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謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符!21

1 :三重県民 ◆jH3Q3bIrRM :2008/06/21(土) 10:44:17
三國志卷三十 魏書三十 東夷傳 倭人伝
其國本亦以男子為王住七八十年倭國亂相攻伐歴年乃共立一女子為王名曰卑彌呼
事鬼道能惑衆年已長大無夫婿有男弟佐治國
自為王以來少有見者 以婢千人自侍唯有男子一人給飲食傳辭出入
居處宮室樓觀城柵嚴設常有人持兵守衛

謎の文献 魏志倭人伝に記された、
女王 卑弥呼 とは誰だったのか?
又、邪馬壹國 とはどこだったのか?
天皇家の祖や日本建国との関わりは? 古代最大の謎に挑戦しよう!

2 :神奈川県民:2008/06/21(土) 10:47:41
神奈川県民 ⇒三重県民 ◆jH3Q3bIrRM

こちらのスレが終了しだい、お使い下さい

前スレ
謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符!20
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1212249205/

3 :テレビ東京:2008/06/21(土) 13:15:55
来週、テレ東で、
 熊本のピラミッド遺跡に眠る卑弥呼
が放映されるらしい

4 :日本@名無史さん:2008/06/21(土) 16:15:58
    彡//:::::::::::::::::::iヾミ 、
    /:::::::::::::::::::: :::::::::::::::ヽ
  γ::::::::: ::人::::人人 :::::::::ヽ
  (:::::::::::/  \ , , /\::ヾ   あなたねえ!!
   \:/   (●)  (●) \:ノ
     |       (__人__)   |      どんだけサービス残業してると思ってるんですか!
      \      ` ⌒ ´  ,/ 
.      /⌒〜" ̄, ̄ ̄〆⌒,ニつ
      |  ,___゙___、rヾイソ⊃
「朝礼で橋下知事にかみついた女性」 まとめサイト
http://gazou61.hp.infoseek.co.jp/andou.html


5 :重要なお知らせ :2008/06/21(土) 18:15:02
当スレは重複スレという事で削除以来出しておきました。
日本史板利用者の皆さんの賢明な判断をお願いします。

 http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1125573948/306


>>1 三重県民 ◆jH3Q3bIrRM=神奈川県民

こんな早いタイミングでスレ立てをしたら重複になると言う事が解からないのですか?
自分勝手なわがままもいい加減にしなさい。


6 :日本@名無史さん:2008/06/21(土) 23:21:16
このスレを荒らしているのは
神奈川県民(トリップ無)=三重県民=改め=ドツボ。
意図せず結果的に荒れたという体をとっているが、悪意を持って荒らしているのは明白。
その手口はいくつかあるが、
1 他説に対する罵倒、人格の攻撃。
2 スレを私物化
の二種類に大別される。

特に後者は悪質で、2ちゃんのルールを大きく逸脱した俺様ルールを強要するのが特徴。
少し2ちゃんに慣れた人間には、反論が容易であり簡単に論破できる。
だがこれこそが罠なのであって、それが証拠にドツボはいくら言っても分からない(フリをする)
人間の性質として、明らかな正論が受け入れられないことは大きなストレスだ。
説明しても説明しても、論破されても論破されても、理解しようとしない(フリをする)ドツボは人格を攻撃されることになる。
そして荒れるのだ。
考えてみればすぐ分かるが、ここまで理解力がない人間はそういない。
つまり演技と断定してよい。

なぜ故意に荒らすのか理解に苦しむ向きもあろう。
私にも真実は分からない。荒れた結果、レスが進むことを喜んでいるのかもしれないし、そもそもバトルという行為に魅力を感じているのかもしれぬ。
しかし、そんなことは理解する必要はない。
ドツボが故意にスレ荒らしを呼び込んでいる事実、この一点に注目すればよい。

監視は有効だ。上記をふまえてドツボを監視しているという意志を示すことが重要だ。
我々はドツボが故意の荒らしをやめるまで、永遠に監視する。
賛同する人は、ただ監視中と書込んでくれればい。
それが悪質な荒らしへの対処法になり得ると確信している。

7 :改め対策班:2008/06/22(日) 10:11:53
>>6
至極同意

8 :神奈川県民改めドツボ:2008/06/28(土) 15:12:53

        /::::)(:::)(:::::::::::)(::::::^::::::::::\
       (::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ::::::::::\
     /::::::::::/ノ::::::::ノ::::::::ヽ:人::::::::::ヽ:::::::::::::::)
     (::::::::::/  ):::ノ::::ノ ) ソ ヾ::::::::::::丶::::ヽ
    (:::::::::/ 彡  ノ   ノ  :: 彡:/)) ::::::::::)
   (::::::::::/彡彡彡彡彡   ミミミミミミミ :::::::::::)
   ( :::::::// ̄ ̄ ̄ ̄ヽ===/ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ |:::::::::)
    | =ロ   -=・=-  ‖ ‖ -=・=-   ロ===
    |:/ ‖    / /ノ  ヽ \     ‖ ヽ|ヽ        _________
     |/  ヽ`======/ .⌒ ` ========ノ.   ..| |     /
   .(         .(●  ●)         )ノ   /
   (   ・     / :::::l l::: ::: \         .)  < 俺がスレ主だ
   (       // ̄ ̄ ̄ ̄\:\.       .)   \
   .\     : )::::|.  ̄ ̄ ̄ ̄ |::: ::::(:     /..    \_________
    \ :::   :::::::::\____/  ::::::::::   /
      ヽ  ヽ:::: _- ::::: ⌒:: :::::::: -_     ノ
       \丶\_::_:::::_:::: :::::_/::::  /
        | \ \ ::::::::::: :::::::::: ::: :: __/ |
    ̄ ̄\ 丶  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    / ̄ ̄



9 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 16:27:38
ちょっと尋ねるがどうして同じタイトルのスレッドが上位に3つも立っているんだ?

10 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/28(土) 17:05:51
前スレからの継続として

999 名前:573 ◆Q7jMocDY4c :2008/06/28(土) 16:52:24
>>846
他の河童さんの書込みも読んでおおよそ言いたい事を理解しました。
つまり距離とは時間の観念が付きまとうものであり
その最低単位は「里」(およそ433m)であるということですね。
それ以下の尺度は「長さ」であって、純粋に幾何学的なものであると。

考え方はわかりましたが、それで得られたであろう当時の人たちの実用性とは
なんでしょうかね。


得られたものは何であるかではなく、そういう体系を確立することが政ではありませんか?
そういう体系を確立してあるからこそ、政の下で共通的に物事が進むということです。
それは、古代現代の区別無く共通することです。




11 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/28(土) 17:07:46
3つ有っても足りないくらい 人気があるから
又は、監視委員が多いから。

12時間も続く日食が有ったとして もし其れが朝、夕に掛からず行われる、
夜が3晩続く、昼間が無くなってしまう。


12 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/28(土) 17:11:41
前スレからの継続

>1000 名前:日本@名無史さん :2008/06/28(土) 16:56:55
>>河童プー

>>960で必死にドツボが挑発しているぞ


 別に気にすることでもないでしょう。
似たような発言は、以前から継続してありましたし、今更繰り返し主張すべきものでもないでしょう
発言者にとっても、ストレス発散になってるのでは?
秋葉のような事件を繰り返させないためにも、私のような存在が必要かもしれません。


13 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 17:12:11
>>11
意味不明 12時間も続く日食っていうのはないよ。鈍感な改めでも分かる。

14 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/28(土) 17:17:02
http://inoues.net/science/waq.html

日食

15 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 17:20:16
>>10
うーん、河童さんに実用性が見出せないのなら
それはご自分だけの論にとどめておいたほうがいいと思いますね。

河童論に従ったとしたら、長さから距離に変わる閾値を認めない
なにか隔絶する理由があるはずです。
たとえば地図もすべて歩で表現しなければならないわけでしょう?

16 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 17:20:56
そこに12時間の長いのがあるのかいな?w

17 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 17:24:06
>>14
唐松山さん、そのサイトは天の岩戸の話ですよね?

神功皇后の記事は
昼暗如夜、已経多日。時人曰、常夜行之也。
どう見ても日食ではないと思いますが・・・


18 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 17:30:13
神功紀のは日食ではないね。

19 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 17:31:39
日食でないとすると、何だったのか?
火山噴火説もありますが、旧暦の春二月ですから、黄砂だったのかもしれません。

20 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 17:33:38
そのようなことでしょう? 特殊な気象現象か〜そのへんでしょう?

21 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 17:37:13
因みに、日食は新月の時しか起こりませんので、何日も続いて起こることはありえません。
あしからず。


22 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/28(土) 17:47:01
昼暗如夜、=昼なのに夜のようだ
已経多日 =日を多く経る=1日が2日

周りにいる雀を見なさい、暗くなると共にねぐらに帰って行ったでしょ、そして
日食の終わりと共に、また起き出して騒いでいる。


23 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/28(土) 17:53:34
次これはどうだ
崇神11年異族多帰=2世紀末の巻向に急に地方の土器。


24 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 18:12:30
>>23
すると、箸墓は2世紀末の築造ということでしょうか?
考古学ではどう見るのでしょうね?

25 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 18:18:08
箸墓の年代:従来は、三世紀末から四世紀初頭。
最近、年輪年代法とかで遡上して、「3世紀半ば過ぎ」(ウィキペディア)
何年か先には「2世紀末」が定説になる?

26 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 18:20:02
http://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20080628180304.gif
これは昨日拾った木彫りのうさぎに彫られていた文字です。
私にはなんて書いてあるのかわかりません。
どなたか解読お願いします。

27 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 18:21:40
>>9
>ちょっと尋ねるがどうして同じタイトルのスレッドが上位に3つも立っているんだ?

全ての元凶は

 神奈川県民=三重県民=改めドツボ

こいつがいる限り、或いは根本的に態度を改めない限り事態は改善されない。


それともこの板のローカル・ルールに

 「 神奈川県民=三重県民=改めドツボ にかぎってスレの私物化を認める 」

とでも書くかww




28 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 18:35:54
>>26
何これ? 「寿囚鋳造」?

29 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/28(土) 18:36:00
>26 寿山鋳造

モモソ姫の箸墓と 今言われている箸墓が同じ物である可能性
今の三輪山が初めから三輪山と呼ばれていた可能性より低いと思います。


30 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 18:46:06
>>29
あ、その可能性は私もあると思います。
今の箸墓の被葬者は崇神天皇ではないか?と考えたりしています。
三輪山は筑紫にもありますね。
さらに想像すれば弁辰の彌烏邪馬國とか。



31 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 18:49:09
>>28-29
ありがとうございます。

両方のキーワードで検索してみましたが、はっきりした情報は
得られませんでした。

これ(うさぎの木彫り)は昨日拾ったものの一部です。ほかに
掛け軸やねずみのフィギア?があります。

32 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 18:50:07
>>28-29
ありがとうございます。

両方のキーワードで検索してみましたが、はっきりした情報は
得られませんでした。

これ(うさぎの木彫り)は昨日拾ったものの一部です。ほかに
掛け軸やねずみのフィギア?があります。

33 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 18:57:48
>>31-32
海で拾ったのですか?

34 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 19:05:16
>>33
海ではありません。大阪の山奥にある廃墟です。
もともとこの廃墟は大金持ちが住んでおり、敷居が山ぐらいあります。
そして、敷居の中央には石垣が築かれており、その上に家があります。

社長(社長を含め三人で草刈をしてました)いわく地震で家が
壊れてしまったから売りにだしたんだとか。その際、住人が
家具などいろいろなものをガレージにつめこんだそうです。

中にはいろいろなものがありました。
箱の中に腕時計が10個ぐらい入ってたり、包丁が15兆ぐらいあったり。

掛け軸については三つほどありましたが、そのうち二つは手にしたとたん
粉々になってしまいました。相当かびもはえてましたし。

35 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 19:12:27
いい忘れましたが、今は売りに出されておらず、社長の敷地に
なっています。
今回はどうもありがとうございました。

36 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 19:18:45
>>34-35
そうですか。鑑定でもしてもらいますか(笑)
大阪の山奥というと、古代の遺跡とかもありそうですね。
このスレは初めてですか?
邪馬台国とか、興味があるなら参加してくださいよ。

37 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 20:04:42
三輪の旧名は御諸山(みむろやま)だったような

三輪氏にちなんで名を改めたんでしょう。

38 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 21:01:43
ヤマトタケルの奇妙な系譜(古事記)
『古事記』は倭建命の曾孫(ひひこ)である迦具漏比賣が景行天皇の妃となって
大枝王をもうけるという不可解な系譜を載せています。
この系譜を文字通り受け取る人はいないでしょう。
どう解釈すればよいのでしょうか?
古事記では應神天皇の妃にも迦具漏比賣がいることから、単なる人違い?
ホツマにもこの辺りは載っていなさそう。


39 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 21:05:55
どのようなことが不可解なのかな? 具体性がうすい書きこみで ??
ただそのへんは古代史最大の秘密の部類か?

40 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 21:10:40
>>39
>どのようなことが不可解なのかな? 具体性がうすい書きこみで ??

では具体的に。
景行天皇は自分の玄孫を妃として子をもうけたことになります。
これは有り得ないでしょう?

41 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 21:17:03
参考意見を遠回し的で直接解決にはならないでしょうが、ここに
書きこんでおきましょう。
鈍感改めには理解が出来ないこちらのみの境地ですが、古神道的卜事
(ウラゴト)では日本武尊は火之迦具土神の直縁の方であり、
迦具漏比売とはその関係ある方に名から感じられます。

42 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 21:27:40
景行天皇は火迦具土神の脇縁の方なんですよ。

43 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 21:34:51
>>41-42
火之迦具土神! 伊邪那美を死に追いやり、伊邪那岐に成敗された神。
不老長寿の神なのですか?
かぐや姫の物語も、何か関係ありそうな・・・

44 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 22:27:04
それがしは派系のほうはおおむね研究外であり、迦具漏比売という
名は読んでいたと思ったですが、素通りでした。
そういう名の女性がそのころ朝廷におられるのは、その名から成る程
とウラゴトに正確性を確認できた気がしますわ。

45 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 22:29:05
「古代史最大の秘密」か・・・
あと、太国さんにもう一つ質問です。

前スレの749で
>神武〜武烈天皇までは短身であるのが天津法則であり、長身者は天皇にはなれ
>ない。ただし顯宗、仁賢は若干大きい。繼體〜文武天皇までは大柄だ。ただ崇峻
>天皇は小柄のお方のはずだ。

古事記によると景行天皇は身長一丈二寸とあります。
また、反正天皇は身長九尺二寸半とありますが・・・?


46 :どくだみ:2008/06/28(土) 22:35:53
>>10
前スレ>>937へのお答えとして
史学に限らず、発想→検証→証明というのが学問の手順でしょう。
実証を放棄して言いっぱなしなら、単なる思いつきですよ。それじゃあ、もったいないです。
思いつきを自分の手で実証していくプロセスが、学問の醍醐味じゃないですか。
それは、素人の趣味だろうとプロの仕事だろうと変わらないと思うのですが。

突っ込まれる立場と言われますが、書き込む前に検証して自分で突っ込んでます。

まあ、ぱっと思いつく反論を二つ書いておけば、

親指と人差し指の指頭の距離は15cm、人差し指の長さは8cm(手が小さいのが、かなりコンプレックス)
親指と人差し指の間を誰も歩かない。距離に時間は伴わない。

長さと距離の概念の違いは、それが連続した一つの物体上の二点間の間隔であるか、
不連続な二点間の間隔であるかの違い。
今、貴方のテーブルの上の二点を指さしてください。
その間の間隔は、長さですか距離ですか?
指と指の間の間隔であれば距離ですね。長さとは言いません。
二点で指定されたテーブルの間隔とすれば長さですね。

現代の我々は、どちらも同じくメートルやセンチや尺など同一単位で表現します。
我々にとって、長さと距離の概念の違いは単位の概念の違いではない。対象の物理的性質の違いです。
いまのところ、私は、そういうふうに漢籍を読んでいて、特に違和感は感じない。
しかし、貴方は、古代中国人は我々と違い、距離をあらわす単位と長さをあらわす単位に、
概念的な違いを認めていたと主張されています。
であれば、文献的な証拠を提示する必要があろうかと思います。

47 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 22:49:54
日本書紀では、仲哀天皇は身長十尺ですね。
日本武尊は天皇ではないが身長一丈。
有り得ない数字と言えばそうかもしれませんが。


48 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/28(土) 22:52:37
>>45 すみません。書きこみボタンをクリックしましたが不調。
再書きこみ

古文献では天皇を大柄に誇張してるようです。大成経もすごい誇張
があります。十数年前でしたか、拙者は博物館でしたかデパートの
催事場でしたか、古代中国関係の展覧会をやってましたので見学
しましたが、展示品の古代中国絵巻の絵に則天武后か呂后の人物絵
が準細密画で画かれているのを鑑賞しました。后は部下達よりも
二周り位大柄に画かれており、解説では誇張だとのことでした。
こんなことですよ。

ただ古代天皇の超長寿は紀に詳細に年月日が書かれていることからの
数字ですから、誇張ではなく、これは倍暦を行使していたものだと
そう考えているわけです。


49 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/28(土) 23:15:12
>>46

>親指と人差し指の間を誰も歩かない。距離に時間は伴わない。

いえ、それはどくだみさんの親指と人差し指が対象となっているから歩けないだけですよ
私の親指とどくだみさんの人差し指の間なら、歩くことも物理的に可能ではありませんか?
その時必ず時間が伴いますが、モノサシで間隔を測定すれば時間は伴いません。
これが、距離と長さを数値化する時の違いです。

いやっ
どくだみさん指の間隔を、歩くことが可能な歩幅を有しているなら、歩くことも可能でしょう




50 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/28(土) 23:23:41
>>48
なるほど、唐本御影(聖徳太子と二王子像)みたいな・・・?
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E6%9C%AC%E5%BE%A1%E5%BD%B1
聖徳太子とは関係の無い肖像という意見もあるようです。

51 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/28(土) 23:27:55
>>46

>長さと距離の概念の違いは、それが連続した一つの物体上の二点間の間隔であるか、
不連続な二点間の間隔であるかの違い。

それは私も以前、関連スレに記載したことです。
しかし、こんかいのレス内容はそれを具体的に数値化する時の違いですので
誤解しないでいただきたい。

連続性で有るからこそ、規定のモノサシやモノサシの代用にて測定し数値化することが出来るのです。
連続性の物に対し連続性を有する物にて測定する。
これが「長さと、長さを測定数値化することです」

不連続性であるために、連続性を有するモノサシで測定できない
その不連続性を有する二点間隔を測定する為には、必ずその二点間を移動しなければ数値化することが出来ない。
移動すると必然的に時間の発生を伴う
だから、二点間隔の距離を数値化するには時間がそこに入るのです。

52 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/28(土) 23:55:15
>>12
前スレ>>960は、俺じゃないよ。
平日は「名無し」で書き込むことはあるが大体このハンネかな。

>>15
長さ距離に関してはサガミハラハラさんに聞けばいい。
それかここで勉強してもいいし。
邪馬台国はどこだ・小城甘木説
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1207913538/

>>24-25
箸墓の築造はどうなんでしょうかね。
わたしの考えでは、最初の調査通り、即ち四世紀半ばでは?
としています。

>>27
あんたしつこいね。他所行ってくださいm(__)m

53 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/28(土) 23:55:48
>>46どくだみさん

>実証を放棄して言いっぱなしなら、単なる思いつきですよ。それじゃあ、もったいないです。
思いつきを自分の手で実証していくプロセスが、学問の醍醐味じゃないですか。


 醍醐味と分かっていても、それは掲示板上ですることではありません。
掲示板の目的の一つとして、相手に何かをメッセージするというのが目的の一つではありませんか?

私のメッセージが全国の人にどのように受け止められているのかは、私にはわかりませんが
もしかしたら私のレスを見て、「じゃあ俺がその実証をしてやる」という人がいるかもしれません

それも一つの公開掲示板の、活用方法ではありませんか?

>実証を放棄して言いっぱなしなら、単なる思いつきですよ。それじゃあ、もったいないです。

それは十分わかっていますし、当然自分でも実証の材料を日々探しています
しかし、それは掲示板の世界の話ではなく
実生活上の話で、今の段階では決してこの世界には登場しないものです。
こんなアンポンタンな私でも、ネットと実生活の区別ぐらいは出来ますから

だから 本名にて登場していないでしょ




54 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 23:58:55
あほらしいw

「距離」と言う単語・言葉に「移動」と言う概念が付随すると言う事で
単位としては「距離」も「長さ」も同じ。

1時間かけて歩いた300歩も
2時間かけて歩いた300歩も長さは同じw

「時間」と「長さ」は別の単位。


 

55 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 00:05:35
>>29
>モモソ姫の箸墓と 今言われている箸墓が同じ物である可能性
>今の三輪山が初めから三輪山と呼ばれていた可能性より低いと思います。

日本人もそこまで馬鹿じゃないよw
たしかに祟神・垂仁天皇は逆かもしれないが・・・。
箸墓つーのは別の名を「太市墓」という。
あのコンビに沿いに交差点があるでしょ?あの辺りを「大市」といったらしい。
んで交差点の近くに「墓」があるのは大市墓しかないと思いますが。
ハイ、祟神・垂仁天皇の墓からは少し離れてます。よって、
大市交差点の目の前にある箸墓がモモソヒメの大市墓では?

56 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 00:07:50
>>52 改め ◆PWTcGEfp1s
>わたしの考えでは、最初の調査通り、即ち四世紀半ばでは?
>としています。


考古学に詳しいドツボ先生に聞きたいんだが
「最初の調査」っていつされた調査の事?

四世紀半ば?
記紀に見る崇神の没年より新しいなw

じゃあ崇神の陵墓とされている行燈山古墳はいつの築造になるんだい?
小林センセイもビックリだなw

てか「古墳時代は4世紀から」とか言っていてがその根拠分かってないだろう?www



57 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 00:12:53
>>54

>「距離」と言う単語・言葉に「移動」と言う概念が付随すると言う事で
単位としては「距離」も「長さ」も同じ。

今はね

58 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 00:16:19
>>56
う〜ん 箸墓の調査結果は詳しく知らないが、わたしが読んだ本によると
もともとは4世紀半ばの構築とされていた。
しかし、現在では人々のの思考、つーか畿内説のバカタレによって、
4世紀半ば⇒4世紀前半⇒ここで止まらず、3世紀の後半。

今では、こんなかんじ。人間の思考(畿内説支持の人)て怖いよね...。
何が何でも、モモソ姫を卑弥呼の墓にしたいらしい。
箸墓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B8%E5%A2%93%E5%8F%A4%E5%A2%B3

59 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 00:27:36
>>58 改め ◆PWTcGEfp1s
>わたしが読んだ本によると
>もともとは4世紀半ばの構築とされていた。

その本のタイトル及び著者名は?

例によって改めドツボ君の記憶の中にだけある「謎の本」なのかい?www

言っておくが4世紀半ばなんて、昔の小中学校でも大和朝廷が日本をほぼ掌握したとか教えていた時代だぞw
(語路合せで「シチュウ(4中)に治める」とかw)

それに実年代がどう繰り上がろうが要はそれが科学的学問的に正しいものかどうかであって
「古墳時代が4世紀から」なんて年代観を自説に都合が良いからと言って
金科玉条に崇め奉るのは科学ではなく宗教だアホw




60 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 00:37:24
>>55
こんな意見もあります。
ttp://shushen.hp.infoseek.co.jp/kodaisi/nendai/nendai1.htm
古墳型式・埴輪型式の変遷や崇神の宮都・磯城の水垣(瑞籬)宮の位置等から考えると、結論的にいえば、いわゆる“箸墓”としてしられる箸中山古墳が崇神陵に最も相応しい。
同墳は形態的にみてわが国最古の巨大古墳と考古学者の多くからみられており(異論もごく僅かあるものの論拠が弱い)、被葬者はともあれ、実質的な初代大王の墳墓とみる見解も最近かなり見られる。
ヤマト王権の初代大王が誰かというと、治績的にみて端的にいえば崇神であり、その墳墓は宮都から遙か離れた天理市柳本町に築かれるよりも、宮都近くの箸中集落辺りに築いたほうが自然である。
纏向遺跡の発掘が進むとともに、二つの大溝・導水施設など「水垣宮」の名に相応しい状況が分かってきており、そのピークの時期が箸中山古墳の築造時期と合致するとされる。
同墳は後世まで祭祀の対象であったが、これは須恵器の甕の中に小型須恵器を入れたものが周濠の中島で出土した事情からも知られる。
いわゆる箸墓については、崇神紀の倭迹迹日百襲姫命の陵墓記事を見ると、「葬於大市」(大市墓)とあり、これに相応しいのはむしろ西殿塚古墳のほうである。
規模的にも、旭日の如き勢いにあったはずの大和朝廷実質初代大王の墓が、いかに偉大だったにせよ女性司祭者(巫女)のそれより小さいはずがない。これが古代でも人間の常識というものであろう。


61 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 00:45:32
>>60 愛知県民 ◆/aQLbFNNDU
>これに相応しいのはむしろ西殿塚古墳のほうである。

西殿塚古墳と言えば後方部分にも方形壇跡らしき物が見えるんだよねえ。。

世俗的王と巫女の組み合わせかな?

62 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 00:48:09
>>59
知らんがや〜箸墓の築造なんて自分で調べろよ。
どこの本にものっとるがな。
箸墓は卑弥呼の活躍した年代とはあわないと。
卑弥呼っていうのは、紀元二世紀後半〜三世紀前半活躍した人物だよ。
三世紀前半に亡くなった卑弥呼がどうして四世紀の箸墓なん?
約100年は違うではないか。

63 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 00:52:55
>>62 改め ◆PWTcGEfp1s

ハイ、ファビョってトンズラ確定かw

まあ、あまりいい加減な事を言わない事だなwww








64 :どくだみ:2008/06/29(日) 00:59:19
>>51
まず何よりも、隋書倭国伝「夷人不知里數,但計以日.」という記述が、
里数というものは、移動によって計るものではないと示しています。
貴方の「距離を計測するには時間の発生を伴う」という説は「計以日」のレベルの話です。
当時の中国の距離概念は、すでにそのレベルを脱して抽象概念となっている証拠ではないですか。


>連続性で有るからこそ、規定のモノサシやモノサシの代用にて測定し数値化することが出来るのです。
>不連続性であるために、連続性を有するモノサシで測定できない
これは間違いです。私の家と隣の家の距離は、巻き尺で計れます。
私の家と隣の家は連続していないが、連続性を有する巻き尺で計ることができる。
山は連続しているけれど、その高さは連続した物差しでは測れません。
長大な橋は連続しているけれど、物差しでは測れません。
しかし、連続性を有さない測量機器で測定できます。

隣町との距離であれ、それだけの長さを持つ紐なりあれば、それで計測できます。
しかし、そんな長い紐を作るのはナンセンスなので、代行手段を考えるだけです。
距離を計測する道具として、車輪を転がすものがありますね。
あれは、車輪の外周に相当する物差しをずらっと並べたのと同じこと。
歩測というのも、歩幅と同じ長さの物差しをずらっと並べるのと同じこと。
そこに時間の関与する余地はありません。
もし、二点間の距離を数値化するのに時間が入るなら、
>>54さんの指摘のように、1時間かけた測定と2時間かけた測定では、値に差が出なければなりません。
どちらの測定でも値に差が出ないということは、距離という数値に時間が関与しない証拠です。

結局、貴方の説は、「長さは物差しで測れる程度の間隔。
距離は例えば東京〜大阪のように物差しで測れない間隔」
という思い込みから導かれた謬説ですね。

65 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 00:59:23
>>61
西殿塚古墳も「女の墓」とされ、手白香皇女(仁賢皇女、繼體后、欽明母)の墓とされていますが、全く時代が合わないことは確かです。
トトビモモソヒメ「トトの塚」ではないでしょうか。
ハツクニシラス「ハシ墓」か。


66 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 01:05:33
>>65 愛知県民 ◆/aQLbFNNDU
>手白香皇女(仁賢皇女、繼體后、欽明母)の墓とされていますが

そうなんだよねえ。。
二朝並立(安閑・宣化朝と欽明朝の並立)の問題も関ってややこしいんだよねえwww

67 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 01:08:12
>>59>>63
このサイトでもいってるではないか。
http://inoues.net/club/hashibaka.html

>箸墓古墳は従来、3世紀末から4世紀前半の築造と言われていた。

4世紀前半というのは、300年〜350年までのこと。
四世紀半ばというのは350年ぐらいのこと。
わたしは、箸墓とは350年ぐらいではないか?という考えがあるんだが、
的外れなこと言ってるか?どこのサイトにも四世紀半ばも含むとある。

それより君はなぜ卑弥呼の墓を箸墓としてるのか?
おまえも質問して聞くばかりではなく自分で納得してもらえるように説明してみろよ。
それじゃ〜まるでおれから論破されてばかりの太国みたいじゃん。

68 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 01:13:53
>>66
繼體の墓も間違っているようですからね。
手白香皇女の真陵は、繼體の真陵・今城塚古墳と埴輪が類似する西山塚古墳らしいです。

69 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 01:26:49
>>64

>これは間違いです。私の家と隣の家の距離は、巻き尺で計れます。

それは家と家の距離という間隔に、巻き尺と言う連続性のあるものにてルートを定め線分を引き測定しているのといっしょでしょ
巻き尺を利用している時点で、起点と着点に時間は発生しませんから
距離というものから、長さを計測するものとなりました。

巻尺であり紐であり、皆  起点と着点を時間を発生せず同時に測定することができます。(二点間の長さ)


>距離を計測する道具として、車輪を転がすものがありますね。
あれは、車輪の外周に相当する物差しをずらっと並べたのと同じこと。

しかし、着点に到達したときには実際の起点は点が残るだけで、その過程は空白となります。
つまり時間を伴った「二点間の距離」
車輪を並べれば、それは巻き尺を使用したのと同じ、起点と着点間隔を時間の経過なく同時に計測できます(二点間の長さ)

70 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 01:41:32
>>64どくだみさん

>夷人不知里數

夷人は里数を知らないと言ってるだけですよ
しかし、度量衡の「度」を否定してるわけではありませんから、当然(度)は認識していたんでしょう

71 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 01:44:51
たとえば、箸墓が350年ぐらいの構築とする。
卑弥呼が亡くなったのは、約100年前。
1世代とは「丗」の字でみるとおり約30年。
早いサイクルでも20年ではなかろうか。
これを天皇家に照らし合わせて卑弥呼の時代、どの天皇が活躍していたのか?

1世代、「約20年サイクル」とした場合、五世代前となり、
モモソヒメは考霊天皇の子なので「第3代安寧天皇」時代となる。
1世代、「約30年サイクル」と考えた場合、3世代前となり、
「第5代孝昭天皇」時代となることが分かるだろう。

箸墓の構築は350年ではなく300年ぐらいでは?と言われそうなので、
もし仮に箸墓が300年の構築とした場合はどうなるのか?

1世代、「約20年サイクル」とした場合、3世代前となり
「第5代孝昭天皇」時代となる。
1世代、「約30年サイクル」とした場合、2世代前となり
「第6代孝安天皇」時代となる。

以前、わたしは卑弥呼の活躍したのは欠史八代間であると発言したはず。
もう少し絞り込めば、第4代懿徳天皇〜第7代孝霊天皇ぐらいでは?といったはずだ。
この考えが大体あってることに気付くはず。

そして、太国氏が「卑弥呼は祟神天皇の世」とする説は、丸っきり的外れであることが分かるだろう。

72 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 01:45:35
>>67  改め ◆PWTcGEfp1s

「4世紀半ば」から「3世紀末から4世紀前半」に巾を広げてきたかw

お前が言っていた「古墳時代は4世紀から」ってのはなあ
その昔、記紀の祟神の崩年干支を正しいとし、その陵墓の伝承も正しいとした上で言われてきた説なんだよw

もし箸墓築造がAD350だとその前提も狂ってくるわけ。

つまり自己矛盾を堂々と言っている裸の王様ってことでwww

それと俺がいつ箸墓が卑弥呼の墓と言った?
まあ名無しだから全部同じに見えるんだろうがw

別に箸墓に固執する必要は全くございませんwww




73 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 02:02:40
>>72
>「4世紀半ば」から「3世紀末から4世紀前半」に巾を広げてきたかw

アホか〜!ことことは300〜350年の間のどれかという考えがあるんだよ。
お前等、畿内説が250年とかわけのわからないことを言ってるので
「馬鹿の逆が正解」というわたしの考え方に合わせて350年のほうか?となったのである。

>お前が言っていた「古墳時代は4世紀から」ってのはなあ
>その昔、記紀の祟神の崩年干支を正しいとし、その陵墓の伝承も正しいとした上で言われてきた説なんだよw

記紀に合わせたら、紀元前29年1月9日 じゃないのか?
「古墳時代は4世紀から」とは明治政府だろ。
明治政府は古事記の崇神天皇の没年「戊寅年」を318年とした。
わたしの考えでは318年もしくは60年後の378年ぐらいでは?としている。

>それと俺がいつ箸墓が卑弥呼の墓と言った?
>まあ名無しだから全部同じに見えるんだろうがw

お前はたまにくる日本@名無史のアホのほうだろ?
卑弥呼=モモソヒメ説ではなかったのか?箸墓とかいつもいってるし。

>別に箸墓に固執する必要は全くございませんwww

アホ系はハシハカ、モモソヒメいうんだよな〜ww




74 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 02:18:25
>>73 改め ◆PWTcGEfp1s
>「古墳時代は4世紀から」とは明治政府だろ。

一回「小林行雄」でググれドアホウ!
それとも明治の教科書に「古墳時代は4世紀から」とでも書いていたのか?w

それからこれは忠告だがw
お前以前にも「自分が読んだ本には九州説が優勢って書いたあった」とかなんとかほざいていたが
もし、それがお前の脳内絵本でなかったとしたら、相当古いw
(吉野ヶ里ブームの頃か?w)

考古学に関する本はあまり古いと役に立たない可能性があると思うぞwww










75 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 02:36:42
>>74
脳内絵本? ハイハイ ほざいとけょ。

脳内お花畑とは君のことだったようだ。
せいぜい太国氏の後ろで隠れてレスすることだな。ww ねるzzz

76 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 02:52:07
>>75
永遠に寝ろこのカスw

結局、最初に言った「箸墓の最初の調査」(>>52)もソース無し
でそれと同じ事が書いてあったと言う本(>>58)も謎のままw

行き当たりばったりの嘘八百。

もう畿内説とか九州説とか言う以前の問題。

馬鹿のドツボにつける薬無しwwww




77 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 04:26:38
>>52 改めドツボ
>わたしの考えでは、最初の調査通り、即ち四世紀半ばでは?

てか「調査」って陵の中に入ってか?w

いつ宮内庁が許したんだろう?wwwwwwwwwwww



78 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 06:34:55
>>60のサイトより。

*9 箸中山古墳についてその被葬者を端的に崇神天皇と主張するのは、和田萃氏(『大系日本の歴史2 古墳の時代』1988年。
しかし、1999年刊行の『山辺の道』所載論考「山辺の道の歴史的意義」では西殿塚古墳に変更し、箸中山古墳は女王台与の墓と推測)、
及び辻直樹氏(『箸墓の秘密』1992年)。最近、森浩一氏もその立場に変わった(『記紀の考古学』2000年)。
箸中山古墳は現在の水垣郷(初瀬川と纏向川に挟まれた三角地帯)から少し外れるが、旧来の水垣郷の地域に入ることを和田氏は示す。
なお、森氏は、現崇神陵たる行燈山古墳が渋谷向山古墳(現景行陵)をより後行するとみて、前者を景行、後者を垂仁の陵墓にあてるが、
将来の研究で順序が逆転すれば被葬者も逆転する、と記される。
私は、古墳型式等の考察から、「行燈山古墳が垂仁陵、渋谷向山古墳が景行陵」とするのが妥当と考えている。

79 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 06:43:57
>>38について、太国さん以外の方もご意見あったら聞かせて下さい。
たぶん「人違い」説が多いのでは?

倭の五王ならぬ「倭の七王」説
次の比定で如何でしょうか。
賛=應神天皇
彌(または禰)=仁徳天皇
讃=履中天皇
珍=反正天皇
済=允恭天皇
興=安康天皇
武=雄略天皇

九州王朝系の方は賛成しないでしょうが・・・

80 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 07:00:23
吉井和哉は殺人未遂及び集団リンチ、会社ぐるみで嫌がらせをしているクソロッカーです。

コイツの趣味は他人のプライバシー侵害です。何度も実際にストーカーされました。目が合うとまるで俺は友達だよ、と言わんばかりにニヤニヤしていました。
にちゃんで何度もそれ専用のスレを立てられ、そこに自分の合成された写真を晒しあげられ、事実を書き込めば「また写真を晒すぞ」と堂々と脅しを掛けてこられました。その写真のネタをこの噂スレでも絵文字入りでこいつらは書き込み、馬鹿にしていました。
自身の部下や彼女をわざわざ嘲笑う為に職場に寄越しました。それと、「社長が怒ったのでこれからもっと酷くなる。一応忠告しておく」という書き込みの直後から、晒しの嫌がらせは悪化しました。明らかに嫌がらせの為に部下も使っています。これは間違いありません。
ここでも話題作りのために散々利用されました。曲のネタにもされました。「広告塔だ」等と言い放ち、実際に見付からない君、としてここ以外でも利用されました。
噂スレでお仲間同士、当然の様に馬鹿にしながら。

こいつは隠蔽工作をしています。
名誉毀損だなんだと言いながら、実際にこいつは100%やっているんです。

神に誓ってもいい。
嘘じゃない、吉井は罪を隠蔽し続けている犯罪者です。私は被害にあいました。
こいつは未だに開き直り、隠して逃げ続けています。


「決して捕まらない方法でお前を自殺に追い込んでやる」
「インターネットで晒してやる」
「これからはどこへ行ってもいつどこで見られているか気が気でいられないだろう」
「お前はシーマンだ、モルモットだ」
「(された事実の書き込みを)止めなければまた写真を晒すぞ」


これは吉井和哉と仲間による書き込みです。

(全部実際に特定され中傷を受けながら書き込まれた内容です)
数年間、私はこいつらに馬鹿にされながら仕事や私生活を遠回しに全て晒されてきました。



81 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 07:24:50
>>76-77

君と議論してても、得るものなし


つうか片付けろ〜!
なぜ邪馬台国を大和と認めないの?2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1212934340/

2どね〜zzz



82 :某スレの某:2008/06/29(日) 07:40:33
>>69

貴方の主張は、日本語の「問題」に終止していて、漢語の「問題」には成っていないですね。

「長さ」と「隔たり」、>>46氏の説明どおり、「長さ」は連続した対象の起点と終点間の表現、
「隔たり」は不連続な二点間に対する表現です。

また、この場合の「連続」「不連続」とは、それが物理的に測定可能か否かと言う意味ではありません。
「連続」とは認知すべき対象が一つながりのもの。
例えば、棒とか、縄とか、新聞紙の一辺とか、>>46氏の指とかですね。

逆に「不連続」とは、測定対象の二点が主題として認知されるものです。
例えば、東京と大阪の間のようなものですね。
実際に、東京・大阪間の地面で繋がっていて、新幹線とかの交通も通じていますが、
数学的には二次元上の二点として、隔たった存在です。

新幹線を例に取り、東京・新大阪間の「線路」を主題にすると、これは「長さ」になりますが、
東京駅と新大阪駅を主題にすれば、これは「隔たり」、ニ点間の関係は「距離」で表現されます。
これが、日本語。

どうも「距離」と言うコトバは、他人に貴方の主張を説明するには不適切な表現のようです。
そういう時には、他のコトバに置き換えてみると話が通じることが有ります。

私が思うには、貴方の使う「距離」と言う言葉は、一般人的には「行程」とかの意味に近いようです。
東京駅と新大阪駅の間の「行程」には時間経過が伴う、これなら誰も違和感は感じません。
で、漢語の問題の正否がどうかと言うことは別問題ですがw


83 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 08:18:01
>>79
>>>38について、太国さん以外の方もご意見あったら聞かせて下さい。

>>38
>古事記では應神天皇の妃にも迦具漏比賣がいることから、単なる人違い?
>ホツマにもこの辺りは載っていなさそう。

カグヤヒメはどうか知りませんが、以前、愛知県民さんが気になると言ってた
「三女神」のタキリビメ(ほつま的に言えば、タキコ・エツノシマヒメ)の旦那に
カグヤマツミなる人物が居るようです。
それと関係あるかどうかは不明。


84 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 08:21:31
>>76 同意
      ↓
行き当たりばったりのUSO八百は改めの得意技。あいつは余に毎回負けていて、
くやしいから逆なことを言ってるわけ。

最初は卑弥呼が神武以前だと言いたかったのだろう。大震国本紀をちらつかせて
重要な証拠wwwwwwwだと出したんだが、2ちゃんの仲間にコテンパンに
やられて大負けを喰い、今度は卑弥呼は神武のころだと勝手に【改め】て、
それでもおかしいと思ったらしく、3回目は卑弥呼の時代が欠史八代に入る旨の
論に勝手に変更し、当初から不動の論のようにイカサマ主張している。

1回目より3回目のほうが真に近いが1回目2回目は余と2ちゃん仲間にコケに
されてくやし涙を流した男(←改め)があいつ(←改め)。wwwwwwwww

85 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 08:21:48
倭の五王については、名前や年代が完全に一致していなくてもよいと思います。
百済の例を見れば明らかなこと。
百済の近肖古王(日本書紀では肖古王)は晋書では「余句」と記されていますし、
腆支王(在位405年〜420年)(日本書紀では直支王、在位285〜294年)は宋書・梁書では「余映」となっています。
また宋書百済伝では「少帝景平二年,映遣長史張威詣闕貢獻」とあり、424年にまだ腆支王が在位していたとしています。
さらに元嘉七年(430年)には「七年,百濟王餘毗復修貢職,以映爵號授之。」とあり、
三国史記の久尓辛王(日本書紀では久爾辛王)を飛ばして毗有王に行ってしまっています。

一致しないから九州王朝だというなら、百済にも別王朝を考えなければなりません。


86 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 08:22:22
>>79
>賛=應神天皇
>彌(または禰)=仁徳天皇

「賛」、「彌」というのはあまり聞かない名ですよね。
上の「=」はどこからの情報なのでしょうか?また、なぜそうなった?

87 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 08:27:20
>>84
ハイハイ 何が同意だ。

悔しかったらちゃんと>>71の私のレスに答えてみよ。

2度ね・・・zzzzzzzz

88 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 08:30:35
>>86
「賛」、「彌」は宋書でなく、梁書倭伝です。
梁書では「済」は「彌」の子とされており、「彌」は「武」の祖父になります。
これが「武」の上表文の「祖禰」、雄略の祖父・仁徳天皇ではないかと。

89 :どくだみ:2008/06/29(日) 09:03:11
おはようございます

周礼 王制
古者、以周尺八尺為歩、今以周尺六尺四寸為歩。
古者百畝當今東田百四十六畝三十歩。
古者百里當今百二十一里六十歩四尺二寸二分。

この礼記王制編の記述で、議論は終わると思う。
昔の百里は、今の百二十一里六十歩四尺二寸二分に当たる。
と書いてある。
里が歩や尺・寸・分と異なる概念の単位なら、こうは書けない。

90 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 09:09:42
梁書倭伝では「晋安帝時、有倭王賛。」
一方、「讃」は宋の時代です。

應神天皇は書紀に埋葬記事がなく、大山守皇子・菟道稚郎子皇子には埋葬記事があります。
「賛」はこの三人の誰かではないか?


91 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 09:17:14
どくだみさん、おはようございます。
難しい論争をしてますね・・・

しかし、どくだみさんも河童虫さんも「一里=三百歩」では一致しているんですよね?
河童さんは短里、どくだみさんは長里という違い?
どくだみさんも卑彌呼の墓=箸墓説ですか?

92 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 10:11:52
>>58
ハハ! 3回も変更、お前にやり方がそっくりじゃないのか。www

>4世紀半ば⇒4世紀前半⇒ここで止まらず、3世紀の後半
                 ↑
                 ↓
>卑弥呼は神武以前⇒卑弥呼は神武頃⇒卑弥呼は八代入り
                 ↑
PuPuPu!!! wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

93 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 10:40:48
>>82
>どうも「距離」と言うコトバは、他人に貴方の主張を説明するには不適切な表現のようです。
>そういう時には、他のコトバに置き換えてみると話が通じることが有ります。
>私が思うには、貴方の使う「距離」と言う言葉は、一般人的には「行程」とかの意味に近いようです。

論争を読み返してみましたが、河童さんについてのこの発言には同感です。
「距離」という言葉は空間的概念でしょうね。
まあ、宇宙を考えるような大きな距離であれば、
時間と空間は切り離せないということになるのでしょうけど。
何光年とか。
日常レベルではそんな必要はないですね。

94 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 10:46:36
>>85
それは範囲の広げすぎですよ。女王国畿内説を否定し九州説という
ならエジプト説も考えなければいけないとか言ってるような雲隠れ
攪拌理屈で、これはマズイです。

>>71 ほぼ同意 ↓
一世代が約30年、早いサイクルでも20年←改めにしては理性的説明。

95 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 11:02:15
>>94
>>85はエジプトではないですよ? 百済の話です。
百済でさえ一致しないのですから、さらに遠い倭国はもっと一致しなくて不思議ではないと思います。


96 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 11:13:59
倭の五王と名前や年代が完全に一致する九州王朝の記録がありますか?

97 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 11:30:02
改め涙目

98 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 12:10:39
倭の五王と天皇が一致するにこしたことはない。
応神天皇 324~361 甲午年9月9日75  
仁徳天皇 364~386 己未年8月15日83
履中天皇 387~399 壬申年1月5日64
反正天皇 400~405 戊寅年7月5日59
允恭天皇 406~420 癸巳年1月14日61
安康天皇 421~423 丙申年8月9日41
清寧天皇 424~451 甲子年1月16日41
顕宗天皇 452~455 戊辰年9月25日 38
仁賢天皇 456~465 戊寅年8月8日52
武烈天皇 466~473 丙戌年12月8日18
雄略天皇 474~506 己未年8月7日62



99 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 12:11:06
<新唐書> ※新唐書は、11世紀成立
日本古倭奴也
置本率一人検察諸部
其官十有二等 其王姓阿毎氏

自言初主號天御中主 至彦瀲凡三十二丗 皆以尊爲號 居筑紫城  彦瀲子神武立 
更以天皇爲號徙治大和州 次曰綏靖 次安寧 次懿コ 次孝昭 次天安 次孝靈 
次孝元 次開化 次崇神 次垂仁 次景行 次成務 次仲哀 仲哀死 以開化曽孫女神功爲王 
次應神 次仁コ 次履中 次反正 次允恭 次安康 次雄略 次清寧 次顯宗
次仁賢 次武烈 次繼體 次安閑 次宣化 次欽明 欽明之十一年 直梁承聖元年 次海達 
次用明亦曰目多利思比孤 直隋開皇末始與中國通 次崇峻 崇峻死 欽明之孫女雄古立 次舒明 次皇極

天皇家がハッキリと中国史に登場するのはここらへんからである。

その以前ではどうか?
<北史> ※7世紀成立
及陳平,至開皇二十年,倭王姓阿毎,字多利思比孤,號阿輩雞彌,遣使詣闕

王妻號雞彌 後宮有女六七百人 名太子為利歌彌多弗利 無城郭 内官有十二等
一曰大コ 次小コ 次大仁 次小仁 次大義 次小義 次大禮 次小禮 次大智 次小智
次大信 次小信 無定數 有軍尼一百二十人 猶中國牧宰

これらが、天皇家の誰に当たるのか?てところではないでしょうか。

100 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 12:29:18
>>98
唐松山さん、順番はこれでいいんですか?

