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【新説】邪馬台国は四国徳島だった?!【浮上】

1 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 15:41:35
根拠1

2007年3月、徳島県鳴門市に、日本最古の前方後円墳が発見された。
「萩原2号墓」といい、石積式の前方後円墳。年代測定によると西暦200年前後と
なり、時代的には卑弥呼・邪馬台国の時代となる。当時、徳島に力のあった豪族がいた証拠となる。
解説は徳島文理大学教授 石野博信氏で、
「卑弥呼が登場するのに大きな役割を果たした一族の墓である」と語り、邪馬台国四国説を推す。
また、国史研究家・高校教諭 林博章氏の解説によればこのあたり一帯は古墳だらけだということ、
八人塚古墳は全長60mもあり、付近一帯には1000基の古墳がある。
古墳密集地だということ。

根拠2

邪馬台国があったとされる場所については様々な説があるが、有力なのは「近畿説」と「九州説」の2つ。
だが、ともに矛盾点がある。「魏志倭人伝」によれば、近畿説(一般的には畿内説というが、
番組では近畿説となっているので、近畿説で以下統一)は「方向が違う」、
九州説は「距離が合わない」といわれる。
そこで、古代史研究家 大杉博氏の研究によれば、朝鮮から出発した使者は、
上陸地が高知県宿毛町あたりではないかと推測(ここが投馬国)、
そこから距離的に見て、徳島に至ったのではないかということだ


2 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 15:42:28
根拠3

魏志倭人伝によると、邪馬台国について「その山には丹がある」と書いてある。
丹とは水銀のことで、邪馬台国に中には水銀丹(朱)の出る山があると、
書き残している。邪馬台国時代の水銀鉱山跡というのは、
徳島阿南市の若杉山遺跡でしか見つかっていない。水銀を生産している遺跡は、
他の場所から発見されていないので、ここだけらしい。よって「丹がある」という
一文からすれば、四国説はかなり有力となる。

根拠4

邪馬台国の時代から続く1800年続く一族「阿波忌部一族」がいる。
この一族は、古代から現在まで続く天皇家の宮廷の祭祀をしていたという。
儀式の中で、(大嘗祭のことか)、麻で作る織物(アワタエ)を献上する役割である。
現在の当主は三木信夫氏であり、番組内でインタビューに答えている。
その中身は「阿波には大きな先進文化をもった部族がいたことは確かで、
その後、この部族は阿波から近畿へ移動して日本の礎を築いた」と語っていた。

根拠5

近畿と四国の地名の一致。山城、伊賀、大阪、河内、勝浦など近畿にある地名は、
徳島にもある。
徳島や香川で作くられた壺などが、同じようなものが近畿でも出土している。
徳島と近畿に何らかの関係があるということか。


3 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 17:04:24
844: 2008/03/22 18:45:18 [sage]
お遍路さん88番目が卑弥呼に関係してる。

そもそもお遍路さんの目的は、邪馬台国の呪術を封じるため

4 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 18:18:32
徳川の徳の漢字をあてたいきさつが、江戸時代の国文学者が
四国に日本の発祥の秘密があることを記念したって
小学校のとき習ったぞ

5 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 18:35:48
>>3
卑弥呼は神道?だから、仏教の空海が封じたの?

6 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 19:15:56

邪魔たいこく徳島

7 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 19:46:34
伸びなさそーだなこのスレ

8 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 20:53:19
何を今更という感は有る。

http://www.mars.dti.ne.jp/~techno/column/black.htm

9 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 21:02:16
新説じゃなくて珍説だ

10 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 21:06:17
徳島で決まりだろう
そもそも日本は最初に淡路島が生まれ、次に四国が出来たと記されている
一番論理的な説じゃね?

11 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 21:49:18
せいぜい、みのもんたクラスの話だね。

12 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 21:51:17
徳島と畿内には同じ地名が多い
徳島の地名のほうが先ならば、邪馬台国の可能性は高いと思う

13 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 21:56:36
徳島は人口少ないし、主張する人が少ないから
今までシカトされてきたけど、これからは徳島説が来るぞ

14 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 22:17:21
俺は四国というよりかつて太平洋にあったムー大陸だと思う
日本列島はムー大陸の欠片だと思う

15 :日本@名無史さん:2008/03/26(水) 22:21:25
吉野川下流の北岸
あともう一押し。

後世の人は不思議に思うだろうな。
倭人伝の通りに読めば、四国以外
ないはずだろうって。

16 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 01:09:24
どーもみのが出てるとイマイチ説得力がな…

17 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 01:26:19
「邪馬台国は阿波だった」も復刻するかな?w

なんせ読んだのが大昔だから内容もすっかり忘れたが
阿波に点在する地名だかなんだかを繋いで
巨大な五角形が描かれる…とかなんとか壮大な話だったようなwww

18 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 01:27:26
>>16
まあ、みの自身は放送が終わったら直ぐに忘れているだろうねwww

19 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 01:46:32
>>1おつ

と!と!とくしまっすか!
あわ・わ・・・・・・・・・・・

20 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 03:31:41
とくしまでなっとくしました

21 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 03:51:46
邪馬台国=阿波説が広まると
徳島県は大いに得しま すでしょうね。

22 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 06:53:57
3世紀初頭に有力豪族がいたのは間違いない

23 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 08:54:58
>>22
それは確実でしょうね、
その豪族が忌部氏なのか、
それとも他の誰かなのか・・・。
吉野川北岸の鳴門から板野の古墳群と、
南岸の国府から石井にかけての古墳群の関係とか、
東讃とのつながりなども、調査が十分とは言えません罠。

24 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 09:19:55
やばい。俺、卑弥呼の末裔だったのか。

25 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 09:41:05

ジャマ大国 = 泡乃国

26 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 10:01:45
>根拠1

鳴門と言えば大麻比古神社、遍路の札所の始まりや。

>根拠2

近畿も徳島も似たような位置やな

>根拠3

阿南の若杉山遺跡は太龍寺の近くで、空海がその自著で修行をしたと明言した辺り。
空海と水銀の関係はよく言われるし、高野山も丹生明神の山だった(丹生は水銀)。
空海の時代にはまだ古代の記憶が口承されていただろうし、
空海は山岳修行しながら卑弥呼の財宝探しとったのかもしれんの。

>根拠4

その三木さん、今は木屋平に住んどるのや。
木屋平といえば剣山の近くじゃ。
剣山といえばソロモンの秘宝じゃな。
奇妙な合致じゃのう。

>根拠5

ほれは知らんかったの。
吉野川と奈良の吉野の関係はどうなんじゃろな?




27 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 10:10:18
四国に部落が多いのは関係あるのかな?

28 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 11:08:08
>>22
有力豪族がいたのに、そんなに進んでいない畿内の地名を模倣すると
は思えないんだ。
畿内が当時進んでいた阿波の地名を模倣した。
阿波にリスペクトするべき文明文化があった。
つまり邪馬台国。

29 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 12:42:42
>根拠3

方向や距離と違って、水銀を発掘していたという事実は間違えようがないね
使者が現場を見たのだろう
邪馬台国は徳島で決まり!!!

30 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 16:44:54
九州と大和は地名が似ているという話があったな。
九州の地名が徳島に移った。九州の地名が大和にも移ったという可能性もあるな。


31 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 18:23:38
>30
それはあるな。
5000年前、寒冷化して黄河文明が南下して長江文明を征服
長江文明は各地に拡散。その一部が日本にもきたと思われる。
寒冷化していたから、九州南部(宮崎)から四国南部(徳島)
と瀬戸内沿いではなく、太平洋沿いで移動したと思われる。
稲作文明だから、気温が高い方がいい。
しかも徳島は長江と同じように、西から東へと吉野川が流れている。
遠い記憶、伝承から徳島を第二の故郷としたかもしれない。
しかし、吉野川は氾濫がひどく、最終的に大和に移ったのだろう。


32 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 18:44:36
なら邪馬台国の時代はちょうど徳島やん

33 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 18:48:21
徳島・高知って温暖で、魚が採れ、酒が強く、濃い顔の人が多い
いわゆる南方系
倭人伝の記述とも合う


34 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 18:52:49
とくに和歌山の地名とそっくり
http://www1.odn.ne.jp/kitan/jimu/hokoku/2_2_1.html

先に和歌山へ上陸したのか

35 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 19:16:18
徳島が邪馬台国だったかどうかはさて置いても、
3世紀の早い段階に相当な勢力が徳島に存在し、後の巻向の王権と
密接な関係があったのは間違いないだろう。
ほぼ同時期か少し前後して同系統の遺跡が淡路島を囲んで
大和水系、吉野川水系、そして播磨近辺に存在してる。

36 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 19:54:41
徳島は多分「魏志倭人伝」に書かれた裸國かK齒國だな。

37 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 20:06:20
邪馬台国7万戸
人口にして40〜60万人が徳島に住めるはずがない


38 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 20:39:57
住めるでしょ

そういや徳島って江戸時代は人口ベスト10以内に入っていたそうね

39 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 20:46:33
それにあくまで「七万余戸ばかり」だから
実数ではないでしょう。
奴国(那珂川下流)二万戸の3.5倍
だから、東讃岐や淡路まで入れれば、
十分それくらいの面積はあるでしょう。

40 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 21:48:01
>>39
都合にいいように、「実数ではない」というね
捏造体質

41 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 23:28:45
邪馬台国が徳島だとしたら、
徳島から奈良への権力移動はいつ頃起きたの?

司馬遼太郎は徳島弁と京都弁が似ていて、
京都弁は徳島弁の影響を受けていたんじゃないだろうかと言っているね。
まぁその真偽は定かではないけど、
阿波忌部を例にとらずとも阿波者が京都ではかなりの影響力があったのは確からしいね。


42 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 23:31:56
無知なもんだから卑弥呼をwikiで調べているところなんだけど、
なんか卑弥呼のあり方ってアマテラスを連想させるところがありますね。



43 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 23:37:40
>阿波者が京都ではかなりの影響力
ソースは?

今の徳島って糞尿都市っていわれているけどね


44 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 23:40:30
今を問題にするなんて、歴史のセンスないね。

45 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 23:48:08
過去と現在が連続している以上
現在は大事だよ。


46 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 00:22:03
時代錯誤ということじゃないの?
現代の価値観を古代に適用する歴史的価値判断は
歴史学においては慎むべきことでしょ。
それに、
古代「あわのくに」から現代「徳島」へと歴史は直線的に推移しているわけじゃないしね。







47 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 00:31:00
>>45
そんなこと言ったら、しょぼい杉る現在の奈良県はどうなるんだよ?

48 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 01:16:11
>阿波者が京都ではかなりの影響力
ソースは?

ソースなしなんてなんの価値もないぞ。
そういう掲示板への書き方が糞尿都市という意味なんじゃないか?


49 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 02:37:08
淡路島って阿波へ行く島って意味?
なんか阿波が日本のルーツのような気がしてきた

50 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 02:44:34
もう糞尿あわでいいよ

51 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 05:14:16
水行十日陸行一月はどんなふうにあてはめられるんだろう

52 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 06:26:51
北九州から水行十日で高知に上陸、そこから陸行一月
無理やり感があるがそれしかないなあ


53 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 06:57:29
陸行一月:宴会して二日酔いで一ヶ所に三四日滞在するから
しらふなら1週間ぐらいで辿り着く距離。

54 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 09:21:49
徳島説に嫉妬するやつがいるねww

ほぼ決まりなのにwwww

55 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 09:25:58
なんか韓国起源説と似てるなw

56 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 10:09:04
「邪馬台国は四国徳島だった」・・・なんか俺ヶ村に邪馬台国を誘致して観光資源にしよう!って感じ。




57 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 10:23:20
>>56
30年ほどまえからやってまつ・・・・県が力入れてたんだから・・・

58 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 10:40:20
>>52
高知の宿毛あたりが投馬国で、そこに上陸したという説もあるしね

59 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 15:27:42
説を唱える「だけ」なら学者ならずともその辺の三文小説家や、電波だしまくりの等質患者でも
出来るな。
肝心なのは、その説を唱えた人物の氏素性や、信頼に足る史書を根拠にできているかどうかだよ。

60 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 16:10:08
>>59
>>1-2

徳島          近畿

徳島市山城町      京都府山城地方
徳島市伊賀町      三重県伊賀市
美波町北河内      河内(大阪)
阿波勝浦        南紀勝浦
大坂峠         大坂(大阪)

61 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 17:13:19
と・く・し・ま!!

