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日本人どこから来たんだ?7

1 :出土地不明:2009/06/04(木) 11:38:10 ID:dirTRi1b
日本人どこから来たんだ?5

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1225715306/


日本人どこから来たんだ?4

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1217864779/

日本人どこから来たんだ?3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/

日本人どこから来たんだ?2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1189633821/

2 :月光仮面:2009/06/04(木) 11:39:56 ID:dirTRi1b
日本人どこから来たんだ?6
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1237219924/menu931
新沢千塚、東漢氏・・・ヒッタイトと見るべきだろう。
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/2008_08_25.htm
新沢千塚 ここにある提瓶
http://inoues.net/ruins/niizawasenduka.html
この祖形は東欧にいたプロト印欧語族がドルメン文化と共にコーカサスに持ち込み後にヒッタイトとなる
http://archaeology.kiev.ua/byzantine/amphorae/classification/fig/118.jpg
これは山東省リンシ出土人骨DNA鑑定によっても現在のドイツ方面と同じと言う結果が出ている。
牛の崇拝はマイコープ文化の特徴

3 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:05:57 ID:dirTRi1b
インドの巨石文化とストーンサークル
南インドの巨石文化は、「舷窓」の存在などを考えると、世界の巨石文化の研究にとっても、非常に重要
な意味を持つと言えよう。
http://jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdf
♪夜のキャビンの 「小窓」を照らす  夢も通うよ あのホノルルの♪あこがれのハワイ航路 舷側窓 
これはコーカサスNovosvobodnayaではお墓の拝石のようなもの↓
http://dmitralex.ru/fotofilija/adygeya/novosvobodnaya/p9292258.jpg
図の下方に転がっているのが、手力命的な祭司が開けたものと見られる。納骨儀式だ。

4 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:23:51 ID:dirTRi1b
新疆 鹿石(カラスク)、注水(Globular Amphora culture=GAC)、単耳罐(GAC)、双耳罐(GAC)、
紅陶(仰韶)、GACはドルメンを伴ってコーカサスに進出、その後カラスク晩期・スキタイ前期に
中央アジアに到達したのであろう。
http://hi.baidu.com/xj4949750/blog/item/200f93cb449852fe53664f78.html
これらは戦国・漢期に四川省においても出現するが石棺墓、崖墳(インドのくりぬきと似ている)を
伴う。

5 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:30:28 ID:dirTRi1b
物部氏がフルリ人、東漢氏がヒッタイト、そうすると秦氏はアマルナ王朝が犬戎と呼んだイラン系遊牧民
を操ったヒクソスと言うことになる。

6 :出土地不明:2009/06/04(木) 12:44:47 ID:uqEOkkNR
おお、新しいスレ、月光仮面さんが立てれた!
トリップも付けられないんじゃ無理だと思ってた…。
またスレの95l埋め、頑張ってください。

7 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:46:52 ID:dirTRi1b
>>4
http://www.aba.gov.cn/zqwh/lswh_sz.asp 戦国早期から後漢までで、中期墓内双耳罐与西北地区
出土的安佛式双耳罐十分相似。つまり、中期にはヒッタイト・アンフォラが混じるということ。


8 :月光仮面:2009/06/04(木) 13:15:55 ID:dirTRi1b
支石墓の分布からヒッタイト東漢氏が例の山東省リンシ方面から遼東半島に入ることが解る。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/b/b9/Bipabronze1.jpg
箕子朝鮮の中身がこれだったのか、燕の召公というのがこれだったのか。

9 :月光仮面:2009/06/04(木) 13:20:35 ID:dirTRi1b
↑▲チソクムとなっているのが支石墓。しかし、南方の墓盤型のは現在ミャンマー山岳民族が作っている
のと似ている。

10 :出土地不明:2009/06/04(木) 14:39:09 ID:2JBpUmLM
>>3
南インドの文化と弥生文化の同質性
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06tamiru_go_to_nihonn_go.html


11 :出土地不明:2009/06/04(木) 20:37:31 ID:zXYwZP+7
おっちゃん、これ見た?

2009年4月30日(木)[朝日新聞夕刊] ウマと人 5000年のおつきあい 家畜化の時期、毛色で分析 独・米チーム

 ウマの家畜化が約5000年前に始まった、と遺伝子から体色を割り出し家畜化時期を推定した研究が、ドイツとアメリカのチームにより米科学誌「サイエンス」に発表された。
 チームが分析に用いたのは、シベリア、中東、ヨーロッパで見つかった旧石器時代末から4000年前までのウマの骨89点で、毛色に関する6つの遺伝子の変異の有無などを調べた。
 すると約1万4000年前〜7000年前までの骨からは、茶褐色の毛色になる遺伝子しか見つからず、当初のウマはこの毛色だけだったと推定できた。ところがその後の1000年以内の骨からは黒毛になる遺伝子も見つかった。
 さらに5000年前頃の骨には、クリーム色や白毛になる遺伝子が検出された。4000年前頃にはまだら模様などの多様な毛色を作る変異が見られるようになった。
 黒毛の出現は、後氷期の森林増加といった環境変化に対応したもので、ウマはまだ野生だったが、5000年前以降に見られる体毛の増加は、人がその頃に家畜化したため、と結論付けた。
 野生状態では単色の方が目立たないが、家畜化されるようになると、他人の持ちウマと差別化するためにも変わった毛色の個体が現れると積極的に選択されたのではないか、と見られるという。

やっぱこんぐらいの時期かぁ。

12 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/04(木) 23:33:44 ID:4sskRIRO
前スレの>>929のY染色体単一遺伝標識で妄想しょうカルトが
吠えよるのう。「単一遺伝標識で日本人の起源を妄想する会」の
会員かいのう。
>>931
東漢氏は、ツングース系のハラ(腹)氏族制、新沢千塚古墳の鮮卑的
要素、神牛伝説から漢人が混じっておっても、主体は北方胡族で
あろう。五胡、北朝の連中も出自を漢人に捏造しとるし、
日本の源氏や平家の出自の怪しいもんじゃ。
徳川氏の場合は近衛前久書状で新田源氏捏造がバレとるよ。
あんた、系譜を追うてゆく、Y染色体カルトじゃけぇ系譜は
正しい思うて妄想したんじゃろう。遺伝子なんか所詮偽系図と
似たようなもんじゃ。
>>5
漢、史氏系が鮮卑、百済、伽耶のアルタイ的であるのに対し、
秦氏は新羅、伽耶のアルタイ要素と共にチベット羌的要素が
ありますね。中国西北部の秦が羌系牧畜民と云うだけで無く、
秦氏の鴨川の水利技術は、森浩一氏が指摘するよう中国西北部の
技術の影響かも知れません。現代でも羌族は堤防工事と
井戸掘りに巧みなことで知られてます。
漢、史氏も秦氏も天皇家の騎馬護衛としての軍事力も、重視
されましたが、秦氏の軍神である八幡神、鍛冶師としての性格は、
アルタイ要素と羌要素の影響でしょう。羌族系部隊は戦争でも
精強の伝統がありますし。

13 :月光仮面:2009/06/05(金) 10:32:50 ID:bj3zTu0K
↑中欧の球壺文化というのは黄河の半坡文化と曹家嘴文化の中間に来るが、もし仰韶の彩陶文化が
トリポリエ・ククテニに波及し、それが更に中欧に及んで球壺文化を生んだとも考えられる。もし、秦氏が
エジプトを支配したのであれば単に馬・錫ハイテク青銅で急にのし上がったのではなく、既に半坡時代
からハイテクの彩陶技術を欧州中近東にセールスしていたと考えるべきかなと思うのですが。殷王朝
等に関して言えば秦氏は馬とか二輪車を提供して食い込んだ、つまり、エジプトに食い込んだのと同じ
手口のようですが、政権に食い込む以前に窯業、それを背後で支えるシャーマニズムといった面が
秦氏の活躍の部分かなと。

14 :出土地不明:2009/06/05(金) 10:34:20 ID:8sn5rpbN
(3番目以外は白馬の書き込み)
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/606
>ちなみに昔氏は新羅に財宝と奴婢を献上しとる
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/735
>昔氏が七宝と奴婢を満載して献上したんは、三国遺事』に出とるじゃないか。
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/743
>なんたって新羅は未斯欣を人質に出す属国のような
もんだからなw
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/748
>>743
>新羅が人質など、後世の文書に過ぎんし根拠が無いのう

三国遺事なんて三国史記より後代に書かれたのに ダメだ、やはりこいつ馬鹿だ


15 :出土地不明:2009/06/05(金) 11:08:36 ID:HfJ7nt1m
@ツングース系(狩猟採集民族)血縁を残すがアラスカから南米まで移動
初期の縄文人のこと(定住しないため移動速度は非常に早い)
A中国南部系(農業をもってくる)
住居を固定する民族(移動速度は非常に遅い)
Bロシア北経由(後のアイヌ)
C南方諸島経由(琉球)
D朝鮮や中国で進化した人の来日や、縄文人の生き残りなどの多種混血

ツングース系はアイヌ伝説で小人族とされ、その人たちは船にのって
去ったと伝えられている。
ほかにも日本古来には小人伝説があり、縄文人の平均身長からして
それは正しいとおもわれる。
紀元後には定住する民族が主流となりその遺伝子を受け継ぐが、
薄まっていったというのが妥当だろう。

16 :出土地不明:2009/06/05(金) 11:13:30 ID:HfJ7nt1m
小人族は主に固定住居を持つ民とは関係を持たず、
山や人がすくない自然豊かなことろに点在し、村などは作らない。
そして、その人とかかわらない動物的な少数で暮らす特性ゆえ
山や川の妖怪や天狗、修験者、仙人などの元になる伝説の寓話の類に
登場したりする。農業文化からは、異次元の自然に対する生活能力ゆえに
異質な存在と見えるのは必然である。

17 :月光仮面:2009/06/05(金) 15:08:20 ID:bj3zTu0K
>>12-13
秦氏と言うのはシルクロードの角番ですね。番台に立っているもんだから色々と目に入ってくる。
次第に犬戎等の扱い方とか、西方の宗教・文字等に、門前の小僧習わぬ経を読むようになる。商売を
駆け引き、戦術、戦略を覚える。人生観も変わってくるのではないでしょうか。そのうちに利益を求めて
海外市場に目が行く。鉱物資源とか大河の農業地帯とかは絶好の商売の場。言葉もペラペラになる。
ユダヤ人なのか、イラン人なのか、はたまた、豊前の人なのかもわからなくなる。

18 :月光仮面:2009/06/05(金) 15:12:25 ID:bj3zTu0K
↑角番ではなく角屋敷というべきだったか。

19 :月光仮面:2009/06/05(金) 18:01:43 ID:bj3zTu0K
アリストテレスがウニの生殖巣やカキの肉重量の変化を月令と関係づける、これが呂氏春秋にあるのは
おかしい http://mailstar.net/needham-anthony.html とNeedhamがいう。しかし、秦始皇帝死後に突然
兵馬俑が出来るのもおかしい。兵馬俑の付近からイラン人の遺骨が出土するのもそれなりの意味がある
と見るべきだろう。


20 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/06(土) 00:19:19 ID:s0fLaA19
>>14
最初の方は、新羅人に奴隷を献上したことが無いじゃの云う、
独善的解釈に対する言で。それを一文のわしが云うた部分を
切り取って矛盾したように作成しよる。『日本書紀』も後世に
書かれた記述でそれより新しい時代に書かれた『三国史記』や
『三国遺事』と同様後世の自己投影に過ぎん。記紀に正直に書く
馬鹿もおらんけど。新羅が列島に人質を送った事実も日本側の
電波論以外無いしのう。駄目なんはあんたの妄想論よ。
>>15
縄文期にツングース系は無いでしょう。沿海州あたりも古アジア系
民族の時期でしょうに。
>>17
秦氏も新羅・伽耶から羌も混じった諸民族集団でしょう。
戦闘を覚えるくは、羌系が傭兵しして兵を供給した歴史でしょう
し、秦氏は商人的役割でも無かったでしょう。
渡来系が商業利益を求めるんは、秦氏に限ったことでも無いんです。
まあ、稀にイラン系の容貌の人がおっても、主力は北東アジアの
渡来系でしょう。

21 :出土地不明:2009/06/06(土) 00:43:46 ID:XHQhHD5M
>>1 大雑把に言ってシベリア、満州、朝鮮、シナ、ベトナム、インドネシア辺りから来たんだろう。

 容貌も大して違いはない。


22 :出土地不明:2009/06/06(土) 01:50:50 ID:+xLq0AIV
シベリア、華南以南からは来ていないね。

縄文人が日本列島に侵入した35000年前にはまだ人類はシベリアに
進出していないし、日本人のHLAは朝鮮、華北、モンゴル、中央アジア
と、西に向かって関係が連続しているのに、華南以南の人類集団の
HLAとは全く関係が全く無くなってしまう。

これは縄文人が中央アジアから当時のゴビ湖を経て日本列島に
侵入してきた集団だったためである。

23 :出土地不明:2009/06/06(土) 02:31:02 ID:eFtv3IKM
>>20
こら、捏造するな これがスレのURL(もし落ちてたら●かモリタポで読める)
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/

591 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2009/05/08(金) 02:34:33 ID:CHzev25H
中略)
このことから、瓢公と朴赫居世は共に倭国から渡来した同族、あるいは同一人物であるとも言われている。
ちなみに金氏の祖は、件の、倭人である昔氏初代にして第四代新羅王脱解の治世時に、これまた件の倭人宰相瓢公が拾って来たとされている。
瓢公(あるいは朴氏も)や昔氏一族といった倭人たちが新羅建国に深く関わり、王、宰相として支えたわけです。非常に興味深いですね。

606 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2009/05/09(土) 02:36:16 ID:vuEvTQ7/
>>591
新羅の支配層はスキタイーアルタイ式の積石木槨墓人で、韓人や倭人は
被支配層。昔氏が丹波とやら電波もその時代に丹波なんか無いし。
ちなみに昔氏は新羅に財宝と奴婢を献上しとる。

倭人が新羅の王になったと言う相手に三国遺事を引用してるだろ
(この後根拠を糺されて前述の三国遺事と答えている)
>新羅人に奴隷を献上したことが無いじゃの云う、独善的解釈・・・
↑こんなもんどこにも書いてないぞ 下らん捏造するな

24 :出土地不明:2009/06/06(土) 08:03:24 ID:TKktBpk2
積石木槨墓人て何だよw
そんなの「人種」になるかよ。

25 :月光仮面:2009/06/06(土) 08:27:53 ID:MpBQiuBG
積石木槨墓人、↓丸木組囲の墳墓を作る民族だろうな。
http://history.novosibdom.ru/files/u9/sibir_81.jpg


26 :出土地不明:2009/06/06(土) 08:45:29 ID:TKktBpk2
>>25
それは1つの文化であって人種を意味するのか?



27 :月光仮面:2009/06/06(土) 09:04:15 ID:MpBQiuBG
http://en.wikipedia.org/wiki/Srubnaya
Timber-grave culture後期青銅器16th-9th centuries BC)文化。Yamna culture/Catacomb culture/Abashevo cultureに続く。これに続くのは前1世紀騎馬民族Scythians/Sarmatians
紀元後ではKhazars/Kipchaksとされている。従いKipchaks(金海[ハングルではキメ]、キビとも
呼ばれる)がこれであろう。木槨のログハウス技法は校倉造に、馬を装飾する習慣はチャグチャグ
ウマコに残る。



28 :月光仮面:2009/06/06(土) 09:06:43 ID:MpBQiuBG
>>26
文化であって人種は意味しない。しかし、初めはコーカソイド系人種であったものがモンゴロイド系
人種に伝わるといういきさつもあろうか。

29 :月光仮面:2009/06/06(土) 09:30:39 ID:MpBQiuBG
↑ディエネケス・人類学ブログで中欧に侵入する騎馬民族の人骨を鑑定するとコーカソイドの酋長と
モンゴロイドの家来であったというのがあり、こうした混成集団が文化の人種間移動をもたらすのであ
ろうと推測する次第。

30 :月光仮面:2009/06/06(土) 10:18:56 ID:MpBQiuBG
「新羅国ノ大王ハ日本ノ犬也(なり」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%9F%93%E5%BE%81%E4%BC%90
新羅の騎馬民族を日本の大王の犬、つまり、臣下としたということだろう。

31 :月光仮面:2009/06/06(土) 10:23:57 ID:MpBQiuBG
現代韓国人のご先祖を犬にしたといっているのではなく、古代韓国に侵入してきた騎馬民族を平定し
日本朝廷の管理下においたといっているので誤解のないよう。

32 :月光仮面:2009/06/06(土) 10:41:15 ID:MpBQiuBG
>>20
諏訪さんの「半坡遺址(中国古代黄河文明)」では↓
「古代羌族(きょうぞく)は、陜西省から寧夏回族自治区(ねいかかいぞくじちく)にいた遊牧民族で、白狼を
崇拝し、自らを白狼の子孫一族としています。羌族との民族的関係は、定かではありませんが、北方系
の犬戎(けんじゅう)や古代匈奴のトーテムは、犬であり、後には、高車、鮮卑、突厥、契丹等も犬を、トー
テムとして崇拝します。何か民族的な、つながりか交流が感じ取れます。」
「羌族はチベット系民族ですが、その呼称文字の「羊」から知られるように、西アジア地域の遊牧民族で、
やがて、中国西部に広く勢力を伸ばしてきます。三皇五帝以前より、度々中原に進出し、葛藤と同化を繰
り返します。」
「やがて同化し、漢民族とし漢水の上流にいる羌族を南羌族、青海周辺に居る羌族を西羌族と呼ばれ
ます。南羌族は周王朝建国の功労者「太公望」の故国であり、後に漢民族の大姓となります。その時代
になると、南羌族のトーテムは「羊」に変わっています。「白狼」崇拝は、西羌族だけとなり、彼ら一族は、
時に胡人とも呼ばれるようになります。」
この太公望は斉、山東省で活躍する。現代の韓国に姜姓が多いのもこれでしょうかね。

33 :月光仮面:2009/06/06(土) 11:39:31 ID:MpBQiuBG
↑オルドス・朱開溝文化は龍山文化→二里頭・斉家文化→二里岡文化(犬戎)と流れるが、犬戎
時代に犠牲獣が羊・豚から犬に変わる。殷末にオルドス方面からの圧力をおそれ、山西省黄河
西岸から東岸に殷系部族が移住していることが同地域の鹿石調査によって確認されている。これは
殷→周への変わり目に犬戎の動きが活発化し始めることを示し、「高車、鮮卑、突厥、契丹」が犬を
トーテムとして採用することにも関係すると見られる。ボルガ・サマラ川では前スキタイと見られる犬
犠牲遺物が出土している。イラン系の犬犠牲文化がモンゴロイドに入ってくるのであろう。

34 :出土地不明:2009/06/06(土) 11:58:18 ID:ZYp4apv+
前スレ、埋めませんか?

35 :月光仮面:2009/06/06(土) 12:28:11 ID:MpBQiuBG
↑→ 日本人どこから来たんだ?6
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1237219924/menu931
Takhmuraza イラン伝承による始めて犬を飼った人間、田村麿はこれと似ている。この系列は;
Kakhraman - Katil 子ないしは兄
Mervan
Aflyayun イラク ダビデの盟友 これが秦の悪来
Akhli-Khak ダビデ教徒 天使教又は真理宗 黒犬宗 黒犬 オベリスク
Akratis Yosh宗 ダマスカス建設
Karamush 神牛宗 穀倉地帯
Aflyamun クリミア、マグリブの王
Kinan
Efratim ソロモンの盟友
Takhlaish 神犬宗 ソロモン後160年目に生存 強盗殺人 
シラーズに墓地
Makhlashi 神犬宗 ホレズム イリア派に改宗
Emkash ホレズム
Taglanysh トルケスタン征圧 ユダヤ教徒
これはバシコルトスタン伝承だが、sakaというのは犬ということ。
坂上田村麿は極めて犬に縁の深い名前。




36 :月光仮面:2009/06/06(土) 12:37:45 ID:MpBQiuBG
秦氏がダビデ教徒になるというのは義兄弟の盃を交わすことによるのだが、古代は犬を殺して
その肉を共に食べることでローマの兄弟のように狼の乳を飲むような関係を樹立したともされ、
おそらくはそうした秘密結社的関係にあったものと考えられる。

37 :月光仮面:2009/06/06(土) 13:16:16 ID:MpBQiuBG
>>35 これが秦の悪来
これは妄想。だが秦についての中国の伝承もあいまい。
「この時、大費も夏禹にしたがって、治水工事に活躍していた。後事が完成すると、帝舜はそれを嘉して
夏禹に「黒い玉」を賜った。夏禹はそれを受けて、「私がひとりで成就したのではありません。大費が補け
てくれたのです。」 と言った。帝舜は、「ああ、大費よ。よく夏禹の功業をたすけてくれた。汝には、「黒い
旗」を与えよう。汝の子孫は大いに興隆するものが出るだろう。」と言って、帝舜の一族の中から美人を選
んで娶らせた。また帝舜は大費に『ying』という姓を与えた。大費は2人の子を産んだ。一人は大廉、もう
1人は若木である。その子孫は時代とともに幾重にも別れて、あるいは中国に居住し、あるいは西戎の
地(中央アジア・中近東か)に居住した。」





38 :月光仮面:2009/06/06(土) 14:25:15 ID:MpBQiuBG
>>34
2CH運営の技術的制約から「ERROR! このスレッドは512Kをこえているので書けません!」
こうした警告が専用ブラウザボトムラインに表示されますがこれは、1000に達する前に512K制限に達
したと言う意味であり、前のスレッドが満杯となったことを意味しているようです。


39 :出土地不明:2009/06/06(土) 14:35:10 ID:ZYp4apv+
>>38
制限まで満杯にしたのはあなたの書き込みのせいに決まっている!
白々しい…。
まあ頑張ってじゃんじゃん書き込んでくださいな。

40 :月光仮面:2009/06/06(土) 15:29:33 ID:MpBQiuBG
>>25
これは新羅木槨墳との関係がうかがえるシンタシュタ・アルカイム埋葬形式、上から火・馬・男性・二輪車
の順になっている
http://www.csen.org/koryakova2/Korya.Sin.Arc.Burial.html
http://www.csen.org/koryakova2/Korya.Sin.Ark.html
アルカイム円形ビレッジ
http://www.gsm.miass.ru/arkaim/full/05090021.jpg
これと福建客家土楼とか
http://www1.parkcity.ne.jp/meitian/sub30.htm
http://www1.linkclub.or.jp/~ida-10/china01.html
滋賀県伊勢遺跡とか
http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/iseiseki.html
佐賀県花弁状住居跡とかが似ているが
http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&mode=0&classId=0&blockId=1105856&newsMode=article
こうしたことは姜寨遺跡の防衛的集落の構想を持った秦氏のような民族乃至は文化の足跡ではないか
とも考えられる。
http://www.chinaculture.org/gb/en_artqa/2003-09/24/content_39109.htm

41 :出土地不明:2009/06/06(土) 15:33:46 ID:2EyCkggX
魏志倭人伝には倭人が『断髪』をしていたなんて書かれていない。
倭人の男子は皆、髪を結って露わにし、木綿を頭に巻いていたと書かれている。




男子皆露? 以木緜招頭

http://www.g-hopper.ne.jp/bunn/gisi/gisi.html
http://boat.zero.ad.jp/~zaw10107/1/yayoi_2.htm
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm





42 :月光仮面:2009/06/06(土) 15:55:52 ID:MpBQiuBG
>>3
>インドの巨石文化とストーンサークル
>南インドの巨石文化は、「舷窓」の存在などを考えると、世界の巨石文
>化の研究にとっても、非常に重要な意味を持つと言えよう。
http://jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdf
>♪夜のキャビンの 「小窓」を照らす  夢も通うよ あのホノルルの>♪あこがれのハワイ航路 舷側窓 
>これはコーカサスNovosvobodnayaではお墓の拝石のようなもの↓
http://dmitralex.ru/fotofilija/adygeya/novosvobodnaya/p9292258.jpg
>図の下方に転がっているのが、手力命的な祭司が開けたものと見られ
>る。納骨儀式だ。
伊勢遺跡の付近、勝部神社物部の火祭
http://www.biwa.ne.jp/~futamura/sub58.htm
手力雄神社
http://noishiki.com/Himatsuri/Himatsuri.htm
拝火儀式はコーカサスで誕生、ウラルのアルカイム円形ビレッジ、岩戸神事として手力雄が
天の岩戸を開きホヒ(太陽・火・日)を解放する。これは物部によって広まっているようだ。

43 :出土地不明:2009/06/06(土) 17:07:33 ID:wHxKNLWS
便利リンク
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup
http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf
(Y and mt)
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_mitochondrial_DNA_haplogroup

44 :出土地不明:2009/06/06(土) 21:30:00 ID:Ndo7n+zy
アポロンとアルテミス
アマテラスとツキヨミ、スサノオ

祭祀をどーのこーのなんてのは、あまり現実的思考ではないなあ
文化とは常に伝承するもんであり、それを由拠とするのは妄想でしかない

要は文化伝承の流れを読むのではない
文化伝承を逆説的に科学的に推理して行くしかないのだと思う

45 :出土地不明:2009/06/06(土) 22:47:32 ID:Ndo7n+zy
ただの寄り集まりでしかないが、ただの寄り集まりが優れたものを遺すのだろう…と云うことが言いたかっただけだ

先住民は、遥か彼方の極東の土地に、土からわいて出たはずもない

「和を以って尊っとしとす」って、そう云うことなんじゃね

46 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/06(土) 23:25:57 ID:s0fLaA19
>>23
わしゃあ>>726に対して>>735でも答えとろうに。
三国遺事で昔氏が「七宝」や「奴婢」を満載して新羅へ行った話を
隠蔽しとるけぇ指摘してやったんど。
>>24
新羅の支配層を積石木槨墓人を人種概念に還元すな。
>>30-31
後世に書かれた『日本書紀』じゃあ、百済、新羅、そして高句麗まで
支配したという電波記述ですからね。実際に渡来系の巨下になったんが、
日本の在来民である熊襲、隼人、蝦夷、土蜘蛛なんですけどね。
3世紀に生口を中華宗主国様に差し出す列島の倭に軍事力はありません。
当時は朝鮮半島も日本も中華側属州世界の中に居ったんですよ。
それを打破したんは、4世紀以降世界的北方民族南下現象ですよ。
中華文明と距離を置くことが出来たわけですが、江南崇拝の慕夏主義から
は評判が悪いですねえ。北方民族は江南の南宋朱子学じゃあ夷です。
中華主義者は、日本人の先祖が夷である事実を感情的に嫌いますから。
ちなみに諏訪さん云うて、江南派長江文明崇拝の諏訪さんですか?
諏訪さんもタイム・スリップしたら、古代の江南人に殺されるか喰われる
かでしょう。羌族は、陝西省以東の山西省あたりまででしょう。
長城地帯には、戎、羌、、狄、貊の諸民族が東西に分かれたんじゃない
ですか。

47 :出土地不明:2009/06/07(日) 00:03:27 ID:xarow5CZ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%83%BB%E5%80%AD%E4%BA%BA%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%96%87%E7%8C%AE

朝鮮半島で書かれた書物にも、百済、新羅、そして高句麗まで
侵攻したしたという内容になってますが。
倭の軍事力も、かなりですな。
一時は朝鮮半島南部を支配していたのもまんざら嘘ではないよですな。
朝鮮人は、歴史の事実を感情的に嫌いますから、
倭への人質の話も、避けるようですな。


48 :出土地不明:2009/06/07(日) 01:46:35 ID:MT7X3Q7d
>>46
>新羅の支配層を積石木槨墓人を人種概念に還元すな。

君は日本語が不自由なようだが、
その積石木槨墓人を何人だと仮定してるのだ?

49 :出土地不明:2009/06/07(日) 02:24:51 ID:m2yK58Yh
日本語以前に支配者言語「大和言葉」とは何かを学んだ方がいい
お方みたいだ。

50 :出土地不明:2009/06/07(日) 07:16:47 ID:rORrx88D

言語、風習、その他、様々な面で日本とユダヤの文化は共通点が数多い。
日本(大和朝廷以後)はユダヤ系渡来人が作った国というのは間違いないだろう。
(白人のユダヤ人は古代の真ユダヤ人とは血統的な繋がりはない。白人のユダヤ人はユダヤ教に改宗したハザール人というのは定説)
日本進入への通過点だった朝鮮半島にユダヤと似た文化が残っていないことを考えると、ユダヤ系渡来人は朝鮮半島にはほとんど残らずに日本に渡来したようだ。


古代日本とユダヤ人
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda3/kasetsu.htm
天皇家とユダヤ教
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda/empjud.htm
秦氏と日本人
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda3/54EQg5Kon6ZTo01253.htm
神社の構造、祭儀はなぜユダヤ教に酷似しているのか?
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda/shintoi.htm


ユダヤ乃間
http://saisaikan.hp.infoseek.co.jp/kobore3.html
日本の御神輿
http://saisaikan.hp.infoseek.co.jp/kobore03a.html


ユダヤと日本
http://judea.naritacity.com/

古代日本とユダヤの謎
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1236480812/l50


51 :出土地不明:2009/06/07(日) 07:25:40 ID:VzJj+cPz
>>46
じゃあ何故最初に三国遺事は後世の文書で根拠が無いのうと否定しないんだ?
お前は根拠が無いと思う史料にわざわざ根拠が無いと思うあやふやな話を付け加えるのか?

591は昔氏は王、宰相となったと書いてるが >新羅人に奴隷を献上したことが無い
じゃの云う、独善的解釈 は書いてないんだから>>20はただの言い訳。
どちらにしろ後で否定してるから昔氏が「七宝」や「奴婢」を満載して新羅へ行った
話も否定すると言う事だな

52 :出土地不明:2009/06/07(日) 08:51:26 ID:MT7X3Q7d
>>46
>3世紀に生口を中華宗主国様に差し出す列島の倭に軍事力はありません。

椿井大塚山古墳からは大量の鉄の武器が出る。
嘘を言うな。




53 :月光仮面:2009/06/07(日) 09:56:55 ID:OijKphxz
「火賊とは、朝鮮固有の強盗団で、マフィアの様な秘密結社を作り、家や村を脅し金を巻き上げる強盗の
事を言う。文禄の役の時もこの火族が横行しており、秀吉軍も悩まされたと言う。韓国の歴史教科書に出
てくる義勇軍とは強盗団の事らしい。」
http://www.gsm.miass.ru/arkaim/full/05090021.jpg
↑ウラルのアルカイムは定期的に放火しては新築した形跡があると。つまり式年遷宮であり、
http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/iseiseki.html
↑は後の倭姫巡幸のもとになるのかもしれない。上記「火賊」は古代朝鮮において古代日本の
「勝部」(勝浦とは東に向いた海岸を指しており、「勝」には太陽、朝陽の意味があると見られる)
のように国家乃至は村のLegitimateな拝火教的慣習によるものと見られる。エジプトに侵入する
ハビルにもこうした習性があったようだ。


54 :月光仮面:2009/06/07(日) 10:32:05 ID:OijKphxz
拝火教のキャラにアジ・ダハーカ竜、火炎九頭龍というのがある
http://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithraism_Myth_Zoroastrianism.html
広島県の葦嶽山はこれにちなんだもので鬼叫山(ききょうざん)というのは龍の恐ろしさをよく表している。
http://ktnr.skr.jp/logd/archives/2005/10/post_69.html
神の火を盗もうとしてとらわれカスピ海沿岸ダマヴァンド山、やはりピラミッド形に繋がれたとされる。
艮坤神(ヴリトラハン)、ヤマタノオロチ伝説とも関係するようだ。
http://www.mirf.ru/Articles/5/1003/Damavand.jpg
纒向大神神社では藁の蛇に火をつけて村を練り歩く正月神事があるがやはりこうした拝火教の儀式で
あろう。


55 :月光仮面:2009/06/07(日) 10:55:32 ID:OijKphxz
こうした拝火教は仏教伝来時に一緒に入ったと考えられるが、それ以前からも拝火教に類似した
慣習が存在していたということが想定できる。

56 :月光仮面:2009/06/07(日) 11:33:38 ID:OijKphxz
>>46
>羌族は、陝西省以東の山西省あたりまででしょう。
>長城地帯には、戎、羌、、狄、貊の諸民族が東西に分かれたんじゃない
>ですか。
羌は非常に古い時代のチベットのYAP+で、日本のD2と兄弟分ではないかと思うんですが。すなわち、
韓国までD1が来ており、D2とは距離的にそんなに離れていなかったんじゃないかなと。


57 :月光仮面:2009/06/07(日) 13:14:44 ID:OijKphxz
>>5
間違った解釈
「火賊とは、朝鮮固有の強盗団で、マフィアの様な秘密結社を作り、家や村を脅し金を巻き上げる強盗の
事を言う。文禄の役の時もこの火族が横行しており、秀吉軍も悩まされたと言う。韓国の歴史教科書に出
てくる義勇軍とは強盗団の事らしい。」
正しい解釈
「火賊/勝部とは、朝鮮と日本にしか残っていない歴史的村落共同体であり、共同体住民の講のような
積み立て活動により共同体基本資産の減価償却を行う。外患があれば地下活動を展開する義勇軍、
自警団にも変身したものである。」

58 :月光仮面:2009/06/07(日) 13:17:57 ID:OijKphxz
濃尾平野の氾濫が地域農民に古い時代からの慣習を保持させたのかもしれない。

59 :出土地不明:2009/06/07(日) 16:55:27 ID:j2fi0IrG
「糸引き納豆」の登場は室町時代頃、「なれずし」は7C頃に朝鮮経由で伝わる。


平安時代の文献にも塩辛納豆の名は残っているが、一般に広まったのは
室町時代以降でこの頃から糸引き納豆も登場しており区別するために
塩辛納豆を久喜と呼び糸引き納豆を単に納豆と呼ぶようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86

日本最古のすしといわれる「鮒ずし」は、7世紀、近江大津宮に天智天皇が
遷都した以前からこの地にあったといいます。フナずしは、すしといっても
現在の握りずしとは違い、すしの原型といわれる「なれずし」の一種です。
なれずしは、米作民族が考え出した動物性タンパク質の原始的な保存法で、
そのルーツは東南アジアとされ、中国、朝鮮をへて日本へも伝えられました。
http://asamiya.sakura.ne.jp/gotouti/siga/siga.html

60 :月光仮面:2009/06/07(日) 17:41:47 ID:OijKphxz
フル族(物部)がイェニセイ・ケト語族であるとすればロシア学者の研究結果から言えることは
狛 高麗 金海(キムヘ) 吉備  熊襲(クモシ) 久米 球磨 紀伊・・・これらはイェニセイ・ケト語
により「熊」族を意味するということになるが、日下部 串木野 拘邪韓國 巨勢 久世 キサカ
熊野 久万等が熊/白鳥連合部族の意味となり、更に、イェニセイ・ケト語からチュルク語への変化を
考慮する場合、忌部 今津 ヒコイマス 日子座 シ歳貊 イマキ等はアルグン川のイミ族を意味する
ことになる。





61 :月光仮面:2009/06/07(日) 17:53:19 ID:OijKphxz
日本に入ったイェニセイ・ケトの原郷はアルタイ・サヤン、そこにAD5−6世紀キルギスが侵入、
突厥化し、西方への移動が始まるが、一部はその後も現在にいたるまで現地に残留している。

62 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/07(日) 23:55:45 ID:aW8gVvc0
>>51
『日本書紀』も『三国遺事』も後世の史料で、歴史的事実じゃないが、
『日本書紀』電波論を信じとる、鎖国主義者のアンチテーゼとして
云うたまでのことよ。
>>52
旧石器捏造に加担した起源を古うしたい歴博の年代では、そうなるんか?
大量の鉄の原産地は何処と推定しとるんか?
>>56
単一遺伝標識では、根拠になりませんし電波論になりますよ。

63 :出土地不明:2009/06/08(月) 00:26:37 ID:J77I8Anq
>>62
>起源を古うしたい歴博の年代では、そうなるんか?

歴博の年代ではなく橿原考古研も認めてる定説です。
文句があるなら科学的根拠でそうではないと示してくださいな。

>大量の鉄の原産地は何処と推定しとるんか?

伽耶でしょう。
弥生時代から倭人が鉄を採ってます。
それが何か?

64 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/08(月) 01:46:28 ID:INuNaEMH
>>63
マルクス左翼史観の岡村秀典氏は歴博に近うないか?
マルクス左翼史観の小林行雄氏の影響じゃろう。
岡村秀典氏の受け売りの橿原考古学になりよるけんのう。
科学的根拠など、遺伝学データと同様、個人の主観で数値が変わるが、
あんたが科学的云う言葉を使う処、科学的社会主義史観の空虚な
科学的云う宣伝標語じゃろう。
伽耶の鉄を許可のう採れるわけあるまい。鉄を供給する側が強く、
供給して貰う側が弱い立場に立つけぇのう。


65 :出土地不明:2009/06/08(月) 06:41:56 ID:f61/mUxh
>鎖国主義者のアンチテーゼとして云うたまでのことよ。
負け惜しみ乙。はいはいアンチテーゼアンチテーゼね。 誤りを認めるならそれでよし
こっちは記紀三国遺事三国史記が事実だろうが無かろうがどうでもいいからな

このスレの人らもこの白馬青牛という男は時々こういう独善的引用をやらかすから
気をつけたほうがいいよ



66 :月光仮面:2009/06/08(月) 08:39:33 ID:K6K1D72V
>>60
日下部 串木野 拘邪韓國 巨勢 久世 キサカ ・・・これらは冒頓単于に討たれた屈射に由来する
と見られ屈=熊、射=白鳥から成るとされる。こうなると越は熊・白鳥国、ク+シ+フルは熊+白鳥+鹿となる
が、一日の太陽フェーズで言えば朝/鹿=昼/白鳥=夕/熊ということになる。日下部はカを鹿とすれば
朝昼夕ということになる。


67 :出土地不明:2009/06/08(月) 08:46:24 ID:J77I8Anq
>>64
屁理屈はどうでもいい。
古墳時代が3世紀からは始まるのは定説。
それが不満なら年輪年代法や炭素測定法で異を唱えればいいだけ。
それをやらなくて、またやる気もなくて、やってる人間達を批判するな。

>供給して貰う側が弱い立場に立つけぇのう。

釜山・莱城遺跡では出土土器の94%が九州系弥生土器だ。
倭人による鉄採掘場であろう。


68 :出土地不明:2009/06/08(月) 15:20:10 ID:a3lMGBY1
彼は朝鮮マンセー! の人ですからwww

彼の国出身とも云われております、

69 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:02:18 ID:oCog6itQ
「鵜飼」は満州や朝鮮半島にも見られる。


満州の京都ともいわれた古都吉林の松花江の鵜飼は6月から9月までの日中に
行われる。鵜縄をつけずに川に放った鵜が魚をくわえると網で船にすくい
あげて吐かせるという満州式の鵜飼であった。
http://www.jiyuu-shikan.org/shoseki_video4.html

日本の鵜飼いは、鳥居氏に便乗すれば、江南よりも朝鮮や満州の
北方民族から伝わったのかもしれません。鴨緑江や松花江などでも
鵜飼いは見られます(注9)。
http://www.han.org/a/half-moon/hm080.html

70 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:02:57 ID:oCog6itQ
しかも日本の「鵜飼」は中国よりも古い。


鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に鵜養部のことが見え、
『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。また中国の史書
『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった
漁法として紹介されている。

隋書の書かれた時代には鵜飼いは中国人にとって珍しい漁法だったが、
その後中国においても鵜飼い漁法が定着した。

確実な記録として最古の物は、10世紀の文人・陶穀が残した『清異録』
(965年)において、当塗(安徽省太平府の都市)の漁民が「魚を捕らえる
のに非常に機敏な鵜を使う」と記述されているのが最初である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C%E9%A3%BC%E3%81%84

71 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:26:48 ID:v2TCdQfj
南インド方面の交易海民に注目しては中国内陸文化は無視出来るよ、マドロスさんの文化だからね!

南インドには突帯文式甕棺墓、支石墓、箱式石棺、子持ち壷(楽器)、金属器(カネ)、
BC1000年頃より鉄器、青銅器を使用。北部はナンだが南部は稲作、弥生前期の北部九州人?
[PDF]http://jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdfファイルタイプ:
PDF/Adobe Acrobat - HTMLバージョン
Gクダイッカル―ドーム状の石を地上に置いて、甕棺を納めた地下の墓室を閉じたもの。
H掘抜式墓室(ロックカット=ケイブ)―石窟墓とも呼ばれ、ラテライト岩盤中に墓室を
掘りこんだもの。 南インドの巨石文化においては、ストーンサークル(環状列石) ...
jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdf - 類似ページ

台湾の海底遺跡と巨石遺跡
http://www.kitombo.com/gimon/0729.html
ストーンサークル,支石墓(ドルメン),
製鉄跡がある国東半島の重藤遺跡は紀元前695年±40年
http://homepage3.nifty.com/megalith/r-komekami.htm


72 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:28:19 ID:v2TCdQfj

南インドの文化と弥生文化の同質性
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06tamiru_go_to_nihonn_go.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E7%9F%B3%E5%A2%93
支石墓 - Wikipediaまた、屈葬の採用や甕棺を伴うことなど、一定の独自性も認められる。
日本の支石墓は、弥生時代前期が終わる頃に、ほぼ終焉を ... インドには古代の巨石遺跡
が約4000箇所ほどあるが、明確に支石墓と見られるものは、紀元前1000年頃の南インドに
出現した。 ...
ja.wikipedia.org/wiki/支石墓 - 36k - キャッシュ - 類似ページ


73 :出土地不明:2009/06/08(月) 22:44:25 ID:6ALMwUeg
南インドと広州あたりは始皇帝より以前から船で行き来があったん
だよね?
そう考えると南インドから日本まで人が来たとしても
不思議ではないな。

74 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/08(月) 23:26:15 ID:INuNaEMH
>>65
記述なんか、政治的なもので真実を述べとるわけあるまい。
独善他悪はこの板の左翼鎖国史観のあんたらのことで、
わしまで勝手に仲間に入れんとってつかい(仲間にして呉れな)。
>>67
屁理屈たぁ、あんたらの事じゃ。定説云う新興宗教者が使う用語よ。
炭素測定法をやっている人間云うより、縦社会の学界で結論を前提
条件で決めたもんに合わせるかの作為技術の問題じゃ。
出土土器の94%が九州土器とよう結論が出るもんじゃのう。
その94%云う根拠は何か?研究者とやらの個人の主観と結論ありきで
作成したデータじゃろうに。土器を伽耶系と見るか、列島系と
見るかは個人の見解で、入れるデータが異なるわけじゃし。
倭人云うて、朝鮮南部にも倭人がおったし、列島の倭人と
ご都合主義で解釈する自体電波論じゃないか。
>>68
わしゃあ、朝鮮マンセーなんぞした事も無い。あんたが反論に
困ったら、朝鮮人認定をしたがるだけじゃないか。
左翼の者が朝鮮の悲哀を上から目線で同情する裏には蔑視もあるが、
蔑視論をナチス優生学の妄想権威を借りて、カバチ垂れるんが
嫌韓ネット右翼じゃけぇのう。

75 :出土地不明:2009/06/08(月) 23:46:14 ID:J77I8Anq
>>74
>炭素測定法をやっている人間云うより、
>縦社会の学界で結論を前提 条件で決めたもんに
>合わせるかの作為技術の問題じゃ。

何言ってるの?
不満があるなら君が自分で、これこそが科学的だと思う手法で古墳時代開始は3世紀ではないと示せよ。
出来ないくせに負け犬の遠吠えは惨めだよw


>出土土器の94%が九州土器とよう結論が出るもんじゃのう。
>その94%云う根拠は何か?
>研究者とやらの個人の主観と結論ありきで 作成したデータじゃろうに。

はぁ?何言ってるの?夜臼U式が出てるのだが。何が「研究者とやらの個人の主観と結論ありきで 」なんだ?
出土したものも認めないなら考古学板から消えろ。

76 :出土地不明:2009/06/09(火) 00:03:12 ID:UCnv1iDY
神戸には摩耶(マヤ)山、四国は金毘羅(コンピラ)山、恵比寿エビスっさん
などインドに関連性が感じられるし、製鉄法もインドでは砂鉄からで日本の
砂鉄たたらと同じ、(ちなみにタタラとはインドで猛火の事)中国の製鉄法
は鉄鉱石からの鋳鉄、朝鮮から来たのは韓鍛治で日本古来のは和鍛治で別種。

77 :出土地不明:2009/06/09(火) 00:07:43 ID:nSTE05u4
>75を訂正

×夜臼U式
○須玖(すく)式

78 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/09(火) 00:51:26 ID:1LI6WBI8
>>75
夜臼U式、須玖(すく)式について、具体的に云うたらええのに。
標語の羅列で誤魔化す負け犬よのう。
ほいで、九州土器94%の根拠はまだか?
わりゃ、根拠を速う書けえや。

79 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:09:29 ID:nSTE05u4
>>78
> ほいで、九州土器の根拠はまだか

須玖式が94%なんだが。
何言ってるんだおまえ。


80 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/09(火) 01:13:43 ID:1LI6WBI8
>>79
じゃけぇ、須玖式94%云根拠をまず提示せぇや。

81 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:24:40 ID:nSTE05u4
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLL_jaJP302JP302&q=%e8%8e%b1%e5%9f%8e%e9%81%ba%e8%b7%a1%e3%80%80%e9%a0%88%e7%8e%96%e5%bc%8f

文句があるならこれ全部に反論しろ。

82 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/09(火) 01:42:10 ID:1LI6WBI8
>>81
須玖式94%の根拠を提示せぇ云うたんじゃが、出とらん処誰の引用
かいのう。あんたが断言したんで。文句があるならこれに全部反論
せぇじゃの、丸投げしとるじゃないか。
それたぁ、早う94%の根拠を提示せにゃあ。

83 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:51:13 ID:nSTE05u4
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「土器の94%が北部九州の弥生時代中期前半の土器だったことです」

>丸投げしとるじゃないか。

何が丸投げだ。
だから何度も言ってる
おまえがそうではないと言う科学的根拠を示せ。

84 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:55:59 ID:nSTE05u4
これもそうだ。
http://www2.memenet.or.jp/kinugawa/yume/06031.pdf

そうではないと「科学的」に反論せいや。



85 :出土地不明:2009/06/09(火) 08:02:24 ID:0EZJHQOs
>>74
はいはい、アンチテーゼアンチテーゼ(笑
極左で大独善他悪主義のお前に書かれたかないよ 
頭悪い野郎だな まともに反論できずレッテル貼りで逃げだすのか?

じゃあ、説明してもらおうか 何故三国遺事の独善的引用をやらかしたのかな?





