5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

日本語に主語はいらない 2

1 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 21:22:03 0
いるの? いらないの?

前スレ
日本語に主語はいらない
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1021896416/

2 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 21:25:34 0
もういらないのはコッチだ

3 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 21:26:28 0
>>1
何がいるんですか?

4 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 21:27:11 0
>>3
主語

5 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 21:36:14 0
日本語に主語が存在するかしないかという問題につい
ての議論が行なわれて久しいが、この問題は、答えが、存在するであるにせよ、存在しないであ
るにせよ、その答えだけではあまり意味がない。重要なのは、主語の存在を認めたとしたら、あ
るいは認めなかったとしたら、日本語の文法論、特に構文論にどういう便益あるいは不都合が生
じるかということであろう。いいかえれば、日本語の構文を考察していった場合、主語と呼ばれ
ているものを、主語と認めていいということになるのかどうかということである。つまり、重要
なのは、存在するかしないかという結論ではなく、主語と呼ばれているものの正しい位置づけで
ある。日本語の主語については、まさにその点が問題となり、また問題とされなければならない
のである。(北原保雄 1981 『日本語の文法』 p.214,中央公論社)

6 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 21:37:46 0
>>3
ああ、分かりました。やはり主語はいりますね

7 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 23:33:48 0
議論するならまず「主語」と言う言葉を定義をしないとダメでしょう。

8 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 23:54:34 0
前スレ992へのレス
一つの文に主体(主格)が二つもあったらなぜおかしいのか。
                  →「命題」にならないから。

9 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 00:05:39 0
>>7
そんなこといったってこいつらそもそも主語の定義を共有できないから
いつまでも水掛け論くりかえしてるような気がするのだが

10 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 00:06:38 0
>>8
森有正は「日本語は命題性が弱い」と言っていたそうな。

11 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 00:07:33 0
いらないんじゃなくて、ないんだろ

サッカーにネットはない
ネットのない球技があるかと言われても困る

12 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 00:08:31 0
いや、見えないネットがあるんだ自陣と敵陣との間に、って議論だろ

有益だからもっとやれ

13 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 00:09:33 0
で、サッカーにはゴールネットがあるじゃないか、
という話まで紛れ込んできているよな

14 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 01:44:36 0
>>8 言語学的「命題」 (dictum) にとっては問題ない。
文はもともと、論理学的「命題」 (proposition) を表すためのものではない。
"It rains." "Come on." "Shall we dance?" "God save the Queen." 等は、論理学的「命題」を表していない。

15 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 05:58:16 0
主語とは何か、定義してから議論してくれる?

16 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 06:33:28 0
定義するための議論スレやがな、ははは

17 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 06:48:26 0
>>1 いるの? いらないの?
の議論スレやでw

18 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 07:19:32 0
>>15
主語の定義は主語肯定論者がしなければならないんだよ。
どう定義しても現実の言語現象の説明で破綻するから
主語は無いんだよ。わかる?

19 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 08:20:53 0
要はさ、
「意味上の主語があるだろ」
って話と、
「それ言語表現上じゃないだろ」
って話が噛み合わないだけのことでさ。

いったい何の話をしているんだって事だ。

20 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 10:06:30 0
>>19
「好きだ。」の意味上の主語は何か。それともこれは非文か。

21 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 11:01:26 0
文脈無しでは答えも無し。
日本語は語順固定度が低い言語なのであるから
わざと作った非常に短い文?ひとつを出して論じさせようとする
態度が間違っている。

22 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 11:16:20 0
>>21
論点がわかってきたようだね。主語否定論とは日本語の基本文型は述語だけで
出来ているとする立場なんだよ。

23 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 11:54:53 0
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1182090365/

24 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 13:19:22 0
>>14
命題性が弱い=主客分離性が弱い(主客融合性が強い)

ある性質が「強い」「弱い」といった「程度」を問題にしている。

25 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 15:29:42 0
>>14
「命題」という用語を、言語学の一流派の用法にすぎない意味で
使う必要はない。

「命題」:判断の内容を言語で表したもの。
     論理学では、真または偽を問う文。(…)
     ▽「AはBである。」という形式をとる。(『明鏡』)
森有正も「命題」を↑のような常識的な意味で使っている。(>>10

英語の平叙文は、「命題」(判断)に対応している。
英語で「命題」から逸脱した例をあげようとすると、
>>14のように命令文や祈願文を持ち出さざるを得なくなる。
ところが、日本語は、【平叙文において】、
命題からの逸脱が顕著に(ごろごろと)認められるのだ。
(「主語」らしきものが一文に二つ出現するのもその一つ。)     

なお、「命題」ということばが気になるのなら、
「判断」としてもかまわない。
⇒日本語は、判断性の弱い言語。
(スレ違いの発言のようですが、自分は、
「だから、主語を日本語に認めるのは、慎重であるべき」という立場。)

26 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 15:49:38 0
「好きだ。」→「(俺は)(お前を)好きだ。」
「もしもし。俺だけど。」→「もしもし。(俺は)俺だけど。」??

27 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 16:25:28 0
それは「いま話してるのは俺だけど」とか解釈できるから
あんまりいい例ではない

28 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 16:31:48 0
欧米的な意味での「主語」は日本語にはない。

29 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 17:50:04 0
広島原爆慰霊碑の文句
「安らかに眠って下さい
 過ちは繰返しませぬから」

このなかに主語は含まれているのか、いないのか。

30 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 18:25:50 0
>>29
広島市民ってドMだよね。
原爆を落とされたのは自分達のせいでもあるって宣言するんだから。

31 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 20:47:29 0
1.靴は赤い
2.赤い靴
という文はマレー語に翻訳すると,どちらも
3.Kasut merah
で,言っている内容は同じだから,
文1の「靴は」が主語であるなら,
文2の「靴」も主語?

32 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 21:07:58 0
>>30
それは一つの「読み」にすぎない。
人類としての反省とも読める。

33 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 21:08:43 0
>>31
マレー語なんか持ち出すな。文明語で考えろ。

34 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 21:18:08 0
じゃあ日本語も駄目だな

35 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 21:41:05 0
>>32
どうにでも読めてしまう

36 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 21:45:24 0
>>31
マレー語も日本語も主語がないってことだよ。

37 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 21:57:03 0
>>25
> 「命題」:判断の内容を言語で表したもの。
>      論理学では、真または偽を問う文。(…)
>      ▽「AはBである。」という形式をとる。(『明鏡』)
「A は B である (A is B)」という形式をとるのは、「真または偽を問う文」の一部にすぎない。

> 英語の平叙文は、「命題」(判断)に対応している。
> 英語で「命題」から逸脱した例をあげようとすると、
> >>14のように命令文や祈願文を持ち出さざるを得なくなる。
> ところが、日本語は、【平叙文において】
"It rains." は平叙文で、真偽を問うことができるが、"A is B." の形はとっていない。
"You shall die." は平叙文だが、真偽を問うことができず、"A is B." の形もとっていない。

論理は人間が考え出したものだが、人間の言語は論理を表すためのものではない。
論理を表すこと「も」できるというだけだ。

38 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 22:04:14 0
>>37
論理を表す「程度」は英語と日本語どっちが強いの?

39 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 22:06:58 0
>>38 対等。

40 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 23:01:53 0
>>38
英語。日本語に論理はない。

41 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 23:07:56 0
>>37
>"It rains." は平叙文で、真偽を問うことができるが、"A is B." の形はとっていない。
>"You shall die." は平叙文だが、真偽を問うことができず、"A is B." の形もとっていない。
またお得意の極論かw
「A is B」をそこまで狭く限定して理解する必要はない。
"It rains."も「A is B」(「A=B」)の枠組みで処理可能だ。
もちろん、周辺的なものはあろうが、中心からの逸脱具合を考慮すべきと思う。
軽微なスピード違反も、誘拐殺人も犯罪は犯罪だと言い張っているようなものだよ。
「命題」からの「逸脱」の程度を考えるべし。
そして、「量」的な比較も必要。
君が英語の文も逸脱しているとしてあげるものは、みな日本語にだってある。
しかし、日本語における逸脱例で英語にはないものは「ごろごろ」ある。
程度を無視すれば、ともに人間の言語なのだから、何だって言えるよ。
命題性・判断性の強弱を問題にしているのであって、
黒白的二元論を主張しているつもりはないのでよろしく。

42 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/09(月) 23:57:00 0
>>41
> 「A is B」をそこまで狭く限定して理解する必要はない。
> "It rains."も「A is B」(「A=B」)の枠組みで処理可能だ。
どうやって? 「論理的に」説明してもらいたい。

> もちろん、周辺的なものはあろうが、中心からの逸脱具合を考慮すべきと思う。
述語動詞が be でない英語文はすべて「周辺的」「中心から逸脱」となる。
述語動詞が be であっても、平叙文以外は「周辺的」「中心から逸脱」。
平叙文でも、will, shall を伴うものは「周辺的」「中心から逸脱」。
こんなことを言ってるやつが「論理」を語るなど、全くアホらしい。

43 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 02:16:10 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3

44 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 02:19:12 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6

45 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 02:25:23 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E6%96%87%E6%B3%95

46 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 02:31:19 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E6%96%87%E4%B8%80%E8%87%B4

47 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 02:41:43 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E6%88%90%E6%96%87%E6%B3%95

48 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 02:44:27 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87

49 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 02:52:36 0
>>22 基本文型は「X ガ Y ガ 好キ‐ダ」。(「X ガ Y ヲ 好キ‐ダ」の話者もいるようだが、「X ガ Y ガ」を不可とは判定しないだろう)
文脈によっては、「X ガ」「Y ガ」を言わなければならない。「主語」と呼ぶかどうかは別として。
基本文型にある要素が、言わなくてもわかる場合は省略されると説明したほうが、はるかに簡単だ。
基本文型が述語だけで出来ているとすれば、もともとない要素を言わなければならない場合があることの理由を説明するのが、非常に難しい。
だからそのような立場は支持されない。

 わたくしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
 わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
(宮澤賢治『注文の多い料理店』序)

最後の文、「*すきです」ではどうしようもないだろう w

50 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 03:23:17 0
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、
ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、
賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
いくばくもなく官を退いた後は、故山、カク略に帰臥し、
人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。
(中島敦『山月記』)

最初に場所・人名・時が示されて
後はひたすら述語だけの文が続いてる例
述語の主語(主格?動作主?)は文脈より明らか

>>49
>基本文型が述語だけで出来ているとすれば、もともとない要素を言わなければならない場合があることの理由を説明するのが、非常に難しい。
別に難しくないよ
>基本文型にある要素が、言わなくてもわかる場合は省略されると説明したほうが、はるかに簡単だ。
を逆にして
言わなければわからない場合は「Xガ」もしくは「Xハ」を書く
ってな感じで説明すればいいだけでしょ

51 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 03:36:05 0
>>50
> 言わなければわからない場合は「Xガ」もしくは「Xハ」を書く
もともとないのに、言わなければわからない場合があるというのは、おかしくないか。
もともとないものは、常に言わなくてもわかるはずではないのか。

52 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 03:48:11 0
英語の文型で SV、SVC、SVO、SVOC、SVOO ってのがあるけど、
ひとつにまとめれば「SV(O)(O)(C)、( )は省略可」って書けるっしょ
この場合は動詞によってOCの省略可否が決まるわけだ

日本語も同様に書けば「(S)(O)(C)V」みたいになるんじゃないかな
述語(=動詞)は省略不可で、主語(=Xガ)は動詞によって省略可否が決まる
みたいな
とりあえず思いついたままだから突っ込み所満載だけどw

53 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 05:38:28 0
英語でも場所や時間は基本文型の要素ではないが言わなければならない場合は
言うよ。それだけだ。構文と意味を混同するのは素人的な誤りだ。

54 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 10:03:54 0
>>51
個々の語の語彙的特性と構文一般の特性をごちゃまぜにしてないか
「もともとない」というのは、構文が一般に主語というものを備えているわけではないということで
「言わなければわからない」というのは、個々の述語がどんな意味役割の語を要求するかということだろう

あらゆる文が一般に主語というものを持つということを仮定するのは不経済で
述語が必要とするときだけ、その要素が生起すると考えた方が効率的(ただしそれはもう主語とは言わない)
というだけの主張だと思うが

あったりなかったりするものを「常にある」と仮定するのは
「幽霊は存在する」という仮定と同様、主張するのは簡単だけど合理的じゃないよ
説明が簡単だから、なんて理由じゃなくて、ちゃんと証拠とか根拠とか出さなきゃ

55 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 10:34:30 0
>>53
> 英語でも場所や時間は基本文型の要素ではないが言わなければならない場合は
> 言うよ。
本当にわかっているかきいてやろう。
・それは例えばどのような場合で、
・言わなければならない理由は何か?

> 構文と意味を混同するのは素人的な誤りだ。
日本語では、述語だって現さないことができる。
「どちらまで?」「ちょっとそこまで」
英語でもできる。
"John plays the piano, and Mary, the violin."
省略の可否と構文とを混同することこそ素人的な誤り。述語も基本文型の要素でないことになってしまう。

56 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 11:09:28 0
>>54
> 個々の語の語彙的特性と構文一般の特性をごちゃまぜにしてないか
> 「言わなければわからない」というのは、個々の述語がどんな意味役割の語を要求するかということだろう
同じ動詞や形容詞でも、補語を要求する場合と要求しない場合とがあるのは、どう説明するのか。
「きのう {太郎が/*φ} 来たって?」「うん、{*太郎が/φ} 来たよ」
第 1 文の「来ル」と第 2 文の「来ル」とは、違う語なのか。

> 「幽霊は存在する」という仮定と同様
幽霊はあったりなかったりしない。存在するという確実な証拠も根拠もない。詭弁はやめろ w

> 説明が簡単だから、なんて理由じゃなくて
最も簡単な説明が真実。

57 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 11:45:12 0
>>56
英語は主語なし文がゼロに近く、
日本語は「主語」なし文が(あるデータによると)半数近くになる。
この事実を、どう説明するのだろう??

英語は主語を省略することが基本的には不可。
日本語は「主語」に言及しないことはいくらでも可。
この事実を、どう説明するのだろう???

たまたま? 表面的なこと?

58 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 12:10:39 0
>>56
> 同じ動詞や形容詞でも、補語を要求する場合と要求しない場合とがあるのは、どう説明するのか。
それは確かに説明不足だった。
ある文において何が必要な情報となるのかは、厳密には語の意味だけで決まるわけではなく
同じ後でも文脈や用法によっていろいろと変わる。
というか、正直その辺をちゃんとつっこんでくるほど勉強してねーだろこいつ、とあなどったので
めんどくさいからわざと省いた。どのみち主語の話とはあんまり関係ないし。

> 幽霊はあったりなかったりしない。存在するという確実な証拠も根拠もない。詭弁はやめろ w
「あったりなかったり」か「いつもない」かは問題ではない。
問題なのは「目に見えないけど存在する」と言えるかどうかだ。
幽霊は存在するという確実な証拠も根拠もない。
主語はそうでないというのだったら、そうだという「確実な証拠や根拠」をだせばいいだけの話だ。

> 最も簡単な説明が真実。
反証可能性のない仮説は科学的な説明とは言えない。

59 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 15:18:42 0
「ある日本語の文には主語がある」
「ある日本語の文には主語がない」
というのはどちらも簡単に証明できるので真である。
ゆえに
「全ての日本語の文には主語がある」
「全ての日本語の文には主語がない」
というのはどちらも偽である。

んで、主語の定義は?

60 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 15:25:46 0
「主体」があれば「主語(主格)」もある。
「主体」がなければ「主語(主格)」もない。
「主体」はあるのか、ないのか。

61 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 17:17:53 O
>>58
> それは確かに説明不足だった。
明らかな誤り。

> 厳密には語の意味だけで決まるわけではなく
語彙的特性の問題ではない。

> その辺をちゃんとつっこんでくるほど勉強してねーだろこいつ
それは君のことだろう w

> 問題なのは「目に見えないけど存在する」と言えるかどうかだ。
補語は見えない場合もあるが、だれの目にも見える場合もある。
幽霊がだれの目にも見えた例はない。詭弁はやめろ w

> 反証可能性のない仮説は
反証可能じゃないか。筋道まで示してある。
日本語の基本文型は述語だけで出来ているが、ある理由によって、補語を言わなければならない場合が生じると仮定し、
その理由が説明できれば反証される。

62 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 19:36:02 0
>>37
寸分の差もないよ。

>>40みたいな英帝主義の頭がおかしいのが沸いてるので注意ね。

63 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 19:36:37 0
>>37× >>38

64 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 19:39:44 0
>>61
>補語は見えない場合もあるが、だれの目にも見える場合もある。
>幽霊がだれの目にも見えた例はない。詭弁はやめろ w

同じことを繰り返すのはうんざりなんだが、問題は「だれの目にも見える」か「だれかの目にしか見えない」かではなく
「見えない場合もある」し「見える場合もある」、つまりいつも見えているわけではないということだ
どうして、「見えない場合にも必ずある」ということを証拠もなしに主張することができるのか
「あったりなかったり」とか「だれの目にも」とか論点をずらして詭弁で逃げるのはやめろw
いいから表層的に現れていない場合も確かに存在するのだという証拠を一つでもいいから出してくれ

>日本語の基本文型は述語だけで出来ているが、ある理由によって、補語を言わなければならない場合が生じると仮定し、
>その理由が説明できれば反証される。

それは証明不可能だろう・・・
「見えなくても存在する」ことは何らかの方法で証明することができるかも知れないが「存在しない」ことを証明するのは基本的に不可能だ。
だから「存在する」と主張をする方に立証責任が伴うのだろうに。

65 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 19:40:24 0
>>62は頭が固い…

66 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 19:51:51 O
>>57
> たまたま? 表面的なこと?
基本文型にとっては表面的。省略規則が異なるにすぎない。

67 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 19:56:11 0
>>60
「(主客分離している)主体」はない。
つまり、
「(主客分離している)主語」もなければ「(主客分離している)主格」もない。

68 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 20:41:35 0
>>66
>基本文型にとっては表面的。
さあ、そこが問題だな。
なぜ、「あるかないか」という誰の目にも明らかなことを、
表面的と切って捨てられるのか。
その根拠を示してくれ。

69 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 20:49:38 O
>>64
> 同じことを繰り返すのはうんざりなんだが
詭弁を始めたのはそっちだろ。幽霊はあったりなかったりはしない。確実にあったことは 1 度もない。だから「幽霊は存在する」という仮説を立てる根拠はない。わかったか詭弁屋。

> どうして、「見えない場合にも必ずある」ということを証拠もなしに主張することができるのか
「見えない場合にはない」と仮定すると、同一の動詞や形容詞について、どうして補語を見せなければならない場合が生じるのか、その理由が説明しがたい。簡単な背理法だよ。

> 「あったりなかったり」とか
君が言い出して幽霊と結びつけたのだ。

> 「存在しない」ことを証明するのは基本的に不可能だ。
表層には補語が存在しなければならない場合が確実にある。「存在しない」ことを証明せよと言っているのではない。どのようなきまりで補語が義務的に現れるのかを明らかにせよと言っているのだ。

70 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 20:54:29 O
>>68 容易に翻訳できる。少なくとも「苦しみどころ」ではない。

71 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 21:04:11 0
>>68
「翻訳」できることが根拠なら、バウリンガルで翻訳できれば、
犬の鳴き声にも、主語と述語はあるのかね。

「翻訳」できるということがどれほどの根拠になるのだろうか??
時枝文法の対象語格は、君に言わせれば「主語」だが、
英語に翻訳すれば「目的語」に変じてしまうぞ。
「翻訳」できることを根拠にするということは、
前に出ていた、
「日本語の文法は英語に訳して考えればいいんです!」
というヤシとどこが違うのか?

72 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 21:15:20 0
>>69
「同一の動詞や形容詞について、補語を見せなければならない場合」
って、どういう場合。
既出かもしれませんが、よろしく。
ここが「主語」があると主張する勘所なんだよね?

73 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 22:07:17 O
>>71
> バウリンガルで翻訳できれば、 犬の鳴き声にも、主語と述語はあるのかね。
あるだろう。できればね。

> 時枝文法の対象語格は、君に言わせれば「主語」だが、 英語に翻訳すれば「目的語」に変じてしまうぞ。
それは補語が現れているか隠れているかとは別の問題。

> 「日本語の文法は英語に訳して考えればいいんです!」 というヤシとどこが違うのか?
>>57 の問にはその程度の答でよいということ。

74 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 22:11:19 O
>>72 既出だからよろしくない。教えて君には構っていられない。過去レス読め。

ちなみに、「主語」に直結するかどうかはわからないよ。

75 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 22:44:45 0
>>69
> 詭弁を始めたのはそっちだろ。幽霊はあったりなかったりはしない。確実にあったことは 1 度もない。だから「幽霊は存在する」という仮説を立てる根拠はない。わかったか詭弁屋。
詭弁を始めたのはそっちだろ。補語はあったりなかったりする。いつでも確実にあるわけではない。だから「補語は常に存在する」という仮説を立てる根拠はない。わかったか詭弁屋w

> 「見えない場合にはない」と仮定すると、同一の動詞や形容詞について、どうして補語を見せなければならない場合が生じるのか、その理由が説明しがたい。簡単な背理法だよ。
「見えない場合にもある」と仮定すると、同一の動詞や形容詞について、どうして補語を見せなくてもいい場合が生じるのか、その理由が説明しがたい。簡単な背理法だよw

> 君が言い出して幽霊と結びつけたのだ。
君が言い出して幽霊と結びつけたのだw >>56

> 表層には補語が存在しなければならない場合が確実にある。「存在しない」ことを証明せよと言っているのではない。どのようなきまりで補語が義務的に現れるのかを明らかにせよと言っているのだ。
表層には補語が存在しなくてもいい場合が確実にある。その場合も「存在する」ことを証明せよと言っているのだ。ついでにどのようなきまりで補語が省略されるのかも明らかにしてもらおうかw


76 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 22:50:30 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E8%A9%9E

77 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 22:54:33 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87 ヘブライ語は主語は述語動詞に抱合されてる☆

78 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 22:57:00 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%B0%E8%AA%9E

79 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 23:02:25 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%B8%8A%E7%AB%A0

80 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/10(火) 23:11:01 0
wikipediaはりまくって何がしたいんだ
つーかリンクだけじゃなくて見出しぐらい書け

それにしてもwikipediaの言語学関連項目も充実してきたもんだな

81 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 00:02:42 0
Wikipediaになんの権威があるというのだね。雑誌の投稿文と似たようなものだろうが。
だったら自分の言葉で文章をかけよ。

82 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 00:10:35 0
もうしわけございません

83 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 00:15:04 0
>>81
ハゲドー

84 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 01:41:55 0
>>75
> 補語はあったりなかったりする。いつでも確実にあるわけではない。だから「補語は常に存在する」という仮説を立てる根拠はない。
常に存在すると仮定して、現れない場合の理由を考えるのは容易だが、ないのをデフォルトと仮定して、現れなければならない場合の理由を考えるのは難しい。
「補語は常に存在する」という仮説を立てる明確な根拠がある。

> 同一の動詞や形容詞について、どうして補語を見せなくてもいい場合が生じるのか、その理由が説明しがたい。
簡単に言えば、文脈から聞き手にわかる場合は省略できる。

> 君が言い出して幽霊と結びつけたのだw >>56
「あったりなかったりするものを『常にある』と仮定するのは
『幽霊は存在する』という仮定と同様」 (>>54)
幽霊はあったりなかったりしない。確実に存在したことはない。詭弁はやめろ w

> その場合も「存在する」ことを証明せよと言っているのだ。
>>69

> ついでにどのようなきまりで補語が省略されるのかも明らかにしてもらおうかw
「文脈から聞き手にわかる場合は省略できる」だけでは、さすがに簡単すぎるね。
省略の規則は、かなり細かい所まで明らかにされている。久野ワ (1978) 『談話の文法』 (大修館書店) の第 1 章は古典だ。

85 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 07:54:28 O
JAP言語http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E

86 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 07:56:04 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%9C%E8%AA%9E

87 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 11:13:12 0
wiki厨うざいよ

88 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 11:43:23 0
Wikiの威(などないが)を借りた規範厨だろ。

事実に基づいて見直すことが出来ない奴だよ。反省も出来ないんだろ。
レジ精算が値札と違っていても素直に払うんだろ。

89 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 18:30:57 0
>>84
>「補語は常に存在する」という仮説を立てる明確な根拠がある。
それは、どの範囲の補語をさして言っているのか?
任意補語と言われるものも、「常に存在する」と言うのか?

90 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/11(水) 22:41:51 0
>>89 常に存在するのはいわゆる必須補語だけ。
必須補語を「補充」、任意補語を「付加」と呼んで区別することもある。

91 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 01:27:11 0
>>90
>常に存在するのはいわゆる必須補語だけ。
??
>>84には、
>常に存在すると仮定して、現れない場合の理由を考えるのは容易だが、
>ないのをデフォルトと仮定して、現れなければならない場合の理由を考える
>のは難しい。
とある。
任意補語とて、「現れなければならない場合」もあるが、
その理由を考えるのは、難しくないのか?

92 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 01:37:46 0
>>89-91の流れが予想通り過ぎてワロス

93 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 02:07:16 0
>>91
> 任意補語とて、「現れなければならない場合」もあるが、
> その理由を考えるのは、難しくないのか?
さあね w それはどのような場合で、現れなければならない理由は何かと、>>55 でも尋ねた。答は返って来ないが。
君がその理由を明らかにし、必須補語が現れなければならない場合の理由も同じだと言えればよいのだ。
私の仮説はちゃんと反証可能だろ。やってごらん。

>>92 予想どおりでいいんだよ。まともな議論はあるところまでは予想どおりに進むものだ。
はじめからあっちこっち行くのはヘボ将棋の類。

94 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 06:14:03 0
>>31
>1.靴は赤い
>2.赤い靴
>という文はマレー語に翻訳すると,どちらも
>3.Kasut merah
>で,言っている内容は同じだから,
>文1の「靴は」が主語であるなら,
>文2の「靴」も主語?
>>36
>>31
>マレー語も日本語も主語がないってことだよ。

マレー語にも主語はあるよ

3.Kasut merah
は「靴は赤い」の意味で使う時(merahが術語である場合)は"Kasut"が主語になるし,
「赤い靴」の意味で使う時(merahが修飾語である場合)は文ではないから主語はない

両者は同じ形態になっているので区別ができないだけで,
無理に区別するとすれば,
存在動詞のadalah(ada(ある)+lah(中国語の「了」))や
関係代名詞yangを補って,
1.Kasut adalah merah.
2.Kasut yang merah.
とすれば良い(とても不自然な表現だけどね)

95 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 06:37:13 0
ある一文が文脈によって判断できるということは
文章という構造がstateful(状態を持つ)であるということだよね
んで、状態は新しく設定されたり変更されたりするわけだけど
それを明示的に行いたいときに語を補う必要があるってことでいいのかな

小説とかの物語だとレトリックなんかがあるから明示しなくてもいいけど
論文とかの説明的文章だと明示しなければならないのだよね

96 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 11:59:04 O
>>95
> それを明示的に行いたいときに語を補う必要があるってことでいいのかな
よくない。それだと結局すべて話者の自由ということになってしまう。

> 小説とかの物語だとレトリックなんかがあるから明示しなくてもいいけど
> 論文とかの説明的文章だと明示しなければならないのだよね
小説でも明示しなければならない場合もあるし、論文でも明示しなくてよい場合もある。

97 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 15:20:24 0
>>93
「任意補語」と言われるものでも、
必要な時には「必要なものとして」表現される。
現実の表現においては、その使用が「必須」の場合などいくらでもあろう。
ていうか、必要だから表現されているのであって、
必要なければ表現されていないだろ。

「明日9時に駅の南口で会おう。」
と言うときの、「9時に」(任意補語)は、この表現においては必須だ。

>常に存在すると仮定して、現れない場合の理由を考えるのは容易だが、
>ないのをデフォルトと仮定して、現れなければならない場合の理由を
>考えるのは難しい。
>「補語は常に存在する」という仮説を立てる明確な根拠がある。(>>84)
この君の主張にとって、
でも、「補語は補語でも任意補語は違いますよ」というのは、
何さておいてもしっかりと説明せんといかんポイントだろう。
「やってごらん」と他人に言ってる場合ではないと思うが…。
なお、私は>>53さんとは違うので、よろしく。

98 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 17:12:00 0
>>94
「マレー語も日本語も主語がないってことだよ。」というレスについて。

「主客分離している主語はない。」という意味です。

99 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 19:04:33 0
どうでもいいけど>>97は言葉遣いが高慢できもいんだよな
もっと普通に書き込めばいいのに

100 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 19:49:16 0
マレー語も日本語も文明語じゃない。

101 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 19:59:34 0
文明堂のカステラが食いたい

102 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 20:34:31 O
>>97
> ていうか、必要だから表現されているのであって、
> 必要なければ表現されていないだろ。
どうして元来はないものが必要なのか、何の説明にもなってないね。

103 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 20:45:27 O
>>97
> 「明日9時に駅の南口で会おう。」
> と言うときの、「9時に」(任意補語)は、この表現においては必須だ。
確かにそうだな。「私たちは会った」でも文としては成り立つわけだから。
「9 時に」に限らず、「明日」も「駅の南口で」も、任意補語でありながら言わなければならない例だと思う。
基本文には存在しないはずなのに現れなければならない補語には、特徴がある。それは、そのような補語は情報の焦点になっているということだ。つまり、「ほかの日でなく明日」「ほかの時刻でなく 9 時に」「ほかの場所でなく駅の南口で」といった意味を表しているのだ。

104 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:13:15 0
>>103
「私が行きます」
「他の人ではなく私が」。
「私を抱いて」
「他の人ではなく私を」。
表現されると情報の焦点になるのは、必須補語でも同じでは。

105 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:29:34 0
すんません。前スレ引用します。
940 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/07(土) 02:07:49 0
>>898
>ガ格の別称が「主格」。
その場合の「主格」とはどういう意味で使っているのか?
「私はあいつが憎い。」
「ぼくはビールが飲みたい。」
これらの例の、「あいつが」、「ビールが」も「主格」ということだよね。
そして、「私は」「ぼくは」も、もち「主格」であると。
これらふたつのものを一つにくくる意味的根拠はある?
それとも君は、「主格」というのは単なるラペルであって、
「意味」? そんなもの知らないし、興味もありませんという立場なのか?
945 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/07(土) 03:50:11 0
> それとも君は、「主格」というのは単なるラペルであって、
> 「意味」? そんなもの知らないし、興味もありませんという立場なのか?
極論すればそういう立場になるね。
英語の主格にはどういう「意味」があるのかときかれても、文法論には役立たない、観念的な答しかできないだろう。
953 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/07(土) 13:05:20 0
>極論すればそういう立場になるね。
>英語の主格にはどういう「意味」があるのかときかれても、
>文法論には役立たない、観念的な答しかできないだろう。
君の主張する日本語の「主格」は、単純に対応物を英語に求めれば、
「主格」と「対格」となり、意味的に一貫するものを認めることは難しい。
(だから、君は「意味」は関知しないという立場をとる…。)
それに対して、英語で言う「主格」は、
「(動作・作用・状態・属性の)主体」といった意味に対応しているのではないか。
つまり、英語の「主格」は、君の言う「ガ格」のうちの、左側に来る「ガ格」に
対応するのでは。
英語の「主格」も、よく見りゃ、ぐちゃぐちゃで、意味的に一貫したものを
抽出することなどできないと言うなら、そういう例を示してほしい。

106 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:31:41 0
(つづき)スマヌ
963 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 00:34:47 0
> 君の主張する日本語の「主格」は、単純に対応物を英語に求めれば
単純に対応物を英語に求めるな。三上章より後退するな。

> それに対して、英語で言う「主格」は、
> 「(動作・作用・状態・属性の)主体」といった意味に対応しているのではないか。
その程度の「意味」でよいなら、日本語のガ格も同じような「意味」を表しているといえよう。

> つまり、英語の「主格」は、君の言う「ガ格」のうちの、左側に来る「ガ格」に
> 対応するのでは。
日本語では、右方のガ格も「状態の主体」だよ。
感情・感覚形容詞が表す状態には、感情・感覚を保有する「主体」と、感情・感覚を引き起こす「主体」の 2 つがあるのだ。

> 英語の「主格」も、よく見りゃ、ぐちゃぐちゃで、意味的に一貫したものを
> 抽出することなどできないと言うなら、そういう例を示してほしい。
「動作・作用・状態・属性」に一貫した意味はない。

107 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:33:33 0
(さいご)モウシワケナス
972 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/08(日) 14:23:06 0
>その程度の「意味」でよいなら、日本語のガ格も同じような「意味」を表している
>といえよう。
それは、「主体」の意味の「無茶な」拡大でしか成り立たないよ。

>感情・感覚形容詞が表す状態には、感情・感覚を保有する「主体」と、
>感情・感覚を引き起こす「主体」の 2 つがあるのだ。
一方は、感情・感覚を引き起こすもの。もう一方は、それを引き起こされるもの。
このような対立的なものを、同じく「主体」だと言い張るのはどうなのでしょう?
そんなこと言い出せば、「対格」も「与格」も、「主体」だよ。

欧米語では、「主客」対立的に理解する、このような二者を
同じ≪主体≫とする(扱う)ところが、まさに日本語の「主客融合的」なところだねw。
(主客融合スレもよろしく。)

>>英語の「主格」も、意味的に一貫したものを抽出することなどできないと
>>言うなら、そういう例を示してほしい。
>「動作・作用・状態・属性」に一貫した意味はない。
いずれも「述語」として表現される。
そして、「主語」とは、それらと唯一的・絶対的に結びつくもの。

108 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:40:46 0
>>987(前スレ)
>>972
>> 一方は、感情・感覚を引き起こすもの。もう一方は、それを引き起こされるもの。
>> このような対立的なものを、同じく「主体」だと言い張るのはどうなのでしょう?
>どうなのでしょうと言ったって、日本語の感情・感覚形容詞にとっては、
>現にどちらもガ格だ。
>「主体」だから「主格」をとるのではなく、「主格」をとっているから
>「主体」だと解釈されるのだ。
なぜ、「主格」をとっていると「主体」だと解釈できるのだ?
またお得意のトートロジーか。
同じく「ガ格(主格)」であることが保障(要請)するのは、その「意味」を
統一的に解釈することであって、その意味が「主体」であるという保障(要請)
はどこにもない。
>>そんなこと言い出せば、「対格」も「与格」も、「主体」だよ。
>「主格」を与えられていない、すなわち形の証拠がないものを、
>勝手に「主体」と解釈することはできない。
「形の証拠」というのを、自分に都合よく解釈しすぎ。
「主体」という言葉(概念)をそんなに安っぽく(ガバガバに)
使っていることを反省すべき。
君の用法では、「主体」とは「参与者」といった非常に「薄い」意味に
なってしまっている。「主・客」の緊張関係ゼロだ。
参与者をすべて「主体」と呼ぶならまだ分かるが、
一方で、「ヲ格」や「ニ格」は「客体」等として扱うなら、不整合だろ。
(つづき)

109 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:42:53 0
(つづく)
>「主体」などといったあいまいな「意味」はどうでもよい。
「主体」の「意味」があいまいなのではなく、君の使い方があいまいなのでは。

>> いずれも「述語」として表現される。
>それは意味ではない。
「述語」とは、「(「主語」)について知られること・語られること」
という共通性を持つ。
または、「あるもの(主語)のあり方(はたらき)」。

>> そして、「主語」とは、それらと唯一的・絶対的に結びつくもの。
>意味でないものと結びついたってやっぱり意味ではない。
「主語」とは、「知られる・語られる対象(の中核にあるもの)」。
または、「『ある』もの」。
「主語」と「述語」については、
川端善明(2004)「文法と意味」『朝倉日本語講座6 文法U』参照。

110 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:45:08 O
>>97
> この君の主張にとって、
> でも、「補語は補語でも任意補語は違いますよ」というのは、
> 何さておいてもしっかりと説明せんといかんポイントだろう。
さらに、現れなければならない任意補語は、常に文の中で最新の情報を表している。
「明日」「9 時に」「駅の南口で」は、「会おう」よりも新しい情報だ。だから、「じゃ、明日 9 時に駅の南口でね」といった省略ができるのだ。

111 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 21:50:40 0
どこまでが引用でどこからが新情報なの〜?


112 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 22:01:58 0
>>111
すみませぬ。
>>107までが引用で、>>108からが新情報。

113 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 22:09:24 0
「は」も 主格を表す 助詞であって 直前の 名詞を 主語とする 機能を 持ち 格助詞の 資格を 持っている。この ことを なぜか 日本語文法書は さけて 理論的に 考える ことを やめている。

114 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 23:22:33 0
都合の 悪いことは 全部 隠してしまう。

115 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/12(木) 23:50:08 0
>>104
「やっぱり {だれかが/人が/*φ} (そこへ) 行かなければならない」
「*人以外のものでなく {だれかが/人が}」
「{何かを/*φ} 抱くときは、いったん腕を広げる」
「*物体以外のものでなく何かを」

> 表現されると情報の焦点になるのは、必須補語でも同じでは。
なる場合もあるが、ならない場合もある。ならなくても聞き手にわからなければ省略できない。
言わなければならない任意補語は、必ず情報の焦点である。
情報の焦点でない任意補語は、言えば親切、言わなくても誤りにはならない。

116 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 00:02:13 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A9%E8%A9%9E

117 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 00:05:28 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%81%E8%A9%9E
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E

118 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 00:12:11 0
どうでもいいけどお前ら主語の話してないだろ

119 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 00:29:16 0
>>108
> 同じく「ガ格(主格)」であることが保障(要請)するのは、その「意味」を
> 統一的に解釈することであって、その意味が「主体」であるという保障(要請)
> はどこにもない。
それを日本語における「主体」と解釈すれば済む話。
言語を越えた「主体」の「意味」などない。言語形式があってはじめて「意味」が考えられるのだ。
言語が先で「意味」は後。われわれは言語学をやってるんだ。心理学をやってるんじゃない。

> 参与者をすべて「主体」と呼ぶならまだ分かるが、
> 一方で、「ヲ格」や「ニ格」は「客体」等として扱うなら、不整合だろ。
もはやめちゃくちゃだな。違う言語形式を与えられているものを、形式から離れた「意味」に基づいて、同じように扱えと言うのか。

>>109
> 「主体」の「意味」があいまいなのではなく、君の使い方があいまいなのでは。
君の妄想では w

> 「述語」とは、「(「主語」)について知られること・語られること」
> という共通性を持つ。
> または、「あるもの(主語)のあり方(はたらき)」。
そんなものが「意味」だったら、日本語の感情・感覚形容詞にも、十分あてはまるじゃないか。

> 「主語」とは、「知られる・語られる対象(の中核にあるもの)」。
> または、「『ある』もの」。
だから「主語」が 2 つあってもいいわけだろう?

> 川端善明(2004)「文法と意味」『朝倉日本語講座6 文法U』参照。
そんな時代遅れのオカルトに用はない。

120 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 00:32:23 0
>>118 金谷も >>22 みたいなことを言ってるし、地ならしが必要だろう。

121 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 07:23:39 0
主語が"省略"されると主張する人は全員、目的語も"省略"されると主張するのか。
そうしなければ論理的整合性が保てないが。

122 :¢{†Å†}‰:2007/07/13(金) 08:47:25 0
誰がどういう主張しているのか分からん
コテハンつけろ


123 :¢{†Å†}‰:2007/07/13(金) 09:55:55 0
コテハンつけたよー

とかいったら怒る?

124 :¢{†Å†}‰:2007/07/13(金) 10:42:15 0
あなたがあなたがコテハンをつけたと言ってもわたしは怒らない。

125 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 11:45:04 0
>>115
>情報の焦点でない任意補語は、言えば親切、言わなくても誤りにはならない。
これは、必須補語にも当てはまるのではないですか?

126 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 12:32:10 0
>>125 あてはまらない。君は例文を検討する能力がないようだから、書き込まなくてよい。

127 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 12:41:05 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%96%E7%90%86%E5%AD%A6http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E9%9A%8E%E8%BF%B0%E8%AA%9E%E8%AB%96%E7%90%86

128 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 12:41:18 0
>>126
じゃあ、逃げてないで、分かりやすい例をあげてたもれ。

129 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 14:07:51 O
>>121 「目的語」というのがまた問題だが、必須補語も省略されうるということでいいだろう。

>>128 >>115

130 :97:2007/07/13(金) 15:16:52 0
>>102
>どうして元来はないものが必要なのか、何の説明にもなってないね。
「元来ある」とか「元来ない」とか、
そのような区別をする意味があるのかと聞いている。

131 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 15:50:14 0
なにが「元来」なのかおしえて栗。

132 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 18:08:17 0
>>131
>>119,>>126は、
補語には、必須補語(その一つが「主語」)と任意補語の二種類があって、
必須補語は「元来ある」が、
任意補語は「元来あるとは言えない」と主張する。

この理解が違っていたら、ご指摘たもれ。

133 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 18:26:07 0
それは、「必須補語→元来ある」で「元来ある→必須補語」っていう循環理論で
結局のところ、何も言ってないのと同じではないの?

