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任那と加羅と日本府と【9ヶ国め】

1 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 20:28:49
日本府の話題はもちろん、それに限らず、
新羅にも百済にも含まれなかった半島南部地域についていろいろ

1)東部=加羅諸国(秦韓・卞韓)、任那鎮守(初代・塩乗津彦)
→任那日本府(倭宰・任那行軍元帥・倭国大臣・倭使臣)
2)西部=慕韓・神功紀四邑→任那国司(四県二郡)→任地が消滅して安羅に寄寓
3)加羅諸国(反百済)が南北に分裂
北)大加羅=伴跛国を中心とする独立派(新羅に騙され先に滅亡)
南)金官国=駕洛国を中心(のち安羅国を中心)とする親倭国派

ループしないように過去スレよく読んで、sage進行で。
任那と加羅と日本府と【8ヶ国め】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1233367717/
任那日本府説その2【実質その7】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1226080812/l50
任那日本府説【実質6発目】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1090513470/
任那日本府について【実質5代目】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1030968865/l50
★任那日本府説ついに決着!!★【実質4本目】
http://academy.2ch.net/history/kako/994/994026593.html
任那って日本領だったんですか? part2【実質part3】
http://mentai.2ch.net/history/kako/976/976659863.html
http://mentai.2ch.net/history/kako/974/974989450.html
任那って倭国領だったんですか?パート2
http://academy.2ch.net/history/kako/974/974989450.html
任那って日本領だったんですか?
http://mentai.2ch.net/history/kako/970/970077532.html

以下関連リンクは>>2-5くらいで

2 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 20:29:31
<本当は先にこっち↓を消費したいところだが…>
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1008077694/l50
韓国南部の前方後円墳は倭人の墓か?

<過去の関連スレ>
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1004836247/l50
★★★神功皇后の三韓征伐★★★
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1048230256/l50
大伴金村の生まれ変わりは誰だ?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1052430187/l50
日本は古代朝鮮を征服した!
http://mentai.2ch.net/history/kako/983/983882584.html
★★★☆レジェンドエンプレス・神功皇后☆★★★
http://mentai.2ch.net/history/kako/987/987267456.html
神功皇后について
http://academy.2ch.net/history/kako/1003/10036/1003627171.html
古代朝鮮の南部にいた倭って


3 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 20:30:23
<世界史板の過去ログ>
http://mentai.2ch.net/whis/kako/999/999912002.html
隠蔽される韓国の前方後円墳
http://mentai.2ch.net/whis/kako/1007/10078/1007875212.html
韓国の前方後円墳について語ろう
<ハン板の過去ログ>
http://mimizun.com:81/2chlog/korea/kaba.2ch.net/korea/kako/1006/10065/1006591782.html
任那日本府について
http://mimizun.com:81/2chlog/korea/kaba.2ch.net/korea/kako/1007/10072/1007281622.html
おい、韓国!!任那を返せ!!
http://academy.2ch.net/korea/kako/1023/10233/1023303292.html
半島の故地を取り戻そう
<極東板の過去ログ>
http://mimizun.com:81/2chlog/asia/kaba.2ch.net/asia/kako/1005/10059/1005915158.html
古代日本が南朝鮮を支配した事を知ってる鮮人の数→
http://tmp.2ch.net/asia/kako/1021/10218/1021891385.html
なぜ韓国の教科書には「任那」の記載がないの?
-------------
他にも無数にあるはずだけどいちいち昔の過去ログさがすの面倒だからやめとく


4 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 20:42:33
http://www.nhk.or.jp/japan/program/prg_090426_3.html
ETV特集 シリーズ「日本と朝鮮半島2000年」
第1回 古代 人々は海峡を越えた
教育 2009年4月26日(日)午後10時〜11時29分

韓流ブーム以後、民間交流が進んだ日本と韓国だが、いまなお歴史認識は大きな溝となっている。
その溝を埋めようと、2002年以来、日韓両政府が主体となり、歴史共同研究プロジェクトが進められている。
また、民間レベルでも歴史共通教材が次々と発表され、歴史を共有しようという努力が続けられている。
朝鮮半島と日本はどのような関係を築いてきたのか。
最新の学術的成果をもとに、古代から現代まで2000年の交流史を2年がかりで通覧する大型シリーズ。
第1 回は、その源流をたどる。

ぺ・ヨンジュン扮(ふん)するタムドク(高句麗・広開土王)が騎馬軍を率いて朝鮮半島を疾走する。
ドラマ「太王四神記」で描かれた古代の朝鮮半島には、東西南北にいる神たちが、4つの方角から人々を守るという世界観があった。
ドラマにも登場した架空の神獣「白虎」「青龍」「玄武」「朱雀」の「四神」たちである。

時空を超え、2009年の日本。国宝・高松塚古墳壁画の修復作業が国を挙げて進められている。
7世紀に描かれたと考えられている極彩色の女性像、飛鳥美人。その絵の側にもまた、「四神」が描かれている。
描いた絵師は、朝鮮半島を経てやって来た人と見られている。その一方で、日本列島から海を渡った人々もいた。
彼らが、風俗や文化だけでなく、双方の古代国家形成にも深く関わっていたことは、意外と知られていない。
しかも、その関わり方を巡って、今様々(さまざま)な議論が日韓双方で繰り広げられている。
日本が朝鮮南部に置いたとされる “任那日本府”とは、いったい何だったのか。仏教伝来の真相とは。
「四神」の絵を道しるべに、海を越えた人々の旅路をたどりながら、日本と朝鮮半島の交流の実相に迫る。

[一部書き起こし]
http://74.125.153.132/search?q=cache:ZLu_OLzyewsJ:tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/
1240389117/444+%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A8%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%8D%8A%E5%B3%B6%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%90%E5%B9%B4%E3%80%80%E6%9B%B8%E3%81%8D%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%97&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp


5 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 20:45:10
http://www.nhk.or.jp/japan/program/prg_090531_3.html
ETV特集 シリーズ「日本と朝鮮半島2000年」
第2回 “任那日本府”の謎

教育 2009年5月31日(日)午後10時〜11時29分

「任那日本府」の問題は、今なお日韓の間で議論を呼んでいる。『日本書紀』や、1
9世紀に中国東北部で見つかった『広開土王碑文』の記述などによって、4世紀から6世紀にかけてのおよそ200年間、
日本が「任那日本府」を通じて朝鮮半島南部を支配たと長らく考えられてきた。
しかし、近年の研究や発掘調査によって、その関係性が見直されている。
鉄をめぐる日韓の発掘や、韓国で発見された日本特有の前方後円墳をめぐる調査など、
最新の研究成果をもとに、その交流の実像に迫る。

[全文書き起こし]
http://7538315.web.fc2.com/mimananihonnfu.html  

6 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 20:45:58
-------------ここまでテンプレ---------------

7 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 20:47:47
前スレより

968 名前:誰か反論よろ[sage] 投稿日:2009/06/01(月) 00:28:50
ETV特集をご覧いただきましてありがとうございます。
ご連絡が遅くなりまして誠に申し訳ありません。
番組担当者よりご質問にお答えします。

(1)日本の事は「倭」と呼び、半島の百済や新羅や高句麗の事は「韓国」と呼んだ理由はなんですか?

お答え
古代の事を取り上げている時には、日本は「倭」またはヤマト政権、ヤマト王権とよび、朝鮮半島は「百済」「新羅」「高句麗」と
言っています。

(2)広開土王碑には倭が百済、新羅を臣下に加えたの記述があるのを視聴者に隠していた理由はなんですか?日本が朝鮮
半島南部を支配していた事実を隠すと、番組の趣旨は大きく変わるはずです。

969 名前:誰か反論よろ[sage] 投稿日:2009/06/01(月) 00:29:33
お答え
ご指摘は 碑文の永楽6年の記述「倭以辛卯年来渡(海)破百残□□ 新羅以為臣民」の部分と思います。この直前に「百残
新羅」は高句麗の「属民」だったのに、倭が渡ってきてその百済新羅を破った。だから広開土王は百済新羅を攻めるのだと
いう流れで、高句麗の朝鮮半島南方攻略の理由が記述されていきます。碑文に書いてあることを事実と見る見方もありますが、
倭が百済新羅を破るほどの脅威をもっていたので、高句麗王が百済、倭を攻めるのだと、南方攻略の大義にしているという
解釈もあります。現在では、大方 が後者の見方です。広開土王碑に記された時代、「日本が朝鮮半島南部を支配していた」
ということは、現在日韓双方の学会で実証されていないと考えます。
(3)番組の内容が韓国視点で韓国の都合の良い話ばかりで作られています。
お答え
そのような視点で作っているわけではありません。日韓の研究者の方々の最新の研究成果をもとに、学術的にも信頼度が
高いと言われる成果に依拠して作っています。
今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。

「ETV特集」担当NHK視聴者コールセンター

8 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 21:24:21
半島南部の前方後円墳の被葬者を、
百済にも属してたなんて言ってる韓国人学者を出してる時点で偏向だろ。
朝生でもよくやる方法。
論理的に圧倒的に正しく支持されてる右と、
そうでない左を、同数の出演者を出して、
まるで「対等」であるかのように演出するんだ。


9 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 21:37:07
>>1

「倭以辛卯年来渡(海)破百残□□ 新羅以為臣民」
このころ新羅も百済も倭国へ王子を質に出しているんだよねえ。
ナンデダロ〜?(死語)

10 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 21:47:49
韓国人には「(現在の)自国の領土に他国の勢力が入り込んでいること」
がどうしても気に食わないんだろう。

まあ、今で言うところの民間人あるいは企業に一地方の領有権奪われている
とした方が情けないと思うけどね。

11 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 21:56:44
古代ギリシャのポリスだって似たようなもんだっただろうにね。
ただしこの考え方だと、日本列島内の半島人コロニーを朝鮮文明圏と見なさない
と学問的に不誠実にはなってしまうけれど。

12 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 22:09:04
現代物の特集番組と違って、
NHKなんてのは歴史物についてはかなりいい加減。
まともに論ずべきものではない。
だからその番組も見る気もなかった。


13 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 22:24:15
第2回の番組内で

バスの正面部分にあるヒュンダイのロゴマークがどアップになる場面があったんだけど、
あのバスって正面のロゴ部分にも「加耶」って書いてあったのかな。
その場面のあとで、バスの後部が写りハングルで書いてある「加耶」文字にカメラがよって、
したに字幕で「加耶」とでるんだけど、
もし、バスの正面に加耶という文字がなかったのなら、この正面のロゴアップのシーンは
不必要だよね。だれか番組録画してる人いないかな。

14 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 22:25:37
NHKの番組はいい加減だとしても
それが浸透し、教科書に載ったりして、
主流の学説にまでなったりするから、
別の意味で見といた方がいいかもよ。

15 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 22:25:42
>>5
誰か、動画をどこかにUPしてくれ!

16 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 23:11:50
>>13

いちおうヒュンダイのロゴのところにも加耶のハングルがあるね。
でも、加耶のハングルだけなら後ろだけ写せばいいし、
前も写すのなら、字幕の加耶を前が映ってる時点から出すべきだよね。
最初の正面のアップがあきらかに不自然だよ。

http://www1.axfc.net/uploader/Ne/so/53754
pass:kaya

17 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 23:22:04
>>15
ニコニコとか、こういうところとか。
   ↓
http://blog.fc2.com/tag/ETV%C6%C3%BD%B8

18 :日本@名無史さん:2009/06/04(木) 22:21:51
http://www.chosunonline.com/entame/20090603000022
http://file.chosunonline.com//article/2009/06/03/419380261399534873.jpg
SUPER JUNIORのメンバー、チェ・シウォン(22)

韓国はアイドルでもこの骨格
日本人がモテないわけだ

19 :日本@名無史さん:2009/06/04(木) 22:45:22


キモッ



20 :日本@名無史さん:2009/06/04(木) 22:47:04
>>15

>5をあげてくれた人がいた

238 名前:前スレ919[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 21:48:56 ID:TgkHqeAy
前スレ927さん、ご所望のブツを揚げてみましたが、斧は落ちてきませんね…
Na_2494.avi
http://www1.axfc.net/uploader/Na/so/2494
DLPは[○○○]特集
nyでも上がってるよ

21 :日本@名無史さん:2009/06/04(木) 22:47:11
島根の“足神社”で異臭騒ぎ
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/shoes/1236867689/



22 :日本@名無史さん:2009/06/05(金) 10:45:26
>>20
パスワードなに?
さっぱりわかんね

23 :日本@名無史さん:2009/06/05(金) 13:51:20
>>22

>5
半角小文字だよ

24 :日本@名無史さん:2009/06/05(金) 15:32:31
3文字らしいので
みなま・ミナマ・にんなとかやってた・・・
d

25 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 02:47:21
白馬青牛 考古学板のこんなスレにいた
日本人どこから来たんだ?7
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1244083090/

26 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 13:57:46
>>7
>広開土王碑に記された時代、「日本が朝鮮半島南部を支配していた」
 ということは、現在日韓双方の学会で実証されていないと考えます。

双方で実証されない限り韓国側の主張で通します、ってことだな。


27 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 14:13:45
>>20
音声が早送りになっていて動画とずれていて、凄く観にくい。

28 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 16:38:49
>>26
それについては日本の学者も同見解だが?
おまえはひょっとしておかしな右翼本でも読んでるのか?

29 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 16:46:19
>>28
×「日本が朝鮮半島南部を支配していた」
×「百済と新羅が朝鮮半島南部を支配していた」
×「加耶諸国が朝鮮半島南部を支配していた」
○「朝鮮半島南部は支配者が居ない無主の地だった」
→実権や住人層が錯綜して面倒なので誰も統治したがらず→倭国王が代行した

30 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 16:48:17
住人総意による信託統治領だったんじゃ?
案外倭国王もやる気ないしw

31 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 16:50:40
>>28

実際、日本の学者では、どういう学説が主流なのかが
よく分からんのだが、
日本や中国の資料に対しては、どういう解釈がなされてるの?

32 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 17:00:53
>>29
日本書紀に加耶諸国にはそれぞれ旱岐(王)がいたと
書いてあるが、もしかして、それすらも読んでいない?

33 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 17:02:26
>>27
> >>20
> 音声が早送りになっていて動画とずれていて、凄く観にくい。
俺の場合は、音声が早送りっていうより、
映像がスロー再生になって、ずれてしまうな。
別のcodecでエンコードすれば直るかな。

34 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 17:04:11
朝鮮半島南部は日本も統治してないよ
旱岐(かんき)と呼ばれる君主が統治していて諸国の調整や保護などを日本がやっていた

35 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 17:04:20
>>32
居たらしいけどね。筑紫の君の方が余程王様らしいがw

36 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 17:09:03
加耶諸国が中国に使者を出したのって滅亡直前の6世紀入ってからでしょ?
倭国へ使者を出したって聞かないな。隣に総督様がいたから必要ないもんな。

37 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 17:17:09
>>35
任那諸国なんて君主が王を名乗れないくらいの規模の国だから
それより大国の地方総督のほうがよっぽど権威も権力もある

38 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 17:39:59
南斉書479年(大)加耶王の南朝斉への朝貢一回こっきりだな。
日中との外交交渉の痕跡が限りなく少ないです。

39 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 18:59:21
>>34
だから半島南部の前方後円墳はどう説明するのかと…

40 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 19:02:12
その前方後円墳がどこにいくつあるのか知ってるのかな

41 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 19:08:33
百済王墓よりはるかに巨大なのが10数基あるのをどう説明するのだ?


42 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 19:25:33
いわゆる加耶諸国には前方後円墳は見つかっていない。
十数基の前方後円墳が存在する全羅南道は、それらより
小さな王墓をもつにすぎない百済に併合されてしまったね。


43 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 20:28:14
いまさらながら350-560年の半島南部は謎が多いな。
なぜ断定口調で論じたがるんだろう。
武力で言えば、倭の度重なる侵攻を食い止めた新羅がオールシーズンで
高句麗の次に最強だと思うが、なぜ伽耶は存続できたのか?
新羅が本気(マジ)になればイチコロだろうて。
後世のイデオロギや民族主義が混じると、正常な判断や考察はできんよ。
ねえキムチ野郎ども。

44 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 21:38:00
新羅が強国になったのは5世紀以降だ
それまでは高句麗が半島最強国で新羅はその圧迫に抗するだけで精一杯だった
それが神功皇后の新羅征伐フィクション説のもとになってるわけで

5世紀に強国化した新羅は日本が任那と呼んで覇権を主張していた半島南部の併合を目論んだが
新羅が強敵となったのはそれからだな

45 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 21:43:23
>武力で言えば、倭の度重なる侵攻を食い止めた新羅がオールシーズンで

いんや、三国史記には紀元一世紀から倭軍の侵入に苦しんでた記述があるよ。
大臣が焼き殺されたり城をかすめ取られたり。
最も、それは多くて1000人規模で城攻めも成功したのは300年間に4回ぐらい(史料の記述を信じれば)。

ちなみに中国人研究者の王勇はここから当時の倭が勢力としては弱かったと見ている。

46 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 21:58:41
まったく、なんで韓国は、
高句麗も百済も自分達の歴史じゃないのに
そんなに必死になるのかね。

47 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 22:04:22
倭軍というより倭寇の、侵入というより襲撃とか略奪だったんだろうな
当時の倭人は水軍力が主力の海洋民族だっただろうし

48 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 22:25:16
>>42
>小さな王墓をもつにすぎない百済に併合されてしまったね。

百済に割譲したのだろ。

49 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 22:32:19
韓国=新羅 北朝鮮=高句麗 日本=倭という先入観を捨てなければいけないな


50 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 22:49:58
>>44-45
伽椰諸国の独立性と言う観点から43のレスをしたんですが、
倭の出兵規模が海運主体で小さく、新羅は二方面作戦で限界、小国乱立の余地があったといった感じでしょうか。
弱者の3すくみ。

51 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 23:15:18
>日本=倭

これは間違いない。倭が日本の前進だと違うのかよ

52 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 23:35:17
>>51
その倭には現在の日本人のルーツの一つである東蝦夷や熊襲は含まれてないだろうし
逆に朝鮮半島の沿岸に建設したであろう植民基地の住民も含まれてるはずなんだが

53 :日本@名無史さん:2009/06/06(土) 23:56:37
13基の前方後円墳の半分ぐらいの個数しかまだ発掘していないそうだが、
それはいいとしても、発掘された埋葬品をNHKが撮影することを、
「まだ分析が終わっていない、レポートがまとまっていない」とかいう理由で
拒んだというのが気になる。

54 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 00:24:05
任那どころか、新羅も高句麗も大和や日本の傀儡政権だということがわかってしまうと、
韓国人のアイデンティティを傷つけることになるから、韓国政府としては容易に認めるわ
けにはいかないというのは理解できる。
しかし、いずれ、真実を伝えなければならない得が来ると思います。

55 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 00:32:32
>>54
高句麗はないだろ

56 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 00:47:37
>>52
何であんたが倭の領域を推定出来るんだよw
DNA、考古遺跡、民俗学なあ根拠なによ。

57 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 00:53:51
任那は九州の邪馬台国が、高句麗は畿内が支援していたのだ。
高句麗を起こした扶余族は河の民、荒河戸畔の娘と同族だった。
祟神を使って畿内に大和朝廷を打ち立てたのも扶余族だったのだ。

58 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 01:54:46
>>57
扶余族は河の民だから日本で被差別民の原型になりましたw

59 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 06:55:18
>47
古代の倭がそんなふうだったのでもいいんだけど、そうなると百済や
新羅が王族を質に差し出すことをイメージするのが難しくならない?

60 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 09:01:21
>>53
そういえばこの前のNHKの番組で、
前方後円墳からの出土物に勾玉みたいなものが映ってたな。
アップにしないのが偏向NHK。

61 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 09:30:52
高句麗って朝鮮にとっては、日本と同じように半島にまで進出してきた征服者なのに
あっち(韓国)じゃ英雄扱い。不思議なもんだ

62 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 09:49:43
>>60糸魚川産の勾玉がでてくると、巻向は出雲系の勢力が支配する
   国だったことがわかってしまう。国譲りというのは、実は、出雲の
   畿内遷都のことだったのだ。

63 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 10:05:43
うーん、巻向に出雲という地名があるにはあるのだが…
長谷寺の近くね。
国譲りというのは出雲が5世紀後半あたりに前方後円墳を受け入れた事だと思う。
半島の大和系製鉄集団がやってきたのだろう。

64 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 11:50:56
こないだ3chでやってたね。任那は死語になったかと思ってたから全国ネットで
任那任那連呼されてたのは感慨深かった。NHK頑張ったな。
で俺の感想だが、朝鮮半島南部の前方後円墳は単純に倭人の墓だろ。
あの頃は南部にも倭人が住んでたんだろ。

65 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 12:16:38
全て人力でやってた古代で、あの規模の古墳が個人の力で出来ると思ってるのかよ

66 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 13:35:51
超古代の大百済帝国にはすでに工事機械が存在してたニダ!!
それにウリ達はイルボンと違って屈強だからあの程度の墓一人で作れるニダ!!

67 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 13:55:55

戦後の日本史教育界は懺悔しろ!



68 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 15:35:43
「古朝鮮は東アジア最初の古代国家」
『古朝鮮研究』創刊号発行

  2006年春、ソウル市内のあるホテルに、古朝鮮に関心を持つ人々が集まった。
社会学者のシン・ヨンハ梨花女子大碩座教授(寄付金によって研究活動を行えるよう
学校の指定を受けた教授)や知識産業社の金京熙(キム・ギョンヒ)社長、
中国古代史を専門とする尹乃鉉(ユン・ネヒョン)檀国大教授、民俗学者の林在海(イム・ジェへ)
安東大教授、徐永大(ソ・ヨンデ)仁荷大教授、朴仙姫(パク・ソンヒ)祥明大教授、
ユン・ミョンチョル東国大教授、ポク・キデ国際脳教育大学院教授らだ。

 これらの研究者は古朝鮮について研究する集まりを作り、毎月最終土曜日に檀国大で
討論会を行った。討論会の参加者は次第に増え、2008年春には韓国初の
「古朝鮮学会」が誕生した。シン・ヨンハ教授と金京熙社長が顧問、尹乃鉉教授が会長を務める。
古朝鮮学会は月例討論会を行うと共に、古朝鮮の遺跡があると推定される中国遼西・遼東地方に
何度も足を運び踏査した。

 さらに古朝鮮学会は、これまでの研究成果を盛り込んだ学術誌『古朝鮮研究』創刊号を出版した。
シン・ヨンハ、尹乃鉉、ポク・キデ教授およびキム・ソンファン実学博物館研究員らの論文計6本が
掲載されている。

 シン・ヨンハ教授は論文「古朝鮮の統治体制」で、古朝鮮について西暦前30世紀から24世紀ごろに
建国された東アジア最初の古代国家だと主張する。尹乃鉉教授の論文「古代文献に見られる
韓国古代史の二つの体系」は、韓国と中国の文献で、古朝鮮からすぐさま列国時代へと続く
古代史体系と、古朝鮮から箕子朝鮮と衛満朝鮮、漢の四郡を経て列国時代へと続く
古代史体系が共存していると指摘した。一方、尹教授は、韓半島・遼東・遼西を包括する
『三国遺事』序説に従うべきで、古朝鮮の分裂により列国時代が登場したと見なければならない、
と主張した。

キム・ギチョル記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2009/06/07 09:05:20
http://www.chosunonline.com/news/20090607000005

69 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 16:04:02
>>68

韓国ではなぜこのようなトンデモ学者が堂々と活動できるの?

70 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 16:29:09

☆朝鮮半島南部の前方後円墳の存在で、倭の領土だった事が明らかになった!




71 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 17:28:26
朝鮮南部一帯の任那地域が大和朝廷の植民地であった事は
前方後円墳が証拠として実証済み。

72 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 17:37:00
>>71
前方後円墳は半島南西端にしかないし、
時期も5世紀後半から6世紀前半に限られてるけどな。

73 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 17:54:02
とりあえず、韓国は百済や高句麗の歴史に口を出すなといいたい。

74 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 19:06:23
墓と埋葬方法って葬られる人の宗教観とか
重要な思想背景があると思うのだが

75 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 19:35:32
高句麗とコックリさんってk(ry

76 :日本@名無史さん:2009/06/07(日) 19:36:20
>>72
それ以前も倭の範疇だったが倭人が墓作るほど常駐しなかったのだろう。
5世紀になって高句麗の南下活動により、危機感から直接倭人が支配して行ったのだろう。

77 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 02:34:38

日本の領土だったわけだ!



78 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 04:11:06
http://www.chosunonline.com/news/20090607000005
「古朝鮮は東アジア最初の古代国家」

79 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 04:24:13
>>78
可哀想になるわ

80 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 05:11:45
古けりゃいいってのも
中華思想のパクリだな
ほんとにウリジナリティのない国だ

81 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 10:09:44
>>80
用法間違ってる

オリジナルティの無い国だ
あるのはウリジナルだけ

82 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 17:03:53
>>第4代脱解(だっかい)尼師今(にしきん)在位年数24年

この尼師今(にしきん)とは(錦ニシキ)の事で「錦の御旗の(錦)」。
皇軍を率いる征夷大将軍の印、先導者の事。


83 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 17:07:39
魏志倭人伝の「狗邪韓国」って
日本の学会ではどのような解釈がされているのが主流なの?

84 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 22:05:57
韓国の歴史は60年ぐらいだけど
韓民族の歴史は5000年って言ってるからなw

そもそも韓民族って何なのか知らんけどw
百済人が日本を作ったから日本人も韓民族に入ってる見たいだぞ

85 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 22:17:13
歴史をコリエイトする朝鮮人だな

86 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 22:52:33
>百済人が日本を作ったから日本人も韓民族に入ってる見たいだぞ

じゃ、日本が韓国と北朝鮮を併合しても、念願の民族統一を果たしたって事で喜ばしいことになりますなw

87 :日本@名無史さん:2009/06/09(火) 00:59:56
>>86 稲飯命(イナヒのミコト)は新羅王

『新撰姓氏録』右京皇別下新良貴条は、「是出於新良国 即為国主 稲飯命出於新羅国王者」
とあり稲飯命は新羅王の祖であるとする説を載せている(朝鮮の歴史書『三国史記』新羅本紀
・脱解尼師今紀では、「脱解本多婆那國所生也 其國在倭國東北一千里」とあり新羅の4代目の
王にして昔氏王統の初代である脱解尼師今は倭国の東北千里にある本多婆那國の出であると
されており、関連性が見られる。


88 :日本@名無史さん:2009/06/09(火) 16:21:03
>>86
戦前の学説ではそれが主流だった
日韓同祖だから統一である

89 :日本@名無史さん:2009/06/11(木) 11:24:58
基本的認識を確認しとけ。

人口も少ない、国家、領土概念も拙い当時。
半島や列島の土豪が往来してた、と思ってれば正解。

90 :日本@名無史さん:2009/06/11(木) 11:28:53
>>89
×半島や列島の土豪が往来してた、
○半島の土豪が列島お征服してた、

基本的認識を確認しとけ。

91 :日本@名無史さん:2009/06/11(木) 18:05:57

お?




92 :日本@名無史さん:2009/06/11(木) 19:10:01
>>89
その通りだと思う。当時はまだ「日本人」「朝鮮人」という概念さえなかった。
それらができたのは、7世紀後半日本の勢力が半島から退いた後になってから。

93 :日本@名無史さん:2009/06/11(木) 19:49:53
>92

どうだろう、
魏志倭人伝には「倭の北岸」として「狗邪韓国」の記述があるんだし、
倭人と、それ以外の半島在住の民族の区別はあったんじゃないの?

94 :日本@名無史さん:2009/06/11(木) 20:34:39
倭人と韓人のはっきりした区別はあったわけだが。

95 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 09:30:56
>>87
>稲飯命は新羅王の祖であるとする説を載せている

漢文が読めないな。稲飯命は新羅国王から出ている、つまり新羅国王が稲飯命の先祖である
という意味。

>脱解尼師今は倭国の東北千里にある本多婆那國の出である

「本多婆那國」という國ではなくて「もとは多婆那國の」の意味。
またタバナ国であって倭国そのものでないことはわかっているようだが、
似たような話は斉州島にもあって、こちらは三国史記に載せられたときに
倭国そのものに変わった経過までわかっている。
要するにタバナ国というお伽の國を持ち出す媒介として倭国を使ったというだけ。



96 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 11:16:30
さて 漢文が読めていないのはどちらだろう…

97 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 19:25:54
「即為国主」だから新羅の国王になったという事ではないのか。

98 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 19:30:28
>>95
>倭国そのものに変わった経過までわかっている

なんで変わったんだ?
多婆那國は倭国そのものでないが、
日本列島内なので人種的には倭人という事だね。
三国史記編集者たちは何故わざわざそんな事を書いたのだろう?

99 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 19:53:52
タバナ国は福岡市の東、香椎宮あたりを中心とした国です。
立花山の麓です。
倭国の東北千里ですから、香椎宮から西南へ千里(周尺で67.5q)で、佐賀県佐賀市惣座遺跡につきます。
このタバナの記事が書かれたころは、倭の都は惣座にあったということです。

100 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 21:59:06
>>84
韓民族(朝鮮ヒトモドキ)の歴史が5000年なんて大嘘。

元々彼らは中央アジアの方に居た土人で、
支那人や遊牧民族に追われ、
千数百年ぐらい前に満州と日本列島の間にある半島に流れ着いた。

そこでゴキブリの様に繁殖し、やがては半島の原住民を駆逐し、
そこで初めて韓国と言う国を作った。

101 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 22:29:17
>>100
駆逐された半島の原住民って何?
それが日本人の祖先?

102 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 22:40:36
>>101
伽耶人とか百済人とか高句麗人とか済州人とか居るじゃん。
韓国人と北朝鮮人は、朝鮮ヒトモドキと新羅人の混血だっけ?

103 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 02:33:30
>>95
稲飯命
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

また『新撰姓氏録』右京皇別下新良貴条は、・・・稲飯命は新羅王の祖であるとする異説を
載せている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E9%A3%AF%E5%91%BD

 『新撰姓氏録』は新良貴氏を瀲武鵜葺草葺不合尊の男稲飯命の子孫とし、稲飯命を
新羅国王の祖と伝えている。
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/sinkan-siragi/siragi.-king4-dakkai.htm

>>95
>>98
「『倭国の東北一千里』の多婆那国」というのは、「多婆那国が倭国に属し、倭国の中心部から
東北に向かって一千里の距離にある国」という意味の中国語の典型的表現。

『三国史記』の倭
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kouen2/j2kouen3.html

104 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 09:14:49
>>95

是出於新良国 即為国主

新良国から出るではなくて、
「是(稲飯命)、新良国に於いて出る。 即、国主と為る。」
が正しい。

105 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 09:33:48
>>104
「是出於新良国」の「是」は右京皇別の新良貴氏を指しているのでは。

106 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 09:59:54
>>105
いや。
「新良貴 彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊男稲飯命之後也。是出於新良国。即為国主」

「新良貴は草葺不合尊の男(子)である稲飯命の後なり。
是は新良国に於いて出る。即、国主と為る」だから、
是は稲飯命の事であろう。



107 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 10:06:26
是は新良国に於いて「出る」でなくて、「出ず(いず)」かも。
出ず(いず)なら「成り上がって世に出る。出世する。」という意味だから、
まぁそれでも「稲飯命は新羅に於いて王になった(出世した)」だから同じだけどね。

108 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 11:50:31
韓国の前方後円墳「月桂洞1号古墳」
ニュータウンの中の史跡公園として復元・整備されているので、墳形がよくわかる。

ttp://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&q=%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%80%80%E5%89%8D%E6%96%B9%E5%BE%8C%E5%86%86%E5%A2%B3%20%E6%97%A5%E6%9C%AC&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wl

109 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 12:52:20
今日の13時30分からBS2で、
ETV特集 日本と朝鮮半島2000年(2)「“任那日本府”の謎」の再放送があるよー。
先月末の放送を見損ねた人は、どうぞ。

110 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 14:46:25

>>109 「注意」「注意」「注意」

韓国ではドラマの[筋書き]と[歴史]の違いが理解出来てないので注意。


111 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 15:40:21
番組をいくら見ても、任那日本府を教科書から削除した理由が分かりませんでした。
韓国の圧力で削ったということが結論でしょうか?


112 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 18:54:50
歴史より韓国人の気持ち

113 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 22:39:44
韓国に対する愛情は無いのか!?

114 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 22:50:58
なあ、日出の大和の国民よ。
歴史は繰り返すと言うが、古の半島政策、近世の半島政策ともに日本に無益または不利益な結果ばかりじゃないか
さらに最近の様子を見ると半島に関わるとろくな事ないのをまだ味わいたいか?
もう目覚めようよ…

彼の国の法則に一番、不利益を被ったのが我が国だと…

115 :日本@名無史さん:2009/06/13(土) 23:13:44
>>114
いや、日本よりも支那の歴代王朝かと。

116 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 00:25:17
実際、彼の国の法則で日本が負けたのは
大東亜戦争とこの前のAFC選出FIFA理事選くらいだしね。
両方とも被害は大きかったが。

117 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 02:23:37
>>83
『倭人伝を徹底して読む』 (朝日文庫) 古田武彦

この本で、倭人伝の記述を基に、狗邪韓国=倭国領と明確に説かれている。
その他、中国史書などを基に半島南部に倭国領があったことが書いてある。
その他、瓢公の話など、素人が読むには面白い。


118 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 03:11:05
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1244879360/l50x
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1244703673/73-74
【歴史】 最古級の新羅写経、東大寺「大方広仏華厳経」に角筆の文字〜新羅語が片仮名に影響か[06/12]

119 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 03:37:01
騎馬民族は来なかった!―検証!日本国家の起源 (JICCブックレット)
安本 美典 (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/toc/4796600825/ref=dp_toc?ie=UTF8&n=465392

たしか、安本氏のこの本だったと思うけど、朝鮮半島南部における倭国領土を図示していた。
半島の地図に馬韓、辰韓、弁韓を線引きして、弁韓の下に、海外文献の記述から推定される
倭国領土を線引きしていた。教科書等では絶対にお目にかかれない地図。
韓国人に見せてあげたいと思ったよw

120 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 05:11:21
>>117
>>83は学界の主流の考え方を尋ねてるんだから
古田みたいなのを薦めちゃだめでしょ

121 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 05:47:32
まったくね、いきなり異端を薦めるとは…

山尾幸久の『古代の日朝関係』あたりが適当だろう。
例の番組の件もあって叩かれてる山尾だが、史料の読み方はまとも。
上述の論著では、韓が倭と地続きであったとする井上秀雄説を批判
しているのだが、一部を抜き出すと以下のとおり。
      、
 「狗邪韓国」(金海付近)は「韓」の国である。「弁辰も亦十二国」
 の一つとして、韓伝に、「弁辰狗邪国」と出てくる。決して「倭」
 ではない。『魏志』東夷伝は、韓人の居住地や「韓の国」と、「倭王」
 が代表する倭人の居住地や倭の諸国とを、はっきり区別している。
 「弁辰涜盧国」「弁辰狗邪国」は前者、「対馬国」「一大(支)国」
 後者である。あいまいな点はない。

 「其の北岸」とは一海をへだてた倭の北なる対岸の意味である。
 井上氏のごとき理解ならば、「岸」などあってはならず、かつ
 「狗邪国」は「韓」の国とあってはならないのである。

122 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 05:50:20
121をちょっと訂正

下から5行目
×「対馬国」「一大(支)国」
○「対馬国」「一大(支)国」は

123 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 11:59:45
>>121
 「其の北岸」とは一海をへだてた倭の北なる対岸の意味である。
 井上氏のごとき理解ならば、「岸」などあってはならず、かつ

むしろ韓だというならば「韓の南岸」でなければならない。
海峡を隔てているわけだから、「岸」で妥当。しかも「其の」=「倭の」。


124 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 12:52:56
>>121が自然な解釈だよなあ。

半島の南岸を「倭の北岸」とするには
さすがに無理があるだろ。

125 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 12:58:38
失礼、>>124は、
仮に倭が半島南部を領有していたとすれば、
半島南岸を「倭の北岸」とは言わないのではないか
という事です。

126 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 13:01:14
失礼、>>124は、
仮に倭が半島南部を領有していたとすれば、
半島南岸を「倭の北岸」とは言わないのではないか
という事。

127 :九州王朝大好き:2009/06/14(日) 13:57:33
>>121-126
『從郡至倭 循海岸水行 歴韓國 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國』
「其」は直前の「海」を指す。「倭」は直前ではない。
視点は乍東水行する船上にある。

ついでに
>>83
「到」は「從郡至倭」の目的地を示す。
もし狗邪韓國が目的地の倭でなく、
倭への通過地であるのなら「至其北岸狗邪韓國」となる。


128 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 15:41:02
>>127
倭に渡る海はそれのあとに出てくる「一海」。
わざわざ「一」を付けてるところからして、南に東に水行してきた海(海岸)とは別。
というか、文章からして倭への経路の話をしてるんだし、「其」は倭を意味するとするのが一般的な解釈だろう。
「其」は必ず直前を指す言葉ではないし、「海岸」を指すとしたら不自然。

129 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 16:13:36
>>121
狗邪国=狗邪韓国と断定できないだろ。

130 :九州王朝大好き:2009/06/14(日) 16:15:52
>>128
>「海岸」を指すとしたら不自然。

よく読め。

「其」は「海岸」を指しているのではない。
「海」を指しているのだ。

狗邪韓國到着直前に、海の岸に循って乍東水行している海を指しているのだ。
君が一般的な解釈と思っていることが間違っている。

131 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 16:28:44
>>121
日本国の夜明け 著者: 田辺広

山尾幸久氏は「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」と言っているが、この文には誤りがある。韓伝には
弁辰狗邪国は出てこない。次の辰韓伝にも見えない。その次の弁辰伝の中に弁辰十二国の
一つとして出てくるので、弁辰狗邪国と狗邪韓国は別の国である。
http://books.google.co.jp/books?id=uS6aIO48kqQC&pg=PA81&lpg=PA81&dq=%E5%BC%81%E8%BE%B0%E7%8B%97%E9%82%AA%E5%9B%BD&source=bl&ots=IFtWIL--fy&sig=wSKp1EbMlq1vW0ll6txfQxNnDAI&hl=ja&ei=K6M0SvXNKqXy6gPMt4nHDw&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=5#PPA81,M1

倭国が伽耶に生口を提供して鉄を分けてもらっていたとのたまった“学者”だから、
意図的に誤解したのか?

132 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 16:29:39
02:狗邪韓国は国名ではない
http://blog.goo.ne.jp/dogs_ear/e/913dd2718fd92146b3c32309f2028723

1/5の一言で弁韓の狗邪国が魏志倭人伝にある狗邪韓国だと言ったが撤回する。魏志弁韓伝に
「その(弁韓の)涜盧国が倭と境界を接する」と記されているが、この弁韓の涜盧国と接するクニが
狗邪韓国だと考える。弁、辰韓合わせて二十四カ国となっているが、魏志には二十三カ国しか
国名が書かれていない。弁韓の十二カ国は全て書かれているので(弁韓狗邪国も書かれている)、
辰韓が十一カ国しか書かれていないことになる。私はもう一つの国が狗邪韓国だと考える。
http://heartland.geocities.jp/tabibitoyama/htkt09/htkt0901b.html

いろんな解釈をしている人がいるが、やはり、狗邪韓国は倭国領だろ。

133 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 16:52:42
>>132
>ごらんの通りで、馬韓・弁韓・辰韓を合わせて80ヵ国ほどある国名のうち、「◯◯韓国」と
>韓国のつく国名は一つもない。

>弁辰の一国を「韓国の」と大ぎょうに書くことはないし、


この人の解釈が正しいと思うよ。
当時、邪馬台国支配の倭国に属する国々の中で、狗邪韓国だけが韓国にあったからだろ。

134 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 18:06:55
面白い解釈だなあ。
でも、対馬国以下は比較的詳細な記述がなされている事と
バランスが取れないと思うな。
一番近い国で、ほぼ確実に通過したであろう国なのに
名前だけしか登場しないなんて変じゃないか?

135 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 18:07:39
>>130
おいおい、仮に「海岸」ではなく「海の岸」であり、「其の」が「海」を指してたとして、
南に東に下ってきたわけだから、「其の」=「海」の南岸にならないとおかしいだろうが。

>從郡至倭 循海岸水行 歴韓國 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國

そもそも直前は「海」ではなく、「韓国」。
「其の」が直前を指すならばむしろ「韓国」を指さねばならないわけだ。

136 :九州王朝大好き:2009/06/14(日) 18:50:39
>>135
船は東に向かって水行しているので、その海の岸は左に即ち北側にある。
湖の場合、其北岸は湖の北側の岸。
東西方向に流れる川の場合、其北岸は川の北側の岸。

「歴韓國」は「乍南乍東」と同じく「水行」を修飾する挿入句

「其」は、狗邪韓國到着直前に、(海の)岸に循って韓の國々を歴て乍東水行している「海」を指す。


理解できましたか?

137 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 18:58:09
>>131
>韓伝には弁辰狗邪国は出てこない。次の辰韓伝にも見えない。
>その次の弁辰伝の中に弁辰十二国の一つとして出てくるので、
>弁辰狗邪国と狗邪韓国は別の国である。

これはちょっとおかしな見方だね。
韓伝、辰韓伝、弁辰伝が云々というが、そもそもが『三国志』魏書
の烏丸鮮卑東夷伝の各条に対して便宜的に名づけたものに過ぎず、
それらの伝が立っているわけではない。

弁辰条の記述には「其涜盧國與倭接界」とあり、同じく弁辰の一国
である狗邪国も倭に近いことが理解される。
さらに、倭の条には狗邪韓国は対馬国の直前の国として書かれて
いるわけで、弁辰狗邪国と狗邪韓国を同一と考えるのが自然。

>>132
辰韓十二国の国名が十一国しか挙げられていない理由は書き漏らし
なのか、あるいは他に理由があるのか、よく分からない。
ただ、辰韓は新羅の前身である斯盧国があるように、慶尚北道一帯
であり、対馬に近い狗邪韓国がそれに属するというのは無理がある。

>>133
>「◯◯韓国」と韓国のつく国名は一つもない。

韓の諸国について述べているのだから、「○○韓国」と断りを入れる
必要が無いだけ。

>弁辰の一国を「韓国の」と大ぎょうに書くことはないし

逆に倭の条では、混乱がないように「狗邪韓国」と書いたまでだろう。

138 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 19:43:19
『魏書東夷伝』の中の[韓]の章にある
 「韓は帯方の南にあり、東西は海で限られ、南は倭と接する」
はどのように解釈するの?

東西は海で限られていると表記しながら
南は倭との間に、海があるにも関わらず、倭と接すると表記するの?
韓と倭が陸続きであったとするのが自然のように思うけど?