86 :出土地不明:2009/06/09(火) 08:13:51 ID:0EZJHQOs
>>84
白馬青牛は科学的に反論なんかできません
頭が白馬青鹿なんですw

87 :出土地不明:2009/06/09(火) 08:21:59 ID:0EZJHQOs
>>68
なるほど、やはり在日だったか

88 :月光仮面:2009/06/09(火) 12:03:00 ID:qK+/Ixee
金海(キムヘ)、吉備(キビ)等は、ケト語の熊を表し、チュルク語に成長し、キプ(熊)+チャク(白鳥)
で部族連合の意味となり、これがキプチャク汗国となる。拘邪韓國においても同様の倭国連合本陣
の意味があったはずで、また吉備も邪馬台国の前段階の本陣であったようだ。これは神武の本陣が
あったことからもうかがえる。拘邪韓國は魏志倭人伝による倭国北岸であり、弁韓に参加する倭国
構成諸国にあっても特に伊都国・奴国方面の「大株主」の利益を防衛する倭国平和維持軍のような
ものが駐在、この軍事組織を日下部といったのではないかと考える。こうした軍事組織に九州山間部
の部族を入れていたのが、暴走したというのが山幸・海幸戦争神話の背景でなかろうか。

89 :月光仮面:2009/06/09(火) 12:26:11 ID:qK+/Ixee
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「群衆墓地の中の1つである点で、同時代の北部九州の福岡県前原市の三雲南小路遺跡の伊都国
王墓や福岡県春日市の須玖(すく)岡本遺跡の奴国王墓が、他と隔絶した独立墳丘墓であったのと比
べると、狗邪韓国が弁韓の有力な盟主でありながら、加羅六国をまとめ切れなかった」
これは弁韓が鉄を産し、ワイ、倭他がこれを取るといったように、諸民族の力が均衡している、市場の
様なものであることを物語る。「土器の94%が北部九州の弥生時代中期前半の土器だったことです」
これは「手弁当」で入植している姿であり、税金を辰王に納付しないとアカルヒメが天日矛に追われた
ように追っかけまわしたということではなかろうか。

90 :月光仮面:2009/06/09(火) 12:41:25 ID:qK+/Ixee
卑弥呼の時代、大問屋である公孫・楽浪、高句麗、馬韓が魏にたたかれ、ワイの南端と倭は極めて
良好な環境になった。おまけに魏が破格の援助にも似た先端商品を提供してくれることになった。
本来ならばありえない近畿邪馬台国が誕生するのはこうした背景があったからで、諏訪さんは大和に
巨大な人口は考えられないとのことであるが、魏の使いの来た頃からまさに邪馬台国の古墳時代が
はじまったのであろう。

91 :出土地不明:2009/06/09(火) 12:47:35 ID:nSTE05u4
>>89
>税金を辰王に納付しないと

辰王墓ってどこにありますか?

92 :月光仮面:2009/06/09(火) 13:14:54 ID:qK+/Ixee
馬韓人が辰王というルールがあったといわれるだけのこと。実際は不明。しかし、何らかのルールが
ないとおかしいので天日矛へのお賽銭といった上納金制度があったとしてもおかしくはない。

93 :月光仮面:2009/06/09(火) 15:56:18 ID:qK+/Ixee
諏訪HP↓で紹介されている
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「昌原の上南支石墓は国立昌原文化財研究所によって1997年12月に発掘調査され、内部に死体を安置
するため石棺を作り、その上に多くの割石と大型の蓋石が覆い、その上さらに、支石と覆い石をのせた
独特な構造をしている支石墓が発掘されました。」
これは大塚初重先生の
http://www.wako.ac.jp/souken/touzai00/tz2012f4.jpg
http://www.wako.ac.jp/souken/touzai00/tz2012.html
「このニカゴ塚のすぐ隣りの谷間に大室古墳群がありまして、大室の五〇〇基の中で約三〇基がこうい
う合掌型をしています(図5)。現在日本には大小合わせて二〇万くらいの古墳があると言われていま
すが、この合掌型石室は善光寺平にしかなくて、あと、山梨県に一例あるだけなのです。したがって、
私たちの先輩たちはこれまで、合掌型石室は渡来系集団のお墓に間違いないだろうと言っていたわけ
です。」コーカサス・Novosvobodnenskayaドルメン遺跡ではヒッタイト王族は墳丘の下に合掌式石室
を作る慣習があり、他方、ドルメンにはいかなる形式であれ葬礼に際して火を燃やした形跡としての
炭を残していると。

94 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:01:24 ID:qK+/Ixee
諏訪HP↓で紹介されている
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「東三洞(トンサンドン)貝塚からも、B.C.5000〜B.C.1,000年前頃の、縄文人が日本列島から齎す縄文
土器や、交易品であった九州産の黒曜石製石鏃」B.C.1,000年前頃まで沿海州でヤンコフスカヤ文化
という貝塚文化が続く。この文化は牡丹江・鶯歌嶺文化に黒曜石を供給している。沃沮文化はこの近所で
起こっている。

95 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:07:54 ID:qK+/Ixee
>>93
ヒッタイトはルーマニア、ククテニ・トリポリエ牛に文化方面からコーカサスに入ったとされるが、トリポリエ
文化には極めて強力な牛崇拝信仰があり、「引かれて善光寺参り」というのは4000年前のルーマニア
時代からの信仰が続いていることを意味する。

96 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:12:38 ID:qK+/Ixee
>>94
日本に現在の戸建住宅のような四角な木造住宅とか、竈、韓国にオンドルをもたらしたのは沃沮文化
であり、日本では比恵遺跡から上陸している。中国神話によると住宅建築の発明は高氏とされ、
おそらく山東半島から満州を北進した高夷が住宅建設を伝えたのであろう。

97 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:18:29 ID:qK+/Ixee
>>93
善光寺とルーマニアを誰がつないだのかと言うと騎馬民族・スキタイ族であり、これが朝鮮半島南端
に達したものを大和朝廷が「犬」として信濃に入れたものと考えられる。大塚先生は車馬坑のような
遺跡も飯田で発見されている。善光寺のあったところである。

98 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:27:48 ID:qK+/Ixee
>>94
ヤンコフスカヤ・ウリル・ポリツェ・グラスコフといったアムール・バイカル水系の漁労民族は縄文人で
彼らの突帯文土器と言うものが轟B式等の日本の起源である可能性がある。そうすると弥生の渡来人
に混じって縄文人の里帰りもありえることになる。

99 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:37:49 ID:qK+/Ixee
新疆の鹿石
http://hiphotos.baidu.com/xj4949750/pic/item/c2ccf9c4a36133a48326ac63.jpg
それは善光寺の御柱にたどり着くマイル・ストーンの一つだったのだ。
http://www.gokaicho.com/

100 :出土地不明:2009/06/09(火) 22:24:57 ID:/DN30Gs5
半月型石包丁(桂葉形雙孔石刀)は遼寧を経由している。


中国遼寧省羊頭窪遺跡.  黒陶系土器 石器(石包丁 磨製石鏃) 紡錐車 骨角器 卜骨
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/jpncul.html

紅山文化は北方地区の新石器文化の中で重要な文化です。ここでいう北方地区とは、
東北3省(遼寧、吉林、黒龍江)、内蒙古自治区および新彊維吾爾(ウイグル)自治区を指します。
大型石器の中で特徴的なものに、土掘具(耜あるいは犁とも呼ばれる)、桂葉形の双孔石刀があります。
http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/kaisetu/15-1kouzan.htm

中国北部の文化が東北部の遼西まで及んでいるいることを知りえた。それに、石包丁が出土していた
のには目を見張った。日本に石包丁が伝わったのはそれから3千年もたった弥生時代になってからなのだ。
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/
◆遼寧の石包丁
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/./photos/uncategorized/2008/02/04/070827_078_2.jpg

101 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/10(水) 01:56:17 ID:ie6/k0ua
>>83-84
出土土器の全体の何点から94%云う結論になったんか早う提示せにゃあ。
>>85-86
日本や朝鮮に限らず、史料は独善的なもんで。三国遺事を引用したんは、
あんたら鎖国共産主義者が、昔氏があたかも列島の倭人と云う妄想で、
七宝や奴婢の献上記述を、わざとらしゅう抜かしとるけぇよ。
「科学的」云う抽スローガンが好きじゃのう。内容の無い空虚な
科学的唯物史観の連中は。>>87科学的唯物史観が好きなあんたが、在日の
北朝鮮親派かも知れんのう。

102 :出土地不明:2009/06/10(水) 05:34:41 ID:5gY/Djg8
>>101
で、"ちなみに昔氏は新羅に財宝と奴婢を献上しとる。"と根拠の無い大嘘で反論したんだよな?

やはりこいつ阿呆だ、
こっちが鎌掛けて聞けば自分から独善的引用を認めてやがるww
三国遺事は根拠が無いがとか一文入れってればいいがその下手な弁解も意味なし。
朝鮮原理主義の在日白丁はやはりダメだな。


>ちなみに昔氏は新羅に財宝と奴婢を献上しとる。

103 :出土地不明:2009/06/10(水) 06:30:36 ID:+sY/N2Wd
>>101
>出土土器の全体の何点から94%云う結論になったんか早う提示せにゃあ。

最初、94%の根拠を提示せいよと言ってて、
「倭人と鉄の考古学:村上 恭通」からだと提示すれば、
今度は「全体の何点から」とすり替えかよ。
女の腐ったようなやつだな。
釜山に須玖式土器が出る倭人の製鉄跡があると認めるのか?
おまえはその存在自体を疑ったのだから、
まずそっちが先にYESかNOで答えろ。




104 :出土地不明:2009/06/10(水) 20:15:58 ID:CDpxy3bz
呉服は百済経由で伝わっている。


また百済国に、「若(モ)し賢(サカ)しき人あらば貢上(タテマツ)れ」
とおほせたまひき。かれ、命(ミコト)を受けて貢上(タテマツ)りし人、
名は和邇吉師(ワニキシ)、すなはち論語十巻・千字文一巻、并(アハ)
せて十一巻(トヲアマリヒトマキ)をこの人に付けてすなはち貢進
(タテマツ)りき。この和邇吉師(ワニキシ)は文首(フミノオビト)等(ラ)の
祖(オヤ)。また手人(テヒト)韓鍛(カラカヌチ)名は卓素(タクソ)、
また呉服(クレハトリ)の西素(サイソ)二人を貢上(タテマツ)り、
また秦造(ハタノミヤツコ)の祖(オヤ)、漢直(アヤノアタヒ)の祖(オヤ)、
また酒を醸(カ)むことを知れる人、名は仁番(ニホ)亦(マタ)の名は
須須許理(ススコリ)等(ラ)参(マヰ)渡り来つ。
http://kamnavi.jp/link/kojiki2.txt

105 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/11(木) 02:16:30 ID:oUVXbAmz
>>103
すり替えじゃのうて、何点かあんた自身の調査見解に対する
根拠を述べにゃあ。%の羅列じゃあ、主観的に%を教典にした
ことになろうが。すり替えで誤魔化すなや。
釜山の須玖式土器なんか朝鮮南部と九州北部が同一文化圏に
あっただけで、倭人の製鉄跡じゃあ抽象的じゃ。
その倭人たぁ、朝鮮半島南部の倭人か、列島の倭人か
解らんじゃないか。しかも倭人の製鉄跡とする根拠も
明白じゃないし。はい、いいえで答えじゃの、あんた自身の
幸せ回路の解釈を他人になすりつけよる以前に自己の根拠すら
無いんじゃろう。倭人云う標語で独善解釈しても意味が無いど。
あんたの腐ったようなとわしに云う以前に、あんたわしに対する
ヒス罵倒で人間として腐っとる云いたいんか?
そがぁな腐った連中を広島じゃあ腐れ外道云うけどのう。

106 :出土地不明:2009/06/11(木) 07:45:53 ID:gfJhf9ax
>>105
結局逃げかw
出雲は高句麗に征服されたと何の根拠もなく言ってたお前が、
釜山に須玖式土器が出る倭人の製鉄跡があると認めることも出来ないんだね。
こんなヘタレも珍しいな。
そがぁな腐ったお前を広島じゃあ腐れ外道おかまハゲ云うけどのう。

107 :月光仮面:2009/06/11(木) 08:48:22 ID:rcLHM0Kp
>>88
御物石器は黒海北岸の先騎馬民族・馬文化と共通する点が多い。これが飛騨高山から集中的に
出土すること、日下部氏に靫を製作したとする伝承があることを勘案すると、最終的には長野・善光寺
近辺で大きな古墳群を形成した渡来騎馬民族王族(百済王族)の移動と軌を一にすると考えられる。
日下部氏は日本原産ではなく騎馬民族の一員で武具・装備製作にも関与していたと考えるべきだろう。

108 :月光仮面:2009/06/11(木) 09:19:56 ID:rcLHM0Kp
御物石 御物石器 独鋸石 子持ち勾玉 Abstract Scepters
http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/kouko26jyomonstone.html
http://blog.goo.ne.jp/tommz_1938/e/77752894e61919123116816d18a02b09
御物石器に託した祈りとは?岐阜市は濃尾平野の北部に位置し、長良川に代表される豊かな水の恵み
を受けてきた。岐阜県周辺の縄文遺跡は、椿洞・御望遺跡に代表されるように北部と東部の段丘や扇状
地に立地する。
岐阜県を代表する縄文遺物の一つが御物石器で、中部から東日本に圧倒的に多く分布し、中でも岐阜
県が全国の半分余りを占めていると云う。
http://www.hi-ho.ne.jp/mizuno/kasetsu/kasetsu23.html


109 :月光仮面:2009/06/11(木) 09:21:20 ID:rcLHM0Kp
大分県竹田市教委は1日、同市田井の田井原(たいのはる)遺跡で縄文晩期(紀元前10世紀)に祭祀
(さいし)用として使われたとみられる「御物(ぎょぶつ)石器」が完全な形で九州で初めて出土したと発表
した。御物石器は北陸などで多く見つかっており、縄文晩期に同地方と九州の間に交流があったことを
示す貴重な史料となりそうだ。約三千年前の縄文晩期の祭祀用に使われたとみられる「御物石器」出土
した御物石器は黒色粘板岩で、長さ39.5センチ、幅13.0‐8.2センチ、重さ4.8キロ。縄文晩期から
弥生初頭の土器や住居などが出土した田井原遺跡で、深さ50センチの縄文晩期の地層から見つか
った。 奈良文化財研究所の岡村道雄・企画調整部長は「御物石器は材質や形を見る限り、北から持ち
込まれた可能性が高い。広範囲な集団移動をうかがわせる貴重な史料」と指摘している。御物石器は石
川県穴水町の法栄寺所蔵の石器が天皇家への御物となったことから、この名称が付いた。北陸や岐阜
県を中心に破片も含め約200点出土している。竹田市教委は御物石器を2日から12日まで市立歴史資
料館で展示する。
http://blogs.yahoo.co.jp/ekrdnj1974/52365061.html
縄文人の謎・ロマン “御物石器・独鈷石・異形石器”とは!
http://blog.goo.ne.jp/tommz_1938/e/77752894e61919123116816d18a02b09
縄文時代の「よく分からない石器」について
http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/kouko26jyomonstone.html
Pref. Gifu
http://www.asahi-net.or.jp/~XB6T-KJM/second/sekki12.jpg
http://www.asahi-net.or.jp/~XB6T-KJM/second/sekki21.jpg
25. Zastezhki iz predskifskikh pogrebeny.1, 2 - Vysokaya Mogila; 3 - Vasilyeka;
4-6, 8 - Krasnoye Znamya, kurgan - 1 (yuzhnaya grobnitsa); 7 - Krasnoye Znamya, kurgan - 9;
9 - Krasnoye Znamya, kurgan - 3. 1 - klyk; 2 - kamen'; 3, 7 - kost'; 4 - mramor; 5 - zmeyevik;
6 - mergel'; 8, 9 - bronza.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow025.jpg
Gority i kolchany
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow3.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~XB6T-KJM/second/sekki21.jpg
独鈷石
http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/jyo6toko.JPG

110 :月光仮面:2009/06/11(木) 11:27:44 ID:rcLHM0Kp
伽耶・新疆・黒海方面スキタイ文化
韓国紀行19(36)補遺2・国立中央博物館(6/7)
http://4travel.jp/traveler/tabitonokumasan/album/10339634/
IRANIAN MILITARY HISTORY SCYTHIAN-STYLE BOWS DISCOVERED IN XINJIANG From the photographs and drawings of Stephen Selby
http://www.cais-soas.com/CAIS/Military/scythian_bow.htm
Ris. 98. Batalnaya stsena na antichnom sosude
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow098.jpg
Ris. 97. Ataka skifskoy konnitsy (rekonstruktsiya M. V. Gorelika).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow097.jpg
Ris. 96. Moneta Ateya
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow096.jpg
Ris. 95. Voin iz kurgana u Novorozanovki (rekonstruktsiya dospekhov M. V. Gorelika).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow095.jpg
Ris. 94. Izobrazheniye skifov-luchnikov i goplitov na antichnoy vaze.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow094.jpg
Ris. 93. Izobrazheniye skifa-luchnika na antichnoy vaze.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow093.jpg
Ris. 92. Bronzovyye zashchitnyye plastiny dlya strelby iz luka.
1 savromatskiye; 2 ananyinskiye.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow092.jpg
Ris. 91. Bronzovoye koltso dlya strelby iz luka.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow091.jpg
Ris. 90. Tagarskiye bronzovyye naperstki dlya strelby iz luka.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow090.jpg


111 :月光仮面:2009/06/11(木) 11:44:46 ID:rcLHM0Kp
スキタイの戦闘装備で最も重要なものが弓矢入れであるゴリュトスであり、日下部氏はどうやら
こうした軍需産業の一端を担っていたようだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Gorytos


112 :月光仮面:2009/06/11(木) 13:39:06 ID:rcLHM0Kp
http://millnm.8m.com/phileo/kusakabe/index.html
日下部のルーツについては子孫の方が随分と研究されている。注目すべきは天火明命と関係が
あるのではないかとされていること。天火明命については系図に村雲、御影等拝火教的な概念が
含まれている。近江の勝部神社、岐阜の手力雄神社等では拝火教的演出が見られる。海外には
ないすばらしいものであり、最も古い形が残ったものではないかと考えられる。他にも新潟・静岡
には秋葉の火祭がある。

113 :月光仮面:2009/06/11(木) 13:55:07 ID:rcLHM0Kp
スキタイ文化がコーカサスから南シベリア・サヤンに入ったとする説を唱えるロシア・サイトはない。
しかし、唯一、Grigorievと言う人がBC16世紀頃にコーカサスから南シベリア・サヤンにスキタイ文化が
入り、これがカラスク・イルメン文化となったという説を唱えている。現在はオークネフ文化には箱式
石棺墓があり、これが中央アジアに入ったという説もある。要するにモンゴロイドの移動については
コーカソイドの移動に関するように熱心な議論がないようだ。しかし、形質的にヒクソスがモンゴロイドで、
ヒッタイトがケト人的であるということははっきりしている。またヒッタイトの時代モンゴロイドの本拠地は
中央アジア以東にあったこともはっきりしているので、モンゴロイド・ケトが西進し西アジアを席巻したと
見てもいいと思うんだが。

114 :月光仮面:2009/06/11(木) 15:54:25 ID:rcLHM0Kp
帽子を見ても、ズボンを見ても、テキサスに行ったアングロサクソンと同じ系統のカウボーイ
http://karamatsu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/hakkutsuten_edohaku_010.jpg
倭の五王のこれが長野から群馬、埼玉、千葉にかけての一帯にドッと押し寄せてくる。騎馬民族
の到来のようなシーンだが実は、長野県飯田等で見られるように地方の豪族が大和朝廷から
委託された渡来騎馬民族だ。これについては、大塚初重先生により↓
http://karamatsu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/hakkutsuten_edohaku_010.jpg
で詳説されている。面白いのは墓を荒らされないようにくぼ地に掘り下げて作ることで、彼らの本性が
現れていることだ。つまり、ユーラシア・ステップの住民であることを物語る。大塚先生が提起している
もう一つの問題は四隅突出型墳丘墓と同じ構想の墳丘墓が木島平に現れていることで、これは諏訪
の4本の柱を立てる御柱と関係している。鹿とか猪を神に捧げる大陸系の風習も同時にもたらされえた
ものであろう。長野県中野市では大阪湾型と九州型が同時に出土したが、れは他に類を見ない。
さらに銅鐸と同時に発見されたのは東日本初とされる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%85%E6%88%88
神武の長男をあっさり倒す兄の綏靖・ヌナカワミミ、名前からすると上越人である。

115 :月光仮面:2009/06/11(木) 16:01:35 ID:rcLHM0Kp
大塚先生の「最近の発掘から見た東日本」↓
http://www.wako.ac.jp/souken/touzai00/tz2012.html

116 :月光仮面:2009/06/11(木) 16:17:08 ID:rcLHM0Kp
大塚先生は東日本積石墳につき、
「北九州、福岡県の糟屋郡新宮町というところへ行ってきました。その町の波止場から船で約三〇分、
博多湾に相ノ島という島があります。その相ノ島の波打ち際に、積石塚が実に二五〇基もあるんです。
ここはいま国の史跡指定に申請しているところですが、方形の積石塚が多いのです。そのうちの一つが
一二〇号墳ですが、この積石塚は、先ほどまで私が話してきました東日本のものとまったく同じような
内部構造です。しかも相ノ島の積石塚を見てみますと、奈良県天理市の布留から出土するものと同じ、
四世紀後半の布留式土器という土器が出てきます。」・・・神功皇后の、4世紀後半に博多湾に上陸。
その出自は伽耶と言うことまで突き止めている。河内王朝による騎馬民族取り込みは存在したのだ。

117 :出土地不明:2009/06/11(木) 16:34:37 ID:gfJhf9ax
山口県見島に積石塚の密集したジーコンボ古墳群(7世紀後半から10世紀初頭)がありますが、
そこから発掘された上半身が異常に発達した人骨は、
8世紀ごろの配置俘囚の蝦夷ではないかと言われてます。
つまり白村江の後の防人ですね。

相ノ島の画像見たことありますが、
普通の竪穴式石室や横穴式石室も多く、
これらは倭人の墓という事でしょうから、
彼らも防人かもしれません。
狭い島なので石は使ってるが土盛りしてない墓、
特に横穴式石室は、見た目は積石塚に見えます。
ま、渡来系もいたかもしれませんがw




118 :月光仮面:2009/06/11(木) 17:01:02 ID:rcLHM0Kp
失礼、神功皇后が犬にしたのは百済ではなく新羅でした。
「古事記には、『お船を乗せた波は、新羅国に押し寄せて、ついに国の真中まで来てしまった。それで新
羅王は、恐れつつしんで、これから後は、天皇の御意思のままに、馬飼として、毎年多くの貢ぎ物を積ん
だ船を並べて、船を送らない年はなく、天地の続く限り、怠ることなく、天皇にお仕えいたしましょうと申し
上げた。そういうわけで、新羅国を馬飼と定め、百済国を海の向こうの天皇の領地と定めた。そして持っ
ていた杖を、新羅の国王の宮殿の門に突き刺して、そこに住吉大神の荒御魂を祭って、日本の国を守る
神様として、そこに鎮め祭って、海を渡って帰って来た。』と記されている。」
http://www.iokikai.or.jp/kodai.zinguukougou.html
つまり、これは伽耶の騎馬民族を日本に入れて「牧」で馬の生産に当たらせる、百済を中国に対し日本の
領土と認識させることとしたということでしょうね。


119 :月光仮面:2009/06/11(木) 17:12:58 ID:rcLHM0Kp
実際にこの三韓征伐が認められたのは宋
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/b/b6/%E5%8C%97%E9%AD%8F%EF%BD%A5%E5%AE%8B.PNG
438年これより先(後の意味以下同)、倭王讃没し、弟珍立つ。この年、宋に朝献し、自ら「使持節都督・
百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王」と称し、正式の任命を求める。(『宋書』
倭国伝)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%81%AE%E4%BA%94%E7%8E%8B


120 :月光仮面:2009/06/11(木) 17:33:09 ID:rcLHM0Kp
>>117
現在で言えばGMのような集団が上陸するわけで、食いかねていた倭人は喜んで渡来人の仲間に入り、
雇用にありついたのでしょう。善光寺平でも渡来人だけで出世するということはありえなかったと思い
ます。

121 :出土地不明:2009/06/11(木) 17:35:47 ID:gfJhf9ax
>>118
その伽耶の騎馬民族というのは製鉄の民でもあったと思います。
時代的に秦氏との関連が考えられます。


122 :月光仮面:2009/06/11(木) 17:38:05 ID:rcLHM0Kp
鉄は馬を操縦する上でMUSTだったでしょうね。生産できなくても輸入品確保に走ったのでしょう。

123 :出土地不明:2009/06/11(木) 18:46:47 ID:sQxHy2d5
【韓国】李朝=インカ帝国説〜古田博司筑波大教授「李朝には木を曲げる技術がなかった」★5
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1244702796/

124 :出土地不明:2009/06/11(木) 19:47:29 ID:HV+ck9fS
朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前。


1990年金浦佳■(山と見)里泥炭層から採取された稲籾は4,010+-25BPと
報告されており、問題もあるがもし報告が正しいとすれば韓国での稲の
出現は新石器時代中期段階にまでさかのぼる可能性がある。
http://inoues.net/study/japonica3.html
最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm072.html
然し1992年には、それよりも早い時期の粳米を韓国の清州市における
家瓦遺跡から大量に発見された。今から4721年(+−50)年前と
推測されているが、同時に出土された樹木年輪測定からすると、
今から5020年前のものだと修正がなされた。
http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1873.entry

125 :出土地不明:2009/06/11(木) 19:49:00 ID:HV+ck9fS
朝鮮半島で最古の水田遺跡は前11世紀のオクキョン遺跡で日本よりも古い。




弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf





126 :出土地不明:2009/06/11(木) 19:49:55 ID:HV+ck9fS
中国から直接日本に伝来した事にされているRM1-b遺伝子の稲の
調査が日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の朝鮮の炭化米で
なされていない。

かつては朝鮮半島にもRM1-b遺伝子の稲は存在したが朝鮮半島の自然環境に
適応できず遺伝子が消滅欠損してしまった可能性が十分に考えられる。

佐藤洋一郎容疑者はただちに日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の
朝鮮の炭化米でRM1-b遺伝子の有無を調査し、その結果を国民に公表せよ。

考古学界を混乱させた貴方にはその責任がある。

それをしない内はペテン、詐欺と言われてもしかたがない。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

127 :出土地不明:2009/06/11(木) 22:48:19 ID:diK4UiH+
>>117
相島の墓域は宗像と対面した海岸線にある

128 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/12(金) 01:17:35 ID:N3bj+Q+J
>>106
どこが逃げよんなら。逃げとるんは%の根拠を云わんおどれのことで。
出雲は、高句麗云うか穢系が支配した可能性が、現地民が共産主義的
社会発展段階説で成長した考えるより、遥かに確率が高いわ。
>>114
高句麗はユーラシア・ステップの民ではありません。
>>118-119
神功皇后の三韓征伐は神話であって史実では無いんですよ。しかも倭の五王
の記述は『日本書紀』にはありません。事実であれば『日本書記』に
書いてもええはずですが。倭は朝鮮〜日本列島の住民で倭を日本列島民限定
に解釈するんも独善的ですよ。倭の支配者は伽耶の北方から南下した
木槨墓人のことです。
>>120
渡来人云うだけで、日本の原住民よりもランクが上がったでしょうね。
信濃の高句麗人は平安期に改姓しとりますから、大和朝廷と関連づける
大塚氏の見解には同意しかねるんですよ。むしろ出雲勢力の越進攻の
一環として信濃、関東の出雲神派の移民として解釈した方がよいと
思うんですけど。

129 :出土地不明:2009/06/12(金) 02:01:45 ID:eW5epY47
>>128
>逃げとるんは%の根拠を云わんおどれのことで。

キチガイモード全開だな。
釜山・莱城遺跡の発掘は韓国考古学会が行ってるのは言うまでもないし、
村上さんはその学術論文に従ってるのだろう。
九州系土器が何点出たのかについては、
疑問を持ってるお前が直接聞くなり調べればいい。

さて自分の意見に沿わない意見にはそんな細かい事までオカマのように聞くお前が
「出雲を穢系が支配した」と言ってるのだから、さぞかし詳細な論拠があるのだろうな。

聞かせてもらおうじゃないかw
大笑いさせてもらいたいのでなw

130 :出土地不明:2009/06/12(金) 02:05:52 ID:eW5epY47
ついでに
「倭の支配者は伽耶の北方から南下した木槨墓人のことです。」
というアホ意見の根拠もお願い。

暇つぶしにはもってこいのアホだw

131 :月光仮面:2009/06/12(金) 08:08:36 ID:B2V9uB4W
>>128
この御酒はわが御酒ならず酒の司「常世に坐す石立たす少御~」の~壽き壽き狂し豊壽ぎ壽き廻し
奉り来し御酒ぞ飽さず食せささ 神功皇后
http://inoues.net/tenno/chuai_tenno.html
これなどはスキタイの女神が酒盃を回す場面。神の子を宿すのは釈迦の母とかキリストの母。
魚が舟を渡すのは朱蒙神話。ふんだんに神話が駆使されています。しかし、殷の時代から東夷には
国難に際しては婦好のような司母が国政に携わるのが常で、倭国乱で卑弥呼が立ったようなことは
一貫して存在し、応神時代に神功がいなかったとするよりは、存在した可能性が高いと考えられます。
七枝刀は鹿の角を擬したものとも考えられるが、スキタイ社会で鹿の角は女王の持つものとされて
いるようです。

132 :月光仮面:2009/06/12(金) 08:39:33 ID:B2V9uB4W
>>128
武内宿禰がこの間政権安泰なんですが、タケシとは筑紫ですから、筑紫社中といった意味、つまり、
勅島、壱岐等のオフショアー市場の株主であった北部九州豪族連合といったものが背後に存在した。
これが黒幕でして、騎馬民族なんかは単なる桂馬のようなものだったんじゃないかな。今で言えば
ヘッジファンドとでもいうか、背振天孫族とでもいうか。

133 :月光仮面:2009/06/12(金) 08:48:01 ID:B2V9uB4W
モーセがアーロンの黄金の牛を投げて諭したことは、遊牧民族は固定資産を持っちゃいけない、
常に流動資産、羊、の形で資産を保有し、身軽でなくてはいけない。ということでしょう。ストックよりも
フローを優先する。キャッシュ・フロー優先の考えですね。これに引き換え縄文系統はストック優先、
土地神話優先であった。投馬国とはモバイルな渡来系集団のことでなかったかと考えています。

134 :月光仮面:2009/06/12(金) 09:51:00 ID:B2V9uB4W
>>128
>倭は朝鮮〜日本列島の住民で倭を日本列島民限定に解釈するんも独善的ですよ。倭の支配者は
>伽耶の北方から南下した木槨墓人のことです。
倭を支配するほどのものなら高句麗・百済・新羅を支配していたはず。そういうことはないので、彼ら
騎馬民族は柔然・烏桓等匈奴崩れのノマドであり、倭王朝が騎馬技術を強く欲しがったために先ずは
阿蘇山麓の熊本から始まって信州、関東へと導入されたのでしょう。


135 :月光仮面:2009/06/12(金) 09:54:08 ID:B2V9uB4W
この頃の歴史がゆがんでいるのは歴史の実体がゆがんでいたのではなく、蘇我氏の頃に物部、蘇我
関連の重要な文書が失われたという原因によると考えた方が安全じゃないかな。

136 :月光仮面:2009/06/12(金) 10:40:38 ID:B2V9uB4W
>>111
第25図先スキタイ埋葬遺跡出土留具
1, 2 Vysokaya Mogila; 3 Vasilyeka; 4-6, 8 Krasnoye Znamya, kurgan 1 (南石槨墓); 7 Krasnoye Znamya, kurgan 9; 9 Krasnoye Znamya, kurgan 3. 1 牙製; 2 石製; 3, 7 骨製; 4 大理石製;
5 蛇紋岩製; 6 泥灰岩製; 8, 9 青銅製.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow025.jpg
第24図 ゴリュトス留具(スキタイ期).
1 Starshaya Mogila; 2 Beloglinka; 3 Prussy; 4 Zhuravka, kurgan 447;
5, 16 Zhuravka, kurgan 432; 6, 19, 20 Zhuravka, kurgan 406; 7 Tri Brata,
8 Osnyagi; 9, 10 urochishche Daryevka; 11 Perebykovtsy; 12 Koysugi;
13-15 Repyakhovataya Mogila; 17 Luki; 18 Komarovsky mogilnik;
21 Eshkakon, pogrebeniye 4; 22 Zalesye (poseleniye).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow024.jpg
高山市郷土館保管独鈷石(上の右等)
http://www.asahi-net.or.jp/~XB6T-KJM/second/sekki21.jpg
高山市のは先スキタイ、カラスク時代のものであろう。

137 :月光仮面:2009/06/12(金) 11:16:29 ID:B2V9uB4W
↑関連データ
Ris. 89. Plastina iz sobraniya Romanovicha (galvanokopiya).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow089.jpg
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow088a.jpg
Ris. 88. Skify-strelki iz luka na chashe iz Solokhi (vid speredi, vid szadi).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow088.jpg
Ris. 87. Skify-strelki iz luka na blyashke iz Kul'-Oby.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow087.jpg
Ris. 86. Mongolsky sposob strelby.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow086.jpg
Ris. 85. Pervobytny sposob strelby.kolchany
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow085.jpg
Ris. 84. Sposoby nalozheniya tetivy na ushko strely (po Ye. Morzu).
1 pervobytny; 2 vtoroy; 3 trety; 4 sredizemnomorsky; 5 mongolsky.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow084.jpg
Ris. 83. Assirysky strelok iz luka (relyef Assurbanipala).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow083.jpg
Ris. 82. Yegipetsky strelok iz luka (Ramzes II).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow082.jpg
Ris. 81. Polozheniye paltsev pri strelbe iz luka. Po izobrazheniyam na nozhnakh
kelermesskogo
(1) i melgunovskogo (2) mechey. gorit
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow081.jpg
Ris. 80. Natyagivaniye tetivy na luk (relyef Assurbanipala
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow080.jpg
Ris. 79. Zolotaya plastina iz Aksyutintsev.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow079.jpg
Ris. 78. Natyagivaniye tetivy na luk. 1 olvyskaya moneta; 2, 6 kiliki;
3 sosud iz Luvra; 4 grecheskaya moneta; 5 moneta iz Fiv.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow078.jpg
Ris. 77. Skif, natyagivayushchy tetivu (sosud iz Kul'-Oby).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow077.jpg
Ris. 76. Nakonechniki strel iz Yagorlytskogo poseleniya. [102]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow076.jpg
Ris. 75. Nakonechniki strel so znachkami. 1 Basovka, kurgan 482; 2 Zolotoy kurgan;
3 Maritsyno, kurgan IG; 4, 5 Osnyagi; 6-9 kurgan bliz Tsimbalki; 10 kurgan Bobovicha;
11 Kut, kurgan 21; 12 Krasnokutsky kurgan; 13, 14 Olinf.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow075.jpg
Ris. 74. Liteynaya forma iz Novocherkasskogo klada.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow074.jpg
Ris. 73. Chasti liteynykh form iz Severnogo Prichernomoryya. 1 stvorka liteynoy formy iz
Bukrina; 2 stvorka i sterzhen liteynoy formy iz Bukrina; 3 sterzhen iz Bukrina;
4 stvorka liteynoy formy iz kollektsii A. A. Bobrinskogo.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow073.jpg
Ris. 72. Liteynaya forma iz Mosula. 1 dno; 2 oboyma; 3-7 otlityye nakonechniki;
4 gotovy nakonechnik; 5 prisposobleniye dlya otlivki nakonechnikov (eksperiment);
6 stvorki.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow072.jpg
Gorit
Ris. 71. Liteynaya forma iz Mosula. 1 obshchy vid; 2 stvorki: 3 dno: 4 oboyma.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow071.jpg
Ris. 70. Gorit na relyefe iz Olvii.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow070.jpg

138 :月光仮面:2009/06/12(金) 11:22:20 ID:B2V9uB4W
Ris. 69. Relyefy iz Persepolya (foto R. Rolle).*
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow069a.jpg
Ris. 69. Relyefy iz Persepolya (foto R. Rolle). [90]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow069.jpg
Ris. 68. Stela iz Ternovki.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow068.jpg
Ris. 67. Izobrazheniya skifov na Voronezhskom sosude. [89]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow067.jpg
Ris. 66. Greben iz Solokhi. [88]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow066.jpg
Ris. 65. Izobrazheniye gorita na chashe iz Gaymanovoy Mogily.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow065.jpg
Ris. 64. Chasha iz Gaymanovoy Mogily
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow064.jpg
Ris. 63. Chasha iz Gaymanovoy Mogily (prorisovka G. S. Kovpanenko).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow063.jpg
Ris. 62. Sosud iz Kul'-Oby. Detali izobrazheny voinov s lukami i goritami. [84]
http://www.cais-soas.com/CAIS/Military/scythian_bow.htm
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow062.jpg
Ris. 61. Izobrazheniya goritov na pektorali iz Tolstoy Mogily.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow061.jpg
Ris. 60. Pektoral iz Tolstoy Mogily (detal'). [83]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow060.jpg
Ris. 59. Gorit iz Chertomlyka (oborotnaya storona obivki). [82]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow059.jpg
Ris. 58. Melitopolsky gorit. 1 obshchy vid; 2 dno gorita. [81]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow058.jpg
Ris.57. Taynik v Melitopolskom kurgane (gorit, boyevoy i paradny poyasa).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow057.jpg
Ris. 56. Gorit iz Pyatibratnego kurgana. 1 obshchy vid; 2 dno gorita.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow056.jpg
Ris. 55. Dnishcha goritov. 1 Ilyintsy; 2 Solokha.[79]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow055.jpg
Ris. 54. Gorit iz Ilyintsov.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow054.jpg
Ris. 53. Gorit iz Chertomlyka.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow053.jpg
Ris. 52. Gorit iz Solokhi.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow052.jpg
Ris. 51. Gorit iz Karagodeuashkha.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow051.jpg
Ris. 50. Raspolozheniye sokhranivshikhsya chastey gorita iz Karagodeuashkha na fone
gorita iz Makedonii.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow050.jpg

139 :月光仮面:2009/06/12(金) 11:24:57 ID:B2V9uB4W
Ris. 49. Chast gorita iz Karagodeuashkha.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow049.jpg
Ris. 47. Dno gorita iz Makedonii (skhema).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow047-8.jpg
Ris. 46. Gorit iz Makedonii (detal').
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow046.jpg
Ris. 45. Gorit iz Makedonii. (V knige pokazan vertikalno, ustyem vverkh. HF) [68]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow045.jpg
Ris. 44. Gorit iz Mastyugino. 1 obshchy vid (rekonstruktsiya); 2 detal'.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow044.jpg
Ris. 98. Batalnaya stsena na antichnom sosude
Ris. 43. Tsar iz Tolstoy Mogily (rekonstruktsiya dospekhov M. V. Gorelika).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow043.jpg
Ris. 42. Zolotyye plastiny gorita iz Tolstoy Mogily.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow042.jpg
Ris. 41. Dno gorita iz Kelermessa.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow041.jpg
Ris. 40. Zolotaya plastina gorita iz Kelermessa. [60]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow040.jpg
Ris. 39. Zolotaya plastina gorita iz kurgana Pastaka. [59]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow039.jpg
Ris. 38. Zolotyye plastiny gorita iz kurgana Pastaka. [57]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow038.jpg
Ris. 37. Gority.
1 Kelermess: 2 Arkhangelskaya Sloboda (rekonstruktsii).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow037.jpg
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow098.jpg
Ris. 36. Plastiny ot gorita iz Arkhangelskoy Slobody
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow036.jpg
Ris. 35. Plastina ot gorita iz Semibratnego kurgana.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow035.jpg
Ris. 34. Izobrazheniye skifa s goritom na blyashke iz Kul'-Oby.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow034.jpg
Ris. 33. Izobrazheniya skifov s goritami na chertomlykskoy vaze. [52]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow033.jpg
Ris. 32. Zolotyye plastiny ot gorita iz Ilyicheve.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow032.jpg
Ris. 31. Ukrasheniye gorita iz Zolotogo kurgana.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow031.jpg
Ris. 97. Ataka skifskoy konnitsy (rekonstruktsiya M. V. Gorelika).
Ris. 30. Zolotaya plastina ot gorita iz Aksyutintsev
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow030.jpg

140 :月光仮面:2009/06/12(金) 11:25:57 ID:B2V9uB4W
Ris. 29. Ukrasheniye gorita (?) iz Zhovnino.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow029.jpg
Ris. 28. Ukrasheniya goritov.
1 Novaya Rozanovka; 2 Zhdanov; 3 Podgorodnoye.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow028.jpg
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow027.jpg
Ris. 26. Detali goritov.
1 Repyakhovataya Mogila; 2 Komarovsky mogilnik;
3 Zapadnoye Velskoye gorodishche; 4 Podgorodnoye; 5 Koysugi:
6 Temir-Gora; 7 Zhuravka, kurgan 408.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow026.jpg
Ris. 25. Zastezhki iz predskifskikh pogrebeny.
1, 2 Vysokaya Mogila; 3 Vasilyeka; 4-6, 8 Krasnoye Znamya, kurgan 1
(yuzhnaya grobnitsa); 7 Krasnoye Znamya, kurgan 9; 9 Krasnoye Znamya, kurgan 3.
1 klyk; 2 kamen'; 3, 7 kost'; 4 mramor; 5 zmeyevik; 6 mergel';
8, 9 bronza.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow025.jpg
Ris. 24. Zastezhki goritov.
1 Starshaya Mogila; 2 Beloglinka; 3 Prussy; 4 Zhuravka, kurgan 447;
5, 16 Zhuravka, kurgan 432; 6, 19, 20 Zhuravka, kurgan 406; 7 Tri Brata,
8 Osnyagi; 9, 10 urochishche Daryevka; 11 Perebykovtsy; 12 Koysugi;
13-15 Repyakhovataya Mogila; 17 Luki; 18 Komarovsky mogilnik;
21 Eshkakon, pogrebeniye 4; 22 Zalesye (poseleniye).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow024.jpg

Ris 23. Zastezhki goritov.
1 Makeyevka, kurgan 2; 2 Ogorodnoye; 3 Olviya; 4 kurgan Bobovicha;
5 Grishchentsy (poseleniye); 6, 7 byvshy Romensky uyezd; 8 Starshaya Mogila;
9 Obitochnaya.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow023.jpg
Ris. 22. Zastezhki goritov.
1-3 Kelermess (zoloto); 4 Temir-Gora (bronza, zoloto).
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow022.jpg
Ris. 21. Detali goritov: stolbiki i gvozdiki.
1 Luki; 2 Popovka; 3 byvshy Romensky uyezd; 4 uroch. Daryevka; 5 Zhuravka, kurgan M
432; 6 Novoselki Grimaylovskiye; 7 Ositnyazhka; 8 Osnyagi; 9 Perebykovtsy; 10 Medvin-III,
kurgan 3; 11 Modvin-1, kurgan 3; 12 Nikopol', kurgan 1; 13 Temir-Gora; 14 Serogozy; 15 Novoalekseyevka, kurgan 17; 16 Koysugi; 17 Velskoye gorodishche; 18 Repyakhovataya
Mogila, pogrebeniye 1; 19 Repyakhovataya Mogila, pogrebeniye 2, gorit 2; 20 Repyakhovataya
Mogila, pogrebeniye 2, gorit I; 21 Eshkakon, pogrebeniye 4; 22 Krasnoye Znamya. [35]
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow021.jpg
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow097.jpg
Ris. 20. Gority iz Repyakhovatoy Mogily (rekonstruktsiya V. I. Klochko).
I vtoroy gorit; II pervy gorit. 1 gvozdiki; 2 stolbiki;
3 zastezhki; 4 nakonechniki strel.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow020.jpg
Ris. 19. Izobrazheniye gorita na plastine iz Sakhnovki.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow019.jpg
Ris. 18. Plastina iz Ulskogo aula.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow018.jpg
Ris. 17. Zastezhka gorita iz Melgunovskogo kurgana.
http://annals.xlegio.ru/skif/chernenk/bow017.jpg

141 :月光仮面:2009/06/12(金) 12:36:13 ID:B2V9uB4W
「おかめは竹べらを打ち鳴らすと獅子はその音にまどわされ」
「天狗の面をつけた金蔵が短棒(剣の代わり)を持って向かって行き獅子と戦い」
http://www.city.takayama.lg.jp/bunkazai/bunkazai/minnzoku/data/kinzoujisi.htm
金蔵獅子のストーリー
農作物を食い荒らす獅子を退治するため金蔵が戦いを挑む。最初は、獅子に打ち負かされて気を失って
しまう。獅子は勝ち誇り足の毛繕いをはじめる。一方、正気を取り戻した金蔵は、再度攻撃を仕掛ける。
最後は見事獅子を倒し村人から感謝される。。
http://www6.plala.or.jp/ebisunosato/kinzou.htm
この獅子舞では全く古典的尚武的で特に獰猛な獅子を退治し、国土の安穏を図ろうとする勇気溌刺とし
た金蔵の活躍は純情熱血にあふれている。
http://www2.ocn.ne.jp/~nhata/photo-fur/kinzoujisi2.jpg
http://www2.ocn.ne.jp/~nhata/kinzoujishi.html
笛(4名)、太鼓(1名)、摺鐘(2名)の囃子に合わせて、獅子(二人舞)に、金蔵とお亀とが踊るのである。
飛騨から越中にかけて、この金蔵獅子は各地に伝えられている。
http://www2.pref.gifu.lg.jp/BUNKA/GPR017_001V04?ZAI_NO1=3&ZAI_NO2=286&ZAI_NO3=1
獅子との戦いはスキタイのテーマ。スキタイのゴリュトス部品を製造する人々がこの踊りを残したのだ
ろう。

142 :月光仮面:2009/06/12(金) 16:48:19 ID:B2V9uB4W
「大分県竹田市教委は1日、同市田井の田井原(たいのはる)遺跡で縄文晩期(紀元前10世紀)に祭祀
(さいし)用として使われたとみられる「御物(ぎょぶつ)石器」が完全な形で九州で初めて出土したと発表
した。御物石器は北陸などで多く見つかっており、縄文晩期に同地方と九州の間に交流があったことを
示す貴重な史料となりそうだ。」
http://blogs.yahoo.co.jp/ekrdnj1974/52365061.html
これはスキタイの獣形王笏から抽象的王笏に変わるものかな?
http://www.archeologia.ru/Library/Image/35ecb1a304cf/large/pic28

143 :出土地不明:2009/06/12(金) 21:05:08 ID:MGIHK8td
既出?

