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弥生人が百越人であることは動かない

67 :出土地不明:2010/01/11(月) 20:20:07 ID:31BBGjE/
北方騎馬民族には「新嘗祭」の文化も鳥居の文化もない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%85
鳥居
文化人類学的な観点
現在の雲南省とビルマとの国境地帯に住むアカ族(英語:Akha、中国ではハニ族)の「パトォー・ピー(精霊の門)」
という村の入口の門では、上に木彫りらしき鳥が置かれることや、鳥を模した造形物を飾る風習もあることが実地を
調査した研究者[5]から報告されていることから、日本の神社でよく見られる「鳥居」の原型は、アカ族らが長江流域
から南下、避難してくる前、長江流域に住んでいた時代(百越人であった時代)の「鳥居」ではないのか、という
説もある。
「鳥」を神聖化する神社神道の文化に照らして、これは合理的説得力を持つものであるという主張もされるように
なってきた。
(但し、現在では、そのような「原型」は長江流域では見られない。)
もっとも、アカ族のパトォー・ピー(精霊の門)を、どこかの地方の「結界の門」や日本の鳥居の「原型」と
いえるかどうか、なにを基準にして「原型」というべきか、その基準を決めるのは極めて困難なことである。
何故なら、現在、長江流域で見られるような「牌坊」こそが元々は鳥居の原型であるという蓋然性も否定できない
からである。つまり、古代の農耕民族で(温和な性質だった)長江文明人が、戦闘的な狩猟民族である北方騎馬民族
に長江流域から排斥され四散した結果として、アカ族のパトォー・ピー(精霊の門)や日本の鳥居が、現在、
長江流域で見られるものから退化、簡略化されたものになったという蓋然性も否定できないからである。
とにかく現実問題として今日の雲南省、江蘇省や浙江省の都市で見られる陵の入り口や街の入り口で見られる
鳥居様の門は、下記の「鳥居の種類」の「I 型三輪鳥居」に酷似するものが多い。



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