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【生死】日本陽明学 【超脱】

1 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 17:38:27
「心即理」「到良知」「知行合一」
明治維新の原動力といわれる陽明学、陽明学者についてのスレです。


2 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 19:41:34
まずは安岡正篤あたりからか?

3 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 19:57:53
大塩平八郎でしょ?

4 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 00:32:50
中江藤樹からでしょ?

5 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 00:46:16
日本の陽明学の祖、中江藤樹「近江聖人」と称される。

大野了佐という医者志望の少々要領の悪い少年を見事、医者に育て上げた
エピソードは有名かどうかはわからない。
「各自の得意とするところをよく知り、それぞれの能力、
  分際にふさわしくそれを使えば、用に立たない人間はいない」
これは名言だと思います。

6 :名無し募集中。。。:2006/03/14(火) 04:29:10
やっぱり中江藤樹でしょうね

7 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 17:27:47
熊沢蕃山は幼いころ山二つ超えた村から中江藤樹の講義を聞きにきていた。
熊沢蕃山は百姓の子であったため武士の講義する席上に入る事は本来許されなかったが
中江藤樹のはからいで廊下に上げてもらい講義を聞いていたという。

8 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 17:40:44
藤樹「私の話が聞きたいか」
蕃山「はい、雨の日も、風の日も、こうして、先生のお話を聞くのが、私の何よりのつとめだと思って参っております」
藤樹「そうか。お前の所は一体どこかね」
蕃山「2つ山越した向こうでございます」
藤樹「そうか。すると歩いてくると4時間くらいはかかるねえ」
蕃山「はい」
藤樹「どうだ、聞くところによると、年をとったおっ母さんとお前だけだということだけれども、うちの馬小屋があいているので、馬小屋に来て住んではどうか」
蕃山(号泣して)「ご親切なお気持ちは、よくわかります。けれども、私は、山2つ越えてここへ来るからこそ、辛抱甲斐があると思っております。
お宅にご厄介になっては、たいして疲れも感じないで、いながらにして、お話を聞くなんてことは、もったいないことでございます。
やっぱり、今までどおり、働いたあげくに、2つ山越えてここへまいり、お話を承る。これがもう一番、私の気持ちの中に、励みが出ますので、どうぞそうさせてください」


9 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 20:02:45
中江藤樹の教え
「貌」 「言」 「視」 「聴」 「思」

10 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 17:29:46
誰か日本の陽明学と中国の陽明学のちがいを教えてください。

11 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 19:13:45
それはね









分からん

12 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 19:17:19
無知だなww












考えた事もなかった('A`)

13 :日本@名無史さん:2006/03/16(木) 12:12:27
>>10
日本のフランス料理とフランスのフランス料理の違いを教えてください、
って言われて答えられるか?
そんな客観的な問題設定には意味がないとオモ

14 :日本@名無史さん:2006/03/25(土) 00:09:00
中国で生まれた陽明学だが日本の風土に合うなにかが有ったんだろうね。

15 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 23:02:19
「人はあらかじめ善悪の判断の中にあるのではなく、心の本体は無善無悪。
 その混沌からほとばしるものこそが真の善である。」   
王陽明


16 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 07:19:00
人気占い師細木数子の過去 島倉千代子50周年の陰で語られた
http://www.ultracyzo.com/newssource/0406/01.html
安岡正篤との関係
http://www.nazotoki.com/obatyan.html

17 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 07:42:47
9 :考える名無しさん :2006/03/29(水) 14:22:57
安岡正篤の著書と細木数子のTVじゃ月とスッポンで有ります。

18 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 12:20:44
陽明学と禅が似ていると言う人もいますよね。
どちらもひたすら己自身の内面に向かっていく(心の鍛錬の)イメージはありますね。

19 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 14:20:48
禅の背景があったから、陽明学が成立したんだと思いますが。

20 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 21:18:29
>>19
そうだね、王陽明自身が仏教にのめりこんだ時期があるもんね。
当然陽明学にも影響してるだろうね。
宮本武蔵をはじめとして日本の武芸者達も禅の影響をうけているし、
もともと日本に陽明学の浸透しやすい下地はあったのかも。

21 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 22:47:05
だから陽明酒ってあるのか

22 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 00:51:49
養命酒?

まあ武士道も唯心論的だし。
陽明学は中学校で是非教えるべきだと思う。

23 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 09:42:41
>>22
武士道なんだけど宮本武蔵と新渡戸稲造の武士道じゃ全然ちがうと思わない?
前者は戦いに勝つための実戦武士道で後者は身を修めるための道徳武士道。
自分の場合はそんな風に思う。
>陽明学は中学校で是非教えるべきだと思う
賛成

24 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 17:31:54
>>22
とらえ方でいろんな解釈の出来る学問だから今の学校じゃしっかりと教えられないと思うよ

25 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 17:46:43
24歳の頃、王陽明の言葉で衝撃を受けた俺。
まったく働く意欲も意味も見いだせず、
腰の据わらない生活だったが、いまは結婚し子供もいて、
仕事の充実度も比べるまでもなく満足している。
たった一編だが、自分には本当に大きな人生訓となった。
どんな言葉だったか、忘れたけど。

26 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 18:34:13
>>25
ウケタw

27 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 20:10:33
>>25
そんないい言葉なら思い出して教えてくれ

28 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 00:39:28
>>23まあ道徳規範、内心の清浄という見方からです。
>>24原文を教えるだけでも効果はあるんじゃないでしょうか。
  陽明学には心のモヤモヤを晴らすような言葉が多い。
   若く純粋な魂には感じるところがあるはず・・・と信じます。


29 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 05:35:18
山中の賊を破るは易し。心中の賊を破るは難し。

30 :24:2006/04/02(日) 11:51:53
>>28
原文を教えるだけのほうがかえって良いと思います。
教師によって陽明学の解釈は異なるでしょうし。
原文を読んで感銘を受けた学生は自分から進んでいろいろ学ぶでしょうし。

31 :24:2006/04/02(日) 12:06:18
「しょうし」で韻をふんでしまったw

32 :日本@名無史さん:2006/04/03(月) 07:27:57
「もし自分の心に聞いて間違いだと思うなら、たとえ孔子の言葉でも、それを正しいこととはしない。」

                                            王陽明 


33 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 00:33:35
>>32
自分の日常で実践しようとすると難しい・・・

34 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 12:53:28
みなさん、今のプチ武士道ブームどう思います?
そもそも武士道は流行で広めていくような物だとは個人的には思いません。
新しい解釈で武士道を捉えた本などがベストセラーになっています。
新しい解釈をして出版するのは良いんですが原典を読まずに武士道を語る人が最近は多く感じます。

35 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 15:14:52
この陽明学は、江戸時代の日本にも伝えられ、幕末の倒幕運動の指導者である大塩平八郎や吉田松陰らが、
陽明学の心即理を理念にして行動した。しかし、彼らの心即理はは心の至誠を貫くことと解されており、
王陽明のそれとは異なるものだった。


とwikiにあったのですが、どのような違いがあるのでしょうか?

36 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 16:39:00
>>35
違いというと中国陽明学は民間に宣布活動が行われたり弟子達がそれぞれの学派を作るなどの流れがあった。
日本陽明学は個人の生死超脱の覚悟、自我の確立などの個人の内面で完結する思想などといわれています。

>彼らの心即理はは心の至誠を貫くことと解されており、王陽明のそれとは異なるものだった。
これは私見ですが心即理の解釈は心の至誠を発揮するというのは中国陽明学も大塩平八郎や吉田松陰も大差は無いと思います
ただ王陽明は国、村落の秩序、規約、共同意識を育てることに専念したのにたいして
大塩平八郎や吉田松陰は反体制の立場(王陽明とは対極の立場)で陽明学を活用したというところでの違いでしょうか

37 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 16:46:49
補足
>(王陽明とは対極の立場)
王陽明は匪賊討伐での軍功があるので対極の立場という言葉を使いました

38 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 20:52:37
>匪賊討伐

あれは凄いね。迅速で。

39 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 21:03:27
>>38
やはり陽明学の心の鍛錬が有事の時にも動じなくするんだろうか?

40 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:29:28
>>36
そうだったのですか。ありがとうございました。

41 :36 :2006/04/08(土) 22:39:00
>>40
どういたしまして。あくまでも私見です。

42 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 01:48:56
王陽明の言いたいことは実の所、楽しく行こうぜって事を言いたいんだよって思う。

43 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 12:35:38
ワンヤンミン?

44 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 14:03:40
>35大塩が倒幕の指導者? アホか!

45 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 14:23:17
>>44
たしかに倒幕運動としての反乱ではないですね。

46 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 18:58:50
司馬遼太郎は河井継之助を最高のサムライとして称えてるけど詳しい人いる?

47 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 23:22:20
「峠」かな。

48 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 03:46:27
司馬さんは西郷隆盛や大塩平八郎みたいなのは嫌ってそう。

49 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 03:53:27
>>48
司馬遼太郎はほとんど読んだことないんだよなぁ。

>西郷隆盛や大塩平八郎みたいなのは嫌ってそう
両者とも反体制にまわらざるをえなかった人だけどどういう所が嫌いそうなの?

50 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 04:13:54
行動はまったく挫折し、自らはもとより付き従った味方も悲惨な結末を迎え、
暴動、戦争で無辜の民が理不尽な損害を受けたというところ。
近代合理主義の立場からみれば、まったく意味がなくマイナスの存在ですらあったこと。

51 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 04:29:59
>>50
返事ありがとう。でも河井継之助も50の内容にあてはまる所が多く感じる。

52 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 04:46:50
河井の活躍がまだ薩長官軍対幕府の戦いの途上だったからじゃない?
司馬さん新撰組のことは嫌ってないみたいだし。

53 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 11:16:15
司馬遼って世の中とずれた人間をかなり好んで書いてるけど。

54 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 15:00:52
司馬遼太郎は作品の中で陽明学について触れたことはあるの?
「この国のかたち」の1か2で朱子学について書いてた記憶はあるんだけど。

55 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 00:41:46
「人は天地の心にあたり、天地万物はもともと自己と一体のものである」
                                  王陽明

56 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 05:18:08
>>54
ないんじゃないかなあ。
>>50のいうような理由で陽明学を嫌っていると思われ。

司馬が人気作家になったのは、基本的に戦後民主主義、戦後平和主義的な
価値観に背かないから。

57 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 04:41:15
>>53
確かにそういう部分はあるみたいだけど、それはずれた方向が「先進的」であったり「合理的」であったりした場合かと。
河井の例なら、幕府軍にもこんなに合理的で近代的な名将がいた! という感じか。

58 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 05:52:12
ワレ狂カ愚カ知ラズ、一路ツイニ奔騰スルノミ

歩兵第三連隊 野中四郎大尉

59 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 17:23:46
人気占い師細木数子の過去 島倉千代子50周年の陰で語られた
http://www.ultracyzo.com/newssource/0406/01.html
安岡正篤との関係
http://www.nazotoki.com/obatyan.html

60 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 13:31:07
売名のために細木側がからんだってことかな。

61 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 01:47:45
陽明先生は、出仕してすぐに宦官の専横を批判し速攻で流刑されるという
功利的には馬鹿としか言いようがない人。
でも俺は大尊敬する。


62 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 11:06:10
陽明学を学ぶには何を読めばいいでしょうか?

やはり王陽明の原文ですか?日本式に受け入れられたものか?


63 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 11:44:29
大塩先生かな

64 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 13:18:41
>>62
個人的には「伝習録」だと思います。日本語訳も何冊かでているので入手しやすいですし。
「伝習録」は王陽明が著したのではなく門人の徐愛ら弟子によってまとめられたものです。
大塩平八郎、吉田松陰なども「伝習録」を学びそこからそれぞれの解釈をしたんだと思います。

王陽明本人は自分の考えが後世に間違って伝えるのを恐れあまり教えを文字のするのには慎重だったようです。

65 :ゴメンナサイ訂正します:2006/05/14(日) 13:21:36
>王陽明本人は自分の考えが後世に間違って伝えるのを恐れあまり教えを文字のするのには慎重だったようです。

王陽明本人は自分の考えが後世に間違って伝わるのを恐れて、教えを文字のするのには慎重だったようです。

66 :62:2006/05/14(日) 21:55:51
>>64
ありがとうございます。
「伝習録」ですか。分かりました。
ついでに、日本式に陽明学を咀嚼した書を読むとしたら、どれがいいですか?

儒教を日本人式の「儒学」とした、伊藤仁斎のような人は陽明学の場合は
誰に当たるのでしょうかね。



67 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 22:37:13
>>61
王陽明は何回も讒言や罠で窮地に立たされてるね。
仕事が出来るうえに下の者にも慕われて上の者でも間違いだと思えば平気で意見する。
そりゃ出世、名声しか頭にない奴には嫉妬されまくったんだろう。
でも窮地に立たされても必ず協力者が出てくるのはやはり人徳であり
現代で言うカリスマだったんだろうな。

68 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 23:00:05
病弱だから下手すると最初の流刑で死んでたかもしれないけどね。

69 :64:2006/05/15(月) 00:42:20
>>66
松永尺五、木下順庵、朱舜水、中江藤樹、熊沢蕃山、三輪執斎、山田方谷
春日潜庵、河井継之助、大塩平八郎、吉田松陰、西郷隆盛など思いつきますが
日本人式の陽明学としたとなると申し訳ないですが私じゃわからないですね。

>日本式に陽明学を咀嚼した書を読むとしたら、どれがいいですか?

これはもう、陽明学を志した日本人の中で貴方が共感する人物の著した物から読むのが一番じゃないでしょうか。

70 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 03:29:00
ある人が目を病み、すっかり落ち込んでいた。
王陽明「なんと君は、目を大切にするあまり、自分の心を傷つけている。」

71 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 04:05:07
新渡戸稲造や内村鑑三も、キリスト教徒になる前は熱心な陽明学徒だったらしい。

72 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 04:22:33
>>71
キリスト教徒になった後にも新渡戸稲造は「武士道」のなかで王陽明を称えてるよ。

軍閥、右翼に脅されながらも日米戦争回避を唱えた新渡戸先生の精神力はさすがだと思うよ。

73 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 11:50:20
新渡戸さんが死んだのは1933年では?
内村さんは内村さんで日露戦争すら不支持だったし。

74 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 12:20:55
1933/03/28   日本、国際連盟脱退  新渡戸稲造「なんといっても日本を国際社会の孤児にさせてはならない」と訴える。
1933/10/16 新渡戸稲造死去。享年72歳。

75 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 12:22:12
1933/03/28   日本、国際連盟脱退  新渡戸稲造「なんといっても日本を国際社会の孤児にさせてはならない」と訴える。
1933/10/16   新渡戸稲造死去。享年72歳。

76 :南京大虐殺の首謀者:2006/05/15(月) 12:29:56

南京城攻略の折、降伏した中国兵数千人を城壁の傍らに立たせておき銃剣にて全員を刺殺した時の司令官は
昭和天皇の叔父で天皇に顔がそっくりの朝香の宮と言う奴だ。
南京大虐殺は天皇家の命令で行われたことは明らかだね。
そうやって在日である天皇家は、日本の名誉を著しく傷付けるような指導を日本国民に対してして来た訳だ。
そんな天皇制にしがみ付いている奴はバカか狂人かのどっちかだね。

あるリベラルな知識人が二十年ほど前に、先の戦争は国民にも責任があると言ったことをヒントに、
天皇には責任が無いみたいなズレたことを言い出した右翼がいるが、
国民主権国家となってから、その天皇制を廃棄しないでいたことは今度は本当に国民の責任である。


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/index.htm


77 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 12:44:30
>>76
スレ違い
人に伝えたい事が有るのなら最低限のルールと礼儀を守ってください。
ここは陽明学、陽明学者についてのスレです。

78 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 16:38:58
1933年の段階では日米戦争など発生しようもない。
第一、アメリカは国際連盟に加盟してないではないか。

79 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 17:55:44
>日米戦争回避を唱えた新渡戸先生の精神力はさすが

って満州事変で悪化した日米関係を修復するって言って、アメリカで
満州事変正当論を講演行脚しただけじゃん

80 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 18:07:25
>>79
たしかにそういう見方も出来るね。

81 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 18:13:44
どっちにしても精神力が有ることには変わらないと思うが

82 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 18:32:08
そもそも満州事変以前に、アメリカの意向で日英同盟が破棄されてるんであって。
この時から孤立してはならんと訴えてるなら分かるが。

83 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 19:06:02
>>82
新渡戸はもとから国際派であって日本が世界から孤立するなというのは
満州事変以前からの新渡戸の考えだというのは新渡戸に興味のある者なら誰でも知ってること。
欧米に日本を理解してもらうために
「武士道」を海外向けに書いたことなどから世界の一員としての日本をずっと訴えていた人だとわかるだろ。
まぁ歴史は一つの見方で見れないのも確かだとは思う。

84 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 19:18:33
そうだよね。じゃあ新渡戸は日英同盟破棄にも反対してたの?

85 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 19:27:13
>>84
それは知らないです。
質問はいいが、単発で質問されても君の真意がわからない。
君は新渡戸稲造をどう評価してるの?

86 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 09:47:18
学校で古典漢籍を素読、というのも良いんじゃないかと思うのだが



87 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 10:50:06
>>86
なんで?

88 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 12:21:11
単発質問の人は、なんで自分の考えは言わないの?

89 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 13:56:38
単発だから

90 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 14:18:10
なら答える必要も無しだな

91 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 14:42:53
夏目漱石 則天去私
「不自然は自然には勝てないのである。技巧は天に負けるのである。策略として最も効力あるものが到底実行できないものだとすると、
つまり策略は役に立たないといふ事になる。自然に任せて置くがいいといふ方針が最上だといふ事に帰着する。」

92 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 19:50:20
>>90
誰に答えるつもりだったのですか

93 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 08:04:40
>>92
何のために聞いているんですか

94 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 15:07:26
心中の賊を破るためであります。

95 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 19:52:25
どうすれば破れるのでしょうか。

96 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 14:22:35
しかし今の人はギャグ貧乏なんですかな
こんな定番のネタに受けるとは。
楽な時代ですなぁ

97 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 14:54:36
まずは原文知らないと〜と思い、本屋に行ってみたけど、伝習禄の原文が載っている本はあまりなかった。
図書館に行くか
ネットで買うか



98 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 23:37:25
「大学に、上の人を見ていて好ましくないと思ったことは、
下の者に行わないとあるが、上の人を見て好ましくないと思うのは良知であり、
下の者に行わないのは、他ならぬその良知が発揮されたということだ。」   王陽明

99 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 01:07:13
中国で滅んで日本で復活したのは、なんとなくだが分かる気がする。



100 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 15:15:12
陽明学を日本流に言うと

口動かしている暇があったら手を動かせ
動きながら考えろ
バカやろー


101 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 17:31:35
例えば、恋人を大事にするという行為は、恋人を大事にするという行為が
良いことであるとする良知の判断が基礎であって、それが実行されたとき、
恋人を大事にするという行為が実現し成就する・・・というのが「知行合一」の説。
陽明学の考えだと、「わかっちゃいるけどやめられない」てのは実はわかってないと解釈する。
自分の心で本当に正しいと思うことは行動に現れるし、正しくないと思うことは行動に移さないとする。

102 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 20:27:40
>>101
>自分の心で本当に正しいと思うことは行動に現れるし、正しくないと思うことは行動に移さないとする。

あくまでも欲望がない純粋な心での判断が条件でしょ。心が欲望にとらわれていると正しい判断は出来ないよ。
心を鏡だとすると、綺麗な鏡は正しく対象を映すが、曇った鏡は対象も曇って映してしまう。

103 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:54:26
>陽明学の考えだと、「わかっちゃいるけどやめられない」てのは実はわかってないと解釈する。

ニートの身としてはグサッとくるね。

104 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 01:33:35
考えてみればニートというのは、俗世間を離れ詩を読んで生きることを
聖人の姿とした中華の国の発想なのか。

翻って陽明学というのは、創始者(王陽明)がすでに匪賊鎮定に走り回っていた武人である。
常に世間にまみれて働きながら、思想を深めることを目指す動中の工夫。
理屈っぽい話が嫌いで能書きを並べてるだけじゃ駄目だ、と言うのが好きな日本人好み。
ついでにニートとは相容れない。



105 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:26:07
>>104
王陽明は伝習録見るかぎりじゃ人と会話するのは好きそうに見えるぞ。
そもそも友人、弟子たちとの会話録みたいなものだし。

106 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:19:12
人と談合し古の聖賢の書を読む事こそ義を立てるに必要な事である

と山本常朝は教えています。

107 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:33:14
会話することと働くことは矛盾しないのでは?

武人として忙しいのに学問を実践していたことに意味がある。
ある夜学問について弟子と談じていても、翌朝弟子が挨拶に行くとすでに陽明は進軍した後だった。


108 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 01:34:06
会話をする時も働く時も心がけ次第で学ぶべきことはたくさんあるしね。


109 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 01:48:52
「友に対するに、相手に学ぶようにつきあえば成長が得られるが、
 相手の上に立とうとするのは悪いことになるだけだ。」   王陽明

110 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:13:07
陽明学が分かるなんてすごいぞ。
陽明学が分かったという人、
陽明学で心安らかになったという人、
教えてくれ。
漏れの心は五里夢中。
教えてくれ。

111 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:56:01
>>110
王陽明の残した言葉には感動したり勇気づけられたりもするが、
他人に陽明学を教えるとかは俺みたいな半人前には無理な話です。
ご期待には俺では答えられそうもありません、ごめん。

112 :111:2006/05/21(日) 22:00:52
>>110
まず読みやすい書籍などから読んでみては?


113 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 22:22:55
図書館で岩波の伝習禄を借りたけれども、断片的に読める程度。

原文だけだとそれはそれで難しいものだ・・。


114 :111:2006/05/21(日) 22:35:19
伝習録の原文だけで読むとは尊敬する。
俺はもちろん翻訳つきを読みました。

115 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 22:39:20
いや、もう断念しそうです・・。

荷が重過ぎました。

116 :111:2006/05/21(日) 22:39:43
今でも買える翻訳版は中央公論新社と岩波文庫の2種類だと思う。

117 :111:2006/05/21(日) 22:40:55
>>115
おつかれさまです、漢文は現代人には大変ですよね。

118 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 23:31:26
中央公論新社の翻訳本は良かった。

119 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 20:03:13
今の日本に陽明学派っているのだろうか?

120 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:05:39
「善念が起きた時には、それを察知してその善念を充実させ、悪念が起きた時には、それを察知して防ぎとめる。
 この、知り、充実させ、また防ぎとめるのは、志による。つまり天の聡明による。そしてそれは聖人が十全に具有しているのだが、
 学ぶ者はそれを保持すべく努めなければならない。」      王陽明

121 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:23:08
「悔いるよりも、今日直ちに決意して、仕事を始め技術をためすべきである。
何も着手に年齢の早い晩いは問題にならない。」

吉田松陰の言葉なんだけど身にしみるわ


122 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 07:35:41
吉田松陰が28歳で死んだといっても驚かないが
大石内蔵助が死んだのが44歳というのはショックだ。

123 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 10:37:48
なんでショック?

124 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 00:48:44
松蔭先生は孟子の講義をしてくれたそうだ。
それが「講孟余話」という本にまとめられているそうだ・・・・・・・・・

125 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 00:52:27
松陰は孟子や王陽明の思想から学んで革命に走ったのか?
松陰は革命に走るため思想を学んだのか?
どうなんだろ?

126 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 12:38:18
タチバナ教養文庫の吉田公平「伝習録」を読み始めた。
下巻の翻訳と読み下し、原文、吉田氏の解説が収録されたもの。
陳九川の記録(一章)を紐解いたばかりだが、解説付きの翻訳文でも非常に手強い。
大学の格物致知に関する問答から始まっているが、大学の素読経験があり、
常識程度に朱熹の格物説を理解している人ならツルツルと頭に入るのだと思うが、
残念ながら私は一章一節を読み進めるだけで多大な努力を要し、理解度も
非常に怪しい。
論語の学而編から素読を初め、通り一遍でも四書の朱子学的理解を得た上で
「伝習録」に挑戦した幕末の武士がのめり込んだ対象なので、アンチテーゼの
対象たる朱子学を理解せず手を染めるには無理がある。
学問を始めるのに年齢は関係ないというが、手順を踏んで良知に致る道は遠すぎる。

今のところ苦労しても吉田版「伝習録」を読み進めたいと思いますが、皆さんは
どのようにして陽明学に親しんだのでしょう。
長文スマソ

127 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 13:39:01
>>111 >>112
有難う御座います。
陽明学の本は少し持っていますが高い所から書かれてる気がして、凡才は
それがどうしたのの壁に突き当たってしまうのです。
でも、思い直して陽明学の本を買う積りで本屋に行きました。手にしたのは
岡田武彦先生の陽明学つれづれ草でした。これも壁かと思われ、買わずに
帰りかけ、Uターンして買って帰りました。
これが面白く、陽明学を学ぶことのヒントが得られました。


128 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 22:00:27
>>126>>127
自分の場合は、ある書き物(現代人の作品)の影響で陽明学に興味を持ちました。
それまでまったく陽明学どころか論語、大学などの知識も無かったのですが、
その作品の影響でどうしても陽明学を知りたくなり、
始めは林田明大の陽明学の解説書を読みました。
林田氏の本は陽明学の代表的なテーゼを現代人に当てはめて解説する様なスタイルの本で、
初心者にはとてもわかりやすかったです。ただ、あくまで陽明学を現代において活用するという解釈なので、
深く学びたい方には向いていないと思いました。
その後、安岡正篤の文庫本を読み、現在は「伝習録」の翻訳を読んでいるところです。
吉田公平、岡田武彦両氏の著書はどうでしょうか?

129 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 00:21:10
>>126
>学問を始めるのに年齢は関係ないというが、手順を踏んで良知に致る道は遠すぎる。

「良知というのは生まれつき人間が持つもので、それが発揮されないのは心が欲望で曇っているから。」
と王陽明も言ってますし、難しく考えずに自分で功夫していくのが大事なんじゃないでしょうか。
陽明学は書物を読んで頭で理解するだけの学問では無いと思います。


130 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 21:33:54
「陽明学は本来唯心論であって、心の霊妙透徹なる、能く万物を該ね宇宙を羅することを説いているのだから、
 自然に根柢において我が日本の神道に一致するところがある。」    
                                           有馬政祐

131 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 12:02:48
伝習録を漢文で読もうとされている方に一言。
朝の挨拶は、
日本「お早う」、中国「飯食ったか」、米国「良い朝」
だそうです。意味に違いはないと思います。文化が違うだけだと漏れは思う。
陽明の「格物到知」と朱子の「格物到知」の解釈は陽明学の入門ではない
かと漏れは思うが、日本語ででも難しいのに漢文で理解するのは難しそう。
日本と中国は文化が異なる。このことを理解するのは別の学問と思う。

陽明学をなぜ勉強するのか考えて見られることを漏れは勧める。

心を豊かに、心を穏やかに、日々暮らそうと思うなら仏教だと思うのだが。

>>128
漏れは熟読主義で本の読み比べはしておりませんが、
岡田武彦著「陽明学つれづれ草」は如何でしょうか。
日本人が陽明を学ぶ段階で出会う疑問や、陽明の研究に一生を捧げた先生の
境地が如何なるものか、まとめられています。



132 :128:2006/05/31(水) 18:21:15
>>131
御返事有難うございます。
今は「伝習録」を読んでいるので、陽明学に関するその他の本は読む余裕はありませんが、
岡田武彦の「陽明学つれづれ草」も、いつかは読みたいと思いました。
最近は孔子、孟子、王陽明に影響を受けた中江藤樹、吉田松陰の著書にも興味が沸いています。

133 :初学者 126:2006/05/31(水) 19:40:45
>>128 >>129 >>131 ご指導ありがとう御座います。
それから >>126 先輩、同じような方がいらっしゃるのを心強く思います。

安岡正篤氏は最近になって「人生と陽明学」という講演録を斜め読みしました。
これは始祖王陽明を初め、我が国の陽明学者の紹介や陽明学者たる安岡氏の
時事解説(ただし 1970 前後の)などが採録されたもので、帝京大学の阿部学長
のような口調の講話が10回分ほど入っていたでしょうか。
いろいろなエピソードがちりばめられて興味深く読めますが、瞬間を燃焼するとか
自己の例を俯瞰するとか、一般的に言われる陽明学がどのような考え方に基づいて
いるかについてはピンときませんでした(恐らく、そのあたりをクリアにするには
格物致知も避けて通れないと思います)。

陽明学は実用の学と言われますが、私は他の目的の手段としてこの学問に触れたい
のではありません。結果的にこれからの生き方に影響するかもしれませんが、
しいて言えば陽明学がどんなものなのか知りたいという興味があるからです。
心の持ち方や判断力を養うために古人が寄る辺とした教えが知りたいのですが、
私自身が宗教として盲信する対象を求めているのではありません。

近江の高島にある藤樹記念館が発行した「中江藤樹入門」なる小冊子も藤樹や
蕃山の人となり、人生を紹介したもので、彼らが心奪われた陽明学について
詳しく触れたものではありませんでしたので、納得するには伝習録にふれておかねば
なるまいと思いました。

陽明学は博覧強記を誇る学ではなく他の目的のための道具として使うのが正しい
接し方のような気もしますが、とりあえず興味本位で近づいてみます。

134 :128:2006/05/31(水) 21:59:17
>>133
とんでもないです。自分は人に指導できるような者じゃないです。
王陽明自身も、
「権威の言う事だからと言っても、自分自身の心で納得しなければ
 それを正しい事と鵜呑みにしてはいけない。」
と言っているんだし、126さんのやり方で陽明学と接すれば良いと思います。
お互い、陽明学から学べるものがたくさんあると良いですね。

135 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 12:15:14
今こそ我々は、生命尊重以上の価値の所在を、諸君の眼に見せてやる。天皇陛下、万歳!