【地域/京都】舞鶴の沖合に海底遺跡?階段状の岩、ダイバーらの話題に
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1244786898/

144 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/12(金) 23:40:35 ID:N3bj+Q+J
>>129-130
http://www.kodai-bunmei.net/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=201876
http://www.okunomasao.com/ibun.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/4sumi1.html
http://www.genbu.net/data/ecyu/takase_title.htm
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=199020
一番上の高句麗系方墳プランと四隅突出墳、日本海沿い出雲〜北陸〜
信濃〜関東は新羅系仏教文化伝播ルートと関東の出雲系神社の存在。
二番目は、出雲の方墳とその源流高句麗・穢の古墳。
三番目は、四隅突出墳が島根、鳥取、広島、岡山の出雲を中心に中国山地、
北陸地方に及ぶ。
四番目の富山県の高瀬神社は、「祭神、大己貴命(大国主命)が、北陸平定
から出雲へ戻る時、自らの御魂を国魂神として鎮め置いたのがはじめ。」
「また、一説には、祭神は高麗より渡って来た神であり、」と、高句麗・
出雲勢力は同一で、北陸の高志のオロチたる現地民を征服し、信濃、
関東まで征服していった反映とも云えよう。
一番下、五番目は、伽耶の支配者が木槨墓人になると北方騎馬民族的、
軍事的要素が強く、北方夫餘系が伽耶から日本列島、畿内へ征服活動を
行うたんじゃろう。つまり、瀬戸内経由の大和支配勢力と前途の
日本海経由の出雲勢力云うことじゃ。

145 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/13(土) 00:13:05 ID:bH+bXXFh
>>132-134
この時代北方民族の征服による国家形成はゲルマン、五胡、夫餘・高句麗
勢力と世界的現象で、彼らが桂馬やセブリと云えんでしょう。
ブリテン島を征服したアングロ・サクソンが桂馬ですか?
日本だけが例外と云う鎖国史観じゃあ可笑しいでしょう。
倭王朝なんてありません。ほいで信濃、関東は>>144で書いたよう出雲
勢力の影響が強いんですよ。
>>135
坂口安吾氏の云われるよう蘇我氏が天皇じゃったかも知れんのです。
記紀は、その時代の政権を奪取した側の都合で書いた歴史ですから。
記紀で出雲との関係の国譲りと云う曖昧な表現ですから、その背景を
探るんが歴史を考察する云うことでしょう。
日本海経由の継体王朝なんかも、記紀の時代に大和王権内に入れて
仕舞うたんでしょうけど。

146 :出土地不明:2009/06/13(土) 00:15:36 ID:4LwW6MwV
>>144
山陰のの四隅突出墳墓は弥生中期からだから、
そうすると高句麗の四隅突出風墳墓とやらは、
日本から伝わったわけだwww

>行うたんじゃろう。

あれ?断定調から推定調に変わったw
日本では伽耶的木槨墓も殉葬も見付かってないから論外だね。

消えてくれ。
さようなら。


147 :出土地不明:2009/06/13(土) 05:17:18 ID:mxDF/6ui
小麦作も約6000年前からやってたんだけど何か?(ゲラゲラ爆笑


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった

148 :出土地不明:2009/06/13(土) 05:18:01 ID:mxDF/6ui
小麦作も約6000年前からやってたんだけど何か?(ゲラゲラ大爆笑


縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。

http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50219a.htm
小麦などのプラント・オパールも見つかり
小麦などのプラント・オパールも見つかり
小麦などのプラント・オパールも見つかり
小麦などのプラント・オパールも見つかり

149 :出土地不明:2009/06/13(土) 05:20:33 ID:mxDF/6ui
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。

(※色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目!これらの要素が弥生土器には一切ない。)


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://www.shtong.gov.cn/node2/node4/node2250/songjiang/node70313/node70604/images/00004623.jpg

150 :月光仮面:2009/06/13(土) 11:00:38 ID:GgOKOdOD
>>145 「ここの古墳は石室の天井の石が屋根型になっていて、手を両側から合わせる形に似ているの
で、合掌型石室と呼ばれています。」参考:大塚氏HP:
http://www.wako.ac.jp/souken/touzai00/tz2012.html
これはコーカサスにおいてヒッタイト王族墳とされるもの。王族クラスが平城・平安京と言うのならまだし
も、善光寺というのでは日本を征圧したとはとんでもない。朝廷の牧となったと考えるのが当然。
他にも善光寺の戒壇巡りの祖形、トンカラリンは熊本にあり、頭蓋変形も出土しています。
参考:頭蓋変形
http://www.iriston.com/nogbon/pictures/Tabol/jivko_cherep_07.jpg
地下横穴墳はヒッタイトではなくスキタイでありなすが、九州に多い。このスキタイの風習は金蔵獅子と
言う形で高山にあり、スキタイ装具である御物石器も出土している。善光寺に葬られたのは九州・飛騨の
スキタイの王族と考えるのが順当。
都に最も近いのは新沢千塚であるが、新沢千塚の提瓶 http://inoues.net/ruins/senduka200806.jpg
これはサルマート族↓
http://sspa.bashtel.ru/facultets/history/his/Biblioteca/Sinicha/148_X.files/image005.jpg
Ris. 51. Predmety iz sarmatskikh kurganov u s. Kalmykove.
1 rukoyatka zheleznogo nozha; 2 glinyany kuvshin; 3 zheleznyye nakonechniki strel; 4, 5 zheleznyye kinzhaly; 6 podveska iz rakoviny; 7 busy; 8, 9 glinyanyye sosudy; 1,2- 1/1; 3,4 1/2; 5, 8 iz kurgana
2; 6 3/1; 7,9- 3/2.
のものに近い。
>>144 大塚氏が四辺内湾と分類される四隅突出型墳丘墓はブリャートでも同様に分類されます。同国
は西がイルクーツク、東はウランウデに広がりますが、四辺内湾は西部に限定されています。平面図は
オクネフ文化のステラ(図形付石柱)に表示されている文様に似ておりおそらく起源は南シベリアで
しょう。
四隅突出型墳丘墓は三次盆地から会津方面に、信濃路に入っては諏訪大社へと伸びます。アルタイ・Kumandin族は諏訪大社の御柱祭り、佐渡のツブラサシ踊り、熊本のコンタン踊り、越後のホダレ祭りと
同じ慣習を持っており、四隅突出型墳丘墓文化人の先祖と見られます。

151 :月光仮面:2009/06/13(土) 11:11:35 ID:GgOKOdOD
しかし、サルマート族というのは人種的にコーカソイドなんで、出世したとしてもせいぜい徳川時代の
三浦安針といったところか。

152 :月光仮面:2009/06/13(土) 11:19:43 ID:GgOKOdOD
飛騨に入ったシベリア・スキタイの木工・造形、匠の技がなかったら左甚五郎も現在の自動車産業も、
電器産業も生まれていなかったことでしょう。半導体・アモルファス等は縄文の伝統を持つものでしょう
が。

153 :月光仮面:2009/06/13(土) 12:50:19 ID:GgOKOdOD
>>150
KumandinというのはアルタイのKumanすなわち白鳥川の民族の意で、ロシアではPolovets=泳く人、
欧州ではCuman。日本にある素鵞、須賀も白鳥と読むと意味が通じるし、蘇我川なども素鵞川とすれば
明白。蘇我氏も関係するかも。素盞嗚命関連の神社は熊野・素鵞の名称を持つものがあり、この間の
経緯を物語っているようだ。日本語の古語を尊重するなら熊野素鵞族というべきか。
チュルク語ではこれがKipchakとなり、中国語の屈射もこれであるとされる。するとこれが日下部である
ことも十分に考えられる。日下部氏は武器、木材加工等の技術分野に特化したものとも考えられる。
キプチャク、屈射も日本語古語を尊重し日下部とすべきか。

154 :月光仮面:2009/06/13(土) 13:43:10 ID:GgOKOdOD
クマンに対するポロヴェッツ・泳ぐ人は河童とにており、高句麗・百済神話の河伯とか、日本の浦島・
河童伝承と関係しているのであろう。

155 :月光仮面:2009/06/13(土) 15:19:40 ID:GgOKOdOD
アルタイでは熊のことをキビまたはキイと呼ぶ。吉備、紀伊、ハングルのキムヘ(金海)は熊族の国
となる。これは上記の熊野・素鵞族とは違うからはっきりさすためには熊野・素鵞族は素鵞族とした
方がいいのかも。熊族・白鳥族の部族連合と言う概念もあり、キプチャクはこうした部族連合から
出来た言葉とする説もある。こうなると日下部もこの部族連合から来た言葉と成る。愛媛県には
久万と言う地名があるが、音読みでは白鳥族、訓読みでは熊族となる。部族連合ではクモシという
のがあるが熊襲ににている。キジというのは人間と言う意味でアルタイ・キジは金山人ということに
なる。山岳民族と言う意味であろうか。白鳥は天を駆け、熊は地に潜り越冬する、陰と陽程度の
差かもしれない。山陰と山陽程度に意味か。

156 :月光仮面:2009/06/13(土) 15:36:23 ID:GgOKOdOD
神武の敵はいまいちはっきりとしないが、神武軍には久米がいたことははっきりしている。この久米は
吉備、紀伊、金海と同じ意味だから、場所柄紀伊と考えるべきだろう。
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/jinmu.html

157 :月光仮面:2009/06/13(土) 16:13:06 ID:GgOKOdOD
>>145
甕棺の推移を見ると背振山脈から次第に南下するのがわかる
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/kenkyuusya/fujio/kyushu/kamekan7.jpg
その後筑紫の磐井の乱などもあったが、これは
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/rekishikou/006/re_006_04071001.gif
「西都原考古博物館の北郷泰道主幹は「地下式横穴墓群の勢力は諸県君(もろがたのきみ)を通じて
ヤマト政権と結びついたのに対し、地下式板石積石室墓の勢力は、北部九州の勢力と結びついて、これ
に対抗したのではないか」と推測する。」・・・こうした展開だろう。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/rekishikou/006/re_006_040710.htm
しかし、背振山脈から肥後にかけて、近畿中央の物部・蘇我などの消長とも関連し、衰退はしたものの、
古墳時代の阿蘇のピンク石供給等にかかわる何らかの勢力が存在したことは否定できない。
それは非常に古い時代から半島南部、沿海州等と関係を持っていた縄文海人族だと思います。

158 :出土地不明:2009/06/13(土) 21:33:54 ID:GiRbPa2q
>>137
馬鹿がまだやってるのか。ご苦労さんw。

日本人のy遺伝子の分布から言えば日本人がスキタイ系などありえないね。

日本人の男性 y遺伝子は縄文系C1とD2、及びC3とNの50%、そして弥生系のO2bとO3の50%で構成されている。
>>http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA?6

さて、日本人のどこにコーカソイドの遺伝子が有るのかな?。スキタイ人の血とかスキタイ文化とか言う
前に、まず、日本人の遺伝子にコーカソイドの遺伝子を見つけてからにしてくれるかな。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/File:Y-Haplogroups-1500AD-World-Map.png
(注:コーカソイドはP以降の遺伝子)

・・・と上記たった2段落で否定できるw。


159 :出土地不明:2009/06/13(土) 22:56:38 ID:M4wC+a19
高床式「倉庫」は北方アジアから直伝している。




高床式建物はシベリアやアムールにもあるけど何か?

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1164871625/






160 :出土地不明:2009/06/14(日) 00:07:02 ID:WfoRBiZs
>>159
それはただの、他人の空似w。

先日の金正日の三男金正雲の偽写真と同じで、似ていても中身が無い。つまり遺伝子的には親子関係が無い
から写真にも全く意味が無い。

同様に、シベリアやアムール高床式建物は日本のそれと似ていても中身が無く無意味。

一方江南の高床式建物は、何故その文化が日本に伝わり使われたかと言うちゃんとした意味があり、しかも
遺伝子的にも越人しか持っていないO2bという遺伝子が日本に伝わっていると言う親子関係の証明書つき。
>>http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA?6

ちなみにO2bはたった2800年前に突然変異で生じたO2遺伝子のサブ・ハポロタイプで、紀元前334年に
楚に滅ぼされた越(百越)の難民で、南に逃げたのはベトナムへ、海へ逃げたのは韓国・日本へ来た。


161 :出土地不明:2009/06/14(日) 00:19:44 ID:95kuvwqX
>>160
弥生開始の3000年前頃に江南にまだ高床式建物があったと
いう証拠遺物はないぞ。

それと越の文物も一切伝わってないのにウソを言うなよな、

悪の権化、台湾人工作員。

162 :出土地不明:2009/06/14(日) 00:44:31 ID:K6pnTu8j
>>161
>それと越の文物も一切伝わってないのにウソを言うなよな

越がO2a/O2b系統なら主従関係で言う「従」であり、
自分達の文化を能動的に残す事はなかったのではないのか。

163 :出土地不明:2009/06/14(日) 00:50:51 ID:95kuvwqX
何が言いてえんだテメエは?

そんなYサギ、俺は微塵たりとも信用してねえんだよ。

信じて欲しくば、文物や他の遺伝学と整合してから俺の目の前に
持ってこい!

164 :出土地不明:2009/06/14(日) 01:13:09 ID:K6pnTu8j
君が何様か知らないので遠慮するw

そのカッとする性格は穢人系かな?

165 :出土地不明:2009/06/14(日) 01:34:39 ID:Db7++r2h
喧嘩の最中、ちょっと失礼するよ。
穢族のY遺伝子グループはC3と考えて良いのかな?
だとすると現代朝鮮人にしめる穢族の血筋はあまり多くはないね。
O2bとO3で9割でしょ?
あまりハプログループにこだわりすぎるとここのコテにダメ
出されるかな?

166 :出土地不明:2009/06/14(日) 01:43:06 ID:95kuvwqX
だからよう、ハプロタイプの頻度なんかガンガンに変化するから
渡来人捜査には遺伝学はまーったく使えんの。

167 :出土地不明:2009/06/14(日) 01:46:08 ID:95kuvwqX
>>164
また間接的朝鮮人認定か台湾人。

とっとと日本から朝鮮人とともに出てけや侵略者台湾人!





 台 湾 人 の 日 本 侵 略 を 許 す な!

http://www.youtube.com/watch?v=f7LXG9gqzbo






168 :出土地不明:2009/06/14(日) 09:26:24 ID:P9rDlO3j
>>159

>高床式「倉庫」は北方アジアから直伝している。
次の遺跡からその証拠を示せるかなー、

日本列島に伝わっている高床式の住居。
http://www.city.kunisaki.oita.jp/yayoinomura/takayuka.htm
http://www.city.kunisaki.oita.jp/yayoinomura/syoukai.htm
※安国寺集落遺跡より

国東市歴史体験学習館 弥生のムラ
TEL0978−72−2677


169 :出土地不明:2009/06/14(日) 09:51:11 ID:PNtiGOae
>>166
ハロトタイプが変化するなんてありえないね。

例えばアジア人を代表するハロトタイプはy遺伝子のOだが、それは例えばOと言う場所に突然変異を
持ったもの。そこから、更にO1、O2、O3というサブグループができたが、O1はOと言う場所に加えて
1と言う場所に変化をきたしたもの。O2はOと2の場所に変化をきたしたものとサブの変化は明確に
遺伝子に出てくる。

だからハロトタイプのグループが変わる事は無い。もし、ハロトタイプのグループ変わるとすれば、
例えばO1がO2に変わるなら、そのO1は2の場所に突然変異をきたすと同時に既に変化した1の
場所の変化も突然変異で元に戻すという奇跡的偶然が行われなければいけない。

更に、たった一人がそう言う奇跡を経験しても、例えばベトナムのO2bで言えば、人口8400万人のうち
男性が約4200万人として、そのうちの14%のO2bをO2aに変えるなら、約336万人がその奇跡を
受けなければいけなくなる。それも変化前に男の子供が生まれてしまえばその子はO2bである。

参考までに、O1は東南アジア人を代表する遺伝子、O2は江南人、O3は漢人を代表する遺伝子。


170 :出土地不明:2009/06/14(日) 11:34:09 ID:PNtiGOae
>>165
ツングース系を代表する遺伝子はC3です。

韓国人の90%のハロトタイプはO系だが韓国人のアイデンティティーは遺伝子だけで決まるのではない。
環境・歴史・言語・・・等が合わさったものが韓国人をつくってきた。ただ、遺伝子的系統として90%が
中国人だという事実は変わらない。

ここで最近面白いことが分かってきた。日本人のy遺伝子の45%はD系なのだが、これは6万年位前に
Cと共にアフリカを出た遺伝子が4.5何年前以前に海伝いに、インドシナ半島とインドネシアの島々が
一つになったスンダランドに到達し、そこで暫く適応した後、C1遺伝子と共に3〜4万年前に海伝いに
日本に到達してD2と言うサブグループになり、日本における後期旧石器ー縄文時代の代表的遺伝子となった。

ところが、実は韓国人もD系の遺伝子を5〜8%持っている。ただし、日本人のがD2なのに対して韓国人
のはD1なのである。

>>169 で書いたようにハロトタイプが変化することはありえないからD2からD1が生まれるも、またその
逆も有り得ない。それではこの韓国人のD1遺伝子はどこから来たかということになるのだが、実は、
これは、スンダランドのD遺伝子は日本へ来る一方、D1、D3と言うサブグループに変遷しながら、
メコン川や長江伝いにチベットへ入り、再度周辺へばら撒かれていった遺伝子の一つだった。

それでは韓国へは何時入ったかといえば、チベットが仏教の影響を大きく受ける前に出たD1種族で、
韓国の三国時代に新羅の地へ移住した辰韓が持ち込んだものである。だからこのD1遺伝子は満州北部や
日本にも一切見られない。そしてその辰韓の民が話していたのはD1系の言語だっただろう。

新羅は韓国を統一し、中南米人の遺伝子には殆ど無いスペイン語やポルトガル語を話すように、D1系
言語が韓国語となった。そして日本はD2系の縄文語を基礎とする日本語を話していると考えられる。
くしくも3〜4万年前分かれた同じD系の言語が再び隣り合わせで話されることになったと言うわけである。

このことは、日本語と韓国語がそれぞれ孤立語である一方、共に大変構造が似ているにもかかわらず
お互いに影響を殆ど受けていない(勿論単語とかは当然別)ことを良く説明するものである。

(参考) A secondary, minor spike in the frequency of Haplogroup D1 occurs again in Korea,
where it may reach as high as 5% to 8%; this somewhat heightened frequency does not stretch
into Manchuria to the north or Japan to the east, which may corroborate historical accounts of
immigration from the country of Qin in the far west of ancient China to the country of Jinhan,
which is believed to have been located somewhere in the southern half of the Korean Peninsula.
(Qin=秦 Jinhan=辰韓)
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_D1_(Y-DNA)


171 :出土地不明:2009/06/14(日) 11:39:18 ID:PNtiGOae
>>170
XXハロトタイプ
→ハプロタイプ


172 :出土地不明:2009/06/14(日) 16:47:38 ID:NsRWzZNW
おまえ相当な馬鹿だろ?

誰がハプロタイプそのものが変化すると書いたんだ?

ハプロタイプの「頻度」が変化すると言ってるんだぜ。

173 :出土地不明:2009/06/14(日) 17:58:32 ID:PNtiGOae
>>172
他の遺伝子や女性の場合はそれぞれ両親からの対立遺伝子があるが、y遺伝子には
対立遺伝子が無い。

要するに遺伝子組み替えは起こらないと思うがそれでも連鎖不平衡が起こるという
なら詳しく教えてくれ。


174 :出土地不明:2009/06/14(日) 18:59:06 ID:PNtiGOae
>>172
先に自分で調べたから回答不要。

なるほどYとX染色体の間でも遺伝子組み替えが起こる部分はあるらしい。

偽常染色体領域
短腕末端部にX染色体の短腕末端部と99%以上相同性のある部分があり、精子形成時に頻繁に交差が起きる。
この部分を偽常染色体領域(PAR)と呼ぶ。このPARのすぐそばにある遺伝子SRY(sex-determining region Y)が、
性の決定をつかさどる遺伝子である。 そのため、時に交差によってX染色体にこの遺伝子が移ってしまい、
XYなのに女性であったりXXなのに男性である現象が起きる。この場合、性機能は損なわれていないことが多い。


しかし、当然、人類の系譜について研究している学者達はそのことも知っている。当然その部分は避けて
ハプロタイプを決定しているから問題なし。
「Y 染色体は偽常染色体領域を除くと組換えを起こさず,父親から息子にそのまま伝わるため男性の系譜の
研究に有用である。」
>>http://www.jsog.or.jp/PDF/56/5609-612.pdf
>>http://74.125.153.132/search?q=cache:lKwHUE-h0hMJ:www.jsog.or.jp/PDF/56/5609-612.pdf+y%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90+%E5%A4%9A%E5%9E%8B&cd=6&hl=en&ct=clnk&gl=jp


175 :出土地不明:2009/06/14(日) 20:06:31 ID:K6pnTu8j
>>170
>そしてその辰韓の民が話していたのはD1系の言語だっただろう。

面白い説だと思うけど、ならばD1系であるチベット語と朝鮮語に、どれほどの共通性があるのだろうか。
朝鮮はむしろオロチョンやエヴェンキなどのC系が言語として残ったのではないだろうか。


176 :出土地不明:2009/06/14(日) 20:37:06 ID:NsRWzZNW
入れ墨は日本では旧石器時代からおこなわれている。


タトゥーは少なくともオセアニア大陸で新石器時代からおこなわれていました。
タトゥーをしたミイラが発見されています。日本では旧石器時代から
おこなわれていたと考えられています。その他の多くの文明でも、
それぞれ独特のタトゥーの様式がありました。
http://blog.livedoor.jp/sakae101/index.rdf
日本では旧石器時代からおこなわれていた
日本では旧石器時代からおこなわれていた
日本では旧石器時代からおこなわれていた
日本では旧石器時代からおこなわれていた

177 :出土地不明:2009/06/14(日) 20:39:41 ID:NsRWzZNW
日本には7000年前の世界最古の入れ墨の証拠遺物がある。


紀元前5,000年前-日本人が世界で初めて?

日本人が最初に入れ墨を取り入れたであろうと想像できる縄文時代の土器が
発掘されています。縄文土器にあしらわれた顔には埋葬者を守る意味合いを
持つ神秘的な「入れ墨」のようなものが認められ、これが入れ墨として記録
されている世界最古のものではないかと想像されています。
また、日本原住民族であるアイヌには優れた入れ墨技術があったものと
思われます。
http://www.ta2.com/tattoohistory.html
紀元前5,000年前-日本人が世界で初めて
入れ墨として記録されている世界最古のもの
紀元前5,000年前-日本人が世界で初めて
入れ墨として記録されている世界最古のもの

178 :出土地不明:2009/06/14(日) 20:40:22 ID:NsRWzZNW



世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!

紀元前5,000年の縄文時代の土器から、入れ墨をほどこした人面器が
発見されているんだ。
http://www.tnc.ne.jp/oasobi/oasobi03/119tatoo/index.html
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!




179 :出土地不明:2009/06/14(日) 22:48:08 ID:QttFnKmS
日本の彫り物は、図柄、配色共に世界一だが、世界最古でもあったとは

180 :出土地不明:2009/06/15(月) 00:35:57 ID:/jnOhafG
>>175
言語学についてはそれ程知識が無いが、チベット語は昔調べた範囲では、語順は日本語・韓国語と同じ
SOV、膠着語、丁寧・尊敬語がある。確か謙譲語も有ったと思う。ただ、仏教伝来以後は梵語の影響を
強く受けているらしい。

アフリカにいたC系、D系の祖先は6〜6.5万年前は同じ言葉を話してた。だからC系とD系は親戚の
言語だから基本的に似ていてもおかしくは無いと思う。

C系でスンダランドに向かったのはC1とC2に分かれ、C1は日本へ向かい(日本にしかいない)、C2は東南
アジア南太平洋・オーストラリアの原住民となった。ただ東南アジア・南太平洋諸国はその後来たO系が
重なり南太平洋諸国の言語は知らないが、現在東南アジア人は殆どがSVOで話している(O1は東南アジア、
O2は江南・ベトナム、O3は漢人)。ただ、ボルネオ奥地のダヤクやイバン、インドネシアの小島の
少数民族ならC2系の言語が残ってるかもしれない。

ついでに書けば、欧米・アジア人の共通の祖先ハプロタイプ(NOP)が誕生したのが2.5〜3万年前で、
彼らは多分SVOで話してただろう。だからその後の系統の、アジア人の祖先Oは2〜3万年前、Pから
派生した欧米人の祖先Rは2.5万年前派生したが、上記O系統のアジア人、中国・ベトナム・タイ・
マレーシア・インドネシア、そしてR系統の欧米諸国の殆ど全てがSVOで話してる。一方、C・D系は
SOVが殆どなのではないだろうか。

こうしてハプロタイプ言語で民族を分類してみると、語順という物は意外と変化しないものだと思える。

ただ中国大陸から北へ向かった(NPO)の子孫でアルタイ系の代表遺伝子NだけはSOVなのだが、彼らも
当初は当然SVOで話してただろうと思われる。それは北方ユーラシア大陸でツングースC3と交合の結果、
言語が同化されてしまったではないだろうか。言語という物は意外とオールオアナッシングで単語意外は
簡単に同化されてしまう物のようだからね。


181 :出土地不明:2009/06/15(月) 00:40:41 ID:/jnOhafG
続き

N系の言語を同化したツングース系を代表するハプロタイプC3は、スンダランドへ向かわずアフリカに
残ったCのグループがその後中東を経て、バイカル湖の近辺で2万年前に変異したものである。
そして中国から来たアルタイ系Nと一緒に細石器文化をにない、その後の北方遊牧民の大きな要素となった。
>>http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA?6
>>http://en.wikipedia.org/wiki/File:Y-Haplogroups-1500AD-World-Map.png

当初は、遊牧の前段階の食料調達方法として、一族共々食料の動物にくっ付いて、シベリアやモンゴルの
草原を徘徊し、1.45万年前の氷河期で植物相が南下し、更には海退でシベリア・朝鮮半島と陸続きに
なった日本へも北海道・九州北部から動物を追って入ってきた。そして細石器の分布も、北海道・九州そして
日本海が孤立し冬に雪が降らなくなったせいで草原になった東北・北陸の裏日本側へと、彼らが追って来た
動物の生息範囲と合致する。

しかし、氷河期が去ると共に植相が北上し動物も北上したが、海進で取り残された動物と共に取り残された
C3とNも一部が日本に残った。日本でのC3の分布は今でも北海道と九州に多いし、Nも東北・九州四国に多い。
そして彼らも追ってきた動物を食べ尽くすと、C1やD2と同じ狩猟採集民族になり、細石器は捨て去られ、
消え去った。そして彼らの遺伝子は現在日本には1〜2%位しかない。

多分彼らの言語は日本ではD2の源縄文人に同化されただろう。日本語がD系の言語だとすれば、韓国語も
ツングース系より日本語に似ているからD系の言語だと私は思うが。


182 :出土地不明:2009/06/15(月) 01:25:55 ID:8ajAGv5+
アイヌのC3はオホーツク文化人の痕跡じゃないですかね。
C3は旧石器時代と2回やってきたのかな。

183 :月光仮面:2009/06/15(月) 08:06:02 ID:ckTZ6+JR
馬韓月支国に雌伏していた月氏の残党が九州西部に移り住んだ可能性がある。
地下式横穴墓・地下式板石積石室墓分布地図(他にも立石土壙墓(薩摩半島南端部)があり)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/rekishikou/006/re_006_04071001.gif
トンカラリン遺跡
http://www.soufusha.jp/tatiyomi/sikokusetouti/tonkara.html
http://inoues.net/ruins/tonkararin.html
トンカラリンと頭蓋変形
http://www.ntv.co.jp/FERC/research/20020616/m003.html
大月支国(クシャン王朝)頭蓋変形
http://www.iriston.com/nogbon/pictures/Tabol/jivko_cherep_07.jpg
南シベリア匈奴地下横穴墳
http://xiongnu.eurasica.ru/pp.shtml
墓 上から 横から
http://xiongnu.eurasica.ru/images/pp_02.gif
スキタイ地下横穴墳
http://annals.xlegio.ru/skif/skifkrim/skif38.jpg
トンカラリン遺跡に伴うオルフェウス系大国主命・甲賀三郎伝説を通しクマン族も山陰・長野に広めて
いる。

184 :月光仮面:2009/06/15(月) 09:05:10 ID:ckTZ6+JR
http://xiongnu.eurasica.ru/pp.shtml
BC1世紀匈奴女性木棺土壙墓、珊瑚・子安貝(沖縄産か)、Ushu銭、銅鐸のような鐘、金の耳飾
等が特徴的。

185 :出土地不明:2009/06/15(月) 11:14:59 ID:ojzkYD0L
>>180-181
語順は簡単に変化するよ?

ラテン語 SOV

イタリア語 SVO
スペイン語 SVO
ポルトガル語 SVO

186 :月光仮面:2009/06/15(月) 13:02:40 ID:ckTZ6+JR
>>184
この地下式横穴墳は寧夏回族自治区のもので、匈奴の影響下にあったものであるが、起源は
スキタイ期に甘粛・新疆・中央アジアに存在した文化圏にあるのではないかとしている。犬戎の
の分布に近い。筑紫の磐井は近江毛野とスキタイ式に共闘していたというが、近江毛野を青海
犬戎、磐井はオルドス犬戎、単なる犬戎と考えてもいいのではないか。夕月の民とは月氏のこと
で、その実体は犬戎、その中には関東の埴輪に描かれるエフタルも含んでいたのであろう。
地下式横穴墓・地下式板石積石室墓文化圏は日本における犬戎の基地のようなものであったの
では。


187 :月光仮面:2009/06/15(月) 13:10:24 ID:ckTZ6+JR
犬山市、豊川稲荷等は犬のイメージが強いが、磐井も犬戎とすれば、卑弥呼の敵であった狗奴国
というのは卑弥呼にとって二面戦争であったということになる。勝ち目はなかったのではなかろうか。

188 :月光仮面:2009/06/15(月) 13:16:29 ID:ckTZ6+JR
スキタイのサルマート族は地下式横穴墓だが強烈な銅鏡(絵の付いたもの)の蒐集マニアの
ようであり、九州の漢鏡蒐集ブームに火をつけたのではなかろうか。

189 :月光仮面:2009/06/15(月) 13:20:16 ID:ckTZ6+JR
柄つまり握りのこと。こんなもの↓
http://www.rojdenierus.ru/forum/download/file.php?id=217&sid=1d58597938303d94f0de4353c2adca2f

190 :月光仮面:2009/06/15(月) 14:01:42 ID:ckTZ6+JR
斎明・推古の頃、西海と呼ばれる長崎県・熊本県一帯は拝火教の国トカリスタンの出島の機能を
果たしたようであるが、歴史的には秦氏の率いた夕月民国であり、秦王国と呼んでもよかった。トカラ
人は隋とか唐の領土を闊歩するわけで、中国人にとって倭人・秦王国の判別は卑弥呼時代の
筑紫と大和の判別同様に難しいものがあったのであろう。

191 :月光仮面:2009/06/15(月) 14:55:55 ID:ckTZ6+JR
>>183-184
ロシア南シベリアから寧夏回族自治区にかけて見られる例であるが、典型的、完全な形を留めたのが
寧夏回族自治区のものであるということ。匈奴は本来地下式横穴には無関係だが、匈奴の勢力範囲
拡大に伴って地下式横穴もカバーするようになったということ。日本の地下式横穴墓も縄文人なのか
彝族なのか、はたまた、ソグド人なのかは不明だが、縄文人が異教に染まりお墓も変えるというこ
ともありえよう。



192 :出土地不明:2009/06/15(月) 15:07:21 ID:5JzZxLP3
天から下って日本に住み着いた。文献からも明白だ。


193 :月光仮面:2009/06/15(月) 15:25:40 ID:ckTZ6+JR
>>184
Ushu銭=五銖銭(ごしゅせん)は中国の古代に流通した貨幣。前118年(元狩5年)に前漢の武帝により
初鋳された。量目(質量)が当時の度量衡で5銖であり、また表面に「五銖」の文字が刻印されていること
より五銖銭と称されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E9%8A%96%E9%8A%AD

194 :月光仮面:2009/06/15(月) 16:14:43 ID:ckTZ6+JR
クマン族(素盞嗚命)の足跡
沖縄県ジュリ馬
http://plaza.harmonix.ne.jp/~udagawa/jyuriuma/tud04.JPG
沖縄に出現する箱式石棺墓
http://www.hi-ho.ne.jp/mizuno/pics/iseki/momenbarujinkotsu.jpg
タタールが持ち込んだと見られるポーランド・クラコワのジュリ馬
http://www.chebucto.ns.ca/~aa051/lajkonik-sa.jpg
Prazdnik Laykonik v Krakove
http://www.megatis.ru/imgs/docs/24685-2257.jpg
「きがねご、いねが?」イタリア・トリノ北方のスイスの秘境レッチェンタールに)にのこるナマハゲ
(チェッゲッテ)
http://www.maskenkeller.ch/
スイスのナマハゲ
http://www.loetschental.ch/admin/files/uptables/content/maske.jpg
http://w1.nirai.ne.jp/cruz/juriuma.jpg
スイスの手彫り面は怖いだが、カーニバルはそれだけに格別
http://www.stripes.com/article.asp?section=103&article=27897&archive=true
Was ist eine Tschaggatta?(チェッゲッテとはなんぞや?)
http://www.sagapictures.ch/masken/index.php?option=com_content&task=view&id=7&Itemid=8
男鹿のナマハゲ
http://www.namahage.co.jp/namahagekan/index/tayou/tayou3.jpg
鹿児島県甑島トシドン
http://www.koshikijima.net/event/tosidon.jpg

195 :月光仮面:2009/06/15(月) 16:18:11 ID:ckTZ6+JR
ヒクソスが犬戎でないはずがない。
http://en.wikipedia.org/wiki/Hyksos

196 :月光仮面:2009/06/15(月) 16:31:35 ID:ckTZ6+JR
前二千年紀西アジアでフルリ/ヒクソスであったノマドが2千年後にクマン/夕月民として日本に渡来した
ということ。

197 :出土地不明:2009/06/15(月) 20:11:54 ID:/jnOhafG
>>185
ラテン語はラテン人の言葉です。ヨーロッパは人種のるつぼな上に、更に、それぞれの人種が複雑に入り
組んだハプロタイプを持っています。特にイタリアはそうです。

ラテン人のハプロタイプがどうなっているか今となっては分かりませんが、彼らの言語ではハプロタイプJが
基礎になっていたのではと考えています。ハプロタイプJと言うのは、ハプロタイプIの親戚です。そして、
このIはゲルマン人の言語をつかさどった遺伝子です。そしてこのハプロタイプIとJの言語はSOVだった
と思います。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup

ゲルマン人のハプロタイプはR1a、R1b、それにIです。ゲルマン人と一口で言っても、ゲルマン人にも
色々種族が有りました。そのうちでドイツやオランダに強く影響を与えたゲルマン人の言語もSOVでした。

y-遺伝子のハプロタイプはA〜Rに分類されていますが、このうちでSVOの語順で話すのは最後に分岐
してきたN〜Rだったと思っています。Mから上は全て基本的にSOVだったとおもっています。


198 :出土地不明:2009/06/15(月) 20:27:26 ID:mCuFD+qk
「歌垣」は百済の帰化人から伝わっている。


翌宝亀元年(770年)3月には、男女230人が歌垣(うたがき)
には百済から河内の地に渡来した王仁(わに)の末孫たちが奉仕した
との記録が残されています。(続日本紀)
http://www18.ocn.ne.jp/~doukyou/shirukai/sub01.html

弓削の道鏡の出身地で称徳天皇がこの地に遊行されて、百済の人々が
歌垣をして慰めたという
http://www.shiga-miidera.or.jp/serialization/shinra/136.htm

歌垣を行った葛井氏ら六氏は百済からの渡来人を先祖としており
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou26/kaihou26.html

199 :出土地不明:2009/06/15(月) 20:28:18 ID:mCuFD+qk
「歌垣」は現在でも朝鮮半島に見られる。


先生は「韓の国紀行『歌垣』」のなかで、「朝鮮民族には凄味がある、
と、ほとほと思ったのは、この仏国寺の松林で野遊びを見、歌垣の
歌声をきき、そして杖鼓(チャング)のリズムをきいたときであった。
http://homepage2.nifty.com/kodaijin-tamat/index.files/karanokuni.htm

日本にも野遊びはあった。万葉のころ歌垣は絶えた。韓国ではいまも
生活の中にある。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/siba/karakuni.htm
 
韓国の山野では野遊びをする人々に出会うという。司馬さんは
「人々は強烈なリズムにのって群舞しており、さながら万葉時代の
歌垣や踏歌を現(うつつ)に見る思い」がすると書いていた。
http://www1.coralnet.or.jp/kn/tenti/c2002401.htm

200 :出土地不明:2009/06/15(月) 20:29:17 ID:mCuFD+qk
次に、歌垣(かがい・歌會)について語ろう。七七〇年三月、河内の弓削の称徳離宮で歌垣が
行われた。万代にわたる帝と離宮の存続を祈り、周囲六ヶ村男女二百三十人の渡来人が夜を
通して歌い踊った。歌垣は若い男女にとって、他の部落との間の通婚の機会設定に大きな役割を
果たしていた。このころは、山麓の景勝地まで人々が出かけて、賑やかに野外舞踏会を開いた
ものであった。というよりは、日のあるうちは野に遊び、日が暮れると篝火が灯され、酒が
入って宴は佳境に入る。日野の朝鮮坊山では、毎年歌垣が行われていた。
お月見の習慣と併せて、韓半島からの伝来の風習であった。いまも扶餘や慶州あたりの野原では、
夏の夕べに月見の宴を張る。これを野遊とよんでいる。大和の民衆もこの楽しみをまねて、
農業神事に取り入れた。慶州の仏国寺の松林で、水色・桃色・緑・赤など色とりどりの袴・上衣を
着た老若男女が楽しそうに踊るのを見ることができる。杖鼓を膝の前において鞭のようなバチで
打つ。このリズムに合わせて踊る。韓国ではいまでも一般の家庭で使われている楽器である。
日本舞楽の羯鼓に似た楽器である。筑波山麓の歌會や常陸国風土記にある童子女松原の歌會が
知られている。筑波嶺の歌會で詠んだ歌一首と短歌が万葉集巻九にある。この伝統が盆踊りの形で
現在の日本に引き継がれた。
http://www.tmd.ac.jp/med/mtec/wakamatsu/emperor/historybackground.pdf#search

201 :出土地不明:2009/06/15(月) 23:20:37 ID:yrqK9N0V
アホチョンは置いといて、
秦氏がD系を持ってた可能性はどうなんだろう。

202 :出土地不明:2009/06/15(月) 23:56:10 ID:nuMXL6SD
>>201
パート5まで月光氏もそう書き捲っていたな

自分の言葉に責任とれ

203 :出土地不明:2009/06/15(月) 23:59:31 ID:R7pVOxCx
>>201
日本人のD2は、全国満遍なくいるが、都市部より山間部に多いという話がある。
また、傾向として、古墳時代の先進地域には少ない。
つまり、D2は、弥生より前の時代に入り広がり、
古墳の時代には日本全国にいたと思われる。

さらに、D2は日本以外のアジアには、全くないという特殊なもの。

秦氏がD系を持っていたとすれば、D1,3と考えるのが妥当だが、
大陸、半島では、チベットを除き、現在では非常に少ない。

よって、秦氏がD系だった可能性は非常に少ない。
D系が含まれていたとしても、D1,3であったと思われる。
D1,3は、現在の日本人にはいない。






204 :出土地不明:2009/06/16(火) 00:25:06 ID:uQnonuBT
>>203
なるほど。
ただ山間部というのは何となく逃げ延びた人たちが住むというイメージがあるけど、
古墳は四隅突出墳も前方後円墳も最初は山間部に作られてるんだよね。
高天原思想からであろうか。
それから平野に下るという流れなんだ。
言い方変えれば山間部に住む人たちは平野に住む人たちに比べ高位であった可能性もある。


205 :月光仮面:2009/06/16(火) 08:56:12 ID:5n4ZYmF7
http://library.ibp.ac.cn/html/slwj/000222645600001.pdf
中国の諸民族を漢系、チベット系、北部系、西部系、南部系という5系統に分類した場合のチベット系で
あるが、漢族を含むSino-Tibetan系の原郷は中国西・北部であり、チベット系の先祖テイ・羌もチベットの
北東、黄河上流にいた。チベット系はおしなべてYDNA DとOが高率。漢族とか、日本・朝鮮などのO系を
などを傘下に含む上位のO*がチベット系に検出されるので、テイ・羌はチベット高原に移動する前にはO*
とDを含むものであったと見られる。5000-6000BPテイ・羌は黄河上流の原郷を西進、南進しチベット中央
にいたりZang、Kham、別の群は南進しチベットの東方を南進し、四川北部に移って羌となり、更にこの
テイ・羌は雲南・貴州に入り他の中国民族の中において多数派民族となる。

206 :出土地不明:2009/06/16(火) 10:17:41 ID:VO6+skFQ
>>203
日本人のD2は、スンダランドから原種のDが日本へ来てからD2に変異したと言われてるね。

C1も日本以外に見当たらないんだけれど、これも原種のCが日本へ来てから変異したのかな?。C1は
どうも貝殻文化と関連があるらしい。そうすると、D2が山の(森の)民で、C1が海の民と言うことに
なるかも知れないが、海彦山彦の神話は、まさか3・4万年前のものと言うことは無いだろうな。
でも、そう言う伝統を縄文時代の中ごろまで続けてれば、その話の元はC1、D2と言うことになるね。

一方では、Cは大海洋民族と言われているが、アフリカを出て、海岸沿いにスンダランドへ向かった時、
DとCは同じ部族として帯同したと思われるとwikiに書いてあるんだけれど、この根拠はなんなんだろう。
誰か知ってる?。"Some have hypothesized that Haplogroups C and D were brought together to
East Asia by a single populationz"
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_C_(Y-DNA)#cite_ref-Sengupta2006_8-1

ついでに、昔、私は仕事で何度もボルネオ島のジャングルへ行ってたんだが、日本の女系制度の習慣は
インドネシアから来てるのだろうね。仕事が休みのとき、ダヤク族の部落へ遊びに行こうと誘われた。
何かダヤクの祭りだとかで、その期間は何処かの家へあがりこんで、娘と遊べるとか行ってた。ただ
3晩続けて泊まるとその娘と結婚させられるから、絶対その前に出てこいと言ってた。スピードボートで
片道3日かかると言われて止めたけれどね。

北側のマレーシア領のイバン族(ダヤクと同族と言われてる)には、ロングハウスと言って長い大きな
家に一族が一緒に住む種族がいるが、そのどこかでは新しい血を入れるために男をさらってきて、体力の
続く限り女達とやらせ、不要になると殺されるとか言う話もある。今は殺される事はないだろうけどね。

ダヤク族は首刈りと食人(儀式)の習慣でも有名だけれど、ダヤク族が社長の取引先があって、親しかった
からある日、子供の頃にでも人を食った事があるかと聞いた。そしたら爺さんの時代までは食ってたとか
言ってたけれど本当かは分からない。その時私は食われたのかもしれないけど・・・。

縄文人も食人種だったらしいね。それと歯についての面白い話もあるから貼っておくよ。
>>http://www.geocities.jp/ryfxm457/sub2-2.html


207 :出土地不明:2009/06/16(火) 10:43:33 ID:VO6+skFQ
>>204
諏訪一族も奥地に入った縄文人だったから山奥の生活に耐えて繁栄できたのかもしれない。御柱際なんかも
縄文の素地があったから出来た祭りだろう。

武田信玄に一族の男は皆殺されたからy遺伝子は絶えたのかな。

古墳は勝手に円墳と方墳を合わせたもので、円墳族と方墳族の双方を満足させるためと、勝手に想像してる。
葬式や墓と言うものは、結構親戚連中が勝手なことをいてくるからね。大和朝廷で連合を果たした大王が
死んだ後、豪族間でもめて、それなら円と方をくっつけて両方の面子を立てたとか・・・どうかな?。


208 :出土地不明:2009/06/16(火) 11:09:00 ID:TGBuHJFS
>>206
>3晩続けて泊まるとその娘と結婚させられるから、絶対その前に出てこいと言ってた。スピードボートで
片道3日かかると言われて止めたけれどね。

源氏物語に平安時代もそういう風習があったような記述があるね。
源氏が三日続けて通ってきたのに結婚してくれんと娘の母親が嘆いたとか。

209 :出土地不明:2009/06/16(火) 12:34:35 ID:uQnonuBT
弥生人と言われるO2bだけど、
朝鮮半島でも日本でも元の言語を失い、
移住した土地の言語を受け入れたと考えられるそうだが、
南琉球(八重山)で67%という異常に高い数値が出てるね。
なら八重山では長い間、
長江源流の言葉を使ってたのに、
中山王国に支配されて失ったのだろうか。

210 :月光仮面:2009/06/16(火) 13:50:10 ID:5n4ZYmF7
>>201-202
月光仮面としては秦氏はヒクソスと思っているんだが。
>>209
沖縄方面にいたものが仰韶文化の拡大と共に西進、四覇文化の頃に北方新疆に進出
http://www.crystalinks.com/taklamakanmap.jpg
アファナシエボ文化に接し、更に中央アジア・西アジア・エジプトにヒクソスとして入る。
セイマ・トゥルビノの青銅器とイラン高原の二輪車ハイテクでヒクソス王朝を築き、その弾みで
安陽に殷王朝を樹立したと考えたいのだが。

211 :月光仮面:2009/06/16(火) 14:02:49 ID:5n4ZYmF7
ヒクソスはこんな感じ↓
http://touregypt.net/featurestories/hyksos1.jpg
沖縄人と言うよりかチベット・羌などといったほうが良いようでもある。

212 :月光仮面:2009/06/16(火) 14:12:45 ID:5n4ZYmF7
四覇文化人の新疆への進出
http://bbs.artron.net/attachments/day_070402/20070402_6e2993c7c7ae4a740d5dK5ty2jZljOYC.gif
コーカソイドのブーツ、双耳罐shuangerhuanとの出会いを極めて巧みな仰韶技術で表現している。
http://bbs.artron.net/attachments/day_070403/20070403_6622913ee51a1617e501LIJrgyVZnUGI.jpg

213 :月光仮面:2009/06/16(火) 16:37:09 ID:5n4ZYmF7
ミケーネ・ライオンの門
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9d/Mycenae_lion_gate_dsc06382.jpg
ハットゥシャ・ライオンの門
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/80/Hattusa.liongate.jpg
首里城・歓会門
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b2/Kankai-mon_in_Shuri-castle.jpeg

214 :出土地不明:2009/06/16(火) 22:11:05 ID:jCSfFXAi
>>210
沖縄方面から大陸に行った仰韶文化人はO*とDで構成されるということですか?

215 :出土地不明:2009/06/16(火) 22:20:42 ID:VO6+skFQ
>>205
中国人の論文らしく、都合のよい話だね。
>>http://library.ibp.ac.cn/html/slwj/000222645600001.pdf

1)まずは、彼らはM214をO*としているけれど、M214はOだけの先祖ではなく、Nの先祖でもあるから
(NO)と書くべきだろ。O系の先祖はあくまでM175。M214に拡大してO*なんて書くのは厚かましい。それも
M175を知らないなら話は別だが、知っててわざわざ "O*, which is M214 but not M175" なんて恥ずかし
げもなくよく書けるよな。

漢人のO3遺伝子がたった1万年前の発生だから、6万年前に発生したD遺伝子と余りにも釣り合いが
取れずちょっとでも古いご先祖のと一緒にしたかったのかな?。

2)「DとOが高率」何て書かずに「Dが50%、O3は33%」とチャンと書けよ、中国人学者諸君!。

3)決定的なのは、もし、DとOが始めてチベットに入った人類で、そこでOがO3に変異したなら、
何故今の全ての漢人はO3の遺伝子しか持ってないのか。

Dと一緒にいないOだけの別のグループが西に向かって、そこからもO3 が偶然生まれたのか?w、

それとも、韓国人が水稲米で主張するように、遺伝子を選んでOだけ西へ向かったのか?w。

この正解は全世界の人が知っている。つまり、チベット人のD系は70%くらいは居たのに、何故か、
不思議なことに、1950年以降急激にO3が増え始め、現在の比率となった。

まあ中国人は恥ずかしげも無くよくこんな論文書けるよな。それにしても、この論文は「日本人類遺伝学会」
の名前で提示されて中国のデータに保存されてるが、日本の学会も論文チャンと吟味してから公表しろよな。
恥ずかしい!!。
>>http://library.ibp.ac.cn
The Japan Society of Human Genentics = 日本人類遺伝学会 >>http://jshg.jp/


216 :出土地不明:2009/06/16(火) 22:58:02 ID:+62nKFyV
秦氏D系統という仮説をたてたとすると、どういう解釈ができるかだが、

秦氏の大集団というのは、一つのところに固まったいたのではなく、
各地に広範囲にちらばっていた、秦氏と称する人たちが集まって集団を形成し、
日本に渡ってきたということらしい。

これらが僭称ではなく、一つの集団として矛盾のない集団だったとしたら、
現在の架橋のような集団で、交易関係に強かった、その交易で富を作った集団と解釈できる。
実際、秦氏の富はいったいどこで作ったのかという疑問は常にある。

その秦氏が列島に渡ってきたときに彼らを手厚く保護したのが、熊野系の紀氏である。
秦氏の持つ富と土木や灌漑の技術を紀氏が大いに活用し、
それが紀氏の勢力拡大につながったのだと思われる。紀氏に製鉄技術を伝えたのも秦氏かもしれない。
これらのことが、古墳時代の土木技術へつながったのは想像に難くない。

で、その紀氏と秦氏の関係の一端として上げられるのが
http://ja.wikipedia.org/wiki/秦氏
にもあるように、山背国紀伊郡(現在の京都市伏見区深草)である。
現在の伏見稲荷がある場所で、その近所にもう一つ興味深い神社として藤森神社がある。
http://kamnavi.jp/yamasiro/fujinomori.htm
http://inoues.net/club/fusimi_inari5.html
これらは紀氏と秦氏のつながりを示す一例である。
また紀氏と関わりが深い、八幡宮はすべて秦氏の勧進だといわれている。

ここまで書いてなにがいいたいのかというと、
秦氏というのはもともとは紀氏系の系列もしくはかかわりのある系列で、
大陸に移住して商いのネットワークを築いた一族ではないのか?ということです。
その一族が大陸の情勢の変化によって帰還してきたのでは?

