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織田信長は織田朝廷を作ろうとしていた?2

1 :日本@名無史さん:2008/10/07(火) 15:07:09
藤原摂関家にせよ源頼朝にせよ、天皇以上の実力を持つに至った実力者も
結局はその統治の正当性を「天皇から委任されている」という形式を取ってきた訳だが・・
信長の場合はどうするつもりだったんだろうか?
信長は統一事業を推し進めるのと平行して、自己神格化も進めていた節がある。
自分の政権を正当化させるために、天皇の権威を当てにしてなかったとしたら、どういう統治システムを考えていたのか?

【前スレ】
織田信長は織田朝廷を作ろうとしていた。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1138027856/l50


2 :日本@名無史さん:2008/10/07(火) 15:08:44
前スレから・・

キリスト教徒のフロイスが、状況を理解出来てたかどうかを言われたら
誤解が生じてた可能性は否定出来ないんだが…
それでも信長の思想は安土城から伺う事が出来ると思う。

安土城の構造については信長公記に詳しく、建築史家の内藤昌氏が復元模型やCGを完成させている。
それによると、各層によってテーマに沿った襖絵や天井画が描かれており、
この場合上層部に行けば行くほど、施工主が重きを置いているものが解ると言えるだろう。
…で、そのテーマだが最下層から梅や鳥などの自然物から始まり、
中国の賢人や聖人達が続いて、釈迦の悟りを開く場面や説法の場面が続く。
最上層の、信長と彼に許された者だけが上がれる第七層は「影向の間」と呼ばれており、
天井は「天人影向」図で、中央に座る信長を囲むように、襖には三皇五帝が描かれている。

この「影向」は、辞書には「神仏が仮の姿を取って現れる事。神仏の来臨」とある。
つまり、聖人達の取り巻きに囲まれて天守中央に座る者が
「影向」した「神仏」ということになる。


3 :日本@名無史さん:2008/10/07(火) 21:28:49
信長が権力者というだけじゃなくて、権威も持ち合わせた存在になるなら、
天皇の取り扱いは非常に微妙で難しいものになるだろうな。
五摂家のように天皇家と深く結び付いてる家もあるし、大寺院も深く食い込んでいる。

いきなり天皇を島流しなんぞにすれば、その反発は大きく、
かと言って信長の権威を高めようとするなら、相対的に天皇の権威を落とさなければならない。

まずは皇女を息子の嫁にもらったり、息子を婿入りさせたりして、
天皇家との血の繋がりを作ろうとするかもな?
その後、段階を追って天皇家から織田家に特権を譲らせていって
最終的には、天皇は祭祠をとりおこなうだけの存在にするつもりかも。

4 :日本@名無史さん:2008/10/07(火) 22:04:22
>>3
> まずは皇女を息子の嫁にもらったり、息子を婿入りさせたりして、
> 天皇家との血の繋がりを作ろうとするかもな? > その後、段階を追って天皇家から織田家に特権を譲らせていって
> 最終的には、天皇は祭祠をとりおこなうだけの存在にするつもりかも。
血縁の作り方こそ違え、家康及び秀忠がやったね。
上方はさすがに違うだろうが、江戸時代に将軍の上に天子さまがいるなんてあまり知られてなかったらしい。

5 :日本@名無史さん:2008/10/07(火) 22:56:46
天皇が忘れられた存在でいるうちは、問題無いんだよな。
問題は幕末のように、体制を倒すために天皇が担ぎ出される時。

将軍が形式的とは言え天皇から日本の統治を委任されてる…って形を取っている以上、
天皇から討幕の詔勅を受ける事は、討幕に正当性を持たせることになった。

だから、権力の正当性を天皇の権威以外から持たせる事が出来れば、
天皇は無害で、忘れられたままの存在でいられるかもしれない。

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