62 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 17:33:58
地名も決定的な証拠にもならんな


63 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 17:38:06
町おこしが目的だろ。しょせん九州と同じ

64 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 19:02:44
>>1
ソースぐらい張っておけよ。

『 新説!?みのもんたの日本ミステリー!〜失われた真実に迫る〜 』
2008年3月21日(金)放送  【 第4弾 】
邪馬台国は四国にあった!?
http://www.tv-tokyo.co.jp/nihonmystery4/

65 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 19:40:24
俺は阿波忌部が気になる
天皇のルーツは卑弥呼であるから
天皇に仕えていた一族がいるってことは
阿波に邪馬台国があった可能性がある


66 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 15:35:21
忌部氏は全国にいるじゃまいか

67 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 15:41:26
まあ何を言っても反論する奴はいるわな。
今の時点で邪馬台国がどこにあったかの確証はないわけだし
歴史ロマンという捉え方をして語り合えばいいかと思うんだけど。

68 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 19:58:11
今後徳島は畿内九州双方の嫉妬を買うことになるのか。
関西州入りは消えたな。

69 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 20:38:11
いきなり道州制の話かww

70 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 21:38:45
九州はわからんが観光資源が腐るほどある近畿が邪馬台国程度で嫉妬なんかするかWWW

71 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 21:45:03
早速嫉妬の書き込みがww

72 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 21:57:22
観光資源が一つあれば自治体はどれだけ潤うことか。
ましてや古代史最大の謎と言われる邪馬台国がもたらす経済効果は計り知れない。
関連スレ住人の必死さを見ればわかるだろう。

73 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 22:19:42
現実問題、奈良県は纏向を邪馬台国なんて宣伝してませんからw

近鉄もJRもそんな観光ポスター出してないしww

むしろ九州の吉野ヶ里が邪馬台国”関連”のイメージで売っているような・・・
(流石に邪馬台国=吉野ヶ里は謳わないかw)

「吉野ヶ里から邪馬台国が見えた」みたいな?www

74 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 23:30:56
スレに関係無いが、NHKで卓球の四元が、お遍路さんに挑戦してる。


75 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 23:32:31
そういやなんで四国だけ八十八ヶ所も巡礼ポイントがあるんだ?
他はせいぜい30ちょいなのに

76 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 01:07:33
>>60
地名の一致をもって邪馬台国が徳島発祥とするなら、九州南部の方がよほど一致している件について。

77 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 01:25:31
そもそも、>>60であげられた町名など、明治以降の話だろうし、
普通は邪馬台国よりもむしろ戦国期の殿様が京を模した地名を
後つけしたんだろうと考えるものだが。
そもそも、山城なんぞ京の地名だ。
京に都が出来たのは藤原京以降の話で邪馬台国の成立や
大和朝廷よりずっと後代の話だ。
大方、改新後に派遣された国府につとめたくにのみやっこや
後世の国司様あたりがつけたんじゃねw
あるいは
戦国時代には室町幕府の管領を務めた細川氏の領国だったし
当時の守護大名は、日本各地に小京都を模した町並みを
意識した国づくりをおこなっている。
代表的なのは大内氏で明との貿易でしこたまもうけた金で
京から文化人を招聘し、周防・長門の地を小京都たらんと
欲した史実は有名。
大内同様に室町幕府の実力者だった細川氏や彼を追った三好氏らも
畿内出身の大名で、領国形成の
過程で京を模した地名を領国内につけた可能性をまず考えるべき
つーか、郷土の資料で地名の由来とか探してから書き込めよつーのw
思いつきで地名が一致するから(それも明治以降の市町村の自治体が一致する
だからどうしたの?とその程度の話でしかないのにw)
馬鹿かアホかとw

78 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 01:30:06
>>76
どのくらい一致してんだ?

79 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 02:03:08
地名の由来が風土記あたりに書いてないかと調べようとしたが、どうやら現存していないらしい。
それを奇禍として関連検索していくと、やれソロモン王の秘宝が阿波の剣山とやらにうめられているとか、
明治政府が散逸していた阿波風土記を入手したが驚愕の史実とやらが書かれていてやむなく封印したとか
どこの病院から脱走してきたんだと疑うような話だらけでワラッタ

とりあえず徳島は邪馬台国なんかできていないよ。
まず鉄の存在ね。これひとつ考えただけで徳島説には無理がありすぎ。
古墳時代に日本各地にタタラ場ができていくんだが、基本的に東から西へと
移動していくんだね。それも四国なんかほとんど関係ない。九州から中国地方そして近畿へと
移動していくわけで古墳時代の徳島のタタラ場なんか聞いたこともない。
高知には1つだけあったように記憶しているがとてもじゃないが、それじゃあ軍事的な優越はとても無理
古代オリエントが鉄技術を取得したヒッタイトによって制圧されていった事かんがえても
徳島説は苦しすぎ



80 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 02:04:30
あ、ひとつまちがえた79の文中東から西とあるが、西から東だった
俺もいい加減寝ないとなw

81 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 02:10:28
で、九州、畿内に水銀採掘遺跡見つかったの?

82 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 03:51:08
>>60
そういう地名の一致は、北九州と畿内の間にもあって(方角とか一致度はもっと高い)、
安本美典氏なんかが、邪馬台国九州説(畿内への東遷説)の根拠にしている。

83 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 03:52:43
>>36
「魏志倭人伝」の記述通りなら、邪馬台国は南米にあることになり、
実際、南米に裸族とK齒族がいるそうだ。

84 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 03:56:10
>>79
>古代オリエントが鉄技術を取得したヒッタイトによって制圧されていった事かんがえても

まあ結局エジプトには勝てず最期は何処のどいつとも分からない海洋民族?に滅ぼされたんだけどなw

鉄は邪馬台国の必須条件ではないよ。



85 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 04:01:00
>>82
http://kodaiyujin.fc2web.com/kodaisi_roman_12.html
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/kyusyu.htm


86 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 08:05:06
>>77
君やたら京都が元祖であってそれが各地へ伝播したと考えようとしてるけど
むしろ徳島のが元祖じゃね?

87 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 08:31:25
山城国は、古くは山代、山背と表記された。
後の時代に山城の文字を当てた物。
「山城」自体は普通名詞なので、
この一致を根拠にするのは厳しいね。
板野や名方、麻植などの古くからの地名が一致しないのも不思議な話だ。


88 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 09:45:44
>>79
>古代オリエントが鉄技術を取得したヒッタイトによって制圧されていった事かんがえても

これ最近じゃ否定されてるらしいよ。

89 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 13:28:16
>>73
学術的にはもう決着ついてるからな。
考古学者の100%、歴史学者の90%は奈良で決まり。
つーか別に卑弥呼に頼らんでも、聖徳太子とか居るからな。

90 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/03/30(日) 15:13:33
その決着は大間違い。天皇国に女王国はない。

91 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 15:17:55
>>84
>鉄は邪馬台国の必須条件ではないよ。
タタラ場が多数作られた西日本の他の土地には必ずと言ってよいほど有力な古代地方王権が築かれている件について。
九州や吉備や近畿や山陰など強国があったとされる土地にはタタラ場も集中して造成されている。
ひるがえって四国は鉄の伝播過程で愛媛と高知にそれぞれ1つずつしかないんだが・・・・
常識的に考えて近隣の強国がみな鉄器に変わっていく過程で、倭人伝に出るような強国の邪馬台国が鉄の造成所を
ほとんどもっていないのに、周辺国家に多大な影響を与えたとでもいうのかw
しかも、鉄の大筋のルートが九州ー中国ー近畿となっているということは交易のルートもそちらが盛んだった訳だ。
徳島に豪族や酋長レベルが納めた「クニ」は古墳時代に成立していたかもしれないが、その程度のクニなど
当時の西日本に珍しくもない罠

92 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 15:21:32
ああ、それと徳島南部の海部町とやらには海部刀なる刀が作られていたそうだから
徳島にに刀鍛冶の拠点が造成されたのは確かだが、これ平安時代になってから
形成された刀鍛冶集団であって古墳時代には関係がない。
その時代のタララ場が出てきたという話も特にきかんしなw




93 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 18:05:11
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

94 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 22:29:18
弥生時代中期後葉
「瀬戸内側における鉄器の普及を考えるならば、西から東への
グラディションは認めながらも、播磨−讃岐−阿波を結ぶ
ラインまでは一定のレベルが保たれていた。
これは徳島・矢野遺跡の鍛冶遺構や関連遺物を例示したように、
北部九州の集団と各地の拠点集落との間で執りおこなわれた
直接的な関係のうえで先進技術を受容した結果である。」
『古墳時代像を見なおす』p.178(村上氏)

95 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 00:16:13
ここすげえ、いまどき鉄理論にしがみついてるやつがいるww
定説では完全に論破されてるのにw

96 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 00:43:00
九州から鉄ルートを奪う為には
鉄で武装しなければならないと言うパラドクスwwwwwww

97 ::2008/04/02(水) 01:01:33
こいつら何様?

98 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 07:42:32
たぶん近畿説様だ。反抗しても懐からマキムク取り出して「控えおろぅ〜」ってやられるから
あまり逆らわない方がイイ。

99 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 11:02:54
大阪堺市にある、仁徳天皇陵、日本最大の前方後円墳です。
この丸と四角を組み合わせた前方後円墳がなんと徳島や香川などの東四国から発祥したのではないかという新たな説が今、持ち上がっています。

http://www.jrt.co.jp/tv/ohayo/2001/0920.htm

100 : ◆Black/vc3. :2008/04/02(水) 12:27:19
100!

101 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 12:54:28
前方後円墳のルーツが四国というのと、邪馬台国が四国にあったというのはぜーんぜん違う。

畿内の前方後円墳が「各地の墓制の色んな要素を統合して誕生した」ってのは常識。
その中で従来は、吉備・北九州・出雲の要素がクローズアップされてたのが、
今度は四国の要素も大きく関わってくるってだけ。←これはこれで重要だ!

だいたい四国に邪馬台国があったら、なんで纒向にもっとデカイ古墳あるんだ?
●邪馬台国は四国←可能性マイナス200%。誰も見向きもしないDQN妄想。ハズカシ。ヤメレ。
○前方後円墳の形状のルーツは四国←可能性高し。そうなら日本の古代史に四国も大きく関わってくる。郷土の誉れ。

102 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 13:47:18
付け加えるけど、>>99で萩原墳丘墓が最古の前方後円墳と言ってるのはウソだから。
「墳丘墓」は「古墳」じゃない。「古墳の素」だ。あくまで前方後円墳を作ってる「要素の一つである形状」のルーツって事だ。
ウソで構築された歴史なんて誇れるか!

103 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 19:17:27
中国が人間がやってきたんだよ。
徳島は、吉野川が西から東に流れている。
これは中国の長江と同じ。
したがって、徳島に中国から来て定住したのは事実。

中国から来た人々は稲作+漁業をしていたから
大和などの山奥に住むはずもない。


104 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 21:53:33
徳島に邪馬台国があった
東北のどっかにキリストの墓がある。
楊貴妃は日本に逃げてきた。
日本に徐福の墓がある。

よく言うよ、このばかどもはwww

105 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 21:56:27
なかったという証拠もないだろが、この馬鹿がwww

106 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 03:29:50
>>104
そんな珍説と徳島説を一緒にするな、この馬鹿がw

107 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 07:26:34
>>105
無かったという証拠が無い?
邪馬台国はマキムクにある。キリストの墓はイスラエルにある。楊貴妃の墓は中国にある。
それぞれ1つ(1人)ずつしかないので、徳島や日本にはない。ハイ証明終わり。
一番ありそうなのは徐福か(笑)。

くやしかったら「積極的なあるって根拠」上げてミイ。
前方後円墳云々は、もう上で根拠にはならんって言ってるな。

108 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 16:14:26
>>105
追加
ジンギスハン=源義経説(爆

109 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 19:56:31
邪馬台国はみんなの心の中にあるさ。

110 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:03:57
邪馬台国は地底にあるよ。八百屋のタケちゃんが言ってたもん。

111 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:29:16
マキムチ厨の粘着

112 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 02:26:54
>>106
おまえ馬鹿だな〜w
墓とはいっても本墓とは限らんだろが。伝墓ということもある。
それにマキムクが邪馬台国だという確証あるの?
おまえが見てきたっていうのなら判るがなwww

おまえのようにロマンの無い奴はもう来るなよな!

113 :112:2008/04/04(金) 02:27:59
すまんな、>>107だったわいw

114 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 00:33:09
邪馬台国は畿内の可能性が一番高いんだろうけど、奈良盆地説を唱えてた研究家
のひとがかれのホームページでその時期は今より気温が低く、当時の奈良盆地の植生を
地中の花粉で調べた結果、魏志倭人伝に詳しく書かれている邪馬台国に生えていたらしい植物と
当時の奈良盆地の植生が違っていることがわかったと。
つまり、科学的にみれば、邪馬台国はマキムク、奈良盆地ではないらしい。


115 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 00:41:32
>>114
よくぞ言ってくれた!!!

116 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 01:06:10
結局、徳島ということか

117 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 01:27:10
ロマンだよロマン!

118 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 17:28:21
>>114
バカヤロー
邪馬台国は京都盆地にあったんだよ

119 :泉 こなた:2008/04/13(日) 10:06:15
黒崎恵に頼むべし

120 :日本@名無史さん:2008/04/13(日) 13:08:30

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

121 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 19:07:26
邪馬台国は四国以外に有り得んだろ
クニとしては最強だしな
九州とか幾内はその後の話だ

122 :日本@名無史さん:2008/04/15(火) 00:08:20
根拠は?

123 :日本@名無史さん:2008/04/15(火) 18:33:53
>>122
根拠は無いけど可能性は間違いなくあるな
大陸からワンクッションあるし
四国は山上の繋がりとか強いから要塞型の感じかね
日本に邦らしきものが発生するならまず四国だろうと

124 :日本@名無史さん:2008/04/24(木) 04:13:31
>>75
八十八ヶ所って、空海が作ったんだよね?
空海は香川県出身だから、四国にあるんじゃね?
てか、四国って一つの県だと思ってないか?w
4で割ったら、平均22ヶ所だぞ?

125 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 02:15:07
というわけで卑弥呼の墓と噂される八倉比神社の五角形の石櫃まで行ってきました
http://m.pic.to/sj6jt

この近くには五角形の井戸もあるそうな。
あと、所感だけど「ア」と「ワ」の組み合わせって重要だとおもう。
言霊が力を持ってた時代に「ア」は天を、「ワ」は地を表してた。
フトマニでも中央にあるし、ホツマツタエは偽書と言われてるがアワウタヲから始まるわけだし

126 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 15:40:29
今夜、テレビ東京系列で邪馬台国四国説やるな。


127 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 19:42:54
私は邪馬台国は播磨龍野と思う

128 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 20:35:06
墓出てきたね。こりゃ本当に決まりではないのか。

129 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 20:57:23
それにしてもなぜ神社はあんなにも発掘に非協力的なのか

130 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 22:02:24
何も出てこない、という事態を恐れてるのかもね。そうすると一気にありがたみが薄れるし。

131 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 00:09:40
>>126
ありゃ・・・遅かった・・・(´・ω・`)ショボーン

132 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 13:54:27
邪馬台国までの道中に出てくる投馬国は広島県の鞆、かと思っていたんだが。日本のポンペイだよ。古くから交通の要所ではあった。読みも無理が無い。

133 :ココア:2008/04/30(水) 18:55:28
近畿・九州地方の説はうそだったの?

