになると思う。
高杉や木戸のスレでも良く見かけるが、坂本を貶して己の好きな人物を際立たせる手法が解せない。
松蔭も高杉も木戸も凄い人物なんだから、他人を引っ張ってきて比べなくても良いと思う。


101 :日本@名無史さん:2010/04/17(土) 13:42:06
>>100
司馬を神聖視するほうがおかしいかと

102 :日本@名無史さん:2010/04/17(土) 20:09:01
うん。司馬は「小説家」だから。
自分の主観で物語を書く人。

しかし松陰って凄い行動力だな。
今の日本を見たら卒倒するだろうね・・・。

103 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 15:18:01
>>100
芝の長州人嫌いは異常だからな
乃木の扱いなんて公正な目を持って無いとしか思えないレベル

104 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 17:16:58
司馬は世良の子孫と対面した時に
笑ってその場をゴマカシタんだよな。
文才はあるんだろうが、人間的にどうなの?

105 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 17:55:54
子供を認知してないしね

106 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 19:29:22
まあ、松陰センセイも女郎くらい買ってるだろ。
処刑まで何もなかったなんてことはないだろ。

107 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 20:58:02
「王城の護衛者」で松平容保を書いた司馬は、容保の後裔から賊将の汚名
を改めてくれたとの礼状を受け取ったと記し、歴史作家として特に喜ぶ
ような事でもないと書いていたが、満更でもない感が匂ってたぞ。

108 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 21:04:49
ここもネタスレか・・・
極論が多いな。

109 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 21:23:26
吉田松陰が独身だったのは事実だし、若死にしたのも事実だが、
生涯不犯=童貞であったという証拠はどこにもない。

旅の途中に、宿場宿場の飯盛り女や女郎を星の数ほど抱いてたはず。
奥州路なら、夜伽の風習のある村だってあったろう。

松陰だって生身のオトコだ。
刑死するまで、なんもなかったなんてことはないだろう。
文豪チェーホフだって、シベリア旅行の際、満州国境で日本の娼婦を抱いている。

110 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 22:42:05
>>90
志士は常に死を念頭に置き行動しなければならない


今の政治家で命かけてやってる奴はいないからなー・・・・

111 :日本@名無史さん:2010/04/18(日) 22:43:02
昔の日本人と
今の日本人が
同じ人種とは思えない件

112 :日本@名無史さん:2010/04/19(月) 01:47:04
そこが日本人のいいところだ

113 :日本@名無史さん:2010/04/19(月) 18:02:03
ていうか、松陰も女抱いてるだろ。

114 :日本@名無史さん:2010/04/19(月) 21:53:16
松蔭も美化されすぎ

115 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 03:06:52
司馬さんは小説家。
小説家が自分の書きたいこと書いてただけだよ。
別に「日本人を感化してやろう」なんて意気込んでたわけじゃない。
昔は情報が少なかったから、「エライ文化人」のいうことを
何でもかんでも鵜呑みにして、自己同一化していた。
ところが今は、メディアが発達して、皆それぞれに自分の意見や知識を持つようになった。
そうすると、「司馬史観のここが気に入らない」みたいな話になる。
そりゃ、世代の違う赤の他人が書いてるんだもの、何から何まで自分の意見と同じなわけない。
でも、世の中には(2chには大勢いるが)何が何でも自分の意見だけが正しくて、
それに少しでもずれてる他人は全て厨房、みたいな人がいて、
そういう人がさしあたり批判しやすい司馬をあれこれ言ってるんじゃないかな。
まあ、「悪名は無名に勝れり」とも云われるが、偉大な作家だったからこそ、今でもこうして話題になってるのだろう。

話は逸れるが、昔の小説を読むと退屈に思うことがある。
例えば、現代の三国志漫画を読んで、そのハイテンポに慣れた後で、
吉川英治の三国志を読むと、とてもテンポが遅くて退屈してしまう。
まあ、昔は娯楽が少なかったから、現代からすると退屈でも、読者は熱狂できたんだね。
もう、こういった偉大な歴史小説家は出てこないと思う。(好き嫌いは別として)

116 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 04:07:45
>>99
じゃあ「世に棲む日日」は松陰嫌いで書いたんじゃないんだろ。
嫌いって割には、いっぱい長州人のこと書いてるじゃん。