三島由紀夫


136 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 12:50:10
>>135
三島由紀夫は「伝習録」は読んでなかったのは彼の論文を見ればわかる。
井上哲次郎の「日本陽明学派之哲学」だけ読み自らの思い入れを加えたのが三島由紀夫の思想。
三島由紀夫は作家として素晴らしいが、陽明学の理解度は低かったんじゃないかと思う。

137 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 12:06:44
徳川幕府の家康の代から数代にわたり幕府の学問をリードした「林羅山」と
云う学者がいる。彼の学問の基礎は「朱子学」である。しかし、家康に気に
入れられたいため一部を改ざんしたと云われる。
すなわち、「朱子学」のお殿様が無能なら家臣がとって代わるべしを、お殿
様が無能でも家臣は立派に仕えよとした。
このことにより徳川300年が続き、今の日本人のDNAになっているのでは
なかろうか。
しかし、かえって幕末の日本に陽明学を引き入れたと考えられるかもしれ
ない。

このスレを続けたいので漏れは無理している。モトムハンロン。

138 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 15:45:15
そんなこったから軍閥の興亡による19世紀末から20世紀半ばまでの半植民地なカオス状態を招いたわけだが。

139 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 19:20:21
>>137
朱子学と易姓革命でググるとそのあたりの解説がぞろぞろでてきた。
朱熹は正統性にこだわったが、易姓革命を認めなければいかなる政権も正統とは
いえなくなるし、易姓革命を認めれば現在の政権を転覆することも可となる。
林家のいい加減な朱子学はもちろん、易姓革命説には本家の朱熹ですら
曖昧な態度をとっていたようだ。

140 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 22:10:11
陽明学の日本への流伝は徳川家康の時代に始まる。
安岡正篤によると、当時の儒宗である藤原惺窩とその門人、林羅山は陽明学を排斥したと言われるが、
藤原惺窩は陽明学には理解を示していた。
ただ門人の林羅山は陽明学には反対したと書いている。

世間では朱子学のアンチテーゼの陽明学という印象がある。たしかに間違いでは無いけど。
ただ王陽明自身は朱子のことを偉大な人物として評価してるんだよね。
「私(王陽明)が時に朱子と違うことを言うのは学問の仕方によっては、
 始めの一歩が後に千里の違いになるので、違いをはっきりさせざるをえないのだ。
 ただ私の心は朱子の心と食い違ったという事が今までに一度も無い。」
とあります。


141 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 05:53:22
>>137
>>このことにより徳川300年が続き、今の日本人のDNAになっているのではなかろうか。

300年も続いた体制だから、江戸文化が現代の日本人に与えている影響は大きいと思う。
でも、幕末に良きにせよ悪しきにせよ明治維新をやってのけた事柄を考えると、日本人には自らの体制を改めるDNAも十分あるのでは?
個人的な意見だと、黒船以降、日本人のトラウマはアメリカ合衆国だと思う。


142 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 16:49:26
>>126 たいして親しんでませんが、以前、丸山真男を批判する必要に迫られて読んだのですが、
以下の二つが便利だったと記憶します。

武内義雄『中国思想史』岩波全書、1957
 名著です。これを通読しとくと便利。索引に述語が載ってないのが残念。
佐藤仁 訳『朱子学の基本用語』研文出版、1996
 朱子の弟子、陳淳の著、朱子学術語字典のような『北渓字義』の明解な現代語訳です。
 原文が載ってないのが残念。

基本的に朱子学にしても陽明学にしても華厳が基本思想になってると思います。

そういう意味で岩波文庫の
『太極図説』と『禅源諸詮集都序』、こちらは蛇足かも

143 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 07:22:27
「善念が起きた時には、それを察知してその善念を充実させ、悪念が起きた時には、それを察知して防ぎとめる。
知り、充実させ、また防ぎとめるのは志による。つまり天の聡明による。
そしてそれは聖人が十全に具有しているのだが、学ぶ者はそれを保持すべく努めねばならない。」
                                               王陽明

144 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 10:28:41
>>143

陽明学は性善説だと聞いた事がありますが、なんか違いますね。

145 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 10:37:11
>>144
よく読んでみては?

146 :145:2006/06/05(月) 10:40:09
訂正
よく読んでみてわ?

147 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:24:00
>>144
見当違いかもしれませんが、今読んでいる吉田公平氏訳注の伝習録に
「人がもし、この良知の本質を理解していれば、どれほど多くの邪念や間違った考えでも、
 ここにひとたび覚醒すると、きれいさっぱりと氷解してしまう。これこそが『一粒の
 霊丹を、鉄にふりかけて金に変化させた』ということだ」
とあります。
人間は本来完全であるが、現実には邪思枉念を結果することがある。
それでも、本来は完全なので邪思枉念=悪とは無縁なのだということに覚醒すれば、良知は
自らの力で悪を排除し、完全性を発現する。

現実の人間は欲望に駆られ無為放縦になりがちですが、本来の姿は善であり、これを
取り戻すには努力が必要という意味ではないでしょうか。


148 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 01:26:47
王陽明先生の晩年の境地

「人はあらかじめ善悪の判断の中にあるのではなく、心の本体は無善無悪。
 その混沌からほとばしるものこそが真の善である。」

149 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 06:28:40
欲望に駆られたり無為放縦になったりするものがなぜ善なんですか?

150 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 07:05:16
>>149
あなたが欲望に駆られたり無為放縦になったりするものが悪だと思うならそれで良いと思うよ。

151 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 07:42:40
感服しました。

152 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 08:06:48
>>149>>150>>151
どんな会話やねんw

153 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 16:07:22
「天は人もわれも同一に愛す、故(ゆえ)に我を愛する心をもって人を愛せよ。」
                                西郷隆盛

154 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 18:05:30
私の願いは人々の心の田の荒廃を開拓して、天から授かった善の種を育ててまたまきひろめることにある。
心の荒廃を一人がひらけば、土地の荒廃が何万町あろうと恐れるものではない。      二宮尊徳(金次郎)

155 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 18:12:33
そういや二宮金次郎の銅像は学校に建っているのに、学校じゃ陽明学についてはあまり教えないね。

156 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 21:45:22
日本人で道とか学問について考えたことのある人は
儒学を通じて王陽明以前から陽明学的なものを発見し育ててきたように思う。
中江藤樹も陽明学に出会う以前から独自の陽明学的な精神を体得していた。

157 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 17:32:07
>>156
中江藤樹は陽明学と出会って、自らの経験と陽明学の精神が共鳴したんだろう。
陽明学を学びつつ、しかも後に内村鑑三からも「代表的日本人」として称えられた中江藤樹は偉大だ。
中江藤樹は陽明学を体得しながらも尚、日本的な聖人であった点が素晴らしい。

158 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 09:05:33


目に見えぬ
神の心に叶うこそ
人の心の誠なりけり

(明治天皇御製)



159 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 12:53:11
個人的な意見だけど、戦国時代が終わり江戸時代という治世が始まり、
武士たちも知識としての学問が重視されるようになった。
治世がうまく機能している時には、行動的な精神よりも、有能な指導者に忠義を尽くすことが重要となる。
しかし治世も長く続くと、どうしても権力者や政府の機能の腐敗が始まってしまう。
そこで幕末に陽明学が戦国武士道の精神と結びついて維新の原動力になった一面もあるんじゃないかな。

160 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 13:17:11
幕府内部でもそういう動きがあったんだよね。
維新というと薩長が幕府を倒したみたいな図式だけで語られるけど、
佐藤一斎なんか昌平黌で事実上陽明学を普及させていたわけで、
そこから佐久間象山、吉田松陰とつながるし。

161 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 13:35:20
江戸時代から幕末の陽明学者の偉かったところは武士階級のみならず農村の若者達にも学問の門を開いたところ。
そこから、熊沢蕃山のような人物が輩出されたしね。

162 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 13:42:51
二宮尊徳も貧農だったよな

163 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 22:46:21
陽明学は朱子学が危険思想扱いした孟子を重視しますが、易姓革命説との関連は
どうなっていたのでしょうか。
少なくとも明治維新には陽明学のもとになった孟子の考え方が影響しているのでは
ないかと思うのですが。


164 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:21:03
山本七平か何かが書いていたと思うが、
易姓革命の必要ない日本の特色について吉田松陰が考察して
なぜ必要ないかというと日本の場合は天子が愚昧なら倒すのではなく諌める思想があると。
つまり天子の愚昧や不正を戒めるために従者が自ら死ぬという諫死の思想があるという。
これからすると西郷隆盛の死の行軍の意味もわかるのではないだろうか。

165 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:33:23
>>163
陽明学は物事に理があるのではなく、心に理があるとするから、
易姓革命という思想が是か非か?とは考えないんじゃないかな。

166 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:56:41
>>164
>これからすると西郷隆盛の死の行軍の意味もわかるのではないだろうか。

 あなたの言いたいことが解らない、説明をお願いします。





167 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 10:21:32
>>164
民衆の心に届くかどうかが問題であって、諫死すれば良いという問題ではない。
生きるべきときは生き、死ぬべきときは死ぬ。
安易に他人の死を語る奴ほど信用出来ない。

168 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 17:29:43
オマエモナー

169 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 18:14:37
諫死すればよいとは誰もいっていないんだが。
諫死とは死ぬべきときに死ぬという思想だ。
もちろん安易な死を諫死とはいわない。
まずそれを理解してからものをいうべきだろう。

170 :167:2006/06/18(日) 11:00:11
>>168>>169
感服しました。

171 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 21:38:54
陽明学はくソ

172 :日本@名無史さん:2006/06/30(金) 10:54:30
>>171
「陽明学はくソ」とはお見事です。返す言葉がありません。
陽明学の文言を理解し実際に生かすのは難儀で不可能なような気がします。
「陽明学は実行の学問」と云う人が多いようですが証明してくれた人は
いません。陽明学をかじったので自分のすることは陽明学の理に沿って
いると思い込んでいるのではないでしょうか。
「陽明学はくソ」とは人間が生きていくのに役に立たないの意でしょう。
漏れは賛意しませんが、大きな課題だと思います。
仏教に「人間は5尺の糞袋」とかの話があります。その糞袋から出たのが
陽明学とすると、結構辛いです。


173 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 17:51:07
「伝習録」は明徳出版社がいいと思う。

174 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 15:08:32
いつからネタスレになったんだよ、コントじゃねーかw

175 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 03:26:07
「私の場合、工夫の最も重要な点はただ日に減らすことを求めるにあり、
日に増やすのを求めることにあるのではない。
一ぶでも人欲が減らせたら、それはその一ぶだけ天理を回復できたということで、
なんと軽快なさっぱりとした、そしてなんと簡単なことではあるまいか。」     王陽明

176 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 05:36:49
あの蒋介石も陽明学徒

177 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 15:12:26
蒋介石が曾国藩に私淑していたのは有名だが、
王学を修めていたというのは初耳だ。
昭和の碩学・安岡正篤氏との親交は知ってるが。

178 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 00:23:17
蒋介石も陽明学のシンパではあったらしい。
林田明大氏の真説陽明学入門より。

のちに台湾政府を打ち立てた蒋介石は、日本留学中に陽明学を知り、
「一小国の日本が、かくも強大になり得たのは、陽明の哲学がもたらした
結果であると悟った」
と後に述べている。
(中略)
台湾政府にとって、王陽明は農民一揆つまり共産主義者討伐の先駆者である、
ということで高く評価されてきたのである。

また、安岡正篤氏の紹介中
安岡は、戦犯容疑者のリストに載せられていた。戦前、何度か中国へ出かけて
いた安岡は、蒋介石の側近の何應欽や張群たちとは以前から交流があった。
とくに、安岡を良く知る中華民国情報長官の王大槇が蒋介石に連絡してはずして
もらったという。中国国民政府の蒋介石主席は、王陽明を敬慕していたのである。

日本陽明学は農民一揆に加担するものを輩出したのに、台湾は対照的か。
しかし、当時の国民党政府に主席なんて肩書きはあったのだろうか。

179 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 04:41:23
「君子は、理に合うか否かと考え、行動する。小人は、利に成るか否かと考えて、行動する。」
                                    吉田松陰


180 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 06:10:40
「生活の目的は人類全体の生活を向上させるためであり、生命の意義は宇宙が継承する生命を創造することである。」
                                                    蒋介石

181 :日本@名無史さん:2006/07/10(月) 12:35:45
幕末に幕府側にも倒幕派側にも陽明学徒がいたというのは、あの時代の空気に陽明学はよほど馴染んでいたのだろう。

182 :日本@名無史さん:2006/07/12(水) 08:58:26
孟子は性善説。陽明はその分派とも解釈できるから性善説。
荀子は性悪説。
性善説と性悪説を表現の違いと考えると野狐になる。
違いを言葉で説明しようとすると陽明、荀子の考えと完全に離れる。
東洋の学問は言葉で理論的に考えると行き詰る。

183 :日本@名無史さん:2006/07/12(水) 09:06:06
>>182
同意、神道と仏教も根源のところは言葉では言い表せれないのだろうと思う。
日本人の価値観の根底にあるだろう神道、仏教、儒教どれもそうだね。

184 :日本@名無史さん:2006/07/12(水) 12:33:44
「心の本体は人心に宿る天神なり、この光明、人の意念にわたらず、自然に是非を照らす、これを良知と言う。」 三輪執斎

185 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 15:47:30
保守

186 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 20:30:01
王陽明と舜と堯の違いはなんだ。
陽明学をなんとか云ってる者はなんか云え。
考えている者はなんか云え。


187 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 01:21:45
金に例えるなら、個人の器量の大きさの違いは量であって、純粋な心は量の違いはあっても質は同じ。
王陽明はなによりも質が大事と言っている。
もちろん王陽明は舜と堯は聖人として称えている。
それと同時に人間としての器量は違えども、どんな人でも聖人の心を生まれながらに持っていると言っている。

188 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 06:29:02
>>186
それは人にものを聞く態度じゃないぞ
ここは学問板なんだから煽りとかはいらないと思う。
それか陽明学に恨みでもあるのか?

189 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 22:29:06
自分の心で正しくないと感じたことはしない、という姿勢が大事なのかも。

190 :日本@名無史さん:2006/08/05(土) 04:21:44
「死して不朽の見込みあらば いつでも死ぬべし、生きて大業の見込みあらば いつでも生くべし」 吉田松陰

191 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 14:33:33
「天下になくては成らぬ人になるか、有ってはならぬ人となれ、沈香もたけ屁もこけ。牛羊となって人の血や肉に化してしまうか、豺狼となって人間の血や肉をくらいつくすかどちらかとなれ。」 河井継之助

192 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 09:30:02
>>188
あえて、煽って諸兄の本当の考えを引き出したい。
例えば、「格物到知」の解釈は朱子のキワメルと陽明のタダスのいずれが
如何様に優れ、劣るのでありましょうや。

193 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 15:51:13
記念あげ
欲望が心にきざしたら、それを取り除くのみ

194 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 15:26:45
「なせば成る、なさねば成らぬ何事も。成らぬは人のなさけなりけり。」  上杉鷹山

195 :日本@名無史さん:2006/08/13(日) 20:03:01
陽明は支那、朝鮮の人々には相当辛いもんではなかろうか。
(偽 曰 安岡正篤)

196 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 19:32:25
>>194
ひょっとしたら仰るとおりかもと思っております。
情けはひとの為ならずとも言いますし、鷹山さんの人徳って
ナンだったのでしょうね。

197 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 19:37:41
>>196
訂正です
「なせば成る、なさねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり。」 上杉鷹山

198 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 19:44:34
>>194は間違いです。
>>197が正解です。

199 :日本@名無史さん:2006/08/24(木) 00:53:21
欲望の曇りが一切ない己の心こそが天理

200 :日本@名無史さん:2006/08/25(金) 23:36:52
講談社選書メチエ新刊の「近代日本の陽明学」ってどう?

201 :日本@名無史さん:2006/08/26(土) 01:53:05
>>200
新刊すぎて読んだ人はなかなか出てこないんじゃない?
どんなタッチで書かれてる本なの?

202 :日本@名無史さん:2006/08/28(月) 20:26:32
「今の時代に人間は、急な仕事じゃない時にも、食事の時でさえ、いつも心が落ち着くことがない。
これは、その人の心が、忙しいことに慣れてしまっているからで、だから、そのように拡散してしまうのだ。」王陽明

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 05:25:41
上杉鷹山や吉田松陰は禁欲・欲絶によって思想の純粋培養を成した。
彼らの人生は辛抱我慢の連続であり、俗人である我らには、ちときびしい。

204 :日本@名無史さん:2006/08/29(火) 17:25:01
>>203
かなりの方だとお見受けしました。
謙遜されたレスから、逆に凄みを感じます。
私も精進しないといけませんね。

205 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 17:48:35
「心は臓器の一種ではない。知覚することすべてが、そのまま心である。
耳目が視聴を知り、手足が痛痒を知る、この知覚が、そのまま心なのだ。」王陽明

206 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 23:12:15
司馬遼太郎曰く、
学問というよりも宗教であることのほうがややちかい。


207 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 00:45:01
>>206
儒教は学問?宗教?

208 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 05:53:38
長尾剛著『陽明学がわかる本』は恐るべき愚書であり、殆んど犯罪的な無知で書かれています。
そもそも、大塩平八郎の立場で、自分の思想・見解を語ろうとする時点で先人に対する冒涜である。
この本は、私みたいな単なる陽明学好きでさえ、いくつも間違いを指摘できる本であり、素人が読めば陽明学理解を誤ります。
この本を読んだ事がある人は感想を教えて下さい。

209 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 09:52:47
>>207
漢の武帝以降、士大夫層の宗教になった・・・かな

210 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 20:07:05
>>208
長尾氏の五輪書の解説本なら読んだけど、良い出来とは言いがたかったな
長尾氏は自分の感情と思い入れを古典解説に加える人だから、
それが余計なお世話に感じる人は読まないほうが良い。

211 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 18:27:02
明治〜昭和の植民地政策は性善説にもとずいてのもの?

明治の人間の思想って陽明学が重要な位置を占めてたのかな。

戦前の行動原理がどうも理解できないんですよね。

212 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 20:43:27
>>211
その時代の空気ってのは、結局はその時代に生きてないと、わかんないと思う。

それに、まず貴方が明治〜昭和の植民地政策について、どう思うのか言わないと
誰もなにも言わないと思うよ。

213 :208:2006/09/07(木) 22:24:46
>>210
 学者の傾向としては二つある。
 一つは安岡正篤とか守屋洋みたいに、実生活に生きた思想を形成
しようとする学者。厳密に言えば思想家。長尾氏もこちらに入る。
 もう一つは、個人的な感情を交えず学術的に研究する学者。
基本的に、大学教授はこのスタンスの人が多い。
 個人的には、実学とか活学とかを意識した前者の方が好きだけど、
長尾氏は確か、東洋大学の大学院を出ていたと思うが、余りにも
客観的な研究を無視していないか?
 高校の頃、読んだ長尾氏の本に、陽明学の知行合一に従えば、
赤穂浪士は直ぐに吉良邸に討ち入りすべきだったと言っていた。
これは、赤穂浪士の中に、陽明学徒がいた事を踏まえての発言。
然し、この意見、確か、『葉隠』で山本常朝の意見。
 感情のままに、猪突猛進すれば良いならば、陽明学の学問たる
所以がなくなってしまう。長尾氏の陽明学理解は余りにも粗い。
 個人的な思想を説きたいなら長尾氏の勝手だが、彼が古典や先人の思想
に託してそれを述べるのは、僕に言わせれば甚だ不愉快です。
 そう言う有害図書(敢えて言う)を、PHP研究所ともあろう
会社が出版している事が理解出来ない。僕は、よっぽど、PHPに
長尾氏に対する批判文書を送りつけてやろうかとまで思いましたが、
世間には、悪書も多いから、黙殺する事にしてやめました。

214 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 23:23:45
安岡正篤みたいなのを学者と呼ぶか。アフォ。

215 :208:2006/09/08(金) 00:17:42
>>214
だから、厳密には思想家って書いたじゃん。
然し、終戦の詔勅の草案の作成に携わったり、
「平成」の元号を考えたのは安岡だって有名な話だろ。
一般的に、安岡は陽明学者と捉えられている。
あなたの見解はどうであるか知らないが…。
血盟団事件の時、事件の影響を恐れて金鶏学院を守る為に、
血盟団を警察に売ったという説があるし、最晩年に
細木数子に騙されて結婚した辺りは評価を下げてはいるのは
確かだけど、細木に関して言えば、安岡は奥さんが亡くなっていたし、
最早、痴呆が始まっていたという。若い細木が巧みに言い寄ってきた
時点で、殆ど不可抗力だったといえる。
然し、安岡の言葉を読むと、時々、最晩年の自分を否定するような
言葉が見えるから、何だかかわいそうになる。

216 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 16:11:29
>>215
>安岡の言葉を読むと、時々、最晩年の自分を否定するような 言葉が見えるから、何だかかわいそうになる

同意。しかし晩年の細木の件は、本当に細木ひとりが描いた絵だったんだろうか?
2chでは細木のバックとして有名な極道組織が、某宗教団体のケツ持ちだという話もある。
安岡の著書で安岡自身が、名は出さず某宗教団体を批判していたのを読んだことがあるだけに・・・

217 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 16:19:58
話がずれてきてるぞな、もし。

陽明学を語れ!

218 ::2006/09/11(月) 17:57:06
>>217
1 :日本@名無史さん :2006/03/13(月) 17:38:27
「心即理」「到良知」「知行合一」
明治維新の原動力といわれる陽明学、陽明学者についてのスレです。

陽明学者を語るんだから、安岡氏を語るのも問題なしです。

219 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 18:54:40
>213
陽明学=玉砕戦法みたいに思ってる人、多いよね。

慎重になるべきときには、慎重を選ぶのが「到良知」だと思う。

220 :208:2006/09/12(火) 15:35:41
>>216
安岡と細木の件に、極道と宗教が関わっているって、少し気になる。
詳細、キボンヌ。
因みに、安岡は右翼思想家と捉えられている側面があるが、
右翼つながりで言えば、笹川良一は統一協会や弁天宗との関係が
あったらしいね。笹川は反共の為に宗教を利用しようとしていた
みたいだね。

221 :208:2006/09/12(火) 15:48:38
>>219
 幕末の志士は殆どが陽明学の影響を受けていたと言う。
 俺は、司馬遼太郎の『峠』で陽明学に興味を持ち始めたから、
司馬の刷り込みなのかもしれないけれど、陽明学は、結果の
成否をあげつらうことを好まない思想だとは思っている。
 然し、猪突猛進するだけで、破滅するだけの思想なら、随分、
浅い思想だと思う。
 「致良知」の行動を繰り返して積み上げて行けば、原則としては
成功する筈だと思いたい。


222 :208:2006/09/12(火) 15:55:45
 そういえば、タチバナ文庫の吉田公平訳の『洗心洞箚記』はかなり酷い訳
だった記憶がある。大塩中斎の『洗心洞箚記』自体は陽明学理解の上では
読むべき作品であるし、良書だけど、あの訳は酷かった。

223 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 17:58:20
>>221
難しいとこだね。
山田方谷は河井継之助が唯一、認めた師匠だけどこの二人の陽明学徒が幕末に両極端の立場を選んだのは非常に興味深い。
河井継之助が官軍との戦闘を選び、山田方谷はギリギリの条件での無血開城を選択した。
武士の意地をとうしたのは河井継之助のようにも見えるが、武士として藩の民を戦争で死なさなかったのは山田方谷。
どちらが天理に適っていたのだろうか?

224 :208:2006/09/13(水) 00:15:58
河井継之助は経済的な才覚があったから、長岡藩を経済的に立て直し、最新鋭の武器を調達して、ガドリンク砲迄用意したのはすごい。
徳川への義理と無駄な戦争を防ぐ為に、長岡藩を中立の立場に置いて、会津を説得しようとしたのも理解は出来る。然し、それは加賀百万石位の大藩で可能な話であり、七万石の長岡藩では無理な話であったと思う。
結局、河井は陽明学と言うよりは、武士道的な美意識で理想を貫き、長岡の街を焼いてしまったのではなかろうか?
この辺り、河井は民を考えた訳でなく、個人的な理想に走ったから、民に恨まれた。河井の墓は何度も壊されたと聞く。その点、大塩平八郎は困窮した民衆の為に決起して、大坂の街を焼く結果にはなったけど、民は大塩を恨まなかった。
河井は武士道を歴史に刻んだと言えるかもしれないが、為政者としては失格だ。その点、幕末の処置としては方谷先生の方が正しかったと私は思う。

225 :208:2006/09/13(水) 00:29:47
因みに、司馬遼太郎は長編の『峠』と短編の『英雄児』で、河井継之助を書いている。
『峠』は河井を肯定的に見ているけど、『英雄児』は批判的に見ている。

226 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 16:18:37
>陽明学は、結果の成否をあげつらうことを好まない思想だとは思っている。

損をするか得をするかで、行動しないということか
山田方谷は自分が臆病者と評価されることになっても松山藩の民の命を重視した。
要は自分の名声を捨てて、自分は損をするが民を救ったみたいなことなのかな?

227 :208:2006/09/13(水) 19:30:06
>>226
 私は、実は、山田方谷先生の弟子、三島中洲先生が創られた
二松学舎大学の卒業生だが、方谷先生に就いては、経済的に
逼迫していた備中松山藩の改革を成功させた以外には殆ど
知らない。松山藩は地理的な条件から言っても恭順しかなかった
だろうけど、確か、老中を務めた藩主、板倉勝静は五稜郭迄行って
抗戦したはずだったと記憶している。

228 :208:2006/09/13(水) 19:42:06
 そういえば、玄洋社の頭山満は鹿児島の西郷隆盛の
家迄行って、西郷の遺族の面倒を見ていた川口雪逢から、
西郷が愛読して、書き込みを入れていた大塩中斎の
『洗心洞箚記』を借りて行ったという逸話がある。
 玄洋社の来島恒喜は大隈重信が屈辱的な不平等条約
改正案に反発して、大隈の爆殺をはかり、大隈に
片足切断の重傷を負わせた。この条約改正案は反故になり、
来島の目的は達成されたが、来島はその場で自決した。
この行動も、案外、陽明学的な影響があるのかもしれない。

229 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 21:05:48
頭山満のことは詳しく知らなかったんだけど、ググッてみたけど凄いスケールの男だね。
「西郷隆盛は死んでも、その精神は死なない」と頭山満は言っているけど、なんとも言えんね。

230 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 21:42:38
>頭山満

夢野久作の本で読むと凄いスケールというか何というか・・・

231 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 18:30:54
陽明学って結局麻原彰晃みたいなものでしょ
自分の至った真理を絶対視してその他のものを間違いとし
正すためにポアする。
どう考えても基地外の思想です

232 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 19:26:49
>>231
どちらかというと、お前がキチガイだな

233 :208:2006/09/15(金) 21:40:54
>>231
 お前の無知さ加減にはあきれるしかない。
>>232に同意。


234 :208:2006/09/15(金) 21:59:34
 因みに、>>231の言う批判は、イスラームや日蓮宗
及び日蓮系新興宗教にも同じ批判が出来るだろうが、
それをやったら、お前さん、殺されても文句言えないよ。
 マジレスしておくが、日本人は無宗教と称して、
宗教全般をカルト・オカルト扱いする人が多いが、
そういう人は真面目な信仰心を持っている人間の
心に配慮出来ない。その点、極端に言ってしまえば、
自分の宗教こそ絶対的に正しいと信じているカルト・オカルト
の信者と大差ない。
 宗教は、人間の心の支えとなる重要で繊細な問題だ。
 お前さんが批判したのは、儒学の一派の陽明学で、聖職者が
いる様な宗教ではないし、余りにアホな批判だったから、
どうでも良かったけど、他人の信仰心や思想・信条を
尊重する心は持つべきだと助言しておく。

235 :208:2006/09/15(金) 22:29:30
 私は、以前、中江藤樹の本を読んだのだが、藤樹は明確に、
「聖人は支那でなければ生まれない」と、林羅山に対する批判文書
でも、『翁問答』でも言っている。藤樹は神道的な信仰は持っていた
けれど、日本人は呉の泰伯の子孫だという盲説を信じていた。
 藤樹の論は、所謂原理主義的なものではなく、時・処・位、
即ち、時代・土地柄・身分により、道は柔軟に変化するという
認識だったと思うが、支那を崇拝するからごころを持っていた
辺りは残念でならない。
 無論、藤原惺窩や林羅山も支那崇拝者であり、儒者で支那崇拝者
でないのは、『中朝事実』を著した山鹿素行や垂加神道も起こした
山崎闇斎の学派からであると思う。吉田松陰は水戸に行って、
水戸学の影響を受け、「皇国の皇国たる所以を知らねばならない」と
感じて、日本史の勉強をしたらしい。そういえば、佐藤一斎も、
『言志四録』の中で、「自国の歴史を知らない学者が多い」と
嘆いていた記憶がある。

236 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 22:36:58
なんていうか、陽明学ってかなりデーモニッシュだね。
人間の本性がよく出る。

237 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 23:34:11
>>236
陽明学というか伝習録を好きで読んでいる者だが、そういう所が陽明学に有るのはわかる。
現世上の欲望を常に意識して、心に萌したらそれを消していくのが陽明学の工夫だと俺は思ってるから。
結局、残るのは生まれ持った、その人の性になるのかな?
無学な俺には哲学的でむずかしいなw
208さんなら、上手く回答できるかも

238 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 23:49:21
大塩平八郎も激甚で過激な人だった。
最後は大阪を火の海にしてその中に消えていった。

239 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 00:06:53
>>238
逆に山田方谷のような人が陽明学を志すと、自分の意地を捨て民衆を生かす道を選ぶ

240 :208:2006/09/16(土) 01:44:40
すみませんが、横文字が苦手なので、デーモニッシュと言う言葉の意味がよくわかりません。一応、辞書も引いたけど…。悪魔的とか、何かにとりつかれた様なとか、そんな意味で良いのかな?