134 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 21:19:42 0
>>130 もし「意味がない」と思うのなら、「元来ある」とする意見に反対しなくてよい。

・#すきです。(>>49)
・#きのう来たって? (>>56)
・#抱くときは、いったん両腕を広げる。(>>115)
・#落ちるとき、その速さはふつう、落下開始から時間がたつにつれて大きくなる。
・#それが尋ねる態度か。
こうした文は不適格であり、

・わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。(>>49)
・きのう太郎が来たって? (>>56)
・何かを抱くときは、いったん腕を広げる。(>>115)
・物が落ちるとき、その速さはふつう、落下開始から時間がたつにつれて大きくなる。
・それが人に物を尋ねる態度か。
これらが適格だ。その理由を説明するには、ガ格・ヲ格・ニ格が「元来ある」と考えるのが、最も簡単だ。
だから、区別する「意味」があろうとなかろうと、「元来ある」と考える。

135 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 21:33:32 0
>>133
> 「必須補語→元来ある」
この「→」は、「『元来ある (はずだ)』と判断されるに至る」という意味だな。

> 「元来ある→必須補語」
この「→」は、「『必須補語』と命名・分類されるに至る」という意味だな。

> 結局のところ、何も言ってないのと同じではないの?
結局のところ、君も詭弁屋だということではないの w

136 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 22:24:09 0
痛いところ突かれる度に相手を詭弁屋よばわりして
論点ずらそうとするの止めたら? 詭弁屋さんw

137 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 22:36:43 0
こっちは痛くもかゆくもない。詭弁屋は詭弁屋。
詭弁屋は何も明らかにしないし、なにも説明できない。

138 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 23:16:58 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A9%AD%E5%BC%81

139 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 23:20:07 0
日本語で文が成り立つ最小単位を考えると
名詞、形容詞、動詞のどれかひとつでもあれば
文になりえる

例)
好き オレ かわいい 食う 寝る

140 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 23:27:42 0
える⇒うる
それから、副詞も名
好きかと尋ねられて「ものすごく」

141 :139:2007/07/13(金) 23:29:11 0
要は自立語ってヤツだな>最小単位

142 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 23:44:48 0
英語でも文にはなりうるんだが。
http://www.google.co.jp/search?as_q=&hl=ja&num=100&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&as_epq=one+word+sentence&as_oq=&as_eq=&lr=lang_en&as_ft=i&as_filetype=&as_qdr=all&as_occt=any&as_dt=i&as_sitesearch=&as_rights=

143 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 00:20:49 0
>>134
>・#すきです。(>>49)
>・#きのう来たって? (>>56)
>・#抱くときは、いったん両腕を広げる。(>>115)
>・#落ちるとき、その速さはふつう、落下開始から時間がたつにつれて大きくなる。
>・#それが尋ねる態度か。
>こうした文は不適格であり、

どこが???
何を根拠に言ってるんだw

参照箇所を示しているので、その文脈では不可だということなのだろうが、
任意補語と言われるものとて、特定の文脈においては、
言わなければ、「不可」となる。
で、上の不適とされている文も、別の文脈に置けば、なんら不適ではない。

144 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 00:56:04 0
>>143 まだやるのか w

> 参照箇所を示しているので、その文脈では不可だということなのだろうが、
> 任意補語と言われるものとて、特定の文脈においては、
> 言わなければ、「不可」となる。
必須補語が言わなければ不可になる文脈と、任意補語が言わなければ不可になる文脈とは、必ずしも同じじゃないんだよ。
文あるいは節全体が新しい情報を表しているとき、必須補語は言わなければ不可になるが、任意補語は言わなくても可だ。

> 上の不適とされている文も、別の文脈に置けば、なんら不適ではない。
それは、必須補語が文の中で、他の要素より古い情報を表す文脈だな。
(第 3-5 例については難しいと思うぞ。作れるもんなら作って見せよ)
条件を同じにして 2 者 (ここでは必須補語と任意補語) を比較するという科学の基本が、君にはわかってないね w

145 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 02:06:05 0
>>144
>まだやるのか w
すまんね。

>文あるいは節全体が新しい情報を表しているとき、必須補語は言わなければ不可に
>なるが、任意補語は言わなくても可だ。
疑問
1.全体が新しい情報を表しているなら、それが何であれ、省略不可なのでは。
いっぽう、
2.初めて愛の告白をする場合も、
ただ、
「好きだ」
と言える。
この場合の、「私」(自分)と「君」(相手)は、新しい情報とも言いうるが、
言わなくてもいい(むしろその方が自然)。
これはどう説明するのか?

>(第 3-5 例については難しいと思うぞ。作れるもんなら作って見せよ)
文脈や状況から言わなくても分かれば、難なく省略されるのでは。

条件云々だが、その君が「条件」と言うものが、
「元来あるかないか」を考える上で、有意のものかどうかが問題だな。

「まだやるのか」とのことだが、君の主張(orほぼ同じもの)があれば、
紹介してくれ。そちらを読んでみるよ。

146 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 02:18:06 0
社会的に認知されている表現を不適と言っているスコラ学者がいるというのは
ここですか?
こういう人は、例えば「仏」を「死者」の意味で使うのも不適と言うのでしょうか?

147 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 02:38:37 0
【論説】朝日新聞の倒閣キャンペーンの異様さ、切ないまでの政治的願望は、日本ジャーナリズム史に残るだろう
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1184123463/l50

148 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 07:33:13 0
おまえら必須とか任意とか
意味役割のレベルでいってんのか
統語成分のレベルでいってんのか
どcchだ

149 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 11:04:36 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%8F%E5%9F%B7%E7%97%85 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%AF%E8%A6%9A

150 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 12:25:54 0
必須だろうと任意だろうと一般の日本語話者にはなんの関係もない。
研究者の研究者による研究者のための議論は空しい。

151 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 12:42:06 0
>>150みたいな話者が「そちらでおかけになって待ってもらってもよろしかったですかぁ?」
みたいな敬語を嬉々として実践し、子孫にも残すわけだ。

152 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 13:09:31 0
>>151
はぁ?
必要のある表現しか残らんよ。

153 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 15:19:13 0
>>119
>>108
>それを日本語における「主体」と解釈すれば済む話。
そう解釈した後に、「検算」してみる必要があるな。
君の解釈は、「オ格(対格)」や「ニ格(与格)」の意味規定と抵触・矛盾する。
その意味上の矛盾・抵触を、形を持ち出して正当化するのは、うまくない。
>もはやめちゃくちゃだな。違う言語形式を与えられているものを、形式から離れた「意>味」に基づいて、同じように扱えと言うのか。
いやいや。そんな無茶をやるくらいなら「まだまし」と言っているだけ。
>>109
>> 「述語」とは、「(「主語」)について知られること・語られること」
>> という共通性を持つ。
>> または、「あるもの(主語)のあり方(はたらき)」。
>そんなものが「意味」だったら、日本語の感情・感覚形容詞にも、十分あてはまるじゃ>ないか。
話をそらすな。
>「動作・作用・状態・属性」に一貫した意味はない。(前スレ993 現スレ>>106に引用)
という君の主張に応えたものだ。
>> 「主語」とは、「知られる・語られる対象(の中核にあるもの)」。
>> または、「『ある』もの」。
>だから「主語」が 2 つあってもいいわけだろう?
いや、いかんと思う。
「主語」は「問い」としての側面を持つ。
「問い」と「答え」は、一対一的(二項的)に対応する必要がある。

154 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 15:30:04 0
なぜひとつの文に「問い」と「答え」が二組あってはならんのか

155 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 15:34:14 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%8D%98%E5%B0%84
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%AC%E8%AA%9E

156 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 15:38:54 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%B3%E8%AA%9Ehttp://www.bunka.go.jp/kokugo/

157 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 15:45:54 0
>>154
単文を前提でいいよね?
人間が同時にできるのは、
一つの「問い」に対して、一つの「答え」を出すことだから。
特に、「問い」の一つ性は、絶対的だと思う。

158 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 16:07:39 0
「会議の時間と場所を教えて」というときには
二つのことをきいているのではないのか

159 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 16:18:39 0
>>158
それはひとまとまりの一つのこと。
その証拠に、一つの助詞(「を」)で受けている。
主述の形にしても同じ。
「会議の時間と場所[は]、○○、××です。」

160 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 16:29:39 0
それでは、なぜ人間は一度に同時に一つの問いしか発することができんのか

161 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:04:46 0
それは、人間は、
同時に二つのことを考えることはできない、
同時に二つのことを見ることはできない、
といったことを考えれば、理解可能では。

162 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:07:05 0
そういう意味で言うと、一つの文に「主語」が二つあるとしたら、
それは、「主語」ではなく、「主語もどき」なのだと思う。

163 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:08:33 0
では、主語と述語が「問い」と「答え」だとしたら
それは主題と題述というのとはどう違うのか

164 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:29:35 0
「主語もどき」ってなんだ?w


165 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:36:42 0
                        /フ
          i ̄7           //   妖怪 主語もどき
           ヽ\       /⌒v´/
            ヽ;;;) ,,,, ,,z ,,.,/;;;/\ノ
           く;く/;;;;;;;;;;;;;;;;;;'ミミ;;     主語はひとつの文にひとつしかないはずなのに
   〔;;;ゝ      `彡;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;シミ    なぜかふたつあるように見える
    |_;;;;;;;;;;;7  レ ;;;;;;(・)(・);;;;;;;;;;;ミミ
       ̄|;;;;|  /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;フ\   そんなときは こいつの仕業です
       |;;;;;|  /w;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;彡 /;;;;〕
       \\//"'''z,,z ;;;;;;Zzミ //
         "''"  ,. ‐;;;;;;;;;;;;ノ く く、_
           (;;;;;;,. ‐''"    `‐、;;;;;〕
            \\
              \\
              ⊂ノ


166 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:38:01 0
綾ちゃん、美佳ちゃんは小学生です。

主語が二つあるが、「もどき」なのは綾ちゃんか美佳ちゃんかどっちだ?


167 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:45:22 0
主語ってのが統語的な概念なのか意味的な概念なのかはっきりさせとかないとな

統語的には「綾ちゃん、美佳ちゃん」なんてまとめてひとつの名詞句扱いだろうけど
意味的に「綾ちゃんと美佳ちゃんの集合」みたいなものを主語として認めてしまうと
そもそも主語はひとつしかないって主張自体が意味をなさなくなる
(複数あっても任意に「ひとまとめ」にできてしまう)

168 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 17:50:02 0
「主語」は、「問い」としての側面を持つ。(>>153)
(「主語」=「問い」と言っているわけではない。)
その「問い」としての側面が前景化したものが「主題」では。

ちなみに、日本語では、
「鳥 が 飛んでる」(現象文)に対する、
「鳥 は 飛ぶ」(判断文)のような
「主題―解説」関係を表すための特別な形式があるため、
「主語」と「主題」の違いが強く意識されるが、
英語などでは、判断文と現象文のとりたてての区別はない(でいいかな?)。

169 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 18:13:33 0
「問い」としての側面とはなんぞや

「何が飛んでいる?」
「鳥が飛んでいる」

のような文では「鳥」は問いというよりむしろ答えのようにみえる
この「鳥が」は主語ではないのか

170 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 22:30:14 0
>>167
>主語ってのが統語的な概念なのか意味的な概念なのかはっきりさせとかないとな
文法を考える時に、統語だ意味だと区別することに不案内なのだが、
「主語」と言うのは、「主体」という意味的な概念ではなく、統語(文法)的な
概念だと思っている。

この例では、「綾ちゃん」と「美佳ちゃん」が、一つの「は」によって受けられて
いることが、ひとまとまりの一つとする根拠になるのでは。

171 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 22:41:22 0
>>169
うむ。そうだね。
確かに、「主語」の部分が「答え」になっている。(「選択指定」の「が」)

「主語」の「問い」としての側面が前景化したものが「主題」であるとしたら、
デフォが「現象描写」の「〜が」であり、
反対に、「問い」としての側面が背景化したものが、問題にされている
「選択指定」の「〜が」と言っていいのかな?(汗)

いずれにしても、主語と述語の結びつきが、
        
         A  = B
        「問い」―「答え」
        「答え」―「問い」

というように、一対一的(二項的)対応関係を表していることは確かだと思う…。
>>153末尾)

172 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 22:55:14 0
>>171
問いとか答えとかは関係ないような…。
「命題」になっているかどうかを問題にしているんでしょうか?


173 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 23:18:15 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%BD%E9%A1%8C
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%8C%E7%90%86%E6%B3%95

174 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 23:25:10 0
>>170
なら単純に(生成統語論とかでいう)外項の別名が主語だとか
主格が付与される名詞句が主語だとかいう定義になるのかな

それならそれでいいと(個人的には)思うけど
その定義だと結局、主語とはプリミティブな概念ではないとか
主語なんて概念はいらないとかいう批判を免れ得ないんじゃないかな

175 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/14(土) 23:38:18 0
主語必要波の人、「象は鼻が長い」の場合どれが主語になるの?

176 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 00:17:31 0
「象」が総主とか大主語とかいわれるやつで、「鼻」も主語ってことになるんじゃね

177 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 00:24:59 0
>>145
> この場合の、「私」(自分)と「君」(相手)は、新しい情報とも言いうるが、
> 言わなくてもいい(むしろその方が自然)。
確かにそういうふうに見えるね。論点を整理してみよう。
・「私」「君」「好きだ」のすべてが、新しい情報を表していると仮定する。
・「好きだ。」の場合、「私」「君」は、言わなくてもよい。
・言わなくても、「私は」「君が (君を)」の意味は、聞き手に了解される。
・他方、同じ形容詞「好き‐」を述語とする、「わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。」を、「#すきです。」と言い換えることはできない。
・「わたくしは」「そういうきれいなたべものやきものを」を、「すきです」より新しい情報と解釈することには、無理がある。
 「?ほかの人は違う (かもしれない) が、わたくしは」「?ほかのものでなく、そういうきれいなたべものやきものを」
・また他方、「私たちは会った。」の場合、「7 月 13 日」や「駅の南口」は、言わなくてもよい。
・この例では、言わなければ、「7 月 13 日に」や「駅の南口で」の意味は、聞き手に了解されない。

結局、実は非言語的文脈によって、「私は」「君が」は「好きだ」より古い情報になっているのだと考えるのが、最も合理的だろう。
告白する場合、まず、「私」と「君」以外に、何も話に登場しえない状況を作っておく必要がある。いわゆる「2 人きりの世界」だな。
そもそも、「好き‐」が表す感情について断言できるのは、話者だけというのが日本語のルールだ。
だから、「好きだ。」と断言されれば、感情の持主は自動的に「私」と決まり、その感情を引き起こすものは、状況からして「君」しか残らない。

178 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 00:25:44 0
>>145
> 文脈や状況から言わなくても分かれば、難なく省略されるのでは。
例えば? そういうことは作って見せてから言うべきだ。
それに、「省略される」ということは、「元来ある」ということだ。ないものを省くことはできない。

> 君の主張(orほぼ同じもの)があれば、
> 紹介してくれ。そちらを読んでみるよ。
現在、言語学を背景にもつ文法学者で、日本語の基本文における必須補語の存在と、それが省略された場合のゼロ代名詞を認めない人は、まずいない。
だから何を読んでもらってもよい。国語学出身の人または金谷が書いたものを除いて w

179 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 00:57:45 0
ところで
「私から彼に伝えておきます」みたいな文では
カラ格が動作主を表してしまうので
ガ格を想定することが難しいと思うのだが
こういうのはどうするんだ

180 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 01:14:33 0
>>177
非言語的文脈によって決まる文法を「文法」と言えるのでしょうか。


181 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 01:14:52 0
>>178
必須補語の数って述語によって変わるんだよな
ゼロ項述語ってのも認める?

182 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 01:38:59 0
>>177
>結局、実は非言語的文脈によって、「私は」「君が」は「好きだ」より古い情報
>になっているのだと考えるのが、最も合理的だろう。
一文の中の相対的な情報の新旧(軽重)を言えば、その通りだと思う。
(君も紹介していた久野の考えだよね。)

しかし、だからと言って、↓の君の説明は、やはり成り立たないのでは。
>文あるいは節全体が新しい情報を表しているとき、必須補語は言わなければ
>不可になるが、任意補語は言わなくても可だ。(>>144
相対的な新旧ではなく、絶対的な新旧を言えば、
「(ボクは)(君が)好きだ。」
と言った場合、「文全体として新しい情報を表している」という読みを
否定することはできないと思う。

183 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 02:01:10 0
>>178
>例えば? そういうことは作って見せてから言うべきだ。
(監督の演技指導)
「○ちゃん、何度言えば分かるの?『『抱く』時は、いったん両腕を広げる』って
何度言えば分かるの?」
「落ちるとき、その(物体の)速さはふつう、落下開始から時間がたつにつれて
大きくなる。」
(演技指導)「それが『尋ねる』態度か? この大根役者!」

>それに、「省略される」ということは、「元来ある」ということだ。
>ないものを省くことはできない。
まあ、言葉尻をとらえるなって。以後、気をつけるよ。
ちなみに、君が「古典」として紹介していた久野の省略を巡る議論では、
任意、必須に関わりなく、「省略」と言っていたと思うが、これはいかんのか?
>だから何を読んでもらってもよい。
上にも書いたように、久野の説なら納得できるのだかな。
よう分からんのが、君の言う、
必須補語は「元来あり」、任意補語は「元来なし」という二元的議論。
こういうこと、例えば、誰か言ってますか?
何人か、紹介して。(説得力があり、分かりやすい文献、希望。)

184 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 09:50:41 0
>>177 訂正 ×「『好き‐』が表す感情について断言できるのは、話者だけ」 → ○「……その感情の持主だけ」

185 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 10:05:19 0
>>153
> 君の解釈は、「オ格(対格)」や「ニ格(与格)」の意味規定と抵触・矛盾する。
抵触・矛盾するなら、その意味規定の方を直さなければならない。

> その意味上の矛盾・抵触を、形を持ち出して正当化するのは、うまくない。
完全な本末顚倒。形が先で意味が後、形が先で意味が後と、百遍唱えろ。

> そんな無茶をやるくらいなら「まだまし」と言っているだけ。
同じ形のものはとりあえず同じ「意味」だろうと考えることの、どこが無茶なのだ w

> >「動作・作用・状態・属性」に一貫した意味はない。(前スレ993 現スレ>>106に引用)
> という君の主張に応えたものだ。
意味として認めない。名詞や動詞の意味規定とは全然違う。
仮にそういうものも「意味」と認められるなら、日本語の「主体」も、十分「意味」として認められる。とやかく言われる筋合いはない。

> いや、いかんと思う。
> 「主語」は「問い」としての側面を持つ。
> 「問い」と「答え」は、一対一的(二項的)に対応する必要がある。
勝手に思っておればよい。言語形式の根拠のない観念論は不要。

186 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 10:13:23 0
>>179 それも「主語」のない文の 1 つだ。

>>180 もちろん言える。現場指示の「これ」「それ」「あれ」、this,that の用法は、非言語的文脈によって決まる。

>>181 あると思う。「雪だ」とか。

187 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 13:40:46 0
主語があろうとなかろうと
話が通じればいいんでないかい?

188 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 14:17:57 0
つー

189 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 15:28:44 0
ここ、能記と所記との対立スレですね?

190 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 18:23:15 0
「大根は繊切りにしておきます」

191 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 18:33:57 0
>190
それを、
「鼻を輸入がくるりと海老に領収書へ飲み干した」
と同一視したいと見た。

192 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 18:47:08 0
敬語も省略して栗

193 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 19:46:48 O
>>176 「は」はそもそも副助詞で近代に格助詞になった(主格)。本来、他事物と区別するだけの働き。英語の限定forに当たる。For an elephant, its nose is long.

194 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 19:50:26 0
おっとまた新説
この手の人って全く勉強してないのにひらめきだけで参加しちゃうんだよなあ

195 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 20:17:41 0
むしろ、ひらめきだけで整理し治したほうがよくないかい。

学問で「こういうもんだ」は毒だぜ。濃くなければ薬にもなるがね。
見直せなくなった学問は象牙の廃墟だ。

196 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 21:27:00 0
ひらめきは結構だが
思いつきで珍説異説いうだけのやつは
誰にも省みられずに研究史の中に埋もれていくだけ

せめて他の研究者と会話ができる程度の共通の基盤を持たんと

197 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/15(日) 22:36:01 0
ですね、そのひらめきにこだわってる人はだめですね。
ひらめきを元にして、あーでもないこーでもないができるかどうか。

ただ、既存のものとひらめきとは、ある程度同列で見ないとですね。
既存のものの方が優れている証拠ですら、「その時点」ではやはり皆無なわけでして。

やっぱそんなひらめきダメだよ、となった時点ではじめて既存のものの優位性が固まるわけで。
たいていそうなんですけど、でもコレばっかりはちゃんとやらんとさ。
「こういうことになって(整理されて)いるから」だけじゃあさ、規範中と変わらないわけさ。

198 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 00:28:12 0
規範中ってこのスレの三上信者のことかな。

199 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 00:49:26 0
信者って言うか、単なる宣伝じゃあダメだよね。
まあ正しいかどうかの論法になるのは信者でしかないか。

この場合、利点と欠点と、まあ利点だけ主張のディベートでも良いが、
理屈が正しいかどうかなどなくて、理屈が上手いかどうかなんだけどな。

200 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 00:51:41 0
なにをいっとるんだおまえは

200げとー

201 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 01:19:42 0
>>182 文全体が新しい情報を表すということは、文中のどの要素も同じように新しい情報を表すということだ。
文中の要素が表す情報に新旧の差があれば、文全体が新しい情報を表しているとはいえない。

>>183
> 「○ちゃん、何度言えば分かるの?『『抱く』時は、いったん両腕を広げる』って
> 何度言えば分かるの?」
「何かを抱くときは」ではなく、「その△△を抱くときは」の意味だろう。
何を抱くか決まっていない脚本はありそうにない。

> 「落ちるとき、その(物体の)速さはふつう、落下開始から時間がたつにつれて
> 大きくなる。」
私にとっては完全に非文法的。

> 「それが『尋ねる』態度か? この大根役者!」
これはいくらか面白い例だ。
「その演技では、人に物を『尋ねる』様子ではなく、人に物を『○○する』様子にしか見えないぞ」
という意味で、「人」「物」が非特定のまま、「尋ねる」より古い情報になっていると、私なら解釈する。
いずれにせよ、とても難無くは作れないことがわかっただろう。

> まあ、言葉尻をとらえるなって。
言葉尻ではなく、それが自然な直観なのだ。

> 君が「古典」として紹介していた久野の省略を巡る議論では、
> 任意、必須に関わりなく、「省略」と言っていたと思うが、これはいかんのか?
任意補語でも、1 度現れたものが、以後は了解可能として省略される場合は、もちろんある。
1 度も現れたことがなく、今も現れていない任意補語を、「省略されている」とは久野は言わない。
久野は、あまり表面には出さないが、生成理論を基礎としている。補充と付加とを区別しないはずがない。

202 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 11:32:07 0
俺様の自然な直観に従えば
「私はどんな劇の指導をするときも「『抱く』ときは両腕を広げろ」と指導します」と言えるし
「落ちるとき、その速さはふつう、落下開始から時間がたつにつれて大きくなる」は文法的だし
「尋ねる」に関するおまいの説明は何を言っているのかよくわからん

こういう動詞が項を特定しない一般的な出来事を表すような場合には
目に見えない総称代名詞が隠れているとみるんじゃないのか
もしくは項いらね、意味的には出来事項eを立てる、か。


203 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 12:48:18 0
>>202
> 「私はどんな劇の指導をするときも「『抱く』ときは両腕を広げろ」と指導します」
言わないなあ。どうしても「何かを抱くときは」となってしまう。

> こういう動詞が項を特定しない一般的な出来事を表すような場合には
> 目に見えない総称代名詞が隠れているとみるんじゃないのか
隠れているということは、「元来ある」ということだな。
ただし、ヲ格やニ格は隠れられないと、私は思う。
ガ格の総称は隠れる場合があると見られ、その現象は、>>190 のような操作型の文や、「φ 歩くことは健康によい」などの例を説明するのに使う。

204 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 15:25:34 0
だが正直最近の生成はよくわからん

205 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 16:56:32 0
>>193
「は」「が」の 小辞は 主格形を 作る 機能を 持つ と ロドリゲスの 日本語小文典に ある。

206 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/16(月) 18:38:51 0
だからどうした

207 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/17(火) 01:42:30 O
南蛮人は平家物語止まりで、万葉・古事記や源氏物語など日本語成立の最盛期のプロセスは理解出来ずに鎖国となった。世界の孤児言語のはじまり

208 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/19(木) 18:29:25 0
>>66
>>57
>> たまたま? 表面的なこと?
>基本文型にとっては表面的。省略規則が異なるにすぎない。
「すぎない」って言うけど、
守られないことの方がむしろ多いものを「基本文型」と言ってよいのか??
非常に疑問。
と言うと、「英語だって」と必ず始まるのだが、
「程度」を考えろ。

209 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/19(木) 21:16:13 0
>>185
>> 君の解釈は、「ヲ格(対格)」や「ニ格(与格)」の意味規定と抵触・矛盾する。
>抵触・矛盾するなら、その意味規定の方を直さなければならない。
じゃあ、君の解釈と矛盾・抵触しない意味規定を示してくれ。(無理だと思うが。)

>> その意味上の矛盾・抵触を、形を持ち出して正当化するのは、うまくない。
>完全な本末顚倒。形が先で意味が後、形が先で意味が後と、百遍唱えろ。
ゆるゆるに規定すれば何でも入るが、他との境界がボケてナンセンス!と、
百万遍唱えろ。

>> そんな無茶をやるくらいなら「まだまし」と言っているだけ。
>同じ形のものはとりあえず同じ「意味」だろうと考えることの、どこが無茶なのだ w
>同じく「ガ格(主格)」であることが保障(要請)するのは、その「意味」を
>統一的に解釈することであって、その意味が「主体」であるという保障(要請)
>はどこにもない。(>>108)

> >「動作・作用・状態・属性」に一貫した意味はない。(前スレ993 現スレ>>106に引用)
>> という君の主張に応えたものだ。
>意味として認めない。名詞や動詞の意味規定とは全然違う。
>仮にそういうものも「意味」と認められるなら、日本語の「主体」も、
十分「意味」として認められる。とやかく言われる筋合いはない。
君の言う「主格」の解釈は、「対格」・「与格」との境界がなくなるという
大問題を抱えている。
私の示した常識的な「述語」の意味に何か問題はあるか?

210 :209:2007/07/19(木) 21:20:18 0
>>209の中段の発言に、引用部分との境界がはっきりしないところがあったので、
以下のように訂正させてください。

>> そんな無茶をやるくらいなら「まだまし」と言っているだけ。
>同じ形のものはとりあえず同じ「意味」だろうと考えることの、どこが無茶なのだ w

 >同じく「ガ格(主格)」であることが保障(要請)するのは、その「意味」を
 >統一的に解釈することであって、その意味が「主体」であるという保障(要請)
 >はどこにもない。(>>108)

211 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/19(木) 23:19:56 0
よくわからないな。ちょっと整理しよう。
いま問題となっているのは、ガ格が持つ一般的特性を明らかにするということか。
まず、格を単純に動作主とか対象とかいう意味役割によって規定することは難しい。
例えば「太郎が机を壊した」とか「机が壊れた」とかでは、ガ格に動作主がでたり対象がでたりしている。
また「壁にペンキを塗る」や「壁をペンキで塗る」では、ヲ格に移動物がでたり場所がでたりする。
こういう意味での格と意味役割の独立性はもはや定説といっていい。
しかしこういう出来事を構成する要素間の具体的、実際的な関係概念としての意味役割とは別に
もう少し抽象的、認知的なレベルでの意味的特徴のようなものを考えることができるかも知れない。
例えば、上の移動物と場所は、「位置変化対象」か「状態変化対象」かという意味で
「変化対象」としてまとめられるかも知れない。
ガ格にも、何か「主体」とでも言うべき意味的特徴を一般的に考えることができるかも知れない。
しかしこの「主体」という概念は、格とは独立に特徴づけられなければならない。
ガ格で表されているものが「主体」であると定義してしまっては
この「主体」という概念はガ格の一般的特徴を記述するために何ら寄与することができない。

212 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 00:22:00 0
「ガ格」としか呼びようがない物なのかもね。

213 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 01:18:10 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E4%B9%B1%E3%82%8Chttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%AC%E8%AA%9E

214 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 01:43:33 0
>>208 >>49 >>144

215 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:06:02 0
>>209
> じゃあ、君の解釈と矛盾・抵触しない意味規定を示してくれ。(無理だと思うが。)
簡単だよ。受身文 (……レ〜ラレ‐ル) に転換したとき、ガ格に変わりうる補語を「対象」と呼ぶ。元の文で「ヲ」をとっているものが「対格」で、「ニ」をとっているものが「与格」。
それとは異なる「ヲ格(対格)」や「ニ格(与格)」の「意味」規定があるなら、示してもらおうか。

> 私の示した常識的な「述語」の意味に何か問題はあるか?
ゆるゆるの規定 w 結局、文の「述語」になっている (形) ものを「述語」と呼ぶ (「意味」) というトートロジーでしかない。
「ガ」をとっている (形) ものを「主体」と呼ぶ (「意味」) ことと、選ぶところはない。

216 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:21:51 0
だからお前しゃべり方がきもいんだって
普通に書け

217 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:28:39 0
>>211
> 例えば「太郎が机を壊した」とか「机が壊れた」とかでは、ガ格に動作主がでたり対象がでたりしている。
動作主も対象も「主体」でよい。
"John broke the desk." "The desk broke into pieces." では、主語に動作主が出たり対象が出たりする。

> 例えば、上の移動物と場所は、「位置変化対象」か「状態変化対象」かという意味で
> 「変化対象」としてまとめられるかも知れない。
「ペンキが壁に塗られる」「壁がペンキで塗られる」どちらも言えるから、「ペンキを」も「壁を」も「対象」でよい。

> しかしこの「主体」という概念は、格とは独立に特徴づけられなければならない。
そりゃ無理だって w

218 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:32:14 0
> 受身文 (……レ〜ラレ‐ル) に転換したとき、ガ格に変わりうる補語を「対象」と呼ぶ。

それは意味というより統語的な特性ではないか?意味の説明にはなっていないと思うが・・・
意味的には、モノ(無生物)はむしろ受身文の主語にはなりにくいだろ
おまえのいう「対象」って一体なんなんだ

太郎が本を読んだ -> ??本が太郎に読まれた

219 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:38:15 0
>>217
>> しかしこの「主体」という概念は、格とは独立に特徴づけられなければならない。
>そりゃ無理だって w

それが無理だと認めてしまうと
主格は「主体」を表す、という仮説の確かめようがなくなる(反証不可能になる)ので
まずいのではないか

220 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:43:52 0
>>218
> それは意味というより統語的な特性ではないか?
格助詞の「意味」といった文法的「意味」は、統語的特性によって規定するほかない。

> >>109
> > 「述語」とは、「(「主語」)について知られること・語られること」
> > という共通性を持つ。
> > または、「あるもの(主語)のあり方(はたらき)」。
これなども、文の述語になるという統語的特性を言い換えたものにすぎない。

> ??本が太郎に読まれた
○本が太郎によって読まれた。

221 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:55:29 0
>>220
>格助詞の「意味」といった文法的「意味」は、統語的特性によって規定するほかない。

それを「意味」という必要があるのか?

222 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 02:57:30 0
>>219 仮説ではなく命名・定義だから、確かめる必要はない。
君らがやろうとしているのは、言語形式を離れて文法語の「意味」を考えることだ。

223 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 03:13:34 0
>>222
いや、だから言語形式に固有の意味があるという仮説の上で
その意味に「主体」とかラベルをあたえている(命名・定義)わけだろ

俺らがいってんのは言語形式を離れて文法語の意味を考えろとかではなくて
その意味がどういうものかを、何らかの方法でちゃんと記述しろってことだよ。
「その文法語(ここでは格?)が表しているもの」以外のやり方でだ。

記述できないようなら、そもそもその語にある一定の意味があるという仮定が
あやしいってことになるだろうし、そういう意味の存在を仮定してラベルをつけることの
理論上の意義や必然性みたいなものはあまりないということになるんじゃないかな。


224 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 03:15:05 0
>>221
> それを「意味」という必要があるのか?
名詞や動詞の意味と全く違うことは確かだね。現実世界に対応物を持たないから。
>>108-109 がいかに馬鹿げた議論をしているかよくわかるだろう。

225 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 03:24:20 0
>>223
「言語形式を離れて」=「『その文法語(ここでは格?)が表しているもの』以外のやり方で」

> そもそもその語にある一定の意味があるという仮定が
> あやしいってことになるだろうし
一定の統語的特性の束 (機能) が認められる。だから文法語も「語」なのだ。

226 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 03:34:39 0
>>225
その文法語が統語的特性の束を持っているのはよいとして
それを「主体」だとか何とかいう意味臭い用語で呼ぶのはミスリーディングではないか?

というか、そういう理屈ならむしろ、その言語要素は
「かくかくの統語的特性を持っているが、(名詞や動詞のような)特定の意味は持たない」
という方が普通の説明のしかたではなかろうか。

227 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 03:42:46 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E7%94%9F%E6%80%A7
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%97%E8%BA%AB_%28%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6%29
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%A0%BC
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8E%E6%A0%BC

228 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 03:44:27 0
だから見出しぐらいつけろっつーのwiki厨が

229 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 04:46:52 0
>>226 ガ格は描かれる事態の中心として扱われるという統語的特性をもっているから、その特性に命名すれば、やはり「主格」「主語」「主体」あたりに落ち着く。
ただし「主題 (‐ハ)」は違う。「主題」は事態の中心ではなく、その場限りの話の中心だ。
「主題」とガ格とは一致する場合も多いので、「『は』と『が』」というテーマが論じられるわけだが、一致しない場合もいくらでもある。

>>218 >>221 >>223 >>226 は、おのれの考えがなく、現象に何の説明も与えず、用語レベルの議論に終始している。

230 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 10:28:38 0
>>229
いやむしろおまえの「主体」という概念が
現象に何か説明を与えているのかと問いたいのだが

要するに、ある形態的、統語的特性を有する言語要素(いわゆる「主格」)について
「主体」っていう別名を与えているだけなんでしょ

しかもその「主体」は言語形式に依拠してのみ定義される概念であって
それ以外のやり方で特徴付けることはできないっていうんだから
そんなの「主格」でいいじゃない
(つづく)

231 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 10:29:20 0
(つづき)
「主格」が一般に「主体」を表すというんだったら
その「主体」っていうのがどういうものなのかを説明しなければならないのに
それがうまく特徴付けられない(分析できていない)もんだから
「主格で表されるもの」みたいな曖昧な言い方をしてごまかしているように見える

もうちょっとその「主体」っていうのがどういうものか
つまり「事態の中心として扱われる」っていうのがどういうことなのか
(それこそまさに統語的特性ではなく「意味的特性」というべき部分だろう)
掘り下げて考えてみた方がいいんじゃないかな

232 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 12:58:59 O
主&客http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E4%BD%93%E3%81%A8%E5%AE%A2%E4%BD%93

233 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 13:00:47 O
>>230
> いやむしろおまえの「主体」という概念が
> 現象に何か説明を与えているのかと問いたいのだが
整理のための概念に説明を求めるのは、頓珍漢な言いがかり。

> そんなの「主格」でいいじゃない
名詞の形態に着目すれば「主格」、
文の構成要素としての特徴に着目すれば「主語」、
統語的特性に着目すれば「主体」、といったところだろう。
日本語は屈折言語ではないので、「主格」よりは単に「ガ格」の方がいいかと思うが、大した問題ではない。

>>231
> もうちょっとその「主体」っていうのがどういうものか
> つまり「事態の中心として扱われる」っていうのがどういうことなのか
もちろん考えなければならないが、それは統語的特性の束としてのみ表れる。

> (それこそまさに統語的特性ではなく「意味的特性」というべき部分だろう)
こういう頑固な思い込みが解けないかぎり、どうしようもないだろうね。
英語の主語 (Subject) にも、「意味的特性」は何もないだろ。

234 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 16:12:11 0
>> 私の示した常識的な「述語」の意味に何か問題はあるか?
>ゆるゆるの規定 w 結局、文の「述語」になっている (形) ものを「述語」と呼ぶ (「意味」) というトートロジーでしかない。
>「ガ」をとっている (形) ものを「主体」と呼ぶ (「意味」) ことと、選ぶところはない。
似て非なるもの。
大きいものを大きく規定してどこが悪い。

君の規定は、「ガ格」以外のものにも、そっくり当てはまってしまうという
意味で、論外だと思う。
君の規定では、
「彼を助けてやった。」の「彼を」も、
「彼に本を贈った。」の「彼に」も主体となってしまう。

どう強弁しようが、この事実は動かない。

235 :234:2007/07/20(金) 16:15:06 0
234は、
>>215へのレス。
スマソ。


236 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 18:35:15 0
>>220
> ??本が太郎に読まれた
○本が太郎によって読まれた。

↑こんな日本語、あるのか?

237 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 19:01:14 0
>>233
>>(それこそまさに統語的特性ではなく「意味的特性」というべき部分だろう)
>こういう頑固な思い込みが解けないかぎり、どうしようもないだろうね。
>英語の主語 (Subject) にも、「意味的特性」は何もないだろ。

>君の主張する日本語の「主格」は、単純に対応物を英語に求めれば、
>「主格」と「対格」となり、意味的に一貫するものを認めることは難しい。
>(だから、君は「意味」は関知しないという立場をとる…。)
>それに対して、英語で言う「主格」は、
>「(動作・作用・状態・属性の)主体」といった意味に対応しているのではないか。
>つまり、英語の「主格」は、君の言う「ガ格」のうちの、左側に来る「ガ格」に
>対応するのでは。
>英語の「主格」も、よく見りゃ、ぐちゃぐちゃで、意味的に一貫したものを
>抽出することなどできないと言うなら、そういう例を示してほしい。
                      (前スレ940,現スレ>>105に引用)

238 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 19:14:09 0
>>233
ようするに「主体」というのは主格名詞句の持つ統語的特性の束に言及するために
おまいが設定した整理のための概念、用語に過ぎないということか?

正直、そんなの「主格名詞句の統語的特性」と呼べば十分であって
そのために新たな用語や概念を創出する必要性があまり感じられない。

それに名前をつけるにしたって、そういう統語的概念に対して
「主体」とか「事態(の中心)」なんていう意味論っぽい語を使おうとは思わない。
大抵の人はその用語を見て統語的な概念だとは思わないだろうし、
そういう「頑固な思い込み」を誘発するようなミスリーディングな用語を
使い続けるのはそれこそ頑固というもので、もっとましな名前を考えた方がいいと思う。

おまいがそれを「主体」と呼ぶのは自由だが、他の研究者と共有するのは難しいだろう。
もうちょっとスタンダードなネーミングにした方がいい。

239 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 20:48:26 0
日本にはそもそも「主体」という観念が無い。主体という観念がそもそも
無いから、主語という概念も無い。概念の無いところにも言葉はやって
くる(ゲーテ)という名言のとおり、日本語での主語というのは概念無き
ものでしかない。
日本語は主語をよく「省略する」と言われるが、これは転倒した考え方。
元来主語という概念が無い日本語に、無理に主語みたいなものを足している
にすぎない。

240 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 23:14:39 0
主語廃止論ってのを最近知ってここに来たんだけど、
学者の世界ではこれってどういう扱いなの?

241 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 23:28:01 0
古典。主語があるかないかはともかく
考察自体は、現在でも一定の評価はされていると考えていい。

主語があるかないかについては現在まで定説らしいものがあるわけでもないと思う。
そもそも主語の定義が人それぞれなので。


242 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/20(金) 23:39:07 0
「は」と「が」は永遠に暇人のおしゃべりネタやのう。
国語の文法も定まらぬ情けなき日本人。

243 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/21(土) 13:01:10 0
>>234
> 大きいものを大きく規定してどこが悪い。
「主体」も同じ。

> 君の規定は、「ガ格」以外のものにも、そっくり当てはまってしまうという
> 意味で、論外だと思う。
あてはまらない。

> 君の規定では、
> 「彼を助けてやった。」の「彼を」も、
> 「彼に本を贈った。」の「彼に」も主体となってしまう。
いつそんな規定をしたんだよ w
・ガ格は首位の格であり、「ガ」はいかなる副助詞の前にも現れない。
・ガ格は、語ではなく節が求める格であり、ある種の節すなわち名詞修飾節においては、「ガ」が「ノ」と交替することがある。
・主節のガ格の指示対象と、従節のガ格の指示対象とが同一である場合、両方のガ格が現れることはできない。
・述語動詞が受動態 (‐レ〜ラレ‐) をとると、元のガ格は必ず他の格に転換される。
 「花子が彼に本を贈った」 → 「彼が {*花子が/花子に/花子から} 本を贈られた」 (「本を」は元のまま)
 「花子が彼に本を贈った」 → 「本が {*花子が/花子から} 彼に贈られた」 (「彼に」は元のまま)
ガ格の特異性はとどまるところを知らない。これらの統語的特徴を「『主体』を表す」と呼ぶのだ。わかったか。

> どう強弁しようが、この事実は動かない。
↑ 馬鹿

244 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/21(土) 14:02:37 0
だーからそれらの統語的特徴を「『主体』を表す」なんて呼ぶなよ

245 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/21(土) 14:12:28 0
>>238
> 正直、そんなの「主格名詞句の統語的特性」と呼べば十分であって
「主格」とは「主語になる格」の意味だから、何が「主語」なのか一応決めておかないと、「主格」は使えないはずだ。
日本語の場合、ガ格に一定の統語的特徴が認められる (ここで「『主体』を表す」と名づけられる) ことを観察したうえで、ガ格補語を「主語」と設定し、ガ格に「主格」と名づけ返さなければならない。
用語レベルのいちゃもんは何とでもつけられる。君がやってるのはその類だ。

> 大抵の人はその用語を見て統語的な概念だとは思わないだろうし
日本人は、文法的な語を古来「てに (を) は」と呼んで、実質語と区別してきた。
文法語にどのような名前を与えても、たいていの人は統語的な概念だと理解するだろう。
不勉強な人を相手に用語を考えようとは思わない。

> おまいがそれを「主体」と呼ぶのは自由だが、他の研究者と共有するのは難しいだろう。
>>233 に補足すると、私ならだいたいこんなふうに使い分けるというだけで、皆がそうすべきだというのではない。
それに、「主体」が絶対によいと考えているわけでもない。特に「言語主体」と言えば話者のことを指し、紛らわしい。
(「主役」などはどうかと思うが、人間以外の事物を指すときに違和感がある)

> もうちょっとスタンダードなネーミングにした方がいい。
「が: 動作・存在・状況の主体を表す」 (大辞泉)
「どのような述語にとっても必須である補語は,「仕手」「主体」を表わす主格補語である」 (寺村秀夫『日本語のシンタクスと意味 I』 p.177)

246 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/21(土) 19:04:23 0
>>245
> 用語レベルのいちゃもんは何とでもつけられる。君がやってるのはその類だ。

「主格にはある一定の意味的特性がある」とかいって粘ってくれれば
まだ話の広げようもあったかもしれないけどさー(是非はともかくとして)
「主格にはある一定の統語的特性がある」なんて当たり前すぎて
名前の付け方ぐらいしかコメントのしようがないんだよ。
どの辺を論点にすればいいっていうんだ?