134 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 19:21:01
>>133
まだ徳島と決まったわけじゃないよ。

>>125の祭壇近くの地下に、人工のものと思われる直方体の何かがあると、テレビでは言ってたな。

発掘は無理だろうな。


135 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 21:00:23
天照が卑弥呼だったらいいな、最近は四国が邪馬台国であって欲しい。
畿内や九州のように、声が大きいことが主流とされるのは世の常なのが残念。因みにマキムクは邪馬台国であっても無くても素晴らしいロマンを感じるな〜

136 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 22:46:58
上げ

137 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 05:37:50
邪馬台国とのつながりは不明だが徳島は銅鐸が非常に多く出ている


138 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 15:36:06
徳島で「親魏倭王」の金印でも出てくれば、脚光浴びるんだけどな。


139 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 20:37:45
>>126を誰かうpして

140 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 20:51:36
>>139
>>125の所を中心に放映してたよ。


141 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 20:51:40
八倉比売神社
地域:徳島県 施設タイプ:神社
住所:徳島県徳島市国府町矢野531
徳島歴史研究会の笹田考至氏によれば、卑弥呼の墓は徳島市国府町にある八倉比売神社にあるのでは、という。
近隣では銅鐸や真珠鏡などが多数出土し、八倉比売神社は邪馬台国があったとされる地を一望できる高台にある。
神社の看板には、神社の中でも最高の位を現わしている「正一位」という文字があり、徳島一格式ある神社とされる。
神社の祭神は天照大御神。
笹田氏は、天照大御神は卑弥呼と同一人物ではないかと仮説を語った。



142 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 21:02:49

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

143 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 04:24:02
だから???

144 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 09:29:22
古事記の最初に阿波・阿波路島が登場する
古事記はフィクションだが、大事な最初にわざわざ登場させる
ということは日本のルーツを暗喩してるんじゃないか

145 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 19:16:34
日本書紀の記述から、
淡→尊い
路→土地
∴粟=阿波≠淡
のような説もある。

日本書紀自体が神話で、それ以前から粟国・阿波国という概念
があったから、証拠としては弱いが。
淡路の学校では淡→尊いと習っているらしい。
どっちが正しいとかではなく、徳島との関係を避けているかのように感じる。

146 :日本@名無史さん:2008/05/03(土) 15:57:39
緊急あげ

147 :橿原一派 :2008/05/03(土) 16:02:52
邪馬台国スレ何個ある?
実はここのスレ主


待機中

148 :日本@名無史さん:2008/05/03(土) 16:23:01
>>147
向こういけ









149 :日本史板住民一同:2008/05/03(土) 16:24:21
監視中

150 :日本@名無史さん:2008/05/03(土) 17:05:45
古事記によると

ルンペン発祥地だそうだ阿波 徳島県

151 :日本@名無史さん:2008/05/03(土) 17:26:17
>>145
淡路ってのは、阿波へ行く路という意味じゃなくて、淡の土地そのものを言っているのか?
んー、もしかして、邪馬台国って淡路島にあったんじゃ…

152 :日本@名無史さん:2008/05/03(土) 22:37:23
神武東遷の出発地は実は四国という説もあったな。

153 :日本@名無史さん:2008/05/04(日) 17:37:20
邪馬台国を四国に比定するくらいなら、せめて南極ぐらいにとどめておけ。

154 :日本@名無史さん:2008/05/04(日) 18:26:06
>>153
南極1号 卑弥呼でーす。
      _
      /,.ァ、\
     ( ノo o ) )  
      )ヽ ◎/(.   
    (/.(・)(・)\ .
    (/| x |\)
      //\\
   . (/   \)


155 :日本@名無史さん:2008/05/04(日) 20:06:29
>>150
乞食によると、徳島はいろんな意味で腐敗県だそうだ。

156 :日本@名無史さん:2008/05/05(月) 08:39:32
阿波國一宮は全部で4つあるが、ほとんどの徳島県民は大麻比古神社しか知らない。
大麻比古以外の3つはすべて天石門別八倉比売命(「あまのいわと」わけやくらひめのみこと)を祭ってるし、
大麻比古神社の祭神の天太玉命は天岩戸の際、注連縄で結界を張って天照大神を岩屋に戻れなくした神様だし、
ともかく阿波忌部の陰に色々隠れてそうな気がする。

157 :日本@名無史さん:2008/05/05(月) 15:24:07
徳島すげーなぁ

158 :日本@名無史さん:2008/05/05(月) 16:59:36
邪魔小国 泡 (笑)

159 :日本@名無史さん:2008/05/06(火) 20:45:46
今日もやっていたねテレ東で

160 :日本@名無史さん:2008/05/06(火) 23:25:35
邪馬台国=徳島 狗奴国=紀伊




★魏志倭人伝
「その(女王国の)南に狗奴国あり、男子が王となる。その官は狗古智卑狗がある。女王に属さず」
「女王国の東、海を渡ること千余里。また国あり、皆、倭種」




★後漢書倭伝
「女王国より東、海を渡ること千余里、狗奴国に至る。皆、倭種といえども女王に属さず」



161 :日本@名無史さん:2008/05/07(水) 22:01:05
歴史ミステリーかなんかでやってた時の卑弥呼が、
めちゃ美人だったお…

162 :日本@名無史さん:2008/05/07(水) 22:08:48
テレ東見逃した!

163 :日本@名無史さん:2008/05/07(水) 23:33:29
今回は、徳島にある卑弥呼の墓(五角形のやつ)を金属探知機みたいな機械で調査していた。
墓の周りに長方形らしき物体を発見。そこで終了。続きは今度、だって

164 :日本@名無史さん:2008/05/07(水) 23:34:35
それ古墳?

165 :日本@名無史さん:2008/05/07(水) 23:39:23
たぶん何も見つからんだろう・・・川口探検隊のようにな

166 :日本@名無史さん:2008/05/07(水) 23:58:16
>>163
どうせネタ感覚だろと思って一連の番組全然見てなかったけど
なんつーかスタッフかなり本気なのね・・・
ようつべ上がったら誰か教えてね

167 :日本@名無史さん:2008/05/08(木) 16:08:10
すでに学問ではないな。

168 :日本@名無史さん:2008/05/11(日) 15:59:21
>>13
昔は、人口多かったと聞いたような

169 :日本@名無史さん:2008/05/11(日) 23:43:16
>>166
ゲストも案外「信じる!」とか言ってたしなw

170 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 18:49:28
>>168
江戸時代は日本ベスト10に入る都市>徳島

171 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 19:35:30
>>170
そうなんだ!今はなぜ少ないんだろう・・・

172 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 20:13:09
>>171
そりゃ画伯が…

173 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 20:58:19
>>170
マジで?
江戸時代って結構最近だな…
今はさっぱり面影がw

174 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 23:19:44
↑かなり前だろwww

175 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 01:08:36
江戸から明治、徳島は藍染で大いに潤ってた。近代化してからは科学染料に押されて衰退し、
また若者が対岸の大都会である大阪に移り住むことで人口減の引き金となり、
戦後も瀬戸内工業地帯から外れて発展が遅れてしまった。
今後は青色LEDが21世紀の藍染となれるかが大きな鍵だと思う。

176 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 01:45:30
邪馬台国は徳島

177 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 01:48:30
そう言えば邪馬台国畿内説の笠井新也って徳島出身だっけ?

おーい徳島県人のみなさん!目を覚ませ!
笠井先生も泣いておられますよw

178 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 10:01:42

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

179 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 10:05:44
そういえば、徳島にはツキノワグマがいる。
本州のツキノワグマとは違うとか聞いた事がある。

180 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 13:43:05
徳島県民の移動

@千葉県
 千葉県民=徳島県民
 その昔、徳島県南部の海洋民族が房総半島へ集団移住。
 半島の先っちょの「安房」は阿波からとった名前。

A大阪府
 徳島と言えば大阪。
 大阪の天保山。その周辺の弁天町は徳島県民だらけ。
 更に、徳島市西須賀町には弁天山という日本一小さい山がある。
 大阪の天保山(弁天町)、徳島の弁天山はともに「小さい山」という共通項がある。
 ちなみに、弁天山の周辺には大阪屋という屋号の店が何件かある。

181 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 17:24:15
大阪に阿波座駅があるけど、
秀吉時代に阿波の商人が貿易の拠点にしていたところからついたらしい

182 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 23:15:07
藍染や青色LEDはよく聞くが、古代の阿波は辰砂の産地。
辰砂は水銀と同じく「赤」の顔料として重宝されていた。
「赤」の語源は「明るい」「明ける」などと同じく、ハレとケのうちハレを司る色として古代の祭司には欠かせない色だった。
立石神社の鍛冶場後など、一つの大きなクニになる条件は見えにくいだけで実は揃っている

183 :日本@名無史さん:2008/05/14(水) 11:03:48
有名企業
 大塚製薬
 ジャストシステム
 日亜化学

観光
 鳴門の渦潮
 阿波踊り
 眉山
 バルトの楽園(ドイツ館)
 祖谷のかずら橋
 四国一の清流穴吹川
 薬王寺

184 :日本@名無史さん:2008/05/14(水) 18:01:40
大昔から、へらこい県民性だったの?徳島人?

185 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 03:50:32
そういう君は讃岐人かや?
土佐から見ればどちらもへらこいぜよ!

186 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 08:07:26
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20080515-OYT1T00660.htm
キトラ古墳の埋葬物が朱色に着色されていたわけだが、
この着色料は>>2の徳島の遺跡産である可能性も考えられる。

>>2
>魏志倭人伝によると、邪馬台国について「その山には丹がある」と書いてある。

邪馬台国 2〜3世紀
キトラ古墳 7〜8世紀

187 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 13:15:11

矢野遺跡

若杉山遺跡

188 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 14:30:44
流れ無視して書き込むが、気になったんだ。
銅鏡の出土を根拠にしたりしてるよな、この邪馬台国の論争って。

戦に負けて奪われて散らばったとかは考えないのかな。

189 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 03:35:50
にしては埋められている場所が

190 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 20:56:57
地名に伊賀が付くのは、江戸時代に伊賀者が住んでいた場所。
徳島の伊賀町も伊賀者が住んでいた場所じゃないの?
日本各地の城下町に伊賀町ってある。
岐阜市の場合は、栗屋町。栗っていう字を使うのは
イガ栗から。伊賀の隠語は栗です。


191 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 01:17:18
それと邪馬台国と何の関係が???

192 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 08:45:43
>>191
スレ全部嫁

193 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 01:53:25
くだらんから読まないwww

194 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 12:38:10
栗(くり)と粟(あわ)って、字が似てる。

195 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 16:41:38
んな事言ってたら、
芸人コンビのおぎやはぎの由来である荻と萩はどーなるんだよ?
見分けが付きにくいから荻や萩なんだろが

196 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 17:13:31
伊都国は現在の亀岡・京都あたりにあった。
不彌国は美濃方面、奴国は名古屋方面
つまり琵琶湖を挟む二つのルートを示してる。

船行2方面は(伊勢湾は南向き)
邪馬台国:現在の伊勢湾(奴国)から宮城県の松島まで、残りは陸行で岩手八幡平
斯馬国から奴国までの列記は途中の港だろう。蘇奴国→冨士山近辺、対蘇国→双子山近辺など

投馬国は船で20日だから、沖縄。馬に投げるからってのはギャグだねwでもありそう
流刑に使われてたのかもしれないし。

197 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 17:16:02
送信してしまったw


>上陸地が高知県宿毛町あたりではないかと推測(ここが投馬国)、

だからこれは間違い。
船行20日がどう考えたら四国になるのか。
狗奴国連合の豪族だろう。

198 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 00:42:03
>馬に投げるからってのはギャグだね

古事記ではスサノオがアマテラスらが機織りしているところに馬を殺して投げ込んだ。
その現場が投馬かも。

199 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 01:16:01
>>198
それで沖縄に流刑され、また舞い戻ったのかもね。
ベンハーみたいな話なのかも

200 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 07:36:20
>>195
あえて釣られてやる
小木と矢作のコンビだから「おぎやはぎ」
荻も萩も関係ない

…知ってるだろうがなッ!

201 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 10:20:38

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

202 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 17:38:51
>>194
似てるもなにも徳島県北部は栗(クリ)がよく採れたから元は「栗(あわ)国」。
その後、国名を二文字に改めるように勅令みたいなもんが出たので粟国→阿波国。

なお、徳島県南部は元は「長国」。長→那賀。那賀川は長川。これが北の阿波と合併して今に至る。
ただし四国統一した長曽我部が「土佐と阿波南部を与えるからおとなしくしてろ」
という織田信長の提案をもし受け入れていたら徳島南部は高知県になっていた可能性が大。


203 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 18:08:45
四国の分け方変。
全然4等分じゃないしw

204 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 18:35:58
>>203

香川も徳島も植民地だったからしかた無い

205 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 11:28:29
>>204
お前の植民地の使い方はどう考えても間違ってるのだが、
馬鹿はネットやるべきじゃないと早く気付け。

206 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 11:36:09
流刑地

それが阿波、徳島県

207 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 11:56:12
流刑地ならなぜ律令制で上国になるの?

208 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 12:10:20
徳島て何処よ?

209 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 13:38:04
>>208
若狭湾でググれカス

210 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 13:58:22

徳島省はチャイニーズ

211 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 13:28:07
別府から船に乗って八幡浜で降りて、松山から吉野川を下って、
鳴門海峡を渡れば淡路島につく。徳島からは直接和歌山に渡る
こともできる。そこから紀ノ川沿いを進めば奈良盆地に出る。
これが神武東遷のルートだ!

212 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 13:49:28
>>204

徳島は植民地から、いつ独立したんですか?