139 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 20:48:08
>>138
南は海を隔てて接すると解釈するのを見た事があるな。
南の海については省略されたと。

確か、今年出た本で、魏志倭人伝の考古学とかいう本。
高かったので買うのは止めた。

140 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 21:45:01
もうちょっと、山尾の論著から引っ張ってみる(一部改変あり)。
 
 (>>121の抜粋前半部を受けて)次に『魏志』東夷伝の記載では、
 「倭の地」は、対馬に到着したところからではなく、韓の地の
 狗邪を離れたところから始まっている。このことは、『魏志』
 東夷伝の、七種族の居住地区についての、統一的な記述形式
 (統一的な地理認識)を一見すれば、誰の目にも自明である。
 「倭の地は周旋すること五千余里可り」なのだが、「郡自り女王国
 に至るには万二千余里なり」で、しかも郡から狗邪韓国までは
 「七千余里」なのだから、右の「倭の地」の「五千余里」には、
 狗邪・対馬間の「一海千余里」が含まれているのである。
 三世紀の中国の史官の認識ははっきりしている。井上氏は
 『魏志』東夷伝では「韓は倭と地続きであった」というが、
 そのようなことは書かれていない。

 (弁辰条の「其涜盧国與倭接界」について)「弁辰涜盧国」の
 比定地には二説ある。一は巨済島、他は東莱郡とする。私には
 判断がつきかねるが、どちらにしても韓の地の金海から倭の対馬へ
 と渡る主コースからはずれながら、しかも、右に述べた意味での
 「倭の地」の海域に接界している。井上氏は東莱説であるが、
 まさしく「南」の「倭と界を接す」る地である。「倭」と地続きなど
 とはいえない。
  
 「其の北岸」の「其」は、上文の「郡従り倭に至るには」の「倭」
 である。続く文に「始めて一海を度る」とある。初めて倭の海域に
 入るのである。(以下>>121の抜粋後半に続く)

141 :九州王朝大好き:2009/06/14(日) 22:13:22
>>140
>「其の北岸」の「其」は、上文の「郡従り倭に至るには」の「倭」である。
何故「其」が「倭」を指すのかの根拠がないから、これは無意味な空論。

>「始めて一海を度る」とある。初めて倭の海域に入るのである。
「始めて一海を度る」と「初めて倭の海域に入る」には何の論理的つながりはない。
山尾の思い込み。

142 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 23:16:54
「倭人は帯方の東南大海の中に在り、山嶋に依りて国邑を為す」

これを読むだけで半島と陸続きとは思えないけど。

「郡より倭に至るには、海岸に循て水行し、韓国を歴て、乍は南し、
乍は東し、其の北岸狗邪韓国に到る七千余里。始めて一海を度る
千余里、対馬国に至る」

倭までの道程を述べているのだから、「其」は倭を指すと考えるのが
きわめて自然な読み方。「其」が倭であるから、読者にも対馬以降が
倭地であることが分かる。

143 :日本@名無史さん:2009/06/14(日) 23:29:48
冒頭に
倭人は東南大海の中にあり山島によりて国邑をなす。
とあるんだから、海を挟んでると考えていいんじゃないか。

144 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 01:01:02
>142
1.其の北岸=狗邪韓国
でなくて
2.其の北岸=対馬国
ってこと?

2より1のほうが自然じゃないか?

>143
そりゃ、半島に一部の倭人が住んでいたとしても
本体は、日本列島にいるんだから、海を挟んでいるとかくでしょうよ。

145 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 01:06:12
>>144
142だけど、あなたの言うとおり、其の北岸=狗邪韓国だと思うよ。
「其の北岸」は「倭の北なる対岸」でしょう。

146 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 01:09:48
>>140
> 「倭の地は周旋すること五千余里可り」なのだが、「郡自り女王国
> に至るには万二千余里なり」で、しかも郡から狗邪韓国までは
> 「七千余里」なのだから、右の「倭の地」の「五千余里」には、
> 狗邪・対馬間の「一海千余里」が含まれているのである。

それなら、狗邪韓国は倭国領と解釈するべきだろう。
この場合の周旋とは、倭の中心部=邪馬台国から、倭国領の端までの半径のことだろう。
狗邪・対馬間の「一海千余里」が「倭の地」の「五千余里」に含まれているからこそ、
狗邪韓国は倭国領なのだ。
まさにその論法で、>>117の本で古田氏は、狗邪韓国=倭国領と断定している。

>>142
「韓国を歴て、」、道程を記し、初めて国名が登場し、しかも「其の北岸」なんだから、
狗邪韓国からが倭地だろう。

147 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 04:19:56
ふつうに30国のうちの一つでしょ、クヤは。

148 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 12:48:35
狗邪韓国が倭国の初めての国なら、なぜ戸数も官名も記載されていないのか?

149 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 19:39:04
>>148
海岸に沿って航行していて、狗邪韓国には海岸に寄港しただけだったからじゃないか?

150 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 21:33:41
いや、郡使は何回もきているのです。それらがすべて海岸に寄港しただけとはいえないんじゃないかな。

151 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 22:54:26
>>150
そこがまさに狗邪「韓」国たるゆえん。
倭国の駐韓大使館的な役割の国だから、倭国を叙述するにあたって、
興味がなかったんじゃないか?

152 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 23:01:16
そんなこと魏志倭人伝から読み取れないよ

153 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 23:15:17
海洋民族の倭人が九州から対馬海峡・帯方郡まで頻繁に行き来していたとするなら
その間に寄港地を作って倭人の仲間を植民していたと考えるべき
これは基本的には一国の規模である必要はないが
対馬海峡を渡る直前の場所には風を待つための港と水や食料などの補給を常時可能なレベルの基地は作っていただろう
それがあったのが狗奴韓国

154 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 23:16:36
911 :世界@名無史さん:2009/06/15(月) 23:11:56 0
高句麗好太王碑に出てくる「倭」というのは、ヤマト政権(倭王権)ではなくて、
北九州あたりの海賊集団だったという説もあるな。


912 :世界@名無史さん:2009/06/15(月) 23:15:53 0
三国史記の新羅本紀に頻出する4〜5世紀の「倭」の襲来というのも、
ヤマト政権(倭王権)の進行というより、倭寇的な海賊集団という説もある。

155 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 00:02:18
>>151最初に立ち寄る国に興味がなくてなにも書かないというのはおかしい。
普通は珍しいのでよく書くよ。

>>153だから戸数や官名をかかないのはおかしいのですね。

156 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 00:12:06
>>155
狗奴国自体は倭人の国ではなく、そこにある港湾基地が倭人のものだったのじゃないかと
倭人は港湾と水・食糧・治安の提供を受け、狗奴国の首長は寄港する船から利益の一部を受けるという形を取っていればお互いにとって低コストで利益が出る

157 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 00:17:01
わかった!九州と朝鮮半島は地続きだったんだよ

158 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 00:17:34
魏志倭人伝以外にも
倭の勢力が朝鮮半島南部に存在した事を示す文献がたくさんあるし、
それを示す、考古学的発掘物もある。
それらを全て、倭の勢力じゃないんだと否定する方が不自然なんじゃないの?
倭の勢力が半島南部に存在したと仮定したほうが、それらをうまく説明できるでしょ。
なんか、惑星の運行を
地動説(半島南部に倭の勢力があった)で簡単に説明できるのに
天動説(半島南部に倭の勢力がなかった)で無理矢理複雑怪奇な説明をしてるように見えるんだけど。

159 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 00:59:58
まー、天動説的にいえば、「倭」の勢力の中心をどこに置くか?
という発想からまず離れればいいんじゃないかな。
なんか入り乱れてたんだから、じっさい。

160 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 01:04:38
別に当時の半島、特に南部は清朝末期の租借地みたいなもんだったんだろ
いや、もっと秩序が無かったのかもしれない
誰かが表札を立てて、そこが他勢力に荒らされなければ国となった
言語もバラバラ、民族もバラバラ、江南からシベリアから中国東北部から日本からと様々な所から集まってきていた
そんな所だろ

161 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 06:03:13
>>158
天動説・地動説というのは、わかりやすい説明だな。

無理やり「朝鮮を中心」に置いて辻褄を合わせようとすると、
天体の全部が変則的な蛇行をする事になってしまう。


162 :九州王朝大好き:2009/06/16(火) 14:59:47
>>155-156

狗邪韓國は韓(地)にある倭人の国。
女王國は倭地にある国。
狗邪韓國は女王國の支配下にはなかった。
狗邪韓國と女王國は友好関係にあった国であろう。
一方、狗奴國は倭地にあったが、女王國とは敵対。

狗邪韓國は、「今使譯所通三十國」に入るが、
狗奴國は、「今使譯所通三十國」に含まれない。


>>156さんの言う様な状態で弁辰と倭は混住していたと思う。
狗邪韓國の場合、国の主体は倭人であろう。狗邪韓國は倭人の国。
港湾を運営(政府)しているのは倭人、そこを維持支援(商売人)しているのが弁辰人、と空想する。

「其瀆廬國與倭接界」とあるように、瀆廬國は倭人と界で接している。
この場合、国と言う概念と倭(人)と言う国でない異質な概念が接しているので、
国境で接しているのではなく、異質な「界」で「接」していると表現している。
即ち瀆廬國の中にその主体である辰人の辰人社会と倭人社会があり、
彼等はモザイク状に住み分けながら混住している。
瀆廬國は辰人の国である。

「南與倭接」の場合は、韓と倭が「境」や「界」で接している状態。
この場合接し方については触れていない。
一般的には国境で接している見做してよい。


163 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 17:15:58
思うに、倭人の国だったけど邪馬台国の直接支配は受けなかったんだと思う。
倭人伝にも官名が書かれてないしな。

164 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 21:27:34
じゃあ、狗邪韓國が金官伽耶ってのは間違いか。

165 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 21:40:03
倭人の国なのに「韓」国かいな。

166 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 21:51:32
>165

韓半島にある倭人の国という意味じゃないの?
日本列島にある国と区別するために韓を国名につけたとも考えられる

167 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 21:59:49
倭人の国なんて意味はないよ。

168 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 22:24:53
>>164
間違いだ。
金官伽耶は狗邪韓國の地に建国された別の國だ。

169 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 22:38:34
>>103
要するに新撰姓氏碌のその文章は、ウガヤフキアエズも、イナイも、新羅人だ
と言っているのだよ。

170 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 23:23:11
>>169
氏ね。

171 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 23:49:52
>167
『倭人条の中なので「韓にある」倭人の国の狗邪国と表記した』と考える事もできるってこと。
逆に
『倭人条の中なので倭人ではない「韓人の」国の狗邪国と表記した』と考える事もできるけどね。

172 :日本@名無史さん:2009/06/17(水) 18:00:51
>>103
新良貴 彦波瀲武?キ?ャ草葺不合尊男稲飯命之後也。
是出於新良国。即為国主。稲飯命出於新羅国王者祖合。日本紀不見。

新良貴氏はウガヤフキアエズの男子イナイの子孫である。
これは新良国の出身で、国主となった。イナイは新羅国の出身で、王と祖を共にする。
日本紀には見えない。

二人とも新羅人だ。それ以外の解釈はない。



173 :日本@名無史さん:2009/06/17(水) 20:32:58
倭人=弥生人でおk?

174 :日本@名無史さん:2009/06/17(水) 22:19:35
わがクニは〜と名乗るのが倭人

175 :日本@名無史さん:2009/06/17(水) 23:27:46
>>172
>これは新良国の出身で、国主となった

新良国に於いて出ず(出世する)。即ち国主と為った。

176 :日本@名無史さん:2009/06/17(水) 23:29:32
だいたい神武の時代に新羅なんてあるかよバカ。

177 :日本@名無史さん:2009/06/17(水) 23:48:52
>>172
>新良貴氏はウガヤフキアエズの男子イナイの子孫である。
>これは新良国の出身で、国主となった。

新良貴氏が日本で国主になったってか?w



178 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 08:08:45
「日本人」だということを前提にするから、新良で「出世」したとか、
日本で国主になったとか、無理な解釈になる。素直に読めばよいのだ。
なお「組合」は「祖同」の誤記で、「祖を同じくする」と読むのだろうな。
たくさん出てくる「同祖」と同じだ。

ところで「皇別」で上記の文章を確かめていたら、面白いのがあった。
「日佐氏」だ。
欽明天皇の御世に、同族4人、国民35人を率いて「帰化」し、天皇は
遠来をよみして云々と、註にある。この人がなんで「皇別」なの?

179 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 08:13:24
曰佐(ヲサ)じゃなくて?

明らかに諸蕃なのに皇別とされているのもいるよ。
田辺史から改姓した上毛野朝臣とか。

180 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 09:13:49
>>178
だからおまえの読みでは「即為国主」となるを説明できないだろ。
どこの「国主」になったんだ答えろ。
おまえこそ素直に読め。

>この人がなんで「皇別」なの?

皇流の半島から帰還した倭人。



181 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 10:27:13
>>179
田辺史って二つなかった?

182 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 10:39:53
>>179
その通り、曰佐だった。

> 明らかに諸蕃なのに皇別とされているのもいる

皇別に入っているから渡来系ではない、とは言えないということだね。

>>180
前に新良と書いてあるのだから新良国主なのは明らか。 即は単なる接続詞。

>皇流の半島から帰還した倭人。

苦しいな。なんで「皇流」の人が帰化しなきゃならないのか?

183 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 17:07:54
>>179
曰佐氏も紀朝臣同祖で、武内スクネの後と言う。
そうするとこれらもあやしいわけだ。いもづる式だな。
皇別とはなんぞや。

184 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 17:12:52
>>182
>皇別に入っているから渡来系ではない、とは言えないということだね。

上毛野朝臣は田辺史から改姓したのもいるが(婚姻などで)、
上毛野という元々の古族がいる。
これは特殊な例で、本来、渡来系が勝手に皇別を名乗れないという事だ。

>苦しいな。なんで「皇流」の人が帰化しなきゃならないのか?

何も苦しくない。
新羅から帰国したスサノオはそのままではないか。





185 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 17:29:11
>>182
>稲飯命出於新羅国王者祖合。日本紀不見

>172もおまえだろうけど、
これがなんで「稲飯命は新羅国の出身で、王と祖を共にする」
になるんだ?
おまえはなぜ「於(いて)」を無視し、
「出」だけを取り上げ「出身」と勝手に解釈してるのだ?

古事記で海原へ入坐したと書かれてるのは皆承知という前提で、
「稲飯命は新羅国の王になった、日本記には書かれてないけどね」と言ってるだけ。







186 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 17:35:34
だいたい父親のウガヤフキアエズを新羅人と言ってないのだから、
子の稲飯命が「新羅人」である意味がねぇじゃんw
つまり稲飯命が新羅において出世し王になったという以外の読み方は出来ないってこと。

187 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 17:51:29
曰佐氏  欽明天皇御世。率同族四人。国民卅五人帰化

同族四人を率いる。
国民三五人帰化。

つまり帰化したのは国民35人であって彼らは「同族」ではない。


188 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 19:48:52
>>179
田辺史は『新撰姓氏録』に2系統見え、
右京皇別に「豊城入彦命四世孫、大荒田別命の後」、
右京諸蕃に「漢王の後、知惣より出ず」とある。

桑原氏も高句麗系と皇別の2系統あるね。

そこのところ間違わないように。



189 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 19:49:21
>>184
>本来、渡来系が勝手に皇別を名乗れないという事だ。

それを裏返せば天皇から許されれば皇別を名乗れるということだ。
姓は天皇が与えるのだから当たり前だがね。

>何も苦しくない。 新羅から帰国したスサノオはそのままではないか。

お前は帰化とは帰国することだと思っているのか。
帰化とは天皇の「徳化に帰する」ことだ。だから帰化する前は化外の人、
つまり外国人なのだ。
こういう上下関係を含むから朝鮮人に遠慮して帰化人を渡来人というように
なった。

>>185
>おまえはなぜ「於(いて)」を無視し、
>「出」だけを取り上げ「出身」と勝手に解釈してるのだ?

「於」は単なる場所の前置詞だ。「出於新羅国」で「新羅国に出づ」。
なにも難しいことはない。
「出自」は姓氏録にあふれるが、「自」は「から、より」で、その次は人名だ。
だから「**ノミコトより出づ」となる。その「出」と同じ。





190 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 20:40:22
>>第一次資料で有る碑文中の王称号が、三国史記に載って無く日本書記に載ってるって如何して!!

新羅の王(君主)を表す称号としては『三国史記』には居西干(コソガン)、次次雄(チャチャウン)
尼師今(イサグム)、麻立干(マリッカン)の固有語由来の表記が見られ、第22代の智証麻立干の代で
王号を「王」に定め、諡の制度が始まったとしている。

また、中原高句麗碑文や『日本書紀』には「寐錦」、蔚珍鳳坪碑文には「寐錦王」、迎日冷水碑文には
「葛文王」、『太平御覧』で引用する『秦書』には楼寒(これについては麻立干に相当すると考えられる)
などの表記が見られる。


191 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 22:26:41
>>189
>お前は帰化とは帰国することだと思っているのか。
>帰化とは天皇の「徳化に帰する」ことだ。だから帰化する前は化外の人、
>つまり外国人なのだ。

俺は「帰還した倭人」と言ったんだ。
それを>182で帰化と言い換えたのはおまえだろバカ。

>「新羅国に出づ」

そうだよ。だから何なんだ?
ウガヤフキアエズが新羅人でないと認めるのだろ?
ならばその子の稲飯命が渡って行って新羅に「出づ」と解釈する以外に何があるのだ?


192 :日本@名無史さん:2009/06/18(木) 22:34:24
>>189
>それを裏返せば天皇から許されれば皇別を名乗れるということだ

田辺史も曰佐氏も渡来系ではない。
渡来系に田辺史はいるが別系統だ。

天皇に願い出て、それを許されて皇別を名乗った例を出せ。

193 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 04:20:25
結局渡来人=帰化人=少数で海を渡って日本人になった人々であってだな

194 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 07:23:39
>>191
>俺は「帰還した倭人」と言ったんだ。

お前が「帰国」したスサノヲを引き合いに出したのは、曰佐氏の「帰化」を
矮小化するためではないのか。

>そうだよ。だから何なんだ? ウガヤフキアエズが新羅人でないと認めるのだろ?

困ったな。「於」は場所の前置詞だが、英語のinであって、toではない。
toならむしろ前置詞を於かないか、他の字を使う。
「於」がinの意味だから「出」は「出国」ではなくて「出生」「出身」の意味になるのだ。
そして、この文章ではウガヤフキアエズがどこに居たのかは断ってない。
断ってない以上、親は子が産まれた場所にいたと解釈される。

>>192
>田辺史も曰佐氏も渡来系ではない。

曰佐氏は帰化しているのに渡来系じゃないのか?

>天皇に願い出て、それを許されて皇別を名乗った例を出せ。

だから曰佐氏の例を挙げたのだ。
ただし、断っておくが、姓を賜った時点で「皇別」になったのではないよ。
皇別に分類したのは後世の人だ。
姓氏碌が編纂された時代に、帰化人だって皇別は皇別だ、という考え方が
あったことが重要なのだ。

195 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 09:01:56
新羅あたりも、倭人の国だったわけだろ。
だが、朝鮮にも縄文の遺跡もあるが、朝鮮にはD系統のY遺伝子を持つ男が
残ってない。

倭人は当時の中国人から見ても、日本列島に住んでいる人間、つまり
D系統の男の遺伝子を持つ男が半分ほどは混ざってなければならないはず。

ようするに倭人系の人間、つまりD系統を持つ男の居る民族は
自分が倭人だと言う自覚があり、半島で倭人系の国が滅ぼされると
日本に帰化、帰ってきたということになる。
半島に全くD系統の男が居なくなったのは、虐殺されたと言うよりは
日本に帰化したと考えた方がいい。

半島の男の8割はOタイプ、つまり中国人そのものなので
古代の新羅などの漢語以外の読みの名前などを名乗るはずが無い。
新羅の祖は、D系統などが主軸の混ざっている集団、倭人の国家だったと見るのが普通だろう。

196 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 09:03:19
>>194
>困ったな。「於」は場所の前置詞だが、英語のinであって、toではない。
>toならむしろ前置詞を於かないか、他の字を使う。
>「於」がinの意味だから「出」は「出国」ではなくて「出生」「出身」の意味になるのだ。

うざいやつだな。inでもtoでもない。
「at」だ。
何が困ったなだよバカ。

>そして、この文章ではウガヤフキアエズがどこに居たのかは断ってない。
>断ってない以上、親は子が産まれた場所にいたと解釈される

アホか。
ウガヤフキアエズは日向。
そんなもの当たり前である事を前提での話。
とにかく渡来系にしたくて仕方ないようだな。
いい加減にしろよチョン。

>曰佐氏は帰化しているのに渡来系じゃないのか?

曰佐氏が「帰化」したとどこに書いてあるのだ?
欽明天皇御世。率同族四人。国民卅五人帰化。天皇矜其遠来。

帰化したのは国民。


197 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 09:10:44
男の系統を見る。
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroups

日本はチベットの割合と似ている。

日本の歴史で、中華の名を名乗る王は存在しないので
秦氏などの系統も日本の国家成立に大いに役立っているが
日本の中枢は土着のD系統などと考えるのが普通だ。

名前から見ても、発音は日本は固有の物だ。
民族名もヤマト、ハヤト、イズモなど漢音と違う。
しかし、朝鮮の国名は漢字の発音そのまま。王の名も李、王、高など中華。
朝鮮は、古代は倭人、後に中華人が中心になったと考えるのが普通。


198 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 09:19:04
>>196
当時の人口から見ても、中華の文書から見ても

東アジアには大きく分けて「漢人」と「倭人」
の二種類しか居ないように書かれてある。韓は中華の一部なので漢人だ。

つまり、渡来だろうが帰化だろうが、男の遺伝子から見ても古文書から見ても
漢か倭どっちかしか無いわけだ。人口の比率から見て。
それ以外の系統は余りにも小数でアイデンティティはよほど後にならないと持て無かったはず。

で、名前から見て漢人か倭人かわかる。漢字のみで書かれていても
発音が違うわけで、はっきりと区別できる。
ウガヤフキアエズは倭人だ。こんな漢人は居るはずが無い。

199 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 09:48:45
>>198

韓国に一番多いのはO2b。
日本でこのO2bが一番多いのは沖縄南部・八重山。

長江文明の担い手であったO2bが八重山に渡り、
そこから朝鮮や九州に拡散したのだろう。

200 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 10:37:38
>>196
ヴァカか?

>率同族四人国民卅五人帰化

同族4人国民25人を率いて帰化ですが??
まともに漢文も読めんやつが何言ってるんだw

201 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 10:45:30
>>195
朝鮮にもごくわずかD系統がいるらしい。
しかし日本と違ってD1らしい。
これはどういう事なのだろうか。

202 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 10:52:46
>>200
http://homepage1.nifty.com/k-kitagawa/data/shoji01.html

ここの197
欽明天皇御世。率同族四人。国民卅五人帰化。天皇矜其遠来。

率同族四人と国民卅五人帰化は別文だ、ごまかすなチョン。

203 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 11:13:23
こりゃまたびっくりだw

>欽明天皇御世。

>>202の珍説だとこれも一つの文だとさw
ヴァカはやっぱり漢文の読み方を知らんw
いいか、もともと漢文には句点(。)や読点「、」はないんだよ。
漢文の句点読点は読みやすいように付けられた記号に過ぎんのだw
そんなことも知らないなんてw腹いてえw
つうか、まともな知能があれば文章が細切れになりすぎてておかしいって気付くだろw
いくら何でもヴァカ過ぎwああ、腹いてえw

204 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 11:21:40
>>196
>inでもtoでもない。 「at」だ。

atでもinでも同じだ。toでないことを認めるわけだな。
それなら「出」は「出生」「出身」の意味になるではないか。

>ウガヤフキアエズは日向。 そんなもの当たり前である事を前提での話。

「日本紀不見」と言っているように、この説は異説なのだ。
(しばしば異説のようが本音だけどね)
そして異説ならば、日向などの「通説」はご破算にして読まなければならない。

>>202
>欽明天皇御世。率同族四人。国民卅五人帰化。天皇矜其遠来。
>率同族四人と国民卅五人帰化は別文だ

「天皇は其の遠来をあわれみ」、あわれんだから姓を与えた。
遠来と帰化は呼応している。

また言えば、上の文の次の文章は:
勅珍勲臣。為卅九人之訳。時人号曰訳氏。
ここでは4人と35人が39人に合計されている。
「別文」でないのは明らかだな。

205 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 11:34:45
>>203
>漢文の句点読点は読みやすいように付けられた記号に過ぎんのだ

だから別文だから句点を付けたのだろ。
つけた人間に文句言え。

>そして異説ならば、日向などの「通説」はご破算にして読まなければならない。

ならばウガヤフキアエズを新羅「出」と書けばいいだけ。
書いてないのだからご破算にする必要なんてない。
つまりテーマは簡単、稲飯命のその後。
新羅の王になりましたと言ってるだけ。

チョンは下品だから困る。


206 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 11:37:47
>>204
>ここでは4人と35人が39人に合計されている。
>「別文」でないのは明らかだな。

だから同族を4人と明記してる。
この4人は皇別氏族で35人は違うという事。


207 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 11:51:12
>>205
>だから別文だから句点を付けたのだろ。
>つけた人間に文句言え。

だから漢文の句点読点は読みやすいように付けられた記号であって、
現代日本語の句点読点と違うんだってw
句点がついてるからと言って、文章が終わり次から別文になるわけじゃないんだってw

>欽明天皇御世。率同族四人。国民卅五人帰化。天皇矜其遠来。勅珍勲臣。為卅九人之訳。
>時人号曰訳氏。男諸石臣。次麻奈臣。是近江国野洲郡曰佐。山代国相楽郡山村曰佐。
>大和国添上郡曰佐等祖也

お前のいうとおりなら、この文は句点だけで読点のないブチブチの大悪文だなw
いいか?こんな句点を付けた人間が悪いんじゃないんだよw
無知すぎてまともな漢文読解の出来ないお前が悪いんだよw
やべえ、笑い死にしそうw

208 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:17:02
>だから漢文の句点読点は読みやすいように付けられた記号であって、
>現代日本語の句点読点と違うんだってw

だからこれは日本人が書いたもので、
我々日本人は「率同族四人。国民卅五人帰化。」と解釈してきたのだ。
チョンごときが勝手に創作すな。

やべえ、笑い死にしそうw

209 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:18:14
どっちの説に説得力があるのかは分からないが、
草生やしてる文章を書く奴が下劣な品性である事はよく分かった

210 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:24:07
原文が分からないので何とも言えないが、
「率同族四人。国民卅五人帰化。」
なら「率いてきた主体」である曰佐は帰化してないという事だからな。
つまり皇別氏族が帰化する必要なんてないからだ。


211 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:25:43
>>208
おまえ句読点がいつできたのかも知らないだろw

欽明天皇御世。w

これが文だとw日本人はこれが文だとずっと解釈してきたんだとw
マジ低脳w漢文のお勉強以前のお話だわw


212 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:27:46
>>211

>>210


213 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:28:43
>>210
なら「率同族四人国民卅五人帰化」を明示せよ。

214 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:29:46
失礼、213は>>211へのレス。

215 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:47:37
213よ、おまえが句点がなく「続き文」であるソースを示せないなら、
句点がある文をソースにしながらおまえが捏造した事になるぞ。


216 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 12:55:26
なにいってんのかよくわからんけど、当時句点なんかがあるわけがない。
句点というのは近代になって欧米の真似して出来たものだからな。

217 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 13:02:41
当時、句点があったなんて言ってるんじゃなくて、
続き文であるソースを示せと言ってるんだ。
「率同族四人  国民卅五人帰化」とかみたいに、
空白開いてるとかはダメだよw
これは続いてない事を意味するからね。

「率同族四人国民卅五人帰化」という続き文であるというソースだよ。

218 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 13:30:42
>>217
当時の文章は句読点も使わなければ空白も使わない。
これくらい常識として覚えとけ。全部続けて書くんだよ。
これは漢文も古文も同じ。

欽明天皇御世率同族四人国民卅五人帰化天皇矜其遠来勅珍勲・・・・

219 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 13:35:19
>>218
だからソースは?

220 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 13:40:03
>>218
読み下しの結果、
古人が別文であると解釈してきたソースはあるのだから、
君が続き文であると解釈してきた古人の何なりかの解釈文を示せばいいのだ。
なければ君が勝手に解釈したと見なしていいな。

221 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 13:59:27
>>218
>空白も使わない。

日本書紀原文には空白はあるのだが?
http://www004.upp.so-net.ne.jp/dassai1/shoki/frame/01/01/fr.htm

222 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 15:18:23
原文てw
せめてこういうのを出せばいいのに(´・∀・`)

ttp://rarebook.ndl.go.jp/pre/image/gazou/W0000028/w0000918/w0000000/w0000003.jpg
ttp://rarebook.ndl.go.jp/pre/image/gazou/W0000028/w0000918/w0000000/w0000004.jpg

223 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 15:45:16
俺も>221はおかしいと思ってたんだ、まぁいいや。

だからといって続き文だという証拠にはならないし、
同族4人が帰化したというのはお前の恣意だな。
誰一人そういう解釈してなかったにも関わらず、
お前は卑怯にも定説のように提示したのは認めろよ。



224 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 15:55:46
だいたい曰佐ってマイナーな氏族であれ、
皇別の説明なのに、
渡来系と解釈できる余地なんてねぇよ馬鹿らしい。w


225 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 16:48:29
訳して見よう。

欽明天皇御世。率同族四人。国民卅五人帰化。天皇矜其遠来。勅珍勲臣。
為卅九人之訳。時人号曰訳氏。男諸石臣。次麻奈臣。是近江国野洲郡曰佐。
山代国相楽郡山村曰佐。大和国添上郡曰佐等祖也

欽明天皇の御世、同族4人、くにたみ35人を率いて帰化す。天皇其の
遠来をあわれみ、勅してまれなる勲臣を39人の訳(おさ=通訳)と為す。
時に人、曰訳(おさ)氏と号す。男子は諸石の臣。次男は麻奈の臣。是、
近江の國野洲郡の曰佐、山城國相楽郡の曰佐、大和國添上郡の曰佐等の祖なり。

この文章モデルは皇別にはこれしかない。しかし当然ながら諸蛮にはいくつか
ある。そのうち一つを例示する。

弓月王。誉田天皇[謚応神。]十四年来朝。上表更帰国。率百廿七県伯姓帰化。
并献金銀玉帛種々宝物等。天皇嘉之。賜大和朝津間腋上地居之焉。男真徳王。
次普洞王。大鷦鷯天皇[謚仁徳。]御世。賜姓曰波多。今秦字之訓也。

弓月王。誉田天皇(いみな応神)14年来朝す。上表ののち帰国し、127県
の百姓を率いて帰化す。並びに金銀玉帛種々宝物等を献ず。天皇之を嘉して
大和の朝津間腋上の地を賜い、之に居さしむ。男子は真徳王。次男は普洞王。
大鷦鷯天皇(いみな仁徳)の御世、姓を賜う。曰く、波多。今の秦字の訓なり。

文章モデルは同じであること、
「率」と「帰化」は対応し、間に率いてきた人が入ることがわかるだろう。

226 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 16:59:32
>>225
訂正:
「時に人、曰訳(おさ)氏と号す。」は:
「時に人、号して曰く訳(おさ)氏。」
かもしれない。

227 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 17:15:44
欽明天皇の御世、同族4人を率い、国民35人帰化す。

228 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 17:22:42
>>221
あいかわらず馬鹿すぎてワロタw
だからさ、句読点とか空白とか入ってるのは後世の人が読みやすいように挿入しただけなのよw
つうか、漢文の句読点は現代に近くなればなるほど現代語的になるけど、
古い時期の句読点なんかは全部句点だったり全部空白だったりやたらと読点が多かったりと、
現代語の句読点と使い方違うのよw
こんな漢文のかの字も知らん奴がなにいきがってんだかw
>>225を100ぺん読んで勉強しろw 句点=文の終わりじゃないんだよw 

229 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 17:30:37
>だからさ、句読点とか空白とか入ってるのは
>後世の人が読みやすいように挿入しただけなのよw
>つうか、漢文の句読点は現代に近くなればなるほど>現代語的になるけど、
>古い時期の句読点なんかは全部句点だったり全部>空白だったりやたらと読点が多かったりと、
>現代語の句読点と使い方違うのよ

だから読みやすいように開けた結果、
「率同族四人。国民卅五人帰化」と解釈してた人がいるという話なのだが?
誰もその当時から句読点があったなんて言ってないのに何言ってるのおまえ。

230 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 18:09:04
「同族4人、国民35人を率いて帰化す」でも、
「同族4人を率い、国民35人帰化す」でもいいのだが、
問題は何故「帰化」という言葉があるのに、
秦氏と同じように諸藩となってないかだ。
答えは簡単。
「同族4人」、こいつらが皇別だから皇別に書かざるを得なかっただけ。
つまり曰佐って氏族は皇別4人と諸藩35人が混ざった氏族って事だ。

231 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 18:09:52
>>229
だから句点は句点の役割を果たしてるわけではないと言っておるのに
なぜか句点で区切られると別文となると主張してる珍妙な御仁がおられるのだがw
しかも「古人」がそう解釈してたそうなw

あ、お前のことかw

232 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 18:18:03
>>231
句点で区切って良い解釈があったと言ってるだけ。

曰佐を日佐って言ってた恥ずかしいお前に言われても。w

233 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 19:16:17
ギスギスしてるな。

実生活に関係のない趣味のスレくらい、もっと楽しくやれや。

234 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 19:20:49
>>233
分が悪くなると、そうやって逃げるのかw

235 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 19:29:20
>>234
>>233は俺ではないぞw

236 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 19:33:09
>>232
原文に句点も空白もあると思ってたヴァカが今さら何を言うかw
つうか俺日佐なんて一度も言ってねーし。

237 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 19:36:26
>>236
>232は俺じゃねーしw

238 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 20:45:43
原文に句点も空白もあったかどうかはどうでもいいから、
帰化が同族四人にもかかっているとする解釈をしている資料なり学説を示す事の方が重要だと思うんですけど。

239 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 20:51:04
誰か問題点の要約版作ってくださいだコノヤロ
ROMっていたが流れが皆目理解できん
新羅の帰化人が皇別籍なんちゃら。。。

240 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:06:57
>>239

稲飯命という神話上の人物の祖先が新羅王だったとか何とかから始まったはず。
尤も、稲飯命の祖先が新羅王だったなら日本書紀の記述と矛盾することになる。

朝鮮最古の歴史書三国史記に彼に関すると思われる記述があるが、真偽は不明。
「脱解本多婆那國所生也 其國在倭國東北一千里」

241 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:16:34
判明している事実

・原文は「欽明天皇御世率同族四人国民卅五人帰化」(句点なし)
・近代読解の便のためつけられた句点は文章の終点を示す物とは限らない(句点一つで句読点両方の役割)
・「欽明天皇御世」「率同族四人」「国民卅五人帰化」がそれぞれ別文だという主張は、
 句点の用法を知らないことから来る珍説

242 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:29:04
>>238
原文に句点がなく、句点が文章毎の区切りをあらわすものでなかったとしたら、
別文説は根本から崩れちゃうことになると思うんですけど。
別文説派は別文だという根拠を新たに提示しないといけないのでは?

243 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:29:31
>>241
新撰姓氏録で皇別になってるのはその同族四人が皇別だからでいいな。
国民卅五人は血筋が違うでいいな?


244 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:33:00
>>242
>別文説は根本から崩れちゃうことになると思うんですけど

ならないよ。
だって句点は別としても、
「同族4人を率い、国民35人帰化す」とも読めるのだから。


245 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:38:50
>>230がFAでしょう。

246 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:44:34
>242

別文であるとも確定していないし、同一文であるとも確定していないが、正しい説明でしょ。
で、別文であるとの前提にたった解釈の学説や資料はあるみたいだけど、
同一文であるとの前提にたった解釈の学説や資料はあるの?ってことだよ

247 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:45:49
>別文であるとの前提にたった解釈の学説や資料はあるみたいだけど

どこにあるの?

248 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 21:54:22
>>240-241
当分ROMってるわwww
論争終わったら教えてね(はぁと


249 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 22:06:18
>>244
>「同族4人を率い、国民35人帰化す」とも読めるのだから。

無理だな。なぜならこの記事は氏族の来歴を示すものだから。
曰佐氏の祖が欽明期に同族4人を率いていた、では何の意味もない文章になってしまう。
しかもそのあとの「天皇矜其遠来」との整合性も取れない。
曰佐の祖が帰化した、が正解。



250 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 22:15:47
>>249
>なぜならこの記事は氏族の来歴を示すものだから

違うね。氏族の構成を表してるのだ。
だから「同族4人」と「国民35人」を別けてるのだ。
でその4人が皇別だった。
もっともこの計39人が遠くから来たから「天皇矜其遠来」になるのだろうけどね。

おまえはまさか曰佐を純然たる渡来系と思ってるのじゃないだろうな?


251 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 22:20:45
・摂津国 神別 天神 物部韓国連 連   伊香我色雄命之後也
・和泉国 神別 天神 韓国連 連 采女臣同祖  
 武烈天皇御世。被遣韓国。復命之日。賜姓韓国連
・摂津国 皇別   韓矢田部造 造 上毛野朝臣同祖 豊城入彦命之後也
 三世孫弥母里別命孫現古君。気長足比売[謚神功。]筑紫橿冰宮御宇之時。
 海中有物。差現古君遣見。復奏之日。率韓蘇使主等参来。因ョ賜韓矢田部造姓

252 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 22:24:09
日本が朝鮮に領土をもっていたなんてそんな馬鹿な

253 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 22:33:42

>>247
> >別文であるとの前提にたった解釈の学説や資料はあるみたいだけど
>
> どこにあるの?

あるから、みんな別文の前提での解釈が妥当だと主張してるんじゃないの?

逆に
>同一文であるとの前提にたった解釈の学説や資料はあるの?ってことだよ
はどうなのよ。

254 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:12:40
韓国=空国(むなくに)=辛国=加羅国=カラクニ

カラとは(親族)ウカラ、(同胞)ハラカラ、(同族)ヤカラの事
(体,身体)カラダ、(身柄)ミガラ、(輩)トモガラ、も同意。

「兄弟」・・アニオト(異母兄弟の時)ハラカラ(同母兄弟)
「族」・・・ウカラ (血の繋がりが濃い親戚)ヤカラ(一族、同族まで一般)

元々同族の意味で「カラ」と発音してた処に「韓」の字を当てたものだから
近世韓国人が2000年前の三韓を同民族と勘違いしてしまった。
この論理で行くと中国春秋「韓」と同じ字の「韓」だから同族と勘違いする
のと同じである。


255 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:16:21
>>254
うさんくせー
音韻、アクセントは一致してんのかよ

256 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:23:30
>>254 つづき

近世韓国人は後期高句麗軍、モンゴル軍、の半島南征時に先兵として
ついて来た満州地域の邑婁族(ユウロウ)と思われる(文化が同じ)。


257 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:34:36
魏志東夷伝 邑婁(ユウロウ)>>朝鮮人の先祖発見<<

穴居生活、豚の飼育、住民は不潔で家の真ん中に便所を作りそれを囲むように暮らしている。
・・・、これは明治時代の日本人の朝鮮観察とほとんど同じだ。

射撃が上手・・・これも同じだ。
漢の時代から夫余の家来となっていた。夫余が重い税を課したので黄初年間(220年〜226年)には反乱を起こした。

<<掟や習わしにはもっともルールが欠けている民族である。>>

・・・これは朝鮮人の先祖に間違いない。

>>204 『晋書』粛真・邑婁伝には下記も載ってるよ!

坐るときは両脚を投げ出して座り、足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。
風俗は皆、髪を編み(宮廷女官か?)布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る。


258 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:36:19

       『晋書』  『粛慎、?婁伝』
井戸も釜戸もない、?(むしき)を作り、四、五升は食べる。坐るときは両脚を投げ出して座り、
{{足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。}} 凍った肉はその上に坐って暖める。
土には塩も鉄もない(前漢代の塩鉄なら専売制度を意味するが)。木を焼いて灰を作り、その灰汁
を注いで、これを食す(意味不明)。

 風俗は皆、{{髪を編み、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る}}、径は尺余、これで前後
を覆う。嫁を娶るときは、男が毛羽を女性の頭に挿し、女性を連れて帰る。その後に婚礼をする。
妻は貞淑だが(未婚)女性は淫乱、若尊老卑。死者はその日に野原で葬儀を行ない、木組みの小さな
槨(ひつぎ)を作り、豚を殺して、その上に積み、死者の糧(かて)となす。


259 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:38:27
>木組みの小さな槨(ひつぎ)を作り

釜山にそんな墓が沢山あるよw

260 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:46:37
>>258
>(未婚)女性は淫乱
慰安婦(売春婦)の伝統もしっかり守られてる

261 :179:2009/06/20(土) 00:36:48
>>188
田辺史は『新撰姓氏録』左京皇別の上毛野朝臣の条にあるとおり、
天平勝宝2年(750)に上毛野君(公)の氏姓を得、弘仁元年(810)
朝臣のカバネを獲得している。同族に、延暦10年(791)住吉朝臣
(左京皇別)の氏姓を得た池原公がおり、両者は「豊城入彦命五世孫、
多奇波世君の後」という始祖伝承を共有する。

「多奇波世君」は、『仁徳紀』には「上毛野君の祖、竹葉瀬」と記され、
『日本書紀弘仁私記』の引用する「諸蕃雑姓記注」には、「上野公竹合」
と見える。「諸蕃雑姓記注」には次のように記されている。

<田辺史、上毛野公、池原朝臣、住吉朝臣らの祖、思須美、和徳の両人、
大鷦鷯天皇御宇の年、百済国より化来す。しかして言ふに、おのれらの祖、
これ、貴国将軍上野公竹合なりてえり。天皇、矜憐して彼の族に混づ。
しかして、この書に諸蕃人といふなり>

つまり、ここでは田辺史を百済系帰化氏族と見なしつつ、かつ上毛野朝臣
と同祖の氏族とも見なしているわけだ。ま、これは熊倉浩靖氏論著の
受け売りなんだけど。

262 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 03:56:45
【韓国】 日本に号令した最高の名門、大内家は百済王の子孫だった[06/15]

http://www.allthatnews.co.kr/news/photo/200906/16031_15144_5151.jpg

「1400年の歴史の中で両親から受け継いだ家系図を通じ、歳をへてますます韓国が懐かしくなりまし
た。このような感情から、ご先祖様に必ずお墓まいりをしなければならないと考えるようになりました。」

去る8日KBS「歴史追跡」は自らを百済王の子孫だと主張する日本人夫婦の韓国訪問の話を扱った。
4月17日、昔の百済だった益山市(イクサンシ)を訪問したこの日本人夫婦は大内公夫(69、夫)と大内
タカコ(65、夫人)氏。彼らは1400年前、日本に渡ったという百済王族、琳聖(イムソン)太子が正に自
分たちのルーツだと紹介した。

空港で韓国取材陣に短い挨拶を終えた大内夫妻は先に琳聖太子の父親の聖王の墓の陵山里(ヌン
サンリ)第二古墳を訪れた。この日、近隣の文化院が提供した百済王の服に着替えた大内氏は聖王
に参拝した後「はるかに遠い先祖の百済王の墓の前に額づいて王の血孫45代子孫大内公夫、謹し
んで申し上げます。数多くの世代を経て、そして数多くの歳月をすぎて、いよいよ待望の先祖の土地
に今帰ってきました」という内容の祭文を読んだ。

礼拝を終わらせた後、彼は「ご先祖様に参拝する願いを成し遂げて、喜びと興奮が胸を込み上げてき
ます。琳聖太子が日本で見せた業績を大切にしながら、誇らしい百済の子孫であることを忘れないで
子々孫々生きていきます」と語った。(中略)印刷所のデザイナーをしている大内氏はこれまで訪ねる
ことが出来なくて申し訳ないいい、自分の財産の一部を整理して用意したお金3000万ウォンを文化財
管理に使って欲しいと、益山市と扶余郡に寄付して韓国での短い日程を終えた。

263 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 03:58:29
[続き]

琳聖太子の子孫、日本に号令する
琳聖太子を始祖に持つ大内一族は14世紀、荒涼とした山口を1万世帯以上が居住する日本最大の
都市として建設した名門の家柄だ。彼らは中国と朝鮮を相手に国際貿易を独占して富を蓄積するな
ど日本全域に強大な影響力を行使した。14世紀西日本の代表的な封建国家であった山口に首都を
たてて200年間、西日本を号令した大内一族の官邸は東西南北長さが200メートルに達し、室町幕府
将軍の官邸を規模面で圧倒する。

大内一族は当時、日本西部地域の周防、長戸など7ヶ国を支配したがこれは今日福岡県、島根県、
和歌山県、大阪一部に達する広大な地域に該当する。大内一族は一時この力を土台に当代の実力
者であった将軍をはね除けることもした。(中略)

百済の先進文化を日本に伝えた琳聖太子

韓国訪問を終えて帰国した大内公夫氏は琳聖太子の供養塔で「私たちは今回、時間を超越して世代
を繰り返し、いよいよ先祖の墓に太子の心を持って訪問して、墓まいりしました」と告げた。彼は「百済
は私たちを通じて、これからも息をするでしょう」と話した後、韓国から持ってきた百済の土を供養塔の
下に心を込めて撒いた。

イム・ジェヒョン記者

ソース:allthatnews(韓国語) [企画]日本号令した最高名門街は百済の子孫だった(抄訳)
http://www.allthatnews.co.kr/news/articleView.html?idxno=16031



264 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 04:30:03
百済は現代の朝鮮人とは関係ないけどね

265 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 04:40:53
関係あるだろ
ヤマトの属国だった百済出身をなぜ自慢するのかわからんが

266 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 05:57:09
>265

百済系は新羅に滅ぼされたから、帰化人として渡ってきた日本にしか残ってないんだろ?
んで、今の朝鮮人はその新羅とあとから進入してきた北の民族との混血なんでしょ?