101 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 12:32:31
エジプトを出したのは貴方が百済をだしたことからの喩えであり、
勿論百済はエジプトではないが、そういう類の異端説許容の考えで
しょうが。それとも倭の五王ではなく百済の五王だという具体的論拠
が何らかの資料であるんですか?

102 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 12:55:51
飛びましたよ。
雄略を倭王武に当てるには 順番を入れ替えるか 切り捨てるか 方法は、二つ。
他に良い方法ありますか?。


103 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 12:56:23
>>101
太国さん、私の言いたいことを誤解されています。

>一致しないから九州王朝だというなら、百済にも別王朝を考えなければなりません。

説明不足でしたね。すみません。
「宋書倭国伝と記紀は一致しない。したがって、宋書の倭王は九州である」
これが成立するのであれば、
「宋書百済伝と三国史記は一致しない。したがって、宋書の百済王は(たとえば)済州島である」
という主張も成立するのではありませんか?
と言いたかったのです。

104 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 13:06:44
>>102
そうか! 前のスレで「飛ぶのは5世紀」とか言われたのは、このことでしたか。
しかし、502年の梁書の任官記事を以て、「武」が502年に在位していたと言えますか?
「武」が梁に遣使した記録もないし、新王朝成立による一方的な任官では?

>>98
これを見ると、471年の辛亥年(ワカタケル大王)は武烈天皇になりますが・・・?

105 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 13:24:28
>104 
出雲暦です 年度と干支を比べて下さい。
「471年の辛亥年(ワカタケル大王)」こんな物を未だ信じて居るんですか?
孝元から雄略まで 何代で繋ぐおつもり?

孝元180年没 ここから7代 312年 皇暦918戊寅 若建王命/小碓子 戊寅年11月6日55
この辺ですよ。


106 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 13:24:33
>>98
よく見ると、干支が通常と違うような・・・これも考えがありそうですね。
古事記の没年干支が入っている。
11人のうち、9人の日付が月の前半ですね。偶然?


107 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 13:27:23
倍暦計算では

 雄略元年=471年

稲荷山鉄剣の辛亥年は雄略元年である。倍暦のためそのころの時代は14年、年数
がズレている。

108 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 13:32:06
>>105
>「471年の辛亥年(ワカタケル大王)」こんな物を未だ信じて居るんですか?

それは初耳です。「獲加多支鹵大王」をワカサザキと読むのでしょうか?


109 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 13:38:25
失礼! ヤマトタケルの子だと言いたいのですね。
しかし、そんなに昔なの?

110 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 13:39:00
改めドツボ監視中・・・

>>81 改め ◆PWTcGEfp1s
>つうか片付けろ〜!
>なぜ邪馬台国を大和と認めないの?2

スレの私物化を堂々とやって

「このスレが気に入らなければ1人1スレ立てれば良い(笑)」

とまでほざいているこの馬鹿が
何故上記スレを消せ消せとしつこく言うのか?
(てかてめえで削除依頼出せよw)

良く分からなかったんだが・・・
上記スレ改めて見て納得w

スレの>1の名前が 『 ドツボ撲滅委員会 』 だったからなんだなw










111 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 13:39:54
私が付けた干支ではありませんので お墓を訪ねて本人に確認して下さい。


112 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 13:41:09
大王だから雄略で間違いないな。へんな考えを挿入するからおかしく
なるわけ。

113 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 13:42:06
記紀の何処に、若建王が天下を治めたと書かれていますか?
ホツマにそう書いてあるのですか?

>>111
>お墓を訪ねて本人に確認して下さい。

それは無理です。

114 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 13:45:27
唐松山さん
逃げ口上を言ってるより、いさぎよく誤説と認めて雄略に矯正
したほうがいいですよ。

115 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 13:49:55
>安倍、阿倍、膳、高橋の始祖は「孝元」。
大彦→タケヌガワ(アヘタケヌガワ)→ムツカリ→タカハシ
アヘタケヌガワは垂仁時代伊勢、風早国に入る
ムツカリ(膳)は大彦の孫(ホツマに書かれている)
ムツカリを祀る神社=高橋神社
この調子で7代目 どうやっても 雄略までたどり着かない。
孝元天皇 180年没
312年没出雲乙巳 皇暦918 戊寅 若建王命/小碓子 戊寅年11月6日55
出雲暦で318年辛亥
この辺で7代目。
だから 雄略に7,8代で繋ぐ方法がない、有りますか?
では 312年ころ 誰が天下を治

116 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 13:50:54
>安倍、阿倍、膳、高橋の始祖は「孝元」。
大彦→タケヌガワ(アヘタケヌガワ)→ムツカリ→タカハシ
アヘタケヌガワは垂仁時代伊勢、風早国に入る
ムツカリ(膳)は大彦の孫(ホツマに書かれている)
ムツカリを祀る神社=高橋神社
この調子で7代目 どうやっても 雄略までたどり着かない。
孝元天皇 180年没
312年没出雲乙巳 皇暦918 戊寅 若建王命/小碓子 戊寅年11月6日55
出雲暦で318年辛亥
この辺で7代目。
だから 雄略に7,8代で繋ぐ方法がない、有りますか?
では 312年ころ 誰が天下を治めていたか?神功時代ですよ。


117 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 13:56:03
太国さん 1代37年で繋ぐ読み方に 利は有りますか?


118 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 14:00:49
反問したってしようがないでしょう? ・・・が、おおざっぱにて
だいたい一世代25年が至当かな? でも例外はあるからこれに
こだわらず編年すべきでしょう。昭和は64年迄ありましたし・・・。
あまり逸脱が続けば絶望に近いんではないですか?


119 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 14:12:26
孝元天皇 180年没というのがちょっと・・・
崇神天皇より前の闕史時代は大きな墳墓もなく、天下を治めていたわけではないと思います。
ホツマだけを信じるのは危ないのでは?

120 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 14:15:17
何も天皇が死ぬまで天皇やるってことはない。
自分の権力が衰える前に、息子に皇位を譲ったりとか。
中世でも上皇や法皇は普通にいましたからね

121 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 14:17:22
>>88
>「賛」、「彌」は宋書でなく、梁書倭伝です。
>梁書では「済」は「彌」の子とされており、「「賛」、「彌」は宋書でなく、梁書倭伝です。
梁書では「済」は「彌」の子とされており、「彌」は「武」の祖父になります。
これが「武」の上表文の「祖禰」、雄略の祖父・仁徳天皇ではないかと。

「彌」を仁徳天皇としたら「賛」は誰に当たるのでしょうか?
一致しないかと思いますが。

122 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 14:19:15
計算して下さいョ。全て出雲暦です 先に書き込んだ西暦で計算
伸長、圧縮は、有りません。
國押人命/孝安E 戊午年1月9日77
賦斗迩命/孝霊F 丙子年2月8日55
國玖琉命/孝元G 癸巳年9月3日46
大毘毘命/開化H 癸卯年4月9日40


123 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 14:32:54
>>121
>>90 参照。

>>122
出雲暦とは・・・?
無知なのでご教示ください。


124 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 14:33:05
>>79
>倭の五王ならぬ「倭の七王」説
>次の比定で如何でしょうか。
>賛=應神天皇 彌(または禰)=仁徳天皇 讃=履中天皇 珍=反正天皇
>済=允恭天皇 興=安康天皇 武=雄略天皇

>>85
>一致しないから九州王朝だというなら、百済にも別王朝を考えなければなりません。

一致しないなら百済も別王朝なのでは?

125 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 14:39:16
出雲暦とは、日本古来の暦ですかね?
それを太国さんは倍暦としており、唐松山さんは通常暦と考えている?

>>124
>一致しないなら百済も別王朝なのでは?

別ではないでしょう。姓が百済と同じ「余」ですから。

126 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 14:47:26
>122の答え
145 孝安 戊午
163 孝霊 丙子
180 孝元 癸巳
190 開化 癸卯
私の書記による編年と同じです。
いつの間にか、墓標も私の編年を支持していますよ。

まだ募集中 私の編年に挑む人。



127 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 14:52:27
このスレ・・・邪馬台国のスレですよね?

128 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/06/29(日) 14:57:59
>>126
また挑戦します。

>>127
すみません、脱線しすぎ?
改めさん、元に戻してください。

ではまたZZZ・・・・

129 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 15:31:50
出雲暦=古事記の干支
出雲暦の文字は、ホツマに有るが はっきり書かれているわけでない。


130 :サガミハラハラ:2008/06/29(日) 15:41:30
私の研究では、古事記分註天皇崩年干支は2倍年暦であったのですが、その点唐松山
さん如何でしょうか。

131 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 15:43:31
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

132 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 15:54:17
ホ32034 フソヰハル イツモハツソヒ アガタめし
出雲正月11日 県召し


133 :改めドツボ:2008/06/29(日) 16:46:08
     ____
   ,/:::::::::::::::::::::\    ぼっきんがスレ主だ
 /::::::::::::::::::::::::::::::::::\
 |:::::::::::|_|_|_|_|_|
 |_|_ノ∪ \,, ,,/ ヽ
 |::( 6  ー─◎─◎ )
 |ノ  (∵∴∪( o o)∴)
 |   <  ∵   3 ∵>
/\ └    ___ ノ
  .\\U   ___ノ\
    \\____)  ヽ


134 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 16:54:37
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html



135 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 17:15:38
>>88
仁徳とDNA(禰名)が一致しないでしょう。一致してなければ別人ですね。

136 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/29(日) 17:19:48
>古事記分註天皇崩年干支は2倍年暦
先に掲げた孝安以降の干支を半分にすると、世継ぎが出来ない。
孝昭迄は、皇暦。崇神は、くるいアリ。垂仁から又皇暦に戻る、そして神功まで
皇暦で墓標は、建てられる。応神以降出雲暦。
天皇の崩御年齢は、加増されている。
雄略124才は、ただの加増ではなく調整のため。



137 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 17:19:53
このスレを荒らしているのは
神奈川県民(トリップ無)=三重県民=改め=ドツボ。
意図せず結果的に荒れたという体をとっているが、悪意を持って荒らしているのは明白。
その手口はいくつかあるが、
1 他説に対する罵倒、人格の攻撃。
2 スレを私物化
の二種類に大別される。

特に後者は悪質で、2ちゃんのルールを大きく逸脱した俺様ルールを強要するのが特徴。
少し2ちゃんに慣れた人間には、反論が容易であり簡単に論破できる。
だがこれこそが罠なのであって、それが証拠にドツボはいくら言っても分からない(フリをする)
人間の性質として、明らかな正論が受け入れられないことは大きなストレスだ。
説明しても説明しても、論破されても論破されても、理解しようとしない(フリをする)ドツボは人格を攻撃されることになる。
そして荒れるのだ。
考えてみればすぐ分かるが、ここまで理解力がない人間はそういない。
つまり演技と断定してよい。

なぜ故意に荒らすのか理解に苦しむ向きもあろう。
私にも真実は分からない。荒れた結果、レスが進むことを喜んでいるのかもしれないし、そもそもバトルという行為に魅力を感じているのかもしれぬ。
しかし、そんなことは理解する必要はない。
ドツボが故意にスレ荒らしを呼び込んでいる事実、この一点に注目すればよい。

監視は有効だ。上記をふまえてドツボを監視しているという意志を示すことが重要だ。
我々はドツボが故意の荒らしをやめるまで、永遠に監視する。
賛同する人は、ただ監視中と書込んでくれればい。
それが悪質な荒らしへの対処法になり得ると確信している。


138 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/29(日) 17:25:36
出雲暦っていうのはよく分かりませんが、畿内の暦法ではないでしょう?
だから参考に留まるわけで、唐松山氏のようにとたんに全面的信頼に直行し、
畿内暦であるはずの紀の記述を軽視すると失敗ですな。ただ各地方にて暦法の
相違があることは否めません。出雲は通常暦法かも知れませんし、参考に留め
るべきでしょう。

舎人親王らは幾多の原書を調べ上げての記述ですから、単なる出雲暦とか秀真伝
の記載に新鮮味を感じてそれに飛びこんじゃうと沈没です。彼の言う水増しとか
は、具体的合理性の上に立脚して納得できる事由とその計算が正でないと受け
入れは出来難いです。その事由をやさしく書きこんだのをまだ見てません。
用心が必要ですね。

139 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 17:54:50





 (; ^ω^)ノ<改めドツボはキチ○イだお

140 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 19:23:58
>>89どくだみさん

>周礼 王制

私はこの「距離」と「長さ」を扱う上で、始皇帝の度量衡統一以前は複雑になるので、邪馬台国時該当する
統一以降について語ると
だから、用例も統一以降に絞って提示願いませんでしょうか

>里が歩や尺・寸・分と異なる概念の単位なら、こうは書けない。

同じなら、何故度量衡(度)に「歩と里」が登場しないのでしょうか?

141 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 19:57:02
>>93県民さん

>論争を読み返してみましたが、河童さんについてのこの発言には同感です。

無駄レスにならずに済みました


>>82

>どうも「距離」と言うコトバは、他人に貴方の主張を説明するには不適切な表現のようです。
そういう時には、他のコトバに置き換えてみると話が通じることが有ります。

そうかもしれません
内容よりも「距離」という語句に違和感をおぼえる人もいる事も事実ですし
順次、適切な語句を考慮してみます。

142 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 20:23:09
陳壽か?陳寿か?という問題。「陳壽」が正解とする。
かといって、「陳寿」がおかしいとはいえない。
「壽」は「寿」の旧字ということ。

晋書 卷八十二 列傳第五十二 陳壽
http://www001.upp.so-net.ne.jp/dassai/shinnsho/chinju/frame.htm


143 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 20:33:01
翰苑
卑弥娥惑翻叶群情 臺與幼齒 方諧衆望

卑弥娥とは誰ですか〜?河童さん

144 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 21:10:01
>>143

>卑弥娥惑翻叶群情 臺與幼齒 方諧衆望
卑弥娥とは誰ですか〜?河童さん

と、言われても

卑弥呼とは誰ですか?と言われているようなもので、困ります。

「卑弥呼」「弥呼」「卑弥」
これらの記載の違い理解していますか?




145 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 21:38:16
>>9
>ちょっと尋ねるがどうして同じタイトルのスレッドが上位に3つも立っているんだ?

全ての元凶は

 神奈川県民=三重県民=改めドツボ

こいつがいる限り、或いは根本的に態度を改めない限り事態は改善されない。


それともこの板のローカル・ルールに

 「 神奈川県民=三重県民=改めドツボ にかぎってスレの私物化を認める 」

とでも書くかww





146 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 21:45:13
>>144
おれも河童さんも今週は言われまくったね|!><
来週からは反撃を開始しましょうか?

>>145
スレ違い スレに関する話は受け付けません。

147 :どくだみ:2008/06/29(日) 21:51:03
>>140
すみません。周礼というのは間違いで、礼記 王制篇が正しいです。
ところで、禮記は篇ごとに成立年代が違い、王制篇は前漢代成立というのが定説です。
ですので、始皇帝の度量衡統一後の例として差し支えないと思います。

>同じなら、何故度量衡(度)に「歩と里」が登場しないのでしょうか?

何故なのでしょうね?私にもよくわかりません。
しかし、現実に王制篇にしろ
「括地志云、葵丘在曹州考城縣東南一里一百五十歩郭内」
にしろ、里と歩を一メートル五十センチのように記述した例は多数あります。
電子テキストを掲載してあるサイトで、里&歩のキーワードで検索してみてください。
そういう実例が沢山あるので、いくら度量衡に里と歩がないといっても、反証にはなりません。

148 :どくだみ:2008/06/29(日) 21:58:42
しかし、長さと距離の違いなんて、考えたことがなかったので面白かったです。
河童さんは、結論はいつもおかしな方向にいきますが、議論の発端・着想はとても興味深いです。
調べる技術と論理的な思考の指導を受けていればなあと、残念に思います。
今からでも、言語虫門下を離れて、きちんとした訓練を受ければ遅くないと思うのですが、
余計なお節介でしょうね。

以下、単なる私の憶測です。
度量衡というのは、物差し・枡・天秤であり、税を納めたり食料を支給されたりするときの話です。
そこに、里や歩という長い単位は要らなかったのではないですかね。
枡の一辺や布の長さに里という単位は要りませんから。

河童さんは「長短は物差しで測れる。遠近は物差しで測れない」という
身体感覚から推論されたのかもしれませんね。
おそらく原初は、そういう素朴な身体感覚から出発したのではないかと私も思います。
しかし、そういう「日を以て計る」というような原初の段階では、計測結果が計測方法や計測者に左右されます。
それでは、国家は運営できません。計測方法や計測者に結果が左右されない
抽象概念としての「距離」が必要になります。それが里数なのだと思います。
「距離」と同様に、「長さ」の範囲でも、人の指や歩幅で計っていては、誤差が出ます。
これでは、税の徴収にも困り、国家が運営できません。
そうなるとやはり「長さ」も即物的な身体尺から抽象性を高めた単位として認識されるようになります。
生活感覚では、長さと距離は別のものですが、抽象的な数字に置き換えられれば両者は同じものです。
それで両者は同一の概念として統一されたのではないでしょうか。

149 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 22:11:43
    彡//:::::::::::::::::::iヾミ 、
    /:::::::::::::::::::: :::::::::::::::ヽ
  γ::::::::: ::人::::人人 :::::::::ヽ
  (:::::::::::/  \ , , /\::ヾ   あなたねえ!!
   \:/   (●)  (●) \:ノ
     |       (__人__)   |      どんだけサービス残業してると思ってるんですか!
      \      ` ⌒ ´  ,/ 
.      /⌒〜" ̄, ̄ ̄〆⌒,ニつ
      |  ,___゙___、rヾイソ⊃
「朝礼で橋下知事にかみついた女性」 まとめサイト
http://gazou61.hp.infoseek.co.jp/andou.html



150 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 22:38:05
>>148どくだみさん

>河童さんは、結論はいつもおかしな方向にいきますが、議論の発端・着想はとても興味深いです。 調べる技術と論理的な思考の指導を受けていればなあと、残念に思います。
今からでも、言語虫門下を離れて、きちんとした訓練を受ければ遅くないと思うのですが、 余計なお節介でしょうね。

全然お節介などではありません。

しかし、虫門下を離れるわけにはいきません
私の当初の目的が「打倒虫説」ですので、虫説を完璧にマスターするまでは絶対に離れません。 相手の考えを完璧に把握しなければ議論は出来ませんので

>河童さんは「長短は物差しで測れる。遠近は物差しで測れない」という 身体感覚から推論されたのかもしれませんね。
おそらく原初は、そういう素朴な身体感覚から出発したのではないかと私も思います。
しかし、そういう「日を以て計る」というような原初の段階では、計測結果が計測方法や計測者に左右されます。

当然時間の経過と並行するように、モノに対する認識の変化、制度の変化は認めますし
生活環境に則した変化をしなければならないものです。

しかし

>河童さんは「長短は物差しで測れる。遠近は物差しで測れない」という 身体感覚から推論されたのかもしれませんね。

これは違います。
「長短の計測ルートは一つ、遠近の計測ルートは無限」という考えからです。

だから、起点と着点を同時に計測提示でき、 しかもルートが一つしかないモノサシを用いることが出来るか出来ないかなのです。

無限にルートの存在する二点間隔は、実際そのルートを移動することによってのみ得ることの出来るもの、
決して最初から指定できるものではありません。だから移動することによって時間が加味されると表現しているのです。


151 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 22:46:31
>>148 どくだみさん

これは以前から述べている事ですが、
私の述べている「里」とは

「六尺為歩、三百歩為里」がセットになっている「里」です。

152 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/29(日) 23:40:02

<旺文社 漢字典>
『中国度量衡』
度(長さ)の尺は、もと親指と中指うぃ開いた長さで、寸は指の幅だったが、
10指の幅が1尺に相当したため10進法に適合した。
両手を左右に伸ばした尋や布丈を計るセツも手を用いた。
距離は歩測で300歩が1里、面積は1里四方が900ポ、1ポは10歩平方だった。

距離は歩測で「300歩が1里」とあるが?



153 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/06/29(日) 23:54:33
>>152

>距離は歩測で「300歩が1里」とあるが?

歩測は測定者によって異なります。
測定者が百人いれば百通りの里数値が発生しますね

154 :どくだみ:2008/06/30(月) 00:31:38
>>150
>「長短の計測ルートは一つ、遠近の計測ルートは無限」という考えからです。

これは、賛成しかねます。

1、遠近の計測ルートは本当に無限ですか?
2、長短の計測ルートが一つなのは、何故ですか?
3、物差しは、本当に起点と着点に同時に置けますか?
4、自分の家に巻き尺の0を定め、そこから伸ばしながら隣の家まで伸ばしていくのと、
  二つの家の間を歩測するのと、起点・着点の観点から違いがありますか?
5、一里塚というものがありますね。あれは、地面という物体に目盛りを刻んでいるわけです。
  一里塚を数えるのと、物差しの目盛りを読むのと、違いがありますか。
  目線の移動と人体の移動に、本質的な差異が存在しますか。

こういうところを考えてみてください。
遠近の計測で、道なりに長さを計るのは、微積分の考え方です。
一歩は足跡と足跡の間の直線の長さです。
直線の長さを加えていくと曲線の長さを近似値として表現できます。

虫説の打倒は、別に虫説をマスターする必要はありません。
単純に正確な知識があれば、思考誘導に乗らないだけです。

155 :日本@名無史さん:2008/06/30(月) 00:41:31

        /::::)(:::)(:::::::::::)(::::::^::::::::::\
       (::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ::::::::::\
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     |/  ヽ`======/ .⌒ ` ========ノ.   ..| |     /
   .(         .(●  ●)         )ノ   /
   (   ・     / :::::l l::: ::: \         .)  < 俺がスレ主だ
   (       // ̄ ̄ ̄ ̄\:\.       .)   \
   .\     : )::::|.  ̄ ̄ ̄ ̄ |::: ::::(:     /..    \_________
    \ :::   :::::::::\____/  ::::::::::   /
      ヽ  ヽ:::: _- ::::: ⌒:: :::::::: -_     ノ
       \丶\_::_:::::_:::: :::::_/::::  /
        | \ \ ::::::::::: :::::::::: ::: :: __/ |
    ̄ ̄\ 丶  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    / ̄ ̄




156 :日本@名無史さん:2008/06/30(月) 01:03:10
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパール

157 :日本@名無史さん:2008/06/30(月) 02:57:00
このスレを荒らしているのは
神奈川県民(トリップ無)=三重県民=改め=ドツボ。
意図せず結果的に荒れたという体をとっているが、悪意を持って荒らしているのは明白。
その手口はいくつかあるが、
1 他説に対する罵倒、人格の攻撃。
2 スレを私物化
の二種類に大別される。

特に後者は悪質で、2ちゃんのルールを大きく逸脱した俺様ルールを強要するのが特徴。
少し2ちゃんに慣れた人間には、反論が容易であり簡単に論破できる。
だがこれこそが罠なのであって、それが証拠にドツボはいくら言っても分からない(フリをする)
人間の性質として、明らかな正論が受け入れられないことは大きなストレスだ。
説明しても説明しても、論破されても論破されても、理解しようとしない(フリをする)ドツボは人格を攻撃されることになる。
そして荒れるのだ。
考えてみればすぐ分かるが、ここまで理解力がない人間はそういない。
つまり演技と断定してよい。

なぜ故意に荒らすのか理解に苦しむ向きもあろう。
私にも真実は分からない。荒れた結果、レスが進むことを喜んでいるのかもしれないし、そもそもバトルという行為に魅力を感じているのかもしれぬ。
しかし、そんなことは理解する必要はない。
ドツボが故意にスレ荒らしを呼び込んでいる事実、この一点に注目すればよい。

監視は有効だ。上記をふまえてドツボを監視しているという意志を示すことが重要だ。
我々はドツボが故意の荒らしをやめるまで、永遠に監視する。
賛同する人は、ただ監視中と書込んでくれればい。
それが悪質な荒らしへの対処法になり得ると確信している。


158 :三重県民 ◆jH3Q3bIrRM :2008/06/30(月) 20:28:03
>>155 >>157

君等、女のイジメみたいで性格悪すぎ。

シツコイですね 荒らし行為はやめて下さいね。




159 :日本@名無史さん:2008/06/30(月) 20:34:54
>>157
同意監視中

160 :三重県民 ◆jH3Q3bIrRM :2008/06/30(月) 20:39:45
邪馬台国は何処?

狗邪韓國
 ↓  
對馬國
 ↓
一大國
 ↓
末盧國
 ↓→伊都國
    ↓→奴國→不彌國
          ↓
         投馬國
          ↓
         邪馬壹國

161 :三重県民 ◆jH3Q3bIrRM :2008/06/30(月) 20:47:42
『梁書 倭人伝』
從帶方至倭 循海水行 歴韓國 乍東乍南 七千餘里始度一海
海闊千餘里 名瀚海 至一支國
又度一海千餘里 名未盧國
又東南陸行五百里 至伊都國
又東南行百里 至奴國
又東行百里 至不彌國
又南水行二十日 至投馬國
又南水行十日 陸行一月日 至邪馬臺國 ここが邪馬台国です。

162 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/06/30(月) 21:15:15
古伝妄信に墓標の編年を掲載。


163 :サガミハラハラ:2008/06/30(月) 21:24:22
梁書の又東南行百里至奴国は、伊都国以下の国に行をつけて(文の並びも)文を統一したものである。
梁書の編者にとって奴国に行がないのは魏使倭人伝の陳寿か書写した人の落ちであると解釈したようである。
現実には、奴国にはいかないから(行路上の国でない。)行がはぶかれたのである。
倭人伝は作られた当初から誤解を生む書であったようである。

164 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/30(月) 21:55:40
>>163

『梁書 倭人伝』というのは、大陸の502年〜557年の歴史を記した文献。
著者は、唐の姚思廉なる人物で629年に成立させたとある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%81%E6%9B%B8

邪馬台国の時代から約400年。
我々、現在人より『邪馬台国』のことを詳しく知ってるのでは?

わたしは貴方の言うことより『姚思廉』を信用しますが?w

165 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/30(月) 22:03:24
>現実には、奴国にはいかないから(行路上の国でない。)行がはぶかれたのである。
>倭人伝は作られた当初から誤解を生む書であったようである。

中国正史である『二十四史』を何故そお軽く扱うんですか?

誤字だの南を東へとあなた達の考え方がおかしいと思います。

魏の時代からわずか約400年ですよね?〜信用するべきではないんですか?

もし、信用出来ないというなら「どこが?」、「どのように?」、「貴方の考えではどうなるのか?」

はっきりここへ書きこんで下さい。

反論するだけでは、いけません。誰にでも出来る。

一つ一つ、軽く扱わずに敬意の心を持って検証していくべきと感じてます。

166 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/30(月) 22:25:17
>>71
孝靈天皇は吉備行幸を果たしている。これは倭国大乱のためであると
考えられている。だから卑弥呼の時代はそれより後になる。
だから改めの言う卑弥呼の時代は懿徳〜孝靈世のころというのは
合っていない妄説なのであ〜る。
卑弥呼は孝靈〜崇神の時代であり、孝靈のころは卑弥呼の幼少の頃、
崇神のころは活躍時代で卑弥呼の晩年に当たる。

167 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/30(月) 22:37:53
『吉備』だって?笑わせないで下さい。

卑弥呼の弥生時代というのは、九州に人々が多く集まってたのです。
倭国乱れが『吉備』だという貴方は、まるっきりウケ狙いか、お笑いかです。

そんあところで倭国乱れはありませんよ。
倭国乱れというのは邪馬台国を含む主要8カ国の戦いなのです。

お笑いですか?w

168 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/30(月) 22:49:13
何故、陳壽は、長里ではなく短里を使用したのか?
まずはここらへんを考えないと始まらないと思う。
短里を使ったら悪いのか?とか突っ込まれそうだが、
「長里をつかうのが当たり前で短里では不自然ということ」

韓在帶方之南 東西以海為限 南與倭接 方可四千里

これも陳壽、三国志の馬韓伝である。 ここでも「短里」ということ。

169 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/30(月) 22:55:13
日御崎神社社記によれば、孝靈61年に月支国から出雲が攻められて
いるが、これを神風により退散したという。倭国大乱に乗じて外国
から攻撃をうけたようである。
富士古文書によると孝安80年に大乱が起こったとあるそうな。これ
は改めの主張の卑弥呼が懿徳〜孝靈の時代としたんでは合わない。
つまり改めの説は妄説なのである。

170 :サガミハラハラ:2008/06/30(月) 22:55:24
>>165「君は邪馬台国はどっちにあったと思う」のスレの>>402>>403をご覧ください。

けど私は、軽く扱わずに敬意の心を持って検証しています。
そのけ結果倭人伝の行路記事の解読に成功したのです。

171 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/30(月) 22:58:48
ちなみに他の史書ではどのようになってるのでしょうか?

陳壽以外の人は?ということです。
誰か調べた人はいますか?

短里を使用してるのはもしかして陳壽だけ?!

何故、「短里」が不自然かとうと・・・・
短里はもっと昔、秦の始皇帝が、
度量衡(度(長さ)量(体積)衡(重さ)の単位)、貨幣、車の幅を統一する。

それからは「長里」となるはず。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%8B%E7%9A%87%E5%B8%9D

172 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/30(月) 23:07:33
>>170

読みましたが「嘘」は書いてないことでしょう。

本編ではない倭人伝を「命がけ」で書いたかどうかは知りませんが。
嘘八百なことを書いてどうするんですか?本当のことを書いてるというか。
まあ、わたしの考えはそんなかんじです。

ちなみに2008年6月30日12時頃、わたしとサガミハラさんが、
2ちゃんえるに書き込みをしたのは「真実」です。

173 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/06/30(月) 23:09:46
>>169
なにが『神風』だよ。

倭国乱れはそんなちっぽけな戦ではありません。
中国のどの史書にも記されるぐらいの「倭国乱れ」ということ。

174 :日本@名無史さん:2008/06/30(月) 23:11:50
>>171
えーと、ここでもですか?

なぜ、そのわけのわからない「短里」なんて言葉が出てくるんですかね。
なんの根拠があるんですか?

175 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/30(月) 23:12:43
もっと書きこんで崩してやろうか? そろそろ寝る時間だから日を
変えて書きこもうかな?w

176 :サガミハラハラ:2008/06/30(月) 23:14:30
最大の根拠は魏志倭人伝の行路記事です。
短里(周尺)によれば、邪馬台国の位置がピタリあうからです。

177 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/06/30(月) 23:16:15
>>173
どこのちっぽけということが出てくるんだ? お前の恣意的付加語
なわけよ。

178 :ローガン:2008/06/30(月) 23:55:31
>>168

> 何故、陳壽は、長里ではなく短里を使用したのか?

短里、長里とはどの史書類書に見えるのでしょう?
私は不勉強なもので2種類の「里」が同時存在した事が理解できません。


> まずはここらへんを考えないと始まらないと思う。

是非ご教示ください。


> 韓在帶方之南 東西以海為限 南與倭接 方可四千里

> これも陳壽、三国志の馬韓伝である。 ここでも「短里」ということ。

なるほど。と云う事は三国志を書いた人は貴方が云うところの、2種類ある里のうち、「短里」と云う里で記述し、もう一方の「長里」なるものは採用しなかった。
と改めさんは仰る訳ですね?

三國志を書いた人は、貴方が仰るところの「短里」と云う尺度を何故用いて、貴方が仰るところの「長里」なるものを不採用にしたのでしょう?

初心者の質問で申し訳ありませんが宜しくお願いします。


179 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 00:07:16
>>174
>なぜ、そのわけのわからない「短里」なんて言葉が出てくるんですかね。
>なんの根拠があるんですか?

「秦、以前の尺」とか言っても分からないでしょ?
あなた達のレベルに合わせて「短里」といったまで。

>>176
>最大の根拠は魏志倭人伝の行路記事です。
>短里(周尺)によれば、邪馬台国の位置がピタリあうからです。

ピタリと合いますね。
しかし、佐賀県小城市甘木ではナイ。
もっと奥ですよ〜!それにこれを答えて小城市甘木説を言って下さい。


魏志倭人伝
自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳

それに何故陳壽が「短里」を用いたのか解決してるんでしょうか?




180 :どくだみ:2008/07/01(火) 00:10:07
>>91の愛知県民さんのお尋ね、後でレスしようと思ったら忘れてました。すみません。
私は、倭人伝関係のスレを見るようになるまで、短里という言葉を知りませんでした。
ですから、短里だ長里だという見解は持っていません。
里の長さが時代によって違うのは周知のことですが、
それが、短里・長里というように制度として異なるものと考えられるのかよく解りません。
短里という言葉を最初に使い出したのはどなたなのでしょう。
ネットで検索してみましたが、出て来なかったので、お教えいただけるとありがたいです。

181 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 00:12:15
>>179
魏志倭人伝の話に、秦以前とか言われても困ります。
レベルって何の?
魏志倭人伝の話をしてくださいね。それが話のレベルというものです。常識といってもいいけど。

182 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 00:18:07
>>178
>短里、長里とはどの史書類書に見えるのでしょう?
>私は不勉強なもので2種類の「里」が同時存在した事が理解できません。
>是非ご教示ください。

ご教示くださいてw
それをわたしが>>168>>171であなた達に質問してるんでスよ?
こっちが質問してるワケで、そのまま私へ質問されても・・・w

>2種類ある里のうち、「短里」と云う里で記述し、もう一方の「長里」なるものは採用しなかった。
>と改めさんは仰る訳ですね?

いえいえ違います。
二種類ではなく、「長里」一種類しか無いはずなのに何故、陳壽は「短里」を用いたのか?
と感じてるところです。


183 :サガミハラハラ:2008/07/01(火) 00:19:50
別にチンジュは短里を”採用”したわけではありません。
周尺でかいてある所をほぼそのままかきうつしたのです。
ですから彼自身邪馬台国まsでの地理が課題になっていることにきづかなかったのです。
かれは、漢の地理の本をみており、西域の万ん千里などとの表記をみており、邪馬台国に関して違和感がなかったものとおもわれます。
だからケロリとだまされた。


184 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 00:21:36
結局、「短里」は造語ってことですか。

結論が出たね。

185 :サガミハラハラ:2008/07/01(火) 00:25:04
soudesune.
koreha
nihonn no
yamataikoku ronnsou no
nakade
umareta nihonn dokutoku no
kotoba desu.


186 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 00:26:42
>>181
はあ〜君は疲れる子だね・・・いちいち説明しないと分からない?

『魏志倭人伝』
始度一海 「千餘里」至對馬國

卑彌呼以死 大作冢 徑「百餘歩」 徇葬者奴婢百餘人

これら、「千餘里」、「百餘歩」を解こうとすると、
まずは、どれぐらいの長さなのか?調べないと始まらない。
度量衡というのがあって、それに基づいた話を>>179でしてるんだよ。
一つ勉強になりましたね〜

187 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 00:29:24
>>186
一里は430mって散々書かれているじゃん。
で、短里なんて造語を作って何をしたいの?

188 :ローガン:2008/07/01(火) 00:32:31
>>182
> 二種類ではなく、「長里」一種類しか無いはずなのに何故、陳壽は「短里」を用いたのか?
> と感じてるところです。


用いてますか?
あまりよく知らないのですが、魏志夏候淵伝の「反覆四千里」も貴方が仰るところの「短里」でしょうか?
地図を見たら1000kmほどあるように思うのですが。いかかでしょう?

189 :改めドツボ監視委員会:2008/07/01(火) 00:33:59
改めドツボ=三重県民監視中・・・

>>158 三重県民 ◆jH3Q3bIrRM
>君等、女のイジメみたいで性格悪すぎ。

以前から思っているんだが
神奈川県民=三重県民=改めドツボ って
そのメンタリティがオバハン臭いんじゃないかとw

リアルでオバハンじゃないのか?w

スレ私物化の件にしても
例えば人通りの激しい公道で勝手に御座敷いて
オバチャン仲間でべちゃくちゃ喋っているのがいて
それを注意すると逆切れして

 「きいいいいいいいっ!何よアンタ達向こうへ行きなさいよ!!」

とか青筋立てているオバハンの図を想像してしまうんだがw

他に理論構築が下手、小旅行が好き・・・とか合わせ技でオバハンっぽいwww



190 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 00:36:02
>>189  それだ!

191 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 00:42:33
>>188
>用いてますか?

ローガンさん 面白いこと言いますね。
河童さんみたいにウケ狙いですか?
用いてないなら海を渡るだけで鹿児島より南の海を指しまスw

>魏志夏候淵伝の「反覆四千里」も貴方が仰るところの「短里」でしょうか?
>地図を見たら1000kmほどあるように思うのですが。いかかでしょう?

わたしは魏志倭人伝に記された里・歩について問うてるのです。

192 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 00:46:12
やれやれ...>>189みたいな変なのが来たのでもう寝ますか〜!

>>175 太国さん
明日、書き込みお願いします。
...................zzzzzzzzzzzzZZZ

193 :改めドツボ監視委員会:2008/07/01(火) 00:54:03
>>167 改め ◆PWTcGEfp1s

例によって馬鹿丸出しだなw

>卑弥呼の弥生時代というのは、九州に人々が多く集まってたのです。

残念ながら弥生時代を通じ九州が他の地域に比して特に人口密度が高かったり
その総数が多かったりと言う事は無い。

少なくとも俺は見た事が無いし。
この板でも同じような事を言っている奴に根拠の提示を求めて出てきたためしがないw

>そんあところで倭国乱れはありませんよ。
>倭国乱れというのは邪馬台国を含む主要8カ国の戦いなのです。

根拠は?w

最初に勝手に地域を限定しておいて・・・と言うのなら本末転倒
いつもの改め脳内理論。

実際「倭国大乱」がどれほどの地域を指すかは分からないが
中国の史書に書いてある無いに関らず
弥生後期後半に日本中で争乱があったのは間違い無いだろう。
各地に見られる高地性集落がその証左。

まあ有名どころで青谷上寺地遺跡の多量の人骨と争乱の跡とかw




194 :ローガン:2008/07/01(火) 00:56:32
>>191
> 河童さんみたいにウケ狙いですか?

影響を受けて段々…

> 用いてないなら海を渡るだけで鹿児島より南の海を指しまスw
そうですね。会稽東冶の東ですから。


> >魏志夏候淵伝の「反覆四千里」も貴方が仰るところの「短里」でしょうか?
> >地図を見たら1000kmほどあるように思うのですが。いかかでしょう?

> わたしは魏志倭人伝に記された里・歩について問うてるのです。

魏志夏候淵伝も倭人伝も書いた人は同じだったと思います。

195 :改めドツボ監視委員会:2008/07/01(火) 01:08:43
>>193に付け加えて少し…

まあ改めドツボに限らずこの板の九州説の人間って
弥生時代に関門海峡から東に人間がいなかったとでも思っているんじゃないのか?
・・・と思わせる奴が多いw

そもそも中国の人間が玄界灘あたりから九州南端まで地理情報を集めながら
なんで関門海峡から東の事を無視?すると言うのかその発想が分からんわw

畿内を見るのが嫌ならそれでもいいからw
もっと山陰山陽、東海や関東に目を向けてはどうか?
弥生時代の遺跡を見れば少しは弥生時代の認識も変わるんじゃね?www

196 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 06:11:47
朝早く目覚めてしまったので少しレスしていくか・・・。
>>193
>残念ながら弥生時代を通じ九州が他の地域に比して特に人口密度が高かったり
>その総数が多かったりと言う事は無い。
>少なくとも俺は見た事が無いし。
>この板でも同じような事を言っている奴に根拠の提示を求めて出てきたためしがないw

考古学の本を読むといい。
わたしも考古学専門ではないので語るまでいかないでも本を読んでいる。
考古学的に九州に人々が集まっていたのは間違いなさそう。とにかく本を読め!
魏志倭人伝を見ても分かるとおり邪馬壹国を含む主要国は皆九州ではないか。
しかも、それ以外の国々は軽く扱われているというか無視されてるしw

>根拠は?w

田舎同士で戦ってもよくて事件だろ。
「倭国乱れ」の字が意味するように国家規模での戦い。
主要国同士の戦いと考えるべき。

>まあ有名どころで青谷上寺地遺跡の多量の人骨と争乱の跡とかw

鳥取県?倭人伝に記された行程記事がそこではないので違うかな。

197 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 06:38:26
>>194
わたしが「海を渡るだけで鹿児島より南」と言ったように、
倭人伝に記されてるのは、本来の里数ではないということ。
もしかすると、倭人・韓人に合わせた里数なのかもしれません。

何故か?と言うと「水行十日、陸行一月」というのは倭人による情報とし、
この「水行十日、陸行一月」を使ったので倭人・韓人が使用している
「短里(改定以前の里数」を用いる以外なかったのかもしれません。
まあ、「倭人・韓人が使用している」というのはわたしの憶測になるですが・・。

他の人は、この陳壽が魏志倭人伝で当たり前の里数ではなく「短里(改定以前の里数)」を
用いた理由はなんだとお考えでしょうか? 

河童さんとかはどのように考えてるのでしょうかね。

198 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 07:00:50
>>195
>弥生時代に関門海峡から東に人間がいなかったとでも思っているんじゃないのか?

九州以外にでも人は暮らしてたに決まってる。
質問自体がおかしい。

>そもそも中国の人間が玄界灘あたりから九州南端まで地理情報を集めながら
>なんで関門海峡から東の事を無視?すると言うのかその発想が分からんわw
>もっと山陰山陽、東海や関東に目を向けてはどうか?
>弥生時代の遺跡を見れば少しは弥生時代の認識も変わるんじゃね?

田舎には興味ナシ それに倭人伝からも無視されてるではないか。

199 :サガミハラハラ:2008/07/01(火) 07:26:41
九州が重視されているのは、そこが、中国が認定した倭国だからです。
それ以東は中国に貢献していない、つまり、正統の倭国に敵対していたとも思える。
その数は70カ国である。
しかし、かつては100余国が存在していたのであるが、どのような事情により、九州だけとなったのかは興味深いことである。

200 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/01(火) 07:57:01
>>197

一里=約430mと言う数値は、車を転がした時ノミに得られる数値。
だから、車を転がす事の出来ない船の移動には用いる事の出来ない数値な訳。
大陸と言う地続きの場所で一里=430m
海を移動するという地域や、地図を作成する時等は
それ以外の尺度を用いる
しかし
里数を用いる以上、尺度(歩値)を変えても「三百歩為里」とする、換算値を
変える事は出来ない。

つまり
「六尺為歩(車輪の大きさ)」を変化させ、「三百歩為里」を動かさないで単位「里」を維持するやり方です。

これが
一般的に言われる「短里」

201 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/01(火) 12:44:04
後世、朝鮮にて作製されたとするコンチキショウ地図の歪んだ地勢は
中国の史書に書かれている数値をそのまま
全て同じ尺度のもとに描かれた地図ではないかと思います。

202 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 13:06:27
改めは改めて馬鹿だと思った

203 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 13:33:08
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

204 :ローガン:2008/07/01(火) 14:55:08
>>197

> この「水行十日、陸行一月」を使ったので倭人・韓人が使用している
> 「短里(改定以前の里数」を用いる以外なかったのかもしれません。
> まあ、「倭人・韓人が使用している」というのはわたしの憶測になるですが・・。


三國志から350年ほど後に書かれた史書に「不知里數」とあるので、其の可能性はないと思います。

205 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/01(火) 15:37:32
>>173
孝靈天皇の吉備行幸は倭国大乱の畿内に近い地域たる吉備の平定だ。天皇は行幸
の後吉備を平定した。孝靈の皇子吉備武彦は開化10年(210〜220年頃)クマソと
戦いクマソ新羅王の左眼を射て征伐した。このことが艮神社(広島県沼隈郡
沼隈町下山南)の伝承に残っている。これが倭国大乱の残党始末か?〜まあその
へんだろう。日御崎神社社記の月支国軍団襲来は倭国大乱(178〜183年)の間の
182年の時であるから、倭国大乱に乗じて出雲に攻めて来たわけだ。しかし神風
によって退散したわけだ。月支国王が来たその時は孝靈年間だから、卑弥呼は
孝靈〜崇神と見るのが正しいのである。卑弥呼の活躍はその残党排除の後に
なり、237年が景初元年になる。
こういうことから改めの言う卑弥呼の時代が懿徳〜孝靈だというのは狂って
おり、デタラメの大間違いなのであ〜る。ww

206 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 20:57:07
>>199 サガミハラさん
>九州が重視されているのは、そこが、中国が認定した倭国だからです。
>それ以東は中国に貢献していない、つまり、正統の倭国に敵対していたとも思える。
>その数は70カ国である。

認定されたからではなく半島・大陸との繋がりを持つ九州が栄えたのでしょう。
たとえば、街ちを歩いてたら綺麗な女性には目が行くはず。

以東?そんなところに邪馬台国の時代〜巨大国家なんてありませんよ。
幻でも見てませんか?

>>202
>改めは改めて馬鹿だと思った

理由をちゃんと書きなさいよ

>>204 ローガンさん
>三國志から350年ほど後に書かれた史書に「不知里數」とあるので、其の可能性はないと思います。

指摘が細かいですね。
じゃあ「倭人は短里と合うような距離の計算をしていた」と改めればいいんですかね?


207 :ローガン:2008/07/01(火) 23:03:48
>>206
> じゃあ「倭人は短里と合うような距離の計算をしていた」と改めればいいんですかね?

いいんですかね?と言われても困ります。貴方の仰った事ですから。
ただ「不知里數」の後に「但計以日」と書いてあります。
貴方が仰るところの「短里」もしくは「短里と合うような距離の計算」をここからは窺い知れません。

3世紀には「短里」もしくは「短里と合うような距離の計算」をしていたが、7世紀初めには距離を認知する方法が「日」に変わった。
そうお考えなのでしょうか? もしそうなら根拠があればご教示ください。

私が誤解している可能性もありますのでその節はご容赦を。

208 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 23:07:18
答えなどでない不毛な議論を毎日延々としてるやつらはみんな馬鹿だと思うが。


209 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 23:33:53
>>207 ローガンさん
魏時、列島では距離を示すのに「日数」が使われてました。

何故、陳壽は当たり前の長里ではなく短里を使ったのか?を考えたとき
この列島の「日数」と短里が関係してくるからかな?など考えてるわけです。

210 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 23:36:52
下手の考え休むに似たり

211 :ローガン:2008/07/01(火) 23:39:55
>>208

> 答えなどでない不毛な議論を毎日延々としてるやつらはみんな馬鹿だと思うが。


確かに。 でも「毎日延々と」って知っている貴方も同類ですね。
どうせなら参加されたらどうですか?


