5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【飯とチケット】古谷利裕の偽日記12【ください】

1 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/02/21(土) 15:41:37
美術作家・批評家の古谷利裕について語りましょう。
古谷の単著が出ました。
『世界へと滲み出す脳――感覚の論理、イメージのみる夢』(青土社、2008.7)
岡崎乾二郎、平倉圭、四谷アートステュディウム、石岡良治、『artitoc』、module、
林道郎、松浦寿夫、宮川淳、松岡新一郎、
『Review House』、photographer's galleryおよび『photographer's gallery press』、
蓮實重彦、保坂和志、樫村晴香。
『October』派やロザリンド・クラウスなど諸論者から、
英米仏の映画・芸術・文学の理論・研究・批評・動向まで。
書き込み人特定などの煽りはスルーしましょう。

ttp://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/(08/05/31(土)〜)
ttp://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/nisenikki.html(08/05/30(金)以来、更新停止中)

前スレ
【カーボン】古谷利裕の偽日記11【だ簿ズ】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gallery/1234088389/

795 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 11:55:50
あと、呪いや幽霊ってのは別に恐怖映画にする必要は全然ないと思う
ゴダールのアワーミュージックだって幽霊みたいなのが出てくる映画なんだし
むしろ政治的主題なのだとすら言えるはずなんだ
しかしジャンル映画と黒沢の関係を必然視すると、この論点が全く見えないことになってしまう

796 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 11:57:58
>>794
正直、国内の映画作品をあんまりチェックしてないし、
俺は別に勤勉に山ほど映画を見るタイプの映画好きじゃないので、若手はよく知らん
国内の若手や映画にはあまり可能性は見込めないというふうに思ってる
スレイマンとか王兵とかジャ・ジャンクーとかがどこまで行くのかに注目してるってぐらいかな

797 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:00:36
>>796
ありがとう
海外だと国策として映画作りが奨励されてる感じあるけど日本の映画作家は蚊帳の外だなあ
海外でも日本趣味として消費されるだけ

798 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:02:28
>>797
何言ってるの?
日本でも十分国策化してるじゃないか
映画美学校をそのまま芸大が拾い上げたり

799 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:02:54
あと、諏訪が造型大でいきなり学長とか


800 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:04:08
>>798
そのやり方がうまくいってない
批評基準が蓮実直系しかない貧しさ

801 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:05:03
>>800
というか、世俗的にはうまくいっちゃってるでしょう
フィルムセンターは完全に蓮實系の機関として完成されているし

802 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:06:43
>>797
全く見てないから保証できないけど、森崎東はひょっとすると面白いのかな?
とか、そういう興味もあるけどね
まあ、俺は本数で言うと全然見ないタイプの人間だから、自分で探してくれとw

だが、補助線になる批評家・批評言説がかなり不在になってるので、うんざりする状況ではある
いろいろ発掘して紹介するって意味では赤坂大輔にも好感はあるんだが、
彼はちょっと論立てが素朴すぎるし、問題がある
赤坂はロッセリーニ論(後期ロッセリーニと上演の主題とか・・)を書くなり、どしどし翻訳してほしいな
珍しく語学的・書籍踏破的な勤勉さは結構ある人だからそういう貢献がほしい

あと、チャップリンをコメディ云々、茫洋な人物の動作云々で発掘する言説とか無いのかな、と思う
ゴダールの自分の作品での道化的/深刻ぶった出演は、チャップリンの匂いがあるし、
バザンには独特の限界もあるが、チャップリンとロッセリーニを重要視したバザン
というのを誰かしっかり突っ込んで議論すべきだと思う

803 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:08:45
とっても便利な大野さんがいますよ

804 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:10:10
大野のチャップリン論って読んだことないからまだ何ともいえない
とりあえず、淀川のチャップリンではコメディアン的な複雑さを持つチャップリン、という像が出てこないと思う

805 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:10:26
あと、面白いかどうかわからないけど土田環ってバザン研究のはず


