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蘭学について語るスレ

1 : ◆UF7NSoXpQh7L :2009/07/25(土) 13:50:58
 ターヘルアナトミアの翻訳、シーボルトの来日、ズーフ・ハルマ、日本の近代化を可能にした先駆的思想を語りましょう。

2 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 19:40:09
 独逸語の本と和蘭陀語の本の区別は出来たのでつか マルクス(幕末) モンテスキュ ルソー 流入したのかな

3 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 02:51:38
>>2
日本に入ってきた蘭語辞典は他国語並記のものだったので、辞典を閲覧できる環境にあり蘭語に精通した人間ならば可能。
なのでその中から蘭語以外の言語で書かれた書物の翻訳に挑んだ者もいた。

4 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 04:20:42
大村益次郎が最高だった。
の?

5 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 04:22:08
勝海舟なんかオランダ語は文法もろくに理解してなかったふしがある。

6 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 09:57:55
>>3
幕府は蘭語以外は 独逸 デンマーク語 英語 何語まで チェツク検閲出来ましたか

7 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 14:40:18
福沢諭吉は開国後横浜へ行くと英語ばかりで蘭語が役に立たず、また一から英語をやらねばならんと失望したが
やってみると英語と蘭語は似ていてあまり苦労もしなかったらしいな。

 明治以後は蘭学者は英学、ドイツ学へスムーズに移行したのかな?


8 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 17:02:05
幕末で一番蘭語が堪能だったのは高野長英だろ

9 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 22:05:07
>>6
キリスト教関係検閲の対象となるのは漢籍でした。欧文書籍は基本的にスルーです。
オランダ商館もまた日本側の発注・要望にかぎって書籍を舶載しました。
積み荷の臨検時に蘭通事は発注通りなのかどうかを確認するだけでした

10 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 23:22:01
>>8
高地オランダ人訛りはうつされなかったんだろうか

11 :日本@名無史さん:2009/07/27(月) 07:41:53
>>9
だから家康傍系の吉宗から 実質鎖国じゃないのにな

12 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 00:01:11
隠れキリシタンはラテン語かポルトガル語の聖書を隠しもっていなかったのかな?


13 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 03:05:38
もったけど 村の寺預け→寺社奉行→小石川ばてれんやしきへ 寺の僧侶や取り調べ旗本大名家に 秘蔵されたり はあるw 発見されたら超重要文化財級

14 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 03:57:52
でも西洋史書に聖書の歴史的記述ははずせないから
それを読んでいれば断片的な知識はもたざるをえない。

15 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 05:59:42
バチカン非公式許可書持参のイタリア人宣教師(屋久島より鎖国下密入国)
の公述記録書 →新井白石 『西洋紀聞、上・中・下巻』の中に 老中新井からみて 「空想なお伽話に過ぎない」聖母の無原罪懐胎と被昇天などしっかり記述あるし、「原住民の大陸オーストラリアを知って、侵略するのはたやすそう」と意欲を見せる? など
図書館にはあるょ

16 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 06:05:43
ちなみに徳川幕府は不都合な政策や情報文書 は今のアメリカと大違いで 永遠末代 最高機密で 場合によっては 抹消隠滅させたから 江戸時代史は 近い時期なのに 実は闇の裏面(禁教鎖国もそのひとつ) …東大徳川史料編纂所も まだまだたいへんな作業かな
江戸時代を薔薇色に描きたい時代劇感覚の 一般ピープル

17 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 23:36:27
>>15
蘭学スレならシドッティの通訳やった今村英生の業績になぜ言及しない。

18 :日本@名無史さん:2009/07/30(木) 11:33:15
しどち…イタリアン でもラティン語はわかる 和蘭人…プロテスタン ドイツ語か英語しかわかりましぇんでちた、ラティンは学の有る蘭人は少し
結局、印度・歐羅ぱ語族だから 何とか通詞ました

19 :日本@名無史さん:2009/07/30(木) 16:26:24
>>18 僧侶でサンスクリットの分かる人間がいたらギリシャ・ラテン語も何とか分かったんだろうな。



20 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 04:38:44
>>18,>>19
今村ははじめポルトガル語で会話を試みたんだけど、(今村の世代まではポルトガル語が話せる)シドッティがうまく話せなかった
そこでオランダ商館員の中でラテン語ができる人に学なんでどうにか通じるようになった
あと語族というくくりかたはまだこの時代にはない。
それに当時の日本の坊さんは梵字は読めてもデーバナーガリー文字は読めないだろ。

21 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 14:26:32
参考になりそうなブログ発見あげ

http://d.hatena.ne.jp/tonsa/archivemobile?guid=on

22 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 01:40:01
東インド会社がシナ語教育をやっていたら漢文で簡単に筆談できただろうにな。