ということで、個人的には
天皇家と秦氏を結びつけたのは熊野系(D系統の血)のような気がします。




217 :出土地不明:2009/06/16(火) 23:02:27 ID:+62nKFyV
>>216

6行目

×架橋
○華僑

218 :出土地不明:2009/06/16(火) 23:04:21 ID:f9Zf+b4a
「貫頭衣」は単に人類最初の服装の形で、古代から現代まで世界中に見られる。


●貫頭衣 (かんとうい)
一枚の布を2つに折り、その折り目の中央に穴をあけ、そこから頭を貫いて
(通して)衣服としたもの。エジプト時代から見られる原始的な衣服の
形式である。ポンチョやガラビアなどもこの一種。
http://www.frontstyle.com/dictionary/j_ka.html

人類最初の服装の形は一枚布であったり、一枚布の真ん中に穴を開けて
被るという貫頭衣というシンプルな形であった。
http://homepage1.nifty.com/mottoi/kokusai8.htm

人類の衣服の工夫の中で最も単純な基本形として、貫頭衣の分布は広いが、
南米アンデス諸国に見られるポンチョがその代表的なものとされている。
http://www.h6.dion.ne.jp/~fu35/minzokuHP/ajia/indonesia.htm

219 :出土地不明:2009/06/16(火) 23:06:38 ID:f9Zf+b4a
古代ローマ時代の貫頭衣のような、一枚の布の頭の部分をくりぬいた
だけの服を着ていた。
http://home.att.ne.jp/red/senseofwondr/mou2.htm

古代中国もローマもギリシャも布を纏うか貫頭衣であった。
http://www.lcv.ne.jp/~yokota/contents/mumble/ykt/970410.htm

ローマ時代のイタリアでは男性はトーガという貫頭衣
http://www.psats.or.jp/psats.or.jp/column/nakamura027column.html00

220 :出土地不明:2009/06/16(火) 23:10:18 ID:Uzq0cu0s
推薦図書

DNAでたどる日本人10万年の旅―多様なヒト・言語・文化はどこから来たのか?
崎谷 満 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4812207533/

Y染色体からみた日本人
中堀 豊 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4000074504/

人類の足跡10万年全史
スティーヴン オッペンハイマー (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4794216254/

アダムの旅―Y染色体がたどった大いなる旅路
スペンサー ウェルズ (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4862380255/

221 :出土地不明:2009/06/16(火) 23:11:02 ID:uQnonuBT
http://www.yoshinogari.jp/ym/episode04/dress03.html

吉野ヶ里にミズラと沓(くつ)が発見されてる事をどう解釈すればいいだろうか。
O3系統かな。

222 :出土地不明:2009/06/17(水) 00:16:30 ID:RVzLDMRa
誰か良ければ私の疑問に答えを…。
朝鮮半島のO2bは日本のそれとほぼ同時期に一連の動きとして流入して
きたのでしょうか?だとするとそれ以前に朝鮮半島にいた民族系統は
日本と同じD2?それともO3?前者だとするとこうも跡形も無く消え去る
ものかと疑問だし、後者だとすると前漢の植民地以前から流入して
いたのだろうかとも思うしC3はモンゴル支配時代あるいは満州諸族の
もっと後代からの影響じゃないかと思うし、まとまった古人骨も無い
ようですから推測ができないのですが。
周辺地域の民族形成の歴史を明らかにしないと日本のも精度のたかい
仮説が立てられないと思うのです。

223 :出土地不明:2009/06/17(水) 08:55:25 ID:/tQxcqcP
>>216
秦氏D系統という仮説をたてて、検証されるのは意味があると思いますが、日本に渡ってきたという事は
y遺伝子の分布から完全に否定されるでしょう。

日本のD系遺伝子は、そのサブ・ハプロタイプD2です。これは、スンダランドへ入ったD2の祖先遺伝子
Dが日本へ来てからでD2に変化したもので、日本にしか有りません。それに対し、スンダランドにいた
Dの別グループは、そのサブグループD1とD2に変化し、一部は東南アジアに残ると同時に、メコン川や
長江から遡り、その周辺に住み着き遺伝子の痕跡を残しながらながら、チベット及び、その周辺に遺伝子を
撒いていきました。

だから、もし秦氏がD系だとしても、それはD1かD3系、もしくは、その混合したものとなります。

韓国まで来たハプロタイプはD1で、日本のD2とは待ったく別系統です。そして、>>169 (169注:訂正
ハロトタイプ→ハプロタイプ)で述べたように、ハプロタイプD1がD2に変化することは有り得ません。

秦氏のD系説にしても、D系の遺伝子の割合が華北に非常に少ない、と言うより殆ど無いことから、私は
否定的ですが、韓国のように現在5〜8%しかないD1が支配した例もあるわけですから、可能性は有る
と思います。と言っても5〜8%はあるのです。

でも、秦氏がD系だとしても、その側近のO3系の将軍が秦氏の末裔と名乗り日本に来た可能性は残ります。
また、日本へ来た秦氏がD1、D3系でもその一族の殆どがO3系で、D1・D3系は絶えたという事も考えられますが、
万年単位のオーダーの話ではないので、私は否定的です。

貿易という点では、縄文人の貿易も凄いものだったようですよ。あの当時既に朝鮮まで渡っていたのですから。
そう言う意味では日本人は伝統的に海洋民族だと言ってもおかしくない。


224 :月光仮面:2009/06/17(水) 09:11:38 ID:JJ5CYFgb
DNAでなんでもわかるわけではない。秦氏のように歴史が古くて大きな集団だともはやユダヤ人と
いったような遺伝子的に一意的に決定し得ない集団と考えざるを得ない。古墳-奈良時代においては
大陸との外交、宗教の導入等にかかわるインテリ層のことを指したものであろう。しかし秦の大津父
等と言うのは秘密結社の階級「父」が出てきており、狼で表現される戦闘的部族を牛耳る存在の意味が
よく出ている。

225 :出土地不明:2009/06/17(水) 10:26:59 ID:+DGv5Z1Q
>>223

秦氏の移動をD2が列島で生まれた以降だと仮定してるんだけど。
つまり、

縄文晩期に列島にいたD2集団の一部が大陸に渡って交易ネットワークをつくり。
弥生初期にはそのネットワークが完成し、古墳時代〜奈良時代にかけてほぼ全員帰還した。

というのは、纒向遺跡なんかで、ベニバナの染料がでたりと
すでにシルクロードを中心に広域な交易ネットワークができたいたこと、
ネットワーク構築者として有力な候補者は秦氏。

渡来系といわれる秦氏の人数は当時の列島の人口としては膨大で、
その後秦氏は時代を通じて支配層と関係を結んでいたから、その割合が減ったことは考えにくく、
逆に増えたことが推定される。よって、その氏族が一番多いD2であったという仮定は十分成り立つ。

秦氏のルーツは列島であり、そこから商いのために大陸に移住し、
大陸から文物や技術とともに、列島にいなかったミトコンドリアを持ち帰った氏族。

という仮説です。

226 :出土地不明:2009/06/17(水) 11:24:05 ID:PQwIgvTy
一番簡単な方法を言おう。
数人の「秦」姓の人のY染色体を調べればいいw

227 :出土地不明:2009/06/17(水) 11:48:57 ID:+DGv5Z1Q
DNAでなんでもわかるわけではないけれど、
現代のDNA構成と矛盾なく説明できる仮説でないと、仮説としては成立しないと思うんだ。

228 :月光仮面:2009/06/17(水) 14:47:20 ID:JJ5CYFgb
卑弥呼・トトヒモモソヒメの概念はチルリャ・テペ出土の羽根を持つ女神にある。
http://www.ogoniok.com/common/archive/2001/4680-2/80-34-37/80-36-3b.jpg
チルリャ・テペ女王のファッション
http://www.anaharsis.ru/ornam/image/Orn1/Orn20.jpg
チルリャ・テペ出土黄金王冠
http://news.nationalgeographic.com/news/2007/12/photogalleries/afghan-pictures/images/primary/1_461.jpg
チルリャ・テペ出土黄金装飾品
http://www.the-south-asian.com/April2007/tillia%20tepe-spread%202.jpg
チルリャ・テペ出土黄金ベルト
http://collector-coin.ucoz.ru/_pu/0/94121.jpg
チルリャ・テペ出土黄金バックル
http://collector-coin.ucoz.ru/_nw/0/92309.jpg
チルリャ・テペ出土黄金ネックレス
http://collector-coin.ucoz.ru/_pu/0/64091.jpg
これが夕月国であることはわかる。人物の眼も釣りあがっている。しかしここはアフガニスタン。

229 :月光仮面:2009/06/17(水) 15:06:48 ID:JJ5CYFgb
隋書琉求(琉球)國伝
「人は深目長鼻で胡(中国北方種族)によく似ている。」
「凡そ宴会があると酒を摂るものが、名を呼ぶのを待ってから飲む。
 王に酒を奉る者も亦王の名を杯で一緒に飲むこと。突厥(西方の種族)
と全く同様である。」
http://w1.nirai.ne.jp/mic/zuizuiz.htm
「煬帝は兵を義安郡(広東省潮安県)から派遣し、これを攻撃させた。高華嶼に至り、また東行二日で
クヘキ嶼に至り、更に一日で流求に至る。南方諸国の人を従軍させていたが、その中で崑崙人が流求の
言葉を非常に良く理解した。」
http://boat.zero.ad.jp/~zaw10107/4/2_4.htm
隋が流求国から持参した戦利品を見た倭国人は此夷邪久(琉球)
國人所用也る物だと言ったのを記録しているのである。
このあと倭国は隋国との国交が絶えてしまう。
http://w1.nirai.ne.jp/mic/zuizuiz.htm
 「隋の煬帝は、海に入り異民族を求めさせた。命を受けたものは流求国に到ったが、言葉が通じず、
一人をさらって帰った。翌年、再び使者を派遣して、流求を服属させようとしたが、流求はこれに従わな
かったので、その国の(麻)布製のよろいを奪って帰った。ちょうどその時、倭国の使者(遣隋使)が来て
いて、これを『夷邪久(イヤキウ)国の人が使うものである。』と語った。
 「煬帝は兵を義安郡(広東省潮安県)から派遣し、これを攻撃させた。高華嶼に至り、また東行二日で
クヘキ嶼に至り、更に一日で流求に至る。南方諸国の人を従軍させていたが、その中で崑崙人が流求の
言葉を非常に良く理解した。」
http://boat.zero.ad.jp/~zaw10107/4/2_4.htm
http://classic.music.coocan.jp/book/furuta/zuisho.htm

230 :月光仮面:2009/06/17(水) 15:12:23 ID:JJ5CYFgb
>崑崙人が流求の 言葉を非常に良く理解した。
崑崙人の直ぐ西隣がチルリャ・テペのある夕月国、大月氏国、言葉がよく通じるのは当然。


231 :月光仮面:2009/06/17(水) 15:16:02 ID:JJ5CYFgb
この大月氏国にはギリシャ人も住んでいたことがあり、首里城・歓会門  >>213 のようなものを
建設したことは大いに理解できるし、これ以外に沖縄にギリシャ建築のある説明はありえない。

232 :月光仮面:2009/06/17(水) 16:49:04 ID:JJ5CYFgb
夕月民国 チルリャ・テペ → http://en.wikipedia.org/wiki/Tillya_Tepe

233 :月光仮面:2009/06/17(水) 17:00:39 ID:JJ5CYFgb
http://www.geocities.jp/widetown/otona_08051_ta_to.htm
「第七代 孝霊天皇(前290−前215)の代とされている。襲来したのは月氏国(げっしこく)の彦波瓊(ひこ
はる)王。モンゴル高原西の月氏国から今の中国東北部、朝鮮半島を経て船団で攻め寄せた。スサノオ
命の十二世孫の明速祈命(あけはやきのみこと)が迎え撃つ。苦戦するが、神に祈ると激しい風がおこっ
て敵船団は全滅したという内容。孝霊天皇はいわゆる欠史八代の天皇で実在しないという説が一般的。
紀元前という時代も架空で、おそらく元寇の内容を置き換えたものではないか。」

234 :月光仮面:2009/06/17(水) 17:05:42 ID:JJ5CYFgb
孝霊帝というのは卑弥呼の前の代。敵を全滅させた割りに月氏国などよくわかったものだ。

235 :出土地不明:2009/06/17(水) 17:16:05 ID:WITXA7s1
>>228
夕月の民が渡来したのは応神朝ではないんかい?
卑弥呼とは200年も差がある

236 :出土地不明:2009/06/17(水) 20:35:51 ID:/tQxcqcP
>>222
>>http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA?6

1)Ob2
O2bは今からたった2800年前に百越の中で発生した大変新しい遺伝子で、江南に住んでいたO2の民の中でも、
百越にしか有りませんでした。

紀元前334年越は楚に滅ぼされ、その南に逃れた難民はベトナムへ、海へ逃れた人々は韓国南西部と、九州を
始めとした日本へ逃れて来たと考えて間違いないでしょう。(江南以北の大陸にはO2bが全く無いから海を
渡ってきたことは間違いない)。だからO2bはベトナム、韓国、日本にしか有りません。

2)O3
O2b以前の遺伝子で朝鮮半島にあるものは、近い順にO3ですが、O3の発生は1万年前ですから、それ以降
と言うことになります。多分O2bと一緒に入ってきたと考えていいと思います。つまり百越はO2bとO3の
混合民族だったと思われます。(中国人はO3の起源を古くして、チベットにどうしてもDとO3が一緒に
入ったと主張したいらしく、その絡みで日本にはDとO3が一緒に入ってきたと主張しているようです。
また深く考えもせず、Dに関してだけその意見を取り入れて本を出した日本人遺伝子学者もいるようです。)


237 :出土地不明:2009/06/17(水) 20:37:10 ID:/tQxcqcP
3)C3
その前の遺伝子はC3ですが、これはバイカル湖周辺で2万年前に生まれた遺伝子で、ツングースを代表する
遺伝子です。この遺伝子は、1.5万年前に同じバイカル湖周辺で生まれたアルタイ系N遺伝子と共に、
遊牧の前段階の、食料となる動物に付いて歩いていた民族で、1.45〜1.2万年前の氷河期に、大陸と
陸続きになった日本に細石器文化をもたらした一族ですが、C3とNが別の部族として来たか、混合した
部族だったかは分かりません。

彼らは、氷河期で植物相(草原)が南下し、それに伴って南下した食料動物を追って、日本でも九州と北海道・
及び日本海が内海となった事で乾燥地帯の草原となった東北・北陸に細石器の跡を残し、氷河期が去るに
連れ、植物相と食料動物が北上すると共に殆どが再び北上しました。その時に取り残された一部の動物と
一緒に取り残された遺伝子が日本に数%残るC3とNです。日本では、彼らは食料動物を食べ尽くすと、
先住の狩猟採集民族にやむにやまれず同化して行きました。そして、日本の細石器文化も消え去りました。

ただ、朝鮮半島でもその時のC3とNが残ったかどうかは不明です。やむにやまれず森の民にならずとも移動
できたのですから、全て北方へ去ったかも知れませんが、多少は残ったかも知れません。残ったとしても、
その時のC3やNはほんの少しでしょう。現在韓国に有る、10%以上のC3はその後の北方遊牧民の侵入で
もたらされたものが殆どを占めると考えられます(その理由はあるが後述)。

4)ちょっと余談で氷河期の地理
所で、よく「氷河期に大陸と陸続きになった、北海道と朝鮮半島経由で九州へ・・・」と書いて有りますが、
これは正しくありません。氷河期には海退するのですが、1.45〜1.2万年前には200mも海面が下がった
のです。正確に測ったわけでは有りませんが、氷河期には黄海は殆ど全て陸地で大草原だったと考えられます。
朝鮮半島など存在しなかったのです。日本に来た九州のC3とNは、一部は現在の朝鮮半島の南西端をかすめて
来たかも知れませんが、殆どは黄海の大平原から渡ってきたのです。朝鮮半島の山など好き好んで通る必要は
無かったでしょう。

氷河期の地形について想像したければ、高校時代の地図を引き出してみてください。大陸棚が海の部分に白く
画かれてあります。それに依ると、台湾の北側、台北から長崎か鹿児島辺りまでが沖縄列島に平行した弧を
画きながら繋がっていたのです。これを見れば、なぜ古い遺伝子DやC1がスンダランドから日本へ来たかも
よく分かるでしょう。スンダランドについても、東南アジアの大陸棚の地形を見れば大体の形が想像できます。


238 :出土地不明:2009/06/17(水) 20:38:05 ID:/tQxcqcP
5)Q
韓国人は他に、僅かかと思いますが、Qと言う遺伝子も持っています。Qと言う遺伝子は15〜2万年前に
ウラル・シベリアで発生した遺伝子で、欧米人の主な遺伝子と兄弟の遺伝子で、亜コーカソイド遺伝子と
呼ばれていいのではと思います。Qはシベリアを横断し、北米大陸を通り、現在中南米人の90%以上を
締める遺伝子です。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup

ただ、その遺伝子はアイヌ・を含め日本人には全く有りません。それ故、Qは1.45〜1.2万年以降、
北方遊牧民の血にも混ざっていったものと思われます。だから韓国人のQは氷河期以降の北方遊牧民族
によるものなのです。

6)再びC3
そして、韓国人の10%のC3の大部分はこの時に、Qが少し混じったツングース系によってもたらされた
ものです。(アルタイが入ってきてたなら、コーカソイドのRがあるはずです。でもモンゴルも持っています
から、韓国人がR遺伝子を持っていてもおかしくは有りません。)

7)D1
それ以前に発生した遺伝子で5〜8%の韓国人が持っているのがD1遺伝子ですが、これは紀元前4世紀
以降に辰韓が韓国に持ち込んだもので、遺伝子自体は古いが韓国に入ったのはごく最近です。
(参考) A secondary, minor spike in the frequency of Haplogroup D1 occurs again in Korea,
where it may reach as high as 5% to 8%; this somewhat heightened frequency does not stretch
into Manchuria to the north or Japan to the east, which may corroborate historical accounts of
immigration from the country of Qin in the far west of ancient China to the country of Jinhan,
which is believed to have been located somewhere in the southern half of the Korean Peninsula.
(Qin=秦 Jinhan=辰韓)
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_D1_(Y-DNA)


239 :出土地不明:2009/06/17(水) 20:43:31 ID:/tQxcqcP
8)結論
韓国にある一番古い遺伝子はD2だが、これは紀元前4世紀以降だから、それ以外の現在ある遺伝子から
考えると韓国にある一番古い遺伝子は2万年前発生のC3である。15000年前後の氷河期の初期、
海退で徐々に黄海が陸地化し草原化していった頃C3とNが別々か、一緒の部族として入ってきた。

それ以前に韓国に北京原人等の旧人がいたかどうかは不明だが、遺伝子から見れば新人がいた証拠はない。
また、日本の後期旧石器時代と関連性は全くない。

もし、1.5万年前に新人が入って来ていたとすれば、C系かD系が(それ以外に候補遺伝子はない)、
4.5万年前の氷河期にスンダランドから海岸伝いに来ただろうが、C系(C1かC2かC7以上のサブ)は
大陸に痕跡がない。

D系は森の民で、川伝いにしか陸地へは入らないので、候補となるのは鴨緑江しかないが、氷河期は
その河口が台北と長崎の間にあったはずで、もし、北朝鮮まで行っていたなら、途中に相当多く遺伝子
を残したはずである。

それも、D2は日本で、D1・D2はメコン河か長江の途中での発生だから、それ以外のDのサブでないと
いけない(同じサブハプロタイプは発生しない)。しかし、大陸にも、朝鮮半島にも、日本にもD1、D2、
D3以外のサブハプロタイプは存在しないし、それらが全滅したとは考えにくい。故に朝鮮半島にD系は
紀元前4世紀前後以前には入っていないと思われる。


240 :出土地不明:2009/06/17(水) 21:30:18 ID:/tQxcqcP
9)F* おまけ
少し余談ですが、韓国人はF*と言う相当古い遺伝子の残滓を持っています。これは相当古い遺伝子で、
A・B(ブッシュマン・ピグミー)、C、Dと、その後の5.5万年前に生まれたアフリカ人の主たる遺伝子
Eの次、4.5万年前にCとの共通の祖先(CF)から生まれた遺伝子で、アラブ・スラブ・南北アメリカ・
インド・欧米・東南アジア・中国人を含む、現在の世界の殆どの人種の元となった遺伝子です。日本人も
その子孫遺伝子のN、Oを半分くらい持っています。

その一番基礎となるFの変形F*を持っている韓国人が、殆どの種族の始まりと言いたい人もいるかも知れ
ませんが、残念ながら、この遺伝子はポルトガルから韓国まで、広範囲に渡り、世界のいたるところに少し
ずつ残っているのです。

でもこれはF*が単独で広がったのでは有りません。他のハプロタイプに移管した際の残滓で、新しく
生まれた遺伝子にくっついて移動してきた遺伝子なのです。例えば有るハプロタイプ(XY)を持った集団の
男性にXという突然変異生まれたとしても、現在住んでいる環境に適した(XY)遺伝子が優勢になることは
殆どなく、消えていくことが多かったでしょう。

しかし、例えば、気候の変化やそれに伴う移住等で生活環境等が変わると、環境の変化についていけず、
(XY)が消滅してしまう一方、Xは偶然その環境に適合し反映すると言うことが起こります。まさに自然淘汰
ですが、人類の歴史はこの繰り返しで自然に適応し、新しい遺伝子を生みながら先祖の遺伝子は消滅して
いったのです。

ただ、先祖の遺伝子でも何とか環境の変化に対応した変異を起こし、ほんの僅か何とか生き長らえた物が
残ることも有るのです。(と言うより、メジャーになれなかった変異と言う方が正しい言い方でしょう。
先祖の形態のまま正確に複写された遺伝子などは存在しないでしょから、メジャーな変化以外は*で一括に
されていると言う方が正確な言い方でしょう。でもメジャー以外が殆ど淘汰消滅されるのも事実です。)

所が、その遺伝子F*が日本には全くないのです。このことは、遺伝子の拡散の地理的限界を示すもので、
縄文時代以前に日本海という物が想像以上に遺伝子の進入を妨げたかと言う例となり、特に遊牧民族は
縄文時代以前は「海を渡らない」と言う証拠になると思います。

考えて見れば、昔、親や一族から教えられず、海の知識も全く無い人間は、大人でも本能的に海が怖いと
思ったと思います。だから古代の海洋民族は、長い経験と、その知識の伝承が無ければ存在し得なかった
でしょう。それを持っていたのは、縄文人と縄文人以上に詳しかっただろう東南アジアのC2人で、その後
バイキングやフェニキア等の地中海の一部人種と江南人の一部が、その後経験を得ていきました。
(注:アフリカ人は除いての話で、アフリカ人も一部では海に親しんだ民族だったらしい。背泳だか
クロールはアフリカ人の泳ぎを見て出来たとか・・・)

だから、何の利益も目的も無く、遊牧民や騎馬民族の一族郎党が揃って海を渡ることに同意するなどと言う
ことは決してなかったと思います。


241 :出土地不明:2009/06/17(水) 23:05:13 ID:Nmj8kF8m
ここで紹介されてた
Y chromosome evidence of earliest modern human settlement in
East Asia and multiple origins of Tibetan and Japanese populations
という中国の論文によると、
Koreanには、D*(Dの祖先型。これからさらに変異してD1,2,3が生まれる)とD1がある(D2はない)。
日本には、D2しかない。

満州にいないから古代中国の秦から辰韓に流れてきたのだろう
という予想は、多分チベットに両方のDがいることが念頭にあるのだろうけど、
あまり確実性はなさそうな。

非常に古い時代にアジアに広がり、現在ではすっかりマイナーになってしまっている
人々だから、移動経路を探求するというのは、現代人を幾ら調べてももう困難で、
古代の骨からDNAを取るとかしないと決めてに欠ける状態だと思います。


242 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/18(木) 01:47:34 ID:nreMCnG5
>>146
何ぼわしが、広島県人でも、四隅突出墳が広島県三次市から拡散したじゃの
共産主義史観の妄想は持たんよ。方墳プランは高句麗、それ以前は遼寧、
内蒙古、紅山文化と伝統が列島発祥論の電波と違うけぇのう。
しばらく、わしのアク禁中に、Y染色体カルトが元気づいとるのう。
D系じゃどうの云うても、古代の遺伝子が父系を継続して現代人に
受け継がれておることを証明する手段なんか無いのに。
最初に遺伝子の継続は不変という妄想前提条件(いわゆる論点)に限定し
ここでセンズリこいても、他板の連中から遺伝子生物決定論、
ナチズムカルトと笑われても仕方ない方面に誘導しても意味が無いと
思うが。古代の骨から人骨のDNAを採取しても、現代人に受け継がれとる
根拠は無いんじゃけど。妄想カルト病に洗脳したい意図があっての
ことじゃろう。その意図を公開した方が話しは早いど。

243 :出土地不明:2009/06/18(木) 03:10:01 ID:wFOobtLH
>>236〜241
長文の詳しい解説ありがとうございます。
日本人の由来を知るために周辺国の民族形成を知りたいと思ったの
ですが日本以上に複雑で難しいです。
特に朝鮮関係の話題になると他スレでも冷静な話ができないのが現状
です。
エヴェンキの血統がほとんどを占めている等とか…。
D2が日本で発生したとは知らずに周辺にいなかったのかあれこれ想像
してしまいました…^^。
あと考えてみればご指摘のとおり寒冷期に朝鮮半島は無かったの
ですからそれ以前のかの地の民族組成を考えても意味はないのかも
しれませんね。
大変参考になりました。ありがとうございました。

244 :出土地不明:2009/06/18(木) 07:07:06 ID:H5jIqf+0
>>241
>>「Koreanには、D*(Dの祖先型。これからさらに変異してD1,2,3が生まれる)」
韓国人の現在のD*からはD1、D2、D3が生まれる確率は殆ど0%。まあちょっと揚げ足取りだがね。

その論文は前に、多分全文ザット読んだよ。中国人の書いたこの論文だろ。その前の2004年のも読んだよ。
>>http://www.biomedcentral.com/content/pdf/1741-7007-6-45.pdf

所で貴君は全文読んでみたの?。私はあほらしくてきちんと読まず、読み流した所も多いけれど。
はっきり言って、中国人学者の、政府の意図を受けた、捏造を含めた意図的で勝手なでっち上げとしか思えんが、
君はどう思う?。そんな論文を基に、本気で反論してるの?。


>>満州にいないから古代中国の秦から辰韓に流れてきたのだろうという予想は、多分チベットに両方のDがいることが念頭にあるのだろうけど、あまり確実性はなさそうな。

6万年も前に生まれた遺伝子が、チベットにも原型D* が数%しか残って無いのに(それでも非常に多い)、
韓国には現在サブタイプD1の二倍もの原型D* が残っていて、更に韓国から日本に渡ったのは、都合よく、
韓国にD1 が発生する前で、一方、日本に来た方の原型 D* の方は殆ど全てサブタイプのD2に変化して
しまって、原型がいないなんて・・・、全くの嘘と捏造の語呂合わせみたいで、おまけに利害関係を持った
中国人の論文とは・・・、全く確実性は無さそうだな。

その中国人の論文は、D系とO3の漢族遺伝子がチベットに同時に、初めて入った遺伝子だったことにしたい
意図が見え見えだと思えるがどう思う?。後でその論文に対する私の疑問点を後で指摘しておくから。


>>非常に古い時代にアジアに広がり、現在ではすっかりマイナーになってしまっている人々だから、
移動経路を探求するというのは、現代人を幾ら調べてももう困難で、 古代の骨からDNAを取るとかしないと
決めてに欠ける状態だと思います。

それなら、中国人の論文もまったく意味の無い空論と言うことになる。一方、移動経路は不明でも、発生期と
現在の遺伝子分布は変えられんから、中国人以外はD系が先にチベットへ入り、O3は後で来たと思うわな。

それを何とか同時に入ったことにしたいから、必死で都合のよい移動経路を考え、更に都合よく途中で
遺伝子をストップまでさせてるこの論文も無意味か。それなら何で君は引っ張り出してきたの?。


245 :出土地不明:2009/06/18(木) 07:15:11 ID:H5jIqf+0
>>241
1)2004年の論文ではOとNの共通の先祖、一般的には(NO)と書かれるM214を、わざわざOの先祖
だけのように見えるO*と書いたのは何故か?。そうするとNはO系になってしまうが、他にNがO系
だという中国以外の論文とか、信じるに足るサイトがあるか?。

2)2008年の論文では、1)を一般的な解釈のOつまりM175に戻したようだが、そのため、Nと
Oの共通の祖先の、中国人の2004年の論文でO*とされ、M214と明記されていた(NO)が、
全く系統表から消されているが、どこへ行ったのか?。

3)上記矛盾でNの行き場所がなくなり、別系統に入れたが、その入れた(K、L、M)とNは同じ場所に
本当に変異をもっているのか?。持っていれば、他の論文も(K、L、M)と同じ系統に入れたものが
あるはずだが、そんな論文や信じるに足るサイトがあるか?。

4)O3の発生時機は一般的には1万年前となっているのに対し、中国人は2〜3万年としてるが、O3の
発生時機が2〜3万年前としている中国以外の論文・信じるに足るサイトがあるか?。

5)韓国人のハプロタイプはD1とされているが、中国の論文では、Dの原型の D* が4.4%、サブタイプ
D1が2.2%と原型が現在でもサブタイプの2倍もの高率だが、他にサブタイプが有るのに原型がそんな
高率で残っている例があるのか?。もっと新しく出来た遺伝子でさえほんの少ししか原型は残らないのに、
異常な高率に見えるが?。Dは出来てから6万年も経っている。大体、1万年間出てきたO3にほどのくらい
原型が残ってる?。漢族は原型Oが7割とO3が3割くらいの組み合わせなのか?。

6)一般的に韓国人のD系は殆どがD1とされているが、他にも2倍もの高率で原形を残している(2倍で
なくても、同率でも、原型がサブの半分でもいい)ハプロタイプがある論文や信じるに足るサイトがあるか?。

7)チベット人のD系には、Dとアフリカ人の遺伝子Eの共通の祖先の遺伝子(DE)が、0.7%も残って
いるとレポートされているが、本当なら大発見だと思うが、何故他のD系には残ってないのか疑問である。
チベットでなくても良いから、他に(DE)が残っているとされる論文・信じるに足るサイトがあるか?。

8)貴君は、本当に!、そんな中国人の論文を信じることが出来るか?。上記の一つでも崩れると
論旨が否定されてしまうが・・・。


246 :出土地不明:2009/06/18(木) 07:22:01 ID:H5jIqf+0
>>241
私には、「どうしても、チベットにD系とO系が一緒に入ったこといしたい」としか思えんが?。

そのためには、まずO3の発生時機を早くしたい(2〜3倍も)、そのために、2004年にはNとOの
共通の祖先遺伝子(NO)をOだけの祖先に偽ってO*とした。しかし矛盾が出来たので、今度は(NO)を
消し去った。だが、(NO)が消えると子孫のNが無くなってしまうので、Nを別系統に入れた。

一方、O3の発生を精一杯早めてもチベットのD1、D3には及ばないし、日本に4万年も前にDが入って
いるとチベット入りも早く考えられ、最大限早めたO3の発生時機でも間に合わない。そこで、韓国の
D1を、現在でも、D1の原型D*が、D1の倍も有るように偽ると共に、その遺伝子を回り道させ、最大限
遅らせたO3を、待たせたDが韓国からO3と一緒に日本へ入ったと捏造した。だから、チベットも
DとO3が一緒に入ったことに・・・。と言うことではないのかな?。

9)最後に読んでる諸君への質問だが、何故誰も知らないような、知ってても普通の人ならパスされる
から、引き合いに出さないような中国人の論文が2つも ( >>205 ) 出てきたと思うか?。


247 :出土地不明:2009/06/18(木) 07:45:11 ID:H5jIqf+0
>>242
なるほど、悪菌になるほど馬鹿げたことを書き込んだけのことはあるな。

>>D系じゃどうの云うても、古代の遺伝子が父系を継続して現代人に受け継がれておることを証明する
手段なんか無いのに。

それでお前は、お前の母ちゃんに、「母ちゃんも父ちゃんも血液型はB型だけれど、お前の血液型が
A型でもお前は間違いなく父ちゃんの子だからね」と言われてることを信じてるって分けか。なるほど。


>>最初に遺伝子の継続は不変という妄想前提条件
遺伝子が変わるから新しいハプロタイプが生まれるんだがね。所が、「変わった場所の遺伝子が元へ戻り」、
更に、「他の場所が既存のサブタイプと同じように変化する」なんて奇跡を信じてないだけだが。

それも、日本の男性にたった1%しかない遺伝子でも60万人だが、その数万、いや数千、いや数百、
いや、百歩譲っても、その中で数十でも起こる大奇跡が存在しないことを信じてるだけ。


248 :出土地不明:2009/06/18(木) 08:18:08 ID:H5jIqf+0
>>225
ちょっと、回答待ってて。

ややこしい奴が出てきたんで、そちらの方を優先した。

貴君の意見は、ちょっと空想的過ぎるが、示唆的な部分もある。

「利益」という言葉や、文字が無く、そしてその概念も無く、貨幣も持たなかった時代の縄文人にとって、
「利益」とは何かを考えてる。そして、もし縄文人にとって貨幣に代わりうるものはなんだったか、硬玉じゃ
単位が高すぎるし、黒曜石、屋根用の茅、・・・と考えていって「麻布」引いたらアザブがズラット並んで、
始めてアザブがアサヌノだったことに気が付いた。私は今まで「麻布」を二文字合わせて認識してたらしい。

>>243
どう致しまして。おかげで、私のほうも調べなおして、韓国人がQやF*と言う遺伝子を持ってることを
勉強しました。

その結果、韓国には氷河期以降もツングース人が間違いなく入っていたこと。日本へツングース人が
来たのは、1.45万年前の氷河期だけだったことがほぼ間違いない事が分りました。

私は、国語が苦手で文章も余り上手くありませんので、理解できない所もあったかと思いますが、
もし、不明な点があれば何度でもご遠慮なく。

所で、早速地図帳を開いていただいたのかな?。大陸棚で見れば、氷河期にスンダランドから日本までが、
何と単純なルートだったかがも一目瞭然でしょう。何で日本だったかがよく分かる。


249 :月光仮面:2009/06/18(木) 09:38:14 ID:b/uIhhaW
>>235
豊前伝承で崇神朝に天竺より五本の霊剣が飛来、また、吉備・伯耆伝承にある孝霊帝の隠岐黄魃鬼
征討、青谷上寺地戦闘遺跡等を勘案すると孝霊-崇神朝に月氏来寇があったものと見られる。
金冠伽耶首露王につき『三国遺事』によれば、亀旨峰の6個の金の卵から、西暦42年に首露王が生まれ
たとされる。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%96%E9%9C%B2%E7%8E%8B
妃はインドの阿踰陀国の王女と伝わる許黄玉(金海許氏の始祖)、とされるがこれはスキタイ風にいえば
許黄玉が金冠伽耶を樹立したということであり、婦好・卑弥呼と同様スキタイ建国神話の一つであると
みなすことも出来る。

250 :出土地不明:2009/06/18(木) 10:09:32 ID:a1BHkkTz
青谷上寺地遺跡で思い出したけど、
あの惨殺された大量の人たちはO3系なんだろうか。
D2ではないよね。

251 :月光仮面:2009/06/18(木) 10:37:02 ID:b/uIhhaW
卑弥呼が魏から金印を受けたクシャン朝波調の同族とはいえないものの、倭国海外領土である
拘邪韓國・金冠伽耶のホームベース吉備(キビ・キムヘ(金海)は金冠といった同じ意味)豪族
吉備津彦ファミリーの女王であったということは十分に考えられる。が、基本的に政治経済の中心は
伊都国・壱岐から久宝寺に移り、吉備も紀氏等により片足は久宝寺経済圏に入ったような浮き足立
った状態が倭国乱末期の様相であったのであろう。共立女王第一号、神武妃イスケヨリヒメは
久宝寺地元から選出されたようではあるが、モモソヒメは吉備にホームグラウンドのあった吉備津彦
ファミリーから出たということであろう。

252 :出土地不明:2009/06/18(木) 15:29:29 ID:ub/LdY62
日本人の出自から見たDNAの平均値

約三割 日本にしか残されていないシベリア経由で入ってきた縄文人の血
三割弱 ジャポニカ米と共に揚子江から海路渡ってきた百越人(弥生人)の血
一割弱 山東半島〜朝鮮半島〜日本と渡って来た漢族の血
数%  朝廷、豪族の流れ、東胡を祖とする扶余族の血
数%  縄文とは別ルート、シベリア経由のアイヌの血
数%  台湾、琉球経由の海人族の血(今は台湾にもほとんど残っていない)
他   チベットに残るテュルク系?の血、バイカル湖あたりのツングース系?の血、等

(特定血筋を多く持つ者も、全く持たない者もいます)

百越人は、黄河文明より古い長江文明の失われた担い手です。今その血は越南、日本、朝鮮にしか残されていません。
穏やかな農耕民族だった百越人は、残虐な漢族に侵略され南へ、長江を下り日本へと揚子江上流原産ジャポニカ水稲を携えて逃げてきたのです。
そして日本から水稲と共に朝鮮南部にも進出していきました。

扶余族だけでなくモンゴル族、満州族、コリョ高麗族も東胡(相撲、胡服などの源流)のすえですが、それぞれ時代とともに混血が進み、テュルク、ツングースの割合はそれぞれ、基本的にもう同族ではありません。


253 :月光仮面:2009/06/18(木) 15:59:36 ID:b/uIhhaW
Y染色体遺伝子
http://img438.imageshack.us/img438/5519/japan9zr.gif
ミトコンドリア遺伝子
●日本人のバイカル湖起源説はブリャートと琉球、本土人の酷似から裏付けられる。
●朝鮮はアイヌと 10%, 本土日本人と7%, 琉球人と5%,のハプロタイプを共有、日朝間には共有が限定され
ている派生遺伝子A1a, B4c1, B4f、ほぼ限定されているN9b, B4a1, B4b1, G1a, M7b2, M12があり、弥生
の遺伝子移動を物語る。
●本土日本人は南中国(2.5%), 北中国(1.5%), 中央アジア (1.5%), インドネシア(0.3%)の特定の遺伝子を
持ち、琉球人は北中国(2.4%) 、中央アジア (2.4%)の特定遺伝子を持つ。アイヌには非常に新しいシベリア
からの流入がある。
●YAP +はチベットを含む中央アジアからの移住。mtDNA M12はYAP+のパートナー。この移住ルート
は後の時代の同種マーカーを持つ民族の移動によって消された。
●琉球人の根底にあるM, M7a,M7a1系統(31%)は以北とは共通性がなく南方系で日本人二重構造説を
裏付ける。
●琉球におけるM7a, M7a1, M7b2、日本におけるN9b、 B5b2の大きな多様性はこの地が縄文時代から
現在に至る南北諸島、大陸への移住拡散中心地であったことを意味する。
●遺伝子マーカーの列島南北勾配は両方面からの影響を意味する。
縄文人骨との関係の深いのは、アイヌ、琉球人、本土日本人の順。
●要約すると、日本は旧石器時代以降数次に渉る北アジア及び南アジア母系遺伝子流入を受けて
いるが、新石器時代の終わり頃には朝鮮半島経由で際立った数の北アジア人と特定の西アジア、シベ
リア、南方諸島からの遺伝子流入を受けているということである。
http://genome.cshlp.org/content/14/10a/1832.full
http://genome.cshlp.org/content/14/10a/1832/T2.expansion.html


254 :月光仮面:2009/06/18(木) 16:14:57 ID:b/uIhhaW
現存する遺伝子マップではソグド・バクトリア系等のコーカソイド遺伝子がないが、これは殷・周時代
から、日本では古墳時代後期から九州→関東にかけ大きな役割を果たしたものと考えられる。
風のごとく去りぬであり、おそらく沖縄から唐に移住したのではないかと思われる。


255 :出土地不明:2009/06/18(木) 16:47:19 ID:a1BHkkTz
俺はこのスレの新参者だが、
>>252
>約三割 日本にしか残されていないシベリア経由で入ってきた縄文人の血

Dはインド領アンダマン諸島にあるよね。
南方経由ではないの?

>数%  朝廷、豪族の流れ、東胡を祖とする扶余族の血

古墳時代に来た東漢氏などの渡来人のこと?


256 :月光仮面:2009/06/18(木) 16:54:50 ID:b/uIhhaW
>>254
当時の唐について http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/tyusei/59-china19.html

257 :出土地不明:2009/06/18(木) 20:24:01 ID:ub/LdY62
>>255
東亜近辺しか見てなかった。インドあたりの通過ルートはノーチェック、D2がアンダマンに縄文血統が残ってるの?

三韓の王族と親戚である天孫族が扶余の系譜だと思います。朝廷の神事である相撲、胡服がその名残でしょう。DNAの型としては大興安嶺あたりのもの? 何型だろう、C3?

258 :出土地不明:2009/06/18(木) 21:31:17 ID:H5jIqf+0
>>255 >>257
アンダマン諸島のはD* と言うD1、D2、D3 の原型の子孫。それはインドネシアに入り、Dの歯並び形質を
変えて(縄文人の形質)、氷河期で海退した大陸沿いに日本に来た。日本でDからD2に変化した。だから
日本にしかなく、現在でも日本人男性の35〜45%を占める。別の一派はメコン川と長江沿いに奥へ入り
チベットまで行った。こちらはD1・D3に変異。Dは6万年前に発生したとても古い遺伝子。
>>http://www.geocities.jp/ryfxm457/sub2-2.html

・・・と考えるのが当たり前。所が、中国人はチベットに先にDがいて、後で中国人の遺伝子O3が行ったと
なると都合が悪い。チベット人はもともとDとO3の混合型だったことにしたい。

だから無理やり南方に行ったDは南方でストップさせ、O3が発生したのは1万年前なのに2.5〜3万年前と
捏造して、それでも追いつかないのでシベリアまでDを持っていきマンモスハンターにして遠回りさせて
O3と合流させ、一緒にチベットに入ったことにしてる。当然日本に来たDもシベリア朝鮮半島経由になる。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O3_(Y-DNA)

そんなもの西洋人だって信用してないのに、馬鹿な医者上がりの遺伝子学者が、Dはシベリア経由などと
書いた本まで出した。それで、一般的にはシベリア回りと信じてる日本人が多い。下にそいつの意見が出てる。
>>http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA?6

C3は二万年前に発生した。それが何で3〜4万年前の日本の後期旧石器時代に日本へこれる。大笑い。
さらにDが細石器をもたらしたって、馬鹿丸出し。細石器をもたらしたのはアルタイ・ツングース人。
下記遺伝子図見れば一目瞭然。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup


259 :出土地不明:2009/06/18(木) 22:51:17 ID:a1BHkkTz
>>257
>三韓の王族と親戚である天孫族が扶余の系譜だと思います

三韓の王族と親戚と言ってる時点でダメだと思う。
なぜなら文化も人種構成も違うから三韓と呼ばれたわけで、
その三韓の王族と言われても意味が通じない。
天孫族というのも神話の世界で実体があいまい。
扶余の系譜というけど扶余なんて日本に来たのかもあいまい。
来てたら殺牛祭祀してた連中だろうし、
桓武天皇は漢神を祭る殺牛祭祀を禁止したのだから、
天皇家は扶余なんぞとは関係ないだろう。
むしろ扶余は川沿いに住む皮革の民だったから日本においては被差別民だろう。

>朝廷の神事である相撲、胡服がその名残でしょう。

相撲は野見宿禰だかた渡来系とは関係ないし、
胡服は5世紀に来た渡来人の文化で直接天皇家とは関係ない。





260 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/19(金) 00:24:06 ID:JrVQuHzk
>>247
遺伝子カルト君よのう。一世代前の血液型に還元して誤魔化すなや。
他板でも引用したが、
http://www5.ocn.ne.jp/~vorges/sub20.html
●獲得形質は遺伝するか から読んどりんさい。
初期数値の変数の種類でどうにでも出るもんを、聖書伝説に投影しても
意味があるまい。与えられた数字に洗脳された愚者以外なら判ることじゃ。
ほいで、青海のモンゴル系土族のY遺伝子のD型が多いんは、支配された
羌系の父系遺伝子が多かったことにでもなるんか?遺伝子と史実は
一致せんよ。
しかもあんた、ツングース語族なんか、渤海崩壊以後の女真語でしか
辿れることが出来んのに氷河期じゃの電波飛ばしてのう。
ツングースは人種概念でも無いのに、歴史の知識が無いもんは、
馬鹿げな妄想を垂れるのう。
>>251
倭国海外領土概念なんかありません。近代国家概念を倭国に投影しても
意味が無いでしょう。しかも当時の漢人の韓人と倭人の区別なんか、
より漁撈に依存した連中を倭人とした程度でしょう。
海域ポリス通商港市を後世の領土国家に作為しても、黒海まで通商範囲を
広げたギリシャ人が騎馬民族スキタイ人を支配し、「海外領土」としたわけ
でも無いんですよ。月光仮面さんの左翼史観の自民族発展段階説拡張主義を
誰に対して宣伝云うか扇動したいんですか?