> 不勉強な人を相手に用語を考えようとは思わない。

もし俺がお前の指導教官か何かだったら ぶ ち 切 れ ま す ね 。あなた誰ですか?
誰もお前に用語を考えて欲しいなんて思わないし、お前の用語や概念を理解したいとも思いません。
もしお前がオナニーで文法の研究やってるんじゃなくて、プロの研究者として研究するつもりなら
人に理解してもらう努力をしない研究者は放置プレイってことぐらい自覚した方がいい。


247 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/21(土) 19:05:34 0
(つづき)

> 「が: 動作・存在・状況の主体を表す」 (大辞泉)
> 「どのような述語にとっても必須である補語は,「仕手」「主体」を表わす主格補語である」
> (寺村秀夫『日本語のシンタクスと意味 I』 p.177)

私、学部のとき授業のレジュメに辞書から文法項目引用してすげー怒られました。
あとそこに書かれてる「主体」って別に統語的特性の束のことじゃないだろ。
純粋に意味論から切り離された統語的概念に対して「主体」なんて用語を使っている例を
俺は見たことがない。

248 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/21(土) 22:06:25 0
>>243
>・述語動詞が受動態 (‐レ〜ラレ‐) をとると、元のガ格は必ず他の格に転換される。
>「花子が彼に本を贈った」 → 「彼が {*花子が/花子に/花子から} 本を贈られた」 (「本を」は元のまま)
>「花子が彼に本を贈った」 → 「本が {*花子が/花子から} 彼に贈られた」 (「彼に」は元のまま)
>ガ格の特異性はとどまるところを知らない。これらの統語的特徴を「『主体』を表す」と呼ぶのだ。わかったか。

「ガ格」の特異性?
そんなの「ハ格」でも「モ格」でもいっしょじゃない?

「花子は彼に本を贈った」 → 「彼は {*花子は/花子に/花子から} 本を贈られた」 (「本を」は元のまま)
「花子は彼に本を贈った」 → 「本は {*花子は/花子から} 彼に贈られた」 (「彼に」は元のまま)

「花子も彼に本を贈った」 → 「彼は {*花子も/花子にも/花子からも} 本を贈られた」 (「本を」は元のまま)
「花子も彼に本を贈った」 → 「本は {*花子も/花子からも} 彼に贈られた」 (「彼に」は元のまま)


それに,ひとつに文にガ格とハ格があるときには,述語動詞が受動態 (‐レ〜ラレ‐) になっても,
元のガ格はそのままで,元のハ格が他の格に転換される場合もあるよ
「花子は本が好きになった」 → 「本が {*花子は/花子に} 好きになられた」 (「本が」は元のまま)

249 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/21(土) 22:23:59 0
>>248
「は」とか「も」は普通、格とは言わないだろ

あと「本が花子に好きになられた」は従属節がらみの迷惑受身くさいな

「花子が医者になった」→「太郎が花子に医者になられた」
「花子が[本が好き]になった」→「本iが花子に[φi 好き]になられた」

みたいな感じかな。
述語「なる」に対応するガ格はやっぱり「花子」なんだろう。

250 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 00:17:12 0
>>246
> 「主格にはある一定の意味的特性がある」とかいって粘ってくれれば
私はないと思う。君はあると思うならそう主張せよ。

> どの辺を論点にすればいいっていうんだ?
自分の主張がないのなら黙ってろ。

> もし俺がお前の指導教官か何かだったら ぶ ち 切 れ ま す ね 。
君のレベルでは人の指導はできないから安心しろ w

> 人に理解してもらう努力をしない研究者は放置プレイってことぐらい自覚した方がいい。
理解されるにこしたことはないが、大事なのはまず筋が通っていることだ。
三上章も何十年も放置されていたし、寺村秀夫も最初は「素人学者」「形式主義者」などとこっぴどく批判されていた。

>>247
> 私、学部のとき授業のレジュメに辞書から文法項目引用してすげー怒られました。
普通はそうだろう。大学の授業は筋の通った考え方を学ぶ所であって、「スタンダードなネーミング」かどうかを気にする所ではない。

> あとそこに書かれてる「主体」って別に統語的特性の束のことじゃないだろ。
> 純粋に意味論から切り離された統語的概念に対して「主体」なんて用語を使っている例を
> 俺は見たことがない。
「主体」「対象」「相手」など、すべて統語的特性の束のことだよ。
文法語の場合、直感的な「意味」は棚上げして、統語的振る舞いに名前をつけるのが、構造主義の鉄則だ。

251 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 01:27:52 0
>>250
>「主体」「対象」「相手」など、すべて統語的特性の束のことだよ。
>文法語の場合、直感的な「意味」は棚上げして、統語的振る舞いに名前をつけるの
>が、構造主義の鉄則だ。
寺村も辞泉もそんなことやってないぞ。

君が>>245で引き合いに出している寺村と辞泉(他の辞書も)の説明は、
いわゆる「主格」についてのもので、
「対象語格」の「が」については、「主体」という用語は使われていないぞ。
君の大きな誤解かミスリードだ。
「対象語格」については、
辞泉:A希望・好悪・能力などの対象を示す。
寺村:感情の対象ないし誘引
としている。
もっとも、寺村は、それとは別に、
 一般に「〜ガ」という形をとる補語は、その述語を中心として展開する事象の中で、
 いわば主役と考えられるものである(『日本語のシンタクスト意味T』p.146)
とも述べている。
引用箇所に続き説明があるが、今ひとつよく分からん。
しかし、まだ「主役」なら分かる。「主役」の対義語は「脇役」であり、
クリアな説明とは思えないが、決定的な問題もない。
ところが、「主体」は、対義語が「客体・対象」であり、
繰り返すが、「ヲ格」や「ニ格」の意味ともろ抵触する。
だから、だれもこんな無理筋の規定はしていないのだろうw

なお、寺村の「主役」とは、「注目点」とも言い換えられるような内容。
この辺、流派の違う、川端善明氏や尾上圭介氏の理解に近くて面白いね。

252 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 01:28:18 O
動詞中心主義http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E8%A9%9E

253 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 01:30:15 O
ことばの発生http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%91%89

254 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 01:37:07 O
コトダマhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E9%9C%8A%E5%AD%A6 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%91%89%E7%8B%A9%E3%82%8A

255 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 02:29:33 0
>>250
> > 「主格にはある一定の意味的特性がある」とかいって粘ってくれれば
> 私はないと思う。

それって従来当然視されている考え方だよなあ。
結局、お前は何が主張したかったんだ?

> 自分の主張がないのなら黙ってろ。

だからさ、お前の話こそ何が主張したいかわかんないんだよ。
「ガ格の統語的素性の束を私は「主体」と呼ぶ」としか言ってねーじゃねーか。


256 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 02:30:59 0
> 理解されるにこしたことはないが、大事なのはまず筋が通っていることだ。

「理解される」にこしたことはない? なに勘違いしてるんだ?
なんで他の人間がお前の理論を「理解して」やらなきゃいけないのかなあ。
研究者だったら お ま え が 理解してもらえるような書き方しなきゃいけないの。

金田一は「三上は難しすぎる。誰かが噛み砕いて紹介してやらないと」みたいな
ことを言っていたらしいけど、そんな厚遇を期待するんじゃねーぞ。
お前の言ってることには掬い上げてもらえるような独創性の欠片もないんだからな。

> > 私、学部のとき授業のレジュメに辞書から文法項目引用してすげー怒られました。
> 普通はそうだろう。大学の授業は筋の通った考え方を学ぶ所であって、「スタンダードなネーミング」かどうかを気にする所ではない。

ちょ、そこじゃないだろ(苦笑)
なんで怒られたのか説明しないとわからないのか?

257 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 04:58:14 0
>>251
> 寺村も辞泉もそんなことやってないぞ。
やっている。君が読めてないだけ。例えば、「主体」は動作主でもありうるし、動作の受け手でもありうるし、状態が存在する場所でもありうる。

> 「対象語格」については、
> 辞泉:A希望・好悪・能力などの対象を示す。
> 寺村:感情の対象ないし誘引
> としている。
不徹底な態度だ。「対象語格」の「ガ」があると言い出したのは時枝誠記で、多くの人が影響を受けたが、西洋語に引きずられている。

> もっとも、寺村は、それとは別に、
>  一般に「〜ガ」という形をとる補語は、その述語を中心として展開する事象の中で、
>  いわば主役と考えられるものである(『日本語のシンタクスト意味T』p.146)
> とも述べている。
これを徹底すれば、ガ格はガ格であって、「主格」と「対象語格」の区別は不要ということがわかる。

> ところが、「主体」は、対義語が「客体・対象」であり
そんな語彙論的意味と、文法語に名づける「意味」とは無関係だということが、どうしてもわからないようだね。
君は一生ネーミングに拘ってればいいよ w

258 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 04:59:17 0
>>255
> 「ガ格の統語的素性の束を私は「主体」と呼ぶ」としか言ってねーじゃねーか。
だからガ格はガ格でよい。「対象語格」は必要ない。日本語には「主語」を 2 つ持つ文もある。シンプルだろ。
こっちの主張を君は「誤解かミスリード」として見落としたか、故意に無視したかのどちらかだ。

>>256
> 研究者だったら お ま え が 理解してもらえるような書き方しなきゃいけないの。
君には何を理解する頭もないよ w

> なんで怒られたのか説明しないとわからないのか?
君が「スタンダードなネーミング」でないと言うから、世間で通用しているものとして、私は辞書を挙げた。
君の先生は、世間で通用している説か否かを問題にしたわけではないだろう? 諸説を比較検討して、君自身が筋が通っていると考える説を述べよと言ったんだろう?
でもって、諸説を検討する時に、辞書の記述は必ず何らかの学説を元ネタにしているから、オリジナルを調べよと言ったんだろう?
私には辞書を持ち出す理由があるが (くだらない理由だけど)、君にはそうする理由がなかった。わかったか w

259 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 06:32:50 0
>>249
>「は」とか「も」は普通、格とは言わないだろ

言うよ

>中心主題(ハ格) 関係主題(ガ格) 論述主題(用言の法判断)
>口下手ノ‐私‐ハ 手紙ヲ書ク‐ノ‐ガ トテモ‐好キダ。
>主題条件 ‐体言‐活用格  主題条件‐体言‐活用格 論述条件‐論述用言
http://d.hatena.ne.jp/bragelone/20050805

>5.2 「推移」特定の素性
>推移で用いた 20 種類の素性を簡潔に説明する.「同等」
>の特定と同様に,2 つの文ペア (S1,S2 とする) が 1 事例になる.
>・ ハ格,ガ格,モ格のある句に存在する名詞の類似度
http://www.lr.pi.titech.ac.jp/~miyabe/paper/miyabeNLP06.pdf
>3.2.3. 妥当性判定ルール
>妥当性判定ルールは,区切り判定ルールで区切られた 1 文が評価文として適切かどうかを判定するルール
>である.ここで、評価文として妥当であるとは,その1 文がラーメンの実際の味や評判の評価を表す内容に
>なっている,ということである.判定手順とルールの適用例は以下のようになっている.
>主部(ハ格,ガ格,モ格のみを対象とする)があるとき,そこに評価対象語を含まない
>(例)店員の対応は普通でした。
http://mera.ariake.jp/gyouseki/pdf/nl04.pdf

260 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 06:33:28 0
>>249
>「花子が医者になった」→「太郎が花子に医者になられた」
>「花子が[本が好き]になった」→「本iが花子に[φi 好き]になられた」
>みたいな感じかな。
>述語「なる」に対応するガ格はやっぱり「花子」なんだろう。

あなたの考える「ガ格」の定義は?
「〜が」や「〜は」はどちらも「ガ格」(ついでに「〜も」も)で,
術語との意味的な対応抜きで定義できないの?

0.私は手紙を書くのが好きだ
この文の「ガ格」は「私は」と「手紙を書くのが」のどっち?


あと,「花子が本が好きになった」なんて日本語として不自然だよ
自然な表現は1か2だと思うよ
1.花子は本が好きになった
2.花子が本を好きになった

「〜も」を使うとしたら
3.花子も本が好きになった
4.花子も本を好きになった
5.花子が本も好きになった
6.花子は本も好きになった

261 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 09:37:32 0
傍目
内容はともかくとして、

> 研究者だったら お ま え が 理解してもらえるような書き方しなきゃいけないの。

これだけは必須でしょう。「内容を」相手にされたかったら、心がけないと相手のしようがないですよ。
ガのつく格を俺は「ち格」と呼びましょうか、あなたにも合わせてもらって(反語)。反語ですよ。

262 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 10:24:56 O
形態素http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E6%85%8B%E7%B4%A0 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E5%B9%B9 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E5%B9%B9%E7%94%A8%E6%B3%95

263 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 10:32:06 O
実は「格も派生する」語根主義http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E6%A0%B9

264 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 12:19:06 0
>>262-263 うざー

265 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 12:26:25 0
>>260
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1146705999/326
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1177682708/50-52 参照

>>261
> ガのつく格を俺は「ち格」と呼びましょうか
そうする理由があるなら、合わせてもいいよ。理由は何?

266 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 12:38:09 0
>>247
> 純粋に意味論から切り離された統語的概念に対して「主体」なんて用語を使っている例を
> 俺は見たことがない。

>>255
> > > 「主格にはある一定の意味的特性がある」とかいって粘ってくれれば
> > 私はないと思う。
> それって従来当然視されている考え方だよなあ。

こんな重大な自己矛盾に気づかないやつが、何をえらそうに言ってるんだ w

267 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 13:03:17 0
>>266
はあ?
主格にある一定の統語的特性があるなんて当たり前のことだけど
それを「主体」なんて呼んでいる奴はいないってことだろ。
何が「重大な自己矛盾」なんだwww
お前の用語法ではムジュンするだけwww

268 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 13:18:02 0
>>260
> あと,「花子が本が好きになった」なんて日本語として不自然だよ

そんなことはあるまい。
「は」にしないと不自然なのは主節でかつ判断文の場合であって
主節でも一種の描写文扱いなら中立叙述の「が」は普通に用いられるし
また従属節では主題の「は」は使わないので「花子が本が好きになった(こと)」
というしか。markedに対比の「は」を使う場合は別だが。


269 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 13:25:52 0
>>267
> 主格にある一定の統語的特性があるなんて当たり前のことだけど
違う。>>255 は、主格に一定の意味的特性がないと思うことを、従来当然視されている考え方だと言っている。

270 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 13:26:24 0
>>260
> 0.私は手紙を書くのが好きだ
> この文の「ガ格」は「私は」と「手紙を書くのが」のどっち?

その問いは「私は」がガ格かどうかという問いと二重ガ格かどうかという問いの
二つを含んでいるように見えるが、二重ガ格については認める立場だな。

> あなたの考える「ガ格」の定義は?

基本的には形態的特徴だろうな。
この場合の「私は」はガ格名詞句が主題化したっていうのが普通の考え方だと思うが
実際にそうなのかは知らん。というか別の議論を要するだろうから
ここでは「は」や「も」のような副助詞が出ない文で考察した方がいいんじゃないかな。

271 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 13:30:05 0
>>269
ああそうかすまん。
で、何がムジュンしてるんだ?

272 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 13:36:07 0
>>259

だからお前さwww
辞書とかブログとか工学系の論文とかから文法項目引用して自分の主張の根拠にすることに
何のためらいも感じないわけ?www

上で寺村とか引用してたのお前だっけ?
何でそこだけ寺村引用しないのよwww

273 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 13:38:14 0
>>257-258

もう誰が誰だかコメントする相手がごたまぜになってるな。

274 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 14:40:01 0
> 君が「スタンダードなネーミング」でないと言うから、世間で通用しているものとして、私は辞書を挙げた。

統語的特性の束のスタンダードなネーミングが普通の字引でわかるのかと
小一時間問い詰めたい。

275 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 15:38:34 0
>>271 君自身は、「主体」に一定の語彙論的意味があると考えるのか、ないと考えるのか。
また、「主格」には一定の語彙論的意味があると考えるのか、ないと考えるのか。
そして、「主体」と「主格」との関係を、どのようにとらえているのか。
上のことを矛盾がないように説明できるなら、説明してごらん。

>>274 わかるよ。普通の字引にも「が」や「を」といった文法語は載っている。
それらの「意味」記述は、すべて統語的特徴に名づけたものだ。

276 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 15:55:29 0
>>257
>やっている。君が読めてないだけ。例えば、「主体」は動作主でもありうるし、
>動作の受け手でもありうるし、状態が存在する場所でもありうる。
具体的に示してくれ。
で、確認しておきたいが、いわゆる「対象語格」については、
寺村は「主体」などとは言っていないよな。

>不徹底な態度だ。
これは自分もそう思う。
ただ、君の「主体説」よりはましだと思うが。

>これを徹底すれば、ガ格はガ格であって、「主格」と「対象語格」の区別は不要
>ということがわかる。
その主張も一理ある。
しかし、「ガ格」の統一的な特性を「主体」とすることが大問題。
「ネーミングの問題にすぎない」などと簡単に言うが、
寺村も解けなかった問題は、そんなに簡単ではないと思うぞ。
(寺村の「主役」とは、「格」とは異質の「主題」にも近い概念だね…。)
君は、よくない意味での「形式主義者」だと思う。

>そんな語彙論的意味と、文法語に名づける「意味」とは無関係だということが、
>どうしてもわからないようだね。
「無関係」と言っても、問題はその程度だよな。
そういうアクロバチックなことをやらなければ一応の整理ができないというのは、
日本語を欧米語基準で整理しようとするからなんじゃないか。
もし、それなりに評価されている研究で、そんなことやってるのがあったら、
教えてほしい。勉強させてもらうよ。

277 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 16:49:44 0
日本語を西洋の言語と同じように整理することがまちがいなのだよ。

278 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 17:04:04 0
相手を理解する頭のない人が、相手は俺を理解しない、と言うんだよ。

279 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 17:26:52 0
>>275
> >>271 君自身は、「主体」に一定の語彙論的意味があると考えるのか、ないと考えるのか。

主格名詞句の統語的特性の束に対して「主体」という概念、名称を割り当てる必要性を感じない。
あえてお前の用語法にあわせて「主体」が統語的特性の束のことだとしても
「統語的特性の束に語彙論的意味があるか」という問いの意味がわからない。

> また、「主格」には一定の語彙論的意味があると考えるのか、ないと考えるのか。

いわゆる意味役割ということであれば、主格に一対一で対応する意味役割など
想定しにくいと思われるし、それが通説であると認識している。

> そして、「主体」と「主格」との関係を、どのようにとらえているのか。

おまえの用語法にあわせる限り、統語的特性の束のことなんだろ。
俺は統語的概念に「主体」なんて名前はつけないし、つけている奴を見たことないけど。

280 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 17:27:42 0
> 上のことを矛盾がないように説明できるなら、説明してごらん。

主格が一定の意味役割を有するとは言えない。主格は一定の統語的機能を有する。
統語的特性と意味的特性をちゃんと区別した上で
あえて統語的特性に「主体」なんて名前つけてる奴を俺は見たことない。

で、どこが矛盾しているんだ? 「おまえの用語法と矛盾している」とかではなしにw

> それらの「意味」記述は、すべて統語的特徴に名づけたものだ。

うそこけ。「が: 動作・存在・状況の主体を表す」 (大辞泉)のどこに「が」の統語的特徴なんて書いてあるんだ。
おまいの大好きな大辞泉から引用してやろうか?
  「表す:ある特定の意味を伝え示す。意味する。」(大辞泉)
大辞泉の記述は「「が」は動作・存在・状態の主体という意味を持つ」って言ってるだけだろ。
一般向けの字引ならそんなもんだろうが、学術的に意味のある記述とは言いがたい。
そんなもん引いてきてんじゃねーよ。素人か。

281 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 17:50:49 O
確実なのは古代ギリシアの影響下にあった北イスラエルの人々がギリシア語のgarとヘブル語のhaを持ち込み、結果的に今のガとハとして使われているという機密事項☆

282 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 18:26:46 0
>>270
>> 0.私は手紙を書くのが好きだ
>> この文の「ガ格」は「私は」と「手紙を書くのが」のどっち?
>その問いは「私は」がガ格かどうかという問いと二重ガ格かどうかという問いの
>二つを含んでいるように見えるが、二重ガ格については認める立場だな。

>> あなたの考える「ガ格」の定義は?

>基本的には形態的特徴だろうな。
>この場合の「私は」はガ格名詞句が主題化したっていうのが普通の考え方だと思うが
>実際にそうなのかは知らん。というか別の議論を要するだろうから
>ここでは「は」や「も」のような副助詞が出ない文で考察した方がいいんじゃないかな。

二重ガ格を認める立場で,ガ格は主題化すると「〜は」という形を取るということ?
格助詞「が」は省略されて,「ガ格」は「〜も」「〜しか」「〜さえ」「〜ばかり」「〜より」……という形を取りうるよね?
これらの「ガ格」に共通する「形態的特徴」って何?

>>268
>「は」にしないと不自然なのは主節でかつ判断文の場合であって
>主節でも一種の描写文扱いなら中立叙述の「が」は普通に用いられるし
>また従属節では主題の「は」は使わないので「花子が本が好きになった(こと)」
>というしか。

・あなたは私が好きだ
という文は,
「あなたは」と「私が」はどちらもガ格で,
「あなたは」は主題化したから「〜は」という形をとっているだけだということだよね?

でも,二重ガ格においては中立叙述の描写文扱いでも,
普通は「あなたが私が好きだ」なんて表現はしないと思うよ
従属節でも「あなたが私が好きな(こと)」 じゃなくて「あなたが私を好きな(こと)」でしょう?
この場合の「私を」も「ガ格」でいいの?

283 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 19:14:34 0
>>282
> 二重ガ格を認める立場で,ガ格は主題化すると「〜は」という形を取るということ?
> 格助詞「が」は省略されて,「ガ格」は「〜も」「〜しか」「〜さえ」「〜ばかり」「〜より」……という形を取りうるよね?
> これらの「ガ格」に共通する「形態的特徴」って何?

正直、わかんないね。普通は「が」が省略されて・・・って分析されるんだろうと理解しているけど
「〜は」とか「〜も」とかは一種の副詞句で、それらの副詞句が動詞が意味的に要求する項を
充足するなら、統語的にガ格名詞句は現れなくてもいい、みたいな文法を考えたとしたら
これらの「〜は」とか「〜も」とかをガ格名詞句という必要はないだろうからね。だから
> 実際にそうなのかは知らん。というか別の議論を要するだろうから
> ここでは「は」や「も」のような副助詞が出ない文で考察した方がいいんじゃないかな。
って言ったんだよ


284 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 19:15:20 0
(つづき)
> 普通は「あなたが私が好きだ」なんて表現はしないと思うよ
> 従属節でも「あなたが私が好きな(こと)」 じゃなくて「あなたが私を好きな(こと)」でしょう?

そんなこと言ったって俺の内省では言うし、実例も出るからなあ

- KさんはKさんの亡くなったお父さんが夜釣が好きで、或夜山犬に囲まれて、岸伝いに水の中を帰って来た話とか、(中略)を見た話などをした。(志賀直哉「焚火」)
-「君が金閣がとても好きなのは、あれを見ると、お父さんを思い出すからなのかい?(三島由紀夫『金閣寺』)


285 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 20:20:24 0
>>279
> あえてお前の用語法にあわせて
合わせてくれと頼んだ覚えはない。君自身の考えを尋ねている。

>>280
> 主格が一定の意味役割を有するとは言えない。主格は一定の統語的機能を有する。
> 統語的特性と意味的特性をちゃんと区別した上で
> あえて統語的特性に「主体」なんて名前つけてる奴を俺は見たことない。
現に「主体」という用語は行われている。君の考えに従えば、「主体」は何らかの意味的特性を表すべきものということになる。
ところが、やはり君の考えに従えば、「主格」は一定の意味役割を有するとはいえない。
これでは、「主格」が「主体」を表すことはできない。明らかに矛盾している。

> 「が: 動作・存在・状況の主体を表す」 (大辞泉)のどこに「が」の統語的特徴なんて書いてあるんだ。
書いてなくてもそうなんだよ。なぜなら、「動作・存在・状況の主体」とは何かというと、「が」でマークされるものという、循環論になってしまうから。
循環論にならない「動作・存在・状況の主体」の定義ができるもんなら、やってみるがいい。

> そんなもん引いてきてんじゃねーよ。素人か。
悪態をついても矛盾は隠せない。見苦しいだけだ。

286 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:12:51 0
>>285
「僕は鶏肉が嫌いだ」の「鶏肉」も「主体」だと言ってるんだよね。
だとしたら、この文には「僕」と「鶏肉」という二つの「主体」があって
「客体」は存在しないと主張していることになるのかな。

287 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:15:29 0
>>285
279,280さんではないけど、一言。
>現に「主体」という用語は行われている。
だから〜、「主体」という用語がどういうものに対して行われているかが問題だろ。
確かに、(いわゆる「対象語格」を除く)「主格」に対する規定としては、
通説。
「ガ格」を統一的に把握しようとするのは結構なことだけれど、
無内容かつミスリーディングな名札をぶら下げても何の意味もないどころか、
混乱を招くだけだよ。

君の言う「主体」は、「対象」や「客体」とどういう関係にあるのか?
そこを説明できなければ、どうしようもないのでは。
君の言う「主体」のそれなりの定義をしてほしい。

288 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:16:59 0
>>276
> 具体的に示してくれ。
「太郎が次郎を殴った」 (「太郎」は「主体」で動作主)
「次郎が太郎に殴られた」 (「次郎」は「主体」で動作の受け手)
「この部屋がいちばん暑い」 (「この部屋」は「主体」で状態が存在する場所)

> ただ、君の「主体説」よりはましだと思うが。
どの辺が?

> (寺村の「主役」とは、「格」とは異質の「主題」にも近い概念だね…。)
「主役」とはガ格だよ。>>251 にも引用されてるじゃないか。「一般に『〜ガ』という形をとる補語は……」と。
どうすれば君のような手前勝手な読み方ができるんだろうね。感心するよ w

> そういうアクロバチックなことをやらなければ一応の整理ができないというのは、
> 日本語を欧米語基準で整理しようとするからなんじゃないか。
完全に逆。日本語を欧米語基準で整理しようとするから、「対象語格」という無用の概念が出て来るのだ。
要するに、日本語ではガ格なのに、英語などに訳すと目的語になるからということだろう。訳さなければ済む話。

> もし、それなりに評価されている研究で、そんなことやってるのがあったら、
> 教えてほしい。勉強させてもらうよ。
そんなのがあったら私にオリジナリティはないじゃないか w
と言いたいところだが、既にあるんだよ。
Kiyose, Gisaburo N. (1995) "Japanese Grammar: A New Approach," pp.24-25. Kyoto: Kyoto University Press.

289 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:26:29 0
>>285
だーかーらー

> 現に「主体」という用語は行われている。
お前が引用してくるのは、格と意味役割の区別を厳密につけているか
疑わしいような字引とかばっかじゃねーか。
どこに「主体」を統語的特性の意味で使ってるやつがいるんだよ

> 君の考えに従えば、「主体」は何らかの意味的特性を表すべきものということになる。
> ところが、やはり君の考えに従えば、「主格」は一定の意味役割を有するとはいえない。

だ・か・ら 主格に対して主体なんて用語を使うなっつってんだろが。

> これでは、「主格」が「主体」を表すことはできない。明らかに矛盾している。

だ・か・ら 主格は主体なんか表さないっつってんだろ。文盲ですか?

290 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:27:59 0

> 合わせてくれと頼んだ覚えはない。君自身の考えを尋ねている。

なんど言えば理解してくれるのかなあ。
俺 は 、 「主格名詞句の統語的特性の束を「主体」なんて呼ばない」って言ってるよねえ。
同意してくれなくとも、言ってること理解ぐらいしてくれないかなあ。

> 書いてなくてもそうなんだよ。なぜなら、「動作・存在・状況の主体」とは何かというと、「が」でマークされるものという、
> 循環論になってしまうから。
> 循環論にならない「動作・存在・状況の主体」の定義ができるもんなら、やってみるがいい。

「主体」を「「が」でマークされるもの(表されるもの)」って定義してるのは君だよねえwww
俺は、そんな「主体」という概念は使わないって何度も言ってるよ。循環論になっちゃうからねえwww

291 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:29:47 0
>>286
「主体」しか存在しない言語ってことだな。
言い換えると、「身内」(身の内)しか存在しない言語。

292 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:39:44 0
>>286
>「僕は鶏肉が嫌いだ」の「鶏肉」も「主体」だと言ってるんだよね。
>だとしたら、この文には「僕」と「鶏肉」という二つの「主体」があって
>「客体」は存在しないと主張していることになるのかな。
>>285の主張に従えば、そうなるよね・・・。
これって、ものすごくヘンテコなことのように思えるけど、
でも西田幾多郎の言っていることと符合しているんだよな・・。
「主客融合」や場所としての「私」。

293 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:47:20 0
主客融合しているから認知対象も「主体」になる。

294 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 21:52:28 0
>>288
失礼ながらそのKiyoseさんというのをよく知らんのでCiNiiとReaDで検索してみた。
「清瀬 義三郎 則府(Kiyose, Gisaburo N.)」さんという名前のインパクトにまず圧倒。
戦前の生まれで、海外経験が長いようだが、論文のタイトルをみると
ものすごく伝統的国文法(というかむしろ伝統文法批判)な感じ。
俺の分野じゃあんまり見ない名前だけど、
語史とかアルタイ語あたりの類型論やってる人なのかな。

どういう人で、どの分野でどういう風に評価されてる人なの?

295 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 22:56:12 0
>>289-290 すると、>>245 の寺村もダメということだな。

> 会議が始まった。(動きの主体)
> 空が真っ暗だ。(状態の主体)
>  益岡隆志,田窪行則 (1992) 『基礎日本語文法―改訂版―』 p.75,くろしお出版.
これもダメだな。

野田尚史 (1991) 『はじめての人の日本語文法』 p.56 (くろしお出版) には、「主体『〜が』」が 5 回も出て来るが、これもダメだな。

296 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 23:00:53 0
>>292
ただし、西田は、そういものを「主体」とは言わないよね。
「主体」が二つあるということは、
もはや、その「主体」とは「主体もどき」だということ。
「主体」とは「客体」あってのものだし、「客体」も同様。
「対峙」ということが両者の成立には不可欠。

「私は鶏肉が嫌いだ。」
「ボクはあいつが憎い。」
の「私・ボク」は、「思い」の成立する「場所」。
「鶏肉」や「あいつ」は、「私」という「場所」に成立する「思い」の<中核>に
あるもの。あえて言えば、「出来物(しゅったいぶつ)」。

297 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 23:06:58 0
>>295
289,290さんではないけど。
寺村も、益岡・田窪もいわゆる「主格」のガ=「主体」としている。
野田もおそらくそうでしょ?

何が言いたいの?

298 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 23:13:44 0
>>297 そうだよ。その「主体」とは、統語的特性なのか、意味的特性なのか。
どっちだと思う?

299 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 23:27:13 0
>>298
さあ?

300 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/22(日) 23:29:01 0
>>298
格と意味役割は、生成あたりの影響で柴谷あたりから後、区別するのが当たり前になっているが
もともと格ってのは意味役割的なニュアンスを多分に含んだ概念だった。
寺村センセも「格関係(事実関係)的意味」(意味とシンタクス1, p70)とか
「格的関係は格助詞によってのみ表されるのではない」(同p71)とかいって
かなり意味役割的なニュアンスで使ってる。

益岡・田窪と野田は手元にないから確認できないけど
益岡・田窪に関しては研究書というより入門書か概説書か教科書みたいなもんだった記憶あり。
格と意味役割について、そんなにつっこんだ話してたっけかな。
野田さんのもタイトル見る限り、入門書って感じだよね。

ちなみに野田(1995)『「は」と「が」』の方の索引には「主体」って項目はない模様

301 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 00:09:26 0
野田は(1995)じゃなくて(1996)だったなすまん。本文には結構「主体」って出てくる。

格の定義は寺村に近いかな。かなり意味役割っぽい言い方をしていて、
(関係概念としての)格と(形態的成分としての)格助詞は区別してる感じ。

「名詞の表す人やものが、動詞の表す動作の主体であるのか、対象であるのかといった
関係を「格」というが・・・」(p.2)

「が」は主体を表すと言っているけど、意味的関係の意味で言っているように見える。
また「が」がいつも主体を表すとは考えていないみたい。

「このように、「が」や「を」は、名詞の表す人やものが、動詞述語の表す動作の主体で
あるのか、対象であるのかといった関係を表す「格助詞」である」(p.9)
「なお、「〜が」には、動作やできごとの主体を表すもののほかに、(7)の「〜が」のように、
能力や感情などの対象を表す「〜が」がある。」(p.20)

302 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 01:19:05 0
んなこたーない

303 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 01:30:22 0
誤読なら教えれ
寺村、益岡、野田あたりの大阪外大ラインは格ってどういう意味で使ってるんだ

304 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 01:43:07 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%BC%E6%96%87%E6%B3%95 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E9%A1%8C%E5%BD%B9%E5%89%B2 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%8B

305 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 03:14:12 0
>>300-301 このあたりの記述では、寺村・野田両氏とも苦しんでいるのが見える。(出典は『日本語のシンタクスと意味 I』 pp.79-80 が正しい)
述語を動作動詞に限ることで、「主体」を「動作主」という意味的特性に結びつけようとしている。
しかしながら、>>288 「次郎が」「この部屋が」、>>295 「会議が」「空が」などは、「主体」ではあるが「動作主」ではない。
結局、「主体」とは、ガ格という形態、およびガ格の示す統語的特性として規定するほかないだろう。
「動作主」でないガ格は「主体」を表さない、と主張する人はいない。

>>298 に「統語的特性」と答えると、>>289「どこに『主体』を統語的特性の意味で使ってるやつがいるんだよ」が誤りとなる。
「意味的特性」と答えると、>>280「主格が一定の意味役割を有するとは言えない」が誤りとなる。
これで詰み。

306 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 04:32:25 0
>>305
いやだから寺村とか野田とかは意味的概念として「主体」って言ってんだろ。
そして「主体」を意味的概念として用いることと、「主格がいつも「主体」を表す」と主張することとは
まったく別の問題。寺村ははっきりしない(「が」と主体という意味をかなり強く関連付けてる?)が
野田は「が」がいつも「主体」を表すなんて言ってないし(>>301)
俺も主格が一定の意味役割を有するなんて思わない。

> 「意味的特性」と答えると、>>280「主格が一定の意味役割を有するとは言えない」が誤りとなる。

このロジックがまったくの論理の飛躍なんだよ。
何が「これで詰み。」なんだ(苦笑)

307 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 04:40:27 0
> 結局、「主体」とは、ガ格という形態、およびガ格の示す統語的特性として規定するほかないだろう。

これもねえ、「ガ格が一般に有する(統語的ないし意味的)な特性を「主体」と呼ぶ」
っていうのを前提としてはじめて、ガ格が一般にある意味役割を有しているとは考えられないから
「主体」とは統語的特性を指す語として用いざるを得ない、って結論にいたるんでしょ。

要するに「ガ格の示す統語的特性として規定するほかない」のは
「主体」っていう語を頑なにガ格と結び付けようとするお前だけなんだよ。
普通の人はガ格に一定の意味的特性を認めがたいって分かった時点で
「主体」なんて用語は破棄(あるいはガ格と対応付けるのはやめる)しますから。

308 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 11:39:50 0
つまり欧米語とは構造が違う。

309 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 11:47:41 0
>>308
欧米語→英語  すまそ

310 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 12:00:01 0
生成文法のように日本語を数式のように扱うのはあまりにもナンセンス

311 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 12:55:27 0
ガ格≠主格

312 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 13:39:03 0
やっぱり日本語には主語(主格)がない

313 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 14:39:13 O
定義http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A9%E8%A9%9E

314 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 16:04:05 0
そもそも活用表が6種類にわかれている理由って何?
なんで6種類になったの?
死ぬ の活用にあわせたからじゃわかりにくいよ

315 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 16:20:22 0
なぜいきなり活用の話?

316 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 17:14:05 0
>>307
> これもねえ、「ガ格が一般に有する(統語的ないし意味的)な特性を「主体」と呼ぶ」
> っていうのを前提としてはじめて、ガ格が一般にある意味役割を有しているとは考えられないから
> 「主体」とは統語的特性を指す語として用いざるを得ない、って結論にいたるんでしょ。
その結論でいいんだよ。
私は、「対象」を表す「が」は考えなくてよい、「主体」の一種でよい、と主張しているだけで、
他の点では従来の考え方と争っていない。

> 要するに「ガ格の示す統語的特性として規定するほかない」のは
> 「主体」っていう語を頑なにガ格と結び付けようとするお前だけなんだよ。
多くの人が当然のごとくそうしている。拒否しているのは君だけだ。
「同じ言語形式は、同じ意味を表す、または同じ機能を果たすはずだ」と考えるのが、構造主義の原則だからね。
もちろん、1 つの形式が複数の意味または機能をもつと考えてもよい (同音異義語との境界は明瞭でないこともある) が、
実質語の場合は、現実世界における異なる対応物を示すことで、
文法語の場合は、統語的振る舞いの違いを示すことで、それぞれ複数の意味または機能があることを、証明しなければならない。
「対象語格」の「が」については、上の手続きがふまれていないと、私は思う。

> 普通の人はガ格に一定の意味的特性を認めがたいって分かった時点で
> 「主体」なんて用語は破棄(あるいはガ格と対応付けるのはやめる)しますから。
寺村も益岡・田窪も野田も、普通の人ではないんだな w

317 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 17:15:08 0
>>306
> いやだから寺村とか野田とかは意味的概念として「主体」って言ってんだろ。
さあ?

> 野田は「が」がいつも「主体」を表すなんて言ってないし(>>301)
引用が都合の悪い所を隠しているからさ。
  格助詞は,このような動詞述語と名詞との関係だけでなく,形容詞述語と
 名詞との関係や,名詞述語と名詞との関係を表すこともある。次の(2)の
 「が」は,「弱い」という形容詞述語が表す状態の 主 体 が「風」であること
 を表している。
   (2)  風 が 弱かったら,あれはホームランにはならなかっただろう。
 (野田 1996,p.9)
「対象語格」とされている「が」を除いて、「が」はいつも「主体」を表すと言ってるんだよ。わかったね。

> このロジックがまったくの論理の飛躍なんだよ。
勝ち目がなくなると前提の否認か w 悪あがきはやめろ。

318 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 17:52:11 0
>>317
「僕は鶏肉が嫌いだ」には「主体」が二個で「客体」はゼロなのかと聞いているのだが。

319 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 18:07:35 0
>>317
「対象語格」とされている「が」は「客体」を表しているんだよね…?
同じ「が」が「主体」を表したり「客体」を表したりすることは認めるのかな。


320 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 18:39:28 0
>>318 おおそうであった。そのとおり。

  一般に「〜ガ」という形をとる補語は,その述語を中心として展開する事象
 の中で,いわば主役と考えられるものであることは,この章の始めに見たとお
 りであるから,感情の形容詞を述語とする文で感情の対象も感情の持ち主も,
 どちらも「〜ガ」となる可能性があるということは,この種の事柄は日本語で
 は,主役が二人いる情景あるいは二つの中心をもつ惰円(ママ)のような形としてイメ
 ージされているのだといえそうである。たとえば,ある子が犬を見て,その犬
 の様子に恐怖心をおぼえる,そのことを,子どもを中心として,犬を原因と見
 るか,あるいは子どもを睨んでいる犬が,その子にとって恐怖を起させるもの
 であると見るか,コワイという形容詞を述語とする文の表現は,そのつり合い
 の中で成り立っているというのが正しいと思われる。
 (寺村 1982: pp.146-147)

ガ格すなわち「主役 (主体)」には一定の意味役割がないと考えれば、「主役」とは、「が」でマークされ、一定の統語的機能を果たすものと規定されて、すっきりと解決する。


>>319 上述のように「客体」はない。

321 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 19:25:11 0
>>317
> 「対象語格」とされている「が」を除いて、「が」はいつも「主体」を表すと言ってるんだよ。わかったね。

・・・それは、「が」はいつも「主体」を表すわけではない、って言っているように見えるのですが・・・

322 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 19:31:32 0
>>316,317
306,307さんではありませんが。
>私は、「対象」を表す「が」は考えなくてよい、「主体」の一種でよい、
>と主張しているだけで、他の点では従来の考え方と争っていない。
「主張しているだけ」って、あんた、
「対象語格」とされている「が」も「主体」を表す、
と主張する点が、問題になっているんだよ。

>多くの人が当然のごとくそうしている。拒否しているのは君だけだ。
まったく逆。

>「対象語格」の「が」については、上の手続きがふまれていないと、私は思う。
「対象語格」という規定に問題があるのは確か。
ちなみに、山口明穂氏の、いわゆる対象語格も含め、「〜が」は、
「後に続く語の表す内容の生じたもとになるものを指示する働きをする」
「述語の表す内容をもたらすもとのもの」
という規定はどうでしょう?
ちなみに、富士谷成章『脚結抄』の解釈も参考にしているらしい。
(『日本語を考える』。なお当引用は、『日本語文法大辞典』「が」の項より。)

>寺村も益岡・田窪も野田も、普通の人ではないんだな w
おい、おい。
寺村他は、「ガ格」全体の意味特性を「主体」としているわけではないでしょ。

>「対象語格」とされている「が」を除いて、「が」はいつも「主体」を表す
>と言ってるんだよ。わかったね。
これがごく常識的な考え方であり、みんな百も承知だよ。

323 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 19:37:15 0
>>320
>主役が二人いる情景あるいは二つの中心をもつ惰円(ママ)のような形としてイメ
>ージされているのだといえそうである。

「主体」が二個で「客体」はゼロということは「主客融合」ということでいいんでしょうか。

324 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 19:43:04 0
>ガ格すなわち「主役 (主体)」には一定の意味役割がないと考えれば、
>「主役」とは、「が」でマークされ、一定の統語的機能を果たすものと
>規定されて、すっきりと解決する。
?????
ひとりで「すっきり」するなよ。
引用した寺村の考えとどうつながるんだ?