267 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 06:00:21
三管四職ですらない大内が、なぜ日本に号令したとか妄想抱けるんだろな

268 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 06:01:07
>>253
え?みんなってお前だけじゃん?
しかもその根拠が句点で区切られてるからだって・・・w

269 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 06:22:42
>268

いや、おれは別文が前提の解釈は書き込んでないよ?読んでただけ。
根拠が句点じゃなくて、別文で解釈したほうが、
意味の通る文になるから別文だと解釈したって書いてあるように見えたけどね。

270 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 06:26:45
朝の6時から笑ってるキモい>268について。

271 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 06:29:22
>>269
早朝なのに素晴らしい早さのレスだな。

272 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 06:38:53
古代の半島には倭人がいて韓と呼ばれていたんだよ

273 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 06:48:48
曰佐の始祖は武内宿祢なんでしょ?

武内宿祢は孝元天皇の曾孫。12代景行天皇〜15代仁徳天皇時代の人。
代々の天皇に使える。神功皇后を補佐して朝鮮に渡る。

帰国した同族四人はその子孫だから帰化の必要はないんじゃないの?

274 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 07:08:12
何で皇別の話になったのか分からんが、
>103,172あたりの話に戻ろうぜ

275 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 07:14:46
あらためて読み返したけど
>95って

稲飯命が新羅国王の先祖

新羅国王が稲飯命の先祖
に入れ替えてんだな。
そんなことしたら、新羅が存在した時期と矛盾するじゃないか
むちゃくちゃなこといってんなw

276 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 08:03:27
>>273
半島に移住してた武内宿禰の子孫が、欽明天皇の世になって
同族国民を率いて帰化してきたんだろ。
血統は日本だが国籍はあちら。だから帰化。でも出自が出自だから皇別。
日本書紀見れば倭系百済官僚とかも普通に出てくるわけだし、
この記事も特におかしいところはないが。




277 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 08:49:48
>276
なら、同族四人が帰化に含まれようが、含まれまいがどっちでもいいんじゃないの?
あと、当時は国籍とかの概念はないんじゃないのか?。
当時の帰化の意味づけって定義されてるのか?


278 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 08:58:37
>>277
>なら、同族四人が帰化に含まれようが、含まれまいがどっちでもいいんじゃないの?

そうだよ。
でも元々が皇別氏族の話なのに、
「帰化」という言葉尻を捉えて、
半島人が帰化して皇別氏族になったとゴリ押しするやつがいるので話がややこしくなってただけ。

そのゴリ押しするやつが>>95なんだけどね。



279 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 09:05:03
>>278
で、漢文に句読点や空白があると思ってた無学の徒が
出鱈目の漢文読解を披露して祭りになったとw

280 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 09:07:05
諸蕃の出身だけど、改姓をへて、皇胤の出自を主張し、
皇別氏族たるを認められたってことでしょ。

281 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 09:58:14
また始まったw

282 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 10:03:45
>280

仮に、それが虚偽であったとしても
皇胤の出自であると偽らないと皇別氏族であると認められなかったということだから、
純然たる諸藩出身の肩書きはでは皇別になれなかったってことじゃないか。

もう、千年以上も前の事なんだからどうでもいいよ

283 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 10:28:22
>>261
上毛野嫡流の雅子将軍は白村江で戦死、上毛野氏はこれで没落したんだろうな。
白村江から約90年後没落名門貴族の系図を買ったという、よくある話。
まあ百済系にすれば大恩人だから帰化人に人気があったかもね。

284 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 10:53:35
吉田連もなかなか・・・

285 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 10:58:41
>>283
しかし千数百年を経て皇太子妃にまで上り詰める。

286 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 12:38:39
【福岡】韓国・金海市、「伽耶(かや)に関心を」〜福岡市で観光説明会開催[06/20]

韓国のテレビ局が伽耶の歴史ドラマ「第4の帝国」を10月から市内で撮影、来春、
放映開始予定となっている。
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1245450421/


287 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 13:11:04
韓国=空国(むなくに)=辛国=加羅国=カラクニ

カラとは(親族)ウカラ、(同胞)ハラカラ、(同族)ヤカラの事
(体,身体)カラダ、(身柄)ミガラ、(輩)トモガラ、も同意。

「兄弟」・・アニオト(異母兄弟の時)ハラカラ(同母兄弟)
「族」・・・ウカラ (血の繋がりが濃い親戚)ヤカラ(一族、同族まで一般)

元々同族の意味で「カラ」と発音してた処に「韓」の字を当てたものだから
近世韓国人が2000年前の三韓を同民族と勘違いしてしまった。
この論理で行くと中国春秋「韓」と同じ字の「韓」だから同族と勘違いする
のと同じである。
近世韓国人は後期高句麗軍、モンゴル軍、の半島南征時に先兵として
ついて来た満州地域の邑婁族(ユウロウ)と思われる(文化が同じ)。


288 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 13:12:37
魏志東夷伝 邑婁(ユウロウ)>>朝鮮人の先祖発見<<

穴居生活、豚の飼育、住民は不潔で家の真ん中に便所を作りそれを囲むように暮らしている。
・・・、これは明治時代の日本人の朝鮮観察とほとんど同じだ。

射撃が上手・・・これも同じだ。
漢の時代から夫余の家来となっていた。夫余が重い税を課したので黄初年間(220年〜226年)には反乱を起こした。

<<掟や習わしにはもっともルールが欠けている民族である。>>

・・・これは朝鮮人の先祖に間違いない。

>>204 『晋書』粛真・邑婁伝には下記も載ってるよ!

坐るときは両脚を投げ出して座り、足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。
風俗は皆、髪を編み(宮廷女官か?)布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る。


289 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 13:14:24

       『晋書』  『粛慎、?婁伝』
井戸も釜戸もない、?(むしき)を作り、四、五升は食べる。坐るときは両脚を投げ出して座り、
{{足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。}} 凍った肉はその上に坐って暖める。
土には塩も鉄もない(前漢代の塩鉄なら専売制度を意味するが)。木を焼いて灰を作り、その灰汁
を注いで、これを食す(意味不明)。

 風俗は皆、{{髪を編み、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る}}、径は尺余、これで前後
を覆う。嫁を娶るときは、男が毛羽を女性の頭に挿し、女性を連れて帰る。その後に婚礼をする。
妻は貞淑だが(未婚)女性は淫乱、若尊老卑。死者はその日に野原で葬儀を行ない、木組みの小さな
槨(ひつぎ)を作り、豚を殺して、その上に積み、死者の糧(かて)となす。


290 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 13:21:05
>木組みの小さな槨(ひつぎ)を作り

釜山にそんな墓が沢山あるよw

260 :日本@名無史さん:2009/06/19(金) 23:46:37
>>258
>(未婚)女性は淫乱
慰安婦(売春婦)の伝統もしっかり守られてる


291 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 14:22:25
曰佐の35人の国民というのは諸蕃とは書かれてない。
通訳というのは両方の言葉できないと通訳ではないのだから、
半島にいた非皇別の倭人だろう。

292 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 14:41:04
>>291
新撰姓氏録って何かわかってる?
ただの「国民」なんて対象外ですが?

293 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 14:44:06
>>292
イミフ。
対象外とは?

294 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 15:49:50
どうやらレベルの低い奴が住み着いたようだな。
「新撰姓氏録」というのはある程度以上の氏族しか載せていないんだよ。
ただの隷属民である国民35人が皇別神別諸蕃かなんて載せるわけがないんだよ。

295 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 16:06:56
>>294
何を当たり前なこと言ってるのだ。
その得体が知れない国民35人を、
通訳が出来たという理由から推測しただけだが。

296 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 16:15:32
>>294
プッ
レベル低いのはテメェじゃねーかw

297 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 18:25:22
>>289
>坐るときは両脚を投げ出して座り、 足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。

お前じぶんでその姿勢をやって見ろ。 原文は「肉を足にはさんで食べる」だ。

298 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 18:38:24
新撰姓氏碌の曰佐氏の記述で「率いて」「帰化した」主体、つまり動詞の主語はなにか。
同族4人でも、国民35人でもない。ある一人の個人だ。
それは構文が同じ秦氏の記述が弓月の君個人に関するものであることからもわかる。
ただし、曰佐氏の場合はその個人の名前が出ていない。その意味では欠陥のある記述なのだ。

それでも個人であることは間違いない。なぜなら長男と次男の個人名が出ているからだ。
国民35人なんてどーでもいい。それは弓月の君が率いた百姓と同じことだ。
上記の名前のわからない個人が、帰化しながらも皇別に入れられていること
について考えれば、それでいいのだ。

299 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 18:47:00
>上記の名前のわからない個人が、帰化しながらも皇別に入れられていること
>について考えれば、それでいいのだ。

帰化しながらも皇別に入れられたのではなく、
武内宿禰の子孫なので元から皇別なのだが。

何を言ってるのだこいつは。


300 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 19:13:51
渡来人が日本に帰化して皇別に入らせてもらえるのなら、
秦氏や東漢氏のような有力氏族がとっくに申請してるってw

誰が考えても分かるじゃん、そんな事はw

301 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 19:24:59
秦氏や東漢氏は始皇帝やら霊帝やらの苗裔を称したほうが
有利だと思ってそっちを選んだんでしょ。


302 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 19:33:28
>301
なんで有利なの?


303 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 20:01:50
秦氏というより東漢氏に顕著だが、かれら古参の渡来者は
続々やってくる新来の渡来者(今来のアヤヒト)を配下に
組み込んでいって有力な氏族となった。

ところが、王権から求められる渡来の技能というのは、
変化していて、当初は手工芸的なものが多かったのが、
次第に高度な書記や行政のノウハウなどになっていく。

前者は半島の諸国家やそこの技術者で間に合わせられた
ろうが、後者は本場の漢人の系譜を引く者あるいは本場から
直接連れてこなければ、役に立たない。

東漢氏はそうした変化に対応するために、彼ら新来者の
上に立つ者として相応しい、皇帝の苗裔という系譜を必要
としたんだと思うよ。

秦氏のほうはそうした新来技術者の編成に若干遅れを
とったようだけど、やはり同様に系譜を整えて技術者の
囲い込みを行ったんだろうね。

304 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 21:11:33
>>299
>帰化しながらも皇別に入れられたのではなく、
>武内宿禰の子孫なので元から皇別なのだが。

何を言ってるのだこいつは。
曰佐氏が皇別になったのは、9世紀になって新撰姓氏碌がそのように
分類したからだ。
だいたい、欽明天皇のころに、「皇別」なんて言葉があったのか。
武内宿禰の子孫は皇別だなんてルールもいつごろ、どのようにして
できたか、わかったものではない。
なにしろ、最長で360年生きた人物の話だからな。

305 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 21:31:49
始祖の武内宿祢が孝元天皇の曾孫だったから皇別になったんじゃないの?

306 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 22:48:06
韓国=空国(むなくに)=辛国=加羅国=カラクニ

カラとは(親族)ウカラ、(同胞)ハラカラ、(同族)ヤカラの事
(体,身体)カラダ、(身柄)ミガラ、(輩)トモガラ、も同意。

「兄弟」・・アニオト(異母兄弟の時)ハラカラ(同母兄弟)
「族」・・・ウカラ (血の繋がりが濃い親戚)ヤカラ(一族、同族まで一般)

元々同族の意味で「カラ」と発音してた処に「韓」の字を当てたものだから
近世韓国人が2000年前の三韓を同民族と勘違いしてしまった。
この論理で行くと中国春秋「韓」と同じ字の「韓」だから同族と勘違いする
のと同じである。
近世韓国人は後期高句麗軍、モンゴル軍、の半島南征時に先兵として
ついて来た満州地域の邑婁族(ユウロウ)と思われる(文化が同じ)。


307 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 22:49:17

魏志東夷伝 邑婁(ユウロウ)>>朝鮮人の先祖発見<<

穴居生活、豚の飼育、住民は不潔で家の真ん中に便所を作りそれを囲むように暮らしている。
・・・、これは明治時代の日本人の朝鮮観察とほとんど同じだ。

射撃が上手・・・これも同じだ。
漢の時代から夫余の家来となっていた。夫余が重い税を課したので黄初年間(220年〜226年)には反乱を起こした。

<<掟や習わしにはもっともルールが欠けている民族である。>>

・・・これは朝鮮人の先祖に間違いない。

>>204 『晋書』粛真・邑婁伝には下記も載ってるよ!

坐るときは両脚を投げ出して座り、足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。
風俗は皆、髪を編み(宮廷女官か?)布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る。



308 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 22:50:43

       『晋書』  『粛慎、?婁伝』
井戸も釜戸もない、?(むしき)を作り、四、五升は食べる。坐るときは両脚を投げ出して座り、
{{足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。}} 凍った肉はその上に坐って暖める。
土には塩も鉄もない(前漢代の塩鉄なら専売制度を意味するが)。木を焼いて灰を作り、その灰汁
を注いで、これを食す(意味不明)。

 風俗は皆、{{髪を編み、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る}}、径は尺余、これで前後
を覆う。嫁を娶るときは、男が毛羽を女性の頭に挿し、女性を連れて帰る。その後に婚礼をする。
妻は貞淑だが(未婚)女性は淫乱、若尊老卑。死者はその日に野原で葬儀を行ない、木組みの小さな
槨(ひつぎ)を作り、豚を殺して、その上に積み、死者の糧(かて)となす。


309 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 23:18:05
>>304って単なる負けず嫌いのチョンですか?w

310 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 23:27:04
>309

願望をベースにして歴史を書いている民族とは
歴史の共有なんて不可能だよなw

311 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 23:30:56
>>304

>>305

おまえいい加減、祖国に帰れ。



312 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 23:32:54
なんで>305までチョン認定なんだよw
よく読めw

313 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 23:39:54
朝鮮人認定とか語るに落ちたな。
ニュー速あたりに帰ればいいのに。あ、特亜板か。


314 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 23:42:46
>>312

違う、勘違いさせてしまったね。

>>304への答えを>>305が簡潔に書いてくれてるという意味。
305氏、気を悪くされたならすいません。

315 :日本@名無史さん:2009/06/20(土) 23:49:30
そうだったか、すまん
俺がよく読んでなかったw

316 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 00:15:35
>>303
いやだからそれは申請すれば皇別に入らせてもらえるのにも関わらず、
秦氏や東漢氏が諸蕃でありつづけた理由になってないのだが。
つまり諸蕃が皇別に入らせてもらえるなんてなかったって事だ。

317 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 02:05:24
>>316
>いやだからそれは申請すれば皇別に入らせてもらえるのにも関わらず

その前提が正しくないと思うよ。申請さえすれば、即皇別の仲間入りを
許されるというほど簡単なものではなかったはず。

天平勝宝2年に上毛野君に改姓した田辺史の場合、当時は本家本元の
上毛野朝臣(『新撰姓氏録』では右京皇別)もちゃんと活動している時期
だから当然そっちにも許可を求める必要があったろう。
皇別氏族の例ではないが、延暦9年の津連真道の菅野朝臣への改姓では、
百済王氏らが付き添った上で、真道が百済貴須王の子孫であることを
陳述している。また、提出する系譜の作成には、同祖となる有力氏族の
協力は欠かせなかったろうし、当時なりとはいえ、ある程度の妥当性が
ないと公認は難しかったろう。

漢氏や秦氏の場合、自らの氏名に「漢」「秦」の字を当てる以前から
渡来者であることをウリにしていたわけだから、そもそも皇別やら神別
やらの系譜を求める必要がない。漢土の皇帝末裔の出自系譜はおそらく
「漢」「秦」を称し始めた頃にはすでに模索され始めていたと思われる。
そして、奈良時代以降、様々な氏族が自らの氏姓やカバネの変更に
ともなって系譜の作成及び整理(捏造も含む)をやり始めた頃には、
すでに漢氏や秦氏の出自系譜はあらかた出来上がっていたんだろう。
その頃にはたとえ皇別神別へ出自系譜を改めたくても、諸蕃であること
が明らかなので変更は無理。まあそんな願望自体持たなかったと思うけど。

318 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 02:33:51
韓国=空国(むなくに)=辛国=加羅国=カラクニ

カラとは(親族)ウカラ、(同胞)ハラカラ、(同族)ヤカラの事
(体,身体)カラダ、(身柄)ミガラ、(輩)トモガラ、も同意。

「兄弟」・・アニオト(異母兄弟の時)ハラカラ(同母兄弟)
「族」・・・ウカラ (血の繋がりが濃い親戚)ヤカラ(一族、同族まで一般)

元々同族の意味で「カラ」と発音してた処に「韓」の字を当てたものだから
近世韓国人が2000年前の三韓を同民族と勘違いしてしまった。
この論理で行くと中国春秋「韓」と同じ字の「韓」だから同族と勘違いする
のと同じである。
近世韓国人は後期高句麗軍、モンゴル軍、の半島南征時に先兵として
ついて来た満州地域の邑婁族(ユウロウ)と思われる(文化が同じ)。


319 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 02:34:58

魏志東夷伝 邑婁(ユウロウ)>>朝鮮人の先祖発見<<

穴居生活、豚の飼育、住民は不潔で家の真ん中に便所を作りそれを囲むように暮らしている。
・・・、これは明治時代の日本人の朝鮮観察とほとんど同じだ。

射撃が上手・・・これも同じだ。
漢の時代から夫余の家来となっていた。夫余が重い税を課したので黄初年間(220年〜226年)には反乱を起こした。

<<掟や習わしにはもっともルールが欠けている民族である。>>

・・・これは朝鮮人の先祖に間違いない。

>>204 『晋書』粛真・邑婁伝には下記も載ってるよ!

坐るときは両脚を投げ出して座り、足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。
風俗は皆、髪を編み(宮廷女官か?)布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る。



320 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 02:36:13

       『晋書』  『粛慎、?婁伝』
井戸も釜戸もない、?(むしき)を作り、四、五升は食べる。坐るときは両脚を投げ出して座り、
{{足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。}} 凍った肉はその上に坐って暖める。
土には塩も鉄もない(前漢代の塩鉄なら専売制度を意味するが)。木を焼いて灰を作り、その灰汁
を注いで、これを食す(意味不明)。

 風俗は皆、{{髪を編み、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る}}、径は尺余、これで前後
を覆う。嫁を娶るときは、男が毛羽を女性の頭に挿し、女性を連れて帰る。その後に婚礼をする。
妻は貞淑だが(未婚)女性は淫乱、若尊老卑。死者はその日に野原で葬儀を行ない、木組みの小さな
槨(ひつぎ)を作り、豚を殺して、その上に積み、死者の糧(かて)となす。


321 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 08:59:50
>>276
なるほど、それを現代に当てはめれば:
戦争に出かけた閑院の宮が中国女に産ませた子供の子孫が清朝に仕えていたが、
中国の動乱で日本に亡命して来て、その血筋を訴えて皇族にしてもらった。

こういうことになるわけだな。

322 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 09:31:01
>>321

しつこいね、おまえ。

323 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 10:49:47
欽明天皇御世率同族四人国民卅五人帰化。

欽明天皇の御世、同族4人、くにたみ35人を率いて帰化す

ここだけ読めば、上の訳通りだろう。
しかし、物事には何事において例外(規定)というのがある。
もとは皇孫の系譜だったが、半島に渡って住みついた。
そしてまた日本に帰化してきた。
わざわざよく戻ってきた。おまえたちの場合は通常の帰化ではない。
だから特別に(例外として)皇別に組み入れてあげよう。

それゆえに、
天皇矜其遠来勅珍勲臣
という文がある。

特に異説、珍説を挟む余地はない。



324 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 11:35:57
ブラジルに移植した日本人の子孫である日系ブラジル人が日本に戻って来たんで
優先的に仕事をあげて日本国籍もすぐにあげよう
みたいな?

325 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 12:15:39
曰佐氏ネタを延々ループさせる約一名居るが
計39名を気化させた時期って、新羅が金官加羅を吸収した頃だろ?
ってことは、曰佐氏の記載は任那日本府が実在した根拠となりうる。
ま、安羅が拠点なんで、その後も日本府はあっただろうが
業務縮小の過程で、日本府メンバーの曰佐氏に曰佐姓を
先祖の功績を称えて授与したんだろ。紫綬褒章みたいなw

326 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 12:20:32
>>325
んで曰佐氏は系図上は武内宿禰の血を引いていたが、日本府現地加羅人と混血して、
高野新笠逆バージョンになったんで、新たに系図を認証し純血日本人として再認定したと考えられる。

327 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 13:10:55
>>325
その約1名は、とにかく半島人が帰化し皇別に組み入れられたとしたくて仕方ないらしく、
半島に渡ってた皇別氏族が帰国してきたのだと何度言ってもしつこくループしてくるんだ。

328 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 14:51:11
>>323
武内宿禰の子孫だったから通常の帰化でも皇別になった。
あたりまえのことであって特別でも例外でもない。

329 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 15:10:27
>>328
その通りだ。もし特別で例外だと言うなら、「武内宿禰の後」は皇別に入れて
やるために後付けしたということになる。
もちろん、そういうこともあっただろうけどね。

>>326
>新たに系図を認証し純血日本人として再認定したと考えられる。

なんで「純血」にこだわる? 皇別は純血でなければならない、なんて
言った日には大変なことになるぞ。
大体、純血なんて意識があったかどうかもあやしい。



330 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 15:43:49
天皇家だって混血してるわけだ。

331 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 15:46:17
>>329
>皇別は純血でなければならない、
>なんて言った日には大変なことになるぞ。

なんで?


332 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 16:14:52
>>329
773年(宝亀4年)、光仁天皇の皇太子であった他戸親王が廃され、新たな皇太子を選定する際、
光仁天皇の第一皇子・山部親王を推す藤原百川に対し、
藤原浜成は山部の母(高野新笠)が渡来系氏族(和氏)の出身であることを問題視し、
山部の異母弟で母(尾張女王)が皇族出身である?田親王を推挙したとされる(『水鏡』)。


333 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 16:47:41
つ〜か、この朝鮮半島人が皇別になったとかしつこく言ってるヤシは、
自分自身が何代か前にチョンの血が入ってるのだろ。
それ以外考えられないよ、このしつこさは。

334 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 17:02:54
>>329
>もし特別で例外だと言うなら、「武内宿禰の後」は皇別に入れて
>やるために後付けしたということになる。

おまえ皇別と皇族を同じように思ってるんじゃないのか?
皇別とはあくまで血筋の事で、武内宿禰の後なら皇別とされるのは当たり前。

335 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 17:31:53
そんじょそこらの下層皇別より秦とか百済王とかの上級諸蕃のほうが上だ支那。

336 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 17:40:40
>>334
>皇別とはあくまで血筋の事で、武内宿禰の後なら皇別とされるのは当たり前。

それを裏返せば、誰かを皇別にしてやろうと思えば、「武内宿禰の後」さえ
くっつければいいわけだ。
いくら特別で例外でも、姓氏録に「特別」とか「例外」とか書くわけには
いかないからね。

337 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 17:51:36
チョンって血筋にこだわるよね?
雑種犬のくせにw

338 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 17:53:11
約一名様←こいつスレ荒らしだから、そろそろ無視しましょうよ。
つまんね。

339 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 18:04:07
半島が李朝末期のどさくさに紛れて、ペクチョン等農奴が族譜買いして
金海金氏が数万人とか、貴族階級の両班が急膨張したからと言って
古代の日本もそうだと思わない方がいいよ。
「金では買えない価値がある」

340 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 18:09:15
http://asj.ioc.u-tokyo.ac.jp/html/031.html

本貫別にみると、金海金氏412万人(9.0%)、密陽朴氏303万人(6.6%)、全州李氏261万人(5.7%)、
慶州金氏174万人(3.8%)、 慶州李氏143万人(3.1%)の順で、
上位5位までが全国民の28.2%を占めている。
さらに金海金氏は150派、密陽朴氏は13派、全州李氏は105派に分派するが、
ほとんどの人は本貫が同じであれば、血が繋がっていると思うし、現在の法律上でもそのように見なされている。


341 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 18:14:28
>>336
>それを裏返せば、誰かを皇別にしてやろうと思えば、「武内宿禰の後」さえ
>くっつければいいわけだ

裏返してもそうならないが?
わけの分からない人間まで皇別に入れるのなら、
他の皇別氏族が不満を持つに決まってるだろうが。

そんな発想をするおまえのようなチョンは根性が卑しいのだ。

342 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 18:25:48
日系人を称するあきらかにスペイン系のやつとかいるしな
日本の通名を名乗る在日もそれと同じだな

343 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 19:49:25
>>341
>他の皇別氏族が不満を持つに決まってるだろうが。

そりゃいろいろと不満はあっただろうさ。
あったからこそ弘仁私記のような本も出る。

344 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 19:53:59
劣等だった日本に文明をもたらしたのは渡来してきた百済人
これは事実だし日本書紀などの文献にもちゃんと記録がある

飛鳥、奈良の文化は事実上百済文化
つまり古代日本王朝の支配層は百済人
天皇も百済王の分家

韓国で言われている「奈良百済」という表現は正しい表記だ
支配層は倭人ではなく百済人なんだから




345 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 20:31:55
>>342
>日本の通名を名乗る在日もそれと同じだな

通名はもっと訳がわからない。

在日の朝鮮籍・韓国籍の者が自主的に名乗っているはずなのだが、連中は
「日帝の統治時代は創氏改名を強制されて誇りある民族名が使えなくなった」
とか言って、戦前の謝罪と賠償を要求したりする。

日本名を使うのが嫌なら止めればいいのに、やめずに尚且つ「日本名の使用
は屈辱的で無理やり強制されなければ誇りある朝鮮名を名乗るに決まってる」
などという矛盾した主張をしている。

346 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 21:27:30
>>344
おまえ満州人じゃん

347 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 22:26:53
で結局、渡来系で皇別氏族になったのはいないでいいね。

はいはい、長かったがもう終わり。

348 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 22:42:46
>>343
「あっただろうさ」って、
誰かを皇別にしてやろうと「武内宿禰の後」をくっつけたというお前のアホ願望が丸で事実のように言うなボケ。

349 :日本@名無史さん:2009/06/21(日) 22:57:19
>>345
うちの母親が言ってたけど、
朝鮮人に竹田って名前が多いんだよね。
理由は、戦後、竹田宮家が皇籍離脱し、
竹田姓を名乗ったので、それにあやかったみたいだ。

350 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 03:25:29
>>344
で百済人って誰なん?

351 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 10:24:02
>>348
>>261をよく読まなかっただろう。
仁徳天皇のとき、思須美、和徳の二人が百済から帰化して来て、上野公竹合
(=多奇波世君)の子孫であると自称して皇別扱いになり、田辺史(たなべの
ふひと)と呼ばれた。さらに750年には上毛野君の氏姓を得た。

ところが「弘仁私記」によれば田辺史は「諸蛮雑姓記」という本で諸番に入れ
られていると言う。
つまり、田辺史を「あんなのが皇別か?」と見る個人あるいは一派がいたのだ。
これはおまえの言う「不満」の表れだな?

352 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 10:47:25
田辺史って二流あるんじゃなかった?

353 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 10:55:15
>>351
[しかして言ふに、おのれらの祖、
これ、貴国将軍上野公竹合なりてえり。天皇、矜憐して彼の族に混づ]

つまり純然たる渡来人ではないだろ。
上野公竹合の子孫だと認められたから皇別に入ったわけだ。

だから何なんだ?
「明らかな諸蛮なのに皇別に入った例」ではないな。


354 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 11:49:02
>>353
>上野公竹合の子孫だと認められたから皇別に入ったわけだ。

それに対する反対派がいた、つまり不満があったことは間違いないでは
ないか。

また、帰化した二人はかなりの割合で百済の血が入った混血児だった。
なぜなら倭人女性が渡海したとは考えられないから百済人女性の子であり、
しかもそうやって代を重ねているからだ。
混血に対する皇別のハードルは低かったと言えるな。

355 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 12:10:52
>>354

あのなぁ、元々の話は渡来人(非倭人)が日本に来て皇別になりえたかだったはず。
おまえがこだわってる例は全て里帰り倭人だろうが。

>また、帰化した二人はかなりの割合で百済の血が入った混血児だった。
>なぜなら倭人女性が渡海したとは考えられないから
>百済人女性の子であり、
>しかもそうやって代を重ねているからだ。
>混血に対する皇別のハードルは低かったと言えるな。

それはお前の恣意だろうが。
物部の黒歯夫人の例もあるように、
女性も渡ってるだろうよ。

356 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 12:50:10
奥さんが誰だろうと皇別は皇別だろ?

357 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 13:02:25
新撰姓氏録の中で例外だからわざわざ特記してあるんだよ。
諸蛮ぽいのに皇別のわけを。
>>261の「天平勝宝2年(750)に上毛野君(公)の氏姓を得」は あの孝謙天皇の御世
例の女帝さんの名前出しとけば皆背景があったとわかるもの。

358 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 13:07:17
特異な事例を2つ出して、一つは任那系官僚、もう一つは女帝の気まぐれ。
宝くじで3億当たった、故に宝くじ券は3億の兌換紙幣である、と決め付けるに似たり。

359 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 19:28:02
大和王権を作ったのは渡来してきた百済人や新羅人達で
その後の飛鳥、奈良の文化も百済人が持ちこんだ文化
天皇も貴族たちも百済人
つまり日本を作ったのは百済人

360 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 19:46:36
極論は基本的に馬鹿が唱えるな。
>>359

361 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 21:02:37
>>359
おまえの通った特殊学校では、そう教えてるのかい?

362 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 22:39:20
渡来人はバラバラに丸腰で海を渡って来たんであって
軍事力による侵攻とはまったく違うよ。
その知識と技能によって個人的に支配者に雇われただけ。
日本語も一生懸命勉強して日本に帰化したんだぜ。

363 :179:2009/06/23(火) 00:01:21
田辺史とその改姓の件について少々。

『新撰姓氏録』左京皇別上毛野朝臣の条に付記される、田辺史の祖百尊が
得た馬が埴輪の馬に変わったという怪異譚は、『日本書紀』雄略9年7月条
にも田辺史伯孫の話として出てくる。
『雄略紀』の記述からは、伯孫が飛鳥戸郡の住人であり、書首加竜を婿とし、
乗馬に巧みであることはわかるものの、後の『新撰姓氏録』や『弘仁私記』
に記載されるような上毛野氏との関係は見当たらない。
「史」というカバネ、「伯孫」という名、飛鳥戸郡という居所、婚姻関係、
乗馬に巧みな点からして、伯孫が定着して間もない世代の渡来者であった
ことが窺われる。

一方で『新撰姓氏録』における「多奇波世君の後」という伝承も無視する
わけにはいかない。というのは、「多奇波世」の訓は「たかはせ」であり、
「か」に「奇」を当てる特殊な用字法は、「百済本記」に基づく『欽明紀』
や『上宮聖徳法王帝説』引用の「天寿国繍帳」銘に見えるもので、早くて
5世紀後半、下っても7世紀半ばあたりのものだという。
『仁徳紀』には新羅に派遣された将軍として、「上毛野君の祖竹葉瀬」が
みえるが、前述の「多奇波世」に「竹葉瀬」の表記が当てられたと考えられる。
したがって、『日本書紀』の成立期には多奇波世君が上毛野氏の祖のひとり
として広く認められていたと考えられ、田辺史と上毛野氏との同祖性が
公認される素地が出来上がっていたと熊倉浩靖氏は言う。

田辺史が多奇波世君(竹葉瀬)の子孫であるという「伝承」は、『日本書紀』
を見る限り、渡来当時からのものとは思われない。おそらくは彼らが外交
などに関わり、やはり半島における戦争や外交に携わっていた上毛野氏と
接点を持つなかで、同祖関係が主張されるようになったものと考えられる。
その接点については具体的には分からないが、応神朝に上毛野君の祖
荒田別、巫別が百済から王仁を連れてきたとの伝えもあることから、
田辺史の渡来そのことに上毛野氏が関与していた可能性もあろう。
両者の婚姻関係こそ認められないが、密接な関係にあったと想像される。

364 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 01:34:34
■天皇家の起源は韓国 朝鮮が本家で日本は分家


海音寺  「魏志倭人伝」の記述を真正直に読めば、倭の境は朝鮮半島にありますね。
つまり、三国志の頃の中国人は南朝鮮から日本列島にかけての地域全体を倭・日本と考えていたのですね。
ですからおそらく南朝鮮の人間と日本人とは同種族でしょう。

司馬 同じだと思いますね。 「古事記」だったか「日本書紀」だったかにも、スサノオ尊は朝鮮南部とさかんに
ゆききして、晩年はソシモリというところに隠棲したということになっておりますね。
その子のなんとかの命も、日韓を往復し、朝鮮の植物をうんと持って来て日本に植えた、ということになっていますね。

海音寺 辞林の著者の金沢庄三郎博士・あの人は言語学上から日韓同祖説を唱えていますね。
同祖説の最初の人ですね。
今日の日本の学者の中にもそういう人がいないではない。
騎馬民族説の江上博士なぞは、向うの方から、征服民族ですが、渡って来ているといってるんですね。
古代の一時期、朝鮮南端は日本の天皇家及び天皇家をとりまいている貴族らの根拠地であったという風に、江上博士は言ってますね。
最近の朝鮮の学者たちにもその説の人が多く、こっちが本家で、日本が分家だという説なんですね。

http://www1.megaegg.ne.jp/~myfriend/higeki.htm

つまり朝鮮半島南部の百済人や新羅人が日本列島に移住して大和朝廷を作ったということで決まりだね
実は天皇家も百済王家の分家だったということで子孫は韓国人だったわけだ

365 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 02:27:16
>364という妄想(というか願望)を大まじめに主張している朝鮮の学者pgr
ってことを海音寺氏は言ってる訳だが、それすら読み取れないほどおまいは理解力ないの?

366 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 02:43:09
>>364
>実は天皇家も百済王家の分家だったということで子孫は韓国人だったわけだ

意味不明。飛躍しすぎ。

もし仮に、日本の天皇家が百済の王家の分家だとしたら、天皇は百済人だ。
その百済人が日本を支配して日本国を形成したなら、天皇は日本人になる。

君が主張する説は「初代天皇が百済人で、天皇の子孫は日本人」というもの
のはずなのに、なぜか何の脈絡も無い「韓国人」というのが飛び出してくる。
まったく意味不明だ。

天皇の祖先がどこの誰であろうとも、少なくとも「天皇が韓国人」になった事は
一度も無い。君の説でさえ、元百済人で日本人になっただけ。


367 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 04:49:22
百済人は倭人で日本語を話していたんだろう。
半島南部の韓国人は日本人の子孫だな。

368 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 09:03:44
鬼ノ城って白村江の後のにできた防衛のための城だよね。

369 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 09:37:35
韓国にはY染色体のD系がないと聞いてたが、ほんの少しはあるらしい。
ただ日本と違ってD1だそうだ。

370 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 15:54:06
韓国人にも染色体ってあるの?

371 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 20:41:56
皇別において血筋は絶対であり、祖先後付けなどの工作はあり得ないと説く純真な
人が多いので、明らかに血がつながっていない例を挙げよう。

それは「難波忌寸氏」である。姓氏禄によれば大彦命の後であるが、大彦命との
関係について説明があり、それによると:大彦命が蝦夷遠征の際に捨て子を拾い、
これをそのあたりで見つけた乳母に託した。捨て子が成人の後これを引き取って
養子にした(その養子の子孫である)。

大彦命に結びつけるための工作のにおいが紛々だし、工作でないとしても明らかに
血はつながっていない。

なお、「忌寸」は「吉士」と同じであり、「吉士」がつくグループは伽耶との外交
実務を職分とする伽耶系渡来人であるとする説がある。

372 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 20:48:06
皇別は純血を旨とし、半島に渡った皇別は純血維持のため夫人を帯同し、その子孫も
代々日本から嫁を呼び寄せた、と説く純真な人がいるので、明らかな混血の例を
挙げよう。

それは「止美氏」である。姓氏禄によれば止美氏は豊城入彦命の後であるが、その
説明を見ると:豊城入彦命の五世孫の田道公が百済に派遣され、「止美邑呉女」を
娶った。生まれた男子の三世孫の「熊」、「新羅」などが欽明天皇のとき参来した。
新羅の男子・吉雄が「止美連」の姓を賜った、と言う。

新羅までに四代だからこの段階で百済人の血が90%以上入っている。

373 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 20:57:14
朝鮮人は百済人の血が10%くらいしかはいってないよね。
残りは満州族とモンゴル人と中華の血でしょ。

374 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 21:52:27
>>371-372

で、仮に新撰姓氏録がデタラメだとして、何か問題でも?


375 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 21:55:19
ちゅうか忌寸と連だろ、雑魚じゃんw

376 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:25:10
>>366
だから百済人や新羅人は現在の韓国人の先祖だろ
よく百済人は韓国人と関係ないとか言うヤツいるけどそれは詭弁だよ

ワイ族とか扶余とか言ってるけどDNAレベルで見れば見分けがつかないし
調べようがない
今でも半島南部に定住している人達に百済人の血が流れていることは
疑いようのない事実だし韓国人の先祖であることに変わりはない

377 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:30:28
>>376 日本に亡命した百済王族と百済被支配民は異民族だ。

378 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:33:15
>>371-372

必死で調べてたんだね。w
それ以外でたくさんあるのかな、
それともう終わりかな。


379 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:33:17
この朝鮮人は何を勘違いしてるんだ?
父系さえ皇室に繋がれば
母系がどこの人間であろうと皇別だろ

380 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:33:54
>>376
>今でも半島南部に定住している人達に百済人の血が流れていることは
>疑いようのない事実だし韓国人の先祖であることに変わりはない

だから、日本の天皇は「元は百済の王族→日本国を形成して今は日本人」
だという説を君自身が唱えているのだよね?

この流れで日本の天皇は一度も「韓国人」になんかなった事は無いでしょう?

むしろ、百済の王家は日本に移り住んで朝鮮半島には残っていないのだから、

百済王の末裔の国=日本
百済の下民どもの子孫=韓国人

ということになるのでは?とすると日本は、韓国人の祖先を支配していた王の
国なんだから、王の末裔を、韓国人とかいう下民の子孫と同一視するなよw
不敬だろうw

381 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:34:52
>>376
百済は庶民と王族・貴族で言語が違ったようだ。
また李朝期のペクチョンが漢文できないので、セジョン王が愚民ミミズ文字を発明したように
百済の中級以下の貧民層は高い確率で文盲。
百済王族・貴族は高句麗南下で一度絶滅。
白村江で死亡か唐の捕虜か日本亡命、で二度目の絶滅。
半島に百済文化の痕跡は残らなかったと考える。

382 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:35:34
>>371
昔の事だから養子はあっただろう。
でもそれと工作を結びつけるなアホ。

383 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:37:58
>>381
訂正:×高句麗南下で一度絶滅○唐新羅連合軍の攻勢で一度絶滅

384 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:50:39
一方、新羅は「花郎世紀」を20世紀になって捏造した
プッ

385 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:52:05
百済人が先祖の一部であるとしたのは戦後しばらくしてからのことだろ
今でも古い人達は百済民族は違う民族だと思ってる
民族なんて解釈一つでどうにでもなるんだよな
節操なさすぎw


386 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 22:57:22
>>371
ちゃんと養子だと書かれてるのだから、
養子と書かれてないのは養子でないという事でいいな?



387 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 01:18:48
>>385
>今でも古い人達は百済民族は違う民族だと思っている

誰が? 韓国人が?w

韓国では百済人は韓国人の先祖だと言う認識だよ今も昔も

>>380
あのね、日本の天皇が韓国人になったことがないとか言ってるんじゃなくて

・百済人は現在の韓国人の先祖

・4〜5世紀半島南部にあった百済王家が日本列島に移り住んで日本の天皇となり
 日本を支配した(天皇、後の蘇我氏や藤原氏など)

・7世紀百済の仏教や文化は渡来した百済人によって飛鳥に建てられ飛鳥文化となった

・百済が滅亡し王族や高官達が日本に移住した

天皇を韓国人だと言ってはいない、韓国人の先祖が建てた王朝だと言ってるだけ
元は百済王室で日本に分家が出来たから日本人だ?とかではなく、起源は百済であり
百済人の王室だから現在の韓国人の先祖が建てたのが大和王権だと言ってるだけ

百済の血統を持つ日本の天皇家は勿論今は日本人だよ、日本という国があるんだからw
しかし起源をたどれば韓国人の先祖である百済人が建てた王朝の分家であり
天皇も、側近の蘇我氏や貴族達も百済人であり、それは古代の韓国人達だと言ってるだけ

韓国人の先祖達が日本の歴史を作ってきたことを誇りに思うよ


388 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 01:22:49
本来、韓国朝鮮人と百済人は別民族で、何の繋がりもないんだが、
それだと不貞韓国人どもは、外部からやってきた半島の侵略民族という事実が明らかになるから、
自分たちが百済人の子孫であると歴史を歪曲捏造したんだよ。

当の百済人たちが既に滅亡したり、日本に亡命した人たちも日本人と同化して消えてるから、
韓国の歴史歪曲捏造に抗議する百済人が居ないのが現在。

日本人が、百済人の声を代弁し、韓国の歴史捏造歪曲に抗議することも可能だけど、
今の日本のアホマスゴミ、歴史学界、政治を見てると、
そんなことはとても期待できない。

389 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 01:37:05
>>387
>天皇を韓国人だと言ってはいない、韓国人の先祖が建てた王朝だと言ってるだけ

君の説明だと、それも違うんじゃないか?