212 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/01(火) 23:56:46
倭人からの情報である「徑百餘歩」。
これが約24mだったから陳壽はあえて短里を用いたということ。

倭人が「徑百餘歩」と言ってるのに「十六余歩」とは書かなかったということかな?
魏の使いが卑弥呼の墓、徑百餘歩を確認したのかは不明。
倭人からの情報というのもありうる。

わたしはこうゆう考えも出来るかと思うんですが、わたしの解析についてみなさんの
意見や反論を聞きたいですね。 ではまた金曜〜合いましょう!zzzzzz


213 :日本@名無史さん:2008/07/01(火) 23:59:59
やだね

214 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 00:25:20
>>196 改め ◆PWTcGEfp1s
>考古学の本を読むといい。
ん?
読んだ中で九州で人口密度・総数が他地域を圧倒したようなデータが無いから言っている。

とりあえず

東北 0.50
関東 3.20
北陸 0.85
中部 3.07
東海 4.50
近畿 3.33
中国 1.80
四国 1.61
九州 1.56
全国 2.04
 ( 単位:人/ku )

日本の時代史1「倭国誕生」吉川弘文館
 弥生時代の地域別人口密度(泉拓良・西田秦民編 1999)

で、お前の言う九州に人が集まっていたと言うのは如何なるデータなのかな?
 
   きちんとデータを出して説明してみろ馬鹿

毎度毎度その本のタイトルも著者名も挙げず
笑ってしまうような内容を
 「本で読んだ」
と言っているお前みたいなアホになんで読書の指南されにゃならんのwww

215 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 00:49:14
>>214に続けて

更に弥生末期になれば九州の地盤沈下はもう明らかで
そんな事およそ考古学の「この字」でも知ってりゃ常識だろうに

いや「この字」すら知らない俺でさえ知っている訳でwww

ドツボのレス読んで
この馬鹿が考古学の本を読んでいると思う奴っていねえだろ?wwww




216 :改めさん応援隊:2008/07/02(水) 00:54:11
改めさんは考古学の本も読んでます。本人がそういうんだから間違いないです。

217 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 00:55:06
>>206 改め ◆PWTcGEfp1s
>以東?そんなところに邪馬台国の時代〜巨大国家なんてありませんよ。
>幻でも見てませんか?

じゃあ邪馬台国の時代、九州に巨大国家があったと言う痕跡を
具体的に述べて見ろよw
無論、文献でなく考古学的資料でなw


幻を見ているのはお前の方だアホwww





218 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 00:58:23
旧唐書に 倭国、更に東に日本国がある
とかなんとか書かれてる件について

219 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 01:02:47
>>216
でもなあ、、、

「九州説の学者の方が多い」とか

「畿内説は金儲けの陰謀云々」とか言ってるんだぞドツボの馬鹿はw




220 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 06:29:34
改めさん応援隊 = 改め

221 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 06:53:11
自分で自分を応援してるなら世話かからん。w

222 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 09:50:36
>>214
>日本の時代史1「倭国誕生」吉川弘文館
 弥生時代の地域別人口密度(泉拓良・西田秦民編 1999)

上記資料の数字の根拠はなんでしょう?
当時の人口調査資料があるとも思えないし?
現在発見された遺跡の数とかでの推測でしょうか?
遺跡の採用のしかたや計算式で推定人口は大きく変わるから、
根拠の示していない数字は信用できないな。
結構いい加減な本もあるし・・・。

223 :サガミハラハラ:2008/07/02(水) 14:20:06
長里短里とは、日本の邪馬台国研究の中で、里程が魏の時代の里単位ではあわないことから、それよりも短い里がつかわれていたのではないかということから、
短い里を想定し短里という用語を使用し始めたものである。確か古田武彦氏がつかい始めたのではと思います。
ただ氏の場合、行路記事は魏使の報告書からという既定概念から抜け切れず、長里短里が併用されていたとした。
対して後藤幸彦氏は倭人伝の行程記事の単位は箕子朝鮮に由来する周尺によるものであるとして、
次第にその支持をひろげている。

224 :サガミハラハラ:2008/07/02(水) 15:02:35
>>193日本中で争乱、高地性集落

倭国大乱は北部九州を中心とした邪馬台国の後継者争いによる権力闘争です。日本中ではありません。
高地性集落のなかにはそれによるものもあるでしょうがほとんどは違います。
かつては、この高地性集落が倭国大乱によるものであるとし年代の設定などおこなったという時代もありましたが、時代がことなることにより
現代では否定されております。(かつては、高地性だとか争いのあとがあると即倭国大乱にむすびてけられ、考古額の研究のおおきな阻害となった)
高地性集落は二つに大別されております。

第一次高地性集落
 BC65年からAD50〜100年で瀬戸内海中心にみられ、これは、北部九州の勢力の東進に対抗するものとおもわれる。倭奴国の倭国統一により終息。

第二次高地性集落
 近畿地方の中央部に2世紀前半からあらわれる。これは、大和勢力の伸長に対抗するものであった。

他に他に山陰地方(2世紀末)の集落(倭国大乱の流れ)
北部九州と南九州の境界付近(邪馬台国と狗奴国の抗争にまつわるもの。)
がある。

225 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 19:36:38
>>223
貴方が後藤幸彦氏だというのは周知です。
だから、みずから後藤幸彦氏と記すのは見ていて不愉快ですよ。
それと
>次第にその支持をひろげている。
の根拠を示して下さい。

226 :サガミハラハラ:2008/07/02(水) 23:34:01
>>223これはつまらないダジャレです。

227 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 00:05:39
堅物な香具師が湧いてきたなあwサガミの精一杯の洒落を理解してやれよw

228 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 01:19:06
>>222
流石に算出プロセスの詳細までは載っていなかった。

参考までにネット上だが…
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn2/002_04suidenninasakunotourai.html
http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/EV_P_NJ1.html

あと弥生時代の環濠集落
(有名どころだと、九州=吉野ヶ里、関西=池上曽根・唐古鍵、東海=朝日、関東=大塚 …等々)
の分布を示した図なんかを見ると、>>214で挙げたデータもすんなり信用できるw
(東海や関東の分布密度は北九州や畿内に引けを取らない)

何れにせよ、デタラメドツボ…もとい、改めドツボの言うように
邪馬台国の時代に九州に人が集中したなんて事を示すデータなんてあるものやら。

さあて>>196の言い様だと「 こうこがく 」の本にはごく当たり前に書いてあるようだが
きちんと根拠を示す事が出来るか、はたまた適当な事ほざいてトンズラかますか?w

まあはっきり言ってどうせ自分の脳内のイメージだけで言ってしまって
その根拠を「本で読んだ」とか適当な事ほざいているだけだとは思うがwww

そもそも中国の史書に合わせて日本のクニグニのあり方があったわけじゃない。
書に合わせて現実を見ると言うのは本末転倒馬鹿丸出しwwww

229 :228:2008/07/03(木) 01:43:44
それでもだ、、、

「どの道、魏志倭人伝には北九州の地理が詳しく記されている事実には違いない」
と言うだろうが、別にその事が畿内説に不利になる事は無いだろうw

逆に例えば・・・
通説で不彌國までの確実に九州内にあるとされるクニグニの中で最大のものは
二万戸の人口を擁する奴国だろうが
一番メジャーな比定地(と言うか通説と言っても良いかな?)は筑前那珂郡だろうが

那珂遺跡と言えば近畿系土器を積極的に導入し、かなりに早く前方後円墳を築いている。

そこらへんを合わせて考えれば邪馬台国への道のりに出てきて
それがそれまでのクニグニと比べ隔絶した人口を擁するが如きに書かれているのは
畿内説からすれば「ははーんw」となるわけでwww


230 :193:2008/07/03(木) 01:50:41
>>224 サガミハラハラ

高地性集落が弥生の「中期後葉」と「後期後葉」に特に目立つと言うのは知っていたが・・・

えらく具体的なシナリオだな、おいw


一体何を根拠にそんな事が分かるんだ?
概略だけでも教えてもらえないかな?
やっぱり某氏の本買わないとダメなのか?www


231 :228-230:2008/07/03(木) 01:52:05
あ、忘れていたw

改めドツボ監視中・・・

232 :サガミハラハラ:2008/07/03(木) 08:19:00
記紀風土記三国史記中国の諸資料そして考古学等をこき混ぜて検証すると、さようなシナリオができあがります。
宣伝になるが「卑弥呼の登場 後藤幸彦著 明窓出版」にくわしくのっています.
現在JRの沿線のBOOKOFFに持ち込んでおりますので、そちらでおもとめになるのがよろしいかとおもいます。

233 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 01:13:38
>>232
サガミハラハラ先生には古代史のストーリーテーラーとして
「 打倒! 関裕二 」でも目指してもらおうw

まあ倭国大乱の範囲が明確に分かり
仮にそれが九州限定だったりしたら畿内説吹っ飛ぶんだろうがw


恐らくある程度以上の広域での戦闘となれば
兵員輸送として海上を船で・・・と言う事になろうが
海戦の跡なんて中々見つかるものじゃないだろうし・・・


234 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 01:53:09
>倭国大乱は北部九州を中心とした邪馬台国の後継者争いによる権力闘争です。
倭国大乱は、北九州諸国が「女王国に統属す」る原因となった戦いです。邪馬台国の後継者争いではないでしょう。


235 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/04(金) 18:10:06
>>234
>倭国大乱は、北九州諸国が「女王国に統属す」る原因となった戦いです。
>邪馬台国の後継者争いではないでしょう。

いや サガミハラハラ氏がおっしゃってる通り「邪馬台国の後継者争いによる権力闘争」でしょう。
北九州諸国かどうかは分かりませんが主要国同士によるものです。

>「女王国に統属す」る原因となった戦い

とした理由は?

丗有王 皆統屬女王國

代々、王有り 皆女王国に属す  これ一発で貴方の論は崩れます。

236 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/04(金) 18:22:24
>>214
>日本の時代史1「倭国誕生」吉川弘文館
>弥生時代の地域別人口密度(泉拓良・西田秦民編 1999)

貴方が示したDATAによると『中部』が一番人口が多いが、
そのDATAを信用した理由はなんですか?

>で、お前の言う九州に人が集まっていたと言うのは如何なるデータなのかな?
>きちんとデータを出して説明してみろ馬鹿

貴方の仕事はオペレーター?
何でもDATAを示せば信用するのか。

>毎度毎度その本のタイトルも著者名も挙げず
>笑ってしまうような内容を「本で読んだ」
>と言っているお前みたいなアホになんで読書の指南されにゃならんのwww

半島・大陸との国交により弥生は九州が栄えてたと聞いている。
後漢書又は魏志倭人伝に記されてる国交がその『証』です。
王者の証である「金」は中部から見つかったのかな?違うだろう。
志賀島出土の金印等、発見された場所は「九州」です。

その貴方が示したDATAは信用する出来ないのでは?
http://museum.city.fukuoka.jp/

237 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/04(金) 18:24:32
>>217

これをどうぞ!
金印とは王者の『証』です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%A5%B4%E5%9B%BD%E7%8E%8B%E5%8D%B0


238 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/04(金) 18:29:37
>>228-231

236-237を読んで下さい。

まぎれもなく九州からの出土品です。
まあ、その意味があなた達に理解し、納得出来る頭があればの話ですが・・・・。

239 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 23:19:41
>>235
邪馬台国の後継者争いによる権力闘争ならば、邪馬台国内における戦いのはずです。
邪馬台国は、北九州から水行十日、陸行一月のところにある国(これが素直な読み方)。
倭国の乱と言われるような大規模な戦いにはならなかったはずです。
北九州においては、一大率が刺史の如くあり、諸国これを畏憚すとあります。
なぜ、一大率はそれほど厳しく臨んだのか、勝者が敗者を監督していたからであろう。
女王国が勝って北九州諸国が敗れたとみるのが当然のところと考えますが。

240 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 00:59:15
>>236-238 改めドツボ

大口叩いて結局のところ根拠無し。
単なる思いこみイメージの世界w

で、馬鹿の一つ覚え 『漢委奴國王』 印wwww

そんな物出しても後漢の衰退滅亡と共に北部九州も衰退していったと言う流れに何の影響も無いw

卑弥呼を冊封したのは後漢か?って話ww

お前みたいなアホが繁栄の元として金印を出せば出すほど
衰退の構図に説得力が増すだけwww

郡使が常駐していたであろう北部九州周辺の地理情報が詳しく書かれているのは当たり前で
それをもって当時の日本の人口の分布状態を推し量るのは本末転倒。

検証されるべきは中国の史書が当時の日本を
どれだけの範囲でどれだけの正確さで書いているかであって

書に合わせて当時の日本の状態があるのではない。
アカシックレコードですか?デスノートですか?wwwwwwwwwwwwwwwww


241 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 01:10:06
結局 ドツボレベルの九州説はこの程度のもの・・・。

弥生時代九州は栄えた。
金印も出たじゃん!
魏志倭人伝も玄海灘周辺・北部九州の地理詳しく書いてあるし、
やっぱ邪馬台国も九州に違いない!

・・・と、まあ短絡的なイメージの世界。

今日九州説が畿内説に押されているのは
兎にも角にも弥生末期に九州が衰退していると言う認識があればこそ。

少しまともな九州説ならその事は是として理論を組み立てるだろう。
何も当時の倭国で最大勢力が魏に冊封された邪馬台国であったと言う保証は無いのだから・・・

まあドツボが 「 こーこがくのほん 」なんておよそ読んでいないのは丸分かりな訳だがwwwwwwwwwwww

242 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 01:23:34
おっとっと・・・忘れてたw

改めドツボ監視中・・・


243 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 08:29:13
>代々、王有り 皆女王国に属す  これ一発で貴方の論は崩れます。
どうして? どのように読んでいるのかな?


244 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 10:09:09
考古学ネタをだせば、こんな>>240-242
レスが返事が帰ってくる。

考古学=古墳ネタオンリーと勘違いしてる君には、
私のいってることなど一生分からないだろう。

わけのわからないDATAでも眺めて楽しんでろよ。
ちなみに唐松山さんが書く年代もDATAだよ。
DATAさえだせば信じるんだから唐松山さんにききなされ

245 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 10:12:47
監視

246 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 10:44:11
>>240-241
考古学〜まるっきり知らないと思われてるみたいなので言うが、
私たちがやってるのは一般的歴史学と言われてる文献史学。
わたしも〜みなさんと同様に一般的な歴史学専門ということ。
まあ、考古学専門でないので詳しく語れないのはあんたの言うとおりということ。
しかし、考古学の本も読んだことあるので少しは知ってるよと言いたいわけ。

古(いにしえ)を考えるという分野では、一般的歴史学(文献)、考古学、神社などからの
伝承学、古気候学、宇宙学、言語学などいろいろあるが、大体の人は一般的歴史学(文献)ということ。
この中で考古学というのは発掘された「物」によって考え学ぶという分野がそれだ。
まあ他の分野に比べて一番科学的なといえるが、人気はナイなw

247 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 10:53:29
監視中

248 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 11:00:45
>>243
>どうして? どのように読んでいるのかな?

丗有王 皆統屬女王國

代々、王有り 皆女王国に属す    としか読めないからだよ。

249 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 11:01:37
継続、監視中

250 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/05(土) 11:28:33
>>248

読めない。

もし君の主張が正しいのであれば、伊都と並列して記載されているその他の国には、女王國以外
代々と記述された期間は王が存在しない事になる。
それが、伊都国だけに記載された裏事情だ

もう一つ、代々王が有り、皆女王國に統属しているのなら、代々に対し「皆」とする複数形の二重使用はしない。
(代々王が有り、女王國に統属)
(王有り、皆女王國に統属)
で、事足りる。

251 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 11:29:26
又有州胡在馬韓之西海中大島上。
また、州胡有り。馬韓の西の海中の大島に在り。

文中の「海中」とは須弥山などの所在地とされる「世界海」の中の意では無いかと思う。
つまり、漢書の「楽浪海中有倭人」の「海中」と同じような使われ方。
漢人には、その詳しい位置が知られていない島なのだと読めます。

蛇足ですが、文末の「乘船往來、市買韓中」から、州胡自体は「韓」には含まれないことが窺われます。
州胡が「韓」に含まれる地域なのであれば、往来の先が同じ「韓」と言う表現ではおかしくなります。
韓に内包される地域「州胡」が往来する先も当然「馬韓」など韓に内包される地域名でなくてはなりません。

252 :251:2008/07/05(土) 11:30:36
誤爆です。
すんません。

253 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 11:32:39
代々、王有り 皆女王国に属す は日本人語になおしただけ。

だれも漢語なる訳し方をしてるとは言ってない。

貴方はいつもその辺を勘違いしてるのです。
何度言えばわかるんですか。

254 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 11:37:50
>>246

文献なら原書を読まないといけないでしょう。
貴方は、「専門」と言えるほど読みこなしてはいないでしょう。
古代史談義の好事家、と言う辺りを名乗った方が様になってるかと。

255 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 11:43:26
>>
>文献なら原書を読まないといけないでしょう。

どこにあるんだ〜その原書とはwバカww

>貴方は、「専門」と言えるほど読みこなしてはいないでしょう。
>古代史談義の好事家、と言う辺りを名乗った方が様になってるかと。

いちいち、そんな箇所ばかりアンカーつけてくるなよ。
多いんだよな〜あんたみたいなやつwww


256 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/05(土) 12:15:01
>>253

日本人語であろうと、漢人語であろうと、間違って読み下すくらいなら
書かない方がいい

そもそも
邪馬台国問題をここまで広げてきた最大原因が
「読み下し」

君はまだ気が付かないのか!

257 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 12:18:41
>>254みたいなタイプの人には私のレス>>255みたいにガツンと言ってやるべき!
ほらっ〜一発で大人しくなったでしょ?w所詮こんなもんよ。
コテハンさん〜こうゆう名無しには始めの一発目がかんじんです。

では、ちと名古屋へと出掛ける時間なので今日はおしまし。
次くるのは夜中だね。

258 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 12:21:37
>>256
日本語に読み下してみて、始めて気付かされることもアルかと思います。

では〜あとは河童さんに任せて出掛けてきます。 では・・・

259 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/05(土) 12:25:19
漢文で書かれた日本書紀なら、
和語→漢文
と言う流れがあるから、漢文を読み下しても
和語文に違和感の少ないものになるが

外国の漢文には
そもそも和語を考慮になど微塵もない。
だから本来の漢文の意味と、読み下された文にギャップが出て来る。

260 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 13:44:24
改めドツボ監視中


>>257
>ほらっ〜一発で大人しくなったでしょ?w所詮こんなもんよ。
>コテハンさん〜こうゆう名無しには始めの一発目がかんじんです。


ネット番長のテンション上昇中www



261 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 15:01:23
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

262 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 16:36:53
>>135
>仁徳とDNA(禰名)が一致しないでしょう。一致してなければ別人ですね。

太国さん、DNAって何ですか?
デオキシリボ核酸じゃないですよね?

263 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 16:39:49
>>180
どくだみさん、ありがとうございます。
「短里」という言葉を初めて使ったのは白鳥庫吉氏のようです。
私は、次の二つの可能性があると思います。
1.周・春秋・戦国時代の「短里」が、韓国で残っていた。
2.魏志韓伝の「方四千里」は「四方千里」、倭人伝の「到其北岸狗邪韓國七千餘里」は都(洛陽)からの里数が間違われた。
真番郡、治霅縣、去長安七千六百四十里、領十五縣(「茂陵書」)=後の狗邪韓國付近説あり。
これに合わせて倭の里数が測られた。


264 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/05(土) 17:24:53
>>262
古代史には一致の有無ということを重視せねば妄想に至りやすいと思う。
「禰」は読み方はディ、「名」の読み方はNAだから、一致の強調の為にDNA
の一致と兼ねて表現したわけ。

刑事犯の捜査でもDNAの一致が不動の証拠となって来る。武王と幼武では
完全一致とは言えないし、不一致を牽強付会したって、主張する当人はそうは
思わんだろうが〜、空論に終わるだけ。

傍半カメラに写ってなけれが半在者も日外者もそこに存在しないということ。

欠史八代は月上旬しか崩御の記載がないんだから、1ヶ月が10日しかなかっ
た時代だったということになる。だから改めが虚言で頑張って倍暦の否定をして
も、それは紀に逆らう暖簾に腕押しの徒労だと言うほかはない。w

八代間の日数表は全く数字が右半分は無い。これを重視してない紀年者は失敗
に至る。


265 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/05(土) 17:27:05
>>264 訂正
× 写ってなけれが    ○ 写ってなければ

266 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 17:28:00
>>199
サガミハラハラさん
百余国が朝貢していたわけではないですね?
舊百餘國、漢時有朝見者、今使譯所通三十國。(魏志)
凡百餘國、自武帝滅朝鮮、使驛通於漢者三十許國。(後漢書)
東征毛人五十五國、西服衆夷六十六國、渡平海北九十五國。(宋書)

これを見ると
1.邪馬臺國(邪馬壹國)は九州にあった。
2.武王の国は東西に長く、関東(毛野国?)から九州までを統一していた。
と見るのが自然ではないかと思います。

魏志の書き方からすると「舊百餘國」は「漢時」以前を指しているようです。
戦国・燕の時代か。

267 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/05(土) 17:29:44
あっ、D→「禰」って、上表文の「祖禰」のことだよ。
愛知県民さんは知ってるはずよ〜〜?w

268 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 17:47:40
>>267
はい、存じております。
しかし・・・「祖禰」が仁徳天皇一人を指すというのは、やはり無理なようです。
仁徳天皇が「東征毛人五十五國、西服衆夷六十六國、渡平海北九十五國」を一人でやった?
そのような伝承は全くないわけで。
祖先の数代をまとめて指すとするほうが合理的でしょう。

269 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/05(土) 17:56:48
愛知県民さんへ
私の編年は、古伝妄信に書き込んでいます。


270 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 20:22:02
>>269
タイトルは洒落ですよね?
うーむ、卑彌呼と掛け持ちはきついかも。
ざっと斜め見しましたが、「墓標」とか「金印側面文字」とかは
ちょっと怪しいのではないでしょうか。
記紀の闕史八代が実質的に「治天下」していたとは思えないのですが?
唐松山さんは卑彌呼=景行世説ですね?
壹與=五百野皇女説は前に聞きましたが。
それなら卑彌呼=倭姫命かと思うと違うんですか・・・
今後も見てみます。


271 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 20:45:39
改めさん
「大震国本紀」が載っている「桓檀古記」には、他にも面白い記事がありますね。
特に弁韓が「番韓」、辰韓が「真韓」とも呼ばれているのは興味深いです。
「史記」の「真番」、「真番郡」が狗邪韓國にあった可能性を示唆している?
もちろん、妄信(盲信)は禁物ですが。

272 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/05(土) 21:04:51
倭姫命は、日本武尊を見送る役目。
記事の読み替えは、しません。



273 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 21:28:00
>>272
廿年春二月辛巳朔甲申、遣五百野皇女、令祭天照大神。
五百野皇女は読み替えではないと・・・?


274 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/05(土) 22:01:38
ホ38300 フソサミヱ キサラギヨカに ヰオノヒメ クスコウチミコ イセノカミ まつるいわひは
ツクシむけ ヒメコトシソヨ ヤマトヒメ コトシモモヤツ よろこびて ヨハヒいたれば
ワレたりぬ…

五百野皇女が筑紫へ下向する時 倭姫が見送っています。
書記は言葉足らず。


275 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/05(土) 22:11:49
ホ38306 ワレたりぬ わがヤソモノべ ソフツカサ ヰオノにうつし つかえしむ クスコヲカミの
ミツエシロ タケノミヤヰに つゝしみて つかえはんべる ヤマトヒメ ウヂハタドノの
イソミヤに ひらきしづかに ヒノカミを まつればながく うまなくぞ フソヰホフミハ
タケウチに ホヅマしるべの ミコトのり

五百野皇女に80人の武士と20人の武将を付けて送り出す(まだ九州は、平定前)
そして武内を関東、東北の見聞に出す。
なぜ武内を出したか? 景行は、九州の状態を見て天皇家のシノギ種貸しの終末を悟り 屯倉にシノギを
シフトするため。



276 :どくだみ:2008/07/05(土) 22:26:17
>>263
愛知県民さん
情報ありがとう。白鳥庫吉ですか。
う〜ん。本人の論文を読まなければならないでしょうが、
白鳥庫吉の本を買おうという気まではおきませんね。

私の無責任な憶測を述べれば、
魏・呉・蜀で里の長さが違っていたとしてもおかしくないですね。
それで、それぞれの国で書かれた資料を陳寿が収集したあと、
魏の里の長さに換算せず、そのまま資料の通りの里数を書いてしまったのではないかな。
「四方○里」という言い方は、見たことないです。
絶対ないかは自信ないですが、「方○里」というのが普通だと思います。

277 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/05(土) 22:27:33
訂正
ソフツカサ=12人の武将
このダイナミックに変貌する景行時代を ただの熊曾狩りと捕らえると
大変な見誤り。



278 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/05(土) 22:46:48
天照の3女神
 瀛津嶋姫命(おきつしまひめのみこと) 亦名市杵嶋姫命(いつきしまひめのみこと) 湍津姫命(たぎつひめのみこと)田霧姫命(たぎりひめのみこと)
初め筑紫の宇佐で祀られたのは、
ホ06105ヒはタケコ ヲキツシマヒメ フはタキコ ヱツノシマヒメ
ミはタナコ イチキシマヒメ 
この3女神です、湍津姫=ヱツノシマヒメと見て 
田霧姫命とは誰か そして何時 3女神の一人となったのか?
場合によっては 田霧姫命=卑弥呼でもかまわない。

ホツマの3女神が祀られる神社は今年初めに書き込んだので省略。



279 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/05(土) 22:49:27
タギリヒメが卑弥呼〜?? 唐松山さん妄想の大渦がトグロを
巻いてるよ。

280 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 22:56:12
唐松山さん
景行紀もそうですが、仲哀・神功紀にも倭人伝の地名が集中して現れるのは確かですね。
ただ、壹與は「卑彌呼宗女」の筈ですが?
ヤマトから乗り込んだんですかね?

281 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/05(土) 23:14:20
>>276
白鳥庫吉の場合は、一里=140mと考えていたようです。
現在一般的な一里=75mから90mという短里説は古田武彦氏が大々的に唱えましたが、
倭人伝・韓伝だけでなく魏志の全てを短里としたのは誤りと見られます。

「四方千里」は日本語の発想? 根拠のない妄想です・・・(汗)
「周旋五千余里」も難しいですね。


282 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 23:23:18
「尾張氏系図」でも、「国宝海部氏勘注系図」でも、「竹内文書」でも、
「ほつまつたゑ」でも、「先代旧事本紀」でも、「古事記」でも、「日本書紀」でも
「魏志倭人伝」その他の史書でもドンと来い! とか言ってたら怒られるかな(笑)
一般的歴史学問といえばこれら文献!!

今、名古屋から帰ってきたが、レスけっこう進んでるね。

283 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 23:41:05
改めドツボ監視中・・・

ドツボにとって考古学は鬼門だなw

つうか考古学だろうと文献史学だろうと如何なる分野の学問にも
取り扱う範囲があり自ずと限界がある。

安易な文献と考古の安易な塀用を避け文献・漢籍一本に絞ると言うのなら
それはむしろ学問としては王道とも言えるかもしれないが

ドツボのアホのように文献から受けた単なる
”イメージ”で現実を組替えようなんざあ、およそ馬鹿丸出し。

こんな奴に文献史学の何たるかを語らしておいて良いのかYo!wwwwwwwww

284 :どくだみ:2008/07/05(土) 23:47:40
>>281
再度の情報ありがとうございます。

>「四方千里」は日本語の発想?

ドン来いの方で、瓢箪で鯰を捕まえるようなことをしていてくたびれまして、
調べていないので、あくまで感覚的なお答えです。
まあ、四方というと東西南北・周辺という感じで、
方○里という場合正方形の方かなと思います。
「周旋可五千餘里」は、たしかに絶対の自信をもって、こうだとは言えないです。

285 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/05(土) 23:51:24
>>280
>景行紀もそうですが、仲哀・神功紀にも倭人伝の地名が集中して現れるのは確かですね。

景行紀?ヒナモリのことですか?
「仲哀・神功紀にも倭人伝の地名」とはどこのことを言ってるのでしょうか?

>>263
>「短里」という言葉を初めて使ったのは白鳥庫吉氏のようです。

情報ありがとうです。白鳥庫吉氏だったとは....古田と思ってましたょ。

>>271
「桓檀古記」については、ソレを見つけてすぐにこの終止符スレへ落としたので
それからは余り詳しく読んでませんというか、
太国さんだったかな....批判されてそのままにしたというか・・・

286 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 23:57:35
>>248 >>250
>代々、王有り 皆女王国に属す、としか読めないからだよ
伊都国の歴史を記した記事と読んだわけね。間違いでしょう。伊都国の歴史など書くはずはてありません。
伊都国の王について書くならば、伊都国に関する記事の冒頭に書くはずなんですよ。王のことですからね。
官、副、戸数まで書いてから王のことを書くなどという順序逆転がありますか?
これは対馬国から伊都国までの王、全てについて書いているのです。
世有王→世々に王あり。4か国の王は皆世襲だということですよ。後漢書を見ましょう。范曄は正しく解釈しています。


287 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 00:09:04
>>286
ちゃんと辞書を開いてノーガキは垂れましょう!

以前、ここの部分を何度もやったのででいまさら説明するのはめんどくさい。
私がここへレスしていることはあまり簡単に考えて欲しくないですね。
では、もう一度調べなおしてからノーガキどうぞww

288 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 00:15:19
ホツマていまいち信用してない人が多い気がする・・・。

唐松山さん〜そう思いませんか?何故、信用されないんですかね?!
何処のどの部分が信用出来ないのか教えてくれないと説明しようがナイというか。

噂ばかりが先に走ってるかんじ。

289 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 00:20:29
>>285
>「仲哀・神功紀にも倭人伝の地名」とはどこのことを言ってるのでしょうか?

伊都県主の祖、五十迹手が白銅鏡、八尺瓊、十握剣を差し出して降伏。
儺県の橿日宮で天皇崩御。
松浦県の玉島里で皇后が食事をされた記事など。

290 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 00:20:33
改めドツボ徹底監視中 

291 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 00:29:52
>>289
>伊都県主の祖、五十迹手が白銅鏡、八尺瓊、十握剣を差し出して降伏。
>儺県の橿日宮で天皇崩御。
>松浦県の玉島里で皇后が食事をされた記事など。

伊都県主、松浦県。
最近の愛知県民さん〜素晴らしいですね!!いろいろ出てくる・・・。

河童さんは最近ここ終止符スレへ来なく、ドンと来い!ばかり行ってるようですが、
愛知県民さんにビビッてるのかもww 逃げても仕方ありません(笑)

ところでソレの情報源はどこでしょうか?日本書紀?

292 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 00:37:28
>>291
「神功紀」と書けば日本書紀、「神功記」と書けば古事記
という区別でいいんですよね?
あ、古事記は神功皇后の段は独立してなかったか・・・
ホツマだったら「神功アヤ」ですか?
ああ、ホツマはヤマトタケの死で終わってましたね。


293 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 00:39:53
>>287
ちゃんと辞書を開いてノーガキは垂れましょう!国は王が支配するところ。国には歴代王がいるに決まっているのだから、「代々、王有り」などと読んでいてはだめね。

294 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 00:43:22
古事記の仲哀天皇の段にも「筑紫国の伊斗村」「筑紫の末羅県の玉島里」が出てきます。

295 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 00:48:27
>>294
古事記は倭人伝を下敷きにして書いているんだ、という説がありましたね。だから、倭人伝の地名をわざと出しているんだと・・

296 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 00:48:50
>「神功紀」と書けば日本書紀、「神功記」と書けば古事記
>という区別でいいんですよね?

記紀といえば、太国さんかな? 太国さん〜答えてくれませんか。

>ホツマだったら「神功アヤ」ですか?

唐松山さん〜お願いします。

>ああ、ホツマはヤマトタケの死で終わってましたね。

わたしが持ってる本では、ヲシロワケ(景行)までです。
ヤマトタケに関することが書かれてるのも事実ですが。

297 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 00:54:53
>>283
>ドツボにとって考古学は鬼門だなw

まあ、語るだけの知識がないのは事実だな。
ここは学問板ということで、終止符で学んでいけばよいことだし。

>>293
だから、もう一度辞書で調べ直してから言って下さい。
ハイ、やり直し!!〜河童さんも>>256の河童さんも、そろそろ気付けょ!
貴方は辞書を一つしか持ってないのがいけない!〜ハイ、二人ともやり直し〜!


298 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 00:56:49
>>295
>古事記は倭人伝を下敷きにして書いているんだ、という説がありましたね。だから、倭人伝の地名をわざと出しているんだと・・

え、古事記が?
日本書紀は国際意識が強いし、倭人伝を引用もしていますが、古事記は内向きという印象があります。

299 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 01:04:09
>>294
>古事記の仲哀天皇の段にも「筑紫国の伊斗村」「筑紫の末羅県の玉島里」が出てきます。

漢字はそれで正しいのですか?
というのも〜一概に日本書紀いえども大まかに3パターンあって、
原文、書き下し文、全現代語訳 など〜!愛知県民さんが持ってるのって
この3パターンが本に記入されてるやつですか?
もしそうなら暇なときにでも原文、書き下し文書き込んで欲しいぐらいですね。

300 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 01:18:19
>>299
私が持ってるのは岩波文庫の古事記(倉野憲司校注)
漢字は「筑紫國之伊斗村」「筑紫末羅縣之玉嶋里」となっています。

301 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 01:26:47
そういえば、私も持ってたな(笑)

ちなみに古事記(上)(中)(下)、日本書紀(上)(下)
全て、講談社学術文庫。 ハイ〜全現代語訳です。

原文、書き下し文、全現代語訳、この3パターン記入されてるのが良いが値段が高い・・・。

302 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 01:33:02
今は魏志倭人伝でも文庫で影印まで載ってるし、便利になりましたね。

303 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 01:34:45
あ〜〜なるほど・・・ホツマに関してはヤマトタケの死ですね。

それと、河童さん〜こっち来ないの?
そっちで4レスして誰か踏むの待ってるんでしょうかね(笑)
それと〜日本書紀ではないですが、河童さんが持ってる古代史の本て
倭人伝の原文コピーと辞書一冊て噂なんですが(笑)
日本書紀とか持ってるのかな・・・。



304 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 01:36:06
>>297改め君

辞書揃えるのもいいが、早く嫁さん貰えよ。


わかったら大きな声で、ハイと返事。

305 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 01:44:00
>>303

記紀はネットで十分ですよ

306 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 01:48:14
>>303
河童さん、万葉集の一首目は読み終わりましたか?
ネットで記紀の原文が揃っているところって少ないようです。
ホツマの原文なんてあるのかな?

307 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 01:48:50
>>302
>今は魏志倭人伝でも文庫で影印まで載ってるし、便利になりましたね。

文庫本で「魏志倭人伝」とか見たことないですね。単庫本なら知ってますが。

>>304
嫁ね・・・。
若いときは遊んでたほうだが、最近は女っ気ないんでスわ(笑)

>>305
>記紀はネットで十分ですよ

やはり・・・(笑)

308 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 01:58:51
>>307
魏志倭人伝とかは、ネットでも原文が溢れてません?
短いし、人気もあるんでしょうね。

因みに、私も独身(笑)


309 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 02:01:29
>>298
古事記の神功皇后も卑弥呼という設定だという説ですね。
倭建命の別名倭男具那王は狗奴国の男王、倭建命は邪馬台国の王。
倭建命の物語は、大和朝廷が邪馬台国と狗奴国を滅ぼした物語だとか。

310 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 02:06:14
>>308
倭人伝に関しては、ネットで拾ってます。
しかし、手元に二十四史(中国史)の「原文」、「読み下ろし」が載っている
小さな文庫があればどんなに楽だろうと思います。どこかで出版してほしいぐらい。

「独身」でしたか。
この2ちゃんねる日本史版にハマってる時点でアウトw

311 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 02:12:56
そういえば...河童さんて古代史の本、何冊ぐらい持ってるんですか?

わたしは、後藤先生の「倭国歴訪」もカウントしていいのならば、
50はアルかナイか分からないが、40は確実にあるかと....。
まあ、最後まで読んでナイのも....。
今、気付かされたが結構あるほうかも...食べ物と趣味にはお金捨てるほうですから。

312 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 02:15:44
>>310
二十四史全部では、文庫数冊は無理でしょう(笑)
岩波文庫の倭人伝・日本伝シリーズで
魏志・後漢書・宋書・隋書で1冊
旧唐書・宋史・元史で1冊
あとは明とか清で2冊(これは持ってない)

>この2ちゃんねる日本史版にハマってる時点でアウトw

まあ、そうでしょうねw

313 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 02:22:51
岩波文庫の倭人伝・日本伝シリーズで
魏志・後漢書・宋書・隋書で1冊
旧唐書・宋史・元史で1冊

いいですね・・・今度、調べてみたいと思います。
それと〜愛知県民さんも同様に古代史系〜何冊ぐらいお持ちなんでしょう。

では、今日は遅いのでそろそろ失礼しますね。  zzz

314 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 03:02:33
>>293
>ちゃんと辞書を開いてノーガキは垂れましょう!
>国は王が支配するところ。国には歴代王がいるに決まっているのだから、「代々、王有り」などと読んでいてはだめね。

〜たくっ!君達は、明らかに勉強不足!!出直して来い!!
>>311を見ろよ。せめて私の半分の20冊ぐらい読んでから対等に質問してきましょうょ。
無視するつもりだっが、かわいそうなので特別に書き込んであげるよう。
ほらっほらっノートと鉛筆の用意!
一度しか言わないからノートにでもおれのレス全て書き込んでおけって。

<岩波書店 広辞苑 第六版>

「世」・・・読みは、セイ、セ、よ。
      意味は、ひとのよ、よのなか、時間、時代のひとくぎり、人の一生、
          人の一代、先祖から続いていること、代々。

※ちなみに、原文の「丗」は、広辞苑の「世」の旧字。 では、本当に寝ます。zzz

315 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 04:06:05
改めドツボ監視中・・・

正直ドツボが古代史に関する本を40冊前後読んでいるとは想像しがたいw

まあ「古代史」だから奈良時代辺りまでか?
精々岩波の「〜日本伝」と辞書ぐらいだと思っていたw

レスの内容にインテリジェンスの欠片も感じさせないのはある意味才能か?www





316 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 07:24:49
>>314
あきれたね。広辞苑で倭人伝を解釈するつもり?広辞苑は今の解釈、倭人伝は3世紀。
漢和中辞典(三省堂)には、「世」・・よよ。よよに〜する。代々。「世襲」「世有哲王」(詩経)
最後の例は「世々に哲王あり」と読むんだよ。だから、倭人伝は「世々に王有り」。
ちなみに「国」は「諸侯の領地」とある。中国からみれば倭の王は諸侯だね。

317 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 07:59:25
>>315
>インテリジェンスの欠片も感じさせない

そらぁ、あんたでしょ

>>316
>広辞苑は今の解釈、倭人伝は3世紀。

こいつもアホですわ 話にならん!

318 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 08:16:59
>>316にて自分で「代々」と言っておきながらそれを批判するか? ふつーよぉ
あんたっ河童さんみたいなやっちゃな〜

実は河童さんご本人じゃないの?

319 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 08:22:35
河童さんはあなたよりはまともじゃないかな。
言葉にはいろいろな意味があるのです。「代々」とあるからといって、常にその解釈でよいとは言えません。
まあ、本当のところは読みはどうでもよいのです。世襲だという意味をはずさなければね。

320 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 08:32:25
>>319
うんうん 河童さんはあんたよりましだわ

なんせ哲王だもんね(笑) どこにそんなこと書いてますか?
それと漢字には意味より字意が大切なのです。
その字意に対していろいろな解釈が出来るのです。

321 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 08:35:03
>>306県民さん

>河童さん、万葉集の一首目は読み終わりましたか?
ネットで記紀の原文が揃っているところって少ないようです。
ホツマの原文なんてあるのかな?

http://www013.upp.so-net.ne.jp/wata/rikkokusi/index.html(六国史)

これ、便利です。
必要なときにプリントアウトすればいいのですから


>万葉集一番

暗記するぐらい読んでますが、内容解析となるとトホホです。
私にはまだムリみたいです。




322 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 08:45:36
>>320
文章が読めない人は、困ったものですね。漢和中辞典に詩経が引用されているのです。
それと、意味も字意も同じ。初心者に分かりやすく書いただけのことです。

323 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 08:49:51
>>303

>それと〜日本書紀ではないですが、河童さんが持ってる古代史の本て
倭人伝の原文コピーと辞書一冊て噂なんですが(笑)
日本書紀とか持ってるのかな・・・。


古代史関係の本なんて、ほとんど所有していませんよ
漢籍はネットでほとんど確認できますし、必要なら図書館に行けばOK
部分的なら、国会図書館の蔵書をネット閲覧できますから

今時、蔵書の意味なんてあるんですか?
検索や貸し出し禁止なものだけ、必要に応じて購入すればいいのでは?
田舎の図書館ほど充実しているものはないですよ

324 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 08:58:44
>>322
>文章が読めない人は、困ったものですね。漢和中辞典に詩経が引用されているのです。

ノーガキはいいから倭人伝のどこに「哲王」などあるのですか?と質問してるんだよ。

>それと、意味も字意も同じ。初心者に分かりやすく書いただけのことです

意味は字意に対してあると何べんも言ってるだろ。初心者ておたくのこと?w

325 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 08:59:53
>>320

>それと漢字には意味より字意が大切なのです。

字意は、漢字そのものが持っている本質
意味は、その文字を文章に組みことによって初めて生じる義

字意は 一字一意だけれど、意味は文章の数だけ存在する。

326 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 09:07:10
>字意は、漢字そのものが持っている本質

その通りです

>意味は、その文字を文章に組みことによって初めて生じる義

意味は、字意に対しての「解釈」と説明したら駄目なんですかね?!

327 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 09:18:40
>>321
河童さん、ありがとうございます。
よく見つけましたね!
縦書きだし、本当に本を読んでるみたい(笑)
「六国史」の編纂って、後になるほど面倒になって「や〜めた」って感じですね(笑)
国史の編纂は明治時代に「大日本史料」やっと再開。
日本は王朝交替がないから、中国の正史とは全く違いますよね。

328 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 09:19:59
>>326

>意味は、字意に対しての「解釈」と説明したら駄目なんですかね?!

そのへんは相手次第ではないでしょうか?

329 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 09:23:39
>倭人伝のどこに「哲王」などあるのですか?と質問してるんだよ。
誰も倭人伝に「哲王」とあるとは言ってませんよ。勝手につくらないこと。
>>325 それは漢字の意味と文章の意味のちがい。




330 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 09:24:15
>>327県民さん

私も以前、紹介してもらったものです。(それまでは本を図書館で借りていました)
これなら本では面倒な、文字検索も出来ますし

結構便利ですよ

331 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 09:29:58
>>329
>誰も倭人伝に「哲王」とあるとは言ってませんよ。勝手につくらないこと。

丗有王皆統屬女王國  に対して、

>>316でおたくが「世々に哲王あり」といいだしたんでしょ。
だからどこに「哲王あり」と聞いてるんだよ。

332 :改め対策班:2008/07/06(日) 09:31:21
監視中!

333 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 09:35:48
>>313
数は似たようなものかと。
河童さんが言うように、いまどき蔵書の意味はあまり無いでしょうね。
古代史本と言っても基本的な「史料」と、研究者の解釈的なものは分ける必要がありますね。
あとは小説とか、漫画とか(笑)
手塚治虫の「火の鳥」とかもカウントしていいの? 黎明編は、けっこう名作。
男弟が「スサノオ」だから、卑彌呼=天照大神説らしい。

334 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 09:37:28
だから、それは詩経にあると言ってるでしょうが! 分からない人ですね。

335 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 09:39:39
詩経の意味が分からないの? 中国最古の詩篇ですよ。

336 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 09:47:10
変わったところで、扶桑社の「新しい歴史教科書」とか。
子供はいないので、もちろん市販本です。
古代史はそんなに右寄りでもないかな。日本神話の内容紹介とかは異色ですが。
最近新聞で読みましたが、卑彌呼は小学生の99%が知っているようですね。
小学生に大人気か!


337 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 09:49:22
>>334
>だから、それは詩経にあると言ってるでしょうが! 分からない人ですね。

で、その詩経にあって倭人伝にナイのに何故ここの終止符スレでソレを
用い、ここで提示したんでしょうか?
怒ってないで「倭人伝には書いてなくまったく関係ないことでした」だろ?

>>333
>数は似たようなものかと。

やっぱり〜皆それくらいは持ってますよね。
じゃないとここに来る人みんな詳しいことだし話についていけなくなる。
ちなみにみのもんたくんは2冊とか言ってましたね。マンガとなんだっけ(笑)
『手塚治虫の「火の鳥」』
それが古代史研究の為に購入したのならカウントしていいのでは?

338 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 09:50:39
アラタメ監視

339 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 09:59:08
>>337

>やっぱり〜皆それくらいは持ってますよね。
じゃないとここに来る人みんな詳しいことだし話についていけなくなる。


言ってる事なんて、必ずどこかで検索できる
代弁合戦だし、話についていけなくてもぜんぜんいいんじゃないの?
誰がどれだけ知っているかの背比べだから・・・本来意味なし


340 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 10:00:11
全然関係ないので、外します(笑)
ただ、一般的なイメージとして「卑彌呼=天照大神説」は受け入れられ易いのかな?とは思いました。
騎馬民族征服説を取り入れているのは、時代的な影響でしょうね。
日食の描写もありましたが、卑彌呼の死とは全く関係なし。
イヨタンが出てない(笑)


341 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 10:07:07
>何故ここの終止符スレでソレを用い、ここで提示したんでしょうか?
辞典は、世襲の意味を呈示したところで、例文として「世有哲王」を引いています。
「世有王」も王と哲王のちがいだけで、まったく同じ構文です。同じように世襲と解釈する参考になると思いますが。

342 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/06(日) 12:15:27
皆さんが ホツマを 信用しない理由
別に信用していないのは 「ホツマ」だけじゃ無いでしょ。
例えば 太国氏 彼は自分の編年を正しいとする為 幾つか有る日本書紀の内、自分の説に
都合の良い系統のみを”真”とし他は、偽とする。
大先生方も 同類。
私?
私は、古文献全てを”真”としていますから、全ての文献が合致する編年を提唱中。

自分流の編年が本物で無い場合、自分の編年に合致しない文献は、全て”偽”
そして 書記の長さが正常でないことをタテに好き勝手に読み替える。
これが現在の 史学です。


343 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 12:32:28
>>9
>ちょっと尋ねるがどうして同じタイトルのスレッドが上位に3つも立っているんだ?