213 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 14:37:48
石野博信って大学の時教わった記憶があるが結構な変人だったぞ
俺は好きだが

214 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 14:51:03
>>211このルートを使えば、筑紫を追われた九州王朝は
出雲や吉備に邪魔されずに大和へ東遷することができる。
この地域を支配していたのが卑弥呼だ!
陸路1月、太平洋側を小舟で迂回して行くともっと時間がか
かった。
ですから、邪馬台国は、九州であり四国であり大和でもある。
これですべての対立に終止符。めでたしめでたしですね。

215 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 14:01:24
四国在住だが、四国山地を抜けるのは人に邪魔されるより過酷かもしれんぞw
中国山地や九州山地なんて相手にならんくらいの急勾配だ。

216 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 21:16:13
西日本で1位と2位の高峰があるからな。
高さでは四国が西日本で一番大きい地方。


217 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 22:38:52
どんな山脈にも峠道はあり、越えられないということはない。

218 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 04:09:16
>>217
今じゃな。
昔はどえらい苦労をしたはずだ。
それが証拠に、山越えよりも海越えの交流の方が多かったらしいが。

219 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 07:17:14
徳島に住んでる学生だが徳島がこんなに有名だなんて知らなかった…
ちょっと近くの神社にお参りしてくる

220 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 16:53:36
徳島の山間部は日本三大秘境だから。
人跡未踏も多い。憑き物筋もまだ居るうえにサンカの目撃情報まである。


221 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 20:40:42
高速道路や鉄道の電化が遅れたのも山が原因の一つだからねぇ
人口少なくて費用対効果に合わないから未だに進まない
高速はだいぶ出来たけど

222 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 21:05:10
お遍路さんというのは、九州から大和への道筋にあった寺ではないでしょうか?
だとするとやはり、瀬戸内海沿いのコースだったのかもしれませんし、


223 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 21:56:45
>>220
香川に住んでても、その辺は謎だよ。
何が居ても不思議じゃないと思ってるw

224 :日本@名無史さん:2008/05/28(水) 22:58:51
邪馬台国はマクモさんにて
解明されてます


卑弥呼の墓もわかりました

225 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 12:46:32
安和 阿波などは、東に海を面して、西に山・台地がある地形。東向き斜面の土地じゃないかな。

226 :古墳:2008/05/29(木) 17:43:55
20年ぐらい前に邪馬台国徳島説の本を読んだけど、当時は九州説に押され気味だった。
徳島説も夢があってイイんだけど、決定的な理由は何かあるのかな?

227 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 20:04:20
邪馬台国はみんなの心の中にあります

228 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 21:42:41
>>227
つまり、邪馬台国は黄泉の国にあったということになります。
黄泉の国とは四国、死の国。大和朝廷の国家統一のため、
四国の邪馬台国で大量虐殺が行われた。その霊を慰める
ために始まったのがお遍路さん。いまだに怨念の情は消え
ません。

229 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 21:50:54
>>226
九州説より現実的だ
(南九州説も北九州説より現実的だが)
>>228
「四国は死国にされていた」てか?

230 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 21:59:09
2か所あったよ
夏と冬

231 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 12:54:44
>>230
何が2か所、夏と冬にあった?

232 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 15:01:44
四国は邪馬台国につながる要所だけど、邪馬台国ではないよ。

233 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 22:09:42
>>231
ムーを見れば

234 :日本@名無史さん:2008/05/31(土) 11:14:30
四国も邪馬台国。邪馬台国の領土は九州・四国・大和にまで及んでいた。

235 :日本@名無史さん:2008/05/31(土) 15:32:04
卑弥呼の墓は?

236 :日本@名無史さん:2008/05/31(土) 15:55:57

稲作が中国から直接日本に伝わった事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が早くも弥生前期末には
既に伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にないRM1-b遺伝子の稲が日本にあるというだけでは
稲作が中国から直接日本に伝わった事の証拠にはできないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

237 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 11:49:29
>>235 
>>125との噂。

238 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 22:39:00
もう徳島にあったって事でいいじゃん

239 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 23:17:49
よし、今年の阿波踊りには「邪馬台国連」を結成だ!w



240 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 17:47:57
>>237
卑弥呼の墓は国府町西矢野の八倉比売神社で決定?

241 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 18:28:12
>>240
あくまでも可能性があるという程度。

確定ては無い。


242 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 18:45:48
四国徳島は裸國か黒齒國が妥当だろう。

243 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 03:08:38
八倉比売神社の秋の神事は
長い石段を「頂上から麓にむけて」集団で練り歩く。
その際、天狗の面を着けた神官が先頭を歩く。
これは天孫降臨とそれを先導したサルタヒコを模したものとされている。
また天孫降臨の地とされる高千穂とは、元来は稲を刈り取り、高く積み上げた様を表す言葉であり固有の地名ではない。
食物紀元の神話に在るオホゲツヒメを祭る八倉比売神社こそが高千穂にふさわしい。

244 :日本@名無史さん:2008/06/05(木) 07:16:41
お〜れとく〜しま〜〜

245 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2008/06/05(木) 11:32:25
>>243
徳島は、蛭子(日霊子)・蛭女(日霊女)の土地だよ。
一時、銅鐸国の摂津まで勢力を伸ばした大勢力。
日霊女は卑弥呼とは無関係。

246 :日本@名無史さん:2008/06/05(木) 11:53:11
た〜たかえヴォルティ〜ス、オッオッオッオッオッオオ・オオオオッ

、、。、、、ヘイ!、、、、、へイ!

247 :日本@名無史さん:2008/06/05(木) 20:25:14
>>245 の言う通り、大日霊女は卑弥呼ではないだろうな。
しかし大日霊女は日本書紀に記された神で、古事記では天照大神にあたる存在。
天照大神は三大神勅の齋庭の稲穂に見える様に、食物紀元を示申された神であり、
大気都比売と共に八倉比売神社に祭られる食物の神なわけで、
その一帯に稲作に秀でた太陽信仰のクニがあった名残として捉えるにはいいんじゃないか?

248 :日本@名無史さん:2008/06/05(木) 21:57:37
高天原は四国。
邪馬台国は畿内。
ということで合意ですか?

249 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2008/06/05(木) 23:43:48
>>247
徳島は北部九州と同質であり異端の文化。
異端として扱われたのが蛭子(日霊子)。
同質として扱われたのが日霊女(蛭女)。
神武が、明石海峡を避け、鳴門海峡を無事通過できたのも同質性から。

250 :日本@名無史さん:2008/06/06(金) 12:14:19
>>248
高天原は四国。
邪馬台国は畿内。
な訳ね〜だろww。

251 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2008/06/06(金) 15:22:34
>>249の追加
しかし神武紀には海峡の場所が阿波と書かれてはいない。
書かれなかったことは、阿波が異端であったことを示す。


252 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 01:43:05
何かインパクトのある発見とか無いの?

253 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 03:33:36
天皇家の祭りをする忌部が徳島出身なのは否定できない。


254 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 03:44:31
九州説もいっぱい読んだけど、忌部に触れて論証したのは見たこと無いね。

天照大神の祭祀をする忌部が四国に拠点を置いてるのに、
天照大神は卑弥呼で、卑弥呼は九州にいたなんておいかしいだろ。

安本も関も、忌部に触れられないから、物部氏にばかり注目してるんだろうな。
天孫本紀も東征説話があるから。

だが、天照大神の祭祀の中心は忌部であることは誰も否定できない。
その忌部の拠点が四国なのは、天皇の祭祀起源を知る上で重要要素。
もうひとつ中臣がいるが、中臣は関東が拠点。



255 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 03:50:35
あと、鉄が九州に多いから、邪馬台国が九州というのは、おかしい。

九州に邪馬台国が出来てから、太陽信仰が生まれたことになってしまう。
太陽信仰がうまれたことと、鉄器の流入は別問題。
鏡が伝来するより前から太陽信仰はあったはず。
太陽信仰は忌部のものだから、信仰の中心は四国であり、よって女王国も四国。

考えてみれば簡単な話だよ。

256 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 03:57:24
日本神話の国生み神話でも、
九州より先に四国が生まれたことになっている。
日本神話を伝えた民族が、四国出身だから。

邪馬台国四国説を否定するなら、忌部と日本神話を否定してからにしてもらいたいな。


257 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 09:04:38
>>256
意味不明な発言。
邪馬台国論争と忌部や日本神話が何故結びつくの?
普通は無関係ですよ。
邪馬台国畿内説の人が言っていたの?



258 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 16:23:03
やはり邪馬台国は徳島のようですね。
筑紫から水行10日、または、陸行1月という記述とも一致します。
方向も足摺岬を回るまでは南へ行くというイメージ。


259 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 19:31:16
>>257

九州説の人は、卑弥呼=天照大神だとか、
大和王権は九州から畿内に東遷したとか妄言はいてるでしょ?
忌部や国生み神話を考えれば、九州説は成立しないわけ。

並立説を唱えるならいいけど、
普通、九州説のひとは、大和に王権が存在したこと自体を認めないという思想的な前提があるからね。

260 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 19:51:12
所詮、四国徳島説は畿内説の亜流だな。

261 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 20:24:30
>>218

>>217
> 今じゃな。
> 昔はどえらい苦労をしたはずだ。
> それが証拠に、山越えよりも海越えの交流の方が多かったらしいが。

262 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 21:11:55
愛媛だよ、媛のくに。

263 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 22:37:32
なぜ愛姫ではなく愛媛なのか?
紀氏とは姫氏。つまり、楚系の姫氏。


264 :日本@名無史さん:2008/06/09(月) 09:44:23
古事記
二 二神の国生み より
伊予之二名を生みき。この島は身一つにして面四つあり。面毎に名あり。
かれ、伊予国を愛比売と謂ひ、讃岐国を飯依比古と謂ひ、
粟国を大宜都比売と謂ひ、土佐国を建依別と謂ふ。

古事記自体は漢字で書かれたものだが、表意文字としての漢字と、
読みを当てただけの漢字(現在の平仮名に相当)が混在してるわけで、
漢字でどう書かれているかよりは、元来の大和言葉の意味を考察するべき。
次田真幸氏の注約では愛比売は「愛すべき女性」の意で、建依別の「勇猛な男性」の意と対になっている。

265 :日本@名無史さん:2008/06/09(月) 19:23:08
おれーたちが徳島、青と緑の戦士♪




歌い共に戦え、勝利をつかーーみとれーーーー♪






オーオーオオオオオオ、オーオーオオオオオー
オーオオ、オオオオ、オーオーオオーオーオー


と・く・しま!
と・く・しま!

266 :日本@名無史さん:2008/06/09(月) 23:16:09
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

267 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 00:47:27
天皇家を代々、祭ってる一族が徳島にいるの?
なら決まりっぽいな
そんな重要な人間を四国の僻地に住まわすわけないもんな
徳島に都があったのでしょう

268 :日本@名無史さん:2008/06/12(木) 03:03:03
休日を利用して色々見てきました。
残念ながら>>1の萩原2号墓は立ち入ることが出来ずに断念しましたが、
バイパス鳴門〜池田線、通称鳴池線添いにある史跡、神社を調見てきました。
まず板野町犬伏の埋蔵文化センターで話を聴く。
http://www.tokushima-maibun.net/
徳島は銅鐸の出土が半端じゃなく多く、辰砂から赤色の顔料を採取していたらしい。
近辺の遺跡、古墳等の情報を聞く。

続きます

269 :268の続き:2008/06/12(木) 03:29:24
興味をそそられたのは天河別神社古墳群。
萩原2号墓にほど近く、1〜6号までの円墳、前方後円墳が密集している。
実際に登ってみたが、全く整備された形跡がなく、古墳の解説もない。
全くの野ざらし状態でした。後で聞いた話では萩原1号墓は道路を通すために埋められてしまったとのこと。
地元ながら文化に対する理解の低さに愕然としました。
現在はバイパスの通る陸路の要所ですが、古墳が作られた当時は海岸線の迫る海路の始発点でした。

この後は土御門天皇火葬塚や大麻比古神社などを参拝しましたが、スレ違いですので省きます。
ただ、両方に共通する「丸山」信仰が気になりました。
長々とすいません。また色々調べてみます

270 :日本@名無史さん:2008/06/12(木) 03:42:21
火葬てか?
火葬自体が古代にはない風習で、中世ですら火葬は何らかの忌み除けでしょう?

271 :日本@名無史さん:2008/06/12(木) 11:15:58
土御門天皇
http://www.asahi-net.or.jp/~SG2H-ymst/yamatouta/sennin/tutimika.html

272 :日本@名無史さん:2008/06/12(木) 22:24:27
>>1
徳島も確かに1つの可能性としては考えられる。

俺的主観による邪馬台国候補
・熊本
・徳島
・奈良

273 :日本@名無史さん:2008/06/12(木) 23:05:56
改訂
・宮崎
・熊本
・福岡
・徳島
・愛媛
・奈良

274 :日本@名無史さん:2008/06/13(金) 06:00:25
奈良以外に根拠が見出せない。

275 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 13:08:05
奈良に根拠が見出だせない。
今更、奈良って(笑)前時代的。

276 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 14:09:41
そもそも卑弥呼が実在したという根拠が見出せない。


277 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 14:18:01
おれーたちが徳島、青と緑の戦士♪




歌い共に戦え、勝利をつかーーみとれーーーー♪






オーオーオオオオオオ、オーオーオオオオオー
オーオオ、オオオオ、オーオーオオーオーオー

278 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 21:46:54
>>275
九州説を支持してる中でも、
安本美典と井沢元彦は前時代的な脳味噌の持ち主だがな。

279 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 21:51:53
しかし、時代が新しいほうが正しいという認識そのものが前時代的です。
混血が進んだ現代人より、百済人のほうが知能は上。聖徳太子が福田
首相より間抜けだったと思いますか?


280 :日本@名無史さん:2008/06/15(日) 08:27:41
>>279
時代が新しいほうが正しいとは言ってない。奈良は有り得ないということ。あまりにも矛盾することが多過ぎる。
「空気の発見」←意味、わかりますか?