韓国人の祖先は、百済王家や高官が日本に移住した後の「残りカス」みたいな下民
でしかない。百済王家と百済民族の主体を継承しているのは今は日本民族だ。

かつて、日本民族の祖先に支配されていて朝鮮半島に残留した「残りカス」みたいな
連中の子孫が現在の韓国人でしょ?韓国人の祖先は「残りカス」で、日本民族の祖先
が百済王家以下日本に移住した百済民族。

390 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 01:52:13
>>389
何で残りカスって分かるの?
韓国人の先祖は百済人だけじゃないよ、新羅も加羅(倭人説あり)
高句麗人などが混ざって今に至っている

百済人は先祖の一民族にすぎない
それに百済滅亡後百済王族や高官達が日本に移住したが、高官だろうと
平民だろうと関係ないよ、半島南部に百済民族の王朝があったのは事実であり
誰が日本に行こうと起源は変わらない

残りカスが半島に定住していたとしても百済王朝は半島起源である以上
それは古代韓国人の王朝

そして日本の天皇家は百済王家の分家が発祥でありその事実は変わらない
例え1600年近い伝統を持つ王室であっても日本王室は百済との
関係は切っても切れない


391 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 01:55:12
韓国朝鮮人は中央アジア起源の高麗人の流れを組むもので、
半島原住民の血はあまり入ってない。

>>390
韓国人の主な祖先が、新羅、伽耶、高句麗、百済ってのは大きな間違い。

392 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 01:57:51
>>390
お前の理屈は、アメリカ人が
ネイティブアメリカンのインディアンが自分達の祖先といっているようなもの。
少なくとも、百済の支配層は朝鮮人の祖先ではない。

393 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 01:59:47
>>390
>それは古代韓国人の王朝

訳わからんw

「残りカスの子孫=韓国人」であって、そもそも「古代韓国」という概念がおかしいw
百済王朝は日本に移って継続しているんだから起源もなにも「現存」の日本民族と、
朝鮮半島で「残りカス」でしかない韓国人の祖先は、その時点で別物に分かれた
のだろう?w

394 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 02:51:13
>>393
あのね、百済人は韓国人の先祖なわけ
百済人が作った王朝は現在の韓国人の先祖が建てた王朝なわけ

例えそれが日本に渡って分家として天皇家になっても元は百済王家なわけ
分かる?w

百済人=韓国人の先祖=古代の韓国人
百済王朝=百済人が建てた=先祖だから古代の韓国人が建てた

だから天皇家の起源は百済王家であり、百済王朝は韓国人の先祖が建てたから
古代の韓国人王朝、それがどこに移されようが起源は百済

分家として分かれても起源は百済王室(古代の韓国人の王室)
サルと人間が枝分かれしても元はサル
人間はサルから進化したに間違いないだろww



395 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 03:06:35
>>394
百済王朝→百済王朝の継承者「天皇家」(現存)
百済民族→百済民族の継承者「日本民族」(現存)

残りカス→残りカスの継承者「韓国人」(現存)


百済民族は日本民族の起源。日本民族の祖先が、古代には韓国人の祖先を支配
していた。百済王朝に支配されていた下民のうち日本に移住できなかった「残りカス」
が韓国人の起源。

朝鮮半島の「残りカス」は、百済民族とは別物になったので「百済=日本民族」とは
別の系統の民族です。我々日本民族の祖先の王朝がかつて支配した土地に、下民
の子孫がまだ居るというのも感慨深いですね。


396 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 03:18:32
>>394
> >>393
> あのね、百済人は韓国人の先祖なわけ

ここがまずおかしいw
願望を大前提にして、そこから論理を組み立てようとするから
おかしな結論になる 朝鮮人に特有の思考方法だな
しかも、それがおかしなことに自分で気づいてないところがさらに重傷で、
これが一般の素人のみならず、
韓国の場合歴史学者までそろってこうだから、話にならない。

397 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 04:25:16
古代の日韓関係ってここ20年くらいで見事にひっくり返ったね。
それにしても「倭人」って言葉は朝鮮寄りの人にとっては困った言葉だろうな。

398 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 04:51:28
おいおい。
「百済人は韓国人ではない」の陰に隠れて、
「天皇家は百済人である」が当たり前になってしまったな。
それでいいのか?

399 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 05:51:18
>>395
残りカスだろうが百済人は半島起源

>百済民族は日本民族の起源

とうとう出たなこの主張
日本民族の起源は呉から大陸南部や朝鮮半島、そして日本列島に移り住んだ
倭族と言われているが半島の倭族は百済ではなく加羅

加羅から日本に大量に移住したのは紀元前であり5〜7世紀に渡来してきた
百済人や新羅人とは全く関係ない

卑弥呼の邪馬台国が倭族の王朝(加羅と同族)として誕生した後に5世紀に
百済や新羅の影響で王朝は乗っ取られ大和王権になる
これが現在の天皇の起源、古墳時代の応神天皇などは倭族ではなく
百済の扶余か新羅のワイ族、あるいは混血の可能性もある
邪馬台国から大和王権への150年あまりの空白は百済、新羅による日本侵略
が原因だと考えられている

いずれにしても百済人は日本人の起源ではない
日本列島に住みついていた倭族を乗っ取って支配したのが百済人

>>396
百済人は現在の韓国人の先祖の一民族にすぎない
ほかにも高句麗人、新羅人、加羅も入ってるだろう

半島発祥の百済人が日本に渡っても起源は半島にある
百済人が日本人を名乗っても起源は百済であることは否定できない
そして百済人が韓国人の先祖である以上、それは韓国人の先祖が日本を作ったと言っていいだろう



400 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 05:53:11
>>398
事実だよ、天皇家は百済王家が列島に移住して建てた王朝、つまり分家
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/09/post_5.html
■極東ブログ

なお新羅系とか百済系の移民とかって話ですけど、僕は古代日本人の中にそういう
「移民」がいたかどうか…って次元ではなく、古代日本人(弥生人)ぜんたいが
イコール古代朝鮮人だと考えます。
そうでなければ、弥生人は、いったいどこからわいて出たというのでしょう? 
中国渡来という声もあるが、それなら中国→南韓→西日本のルートを取ったはずで、結局は
朝鮮から来たことになるではありませんか。

クシフル岳のもとは韓国のクジボン岳で、天孫説話は扶余族ルーツであることは明白です。
ナラ・ハカタ・イズモ・ノト・ヒダなどはみな古朝鮮語で、とりわけイズモのような貧しい辺境
(失礼!)が古代に栄えていたわけは、朝鮮人の流入口だったからとしか、考えられない。

キム・ダルスは『続日本紀』中に「飛鳥人口の九割は秦氏系(朝鮮人)」の記事があることを指摘しています。
後世−現代のナショナリズムを拭い去って、日本史を冷静に見つめるなら、我々のルーツが
朝鮮半島にあることは明白ではないでしょうか?


401 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 07:11:18
半島に残った百済人は日本人になれなかった被支配民族

402 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 07:32:44
>>400

根拠もなく願望をベースにいろいろ
(「〜はず」「〜明白です」「〜としか、考えられない」)
などと語っているが、

一つはっきりしているのは

日本人のルーツが朝鮮半島に"住んでいた"民族"にも"あることは確かだけど、
その民族は
現在、朝鮮半島に住んでいる"現在の"朝鮮民族のルーツになる諸民族とは、
別の民族であること。

つまり、2000年前までの期間で考えたばあい
日本人のルーツは朝鮮半島"にも"あるけど、
日本人と朝鮮人は祖先を同じくする同祖民族ではない、ということである。


403 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 07:50:08
>>387
君は在日だね
本貫で百済系が極端に少ない理由の説明してみる?

404 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 08:00:13
本当の朝鮮人の方がまだまし
日本で育った在日は質悪いから、悪いけど俺はスルーさせてもらう

405 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 08:07:05
百済の民族構成がどうだったかははっきり分からないけど
日本に亡命した王族・高官以外の民は現地で同化して
今の朝鮮人の元になったといのは本当だろう

だが皇室が百済の分家などというのは根拠のない妄想だよね

406 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 08:18:20
新羅の王権の祖が倭の分家、ってほうがまだ史料的にたどれるのにね。

407 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 08:25:01




属国の貢后が一人いたぐらいで百済系になるかよ。




天皇家そのものが百済系とやらならば朝鮮の史書に無いのは不自然だな。
時空太閤ヒデヨシが全て燃やしたのか?

408 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 08:56:35

日本で確認できる系統
:O2a系統(4%)、O2b系統(26%)、O3系統(16%)、C3系統(1%)、D2系統(45%)、N系統(6%)

朝鮮で確認できる系統
:O2b系統(50%)、C3系統(12%)、O3系統(38%)

これだけだと、O2b+O3が共通で、その割合は日本:(42%)、朝鮮:(62%)で、
非常に共通性が多い。そのうち
O3が渡来人なら、朝鮮、日本とも漢民族が征服したことになるだけなので意味なし。
よってO2bが朝鮮系弥生人でD2縄文人を征服したというのが彼らの拠り所だった。

ところが、最新の研究で、そのO2bが日本と韓国では全く違う物であることが判明した。

http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O2b_(Y-DNA)

>Haplogroup O2b* Y-chromosomes have been detected at a similarly low frequency
> among the Koreans, but Korean males display a very high frequency of a derived
>subclade, Haplogroup O2b1* (P49). In fact, Haplogroup O2b1* comes close to being
> the modal Y-chromosome haplogroup in Korea, occurring in approximately 35% of all
>Korean males.

>A subclade of Haplogroup O2b1, namely Haplogroup O2b1a (47z), is found at a fairly
>high frequency among the Yamato people and Ryukyuan populations of Japan.
>Haplogroup O2b1a has been detected in approximately 22% of all males who speak a
>Japonic language, while it has not been found at all among the Ainu or Nivkhs of the
> northern extremes of the Japanese Archipelago.

つまり、同じO2bでも、日本人はO2b1aで朝鮮人はO2b1*と完璧に別れている。
朝鮮系の

よって、渡来人は現代朝鮮人とは全く関係なかったw

409 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 09:13:16
>>400

>天皇家は百済王家が列島に移住して建てた王朝、つまり分家

妄想でしょうか、願望でしょうか。

三国史記(百済本紀)
・397年 夏五月 王は倭国と友好関係を結び、太子の腆支を人質として倭に送った。

三国史記(新羅本紀)
・402年 三月に倭国と通好して、奈勿王の子、未斯欣を人質として倭に送った。

記録からでは、百済が日本列島に分家を立てたと読み取れる記述が無いようですが。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%83%BB%E5%80%AD%E4%BA%BA%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%96%87%E7%8C%AE


410 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 09:43:24
百済は5世紀になって大和の属国になった。
特に高句麗に圧迫され、
大和から領地を譲ってもらい熊津に遷都した475年以降は名実ともに完全属国。

411 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 11:14:20
当時の百済と在来種との人口比もわからん


412 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 13:55:02
>>399
>いずれにしても百済人は日本人の起源ではない
>日本列島に住みついていた倭族を乗っ取って支配したのが百済人


だから君の説でも、百済民族は「大和民族=現在の日本民族」の起源だろ?

ところが君は「日本民族とは、蝦夷や熊襲の事だけを指して、大和民族とは別」
とかいう訳のわからない理屈を持ち込もうとしている。

現在の日本民族=大和民族だろ?

で、大和民族の祖先が、百済民族なんだろ?

ここまで全部、君が唱えている説だよ。君が自説の中で矛盾してるから、君が
言う説は「こういう話だったんじゃないか?」と所々たずねているのだがw

まず日本民族(大和民族)の祖先は、朝鮮半島で支配階層だった百済王朝。
で、現在の韓国人は、百済王家や高官が日本に移住した後に「残りカス」の
子孫なんだろ?

私自身は、必ずしも「大和民族の祖先は百済民族」という確証を持っていない
のだが、まず君の説に沿うとそういう解釈になるはず。ところが、君の自説の中
で「百済人は韓国系」などとおかしな事を言い出した。

「韓国人は、百済民族が日本へ移住した後の、百済民族とは無関係の朝鮮半島
の残りカスの子孫」

であって「日本民族は百済系」であり、百済民族は韓国系では無く、君が主張する
「百済=韓国系」という着想は「分岐の時系列を逆に捉えて遡る」ような間違い。

413 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 15:38:05
>>379
>父系さえ皇室に繋がれば母系がどこの人間であろうと皇別だろ

それは混血に対するハードルが低いことの例だ。
その父系さえ繋がらない例を「難波忌寸」で示した。
「捨て子だろうと渡来系だろうと皇別は皇別だ」ってか?
実は私の言いたいのもそのことだ。

414 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 15:52:30
何を言ってるんだこいつは

415 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 17:41:17
>>413
>その父系さえ繋がらない例を「難波忌寸」で示した。

たった一つだね。
まるで他にもいくつかあるみたいな言い方やめろ。
皇別であるかどうか、それは家柄のことだ。


416 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 17:49:11
>>415
家柄だと言うなら例外があってはならない。
たった一つにせよ、表向きは「捨て子」で、実は「渡来系」の可能性が強い
難波忌寸がなぜ皇別なのか、それを説明して見よ。

417 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 17:53:51
>>416
馬鹿か。
家柄だから養子があってもいいのではないか。

>難波忌寸がなぜ皇別なのか、それを説明して見よ。

皇別大彦命に拾われたからだろが。

>実は「渡来系」の可能性が強い

根拠は?

418 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 18:11:39
ヒント チョソはレイシスト

419 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 18:37:03
今日は吉野家の牛丼?さぬきうどん?やっぱカレーにしよ

420 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 20:19:09
百済人は軍事力を持って列島に移住してきたのかい?
倭はその移住してきた百済人との戦いに敗北したのか?

421 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 20:29:03
今でいう政治亡命にしかすぎないのに



422 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:05:48
記紀に批判的な人&(在と本国人)は、執拗なまでに日本史料を精査するけど
当の本人達が心の糧とする、百済という国を無条件で韓国史に含めて善い物か?
ちゃんと百済人士・王族や家臣団末裔を研究してるのか?心配になるな。
高句麗の場合、中国様の東北工程の一撃であっけなく玉砕したが(笑)

423 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:16:29
>>417
>家柄だから養子があってもいいのではないか。

ほほう、家柄なら血が繋がらなくてもいいのか。
それなら天皇の万世一系だってわからないな。

>根拠は?

難波忌寸(難波吉士)氏が渡来系だという根拠が聞きたいのか?
じぶんでぐぐって見るのも面白いだろうが、とりあえず次の三つを紹介しとこう。

http://kamnavi.jp/en/settu/kisibe.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~RG1H-SMED/kisi
http://www.geocities.jp/npowaro/raku-150.htm

これを読んで渡来系であると納得したら、改めての私の質問に答えてくれ。
表向きは捨て子であり、実は渡来系の可能性が高い難波忌寸が、なぜ皇別なのか?

424 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:18:20
>>423
天皇の万系一世にこだわってるのは外人。
日本人はこだわってないよ。

425 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:35:50
天皇は日本的なお飾り君主だが、
明治維新で西洋型絶対君主に名目上しただけ。


426 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:36:03
>>423
記事:「阿倍氏遠祖大彦命。磯城瑞離宮御宇天皇御世。遣治蝦夷之時。(略)・・・異説並存。」

427 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:40:28
>>この関連性はなんだ?

歴代君主―(春秋.呉クレ、句麗に音が近い)司馬遷の史記「呉太伯世家」
1,寿夢――(第19代、寿夢じゅぼう王、扶余系、高句麗、始祖,朱蒙に音が近い)
2,諸樊
3,余祭――(百済の王姓余と関連か?王子.余豊璋)
4,余昧――(百済の王姓余と関連か?)
5,僚
6,闔閭――(コウリョ、高麗、句麗、に音が近い)
闔閭の弟、夫概の後裔夫余を氏の説有り
風俗通に[呉公子夫概奔楚、余子在呉者、因以為氏焉]
7,夫差――(夫概、夫余氏と関連か?)


428 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:41:15
呉は西暦前473年に滅亡。越は呉の後を追い都を山東半島の根本の琅邪(徐福の出地)
に移します。しかしこの越も西暦前334年に楚に滅ぼされます。
*この頃より九州北部「吉武高木遺跡」に三種の神器を持った王が現る。

*始皇帝本紀には「楚国、越国を滅ぼす」、始皇帝の『越絶書』には
「外越と内越がある」と書いてある。内越とは中国大陸にいる越で、
外越は会稽の東海の彼方にいる越で、交流を絶つべしと命ずる。


429 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:43:47
684年の八色の姓だと真人が継体以降の皇族。
『新撰姓氏録』/皇別だと真人が44人、朝臣と公を足して過半数か。
残りはすくね、首、造、連、など。皇別=皇族ではない。
あまり深い意味はなさそうだが。

430 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:46:22
>>428ごめん抜けてた。

司馬遷の史記「呉太伯世家」(紀元前585年頃 − 紀元前473年)【天皇紀2600年に近い?】
[魏略]の逸文注1)の【その旧語を聞くに、自ら太伯のすえという】
晋朝注2)の史書[晋書][梁書]の倭人伝中の【自ら太伯の後と謂う】

呉は西暦前473年に滅亡。越は呉の後を追い都を山東半島の根本の琅邪(徐福の出地)
に移します。しかしこの越も西暦前334年に楚に滅ぼされます。
*この頃より九州北部「吉武高木遺跡」に三種の神器を持った王が現る。

*始皇帝本紀には「楚国、越国を滅ぼす」、始皇帝の『越絶書』には
「外越と内越がある」と書いてある。内越とは中国大陸にいる越で、
外越は会稽の東海の彼方にいる越で、交流を絶つべしと命ずる。


431 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 21:50:24
それより諸蛮の系図捏造ヒドスw
魏呉蜀に前漢後漢晋の皇帝末裔ってwwww
整形は顔だけにしなさい!

432 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 22:30:29
>>423
>ほほう、家柄なら血が繋がらなくてもいいのか。
>それなら天皇の万世一系だってわからないな。

おまえは何故いつも一例でもって全例にまで昇華させようとする卑怯な論理を展開するのだ?
わざわざ養子と書いてる例を出すなら、
養子と書いてない例は養子でないでいいな?
ならば難波忌寸以外はそうでないという事だな。

>これを読んで渡来系であると納得したら

新羅の官位である吉士を使ってるから渡来系だという主旨だな。

半島からやって来たのだから言葉の絢では渡来系には間違いないわけだが、おそらく倭人だろう。
なぜなら新羅の景徳王は8世紀にそれまでの地名や官職名を唐風に変える変革を行ってるのだが、
その理由が地名や官職名が夷言であり意味が分からないという事なのだ。

だいたい自国語(8世紀頃の新羅語)を夷言というのは変だよな。
じゃこの夷言は何か…
日本語なのだ。
おそらく新羅建国時の倭人の影響がそのまま8世紀まで残ってたのだろう。
なら「吉士」も倭人である可能性が高い。




433 :423:2009/06/24(水) 22:40:30
訂正。
三宅吉志と間違えた。
難波忌寸が半島から来たなんてどこにも書いてないじゃねぇか。
何の証拠もねぇやアホくさ。



434 ::2009/06/24(水) 22:41:33
名前欄間違えた、432ねw

435 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 22:41:50
>>422
韓国では百済人は韓国人の祖

■韓国では日本の藤原氏は百済人

【噴水台】低姿勢
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=101133&servcode=100§code=120

日本の史学界では、百済(ぺクジェ)王族が渡っていって藤原家門を立てたという
学説が少なくない。 それなら、われわれの血筋にも奉仕の美学が残っているのは
明らかなのだが…。

>日本の史学界では、百済(ぺクジェ)王族が渡っていって藤原家門を立てたという
>日本の史学界では、百済(ぺクジェ)王族が渡っていって藤原家門を立てたという
>日本の史学界では、百済(ぺクジェ)王族が渡っていって藤原家門を立てたという
>日本の史学界では、百済(ぺクジェ)王族が渡っていって藤原家門を立てたという

436 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 22:53:56
>>この関連性はなんだ?

歴代君主―(春秋.呉クレ、句麗に音が近い)司馬遷の史記「呉太伯世家」
1,寿夢――(第19代、寿夢じゅぼう王、扶余系、高句麗、始祖,朱蒙に音が近い)
2,諸樊
3,余祭――(百済の王姓余と関連か?王子.余豊璋)
4,余昧――(百済の王姓余と関連か?)
5,僚
6,闔閭――(コウリョ、高麗、句麗、に音が近い)
闔閭の弟、夫概の後裔夫余を氏の説有り
風俗通に[呉公子夫概奔楚、余子在呉者、因以為氏焉]
7,夫差――(夫概、夫余氏と関連か?)


437 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 22:54:49

司馬遷の史記「呉太伯世家」(紀元前585年頃 − 紀元前473年)【天皇紀2600年に近い?】
[魏略]の逸文注1)の【その旧語を聞くに、自ら太伯のすえという】
晋朝注2)の史書[晋書][梁書]の倭人伝中の【自ら太伯の後と謂う】

呉は西暦前473年に滅亡。越は呉の後を追い都を山東半島の根本の琅邪(徐福の出地)
に移します。しかしこの越も西暦前334年に楚に滅ぼされます。
*この頃より九州北部「吉武高木遺跡」に三種の神器を持った王が現る。

*始皇帝本紀には「楚国、越国を滅ぼす」、始皇帝の『越絶書』には
「外越と内越がある」と書いてある。内越とは中国大陸にいる越で、
外越は会稽の東海の彼方にいる越で、交流を絶つべしと命ずる。


438 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 23:13:50
>>432
>だいたい自国語(8世紀頃の新羅語)を夷言というのは変だよな。
>じゃこの夷言は何か…
>日本語なのだ。

横レスで悪いけど、その理屈はおかしい。
たとえば、『継体紀』にみえる新羅の「上臣(まかりだろ)」は
大臣にあたる官職と注が付されているが、これを日本語で
解すことはできない。
『日本書紀』にも出てくる波珍[冫食](はちんさん)、大阿[冫食]
(だいあさん)、奈麻(なま)といった官位も同様。

自国語を夷言といったのは、漢語に引き比べての話だろう。
唐風(漢風)に改めることを良しとしている文脈での言なのだから、
変でもふしぎでもない。

439 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 23:29:18
>>438
当時の日本語で解すことができるかどうかは、
当時の日本語がよく分かってないので何とも言えないではないか。
当時とはだいたい4,5世紀と見ていいと思うが。

440 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 23:39:25
>>438
それを言うなら日本の官位名も語源的に意味不明なのが多い。


441 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 23:59:25
吉志(きし)なら音読みなんでそう発音してても不思議でないと思うが、
奈麻(なま)は訓読みなんで新羅がそんな名前の官位を持ってたのは日本の影響ではないのか。

442 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 00:00:29
>>439
その理屈でいくと、新羅の地名や官職が日本語に基づくという
>>432の主張も怪しくなる。

443 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 00:17:23
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%BE%85#.E5.AE.98.E4.BD.8D.E5.88.B6.E5.BA.A6

この新羅の官職名の読みがこの通りなら何だか日本語くさいぞ。
今でも読めるし。

444 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 00:31:15
>>441
「奈麻(なま)」も音読みだよ。

>>443
そりゃ漢字が当てられてるんだから読むことはできる。
でも、「いばつさん」やら「まかりだろ」なんてのは
日本語でどういう意味になるんだい。

445 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 00:38:33
「上臣(まかりだろ)」は6世紀に出来た官職名だそうから日本語と全然関係ないだろう。
どう転んでも上臣をまかりだろなんて読めないからこれは新羅語だろう。
しかしながら「奈麻(なま)」って日本語の発音だろう。
意味は古語なんで不明だ。

446 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 01:07:05
意味は分からないけど、発音が日本語と似通ってるから
日本語だろうってか。
奈良は朝鮮語のナラと同源ニダっていうのとどこが違うのか。

447 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 01:20:37
もしかして、後世に日本の歴史学者が新羅の官位に便宜上「日本語読み」を当てた
文献とかがあって、朝鮮人がそれを見て「ふむふむ、これはこういう読み方なのか」
と確かめもせずそのまま採用してしまったとかいうオチではないだろうなw

448 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 07:39:33
>>446
日本は建国に半島人が関わったなんて国史はないが、
新羅には倭人が関わったという国史があるので同じではない。

449 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 20:28:41
>>400
なら、日韓併合は、侵略ではなく祖国奪還だから何の問題もないよね。

むしろ、韓国人に日本人と同等の権利を与えた寛大なものだったから、
北朝鮮や韓国側が言う、日帝の侵略の謝罪と保障に応じる理由は一切ないわけだ。

450 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 20:32:22
>>449
選挙権も与えたしな。

451 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 21:33:39
>>448
神話レベルのお話を出されても、さして参考にならない。
それをいうなら、『日本書紀』には、新羅に天下ったスサノヲが
出雲に渡ったという説が載せられている。こちらこそ日本建国
に半島人が関わった格好の傍証とされそうだが(断っとくが、
私はそれを主張したいわけじゃない)。

452 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 21:41:59
>>451
神話レベルでなくて韓国の正史だろうが。
スサノオの話は神話だが、高天原を追放されて新羅に渡るのだよね。
どこが半島人なんだか…

453 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 22:03:43
半島南部には倭人が住んでいた。
そういうこっちゃ。
そうでないなら対馬には朝鮮人が住んでいるはず。
対馬海峡の両岸に倭人が住んでいたからこそ対馬は列島より半島に近いのに
昔から日本人が住む日本の領土なんだよ。

454 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 22:23:17
>>452
それをいうなら、スサノヲの話も正史に載るもの。
『三国史記』初代の新羅王は卵から生まれたそうだが、
これは歴史というより、神話の話だろう。もと倭人と
いう瓠公も同じ条に載るもので、これらを即歴史的事実
とするわけにはいかない。後代の半島人の歴史意識を
考える上では面白い材料だが。

とにかく、こちらとしては別にそんな話をしたいわけでなく、
要は景徳王代以前の官職や地名が日本語に基づく
とする言語学的な根拠を聞きたいわけで。

455 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 23:18:16
>景徳王代以前の官職や地名が日本語に基づく
>とする言語学的な根拠を聞きたいわけで。

それは俺も知りたいのだ。
上古に奈麻(なま)、吉志(きつし)とか
これに近い発音だったのなら日本語であると思うが。

456 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 23:23:55
>>454
>もと倭人という瓠公も同じ条に載るもので、
>これらを即歴史的事実とするわけにはいかない

単純な質問だが、何で三国史記の編纂者たちはこんな話を載せたのだろうね?
朝鮮にはすでに小中華思想もあったろうにすごい屈辱だよね。

俺の答えは簡単。

事実だからごまかせないと思ったのだろうw

457 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 23:55:47
脱解尼師今と神武ってのは不思議なことに時期が重なるんだよな
あと、帥升も同じ頃だw

458 :日本@名無史さん:2009/06/27(土) 18:42:16
cs:シアターテレビジョン
ただ今朝鮮のはなし


459 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 00:05:18
瓦の起源は百済なのか?タマゲタ!

460 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 00:10:05
NHKでウヨ涙目www

461 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 01:59:24
■ETV特集 日本と朝鮮半島2千年Bの概要

◎渡来人がもたらした飛鳥文化

・蘇我氏は突如出現した新興豪族であり大陸の優れた先進文物や技術、仏教の知識を持っていた古代日本の
 秦氏とともに渡来系最大氏族であった東漢氏を使って仏教や最新文化を倭国に導入し古代日本を支配した
 
・ドングック大学名誉教授のイ・キドンさんの見解では「蘇我氏は先祖に「韓子」という韓半島の女性との
 結婚した時につけられた名前や「高麗」という名前があること、海外の情勢に優れ最先端の技術を持っていた
 倭国では珍しい豪族であることから百済系ではないか」とコメントした、日本人学者は反論してない

・588年に建てられた飛鳥寺は百済人技術者が倭国に渡り建立したことが日本書紀に書かれていたがそれが
 韓国で王興寺から出た出土品や年代から証明された 577年に王興寺を建てた百済人技術者が倭国に渡り飛鳥寺を建てる
●東北学院大学大学教授 佐川正敏さん
「日本で最初の瓦を作った、きちんと指導や伝え方がないと全く技術がない当時の日本がまねることはできず
 百済の技術者たちの指導のもとに作られた」

・漢字は552年の百済からの仏教伝来以前に倭国に入っていたが百済がもたらした仏教文化によって
 広く普及する要因になった(日本の漢字文化の普及は百済の仏教文化の導入)

・法隆寺の金堂釈迦三蔵は飛鳥文化を代表する仏像で聖徳太子の死の翌年に完成した
 作者は止利佛師(とりぶっし)、祖父は百済からの渡来人司馬達等の子孫であり日本で初めて作られた
 飛鳥太仏も止利佛師の作品である
 この仏像様式は受け継がれ「止利様式」と言われるようになった
●早稲田大学教授 大橋一章さん
「渡来人の力がなかったら何もできなかった、彼らが古代の日本人を養成して工人にした」

・当時、文字を使って朝廷の行政を担っていたのは「史於」(フヒト)と呼ばれ、そのほとんどが渡来人だった
●日本古代史が専門で渡来人の歴史に詳しい加藤謙吉さん
「百済、新羅、高句麗、あるいは中国大陸からやって来た人達が「史於」(フヒト)と呼ばれる組織に所属して
 律令制の主要な役所の文書を担当し力を発揮した、彼らは日本における律令国家の基礎を作ったた」


462 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 02:02:44
「結論」

1 蘇我氏はその名前の由来からも元々百済人であり配下に置いていた渡来人氏族である東漢氏から仏教
  に関しての知識を得て仏教に傾倒していき倭国に仏教を導入した

2 飛鳥寺は王興寺を建てた百済人技術者が当時何もできなかった倭人を指導して作った
  
3 日本の国宝級の仏像も百済からの渡来人の子孫である止利佛師(とりぶっし)によって作られた
  
4 古代日本の漢字文化普及は百済仏教が倭国に入ったおかげである

5 仏教、建築、仏像、だけでなく律令にいたるまで日本の基礎を築いたのは「史於」(フヒト)と呼ばれた
  優秀な渡来人達だった

つまり古代日本は百済人や渡来人が作ったそういう結論だろ
NHKでこんな番組が作られるなんて日本はいい国だよw
韓国ではあり得ないね(笑)


463 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 02:17:13
渡来人=フヒト=不比等=藤原不比等

やはりな・・w


464 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 09:07:47
蘇我蝦夷はアイヌ人という事になるな。w

465 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 09:44:02
蘇我馬子は動物、和気広虫は昆虫

466 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 12:03:08
秦氏や東漢氏のような優秀な渡来人が一族ごと日本に来てくれたので、
半島には残りカスしかいなくなったわけだw

467 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 17:54:15
>●東北学院大学大学教授 佐川正敏さん
>「日本で最初の瓦を作った、きちんと指導や伝え方がないと全く技術がない当時の日本がまねることはできず
> 百済の技術者たちの指導のもとに作られた」

>●早稲田大学教授 大橋一章さん
>「渡来人の力がなかったら何もできなかった、彼らが古代の日本人を養成して工人にした」

>●日本古代史が専門で渡来人の歴史に詳しい加藤謙吉さん
>「百済、新羅、高句麗、あるいは中国大陸からやって来た人達が「史於」(フヒト)と呼ばれる組織に所属して
> 律令制の主要な役所の文書を担当し力を発揮した、彼らは日本における律令国家の基礎を作ったた」

日本人学者が言ってるんだから公平に判断して事実なんだろうな
しかし百済が倭に朝貢してたことや人質を差し出していたことはスルー
任那日本府でも加羅地域の前方後円墳についてはスルー
韓国側の不利になるような資料は全部スルー
台湾問題の番組でもそうだがNHKって何でこんな自国に不利になるような
番組作るんだろうな、国民の税金使ってるくせに
これが韓国ならあり得ない

468 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 18:05:57
第3回にでていた日本側の学者は
帰化人が差別にあたるから渡来人にすべきと言い出した人

469 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 18:12:41
当時に中国と接してきた国なんだから中国文化が相当に蓄積されてたんだろ
それだけの話
で、百済人って誰?w

470 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 20:01:44
百済人もなにもできなかった時代がありました
中華に支配された楽浪がなかったらずっとなにもできないままでした

471 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 20:45:12
飛鳥寺が完成したときに蘇我氏200人余りと朝廷、大官などが
百済の衣装、百済の髪型にして盛大に祝ったと記録されてるって
日本の学者が言ってたな

日本で初めて朝廷の命で作った九重の塔も「百済大寺」って名前だし
百済人に肩入れしてたのは事実みたいだな

472 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 20:57:51
その百済文化を祖先が破壊した現在の朝鮮民族は反省するべき

473 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 21:20:12
百済人は滅亡したんだね。

474 :日本@名無史さん:2009/06/29(月) 21:21:38
百済のコスプレしたって書いてあるってことは、明白に倭の風俗とは
別だったと当時の人が意識していたってことだよね。
そういえばアマデウスでは当時社交界でトルコ風の衣装が大流行したって
描写があったっけ。

475 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 00:03:35
渡来人の役所=「史於」(フヒト)=不比等=藤原不比等

蘇我氏だけでなく藤原氏も渡来系豪族でOK
藤原氏が渡来系なら天皇には確実に外国の血が入ってる


476 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 00:09:18
>>475
「外国」というより、「百済=大和民族」は現代日本人の祖先だろ。

百済と、朝鮮民族(現代韓国人)との繋がりは無いし。

477 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 00:13:57
>>475

市ね。
外国の血ったってD2であろうがO2bであろうが外国なんで意味ねぇよ。

「史於」(フヒト)=不比等は単なる類似。

藤原史於にすればよかったのに何でしなかったんだろう?
さらに自分を渡来系と公言すればよかったのに何でしなかったのだろう?



478 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 00:15:49
音読みで同一だからっていう理由で連想ゲームされても困る
漫画だ

479 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 00:24:19
今時マンガだってそんなレベルの語呂合わせしません

480 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 01:00:44
不比等の実父は天智天皇。豆知識な。

481 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 02:13:18
ETV日本と朝鮮半島2千年B見たけど

韓国のイ・キドン名誉教授のあの勝ち誇った態度が忘れられない

「蘇我氏はその名の由来からも百済系だと私は考えています」

「仏教は中国から百済に持ち込まれましたが百済には百済の個性があります
 日本はその百済の仏教を受け入れたのです」

「百済が滅亡する100年前後に日本の飛鳥文化に多大な影響を与えたことは
 とても感激深く思います」

日本人学者は

「飛鳥寺のお披露目には蘇我氏や天皇達貴族が百済の衣装、百済の髪型
 をして盛大に祝った」とか

「渡来人がいなければ何もできなかった、彼らが全部指導した」」とか

「フヒト達渡来人が日本の律令の基盤を作った」とか

「漢字文化が日本に定着した要因は百済からの仏教導入」とか
日本に否定的なことばかり言ってた、さすがNHK

482 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 04:02:46
百済人の言語や文化、週間、風俗に何も関心もなければ、そんなの知ったこっちゃないってのが
必死で百済人が日本に文化を伝えたと申すのが
いとおかし。
それよりも、百済人とは?
まずここからだよ。彼らの事をまるで知らず、彼らの文化をまるで伝えていない人々が
何を言っても説得力がないよな。


483 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 04:09:08
つうか百済人は倭人、漢人、新羅人、高句麗人と
どう文化や週間、言語なんかが違うのか?
百済人とはこういう人達だって言える人間いないだろ

484 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 04:34:11
>>481
>日本に否定的なことばかり言ってた、さすがNHK

それは説として定かではないものを断定的に言ったところは問題だけど、別に
万が一その説が事実だったとしても必ずしも日本に否定的な訳ではないでしょ。

もともと日本としても、何らアホ朝鮮人みたいに「漢字の起源は日本だ!」とか
「仏教の起源は日本だ!」とかいう狂った事を言ってる訳でもないのであって、
その信憑性の薄い「何でも百済のおかげ」という説が万が一事実でも何ら日本
としては不都合なところは無い。

485 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 12:04:15
半島はストローに過ぎないんだが


486 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 12:07:17
中国=精巣
韓国=尿道
倭国=口w

487 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 13:06:43
>>484

NHKも朝生と同じ。
アンケートで8対2の割合と結果が出てるようなテーマでも、
同数の論客を揃えて、さも逼迫してるかのような演出をするんだ。

488 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 18:25:57
>>483
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶

489 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 19:53:54
漢字は百済人が日本に伝えたのです
えっへん

って言われもな

490 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 19:57:53
>>489
その百済人を
我々の祖先は滅亡させ
その文化を破壊したのです。
えっへん

ってくらい言って欲しいよな。

491 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 20:07:51
百済人が発明したものを言ってみろや。

492 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 20:15:51
当の百済は南朝文化に心酔してたってのに。


493 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 20:46:52
倭の五王の時代から遣隋使を送るまでの約120年間、
倭と中国王朝との接触は記録されて無いからなあ。
まあ、実際、百済には色々教えてもらったんだろうな。

494 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 20:48:35
結局百済の文化は日本にしか残ってない。

495 :日本@名無史さん:2009/06/30(火) 20:50:46
3秀吉の時代に朝鮮出兵時に連れて帰った朝鮮白磁器の朝鮮人陶工を厚遇したからといって、李氏朝鮮を尊敬してたとか聞かない
倭の時代に百済の各専門家を厚遇してたからといって、人質とったり格下扱いしてた百済を尊敬してたとかねーよw

496 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 00:43:11
わかった。韓国滅ぼして百済再興するのが日朝関係にいいということだな。

497 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 00:54:39
百済から伝わった仏教が本家本元(中国)のものと
どうも違うぞ・・・ということで
正しい仏教を学びに行こうって遣隋使になったって
うちの寺の坊さんがいってたな

498 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:27:56
ま、古代日本の貴族達は百済系だというのはその通りだと思う
蘇我氏や藤原氏もね、つまり日本を支配してたのは百済人だったということになる

藤原氏まで百済人なら娘を嫁がせたりしてたんだから天皇にも百済の血が入ってる
韓国人学者の言う日本の天皇家も百済王家から分家して日本列島に移り住んだ
って説もあながちウソとは言えなくなる
蘇我氏が突如出現した古墳時代と大和王権ができる頃と時期的にも一致してるし

日本人のプライドを守るためにも日本に残された切り札は

「百済人は倭族であり日本人の先祖だった」

という説しか残されてない

韓国人学者が孔子は韓国人だったとか堂々と主張してるんだから
日本人学者も「百済は倭族の王朝、韓国人とは無関係」とか主張すればいいのに
やらないんだよな

たぶん証拠がないんだと思う
百済人が日本人ならすべてがひっくり返るわけだが


499 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:35:46
>>497
>仏教が本家本元(中国)のものと

仏教の本家本元はインドだけどなw

玄奘三蔵が「中国の仏教は本家本元(天竺)のものと
どうも違うぞ・・・」ということで、天竺の経典を持ち帰り
翻訳した。

まあ日本の仏教の直接の源流は中国仏教だね。

500 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:37:57
>>498
>藤原氏まで百済人なら娘を嫁がせたりしてたんだから天皇にも百済の血が入ってる
>韓国人学者の言う日本の天皇家も百済王家から分家して日本列島に移り住んだ
>って説もあながちウソとは言えなくなる

この二つは全く関係のないことじゃないか
上が成立しても、下は成立せんだろ。

501 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:41:45
>>498
>藤原氏まで百済人なら娘を嫁がせたりしてたんだから天皇にも百済の血が入ってる

それは十分な確証が無く定かでないのでは?NHKの偏向報道を真に受けてはいけない。


>韓国人学者の言う日本の天皇家も百済王家から分家して日本列島に移り住んだ
>って説もあながちウソとは言えなくなる

それは飛躍しすぎ。仮に、藤原家が百済系でも、天皇家の由来とはまた別だろう。

「もし藤原=百済系なら」という前提で、「摂関政治時代以降の天皇」には藤原家の血も
入っているから「その仮定では、藤原=百済系の血が天皇にも入っている」と言えるが、

それを理由に、

それ以前の世代の天皇まで「藤原=百済系の血」が入っていると言い出したら、系図を
逆さまに上っていくような無理があって、まるで話にならない。

502 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:43:04
魏志東夷伝 邑婁 >>古代韓民族成りすまし邑婁人(現在韓国人)発見<<

穴居生活、豚の飼育、住民は不潔で家の真ん中に便所を作りそれを囲むように暮らしている。
・・・、これは明治時代の日本人の朝鮮観察とほとんど同じだ。

射撃が上手・・・これも同じだ。
漢の時代から夫余の家来となっていた。夫余が重い税を課したので黄初年間(220年〜226年)には反乱を起こした。

掟や習わしにはもっともルールが欠けている民族である。
・・・これは朝鮮人の先祖に間違いない。

>>204 『晋書』粛真・邑婁伝には下記も載ってるよ!

坐るときは両脚を投げ出して座り、足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる

風俗は皆、髪を編み(女官の髪型)、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る。


503 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:44:15

       晋書  『粛慎、邑婁伝』
井戸も釜戸もない、?(むしき)を作り、四、五升は食べる。坐るときは両脚を投げ出して座り、
{{足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。}} 凍った肉はその上に坐って暖める。
土には塩も鉄もない(前漢代の塩鉄なら専売制度を意味するが)。木を焼いて灰を作り、その灰汁
を注いで、これを食す(意味不明)。

 風俗は皆、{{髪を編み(女官の髪型)、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る}}、径は尺余、これで前後
を覆う。嫁を娶るときは、男が毛羽を女性の頭に挿し、女性を連れて帰る。その後に婚礼をする。
妻は貞淑だが(未婚)女性は淫乱、若尊老卑。死者はその日に野原で葬儀を行ない、木組みの小さな
槨(ひつぎ)を作り、豚を殺して、その上に積み、死者の糧(かて)となす。


504 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:48:46
>>498
>韓国人学者が孔子は韓国人だったとか堂々と主張してるんだから

それはキチガイ韓国人だけが主張している荒唐無稽なデマでしかない。


>日本人学者も「百済は倭族の王朝、韓国人とは無関係」とか主張すればいいのに

百済だけが大和民族の祖とも思えないが、歴史的な経緯から考えても、
「百済は倭の属国」だったからこそ、亡命先として日本を頼ったのだろう。
百済王族など百済民族は、その時代に日本に帰化しているから現代の
「日本人の祖先」としても一定の割合が含まれているのは確かだ。

あと、朝鮮半島では百済民族は滅ぼされているから、

「百済が韓国人と無関係」

というのは間違いないのでは?韓国人は半島で滅んだはずの百済民族
と何か関係があると思ってるの?その根拠は?