806 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:13:03
>>805
あ、そうなのか
それは知らなかったな、ありがとう
高木繁光みたいなレベルじゃなきゃいいんだがな…
(最近高木の論文をざっと数本読んで、議論水準の低さにキレかけた)

807 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:14:46
>>797-801
まあ、悪い形で包囲がどんどん進行してるよな
そりゃまあ面白い展開になればいいんだけど、かなり不安だらけだ

808 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:15:03
このスレの住民的には、藤井仁子はどうなのよ。

あと、葛生賢っていう若手にも期待したい。


809 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:15:38
>>806
ただ、予感だけど、土田はここで言われているシネフィルっぽい

810 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:16:11
藤井は文章が下手なんじゃなかろうか
もっと面白いことが言えそう

811 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:19:44
>>808
藤井って、『映像学』寄稿論文の頃から読んで知ってるけど、
長谷正人に毛が生えたレベルの成瀬研究者、って印象しか当事は無かったぞ
ストローブ論も決して水準高くないと思うし、あまり良くないと思う

葛生は批評言説は糞
作家としての葛生は『吉野葛』を見ないかぎりなんとも言えないとはいえ(俺は見てない)、
彼のストローブを追ってれば聖別される、みたいな安直なノリから考えて、
「『路地へ』よりはマシなストローブ模倣」の域を本当に出るのかかなり不安
ビトムスキーから「ストローブユイレの使徒である」と褒められたのを嬉々として自慢するあたり、
問題設定の先がどこまであるのか、疑問だらけだなあいつは

>>809
だろうなあ、という不安はあるね

812 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:21:32
疑問だらけワロタ

813 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:38:27
811が厳しすぎるんじゃないの
たぶんいい人は皆無のはず

814 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:42:48
いや、もちろん、石岡や平倉について思うように
「がんばれがんばれ、藤井も化けるかも」とは思ってるから、
別に軽蔑まではしてないよ
葛生も作家として成長してくれればもちろんいいことには違いない

ただ、あんまり国内で有望株探しすることに興味がなくなってきた感があって
自分の関心水準に引っかかってこないと、「はいはい」みたいにダレて接しちゃうんだよな
なまじ蓮実ドグマを微にいり細にわたり把握してうんざりしているために、
「その範囲内におさまるんじゃね、こいつ」と思う相手にはかなり厳しめの評価しちゃうかな
そんなん、誰でもちょっとセンスが良かったらできる程度のひねりじゃん、って思うことが多い
古谷も俺から見るとこの範囲内に見事に収まるし

815 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:46:05
あまり藤枝近辺の動向は知らないから何ともいえないけど、
上田、加治屋や近藤、畑違いだけど清水、松井に対して
否が応にも留保を置いてしまう人の感覚に、俺の感覚は多少似てるんじゃないかな、と思う

816 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:48:15
清水と松井って誰?

817 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:48:54
そのものずばりの蓮實を見つけて笑った

>たとえば、溝口健二の『近松物語』、ジャック・ベッケルの『穴』、あるいはロベール・ブレッソンの『ラルジャン』。そこでの画面の持続と連鎖にはこれっぽっちの過剰も欠落もまぎれこんではおらず、ひたすら完璧というほかはない。
>それでいて、その完璧さそのものが、題材にはかかわりなく、始末に負えぬ過剰として見る者を困惑させにかかるので、あまりに透明であることの痛みに、人は思わず茫然自失するしかない。
>しかも厄介なことに、この困惑と痛みの起源は、どこにも見えてはいないのである。

818 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:49:34
蓮実=藤枝=岡崎
ってところか

819 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:49:57
穣とみどり
藤枝近辺じゃないから畑違いだけど
おいちょっと待て、お前らはやるべき諸問題がたくさんある、って言いたくなるだろう、あいつら見てると

820 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:50:07
岡崎はドグマを作るほど有名じゃないでしょ

821 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:50:59
>>819
そいつらはシネフィル連中よりずっと水準低くないですか?
福住廉ともそう大差ない

822 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:51:00
>あまりに透明であることの痛みに、人は思わず茫然自失するしかない。