全ての元凶は

 神奈川県民=三重県民=改めドツボ

こいつがいる限り、或いは根本的に態度を改めない限り事態は改善されない。


それともこの板のローカル・ルールに

 「 神奈川県民=三重県民=改めドツボ にかぎってスレの私物化を認める 」

とでも書くかww



344 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/06(日) 12:45:52
「卑彌呼=天照大神説」
此方を唱える方にとってホツマは偽です。
天照大神の誕生は、ホツマでは神武 を辿ること約600年前の生まれですから
書記をいくら読んでも卑彌呼=天照大神はあり得ない。
書記等を勝手に改ざんしている例です。


345 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 12:48:54
ホツマ伝って明治なのか昭和なのか、その辺からすでに解らないな

346 :神奈川県民改めドツボ:2008/07/06(日) 12:50:58

        /::::)(:::)(:::::::::::)(::::::^::::::::::\
       (::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ::::::::::\
     /::::::::::/ノ::::::::ノ::::::::ヽ:人::::::::::ヽ:::::::::::::::)
     (::::::::::/  ):::ノ::::ノ ) ソ ヾ::::::::::::丶::::ヽ
    (:::::::::/ 彡  ノ   ノ  :: 彡:/)) ::::::::::)
   (::::::::::/彡彡彡彡彡   ミミミミミミミ :::::::::::)
   ( :::::::// ̄ ̄ ̄ ̄ヽ===/ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ |:::::::::)
    | =ロ   -=・=-  ‖ ‖ -=・=-   ロ===
    |:/ ‖    / /ノ  ヽ \     ‖ ヽ|ヽ        _________
     |/  ヽ`======/ .⌒ ` ========ノ.   ..| |     /
   .(         .(●  ●)         )ノ   /
   (   ・     / :::::l l::: ::: \         .)  < 俺がスレ主だ
   (       // ̄ ̄ ̄ ̄\:\.       .)   \
   .\     : )::::|.  ̄ ̄ ̄ ̄ |::: ::::(:     /..    \_________
    \ :::   :::::::::\____/  ::::::::::   /
      ヽ  ヽ:::: _- ::::: ⌒:: :::::::: -_     ノ
       \丶\_::_:::::_:::: :::::_/::::  /
        | \ \ ::::::::::: :::::::::: ::: :: __/ |
    ̄ ̄\ 丶  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    / ̄ ̄


347 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 13:09:29
このスレを荒らしているのは
神奈川県民(トリップ無)=三重県民=改め=ドツボ。
意図せず結果的に荒れたという体をとっているが、悪意を持って荒らしているのは明白。
その手口はいくつかあるが、
1 他説に対する罵倒、人格の攻撃。
2 スレを私物化
の二種類に大別される。

特に後者は悪質で、2ちゃんのルールを大きく逸脱した俺様ルールを強要するのが特徴。
少し2ちゃんに慣れた人間には、反論が容易であり簡単に論破できる。
だがこれこそが罠なのであって、それが証拠にドツボはいくら言っても分からない(フリをする)
人間の性質として、明らかな正論が受け入れられないことは大きなストレスだ。
説明しても説明しても、論破されても論破されても、理解しようとしない(フリをする)ドツボは人格を攻撃されることになる。
そして荒れるのだ。
考えてみればすぐ分かるが、ここまで理解力がない人間はそういない。
つまり演技と断定してよい。

なぜ故意に荒らすのか理解に苦しむ向きもあろう。
私にも真実は分からない。荒れた結果、レスが進むことを喜んでいるのかもしれないし、そもそもバトルという行為に魅力を感じているのかもしれぬ。
しかし、そんなことは理解する必要はない。
ドツボが故意にスレ荒らしを呼び込んでいる事実、この一点に注目すればよい。

監視は有効だ。上記をふまえてドツボを監視しているという意志を示すことが重要だ。
我々はドツボが故意の荒らしをやめるまで、永遠に監視する。
賛同する人は、ただ監視中と書込んでくれればい。
それが悪質な荒らしへの対処法になり得ると確信している。


348 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/06(日) 13:14:12
ホ38222 カミまつリ ミヤコのソラを ながむミウタに
 はしきよし ワキべのカタゆ クモいたち クモはヤマトの クニのマホ またたなびくは
アヲカキの ヤマもこもれる ヤマシロは イノチのまそよ けむひせば タタミコヲモエ
クノヤマの シラカシがヱを ウスにさせこのコ

景行、九州遠征中に読んだ歌です 解説はローガンさんにお願いしているが、最後の1行
”うず”は草木の枝葉や花を髪や冠にさすこと、植物の生命力を身につけて長寿を願う呪術(旺文社古語辞典)
景行は誰の長寿を願って読んだ歌でしょうか?
その直後に
ホ38273 アフミヨカ ツクシチのチの タカタミヤ ヲホミケたをれ
男王が死亡? そして 五百野姫へと続きます。
私の意思は含まれていません。(読み替え無し。)


349 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 13:19:43












350 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 13:37:30
>>342
唐松山さん
Wikipediaで調べてみたのですが・・・
日本書紀にしても、現在残っている最古の写本は平安初期の「田中本」ですね?
人代巻28巻を完備したものとしては最古の「卜部兼右本」(1540年)とか、多くの写本があります。
ホツマについては、現在残っている最古の写本は1775年の「和仁估安聡本」ということですね。
この時代の遅さが、ひとつ気になります。
明治時代に写された「内閣文庫所蔵本」は国立公文書館で閲覧できるとありますね。
「文献全体の包括的な史料批判はまだ行われていない」とあるから、真偽は不明というべきでしょう。



351 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 13:49:47
>>348
>ホ38273 アフミヨカ ツクシチのチの タカタミヤ ヲホミケたをれ
>男王が死亡? そして 五百野姫へと続きます。
>私の意思は含まれていません。(読み替え無し。)

読み替えでしょう? 「大木が倒れた」というのに、なぜ「男王死亡」です?
天の岩戸神話が卑彌呼死後の乱というのと同様ではないですか?

352 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/06(日) 14:14:11
文献の真偽を論ずるのは、
我々が、”真”と呼べる編年で”真”と呼べる「歴史」を解き明かした後。
その前に我々が「真偽の篩い」に掛けてしまうことは、我々の思考が歪曲偏狭な物に成る。

私が卑弥呼を論ずる時は、古本屋で安い(古い)本を買ってきて、その論を張る 十分新しく
聞こえ且つ誰も否定出来ない。=誰も設定変更が出来ない。=全員腹いっぱいに成っても食後の
充足感が得られない説。

愛知県民さんは、どんな説なら充足感が得られますか?


353 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/06(日) 14:30:19
>>342
あの? 孝安即位の1/27を1/7と拙者が恣意的に採用しているとの
言い分ですか?去年の初め、コテハンの征東大将軍氏が、紀の孝安
即位の調べを行い、それによると紀の

@ 国史大系(底本 寛文九年刊本)

A 古典文学体系(底本 卜部兼方筆本神代紀二巻
                  卜部兼右筆神代紀二十八巻)

B 新編古典文学全集(底本 寛文九年刊本)

を見ると。@は辛卯の1/7 ABは辛亥の1/27であるが、ABの校訂
に際して北野本を使ったということが分かり、ABの校訂前の底本は
卯のほうだったということがそれらに書かれている。

それら編者連中は底本と異なると北野本を採用したようで、その
ときのご都合でこの本を採ったもののようだ。征東大将軍氏もこの
ことから1/7を支持し、1/27は留保すべきだと告げてくれてる。
だから恣意的ではない。このため紀の欠史八代間はその全てが1日〜
14日までの2週間しかなく、改めが紀に逆らったって当時倍暦を使用
していた可能性が極めて大である。改めは1年が当時も365日だったと
紀に違えて主張するならその月後半はどこへ消えたのか〜? 奴は
全く説明していないほどいい加減である。八代間は月前半しか記述
がないんだから

 365日−14日×12=197日

の、この197日はいったいどこへ行ったのか? 改めは回答が
出来ないんだよ。www
唐松山さん、増しをやるならどんな編年も自由自在に合うわけで、
それこそ〜恣意的ですよ。w

354 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 14:43:05
>>352
誰も否定できないだけでは「真」とはいえません。
数学でもある定理が真か偽か、反例を一つ挙げれば「偽」と確定します。
しかし、反例が見つからないから「真」とは呼べません。
証明が必要なのです。
まあ、私ごときに出来るとは思いませんし、充足は無いでしょうけどね。


355 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/06(日) 14:43:30
文献の真偽を論ずるのではなく、正誤を論ずるなら議論の余地は拡がる。

とりあえず編年から始めなくては成らないが、スレ違いなので置いといて、
景行=卑弥呼なら 卑弥呼をさがす事は出来る。その時論ずるのが、正誤で有って真偽
では無い。


356 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/06(日) 15:06:58
>>355
>文献の真偽を論ずるのではなく、正誤を論ずるなら議論の余地は拡がる。

文献の真偽は、狭義ではその文献の成立について言われますね。
広義では、その文献の内容の真偽(唐松山さんの言う「正誤」)も含みます。
私は後者の意味で言っています。
文献の成立については、内容ほど重要ではありません。
誰かが言っていたが、
「古事記は、序文があるから「偽書説」になる。
 万葉集は、序文がないから「偽書説」はない。「成立論」になる」

唐松山さん、>>351 はスルー?

ではまた。ZZZ・・・・

357 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 15:19:39

 め
  ド
   ツ
    ボ
     監
      視
       中
         ・
          ・
           ・


358 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 15:38:34

ドツボ徹底監視中

359 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 15:51:19
        /::::)(:::)(:::::::::::)(::::::^::::::::::\
       (::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ::::::::::\
     /::::::::::/ノ::::::::ノ::::::::ヽ:人::::::::::ヽ:::::::::::::::)
     (::::::::::/  ):::ノ::::ノ ) ソ ヾ::::::::::::丶::::ヽ
    (:::::::::/ 彡  ノ   ノ  :: 彡:/)) ::::::::::)
   (::::::::::/彡彡彡彡彡   ミミミミミミミ :::::::::::)
   ( :::::::// ̄ ̄ ̄ ̄ヽ===/ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ |:::::::::)
    | =ロ   -=・=-  ‖ ‖ -=・=-   ロ===
    |:/ ‖    / /ノ  ヽ \     ‖ ヽ|ヽ        _________
     |/  ヽ`======/ .⌒ ` ========ノ.   ..| |     /
   .(         .(●  ●)         )ノ   /
   (   ・     / :::::l l::: ::: \         .)  < 俺がスレ主だ
   (       // ̄ ̄ ̄ ̄\:\.       .)   \
   .\     : )::::|.  ̄ ̄ ̄ ̄ |::: ::::(:     /..    \_________
    \ :::   :::::::::\____/  ::::::::::   /
      ヽ  ヽ:::: _- ::::: ⌒:: :::::::: -_     ノ
       \丶\_::_:::::_:::: :::::_/::::  /
        | \ \ ::::::::::: :::::::::: ::: :: __/ |
    ̄ ̄\ 丶  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    / ̄ ̄



360 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/06(日) 16:23:29
 ヲホミケたをれ =大木が倒れた と読むんですか。
大宮家とか王宮家と訳せば 歴史書に載せる。
大木が倒れたと訳すと 歴史にどんな影響?
後がない文章ですので、出来れば是だけで完結させたい。
木=ミケ(幹)木はキかコまで。
なんか 漢字に訳されたホツマ読んでません?漢字に訳した時点から誤りは、始まります。
書記にも同じ事がいえる。
書記の「幅3尺厚さ1尺5寸」など誤訳を正当化するために言訳も載せている。
「大木が倒れた」にも言訳が必要。


361 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/06(日) 17:04:13
>>357-359

荒らしくん、しつこいよ。

荒らすのは辞めてくれる〜?

362 :改め研究家:2008/07/06(日) 17:06:20
改め監視

363 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 18:30:27
このスレを荒らしているのは
神奈川県民(トリップ無)=三重県民=改め=ドツボ。
意図せず結果的に荒れたという体をとっているが、悪意を持って荒らしているのは明白。
その手口はいくつかあるが、
1 他説に対する罵倒、人格の攻撃。
2 スレを私物化
の二種類に大別される。

特に後者は悪質で、2ちゃんのルールを大きく逸脱した俺様ルールを強要するのが特徴。
少し2ちゃんに慣れた人間には、反論が容易であり簡単に論破できる。
だがこれこそが罠なのであって、それが証拠にドツボはいくら言っても分からない(フリをする)
人間の性質として、明らかな正論が受け入れられないことは大きなストレスだ。
説明しても説明しても、論破されても論破されても、理解しようとしない(フリをする)ドツボは人格を攻撃されることになる。
そして荒れるのだ。
考えてみればすぐ分かるが、ここまで理解力がない人間はそういない。
つまり演技と断定してよい。

なぜ故意に荒らすのか理解に苦しむ向きもあろう。
私にも真実は分からない。荒れた結果、レスが進むことを喜んでいるのかもしれないし、そもそもバトルという行為に魅力を感じているのかもしれぬ。
しかし、そんなことは理解する必要はない。
ドツボが故意にスレ荒らしを呼び込んでいる事実、この一点に注目すればよい。

監視は有効だ。上記をふまえてドツボを監視しているという意志を示すことが重要だ。
我々はドツボが故意の荒らしをやめるまで、永遠に監視する。
賛同する人は、ただ監視中と書込んでくれればい。
それが悪質な荒らしへの対処法になり得ると確信している。


364 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 22:00:51
    ハ_ハ ゜゚・*:.。..。.キタワァ*:.。..。..:*・゜ハ_ハ
  ('(゚∀゚∩∧,,∧ ∧..∧ ∧..∧∩゚∀゚)')
  O,_  〈(´∀`)(´∀`)(´∀`) 〉  ,_O
    `ヽ_)゚○-J゚ ゚○-J゚ ゚○-J゚ (_/´

365 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/06(日) 23:22:23
改め君 覗いているかい?

以前少しだけ触れたと思う 紹興本の「女三國」と「女王國」
これは前にも話したように、誤写でも誤刻でも版の消耗やミスではない
「自女三國以北」も「自女王國以北」も、意味は一緒
ただ、紹興本担当者がより簡単に表現したにすぎないんだ

それを解決するのが「以北」の文字、これを解決できれば、君にも理解できるよ

自女王國以北ときさいすることにより、
奴国(博多)、不彌国(宇美?)、女王の都が、東西にほぼ一直線に並ぶという仕掛け
とまり
この三国によって、北側と南側を区分し、眺めることが可能になるんだ
これが、陳寿が技を屈指した文章地図のほんの一部。
この奴国、不彌国、女王國が女三国


これ以上は書かないから、後は興味があれば自分で考えてくれ

だから、自女王國以北とする対象地は(斯馬国〜烏奴国)までの諸国二十国で(現在の 周防灘〜響灘沿岸地帯)
と、主張している理由


366 :ローガン:2008/07/06(日) 23:26:36
>>348
> ホ38222 カミまつリ ミヤコのソラを ながむミウタに
>  はしきよし ワキべのカタゆ クモいたち クモはヤマトの クニのマホ またたなびくは
> アヲカキの ヤマもこもれる ヤマシロは イノチのまそよ けむひせば タタミコヲモエ
> クノヤマの シラカシがヱを ウスにさせこのコ

> 景行、九州遠征中に読んだ歌です 解説はローガンさんにお願いしているが、

お願いされましっけ?
↑は景行紀十七年の思邦歌の剽窃でしょう。(読み下しで)書いておきます。
愛しよし我家の方ゆ雲居立ち来も
倭は國のまほらま畳づく青垣山籠れる倭し麗し
命の全けむ人は畳薦平群の山の白橿が枝をうずに挿せこのこ

THE掲示板でもかきましたが、秀真伝…
「ゆげのそしもり、つるめそが」
つるめそは、弦召せ(つるめせ)という意味で中世、弓の弦の行商人が使った掛け声です。
又「父喜びて羽二重を三丈の帯となしたまう」腹帯ですね?
「さつき腹帯岩田なす」
岩田帯という腹帯、しかも羽二重のものが古代からあったとは思えませんね。

又、秀真伝では米はゾロなんでしょう?
ゾロが米の意味の文献ってありましたっけ?
室町以降、家々を回り米等を貰う門付のお題目「節季候候」(せきゾロそうろう)が起源なのかも知れません。
他にも中世以降成立の要素はありそうです。
真書、偽書でくくろうとは思えませんが、中世以降の史料であると考えます。




367 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 00:02:48
>>365
>ただ、紹興本担当者がより簡単に表現したにすぎないんだ

正史の文字を担当者が勝手に変えていいんかい。

368 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 00:56:35
>>365 河童くん

意味わかんないよ!
紹興本の「女三國」は「女王國」 と同じはいいとして。
この「三」には意味は無いのかもしれない。
実際に、倭人伝以外でも何でもかんでも「三」に変えて書きあらわしてるんじゃなかったかな。
それを示す証明みたいなものは出せませんけど。

「以北」について
どこに奴国、不彌国、女王國の以北など書かれてるのでしょうか?

本文には、自女王國以北 の女王國のみのはず

369 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 00:58:56
自称スレ主 ドツボ



キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!




370 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 01:00:14
>>365
>ただ、紹興本担当者がより簡単に表現したにすぎないんだ

得意の妄想ですか?

陳壽の原文があってソレと比べてその言葉をいいましょうよ!

>奴国(博多)、不彌国(宇美?)、女王の都が、東西にほぼ一直線に並ぶという仕掛け
>とまり
>この三国によって、北側と南側を区分し、眺めることが可能になるんだ
>これが、陳寿が技を屈指した文章地図のほんの一部。

それは貴方の都合の良い解釈でしょ?

371 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 01:01:50
>>369

このレス>>357-359 >>363はお前さんかい???????




372 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 01:04:31
ドツボ監視中

373 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 01:41:07
>>341
>辞典は、世襲の意味を呈示したところで、例文として「世有哲王」を引いています。
>「世有王」も王と哲王のちがいだけで、まったく同じ構文です。同じように世襲と解釈する参考になると思いますが。

ちなみに倭人伝のどこにも「世有王」何て書いてませんけどね。
「世有哲王」とは書いてナイったが「すみません 書いて無かったです」だろーが!
勉強して出直してきなさい!!

374 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 04:01:47
ドツボ、タマには自重しろ。

375 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 04:36:12
多分、考古学の分野でデタラメ言って恥かいたんで
その分テンションが上がってるんだろ(笑

376 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 07:31:22
いっそのことドン来いでの河童虫みたいに
カミングアウトしちまえば楽になるのw

377 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/07(月) 07:50:03
この女王國と女三國は
誤写、誤刻、版ミスなどには取り上げられてはいるが、ここにメスを入れた人は誰もいないと記憶する。
取り敢えず
ネタだけは投下したから、後はご自由に料理してみてくれ

反射的に拒絶するのはいいが、その拒絶の元となる、自分の足元を眺めてくれ
拒絶つ反論する
ネタすらなく、闇雲に反論する自分がいることに気付くだろう。

378 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 11:34:15
>>373
>ちなみに倭人伝のどこにも「世有王」何て書いてませんけどね。
倭人伝を丁寧に読み直してみましょう。文字についての常識も忘れずに。
>「世有哲王」とは書いてナイったが
意味不明。日本語の常識も忘れずに。



379 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 13:46:32
日本や中国で栽培されるイネ「ジャポニカ」の起源が、インドネシアやフィリピンまでたどれることがわかった。
農業生物資源研究所(茨城県つくば市)の井澤毅・主任研究員らが、もみの大きさを決める遺伝子の変異を
手がかりに突き止め、6日付の米科学誌ネイチャー・ジェネティクス(電子版)に発表する。

もみの幅が広くて米粒が大きいジャポニカは、これまでの考古学的な調査によると、約1万年前の長江中・
下流域が起源との説が有力だ。

研究チームは今回、ジャポニカの「日本晴」とインディカの「カサラス」の2品種を比べ、米粒の大きさの変化
にかかわる遺伝子(qSW5)を発見。この遺伝子が変異してジャポニカのもみが大きくなったことを確かめた。

この変異と、もみを穂から落ちなくする遺伝子変異、もちもちした食感にする遺伝子変異の計3種類について、
アジア各地の古い栽培品種142系統を調べた。

その結果、フィリピンやインドネシアの品種で、三つの遺伝子に変異のないものと、もみを大きくする変異のみ
をもつものが見つかった。このため、この地域でイネの遺伝子が変異してもみが大きくなり、その後、インドシナ
半島や中国大陸で他の二つの変異が組み合わさって現在のジャポニカができたという。

総合地球環境学研究所の佐藤洋一郎教授(植物遺伝学)の話 もみの幅を広げる遺伝子の変化をとらえた
ことは大きな発見で高く評価できる。ただ、遺伝子の変化を、直接イネの栽培化と結びつけるのは難しい。
考古学資料とのすり合わせが必要だろう。

http://www.asahi.com/science/update/0706/TKY200807060196.html

http://www2.asahi.com/science/update/0706/images/TKY200807060204.jpg

380 :サンデーサイレンス:2008/07/07(月) 13:58:00
古代史の専門家って、競馬の予想屋や評論家と同じだろう?
その手合いに粘着されてる河童さんって、異色の高本公夫や片岡勁太みたいだなww

381 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/07(月) 14:36:41
>>373
ちなみに紀の欠史八代の条のどこにも月の「後有半」何て書いませんけどね。

382 :神子・コンドリア:2008/07/07(月) 15:55:46
現在、邪馬壹國の諸説には、色々と議論されていますが、
私は、「上野原遺跡…http://www.jomon-no-mori.jp/uenointr.htm」 がある
九州南部地方を考えます。

その理由は、「中国語の語意」から想像しての事です。

先ず、その@
上野原遺跡にも有るように縄文文化の時代から祭事場所が存在していた事や、
弥生時代にも祭事場所が存在していました。
そして、常に自然環境との戦いの中に宗教的行事が発展して行ったと、考えられるからです。

これらの時代は、氷河期から温暖期へと環境改善がされたのは自然の摂理と考えていた時代ではなく、
目に見えない神を崇める宗教に救いを求めたていた時代だと思うからです。

では何故、「中国語の語意」から想像するのか。
そのA
邪馬壹國の「邪」が中国では、宗教的用語に多く使われるからです。
例:邪教や「邪」を中国・同意語の「耶」とするなら、
耶蘇=イエスや耶蘇教=キリスト教プロテスタント、耶和華=エホバ、など使われます。

つまり、邪馬壹國は、邪教の大きい(中国語意:馬=大きい)大地と、読めます。
更に、女王卑弥呼とは、「卑弥呼」の〈書〉語意を「身分の低い者が遜って呼ぶ」女王になり、
明らかに女王とは、宗教上の高僧的巫女のような人だったと考えられます。

時代の流れからすれば、いち早く温暖地方に成った、
弥生時代の「上野原遺跡」周辺と言うのが…私の持論です。

383 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 19:59:48
本日は7月7日 
七夕の起源は「ねぶた祭り」だって本当?
>古い時代の七夕は、祖先の霊を祀る 盆に先立つ物忌みのための禊の行事であったようです。
>それは水辺の機屋に神の嫁となる処女が神を祭って一夜を過ごして、
>翌日七夕送りをして穢れを神に託して持ちさってもらう祓えの行事であったといいます。
>古事記によりますと、天孫ニニギノミコトが笠沙の浜を歩いていたとき、
>海辺に八尋殿を建てて中で機を織る美しい機織女を見つけました。
>衣は魂を包むものとして神聖なもので、霊魂のシンボルとされていました。
>また、畑作の収穫祭としてとして七夕を迎えること古来の信仰でもありました。
>それは麦を中心として粟・稗・芋・豆を主食としていた時代で、米中心の稲作より古く、
>日本固有の信仰として存在していました。
>麦の実りを祝い、キュウリやナスなどの成熟を神に感謝したのです。
>この祭りのとき、人々は神野乗り物としてキュウリの馬、ナスの牛を七夕に供えました。
>それがまた盆行事として習合して盆飾りとなり、祖先の乗るキュウリの馬とナスの牛に引き継がれてる。
>日本固有の畑作の収穫祭と盆迎えの祓えの信仰が中国の星の伝説や乞巧奠の風俗とまじり合って、
>現在のような七夕が成立したものと考えられております
>「ねぶた祭り」も七夕の変形であると云われているようです。
http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/tn00j2.htm



384 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 20:08:12
>>382
長文なのに
上野原とする理由が皆目分かりませんが。
宗教的な物や遺跡なら各地にありますしね。

385 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 20:13:19
日本国内最古最大級の定住集落跡だそうですよ

縄文遺跡ですか・・・ひみこは何処に?!

386 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 20:35:22
>>377
>この女王國と女三國は誤写、誤刻、版ミスなどには取り上げられてはいるが、
>ここにメスを入れた人は誰もいないと記憶する。

上のレスでも言ったが、あそこの国はなんでもかんでも「三」の字を入れたがる。
倭人伝以外でも探してみたらどうですか?
そして、それらの「三」に意味なんてあるのだろうか・・・?

ん〜わかりづらいかな。
いろんな史書を調べたらどうですか?ということ。
確か、私の記憶でいうと、やたら「三」の字に変えて記すことが多いかも。
それらに意味があるのかどうかは不明。


387 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 20:39:38
三の付く数字の国だけアフォになります

388 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 20:41:45
河童さん〜他の史書を調べろおおおおおおおおおおお

つーことよ!
女王國と女三國みたいな勝手に字を変えてる例なんて腐るほど見つかるかもしれない。
やたらと「三」に変えたがる中国でわたしはその意味までは知らない。

389 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/07(月) 22:05:23
>>388

君に知らせた俺が馬鹿だった。

390 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 22:06:32
「調べろお」とかいったら河童さん〜気分壊すよな....。

気にしないでね。私の言ってる事を伝える為、分かりやすく言ったまで。
倭人伝以外にも字が「三」に変わってるのどこかで見た記憶があるから述べたというか。


391 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 22:19:13
>>389
いやいや わたしと河童さんが考えてるのとは次元が違うなにかかもよ?

「魏志倭人伝より」
自女王國以北

自女三國以北  の違いは何か?

「女三國←→女王國」、「對馬」−「對海」、「重者滅其門戸←→重者没其門戸」、
「諸國諸國←→諸國」、「黄幢←→黄憧」という違いがあるらしい。

392 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/07(月) 22:48:08
>>391

>「女三國←→女王國」、「對馬」−「對海」、「重者滅其門戸←→重者没其門戸」、
「諸國諸國←→諸國」、「黄幢←→黄憧」という違いがあるらしい。

一番易しいトコに触れたんだけど

>倭人伝以外にも字が「三」に変わってるのどこかで見た記憶があるから述べたというか。

見た目だけだろう?
中身まで調べて、その違いを考えたのかい?
だいいち、こうして具体的に「女王國」と「女三國」の中身に触れたのは
私だけだと思うよ。 誤字脱字誤刻版ミスと、見た目の違いに触れた人は数多存在するけど

393 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 23:24:43
たく〜しょーがナイな........行くよ〜!

<旺文社漢字典>

『三』
読み・・・サン、み、みつ、みっつ
解字・・・指事。三本の横線で、数の「みっつ」の意。
     転じて、数が多い、たびたびの意を用いる。参と通用する。
意味・・・みつ、みっつ、み、みたび(三度)、みっつにする。
三国(國)・・・三つの国。三世紀のころ天下を三部した黄河流域の
        魏、長江下流の呉、長江上流の蜀の三つの国。
        またこれらが天下を三部して争った時代をいう。
        日本・中国・インド。または世界。

『王』
読みは・・・オウ。
解字は・・・像形。大きなおのの形にかたどり、威力を象微として、首長、「きみ」の意を表す。
意味は・・・かしら(首領)、きみ(君主)、徳によって天下を治めるもの、
      第一人者、体が大きいこと、祖父・祖母の尊称、王となる、さかん。

394 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/07(月) 23:36:37
>>393

やっぱり、君に知らせた俺が馬鹿だった。

395 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 23:41:29
>>392
>だいいち、こうして具体的に「女王國」と「女三國」の中身に触れたのは
>私だけだと思うよ。 誤字脱字誤刻版ミスと、見た目の違いに触れた人は数多存在するけど

ンデ 具体的に中身に触れた河童さんはどのような結果になったのでしょう?

他の人も一緒に考えてくだされ。

『招興本』
自女三國以北

もう寝る時間なので後日にしましょっか。 zzz 

396 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 23:46:35
>>394
>やっぱり、君に知らせた俺が馬鹿だった。

なんでも反すればいいかと思ってない?
こっちは一生懸命書き込んでるのにそんな単純な一言で終わらせては困るんだけど。
どくだみさんにだってそんな対応だったな。

397 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/07(月) 23:52:57
どくだみさんとかが一生懸命書いてて、あなたの返答は一行反しておしまい。

クビフリの河童虫〜つーことでニックネーム付けるよ?
何でもクビを横へ振ればいいと思ってる〜♪ ねよ....zzz

398 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/07(月) 23:59:58
>>396

あのね

今まで一度も疑問に思わなかったであろうネタなのに、十分考えもしないで
反射的に反論する姿勢を言っているんです。

返レスなんていらないから、興味があったらジックリ考察してくださいと
書いたはずだよ
一日二日で解決できるネタじゃないよ


>どくだみさんにだってそんな対応だったな。

相手が誰であろうと、区別はしません。対応は一緒




399 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/08(火) 00:06:20
>>397

ネタの新鮮さの違い。  プレミア付き   ギャハハ

400 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 00:08:02
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

401 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/08(火) 00:08:08
それでは

私もソロソロお邪魔しますか〜  では〜  

402 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 06:21:22
↑こいつ「邪魔する」と言う日本語の意味、
いい歳こいて理解してないな。
倭人伝の考察云々の前に自分の使う日本語が、
どんなに変か考察してみた方がよいとおもうのだが。

403 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/08(火) 07:00:09
>>402
ゆとり?
それとも世間知らず?


帰る時にも使う言葉なんだよ

404 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 07:42:19
この河童虫と言う男は、ただ見知った単語を並べれば、
それだけで意味は通じると思っている。
この男にとって、文章とはそう言うものなのだ。
「お邪魔します」と「お邪魔しました」の意味するところの
違いなど認知することなく、五十年近くも生き抜いて来たのだ。
普通なら五歳児くらいになれば備わる時制と言う概念を
すっかり欠落させたまま成長してしまったのだろう。

405 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/08(火) 07:57:47
>>404

貴方が対象にしているのは
「お邪魔します。」

私が言ったのは

「お邪魔しますか」

だれも
「お邪魔しました。」
などの挨拶の言葉を対象としていませんが

406 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 09:18:07
私も先方で長居した時、連れに「そろそろお邪魔するか」とか
「そろそろお邪魔しますか」とか
言いますが。

407 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 09:25:28
「そろそろ、おいとまするか」が正しい。

408 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 09:36:50
407が正しい。「お邪魔」を使うならば、404のように「しました」。

409 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 09:49:02
邪魔する・・・他人の行為を妨害・中断すること。

例え客人であっても、外部の人間が他人の家に入ってくれば、その家の生活リズムを崩すことになる。
その行為を客人がへり下って言うのが「お邪魔する」。
侵入行為を表す言葉を退去の意味で使うのは、まさしくゆとり脳レベル。

410 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 10:36:52
これは面白い議論をしているようでw
「お邪魔します」
「お邪魔しました」
など、語句で判断する場合と
「明日、お宅にお邪魔します。」
「そろそろお邪魔しますか」
の様に、文章として「お邪魔します」を、使用する場合とでは意味が異なる。

411 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 10:46:00
>>407
言葉は文化であり、正しいとか正しくないと、学問的に判断するものではない。
河童氏のソロソロお邪魔しますか〜も、お邪魔しますだけを取り上げて白黒付けるのではなく、
ソロソロお邪魔しますか
全てを取り上げ判断しなければ、言葉の文化は損なわれる。

412 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 11:02:58

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   .(         .(●  ●)         )ノ   /
   (   ・     / :::::l l::: ::: \         .)  < お邪魔しました
   (       // ̄ ̄ ̄ ̄\:\.       .)   \
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413 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 11:55:45
>>411
「ソロソロお邪魔しますか」全部が変なんだよ。
誤用も一般化して定着すれば文化だが、
今の段階では「ソロソロお邪魔しますか」は単なる誤用。

414 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 12:23:36
河童氏に聞いてみないとはっきりしない事だが、
「ソロソロお邪魔するとしますか」を「ソロソロお邪魔しますか」と縮めて使用していのではないか?
現に私はそうしてます。

415 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 12:45:38
「ソロソロお邪魔するとしますか」でも変なことに違いはない。
「邪魔」の意味を理解していれば判ると思うのだが・・・

416 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 12:55:13
南州太郎かよw

417 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 13:38:56
誰だよ?
それ。

418 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 13:40:28
吉信

419 :サンデーサイレンス:2008/07/08(火) 14:57:46
「ソロソロお邪魔しますか」は俺も使うな。

420 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 15:24:22
では、皆さん、「そろそろおいとまします」という言葉を覚えておきましょうね。笑われないように。

421 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 17:01:18
さげ

422 :サンデーサイレンス:2008/07/08(火) 17:27:40
>>420
「おいとまします」はかなり重々しい別れの挨拶。
二度と会わない、離婚や退職、葬時に使う
アンタ結構世間知らずだろう?

423 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 17:52:08
皆から笑われ者になる>>420

424 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 17:52:12
>>422
そりゃあ、暇乞いとか言う時の「いとま」本来の意味だろう。

425 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 17:54:36
お暇

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%8A%E6%9A%87&stype=1&dtype=0

426 :サンデーサイレンス:2008/07/08(火) 18:05:21
>>424
暇乞いの「いとま」と、お「いとま」するの「いとま」は、どちらがどう本来で、どちらがどう本来じゃないの?

427 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 18:50:06
>>422
「恥の上塗り」という言葉はご存じでしょうか?

428 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 18:50:14
「おいとま」とは、別れると言う意味。
大げさな表現で退去の挨拶を告げることで丁寧感を表しているだけ。
お邪魔の場合のように真逆の意味の行為を誤用したものと次元の違う話。
よく、ゆとり世代はものを知らないと言われるが、
こりゃ知識が無いだけじゃなくて、思考力そのものが無いんだな。

429 :サンデーサイレンス:2008/07/08(火) 19:01:52
知識だけが先行し、実用性の無い可哀相な世間知らず。

430 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 19:15:24
何だ。
実用性って言葉の意味も知らないのかw

431 :神子・コンドリア:2008/07/08(火) 19:42:42
>>384
そうなんだよね〜。

実は、もっと長文だったのです。
長すぎて肝心のところがエラーで受付しなかった。

この限られたスペースで「謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符」を問うのは、
どだい無理なんだよねーーー。

ただ、これだけは言いたいのは、「邪馬台国」の風習として記載さされている、
「邪馬台国の人々は、死者を弔うときに親族は号泣を10日間し、肉類を断ち、
来賓者は酒を飲みあかし…。 などや、お歯黒、成人の刺青行為。」などが、
上野原遺跡そばの旧部落に有ったんだよね。

内の親父の故郷がそうであったので、その事を鹿児島市内育ちの
「母が軽蔑していた。」事を憶えています。
昔は見合いだからね。
戦時中の仲人なんていい加減だら、結婚して初めてその風習を知ったらしい。

だから、父方の親戚とは疎遠です。
他にも「邪馬台国」の風習と似ている事があるんだけどね。

432 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 19:50:17
>>431

>お歯黒、成人の刺青行為
それは学生時代にはアンパン、成人になってヤンキーから渡世に入っただけじゃん。

433 :神子・コンドリア:2008/07/09(水) 03:47:44
>>432
違うんだ。
江戸時代、犯罪者が腕に犯罪歴を表す刺青を入れさせられた事や、
ヤクザの刺青、不良がする刺青と違う。

現在の東南アジアでも見受けられる、
その地域独特の紋章的刺青らしい。

ほら、アイヌ民族の人が刺青を肩などに入れているのを見た事ない?

※親父は、幼い頃に里子に出されたらしく刺青をしていなかったが、
親父の親戚あたりが皆、独特の刺青をしていたとの事。
しかし、部落差別に成るとの事で、現在ではその風習は風化しているようだよ。

434 :神子・コンドリア:2008/07/09(水) 03:54:14
追伸:
成人の刺青と言っても、
昔の成人は、男は満15歳、女は13歳くらいだっただろう?

現在と、成人の解釈が違うんだよ。

435 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 04:00:30
ハワイのサモアンも
成人になると入れ墨をするよね。

436 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 04:58:56
>>414

> 「ソロソロお邪魔するとしますか」を「ソロソロお邪魔しますか」と
> 縮めて使用していたのではないか?

「お邪魔する」・・・「妨害する」

この言葉を訪問時の挨拶に用いるのは、自分の来訪行為が
その家庭の団欒を妨げてしまうと言う心理が働いている。
また、退出時の挨拶として用いられることのある「お邪魔しました」は、
完了形とすることで闖入行為の終了を表出し、「退出」の意を表現している。
河童氏は、これを語幹部分の「お邪魔し」自体に「退出」の意味があるのだと誤認していた。

河童氏の文章に見受けられる特徴の一つに文末の助詞、助動詞の欠落と言う現象がある。
これは体言止として、自分の主張のキーワードになるような単語を強調する技法ではあるが、
婉曲、二重否定などで話者の微妙な心理までを表出する日本語技法は「苦手」だと言うこと
でもあるのでしょう。
その癖が災いして、「お邪魔し」だけを退出時のキーワードとして認識してしまったと言うわけ。

「河童」氏の誤認識の理由を考えてみると氏の漢文読解の流儀にも思い当たるところがある。
漢文中の特定の文字(つまりキーワード)に拘って文法は無視する。
まさに今回の事例と全く同じことを漢文読解でも行っていたのでした。

キーワード重視で、文法によって表出される微妙な意味の違いには無頓着、これが河童流の
真髄なのでしょう。

437 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 05:46:15
一種の言語中枢障害とも言える。

438 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 07:19:24
どーでもいいなwww

439 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 07:41:20
河童氏と、彼に共感を示すサンデーサイレンス氏が、同様の誤用をしているというのが、
何やらとても暗示的であった。

440 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 07:51:05
>>431
>ただ、これだけは言いたいのは、「邪馬台国」の風習として記載さされている、
>「邪馬台国の人々は、死者を弔うときに親族は号泣を10日間し、肉類を断ち、
>来賓者は酒を飲みあかし…。 などや、お歯黒、成人の刺青行為。」などが、
>上野原遺跡そばの旧部落に有ったんだよね。

肉類断ちはわからないけど、通過儀礼としての刺青は、日本に限らず
広く見られる習慣じゃないかと思うよ。
お歯黒も、雲南省・ベトナム・ラオス・タイなどで見られるらしい。
祖父母の世代までその習慣が残ってたのは珍しいけど、三世紀の頃なら、
日本中どこにその習慣があっても不思議ではなさそうに思いますが。

通過儀礼
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E9%81%8E%E5%84%80%E7%A4%BC

お歯黒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E6%AD%AF%E9%BB%92

441 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 08:01:05
無頓着であることと、邪馬台国問題は関係無いと思う。
「ソロソロお邪魔しますか」と言う使用が間違っているから、河童さんの邪馬台国に対する考え方は
間違いだとする論は余りにも飛躍しすぎであり
使用が間違っているなら、それだけに話しを集約し説明すべきではないでしょうか?

442 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/09(水) 10:55:19
留守してる間、大分盛り上がってますね

>邪魔=妨害

もう、この段階で食い違っているんですよ
私の邪魔は
★邪魔=気を消す

挨拶として使われる
訪問時「お邪魔します」=(お宅の気を消します。)
退去時「お邪魔しました」=(お宅の気を消しました。)

そして問題の「お邪魔しますか」=(自分の気を消しますか)
と、言うモノ


そもそも
「邪魔=妨害」として論を組み立てて、助詞だ助動詞だなんて言っても意味ありません。

【ソロソロお邪魔しますか】
そろそろ、ここにある自分の気を消しますか


と、言う意味です。

443 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 12:50:38
>>442

その「邪魔」の用法は、貴方特有のものですよね。
少なくとも、この掲示板では、初めて開陳された用法でしょう。
でしたら、多数の人間が覗くところなのですから、
解釈・訳文を添えるか、もっと他人に通じる言葉を選択しなければ
通じるわけがないでしょう。

それと、貴方は最初の指摘に対して
「世間知らず」と決め付けていましたが、
その言葉は、そのままお返ししなければならないですね。
こんな取って付けたような言い訳け話、
どこの世間で通用すると思ってるんですかw

444 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/09(水) 14:03:08
>>433
確かに世間知らずは言い過ぎかも、言い過ぎに関しては謝りましょう。
つまり、あの時の>>402は貴方と言う事ですね?

ならば、あの段階での
>いい歳こいて
の先制パンチの真意は何だったかを聞かせ下さい。

確か?
>>402時点であの台詞は必要ないもので、当然私への煽りと捉えられても仕方ない場面と判断
します。

使用に間違いがある場合は、「間違いだ 」で済む事
>いい歳こいて
その台詞は間違いなく余計な言葉かと

貴方の場合その台詞はスルーで、私の非だけを強調するスタイルですか?

445 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/09(水) 14:18:02
>>443

>取って付けた言い訳け話し

思いもしなかった私の発言に対する「焦り」が、
次の台詞

>何処の世間で通用する

に、垣間見られますよ(^O^)/

446 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 15:29:35
梅毒が怒ってるーこわーい

447 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/09(水) 15:31:57
「邪魔」=「妨害」
で、いいのかな?
この二つの関係は(類語、類義語)
だけど
活用は全然違うんだよね
それを別けずに一色単で扱い語られ否定されても

448 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 17:19:19
>>447
邪魔も妨害も名詞。名詞に活用なんて、世間一般の日本語にはないよ。

449 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/09(水) 17:43:36
>>448

>邪魔も妨害も名詞。名詞に活用なんて

別に体系的に語形が変化する「活用」を言っている訳じゃない、その使われ方の違いを言っているのです。
「活用」で誤解が生じるなら、その「使われ方」にかえましょうか?


>>447の訂正後文
「邪魔」=「妨害」
で、いいのかな?
この二つの関係は(類語、類義語)
だけど
その使われ方は全然違うんだよね
それを別けずに一色単で扱い語られ否定されても



450 :サンデーサイレンス:2008/07/09(水) 17:54:34
>>448

アナタに聞きたいのですが、ここでよく見かけアナタも今使った
世間一般の日本語の定義はいったい何?そして、世間一般でない日本語とは何?

よく河童虫さんへのレスで見掛けるので、質問してみました。

451 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/09(水) 18:00:52
>>450

>世間一般の日本語の定義はいったい何?そして、世間一般でない日本語とは何?

ん????????
私も今まで気にもしていなかったし、改めて考えてみると、結構ムズイかも
考えてみよう〜っと。

452 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 18:09:41
「活用」は用言の語尾変化を示すのに使う言葉なのだから、
こう言う場合は最初から違う言葉を使うよう心がけて欲しい。

「世間に通用しない」は、貴方の「世間知らず」と言う発言に
引っ掛けた皮肉だが、通じなかったみたいだね。
残念だ。

ところでさ、ここでこれ以上何を言い繕っても、
恥の上塗りにしかならないと思うよ。

最後に、スレ主さん留守中のここで、
何時までも荒らし擬いの屁理屈こねてないで、
さっさと自スレに退散した方が貴方の為でもあると忠言しておく。


453 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/09(水) 18:16:17
>ところでさ、ここでこれ以上何を言い繕っても、
恥の上塗りにしかならないと思うよ。

最後に、スレ主さん留守中のここで、
何時までも荒らし擬いの屁理屈こねてないで、
さっさと自スレに退散した方が貴方の為でもあると忠言しておく。

「荒らし」と言われちゃ出て行くほかありませんね


では、ごきげんよう

454 :サンデーサイレンス:2008/07/09(水) 18:46:32
>>452

河童虫さんは荒らしですか?
追い出す事はないと思いますが。

455 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 18:56:47
女々しいぞ。

456 :サンデーサイレンス:2008/07/09(水) 19:36:38
私の邪馬台国は瀬戸内海に浮かぶ島を中心に
山陽南岸、四国北岸、九州北岸、対馬、壱岐と考えています。
狗奴国は今の高知県
古代に半島まで何度も往復するには、高度な航海技術が
必要で、後の瀬戸内海海賊はその末裔ではないかと思います。

457 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 21:00:18
>>450
世間一般でない日本語なんてない。
日本語は、世間一般のもの。
世間をどう区切るかで方言に対する評価は変わる。
県単位では方言は一般的だが、2chでは方言は一般的とは言えない。
本人とその周辺のごく少数の人間集団は世間とは言わない。
だから、そこでしか通じない用法は一般的ではない。


名詞が活用する言葉
「邪魔=気を消す」と考えること
「お邪魔しますか」を(自分の気を消しますか)の意味で使うこと

これらは一般的ではないから通じない。

458 :サンデーサイレンス:2008/07/09(水) 21:08:36
誰もレスしないので続けて書きます。
私の投馬国は、奴国の南に水行二十日行った所ではなく、奴国の南に有る
海岸線が水行二十日分ある国と考えて、現在の長崎県から熊本県ではないかと思います。
鹿児島県や宮崎県は、高知県、愛媛南部と同じ狗奴国黒潮連合かと
そう思うのであります。

459 :サンデーサイレンス:2008/07/09(水) 21:16:39
>>457
日常何時もそのように難しく考えているのですか?
私にはさっぱりですが
、レスを返してくれてありがとう。

460 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/09(水) 21:37:56
鹿児島県や宮崎県は、30余国を纏めるだけの
農業生産と頭脳が有ったか?