「一定の意味役割」がないのならば、
「主役」とは何なんだよ??
それに、
>「主役」とは、・・・規定されて
って、
「主役」は規定されるものではなくて、言語現象を規定すべきものでしょ。

325 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:01:49 0
>>323
>>320さんではありませんが。
欧米語では、主格と対格として、対峙的に表現されるものが、
同質のもの(同じ「主役」)として表現されるということなのだから、
まさに、「主客融合」と言っていいのではないかい。

記憶で言っているのだが、このような考え方は、
宇津木愛子氏が『日本語の中の「私」―国語学と哲学の接点を求めて』
において主張されていること。
また、同書によると、このような日本語のあり方は、
西田幾多郎の哲学(「主客融合」)に通ずるらしい。

326 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:13:30 0
「主体」と「客体」を同じ「ガ格」で表すことができる、と考えても
「主客融合」を裏付けることになるのでは…。(ガ格=主格=対象語格)

327 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:19:56 0
>>326>>323へのレスです。

328 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:28:31 0
>>316
> 私は、「対象」を表す「が」は考えなくてよい、「主体」の一種でよい、と主張しているだけで、
> 他の点では従来の考え方と争っていない。

だからさー。「対象」を表す「が」っていうのは、「「が」には意味的に動作や状態の主体というより
対象を表すものがある」っていう考え方でしょう。それに対して「それは対象じゃなくて「主体」だ」
っていうのは、「主体」を意味的概念として使っているなら意味のある主張だけど
おまえは統語的概念だっていってるんだから、まったく意味のある主張じゃないじゃない。
「あ、そう。君は「が」の統語的特性を「主体」って呼ぶのね。でも意味的には
動作や状態の主体じゃなくて対象だよね。」って言われるだけでしょーが。
その批判はカテゴリーミステイクだよ。


329 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:29:14 0
> 実質語の場合は、現実世界における異なる対応物を示すことで、
> 文法語の場合は、統語的振る舞いの違いを示すことで、それぞれ複数の意味または機能があることを、
> 証明しなければならない。
> 「対象語格」の「が」については、上の手続きがふまれていないと、私は思う。

君はどうも全然別のレベルの概念とか異なるカテゴリーの概念をごたまぜにして
論じようとする傾向があるんだよなあ。統語的概念に「主体」なんて名前つけるセンスからしてそうだし。
語には、意味的観点からバリエーションがあるかも知れないし、統語的機能の点でバリエーションがあるかも
知れない。動作の主体の「が」とか対象の「が」とかいうのは、意味的観点からのバリエーションだよね。
それを統語的観点から「そんなの同じだよ」って主張することに、どんな意味があるというのか。


330 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:29:57 0
>>317
> 引用が都合の悪い所を隠しているからさ。

で、おまえは何でその引用のすぐ下の部分を引用しないんだ?w
   (2)  風 が 弱かったら,あれはホームランにはならなかっただろう。
  もちろん、同じ「が」でも、述語の種類によって、前の(1)のように動作
 の主体を表すこともある、この(2)のように状態の主体を表すこともあり、
 また、次の(3)のように感情の対象を表すこともあり、い ろ い ろ である。
   (3) 八木はホームランを打つの が 好きだ。
 (野田 1996,p.9)


331 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:30:44 0
> > このロジックがまったくの論理の飛躍なんだよ。
> 勝ち目がなくなると前提の否認か w 悪あがきはやめろ。

えーと(笑)、これはつまり
> 「意味的特性」と答えると、>>280「主格が一定の意味役割を有するとは言えない」が誤りとなる。
が論理の飛躍にはなっていない、すなわち「「主体」を意味的概念として用いる」ということが
ただちに「主格が一定の意味役割を有する」という主張を含意する、
とお前は考えている、ということだと理解していいのかな。
それとも「ガ格が一般に有する何らかの(おそらく統語的な)特性を「主体」と呼ぶ」という
お前の用語法(前提)に俺達が全員従わなくてはならない、っていうことなのかなw

332 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 20:47:40 0
>>322
> ちなみに、山口明穂氏の、いわゆる対象語格も含め、「〜が」は、
> 「後に続く語の表す内容の生じたもとになるものを指示する働きをする」
> 「述語の表す内容をもたらすもとのもの」
> という規定はどうでしょう?
何とかして「〜が」に一定の意味的特性を見出そうとしているのは、よくわかるけれども、
「次郎が太郎に殴られた」「家が地震で壊れた」などの場合、「太郎に」「地震で」の方にあてはまるように思う。
しかし、区別しない態度に対しては、僭越ながらさすがと言いたい。富士谷成章は英語など知らなかったはずだから、変な先入観も当然なかっただろう。

> >「対象語格」とされている「が」を除いて、「が」はいつも「主体」を表す
> >と言ってるんだよ。わかったね。
> これがごく常識的な考え方であり、みんな百も承知だよ。
その「主体」に既に一定の意味的特性がない。だけど皆「主体」を使うことをやめない。それでいいんだよ。ガ格はガ格なんだから。
で、もともと意味的特性の定まらないところに、いわゆる「対象語格」の「が」を混ぜてしまっても、問題は起こらないだろ。
反発を覚えるのは英語で考えるからだ。

>>324
> 引用した寺村の考えとどうつながるんだ?
寺村は、「『感情主』も『対象』も、『が』は『が』なんやけどなあ…」と気づき始めた。
真っ当な文法家は、「形が先で意味は後」という原則を忘れない。

> 「一定の意味役割」がないのならば、
> 「主役」とは何なんだよ??
あえて言えば「構文上の中心」だね。現実世界とは一定のつながりをもたない。

> 「主役」は規定されるものではなくて、言語現象を規定すべきものでしょ。
いいや。形が先で意味は後。

333 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:05:34 0
>>330
>>301 に、ほぼ同じ内容のことが既に引用されている。
・それに従い、「『対象語格』とされている『が』を除いて」とことわっている。
重ねて出す必要はないだろう。

334 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:09:57 0
だから「対象語格を除いて」だったら全然一般に主体を表していないじゃんよ

335 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:20:03 0
>>328
> 「あ、そう。君は「が」の統語的特性を「主体」って呼ぶのね。でも意味的には
> 動作や状態の主体じゃなくて対象だよね。」って言われるだけでしょーが。
その「動作や状態の主体」に一定の意味がないのだから、「対象」と区別する根拠がない、
君の言ってることには内容がない、と言い返して終わり。

>>329
> 動作の主体の「が」とか対象の「が」とかいうのは、意味的観点からのバリエーションだよね。
「が」には「動作主」も「動作の受け手」も「存在主」も「状態の存在する場所」も「対象」もある。
「対象」だけ別にするのはナンセンス。

> それを統語的観点から「そんなの同じだよ」って主張することに、どんな意味があるというのか。
日本語には「主語」を 2 つ持つ文があるとわかる。

336 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:21:41 0
>>332
> あえて言えば「構文上の中心」だね。現実世界とは一定のつながりをもたない。

あえて言っても「構文上の中心」としかいえねーのかYO
曖昧すぎてなんだかわかんねーよ
その「構文上の中心」ってのが何だかもっとちゃんと説明しろ

337 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:25:03 0
>>334 「対象語格」を除いた「が」にも、既に一般的な意味がない。
「主体」そのものに一定の意味的特性が認められない。

338 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:30:53 0
>>336 結局、簡単に言えば、「『が』でマークされるもの」に戻って来る。
それが文法なんだよ。

339 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:32:52 0
>>337
>「主体」そのものに一定の意味的特性が認められない。

「主体」も「客体」もないからですよ〜。そんなものをラベルにするのはいかがなものかと。




340 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:45:15 0
>>335
> その「動作や状態の主体」に一定の意味がないのだから、「対象」と区別する根拠がない、
> 君の言ってることには内容がない、と言い返して終わり。

いやいやいやいや。「が」に一定の意味がないから「動作や状態の主体」を表したり
「対象」を表したりするんであって、「「動作や状態の主体」に一定の意味がない」とか
意味がわかりませんから。

> 「が」には「動作主」も「動作の受け手」も「存在主」も「状態の存在する場所」も「対象」もある。
> 「対象」だけ別にするのはナンセンス。

で、それらの意味的なバリエーションがある(一定の意味があるわけではない)ってことに対して、
「統語的には全部「主体」じゃん」っていう批判がカテゴリーミステイクだってところについては
反論はないんですか?w


341 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:46:09 0
> > それを統語的観点から「そんなの同じだよ」って主張することに、どんな意味があるというのか。
> 日本語には「主語」を 2 つ持つ文があるとわかる。

これはもうちょっと詳しく聞いてからだな。
実例を出して考えてることを説明してもらえるとありがたい。


342 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:47:12 0
>>337
> 「主体」そのものに一定の意味的特性が認められない。

だーかーらー「主体」に一定の意味的特性が認められないとか意味わかんないですから。
「が」に一定の意味的特性が認められないんでしょ。
だから「全然一般に主体を表していないじゃんよ」とか批判されちゃうんでしょ。
もっと概念とか用語とかのカテゴリーちゃんと区別してよ。

>>338
> >>336 結局、簡単に言えば、「『が』でマークされるもの」に戻って来る。
> それが文法なんだよ。

いやそれ文法とかじゃなくてただの循環論法ですから。何も説明していない。
開き直りですか?

343 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 21:53:41 0
>>331
> 「「主体」を意味的概念として用いる」ということが
> ただちに「主格が一定の意味役割を有する」という主張を含意する、
> とお前は考えている、ということだと理解していいのかな。
論理的には含意しないが、「主格」=「主体」と考えることが、普通に行われているという前提はあるな。

> 「ガ格が一般に有する何らかの(おそらく統語的な)特性を「主体」と呼ぶ」という
> お前の用語法(前提)
私だけの用語法ではないよ。「対象語格」を除いたガ格が一般に有する何らかの特性を「主体」と呼ぶ人は、いくらでもいる。
「対象語格」を除いたとたんに、ガ格に一定の意味的特性が生じるわけではない。

344 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:05:15 0
> 「対象語格」を除いたガ格が一般に有する何らかの特性を「主体」と呼ぶ人は、いくらでもいる。

でもその人たちは「対象語格」を除いているから
「「が」が一般に有する特性」を「主体」と呼んでいるわけではないのだろう。

- 「が」が一般に有する特性を「主体」と呼ぶ
- 「が」が一般に有する特性とは意味的特性ではない

の二つの前提が揃わないと

- 「主体」とは統語的特性である

っていう結論は導けんのよ
(厳密には「意味的特性でなければ統語的特性である」っていう条件も必要だが)

345 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:31:38 0
>>340
> 「が」に一定の意味がないから「動作や状態の主体」を表したり
> 「対象」を表したりするんであって
なんでいちいち「動作や状態の主体」と「対象」の 2 つに分けるのだ?
「が」を 2 種に分ける必要はないね。

> 「「動作や状態の主体」に一定の意味がない」とか
> 意味がわかりませんから。
知障を起こしてもダメ。「が」=「主体」。

> で、それらの意味的なバリエーションがある(一定の意味があるわけではない)ってことに対して、
> 「統語的には全部「主体」じゃん」っていう批判がカテゴリーミステイクだってところについては
> 反論はないんですか?w
ミスはないから反論のしようがない。「主体」はどだい統語的にしか規定できない。

>>342
> だーかーらー「主体」に一定の意味的特性が認められないとか意味わかんないですから。
> 「が」に一定の意味的特性が認められないんでしょ。
「主体」=「が」。

> だから「全然一般に主体を表していないじゃんよ」とか批判されちゃうんでしょ。
>>337

> もっと概念とか用語とかのカテゴリーちゃんと区別してよ。
用語レベルの議論に興味はない。ガ格=「主体」で世間では通っている。

> いやそれ文法とかじゃなくてただの循環論法ですから。
循環論法でない「主体」の規定ができるなら、やってみるんだな。
「対象語格」の「が」は外していい。私に合わせる必要はない。

346 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:42:12 0
>>344
- 「対象語格」を除いた「が」が一般に有する特性を「主体」と呼ぶ
- 「対象語格」を除いた「が」が一般に有する特性とは意味的特性ではない
- 「主体」とは統語的特性である

347 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:43:02 0
>>345
>なんでいちいち「動作や状態の主体」と「対象」の 2 つに分けるのだ?
>「が」を 2 種に分ける必要はないね

>>345は主客融合説に賛成してるのか〜?

348 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:45:37 0
>>347 言語学と関係のない説には、賛成も反対もできない。

349 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:46:58 0
>>343
>「対象語格」を除いたとたんに、ガ格に一定の意味的特性が生じるわけではない。
さあ、ここが問題だな。
通説としての、「が」を「対象語格」と「主格」に分ける立場は、
「主格」とされるものには、「主体」としての共通した意味特性が
認められるという前提に立っていると考えていいと思う。

「主体」:「動作・作用・状態・属性の主体」
こういう考えは、広辞苑、大辞林、明鏡等の辞書によれば、
哲学・論理学の伝統的な考え方のようだよ。
で、この意味の「主体」は、英語などの主語が表すものと重なるんじゃない?

寺村(『日本語のシンタクスと意味T』)の「主体」の使い方も、
この伝統的な用語法に従っている。

350 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:48:10 0
>>348
結果的に賛成してるよなw

351 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:53:26 0
>>345
> なんでいちいち「動作や状態の主体」と「対象」の 2 つに分けるのだ?
> 「が」を 2 種に分ける必要はないね。

2つかどうかが問題なんじゃなくて、ひとつかひとつじゃないかが問題なんだろーが。
「が」が複数の意味役割を表し得るということを認める必要はないね、とでもいうのか?

> 知障を起こしてもダメ。「が」=「主体」。
> 「主体」=「が」。

だからそれお前の用語法だし。しかもお前の用語法に従っても「が」=「主体」じゃないし。
「が」は言語形式で、「主体」はその「統語的特性の束」なんだろ。
「「統語的特性の束」が一定の意味を持つ」とか「持たない」とかいう主張の意味がわからない。
概念の区別ができていないから、用語法もごっちゃになってる。


352 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:54:07 0
> ミスはないから反論のしようがない。

ミスがないんだったら「ミステイクだろ」っていう批判に対して反論してくださいよ〜w

> 用語レベルの議論に興味はない。ガ格=「主体」で世間では通っている。

その世間で通ってる「主体」ってのは意味的概念だろっつーの。
それを勝手に統語的概念だーとか言って実質のない用語レベルの議論を引き起こしてるのは
お ま え だろ。だから「それって用語法の問題だよね」って批判されているのに
「用語レベルの議論に興味はない」ですか。そうですか。


353 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:54:25 0
循環論法って、ただの迂遠定義だよな。何の価値があるんだろう。

354 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:54:48 0
> 循環論法でない「主体」の規定ができるなら、やってみるんだな。

おまえの規定が循環論法になっているっていう批判なのに
なんでそういうリアクションができるのか理解に苦しむ。
循環論法でない「主体」の規定をしなくちゃいけないのは お ま え だろーが。
俺はそんな「主体」なんて概念使わんって何度言ったら理解すんだよ。ニワトリか。

355 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 22:59:06 0
>>332
>> ちなみに、山口明穂氏の、いわゆる対象語格も含め、「〜が」は、
>> 「後に続く語の表す内容の生じたもとになるものを指示する働きをする」
>> 「述語の表す内容をもたらすもとのもの」
>> という規定はどうでしょう?
>何とかして「〜が」に一定の意味的特性を見出そうとしているのは、よくわかる
>けれども、「次郎が太郎に殴られた」「家が地震で壊れた」などの場合、
>「太郎に」「地震で」の方にあてはまるように思う。
「述語」を受身のところまで含めたものと考えれば、
「次郎」は、「殴られた」という事態の生じたもとになるもの、
「家」は、「壊れた」 という事態の生じたもとになるもの
と考えられないかい?(山口氏の著書の方を今度確認しておくね。)

このように考えると、ここでの主語は、西田哲学の言う、
<主格>としての「主語」ではなく、<場所>としての「主語」だね。
つまり、ある事態を「引き起こすもの」<主格>ではなく、
「そこにおいて成立させるもの」<場所>。

356 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/23(月) 23:06:29 0
>>346
だからさー(笑)

- 「対象語格」を除いた「が」が一般に有する特性を「主体」と呼ぶ

この意味で「主体」を使ってる人は

- 「対象語格」を除いた「が」が一般に有する特性とは意味的特性ではない

こっちの前提を共有してないでしょ。
「対象語格」以外の「が」が一般に有する特性とは「動作や状態の『主体』」という
意味的特性である、って言ってんでしょ。

どこに「- 「主体」とは統語的特性である」って言ってる奴がいるんだっての

357 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 00:01:15 0
>>351
> 2つかどうかが問題なんじゃなくて、ひとつかひとつじゃないかが問題なんだろーが。
いろいろな意味役割に対応する。統語的には 1 つ。

> 「が」が複数の意味役割を表し得るということを認める必要はないね、とでもいうのか?
数えられる意味役割に従って分類するのか。
構造主義はそんなことはしない。文法語は統語的特徴によって分類する。

> だからそれお前の用語法だし。
「が」は「主体」を表す。「主体」を表すのは「が」。みんなの用語法。

> 「「統語的特性の束」が一定の意味を持つ」とか「持たない」とかいう主張の意味がわからない。
「主体」が一定の意味をもつかもたないかを問題にするときの「主体」は、まだ「統語的特性の束」だとはわかっていない。
「主体」に一定の意味がないとわかったとき、「主体」とは「統語的特性の束」だと結論される。

> 概念の区別ができていないから、用語法もごっちゃになってる。
それは君のことだろう w

>>352
> その世間で通ってる「主体」ってのは意味的概念だろっつーの。
しかし実際には、一定の意味がない。

> それを勝手に統語的概念だーとか言って
意味が示せないのなら従うしかなかろう。

358 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 00:01:53 0
>>354
> おまえの規定が循環論法になっているっていう批判なのに
批判になっていない。循環論法にしかならないというのが真実なのだ。

> 循環論法でない「主体」の規定をしなくちゃいけないのは お ま え だろーが。
規定できる人がいないのが「主体」。

> 俺はそんな「主体」なんて概念使わんって何度言ったら理解すんだよ。ニワトリか。
広く使われている概念だから私も使う。君に従うつもりはない。

>>356
> この意味で「主体」を使ってる人は
> - 「対象語格」を除いた「が」が一般に有する特性とは意味的特性ではない
> こっちの前提を共有してないでしょ。
一般的な意味的特性が示せなければ、共有するしかない。

> 「対象語格」以外の「が」が一般に有する特性とは「動作や状態の『主体』」という
> 意味的特性である、って言ってんでしょ。
「主体」には実体がない。「が」はいろいろな意味役割を表しうるが、それらに共通の特性が認められない。

> どこに「- 「主体」とは統語的特性である」って言ってる奴がいるんだっての
だれも言っていなかったとしても、そう考えざるをえない。
あるいは、みな暗黙のうちに了解している。

359 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 00:03:56 O
接続助詞がの謎。「が、それが彼が当事者である理由ならば、妥当だ。」

360 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 00:13:59 0
>>357-358が言ってる「主体」って「ムラ」のことだよね。(>>320

361 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 00:26:14 0
確かにムラ社会の「主体」って「ムラ」なんだよな。
で、「客体」(ムラの外)は意識されない。
ムラ単位社会(家族→国家)

362 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 00:40:37 0
>>360
そうかもしれないね。
「対象語格」も「主体」と規定したら、「対象・客体」との関係はどうなるかと
以前、>>358に訊いたことがある。
>>358は、「そんなこと知ったこっちゃない」という態度だった。

「対象・客体」との緊張関係にない「主体」とは、
少なくとも欧米流の「主体」の概念からは大きく外れるはず。
>>358の主張は、本人の自意識はともかくも、日本語の「主客融合性」を
認めることになる主張だと思う。
「客体・対象」と対峙、分離していない「主体」とは、
まさに「『群れ』る主体」だ。
そして、言うまでもなく「ムラ」とは「人が『群れ』るところ」。

363 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 00:46:50 0
>>349 問題の所在については同意。
うざい屁理屈屋 (ども?) は無視して、また議論しよう。

364 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 03:04:55 0
>>357
> 数えられる意味役割に従って分類するのか。
> 構造主義はそんなことはしない。文法語は統語的特徴によって分類する。

構造主義の話をしてるんじゃなくて、主体の「が」と対象の「が」の話をしてるんでしょ。
主体の「が」と対象の「が」を区別する人は、意味的に動作や状態の主体か対象かで
主体の「が」と対象の「が」を区別してるんだって話をしてるんでしょ。
そもそも構造主義がそんな考え方してるなんて聞いたことないし、出典があるなら示してほしいけどね。
構造主義の人は[±agent]とか素性立てて意味記述とかしそうだけど
構造主義の人が一般に文法語を統語的特徴で分類する立場を取るなんて話は
聞いたことないけどなあ。


365 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 03:05:39 0
> 「が」は「主体」を表す。「主体」を表すのは「が」。みんなの用語法。

だから(笑)、そういうこと言ってる人がいるかも知れないけど、お前と同じ意味で言ってないでしょ。
「「が」の統語的特性の束を「主体」と呼ぶ」って言ってる人がいたらちゃんと示してよ。
「だれも言っていなかったとしても、そう考えざるをえない。」とかじゃなくてさw

> > その世間で通ってる「主体」ってのは意味的概念だろっつーの。
> しかし実際には、一定の意味がない。
> 意味が示せないのなら従うしかなかろう。

だから「主体」を意味的概念として用いることと、
「が」に一定の意味がないことは全然別の問題だと何度言えば(笑)
従来、「が」が一般に表す(と想定される)意味を「主体」と呼んでいた。
でも実際には、「が」が一定の意味を持つとはいえないらしい。
そしたら普通、「「が」は一般に「主体」を表すとは言えない」って結論に達するでしょーが。
なんでそこで「じゃあ「主体」は統語的特性の束なんだ!」ってなるんだよw

366 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 03:06:21 0
> 批判になっていない。循環論法にしかならないというのが真実なのだ。
> 規定できる人がいないのが「主体」。

だからなんでその循環論法にしかならない、規定できる人がいない「主体」なんて
概念をおまえは使い続けるんだよw

> 広く使われている概念だから私も使う。君に従うつもりはない。

いやだから広く使われている「主体」とおまえの「主体」って全然別の概念じゃねーかw
他の人の言ってる「主体」ってのは動作とか状態とかの主体のことであって
曖昧さや抽象性はあるにせよ、意味論的基盤を持った概念でしょ。
おまえみたいに「「が」は主体を表し、主体とは「が」で表されるものだ」みたいな
循環論的な定義なんてしてねーだろよ。

367 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 03:09:23 0
> > 「対象語格」以外の「が」が一般に有する特性とは「動作や状態の『主体』」という
> > 意味的特性である、って言ってんでしょ。
>「主体」には実体がない。「が」はいろいろな意味役割を表しうるが、
> それらに共通の特性が認められない。

いやだから「「主体」には実体がない」っていうのはおまえの意見であって(俺もそう思うけど)、
「「が」は「主体」を表す」って言ってる人たちは、かなり抽象的なレベルにせよ、
動作なり状態なりの「主体」とでも呼ぶべき意味的特徴を共有していると捉えるから、
「「が」は「主体」を表す」って言ってるんだろっつーの。

人の意見と自分の意見をちゃんと区別しないでつぎはぎにしたり
人の使ってる用語を勝手に自分の用語法で解釈して
「統語的特性を表していると言わざるを得ない」とか
当人のまったく意図していない結論を導出しようとするの、やめなさいよ。
極めて失礼だし、黙殺を越えて白眼視されるよ。

368 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 05:50:59 0
君が僕が好きだ(君は僕が好きだ)

君が僕を好きだ(君は僕が好きだ)
に言い換えられるけど,この場合の「僕を」もガ格?


369 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 10:44:30 0
>>368 「を」なのになぜガ格?

370 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 13:02:52 O
語義http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A0 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E7%BE%A9%E3%81%AE%E6%9B%96%E6%98%A7%E6%80%A7%E8%A7%A3%E6%B6%88 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E7%BE%A9

371 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 13:31:57 0
>>360-362
「ガ格=主体」論者は
「ムラ=主体」だって言い張っていたことになるのかな。

372 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 13:56:24 0
「国体護持」と言うときの「国体」も「主体」ですよね

373 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 15:06:14 0
この国ではすべてのものが一体化しているので「主体」しか存在しない。

374 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 15:53:11 0
日本には、
 向かい合う「わたし」と「あなた」
はなく、
 融け合う「あなたのあなた」と「あなた」
しか存在しないと、森有正(『経験と思想』)は述べている。
森の表現では、「わたし」の不在がクローズアップされているが、
木村敏(『人と人との間』)も言うように、
ポイントは、向かい合う関係、対峙・対立する関係にある二者の不在。
だから、森のように「あなた」しかいないとも言えるが、
ここでの議論のように、「わたし(=主体)」しかないと言うことも
できるわけだ。
 もっとも、日本語には、主客融合的な「〜が〜が」構文のほかに、
 主客対立的な「〜が〜を」構文もあるわけで、あくまでも程度問題
 と言うべき。

375 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 16:08:02 0
また主客融合厨か

376 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 16:18:52 0
英・独・仏語等との差異を意識しつつ、日本語を問題にする場合、
どこを切り口にしても、この問題に触れざるを得なくなるように思う。
反論があれば、どうぞ。

377 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 16:35:20 0
>>332
>何とかして「〜が」に一定の意味的特性を見出そうとしているのは、
>よくわかるけれども、「次郎が太郎に殴られた」「家が地震で壊れた」
>などの場合、「太郎に」「地震で」の方にあてはまるように思う。
>>355で、そのような場合にも山口氏の解釈は成り立つと述べたものだが、
だとしても、「内容が生じたもととなるもの」という規定が、
「〜で」や「〜に」にも当てはまってしまうのも確かかな…。
「〜に」の表す「動作主体」や、「〜で」の「原因」とどう区別される
のだろう?
「が」を「主体」と規定すると、対格や与格との境界が判然としなくなると
批判してきたわけだけれど、そのような問題は山口説にも認められるという
ことかな。
いや〜、難しいものだね。

378 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 16:58:14 0
なぜ英・独・仏語等?経済的先進国の言語だから?
日本で分かる人が多い言語だから?

379 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 17:40:39 0
一つの例としてあげた。
そのほかの言語も一応意識して、発言しているつもり。

380 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 19:19:26 0
>>378-379
英語との比較は大事じゃね、国際語だし。

381 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 20:11:02 0
近代語と前近代語の比較だな

382 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 20:13:27 0
>>332
>その「主体」(いわゆる「主格」の主体―引用者注)に既に一定の意味的特性
>がない。だけど皆「主体」を使うことをやめない。それでいいんだよ。
>ガ格はガ格なんだから。
>で、もともと意味的特性の定まらないところに、いわゆる「対象語格」の
>「が」を混ぜてしまっても、問題は起こらないだろ。
>反発を覚えるのは英語で考えるからだ。
そうだろうか?
「主格」とされる「が」には「一定の意味的特性がない」とのことだが、疑問。
『大辞林』「主体」の項には、[哲学用語]として、
ア.何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの。読書という行為における
読み手、赤いという性質を具有する花、の類。
イ.行為・実践をなす当のもの。
という二つの語釈が紹介されている。
「主体」を狭く「イ」のようなものと考えれば、いわゆる「主格」に「一定の意味特
性はない」となるが、「ア」のようなものと考えれば、「一定の意味特性はある」
と言えるのでは?
確かに、「イ」の定義に比べれば、輪郭がぼやける嫌いはあるが、「ア」の理
解にもぎりぎり一定のまとまりはあるのではないか。
そこに「対象語格」と言われる「が」を混ぜてしまうと、「主体」の意味はかぎり
なく無意味なものにならないか?

たとえて言えば、「女」というものの中に、女らしくない女性や、さらには「お
かま」までは入れられるとしても、もともとぼけているからと言って、そこに
男性まで入れてしまったら、「女」という語の意味が無意味になってしまう、
というようなものでは。

変なこと言い出してしまったようだが、議論の種として、お許しあれ。

383 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 21:44:44 0
>>369
>「を」なのになぜガ格?

いや,「〜は」や「〜も」が「ハ格」や「モ格」はなくて「ガ格」らしいから,
「〜を」も「ガ格」でいいのかなと


384 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 22:44:48 O
>>364
> そもそも構造主義がそんな考え方してるなんて聞いたことないし、出典があるなら示してほしいけどね。
> 構造主義の人が一般に文法語を統語的特徴で分類する立場を取るなんて話は
> 聞いたことないけどなあ。

The grammatical forms are no exception to the necessary principle -- strictly speaking, we should call it an assumption -- that
a language can convey only such meanings as are attached to some formal feature: the speakers can signal only by means of signals.
-- Bloomfield, Leonard (1933) "Language," p.168. New York: Henry Holt and Company,Inc.

"The speakers can signal only by means of signals." は言語学史上の名文。

385 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 22:54:00 0
>>383
格ってのは、本来は名詞句が述語に対してどんな関係にあるかを表示するもの、とされている。
格に固有の意味がないってのは、述語と無関係に一般に「動作主」を表す、とか言えないってことであって
個別の述語に関して言えば、だいたいどの意味役割の語が何の格で出るかは決まってる。
(壁塗り交替とか、態(voice)による格体制の組み換えとかはあるけど)

たとえば「殴る」って動詞だったら、普通は「が」は殴る人で「を」は殴られる人だろう。
太郎が 次郎を 殴った。

でも「は」とか「も」とかは特定の述語に限定しても、どんな名詞に「は」や「も」がつくかは
ほとんど決まりがない。(実際にはどんな語が主題になりやすいか、みたいな研究もあったと思うけど)
太郎は 次郎を 殴った。
次郎は 太郎が 殴った。

だから、「は」とか「も」とかは格とは別物って考えられてるんだよ。

386 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 23:23:34 O
人称の存在http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%A7%B0%E4%B8%80%E8%A6%A7

387 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/24(火) 23:26:28 O
構造の構成*http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8B%E9%80%A0%E6%A7%8B%E6%88%90%E4%B8%BB%E7%BE%A9

388 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 01:49:21 0
>>364
> 構造主義の人は[±agent]とか素性立てて意味記述とかしそうだけど
それはむしろ生成派の人がやるんだろう。
生成理論は、直接見えない (聞こえない) ものでも存在すると考えるが、形の証拠を軽視するということではない。
例えば、ランゲンドンは、(1) の前置詞 in は名詞句に Location の意味役割を与えているが、(2) の in は名詞句に Location と Patient の意味役割を与えていると言う。

 (1)  George Washington lived in Virginia.
 (2)  Geroge Washington lived in this house.

(1) の Virginia と (2) の this house との役割の違いは、それぞれを主語にした受動文が可能か否かという、統語的特徴によって証明される。

 (1') *Virginia was lived in by George Washington.
 (2') This house was lived in by George Washington.

出典は Langendoen, D. Terence (1970) "Essentials of English Grammar," pp.159-160. New York: Holt, Rinehart and Winston, Inc.

389 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 01:59:13 0
>>322
>>316-317

390 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 10:28:36 0
>>349
> で、この意味の「主体」は、英語などの主語が表すものと重なるんじゃない?
そうだと思う。そして、英語の「主語」にも一定の意味的特性がない。
「論理」とは言葉であるというのが、西洋の伝統的な考え方だった。Logos はギリシャ語の「言葉」に由来する。
一定の統語的条件をみたすものが「主語」で、「主語」になっているものが「主体」なのだ。
こうしたことがたぶん暗黙の了解となっているから、だれも「『主体』なんて言葉使うな!」と喚かない。
「が」は「主体」を表すとあっさり理解されている。

391 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 11:59:45 O
主体客体http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E4%BD%93%E3%81%A8%E5%AE%A2%E4%BD%93http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%A1%8C%E6%80%9D%E6%83%B3

392 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 12:55:47 0
>>390
>「が」は「主体」を表すとあっさり理解されている。

「が」は「主語」なのか。

393 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 13:09:37 0
>>390
>そして、英語の「主語」にも一定の意味的特性がない。

英語の「主語」には一定の意味的特性がないのかもしれないけど(?)
英語の「主体」には一定の意味的特性があるよ。

394 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 18:37:28 O
>>392
> 「が」は「主語」なのか。
然り。私が思うに、三上の影響で「主語」が使いにくくなったために、「主体」が使われているのだろう。
ガ格の統語的特徴を重視する人は、はばかることなく「主語」と呼んでいる (久野、田窪、金水等)。

> 英語の「主体」には一定の意味的特性があるよ。
その「主体」はおそらく「意識主」の意味で、>>349 の「主体」とは違うだろう。
言語学とは関係がない。

395 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 19:16:47 O
>>394 後半は >>393 へのレス

396 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 19:47:25 0
>>394
「僕は鶏肉が嫌いだ」の「鶏肉」も「主語」で「主体」ということだね。
ムラの論理(すべてが主体)とも符合するのでそうかなぁと思ってしまう。
日本語とムラ社会ってやっぱり関係あるんじゃないの?

397 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 20:06:31 0
寺村だって>>320のように言っている訳だし。

398 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 22:38:53 O
I hate chicken は魔法の呪文
I hate chicken と唱えるだけで
あら不思議 八つ墓ムラが 煙と消えて
Beverly Hills が 現れる

ってか w

399 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/25(水) 23:37:51 0
>>398
どちらかと言うと、Moominvalleyかな〜w

400 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 01:06:34 O
僕は村社会が嫌いだ。For me village world is a hateful thing. :彼らは論理学が嫌いだ。 Logic is quite abhorrent to them.
「は」は主格をつくらず「が」がつくる。
私は学者でなく、学生だ。
私が学生でなく、学者だ。
私は学者でなく、彼が学者だ。 私が学者でなく、彼は学者だ。 彼は学生でなく、私が学生だ。
彼が学生でなく、私は学生だ。

401 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 01:39:53 0
>>399 それはフィンランド語で言わないとダメなんじゃないか w

402 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 09:30:35 0
名詞の 格変化を 認めるか 認めない のかを 決めて 論じないと 結論は でないんぢゃないか。

403 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 09:31:46 0
名詞の 格変化を 認めるか 認めない のかを 決めて 論じないと 結論は でないんぢゃないか。

404 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 10:19:37 0
主格 本は 本が 属格 本の 与格 本に 対格 本を 奪格 より から など

405 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 14:46:59 0
>>399
スナフキンとか出てくるヤツだな

406 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 19:42:17 0
>>390
>> で、この意味の「主体」は、英語などの主語が表すものと重なるんじゃない?
>そうだと思う。そして、英語の「主語」にも一定の意味的特性がない。
 ア.何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの。読書という行為
  における読み手、赤いという性質を具有する花、の類。(>>382)
↑この規定は、一定の意味的特性を表していると言っていいと思うが。
(これが「主体」の伝統的な用語法を支える規定だろう。)

君の言うように、「対象語格」も「主体」を示すとした場合、
その「主体」とは、どのようなものとして規定されるのか??

407 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 19:57:57 0
印欧語の中でも、文法性を完全に失い、名詞や動詞の活用もほとんどなくして、
最も孤立語に近くなったという特殊な事情を持っている英語と、
未だに系統関係にある言語(琉球諸語を除いて)が見つからない日本語。
いくら英語が圧倒的な地位を占めていて、俺たちが日本人だからって、
英語と日本語だけを考慮して話を進めるのはいかがなものか。
実用上の話ならともかく、このような言語学的な話で、英語(よくて印欧語)と
日本語だけを考慮する必然性はなにか。
例えばアフリカのバントゥー諸語に、主客融合論にとっても興味深い現象があるかもしれないのに。

408 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 20:18:11 0
>>407
>例えばアフリカのバントゥー諸語に、主客融合論にとっても興味深い現象があるか
>もしれないのに。
そんな高みの見物をしてないで、アフリカのバントゥー諸語とやらの現象の紹介を
してくれや。

409 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 20:38:34 0
>>406
> この規定は、一定の意味的特性を表していると言っていいと思うが。
私は思わない。結局、「主語」になるものを「主体」と呼んでいるにすぎない。

> 君の言うように、「対象語格」も「主体」を示すとした場合、
> その「主体」とは、どのようなものとして規定されるのか??
何度も言っているように、あくまで構文上の主役。英語の主語と同じ。
ただし、英語の場合、主役は 1 文に 1 つでなければならず、主役のない文は存在しない。
日本語では、1 文が主役を 2 つ (やや苦しいが 3 つ) 持ってもよく、まれに主役のない文もある。
三上章が「日本語には、英語と同じような主語がない」と言ったのは、全く正しいのだ。

410 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 20:45:54 0
>そんな高みの見物

いくら岡目八目捕らえてても、聞く耳持ってない人には言うだけ無駄やん

411 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 20:46:41 0
「日本語には主語がない」と言うよりも「日本語には主語がイパーイ」なのだ。

412 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 20:57:29 0
>>407
話をうやむやにしたいように感じるのだが。

413 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 21:06:46 0
>>409
>> この規定は、一定の意味的特性を表していると言っていいと思うが。
>私は思わない。結局、「主語」になるものを「主体」と呼んでいるにすぎない。
「私は思わない。」。
「一定の意味的特性」(=何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの)を
明示的に示しているのだから、「一定の意味的特性」がないと言うなら、
そう主張する根拠を示してくれよ。
また、味噌と糞を一緒にするような、軽微のスピード違反と誘拐殺人とを罪は罪と
いっしょくたにするような、極論は勘弁ね。

414 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 21:09:24 0
>>409
三上厨さんとは変なところで話が合ってしまいましたね


415 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 21:21:05 0
>>413
英語の「主語」は主客分離を志向して使われているのではないでしょうか。

416 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/26(木) 23:43:39 0
>>413
> 「一定の意味的特性」(=何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの)を
> 明示的に示しているのだから
・「性質」「状態」「作用」はそれぞれ異なり、一定しない。
・「など」とあるのでさらに異なるものが含まれると見られ、ますます一定しない。

417 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 00:19:03 0
>>416
>・「性質」「状態」「作用」はそれぞれ異なり、一定しない。
「性質」「状態」「作用」は、いずれも当のものが保持するもの。

>・「など」とあるのでさらに異なるものが含まれると見られ、ますます一定しない。
「属性」や「動作」など、細かく分けていくこともできるが、
それらとて、当のものが保持するものだ。

418 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 00:47:03 0
>>417 一定しないものを保持する当のものは、一定しない。
前スレでやって終わっている議論だ。

419 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 03:44:34 O
†普遍http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E9%81%8D%E8%AB%96%E4%BA%89

420 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 05:13:39 0
>>415 Some sentences have no object, as, for example, 'Daphne cried', where 'Daphne' is the subject and 'cried' the verb.
http://www.lancs.ac.uk/depts/music/studentinfo/guides/language.htm

421 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 07:52:27 O
語順http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E9%A0%86http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B3%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%AA%9E%E9%A0%86 http://ja.wikipedia.org/wiki/V2%E8%AA%9E%E9%A0%86

422 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 11:53:09 0
>>418
「終わっている議論」?
前スレって、「主語はいらない」スレのその1のこと?
なら、わしは知らんし、今見れないよ。
かいつまんで、主張の要点を述べてよ。

君の主張を聞く前に言いたいことを言っておくと。
ハードルを思いっきりあげれば、いろいろ言えるのかもしれない…。
しかし、
伝統的な「主体」の規定(=何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの)
は、通常の感覚で理解できる「一定のまとまり」を持つ。
しかし、君の言う「対象語格」までも含めた「主体」は、
命題化できない有様だし、対格、与格との意味上の境界も
つかなくなってしまう。(君はそれでいいと強弁するが。)

それに対して、伝統的な規定は、辞書にも出ているごとく、分かりやすい説明
が可能だし、ゆるい規定のように見えて、対格・与格・述格との意味上の境界
も明瞭だ。

423 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 11:56:27 0
>>422
しかし、君の言う「対象語格」までも含めた「主体」は、
命題化できない有様だし、

しかし、君の言う「対象語格」までも含めた「主体」は、
意味上の規定ができないありさまだし、
変更します。スマソ

424 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 13:44:07 O
を格http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%A0%BChttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%A9%9E

425 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 14:39:25 O
>>422 このスレの始めの方にもごたごた引用されてるよ。

> 通常の感覚で理解できる「一定のまとまり」を持つ。
その感覚を支えているのは、英語の主語とか日本語の「が」とかいう形態なのだ。

> しかし、君の言う「対象語格」までも含めた「主体」は、
> 命題化できない有様だし
「命題化」って何 w 「が」でマークされる名詞句は「主体」を表す。これ以上明確な規定はない。

> 対格、与格との意味上の境界も
> つかなくなってしまう。
まず「対格」「与格」の「意味」を、形によらずに規定してもらおうか。形を使うのなら(「が」と異なる)紛れることは絶対にない。それは私の方法と同じだ。

426 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 15:23:41 0
>>425
>まず「対格」「与格」の「意味」を、形によらずに規定してもらおうか。
確かに、これは難しいね。
訂正するよ。
⇒君の規定では、形を使わなければ、「ガ格」以外のものも入ってきてしまう。

繰り返すが、これは「規定」として、情けなく、ミスリーディングではないかい。
なら別の人も言うように、「主体」なんて用語を使う必要ないじゃん。
「主体」にこだわるようだが、
「客体」の扱いはどうするつもり?

>このスレの始めの方にもごたごた引用されてるよ。
じゃあ、読ませてもらうよ。

427 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 15:31:16 0
「が」はイメージを付け加えているんじゃないかなぁ、接尾辞として。
言葉を強調するイメージ。

「名詞+接尾辞」というイメージの組み合わせで日本語はできているような気がするな。

428 :426:2007/07/27(金) 15:39:55 0
今、前のほう見てきた。
スマヌ、自分も前スレから参加していた。
(別のスレとこんがらがっていた…。)

しかし、「終わっている議論」って、
どこがですか??

429 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 15:54:21 0
>>426
ムラ社会では「客体」なんてどーでもいいんじゃない?
自分たちさえよければいいいんだから。

430 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 16:03:53 0
>>427
それゃぁまた大胆な主張ですなw
「ことばを強調するイメージ」って、漠然としすぎていないか。
「〜が」だけではなく、
「〜を」であれ、「〜に」であれ、そのほかの助詞であれ、
音声的な強調を置けば、「強調するイメージ」は出るが?
また、「が」も、強調の意識などなしに使われる場合もあるだろ。
それに、「強調」じゃなくて、「強調するイメージ」って、何よ?

「が格」全体の規定
寺村=主役
山口明穂=「物実(ものざね)」(富士谷成章の用語)
:述語の表す内容をもたらすもとのもの。(>>322,>>355,>>377
三上厨=主体
君=強調のイメージ
いやあ、百花繚乱ですな。
漠然としすぎていたり、クリアだけど他の格との境界が判然としなかったり、
困りましたね。

>「名詞+接尾辞」というイメージの組み合わせで日本語はできているような気がするな。
これ、も少し説明してくれない。

431 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 16:49:05 0
主格・対格などの議論が活発だが、能格言語の能格と絶対格についてはどう説明するんだろう。

432 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 16:49:53 0
>>409
>ただし、英語の場合、主役は 1 文に 1 つでなければならず、主役のない文
>は存在しない。
>日本語では、1 文が主役を 2 つ (やや苦しいが 3 つ) 持ってもよく、
>まれに主役のない文もある。
「主役」が二つと言うのも苦しいが、まあ、どっちが主役か微妙という
芝居はあるわな。
でも、「主役」がいない芝居って…、こっちの方がめちゃ苦しくないか?
(日本語には「ガ格」がない文が約半数という調査報告もある。)
「主役」という規定も、前途多難だなw。
「表現されていないだけで実はある」と言うのが、>>409の主張だったと思う
けど、主役が表舞台に出てこないのが約半数って、どういう芝居だよ???
日本語を説明するって、本当に難しいな〜。

433 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 17:06:13 0
やっぱり、英語やドイツ語やフランス語以外の言語にも目を向けるべきではないだろうか。
例えば朝鮮語はどうなんだ?トルコ語は?モンゴル語は?
わざわざ日本語とまるで違う言語にだけ目を向けて違う違うと騒ぎ立てることはなかろう。
もっとも、詳しい人がなかなかいないという難点はあるが。
しかし、経済大国の言語じゃないからどうでもいいみたいな議論の仕方は言語学痛手は感心しないな。

434 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 17:11:06 0
>>430
>それに、「強調」じゃなくて、「強調するイメージ」って、何よ?

