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農民=奴隷vs.町民=自由民+武士=支配者

1 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 10:52:08
農民→(収奪)→武士→(吸い上げ)→商工人
よく商工人の繁栄を資本主義精神や自由主義、実力主義の表れとして賞賛する向きがあるが、
何のことは無い。

「労働する民」が「知恵や工夫や努力で」豊かさを得たのではなく、
農民という納税奴隷階級を搾取する側、つまり武士と同レベルの階級に実質的に属していただけ。

納税民(ローマで言えば奴隷)と非納税民(市民)に分け、後者が前者から収奪したわけ。
つまり商工人は支配階級で収奪者

いままで商工人は一般民衆として、知恵や労働で富を作った市民社会の先駆けと流布されてきたし、
そう教えてきた。
しかしそれは全く違って武士に劣らない支配搾取階級だったというわけ。

つまりこういうことだ
今までは武士や貴族や一部の寺院のように、貢租を収奪する者が人民を搾取する階層と看做されてきたが、
実は、農耕階級から収奪した税を商工人や武士その他あらゆる「非納税者」で回していると言ったほうが正しい。

よって武士―平民という搾取関係ではなく、非農耕者―農耕者つまり非納税者―納税者
という搾取関係なのである
結局、江戸時代の農民は農奴だったと思う

移動禁止・転職禁止だし、
税を取られるのは農民か、農民登録してる漁民商人だけ。
町民戸籍の町人(有産者)は基本的に税は無い(臨時税だけ)し、それ以外の庶民に関しては無税どころか
有産者に面倒をみさせている。

ということは、武士vs.平民 じゃなくて、
武士&自由市民 vs.農奴(奴隷) であった

2 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 10:53:40
農民(農奴、奴隷)は重税

町民(旦那衆&無産町民)は軽税か無税

3 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 14:23:55
あげ

4 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 18:47:20
>>1ね、見てるならよく読んでね?
途中まではよかった
途中まではよかったよ
でもさっきも言ったけどお前にはリーダー性がないの
だからスレ立てるのに向いてないわけよ
いや途中まではよかったんだよ
ただちょっと最後の辺りはっきりしなかった
これは>>1も分かるはず
>>1o(`へ')○☆パンチ!
そんな>>1にo(`へ')○☆パンチ!

5 :ジャコバン義勇兵 ◆boczq1J3PY :2009/09/19(土) 20:46:27
中世近世ヨーロッパの都市民=自由民、農民=奴隷


農民→(収奪)→貴族役人、都市民
よく商工人の繁栄を資本主義精神や自由主義、実力主義の表れとして賞賛する向きがあるが、
何のことは無い。

「労働する民」が「知恵や工夫や努力で」豊かさを得たのではなく、
農民という納税奴隷階級を搾取する側、つまり貴族役人聖職者と同レベルの階級に実質的に属していただけ。

貢納民(ローマで言えば奴隷)と非納税民(市民)に分け、後者が前者から収奪したわけ。
つまり商工人は支配階級で収奪者

いままで商工人は一般民衆として、知恵や労働で富を作った市民社会の先駆けと流布されてきたし、
そう教えてきた。
しかしそれは全く違って貴族に劣らない支配搾取階級だったというわけ。つまりこういうことだ
今までは聖職者や貴族や役人のように、貢租を収奪する者が人民を搾取する階層と看做されてきたが、
実は、農耕階級から収奪した税を商工人や貴族役人その他あらゆる「非納税者」で回していると言ったほうが正しい。

よって貴族役人―平民という搾取関係ではなく、非農耕者―農耕者つまり非納税者―納税者
という搾取関係なのである
結局、欧州の農民は農奴だったと思う

移動禁止・転職禁止だし、
重税を取られるのは農民だけ。都市民は税が軽いか、無税

ということは、貴族役人vs.平民 じゃなくて、
貴族役人&都市民 vs.農奴(奴隷) であった

6 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 20:59:39
>>1ね、見てるならよく読んでね?
途中まではよかった
途中まではよかったよ
でもさっきも言ったけどお前にはリーダー性がないの
だからスレ立てるのに向いてないわけよ
いや途中まではよかったんだよ
ただちょっと最後の辺りはっきりしなかった
これは>>5も分かるはず
>>5o(`へ')○☆パンチ!
そんな>>5にo(`へ')○☆パンチ!