261 :出土地不明:2009/06/19(金) 00:39:02 ID:OFyLj+0d
>>260
>青海のモンゴル系土族のY遺伝子のD型が多いんは、
>支配された羌系の父系遺伝子が多かったことにでもなるんか?
>遺伝子と史実は一致せんよ。

俺は247ではないが、青海のモンゴル系土族にD型が多いのか?
すまんがソースお願い。

262 :出土地不明:2009/06/19(金) 01:00:26 ID:/5vLGMNu
>>261
まさしくそこがポイントですね(^-^)/

青海地方にDが多いということは、月光たん説のように、チベットへは南からではなく北から入ったと考えるのが順当です。
日本列島発の縄文倭人がシベリアまで行ったかどうかわからないけど、仰韶文化人として北上した後に、ケト人と出会って青銅器文化を興し一緒に南下したと見るべきでは…
そして古墳時代に彼らは鴨族・秦族として列島に帰還したという壮大なグレートジャーニーです(^-^)/

263 :出土地不明:2009/06/19(金) 01:41:44 ID:OFyLj+0d
思い出したがモンゴル統治下の朝鮮王族はモンゴル人の奥さんをもらい続けたのだよね。
これって遺伝子的には朝鮮人がモンゴル人を支配したような図式になるが、
実際は逆の証拠。

したがって>>260の、
>青海のモンゴル系土族のY遺伝子のD型が多いんは、
>支配された羌系の父系遺伝子が多かったことにでもなるんか?
>遺伝子と史実は一致せんよ。

を説明できる。

264 :出土地不明:2009/06/19(金) 01:59:45 ID:P+Ne29tl
>>261-263
中央アジアからにきまっているだろうが

常識のないのが大杉

265 :出土地不明:2009/06/19(金) 06:51:54 ID:BRDAMEFU
>>264
そんな事言ってるのは中国人と、無批判にそれを信じる日本人の医者上がりの遺伝子学者だけ。 >>258

Dはアンダマン諸島やインドネシア、タイ中北部、中国少数民族、日本にはあるが、インド大陸には
北西部まで一切無い。さらに中東にも、北方民族にも殆ど無い。

スンダランドから日本へ海岸伝いに来たなら、途中のメコン川、長江を川伝いに上っていったと考える
のが普通。

そして、チベットではD1が10%、D3が35%なのに対し、中国少数民族では殆どがD1系で、羌のように、
D3を全く持たない民族も多い。逆にプミ族の様にD3が70%・D1が2%、ナシ族D3が30%、D3が2%と
偏在している。更に、タイ族(対人ではなく、タイの中北部の民族)では、まだD1・D3の祖先型のまま
である。

これらは、Dがスンダランドを出て、メコン川、長江を遡って行く過程で、約5万年前、D1とD3が別の部族で
発生しチベットで合流したと言うことを示している。


266 :出土地不明:2009/06/19(金) 07:36:35 ID:BRDAMEFU
>>265
とは言え、私は中国人学者と下記論文を見直しつつある。
>>http://www.biomedcentral.com/content/pdf/1741-7007-6-45.pdf

と言うのは、上記論文の内容は、誰もが信じないようなあからさまな捏造、内容は支離滅裂で、更に結論へ
いたる過程の根拠は子供っぽく、更に飛躍していて、誰が見ても中国政府の学者達への指示に基づいた、
チベット人のD系遺伝子と漢族遺伝子O3とを、それまで無人だったチベット高原へ一緒に同時に入れる
ための論文になっている。

しかし、その内容は、私でももっと上手い理屈が付けられるのは間違いないと思えるほど馬鹿げた幼稚な
ものである。中国人学者達がそんなに馬鹿とはとても思えない。

ひょっとすると、これは、中国政府の指示には逆らえないが、自分達のやってる本当の研究を発表したい
学者達が、あえてあからさまな捏造、支離滅裂な子供っぽい理論をつけることで、世界に中国人学者の
良心を示し、更に遺伝子の分析・研究内容だけを発表するためのものではないかと思いはじめた。

つまり、彼らの論文の資料が示すところは、全てチベットのD遺伝子が南方から来たもので、D1・D3への
分化時期も5万年以上前と分析し、中国へD系とO3が一緒に入ったということに不利な証拠ばかりを
並べている。そこで、もっと詳しくジックリ読んでみようと思っている。



267 :月光仮面:2009/06/19(金) 08:07:29 ID:DVXSMkjt
>>260
陳寿さんの言う「倭国北岸」ですね。ムラ連合でクニ、クニ連合で帥升レベルのものはあった。広島県
の大元公園、大元と言うのは宇佐にもあり、あの公園の赤い馬、あれはちはやぶる鐘の岬・・・すめの
牝鹿だと思います。倭面土国は大元国、豊+葦原3カ国(長門・周防・安芸)ですね。ただこの地域、比婆
山はヘパト、葦嶽山はイランの龍と言ったようにソグド・バクトリアの影響を多分に受けている。しかも
四隅突出型墳丘墓の通路でもあるといった感じがあります。いずれにせよ光武帝はそうしたものの
先駆的存在である委奴国に対して金印を与えている。


268 :月光仮面:2009/06/19(金) 08:36:44 ID:DVXSMkjt
承前 月氏は紀元前206年と紀元前176年に冒頓による攻撃を受け、西のイリ地方に逃れる。この時
一部は甘粛と青海に残り、近江毛野とはこの青海月氏。燕・古朝鮮に入るが、衛氏朝鮮を滅ぼした
前漢の武帝が紀元前108年に衛氏朝鮮があった地に漢四郡を設置、押されて三韓に入ったと考えら
れます。月山富田城等も沖縄のグスク同様にミケーネ・ハットゥシャの感じがする。

269 :出土地不明:2009/06/19(金) 08:41:12 ID:FEWvom22
日本人の主な民族は
インド東部(今のネパールあたり)→インドシナ沿岸→支那江南→
九州・琉球→近畿
これで間違いないだろ。
そして初期の日本(縄文)文明的に最も影響を受けたのが支那江南。
さらに支那の戦乱などで長江の呉・越あたりから大量の亡命貴族や
避難民が来ただろうと思われる。その後朝鮮半島、東北地方などと
関係を持ち現在に至る。

270 :出土地不明:2009/06/19(金) 08:43:24 ID:FEWvom22
>>260あのあたりの文明の異物を全部「古代ギリシャ人の功績」としてるのが
白人至上主義者なんですよね。

271 :出土地不明:2009/06/19(金) 11:31:28 ID:P+Ne29tl
>>266
はあ?
中国だの朝鮮だのを意識し過ぎで基本的な事も考えられないのか?

CですらシベリアからオーストラリアまであるのにDを南だけに限定させて考えるほうがおかしい。
君みたいな人は現存地の濃度からY基準に猪突猛進してしまっていのだろう。

よくある中国とかの恣意的な主張を否定したい気持ちはわかるけれど、
その勢いだけで盲進してはいけないな。

まあ結局モンゴル以外、東アジアの中身はどこも似たり寄ったりね・・・

272 :月光仮面:2009/06/19(金) 12:03:59 ID:DVXSMkjt
>>260
>月光仮面さんの左翼史観の自民族発展段階説拡張主義を誰に対して宣伝云うか扇動したいんで
>すか?
日本古代史においてはサカ族(マサゲット、月氏、夕月民)のスキタイ、ギリシャ・ローマ、エジプト、
シュメール、タミール等西方文化の影響とバイカル湖を中心とするアルタイ、満蒙、古朝鮮の文化が
入り混じっている。特にサカ族系文化は遺伝子が残らないので宇宙物理学のダークマター(暗黒物資)
とかブラックホールの証明のように間接的にしか立証が出来ない。秦氏というのはこうしたサカ族の
プロキシ(地域領域網において域外の代理となるもの)的機能を果たしている。どうも私もこれに幻惑
されて秦氏がヒクソスだなんて唱えては見るものの、モンゴロイドという動かぬ証拠を除外するとやはり
東地中海形質の人種としては言語的にサカ族の先祖の媒体がないとありえないと思う。ロシアにおける
骨の研究からカラスク族はパミール・フェルガナ人種と北支民族のハイブリッドとされている。



273 :出土地不明:2009/06/19(金) 12:16:15 ID:BRDAMEFU
>>271
何をいてる。無知にも程がある。

Cは原種に近い古い遺伝子C1がチャンと日本に来てる。しかも、これも日本にしか見当たらない。

それこそ北部インドまで、インド中南部やアラビアや北方民族にも殆ど見当たらないD系を
シベリアへ持っていくほうがおかしい。

中国のチベットの南東部にかけての少数民側には数十%、中には70%も持ってる。
タイ族と同類のダイ族なんか10%も原種Dを持ってる。


中国の論文などもともと論外。1万年前発生のO3を25〜3万年前発生としたり、同系の
N遺伝子を別系統にしたりと捏造のし放題。日本の一部医者系の無知な遺伝子学者しか信じちゃ
居ない。

それとも、何かD系がシベリア回りでチベットに入ったなんて中国論文の嘘を信じる理由があるなら
示してみたらどうか?。








274 :出土地不明:2009/06/19(金) 12:48:26 ID:tl0kuYO/
日本人のルーツ
旧石器人
 第1波:大凡4万年前南方から由来(沖縄旧石器人や本土礫石器文化)
 第2波:ナイフ型石器
 第3波:姶良噴火後朝鮮経由薄片尖頭器文化人
 第4波:樺太経由細石刃文化人
縄文人
 第5波:東日本神子柴土器人
 第6波:西日本豆粒文土器人
 第7波:台湾・ポリネシア人(里芋と豚)
弥生人(現代日本人の8割を占める遺伝子給源:8割が来たわけでは無い)
 第7波:倭人
 第8波:北方民族

275 :出土地不明:2009/06/19(金) 15:04:28 ID:OFyLj+0d

Dはアフリカからスンダランドへ、
そして枝分かれしたD1とD3がチベット方面へ、
そしてD2が日本へという感じでしょうか?

276 :出土地不明:2009/06/19(金) 17:04:07 ID:P+Ne29tl
>>273
君こそ無知というか変な見方をし過ぎる。世界地図を見ること。

誰がチベットのDがシベリアから来たと言っている?中央アジアからチベットはすぐだぞ(笑)
中東→中央アジア→中国(→チベット)→日本 の経路が最短で最も多く来てるわけ。

ただしCなどは次に近い北方シベリア樺太経由で来てるし、沖縄方面をはじめ
古い時代は南方からの影響もままあったわけさ。

アンダマン・チベット・日本などは僻地隔絶の地。古い遺伝子が保存されやすかった。
それ以外の何でもないよ。

277 :出土地不明:2009/06/19(金) 18:32:15 ID:OFyLj+0d
>>276
>中東→中央アジア→中国(→チベット)→日本 の経路が
>最短で最も多く来てるわけ。

俺はD1やD3からD2に変異しないと聞いたが。

278 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/19(金) 23:42:47 ID:JrVQuHzk
>>261-263
土族Y染色体のネタ元は月光仮面さんど。
http://yomi.mobi/read.cgi/academy6/academy6_geo_1117725834
ここの>427でわしゃは、月光仮面さんの引用で土族23,8%じゃ書いとるが、
>557や>760で月光仮面さん自身が書いとってじゃろう。
あんた、今更何とぼけて云うとるんか、ほんまに2年前のことを知らんで
云うたんか。
モンゴルは高麗王朝を滅ぼさずに存続させとるけぇ間接支配で。
青海は、満州西部、北部の鮮卑慕容部や拓跋部が直接支配したんど。
歴史を知らん遺伝子カルトは馬鹿げな誤魔化しかたをするのう。
>>265
プミ族やナシ族は、北方から南下した羌系なんで。ほんま遺伝子カルトは、
歴史を知らんのう。
>>269
慕夏主義の江南崇拝の中華奴隷じゃのう。じゃけぇ「文明」云う用語を
使いたがるんじゃろうて。
>>270
はあ?西洋史でもギリシャがスキタイを支配したじゃの電波は飛ばしと
らんけど。

279 :出土地不明:2009/06/20(土) 00:15:45 ID:akiz6g5m
>>278
>あんた、今更何とぼけて云うとるんか、ほんまに2年前のことを知らんで
>云うたんか。

俺は最近このスレに来たんだ、誰と間違えてるのだ?

280 :出土地不明:2009/06/20(土) 00:46:19 ID:7hJrjK/e
>>276
それでは、近いからシベリア回りできたというのかw。

冗談みたいな理由でなく、もっとまともな理由を出してこいよ。地図も無い原始人が近いからシベリア回り
でなんて理由にならない。


>>「僻地隔絶の地。古い遺伝子が保存されやすかった。」
馬鹿いえ。遺伝子の突然編は確率が基本。集団が小さければ優勢な遺伝子がまだ現れていない確率が高い
ということだろ。

例えば、優勢になる突然変異が、約1万人に一人の確率で起こるとして、ある集団が1000人の規模を
続けていれば、10年経てば優勢な遺伝子が現れている確率が高い。他の集団が1000人だったとしても、
人口が増加し5年後に1万人になっていれば、同じく優勢な遺伝子が生まれている確率が高い。

つまり、その集団の先祖も含めた累積人口が大きいほど、優勢な遺伝子が生まれている確率が高いという事。

そして、ある集団で優勢な遺伝子が一人現れて、それまでの遺伝子より2倍の速さで増え、古い遺伝子集団と
同じ人口になった時から、5世代後には2の五乗倍の1:32の比率になってる。

上記は極端な例だが、優勢といってもほんの少しの優位という事で、例えば、1%多く子供が多く生まれるか
生き延びる優勢だけでも、例えば原始時代が25年で子供を作って死ぬサイクルだと、1万年で400サイクル
1.01の400乗で、1:54の人口比になる。

逆に、古い集団も何とか生き延びることも有るが、環境の変化に適応できず、ほんの少ししか残らなかったり、
死に絶えたりする。僻地だから残るなんてこれも冗談なのか?。


それにしても、僻地隔絶地で遺伝子変化が起こらなかったなんて、子供だましの説明は中国人の論文その
ままなんだが・・・w。

所で、そんな子供だましの中国人の論文を引き合いに出して、シベリア回りを主張する理由は何?。
もし、非常にいいアルバイトなのなら俺にも紹介してくれ。年1000万円くらいなら私も考えるぞ!。





281 :出土地不明:2009/06/20(土) 02:13:30 ID:MMNE+0Ab
>>280
誰だか知らないけど中国中国うるさいねw
私はそんな論文引き合いに出してないよw

まあ頑張って

282 :出土地不明:2009/06/20(土) 09:53:06 ID:7hJrjK/e
>>275
いいえ、Dがアフリカを出たときにはまだD1・D2・D3に分化する前で、多分まだDの先祖の形でした。

そして、海岸沿いに、インドシナ半島とまだ陸続きだったインド洋の東のアンダマン諸島に入る前には
突然変異が起こっていて、Dの遺伝子がもう少なからずいたと思われます。

もし、アンダマン諸島に残ったグループと、東南アジア向かったグループにDが一人しかいなければ、
その一人のDはアンダマンで子孫を残し、東南アジアで同じ突然変異などが起きる確立は殆ど0なので、
日本にもチベットにもD型はこなかったでしょう。つまりでも最低2人、まあ確率的には相当数のD型が
存在したと思います。

そして、3〜4万年前に東南アジアから日本に入って来た時もまだDというD2の原型のままでしたが、
日本の環境ではそんなに優勢では有りませんでした。そして、1.8〜2万年まえ、たった一人の遺伝子が
DからD2へ変化しました。

彼の遺伝子は子供を作る能力がほんの少し高かったか、もしくは日本の環境に非常に上手く適応できたか、
または、その両方の理由を兼ね備えていたかで、優勢な遺伝子となり、現在の日本人男性の35%の人口を
占めています。

非常に単純に考えて、1世代(子供を作るサイクル)25年で考えると、2万年、800サイクルでD2が
現在の日本人男性6千万の35%、21百万の人口になるには、単純な計算では、1.0213倍づつです。

もっと分かりやすくいえば、男女が50%づつで増えるなら、D2男性100家族中、4.26家族、大体
4家族強で3人子供が育ち、後は2人づつという率です。(勿論、子供はもっと生まれてたが、死亡率も
高かった。)

ただ、「強」の部分も大切で4家族ピッタリなら760万人と半分以下にしかなっていなかったでしょう。
更に、もし100家族中3家族しか3人子供を育てられなければ、日本の現在のD2の人口はたった15万人
で現在の男性の0.04%しかいないことになります。

これで、優勢とは実はほんの少しの差だと言うことと、なぜたった一人の突然変異が日本でもメジャーに
なったかもお分かりいただけたかと思います。


283 :月光仮面:2009/06/20(土) 10:06:16 ID:fvoDV9zC
>>272
遼西鮮卑族(慕容氏)の一派が青海地方に進出し王室の祖先の名前をとって吐谷渾を建国したのと、
秦氏が豊国、秦王国を築くことは、秦韓の弁韓に対するが如く、月氏の国肥後・日向に対置した配置とも
考えられる。「一方、吐谷渾は中国の華南地方とも交易の媒介をおこなっていた。南朝側の記録には、
吐谷渾は「河南国」(河南=甘粛省臨夏県の地方)の名で登場するが、その役割はやはり西域諸国との
中継者・案内者だったようである。『梁書』の滑国(エフタル)に関する記述には「其言語待河南人訳、
然後通」とあり、吐谷渾人がエフタルと中国の間の通訳をしていたこと、『南斉書』ぜいぜい虜伝には
「ぜいぜい常由河南道而抵益州」とあり、ぜいぜい(柔然、蠕蠕)が四川盆地に向かう場合は常時、
吐谷渾領の青海ルートを経由していたことが記されている。」
http://dsr.nii.ac.jp/rarebook/07/
毛野を含む関東の埴輪にはつばの広い帽子を被ったエフタル武人像が多く、近江毛野とは青海犬戎の
ようであるが、秦氏は豊国氏として吐谷渾同様にエフタルのプロキシ機能を果たしたことはおおいに考え
られると同時に、mtDNAによって甘粛、内モンゴル方面のDNAが多量に流入していることは秦氏渡来を
裏付けるものといえよう。

284 :月光仮面:2009/06/20(土) 10:23:54 ID:fvoDV9zC
豊国(秦王国)/肥後・日向地下式横穴系統墓制文化圏を秦韓/弁韓、吐谷渾/滑族にみられる
中国全域に展開される現象の一旦と理解せず、三輪王朝乃至は河内王朝が騎馬民族によって
王権が簒奪されたとするなら、それは東アジアにおいて日本だけが騎馬王朝に征服されたと
主張するに等しく、日本において二重国家が成立したと理解することもおかしいと考える。

285 :月光仮面:2009/06/20(土) 10:27:45 ID:fvoDV9zC
逆に、五胡十六国時代の東アジアはイラン系の媒介するガンダーラ仏教文明によって新しい時代を
迎える夜明け前であったと解釈するのが正しいのではないだろうか。

286 :出土地不明:2009/06/20(土) 11:11:40 ID:xSjsKHcL
>>278倭の国が呉越の影響を受けてたのは事実では?建築物も江南の高床式と
似通っていますし。

287 :月光仮面:2009/06/20(土) 11:28:36 ID:fvoDV9zC
>「西都原考古博物館の北郷泰道主幹は「地下式横穴墓群の勢力は諸県君(もろがたのきみ)を通じて
>ヤマト政権と結びついたのに対し、地下式板石積石室墓の勢力は、北部九州の勢力と結びついて、これ
>に対抗したのではないか」と推測する。」・・・こうした趨勢によるものかもしれない。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/rekishikou/006/re_006_040710.htm
アリアケと言う言葉はチュルク・クムィク語では「川向こう」、「あっち側」と言う意味で、日向に配する
あっち側の意味でアラル海東部のエフタルによって使用された言葉をそのまま使ったもののようだ。
アリアケ族がシルダリア方面にいることはプリニウス等のギリシャ史家が言及している。

288 :月光仮面:2009/06/20(土) 13:15:10 ID:fvoDV9zC
>>286
主に倭の五王時代、中国の首都が江南に移動したことに対処して日本の外交・交易活動も
それなりの影響を受けた。つまり、呉の方面の産業・文化の吸収もあったということでしょう。

289 :出土地不明:2009/06/20(土) 14:36:37 ID:akiz6g5m
>>282
なるほどDのまま日本に来て変異したという事ですね。

アイヌはもちろんD2が圧倒してるわけだけど、
今日、我々が話してる日本語は、
アイヌ語と根は一緒という説もあるけど一応は別なわけで、
ならば同じD2同士の中で大昔に別れたという事なんでしょうね。
そこらあたりがどうも分からない。


290 :月光仮面:2009/06/20(土) 14:44:34 ID:fvoDV9zC
Asian Ancestry based on Studies of Y-DNA Variation: Part 1 Early origins /
roots from Africa and emergence in East Asia
Y-DNA変異研究によるアジア人のルーツ
By Mark S. Lechner, Ph.D., Senior Technical Editor
http://www.genebase.com/tutorial/item.php?tuId=21
サッカー一試合分はあるがご丁寧に英語で説明している。


291 :出土地不明:2009/06/20(土) 15:09:30 ID:bjRPrzRF
たしかD2遺伝子は生殖能力が低いのではなかったかな?
精子数で3割薄く、無精子症の割合が3割高いんだっけ?
あるいはそれはDグループに共通していて、そのことがチベットの
民族転換に拍車をかけているのかも…。

292 :出土地不明:2009/06/20(土) 18:13:49 ID:aOj1w0Bw
O2はO1ほど広がっているわけではないが、ユニークな地理的分布をしている(表7)。
インドとバングラディッシュのオーストロアジア語族、
ニコバル諸島(D*で有名なアンダマン諸島の南、スマトラの北)のニコバル族、
北東アジアのコリア、日本、台湾に広がっている(tend to はextend toのtypoと思う)。

O2内のO2a、O2bという2大メジャーサブグループは、分布が連続していない。
O2aのほとんどは、インドネシアのバリ族、カンボジアのクメール族を含む
東南アジアの部族に関連した部族に見られる。
一方、O2bはコリア、日本、満州族の関連である。

O2は約3万年前の東アジアに発生し、
南方に移住した人々は東南アジアに、
北方に移住した人々はコリア、日本、満州に至ったのであろうと思われる。

O2bは、 Greater Manchuriaで発生した。
あるいは、少なくとも、「proto-ツングース、コリア」族で発生したようだ。

O2b1は、ツングースやDaurにはない。
コリア、日本人(アイヌを除く expectはexceptのtypo)に見られる。

O2b*とO2b1の割合は日本とコリアでは逆パターンで、
日本ではO2b1、コリアではO2b*のほうが多い。

これらのことからすると、
O2b1は「proto-コリア」が「proto-ツングース、コリア」から分かれた後に
発生したものと思われる。
そして、「proto-コリア」の中から「proto-日本人」O2b1a が生じた(多分、弥生時代)。

O2b1aは日本人にしか見られず(例外的に、大日本帝国の範囲でa few men が散在している)、
かつ、日本人の22%を占める。
(つまり、O2b1の中でO2b1aが拡散する前に列島に移ってしまったので、
O2b1aは日本以外では見られないということ)。

Learn about Y-DNA Haplogroup O
http://www.genebase.com/tutorial/item.php?tuId=24

293 :出土地不明:2009/06/20(土) 19:01:47 ID:akiz6g5m
>>292
>O2b1aは日本人にしか見られず(例外的に、大日本帝国の範囲でa few men が散在している)、
>かつ、日本人の22%を占める。

知らなかった。
O2bという括りで半島と共通だと思ってた。

南琉球はO2bが異常に多いらしいのですが、
さてO2b1かO2b1aのどちらなのでしょうか?



294 :出土地不明:2009/06/20(土) 19:53:25 ID:bjRPrzRF
O2bが満州で発生したかどうかはフヨ系がO2bであるか否かと言う点で
関心がありましたが、やはり長江中下流域の非漢族(越族?)に起源
を持つものだと思います。
日本の中でも先島諸島はD2が極めて少なくO2bの割合が特に大きい
事からこのO2bは薩南諸島経由ではなく大陸から直接渡来して来たの
ではないでしょうか?
とするなら満州・朝鮮方面からとは考えにくいです。

295 :292:2009/06/20(土) 20:26:42 ID:aOj1w0Bw
私も、そのサイトの表の
インドネシア(6/36人)、ベトナム(5/50)というO2b*の頻度を見ると、
O2bが発生したのは、「proto-ツングース、コリア」であるにしても、
地理的には、彼らの現在の居住地よりもっと南、
先に意見のあった江南から中国南部ではないかと思います。

296 :出土地不明:2009/06/20(土) 21:42:57 ID:QRyReMz7
O2bなんかは百越が紀元前5世紀に楚に滅ぼされた時に来たんだろ。

船で来たから江南から北の大陸には痕跡が無い。そりゃ敵地に逃げる馬鹿はいない。
だから、沖縄、朝鮮半島、日本、そして、南へ逃げたベトナムに多くある。

弥生人の遺伝子で間違いないんだろ。



297 :出土地不明:2009/06/20(土) 22:32:12 ID:5vqPHdW6
>>292
O2bはベトナムに14%、インドネシアに20%いるけど?

O2a系統
 1% 東京
 0% 朝鮮
 2% 漢族(華北)
 0% チベット
 0% オロチョン(ツングース)
 0% ブリアート(モンゴル)
 0% ハルハ・モンゴル(モンゴル)

30% 漢族(華南)
11% ミャオ
68% チワン(タイ・カダイ系)
36% ベトナム
28% マレー
47% タイ

O2b系統
 0% アイヌ
26% 東京
30% 沖縄(北琉球)
67% 八重山(南琉球)

 0% 漢族(華北)
 0% チベット
51% 朝鮮
 4% 満州
 0% オロチョン
 2% ブリアート
 0% ハルハ・モンゴル(モンゴル)

 0% 漢族(華南)
 0% ミャオ
 0% チワン(タイ・カダイ系)
 0% マレー
 1% フィリピン
 6% タイ
14% ベトナム
20% インドネシア

DNAでたどる日本人10万年の旅―多様なヒト・言語・文化はどこから来たのか?
崎谷 満 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4812207533/

298 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/20(土) 22:34:09 ID:BhYNSTEW
>>286
呉越の影響は航海の軸線である山東経由で朝鮮西南部と日本列島の
倭に影響を与えたことは否定せんが、高床式など江南起源と確定
しとらんよ。中華奴隷君は慕夏主義から江南起源にしたいんじゃろうけど。
>>292-294
今日もY染色体の単一遺伝標識で妄想するカルト教団か。
それたぁ、Y染色体論者は長江文明派の慕夏主義の一派である
告白でもした方がええんじゃないか。

299 :出土地不明:2009/06/20(土) 23:18:18 ID:bjRPrzRF
実際のところ船外機のない小船で日本にたどり着くには、釜山から
朝鮮海峡、玄界灘を越えて福岡に着くのと上海から東シナ海を
突っ切って長崎に着くのとどちらがハードルが低いですかね?
距離からすれば圧倒的に朝鮮からですが、釜山から対馬にカヌーで
渡った人がいましたけど凪の日でも潮にながされ相当苦労してました
し、舟山群島の漁師が日本の近くまでながされて海保に保護された
とかの話もあるし…?


300 :出土地不明:2009/06/20(土) 23:23:30 ID:akiz6g5m
>>298
妄想でなくて科学だからね。
気に入らないならお爺さんは帰ってね。

301 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/21(日) 00:07:23 ID:eMX+s3J/
>>299
東シナ海は、対岸が見えんし、波も荒いけぇ漂流ならあるが、
まとまった集団移住は無理じゃね。波静かな「油の如き黄海は」
と、黄海経由なら人の移動の可能じゃし、古代からの航海の
軸線じゃったよ。
遣唐使船も遭難する東シナ海じゃあのう。
戦前対馬の者は、小船でも韓国へ渡る方が楽じゃったし、
季節風の時期と風向きを知っとったら頻繁な往来が出来るよ。
じゃけぇ漂流ルートと航海の軸線は違うよ。
>>300
Y染色体論者は、科学じゃのうて、聖書伝説アダム・カルトじゃろ。

302 :出土地不明:2009/06/21(日) 00:19:38 ID:+sGa51HO
>>301
科学です。
文句あるなら君が反証すればいいだけ。
さぁどうぞ。

303 :出土地不明:2009/06/21(日) 00:41:10 ID:ZuN3bzYN
>>298
江南から山東半島まで歩いていくには2〜3ヶ月かかる。難民が食料・家財道具を抱えて、しかも漢族の
敵地を、鯨面で一目瞭然の蛮族が歩いていくなんて不可能。

海流から考えれば、江南からの海流は直接日本海へ入ってくる対馬海流が圧倒的で。朝鮮半島にそって黄海を
北上するものは少ない。

長江の河口付近で発生する越前クラゲの流れを見れば一目瞭然。これから見れば、中部裏日本が越前・越後と
現在でも呼ばれる伝承は侮れない。
>>http://www.teikokushoin.co.jp/teacher/junior/bookmarker/pdf/200601g/bookmarker2006.01-21.pdf


304 :出土地不明:2009/06/21(日) 08:52:13 ID:hZWA7WD9
>>301油の如きってW鏡の間違いでは…W

305 :月光仮面:2009/06/21(日) 09:00:18 ID:x5Vs+3gX
http://www.genebase.com/tutorial/item.php?tuId=21
聴いた後の第一印象はDがビーチコーマでないことと、ブリャートのOが高緯度過ぎることだけど。
http://64.40.115.138/file/lu/6/52235/NTIyMzV9K3szNTg2MTQ=.jpg?download=1
このブリャートって沖縄発だよなー。どうみても。

306 :月光仮面:2009/06/21(日) 09:08:46 ID:x5Vs+3gX
http://64.40.115.138/file/lu/6/52235/NTIyMzV9K3szNTg2MTM=.jpg?download=1
↑白の沿岸特急が黄色Cに転じ、オーシアナと北上に分かれる。日本を避けて描いてはあるが
実際は日本経由でベーリンジアに向かったのだろう。この黄色はビーチコーマだろう。

307 :出土地不明:2009/06/21(日) 10:33:44 ID:+sGa51HO


>>301
「油の如き黄海は」 www



308 :月光仮面:2009/06/21(日) 10:43:02 ID:x5Vs+3gX
>>305
エベンキの新聞によるとバイカル先住民はエベンキ族であり、BP5400年あるいはBP3700-3300年に
バイカルに入ったが、卵殻土器並の5-1/2MMの土器製作技術を持っていたという。
http://www.krasrab.com/archive/2005/06/24/34/photo_19_1?display=preview
エジプト文化の洗礼も受けていた↓
http://www.krasrab.com/archive/2005/06/24/34/photo_19_2?display=preview
他方、沿海州情報では完新世中期BP4,800-4,300年頃沿海州南部ボイスマン文化→ザイサノフカ文化、
このときに櫛目文から刻目突帯文土器に移行、その後、完新世後期BP2,400-2,200年頃ヤンコフスカヤ
文化→クローノフカ文化、これは沿海州では雑穀農業だが、朝鮮・西日本では無文・弥生稲作農業となる
という。卵殻土器を持つためには龍山文化地方を発しているということになるのだが。

309 :月光仮面:2009/06/21(日) 11:43:21 ID:x5Vs+3gX
龍山文化が大洪水によって三苗民の四散となる経緯については
→ http://www.asahi-net.or.jp/%7Evm3s-kwkm/kodai/kf07.html
この情報がベストフィットしている。

310 :出土地不明:2009/06/21(日) 16:47:55 ID:pGpBSyf2
>>301
遣唐使と比べちゃいけない。検唐船はまず帆がなければ中国にはつかない。

だから風向きのいい日に出向しても、途中で凪にあうと、それこそアウトで、日本の方へ
流される。場合によっては前日に進んだ以上に戻されることもある。

だから、行ったり来たり、大変だったらしい。

311 :出土地不明:2009/06/21(日) 21:15:04 ID:pGpBSyf2
>>289
その通りです。

名前のとおり蝦夷地ですから、北海道は江戸中期〜末期まで殆ど別国でした。松前藩もただの貿易の
出先機関で、実効支配していた分けでは有りません。

米でも作れるならもっと早く支配していたでしょうが、農耕民族にとっては血を流してまで支配する
メリットが殆ど無かった。日本人にもう少し遊牧民族の血が流れていれば、話は違ったでしょうが。

3〜4万年前に日本へ入ってきたD2とC1の後、1.45万年前の氷河期に日本へ入って来た、遊牧の
前段階で一族で動物に付いて歩いていた北方の草原民族ツングース・アルタイ系も、氷河期が去ると
共に殆どの北へ去っていったのですが、一部取り残された、ツングース系を代用する遺伝子C3とアルタイ系を
代表するNも、少しですが、日本にまだ残っています。そして、このC1、D2、C3とNが縄文人なのです。

そして、彼らは日本に古くからいた草原動物のマンモスや大鹿まで食べ尽くすと、草原から森林に
変わった日本で、森の民・海の民の先住民に同化され、彼らの細石器文化も姿を消しました。

それ以降、日本に入ってきた北方遊牧民族の形跡は全く有りません。何故なら、その後1万年くらい前に
北方遊牧民族に混じった、マンモスハンターの一つで、南北アメリカ原住民の遺伝子Qや、それに残って
いた古い遺伝子の残滓F*が韓国人にはほんの少し混じっているのに、日本人には全く見出せ無いからです。
だから、"geographically limited expansion during historical times" と言われています。

弥生時代以降、農耕民となった日本人には、その後、北海道は全く関心が無かったのですが、森の民に
とっては北海道は大変住みやすいところだったかも知れません。

イヌイットなど、何であんな寒い所にわざわざと思うかも知れませんが、海獣が豊富でしかも冬場には
自然冷凍で腐らず保存が利く。彼らに取っては天国なのでしょう。同様にアイヌにとっても、鮭やニシンの
遡上(私は仕事でカナダとアラスカの国境付近までいたことが有り、そこで鮭の遡上を見たのですが、それは
凄かったですよ。川の水より鮭の方がずっと多かった)したのを冷凍乾燥、イクラもウニも昆布も食べ放題、
季節に合った野菜・・・。それに、蝦夷錦と米などの取引で悠悠自適の生活。

歴史の本には松前藩がアイヌを搾取したとありますが、利益などという概念の無いアイヌにとっては、
必要なだけの米が手に入れば十分だったのではないでしょうか。アイヌにとっては、毎日、朝から晩まで
働いても、副食どころか米も満足に食べられない弥生人は馬鹿に見えたと思いますよ。全体的に見れば、
搾取されていたのは弥生人の方だったのは間違いないでしょう。


312 :出土地不明:2009/06/21(日) 21:16:09 ID:pGpBSyf2
続き

私は中国人(華僑)とも色々取引があったのですが、日本人には、その縄文の血のせいか、食えればいいじゃ
ないかと言う考えがありますが、中国人には殆ど無いような気がします。彼らの貪欲さには本当に、呆れるを
通り越して、尊敬の念を覚えてしまうほどです。欧米人も貪欲だが、上手く説明できないけれど、違う貪欲さ
ですね。

日本人は世界一甘い国民だと思いますよ。でもその商売の下手さが、日本人の正攻法を生み、世界に名だたる
産業国家になったと思っています。小手先や口先では、その場はしのげても、本質的な解決は出来ません。

アイアコッカーなど、口先だけでアメリカ政府に日本自動車への輸入規制をさせ、一時的には大きな儲けを
出して莫大な退職金を貰いました。一方、日本車は安く品質のいい製品は作れましたが、当時はまだ技術力は
アメリカがずっと上でした。

でも日本は正攻法で排ガス規制等をいち早くクリアーし、さらに技術力を高めた結果、自動車ではもう米国と
少なくとも同等、ハイブリッド、電気、燃料電池では追い抜いてしまったようですね。クライスラーの社員は
アイアコッカーの退職金以上の損害賠償を請求すべきだと私は思いますね。

という訳で、蝦夷地と本土は江戸時代中・末期にロシアが北海道に関心を示すまで、ほったらかしで、隔絶し
た土地だったのです。まさに進化論はオーバーですが、生態学・生物学的「住み分け」ですね。

だから、言語学的には、もし後期旧石器、縄文部時代も北海道の部族が言語的に本州の縄文人とお互いに
影響をそれ程与えてなければ、3〜4万年くらい離れた言語になっている…、と言うのは言い過ぎにしても、
相当期間干渉し合わなかったとは思います。

参考: >>http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Hoppou2.htm
注意:まあ流石「朝日」と言う書き方ですが、北海道の歴史的な流れと歴史的な事象だけを読んでください。
朝日が嫌いだから読まないと言うのではなく、朝日の動きや考え方を知ることも必要でしょう。他に、
ロシアがどう言う主張をしてくるかの予想も出来るでしょう。

しかしまあ、朝日はアイヌ人が日本人ではないと思ってるのでしょうかね。それって、人種差別ではないのかな。


313 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/21(日) 23:16:33 ID:eMX+s3J/
>>302
反証なんか度々しとるで。単一遺伝標識で精度の低い、今後何百年持つか
どうか知れんY染色体に過ぎんものを電波飛ばす方が可笑しい思わんか?
>>304-307
その通り正確には「風起こらず波立たず鏡の如く黄海は」じゃ。
手元に対談の「東アジアの文化的現象」を置いとったけぇ引用した
だけじゃ。この対談は>>303の漂流妄想の回答にもなるけぇ引用しょうよ。
伊藤「山東から朝鮮半島は非常に往復至便だと思っています。「波立たず
油の如き黄海は」という昔の軍歌の文句ではありませんが、黄海は比較的
おだやかで、山東から朝鮮半島への舟航が容易であるのでないでしょうか。
(わしが引用した部分)」
江坂「ええ。山東半島から渡るのは、黄海道(今の北朝鮮)が一番近いん
です。」
伊藤「だから江南から朝鮮半島南部というのは意外に近かったのだろうと
思うのです。」
谷川「山東半島、しかもあそこは古代から朝鮮人もずいぶんいたわけで
しょ。」
伊藤「遼東側から逆に植民地とした時代もありましたから。」
江坂「あれは波が静かですから、風をうまく利用して帆を使えば、簡単に
行けるのではないですか。」
伊藤「江南から直接九州本島というようなコースも考えられると思う
けれど、往復するのにはむしろ朝鮮を回った方が楽であった。だから
遣隋使なんかもやはり、朝鮮ー山東を経由させている。」
谷川「新羅が邪魔したから、やむをえずストレートに中国に行くような
航路をとったんですけど。」
伊藤「やはりメーンストリートは朝鮮から山東というコースになっていた。
そういうコースで日本は中国の南朝と交流している。」
江坂「朝鮮半島海岸の場合は干満の差が大きいので、この潮の干満の時を
利用して、うまく航行したのではないでしょうか。」

314 :出土地不明:2009/06/21(日) 23:59:32 ID:+sGa51HO
>>313
>反証なんか度々しとるで

はぁ?おまえどこの何様なん?
どんな論文書いたのだ?
反証とは、ミトコンドリアDNAではヒトの母系の先祖を推定できない、
そしてY染色体では父系の先祖を推定できないと証明すればいいだけ。
おまえが言ってるのは反証ではなく単なる思いつきの反論だろが。

315 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/22(月) 00:09:10 ID:FiCDGrFH
>>303
ちなみに対談の江南派伊藤清司氏は、呉越と共に斉(山東半島)水軍が
南越を征伐した事例や、石井謙治氏のように船を専門に研究さてとる
学者の見解を取り入れた修正江南派じゃけぇ、真っ当な方じゃ。
石井謙治氏「目標の見えない航路(直航路)は、漢代では通らなかった
と思うんです。いわんや黒潮に乗ったら早いという認識は、自分の位置が
常にわかっている近代の航海者の知恵で、昔の人はそんなことわからない。
漢代でも航海は昼間というのが原則だったと思うのです。日本でも大体
江戸中期以後にならないと夜間航行を平気でやるようにならないのです。」
あんた江南から山東まで歩いて行くなど、急に航海路の軸線を無視しよる。
クラゲの漂流、人間の漂流もそうじゃが、飛躍して漂流と民族移動を
混同しても意味があるまあ。
渡来する集団は石井謙治氏の云われるよう、「ある程度の力を持って
いなければ『バタン漂流記』でないけれども、奴隷にされちゃうか
殺されるか、いずれのケースで消えてしまう。」と云うことじゃ。
>>311-312
農耕民族よりも遊牧民族の方が血を好む云う妄想根拠は、何処から
導き出したんかのう?
米ばっかし喰うてビタミンB1不足は脚気予備軍にもなろうに。
縄文人の血が入っておろうが、無かろうが、日本民族の性格に左右
されんよ。もし本気にそう信仰しとるんならナチス生物決定論者の
レイシストじゃわい。本土日本人のアイヌ人の抑圧をどう考えとるんか
のう?災いは異国から起きる云う鎖国的朱子学の攘夷思想は、
中華奴隷根性で、祖国を馬鹿にする中朝論で本家気取りになっても
つまらんよ。Y染色体論者はレイシスト・ナチズム精神異常者の避難場所か。

316 :月光仮面:2009/06/22(月) 08:13:59 ID:v49647wq
>>309 学術的には
「長江流域紀元前三千年紀末の寒冷化現象
また1993−1995年の発掘では、良渚文化と馬橋文化の中間に無遺物層である青黄色の粘土層の堆積
がみられた(上海市文物管理委員会1997)。これらのことは、良渚文化と馬橋文化の間は紀元前三千年
紀末から二千年紀初めの寒冷化した時期をあてることを可能にする。」
「黄河流域紀元前三千年紀末の寒冷化現象
黄河流域においても紀元前2000年を前後する時期に、大きな気候変動があったことが言われている。
水涛は斉家文化が衰退した原因として竺可 の示した気候変化曲線を取上げ、寒冷乾燥化したことを指摘
して、その結果として農耕から牧畜への生業の転換があったことを論じている(水涛2001)。」熊本大学
甲元氏
http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/7901/1/BR0097_001-052.pdf
沿海州では・・・
完新世中期BP4,800-4,300年頃沿海州南部ボイスマン文化→ザイサノフカ文化、このときに櫛目文から
刻目突帯文土器に移行、
[その次の寒冷化の結果として・・・完新世後期BP2,400-2,200年頃ヤンコフスカヤ文化→クローノフカ
文化、これは沿海州では雑穀農業だが、朝鮮・西日本では無文・弥生稲作農業]
沿岸部が寒冷化海面低下、地上海中景観の変化によって狩猟漁業基盤が破壊される一方、降水量安
定化により農耕民に便利に働く。
無文土器開始直前の沿海州・白頭山方面では、Boisman(Zhenxing)櫛目文土器文化が北方に後退し、
満州東部鶯歌嶺、沿海州にザイサノフカ早期農耕文化が登場( 鶯歌嶺下層 Zaisanovka 黒曜石交易、
鶯歌嶺上層 Xingcheng 黒曜石交易、当時白頭山の噴火はないので九州西部・隠岐方面から入手した
のではなかろうか):
1. 新しい土器文化(デザイン及び文様技法)
2. 石器生産の変化、石器セット及び新石器素材
3. 新しい生業システム・雑穀(ミレット)栽培
4. 定着パターンの変化、
このことは遼寧・古朝鮮方面からの初期農耕文化民族の移住を意味するものと見られる。


317 :月光仮面:2009/06/22(月) 11:03:35 ID:v49647wq
http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O2b_(Y-DNA)
O2bの最も古いのは内モンゴル・ダウール族であるが、これがバイカル湖グラスコブ文化人の子孫。
グラスコフ人は着物、木製食器、背負子等縄文文化を持っており、その文化はアムール河沿いに
沿海州の貝塚文化につながる。
「釜山広域市影島区(ヨンドグ)にある東三洞(トンサンドン)貝塚からも、B.C.5000〜B.C.1,000年前頃の、
縄文人が日本列島から齎す縄文土器や、交易品であった九州産の黒曜石製石鏃、鋸歯鏃、2枚貝製
腕輪等が数多く出土しています。釜山市から閑麗水道(ハンリョスド)にかけての多島海域では、古代より
倭人その他の民族にとらわれない往来と雑居があったのです。」
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
沿海州では三内丸山のようにマグロを食べていた。
他方朝鮮無文人がO2b1* (P49)、日本弥生人はO2b1a (47z)が主流となっているが、これは祖形O2b
の進化したものであり、またO2bはタイ、インドネシア、ベトナムにも広がっており、海洋乃至は漁労に
強い民族のようである。沖縄にも強く残っているとされ、バイカル湖から南下したものとするよりは
南方から北上したものである可能性が強い。日本のアイヌとか沿海州のニヴヒには全く残っていない。
つまり、バイカル湖には日本から向かった可能性が大きい。朝鮮のものについては台湾方面から
日本とは別に向かった可能性もある。そして、朝鮮の文化の吸収には九州のO2b1a (47z)が出向いて
行った可能性もあり、朝鮮の商人が渡来した可能性もある。

318 :月光仮面:2009/06/22(月) 11:18:46 ID:v49647wq
四隅突出型墳丘墓はグラスコフ文化圏において殷・西周に近い頃に発生している。四面が内部湾曲する
形は弥生終末期に日本列島に入ってくるが、内部湾曲結界はグラスコフ文化圏の西側にあったイェニセ
イ河オークネフ文化のステラに出現している。この場合、遺伝子のUターンがあったのかもしれない。

319 :出土地不明:2009/06/22(月) 11:35:27 ID:RUysbQty
>>315
御免。陸路と反論したのは、詳しく読んでなくて、山東半島の所が目に付いて、てっきり陸路と主張してる
のかと思った。昔は水稲種とか水田耕作方法が陸路で伝わったなんて主張する人が多かったもので・・・。

所で、その船の学者さんの言うことは確かに尤もだと私も同意はするよ。ただ、船や航海についての知識が
邪魔して状況を考えてない。

彼らは国が滅ぼされ、自分達の命がかかった難民だと言うことを忘れてる。難民という物がどれほどの
恐怖心と覚悟を持って逃げ出すかはベトナムや北朝鮮のボートピープルが乗ってくる船を見れば分かる。

常識じゃ考えられないような船に鈴なりに人が乗ってる。でも彼らの考えは、死んでもいいけれど絶対に
自国へは戻りたくないと言う考えだから、無謀に外洋へ乗り出す。一体何人の命が犠牲になったかと思うと
本当に可哀想だったね。

勿論、ベトナム南部に住んでるベトナム人なんかなら、隣のタイへと考えて沿岸を行くかもしれないけれど
それでも、当然沿岸の警備は厳しいだろうから大きく外洋を回ったと思うよ。そしてベトナム西部の人なら
ベトナムとベトナムの同盟国中国には、まかり間違っても、絶対着きたくないだろうから、真っ直ぐに
外洋へ出ただろうね。沿岸伝いなど逆にありえない。確か、わざわざ沿岸を避けて直接日本を目指した
北朝鮮家族もいたんじゃなかったかな。

特に越は、負けて助けを請い、何とか助けて貰った呉に勝った時、逆に呉が助命を懇願したのに、助命
するとお前のようになると言って呉を滅ぼした国なんだから、楚に負けたときの恐怖心は因果応報で、
大変だったんじゃないかな。

そして百越人にとっては長江河口から北は全て敵の異民族、逆に漢族にとっては顔に刺青なんかする全くの
蛮族なんだからね。死んでもいいから大陸へは着きたくないと思った百越人が、沿岸伝いは有り得ないと思う。
逆に、わざわざ大きく沿岸を避けて外洋を東へ、又は北東を目指して出て行ったと思う。

そして、その時代、例え朝鮮人と漢人が山東半島と朝鮮半島への航路を知っていたにしろ、江南人が知って
いたとは到底思えない。当時は勿論詳しい地図も羅針盤も無いような時代だから、航路といっても星座も
含めた目視と経験と言う航路だっただろう。

たとえ、噂でそんな航路が有ることは聞いたことがあったとしても、そんな経験をもった航海士が江南に
いたとは全く思えないし、それも周到に何ヶ月も用意して出たわけじゃあるまいし、混乱と喧騒の中で、
兎に角、東か北東へ、それもなるべく大陸から離れてと考えるのが常識だと思うね。

ただ、風の便りで東北部、日本や少なくとも朝鮮半島、いや、地図も無い時代に国の区別などつかないから、
潮の流れの先に未開人の国(ひょっとすると東方楽土とかかも)があるくらいは知っていたのだろうね。

更に、東には未開人の住む島々が有るくらいなことを知っていたのは間違いないと思う。台湾沿岸経由で
沖縄列島へ行ってたのか、偶然沖縄へ流されて、島伝いに台湾経由で帰ったとか、逆に鹿児島から日本に
来た事のある江南人までいたかもしれない。江南人が文字を使ってたら、もっと古い日本についての
記録を読めたかもしれないのにね。だから、東へ向かうつもりが潮に流されて偶然、韓国南東部や日本に
着いたとも考えられる。

でも、私は、現在日本で紀元前10世紀の水田跡が見つかり、韓国人も紀元前11世紀の水田跡を見つけた
とか言ってるし、兎に角日本の水耕田耕作が百越の滅亡の500年も前なんだから、江南人が漂流したとかで
来ていた事は間違いないだろうね。

ただ帰れたかは分からないけれど、もし江南人が帰ったなら、大陸経由は蛮族が通るのは難しいだろうから、
多分縄文人の交易ルートを渡り次いで、鹿児島から琉球列島、台湾経由で帰ったと思う。いずれにしろ、
江南人も北東方向に国が有る事を知ってて、最初から潮に乗るつもりで北東へ行くつもりだったと思ってるよ。

全く無知で大洋へ避難したとは思っていない。だから、最低でも東部けば未開の島々が有ると噂程度も聞いて
なければ、いくら難民でも全部南へ逃げたと思う。外洋の先への知識が0なら、いくらなんでも大洋へは
出なかっただろうね。

だから、逆に山東半島経由の方が有り得ないと思うんだが。


320 :出土地不明:2009/06/22(月) 12:18:43 ID:RUysbQty
>>315
どこに農耕民族より、遊牧民の方が血を好むって書いてある?。