この辺はいかにもだなw

823 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:52:23
>>818
岡崎はまだはるかに尊敬するわ
彼なりの限界もあるのは感じるけど、
岡崎をじっくり触れると蓮実ドグマをかなり解消できる効果はあると思う
ただ、岡崎の後がいまいちぱっとしないという状況になりそうで懸念もある
蓮実=藤枝 はいろんな点で対応すると言えると思う

824 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:53:38
>>823
石岡が岡崎ドグマから抜け出せるかどうかに注目してる

825 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:54:26
>>817
蓮実用語で全く置換できるね
「説話論的透明さが過剰の域に達している」 以上
この程度の議論に満足するとか、アホかと


826 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:55:33
>>824
俺の見立てでは、岡崎より石岡は数ミリ(ほどの差だとはいえ)劣化しているという疑いがなあ
優秀な人だから今後に積極的に期待しているけども

827 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:56:40
まあ石岡もまだ若いしこれからに期待だな

828 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:56:57
>>826
ブログ見たらアニオタになってて吹いた

829 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:58:37
>>826
真面目な人だから岡崎の冗談みたいな話も真に受けかねんという心配はある

830 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 12:59:15
>>821
俺はシネフィルの方が水準低い気がする
シネフィルって映画理論を一定咀嚼している連中すらほぼいないぜ(プロ批評家を含めての話)
先日のログでも言ったけど、美術理論の連中の方が健全なバランスの人が多いって俺は思ってるよ
少なからず人文・思想史の諸領域と交差せざるをえなくなる展開多いでしょ
国内映画批評の人らってそれすら滅多におきない

藤井にしても社会学系のScreenあたりの視線論とバーチのアトラクション論ぐらいしか
消化してなさそうな気配がある それとドゥルーズの映画論の三すくみみたいな図式でしか考えてない感じ

831 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:00:09
本当に数ミリならけっこうすごくね?
蓮實と初期の松浦寿輝みたいな感じ?

832 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:06:36
>>828
基本的にオタク気質だよね

833 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:08:52
>>831
うん、数ミリの差だ、ってのは、ある意味褒めてるわけね
一目は置いてるわけよ
同時に、そのちょっとの差が致命的になることもありうるんだけどw

蓮実と松浦の差異となると、どうかなあ、
一見似てるように見えるし、語彙、文体もある程度重なってた時期もあるけど
松浦は蓮実より劣化が別の意味であると思う
彼のゴダール論は、中期蓮実におけるゴダール論の不在を埋める相補的関係というよりは、
実はまずいものだと思うし……
蓮実の「ぬけぬけとした」論立てってあるじゃない?
蓮実だとぬけぬけ姿勢→議論水準 は決して良くないんだけど、
あのぬけぬけとしたセンスから出てくる発想は、ごくたまぁぁぁにだが、奇妙に鋭かったりする
松浦ってそこが思いっきり欠けててね、生真面目な深刻面を本気でやってる印象があるな

ただ、蓮実の「ぬけぬけ」は、ゴダールの「ぬけぬけ」の劣化版なんで、
蓮実でゴダールを理解すると、実はかなり間違うのだが

834 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:11:19
松浦の小説って全然ダメだと思うんだが・・・

835 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:13:10
>>834
小説や詩となると、もう読んですらいない
松浦ってあんまりいい人ではないんだよね
なぜかは知らないが、80年代のあのへんの人らって
「いまいちさ」においてびしっと足並み揃ってる感じがあるな
四方田も蓮実言説のアレンジ範囲内に割と簡単に収まる

836 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:14:03
>>830
なるほど。表象の人はさすがにそれよりは上なのかな
でも藤井がやれることはもっと色々ありそう

837 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:14:41
>>828>>832
まったく石岡め、のんきなこと言ってるんじゃねえよ、このやろう、とか思ったりしたのは秘密だ

838 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:15:08
きめえスレだな

839 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:15:14
>>832
にわかじゃねーだろwと思った

840 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:15:49
>>836
石岡ほどの期待株扱いではないが、藤井はがんばれと思う