おいらは司馬の作品たくさん読んで、幕末では長州が一番好きになったが、これは司馬の健全な読者じゃないってことやね。

117 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 04:40:40
「街道をゆく」シリーズ読んだら、司馬は長州嫌いという感じじゃなかったけどな。
凄く冷静に見てるというのはある。


118 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 12:58:06

一言で言うと、吉田は狂人。
しかも馬鹿な狂人ではなく、妄執に取り付かれて行動力のある
狂人だから害が大きい。


119 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 19:27:57
>>114どこが?説明もなしに吐き捨てるような発言するな。

120 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 19:35:47
司馬は歴史小説家だから話として長州は書くよ。
幕末を舞台にするには長州藩は避けれないからね。
ただ、人物を低く書いたりする場合はある。
幕末だと世良辺り。明治だと乃木辺りだね。
あと何の根拠も明確にせず、長州人を
朝鮮人扱いしたりもしてるよ。
自分が大阪人なのを棚上げして。

司馬が冷静?違うよ。個人的な主観で話を書いてるだけ。
世良の子孫を紹介され、笑って場をゴマカシた話は有名だよ。

121 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 20:07:36
司馬遼太郎は陸軍で苦労したからな

122 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 00:10:22
松陰の考えを最も踏襲していたのは久坂だよ
武市に書いた手紙にも「殿様も朝廷もあてにならん。長州や土佐が
潰れても俺達で日本を変えないといけない」と松陰の草莽クッ起論
を説いている
久坂は狂信的な松陰信者であったし松陰も久坂に最も期待していた

123 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 00:39:48
師の佐久間象山評価は?

124 :訂正:2010/04/21(水) 00:40:44
師の佐久間象山についての評価は?

125 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 01:04:43
司馬は最も戦争に向いてないタイプの人間だから、
色々言いたい事も出てくるだろうさ。
確かに好き嫌いが特定の人物に反映される部分はあるが、
小説家という事を鑑みると、許容出来る範囲かな。



126 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 01:06:50
>>119
信者ダサいぞw
これ読め。
http://mentai.2ch.net/history/kako/1005/10052/1005244187.html

127 ::2010/04/21(水) 01:16:36
松蔭ファンは生真面目な人が多いから、無駄に煽るなバカ

128 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 07:07:17
>>118
吉田は狂人だが、長州全体がもう狂ってんだ。
狂介なんてのは狂ってないのが可笑しいが、みんなと同じように狂いたかったのかな?
その長州の狂信的なとこが昭和の陸軍につながっているような感じがするんで司馬は長州を好きになれんのかね?

129 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 15:03:20
>>128
陸軍は長州のなかでも特に合理的な大村と慎重な山縣が作った
昭和になって合理主義で補給重視の長州勢が一掃され、精神論マンセーな東北勢が牛耳って狂信的な陸軍に変貌した
司馬は陸軍の祖である長州を貶して海軍の薩摩をageようとしたが、
結局西郷たち薩摩士族の方が自分を苦しめた昭和陸軍に似ていることに気づき、翔ぶが如くの後半で西郷桐野爆sageになった

130 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 16:40:46
>>126信者と決め付けるオマエはダサいを通り越して異常者だよ。

131 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 16:44:46
>>129司馬が陸軍時代の苦労を長州に向ける事態オカシイんだよな。
東北系が仕切ってたんだから。

132 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 16:53:18
>>128まったく歴史を理解してないね。
長州全土が狂ってたなんて言い過ぎにも程がある。
長州には正義派意外に、保守派もいれば中道もいるんだぞ。
歴史を断片的にしか見てないから正義派の行動しか目に入らないんだよ。
小説厨房だろ君。
あと昭和初期は東北系の人達が軍閥を仕切ってたんだぞ。
君は史料を読んだ事がないのか?言ってる事がメチャクチャだぞ。
まさにイメージだけで歴史を語る厨房だな。

133 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 16:59:45
公武合体派 長井など
尊皇攘夷派/倒幕派 桂・高杉など
保守派 椋梨など
中道派 広沢など

134 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 17:33:10
藩主の独裁ではなく合議制だから藩論がころころ変わるんだよね
それによって滅亡一歩手前まで追い詰められたが、復活できたのもそのおかげ

135 :日本@名無史さん:2010/04/22(木) 05:03:10
正義派保守派で殺戮しまくってたけどな
まあ他藩も多かれ少なかれあったことだけど
その中で特に松陰だけ狂が強調されるのは何故かね?
長州は藩ぐるみで狂ったような時期があった
司馬の小説で読んだんだけどさ