505 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:52:41
昔の民族や文化で朝鮮半島にあったまともなものは
日本にしか残ってないと、、、。
今の朝鮮民族の祖先が、民族も文化も滅ぼしちゃったんだね。
全く、、ろくなことしねぇな。

506 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:54:37
>>488
最悪だよな。百済人の文化や習慣、言語なんかを研究して復活させないと意味ないよな。
百済人の事を何も知らん奴らに、文化を伝えたと力説されてもなあ。

507 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 01:57:05
>>505
>今の朝鮮民族の祖先が、民族も文化も滅ぼしちゃったんだね。

王族や知識人が日本に亡命してしまったから、半島には下民のカスどもしか
残らなかったのでしょう。土人しか居なければ文化が滅ぶのも仕方ないよ。

その下民のカスどもの子孫が現代韓国人なんだから、百済民族とは無関係
だろう。どうみても。

508 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 02:03:27
もし百済が本国で倭が属国、植民地のような関係なら、百済自体が危ない段階で倭に遷都するなり、堂々と倭の王族を退けて百済王族が倭の王族になってるだろ。
史実が亡命である以上、対等かそれ以下の関係だったという事だよ。
百済が宗主国なら倭に百済進駐軍ぐらいはいたろうしな。

509 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 02:15:11
紀元前108年から313年までの400年間、朝鮮半島は楽浪郡の影響下にあって、
その時代は百済も新羅もたくさんの部族の一つにすぎないんじゃなかった?
南下した高句麗に楽浪郡が滅ぼされ、この高句麗が339年に前燕との敗北で一時的に冊封下に入り、
半島に権力の空白地帯が生まれたため百済の勢力が拡大したんじゃないの?
391年には既に倭が半島に進出してるみたいだし、この当時の百済に海を超えて影響を及ぼせる力あるの?

510 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 02:15:17
>>499
本家本元って言い方が誤解を生んだのなら
あやまるよ
言いたかったことは百済仏教は当時の最先端の中国仏教とは
違ってもう古くなってた
といいたかった
日本だって真摯に仏教を学びたいと思ったっていうよりも
仏教に伴ってくるもろもろの技術や
最先端の学問を教えてもらいたくて
わざわざ髄まで行ったんだろうと

511 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 02:17:42
何十年後かには、日韓併合で日本に渡来してきた朝鮮人が20世紀後半の日本の経済的繁栄を築いたと主張しているかもね。
なにせ根拠はいらないんだから。

512 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 02:19:44
>>477
藤原史
と書かれてる時も有るそうだ。「ふひと」と読むらしい。

513 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 02:49:45
>>509
もし百済人の先祖達が東シナ海周辺に海づたいにやって来た部族なんかだったら、国としての影響力とか抜きに、広く交易や人、物品の交流はあったろうね。
大陸系の人達なんだろうか?海洋系の人達なんだろうか?

514 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 02:58:58
魏志東夷伝 邑婁 >>古代韓民族成りすまし邑婁人(現在韓国人)発見<<

穴居生活、豚の飼育、住民は不潔で家の真ん中に便所を作りそれを囲むように暮らしている。
・・・、これは明治時代の日本人の朝鮮観察とほとんど同じだ。

射撃が上手・・・これも同じだ。
漢の時代から夫余の家来となっていた。夫余が重い税を課したので黄初年間(220年〜226年)には反乱を起こした。

掟や習わしにはもっともルールが欠けている民族である。
・・・これは朝鮮人の先祖に間違いない。

>>204 『晋書』粛真・邑婁伝には下記も載ってるよ!

坐るときは両脚を投げ出して座り、足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる

風俗は皆、髪を編み(女官の髪型)、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る。

515 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 03:00:02
       晋書  『粛慎、邑婁伝』
井戸も釜戸もない、?(むしき)を作り、四、五升は食べる。坐るときは両脚を投げ出して座り、
{{足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。}} 凍った肉はその上に坐って暖める。
土には塩も鉄もない(前漢代の塩鉄なら専売制度を意味するが)。木を焼いて灰を作り、その灰汁
を注いで、これを食す(意味不明)。

 風俗は皆、{{髪を編み(女官の髪型)、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る}}、径は尺余、これで前後
を覆う。嫁を娶るときは、男が毛羽を女性の頭に挿し、女性を連れて帰る。その後に婚礼をする。
妻は貞淑だが(未婚)女性は淫乱、若尊老卑。死者はその日に野原で葬儀を行ない、木組みの小さな
槨(ひつぎ)を作り、豚を殺して、その上に積み、死者の糧(かて)となす。


516 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 03:25:17
>>505
例えそうであっても韓国人は

「それは韓国人の先祖である百済人や新羅人、高句麗人同士の戦い」
つまり韓民族の中での争いという概念だから百済が滅んだことは関係ない
滅ぼうが残っていようが日本の飛鳥文化に大きな影響を与え、日本人を指導し
文化を伝え先進技術を教育したのは自分達の先祖だと言い張るだろう

>>507
百済滅亡後、日本には3500人余り亡命してきてそのほとんどが王族、貴族達や
高官、文官で高い知識のある人達だったようだけど、例え残りカスでも
そこに定住していた百済人もいるんだから全く関係ないとは言えないだろ
統一新羅によって吸収されたとはいえ百済人の子孫が今でもいるだろ
半島南部の周辺に、そこに百済の子孫がいる以上韓国人と無関係だと
言う分けにはいかないのでは



517 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 04:03:05
なーんか日本史変だな、日本人がシラギ人て事わ言わねえし

518 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 04:48:36
>>516
ま今の北アフリカの人々がローマ帝国のラテン人達と、まったく無関係とはいえないよな。
今のエジプト人達がピラミッドが何なのか意味不明でも、彼らの先祖が作ったものだもんな。

519 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 04:54:46
>>518
吉村さんが言ってたけ最初のピラミッドってエジプト人が作ったんじゃないそうだよ
外国人だってさ

520 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 07:08:24
現代のスペイン人がグラナダ文化を誇るのはまだいいんだけど、
レコンキスタ後に北アフリカに花開いた亡命ムスリムやユダヤ人たちの
文化について真顔で「我々スペイン人の御蔭で北アフリカは文明化したのだ」
って言ってるのを聞かされるようなものではあるよね。

521 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 07:41:31
たまに日本人の中にも、今その土地に、この国とこの民族がいるんだから、千年前二千年前から、その土地には今いる民族の先祖がいたんだと勘違いする人はいるみたいだね。
これは極論だが、今のアメリカ合衆国の白人の先祖が千年前はアメリカ大陸にいた人じゃないとか、わかってるよね。


522 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 08:47:34
>>512
だからって何だ?
単なる名前。
蘇我蝦夷や小野毛人はアイヌなのか?


523 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 20:53:19
百済、新羅に関する記録は

隋など中国の記録・・・・百済や新羅は倭を大国として崇めている
高麗の記録(13世紀の記録が最古)・・・・・百済や新羅は倭の属国で、倭に人質も出していた

彼らは客観的に記しているはずだ。自分と関係ない王朝だから。
第三者の立場から見て、百済や新羅は倭の属国であったとされているんだから
倭人は日本人以外に存在しないよな。
日本人を倭人と呼び続けてきたのがほかならぬ朝鮮人だから。

早い話、古代朝鮮半島の少なくとも南部は倭人=日本人の属国だったと言うことになる。

524 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 20:55:36
百済人がふらっときて土着の豪族を武力でおしのけられるわけもない。
ばらばらにやってきて倭人の豪族に知識を切り売りしながら居候して倭人化していったのだよ。
百済系人一世の立場は豪族の客人扱いだったかもしれないが
二世以降は混血化し特別扱いされていなかっただろう。

525 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 23:10:35
「蝦夷」みたいな名前って、悪い意味の言葉を名前に付けることによって
魔除けになるという考えから来ている、と聞いたことがある
奈良時代にも、藤原小糞女って名前の天皇の妃がいた
すると、名前に「韓子」って付けられることが、当時の「韓」という文字の持つ意味を
端的に語っていると思うのだが
良く言って「よそ者」みたいなニュアンスじゃないのかね?


526 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 00:11:49
>>525
藤原小糞女ワロタ!

>良く言って「よそ者」みたいなニュアンスじゃないのかね?

その通りでしょう。



527 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 00:29:11
レコンキスタしよう。半島南部は日本固有の領土だ。もちろんは今住んでるやつらはいらないよ。

528 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 06:06:24
>>523
しかしETV日本と朝鮮半島2千年Bでは中国の史料などスルー
日本書紀に書かれている百済、新羅が倭に朝貢していたという史料もスルー

韓国人学者がETV朝鮮半島2千年の初回に中国の史料から倭人が
魏に奴隷を差し出していたとして 加羅にも鉄を得る代わりに奴隷を差し出した
とか言ってたな


529 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 06:37:48
>>522
大馬鹿野郎か?

>>477の言うような単なる「類似」ではないということだ。
史=ふひと=不比等
否定するのに必死なのはわかるが、そのものの字を使用しているのだボケ。
だから何?名前だろ。・・・・その通りだ。名前で出自がわかるわけ無いわな。
ただ、「類似」で終わらせる馬鹿さ加減を知れ。
名前をいい加減に名乗るのかよ。
お前の名前はいい加減で適当なのか。両親のなんの気持ちも込められてないのか。可哀想に。

530 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 07:01:10
ふひとは「ふみひと」(文章を操る人)が転じた普通名詞でしょ。
役所の名だとか人名だとかはそこから派生して使われてるだけで。

531 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 07:20:53
>>530
単なる類似とか書いてるからね。
いい加減な命名をするわけ無いだろと言うだけ。
当時、名前ってそんなに軽いものじゃないだろ。

「ふひと」はそれその物をイメージして命名しただろってこと。「史」まで使ってるし。
バックグラウンドの思想は知らん。
しかし、あえて無視する態度がねぇ。

532 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 08:04:06
文章が書ける、っていうのは漢文ができることなわけで、帰化人(渡来人)が
重用されたのはその通りだろうけど、名前まで「漢文できます」なんて名乗る
のは、むしろ「うまく漢文ができないのが普通な集団」に属する人の発想の
ような気もするけどね。
「山田バイリンガル」「鈴木ノバ」っていうあだ名はありえても、アメリカ人
が「英会話できます」とかわざわざ言うなんて考えられないし。
古代は事情が違うのは分かってるけど。

533 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 08:05:25
>>532
そうなって欲しいとかね。

534 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 08:37:09
>>529

「大馬鹿野郎か?」と煽りながら、
「その通りだ。名前で出自がわかるわけ無いわな。」かw

535 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 16:22:01
漢字で考えるなら、半島出身者など居ないことになるぞ。

韓ってのが、大陸出身を表す漢字のはずだろ。
半島が韓の出自なわけが無いんだから。
半島が故郷と言うのがそもそもおかしな考え。
半島土着の人間が、何で「韓」民族など名乗るんだ。

倭をヤマトと土着の名で読むから、ヤマトは土着だとわかるが
韓はハン以外に土着の発音で呼んでるのか?
土着の発音が無いなら、韓民族ってのは中華大陸出身だろう。

536 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 17:28:52
>>534
罵られている部分が判らない様ですね。

537 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 18:51:20
>>536
>522のどこに「類似」なんて言葉があるんだハゲ。

538 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 19:47:13
いや「ふひと」と名乗ったのは、単に律令関係の仕事やってたからじゃないの?
若い時は別の名前で、律令の仕事に携わるようになって改名したのかもね
それから、古代において文章いじるような事務的仕事ってのは
むしろ下っ端のやる雑務みたいに思われてたんじゃないかって気がする
蘇我・大伴みたいな名門豪族が、その手の仕事に携わったとはあまり聞かないのだが

539 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 23:31:20
いや、フヒトはやっぱり不比等と関係あるよ
「史於」(フヒト)は主に朝廷組織の文書担当係みたいな機関だから
大陸の漢文とかに詳しい渡来人達が働いていた役所

藤原不比等という名前はこの「史於」(フヒト)で働いていた人物から
取ったものと考えられる
藤原氏の出生も蘇我氏同様謎に包まれてる
鎌足の子孫だと言っても鎌足自体が謎だし、フヒト出身者でもおかしくないだろう


540 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 23:40:35
>>539
>謎に包まれてる

永遠に言っておけw

541 :日本@名無史さん:2009/07/02(木) 23:56:54
史於なら藤原史於でいいじゃん
もう、そういうことにしろよ
教科書から何から全部書き換えりゃいいじゃん
面倒臭い

542 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 00:02:13
>>537 やはりアホだ。

最初のレスは更に前の>>477に付けてるんだよ。
流れを無視してしゃしゃり出てるのは誰だボケ。
割り込むなら遡ってレスを読め。

543 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 00:05:48
イルカはイルカ属なんだよ
ふひとは渡来族なんだよ

もうね、いい加減にしろや

544 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 00:21:44
>>542
なら>>477にリンクしておけボケ。

藤原が渡来系と証明できなくて残念だなw
頑張れチョン!

545 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 00:36:11
>>544 はぁ?自分の不注意を他人の所為かよ。
>>522に付けた>>529を読んで無い様だな。遡れと指摘されたこの状況で。
まさしく間抜けの見本だな。お前の目は節穴だな。

>>477のような半島に関連がありそうだと脊髄反射で書き込む馬鹿が多くてうんざりしている。
簡単に思考停止しやがって。

546 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 01:07:28
>>545
リンクミスはおまえの不注意だろうがボケ。
で、おまえは何が言いたいんだ?
藤原も蘇我も渡来系と言いたくてウズウズしてるのだろ?w

残念だな。

547 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 01:13:57
>>546
リンクミスなど無いのだが。被害妄想か?
ちゃんと>>522へのレス>>529>>477があるのだが。
実体は日本人かもしれないが、お前の行動様式は朝鮮人だな。

まず>>529を読めそこに書いてある。

548 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 01:38:01
IDもでないのに>>522>>477が同一と決め込んでるのはお前の勝手だし、
流れとやらを勝手に作るな。
>>522は類似と言っねぇだろうがボケ。

549 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 02:28:08
>>548
IDは出ないが遡るのは簡単だろ。自分が返そうとしているレスが、どんなレスに付けられたのかぐらいは読めよ。
大きく関係するんだから。

それと
>>529
>>477の言うような単なる・・・・
と別人の言動の引用とわかるように書いているが?

>>522>>512の内容を勝手に判断して、蘇我蝦夷を単純にアイヌ出自に結び付けるのと同等に捉えてるんだろ。
で、単純な結び付けを否定してそこで終わり。何の発展もなし。
脊髄反射過ぎて、そこを大馬鹿野郎か?と書いてるんだが。

「類似」に拘ってるようだが>>477と単純に結びつける点で同等だよ。

550 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 02:30:38
>>549
最後の行
×「類似」に拘ってるようだが>>477と単純に結びつける点で同等だよ。
○「類似」に拘ってるようだが>>477と単純に結びつけ、否定する点で同等だよ。

551 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 02:39:27
>>550
再修正。もうだめかも
×「類似」に拘ってるようだが>>477と単純に結びつけ、否定する点で同等だよ。
○「類似」に拘ってるようだが>>477と出自と単純に結びつけ、否定する点で同等だよ。

552 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 03:01:52
ふひと(ボク漢文ができるんだよ!だから名前も漢文の達人っていう意味なのさ)
不比等(他に並ぶ者などいないぐらい凄い奴なんだよ!
こんな当て字を思いついちゃうボクって天才だよね、そう思わない?エッヘン)

こうですか?分かりません。

553 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 03:17:59
藤原氏は百済系
韓国でもそういうことになってるしw

■韓国では日本の藤原氏は百済人

【噴水台】低姿勢
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=101133&servcode=100§code=120


554 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 03:22:50
>>553
>韓国でもそういうことになってるしw

韓国が根拠無く勝手な事を言うのは、いつもの事だから、何一つ信憑性の足しにもならないw

555 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 03:29:45
>>552
上の方でも言ってる人が居るが、「蘇我蝦夷」の「蝦夷」とは、一説にアイヌ人とも
言われる「当時の日本の東北地方の民族」を指すのだが、

これを証拠に「蘇我蝦夷=アイヌ人」説を唱える事に妥当性があると思えるか?

「蘇我蝦夷=アイヌ人」

「藤原不比等=百済人」

短絡的に言えるのかどうか?どう思う?

556 :522:2009/07/03(金) 03:55:00
自分は「これは渡来系じゃないだろうな」と思って522を書いたんですが。

557 :552:2009/07/03(金) 03:55:49
こっちでした

558 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 04:37:10
蘇我蝦夷
小野毛人
佐伯今毛人

日本古代の貴族はアイヌ系の人が多いようですね

藤原馬養
藤原鳥養
大伴牛養

日本古代の貴族は牧畜やってた人が多いようですね

藤原魚名
大中臣諸魚
県犬養鰹魚麻呂

日本古代の貴族は漁師やってた人が多いようですね



559 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 08:36:43
漢字が入ってきた頃ならともかく、
不比等の時代なら達者に使える日本人も沢山いただろうから、
フヒトだから渡来系なんて短絡すぎ。

560 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 11:38:56
そんなこと以前に、百済の首都は漢城で、百済からに帰化人は東漢氏を名乗っていた。
韓は中華の地名、人名。
朝鮮という名を歴史上初めて名付けたのも、半島に殖民した漢人。

漢人以外には、当時の人口から見て倭人しか居ないように記録されている。
極僅かの半島王族の自称フヨ族もいたか。

ってことは、そもそも中華と倭の文明のみ東アジアに存在していて
半島固有の文明や名前や民族などいまだかつて一度も存在して無いことになる。

かれらに、固有の発音の名前と民族名が無いことは致命的だろう。
韓も朝鮮も漢音しか無い。

倭はヤマトと独自の発音で呼ばれている。もしワしか発音が無かったら
ヤマト民族は中華の人間ということになるが
ヤマトという発音、独自の人名の発音があるから、中華と違う民族だと世界から認識されているわけだ。


561 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 14:58:49
百済人は自国を「くだら」と呼んでたのか?

562 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 16:33:21
>>561
百済からの亡命してきた人は
「本当は○○と呼んでいたのに」
とか書き残してないのかねぇ。

563 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 17:37:11
衛満も、燕の人だよね。

564 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/03(金) 18:47:42
>>561
そもそも百済、新羅を建国したのが倭人だよ
漢人は「弁韓」とか「辰晋」って漢字では書いてたよ
で「倭國」とも書いてたし


ただ読み方は
平壌→ピョンアン
漢城→ソフル
釜山→プザン
だよ




565 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/03(金) 18:52:19
>>562
モンゴル帝国や、清王朝を例に見てみりゃわかるじゃん

元・武皇帝
モンゴル・チンギスハーン
清・伯太子
マンジュシュ・アイシン・ギョロ・ヌルハチ
だよ

米国 黒人君主
これだってアメリカのオバマプレジデントだよ

566 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 19:12:12
>>564
>漢城→ソフル

うそつけ。ハンソンじゃ。
ソウルは都という意味だ。

567 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/03(金) 19:19:27
>>566
だから「ハンソン」は単に漢字を訓読みすると「ハンソン」ってだけだよ
朝鮮半島は今はハングル文字とかを使ってるけど、プザンにしろピョンアンにしろ、ちゃんと昔からの漢字表記があるんだよ


ピョンアン→平壌
プザン→釜山
で、とりあえず「ソウル」の漢字を調べてきてみ?
ピョンアンオリンピックなら平壌五輪
ソウルオリンピックも漢字で書けるんだよ


他には半島には「洛陽」や「江南」や「梁」や「晋」や「髄」や「加耶(加羅)」って地名もあるよ


568 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/03(金) 19:22:10
そもそも嘘かどうかなんて、ちょっと調べればわかるじゃん

漢川があるのも韓国だってば

そもそも韓国(ハンゴク)ってのは、漢國(ハンゴク)って意味なんだっての

569 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 19:35:23
>>567
何いってんのかさっぱりわからんが
ソウルには歴史的な漢字表記などない。

570 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 19:50:04
漢陽・漢城・京城はソウルとは読めないよ。
ソウルはもともと首都って意味で、最近漢字表記を定めたらしい。
漢陽・漢城・京城をソウルと読むのは、東京を「しゅと」と読むのと同じことだよ。

571 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/03(金) 20:33:56
>>570
だから読み方に漢しては漢字ってのは日本見たいに音読みを当てなきゃ発音は音読みでしか発音しないってば

例えば「元」って字は、日本見たいに漢字の訓読みがない朝鮮や支那では「ゲン」としか発音しないよ

例えば清の皇帝の名前も漢字で書けば「愛親覚羅扶儀」だよ
で、この漢字の発音も訓読みのない大陸では「アイィ・シィン・カァク・ライィ・フウ・ギイィ」だよ

ただ清の皇帝の名前は
「アイシン・ギョロ・ヌルハチ」
だよ



572 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 20:40:22
美濃もん太 ◆hF.jG29Cew

こいつ日本語が著しく不自由

573 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/03(金) 21:07:17
>>570
あと時代ね
ソウルが漢城の漢字表記を止めたのは太平洋戦争後だよ
中華人民共和国が「支那と呼ぶな」て、支那表記を拒絶し、国民全体を自称漢族と主張したのも太平洋戦争後だよ
ちなみに漢は支那でも朝鮮でもなく、朝鮮半島にいた古代漢民族の事だよ
元は、モンゴル民族のチンギスハーン帝国。北京を開拓してモンゴル帝国は北京を帝都としてたんだよ
清は朝鮮半島河北部の真女族(マンジュリ)のギョロ・ヌルハチ王の建国した王朝だよ
ちなみに「ソウル」って発音は、日本語の「蘇冨里」から来てるんだよ
漢人は「漢城」と書いてたけど、百済を建国して漢城を統治した日本人は漢城を「蘇冨里(ソフリ)」って読んでたんだよ
だから「ソウル」って言う名前なんだよ

ちなみにピョンアンってのも朝鮮語じゃなく清朝廷の真女族の満州語だよ
ちなみに清、明、漢、モンゴルらは「アルタイ語・ツングース語」とかに分類されてて、朝鮮語や今の中国語とは別の語源だよ
文法なんかは日本語に近いらしいね
あと文字も日本も朝鮮も清もモンゴルもチベットもタイも、漢字以外の自分たちの文字を持ってるんだよ

満州の古い神社とかには漢字と真女文字の両方が書かれてるのが普通なんだよ

表音表記の無い漢字ってのは、意味は表せても言葉を表せない訳だから、基本的に使えない文字だし

574 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 21:12:48
キチガイだったか・・・

575 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/03(金) 21:52:30
>>574
上手く説明出来てないかなあ、、、
例えばさあ漢字の音読みだけを使って文章書いてみ?


「アメリカではオバマ氏が黒人では初の大統領に就任しました」

表音文字(平仮名)
「あめりかでは、おばまさんが、こくじんでははじめての、だいとうりょうになりました」
表意文字(漢字、音読みのみ)
「東大陸国以、尾氏為、始黒人大統領」
漢字は普通の言葉や発音表記が表せない文字
この漢字を読むときは大陸では言葉とか関係無しに音読みで発音する
ただその発音には全く何の意味もないよ
アルファベットを一文字つづ発音してるようなものだし
これが漢字っていう表音文字
漢字を作ったのは漢人だけど、漢人にしたって漢字以外の表音文字は持ってたと思うけどな


576 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 22:53:59
だから百済人は自国を「KUDARA」と言ってたのかな?
誰か知らないか?

577 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 22:59:56
半島の百済人は皆殺しにあって滅亡したし、
百済人自身が書いた書物とか残ってないんじゃないのかな。
だとしたら知りようがないんじゃない?

578 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 23:04:39
現代韓国ならペクチェか(自信ないが)

579 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2009/07/04(土) 00:06:58
>>576
とりあえず日本民族は「くだら」って呼んでたよ
漢人や満州などの外国人がなんて発音で呼んでたのかは知らないなあ
モンゴル文字のモンゴル語表記や、同じく満州文字で書かれた、清やモンゴル帝国や漢半島などの歴史書も日本にはあって、保管もされてたんだけど、東京空襲で焼けちゃったよ
「チンギスハーン」や「フビライハーン」や「アイシンギョロ・ヌルハチ」
って言う元や清王の名前が解ってるのも、そういう書物があったからだよ

日本だってちゃんと「あまてらすのみこと」って言う日本語の表記や発音も残してるから「天照命」を「テン、テル、メイ」なんて全く違う呼び方しなくて済んでるんだよ
漢籍書に書かれてる「○○帝」とか「○○王」ってのは、勝手に漢字を当ててあるだけで、あれ本当の名前の呼び方は実際にはわからないよ

アイシン・ギョロ・ヌルハチ→愛親覚羅扶儀
マンジュリ→満州
ブッシュ大統領→布主大統領
ハリーポッター→魔法少年
今の中国人にとっても漢字ってのは外国語を扱うようなもので
自分たちの語源の発音をそのまま表せる言葉じゃないよ
だから中国人は手紙なんかはローマ字で書いたりしてるしさ


580 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 00:30:20
兎に角、今の朝鮮人のずさんな扱いで古代の半島のことは闇
彼等自身も自国の歴史は中国とか日本の資料に頼るしかない
なのに、えてかってな歴史解釈は押しつけてくる
この板の連中も同じだけどな

581 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 00:32:55
>>578
当時の言葉は支配階級と土着民とでは違ってたから、恐らくその発音じゃないよ

582 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 00:41:21
だんだん腹がたってきた
当時の百済の読み方もわからんのに自分たちの祖先だと言い張る厚かましさって一体なんなんだろ?

583 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 01:01:25
>>582
そりゃ先祖でも何でもない、赤の他人の百済人なんかに興味があるわけないんだから、当たり前さ。
大昔に日本人に何かを教えた事にしたいが目的なんだから、何人だろうと関係ないんだよ。
もちろん当時、朝鮮民族なんて、存在しなかった事は内緒な。だからどっかの民族を先祖に仕立てあげないとさ。

584 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 01:13:33
>>579

外来語をすべて(読みまで)置き換えるものな・・・・オレンジだの

ナイフだの外来語読みを言っても向こうの若者には通じないだろう。

585 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 04:46:44
>>582
百済はぺクチェ
日本は古代には「くだら」ではなく「くたら」と呼んでたらしい

>>583
百済人が滅亡後日本にたくさん亡命してきて言語の違いで苦しんだという記録がまるでない
のは実に不思議だ
百済語って古代日本語と似たような言語だったのかね

586 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 05:09:42
>>585
もし明確に百済人が今で言うところの、まったくの外国人で、完全な別言語だったら
日本の何かの文献に百済人と百済語なんてのが、残っててもいいもんなんだよね。
実際、通訳が必要なら通訳が使った辞書や単語帳の類があってもいいと思う。
実は方言ほどの違いはなかったんじゃなかろうか?

587 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 08:00:35
百済は倭国の属国で、言語も倭国語を公用語として用いていたなら、その辺の言葉の壁は無くなるな。

百済は倭国に人質を差し出していた事も周知の事実であり、やはり百済の宗主国は倭国だったのだろうな。


588 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 08:18:29
>>586
今の韓国人も日本語が上手だよ

589 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 08:53:43
韓国人は頭が良いからな。
一方の日本人は韓国語が下手くそで必死になって勉強している(しかし上達しない)。

590 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 08:59:25
そもそも古代の東アジア人は何語を基準に外国と貿易やってたんだろう
漢語? 

史料には新羅がや百済が倭に使いをよこしたとか書いてあるけど何語で話してるの?
自国語? では通訳はいたのかな?
違う言語の異国人と会話するには相手の言語を学ばなければならない
っうことは隋に留学していたことからも隋、唐の言語(漢語)ってこと?

では留学する前の卑弥呼の時代は魏と何語で意思疎通したんだろう
それといつごろから今の日本語の形態ができあがったんだろうか




591 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 09:32:34

日鮮同祖論の焼き直しの「元は同じ言語だったニダ」ってのを韓国風にアレンジすると、
「古代韓国語が日本語の語源ニダ!」になるんだろうけど、現代韓国語と違うのなら、
それって単に「古代の朝鮮半島では日本語を話していたニダ」って話なんだけどな。w

てか、あそこは支配層が支那やら満洲やら日本から来た連中(少なくとも自称では)だったから、
支配層と被支配層で言葉違ったりしたわけで、それは支那の史書にも出て来るわけだし。


新羅は、途中から日本と縁遠くなって、新羅から日本への朝貢使(日本はそう見ていた)にも通訳ついてたり、
新羅から日本への留学生も日本語マスターすると、ほとんどが日本に帰化しちゃったりしたんで、
結構違う言葉が支配層の言葉になっていたようだけどさ。

百済は、一度高麗(高句麗)に滅ぼされた後、日本が熊津に百済再興させてからは、通訳の話が出て来なくなるよな。
それまでの支配層は百済の言葉か、自称扶余族だったんで高句麗語系が公用語だったのかも知れんが、
少なくとも支配層や使者は日本語話せるのが多かったようだけどな。まぁ、王からして日本での人質経験あったし。



592 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 10:49:05
百済と満州国を再興しよう。

593 :sage:2009/07/04(土) 12:17:26
>>592
やめとこう。敗滅は二度でたくさん。

594 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 12:21:22
いや日本が東アジアで孤立してるのはかつての友好国百済と渤海が滅んだからだ。
永い目で見れば再興させて日済満三国で友好と同盟を維持したほうがよいだろう。


595 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 14:07:28
絶滅した民族と、絶滅危惧種の国を再興って無理ないかい?
しかし確かに日本国内でもエミシみたいに言葉が通じないと
その事が文献に書かれて残ってんだよな。


596 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 16:02:15
そういえば昔、日本の学者が百済(くだら)は今の韓国語で説明できないではないかと言ったら、
韓国側の学者が思いつきで適当に語源らしきものを捏造してたな。

597 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 18:07:41
始めの頃の百済は、王がふよで民衆が倭人や漢人で
言葉がそれぞれ違うように書かれてある。
この始めの頃の百済とは、王族との会話は通訳が必要だった。

しかしだんだんと百済は倭の軍事力が必要になり
特に最後の方の百済の王は、代々やまとへ人質に来ていたのは
中国の歴史書にも、高麗の歴史書にも書いてある。

王が若い頃に、やまと言葉で会話して育つのだから、当然百済の上層の言葉は
やまと言葉になるだろう。

598 :日本@名無史さん:2009/07/05(日) 09:47:50
>>589
違うな
植民地人は宗主国の言葉を話せないとまともに生活できないから外国語を覚えるんだよ
特に韓国人の場合は移民願望が強くてさっさと国を脱出したいと思ってるから
何で日本人が半島語を覚えたいという気になるというんだろう

599 :日本@名無史さん:2009/07/05(日) 15:42:25
>>597>>598
の二つのレスは、どちらも近代の大英帝国や列強の植民地などを見ると正しいと言わざる得ない。


600 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 07:11:56
しかし突如として現れた新興豪族である蘇我氏はやっぱ渡来系だろうな

蘇我韓子とか蘇我高麗とか付けるから1400年経った今でも論争になってる
蘇我氏はこの名前で論争になるなんて当時は夢にも思ってなかったろう



601 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 07:50:25
また「蝦夷だからアイヌ系w」から始めなければならないの?

602 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 08:05:11
本名かどうかさえ判らないのにな。


603 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 11:57:06
>>600
なんどもループは疲れた。

604 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 13:07:37
じゃあ、高麗の王建は支那人かよとなるな

605 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 13:58:56
蘇我はペルシャ人です。

606 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 14:17:45
李成桂は満州人
これはガチ

607 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 22:31:51
>>600
すごい軍勢を引き連れて乗り込んできた?
だったら朝鮮語を広めろよ

608 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 22:43:00
>>600
蘇我氏は朝敵だったから、
争いの勝者となったものが書いた歴史書の中では、
本来の名ではない、
馬子、蝦夷、入鹿、韓子、高麗、なんて蔑称がつけられて
その歴史書しか現代に残ってないだけなんじゃないの?

609 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 00:25:03
>>600  渡来人蘇我氏が日本を征服してくれたお陰です?。

【沖縄語】 【日本語】 【韓国語】
 ティン・・.空(そら)→ ハヌル
 ンニィ・・.稲(いね)→ ビョ
 コミ・・・・米(こめ)→ サル
 ィヤー・・家(いえ)→ チプ
 シルー・・白(しろ) → ヒンセク
 シルサン白い(シロい)→ ヒダ
 ワン・・・・私(わたし)→ ナ(またはネ)
 ヤー・・・.貴方(あなた)→ タンシン
 チブル・・頭(あたま)→ モリ
 ミィ・・・・・目(め)――→ ヌン
 ティ・・・・.手(て)――→ ソン(またはパル)
 ヒサ・・・・足(あし)―→ ダリ
 イン・・・・犬(いぬ)―→ ゲ
 マヤー・・猫(ねこ)―→ ゴヤンイ
 トゥラー・・虎(とら)―→ ホランイ(またはボム)
 サルゥ・・・猿(さる)―→ ウォーン(またはウォーンサンイ)
 刀(かたな)→ カル
 弓(ゆみ)―→ ファル
 槍(やり)―→ チャン


610 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 01:20:11
>>609
チブル星人
頭でかい。wwww

611 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 02:58:53
>>609
チブル星人の起源は沖縄語だったのかw

>>607
朝鮮語なんて当時はないだろ
百済語を持ち込んでそれが日本語の起源になったとか
百済語ってどんな言語か分からないけど実は古代日本語と似てたか
百済語が日本語に変化していったとか

>>608
何かの番組で見たことあるけど蘇我氏って日本書紀とかの中では悪人見たいに
描かれてるけど蘇我氏を祀った神社の史料なんかから大変人々に好かれて
敬われていたらしい

藤原不比等らの陰謀で歴史的な悪人に仕立て上げられたようだよ
蘇我氏は実はいいやつなんだよ、たぶん(笑)


612 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 06:34:51
とか

とか

らしい

たぶん(笑)

613 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 07:08:28
百済人が侵略者に支配され言葉も押し付けられて百済の言葉が完全になくなったのだけは
事実だな
言葉を奪われた被支配民族の末裔のくせにw

614 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 13:05:53
【日韓】韓国の木簡に「ナニワ」さん、7世紀、日本人の名前か[07/07]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1246912848/

1 名前:すばる岩φ ★[] 投稿日:2009/07/07(火) 05:40:48 ID:???

- 韓国の木簡に「ナニワ」さん 7世紀、日本人の名前か -

 韓国・扶余(プヨ)で発見された木簡に日本人とみられる名前が記されていることが、
日韓の専門家の研究で明らかになった。扶余は朝鮮古代の百済の都で、木簡は7世紀の
ものらしい。「ナ尓波連公(なにわのむらじきみ)」(ナは那の異体字)と5文字あり、
「難波」と記されるようになる大阪湾周辺に住んでいた有力者の可能性が高いとみられる。
百済は飛鳥時代に日本と緊密な関係にあったが、日本人の名前が出土史料で確認される
のは初めて。

 韓国国立扶余博物館が昨年、収蔵する木簡を整理。その際、「連」が身分を示す日本
古代の姓(かばね)であることに学芸員の李鎔賢(イ・ヨンヒョン)さんが気づき、日韓の
専門家が解読した。

 木簡は長さ20.9センチ、幅1.9センチ。10年ほど前の発掘調査で出土した。形から
荷物を送る時の荷札と見られる。(渡辺延志)

 鈴木靖民・国学院大教授(古代史)の話 「ナニワ」という日本人の名前とみていいだろう。
渡来系の難波氏が外交や交易にかかわった、との記録が日本書紀にある。使節として
百済に派遣された時に持参した土産に付けたか、逆に百済から贈られた品に付いていた
木簡といった可能性が考えられる。

ソース : 朝日 2009年7月7日3時11分
http://www.asahi.com/culture/update/0707/TKY200907060427.html

615 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 14:13:59
難波氏は八色の姓以前から連だったということか?
マイナー氏族とされていた韓国系の難波氏は大伴や物部と並ぶ最有力氏族だった!
倭を支配していたのは韓国系氏族であることが白日の下に明らかにされた!

 や は り 倭 人 の 歴 史 は 捏 造 さ れ て い た ! !

616 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 14:50:26
「難波忌寸」は新撰姓氏録では河内国皇別。
何で渡来系にされてるの?

617 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 14:57:52
難波連は右京諸蕃高句麗好太王裔ですが。

618 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 15:44:12
皇別難波氏が連であり後に忌寸になったのだろう。

619 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 16:17:23
やはりな。

◆『日本書紀』天武天皇十四年(685)六月甲午(20)条 
「大倭連。葛城連。凡川内連。山背連。難波連。紀酒人連。倭漢連。河内漢連。秦連。大隅直。書連并十一氏賜姓曰忌寸。」

でこの難波連が忌寸を与えられ難波忌寸となったのだが、これが河内国皇別というわけだ。

あ〜ぁ残念だったなw

620 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 17:45:13
>>615
そういう煽りは置いとくとしても、下位のカバネに甘んじていた渡来系の氏が
優位のカバネや系譜、日本風の氏名への変更をもとめる過程は興味深い

621 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 18:37:01


異常に興奮してる>>615って恥ずかしいねw




622 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 19:12:18
> 鈴木靖民・国学院大教授(古代史)の話 「ナニワ」という日本人の名前とみていいだろう。
>渡来系の難波氏が外交や交易にかかわった、との記録が日本書紀にある。

鈴木教授によると、この木簡の「難波連」は渡来系なわけだ。
つまり渡来系の難波連が忌寸を授けられ、皇別の難波忌寸となったわけだな。
あれあれ?おかしいねwひょっとして天皇も渡来系?w

623 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 19:28:47
忌寸を授けられたのは河内国皇別氏族の難波氏。





624 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 19:41:24
直接関係ないが、大河風林火山で石橋蓮司が演じた今川家の重臣庵原氏は藤原・近江蒲生氏系。
駿河には、それよりはるか以前から土着していた「別の」庵原氏(同じ今川家臣で維新後も存在)が居て
吉備建彦命子孫で廬原国造の家系。日本は同姓の存在にルーズなのかもしれない。
もしくは長尾系上杉みたいな下克上。

625 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 19:55:22
皇別の難波氏と渡来系の難波連は別氏族ってことね

626 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 19:56:01
>>624
家とか氏とかごっちゃに論じてもしょうがない。

627 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 20:19:10
当時の東アジアにおいて、資料を見ると
漢人、倭人、フヨ人などが見られるが
漢人は「王、李、張・・・・」という普通に中華の名。
倭人は今の日本人のような名。

では、フヨの名はどうなのだろうか?
高句麗とかは王の名前は、王とか朱とかだが、これは中華人の名だ。
フヨも名前が中華なのだとすると、中華の名以外の古代の人物は、
とにかく民族は「倭人」ということになるのか?

628 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 20:57:03
>>624
>日本は同姓の存在にルーズなのかもしれない。

難波氏もそうだが、例えば桑田氏や大原氏にしても、
皇別もいれば渡来系もいる。
おそらく渡来系が日本的な名前を名乗り始めたので同姓になったのだろう。
ややこしいではないかとも思えるが、
まぁそのために本貫があったのだろう。


629 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 21:17:45
そもそも、初期ヤマトの人間も神も天皇もそうだが
姓も氏も無い。名前だけだ。

国家から管理されるから姓が必要なわけで。
管理される人間の姓がダブってもどうでもいい話だ。

とりあえず、漢人ではなく大和人になったのだから
漢人では無い姓になっていれば良い、ということだろう。

630 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 21:45:10
金田は渡来系

631 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 23:22:26
>>629
>姓も氏も無い

忌部氏とかはあったろう。
あと大伴とか葛城とか。」

632 :日本@名無史さん:2009/07/07(火) 23:36:46
>>629は古代の氏姓がよく分かっていない模様


633 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 04:06:32
>>632
模様じゃわからん

634 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 04:31:00
卑弥呼の邪馬台国は倭族の王朝

大和王権は新羅、百済などの渡来人に乗っ取られた王朝

つまり大和王権以降に日本の支配層に倭人は存在しない
すべてが渡来系
謎の豪族である蘇我氏もこのころ突如として現れたことから渡来系
その血筋を引く貴族達もみんな渡来系
古代日本を支配していたのは倭人ではなく渡来系氏族

635 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 04:45:44
任那も渡来系が支配。
半島を渡来系が併合したのは当然のこと。
半島人は渡来系天皇にひれふせ。

636 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 10:47:45
ま、そんな歴史その頃、半島の山の中とかで原始的な狩猟採集生活をしてた〇〇の先祖達には関係ないけどね。


637 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 12:17:18
だから、大和王権成立のころの新羅、百済は倭人の国だろ。
7世紀くらいまでは、半島南部は倭人であふれかえっていた
わけだから、倭人以外がそのあたりの王になるのは無理がある。

638 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 12:26:08

渡来人渡来人・・・ブツブツ・・・
と言う奴は、どういう民族なのか具体的に書けよ。
当時は、古代東アジアは人口で考えて

「漢人」、中華の人間。大陸の文化を受け継ぐ者。
「倭人」、東アジアの土着は最も古い。出アフリカ系の遺伝子。
「フヨなど」、遊牧民?
この三つしか考えられないだろ。

どれが渡来人なんだ?
秦氏、東漢氏は自分で秦や漢といってるんだから「漢人」だよな。
呉、越、韓など東アジアに残る地名も「漢人」の名称だ。

もちろん、「漢人」「倭人」「遊牧民」それぞれがある程度混血してただろうから
自称ではそうでも、遺伝子は他の民族ということもありえただろう。


639 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 17:22:36
>>638
5世紀の新沢千塚126号墳出土品などを見ると、
東アジアを通り越して遥か西域まで行っちゃう。
特にこの古墳の被葬者は東漢氏ではないかとも言われてて、
ならばさてどういう民族なのかさっぱり分からない。

640 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 17:32:13
>>631
それは家臣の姓だから、あるのはあたりまえ。
帝の姓がなんなのか、というのが問題なのでは?