841 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:16:11
>>837
わざとでしょ

842 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:16:25
>>835
蓮実の小説はどう?
ロブ・グリエの韜晦な模倣くらいにしか思えなかった

843 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:16:53
石岡はオタク路線でやってくんじゃないの

844 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:17:25
>>842
というか金井美恵子の模倣に思える

845 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:19:48
二代目オタキングですか

846 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:20:51
オタキングはめざさないでしょ


847 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:21:12
>>844
金井を先生とか呼んでるあの演技はなんなんだろうw

848 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:25:16
>>842
陥没地帯しか読んでないけど、
蓮実の小説は>>778みたいな評言でまとまるんじゃないかな
最初期浅田(逃走論所収書評)が蓮実=ダニエル・シュミット説を言ってたのは的確だと思う
趣味的には、あの小説は嫌いじゃないけど、別に賞賛しようとか思わないねw

ただし、俺が「蓮実と小説的描写」についてつねづね思ってるのは、
彼の映画批評が「小説描写」に近い構造を持っているってことだ
これは、古谷の文体の長い持続性や場面描写などにも転用されているが、
「あたかも映画を記述で演奏しなおすかのように」のスタイルが彼の映画批評の手法の一つだった
これ自体、小説の描写と想起の関係にきわめて似ているし、
ああいう文体で書くことで映画を賦活させるべき、という暗黙のドグマにもなったんだと思う
だから、蓮実影響の濃い人が、近い文体で記述していたのはただの偶然でも模倣でもなく、
ああいう衝動と映画経験の形成が不可分になっていたからだと思う

なんか面倒かつ短くまとめるのが難しい論点なので
さらっと岡崎につなげて言うと、
岡崎の文体はかなり自覚的にこうした蓮実的文体とその求心力から離脱して形成されてるものだと思う
その上で、ある種の衝動や思考惹起みたいなものがすごく生じる文章になってる
俺なんかは、単純な話、岡崎の文章読むと何か手を動かして作りたくなってくるからね
ああいう文体での批評もありなんだ、ってショックを受けることができるって意味では、
蓮実的作品記述文体に慣れた人こそが、岡崎の文章で解毒したらいいんじゃないかと思うな

849 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:28:58
蓮實の文体は、ビデオ以前の最後の世代っていう意識じゃないですかね

850 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:31:40
>>849
うん、記憶と描写の必要ってのが背景にあるよね
でも、メディア技術の推移だけじゃなくて、
半ばあれが「映画と文章のあるべき関係」みたいに規範化されたところがある
そのまんまの蓮実描写は誰もやらないとはいえ、シーンを摘出して、
ある程度具体的に描写して、ああ素晴らしい、みたいな素振りはかなり共有されてるんじゃないかな(ex.古谷)
テマティスム的作品再構成と密接に絡んでる問題だけどね

851 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:33:32
>>848
なるほどね
そういえばソンタグが作品の描写は批評たりうるみたいなこと言ってたな
岡崎の文は論理的展開だけに賭けている感じがある
論理がなければ文章とは言わんとでもいいたげ

852 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:33:55
蓮實はフォード論もボヴァリー夫人論も書かないで死ぬでしょ
そういうのが最悪だな

853 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:34:48
>>851
フォーマリズムは本当は捨てたもんじゃないと思う
本気のテマティックも

854 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:35:49
>>842
蓮実とは別にロブグリエについて言うと、
彼を蓮実的な圏域から引き剥がして再論するってのも必要だろうね
俺は割とロブグリエが好きなんだけど、何とも不毛なまでの描写スタイルで、
蓮実のような再現性を滑稽にかたちで不毛化してるような感じ
写真を構図法で語るような描写をやるとか、ほとんど冗談みたいなところがある
俺なんかはW.G.ゼーバルトの小説に意外につながる読み方ができないかとか思うんだが、
まだ思いつきの範囲を出てないな

ロブグリエの映画については赤坂がドゥルーズ越しでこだわって論じてるけど、
なかなかいい論点で関心を持ってるとは思う

855 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:37:03
>>853
蓮実のインタヴュー手法と同様、いいところはあるんだよ
かなり書き換えたり変形したりして継承する余地はあるとは思う