「イメージ」と言うより「クオリア」と言ったほうが良かったかも。
簡単に言うと「強調する感じ」かな。

主客融合している言語には英語のような論理的な文法はないように思うんですよね。
そのかわりに、「てにをは」のような感覚的な文法があるような気がします。(?)

435 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 17:18:56 0
>>433
>経済大国の言語じゃないからどうでもいいみたいな議論の仕方

そんな議論の仕方してるか??
英語=近代語、日本語=前近代語という立場で議論しているつもりだが。

436 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 17:35:52 0
>>432
基本的に「全部が主役(主体)」だからよっぽどの時しか明示しないのでは。

437 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 21:31:22 0
>>436
では、「ヲ格」や「ニ格」はどうなるのか?

438 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 21:38:47 0
てすとー

439 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 21:39:14 0
>>434
>主客融合している言語には英語のような論理的な文法はないように思うんですよね。
>そのかわりに、「てにをは」のような感覚的な文法があるような気がします。(?)
確かに、そうかもね。
日本語の格助詞と言われるものは、「格関係(=論理的な関係)」を表しているのか?

その点、格助詞も「辞」であるとした時枝説は、再評価されてもいいかもね。
前に紹介されている山口明穂氏も「格助詞」は客観的な関係を表す、
とする近年の通説的なものに異議を唱えている。

440 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 21:46:45 0
>>433
>やっぱり、英語やドイツ語やフランス語以外の言語にも目を向けるべきではないだろうか。
大いに目を向けるべき。

だからといって、英語等との比較も大いになされるべき。
要は、自分たちがやっていることの位置づけを自覚すべきということでしょう。
英語等と比べるだけで、世界のことばの中での位置づけ完了!などといってるヤシ
がいたら、それはいかんわな。

私は、近代的な文化・文明を作った欧米と日本との対比に興味があるので、
欧米の言葉と日本の言葉の比較に特に興味を持っている。
しかし、欧米語との比較の中で見えてくる日本語の特質は、
意外と、韓国語等と比べても依然日本語に特有だったりするので、
面白いんだけどね。

441 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 22:00:55 0
>>437
「ヲ」は「追い求める感じ」(?)
「ニ」は「接着する感じ」(?)

物理的にそうするということではなくて
あくまでも「そういう感じ」といったクオリア的なものですが。

442 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/27(金) 22:39:45 0
>440
「 だからといって・・・・べき。 」⇒べし。

443 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 00:30:33 O
トルコ語の紹介☆http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/3435/trintro.html

444 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 01:48:45 0
>>423 の訂正を見落としていた。しかし、「主体」に「対象語格」を含めなくても、意味上の規定はできない。
伝統的な規定から「が」という形を外すわけにはいかないだろう。

>>426
> 君の規定では、形を使わなければ、「ガ格」以外のものも入ってきてしまう。
だれの規定でもそうなるよ。「対格」や「与格」では難しいのに、「主格」の場合だけできたらおかしい。

> 繰り返すが、これは「規定」として、情けなく、ミスリーディングではないかい。
> なら別の人も言うように、「主体」なんて用語を使う必要ないじゃん。
不勉強な人には合わせないと言ったはずだ。「主体」を使っている人にいちいち注意して来いよ。
「が」という形態から離れて「主体」を規定できる人はいないのだから。

> 「客体」の扱いはどうするつもり?
文法上の「主体 (Subject)」は、「客体 (Object)」と必ずしも対を成さないから、問題にならない。>>420

445 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 01:58:43 0
>>432
> 「表現されていないだけで実はある」と言うのが、>>409の主張だったと思う
> けど、主役が表舞台に出てこないのが約半数って、どういう芝居だよ???
了解されればよいのであって、形が出る必要はない。(その方が伝達が速くなるからだろう)
ちなみに、その調査というのは、たしか『月刊 言語』に載ったものではなかったかと思うが、
ガ格が出てもよいのに出ていない (補うことができる) 場合と、ガ格を出してはいけない場合との区別をしていなかった。
文法研究の名に値しない。

446 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 06:44:05 0
>>435
その「近代語」「前近代語」って分け方が違和感あるな。社会学畑の人には普通の分け方なのかもしれないけど。
言語に優劣などはないって考え方とは相容れない。
「優れた言語」「論理的な言語」「近代的な言語」や、「劣った言語」「感覚的な言語」「前近代的な言語」というものはあるのか?

447 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 08:59:03 0
>>441 そんなので日本語を教えたら、ブーイングの嵐だぞ w

448 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 09:11:02 O
後置SOVhttp://ja.wikipedia.org/wiki/SOV%E5%9E%8Bhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E7%BD%AE%E8%A9%9E

449 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 11:21:06 O
>>444
昨日、寝ているときに枕元の本棚に月刊『言語』の2004年2月号があるのに気づいた。
「特集:日本語の主語を捉える」だそうだ

その中で仁田義雄が「主体」に関して面白いことを書いている
事態の主体とは形態格(ガ格)とも意味格(動作主)とも別物なんだそうだ

「主体」という概念がどういう意味で用いられているか、特に(形態)格や意味役割との
関係に明示的に言及している研究、という点では、面白いかもしれない
寺村や野田は、結局のところ「主体」ってのが何なのか、それほど明確に定義してないからな

紹介しようと思ったが、面倒くさいのでやめておく
多分おまいにとっては一読しておいた方がいい論文なんだろうから勝手に読んでくれ


450 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 14:32:15 0
>>446
近代語=優れている、前近代語=劣っている、あるいは
論理的=優れている、感覚的=劣っている、というのは偏見ではないか。

それぞれの持ち味を生かして使い分けるべきだとは思うが優劣はないと思っている。

451 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 15:08:34 0
もちろん、
主客分離的=優れている、主客融合的=劣っている、という訳でもない。


452 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 15:34:34 0
>>446
>言語に優劣などはないって考え方とは相容れない。
分野による得手不得手はあると思う。
日本語は、冷静に議論するのには問題を抱えている言語だと、自分は思っている。
互いに融合するには向いているけどね。

一番問題なのは、実際には情動的・感覚的なのに、
本人の自意識としては理知的・論理的だと思っていること。

453 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 21:16:32 0
>>409
>「日本語には、英語と同じような主語がない」

「主語」の定義はさまざまですが、↑ これには皆さん賛成ですよね。




454 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/28(土) 23:22:23 O
>>449 その論文は読んだ記憶があるが、内容は忘れてしまった。確認しておくよ。

西洋人は意味論上の「主体」と統語論上の「主語」とを区別しない。どちらも Subject だ。
言語学・論理学上の Subject は全く統語的に規定され、形態的には名詞の「主格(Nominative)」と対応する。一定の意味役割はもたないから、「動作主」のような意味格と別物なのは当然だ。
日本語文法の場合、「対象語格」のガ格を分離するから、「主体」が形態格とも別物になってしまうのだ。それをやめればよい。

上の Subject とは別個に、哲学上の Subject があり、意識を有する「主体」を指す。意識は常になにものかについての意識なので、この「主体」は必ず「客体(Object)」と対をなす。

This is a pen. の this は、言語学・論理学上の Subject だが、哲学上の Subject ではない。いずれにしても Object は存在しない。
主客融合論はもとより言語学とは無関係なのだ。ここに書き込んでもノイズにしかならない。

455 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/29(日) 00:04:26 0
>>435
日本語が前近代語というのはともかくとして、
英語は果たして近代語と言えるのかなあw
近代フランス語なら、近代語であると言えないことも無い。
自分で「このようなフランス語が近代語である」と定義して
言語の整理を行ったわけで
完全なトートロジーの結果だけどね。
もちろん、アカデミー・フランセーズの観点から見れば、
英語など、例えば、各名詞の概念の内包と外延も明確に定まらず
雑然とした語彙がひたすら蓄積されているだけの、
前近代語の最たるものにしか見えないのは当然の話。

456 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/29(日) 00:06:59 0
>>454>>453には賛成ですよね。(てか、>>454>>409?)
英語では「主格」と「対象語格」に分けるところを
日本語では同じ「主格」になるわけですから。




457 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/29(日) 00:15:55 0
>>455
日本語と比べて、と言う意味でしょうな。

458 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 04:22:19 O
最終解答*http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E8%AA%9E

459 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 05:22:46 0
This is a pen. の is は 繋詞であるが
日本語には繋詞に相当するものが無い。

体系の異なる言語を別の言語の論理に従って
決め付けるのは如何なものか。

460 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 06:23:10 O
歴史改革http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E6%96%87%E4%B8%80%E8%87%B4http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A3%E8%AA%9Ehttp://www.aozora.gr.jp/cards/000006/files/901_16059.html

461 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 08:30:40 O
>>459 日本語「これはペンです」「これがペンであることは見ればわかる」の「これ」が意識主体だとでも? 客体なんてどこにあるんだ?
主客融合論は、「私は鶏肉が嫌いだ」のような特定の構文を日本人全般と勝手に結びつけたうえに、I hate chicken のような対格型の言い方をしただけで楽園が訪れると主張している。恐るべきアホらしさだ。
2 重ガ格文には、「象が鼻が長いのは進化による適応だ」「この辺りがいちばん事故が多い」のような、感情形容詞を述語としないものもいろいろある。
「象」は人間ではないからふつう意識主体とは言わないだろう。「この辺り」は断じて意識主体ではない。「鼻」「事故」ともに客体ではありえない。

462 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 09:06:21 0
>>459
>This is a pen. の is は 繋詞であるが
>日本語には繋詞に相当するものが無い。

確かに,英語のbe動詞には繋詞としての役割もあるけど,
本来の意味は「存在する」でしょう

I am a Japanese.(英語)
我是日本人.(中国語)
の主語と補語を入れ替えた表現,
A Japanese is me.
日本人是我.
が成立しないことからも分かるように,「繋詞」の前後の関係はイコールではない
補語の方が指し示す対称の範囲が広いからです

I am.
という文の意味は「私は存在する」であり,どのような状態で存在するかという意味を補ったものが補語

「日本に」存在すれば,
I am in Japan.
「日本人として」存在すれば,
I am a Japanese.
「『大日本人』という名前で」存在すれば,
I am Dai Nipponjin.

be動詞を『存在詞』だと考えれば,
日本語の「である」や「です」,マレー語の[adalah]や[ialah]……等も,
本質的な違いはないように思う

463 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 11:42:50 0
>>459
英語はSVO語順でbeが主語と補語の間に置かれるから繋辞(copula)って言われるだけで
SOV語順の日本語では繋辞っていえば普通は「だ」「である」「です」etc.のことだろ

ただコピュラと存在詞がいつもイコールかどうかはわからんけどな
英語のThere is 〜はフランス語ではIl y a 〜でa(have)を使うし、
スペイン語では英語のbe動詞に相当するものが三種類あるんだそうだ
Mi jefe es nervioso.(私の上司は神経質だ) → es(ser)
Mi jefe esta nervioso.(私の上司はいらいらしている) → esta(estar)
Hay arboles en la calle.(通りに木がある) → hay(haver) = have

言語によってはpronominal copulaとかいって、代名詞由来の要素を繋辞っていうんじゃなかったかな
コピュラをつかわずにNP NP構文つくるような言語もどっかにあるんじゃないかな

464 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 12:11:53 0
>>454
「対象語格」を「主格」と主張するのは
「主客融合」を主張するのと同じことだと思うのだが。
英語の感覚ではそうはならないから。

465 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 12:22:05 0
>>461
英語だって昔は主語がなかったぐらいなのだから
すべてが白と黒に分かれるというわけではないわな。
ただ、英語の感覚と日本語の感覚に大きな隔たりがあるというのは確かだろう。


466 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 12:36:54 0
主客融合性の「有無」を問題にしているのではなくて「程度」を問題にしている。

467 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 12:44:09 0
主客融合なんたらも、せめて『「する」と「なる」の言語学』あたりと結びつけて話をするなら
まだ救いようがあったかもしれないけどねえ

いまのところ、オカルトにしか見えない

468 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 13:51:25 0
>>467
「対象語格」を「主格」と言い張るのと同じかなw


469 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 14:05:19 0
「対象語格」を「主格」であると主張しつつ
英語の感覚と日本語の感覚は同じであると主張するのは苦しいよね。

470 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 17:26:00 O
>>463
> コピュラをつかわずにNP NP構文つくるような言語もどっかにあるんじゃないかな
ロシア語は時制が現在のときそうなる。冠詞もない。
ヴァレンチナ・テレシコーヴァの言葉は「ヤー・チャイカ(私・カモメ)」で、I am a swallow の意。

471 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 19:26:48 0
カモメなのにSwallowとは、こはいかに。

472 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/29(日) 20:25:49 O
プープー説http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E

473 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/29(日) 20:41:47 O
ルース言語日本語未解析分野?http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E6%85%8B%E7%B4%A0%E8%A7%A3%E6%9E%90

474 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/29(日) 20:52:23 O
有意味言語vs.無意味言語*http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%91%89

475 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 12:58:17 0
単純な劇では主役が一人いてひとつ事件が起こるけど、
主役がいない状況劇とか
主役がたくさんいる群像劇ってのも
実際に劇として存在するわけで
っていうのを連想してみた

476 :名無しさん@そうだ選挙に行かなかった:2007/07/30(月) 14:06:07 0
>>464 ある種の事態について、日本語の描き方が英語の場合と違うことは確かだが、それが「主客融合」とどうつながるのだ?

「主客融合」論が言語に関して発言するときは、統語論上の Subject と意識主体としての Subject とを、無知でか故意にか混同した与太話だと見てよい。

477 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 14:21:06 0
>>476
統語論上のSubjectと意識主体としてのSubject、というふうに勝手に二分するのもどうなの?
「主体」の定義はそういった二分法だけではないと思うが。

478 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 14:30:35 0
>>476
>ある種の事態について、日本語の描き方が英語の場合と違うことは確かだが、それが「主客融合」とどうつながるのだ?

英語の場合、主体と客体に分けて描くところを、
日本語の場合、分けて描かないということじゃないのかな。そこに違和感を感じるんだよ。




479 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 14:45:20 0
>>475
>主役がいない状況劇とか
>主役がたくさんいる群像劇ってのも
>実際に劇として存在するわけで
そういうのがあってもいいが、
そういうのがふつうというのが異様だな。

480 :名無しさん@そうだ選挙に行かなかった:2007/07/30(月) 14:48:58 0
>>477-478 >>454>>461

481 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 14:59:32 0
>>479 「ふつう」かどうかはともかく、そういう事態はしばしばあるよ。
「雨だ」「3 時だ」などには主役がない。英語は主役がなければ済まないルールなので、"It rains." "It is three o'clock." と仮主語 it を立てる。
また、英語には動詞の人称変化があるので、2 重主役は立てたくても立てようのないことが多いだろう。

482 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 15:04:59 0
>>476
大体、英語の感覚では「対象語格」になるところを「主格」だと主張する時点で
英語の感覚とは離れているのだから、
英語としての「subject」の意味がどうのこうのと言うのも変なんだよね。


483 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 15:11:47 0
「が」というのは「対象語格」とか「主格」といった「格」ではなくて、
やっぱり「接尾辞」なんじゃないかなぁと思う。

484 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 16:00:15 0
格と接尾辞って対立概念でもないだろ
格を表示するために屈折つかったり接尾辞つかったり後置詞つかったりするわけでさ
生成でいう格とはちょい違うかもしれんが

485 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 16:24:34 0
英語帝国主義に染まりきった方がいますね。

486 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 16:25:13 0
>>484
「格」は論理的な関係性を表すイメージがあったので。
「が」は感覚的(クオリア的)な「接尾辞」のように思っています。(>>434,>>349

487 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 16:29:16 0
>>485
日本語を論理的に理解するのは難しいよね。

488 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 16:32:42 0
営、賞、常などのかんむりってなに?
うかんむりじゃないよね?

489 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 16:33:53 0
>>484
>>486さんの言っているのは、
時枝文法の「辞(心の声)」の考え方に近いのでは。
>>439

490 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 21:27:26 0
>>482 君らは、英語を基準として日本語は主客融合だとか言ってるわけだから、英語の Subject の意味をもとに批判されるのは当然ではないか。
日本語には「が」が 1 つあるだけだ。「が」をつくづくと眺めたって、「主格」と「対象語格」は出て来ないだろ。

491 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 22:47:10 0
>>490
>英語の Subject の意味をもとに批判されるのは当然ではないか。
その批判はトンチンカンだけどな。

492 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 23:07:37 0
>>490
前にも言われているが…
「主格」と「対象語格」を同じものだと主張しながら
日本語は主客融合していないと主張するのは矛盾するんでないかい?
変なラベルを張るより「ガ格」のままでいいやんか。


493 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 23:26:34 0
「私はピーマンが嫌いだ」の「私」と「ピーマン」が同じ「主格」だなんてやっぱ変だろ。

494 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 23:27:04 0
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/mokei/1185023439/l50
お願いします↑

495 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/30(月) 23:59:16 0
結局、何が論理的だと考えているのかと言ったら、「英語の文法に近いほど論理的」ってことだろ。
英語のような主格や対格の考え方があれば論理的で、それとは違えば曖昧で非論理的で感覚的。
英語と日本語のどちらが論理的か?英語のほうが英語に近いんだから論理的に決まっている。
循環論法だよ。意味ない意味ない。

496 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 00:02:16 0
>>491 どこが。一言も反論できまい。

>>492
> 「主格」と「対象語格」を同じものだと主張しながら
> 日本語は主客融合していないと主張するのは矛盾するんでないかい?
「日本語」と「主客融合」とは 無 関 係。

> 変なラベルを張るより「ガ格」のままでいいやんか。
「ガ格は主体を表す」としているすべての人に言って来い。

>>493 だからどう変なのだ。

497 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 00:03:39 0
私はピーマンが嫌いだ=
私について言うならばピーマンが嫌いな状態にあるのである。
は」はtopic presentation
が」はsubject

498 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 00:33:12 0
>>486,>>489
接尾辞「が」=「強調」のクオリア

499 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 00:47:11 0
>>496
>「ガ格は主体を表す」としているすべての人に言って来い。
いわゆる「主格」の表すものを「主体」だとする常識人に対して、
「変なラベルを貼るな」とは言わない。


500 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 01:01:45 0
「対象語格」って扱いが難しいね。それだけ面白いとも言えるけど。

501 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 01:08:14 O
>>488 裳よりモコシまたはモロコシと日本では伝統的に呼ばれている、中國では知りません。

502 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 01:12:33 O
>>493
I dislike green peppers myself (not for you).

503 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 01:14:08 0
>>499 なぜ? 学問とは常識の対極にあるものだよ。
英語を持ち出さないかぎり、ガ格を「主格」と「対象語格」に分けることはできない。
常識の方が誤っていると容易にわかる。

504 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 01:14:14 0
>>444,>>496
>「主体」に「対象語格」を含めなくても、意味上の規定はできない。
こちらは、広辞苑等に引かれている伝統的な規定を示している。
そう言い張るなら、いい加減に根拠を示せよ。

>> 君の規定では、形を使わなければ、「ガ格」以外のものも入ってきてしまう。
>だれの規定でもそうなるよ。「対格」や「与格」では難しいのに、
>「主格」の場合だけできたらおかしい。
規定できないなら、妙なラベルを貼るな。
ところで、君は、「ヲ格」や「ニ格」にもラベル貼りをするのか?
張るのなら、どう呼ぶつもりか。
もししないなら、なぜ「ガ格」だけにラベルを貼るのか?

>「が」という形態から離れて「主体」を規定できる人はいないのだから。
だから、君のようなことを言う人はいないのだw

>文法上の「主体 (Subject)」は「客体 (Object)」と必ずしも対を成さないから、
>問題にならない。>>420
「客体 (Object)」をとる場合もいくらでもあるではないか。
その場合はどうするのだ?
「問題にならない」って、君の念力で問題にしないのか?
オカルトは、どっちだ。

505 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 01:42:30 0
>>504
> こちらは、広辞苑等に引かれている伝統的な規定を示している。
> そう言い張るなら、いい加減に根拠を示せよ。
意味的規定になっていない。伝統に意義はない。>>418

> もししないなら、なぜ「ガ格」だけにラベルを貼るのか?
ガ格が特異な格、「主語」だから。
他の格についても意味的規定はできないだろう。

> だから、君のようなことを言う人はいないのだw
ガ格が「主体」を表すとしている人はいくらでもいる。

> 「客体 (Object)」をとる場合もいくらでもあるではないか。
> その場合はどうするのだ?
どうもしないよ。客体をとるタイプの動詞だというだけのこと。
「主体 ⇔ 客体」という対義関係は、文法とは 無 関 係。

506 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 01:47:42 0
>>503-504
常識の対極にあるものとは?  学問、オカルト、どっちだ??

507 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 02:05:49 0
日本語と英語はいずれも対格言語であり、自動詞の主語と他動詞の主語が同じ形式(主格)で現れます。
主体が主格で出てきたり、客体が主格で出てきたりするので、主客融合型の言語です。

それに対してグルジア語などの能格言語は、自動詞の主語と他動詞の目的語が同じ形式(絶対格)で現れます。
客体がいつも一定の形式で現れるわけですから、主客分離型の言語です。

とかも言えちゃいますよね。主客融合ってw

508 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 02:56:43 0
>>505
>意味的規定になっていない。伝統に意義はない。>>418
何度も言うが、「意味的規定になっていない」とする根拠を示しなさい。>>428

>ガ格が特異な格、「主語」だから。
どう特異なのか?「主語」と「主体」の関係は?
「主語」というタームがあるのに、別に「主体」というタームを加える意義は?

>ガ格が「主体」を表すとしている人はいくらでもいる。
うん。でも、君とは違って、「対象語格」は切り離しているよな。

>どうもしないよ。客体をとるタイプの動詞だというだけのこと。
>「主体 ⇔ 客体」という対義関係は、文法とは 無 関 係。
常に存在しないというだけで、「客体」は確実に存在する。
であれば、「主体」 というタームを持ち出すならば、「客体」との位置関係に
注意するのは、あまりにも当然のこと。
その当然のことを君は無視しようとしている。

509 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 03:27:54 0
>>508
> 何度も言うが、「意味的規定になっていない」とする根拠を示しなさい。
何度もしつこい。>>418 からレスアンカーをさかのぼれ。

> どう特異なのか?
>>243

> 「主語」と「主体」の関係は?
> 「主語」というタームがあるのに、別に「主体」というタームを加える意義は?
>>233。具体的な文がなければ「主語」は指定できないが、ガ格は一般に「主体」を表すと言えて便利。

> でも、君とは違って、「対象語格」は切り離しているよな。
>>503

> 常に存在しないというだけで、「客体」は確実に存在する。
常に存在しないなら、存在しないときは確実に存在しない。
馬鹿ですか w

510 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 04:18:13 0
>>493
それは「嫌いだ」が形容動詞で対格を取れないから、主格で代用しているだけ。
このような例はよくあることで、印欧語の多くの場合、
形容詞の「客体」には対格を取れないから属格を取ることが多い。
I don't like a green pepper.
I am not fond OF a green pepper.

511 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 10:59:44 O
I think green peppers are disgust (for me).わたしはピーマンは嫌いと思う

512 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 13:22:50 0
「日本の文化は情緒的(主客融合的)だが
日本語は情緒的(主客融合的)ではない。」と主張するのは無理がある。
論理より情緒、英語より日本語じゃなかったっけ?

513 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 13:31:49 0
日本語の主客融合性を否定する人は日本の文化も否定するんだろうか。
それとも、言語と文化は全くの別モノと思っているのか。
(確か三上信者の人は後者だったと思うが他の人はどうなんでしょうか?)

514 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 13:34:22 0
*I green peppers (be) (A).

Be が I と green peppers の両方と同時に呼応することはできないし、
I の状態と green peppers の状態を同時に表すような形容詞 A も、英語にはない。
しかし、日本語には述語詞の人称変化がなく、「嫌い (- だ)」は「私」の状態と「ピーマン」の状態を同時に表している。

515 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 14:18:38 0
>>513
> 日本語の主客融合性を否定する人は
否定してるんじゃなくて、無関係だと言ってるのがわからんか。
「主客融合」の「主客」という概念は、文法上の Subject/Object とは何のかかわりもない。

文法用語の Object とは、動詞を挟んで Subject の反対側にあるものという意味らしい。
日本語文では、ガ格もヲ格も述語の左に来るから、仮にヲ格を Object と訳すと、西洋語の文法を経由した、名が体を表さない訳語ということになる。
伝統的な文法用語には、Voice (声) とか Mood (気分) とか、それこそミスリーディングなものがいろいろあるが、皆あまり気にしない。
呼び名はラベルにすぎないと割り切っているからだろう。

516 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 15:56:33 0
>>515
文法上のことはともかく
意味の上で主体と客体が融合して見えるのは確かじゃないのか?

517 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 16:44:41 0
>>509
>何度もしつこい。>>418 からレスアンカーをさかのぼれ。
さかのぼってもまともな根拠が見当たらないから聞いている。>>428

> どう特異なのか?
>>243
「が格」の特異性はいいとして、それらの特性をなぜ「主体」などという名称
で呼ばなくてはならんのか?

>文の構成要素としての特徴に着目すれば「主語」、
>統語的特性に着目すれば「主体」、といったところだろう。(>>233)
「統語的特性」と「文の構成要素としての特徴」を分ける必要などあるのか?
>具体的な文がなければ「主語」は指定できないが、ガ格は一般に「主体」を
>表すと言えて便利。
「表す」と言えば「意味」だと思うのだが、君は「統語的特性の束」だと言う。
>>233) ここのところがほんとにわからん(笑)。

>> でも、君とは違って、「対象語格」は切り離しているよな。
>>503
君もしつこいね。君が自説をすばらしいと思っているのはよ〜く知ってるよ。
「ガ格」に対して、「主体」という言葉を使っていても、
その一部に使うのか、君のように全体に対して使うのかは、重大な違いでしょ。
その違いがないかのように言うのはいいかげんにやめたら。
どちらが正しいかはともかくも、二つの考え方が違うということは確かだろ。
(つづき)

518 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 16:46:25 0
(つづく)
>常に存在しないなら、存在しないときは確実に存在しない。
>馬鹿ですか w
???
小学生の時「馬鹿と言うほうが馬鹿なんだよ」と先生が教えてくれたよ。
君は、「常には存在しない⇒ない」という無茶苦茶なことを言っている。
雷は常には存在しないけど、確実にあるだろ。

>This is a pen. の this は、言語学・論理学上の Subject だが、哲学上の
> Subject ではない。いずれにしても Object は存在しない。(>>454)
言語学上の Subjectにも、 Objectが対応するものはいくらでもある。
「いずれにしても Object は存在しない。」
これ、いったい何ですか??

>> 「客体」の扱いはどうするつもり?
>文法上の「主体 (Subject)」は、「客体 (Object)」と必ずしも対を成さない
>から、問題にならない。(>>444)
確かに、存在しないのであれば、「問題にならない」が、
「客体 (Object)」は存在するから、大問題だ。

519 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 16:49:14 0
>>515
>否定してるんじゃなくて、無関係だと言ってるのがわからんか。
>「主客融合」の「主客」という概念は、文法上の Subject/Object とは何の
>かかわりもない。
何を根拠におっしゃるのやら?


520 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 16:49:36 0
>>515
日本語は情緒的ではない、と言っているの?

521 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 16:51:11 0
>>515は「意味」を全く考慮に入れないんだな。

522 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 17:01:53 0
日本語と英語の違いを曖昧にしておくには
「ガ格」のままにしておくのが良かったんじゃないかなぁ。
確かに「対象語格」というのは変だと思う。

523 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 17:41:37 0
文法の用語に定義しようとしても循環になるからガ格は主体をあらわす云々は無意味だ。
例えば「属格」を定義するにはどうすればいいか?
属格とは何かと聞かれてすぐ思いつく答えは「日本語でいう「の」を付けて表すようなもの」だろう。
しかし、次いで「の」とはどんなものか、と聞かれて「属格を表す助詞」と答えたのでは循環になるから
仮に「名詞を修飾する格」と答えるとしよう。
修飾とは何かと聞かれてすぐ思いつく答えは「日本語でいう「の」のつく名詞句でAのBとするようなこと」だろう。
次いで「の」とは何かと聞かれて「属格を表す助詞」と答えれば、属格→の→修飾→の→属格となって元に戻る。
ガ格と主体とか主語も同じで
ガ格とは何か?→主語を表す格(他の用法云々は一応無視する)→主語とは何か?
→主体を表す単語→主体とは何か?→ガ格で表される単語
の循環がある。

524 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 19:29:49 0
だれかさんの定義するガ格と主体の関係は確かに循環かも知れんけど
属格とかは別に循環にはなってないんじゃね?
修飾って多分なにか別の方法で定義できるでしょ。
表現XとYを結合してYと同一範疇の表現YPを作るとき、XはYを修飾している、とか。
いや正確な定義の仕方は知らんけども修飾の定義に「の」が必要になるとは思えん。

525 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/31(火) 20:55:46 0
>>512-513
>>520-521
どうせ同じようなことを書くならわざわざ2レスに分けて連投するのはいい加減やめろ。

526 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 01:19:24 0
>>516
> 文法上のことはともかく
板違い。

527 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 01:20:52 0
>>517
> さかのぼってもまともな根拠が見当たらないから
見つけるのにも能力が要る。君にそれが欠けているだけ。

> 「表す」と言えば「意味」だと思うのだが、君は「統語的特性の束」だと言う。
> (>>233) ここのところがほんとにわからん(笑)。
文法語には実質語と同じような「意味」はない。しかし、文法語も何かを表している。何も表さない形は語ではない。
「文法的意味 (grammatical meaning)」と呼ぶ人もいるが、結局それは統語的特性の束のことだ。
君には文法は永久にわかるまい w

> 「ガ格」に対して、「主体」という言葉を使っていても、
> その一部に使うのか、君のように全体に対して使うのかは、重大な違いでしょ。
英語を持ち出さなければ見えない「重大な違い」って何だ w

>>518
> 雷は常には存在しないけど、確実にあるだろ。
雷に対義概念などない。無関係。
「主体」の対義語は「客体」だから、「客体」のことを考えなければならない、と言うのなら、「客体」は当然常に存在しなければならない。
文法上の Subject の対義語は、あえて言うなら Predicate であって、Object ではない。

> 言語学上の Subjectにも、Objectが対応するものはいくらでもある。
This is a pen にはいかなる Object も存在しない。常に存在しないものは対義概念ではない。セットで考えるべき必然性はない。
どうせ君はわかる頭を持ってないだろうけど w

528 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 01:21:43 0
>>519 混同してるのは主客融合厨のみ。ほかにはいない。
無生物が意識主体になったりしたら大変だ w

>>523 文法語の定義では、循環になるのが正しいんだよ。
循環になっていない定義はこの世に 1 つもないはずだ。

529 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 01:24:33 0
>>528 「文法語の定義」はおかしいな。「文法語の記述」だな。

530 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 03:37:23 0
> >>523 文法語の定義では、循環になるのが正しいんだよ。
> 循環になっていない定義はこの世に 1 つもないはずだ。

そんなことはあるまい。
例えば「も」という語の機能を考えてみよう。
「も」はとりたて詞で、その文法的意味は自者肯定、他者肯定だと言われる。
つまり、「AもPだ」という文は、「A以外の何かもPだが、AもPだ」ということを表していると考えられる。
実際にはもう少し複雑だったり、多義的だったりするかも知れないが、
説明を簡単にするために、自者肯定、他者肯定なんだと考えることにする。

この自者肯定、他者肯定っていうのは、かなり明確に論理学的なやり方で定義される。
つまり、「『も』によって表されるもの」みたいな恣意的な規定で定義されるのではなくて
自者、他者、肯定、否定といった意味論的概念によって記述される。
また「何が自者で何が他者か」というのは、自者と他者を含む母集団の概念に依存するが
この母集団も発話場面、文脈、認知的フレームなどに基づいて決定されるものと説明される。

531 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 03:38:07 0
(つづき)
このような文法的意味を持った言語要素が、他の言語にも同じようにあるかどうかは分からない。
つまりこの文法的意味は「も」という語に固有のものであって、「も」と切り離して考えることはできない。
でもそれは、「も」の意味は「『も』で表されるもの」としか記述できないというのとはまったく違うことで、
「も」と切り離せない「も」の意味とはどういうものか、というのは、ちゃんとした意味論的基盤に基づいて
記述されなくてはならないし、でなければ「も」の意味を記述したことにはならない。

文法語の文法的意味が循環的定義しかできないようなものだ、なんてことはまったくないし
循環論に陥るようだったら、その説明は失敗なんだと思うよ。

532 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 03:40:08 0
「失敗」は適切ではないかな? 「修正が必要」ぐらいだろうか。

533 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 05:33:47 0
>>530-532 言わんとするところはよくわかるが、文法的意味の記述から文法語を規定することは、見果てぬ夢だろう。
例えば、「自者肯定、他者肯定」だと、「さえ」「まで」「すら」を排除できない。

534 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 13:02:14 0
>>526
>> 文法上のことはともかく
>板違い。
意味を問題にしているのだから、板違いとは言えない。
意見を戦わせるのは大いに結構だけど、
もう少し冷静になれよ。

535 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 13:03:10 0
英語的な文法では説明がつかない日本語の表現もたくさんあるよね。
たとえば、「私行きます。」と「私が行きます。」など。

536 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 13:43:06 0
>>534 言語に反映されない「意味」を問題にするのなら板違い。

537 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 13:45:57 0
「日本語は主客融合的だ」という意見には反対の人も
「日本語は情緒的だ」という意見には賛成のようですね。
「主客融合的」も「情緒的」も実体は同じものだと思いますが…。
(「絆」と「しがらみ」が同じものであるように。)

538 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 14:32:22 0
言語は言語によって説明されるもので
そのために循環論になるのは正当である

っていうなら一人で自分言語作って満足してろって話だよな

539 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 14:44:52 0
「主客融合的」も「情緒的」がなぜ同じものなのか
説明されないと誰もわからない

そしてそれがこのスレで扱うべき問題なのかもわからない

540 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 15:08:49 0
>>537 日本語と英語とでは違う所があるという事実から、「日本語は情緒的だ」という意見を導けるのか。
恐るべき飛躍だ。普通の人には理解できまい。

>>538 つまりはそういうこと。ただし、1 億以上の人が、同じ慣習の体系=日本語を共有している。

541 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 17:57:49 0
>>540
>日本語と英語とでは違う所があるという事実から、「日本語は情緒的だ」という意見を導けるのか。
>恐るべき飛躍だ。普通の人には理解できまい。
誰もそんなこといってないよ。
「普通の人には理解できまい。」なんて、
第一人者のあなたに言われて恐縮します。

ところで、君の「文法」では、
1.「私行きます。」
2.「私が行きます。」
この二つの表現の違いは説明可能かな。
ひょっとして、1の「私」も、2の「私」も
「主格=主体」なのか?

542 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 18:02:16 0
>>541
それは崩れた口語的な言い方かか標準的か言い方かという違いじゃないの?

543 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 18:08:26 0
>>536
>言語に反映されない「意味」を問題にするのなら板違い。
例えば、「は」の諸用法を考えるというのも言語学のテーマの一つ。
ご自分の脳内の『言語学』を他人に押し付けるのはご勘弁ください。

544 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 19:35:40 0
「日本語は情緒的ではない。」と主張するのは難しい。

545 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 19:50:59 0
>>535
「私行きます」 I will go there.
「私が行きます」 It's me who will go there.

説明は十二分に付きますが何か。

546 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 20:01:58 0
>>545
そんな単純なものかえ??
念のために聞くけど、
君は、「ガ格」=「主体」と言っているヤシとは別人だよね?

547 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 20:07:23 0
>>527
>英語を持ち出さなければ見えない「重大な違い」って何だ w
 「どちらが正しいかはともかくも、二つの考え方が違うということは確か
  だろ。」(>>517)と言っている。
君は「主格」と「対象語格」の区別は、「英語を持ち出さなければ見えない」
と言っているが、そんなことはないだろう。
「対象語格」と言われるものは、「〜したい」「好きだ」「嫌いだ」の場合の
ように「〜を」になるものもあるし、「憎い」のように少し変えれば(「憎
む」)、「を」をとるものもある。
「水が飲みたい」/「水を飲みたい」
「その作家もまた私を好きなのだ<太宰治>」
「あなただって僕を嫌いではないでしょう<円地文子>」(ともに『明鏡』)
「不正を憎む」

>文法上の Subject の対義語は、あえて言うなら Predicate であって、
>Object ではない。
勝手に「対義語」など持ち出すなよ。
対義語であろうとなかろうと、Objectは存在する。
存在するものを無視してはいけない。
君は、「主語」のような存在しない時もあるものを、
「表現されていないだけで、元来ある」と言い、
客体・対象のような現に存在するもの(「I love <you>.」)を、
「言語学的にはない」と言う。
本当にご苦労なことだねw

548 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 20:55:24 0
結局「日本語」と「英語」の対比なのか???
もっと多面的に対比しようよ。
「英語」と違うから「日本語」は「特殊」だとか騒ぎ立てるのはいい加減やめようぜ。
日本語は「英語」と違うから、世界で一番特殊で曖昧で何回で非論理的で情緒的で云々だなんて
日本語特殊論はもう聞き飽きたんだよ。

549 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 21:39:16 0
>>541
> 誰もそんなこといってないよ。
言っている。実質的にそれしか言ってない。例えば >>535

>>543
> 例えば、「は」の諸用法を考えるというのも言語学のテーマの一つ。
>>516 に「は」など出て来ない。それ以前にもない。却下。

>>546
> そんな単純なものかえ??
そうだよ。もっと単純にすれば、
「私 (は) 行きます」 (くだけたスタイルでの「は」の省略) I will go there. (go there を強く言う)
「私が行きます」 I will go there. (I を強く言う)
プロミネンスも立派な音形だ。これが日本人にはなかなか難しいんだが。

550 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 21:47:25 0
>>547
> 「どちらが正しいかはともかくも、二つの考え方が違うということは確か
> だろ。」(>>517)と言っている。
私が同じだと言ったことがあるか?

> 「対象語格」と言われるものは、「〜したい」「好きだ」「嫌いだ」の場合の
> ように「〜を」になるものもあるし、「憎い」のように少し変えれば(「憎
> む」)、「を」をとるものもある。
まず、「憎い」と「憎む」とは別の語だから、無関係。
次に、常にあるいはほとんどの場合「を」に置き換えられる「が」、というものがあるなら、重要な形態的特徴と見られるが、到底そのレベルにはない。

> 「水が飲みたい」/「水を飲みたい」
「おしっこ {が/*を} したい」「ゴミ {*が/を} 出したい」

> 「その作家もまた私を好きなのだ<太宰治>」
> 「あなただって僕を嫌いではないでしょう<円地文子>」(ともに『明鏡』)
「*君を好きだ」「*あいつを嫌いだ」 「を」はとれないほうが普通。

> 勝手に「対義語」など持ち出すなよ。
「主体」と言うなら「客体」についても考えろと言って、対義概念を持ち出したのは君ではないか w

> 客体・対象のような現に存在するもの(「I love <you>.」)を、
> 「言語学的にはない」と言う。
Object があるときだけ考える。This is a pen に Object はないから考えない。
「主客融合」の「主客」は対義概念だ。言語学の Subject,Object とは無関係。

551 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 22:17:55 0
>>546
別人だよ。それにこの英文の例は、決して「そんな単純なもの」ではないぞ。
俺は、文法上の音素メルクマールが付く屈折語や膠着語の場合、
つまり日本語でも(古いタイプの)印欧語でも、
主格とされる助詞や、主格とされる語尾が付く形が
「主格」と定義されると考えている。これはどうしようもないトートロジーだ。
これは他の格でも同じこと。
「ラテン語の『属格』は、所属関係を表さないことがあるからこの名称は不適切。
これからは、語尾を並べて『aeiisusei格』と呼ぶべきだ!」
などと世界中のラテン語学者に言ったら、間違いなく飲みかけのコーヒーを吹かれるw
「ガ格と呼ぶべき」なんて議論は、これと全く同じ。
日本人は、ドイツ語の格を勝手に番号で呼んだりする
変な癖あるいは潔癖症があるから、気にならないのかも知れないけどね。
世界的に見れば、この上なく馬鹿げた発想なんだよ。

552 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 23:05:08 O
☆高級格上語族http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E8%AA%9E%E6%97%8Fhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E4%BA%BA

553 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/01(水) 23:27:53 0
>>551
どうでもいいけどドイツ語の1格どうこうという呼び方は古いドイツ語文法を輸入したときの名残だよ。
別に勝手に日本でつけられた呼び方じゃない。

554 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 00:15:45 0
>>550
>私が同じだと言ったことがあるか?
何度も言っている(ように聞こえた)。

>到底そのレベルにはない。
「対象語格」は「対格」だと言っているわけではない。
部分的とはいえ、「対象語格」と「ヲ格」の近さ(=「主格」との隔たり)を示す
ものには違いない。
>「*君を好きだ」「*あいつを嫌いだ」 「を」はとれないほうが普通。
「〜を好き」というのは君が以前に出した例文にもあったよな。
普通かどうかは、今の議論には関係ない。
普通ではないにしても、実例としてあることの意味は無視できまい。
それに、形態的な裏付けとは別に、意味レベルでの区分けも可能だ。
(実際、大部分の研究者はそうしている。)

>Object があるときだけ考える。This is a pen に Object はないから考えない。
残念ながら、世の中には、 Object(客体) を持つ文が腐るほどあるんだよ。

555 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 00:25:05 0
>>545,>>549

>ところで、君の「文法」では、
>1.「私行きます。」
>2.「私が行きます。」
>この二つの表現の違いは説明可能かな。
>ひょっとして、1の「私」も、2の「私」も
>「主格=主体」なのか? (>>541)
意味の違いは分かったが、君らの「文法」による説明はどうなるのか?
引用末尾部分の質問に答えてもらえるとありがたい。

556 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 00:45:37 0
>>555
>>545だが。
俺の考えからの説明は明快。
「主格」は格文法用語。「主題」は格文法とは無関係の文法概念。

「が」は主格を表す格助詞で、「は」は主題を表す係助詞。
双方は概念上は無関係なのだが、
「は」が文法慣習として、格助詞の表向きの使用に干渉する(隠す)ことがある。
主格「が」と、対格「を」は、日本語共通語では、「は」によって「隠される」
「私は日本人だ。」は、文法上は「*私がは日本人だ。」であるはずなのだが、
「は」が「が」を隠すため、「私は日本人だ。」となる。
このことが、逆に、「が」が出てくる時は「は」は存在しない=主題では無い
ことをmarkedでとりたてて示す効果を生む。
それの現れこそが、
「私が行きます」という表現だ。
英語などにおいては、主語=主題がunmarkedで組み込まれているわけで
主語から主題の要素を外すためには、形式主語構文を立てて
普通の文主語の位置から外すという方法をとるので、
It's me who will go there.
が正しい訳文となる。
英語の場合、他にThere is構文なども、「主語から主題としての概念を外す」表現だな。

557 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 00:52:58 0
「私が日本人だ」と特殊な状況以外では言わず
言う場合も「私は日本人だ」と意味が違う以上
「私は日本人だ」に「が」が隠されているという説明はおかしいんじゃないかな。

558 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 01:09:18 0
>>556
模範的解答という感じだな。
大概の研究者が最大公約数的に同意するような、オーソドックスな説明だ。
もちろん、それをつっつくのが研究者の仕事であるわけだがな。

559 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 01:24:02 O
がはhttp://park21.wakwak.com/~attire/research/hatogayousi.htmlhttp://www.ic.u-tokyo.ac.jp/japanese/b01_04_j.htmlhttp://www.pantomime.org/nihongo-tusin/note.html

560 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 01:29:12 O
主体と客体の一般理論☆http://park21.wakwak.com/~attire/research/hatogayousi.htm

561 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 01:53:26 0
>>558
>>557の批判は鋭いところ突いていないか。


562 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 01:57:54 0
どうかなあ
>>556じゃない俺が答えるのも変な話だが、あんまり直接的な批判になってないんじゃないかな。
だって「特殊な状況で意味が違う」場合にも「が」が隠されているとは言ってないじゃない。
むしろそういう場合には、「が」は隠されずに「私が日本人だ」って言うんでしょ?