即位前に姓があったとしたら・・・・
つまりそれは、ヤマトになるまえに、大陸かどこかの国で家臣だったことになると。
別にそれは世界では普通のことだから、かまわないだろうけど
ただ日本発祥の民族ではないということになるね。


641 :日本@名無史さん:2009/07/08(水) 22:55:10
>>640
何を回りくどく渡来系に持っていこうとしてるんだボケ。

642 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 04:40:25
>>641
古代日本の支配階級が渡来人なのは常識
みんな百済人や東漢氏の子孫達だよ

渡来系の秦氏の末裔でもある元ヤクルトスワローズの秦慎二が大リーグ中継で
オールスターゲームに関するコメントを求められて

「やはり同じ日本人としてはイチロー選手の活躍が見たいですね」
って発言したときなんだか微笑ましくなったよ(笑)



643 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 05:33:44
もう無根拠の断定には飽きました

644 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 05:56:38
日本人を優秀だなんて思ってる韓国人はいない
日本人はよそのものをパクるのが上手いと思ってる

古代日本の支配層は百済人やその他の渡来人だったことは事実だよ
つまり我々の先祖が文明を教え発展させて日本を作ったことは偉大な功績だと思ってる
日本史の重要人物のほとんどは百済系だからね

しかしそれと19世紀後半からの韓国への侵略とは意味が違う
韓国人は昔の先祖の偉大な功績を称えたるだけで現在の日本人を同胞などと思ってない
現在の百済人子孫である日本人は日本人であり韓国人の同胞でも何でもない

我々が言いたいのは日本を作ったのは倭人ではなく韓国人の先祖である百済人だということ
いまは日本人になっているが韓民族から分かれた集団が日本を発展させた

645 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 07:53:10
>>634-635
半島が植民地化されたってのにまーだあべこべ電波飛ばしてんのか
>>642>>644
半島の常識は世界の非常識
朝鮮の支配者が日本だったのに相変わらずのあべこべ電波だな
さすがモンゴルに征服された歴史を「高麗がモンゴルを吸収した」とか捏造電波教育してるだけあるな

646 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 07:53:16
無理してこじつけているねえ、
願望を100回書いても真実は曲げられないよ、
古代日本の支配層は渡来人ではないね、
古代の半島に出兵し、半島の覇権を狙う日本の支配層は、
朝鮮半島とは無縁の民族だね、

百済の歴史を考えれば、誰もが分かる事だよ、
よく読んでみな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%83%BB%E5%80%AD%E4%BA%BA%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%96%87%E7%8C%AE#.E5.BA.83.E9.96.8B.E5.9C.9F.E7.8E.8B.E7.A2.91.E6.96.87


647 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 09:05:26
いい加減に、古代の東アジアの民族は、人口で多いものは
「漢人」と「倭人」の二種類で、「名前を偽ることは無い」
ってことをキムチは学ぶべきだよな。

だからそのころは
韓国人とか日本人と言うものも存在して無いし
倭人以外の漢人が天皇の本名のような名を名乗ることも無い

で、天皇は倭を名乗り本名は発音は土着の物。
だから漢民族の記録には天皇は倭人だと書いてあるわけだ。

ちなみに、韓国人の韓は漢人の「単なる名前の一つ」だから漢人になる。

648 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 10:14:03
とりあえずキムチが日本を支配した証拠はないが、
日本はキムチを支配したことが一回以上あり
今現在日本は先進国で世界の大国のひとつだが、韓国はそうでない事は確かだ。

649 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 12:39:40
釣りなのか在日なのか半島に魂売った奴なのか知らないけど頑張るねw
同じ半島(&済州島)亡命人なのに、
なぜ古代の亡命人より現代の亡命人の民度や水準が大幅に劣化したのか
真剣に考えたほうが身の為と思うけどねw
古代は文化面で百済帰化人>>>新羅本国人だと思うが、
軍部独裁時代は明らかに本国人の方が知的であった。なぜここまで劣化したのだろうかw

650 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 12:47:14
まあ亡命百済人は使い勝手がいい安い買い物だったと思うよ。
今、韓国が消滅して大量に亡命して来られても、
日本国内にはフロンティア領域がありませんので、残念ながら使い道がないw

651 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 12:51:10
中国大陸の唐にも大量に百済人が連行されているが、その後の続報を聞いたことが無い。
詳しいエロい人が居たら教えていただきたい。恐らく半島調教のスペシャリストの中国様のことですから・・・w

652 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 17:04:33
よく考えてみろよ。
秦氏って帰化人と言うが

中華の秦だった期間は500年くらい。(紀元前778年 - 紀元前206年)
その後しばらくうろうろして
半島に居たのはおおよそ500年くらい?(〜4〜6世紀
日本に帰化して日本人として1300年〜1500年ほど。

ってことは秦氏は「シン」だった期間より「ハタ」である期間のほうが長い。
彼らが日本人で無いと言うなら、百済のような数百年で滅亡したような国は
百済人のアイデンティティなどできなかったことになる。
まあ実際に、フヨ、漢人、倭人で民族も言語も割れていたと記録にあるけど。

653 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 18:39:23

ヴァカかこいつ?
誰も現代の秦が韓国人か否かなんて問題にしてねえよw
問題なのは飛鳥時代の秦が韓国人か否かなんだよw
倭人認定したさに千数百年水増しするなんてどこまで卑劣なんだw

654 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 19:06:49
>>653
泰氏の件は現代の問題として持ち出されているのだが?
>>642

あといくら飛鳥時代の泰を韓国人認定したところで、
現代の韓国人とは一切関係ないけどな。

655 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 19:46:15
>>653
どこにも秦が倭人なんて書いてないぞ。
あと、韓国人なんてものは存在しないからな。
飛鳥時代の秦は「漢人」だ。
現在の韓国人も「漢人」だ。

違うなら、漢人以外のカンコクジン固有の発音の名前を挙げてみろ。
固有の発音の民族の名称でもいい。

倭はヤマトがある。
韓は何がある?ハンしかないなら、漢と同じだから漢人だ。

656 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 20:11:23
「どこの馬の骨」って言い方するけどさ、百済からの落人にぴったりだな。
建国由来で馬の骨を堂々と主張するなんて素敵w
逆に言うと馬の骨じゃない残留土人は馬の骨以下のゴミなのな。

657 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 20:15:34
韓=漢

劉邦は韓を再興したw

658 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 21:26:55
韓を滅ぼしたのが秦だから、秦が韓のはずが無い。

韓と言うのはあくまで中華が記した表記であって
当て字の意味しかないと思われる。
百済の首都が「漢城」であったり、漢人が多く居たこともあり
漢と記すと中原と紛らわしいから韓にしただけだろう。


659 :日本@名無史さん:2009/07/09(木) 21:32:01
韓=漢=中華

倭奴=東夷

優劣は明らかw

660 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 03:25:10
>韓国ですら百済が日本を発展させたなんて思ってないし

はぁ、韓国では百済や高句麗が倭国に仏教や先進技術を伝え日本を発展させたって
教科書にも書いてるよ

歴史家の間では日本の天皇、蘇我氏、聖徳太子、藤原氏などの支配階級
も渡来した百済人達だと主張してる学者が多数いるよ

「ETV日本と朝鮮半島」でも韓国の学者が「蘇我氏はその名の由来や
海外の情報に秀でていたことから百済系だと思う」と日本人学者に言ってる
日本人学者は何の反論もなしw

韓国では百済王族がそのまま日本列島に移住して大和王家を建てたという主張もある
つまり天皇も百済王室の分家ということ(奈良百済)
邪馬台国を百済王族をはじめとする渡来系氏族が乗っ取り王朝を築いたという説
だから倭人は大和王権時代にすでに奴隷階級になりさがったと
支配階級は渡来人達、百済系、新羅系、東漢氏、秦氏などで倭人ではないということ


661 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 04:22:37
>>660
彼等は百済本紀のことなんて信用してないんだろ
実に都合の良い人達
呆れる


662 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 04:44:10
>>644
韓国人を優秀だなんて思ってる人間はいない
韓国人はよそのものを起源にするのが当たり前と思ってる

古代半島の支配層は倭人やその他の漢人だったことは事実だよ
つまり我々の先祖が文明を教え発展させて半島を作ったことは偉大な功績だと思ってる
半島史の重要人物のほとんどは倭人系か漢人系だからね

しかしそれと19世紀後半からの日本による韓国の文面開花とは意味が違う
日本人は昔の先祖の偉大な功績を称えたるだけで現在の韓国人を人間などと思ってない
現在の倭人子孫である日本人は人間であり人間でない韓国人は同胞でも何でもない

我々が言いたいのは韓国に文明を作ったのは韓国人ではなく日本人の先祖である人間だということ
いまも昔も日本人が韓民族に文化を与えてやり半島を発展させた
なぜなら半島には日本人が彼らに与えてやった文化と文明しかないからだ

663 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 04:59:45
>>660
はぁ、世界では日本が植民地韓国に文化や先進技術を伝え植民地韓国を文明開花させたって
教科書にも書いてるよ

日本の朝鮮総督府が植民地韓国の支配階級
世界中のどの人間に聞いても日本が宗主国で植民地韓国が植民地

「ETV日本と朝鮮半島」でも世界中の人間が「朝鮮半島はその文化や文明は日本が与えたもの
海外の情報に秀でていたのは」と日本人と言っている
植民地韓国の韓国人は反論もなしw

韓国でも日本が水道も道路もダムも電気も教育も与えてくれたと言っている
つまり日本が宗主国だという事(植民地韓国)
韓国は宗主国日本の朝鮮総督府をはじめとする日本人が半島に近代文明を築いたという事
だから韓国人は植民地時代にすでに奴隷階級になりさがったと
支配階級は宗主国日本の日本人、植民地人の韓国人ではないということ



664 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 05:33:50
■ETV特集 日本と朝鮮半島2千年Bの概要
◎渡来人がもたらした飛鳥文化

・蘇我氏は突如出現した新興豪族であり大陸の優れた先進文物や技術、仏教の知識を持っていた古代日本の
 秦氏とともに渡来系最大氏族であった東漢氏を使って仏教や最新文化を倭国に導入し古代日本を支配した
 
・ドングック大学名誉教授のイ・キドンさんの見解では「蘇我氏は先祖に「韓子」という韓半島の女性との
 結婚した時につけられた名前や「高麗」という名前があること、海外の情勢に優れ最先端の技術を持っていた
 倭国では珍しい豪族であることから百済系ではないか」とコメントした、日本人学者は反論してない

・588年に建てられた飛鳥寺は百済人技術者が倭国に渡り建立したことが日本書紀に書かれていたがそれが
 韓国で王興寺から出た出土品や年代から証明された 577年に王興寺を建てた百済人技術者が倭国に渡り飛鳥寺を建てる
●東北学院大学大学教授 佐川正敏さん
「日本で最初の瓦を作った、きちんと指導や伝え方がないと全く技術がない当時の日本がまねることはできず
 百済の技術者たちの指導のもとに作られた」

・漢字は552年の百済からの仏教伝来以前に倭国に入っていたが百済がもたらした仏教文化によって
 広く普及する要因になった(日本の漢字文化の普及は百済の仏教文化の導入)

・法隆寺の金堂釈迦三蔵は飛鳥文化を代表する仏像で聖徳太子の死の翌年に完成した
 作者は止利佛師(とりぶっし)、祖父は百済からの渡来人司馬達等の子孫であり日本で初めて作られた
 飛鳥太仏も止利佛師の作品である
 この仏像様式は受け継がれ「止利様式」と言われるようになった
●早稲田大学教授 大橋一章さん
「渡来人の力がなかったら何もできなかった、彼らが古代の日本人を養成して工人にした」

・当時、文字を使って朝廷の行政を担っていたのは「史於」(フヒト)と呼ばれ、そのほとんどが渡来人だった
●日本古代史が専門で渡来人の歴史に詳しい加藤謙吉さん
「百済、新羅、高句麗、あるいは中国大陸からやって来た人達が「史於」(フヒト)と呼ばれる組織に所属して
 律令制の主要な役所の文書を担当し力を発揮した、彼らは日本における律令国家の基礎を作ったた」

665 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 05:34:43
結論」

1 蘇我氏はその名前の由来からも元々百済人であり配下に置いていた渡来人氏族である東漢氏から仏教
  に関しての知識を得て仏教に傾倒していき倭国に仏教を導入した

2 飛鳥寺は王興寺を建てた百済人技術者が当時何もできなかった倭人を指導して作った
  
3 日本の国宝級の仏像も百済からの渡来人の子孫である止利佛師(とりぶっし)によって作られた
  
4 古代日本の漢字文化普及は百済仏教が倭国に入ったおかげである

5 仏教、建築、仏像、だけでなく律令にいたるまで日本の基礎を築いたのは「史於」(フヒト)と呼ばれた
  優秀な渡来人達だった


666 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 06:29:22
現代韓国人が古代百済人の子孫である事を証明出来ない馬鹿馬鹿しさw
百済人はどんな言語を話してたんですか?
百済人はどんな文化を持ってたんですか?
百済人はどんな生活習慣があったんですか?
百済人はどんな文字を書いたんですか?
百済人は半島にどんな物を遺したんですか?
百済人の日本での活動を日本側は文字で文献として遺してますが
半島には同時代の文字で書かれた文献は残ってないんですか?
この時代、半島の人達はどんな言語を話してたんですか?
この時代、半島の人達はどんな文字を使ってたんですか?


667 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 06:32:07
>>664>>665
いやあ日本の文献を随分熱心に研究するんだね。で半島の文献は研究しないの?
あ、ないのかw

668 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 06:49:43
全部中国からのもらいものなのに
中国満州モンゴルに支配されてたやつらと中国満州モンゴルからやってきた移民の子孫なのに

669 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 07:23:30
●結論

1 古代日本人に文化や先進技術を教えたのは百済人である

2 仏教は中国から百済に伝わったものであるが百済仏教には個性があり
  日本はその百済仏教を受け入れた

3 蘇我氏はその名の由来や海外の知識に秀でていたことから百済系である

4 飛鳥寺は韓国の王興寺を作った百済人技術者が当時何もできなかった倭人を
  指導し作り上げた(倭人は瓦一枚作れなかった)

5 日本国宝級の仏像も百済人司馬達等の子孫である止利佛師(とりぶっし)
  によって作られそれが広まった「止利様式」となる(仏像の起源は百済人)

6 仏教、建築、仏像だけでなく文官、律令に至るまで「史於」(フヒト)と呼ばれる
  渡来人達の組織が担っていた(後の菅原道真もその子孫)

これじゃ古代日本の支配層は渡来系って言っても不思議じゃないなw


670 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 09:38:19
●真実

・古代日本人は、百済に何度も軍隊を派遣し、百済の知識人・技術者を徴用して
日本列島国内に寺院などの建築物を建てさせた。その命令は日本列島の古代権力者
から出された。その目的は中国に古代先進国家と認めさせるためであった。
また、古代の百済の技術者などへの食料も保証されていたが、百済の技術者は
使い捨てられ、記録には、その実像が明確に残っていない。
寺院など完成後は、中国の有名な僧侶を招き、古代日本には中国仏教が広まった。
そのため、現在まで続く各種宗派の源は中国仏教から来ているものが大半である。


671 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 10:36:47
●真実2

・次の内容をじっくり読んでいただきたい。日本と百済の関係が明白になる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%83%BB%E5%80%AD%E4%BA%BA%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%96%87%E7%8C%AE



672 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 11:30:28
たしかに、土着の和人だけで統一国家の建国は無理だっただろう。
天皇も特に大きな技術など持って無かった。
秦氏、坂之上田村麻呂など技術や戦術に優れた彼らは大陸の人間だ。

だが、彼らはヤマト朝廷の家臣であり
今半島に居る全く関係ない人間が自慢するのは無理がある。

673 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 12:13:54
>>672 半島にない巨大古墳や出雲大社、伊勢神宮を作る技術はあったがな。


674 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 13:56:12
>>669
だから電波をいくら並べても電波なんだよ

675 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 18:38:51
銅鐸や鏡を作っていたんだから瓦などすぐに作れただろうし。


676 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 18:57:16
ぼくとフリオと校庭で

677 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 19:42:28
>>672
遅くても4世紀には統一国家は出来てただろう。
前期古墳が九州〜関東まで波及してるからね。

678 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 20:30:13
>>675

> 銅鐸や鏡を作っていたんだから瓦などすぐに作れただろうし。


半島は李氏朝鮮の時代でも茅覆の平屋が主流。

679 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 20:30:34
>>672 仁徳、応神天皇陵はシナ人が作ったのか?


680 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 20:43:04
秦と坂の上田村って時代離れてなぃ?

681 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 23:41:31
蘇我氏が百済系だとしても、今の朝鮮半島とは関係なくね? 蘇我氏の子孫が日本にいる
可能性はあっても、朝鮮半島にいる可能性はゼロ。日本に渡って来ちゃったからさ。
どこからかは知らんが、その頃に渡って来なかった奴らの子孫に恩着せがましく言われる
筋合いは無い。何の恩も無いんだから。

682 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 00:18:45
>>673

前方後円墳は古墳時代の4〜5世紀に渡来した百済人、新羅人達が作ったんだよ
大和王権は倭族の王朝ではない渡来系氏族達が作った王朝

>>674
>飛鳥寺は韓国の王興寺を作った百済人技術者が当時何もできなかった倭人を
>指導し作り上げた(倭人は瓦一枚作れなかった)

>日本国宝級の仏像も百済人司馬達等の子孫である止利佛師(とりぶっし)
>によって作られそれが広まった「止利様式」となる(仏像の起源は百済人)

>仏教、建築、仏像だけでなく文官、律令に至るまで「史於」(フヒト)と呼ばれる
>渡来人達の組織が担っていた(後の菅原道真もその子孫)

この3つはすべて事実
仏教も大陸の仏教でなく百済の仏教を受け入れたってのは当たってるよ
飛鳥寺が完成したとき天皇や蘇我氏、高官達が百済の衣装、百済の髪型
にして盛大に祝ったと記録が残ってるらしい

蘇我氏に関しては限りなく先祖が半島出身だろう・・ぐらいかな

>>675
いや、当時の日本人は瓦の作り方さえ知らなかったんだよ
教えたのは百済人技術者





683 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 00:29:54
>>682
だから、仏教も瓦も律令も漢字も百済のオリジナルじゃないじゃん
もちろん、当時の倭人というか日本人も百済がオリジナルだとは認識してなかった

導入コストが低く済んだってだけで
今で言えば、中国人やインド人のIT技術者を雇うようなもんだろ

684 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 00:52:51
そのあと、百済仏教はインチキっぽいんじゃねってことになって、
じゃあ、直接隋や唐に調べに行かなきゃってことになった。

685 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 01:44:18
>>681
【韓国】 日本に号令した最高の名門、大内家は百済王の子孫だった[06/15]

http://www.allthatnews.co.kr/news/photo/200906/16031_15144_5151.jpg

百済王の子孫、大内氏は日本に住んでるよ
問題は今現在どっちに住んでるかではなく故郷がどっちかだよ
大内氏は故郷は韓国だと韓国を訪問した
それは百済人が半島から日本列島にやってきたことになる

「そもそも百済は加羅と同じく倭族が半島に建てた王朝であり、支配層は倭人
 自分は倭人の子孫だから日本人である」って言わない限り無理だね

この人はそんなこと言ってないみたいだけど・・・

686 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 04:00:43
>>682 大和王権は倭族の王朝ではない渡来系氏族達が作った王朝

・・・それなら大和朝廷人たちは日本語でない百済語か新羅語を話していて下層民衆とは言語が違っていたはずだが、そんな記録のカケラもないのは何故なのか、説明してくれ。


687 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 04:04:17
>>682 また百済か新羅が日本を征服したのなら大和朝廷などと名乗らず、

「百済」「新羅」という国名にするはずだろう。シナの史書にも記録が残るはずだしな。


688 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 04:06:23
>>682 シナの記録では逆に百済、新羅が日本を大国として崇めているという記録が残っている。


689 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 04:10:48
>>682
今と同じような状態だったんじゃね?

日本語の下手な焼き肉屋(瓦屋)の朝鮮人がいるよ
→その子供は日本人の名前を名乗って上手に日本語をしゃべってるよ ←>>682は今ココ
→その子供は帰化したよ
→もう日本人だね

690 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 05:13:07
>>689
そして>>682の子供は、親の>>682も自分も生粋の日本人だと思って成長するが・・・。
>>682が子供に自分は日本人でない事をカミングアウトして。
そりゃ親の書き込み>>682を子供がみたら軽蔑するわなw


691 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 05:29:33
【衝撃!】併合当時、朝鮮人は小便で顔を洗い、小便を飲み、大便を食べていた!

1906年発行の本「最近朝鮮事情〜朝鮮の人々(上)(中)(下)」より
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010268&VOL_NUM=00000&KOMA=55&ITYPE=0
衛生観念は全く無く、獣に近い
・勤勉とか責務という観念は無く、雨が降ったらそこらじゅう水だらけになるので仕事をしないで
呆然としている。雨が降ると動かないので雨具が無い。日本の傘を入手すると嬉しそうに周囲に自慢している。
ようするに、治水という概念が無い。
・雨が降って水が濁っても、ろ過して使うという事をしないで濁ったまま水を使う。とにかく衛生観念が無く、伝染病がはびこっている。
・濁っている水だろうが、小便や糞が混ざっている水でも平気で飲む。とにかく不潔で、味噌と糞も朝鮮_人にとっては一緒だ。
・壁は馬糞を混ぜる。壁が固くなるそうだ。
・驚くべき事に小便で顔を洗う。肌のきめが細かくなるそうだ。
・肺結核や解熱として小便を飲む・いよいよ病気が酷くなると、大便を食べる。
・穴で暮らしているから夏は暑く、家の外で寝るが、顔の近くを大便や小便が流れているが、
朝鮮_人にとっては臭くないらしく、平気で寝る。
・小便壷が家の中にあり、客がいても平気で小便をする。また、痰を吐くときは口の近くに壷を持ってくる。
・雨が降るとこれらの不潔物と雨水が一緒になりすねの上まで浸かり、家の中の物が水に浸るが、
洗うという事はしないでそのまま使っている。
・婦人が洗濯をしているので見てみると小便水と見分けの付かない黒い水に洗濯物を揉んだり打ったりしている。


692 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 06:15:01
>>687
邪馬台国の記録は日本にはない、中国の倭人伝に記述されてるものを日本が
収集して判断してるだけだが、この魏志倭人伝に書かれてる倭の記述が
その後150年あまりまったく出てこなくなる、そして次ぐに出てくるのは大和王権の時代

つまり邪馬台国から〜大和王権への移行についての中国での記録に空白期間がある
邪馬台国から大和王権へはどういう過程を経て成立したのか謎に包まれている
突如出現した前方後円墳や蘇我氏のような新興豪族達はどこから来たのか?

古事記には4世紀末の応神天皇の時代に新羅、百済からたくさんの技術者、文人が渡来したとある
つまり大和王権は邪馬台国を渡来系氏族が乗っ取り作った王朝である
(邪馬台国と出雲王朝が連合した国家が大和王権とも言われてるが出雲は新羅系豪族)

3〜4世紀に渡来していた渡来人達が豪族となり力を持ち邪馬台国を徐々に自分達に吸収していったのだ
言語に関しては渡来して古代日本語を覚えた第2世代達だと考えられるが
もしかしたら渡来人達が話していた言語が古代の日本語の起源かもしれない

国名は天皇がいるため変えないだろう、そもそもいきなり乗り込んで武力で乗っ取った
分けではなく豪族として力を拡大させ天皇に近づき勢力を伸ばし最後は気づいたら
周りは渡来系氏族で固まっていたとういうような・・・

しかしあくまでも天皇は国王として敬い、蘇我氏のように側近貴族として支配したと考えるほうが
実利的であり適切な判断だったと思われるが、そもそも渡来系氏族達は王朝を
乗っ取ったとかいう概念そのものがないかもしれない
天皇の側近貴族や豪族としてライバルと戦い蹴落として残ったのが渡来人出身者
だったというのが事実に近いかもしれない
だから国名を変えるとか言う概念さえなかったんじゃないかな
渡来系氏族が邪馬台国を乗っ取って大和王権を築いたというのはあくまで
結果論だと思うがかなり信憑性があると思っている


693 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 07:13:48
まだこんなやついるのか。

>>692
>出雲は新羅系豪族

証拠を。

>3〜4世紀に渡来していた渡来人達が豪族となり力を持ち
>邪馬台国を徐々に自分達に吸収していったのだ

纏向遺跡には渡来系の痕跡がほとんどないのだが。
どこをどうやって渡来系に持っていこうとしてるんだい?

そして何度も言うが蘇我は渡来系ではない。

しかしチョンってしつこいね。



694 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 07:57:42
■蘇我氏の起源

百済(くだら)の高級官人木満致(もくまち)が5世紀末に渡来し、大和の
曽我に定着したのに発したとの説も有力である。

5世紀は大和王権の時代

蘇我満智ー蘇我韓子ー蘇我高麗ー蘇我稲目

韓子? 高麗ってwww

695 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 09:03:34
また蘇我蝦夷はアイヌ人から始めなければならないの?

696 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 09:17:26
じゃあ朝鮮半島でも日本語を話せよ
ていうか半島は俺たちのものだな

697 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 09:29:03
元の朝廷には高麗の王族や貴族がだいぶ食い込んでいたけど、これは
高麗が元を乗っ取ったのw?プ

698 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 09:37:54
>>694
で、蘇我蝦夷はどうなんだって何度言われたんだろうな半島民は
記憶力が無いのか

699 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 09:52:46
出てくるチョンをそのつど叩く「モグラ叩き」みたいになってきたね。
まぁチョンよりモグラの方が生物学的に有益なのだが。

700 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 12:53:55
>>692
秀吉の時代に朝鮮出兵時に連れて帰った朝鮮白磁器の朝鮮人陶工を厚遇したからといって、李氏朝鮮を尊敬してたとか聞かない
倭の時代に百済の各専門家を厚遇してたからといって、人質とったり格下扱いしてた百済を尊敬してたとかねーよw

701 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 15:03:34
>>700
恩恵を受けているにもかかわらず
近隣諸国を見下すのは倭人の悪い所だね。

702 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 15:42:03
>>701
日本が過去に恩恵を受けた、大陸の漢人や半島の百済人などは、
現在、大陸や半島にいる民族の祖先達によって虐殺されそっくり入れ替わってしまった。
過去の、大陸や半島の民族に対しては、尊敬の念はもつが、
彼らの文化を破壊し彼らを抹殺してしまった民族の子孫である
現在の大陸人や半島人に対して尊敬しろと言うのがそもそも無理。
だいたい、近代以降は恩恵どころか日本は害悪しか受けてないから見下されても仕方ないな。

703 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 16:09:47
>>701
その恩恵を受けてるのに尊敬しない古代の日本を支配してたのは渡来人じゃなかったのかよw
都合のいいように使い分けるなよw

704 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 17:33:38
渡来人の先祖が偉いなら、人類で一番偉いのはアフリカ人だろw

文明を伝えた渡来人が偉いとしても、その渡来人は日本人になった。日本の歴史。
仮に古代の半島に文明があったとしても、伝えてない人たちの子孫を尊敬する必要
があるのかね?
勉強が出来る双子の兄弟AとBがいたとして、Aは先生になった。Bは何もしなかった。
Aにはたくさんの教え子が居た。数十年後、その教え子の一人がAの子供に、親には
大変お世話になったと感謝の言葉をかけることはあっても、Bの子供に感謝すること
はある? 全く関係ないだろ。

705 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 17:44:30
自分たちは朝鮮族で扶餘ではないと自国の民族資料館で説明してるぐらいなわけで
百済を盛んに持ち上げるのは在日が殆ど
いい加減にしろ

706 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 17:56:19
高句麗や百済から時代が下り、李氏朝鮮時代。
李氏朝鮮では民衆が石器を使い、木を曲げる事を知らないので、車輪や水車、はては樽すらなかった。
李氏朝鮮に無い物、羊も針もだ。羊は元時代に持ち込まれたが食い尽くした。
針は中国から買うしかなかった。
この李氏朝鮮こそが現代韓国人の直接の先祖であり、古代の半島の民族と近世の半島の民族は違う。
中世に入れ変わってしまっている。だからどうしても現代韓国人達が百済人や高句麗人を自分達の先祖にしようという考えて
彼らとの繋がりを探しても、探しても出て来ない。

707 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 18:25:20
1429 世宗11年12月3日 日本の水車が凄いと報告。
1430 世宗12年9月27日 水車を造ろうとする
1431 世宗13年5月17日 中国も日本も水車の利を得ているが我が国(朝鮮)にはそれがない。
1431 世宗13年11月18日 日本と中国の水車の研究の記述がちらほら。
1431 世宗13年12月25日 水車導入を試みる。
1451 文宗元年11月18日 どうやら水車の導入に失敗。
1488 成宗19年6月24年 水車導入の試みがあります(そして音沙汰無し・・・。)
1502 燕山君8年3月4日 水車導入の試みが書かれています(そして音沙汰無し・・・。)
1546 明宗元年2月1日 水車導入の試みが書かれています。琉球(沖縄)と中国で教わった福建式の水車の様です。
 ここから100年間水車の記述が有りません。消滅したようです。
1650 孝宗元年5月15日 水車導入の試み
 そして30年記述無し。
1679 肅宗5年3月3日 水車を造らせたと記述。 そして70年記述無し。
1740 英祖16年4月5日 水車など無くなりました。『孝宗大王嘗頒遼瀋水車之制於外方, 今無見存者』
1740 英祖16年11月20日 また水車を造らせたと記述。一向に普及する様子が有りません。
1764 1763-1764年 の朝鮮通信使の「日東壮遊歌」に(淀城の水汲み水車の感想)「その仕組みの巧妙さ見習って作りたいくらいだ」と記述有り。
1795 正祖19年2月18日 水車之制について盛んに出てくる。普及している感じはしない。
1811 純祖11年3月30日 ここの記述でも水車が居るのか?と書かれており全く普及していない事が書かれている。


708 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 18:40:24
【朝鮮】
1895年 ソウル 南大門 http://www.geocities.jp/dinetomi76/0003.jpg
1888年 ソウル 南大門大通り http://plaza.rakuten.co.jp/img/user/27/01/13702701/4.jpg
ソウル 東大門通り http://www.geocities.jp/dinetomi76/keijo54.jpg
ソウル http://www.geocities.jp/hiromiyuki1002/48.jpg

平壌 http://www.geocities.jp/hiromiyuki1002/heijo21.jpg
    http://www.geocities.jp/furen1002/kawadesentaku.jpg
    http://www.geocities.jp/hiromiyuki1002/3ae580f3034d6e9cd7664644afd23f25.jpg
【日本】
1863年 江戸 http://www.geocities.jp/hiromiyuki1002/Edo.jpg

【日本統治後の韓国】
ソウル 南大門 http://www.geocities.jp/dinetomi76/o_kr_0-016.jpg
ソウル 全景 http://www.geocities.jp/dinetomi76/keijo1.jpg
        http://www.geocities.jp/dinetomi76/keijo0yama.jpg

709 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 18:47:36
日本人「日本書紀に『391年に神宮皇后が百済と新羅を征服したと書いてある。』」
韓国人「捏造だ。」
日本人「三国史記「新羅本記」にも慶州を倭兵に包囲されたと言う記録がある。」
     新羅は何回も王子を人質に差し出している。百済の武寧王は人質の子として日本で生まれた。」
韓国人「捏造だ。」
中国人「満州にある碑文にも倭国が海を渡って百済と新羅を臣下にしたと書いてある。」
韓国人「捏造だ。」
中国人「中国の歴史書の宋書にも倭国が朝鮮半島南部を支配した記録がある。」
韓国人「捏造だ。」
中国人「中国の歴史書の魏志倭人伝には既に3世紀から倭国では鉄の鏃を使ったと書いてある。」
韓国人「捏造だ。」
中国人「中国の歴史書の随書にも倭国は産物も豊かで鉄の鏃で武装した軍隊を持つ。
     百済と新羅は倭国を大国として敬ったと書いてある。」
韓国人「捏造だ。」
日本人「日本や中国の歴史書や発掘品は全て捏造なのか?」
韓国人「そうだ!韓国に都合の悪い歴史書は全て捏造だ。」
中国人「中国の歴史書まで捏造か?」
韓国人「捏造だ!」
日本人「三国史記に「670年の十二月に、倭国が国号を日本と改名した。日の出る
     所に近いから、これをもって「日本国」としたとの事である。」とあるが?」
韓国人「捏造だ!
中国人「中国政府も外交部のホームページ(www.fmprc.gov.cn)で「5世紀はじめ、
     大和国が隆盛した時期に、日本の支配が朝鮮半島の南部にまで拡大した。」
     と公式に認めている。」
韓国人「中国人の捏造だ!!」
英国人「イギリスのオックスフォード大学の出版社(www.oup.com/ca)の教科書が、
        「5世紀の日本の勢力は朝鮮半島南部まで支配した。」 書いている。
        それを世界50か国の学校に発行している。」
韓国人「オックスフォード大学の捏造だ!!」
韓国人以外の一同「ではそれらの捏造を裏付ける証拠は?」
韓国人「・・・・・・。」
全て捏造と言うがそれを裏付ける証拠は全く出せないバ韓国人w

710 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 18:58:30
234 世界@名無史さん sage 2009/06/06(土) 03:56:19 0
魏志東夷伝 邑婁 >>古代韓民族成りすまし邑婁人(現在韓国人)発見<<

穴居生活、豚の飼育、住民は不潔で家の真ん中に便所を作りそれを囲むように暮らしている。
・・・、これは明治時代の日本人の朝鮮観察とほとんど同じだ。

射撃が上手・・・これも同じだ。
漢の時代から夫余の家来となっていた。夫余が重い税を課したので黄初年間(220年〜226年)には反乱を起こした。

掟や習わしにはもっともルールが欠けている民族である。
・・・これは朝鮮人の先祖に間違いない。

>>204 『晋書』粛真・邑婁伝には下記も載ってるよ!

坐るときは両脚を投げ出して座り、足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる

風俗は皆、髪を編み、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る。



880 :日本@名無史さん:2009/05/17(日) 04:57:51
       晋書  『粛慎、?婁伝』
井戸も釜戸もない、?(むしき)を作り、四、五升は食べる。坐るときは両脚を投げ出して座り、
{{足を脇に挟んで(猿が坐って物を食べる姿勢)肉を食べる。}} 凍った肉はその上に坐って暖める。
土には塩も鉄もない(前漢代の塩鉄なら専売制度を意味するが)。木を焼いて灰を作り、その灰汁
を注いで、これを食す(意味不明)。

 風俗は皆、{{髪を編み、布で丈の短い上着(チョゴリの事か?)を作る}}、径は尺余、これで前後
を覆う。嫁を娶るときは、男が毛羽を女性の頭に挿し、女性を連れて帰る。その後に婚礼をする。
妻は貞淑だが(未婚)女性は淫乱、若尊老卑。死者はその日に野原で葬儀を行ない、木組みの小さな
槨(ひつぎ)を作り、豚を殺して、その上に積み、死者の糧(かて)となす。

711 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 19:11:38
新羅の郷歌に現代、中期朝鮮語では解明できない単語があるらしいが、それは異民族語だった可能性もあるだろうな。


712 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 19:32:10
>>702
全部入れかわるわけないだろw
百済人の子孫は今も半島南部に住んでいる

>>705
>自分たちは朝鮮族で扶餘ではないと自国の民族資料館で説明してるぐらいなわけで

扶餘でないなら高句麗も韓国人の先祖の王朝でないことになる
中国の高句麗を自国の歴史に取り込む東北行程にあれだけ反発してるのはなぜだ
百済人も自分達の先祖だからこそ毎年「日本の中の韓民族探訪」とかいう団体が
飛鳥や奈良にやって来ては飛鳥寺、東大寺大仏殿や広隆寺、正倉院は
「韓国人が建てたんだよ」と優越感に浸ってるだろ



713 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 19:45:15
韓国にはどこに大仏殿や正倉院があるの?
なんでないの?
バカなの?

714 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 19:58:05
>>712
自称百済人の子孫だろw百済王族や半島南部の前方後円墳掘り起こして、DNA鑑定でもしたらどうだw

715 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 20:00:56
>>712
どっちにしろ、日本列島に文明を伝えたのは日本人の祖先であって、韓国人の祖先では
決して無いでしょ。半島に留まって、どうやって文明を伝えるの?古代からインターネットが
あったとか?w

716 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 20:01:51
>>712
現代の民族が千年以上前に滅亡した民族の血を必ず受け継いでると考える根拠は?
例えば今のカルタゴにフェニキア人の血を受け継いだ子孫はどれくらいいるんだ?

717 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 20:07:45
>>712
君達の先祖は>>710の方だろw

718 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 20:10:28
何度も言ってるけど、百済人が滅亡しようがしまいがどっちでもイイんだよ。関係ない。
日本に文明を伝えた人たちの子孫が日本にいたとしても、韓国には絶対にいない。血は
絶対に繋がってない。その無名の親は知らんけど。百年後に、オレの祖先が日本のエース
だったんだとイラン人が言う以上に違和感がある。

719 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 20:15:01
>>718
正解、三国史紀の記述に百済人は滅亡したと記載されてるが、日本の文献にはしっかりと百済人が海を渡り帰化し根付いたと記述されている

720 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 20:39:00
>>712
> >>702
> 全部入れかわるわけないだろw
> 百済人の子孫は今も半島南部に住んでいる
百済人が滅亡したという記述のある文献はあるけど、
半島南部の人間が百済人の子孫であるという根拠はないよな

> >>705
> >自分たちは朝鮮族で扶餘ではないと自国の民族資料館で説明してるぐらいなわけで
>
> 扶餘でないなら高句麗も韓国人の先祖の王朝でないことになる
> 中国の高句麗を自国の歴史に取り込む東北行程にあれだけ反発してるのはなぜだ

そりゃ、高句麗が自分達の祖先の歴史であって欲しいという願望があるからに決まってるじゃないか。
韓国人が、客観的根拠がないのに自分達の願望をベースにして主張をするなんてのは、
日常茶飯事のことじゃないか。
反発が激しければ、その主張に根拠があるとするのはトンデモだろ。
その理屈でいけば、より大きな声で主張した方が正しいことになる。

> 百済人も自分達の先祖だからこそ毎年「日本の中の韓民族探訪」とかいう団体が
> 飛鳥や奈良にやって来ては飛鳥寺、東大寺大仏殿や広隆寺、正倉院は
> 「韓国人が建てたんだよ」と優越感に浸ってるだろ


721 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 20:53:53
●韓国人が百済人を自分達の先祖とみなしている記事

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=101133&servcode=100§code=120
日本の史学界では、百済(ぺクジェ)王族が渡っていって藤原家門を立てたという学説が少なくない。
それなら、われわれの血筋にも奉仕の美学が残っているのは明らかなのだが…。

>それなら、われわれの血筋にも奉仕の美学が残っているのは明らかなのだが…。
>それなら、われわれの血筋にも奉仕の美学が残っているのは明らかなのだが…。
>それなら、われわれの血筋にも奉仕の美学が残っているのは明らかなのだが…。


722 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 21:29:03
日本に渡ってきたのが日本人の祖先で半島に残ったのが朝鮮人の祖先

723 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:12:48
>>712
朝鮮族の間違いだろ?
韓国人ってのは戦後だよね?

724 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:25:00
理由は知らんけど、半島に残って文明を著しく後退させたのが朝鮮人の祖先

725 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:26:29
【文化】日本に残る韓民族の足跡をたどる(上)
http://www.chosunonline.com/article/20081221000008

「高松塚古墳、法隆寺、東大寺、広隆寺、大宰府、船山古墳、石舞台古墳…。日本が誇るこれらの遺跡の共通点は何か。
それは韓民族、すなわち大韓民国の祖先の霊と魂、汗が染み込んだ代表的な場所だということだ。」

「檀国大の鄭永鎬教授は「大宰府の建造と水城の築城には、百済の先進技術が活用されたことが立証されている」

【文化】日本に残る韓民族の足跡をたどる(中)
http://www.chosunonline.com/article/20081221000009

「石舞台古墳は7世紀ごろ百済系の蘇我氏が作った大規模な墓として推定されている」
また、日本の戦後最大の発掘と評価されている高松塚古墳は、北斗七星などを描いた「星宿図」と「四神図」、
そして華麗な服を身にまとった男女の姿が描かれ、完ぺきな高句麗彩色壁画だといわれている。」

【文化】日本に残る韓民族の足跡をたどる(下)
http://www.chosunonline.com/article/20081221000010

「日本が誇る遺跡が韓国の先祖の魂と汗で作られていることをこの目で確認でき、民族的自負心を持つようになった」と語った。
「これまで教科書を通じての間接的経験にとどまっていたが、直接経験する機会を得られてとてもうれしい。
学校で子供たちに、わたしが見て感じたことを一つ一つ伝えるつもりだ」

江原大の孫承赴ウ授は「わが韓民族が古代日本の領土に文明と文化をもたらしたという
華麗な過去の歴史を振り返り、自己陶酔に陥ってはならない。」

726 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:29:20
http://www.chosunonline.com/news/20090520000063
【コラム】日本の近代史に目を背ける韓国(上)

釜山中央女子中のキム・ウンスン教諭(45)は「これまでは、われわれが文化を伝えたという自負心を
抱くだけだったが、文化が一方からもう一方へ伝わった上で、それが受け入れた側によって発展していったという
事実についても知ることができた」と語った。また、東莱中のパク・ドソン教諭(46)も
「遺跡を訪ねてみて、韓国から伝わった文化がいかにして現在の日本に根付いていったかを知り、興味深く感じた」と話した。

このような感想は、「韓国が日本よりも進んでいる」という内向的な自負心ではなく、「隣国・日本の歴史をもっと知ることができた」
という未来志向的な関心に基づくものだといえる。

http://www.chosunonline.com/news/20090520000064
【コラム】日本の近代史に目を背ける韓国(下)

韓国の中学・高校の世界史の教科書を見ると、日本の近代史は東南アジア諸国と共に、「中国の周辺国の歴史」として記述されているだけだ。
旅行会社のガイドは「韓国を訪れる日本人たちが、円高の恩恵にあずかり、ただソウルで金を使うだけ使い、大衆文化に関心を寄せているわけではない。
日本文化の源流を学ぶため、扶余や公州を訪れるケースも多い」と話した。

727 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:31:57
>>725 それは韓民族、すなわち大韓民国の祖先の霊と魂、汗が染み込んだ代表的な場所だということだ。
だから、どっちにしろお前らとは血は繋がってないっつーのにw

728 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:39:16
百済人、高句麗人=韓民族
なんでこれが何の根拠もなく大前提になってるの?w

729 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:40:59
いや、別にさぁ半島に住んでた人達が日本に来て古代文化の形成に大いに役立った
のは事実だし認めるけどさ…

伝えたのって結局朝鮮化した中国文化なんだよね。

730 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:43:23
「朝鮮半島から来た文化人が日本古代文化に貢献した」

なるほど、これを以て

「日本に文明と文化を与えた」

となるわけだ。
なら…

「中国人が朝鮮半島に植民地を形成し、半島の文化形成に大いに貢献した」
から
「中国が朝鮮人を文明化した」

という論法も通じるわけだ。

731 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:49:10
日本の古代文化を形成したのは日本人の祖先であって、韓国人の祖先じゃないだろw
法隆寺を作った人たちが、その後朝鮮半島に渡ったのかよw それらの文化財を作った
人たちの子孫は日本に居て、韓国には居ないでしょ。あんたらの祖先じゃないんだよ。
何度言えば分かるんだよw

732 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:53:35
>>730
じゃあオレは、漢民族であり韓民族かよw ふざけんな。オレは日本人だ。

733 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:54:17
>>731
ああ、確かにその視点を見逃してたな
日本に出張にきてたんじゃなくて、帰化して日本人になったんだもんな。

734 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:04:59
>>725
改めて凄いよ、その厚かましさ
まるで、自分たちのオリジナルだと言ってるようなもん
何度も言うが、今でいうインド人、中国人の安上がりなIT技術者という立場だろに
彼らを受け入れ利用した、すなわちグランドデザインをしたのは日本側の知恵

735 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:05:25
>>725
>「石舞台古墳は7世紀ごろ百済系の蘇我氏が作った大規模な墓として推定されている」
>「石舞台古墳は7世紀ごろ百済系の蘇我氏が作った大規模な墓として推定されている」

>「日本が誇る遺跡が韓国の先祖の魂と汗で作られていることをこの目で確認でき、民族的自負心を持つようになった」と語った。
>「日本が誇る遺跡が韓国の先祖の魂と汗で作られていることをこの目で確認でき、民族的自負心を持つようになった」と語った。

>>726
>日本文化の源流を学ぶため、扶余や公州を訪れるケースも多い」と話した。
>日本文化の源流を学ぶため、扶余や公州を訪れるケースも多い」と話した。

百済人が韓国人の先祖でなければこういった発言は出ないわな
百済人は韓国人とは関係ないとか言ってるやつは現実を見るべきだな
韓国では百済も高句麗も新羅も韓民族の建てた王朝であり自分達の先祖と認識している
>>731のようなこと言っても無駄w




736 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:14:02
>>725
江原大の孫承赴ウ授は「わが韓民族が古代日本の領土に文明と文化をもたらしたという
華麗な過去の歴史を振り返り、自己陶酔に陥ってはならない。」

>「わが韓民族が古代日本の領土に文明と文化をもたらしたという
>華麗な過去の歴史を振り返り、自己陶酔に陥ってはならない。」

>「わが韓民族が古代日本の領土に文明と文化をもたらしたという
>華麗な過去の歴史を振り返り、自己陶酔に陥ってはならない。」

>>726
「韓国が日本よりも進んでいる」という内向的な自負心ではなく、「隣国・日本の歴史をもっと知ることができた」
という未来志向的な関心に基づくものだといえる。

>「韓国が日本よりも進んでいる」
>「韓国が日本よりも進んでいる」
>「韓国が日本よりも進んでいる」

ま、これが現実だわなw


737 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:20:04
>>735
>
> 百済人が韓国人の先祖でなければこういった発言は出ないわな
> 百済人は韓国人とは関係ないとか言ってるやつは現実を見るべきだな
> 韓国では百済も高句麗も新羅も韓民族の建てた王朝であり自分達の先祖と認識している
> >>731のようなこと言っても無駄w

だから、韓国人が、百済人や高句麗人を自分達の祖先であると認識(願望)しているからといって
実際に、百済人・高句麗人が現在の朝鮮民族の祖先であることにはならんでしょ?