241 :208:2006/09/16(土) 01:57:10
237氏の陽明学理解は、多分、そんなに間違えてはいないと思いますが。
実の所、私は『伝習録』は一通り目は通しているけれど、そんなに熟読した訳ではないのです。儒教の本なら、四書は目を通したし、それなりにきちんと読んだ。五経も読破したいけど、まだ、『礼記』を少し読んだだけです。

242 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 22:14:14
デモーニッシュ【dmonisch】独[形動]
鬼神に取りつかれたようなさま。超自然的な力が感じられるさま。悪魔的。「―で刺激的な画風」

236では無いけど、こういう意味らしい。

243 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 20:36:29
「己に克つ」 西郷隆盛

244 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 07:52:58
公務員必修にするもす

245 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 00:44:48
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20060925bk0a.htm

『近代日本の陽明学』

小島毅
出版社:講談社

浮薄な「伝統」礼賛を批判
 日本の伝統思想をふりかえれ、と熱く語る人が、そのよりどころとして、明治時代の後半に
書かれた新渡戸稲造の『武士道』をとりあげるのを見るたびに、がっかりしてしまうのである。
この本を通読したことが本当にあるのなら、武士の気風も儒学の道徳もひとまとめにする
雑駁(ざっぱく)さや、西洋人の読者を意識したキリスト教の匂(にお)いに、どうしても気づくはずなのに。

 新渡戸の言説の背景には、心情の純粋さを日本の国民性として謳(うた)いあげる、
日清・日露戦争のころの知識人の傾向がある。そうした「純粋動機主義」の称揚が、
徳川時代の陽明学から、明治の知識人による陽明学礼賛をへて、昭和のマルクス
主義者や三島由紀夫に至るまで、連綿とした系譜をなしてきた。これに対して小島毅の近著は、
中国思想研究の見識にもとづいて、動機さえ純粋であればどんな行為も許してしまう態度の
危うさを批判する。その病は、「心の問題」と口にしながら靖国神社へ参拝してしまう総理大臣にも、
及んでいるのである。(後略。評・苅部直)


246 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 01:29:45
そもそも大塩平八郎は陽明学者じゃなかったという件について

247 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 02:19:50
>>246
そうなの?
説明お願いします。

248 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 02:30:38
>>245
>動機さえ純粋であればどんな行為も許してしまう態度

司馬の小説では陽明学に対して上のような評価で書かれることが多いが
伝習録を読む限りでは陽明学はそのような学問ではないと感じる。
それに我欲を純粋さと間違える人間もいるだろうし・・・
まっ『近代日本の陽明学』という本を読んでみないことには語れないが。
245さんは読んだのでしょうか?

249 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 03:00:47
>>248
245じゃないけど、詠んだから漏れなりに一行で要約すると、

《陽明学=「正しいと思うことを実行しよう!」という精神。これ、迷惑の種。》

>>それに我欲を純粋さと間違える人間もいるだろうし・・・
むしろ、完全に我欲でなく「公憤」に基づく行動なのに(あるいは、だからこそ)、
ろくでもない結果を生み出す点で、陽明学的な精神が警戒されている。

250 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 03:34:22
どんな思想でも成功例もあれば、ろくでもない結果を生み出すことはあるだろ?
右翼思想でも左翼思想でも朱子学であろうとも、ろくでもない結果をまねいたことはある。
完璧な思想というのは人類の歴史上現れてないし。
陽明学が特別に危険な思想とは思えない。
そもそも小泉首相の靖国参拝と陽明学を結びつけるのは?なんだけど。
陽明学者が「動機さえ純粋であれば」を重視するなら、駆け引きなしに8.15に参拝するのでは?

>陽明学的な精神が警戒されている。
誰が警戒しているんでしょうか?

251 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 05:29:57
「現実を受け止める事"は自分が傷つく事ではない。元の自分に戻ること。」誰かさん

252 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 17:29:41
「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり」 高杉晋作

253 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 12:27:36
>>250
>>右翼思想でも左翼思想でも、ろくでもない結果をまねいたことはある
まさにそのとーり。
近代日本のウヨサヨを取り上げて、そこに陽明学的心性(ついでに水戸学も取り上げてる)の影響を見出してる本だね。
同時に、陽明学研究者がきまって、実践に移っちゃった奴らを「あんなの正しい陽明学じゃない!」と言い出す点も指摘されてるよ。

>>「動機さえ純粋であれば」を重視するなら、駆け引きなしに8.15に参拝するのでは?
うん。実際今年は小泉、駆け引きとか全部放り出して参拝しちゃったでしょ。

254 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 17:00:01
8.15には参拝してないし・・・
小泉首相は陽明学を学んでるなんて聞いたこともない・・

日本に生きる>>253にも陽明学的心性はあるんじゃないの?

255 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 18:06:34
>>253
>>小泉首相は陽明学を学んでるなんて聞いたこともない・・
歴史小説しかよんでない人だから、かなり単純化されたものしか読んでないよね。
とはいえ、実際に小泉首相の読書経験を調べ上げられれば、そこに陽明学的心性を見出すのは簡単な気がする。

>>日本に生きる>>253にも陽明学的心性はあるんじゃないの?
うーん、どっちかっつーと、国学系。

256 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 23:23:04
>>255
>うーん、どっちかっつーと、国学系。
国学というと思想的には陽明学に近いだろw
ところで貴方は首相の靖国参拝には反対してそうだけど、その理由は?
あと一つ、貴方は陽明学をどう思うのか?




257 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 23:37:36
「人を信ずることは、もちろん、 遥かに人を疑うことに勝っている」 吉田松陰

258 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 01:11:02
>>国学というと思想的には陽明学に近いだろw
確かにまあ、死んだ陽明学者はきらいじゃないよ。
自己啓発本のネタに成り果てた現代日本の陽明学理解は嫌いだけど。

>>ところで貴方は首相の靖国参拝には反対してそうだけど、その理由は?
冗談めいた本心を言えば、靖国神社が、からごころに満ちているから。

>>あと一つ、貴方は陽明学をどう思うのか?
佐藤一斎じゃないけど、朱子学を経験しないで陽明学を持ち上げてる奴は、信用できないなぁ、ぐらいかな。

259 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 03:38:28
>死んだ陽明学者はきらいじゃないよ
こういう言い方は酷いと思うぞ
生きてる陽明学者が悪い者みたいじゃないか

260 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 03:53:20
>>258
>冗談めいた本心を言えば、靖国神社が、からごころに満ちているから。

死んだ人たちがいるんだから、そういう言い方はよせよ
靖国に反対ということには文句ないが、からごころって何よ?
靖国神社そのものじゃなく中には実際に生きていた人たちが眠っているんだから
からごころなどと言うのはオカシイだろ
貴方の親が入っている墓の寺社が、からごころに満ちているとか言われたらどう思う?

261 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 07:13:55
>>生きてる陽明学者が悪い者みたいじゃないか
今の日本に陽明学者なんているかなぁ? 
儒学者と呼べるだけの素養と、知行合一を、並立させている人間が現代日本にいるのかねぇ?
前者だけの、陽明学研究者には、尊敬できる人もいるね。
逆の、知がないのに知行合一をやろうとする奴は、最悪。

>>靖国神社そのものじゃなく中には実際に生きていた人たちが眠っているんだからからごころなどと言うのはオカシイだろ
からごころ、ってどういう意味かわかってる? 宣長の使った概念としては、かなり有名なんだけど。
どこから説明すればいいのかわからないから、ちょっと確認。 

262 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 16:28:07
国学者折口信夫が死の直前たどりついていたのも
傍系継承の重要さでした。

折口信夫が亡くなる1週間ほど前の1953年秋、箱根山荘での下記のような
鬼気迫る場面が、同居の弟子岡野弘彦氏によって記録されています。

-----------------------------------------------------------
◇岡野弘彦『折口信夫の晩年』中公文庫から抜粋(カッコ内は引用者注)
-----------------------------------------------------------
(折口先生は)夜が更けるにつれて、一時間おきくらいに、幻覚が襲ってく
る。夜中に、伊馬(春部)さんと私を枕もとに呼んで、

「今やっと万葉集と皇統譜の問題がとけた。よく聞いていてほしい」といわ
れる。(中略)伊馬さんも私も、一語も聞きのがすまいと息をつめるように
しているけれど、たちまち先生の頭の中を、霧のように錯乱の状態が去来す
るらしい。

「系図の角々(かどかど)、三角形の角々をよく考えてみればよいのだ」と
繰り返されるのがわかるだけで、あと、心をふるいおこして憑かれたように
言いつがれることばは、何としても意味のとれないものであった。

系図の三角形の角々、というのは、一つの皇統が、他の系統に移ったり、横
に何代か継がれていた皇位が、縦に継承せられたりするときの、変りめのと
ころをさしていられるのにちがいない。

この問題はかなり早くから先生の心にかかっていたとみえて、亡くなられて
のち手帳などを整理していると、自身で作られた古びた皇室系図が幾つも出
てきた。(中略)

http://nagane.kimono.gr.jp/hideki/mess/nippon/68_title.html


263 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 17:18:44
>>儒学者と呼べるだけの素養と、知行合一を、並立させている人間が現代日本にいるのかねぇ?
>>前者だけの、陽明学研究者には、尊敬できる人もいるね。
>>逆の、知がないのに知行合一をやろうとする奴は、最悪。
貴方は陽明学の知行合一説を勘違いしています。
陽明学については解説書の類か教科書からしか学んでないのでは?

>>からごころ、ってどういう意味かわかってる? 
日本固有文化に固執せず他国の文化を積極的に吸収しながらも、その軽薄さを反省しない態度?
正直、よくわからん。

264 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 21:26:32
>>貴方は陽明学の知行合一説を勘違いしています。
そうかもしれない。でも、どういう意味で勘違いかな? 
こないだの主張を言い換えると、
・儒教的な知のあり方を、科挙も無い現代社会で実現する事は、理解が深い人でもムリだろう
・朱子学の内面化を果たせるだけの漢学学習を積んでもいないのに、
 自分の内面を信じ込めてしまう奴らはおめでたいなぁ  ってぐらい。

>>日本固有文化に固執せず他国の文化を積極的に吸収しながらも、その軽薄さを反省しない態度?
からごころ=漢意。
単に中国的発想・漢学的思考という意味には留まらず、 素直じゃなくて理屈っぽく虚飾に満ちており、
昔からあるわけじゃなくて、ムリに外から導入された不自然な発想、というニュアンスがある。

あの神社は、西洋的な近代的軍隊を立ち上げるときに作られた、しかも水戸学流の英霊観念なんかも取り込んじゃった、中国的要素・西洋的要素をともに含んだ、作られた新しい神社であり、
それまでの日本の民俗信仰とも、宣長や篤胤の魂についての考え方とも矛盾する。
ましてや、儒教的先祖祭祀や、仏教の供養の発想とも、異なっていることはいうまでもない。
そんな、日本古来の信仰とは程遠く、ある目的のために様々な発想が流れ込んで出来上がった神社である点で、どうしても好きになれない。

265 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:40:23
>>264
>儒教的な知のあり方を、科挙も無い現代社会で実現する事は、理解が深い人でもムリだろう
>朱子学の内面化を果たせるだけの漢学学習を積んでもいないのに、
>自分の内面を信じ込めてしまう奴らはおめでたいなぁ  ってぐらい。

私の力量では、「貴方は陽明学の知行合一説を勘違いしています。」
と返すしかありません。
王陽明の言いたいのは、科挙に受かるための学問であるとか漢字学習などの知識ではなく
心のあり方を言いたいんだと思う。

>朱子学の内面化を果たせるだけの漢学学習を積んでもいないのに
科挙のための勉学や漢字学習しても、そこに志がなければ、ただの出世のための手段と化す
これこそ朱子学の誤りであって、王陽明が正そうとした所ではないでしょうか?

靖国問題は複雑だから、ここで話すのはよそう。
ただ同じ日本人の先祖として敬う気持ちは皆同じだと思います。

266 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:43:43
そうかよ、バーカ  能無し野郎め

267 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:52:42
>>266
哀れな奴w

268 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:55:48
>>266
そんなこと、やってるから評判が下がるんだよ
自分で自分の首を絞めてることに気づけよ

269 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 00:38:20
>王陽明の言いたいのは、科挙に受かるための学問であるとか漢字学習などの知識ではなく
心のあり方を言いたいんだと思う。
>科挙のための勉学や漢字学習しても、そこに志がなければ、ただの出世のための手段と化す
これこそ朱子学の誤りであって、王陽明が正そうとした所ではないでしょうか?

それはわかる。でも、出世のための勉強の批判が、科挙官僚の中でもトップエリートだった連中から生れてきたところが重要。
今の普通の日本人が陽明学の本を読んだところで、卑俗な自己啓発本にしかならないと思うんだ。
朱子学の体系がまさに世界の真理だと思われていた時代に、それを乗り越える発想を内在的に導き出していったことの意味は重い。
でも、そんな知的修練を積んでない現代日本人が、いきなり「重要なのは心の主体性で、勉強なんてどーでもいい」という部分だけ受け入れて、
「あ、自分の気持ちがよければそれでいいんだ!」とか、何か悟ってしまった気分になってしまうとしたら、くだらないよね。

270 :269:2006/10/07(土) 01:25:19
とはいえ、儒教思想の今日的限界を感じながらも、
真摯に過去の蓄積に臨まんとする思索者は、尊敬します。



271 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 19:54:05
>>269
韓国、朝鮮は儒教にがんじがらめだからな
それにくらべれば日本人は冷静だよ

272 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 01:21:11
「私心さえ除き去るならば、進むもよし退くもよし、出るもよし出ざるもよし」 

「私心がまだ除き去られないと、その進退出処、みな私心に、拘われて道に反することとなる」 吉田松陰

273 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 23:03:52
陽明学が普及した日本
朱子学が普及した半島

両国の個性の違いは、こんなとこにも有るのかも

274 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 12:39:43
司馬遼太郎の「明治という国家」よんでると
朱子学と科挙の組み合わせは、外国を軽視し
社会の人材が官僚化し極端に国際環境の変化に
弱いシステムにする儒教国家をつくるみたいな
書き方になってました。
特に李氏朝鮮はひどかったとか。

しかし、Wiki+α 程度の知識ですが、朱子学の基本原理
は陽明学とかわりないようです。
社会に適用すれば、両者は正反対の結果を生む印象を
うけます。

朱子学が指導者層による社会の安定統治を目的として
体系化されたようですが、世界的にはこれは至って
自然な展開のように思います。

しかし、陽明学はまともに適用すると革命理論の
基本原理にもなりかねず、為政者には非常に面倒な
学問のような気がするのですが、いったいなぜ日本で
盛んになったのでしょうか。


275 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 23:40:42
司馬が称揚する近代国家には画一化と官僚化が必須なんだけどね。
第一、明治日本ってのはガチガチの官僚国家だぜ?

276 :269:2006/10/21(土) 00:44:19
>>274
・幕藩制国家は、武士を支配身分とするものであり、儒教=科挙に基づく、知識人による統治を行うような国ではなかった。
 せいぜい、儒者がブレーンとして登用されたり、武士が学んで格好をつけるだけのこと。
 実際の儒教的な政治なんて、よくて新井白石、悪くて綱吉。その程度。 
 近代的な政治思想の文脈で語られる荻生徂徠の弟子だって、政治関与がムリなので詩人になってしまった。
・結局のところ日本の儒教は、学問としてはかなり広がったけれども、社会制度の面までは浸透しなかった。
 科挙に基づく政治体制と結びついた朱子学は、確かに日本においても大きな影響を及ぼしてはいる。
 朱子学は羅山以来の林家の家学であり、幕府の学問所では「正学」になった。
 朱子学者が登用される例も近世後期には増えた。幕末には朱子学の学習が大衆化していく。
 だけど、科挙という基盤が無いし、重視すべき礼が日本の生活に合わないため、
 朱子学はやはり本国より受け入れられづらく、ゆがんでいく部分もあった。
・それに対し、心が良ければそれでよいとする陽明学は、中国文化から程遠い日本人にも、受け入れ易かった。
 近代になって、中華文明の象徴ともいうべき朱子学が、中国の弱体化で軽視され、西洋化の中でその基盤を失っていく中でも、 
 個人の主体性、内面の道徳性を重視する陽明学は、西洋近代思想に通じる部分があると考えられ、評価され続けることになる。

277 :269:2006/10/21(土) 00:48:25
>>陽明学はまともに適用すると革命理論の
基本原理にもなりかねず、為政者には非常に面倒な
学問のような気がするのですが、いったいなぜ日本で
盛んになったのでしょうか。

だから実際、為政者レベルで陽明学が推奨された事はあまりない。

戦前は、明治維新の原動力だ!と評価する論者がいる反面、
革命思想として、警戒もされている。

278 :274:2006/10/23(月) 13:01:40
>>276-277
どうもありがとうございました。
為政者(幕府)では、朱子学は推進されたが、
あまりうまくいかなかったということですね。

為政者も含め陽明学が流行った国を、ちょっと
調べてみるとみな外様ですね。

陽明学が、武士道の精神に近く思想として個に心地
よく響くというのは当然ですが、
苦しい領国運営の改革の必要があるとき、それを
可能にする人材を得ようとすると、結果的に陽明学を
修めた人材が多かったという実際的な理由が大きかったの
かもしれません。陽明学を修めるものたちが実績を上げる
と、外様の幹部たちはその利点の方をより大きくみたの
でしょうか。まさか、自分たちが下ろされるとは、
廃藩置県のその日までおもってもみなかったと思いますが。


279 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 23:59:05
四海困窮せば、天禄永絶えん、小人に国家を治しめば、災害並到ると、
昔の聖人深く天下後世の、人の君、人の臣たる者を誠め被置候故、
東照神君も、鰥寡孤独におゐて尤憐を加へ候は 仁政の基と被仰候し、
然る処、此二百四五十年、大平の間に追々上たる人、驕奢を公に授受して、
贈貰ひ致し、奥向女中の因縁を以て、道徳仁義もなき拙き自分として、
立身重役に歴上り、一人一家を肥し候工夫のみに心運し、其領分知行の民
百姓共に、過分の入用金申附、是迄年貢諸役に甚敷苦む上、右の通無体の
儀申渡、追々入用かさみ候故、四海困窮に相成侯に付、人々上を怨ざる若
無き様に成行候得共、江戸表より諸国一同右之風儀に落入、天子は足利家
以来、別て御隠居御同様、賞罰の柄を御失ひに付、平民の怨み何方へ告訴
とて、告訴る方なき様乱れ候に付、人々の怨気天に通じ、年々地震火災、
山も崩れ水も溢れしより外、種々様々、天災流行、遂に五穀飢僅に相成、
是皆天より深く御誡の難有御告に候得共、一向上たる人心も得す、猶小人
奸那の輩、大切の政事を執行ひ、天下を悩め、金米を取立候手段計に相懸り、
実に以小前百姓の難儀を、我等如き草の陰より察し悲み候得共、
湯王武王の勢位もなく孔子孟子の道徳も無ければ、徒に塾居致し候処、
此節は米価愈高直に相成、大坂之奉行、并諸役人共万物一体の仁を忘れ、
得手勝手の政道を致し、江戸へは廻来之世話致し、天子御在所の京都へは、
処米の世話いたさゞる而已ならず、五升壹升[ママ]位の米を買下候者共を
召補抔致し、実に昔葛伯と云大名、其農人弁当を持参る小児を殺し候も同様、
言語同断、何れの土地にても、人民は徳川家御支配の者に無相違処、
如此隔を附候者、全く泰行等の不仁にして、其上勝手我侭の触書等を度々
差出、大坂市中遊民計を大切に心得候は前にも申通、道徳仁義も不存拙き
身故にて、甚以厚か間敷不届の到り、且三都の内、大坂の金持共、年来諸
大名へ貸附け候利足金銀并扶持米等莫大に掠取、未曾有之有福に募り、
町人の身を以、大名の家老用人之格に被取用、又自己の田畑新等を夥敷所持、
何等之無不足暮し、此節の天災天罰を見ながら、畏もいたさず、
餓死貧人乞食共、敢て不救共、身は膏梁の味とて、結構の物を食ひ、

280 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 00:00:35
妾宅等へ入込、或は揚屋茶屋へ大名家来を誘引参り、高価の酒を湯水を飲
も同様に致し、此難渋の時節に絹服を纏ひ、河原者と妓女共に迎ひ、平常
同様の遊楽に耽り候者、何等の事に候哉、紂王長夜の酒盛も同事、其所の
奉行諸役人、手に握り候政を以、右之者共を取扱、下民を救ひ候儀も難出
来、日々堂島の米相場計を致し候事、実に禄盗人にて、決て天道聖人之御
心に難叶御扱ひ無き事に候、於是塾居の我等、最早堪忍難成、湯の勢ひ、
孔孟の徳はなけれども、無拠天下の為と存じ、血族の禍ひを侵し、此度有
志の者と申合、下民を悩し苦しめ候、諸役人共を誅戮致し、引続き奢に長
じ居候、大坂市中金持の町人共を誅戮可致候間、右之者共、穴蔵に貯置候、
金銀銭並諸蔵屋敷内へ隠置候俵米、夫々分散配当致し遣し候間、摂河泉播
之内、田畑所持不致者、縦令所持致候共、父母妻子家内の養方難出来候程
の難渋者へは、右金米為取遣候間、何日にても、大坂市中に騒動起り候と
聞得候はゞ、里数を厭ず、一刻も早く、大坂へ向け馳参り候面々へ、右米
金遺可申候、鉅橋鹿台の粟財を、下民へ被興候御遺意にて、当時の饑饉難
儀を相救遣し、若又其内器量才力等有之者には、其々取立不道の者共を、
征伐致す軍役に使ひ可申候、必一攘峰起の企とは違ひ、追々年貢諸役に到
迄軽致し、都て中興神武帝御政道の通り、寛仁大度の取扱ひ致し、年来蹣
奢淫逸の風俗も、一洗に相改め、質素に立戻り四海天思を難有存じ候て、
父母妻子を取養ひ、生前の地獄を救ひ、死後の極楽成仏を、眼前に為見遣し、
堯舜天照皇太神の時代には復し難けれ共、中興の気象に恢復とて、立戻可
申候、此書付、一々村々へ為知度候得共、夥敷事に付、最寄人家多き大村
の神殷等へ張置候間、大坂より廻し有之番人共へ、不為知様心掛早々村々
へ相触可申候、万一番人共見附、四ヶ所の奸人共へ、注進いたし候様子に
候はゞ、無遠慮面々申合せ、番人を不残打殺し可申候、若又大騒動起り候
と承りながら、疑惑致し馳参り不申、又は遅参に及候得者、皆金持之米金
火中の灰と相成、天下の宝を取失ひ可申候間、跡にて必我等を恨み、宝を
捨て候不道若と、

281 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 00:02:08
陰言不致様、為其一同へ触為知候、尤是迄地頭村方にある、年貢等に拘り
候諸記録帳面類は、都て引破り、焼捨可申候、是往々深慮り有事にて、
人民を困窮為致不申積に候、乍去此度の一挙、当朝平将門、明智光秀、
漢土劉裕、朱全忠の謀反に類し候と申ものも、是非有之道理に有之候得共、
天下国家を纂盗致し候欲念より、おこり候ことには、更に無之候、日月星辰、
神鑑有之事にて、詰る処は、湯武、漢高祖、明大祖、民を弔し、天罰を取
行ひ候誠心而己にて、若疑敷相覚候得者、我等所業、終る所を爾等篤と限
を開きて見よ、
  尚々、此書付小前之者へは、道場坊主或は医者等より、篤と読為聞可
中候、若庄屋年寄眼前之禍を畏れ、一己に隠し候はゞ、追て急度其罪を
可行候、


  奉天命致天罰候摂河泉播村々

 庄屋年寄小前百姓共え

以上、大塩平八郎の檄文でした。

282 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 13:05:18
>>234
>イスラームや日蓮宗及び日蓮系新興宗教

他の宗教には>>231の言う批判は当てはまらないとでも?
貴方はイスラーム・日蓮宗・日蓮系新興宗教に偏見持っているのでは?

283 :208:2006/11/05(日) 12:57:40
>>282
そういう揚げ足取り的な批判をしないで欲しい。
少し、頭を働かせれば分かる話でしょ。
イスラームも日蓮系宗教も、共に直接行動に出る傾向があるから
特に例として挙げただけ。行動的という意味では陽明学と共通している。
また、その信仰は熱心な人達が多いから、下手な中傷するのはよくない
とたしなめただけです。他意はありません。
勿論、他の宗教だって、不当に誹謗中傷されれば怒るでしょう。
ただ、私が言いたかった事の主旨は、どこかの馬鹿が
「陽明学は、オウム真理教と同じ、独善的なポアの思想」とか言った
から、「ろくな知識もない癖に、陽明学をオウムなんかと一緒にするな」
と言いたかっただけです。怒りより呆れを感じていたのが実情ではある
けれど…。オウムはどんな高等な理論があったか知らないが、無辜の民を
殺傷した。それに対して、大塩平八郎は飢饉で苦しむ民を救う為に決起
した。幕末の志士だって、外国の脅威を感じたから、国を守る為に維新を
目指して行動した。それを同じ次元で論じられたら、やや大袈裟に言えば、
陽明学に対する冒涜とも取れる。


284 :282:2006/11/05(日) 15:02:27
>>283
>そういう揚げ足取り的な批判をしないで欲しい。
少し、頭を働かせれば分かる話でしょ。

そうですね。失礼しました。御説明ありがとうございました

285 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 15:30:57
自分も208さんに同意です。
282さんは、どんな宗教や思想でも過激な方向へ走ってしまう危険性が有ると言うことを言いたいのでしょうか?
たしかに河井継之助のように民に恨みを買った人物もいます。
しかし陽明学だけがそうだと言うのなら、ハッキリ言って理解しかねます。
自分は王陽明の言葉を見るに「独善的なポアの思想」を持つ人物には全く見えないです。

イスラームで例えるといろんな考えはありますがアルカイダのように無差別テロを仕掛けた組織は多いに批判を受けるのはわかります。
だからと言って、イスラムの思想=悪というのは暴論だと思います。
純粋に戒律を守り静かに暮らしているイスラム教徒も存在しているわけですから。

286 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 04:44:09
アルカイダの敵はアメリカでありアメリカの協力者だろう。
たとえ民間人を巻き込んでも「誤射」で済む。
アメリカも同じ事言ってるしやってるでしょ?

287 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 20:09:17
例えとして捉えてほしい

288 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 17:11:27
王陽明は男の中の男!
本当、カッコイイっす。
天才だし。

289 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 19:48:39
13章の前半が訳せないのですが、良い良いやり方ありませんか?

290 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 20:46:04
「友というものは、欠点を指摘したりするよりは、むしろ助けたり励ましたりすることに重点を置くべきだ。」 王陽明

291 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 21:46:55
友に諌めを入れるのは良くないということだろうか

292 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 21:53:13
>>291
自分で考える力もないのか?
お前はハッキリいって頭が悪い。

293 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 19:47:36
諌めるってのは、諌める相手の欠点を指摘して直せと言うもんだろ。
違う?

294 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 23:32:11

ここは陽明学板。
学問を語る前に、言葉遣いにも配慮頂きたいのですが。

「友というものは、欠点を指摘したりするよりは、むしろ助けたり励ましたりすることに重点を置くべきだ。」 王陽明


295 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 23:42:41
>>294
>ここは陽明学板。

ここは日本史板だよ?

296 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 05:38:43
>>294
間違いは誰にでもあるよ、がんばれ!!

「友というものは、欠点を指摘したりするよりは、むしろ助けたり励ましたりすることに重点を置くべきだ。」 王陽明

297 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 01:23:45
初めまして。
縁あって、佐藤一斎先生の言志四録を学び始めた者ですが、
言志四録はスレ違いですか?

298 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 05:12:30
>>297
佐藤門下の二傑と呼ばれた佐久間象山、山田方谷を輩出したりと陽明学と縁の深い人ですね。

299 :297:2006/11/21(火) 09:16:22
今、言志後録を一条ずつ自分なりに考えて理解しようとしているのですが、分からないことが多々出てくるのです。
もしスレ違いでなければ、先輩諸兄の皆様のお知恵をお借りして、理解の手がかりがいただければと思っているのですが、よろしいですか?

一つ例を挙げますと、言志後録125条で、
「感(かん)を寂(せき)に収(おさ)むるは、是(こ)れ性(せい)の情(じょう)なり。
寂(せき)を感(かん)に存(そん)するは、是(こ)れ情(じょう)の性(せい)なり。」
とあります。
講談社学術文庫の本に訳文などが載っているのですが、その意味するところを得心の得られるように理解することができないでいます。
特に、感、寂、性、情について理解できていないことがその要因だと思われるのですが、理解を進めるためには、どんなことをしたらよいでしょうか?