両方とも弱い。


461 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 21:44:38
>>450
早い話一般的な日本語とはを極論すれば、広辞苑に掲載されている言葉の組み合わせであって、
その中身が正しいか間違いかなんてどうでもいいこと、ようは広く世間に取り組まれたものが
一般的な日本語と言う。
例え河童の言い分が正しくても、その内容が広く世間に認識されない限り永久的に傍流。


462 :日本@名無史さん:2008/07/09(水) 21:48:51
>>461
まるで畿内説と同じだな

463 :ひさしぶりだね河童君:2008/07/09(水) 22:14:17
邪馬台国論争と「お邪魔論争」は根本的に質が違う。
邪馬台国論争は多数決では決まらないが、「お邪魔論争」は多数決で決まりうる。
言葉というものは通じなければ意味をなさないからだ。
多数の人間が「それは誤用だ」と言えば誤用なのだ。
ただし例外は、それが方言的用法の場合、例えば広島地方では一般的に使用されるという場合のみだ。


別スレにあった河童君による中国4000年の歴史の中で初めての用法というのは、同じ意味で成り立たない。
重ねて言う。
ことばは通じなければ間違いだ。
他の切り口で邪馬台国を自由に語るのは放置するが、ことばに関しては私は見逃さない。

464 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 00:28:02
>お邪魔論争

もう面倒だから河童虫が改名して
 
 河童虫 改め お邪魔虫

でおk

465 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 01:52:28
>>460
それはわからない。
大和朝廷の奈良県もたいしたことはないと思うが。
鎌倉幕府も農業とはあまり関係ないし。
明治維新のこともあるし。

466 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 12:22:47
奈良は盆地で水捌けが悪いので
田んぼ作りに適している。九州はカルデラなので土地が痩せ、水の浸透が速く、あまり適していない。

鎌倉は外敵から身を守るための要塞的役割だったので、
農業の事で比較してもしょうがない。
奈良は山に囲まれているので災害 特に台風は被害が受けにくい。

467 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 12:51:34
>>466
水捌けが悪い所は田んぼに適していません。

468 :神子・コンドリア:2008/07/10(木) 13:10:54
>>440
「邪馬台国の人々は、死者を弔うときに親族は号泣を10日間し、…。」の「号泣を10日間」部分ですが、
これは、現在の中国や一部韓国でも見受けられる行為の、「泣き人」と言う専門職業人が居るのです。

つまり、お坊さんを呼ぶ代わりに、「泣き人」専門人を呼ぶのです。

そのあたりが古来からの慣わしで、、、不思議でしょう!?
多分、日本の邪馬台国の風習が逆輸出されたのじゃないでしょうか?

日本の他の地域でそのような風習が有りますか?

469 :神子・コンドリア:2008/07/10(木) 13:32:04
>>460
>鹿児島県や宮崎県は、30余国を纏めるだけの
農業生産と頭脳が有ったか?


古代の「国表記のあり方」の問題です。

古代の日本に分布していた「国」とは、
一国が数百人程度から一万人弱の小規模な事が古墳発掘で知られています。

だから今で言う、ひとつの村や部落単位が「国」だったと考えられますので、
その小さい村(国)が大きい村(国)を治めることも不思議ではありません。

何故なら宗教ですよ。
ほら、天理教がある天理市。
全国の天理教信者から見たら絶大ですよね。

それが古代に存在していたら、
同じように他の村(国)を治められたと思います。

470 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 13:44:53
>一国が数百人程度から一万人弱の小規模な事が古墳発掘で知られています。
古墳からどうして国の大きさが分かるんですか?

471 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 14:09:48
>>468
「泣き女」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A3%E3%81%8D%E5%A5%B3

邪馬台国からの逆輸入ではなく、
世界中で普遍的な習慣が邪馬台国にもあったと考えるべきだろうね。

472 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 19:40:34
奈良のハンダゴウ米は今でも天皇家献上米

九州は米作りには適していない。


473 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 20:03:07
>>459
>世間一般でない日本語なんてない。
と言い切ったが、もしかすると御所言葉は世間一般でない日本語かもしれん。
正直すまんかった。

474 :サンデーサイレンス:2008/07/10(木) 20:46:22
>>473
わざわざのレスありがとう。

475 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 21:01:39
大和言葉は支配者言語だろ。土民がまるっきり同じ言葉を
しゃべるかw

476 :サンデーサイレンス:2008/07/10(木) 21:24:59
>>473
余計な事かもしれませんが、一つでも例外の可能性があるのなら、
河童虫さんに対し訂正すべきではないでしょうか?と私は思いますが、
やっぱり余計な事ですね。

失礼しました。

477 :日本@名無史さん:2008/07/10(木) 23:03:55
>>476
>余計なこと
同意

478 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 00:40:45
>>476
天皇を中心とする文化は、日本文化の根幹にかかわる。
だから、一般的ではないとはいえ、これを日本語ではないとは言えない。
そういう意味で、世間一般でない日本語もあると訂正したが、それと
河童氏の言葉の使い方が、意識的か無意識的かは知らんが、誤用であることとは無関係。
河童氏の言葉が世間一般で通用しないことも変わりはない。
だから、御所言葉が例外だとしても、河童氏に対して訂正する必要は全くない。

世間一般の日本語とは、別の言葉でいえば、
義務教育程度の教養を持つ初対面の人間が話をして通じる言葉。
ところが、例の邪魔の使い方は、初対面の者にはわからない。
言葉使いの癖を知らないと理解できないようなものは、一般的な日本語ではない。

御所言葉も、公家という社会に属している者同士であれば初対面でも通じる。
そういう意味で、根本的に違う。

479 :自称スレ主:2008/07/11(金) 01:08:27
何が「卑」とか「邪」とか、「鬼」?!
中国側に非常に都合のいいように造られた文だって?!

ホーム、アウェイつー言葉は知らないようですが。
スレにしたってそうゆうのもあるかと思います。
何処へ行っても自らがホームとしている処は有利に働くもの。
また、周りの人達がそう持ってゆくもの。
それで卑弥呼の字が卑しいからとか文句言ってる人がいるが、
「ホーム・アウェイ」このように考えれば理解出来るのではなかろうか。

何故、「卑弥呼」という字が当てられたのか?
そう言う前に自分で考え答えを見つけては如何か。

480 :自称スレ主:2008/07/11(金) 01:17:16
>>478

一般的な日本語とは何かだって?

答えを探すとしたら広辞苑に載っている単語というのはいかが?
河童氏のいうのは、その場しのぎで言ったりもしてるかと思うので
余り深く考えては駄目です。

そして河童氏は追い出されたとかじゃなく自分のが貢献してると思ったら
ここへ居座ること。イジケても意味ないですし、ここを盛り上げて下さいね。 

481 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 05:37:08
あらあら、梅毒ちゃんイジケちゃったのwww?

482 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 07:31:23
>>478
>天皇を中心とする文化は、日本文化の根幹にかかわる。

文化は分かっても教科書じゃないから日本語の意味まではわからん
詳しく知りたければ教科書を開くとか

483 :神子・コンドリア:2008/07/11(金) 17:52:47
>>471
>「泣き女」

Wukiに書いてあるようにそうだとは思うけど、
ヨーロッパなどでもあるのかな?

私は、韓国や中国の葬式風景を自分の目で見たことが有るので、
先のような投稿をしました。
しかし、日本で、そのような葬式風習あった?

どなたか、自分の地域もそうだと言う人いないかな?

484 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 17:59:23
ホ25222 トヨにきはひて ムヨロトシ へてもアソクニ またこえず
ホ25231 こゝにもムヨロ トシをへて シガのカミタは
まだみてず ツクシのミヤに うつリます ワをかんがゑて
アブラカス いれてカスヤの ワにみつる

ほつまで、ウガヤの誕生直前の話です。
豊国は豊作、阿蘇国では土地が痩せていて6年経っても まだ肥えず。
シガも同様 この“シガ”なる地が何処か 知りたい。
神武 にも関係する土地
この文言が有るから 神武 =宮崎を否定しきれない。

喜界島噴火から約4000年 南九州は、どの位回復していたか?
農業より漁業が盛ん?
よって 南九州は 熊曾(海洋民族)の土地?



485 :神子・コンドリア:2008/07/11(金) 18:12:26
>>470

例えば「吉野ヶ里遺跡の紹介…http://www.yoshinogari.jp/contents3/?categoryId=6&PHPSESSID=5c32cebc47d49e9ec6569b516f895526」の
「Q.吉野ヶ里の人口はどれくらいだったの?」に推測数が出ています。

他の遺跡にも似たり寄ったりの記載文が有りますので、
上野原遺跡のリンク集「http://www.jomon-no-mori.jp/johonet.htm」から
調べていけば良いかと思います。


486 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 18:19:49
たまには考古学ネタでも書き込んでおこう。

「有棺有槨」てこんなところだろう。
古墳には石((木)室には横穴式タイプと竪穴式タイプがあるらしいよ。
「石(木)室」とは、棺を囲んでる外棺のこと。
「玄室」とも言われてるらしい。
木棺には木室が、石棺には石室が使われるのだろうか....。
その棺がおかれる箇所が「石(木)室」でその奥が「奥壁」。
向かって左側(死体の右手側)は、「右側壁」、向かって右側(死体の左手側)は「左側壁」。
玄室の手前の道を「羨道」、玄室にはいってこっちがわを「袖部」といわれてる。

「有棺有槨」ていうのはこんなやつだよ。

487 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 18:35:47
『日本書紀』によると、
垂仁天皇の叔父の倭彦命が亡くなった時、古風にならい、その周りのものが
生きたまま墳墓の周りに埋められたという。
彼らは泣きわめきながら日を経て後に死に、その屍は犬や烏の餌食になっただっけ?!
その痛ましさにより見るのも耐えがたく、禁令を出し、「埴輪」が立てられることになったという。

しかし、実際に人物の埴輪が出土されるようになったのは、考古学的にいえば、
仁徳天皇の大仙陵がはじめじゃなかったかな?間違えてたらごめん。
わたしが言いたいのは、日本書紀に書かれてることを考古学で照らし合わせてみると
大分、いくつも合わないところがあると聞いている。

488 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 19:03:08
3世紀中葉〜後葉になると、畿内に出現した前方後円墳に特殊器台形土器・特殊壺形土器が
用いられている例が確認され…
垂仁天皇216〜238年 

後はどの辺が合わないんですか?




489 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 19:03:23
「あおによし」とは?

<広辞苑>

青丹よし
「奈良」「国内」にかかる。
奈良の顔料の青丹を産出したことが秘府本万葉集抄に見えるが、
事実か伝説かは不明。一説に「なら」に続けたのは顔料にするために
青丹をならすによるという。

「青丹」
・青黒い土。岩緑青(いわろくしよう)の古名。染料・画料として用いる。
・濃い青に黄を加えた染色。
・(濃青に染めた上に、さらに黄に染めることから)同じような物事が重なることのたとえ。

490 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 19:12:19
古墳が大きくなるのは、垂仁から、その初めから
前方後円墳で有ったかは疑問。


491 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 19:24:52
改めはもっと考古学を勉強してから書き込めよ

492 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 19:31:17
「あおによし」は未だ良い
「畳薦」とは一体なんなの?
とりあえず万葉集は、平安貴族の遊び 書き換え、読み替え、何でもあり。
そこから真を取り出す。


493 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 19:39:01
それでも 成るほど上手いことを言うと思う物もある
サネナシサガミ=実無し相模
富士山の降灰で農業適地が少ないことを良く表している。


494 :ローガン:2008/07/11(金) 19:47:50
>>492

> 「あおによし」は未だ良い
> 「畳薦」とは一体なんなの?


平群の山を形容したものでは?


495 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 19:51:36
「畳薦」は平群の山を形容したもの
一応そのような見解が一般常識
それでは、意味は?


496 :ローガン:2008/07/11(金) 20:21:10
>>495

> 「畳薦」は平群の山を形容したもの
> 一応そのような見解が一般常識
> それでは、意味は?


畳んだ蓆。

497 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 20:29:02
>>421
>改めはもっと考古学を勉強してから書き込めよ

は?・なに言ってんの?
反論ならもっと具体的に書き込んで下さいね。単なる嫌がらせとしか聞こえませんが。

498 :ローガン:2008/07/11(金) 20:30:37
「多多那豆久」と表現される山との違いをあらわしているのではないですか?

499 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 20:37:51
畳んだ蓆の様な山並みならば、尾根や谷は一直線に並ぶ。
平群の山は?
その様に形容できる代物ですか?
地図上では、その様に見えなくもないが、まだ見たことが無い。


500 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 20:40:44
んで、邪馬臺国は、九州で問題ないんでしょうか?
>>498 ローガンさん なぜ畿内なのでしょう?

『梁書』
倭者 自云太伯之後 俗皆文身 
去帶方萬二千餘里 大抵在會稽之東 相去絶遠 
從帶方至倭 循海水行 歴韓國 乍東乍南 七千餘里始度一海 海闊千餘里 名瀚海 至一支國 
又度一海千餘里 名未盧國 又東南陸行五百里 至伊都國 
又東南行百里 至奴國 又東行百里 至不彌國 
又南水行二十日 至投馬國 
又南水行十日 陸行一月日 至邪馬臺國 即倭王所居


501 :ローガン:2008/07/11(金) 20:48:58
>>499
> 畳んだ蓆の様な山並みならば、尾根や谷は一直線に並ぶ。
> 平群の山は?

そうですね。生駒、高安山、信貴、尾根は一直線です。
西側(大阪)からは急勾配ですが、奈良側からは緩やかです。
毎日見ているのでよく知っています。

502 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 20:56:45
金剛山 葛城山 二上山 信貴山 生駒山

奈良西部に住んでます
ここは葛城氏や鴨氏の本拠地ですね

503 :ローガン:2008/07/11(金) 21:06:09
>>500
>>498 ローガンさん なぜ畿内なのでしょう?

何故って言われても…
どう答えてよいやら。昔からある「邪馬台国論争」の本を読まれたらいかかでしょう。

> 『梁書』
> 倭者 自云太伯之後 俗皆文身 
> 去帶方萬二千餘里 大抵在會稽之東 相去絶遠 
> 從帶方至倭 循海水行 歴韓國 乍東乍南 七千餘里始度一海 海闊千餘里 名瀚海 至一支國 
> 又度一海千餘里 名未盧國 又東南陸行五百里 至伊都國 
> 又東南行百里 至奴國 又東行百里 至不彌國 
> 又南水行二十日 至投馬國 
> 又南水行十日 陸行一月日 至邪馬臺國 即倭王所居

何故突然「梁書」?

又〜又〜で行程を繋いでいるのでそれぞれの国へ向かう起点はすぐ前に書かれた国だと云う事ですね。
姚さんは、倭王の居所について「放射説」を否定し、水陸行の起点が郡であることを否定していると云う事です。
又後程。

504 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 21:08:32
                                                                 
>しかし、韓国人が「日本が好きだ」と言うと、政治的、マスコミ的に問題があるので、
>「嫌い」という態度を通しているだけだ。
                                                                  
 実は、2000年前から反日主義だったワイ族。その実態とは?
                                
 現在の朝鮮人は、半島東北部の太白山脈(たいはく山脈)の東側に住んでいたワイ族(『東ワイ』とも呼ばれた)の子孫である。
高句麗人(フヨ族)ではないし、韓人(カラビト)でもない。今、国際社会で「コリアン」と呼ばれている民族は、
実は朝鮮人ですらない。
 もともと朝鮮人というのは、紀元前1世紀の時代に半島北部に住んでいた漢人のことである。
つまりチャイニーズのことだ。衛氏朝鮮国の住民である漢人が「朝鮮人」と呼ばれていたのだ。
現在の『コリアン』と呼ばれている半島人(ワイ族=ワイアン)とは、異種なのである。
 古代の半島南部に住み、日本列島の住民から韓人(カラビト)と呼ばれていた人々は、倭人系民族だった。
彼らは、とうぜん日本語を話したし、現在の半島人(ワイアン=WAIAN)とは人種・民族が異なっていた。
 カラ半島南部においてワイ語(現在の朝鮮語の基になった言語)が公用語になったのは、8世紀以降であり、
7世紀までは、半島南部の公用語は倭語(日本語)だったのである。
 古代日本人が交流していた相手は、あくまでも半島南部の倭人であって、ワイ族(今の朝鮮人の先祖)ではない。
古代における日本列島住民と半島南部住民の交流には、朝鮮人(ワイアン)はまったく無関係なのである。



505 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 21:20:11
大和川の対岸 金剛山 葛城山方面から 平群を見て 一直線で峰の凹凸が少なければ、
「可」としましょう。
それでも景行の歌は、ほつまが似合う。


506 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/11(金) 21:30:15
梁書で邪馬臺國を特定しても「即倭王所居」の倭王は卑弥呼ではない
何故ならば卑弥呼はとっくの昔に死んでいる。
其れなのに魏書を丸写しにしても通用する都です。
よって 折衷案
卑弥呼=九州
邪馬臺國=大和


507 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/11(金) 22:19:03
>>483
2ちゃんで、余が改めを論破したことで改めのために泣き屋をやる
風習が2ちゃんの中で確立した。やつは数日負けはこんで2ちゃん
を怠惰してたのは数日前も余に大負けを喫し、改めも自宅の雪隠で
泣いてたらしい?ww

508 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 22:19:34
包茎手術の料金

俺が受けた手術の料金は80万円ちょっと。
ネットで調べると120万円とか2000万円とか取られた人もいるから、まだ被害は小さいものの、俺にとって80万円はかなりの大金だった。
大金取られたあげく、こんな体にさせられた俺。
泣き寝入りはイヤだから訴えることにしました。


509 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 22:32:32
>>506
>梁書で邪馬臺國を特定しても「即倭王所居」の倭王は卑弥呼ではない

はいいとして・・・・・・・

>何故ならば卑弥呼はとっくの昔に死んでいる。
>其れなのに魏書を丸写しにしても通用する都です。
>よって 折衷案 卑弥呼=九州 邪馬臺國=大和

よって、卑弥呼の都、邪馬壹国=九州 邪馬臺國=これも九州 ということになる。
なぜそこが大和なんですか?説明よろしくお願いします。

510 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/11(金) 22:37:25
唐松山さん
折衷説なんで話がうますぎるよ。あんたの都合に合わせた恣意的な
考えの結果がそれなわけ。

511 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 22:40:23
太国さんはまだ悔しいのかな?

その>>507のレスをみると、どっちが論破されてしまったか一物両全だろう。

>>503 ローガンさん
畿内説を支持されてるかたは、説明できないことでしょう。
昔の本ですか。。。
昔の人々の年代間てハチャメチャなのはご存知じゃないんですか?



512 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/11(金) 22:41:55
改めよ。みんな見てるんだよ。お前がお前の家の雪隠でおお泣きして
たのは今後も語り草になろう。www

513 :ローガン:2008/07/11(金) 23:00:47
>>507
> 2ちゃんで、余が改めを論破したことで改めのために泣き屋をやる
> 風習が2ちゃんの中で確立した。やつは数日負けはこんで2ちゃん
> を怠惰してたのは数日前も余に大負けを喫し、改めも自宅の雪隠で
> 泣いてたらしい?ww

横からですが、そういう煽るような書き込みは感心しません。

貴方のレスを見ているといつも思います。
THEでもそうです。こちらの質問には答えず、切り返しの質問ではぐらかす。
論拠を尋ねても「答えない。」と。
言質を取られるのを嫌っているとしか思えない。私は貴方の事を自分なりに敬意を持つ者ですが。
そのような態度ではいずれ誰からも相手にされなくなりますよ。
自戒でもありますが、一言忠告します。



514 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 23:01:34
>>512
くだらないこと言ってないで、女王國と大和朝廷は関わるのか?でも
語ってくれませんか。。

まあ、同じ列島人なのは間違いないが、卑弥呼が天皇家と関わるのか?
暴いて下さいよ。


515 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/11(金) 23:06:13
卑弥呼当時はあんまり関わりはないな。だいたいお前と余とは女王国
の所在については同説に近いから、そこはたよらずやるといい。

ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ・・・・・・・・・・・

516 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/11(金) 23:07:58
>>513
彼は、論破なんてしてしてないのに、してしまったことにしたい。
あくまでも「願望」で哀れというか。

既に第三者は、>>507のレスをみてどっちが優位かきづいてるはずです。

517 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/11(金) 23:13:00
>>513
寝ようかと思ったら、余計なことを言うな。お前はザで余をのけ者に
しようとした張本人だ。二重コテハンで錯誤を与えてるし毎回負けてる
から改めに味方したいんだろう? 改めが卑怯な奴だからコラシメ、反省を
与えるためだ。改めがまっとうならこんなことは言わんよ。あまくやって
るとあいつは付け上がってヤラレル。百鬼横行の場が2ちゃんなんだよ。

どうせ畿内説は無理だからあきらめるんだな。

518 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/11(金) 23:15:55
改めよ。紀に逆らったって、お前の論は沈没は明瞭だ。勝ちもしないのに
論破だとかイカサマをやるから、みんなから監視されるのだ。ww
明日以降また相手をしてやるよ。

ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ・・・・・・・・・・・・

519 :ローガン:2008/07/11(金) 23:17:23
>>511
> 畿内説を支持されてるかたは、説明できないことでしょう。
> 昔の本ですか。。。
> 昔の人々の年代間てハチャメチャなのはご存知じゃないんですか?


ん?ハチャメチャ?ってどういう事?そう仰る以上それなりの根拠があるはずですね。
是非ともお聞かせください。

昔の本…読んだのなら説明って何をいえばいいの?

520 :ローガン:2008/07/11(金) 23:32:53
>>517

> 寝ようかと思ったら、余計なことを言うな。お前はザで余をのけ者に
> しようとした張本人だ。二重コテハンで錯誤を与えてるし毎回負けてる

は〜!お前が七支刀の表面の年号2文字目「禾」ノギヘンが確認されている事も知らず、妄想を垂れ流すから反省を促しただけだ。
つまらないこと。気にするな。

>百鬼横行の場が2ちゃんなんだよ。

被害妄想ですね。お気の毒に、散々いためつけられましたか?

> どうせ畿内説は無理だからあきらめるんだな。

ほれ!又!意味のない捨て台詞。もっと内容のある書き込みできませんか?全く魅力がありません。

521 :高森:2008/07/11(金) 23:35:36
普通にヒミコは、やまとととももそ姫でしょ。
宗教上の大物で、死後は箸墓古墳に葬られた。
日本国王と実際の君主が違う例なんて結構ある。
また、隋は聖徳太子が君主だと思ってた形跡があるし。


522 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 00:23:52
>>521
いちばん素直な解釈だよね
偶然の一致にしてはできすぎだし。
天皇なんて最初からイメージ操作のためのロボットでしょ。
実に巧妙な制度だと思う。
マッカーサーがこれを残したのも、その統治機構としての
優秀さに気づいたからだとおもうな。

523 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 00:47:13
君達の妄想ではヒミコはモモソヒメw

524 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 00:49:17
改めドツボ監視中…

まあドツボのお陰でドツボレベルの九州説論者が何を根本的に勘違いしているのか
分かったような希ガス。

要は中国の史書に九州の地理・風俗が詳しく書かれており
それをもって当時の日本の九州地域の他地域に対するアドバンテージにしてしまっていると…
だから邪馬台国論争に関係の無い「金印」や「阿蘇」を念仏の如く繰り返すwww


>>522
まあ魔元帥は真珠湾の件だけ裁判すりゃ良いって考えだったらしい…
所謂「東京裁判」自体あまり乗り気じゃなかったらしいwww




525 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 00:50:13
>>521
因みにやまとととももそ姫ではなくヤマトトヒモモソ姫
ハイッ〜図書館いって勉強しなおしww

526 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 01:30:35
>>525
あんたも駄目。ヤマトトトヒモモソ姫。


527 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 01:44:28
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

528 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 06:37:56
>>ローガン氏&改め氏

あおに‐よし【青丹よし】アヲ‥〔枕〕(ヨもシもともに間投助詞)
「奈良」「国内(くぬち)」にかかる。奈良に顔料の青丹(あおに)を産出したことが
秘府本万葉集抄にみえるが、事実か伝説の記録か不明。
一説に、「なら」に続けたのは顔料にするために青丹を馴熟(なら)すによるという。



529 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/12(土) 06:59:56
>>520
七支刀の銘文のあそこはな七目に読むのが正解。お前が逆襲で余に論破され
ただけだよ。お前も泣くか?

お前は改めを擁護してるが、あいつには丁寧語はやってやんないよ。こういう奴
はとことん叩いて絶対息を抜かないからな。相手を見極めて法を説け。ナラズ者
に丁寧語で弱みを見せれば相手がつけあがるだけだ。オマエはナラズ者の擁護
をするのか?

あいつを他の書きこみ者と同類に見てたのか? ならず者にたいそうまじめな扱い
やってたらナメられるだけだぞ。お前も改めを擁護するならお前も徹底叩くぞ。
悪徳弁護士のようになるな。

あいつにはああいう言葉を使ってとことんいじめてやるのさ。このへんの書き
こみの連中があいつのために迷惑してる。だからあいつは皆から監視され
るのさ。そういうことをよく考えてものを言え。上っ面だけを見ないで、迷惑者
の擁護をするな。お前の横槍を入れたあの書きこみはあいつには最もふさわしい
語なんだ。オマエもあいつには手厳しく当たったほうがいい。そうならオマエを
冷静になったと評価しよう。それは改めもまじめの論をするときもある。そう
いう状況が継続してくるとあいつにこちらも一段上の扱いに変更してほめること
もする。あいつの九州説はオマエの誤説と違いわりと正確だ。あいつもいい点は
ある。そういう時はこっちも評価している文を書いてやるのさ。全部あいつを
いじめてるわけでもないぜ。

530 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 07:16:36
太国さん、必死過ぎな長文は
ドツボ嫌いな私にも ちょっと見苦しく思えます。

もっと紳士的になりませんか?2ちゃんねる風に言えば、『自重しろ』です。

531 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/12(土) 07:30:41
>530さん 感謝 〜だが
紳士的ななりたいが、そんなアマいやり方じゃぁ改めはつけあがるだけだぞ。
今はどうだか変わったか? 山谷の町を紳士服でキチンとして歩いてたら、その
日暮らしのあんちゃんに冷やかされ冷笑されるだけだぞ。改めにはああいう語
で応戦して息を抜かないほうがいい。他のまじめな書きこみ者にはああいう
仕打ちはしちゃいけないが。紳士には紳士的にやるべきだが、横柄な野郎には
つけこまれないよう、とことん逆襲して押さえつけたほうがいい。

532 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 07:43:17
>>531
押さえ付けるのは掲示板ではなく、実戦で
これが一番効果あります。何があろうと掲示板では常に紳士的に振る舞いましょう。

533 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 07:47:10
>>530 530さん

彼は、既に追い詰められてるのです。
紳士的な対応なんて余裕がない。
将棋で言えば王が囲まれてるわけですよ。

534 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 08:03:42
「訂正」
>将棋で言えば王が囲まれてるわけですよ。

「訂正後」
将棋で言えば玉がつまれてるわけですよ。

>>529
>あいつの九州説はオマエの誤説と違いわりと正確だ

へ〜ぇ 認められるわけですか。

535 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/12(土) 08:54:07
オマエの手は

 5三銀寄  とか 3四角寄

だからな。w Pu!
これじゃぁ羽生さんも青くなろうが。www

536 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/12(土) 08:59:13
九州説はローガンより合っているね。桂馬しかやれない

 5四金跳ね

のような手はオマエの得意な不正手だが、〜まぁ九州説手は好手だな。

537 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/12(土) 09:10:50
 」←→>>534


説珍ww

将棋は、手の改めはダ〜メ。待ったなし。

改めはすでに Pu! 『雪隠詰め』ww

538 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 09:22:28
板ズレもいいとこw

539 :サンデーサイレンス:2008/07/12(土) 09:29:33
ここで時々出て来る阿蘇山と、邪馬台国は何か関係有るの
ですか?
中国人に阿蘇山と言っても誤解されてしまうのではありませんか?

詳しい人教えて。

540 :神子・コンドリア:2008/07/12(土) 09:45:53
な〜んか、レスが荒れているようですが、
「卑弥呼は誰か?」、「邪馬台国の問題」の、
スレにふさわしいレスを付けてくれませんか?

反論者も、自分の主観であれ、それなりの理由を述べるべきです。
また、文献に書かれている事も現在進行形と言う事で、
歴史は常に変わる事を念頭に置いた方が善いと思うな〜。

因みに、他のスレで投稿をしましたが、
アジアの古代人は、アフリカ起源説が変わるかも知れません…。
      【古人類化石が発見 中国人祖先は三峡地区に誕生】
http://japanese.china.org.cn/culture/2007-11/13/content_9220724.htm

    【山頂洞原人よりも早い時期の原人の頭蓋骨、河南省で発見】
http://japanese.china.org.cn/culture/2008-01/23/content_9575631.htm


541 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 10:03:51
>>539
阿蘇山の事ならお前の好きな河童が詳しいかも?
河童に聞きなw

542 :改め対策班:2008/07/12(土) 10:25:30
本日も監視継続

543 :神子・コンドリア:2008/07/12(土) 10:36:47
>>539
>中国人に阿蘇山と言っても誤解されてしまうのではありませんか?
>詳しい人教えて。

先に聞きたいけど、、、。
何(どのように)を中国人は誤解するの?

544 :サンデーサイレンス ◆EY2wfgakAQ :2008/07/12(土) 10:42:35
>>543
誤解されると言うか、ここで言われている九州の阿蘇山と言っても、中国の書物に阿蘇なんて沢山でてくるでしょ?

545 :サンデーサイレンス:2008/07/12(土) 10:46:25
>>543
ごめんなさい。
これは以前、プラムさんが教えてくれた事なので、詳しく聞かれても私はただの引用者。

546 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 11:08:35
>>544
あれえ?このトリップ?
なるほど、自演か!

547 :神子・コンドリア:2008/07/12(土) 11:56:24
>>544
漢字は、中国伝来だからね〜。

漢字ひとつひとつの単語の語意が、
その地域の特性に相応しかったら、
日本国が先に命名しても中国で同じ名称が生まれると思うよ。

ほら、「青森」とか、「秋田・讃岐」など、
もめているよ。

548 :サンデーサイレンス:2008/07/12(土) 12:22:42
>>544
は 私ではありません。
プラムさんの悪戯でしょう。

549 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 12:30:10
[419]サンデーサイレンス<sage>
2008/07/08(火) 14:57:46
「ソロソロお邪魔しますか」は俺も使うな。

[439]日本@名無史さん<>
2008/07/09(水) 07:41:20
河童氏と、彼に共感を示すサンデーサイレンス氏が、同様の誤用をしているというのが、
何やらとても暗示的であった。

[450]サンデーサイレンス<sage>
2008/07/09(水) 17:54:34
>>448
よく河童虫さんへのレスで見掛けるので、質問してみました。

[454]サンデーサイレンス<sage>
2008/07/09(水) 18:46:32
>>452

河童虫さんは荒らしですか?
追い出す事はないと思いますが。

[476]サンデーサイレンス<sage>
2008/07/10(木) 21:24:59
>>473
余計な事かもしれませんが、一つでも例外の可能性があるのなら、
河童虫さんに対し訂正すべきではないでしょうか?と私は思いますが、

[544]サンデーサイレンス ◆EY2wfgakAQ <sage>←河童虫のトリップで登場です。
2008/07/12(土) 10:42:35

550 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/12(土) 12:35:54
>>548
二、三年前のネタ
よく覚えていたね

>>546
自演じゃないよ

551 :サンデーサイレン:2008/07/12(土) 12:47:34
>>550
やっぱり覗いてましたね。あのトリップ見てハッ!としました、プラムさんお久しぶりです。
お手数ですが、阿蘇山のコメントお願いしたいのですが宜しくお願いします。

552 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/12(土) 12:56:15
>>551
覚えていてくれて
ありがとう。

あの阿蘇山が具体的に何を表しているかは
正確には私にもわからない。
ただ、九州の火山であるあの阿蘇山ではないことはたしかだ
あそ隋書の場面に
九州の阿蘇は似合わないし、だいいち
葬や宗教的な文意だよ
火山の入り込む余地無しだね

553 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 12:58:21
おい梅毒、何をファビョってんだ?ヤク中か?

554 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/12(土) 12:59:41
>>551

あと、

悪戯して申し訳ない。

m(__)m


>>449

期待ハズレだよ

555 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 13:15:25
>>552
>九州の火山であるあの阿蘇山ではないことはたしかだ
>あそ隋書の場面に九州の阿蘇は似合わない

あらら・・なんかおもい切った発言が飛び出したが、自信はあるのでしょうか。
後で後悔しないように〜!河童さん

556 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 13:19:30
ドツボ、相方の梅毒が
自演しすぎて
訳がわからなくなってるみたいだから、介抱してやってくれ

557 :サンデーサイレンス:2008/07/12(土) 13:22:11
>>449
私のレス晒してどうするつもりですか?河童さんの自作自演が私のレスと言う意味?
有り得ませんね。


河童虫さんありがとうございました、また宜しくお願い致します。

558 :改め対策班:2008/07/12(土) 13:25:10
監視中

559 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 13:26:44
>>554>>557

>>549>>449と間違うあたりが
自演してますよと発表しているようにしか見えん。

560 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/12(土) 13:40:28
>>555改め君お久しぶり

あの阿蘇山が、九州のカルデラ火山阿蘇山なら
倭人伝から完全撤退するよ。


と、言う事で
私は暫く阿蘇を土産に“2ちゃん” お休みします。(あっちに主力移転)(自スレ以外)


>>サンデーサイレンス君
質問はプラムスレに
合間にレス入れます。



では、しばしの間
お疲れ〜(^O^)/

561 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 13:44:07
梅毒が逃げたwwwオナニーしに逝ったか

562 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 13:49:06
高松塚古墳の壁画「飛鳥美人」
http://www.pref.nara.jp/nara/kaido/jp/ko_nara/spot/k05.htm

キトラ古墳にも壁画が!!
http://kitora.nabunken.go.jp/top.html

ボーナス時期だし、休みの日にでも小旅行つーことで出掛けてみたらいかが?ALL
ちなみにわたしは、ボーナスで広辞苑を購入したのであまり思い切って使えない(笑)

関係ないが、ざうお行って来ます。また後ほど〜!
http://www.zauo.com/contents/zauo_top.html

563 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 13:54:59
>>561
愛知県民氏がそろそろ来そうなので
逃げ回ってるんだよ。追い抜かされたそうなら逃げるて考えじゃないかな。

阿蘇山ネタを出して注目を浴びたいだけで、実際詳しく練ったネタではない。
ただ、振り回されるだけだよ。

ではのちほど・・・・・・・・。

564 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/12(土) 14:06:50
>>547

阿蘇の語源は
その山の特長でもある外輪山から。
それを“あそ”


>>563

何とでもご自由に
たんに、あっちと掛け持ちするのメンドクサクなっただけだから
2ちゃんは、たまに自スレに書き込むくらいがちょうどいいよ

君も何時までも同じネタの循環は卒業したら。


じゃあね(^O^)/

565 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 14:09:50
>>564
追い抜かされそうだから逃げるてはっきり言えよww




566 :河童虫 ◆EY2wfgakAQ :2008/07/12(土) 14:58:52
>>565

追い抜かれそうだから逃げています。


これでいいかい?


じゃあね(^O^)/

567 :神子・コンドリア:2008/07/12(土) 16:44:43
なんだ!?
このスレが荒れていると思ったら、
古いスレ「謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符!19」が残ってんじゃないか!

しかも、両方を渡り歩いている人もいて、
疲れるだろうな〜。

何で前のスレは、1001まで行かなかったんだ!?


568 :サンデーサイレンス:2008/07/12(土) 16:47:15
阿蘇山ですが、有阿蘇山、其石無故火起接天者。とあります。
其石の其は阿蘇山だと思うのですがどうでしょう?

569 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/12(土) 16:47:39
両方 消化しないとね。


570 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/12(土) 17:13:31
阿蘇=浅間 一応火山の意味か
霧島は?
今より火山活動が活発では、あった
卑弥呼を九州南部に捜せない理由の一つ。


571 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 17:19:33
>>564 河童虫 ◆EY2wfgakAQ

>何とでもご自由に
>たんに、あっちと掛け持ちするのメンドクサクなっただけだから
>2ちゃんは、たまに自スレに書き込むくらいがちょうどいいよ
>君も何時までも同じネタの循環は卒業したら。
>じゃあね(^O^)/

さてさて…いつまで続くか?3日?1週間? w

元々この板の九州説の大方が同じネタの無限ループに相手を引きずり込むって自爆テロみたいなもんだからなあw




572 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 18:59:09
>>566
>追い抜かれそうだから逃げています。

うん 貴方が逃げることなんて分かってたよ。
やばかったらすぐ逃げる癖あるよね。

>>567
謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符!スレ19は,
既に1000達して終わってます。その19は嫌がらせスレでは?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1211287399/

>>568
>阿蘇山ですが、有阿蘇山、其石無故火起接天者。とあります。
>其石の其は阿蘇山だと思うのですがどうでしょう?

そのとおりです。河童さんに教えてやって下さい。

573 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 19:13:48
>>1 三重県民 ◆jH3Q3bIrRM

このスレも500超えたので次スレ立ててもいいですか?


このスレはそれより早いタイミングで立てられているんだから


文句ありませんよね?




574 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 19:28:32
>>573
アホ

スレの話題なんて持ち込むな
関係ない話するなら他所へいってもらえません?

575 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 19:54:40
改めドツボ監視中・・・

576 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 20:16:29
その昔、日本は、中国の属国だったのか?

日本を古の倭とみなすなら、その通りと思う。
求めたのは、列島側であり、自他ともに認める女王 卑弥呼が求めた結果がそうである。

それらの事件は通称:魏志倭人伝の「景初二年」、「正治元年」記事に記載されてるとおり。


577 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 20:25:22
>>360
唐松山さん
>大宮家とか王宮家と訳せば 歴史書に載せる。

ミケ=宮家
これは漢語の発想でしょう?

>大木が倒れたと訳すと 歴史にどんな影響?

これは現代人の発想でしょう?
巨木説話は古事記の仁徳天皇の段にも記されています。


578 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 20:26:27
以前、親魏倭王 金印は、国の宝でアルから卑弥呼ちゃんが亡くなってからは
次の王である壹與に継承されるとか言ってた人居たね。
卑弥呼の墓に副葬されてないとか、もしそうなら違反だとかも。
大笑いです。
もっぺんあの人達はここに書き込む勇気はないんだろうか。
畿内説の方々はみんな同じような考えなのでしょうか?

579 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 20:27:00
河童さんの「阿蘇山」ネタですか。

ttp://inoues.net/study/takatsuki_daioh.html
岡山市の造山古墳、継体大王の陵墓とされる今城塚古墳、推古女帝の初陵とされる植山古墳などで
「阿蘇ピンク石」の石棺が使われているようです。
なぜか九州にはないとか。不思議・・・


580 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 20:39:14
                                   
>しかし、韓国人が「日本が好きだ」と言うと、政治的、マスコミ的に問題があるので、
>「嫌い」という態度を通しているだけだ。
                                                                                                      
 実は、2000年前から反日主義だったワイ族。その実態とは?
                                
 現在の朝鮮人は、半島東北部の太白山脈(たいはく山脈)の東側に住んでいたワイ族(『東ワイ』とも呼ばれた)の
子孫である。高句麗人(フヨ族)ではないし、韓人(カラビト)でもない。今、国際社会で「コリアン」と呼ばれている民族は、
実は朝鮮人ですらない。
 もともと朝鮮人というのは、紀元前1世紀の時代に半島北部に住んでいた漢人のことである。
つまりチャイニーズのことだ。衛氏朝鮮国の住民である漢人が「朝鮮人」と呼ばれていたのだ。
現在の『コリアン』と呼ばれている半島人(ワイ族=ワイアン)とは、異種なのである。
 古代の半島南部に住み、日本列島の住民から韓人(カラビト)と呼ばれていた人々は、倭人系民族だった。
彼らは、とうぜん日本語を話したし、現在の半島人(ワイアン=WAIAN)とは人種・民族が異なっていた。
 カラ半島南部においてワイ語(現在の朝鮮語の基になった言語)が公用語になったのは、
8世紀以降であり、7世紀までは、半島南部の公用語は倭語(日本語)だったのである。
古代日本人が交流していた相手は、あくまでも半島南部の倭人であって、ワイ族(今の朝鮮人の先祖)ではない。
古代における日本列島住民と半島南部住民の交流には、朝鮮人(ワイアン)はまったく無関係なのである。


581 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 21:06:59
ほらほら 河童さん
ぴんくの石が出てきましたよ。

>九州の火山であるあの阿蘇山ではないことはたしかだ

ちゃんと説明して下さい

582 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 21:11:54
>>578
ハンコが継承されてようが
大王が代わるたびに魏や司馬晋に貰おうが

それが何か邪馬台と何の関係があるのですか?
議論の無駄だと思いますが。

583 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 21:13:11
隋書倭国伝の記事で
新羅、百濟皆以倭為大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來。
とありますが、この「倭国の珍物」として
「阿蘇山の石(阿蘇ピンク石)」と「如意寶珠」が挙げられているのでしょう。
「如意寶珠」とは何?

584 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 21:19:57
wikipediaより
如意宝珠 (にょいほうじゅ)とは、仏教において様々な霊験を表すとされる宝の珠のこと。
梵名はチンターマニ(cintaamaNi चिन्तामणि)という。チンターとは「思考」、マニは「珠」を指す言葉で、「意のままに様々な願いをかなえる宝」という意味である。
日本では一般的に、下部が球形で上部が円錐形に尖ったの形で表されるが、チベット仏教の宗教画などでは円柱形で上部が円錐形に尖った細長い形で描かれる。
また、三つの宝珠が積み重なり(一般には下に二個横に並び、その上に一個乗った形)一つの火炎に包まれた物もあり、これは三弁宝珠と呼ばれる。
その無限の価値から仏や仏の教えの象徴とされ、地蔵菩薩や虚空蔵菩薩の持物、三昧耶形とされる。また増益の現世利益を祈る対象となる。
一説に、仏塔や仏堂の頂上や橋の欄干などの建造物の装飾として取り付けられる擬宝珠はこれを模したものである。

585 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 21:23:57
勾玉だろ

586 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 21:35:46
>>582
>ハンコが継承されてようが大王が代わるたびに魏や司馬晋に貰おうが
>それが何か邪馬台と何の関係があるのですか?

女王の卑弥呼は親魏倭王と爲し、金印紫綬をうけてます。
朝獻(貢ぎ物を持っていった)した大夫難升米・次使都市牛利には、
率善中郎将又は率善校尉と爲し、銀印青綬をうけてます。
この金印・銀印を授かった人物が都とする邪馬壹国はどこか?を考えるとき、
金印・銀印が出土されたところが、その邪馬壹国の中心部と考えれます。
倭人伝の行程記事からは大方の都が記されそこからある程度は分かるのですが
もっと詳しく知りたければ、この金印・銀印が重要に考えるべきではないか?
と感じませんか?十分関係すると思いますが??

587 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 21:51:31
>>1 三重県民 ◆jH3Q3bIrRM

このスレも500超えたので次スレ立ててもいいですか?


このスレはそれより早いタイミングで立てられているんだから


文句ありませんよね?






588 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/12(土) 21:57:26
大木倒れた、他人の宮(家)の木の事が何で歴史書に載るの?
大樹倒れる なら別の意味で歴史

オオミケ
どう訳すか、ダネ。
ホ28278 カミのミケ はむウトウあり
同じミケでも同じ漢字では無い。

大夫難升米・次使都市牛利 何故2名の名が記されたか? 
倭国にあって 二つの国の代表者であったから
一人に絞れなかった魏国の書記官の気持ちは?



589 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 21:58:01
>>587
スレ違い

性格の悪い名無しくんはいってよし

590 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 22:05:14
>>586
改めさん
>金印・銀印が出土されたところが、その邪馬壹国の中心部と考えれます。

これはどうでしょう?
漢委奴國王の金印は志賀島で発見されています。
金印は移動しやすい物ですから、手掛かりにはなりにくいのでは?

591 :ゴミは:2008/07/12(土) 22:10:59
217 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2008/07/12(土) 22:04:12
>>1
早くここを片付けろ

ドツボ撲滅委員会くん スレ立てまくるなよ 迷惑

592 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 22:11:36
>>590
金印は移動しやすい物とは驚きです。
金印というのは、バッタかカブトムシみたいな昆虫ではないのですから。

漢委奴國王の金印が志賀島で発見されたなら、そこが奴國王にとっては
重要な場所とするべきです。
想像するのは勝手ですが、このように素直に解釈することも必要かと思います。

593 :ゴミはゴミ箱に:2008/07/12(土) 22:12:29
217 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2008/07/12(土) 22:04:12
>>1
早くここを片付けろ

ドツボ撲滅委員会くん スレ立てまくるなよ 迷惑

594 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/12(土) 22:13:04
>587で書いたように 代表が2名居ますよ
1国なら 代表は、一人。


595 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 22:15:51
>>588
ホ38275      キのナガサ コオナソタケぞ
以下、日本書紀と同じ巨木の話が続きます。
「コオナソタケ」は「コホナソタケ」で、これもホツマの仮名遣い誤りの例です。
「九百七十丈」ですね。

596 :ローガン:2008/07/12(土) 22:16:48
改めさん。>>519
> > 畿内説を支持されてるかたは、説明できないことでしょう。
> > 昔の本ですか。。。
> > 昔の人々の年代間てハチャメチャなのはご存知じゃないんですか?


> ん?ハチャメチャ?ってどういう事?そう仰る以上それなりの根拠があるはずですね。
> 是非ともお聞かせください。


と質問したのですが。回答を宜しくお願いします。

597 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 22:30:01
>>588 唐松山さん
>大夫難升米・次使都市牛利 何故2名の名が記されたか? 
>倭国にあって 二つの国の代表者であったから
>>594 >1国なら 代表は、一人。

違いますよ。
大夫=長官
次というのは、その次ということ。
ようは副官なワケです。
ここに上下関係が生じてます。
従って二つ国の代表ではなく一つ国の代表、その次(副)ということです。

>>596
ハイハイ ローガンさんですね。
ハチャメチャとは・・・・・・・・・・・
昔の人々は現代人ほど古い古墳などの年代について詳しく知らなかったのでは?
ということです。近年の発掘調査によりさまざまな結果が出てるではありませんか。
昔〜の人々、ようは江戸時代より前の人々の発掘調査なんてあまり聞かないし、
ほとんど明治以降のではないか。


598 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/12(土) 22:30:58
キのナガサ コオナソタケぞ
タケ=身の丈=身長
研究しておきます。

私の年代感以外ハチャメチャ。 フフフ。


599 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 22:41:19
>>595 愛知県民さん
>ホ38275    

あら 愛知県民さんもほつま伝に関する本でも購入しましたか?
勉強熱心でいいでつね。

>>598
唐松山さん〜>>595はほつま伝のようですよ
なにかコメントお願いします

600 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 22:49:36
改めさん
>>592
>想像するのは勝手ですが、このように素直に解釈することも必要かと思います。

そうですね。何処で発見されるか?
漢委奴國王の金印発見は江戸時代でしたから、遥かに詳しく状況が分かるでしょう。
藤村事件のようなことはやめてほしいですが。

>>599
購入はしてませんよ。ネットで拾いました。

601 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 22:51:16
>>592
あの辺りは大昔からならず者の倭寇(海賊)が居たらしいですから
盗んできたものとは考えられませんか?