7 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 13:46:40
>>1はもっと勉強したほうがいいと思うよ。
日本に関していえば、年貢は固定資産税みたいなもんだったんだよ。
田畑の所有権は農民にあったんだからさ。ある程度の制限はあるものの
農民は田畑の売買も自由に出来たんだよ。
年貢は、農民という階級に掛けられた税ではないんだよw
江戸時代、田畑は長子相続だったから、農家の次男坊や三男坊は、町に出て
商人や職人になったんだよ。
そして次男坊や三男坊は、田畑を相続できる長男をうらやんだもんなんだよ。
もし、「町民=自由民」なら、江戸時代の農家の次男坊や三男坊が長男を
うらやむ訳ないだろ?
常識的に考えて。

8 :ジャコバン義勇兵 ◆boczq1J3PY :2009/09/20(日) 15:47:52
>>7
問題を摩り替えているな
自作農と一人職人と個人商人が同じ収入でも、後者2つにはほとんど税がかからない。
かたや自作農にはハンパない重税。

しかも、商工人にも財を産む『固定資産』があるわけで、そっちは田畑より凄い軽い税しかかからない。

これでは重労働して田畑持って農民やってる意味ない、と思って田畑売って商工人や労働者になろうにも、
法的に無理。(逃散の禁止)

しかも転職移動の禁止は自作農だけかと思いきや、農業労働者である小作人まで及ぶ。
小作も、都市労働者と比べてハンパない搾取率。

つまり問題は、農奴と都市民が税(固定資産税・所得税ともに)制と人格法において
都市民>>>>>>>>>>>>農民 という序列で差別搾取構造があること。

9 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 15:58:18
自民党=悪代官
官僚=悪代官とつるむ越後屋
民主=大岡越前

10 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 18:43:13
そりゃそうだろう。
元々商や工は、農の余剰人員から分かれたんだから。

11 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 18:59:11
氏ねや搾取者ども!

12 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 20:24:27
>>8
君もつくづく馬鹿だなw 逃散の禁止は農民を土地に縛り付けるための法律
じゃないんだよ。「年貢(田畑にかかる税金)を払わずに夜逃げするな」と
いうのが逃散の禁止の趣旨なんだよ。だから、しかるべき手続きを踏んで
豪農(地主)などに田畑を売って小作農になる、あるいは農村から都市に
流入して商人や職人になる、という選択もできたんだよ。でも、田畑を売った
農民は、たいがいが小作農になったみたいだね。なぜなら、都市で仕事に
あぶれて路頭に迷ったら、野垂れ死にだからね。あの時代は生活保護も福祉も
なかったし。そして、なぜ、田畑という固定資産にしか税金がかからなかった
といえば、それは一種の慣習としか言いようがないね。貨幣がない、あるいは
貨幣が存在していたとしても一般的ではない、という時代においては
穀物を税として徴収するしかなかった。江戸時代はもちろん、貨幣経済が
おおいに発達した時期だったけれども、税は貨幣ではなく穀物(米)で納める
べきという古い時代の考えを継承していたんだと思う。だから、町人に貨幣で
税を収めさせるという発想自体なかったんだよ。

13 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 21:04:11
>>8
もし、逃散の禁止が、田畑の売買の禁止という意味なら、地主や豪農は
どうやって広大な農地を手に入れたの?w
もっと頭つかえよ。

14 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 21:17:40
>>8
>当地(備中)での農村のようすを記します。
>文化頃以降のようすですが、農地の売買はかなり頻繁に行われていたよう
>です。価格は土地の「高」(面積×石盛−−年貢の算定基準になる)に関係
>して決まったようです。
>おもしろいのは売買と同時に売り主に質入れするという方法がありました。
>こうすると買い主は僅かな資金で購入てできたでしょう。事実上の分割払い
>です。
>また○年後に×匁で買い戻すという条件での売買もありました。
>どんな場合も証人を立てて証文を作り、更に庄屋が奥印をするのが原則
>だったようです。庄屋は売買の証人というより土地の高や広さの数値を保証
>する意味で判を押したと思います。
>江戸期の百姓のイメージとして無知とか貧乏といったのが一般的でしょうが
>よく知っていました。そしてきっちりと証文を作っています。その緻密さは
>現代人以上かもしれません。