23 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 02:27:46
脇蘭室

24 :日本@名無史さん:2009/08/04(火) 04:11:16
>>22
彼らは支那語でも白話を優先して覚えるだろうな。
漢文どころか漢字おぼえるのが大変きつい。
この時代で漢文ができるヨーロッパ人は宣教師ぐらいしかいないんじゃないの。

25 :日本@名無史さん:2009/08/04(火) 05:27:04
バティカンは日本国民に鎖国からの自由をもたらそうと殉教した宣教師シドチをベアトに列福すべき

26 :日本@名無史さん:2009/08/05(水) 04:06:40
>>8
宇和島にいたころに最新の兵学書を訳したいから英・仏・独語学習テキストつきで注文してくれと
藩主宗城公にねだったけどかなわぬまま去ることになってしまったんだよ。
もしそれがかなったら『戦争論』を翻訳して『三兵タクチーキ』を越えるヒット作を生み出していたかも。

27 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 23:42:21
だ・れ・か 古文板に『 蘭学書籍について語る 』のスレたてて (>_<)

28 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 23:46:20
股間板よりここで語ったほうが気安いんじゃない?

29 :日本@名無史さん:2009/08/14(金) 23:48:31
>>8
「高地オランダ人」ってオランダ語で実際どういってたんだろうね。
もしNederduitsche(オランダ人,現代ではNederlands)の反対で
Hoog‐duitscheだったなら高地ドイツ語人、つまり最初からドイツ人と名乗っていたことになるんだが・・・

30 :日本@名無史さん:2009/08/14(金) 23:54:18
↑安価ミスった
>>10です

31 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 21:41:46
あげ

32 :日本@名無史さん:2009/12/22(火) 14:56:33
保守

33 :日本@名無史さん:2010/03/03(水) 03:28:51
ほしゅあげ

34 :日本@名無史さん:2010/03/03(水) 18:45:45
蘭方医術って実はドイツ医学だよな。蘭方医術の祖とされているカスパルは三十年戦争で軍医として転戦してたし
解体新書の原著もドイツ語だし

35 :武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s :2010/03/07(日) 04:06:29
>>25
「自由」をもたらしにきたわけではなく、
福音を伝えにきただけです。伝道ですね。


36 :日本@名無史さん:2010/03/07(日) 07:53:05
吉村昭の前野良沢主役の小説(題名忘れた)読むと、よくぞあんな偉業をしたものだと感動する。

37 :日本@名無史さん:2010/03/07(日) 08:46:25
フルヘッヘンドの意味を理解するきっかけが庭掃除って
史実?後の創作?

38 :日本@名無史さん:2010/03/07(日) 22:37:16
>>8
幕末になると勉強する人が多すぎて誰が一番なんて無理じゃないのか?
でも強いて言えば司馬凌海は語学の天才とか呼ばれてるよな
6ヶ国語をマスターしたとか言われてるし

39 :日本@名無史さん:2010/03/09(火) 05:02:36
細菌学が発達するまで、蘭方と漢方は、ほとんど治療効果に差がなかったって、
本当?

40 :日本@名無史さん:2010/03/09(火) 12:52:17
自分が病気になったらどちらを選ぶ?

・理論的には正しいが治らない薬
・理論的には不明だが治る薬

41 :日本@名無史さん:2010/03/09(火) 19:12:29
蘭方医学って、朝廷や幕府お抱えの医師の中では、
江戸初期から普及していたんだっけ?

42 :日本@名無史さん:2010/03/09(火) 20:23:51
>>41

外科だけ
見よう見まねの南蛮紅毛流


43 :日本@名無史さん:2010/03/17(水) 20:33:39
>>42
何故?
西洋医学の本は江戸初期より流入していたし、
長崎でもオランダ人医師による講義もあったらしいし。

44 :日本@名無史さん:2010/03/17(水) 23:42:53
>>41
て葡方Portugal醫學か、西方Spain醫學??

45 :日本@名無史さん:2010/03/18(木) 12:44:13
>>43>>44
まず外科の心得のあるポルトガル人船員や医術に長けた宣教師から学んだものが南蛮流医術。
ポルトガル人追放後にオランダ商館つきの医師(一例が>>34のカスパルことカスパー・シェムブルガーCasper Schaemburger)
から学んだものが紅毛流医術だ。
ともに外科がメインになっているのは当時の西洋の薬学レベルは漢方と大差なかったこと、外科手術そのものが漢方には外道
(外科の語源はここから)とみられたことがあげられる。
だからといって西洋の薬品に興味がなかったわけではなく、ドドネウスの本草書のような書籍や原料の輸入もされている

46 :日本@名無史さん:2010/03/18(木) 13:08:23
訂正
×カスパー・シェムブルガーCasper Schaemburger
○カスパー・シャムベルガーCasper Schamberger

47 :日本@名無史さん:2010/06/04(金) 03:03:58
ほしゅ

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