602 :ローガン:2008/07/12(土) 23:08:08
>>597
> ハチャメチャとは・・・・・・・・・・・
> 昔の人々は現代人ほど古い古墳などの年代について詳しく知らなかったのでは?
> ということです。近年の発掘調査によりさまざまな結果が出てるではありませんか。

了解しました。昔の年代観はハチャメチャだけど近年の発掘調査の結果から得られる年代観は「ハチャメチャ」とは対極にあるものである。と仰ったと承知しました。


同感です。

603 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/12(土) 23:11:32
>>600
2・26事件などは昭和時代です。

漢委奴國王の金印は後漢の時代、すなわち弥生時代。
卑弥呼もこの弥生なのです。
奴國王、卑弥呼の金印など、『物』が発見された場所は、その地が
その『物』と関わるから出土されると考えます。
実際、漢委奴國王がアメリカのフロリダ州から出土されましたか?
違いますよね......日本の九州から出土されたのです。

>>601
妄想豊かですね(笑)

604 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 23:16:35
>>603
貴方の論だと
奴国が志賀島って事になるが、貴方はそう考えているのですか?

605 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 23:17:58
>>9
>ちょっと尋ねるがどうして同じタイトルのスレッドが上位に3つも立っているんだ?

全ての元凶は

 神奈川県民=三重県民=改めドツボ

こいつがいる限り、或いは根本的に態度を改めない限り事態は改善されない。


それともこの板のローカル・ルールに

 「 神奈川県民=三重県民=改めドツボ にかぎってスレの私物化を認める 」

とでも書くかww


606 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 23:21:13
改め丸を監視

607 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/12(土) 23:28:02
今以難升米爲率善中郎將、牛利爲率善校尉、假銀印青綬、引見勞賜遣還。
銀印青綬は誰に与えられたのでしょうか?
難升米だけか、又は難升米と牛利にそれぞれ与えられたのか?

608 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 23:45:04
改めドツボ監視中…




609 :何故ドツボは他スレに干渉しますか?:2008/07/12(土) 23:47:59
217 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2008/07/12(土) 22:04:12
>>1
早くここを片付けろ

ドツボ撲滅委員会くん スレ立てまくるなよ 迷惑








610 :改め論説正否調査室:2008/07/12(土) 23:49:46
監視中

611 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 00:03:23
>>609
>何故ドツボは他スレに干渉しますか?

考えられるのは…
 (1)自分が自分専用私物スレを立てるのは構わないが
    他人がスレを立てるのは気に入らない。

 (2)『なぜ邪馬台国を大和と認めないの?2』を立てた奴のハンドルが
    「ドツボ撲滅委員会」だから気に入らない。

 (3)九州説に対して喧嘩売るようなスレタイが気に入らない。




612 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 00:17:02
>>604
>貴方の論だと
>奴国が志賀島って事になるが、貴方はそう考えているのですか?

>>607
奴国つーのは「有二萬餘戸」が示すとおり範囲は広いですよ。
その中には志賀島も含まれてます。

>>607
>銀印青綬は誰に与えられたのでしょうか?
>難升米だけか、又は難升米と牛利にそれぞれ与えられたのか?

難升米、牛利ともに印綬されてます。

汝來使難升米、牛利渉遠 道路勤勞
今以難升米為率善中郎將 牛利為率善校尉 假銀印青綬 引見勞賜遣還

それだけじゃあありません。
掖邪狗等八人も印綬されてます〜おそらく銀印でしょう。

掖邪狗等壹拜率善中郎將印綬

613 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 00:17:05
                                                                      
>しかし、韓国人が「日本が好きだ」と言うと、政治的、マスコミ的に問題があるので、
>「嫌い」という態度を通しているだけだ。
                                                               
 実は、2000年前から反日主義だったワイ族。その実態とは?
                                
 現在の朝鮮人は、半島東北部の太白山脈(たいはく山脈)の東側に住んでいたワイ族(『東ワイ』とも呼ばれた)の
子孫である。高句麗人(フヨ族)ではないし、韓人(カラビト)でもない。今、国際社会で「コリアン」と呼ばれている民族は、
実は朝鮮人ですらない。
 もともと朝鮮人というのは、紀元前1世紀の時代に半島北部に住んでいた漢人のことである。
つまりチャイニーズのことだ。衛氏朝鮮国の住民である漢人が「朝鮮人」と呼ばれていたのだ。
現在の『コリアン』と呼ばれている半島人(ワイ族=ワイアン)とは、異種なのである。
 古代の半島南部に住み、日本列島の住民から韓人(カラビト)と呼ばれていた人々は、倭人系民族だった。
彼らは、とうぜん日本語を話したし、現在の半島人(ワイアン=WAIAN)とは人種・民族が異なっていた。
 カラ半島南部においてワイ語(現在の朝鮮語の基になった言語)が公用語になったのは、
8世紀以降であり、7世紀までは、半島南部の公用語は倭語(日本語)だったのである。
古代日本人が交流していた相手は、あくまでも半島南部の倭人であって、ワイ族(今の朝鮮人の先祖)ではない。
古代における日本列島住民と半島南部住民の交流には、朝鮮人(ワイアン)はまったく無関係なのである。





614 :三重県民改めドツボ:2008/07/13(日) 00:56:17

        /::::)(:::)(:::::::::::)(::::::^::::::::::\
       (::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ::::::::::\
     /::::::::::/ノ::::::::ノ::::::::ヽ:人::::::::::ヽ:::::::::::::::)
     (::::::::::/  ):::ノ::::ノ ) ソ ヾ::::::::::::丶::::ヽ
    (:::::::::/ 彡  ノ   ノ  :: 彡:/)) ::::::::::)
   (::::::::::/彡彡彡彡彡   ミミミミミミミ :::::::::::)
   ( :::::::// ̄ ̄ ̄ ̄ヽ===/ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ |:::::::::)
    | =ロ   -=・=-  ‖ ‖ -=・=-   ロ===
    |:/ ‖    / /ノ  ヽ \     ‖ ヽ|ヽ        _________
     |/  ヽ`======/ .⌒ ` ========ノ.   ..| |     /
   .(         .(●  ●)         )ノ   /
   (   ・     / :::::l l::: ::: \         .)  < 早くここを片付けろ
   (       // ̄ ̄ ̄ ̄\:\.       .)   \
   .\     : )::::|.  ̄ ̄ ̄ ̄ |::: ::::(:     /..    \_________
    \ :::   :::::::::\____/  ::::::::::   /
      ヽ  ヽ:::: _- ::::: ⌒:: :::::::: -_     ノ
       \丶\_::_:::::_:::: :::::_/::::  /
        | \ \ ::::::::::: :::::::::: ::: :: __/ |
    ̄ ̄\ 丶  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    / ̄ ̄


615 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 01:07:38
>>612
金印は1個だが、銀印は10個も与えられたとすると
後世に残る可能性も高い。
銀印発見に期待!


616 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 01:32:21
銀印発見に期待ですね。

それと>>614〜目が覚めて起きてきたら落書きされてる

いい大人がみっともないよ〜さあ寝よ zzzzzzzzzz

617 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 01:45:07






改めドツボのレスからカブト虫の匂いがします。



618 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 09:16:09
唐松山さん
良かったらホツマツタエとミカサフミの違いについて書き込んでくれませんか

619 :神子・コンドリア:2008/07/13(日) 09:24:54
何故、「邪馬台国や卑弥呼は誰だ!」に終止符が打たれず、
全国で色々と論争が起きているか…。
それは、中国の文献に書かれている事が曖昧で有るからです。

一番のネックは、邪馬台国が在るとする魏志倭人伝に書かれていた内容が、
方角表記や距離表記をその通りにたどると「日本列島のはるか南方」とする説や、
図り方により四国の方へ行ってしまうなどの説で様々だからです。

また、「弥生時代の2〜3世紀に日本にあったと推定されている。」内容さえ、
著者の西晋の陳寿が3世紀末(280年-290年間)に書かれた物であり、
Wikiにも書かれているように、
【まず、留意しなければならないのは、『三国志』の中に「倭人伝」という列伝が存在したわけではなく、
あくまでも「東夷伝」の中に倭及び倭人の記述があるということに過ぎないということである。
従って東夷伝の中に記された「東夷」の概念には当然倭人の事も含まれていると考えられるため、
倭人に関する条のみならず、東夷伝全体を通読しなければ意味がないという考え方もある。】という訳です。

つまり、古典的話が歴史本のように取上げられたと、言うわけです

しかし、古典的話でも、その後の日本で発掘される古墳などは、
その地域に残されていた噂話や古事記などで、証明される事が多いからです。

このような事ですから、九州人は九州説を唱え、四国人は四国と唱える訳です。
また、畿内説は「魏志倭人伝」の方角表記が誤っていると考え、
色んな論争に発展している訳です。

そこで私、、、「九州に決まってんじゃ!」で締めくくります。
※古墳学者じゃない我々に判るかいな〜。 信ずる者が救われるんです。

620 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 09:28:18
>>619
>一番のネックは、邪馬台国が在るとする魏志倭人伝に書かれていた内容が、
>方角表記や距離表記をその通りにたどると「日本列島のはるか南方」とする説や、
>図り方により四国の方へ行ってしまうなどの説で様々だからです。

まあ、いってることは分かるが・・・貴方は実際に地図をたどって
「日本列島のはるか南方」や「四国の方」へなったのですか?
何故、そこに行き着いたのか書きこみよろしくお願いします。

621 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 09:31:52
>しかし、古典的話でも、その後の日本で発掘される古墳などは、
>その地域に残されていた噂話や古事記などで、証明される事が多いからです。

「噂話や古事記などで、証明される事が多いからです」
は、古事記のどの部分でしょうか? 噂話てw各地の伝承と言いたいのでしょうかね。 


622 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 09:35:21

>>616

たとえ金印、銀印がとある古墳から出土されても、引き継がれた
強奪された とかの理由で、決定的な証拠とはならない。

九州派は畿内派を 畿内派は九州派の 根拠をいともたやすく
撃破?しているのが日常である。


623 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 09:38:10
>>622
九州派は畿内派を 畿内派は九州派の 根拠をいともたやすく
撃破?しているのが日常である。

じゃあここで九州説が畿内説派に論破されないのは何故でしょう?
九州説派がいとも簡単に論破されてるのって見たこと有りますか?



624 :改め論説正否調査室:2008/07/13(日) 09:40:50
警戒監視中

625 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 09:43:46
>>622
>たとえ金印、銀印がとある古墳から出土されても、引き継がれた
>強奪された とかの理由で、決定的な証拠とはならない

これにもアンカーをつけようか・・・。
上でも書いたが金印がアメリカのフロリダ州やテキサス州から出土されるんではなく
日本の九州でみつかるはずです。そこに邪馬台国があったから出土されるわけですよ。
もし、九州から出土されれば邪馬台国はアメリカではなかったといえます。

みなさんは九州という枠ではおさまらず、もっと詳しい場所を望んでるだけにすぎません。


626 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 09:44:27
倭王武は
「使持節都督倭新羅任那加羅秦韓慕韓六國諸軍事安東大將軍倭國王」
の金印をもらったのか?
印綬の記事は無いですが、文字を書いた何かはもらったのでしょうね。


627 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 09:59:23
倭の五王の一人「倭王武」
天皇家の雄略とする説が根強くある。
はたして、どうなのか?
う〜ん雄略ぽいんだが、五王の系図を考えたとき天皇家の系図と
ピタリと一致しないんだよね。。。。だから天皇家の雄略ぽいとしか言えないというか。。

金印は貰ってはいないでしょ。そのようなことは聞いたことないし。

628 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 10:03:56
『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』『フトマニ』この三つでヲシテ文献とうらしい。
各違いについては唐松山さんに説明してもらいましょう。

唐松山さん〜来ないかな?


629 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 10:08:09
>>628
上表文に「東征毛人五十五國」とあります。
「毛人」は旧唐書日本伝にも出てきます。
其國界東西南北各數千里、西界南界咸至大海、東界北界有大山為限、山外即毛人之國。
「大山」は日本アルプスで、毛人之國は毛野国(群馬・栃木)でしょう。
雄略だと思います。


630 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 10:17:36
>>629
>雄略だと思います。

うん わたしも一番相応しいのは「雄略」とします。
しかし、ピタリと一致しないから断言は出来ないというか.......。

ロムらーに何故、雄略かって?突っ込まれそう....
何故かっていうと、
「埼玉県稲荷山古墳で出土された鉄剣」や「熊本県江戸船山古墳の刀」
につて詳しく書かれた本でも読んで下さい。としかいえない(笑)


631 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 10:26:36
愛知県民さん〜
このスレを読んだ人が勉強になるような学べる話題てありますか?


わたしが邪馬台国でもいいし、文献についてで語ってみましょうかね。

632 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 10:29:55
>>629はアンカーミス。正しくは >>627
どちらも改めさんですからいいとは思いますが。

>>630
>ピタリと一致しないから断言は出来ないというか.......。

南北朝時代に面白い例があります。
征西将軍宮懐良親王は、「日本国王良懐」として明から冊封を受け、
明の権威と勢力を背景に独自に九州に南朝勢力を築きました。
また、懐良親王が「良懐」として明と冊封関係を結んでしまったため、
足利義満が日明貿易(勘合貿易)を開始する際に新たに建文帝から冊封をうけ「日本国王」となるまでは、
北朝や薩摩の島津氏なども明に使節を送る場合は「良懐」の名義を用いねばならないという事態も発生した。
古代史にも参考になるかな?

633 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 10:42:56
>>632
雄略=「武」と考え、そこに南北朝時代の例が関係あるのかは不明。

まさかその>>632から『雄略=「武」』としているわけではないですよね?

634 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 10:46:47
雲南省にも出雲大社のような屋根の形状をした高床式の造りの家がまだあり、
皇帝からもらったとする日本で見つかったのと
ほぼ同系の金印も博物館に貯蔵されている。
現地の古い言い伝えによると、
ワ族という現地人が呉から逃げるため船に乗ってどこかに消えたとか。

まさか…!!

因みに明日香にある猿石、亀石とよく似たものがベトナムにもある


635 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 10:52:42
>>634
半島にも前方後円墳があると聞いたことがあります。
実際に見たことはありませんが(笑)

韓国の前方後円墳
http://www.chosunonline.com/article/20071118000001

>日本で見つかったのと
>ほぼ同系の金印も博物館に貯蔵されている。

それは初耳です。
詳しく教えていただけませんか。

636 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 10:55:22
雄略は奈良の葛城地方に伝説が多いですね。事代主との問答とか。

雄略は葛城大王で三輪大王とは争っていたんじゃないかと。
後に中間の飛鳥の地に
蘇我(葛城)と物部(三輪)が宮を共立したんじゃないかと。
だから蘇我は大王しか出来ない行いを躊躇なく出来たんではないか?

その後に物部は太子や馬子に潰されましたが

637 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 10:58:31
>>635
雲南省の古代博物館にあります。
前にTBSのふしぎ発見で紹介されてました。

やはり天孫族は中国のワ族なんでしょうか…?

638 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 11:02:32
>>635
「滇王之印」ですね。
ttp://abc0120.net/words/abc2007042507.html

639 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 11:09:35
おお〜こんなものがあったのか〜!!

まだまだ出てきそうですね。

滇王之印
>蛇紐(蛇の形をしたつまみ)を持つ金印で、「滇王之印」の四文字が篆刻されている。
>この金印の出土によって漢武帝が元封2(前109)年に滇王に王印を下賜したという
>『史記』の記載の正確さが証明された。
>漢には皇帝・諸侯王・官吏ごとに印章があり、身分によって形式・材質に規定があった。
>「滇王之印」は、福岡県で発見された「漢委奴国王印」の蛇紐金印と、
>形・大きさ(ともに漢代の一寸四方)・材質に似たところがある。
>この二つの金印の存在は、漢の皇帝が周辺民族の首長や近隣国の国王にも
>印を下賜・贈呈していたことを示している。   らしい!!みんな知ってた?

640 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 11:15:59
>>634
>ワ族という現地人が呉から逃げるため船に乗ってどこかに消えたとか。

面白いですね!
聞其舊語、自謂太伯之後(魏略逸文、太平御覧の魏志倭人伝など)
太伯は呉の国祖。
ありうるかも・・・

641 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 11:16:28
畿内説ですが箸墓が3世紀中頃築造というのは必ずしもコンセンサスを得ていないはずです。
箸墓が時期が異なるなら無意味な議論ですが。
むしろもう少し後とする立場も少なくありません。

鏡からの土器編年への年代比定も幅があり、一番古くした場合によっては
箸墓が卑弥呼の墓になるかもしれませんが、まだ問題があります。
箸墓が250年頃という根拠を述べないと仕方ないですね。
殉葬や里について誇張ならば径も誇張とする見解もあり得ると思います。


642 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/13(日) 11:20:32
>>641
少数派な畿内説ですか。頑張って下さいね。

わたしはそろそろ出掛ける時間なので今日のところはここまで!
まあ、夜に又来るかもしれません〜! では〜失礼します。


643 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 11:23:23
巻向は三輪王朝の本拠地だと思います。
そこに果たして卑弥呼が居たかどうかは謎ですが。
モモソならそうでしょうが。

畿内説だと倭国大乱は葛城vs三輪か、山城vs邪馬台ですよね。

私は畿内九州 どっちでもよくて
納得する方につく 悪人ですw

644 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 11:38:40
>>636
>雄略は奈良の葛城地方に伝説が多いですね。事代主との問答とか。

事代主? 一言主(ヒトコトヌシ)大神でしょ?
雄略の時代でも「神代」の要素があるらしい。

645 :神子・コンドリア:2008/07/13(日) 11:41:09
>>620>>621
「改め」君って、ネバっ濃いんだね。

君の問いは、>>485で私が答えた>>470と同じレベルです。

だから、このスレ内に投稿した日本の古墳博物館などを、、、自分自身で調べてくれ!
また、Wikiなどにも書かれているので、それらからリンクしたら良いよ。

まぁ〜た、初めから根拠を出すのは面倒なんだよね。

646 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 11:53:01
>>645 >>485
485はまったく答になってなかったと思うけどなあ。吉野ヶ里に何人の人がいたかは範囲を決め、そこにどの程度の住居があったかなどから推測できるでしょう。
しかし、古墳から国の大きさが分かるわけはないよ。国の大きさに比例して古墳が大きくなるわけではなし。一つの国にいくつの拠点があったかすら分からないのだから。


647 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 12:21:58
>>644
一言主は事代主と同一人物というのは通説ですが?

648 :神子・コンドリア:2008/07/13(日) 12:25:44
>>646
>古墳から国の大きさが分かるわけはないよ。

…どこに大きさが判ると投稿しましたか?

>国の大きさに比例して古墳が大きくなるわけではなし。一つの国にいくつの拠点があったかすら分からないのだから。

…飛躍しすぎ。

649 :神子・コンドリア:2008/07/13(日) 12:40:46
>>646 …へ追伸。
これを読んでないんだろう?

「吉野ヶ里遺跡の紹介…http://www.yoshinogari.jp/contents3/?categoryId=6&PHPSESSID=5c32cebc47d49e9ec6569b516f895526」の
「Q.吉野ヶ里の人口はどれくらいだったの?」に推測数が出ています。
          ↓
       記載されている文言。
Q.吉野ヶ里の人口はどれくらいだったの?
A.当時の人口を調べることはとても難しいことです。
基本的には、お墓の数や住居の数などから推察していきますが、
当時の燃料が薪だったことを考えると、周辺の森林の伐採等による
環境のことも考えなくてはいけません。
また、当時の人々が1 日どれくらいの食物を食べていたのか、
それを満たす食糧の確保が可能だったのか、など、
考えなくてはならないことはたくさんあります。
吉野ヶ里では、こうした様々なことについても調査研究を行い、
現時点で最盛期には、外環壕の内部におよそ1,200人、
吉野ヶ里を中心とするクニ全体では、5,400人くらいの人々が住んでいたのではないかと考えられています。

650 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 13:21:12
>>647
元々は葛城の田の神で、一言主の神格の一部を引き継ぎ、託宣の神の格も持つようになった。
葛城には、事代主を祀る鴨都波神社(奈良県御所市)があり、
賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)のような全国の鴨(賀茂・加茂など)と名の付く神社の名前の由来となっている。
(wikipedia「事代主」)
797年に書かれた続日本紀の巻25では、高鴨神(一言主神)が天皇と獲物を争ったため、
天皇の怒りに触れて土佐国に流された、と書かれている。
これは、一言主を祀っていた賀茂氏の地位がこの間に低下したためではないかと言われている。
名前の類似から、大国主の子の事代主と同一視されることもある。
(wikipedia「一言主」)
確かに関係は深そうですね。勉強します。

651 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 14:48:07
このスレを荒らしているのは
神奈川県民(トリップ無)=三重県民=改め=ドツボ。
意図せず結果的に荒れたという体をとっているが、悪意を持って荒らしているのは明白。
その手口はいくつかあるが、
1 他説に対する罵倒、人格の攻撃。
2 スレを私物化
の二種類に大別される。

特に後者は悪質で、2ちゃんのルールを大きく逸脱した俺様ルールを強要するのが特徴。
少し2ちゃんに慣れた人間には、反論が容易であり簡単に論破できる。
だがこれこそが罠なのであって、それが証拠にドツボはいくら言っても分からない(フリをする)
人間の性質として、明らかな正論が受け入れられないことは大きなストレスだ。
説明しても説明しても、論破されても論破されても、理解しようとしない(フリをする)ドツボは人格を攻撃されることになる。
そして荒れるのだ。
考えてみればすぐ分かるが、ここまで理解力がない人間はそういない。
つまり演技と断定してよい。

なぜ故意に荒らすのか理解に苦しむ向きもあろう。
私にも真実は分からない。荒れた結果、レスが進むことを喜んでいるのかもしれないし、そもそもバトルという行為に魅力を感じているのかもしれぬ。
しかし、そんなことは理解する必要はない。
ドツボが故意にスレ荒らしを呼び込んでいる事実、この一点に注目すればよい。

監視は有効だ。上記をふまえてドツボを監視しているという意志を示すことが重要だ。
我々はドツボが故意の荒らしをやめるまで、永遠に監視する。
賛同する人は、ただ監視中と書込んでくれればい。
それが悪質な荒らしへの対処法になり得ると確信している。


652 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 15:00:53
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

653 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/13(日) 15:07:47
「越」と「倭」は、古くは同音だったようです。
「聞其舊語、自謂太伯之後」と言い、「夏后少康之子、封於會稽」と言い、
大きな視野で邪馬壹國を見る必要がありそうです。

改めさん、別掲示板のトピが消えているようですが・・・?

ではまた。ZZZ・・・・

654 :神子・コンドリア:2008/07/13(日) 15:11:44
>>652
君のレスは、あちこちに貼って有るけど、何をコピペばかりしてるの?

私のこのレス、2chの他のスレで一番に貼ったので、君も知っているよね。

  日本の代表される短粒幅広のイネ(ジャポニカイネ)の栽培起源が、
  インドネシアやフィリピンだったとする新説も出た。
http://mainichi.jp/select/science/news/20080707k0000m040115000c.html

655 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 15:24:26
>>654
知っているよw

おまえが朝鮮煙幕タイワン国策工作部隊だという事をな(爆

インドネシアとフィリピンはもみを大きくする遺伝子だけだろ。

だったら、インドネシアやフィリピンから直接イネが来たなら
もみが大きくなるだけでジャポニカにならねえだろがドアホ台湾ベトナム顔土人w

結局、イネは中国を経由して山東半島から遼東半島に入って朝鮮半島に伝わり、
それを沿海州から弥生人が船で朝鮮半島東岸を抜けてくる最中に水田稲作を
知って九州北部に運び込んできただけの話。

以前と何も変わらないねw

656 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 16:26:57
遥か昔、紀元前200年頃に、秦の始皇帝は臣の徐福に命じ、東の海に蓬莱・
方丈・瀛洲という三神山があって仙人が住んでいる国にある不老不死の薬を
求めて、3000人もの老若男女の大集団を派遣した。しかし、船は難破し
『倭の国々』の各所に漂着し、地方各所で族長(弥生人)となり、原住民であった
一般住民(縄文人)と混血する。そして、大陸との交易は北九州の国々を介して
継続されていたが、後漢王朝混乱期の2世紀中頃以降から朝鮮半島を通じて
大陸より多数の避難民が倭国に移住してきた。その中の一人に物部の祖饒速
日尊が居た。彼らは北部九州に一定期留まっていたが、大乱に明け暮れる土地
に嫌気をさし、移動を決意して東へ東へと進み、そして安住の地であった河内・
大和の地にたどり着く。そこで地の神であった長髄彦の妹を娶り、纒向の地に
物部政権(三輪王朝)を確立させる。その頃、また一方で倭国大乱の際に中部
九州(筑紫平野)にあったヤマト軍(邪馬台国)は南の熊本平野にあった狗奴國軍
に破れ、ヤマト軍は大きく東南方面に逃亡し日向国(高千穂久士布流多気)に
第二次邪馬台国を樹立させる。そこで、国力を附けて再度北上し、宇佐(中津)
に至り第三次邪馬台国を樹立させる。国力を益々増強させ、兄弟と多数の兵士
を従えて、筑紫国岡水門・吉備を経て、数十年の歳月を費やし、その子孫となる
神宮皇后と武内宿禰夫妻は遂に畿内に至る。しかし、そこには先住者であった
饒速日尊の子(子孫)である宇摩志麻遅命(事代主)が待ち受ける。そこで、
九州にあったヤマトは国譲りの談判に成功し、物部一族は大和の地から追放され
出雲や諏訪地方に落ちていく。強引な談判による敗北に深く恨む物部氏を出雲や
三輪山で厚く祀ることで、その後は大王家(ヤマト朝廷)の平穏が願われた。


657 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 16:33:51
BC3C末、除福一団の故郷、江蘇省北部では三足土器で炊飯していました。
粗製灰陶で出来ている鬲です。
灰陶を焼く原始的な穴窯も鬲もさっぱり伝わっておりません。
秦王朝のシンボルである鼎も土器にも青銅器にもさっぱり伝わっておりません。
中国青銅器の龍文はもちろん、龍信仰さえさっぱり伝わっておりません。
縦笛の簫、磬、鐘、鐃、ロ于、鉦など、様々な楽器も
さっぱり伝わっておりません。
三足やラッパ型の様々な酒器もさっぱり伝わっておりません。
様々な玉器もさっぱり伝わっておりません。
漢字の前身、篆書などを刻んだ遺物などもさっぱり出土しません。
除福なんて来ておりません。
ただ、馬鹿で、無知で、低脳の、頭の弱い人間だけがダマされる創作です。

658 :神子・コンドリア:2008/07/13(日) 16:48:19
>>655
朝鮮半島人は、君のように習うんだ!?

ところで何故、日本に住み着いているの?
早く朝鮮半島に帰れよ!

659 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 17:08:06
>>658
邪魔な日本人に朝鮮人呼ばわり=台湾国策工作員wwww

おまえら台湾人こそ朝鮮人とともに日本から出ていけ!

660 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 18:18:17
隋国の役人が、「即ち・・」と随書のなかで、ヤマトに関しての
混乱を断定形で正して見解している。

遣隋使の使者や返礼者としてヤマトを訪れた裴(世)清ら一行の報告
をもって、その混乱も解消した。

「即ち魏志に云うところの邪馬臺なり」
(原文=邪靡堆則魏志所謂邪馬臺者也)

この裴(世)清の来日の件は日本書紀では、推古天皇16年の条で大唐
とされている。

日本書記の編者らは隋から唐への革命による政権移行が正しく認識で
きていなかったことは事実である。

これをもって、九州説諸氏はこの条項に反論しているが、ヤマト側に
よる中国(隋や唐)の認識よりも、要は隋国の使者が正しくヤマト側の
ことを伝えていればそれでよいのである。


661 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 19:13:25
>>660
>隋国の使者が正しくヤマト側のことを伝えていればそれでよいのである。
隋国の使者が伝えた倭国王は、男王でした。推古天皇ではありません。
倭国に女性の王がいたとは一言も書いておりません。


662 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 19:33:30
>>9
>ちょっと尋ねるがどうして同じタイトルのスレッドが上位に3つも立っているんだ?

全ての元凶は

 神奈川県民=三重県民=改めドツボ

こいつがいる限り、或いは根本的に態度を改めない限り事態は改善されない。


それともこの板のローカル・ルールに

 「 神奈川県民=三重県民=改めドツボ にかぎってスレの私物化を認める 」

とでも書くかww





663 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 19:49:32
>>662
今頃何故>>9に応える?
その行為の方が、ドツボよりよっぽど荒らし。

664 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 20:19:37


改めドツボ監視中・・・




665 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 20:25:06
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html


666 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 20:49:19
>>661
当時の大和朝廷の王が推古天皇であったのか聖徳太子であったのか
はたまた嶋大臣蘇我馬子であったのかは、別の問題じゃないですか?

上段の方では、『…漢光武時、遣使入朝、自稱大夫。安帝時、又遣使朝貢、
謂之倭奴國。桓、靈之間、其國大亂、遞相攻伐、歴年無主。有女子名卑彌呼、
能以鬼道惑衆、於是國人共立為王。…』

と倭国の紹介で卑弥呼の存在を説明していますが・・・

667 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 20:59:02
>>661
横レスだが
有名な日出国の手紙のときの大王は用明天皇だったらしいよ
後の中国の史料に用明天皇を指すと書いてあるんじゃなかったっけ?
なんでも聖徳太子の手柄にするために用明天皇を故意に早死にさせ
年をずらした可能性があるそうだ

668 :終止符?:2008/07/13(日) 22:32:44
>>1

たぶん永遠に終止符は打たれないよ。
よっぽど、墓から墓誌でも出ないかぎり。でも文字もなかったからダメだろう。

また、金印、銀印がとある所から出たところで、後に引き継がれたと言えば特定
できないこととなる。

年輪年代法でも放射性炭素年代測定法であっても、付けようと思えばいくらでも
ケチが付けられる。

現在は両派が相手の主張を否定することで、消極的に自己の主張を互いに肯定
しようとしている現状にある。

やむを得ないかもしれないが・・・


669 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 23:11:03
日本書記が作られ始めた7世紀後半といえば、大和朝廷は必死に、朝鮮半島
での地位の確保にやっきになるも、白村江の戦いに破れ半島からの撤退を
余儀なくされる。

日本書記が作られた時代背景を十分に理解していれば、仮に3世紀半ばに
魏や漢に隷属していた事実の伝承が大和朝廷に伝わっていても、みすみす
隷属していた過去の事実を詳しく正史として伝えるはずはなかろうに。

自分の不利になることは記載しない。徹底的に他の氏族の伝承も改ざんして
いるのもその一例だろう。

670 :ローガン:2008/07/13(日) 23:20:40
>>661
> 倭国に女性の王がいたとは一言も書いておりません。

横からですが、男性とは限らないとも思えるのですが。

671 :日本@名無史さん:2008/07/13(日) 23:36:39
日巫女さんに吉凶をお願いしてひれ伏している大王見たら
中国人は女王に見えたんだろうよ。

672 :三重県民改めドツボ:2008/07/14(月) 01:51:02

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     (::::::::::/  ):::ノ::::ノ ) ソ ヾ::::::::::::丶::::ヽ
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   ( :::::::// ̄ ̄ ̄ ̄ヽ===/ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ |:::::::::)
    | =ロ   -=・=-  ‖ ‖ -=・=-   ロ===
    |:/ ‖    / /ノ  ヽ \     ‖ ヽ|ヽ        _________
     |/  ヽ`======/ .⌒ ` ========ノ.   ..| |     /
   .(         .(●  ●)         )ノ   /
   (   ・     / :::::l l::: ::: \         .)  < 私がスレ主です
   (       // ̄ ̄ ̄ ̄\:\.       .)   \
   .\     : )::::|.  ̄ ̄ ̄ ̄ |::: ::::(:     /..    \_________
    \ :::   :::::::::\____/  ::::::::::   /
      ヽ  ヽ:::: _- ::::: ⌒:: :::::::: -_     ノ
       \丶\_::_:::::_:::: :::::_/::::  /
        | \ \ ::::::::::: :::::::::: ::: :: __/ |
    ̄ ̄\ 丶  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    / ̄ ̄



673 :日本@名無史さん:2008/07/14(月) 20:19:42
>>670

詳しく!

674 :日本@名無史さん:2008/07/14(月) 22:37:53

>>669
『日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。』と聖徳太子?による
有名な書簡が隋の天子に渡されたが、確かに邪馬台国の卑弥呼による魏国への
朝貢の出来事は、大陸への対等の存在をアピールしていた当時の大和朝廷とし
ては、触れられたくない過去の倭国の恥部であったろう。

ましてや、その伝承を正史である日本書記にそれら出来事を掲載させるあろう
はずもない。
だから、日本書記や古事記には、邪馬台国の件が触れられていないんだろうと
思われる。普通に考えてもね。

675 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/14(月) 22:42:23
>>674
だったら雄略、武烈の悪事も消すよ。記紀の女王国の記述がないの
は、畿内近隣に女王国がなく、遠隔の九州にあったため、情報が
集められなかったから、女王国の各データがなく記載できるわけ
がないからだ。皇族の不倫、殺人も消さねばおかしいぜ。

676 :日本@名無史さん:2008/07/14(月) 22:44:39
>>674
この人はなんなの?
日本書紀には魏志倭人伝がそのまま引用されているじゃない。
触れられたくない恥部ならばなぜ日本書紀に魏志がそのまま引用され
卑弥呼という女王名までさらしているの?
触れたくないなら魏志なんて無視すればいいでしょう。
大和王権の出来事ではありません、ってね。
なんでわざわざ引用してるの?
意味不明。

677 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/14(月) 22:45:54
>>676
同意

678 :ローガン:2008/07/14(月) 23:38:02
>>673
> 詳しく!

適切な用例がないか探しているところで、まだ良く練れていませんが…
隋書に開皇20年と大業3年の遣使の記事が見えます。
大業3年の使者日については云う迄もないでしょう。明らかに対等外交を意識したものですね。
しかし開皇20年の記事には「姓阿毎字多利思北孤号阿輩ケ彌」とあります。
持ち込んだ国書に「姓、字、号」が書いていたならこれは「上表」と考えられますね。
しかし開皇と大業、この僅か7年で対中外交が激変したとは思えない…。
とすれば、開皇20年のは上表ではないとは云えないか?なんて考えまして、故に「アメタリシヒコ」とは個人名ではない、と考えた訳です。
天皇を指す当時の称号ではないか?称号であれば性別についてはさほど拘る必要はないですね。

続く。

679 :ローガン:2008/07/14(月) 23:59:40
続きです。
隋書には「姓〜字〜号〜」があります。
単なる推測ですが、倭側は対等外交として「称号」による国書を届けたが、隋側はそれを「姓、名、号」が書かれた「上表」としてしか受け取らなかった からではないかなあ?と考えます。

隋書には「名太子爲利歌彌多弗利」とあります。太子を名付けてリ(ワ)カミタフリと為す。

翰苑の注記に「今案」としながら、「王長子号(和)哥彌多弗利華言太子」とあります。
隋書では個人名と読めそうなワカミタフリを称号だと言っていますね。
アメタリシヒコについて言及はありませんが、同様に考えてもいいかなあって思います。
ただ昨日、ドンコイでエロい人に翰苑の史料性についてお尋ねしたのですが(笑)


まあ明確に否定していただければ、すぐ撤回します。


680 :神子・コンドリア:2008/07/15(火) 00:28:24
>>668
そうだよね〜。
実は、私も本音でそう思う。

だって、古文書だって、現代と文意の解釈が違うかも知れないし、
何せ、古代文の共通語が無いんだからね。

また、中国にある陶器や石刀が日本に無くとも、
日本の風土でに合わなく腐った(風化した。)のかも知れないし、
重すぎて荷物として持参出来なかったりするだろうしね。

卑弥呼が居たとする邪馬台国の方位も、
時が流れすぎての回想録のような話。
つまり、日本の水戸黄門の話と同じ。
※水戸黄門様は、諸国漫遊をしたように思われているが、
実際は、殆ど地方へ出かけていない。
部下に調べるように命令した事の、
部下のサジ加減で諸国漫遊記が出来ている。

九州や関東も古代の火山噴火で何メートルも埋もれちゃった現代だし、
反対に海面より日本列島がせり出して来る事の、
せり出しと反比例するように沈んだ地域もある。(断層。)

運良く卑弥呼や邪馬台国の時代の地層が出てくれば良いんだろうけど…。

それまで、「我が里こそ、邪馬台国だ!」と、皆さん言い合いましょう。

681 :日本@名無史さん:2008/07/15(火) 05:22:09
>>676

> この人はなんなの?
> 日本書紀には魏志倭人伝がそのまま引用されているじゃない。
> 触れられたくない恥部ならばなぜ日本書紀に魏志がそのまま引用され
> 卑弥呼という女王名までさらしているの?

ウソ憑いたらアカンで。
「引用」じゃないだろ。
本文に「○○に曰く」と書かれていれば「引用」と呼べるが、
正しくは、現行刊本に有る「註」のこと。
それも何時、誰が振ったか不詳の外註、「引用」と言うなら本文に書いてないとな。


682 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2008/07/15(火) 05:24:35
>>674
日出ずる所→箒木(はははき)→信濃の阿智村にある木


日出ずる所の天子→信濃の天子(イワレビコ氏族、諏訪大明神氏族、いわゆる物部氏)

日没する所の天子→稲葉(濃尾平野地方)の天子(いわゆるナガツネヒコの氏族、いわゆる蘇我氏)



日没する所の天子って随の朝廷の事じゃ無く国内の蘇我朝廷の事だよ


683 :日本@名無史さん:2008/07/15(火) 06:47:24

>>676
>>681

結局、結論がでないのが邪馬台国



684 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2008/07/15(火) 07:26:30
>>683
まあ結論なんか出ないすね

「魏志倭人伝の文のみから解釈」
な訳だから
情報が少なすぎてあんなもんで解釈は出来ないよ




685 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2008/07/15(火) 07:33:46
魏志倭人伝以外の他の書物も参考にすればいいのにね

同じ時代に倭の女王が治めてた女王国の烏弥邪馬国とかの詳しい記述とかが随書や漢伝に書いてあるのにさ(笑)

ちなみにその時代に倭の鬼道の女王がある国を治める話は日本の紀記にも書いてあるよ



686 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2008/07/15(火) 07:42:09
>>656
秦って古代ローマ帝国の事で日本には確かにカイコを伝えに来たよ
つか幡多氏達の事だよ

あとニギハヤヒは信濃国の諏訪大明神の事だよ

687 :日本@名無史さん:2008/07/15(火) 12:31:09
もん太君、また発作が始まったの?いかんねぇ

688 :日本@名無史さん:2008/07/15(火) 12:40:14
諏訪大神は大国主神の子、事代主の兄弟の逃げた神なので

ニギハヤヒとは関係ないです。

689 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/15(火) 19:22:24
愛知県民さんへ 返信

前田家本『釋日本紀』卷十「的邑」條
三毛郡 [甲類]
 [公望私記曰.案,筑後國風土記云]  三毛郡.[云云]  昔者,楝木一株,生於郡家南.其高九百七十丈.朝日之影,
蔽肥前國藤津郡多良之峰;暮日之影,蔽肥後國山鹿郡荒爪之山.[云云]因曰-御木みき國.後人訛曰-三毛みけ.今,以為郡名.  
[櫟木與楝木,名稱各異.故,記之.]  譯注:はや,感嘆詞.

高さ970丈ね 1丈1.8メートルで計算すると 1746メートル
まさか こんな訳を信じているの?平安貴族の遊びだね。
ただ面白いのは、筑紫の木が山鹿の山に影を落とす
ほぼ90度方向が狂っている その意味で倭人伝と同等?。


690 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/15(火) 19:25:58
もん太君 数字を持ってきた?
早く 19を埋めてくれ。


691 :神奈川県民:2008/07/15(火) 21:09:03
わたし一時来れないので早めに立てました。
ここが終わり次第お使いください。

次スレ
謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符!22
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1216123442/

692 :神奈川県民:2008/07/15(火) 21:27:21
>>668
>たぶん永遠に終止符は打たれないよ。
>よっぽど、墓から墓誌でも出ないかぎり。でも文字もなかったからダメだろう。
>また、金印、銀印がとある所から出たところで、後に引き継がれたと言えば特定
>できないこととなる。

言わせとけば良いのでは?

>年輪年代法でも放射性炭素年代測定法であっても、付けようと思えばいくらでも
>ケチが付けられる。

炭素14法により弥生文化はじめの年代が早まったという。
それでどうのうにケチがつくのですか?

693 :神奈川県民:2008/07/15(火) 21:30:33
>>686
>あとニギハヤヒは信濃国の諏訪大明神の事だよ

情報源はどこ?

>>672
もう少しハンサムです笑  では、自宅へ帰りますね。


694 :美濃もん太 ◆hF.jG29Cew :2008/07/15(火) 22:12:39
>>693
>諏訪大明神の情報源

まえどっかのスレに書いといたんけどなあ
神社の名前は忘れたけど、信濃にあるニギハヤヒを祀る神社を幾つか調べたら同一人物だったよ
物部氏の祖だよ




695 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/15(火) 22:19:47
物部氏の祖として 諏訪の西側に陣取っているのは?地名だけでわかるでしょ。

早く19を埋めて
君しか19を埋められる人間は居ない。期待しているよ。


696 :日本@名無史さん:2008/07/15(火) 23:23:22
>>691

おい!

神奈川県民=三重県民=改めドツボ

また次スレ、フライングで立てたのか?

これで19・21・22と同タイトルスレが3つだぞ?


そんなに自分が次スレを立てないと気が済まないのか?


いい加減にしろ、この糞馬鹿野郎!









697 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/16(水) 00:53:01
『三國志 東夷傳 馬韓伝』
韓在帶方之南 東西以海為限 南與倭接 方可四千里

『魏志倭人伝』
倭人在帶方東南大海之中  

この二つを合わせて三十國は『狗邪韓國』を含めるて?!

わたしの三十國は、『狗奴國』を含めて三十國 です。
まあ、騙されたと思って、チト解析してみましょうか。

まずは、誰かこれについて書きこみ、お願いします。

698 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/16(水) 00:59:12
「家」、「戸」の違いについても!

これ、以前に河童氏が書きこみしてて、
わたし見落としてるんだよね。面積だったかな......。
まあ、詳しく解析してみましょう!

對馬國 有千餘「戸」
一大國 有三千許「家」
末盧國 千餘「戸」
伊都國 有千餘「戸」
奴國 有二萬餘「戸」
不彌國 有千餘「家」
投馬國 可五萬餘「戸」
邪馬壹國 可七萬餘「戸」  誰かコメント宜しく!

失敗〜新しいスレのほう書き込んでしまった!

699 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/16(水) 01:08:18
『後漢書』
建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也

「倭國之極南界」にアル『倭奴國』をもっと解析するべきではないか?ALL

倭人伝にでてくる「邪馬壹國」、「奴國」、「狗奴國」との関係は?! 

他の人の意見もいろいろ聞いてみたいですね! ではわたしはソロソロ....zzz


700 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 01:11:15
>>691

おい!

神奈川県民=三重県民=改めドツボ

また次スレ、フライングで立てたのか?

これで19・21・22と同タイトルスレが3つだぞ?


そんなに自分が次スレを立てないと気が済まないのか?


いい加減にしろ、この糞馬鹿野郎!







701 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/16(水) 01:18:01
いまさらだが、この「有」と「可」の違いは?!

對馬國 「有」千餘戸     一大國 「有」三千許家
末盧國 「有」四千餘戸     伊都國 「有」千餘戸
奴國 「有」二萬餘戸      不彌國 「有」千餘家
投馬國 「可」五萬餘戸 邪馬壹國 「可」七萬餘戸

きょうは、もう遅い時間なので後日てことで!

702 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 01:28:30
>>691

おい!

神奈川県民=三重県民=改めドツボ

また次スレ、フライングで立てたのか?

これで19・21・22と同タイトルスレが3つだぞ?



そんなに自分が次スレを立てないと気が済まないのか?



いい加減にしろ、この糞馬鹿野郎!





703 :ゴミはゴミ箱に:2008/07/16(水) 02:02:22
464 :日本@名無史さん :sage :2008/07/16(水) 01:55:19

>>455>>456>>>>460 …って問題もあるw 君

おい 終止符スレ荒らすな
おまえはここのスレ主の「熊さん」こと「イヨたん・・・・・・・・」さんと

仲良くしてろよ。
おまえは神奈川県民から終止符スレ出入り禁止言われたんだろ?

それにお前のオ家はこっちだろw
まったく〜変な奴ばかり住み着いてるよなww



704 :ゴミはゴミ箱に:2008/07/16(水) 02:45:02
466 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2008/07/16(水) 02:16:51
>>464
改めドツボの殴り込み


キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!!


705 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 20:07:43
卑弥呼もあげてやらないと!!じゃんじゃん書き込んで下さいね


697-699 >>701見て! 改めと同じ考えの人居ないの?

706 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 20:45:06
書き込めと言われても、ループネタじゃつまらね

707 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 21:07:21
>>706

んじゃあ ネタだしよろしくです m(__)m

708 :(・へ・):2008/07/16(水) 23:31:32
>>701
辞書によると『「有」は有る。「可」は推測することが出来る。』の意味です。

「戸」は家の数の数え方。「家」は家族?

709 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 23:34:04
>>671
>日巫女さんに吉凶をお願いしてひれ伏している大王見たら
>中国人は女王に見えたんだろうよ。

ソレはない
倭人伝をよく読んだほうが良いのでは?
倭王は卑弥呼ではなくいったい誰なんです?


710 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 23:46:02
>>678
>故に「アメタリシヒコ」とは個人名ではない、と考えた訳です。
>>679
>隋書には「姓〜字〜号〜」があります。

「姓、名、号」ならそのまま「姓」、「名」、「号」なのでは?

私たちは、日本人です。
日本人ということは、「ひらがな」、「かたかな」、「漢字」、「英語」を
学校で学んだのではなかろうか。
学校で習ったとおりいくと、
そのまま、「姓」、「名」、「号」と考えればいいことと思ってしまうが。


711 :日本@名無史さん:2008/07/16(水) 23:54:52
>>680
>卑弥呼が居たとする邪馬台国の方位も、時が流れすぎての回想録のような話。
>つまり、日本の水戸黄門の話と同じ。
>※水戸黄門様は、諸国漫遊をしたように思われているが、実際は、殆ど地方へ出かけていない。
>部下に調べるように命令した事の、 部下のサジ加減で諸国漫遊記が出来ている。

時代の経過と共に、邪馬台国の真実も人々によって捏造・妄想されて
歪んだ話へと変わっていく。今の畿内説がそれ。


712 :日本@名無史さん:2008/07/17(木) 00:06:47
>>683
>結局、結論がでないのが邪馬台国
>>684
>「魏志倭人伝の文のみから解釈」
>な訳だから情報が少なすぎてあんなもんで解釈は出来ないよ

それは読む側の人が無知だからでは?解析能力が分かってしまうレスだね。

>>683
>ちなみにその時代に倭の鬼道の女王がある国を治める話は日本の紀記にも書いてあるよ

紀記のどこに倭の鬼道の女王がある国を治める話があるの?