563 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 01:58:33 0
>>554
> 部分的とはいえ、「対象語格」と「ヲ格」の近さ(=「主格」との隔たり)を示す
> ものには違いない。
> 普通ではないにしても、実例としてあることの意味は無視できまい。
「あの子 {が/?に} 犬がこわいこと」「あの子 {が/?に} こわい犬」
「老人 {が/に} そんなことがうれしいこと」「老人 {が/に} うれしいこと」
「彼女 {が/*に} その男性が好きなこと」「彼女 {が/*に} 好きな男性」
判定は私のものだが、寺村 (1982) p.146 は、「感情主のとる助詞は「ガ」か「ニ」のどちらかのようだが,人によってかなり判断に差があることが分かる」
「〔感情主の〕「〜ニ」が許容される度合いが高いのは,オソロシイ,恨メシイ,ウレシイ,ヨロコバシイ,腹立タシイ,気ガカリダ,心配ダ,ニガ手ダ,ヤリ切レナイ,ウラヤマシイなどのようである」と述べている。
このような事実を基に、「主格」から隔たった、「ニ格」に近い種類の「ガ格」を考えるべきかというと、だれもそんなことはしないだろう。
結局、「対象語格」だけを特別扱いするのは、英語を基準にしているのだ。

> それに、形態的な裏付けとは別に、意味レベルでの区分けも可能だ。
> (実際、大部分の研究者はそうしている。)
本質的に不可能だし、錯誤だと思う。
「君がイケメンがいいのはよく知ってるよ」
「イケメン」を「いい」の「対象」と呼ぶのは、無理があるだろう。

> 残念ながら、世の中には、Object(客体)を持つ文が腐るほどあるんだよ。
持たない文もまた腐るほどある。Object があればそれについて考える。なければ考えようがない。

564 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:12:37 0
よこれす

>>563
> このような事実を基に、「主格」から隔たった、「ニ格」に近い種類の「ガ格」を考えるべきかというと、だれもそんなことはしないだろう。

主格と対象格を区別するような人だったら、動作主格と経験者格も区別するかもね。

> 結局、「対象語格」だけを特別扱いするのは、英語を基準にしているのだ。

対象語格ってそんなに英語を意識した概念なのかな?
日本語に限って考えてみたって、「太郎は 花子が/を 好きだ」みたいな格助詞の選択の揺れから
「花子」の対象っぽさを嗅ぎ付ける人は嗅ぎ付けるんじゃね?

565 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:13:34 0
>>558>>561
その批判に答えるのは簡単だよ。
「私は日本人だ」がデフォなのは、自分を日本人と宣言する場合に、
「私」は主題の意味を持つことが普通のことだから。
「私が日本人だ」が特殊な意味を持つというのは、
「が」の存在が直接的に示しているのではなく、
「『は』の不存在の反射効」が生み出しているものだ。

>>563
その例なあw
「が」の場合と「に」の場合で、入れ子構造の仕組みが全く異なってしまうのに
なぜ平然と並べて論ずるのかなあ。
「は」「が」論でしばしば見られるのだが、
伝統的なラテン式文法に何としてでも感情的に反発したいらしい
「新進気鋭(20世紀のだなw)」の一部学者連中は、
文法の入れ子構造を、わざわざ無視したがっているように見えることがある。
時枝式の入れ子構造こそ、日本語文法の明確な基本構造のはずなんだが。

566 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:16:08 0
>>563
>「イケメン」を「いい」の「対象」と呼ぶのは、無理があるだろう。
「イケメン」は「いい」と思う対象。なにか問題あるか?

>持たない文もまた腐るほどある。Object があればそれについて考える。
>なければ考えようがない。
屁理屈言ってないで、現実に「Objectはある」のだから考えなさい。

567 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:22:02 0
>>562
>>556 があげている例文は、そんなに単純じゃないですよ。

(あなたは何人ですか?)
「私は日本人だ。」
I am Japanese.

(どなたが日本人ですか?)
「私が日本人だ。」(=「日本人は私だ。」)
It's me who is Japanese.


「が」が隠されているという説明は教育的にも混乱を招くだけだと思うけれどね。

568 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:23:39 0
>>557 のように考える人は、伝統的な国語学畑にはむしろ多いんだよ。
「私は日本人だ」と、特殊な文脈でのみ言われる「私が日本人だ」とで意味が違うのは、「は」のはたらきによるのであって、
「私は日本人だ」に「が」が隠されていると説明するのはおかしくない。
それに、「ハ格」「モ格」といったものを立てると、「ニハ」「デハ」「ヲモ (文章語)」「トモ」等について説明しようとするとき、たちまち頓挫してしまう。

569 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:27:48 0
>>565
>「『は』の不存在の反射効」が生み出しているものだ。

何か変なレトリックに走っているけれど
そういう説明をするのであれば、「*がは」と「が」が隠されているという説明をしない方が良いんだよね。

>>556 >文法上は「*私がは日本人だ。」であるはずなのだが、

ということではなくて、>>559 に二番目のサイトがやってるような
単にトピックを示すための「は」が使われるというだけの話だから。

570 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:29:17 0
>>567
なんで?
It's me who is Japanese.で、補語Japaneseに対する意味上の主語はwhoつまりmeだろ。
(厳密にはIt's meは文法違反なんだけどね)
この時のwhoは当然  主  格  の関係代名詞。
「私が日本人だ」の補語「日本人」に対する主語(  主  格  代名詞)は「私」。
正しく対応している。

「日本人は私だ」と、「私が日本人だ」は、初等日本語文法問題の言い換えにはなるがw
主語と補語は、当然逆転している。「日本人は私だ」の主格名詞は何ですか?と問われて
「私」と答えるのは明らかな誤り。

571 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:35:36 0
>>564
> 主格と対象格を区別するような人だったら、動作主格と経験者格も区別するかもね。
そこまでやるなら徹底していてよろしいが、だれもやってない。

> 対象語格ってそんなに英語を意識した概念なのかな?
はい。

572 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:42:47 0
>>566
> 「イケメン」は「いい」と思う対象。なにか問題あるか?
「イケメン」は「いい」という状態を持つ主体。形態も「イケメンを」でなく「イケメンが」。
何か問題あるか?

> 屁理屈言ってないで、現実に「Objectはある」のだから考えなさい。
屁理屈言ってないで、Object はない場合もあるのだから、「主体」に対していつでも「客体」を考えよという錯誤は引っ込めなさい。

573 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:44:09 0
>>570
まあ三上は「日本人は私(が)だ」と考えていた節があるけどね。

574 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:45:55 0
>>570
>>556 の説明だと
「は」(取りたて、主題 topic 提示)
「が」(主格)に対応していると書いていて、「*がは」を想定しているけれど
その想定は必要ないよね。

>>567 の英文との対応で考える例だと、「は」が取りたてなしで主格だけの機能。
「が」が取りたて+主格の機能を果たしてしまう。
この場合の前者の「は」は特に「取りたて」ていないし
後者は「が」が取りたての機能を果たしている。

「は」は「に」と共起できるが、「が」とはできないという形態的な記述と
それらの機能の記述を混同しない方が良いと思うけど。
実際、「には」は「に」+「は」と必ずしも一致しないしね。
「には」が使われるケースで「は」を取り除くと文が成り立たないことは結構ある。

異なる形態について、形態上の分類(格という用語は他の言語との関係だと
座りが悪いことはあるが)を立てた上で、機能的な分析を別にするべきであって
余計な形を想定しない方が良いと思うけど。

575 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:46:23 0
>>569
「反射効」は元々は法学用語だからな。俺が転用しているだけさ。
国語畑のヤシが、「あの理屈っぽい法律屋用語かよ」と
蕁麻疹を起こしてもおかしくないw

だが、言語において、言語の慣習で、文法接辞などが
「同居不能」とされて隠されたりすることはよくある。
英語で所有代名詞が出る場合、例えばmy fatherなどは、
実は、所有代名詞によって定冠詞が「隠されて」いたりする。
この言語慣習が無いイタリア語では、il mio padreとなるからね。

576 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 02:54:24 0
>>574
「私は日本人だ」は、当然「取りたてあり」の主題構文なんだけど。
これは何度も繰り返すように、
単に「私は日本人だ」と言いたい場合、
意味的に「私」は当然取り立てられるべき主題だから。
「取りたて」「主題」というのは、そんなに仰々しいものではない。
英語やフランス語などで、定冠詞が出てくる場合が
決して仰々しいものでないことと同じ。
「取りたて構文」はごく普通のことで、取り立てられるほうが普通の場合も多い。
特に主格名詞の場合、取りたてがあるほうが意味的に普通。
だから、印欧語にはデフォで主格に「取りたて機能」が含まれている。
これが、印欧語文法で「主格」と「主題」の分離が出来なかった理由だ。

577 :名無し象は横から口出しだ:2007/08/02(木) 03:04:57 0
>>574
> >>567 の英文との対応で考える例だと、「は」が取りたてなしで主格だけの機能。
> 「が」が取りたて+主格の機能を果たしてしまう。
> この場合の前者の「は」は特に「取りたて」ていないし
> 後者は「が」が取りたての機能を果たしている。

このあたりの記述がよくわからないが、主題ってあんまり「とりたて」とはいわないんじゃないか?
仮に主題をとりたての一種と考えたしても、「が」のとりたて機能(いわゆる総記の「が」)とは別物で
「むしろ「が」が取り立ての機能を果たしている」のような反論はちょっと筋違いな気がするな。

まあ、目に見えない要素を安易に仮定することの危うさ、みたいなもんには同意できるというか
健全な不信感だとは思うが

578 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 03:21:00 0
>>573
三上の先駆的業績は認めるが、最初に格文法と入れ子構造を
全くデタラメに読み始めたのも三上だからなあ。
それが野田に引き継がれ、今や非文出鱈目何でもアリの大変なことになっているw
「日本人は私だ」の「私」の格は、「日本人は私である」と言い換え可能なので、
口語でいえば「場所格(で)」、文語まで解体すればで=にてなので
本来的には与格になる。
日本語の補語構文は、補語に与格を取る(主格を取らない)という、
実に変わった性質がある。
このことは、日本語は極めて早い時期から、A B estという基本中の基本構文で
AとBとを格文法上分離する=まさに主格概念を確立していたとも言える罠

579 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 03:37:41 0
>>577
>>574は「取りたて」と、一般概念のmarkedを概念上完全に混同しているんだよ。
「は」は取りたてだと言った場合、topic(主題)のことを「取りたて」と言うだけで、
別に「は」は名詞に対してmarkedになると言っているわけではない。

580 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 04:10:28 0
>>578 印欧語の名詞は、何らかの格を帯びずには存在しえないが、日本語の名詞は、格助詞が付かなければ無格だ。
「日本人は私だ」の「私」は無格だよ。「日本人は私である」の「私で」を「場所格」と見るのも、おかしいと思う。
格助詞「で」は運動の場所を示す形式だが、「*私デ V (スル)」の V を埋めるような運動動詞はない。
「日本人は私である」の「(私) で」は格助詞ではない。

581 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 04:18:00 0
>>580
>日本語の名詞は、格助詞が付かなければ無格だ。
するってぇと、なにかい
「私、帰ります。」の「私」は無格かい?
ついでに、
「私が帰ります。」

「私は帰ります。」
の「私」は何格になる?

582 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 04:52:28 0
>>581
> 「私、帰ります。」の「私」は無格かい?
一般に、「私は帰ります」が口語的に崩れたものと解釈されている。
しかしながら、この説にはあやしいところもある。「私、頑張ります」と「#私は頑張ります」とは意味が違うだろう。
「私、頑張ります」の「私」は、ゼロ形式によるとりたてではないかと思う。
格については、「私ガ帰ルコト」「私ガ頑張ルコト」で、どちらもガ格ということになる。
命題に戻さないと格は確認できない。

> 「私が帰ります。」
> と
> 「私は帰ります。」
> の「私」は何格になる?
「私が」は見たとおりガ格だ罠。
「私は」のような主題は、命題中の成分からしか出て来ないと考えられる。すると、それは「私ガ帰ルコト」の「私ガ」のほかにない。
「私が」はガ格で非主題、「私は」はガ格で主題。

583 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 12:04:57 0
>>582
「は」もガ格になるんですか…?

584 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 12:37:10 O
>>583 なる。「も」もガ格になる。「私も帰ります」
「は」「も」はヲ格にもなる。「その話は知っている」「その話も知っている」
この点がグッと呑み込めない人には、日本語文法を理解することはできない。

585 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 13:35:43 0
命題化しないと説明できないということは
元の言語は命題化されていないということではないですか?

586 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 14:20:52 O
命題(Dictum)だけを話す言語は存在しない。

587 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 18:54:39 0
>>586
英語を説明する時も命題化するんですか…?

588 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 19:06:15 0
正直、>>587が何を言っているのかわからない

589 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 19:15:39 O
>>587 もちろん。そのために生成理論ではさまざまな操作を行う。

590 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 19:28:41 0
>>589
587さんではないが、たとえば?
初歩的な質問、申し訳ない。

591 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 19:41:44 0
>>575
その「隠す」という概念は乱用の余地があるのでいかがなものか。

日本語の動詞は五段活用と一段活用(とサ変、カ変活用)がある、
一段活用の「見る」という動詞はラテン文字でmiruと表記され-ruが語尾である、
五段活用の「書く」という動詞はラテン文字でkakuと表記され-uが語尾である、
動詞の語尾は五段活用でも本来-ruであるが、語幹kak-にそのままruがつくと子音が連続するので
それを避けるためにrが隠され、-uとして具現化する。

というトンデモと「が+は→∅+は」説が同じではないといえようか。


592 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 20:26:17 0
>>575
マレー語の
Saya pergi ke pasar. (私は市場に行く.)という文は,
口語では
Saya ke pasar.
ということがある

この文について
動詞pergiが省略されているという解釈(つまりこの文には動詞はない)と
前置詞keが動詞化(「〜へ行く」)しているという解釈があるけど,
あなたはどちらだと思う?

593 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 21:33:02 0
>>580
無格じゃないよ。無格という新しい格文法カテゴリーを立てる必然性が無い。
そもそも、印欧語においても、主格はメルクマールとなる語尾が無しという場合がある。
ラテン語で言えば、第二、第三種名詞の一部主格には、固有の語尾が無い。
victor(勝利者。ビクターだな)は、victorem, victoris, voctoriなどと活用するが、
主格は語尾無しのvictorで言い切り。だがこれを「無格」とは決して言わない。

通時的な話を共時的考察に混ぜることはよくないんだが、やむをえないのでやってしまう。
日本語の主格は、歴史的には「ゼロ格助詞」だった。これは有名な話。
中世以降、属格助詞だった「が」が、部分主語用法から転用されて、
文主語をも表す主格助詞となった。
「は」がいる主題構文の主格名詞の後には、「が」は属格の系譜が邪魔して
どうしても侵入できなかったというのが通時的考察だろう。
なぜ入れなかったのかと言えば、「は」が、本来終止形を要求する係助詞で、
「が」が古来背負ってきた「属格が表す『部分』主語」と対立するから。
属格が表す部分主語は、当然のことだがその述語に連体修飾形を要求するからね。
この名残は今でもあって、
「は」は「が」よりもその「文法入れ子」が大きくなる、という一般的法則がある。
「AはBがCのXすることを認めることを拒絶した。」は普通の表現だが、
「AがBはCのXすることを認めることを拒絶した。」は非文と言ってもいい。

594 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 21:33:24 0
>>589
生成って言語はすべて論理的に説明できるという立場なんでしたっけ?

595 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 21:52:02 0
>>580後半
じゃあ「日本人は私である」の「で」は助動詞「だ」であるとでも?
(一応これが学校文法の立場だったかね)
これは通時的には勿論、共時的にも論理破綻しているよ。

日本語の補語表現の歴史は実に面白い。
「A Bにあり」から「A Bなり」が生まれ、
千年後に「*AがBにてある」→「AがBである」から「AがBだ」が生まれた。
これはどういうことかと言うと、
与格あるいは場所格の後に、存在動詞を持ってきて
「Bというところにて存在する」から「Bという属性にて存在する」
結果「Bという属性である」という意味に変化した。
なんとまあ、ギリシア哲学そのものを、奈良時代と戦国時代の日本語は
そのまま辿ったことになる。本家の印欧語よりよほど西欧哲学的だなw
印欧語は、主語も補語も主格で表し、その後に適宜存在動詞を付ける形だった。
これは存在動詞の位置が主語と補語の間にきた多くの近代西欧語でもそうだ。

596 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 22:15:11 0
>>591
少なくとも>>574の「取りたて」よりは、間違いなく濫用されていないだろうよww
ヤシが使っている「取りたて」概念のようなものを、「濫用、乱用」と言うのだよ。
「が」も「取りたて」、「は」も取りたて、なんとゼロもまた「取りたて」だ。
都合がいい時だけ、何でも適当に「取りたて」と言って万事お茶を濁すww

そもそも、
その説の趣旨は、通時的に見ればトンデモでも何でもないぞ。
動詞の終止形語尾が、種類を越えて*-ruあたりに再構成されるだろう表現に
通じるものであるということは
日本語の歴史的起源を探る議論では、大野晋や村山七郎などの大御所が、
別に「タミル説」やら「南島語説」やらに走る前の、
真っ当な日本語文法の内在的歴史再構成論の段階で言及しているものであって、
この部分に関してはトンデモだという批判は当たらない。
日本語の動詞活用起源論は、まだまだ未熟な議論だから異論は多いけどね。

>>592
オーストロネシア語の、西マラヨ系言語だけは本当に勘弁してくれ。
あの奇妙奇天烈な文法は、俺には宇宙人の文法にしか見えない。
分からないものには答えられないとしか言いようが無い。
俺がイタリア語やラテン語などの例を挙げているのは、
直接には知らなくても、多くのヤシに文法概念の類推が効くだろうから。


597 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 22:18:16 0
>>590 私もあまり詳しくないし、生成理論はよく変わるのでついて行けないが、
句構造分析において、いわゆるテンスや法助動詞は、主要部・補部・付加部 (命題) の外に出される。

598 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 22:39:03 0
>>591
>>596 が言うように、決してトンデモではない。そういう説明の仕方もありうる。
・/-ru 〜 -u/ という異形態を想定すれば、上のような説明はしなくても済む。
 しかし、「*がは → φ は」を認めないと、結局、「は」をいくつかの種類に分けざるをえなくなり、大変不経済。

599 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 23:14:07 0
>>593
> 無格という新しい格文法カテゴリーを立てる必然性が無い。
無格は格の概念と無縁だから、新しい格文法カテゴリではない。

> そもそも、印欧語においても、主格はメルクマールとなる語尾が無しという場合がある。
日本語では、格助詞が (命題において) 付かなければ、名詞はいつでも格と無縁でいられる。

> 主格は語尾無しのvictorで言い切り。だがこれを「無格」とは決して言わない。
・主格にも語尾のある多くの名詞と、わざわざ区別するには及ばない。
・語尾がなくても主格の機能を有しているのだから当然だ。修飾する形容詞が主格をとる事実がその証拠。
 Victor bonus (善き勝利者)

>>595
> じゃあ「日本人は私である」の「で」は助動詞「だ」であるとでも?
> (一応これが学校文法の立場だったかね)
> これは通時的には勿論、共時的にも論理破綻しているよ。
呼び名はいろいろあるが、指定詞ダの活用形の 1 つ (連用形) ということでいいと思う。
少なくとも格助詞でないことは >>580 に示した。
どう破綻しているのか説明してもらいたい。

600 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 23:14:43 0
>>597
解説、ありがとう。
そういう解釈は、長谷川氏(1999)『生成日本語学入門』にも出ているよね。
しかし、「句構造分析」と、日本語が分析されるときに行われる
「命題化」(>>582,>>584)とは、分けて考えるべきじゃないかな。
英語は、「句構造分析」を受ける前と受ける後とで、「形態」は変わらない。
しかし、日本語は、「命題化」される前と後とで、「形態」上、大きな変化
が起る。
これは、現実の日本語と「命題」との隔たりの大きさを示しているのではないか、
ちゅうことなんだけどね?

601 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 23:20:51 0
命題化という言い方は分かりにくいかもな。
要は従属節は種類によって中に入れられるモダリティ要素に制限があって(南の四分類みたいな)
連体修飾節なんかでは普通、主題の「は」はでてこないって話だろ。

602 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 23:45:12 0
>>600
> 英語は、「句構造分析」を受ける前と受ける後とで、「形態」は変わらない。
不規則動詞でも、INFL と主要部の原形とに分解されてしまうのだから、大きく変わっている。
確かに、日本語には主題化変形があるが、英語にはない。
しかし、英語の too, also, even, either などの副詞は、句構造分析ではどのように扱われるのか。
私はやり方を知らないが、おそらく大きな変形を考えざるをえないだろう。

603 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 23:46:59 0
>>600
つまり、そのままの日本語は命題化されていないということになる。

604 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 23:54:18 0
>>600の繰り返しだけど、
わざわざ「命題化」しないと文法的な分析ができない、ということは、
現実の日本語が「非命題的」だということにならないか?
(「非文法的」といってもいい。)

話し変わって。
「わたし、頑張ります!」
「わたしが、頑張ります!」
「わたしは、頑張ります!」
この三つの文の「わたし」は、いずれも「主格」。
「主格」がどうのこうのっていう言い合いが延々と続いていたが、
そもそも「主格」って、そんな必死になって議論するに値するタームなのか?
三つの文の中の「私」の意味は明らかに違うのに、そういうものを「主格」です、
とひとからげにするのは、プラスもあろうけど、マイナスもでかいのでは?

日本語の現実態に注目すべきだと思う、今日この頃です。

605 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/02(木) 23:57:31 0
だから、能格言語はどうなるんだってば
主格がどうとかギャースカ言ってるが、絶対格と能格というわけ分からん格を持ってる言語もあるわけで
主格とはなんぞやということを明らかにしたいのなら、能格言語にも注目しないとだめだろう

606 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:14:09 0
>>605
同じ主格・対格言語といっても、英語等と日本語ではずいぶん違うところが
あるのでは、ということを考えている。
能格言語にも興味はあるが、↑の問題は↑の問題として考えることもありだ
と思う。
>主格とはなんぞやということを明らかにしたいのなら、能格言語にも注目しないと
>だめだろう
詳しいみたいだから、なにか能格言語からみた主格について語ってもらえると
助かります。

607 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:15:27 0
>>599
なんだ?モンゴル語を見て大混乱に陥った嘗てのロシア人言語学者のような不思議な言説は?
命題化の問題とも関わるんだけど、
膠着語の場合、文中において、動詞等に対する関係上、格が自明である場合には、
格語尾(格助詞)を省略することが出来る。
だからと言って無格になるわけではない。話者が分かりきっているから省略されているだけ。
「おまえ俺の自転車盗んだだろ?」という文では、
「おまえ」は主格、「自転車」は対格であることは明白なので、助詞が省略されている。
(この場合、「おまえ」は呼格的な振る舞いをすると見ることも可能だけどね。
「は」「が」説の例の中で、呼格的振る舞いという観点が意外な鍵になる場合があるな)
屈折語の場合、語尾が膠着的(外付け型)ではなく「組み込み型」なので、省略が不能になる。
だから、(語尾が崩れてこない限り)このような現象は起きない。

「である」の「で」を「だ」の連用形と見る論理的矛盾は次の通り。
通時的には自明。「だ」が成立する(江戸時代)前に
「である」(室町時代)が成立しているのに、「である」の「で」が「だ」の連用形であるというのは、
なぜか連用形だけタイムマシーンに乗って飛んできたとでも解釈しない限り解釈不能。
あくまでも「である」の「で」は「にて」の縮約。繰り返すが、
「にて」という場所格を、敢えて存在動詞の支配下においた場合、
場所格が、場所から転じて属性を示すことになるという用法が、
「である」さらには「だ」(方言では「や」「じゃ」)の誕生の通時的説明だ。
共時的説明も簡単。「で」が「だ」であるとするなら、
「である」は言い切った後、また存在動詞を重ねるという100%無駄な重畳表現ということになる。
「の」を挟むかどうかと違って、「だ」と「である」の間には意味的違いは全く無い。

608 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:16:13 0
>>605
能格とは動作の影響を受ける名詞の格だ。
自動詞、例えば「寝る」で影響を受けるのは主語。
他動詞、例えば「眠らす」で影響を受けるのは目的語。

609 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:18:49 0
>>608
すごく分かりやすい説明、サンクス。
当方、ウィキを見た程度の全くの素人です。
それって、定説ですか?

610 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:19:17 0
>>605
別に日本語文法の議論に能格ネタは何も要らんだろ。
変なネタが持ち込まれて議論が混乱するだけ。
「は」「が」論にこれが持ち込まれてロクなためしになったことがないw

611 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:23:18 0
>>608
それ能格と絶対格が逆じゃね?

>>609
定説っていうか有名っていうか基礎?

612 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:26:38 0
>>602
>> 英語は、「句構造分析」を受ける前と受ける後とで、「形態」は変わらない。
>不規則動詞でも、INFL と主要部の原形とに分解されてしまうのだから、
>大きく変わっている。
不規則動詞に限られるというのが、部分的・限定的だね。
それに、動詞の活用まで言い出せば、日本語でも「分解」しようと思えば
できちゃうでしょ?
それに英語においても、その「分解」はマストではないのでは?

613 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:35:31 0
>>603-604 >>586
ついでに言っておくと、文の述部においては、英語などより日本語の方が、はるかに「命題に忠実な」構造を持っている。
それは研究史が示すところだ。

> 三つの文の中の「私」の意味は明らかに違うのに、そういうものを「主格」です、
> とひとからげにするのは、プラスもあろうけど、マイナスもでかいのでは?
「主格」という意味 (というより資格) では違っていない。文句を言うほうが筋違い。

614 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 00:46:58 0
>>612
・日本語に真の不規則動詞はない。
・英語には疑問化変形という大技がある。現代日本語の疑問文の振る舞いはいたっておとなしい。
「日本語は非論理的だ」と言い募ったところで、日本語だけが「非論理的」になるわけではない。>>586
そんなことを言い続ける者の非論理性が露わになるだけだ。

615 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 01:10:47 0
>>607 話が長すぎる。もっと要領よく言えないのか。

> 「おまえ俺の自転車盗んだだろ?」という文では、
> 「おまえ」は主格、「自転車」は対格であることは明白なので、助詞が省略されている。
命題においては「おまえが俺の自転車を盗むこと」だから、無格の例ではない。

> 通時的には自明。「だ」が成立する(江戸時代)前に
> 「である」(室町時代)が成立しているのに、「である」の「で」が「だ」の連用形であるというのは、
> なぜか連用形だけタイムマシーンに乗って飛んできたとでも解釈しない限り解釈不能。
「だ」が成立したあとも「である」が滅びたわけではない。他方、「だ」の活用形として実際に「で」がある (「日本人は私で、中国人は王さんだ」)。
全然自明ではない w

> 共時的説明も簡単。「で」が「だ」であるとするなら、
> 「である」は言い切った後、また存在動詞を重ねるという100%無駄な重畳表現ということになる。
> 「の」を挟むかどうかと違って、「だ」と「である」の間には意味的違いは全く無い。
「日本人は私で、中国人は王さんだ」と、「日本人は私であり、中国人は王氏である」との間にも、意味の違いはないようだ。
つまり、「100%無駄な重畳表現」が現実に行われていると見るべきだろう。

616 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 01:29:15 0
>>614
「英語を説明する時も命題化するんですか…?」(>>587)という質問に、
君は、「もちろん」(>>589)と答えているが、ミスリーディングじゃね?

だいたい「句構造分析」と「命題化」とは別物ではないか。
「句構造分析」を受けても、「は」は「は」のままなんだけど。
(『生成日本語学入門』)

617 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 01:32:22 0
>>615
じゃあ、「だ」が存在しなかった室町時代の「である」と、
現代の「である」では、品詞の構成が全く異なる別の単語の組み合わせであるとな??

現代共通語の「だ」に対する「で」という連用形は、
今の状況では一応矛盾無く認めることが出来るだろう。
だが、「日本人は私であって、」の「で」と、「日本人は私で、」の「で」は
品詞が異なると解釈しても、共時的にも何の問題も無いんだが。
前者の「で」は場所格の属性用法とでも呼ぶべきもの、
後者の「で」は、もはや助動詞として振舞うと考えて「だ」の連用形。
まあ、この辺は、isn'tは一単語のように振舞うが、動詞なのか副詞なのかとか、
I'mは代名詞なのか動詞なのかとか、そういう話と同じなんだけどね。

>末尾
何を言いたいのか分からない。「王さん」と「王氏」以外、特に意味の違いはないと思うけど?
「えー、私を含めます2人は、一人が中国人、もう一人は日本人なのでありますが、
日本人は私であり、中国人は王さんである、ということになるのであります・・・」
ごく自然だw

618 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 01:39:39 0
>>614
「日本語も英語もしょせん非命題」と言い募ったところで、日本語の「非命題性」が
消えてなくなるわけではない。
>そんなことを言い続ける者の非命題性が露わになるだけだ。


619 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 01:42:32 0
よこれす

通時的な観点から言えば、「だ」の連用形が「で」であるというより
「で」に「ある」をつけて述語にしたのが「である」とか「だ」だといった方がいい。

ただ共時的にはかなり文法化が進んでしまっていて
「日本人は私で」の「で」なんかは、やはり述語の連用形にあたる機能を果たしている感じがするので
もう「だ」の連用形相当といってしまってもいいかも知れない。

でも「である」の「で」まで「だ」の連用形だというのはナンセンスだと思う。

620 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 01:57:24 0
>>618 つまり、何のヴィジョンもなく日本語を貶し続けることが正当だと?
不適応児オーラ出しまくりだな w

621 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:02:36 0
>>616
> 「句構造分析」を受けても、「は」は「は」のままなんだけど。
> (『生成日本語学入門』)
本当? それはまずいな。何のための生成理論かわからない w
三上章が、ハには格の代行機能があると言った時点で、深層の格と主題化変形を見事に言い当てていたのに。

622 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:06:54 0
>>620
非命題性を主張するのは日本語を貶すことだ、と思うほうが偏見。
ムラ社会に適応し過ぎなのでは。


623 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:07:59 0
>>621
深層格って「深」の字が入っているけどどうして「深い」といえるの?


624 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:17:19 0
>>621
ということは、ますます「句構造分析」と、日本語の分析に使われる「命題化」は、
別物だということだね。
だって、「命題化」の仕方で、論者により見解が分かれることなんて、
まずないのでは。
「私 は 日本人だ。」⇒「私 が 日本人である<こと>」
            (命題化)

だいたい、英語の分析に際して、「命題化」に相当するタームが(一般的なものと
して)あるのか?
まあ、ないから「句構造分析」なぞが持ち出されたような気がするのだが。

625 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:18:23 0
>>617
> じゃあ、「だ」が存在しなかった室町時代の「である」と、
> 現代の「である」では、品詞の構成が全く異なる別の単語の組み合わせであるとな??
ということになるね。

> だが、「日本人は私であって、」の「で」と、「日本人は私で、」の「で」は
> 品詞が異なると解釈しても、共時的にも何の問題も無いんだが。
それは確かにそうなんだが、

> 前者の「で」は場所格の属性用法とでも呼ぶべきもの
ここがおかしいんだよ。場所格の「で」にそんな用法は認めがたい。
いわゆる形式動詞の「ある」の前にのみ現れるということになってしまう。

> 何を言いたいのか分からない。
「私で1」=「私で2あり」、「で1」=「で2」、∴右辺「あり」= 0
無駄な重畳と言われればそのとおりだ。

626 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:23:57 0
>>622
君ねえ、主客融合とやらがよっぽど大好きなんだろうけど、それでいちいち
「ムラ社会」とか持ち出してくるのがなんか言語学板のなかでかなり浮いてるよ。
「日本語の曖昧さ」=「日本語の主客融合性」=「日本のムラ社会」
みたいな単純な構図にしたいんだろうけどさ。

627 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:25:28 0
>>622 日本語だけがもつわけではない特徴を、日本語についてのみ指摘して、何の意義があるのか。

628 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:28:53 0
>>624
> だって、「命題化」の仕方で、論者により見解が分かれることなんて、
> まずないのでは。
それはわからない。句構造分析で主題化変形を取り上げない人が、どんな「命題化」 (非主題化) を考えるかは不明だ。

629 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:34:38 0
>>626 ただの拒否児だろ w

630 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:35:37 0
>>620,>>626-627
日本語は情緒的だ、曖昧だとさんざん言われているのに
主客融合的だ、非命題的だというとなんで急に不当だとか浮いているとか
意義がないとか言いだす訳?
情緒的とか曖昧と言葉の内実に興味を持つのは言語学ではないと言うのか?

631 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:43:03 0
>>630の訂正
情緒的とか曖昧と言葉の内実→情緒的とか曖昧といった言葉の内実  スマソ  

632 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:46:25 0
>>625
>いわゆる形式動詞の「ある」の前にのみ現れるということになってしまう。
それで何か問題でも?
全く問題ない。純粋な属性を表すためには、コピュラかコピュラの否定を取るしか無い。
だから形式動詞「ある」と、その否定である形容詞「ない」の前でのみ、
場所格は属性を示すことになる。
こんなことは世界中の言語の文法でありふれたことさ。

ちなみに、ある属性への転換を示す「なる」を使う場合、
「AがBになる」となって、属性を示す名詞には今でも与格がそのまま使われる。
「と」を用いる場合もあるけどね。
学校文法はなんとこの「に」も「だ」の連用形と言っていたはずだが、
「と」まで出てきてはお手上げだろうにw
格助詞を見事に3つも並べた「助動詞連用形」なんて馬鹿げている。

633 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 02:59:29 0
まあ種明かしをすると、これは日本語における「に」の意義なんだよな。
この「に」というのは極めて守備範囲の広い助詞(語尾)で、
古代以来の日本語の、ほぼありとあらゆる分野をこなしている
「何でも屋」のようなところがある。
俺は、本籍は与格の格助詞であると考えているんだが、
これを用言文法に近づけて、「副詞化語尾」と考える考え方もあるんだな。
これは、形容動詞の位置付けとも絡んで複雑な問題となる。
俺は、西欧の言語で、奪格由来の「副詞化した裸の名詞」が
文中に浮いている例なども今でも普通に存在するから、
(I went to the park YESTERDAY.)
副詞的色彩を帯びた与格名詞と考えるにしても、
格文法の観点から、それを認めることに全く問題はないと考えているけどね。

634 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 03:05:00 0
またよこれす

「で」っていうのも多義な助詞で、場所格だけじゃなくて具格とか原因格とかまあいろいろある。
「である」の「で」を場所格という必要は特にない気がする。何格というべきかは知らんが。

それはさておき、名詞の後について属性を表す名詞句を作る「で」っていうのは
別にコピュラの前にしか現れないというわけでもない。
「いつまでも私の憧れでいてください」みたいに「いる」の前に現れたりするし
「太郎が花子を裸で追いかけた」みたいな、いわゆる様態二次述部ってやつも「で」には違いない。

635 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 03:05:04 0
>>630
> 日本語は情緒的だ、曖昧だとさんざん言われているのに
だれが言ってるの?
さんざん言えば事実になると思う君は言霊信者? w

 では次の「論理性」ということに取りくんでみよう、というのが『日本語の
 論理』である。「主語などというものはない」というと、それは日本語が“非論理的”だというコ
 ンプレックスを強調するものではないか、というような低俗な反応を示す人さえある。文法上の主
 述関係が有るとか無いとかいうことと、論理的・非論理的ということとは全く別のことだ、という
 ことを知らず、知ろうともしない人が余りにも多いことに業を煮やしたミカミさんは、それでは
 「論理的」とは何か、と問いかけ、むしろ「ハ」をもつ日本語はすぐれて論理的でさえあることに
 日本人の目を開かせようとする。……
  桑原武夫氏は『展望』 (72・1) の追悼文の中で、三上章を日本の「戦後の土着主義の先駆者」
 と呼んだが、ミカミさんは土着主義に徹することこそ普遍へ通ずる最も確かな道であることを示し
 た見本であるとも言えよう。
   寺村秀夫 (1972) 「解題」,三上章『続・現代語法序説』 p.242-243,くろしお出版.

636 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 03:08:39 0
>>633
「で」は「に」と同じってこと?

637 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 03:13:32 0
ここの人たちは「日本語は論理的である。」という立場のようだね。
はっきり言ってもらってすっきりしたよ。


638 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 03:24:58 0
まともな文法学者で声高に「日本語は非文法的」なんて言ってる人はいないと思うが・・・

639 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 03:25:39 0
非文法的じゃねえや非論理的ね

640 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 03:51:49 0
>>632
> それで何か問題でも?
統語上、並行的な例のない用法は、認めないのが筋だ。

> だから形式動詞「ある」と、その否定である形容詞「ない」の前でのみ、
> 場所格は属性を示すことになる。
違うと思う。漢文訓読のために、「にあり」全体で存在ではなく指定を表す用法が作られたが、
これが「なり」と約まったと同時に、「に」も指定詞の連用形になった。
その後、「にて」を経て「で」に至る間、ずっと指定詞の連用形だった。
>>625 の第 1 段落は撤回し、室町時代の「である」の「で」も、既に指定詞の連用形だったと考えたい。

> 学校文法はなんとこの「に」も「だ」の連用形と言っていたはずだが、
> 「と」まで出てきてはお手上げだろうにw
現代語では、指定詞「なり」「たり」が滅びているから、格助詞とする。

>>634
> 「いつまでも私の憧れでいてください」みたいに「いる」の前に現れたりするし
> 「太郎が花子を裸で追いかけた」みたいな、いわゆる様態二次述部ってやつも「で」には違いない。
これらはダの連用形ということで、>>632 も同意するだろう。

641 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:13:23 0
>>635,>>638
国広哲弥氏(「意味研究の課題」『日本語学』6-7,1987)は、
普通に帰宅する場合、「私、お先に失礼します。」とはなっても、
「私が、お先に失礼します。」とは言えないことを取り上げ、
「が」を主格を表す格助詞とすることに疑問を呈している。
(「を」「に」についても同様の言及あり。「格助詞は認められるか」という項。)

山口明穂氏(『日本語の論理』2004)は、「が」は主格表示の語ではないとし、
独自の論を展開している。(>>322,>>355,>>377
山口氏の『日本語の論理』の帯の宣伝文句には次のようにある。
***
日本語の「が」は主格の表示とすべきではない。「が」という形式に載る論理が
何かを、日本語の中から帰納すべきであるのに、それを西欧から主格(主語)と
いう概念を取り入れ、「が」にあてはめたことが、日本語を考える時の間違いの
基になっている。
― 日本語独自の発想を日本語の内心に分け入って考察した珠玉の論考集。
***
ここで言われている「日本語の論理」とは、「西欧語の論理」とは異質のものだ。
西欧語の論理との違いから目をそらすべきではないだろう。

日本語の特殊性(特質)から目をそらすことが普遍に通じる近道だとは、
とても思えない。

642 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:15:14 0
>>638-639 >>40

643 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:21:02 0
>>40からどう遡っていけば「日本語は非論理的だといっているまともな文法学者」に辿りつけるのか・・・

644 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:27:36 0
>>641
それらの引用のどの辺が日本語の非論理性の根拠になるのかわからん

645 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:32:11 0
>>643 言葉足らずであった。このスレには >>40 のような、到底まともとは思えないやつもいるという意味。

646 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:35:14 0
納得した

647 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:35:42 0
>>644 西欧語の論理だけが論理的だと考えればわかる。

648 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:36:32 0
>>647 なぜ西欧語の論理だけを論理的と考えるのだ?