281 :日本@名無史さん:2008/06/15(日) 11:35:39
>>267
東京中心の目線で見るとわからんと思うが、
当時、徳島は畿内から近くて早くから古墳が作られてる先進地域だぞ

282 :日本@名無史さん:2008/06/16(月) 15:46:08
流刑地徳島こそ首都です。
明治期日本の首都は網走です。

283 :日本@名無史さん:2008/06/17(火) 06:42:50
網走ってすごいダークな空気流れてるよね

284 :日本@名無史さん:2008/06/17(火) 07:12:27
おじゃまたいこくあわ

285 :日本@名無史さん:2008/06/19(木) 12:38:50
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

286 :日本@名無史さん:2008/06/20(金) 03:04:48
「阿波忌部」という言われ方をするけれど、
忌部の本家が阿波です。
「阿波なわけない」という後世の思い込みから、他の地方と同じように
○○忌部と呼ばれているのでしょう。

それから以前出ていた、八倉比売神社の五角形のなんたらは、江戸時代に作られた
もの、と何かの本で読みました。
もとは気延山(でしたっけ?)自体が御神体で、現在の神社の場所も後世に
移転したものだったと思います。
以前読んだ本を再読して、また書き込みます。




287 :日本@名無史さん:2008/06/26(木) 21:15:23
徳島が邪馬台国だと主張する根拠は、
水銀朱、神獣鏡の他に何がある?

288 :日本@名無史さん:2008/06/26(木) 21:40:00
卑弥呼の墓です

289 :日本@名無史さん:2008/06/27(金) 00:00:49
皇室祭祀の忌部の本拠地。

290 :日本@名無史さん:2008/06/27(金) 02:14:54
>>287
>>1-2

291 :日本@名無史さん:2008/06/27(金) 02:37:28
卑弥呼の墓とは萩原2号墓?それとも八倉比売の石柩?


292 :日本@名無史さん:2008/06/27(金) 21:50:36
卑弥呼の墓は箸墓。
ただし、実際に卑弥呼の骨が収められているわけではなく。伝承のみ。
卑弥呼の本当の墓は土饅頭ですでに風化している。

293 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 02:37:32
卑弥呼の墓は四国説に於いては八倉比売だろう。さらに奥に登った気延山かも。


294 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 02:44:04
魏志倭人伝のあと150年間の空白は、地震と津波のせいではないか?
内陸部の大和に移ったのは、海の神スサノオから離れるためとは考えられないかな。    

295 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 09:57:59
>>294
そういう話は地震と津波の被害があった証拠を示してから言え。


296 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 23:43:18
九州は地震の少ない地域で、筑紫が壊滅的な打撃を受けて
遷都を余儀なくされるような災害は、6500年前の鬼界カルデラ
の噴火以来起きていない。
それに比較すれば、畿内は、南海トラストの巨大地震で壊滅的
な被害を何度も被っている。

東遷は半島からの外敵の侵入が最も大きな原因ではないかと
考えます。

297 :日本@名無史さん:2008/07/02(水) 13:05:57
>>253
天皇家と邪馬台国との繋がりは?

298 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 02:48:03
>>297
そこなんだよ。
邪馬台国徳島説も古事記の舞台が徳島だってのも支持派なんだが、
邪馬台国が後の朝廷に繋がってる記述が無い。


299 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 03:09:51
>>298
>邪馬台国が後の朝廷に繋がってる記述が無い。

蘇我氏邸と一緒に焼かれたんだろ。

300 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 03:31:22
>>299
蘇我氏で思い出した。
天孫降臨したニニギの息子の日子穂穂手見命の墓は
「高千穂の山の西にあり。」と古事記に記されてるんだけど、
例の八倉比売神社のある気延山には西の麓に蘇我氏神社があり、そこには三墓の古墳が確認されてる。
ここから日子穂穂手見命に関する何かが出土すれば…

301 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 03:48:12
>>300



高千穂が四国にあるって言いたいの?


302 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 09:38:50
「高千穂」とは刈り取った稲を高く積み上げ
稲の精霊が降りる場所のことを指す。
特定の地名ではなく日本中どこにでもある。

303 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 12:34:51
>>302
文脈から考えて「高千穂」は刈り取った稲を高く積み上げた稲の精霊が降りる場所のことではないのでは?。
「〜の西」だから特定の場所でしょう。

304 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 20:04:40
>>303
言葉が足りなくて誤解を招いてしまったようで申し訳ない。
おっしゃる通りこの場面では特定の場所を指すものとして「高千穂の山」が登場します。
ただ高千穂の言葉の由来として、刈り取った稲を高く積み上げたる様。ひいては稔りに対する深い信仰があり、
稲作文化の定着した列島において一般に見られるものとしての高千穂があったということです。

305 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 21:24:08
>>304

「高千穂」が一般に見られるというのは初耳だけど?
高千穂といえば、九州の高千穂しか聞き覚えが無いが、
他の土地に高千穂と呼ばれ土地がある?


306 :日本@名無史さん:2008/07/03(木) 23:49:02

地名として残ってなければダメ?

307 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 00:03:15
>>304

>ただ高千穂の言葉の由来として、刈り取った稲を高く積み上げたる様。ひいては稔りに対する深い信仰があり、
>稲作文化の定着した列島において一般に見られるものとしての高千穂があったということです。

刈り取った稲を高く積み上げたる様を、「高千穂」と呼んでるような地方があるのか?ってことだよ。
悪いけど聞いたことないよ。古語辞典にも載ってないよ。
君の勝手な解釈を一般化させるなよ。




308 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 00:21:26
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

309 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 01:39:16
次田真幸氏の解釈によるものです。
しかし自分も一般的な解釈だと盲信しておりました。反省します。
http://www2.odn.ne.jp/cbm54970/tensonkourinnew.html

「高」は美称であり、「千穂」のみなら和歌山、福島などに地名として残っていたと思います。


310 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 02:55:19
何せ「アーク」は徳島に眠っているのだから!!!

311 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 06:10:30
中世までの中国の地図を見ると、関東地方が九州よりも南にあるんだよ
これにより現在の位置の解釈が間違いなことが分かる

312 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 20:10:06
>>287
これが証拠の写真

http://nagamochi.info/src/up7315.jpg


313 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 22:29:38
>>307
高千穂の由来は、鈴木の由来と同じじゃないか。
たぶん、言い方は変わっても日本全国で生き延びている
ことはまちがいない。

314 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 23:26:05
昔読んだ古事記にも稲穂を積み上げた様子とあったが?


315 :日本@名無史さん:2008/07/04(金) 23:49:21
熊野に渡った穂積氏の祖先ですね>高千穂


316 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 08:21:06
四国説は、倭人伝の行程記事については、どのように読むのですか?

317 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 16:01:01
>>313
鈴木の由来ってどういうの?

318 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 16:03:55
>>314
古事記の解説文のことだろうが、
そこにも、神話の高千穂は特定の山だと解説されてるよ。

319 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 17:50:21
邪馬台国徳島説か。
ロマンがあっていいね

320 :日本@名無史さん:2008/07/05(土) 18:16:45
>>311

> 中世までの中国の地図を見ると、関東地方が九州よりも南にある

私も見たことがあるような気がするんですが、どこかでその地図を見ることできないですか?

321 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 07:53:05
混一疆理歴代国都之図でしょう。検索をかければすぐ出てきますよ。


322 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 21:20:54
卑弥呼の時代、北緯34度32分のいわゆる「太陽の道」には、
スサノオの上陸地といわれる山口県萩市須佐から三輪山を
通り伊豆半島の加茂郡まで、数百メートル程度の誤差で古代
遺跡が続いていることを考えると、現在のような測量機器がな
かった時代としては驚異的な精度の測量技術があったと考え
られます。北も南もわからないなんてとんでもない。

まあ、野蛮な別の部族が書いたと可能性はありますが・・・
欠史八代の倍暦を使って他部族とか・・・

323 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 21:48:00
>>322

ふうん。
その数百メートル程度の誤差しかない古代遺跡って、どれとどれのことなのか、
列挙してみな。


324 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 22:43:14
>>323
なんという上から目線。何様だよwwww
てゆーかsageろハゲ。

325 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 22:52:05
[北緯34度32分から数百メートル程度の誤差しかない古代遺跡]なんて言ったからには、
証明してもらわないとな。






326 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 22:56:18
ググれカス

327 :日本@名無史さん:2008/07/06(日) 23:39:54
佐賀・長崎の東松浦半島は北にあり、北松浦半島が西にある。地図を90゜傾けると東松浦半島・北松浦半島は違和感なく方位が合致する。
測量技術はともかくとして、当時の方向感覚としては、これが正しかったのでは?
したがって邪馬台国の方向には四国が当て嵌まる。


328 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 00:24:10
>>325
興味があるなら自分で調べろ。無いんだったらスルーしな。
調べた結果の異議なら皆で話し合えるが、
「列挙してみな」「証明してもらわないとな」ってwwww笑わすな。
「おんぶして」「だっこして」つってるのと同じじゃねーかwwww
意見がほしいならそれなりの聞き方があるだろ。
何一つ建設的なことできないのな。会議とかどうしてんの?無職ならゴメンね

329 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 01:34:15
落ち着け。言いたいことはわかるが邪馬台国に話をもどそう。
喧嘩は余所でやってくれ。

330 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 03:30:15
>>328
根拠も無く、言いっ放しで話を終わらせてるのはおまえのほうだろ。
二度と来るな。

331 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 09:15:27
はいそこまで。
邪馬台国の話がしたい奴が書き込みにくくなる。
どっちもどっちだしスレ違いだ

332 :日本@名無史さん:2008/07/07(月) 14:18:02
剣山のふもとの吉野川中流域の風景と
奈良県の吉野の風景がすごく似てるのはなんで?

333 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/07(月) 15:23:06
朝熊岳ノ附近ニ音無山アリ神楽猿轡黙示ナルヲ以テ聖地ノ如ク見ユルモ之レ亦
啓示ニ過ギズ此音無山ニ関連シテ紀伊国ニ音無川アリ而シテ大和ノ国ヨリ流レテ
紀伊国ニ入ル吉野川ハ紀伊川ト称セリ紀伊ハキイニシテ鍵ナリ大和ノ吉野川ハ西
ニ流レテ紀伊水道ニ入リ阿波ノ吉野川ハ東ニ流レテ紀伊水道ニ入リ茲ニ両川合体
セリ故ニ伊賀伊勢志摩尾張ノ四国ハ表東陽ニシテ伊豫讃岐阿波土佐ノ四国ハ裏西
陰ニシテ両者ハ表裏陰陽相関連シテ相離ルベカラザルモノナリ而シテ前者ハ志摩
ノ国アルヲ以テ表島ニシテ後者ハ島国ナルヲ以テ裏島(浦島)ナリ
                              〜読ミ人知ラズ

334 :大室靖一:2008/07/07(月) 15:27:19
ふ〜ん徳島で阿蘇山見えるんだw

335 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/07(月) 19:52:16
>>333
霊峰富士山ノアル東海道ハ韜晦即チクラマシテアリ山陽道八ヶ国山陰
道八ヶ国八八ニ八十六ナリ最も難解トスル南海道六ヶ国ハ世界ノ鍵
ナルキイ紀伊国ト泡ト消エ失セル淡路国トヲ除ク時ハ伊豫讃岐阿波
土佐ノ四国ニシテシオンノ国ナリ阿波国ノ吉野川ハ河口ニ於テニッニ
岐レ一流ハ別宮川ト称セリ東ナル伊勢国ニ宮川アリテ西ナル阿波国ニ
別宮川アリ然ラバ別宮奥ノ院奥宮ノアル朝熊岳ノ如クニシテ陰トナレ
ル聖地ニ行カントセバ逢坂峠即チ大阪ヲ経テ神サンノ門戸ナル神戸ニ
至リ別宮川ノアル阿波国ヘ行ク路ナル淡路島ヲ経テ大鳴門小鳴門即チ
御成門ヲ過グレバ阿波国ニ至ルベシ夫レヨリ土佐ノ国ヘ至レバ浦戸湾
アリ浦戸ハ裏戸ニシテ神サンノ裏ノ門戸ナリ神戸ニ対応スルモノニ
シテ土佐ノ国ハ終リニシテ土佐ノ国ニ至ル必要ナカラン即チ死人ヲ
俗ニ土佐右ヱ門ト称スルニ見テモ明カナリ
                         〜読ミ人知ラズ

336 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/07(月) 20:25:07
>>335
伊勢国ノ隣ニ志摩ノ国アリテ志摩ニ菅島(清島聖島)アリ又穴川及
賢島アルモ平地ニシテ朝熊岳ノ如ク高クナキヲ以テ之レ等ハ皆啓示ニ
シテ真ニ求ムル陰ノ聖地聖所ニアラザルガ如シ而シテ元伊勢ナル
伊雑宮ノ在ル附近ニ的矢村アリテ別ノ元伊勢ナル瀧原神宮ノ在ル所ハ
野後(ノジリ)ト称セリ野後ハ野尻ニシテ矢尻ノコトナリ此東西的矢
ト矢尻トハ弓矢八幡ノ弓矢ヲ以テ的◎日月一貫世界ノ中心点ヲ射ヨ
トノ啓示ナリ故ニ伊勢国五十鈴川ノ伊勢鎮座即チ此東表陽ヨリ反対ニ
西裏陰ナル阿波国ノ或ル地点ナル的矢矢尻ノ中心点◎ノ聖地ガ存在
スル啓示ナリ奥ノ院ガアリシ朝熊岳ノ如キ熊笹ノ繁茂セル御山ヲ探シ
求ム可キ啓示ナリ
                         〜読ミ人知ラズ