713 :日本@名無史さん:2008/07/17(木) 00:47:40
中心に女の骨と豪華な副葬品100人の殉職者と100枚の鏡が発掘された
ってんなら少しは信じてあげても良い。

九州内で出たってんならバカ説を信じてあげてもよい。

714 :名無しさん:2008/07/17(木) 10:39:20
>>713
あなたは何様ですか? 偉そうに

715 :ローガン:2008/07/17(木) 14:50:59
>>710
> 「姓、名、号」ならそのまま「姓」、「名」、「号」なのでは?

よく読むように願います。

> 私たちは、日本人です。
> 日本人ということは、「ひらがな」、「かたかな」、「漢字」、「英語」を
> 学校で学んだのではなかろうか。
> 学校で習ったとおりいくと、
> そのまま、「姓」、「名」、「号」と考えればいいことと思ってしまうが。

意味不明。

716 :日本@名無史さん:2008/07/17(木) 16:59:08
>>714
だまれブス

717 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/17(木) 19:52:52
ハイハイ〜仲良くしてね

議論でなら多少はありますが、そんなの罵声してるだけ。

718 :(・へ・):2008/07/17(木) 20:36:52
結論は九州の伊都国と出てる。

719 :日本@名無史さん:2008/07/17(木) 21:42:57
どこに?

720 :(・へ・):2008/07/17(木) 23:19:08
『三国志魏書』倭人伝の
伊都國の説明に『世有王 皆統屬女王國』「魏の治世、王が居た、倭の国々は皆女王国に統屬する。」と伊都国に女王がいて、女王国が倭の国の国々を支配していたと書かれている。
伊都の伊の字は「神の憑りつくその呪杖をもつ人を意味した。」、これは「事鬼道 能惑衆」卑弥呼のことである。
伊都とは卑弥呼の都との意味があるのである。






721 :日本@名無史さん:2008/07/17(木) 23:24:46
伊都国が女王国に統屬してたとしか読めないが?

722 :(・へ・):2008/07/18(金) 00:03:35
「世」は魏の世、魏の治世のこと。
代々は「世世」。
陳寿も『三国志』の別の場所で代々は「世世」を使っている。
「伊都国には代々王がいた」との訳は誤り、「伊都国には魏の治世、王が居た」が正しい。
従って「皆」は代々王は指さない。
「皆」が代々王は指さないとすると、文の流れから「皆」は倭の国々を指すことが判る。
「伊都国には魏の治世、王が居た、倭の国々は皆女王国に統屬する。」となる。
一つの王国に複数の王は居ないので、伊都国の王が女王国の女王である。
伊都国が女王国を統屬していたとの説明の文です。

723 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 00:06:01
水行とか陸行の話は?

724 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 00:27:24
>>721 >>722
「世有王」以下は伊都国の話ではない。国別の説明記事は、王、官、国民の順序で書くのが当然であり、伊都国の王に関する話ならば、伊都国記事の冒頭に書かれるはず。
「世有王」以下は、対馬国から伊都国までに共通する話で、各国に世襲の王がおり、いずれの国も女王国に統属していたということ。




725 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 00:37:08
まあでも、考古学はもちろん、文献を調べても、
九州より近畿が圧倒してたのは事実なんだし、
卑弥呼はヤマトトトヒモモソヒメで、台与はトヨスキイリヒメってのも、
いろんな人が言ってて学会の常識。
語呂合わせレベルとかじゃあなくて、きちんと文献を調べればそうなる。

昔、九州説だった人も、どんどん撤退しつつある。
いまだに九州説なのは、古田・安本・原田のペテン師だけだ。

なぜ、邪馬台国は畿内か、説明しはじめると長くなるからしないだけ。w
素人は、簡単な理屈(九州からの神武東征)だけを信じるから、
邪馬台国は九州だと信じやすいんだろうが、それが許されるのは素人だけ。



726 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 00:39:11
>>725
という俗説もあるね。

727 :改めドツボ監視委員会:2008/07/18(金) 00:49:25
改めドツボ監視中…

しかし河童虫がいないとこのスレも回転が悪くなるのかな?

まあ、なんだかんだ言って河童虫とドツボはその方向性と言うか芸風似てるしw


しかし…

>>703
>おまえは神奈川県民から終止符スレ出入り禁止言われたんだろ?

一体どうやってスレ出入り禁止にできると言うのだろう?
ドツボの脳内ではスレ主は自由にアク禁できるのだろうか?w


全くリアルキ○ガイの考える事は良く分からんわwww




728 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 00:54:10
あーあ 夏休みか。

729 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 00:57:00
いつから九州説は民間信仰レベルにまで落ちてしまったん?w

730 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 02:46:35
>>725
九州勢力が畿内に攻めたのは、神武東征と神功・応神と2つ有るからな…



731 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 04:38:28
応神のどこが九州勢力なの?
母親は近江の息長氏だよ?

732 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 10:29:29
(・へ・)の書き込みってキュウリ臭いんだが、オレの気のせいか。
クチバシもあるようだが。

733 :名無しさん:2008/07/18(金) 10:51:38
>九州より近畿が圧倒してたのは事実なんだし、
>卑弥呼はヤマトトトヒモモソヒメで、台与はトヨスキイリヒメってのも、
>いろんな人が言ってて学会の常識。

鉄剣文化の北九州勢力に農耕平和ボケの銅鐸文化の近畿が圧倒??
学会の常識??
どうせ、官僚(大学教授とやらも含め)の天下りの学会だろ
世間では、今一番信用されてない集団だよね。
コネがまかり通っているのかね。


734 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/18(金) 11:47:58
今朝のヨミウリの朝刊の邪馬台国の記事も畿内説優勢だとか勝手なことを載せ
ている。笑い止め。ww

735 :\__________________/:2008/07/18(金) 12:27:06
          V
           ___                _
       / ____ヽ           /  ̄   ̄ \
       |  | /, −、, -、l           /、          ヽ きみ頭だいじょうぶ?
       | _| -|○ | ○||         |・ |―-、       |
   , ―-、 (6  _ー つ-´、}         q -´ 二 ヽ      |
   | -⊂) \ ヽ_  ̄ ̄ノノ          ノ_ ー  |     |
    | ̄ ̄|/ (_ ∪ ̄ / 、 \        \. ̄`  |      /
    ヽ  ` ,.|     ̄  |  |         O===== |
      `− ´ |       | _|        /          |

736 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 12:30:44
>>733
畿内説でも、
西日本(北方渡来人主導)が畿内に攻め込んで征服してできた
大和朝廷=邪馬台国という説もあるでしょ。
要するに統一時期を早めて、魏志の記述時点ではすでに統一済みと見る説。
おれはこれが一番自然な解釈だと思うんだけど。


737 :名無しさん:2008/07/18(金) 12:56:33
古事記の神武東征においても、神武の功績は想像以上に少ない。
近畿の三輪地方を制圧したにすぎない。

近畿にはそれ以前に九州方面や吉備、出雲、越方面からの部族が
独自の勢力圏を治めていた可能性はある。

銅鐸をあがめていた部族はたぶんそれ以前の畿内の平和で優秀な農耕民族
であることが考えられる。


738 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 13:08:23
銅鐸信仰の時は大国主が治めていたと見る。


739 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 13:15:27
>>737
銅鐸文化の国家群は江南地方からきた稲作弥生人系の国家かね。
出雲なんか稲作系っぽいよね。
しかも信仰内容や神話のバラバラな分布状況なんかをみても
自然発生村落っぽくて、武力で支配しようとする欲望が
あまり文化的に感じられない。

神武に見立てられる人物が東征して奈良を略奪して邪馬台国=大和国になったのが
魏志記述より前の年代だったとしても、まだ西日本完全統一まではしてなかっただろうね。
連合国家状態だから、いつバランスが壊れてもおかしくなくて、代表者が死ぬと
跡目争いが発生、とりあえず女を王に立てることで治めたっていう
魏志の記述はリアリティあるように感じる。

740 :(・へ・):2008/07/18(金) 16:58:17
>>724

『各国に世襲の王がおり、いずれの国も女王国に統属していたということ。』これは絶対ないな。
女王国に統属していた国の長は王とは呼べない。
王の家臣だから公とか大夫との名称が使われる。
王を統属する王などいない、王を統属するのは皇帝だけです。
「世有王」以下も『郡使往來常所駐』まで伊都国の話です。


741 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 17:17:55
>>740
王(ワン)さんは沢山居る。

742 :(・へ・):2008/07/18(金) 17:35:48
>>741
つまらん冗談、今からデートに行ってくるのでしばらく留守。

743 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/18(金) 19:54:51
前回掲示した文章にとんでもない勘違いがありましたので 新たに纏めました。

アフミヨカ ツクシチのチの タカタミヤ ヲホミケたをれ
上記の文章は、日付を入れて 前の文章との違いを表している。(場所も違う)
これに続く文章 “ミケ”の韻を踏んで繋いでいるが 文は、元の阿蘇の話に戻しています。
キのナガサ コオナソタケ(小阿蘇岳?)ぞ モモふみて ゆきゝにうたふ アサシモの ミケのサヲハシ
アヘツキミ いやわたらすも ミケのサヲハシ
キミとえは オキナのいわく クヌギなり たをれぬサキは アサヒカゲ キシマネにあり
ユフヒカケ アソヤマをゝふ カミのミケ クニもミケとぞ なづけます 
名を付けた処で場所を移動
ヤツメをこえて マエヤマの アワミサキみて キミいわく たゝみうるわし
カミありや ミヌサルオウミ もふさくは ヤツメヒメカミ ミネにあり ホヅミにいたる…
八女に至り八女姫神 峰(東方の御前岳、釈迦が岳?、その東山麓は前津江村)に在り 8月に至る… と続く。
クヌギが倒れるのは、陰の話。
ミケが筑後国三池郡高田では クヌギ(落葉樹)より楠木(照葉樹)、クヌギには暑すぎる 楠木は、古墳時代の特産品。
九州で最後までドングリを食料にしていたのは、阿蘇、と考古学は申しております。

アフミヨカ(7月4日)…の部分は阿蘇で軍を展開中の出来事ですが単体で読む。
阿蘇、筑紫、三毛、八女と場所が移動する、まだ 一つの文章ですか?
 次はすこし戻って柏、大野の踏み石ですか、とりあえず反論を。


744 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 20:23:03
>>740
日本に於いては、「王」=「君」だよ。
九州では、「君」は酋長程度のもの。

745 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 21:09:33
>>743

ノストラダムスの大予言は、なぜ外れたと思うか?

746 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 02:54:28
唐松山さん VS 愛知県民さん

結末はどうなる?!ww

747 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 03:53:44
Aさん〜よかったら今、向こうでザラコクとやってるので
観戦しに来て下さいよ。

彼は既にわたしから論破されかかってます。

748 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 06:23:07
ちょwww韓国wwwwwww
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1216384287/

【ソウル日本大使館】天皇陛下と福田首相
http://imgnews.naver.com/image/079/2008/07/16/16181100828_61000020.jpg
写真の下には「日本王アキヒトを大韓民国国民の名において厳重膺懲し、火に投じて裁く」とある。
■反日デモで騒然とする日本大使館前
http://imgnews.naver.com/image/001/2008/07/16/PYH2008071607900001300_P2.jpg
【竹島問題】韓国デモ隊、日本大使館前で日本の国鳥キジをハンマーで叩き殺して気勢(グロ写真注意)★4 [07/17]
http://same.ula.cc/test/r.so/news24.2ch.net/news4plus/1216301318/

キジさん (;_;)
http://image.moneytoday.co.kr/extern/2008/07/2008071718190781431_1.jpg
http://image.moneytoday.co.kr/extern/2008/07/2008071718323533247_1.jpg
http://imgnews.naver.com/image/003/2008/07/17/NISI20080717_0007253691_web.jpg
http://imgnews.naver.com/image/003/2008/07/17/NISI20080717_0007253687_web.jpg

グロ注意!! 犬さん(;_;)
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/d4/2e6c54a186fef4906352960c406e4b0b.jpg


釣 り 大 会 中 だ よ ☆





749 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 06:35:18


   改
   め
   ド
   ツ
   ボ
   はチョン




750 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 06:49:22
覚醒(かくせい)剤や合成麻薬MDMAなどを使用したとして覚せい剤取締法違反などの罪で
平成17年2月に東京地裁で懲役3年6月の実刑判決を受け、先月下旬、刑務所を
満期出所したタレント、田代まさしさん(51)が16日、ライブハウス・
阿佐ヶ谷ロフトA(東京都杉並区)で記者会見を開いた。

田代さんは同日夜に行われた月刊「創」のトークライブにゲストとして出演するため、
公の場に姿を現した。派手な赤のアロハシャツにジーンズ姿の田代さんは開口一番、
「こんな私のために来ていただいてすみません」と軽く会釈した。田代さんは続けて
「3年半という刑期を終えて出てきました。外の生活に全然慣れていない。
自分なりにはみなさんから忘れられている存在だという気持ちも少しあったので
とまどっています」と、歯切れの悪い口調で心境を語った。

田代さんによると、現在、睡眠障害に悩まされており、薬を服用しているという。
現在は親族のもとで暮らし、社会復帰に向けリハビリを続けている。収入は
「(以前所属した)シャネルズの印税、年間3000円ぐらい」(田代さん)といい、
親族からの借金や貯金を取り崩して生活しているという。今後の
芸能界復帰については「先のことは未定」と答えるのみだった。

7月16日22時25分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080716-00000958-san-ent
http://sankei.jp.msn.com/photos/entertainments/entertainers/080716/tnr0807162241016-p3.jpg
動画
http://jp.youtube.com/watch?v=GaZwdKCJlhI


751 :(・へ・):2008/07/19(土) 07:30:13
>>744
『三国志魏書』は中国人の目線で書かれています、「君」は関係ない話。

752 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 07:38:10
            o__________
            / 旗國麗高 屬國C大 /
           /  /// ̄ ̄\\\ /
           /    /   / ̄`|    /
          /    |\_/   /    /
          /  \\\__/// /
         /               /
         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧  /
 <丶`∀´> / まんせ〜
 (    |フ
 | | |
 〈_フ__フ



753 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 07:38:48
>>747
オマエ、ヤフでも見え見えのダブハンなんだなw

754 :(・へ・):2008/07/19(土) 08:13:36
>>751
日本でも王は皇族から家臣となったものに王の称号が送られた。
天皇の家臣の王、王は横並び。
「君」なら漢籍では「公」、「大夫」と訳される、「王」とはならない。

755 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 09:09:07
>>740
>王を統属する王などいない、王を統属するのは皇帝だけです。
ほう。では、倭国には何人の王がいたというお考えで? また、各国は完全に独立した国々ということですか?
伊都国=女王国と考えておられるようですが、伊都国までは万五百里、女王国までは万二千余里。その関係はどう考えるのですか?

756 :(・へ・):2008/07/19(土) 10:28:15
魏から正式に任命された倭王は一人だけ。
女王國に従わない狗奴國にも自称の王がいる。

郡−−→狗邪韓国−−−→ 対馬国  −−−−−→ 一支国 −−−−→ 末盧国 −→伊都国 −→奴国
  7000余里+ 1000余里+ (800里)+1000余里+(600里)+1000余里 + 500里 + 100里=12000余里
            方400里         方300里

万二千余里は奴国までの距離。
女王国は卑弥呼を共立した伊都国、奴国の総称。


757 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 10:57:08
正式に任命されなかった王は?倭の国々にはそれぞれ王がいたのですか?それともいなかったのですか?

758 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 12:31:01
古田教ね
数字を全て引っ張り出して、つじつまを合わせようとする、あの古田教ですね

759 :(・へ・):2008/07/19(土) 12:55:43
正式に任命されなかった王は自分で王を名乗っている狗奴國の王。
倭の邪馬壹國内の国々には王はいない。

つじつまが合わない、支離滅裂な説が畿内教ですね。
支離滅裂な説よりつじつまが合っている説が真実に近いですよ。

760 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 13:26:00
>>759
では、第三者の俺が例えてやろう。

戦国風にいえば
王 =大名
大王=天下人
象徴=日巫女

現代風にいえば
王 =都道府県長
大王=内閣総理大臣
象徴=天皇

解釈なんてなんとでも出来る。
つじつまなんぞ、なんとでも合わせれる。

物的証拠がない限り、どの説も戯言に過ぎん。

761 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 14:31:12
>>759
>つじつまが合わない、支離滅裂な説が畿内教ですね。
支離滅裂な説よりつじつまが合っている説が真実に近いですよ。

真実に関し近いとか遠いという表現は存在しないのではありませんか?


762 :(・へ・):2008/07/19(土) 16:39:35
>>760
日本国内で使われた称号と対中国の称号の区別がついていないようですね。

763 :ヾ(≧∀≦*)ノ彡:2008/07/19(土) 18:13:13
>>760
象徴=天皇 てあんたマッカーサーかwwwwwwwww



764 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 18:49:15
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

765 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 18:59:12
プラントオパールを疑わずに 半島のプラントオパールの調査を
続行して下さい。


766 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 19:32:55
>>763
日本に来て間もないのかも知れないが、
日本国憲法ぐらい知ろうぜ。

767 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 19:41:27
マッカーサーの提示は英語
天皇は日本の「シンボル」であると書かれていた
象徴は日本人が勝手に当てはめた和訳
なんだかな

768 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 19:48:49
和訳だろうがなんだろうが
明記されてることぐらい知ろうぜ


769 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 19:58:21
君は760?
日巫女の時代に天下人だの大名だの
弥生時代になかった称号を並べるな
時代認識が無茶苦茶
教科書を読め

770 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 19:59:59
狗奴國の王が存在するのは、
倭奴国王が 「あいつ(狗奴國の王)は嫌いだ。」と言ったときから存在が許された。


771 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 20:00:56
「例え」を辞書で調べて声を出して読んでみようぜ

772 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 20:02:35
顔文字馬鹿のおかげでまたスレが消費し出したなwwwww

773 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 20:16:08
唐松山さん
>>689
>1丈1.8メートル

1間=6尺の間違いでは? 1丈=10尺は3メートル、970丈は3000M近い。
もちろん有り得ない誇張ですが、「ユフヒカケ アソヤマをゝふ」とはよく合っています。
阿蘇山高岳は1592M。

>>743
>キのナガサ コオナソタケ(小阿蘇岳?)ぞ

?をつけておられるように、無理な解釈でしょう。
あとで「アソヤマ」と書かれていますし。
第一、キのナガサ(970丈)が後に続かないと変ですよ。

>キミとえは オキナのいわく
これも、ホツマの仮名遣い誤りの例です。


774 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 20:30:19
ホ38100 オウスミコ ミノにいたりて スガタみて ひそかにめしつ
とゝまりて カエコトなさす コトシソヒ タケはヤタなり

タケ(身長)は八タ(タ=尺)ヤタ鏡のヤタと同寸。

ホ17018 タカバカリ タをトツダきり キとなづく タミはヤタなり
タ(尺)を10で割るとキ(寸) 民の身長は、八タ。


775 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 20:31:29
倭王姓阿毎、字多利思比孤、號阿輩雞彌
私は「推古天皇」で問題ないと考えています。
推古天皇は敏達天皇の寡婦であり、「大后天皇」とも呼ばれました。
阿輩雞彌阿毎多利思比孤=大后天皇

王妻號雞彌、後宮有女六七百人
これは「大后」の「后」が王の妻を意味し、多くの妃とは違う正妻であることを説明しています。

名太子為利歌彌多弗利
太子が特筆されていることは、日本書紀と符合するというべきです。
「利」は「和」で「ワカミタフリ」源氏物語の「わかんどほり」の古語でしょう。

776 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 20:42:07
>太子が特筆されていることは、日本書紀と符合するというべきです。

言われてみれば、そうですね。
確かに『太子』と有ります。
ここら辺から日本書紀と合うのは分かったが、問題の卑弥呼、倭の五王は
どうでしょう。

777 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 20:45:56
コアソダケとは言いにくいので コオナソタケと訛った。
10タ=1丈≒1.8メートル 特に問題になる数字ではありません。
1丈=3メートルでは 人のタケに当てはまらないので。
ヤタ鏡の円周もこの程度。

キのナガサ
此処が大変
キ=キツサネのキで方向でもある。
ナガサは 更に大変
ミケが国ですから、その下、県か邑名でしょう。
君問えば… で問題でも?

それより 地名から 場所が違うことは、明白。この辺りは?



778 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 20:58:38
ウィキペディアで見てみました。

咫(あた)は、中国および日本で用いられていた長さの単位である。
説文解字の「咫」に、「周尺の八寸を咫とし、十寸を尺とする」とある。この「周」とは円周のことであり、咫とは円周の単位であった。
円周率は約 3.14 であるが、これを 3.2 で近似すると、径 1 尺の円の円周は 3.2 尺となり、これを 4 咫とした[1]。従って 1 咫は 0.8 尺である。
日本の八咫鏡は円周 8 咫、すなわち径 2 尺という意味である。後漢の尺は 23.04cm であるから、直径 46cm 前後の円鏡を指し、現在 4 枚の出土例がある。



779 :ローガン:2008/07/19(土) 21:07:17
>>775
愛知県民さん。だからそれが昨日書いた現場の外交ですよ。

780 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 21:08:30
>>777
>それより 地名から 場所が違うことは、明白。この辺りは?

それはコアソダケ→コオナソタケを前提とした議論ですね?
私は音韻に詳しくないので(何にも詳しくないですが)そういう音韻変化が有り得るのか、ご教示いただきたいです。
素人目には苦しいように思えます。


781 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 21:16:17
すごい尺貫法ですね。
直径で丸い物の大きさを表せば かけ算の必要なし。
直径で表せなかったら ころがしてその矩を表す。

46cmをころがす=140(細かいことは言わない)これが当時の民の身長
民のタケは?
大碓11才、身長140cm 大柄ですね、でもありうる。


782 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 21:17:13
>>678 >>679 >>779
ローガンさんも同意見ですか?
倭国は600年の遣使でも「以天為兄、以日為弟」と言っていますから、隋に「朝貢」したとは思えません。
隋の誤解・・・というより、意図的な曲解でしょうね。

783 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 21:19:51
阿蘇を抜けば 場所を一つ所と断定できますか?

場所によっては、クヌギと楠、この違いは大きいですよ。
食料としてのクヌギですから。


784 :ローガン:2008/07/19(土) 21:29:07
>>782
> ローガンさんも同意見ですか?

そうですね。馬子説に魅力を感じながらも…
翰苑の「王長子号和哥彌多弗利華言太子」を考えると
> 隋の誤解・・・というより、意図的な曲解でしょうね。

そのように考えられます。
又後程。

785 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 21:31:37
>>783
1行だけ別の話というのは不自然。「ミケ」だけでなく「たをれ」も同じ。
「気候変動」が倒れた原因かもしれませんよ?

786 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 21:32:09
ローガンさん、丁度良いところにお出まし。
力業で畳み込んで貰いたい物があったんだけど 忘れた。
その内 思い出したら力自慢を役立てて頂きます。


787 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 21:41:13
『八咫』については唐松山氏の言うとおり。

『八咫』とは人間の平均身長、ようはタケを八咫という。
当時の慎重が140〜160cmぐらいで計算すると『八咫の鏡』というのは
46〜50cmぐらい(細かいことは言わないでw)の鏡では?

788 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 21:52:40
あ 計算違う?

直径が二尺 円の外径の長さが『八咫』だったかな?

平均身長が160cmとした場合、その円の直径は何センチ?
誰か計算宜しくです。

789 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 21:57:12
>>785 愛知県民んさん

向こうのトピ〜消滅してしまったらしいです。
んで〜新しいの立てたので、良かったら探して下さいよ。


790 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/19(土) 21:59:23
日時と場所が書かれている。
日時、場所が同じなら 省略されるのが 流儀。
日記だって日時は毎日書かれても 場所が違えばその位のことは何処かに書かれる。
同じ場所なら 省略。

民のタケは8タ
支配層のタケは1丈 でも良いんですよ。
是が是認されると 支配層の出身地が特定される。
こんな事も 考慮していますよ。



791 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 22:02:06
>>787
すると「九百七十丈」は1400〜1500m、阿蘇山より少し低い?
「クヌギ」の語呂合わせとも考えられます。

792 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 22:47:40
唐松山さんとの論争(?)の発端は「ヲホミケたをれ」が卑彌呼後の男王死亡、というところからでしたね。
五百野皇女=壹與の女王即位とかがホツマに書かれているなら興味ありますが・・・

793 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 22:56:18
>>791
>九百七十丈は1400〜1500m、阿蘇山より少し低い?

その『九百七十丈』なる情報源はどこの史書でしょうか?
寸法というのは各時代によって変わっていくし。


それと河童さ〜ん 見てたら来てください。


794 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 23:00:04
監視

795 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 23:02:01

★潮津霊(シオツチ)


ヒミコは、モモソだよ。




796 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 23:03:37
宮崎だな。熊襲の北。

797 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 23:03:40
>>793
日本書紀 卷第七 大足彦忍代別天皇 景行天皇十八年
秋七月辛卯朔甲午。到筑紫後國御木。居於 高田行宮。時有僵樹。長九百七十丈焉。

798 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/19(土) 23:06:28
>>789
改めさん
向こうのトピ発見。
また書き込もうかな。


799 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/19(土) 23:11:19
>>798
自由に書き込んでくだされ。

今週はじめに立ち上げたんだが、結構レス進んでるので
読み応えはあると思う。


800 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 23:12:18
>>760
少し惜しいな。その時代、巫女はいたがな。
深く考えすぎずに普通に
 
 戦国風にいえば
 王 =大名
 大王=天下人
 象徴=天皇

でいいだろな。

801 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 23:42:50
このスレを荒らしているのは
神奈川県民(トリップ無)=三重県民=改め=ドツボ。
意図せず結果的に荒れたという体をとっているが、悪意を持って荒らしているのは明白。
その手口はいくつかあるが、
1 他説に対する罵倒、人格の攻撃。
2 スレを私物化
の二種類に大別される。

特に後者は悪質で、2ちゃんのルールを大きく逸脱した俺様ルールを強要するのが特徴。
少し2ちゃんに慣れた人間には、反論が容易であり簡単に論破できる。
だがこれこそが罠なのであって、それが証拠にドツボはいくら言っても分からない(フリをする)
人間の性質として、明らかな正論が受け入れられないことは大きなストレスだ。
説明しても説明しても、論破されても論破されても、理解しようとしない(フリをする)ドツボは人格を攻撃されることになる。
そして荒れるのだ。
考えてみればすぐ分かるが、ここまで理解力がない人間はそういない。
つまり演技と断定してよい。

なぜ故意に荒らすのか理解に苦しむ向きもあろう。
私にも真実は分からない。荒れた結果、レスが進むことを喜んでいるのかもしれないし、そもそもバトルという行為に魅力を感じているのかもしれぬ。
しかし、そんなことは理解する必要はない。
ドツボが故意にスレ荒らしを呼び込んでいる事実、この一点に注目すればよい。

監視は有効だ。上記をふまえてドツボを監視しているという意志を示すことが重要だ。
我々はドツボが故意の荒らしをやめるまで、永遠に監視する。
賛同する人は、ただ監視中と書込んでくれればい。
それが悪質な荒らしへの対処法になり得ると確信している。


802 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 23:45:29
>>801
同意 監視中

803 :ローガン:2008/07/20(日) 00:51:09
唐松山さん。滋賀守山の三上山ご存知ですか? 俗に百足山です。
タワラノトウタのお話。三上山を百足が七巻き半巻いていたそうです。

現実にはハチマキよりちょっと短い百足…

酔っ払いの戯言。

804 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/07/20(日) 01:00:18
ローガンさん〜唐松山さんもこっちきますか?

新しいの立ち上げたので探してくださいw

805 :改めドツボ監視委員会:2008/07/20(日) 01:03:45
改めドツボ監視中…

書くなよ!
絶対書くなよ!
改めドツボのヤフーのトピへのリンクなんて絶対書くなよ!
  
        byダチョウクラブ

>>803
歌人の大内則夫なる人物が琵琶湖の三上山周辺を邪馬台国に比定している。
卑弥呼がその山で太陽の観測や祭祀を行ったと言ったとか…


806 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 05:41:03
>>803
ローガンさん
三上山は一度登ったことがありますが、近江富士とも呼ばれる山ですね。
運良く百足には出会わなかったが・・・

807 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 09:26:48
小谷(おたり)5人衆と申す者 信玄公の差配。
田原七郎兵衛…以下
田原氏の儀は田原藤太秀郷の末葉にて…江戸末期の記録です。
今も続いているハズ。


808 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 09:32:47
信玄の旗差物にムカデが有りましたね。


809 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 09:58:47
唐松山さん、五百野皇女の女王即位は単なる想像ですか?
田道間守=都市牛利説はちょっと面白い。


810 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 11:00:55
ホ38300  フソサミヱ キサラギヨカに ヰオノヒメ クスコウチミコ
イセノカミ まつるいわひは ツクシむけ ヒメコトシソヨ

18年に男王が亡くなる。20年に五百野姫の登場。


811 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 11:12:14
ホ38306  わがヤソモノべ ソフツカサ ヰオノにうつし つかえしむ
ヤマト媛は軍隊を分けて五百野姫に仕えさせる。
五百野姫の登場に何の問題もない、問題になるのは、卑弥呼の死亡記事です。
ここも 男王の時の様に文章を分ける必要が有る。

ホ38167      そのハジメ カシハヲノイシ
ホ38168      ながさムタ はゝミタあつさ
ホ38169      ヒトタヰキ スメラギいのり
ホ38170      とびあがる かれスミヨロシ
ホ38171      ナヲリカミ モロハノヤシロ
ホ38172      さらにたて これまつらしむ

812 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 11:23:09
>>810
>ヒメコトシソヨ

このとき14歳だったということ? 13歳には近いですね。

813 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 11:33:07
ホ38167 そのハジメ カシハヲノイシ ながさムタ ←此処までを切り捨てて読む
そうすると
景行が九州遠征中に歌ったうたです、(景行17年)
ホ38225 モいたち クモはヤマトの クニのマホ またたなびくは
アヲカキの ヤマもこもれる ヤマシロは イノチのまそよ
けむひせば タタミコヲモエ クノヤマの シラカシがヱを
ウスにさせこのコ
この歌の ”シラカシがヱをウスにさせこのコ”が生きてくる。



814 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 11:37:22
文字が抜けたので 訂正
ホ38222 カミまつリ ミヤコのソラを ながむミウタに
”はしきよし ワキべのカタゆ クモいたち クモはヤマトの クニのマホ またたなびくは
アヲカキの ヤマもこもれる ヤマシロは イノチのまそよ けむひせば タタミコヲモエ
クノヤマの シラカシがヱを ウスにさせこのコ

815 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 11:38:45
>>811
>ホ38167      そのハジメ カシハヲノイシ
>ホ38168      ながさムタ はゝミタあつさ
>ホ38169      ヒトタヰキ スメラギいのり

日本書紀では
天皇初將討賊。次于柏峽大野。其野有石。長六尺。廣三尺。厚一尺五寸。
天皇祈之曰。朕得滅土蜘蛛者。將蹶茲石。如柏葉而擧焉。因蹶之。則如柏上於大虚。故號其石曰蹈石也。
是時祷神。則志我神。直入物部神。直入中臣神三神矣。

この石、人の身長に近いですね。六尺なら大柄だが、ムタなら小柄な人?

816 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 11:39:28
 ”シラカシがヱを ウスにさせ”
この意味?判りますか。


817 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 11:49:03
>>813
>景行が九州遠征中に歌ったうたです、(景行17年)
>ホ38225 モいたち クモはヤマトの クニのマホ またたなびくは
>アヲカキの ヤマもこもれる ヤマシロは イノチのまそよ
>けむひせば タタミコヲモエ クノヤマの シラカシがヱを
>ウスにさせこのコ

日本書紀ではその通りですが、古事記では倭建命が能煩野で読んだ歌ですよ?


818 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 11:49:13
日本書紀では繋げて読んでしまったため 意味が通じなくなる
言訳をする=故號其石曰蹈石也。
直入物部神←更に言訳を重ねるとこんな神まで作り出す。


819 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 11:59:33
ながさムタ はゝミタあつさ ヒトタヰキ
これは繋げるでしょう? 長さ、幅、厚さを書いていますから。

820 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 11:59:59
ホ31002 ナヲリカミミワカミのアヤ

ナヲリカミは漢字に直すとき 直入の文字を入れてしまったため
在地の神と成ってしまった。

>816の答えが 判らないから つまらない方へ思考が向く
日本書紀の歌とも少し違う。


821 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 12:10:40
>>816
>”シラカシがヱを ウスにさせ”

古事記では「久麻加志賀波袁宇受爾佐勢曾能古」
ちょっと違う。

822 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 12:17:58
”うず”は草木の枝葉や花を髪や冠にさすこと、植物の生命力を身につけて長寿を願う呪術(旺文社古語辞典)
江戸時代の将軍が病の床で 紫の鉢巻き 同じ意味です。

景行は病気平癒のまじないを歌に読み込む。
誰のためか?


823 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 12:23:54
母 身体 篤さ ヒトタ(1時)息
こんな具合に読めば
シラカシがヱをウスにさせこのコ が生きる。


824 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 12:34:57
>>823
>母 身体 篤さ ヒトタ(1時)息

読みも無理がありますが、景行の母が卑彌呼ですか?

825 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 12:56:24
たたねこが母と書いたのであって 景行の母とは書いてない。
その女性が他人であっても敬える人物なら”母”と呼ぶ事も有るでしょう。


826 :日本@名無史さん:2008/07/20(日) 12:58:35
そりゃくるしい

827 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 13:13:38
”蹈石”のママにしておいては、歴史に何の意味も無い、
何か意味があるんですかね。
景行の歌も 望郷の歌で良いんですかね。



828 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 13:30:07
>>827
戦の勝敗を占い、兵士を鼓舞する。
ちゃんと意味はありますよ。
古事記のヤマトタケルの歌も「思國歌」ではいけませんか?

829 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 13:35:39
自分で自分の病気平癒のお呪いを他人事の様に歌う「思國歌」。


830 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/20(日) 13:42:47
女王国東遷説があるが、逆に西遷説的に近い考えの持ち主がいる。すなわち
唐松山さんだ。つじつまを合わせることから考え滲み出た妄想だと想える。

831 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 13:46:30
>>829
面白い!
ヤマトタケルは”うず”より草那芸剣が欲しかったでしょうがね。

832 :日本@名無史さん:2008/07/20(日) 13:47:25
>>829
可能です。
以上。
↓次どうぞ

833 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 14:13:46
太国さん 自分の編年の辻褄合わせ
出来るんですか?


834 :日本@名無史さん:2008/07/20(日) 14:16:56
おまいら、お互い様

だが倍歴はあってもいいな。
一年365日に世界が決めたのはいつなの?

835 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 14:37:35
まあ
五百野姫が筑紫に着いた時点では、まだ完全平定とは成っていない、
小さなイザコザは五百野姫の軍が治めたが、大きな反乱には日本武尊が出向した。

鉄剣銘文の主も この辺で分かれたかも?


836 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 16:36:32
>>835
魏志倭人伝では「復立卑彌呼宗女壹與年十三爲王、國中遂定」とありますよ?
「國中不服、更相誅殺、當時殺千餘人」が小さなイザコザ?

837 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 17:26:50
宗女壹與が就任する前に
景行が「國中不服、更相誅殺、當時殺千餘人」の戦を行った。
就任後は、大した戦はない最後に日本武尊が出向で 乱の終了。
この九州の状態を見て、景行は天皇家のシノギの改革にのりだす
それが、武内の東北、関東の視察。そして日本武尊関東遠征
種貸し屋から屯倉経営にシフト。



838 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 18:05:29
唐松山さんは「卑彌呼は九州、邪馬臺國は畿内」説だったかな?
「南至邪馬壹國、女王之所都」とあるから無理でしょう。


839 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 18:34:24
乱れは九州
距離を説明するには、大和。


840 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/20(日) 19:50:51
倭人伝は男王、女王の使い分けがハッキリしているから、崇峻以前に畿内に
女王はいないため、同以前は女王国は畿内には無い。畿内に女王は推古の世に
なってからだ。また卑弥呼が九州でその女王国が畿内などと言うのは論理が
滅茶苦茶と言われてもしかたあるまい。卑弥呼とその女王国が海を隔てての
遠隔に位置するなどというのは、根底の論説に誤りがあるということだ。

841 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/20(日) 19:56:10
卑弥呼が九州所在で、その女王国が畿内所在などというのは、本物の忍者でさえ
も、突っ走っても簡単には到達し難い遠隔なのに、卑弥呼が畿内、九州を
たやすく行き来できてたとは忍者でも無理に近いのであるから、そういう論
の発展は無謀としか言いようがない。それとも卑弥呼は当時馬で往復したのか?

842 :日本@名無史さん:2008/07/20(日) 19:59:26
卑弥呼の時代には大和王権などあるはずがないだろ
男子世襲の王権の成立はもっと後の時代だよ

843 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/20(日) 20:05:20
卑弥呼の活躍時代は畿内では崇神天皇の時代。3代前の先帝孝靈天皇
の時代に倭国大乱のため孝靈は吉備行幸をしている。

倍暦計算で

 崇神即位元年=237年=景初元年

844 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/20(日) 20:43:45
石っころを 卑弥呼に読み替えた 唐松山に不可能は無い。

後は、倭人伝もついでに読み替えて 卑弥呼の墓を特定するだけ。
都は大和だが 墓は九州。


845 :日本@名無史さん:2008/07/20(日) 21:30:28
もう普通に裸族とか書かれてんだから
ベトナムとか東南アジアの話じゃねーの?

あと、呉に追い出されて、船に乗って消えた ワ族の話も気になる

846 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/20(日) 21:59:06
>>844
じゃぁ実質上の畿内説だな。妄想はなかなか治らないね。朝廷は
関係者の墓を畿内に設定するはずだ。景行陵だって畿内にあるぜ。
景行陵は九州じゃぁないよ。これを考えてもあなたのは妄想。
それとも卑弥呼は朝廷と縁がうすいのかね?

847 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/20(日) 22:21:25
卑彌呼が死の床にあった248年、ベトナムでも女王が呉軍と戦っていた。
趙嫗(ちょうおう、226年?ー248年?)は3世紀ごろのベトナムの反乱指導者。
バ・チュウ(チュウ夫人)とも表記される。本名は趙氏貞、または趙貞娘だとされている。
248年、23歳のときに兄・趙国達らとともに呉に対して反乱を起こした。趙嫗は「麗海婆王」と呼ばれて恐れられた。
はじめは連戦連勝で九真の呉軍を蹴散らしたが、交州刺史陸胤が兵を率いてくると半年にわたる激戦となり、
最後は河に身を投げたとも、象に踏まれて死んだとも言われている。
陸胤は趙嫗が生娘であることを知って素っ裸になり、趙嫗が恥ずかしがったところを打ち破ったという話がある。
(ウィキペディアより)


848 :日本@名無史さん:2008/07/20(日) 23:14:51
>>845
>もう普通に裸族とか書かれてんだから
>ベトナムとか東南アジアの話じゃねーの?

日本の昔です。




849 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 00:56:19
>乱れは九州
>距離を説明するには、大和。

どっちも九州では?

850 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 02:09:26
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃スレ主のなまえをいれてください┃
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   ┃あ い う え お は ひ ふ へ ほ .┃
   ┃か き く け .こ ま み む め も ┃
   ┃さ し す せ そ や   ゆ     .よ ┃
   ┃た ち つ て と ら .り る .れ ろ ┃
   ┃な に ぬ ね の .わ    を    ん ┃
   ┃っ .ゃ .ゅ ょ  ゙  ゚  もどる.l>おわり.┃
   ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛

851 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 10:22:30
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

852 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/21(月) 12:02:33
卑弥呼は、九州で死亡した 景行も否定しません。
何しろ 祀り(葬儀)の時に歌を残していますから。
その時軍を動かしていたのは、景行
景行の都は 大和。



853 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/21(月) 12:06:23
>>845
魏志倭人伝が漢書地理志・粤地条に似ていることはよく知られています。
ttp://accord.at.infoseek.co.jp/BIGLOBE/KAIZIN/nip10839.htm
粤地、牽牛・[務女]女之分埜也。
‥‥其君禹後、帝少康之庶子云、封於会稽、文身断髪、以避蛟竜之害。
‥‥武帝元封元年略以為〓耳・朱崖郡。民皆服布如単被、穿中央為貫頭。
男子耕農、種禾稲紵麻、女子蚕桑緝績。亡馬与虎、民有五畜、山多麈[鹿京]。
兵則矛・楯・刀、木弓弩、竹矢、或骨為鏃。‥‥
※「〓」は「擔」を人偏にかえた字。
※[務女]は「務」の下に「女」。[鹿京]は「鹿」の下に京。

その「ワ族」とやらが倭人の祖先ですかね?

854 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/21(月) 12:10:01
>>852
仲哀天皇は九州で亡くなりましたが、河内で埋葬されていますよ?

855 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/21(月) 12:18:39
それがしは過去に仲哀天皇陵を参拝したと想った。確か県警察学校の隣りあたり
で、近江神宮から近かったと想うが、どうだろう・・・?

856 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/21(月) 12:30:55
>>855
勘違いされていませんか?
仲哀天皇陵は大阪府藤井寺市の岡ミサンザイ古墳とされています。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%B2%E5%93%80%E5%A4%A9%E7%9A%87

857 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/21(月) 13:07:08
>>855
太国さん、弘文天皇陵ですね。
ttp://nishioumi.ct-net.com/01-07.shtml

858 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 13:13:50
天皇じゃない人の参拝しちゃったのか

859 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/21(月) 14:06:51
仲津山、五色塚 帶中日子命/仲哀M
大阪岡ミサンザイ 中日賣命/応神后景行孫

景行の母親 氷羽州比賣命/垂仁后の死亡は、景行43年(墓標が皇暦なら)か西暦260年です。
この辺はまだ手つかず状態。




860 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/21(月) 14:11:23
>>853 で挙げたサイト、結構面白い。
海人族と耳輪、投馬國の「官曰彌彌、副曰彌彌那利」、海南島の「タン耳」郡など、
耳を通じた関連があるかもしれない。


861 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/21(月) 14:15:33
>>859
唐松山さん
今週は時間ないですが、墓標とは信頼できる史料ですか?

862 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/21(月) 14:18:38
>>856 >>857 感謝
ああそうでしたか。20年以上のことで記憶が薄れてました。有難う。弘文陵か。
>>858
参拝と言ったって陵内には入れないよ。目前の場所で礼拝したということ。

863 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/21(月) 14:28:07
愛知県民さん
墓標は
「ようこそコンピューター画像解析の世界(T)へ!」
でググれば、池田仁三さんのサイトが出ます。その中に書かれて
ありますが、驚天動地の内容で、真偽論が噴出してるようです。

864 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/21(月) 14:47:03
>>863
うーん、眉唾のような気はしますが・・・
また見てみます。
それでは。ZZZ・・・・

865 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/21(月) 15:08:48
墓標は凄いですよ。
まず 皇暦と出雲暦の二つに分ける、天皇のように皇暦の死亡干支が判るものは、皇暦
そうでない物は出雲暦と見て 分別
出雲暦には伸長、圧縮なし、皇暦は各天皇の没年に”増し”を加算(現在これ以上の分解能なし)
神功の”増し”は神功39年に注入
4世紀は皇暦、出雲暦が混在 5世紀(仁徳死亡後)は出雲暦のみ
仁徳死亡時点で 出雲暦+660=皇暦=西暦
4世紀は書記と比べると信じられない数字にしか合わせられない。


866 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 21:51:22
ヒミコはモモソヒメだって書いてあるじゃん。
くやしかったら反論してみろよ。

867 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 23:23:46
悔しくないのでスルー

868 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 23:44:57
鬼の雪隠と俎が馬子の墓の石舞台の一部だったと
言うことに衝撃を受けた。
奈良が地元で、小学校の遠足で明日香村を歩いたが、
そんなに近くないのに。

大化の改新時に墓は天智と鎌足によって
荒らされたらしいけど
あこまでやるとは

869 :日本@名無史さん:2008/07/22(火) 06:30:12
その墓標が正しければ、
蘇我馬子という名前は本名ということになる。。。

おかしくないか?

