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武田騎馬軍団は鉄砲三段撃ちで全滅した その2

367 :日本@名無史さん:2007/09/06(木) 08:40:54
>>357
まったく逆のことが秀吉に言える。
兵の掌握という点では、家康と秀吉には雲泥の差がある。
楽田の秀吉は、兵力10万だが、寄せ集め。かつ秀吉は「主君」ですらない。
いってみれば、支持者のレベルだ。

家康は8000しかいないが、これはすべて家康を主君とする兵力。
そして信雄12000が与力している。総大将は、実は信雄なんだが、実際指揮命令系統はすべて家康におんぶにだっこ。
織田信雄の小牧山における存在意義は、12000という兵数と、あとひとつは、秀吉に与する武将たちの大半の「主筋」にあたること。

家康は、信雄を抱えている限り、10万の総攻撃はない、と計算出来た。
秀吉がなぜこんな大兵力になったかといえば、半ば「成り行き」。近江坂本出陣時3万だった。
それが、旧領長浜を通過し、家康が敢えて後退したので、美濃の池田勢などと合流するうちにこうなった。
アウェーの大兵力の集結は、却って作戦に「時限つき」という条件がつくことになる。
時間が経つほど、養うのが大変になってくるからだ。これで膠着状態になると、不利なのは秀吉側。

長久手への邀撃部隊の出撃と、秀吉方大敗の要因はそういったところにある。


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