337 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/07(月) 21:47:49
>>336
伊勢国聖地御料林ノ裏山ニハ注連指 藤坂峠 獅ヶ鼻 鶴坂峠 鍛冶屋峠
剣ヶ峠 逢坂峠 山伏峠アリテ朝熊岳ニ至ルベシ故ニ奥ノ院ニ的中スル
中心点ヲ見出スベキモノナリ
昔少彦名大神ハ粟ノ茎ヘツカマッテスルスルト空ヘ飛ビ上リタリト
云フ粟トハ阿波ノ国ニシテ茎ハケイニシテ渓谷ナリサレバ阿波国ノ
或ル御山ノ渓谷ヲヨジ登ラレタルコトヲ暗示セルモノナリ茲ニ於テ
阿波国ヲ検討スベシ
阿波国ハ十郡ニ分レアハハアワニ通ジアハ五十音第一行第一字目ニ
アリテワハ第十行ノ第一字目ニ在リテ伊勢国五十鈴川ノ鈴ヲ音ニ入レ
替ヘタル五十音ニ因メルモノナリ
                         〜読ミ人知ラズ

338 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/07(月) 22:08:35
>>337
阿波国ノ中央西ヨリ東ニ流ル丶吉野川ハ一名四国三郎吉野川ト称スル
いろは歌留多ノヨシノズヰヨリ天ヲ覗ク吉野川ノ川上或ル地点ヨリ
天高ク剣山ヲ眺ムレバ頂上近クニ見越(見残)ヲ拝スベシ見越
(見残)ハ御神輿ノコトナリ御神輿ヲ見越セ見残シテハイカヌト教ヘ
玉フ所ナリ此剣山ノ別名ヲ石立山トモ四国太郎山トモ云ヘリ而シテ
頂上近クニ次郎牛(ジロウギウ)ト云フ所アリ四国太郎山牛及四国
三郎吉野川ハ太郎次郎三郎ト三スクリットヲ為シ三好(サンスク)郡
ヲ以テ啓示セリ
                         〜読ミ人知ラズ

339 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/07(月) 22:48:07
>>338
剣山四国太郎山ハ別名ヲ石立山ト云フ如ク非常ニ巨石巖石多シ岩 巖
磐 嵒ハ何レモ皆イハ又ハイハホニシテ石立山ハ三ツ口山ナリ此石
又ハ岩ニ最大ノ注意ヲ拂フコトヲ要ス神戸附近ニ須磨明石アリ之レヲ
漢文流ニ読ム時ハ須ク磨クベシ石ヲ以テ明ニセリアカシハ燈明ナリ
而シテ大聖キリスト曰ク学者黙シテ論者談ラズ只石独リ叫ブベシト
伊勢国五十鈴川ノ河口二見浦海岸ニ夫婦岩アリ夫婦ト云フモ陰陽ニ
アラズ大岩ト小岩トノ二ツヨリ成ル然ルニ阿波国剣山ノ頂上近クニ
雌雄池(夫婦池)アリ之レ東西夫婦岩ト夫婦池トハ誠ニ陰陽ニシテ
伊勢国五十鈴川ト阿波国剣山トハ密接重大ナル関係ヲ持ツ証ナリ剣山
ノ麓ニ八間石ト太鼓田(岩石ヲ以テ成ル)トアリ頂上ノ附近ニ八剣
神社ト阿弥石トアリ之レ八間石ト八剣神社ト相対応シ八咫ニシテ八八
ニ八十六ナリト太鼓田ト阿弥石ト相対応シ弥陀ニシテ之レ亦八八ニ八
十六ナリ
                         〜読ミ人知ラズ

340 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 00:09:18
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、江戸期に
伝来したハトムギが5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

341 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/08(火) 10:40:26
>>339
剣山ニハ御神水大剣ノ御神石アリ之レハ約五十間以上ノ岩石ヨリ成ル
亀頭ナリ此亀頭ヨリ約一里ヲ隔テ丶頂上ナル八剣神社ノ右側ニモ大
ナル亀頭アリ此大ナル二ッノ亀頭ノ間途中ニモ稍々小ナル亀頭アリテ
計三ヶ所ニ在リ之レニ対応シテ阿波国外海ニ面セル八坂八濱ノアル
海部郡ハ海岸ヨリ一本筋ニ剣山ノ頂上近ク次郎牛ノ附近迄達シ上水
木頭村中木頭村奥木頭村ノ三ヶ村アリ而シテ亀頭 鬼頭 木頭 木刀皆
キトウナリ亀頭カリ雁ガン嵒(巖)イハホナリ救世主キリストノ別名
ヲいはほト云フ
嵒(ガン イハホ)ハ桐昇天三口ノ御寳即チ世界天皇サンノ御シルシ
ノアル山トノ義ナリ又三ツ口山ハ兎ノヒルネセル山ナリ兎ノヒルネ
セル間ニ亀ハ先著シテ剣山ノ頂上ニ立テリ
                         〜読ミ人知ラズ

342 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/08(火) 17:44:01
>>341
亀頭 木刀 竹刀 木剣ハシナイナリ亀頭岩ハ剣山ノ頂上ニ在リ然ラバ
剣山ハシナイ山ナリ此シナイ山ハ瀬戸内海ノ近クニ在リテ陰ナリ
地中海ノ近クニ在ル天下ノ霊峰シナイ山ハ別名剣ノ山トモ云フト
云ヘリ之レ陽トナリ天下ニ名高シ因テ亀頭ノアル剣山ハ隠レタル天下
ノ霊峰シナイ山ナリ
尚又鉱物学上アルハベットニ於テ錫(スズ)ヲチン(Tin)ト云フ錫
ト鈴トニ於テ東西合一セリ本居宣長翁ガ之ヲ知リテ古事記伝ヲ物レ
タルモノナルヤ又住居ヲ鈴ノ舎ト名付ケタルヤ且ツ何故鈴ヲ愛玩シタ
ルヤハ吾人ノ知ル所ニアラザルモ此東西鈴ト錫トノ神秘ヲ知ル者ハ
日知リ(聖)ニシテ智者ナリ國体明徴問題モ朝飯前事ニシテ物ノ数
ナラズ
                         〜読ミ人知ラズ

343 :日本@名無史さん:2008/07/08(火) 20:48:37
太国氏のやっていることは、その意味を理解できない人にとっては、
コピペ荒しと変わらないんじゃないの?

344 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/07/08(火) 23:02:39
>>342
阿波国橘浦港附近ニ龍宮崎アリ浦島太郎ガ龍宮ヨリ亀ニノリテ故郷ヘ
帰ル海浜(海辺)ニテ父母ノ家ヲ探ス為ノマゴツキウロツキタリトハ
龍宮崎ヨリ海部郡ニ至リ上亀頭村中亀頭村奥亀頭村ヲ過ギテ剣山ノ
頂上ニアル亀頭岩ニ達シ玉手箱ヲ明ケタルニ豈ニ図ランヤ中身ハ煙ト
ナレリ煙トナリタリトハ隠シタルコト即チ埋蔵シタルコトヲ云フモノ
ナリ夫レ故此亀頭岩ノ左側下方ニ箱ノ形ヲ為セル岩石二ツアリ箱石
二ツアルコトニヨリテ埋蔵セラレタル箱即チ御寳ヲ収納シタル御神輿
(見越 見残)ハ二ツアルナランいろはかるたニ 盗人ノヒルネ ノ
千両箱アリ此千両箱ハ玉手箱ニシテ盗人ノヒルネハ将来出現スルト
云フ弥勒菩薩サンノ永眠ノコトナリ弥勒ハ三六即チ六六六モ同ジ古来
剣山ノ高サハ六六六○尺アリタリト云ヒ伝フ六六六○尺ノ六六六ハ
弥勒ニシテ此剣山ニ 三六菩薩サン ノ永眠ヲ証明スルモノナリ聖書ニ
「智慧は茲にあり 心ある者は獣の数字を算えよ 獣の数字は人の数字
 にしてその数字は六六六なり」トアリ
                         〜読ミ人知ラズ

345 :日本@名無史さん:2008/07/11(金) 00:29:40
邪馬台国徳島説を詳しく解説してる本で何かオススメはありますか?

346 :日本@名無史さん:2008/07/12(土) 00:05:53
http://item.rakuten.co.jp/book/1147925/
入門編にはこのあたり

347 :日本@名無史さん:2008/07/15(火) 17:56:34
んが

348 :日本@名無史さん:2008/07/15(火) 18:06:14


349 :日本@名無史さん:2008/07/17(木) 00:28:38
徳川とは、徳島の川、つまり吉野川のことです。
徳島、大和、三河、関東・・卑弥呼の一族がたどった経路です。

350 :日本@名無史さん:2008/07/18(金) 02:17:57
あげ

351 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 17:04:14
以前に大杉氏が『四国山上説』にて、四国の山は年に一度焼いていて、それが馬に似ているから邪馬台国という漢字をあてたとあったが、眉山もどの場所から見ても同じ形の馬の背中の様に見えるような?気がする。

352 :日本@名無史さん:2008/07/19(土) 22:52:38
徳島は銅鐸が全国で2番目に多く出土しているそうです


353 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 00:32:49
四国には銅鐸を祀ってる神社がなかったっけ?

354 :日本@名無史さん:2008/07/21(月) 01:05:20
銅鐸って何に使ってたんだろう?

355 :日本@名無史さん:2008/08/17(日) 22:13:13
畿内説の立場から「阿波は邪馬台国の勢力範囲」
と言うのは出てきそうだけどな。畿内と阿波は結構近い。

356 :日本@名無史さん:2008/08/18(月) 16:47:48
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。

(色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目!)


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://trade.socang.com/sell/view_img.asp?title=%BA%BA%A1%A3%CC%D5%B6%A6%D0%CD%B8%AA&img_url=../img/trade/2007115222431.JPG

357 :日本@名無史さん:2008/08/18(月) 17:30:53
2世紀、3世紀の四国山上はキツネとタヌキと猿くらいしか住んでいない
食糧の豊富な海岸部に住むのが自然でわざわざ食糧の乏しい山上に住む
必然的理由は見当たらない よって大杉の四国山上説はトンデモ説


358 :日本@名無史さん:2008/08/18(月) 22:31:15
邪馬台国=四国説(阿波説・伊予説・土佐説・山上説)考
http://www.gameou.com/~rendaico/yamataikoku/shikokusetuco.htm
このスレの主題である阿波説含め、色々の四国説が紹介されている。
しかし、土佐説の本を書いたのが土佐文雄氏とは、面白い偶然だ。
俺はこれでも伊予国人の端くれなので、浜田秀雄や大森忠夫(彼はこのHPに載ってない)
の存在ぐらいは知っていたが、松山在住の三島明氏の存在は知らなかった。
この人の言ってることがまたすごくて、紀元前後には既に統一国家「伊予王朝(これが邪馬台国)」が存在しており、
大和朝廷の天皇は伊都国王と同じように邪馬台国=伊予王朝の支配下にあったという。
なんとも楽しい話ではないか。これが本当なら、俺は栄光ある伊予王朝の民の子孫なり!だ。

359 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2008/08/18(月) 22:36:42
剣山ニハ丸笹山ノミナラズ塔丸モアリ 塔丸ハ トマル、留十○
ニシテ大祓祝詞ニアル高天原爾神留坐須ノ神留ナリ 猿廻シノ持ツ♀
モ同一ナリ 古来猿廻シハ四国阿波国ヨリ出テ日本全国ニ廻リ
猿(申)ヲ♀ニクグラセ神サンハコチラダ神留ノ♀ハコチラダト黙示
ニヨリ啓示セラレタリ 夫レ故剣山ノ麓附近ニ猿飼村三ヶ村以上アリ
何ト不思議ノコトナラズヤ

360 :スジャータ:2008/08/19(火) 08:17:49
徳島は
山賊 蜂須賀小六の末裔が300年余り治めた土地で
今だに通用するのは 金と力のみ
つまり、主義主張は二の次で 持ったモン勝ち 強いモン勝ちの
山賊の理屈で動いてる (阿波踊りは江戸時代の庶民のガス抜きのなごり)
追いはぎ県民性からすると、電波泥棒、置き引き、賽銭ドロ 自転車泥棒など当たり前の行動である。

どうしようもないwww

361 :日本@名無史さん:2008/08/19(火) 08:30:40
>>360
お前徳島県人になんかされたんかw

362 :日本@名無史さん:2008/08/19(火) 08:41:42
スジャータ=カス

363 :日本@名無史さん:2008/08/19(火) 09:46:10
>>360
あっちこっちにコピペすんなカス

364 :スジャータ:2008/08/19(火) 22:47:46
【泥棒伝説徳島の歴史】・盗賊蜂須賀 天皇のタバコ ネコババ事件
・関西地区中心に、電波泥棒
・大川容疑者 6億 横領事件
・香川から 水 横取り問題
・香川の命 うどん
かっぱらい事件
・徳島 ヘドロ犬 エサ泥棒事件

手癖の悪い徳島人はぶち込むべきだ。

365 :日本@名無史さん:2008/08/20(水) 01:03:52
>>357
でも大昔は道といえば山の尾根を伝って歩くのが普通で
平地は芦が茂ってるばかりのような状況だったとかじゃないの?

366 :日本@名無史さん:2008/08/20(水) 08:25:54
>>364
大丈夫、探したら全ての県でそんなのが出てくるよ。
俺の地元も、お前の地元も。

367 :日本@名無史さん:2008/08/20(水) 15:48:22
以前に皇室の関係者が矢野遺跡を訪れた時に涙を流したらしい
何故、矢野に行ったかは不明
歴史学者は矢野を含め徳島を過小評価し過ぎと思う
邪馬台国となんとなくつじつまが合ってしまうんだな


368 :日本@名無史さん:2008/08/20(水) 16:16:57
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。

(色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目!)


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://trade.socang.com/sell/view_img.asp?title=%BA%BA%A1%A3%CC%D5%B6%A6%D0%CD%B8%AA&img_url=../img/trade/2007115222431.JPG

369 :日本@名無史さん:2008/08/21(木) 02:42:55
徳島 = 糞尿

370 :日本@名無史さん:2008/08/22(金) 14:05:37
徳島は、邪馬台国=大和の勢力範囲か、
投馬国=吉備の勢力範囲か。

371 :日本@名無史さん:2008/08/22(金) 14:11:44
とくしま = くそにょう?