http://questionbox.jp.msn.com/qa1778341.html

15 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 03:55:17


百姓(生産村民)にのみ重罪が課せられた点において(都市民は無税)、

武士>都市自由民>>>>>>>>>>>納税の壁>>>>>>>>百姓

町民は税を払わずに武士が巻き上げた米食ってる以上、搾取階級。

”プロテスタンティズムと資本主義の精神”は大ボラ。少なくとも日本では。

町民が免税階級でウハウハだっただけだろがwwwwwwwww

16 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 06:13:13
>>15
おまえもとことん馬鹿だなw たとえ田んぼから収穫される米の4割を年貢と
して納めなくてはならないとしても、当時の人間は、都市で小商人や人夫や
しがない職人稼業をするよりも百姓(自作農)のほうがマシだと考えていた
んだよ。
都市の下層民と百姓と、どちらが裕福であるかは、棟割長屋と広大な百姓屋敷
を比べれば一目瞭然。
例えば、藩が干潟の干拓事業をして農地が出来ると、それらの農地は先を
争って買われたんだよ。
金を出して争って奴隷になりたい奴なんていると思うか?
おまえ頭悪すぎw

17 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 07:26:47
>>15
おまえ勉強のできないDQNだろ?w

年貢というのは、特定の階級や人々にかけられた人頭税ではないんだよ。
米が収穫できる土地を所有してる人にかけられた税なんだよ。
そして農地は現在と同じように売買されてたの。
商人だろうと職人だろうと田んぼを所有したら年貢を払わなければならない
んだよ。江戸時代、実際に農と商を同時にやっていた人々もいたし。
新撰組副長の土方の実家は農家だったけど、副業として薬の製造・販売を
やっていて裕福だったそうだよ。

18 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 07:29:50
もし、町民が免税階級でウハウハだったなら、農地が商品として売買される
はずね〜〜〜じゃんw
IQの低い馬鹿は救いようがねえな。

19 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 07:59:31
彦根の井伊様も豪徳寺あたりじゃ百姓登録で幕府に年貢修めていたと伝え聞くが・・。

20 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 13:02:50
江戸幕府の『農民奴隷説』を否定したくて必死wwwwww

じゃあ何で『人返し』命令なんて出たんだ? 都市民が免税だから、働きにきたんだろ。
『百姓が耕作を放棄しないよう、農村出身者の労働者に高い金を払うな』という命令さえ出てる。
これから普通に捻くれずに考えれば、
・農民は重税や重労働を忌避して都市民に、しかも下層都市民になりたいと思った。
・農民は、政府の扱いや生活や財産が、都市民>>>>>農民 であると確信し、逃亡する。
農奴確定ですなコレ。

>都市の下層民と百姓と、どちらが裕福であるかは、棟割長屋と広大な百姓屋敷
を比べれば一目瞭然。
立派でデカイ百姓屋敷なんて庄屋や名主のものだろ。
大多数を占める小自作農、小作農が『屋敷』なんか持てるわけない。

>例えば、藩が干潟の干拓事業をして農地が出来ると、それらの農地は先を
>争って買われたんだよ。
>金を出して争って奴隷になりたい奴なんていると思うか?
ミスリード乙。
干潟や開墾した土地を買うのは、大地主や富裕商人。しかも大抵、大口で買って小作させる。
いくら重税で儲けが少ないとは言え、大地主経営は儲かる。確実に。

>年貢というのは、特定の階級や人々にかけられた人頭税ではないんだよ。
>米が収穫できる土地を所有してる人にかけられた税なんだよ。
違うね。自由都市民には無く、百姓階級には掛かる農奴差別税。
・商人やってても漁民でも養蚕でも運輸でも工人でも、百姓と登録してれば年貢を払わされる。
・米が取れなくても年貢あり(果物、雑穀、栗などの生産者)
・同じ商人、工人、運輸でも、非百姓(町民)登録なら年貢無し)

>もし、町民が免税階級でウハウハだったなら、農地が商品として売買される
>はずね〜〜〜じゃんw
庄屋・富農・大地主が買う。大規模経営は別。儲かります

21 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 13:45:35
>>20
おまえさ、人返し令は天保の改革の一環として例外的に行われた処置じゃん。
農村の次男坊や農地を売って離農した人達が江戸にたくさん流入してきて
社会問題になったから取られた処置じゃん。ということは、1843年に人返し令
が布告される前は、農村から江戸に制限なしに流入できたってことじゃん。
そもそも、江戸時代の都市住民は、豪商やその番頭・手代、職人の親方連中
などのごく一部の富裕階級を除けば、大半はその日暮らしカツカツの生活
だったんだよ。