韓国では強く願ったり、認識するだけで、それが現実として実現する国なのか?
そりゃかなりおめでたい国だなw

百済人(高句麗人もかもしれんが)が日本に渡ってきて帰化して日本人となり、
現在の日本人の祖先の一部になったという客観的な根拠はあるけど、
彼らが現在の朝鮮民族の祖先であるという客観的な根拠はないんでしょ?

なんで韓国人は願望と客観的根拠の違いが理解できないんだろう。

738 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:21:18
>>735
なんか、分裂症気味な韓国人の心理の根拠が分かり始めて来た気がするw

739 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:21:26
>>736
なんで否定を肯定にひっくり返してるんだ?w

740 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:26:32
>>735
馬鹿だな、おまえ


741 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:31:38
朝鮮人にはシナ人、モンゴル人、ツングースの血も色濃く流れているんだが、

それで朝鮮人がシナ人等と同族なのか?高句麗、百済人も同じことだ。

 日本人にも百済、高句麗亡命民の血は多少流れているが、朝鮮人と同族ではない。



742 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:54:49
朝鮮半島の歴史は中国の恩恵を受けてきたはずなのに、
最近は尊敬するどころか中国文化の起源説まで唱えてるし

中国版Wikipediaから「韓国起源論」
ttp://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9C%8B%E8%B5%B7%E6%BA%90%E8%AB%96
> 韓國血統的現象
> 大部分是流言蜚語

743 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:33:09
>>734
日本は百済の仏教を受け入れた
だから飛鳥寺は百済の王興寺のコピーみたいなもん
服装も百済の衣装、髪型も百済の髪型で飛鳥寺で盛大に祝った
渡来人から学んだ技術で日本人が最初に作った仏教寺の名前も
「百済大寺」だからww


744 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:34:42
>>737
オレが言いたいのは事実がどうではなく韓国では百済人は自分達の先祖だと
言う認識を疑いもなく持ってるということ
勿論オレも百済人は韓国人の先祖だと思ってるし、逆に先祖ではない理由を聞きたいね

>実際に、百済人・高句麗人が現在の朝鮮民族の祖先であることにはならんでしょ?

では聞くが 百済や高句麗人の子孫はどこに行ったんだ?
完全に一人残らず絶滅したとでもw
国は滅亡したが新たな統一新羅の中で半島南部で生き残っていたと考えるほうが
適切だろう、日本に亡命してきた連中はそのまま日本人として生きたんだろうけど
百済人そのものが半島から消え失せたなんてナンセンスだ

つまり滅亡後日本に亡命しようが、半島に残ろうが百済は朝鮮半島南部に
7世紀半まで存在していた王朝であり、後に新羅に吸収されようとも
生き残りがいる以上それは現在の韓国人の先祖と認定して間違いないだろ
百済人すべてが忽然とこの世から消えたのなら話は別だが(笑)

>彼らが現在の朝鮮民族の祖先であるという客観的な根拠はないんでしょ?

だから逆に百済人が現在の韓国人とは別の民族であるという客観的な根拠は?
言語や文化が受け継がれてないといいたいんだろうが統一新羅になって数少なくなった
百済人の文化は破壊され新羅に吸収された可能性が高いので証拠にはならない

統一新羅になって百済の文化が消滅したからと言って百済人が韓国人の
先祖でないという証明にもならない
血筋は国や文化が滅ぼうとも代々子孫に受け継がれていく
百済人の生き残りが新羅人になり〜高麗〜李氏朝鮮から今の韓国と
国は変わっても血は伝承されていく以上途絶えない
言語や文化が継承されてないからと言って全く韓国人とは別の異人種みたいな
扱いにされるのは嫌韓日本人の勝ってな妄想だけにしておいてほしいね


745 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:46:10
楽浪郡、帯方郡の役人の子孫は完全には滅びてないから、朝鮮半島は漢民族の子孫
朝鮮半島は現在の中国に合理的に併合されるべき

746 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:54:27
>>744 朝鮮には楽浪郡が存在して漢人の血が混じっているだろうが、朝鮮人はシナ人を同族と思っていないだろう。

 同様に日本人は朝鮮人を同族と思っていない。こんな当たり前のことが分からんのか。


747 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:59:53
>>744
あのね、程度の問題なのよ
あと、先祖さまなら彼らや彼らの育んだ文化や言葉を敬ってきたの?
彼らを持ち出すのは、君たちの日本に対する自尊心からじゃないのか?
あ〜だったら私は百済系の本貫ですってのは韓国人の中で何%なの?
韓国人はもちろん北朝鮮は含まないから相当多くなるよね?
いいかげんにしろよ
卑しい動機根性でもって百済人を我らの祖先であると自慢する資格が無いと言ってるんだよ

748 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 01:09:34
百済文化百済文化と、得意になってる所悪いんだが…

考古学的な見地からは百済文化にゃ中国南朝文化の影響が色濃いってのがあるのよ。
百済研究じゃ寺院建築や瓦の生産について盛んだが、論文にいつも出てくるの何だと思う?

中国との関係性だよ。
たいていの学術論文じゃ中国からどう瓦が伝わってどう独自化されたかが注目される。

君たちが言うような百済文化は東アジア世界における「中国文化の伝播」という現象
の一環として見る方が主流なのだ。


749 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 01:17:51
日本に教えてあげた偉大なる百済文化〜その実態〜

仏教 東晋から胡僧の摩羅難陀を迎え、翌年には漢山に寺を創建する。
美術 梁から『涅槃経』などの経典、工匠・絵師などを下賜される
漢字 東晋から博士高興(こうこう)を得て初めて漢字に触れる。

なんと、偉大なる百済の先進文化とは偉大なる中国南朝に教えて「もらった」ものだったのだ!!


750 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 01:24:57
>>744
なるほど。それで病的に起源を主張したり民族主義に走って、近隣諸国から
白い目で見られてる訳ですね。なんとなく分かってきたw

751 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 01:32:12
中国人の見る古代朝鮮

帯方群
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B6%E6%96%B9%E9%83%A1
>帶方郡是西元204~313年的百餘年間中原王朝在朝鮮半島中西部設置的軍事、政治、經濟的地方據點。

百済
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B5%8E
>百济将许多中国文化融入到自身的文化艺术中。

752 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 01:38:02
中国人の見る朝鮮三国時代
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B_(%E6%9C%9D%E9%AE%AE)
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下

>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下

753 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 02:48:28
>>720
そうだよね。すでに三国史記に百済人絶滅って書きながら、現代になって百済人の子孫を名乗る了見がしれないよね。

754 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 02:53:51
>>725
韓国人の先祖は>>707>>708のほうだ。

755 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 03:04:00
>>744
何度も書くが三国史記に百済人は絶滅と書いてあるだろ。
三国史記は登場の半島にいた連中の書いた文献だろ。
当時ですら百済人は絶滅した、させた。これが当時の半島の連中の主観なんだよ。
都合の悪い部分に目を背けずに、ちゃんと読めよ。三国史記って当時の半島人が書いた文献だぞ。

756 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 03:11:39
>>744
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

757 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 06:47:13
木造建築技術も瓦の製造方法も全部中華から伝わって来たものだろ。
漢字と同じだ。
百済人が発明したものではない。

しかも朝鮮には古いものはなにも残っていない。
百済人のDNAは残っても百済にあった中華の文化遺産は失われてしまったということだ。
残念ながら。

一方日本には世界最古級のものがいくつも残されているし
伝えられた技術を昇華させて日本独自の様式・技術も生みだしてきた。


758 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 09:16:28
●日本における朝鮮文化のウソ●

戦後、韓国と北鮮は、負け犬の遠吠え的ウリナラマンセー教育で国民を洗脳し、日本に与えた影響力を
大いに誇張して喧伝することによって、地に落ちた自尊心を回復しようとたくらんだのである。
(また、半島における中国の影響も、ほとんど無かったコトになっている。w)
それとは逆に日本では半島史研究が急速に衰退したので、連中のデタラメを無批判に信じ込む
反日ブサヨク教師・学者・マスコミが言いたい放題を繰り返していたのである。

良い例が高松塚古墳の壁画だ。どう見ても漢人の風俗なのに、朝鮮文化だと騒いでいた。

ソウル・平壌を含む半島の主要地域は、B.C.108〜A.D.313まで400年間も漢人の植民地(楽浪郡
・帯方郡と呼ばれていた)で、それ以降も半島には漢人・楽浪文化=中国文化のコピーが現在まで続いている。
そして半島に朝鮮(韓国)文化らしいものが芽生え始めたのが、新羅が半島南部を統一した、
7世紀後半以降である。

朝鮮文化が成立する前のハナシなのに、「これは朝鮮文化だ!」と喧伝するのは危痴害の戯言
以外の何ものでもない。

朝鮮人が「朝鮮文化を日本に教えてやった」と言っているものは、すべて漢人たちが伝えた、漢・楽浪文化だ。

要するに、313年に楽浪郡・帯方郡が滅ぶと、漢人達が徐々に南下して来て半島南部や日本側に渡り
、その文化を授けたのである。
代表例が、日本に漢文を大系的に伝授した漢人の王仁博士で、同じ時代に百済も漢人に漢文を
教授されているのだ。

結論
先進技術・文化を持っていた渡来人=漢人

759 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 11:09:33
>>712
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



760 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 13:12:16
どう見ても百済人の(文化的)独立性が絶えたことを言ってるだけですが?
百済人が絶滅した??馬鹿じゃねーのw

761 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 13:51:42
「百済人の文化的独立性」について旧唐書が言及するだなんて、
それはいったいどんな文化人類学ですか。


762 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 13:55:41
>>755
>何度も書くが三国史記に百済人は絶滅と書いてあるだろ。

韓国では百済が滅亡したことは知っているが
百済人そのものが絶滅したなんて誰も聞いたこともないんだがw

もし三国史記に百済人は絶滅と記述されてるなら>>725>>726>>735>>736
に書き込まれているような発言を教授クラスの人間がするだろうか?
日本に仏教と飛鳥文化や先進技術を伝えたのは百済人だから百済人が絶滅していて
子孫が残ってなければあのような発言はしないはず、翻訳の間違いじゃないのw

何度も言うが韓国では百済は滅亡したが百済人の子孫は今も生きているということ
百済の血は新羅や高麗、李氏朝鮮から現在の韓国人に至るまで継承されているという認識
でなければ>>725>>726>>735>>736のような発言は出てこない

百済人を無理やり韓国人とは別の人種のようにしたい気持ちは分からないではないが
それは土台無理というものw
逆に日本人が「百済人=韓国人ではない」って必死に否定してるのが笑える
そんなに百済人から文化や先進技術を教えてもらったのがトラウマなのかって(笑)
でも事実だししょうがないわな(笑)


763 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 14:02:28
スキタイ人やサルマタイ人の後裔を称さないウクライナ人は偉いよね…

764 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 14:34:42
>>762
「教授クラスの人間が言っていることなのであるから、間違っているはずがない」
っていう発想はなかなか面白いと思いました。

765 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 14:47:28
百済の支配層は漢人だったのではないか?
支配者の間では漢語が使われていて文化は漢人が握っていた。
だから支配者(漢人)がいなくなったとき(百済が絶滅した時)に
百済には文化的にも技術的にも何も残らなかったのでは?
文化を持っていた支配者の漢人(百済人)は百済を去り、
漢語も知らず文化も持たない被支配者(今の朝鮮人の祖先)は漢人の文化は残さず
血だけを後世に残したと推測するのが妥当であろう。

日本に帰化した百済人が今の朝鮮人の祖先であればもう少し朝鮮語起源の言葉を
日本にもたらしていたはず。例えばキムチとかカルビとかのように。
しかし当時の日本人は漢語の単語しか受け入れていない。
これは帰化した百済人が漢人であった証拠ではないだろうか。

766 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 14:56:15
まあ韓国では教授どころか大学の学長が、侍の語源が「サウラビ」とかほざいてるわけでして

767 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 15:53:38
>>762
はいはい、トルコのイスタンブール市民はビザンチン文化をのギリシャ人の子孫だよね。
コンスタンティノープルのギリシャ人がみんな絶滅したはずがない、みんなギリシャ人の子孫だ(棒読み)

768 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 15:59:09
>>762
かわいそうに、韓国では、もう漢字が読める人間がいないんだな。

旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



769 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 16:04:57
衝撃!イエス・キリストは韓国人だった
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1225613146/

770 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 16:25:09
今のチュニジア人は、ヴァンダル人の子孫です
今のエジプト人は、ローマ人の子孫です
今のイラン人は、マケドニア人の子孫です

771 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 16:45:27

敗戦後海外にいた日本人は660万人が引き揚げた。
シュレジエンにどれだけドイツ人の子孫がいるというのか。
戦争に負けるとはそういうこと。百済が今韓国領だから
韓国に子孫がいると思い込みたいやつがいるようだが
文化も言語も継承していないのに何故そんなことが言えるのか。

772 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 16:54:11
実際に日本側文献には、日本へ百済王家を始め大量の難民を出し、中国側正史には、百済遺民を唐に移住させ隔離させたと書き記されている。高句麗の末路もそうである。

773 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 17:52:58
>そんなに百済人から文化や先進技術を教えてもらったのがトラウマなのかって(笑)

日本に教えてあげた偉大なる百済文化〜その実態〜

仏教 東晋から胡僧の摩羅難陀を迎え、翌年には漢山に寺を創建する。
美術 梁から『涅槃経』などの経典、工匠・絵師などを下賜される
漢字 東晋から博士高興(こうこう)を得て初めて漢字に触れる。

中国人の見る朝鮮三国時代
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B_(%E6%9C%9D%E9%AE%AE)
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下

>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下
>朝鲜三国的文化和语言相通,宗教原本共同崇尚萨满教,但在中国文化的日趋影响下


なんと、偉大なる百済の先進文化とは偉大なる中国南朝に教えて「もらった」ものだったのだ!!


774 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 17:55:31
>>762に聞きたいんだけど、



「中国南朝が百済に先進文化を与えた」




事実をどう思う?

775 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:16:24
基本的に百済王の后は倭人の中から選ばれることになっていた。
生れた王子は、王位に付く までの間、倭が王子を人質として扱っていたのである。
代々の王の名前は『三国史記』が正しいと仮定しても代々、百済王子は王と倭人の混血で 生れた。
日本に仏教を伝えた聖王の父である武寧王(502-523)も日本で生れている。
ただ武寧王は 長男でなかったので、すぐに朝鮮半島に返された。

平均在位25年くらいで見ると『三国史記』(百済本記)で百済初代王とされるあたり
眦有王が、三韓征伐の後の王ということになる。それから4代目の武寧王の時点で、
既に血統としては、もはや百済王は「殆ど倭人(93.75%)であった。

(広開土王碑では西暦391年「三韓征伐」がされたことになる。それ以後、百済王族
は倭人との混血が繰り返される。)
    倭人血統 ワイ人血統
初代目 50%   50%(眦有王、5世紀初頭に始まったと仮定してもこうなる)
2代目 75%   25%
3代目 87.5%  12.5%
4代目 93.75%  6.25% (武寧王でこのあたり)
5代目 96.875% 3.125% (聖王、仏教を伝える)
6代目 98.4275% 1.5625%

となる。3代目以降は、もはや百済王は「倭人」(日本人)だったのだ。

776 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:17:50
これが百済人の子孫か・・・
http://park6.wakwak.com/~photo/image/09.jpg
http://park6.wakwak.com/~photo/image/10.jpg
http://park6.wakwak.com/~photo/image/11.jpg
http://park6.wakwak.com/~photo/image/12.jpg

777 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:19:23
>>765 日本に帰化した百済人が今の朝鮮人の祖先であればもう少し朝鮮語起源の言葉を
日本にもたらしていたはず。

・・・百済人は姓名からして新羅とは違う異民族なので、朝鮮語を残すはずがない。

 日本語と類似する朝鮮語は半島倭人語が朝鮮南部に影響を与えて残したものだろうし。




778 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:26:00
韓国人史観によると、百済文明の正統な後継者は日本になっちゃうわけ?
じゃあ、日本は朝鮮半島をまた支配しないといけないの? 困るなぁ。。。

779 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:31:39
だいたい、高句麗や百済を滅ぼすために唐という外国を引き込む、というのが高句麗、百済が異民族だったからだ。

 同一民族の統一に外国を引き込むなどという売国行為をするはずがないだろう。


780 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:33:52
古代の国家群を、現代の国民国家の意識で見ようとするから間違えた認識を持つんだね。
後に半島を統一したのは新羅だが、百済を滅亡させたのは大唐である。
古代の戦争による結果であり、民族なんて四散してしまった事は記述されている。


781 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:36:00
百済といっても、あくまでもそれは唐風
僕らが普通思う百済の仏像だって百済人の特徴的な顔じゃない
文化といっても百済自体が濃密でオリジナリティー溢れた文化じゃない

782 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 18:48:36
古代に戦争に負け、滅亡し当事国の唐側や周辺国の日本にも移住や難民として四散した記録があるのに
何故か滅亡の地で他国の支配を受けたにも関わらず、逃げもせず、その地に暮らた民の答は
それは百済人でなく、百済人に支配されていた被支配族だったからだよ。それを普通は百済人と言わないだろ。

783 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 19:08:50
>>782 百済滅亡のあとでも新羅の支配に対して後百済復興運動や、北方では渤海が高句麗の後継国家として成立しているが、

これも異民族が残っていたからだろう。渤海は日本と同盟して新羅包囲網を作ろうと提案して来た。


784 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 19:11:20
エジプトを支配したプトレマイオス朝。
マケドニア出身のギリシャ人であるプトレマイオスが築いた王国。
百済もこれと似てるかも。

785 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 19:23:07
>>783
後百済は百済人の後裔ではないよ。そっから高麗が出て来て高麗を建国した。
勃海は大唐に移住させられた、高句麗移民達が、移住地を逃走し作った国。新羅国内の勢力ではないよ。

786 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 19:29:55
後百済は、勢力範囲が旧百済地区と重なるから、後百済と名付けただけのような

787 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 19:33:07
>>783
>百済滅亡のあとでも新羅の支配に対して後百済復興運動や、北方では渤海が高句麗の後継国家として成立している

うん、まずその先鞭になり最大のものだったのが白村江だと思う。
その後の百済復興や高句麗復興運動のほとんどは新羅国外からだっていうのが、まとまった遺民達が国外へ四散した証拠だと思う。
百済や高句麗の遺民達、国外脱出組こそやはり主流だと思うよ。

788 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 19:36:41
古代朝鮮半島関連の中国文献
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%8D%8A%E5%B3%B6%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%96%87%E7%8C%AE

旧唐書
其地自此為新羅及渤海靺鞨所分、百済之種遂絶。
(その地の者は新羅及び渤海や靺鞨へ逃げ、遂に百済の種は絶滅した。)

これはまあ、血の流れは多少周囲に散乱して残るけど
民族という塊、百済ってものは断絶したという見解だね。
第三者が見て、百済はもう存在しなくなったようだ。
日本の自称末裔はどう思ってるのかはしらん。

789 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 19:52:07
百済を滅亡させたのは大唐(新羅ではない)だからね。
当然、当事国の唐朝側に捕獲、管理された百済遺民の末路は、唐国内に送られてるし、最後は奴隷でしょ、そして歴史から消滅。
日本に難民として逃走した遺民達は、まだ交戦国でなかっただけ扱いは良かった。だから少しは足跡を辿れるが、日本に帰化。
大唐の目にも止まらず、日本に難民として逃亡もせずにいれた棄民といえる者達の末路は不明。
唐朝の目に止まらなかったって事は百済の被支配民族(百済人ではない)であり、ほっといても影響がないから百済故地に残留できた。

790 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 20:05:50
しかし何故、滅亡し四散した亡国の民の子孫と言い張り、後々統一を果たした新羅人の子孫を主張しないか理解に苦しむ。

791 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 21:11:14
【国内】交流も盛んにした−古代の日韓交流史専門家、松本で講演[07/12]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1247399327/l50


792 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 21:29:46
百済は日本の同盟国であり、新羅の敵国だったのに自分が滅亡させた百済の子孫を僭称するとは、矛盾した話だ。

 そういうことにしないと半島と日本の交流を語れないからだな。


793 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 21:52:51
そういう事にしないとじゃなく、事実だろ。
日本人にしたら百済も新羅も日本に朝貢していた朝貢国だろ。
それなら堂々と半島を統一した新羅の民の子孫を名乗り(当たり前の事だが、確実に古代に滅亡した亡国の民の子孫を名乗るより、可能性は遥かに高い)
自分達で新羅の文化や文明には、こんなに優れた物があるんだ、と日本人に紹介してやればいいんじゃないか?
何故それをしないのか理解に苦しむ。それだけ百済人の子孫を主張するなら、百済人の子孫である証拠くらいあるだろう?
それをここに示すだけで論争は終わる。学問とは、自分の一人よがりの思い込みや願望で相手が納得してくれる物でないよ。
それに、もう一度書くが百済を滅亡させたのは大唐である。

794 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 22:14:35
>>793 何かいろいろ誤魔化したいようだが支離滅裂だな。


795 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 22:20:53
>>794
つまり何も残ってないし、何も紹介できる物もないという事かw

796 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 22:21:00
>>762に聞きたいんだけど、



「中国南朝が百済に先進文化を与えた」




事実をどう思う?


797 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 22:25:10
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



798 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 22:34:37
韓国人てハングルしか読めなくて、漢字読めないから、
日本やチャイナや朝鮮の昔の書物は学者しか読めないよね。
で、学者が教科書やなんかにハングルでホントのこと書かなくても
それがどんなに根拠がないことであっても、
世間一般ではそれが常識や定説になってしまうよね。

>>762
> >>755
> >何度も書くが三国史記に百済人は絶滅と書いてあるだろ。
>
> 韓国では百済が滅亡したことは知っているが
> 百済人そのものが絶滅したなんて誰も聞いたこともないんだがw

この辺をみるにつけ、そんなことを思った。

799 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 22:51:21
>>762に聞きたいんだけど、



「中国南朝が百済に先進文化を与えた」




事実をどう思う?


800 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 22:53:56
>>798
読んだ事がないでなく、聞いた事がないだからね。
滅亡した民に固執するのは、自分達は常に被支配層だという深層心理なのか。
新羅も百済、高句麗時代から存在し、後々統一までしたというのに、その新羅で誇れる物が即答で出て来ないのを少し嘆かわしく思った。
ビザンチン文化が地中海周辺に影響を与えた事を自慢気に話すトルコ人はいないんだがなあ。

801 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 23:44:50
例えるなら
アイヌ王国を滅亡させて、そのアイヌが中国に渡り文化を伝えた
その文化もアイヌ固有ではなくアイヌを育てたインドの文化、技術
このような顛末だろ、この一件は。

アイヌを自分たちの祖先だと言う厚かましさ
並びに
文化を伝えたという上から目線のような変な自尊心

ほんと、狂ってる

802 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 00:26:04
しかし、ここまで半島に残留した百済人がいたんだと主張するなら、後の新羅時代の文化の中に、必ず百済人の足跡、痕跡があるだろうから、それを紹介したら早いだろうに。
何故、そんな簡単な事をしないのか不思議でしょうがない。

803 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 00:33:43
墓に眠ってる百済人の王族とかも今あんな気持ち悪い文字使ってる
連中が祖先呼ばわりしてるのが冗談じゃないって感じだろうな。

804 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 01:02:41
>>802
なぜ百済人が半島から消滅したなどと言う荒唐無稽な発想が出来るのか
不思議で仕方がない。

805 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 01:20:58
> 802 :日本@名無史さん :2009/07/13(月) 00:26:04
> しかし、ここまで半島に残留した百済人がいたんだと主張するなら、後の新羅時代の文化の中に、必ず百済人の足跡、痕跡があるだろうから、それを紹介したら早いだろうに。
> 何故、そんな簡単な事をしないのか不思議でしょうがない。

> 804 :日本@名無史さん :2009/07/13(月) 01:02:41
> >>802
> なぜ百済人が半島から消滅したなどと言う荒唐無稽な発想が出来るのか
> 不思議で仕方がない。

これだけ違う答えが返ってきたらそりゃかみ合わないわなw
一言も書いてないことを書いて来るんだから

806 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 01:24:29
>>804
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



807 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 02:07:05
>>806
都合の悪い文献は目に見えないみたいだもんな。
アグネスと同じだわ。

808 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 04:31:11
加羅の王族が新羅の支配層に取り込まれたみたいな例を文献から引っ張って
くればいいだけなのに、それすらしないで「偉い人がこう言ってる」だもんなー。

809 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 04:51:59
戦争で負けて支配層が入れ代わったってゆう話しだろ

810 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 05:41:01
>>809
国が滅亡して民族が四散したって話だよ

811 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 06:32:33
日本と新羅の関係の方が気になる
なーんかあやしい

812 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 07:15:46
>>806
其地自此為新羅及渤海靺鞨所分、百済之種遂絶。
(その地の者は新羅及び渤海や靺鞨へ逃げ、遂に百済の種は絶滅した。)

>その地の者は新羅及び渤海や靺鞨へ逃げ
>その地の者は新羅及び渤海や靺鞨へ逃げ
>その地の者は新羅及び渤海や靺鞨へ逃げ

全然絶滅してねえじゃねえかw
全然絶滅してねえじゃねえかw
全然絶滅してねえじゃねえかw

813 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 07:31:37
きっと、百済の領土内で支配されていた土民たちはみな「百済民族」
だったとでも思ってるんだね

814 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 07:34:00
絶滅したのは百済王朝だろうな

815 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:08:07
>>812
そりゃそうだろう、日本にも大量の難民が押しかけてるんだwつまり民族が四散したって事だろw

816 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:09:33
>>812
百済の地の百済人は絶滅ってことだろ

817 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:27:07
新羅及び渤海や靺鞨にも百済人の末裔が残ってるという確かな証拠があるの?
李朝の族譜は、作られたのが15世紀以降であてにならんし

818 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:28:55
普通に半島に残留してるな。
というか、まともな学者はだれも百済人が絶滅したなどとは思っていない件w
絶滅したと思い込んでるのはアホな2ちゃんのネット研究者wだけw

819 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:32:15
>>818
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



820 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:34:06
>>818
みんな逃げだして、百済の地の百済人は絶えたって書いてあるだろw君のとこから逃げだして、君のとこでは絶えたんだよ。

821 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:35:49
>>818
>普通に残留してるな。
これが2ちゃんのアホなネット学者の意見ですねw

822 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 10:42:49
>>818
だ〜か〜ら〜、新羅及び渤海や靺鞨にも百済人の末裔が残ってるという確かな証拠があるの?
百済独自の言語や風習を守ってるのなら(それが百済独自のものと認められたうえで)、百済の末裔と認められるけど

823 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 11:11:31
なに?百済人が絶滅したとか言ってる馬鹿がいるの?
こりゃ面白いw

824 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 11:19:12
百済は倭に助けを求めた

825 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 11:42:43
>>823
教授の言うことだから正しいと言ってる馬鹿もいます
こっちの方が面白いよ

826 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 11:52:02
教授VS2ちゃん根ラー

827 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 12:08:21
百済って日本で言えば四国みたいなもんだろ?

828 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 12:14:17
>>822

百済独自の言語や風習って、具体的にどのような言語や風習でしょうか?



829 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 12:21:55
百済人が半島で絶滅せずに少数でも残っていたと仮定しよう。
そうすると、現在の半島人の中には百済人の血を受け継ぐものがいることになる
(あくまでも、上記の仮定が正しかった場合だが)
しかし、現在の日本人の中にも百済人の血を受け継ぐものがいる
(こちらは仮定レベルではなく、客観的根拠に基づいているので事実であろう)
ならば、血縁という側面では半島人にも日本人にも百済人の末裔を名乗る資格はあるわけだ。

では、文化的側面からはどうか。
現在の半島で百済人の築いた文化が受け継がれてきたようなものはほぼ皆無である。
(受け継ぐどころか現在の半島人の祖先によって破壊されてしまった)
しかし、現在の日本には韓国側からわざわざ指摘されるくらい百済文化の影響を強く受けたものが残っている。
ということは、文化的側面では日本人にのみ百済人の末裔を名乗る資格があるということになる。

まとめると、
半島人:血縁という側面からのみ(しかもそれは上記の仮定が正しかった場合)百済人の末裔といえる
日本人:血縁、文化的の両側面から百済人の末裔といえる

これでなぜ現在の韓国人が、百済人の末裔づらをして、
我々の祖先は日本に文化を伝えてやったのだと、偉そうな物言いになるかが理解できない。
むしろ、半島においては破壊され今では残ってない百済文化が
日本において大切に受け継がれてきたのだから逆に感謝すべきではないか?

一方、日本において現在失われつつある日本精神が、
台湾の日本語世代の方達によって大切にされていることに対して、
感謝の念をもっている日本人は少なくない。

つくづく日本人と半島人は違うのだなと思わざるを得ない。

830 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 13:04:42
百済王族は夫余系で民衆とは言語が違う異民族支配国家だった。つまり多民族国家だった。

 白村江の敗戦後王族、支配層(倭人、漢人を含む)は日本へ逃れ、日本に帰化した。異民族の民衆は新羅に吸収されて新羅に帰化した。

 もともと異民族(異種族)が日本と新羅に分かれただけの話だ。


831 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 13:07:33
日本が敵国新羅の人間など受け入れるわけがないしな。(捕虜か投降した人間ならわずかに居たかも知れんが、対馬海峡へ放り込んだだろう)




832 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 14:02:49
文化ってのは、長い年月をかけて育まれ、歴史を積み重ねて発展したもの。
例えば、ラーメン。ラーメンはもともと中国から伝わったが、それが長い年月を経て日本式に
アレンジされ発展した。それは現在、中国に逆輸入され日式拉麺と呼ばれ人々に広く親しま
れている。中国人も起源好きではあるが、中華料理とは呼ばず、日式と呼んでる。
韓国人の言ってるのは、日本にラーメンを伝えたのがたまたま韓国人だったら、それは韓流
だと言ってるようなもん。

833 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 15:12:39
>>828
知らない
百済人が絶滅してないと言う人に聞けば知ってる(はず)

834 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 15:35:31
百済は海を渡って日本になったんだよ

835 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 15:50:18
百済王族は夫余系で朝鮮人ではないとはっきりしてるね

836 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 15:54:48
支配層である夫余人と倭人が日本に来たってこともはっきりしている

837 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 16:21:21
扶余人が日本を支配したってこともはきりしている

838 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 16:25:04
>>762に聞きたいんだけど、



「中国南朝が百済に先進文化を与えた」




事実をどう思う?


839 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 16:29:29
倭人が朝鮮半島を支配したってこともはっきりしてる

840 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 16:32:11
>>432
>何故いつも一例でもって全例にまで昇華させようとする卑怯な論理を

一例なら説明できなくてよいと言って逃げるのがよほど卑怯だ。

>養子と書いてない例は養子でないでいいな?

あほか。養子説だって信用できないではないか。なぜなら通説のように
難波吉士が伽耶系渡来人ならば、彼が蝦夷の捨て子である可能性はゼロ
だからだ。

養子説が堂々と書き込まれていることによって、皇別における血の繋がり
は絶対要件ではないという考え方があったことがわかる、そのことが
重要なのだ。

また、養子説を除けば、難波吉士の由来は「大彦命」というビッグネーム
がぽんと書いてあるだけだ。
難波吉士があやしければ、これと同じようにビッグネームの何世孫誰々の後、
というのでなくてビッグネームだけぽんと書いてある他の氏族(下っ端に多い)
もまた、同様に血のつながりはあやしいという可能性が出てくる。

簡単に言ってしまえば、皇別というのは100%の血縁集団ではないのだ。

841 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 19:22:16
>>840
訂正:
蝦夷の捨て子 → 蝦夷の捨て子の子孫

842 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 19:32:35
あのな、ここで何て言おうが韓国では現実はこう
(朝鮮日報に書かれてる百済および韓民族の日本観)

・「現存する世界最大の木造建築物である東大寺大仏殿は、8世紀中盤に百済からの移住民が建てた寺です。」

・高松塚古墳、法隆寺、東大寺、広隆寺、大宰府、船山古墳、石舞台古墳…。日本が誇るこれらの遺跡の共通点は何か。
 それは韓民族、すなわち大韓民国の祖先の霊と魂、汗が染み込んだ代表的な場所だということだ。」

・「檀国大の鄭永鎬教授は「大宰府の建造と水城の築城には、百済の先進技術が活用されたことが立証されている」

・「日本が誇る遺跡が韓国の先祖の魂と汗で作られていることをこの目で確認でき、民族的自負心を持つようになった」と語った。

・「石舞台古墳は7世紀ごろ百済系の蘇我氏が作った大規模な墓として推定されている」

・江原大の孫承赴ウ授は「わが韓民族が古代日本の領土に文明と文化をもたらしたという
 華麗な過去の歴史を振り返り、自己陶酔に陥ってはならない。」

・釜山中央女子中のキム・ウンスン教諭(45)は「これまでは、われわれが文化を伝えたという自負心を
 抱くだけだったが、文化が一方からもう一方へ伝わった上で、それが受け入れた側によって発展していったという
 事実についても知ることができた」と語った。

・飛鳥地方の百済遺跡である石舞台古墳を訪問したときは、「飛鳥の漢字表示は“飛鳥”だったのではなく、
 元は百済人が渡来して心安らかに定着したという意味の“安宿”(発音はアンスク)だったが、後に変わった」と説明した。

・韓国が日本よりも進んでいる」という内向的な自負心ではなく、「隣国・日本の歴史をもっと知ることができた」
 という未来志向的な関心に基づくものだといえる。

・旅行会社のガイドは「韓国を訪れる日本人たちが、円高の恩恵にあずかり、ただソウルで金を使うだけ使い、大衆文化に関心を寄せているわけではない。
 日本文化の源流を学ぶため、扶余や公州を訪れるケースも多い」と話した。

843 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 19:56:38
>>842
・「檀国大の鄭永鎬教授は「大宰府の建造と水城の築城には、百済の先進技術が活用されたことが立証されている」

・・・百済の敵国新羅に対抗する最適の築城法を百済人が同盟国の日本人に教えたということでしかないな。


844 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 20:09:03
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845 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 20:11:49
>>842
そういう歴史観を持っているのは世界で韓国人だけという現実。
彼らが何故、他と交わろうとしないのかが分かってきた。thx。

846 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 20:24:08
中国の外交部ホームページに
「5世紀の始めに日本の支配が朝鮮半島の南部にまで拡大した」と記載されてる

イギリスのの教科書が、「5世紀の日本の勢力は朝鮮半島南部まで支配した。」と記載してる
それを世界50か国の学校に発行している。

アメリカのコロンビア大学やアメリカ議会図書館が
「5世紀の朝鮮半島南部は日本の大和政権の支配下にあった。」と記載してる

同じ記載をしてる世界中の教科書に韓国は抗議しないの?


847 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 21:19:54
>釜山中央女子中のキム・ウンスン教諭(45)は「これまでは、われわれが文化を伝えたという自負心を
>抱くだけだったが、文化が一方からもう一方へ伝わった上で、それが受け入れた側によって発展していったという
>事実についても知ることができた」と語った。

実に正しい認識ではないか。どこがおかしいの?


848 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 21:24:00
>>847
前半の自負心を抱くところは筋違いだな
後半は正しい認識だな。

849 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 22:03:24
>>847
× 「これまでは、われわれが文化を伝えたという自負心を
>抱くだけだったが、文化が一方からもう一方へ伝わった上で、それが受け入れた側によって発展していったという
>事実についても知ることができた」と語った。

○「これまでは、われわれが滅ぼした百済が日本へ文化を伝えたという事実を受け入れず
捏造の自負心を抱くだけだったが、シナ、インド文化が百済から日本へ伝わった上で、それが受け入れた側によって発展していったという
>事実についても知ることができた」と語った。

 と変える必要がある。



850 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 22:04:58
レコンキスタで追い出されたユダヤ人が北アフリカに伝えた文化をスペイン人
が誇るようなもの。
朝鮮人はどこまで頭がおかしいの?

851 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 22:10:01
>「現存する世界最大の木造建築物である東大寺大仏殿は、8世紀中盤に百済からの移住民が建てた寺です。」

百済人技術者が派遣され東大寺大仏殿を建築したのは事実で記録にも残っている
しかし百済人が文化を伝えたというより天皇に命令されて作らされてというほうが正しいかな

>「石舞台古墳は7世紀ごろ百済系の蘇我氏が作った大規模な墓として推定されている」

蘇我氏はどうあってもやっぱり百済系みたいだw

>日本文化の源流を学ぶため、扶余や公州を訪れるケースも多い」と話した。

普通に考えて日本人が日本文化の源流が韓国にあるなんて言う意識さえないと思うんだが
中国ならわかるが・・

852 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 22:17:08
漢人王朝の衛氏朝鮮が朝鮮最初の王朝
それから楽浪郡など中国人の植民地が形成され、高句麗に滅ぼされるまで長く半島を支配した。
そしてその後突如として百済・新羅が誕生する

つまりこの二国を築いた氏族こそ楽浪郡の漢人系集団。
新羅王族もこの時代に突如として出現した豪族(昔氏・金氏などの名を持つ)
漢人が朝鮮人を指導して建国したに違いない。

つまり朝鮮人の歴史は代々支配層が異民族になっている。
韓人は漢人系に従う奴隷階級になってるから韓族の歴史というのは存在しない。

朝鮮半島は漢人・倭人を中心とした異民族支配層の子孫が活躍する歴史
朴氏・昔氏・金氏などの王族、あるいは貴族にも中華の血が入ってる
だから韓人の歴史は最初から存在しないんだ。
だから朝鮮の歴史は韓人が作ったんじゃない、中国人が作ったと言ってる分け

853 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 22:25:31
多民族にレイプされ続けて
いつの間にか、売春世界大国になってしまった地域

俺が半島の歴史の説明を請われたら、こう説明する。

誰も否定できない事実

854 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 22:27:43
蘇我氏が百済系で、更に蘇我氏を滅ぼした藤原氏も百済系なんだろ
韓国人の思考はどうにも理解できません

855 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 02:43:40
そういや、ホワイトハウスって黒人奴隷が建てたんだってね。その中に、ケニアから連れて来られた
黒人の子孫もいたのかもなぁ。で、今のアメリカ大統領はケニア人の血を引いてたりする。
ケニア民族は世界で最も優秀な民族!ホルホル  ってな感じですか・・・

856 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 03:46:22
>>842
はっはっは、8世紀に日本には百済人の子孫がいて、半島にはいたのかい?
8世紀の半島で百済人がいたという文献でもあるのかい?


857 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 05:22:38
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



858 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 07:52:47
この場合「百濟之種遂絶」というのは王族の血統が絶えたということだろうな。
古代の国家というのは王族という「家」のことであって、領地も人民も
その財産に過ぎない。


859 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 10:56:16
東アジアには、漢人、倭人、1%ほどのフヨの残党(名前も残せないほどの残党)

この3つしか居ない。古代から現代にかけて。
朝鮮人は倭人では無いと自分で言ってるので、引き算すると
ほぼ完璧な漢人だけが残る。

860 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 11:36:58
 ”海を越えて襲来し” ”倭国” つまり倭人は日本人ってこと
そして朝鮮人の苗字が中国人と同じってことは…

861 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 11:56:06
ソウルは「漢城」だしな

862 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 20:54:35
漢江ってどこの川?

863 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 22:55:40
ちょっと板違いになるかもしれないけど、衛氏朝鮮の国号は何?
当時から「朝鮮」?それとも「燕」?

864 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 06:25:35
実は百済の支配層って倭族なんじゃないの?
百済のあった地域には扶余と地名があるぐらいだから扶余族が建てたんだろうけど
4世紀までには大和朝廷が乗っ取ったんじゃないのかな

それと日本にやってきた百済人の名前って
司馬達等とか止利佛師(とりぶっし)とか漢族や扶余族、ワイ族の名前じゃないだろ


865 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 10:01:04
>>744
日本に文化を残した連中は帰化人だから日本人の先祖であっても韓国人の先祖じゃない。
メイフラワー号でアメリカに渡ったイギリス人たちは今のアメリカ人の先祖であってイギリス人の先祖じゃない。
韓国人が日本に残る建築や仏像を見て先祖の遺産を感じると聞くと失笑してしまう。
普通は逆だからな、
(無いんだけど)韓国に日本のより古い百済の文化遺産が残っていて、
そこに日本人が訪れた時に日本文化の源流の「1つ」を感じるのが普通だろ。
日本人には現代の欧米人にとってのギリシャ・ローマに当たるものが無いね。
ぶち壊してしまった。あるのは廃墟だけ。


866 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 10:30:41
>>865
> 日本人には現代の欧米人にとってのギリシャ・ローマに当たるものが無いね。
ここは、日本人じゃなくて、朝鮮人じゃね?