372 :日本@名無史さん:2008/08/22(金) 14:14:59
徳島は、邪馬台国の勢力範囲でも大和の勢力範囲でもない。
投馬国も吉備ではない。
徳島は、裸国。
吉備は、歯黒国。

373 :日本@名無史さん:2008/08/22(金) 14:32:46
トクシマ = フンニョウ?

374 :日本@名無史さん:2008/08/26(火) 22:23:23
匈奴(フンヌ)ですか?

375 :日本@名無史さん:2008/08/26(火) 23:21:30
スレ違いだけど、中国で「匈奴」と呼ばれる民族が、
なぜヨーロッパで「フン族」と呼ばれるのか、高校で世界史の勉強していた頃から不思議に思っていたのですが。

匈は、フンと発音できるのですか?

376 :スジャータ:2008/08/27(水) 08:21:06
【泥棒伝説徳島の歴史】・盗賊蜂須賀 天皇のタバコ ネコババ事件
・関西地区中心に、電波泥棒
・大川容疑者 6億 横領事件
・香川から 水 横取り問題
・香川の命 うどん
かっぱらい事件
・徳島 ヘドロ犬 エサ泥棒事件

手癖の悪い徳島人はぶち込むべきだ。

377 :日本@名無史さん:2008/08/27(水) 22:48:12
邪馬台国の女王卑弥呼の墓説がある奈良県桜井市の前方後円墳、
箸墓古墳(3世紀半ば―後半、全長約280メートル)で、前方部正面に
幅60―70メートルと推定される外濠跡が見つかったことが27日、分かった。
外濠の幅は、同じ纒向遺跡にある箸墓以前に築造された古墳と
比べると突出した規模。調査した市教育委員会は「古墳は箸墓の時代から、
急に周囲と隔絶され近寄りがたい存在になった。被葬者の力が
他を圧倒していたことを示すのではないか」としている。

外濠跡はこれまで前方部の側面2カ所で確認されていたが、正面では初めて。
本格的な前方後円墳の始まりとされる箸墓の築造時の墳丘構造を
考える材料になりそうだ。
前方部の南西約60メートルで、古墳側に向かって落ち込む深さ
1.3メートル以上の傾斜を発見。底付近はアシなど湿地に生える植物と
泥が混ざった土層が堆積し、古墳築造時と同時期の土器が
出土したことから、外濠の端と判断した。

*+*+ NIKKEI NET 2008/08/27[18:06] +*+*
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080827STXKC086126082008.html

【社会】「卑弥呼の墓」発見か?箸墓古墳の前方部正面に幅60メートルの外濠 - 奈良★2
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1219843881/

378 ::2008/08/28(木) 03:54:40
馬具の出た箸墓は、牛馬のいない卑弥呼の時代のものではない。

379 :日本@名無史さん:2008/08/28(木) 17:54:42
倭地に馬がいなければ、
馬に乗る外国人は当然、馬を一緒に連れてくるだろう。
歩くのやだもん。


380 :日本@名無史さん:2008/08/28(木) 20:42:26
馬が日本にいなかったとすると大陸から運んだことになる。
しかし、丸太をくりぬいただけのカヌーで運ぶのは無理。
仔馬を連れてきて育てるなどの長期的戦略が必要ですね。


381 :日本@名無史さん:2008/08/29(金) 00:01:58
倭から魏まで奴隷をカヌーではこんだのか。
さぞ、大船団だったろうな。

382 :日本@名無史さん:2008/08/29(金) 01:13:04

イエーイ 阿呆おどり
  n     n
 (ヨ M   E)
///_\  /|
\\(゚ω゚) ( |
 \|・ ・ノ⌒_ノ
  )  /~ ̄
  / ★  ̄)
 ( <^ ̄//
  \\∪
  ⊂_ノ

383 :日本@名無史さん:2008/08/29(金) 01:30:44
糞尿 = ふんにょう

384 :日本@名無史さん:2008/08/29(金) 20:39:04
古墳時代に馬を何頭も積める大型木造船の建造が可能だったのですか?

385 :日本@名無史さん:2008/08/30(土) 02:01:52
渡来人は、当然のことながら自国の構造船に乗ってきただろうな。


386 :日本@名無史さん:2008/08/30(土) 23:55:52
だから、神は岩舟に乗ってやってきたのです。
山のてっぺんに岩舟神社があるのは不思議だと思うけれど、
岩舟の発着基地だとすれば説明がつきます。

387 :日本@名無史さん:2008/08/31(日) 15:49:49
>>385
気候変動で大陸棚の水深が腰くらいまでになって、歩いて渡って来た

388 :日本@名無史さん:2008/08/31(日) 18:34:09
思い込みが強すぎるな。天孫族が世界へ広まったんだよ。

389 :日本@名無史さん:2008/08/31(日) 20:59:24
>>376
蜂須賀 = 盗っ人 = 泥棒

390 :日本@名無史さん:2008/09/03(水) 20:45:53
>>386
岩船神話はノアの箱舟がアララト山の頂に降り立った話と同じだぞ。

391 :日本@名無史さん:2008/09/03(水) 23:31:47
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。

(色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目!)


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://trade.socang.com/sell/view_img.asp?title=%BA%BA%A1%A3%CC%D5%B6%A6%D0%CD%B8%AA&img_url=../img/trade/2007115222431.JPG

392 :スジャータ:2008/09/07(日) 01:28:29
【泥棒伝説徳島の歴史】・盗賊蜂須賀 天皇のタバコ ネコババ事件
・関西地区中心に、電波泥棒
・大川容疑者 6億 横領事件
・香川から 水 横取り問題
・香川の命 うどん
かっぱらい事件
・徳島 ヘドロ犬 エサ泥棒事件

手癖の悪い徳島人はぶち込むべきだ。

393 :日本@名無史さん:2008/09/07(日) 02:15:09
糞尿 = ふんにょう

394 :日本@名無史さん:2008/09/13(土) 21:45:52
人糞を肥やしにすることで収穫量は飛躍的に増えたけれど・・


395 :日本@名無史さん:2008/09/14(日) 21:22:34
438 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/11(木) 02:28 ID:lFcN9lWo0
>>435

人糞肥料は大雨や強風の多い日本では特に適さない
戦前は台風の度に赤痢や腸炎の患者を出してた
戦後直後は人口が激増して肥料が足りなかったので未成熟のまま人糞を投入して患者が激増した

日本人に胃潰瘍や肝炎が多いのも人糞を食べてきたから

396 :日本@名無史さん:2008/09/20(土) 20:44:50
徳島県の国道192号沿い池田の県境トンネルの近くにあるミヤケ自動車は犬を飼い殺しにしている!犬小屋もなく、ドロドロの所に犬を繋ぎっぱなし!虐待もしている!

397 :さぶろた:2008/11/13(木) 02:30:33
愛媛の大洲、肱川のアクセントは平板。これは山陰の米子・延岡・熊本とかと同じ。古代のアクセントが保存されているんではないだろうか。
宇和島の九島や明浜の海外だけが平板アクセント。肱川は長さが百三十キロ越えている長さの川だが、源流から海までの距離は十五キロしかない。
その源流から山を越えた海岸や島なんだよ。

また、肱川河口は両岸を崖に挟まれて、河口閉塞しない瀬戸内唯一、いや日本でも珍しい川。
海から川に入るには最適な一本筋河口なんだ。
古代の船ルートと山ルートの連結点として大洲を考えられないか。
学者さん、私の着目を阿波までの陸ルートにならないかな。肱川には旧河辺村に山鳥坂(やまと坂)って地名もあるよ。
江戸期の大洲藩が少彦の古墳壊わし疑惑もある。

398 :日本@名無史さん:2008/11/13(木) 06:17:51
邪馬台国は四国にあったと主張するジジイの郷土史家(笑)がテレビにでていたぞ。
高地性集落は邪馬台国があった証拠だと主著誦していた。

新しい古墳が発見される度に「邪馬台国だ」というのいい加減に止めてくんねーか、マスゴミ

399 :日本@名無史さん:2008/11/13(木) 13:00:35
四国は倭人伝では 傍國
これで正しい?

400 :日本@名無史さん:2008/11/13(木) 13:16:03
倭人伝が書いている旁国は21国と狗奴国まで。四国は入らないな。
女王国の東渡海千里また国有り。その国だろう。

401 :日本@名無史さん:2008/11/17(月) 21:37:34
大杉師の業績がなければ真実は見えなかった。
いのくに研究所の現況はどうなっているのか?

402 :日本@名無史さん:2008/11/20(木) 22:08:08
邪馬台国を徳島だとすると、
投馬国は愛媛の高縄半島(玉川という地名がある)になるかな。

403 :日本@名無史さん:2008/11/21(金) 00:01:26
四国説は倭人伝をどのように読むのかな?
行程記事は? 万二千余里は? 周旋五千里は?

404 :日本@名無史さん:2008/11/23(日) 09:06:41
れんだいこ、さんに行けばまとめてありますよ。

405 :日本@名無史さん:2008/11/23(日) 13:40:46

邪馬台国は魏・晋が自己の欠点を立派な国のせいにするための捏造だった。
邪馬台国こ魏・晋・三国志の姿である。よって易の入れ替えの方便にすぎない。

ん...、そうするとこれからのチャンコロはまとまらなくて分裂してゆくということだな。
なるほど、諸外国の介入もあるってことか。2005年の上海暴動は頼みの動物霊が負けてキャン
言った姿だもんな。

         -邪馬台国はチャンコロだった-

406 :日本@名無史さん:2008/11/23(日) 19:10:31
そもそも国という感覚があったかどうかも疑わしい。

だいたい、「邪」馬台国っていう命名なんだよ。

407 :日本@名無史さん:2008/11/24(月) 07:28:33
そうか!
空海は、卑弥呼の子孫だったのか!

408 :日本@名無史さん:2008/11/24(月) 12:38:31
いのくに眞理教

409 :日本@名無史さん:2008/11/24(月) 16:11:26
空海は幼い頃から漢文が読めたみたい。
善通寺の辺りに渡来人の潮待ち村があって、そこで育ったのかも。
根拠はありません。

邪馬台国の空白の世紀は、南海地震の大津波で既存の田や建物モドキが流失した後遺症ではあるまいか。
津波にこりた生き残りが内陸の盆地に目を向けた。または、畿内勢力が優越になった、とかでは。
これも、想像でしかない。 

410 :日本@名無史さん:2008/11/24(月) 16:23:01
情けねえなあ、魏・晋って、邪馬台国のモデルなんだって。
宋代になってインチキ中華のマインドコントロールの為、三国志が箱物教育の宋でもてはやされたらしいよ。
でも三国志はスサノオの子孫の韓民族をモデルに作者が盗んだのを認めてるんだろう。
ああ、晋の時代にな。てことは、チャンコロは退化してるのか。
そう、低級動物霊を使った易の入れ替え・タオイズム等で動物の言うことは聞けても人間以上の言葉はきけなくなったんだよ。
ああ、だから【聞こえている】にもかかわらず逆のことするわけだな。
そう、これこそがメカニズムだ。


411 :日本@名無史さん:2008/11/27(木) 18:05:54
そんなにおかしな説でもないよ
魏志倭人伝を素直に読めば
海路で九州上陸して、そこいらの地名は今も残るものばかりで確定だが
そのあと、海路が何日もある。
方角は昔のことだし間違いもあろうけど、海路何日なんてのは間違えようがないわけで
九州では無いということ。

畿内、出雲、四国には可能性があると思うよ。

412 :日本@名無史さん:2008/11/28(金) 05:09:48
>>411
>海路何日なんてのは間違えようがないわけで九州では無いということ。
一口に海路というが、水行は渡海とは違う。基本的に陸地に沿って行くことを
言うと考えられる。ということは、九州から離れていないということになる。
速度などはどうとでも考えられるしな。

413 :日本@名無史さん:2008/11/28(金) 05:35:30
>>412
>>411は地理をしらないだけ。福岡から長崎方面、九十九島回って
天草、熊本まで手漕ぎで廻ったら畿内行くよりさらに長い海路だし。

しかしそんなのわからないだろうし、地図でも詳細は拡大じゃないと
見えないし。言っても無理だと思われ。




414 :日本@名無史さん:2008/12/05(金) 22:57:10
なんにせよ一旦船に乗るということに変わりは無い。
一般に考える九州の陸地というのは無理があるだろう。
長崎ならわざわざ一旦上陸して陸路をたくさん行ったあと、船にまた乗る必然性が無い。

九州説にあくまでこだわるなら、陸路行ったあと再び船に乗る必然性を説明しないといけない。

415 :日本@名無史さん:2008/12/06(土) 04:25:02
>>406
魏史ではな
正式には今も昔も大和だ

416 :日本@名無史さん:2008/12/06(土) 04:27:27
>>409
> 空海は幼い頃から漢文が読めたみたい。

お経習ってたからでしょ

417 :日本@名無史さん:2008/12/06(土) 04:41:54
>>354
地鎮

418 :日本@名無史さん:2008/12/06(土) 06:20:39
水行十日陸行一月なんだから関東か東北だよ。
神奈川県の大和市なんじゃない。

419 :日本@名無史さん:2008/12/06(土) 07:05:52
そうそう、その説も畿内説と同じくらいの根拠があるってこと。

420 :日本@名無史さん:2008/12/06(土) 17:31:54
>>418
神奈川県大和市は1891年に「大いなる和」の意味で大和村と命名。
古代大和とは無関係。もちろん邪馬台国とは何も関連なし。

421 :日本@名無史さん:2008/12/07(日) 15:35:57
>>420
ご苦労様。で、近畿大和はいつ名前がついたの?
最も古い記録は何?

422 :日本@名無史さん:2008/12/07(日) 18:17:17
>>415
邪馬台国=大和 はまだ仮説では?