ご迷惑でなければ、ご教授のほどお願いいたします。

300 :297:2006/11/25(土) 20:03:12
ご迷惑だったようですね。
お邪魔してどうもすみませんでした。

301 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 20:08:04
♪行かないで〜王陽明サンバ〜

302 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 22:02:43
>>300
せめて一週間くらい待ってみては
短気者だな

303 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 19:27:41
安岡正篤のことを知りたければとりあえず、年譜があるからそれを眺めるだけでも
どういうことをした人なのか分かるよ。

あと君たちは知ろうとしてるけれど病気にかかって痴呆になっているような気が
するけど、、、

あと、選書はむずかしいから周りの徳の篤い人の手引きを得て
自分を大きくしてくれる人を早くみつけて恩を感じれるようになりなさい。

あと、書店に行って背表紙から良さそうなのをかたっぱしから手に取り
その場で立ち読みして通読して内容が分かりその本にどんなことが書いてあるか
自分の中の索引ができたら買いなさい。勢いで買ってもあとから読まない本がでてきますよ。

304 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 00:26:59
「日ごろの工夫にあって、心が乱れて落ち着かぬ時には静座をし、本を読む気にもなれないという時にはまず本を開いてみることだ。
これも病に応じて投薬する類である。」 王陽明

305 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 05:20:07
心だけは時代が変わろうが技術が進歩しようが変わらないってのは本当だろうか?

306 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 23:43:50
「人がものを言う時、言葉に順序なく、すじが立っていないことで、その人の心がよく保持されていないことがわかる。」 王陽明

307 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 23:47:18
「私に千糸の髪がある 墨よりも黒い
私に一片の心がある 雪よりも白い
髪は断ち切ることができても 心は断ち切れまい」 西郷隆盛

308 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 22:20:08
>>299
う〜ん
難しいですねw現代の日本人は感覚的に儒教用語ってのが理解出来ないですからねぇ・・・
要は動の局面でも静の局面でも心が動揺しないことが大切ということですかね?

309 :日本@名無史さん :2006/12/31(日) 00:05:06
一日一言

310 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 05:05:24
陽明学についてのオススメの本を教えて下さい。
陽明学に関して無知なので、なるべく、入り易いのでお願いします。

311 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 08:52:52
>>310
解説書や入門書が読みたいのであれば、岡田武彦や吉田公平、林田明大などを読んでみては?
林田明大氏の陽明学についての本は、普段は本を読まないような人にも読みやすかったですね。
本格的に学びたいのなら「伝習録」(中央公論新社)は必読の書だと思います。

312 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 05:20:55
「人間が生まれつき持っている心の声、
道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである」 吉田松陰

313 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 07:14:27
中江藤樹の思想「五事を正す」

「貌」 柔らかで和やかな顔つき
「言」 温かく思いやりのあることば
「視」 澄んだ優しい眼ざし
「聴」 心の声 真実をきく
「思」 慈しみ思いやる心

314 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 11:49:15
藤樹書院でリーフレットをもらいました。
近江聖人といわれるだけあって、孔子そのひとはかくあったのではと思わせる風格があります。
ここは陽明学を論じる場ですが、以前どなたかがおっしゃったように現代人が朱子学と陽明学の論争に巻き込まれても無意味なことと思います。
浩然の気を養い修己治人に通じる目的は同じことなので、私は今読んでいる箚記も太虚説は理解しないまま流しています。

315 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 03:41:26
>>314
藤樹書院かぁ
滋賀県高島市には自分もいったことがあるけど良いとこだったよ。
近くには陽明園と藤樹神社もあるね

316 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 17:20:48
全日本プロレスっていつ潰れるの?

317 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 00:57:45
>>316
金がまわらなくなったらそりゃ潰れるんじゃないか?
しかし凄い誤爆だ

318 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 13:32:44
「天下に狂気を病む人があるかぎり、どうして私一人がそれを免れることができましょう。
天下に心神を喪失する人があるかぎり、どうして私一人がそれを免れることができましょう。」 王陽明

319 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 13:25:35
「世の中には生きながら心の死んでいる者がいる。
その身は滅んでも魂の存する者もいる。
生死を度外視して、なすべきをなす心構えが大切だ。」 吉田松陰

320 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 13:30:48
「命もいらず、名誉もいらず、出世も金もいらないという人は始末に困るものだ。しかしこの困った人でないと困難を極める国家の大業は成功しないだろう。」 西郷隆盛

321 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:44:37
吉田松陰の著書を読んでみようと思うのですが、何から入るのがいいでしょうか?

322 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 10:48:02
「心に納得のゆかぬことを、気力で押し通そうとしてはならない。」 孟子

323 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 11:42:09
「孔子は知らないのにそれをするということがなく、
顔回は自己に不善があればそれを知らぬことがなかった。」 王陽明

324 :日本@名無史さん:2007/03/01(木) 18:04:08
「聖賢が人に教えるのは医者が病気の種類に応じて薬を処方し匙を加減するのと同じである。
その目的は患者の病を取り除くことであり、あらかじめ定まった療法をもって患者に臨むわけではない。
なぜなら、一つの療法だけに固執していては、結局は患者を殺してしまうことになるからだ。
今、私が諸君と話し合うのは、それぞれの不十分なところを診断して療法を教えようというだけのことであり、
もしその人が改まってしまえば、私の言葉などもはや無用の長物でしかない。
それをもし永久不変の教訓として墨守してしまうと、いつかは必ず己を、そして人を誤らすことになり、
私の罪過はとても償いきれないものになる。」 王陽明

325 :日本@名無史さん:2007/03/03(土) 11:27:05
「人心は悪に陥る危険性をはらみ、道心は微妙で確定しにくい。
だから心を純情に一すじにして、中正の道をとるように。」 書経

326 :日本@名無史さん:2007/03/04(日) 19:36:03
関係するぽいどの板で検索しても
「道徳」とか「モラル」のスレッドてないんだな。

難しいことはいいから
日本的な儒教道徳を教える分野が
必要ではないかな

327 :日本@名無史さん:2007/03/04(日) 22:16:28
>>326
今の日本て「道徳」とか「モラル」って誰も教育してないもん。
学校の道徳の授業も思い出してみても何もたいしたこと教えてないのが現実でしょ?
自分が生活する上で本当に役に立つものが本来の道徳なんだし。
今の学校の道徳は、ただ闇雲に皆仲良くしようとかそんなのばっか。
なぜ仲良くするのか?まで行かないんだよね。

328 :日本@名無史さん:2007/03/04(日) 22:21:21
陽明学は中国や朝鮮では異端とされ、朱子学を重んじた江戸幕府も疎んじた。


329 :日本@名無史さん:2007/03/05(月) 14:23:53
>>328
藤原惺窩は陽明学を評価していて、朱・陸の異を立てることを戒めた。

330 :日本@名無史さん:2007/03/05(月) 17:15:24
>>327
仲良くしましょうてのと
日本儒教の仁義忠孝礼は
少し違ういますよね。
ただ仲良くしましょうでは
ただの馴れ合いだし、気にいらないやつと仲良くする必要性もないしね。

俺は今の日本には必要だと思います。仁義や忠孝てのは

331 :日本@名無史さん:2007/03/05(月) 17:22:38
仁義ある生徒がいれば
いじめを見て見ぬふりを
する生徒は減ると思うし、
あまり弱いものをいじめようなんて思わないんじゃないかな。

それは社会にしても同じで
下請を不当にいじめる大企業とか
仁義のかけらもないよね。

332 :日本@名無史さん:2007/03/05(月) 17:52:05
たとえば日本開闢以来の王家である
皇室を擁護する書き込みは忠だよな。
もちろん皇室に悪いところがあればそれをあえて指摘するのも忠だ。
そしてその時は二千年なわたり国の統治に貢献されてきた
王家に対する礼を忘れてはならない。

しかるに昨今の礼を欠いた皇室批判の書き込みは
なんだ?!。

333 :日本@名無史さん:2007/03/05(月) 18:10:27
>>332
>>332
結構な数の人が観念的に天皇なり左翼を批判するんだよ。
右派にも左派にもそれなりの歴史的意義はあったのにイメージだけで今は左派が悪いという風潮。
右派に非があるなら右派を批判すればいいし、左派に非があるなら左派を批判すればいい。
ただしイメージだけで勉強もせずに皆が批判するから批判するというのはイジメ以外の何物でもない。

334 :日本@名無史さん:2007/03/06(火) 11:17:55
「志を維持することは、心に痛苦がある時のようなもので、
心がその痛苦にしめられている限り、無駄話したり無駄な事にかかわりあう余裕などありはしまい」 王陽明

335 :日本@名無史さん:2007/03/06(火) 22:11:54
二千年来の恩を忘れ皇室に対する誹謗中傷。
弱いものを集団でいじめ。
仁義や忠孝礼のある人のすることではないな。

336 :日本@名無史さん:2007/03/12(月) 17:58:37
「反省は病を治す薬だが、大事なのは過ちを改めるということだ。
もし悔いにとらわれているだけなら、その薬が元で別の病がおこる。」 王陽明

337 :日本@名無史さん:2007/03/13(火) 19:14:01
「定なるものが心の本体であり、つまり天理である。
動や静は、定なるものが時々に応じてあらわす変化の局面である。」王陽明

338 :日本@名無史さん:2007/03/15(木) 02:47:13
「世上の毀誉、軽きこと塵に似たり」 西郷隆盛

339 :日本@名無史さん:2007/03/21(水) 01:23:08
損得と見栄を取り除いた心が優しさであり義なのだろう。

340 :日本@名無史さん:2007/03/27(火) 00:30:30
王陽明「喋れない人が苦い瓜を食べても、君にそれを説明することは出来ない。
君がその苦さを知りたかったら、やはり自分で食べてみることだ。」

徐愛「そうしてこそ、真に知るということ、
そしてそのままそれは行うということですね。」

341 :日本@名無史さん:2007/04/03(火) 02:25:52
黄勉叔「心に悪念がない時には心は晴れわたっていますが、
こういう時にも善念を保持しなければならないのでしょうか?」

王陽明「悪念を去った状態が善念であり、それが心の本体に復したということだ。
それは雲に覆われた太陽の光が、雲が去った後に再び四方にふりそそぐようなものだ。
悪念が去った後に、さらに善念を保持しようとすることは、
太陽の光に、もう一つの太陽の光を付け加えようとするにひとしい。」

342 :日本@名無史さん:2007/04/09(月) 00:39:29
心に邪念と引け目がないならば胸を張って生きれる。
今のところは、こんな感じで陽明学を理解しています。

343 :日本@名無史さん:2007/04/15(日) 17:43:02
「友人になりたいと思った相手に対し、邪心を抱いているのなら、親しくするべきではない。」 大塩平八郎

344 :269:2007/04/22(日) 02:12:06
『近代日本の陽明学』を書いた小島氏が姉妹編とも言うべき『靖国史観』を出したね。

靖国神社のことは、国内の問題だ、という点、
かの神社がからごころに満ちていることをちゃんと指摘している点、
このあたりはまあ、評価できる。

でも、読みやすいのはいいんだけど、ちょっとこれ、軽薄すぎやしないかしら。

345 :日本@名無史さん:2007/04/25(水) 21:53:24
靖国神社は、もはや政治的なものとしか捉えられていない気がする。

346 :日本@名無史さん :2007/04/25(水) 22:44:24
お尋ねしたいのだけど伝習録
誰のがオススメ?
書店で溝口なんたらのみかけて買おうか悩んだけど
岩波のも気になってます。


347 :日本@名無史さん:2007/04/30(月) 04:01:46
>>346
2冊を図書館で見くらべて気に入ったのを勝ってじっくり読むべし

348 :日本@名無史さん :2007/05/01(火) 02:13:00
書店でパラ読みした限りだと
溝口の方が読みやすいかなと感じた。
税金払ってることだし図書館行って来るか…

349 :日本@名無史さん:2007/05/03(木) 19:41:21
「至誠にして動かざるものは未だこれ有らざるなり」 吉田松陰

350 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 20:52:32
今日本陽明学学派て存続しているのか?
天朝を敬い悪を懲らす
これぞ日本陽明学学派だと思うのだが

351 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 20:58:18
>>333
左翼は長いこときわめて観念的に天皇を批判してきましたね。
しかも、その観念的な悪の専制皇帝的な天皇のイメージを意図的に庶民に広めるという悪行を繰替えしてきました。

このことは日本の国土と歴史と先人達に対する
大変な冒涜で義に背く行いです。

352 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 21:31:42
626 :世界@名無史さん :2007/05/03(木) 19:09:47 0
なにがなんでも行動するのではなく、
行動する必要があると良知で判断した場合には行動するのが陽明学。
正しい行いだと自分でも理解しているのに、欲やら保身やらで行動しないのを陽明学は戒めている。
例えるならイジメラレッコが自分がいじめられるのは不当だと知りながら、
イジメをする側の怖さに怯えなにも出来ないというのでは駄目ということ。
よってその上下関係が必要ない害悪と感じたなら、その上下関係には従わないとする。

353 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 21:34:56
>>352
「よって」以降の文章とそれ以前の文章が
つながってませんよ。
「よって」になっていません。

354 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 21:37:45
それなりに正しい日本語の文章すら書けない時代になってきている。

正しい精神が廃れてきたことと無関係ではあるまい。

355 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 21:44:12
なにがなんでも行動するのではなく、
行動する必要があると良知で判断した場合には行動するのが陽明学。
正しい行いだと自分でも理解しているのに、欲やら保身やらで行動しないのを陽明学は戒めている。
例えるならイジメラレッコが自分がいじめられるのは不当だと知りながら、
イジメをする側の怖さに怯えなにも出来ないというのでは駄目ということ。

これならいいですか?
訂正ありがとう
自分の中に正しい精神を少しでも回復したいものです。

356 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 22:02:23
>>355
そうですね。この文章ならおかしなところはないと思われます。

ところでイジメに対する問題ですが
この間ちょうどヤクザにからまれた私としては
なんとかしなければと思いながらも実際には当事者だけでは解決は非常に難しい面があると思います。

このような場合に本当に行動が必要なのは
周りにいる第三者の立場の人達であり、
このようなケースに今の日本人が傍観を決めるのは
ひとえに間違った個人主義の結果であると思います。

357 :日本@名無史さん:2007/05/04(金) 22:08:48
もしも当事者間だけで解決が難しい困難にあっている
人をみかけたなら、これを助けようとするのが義侠の心でしょう。

最近の日本には絶えてこのような行動をする人を
見ないような気がしてなりません。

むしろ、先日電車内で女性が暴行されたにも
関わらず周りの客は誰も助けなかったように
間違った個人主義の洗礼により
他人のトラブルにはできるだけ関わらないという
じつは非常に冷たい社会を我々は築いてしまっているようです。

358 :日本@名無史さん:2007/05/05(土) 13:36:36
それで日本陽明学学派は現存しますか?

359 :日本@名無史さん:2007/05/05(土) 23:44:48
陽明学学徒の系譜を見ると
正義を行おうとしてきた者達の系譜に見えないか?

360 :日本@名無史さん:2007/05/06(日) 16:08:03
安岡正篤で最後なのかな?

361 :日本@名無史さん:2007/05/06(日) 18:19:57
影響力で言うなら安岡氏が最後かも。
安岡氏は陽明学だけでなく老荘の学、仏教などを政治家から庶民までに、
幅広く講演した方ですね。

362 ::2007/05/06(日) 20:57:48
安岡氏は怪物だよ。
終戦の詔書、平成の元号も全て彼の起草によるもの。
そして今テレビをにぎわしている
細木和子は彼の妻。
細木和子の発言はあやしいものも多いが
基本的には日本儒教的な発言がきわめて濃い。

363 :日本@名無史さん:2007/05/06(日) 21:14:21
その安岡を篭絡した細木って凄いな

364 :日本@名無史さん:2007/05/06(日) 21:35:29
痴呆の始まっていた安岡氏につけこんだとも言われています。
安岡氏の家族は、細木さんとの結婚には反対していたようですし。
なにかハッキリしない関係のようですね。
大物との交遊を披露することの多い細木さんが、
安岡氏との関係をTVで語ったところを観たことがないし、
もしかすると細木さんの書籍では披露しているのかもしれませんが。

365 :日本@名無史さん:2007/05/06(日) 21:42:26
いや細木和子は安岡氏の
思想をまがりなりにですが
受け継いでいるのでは
ないかと思いますよ。

彼女なりにのやり方ですが

366 :日本@名無史さん:2007/05/17(木) 12:45:00
細木和子は占い師なのか思想家なのか?

367 :日本@名無史さん:2007/05/18(金) 15:38:52
>>358
日本での陽明学は布教活動のようなものがあった中国とは違い個人単位の思想としての拡がり方を見せたという意見もありますね。
吉田松陰など幕末の陽明学の士、最近では安岡正篤が私塾を開き陽明学を生徒と共に勉強し名のある人物も輩出していますが、
日本での陽明学は集団での思想というよりは、個人の心の鍛錬を重視する思想ではないでしょうか。
個人が持つ本来の性を発揮すれば、それは天から与えられた生まれつきのものだからこの世界にも有益なものになる。
というようなことは日本陽明学も中国陽明学も同じだと思いますが。

368 :日本@名無史さん:2007/06/11(月) 14:35:43
台湾の陽明山公園は王陽明からきてるんだね。初めて知った。

369 :日本@名無史さん:2007/06/18(月) 19:26:41
2チャンネルに、こんな場所があったなんて。書き込みかたが良くわからないけど。
初めてなんで許してくださいね。安岡先生に私淑して書籍を読みはじめ、いろいろな本を読みついできて、
今現在は王陽明全集を読んでます。
>>346 推薦書籍の件ですが私は安岡先生の「伝習録」「王陽明研究」「陽明学十講」
から読み始めました。結構数は出ているみたいですが、できれば原文に近いかたちのものを、自分なりに判断しながら
読んでいくのが良いと思います。訳者の個人的な主観が入るみたいなので。


370 :日本@名無史さん:2007/06/19(火) 20:24:39
>>369
いろんなものを読まれているんですね。
陽明学関連の本以外でも安岡氏のものは読みやすいので私も何冊か読んでいます。
またオススメの書籍でもありましたらご教授ください。

371 :日本@名無史さん:2007/06/20(水) 15:43:59
陽明学は余分なものが極力省かれているところが素晴らしいね。
心に萌した悪念を去る・・それが全てと言い切っているところとか。

372 :369:2007/06/21(木) 21:18:24
歴史的書物にふれるとき、その時代背景や当事者のおかれている環境、その人の生い立ちなど
いろいろなことをふまえて考えながら、その人の言動や行動を判断しなくちゃいけないと思うんですよ。
王陽明は仏老にも仙学にも、易にも自分の身を投じて追求したんですよ。でも自分の満足を得られる答えが
見つからなかった。当然儒学(朱子学)にもね。その間自分を取り巻く環境も変わっていく。
正しい事をしようとしても、認められず辺境に送られる。でもその時その場所で悟ったんですよ。
それが致良知、知行合一、心即理。などなど。人間のひらめきとかアイデアって一瞬でワカルンだろうな。


373 :日本@名無史さん:2007/06/22(金) 16:23:48
到達した境地も当事者のおかれている環境、その人の生い立ちなどで、一日が昼から夜へと変わるように変化してゆくものなのでしょう。

374 :369:2007/06/22(金) 19:06:57
同感です。だから陽明がこだわったのは門人たちとの、問学による学問だったんだと思います。
陽明学が実践の学問、自己を修める為の学問といわれるのは門人にに合わせて教えを説いていますね。
禅学にこだわった門人には禅学の足らない部分、道学にそまっている門人には道学のいたらない部分を
その人その人に合わせて説いています。禅や仙学、易学を学んでも王陽明が満足する事ができなかった。
霊的な能力を陽明が身につけても、そんなものは一つの人間の能力に過ぎない。重要なものではない。
といっているのは、真に自己を求道することが人間の究極の生き方なのだ。それが陽明学であり、孔子の正道を継ぐ学問だ。
といっています。知識の積み重ねを自慢したり、文字の羅列で人心にうける文書でできた書物、学問を徹底的に否定しています。
現代にも通じて、まったく眼を覚めさせられます。それだけに現代にはあまりに厳格で辛い学問ではありますねえ。

375 :日本@名無史さん:2007/06/23(土) 16:50:30
孟子が性善説を唱え
荀子は性悪説を唱え
王陽明が無善無悪説を唱えたんだけど、どうゆうこと?

376 :369:2007/06/28(木) 00:25:39
○説、○説って分けて考えること自体が、後世の人が自分の中で割り切って、孟子や荀子の考えを自分の都合で考える安易さが出ているのだと思うよ。
そもそも孔子や孟子、王子は何説何説を自分で説いて名を挙げようなんて考えなかったんじゃないかな?
世の中が退廃して末世って感じたから、じぶんがなんとかしなくて
はって考えたんじゃないかな?
孟子に「猶興の士」ってのがあるんだけど、そうじゃないのかな?王陽明も学とはこう在るべきだ、学問は人を導くというかこう在るべきだと考えて
そうなったんだと思う。(自分が戦場に駆り出されてそんな場合じゃないのに)その状況に自分がいたらそんな事考えるだろうか????
打算や物欲なんてどっかに吹っ飛んでいるんだと思う。それでもなんとかしなくちゃって、記章の学問、知識じゃ人の悩みや生き方、世の中は良くならないっておもったんじゃないかな。
どうなんだろうかな?

377 :日本@名無史さん:2007/06/28(木) 20:24:06
たしかに私は〜説を提唱して名を上げようなんて思う人が聖人とは呼ばれないな

378 :日本@名無史さん:2007/07/07(土) 01:10:18
欲望やら雑念やらを一刀両断に良知によって融解する。

379 :日本@名無史さん:2007/07/07(土) 16:14:50
>>376
>孟子に「猶興の士」

「文王を待ちてしかる後に興る者は凡民なり。かの豪傑の士のごときは文王なしといえどもなお興る」
偉大な王や指導者がなくとも、本当の豪傑はそれでも立ち上がる。
王陽明もそうですが、日本の陽明学の偉人たちもこの言葉の似合う人達ですね。

380 :日本@名無史さん:2007/07/11(水) 02:56:29
良知とは、私欲、雑念を取り去ったときに人間全てが持っているもの。
「未発の中」「天理」「天道」と同意。
致良知の「致」はキワメルの意で、良知に徹する思考発想で、行動までをも
含む。陽明学が「知行合一」を教示するのは良知による行いを知識だけに、
とどめることは「良知」とはいえないとしている。
 良知って人間の脳の間脳や小脳などの根幹部分による思考発想だと思うんだけど?
もって生まれた思考+「すりこみ」によるもので、大脳による後天的に造られたものではないもの。
だから徹底した「主観」(多くの祖先より受け継いだDNAと幼児期の家族親族などによる環境)は、
偉大な「客観」になるって考えますが?

381 :日本@名無史さん:2007/07/11(水) 03:03:05
【総連】「安倍一味には負けない」総連弾圧に対して措置取る…朝鮮外務省代弁人声明
ttp://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1183572310/l50

382 :日本@名無史さん:2007/07/11(水) 03:39:09
>>380
「良知を致す」と読むのはどうでしょうか?
大学にもあるように心を正し、意を誠にし、身を修めるのが陽明学の工夫。
その心が正しいのか?意が誠なのか?
これを判断するものが良知。
そもそも良知というものが、その人の現在いる境地、立場で様々に変化してゆくものだと王陽明も言っているので、
現時点での発揮出来うる限りの良知を致してゆき、そしてまたより深く良知を極めてゆく。
とゆうような理解を現時点ではしています。
下4行ですが、自分の生まれ持った思考、後天的な思考、DNA、環境全てを客観的に主催するものが心(良知)なのかな?
王陽明の言う良知とは器官なのか「空」のようなものなのか?脳も器官の一つなのか?人体を主催するものなのか?
自分は脳科学の知識がないので難しい質問です。

383 :日本@名無史さん:2007/07/15(日) 09:32:10
人間の脳を考えてみると、爬虫類や両生類の脳から進化して大脳皮質が進化しました。
それを単純に進化とみるか?長所と短所はコインの裏表です。知識が人間を必ずしも幸せにしたでしょうか?
陽明先生は、このことに気づいたのではないでしょうか?
私欲物欲では、先生の人生の生きる意義が充たされない。何に。どのように。生きることが自分がみたされるのか。
古の聖人はどう考えたのか?釈迦は?達磨は?孔子は?孟子は?はたまた老子は?荘子は?
陽明先生は悩んで苦しんで達したんだと私は考えます。人間が真剣に自分の生きる道を悩んだときに、
こう在るべき生き方が人間の本来の生きていく法だと。
以前自分の息子から「歴史を勉強する意味がわからない。なんで学校で歴史の授業をするの?」
と、聞かれました。歴史を勉強する意義はなんなんでしょう?私見ですが、先人の置かれた立場環境を自分なりに考えて、理解して、
その場、その時に、先人がどう判断し、行動を起こしたのか。またどう行動を起こせなかったのか。
そういう生き方を自分はどう考えるのか。自分がその場において在るとしたらどう考えるのか。
どう行動するのか。
自分の我が身に照らして古を考察し、自分の行動、生き方に活かすのが歴史を学ぶ。ということだと考えます。
だから決して知識ではないのです。本当に人間の「我、如何に生きるべきか」というのは。


384 :日本@名無史さん:2007/07/21(土) 12:47:13
三島由紀夫
「陽明学は日本人の魂の中で濾過され日本化されて風土化を完成した哲学である。
もし革命思想が甦るとすれば、このような日本人の精神性の奥底に重りをおろした思想から出発するより他はない。」

385 :日本@名無史さん:2007/07/23(月) 14:24:55
三島由紀夫は陽明学を一部分しか知らないんじゃないのかな?


386 :日本@名無史さん:2007/07/26(木) 20:08:28
じゃあ君は、陽明学を一部分以上理解しているのかね?

387 :日本@名無史さん:2007/07/27(金) 13:30:47
陽明学の教えの一つである「知行合一」は「知」と「行」を二つに分けるな。という教え。
分ければ「知」が学問上だけのものになり、言葉だけを追うものになって実践とは
かけ離れていってしまうから(朱子の登場あたりから儒学を学ぼうとする者達に
この傾向が顕著になった)ということと、
「知」すなわち「良知」は雑念私念を徹底的に取り去った後に現れる、
人間が本来持っている惻隠の心や孝悌の心、礼を重んじる心などをもつものであるから
修養功夫していく上で、悪念を「行」行ないまで到らなければ思慮のなかにあってもかまわない、
というのでは良知が発現されない。だから少しでも念慮が動けばそれは「行」行いということで
そしてその念慮が不善であれば徹底的にそれを取り払わなくてはいけない。それだけ徹しなくてはならない
といっているので、知って行動しないのはいけないというだけの意味のことではない。
三島由紀夫のことはあまり知らないけれど、日本における陽明学は大塩中斎や三島由紀夫などの最後の
部分だけをとりあげて、危険思想だとか、命を犠牲にして自分の思想を達成させる学問だとか考えられているけれど
大きな誤りです。中斎先生はあの行動を起こす前に、改善をさせる為の対策を何度も訴えているし、自らの資財までも
処分して民の為に使っている。三島由紀夫はどうだったんだろうか?

388 :日本@名無史さん:2007/07/28(土) 22:27:08
吉田松陰も大塩平八郎も自身の決起は存命時には成功しなかったけど、
この二つの決起は幕末〜明治維新の流れで大きな起爆剤となったので、
二人の思いは、やはり様々な人に通じていて、大きな意味で決起は無駄ではなかったんだと言ってもいいと思います。
三島由紀夫は自分は作品を読んでないし、自分なりにも理解できていないです。
いずれ彼の作品なども読んでみたいと思っています。

389 :日本@名無史さん:2007/08/09(木) 00:47:35
現在日本の陽明学者と言えば誰でしょうか?

390 :日本@名無史さん:2007/08/09(木) 07:58:44
文字の解釈や自分の考察を主張しない学者ですか?
誰なんだろう?この人は!っていう人知っていたら(著作を含めて)教えて欲しいです。
朱子を否定したこの部分は、実際はこうなんじゃないか?とか孟子のこの部分は
こういう解釈があるんじゃないかとか、じぶんの考えを主張している学者っているのかな?
異端だと評価されるのが怖くて、当たり障りのない論文しか書かない、しかも公費(人のお金)
を使って。


391 :日本@名無史さん:2007/08/09(木) 17:04:55
むしろ異端だと評価されたがってるくらいでしょう。
しかしそれができない無能

392 :日本@名無史さん:2007/08/10(金) 16:53:51
>>387
三島由紀夫は貧民救済を旗頭にしなかっただけだと思うが。

393 :日本@名無史さん:2007/08/11(土) 05:40:07
現在日本の陽明学者と言えば誰でしょうか?

答えてください

394 :日本@名無史さん:2007/08/12(日) 19:17:13
>>393
人にものを頼むなら「お願いします。」ですよ?