649 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 04:39:17 0
>>648 それは主客融合厨にきいてください。

650 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 06:43:16 O
修辞は実は西洋論理http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E8%BE%9E%E5%AD%A6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E8%BE%9E%E6%8A%80%E6%B3%95


651 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 17:45:21 0
「○○吾は論理的」という発言は「論理的」という言葉どういう意味なのかよく分からんのでレスのつけようがない。
例えば「クンザ語は交響的な言語である」といったところで交響的ってどういうこと?となるだろう。
論理的も同じことで論理的とはどういう意味なのか。

652 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/03(金) 22:17:49 0
>>640
おいおい、おまえは文法の根幹を為す「品詞」というもの、
あるいはもっと根源的な、「単語の同一性」を何だと思っているんだ?
ずっと同じ意味と用法で、全く同じ音素で用いられてきた単語が、
あるときは助詞だった、でも、そういえば「全然別の助動詞が成立した」から、
助動詞の活用形だということに鞍替え、
また助動詞が廃れたら、「居場所がなくなっちゃった」から
ひょいひょいとまた助詞に鞍替え、
そんな馬鹿げた話があるかよw

だから、「国語文法は『非論理的だ』」と言う根強い意見が残ってしまう。
そりゃあ、こんなザマを見せられれば、非論理的だとも言いたくなるよw
おまえさんの「国語文法」は、確かに非論理的だ。

別に、与格の属性用法は、狭義のコピュラに限った話では無いな。
>>634の言うとおり、場所格として独立した歴史の浅い「で」だけでも
かなりあちこちで使われる(THX)。並列用法なんていくらでもある。
与格「に」に至っては、並列用法なんて掃いて捨てるほどある。
〜になる、〜に見える、〜に聞こえる…
英語などのいわゆるSVC文型と、動詞の示す内容がかなり被るのも興味深い。

>>634
格の名前というのはノミナル、というか、名付けちゃったもの勝ちのところがある。
「奪格」だって、「奪う」用法なんてごく一部だが、そう呼ばれている。気にすることは無い。
基本的に名称なんてそんなもので、
「東京式アクセント」が、別に東京を中心として使われているアクセントではないことと同じ。
東京は、東京式アクセント方言圏の端の辺境に近い位置にある。

653 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 00:38:43 0
>>652 時代が移れば別個の共時態に変わっている。言語は体系だ。
同じ形、同じ用法の語でも、異なる共時態において違った位置づけがなされるのは当然の話。
鞍替えしなかったらかえっておかしい。君の言ってることは、共時論と通時論を混同した妄説だ。
真っ当な手続きが非論理的に見えるのは、基本がわかっていないからだとしか言いようがない。

654 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 01:03:16 0
>>652-653
ま、用言とか助動詞とかの活用語が文法化して助詞になるってのは無い話ではない。
逆に助詞が用言化するようなことがあるかどうかは知らないが
もともと違う語だったものが同じ語の活用形のようになってしまうというのも無いとは言えない。
形容詞のカリ活用なんかも、元々は形容詞に「あり」がくっついたものだしな。
意味的には「あり」があるんだけど、形の上では完全になくなってしまった、
なんてことが可能性としてあり得ないとまでは言えない。

ただ共時的に見ても、「である」の「で」まで「だ」の連用形というのは、やはり無理があるように思う。
「だ」と「である」は基本的に文体が違うだけで、ほとんどの場合は置換可能だと思うが
「である」の「で」を(「だ」ではなく「である」の連用形である)「であり」とか「であっ」とかにすることはできない。
というか、「ある」の前に用言の連用形がくっつくことってあるのかな?

それに「だ」と「である」が等価であるとすれば、「である」の「で」が「だ」の連用形だという説明は
単に重畳だというだけではなく、Linux = Linux Is Not UniXみたいな自己埋め込み構造になってしまうので
自然言語の表現にそういう分析をするのは、ちょっとまずいと思う。

655 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 01:08:42 0
>>653
そもそも、おまえさんが主張している、「だ」の「連用形」という文法が
そもそも通時的考察無しには成立し得ないものなんだけどな。
通時的分析が一切不要な日本語教育の場面では、
そもそも「連用形」という文法用語そのものが、
等価の言い換えも含めて全く出てこない。

このような語学習得の為のプラグマティックな語学文法ではなく、
言語を普通に分析する文法理論においては、
まずは共時的に文法を組み立てるにしても、
出来る限り通時的に無理の無い説明をするのが普通なのだ。

656 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 01:45:53 0
>>582
>「私が」はガ格で非主題、「私は」はガ格で主題。

『は』に主題化の機能があるというよりは,『が』に焦点化の機能があると考えた方が良いのでは?
1.私が帰ります
2.私は帰ります
1の文は「『他の誰でもなく』【私が】帰ります」という意味で,焦点は『私が』にあり,2の文は「私は『長居したりせずに』【帰ります】」という意味で,焦点は『帰ります』にあります

疑問文の場合を考えても,帰る人が『誰か』を訊ねる時には『が』を用い,「誰が帰るのですか?」(「誰は帰るのですか?」は不自然)となり
私の『行為』を訊ねる時には『は』を用い,「私はどうするのですか?」(「私がどうするのですか?」は不自然)となることからも分かります

他動詞の場合も,『が』を使った場合は『主語』に焦点が集まり,
『は』を使った場合は『主語以外』(普通は『目的語』)に焦点が集まります
3.私がバナナを買う.
4.私はバナナを買う.
3の文は「『他の誰でもなく』【私が】バナナを買う」という意味で,焦点は『私が』にあり,4の文は「私は『りんごでもみかんでもなく』【バナナを】買う」という意味で,焦点は【バナナを】にあるのでしょう

日本語の『が』の焦点化機能はマレー語のyangに相当するのかもしれません
3’.Saya yang membeli pisang. (私がバナナを買う.)
4’.Pisang yang saya beli.(私はバナナを買う.)
ちなみに,yangを使わない場合も『(me-)他動詞の焦点は文末に来る』ので,
4”.Saya membeli pisang.(私はバナナを買う.)の焦点は【pisang】にあります

疑問文の場合も,買う人が『誰か』を訊ねる時には『が』を用いて,
『誰がバナナを買うのですか?』(『誰はバナナを買うのですか?』は不自然)となります
(マレー語では[Siapa yang membeli pisang?]となり,
 [Siapa membeli pisang?]では,【誰か】を訊ねているのに焦点が【文末のpisang】来てしまうので×)

同様に,『買うもの』を訊ねる時には『は』を用いて,
『私は何を買うのですか?』(『私が何を買うのですか?』は不自然)となります
(マレー語では[Saya membeli apa?],または受け身にして[Apa yang dibeli saya?])

657 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 01:56:01 0
>>656

f、f、フォーカスシステムかよ??
つうか、フォーカスシステムについて論ずるなら、
従前なされてきた格文法論から
議論そのものを明確に切り分けてから、論じ始めて欲しい。
オーストロネシア語族の西マレー系言語のフォーカスシステムは、
上のレスで「宇宙人の文法とまで言われているように、
極めて風変わりなシステムなので、
まずこのシステムの基礎的説明から入らないと、議論が大混乱するばかり。


俺は、日本語にフォーカスシステムは無いと考えているけどね。


658 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 02:29:53 0
>>654
> というか、「ある」の前に用言の連用形がくっつくことってあるのかな?
「正しくある」

> それに「だ」と「である」が等価であるとすれば、「である」の「で」が「だ」の連用形だという説明は
> 単に重畳だというだけではなく、Linux = Linux Is Not UniXみたいな自己埋め込み構造になってしまうので
> 自然言語の表現にそういう分析をするのは、ちょっとまずいと思う。
終止形「だ」には叙法が付いている。連用形「で」には叙法が付いていない。
だから、「だ」=「である」と、「で」が「だ」の 1 活用形であることとは、何ら矛盾しない。
問題は「であり」=「で」なのだ。左右の「で」を全同とすると、確かにおかしなことになる。

659 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 02:42:59 0
>>655
> そもそも、おまえさんが主張している、「だ」の「連用形」という文法が
> そもそも通時的考察無しには成立し得ないものなんだけどな。
簡単に成立する。「日本人は私だ」と、「日本人は私で、中国人は王さんだ」とを比較しただけで、「だ」と「で」とが屈折の関係にあるらしいことが予測できる。
それくらいわからないようでは言語学者とはいえない。

> 通時的分析が一切不要な日本語教育の場面では、
> そもそも「連用形」という文法用語そのものが、
> 等価の言い換えも含めて全く出てこない。
また用語レベルのいちゃもんか w 使っている人はいくらでもいるよ。
それとも、Copula の Gerund (B. Bloch 1946 "Studies in Colloquial Japanese I") とでも呼べば満足か?

> まずは共時的に文法を組み立てるにしても、
> 出来る限り通時的に無理の無い説明をするのが普通なのだ。
根本的に不可能。

660 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 02:49:01 0
別に不可能なことはあるまい

661 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 03:00:25 0
>>656 焦点化しない「が」の例がたくさんあるから、「が」に焦点化の機能があるとはいえない。
「太郎が日本に帰って来たよ」
普通は文全体が新しい情報を表すだろう。

662 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 03:02:12 0
だが判断文で「が」が使われるときは基本的に焦点じゃないか?

663 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 03:06:47 0
>>660 不可能。そんなこと気にしていたら、共時論的記述の経済性が鈍ってしまう。

664 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 03:17:38 0
>>659
てか、おまえさん、日本語文法というものが出てきた根本的背景をご存知ない?
「未然、連用、終止、連体、仮定、命令」という国文法の用言活用が、
プラグマティックな日本語教育には全く役に立たないという、
日本語教育の現場から出てきた絶望的な呻きから、全てが始まっているんだが。
「連用形」などと言うものは、日本語教育では存在しない。
混乱するばかりだからね。
「てフォーム」「過去形」などに解体されてしまう。
純粋に共時的な日本語文法なら、そのほうがむしろ自然なのだ。

連用形なる形が、共時的考察のみを前提とする場合
すでに事実上破綻しかかっていることは、例えば形容動詞語尾を
「だろ、だっ・で・に、だ、な、なら」と丸暗記して「だっ・で・に???」と引っかかる
中学生でも気づくことだろう。

連用形やら未然形やらというのは、実は10世紀の京都語を基準にした文語文法から、
大槻文彦が抽出したもの。これを「通時的に」口語にあてはめたのが、
「だろ、だっ・で・に、だ、な、なら」なんだな。こんなことは文法史の基礎の基礎だろうに。

665 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 03:19:24 0
>>662 なぜそうなるかは興味深い問題だが、語用論的意味と見てよいと思う。

666 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 03:36:08 0
>>664
> 「連用形」などと言うものは、日本語教育では存在しない。
> 混乱するばかりだからね。
> 「てフォーム」「過去形」などに解体されてしまう。
しつこい奴だなあ。日本語教育でも、「読み」「書き」「大きく」等を「連用形」、
「読んで」「書いて」「大きくて」等を「テ形」と呼ぶのが普通。
指定詞の「で」は、語源的にはテ形に相当するけれども、「連用形」と呼ぶ場合が多い。

667 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 03:56:52 0
>>666
分かってないなあ。日本語文法の場合、
「行く(辞書形)」に対して、その活用形として
「行った(過去形)」「行きます(丁寧形)」「行って(てフォーム)」「行ったら(たら形)」
「行かない(否定形)」「行け(命令形)」・・・
とずらりと横一列に並べてしまうんだよ。
「助動詞」の「連用形」なんて概念は完全に解体され、どこかへ消え去ってしまっている。

これは、ただプラグマティックに熟語を叩きこむという話ではなくて、
文法上の意義がちゃんとある。
国文法論で言えば、いわゆる「助動詞不要論」に繋がる議論だ。
俺自身は助動詞不要論そのものに組するつもりはないが、
この問題提起は、重要な問題をついていると考えている。

668 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 04:12:59 O
文法http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E6%96%87%E6%B3%95活用発見者http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B1%85%E6%98%A5%E5%BA%AD諸活用http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%BB%E7%94%A8

669 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 04:39:19 0
>>667 何を見ているのか知らないが、それは素人が作ったダメポ文法だ。
「行きます (丁寧形)」「行かない (否定形)」など立てたら、
「行きました (丁寧過去形)」「行きましょう (丁寧意向形)」「行かなくて (否定テ形)」「行かなかったら (否定タラ形)」……
と、収拾がつかなくなる。
助動詞「ます」「ない」は必要だよ。

> 「助動詞」の「連用形」なんて概念は完全に解体され、どこかへ消え去ってしまっている。
では、「行かなくなる」「行かず、」「行かずに」はどう説明するのだ w

そんな、初級日本語だけごまかせたらいいといったショボイものではなく、もっとまともなテキストで勉強したまえ。
プラグマティズムと理論の間に垣根は要らない。

670 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 05:02:02 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A9%E5%8B%95%E8%A9%9E_%28%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6%29http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A9%E5%8B%95%E8%A9%9E_%28%E5%9B%BD%E6%96%87%E6%B3%95%29

671 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 05:05:07 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E4%BE%BFhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E6%BF%81http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A9%E8%A9%9E

672 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 14:11:07 0
よこれす

>>669
日本語教育で使われている文法が国語教育で使われている文語文法とかなり違うのは事実。
別に素人がつくったいい加減な文法ではない。

673 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 14:50:31 0
>>669
どうしても学校文法絶対主義から逃れられないようだなあ。
別に国語学上は学校文法でもいいんだけどさ、
学校文法を完全な共時的理論体系だと固く信じているのが可笑し過ぎる。

ウェブ上にはあまり良い例が無いが、
つtp://homepage3.nifty.com/taketoki/jodosiless.html
この末尾付近にある表でも見てみろ。
この整理法はこれでも日本語文法としてはちょっと古いんだが、参考にはなるだろう。
力説とは裏腹に、ヤシの提示する日本語文法は、かなりオーソドックスなもの。
「横一列」というのは確かに初等文法的誇張であって、
現実の日本語文法はもう少し立体的構成になるが、
それでも「助動詞の連用形」なんて形はどこにも出てこない。
これが、共時性に絞って組み立てた日本語文法の論理的帰結。

「助動詞の連体形」なんてのは、
極論すれば、「現代日本人が源氏物語を読むための文法」に過ぎない。
平安古典を読む上で、在来国文法の体系にプラグマティックにも破綻が無いことは、
駿台や河合塾の講師が、特に独自文法を打ち出していないことでもよく分かる。
もし破綻していたら、「進学実績成果主義」の彼らはすぐに独自文法を創り出したはずだ。

674 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 15:04:42 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E7%94%A8%E5%BD%A2http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%BB%E7%94%A8http://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%8F%A4%E8%AA%9E%E6%B4%BB%E7%94%A8%E8%A1%A8

675 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 19:44:26 0
日本語教育で行われているのは
学校文法で述べられる「動詞の活用形+助動詞」の構造を述べずに
おのおの動詞の活用形+助動詞を一つの活用形とするというにすぎない。
英語でたとえればwill+動詞を
「「望む」という意味の動詞willは不定詞を目的語とし、」云々述べるのが学校文法、
「will+動詞は意志法というモダリティーをあらわす」など述べるのが日本語教育用の文法。
論理的帰結とか大げさなものではない。

676 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 22:35:41 0
>>666
>しつこい奴だなあ。日本語教育でも、「読み」「書き」「大きく」等を「連用形」、
>「読んで」「書いて」「大きくて」等を「テ形」と呼ぶのが普通。
>指定詞の「で」は、語源的にはテ形に相当するけれども、「連用形」と呼ぶ場合が多い。
横レス。
議論は大いにしよう。でも、人格攻撃はやめようね。

さて、「読み」「書き」を連用形と呼ぶのが普通というが、少なくとも「普通」では
ないと思うよ。そういうのは、「ます形」というのが普通だと思うが…。

677 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 22:42:01 0
>>661
>焦点化しない「が」の例がたくさんあるから、「が」に焦点化の機能があるとはいえない。
それを言うなら、「は」の例には、「主題」ではなく、「対比」を表すものもある
のだから、「は」には主題化の機能があるとはいえない、ともなるのでは。
ボクは(主題)、きのうは(対比)勉強したけど、今日は(対比)勉強できなかった。

678 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/04(土) 22:43:37 0
とりあえず本棚にあった『日本語教授法』(石田敏子)を見てみたが
「未然形、連用形といった擁護は日本語教育では、中国や韓国で用いられてるが
一般的でない。「・・・ナイ」に続く形とか、「マス」に続く形というように説明される」(p.133)
だそうだ。

679 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 00:39:21 0
>>673
> どうしても学校文法絶対主義から逃れられないようだなあ。
私はいわゆる学校文法とは関係ないよ。
用語にばかりこだわるのは実にくだらない。

> 力説とは裏腹に、ヤシの提示する日本語文法は、かなりオーソドックスなもの。
ウソ。非常に特殊なダメポ文法。

> 現実の日本語文法はもう少し立体的構成になるが
これもウソ。平面的にしたがってるのは君らではないか。
活用表を完成させるのに 4 畳半 1 間ぐらい要りそうだ。

> それでも「助動詞の連用形」なんて形はどこにも出てこない。
まずこっちの質問に答えろよ。「読まなくなる」「読まずに」はどう説明するんだ?
「読み」「読まず」は「中止形」だそうだが、名前を変えれば偉いってもんじゃない。
寺村 (1984) は、レ〜ラレ (-ル)、セ〜サセ (-ル)、マス、ナ (-イ) などをすべて「助動詞」としている。
「読み」は動詞の「連用形」、「(読ま) なく (なる)」「(読ま) ず」「(読ま) ずに」はそれぞれ助動詞ナ (-イ) の「第 1 連用形」「第 2 連用形」「第 3 連用形」、
「日本人は私で」の「で」は判定詞ダの「第 2 連用形」だ。
どういう意図で寺村を引き合いに出したのか。昭和 63 年といえば、彼はまだ生きていた。
温和な人だったというから、文句をつけられることはあるまいと高をくくったんだろう。吉川とかいうのはとんでもないやつだな。

> 「助動詞の連体形」なんてのは
吉川自身が「連体形」って言ってるぞ。
まず君の杜撰な頭をどうにかしろ。

680 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 00:59:06 0
>>677 だから、主題の「は」と対比の「は」とは、事実上、同音異義語と考えられている。

681 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 01:18:21 0
じゃあ、中立叙述の「が」と総記の「が」も同音異義語だな。

682 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 01:22:40 0
>>679
何が特殊だよw
一度、大都市の大型書店の日本語文法のコーナーにでも行って立ち読みしてみろ。
おまえさんによれば「非常に特殊なダメポ文法」の
教科書や参考書、研究書や教師向けガイドラインばかりが、
しかも世界中の言語で所狭しと並ぶという、驚天動地の事実wwwに気づくだろうから。

「読まなくなる」は「否定形」の「く形」+「〜なる」というのが一般的な解釈。
「形」ばかりがダラダラ並ぶこのあたりの用語法は俺も気に入らないが、
まあ今の所はしかたないな。
「読まずに」は、文章語の否定形の中止形というのが最大公約数的表現となる。
ちなみに、寺村も「連用形」は留保付きでしか扱っていないんだが。
彼はこの辺りを「保留(形)」としている。

まあ、俺は通時的観点で補強した国文法をベースに考える立場だから、
純粋に共時的な日本語文法をこれ以上支持する立場には無い。
俺にもツッコミどころはたしかにあるからな。
実際には、西欧諸語のほぼ完成された文法体系も、通時的考察が支えている。
上の例I went to the park yesterday.のyesterdayの品詞と文中の機能は何?
という質問に対しては、通時的考察をしないかぎりどうしてもまともな答えは得られないし、
I can go.のgoが厳密には不定詞であるというのも、通時的考察をしないかぎり分からない。

683 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 02:21:10 0
>>681 そういう考え方もできる。しかしながら、「総記」の用法は、「〜が」に限らず、「〜を」にも「〜に」にも認められる。
あらゆる格補語が、そこだけ強く発話されることによって、「総記」の意味をもちうる。すべての格助詞を、「中立」と「総記」に分けなければならなくなる。
これでは不経済なので、「総記」は語用論的意味として処理する。

684 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 03:39:49 0
確かに様々な格補語が、強勢を置くことによってmarkedに総記的な解釈を得ることができる
しかし「が」のように判断文でunmarkedに総記の意味になったりはしない
この点を説明せずして、「が」の総記を「を」や「に」と同列に論じるのはいかがなものか

685 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 06:12:37 0
>>661
>>656 焦点化しない「が」の例がたくさんあるから、「が」に焦点化の機能があるとはいえない。
>「太郎が日本に帰って来たよ」
>普通は文全体が新しい情報を表すだろう。

焦点化しない「が」の例があったとしても,
「『が』に焦点化の機能がない」とはいえないよ
それに「太郎が日本に帰って来たよ」 と「太郎は日本に帰って来たよ」 を比較すると,
どちらかというと,前者は『太郎』,後者は『日本』に焦点があるでしょ?
日本語の焦点化機能は『が』だけじゃないんだよ

1.鼻は長い。
2.鼻が長い。
3.象は鼻が長い。
4.鼻は象が長い。
5.象は鼻は長い。

1の焦点は「長い」,2と3の焦点は「鼻」,4の焦点は「象」
2,3,4の焦点化は,主に「が」の焦点化機能によるものだと思う
5は焦点がぼやけた文だけど,
「象」と「鼻」を比較すると,どちらかというと「鼻」の方に焦点があるように感じる
これは「『無標』の場合,動詞や形容詞,またはその直前に焦点がくる」という日本語の特徴によるものだろう
「太郎は日本に帰って来たよ」の文で「日本」に焦点があるように感じるのも同様の理由じゃない?

ちなみに,マレー語の場合だと「無標」の焦点位置は文末なので,
6.Gajah berbelalai panjang.
7.Gajah punya belalai panjang.
8.Gajah belalainya panjang.
9.Gajah panjang belalalinya.
6,7,8の焦点はpanjang(長い),9の焦点はbelalainya(その鼻)になるね
(7は華僑的,8と9はジャワ語的表現だけど……)

686 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 10:28:31 0
> 日本語の焦点化機能は『が』だけじゃないんだよ

それじゃやはり「が」に固有の機能ではないのではないか

> 5.象は鼻は長い。
> 「象」と「鼻」を比較すると,どちらかというと「鼻」の方に焦点があるように感じる
> これは「『無標』の場合,動詞や形容詞,またはその直前に焦点がくる」という日本語の特徴によるものだろう

それは述語の直前云々ではなくて、この位置に「は」を置くことの有標性の問題では?
従属節中に主題の「は」は使えず、あえて使うなら対比の意味になる。
象鼻文「AはBがC」のB項も同じような条件が働いているだけかと。

687 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 10:33:29 0
>>682
> 驚天動地の事実wwwに気づくだろうから。
大雑把に「受身形」とか「否定形」とか書いてしまっているものは確かにあるが、それらも助動詞を廃止しようとは考えていない。
だから動詞の「受身過去形」だの「否定中止形」だのは出て来ない。

> まあ今の所はしかたないな。
仕方なくないよ。益岡・田窪『基礎日本語文法』もそんなことはやってない。
日本語能力試験 1 級を持つような外国人なら、たいてい知っている本だ。

> ちなみに、寺村も「連用形」は留保付きでしか扱っていないんだが。
> 彼はこの辺りを「保留(形)」としている。
あれはムードの保留という意味だ。連用形自体には叙法が付いておらず、自動的に主節の叙法と同じになるということ。

> 純粋に共時的な日本語文法をこれ以上支持する立場には無い。
純粋に共時的にやるとおかしなことになる、というのは大間違い。

688 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 10:45:18 0
>>684
> しかし「が」のように判断文でunmarkedに総記の意味になったりはしない
判断文は「〜を」や「〜に」をとらない。

689 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 10:46:27 0
>>688
なことはない。
「クジラは魚を食べる」とかいくらでもある。

690 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 10:56:32 0
>>689 それは動詞述語文で、狭義の判断文ではない。
だから、「クジラが魚を食べる」の「が」は unmarked に総記の意味にはならない。

691 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 10:59:18 0
>>690
おまえは判断文と現象文の区別をちゃんと勉強してきた方がいい
判断文、現象文と名詞述語文、動詞述語文はあまり関係がない
「クジラが魚を食べる」は現象文
判断文で「クジラが魚を食べる」といったら、やはり「が」は総記になる


692 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 13:07:03 0
>>691
> 判断文、現象文と名詞述語文、動詞述語文はあまり関係がない
大いに関係がある。狭義の判断文は、「A {は/が} B だ」という名詞述語文の形をとる。この場合、「が」は総記になるのがデフォルトといえる。
広義の判断文には、中立叙述の「が」がいくらでも現れる。「この辺の海にはクジラがいるらしい」

> 「クジラが魚を食べる」は現象文
これが現象文になる文脈は非常に作りにくい。

> 判断文で「クジラが魚を食べる」といったら、やはり「が」は総記になる
それは、「が」が総記になるものを「判断文」と見なしているからだろう。

693 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 13:36:31 0
>>692
おまえが何を「狭義の判断文」と呼んでいるかは知らないが
私はおまえの用語法における「狭義の判断文」の話などしていない。
まったく、用語のこねくりまわしで問題のないところに問題を作るのが好きな奴だ。

> 「この辺の海にはクジラがいるらしい」
他に主題要素があれば、主題の「は」が現れなくなるのは当然のこと。象鼻文と同じ。
その例を持ち出すことで何がしたかったのかわからない。

> > 「クジラが魚を食べる」は現象文
> これが現象文になる文脈は非常に作りにくい。
これが中立叙述になる文脈は非常に作りにくい。
「ほらごらん。クジラが魚を食べるよ。」のような文が考えられるが、どうみても現象文。


694 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 14:29:45 O
フェノメノンhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E8%B1%A1+題http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A9%B1%E9%A1%8Chttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A6%E7%82%B9_%28%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6%29

695 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 14:30:40 O
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E9%A1%8C%E5%BD%B9%E5%89%B2http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E9%A1%8C%E5%BD%B9%E5%89%B2http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E6%80%A7

696 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 14:41:18 0
>>693
> 私はおまえの用語法における「狭義の判断文」の話などしていない。
>>684 の言う「判断文」とは、名詞述語文のことだろう。
判断: 普通は「sはpである」「sはpでない」という形式をとる。(大辞泉)
「が」がデフォルトで総記の意味になるのは、名詞述語文の場合だけだ。

> 他に主題要素があれば、主題の「は」が現れなくなるのは当然のこと。
だから、判断文 (広義) における「が」が必ず総記になるわけではない。

> 「ほらごらん。クジラが魚を食べるよ。」のような文が考えられるが、どうみても現象文。
判断文 (広義) であり、「が」は中立叙述。「食べる」は未来の事態を表し、かつ、話者の発話時における判断を含んでいる。
「クジラが魚を {食べている/食べた}」「まずクジラが魚を食べる (クジラショーの段取り)」のようなのが現象文だ。

697 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 15:02:25 0
文法を説明するときにいちいち「命題化」という操作をする言語は
日本語以外にもあるんでしょうか?
前近代語を近代語に見せるためのトリックのように感じてしまうのですが…。

698 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 15:10:04 0
>>696
いやその>>684が私なのだが、名詞述語文のことは意図していない。
判断文、現象文というのは日本語学では使い古された概念で、論理学的な命題判断とはあまり関係ない。
ましてや字引の引用なんかされても困る。激しくデジャブだ。

ただ敢えて塩を贈るなら、俺がいう「判断文」に定義上の問題点があるのは事実だ。
それを指摘したいなら、もうちょっとまともな文献調べて勉強してから来い。

> 「が」がデフォルトで総記の意味になるのは、名詞述語文の場合だけだ。
当たり前のことだが、「クジラが大きい」のような形容詞文も名詞述語文同様、総記の意味が普通。
また動詞述語文も普遍的属性を表すような文では総記の解釈になるのが普通だ。
「次のうち、どれが哺乳類ですか」→「クジラが哺乳類だ」
「次のうち、どれが魚を食べますか」→「クジラが魚を食べる」


699 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 15:14:07 0
>>698
英語だってドイツ語だってフランス語だって同じ操作が行われるんだが。
これらの言語だって、実際に口頭語として使われている言語を
そのまま扱うと、文法的には矛盾だらけで体系が「破綻」してしまう。
だから、ある程度の標準化を行ってから、文法分析の俎上に載せているわけだ。
だが、欧州の言語の場合、母語話者への国語教育の段階で、
「文法に則って、必要な要素を正しく挙げて文章を読み書き議論すること」が
不可欠の要素として組み込まれているので、
「標準化」すると、それだけで「命題化」の大半が行われているということになる。
だが、日本の少なくとも口語の国語教育では、
そのような観点から文法教育が行われることは無い。
谷崎潤一郎の「文法に則ると文章が悪くなる」という不思議な戯言を、
金科玉条のように崇め奉っている「文芸屋崩れ国語教師」は巷にごまんといる。
日本のロマン文学屋は、どういうわけか理屈が嫌い、だから文法嫌いなんだよ。

敢えて(馬鹿馬鹿しい用語だが)「前近代」というタームを使うのなら、
日本語が前近代語なのではなく、国語教育が前近代的なんだな。

700 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 23:32:33 O
教育者http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A%E3%83%BB%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E9%83%A8%E4%BC%9Ahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E8%AA%9E_%28%E6%95%99%E7%A7%91%29http://pitecan.com/bib/Kokugo.html

701 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/05(日) 23:49:18 0
>>698
> 判断文、現象文というのは日本語学では使い古された概念で
もともと出来のよくない議論だったと思う。
現象文と呼ばれるものは、文のなかの特殊な一部であって、「非‐現象文」と相対峙するような存在ではない。

> 俺がいう「判断文」に定義上の問題点があるのは事実だ。
一般には、有題文のことを判断文 (主題についての判断を表す) と言う。だから、「この辺りにはクジラがいるらしい」は判断文であり、「が」は総記の意味ではない。
君は、ガ格が主題になっている文、および、総記の「が」が現れている文だけを「判断文」と呼ぶようだ。
だから、君の言う「判断文」において、ガ格以外の格は総記になったりならなかったりするが、ガ格は現れれば必ず総記になるのだろう。
問題点といったものではなく、ガ格の総記を特殊とする結論に導くための操作だ。

> 当たり前のことだが、「クジラが大きい」のような形容詞文も名詞述語文同様、総記の意味が普通。
当たり前でも普通でもない。「クジラが大きい。カメラもっと引いて」

> また動詞述語文も普遍的属性を表すような文では総記の解釈になるのが普通だ。
「普遍的属性」が、総記という語用論的意味が生じる原因となっている。

702 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/06(月) 00:21:29 0
>>697 たぶん、どの言語でもしなければならないだろう。>>586
構造主義は、見えない (聞こえない) ものは一切信じなかった。
ところが、それで押し通していくと、例えば
・現在時制の文と過去時制の文
・能動態の文と受動態の文
・平叙文と疑問文
これらが同一の「命題」を共有しているという直観 (構造主義はこれを無視した) が、どうしても説明できないという壁に突き当たった。
そこで登場したのが変形理論だった。英文法こそ変形操作の本家だ。
日本語の「命題化 (非主題化)」とは違うといった反抗は認めない。

703 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/06(月) 01:11:33 0
>>701 ふむ。だいたいよろしいが、いくつか指摘しておく。

> 一般には、有題文のことを判断文 (主題についての判断を表す) と言う。

実際には有題文と判断文というのも、ちょっと違うようだ。
判断文というのは話者の判断が伴っているかどうか、という観点から捉えられた概念で
人によっては否定があったり時制があったりするだけで判断文としてしまうらしい。
ちなみに俺が言った判断文は、むしろおまえのいうように「有題文」の意味に近い。

> だから、「この辺りにはクジラがいるらしい」は判断文であり、「が」は総記の意味ではない。

俺の立場から見ても、この文は判断文あるいは有題文と考えて差し支えない。
だが既に述べたように、判断文であっても他に主題があれば主題の「は」の生起が抑制されるのは
当たり前のことで、これは判断文か現象文かといったこととはあまり関係がない。
「が」が中立叙述で使えるかどうかは、他に主題のないような文でテストする必要がある。

704 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/06(月) 01:12:51 0
> 君は、ガ格が主題になっている文、および、総記の「が」が現れている文だけを「判断文」と呼ぶようだ。

その解釈はちょっと微妙・・・
総記の「が」は情報構造上はむしろ焦点なので、「主題」とは言わない。
「述語が主題の文」とか「陰題文」なんて言われたりして、まあ有題文扱いはされるのだが。

> 当たり前でも普通でもない。「クジラが大きい。カメラもっと引いて」

その通り。名詞述語文や形容詞述語文が「普通は判断文」というのは古くからある偏見で
実際には、名詞述語文であろうが形容詞述語文であろうが、眼前描写的に用いられるのは普通にある。
「クジラが大きい」とか「審判団が中国人だ」なんてのがそれで、こういう場合は「が」は中立叙述で用いられる。
つまり、名詞述語、形容詞述語、動詞述語どれでも、実際にはいわゆる判断文も現象文も可能だったりする。

> 「普遍的属性」が、総記という語用論的意味が生じる原因となっている。

なぜ「普遍的属性」が、語用論的に総記という意味を生み出すのか説明してもらわないと何とも言えないな

705 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/06(月) 09:53:56 0
>>703
> 判断文というのは話者の判断が伴っているかどうか、という観点から捉えられた概念で
私がもし「判断文」を使うとすれば、こちらになる。
主題のない判断文もありうるし、中立叙述の「が」も判断文に現れうる。
もっとも、これは「判断」を推量に限った場合のことで、いわゆる現象文においても、命題を事実と認める話者の判断は、やはり行われていると考えられる。
「判断文」 VS 「現象文」という区分にはあまり意味がない。

> ちなみに俺が言った判断文は、むしろおまえのいうように「有題文」の意味に近い。
> 「が」が中立叙述で使えるかどうかは、他に主題のないような文でテストする必要がある。
「が」が現れていて、かつほかに主題がなければ、その文は無題文だ。中立叙述の「が」はいくらでも使える。
「が」が現れていて、かつほかに主題がなくても「判断文」となる場合があるというなら、それはどのような場合か。

706 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/06(月) 12:33:01 0
>>704
> > 君は、ガ格が主題になっている文、および、総記の「が」が現れている文だけを「判断文」と呼ぶようだ。
> 総記の「が」は情報構造上はむしろ焦点なので、「主題」とは言わない。
私は「および」と言っている。総記の「が」が主題にあたるとは言っていない。

> なぜ「普遍的属性」が、語用論的に総記という意味を生み出すのか説明してもらわないと何とも言えないな
主題がなく、「が」が現れているということは
・文全体が新しい情報を表している
・ガ格補語が 新情報=焦点 である (総記の「が」)
のどちらかだ。
新情報は、何らかの点で、新奇、特殊、異常な要素をもっていなければならない。
普遍的属性 (常に〜だ) が新情報になるような文脈を作るのは、なかなか難しい。
ただし、作れないというわけではなく
・(哺乳類を除いたはずのリストにクジラがある) 「クジラが哺乳類だ」
・(魚を食べる動物を除いたはずのリストにクジラがある) 「クジラが魚を食べる」
このような場合、文全体が新情報を表し、「が」は中立叙述になる。

なお、「クジラが魚を食べる」の中の、「クジラが (何かを) 食べる」を普遍的属性ととらえれば
「魚をクジラが食べる」という、「を」と総記とした文が出来る。
「が」の総記が優先されるのは、ガ格の優位性、主語性を示す特徴の 1 つと考えられる。

707 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/06(月) 22:57:47 0
>>702
平叙文(現在形・能動態)をわざわざ命題化するという操作は
日本語に特徴的なのでは。
「命題に戻さないと格は確認できない」(>>582)などということが
英語等にあるか?

708 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 00:12:54 O
矛vs.盾http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9Ehttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%9D%E8%80%83%E5%AE%9F%E9%A8%93

709 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 01:37:58 0
>>707 ある。"Flying planes can be dangerous." の "planes" が主格か目的格かは、命題に戻さないとわからない。
「その人は知っている」の「その人は」がガ格かヲ格か、表層からはわからないのと似ている。

710 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 11:44:16 0
>>709
その例文を日本語みたいに「命題化」してみてください。

711 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 13:09:41 0
>>710 まず、例文が両義的であることはわかってるんだろうな?
それがわかるということは、すなわち、2 つの異なる命題に戻して解釈しているということだ。

712 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 17:30:25 0
>>711
>それがわかるということは、すなわち、2 つの異なる命題に戻して解釈しているということだ。
それは君の頭の中で「命題に戻して解釈している」だけでしょう?
>>582で行われているように、
日本語のように、頭の中ではなく明示的に、「命題に戻す」ことができる?

(平叙文において)表現の現実態と「命題」との形態上のズレは、
英語等にはないのでは。

713 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 20:06:26 0
"Oh you got licence? Flying planes can be dangerous. Operate carefully."
"Hey, flying planes can be dangerous. Don't use celular phone on landing."
てとこか?英語よう喋らんが、違うのはわかる。

714 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 21:31:00 0
>>712
> >>582で行われているように、
> 日本語のように、頭の中ではなく明示的に、「命題に戻す」ことができる?
日本語だって頭の中だよ。「……コト」とするのは便宜にすぎない。
英語の Tree の書き方は、いくつかあるみたいだな。この例は言語学史上の「名文」だから検索してみ。
一般に、英語より日本語の方が、命題に近い形を表層に出している場合が多い。
いわゆる膠着言語だから当然だが。

> (平叙文において)表現の現実態と「命題」との形態上のズレは、
> 英語等にはないのでは。
表現の現実態は 1 つだから、命題も 1 つで、意味も 1 つのはずだね。
ところがそうならないから、いろいろ議論されてきたわけだ。

715 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 22:38:20 0
>>714
だいたい、日本語において、
「命題に戻さないと格は確認できない」(>>582)ということは、
元の文(現実態)は、「命題」の形をとっていないということだろう。
(「命題に戻す」というところに注目。)
「私、帰ります」も「私は、帰ります」も、一義文だ。
それらに対して、両義文を持ち出さないと釣り合わないというのも変な話ではないかい。
しかも、Treeを書いたとて、元の文の形が変わるわけではあるまい。←ここ重要。

日本語では、>>582にあるように、ごくごくふつうの文においても、
現実の表現の「形」を変えること(=命題化)なしには文法的な分析ができない。
このことを問題にしている。

716 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 23:01:35 0
>>715
> 「命題に戻さないと格は確認できない」(>>582)ということは、
> 元の文(現実態)は、「命題」の形をとっていないということだろう。
・主題化していない文なら、そのままで格はわかる。
・現実態が「命題」の形をとっている文は、どの言語にもない。あるように見えてもそれは偶然一致したと言う。

> 「私、帰ります」も「私は、帰ります」も、一義文だ。
> それらに対して、両義文を持ち出さないと釣り合わないというのも変な話ではないかい。
基底文にさかのぼらないと格が確認できない例をあげたら (→ >>707)、たまたま両義文だったというだけの話。

> しかも、Treeを書いたとて、元の文の形が変わるわけではあるまい。←ここ重要。
変わらないのなら変形理論は全く必要ない。←ここ重要 w

> 日本語では、>>582にあるように、ごくごくふつうの文においても
「ごくごくふつうの文」って何?
そんなもの、君が勝手に決めているだけで、何の根拠もない。
ネイティヴ・スピーカが問題なく適格と判定する文は、全部「ごくごくふつうの文」だ。

717 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 23:19:33 0
>>716
>・主題化していない文なら、そのままで格はわかる。
だから?? それに、日本語には「助詞なし」もあるぞ。
>・現実態が「命題」の形をとっている文は、どの言語にもない。あるように見えても
>それは偶然一致したと言う。
「偶然の一致」って、何を根拠に言ってるの?
>基底文にさかのぼらないと格が確認できない例をあげたら (→ >>707)、
>たまたま両義文だったというだけの話。
では、一義文の例を挙げてくれ。
>変わらないのなら変形理論は全く必要ない。←ここ重要 w
だから、変形理論は最近流行らないのではないかい。
命題化することで「形」が変わるというなら、例を示して頂戴。

718 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 23:32:55 0
>>717
> だから?? それに、日本語には「助詞なし」もあるぞ。
だから? いつでも主題があったり助詞がなかったりするわけではないから、いつでも命題にさかのぼらなければ格がわからないわけではない。

> 「偶然の一致」って、何を根拠に言ってるの?
言語学の洞察。

> では、一義文の例を挙げてくれ。
何のために?

> だから、変形理論は最近流行らないのではないかい。
そうだとしても、見える (聞こえる) 形だけによって説明できるとは、だれも考えていない。

> 命題化することで「形」が変わるというなら、例を示して頂戴。
あれだけ複雑怪奇な tree がいろいろ書かれてきたのに、今さら何を言ってるんだか。
不勉強な人には合わせません。

719 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 23:34:30 0
>何のために?
妄想家でないことの証明

720 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 23:35:37 0
命題化命題化とこだわっているヤシがいるようだが、
発想法が逆だよ。
膠着語の場合、格助詞が無くても文中の名詞自体に格は定まっているんだよ。
その上で、意味を明確にするために適宜格助詞をつけるというのが、膠着語と言うもの。
特に、日本語は、北東アジアにまとまった膠着語の諸言語の中でも
最も膠着助詞の独立性の高い言語なので、この性質は特に強まる。
ちょっと視点を変えてみて、
アイヌ語を考えてみるのも面白いだろう。
アイヌ語は、本来的には抱合語だが、表層的には膠着的で、
ここでは膠着語として考えれば問題ない。
アイヌ語には、後置詞はあるが、特に主格と対格を示す格助詞がない。
そして、いわゆるSOV言語で、動詞は後置される。
だが、動詞は明確にその前に来る名詞を指示する。
1つなのか(自動詞)、2つなのか(他動詞)、3つなのか(与格対格他動詞)。
そして、指示された名詞は、それぞれ明確に格を持つ。
だが、特に名詞の場合には(代名詞の場合は抱合する)、格を示す指標は何も無い。

このアイヌ語のような言語に対して、「を」「に」「が」などを
適宜付け足すことにより、格関係を明確に理解するオプションを付けたのが
現代の日本語の格文法だと考えれば良い。
日本語における「命題化」なんて、オプションを付けてみることに過ぎない。


721 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/07(火) 23:57:03 0
>>719 だから何が妄想だと?