423 :日本@名無史さん:2008/12/07(日) 18:38:08
邪馬台国=大和だよ。

424 :日本@名無史さん:2008/12/07(日) 18:43:00
>>423
まだ定説じゃない

425 :日本@名無史さん:2008/12/07(日) 19:42:26
それに間違いということははっきりしてるな。

426 :日本@名無史さん:2008/12/07(日) 23:06:34
やっぱり、邪馬台国は大和だった。




427 :日本@名無史さん:2008/12/08(月) 01:34:12
まあ、そう信じていれば。

428 :日本@名無史さん:2008/12/08(月) 03:10:03
九州の可能性は無いしな。

429 :日本@名無史さん:2008/12/08(月) 18:37:16
邪魔くさい大和

430 :日本@名無史さん:2008/12/09(火) 13:02:55
香川県東かがわ市にある水主神社を調べたら四国の人が狂喜乱舞する。

431 :日本@名無史さん:2008/12/14(日) 18:41:53
あとは今後発掘されるであろう物的証拠に頼るしかなさそうだな。

432 :日本@名無史さん:2008/12/14(日) 19:12:37
良子(享年88歳)の墓ならあるよ。

433 :日本@名無史さん:2008/12/21(日) 22:40:37
ttp://kuromax.web.fc2.com/ruin/kouchi/theme/takamagahara/takamagahara1.htm
ttp://www.ne.jp/asahi/nikake/usi/nikari/5-4wakamiya.html

434 :日本@名無史さん:2008/12/21(日) 23:36:34
中国南部の地形と、徳島東部の地形を見比べて見な。
すごく似ているよな。

揚子江と吉野川を対応させると、ますます類似点が浮かび上がる。
大陸から渡って来た邪馬台国のルーツが、まだ大勢力の存在しな
かった四国の吉野川流域に住みついて、徐々に勢力を高めていったと
考えられないかな。 

島だから、外敵に攻め込まれる事が少なかったので、だんだん勢力を
高めて邪馬台国の成立まで到達し得たのじゃないか? そして、その
後、近畿に勢力を伸ばして大和朝廷へと発展したと考えるのは自然では?

435 :日本@名無史さん:2008/12/28(日) 00:07:55
山の東向き斜面側に海がある点では、面白い。
字地名の「あわ」は東向き斜面の地形におおい。
海から上がる朝日を拝む礼拝と関係していないか。

ゴロあわせだけど、拝む、は発音をおごむと言う地方があるけど、「あがむ」「あわぐ」とも聞こえる。

436 :日本@名無史さん:2008/12/28(日) 01:21:21
阿波 AWA 山の東向き斜面側に海がある
宇和 UWA 山の西向き斜面側に海がある

阿蘇 ASO
伊勢 ISE
宇佐 USA
蝦夷 ESO EZO

437 :日本@名無史さん:2008/12/30(火) 12:56:59
高知の須崎にもアワ安房海岸があるよ。東向き斜面。


438 :日本@名無史さん:2009/01/01(木) 18:18:40
邪馬台国で紅白歌合戦があったら、毎年赤組が勝つのう。

439 :日本@名無史さん:2009/01/17(土) 08:47:47
清水守民氏による邪馬台国北九州説↓には圧倒的な説得力がある。
http://blogs.dion.ne.jp/pentacross/


440 :日本@名無史さん:2009/01/20(火) 11:02:17
ヤマトは、山人(ヤマト)という意味。

高天原は、大和国葛城のこと。

大和周辺地域からみたら、葛城・三輪のあたりって
山頂の高原地域だということが分かる。

ヤマトは、現代語で言う「山の人」という意味。

441 :日本@名無史さん:2009/01/30(金) 13:57:31
↑大きな和国だとばかり思ってた。違ったのね。

442 :日本@名無史さん:2009/02/20(金) 07:51:06
四国の上黒岩遺跡の穴居生活で出た炭が今のところ日本最古の焚き火の炭だってさ。  

443 :日本@名無史さん:2009/02/20(金) 07:56:42
>440さん、
サンカ、やまかつ、の言葉の方が、ヤマト山人という単語より古くないのかな? 

444 :日本@名無史さん:2009/02/21(土) 10:42:10
やまを「サン」と読む時点で、時代は漢字伝来後の言葉で内科医。
時代を経て新しい言葉に置き換わってしまった可能性は否定できないが、
ふつうは訓読みの単語のほうが、音読みの単語より古い言葉の筈。



445 :日本@名無史さん:2009/02/21(土) 23:04:51
なるほど。訓読みが、やまとことばに近いのか。
訓って、どういういわれがあるの? 

446 :日本@名無史さん:2009/02/22(日) 01:08:09
『 珍説・奇説の邪馬台国 』 岩田一平 講談社 に阿波説の提唱者として大杉博と言う人物が紹介されているが
武勇伝として62人3団体に手紙で論争を申し込み巻けた事が無いと言う。

まあ事前にルールとして、論争内容の公表や負けた方は、今後その説は放棄するように迫ったと言うからえらく強気www

無論相手にされず黙殺された場合も多かったらしいが、その黙殺したと言う相手の名前が…
 榎一雄、安本美典、奥野正男、古田武彦、井沢元彦…とビッグネームがズラリwww

なんか「天下の兵法者と立会う事六十余度、負けたる事なし…」とか言った某剣豪みたいなwwwwwww

結びに徳島の土地の中央に対する反骨精神みたいな物が底流にあるみたいなことを書いていたが
畿内説の笠井新也とかもいるんだしチョッとねえ…w

アカデミズムに対する反発と言うのは地域の風土と言うより
むしろ邪馬台国論争にのめり込むアマチュアの共通の傾向なんだろうと思うがwww

447 :日本@名無史さん:2009/02/22(日) 11:34:41
暇だからレス
>>445
『訓』という字は、「わかりやすく理解させる」ぐらいの意味

例えば、『one』という単語を知ったあんたは
「これ、昔から日本語にある『いち』じゃん。だったら『ワン』って読むのもありだけど『いち』って読むのもわかりやすくてよくね?」
てな感じで、また一つ訓読み伝説が誕生するわけだ

448 :日本@名無史さん:2009/02/22(日) 12:04:40
小学校を設置した明治最初期、教師は「訓導」という名前の役職であった。

初級教育で真髄を伝達するにの「訓」の精神にあるのかも。 

449 :日本@名無史さん:2009/03/07(土) 07:48:01
>>446
常識がなく理屈も理解できない奴はどうしようもないってことだ。


450 :日本@名無史さん:2009/03/26(木) 23:11:30
徳島の地名も面白い


451 :日本@名無史さん:2009/03/27(金) 10:24:30
本屋でムーの4月号を読んでたらP91から10Pほど「空海と封印された四国」日本の歴史は阿波から始まった!!
というタイトルで記事があった。

452 :日本@名無史さん:2009/03/31(火) 12:38:46
鬼籠野なんて地元の人間しか読めないわな。
どんな由来があるのやら?

453 :日本@名無史さん:2009/04/01(水) 03:34:58
>>427
じゃあ邪馬台国の読みを述べよ?まさかヤマタイなどと読まないよね!?まず台を何と読むか述べなさい

454 :日本@名無史さん:2009/04/01(水) 06:43:18
>>453
「やまと」って読ませたいのかな。しかし、大和って地名がいつできたのか、
それが問題だ。3世紀にそんな地名があったという証拠はまったくない。

455 :日本@名無史さん:2009/04/01(水) 11:41:44
九州にも無いよ。

456 :日本@名無史さん:2009/04/02(木) 02:53:55
>>454
いや、あんたは一生ヤマタイと読んでいてほしいW未来永劫見つけられない国だからな
まさに幻のヤマタイ酷

457 :日本@名無史さん:2009/04/02(木) 03:22:42
>>454
やまと→魏志、邪馬台→倭→ヤマト→大和→後漢、ヤマタイ
日本ではヤマトはヤマトであり、魏志の当て字を見た後漢人と現代の一部の人間はヤマタイと読み違えている台与

458 :日本@名無史さん:2009/04/08(水) 21:48:23
二重口縁壺など讃岐系16点並ぶ
向日市埋文で土器の資料展
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009040800088&genre=M2&area=K30

 向日市埋蔵文化財センターによる新発見の考古資料展「讃岐から運ばれた土器」が、同市寺戸町の市文化資料館で開かれている。
今年2月に元稲荷(いなり)古墳(同市向日町)で見つかった二重口縁壺(つぼ)などの讃岐系土器16点が並んでいる。

 讃岐系土器は讃岐地方の土器の影響を受け、弥生時代の終わりから古墳時代の初めに作られた。乙訓地域では集落の遺跡からは出土例が少なく、壺棺や祭祀(さいし)など特別な目的に使われたとされる。

 今回の展示は、元稲荷古墳で2月に見つかった讃岐系土器と、鴨田(かもんでん)遺跡(同市上植野町)で1979年に見つかった讃岐系土器を合わせて紹介。
同センターによると、それぞれの土器を比較検討した結果、形や大きさ、作り方などが共通しており、2つの土器は同じ時期に同じ人たちによって作られたと考えられるという。

 展示を担当したセンターの梅本康広調査係主任は「元稲荷古墳の被葬者と鴨田遺跡の集落との結びつきの深さをうかがわせる発見」としている。展示は6月30日まで。

459 :日本@名無史さん:2009/04/09(木) 01:29:54
記紀に四国を征伐したって話ないよな

460 :日本@名無史さん:2009/04/10(金) 16:20:20
記紀の関心は邪馬台国と大和の関係だ。四国なんぞは眼中にないんだよ。

461 :日本@名無史さん:2009/04/17(金) 19:33:35
いまのところ、な。

462 :日本@名無史さん:2009/04/24(金) 23:01:19
八倉比売神社の本殿の裏に五角形の卑弥呼の墓あります 剣山には失われたアークがあるのです 日ユ同祖論 テラ アブラハム ヤコブ イサク ヨセフ

463 :日本@名無史さん:2009/04/24(金) 23:04:40
阿波忌部一族 ダソルカーン

464 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 00:08:32
>>430
幼きころの卑弥呼様のおうち

465 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 17:31:01
>>464

黙れ。それ以上語るな。

466 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 17:34:09
九州じゃないから卑弥呼とは無関係と観てよい。

467 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 19:11:54
魏志倭人伝の卑弥呼はヤマトの斎王なので九州は関係ないよ
それに九州で卑弥呼に比定する人物なんて聞いたことがない
卑弥呼は実在する人間ですよ〜

468 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 19:39:55
ヤマトの斎主くらいの身分で金印はもらえっこはな〜い。
もらえるのはその国のNo.1の身分の者だ。祭主は3級〜4級あたり
の身分だろうが。w そんな女には金印は行かな〜い。w

それに記紀には伝からの借り物以外に当時女王国の記事はなく、
当然女帝がいた記事もな〜い。女帝は畿内では推古の世までは
な〜い。これは畿内に卑弥呼の国がなかったことを物語っているのだ。
当然九州にあったことは歴然としている。

469 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 20:18:19
でも、モモソヒメの墓はでかいけどね。

470 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 20:23:06
大きいこと〜それは確かだが、古代エジプトの神殿でも王以上のを
后のために王が建造して例があるし、インドのタージ・マハルも同様
に后のためにドデカいかような建物を造っているから、箸墓のように
大きいのを天皇がこさえさせたということはありうる。だが、后を王
にしたわけでもない。
金印はNo.1の支配者がもうらうもので、3、4級の祭主がもらえ
るべき代物ではない。

471 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 20:56:12
おまえ思考回路が朝鮮人並だなw

472 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 21:04:07
オマエは大相撲で優勝した力士でない3賞クラスかその次くらいの
力士が優勝杯をもらうってことを肯定するのか〜? それとも
皇帝しちゃうのか〜?Pu! wwwww

473 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 21:34:27
さっきから身分とか支配者とか言ってるが完全統一国家
でもない時代に何をもって王と言ってるの?

474 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 21:48:10
金印に倭王とあるだろう。

475 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 21:53:29
それは結果だろ。

476 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 22:00:16
畿内説なら〜天皇すなわちオオキミだよ〜金印が行くのは。

それが大相撲での優勝杯がもらえるのは優勝者であって、3賞受賞者
やその次くらいの力士がもらうんではない。また綱を晴れるのは
大関以下の力士ではなく、当然横綱力士だ。

だから畿内説が正解ならば、金印は天皇に渡されるものであり、以下
のクラスの者がもらえるわけもない。となると卑弥呼がもらって
るんだから当然彼女は畿内の人物ではなく、他の国の女だということ
になる。ならば九州に卑弥呼の国があったことは当然なのである。

あんたはローガン氏ではないだろうな?w

477 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 22:57:34
大乱後、複数の国が卑弥呼を共立したのであって真の統一王ではない。
きみの言う九州卑弥呼は百歩ゆずってアマテラスだろう。
私は東征論者なので別に九州でも良いが魏志はヤマトをさす。

478 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 23:06:25
王じゃなけりゃぁ金印はもらえないよ。共立でも王は王だ。
五輪の金メダルは3位4位はもらえないの。1位優勝者がもらうん
だよ。卑弥呼は女でも王だから金印をもらえたわけよ。斉主くらいは
オオキミより下の身分だよ。畿内となれば金印はオオキミがもらう
はずなのさ。ところがそうではないんだから、卑弥呼は畿内の王では
なく九州の王なんだよ。その文証に伝の借り物でない独立した卑弥呼
の記事は根子の額より狭く0だと言ってよい。これは卑弥呼の国が
九州にあったことを物語るのだよ。畿内に女王が出るのは推古
の世なのさ。ま〜だ妄想の解鎖ができない脳なんだね? 可愛そう。

479 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 23:08:45
なおアマテラスは卑弥呼ではない。

480 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 23:26:27
>>479

どうして四国で暴れてるんだ?>太国

本家で邪険にされたのか?


481 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2009/05/13(水) 23:34:13
またな zzzzzzzzzzzz・・・・・・・

482 :日本@名無史さん:2009/05/30(土) 00:30:40
モモソヒメが卑弥呼らしいね。徳島は阿波忌部までだったか...

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