自分のことを陽明学者として宣言している著名人を自分は知りません。
陽明学者といえるかどうかをのぞけば、
イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は王陽明を愛読しているのはわりと有名なのでは?
愛読、研究している人間ならば学者、一般人問わなければいるでしょう。

395 :日本@名無史さん:2007/08/13(月) 09:28:00
同感です。常識的に「お願いします。」ですよ。

陽明学に限らず皆同様の傾向になっていると思います。
文字の解釈と、他の思想の違いをことさらに知識人ぶって批評批判する。
大体が知識の不安定さ、脆弱さに気づかない。知識だけでしか物事を
考える事ができない人たち。
一度で良いから「伝習録」を後、上、中の順に読んでみてください。
「心」についての自分のどう在るべきかが著されていますよ。
お勧めです。



396 :日本@名無史さん:2007/08/14(火) 03:20:49
孫子兵法の影響について
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1142492833/

397 :日本@名無史さん:2007/08/14(火) 19:39:21
>>395
文字の解釈と他思想との違いを研究するのも歴史研究の上では重要なことでしょう。
しかし王陽明がやむにやまれず伝えたかったことは文章上のことを思索してみたり、
他思想と比較してみることでは理解できないのかもしれませんね。
話はかわりますが、欲というものは我ながらやっかいなものですね(笑)
王陽明は欲(念)が、なくなることはないが、欲が発しても限度を超えないことが大事だと言うんですが、
まぁ、その通りですよね。色欲が全てなくなったなら子孫も残せないわけですから。
でも自分を見てみると、つい酒を飲みすぎたりと、まだまだですね。

398 :日本@名無史さん:2007/08/15(水) 11:23:07
私が思うに、今の日本には陽明学者っていないですよね。
それってやはり寂しいことなのでしょうか?

399 :日本@名無史さん:2007/08/16(木) 21:47:44
もう時代遅れの宗教だからね。

400 :日本@名無史さん:2007/08/17(金) 11:54:28
時代遅れの宗教???
陽明学は宗教ですか?時代遅れなんですか?じゃあ時代遅れじゃない宗教ってどんな宗教ですか?


401 :日本@名無史さん:2007/08/17(金) 21:53:25
皆に認められる陽明学者がいるか?いないか?
そこに囚われても仕方がないような気がする。

402 :日本@名無史さん:2007/08/18(土) 08:33:10
まず伝習録を読んでみる事をお勧めします。
行動をして飛び込んでみないと、ものの本質は得られないと思います。
それこそ王陽明が言っている浅薄な知識をひけらかせている後世の儒者に
なってしまいます。
 伝習録は単なる修身や礼節を説いている教えではないですよ。
伝習録のなかでは「禅」にこだわる仏家の事も言っています。禅により悟りを
得られたとしてもなんになるのか。と、禅の悟りは自己の一元的悟りで、世の事に
何の好い影響があるのか、人の為に何の益があるのかって言っています。
王陽明の教え(孔子孟子の正道)は、「致良知」「格物(物を正す)」まで教示して
天の理、天の道と同様の創造化育の生き方が人間が本来の生き方なのだと説いています。
何の為に人間は生まれたのか、人の在るべき本来の姿とはどう在るべきなのか、
如何に生きるべきかの答えが見つかると思います。深奥な教えですよ。

403 :日本@名無史さん:2007/08/18(土) 09:58:37
>>402
そのとおりだと思います。
心則理、致良知、知行合一も伝習録を読んでこそ、理解しやすいでしょう。

404 :日本@名無史さん:2007/08/20(月) 13:57:43
伝習録にこういう部分が在ります。
「もっぱら心の涵養につとめるものは、日毎に足りないところが目につき、
知識をこととするものは、日毎に増えたことが目につくものだ。
だが、この日毎に足りないと思うそのことにこそ、日毎に増えるものがあるのであり、
日毎に増えていると思うそのところに、日毎に足りないものが生じているのだ。」
と。
知識を目的とする学問と陽明学の決定的な違いはここにあると思います。


405 :日本@名無史さん:2007/08/20(月) 18:09:46
>>404
この言葉と合わせて考えるのも理解に役立ちそうです。

175 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 03:26:07
「私の場合、工夫の最も重要な点はただ日に減らすことを求めるにあり、
日に増やすのを求めることにあるのではない。
一ぶでも人欲が減らせたら、それはその一ぶだけ天理を回復できたということで、
なんと軽快なさっぱりとした、そしてなんと簡単なことではあるまいか。」

406 :日本@名無史さん:2007/08/23(木) 20:44:09
まったく同感です。どうしても増やす事にばかり気持ちがいってしまいますね。
でも大切な事は減らす事なんですね。自分に反って自分の内に私心が無かったか?
雑念が無かったか?日々に、常に問うて行うことが大切なんですね。
私的には、何か失敗をした時というのは必ず私心によるものか雑慮にとらわれていた結果が
失敗をするんです。伝習録を学んでいくと実に生活というか、実事にあてはまる。
実践の学、まさしく心学であります。
聖人の価値は目方の軽重や大きさの大小ではない。いかに混ざりの無い自分であるか、
精金されているか、私欲私念、雑念を取り去っていくことなのだと。
聖人には、ほど遠いですが私欲が無いときの決定や行動は良い結果を残します。でも
事を進めていくうちに、私欲私念が湧き起こってしまう。人間ってやっかいだなあ、と思いますよ。



407 :日本@名無史さん:2007/09/13(木) 01:43:48
「良知とは是非の心であり、是非は好悪である。好悪の感情にまでいってこそ是非は極まる。
その是非が発揮されてこそ万事万変はきわめ尽くされる。」

「是非という字が大いなる基準である。ただし、その運用の妙は、それを使いこなす人の側にある。」 王陽明

408 :日本@名無史さん:2007/09/13(木) 19:05:51
陽明の勤王精神は微妙だと思う。
寧王討伐の際の軍事能力は評価できるが、
その際に使った兵は勅命によらずして集めた私兵だった。
一歩間違えば反乱者とされても仕方がない。

409 :日本@名無史さん:2007/09/13(木) 20:15:58
>>408
宦官の専横批判を見てもわかるけど、お上が間違っていると思えば損得考えないで批判出来る人だからねぇ。
まぁ実際に、棒叩き刑、流刑など受けてきてるわけで。

410 :日本@名無史さん:2007/09/13(木) 21:59:11
実際、寧王宸濠の乱を制圧した後に叛意ありと讒言されているので、
陽明の行動はかなりやばかったはず。
運良く陽明を擁護してくれる人間がいたので助かったが。

411 :日本@名無史さん:2007/09/13(木) 22:05:40
>>409
>お上が間違っていると思えば損得考えないで批判出来る人だからねぇ。

しかし寧王宸濠討伐に関して言えば、お上の行動に特に否はないと思うが?
地理的に初動が遅くなるのは仕方ないとはいえ、皇帝自ら軍を率いてきているわけで、
陽明が速攻をかけなくてもいずれ鎮圧できただろう。
むしろ問題なのは陽明ではないか?
私的に兵力を集めて軍事行動を行ったという点では陽明も寧王宸濠も変わらないのだが。

412 :日本@名無史さん:2007/09/13(木) 23:12:41
>>411
この時は王陽明は福建の叛軍の平定に当たっていたと思いますが、
寧王宸濠の謀反の情報を得て、吉安に引き返して義兵を興して宸濠を生け捕ることに成功しています。
お上にゴマするだけの姦臣、宦官の立場から見れば王陽明の行動は、妬みの対象になるのかもしれないが、
いざ反乱を受けた土地の民からすれば、王陽明の迅速な行動で十日足らずで乱が平定されたというのは妥当な行動だと思います。
実際、その後の流れを見ても王陽明は私欲で私兵を募っていたわけでないのはわかると思いますが。

413 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 00:58:16
>>412
>お上にゴマするだけの姦臣、宦官の立場から見れば王陽明の行動は、妬みの対象になるのかもしれないが、

だから、寧王討伐の流れでは姦臣や悪の宦官の活躍はないんだって。
それがあるのは陽明によって寧王が討伐された後。

>いざ反乱を受けた土地の民からすれば、王陽明の迅速な行動で十日足らずで乱が平定されたというのは妥当な行動だと思います。

その点は評価できる。
しかし、寧王の謀反も、陽明の勅命によらない義兵も、私的軍事行動であることは同じなわけで、
君主権や体制保持の論理という点からみれば、陽明の行為はまぎれもない越権行為であって、
危険視されるのはやむを得ない。

>実際、その後の流れを見ても王陽明は私欲で私兵を募っていたわけでないのはわかると思いますが。

高潔で無私無欲な人間だったら、勝手に私兵を募って軍事行動を起こしていいわけ?
なんて叛乱者に都合のいいんでしょうw

414 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 01:16:48
陽明自身、自分の挙兵が勅命によるものではないことを自覚していて、
あくまで反乱軍を牽制し官軍の到着を待つ、という建前で動いている。
寧王の乱では、一時は疑われても、陽明に叛意がないことが証明されてめでたしめでたしとなったが、
行動自体はやっぱり問題だったんじゃないの?

415 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 01:35:30
>>413-414
その理屈でいけば鎮圧しているから大丈夫だという報告を無視して南征した武宗皇帝も問題有りだが。
あなたの考え方は上の命令はどんな事態であろうと絶対という考えで、柔軟な陽明学とは相容れない考えだね。
それが、あなたの価値観において問題有りなら問題有りなんでしょう。まぁ、人それぞれ価値観は違うからしょうがないが。
この時には王陽明がなんの罰も受けなかったのが全てでしょう。
私はさほど問題とは思いませんね。あなたが皇帝なら罰していたでしょうけどw

416 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 12:03:26
>その理屈でいけば鎮圧しているから大丈夫だという報告を無視して南征した武宗皇帝も問題有りだが。

だから、それが討伐が終わった後の話でしょ。
姦臣も宦官も陽明の挙兵を邪魔したりはしていない。

>あなたの考え方は上の命令はどんな事態であろうと絶対という考えで、柔軟な陽明学とは相容れない考えだね。
>それが、あなたの価値観において問題有りなら問題有りなんでしょう。まぁ、人それぞれ価値観は違うからしょうがないが。

功を挙げれば何をやっても不問に付す、というほうがどうかしていると思うが?
しかもことは軍事の問題だろ。
たとえば、旧日本軍の関東軍が、中央の統制を受けずして
「現地邦人と権益を防衛する」として国民党軍や軍閥を攻撃したのも容認されるべき?

>この時には王陽明がなんの罰も受けなかったのが全てでしょう。
>私はさほど問題とは思いませんね。あなたが皇帝なら罰していたでしょうけどw

「陽明に反意あり」と讒言を受けた武宗によって、謀反の意を試されてまでいるのだが?
武宗の太監に張永という人がいて、この人が陽明をかばったので助かったが、一つ踏み外せばどうなったことか。
まさに死の危機だったと思うよ。

417 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 18:51:49
>>416
武宗皇帝、宦官らの行動は義兵を興した後のことだからと言い、
王陽明の義兵の件では、関東軍を持ち出し是非をこちらに問う。
ダブルスタンダードだし、批判するための批判にしか思えない。
だからこちらは>>414で非だとは思わないと言っているんだけどね。

418 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 19:46:23
武宗にも非があるから陽明の非は問うべきではないと?
たとえば陽明の義兵が、武宗の非(いつまでたっても討伐軍を差し向けないとか)によるものでない以上、
武宗の非と陽明の非は分けて考えるべきだと思うが?
まるで、スピード違反で止められた運転手が
「前の奴だって違反だろ! 俺だけ止められるなんて不公平だ!」
と言ってるようなものだ。

陽明の行動はせいぜいやむを得ない行動であって、功は功として評価するとしても、
全面的に歓迎される行動ではないと思うよ。

419 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 19:47:51
たとえば陽明の義兵が→陽明の義兵

420 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 20:05:42
歴史として後世から見るのか?
軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?
その状況に応じた行動として見るのか?

やむをえない行動をしなかったばかりに反乱の被害が拡大する可能性も有るしねぇ〜
その立場によって違うから一概には言えないんじゃないかな
私とあなたで寧王宸濠討伐においての募兵のしかたについての善悪を決める必要性が自分には感じられません。
この議論に意味があるとは思えないので失礼します。

421 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 20:11:19
当時はガチガチの官僚主義かつ君主制の時代だから、
陽明の軍事行動が体制の枠からはみ出すものとして
警戒されたのは当然のような気もするが。
しかも、当時って王族や貴族の反乱が頻発してたんだろ?

422 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 20:13:58
>>418
言葉が足りないかもしれないので補足します。

歴史として後世から見るのか?
軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?
その状況に応じた行動として見るのか?

自分は、これを全て考えて王陽明の義兵は是だと思います。
あなたは非だと思う部分がある。
それが結論ではないでしょうか。

423 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 20:27:11
>>422
>歴史として後世から見るのか?

是でも非でもない。
明の屋台骨はまだまだ頑丈であり、
多少反乱が長引いたからと言ってたいした違いはない。

>軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?

微妙。
勅命はないけど独断で兵を集めて賊を牽制してました☆
という理屈がどこまで通じるか。

>その状況に応じた行動として見るのか?

是。
寧王の行動を読みきっての行動といい、乱の発生から鎮圧までの期間といい、
素晴らしい軍事能力の持ち主だと思う。

424 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 20:31:29
>勅命はないけど独断で兵を集めて賊を牽制してました☆
>という理屈がどこまで通じるか。

実際あんまり通じてないと思う。
上でも書いたが、たまたま張永という人がたいした人物だったので助かったと言う感じ。

425 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 20:46:25
>軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?

乱世だったら、陽明の独断専行は充分許容されただろうがなぁ。

426 :日本@名無史さん:2007/09/17(月) 16:37:20
>>398
陽明学徒でよければ、日本陽明学の系譜とかいう本に団藤さんが紹介されている。
岡田さんはまさに陽明学者だったけど、お弟子さんはいるのかな。

427 :日本@名無史さん:2007/09/17(月) 16:42:34
あと、京都大学の吉田和男さんが陽明学の私塾やっているそうですね。

428 :日本@名無史さん:2007/09/20(木) 10:21:48
是か?非か?
それとも灰色で白黒見分けがつけれないのか?

結論=わからない事には判断を下さないのも一つの判断

429 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 17:23:34
「敬天愛人」 西郷隆盛

430 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 22:03:59
>>426‐427
なるほど!今の日本にも陽明学は生きているんですね。
そういえば、陽明学関連の書籍が書店の新刊コーナーに、この前、置いてありました。

431 :日本@名無史さん:2007/10/05(金) 23:24:59
「私が今、知行合一を説くのは他でもない。
少しでも念慮がおきれば、それは、もはや行いなのだ。
そして、その念慮に不善があれば、すぐに、その不善の念は克服すべきであり、
少しの不善といえども心に残さないように、徹底しなければいけないんだということを、
どうしても人々に悟ってもらいたいからである。
これが、私の知行合一を主張する本意なのだ。」 王陽明

432 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 14:54:33
「古今の聖賢のあらゆる議論の端々に至るまで、
全て、思いに邪なし、の一言で要約できる。
これ以上、何を言うことがあろう。
これこそ、一を知って百に通じる功夫なのだ。」王陽明

433 :日本@名無史さん:2007/10/17(水) 14:29:57
今や電車の中で朝日を読んでると馬鹿にされる時代だからな。他の新聞なら大丈夫なのに。

434 :日本@名無史さん:2007/10/29(月) 05:44:00
未発の中を維持するのは、言うは易いけど、行うのは難しいですね。
逆に未発の中という概念にだけ拘りだすと、今度は何が起きても行動しないような枯木死灰に陥ってしまう。
未発の中から、やむにやまれず、ほとばしるものが良知。
口で言うのは簡単。しかし実行出来ないのなら、知ってはいない。
深い学問です。

435 :日本@名無史さん:2007/11/04(日) 09:43:16
陳九川「欲望というものを振り払うのは難しく、欲望が萌したことに気がついても、なかなか振り払えません。」

王陽明「勇気を発揮するべきだ。勇気は心の鍛錬を積み重ねるうちに自然と身につくものなのだ。
    それゆえに孟子は、天地にみなぎる活力と生命力の気は義が集積されるところに生まれる。と言ったのだ。
    欲望に打ち勝てる人間、それを大賢と言う。」

436 :日本@名無史さん:2007/11/04(日) 18:53:05
「見えざるものを見、聞かざる声を聞く」というのも奥が深いですね

437 :日本@名無史さん:2007/11/08(木) 10:46:17
>>436
陸象山〜王陽明の流れである心学について、朱子学の人たちは仏教的であると指摘していたのですが、
たしかに王陽明の言葉には禅宗的なものも多いです。
日本で江戸末期に受け入れられた理由の一つに禅宗的なものがなじみやすかったこともあるのかと思います。

438 :日本@名無史さん:2007/11/10(土) 01:51:55
禅問答ってのは論理的思考を強化するのに役立つからね。
それ自体はまったく役に立たないが。

439 :日本@名無史さん:2007/11/11(日) 13:07:17
>>438
坐禅は何に役立つのだろう?

440 :日本@名無史さん:2007/11/11(日) 13:51:45
禅と陽明学が極めて近いんじゃないか。
禅の言う「見性」は、まさに心即理。
「無善無悪」は仏教の無記の考え方と一致する。

心術としては仏教の方が圧倒的に深くて多彩だと思うよ。

441 :日本@名無史さん:2007/11/11(日) 14:23:17
儒教の道教化が朱子学
儒教の仏教化が陽明学

442 :日本@名無史さん:2007/11/12(月) 13:25:31
>>439
ただの型だよw

443 :日本@名無史さん:2007/11/12(月) 21:09:49
「朱子の複雑なるに反し陽明先生の回りくどくなく簡潔で単純なる所が、
日本人に似ているので我輩は大に好きである」 大隈重信

444 :日本@名無史さん:2007/11/13(火) 11:53:55
>>439
いや、なぜ座禅が役に立たなくてはいけないのか?
役に立たなかったら座禅なんてやめてしまうのかね?

445 :日本@名無史さん:2007/11/22(木) 03:20:43
伝習録の訳者の溝口雄三は朱子が上から民衆を教化しようとしていたのに対し、
王陽明は民衆と同じ地平に立って民衆自らにその道徳性を発揮させようとしていたと書いていたな。

446 :日本@名無史さん:2007/11/22(木) 20:16:19
道教(道家)の言う、元気・元神・元精について教えてください。

王陽明
「要するに一つのことだ。流行する側面を気、凝集したときを精、霊妙な作用について神というのだ。」

447 :日本@名無史さん:2007/11/24(土) 21:48:21
「味方の協和が得られて、初めて地形の有利さも、自然の条件も役に立つのである。
 それ故に、国家の務めを論ずる場合には、まず味方の協和の問題を取り上げねばならない」 吉田松陰

448 :日本@名無史さん:2007/11/30(金) 00:31:17
「学問にも、外からの教導が必要だが、しかし、自らによって解悟したものは、
一を悟って万事に通じるものであり、その点でまさるものがある。
第一、自ら解悟するものがなければ、教導を十分に受け入れることができない」 王陽明

449 :日本@名無史さん:2007/12/05(水) 01:56:13
>>440
おっしゃる通り、禅の見性成仏と陽明学の心即理は同じ概念なのかも。
どちらも今までの因習、様々な欲望を取り除いた心で、自己本来の個性を自覚して悟る意味として説明されていることが多いですね。

450 :日本@名無史さん:2007/12/08(土) 04:11:06
「心は例えるなら鏡だ。聖人の心は磨かれた鏡であり、常人の心は曇った鏡である。
近頃の格物説(事に至る)は、鏡に物を映すことに集中するだけで、
鏡の曇りを問題にしないというのだから、これでは物が映るわけがない。
陽明先生の格物説(事を正す)は、鏡を磨いて透明にすることに集中するのだから、
透明になった後は、あらゆるものをいつでも映しだすことができる。」 徐愛

451 :日本@名無史さん:2007/12/08(土) 19:22:36
王陽明いわく仏家の言う「本来面目」が陽明学の「良知」に当たるみたい。

452 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

453 :お岩:2008/01/01(火) 14:56:23
>>439
>>444
役に立たったら座禅などやらない。なんの役にも立たないからこそ
座禅を組む

454 :日本@名無史さん:2008/01/01(火) 21:34:21
>>453
禅を志すのだから禅をするし、歌手を志すから歌う

455 :お岩:2008/01/01(火) 22:21:31
>>454
禅など志すものではいし志して目指すほど価値などない
価値などあってなきが如し。

456 :日本@名無史さん:2008/01/02(水) 02:01:39
心を落ち着けてレスしよう

457 :お岩:2008/01/02(水) 08:36:06
禅問答やってた

458 :日本@名無史さん:2008/01/02(水) 19:17:18
中江藤樹は京都から来た禅僧の論語講義を聴いたのをきっかけに朱子学を独学する。
そして37歳の時に王陽明の全書を読み陽明学に共感する。
道徳の形式よりも精神が重要であるとして、時・処・位の具体的場面に適した行動をとることを説いた。
近江聖人と称えられ熊沢蕃山、淵岡山、中川謙叔らの門人を輩出した。

近江聖人中江藤樹記念館
http://www.touju.jp/
中江藤樹ウィキぺディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E8%97%A4%E6%A8%B9

459 :日本@名無史さん:2008/01/07(月) 19:57:55
「謙虚はあらゆる善行の根本であるが、驕りはあらゆる悪行の始めである。」 王陽明

460 :日本@名無史さん:2008/01/24(木) 19:33:03
東郷平八郎、広瀬武夫など日本海軍の名将たちも陽明学の信奉者。

461 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 00:49:22
過去にも2chには陽明学のスレがあったみたいです。

9 名前: 【^▽^】 投稿日: 2000/05/21(日) 20:06

久し振りに蒋総統の伝記を読み返した。
あのような偉大な人が、真摯な態度で内省を試みてる…。
毛のような傲慢さが微塵もなく、読んでいて共感できるのだ。

「ある日の朝目覚め、過去の過ちを反省す。
 人に“卑しく浅はかである”と思われるのは、戯言が多過ぎるからである。
 人に嫉妬されるのは傲慢な気持ちがあるからである。
 その病原はすべて軽率の二文字に起因する。
 今後は謙虚に人と交際するのみである。
 人が“世事に疎い”と私を嗤おうとも、高慢だとはみなされたくはない。」

又、曾国藩の
「収穫を問うなかれ ただ耕耘を問え」
という言葉を座右としていた…。
現在のボクにはとても重い言葉だね…
わずかな利の可能性に踊って右往左往の数年だったからね…

462 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 00:52:46
10 名前: 【^▽^】 投稿日: 2000/05/21(日) 20:07

黄仁宇(蒋介石伝記著者)の陽明学評価

「王陽明は真理が客観からくることを認めていない。
 それゆえ、王陽明の哲学は論理的ではないが、物事を決断する点では優れている。
 行動をもって知識に代えれば局面を打開できる。
 左か右かと思案して細かく考慮すれば、逆にいつまでも決心がつかない。

 勇気を好むこのような精神は、最も日本人に口あたりがよい。
 日露戦争の英雄・東郷平八郎元帥は、対馬海峡でロシアの艦隊を撃破し、
“一生涯低頭して王陽明を崇拝する”という印章を彫り込んだ。

 蒋は日本の陸軍士官学校に留学した際、日本の将校士官が
 王陽明の『伝習録』を読んでいるのを知り、これを真似たと言っている。
 蒋は、精強を誇る日本軍人の精神的支柱が中華思想であることに感激した。
 これ以後、蒋も一生涯低頭して王陽明の信者となった。
 台北の草山を“陽明山”と改名するほどの入れ込みようだった。
 (中略)

 まず行動してから結果を考慮するという方針は、完全に日本人の陽明学理解と一致する。」

463 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 00:54:33
11 名前: 【^▽^】 投稿日: 2000/05/21(日) 20:08

ボクのしびれた蒋語録(「参謀長日記」より)

「私の性格と行動は、狂・直・愚・拙であるがゆえに、
 世間の悪意に対する警戒心が全くなく、疑惑もない。
 だから私は、たびたび敵の罠の真っ只中に陥ることがよくある。

 しかし私は危険な境遇に陥っても冒険であるとは気付かず、
 それが困難であることにも気付かない。
 いつも、危険・困難が一つ一つ明らかになってから、
 初めて自身が危地にいることを知る。

 私は自身が危地に陥ったことを知ると全力で悪戦苦闘して自らを救う。
 私が他者から見て異常に忍耐強く見えるのは、
 性格が強いからではなく、智慧が足りないからである。
 いつも死地に自身を追い込み、九死に一生を得るのである。

 世間の人の中には、私を知勇兼備と思っている者もいようが、それは違う。
 もし私が愚でなければ、どうしてこの困難を恐怖せずにいられようか。
 愚であればこそ、絶望的な状況下において奮起できるのである。
 私が頼みにしているのは、常に道義だけである。」

464 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 01:22:17
陽明学左派の日本での展開について知りたいのですが、何かいい本など在りましたらお教えください。

465 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 01:27:22
77 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 02/01/25 14:48 ID:YuMoPOy4

>>1
大塩平八郎=陽明学者
安岡正篤=陽明学者

現代のインテリ・ウヨの精神的支柱が、安岡で、
その安岡が著書で大塩をおおいに評価している。

大塩や陽明学を中国の傀儡とするなら、安岡を
師事するインテリウヨはその手先ということになる。

このスレ、ネタなのか?
本気なら理論破綻だ。



78 名前:   投稿日: 02/01/25 15:00 ID:t2f/HUQq

>>77
だから、大塩がいかんのではなく、
大塩の民衆革命のみに焦点を当て、
あたかも大塩が、マルクス的革命思想家であるが如き描写がなされているのが
おかしいと言う事でしょ。

466 :蒋介石:2008/01/25(金) 01:54:07
「私が日本で留学していたとき、旅行に出かけると、汽車や渡し舟の中で、本を読む日本人をたくさん見かけたものだ。
その人たちの多くは、ひとしきり本を読んだあと、眼を閉じて静かに座り、精神を集中して、
哲学的奥義の思索にふけっているように見えた。特に陸海軍の将校達は、ひと時も本を手放さずに、
一心に学び取ろうとしていた。これほどまでに読まれていたものは、実は王陽明の「伝習録」であった。
私はその後、書店へ行き、王陽明哲学に関する本が非常に多くあるのを発見した。
中には、我が国(中国)で見かけることが出来ないものさえあった。私は、陽明哲学に関係ある本を、財布の許す限り買って研究してみた。
その結果、私自身もこの哲学の神髄に触れ、心酔するようになって、ついに悟るところがあった。
すなわち、一小国である日本が、このように強大になり得たのは、実は王陽明の『致良知』及び『即知即行』の哲学がもたらした結果である」

467 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 02:01:02
25 名前: 名無しさん@6周年 投稿日: 2006/08/27(日) 12:29:52 ID:4Cxeadxb0
性善説、性悪説と言う言葉を間違って使う者が多いな。

性善説とは、元々生まれた赤ん坊は無垢な心を持っているが
世の悪い影響を受けて悪い心を持ってしまうこともあると言う考え
性悪説とは、人間とはそもそも悪い本性を持つものである。
だから学問などにより努力を重ねよい人間になることが必要であると言う考え

決して、
性善説・・・悪いことをする人間などいない
性悪説・・・人間はみな悪いことをする
などと言う考え方ではない。

26 名前: 名無しさん@6周年 投稿日: 2006/08/27(日) 12:32:17 ID:WhVliayC0
>>25
>世の悪い影響を受けて悪い心を持ってしまう

正に反日教育ですね。

468 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 07:18:38
>>455
禅とは何か?