722 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 01:00:50 0
>>721
例も挙げずに何かを信じたり、主張したりする者を妄想家と言う。

723 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 01:03:51 0
>>722 目的なく例を挙げる人も異常だな w

724 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 01:19:39 O
あいぬhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E8%AA%9E+命題http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%BD%E9%A1%8C%E8%AB%96%E7%90%86 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%BD%E9%A1%8C

725 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 02:01:50 0
>>718
>何のために?
「たまたま両義文だったというだけの話」(>>716)の説明として。
「たまたま両義文だった」のなら、一義文も挙げられるはず。
>そうだとしても、見える (聞こえる) 形だけによって説明できるとは、だれも考えていない。
確かに。だが、構造分析をすることと、「足したり削ったりする」こととは別。
>あれだけ複雑怪奇な tree がいろいろ書かれてきたのに、今さら何を言ってるんだか。
確かに複雑怪奇なtreeはある。しかし「足したり削ったり」してるものがあるか?
あるというなら、示してくれ。勉強させてもらうよ。

726 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 02:10:27 0
>>720 どんなタイプの言語でも、文中の名詞自体に格は定まってるよ w
ただ、格を示す標識は言語によって違う。それらは深層文で与えられると考えたほうが面倒がない。
日本語では、深層文 (命題) がたまたまそのままで表層文としても通用しうるが、
英語では、表層文を作るのに、「主語選択」と「目的語選択」という 2 つの変形操作が必要だ。
(C. Fillmore)

727 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 02:24:41 0
>>726
いや、命題化しないと出てこない格は無格だなんて、
よくわからないことを言い出すヤシがいるからだよ。
「これは本です」の「これ」は無格なんて平気で言っているわけで。
それに対する反論だよ。

728 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 02:49:30 0
>>725
> 「たまたま両義文だったというだけの話」(>>716)の説明として。
>>707 に一義文でなければならぬという条件はない。そんな説明を求められる筋合いはないな。
倒置の文で、一義だが名詞の格が表層でわからない文はあると思う。これはもう英語学の人にきいたほうがいい。

> しかし「足したり削ったり」してるものがあるか?
>>717 に足したり削ったりしてはいけないという条件はない。
実際には、表層の動作主が深層で by N となったり、表層の動詞過去形語尾が深層で法部に持って行かれて消えたり、自由自在だ。

729 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 02:54:12 0
>>727 何か錯誤があるようだが、「本」は無格だと思うぞ。

730 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 21:50:07 O
 This is a book.thisは代名詞で主格、isは不完全自動詞、aは限定形容詞で不定冠詞、bookは主格に対する主格補語。The book is this one.theは限定形容詞で定冠詞、bookは一般名詞で主格、thisは限定形容詞、oneは不定代名詞で目的格補語。

731 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/08(水) 22:24:47 0
>>729
「本」は無格じゃなくていわば場所格、と言ったら議論の蒸し返しになるかねw
共時的に何格かどうか、特に「で」を助詞と見なさない場合、断定は難しいのだが、
無格ではなく、コピュラに対する何らかの格を持っているのは確実だ。
これが、膠着語において、名詞自体が格を帯びているということ、
そして、それと後置詞との関係の議論の、一つの帰結でもある。

「です」という助動詞に吸収されていても、「本」に格は従来どおり存在する。
基本的に、文中でコピュラや動詞、他の名詞の間の関係を示すのが格なのだから、
「です」というコピュラに対する明確な補語なのに、「本」が無格であるはずがない。
Wir gehen ins Kino.というドイツ語の文で、insは前置詞と判断せざるを得ないが、
だからと言ってKinoが定か不定かと言えば、定に決まっているのと同じ。
「これは本です」の場合、
どうしても場所格が気に入らないなら、「補(語)格」でもいいんだけどね。
もちろん、
同じように、「これ」は主格である。「が」が付いていてもいなくても主格。
上のほうの議論に沿って言えば、「は」が「が」を隠すというより、
オプションとしての主格助詞「が」は、
「は」が出てくるとオプションとして使えなくなるというのが正しい。

732 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/09(木) 00:13:09 0
>>731
> 「本」は無格じゃなくていわば場所格、と言ったら議論の蒸し返しになるかねw
なる。否定済み。

> 無格ではなく、コピュラに対する何らかの格を持っているのは確実だ。
狭義の格とは、名詞と述語との様々な関係を表し分ける文法範疇のことだ。
広義の格だと、名詞と他の名詞との関係を表す形態も含む。
英語文 This is a book. の述語は is だから、book はそれと何らかの関係を結んでいるはずだ。
他方、日本語文「これは本です」の述語は、「です」ではなく「本です」だ。
ぞんざいな言い方「これは本」なら、述語は「本」。
「本」は述語の一部または全部になっているので、少なくとも、狭義の格とは無縁、無格だ。
広義の格で考えて、「本 (です)」を、「これ」との関係を表す「述格」と呼ぶ人もいる。
しかし、「雨だ」「火事だ」などは、どのような名詞との関係を表しているのかわからないから、日本語全体を見た場合、「述格」は適切でないと思う。

> 「これ」は主格である。「が」が付いていてもいなくても主格。
文中ではそうだが、辞書の見出しの「これ」は無格。

> オプションとしての主格助詞「が」は、
> 「は」が出てくるとオプションとして使えなくなるというのが正しい。
「を」も使えない (「*をは」)。
その考え方だと、深層にはまだ格標識がないということになる。
格助詞を言わなければならない場合もある。オプションが義務になる条件を規定するより、
深層に既に格標識があるとして、落としてもよい条件を規定するほうが、易しいように思う。

733 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/09(木) 01:18:33 0
>>730
bookの格は、実は主格とは限らないだろうよ。
まず、形の上からは全く分からない。代名詞に変形してもよくわからない。
だが、It's me.という言い方が普通に存在する以上、
bookは実は目的格であるのかもしれない。与格なのか対格なのかは分からない。
「命題化」の真似事をしても、bookの格さえ分からないのが英語だ。

>>732
印欧語の非人称構文はどう処理するんだい?述語しかなかったりするが。
人称語尾があるじゃないかというのは、近代の北西欧州語にかぶれすぎで、
「非人称構文」という名前の通り、この場合の3人称単数語尾には実は意味はない。
定型にしないと文章を言い切れない印欧語の性質上、右代表で使っただけ。
それに、
古典ギリシア語あたりになると(今でもロシア語はそう)、
「AはBである」という文でも、コピュラが無いのが普通だったりするんだが。
それでも、主語にも補語にも名詞である以上、当然どの意味でも格は存在する。
有名な「ヤー・チャイカ」の「チャイカ」は、
「述語そのものになっているから格と無関係」とでもいうのか?

734 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/09(木) 01:19:53 0
それに、「これ」は辞書の上では無格というなら、
thisだって辞書の上では「無格」だろうよ。
語尾も語順も何も記されていない。このような議論は無意味。

735 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/09(木) 02:32:55 0
>>733
> 定型にしないと文章を言い切れない印欧語の性質上、右代表で使っただけ。
補語名詞も印欧語の性質上、何らかの格をとらざるをえないだろう。>>580

> 有名な「ヤー・チャイカ」の「チャイカ」は、
> 「述語そのものになっているから格と無関係」とでもいうのか?
意味の上では無格だと思う。しかし、印欧語の名詞は無格になれないので、仕方なく主格をとっている。
「私がカモメが」

>>734
> thisだって辞書の上では「無格」だろうよ。
それは、英語が印欧語のなかでは変わっているからだ。
ラテン語の hic は、辞書の上でも主格 (男性・単数) だ。

736 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/10(金) 20:37:29 0
>>735
>> 有名な「ヤー・チャイカ」の「チャイカ」は、
>> 「述語そのものになっているから格と無関係」とでもいうのか?
>意味の上では無格だと思う。しかし、印欧語の名詞は無格になれないので、仕方なく主格をとっている。
>「私がカモメが」
この文中での『チャイカ』は主格補語だろう(補格と言っても良いけど)
意味上,無格ではあり得ない

>> thisだって辞書の上では「無格」だろうよ。
>それは、英語が印欧語のなかでは変わっているからだ。
>ラテン語の hic は、辞書の上でも主格 (男性・単数) だ。

そもそも,格は文中にないと意味をなさない
たまたまラテン語では格が語型に表れるから,辞書に載っているだけじゃないの?

マレー語なら
Ini buku saya.(これは私の本です)のIniは主格,bukuは主格補語,sayaは限定形容詞
Buku saya Ini. (私の本はこれです)の"Ini"は主格補語,bukuは主格,sayaは限定形容詞
Buku ini saya punya.(この本は私の物です)の"Ini"は限定形容詞,bukuは主格,saya punyaは主格補語
Saya menghadiahi dia buku ini.(私は彼にその本を贈った)"Ini"は限定形容詞,bukuとdiaは目的格,sayaは主格
となるから,辞書でbukuやiniやsayaを見ても格が載っていないのは当然

737 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/10(金) 21:28:29 0
>>736
> 意味上,無格ではあり得ない
「補格」だとしても、形態上は主格をとっているから、主格と呼ぶほかない。
しかし、主格 чайка がかかわって行くべき述語はない。Чайка 自身が述語なのだから。

> たまたまラテン語では格が語型に表れるから,辞書に載っているだけじゃないの?
印欧語はそういう言語なのだ。文中でも必然の格なのか、やむをえずの格なのかわからない。

738 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/10(金) 22:24:45 0
>>449 これのことだな。
http://aktiba419.shiga-saku.net/e233.html
仁田 (2004) は、「雨が降る」のガが主体 (主語) を表さないとは書いていないが、趣旨としては確かにそうなる。
「車が動かない」「荷物が重い」の〜ガも、主体ではない。
他方、仁田 (2004) によれば、
「僕の方でそれを処理しておきましょう」「その本はあなたから A さんに渡してください」
の〜デや〜カラは、主体ということになる。
仁田 (2004) の主張は、形態格に依拠する私の立場とは異なるが、
ガが表すとされる「動作・作用・状態・属性の主体」に一定の意味がないと見る点では、同じだと思う。
また、仁田 (2004) は、「博は洋子と結婚した」の「博は」を、当然ガ格としている。

739 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/10(金) 22:52:25 0
>>713 例えば
> "Oh you got licence? Flying planes can be dangerous. Operate carefully."
命題において、'flying planes' は、動名詞を作る -ing と、動詞句 [fly planes] (planes は目的格) とに分離される。

> "Hey, flying planes can be dangerous. Don't use celular phone on landing."
命題において、'flying planes' は、planes を主要部とする名詞句 [flying planes] (planes は主格) と解される。

740 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/10(金) 23:12:50 0
>>735
そこまでそれなりに筋を通した議論をするなら、俺はもう何も言わないよ。
印欧語の補語を「意味上は無格ではないか」とまでいうのなら、
ここから先はメタ議論になってしまうから。
実は、印欧語の主格こそ、
深層の実態は無格なのではないかという説もあるけどね。

>>736
マレー語に格なんてあるのか?俺も詳しいことは知らないが、
西方のオーストロネシア語は、動詞に対する関係は焦点が示し、
主体、客体などは、動詞が支配する焦点との関係から二次的に派生するものなので
格という観念を持ち込むと、文法説明がぐちゃぐちゃになるはずなんだが。
おかげで、未だにアメリカ人の書く文法書では、
フォーカスシステムを、名詞の格や動詞の態に無理矢理切り分けるので
フィリピン語の文法が、能格言語なのか対格言語なのか、
態はあるのかないのかさえワケワカメになっている。

741 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 04:52:12 0
>>740
>マレー語に格なんてあるのか?俺も詳しいことは知らないが、

いや,本当はないと思う
格を「文中での関係を示す標識」(格変化や格助詞)とするなら,
主に語順で関係を示すマレー語(>>736)には『格』という概念は必要ない
だけど,このスレの生成文法の人たち(?)は,語順だけで名詞の関係を示す場合も『格』って呼んでるんじゃないの?

742 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 10:19:12 0
>>741 語順も形態だよ。

743 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 21:35:57 0
>>740
外見的にはかなり異なるが,タガログ語の「焦点」とマレー語の「態」は関係があるのでは?

>>741
>主に語順で関係を示すマレー語(>>736)には『格』という概念は必要ない

マレー語の他動詞の場合,文の態や主語を示す機能を持つのは動詞に付く接辞だ
(これは歴史的にタガログ語やスンバワ語の対象焦点接辞等と関係あるのではないか?)
動詞に付く接辞によって示される,名詞の文中での関係は「『格』の標識」といって良いだろう

マレー語では,他動詞構文として動詞の基本形が用いられる構文と
動詞にmeN-という接辞が付いた形(以下meN形と呼ぶ)が用いられる構文の二種類があり,
各補語と動詞の意味的関係は,語順によって示される

基本形の構文では,動作主を表す補語は常に動詞に直接先行し,
動作の対象を表す補語は(1)のように動詞に先行するか,(2)のように後続する
(語順が固定している箇所を[ ]で囲んで示す。)
(1) Orang itu [saya tunggu].「その人は私が待つ。」
(2) [Saya tunggu] orang itu.「その人は私が待つ。」

一方,meN 形の構文の場合、動作の対象を表す補語が常に動詞に直接後続し,
動作主を表す補語は(3)のように動詞に先行するか,(4)のように後続する
(3) Saya [menunggu orang itu]. 「私がその人を待つ。」
(4) [Menunggu orang itu] saya. 「私がその人を待つ。」

(1)(2)の基本形の構文は受動態として扱われる構文(動作の対象が主語),
(3)(4)のmeN形の構文は多くの言語で能動態(動作主が主語)として扱われる構文に類似した特徴を持っている

744 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 21:36:58 0
さらに,マレー語には態にかかわる接辞として,接尾辞-i と-kan がある
これら接辞は他動詞に付接し,語基の他動詞構文と意味的・統語的機能が異なる他動詞を派生する

接尾辞-i は,「もののやりとり」や「場所へのはたらきかけ」を表す動詞に付接し,
何らかの形である対象に間接的な影響を及ぼす状況を表す動詞を派生する

例えば,「もののやりとり」を表す他動詞 kirim「送る」の場合,
(5)Surat itu saya kirim kepada Ali. 「その手紙を私がアリに送る。」
では,(1)(2)の文と同様に,動作の対象であるSurat ituが主語であるが,
i 形動詞kirimiの場合は,以下のように,「やりとりの相手」を表す要素 Aliが主語となる
(6)Ali saya kirimi suratnya. 「アリに私はその手紙を送る。」

同様に,「場所へのはたらきかけ」を表す動詞 tanam「植える」についても,
基本形(7)とi 形動詞(8)では主語が変わる
(7)Padinya saya tanam di sawahnya. 「稲を私は水田に植える。」
(「植えられるもの」であるpadinya が主語)
(8)Sawahnya saya tanami dengan padi. 「水田に私は稲を植える」
(植える場所を表す要素 sawahnyaが主語)

一方,接辞-kanは受益を表す動詞を形成する
(9)Padinya saya tanam untuk Ali. 「私はアリのためにその稲を植える。」
この文は,(7)と同様に,「植えられるもの」であるpadinya が主語だが,
(10)Ali saya tanamkan padi. 「私はアリのためにその稲を植える。」
この文では,「その動作による受益者」である Ali が主語となる

745 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 22:20:34 0
>>742
ではたとえば古典中国語で「官教黎庶出穀、税也」の黎庶は何格?出穀は?

746 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 23:09:50 0
>>745 出典は? それがないと古典中国語として適格かどうかわからない。

747 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 23:56:33 0
>>743>>744
ざっと見ただけなんだが、
(1)と(2)では、語順が辛うじて格のような振る舞いをしていると見てよいだろうが、
(3)〜(10)は格とは言えないんじゃない?
どう見ても、動詞の型が、最重要となる
タガログ語文法でいう「焦点」の性質を一義的に決めているだけで、
主体とか客体とかいう話は、後から事実上の問題としてついてくるだけだよ。
印欧語や、日本語でも近代日本語ではかなりの部分にあてはまる
格、態、動詞の自他の関係とは、本質が全く異なるものであるようにしか見えないが。
格の概念を持ち込んで、「出刃包丁を筋の向きと反対に入れて解体している」ので、
本来なら一筋につながるものがバラバラにされ、
本来、二次的にしか繋がらないものが一貫して提示されてしまっている。

748 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/11(土) 23:57:08 0
>>746
古語は作例じゃだめですか?やっぱり。
教ABでAをしてBせしむと訓読される構文で作ったつもりです。




749 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/12(日) 00:45:58 O
>>748 それなら「税也」が邪魔。

750 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/12(日) 00:51:49 0
>>749
例文に関しては私の粗相ということでかまいません。
じゃまというのは恥ずかしく、また痛感いたしますが、
それよりも何格なのかが知りたいわけです。


751 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/12(日) 01:50:49 0
>>750 不適格かもしれない例の格はわからない。

752 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/12(日) 07:00:17 0
>>747
>どう見ても、動詞の型が、最重要となる
>タガログ語文法でいう「焦点」の性質を一義的に決めているだけで、
>主体とか客体とかいう話は、後から事実上の問題としてついてくるだけだよ。
>印欧語や、日本語でも近代日本語ではかなりの部分にあてはまる
>格、態、動詞の自他の関係とは、本質が全く異なるものであるようにしか見えないが。

何が『本質が全く異なる』の?
動詞の型と語順によって各補語名詞の関係が決まるのなら,それは『格の標識』の一種ではないの?

753 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/12(日) 14:55:12 0
>>752
俺もそんなに詳しいわけじゃないが、
「焦点システム」というのは、名詞に格があるという考え方をすると
絶対に理解不能な振る舞いをするんだよ。

焦点言語では、動詞が、支配する名詞に対して「焦点」と「非焦点(その他諸々)」を選り分ける。
何が動詞に対する焦点名詞か、何が焦点ではなく「どうでもいい」か、が
文法の根幹となる。そして、焦点名詞には一定のマークが付く。
どんな名詞を焦点に選ぶかは、動詞の型が決める。
ある動詞の型では、焦点は行為者になる。結果として主格に見えるが、格ではない。
ある動詞の型では、焦点は場所になる。結果として副詞?場所格?になるが格ではない。
ある動詞の型では、焦点は理由になる。格文法としては理解不能。

無理矢理日本語で例えれば、
「は」が何につくかどうかが動詞によって厳密に決まっていて、
その動詞と「は」のつく名詞との関係だけが
動詞と名詞を結ぶ文法の根幹であるとイメージしてみればなんとなく近いかもしれない。

754 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/12(日) 15:49:50 0
>>752
焦点も動詞と名詞の関係の一種なのだから
『焦点格』という格の一種じゃないの?と自分でも分かっているでたらめをいってみる。

755 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/08/13(月) 02:16:57 0
>>747
>>743-744

756 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/12/06(木) 05:17:11 0
http://dered.creativeroot.jp/mnb/up59.jpg

757 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/01/08(火) 15:44:23 0
うま〜

758 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/01/08(火) 20:21:50 0
久々におもしろい「は」「が」「も」「主語」に関する意見
こういう発想もあるんだな
http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/01/post_a009.html

759 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/01/08(火) 20:37:39 0
宣伝乙

いちおう半分ぐらいまで読んだが
旧来の主題とか旧情報とかの説と何が違うのかわからん。

760 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/01/08(火) 23:20:37 0
長田久男『国語連文論』も「は」は「問いかける機能」を持つと論じている。
だから別にこれといって得るところはないよね

761 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/01/09(水) 00:29:19 0
>>1 スペイン語にも主語は要らない、動詞の人称変化で十分だ。



762 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/01/09(水) 00:30:54 0
>>1
主語を使わずにスレタイ書いてから言え

763 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/01/09(水) 01:09:58 0
>>762
日本語に主語はいらないとい主張は
「日本語に主語はいらない」という文に「主語」というべき要素は
含まれていない、という主張なんだと思うが。

764 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/02/15(金) 16:24:30 0
日本語には、主語はいらない
と書いたら、主語は「日本語には」になるんでしたっけ?
そもそも主語とか述語がなんだったかも、考えないで
使ってる自分でも、不自由しないからべつにどうでもいいんじゃないかな?
いらないひとは使わなければ良いだけ?

765 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/02/15(金) 16:25:47 0
動詞とか形容詞とか述語とか勉強しなおすのに良いサイトおせーて。

766 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/02/15(金) 17:35:16 0
こう、ぐわーっときたら、ぐっとして、さっと、ばっと振れば、だーんと飛んでいく。
がっ、ばっ、だよ。いいかね、がっ、ばっ、だよ。

監督、わかんねーよっ!

監督「日本語に主語はいらない」

767 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/02/15(金) 17:45:02 0
>>765
http://yslibrary.cool.ne.jp/harojapa000top.htm

768 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/02/15(金) 17:48:08 0
http://tmp7.2ch.net/test/read.cgi/youth/1202118634/201-300

お暇なときにこのスレ見てあげて下さい。板違いですが・・・
虐めについて語っていますが、一体誰が正しいのやら・・・

769 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/28(土) 03:26:31 0
age

主語で「あなた」は極力使わないね。

友人知人はなるべく名前で、初対面の人でもまず名前を聞く、話の途中で名前
忘れたら聞き直す。あとは「お客様」「部長」「先生」・・・・などなど。

770 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/29(日) 09:06:02 0
日本語で人称主語が頻繁に省略されることがあるのは主として実際に発話者
と発話対象者とが状況的にはっきりしている口語的な対面会話場面であって、
対面会話の場面では「私は」という主語ばかりか「あなたを」まで省略しても、
誰が誰のほうに視線を向けて言っているかで自明な意味を伝達できるから問題
が生じない。発話者と発話対象者が状況上文脈上特定できないときにだけ
「だれだれは」を明言する必要が出てくる。その限りできわめて合理的。

「私はあなたを愛している」も単に「愛しているよ」とだけ言えば、
発話者が面と向かった発話対象者への動作を表現していることは状況的に自明。
そういう意味では日本語は対面的でオーラルな言語なんだと思う。
英語などはどちらかというと文体的文語的で、発話対象者を抽象的な不特定多数
にもっているような公式の場面で発達したような言語であるという印象を受ける。

771 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/29(日) 09:09:15 0
「愛しているよ」を欧米の人が理解すると「私が」ではなく
「(神様が)愛している」というニュアンスになるのでは?

772 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/29(日) 09:13:16 0
>>770
訂正前:発話者と発話対象者が状況上文脈上特定できないときにだけ
「だれだれは」を明言する必要が出てくる。

訂正後:発話者と発話対象者が表現された動詞の主称と対称であることが状況上文脈上
一致しないときにだけ「だれだれは」「だれだれを」を明言する必要が出てくる。

773 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/29(日) 17:03:32 0
俺はよく自分のことを言ってるつもりが、相手からは質問だと誤解されることがある。
二人っきりで、「俺は」などの主語を言わないとき。

774 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/29(日) 23:07:09 0
相手に向かってしゃべっているときに、話の内容が相手に向けられているのでなければ、
そのことを明言しないと、それは自明じゃないでしょ。
相手の顔を見て「好きだよ」と≪だけ≫言いながら、相手が「あなたは私のことが好き
なのね」と受け取ったら、「勘違いするな、お前のことじゃない」と言い返すのは反則
であり、明らかに矛盾のある表現。相手をからかっていると思われても仕方がない。

775 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/29(日) 23:08:57 0
>>771
I love you.はLove you.に省略することあるけどLoveは無いね。

776 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/30(月) 00:47:00 0
単にloveだと愛、愛情、愛好という名詞を表わす言葉になってしまい、
動詞としての意味が消えてしまう。
日本語は「〜する」「〜している」を接尾すればなんでも動詞に早変わり。

777 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/30(月) 02:24:56 0
なんでも、ではないけどな。

778 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/06/30(月) 03:13:50 0
「化」を挟めば大概は大丈夫

779 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/17(木) 15:59:46 0
肯定文なら語尾に「ある」、否定文なら語尾に「ない」を付ければ
ちゃんとした日本語の文章になるある

780 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/17(木) 19:22:11 0
そうでもないアル

781 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/18(金) 01:30:18 0
教養のレポートの参考になりました。
本当にありがとうございました。

782 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/25(金) 11:45:51 0
オブジェクト指向言語も主語がなくて、目的語、動詞の語順になる。

783 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/25(金) 19:33:10 0
あれはどっちかというと 主語.述語(目的語) なんじゃないのか?

784 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/26(土) 05:57:18 0
>>783
例えば、主語はなに?
オブジェクト指向言語は基本的に、
「何々[を]、どう[する]」という構文によって成り立つんじゃなくて?
主語はコンパイラないしコンピュータだけど、それは明示されない。

785 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/26(土) 09:53:52 0
実際には直接目的語である場合はそんなに多くないけどな
むしろ引数があるならそっちが直接目的語の方が多い

file.puts(text) 「fileに」textを出力しろ
file.read 「fileから」文字列を読み込め
array.size 「配列の」サイズを取得しろ
3.times{...} ...を「3」回繰り返せ

それにコンピュータが主語ってのは、昔のBASICとかだと
いかにもコマンドによって機械に「命令してる」って感じがするけど
オブジェクト指向だと機械ではなくオブジェクトに直接命令してるって解釈ができなくもない。
fileに「textを出力しろ」って命令するとか、arrayに「サイズを教えろ」って命令するとか。
そんなもん解釈次第でしかない。

786 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/26(土) 19:43:00 0
英語などにも通常の命令文にはなぜか主語がないわな。


>>785
> 実際には直接目的語である場合はそんなに多くないけどな
> むしろ引数があるならそっちが直接目的語の方が多い

直接にしろ間接にしろ目的語には変わりないw

> それにコンピュータが主語ってのは、昔のBASICとかだと
> いかにもコマンドによって機械に「命令してる」って感じがするけど

意味不明。コマンドと構造化とで命令対象である実行主体が変わるとは思えない。
コンパイル型でもインタプリタ型でも中間プログラムが翻訳していることに変わりはないし。
よって解釈しだいという論法はもうめちゃくちゃw


787 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/26(土) 21:55:36 0
>>785の例見ろ。間接目的語ですらねーだろが。

あとコンパイラは翻訳してるだけで処理の実行はしてねーだろが
だから「コンパイラが主語」なんて解釈のひとつでしかねーし
そんな主張が通るなら他の解釈だって通っちゃうでしょっつってんだろが
馬鹿なの?死ぬの?

788 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/28(月) 11:15:56 0
>>787
> あとコンパイラは翻訳してるだけで処理の実行はしてねーだろが

だったらオブジェクトが処理の実行をしていると解釈することもできるなんて
あんたの主張はもっとトンデモだろww

789 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/07/28(月) 19:55:33 0
だいたい処理の実行者=主語というお前の発想が貧困と言わざるを得ない
自然言語だって動作主と主語はまったく別の概念だというのに・・・

もしプログラミング言語の文法に主語とか目的語とかいう文法概念が存在するとしたら
複数ある項のひとつだけが述語の項の位置から外に出されている意味を考えろ
それは「目的語」か?

790 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/01(金) 10:01:38 0
サブジェクトには主語ばかりか対象という意味もあるらしいな。話がますますややこしくなる。
けっきょくどの立場からどう見るかによって主語も目的語も入れ替わるのかもしれん。

791 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/01(金) 12:06:16 0
>>789
意味不明。>>785のどこに主語があるんだよ。
それに自然言語だって命令文には主語がないだろ。

792 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/01(金) 14:35:00 0
お前は非常に数多くの論理の飛躍を冒しているので、いちいちつっこむのが面倒くさいが

1. オブジェクト指向言語の記述が命令文であるとは限らない。
2. プログラムの実行者が機械であるとは限らない。機械は道具で、実行者はプログラマかも知れない。
3. 命令文の主語が省略されるとは限らない。
4. 主語が動作主(実行者)とは限らない。処理されるデータが(自動詞文的に)主語になっているのかも知れない。
5. そもそも、プログラムの文に主語とか目的語といった概念があるとは限らない。

最低でもこのくらいのポイントについて態度をはっきりさせて
その根拠も明示しなきゃなあ・・・

793 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/11(月) 14:22:30 0
主語ってどういう意味? 主題という意味なら日本語にも普通に使われているよ。
動作主という意味なら省略されることが多い。

794 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/11(月) 19:28:27 0
どっちでもない。主語は主語だ。

795 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/17(日) 14:20:11 0
My neighbor TOTOROって隣のトトロの英訳であってるのか?
日本語の場合の隣って「my」とかの一人称が主語にきている気はしないんだけど?

796 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/18(月) 06:52:00 0
>>794
それじゃ同義反復。定義になっていない。

797 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/18(月) 12:01:59 0
>>795
Their neighbor TOTORO が素直な題だけど、それでは含意が半減する。
The neighbor TOTORO は偉すぎる。
題名だけを訳すなら His neighbor TOTORO が適当と思うが、His/her とせよとか叩かれるところだ。
A はダメ、Your より My のほうがベター、結局その題名が最善かな。

798 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/18(月) 21:48:57 0
Onia najbara TOTORO

799 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/18(月) 22:00:51 0
>>797
何でOurじゃないの?あの女の子(名前忘れた)以外は脇役なのかな?

800 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/18(月) 22:21:17 O
  ∩ ∩
  (゚θ゚)キタ━━

801 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/18(月) 22:39:24 0
>>799
だから、その場合は Their となる。

802 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/19(火) 01:17:30 0
>弱いですとか言ってる人に限って良い成績の人もいるんだよなぁ。
この文体は何処かおかしい所がありますか?

803 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/19(火) 03:38:56 0
文体がおかしいかどうかは文脈見ないと判断できん。

804 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/19(火) 09:57:17 0
Anybody's neighbor TOTORO

805 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/19(火) 12:11:37 0
TOTORO the human's neighbor

806 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/19(火) 18:24:48 0
"neighbor TOTORO"だとネイティブはどういう印象受けるんだろう。

807 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/21(木) 06:17:57 0
About TOTORO
By TOTORO

808 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 03:21:46 0
英語にいうdogという概念は日本語にはない。
逆にいえば、日本語にいう犬という概念は英語にはない。
これはいったい何を意味するのか?

809 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 04:20:46 0
『ことばと文化』でも読んどけ。受験の小論とかにも役立つぞw

810 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 12:39:49 0
鈴木孝夫なんかより丸山圭三郎のほうがよっぽど為になるだおる。
特に『ソシュールを読む』あたりが。

811 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 12:46:04 0
今は絶版になっているらしいが『文化記号学の可能性』も。

812 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 15:27:23 0
丸圭は言語学者というより思想家だからなぁ

813 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 16:54:52 0
ってか、文化といっている時点で単なる言語学をはみ出しているだろ。
で、丸山はかなり大胆にはみ出していたからな。それが文化記号学らしい。

814 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 17:24:15 0
鈴木のは要するにサピア・ウォーフ仮説だろ
文化っつってもその辺まではまだ言語学に含めていいと思うが

815 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/08/28(木) 20:37:43 0
サピア・ウォーフ仮説じたいが言語学をはみだしているからなあ。
人文科学、社会科学全般をカヴァーしようとするほど大風呂敷を広げた仮説だからな。

といっても丸山あたりにいわせれば、サピア・ウォーフ仮説はラングの仮説にすぎず、
丸山の唱えるランガージュの文化記号学よりもずっと射程の狭いものではあるだろうが。

816 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/04(日) 01:08:40 0
どうだ?

ttp://www.amazon.co.jp/主語とは何か-―英語と日本語を比べて-中部大学ブックシリーズActa-大門-正幸/dp/4833140659/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1230998687&sr=8-1

817 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/09(金) 13:07:54 0
日本語に主語は要らない、ではなく、
日本語に主語の概念は要らない、別の独自文法概念が要る
が正しいと思います

818 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/12(月) 18:21:07 0
>> 817
日本語でも英語でも共通する「主語の概念」を設けることは可能。久野すすむ先生、柴谷まさよし先生の議論を参照のこと。

819 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/14(水) 22:58:16 0
subject by logman
word that comes before a main verb and represents the person or thing that performs the action of the verb or about which something is stated.

820 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/16(金) 20:20:18 0
dare ka kakusite ne

821 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/17(土) 20:54:07 0
anyone please translate >>819 into japanese

822 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/19(月) 10:26:58 0
>819 これは主体と主題を混同している。
subject とは述語の表す動作を行う者 →主体
それについて何かを言うもの →主題
両者を「主語」と訳したところから混乱が生じたのだ。
三上を読むといい。


823 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/19(月) 19:31:42 0
>>317
subject--- word -- 'go'「語」で
主要動詞の 前に位置する
動詞の 動作を 完成させる 人物や 事柄を 叙述している 
または その 語に ついて ある事が 表現されている


824 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/19(月) 20:27:11 0
>>819

825 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/03/07(土) 22:52:13 0
「雨だ」に省略されている主語は何か
http://dubai.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1236432986/

826 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/03/07(土) 23:10:31 0
>>822
subject: 主語 - 動詞を中心とする文の構造
topic: 主題、話題 - 情報構造(主題と評言)
agent: 主体、動作者 - 役割

三者を混同している。
角田太作「世界の言語と日本語」を読むべき。
言語学一年生なら必修図書だろう。

827 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/11(月) 14:15:45 0
「雨が降っている」は、エスペラントではPluvasだけ。無主語。

pluvoは雨
pluvasは雨る、雨っている
pluvisは雨った
pluvosは雨るだろう
pluvusは雨るなら
pluvuは雨ろ

828 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/11(月) 14:25:19 0
subjectには主体と同時に客体という意味もあるんだな。ややこしい。

829 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/16(土) 15:25:30 0
「車が走る」は car runs でいいのか? run は二本足か4本足限定のような感じだが。


830 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/16(土) 15:28:30 0
train runs やship runs,bicycle runs も多分、言わないだろうな。


831 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/16(土) 19:57:10 0
>>830
ドゥービー・ブラザーズに"Long Train Runnin'"という有名な曲があるよ。

See them long trains runnin' みたいなフレーズが出てくる。

832 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/18(月) 01:01:58 0
プログラムやスクリプトはrunだな

833 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/18(月) 16:19:44 0
>>1 スペイン語にも主語はいらない。


834 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/18(月) 20:24:29 O
俺には頭がいらない。

835 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/05/20(水) 16:13:56 0
英語でも命令形には主語がいらない。


836 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/06/01(月) 10:47:02 0
人称主語がいらないのは日本語のみならず、すべての言語にとって本来不要なのでは?
強調したり、状況的に判断しにくい特殊な場合を除き。

837 :フロイト精神分析学派:2009/06/01(月) 12:14:26 O
様変わりしたな。渋谷ハチ公行くか

838 :水上 剣:2009/10/13(火) 14:38:01 0
主語の有無を問ふ前に、先づ述語の有無を問ふべきと小生は考へますが、いかがでせうか?

839 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/14(水) 02:27:49 0
叙述する とは 「ココニ ホン ガ アリマス。コノ ホン ハ ブンポウショ デス。」 本に ついて 叙述して いて 「ココニ ホンガ」 を 主部 と 定義 し 本 を 主語 と 定義し 「アリマス」を 述部 と 定義し その 中心の 語を 叙述動詞と 定義します。
「ガ」は 後置された 不定冠詞 「ハ」は 後置冠詞 と みなします。従って
<<主語の有無を問ふ前に、先づ述語の有無を問う<<>>838
必要は ありません。
その両者が ない と 叙述が 不可能に なりますよ。宜しい のですか。

840 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/14(水) 14:55:53 0
述語の定義って?

841 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/14(水) 15:21:29 0
述部 と 定義し その 中心の 語を
述語 と 定義します。

842 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/17(土) 19:33:20 0
「述部」と「中心」を定義してくれ。

843 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/17(土) 21:56:11 0
>>842
Zyutubu towa
syubu no doosa matawa arisama o noberu bubun o zyutubu to iu.
Zyutubu wa (...suru,  ...dearu) ni ataru bubun dearu.
Tyuusin towa,
 zyutubu ga ikutu mo no kotoba kara naritatte iru baai zutugo doosi nokoto ga omoki o nasu node tyuusin to iu hyoogen ni sita.

Tautology ni otiiranai yooni tutometa.
 SHORYUDU'S A NEW ENGLISH GRAMMAR o sankoo ni sita.

844 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/18(日) 11:44:49 0
SUBJECT..............主部
SUBJECT VERB.....主語
PREDICATE............述部
PREDICATE VERB....述語動詞 (述語)
この 対比 を 守りましょう

845 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/18(日) 11:51:54 0
いらない場合もあるしいる場合もあるが事実。

846 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/18(日) 14:29:23 O
なくても理解できるのが日本人
2ちゃんねるには外国人が多いw

847 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/18(日) 14:49:11 0
subjectは前提条件

848 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/18(日) 15:16:34 0
>>846
せめて主語を書くべきでなかった。

849 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/19(月) 13:17:18 0
subjectって対象とか客体という意味もあるんでしょう?
動詞では従属することだそうな。

850 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/10/19(月) 19:35:14 0
>>849
名詞 文法では 主部;主語
他動詞で、を...に服従させる。 従属させる, 自動詞は なし
形容詞は 従属する、臣下である。

851 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/21(土) 12:26:33 O
スレチ・既出なら申し訳ない

受験英語を勉強していた頃に思った疑問

小田和正の「ラブストリーは突然に」のサビの「あの日あの時〜、〜見知らぬ二人のまま」の部分に、登場人物は何人いるのか?

つまり、「僕ら」の中に「君」が含まれているか否か、という疑問です
どなたかご教示ください。


852 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/21(土) 18:41:56 0
作詞家に聞け

853 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/21(土) 19:42:51 O
>>852
レス有り難うごさいます >>851です

"主語の一致"を厳格に運用すると、上記歌詞中の「君」は「僕ら」以外の(恋のキューピッド的な)第三者とも思えてしまい、どっちが正解なのだろうと真剣に考え込んでしまいました。

どなたか、合理化な解釈を示していただけば幸いです。

854 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/21(土) 19:52:26 0
好きに解釈しろ

855 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/21(土) 23:59:31 O
「あの日あの時あの場所で (僕が) 君に会えなかったら、僕ら (=僕 & 君) はいつまでも見知らぬ二人のまま」
こうしか解釈できないんだが、問題はこれがなぜ文法的なのかだな。
確かに、主節と従節の主語 (「○○が」) が一致しない場合、従節の主語は省略できないのが原則だ。
しかし、強い文脈の支えがあれば、省略できることもある。
「太郎が来たらあなたは帰るんですか?」「はい、{彼が/φ} 来たらすぐ帰ります」
問題の歌詞では、「僕」と「君」とが共通に理解している「あの日あの時あの場所で」が効いてるんじゃないかな。
「あの日あの時あの場所で僕は君に出会ったんだ。もし {僕が/φ} {君に/φ} 会えなかったら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のままだっただろう」
こんな感じだと思う。ただし、「僕が」を残して「君に」を省略することはできない。

856 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/22(日) 00:38:38 O
>>855さん
>>851です。本当に有り難うごさいます

ご指摘の通り、強い文脈の支えがあってのものと理解するべきかと思います。(これを疑問に持った当時は『紛らわしいから、「君に」を取っ払えばいいだろうに・・・』とさえ思ったりしましたが。)

有り難うございました。

857 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/26(木) 15:59:10 0
日本語に時制はいらないパート2

日本語に未来形はないという説はかなり一般的に言われていますが、
過去形もないのではないでしょうか。
そもそも日本語には時制がないと唱える人もいます。
時制ではなくアスペクトだけがあるのだそうです。

858 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/11/26(木) 19:58:18 0
スレ違い。

859 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/10(木) 00:03:56 O
>>851
つうかさ、あの歌聴いてそんなことが理解出来ない時点で感性が乏しすぎるよ

860 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/10(木) 01:05:11 0
「二人」とあるんだから、それだけで自明だと思うけど。

861 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/11(金) 09:56:29 0
 歌詞の中から「君」「二人」が出てくる箇所を抜粋してみました。

A 君があんまりすてきだから ただすなおに 好きと言えないで
A 多分もうすぐ 雨も止んで 二人 たそがれ

B あの日 あの時 あの場所で 君に会えなかったら
B 僕等は いつまでも 見知らぬ二人のまま

C 明日になれば君をきっと 今よりもっと好きになる

D 君のためにつばさになる 君を守りつづける
D やわらかく 君をつつむ あの風になる

E 今 君の心が動いた 言葉止めて 肩を寄せて
E 僕は忘れないこの日を 君を誰れにも渡さない

F 誰れかが甘く誘う言葉に 心揺れたりしないで
F 君をつつむ あの風になる

 「君」が2人の人間を指している可能性、あるいはフレーズAにおける「二人」(P)と
Bにおける「二人」(Q)が違うペアである可能性を考慮し、僕(Y)、サワリBにおける
「二人」(僕等)の片割れ(Z)と謎の第三者(X)、フレーズiにおける「君」(Ui)と
それぞれ置きます。

862 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/11(金) 10:02:15 0
つづき。
 一番素直な読み方では、全てのU=YかつZ=0かつP=Q=X+Yとなります。

 さて、Ub=X≠Zと仮定して、各フレーズの「君」を検証してみましょう。
A:ここはその直後にくるBの「あの日 あの時 あの場所」の事と想われますが、
  過去のその時に起こった出来事の結果がBであるというだけですので、
  Ua=X の可能性は十分にあります。
C:ここは「誰れかが甘く誘う言葉に もう心揺れたりしないで 切ないけど 
  そんな風に心は縛れない」という詞に続く箇所で、後ろに「そのすべてが
  僕のなかで 時を超えてゆく」と続いていきます。「時を超え」るのです
  から、ここでの「明日」「今」が過去のある時点に立って言われた事である
  可能性も出てきます。過去ならば第三者に恋愛観女を深めてもフレーズB
  には矛盾しないので、Uc=Xもありえます。

863 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/11(金) 10:04:45 0
つづき。

D:「あの風」がどの風なのかは、前出が無いためにはっきりしません。YとXの
  人間関係が、かつては恋人(あるいはそれに類するもの)であり、今は精神的
  な保護者・被保護者の関係ならば、Ud=Xの可能性は捨てきれません。
E:ここは大幅な転調が行われる箇所です。「僕は忘れないこの日を」の部分から、
  フレーズCと同じくここの「今」も過去のある時点のYの心情とすれば
  「君を誰れにも渡さない」という詞もBと矛盾しませんので、Ue=Xも可能。
  なお、他のUを=Xとして、Ue=Yと解釈しても、一応つじつまは合います。
F:ここはCの直前の詞とFの後半が組み合わさっています。また、前後をAの
  リフレインに挟まれており、過去と現在が交錯していると見る事もできます。
  つまり、Ua=Xとしているならば、ほぼUf=Xとなるでしょう。

結果:「すべてのU=X≠ZかつP=X+YかつQ=Y+Z」も可能である。
   マー、ムリガアルノハワカッテルケドネー

864 :名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/15(火) 22:08:44 0
八巻正治先生の出身の米ニューポート大学大学院 とは、どんな大学でしょうか。
八巻正治先生が学ばれただけあって権威のある大学なんでしょうね。
八巻正治先生、八巻正治先生、八巻正治先生!!
応援していますよ! がんばってくださいね!

865 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/04/14(水) 23:52:33 O
>>861-863
亀ですが、大変参考になりました。ありがとうございます。今思うと、ためにする問い掛けだったようで少々反省しております。

866 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/04/16(金) 00:45:44 0
       時枝誠記→→→渡辺実
                  北原保雄
山田孝雄→→→森重敏→川端善明→尾上圭介
       三上章→→寺村秀夫→→仁田義雄
                        益岡隆志
           奥田靖雄→鈴木重幸

867 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/07/17(土) 07:35:35 P
>>863
え?
何?
何言ってんの意味分からない。
なに濃度って?
え?ノードの事?
日本語のカタカナ言葉を原語のアクセントで読むのは間違い。
×ファ↑イル
○ファイル
×サ↑イト
○サイト
×クッ↑キー
○クッキー
×ア↑ドレス
○アドレス
×ネッ↑ト
○ネット
×ケー↑ブル
○ケーブル
×テー↑ブル
○テーブル
×デー↑タ
○データ
×セ↑グメント
○セグメント
×コー↑ド
○コード
×タバ↑コ
○タバコ
これらのアクセントを間違えて発音していると日本人である事を疑われるので気を付けるように。

394 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.02 2018/11/22 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)