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南京大虐殺は結局存在かどうか?

72 :名無的発言者:2008/07/08(火) 20:56:05
>>69
それは戦後貧困にあえぐ日本国民に大金つぎ込んで援助する必要は無い、それは日本に対する
当然の報いだという世論の中、戦後日本の国民を守る約束をしたマッカーサーが援助を引き出すた
めの答弁です。君ら右翼に引用されるような大日本帝国の美化正当化のための答弁ではありません。ok

>>71
 第二次大戦でカニバリズム(人肉食)が登場するのは、太平洋戦線の日本
軍だけのようだ。大小の離島に置き去りにされ、飢餓の淵をさまよう戦争は、
日本軍にも初経験であった。200万を超える戦没者の7割前後が広義の飢餓
によって倒れたとする試算もあるくらいだが、実数は確かめようもない。
 指揮系統が切れ、軍規が崩壊した前線の末端でカニバリズムが横行したと
いう風聞は、決して少なくない。ニューギニア、ガダルカナル、フィリッピン、
インパール戦線の従軍記には、この種の内輪話がよく出るが、事柄が事柄なの
でほとんど間接話法で語られている。
 東京裁判には、ニューギニア戦線で1944年12月、第18軍司令官か
ら「連合軍の屍肉を食うことは許すが、友軍の屍肉の場合は処罰する」旨の軍
令が発せられ、該当する4名の兵が処刑された事実が報告された(1946.12.11
法廷記録)。
 それ以上の詳細は模糊としてつかめないが、カニバリズムが連合軍の法廷
で裁かれたのは父島事件だけであり、それも飢餓という極限状況下の事件でな
かっただけに人々を驚かせた。
 文献によっては父島の食生活が窮迫していたとするものもあるが、カニバ
リズムを少しでも正当化するほどの条件がなかったのは確実である。
 部隊により給養の程度に差はあったが、前記の鍵和田は終戦直前まで定量
5合の白米が2合7勺に落ちた程度で、終戦後は3合5勺に増量された、と回
想する。日本内地よりはむしろ恵まれた食料事情といってよい。
 その他の条件も、父島は決して悪くはなかった。空襲も断続的、散発的で
死者も毎回数名の程度にとどまっていた。島民は内地へ疎開していたので、被
害はほとんど出ていない

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