469 :日本@名無史さん:2008/01/25(金) 18:07:27
>>464
曾我蕭白のような京都、大阪あたりの知識人、芸術家層に陽明学左派が流行していたり、
吉田松陰が李贄(李卓吾)の著書「焚書」を獄中で読み多いに感動したという話もあるので、
陽明学左派は日本において影響力を持っていたのですが、そういう展開をわかりやすく説明した本は自分も知りません。
ご期待に添えなくて申し訳ないです。

470 :日本@名無史さん:2008/02/01(金) 00:14:20
王陽明先生いわく、私の致知は只是各々分限の及ぶ所に随う。
今日良知見在此の如くんば、只今日の知る所に随って拡充到底し、
明日良知又開悟する有れば、便ち明日知る所に随って拡充到底す。
此の如きは方に是精一の工夫なり。人の与に学を論ずるにも、亦須く人の分限の及ぶ所に随うべし。
樹に這の些かの萌芽有れば、只這の些かの水を把り去いて灌漑し、萌芽再び長ずれば、便ち又水を加うるが如し。
拱把より以て合抱に至るまで、灌漑の功は、皆是其の分限の及ぶ所に随う。
若し些少の萌芽に、一桶の水の在る有りて、尽く傾上せんと要ば、便ち他を浸壊し了わらん。

471 :日本@名無史さん:2008/02/02(土) 01:29:59
今日、死を目前にしても心が安らいでいるのは、四季の巡りを思ったからです。
それは、農家を見ると、春は種をまき、夏は苗を育て、秋には苅り、冬に貯蔵する。
秋冬になれば人は労働の成果である収穫を喜び、酒を作って、村には歓喜の声が響くものです。
いまだかつて収穫の時期を労働が終わったことを悲しむ人を聞いたことがない。
私の人生30年、一事を成し遂げることなく死ぬことは花が咲かず実の成らないことに似ているなら惜しいことなのかもしれない。
けれども私自身の人生から言えば、これは花が咲き実の成る時でしょう。なぜなら人の寿命には定まりがないからです。
人生は農家が必ず四季を巡り労働を営むようなものではないでしょう。しかし人間にも、それぞれに春夏秋冬があるものです。
十歳で死ぬ者には十歳の中に四季がある。二十歳には二十歳の四季がある。三十歳には三十歳の四季がある。五十歳、百歳には五十歳、百歳の四季がある。
十歳を短いとするのは蝉を長寿の大木とすることだ。百歳を長いとするのは長寿の大木を蝉にしようとすることだ。
私は三十歳で死ぬが、四季はすでに備わって花は咲き実が成っているはずでしょう。それがモミガラなのか成熟した実なのかは私の知る所ではない。
もし同志の中に私の少しばかりの真心を憐れんで、それを受け継いでくれる人がいるのなら、
それは蒔かれた種が未だ絶えず、私の収穫の年に恥じないことになるでしょう。同志にはこれをよく考えてもらいたい。

二十一回猛士 吉田松陰

472 :日本@名無史さん:2008/02/02(土) 01:42:14
「急速は事を破り 寧耐は事を成す」  西郷隆盛

473 :日本@名無史さん:2008/02/02(土) 02:11:40
陸澄「心を静かにしている時には精神が安定して明朗のように思いますが、
ちょっとでも外部の事に出あいますと心が乱れます。これは何故でしょうか?」

王陽明「それはただ静かにして心を養うことだけを知って、私欲に打ち克つ工夫を行わないからである。
例えるなら温室で育った花と同じことで、そのような状態で事件にいどむなら、心は外の力に圧倒されてしまう。
人間は事のないのを求めるべきでなく、須く事件の上において自己を磨くべきである。
そうすれば自然に心は確立して、平穏無事なる時にも安定し、繁忙多端なる時にも安定するだろう。」

474 :日本@名無史さん:2008/02/08(金) 14:26:18
「理義はある決まったところに固定されることがなく、その有り様も無限で極まることがない。
私が君と論じて多少悟るところが有ったとしても、それだけのものと考えてはならない。
繰り返して言うが、十年二十年五十年の後にも、それで終わりと言うところはないのだ。」 王陽明

475 :日本@名無史さん:2008/02/14(木) 14:48:22
「目そのものに実体はなく、万物万象の色が実体である。
耳そのものに実体はなく、万物万象の声音が実体である。
鼻そのものに実体はなく、万物万象の臭いが実体である。
口そのものに実体はなく、万物の味が実体である。
心そのものに実体はなく、天地万物と感応して判断された是非が実体である。」 王陽明

476 :日本@名無史さん:2008/02/15(金) 12:02:31
王陽明! 王陽明! おーよめー サッ ン− バー♪

477 :日本@名無史さん:2008/02/15(金) 17:45:04
458 :世界@名無史さん:2008/02/06(水) 19:46:47 0
山田方谷の儒仏道、それぞれの見解なんだけど言い得てるよね。

善悪倶に忘る、老の高き所以なり
善悪倶に容る、仏の大なる所以なり
善を善とし悪を悪とす、儒の正しき所以なり

478 :日本@名無史さん:2008/03/07(金) 20:10:06
日本陽明学の系譜には錚々たる人士ばかり。
敬意を表したい。

479 :日本@名無史さん:2008/03/07(金) 20:14:28
自らの其の暗劣なるを忘れて日夜勉励し古賢を以て師と為す 吉田松陰

480 :日本@名無史さん:2008/03/13(木) 10:13:31
力量、気迫、才能に個人差があるのは当たり前。
才能の多さ又は少なさばかりに気をとられると功利に流れてしまう。
そうやって比較する心を取り除いて、皆が自分にあるかぎりの力量や精神を尽くすようにする。

481 :日本@名無史さん:2008/03/18(火) 23:05:55
細木和子はあきらかに
儒学の影響を受けている

482 :武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s :2008/03/18(火) 23:28:15
>>481
細木は安岡の縁者。
いろいろ結婚の経緯については遺族らといろいろモメたらしいけど、まあそれはどうでもいいや。
あの「儒学」は安岡経由の生かじりインチキ陽明学。
テレビでも知行合一とか、一丁前のこと抜かしてたがね。
あんなのが儒学じゃ私は泣くよY(>_<、)Y

483 :日本@名無史さん:2008/03/19(水) 00:55:00
>>481
細木が自分に都合の良い言葉を儒教から引用しているでだけでしょ。
キリスト教でも言うじゃん「悪魔も聖書を引用する」って。

484 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 22:59:59
>>474
この現代語訳は伝習録のどこにある言葉ですか?
探してみたのですが、みつかりません。教えて下さい。

485 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 20:55:11
伝習録の引用ばかりでは「日本」陽明学のスレッドとは言えない。

486 :日本@名無史さん:2008/04/15(火) 16:11:32
>>484
伝習録上巻にあります。

>>485
日本の陽明学者が愛読した書です。

487 :日本@名無史さん:2008/04/15(火) 16:28:15
万民ことごとく天地の子なれば、われも人も人間のかたちあるほどのものは皆兄弟なり

中江藤樹 著『翁問答』より


488 :日本@名無史さん:2008/04/17(木) 02:30:17
生死超脱とはどのような境地なのですか?

489 :日本@名無史さん:2008/04/18(金) 18:59:53
>>488
生死超脱とは境地なのですか?

490 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 00:16:55
>>486
陽明学を論ずるならば、伝習録を読むべきであるのはもっともです。
然し、陽明学も儒教の一派である以上は四書五経も読むべきです。
尚、陽明学が道家や仏教の影響も受けている事実を踏まえれば、それらの文献も読むべきです。
現代日本に於いて、四書五経を読破している人は少ないと思いますが、このスレの方々はどの位読まれていますか?
私は、四書と孝経、伝習録、小学、近思録は一通り読みました。五経はまだですが、いずれ読破するつもりです。

491 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 23:13:36
友人が問う、書を読んでも記憶できません。どうしましょう?

陽明先生が言う、ただ理解することです。記憶することを求める必要はない。
だが理解することを求めることも、すでに第二義に落ちます。
ただ自己の本体を明らかにすることを求めなさい。
もし、いたずらに記憶することを求めれば、理解することが出来ないでしょう。
もし、いたずらに理解することを求めれば、自己の本体を明らかにすることが出来ないでしょう。

492 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 23:18:41
>>490
そんなにあれこれたくさん読んでもしょうがない。
核心を捉えることこそが肝要。

493 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 23:43:16
>>492
同意
核心をとらえて自分はどう思うのか?というのが書を読む上で重要かと。

494 :日本@名無史さん:2008/04/21(月) 05:14:58
>>492
>>493
その様な考えは、致良知が大切だとして、デタラメになってしまった陽明学左派的な態度だと思います。
四書五経は江戸時代には武士階級は当たり前に読んでいた儒教の経典です。
また、儒教的感覚の少なくなった現代に於いて、陽明学を把握したいならば、一読位はするべきと思います。

495 :日本@名無史さん:2008/04/21(月) 14:07:13
>>494
科挙を受ける必要のない我々が教科書を読むかの如く四書五経を全部読破するべきというのは考えの押し付けではないですか?
陽明学左派がデタラメというのも、あくまでも貴方の考えです。
陽明学左派の現成良知は、もはや禅仏教である。との批判を受けたのも事実ですが、
王陽明は天泉橋での問答で、陽明学左派の代表的人物である王龍渓の意見は素質の良い人間に対する教え方であり、
陽明学右派の代表的人物である銭徳洪の意見は心に多少の蔽いある人間に対しての教え方であるとして、
そして両者の意見を採り合い使うなら、普通以上の者も普通以下の者も、道に入らせることが出来るだろうとしています。

496 :495:2008/04/21(月) 14:13:10
言葉が足りなかったかもしれないので追加します。

王陽明はどちらか一方の説に固執するなら、目の前の人を誤らせることになると注意もしています。

497 :494:2008/04/21(月) 21:09:29
>>495
>>科挙を受ける必要のない我々が教科書を読むかの如く四書五経を全部読破
するべきというのは考えの押し付けではないですか?
科挙と言う利害打算の観念がないからこそ、現代に於いて四書五経
を読む事は有益なのではないですか?
逆に、貴殿は必要さえあれば、教科書の如くに読むのですか?
そもそも、貴殿は『論語』さえもお読みではないのか?
孔子は「学んで思わざればすなわちくらし。思いて学ばざれば
すなわちくらし」と言っている。
「思う」だけではだめだ。「学ぶ」ことが必要である。
大体、私は、教科書の如く精読しろとは言っていない。
一読位はしてもよいのではないか、と言ったに過ぎない。


498 :494:2008/04/21(月) 21:27:24
>>495
>>陽明学左派がデタラメというのも、あくまでも貴方の考えです。
陽明学左派の現成良知は、もはや禅仏教である。との批判を
受けたのも事実ですが、
「事実ですが」と言っているのは、王学左派が禅学よりである
事を認めており、「あくまでも貴方の考えです」とは
論理的に矛盾していますよね?
そもそも、思想史的には、王学が陽明の死後、禅学的な左派
と朱子学的な右派に分かれた事は一般に言われていますし、
王学の批判は、多くは左派的傾向に対してのものです。
『伝習録』を深く理解する為にも、難解な五経は兎も角、
四書と『孝経』位は読むべきではないですか?
因みに、不立文字を説く禅にも『臨済録』、『無門関』、
『碧巌録』など、多くの語録があります。
そもそも、不立文字を説く段階で、既に文字に頼らない
けれども、文字も完全否定しないと言うパラドックスが
成り立っているのです。
貴殿は陽明学に興味を抱く時点で勤勉な方だと思いますから、
本質の把握を急ぐ余りに短絡的理解になる事を私は惜しみます。

499 :494:2008/04/21(月) 21:31:22
尚、陽明学は畢竟すれば、「致良知」に尽きるもので
あり、それ程難解なものではない事も、私は認めています。
然し、同時に奥が深く、一朝一夕に理解出来ないものである
とも思っています。

500 :494:2008/04/21(月) 23:32:20
>>497
訂正
「学んで思わざれば則ちくらし。思いて学ばざれば則ちあやうし」

501 :495:2008/04/23(水) 00:02:41
>494さん
私は陽明学左派が禅仏教的なものへ近づいていった事が間違っていたとは思わない立場です。
朱子学派からの批判があったのは事実として書きました。
四書五経の件ですが、こちらも絶対に読む必要がないとは言っていないです。
陽明学の工夫は、普段の仕事上においてするべきだし、そこが一番重要なところだというのは陽明学を学ぶ人なら同意見だと思います。
ちなみに四書五経で読書済みのものは大学、中庸です。
時間を作り論語、孟子を読みたいと思っていることもつけくわえておきます。

502 :494:2008/04/23(水) 11:44:57
もし、貴方が事上磨練の工夫として行っている事があるならば、教えて頂けませんか?

503 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 12:06:50
安岡さんって無位無官だろ?

504 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 12:10:13
安岡さんも良い事を書いているが無位無官じゃ。
新戸部稲造の武士道のほうがまだ実用的だわな。
彼はれっきとした武士だしな。


505 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 12:33:41
安岡は老荘にも影響受けてるだろ
官位にこだわる訳ないよ


506 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 13:30:20
政治家にならずに裏の世界で自由に各界の偉人に意見を言うのが安岡のやり方だろう。


507 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 15:08:57
>>506
「裏の世界」って言葉は安岡のイメージに合わないがな。
支配層の精神的支柱みたいな人物だろ

508 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 18:57:13
>>502
ダメだと思うことは心から取りのぞき、良いと思うことを着実に心に育ていこうと心がけています。

509 :日本@名無史さん:2008/04/24(木) 00:07:24
陽明学は出世する為の学問と考えてる人たちがいるのはここですか?

510 :日本@名無史さん:2008/04/24(木) 01:34:35
陽明学や禅は勝者や、もともと恵まれた人間がやる思想だと思う

老荘も敗者の思想と呼ばれてるがあれもそうだろうね

レベルの高い敗者

エリートサラリーマンから田舎でのスローライフみたいなもん

本当の敗者は集団でやる宗教にいきやすい。

511 :日本@名無史さん:2008/04/24(木) 05:21:34
>>510
人間て弱ってる時は、集団によっていくより孤独を選んだほうが実は良いと思うんだよね。

512 :日本@名無史さん:2008/05/05(月) 16:38:10
伝習録を読むと、陽明が、人間の修養を樹木の生長に例える表現がいくつも見えます。
その中で、根を養う時には根を養う事に心掛け、枝や葉、花を思う必要はないとあった気がするのですが、探してもみつかりません。
分かる方いますか?

513 :日本@名無史さん:2008/05/08(木) 07:13:17
諸君、狂いたまえ 吉田松陰

514 :日本@名無史さん:2008/05/16(金) 21:18:37
陽明学は独学ですが、安岡先生みたいな深く理解した方に
ご教授されて物にできると思います、今はいませんが

論語は覚えたほうがいいですよ、これは基盤だと思います

私が覚えたいのは中国陽明学ではありません
日本陽明学です、明治維新のメンテリティーに同化したいのです
そして私がやりたいのは団塊世代に下克上をすることです
団塊の世代にはもはや道徳とか日本人らしさなどないのです
ただの金を稼ぐことしか脳がない偽善者ばかりです
戦前の日本人は道徳というものが少なからずありましたが・・
GHQの教育方針などによるアメリカナイズドされた日本人が生まれた
団塊の経営者がおおく生まれ
アメリカ経済の弱肉強食された経済になった

もはや平成維新しかありません
俺はやってみせるよ
平成維新

515 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 09:19:58
>>514
陽明学の実践をするなら、人欲を去って天理を保持することを心がけて、
動の時にも、静の時も一念一念に人欲を去ることあるのみだと思います。
これは王陽明から中江藤樹に至るまで変わらない陽明学の根本でしょう。
しかし幕末の陽明学徒は大きな器の持ち主が勢揃いしていますね。
幕府側にも薩長側、そして中立派にも陽明学を信奉する志士がいたことは、
陽明学の器の大きさと懐の深さを現していると思います。

516 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 12:00:09
おまえらニートだろw

517 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 20:09:41
四句教

『無善無悪是心之体 有善有悪是意之動 知善知悪是良知 為善去悪是格物』

518 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 00:03:27
>>516
w

519 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 16:06:50
「我は我が好むところに従う」 董羅石

520 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 18:13:50
好き嫌いしてはいけません。

521 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 20:01:30
>>520
好き嫌いの感情をなくせとでも言うのですか?

522 :520である。:2008/06/02(月) 22:03:29
感情ではなく「とらわれる心」がいけないという事です

523 :521である:2008/06/02(月) 22:15:52
>>522
好悪の感情に捉われてはいけないという教えにも捉われてはいけない。
理は極まるということがなく変幻自在なものだから。

524 :=゚ω゚) 522である。:2008/06/02(月) 23:13:23
「とらわれる心」は教えなどではない。
赤心である。

菩提にもとから樹など無く明鏡に台など無い。
よって塵埃が積もるはずもなし。である。

525 :522だぜ:2008/06/02(月) 23:22:43
>>524
好悪の心もまた赤心

526 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 23:29:47
ごめんなさい。
523だったぜ

527 :=゚ω゚) 524である。:2008/06/02(月) 23:36:57
語ることができる理ならそれは真実の理ではあるまい。
また好悪と名付けられるのであれば真の赤心ではないであろう。である。

528 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 23:43:53
>>527
とらわれる心もまた同じじゃねーか(笑)

529 :=゚ω゚) 522である。:2008/06/02(月) 23:44:05
>526
気にするな。「憎むな、殺すな、許しましょう」が月光仮面の教えである。

てか、オイラも気が付かなかったのである。

530 :=゚ω゚) 522である。:2008/06/02(月) 23:51:50
>528
>「とらわれる心」がいけないという事です。

風である。

531 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 22:41:20
一去である。

532 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 18:44:39
童心をさぁ、爆発させたいものだなあ

533 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 18:47:20
天皇はユダヤ民族、もし証明されたら
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1165662353/
天皇家が日本一古い家柄なのか
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/994593445/

534 :日本@名無史さん:2008/08/08(金) 23:21:54
Wikipediaを見ると、頼山陽先生が陽明学者になっているのですが、本当ですか?

535 :日本@名無史さん:2008/10/08(水) 02:10:11
好き嫌いの感情まで良知を磨きたい。

536 :日本@名無史さん:2008/10/08(水) 02:22:12
ソースは陽明学者っぽい名前

537 :日本@名無史さん:2008/12/05(金) 20:56:07
「良知は、学ばずして天地自然に人の胸中に存在するものにして、いわゆる神明なり」 林子平

538 :日本@名無史さん:2008/12/07(日) 12:32:26
「人欲の私をスラリと離れて所謂無欲の境涯に這入らば、
人己なく、内外なく、天地万物すべて一枚となって、
彼我の隔てなく、遠近の差別なく、
仁の一字を以て万物に対し、万人に接することが出来るであろう」 長谷井葦山

539 :日本@名無史さん:2008/12/12(金) 02:07:12
陽明学は、日本の行動家の魂の中でいったん完全に濾過され日本化されて風土化を完成した哲学である。
もし革命思想がよみがえるとすれば、このような日本人のメンタリティの奥底に重りをおろした思想から出発するより他はない 三島由紀夫

540 :日本@名無史さん:2009/01/24(土) 00:03:06
かんたんにいえばあれでそ?

 陽明学では
  命=何かを行うための道具。シャベルとかハサミみたいなもの。
  だから命を後生大事にするのではなくて、それでなにをなしとげられるのかを大切にするんでそ?


541 :日本@名無史さん:2009/01/28(水) 04:51:53
>>540
違うと思います。
陽明学は内と外を分けることをしません。
目的がお金なら、お金の為に命を捨てるのでしょうか?

「古今の聖賢のあらゆる議論の端々に至るまで、
全て、思いに邪なし、の一言で要約できる。
これ以上、何を言うことがあろう。
これこそ、一を知って百に通じる功夫なのだ。」王陽明

542 :日本@名無史さん:2009/01/29(木) 23:04:01
知行合一だろ?

 これは
 「飾りじゃないのよ知識は あははん〜
   飾りじゃないのよ人生は あははん〜」

ということでそ?

543 :日本@名無史さん:2009/01/30(金) 01:07:43
>>542
ノリノリですね♪
アナタの考える知行合一はどのようでしょうか?
歌のノリは良いのですがイマイチこちらに伝わらないので・・・・

544 :日本@名無史さん:2009/01/30(金) 02:11:30
そんな簡単に伝わってたまるか
と思います

545 :日本@名無史さん:2009/02/09(月) 19:46:35
陽明学は戦国武士たちが大事にした「五常の道」と「三徳」にも通じています。
五常の道 「仁」「義」「礼」「智」「信」
三徳 「仁」「勇」「智」

546 :日本@名無史さん:2009/02/11(水) 15:36:37
儒教的な思想系譜の五常などが
武士階級にある程度する浸透するのは江戸以降だよ。

戦国時代以前の武士の道徳規範は
一概には言えないけど仏教、特に浄土教的色彩が強い。
これは極楽寺殿御消息とかが広く流布してたせいかもしれない。

547 :日本@名無史さん:2009/02/12(木) 07:53:43
>>546
後醍醐天皇、楠木正成が朱子学を学んでいたり、
菊地武茂が延元三年に聖護寺八幡に奉納した起請文に、
五常の道に背かないというような内容が残っている。
確かに儒学は江戸時代にはいってから広く普及した面はあるが、
まったく普及していなかったかと言われるとそうではない。

548 :日本@名無史さん:2009/02/15(日) 21:39:56
>>546
武士道に影響を与えているのは、仏教で言えば浄土より禅では?
上杉謙信や武田信玄と言った武将から、柳生宗矩や宮本武蔵と言った兵法家に至る迄影響がある。
それに、禅がある程度普及していたから、江戸時代に陽明学の受容が容易だったと言われている。
蛇足だけど、陽明学は儒仏道の三教一致的で明らかに禅の影響を受けている。

549 :日本@名無史さん:2009/02/16(月) 01:04:44
>>548
禅の影響はもちろん否定しない。最初は俺も禅メインのような気がしてたし。
けど、実際に残された家訓、言動を見ると、
かならずしも禅的な思想系譜がベースになってる印象を受けないものが多いんだよね。
ガチで禅的なのは鈴木正三と、強いて言えば織田信長ぐらい。

それに、実際にあなたがあげているような上級武士の例だけで
考えるのは落とし穴がありそうな気がするんだよね。
で、戦国中期ぐらいまでの庶民+ぐらいのリテラシーの程度で言うと
和漢朗詠集、往生要集、平家物語(含 語り)、次点で方丈記、太平記あたりってあたりが
武家の教育用途で使われることの多かった書物になる。
特に多数派である中級以下の武士層の基本的なメンタリティがこのへんから形成されていたとすると、
今から見ると不自然なぐらい浄土思想に偏ってる気がするんだよね。


550 :日本@名無史さん:2009/02/16(月) 01:05:17
ちなみに信玄はマキャべリストな部分が前面に出てて
宗教的な性格、思想は薄いと思うんだがどうだろう?
覚恕との絡みを考えると強いて言えば天台叡山派と縁が深い(本願寺を除けば)
弟が書いたってことになってる武田信繁家訓とかも加味すると
30条とか碧巌録とかからの引用とかもあるけど、
それでもやはり見性成仏って感じかと言われれば違うんじゃないかなあと。

謙信の指向としては高野山のエピソードや毘沙門天への
帰依同一化を見ると、むしろ密教的な方面にシンパシーが強かったっぽい印象を受ける。
辞世の 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
とかはモロ浄土教的な土台の辞世だね。もっとも、自作かどうかはともかく。

柳生宗矩や宮本武蔵のケースは言語化しにくい身体知を表現するための
理論武装の手段として禅を選んだと捉えた方がしっくりこないか?
官僚化し武士らしさを失いつつある武士への反発みたいな
近世への過渡期的な部分がを加味すべきだと思う。

551 :日本@名無史さん:2009/02/16(月) 11:59:13
武田信繁家訓は、なにか一つの宗派や思想に限定されるものではなく、
儒書、仏書、孫呉を自らの経験と照らし合わせて、自分の言葉にしているという印象。
要点を良くまとめてある善い家訓だと思うがどうだろう。

552 :武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s :2009/02/16(月) 23:05:27
>>550
お前バカだろ?
妙心寺派が甲斐で幅利かせた理由知らないのか?
「心頭滅却すれば火も…」てのは知ってるか?
今、妙心寺展を東京国立博物館で開催中だ。
行け。田舎モンなら新幹線かなんか使って東京に来いよ

553 :日本@名無史さん:2009/02/17(火) 01:24:10
>>552
スレチなんで指摘に留めるが
心頭滅却すれば…ってのは快川紹喜の言葉じゃないよ。
信玄に関しては妙心寺派どころか全ての
宗派の宗徒を自称、寄進も各宗派に頻繁に行ってる。

554 :日本@名無史さん:2009/02/17(火) 13:18:01
>>551
あれは良いと思う。
合理的だよな。

555 :日本@名無史さん:2009/02/17(火) 19:40:16
武田信繁家訓はいちいち出典を示してるあたり、
権威主義というよりむしろ勉強のきっかけとして
テキストを紹介してくれてる親心を感じる。


556 :日本@名無史さん:2009/02/17(火) 19:51:46
昔の聖人の言葉を引用しても、武田信繁自身が内政や戦で苦労実感してきた言葉だから、
机上の空論にならず、説得力のある家訓になっている。
まさに事上磨錬であり知行合一

557 :武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s :2009/02/19(木) 00:50:40
>>553
それは知ってるよ。
ていうか本人の言葉だなんて私は一言も言ってないのに
君が言ってるということは
君がそう思い込んでた話なだけじゃない。
ググッた知見なんだろうな君の御託はw

558 :武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s :2009/02/19(木) 00:53:17
連投になるけど禅関連でオリジナリティななんてないんだよ
いや禅だけじゃなくオリジナリティなんてあんまり考えていない


あとさ恵林寺の地位はわかってるわけ?
バッカじゃない?

559 :日本@名無史さん:2009/02/19(木) 13:09:34
陽明学左派に関する本が欲しいんだけど、
日本にはあまりないみたいだね。

560 :日本@名無史さん:2009/02/19(木) 14:54:34
>>557
君こそあれだろ、『妙心寺展』に行って仕入れた知識だろ?
室町時代後期の禅宗なんて、思想史的には見るべきものが
ないと思う。だから、妙心寺派とか恵林寺の地位とかいわれても、
まあ、何それ? で十分だと思うよ。

それはさておいて、『妙心寺展』はひどかった。キャプションが
全くなってない。来場したほとんどの方はちんぷんかんぷんなまま、
帰られただろう。典型的な「自己満足」企画だったな。


561 :日本@名無史さん:2009/02/20(金) 00:36:06
>>559
李卓吾の『焚書』の現代日本語訳なら、神田神保町で二万円位で売っているのを見た事がある。

562 :日本@名無史さん:2009/02/20(金) 03:24:23
>>561
平凡社のやつかな?
自分はつい最近、文政年間発刊の「蔵書」と「続蔵書」みかけた。

童心に関しては個人的には共感できるけど、
当時の知識階級批判込みで読むべきものなんだろうとは思う。

563 :日本@名無史さん:2009/02/20(金) 15:30:21
>>561
情報どうもありがとう。
二万円・・・・
王陽明以降の陽明学派の思想に関して日本にはあまり出回っていないからわかるけど高いね

564 :日本@名無史さん:2009/02/20(金) 21:08:56
今、2・26事件の青年将校の生き残り、池田俊彦氏の著書『生きている二・二六』を読んでいるのだが、池田氏は陽明学に傾倒していたらしい。
当時、安岡正篤の『王陽明研究』や大塩中斎の『洗心洞サツ記』を読んでいたと言う。


565 :日本@名無史さん:2009/02/20(金) 21:51:43
>>564
やっぱり陽明学は伝習録読まないと話にならんよ

566 :564:2009/02/27(金) 23:29:11
>>565
そう言う事が論点ではない。
2・26青年将校も陽明学の影響を受けていたと言う事を言いたいだけで、その理解の深さを云々するものではない。
然し、伝習録を読まなければ、陽明学は話にならんと言うならば、難解な五経はともかく、四書位は読んでないと陽明学はわからんだろう。

567 :日本@名無史さん:2009/03/02(月) 22:00:27
>>566
四書を読まずとも、伝習録さえ読めば、陽明学の実践は、正直な話、可能だと思います。
陽明学を禅に近いとする人も多いだけあって、
なるほど不立文字的なところが陽明学にはかなりあります。
けれどもそれでは元々は知識偏重の朱子学に対してのアンチテーゼであった陽明学が、
逆に知識や古典の軽視になってしまいます。
やはりある程度のバランス感覚は必要なのかもしれませんね。

568 :日本@名無史さん:2009/03/03(火) 08:27:55
>>567
それはさすがに言いすぎじゃないかな?
せめて実践の一部、ぐらいじゃね?
エンジンかけて直進は出来てもそれで車運転できるとはいわんだろ。
まあ、レスの文意を汲めば多分わかった上で書いてるんだろうけど

伝習録のかなりの部分が格物致知と致良知の比較、解説を骨子としてる以上、
特にある程度の朱子学的な解釈に基づく孟子とかは前提的な理解として求められるし、
その辺の流れを消化した上じゃないと
陸象山の心即理が引っ張り出されてくることに説得力がない。
多分、このへんから天理を存し人欲を去る感じの実践的側面とつながると思う。

ただまあ、1900〜1910年代生まれの士官学校卒なら
未だその辺の基礎教養はけっこうあったろうし
気分的には敢えて吉田松陰あたりから入って
大塩の洗心洞箚記でもうお腹いっぱいじゃないかな。

569 :日本@名無史さん:2009/03/08(日) 13:33:02
>>568
歴史的に儒学の一派として陽明学を見るのなら、まったくその通りだと思いますが、
日本における幕末からの陽明学の流れとなると、
陽明学を儒学というより、武士道、禅であるとするような文章がかなり残っています。
なかには陽明学は支那の学問ではなく日本の学問であるという論まであります(これは私もさすがに言い過ぎだと思いますが)。
こういうことから、日本では、儒学から独立した学派として見る視点も存在していると言えるのではないでしょうか。

570 :日本@名無史さん:2009/03/08(日) 14:30:15
このスレレベル高いね・・・
私は峠を読んで山田方谷をしったのですが
その著”理財論”毎日読んでます。
短い分なのですが日々の仕事に本当に役にたちます。

江戸時代最大の財政家なのに何故か一般にはマイナーなんだよね。

571 :日本@名無史さん:2009/03/08(日) 20:25:32
ttp://silencio.seesaa.net/
影響を受けた本が陽明関連だけどどんな人なんだろう?
芸術家らしいが

572 :572:2009/03/19(木) 21:15:21
陽明学は、陽明が一丁字も知らぬ庶民にも学を講じたと言われているように、本来的には必ずしも朱子学的教養を前提としていません。

573 :日本@名無史さん:2009/03/22(日) 09:37:14
秋秋吟(シュウが携帯ではでない)を読むと清々しくなるのでとても好きで、いつしか暗誦できるようになってしまった。
この詩には陽明の思想の教訓が含まれているのかな

574 :日本@名無史さん:2009/03/22(日) 22:15:54
啾々吟ねぇ。
初めの方は清々しいとも思うが、東家の老翁とか痴人愚者がどうとか、
君子に相応しい詩とは思えず興ざめるのだが、私は特殊な例だろうか。

575 :日本@名無史さん:2009/03/23(月) 02:17:21
>>573
あれは陽明学の思想よりも王陽明の人柄そのものが出ているんだと思う。
高弟の徐愛が伝習録に、王陽明は快活率直で形式に捉われない人だったと書いているし、
あの吟からは、まさにそんな人柄が感じられる。

576 :日本@名無史さん:2009/03/23(月) 12:58:16
>>570
岡山県には山田方谷が由来の方谷駅や、同県出身の香西洋樹と古川麒一郎が発見した小惑星を山田方谷と名付けていたりと、
今でも地元でその名は生き続けているようです。山田方谷記念館もあるようですね。

577 :日本@名無史さん:2009/03/23(月) 19:53:19
>>572
出身などの別け隔てなく学門を教えたのも王陽明の特徴です。
秦州学派の第一人者として名高い陽明の高弟の一人、
王心斎も下層庶民出身ですが王陽明に師事して、その才能を多いに発揮しました。

578 :577:2009/03/23(月) 20:43:34
訂正
学門→学問

579 :572:2009/03/25(水) 12:35:04
そうなんですよねぇ。
王心斎の弟子にはまた、
ほとんど文字を知らないような木こりや焼物師、農民らがいましたね。

前の書き込みに陽明学は朱子学が分かっていないと云々というのがありましたが、
陽明自身は、是非の心としての「良知」を掴んでさえいれば、
朱子学の素養は必要ないと考えていたのではないでしょうか?
確かに『伝習録』内では「格物致知」に関する煩瑣な議論がなされているけど、
それは当時の知識界で新知見を発表するには、それを経書解釈の上でも
十分に証明しなければならない必要があったからだと思います。


580 :天爵堂 ◆GxL2yKkN1M :2009/03/25(水) 23:30:28
私は王龍渓や王心斎を否定はしないが、短絡的に陽明学を理解して、致良知のみで、四書五経の学習を軽視する様な左派的解釈をする人には余り賛成しません。
因みに、陽明学が朱子学を批判的に継承して生まれたのは事実ですが、王陽明は『朱子晩年定論』を書いて、朱子は晩年に陽明学に近い説に至ったとして、朱子との距離を縮める努力をしています。

581 :572:2009/03/26(木) 16:40:37
陽明学派において、「読書」という行為をどう位置づけるかは、
とても厄介な問題かと思います。
しかし、右派・左派関わらず、読書の大前提として、ある程度の
心の確立、あるいは、心内の天理と人欲とのせめぎ合いに極限まで
フォーカスしつつの読書が推奨されているようです。

王龍渓や王心斎は四書五経軽視とされていますが
(自分もそう思いますが)、
双方ともに新たな『大学』解釈を打ち出していますよね。
特に王心斎の学説は「淮南格物説」と呼ばれて、
かなり広範囲にわたって明代後期思想界に浸透したのですね。

中国近世において、新たな経書解釈を創出することは、
ある種、自己表現の手段だったようです。

582 :天爵堂 ◆GxL2yKkN1M :2009/03/26(木) 18:03:36
私の記憶違いかもしれないのですが、王心斎は、四書五経の内、『大学』、『論語』、『中庸』しか読んでない人ではなかったでしょうか?