時間がないからつづきはあとでw

22 :労農革命兵 ◆boczq1J3PY :2009/09/21(月) 14:47:54
都市民が農民より高位で裕福な証拠

飢饉が起こり農村で餓死者が出ても、都市の民衆は餓死しない。
餓死したとしても頻度・人数ともに圧倒的少数や

23 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 19:35:07
>>22
おまえアホやな。
江戸時代後期の人口構成は農民7割、町人2割、武士・僧侶など1割。
だから都市よりも農村での餓死者が多いのは当たり前じゃんw
大塩平八郎の乱は、大塩平八郎が、生活に困窮した都市の下層民を組織して
起こした騒動じゃん。都市の下層民が座して餓死を待つよりも、勝ち目のない
反乱を起こして磔になったほうがいいやという捨て鉢な気持ちで起こした
反乱じゃん。
飢饉の時は、米価が高騰して都市の下層民には買えなくなるから、結局
末路は農村の下層民と同じだよ。

ここまで書いてやっと気づいたけど、このスレ自体が釣りだってことに
やっと気づいたよw

俺はこのスレから離脱するから、あとは基地外一人で好きなだけホルホルして
くれよw

あばよ。

24 :労農革命兵 ◆boczq1J3PY :2009/09/22(火) 15:34:10
>>23
wiki見てみろ。大塩の乱は農民主体。

農民一揆が多くて、都市民一揆が殆ど無いのは何故?

搾取された下層都市民が多いなら、農村の7分の2くらいは存在するはずだろ

ってか、農民の殆ど唯一の利点は緊急時の食料があること。それでも飢えるってことは、

どんだけ都市民が贅沢ウハウハしてんだよ

25 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 11:13:36
贅沢さえ求めなければ江戸時代一番の自由民は裏長屋の住人たち。
正式に町人として認められていない為に土地や自分の家は持てなく
小さな借家住まいでまた町政にも参加できなかったがその代わり税も
取られない。長屋の安い店賃さえ払っておけばいい。また、家族を養っていても
月に10日も働けば長屋住人としてはそこそこ普通の生活できたらしいし
これが独身なら月に3日も働けばそこそこの生活できるという計算になる。
その上、江戸時代後期には様々な文化も繁栄し、髪結床、風呂屋の2階という
サロン、屋台の蕎麦屋や一杯飲み屋、貸し本屋・浮世絵など安価で長屋住人らも楽しめる
レジャーも沢山登場し、楽しみも沢山増えた。
仕事は月の内少し働くだけで後は自由にレジャーを楽しむといった裏長屋の
住人たちこそ江戸時代一番の自由民だろう。

26 :日本@名無史さん:2009/10/18(日) 12:03:11
日本の社会階層って諸外国と同列に語れないからなぁ
現代でも「会社の社長と、その会社のあるビルのガードマンの給料が同じ桁(80万円と20万円とか)」という
外国ではありえない状況がザラにあるし

27 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 12:50:27
ザラニある

28 :日本@名無史さん:2010/02/11(木) 09:49:13
ho-

29 :日本@名無史さん:2010/02/11(木) 13:34:20
農民より町人の方が娯楽が多いのはわかるけど、
そういう町人には責任みたいなものがないのだから、
さすがに支配層というのには無理がある。

直接税を納めていないといっても、労働の対価として
賃金を受け取っていたわけでしょ?
皇族公家武家には分配される不労所得があったけど。

30 :日本@名無史さん:2010/03/11(木) 23:16:42
むずかしー

31 :日本@名無史さん:2010/05/15(土) 17:20:07
俺は株式会社のサラリーマンで、労働組合の役員をやっているが、
よく考えてみると、自分も搾取している側のような気もする。
本当に搾取されているのは、うちの会社で働いている派遣社員、パート従業員、
ようするに労働組合に入れない人たちだ。


32 :日本@名無史さん:2010/05/15(土) 23:18:06
>>1 現代シナの農奴制の話をしているのか?


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