よく読んでくださいね。


321 :月光仮面:2009/06/22(月) 13:17:16 ID:v49647wq
>>318
バイカル湖・南シベリアの原住民は縄文O2bの末裔であり、
バイカル湖buryaty;
南シベリア
Yenisey河流域 - tofalary; - todzhintsy; - tuvintsy; - kumandintsy;
Irtysh河流域- tubalary; - telengety; - altay-kizhi;
Ob河流域- lebedintsy; - shortsy
これら集団には出雲大社、御柱、ツブラサシ、ホダレ祭り等の慣習を持つものがあり、U-ターン
をして弥生末に渡来した可能性が高い。

322 :月光仮面:2009/06/22(月) 13:22:19 ID:v49647wq
彼らは死者の頭を川下に向け屈葬する。埋葬装具は故意に破壊する。

323 :月光仮面:2009/06/22(月) 13:23:04 ID:v49647wq
↑グラスコフ文化のことだが。

324 :出土地不明:2009/06/22(月) 13:55:18 ID:nbhoIpWS
議論に負けたらレッテル貼って逃亡。
根性が捻じ曲がっとるな。

325 :出土地不明:2009/06/22(月) 14:23:21 ID:mIHQnslR
>>321
>縄文O2bの末裔

O2bはいわゆる弥生文化の担い手とも聞いたことあるのですが、
縄文と見てもいいのでしょうか。
いや、僕自身もO2bは縄文ではないか思ってたもので。

326 :月光仮面:2009/06/22(月) 14:37:47 ID:v49647wq
O2bはいわゆる弥生文化の担い手というのはアフリカ一元論の生み出す何でも西高東低のシンドローム
ではないでしょうか。沿岸から内陸に向かうプロセスがあってもいいわけでですね。特に日本付近では
乱気流が発生していいはず。いずれにせよ、東南アジアに大きな根があることは否定できない。また、
高緯度のシベリア・バイカルにあるのがおかしい。縄文時代の沖縄人骨にはないにせよ九州西部をに
来ていた可能性もあるでしょうし。

327 :月光仮面:2009/06/22(月) 17:18:23 ID:v49647wq
http://www.genebase.com/tutorial/item.php?tuId=21
Lechner博士はO2bは日韓にあるが韓国のほうの頻度が高いのでそっちから来たんだろうとのこと。ちな
みに別のソースではこれはダウール族、下記歴史的分布参照、のYDNA.とされている。
http://jupiters.narod.ru/expedit5/b-0.jpg
http://jupiters.narod.ru/expedit5/b-00.jpg
Lechner博士がブリャート族をO1としているが、O1は東南アジアに限定されるとも言っておきながら
その矛盾については何ら説明していない。東アジアのDNAは七福神の出てくるマトリョーシカであり、
何が出るかはお楽しみだといって締めくくっている。





328 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/23(火) 00:07:03 ID:kbPO5aFH
>>314
一つの遺伝子型だけで、しかもmtDNAよりもHLAよりも精度が低いYDNAのみで
日本人の起源を探ろうなんか、カルトであって科学じゃ無いど。
崎谷満氏のようなYDNAと妄想言語学でこじつけし、他の遺伝型や
形質人類学を無視する者が科学も糞もあるかい。
あんた、>>260に挙げた●獲得形質は遺伝するか をもう一遍読ん
どりんさい。

329 :出土地不明:2009/06/23(火) 00:18:53 ID:/KOiOU/l
>>328
>あんた、>>260に挙げた●獲得形質は遺伝するか をもう一遍読ん
どりんさい。

くだらない雑談じゃねーかw
そんなもん論拠になるかよ。

>遺伝子と史実は一致せんよ。

歴史なんてそのときの権力側の都合で、
有った事を無視し、
逆に取るに足らない事件を必要以上に大きく書きかえれるからね。
つまりその時の都合で作れるからね。

330 :出土地不明:2009/06/23(火) 00:37:39 ID:/KOiOU/l
しかも>260は時代遅れの埴原和郎の愚痴w
ましてやあの立花隆が批判してるって言われても何の意味もねぇしw


331 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/23(火) 00:41:43 ID:kbPO5aFH
>>319
江南から難民が出たら、南へ行くよ。実際越人は南下して、
華南に溶け込んだろうに。難民が対岸の解らん東シナ海横断
なんかファンタジーじゃ。長江以北でも山東なんか、
抜歯しとるけぇ、江南に似た夷族の連中、來夷なんかも
おったじゃないか。沿岸の海路から物資を運ぶんに
江南人が航路を知らんなんか有り得んことよ。
台湾経由云うて、台湾に越人の後裔たる華南の漢族が、
入ったんは、もっと後の時代ど。古代に黒潮を渡って
台湾へ入るんは難しいけんのう。
三国の呉が南海交易で扶南(カンボジア)の方が知られとったぐらい
じゃ。東方の日本なんか関心外じゃ。南海交易の方が江南や
華南にとって大切じゃけぇのう。
あんた、多少でも歴史を勉強して発言すりゃあええのに。

332 :出土地不明:2009/06/23(火) 01:35:15 ID:enmtZwkO
>>328
>mtDNAよりもHLAよりも精度が低いYDNA
嘘つくな

>他の遺伝型や形質人類学を無視する者が科学も糞もあるかい。
形質人類学は多地域進化説だろ?
北京原人の歯とモンゴロイドの歯が似ているとか
ジャワ原人とアボリジニが似ているとか
似ている似ていないで起源を論じるのは似非科学

333 :出土地不明:2009/06/23(火) 03:27:59 ID:n/PaI0Js
いやミトコンドリアDNAはヤマト民族、朝鮮民族、漢民族の区別
に使えないから…。

334 :出土地不明:2009/06/23(火) 06:52:51 ID:Blzzh95I
>>262
逆じゃないのか。普通に考えれば南から。後で来た遺伝子に圧迫されより僻地へと追いやられた。

だからチベットの南にあるD系遺伝子の方が、圧倒的に北側より多くの少数民族に残されてる。

おまけに、D型の6万年の旅の経路をたった数千年の歴史で短絡的な結論を出す事など無理だろ。



335 :月光仮面:2009/06/23(火) 10:52:39 ID:ngO8VlfB
>>326-327
博士の主旨は「O1aは海南島、台湾のような島嶼が地質的に陸繋していたころ本土側から島に移住した。
O1/O2は大陸東岸を沿岸沿いに北上し、O3は内陸陸上を北進した。」とするものである以上日本、朝鮮、
バイカルへのO1/O2の移住は海岸、河岸沿いに行われなくてはならない。すると日本には沖縄経由、
朝鮮には山東・遼東両半島経由、バイカル湖には遼河経由、沿海州・ウスリー・アムール経由が考えら
れる。バイカル湖に到達するのは農業よりも淡水魚漁業資源プラス農業の生業パターンを想定した方が
いいようである。こうしたO1/O2の移動は弥生時代の開始以前に行われたと考えられる。バイカル湖
グラスコフ文化はBC1700-1300年ころであり、この頃アムール水系には鶯歌嶺文化がおそらくは日本産
の黒曜石経済をもとに機能している。O1/O2はインドにも痕跡があり、稲作の起源と関連していると
考えられる。鳥越さんの倭族説はこうした足取りを説明できる。

336 :月光仮面:2009/06/23(火) 11:00:34 ID:ngO8VlfB
これらは前2千年紀の出来事であるが、前2千年紀の終わりに東アジアは中央アジアの晩期青銅器・
早期鉄器文化の影響を受ける。これが殷・周/無文/弥生発生の原因であるが、特に弥生末・古墳
期になってからはこの西高東低の風向きに変化する。このような南風から西風への変化を分析的に
説明しないと大きな混乱が生じることになる。

337 :出土地不明:2009/06/23(火) 11:05:31 ID:B7A4EuKS
その大陸のバイカル湖周辺の人々はモンゴル平原や東回りの南北アメリカ大陸だけに
行ったものなのでしょうか?なぜ西側の平原には行かなかったのでしょうか?

338 :出土地不明:2009/06/23(火) 11:11:42 ID:B7A4EuKS
>>331漢代の始めには「黄帝思想(老荘思想)」が流行し、そこでは
神仙の住処として崑崙と共に東方の蓬莱島が二大聖地として挙げられている。

339 :月光仮面:2009/06/23(火) 11:19:12 ID:ngO8VlfB
北米行きの最終バスはバッファロー等の大物狩猟対象を求めた旧石器時代末期のことですね。
おそらくは長野県とか瀬戸内海でナウマン象の狩をしていた人々もその一員であったのでしょう。
バイカル湖に鮭を追って入ってきたと見られるグラスコフの文化はアムール河・ウスリー・ウラジオスト
ークに形跡が残り、ウラジオストークでは厚い貝塚の層が残っています。マグロの骨等もあり、これは
南洋の魚ですから日本以南から北上したと思われます。牡丹江・鶯歌嶺では黒曜石が使用されており、
当時は白頭山の噴火がないので日本原産のものと考えられます。西に進む前に西から怒涛の如く
入ってくるイラン系統の金属文明(後にはスキタイ文化となる)に押されたのでしょう。しかし、こうした
動きに押された櫛目文時代のモンゴロイドはタイガ地帯を西進しスカンジナビアにまで進み、混血民族
とか、土器を残したようです。

340 :月光仮面:2009/06/23(火) 12:25:50 ID:ngO8VlfB
バイカル湖グラスコフ文化BC1700-1300年はちょうどエジプトにヒッタイトが入るころであり、バイカル湖
には鰐の岩絵がある。ヒッタイト王族は馬・二輪車をエジプトに持ち込んだが、これらの技術は西モンゴル
カザフスタン起源であり、グラスコフ文化人と同じような民族がエジプトに入った可能性がある。

341 :月光仮面:2009/06/23(火) 12:28:41 ID:ngO8VlfB
失礼、小アジアに入るのがヒッタイト・フルリ人、エジプトはヒクソス。こうした動きによってコーカサス
ドルメン文化が遼東から九州に入ってくるのではないかと思う。

342 :月光仮面:2009/06/23(火) 14:48:59 ID:ngO8VlfB
Lechner博士によればユダヤ人に多いJ遺伝子はモンゴル族に残っているということだが、確かに
モンゴルには幕屋そっくりの構造をした宮殿が残り、どうもこれが日本の神社の配置に似ている。

343 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/23(火) 22:42:06 ID:kbPO5aFH
>>329-330
対談のほうが、自慰論文たぁ本音が出るけぇましじゃ。
歴史なんて権力者云々はわしが云うたことで、あんたが真似てどうするん。
埴原氏の言に時代遅れもあるまい。あんたの云う科学たぁ時代の流行に
追従するもんか?マスメディアの流行情報発信を批判精神も無く、
受け入れる洗脳されとる人間じゃあるまいし。
あの立花隆云うとるが、YDNA論者は、あの政治活動に熱心なネット右翼を
煽る蔵琢也氏や鎖国閉鎖思考の縄文文明派や慕夏主義の長江文明とやらの
妄想に追従する、あの崎谷満氏が根拠じゃけぇ哀れよのう。
>>332
嘘つくな云うて、YDNAはHLAやMtDNAたぁ遺伝子の種類の多く、MtDNAよりも
今後残存する可能性か強いと認識されとる根拠はあるんか?
あるんなら、その根拠を提示して欲しいもんじゃ。
遺伝子でのみで似とる似とらんだけで起源を論じるんこそ疑似科学じゃ
ろうに。多面的考察で誤差を少のうするんが科学的と云えように。
>>333
YDNAでも、古代の遺伝子型が現代にそのまま継続されとる証明も
不可能じゃろうに。漢民族なんか混合人種民族で北と南でも違う。
漢民族特有の人種じゃ遺伝子なんか無いけど。崎谷満氏の電波じゃ
あるまいし。


344 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/23(火) 23:08:25 ID:kbPO5aFH
>>338
漢代始め以前に江南の老荘思想は、秦の法家の思想にも影響を
与えとります。怖ろしい思想ですね。正確に云うと、南方の崑崙と
東方の三神山でしょう。崑崙なんか漢代に西方の崑崙も出て
きますし、南方の崑崙も、広西の崑崙関(広西軍がアヘン戦争で
英軍を撃退し、日華事変で広島第5師団が激闘のうえ確保した処)
に限らず、東南アジアの諸民族の総称の意味がありました。
神様の範囲も時代によって広がるわけです。東方の神山も山東半島
でも、朝鮮でも日本でも範囲を広げりゃあええだけです。
どうせ、朝鮮半島や日本列島の鬼道なんか、張魯教団の道教の
影響で生まれたもんですから、大林太良氏が指摘されるよう
卑弥呼の精霊は漢民族の精霊じゃったとも云えるでしょう。
漢民族の江南思想の道教に隷属した古い時代の慕夏主義です。
漢民族の隷属から北方民族化した列島は、4世紀以降の世界的北方
民族の南下現象のおかげです。

345 :出土地不明:2009/06/23(火) 23:28:11 ID:/KOiOU/l
>>343
>歴史なんて権力者云々はわしが云うたことで、あんたが真似てどうするん

なら「遺伝子と史実は一致せんよ。」と自分で言ったのはどうなる?
自分で自分に反論してるんじゃねぇかバカが。

346 :出土地不明:2009/06/23(火) 23:52:00 ID:/KOiOU/l
>>343
>遺伝子でのみで似とる似とらんだけで起源を論じるんこそ疑似科学じゃ
ろうに。

似とる似とらんでなくて遺伝なんだから同じ。

おまえさぁ、知らない事は知ってる人たちに謙虚に聞こうや。
おまえは知らないくせに知ってる人に無理やり反論してるんじゃねぇか。
知ったかぶりはやめてもう少し謙虚になれや。


347 :出土地不明:2009/06/24(水) 08:17:50 ID:ysQikRWX
朝鮮人はどこから来たか
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1190991733/

こちらもよろしくお願い

348 :出土地不明:2009/06/24(水) 09:11:40 ID:EdQAE5rI
>>344「東南アジアの民族の総称」
そうなの?崑崙奴のことですか?

349 :出土地不明:2009/06/24(水) 10:42:38 ID:EdQAE5rI
>>339なるほど。ユーラシア大陸の中央部分はイラン系コーカソイドの金属文明が
圧倒し、その周辺を覆う形で北方のモンゴロドはスカンジナビアまで到達した、と。
それがサーミなのでしょうか?それとそれよりぐっと時代が下がって700年ごろに
北欧にモンドロイドの貴族の墓がゴットランドで発掘されたようですがこれは
どういうことでしょうか?

350 :月光仮面:2009/06/24(水) 11:29:14 ID:7DYwxGRt
当時はフンに時代ですね。ゲルマンのゴート族と共闘していたモンゴロイド系の将軍クラスでしょうか。

351 :月光仮面:2009/06/24(水) 11:47:23 ID:7DYwxGRt
Frequencies (%) of Japanese haplogroups
C-M8 C-M217 in six Japanese populations
Japanese populations _________C-M8__ C-M217
Ainu (AIN), this study_____ ____0.0_____ 25.0
Ainu (Tajima et al. 2004) _____0.0_____12.5
Aomori (AOM) _________________ 7.7 _____0.0
Shizuoka (SHI) __________________4.9_____ 1.6
Tokushima (TOK) ______________10.0_____2.8
Kyushu (KYU) ____________________0.0_____7.5
Okinawa (OKI) __________________ 4.4 _____ 0.0
All __________________________________5.4_____3.1
Lechner博士曰く↓
Early Japanese founders from the C1 (SNP M8, age ~20kya) lineage have also been proposed,
but this lineage is missing from the Ainu in Hokkaido and it may not have entered Japan from
the north.
M8が日本の創始者ではないかとも言われたんだが、北海道のアイヌにはこれがないので北から
入ったのではなさそうだ。・・・これを西日本縄文人とし、これがO1/O2と共に北上しアムール・バイカル
の入ったとすればLechner博士の10-12図あたりと整合しそうだ。残念ながら
http://www.genebase.com/tutorial/item.php?tuId=21
↑これでは色が判然としていない。

352 :月光仮面:2009/06/24(水) 11:52:40 ID:7DYwxGRt
>>349
フィンランド国境のロシアに新石器時代のモンゴロイド人骨、現存する混血サーミ族等がいるようです。
AD700年といえば中世ですからフンとか、クマンの流れでしょう。


353 :月光仮面:2009/06/24(水) 12:15:30 ID:7DYwxGRt
>>349
>ユーラシア大陸の中央部分はイラン系コーカソイドの金属文明が 圧倒し、その周辺を覆う形で北方の
>モンゴロドはスカンジナビアまで到達した
イラン系というのはシルクロードノマドの一種で、青銅晩期・早期鉄器時代に活躍しているが、新石器
時代にはパレオ・ユーロポイド(コーカソイド)が活躍し、また彩文土器の流れを見るに甘粛モンゴロイ
ドとか、内モンゴルモンゴロイドも相当活躍しているようです。青銅文化は中東・バルカン方面における
錫資源の不足から晩期に急遽カザフスタンに移り、ここで西部モンゴルの馬、ウラルの二輪車等が
結合し中近東、欧州、中国に向けてビッグバンを起こした。セイマトゥルビノ現象ですね。これは西シベ
リアからウラルの方向に急速に移動する。同時に殷・三星堆・タイにも青銅文化が起こる。これらは
甘粛モンゴロイドが介在しているのでしょう。新石器時代の櫛目文土器文化が北欧に入るのはこれより
ずっと以前のことと考えられます。

354 :月光仮面:2009/06/24(水) 12:35:56 ID:7DYwxGRt
>>351
問題は↓この図において
http://64.40.115.138/file/lu/6/52235/NTIyMzV9K3szNTg2MTg=.jpg?download=1
Shizuokaとアムール中流の Negidal UlchiNanaiの色が同一なのかどうかだ。

355 :月光仮面:2009/06/24(水) 13:01:03 ID:7DYwxGRt
>>342
Lechner博士によればユダヤ人に多いJ遺伝子はモンゴル族のチュルク系ホトン族、西部モンゴル・オイラ
ート系ザハチン族、ハルハ族
http://wee.kir.jp/mongolia/mgl_people.html
に残っているということだが、これはハザール↓との関係を示すようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%AB


356 :月光仮面:2009/06/24(水) 13:56:22 ID:7DYwxGRt
>>349
サーミ
http://www.white-history.com/finland_files/sami012.jpg
http://www.white-history.com/finland.htm
http://isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpN09.html
この先祖となるN-LLY22gは日本にもいます。



357 :出土地不明:2009/06/24(水) 14:04:31 ID:3m8IkmNe
>>356
青森にN系が多いと聞いたけど、そのN-LLY22gのことなんでしょうか?
青森は分かるとして徳島にも結構多いのはさっぱり分からない。
それとも徳島のはNの別系統なんでしょうかね。

358 :月光仮面:2009/06/24(水) 14:24:25 ID:7DYwxGRt
>>351 >>354
>アムール中流の Negidal UlchiNanai
>>356
サーミY遺伝子Tat-Cより日本のN-LLY22gが先祖型であり、櫛目文土器文化圏の一貫として後続の
刻目突帯文土器・無文土器に追われて朝鮮半島から北上しアムールに達したと考えられる。これは
沿海州早期海洋適応ボイスマン文化が日本のN-LLY22gであり、これが西進しサーミY遺伝子Tat-C
に変化しフィンランドに入り、フィンランドにはその2千年後に欧州方面から農業文化を持った欧州人が
入り混血が起こったと考えられる。




359 :出土地不明:2009/06/24(水) 14:36:34 ID:QwamGcWo
>>357
高句麗系の積石塚古墳が長野県、香川県,四国東部に多いのと
関係有るんじゃないかな?。

360 :出土地不明:2009/06/24(水) 14:47:12 ID:3m8IkmNe
>>359
それも少し頭によぎったけど違うでしょう。
四国の積石塚は高句麗と全然関係ないし、
青森にも高句麗系の積石塚はないし。
三内丸山には積石塚はあるらしいけど。

361 :月光仮面:2009/06/24(水) 14:47:53 ID:7DYwxGRt
Jeffrey T. Lell
http://www.white-history.com/finland.htm
Lechner博士47図
http://64.40.115.138/file/lu/6/52235/NTIyMzV9K3szNTg2MTk=.jpg?download=1
テル氏の言うようにTat-C haplogroupがアムール河口、オホーツク沿岸に達していないことから
中部シベリア(南シベリア)起源であってアムール中流との接触は時代が下るという説は日本の
四隅突出型墳丘墓の起源がほぼこの図中の中部シベリア(南シベリア)あたりを起源とすることが
考えられるので >>358 のように日本発ではなく逆に中部シベリア(南シベリア)起源としたほうが
いいのかもしれない。櫛目文土器は日本にはあまり縁がない。



362 :月光仮面:2009/06/24(水) 14:55:39 ID:7DYwxGRt
>>357
徳島には忌部が多いがザバイカルにはイミ川族というのがあり、シ歳貊というのはこの言葉から来て
いると言う説あり。イミ川方面は地形が徳島県吉野川、静岡県天竜川と似たところが多く、一種の
山戎的なライフスタイルでないかな。

363 :月光仮面:2009/06/24(水) 15:36:39 ID:7DYwxGRt
>>361
http://www.genebase.com/tutorial/item.php?tuId=22
15-17図を見ると日本発なんてとんでもないことがよくわかった。シベリア・北アジアに色濃く
中国全域にうすく散らばっている。何千年も続く北方民族の南下を表すのであろう。

364 :292:2009/06/24(水) 16:49:07 ID:A2drOJpW
>>355

スレ違いの話だと思って等閑視してましたが、一応レスします。

YハブロのJ1は、中近東で高い率で見つかり、レバント起源と言われています。
ユダヤのコーヘン遺伝子だとされたのもこの仲間です。
J2は中近東のほか地中海世界に多い遺伝子です。
ユダヤのコーヘンは、Jすべてを合わせるとその90%ぐらいになります。
これはSephardi, Ashkenazi共通です。

ハザールの関連が議論されているのは、
AshkenaziのLeviteの中でR1a1が高い率で見つかった
という論文が関係しています。

また、アルタイ起源説のあるQは、ノルウェーなどで見つかってますが、
これもAshkenaziにあり、ハザールとの関係を指摘する人がいます。

なお、Jは、既述のとおり、中近東ではめずらしくない遺伝子なので、
モンゴル帝国時代、帝国内部のイスラムの活躍を考えれば、
その残照が現在のモンゴルに残っていたとしても不思議ではありません。





365 :出土地不明:2009/06/24(水) 18:51:53 ID:EdQAE5rI
そのハザールの遺伝子はイギリスの遺伝子学者がチンギスハンの遺伝子とか
言ってたやつですか?

366 :出土地不明:2009/06/24(水) 21:55:06 ID:dzC94TcA
>>この関連性はなんだ?

歴代君主―(春秋.呉クレ、句麗に音が近い)司馬遷の史記「呉太伯世家」
1,寿夢――(第19代、寿夢じゅぼう王、扶余系、高句麗、始祖,朱蒙に音が近い)
2,諸樊
3,余祭――(百済の王姓余と関連か?王子.余豊璋)
4,余昧――(百済の王姓余と関連か?)
5,僚
6,闔閭――(コウリョ、高麗、句麗、に音が近い)
闔閭の弟、夫概の後裔夫余を氏の説有り
風俗通に[呉公子夫概奔楚、余子在呉者、因以為氏焉]
7,夫差――(夫概、夫余氏と関連か?)



367 :出土地不明:2009/06/24(水) 21:55:58 ID:dzC94TcA
司馬遷の史記「呉太伯世家」(紀元前585年頃 − 紀元前473年)【天皇紀2600年に近い?】
[魏略]の逸文注1)の【その旧語を聞くに、自ら太伯のすえという】
晋朝注2)の史書[晋書][梁書]の倭人伝中の【自ら太伯の後と謂う】

呉は西暦前473年に滅亡。越は呉の後を追い都を山東半島の根本の琅邪(徐福の出地)
に移します。しかしこの越も西暦前334年に楚に滅ぼされます。
*この頃より九州北部「吉武高木遺跡」に三種の神器を持った王が現る。

*始皇帝本紀には「楚国、越国を滅ぼす」、始皇帝の『越絶書』には
「外越と内越がある」と書いてある。内越とは中国大陸にいる越で、
外越は会稽の東海の彼方にいる越で、交流を絶つべしと命ずる。


368 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/24(水) 22:47:48 ID:VU1OQbg4
>>345-346
遺伝子と史実は一致しとらんのと、権力者の都合で書かれた史料を
混同しとるほどの低脳よのう。
じゃけぇ遺伝子カルトは馬鹿なんじゃ。
知っとる云うて誰が、何を知っとるんか?
あんたの抽象的な文は幼稚で低脳を表明しとるような文じゃないか。
わしに「おまえ」じゃ、わりゃ、謙虚さがどこあるんなら。
>>348
諸崑崙国は、カンボジア、シャム、マレー半島も含むでしょう。
崑崙奴は、主に山野人を奴隷狩りして崑崙舶で運ばれましたね。
倭の生口と似たようなもんです。

369 :出土地不明:2009/06/24(水) 22:56:47 ID:3m8IkmNe
>>368
歴史は権力者の都合で作られたり時には嘘を書き残したりする流動性のあるものだから
遺伝子と一致しないのもありえることだと言ってるのだ。
カルトは馬鹿はおまえだ、消えうせろ。

370 :出土地不明:2009/06/25(木) 00:12:35 ID:jYaLjNOh
コテの人、専用スレ立てたら?
「遺伝子論者は人種差別主義者のナチ野郎!チャンチャラ
おかしいけぇ」とか。
もう午後11時からの暗闘にも見飽きたよ。

371 :出土地不明:2009/06/25(木) 08:41:48 ID:PH+hmzO4
青森はC1が8%でNが8%。
徳島はC1が10%でNが7%。

日本の中でもこの両地域がかなり似てる。
C系やN系が先住で、D2やO2bに追いやられたのかな〜

372 :月光仮面:2009/06/25(木) 10:49:39 ID:Rv9+eWmx
↑ >C系やN系が先住で、D2やO2bに追いやられたのかな〜
逆。おそらく青森には粛慎、黒水靺鞨が南下。徳島、静岡には同系が半島経由到来したのだろう。


373 :月光仮面:2009/06/25(木) 11:04:12 ID:Rv9+eWmx
秋田物部の祖がカラマツ神社にケレクスル(石積円墳)を作っているが、伝承によれば神功皇后と
北からの侵入に備えたものであり、当時高句麗との二面戦争を意識していたものと思われる。
カラマツ=ホムツ=ホルムスタ(モンゴル語の天神)、当時の名残。

374 :出土地不明:2009/06/25(木) 11:18:53 ID:ZId6AoMT
文化は中国→朝鮮→日本

375 :出土地不明:2009/06/25(木) 11:26:53 ID:q3CCfAdg
稲作文化は?


376 :出土地不明:2009/06/25(木) 11:26:58 ID:qtM7dJk7
■稲作が中国大陸から日本へ直接伝来した裏付け

http://pds.exblog.jp/pds/1/200806/07/01/c0072801_16534619.gif
中国から日本へ稲作が直接伝播した裏づけとなるRM1-b遺伝子
日本と中国は一致するが、朝鮮半島の古来種には存在しない

「稲」は日本から朝鮮に伝わった
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/ine_denpan.htm

377 :出土地不明:2009/06/25(木) 11:49:57 ID:PH+hmzO4
>>372
>おそらく青森には粛慎、黒水靺鞨が南下。
>徳島、静岡には同系が半島経由到来したのだろう。

俺の中では徳島と渡来系は全然結びつかないです。
あえて言うならサンカや背振りと呼ばれた人たちならありえるかも。
青森のマタギも同類かな。

378 :月光仮面:2009/06/25(木) 11:51:10 ID:Rv9+eWmx
Population (n) No. (%) of
Y*(xC,DE,K) C-RPS4Y711 DE-YAP K*-M9______O*-M175 O-LINE1 O-SRY+465 O-47z O-M95
Northeast Asians:
N. Chinese (113)
Beijing-Han (69) 12 (17.4) 4 (5.8) 1 (1.4) 3 (4.3)_35 (50.7) 10 (14.5) 4 (5.8) 0 0
Manchurian (44) 0 10 (22.7) 1 (2.3) 2 (4.5)________22 (50.0) 2 (4.5) 2 (4.5) 5 (11.4) 0
Japanese (108) 0 10 (9.3) 37 (34.3) 2 (1.9)_______28 (25.9) 2 (1.9) 7 (6.5) 21 (19.4) 1 (0.9)
Koreans (160) 1 (0.6) 24 (15.0) 4 (2.5) 12 (7.5)___68 (42.5) 20 (12.5) 22 (13.8) 9 (5.6) 0
この稲というのは↑このO*-M175遺伝子に対応するのではないかな。


379 :月光仮面:2009/06/25(木) 11:54:10 ID:Rv9+eWmx
>>377
徳島のは大和と同様トミヒコに率いられており、秋田の鳥海山もトミヤマと読める。

380 :月光仮面:2009/06/25(木) 11:58:55 ID:Rv9+eWmx
徳島のは阿讃播に共通したものでおそらくは山陰方面から淡路経由四国に渡り、讃岐・阿波に分化、
一部は房総の安房に入るものと考えられる。

381 :月光仮面:2009/06/25(木) 12:12:39 ID:Rv9+eWmx
男鹿の赤神と津軽の黒神のけんか http://www.oganavi.com/data/035.htm
八重山の「アカマタ・クロマタ」
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/note004.htm
背後には拝火教の影響が見える。

382 :月光仮面:2009/06/25(木) 12:16:55 ID:Rv9+eWmx
成田山、徳島の大滝山等は護摩供養が特徴的だがこれも拝火教の名残だろう。

383 :月光仮面:2009/06/25(木) 12:25:55 ID:Rv9+eWmx
下北半島の恐山は石積思想の究極の聖地ということができよう。

384 :月光仮面:2009/06/25(木) 12:35:57 ID:Rv9+eWmx
>>379 黄金の谷への侵入者を守るトミヒコ↓
http://history.novosibdom.ru/files/u9/sibir_77.jpg
吉野川盆地、初瀬川峡谷等峡谷を侵略者から防衛するものと言うのがスキタイのトミヒコの意味
だと考えられる。

385 :月光仮面:2009/06/25(木) 13:34:34 ID:Rv9+eWmx
>>114-116 >>357 >>359-360 >>383
一般的に日本の弥生末期墳丘墓は殷周から夏家店上層にかけての現ブリャート共和国地域の文化に
一致しており、当時から西部の四辺内反り型墳墓と東部の板石積石墓に分かれている。

386 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/25(木) 22:24:04 ID:R1xpXyvb
>>369
連力者側の史料は時にはじゃのうて、嘘が大半じゃが、遺伝子妄想より
ましじゃわい。
>>370
遺伝子カルトなんか、血液型が如く、A型じゃったら、ドイツ人も同じ
A型民族で日本人のA型は西洋から来たじゃの電波を現代もY染色体論者が
繰り返しよるけぇ、過去の妄想追従じゃのう。
ナチ野郎たぁ自覚しとるじゃないか。ほんま、このスレはファンタジィじゃ
けぇチャンチャラ可笑しいわい。
>>372
黒水靺鞨は、靺鞨族が4〜5世紀以降の集団ですけど。理解しておられるん
ですか?>>377のような低脳が近世の概念のセブリじゃの電波を
飛ばしとりますよ。この板は学術板なら妄想トンデモ電波論の誇張は
可笑しげな思いませんか?

387 :出土地不明:2009/06/25(木) 23:20:28 ID:jYaLjNOh
ナチの遺伝学理論って、アイヌはコーカソイドだからその血統を
入れてる日本とアーリア人のドイツが手を組むことに理ありとした
政治臭プンプンの説とかだね?それを`科学的`に否定したのが現代の
分子人類学ですよ。まあ`ナチ`って言葉で人種差別主義者のレッテル
を貼るのは言論封殺のよくある手段ですね。私にはとても出来ない。

388 :出土地不明:2009/06/25(木) 23:31:34 ID:PH+hmzO4
>>386
遺伝子論は血液型占いと同じってか?
おまえはもう人間のクズだな。
恥かくためにコテハンしてるのかな?

お願いだから消えてくれ。

389 :出土地不明:2009/06/25(木) 23:59:45 ID:PH+hmzO4
>>>377のような低脳が近世の概念のセブリじゃの電波を
飛ばしとりますよ

377って俺じゃねぇか。
サンカやセブリって呼ばれる人たちは20世紀半ばまで確実にいたのだ。
もし彼らが、例えばC1を多く持つとか、Nを多く持つとか判明すれば、
それは素晴らしいことだろう。
ま型質人類学だのみの君には関係ないだろうが。

390 :出土地不明:2009/06/26(金) 00:02:11 ID:JW/45Maz
>>386
おまえの妄想よりは遥かにましなんだが(^o^)

391 :出土地不明:2009/06/26(金) 03:24:22 ID:wPOUoV3S
2










http://tradingwizard.info/zulu_trade/index_it.html


392 :月光仮面:2009/06/26(金) 07:46:52 ID:Q/zCtv1+
>>386
{日本との関係では《続日本紀》養老4年(720)正月丙子条に,〈渡嶋津軽津司従七位上諸君鞍男等六人
を靺鞨国に遣わして,其の風俗を観せしむ〉とあり,この際の〈渡嶋津軽津司〉というものの実態は明らか
でないが,阿倍比羅夫の遠征によって開けた本州最北端―北海道西南端連絡航路の確保のため津軽
十三湊あたりに駐在した港湾管理者のようなものと考えれば,ここから渡嶋さらには渤海方面とのある
種の交渉は考えられないことではない。渤海からの最初の通交は727年(神亀4)であった。多賀城碑に
も〈靺鞨国界を去る三千里〉とあって,8世紀には靺鞨はかなり具体的に意識されていた。」
・・・[津軽]から渡嶋さらには渤海方面とのある種の交渉・・・この辺にDNA渡来の可能性ありと考える次第。

393 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/26(金) 21:51:05 ID:Ni1bi4W2
>>387
政治的臭いで悪臭を放つんは、蔵琢也氏のようなY染色体カルト
じゃろう。アイヌ古モンゴロイドを唱えたんは、埴原和郎氏ら
形質人類学の影響が強かったろうに。
ほう、ナチスを批判したら言論封殺になるんか?
生物学者がナチスに優生学を煽ったことを指摘したら言論封殺に
なるんか?あい変わらず馬鹿げなことを云う。
>>388-389
遺伝子論は血液型占いと同レベルじゃろう。
メンデルの法則の流れじゃけんのう。しかも遺伝子を御都合主義に
使う学者は、生物決定論者で、しばしば社会ダーウィニズムに
結び付けるけぇのう。
サンカは安芸国つまり広島県の安政二年の庄屋文書が日本史の
初出史料とされとるけぇ、近世末の概念で、飢饉で農民が
漂泊民となったグループのことじゃろうに。
それを古代に想定したり、出鱈目遺伝子論の材料にしたり、
電波も甚だしいよ。

394 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/26(金) 22:11:20 ID:Ni1bi4W2
>>390
具体的言及がのうて、わしを罵倒してもつまらんよ。幼稚なのう。
>>392
阿倍比羅夫が蝦夷遠征で、蝦夷を苛めとった粛慎のことでしょう。
粛慎は、靺鞨文化の影響が強いんですが、オホーツク文化人とした
方がええでしょう。樺太(サハリン)を経由したわけで、
直接日本海を横断したわけじゃ無いでしょう。
DNAの渡来云うてんなんら、多くの遺伝子型や形質人類学と多面的根拠から
考察して見解を持たれることですよ。一つの遺伝子型から妄想するんは、
学問じゃ無いでしょう。

395 :出土地不明:2009/06/26(金) 22:17:18 ID:yCaQuUMp


>>394

うざい。
消えろ。



396 :出土地不明:2009/06/26(金) 22:23:47 ID:yCaQuUMp
>DNAの渡来云うてんなんら、多くの遺伝子型や形質人類学と多面的根拠から
>考察して見解を持たれることですよ。一つの遺伝子型から妄想するんは、
>学問じゃ無いでしょう。

一つの遺伝子型から妄想って何を言ってるんだ?

ミトコンドリアから母系がたどれ、
Y染色体から男系がたどれる。
親から子に遺伝しないというならおまえが研究してみろ。
そして論文を書け。

形質人類学なんてその人の恣意で似てる似てないなどとどうにでもとれる。
あんなもの今では学問でさえないよ。


397 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/27(土) 02:32:56 ID:eJLPe66g
>>396
遺伝子の変異がありうるのに、父系や母系が辿れる云うて
「聖書伝説」からのファンタジーの世界じゃのう。
親から子なら、あんたの嫌う血液型理論じゃないか。
遺伝子なんかも、恣意でどうとでも理屈がつけれるのう。
形質人類学も学問の分野で継続しとるし、あんたが気にいらん
云うんは、多面的考察を嫌う井の中の蛙じゃと自称しょうる
ようなもんじゃのう。

398 :出土地不明:2009/06/27(土) 02:39:33 ID:17fXsxKL
>>393
>遺伝子論は血液型占いと同レベルじゃろう。
具体的に頼む
遺伝子論のどこが血液型占いと同レベルなのか説明してくれ

Y染色体は父親から男性の子孫へと受け継がれます
ミトコンドリアDNAは母親から女性の子孫へと受け継がれます

これは理解できますか?
それとも否定しますか?

399 :月光仮面:2009/06/27(土) 08:15:15 ID:0Wb0Oqj7
>>394
>阿倍比羅夫が蝦夷遠征で、蝦夷を苛めとった粛慎のことでしょう。
>粛慎は、靺鞨文化の影響が強いんですが、オホーツク文化人とした
>方がええでしょう。樺太(サハリン)を経由したわけで、
>直接日本海を横断したわけじゃ無いでしょう。
オホーツク文化人として、かなりチュルクに近い、済州島、飛鳥等に残る猿石型石像彫刻を
持つもの。蝦夷に同化していた可能性もありますね。

400 :出土地不明:2009/06/27(土) 08:20:12 ID:hUh9yx4C
白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA の本音。

わしは埴原の形質人類学が真実だと思ってた世代で、
最近の分子人類学はよう分からんのじゃ。

分からんけど南方の縄文人に北方の弥生人が来たとする
埴原の二重構造説と同じ結果なら納得するけど、
どうも違うようなので困ってるのじゃ。

しかし日本史板などで形質人類学が正しいという前提で書き込んできたので、
今さら引っ込みがつかないのじゃ。

401 :出土地不明:2009/06/27(土) 08:46:35 ID:hUh9yx4C
>>397
>遺伝子の変異がありうるのに、父系や母系が辿れる云うて
>「聖書伝説」からのファンタジーの世界じゃのう。

変異がありうるでなくてあったのだ。
そしてその変異で時代をたどれるのだ。
変異がなけりゃ時代もどこから来たかのルートも分からないよ。
何を言ってるのだか。

402 :月光仮面:2009/06/27(土) 09:12:35 ID:0Wb0Oqj7
「そこへ害鳥が現れた。この鳥北方は盛岡方面の蝦夷地より飛来した、食料を次から次と襲っては
消えた。このとき、塩社祖神の塩竃様、籬島に籠り、矢を射たところ、怪鳥の眼にささり、怪鳥は暫し湾
内をくるくる廻った末、桂島に落ちた。(怪鳥の名はウトウ?とも)「
「塩竃様がこの島を訪れたとき、そこの人達が穴居生活で不潔な暮らしをしていたので、家を建てる術を
教えた。人々は曲り木を組み合わせて住んだので「曲木神」の称号を授けたので曲木島となったと書か
れている。」
塩釜神社語由緒 http://www.shiogamajinja.jp/lineage/05.shtml
マガキというのは靺鞨を指すのではなかろうか。




403 :月光仮面:2009/06/27(土) 09:24:52 ID:0Wb0Oqj7
「これらの4つの記載から、都貨羅人と舎衛人は、西域思想あるいは仏教的知識とともに、須弥山を作る
知識など、貴重な存在であったことが、饗にあずかるなど、そのとき同時に招待される蝦夷との扱いとの
相違があったものと考えられます。そして最近は斉明天皇の時代の遺跡などから亀石と須弥山にみた
てた丘との位置構造なども調査されているところであります。」
記紀に現れた聖書思想(渡来人研究会研究報告第一号)
おそらくは都貨羅人と舎衛人がスーパーヴァイジング、蝦夷が石像彫刻をした、つまり実体はチュルク
化した粛慎・靺鞨であり、樺太経由北海道・青森に入っていたものと考えられる。

404 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/27(土) 22:35:50 ID:eJLPe66g
>>399
オホーツク文化人がチュルクの影響云うたら牙婦人像でしょう。
蝦夷に同化したんじゃのうて、4世紀以降の北方民族南下現象の
一環として蝦夷を支配したんじゃないですか。
>>395-396及び>>401
Y染色体が、千年にわたって遺伝子型をそのまま継続しとる
根拠もないど。
>>400
わしの本音じゃの印象工作にでたか。
埴原氏の二重構造は、遺伝子を総合的に考察された尾本惠一氏も
認められとるけど。
しかも埴原氏は、誤解を招く「弥生人」云う用語を使うておられん。
むしろ異常なんはY染色体論者の方じゃろうが。
引っ込みがつかんのは、あんたらじゃないか。

405 :出土地不明:2009/06/27(土) 22:50:25 ID:hUh9yx4C
>>404
>Y染色体が、千年にわたって遺伝子型をそのまま継続しとる
>根拠もないど。

変わったというのなら何系がいつどう変わったか説明しろや。

406 :出土地不明:2009/06/27(土) 22:54:43 ID:hUh9yx4C
つ〜か>>398は無視かよ、このおっさん。

407 :出土地不明:2009/06/27(土) 23:53:34 ID:mOBkZfio
日本人は朝鮮半島からの渡来人。だから日本人と朝鮮人は見分けがつかないほどそっくり。

408 :出土地不明:2009/06/28(日) 01:17:21 ID:3iWfxaUj
>>404
>埴原氏の二重構造は、遺伝子を総合的に考察された尾本惠一氏も
>認められとるけど。

主に女系をたどるミトコンドリアでの話だね。
Y染色体の研究が活発化する前での話だ。
しかも埴原の縄文人南方説を批判してる。

409 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/28(日) 01:48:23 ID:qg/1OdXG
>>405
ほいで、千年たっても変わらん云う根拠も無いじゃないか。
Y遺伝子が子孫に継続された云うんも推測論に過ぎんで。
>>408
尾本恵一氏が、どっから、MtDNAだけで推論されとるんか?
縄文人の北方説から埴原氏の南方説を批判しただけで、
埴原氏の二重構造説は認めておられるど。よう嘘を垂れるのう、
政治活動が盛んな思想中毒のY染色体カルトは。

410 :出土地不明:2009/06/28(日) 02:45:08 ID:3iWfxaUj
>>409
日本人に多いD2だけみても一万数千年前。O2b系統は 2800年前。
Y染色体の研究は世界的に進んでる。

もう一度聞く。
千年間で変異したというのなら何系がいつどう変わったか説明しろや。

父系をたどるY染色体は1990年代後半から研究が急速に進展してるので、
尾本恵市 (1996),「分子人類学と日本人の起源, 裳華房」より後だ。
おまえこそ嘘を垂れるな外道が。

さらに聞く。>>398は無視か?