583 :572:2009/03/26(木) 20:46:46
他にも、『孝経』と『礼記』は読んだようです。

584 :572:2009/03/27(金) 23:08:02
『朱子晩年定論』は、陽明がおよそ1600通あまりの朱子の書簡のなかから、
自説と一脈通じるような記述を選び出し、朱子の晩年に「仮託」して発表したものです。
その編集の粗雑さは、当時から批判の的になりましたし、また本人もそれを認めています。
このように、陽明は朱子学陣営の賛意も取り付けようと努力する意思はあったのですが、
それはあくまで陽明の恣意的な朱子学の読み換えに依存したもので、
朱子学徒に受け入れられるはずもありません。
もちろん、歴史的に見ても、陽明学とは朱子学の一要素が変化し、極限まで達したものとの見方は可能であり、
また、朱子の膨大な量の書簡中に、陽明の新説に利する内容のものが含まれていたわけですから、
陽明学を朱子学の連続態ということはできます。
しかし、その学問の内実をみますと、明らかに質的差異というか、方法論の相違があることを認めないわけにはいかないのです。
でなければ、「百死千難」を経て「良知」を悟ったことの意味がないでしょう。
以上、あまりにも当たり前のことを述べてしまいました。ご寛恕のほどを。


585 :日本@名無史さん:2009/03/28(土) 09:43:22
山田方谷は大政奉還の上奏文を起草した人らしい。
それが、山田方谷記念館に残っているようです。

586 :國學院大学卒:2009/03/28(土) 14:59:00
>>582
そうです。
よくご存じですね。
あなたには
かなりの学識がおありのようです。
陽明学についての知識はたまたま私のほうがありましたが、
知識の幅広さに関していうならば、
あなたの学識の素晴らしさにはかないませんね。


587 :日本@名無史さん:2009/03/28(土) 17:05:17
>>586
礼儀正しい方です。鑑としたいものですね…

588 :日本@名無史さん:2009/03/29(日) 10:47:04
林田明大の『いやな仕事もニッコリやれる陽明学』を読んだ人いませんか?

自己啓発本としては面白いけど、陽明学としてはどうなの?


589 :天爵堂 ◆GxL2yKkN1M :2009/03/29(日) 12:24:23
>>588
林田明大氏は、ルドルフ・シュタイナーとか、ゲーテとか、江戸しぐさ、桜井章一、鍵山秀三郎、韓氏意拳など、本来、陽明学と関係なさそうに思える思想や人物を例に挙げる傾向が強いと思います。
少しくらいなら構わないのですが、最近の林田氏はこの傾向が強すぎると思います。
もっとも、林田氏は陽明学を実践的なものとして捉えているから、その努力ゆえの苦心から、多様な例を挙げざるを得ないのかもしれません。
林田氏御自身、王学左派を評価しておられますが、林田氏自身も陽明学を象牙の塔の代物にしておく事が出来ない左派なのでしょう。

590 :日本@名無史さん:2009/03/29(日) 12:41:04
>>588
林田明大の真説伝習録入門なら読んだことがあります。
わかりやすく自らや友人の体験を示して、
陽明学を知らない人にも読みやすく良い本だったと思います。
陽明学とゲーテやキリスト教との共通点を示したりと珍しい視点も面白かったです。
「イヤな仕事もにっこりやれる陽明学」は読んだことがないです。

591 :天爵堂 ◆GxL2yKkN1M :2009/03/29(日) 12:46:13
世間一般の陽明学理解は「知行合一」を「言行一致」と誤解している場合が多い。
林田氏はこれを指摘して、行動と認識は本来別々にあるものではなく、分ける事の出来ない一つのものであるとして、一元論的に捉えるべきだとしています。
これは正しい。
また、司馬遼太郎の陽明学理解が間違っている事も指摘しています。


592 :日本@名無史さん:2009/03/29(日) 21:53:51
林田氏はベースは東洋思想というより、むしろ70年代位にはやったニューエイジ運動だよね。
だからこそ分かりやすいのかも知れないけど。

593 :日本@名無史さん:2009/03/30(月) 14:38:14
>>592
日本では良知説の解釈がいろいろとあるのですが、
江戸時代にも良知について、人知を超えた大いなる力という捉え方をする陽明学者がいます。
林田氏の解釈は、おっしゃるとおりニューエイジでよく言うような、人知を超えた力として良知を捉えている感じが強いですね。
現在スピリチュアルという名称で普及しているような概念にも近いところがあるように思います。
仏教で言う八万四千の法門として、若い人が陽明学に触れる入口としては良いと思います。
ただしスピリチュアルは妄想なりオカルトになりやすい面があるのでそこは気をつけるべきでしょう。

594 :日本@名無史さん:2009/03/30(月) 21:23:57
おぉ、
分かりやすい解説ありがとうございます。
江戸時代も良知を人知を超えた大いなる力という捉え方があったとのことですが、
中江藤樹やその弟子筋のことでしょうか?
藤樹学は、藤樹以降、宗教的神秘的要素が増していったと聞いたことがあります。


595 :天爵堂 ◆GxL2yKkN1M :2009/03/30(月) 22:01:26
大塩平八郎の『洗心洞サツ記』には、「致良知」と共に「帰太虚」が説かれています。
読んだのが大分前なので、少し間違いがあるかもしれませんが、大塩は「太虚」と言う気の分散した状態を良知の本体と理解していたはずです。
因みに、「太虚」と言う概念自体は、本来、道教の概念ですが、張横キョ(キョの字、携帯につき変換不可)が自説に取り入れていた様です。
陽明学は唯心論的と言われますが、大塩は太虚を説くに当たり、時に物理的、唯物論的とも思える様な表現をしていた様に私は記憶しています。
陽明学に興味のある方なら、一度、『洗心洞サツ記』に目を通して損はしないと思います。

596 :日本@名無史さん:2009/03/31(火) 02:40:11
『洗心洞箚記』は目を通しましたが、あまり物理的、唯物論的な感じは受けませんでしたね。
張横キョはともかくとして、陽明学派で「太虚」を語る場合、
物質の構成要素としての「気」の分散状態をいうのではなく、
終始、いわば「心法」として言っているのでは?
王陽明も「太虚」に言及していますが、無心無為の「万物一体の仁」
の言い換え位に感じます。


597 :天爵堂 ◆GxL2yKkN1M :2009/03/31(火) 19:54:08
洗心洞サツ記に久しぶりに目を通して見ました。
確かに、私が過去に唯物論的と思ったのはやや言い過ぎかもしれないと思いましたが、単に修養的意味合い、あなたが言う「心法」としてのみではなく、形而上的意味合いも大塩は含めていると思います。

598 :日本@名無史さん:2009/04/02(木) 00:32:44
修身教授録に中江先生を一番尊敬してあるとあった
そのほか慈雲とかを褒めていたな。

599 :日本@名無史さん:2009/04/02(木) 00:34:10
儒学の話で申し訳ないが
日本の儒学の正統なのは荻生徂徠って聞いたのだが
先生の著書を翻訳したものは現在では入手できないのではないかな?

600 :日本@名無史さん:2009/04/02(木) 02:25:12
頭山満

601 :日本@名無史さん:2009/04/02(木) 07:30:32
「凡そ小人の常、大なる事を欲して小なる事を怠り、出来難き憂ひて出来易き事を勤めず。」 二宮尊徳

602 :日本@名無史さん:2009/04/03(金) 04:30:49
日本儒学の正統が荻生徂徠って、
どこ情報?

603 :日本@名無史さん:2009/04/04(土) 12:10:37
諸阿修羅等居在大海辺ということを心即理を覚るうえでも注意しなければならないと思った。

604 :日本@名無史さん:2009/04/05(日) 04:18:41
宮崎学の血族で読んだけど陽明と朱子って客家らしいな

605 :國學院大學卒:2009/04/05(日) 13:09:26
>>602
ちゃんとググれば分かることですよ

606 :日本@名無史さん:2009/04/06(月) 08:41:13
心正しかれば即ち燈明らかに
気盛んなれば即ち物正し

607 :日本@名無史さん:2009/04/06(月) 08:48:27
間違えた

「気盛んなれば即ち燈明らかに
心正しかれば即ち物正し」

        春日潜庵

608 :日本@名無史さん:2009/04/10(金) 08:12:26
「世の中に誠の大道は只一筋なり。
神と言い、儒と言い、仏と言う。
皆同じく大道に入るべき入口の名なり」 二宮尊徳

609 :日本@名無史さん:2009/04/11(土) 08:15:00
陸澄が問う。
「静かな環境では気持ちが安定していると実感出来ますが、
少しでも事が起きると同じようにはいかず、気持ちが動揺します。
これはどういうことでしょうか。」

王陽明先生が言う。
「それは、静かな環境で自分を養うことのみを知って、
私欲を克服する努力は、していないからである。
そんな状態では、対処するべき事が起きても、
すなわち傾き、倒れるようなことにしかならないだろう。
人は必ず事の上で自らを磨くべきなのだ。
そうであればこそ自然と心は動揺しなくなり、静かな環境にも気持ちは安定するし、事が起きた動の局面にも気持ちは安定するのである。」

610 :日本@名無史さん:2009/04/11(土) 22:02:02
事上磨錬

611 :日本@名無史さん:2009/04/12(日) 10:41:12
吉田公平氏の伝習録を買いました。

以前、何の予備知識もない頃に伝習録を図書館で読んだことがありましたが
さっぱり意味不明でした。若干の予備知識と古典漢籍の言い回しに少しなれた今、
以前よりは理解できる気がしてなかなか嬉しいです。

陽明の学は心の陶冶と言いますが、その手がかりが陽明の言葉であるという捉え方で
読み進めてゆこうかとおもいます。



612 :日本@名無史さん:2009/04/12(日) 13:23:37
「万物を生みだす宇宙の生成原理である孝が、
人間の日常生活に現れたところを手近に名付けていえば、
愛敬の二字にまとめることが出来る。
愛とは人と懇意に親しむという意味である。
敬とは上の者を敬い、下の者を軽んじ侮らないという意味である。」 中江籐樹【翁問答】より

613 :日本@名無史さん:2009/04/13(月) 23:15:38
今の中国では陽明学はどういう扱いなんですかね?

文革で完全にトドメ刺された形かな

614 :日本@名無史さん:2009/04/15(水) 12:08:11
最近では、儒学が見直されつつあるようですね。
 

615 :日本@名無史さん:2009/04/15(水) 12:12:48
少なくとも以前のような先入観や偏見はないと思う。
もちろん、人によるだろうが。

616 :日本@名無史さん:2009/04/15(水) 12:13:44
少なくとも以前のような先入観や偏見はないと思う。
もちろん、人によるだろうが。

617 :日本@名無史さん:2009/04/15(水) 21:44:40
不思議なのは、現中国は儒教の国だと言われるのに、
中国人の行動形態は全く孔孟や陽明の教えと何も関わっていないように見えるということ。
例えば、タイは小乗仏教の国で、タイ人は皆敬虔な仏教徒です、と言われて、
実際に行ってみると、まあ胡散臭い坊さんも結構要るけど、確かに仏教の国だなと感じる。
でも、中国人は『同じて和せず』など、聖人の教えのマイナスを地で行く人が多い気がする。

文化大革命で思想家や知識階級は死滅してしまったのかと思ったら、
最近読んだ渋沢栄一の本「論語と算盤」にも同じようなことが書いてあった。

あの平原の大陸で、紀元前から同じ民族・文化が続くと考える方が無理が有るといえばそのとおりだが、
なんだか腑に落ちない。
春秋時代から、ひたすら『小人』の国に成り下がってきた気がする。

618 :日本@名無史さん:2009/04/16(木) 22:08:20
中国では儒教は基本的に一部エリートのものだが、
民衆にはどれほど浸透していたんだろうか。

619 :日本@名無史さん:2009/04/18(土) 16:37:20
中国大陸の一般民衆には儒教よりも道教のほうがやはり浸透していたと思うし、
相性がよかったんじゃないのかなと。というほどには、余り道教は良く知らんけど。

朝鮮は李氏朝鮮あたりから朱子学儒教一辺倒になってしまって、しかも王陽明が
批判した朱子学理解のやってはいけないパターンにはまってしまった感じ。
理を外に求め、教条主義的になると。

そういう意味で、私欲を払い、至善たる自己の心の本体(良知)を発揮させる(致す)という陽明の学は
実践できたかどうかはさておき、日本人の質朴で清浄なものを好む感性には合ったのだと思う。


620 :日本@名無史さん:2009/04/20(月) 22:12:15
>>619
日本に比べて朝鮮は縦の関係が強いのでしょう。
儒学の中にあって横の繋がりの強かった陽明学が朝鮮ではあまり受け入れられなかったのはわかる気がします。
陽明学はもちろん孝も忠も重要視するけど、それを教条的絶対視しないことで、
孝や忠を自らの利益のために悪用する人間を防いでいるのだと思います。

621 :日本@名無史さん:2009/04/21(火) 01:08:03
>>617
あれだけの多民族が混在している巨大国家だということもあるだろうし、
儒学を生んだ国ではあるけども、
韓非子の法家の思想や孫子の兵法を生んだ国でもあることをお忘れなく。

622 :日本@名無史さん:2009/04/25(土) 15:10:53
『心の本体は至善』と『無善無悪説』がどうしても矛盾があるように思えて、腑に落ちません。
どなたか、未熟な私に解説をお願いします。


623 :日本@名無史さん:2009/04/25(土) 21:45:47
>>622
そこはまさに天泉橋の問答で語られたところですね。
陽明学に左派と右派が生まれたことのヒントが、天泉橋での王龍渓と銭徳洪の四句教の捉え方の違いにあるのでは?

624 :日本@名無史さん:2009/04/28(火) 13:39:50
常に心学の道をはなれず


625 :日本@名無史さん:2009/04/30(木) 15:41:59
「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、衆目駭然、敢て正視する者なし。これ我が東行高杉君に非ずや」 伊藤博文

626 :日本@名無史さん:2009/05/04(月) 02:11:54
たとえ雲に隠れても太陽は太陽のままだし、月は月のまま

627 :日本@名無史さん:2009/05/04(月) 02:18:54
武陽陰士っていうコテが文学板を荒らして困ってます。
どうにかして下さい。ちなみにあだ名は芋姉ちゃんw

628 :日本@名無史さん:2009/05/05(火) 00:19:25
「忠臣孝子とはいわゆる道義的、道徳的に解釈するから堅苦しくて肩が凝る。
しかし、本当の忠臣孝子というのは情のあつまり、情のいたれる者だと言うのです。」 安岡正篤

629 :日本@名無史さん:2009/05/06(水) 00:22:40
「険夷もと胸中に滞らず、何ぞ異ならん浮雲の太空を過ぐるに。
夜は静かなり海涛三万里、月明錫を飛ばして天風を下る」王陽明

630 :日本@名無史さん:2009/05/06(水) 00:26:33
陽明が竜場に流される途上で詠んだ詩ですねぇ。

631 :日本@名無史さん:2009/05/06(水) 10:04:13
二十六年夢の如く過ぐ
平昔を顧思すれば感ますます多し
天祥の大節 かつて心折す
土室なほ吟ず正気の歌

橋本左内が獄中にて作った詩

632 :日本@名無史さん:2009/05/07(木) 06:53:29
「箇箇の人心に仲尼有り、
自ら聞見を将(も)って遮迷に苦しむ。
而今指与す真頭面
只だ是れ良知更に疑ふ莫かれ」
王陽明「良知を詠ず」

633 :日本@名無史さん:2009/05/07(木) 10:51:53
「孝を尽くせば何事もうまく処理できる。孝は東洋の道徳の根本である。」 孫文

634 :日本@名無史さん:2009/05/07(木) 22:58:47
後世必ず吾が心を知り、吾が志を憐み、吾が道を信ずる者あらんか 橋本左内

635 :日本@名無史さん:2009/05/07(木) 23:10:43
橋本左内、いい言葉ですね。

636 :日本@名無史さん:2009/05/09(土) 11:46:31
自己の本領の是当するに因り便ち防範上に於いて疏濶にす可からず。

「自己の本領である心が正しいからといって、禁令法律などの外面的な規定を疎かにしてはならない。」 王陽明

637 :日本@名無史さん:2009/05/09(土) 14:42:24
>>629
王陽明の作る詩は爽快感があるね。
颯爽とした人柄が伝わってくる。

638 :日本@名無史さん:2009/05/10(日) 16:04:49
きこりは山にとり、漁夫は海に浮かぶ。人、各々の業を楽しむべし。 中根東里

639 :日本@名無史さん:2009/05/11(月) 23:44:14
「出る月を待つべし 散る花を追うことなかれ」 中根東里

640 :國學院大學卒:2009/05/13(水) 18:27:53
>>514
私も日本陽明学に関心があります。

このスレッドは以前から
知っていましたが、
「格物」だとか、なんだか
幾何学のような知識は
面倒で苦手なのでスルーしていました。

もう少し勉強したいと
思います。

641 :日本@名無史さん:2009/05/13(水) 23:37:57
私も日本の思想から興味をもって陽明学に関心を持ちました。

幕末などの歴史小説、史伝

吉田松陰の留魂録、南州遺訓、言志四録など

陽明学の周辺関係、孫子

伝習録、孟子、論語

と時代をさかのぼって濫読している感があります。
理解はしていませんが、なぜか有る頃からか古典漢籍に面白みを感じるように・・。
昔は全く興味も関心もなかったのに、まさか自分が読むようになるとは。。
人間は不思議です。


ところで、孫子は割りと以前から読んでいるのですが、これは面白いですね。
仁だの義だの天だのという思想性を極力廃して、リアリストに徹して他のものとは
全く違う角度から、厳しくも暖かく人間性を説いている気がします。
兵書だから当然と言えば当然ですが、論語が母性ならば、孫子には父性を感じます。



642 :國學院大學卒:2009/05/14(木) 00:58:44
なるほど。孫子には父性ですか。

私も言志四録や南洲翁遺訓に
感銘を受け、もう一つの
日本儒学スレッドを立ち上げた次第です。

昔は三島由紀夫の作品を
けっこう読みましたが、
今思いかえすと
彼はあまり日本陽明学的では
なかったような気がします。

643 :日本@名無史さん:2009/05/22(金) 20:25:36
慶長17年3月
駿府の徳川家康は林羅山と湯武放伐論について論議を交わしていた
そんな中で家康が羅山に中庸の徳についての質問をした
「周の武王は殷の紂王を討ち、天下を得た。
主君を弑すのは悪い行いだが、その動機は主君の不義を憎む善い心から来ている。
こういう善でも悪でもない行為を中庸というのではないか」
それに対して羅山はこう答えた
「武王が忠義を捨てて紂王を討ったのは、決して己の欲のためではなく、
ただ天下万民のため、悪逆を除き、世を安んじたいと願ったゆえのこと
これは少しも悪いことではありません」
家康はこの答えに感心したという。

なんとなく家康の中の善悪の定義や倫理観が見えてくるお話


644 :日本@名無史さん:2009/05/24(日) 14:01:53
中国と違って車の両輪というか、日本で陽明学をやる人は朱子学も必要
と考えた人が多いのではないか。
孟子の尽心のいうように主観の世界は大切だが、朱子学流の事々物々の理
だって必要なことには違いなく、両者に先後軽重はないというのが日本流
理解のように思う。
朱子学という概念がなくなった現代日本で儒学に興味を持ったなら、朱子の
注釈も活用しながらいろんな古典を読んだ方がよい。

645 :日本@名無史さん:2009/05/25(月) 15:23:44
事物の理に格ることなど本当に出来るのだろうか?
例えばトリカブトという植物がある。
植物として鑑賞しようという意が自分にあれば、その他の植物同様に自然鑑賞として心が癒される。
しかしトリカブトを毒物として見たらどうなるか?
やはり心にこそ理がある。

646 :日本@名無史さん:2009/05/25(月) 23:38:34
格物致知や性即理の解釈などどうでもいいが、トリカブトにどう接する
かは植物の基礎知識があってはじめて判断できること。
経済や自然科学の法則について判断を下すのに対象の理解が前提となる
のも当然だろう。
現実は良知だけではなんともならない。

647 :日本@名無史さん:2009/05/26(火) 18:53:06
めんどうな朱子学的妄想を始めだしやがった。
大陸や半島儒教を堕落させたのはこれだろ。

648 :日本@名無史さん:2009/05/31(日) 19:26:42
朱子学より、論語と孟子を読んだ方が陽明学の基礎になると思う。

対象物の理そのものに意味が有るのではなく、それを良知がどう判断するかに意味が有る、というのが心即理
の言わんとするところなのかと思ったのですが、この理解は間違ってますかね?
情報をいくら集めてもそれは自分の情報ではなく、その是非を判断して扱ってこそ情報という・・


649 :日本@名無史さん:2009/06/03(水) 15:34:19
>>648
良知の判断を好悪の感情にまで究めてこそ、良知が尽くされる。
というようなことを王陽明も言っています。
大学にある、
「その意を誠にするとは、自ら欺くなきなり。悪臭を憎むが如く、善き色を好むが如く」
もこのことだと思います。

650 :日本@名無史さん:2009/06/08(月) 17:54:17
>>646
良知とは人が生まれつき持っている是非の心。
後天的に学習して得る知識も良知によって学ぶのではあるけど、
是非の判断をする良知と、学んで知った知識を同じように語るべきではない。

651 :日本@名無史さん:2009/06/12(金) 15:47:12
「我は我、人は人にてよく候。」 熊沢蕃山 



652 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 18:23:30
「(良)知は心の本体であって、心は意識せずとも自然に知覚することが出来る。
親を見れば自然に孝を知り、兄を見れば自然に悌を知る。
赤ちゃんが井戸に落ちそうなのを見れば自然に体は助けに向かう。
これこそが良知であって、外に求める必要のないものである。
もし良知が発して、さらに私欲による障害がなければ、
孟子の言うところの、惻隠の心を拡充していけば、仁は用い切れぬほど広大なものになる。というところである。
しかし常人には私欲の障害がないわけにはいかない。
だからこそ格物致知の功を用いて、
私欲に勝ち、天然自然の理にかえるようにすることが必要なのである。
もしも心の良知に障害なく、それを充実して自由に発揮するならば、
これが(良)知を致すことである。
(良)知が到れば意も誠になるのである。」 王陽明

653 :日本@名無史さん:2009/06/15(月) 20:56:46
「聖人の(良)知は、言うならば青天に輝く太陽であり、
賢人の(良)知は、浮雲ただよう空の太陽であり、
愚人の(良)知は、雲に暗くおおわれた太陽である。
明るさは同じではないが、その光で黒白が識別できるという点では同じである。
暗闇の夜でさえ、うすぼんやり黒白が見分けられるのは、太陽の余光がまだ残っているからに他ならない。
困苦して学ぶべき凡人の功夫も、まずこのわずかな明るみから学んでいくことだ。」 王陽明

654 :日本@名無史さん:2009/06/16(火) 19:53:21
「致知は、あくまで、各自の力量に応じてなされる。
今日、良知がしかじかのものであるなら、
今日の良知の及びうるところをとことんまできわめていく。
あくる日、良知に開悟するところがあれば、
その及びうるところをまたとことんまできわめる。
このようにしてこそ、はじめて精一の功夫といえる。
人に学を講じる場合にも、やはりその人の力量に応じてなされねばならない。
たとえば、樹木の萌芽の時点では、それに適した量の水をかけてやり、
芽が成長するにつれてその量を増やし、一握りの太さから一抱えの太さに育つまで、
水やりは、その木の成長の度合に応じてなされる。
もし小さな萌芽に、大量の水をかけたりしたら、芽は水浸しになって、駄目になってしまう。」 王陽明

655 :日本@名無史さん:2009/06/22(月) 12:53:24
「物を贈るには薄くして誠あるを要す。
物厚くして誠なきは人に接する道にあらず。」 上杉鷹山

656 :日本@名無史さん:2009/06/23(火) 23:30:08
万物一体の仁ってのがさっぱり分からんのですが、誰か教えてください。

657 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 10:33:43
>>656
One for All,All for One.

658 :日本@名無史さん:2009/06/24(水) 13:55:31
一即多、多即一の世界観に人の優しさをそっと添える。
花瓶に水をあげましょう。心のずっと奥のほう。

659 :日本@名無史さん:2009/06/25(木) 19:53:54
「孟子曰く万物皆我に備わる。
身に反りて誠なれば、楽しみこれより大なるはなし。
恕をつとめて行う。
仁を求むることこれより近きはなし。」

660 :日本@名無史さん:2009/07/01(水) 11:45:30
タチバナ出版の伝習録を愛読しています。
これはこれでいいのですが、これは伝習録下巻のみを扱っているので
今度は上巻や中巻、陽明の詩を含めて読みたいのですが、いい書はありますか?



661 :日本@名無史さん:2009/07/03(金) 13:39:17
>>660
その条件でしたら王陽明全集(全十巻、明徳出版社)はどうでしょうか。

662 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 08:07:08
「怠情のときは怠情を知らず」 春日潜庵

663 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 22:33:19
新釈漢文大系の伝習録であれば、全巻に翻訳がついてますよ。

664 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 14:44:25
>>660
タチバナ出版の伝習録はどうだったでしょうか?
感想などお聞かせください。

665 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 14:56:51
水を飲んで楽しむ者あり。
錦の衣きて憂うる者あり。

中根東里

666 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 22:53:22
>>658
この引用オタクレスは國學院大學卒のレスだな。しかし平日の昼間とは、ずいぶんとニートな日常w

667 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 23:31:53
突っ込まれるとガン無視
ウワゴトの様なレスを繰返す。マジキチ

668 :日本@名無史さん:2009/07/21(火) 00:46:50
>>655
おじさんはどうしておしごとしないの?