870 :神子・コンドリア:2008/07/22(火) 12:32:15
暑中お見舞い申し上げます。

いやぁ、暑いね〜。

このスレのレスも同道巡りな感じで
「ああでもない、こうでもない。」と、
暑く続いていますね。

中には、仕事や学業もほっぽり出しているのかな?
でも、来年は、いま以上に日本経済も厳しく成りそうだからね。
あまり、暑くなりすぎないでよーーー。

ほんじゃ、またね〜。

871 :日本@名無史さん:2008/07/22(火) 17:10:51
誰、この人? ↑

872 :日本@名無史さん:2008/07/22(火) 19:21:30
暑すぎて頭に何か湧いてんだろ。
可哀相だからスルーしてあげて

873 :日本@名無史さん:2008/07/23(水) 21:17:15
倭人伝もこんな暑さだった



874 :日本@名無史さん:2008/07/24(木) 00:07:46
誤字だらけだしどうでもよかったんだろうねw
野蛮人だけどページ稼ぎに一応触れておいてやるか程度wwwwww


875 :日本@名無史さん:2008/07/24(木) 19:29:16
河童が去り、ドツボ迄いなくなった此処は
正に墓場だな

876 :日本@名無史さん:2008/07/24(木) 21:32:37
天国だよ。あいつらのようなカスはいなくて清々する

877 :日本@名無史さん:2008/07/24(木) 21:48:20
同感。
彼らは世界保健機構が撲滅を目指す対象。

878 :日本@名無史さん:2008/07/24(木) 23:46:24
屑や塵が身の程知らずに他人をカス呼ばわりしているから滑稽だw

879 :日本@名無史さん:2008/07/24(木) 23:48:51
878はウジ虫

880 :日本@名無史さん:2008/07/25(金) 00:58:52
>>879は屑や塵が自分の事だと自覚したようだw

881 :日本@名無史さん:2008/07/25(金) 01:01:15
ウジ虫の再来w >880

882 :日本@名無史さん:2008/07/25(金) 02:04:10
たばこの煙を嫌がるそぶりをされただけで
いきなり【在日朝鮮人】が日本人に殴りかかり
鼻の骨を折る重傷を負わせました!
 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
│   【生活保護】 もっと たくさん出せ
│ 
│     早く 選挙権を よこせ!
│   
│         民主党に 投票しろ!
 \_ _______________
    V
  ∧_∧ 在日特権〜♪
 <丶`∀´>      
 ( 在日 )        【税金税金】
 | | |      【社会保険料】
 〈_フ__フ      【税金税金】
【在日特権】     【社会保険料】
【生活保護】     【税金税金】
【毎月二十数万】   (T_T)
【税金免除】       (    ) 日本人は
【病院無料】      | | |  つらいよ〜
【学校無料】      〈_フ__フ 
■■■■■■■■■■■■■■■■■■



883 :日本@名無史さん:2008/07/25(金) 14:18:09
梅毒ちゃん、釣られたのw?
相変わらずだねぇw

884 :日本@名無史さん:2008/07/25(金) 18:02:26
>>876
ネットの利用をやめて下さい

885 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/25(金) 21:53:53
墓標に依る 4,5世紀 要約
西暦 出雲 皇暦、、、、、、、、名前、、、、、、、、、、、、、、、没年、年齢    皇暦−西暦
238 丁未 皇730 庚午 伊久米入日子/垂仁J 庚午年7月1日71 492
265 戊午 皇795 乙亥 大帶日子命/景行K 戊午年11月7日86 530
263 丙辰 皇850 庚午 若帶日子命/成務L 庚午年6月11日45 587
265 戊午 皇852 壬申 仲哀天皇
272 乙丑 皇859 己卯 帶中日子命/仲哀M 己卯年3月15日52 587
274 丁卯 皇861 辛巳 神功皇后
279 壬申 皇866 丙戌 香坂王/仲哀子 丙戌年12月9日30 587
280 癸酉 皇867 丁亥 忍熊王/仲哀子 丁亥年7月15日28 587
285 戊寅 皇872 壬辰 五百木入日子命/景行子 戊寅年6月3日46 587
289 壬午 皇876 丙申 大名方王命/大枝王命子 壬午年2月20日39 587
292 乙酉 皇898 戊午 日子人大兄王命/景行子 戊午年5月9日51 606
293 丙戌 皇899 己未 神功39年 606
308 辛丑 皇914 甲戌 品夜和氣命/仲哀子 甲戌年5月17日64 606
312 乙巳 皇918 戊寅 若建王命/小碓子 戊寅年11月6日55 606
323 丙辰 皇929 己丑 息長帶比賣命/仲哀后 己丑年4月17日101 606
358 辛卯 皇964 甲子 髪長比賣命/仁徳妃 甲子年2月6日47 606
361 甲午 皇967 丁卯 品陀和氣命/応神N 甲午年9月9日75 606

886 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/25(金) 21:54:50
続き
362 乙未 皇968 戊辰 大山守命/応神皇子 乙未年6月7日50 606
363 丙申 皇969 己巳 宇遅能和紀郎子命/応神子 丙申年6月9日30 606
374 丁未 皇980 庚辰 石之日賣命/仁徳后 丁未年6月9日56 606
378 辛亥 皇984 甲申 速総別王命/応神皇子 辛亥年10月7日36 606
378 辛亥 皇984 甲申 女鳥命/応神皇子 辛亥年10月7日36 606
386己未 皇1046 丙戌 大雀命/仁徳O 己未年8月15日83 660
386己未 皇1046 丙戌 墨江中津王命/仁徳皇子 己未年9月26日45 660
398辛未 皇1058 戊戌 市辺忍歯王命/履中皇子 戊戌年3月5日43 660
398辛未 皇1058 戊戌 御馬王命/履中皇子 戊戌年8月4日40 660
399壬申 皇1059 己亥 伊邪本和氣命/履中P 壬申年1月5日64 660
405戊寅 皇1065 乙巳 水歯別命/反正Q 戊寅年7月5日59 660
417庚寅 皇1077 丁巳 財王命/反正皇子 庚寅年6月30日17 660
420癸巳 皇1080 庚申 若子宿禰命/允恭R 癸巳年1月14日61 660
421甲午 皇1081 辛酉 木梨軽王命/允恭子 甲午年5月12日41 660
421甲午 皇1081 辛酉 波多毘能大郎子命/仁徳子 甲午年5月9日47 660
423丙申 皇1083 癸亥 穴穂命/安康天皇S 丙申年8月9日41 660
425戊戌 皇1085 乙丑 市辺忍歯王命/履中皇子 戊戌年3月5日43 660
451甲子 皇1111 辛卯 若沼毛二股王命/応神子 甲子年3月5日53 660
451甲子 皇1111 辛卯 白髪命/清寧22 甲子年1月16日41 660
459壬申 皇1119 己亥 意富富杼王命/若沼毛王子 壬申年2月15日42 660
465戊寅 皇1125 乙巳 意祁命/仁賢24 戊寅年8月8日52 660
485戊戌 皇1145 乙丑 彦主人王命/宇斐王子 戊戌年2月8日30 660
492乙巳 皇1152 壬申 宇斐王命/意富富杼王子 乙己年6月8日54 660
506己未 皇1166 丙戌 大長谷若建命/雄略21 己未年8月7日62 660
512乙丑 皇1172 壬辰 振比賣命/彦主妃、継体母 乙丑年5月4日52 660
531甲申 皇1191 辛亥 袁本杼命/継体天皇26 辛亥年2月7日82 660

887 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/25(金) 22:09:57
私の書記編年考で合わせました。
継体天皇、応神の5世孫には 成りませんでしたが ”世継ぎ”を数字で見たとき
不信な点 ありません。
天皇の聖寿は加増されている。
太子の年齢も全てを信じる訳にはいかない。
此処に書き込まなかった名前も全て正しいとすると
4世紀が判らない?現状の長さならその他大勢も数字に直せるが
圧縮すると綺麗に入りきらない?

考察の価値あり。


888 :日本@名無史さん:2008/07/25(金) 22:16:04
>>885
それって・・・ただ没年を羅列しただけでしょ。
「墓標」って言ったら、普通は「モノ」のことですよ。

889 :日本@名無史さん:2008/07/26(土) 01:08:15
邪馬台国を扱った
漫画、映画、ドラマ、小説等あれあば教えてください。

本当に、この時代を扱った物語って少ないですよね・・・。

890 :改めドツボ監視委員会:2008/07/26(土) 01:10:30
改めドツボ監視中・・・

つうかドツボは芯だのか?w

まあ相方の河童虫が(セミ?)リタイアしちゃったら
ピンで営業するのも辛いのだろうwww

なんだかんだ言ってドツボと河童、芸風似たようなもんだしいwwwwwwwwwww

891 :日本@名無史さん:2008/07/26(土) 02:59:36
芸風w

892 :日本@名無史さん:2008/07/26(土) 03:26:52
>>890
× 芸風
○ 病状

893 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/26(土) 14:04:18
太国さん、唐松山さん
見ましたが、怪しいですね。
ttp://www11.ocn.ne.jp/~jin/KIN.html

上のサイトには、次の説明文があります。

この金印は、江戸時代、福岡県の志賀の島において偶然発見されたもので、
中国史書「史記」の記述から、西暦57年、後漢の光武帝が漢倭奴国王
(かんのわのなのこくおう)に授与したものとされています。

「史記」だそうですよ(?)

894 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/26(土) 14:09:01
とにかく用心に越したことはないです。どっちへ転びますか?
金印の側面に常根津彦の名があれば、これはすごいことですがね??

895 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/26(土) 14:28:26
「史記」と「後漢書」の間違いはともかく、何より不思議なのは
解読結果だけが示されていて、解読途中の画像が全く無いことです。
概略の説明はあるが、個々の説明が無い。
「このように見えるからこう読める」と具体的に示していただければ、
第三者が検証できるのですが。

896 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/26(土) 14:51:50
57年金印に常根津彦の名が真にあったとすると、それがしの倍暦計算と
紀と金印の時系列はピタリと合ってることは合っています。それと仁徳の
419年没も拙者の主張とピタリです。あとは参考的にわりかし合ってると
いうのもいささかあるようです。
唐松山さんは全部合ってるような書きこみですが、どんな彼のやり方かは
これも説明が少なく、当人の表のみ膨大で理解が困難です。

池田さんのは今のところ真偽が皆目はっきりしないので、保留ですね?
とにかくイカサマにしては規模がどデカすぎるので、故意なるゴマ化し
なら分からんように工夫すると思います・・・? どうもウソかホント
か結論がでません。用心は重々すべきですね。だまされてるかなとも
思ってしまいます?? ただ恐竜と天文のところはムー誌的な気がして
信用が落ちるとは感じます。

897 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/26(土) 16:12:24
>>889
吉永小百合と竹中直人の映画「まぼろしの邪馬台国」が
この秋に公開じゃなかったかな?
最近の漫画は知らないが、手塚治虫の「火の鳥・黎明編」は間違いなく傑作。
卑彌呼と弟スサノオの邪馬台国が、騎馬民族のニニギに征服されるという設定。

898 :日本@名無史さん:2008/07/26(土) 16:40:09
>卑彌呼と弟スサノオの邪馬台国が、騎馬民族のニニギに征服されるという設定。

プゲラ。
無茶苦茶だな。現代では通用しない。

899 :日本@名無史さん:2008/07/26(土) 17:17:22
>>897
手塚治虫の「火の鳥・黎明編」

レスどうも。読んだことあります。
草刈正雄主演の映画も見た記憶があります。

幻の邪馬台国って言う映画は初めて知りました。

900 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/26(土) 17:28:52
>仁徳を419年没 と見ると
履中天皇元年 庚子年2月壬午朔 =西暦400年(庚子)の2月(壬午朔)と同等
つまり 履中元年以降何処かで 19年圧縮されていなくてはならない。
本物の暦に直すとき19年の伸長が必要である。
書記の暦の数字はその様に語っています。



901 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/26(土) 17:33:14
>>899
『まぼろしの邪馬台国』(まぼろしのやまたいこく)は、宮崎康平による日本の書籍。
宮崎の半生と邪馬台国が島原にあるという学説とを同時に記した作品であるがゆえに小説でもなく評論でもなく分類が難しい。
邪馬台国が畿内に存在したという説が有力になるに連れて「自叙伝」「私小説」とされることも多い。
2008年秋、吉永小百合主演で映画化される。
1965年より「九州文学」に連載開始され、1967年、講談社から出版される。同年、夫婦揃って第一回吉川英治文化賞を受賞した。
「邪馬台国はどこにあったか」という、いわゆる邪馬台国論争は専門の学者らの間でしか語られていなかったが、
本作がきっかけとなり、一般人にまでその論争に火が点いた。
畿内説と九州説の二大仮説があり、宮崎は少数派の九州説を推していた。
1980年、その後の更なる研究内容が加筆された決定版が出版された。
書籍はいずれも絶版であったが、2008年8月に講談社より新装版が発売される。
(ウィキペディアより)

902 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/26(土) 18:43:02
書記の暦法
まず当時の暦法は、太陰暦 書記も太陰暦で書かれています。
ただし書記は、伸長されている。
此処までは、皆さんも異議は無いと思います。
ではどの様に圧縮したら 当時の暦法太陰暦に直せるか?

まず 皇暦を19年横に並べる、其れを必要分積み重ねて 1200年程の
皇暦による暦を再現する。
各天皇の元年を記入、この皇暦が縦に(19年単位)圧縮する分には、
太陰暦に対し相性が良い。
是が私の書記に依る編年の基本姿勢。



903 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/26(土) 19:20:40
>>902
難しそうですね・・・メトン周期ってやつですか?

(ウィキペディアより)
メトン周期(Metonic cycle)とは、ある月日の月相(月の欠け方)が一致する周期の一つ。19太陽年は235朔望月にほぼ等しいという周期のこと。
紀元前433年、アテナイの数学者メトンが発見したのでこの名がある。
中国では、19年を1章と呼ぶことから章法(しょうほう)と呼ばれた(独自に発見したとも、東漸したとも言われる)。
この周期は、太陰太陽暦で閏月を入れる回数を求めるのに用いられた。
19太陽年は 365.242194日×19 = 6939.601686日、235朔望月は 29.530589日×235=6939.688415日で、ほぼ等しくなっている。
19年は 12か月×19 = 228か月であるので、メトン周期に従うと、19年間に7回の閏月を入れれば太陽年とのずれが解消されることになる。
ただし、19太陽年と235朔望月とは完全に一致しているのではなく、約0.09日ずれている。
この微小な差が蓄積され、200年もたつと1日近くずれることになる。このため時々改暦を行い、ずれを矯正する必要があった。

904 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/26(土) 20:32:57
>>900
だから圧縮は履中以降に倍暦をやってたからですわ。

905 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 00:57:08
>>899
映画は見てないな・・・草刈正雄(弓彦)か。
1978年、市川崑監督、高峰三枝子(卑彌呼)、草笛光子(壹與)、江守徹(スサノオ)、若山富三郎(猿田彦)、仲代達矢(ジンギ=ニニギ)
豪華キャストではあるが。
ttp://blog.goo.ne.jp/langberg/e/5f58ae5a40b55932e712daccf6b47021


906 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 09:28:33
倭の五王は日本書紀から200〜300年も前の話であり、詳細な照合は難しいと思います。
(應神)卅七年春二月戊午朔。遣阿知使主。都加使主於呉。令求縫工女。
(仁徳五十八年)冬十月。呉國。高麗國並朝貢。
(雄略五年)夏四月。呉國遣使貢獻。
(雄略)八年春二月。遣身狹村主青。桧隈民使博徳使於呉國。
こうした「呉」国の記事は、江南の東晋・宋のことでしょう。

907 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 09:31:10
気になるのは田道間守。
(垂仁)九十年春二月庚子朔。天皇命田道間守。遣常世國。令求非時香菓。
香菓。此云箇倶能未。今謂橘是也。
九十九年秋七月戊午朔。天皇崩於纒向宮。時年百四十歳。
冬十二月癸卯朔壬子。葬於菅原伏見陵。
明年春三月辛未朔壬午。田道間守至自常世國。
則賚物也非時香菓八竿八縵焉。田道間守於是泣悲歎之曰。
受命天朝。遠往絶域。萬里蹈浪。遥度弱水。是常世國。

玄中記に「天下之弱者。有崑崙之弱水、鴻毛不能戴」。史記、條支伝註所引の魏略に「弱水在大秦西」。
崑崙山脈? 大秦=ローマ?

908 :サガミハラハラ:2008/07/27(日) 10:44:24
>>906応神37年の呉国とは、どうやら北魏か北燕のようです。つまり華北にあった国です。
なぜなら、倭国の使者は高句麗と接触してその案内で到着しています。
また、江南の晋か宋なら、晋や宋の記録にのこっているでしょうから。


909 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 11:01:23
>>908
サガミさん、お久しぶりです。
応神37年の呉国は晋書安帝紀、義煕九年(413年)の記事
是歳、高句麗、倭國、及西南夷銅頭大師、竝獻方物
に対応すると考えます。

910 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 12:10:57
後漢書夫余国伝
夫餘國,在玄菟北千里。南與高句驪,東與挹婁,西與鮮卑接,北有弱水。

この弱水は黒竜江(アムール川)?


911 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 12:23:46
タチバナ(橘、学名:Citrus tachibana)は、ミカン科ミカン属の常緑小高木。別名はヤマトタチバナ、ニッポンタチバナ。
日本に古くから野生していた日本固有のカンキツである。和歌山県、山口県、四国、九州の海岸に近い山地にまれに自生する。
樹高は2-4m、枝は緑色で密に生え、若い幹には棘がある。
葉は固く、楕円形で長さ3-6cm。濃い緑色で光沢がある。
果実は直径3cmほど。キシュウミカンやウンシュウミカンに似た外見をしているが、酸味が強く生食用には向かない。(ママレードなどの加工品にされることがある。)
タチバナの名称で苗が園芸店で売られていることがあるが、ニホンタチバナではなく
葉の大きい近縁種のコウライタチバナと区別されず混同されていることがある。
記紀では垂仁天皇が田道間守を常世の国に遣わして「時じくの香の木の実」(ときじくのかくのこのみ)
と呼ばれる不老不死の力を持った霊薬を持ち帰らせたという話が載せられている。
古事記の本文では「是今橘也」(これ今の橘なり)としているが、実際にそれが橘そのものであるかどうかは明らかではない。
(ウィキペディアより)

912 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 12:27:33
コウライタチバナは山口県萩市と、韓国の済州島だけに自生しているという。
田道間守はコウライタチバナを持ち帰ったのか?

913 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/07/27(日) 14:27:07
常世の国は神話・伝説の土地とされ、少彦名神、御毛沼命、浦島子(浦島太郎)も渡っている。
しかし田道間守の話は歴史として書かれており、應神天皇が阿知使主を呉に派遣した記事と同じような書き方。
史記の徐市(徐福)の話にも似ている。
また考えてみましょう。ZZZ・・・・

914 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2008/07/27(日) 14:55:43
>>910
>この弱水は黒竜江(アムール川)?

後漢書夫餘國伝に魏志夫餘國伝も併せ読みすれば、
弱水は黒竜江支流の松花江と読み取れます。

解説は長くなるので省略。

915 :日本@名無史さん:2008/07/27(日) 15:05:39
>>899
青青の時代
山岸 凉子

雷火
藤原 カムイ

916 :日本@名無史さん:2008/07/27(日) 16:06:51
邪馬台国ネタの漫画と言えば、星野之宣「ヤマタイカ」とか(全部読んでないけど・・・)

邪馬台国からやや離れるが古代史関連で言うと
諸星大二郎の「暗黒神話」「妖怪ハンターシリーズ」とかw


917 :日本@名無史さん:2008/07/27(日) 22:56:22
山岸 凉子w

918 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2008/07/28(月) 00:11:01
>903200年もたつと1日近くずれることになる。このため時々改暦を行い…

当然日本でも変更は行われていました。
垂仁元年(西暦216年) ホ35012 ミヨのハツ アキアにをくれ フユおさめ
秋 ア(アメ=太陽)に遅れ 冬収め
まだ私の編年に組み入れてありません。



919 :日本@名無史さん:2008/07/28(月) 11:33:10
邪馬台国は無かった

920 :日本@名無史さん:2008/07/29(火) 09:41:59
>>919
支持。
肝心の邪馬台国ってどこに書いてあるの?
教えられないマニア達
まず最初から勉強しなさい!

921 :日本@名無史さん:2008/07/29(火) 12:18:46
ああ、夏休みだ

922 :日本@名無史さん:2008/07/30(水) 01:26:10
age

923 :日本@名無史さん:2008/07/30(水) 22:14:57
ヒミコたん・・・・・・・・・・・・・・・・




924 :日本@名無史さん:2008/07/31(木) 07:21:12
>>920
後漢書や隋書にあります。

925 :日本@名無史さん:2008/08/02(土) 12:36:13
女王國


926 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/02(土) 17:46:52
>>914
王朝さん、ありがとうございます。
松花江ですか?
夫余=をとこ・よ→とこよの国?
しかし「タチバナ」は変ですね。
非時香菓=タチバナは後世の解釈と考えることも可能。

927 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/02(土) 17:56:08
田道間守はちょっと厳しいかな?
せめて肖古王、王仁の話は真実と考えたいですが、
論語とともに「千字文」を伝えたというのがひっかかります。

千字文(せんじもん)は、子供に漢字を教えるために用いられた漢文の長詩である。1,000の異なった文字が使われている。
南朝・梁(502 - 549年)の武帝が、文官の周興嗣(470 - 521年)に文章を作らせたものである。
(ウィキペディア「千字文」)

6世紀にできた千字文が應神天皇の時代に伝わるとは?です。

928 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/02(土) 18:36:45
>>916
「ヤマタイカ」面白そうですね。

本作は1983年にヤングジャンプで連載中断した『ヤマトの火』のリライト作品として『月刊コミックトム』(潮出版社)で1986年11月号から1991年4月号まで連載された。
単行本は1987年9月 - 1991年8月に潮出版社より全6巻として発行され、1997年6月 - 7月に潮ビジュアル文庫全5巻として発行された。
2006年12月より、光文社から『ヤマタイカ』と『ヤマトの火』を収録したシリーズ「レジェンド オブ ヤマタイカ」が刊行されている。
この作品では、日本人のルーツ(根源)を東南アジアから渡ってきた火の民族である縄文人と、大陸から渡来した日の民族である弥生人とし、
西暦300年ころに両者の対立があり、九州を中心としていた火の民族の邪馬台国は南方と北方に追いやられ、九州を制圧した日の民族が大和国へ遷都し、
ヤマト王権になったと設定している。
(ウィキペディア「ヤマタイカ」)

929 :日本@名無史さん:2008/08/02(土) 20:11:57
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://trade.socang.com/sell/view_img.asp?title=%BA%BA%A1%A3%CC%D5%B6%A6%D0%CD%B8%AA&img_url=../img/trade/2007115222431.JPG

930 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/02(土) 23:36:46
扶余(ふよ)
ttp://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/tungus/tungus-5-fuyo.htm

 280年、三国の呉が滅び、晋が中国を統一する。だが、三国時代の熾烈な戦役で疲弊して異民族を威服させる余力がなかったのだろう。
翌年には鮮卑族に昌黎を侵攻されている。
 285年、鮮卑族の慕容廆に来襲され、扶余は国王の依慮が海に投身自殺するという潰滅的な打撃を受け、沃沮に避難する。
 286年、再び慕容廆が遼東を侵略するが、王子の依羅が西晋の援助で扶余国を再建した。
 この依羅には日本の王朝に関わる奇妙な伝承がある。「慕容瘣に敗れた扶余王の依羅が、数千の民を率いて海を越え、倭人を平定して王となった」というもので、
名前のイリから、崇神天皇(みまきいりひこ)ではないかとされる。

この「奇妙な伝承」とは「大震国本紀」のようです。
ttp://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nichiman.html

931 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 08:40:12
扶余系の渡来は弥生前期でしょう。
魏志韓伝でも既に弁辰と倭の風俗は同じというようなことが書いて有ります。
稲作技術・弥生式甕の伝播、急激な東進も弥生前期。
三世紀代には、そういった事象は見られません。

932 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/03(日) 09:57:49
>>931
稲の伝来ルートについても従来は朝鮮ルートが有力視されていたが、遼東半島や朝鮮北部での水耕田跡が近代まで見つからないこと、
朝鮮半島での確認された炭化米が紀元前2000年が最古であり畑作米の確認しか取れない点、
極東アジアにおける温帯ジャポニカ種(水稲)/熱帯ジャポニカ種(陸稲)の遺伝分析において、朝鮮半島を含む中国東北部から当該遺伝子の存在が確認されないこと
などの複数の証左から、水稲は大陸からの直接伝来ルート(対馬暖流ルート・東南アジアから南方伝来ルート等)による伝来である学説が有力視されつつある
(従来の説とは逆に水稲は日本から朝鮮半島へ伝わった可能性も考えられている)。
(ウィキペディア「弥生時代」)

聞其旧語 自謂太伯之後(魏略逸文)

933 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 10:04:05
九州にはかなり古くから稲作が伝わってたようです。

934 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/03(日) 13:31:15
古代日本語は高句麗語に似ている?

高句麗語(こうくりご)は高句麗(紀元前37年ころ - 668年)の領域で使用されていた言語のことである。
高句麗の滅亡とともに衰退し、言語としては消滅したと見られている。
資料的な制約のため、言語系統は不明であるが、中国資料の記述によれば、扶余や東沃沮、濊、百済(支配層)の各言語とは同系とされ、
中国東北部から朝鮮半島北部にかけて夫余系諸語ともいうべき言語グループを形成していたらしい。
この言語グループは沿海州の邑婁(ツングース系らしい)の言語とは大きく異なっており、また朝鮮半島南部に広がっていた韓系諸語
(馬韓・弁韓・辰韓ら古三韓の言語。後の百済の被支配層の言語や、朝鮮語の直系の祖語にあたる新羅語もこのグループに属する)
とも言語的な異同が著しかったようである。
周辺言語との比較研究の結果、最も共通性が高いのは古代日本語であり、次いで中期朝鮮語が近く、
地理的に近いツングース諸語とは共通するものが少ないという結果が出ている。
(ウィキペディア「高句麗語」)

935 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/03(日) 14:16:04
神亀4(西暦727)年、渤海国(大震国)王・大武芸(武王)が聖武天皇に送ってきた国書(続日本紀・第十)

武藝啓。山河異域。國土不同。延聽風猷。但増傾仰。伏惟大王。天朝受命。日本開基。奕葉重光。本枝百世。
武藝忝當列國。濫惣諸蕃。復高麗之舊居。有扶餘之遺俗。
但以天崖路阻。海漢悠悠。音耗未通。吉凶絶問。親仁結援。庶叶前經。通使聘隣。始乎今日。
謹遣寧遠將軍郎將高仁義。游將軍果毅都尉徳周。別將舍航等廿四人。齎状。并附貂皮三百張奉送。
土宜雖賎。用表獻芹之誠。皮幣非珍。還慚掩口之誚。主理有限。披瞻未期。時嗣音徽。永敦隣好。

日本と渤海は兄弟国であり、ともに扶餘から出ていると読めるらしいですが、果たして史実か?


936 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 14:29:44
>>932
確かに稲は元々亜熱帯の植物だから
「北ルート」ってのは不自然だよなぁ…

937 : サガミハラハラ :2008/08/03(日) 15:00:21
問題は稲の生育期間の温度が問題であります。種であればかなりの低温にたえられます。
ですから、華北、華中から半島経由だとしても、満州で稲作をおこなってから朝鮮へ、ではなく、満州は種モミで運ばれ直接半島の南部にもちこまれても不思議ではありません。

邪馬台国は佐賀県小城市甘木です。
卑弥呼の墓は小城公園内桜ケ岡です。
ただいま、邪馬台国小城甘木説の宣伝強化月間中です。

938 :愛知県民 ◆/aQLbFNNDU :2008/08/03(日) 15:07:08
扶余王依羅=崇神天皇?の渡来が286年以後とすると、壹與は50代と思われる。
まだ生きていたかもしれない。

それにしても残念なのは「晋書」の東夷関係記事のいい加減さ。
266年の倭の遣使以後は、「東夷〜ヵ国貢献」とか大雑把な記事ばかり。
まあ、八王の乱以後の混乱で記録が失われていたなら仕方ないが・・・

サガミさん登場。
来週は次スレ?
ZZZ・・・・

939 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 15:16:21
シラキの第7代王(キミ)の時代に、ケリン(辰韓)との戦争が始まったようだ。

■古代カラにおけるシラキ王統と、その敵=ケリンの王統

―−−【シラキ王統】――【ケリン王統(金氏)】
 初代−稲飯命
 2代− 鋤命
 3代−受利命(日本に帰国)

以後は、
シラキ日本府の長官。
       
 4代−ダケ公(ヤマト朝廷が派遣)
 5代−ハサ公
 6代−キマ公
 7代−イセ公      初代王−金・閼智王(キム・アルジ)[ケリン国=辰韓を建国]
 8代−アタラ公     2代王−金・勢漢王(セハン王)
 9代−バキュウ公    3代王−金・阿道王(アド王)
10代−ナケ公      4代王−金・首留王
11代−ジョフン公    5代王−金・郁甫王
12代−テンケ公     6代王−金・仇道王
13代−ジュレ公     7代王−金・味鄒王(ミチュ王)
14代−キリ公      8代王−金・末仇王
15代−キケ公      9代王−金・奈勿王(ネムル王)[国号をケリンからシラに変える]
            10代王−金・実聖王(シルソン王)
            11代王−金・訥祗王(ヌルジ王)[金奈勿の息子]
           <以後、金氏の王統が続く・・・>



940 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 15:19:53
>日本と渤海は兄弟国であり、ともに扶餘から出ていると読めるらしい

誤読らしいです。

941 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/08/03(日) 16:36:08
280年代は倍暦の関係で垂仁天皇の時代だな。

942 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 17:36:33
                    
■ケリン=辰韓王の『王位継承史』

 初代王−金・閼智王(キム・アルジ)[ケリン国=辰韓を建国]
        ↓
 2代王−金・勢漢王(セハン王)
        ↓
 3代王−金・阿道王(アド王)
        ↓
 4代王−金・首留王(スル王)
        ↓
 5代王−金・郁甫王(トポ王)
        ↓
 6代王−金・仇道王(クド王)
        ↓
 7代王−金・味鄒王(ミチュ王)
        ↓
 8代王−金・末仇王(マク王)
        ↓
 9代王−金・奈勿王(ネムル王)[国号をケリンからシラに変える]
        ↓
10代王−金・実聖王(シルソン王)
        ↓
11代王−金・訥祗王(ヌルジ王)[金奈勿の息子]
           
<以後、新羅滅亡(935年)まで金氏の王統が続く・・・>


943 : サガミハラハラ :2008/08/03(日) 18:30:15
太国さんとは、同じ倍暦のあいだがらではあるが、年代がちとずれていますね。
わたしの復元日本書紀紀年法では崇神天皇288年春年前期ですので、垂仁天皇は288年と289年ということで、
まあ、かさなるところもありますけどね。

邪馬台国は佐賀県小城市甘木です。
卑弥呼の墓は小城公園内桜ケ岡です。

944 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 18:41:46
                             
 天日矛命の国=志羅紀と、ワイ族(朝鮮人)の国である新羅は、3世紀の初頭から戦争していた。
戦争の原因は、ワイ族の志羅紀侵略である。ワイ族は、もともとはカラ半島・東北部に住んでいたが、
ワイ族の一部が、3世紀の前半頃に志羅紀領の北部地方に侵入し、そのまま住みついたため、先住民である
志羅紀人(倭人)とワイ族(朝鮮人)の間で領土紛争が起きたのである。

 
○○○○○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○ ←楽浪郡(4世紀初頭に漢人の難民が百済を建国)
○○○○○○○○○○
○○○○○○○○
○○○○○○○○
■■■■■▽△▽←辰韓(ケリン国[キム・アルジが建国])
■■■■■△▽△
■■■■■◆◆◆
■■■■■◆◆◆    【日本海】
■■■■■◆◆◆
■■■■■◆◆◆←志羅紀(倭人国=シラキ=任那。稲飯命が建国)
■■■■■◆◆◆
   ↑
  馬韓(クタラ。後に任那と合併)


945 :日本@名無史さん:2008/08/03(日) 21:33:36
>>932

水稲の伝来と水稲の東への伝播は、時代も正確も全く違う事象です。
水稲耕作、遠賀川式土器の東進が弥生時代前期であることは動かしがたい事実です。

946 :どくだみ:2008/08/03(日) 22:22:39
>>935
愛知県民さん
どうも検索してみると、あるHPが本らしく、そのコピーが2chにも貼られてました。
そのHPを読んでみましたが、誤読です。
後ほど、どこが間違っているか書き込みます。

947 :どくだみ:2008/08/03(日) 23:19:15
伏惟大王。天朝受命。日本開基。奕葉重光。本枝百世。
武藝忝當列國。濫惣諸蕃。復高麗之舊居。有扶餘之遺俗。

この文章の「本枝百世」が、日本と渤海が本と枝の関係にあることをしめしているから、日本と渤海は兄弟国だという主張のようです。
しかし、この「本枝百世」という言葉は「本支百世」と同じで、詩経の文王という詩の中の一句です。
「一家一門が長く栄える」という謂わば決まり文句です。
詩経の句は、孔子の時代から外交の場で頻繁に引用され、外交を行うための基礎教養のようなものです。
論語や春秋左氏伝にも、その様子が記載されています。
だから「本枝百世」は、日本と渤海の起源に無関係の言葉です。
「奕葉」は「代々」という意味です。「重光」は、「徳を輝かす」です。
つまり、「伏惟大王。天朝受命。日本開基。奕葉重光。本枝百世。」は
「大王様のお国は天命を受けて開国して以来、代々徳を輝かせ、一家一門が長く栄えておられます」という意味です。
一方、「武藝忝當列國。濫惣諸蕃。」は、「私は諸国をまとめたばかり」とへりくだっています。
(外交辞令ですから、国の尊卑・上下とかの感情で判断を狂わさないように願います)
しかし、単に謙遜するのではなく、「復高麗之舊居。有扶餘之遺俗。」をつけることで、
「我が国は建国したばかりですが、単なるぽっと出の新興国とは違いますよ。
古くは高麗・扶余の伝統を受け継ぐ、由緒正しい国柄なんですよ」と、釘をさしているわけです。
「奕葉重光。本枝百世。」という古い伝統を持つ日本に対して、
新興国である渤海が、高麗・扶余を持ち出して対抗してるのが、この二行なわけです。
結論を申し上げれば、扶余と倭の関係がどうなのか、私は、その史実は全く知りませんが、
この文章は、日本と渤海が兄弟国で、同じく扶余を祖に持つとは全然考えずに書かれています。
こういう誤読から、誤った観念がネットで流布されるのは残念なことです。

948 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 01:00:01
>>875
>河童が去り、ドツボ迄いなくなった此処は正に墓場だな

河童さんは去ったが、この改めは戻ってきたよ。
河童さんに関しては、「虫」病という病気にかかてる。
ありゃ..一種の「洗脳」とか「宗教」だな。コワイコワイ

>>885 唐松山さん
「墓標」て詳しく知らないんですが、もし良かったら語ってくれませんか。

>>890
戻ってきたよ 良かったな(笑)

949 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 01:06:38
>>894>>896 唐松山さん&太国さんへ
金印
http://www11.ocn.ne.jp/~jin/KIN.html

西暦57年、後漢の光武帝が漢倭奴国王 ですが、
これはなんでしょうか?何かの間違いでしょ?

>>904 太国さん
>だから圧縮は履中以降に倍暦をやってたからですわ

ま〜だ倍暦とか言ってるんですか?
それはもうわたしから論破されたでしょ・・・w

>>08 サガミハラハラさん
>応神37年の呉国とは、どうやら北魏か北燕のようです。つまり華北にあった国です。
>なぜなら、倭国の使者は高句麗と接触してその案内で到着しています。
>また、江南の晋か宋なら、晋や宋の記録にのこっているでしょうから。

サガミハラハラさん久しぶりです。
貴方の「卑弥呼が活躍した年代」の考えをよかったら書き込んで下さい。


950 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 01:13:18
>>937>>943
>邪馬台国は佐賀県小城市甘木です。
>卑弥呼の墓は小城公園内桜ケ岡です。

サガミハラさんといえばこの「邪馬台国は佐賀県小城市甘木説」。
しかし、貴方の話を聞いて納得してくれた人は何人いるんでしょうか?
ネタとしては面白いのですが、「卑弥呼の墓」にしても答えれない箇所があるようですし、
ここは支持を取り戻すべく我々が納得する形をとってもらいたい。
そうです〜ここ終止符スレで語ってくださいよ。
簡単ですが、分析してみましょう。

愛知県民さんへのレスはまた金・土・日にでもしましょうかね。
どうせ平日は来れないだろうからその土日前にでもということです。


951 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 01:20:20
もうすぐ、「盆休み」に入るがみなさん何処かへ出掛けるのだろうか?
古代史に興味を持つものとして連休中は何処か出掛けたいものだ。
誰か盆休みにどこか行くなら〜何処へ行くのか書き込んで下さいね。

なんかここのHPの人は「盆休み」を使っていろんな所へ出掛けてる。
古代史ファンの方〜参考にデモして下さいな。
http://rara.jp/kunakoku2/ つーかわたしも全部読んでないw

そしてザ氏はこっちへ遊びに来ないかな?
掲示板にょりこっちのが使いやすいのでここでなら書きこみ早いかもw

952 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/08/04(月) 07:42:30
お前は3日いないと1敗だそうだかから、まぁだいたい改めは10敗した事になる。
のこのこ、また負けの上塗りをしたくて出てきたんだな〜?www
どうせろくな説明も出来ないから倍暦を論破できまい。倍暦を否定してるという
ことは、改め自身が仁徳以前の古代天皇の百数十歳の帖長寿を甘く肯定した事に
なる。くやしいなら今度こそ紀の百数十歳の記述の合理的説明をするんだな。


謎の女王卑弥呼は誰か? 邪馬台国問題に終止符! 16

(大震国本紀)
>360 改め :2008/04/26(土)
 もしこれが本物の資料だとすればカムヤマトのイワレヒコは卑弥呼より後に
 活躍した時代の人で 卑弥呼の倭と大和朝廷を結びつける重要な証拠となる。


ははぁ、そうですか、卑弥呼は神武の前ですか〜〜。wwwwwwwwwww
ほらほら今は卑弥呼は神武の後にスリ変わってますが???????????
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

953 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/08/04(月) 07:44:08
訂正
× 帖長寿    ○超長寿

954 : サガミハラハラ :2008/08/04(月) 08:51:44
>>949
卑弥呼の即位年は183年、没年は248年とみています。死因は自然死(老衰か)とみています。
郡使が都に着いたときにはかなり衰弱しており、面会はできずにそのまま死去したようです。
よって檄を告喩することができず、卑弥呼の死後の混乱のため、次の次の壱与に告喩されています。
卑弥呼の次は男王が即位(儀使は王と認めた)しているが、かれを飛ばして壱与に告喩しているところをみると、
男王の混乱は卑弥呼の喪中のできごとであったと考えられます。つまり、千人誅殺の事件は短期間であったということになります。
しかしこの誅殺は主に北九州諸国の中枢部の人々であったであろうから、この事件は邪馬台国の衰退に拍車をかけることとなったようである。
そして邪馬台国は、その勢力を回復せぬまま、西進してきた大和朝廷に抵抗することもなく併合(連衡)されることとなったのです。

邪馬台国は佐賀県小城市甘木です。
卑弥呼の墓は小城公園内桜ケ岡です。

955 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 11:04:25
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://trade.socang.com/sell/view_img.asp?title=%BA%BA%A1%A3%CC%D5%B6%A6%D0%CD%B8%AA&img_url=../img/trade/2007115222431.JPG

956 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 20:38:32
>>944
>天日矛命の国=志羅紀と、ワイ族(朝鮮人)の国である新羅は、3世紀の初頭から戦争していた。

それはどこからの情報でしょうか?

>>952
んで、太国さんは「大震国本紀」なる物をどのように見てるんでしょうか?
ただ単に批判でつか?批判するだけなら誰でもできる。
どうして批判するのか説明宜しくです。

>>954
いやいや、卑弥呼はどの天皇時代に活躍したと考えてるんですかね?
たしか私と同じような考えだったような。

957 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 21:03:07
愛知県民さんの>>938
>来週は次スレ?

愛知県民さんもこういってるのでみなさんでスレ回して行きましょう。
1000まで回すの手伝って〜誰か!!

958 :サガミハラハラ :2008/08/04(月) 21:08:55
卑弥呼の時代の大和の天皇は考昭ー考安ー孝霊ー孝元の4天皇の時代です。

959 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 21:10:54
>>956
>んで、太国さんは「大震国本紀」なる物をどのように見てるんでしょうか?
ただ単に批判でつか?批判するだけなら誰でもできる。
どうして批判するのか説明宜しくです。

 今言ってることと同じ事を河童にヤフーで散々言われ、2ちゃんに逃げ戻ってきたのは何処の誰だ。

960 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 21:27:04
<魏志倭人伝>
倭人在帶方東南大海之中 依山島為國邑
舊百餘國 漢時有朝見者 今使譯所通三十國
從郡至倭 循海岸水行 歴韓國 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國 七千餘里

倭人は、帯方 東南大海ノ中に在り、山島に依り國邑を為す。
もと(昔・古くは)百余國。漢の時に朝見する者有り。今使訳通ずる所三十國。

郡より倭に至るには、海岸にしたがいて水行し、韓國をへて、
南し(ながら)、東し(しつつ)、その北岸、狗邪韓國に到ること七千餘里。

日本語訳したらこんな感じで良いかな?

961 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 21:34:12
>>958
>卑弥呼の時代の大和の天皇は考昭ー考安ー孝霊ー孝元の4天皇の時代です。

わたしと似てますね。
大体、一致ということか。私もそんな考えです〜さがみさん

>>959
>今言ってることと同じ事を河童にヤフーで散々言われ、
2ちゃんに逃げ戻ってきたのは何処の誰だ。

河童さんいさんざん言われた?誰が?人違いじゃねーの?


962 :改め ◆PWTcGEfp1s :2008/08/04(月) 22:04:05
22時なったのでもう寝ます。
早寝して早起きし仕事に備える。

今週〜私は仕事に集中するのでみなさんで回してて下さい。
金曜日までに1000レス達成できるかな?

太国さんとかヵら松山さんで頑張って下さいよ。
では zzzzzzzzzzzzzzz。

963 ::2008/08/04(月) 22:13:19



   お 前 が 仕 切 る な カ ス 












964 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 22:32:35
>>963

よそでいってろ

965 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 22:48:23
>>964

ドツボ乙。
寝るといったけど気になって覗きに来たんだな(笑)

966 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 22:58:54
>>965
ヤフーで追い詰められて、のこのこと逃げ戻ってきた奴なんかかまうな。


967 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 23:04:13
>>961
>今言ってることと同じ事を河童にヤフーで散々言われ、
2ちゃんに逃げ戻ってきたのは何処の誰だ。
>河童さんいさんざん言われた?誰が?人違いじゃねーの?

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835208&tid=bdw2a6hdclo8fa4hbcygobf9q&sid=1835208&mid=471



968 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 23:14:28
>>967
さんざん言われて師匠のところに逃げ帰ったのは、河童のほうじゃね?

969 :日本@名無史さん:2008/08/05(火) 00:22:15
なんだかんだいってもあの二人が気になるおまえらってw

ヤフーまで追いかけたのか?w


970 :日本@名無史さん:2008/08/05(火) 00:33:02
>>969
そりゃ、粘着異常者の似たもの同士なら当たり前でしょ。

971 :日本@名無史さん:2008/08/05(火) 01:51:45
>>970
邪馬台国スレに来るやつなんて、粘着気質がデフォだろ。
なにしろ卑弥呼に何年も粘着してるんだからw
ほんとに変なのが多いわ。

972 :日本@名無史さん:2008/08/05(火) 07:17:54
お前、我がフリかえりみずよく言うなw

973 :日本@名無史さん:2008/08/05(火) 20:58:25
なんだなんだ

974 :日本@名無史さん:2008/08/05(火) 22:53:09
昨夜くやしくて眠れずに、名無しで書き込むドツボにワロタ

>>964:日本@名無史さん:2008/08/04(月) 22:32:35

よそでいってろ

>>968 :日本@名無史さん:2008/08/04(月) 23:14:28

さんざん言われて師匠のところに逃げ帰ったのは、河童のほうじゃね?








975 :ログ保存の為にコピペしておくw:2008/08/06(水) 00:51:13
>>967
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835208&tid=bdw2a6hdclo8fa4hbcygobf9q&sid=1835208&mid=471

>>2ちゃんへ旅立つ為の土産だ。 「到」=触れる(着点)。 「其」=観測ポイント(大海)。 「北」=観測ポイントから見た方角。 「岸」=水辺と接する陸地「狗邪」=形容された名詞。 「韓」=三種 「國」=域 <

>どこまでも、おめでたいやっちゃな〜。
言語虫氏にもっと河童さんへまともなことを教えてやって私が言ってた伝えといてよ。 以上。

どこがどのようにおめでたいのか、何時もの様にまったく具体性のない返答ですね
小学生でも理解できる基礎学力知識を提示したのに理解できずに
抽象的な曖昧さで霧に包み込みますか?
「北岸」すらまともに理解できないのに「以北」を論じようなんて、いきなり小学生が相対性理論に挑戦するかの行為としか思えない、無謀すぎる行為でしょう。(大笑)
貴方の場合「以北」どころか「北岸」の単位すら取得していない
仮免どころか一段階の印すらまともにクリアー出来ていないことを自覚してください。

>言語虫氏にもっと河童さんへまともなことを教えてやって私が言ってた伝えといてよ。 以上。

で、「まともなこと」とはいったいどのようなことを事を指し示すのか、具体的に提示していただかないと、人に正確に伝えることが出来ません
しかも、
「まともなことを教えてやって私が言ってた伝えといてよ」
という文章が、日本語の文章になっていないようなので、ますます意味不明な伝言文かと思います。
補足すれば
「まともなことを教えてやって(ほしいと)私が言ってた(事を)伝えといて」
このように(・・・)で補足しておきましたので、後ほど確認願います。

ね、
これじゃあとても「北岸」が理解できるはずがありませんよね
君に絶対的に求められるのは【小学生の基礎学力知識】です。

先ず、その基礎的な学力を身につけてから邪馬台国に挑戦しても遅くは無いと思います。

976 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 01:23:26
カスども

977 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 02:40:49
>>975
>何時もの様にまったく具体性のない返答ですね
>具体的に提示していただかないと、人に正確に伝えることが出来ません
>日本語の文章になっていないようなので

いっつも自分が言われてることだなww

978 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 04:03:16
>>975
「至」と「到」ですか。それはちょっと難しいですな。
「其北岸」も難しい。
何の先入観もなしで客観的に解釈しようとすると、の話だけど。


979 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 12:08:53
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://trade.socang.com/sell/view_img.asp?title=%BA%BA%A1%A3%CC%D5%B6%A6%D0%CD%B8%AA&img_url=../img/trade/2007115222431.JPG

980 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 12:55:24
梅毒キター(゜▽゜)

981 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 17:46:49
>>980
>梅毒キター(゜▽゜)

docomoユーザーの梅毒にはアクセス規制が掛けられているから、明らかにドツボレスと判断できる。
ドツボが明け方必死で河童釣りする姿が痛々しいwwwww

982 :ドツボじゃないよ:2008/08/06(水) 20:37:44
馬鹿の逆が正解だろ

言語氏が「対馬までが倭」といえば、「狗邪韓國までが倭」が正解だろう。
一緒の方向を向いたらそれは間違っとる。
アノ人の反対が『正解』。馬鹿の逆をいけよww

『可得略載』にしても何故か21か国がそれになっとるし、逆だ馬鹿ww

笑いが出て堪えきらないw 馬鹿て面白いぐらいに逆だよなww


983 :ドツボじゃないよ:2008/08/06(水) 20:38:51
>>981
>ドツボが明け方必死で河童釣りする姿が痛々しいwwwww

それはドツボ
ではないよww

984 :ドツボじゃないよ:2008/08/06(水) 20:40:52
馬鹿に「馬鹿」と100回言っても分からない。

おれなんて一度も言われないよw

言語虫氏と一緒の方向向くなよ。逆だ逆を行けwww

985 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 21:28:13
河童虫は、別に言語虫の言うことなんか信じちゃいないさ。
ただ、議論に負けて追い詰められたときの「逃げ道」として使ってるだけ。


986 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 21:52:57
なんせ、臺與の国は四国でイヨの国だもんね

こっちが 腹、痛ぇーょ。

もうどうでもいいか 他人の考えなんだし。
あまり悪口言うと河童氏もいい気しないだろうし。

987 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:07:49
>>984

>ドツボじゃないよ

改めだよwwwwwwwwwwwwwwwってか。

その必死さがカワユイ。

988 :ドツボじゃないよ改めだよ:2008/08/06(水) 22:11:49
元VIPPerの成れの果てが必死にスレの消化か?wwwwwwww

989 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:21:35
>>981

今度のdocomo規制は長引きそうだな、既に十日が経過しても今だ規制解除の見込みなさそうだし。

http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2ch/1216565966/l50

990 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:29:59
ほら カウントダウン行くぞ

10

991 :改めじゃないよ名無しだよ:2008/08/06(水) 22:40:46
>>990
改めと言えない理由は?

992 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:50:37
 

993 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:51:37
 

994 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:52:27
 

995 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:53:02
995

996 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:56:33
996

997 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:57:03
3

998 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 22:57:33
カウントダウン

2

999 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 23:01:47
ふめよ

残り1

1000 :日本@名無史さん:2008/08/06(水) 23:02:24
1000 やった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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