411 :出土地不明:2009/06/28(日) 16:24:24 ID:mDQJwTrl
>>407 いわゆる朝鮮顔というのははっきり見分けが付くが。

 見分けが付かないと言えばシナ人、モンゴル人もほとんど見分けられないので、朝鮮人よりむしろシナ人、モンゴル人が渡来したとも言えるな。

 それに外国人から見ると日本人は多種多様で統一性がないそうだから、特に朝鮮人に近いとは言えない。


412 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/29(月) 00:34:20 ID:J6m6dhs9
>>410
http://gontango.exblog.jp/7104431/
篠田謙一氏の見解が出とるが、Y染色体なんか遺伝子全体の
0,2%にも満たないと。まあ、この先何百年生きながらえるか
判らんY染色体で妄想するんは、カルトじゃろう。
千年間で変わらんかった説明が出来てから、わしにカバチ垂れりゃあ
ええのに。
>>411
朝鮮顔の見分けなんか付かんよ。容貌は集団として見たら、
北朝鮮と南の韓国でも違うし、西日本と東日本でも違うが、
一人一人なら、北部朝鮮人、南部朝鮮人、東西日本人の違いは
見分けが付かんよ。
中国人は北と南でかなり違うよ。北中国はモンゴル人にも
近いけど。

413 :出土地不明:2009/06/29(月) 00:43:48 ID:pe3dooEj
>>412
結局>>398をスル〜しつづける腐れ外道でありましたw

414 :月光仮面:2009/06/29(月) 06:59:02 ID:wuhcjWYk
>>404 オホーツク文化人 →C3 つまり渡来人であるアイヌ
Buryats, Daurs, Hazaras, Itelmens, Kalmyks, Koryaks, Manchus, Mongolians, Oroqens, a Sibes,
Koreans, Ainus, Nivkhs, Altaians, Tuvinians, Uzbeks.
>>371 →C1 原住民である縄文人
>青森はC1が8%でNが8%。
>徳島はC1が10%でNが7%
アイヌが渡来する以前からC1は本州・四国の全域に住んでいたということだろうか。


415 :月光仮面:2009/06/29(月) 09:18:19 ID:wuhcjWYk
↑「『日本書紀』によれば、日本武尊が東征で捕虜にした蝦夷を初めは伊勢神宮に献じたが、昼夜の別な
く騒いで神宮にも無礼を働くので、倭姫命によって朝廷に差し出され、次にこれを三諸山(三輪山)の
山麓に住まわせたところ、今度は大神神社に無礼を働き里人を脅かすので、「畿内に住むべからず」と
の景行天皇の命で、播磨・讃岐・伊予・安芸・阿波の5ヶ国に送られたのがその祖であるとの起源を伝えて
おり」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%BC%AF%E9%83%A8
この時代の蝦夷の移住によって東北から播磨・讃岐・伊予・安芸・阿波に遺伝子の移動があったとも
考えられる。するとこれは石積墳遺跡と合っている。石積墳は東日本蝦夷・俘囚による強制労働の結果
とも考えられる。

416 :月光仮面:2009/06/29(月) 09:23:28 ID:wuhcjWYk
大和朝廷の最初の東日本征夷等の俘囚は在来種C1であったが、その後大陸からC3が入ってきた。
これを俘囚としたのが飛鳥時代であったと考えられる。

417 :出土地不明:2009/06/29(月) 09:45:09 ID:pe3dooEj
大和朝廷は渡来系や帰順した蝦夷を、
まつろわぬ者たちと対峙させてきたようですね。
豊後は秦氏も多く住み、
佐伯市という地名でも分かるように帰順蝦夷も住まわせたのでしょうか。
ならばおそらく南の隼人対策だと思われます。

418 :出土地不明:2009/06/29(月) 22:52:36 ID:TstsNykU
「鳥居」の登場は8C。


鳥居の起源については諸説あるが、確かなことは分かっていない。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)を天岩戸から引きずり出す
ために鳴かせた「常世の長鳴鳥」(鶏)に因み、神前に鶏の止まり木を
置いたことが起源であるとする説、インドの仏教やヒンズー教に
みられるトラナや中国の華表など海外に起源を求める説などがある。
いずれにせよ、8世紀ごろに現在の形が確立している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%85

8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している

419 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/29(月) 23:07:59 ID:J6m6dhs9
>>415-416
精度の低いY染色体だけで遺伝子の移動は電波論になりますよ。
ほいで、景行記の五ヶ国の佐伯部で安芸のは、安芸西部の佐伯部で、
仁徳記のは、安芸東部の沼田(渟田)川流域の佐伯部です。
>>413-417
外道はおどれじゃ。千年間遺伝子が不変と云う根拠をまだ
提示出来んのか?
豊後の秦氏の一派は、隼人の地大隈にも移住しよったのう。

420 :出土地不明:2009/06/29(月) 23:19:10 ID:pe3dooEj
>>419
>>398の、
「Y染色体は父親から男性の子孫へと受け継がれます
ミトコンドリアDNAは母親から女性の子孫へと受け継がれます

これは理解できますか?
それとも否定しますか? 」

こんな簡単な質問にさえ答えられないのか、屁たれw

なんでスル〜してるのかな?
オカマみたいな男だね。w

421 :出土地不明:2009/06/29(月) 23:28:32 ID:pe3dooEj
>>419

おまえが先に>>398の質問に答える義務があるのに、
質問し返す事で逃げるという、柔道でいう「技のかけ逃げ」だね。w

>>398の質問にYESかNOで早く答えろや、オカマのおっさん。

422 :出土地不明:2009/06/29(月) 23:48:08 ID:UlJP5WiE
日本の銅鐸のルーツ? 中国で青磁器の「鐸」出土 [02/09]
http://sawyer.exblog.jp/tags/%E5%BC%A5%E7%94%9F%E4%BA%BA/

日本の銅鐸は、中国大陸を起源とする鈴が朝鮮半島から伝わり独自に発展したと
いうのが定説だが、張所長は、鐸が中国南部の越から日本に直接伝わった可能性
があると指摘し模様の表現方法も類似している。なお青銅製楽器も磁器製で出土。

朝鮮半島のは遊牧系の模様の無い鐸で、北方ルートで渡来した物と思われる。
半島からは日本,江南の模様付銅鐸の出土例が無い為、直接伝わった可能性がある。

稲作農耕を中心とする弥生文化のルーツ解明にも影響を与えそうで、発掘結果を
めぐる今後の議論が注目される。


423 :出土地不明:2009/06/30(火) 00:06:40 ID:xyRt98zf
>>422

O2bだろうね。

424 :出土地不明:2009/06/30(火) 01:29:04 ID:ivurE5Bh
655 名前:日本@名無史さん :2009/06/29(月) 23:53:45
>銅鐸(どうたく)に形が似た青磁器の鐸がこのほど出土
>張所長は、鐸が中国南部の越から日本に直接伝わった可能性がある




青磁どころか灰陶もなけりゃ印文陶もないし、弥生土器に鐸という器種もない。
だいたい江南名物の鼎の一つくらい伝えろや、このウソコキ南京虫が(ゲラゲラ嘲笑






425 :出土地不明:2009/06/30(火) 01:30:42 ID:ivurE5Bh
658 名前:日本@名無史さん :2009/06/30(火) 01:21:04
で、日本のどこから、いつ磁器や磁器製楽器が出たんだ馬鹿ワンコロ?w

で、江南の銅鐸は?(ゲラゲラ嘲笑

おまえ爆笑させるのも大概にせえよw


426 :出土地不明:2009/06/30(火) 01:41:37 ID:Ul9St1Xc
>>424,425

お馬鹿ちゃん相手じゃ時間の無駄だから、もう寝るわ「オヤスミ」

427 :出土地不明:2009/06/30(火) 02:09:25 ID:LV7GRnnI
おやすみ〜

428 :出土地不明:2009/06/30(火) 08:18:39 ID:+1WH6Q6B
>>424
中国じゃ昔作ったものが、そっくりそのまま、みんな出てくるのかい?。

昔の名窯と言われた窯の製品さえ中国でも殆ど出ない。だから希少価値で数千万円、場合によっては億の
単位まで行くんだろ。

それに、取るものも取あえず逃げるのが精一杯の、何日かかるか分からない船旅で、そんなもの積むか?。
まず積むのは水と食料。そして部族長は家族親戚を乗せられるだけ乗せる。

例え何個か磁器を積んでたとして、そんなものは万が一後世で百姓が掘り起こしてたとしても、所詮鶏の
餌か水飲み用の器に使うぐらい。そして壊れたらポイ。

もっとも後世の名品なら、鶏のツッツック音で、偶然近くを通った目利きが・・・、何て話も有ったかもね。
高麗青磁や宋時代のものくらいだったら日本人だって目の色を変えたかも知れんが、所詮、春秋戦国時代の
物じゃあね・・・。

所で、まさか族長や家族、親戚が江南で自ら青磁を作ってたとか、逃げてくる船に、家族や親戚外して
陶工連れてきたなんて思っちゃいないよね。



鼎なんかの下らんものは却下。大体あんなくだらないものどこの民族が作ってる?。三脚が平面を決めること
くらいはどどこの民族だって承知なんだがね。江南人って不器用だったのかなあ。祭器としても、日本には
神様一杯いるからそんなに連れて来られちゃ困る。

大体、日本人はつまらないものや趣味に合わないものは全部却下だからね。中国語、宦官(宮刑)等も却下。
儒教だってそのままではなく優先順位を変えちゃった。何処かの国の様に何でもかんでもそっくりそのまま
入れるんじゃない。


所で、縄文土器の煮炊き用の先の尖がったやつって、何でこんなものいつまでもって思ってたけれど、
熱効率最高なんだってね。まあ、しかし、今でも鍋物は土鍋にかぎるね。土鍋なんか未だに使ってるのって
日本人くらいなのかなぁ?。

そうそう、言われる前に先に言っておいてやるよ。
「ちっとは頭使えよ!、このXX人の蛆虫がぁ!・・、電話番号言ってみろ!」・・・w。

429 :出土地不明:2009/06/30(火) 08:21:01 ID:+1WH6Q6B
>>416
ありえないね。

ツングース系のC3が日本へ入って来たのは1.45〜1.2万年前の氷河期で、大陸と陸続きだった期間だけ。
C3は北海道からと九州から、同時に入ってきたアルタイ系Nは、今の日本での分布から見れば九州からだけ
入ってきた。

その後シベリアで1.5万年前に発生したQとF*が北方民族に少し混じり、その後も北方民族の侵入を受けた
韓国人にもQとF*は混じった。その後朝鮮半島から日本へ入ってきていたなら、日本にも混じるはずだが、
日本にはない。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_Q_(Y-DNA)
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_F*_(Y-DNA)
>>Korean F* probably reflects a rare brother clade of haplogroups G, H, IJ, and K that may have
experienced a geographically limited expansion during historical times, as such Haplogroup
F* Y-chromosomes have not been found among the neighboring Japanese.
つまり、先史時代の「地理的限界」だそうだ。

さらに、何より、5〜8%の韓国人が持っているD1が日本にない!。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_D1_(Y-DNA)


430 :出土地不明:2009/06/30(火) 08:40:00 ID:+1WH6Q6B
日本に最初に入ってきたのはC1とD2で3〜4万年前。どちらが先かは不明。両者とも日本にはCとDで
入ってきて、両者とも日本でサブグループのC1、D2に変化した。だから日本以外にC1もD2も無い。
詳しくは知らないが、C1は貝文化と関係が有るとか?。

CからC1への変化は相当古いとしかまだ分からないが、DのD2への変化は1.8〜2万年前。つまり、
変化前のDが日本へ入ってきたのは少なくともそれ以前ということになる。

しかし、それでもまだDとCのどちらが先に入ってきたかは遺伝子分析からは分からない。後期旧石器の
分類と年代測定が進めばもっと分かる事もあるだろうとは思うのだが。

その後、1.45〜1.2万年前の氷河期にC3とNが細石器と共に大陸から北海道・九州へ入ってきた。
九州から入ってきた方は細石器と豆粒文土器を持って入ってきた。
>>http://www.city.sasebo.nagasaki.jp/rekisi/02/02_01.htm

ただし、上記の解説部分は大間違い。彼らは大陸から草原に住む大型の動物を追ってやってきた。日本で
森の民になってドングリを食べようなどと思ってやってきたわけではない。当然彼らが以前いたシベリアや
満州にはどんぐりなど無かったし、食べることなど無かっただろう。

さて、最近氷河期でも海面低下は130mで対馬・朝鮮海峡は大陸と陸続きにならなかったのではないかと
言う議論があるが、大陸とは繋がっていたのは間違いない。

対馬・朝鮮海峡は海深140mだが、黄海は平均海深44m、最深部103m。東シナ海も150m以下が
殆どで済州島は完全に大陸に飲み込まれ、韓半島と繋がってしまい、半島自体が存在しなかった。
>>http://abchan.job.affrc.go.jp/doukou/column/column02.html
(上記地図では100-150mと150-200mの色分けが上手く出来てないが、よく見れば殆ど100-150mだから、済州島
辺りから東シナ海に、平戸・佐世保・長崎近辺まで繋がった陸路があったと思う。


431 :出土地不明:2009/06/30(火) 08:57:30 ID:ojEVIDYN
おまえの投稿時間からプロの台湾政府工作員だと分かるw

432 :月光仮面:2009/06/30(火) 09:02:18 ID:g1icXJip
>>429
「一部の研究者は、アイヌの少数派としてC3が存在することは、アイヌが長期に渉り相互文化を続けてき
たニヴヒからある程度の一方的遺伝的影響の存在を表すものと推定している。」
http://www.nativewiki.org/Ainu
オホーツク文化
http://kodaisi.gozaru.jp/kitanokodaisiB/ohotuku/ohotukusigo/sigonosekai.html
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2002Okhotsk/03/3100.html
チュルクの猿石様カーメンナヤ・バーバもモチーフがあり、紛れもなくチュルク化の影響を受けている。
>ツングース系のC3が日本へ入って来たのは1.45〜1.2万年前の氷河期で、大陸と陸続きだった期間
>だけ。 C3は北海道からと九州から、同時に入ってきたアルタイ系Nは、今の日本での分布から見れば
>九州からだけ入ってきた。
14,300-12,000BPでは、日本在来種C1と同時にC3が存在したことになり、矛盾する。


433 :月光仮面:2009/06/30(火) 09:15:56 ID:g1icXJip
>>419
俘囚とした山東半島のドイツ将兵を抑留したのは萩原墳丘墓に近い鳴門でして、楽浪の画門帯
神獣鏡が出土しますが、これは吉野川平野が三方を山に囲まれ流刑地に適しているからであり、
土御門上皇も配流されています。安芸の東西で佐伯部抑留の時期が異なっても不思議はない。
政権が変わっても立地条件は不変であり、機能は変わらなかったということでしょう。

434 :出土地不明:2009/06/30(火) 09:41:25 ID:+1WH6Q6B
>>430
ついでに泉福寺洞穴の遺跡

>>http://www.city.sasebo.nagasaki.jp/rekisi/02/image_2_1_2.htm
上記から泉福寺洞穴の遺跡を考えれば、12層はC1かD2またはその混合の狩猟採集の先住民「森の人」。
氷河期で植物相が変わり、彼らは南下し、空いた洞窟へ草原の大型動物を追ってNかC3が入ってきた。
氷河期が終わり温暖化し、植物相の北上と共にNとC3が北上し、空いた洞窟に再び隆線文土器と共に
C1、D2が入ってきたというのが私の考えですね。

そして、日本が大陸と離れたことを知らなかった一部の動物と共に、それを追っていたアルタイ・ツングース
系の一部NとC3は取り残され、氷河期以前にいた日本の大型動物(ナウマンゾウと大鹿)まで食べ尽くすと、
仕方なく「森の人」に同化され、一緒に縄文人となって日本に遺伝子を残しているということでしょう。

だから、日本の縄文人はC1、D2、C3、Nで構成されていた。彼らが一緒に住んで部族を形成したか、
弥生時代、その又後まで別の部族だったかは、遺伝子の系統分析では現在の分布の偏りくらいしか分からない。

ついでに、縄文土器は草原の狩猟民族が持ってきたものではないと思う。定住もしくは半定住の森の人なら
稲とかススキ、もしくは他の繊維質の葉か木皮を乾かして取り出した繊維を撚って縄を作るかもしれないが、
回りにそんな植物の無い草原の民、狩猟遊牧民なら動物の皮を細く切って紐にするか、それを編んだ縄を作る。
縄文土器の文様は繊維質のもので、動物の皮のものではない。

もう一つ、今までは最初に土器を作ったのは定住・準定住民だろうと思ってた。だいたいあんな嵩張って重い
もの遊牧民が持って歩かないだろうし、生きるのに間違いなく必要な水は皮袋(日本の森の人なら瓢箪かな)で
運んだろうし、ただそれだけでも、大八車(多分ソリも)が無い時代、背負って歩くのは大変なのに瀬戸物なんか、
とんでもないと思ってたが、今は必ずしもそうではないと思ってる。

寒い北の地で、特に冬場なんかは、雪や氷を溶かすのに必要だったろうし、狩りで寒さに凍え、疲れて帰って
きたら、やはり温かいお湯だろうね。寒い所では凍った肉より(それも結構美味いらしい)温かいスープだろうね。
やはり、重いめをしても持ち運ばなければならない必需品だったと今は思ってる。

そして、槍や鏃を先につける膠を作るのにも土器は必需品だっただろう。どこにでもコールタールが有る
わけじゃなし、膠なら動物の皮や骨を炊き詰めてどこでも作れる。しかも結構強力らしい。楽器なんかは
今でも膠だって。かの有名なストラディバリなんかも接着剤は膠。ただしなんか酸化鉄だかを入れると
強力になるらしい。そこまで知っていたかは分からんが・・・。


435 :出土地不明:2009/06/30(火) 09:55:09 ID:ojEVIDYN





 台 湾 人 の 日 本 侵 略 を 許 す な !


http://www.youtube.com/watch?v=f7LXG9gqzbo






436 :出土地不明:2009/06/30(火) 10:12:14 ID:xyRt98zf

C系もD系と同じくインド方面からだよね?
http://www.fidna.info/pmw/uploads/En/ymap.gif

違うの?



437 :月光仮面:2009/06/30(火) 10:47:40 ID:g1icXJip
>>434
日本のC3にはC3-M217とC3a-M93の2種あり、一方Cの系統図は↓ こうなっており、
根幹は↓
C- M130 (M130 [RPS4Y711], M216, P184, P255, P260) South, South East Asia
スンダランド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89 
C1- M8 (M8, M105, M131, P122) Japan
↑最早期日本人だろう。
C1a- P121 (P121)
C2- M38 (M38) eastern Indonesia, Melanesia, Micronesia,Polynesia
C2a- M208 (M208)
C2a1- P33 (P33) Polynesians
C2a2- P54 (P54)
C3-M217 (M217, PK2, P44) Buryats, Daurs, Hazaras, Itelmens, Kalmyks, Koryaks, Manchus,
Mongolians, Oroqens, Sibes, other Tungusic peoples, Koreans, Ainus, Nivkhs, Altaians, Tuvinians
Uzbeks
ここに↑アイヌとあるのは大陸からの移住だろう。
C3a- M93 (M93) Japanese
ここにあるのは大陸から移住し、日本に日本に閉じ込められたものと見られる。
C3b- P39 (P39) Na-Dene
C3c- M48 (M48, M77, M86) Northern Tungusic peoples, Kazakhs, Oirats, Kalmyks, Outer Mongolians, Yukaghirs, Nivkhs, Koryaks, Itelmens, Southern Tungusic peoples, Inner Mongolians, Buryats,
Tuvinians, Yakuts, Chukchi, Kyrgyz, Uyghurs, Uzbeks, Karakalpaks, Tajiks
C3d- M407 (M407) Yakuts, Han Chinese
C3e- P53.1 (P53.1)
C3f- P62 (P62)
C4- M347 (M347) Australia.
C4a- M210 (M210)
C5- M356 (M356) South Asiam Arabian Peninsula
C5a- P92 (P92)
C6- P55 (P55)

438 :月光仮面:2009/06/30(火) 10:57:59 ID:g1icXJip
>>436
この絵のD経路の問題はDがインドにない反面非常に古い形のものがチベットにあり、ベンガル湾
アンダマン諸島には多様なDがあること。従ってインド南端周りとせずにチベット東部からベンガル湾
に南下/北上する経路が考えられる。

439 :月光仮面:2009/06/30(火) 11:38:53 ID:g1icXJip
>>2
南インド支石墓と九州支石墓は甕棺とか九州甕棺の末期にはヤントラのような内行花文鏡文化が
存在する点で似ているが、「舷窓」がないこと、日本及び近辺にはブラーミンYDNAが存在しないことは
違う。しかし、スキタイの地下式横穴墓が九州南部にあり、崑崙方面に存在したスキタイ系犬戎文化が
山西省箕国(ロシア調査では黄河西岸にあった集団が西方からの犬戎の勢力に押されて渡河し、箕国
に入った後、周に押されて消滅した様子)を圧迫した形跡がうかがわれる。崑崙山脈方面では今後地下
式横穴墳が発見されるかもしれない。甘粛北方では既に発見されている。おそらくは燕の召公も箕子
朝鮮の移住と関係しており、また、燕の召公はインド・イラン系統の人種であった可能性が強い。朝鮮
半島において支石墓はBC3世紀には消滅し、日本に入る。

440 :出土地不明:2009/06/30(火) 13:21:18 ID:xyRt98zf
>>438
たしかにD経路は変ですね。
これじゃまるで日本→華北→チベットみたいになってる。
スンダランドからD1、D3が北上してチベット入りしたのでしょうね。

441 :月光仮面:2009/06/30(火) 13:32:43 ID:g1icXJip
>>440
スンダランド方面、つうか、スンダランド海没後のメラネシア方面にはおそらく四川・雲南からインドネシア
経由で入ったのではないかと思います。原郷はやはりEに最も近いチベット西部ではないかと。

442 :出土地不明:2009/06/30(火) 14:44:48 ID:N7Pfrt2u
インドは東南アジアに人類が移住した後に噴火で人類が絶滅しているから矛盾は無い。

443 :出土地不明:2009/06/30(火) 14:59:21 ID:HXy/unG9
神と霊魂・死後の世界  カトリック教会の奇跡
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1227016089/54

444 :月光仮面:2009/06/30(火) 20:33:37 ID:g1icXJip
Haplogroup D
Time of origin 60,000 years BP 年齢6万年
Place of origin Asia誕生の地
Ancestor DE 先祖
Descendants D1, D2, D3 子孫
Defining mutations M174, 021355 決定変異
http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_D_(Y-DNA)
トバ噴火は70,000BP
http://www.bradshawfoundation.com/journey/
遺伝子についての参考資料↓
Kerchner's DNA Testing & Genetic Genealogy Info and Resources Page
http://www.kerchner.com/dna-info.htm

445 :出土地不明:2009/06/30(火) 21:05:05 ID:KbmFxI3M
魏志倭人伝には倭人が「断髪」をしていたなんて書かれていない。
倭人の男子は皆、髪を結って露わにし、木綿を頭に巻いていたと書かれている。




男子皆露? 以木緜招頭

http://www.g-hopper.ne.jp/bunn/gisi/gisi.html
http://boat.zero.ad.jp/~zaw10107/1/yayoi_2.htm
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm





446 :出土地不明:2009/06/30(火) 22:22:14 ID:+1WH6Q6B
>>438
D系の遺伝子なら東南アジア、インドネシア・タイにもあるし、中国の少数民族には一杯ある。

>>440
その通りです。

大体チベットのD系遺伝子が古いから北回り、と言う話の元になってるのはこの中国人の論文だね。
>>http://www.biomedcentral.com/content/pdf/1741-7007-6-45.pdf

前から非常に不思議なんだが、何で、漢人のO3とDが一緒に最初にチベットへ入ったなどと言うミエミエの
捏造論文が基になった話が横行するんだろね?。

まあ折角だから、上記中国人論文の捏造の簡単な部分だけ説明でもさせてもらおうかな。

チベット人の半分以上が持っているD系は60000万年前に発生した非常に古い遺伝子。一方、漢人のO3は
たった10000年前発生のとても新しい遺伝子です。その古い遺伝子と最も新しい遺伝子を、どうしても一緒に
チベットに最初に入ったことにしようとするから、データの捏造と、とてもじゃない無理なこじつけが生じる。

皆にも分かる簡単な所の捏造では、O3の発生はたった10000年前なので、60000年前のチベット人の古い
遺伝子一緒に入ったことにするには、まずO3発生期を古くしないと、いくら遺伝子の移動ルートを
遠回りさせても追いつかない。そこで、10000年前発生を2.5〜3万年に勝手に捏造した。

まあ中国人論文の、結論の部分の年代捏造例を挙げれば、8Pの右側の上のほうに、
>>http://www.biomedcentral.com/content/pdf/1741-7007-6-45.pdf
"O3-M122 lineage suggested a prehistorically northward migration (about 25,000-30,000 yaers ago)…"
と、引用が一部で分かりずらいと思うけれど、結論は、中国人はO*が、2.5-3万年前には既に漢人のO3に
なっていてモンゴル高原辺りでDに追いついて合流し、一緒にチベットへ入ったと言いたいんだよね。
所が本当はO3は >>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O3_(Y-DNA)
"first appeared in China approximately 10,000 years ago" と言うわけ。

そして日本人のDとO3も北回りで一緒に日本に入ってきたことにしたい。DとO3は仲良しで、いつも一緒と
言うわけ。まあ冗談は別にしても、一旦モンゴル高原で一緒に混じらせてしまった遺伝子を選り分けて、Dと
O3が別々に日本に入ったなって言えば嘘がミエミエになるからね。

所がどっこい、モンゴルから満州を経て、朝鮮半島から日本へとなると、韓国人のD1が邪魔になる。だって、
それなら、韓国人のD1が日本でD2に変化したことになる。それは全く、絶対不可能!!!。

その辺はさすがの中国人もどうにもならないから、韓国のD系は現在D1とD*と言うことにしてる。D*とはD1、
D2の原種のことで、サブタイプに変化する前だから、D*がO3と一緒に日本へ入って、D*が日本でD2に変化した
ことにすれば遺伝子学上は問題ないというわけ。

韓国人の現在のD系遺伝子は、殆ど全てD1で、此処のところも捏造と言うわけ。この中国人の論文では、
韓国人のD系はD*が4.4%、D1が2.2%と言うことになっているw。


447 :出土地不明:2009/06/30(火) 22:25:37 ID:+1WH6Q6B
続き

ただ、はっきり言って、D系、更にはO系もシベリア回りじゃなくて、南回りと言うことで殆ど間違いないと
思うよ。昔は、Oとその兄弟遺伝子のアルタイ系Nの直接のご先祖(NO)がシベリア経由で東へ来た言うのが定説
だったから…、なにせ、アルタイ系のNだからみんな簡単に北回りだと思ってた。

所がアルタイ系のNの発生が遺伝子学上の証拠で、東南アジアであることが間違いないことが立証されたん
だよね。だから中国人は困って、2002年の論文ではOとNの共通のご先祖(NO)を、全てOだけのご先祖O*に
して、N遺伝子を消してしまった。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_N_(Y-DNA)
>>http://library.ibp.ac.cn/html/slwj/000222645600001.pdf

でも、Nは特に北方に厳然として一杯ある。だから、この論文では別系統の(KLM)のグループにブッ込ん
じゃった。遺伝子のこと少しくらい知ってる人ならありえないことは直ぐ分かる捏造だね。まあ、今の所、
一応、慎重なサイトではO系は北回りと南回りの両方の可能性を書いてるけれど、それ程慎重じゃない
ところはもう殆ど南回りだね。

Dも間違いなく東南アジア(スンダランド)から、D1、D3は北上、日本へは直接だろうね。




448 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/30(火) 22:31:46 ID:SUMBPIwT
>>420-421
今度は姑息な誘導尋問か。「理解」じゃのうて確率的に近い世代じゃったら
遺伝子を受け継ぐ可能性が強いが、千年以上なんか誰も証明した者が無いし
仮にあんたが、タイム・スリップしても、男女関係でどの男性の遺伝子を
確保したかも解らんし、途中遺伝子がどこかで変容したかも解らんよ。
そういう問題をアダムとイブにまで辿れるであろうと推論でプログラムした
んがYやMTの遺伝子学じゃ。聖書ロマンのファンタジーの活用を信仰するん
が、あんたを含めこのスレの多くの人たちじゃ云う認識があるんじゃ
ろうか?都合が悪りいとわしを罵倒して、他者への印象工作しよる。
オカマの人でも、あんたより男として一目置く人間はおるが、
あんたのように、姑息な軟弱者は妄想自慰が似合うとるのう。
>>429
ツングースたぁ言語概念じゃし、民族概念も縄文期にゃあ無い云うとろう。
馬鹿タレじゃのう。遺伝子カルトは。
>>433
第一次大戦の事例と絡み合わせても意味が無いでしょう。
しかも、安芸の東西佐伯部は安芸に定住した我が広島県民の先祖の
一部となった、奴隷兵の移民ですよ。
>>434
森に暮らす者が定住的?漁場を得た漁撈民じゃあるまいし。
遺伝子カルトらしい前提条件じゃのう。

449 :出土地不明:2009/06/30(火) 22:46:19 ID:+1WH6Q6B
>>441
原郷はアンダマン諸島の東だろ。そして元凶なら中国w。

アンダマン諸島にはD*ばかりだぞ。チベット・雲南が殆どD1、D3、そしてインドネシアもD1。
理屈に合わん。

原型がかすかに残ることは別に不思議じゃない。チベットのもたった0.3%だろ。
韓国には、世界の90%の人類の基のF*が僅かに残ってる。だからと言って、Fの
発祥地は韓国じゃない。
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_F_(Y-DNA)



450 :出土地不明:2009/06/30(火) 23:51:05 ID:5JmwbZ+7
>>448
>「理解」じゃのうて確率的に近い世代じゃったら
>遺伝子を受け継ぐ可能性が強いが、千年以上なんか誰も証明した者が無いし

>そういう問題をアダムとイブにまで辿れるであろうと推論でプログラムした
>んがYやMTの遺伝子学

頭が悪いお前だけだろ、分子生物学を否定しているのは

分子生物学を否定している奴の名前挙げてみろ

451 :出土地不明:2009/07/01(水) 00:08:28 ID:za/UluIQ
>>448
>>ツングースたぁ言語概念じゃし、
その通り。ただ、現在の民族で遺伝子的に単体で存在する民族はいない。

ただ、遠い昔、もともとは遺伝子的に一つの民族が集まり。そして当然、突然変異の一人からハプロ
タイプが出来たのだから、間違いなく同じ言語を話してた。だから、言語自体が遺伝子のタイプである
ハプロタイプを代表しているのではと思っている。

逆に言えば、ハプロタイプを具体的に表現しようとする時には、言語的分類が最適ではないかと
思っている。

例えば、日本語と韓国語は、基礎単語は別にして非常に似ていると言ってよい。でも、男性の
人種的には韓国人はアジア人のハプロタイプO系が80%もある。しかし、彼らの言語はO系
つまり、中国人、江南人、東南アジア人のものとは全く異なる。

征服者が韓国にD1をもたらした辰韓の後裔の新羅で、その言語が韓国語なら征服者としての
ハプロタイプD系言語が韓国語で、日本もD系の言語の日本語を話しているから、日本語と
韓国語がお互いに孤立語なのに似ていのではと思っている。


452 :出土地不明:2009/07/01(水) 00:09:15 ID:HSdtfi5j
>>448

否定的なら、おまえが研究して論文でも書いてみいや。
出来ないくせに能書きたれるなクソ外道が。

453 :出土地不明:2009/07/01(水) 00:20:00 ID:R2WtfV05
>>452
まーまー、まともに勉強する能力が無いんだろ。
どう見ても知識が中学生レベルだし。

454 :出土地不明:2009/07/01(水) 01:11:47 ID:za/UluIQ
>>448
>>森に暮らす者が定住的?
>>http://10e.org/mt2/archives/200805/310131.php
>>http://loby.blog.so-net.ne.jp/2009-02-03
>>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%8E%E3%83%9E%E3%83%9F%E6%97%8F
>>http://www.jttk.zaq.ne.jp/bachw308/page057.html#664
>>http://www.jttk.zaq.ne.jp/bachw308/page057.html#657
>>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%B0%E3%83%9F%E3%83%BC
>>http://www.nishi-shinjuku.net/~africa/southern_africa/namibia/nation.html

半定住(あるテリトリー内で部族が移動)
>>http://aeta.web.infoseek.co.jp/aeta1.html

殆ど定住だが何か?。


455 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/01(水) 01:23:10 ID:NB0+Kfhs
>>450
分子生物学の否定はせんが、生物学は生物決定論、ダーウィニズム、
優生学との関係が強いけぇ、疑問視せにゃあ、あんたのような洗脳され易い
人間が妄想論を飛ばすけんのう。しかも分子生物学の中でも、今後千年
持つかどうかも判らんY遺伝子だけで、妄想しよるこのスレは、
考古学板よりもオカルト板の話題じゃろうに。
>>412の篠田謙一氏ですら、0,2%に過ぎんY遺伝子論をメインに置いたり
しとられんよ。>>452-453なんか幼稚園レベルじゃのう。
>>451
遠い昔に遺伝的に一つの民族が集まった云う根拠なんかあるまいに。
しかも同じ言語なんか、崎谷氏の妄想電波論の受け売りか。
日本語も韓国語も孤立語じゃのうて膠着語に区分されとらんか?
どうも、このスレは妄想論が全開になるのう。

456 :出土地不明:2009/07/01(水) 01:33:13 ID:HSdtfi5j
>>455
>遠い昔に遺伝的に一つの民族が集まった云う根拠なんかあるまいに。

Y染色体が遺伝すると認めてるなら常識的にそうなるだろう。
そうでないと言うなら自分で研究して発表してみろ。

457 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/01(水) 01:40:13 ID:NB0+Kfhs
>>455
実際に焼畑農業を生業とした苗族ですら東南アジア山地へ
移住した者が多いんで。狩猟採集期なら採集地がのうなったら
枯渇するよ。縄文人骨で内陸部の者は足の筋肉が発達しとるんも、
食量確保の為、歩いて探さにゃあいけんギリギリの生活じゃけん
のう。あんた、現代の先住民と時代の推移を考慮せん馬鹿タレじゃと
自身を晒しとるとは。じゃけぇ遺伝子カルトは低脳よのう。
まあ、南米の原住民と接触する時は予防接種をせにゃあのう。
彼らが生存出来んし、定住化して徐々に近代文明を受け入れることも
出来んけぇのう。

458 :出土地不明:2009/07/01(水) 01:52:14 ID:HSdtfi5j
>>455
>しかも分子生物学の中でも、
>今後千年持つかどうかも判らんY遺伝子だけで、
>妄想しよるこのスレは、
>考古学板よりもオカルト板の話題じゃろうに。

オーストラリア国立大学教授のジェニファー・グレーブスは、
2002年に「ネイチャー」に発表した論文「性の未来」の中で
Y染色体が将来的に消滅する可能性を指摘した。
Aitken RJ, Marshall Graves JA (2002).
“The future of sex”. Nature 415: 963. DOI: doi:10.1038/415963a. PMID 11875544. 。

グレーブスの試算ではこのペースで小さくなった場合、
ヒトY染色体は約1,000万年後には消滅するのではないかとしている。
「性を決めるカラクリ『X・Y染色体』」『Newton』67ページ、

何が「千年持つかどうかも判らん」じゃボケ。
おまえいい加減な事言うな。
千年と千万年を間違えるなクズ。

ウザイ、消えろ。

459 :出土地不明:2009/07/01(水) 13:30:39 ID:7H66b6Vl
もっと早い段階で消滅する、とかこの前NHKでやってなかったっけ?
確か700年後くらいが最短とか。

460 :出土地不明:2009/07/01(水) 14:08:02 ID:R2WtfV05
>>455
お前基礎的な知識が無さ過ぎ。
何か書く度にアラがでてくるので、正直個々にコメントする気にならんのだよ。
せめて高校レベルの勉強をしてから出直せ。

461 :出土地不明:2009/07/01(水) 19:54:35 ID:bY91fWqo
>>455
○×だから逃げずに答えろよ

Y染色体は男性の親から男性の子へと遺伝する。
○or×

父系遺伝をするので、男性の祖先をたどった系図を調べることはできる。
○or×

462 :出土地不明:2009/07/01(水) 20:57:37 ID:7H66b6Vl
世界でもっとも共通するY系遺伝子はなんというやつで、
どの時代に栄えた王朝(男系)のものだと比定できるものでしょうか。

463 :出土地不明:2009/07/01(水) 21:58:23 ID:P2QoRQKb
>>462
最近の研究でチンギスハーンの遺伝子を持つのが1600万人いるとか聞いたがw

464 :出土地不明:2009/07/01(水) 21:59:21 ID:4wx4IZYF
>>461
別の質問にすり替えて答えた形をとる事は、彼のいつものやり口。
無駄無駄。

465 :出土地不明:2009/07/01(水) 23:01:07 ID:9NsJYmC0
「糸引き納豆」の登場は室町時代頃、「なれずし」は7C頃に朝鮮経由で伝わる。


平安時代の文献にも塩辛納豆の名は残っているが、一般に広まったのは
室町時代以降でこの頃から糸引き納豆も登場しており区別するために
塩辛納豆を久喜と呼び糸引き納豆を単に納豆と呼ぶようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86

日本最古のすしといわれる「鮒ずし」は、7世紀、近江大津宮に天智天皇が
遷都した以前からこの地にあったといいます。フナずしは、すしといっても
現在の握りずしとは違い、すしの原型といわれる「なれずし」の一種です。
なれずしは、米作民族が考え出した動物性タンパク質の原始的な保存法で、
そのルーツは東南アジアとされ、中国、朝鮮をへて日本へも伝えられました。
http://asamiya.sakura.ne.jp/gotouti/siga/siga.html

466 :出土地不明:2009/07/01(水) 23:26:17 ID:3eg/ACO9
米は日本から朝鮮半島へ

日本から朝鮮半島への米の伝播について・稲作の伝播のまとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12585608.html

イネのDNA:大阪、奈良の遺跡の炭化米が中国の水稲と一致
http://kids.gakken.co.jp/campus/kids/rekisi/0108_3.html



467 :出土地不明:2009/07/01(水) 23:32:47 ID:OGMLLv/v
>>相変わらずのニダー人の妄想。

7C頃に朝鮮経由で伝わる。

中国、朝鮮をへて

468 :出土地不明:2009/07/01(水) 23:59:03 ID:P2dHUDSt
>>465 なれずしは、米作民族が考え出した動物性タンパク質の原始的な保存法で、
そのルーツは東南アジアとされ、中国、朝鮮をへて日本へも伝えられました。

・・・それが現在世界に知られている日本オリジナルの寿司と何の関係があるんだ?


469 :出土地不明:2009/07/02(木) 00:00:52 ID:P2dHUDSt
>>465 仮名の起源は漢字でありシナから渡来したと言っているようなものだな。

 それがどうした?


470 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/02(木) 00:21:28 ID:54m7aQL7
>>458
http://yaplog.jp/onnaoto/archive/2
一番下の方に、ジェニファ・グレーブル博士
「Y染色体が完全になくなるは、500万年から600万年と予測しましたが、
実際はこれよりもっと早くなる可能性は十分にあります。Y染色体には、
機能しない遺伝子が多くあり不安定だからです。突然変異が起きれば
世界のどこかで来週消えても不思議ではないのです。」
あんたが「ウザイ、消えろ」云うて、Y染色体が消える可能性は、
近年か遠い未来か解らんほど、弱い遺伝子じゃけぇのう。

471 :出土地不明:2009/07/02(木) 00:28:27 ID:5DBRFiLH
>>470
弱い遺伝子であろうが、将来消えようが、
過去のデータを蓄積してるからこそ現代人の祖先を遡れるわけだ。
何を言ってるのだおまえは。

472 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/02(木) 00:52:36 ID:54m7aQL7
>>470
http://yaplog.jp/onnaotoko/archive/2
じゃったか。
>>463
チンギスハーンの墓自体も発見されとらんのに、チンギスハーンの
遺伝子なんか解るはず無いのにねえ。空想の産物よ。
>>471
Y染色体は、>>412の篠田氏の見識のように、現代人の先祖を探しにも
適しとらんね。

473 :出土地不明:2009/07/02(木) 00:57:05 ID:5DBRFiLH
>>472
>Y染色体は、>>412の篠田氏の見識のように、現代人の先祖を探しにも
>適しとらんね。

つまり男子に遺伝しないのだな?

世界的大発見だ!www

またスルーしてるが>>461への答えもNOでいいな?

474 :出土地不明:2009/07/02(木) 00:59:59 ID:5DBRFiLH
>>472
チンギスハーンの墓なんて発見されなくてもいいの。
なんだか異常に一人の男の遺伝子が蔓延してるから、
そんな事できるのはチンギスハーンではないかと言ってるだけ。

475 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:08:46 ID:HNs0hTVd
なんでY馬鹿の創作が信憑性の欠片もないダメダメのダメダメなのか
簡単に言ってやるとな、

文物や他の遺伝学との整合性が全く無いところ。

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスが全く働いていないところ。

で、シコシコ、シコシコと、どこまでもどこまでも、Yだけの
不毛なマスターベーションに浸っているところ。

頭が悪杉だろおまえら。

476 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:15:19 ID:5DBRFiLH
文物や他の遺伝学って何?

477 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:21:57 ID:HNs0hTVd
そんな事も分からずにYを騙ってんのか馬鹿。

Yを語ってるんじゃなくてYを騙ってるんだよおまえらは。

いつものボケとツッコミと調整屋などの役割があらかじめ決められている
組織でやってるんだろ?

いつもの台湾工作部隊の劇団型工作な。

478 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:23:15 ID:5DBRFiLH
いやだから「文物や他の遺伝学」って何?

479 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:24:38 ID:HNs0hTVd
んな事も分からねえ馬鹿が考古学なんか騙るなカス!

480 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:25:55 ID:5DBRFiLH
答えれないのかw

481 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:30:13 ID:HNs0hTVd
答えてやろうか。

おまえは台湾人。

台湾人工作部隊のとりわけ遺伝学工作部隊。

バレた時の調整役な。

バレた時の拭い去り屋なw

482 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:31:58 ID:5DBRFiLH
なんだ。
前からいるキチガイか、つまんね。

483 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:32:25 ID:VGmNszC8
土器にしろ、史書にしろ、言語にしろ、ましてや米にしろ単体で
追跡すると妙な結論に達するけどね。
騎馬民族到来とか、高句麗・倭国同祖論とか。
そんなの当たり前。
Y染色体論者に限らんよ。
けど骨なんぞの形態分類で推測を深めるより染色体のほうがより
確からしいと思ってる人が増えたっておかしいとは思わんが。



484 :出土地不明:2009/07/02(木) 01:33:14 ID:HNs0hTVd
そらプレゼントだ。ありがたく拝聴しろw





 台 湾 人 の 日 本 侵 略 を 許 す な !


http://www.youtube.com/watch?v=f7LXG9gqzbo






485 :出土地不明:2009/07/02(木) 09:01:10 ID:5DBRFiLH
>>472
>Y染色体は、>>412の篠田氏の見識のように、現代人の先祖を探しにも
適しとらんね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●日本人になった祖先たち DNAから解明するその多元的構造 (篠田謙一)
http://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=00910782007

[ミトコンドリアDNAとY染色体に刻まれた差異から、
アフリカを出た人類が大陸を横断し日本に至る足跡をたどる。
従来、縄文・弥生の二重構造論が定説となっていたが、
なんと15回に及ぶ多層的な移住の痕跡がDNAに刻まれていた。
そこから導き出される日本人の起源と成立に迫る意欲的な試み。]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

篠田氏が「Y染色体は現代人の先祖探しに適しとらん」
などといつ言ったのだ?
全く逆ではないか。
おまえほんといい加減にしろ。

486 :月光仮面:2009/07/02(木) 14:43:50 ID:P5zKhzXE
>>432
「カナダBC州Mt. Edziza遺跡コンプレクス出土石器は製造技術・形状が11,000 -9000BP年代の極東
(北海道、東北、沿海州、黒竜江流域)及びヤクーチアの石核、多面/多角形石刃に驚くほどに類似した、
バイフェース半製品を基に生産さ、た(Namu の生産に類似する)細端面石及び細石核という2つの類型
で代表される(前遺跡数の約19%、21遺跡において認められた)細石刃技術は極めて興味深いもので
ある。
類型的に類似しているのみならず、実施されたバイフェース半製品を組み立ててみて判断するに、端っ
こから順繰りに舟形、スキー形の端材をはがし、フロントを形成し、細石刃の押し割りが行われたもの
で、その細部に至るまで旧石器北東アジアの手法(湧別技法)が模倣されており、製造法も類似して
いる。Tabarev Andrey Vladimirovich 2004」
つまり、11,000 -9000BP以前に湧別にはC1が存在していなくてはならず、Na-Dene C3bもカナダにおり、
Na-Dene C3bの祖形C3*集団はマンモス・ステップ方面にいなくてはならない。

487 :月光仮面:2009/07/02(木) 18:24:40 ID:P5zKhzXE
>>439
極めて不思議なことに欧州のドルメン墓・支石墓に欧州には存在し得ない宝貝(子安貝)、翡翠が
埋納されている。支石墓が欧州と東アジア、インド等にばらばらに自然発生したということは考えら
れないとするブログがある→ http://sambali.blogspot.com/2005/01/dolmens.html
日本では岩戸神事が極めてドルメン神事に似ているが、これを執行するのが忌部の祖、天太玉命
であり、勾玉を製作するのも忌部 → http://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/explore/repo16-1.htm
遼寧・箕子朝鮮において開始される支石墓と忌部氏が関連している可能性が濃厚だ。

488 :月光仮面:2009/07/02(木) 18:40:00 ID:P5zKhzXE
ソウル大学 Wontack Hong氏はN.E. Asia: The Ancient Yan and the Ye-maek Chosun
(spread of Iron Culture) 03/20/05においてドルメンはYe-maek支配層のステータス・シンボルであり、
満州平原、朝鮮半島の東夷文化を特徴付けるものであるとしている。Ye-maekはシ歳貊と解釈されると
同時にImek=Imi族、すなわち忌部とも解釈できる。いずれにせよこの東夷文化はカラスク・スキタイ
時代、南シベリアを通じて欧州と直結していた。


489 :出土地不明:2009/07/02(木) 19:20:30 ID:5DBRFiLH
>>487
忌部が玉造りに関わってたとすると、
三内丸山にも勾玉が出るので(これがおそらく最古か)、
忌部の本拠・徳島と青森の遺伝子の類似が興味深いですね。
両県ともC1とNが多いですからね。
ひょっとするとブリヤートあたりに多いNか…
でもこのNってフィリピンにも多かったですね。

490 :月光仮面:2009/07/02(木) 20:09:02 ID:P5zKhzXE
>>489
青森と徳島のC1とNは大和朝廷による奥州蝦夷討伐後の捕虜の子孫でしょう。徳島にはこれとは別に
忌部氏・大麻彦/天日鷲降臨伝承と県内各地に殖産事業の後が残されています。捕虜となった蝦夷の
うちで飛鳥の猿石のような技術を持つ渡来系のものは同じく渡来系であって、九州支石墓地域
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/kenkyuusya/fujio/kyushu/kamekan.html
(背振山周辺の支石墓は4C.B.C.−3C.A.D)
方面から四国に入ったものと考えられるのですが、背振山に入る頃に古朝鮮の支石墓が停止して
いますからおそらくは箕子朝鮮の九州亡命と考えられます。これは三内丸山の縄文時代からは
2−3千年時代が下ります。しかし、翡翠が国産ですから勾玉も国産とであり、沖縄の宝貝同様
日本の代表的な輸出品と考えられます。漢籍によれば楽浪・ザバイカルには倭人がいたということ
になっていますから、イミ川のシ歳貊というものと倭人とは同一と考えられます。

491 :出土地不明:2009/07/02(木) 20:15:41 ID:i45odZvP
「鵜飼」は満州や朝鮮半島にも見られる。


満州の京都ともいわれた古都吉林の松花江の鵜飼は6月から9月までの日中に
行われる。鵜縄をつけずに川に放った鵜が魚をくわえると網で船にすくい
あげて吐かせるという満州式の鵜飼であった。
http://www.jiyuu-shikan.org/shoseki_video4.html

日本の鵜飼いは、鳥居氏に便乗すれば、江南よりも朝鮮や満州の
北方民族から伝わったのかもしれません。鴨緑江や松花江などでも
鵜飼いは見られます(注9)。
http://www.han.org/a/half-moon/hm080.html

492 :出土地不明:2009/07/02(木) 20:16:38 ID:i45odZvP
しかも日本の「鵜飼」は中国よりも古い。


鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に鵜養部のことが見え、
『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。また中国の史書
『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった
漁法として紹介されている。

隋書の書かれた時代には鵜飼いは中国人にとって珍しい漁法だったが、
その後中国においても鵜飼い漁法が定着した。

確実な記録として最古の物は、10世紀の文人・陶穀が残した『清異録』
(965年)において、当塗(安徽省太平府の都市)の漁民が「魚を捕らえる
のに非常に機敏な鵜を使う」と記述されているのが最初である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C%E9%A3%BC%E3%81%84

493 :出土地不明:2009/07/02(木) 20:34:17 ID:sTzqhia/
>>486
何言ってるのか支離滅裂でさっぱり分からない。

C1が何で湧別にいなきゃいけないんだ?。アイヌの遺伝子から見ると、C1は4万年前に日本に入ったが、
津軽海峡を渡れず、北海道自体にもいなかったかも知れんが?。
>>http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA?6

細石器を日本に持ってきたのはC3とNで、C1は全く関係ない。C1は日本にだけしかない。つまり、Cの
形で入ってきて日本でC1に変化した。そして日本から出た形跡も全く無い。

C3は大陸と陸続きになった氷河期の1.45〜1.2万年前に食料にしていた動物と一緒に入ってきた。
北海道と九州から入ってきた。氷河期が終わると、北上する動物と一緒にC1とNも北上したが、一部は
取り残され日本に残り、森の人に同化され、日本の細石器文化は終わった。

当然北上したC3は北方で狩りを続け、動物を追って一部はアメリカ大陸まで渡った。C1は氷河期は草原では
食べられないので太平洋側や南方へ移住し、氷河期が去り落葉広葉樹林が戻ると再び北上した。

その後C3が日本へ入ってきた形跡は無い。何故なら、その後C3と混合したQやF*遺伝子が中国・朝鮮には
混じっているのに、日本には全くない。

更に、月光仮面君自身による>>437 においても、日本のC3は、C3と日本で発生したそのサブグループC3a
だけで、C3aが他に見当たらないから、日本で変化し、外へも出ていない。

また、北方のC3b〜C3fが日本にないということは、その後日本にC3系は来ていないことを裏付ける。勿論、
交易があったのは事実だが、お互いに遺伝子を残すような大きな人の移動は無かった。

近江国蒲生郡や埼玉県日高市辺りでC3b〜C3fが発見されれば、鬼室福信や高麗の難民の話が実証されて
面白いのだが・・・。


494 :月光仮面:2009/07/02(木) 20:54:23 ID:P5zKhzXE
当時、スンダランドから北上したC*は草原であった東シナ海・渤海湾とそれがそのままマンモス・ステップ
に繋がっている満州平野を北上し南シベリア方面でC3/C3cを形成した。日本に入るのはこうした動きとは
別にスンダランドから直行したC1、バイカル湖方面のC3*から分岐して北海道に南下するC3アイヌ、
更にその下部としてのC3aと読める。これでよいかな。

495 :月光仮面:2009/07/02(木) 21:00:35 ID:P5zKhzXE
>C1が何で湧別にいなきゃいけないんだ?
もしスンダランドから直行したものだとするとルヴァロア石割技術の技法を初めから持っているのが
おかしいね。やっぱりあれはカザフスタン方面までしかきていなかったようだし。バイカル湖方面のC3*
から分岐して北海道に南下するC3アイヌが細石刃技術を持ち込んだとするか。

496 :月光仮面:2009/07/02(木) 21:09:52 ID:P5zKhzXE
C1をスンダランドに寄らずに中央アジア経由、同族とクロスしながら日本に入るという無理をして考え
れば考えられないこともないが。

497 :出土地不明:2009/07/02(木) 21:16:30 ID:kq4T4gjy
>>386
>遺伝子カルトなんか、血液型が如く、A型じゃったら、ドイツ人も同じ
>A型民族で日本人のA型は西洋から来たじゃの電波を現代もY染色体論者が
>繰り返しよるけぇ、過去の妄想追従じゃのう。

Y染色体は父性遺伝
血液型は両性遺伝

まだ理解できないかな?
本を読んで勉強しようね

498 :月光仮面:2009/07/02(木) 22:01:26 ID:P5zKhzXE
高原山・後期旧石器時代後半(推定1万8000〜9000年前)の黒曜石の採掘坑跡
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tochigi/080223/tcg0802230224002-n1.htm
東地中海黒曜石交易
The Obsidian Trade in the Near East, 14,000 to 6500 BC
http://www.archatlas.dept.shef.ac.uk/ObsidianRoutes/ObsidianRoutes.php
レバノン人の中にY-DNA Cを持つ人が見つかったという情報がある。那須の人ではないとは思うが。

499 :出土地不明:2009/07/02(木) 22:21:36 ID:R1JjNwPs
鵜飼のルーツは、
日本が発祥で中国に伝わった。
中国が発祥で日本に伝わった。
中国、日本独自に発祥した。
この3説があります。
どうやら中国、日本それぞれ独自に発祥した説が有力です。

500 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/02(木) 22:25:45 ID:54m7aQL7
>>485
>>412の篠田氏の見解は読んどらんのか?
あんたそがぁに気になるんなら直接篠田氏に問い合わせてY染色体が
日本人の起源を表したものかどうか聞きにいきんさい。
>>497
両性遺伝の血液型よりY染色体は精度が低い云いたいんか?