856 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:38:34
でも蓮實の映画のテマティズムは糞でしょ
丸い物とか美術音痴だなあと思う

857 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:39:19
>>851
しかし岡崎の文章って、なんか概念とかキーワードが文章が進行するにつれて生き物みたいに動くでしょ
あれは単に論文を書こうという発想だけでは生まれない、かなり面白いものだと思うよ
読んでるうちに、概念が読み手の中で勝手に動き出すような作用がある
たぶん、柄谷の文体をかなり換骨奪胎して作った文章方法なんだろうと思うけど、
あそこまで柄谷文章を変形できた人はいないと思う

858 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:40:02
>>854
>なかなかいい論点
どこでどんな文章を?


859 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:41:14
>>856
形態とか色彩のテマティスムになるところとか、それであたかも大丈夫、
みたいなのはかなり最低だと思う
どっちかというと俺が好きなのは、行為のテマティスムかな
平倉のアワーミュージック論(インターコミュニケーション所収)見てると、
ああこの人、蓮実からかなり育ってる人だなあ、と思ったね


860 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:43:06
>>858
>>627の赤坂HPにあった文章のどれかが、そういうのだった
まあ赤坂の悪癖として、ちょろっと論じて、そこで止まるというのは相変わらずだったが
「ロブグリエ映画作品と時間」って感じの論点

861 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:43:31
蓮實の漱石って、リシャールと比べるとすごくつまらない物だったよ


862 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:43:52
>>860
thx

863 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:45:15
>>861
リシャールは俺読んだことないけど、そうだろうねえ
バルトにしても、初期〜中期のバルトって蓮実には回収されない面白い、
政治的・歴史的な論点たくさんあるよ
蓮実っていろんなものを駄目にしたという印象あるなあ

864 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:51:05
>>857
柄谷からの影響はかなりあるだろうね

865 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:54:02
岡崎の文章は作品と似ている

866 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:54:42
>>864
俺は岡崎によって柄谷のイメージが変わるぐらいの刺激があったな
ただ、岡崎の弱点というか危うさと、柄谷の思考方法ってたぶんかぶると思う
「構造と歴史」とかの対置の仕方は、思うに、丸々岡崎に引き継がれちゃってる

867 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:54:46
岡崎の文章って意外と論旨が混乱気味で難しく、読みにくい。
あれ、すらっと理解できるものなの?
対談とかの発言は凄く刺激的で好きなんだけども。

868 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:57:31
>>867
確かに何度も読まないとわかりづらい点はある
たまにだまされてるような気がするときもある

869 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:57:46
>>867
うん、さらっと書けよこのやろうww
と思うときもたまにある
>>857で言う作用は稀有な達成物ではあるとはいえ、同時にそういう代償が生じてる

岡崎理解がうまく進行しない理由の一つってたぶんこれだろうな

870 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 13:59:47
このやろうと思わせれば勝ち

871 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:00:38
石岡あたりが本格的な岡崎論を書いて、
岡崎をもう少し読解可能なものにしてくれないかな。
いや、石岡も混濁の人だから無理かw


872 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:01:57
>>867
>対談とかの発言
岡崎は対談もまた、蓮実のインタヴュー手法とは別の局面ですごいと思う
相手への切り返し方、相手の論理を語彙や相手の構図に引きずられずに
しかし視点を移動させて一気に変貌させ、別の構図に立て直すような介入方法
あれを見ると、「作家とはかくあるものか」と震えるね
馬鹿には決してできないが、かといって秀才にもできない
あれはなかなか真似できない

873 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:02:07
石岡は岡崎論を自らに禁じているとみた

874 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:02:16
>岡崎理解がうまく進行しない理由の一つってたぶんこれだろうな

これは柄谷も昔言われてたらしいね
おそらく二人ともコピー&ペーストで文章を組み替えてるから自分でわかってても読者には説明が足らない部分がある
そこが論理の飛躍に見える