669 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 12:29:29
吉田松陰 『無逸の心死を哭す』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7358433
http://www.youtube.com/watch?v=WH0bbJTo024

 『惨は心死より惨なるはなし、蓋し身死して、而も心死せざる者は古聖賢の徒、
 不朽の人なり。』

670 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 12:31:26
>>643
湯武革命論 山崎闇斎 崎門学
http://www.youtube.com/watch?v=7GK19ytBXkU
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7541823

山崎闇斎は江戸時代の儒者、神道家であり、朱子学では「崎門学」、神道では「垂加神道」
を開きました。寛文五年(一六六五年)、幕閣・会津藩主保科正之の賓師に迎えられ、殉死
の禁止など幕藩政治にも影響を及ぼしました。弟子では浅見絅斎が著名であり、更にその
弟子の若林強斎や、土佐南学の谷秦山らがその継承者として知られています。更に幕末
では、橋本景岳、梅田雲浜、横井小楠ら、明治時代では西南戦争の谷干城将軍(谷秦山
の子孫)が知られています。闇斎は心神(人の心)は天神からの賜物であると考え祀りまし
た。現在は下御霊神社内の猿田彦社に配祀されています。「湯武革命論」は湯武放伐を
程子、朱子の論を基に考察し、革命を否定した重要な書です。これが後世の尊皇攘夷思想
に大きな影響を与えたものの一つになりました。

※山崎闇斎はこの考察で湯武放伐を否定。
※林羅山が極端なチャイナ・スクールだったことは有名。

671 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 16:27:12
引用オタクがコテ使い分けてるスレ

672 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 17:17:43
>>671
國學院大學卒のことか

673 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 18:26:23
>>664
遅れましたが・・
タチバナの伝習録は、訳文、読み下し文、白文と揃っています。
自分にはこれらが揃っているのがありがたいです。
訳文のみだと訳者に依存してしまうし、素読ができないので。書き下し文だけだと
意味が分からない・・。
また、サイズは文庫文より大きいですが持ち運びには苦労しないサイズ。通勤時にはバッグに入れています。
訳文の出来が個人的には?な気もしますが、平たく表現しようとした結果ではないかと。
解説も自分には最初は分からなかったし、また今でも分からない部分があります。
これは訳者というよりも自分が初学者だからということもあるので評価とは言えないかもしれない。
伝習録自体が朱子学や当時の用語を多く用いて、良知を繰り返し解説する、というスタイルの文章が多いので
当時の用語に精通していない人は、自分も含めてとっつきにくいかも、と思いました。

あとは、上でも書きましたが、これは伝習録の精髄は下巻にある、ということで
下巻のみをあつかっているので、上中巻は対象外です。
また詩(陽明の詩はさっぱりとさらりとすることを詠むので日本人は好きになるはず)が載っていないのが
ちょっと残念です。欲張り?

以上、初心者の自分が思うがままに書いてみました。
お粗末さまでした。



674 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 11:25:51
>>673
書き下しも訳者の解釈。つか訓点のほどこしが学者によってまるで違うのは常識。
無知まるだしだなw

675 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 17:23:28
そうですか。
それは良かったですね。
ホント驚きですよね。大したもんです。


次の方どうぞ

676 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 17:55:12
御託ならべる前に高校程度の漢文レベルは最低限クリアしろよw

677 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 19:15:06
なるほど
それもそうですね
貴方が正しいと思います。

次の方どうぞ

678 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 00:46:45
>>673
一般的に伝習録の精髄は下巻にあるとされます。
まぁ、その通りではあるのですが、
初学者が生活において陽明学を実践することにおいては、
上巻の金の重量の話などは大変参考になりますし、
中巻にはなんと言っても三輪執斎が、
「これ至論中の至論、明文中の明文。秦漢以来、数千年の間、ただ此の一文あるのみ。」
と評した抜本塞源論(顧東橋に答える書)があります。
中央公論新社の伝習録は現代訳のみなのですが、
訳文と、必要最小限の解説が素晴らしく、
上中下巻収録なので私はお薦めです。

679 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 18:18:53
通りすがりですが…
このスレに目を通すくらい人生について考えている人が、他人の理解が浅いとか漢文も読めてないとか批判するの?
悩むってことが、すなわち人間がみな聖人となれるんだって証明だとおもうから、
他人の解釈がおかしいとか、実践できてないニートだとかナンセンスかも。

自分は陽明学も禅も理の核心に一挙に悟入することを目指していると理解してるんだけど、
だからこそ机上の空論よりも経験=事上練磨が基本で、他人のコメは自分の理解を確かめて補うくらい。
間違っていると思えば採らなければいいし、同学の方がいるということが素直に嬉しい。

因みに、私は禅から入って、座禅会に通ったり禅師の語録とか読んだけど、
在家として生きていくには何か足りないって思っていたときに陽明学にたどり着きました。
個人的には伝習録が理解できたら、あとは書物よりも実践のみと思います(古典って難しいしね)。

680 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 20:33:25
禅は私も好きです。というより仏教書が好きですね。
禅は仏教の教えの中でも教外別伝を自認する流派で、
密教が釈迦の全生涯を学ぶのに対して、
禅宗は釈迦が菩提樹の下で坐禅して悟った部分を指すことを目的としていると理解しています。
話は変わりますが、書物を読むことと事上磨錬を分けて考えているようですが、
書物を読むこと自体を目的とせず、
書物を読むことの上で良知を致すなら、
読書即事上磨錬ということになると思います。

681 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 23:19:15
>>679
人生について考えてる奴が、2ちゃんで油売るかよwバカまるだしだなw
高校程度の漢文力もねー奴じゃしょーもねーよ(笑)

682 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 23:33:51
スイッチ入ってしまった方が約一名いるようですが・・・。


683 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 23:38:28
>>682
タチバナ文庫じゃマズいだろw

684 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 23:42:05
ここには國學院さんは来ていないと思うし、
國學院さん本人も儒学スレで、
陽明学スレの存在は知っているが、
あそこは幾何学的なレスばかりでよくわからないから、
自分は行かないみたいなこと言ってたよ。
だから國學院さんへの反感でやってるなら、
このスレでやっても無意味だと思うね。

685 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 23:46:42
つか>>673のレベルの低さ見てもクソスレだろwなあ国さんw

686 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 23:52:27
>>684
このスレに限らないが、いいかげんコピペレスは止せ。ウザすぎ

687 :1:2009/08/02(日) 00:05:17
私は本当に國學院さんじゃないんですけどね(笑)。
タチバナ文庫版を紹介してくださった方も國學院さんだとは思えないですし。
でもまぁネットでIDもない板だからわかんなかったり勘違いもありますよね。

688 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 00:10:19
>>687
自演指摘してから国さんの書き込みがぷっつり…(笑)
それと、
本人じゃないというのならスルーと、バカはバカなりに最小限の漢文力くらいと、コピペレス(國學院の癖なんよw)は止めることくらいは覚えてくださいな(笑)
國學院こと天爵堂さんw

689 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 00:28:02
>>687
やっぱり國學院大學じゃんwあおりに弱い奴だw
儒教スレで天爵堂まで出してきたのは失敗だっなw

690 :1:2009/08/02(日) 10:10:42
>>689
言っとくけど、本当にそれオマエの思い込みだよ。
言ってもムダだろうけど。
國學院と天爵堂も儒学スレでつまらない争いして、こっちに迷惑かけるの止めてくれ。
以上、以降荒れるようなら無視、規制報告などの処置をとる。

691 :679:2009/08/02(日) 11:05:52
ここで荒れてる人は、まだお若いんでしょうね。

自分が知行合一を実現できないことだけを憂いて、
他人の振舞いや過誤は許す。

何のために学ぶのか、
真摯な志を立てられる日がはやく来るといいですね。





692 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 14:39:50
>>691
ここは倫理板(つか哲学板)じゃなく日本史板なんだが…
だいいち陽明学を研究してる思想史の学者は知行合一なぞははなから目指してはいない。バカまるだしだな(笑)

693 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 14:50:03
大変申し訳ありませんが、もう黙れ


694 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 15:00:26
>>693
つか、今さっきも書いたように板違いだぜ、國學院大學=天爵wさっさと哲学板池アホ

695 :日本@名無史さん:2009/08/05(水) 23:00:38
道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。 二宮尊徳

696 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 13:47:47
「仁者無敵」 孟子

697 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 13:54:18
144:火水 :2009/06/25(木) 13:31:01 ID:Ar4DQBVH
天の理は地の理であり、地の理は天の理である。
このようでなく、天の理であって地の理ではなく、地の理であって天の理ではないのなら、
それを天理とすることは出来ないのではないだろうか。

698 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 18:43:04
「強権に抵抗してこそ、我々は天に順って行動することになる。」 孫文

699 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 22:15:24

2 :敬天之民:2009/02/22(日) 19:04:44 ID:5HR0PASB
世の中を救いたければ、まず自分自身を救わなければなりません。
自分自身を救うとは即ち、己に克つことです。


700 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 01:35:00
「学ぶ者は『志士は死んだときに溝や谷に捨てられる覚悟を持つ』という孟子の教えを信念としなければならない」 朱子

701 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 20:33:02
天爵堂=國學院大學卒、パソコンに一日中張り付いてコピペレス乙であります(笑)
ついでに、
ニートバレしないがためのコテハン抜きも乙です!!

702 :日本@名無史さん:2009/08/14(金) 11:02:36
自ら責むること厚ければ、なんぞ人を責むる暇あらんや 春日潜庵

703 :日本@名無史さん:2009/08/14(金) 17:38:36
苦冤 洗いがたく 恨み禁じがたし
俯すれば即ち悲痛 仰げば即ち吟ず
昨夜 城中 霜始めておつ
誰か知る 松柏後凋の心


橋本左内の詩です。

704 :日本@名無史さん:2009/08/14(金) 17:50:18
子曰く、歳寒くして然る後に松柏の彫むに後るるを知る。

孔子は言う。厳しい冬がやって来た時に、
努力した者と怠けてきた者との区別がつく。

705 :日本@名無史さん:2009/08/16(日) 20:28:54
コピペレスは天爵堂=國學院大學卒のカキコです。
ちなみに、なぜコテなしかと言うと2ちゃん依存症のヒマジンということが
バレないためです。カキコは古くさい道徳ですが、
私生活はニートという非常に新しい生活形態を
天爵=國學院はとっておりますw
以後お見知りおきくだちゃれwww

706 :國學院大學卒:2009/08/16(日) 20:31:56
勝手なキャラ設定するな

707 :日本@名無史さん:2009/08/16(日) 20:50:10
>>706
事実ですからw事実ヒマだから即レスなわけでw

708 :日本@名無史さん:2009/08/16(日) 20:52:51
國學院大学卒がレスするスレには名無しコピペレスが多いのは
何故や?

709 :日本@名無史さん:2009/08/17(月) 22:14:55
>>706
いつから仕事しだしたんだ?国さんw

710 :日本@名無史さん:2009/09/03(木) 13:42:54
王陽明門下で、もっともその真意を
継承できた弟子って誰なんでしょうかね?

711 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 00:29:43
>>710
左派とされる王龍渓、右派とされる銭徳洪との天泉橋での問答で、
両者の見解は双方相まって一つとなるもので、
どちらか一方に偏ってはならないと王陽明は答えていますので、なんとも言えないですよね。

712 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 15:46:04
右派/左派の区分ですが、銭徳洪を右派という
人が多いですが、岡田武彦の本によると厳密には
右派(帰寂派)→ジョウ双江など
正統派(修証派)→銭徳洪など
左派(現成派)→王竜渓ら
となります。
岡田氏は銭徳洪を文字通り正統と考えて
いたようですね。

713 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 21:28:57
「天を怨まず、人を咎めず、ただ身近なことを学んで、道に達するのみ」 孔子

714 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 21:47:28
「博愛これを仁と言い、行動して宜なるを義と言う。
これより至るを道と言い、足りて外より待つことなければこれを徳と言う。」韓愈

715 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 23:57:17
「著実にゆきて良知を致せば、
すなわちこれ誠意なり」王陽明

716 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 00:06:56
「ひとたび志を立ててより後は、
刀々血を見る」楠本端山

717 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 00:47:26
國學院大學さん相変わらずヒマですなw

718 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 01:25:33
蛇足ですが、「刀刀見血」というのは、
現代中国語でも使われる表現で、辞書的には
「手段や言葉がいちいち辛辣なこと」
という意味だそうです。


719 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 10:09:45
>>718
>>716の楠本端山の言葉が理解出来ません。
どうか解説をお願いします。
(しばらくの間、sage進行で行きませんか?
メール欄にsageと入力すると新規レスを書き込みしてもスレ先頭に上がらないので荒らしが来にくくなります。)

720 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 10:41:32
訳すると、
「いったん志を立てて学問修養を事としたならば
一つ一つの言動が、血がにじむように真切なものとなる」
となるでしょうか。
陽明先生いう所の「一棒一条痕、一掴一掌血」と同じです。
聖人になる志が確立されると、
善ヘと向かう意志が先鋭化され、
自ずとそれが個々のふるまいにまで表れてくるのだ。

721 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 05:43:15
>>720
ありがとうございます。
そのような意味合いがあるのですね。

722 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 00:31:20
>>720>>721
陽明学を云々する前に、働けよクズ

723 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 10:00:31
はかなくも
悟りいづこと
求めけん
誠の道は
我に具はる  中江籐樹

724 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 22:27:18
>>723
朝から何やってんだ?働けよクズ

725 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 09:20:08
しつこい、きもちわるい、國学院でもここまでしつこくない。

726 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 12:37:03
>>725
國學院大學さんは相変わらずヒマですなw

727 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 17:13:59
>>726
國學院もオマエもどっちも暇そうに見えるけど(笑)。
怒りすぎて自分が見えなくなるってことはあるわな。
國學院も迷惑かけても謝れないし、ストーカー野郎はキモいし、
まったく迷惑な話だよ。

728 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 21:01:18
>>727
ブヨ?

729 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 21:36:52
確かにストーカー野郎は武陽陰士っぽいな(笑)

730 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 08:40:59
>>729
武陽本人もしくは武陽を真似した奴なのはガチだな

731 :728:2009/09/27(日) 08:51:11
>>729
というあんたは、たぶん國學院氏じゃないかw

武陽の亡霊に付きまとわれて大変だなw 連投スマソ

732 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 10:39:49
見えない敵と戦っているのか、それとも自作自演なのか。
謎が謎を呼び

733 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 10:40:56
見えない自由が欲しくて
見えない銃を撃ちまくる

734 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 11:13:58
良知も阿弥陀仏も神も見えないのである。
ゆえにみえるといえる。
見えない自由も見えない銃もそうであろう。

735 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 11:18:45
見えないものと見えるものとは二つで一つ
どちらが欠けても成り立たぬ

736 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 14:09:01
>>729
俺(728)が言っているのは>>727
ブヨーなんだろうってこと。普通こんなところでストーカーなんて言葉
使わんだろw

737 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 21:18:10
まあどっちでもいいから黙りやがれというのが住人の総意です。


738 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 22:08:21
>>737
じゃなくよ、引用レスヨセなんだがな

739 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 22:35:22
>>737
ここって哲学板?

ここは史学板なんだから、
道徳とかは、あっちでやってくれんか。オナニーレスが気持ちいいのはわかるがw

740 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 23:39:48
しかし國學院のことヒマ呼ばわりするオマエも見るかぎりヒマそうだな(笑)
國學院に働けだの言ってたけどオマエは働いてんの?
神経質そうだし職場とかでちゃんと人間関係こなせてる?
心配になってきちゃったよ。

741 :日本@名無史さん:2009/09/27(日) 23:55:27
>>740
ワロタw本人出てきた乙

742 :日本@名無史さん:2009/09/28(月) 00:02:40
>>740
國さんらしいカキコの、
ひんぱんな朝からレスとレス分量の多さはニート臭がするよw

743 :日本@名無史さん:2009/09/28(月) 00:23:13
病気だな
思い込み激し過ぎ
なに言ってもムダだろう

744 :日本@名無史さん:2009/09/28(月) 00:36:41
己以外皆國学院
或自作自演

745 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 22:46:12
慎独について、どなたか講義してくださいませ。


746 :日本@名無史さん:2009/10/18(日) 12:44:43
『大学』『中庸』に出てくるね。

747 :日本@名無史さん:2009/10/18(日) 20:47:43
>>745
板違いだボケ

748 :トキ:2009/10/18(日) 21:07:24
なんだ、このスレ。
初めて来た。
「寧王の乱」の話もしてるのか。

749 :日本@名無史さん:2009/10/27(火) 09:49:26
何かと言うと板違いと言うわりには、他に話題が全くないなw


750 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 22:46:22
↑スレ自体が板違いなのも気がつかぬ底抜けのアホw

751 :日本@名無史さん:2009/11/01(日) 20:02:52
心という鏡は磨けば磨くほど対象をはっきりと映しだすだろう。
心の鏡を磨くことに完成はなく磨かなくなれば日に日に汚れが付着してしまう。

これ精これ一 知行合一はこのようであるべきだと思う。

752 :日本@名無史さん:2009/11/01(日) 20:36:01
だからこそ常に聖賢豪傑にたる志を維持し、
心の汚れを掃除していくべきだろう。

753 :日本@名無史さん:2009/11/02(月) 21:46:57
>>751
>>752
だからその御託のどこが日本史なのか? 迷惑なんだよボケナス

754 :日本@名無史さん:2009/11/02(月) 22:26:42
>>753
迷惑ってなにが?
このスレが日本史板にふさわしくないと思うなら削除依頼にいけよ。
それをしないで粘着して暴言吐いて、
ここは國學院が名無しで書き込みしてると勘違い(笑)。

ここは日本史に影響を与えた陽明学のスレ。
その思想の紹介と、それを自分がどう思うか書き込むのは日本史板のルールの範囲内で許されると思っている。
オマエにはこのスレを停止させる権限ないだろうが。
だからオマエは削除依頼して運営の判断を問えばいい。
勝手に自意識過剰で文句つけてくんなよ。
な、ヒマ人

755 :日本@名無史さん:2009/11/02(月) 23:03:25
>>754
國學院だなんて言ったか俺?

上のそれらは俺のモドキで
俺じゃない。

756 :日本@名無史さん:2009/11/02(月) 23:09:23
>>754
陽明学かじってるんならスルーしろやw國學院w

757 :日本@名無史さん:2009/11/03(火) 00:29:15
>>755
削除依頼の件については返事なしなんだな。

>>756
意味不明
オマエの思い込みを学問と他人に押し付けるな

758 :日本@名無史さん:2009/11/03(火) 17:51:38
>>756>>757
どっちもどっちだなw

759 :日本@名無史さん:2009/11/06(金) 23:52:42
テレビテレビテレビテレビテレビテレビテレビテレビテレビテレビテレビテレビっおにテレビっおにっおにっおに

760 :日本@名無史さん:2009/11/18(水) 00:23:21
>>754
ロムってるだけのオイラでも、國さんの自演だってのは気づいた

761 :日本@名無史さん:2009/11/20(金) 20:30:10
>>745
「天の命ずるをこれ性という。性に率うをこれ道という。
道を修むるをこれ教えという。道なる者は須臾も離るべからざるなり。
離るべきは道に非ざるなり。
是の故に君子はその睹(見)ざる所に戒慎し、その聞かざる所に恐懼す。
隠れたるより見わるるは莫く、微かなるより顕わるるは莫し。
故に君子はその独を慎むなり。」

慎独については、この中庸の一節を読めば講義などいらないと思います。

762 :761:2009/11/20(金) 20:46:31
意訳も書いておきます。

天が人それぞれに与えたもの、それを性という。
その性を誤魔化さず素直な心で生きることを道という。
その道を守って生きる智慧を教えという。道は少しの時間もここを離れることがない。
離れられるようなものは道ではないのである。
それ故に立派な人物は、他人から見えないところでも自らを戒め慎むし、
聞いてもいなことに判断を下したり知ったかぶりをしないのである。
見えないと思って隠していることほど表面に現れるもので、
微かなことほどかえって露見しやすいものである。
故に立派な人物は自分しか知らない所を慎むのだ。

763 :日本@名無史さん:2009/11/20(金) 22:37:47
>>741
>>765>>766
自演乙

764 :日本@名無史さん:2009/11/21(土) 00:35:46
小人の恨みは恐ろしいねw

陽明学・朱子学の悪口を言おう
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/kobun/1256051831/1
1 :トキ:2009/10/21(水) 00:17:11 ID:RRH5uuAh
論語を講義している大学は、少なくなってきた。
陽明学・朱子学などマイナーとされる思想に、生き残る価値はあるのか。
滅びるべきか。
先ずは、欠点を見つけよう。

日本史スレ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1142239107/701-800


765 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 05:14:07
吾れ平生、飲食を貪らず色に耽らず、楽しむ所のものは好書と良友のみ 吉田松陰

766 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 21:55:22
本日22時からNHK総合「歴史秘話ヒストリア」で上杉鷹山取り上げますよ!

767 :日本@名無史さん:2009/12/04(金) 21:56:01
陽明学を芯としたと云う「中斎塾」について誰か教えて下さい。

湯島聖堂と云うから朱子かなと思うし、知足と云うから仏教かなと思うし、
論語と云うから儒教かなと思うし、山田方谷とか中斎と云うから陽明かなと
思うし、良く分かりません。
よろしくお願いします。

768 :國學院大學卒:2009/12/07(月) 20:36:28
>>761>>762
見事な回答です。

769 :日本@名無史さん:2009/12/07(月) 22:10:56
>>768
國さん、自演乙w

770 :日本@名無史さん:2009/12/14(月) 22:19:00
良知を信じるとは、自分を信じること。
私欲を察知出来ない時があるというなら、
それはその時に良知を致す念を捨てているからに他ならない。
つまり良知を致すという念を常時持ち続けていれば己を尽くすこと、つまり天を尽くすことが誰にでも出来るのである。
街行く人は皆すべて聖人であるという陽明学は、
どんな境遇にあっても、どんな人でも、志さえあれば己を尽くすことが出来ると歴史が体現している。

771 :日本@名無史さん:2009/12/14(月) 22:24:47
明治維新とは産業革命との妥協じゃないの
民衆は「ええじゃないか」の自暴自棄状態になったのだから
決して喜んで迎えた時代じゃない
どちらかといえば、精神的苦痛の時代だったに違いない
かわいそうに・・・


772 :日本@名無史さん:2009/12/14(月) 22:48:00
>>771
明治維新の是非を当スレで論ずるのはスレ違いではないでしょうか?
幕府勢力にも維新勢力にも陽明学を信奉する志士が存在しています。

773 :770:2009/12/14(月) 23:42:08
訂正

>街行く人は皆すべて聖人であるという陽明学は、
>どんな境遇にあっても、どんな人でも、志さえあれば己を尽くすことが出来ると歴史が体現している。

「街行く人は皆すべて聖人である。」それは、
どんな境遇にあっても、どんな人でも、志さえあれば己を尽くすことが出来ると陽明学の歴史が体現している。

774 :日本@名無史さん:2009/12/16(水) 21:32:56
『近代・アジア・陽明学』荻生茂博(徂徠の子孫)著は日本人が
読むべき本でしょうか?必要ありませんか?
スレちがいですか?

775 :日本@名無史さん:2009/12/16(水) 21:53:02
>>772

スマン
しかしこれを見ましょう
江戸時代末期
http://photo.jijisama.org/EdoSeoulColor.html
太平洋戦争前
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=dCWxEeL9eEo&feature=related

どこが変わったかなんてものじゃないことくらいわかるよね?
その影響は、100%欧米であることもわかるよね?
しかも、この間全く侵略されること無く自らこうなったわけだ
この時代には日本にとってアジアなど存在しないも同然
(それは戦後まで続くことになるわけだが)
陽明学?
それは明治維新における枝葉末節と言いたいのだよ


776 :日本@名無史さん:2010/01/08(金) 23:15:23
知行合一は、知を「3」にして行動を「7」にして行動に比重をおくのではない。
知と行動を「1」にする道。

777 :日本@名無史さん:2010/01/16(土) 02:36:53
なにやら陽明学は大変いいことが書いてあると最近聞きました
これを読んだら仕事がはかどって出世できますか?

778 :777:2010/01/16(土) 02:48:46
伝習録といのをを読めばいいんですかね?
amazonでポチッてみました
凄く高いですね(;><)

779 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 01:43:16
>>777>>778
にわか感覚で陽明学に触れるのは止めてね
気色悪い

780 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 10:17:19
>>779
満街みな聖人
陽明学の門は誰にでも開かれています。

781 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 10:39:39
NHKの大河ドラマ『龍馬伝』が始まり、坂本龍馬や明治維新に再びスポットが当たっているが、
今年生誕180周年、維新思想の先駆者として知られる吉田松陰の存在も忘れてはならない。
『獄(ひとや)に咲く花』(4月より全国公開。山口、福岡県のみ2月6日より先行公開)は、
30歳で没した吉田松陰の短い生涯をひとりの女囚の目を通して描いた作品だ。
1830年に長州藩士の家に生まれた松陰は、1853年にペリーが浦賀に来航すると、
龍馬と同じく西洋の先進文明に心を打たれる。翌年、再び来航したペリー艦隊に密航を企てるも、
計画は失敗し、故郷で幽閉の身に処される。そこで、私塾「松下村塾」を開き、木戸孝允、高杉晋作、
久坂玄瑞、伊藤博文らを育てていた松陰だが、1858年に幕府が日米修好通商条約を締結したことを知るや、
討幕を表明。老中首座の暗殺を計画し、野山獄に送られて処刑されてしまう。
いわゆる志なかばで散った不遇の幕末武士で、その先駆的な思想から、松陰は明治維新の精神的指導者、
理論者として多くの人々に影響を与えた。明治維新のスターである坂本龍馬に比べれば随分と地味な印象だが、
龍馬の活躍も松陰が作った下地があってのものだったのだ。
劇中ではそんな松陰が野山獄に収監されていた執念の日々が描かれる。表舞台で輝いた龍馬もいいが、
吉田松陰の“陰”での輝きにも注目だ。

http://www.trend-news.jp/feed_list/walkerplus/entry-437639.html

782 :なくしてはならないもの:2010/01/29(金) 10:53:37
仁とは人の心です。
義とは人の道です。
その道を外れてしまう。
その心をなくしたことに気づかない。
悲しいことだ。
人は、飼い鳥や飼い犬がいなくなれば、これを探すではないか。
なのに、なくした心を探そうとはしない。
学問の道とはほかでもない。
それは、なくした心を取り戻すことなのだ。 孟子

783 :日本@名無史さん:2010/02/14(日) 02:28:47


784 :日本@名無史さん:2010/03/13(土) 19:41:00
正直心で良知を致すのみ

785 :日本@名無史さん:2010/03/14(日) 03:57:49
問う、「良知は本来、中和なものであるのに、どうして人には過ぎたり及ばなかったりすることがあるのでしょうか」

陽明先生がいう、「中和だから、過不及がわかる」

786 :日本@名無史さん:2010/03/25(木) 19:45:10
俺は王陽明先生に出会ったから自殺しない。

787 :日本@名無史さん:2010/04/09(金) 01:10:53
心の鏡を曇らせないように努力したい

788 :日本@名無史さん:2010/04/09(金) 20:33:29
「聖賢にも立派な功績をあげたいという意気込みがないわけではない。
ただ、それらは天理に合致したものであり、
そのかぎりにおいてはそのまま道であるから、
功績のための意気込みという言い方はあたらない」王陽明

789 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 16:02:35
心が病むのは知と行が二つになってしまうからだろう
知行合一の教えを大切にしたい

790 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 19:25:06
「動中に静あり 静中に動あり」 周濂渓

791 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 19:36:15
だからこそ油断大敵

792 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 19:52:48
そうしてこそ、
「動にも定まり 静にも定まる」 程明道

793 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 19:58:49
「定なるものが心の本体であり、つまり天理であり、
道や静は、その定なるものが時々に応じてあらわす変化の局面である。」 王陽明

794 :日本@名無史さん:2010/04/11(日) 11:38:31
>>793
訂正
×道や静
D動や静

795 :日本@名無史さん:2010/04/14(水) 11:20:54
なぜ心は惑わされるのか
好悪の感情が内と外でバラバラになるからだろう
心の内と外を一つにしようと思う

796 :日本@名無史さん:2010/04/16(金) 13:45:56
正直心も虚偽心もいらぬ
良知ひとつがあればいい

797 :日本@名無史さん:2010/04/17(土) 07:43:42
自らを戒め、身を慎むことが基本
功夫(日々重ねる修業)の基本は静にある
しかし、動を嫌い静に執着してしまうと、
事が起きたときにオロオロして対処どころではなくなってしまう
もちろん動の局面を重視して戒め慎むことを忘れ、
むやみやたらと慎重さに欠ける行動発言の類をするのも執着だ

だから、とってつけたような善心も悪心もいらないと思う
やむにやまれずは二分されない本当の正直心。

798 :日本@名無史さん:2010/05/04(火) 07:55:44
「未発の中がとりもなおさず良知であり、それは前後内外なく渾然一体としたものです。」王陽明

799 :日本@名無史さん:2010/05/16(日) 11:05:23
『のちの人はまちがって、陽明学を頓悟超脱の教えのように思います。
頓悟は頓か(にわか)に悟るので、禅宗の本性を見とどけて仏になるのはそれであります。
超脱は修行努力などは飛びこえて進むことであります。
陽明学は、頓悟超脱とはこと変わって、克己格物の学で、現在の力量分限の及ぶところに随い、息づまるような奮闘を続けるのであります。
しかし、支那でも日本でも、時には「四句教」の第四、第三、第二を飛びこえて、
まっしぐらに第一句に飛びこみ、心の本尊様になりきった心地で勝手な行動をするものがある。
これを似而非なる慢心者というのであります。』陽明学講和(山田準 明徳出版社)からの引用

心の本体は無善無悪(第一句)無善無悪是心之体
意が動いたとき善悪が生じる(第二句)有善有悪是意之動
善を(先天的に)知り悪を(先天的に)知るのが良知(第三句)知善知悪是良知
善を行い悪を去るのが(心の)ことを正す修行(第四句)為善去悪是格物

本当にまっしぐらに第一句に飛びこめる天才ならば、山田準の批判は当たらないのだろう。
それは天泉橋の問答での王陽明の意見を見てもそうだし、
中央公論新社板の伝習録(上中下巻を一冊の収録)での下巻115での溝口雄三の解説を読んでもそう思う。
しかし王陽明が言うように、顔回、程明道のような天才たちですら第一句に飛びこむよなことはせずに、
着実に修行に努めたのだから、陽明学を学ぶにあたっては山田準の姿勢もまた正しいだろう

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