867 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 10:51:13
>>865
文化の劣った倭は高度な文明を誇る韓国に憧れて、博士の派遣を懇請してたんだよ。
派遣期間が終了すると、代わりの博士の派遣を懇願してたんだよ。
つまり、倭人を教化した韓国人の博士はあくまで韓国人のお雇い教師で、
任期が切れれば韓国に帰っていたわけだから、その子孫は今の韓国人であって、
倭人ではない(もっとも夜伽を務めた倭人の娘たちに子供を産ませていて、
その子孫が倭に残った可能性は否定しない)。

868 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 11:03:05
>>867
いや、だからなんでその人達が帰化人って呼ばれてたの?

869 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 11:25:57
>>866 日本にとってのギリシャ・ローマ(古典文明)はシナ・インドで朝鮮ではない。

>>867 百済人が伝えたのは漢字(シナ文字)、仏教文化(インド文化)であり、百済人は朝鮮人ではない。

 万葉集、古事記、日本書紀のような史料を残した日本が、ほとんど何の史料もない百済、新羅より文化が進んでいたことは確実だし、それ以前の古墳時代も同様だ。

 朝鮮に巨大古墳があるのか?



870 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 11:28:45
>>868
帰化人なんて呼ばれていないよ?

871 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 11:41:03
>>870
いやいや、最初は帰化人って呼ばれてたんだよ。
それが、これは朝鮮人への差別になるとかいう珍妙な理由で
渡来人にかえられてしまったんだって。

872 :九州王朝大好き:2009/07/15(水) 12:01:03
「帰化人」を知らないのか。
話にならん。

「帰化人」が何故朝鮮人への差別になるのか知らない。
今始めて知った。
差別になるとする理由を教えてくれ。

「渡来人」なら強盗殺人をやりに来る外国人も含まれるな。


873 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 12:16:24
百済が辛卯年(391年)に倭によって支配を受けていたことも明らかとなっており
主従関係が存在しており、
倭の重臣と百済との間で家臣上下に関わる席順の取り合いのエピソードも残されている。

874 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 12:35:04
エピソードkwsk

875 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 12:46:32
>>872
高森さんが「帰化人」→「渡来人」への変更(ならぬ偏向か?w)の経緯を説明してくれている
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2567126

こっちにも「帰化人」が「差別」につながるという珍妙な理由が詳しく書かれている。
http://ikeuchild.hp.infoseek.co.jp/naturalization.html

ちなみにこの主張をしていた鈴木靖民という学者
このまえの「日本と朝鮮半島2000年」の第3回に日本側の学者として出てた

876 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 13:14:55
日本に文化や技術を伝えたという百済だが、彼らが伝えた文化は中国文化に他ならない
という事実をはたして何人の韓国人が知っているだろう。
日本に伝えたと誇らしげに語る文化・技術は全て中国が百済に伝授したものである。
仏教・漢字・思想・建築etc…
それらの中で中国から伝わらなかったものが一つでもあるだろうか?
百済人は中国文化に心酔していた。それは彼らの残した墳墓や文物を見てわかるものである。
梁が滅びた時、その廃墟を見て百済人使節は嘆き悲しんだという事実が中国の史書に残っている。

倭国の属国的な立場にあった百済には、多くの倭人が植民したことが半島南部の遺跡・遺物・同時代史書から
見てとれる。倭人は強力な勢力を誇り、百済人を支配していたのだ。
おわかりだろうか?
百済は日本に高度な朝鮮文化を伝えたというのは事実と異なっている。
日本が百済を通して中国文化を取り入れたというのが事実なのだ。

877 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 13:16:30

韓国人は言う
「百済人は中国文化を独自化して高度な百済文化を花開かせた」

ならば言おう。

「日本人は百済から伝えられた文化では飽き足らず、中国文化を吸収して飛鳥文化を花開かせた」

韓国人よ、事実を認めよ。

878 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 15:34:54
韓国人は、百済か新羅か高句麗か、男の先祖を一つに絞れよ。
男の系統は一系統だってことくらい理解できるだろ。

だからヤマト民族っても、
倭の直系か、隼人からのヤマト民族、蝦夷からのヤマト民族か
秦朝臣からのヤマト民族か、漢帰化のヤマト民族か
それぞれが一つだろ。
百済から帰化した奴は百済から帰化した日本人だと言う。
高句麗から帰化は高句麗のみを先祖という。

私は、倭で蝦夷で秦で漢で百済で新羅で高句麗で・・・とか無い。
そんなこと言う奴は詐欺師だろ。ありえない話で。

879 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 15:36:22
>>878
ああ、官職や妻が外人だから韓子とかそういうのならあるけど
「先祖が」という話な。

880 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 19:18:28
任那なんてなかったんだよ。

いい加減、目を覚ませ。

881 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 21:00:57
任那はあったさ。同時代の金石文を否定することはできない。

882 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 21:05:00
日本に文化を伝えた朝鮮半島からの帰化人って殆ど、楽浪に残留した漢人の子孫だろ。
何故なら、新羅の金春秋が姓名を漢人式に改める前なのに、漢人式の姓名。
百済の有力紙族の姓は、沙宅、鬼室、黒歯、億礼とか感じ二文字でおよそ漢人には
ない姓。新羅なんぞは姓自体がなく、王室だって併合した加羅の王室の金家に入り婿
する形で姓を分捕ったようなもの。

883 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 21:24:46
韓民族なんてなかったんだよ。

いい加減迷惑かけるのをやめよう。

884 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 22:05:14
任那日本府が存在したのは確定的事実。
同時代史書からも遺跡・遺物からも否定できない。

ただし、その実態がどのようであったかが論じられている。
倭人の植民地か、半島に土着した倭人豪族か、倭人の百済官僚か。
どちらにせよ、半島に日本の勢力が及んでいたのは否めない。

885 :日本@名無史さん:2009/07/15(水) 22:12:48
朝鮮乃箕子封國漢唐皆中國郡邑
今爲朝貢屬國之首古有
三韓穢貊渤海悉直駕洛扶餘新羅百濟耽羅等國今皆併入

読み下し
朝鮮すなわち箕子の封国にして漢唐皆中国の郡邑なり。
今朝貢属国の首たり。古(いにしえ)より
三韓穢貊渤海悉直駕洛扶余新羅百済耽羅等の国あり。今皆併入す。


朝鮮は箕子の封国(箕子朝鮮、箕子は殷の王族)であり漢代も唐代も皆中国の郡邑であった。
(中国の郡県であった、の意。漢代は楽浪郡・帯方郡、唐代は百済と高句麗の滅亡後に唐が旧高句麗領を安東都護府、
旧百済領を熊津都督府、新羅を鶏林大都督府として半島全域を藩属国から羈縻(きび)州=中国国内扱いにした事を指す、
このため一時的に朝鮮に「国」はなくなった)
今は朝貢属国の筆頭である(中国に最も臣従している藩属国である、の意)。古くは
三韓・穢貊・渤海・悉直・駕洛・扶余・新羅・百済・耽羅等の国があった。今は皆朝鮮に含まれる。


886 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 03:32:40
韓国でも韓民族認定したことあるシュメール人

http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb301.html
「日本人シュメール起源説」の謎

創世神話、イシュタル女神の冥界下りなど、シュメール神話の多くが、日本神話に
取り入れられていること」、「古事記のイザナギノミコトの服装が、シュメール君主の
服装に合致すること」、「シュメール人は元来海辺の民で、航海術にたけていたこと」、
「日本語の地理的名称にシュメール系の言葉が多いこと」──などをあげている


887 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 05:03:27
>>884
任那という名称があったことは広開土王碑があるから、否定できない。
倭の勢力が朝鮮に及んでいたことは、前方後円墳があるから否定できない。

そのことと、「任那日本府」「みまなのやまとのみこともち」という役所、
あるいは小国があったかどうかは全く別。
なぜなら任那日本府という名前およびその記述が表れるのは日本書紀の
欽明紀に、ほとんど限られるからだ。

888 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 05:06:25
【日韓】 韓日歴史共同委員会の結論「任那日本府説に根拠なし」〜日本側学者認める[12/21]

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1229859600/
韓日歴史共同研究委員会(韓国側委員長、趙b(チョ・グァン)高麗大教授)は19〜20日の二日間、東
京で合同シンポジウムを持って韓日間の争点だった任那日本府説は事実上、歴史的事実ではないと
いう結論に逹したことが伝えられた。

日本側学者らはこれまで主張して来た任那日本府説、すなわち4世紀に日本が韓半島(朝鮮半島)
に進出して百済と新羅、伽揶などを支配したという説は一部妥当ではない、と認めたと言う。趙b教授
は20日、記者会見で「任那日本府の存在自体に問題がある。それはとてもひどい解釈だったというこ
とに(日本側も)同意する状況だ」と言った。

ソース:(韓国語) 韓・日歴史共同委結論…日"任那日本府説根拠ない"独島領有権は異見不変
http://www.segye.com/Articles/NEWS/INTERNATIONAL/Article.asp?aid=20081221001849&subctg1=&subctg2=


889 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 16:27:05
>>432
>何故いつも一例でもって全例にまで昇華させようとする卑怯な論理を

一例なら説明できなくてよいと言って逃げるのがよほど卑怯だ。

>養子と書いてない例は養子でないでいいな?

あほか。養子説だって信用できないではないか。なぜなら通説のように
難波吉士が伽耶系渡来人ならば、彼が蝦夷の捨て子の子孫である可能性は
ゼロ だからだ。

養子説が堂々と書き込まれていることによって、皇別における血の繋がり
は絶対要件ではないという考え方があったことがわかる、そのことが
重要なのだ。

また、養子説を除けば、難波吉士の由来は「大彦命」というビッグネーム
がぽんと書いてあるだけだ。
難波吉士があやしければ、これと同じようにビッグネームの何世孫誰々の後、
というのでなくてビッグネームだけぽんと書いてある他の氏族(下っ端に多い)
もまた、同様に血のつながりはあやしいという可能性が出てくる。

簡単に言ってしまえば、皇別というのは100%の血縁集団ではないのだ。

890 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 21:23:17
私たちは目上の人に自分を謙遜して話す時は「チョ(私)」と言い、自分と同格か下の人には「ナ」とい
う。日本語も私たちと同じで目上の人には「ワタクシ」(私)、同格か下の人には「ポク」(僕)という。また
相手を指す時使う「ノ(君)」という言葉は、相手が自分と同じか低い時だけ使うべきで、目上の人に使
えば非常に失礼になる言葉だ。日本語でもこれと同じ用法で「キミ」(君)と言うが、これは「キム」(金)が
変わってなった言葉だ。そして「ナ」にあたる「ポク」(僕)もやはり「パク」(朴)が変わった言葉だ。それで
はどうして「キム」と「パク」が「キミ」と「ボク」という言葉に変わったのだろうか?

ここにはとんでもない歴史的秘密が隠されている。今から1千600年余り前に遡ると慶尚道(キョンサ
ンド)に「伽揶」という6つ小国があり、これらは連合して「伽揶連盟体」を結成していた。この伽揶連盟
体の宗主国である大伽揶は今の高霊地方に位置しており、国名を「ミオヤマグク」(弥烏耶馬国)と言っ
て「パク」(朴)氏が王だった。そして今の金海地方には金官伽耶があったが、国名を「クヤグク」(狗耶
国)とし、「キム」(金)氏が王だった。ところが慶州(キョンジュ)を中心にした新興国家、新羅が勢力を
ますます拡大し、不安を感じたこれらの一部は日本に渡り始めた。そして長い年月に大伽揶を中心に
した一族は大阪周辺の明日香に「ヤマトグク」(耶馬台国)を建設し、後発の金官伽耶は九州地方に「ク
ノグク」(狗奴国)をたてることになる。ところで勢力が強かった大伽揶の高霊朴氏は朴氏なのでポク
(朴)、相対的に弱かった金官伽耶の金海金氏はキム氏なのでキミ(金)と言った。これが自然に勢力を
含んだ「君」、「僕」という呼称に変わったのだ。


891 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 21:25:16
その後流れる歴史の中で耶馬台国と狗奴国は互いに対立するようになり、耶馬台国の崇神天皇が狗
奴国を攻撃したが、むしろ敗れて、その時から日本列島の覇者は朴氏から金氏に変わることになった。
日本天皇の性が「金海金氏」という声もここから出てくる。このような歴史的な理由から「キミ」(君)とい
う言葉を人称代名詞で使う時には「君」(チャネ)と相手を低くすること言葉になるが、「天皇」を象徴す
る「キミ」(君)で使うときは極めて尊厳な尊称語となる。日本の国家を「キミガヨ」(君が世)と言い、これ
は「王様の世の中」という意味だが、本来は「キム家の世の中」ということだ。

慶一大総長・イ・ナムギョ
http://www.imaeil.com/news_img/2009/column/20090714_150638000.jpg

ソース:韓国毎日新聞(韓国語) [イ・ナムギョの日本語源流散歩28]キミとポク(君と僕)
http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=31668&yy=2009

892 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 21:25:57
はいはい。

893 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 21:49:54
お前ら日本大好きだなwww

894 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 00:00:30
>>889
難波吉士が伽耶系渡来人と証明してみいや。
チョンコロがアホ説吹聴してるからって証拠にならないぞ。

895 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 00:13:17
皇別に渡来系がいたのではないかと必死になってる>>889みたいなやつには同情するよw
哀れなぐらい必死だもんなw

896 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 01:29:21

竹島!竹島!とうるさいから、朝鮮南部を返して貰おうぜ。



897 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 01:49:57
>>891
電波教授、アタマ大丈夫か?

これは、何度も言われてる事だが『現代朝鮮語の発音で、日本古代史を騙るべからず』だな。


898 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 03:32:32
>>875
要するに、「帰化人」と使うと、日本に住み着いて日本人の一部となった者という意味になってしまうから、
多文化共生思想の持ち主は「渡来人」という言葉を使いたがるわけかw

「渡来」では居住し続ける意思が含まれない。その国民の一部になるかどうか判断されていない。
この言葉で、日本に帰化しない在日を擁護したいってかw

日本国民の一部になることをあくまで拒絶しながら、
この国に居住し続け、しかも参政権まで求めようとする在日のための言葉が「渡来人」




899 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 03:36:53
帰化しない奴は反逆の意思あり

900 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 03:40:06
最近の、コリアンジャパニーズ、とかいう言葉もそうだな。コリア系日本人。
日本国籍を取っただけで、実質は朝鮮人。

日本国籍はほしいが、朝鮮人のままでいたい在日のための用語が「渡来人」か。

だから、在日は「帰化」という言葉を嫌うんだな。


901 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 03:43:29
帰化されてもいやだw

902 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 03:47:09
民主党が選挙権くれるのが楽しみ。

903 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 03:48:28
帰化すれば子供は日本の学校で日本人になる
帰化しなければ子供も朝鮮人学校で反日の洗脳を受け続ける
だから帰化すべき
一代では変わらなくても二代三代で日本人になる

904 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 03:54:14
http://d.hatena.ne.jp/rubio1919/20090522

こういう、日本国籍をとっただけの在日が、いちゃもんをつけるようになる。

905 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 04:01:21
>>877
>「日本人は百済から伝えられた文化では飽き足らず、中国文化を吸収して飛鳥文化を花開かせた」

残念ながらこの時代は遣隋使を派遣していたとはいえまだ外交的には朝鮮半島
一辺倒だよ日本は
だから飛鳥文化は百済文化のパクリでほとんど同じだよ
天平時代になってから大陸の文化が一斉に入ってくる

906 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 04:21:20
その百済文化が中国そのままなんだってば

907 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 07:09:19
しかし古代日本に仏教を伝え、先進技術や文化などを伝えた沸流百済の
百済人って一体どんな民族だったんだろう
優秀だったんだろうか?
しかし優秀なら滅亡するはずないしな
なんか色んなスレに百済人が登場するので非常に興味を持ったよw




908 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 07:30:01
>>903
>帰化すれば子供は日本の学校で日本人になる
>帰化しなければ子供も朝鮮人学校で反日の洗脳を受け続ける
>だから帰化すべき

密入国してきた奴らの子孫なんかに血税使って教育してやる必要も「日本人に」させる必要も無し!
それよりなんとか日本から追い出すことに全力で知恵をしぼるべき。

>一代では変わらなくても二代三代で日本人になる

さぞや長い長〜い「二代三代」になることでしょう。

909 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 10:35:22
>>888
いつものことだがチョンソースしかないのなw

910 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 11:03:17
皇別は100%の血縁集団ではない。真に血縁集団であるならば一つの
例外もあってはならない。

血縁集団でないとすればなにか。
私が思うに、ある一つの「制覇」が起こったときに、たまたま制覇事業に
協力する立場にあった人たちの集団である。
例をあげたほうが分かりやすいだろう。

清国における満洲八旗。
鎌倉幕府における御家人。
徳川幕府における譜代大名や旗本

これにあたるのが皇別なのだ。だから必ずしも血がつながっていなくとも
良いし、必ずしも倭系でなくてもよいのだ。
むしろ大和王権の制覇が朝鮮半島との交流と深く結びついていたと考える
ならば、その実務にあたった渡来人も積極的に取り入れられたと考えられる。
難波吉士もまた、このような人たちの一人であったのだ。

そしてその「制覇」以前にあった支配層が「神別」、「制覇」より後に
やってきた渡来系が「諸蛮」なのだ。

911 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 11:23:00
>>907 しかし古代日本に仏教を伝え、先進技術や文化などを伝えた沸流百済の
百済人って一体どんな民族だったんだろう
優秀だったんだろうか?

・・・楽浪文化を先に取り入れ、漢人、倭人も支配層にいた高句麗系の多民族国家だったようだな。


912 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 12:00:06
>>910
>むしろ大和王権の制覇が朝鮮半島との交流と深く結びついていたと考える
ならば、

またこそ〜っと隙間を狙ってチョンがほざいてるな。

「制覇」を想像するのは勝手だけど、
纏向遺跡に渡来系の痕跡なんて皆無なんだけどね。

913 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 15:45:22
>>912
「制覇」というとすぐに「騎馬民族」と結び付けてピコピコするのだろうが、
国内的な制覇でもいいのだよ。
国内的な制覇であっても、「鉄」の利権を握ったものが制覇した、という
のはよく言われることだ。
纏向にも鉄梃は出るだろうが。
そして、鉄と言ったとたんに、鉄の輸送や朝鮮との外交と言った、
そのための職種が生じる。その実務に当たった、渡来人を含む下っ端
もまた「皇別」に組み入れられた、というのが私の見方だ。

914 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 22:20:45
しょーーーもな!

915 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 23:33:21
>>913

わからないかな。
渡来系のいたところには渡来系文物が存在する。
渡来人が職種別に活躍したのは確かだし、彼らが活躍したのも確か。

だが、渡来系はほとんど集住して故地の文化を保っていた事実がある。
古墳時代の渡来系が集住していた遺跡はほとんど半島系の土器が出土している。

そうした事実がある上で、纏向遺跡に渡来系文物が存在しないということを言っている。
つまり、半島系が大和王権の成立に関与した可能性は極めて低いと言わざるを得ないのだ。

916 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 00:05:39
>>913
>纏向にも鉄梃は出るだろうが。

だからなんなのだ?
畿内は3世紀に北九州を配下に入れて鉄を手に入れてるのだから何も問題ない。

>渡来人を含む下っ端もまた「皇別」に組み入れられた

だから皇別に組み入れられた渡来人って何氏なんだ。
難波氏は違うだろ。


917 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 08:55:26
>>916
難波吉士をググって見よ。
ほとんどの資料が伽耶からの渡来系であるとしている。

918 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 09:24:12
大阪人は渡来系ってことだ
半島と気質が似てるわけだ

919 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 10:30:19
それにしても、1500年前に中国文化を日本に売りつけたことが、なんでそんなに自慢なんだろうかね
ほかに自慢することないのかね


920 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 10:56:55
>>915
私も少し引っ張られたが、纏向を「制覇」と見なさなくても良い。
「制覇」を河内王朝にあてはめればよいのだ。
しかもそれが、入り婿とか、神功・応神の東征が暗示するようなクーデター
とかの、ある程度の継続性を保った「制覇」であったらどうなるか。

制覇した王朝は、じぶんの正当性を確保するためにそれ以前の王統を取り込む
だろう。そしてそれと同時に、制覇に功績のあったグループを、満洲八旗のような
閉鎖的な支配階級として取り込むだろう。

以前の王統を取り込んだことによって、あたかも血縁集団であるかのような
外見が生じるから、功績グループもまた、王統に祖先を求めることによって
血縁集団を装うだろう。難波吉士がそうしたようにね。こうして皇別という
疑似血縁集団が生じる。

そして河内王朝ならば、君の言う「渡来系文物」はありふれている。

921 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 11:47:13
>>917
渡来系ではないのかという推測の文章ばかりで、
渡来系である事を証明してる資料なんてないのだが。

>>920
>ある程度の継続性を保った「制覇」であったらどうなるか

「あったらどうなるのか」を想像して長々と語られても意味がない。
あったという資料を出してくれ。

922 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 11:53:58
>>920
だいたい「入り婿」という方法で倭人に「制覇」されたのは新羅だろうがw

悔しいからカウンターパンチ食らわそうたってそうはいかんぞ。

923 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 12:27:58
推量の積み重ねは歴史ではないんだけどなー

924 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 14:47:33
半島人は倭人と漢人の混血でしょ

925 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 15:07:23
神功・応神紀そのものがクーデターを指し示している。
そしてクーデターというのは「ある程度の継続性を持った制覇」だ。

926 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 15:33:02
実際問題、日本列島が人類発祥の地ではない以上、日本人はどこかのタイミングで大陸からわたってきたわけだよね。
半島南部からやってくるというのは、地理的に見てもおかしくはない。
百済が存在している期間にやってきた人たちが政権を占めたなら、百済系と言ってもいいような気がするし、
それ以前にやってきた人たちが政権を占めたなら、その呼び方は間違いだろう。

あるいは、南方から海流に乗ってやってきた人たちかも知れないけど、こういうのっていずれ明らかになるものなのかね?
タイムマシンでも発明されないと謎のままじゃないかとも思えるが。

927 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 15:55:01
昔は大陸と日本列島は地続きでしたよ

928 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 17:39:47
朝鮮は漢系と満州系とモンゴル系に支配された

929 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 18:33:47
>>921
>渡来系ではないのかという推測の文章ばかりで、
>渡来系である事を証明してる資料なんてないのだが。

「ばかり」ね。「ばかり」ということはほとんどの学者や研究者が渡来系
とみなしているということだ。
君は難波吉士が渡来系であっては困るのか?
渡来系でないとすれば、蝦夷の捨て子の子孫であるほうがいいのか?
それなら姓氏禄のお墨付きだが。


930 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 18:42:07
自分の都合で歴史的事実を決定しようとするなんて
実に倭人らしい発想だ。

931 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 18:49:11
>>929
横やりだが、君の文章はかなり攻撃的だね

チョン?

932 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 18:50:35
>>930
変な日本語だね?
初めて聞いたよ
歴史的事実の決定だなんて

933 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 18:50:40
>ほとんどの学者や研究者が渡来系とみなしているということだ。

具体的な学者の名前とその論文出してもらえないか?

934 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 19:24:08
韓国人はみんなキチガイ

935 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 21:57:20
そうなの?倭人と同じだね。

936 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 23:32:53
>>929
>君は難波吉士が渡来系であっては困るのか?

言葉尻り捉える前に難波吉士が渡来系である証拠を出せ。
渡来系ではないかという推測をいくら重ねても事実にならないからな。
嘘も百回言えば真実になるとでも思ってるのか?

937 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 00:20:52
>>930
それって韓国の歴史学会のことなのでは

938 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 02:25:26
6世紀後半、当時瓦一枚さえ作れなかった倭人に文化や先進技術を教えたのが
百済人技術者達

やっぱ日本人は百済人に頭上がらないよ、これからもww

939 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 02:29:25
感謝はしてる
低コストで導入出来たからw

940 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 02:31:48
>>938
18世紀後半、当時日本式水車一つ作れなかった朝鮮人には日本文化やオランダ先進技術を教えなかったのが
日本人学者達

やっぱ朝鮮人は日本人に頭上がらないよ、これからもww


941 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 02:41:12
・新羅百済は倭を珍しい文物の多い大国と崇めた(隋書81巻東夷倭国

僕は日本を大国と拝めた百済人を見下してます

942 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 03:19:36
>>940
古代日本を作ったのは倭人ではなく渡来人達だ
中でも多くの百済人や東漢氏、秦氏などは日本に定住し天皇の側近貴族
や有力豪族となり事実上日本を支配した

日本人(倭人)は百済人や渡来人達に頭上がらないよ、これからもww





943 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 03:51:01
>>942
渡来人は日本人の祖先。韓国人は全く関係ない。だから、日本人は祖先に
頭が上がらなくても、それ以外は関係ない。馬鹿だなぁ。

944 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 04:09:48
なる程、共通の祖先って事ですね。

945 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 04:26:08
違うよ。渡来した百済人も東漢氏も秦氏も日本人の祖先。そんだけ。
半島に残った土人は関係ない。

946 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 04:28:25
新羅を作ったのは日本人で王も日本人だったことに朝鮮人は感謝しなさい

947 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 04:58:40
関川:‥‥先方(韓国人)が実証的歴史事実の積み重ねでは説得されるつもりがないことは認識しておかないといけない。
古田:日韓歴史共同研究委員会も似てますよ。
‥‥日本側の研究者が「資料をご覧になってください」と言うと、韓国側は立ち上がって、「韓国に対する愛情はないのかーっ!」と、怒鳴る。
‥‥さらに、「資料をみてくれ」と言い返すと、「資料はそうだけれど」とブツブツ呟いて、再び「研究者としての良心はあるのかーっ!」と始まるのです。
関川:歴史の実証的研究では韓国に勝ち目はないでしょう。事実よりも自分の願望というか、「かくあるべき歴史の物語」を優先させるようですから。‥‥
古田:民族的感情を満足させるストーリーがまずあって、それに都合のいい資料を貼り付けてくるだけなんですね。
当然、それ以外の様々な資料を検討していくと、矛盾、欠落、誤読がいっぱい出てくる。
櫻井:それは韓国の大学の歴史研究者ですか。
古田:イエス。これは韓国の伝統的な論争の流儀であり、思考パターンなのですね。
李朝時代の両班の儒教論争も、みなこれですから。
要するに「自分が正しい」というところからすべてが始まる。
実はこの「自分が正しい」という命題が実証不可能なんです。この思想が突出したものが、北朝鮮の主体思想にほかなりません。
櫻井よしこ・関川夏央・古田博司「韓流“自己絶対正義”の心理構造」 (文藝春秋『諸君!』2006年4月号 69〜70頁)

948 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 05:29:18
渡来した百済人は日本人の祖先であって半島人の祖先じゃないからね。
我々が直系の子孫であって半島の連中は滅びて文化を残せなかった傍系だから。

949 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 05:38:15
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



950 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 05:54:34
・渡来人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E6%9D%A5%E4%BA%BA

現在では水稲等の農法は日本から朝鮮半島など伝わったことが稲の遺伝子研究で明らかとなっている。
日本人において弥生時代以降の渡来人は現代日本人の遺伝子プールにはほんのわずかな影響しか与えていない、
という研究結果を出ている。日本人はアイヌを含めて等質性が高く、
弥生以降の渡来人との混血は少ない。

951 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 05:55:57
倭人は朝鮮人の先祖だけどね

952 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:11:50
>>947
■櫻井よしこの発言

「日本は古来から外国の文化を受け入れてきたじゃないですか?
 仏教もそうだし、キリスト教も上手に受け入れてきたじゃないですか

 皇室だって韓半島の血が入っているし、外国の文化を受け入れそれを上手く
 日本型に改良して発展させてきたのが日本の凄さですよ」

     By櫻井よしこ(2/22サンデープロジェクトより)

>皇室だって韓半島の血が入っているし
>皇室だって韓半島の血が入っているし
>皇室だって韓半島の血が入っているし

櫻井さんって正直な人だねw


953 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:38:58
【米国】 青い目の「韓国文化伝導師」コナーさん「自国の歴史知らない韓国人二世に韓国史教えたかった」 [07/18]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1247921382/

954 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:44:40
192:名無しでいいとも!@放送中は実況板で :2009/02/25(水) 04:14:16 ID:ri9qBiZJ0 [sage]
「日本は古来から外国の文化を受け入れてきたじゃないですか?
 仏教もそうだし、キリスト教も上手に受け入れてきたじゃないですか

 皇室だって韓半島の血が入っているし、外国の文化を受け入れそれを上手く
 日本型に改良して発展させてきたのが日本の凄さですよ」

     By櫻井よしこ(2/22サンデープロジェクトより)

>皇室だって韓半島の血が入っているし
>皇室だって韓半島の血が入っているし
>皇室だって韓半島の血が入っているし

櫻井さんって正直な人だねw

これ見てたけど司会の田原総一郎も西部もカン・サンジュンも
櫻井よしこの皇室にも韓半島の血が入ってる発言に誰も異論さえ言わなかった
つまり否定しなかったんだな誰もw
西部はなんか言うと思ったけど・・・

193:名無しでいいとも!@放送中は実況板で :2009/02/25(水) 07:26:28 ID:k8nAIf9w0
>>192
言ってねえよそんなことw
本当に朝鮮人は息をするように嘘を付くなw

955 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:51:03
>>952
>>皇室だって韓半島の血が入っているし

>櫻井さんって正直な人だねw


桓武天皇の母、高野新笠なら父方のヤマト氏が「百済系」とされているからね。
確かに「正直な人」だw。
但し、ヤマト氏は古墳時代に渡来した、殆んど伝承化した“渡来系”ということらしいが(その辺が歴史時代に入ってからの百済系渡来人である百済王氏とは全然違う)。
つまり、高野新笠が生まれた頃には、新笠の父方のヤマト氏は、その祖にあたる人物が日本に渡ってきてから200年以上も日本で代を重ねていることになる。

956 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:56:27
おれも渡来人の子孫だし

957 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:57:32
>>954
コピペ見たいだが櫻井さんが「韓半島の血が入ってる」と言ったのは事実
その番組見てたから知ってるよ

カン・サンジュンと西部と田原総一郎ともう一人(名前知らない)
と櫻井さん5人で議論してた

「日本は古来から外国の文化を受け入れてきたじゃないですか?
 仏教もそうだし、キリスト教も上手に受け入れてきたじゃないですか

 皇室だって韓半島の血が入っているし、外国の文化を受け入れそれを上手く
 日本型に改良して発展させてきたのが日本の凄さですよ」

この発言は事実、調べてみればわかるよ



958 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:58:40
古来から半島に韓国人がいたと考えるのが間違い。

959 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 06:59:22
韓国のテレビ番組に生出演していたアメリカの経済学者が | 時事ニュース
ttp://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=3600529

韓国のテレビ番組に生出演していたアメリカの経済学者が

「ライバルを持つのは悪い事ではないが、韓国に似合いの国はほぼ同じ国力の台湾だ。
日本のライバルはEUが妥当だと思う。
韓国は日本をライバルとしているが、他の外国でそう見なしている所は無い。
もし韓国が、ライバルはヨーロッパだと言ったら他の国はジョークだと思うだろう。」

と言ったら、司会者やパネリストがしばし凍り付いた。

960 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:05:15
今上陛下が(先祖の誼から韓国に)「親しみを感じる」発言をされた時は韓国は国を挙げて喜んでたねえw
朝鮮の資料に高野新笠の先祖に比定される武寧王は載っていないのにも関わらずw。

961 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:09:48
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



962 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:10:12
百済の王族の血がはいっているのだから百済人の末裔は天皇を崇めてもかまわんよ。

963 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:13:27
ついでに「百済人の末裔」なんだから韓国を併合したのも正しいとw

964 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:13:52
倭が加羅(任那)を支配していたからこそ百済の王家と日本の天皇家は
近い関係にあったんだよな。
加羅(任那)にも百済にも倭人が多く居住していたに違いない。
その子孫は今ではその記憶もなくなっているようだが。

965 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:14:39
むしろ百済は天皇家のものじゃね?

966 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:25:02
朝鮮人の裏返しみたいな主張が多いね

967 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:26:07
日本人は百済人の子孫だから同じような主張になるよ。

968 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:26:49
■百済人が熱い

今、他スレでもなぜか大人気の百済人(笑)
古代日本に仏教や文化、先進技術を伝え日本人を指導したという
この民族が2ちゃんで注目を集めている
歴史やハングル板だけでなく芸能、スポーツ、美容、ニュース板にまで
登場するようになった百済人(笑)

彼らは何者だったのか?
彼らは本当に韓国人の先祖なのか?
はたまた我々日本人の先祖なのか?
なぜ滅亡したのか?
古代日本の支配階級は百済人だったのか?
そしてなぜ今、百済人がブームなのか?

様々な謎とともにネットで一人歩きする快進撃の百済人
この民族とは一体?そして我々日本人との関係は?
我々は彼らを知らずにいられない


969 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:31:20
天皇家に百済人の王族の血がはいっていたとしても不思議はない。
百済から王族系の難民を受け入れているしね。

日本(倭)は加羅を支配していたからこそ百済王家と近い関係にあり
優秀な技術者や文化人としての渡来人を数多く受け入れていた。
彼らは今の日本人の祖先の一角をなす。

百済が攻められた時には倭は援軍を送ったし、百済が滅ぼされた時には
支配者階級の難民を受け入れた。
百済では王族の血は絶えたけれど日本人には百済王族の血が受け継がれている。
一方で百済に残ったのは瓦礫の山と唐人新羅人に支配された名もなき民だけだけどね。


>>968
百済人ブランドの奪い合いwww
百済人最高!!!www

970 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:38:08
朝鮮人は倭人と漢人の子孫だから日本人と中国人を崇めてもかまわんよ。

971 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 07:48:56
「蛇比禮」「蜂比禮」これは何て読むの?印鑑のこと?
海部氏勘注系図の十種神寶の個所に書いてあるのですが、何かわかりません。

972 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 08:03:15
>>960
ウギャー!イルボンがついに自分たちの先祖が韓国人と認めたニダー、嬉しくて堪らないニダー<`∀´≡`∀´>

973 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 08:23:37
百済支配層は高句麗と同じだから日本人は満州人の血も継いでるわけだ。
大東亜協栄圏は先祖返りかよ。

974 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 08:34:46
魏志倭人伝と魏志韓伝を採用して考察すると、結局「狗邪韓國」の国数は20カ国許となります。
したがって、狗邪韓國とはいわゆる「伽耶」であり、狗邪韓国は韓伝の中の国数に含まれていませんから、
倭国の領域であったことになります。
単純な数字の計算から行くと他の結論はありません。

975 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 10:50:26
>>933
>具体的な学者の名前とその論文出してもらえないか?

三浦圭一「吉士について」『日本史研究』34号。

976 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 17:20:04
>>975
その三浦って学者がどういう根拠で難波吉士が渡来系だと主張してるのか聞かせてくれ。

977 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 17:35:06
新羅の官位に吉士(きつし)があるから、
吉士集団は渡来系であろうなんて短絡的すぎ。
だいたい日本の場合は「きし」であり読みが違うし。
百歩譲って新羅の官位であったとしても、
何で14等級の吉士だけがあってその前後の、
例えば大舎 (だいしゃ )舎知 (しゃち) 大烏 (だいう )などがないのだろうな。

つまりだ。吉士(きし)と新羅の官位は何の関係もないのだ。

978 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 17:52:09
270 世界@名無史さん 2009/07/14(火) 21:41:46 0
【映画】「男はつらいよ」の奥深さ…姜尚中氏「『車』という名字は韓国にも多い。寅さんは、在日ではないのかと思える」[7/20]★2
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1247524516/
ソース(AERA 7/20号 40P 「姜尚中 愛の作法」)

979 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 18:02:11
そもそも百済云々の前に楽浪郡があるわけだけが

980 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 02:23:25
朝鮮半島には、寒冷地でも育つ稲の品種を教えてあげた。

981 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 17:09:48
>>977
難波吉士氏やその他の吉士氏が、「渡来系ではない」と主張している
資料を紹介してくれ。

982 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 18:14:48
仮にそうだとすると編纂時に渡来系じゃ駄目でわざわざ蝦夷の捨て子にしないといけなかった理由は何?
渡来系は弾圧されてて蝦夷の捨て子は神の子みたいな時代だったの?
そのまま書いてあるとおりに受け取ったら駄目なの?

983 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 19:07:31
任那日本府っていうのは、長崎出島というか、上海のフランス租界というか、
池袋の朝鮮人街というか、大阪そのものが朝鮮日本府みたいなものやないか。
通商を活発に行うため、相互に租借地を置くのが、当時の交易のやり方だった
のではないか?

984 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 19:25:13
>>982
私の想像を書く。
「皇別」は、本来多くの渡来人を含んでいた。
なぜなら皇別は純然たる血縁集団ではなく、満洲八旗や譜代・旗本のような
閉鎖的勲功集団だったからだ。
しかし外見的には血縁集団の形をとったから、天皇と血縁のない人たち、特に
下級の人や渡来人は、大彦命などの過去のビッグネームの子孫、ということにした。
難波吉士も同様に「大彦命の後」だけにしておけば良かったのだが、
どういうわけか、大彦命にまつわっていた別の「捨て子養育伝説」を自分の由来
としてくっつけた。これによって形の上でも天皇と血がつながっていない
ことになってしまった。

985 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 20:23:26
オレの中にも渡来人の血が幾らかは入ってる。殆どの日本人は、そう思ってると思う。
なので、韓民族をことさら強調する韓国人の主張はチンプンカンプン。倭人をどうしたとか
理解不能なんだよ。どっか遠くに行ってくれ。

986 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 20:53:53
>>984

> どういうわけか

長々と想像だけを書いてるわりに肝心なところが書いてないわけだが・・・

987 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 21:11:32
>>985
安心しな。日本人はすべて渡来人。
そういう俺も、西アジアから古モンゴロイド集団とともに
ヒマラヤ山脈の北側を通って2万年くらい前に日本列島
にやってきた1人。
そのあと何1000代近く、混血を繰り返しながらも、今で
も日本列島に住んでいる。
もうそろそろ、飽きたね。


988 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 21:21:21
>>987
うそつけw
お前のご先祖は60年前にボロ船に乗って済州島からやってきたんじゃないかw

989 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 21:23:34
無毛の朝鮮半島人が渡来したわりには、日本人には脛毛、胸毛もちが多いな。


990 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 21:28:52
> 「皇別」は、本来多くの渡来人を含んでいた。
> なぜなら皇別は純然たる血縁集団ではなく、満洲八旗や譜代・旗本のような閉鎖的勲功集団だったからだ。
こうだと仮定して
    ↓
> しかし外見的には血縁集団の形をとったから、
こうしないといけない理由は何?
渡来人だらけでみんなわかってるんだからあえて血縁を主張する必要ないでしょ

991 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 21:29:10
>>988済州島の住人も倭人というくくりでは日本人といっしょ。
    悪いのは、あとから半島に移り住んだ朝鮮族だからね。

992 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 23:02:53
>>981
おいおいそれは悪魔の証明だ。
定説にもなってないのなら証明するのはそっちだ。
勝手に推測したのをいくら集めても事実にならないと何度言ったら分かるのだ?

993 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 23:09:12
>>984
>私の想像を書く。

何が想像だ、おまえの願望だろうが。

>「皇別」は、本来多くの渡来人を含んでいた

だから証拠を言えって。
当時の豪族は名前だって日本語発音(あるいは由来)由来のものばっかりだろうが。
のちの信濃の高句麗人のケルマオイみたいなのはないだろうが。

994 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 23:36:22
>>978のように自分の願望が前提にあり、無理矢理な語呂合わせでこじつけるまさに韓国人そのもの

270 世界@名無史さん 2009/07/14(火) 21:41:46 0
【映画】「男はつらいよ」の奥深さ…姜尚中氏「『車』という名字は韓国にも多い。寅さんは、在日ではないのかと思える」[7/20]★2
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1247524516/
ソース(AERA 7/20号 40P 「姜尚中 愛の作法」)

995 :日本@名無史さん:2009/07/21(火) 01:47:50
どの日本人も祖先をたどっていくと渡来人にたどり着くだろうけど、
帰化人にたどり着くのは一部の人だよね。

996 :日本@名無史さん:2009/07/21(火) 02:19:15
>>964
前に韓国の学者が加羅は大和朝廷と同じ国だったと言ってたが
なぜかETVでは日本が鉄と引き換えに加羅に奴隷を差し出してる

■ETV特集「第1回 古代 人々は海峡を越えた」 日本と朝鮮半島2000年

この番組で立命館大学名誉教授 山尾幸久教授が認めたこと


1  稲作は最新文化や技術を持った朝鮮半島から日本に伝えられた

2  任那日本府とは鉄製の技術を持っていた加羅が高句麗と戦うために倭が欲しがっていた鉄と
   引き換えに倭国人を労働力として雇いついには戦争に戦闘要員として利用したりした
   朝鮮半島南部にたくさん移り住んでいた倭人の集落群のこと

3  仏教は中国から百済を経由して日本に伝わったが、百済は単なる仏教の中継地点ではなく
   日本はあくまで百済仏教を輸入した、中国仏教ではない百済人が選んだ百済の仏教を
   日本は受け入れた、それによって飛鳥文化が誕生し言語(音読み・訓読み)が生まれた

4  7世紀末、百済と高句麗が滅亡し多くの百済人や高句麗人達が日本に移民した
   大半が貴族や高い知識を持った高官達で大和政権は彼らを高い役職につけて先進文化を
   吸収し日本の古代国家の形成に大きな改革をもたらし日本を成熟した国家にした


997 :日本@名無史さん:2009/07/21(火) 04:08:43
旧唐書 東夷伝 百済伝

仁願、仁軌等既還,隆懼新羅,尋歸京師。儀鳳二年,拜光祿大夫、太常員外卿兼熊津都督、
帶方郡王,令歸本蕃,安輯餘衆。時百濟本地荒毀,漸為新羅所據,隆竟不敢還舊國而卒。
其孫敬,則天朝襲封帶方郡王、授衛尉卿。其地自此為新羅及渤海靺鞨所分,百濟之種遂絶。

>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶
>百濟之種遂絶



998 :日本@名無史さん:2009/07/21(火) 08:26:37
高麗の時代、高宗は王子(のちの元宗)を人質に差し出してやっとモンゴルに
許してもらいましたとさ。
百済や新羅は何を倭に許して貰ったのかな。

999 :日本@名無史さん:2009/07/21(火) 09:08:45
>>990
>渡来人だらけでみんなわかってるんだからあえて血縁を主張する必要ないでしょ

「渡来人だらけでみんなわかってるんだから」とは、いいことを言うね。
その通りだと思う。姓氏禄の編者ならなおのこと分かっていた、ということだ。

>>986
>長々と想像だけを書いてるわりに肝心なところが書いてないわけだが・・・

「自分の由来として」と書いたが、考えて見ればそんなことを自分のために
するとは思えない。
捨て子養育伝説をくっつけたのは編者かもしれないね。
それによって何事かを暗示したかったのかもしれない。
「ほんとは血は繋がっていないんですよ」とか。

1000 :日本@名無史さん:2009/07/21(火) 11:11:18
倭王は韓国系

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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