136 :日本@名無史さん:2010/04/24(土) 10:50:23
水戸の内ゲバなんて連合赤軍レベルの殺し合いだったしな

137 :日本@名無史さん:2010/04/24(土) 20:30:26
>>135は広辞苑で小説を調べなさい。
歴史を語るには早過ぎますよ。
小説厨房くんwww

しっかしソースが司馬小説とは・・・ナサケナイ

138 :日本@名無史さん:2010/04/24(土) 20:33:06
そのうち「おーい龍馬」で読んだんだけどな
ってパープリンが出てくると思うよ。

139 :日本@名無史さん:2010/04/30(金) 23:06:14
>>137
松陰「学盗人め」

140 :日本@名無史さん:2010/05/01(土) 14:55:15
仮定の話だが、若し松下村塾が長く続いたら、現在の慶応義塾を超える
超一流大学になっていただろうか?

141 :日本@名無史さん:2010/05/01(土) 20:08:19
>>130
ますます必死な信者乙w

142 :日本@名無史さん:2010/05/01(土) 20:26:37
>140
どう考えても無理

143 :日本@名無史さん:2010/05/02(日) 09:38:55
>>141何を根拠に信者と断定してるのか
答えれないクセに、未だ断定し続けるオマエ

プッw

ループするしか能がないんだろ?
いくら2ちゃんねるとはいえ
そこまで無能を晒す必要はないと思うぞ。

オマエがやってるのは、ただのループ。
何の根拠も示せず、妄想で断定してる変人。
簡単に言うと「頓狂」だねアハハハハハw

どんな親に育てられるとオマエみたいなのが
出来あがっちゃうのかなあ〜 クスッw

144 :日本@名無史さん:2010/05/03(月) 00:55:06
今日萩博物館へ行ってきた。
高杉、久坂、桂、松陰の書等々見てきた。
勉強させて頂きました。
松陰亡くなった後山縣だけじゃなく高杉も久坂も一時
狂を名前につけてたんだな。
すげえなあ。

145 :日本@名無史さん:2010/05/03(月) 00:56:09
今日萩博物館へ行ってきた。
高杉、久坂、桂、松陰の書等々見てきた。
勉強させて頂きました。
松陰亡くなった後山縣だけじゃなく高杉も久坂も一時
狂を名前につけてたんだな。
すげえなあ。

146 :日本@名無史さん:2010/05/03(月) 09:04:50
>>140
萩の乱の規模が大きくなるだけじゃないの?
下手すりゃ西南戦争よりもヤバいことになっているかもしれん

147 :日本@名無史さん:2010/05/05(水) 19:14:37
>>143
すぐ釣られる低能w
これだから単細胞信者は馬鹿なんだよw

148 :日本@名無史さん:2010/05/06(木) 14:39:31

松陰先生のスレを汚すな。
くだらん私闘は他所でやれ。

149 :日本@名無史さん:2010/05/06(木) 19:37:57
もし松蔭先生がハトやまの言動を知ったら
どう言うだろう?

150 :日本@名無史さん:2010/05/07(金) 08:38:09
そうだな、司馬の小説じゃ、松陰が狂ってイメージわかねーな。

151 :日本@名無史さん:2010/05/07(金) 12:26:24
547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/07(金) 01:44:40 ID:sZ9xKTZ30
高杉の他人では見抜けない物を見抜く見識、扇動能力、際どい奇策を成功させる天才性が無ければ、そもそも明治維新は無い
功山寺挙兵も高杉だけが、成功の見通しと法則持ってたし
他も山縣も状況は絶望的と見ていて立たなかった、どの道あのまま立たなければ倒幕派は粛清され奇兵隊も解散の運命で状況が好転するはずが無い
小倉口でも大村は、大島の価値を軍事的にしか考えず捨てるつもりだったが
あそこをとられては政治的にまずいと、幕府艦隊に奇襲しかけ撤退させてるし


548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/07(金) 01:44:45 ID:TwgJ3VxN0
政治的功績って何かあるか?
クーデター成功した直後に根回しなしで
下関を開港&毛利本家直轄にするとぶち上げて
藩内攘夷派、毛利支藩に睨まれて
亡命しなきゃならなくなったような政治オンチだぞ


549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/07(金) 01:52:16 ID:sZ9xKTZ30
>>548
大久保や木戸のように、平時の政務をこなす能力は無いが
政治状況を見極める目や、政治状況を大きく動かすことは高杉がやった