875 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:03:40
>>871
石岡はいろんな欲望持ってるんだろうなあ、とは思うよねw
彼ならある程度まで整備できそうなんだけどな
その後で他の人がいろいろ継ぎ足したり、いじればかなりいける気がするし

876 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:06:32
>>875
とらドラが面白いのかどうか気になるんだがw

877 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:07:01
>>874
わかった確信はいだくんだが、あれ? どういう要旨なんだかよくわかんね、
みたいな混乱が生じるって面があるよね
あと、字面の使い方と思考の進ませ方がちょっと乖離してるから、
論旨整理と文章が分離してて、なんか「生き物みたいに動く」ものがもごもごと乱舞しすぎるっていうか
数日経って脳裏にある「こういう議論だったよな」という思いで読み返すと、
「なんか違う議論してるような・・・」みたいな再読感に陥ったりするw

878 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:07:55
>>876
俺は「のんき石岡モード説」によって、どうでもええわ、とスルーすることにした

879 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:10:43
>>878
ゲームとか明らかに本気じゃね?
俺は全部ガチ説

880 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:11:44
>>877
長島茂雄のバッティングコーチに近いかなw

881 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:12:31
ゲームはガチだろうと思うが、「いつか書きたいゲーム論」があって、
でもなんとなくブログだから・・・みたいに、ゲームプレイ日記に手を染めた、みたいな順序だと思う
しかし、石岡のゲーム論ってどういうものなのかまださっぱり姿が見えない

882 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:12:32
俺は、blogでは、のんき版石岡も楽しいので応援したいな。
いやーのんきモードも入れていかないとblogなんて続かないって。

883 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:12:50
>>880
弟子が誰も育たなさそうだなw

884 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:13:59
>>880
まあ、表象学会の講演でセザンヌの言葉と長島語についてちょっとしゃべってたりするね
単に神秘的に語るのでもなく、技術と身体と言葉の関係みたいな話しになってて、
割と論旨は単純ながら、ああ岡崎らしい論点だなあ、と思った

885 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:14:09
>>881
そりゃあシューティングゲーム論じゃないの?


886 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:17:34
>>885
TRPG、ボードゲーム、カードゲーム、電源系ゲームまでを射程に入れて
是非ともやってもらいたいんだがなあ
東が思いきり取り逃した問題だからな、このへんは
新城カズマがこだわってるけど、ラノベとTRGPや非電源系ゲームの関係は根深い
そこまで議論を整備すれば、RPGだろうとシミュレーションだろうとシューティングだろうと
そこからの隔たりで書きやすくなると思うんだが

887 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:17:53
>>737
あの主人公が駄目なやつというのは武自身がインタビューでフルやんと同じ仕方でいってるね
人にいわれたとおりにしか作れないって
もっとも武の場合現代美術はみんなあんな感じって偏見も入ってるけど

888 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:19:17
>>887
その偏見に古谷は反発したのかな、と言おうと思ったら、
古谷の偏見も大して変わらんわ、と気づいて苦笑するほかない気分になった

889 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:20:00
http://ameblo.jp/hobo-nikkan/entry-10001834512.html
長島語録w

890 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:21:28
炉ブグリエを理解するには、徹底した構造主義が必要なんだけど、日本のポモには荷が重いのか、
浅田以外は誰も構造主義を勉強したことないからなあ

炉ブグリエの小説を、ナオミ風に描写が云々なんていつまでいっているのよ、って思う
あれは、位相空間論やってないと分からない


891 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:21:36
>>882
ブログではシリアスに書籍お勧めモードと、のんき石岡モードで
いろいろ楽しく気分転換的に書いてもらえばって感じだね
原稿がんばってくれと

892 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:22:34
>>888
美大生を安易に殺す場面にキレてたね
武の映画で簡単に人が死ぬのはいつものことなのに

893 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:22:40
>>886
石岡はテレビゲーム中心だと思うよ

894 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:23:26
>浅田以外は誰も構造主義を勉強したことないからなあ

これはいいすぎw

895 :わたしはダリ?名無しさん?:2009/03/01(日) 14:24:51
そいつ例の「〜でしょ」くんだから

249 KB
★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)