西郷のように天下や人心を糾合したりするのと近い稀有なタイプ



550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/07(金) 01:58:58 ID:TwgJ3VxN0
高杉に西郷ほどの人望がありゃ
山縣とかgdgd言わずに馳せ参じとるわ
動員力全くないのに西郷と比べるとはおこがましいにも程がある


152 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 02:08:03
>>116
> >>99
> じゃあ「世に棲む日日」は松陰嫌いで書いたんじゃないんだろ。
>

世に棲む日々の巻末に、本人が告白してるじゃんw
松陰が毛虫のように嫌いだったから意図的に敬遠して
書くべきところでも、なかったことにして、書かないようにしてたって。

153 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 02:13:00
>>122
久坂の評価もよくわからんよな

司馬は久坂を低く評価してたが
記録に残っている資料では
西郷隆盛は自分より久坂さんの方が人物が上だったと言ってるし
坂本龍馬も久坂に影響を受け、衝撃を受けている。
ちなみに
久坂の実の兄は、適塾の塾頭をやった人物、今なら東大医学部の学部長クラス
だから
意外と久坂玄瑞も相当な人物だったのかもしれない。

154 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 13:17:48
久坂は武市にも強い影響を与えてるし、かなりの人物だっただろうね。
しかし、死ぬのが早すぎる!
松陰にしても、稔麿にしても…

155 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 18:36:19
■司馬に評価を貶められた可哀想な人達
久坂玄瑞
吉田松陰
乃木希典
桂小五郎
その他長州人
徳川家康

■司馬が英雄に祭り上げた、平凡な人達
坂本龍馬
徳川慶喜


156 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 18:52:50
時の急務を知ることは俊傑の天に負う責であり、大義を堅持することは剛者にして初めて可能である。
そして、世にこの種の人はまことに稀だ。
亡友久坂玄瑞は、幼少より学を好み、剛勇な気性際立って優れ、如何なる場合も俗見に随わず、
慨然として天下の志を有していた。しばしば常武・京摂の間を往来して数多の志士に交わったが、
それはみな当世の魁傑、ともに時事を討論し、献替して憚るところがなかった。わが長州藩で早くから
気骨を高めたのは吉田松陰の徒を第一とするが、実際運動に身を挺せること久坂玄瑞に如く者は
一人もいない。ゆえに吉田松陰没して後、玄瑞の風を聞いて意気を奮い起す者すこぶる多かった。
時の急務を知る者にあらざれば、いかでかくの如くあり得よう。
                                                   -- 桂小五郎

お国の久坂先生が今も生きて居られたら、お互いに参議だなどと云って威張っては居られませんがなア。

                                                   -- 西郷隆盛

久坂の影響を受け、坂本龍馬は脱藩を決めた

157 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 19:18:54
【誤解されている久坂玄瑞】

★長州藩一の秀才で切り込み隊長的イメージが強いせいか、小男と思っている人が多いが
 実は身長180センチの大柄な男であった。
★もちろん西郷よりも大きいし、行動力は龍馬や中岡より上だったから
 感覚的には、西郷みたいな体格の奴が、龍馬のような活躍をしてたという感じか
★玄瑞は、同時代では、飛びぬけた美声の持ち主だった。その為に詩吟をやっていたのだが
 彼が詩吟を始めると、いつも周りにいた人達が、皆感動してしまう始末
 その為、土佐の山内容堂までもが彼の詩吟を聞きたがり、玄瑞は、吟じた。
★現在、彼の詩吟は、「久坂流」として残っている
★今では、過小評価されている人物に中岡慎太郎がいるが、その中岡を更にひと回り大きくしたような
 スケールの人物が久坂
 



158 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 22:23:46
>>155
つーか、司馬は娯楽小説書いてる人だから、大目に見てやれよw
龍馬だろうが慶喜さろうが、歴史上の人物は皆エライ。
誰かをダシにして貶すのはナンセンスだと思うよ。

>>157
しかし、早世したのが惜しまれるなぁ・・・
生きてたら、幕末第一等の人物になってただろうね。
個人的には、中岡も相当な人物だったと思う。
久坂とは毛色が違うけど、政治力は久坂に一歩も引かない。

159 :158:2010/05/08(土) 22:25:03
誤字脱字失礼しました

160 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 22:31:54
>>158
> >>155
> 龍馬だろうが慶喜さろうが、歴史上の人物は皆エライ。

それはないだろw
事実にもとづいてるならいいが
龍馬みたいに粉飾だらけじゃダメだな

ただの捏造になっちまう。


161 :日本@名無史さん:2010/05/09(日) 01:42:07
幕末の四賢候(越前藩主)松平春嶽の龍馬評
「坂本龍馬は土州藩なり。すこぶる勤王家にして国家のため尽力せし人なり」

「坂本龍馬氏は土州藩士にして国事の為に日夜奔走して頗る尽力せしは衆庶の知る所なり」

龍馬が死んだ際の言葉。
「驚愕痛悼に堪えず」

162 :日本@名無史さん:2010/05/09(日) 02:26:29
>>160
龍馬が粉飾だらけって・・・小説や漫画の読みすぎでは?
どう粉飾されてるのか、きちんと提示してほしい。

龍馬厨ではないけど、自分の好きな人物を持ち上げる為、他の人物を貶す行為は稚拙だなぁ。

163 :松陰最高:2010/05/09(日) 12:42:39
>>162に同意。
松陰や長州閥を褒める為に、他の人物を貶める(ように見える)のは良くないと思う。
松陰にしても久坂にしても、誰と比べるまでも無く幕末随一の偉人。



164 :日本@名無史さん:2010/05/10(月) 02:58:26
>160
小説なんざ。あくまでも創作。
史実を調べまくるのは物語に厚みを持たせるために過ぎず、単なる小道具。

粉飾も他の人物を矮小化するのも、小道具という点では同列だよ。

歴史小説を史実と思いこむのって、大河ドラマや水戸黄門や金さん、暴れん坊将軍なんかを史実と誤認するにも等しい行為。

>163
>松陰にしても久坂にしても、誰と比べるまでも無く幕末随一の偉人。

松陰は、行動することの重要性を説いた点とか人格面、それにカリスマ性では傑出してるが、
思想の内容そのものは傑出してなどいない。
生き延びたところで歴史が大きく変わることはなかったんじゃないかな。

165 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:11:54
みなもと太郎の漫画・風雲児たちは如何なのでしょうか

宿で江幡五蔵が、松陰に対する女郎を頼んだとき、
松陰が「女性の手に触れたのは今が初めてです」
「(女郎の荒れた手を見て)、手がこんなになるまで働き詰めのあなたが、
どうして夜中まで男の相手を勤めねばならないのですか」、と女郎を抱かず、
「勉強しましょう」、と一緒に菜根譚を読むシーンがあり、

松陰は無闇に女の人を抱かない、この意味でも清廉潔白で好きなんですが、
これも創作なのかな・・・

166 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:45:15
寅次郎だって女郎くらい買ってるだろ。
あの年まで何もなかったなんて考えられない。

167 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:57:18
当時、女郎を買うのは普通として、手が荒れるなど疲弊していたり、
幼さなかったりする女郎は買わない潔白さがある人と思いたいですね

168 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:14:16
やりまくってたんじゃないかな。
やりまくってる男こそ女に超然としていられる。

村田蔵六も宇和島でイネとやってただろう。
イネだってシーボルトの弟子にヤラレて子持ちなんだし。

169 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:37:43
>>168よく妄想だけでそこまで言えるな。
発言内容でその人の風格が分かるってもんだよ。


170 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 12:42:47
吉田松陰の行動には奇矯なほどの潔癖主義と現実離れした理想論を感じるので、
女性関係は正妻以外皆無だったのではないかと想像している

その後の歴史があまりに現実離れした展開を示したので、
彼の理想がその後の時代を作る道標足り得た

171 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 14:52:08
>>170
正妻以外って、そもそも松陰は未婚だろ

>>168
宇和島には奥さんも一緒に行ってるのに堂々と教え子に手をだすかなあ?
女狂いの桂や高杉や井上や伊藤じゃあるまいし

172 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 19:06:16
村田蔵六はイネとの、”あらぬウワサ”を消すために、
宇和島に奥さんを呼んだんですよね
同時期、イネに住み込まず通って来るよう言ってる

173 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:46:18
水戸藩の学問・教育遺産群を歩く(17) 松下村塾と吉田松陰留学の地
http://202.214.178.65/view.rbz?nd=2532&of=1&ik=1&pnp=1666&pnp=2532&cd=5891

174 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 09:58:41
想像で語らないで史料を元に話せば?
100年以上前とはいえ、死んだ人に失礼だろ。


175 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 00:06:52
村田蔵六は吉田松陰のことをどう評しているのですか?


176 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 00:16:55
先生なら自分をどう褒めてくれるだろうか

177 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 09:53:15
松蔭と蔵六は直接接点がない。

178 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 17:54:54
真偽は分からないが吉田松陰の高弟の高杉晋作と大村益次郎は結びつきが深く
大村益次郎を火吹き達磨と呼んだのも高杉晋作という説がある。
どちらも、軍事において天才というところも似ている。

179 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 10:00:49
オマエが言ってるのは晋作と蔵六の共通点だろ。

質問は松蔭と蔵六の互いの評価。
答は松蔭と蔵六に接点はない。
会った記録もない。会ってない。
つまり評価し合ってない。しようがない。

蔵六は晋作を介して松蔭に会ったわけじゃない。
晋作を介して松蔭と蔵六が会ったなら
晋作を接点に出来るが、松蔭は既に他界してる。

もう一回言うよ。オマエが挙げてる、晋作と蔵六の
天才的な軍事は晋作と蔵六の共通点。
松蔭と蔵六に直接的な接点はない。
だから評価のしようがない。

180 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 10:27:28
>>178質問に対する答えが違うよ(笑)

質問は「村田蔵六が吉田松蔭をどう評価してたのか」でしょ。

なら答えは「直接会ってないので評価は出来ない」だよ。

村田蔵六と高杉晋作の軍事の天才は2人の共通点であって
吉田松蔭は関係ないよ。

村田蔵六と高杉晋作の共通点の話は誰もしてないよ。

181 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 22:47:50
すみませんすみませんすみません!
変な質問したばっかりに、ややこしくしてしまいました…

二人は直接会ってはいないんですねー
ならば、間接的にでも蔵六は松陰のことをどう思ってたのでしょう。
「郷土の誇り!」でしょうか、それとも「密航企てるなんて馬鹿なことして!」とかって思ってたんでしょうか。

182 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 06:24:45
小泉純一郎「松陰先生、お慕い申しております」

183 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 15:46:10
密航しようとした時の松陰の偽名「瓜中万二」が家紋からきてる事は想像できるんだが
金子重之助の「市木公太」が何からきたのかがわからない。
商家の出だから「一気に買うた」?

>>181 それ、自分も知りたい。
「風雲児たち」じゃ蔵六が「あめりかに行かないとあめりかの事が分からない人」と言ってたけど。
しっかりした手紙なり証言なりが残ってないんだろうか。

184 :無双立花宗茂:2010/07/24(土) 22:04:50
漢字長と成長会長.国体.つまり党金庫,国予算を松下塾生が握り,小沢の真紀子擁立失敗で,小沢は一枚岩で無くなったが
国家戦略大臣の粗い氏は,血明団で15年警の羽翼の娘剥この右羽なんだけど

185 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 12:56:37
>>165
松陰童貞説は学界での定説っぽいよ。
現代でも妖精はゴロゴロいるんだし不思議はないだろ。

186 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 16:06:32
むかし、四流小説家が、平凡パンチ誌に、生涯女知らずの、ひどいオナニストだったと下品な
文章を書いていたよ。
何の根拠もなく、偉人をひたすら自分と同レベルまで引きずりおろすのが流行った時代だった。

187 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 20:48:53
まあ、セックスしました日記なんてつけないだろうし
童貞か非童貞かなんてどうでもいい。
そんな議論は意味ないし、低過ぎだろ。

童貞が好きなら小田原ドラゴンでも読め。
童貞漫画のパイオニアだぞ。

188 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 12:55:02
>>1
「唯一の真誠なり、赤心なり。
父母に対すれば孝となり、兄妹に対すれば友愛となり、朋友に対すれば信義となり、
君に対すれば忠となり、国に対すれば愛国となり、道に対すれば殉道となる。
基本は一にして、其末は万なり。
万種の動作、只た一心に会(あつ)まる。
彼が彼たる所以、唯た此の一誠以て全心を把持するが故にあらずや」

                                             
                                             徳富蘇峰「吉田松陰」

189 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 18:13:38
フランス革命の指導者ロペス・ピエールとよく似てる
純粋すぎた革命家ってのが俺個人の松陰感
こいつが政権握ったら恐怖政治やってたと思う

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