501 :出土地不明:2009/07/02(木) 22:29:22 ID:JpBvdttT
>>500
ワロタ、
先ず、メンデル遺伝学から勉強し直しだな。
常染色体と性染色体の違いが判ってないようだし(^o^)

502 :出土地不明:2009/07/02(木) 22:39:25 ID:kq4T4gjy
>>500
どこまで頭悪いんだ
本読んで勉強しろ

× Y染色体は日本人の起源を表したもの

○ Y染色体は日本人の父系起源を表したもの

503 :出土地不明:2009/07/02(木) 22:50:01 ID:5DBRFiLH
>>500

ここまでバカだと笑えるなw

>>461への答えもNOでいいのかな?



504 :出土地不明:2009/07/02(木) 23:00:38 ID:5DBRFiLH
>>500
>あんたそがぁに気になるんなら直接篠田氏に問い合わせてY染色体が
>日本人の起源を表したものかどうか聞きにいきんさい。

だいたい気にならないし。
なぜならY染色体で男系祖先を遡れないと言ってる学者は世界で誰もいないだろうから聞く必要もない。



505 :出土地不明:2009/07/02(木) 23:20:21 ID:vo+8xyMw
>>499
鵜飼のルーツは北方だろ。

北方から日本と中国に分かれて伝わっただけだろ。

506 :出土地不明:2009/07/02(木) 23:54:21 ID:6bmL3MbM
鵜飼いって鵜がいないと成立しないだろ

北方に鵜なんているのか?

シベリアにはいる?

507 :出土地不明:2009/07/03(金) 00:02:13 ID:YB6lNRwM
鵜は北極まで分布してるがな。



鵜(う)は、ペリカン目ウ科(学名:Phalacrocoracidae)に属する水鳥の総称。
研究者によって種数は変動するが、全世界に約40種が熱帯から両極地まで広く分布する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C




508 :出土地不明:2009/07/03(金) 00:05:52 ID:XZv/tbe+
>>496
つい最近まで皆が考えてたC3のルートだね。所がもうC3の発生まで東南アジアだと思われてるからね。

シベリア回りが絶対無いとは言い切れないが、大分不自然な点があると思う。
1)C1は貝遺跡と関係が深い海洋民族だったと思われる。港川人もC1だと思われる。
2)もし、北回りなら、他に北方狩猟民族が海を渡った前例としての形跡が弥生時代以降でさえも殆ど無い。
3)大陸と陸続きになった後なら、それは既にC1への変異後で、日本周辺にもC1が見つからないといけない。

大体、C1はCが直接日本へ来て変化したものということに異論を称える遺伝子系統学者は、流石に、中国にも
いないと思うのだが・・・、もし、北回りできたとすれば、6万年前にアフリカを出た少人数のグループが
中東でルヴァロア石割法を習得・シベリア回りで、4万年位前にCのまま海峡を渡り日本へ入ってきたとなる。
(ルヴァロア石割技術は、確か最近、ヨーロッパ人学者がヨーロッパの中期旧石器を作る方法を復元したとか
言うものだったと思ってるんだが、もし違ってたら訂正してください。)

そうすると、現代人の祖先クロマニヨン人が8万年前に中東から姿を消して、4万数千年前までいなかった
事と矛盾すると思える。

Cは6万年前くらいに発生してるから、もし北回りのCが8万年前に中東から姿を消したクロマニヨン人だと
すると、北回りのCはその原型の(CF)だったと考えられる。

一方、同時に南回りのCがいたとすれば6万年前くらいに発生してアフリカを出た(7万年前はインドの
大噴火で南回りは不可)ことになるがそれでは別々にCが出来たと言うことになり、そんな偶然はありえ
ないし、遺伝子学者は絶対納得しないだろう。

とすると、北回りのクロマニヨン人(CF)が途中でCに変わり、二つに分かれ、一方は北から日本へ、もう
一方は北からまずスンダランドへ入りC2はオーストラリア周辺、C3はまた北上してバイカル湖へということに
なるが、そこまで考えるなら、殆ど何でもあり状態になる。

それなら、私はそう言う石の割り方は多発的に可能か、アフリカには既にあって見つかっていないが、
スンダランドに持って行ったという方に賭けるよ。スンダランド時代の海岸線は遠い深い海の底で、
石器自体が余り見つかってないからね。


509 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/03(金) 01:06:51 ID:1MF8ZYP0
>>501
メンデルの法則内の限定されたことじゃと卑下してどうすんなら。
>>504
残念じゃが、男系が先祖を辿れると証明した学者は誰一人おらん。
結局一人のアダムに辿れるんなら人類はアダムとイブの二人以外に
おらん云う聖書伝説になるけんのう。
はあ、オカルト板の話題になろうて。
あんたのような遺伝子カルトは、キリスト教原理主義の影響で
そう考えとる信仰によるもんか?

510 :出土地不明:2009/07/03(金) 01:17:27 ID:ovssdGrF
>>509
>男系が先祖を辿れると証明した学者は誰一人おらん

おまえのいう「証明」の定義を言え。
あと辿れないと言ってる学者の名前もな。

おまえって恥をかくためにここに来てるのか?




511 :出土地不明:2009/07/03(金) 01:43:46 ID:YFe1vwtP
議論するにあたり、真っ当な意見と見せかけ、実は詭弁で論点をはぐらかす輩が多々おります。
皆様も以下の「詭弁の特徴15条」を覚え、そういう輩を排除しましょう。

1:事実に対して仮定を持ち出す
2:ごくまれな反例をとりあげる
3:自分に有利な将来像を予想する
4:主観で決め付ける
5:資料を示さず自論が支持されていると思わせる
6:一見関係ありそうで関係ない話を始める
7:陰謀であると力説する
8:知能障害を起こす
9:自分の見解を述べずに人格批判をする
10:ありえない解決策を図る
11:レッテル貼りをする
12:決着した話を経緯を無視して蒸し返す
13:勝利宣言をする
14:細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
15:新しい概念が全て正しいのだとミスリードする

512 :出土地不明:2009/07/03(金) 01:45:58 ID:YFe1vwtP
議論の問題点を淡々と検討・指摘できない人の行動パターン

ラベリング型:発言内容を問うのではなく相手の姿勢そのものをレッテル貼り
               (ラベリング)することで、議論を一方的に誘導しようとする。
攻撃型:反論が目的であるかの如く、とにかく反論する。多くは言葉尻にのみ反応する。
宗教型:常識・人権・学会などの権威に依存していて、ある程度話を詰めると思考停止状態になる。
侮蔑型:様々な理由をつけてひたすら相手を蔑む。根拠不明の優越感を持っている。
一般化型:特殊な意見や個人的な価値観を敵性派閥全員が主張しているかのように一般化する。
単純型:釜茹でマンセーなど、深いことを考えていない単発の意見を書く。ネタの可能性大。
秘匿型:自分の意見を全く表明せず、安全地帯から他人の意見に茶々だけ入れて荒らす。
電波型:見当違いの会話や理論を押し付けてくる。突然逆ギレすることも。
分裂型:自ら上記のような手法を使うがそれは顧みず、他人が使ったときだけ鬼の首を取ったように責める。

513 :出土地不明:2009/07/03(金) 04:02:37 ID:zP16ihD1
つうかもうスルーでいいんじゃね?
台湾被害妄想厨といっしょに。
先に結論設定して戯論展開する輩はホント気分悪いわ。


514 :出土地不明:2009/07/03(金) 05:46:53 ID:iipFKLu2
チンギスハンのころの世界人口は今の10分の一にも満たないんでしょ?
それでもイギリスの大学がやった検査って意味あるのかな?

515 :出土地不明:2009/07/03(金) 08:04:11 ID:ovssdGrF
>>493

徳島と青森にC1とNが多い事に興味持ってるのですが、
そうするとC1は最古級の日本人って事ですね。
忌部氏と関係が有れば面白いんだけどなぁ。

516 :月光仮面:2009/07/03(金) 10:50:13 ID:saooY1hx
>>515
徳島県内ではC1が忌部氏と同族になっているんじゃないかな。例えば古墳の緑泥片岩の切り出し労務
等に従事していたものなんかですね。話は変わるがどうも忌部氏のビジネスは阿蘇のピンク石に押され、
その後讃岐の綾歌、播州等の石材に押され伸び悩んだようですね。

517 :出土地不明:2009/07/03(金) 10:52:25 ID:XZv/tbe+
>>515
C1とNが徳島で現在多いのはその通りだが、それが四国の県と比べてどうかも分からないから、何とも言えない。

一体何時入ってきたかも分からないが、可能性は色々ある。

もし、近隣の県と比べてもC1、Nの多い特殊性があるなら、忌部氏やそれ以外以外にも考えられる。

阿波と言えば有名な蜂須賀家が豊臣時代からの支配者だし、蜂須賀子六といえば山賊と言うか、木曾の材木や
筏を扱う特殊集団の「山の民」だったと考えられる。彼はその頭領で秀吉のかの有名な一夜城も彼無くしては
作れなかったという話だが、蜂須賀一族がC1、N、D2が別かある組み合わせかで合体した縄文系の一族。

徳島と言えば金毘羅山。金毘羅山といえば船乗りの守り神。海洋民族C1の遺伝子を引いた一族が交易や水軍と
して古代から重宝されて栄えたとか。

他に阿波で思いつくのは、阿波踊り、たぬき、酢橘、淡路島では高田屋嘉兵衛の出身地、瓦、玉葱、鳴門の渦潮
そんなものかな。

いずれにしても、もう少し資料がないといずれも空想の域を出ないね。

それにしても、未だに府県別のちゃんとした統計、更には町村別の統計が出ないのは考古学者の怠慢では
ないのか。

現在の日本の遺伝子系統は殆ど遺伝子病の研究をしている医者が片手間でやっている。考古学者も早く遺伝子の
分析を研究してもっと詳しい資料を作るべきじゃないかと思うんだが・・・。いくら立派な論文書いても、
後で遺伝子の資料で否定されれば長い間の研究が全てゴミになってしまい、笑われるのは自分自身じゃない
のかな。兎に角若い人は移動していることも多いから、各地の農村の老人から早急に遺伝子検査を実施すべき
だと思うね。


518 :月光仮面:2009/07/03(金) 11:10:49 ID:saooY1hx
>>508
>(ルヴァロア石割技術は、確か最近、ヨーロッパ人学者がヨーロッパの中期旧石器を作る方法を復元
>したとか言うものだったと思ってるんだが、もし違ってたら訂正してください。)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6a/Levallois_Point-Animation.gif
http://stable.toolserver.org/geohack/geohack.php?pagename=Levallois_technique¶ms=48_53_40_N_2_17_18_E_
http://en.wikipedia.org/wiki/Levallois_technique
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E6%9C%9F%E6%97%A7%E7%9F%B3%E5%99%A8%E6%99%82%E4%BB%A3
前期旧石器時代に出現、中期旧石器時代のネアンデルタール人ムステリアン・インダストリーに最も
強く出てくる。東地中海レバントでは後期旧石器時代以降にいたってもルヴァロワ技法を使用。
>それなら、私はそう言う石の割り方は多発的に可能か、アフリカには既にあって見つかっていないが、
>スンダランドに持って行ったという方に賭けるよ。スンダランド時代の海岸線は遠い深い海の底で、
>石器自体が余り見つかってないからね。
You bet me, right?(w

519 :月光仮面:2009/07/03(金) 11:17:04 ID:saooY1hx
>>517 金毘羅山は讃岐の綾歌近辺。阿讃県境の大滝山からはさほど遠くはないが。

520 :出土地不明:2009/07/03(金) 12:42:03 ID:HqNLf+Os
半月型石包丁(桂葉形雙孔石刀)は遼寧を経由している。


中国遼寧省羊頭窪遺跡.  黒陶系土器 石器(石包丁 磨製石鏃) 紡錐車 骨角器 卜骨
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/jpncul.html

紅山文化は北方地区の新石器文化の中で重要な文化です。ここでいう北方地区とは、
東北3省(遼寧、吉林、黒龍江)、内蒙古自治区および新彊維吾爾(ウイグル)自治区を指します。
大型石器の中で特徴的なものに、土掘具(耜あるいは犁とも呼ばれる)、桂葉形の双孔石刀があります。
http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/kaisetu/15-1kouzan.htm

中国北部の文化が東北部の遼西まで及んでいるいることを知りえた。それに、石包丁が出土していた
のには目を見張った。日本に石包丁が伝わったのはそれから3千年もたった弥生時代になってからなのだ。
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/
◆遼寧の石包丁
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/./photos/uncategorized/2008/02/04/070827_078_2.jpg

521 :出土地不明:2009/07/03(金) 12:54:27 ID:MP9ul95v
>>517
プライバシーが有るから勝手に遺伝子検査はできないし、
まして発表なんぞできないぞ。

522 :月光仮面:2009/07/03(金) 13:07:13 ID:saooY1hx
>>437 整理すると↓
第一世代 C インド・東南アジア
第二世代 C5 インド・アラビア C2 南洋諸島 C4 豪州 C1 青森人 C3 北東アジア諸民族大集団(Ainu) 
第三世代 C3c 北東アジア諸民族大集団 C3a 日本  C3b 北米
第二世代C3 北東アジア諸民族大集団(Ainu) の本拠地は日本以外の大陸本土にあり、その集団が
経年により第三世代に変異する間に大陸・列島間でそれぞれC3c C3aという変異を起こすような弧絶化
が存在した。これは日本周辺海域の水没ではなかろうか。そうするとC3aは水没以前に移住してきた
第二世代C3 北東アジア諸民族大集団(Ainu)の子孫が取り残されたということになるが、
こうなるとオホーツク文化を日本に持ち込んだのは誰かといううことになる。 この問題はオープンにして
おきたい。



523 :月光仮面:2009/07/03(金) 17:58:54 ID:saooY1hx
C1青森人というのはおかしいな。というのは↓
http://www14.plala.or.jp/bunarinn/dairyA/encarta/harukanarutabi/siberia/dougu.html
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tochigi/080223/tcg0802230224002-n1.htm
http://www.avis.ne.jp/~tsutsumi/kokuyo/kokuyo.htm
東日本一帯であって、青森には黒曜石遺跡はないから。その代わりに三内丸山遺跡がある。

524 :出土地不明:2009/07/03(金) 19:50:15 ID:EB6aP9AD
李朝時代のソウルの市場
http://pds.exblog.jp/pds/1/200901/25/46/c0059946_2239191.jpg

【江戸時代末期】西洋人の描いた越後屋
http://pds.exblog.jp/pds/1/200901%2F25%2F46%2Fc0059946%5F2233244%2Ejpg

525 :出土地不明:2009/07/03(金) 22:14:57 ID:XZv/tbe+
>>518 >>522
やっと何が言いたいか分かったよ。

湧別は細石器文化じゃないか。だから当然C3が持ってきた。

ただ、湧別の細石器の年代が2万年前と推定されてるのが、本州の1.45〜1.2万年の細石器と合致しない
から、それをもたらしたのは誰だと意味なんだろ?。それはもう一度書くが、C3がもたらした。

もう少し明瞭に疑問点を書いてくれないと何を書いてるのかさっぱり分からない。しかし、理由は簡単で
北海道と大陸の間の海峡は、津軽海峡や対馬・朝鮮海峡に比べると非常に浅い。だから、氷河期の海面低下で
尤も早く、しかも相当早く大陸と繋がる。

津軽海峡130m、対馬・朝鮮海峡140m、に対し、宗谷海峡は56m、間宮海峡に至っては15mしかない。
しかも、これは平均の水深ではなくて、最深部を調べたものだから、もっと浅い部分が先に繋がっていく。

という事で、C1は最初にスンダランドから3〜4万年前に日本に直接きた。その後D2が少なくとも2万年以前に
日本に入り、C3とNはその後で氷河期の海退で、水深の浅い宗谷海峡から北海道へは2万年くらい前、
九州と本州へは1.45〜1.2万年前に入ってきた・・・、と此処までは意見の一致でいいんだな?。

後、意見の違いはD2を私がスンダランドから海岸伝いに直接と言うのに対し、貴君は北回りでモンゴル、満州、
朝鮮半島から入ってきたと言うことでいいんだな?。それともまだ違ってるところがあるのか?。

>>521
誰も相手の了承無しに勝手に検査するなんて書いてないし思ってもいないが。また、統計出すのに
それぞれに個人名つけたものなど見たことも無いが。

今、欧米ではルーツ探しが大流行らしく、遺伝子関係の事をネットで検索すると遺伝子ルーツ検査が
大流行で、いっぱい引っかかってきて鬱陶しいくらいだ。しかし、価格はどこも数万円はする。私も
数万円も払って遺伝子の検査などするつもりは無いが、もしタダでやってくれるなら私なら大歓迎だね。



526 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/03(金) 22:21:51 ID:1MF8ZYP0
>>510
タイム・スリップして太古に行っても、男女関係を確認しても、証明は
無理じゃゆうたじゃないか。仮りに証明出来る云う学者がおったなら
詐欺師にしか過ぎんよ。
>>511-512
その「詭弁の特徴15条」は、抽象的じゃが、希望的観測で先祖を辿れると
妄想しとる>>510の如きY染色体論者の特徴をよう表しとる。

527 :出土地不明:2009/07/03(金) 22:39:28 ID:ovssdGrF
>>526

こりゃキチガイだな。
Y染色体で男系祖先を辿れないでいいのだな?

そんな事を言ってるのは世界でおまえだけだw

528 :出土地不明:2009/07/03(金) 23:05:22 ID:XZv/tbe+
>>520
少し聞きたいんだが、黄河流域の麦作は何時頃始まったと思ってる?。

また、中国での麦作の遺跡の最古のものはどのくらい前のもの?。石刃・石臼とかの石器でもいいが何かある?。

と言うのは日本では6000年前の麦のプラントオパールが稲と一緒に見つかってる。これはO3つまり
漢人が6000年以前に朝鮮半島、日本へ移住しもたらしたのではと考えている。

私は、百越が江南からBC5世紀に難民として日本に移住したのは間違いないと思っているし、そのときに
O3も混じっていただろうから、そのO3が日本で増えて現在の20%という数字を占めていても、1万年前の
たった一人のO3という突然変異が現在約四億人に増えたことを思えば、十分に説明のつく数字だとは思うが、
ただ、それでも何かO2bと比べて数字が大きすぎてアンバランスな気がしている。

もし、1万年から6000年前の間にO3が麦と陸稲米を日本にもたらし、現在の20%のO3の10〜15%が
彼らの遺伝子で、残りの5〜10%が江南人に混じったO3とすれば、数字的にもスッキリする。

ただ、勿論、2万年以上前にO3がDと一緒に日本に来たという中国人の論文や、水田耕作をしたことも
無かっただろう華北か満州のO3が日本に水耕田技術をもたらしたなどという韓国人の阿呆らしい意見に
同調するつもりは全く無いが。


529 :月光仮面:2009/07/03(金) 23:40:27 ID:saooY1hx
>>525
>意見の違いはD2を私がスンダランドから海岸伝いに直接と言うのに対し、貴君は北回りでモンゴル、
>満州、 朝鮮半島から入ってきたと言うことでいいんだな?。それともまだ違ってるところがあるのか?。
D2だけど、Eのアフリカでのプロファイルは弓に毒を塗ったり、南欧州では農業西進に追随したり、
D1/D3は山岳農業・牧畜が得手の様子。O2にもそうした定着農耕民補完的な要素があるようだ。
縄文以前の気候なんだが、ベーリング海峡閉鎖によってアリューシャン諸島が沖縄のようになって
いたなら話は別だが、さもないと、縄文開始乃至は若干時間を置いてということがあるかも。
>>520 というのはよその話だが、縄文半ば頃のプラントオパールはO3じゃないかと思う。そして
中国・チベット・雲南同様O3とDのジョイントじゃないかなと。

530 :出土地不明:2009/07/04(土) 01:34:25 ID:abHM1e9L
もしも貴方が江南サギ師528のカキコのどこがおかしくて、
どこが矛盾してるのか読んで数十秒で分からなければ、
その時点で貴方は考古学には全く向いていない。

貴方には時間の無駄です。

とっとと辞めましょう。

531 :月光仮面:2009/07/04(土) 07:10:49 ID:ru6bQZRy
>>529
2005日本人類遺伝子学会・尾本/埴原/宝来報告では(直近共通先祖以降経過年数/拡大開始年代)
________________TMRCA (95% limit)_____________ Start of expansion (95% limit)
D-P37.1 19,410(7,200-44,180) 12,590 (4,520-29,530)
C-M8 14,510 (6,140-30,410) 10,820 (4,510-22,900)
O-47z 8,690(3,840-17,640) 6,800 (2,990-13,800)
Dの遺伝子拡大開始年代は12,590 BPではあるが、
「照葉樹林文化の進出(プレ農耕段階)気候の温暖化に伴い、日本列島の西部に照葉樹林文化(採集段階)が進出 してきた。第二の画期である。時期は縄文時代前期ころとされている。」
http://www.akimasa21.net/itidaiki/syoyojyurin.htm
前期 約6000年〜5000年前
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%84%E6%96%87%E6%99%82%E4%BB%A3
この頃になるまでは台湾・南西諸島で孤立逼塞していた可能性があるということ。

532 :月光仮面:2009/07/04(土) 09:02:40 ID:ru6bQZRy
↑以上、単なる現時点での感想であり、この問題は今後の考古学的発見によって左右される。

533 :出土地不明:2009/07/04(土) 11:59:55 ID:ITxAo6pz
>>529
>>Eのアフリカでのプロファイルは弓に毒を塗ったり、
また意味不明なことを・・・、大体弓の発明は1万年前後じゃないのか?。弓ができるずっと前の6万年前に
分かれたアフリカ人と日本人のD2に関連性をもたせようなんて無理、無理。それとも、石族で6万年も前の地層
から出てきたものでも有るの?。

>>中国・チベット・雲南同様O3とDのジョイントじゃないかなと
誰がチベットや雲南にDとOが一緒に入ったなんて言ってるの?。中国人以外でそんな論文書いてるのなら
あげてみて。

日本にDとOが一緒に入ったなんて全く不可能!。
1)D2は日本以外では見当たらない。つまりD2はDが日本で変化した。だからDはD2の発生期の1.8〜2万年
前には日本にいなければならない。

2)もし、DとOが一緒に入ってきたのなら、1)から、その時期は1.8〜2万年以前でないといけないが、
そうすると、漢人遺伝子O3は日本で1万年前にOから発生したと言うことになる。更に、日本で発生した
O3が中国へ行ったのなら、なぜ中国人の遺伝子にD2が全く無いか説明できない。顔で見分けてO3の遺伝子
だけ選り分けていったとでも中国人ならいってくるかな?。
"first appeared in China approximately 10,000 years ago"
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O3_(Y-DNA)

3)一方、日本で変化したD2とO3が日本に留まっていたとすれば、DとOの別のグループが大陸に残っていて
DはD1、D3に分かれたでいいが、O3は日本と大陸でほぼ同時に発生した事になるが、そんな事は遺伝子学上
全く不可能。

と言うわけで、Dは1.8〜2万年前以前には日本に入っていて、O3が日本に入ってきたのはその後、最速でも
大陸でO3が発生した1万年以降と言うことになる。つまりDとOが一緒に入ってくるなんて事は不可能。

と言う事で、C1、D2 がまず日本へ入り、次にC3、Nが入ってきた。O3が日本に入ってきたのは、その後で、
最大早くとも1万年前ということでいいかな?。

反論があるならいいけれど、中国人や韓国人の論文は願い下げだね。でもまあ、中国人の論文の内容がいかに
捏造されてるかを皆に知らせるいいチャンスだからそれもいいかな。貴君と二人で中国人の論文の嘘を暴いて
いきましょう。

所で、数日前に気付いたんだけれど、ISOGG("International Society of Genetic Genealogy")に中国と
Kがイニシャルの国って無いんだね。余りにも捏造が多すぎて入れてもらえないのかなw。
>>http://www.isogg.org/

>>「縄文半ば頃のプラントオパールはO3じゃないかと思う。」
同意。でも、中国よりもずっと古い麦なんてまだ半信半疑だけれどね。ただ遺伝子系統学的には、O3の
黄河流域での麦の栽培が1万年くらい前まで遡れれば、人口爆発がよく説明できてありがたいだろうね。

そうすると麦は中東からだそうだから、中東の麦栽培ももっと遡らないといけない。まさか、麦の原種は
日本で→中国→中東、なんて事はないと持ってるが、現在のところはそうなってしまっている。

O3についてはwikiも1万年前に日本へ来たと書きだした。つい最近追加されたみたいだね。貴君のC3の
分析も以前にはついてなかった。日本に来たのが発生して直ぐの1万年前は早すぎると思うが、wikiが書く
以上、何らかの根拠があると思う。例えば、C3と同様にO3のサブグループとして非常に早いタイプが韓国・
日本にあり、中国のサブとは別とか。


534 :出土地不明:2009/07/04(土) 12:00:40 ID:ITxAo6pz
>>530
自分の頭では具体的な反論が出来ないから皆にやってもらおうということかw。

>>531
D2のマーカー(識別遺伝子)は普通M55でP37ではない。
ちゃんとリンクしてくれないと、何のための分析かさっぱり分からないが、

参考までにD2の識別遺伝子はM55, M57, M64.1, M179, M359.1/P41.1, P37.1, P190, 12f2.2があって、
一般的に早い異変順に上がっている。これはD2が次に優生なサブグループに変化する前に起こった変化のこと。
論文には他のマーカーの分析もあるんじゃないの?。分析が古いからマーカーがP37だと思ってたのかな?。
>>http://www.isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpD09.html

C1のマーカーはM8で問題ないし、日本に入ってきたのがCで、Cは6万年前に発生だから問題無しって事だね。
>>http://www.isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpC09.html

O-47zはO2bのマーカーだけれど何の話?。分岐時期なら2008年のISOGGでは2800年前だったかな??。

いずれにしても2005年じゃあもう古いね。ISOGGは毎年更新だけど、非常に慎重で分岐時期など幅が
広く取られてる。まあこのISOGGをメインに参考にして慎重すぎず常識的なwiki当たりがいいんじゃない?。


でもO3が水田耕作を伝えたと言うのには絶対的な無理がある。だって知らないものは教えられない。

水田耕作は自然発生的という説もあるが、例えば日本は湿地も多いから、偶然そこへ撒かれた種の収量が
多いのを見つけたとか・・・、しかし、私はやはり江南人の漂流者とかが伝えたと思う。種子の問題は
かの佐藤洋一郎氏が日本の陸稲米の種子と水耕米の種子は同じだといってたと思う。

いずれにしろ、百越の滅亡とは400年くらい差が有るから、水耕田は元から有ったが、百越は、例えば
田植えとかの新技術・道具を持ってきたのではと思っている。そのつもりで水耕田技術と書いたつもり
なんだが、誤解を与えていたかもしれない。

例え江南人が何も日本へもたらさなかったとしても江南の遺伝子O2bが日本・韓国に入っているんだから、
史実と照らし合わせても百越の難民は来たと思う。


535 :月光仮面:2009/07/04(土) 12:58:00 ID:ru6bQZRy
>>533
>また意味不明なことを・・・、大体弓の発明は1万年前後じゃないのか?。弓ができるずっと前の6万年
>前に 分かれたアフリカ人と日本人のD2に関連性をもたせようなんて無理、無理。それとも、石族で6万
>年も前の地層 から出てきたものでも有るの?。
ちょっと弱かったなー。これ↓
San tribe Y-DNA
http://www.tv-tokyo.co.jp/branden-burg/
Khoisan
http://en.wikipedia.org/wiki/Khoisan


536 :月光仮面:2009/07/04(土) 13:03:58 ID:ru6bQZRy
>>533
>所で、数日前に気付いたんだけれど、ISOGG("International Society of Genetic Genealogy")に中国と
>Kがイニシャルの国って無いんだね。余りにも捏造が多すぎて入れてもらえないのかなw。
揮発的じゃないのかな。移ろいやすいところだから。日本なんか掃き溜め、ブラックホールだけど。


537 :月光仮面:2009/07/04(土) 13:08:40 ID:ru6bQZRy
ちょっとお散歩の時間なんで。また。

538 :出土地不明:2009/07/04(土) 15:36:32 ID:C6dZwOBe
>>534
ウソの巨塔もここまで来たりという感じだなw

多数のウソを複雑に絡めて一見矛盾がないように見せかけた高度な
高度な創作をし、仕上げにどうとでも誘導解釈できるYオンリーで好都合な
解釈を絡めて、台湾風スーパーウソツキ焼きそばの完成かw

ここで工作し狂う事がそのまんまお仕事の、

ここで日本人を完全にウソで陥落させる事がミッションで

台湾政府から給料が出ているおまえじゃねえんだ俺はw

539 :出土地不明:2009/07/04(土) 18:36:48 ID:QOAtLkM0
「呉服」は百済経由で伝わっている。


また百済国に、「若(モ)し賢(サカ)しき人あらば貢上(タテマツ)れ」
とおほせたまひき。かれ、命(ミコト)を受けて貢上(タテマツ)りし人、
名は和邇吉師(ワニキシ)、すなはち論語十巻・千字文一巻、并(アハ)
せて十一巻(トヲアマリヒトマキ)をこの人に付けてすなはち貢進
(タテマツ)りき。この和邇吉師(ワニキシ)は文首(フミノオビト)等(ラ)の
祖(オヤ)。また手人(テヒト)韓鍛(カラカヌチ)名は卓素(タクソ)、
また呉服(クレハトリ)の西素(サイソ)二人を貢上(タテマツ)り、
また秦造(ハタノミヤツコ)の祖(オヤ)、漢直(アヤノアタヒ)の祖(オヤ)、
また酒を醸(カ)むことを知れる人、名は仁番(ニホ)亦(マタ)の名は
須須許理(ススコリ)等(ラ)参(マヰ)渡り来つ。
http://kamnavi.jp/link/kojiki2.txt

540 :出土地不明:2009/07/04(土) 20:46:11 ID:ITxAo6pz
>>535
全く話の筋が飛ぶから、ついていくのに苦労するよ。まあ、うちの奥さんで慣れてるとはいえ、やはり疲れる。
でも、一体何がいいたいのか考えて解明するのも面白いからまあいいか。

前の貴君の >>529 なんかも遺伝子的に職業の指向性があると言う意味だと思うけれどね。でも、その内容で
気が付くのは、Eのアフリカ人の南欧での農業だけれど、イタリア人に結構アフリカ人の遺伝子が混じってる
のは、ローマのプランテーションの労働力として奴隷として連れてこられたので、好きで農業やってたん
じゃないと思うよ。それに >>535 のコイサンはAかBだからEとは関係ないよ。

D1、D3が山岳農業・牧畜が得意なら、兄弟のD2だってそう言うことになるが?。しかしO2に限らず、O系が
農民系というのは結果的には当っているように見えるね。そして、C系が放牧の騎馬民族系でO系はもろくて、
ほんの少人数の騎馬系にでも占領されてしまう。

D系は私に言わせて貰えば山や森の人系の首狩り食人系。つい最近もボルネオでダヤクが、入植してきた
マドゥラ人を狩ったらしい。日本人も必要に迫られれば、時々集団的に大陸に渡って首狩りに行ったりする。
普段はバラバラでも、いざ鎌倉と言う時にはまとまるんだね。
>>http://tanakanews.com/b0319indonesia.htm
>>http://page2.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/b13620956
>>http://www.jttk.zaq.ne.jp/bachw308/page002.html (F-4 → 624 社会「各民族とその社会」→ ダヤク人)


最後の千島列島だけれど、ベーリング海峡は結構浅くて、確か幅100kで最深部が60mくらいだったかな。
でも千島列島も沖縄諸島も島々の間の海峡は結構深い。氷河期の海面低下でも陸続きになることは無いよ。
高校時代の地図でも出してきてみれば大陸棚の部分が白く書いてあるから、海退時の大体の形は想像がつくよ。

>>さもないと、縄文開始乃至は若干時間を置いてということがあるかも。
こちらの方は未だに意味が分からない???。>>529

>>536
日本人は掃き溜めの首狩り族でいいんじゃない。でも、嘘や詭弁ばっかり吐いて、世界から嫌われる何処かの
民族よりずっといいんじゃないかな。でも彼らって、そんな嘘や詭弁で見え張ってて、自己嫌悪に陥らない
んだろうか?。

>>揮発的じゃないのかな
貴君の言う通り中国人や韓国人が揮発的と言うのが本当なら嬉しいね。でも、中国人と韓国人がこの世から
揮発して欲しいと思う君の気持ちは私にもよく理解できるよ。彼らが日本から揮発してくれるだけでも有難いね。



541 :出土地不明:2009/07/04(土) 21:01:17 ID:ITxAo6pz
>>538
昔から不思議に思ってたんだけれど、どうして弥生系が江南人だといえば、台湾人にされるの?。

台湾は弥生文化が江南から来た渡来人だとすると何か利益とかあるの?。y遺伝子の系統分析じゃあ
逆に台湾人と日本人の遺伝子的つながりが無いのが明らかになるのだが・・・?。

ずっと思ってたんだけれど、一体どういう発想なのかな。興味があるから是非教えてくれないかな。


542 :出土地不明:2009/07/04(土) 21:12:59 ID:ITxAo6pz
>>539
まあ、そう目くじらを立てなくてもいいんじゃない。

もし呉や秦や漢が、実際には朝鮮でも、彼ら自身が出自を隠したがってるんだし。温かく見守ってあげたら。

それにしても韓国人が国籍を偽るのは今に始まった話ではなく古代かららしいね。月光君の言うところの
「そう言う遺伝子」なのかな。


543 :出土地不明:2009/07/04(土) 21:49:39 ID:QTHCmp2Y
朝鮮人はどこから来たか
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1190991733/

544 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/04(土) 22:15:34 ID:ojIHZLPU
>>527
じゃけぇ、あんた男系が辿れるいう、妄想タイム・スリップ滞在記でも
書いとりゃあええじゃないんか。この板よりオカルト板の話題になるが。

545 :月光仮面:2009/07/04(土) 22:15:47 ID:ru6bQZRy
>>540
>>>さもないと、縄文開始乃至は若干時間を置いてということがあるかも。
>こちらの方は未だに意味が分からない???。>>529
台湾、沖縄、九州等で足止めされ本州以北には入っていないといった状態があったかも。

546 :出土地不明:2009/07/04(土) 22:21:51 ID:FYy7PMhN
>>541
よ、台湾工作部隊のバレ払拭屋!w

このハッカクくせえ醜悪な台湾土人!w

この江南広鼻ブラックが祖の台湾人工作部隊!w

とっとと日本から出ていけ!このベトナム顔した台湾ウンコ色ゴリラ!wwwww


>>542
台湾人工作部隊を阻むものはぜーーーーーーんぶ朝鮮人だろがw

台湾ツブレ鼻ベトナム顔ゴリラ用語で「邪魔な日本人」を通称朝鮮人と呼ぶだよなw

とっとと日本から出てけコラ!この江南ウンコ色土人台湾ツブレ鼻ゴリラwwwww

このベトナム顔野郎!w

このツブレ鼻野郎!w

この茶色ウンコ色野郎!w

この突き出たホッテントット口唇野郎!w

この下品なニグロ風ギョロ目野郎!w

この骨張った輪郭の醜悪な東南アジア野郎!w

547 :月光仮面:2009/07/04(土) 22:34:09 ID:ru6bQZRy
>>548 一般論として、日本・東アジアY-DNAについての研究報告は一応出揃っており、言ってみれば、
競馬予想新聞は潤沢に出回っている。日本人類遺伝子学会なんかで邦訳してWEBで公報するのが
いいと思う。mtDNAでも同様に多くの有益なレポートがあり、要約するとほぼあなたの主張すると線に
近い。しかし、このスレの趣旨は考古学であり、遺伝子問題はそのツールの一つに過ぎない。日本は
憲法で天皇を象徴とし統合されている以上、歴史は確固たる、子供にも解るものである必要がある。
このスレに人が群がる背後にはこれがあると私は思う。

548 :月光仮面:2009/07/04(土) 22:39:12 ID:ru6bQZRy
↑ >>540 だった。今後ともじゃんじゃんやりましょう。おやすみ。

549 :出土地不明:2009/07/04(土) 22:49:12 ID:FYy7PMhN
おまえはやるだけ無駄w

洗脳されている自覚もウソを見抜く知能も無い。

550 :出土地不明:2009/07/04(土) 22:50:19 ID:A/Ptr9f1
>>544
基本的な事さえ理解してないでほざくな。
Y染色体で男系祖先が辿れるというのは科学。
世界中で研究されてる。

君だけが「辿れない」と言ってるのだから、
新説の論文でも発表してもらおうか。


551 :出土地不明:2009/07/04(土) 23:40:09 ID:FYy7PMhN
Yカルトは独立スレ立ててそっちでやれよウゼエ。

552 :出土地不明:2009/07/05(日) 01:07:28 ID:W35M0F9L
会ったことも無い台湾人にオカマ掘られる幻覚が見えるんだろう?
まさしく統合失調症。
薬が効かないみたいだな。
入院しろ。

553 :出土地不明:2009/07/05(日) 02:59:07 ID:BfPmaSf8
弥生人は長江文明の担い手だった O2b 系統であり、オーストロアジア語族の言語を
話していたが、それを捨てて日本語を受容したと推定される。Y染色体の分布からは、
従来の想定とは異なり、オーストロネシア語族を使用する民族集団とはほとんど
遺伝的つながりが見られない。

ところが、母系にしか遺伝しないミトコンドリアのハプログループに注目すると、
日本には世界で日本人にしか見られない M7a というグループがある[5]。これは
台湾付近で発生し沖縄・アイヌに多く本州で少ないという特徴的な分布をしており
、M7a を原日本人と仮定するならば、オーストロネシア語との関係が示唆される。

554 :月光仮面:2009/07/05(日) 07:27:56 ID:1K2w2NIm
↑M7a %
アイヌ 15.7 琉球 12 本土除琉球 7.39 フィリピン 6.25 雲南 4.48 ブリャート 2.5  朝鮮 3.35 
北中国 0.23 台湾雲南 0.53

555 :月光仮面:2009/07/05(日) 07:57:19 ID:1K2w2NIm
上記ソースは2004年、田中等Mitochondrial Genome Variation in Eastern Asia and
the Peopling of Japanだが、それによるとY-DNA Dのパートナーを M12とし、その分布は
% 日本本土 0.08 朝鮮 0.19 チベット 6.15
としている。他方日本・朝鮮をまたがるYDNA Dというのは日本のD2と朝鮮のD1であり、
日本に0.08%というDはないので、これはD1が検出されたのかなと考えられる。そうなると、
M7aというのはD2のうちの何らかのサブクレードとなる。2004年田中等はこうしたサブクレード
を含むものを沖縄に特徴的とし、南方起源としている。つまり、Dの南方起源ということになる。
しかし、フィリピン、雲南、チベット、そして、兄弟分のEを考えるとチベットを東進し、太平洋岸に
出た後に沿岸沿いに北上というコースがいいのではと思う。

556 :月光仮面:2009/07/05(日) 07:59:31 ID:1K2w2NIm
↑D1の検出と言うか、mtDNAに残されたD1の痕跡が検出されたとでも言おうか。

557 :出土地不明:2009/07/05(日) 13:32:06 ID:oHYgl2rk
>>552
80万人も寄生している台湾侵略ゴキブリはとっとと日本から出てけ!


>>553
>弥生人は長江文明の担い手だった O2b 系統であり


じゃあ何で長江文明文物がねえんだこのタコ!

何で長江文明文物とはさっぱり系統の異なる文物が伝わってんだこの大法螺吹き!


>>554-556
おい馬鹿!

おまえは奴らの洗脳プログラム通り動いてんじゃねえよこのスペシャル低能!

本当におまえは頭がずば抜けて悪い。

筆舌に尽くし難い群を抜く頭の悪さだよ。

558 :出土地不明:2009/07/05(日) 16:25:02 ID:ugOFEi8y
朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前。


1990年金浦佳■(山と見)里泥炭層から採取された稲籾は4,010+-25BPと
報告されており、問題もあるがもし報告が正しいとすれば韓国での稲の
出現は新石器時代中期段階にまでさかのぼる可能性がある。
http://inoues.net/study/japonica3.html
最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm072.html
然し1992年には、それよりも早い時期の粳米を韓国の清州市における
家瓦遺跡から大量に発見された。今から4721年(+−50)年前と
推測されているが、同時に出土された樹木年輪測定からすると、
今から5020年前のものだと修正がなされた。
http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1873.entry

559 :出土地不明:2009/07/05(日) 16:27:05 ID:ugOFEi8y
朝鮮半島で最古の水田遺跡は前11世紀のオクキョン遺跡で日本よりも古い。




弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf





560 :出土地不明:2009/07/05(日) 16:28:32 ID:ugOFEi8y
中国から直接日本に伝来した事にされているRM1-b遺伝子の稲の
調査が日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の朝鮮の炭化米で
なされていない。

かつては朝鮮半島にもRM1-b遺伝子の稲は存在したが朝鮮半島の自然環境に
適応できず遺伝子が消滅欠損してしまった可能性が十分に考えられる。

佐藤洋一郎容疑者はただちに日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の
朝鮮の炭化米でRM1-b遺伝子の有無を調査し、その結果を国民に公表せよ。

考古学界を混乱させた貴方にはその責任がある。

それをしない内はペテン、詐欺と言われてもしかたがない。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

561 :出土地不明:2009/07/05(日) 17:57:05 ID:ostv2bQQ
水稲が江南→日本→半島もあるが、
半島に伝わっていない品種があるので、
水稲が 江南→日本−×→半島もあります。
稲のDNA調査から、ほぼ間違いないと思われます。
また、朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前、
日本では、稲作や麦作は約6000年前からです。

稲作が朝鮮半島から伝わったのなら、日本列島になぜ古代朝鮮半島の
農機具も伝わっていないのだろうか、
弓山里遺跡から石鍬、角鍬、猪牙鎌などの農耕具が出土してるのに、
日本列島は木製農機具ばかり。
また、朝鮮半島では、石犂、石鎌も智塔里遺跡から出土している。
農機具で、稲作の伝わり方を説明するのには、朝鮮半島経由では、
矛盾が出てくるんだが。



562 :出土地不明:2009/07/05(日) 20:41:32 ID:qyg7js4o
おまえもしかしてスーパー馬鹿?w

弥生文化は『朝鮮南部』で形成された文化の影響をもとに九州北部で
まず成立するんだぞw

もっと細かく言ってやるとな、

弥生文化は沿海州南西部から海路で九州北部にやって来た刻目突帯文を持つ
土器集団がもたらした北東アジアの文化の上に、その後の『朝鮮南部』との
交流を通じて伝わった『朝鮮南部』で形成された文化の影響をもとに
九州北部でまず成立するんだ。

そこに江南なんかが介入する余地などさらさら無い。

木製農耕具はまさに『朝鮮南部』の農耕具文化で九州北部と一致する。

おまえの言う石鍬、石犂が出た弓山里遺跡も智塔里遺跡も朝鮮北部の遺跡だろうが。

石鍬、石犂も朝鮮北部までで『朝鮮南部』に伝わるまでには木製に変化して伝えられた。

なんなら『朝鮮南部』で石鍬、石犂が出ている遺跡があるなら出してみな?w

563 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/05(日) 22:09:24 ID:KpD1EBTw
>>550
Y染色体が辿れると妄想するんは科学じゃのうて、聖書伝説による
カルトよ。
>>553
長江文明云うて何か?古江南文化でもええのに、何で文明人ぶりたいんか?
Y遺伝子カルトは、世界何大文明を唱えとるんか?
>>560
佐藤洋一郎氏が縄文人の心と植物の遺伝子と関係ない部分にも根拠も
無しに妄言した時点で電波じゃね。「容疑者」たぁ笑うたが、
電波「確信犯」でええんじゃないか。


564 :出土地不明:2009/07/05(日) 22:45:54 ID:5vDca0r0
>>563
Y染色体追跡調査を考古学に役立てようとしている世界中の研究者は全て妄想でカルトって意見でしょうか?

565 :出土地不明:2009/07/05(日) 22:58:43 ID:6dA1EeZv
>>560
考えられません(^o^)

566 :出土地不明:2009/07/05(日) 23:10:30 ID:ytqPgnwZ
関東人VS関西人
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1202642969/

281 名前:白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA [] 投稿日:2009/07/05(日) 22:54:10
>>279
じゃけぇ、史学における専門家のトレーニングたぁ具体的に何なら
云うとるんで。抽象論で具体性が無い。野球の話に還元しても
意味があるまいに。ほいで網野氏を叩いた学者の見解は相変わらず
提示せんし。ファンタジーな話をするんなら、考古学板の妄想遺伝子カルト
連中と程度が変わらんのう。

567 :出土地不明:2009/07/05(日) 23:17:25 ID:6dA1EeZv
>>563
なんで男と女が別れているのか、それから勉強してね(^o^)

568 :出土地不明:2009/07/05(日) 23:48:16 ID:3pr4fHzX
>>563
>Y染色体が辿れると妄想するんは科学じゃのうて、聖書伝説による
>カルトよ。

辿れないという君の「新説」の証明をどうぞ。
出来ないなら消えてくれ。

569 :出土地不明:2009/07/06(月) 00:08:43 ID:uAeF7yCZ
>>563
朝鮮人どこから来たんだスレでも見事にスル〜していただいたのでもう一度。

とりあえず「Y染色体で男系祖先を探れない」と言ってる学者の名前を
一人でもいいから言ってくれ。

禿げたオカマみたいにスル〜するなよ。
おまえいつも本質から逃げるもんね。

570 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/06(月) 00:49:49 ID:zUdsi1/K
>>568-589
Y染色体で辿れる云う珍説について質問しとるんじゃが。
出来んのならあんた、最初から証明出来んと正直に云うたら
ええじゃないか。Y染色体だけで辿れる云う電波を飛ばしたんは、
政治活動や生物決定論者にして社会ダーウィニズムの蔵琢也氏や
文化流入で変わる言語を遺伝子に還元する電波論の崎谷満氏じゃ。
あんたこそ、Y染色体だけで辿れる根拠が見つからんけぇ
残念じゃのう。あんた自身が脳内タイム・スリップして、
結果報告を云うたら面白いんじゃがのう。この板の誰かが
云い出さんかと期待しとったが、わしが横槍入れるけぇ遠慮
しとるんかのう。遠慮のう電波を飛ばして、オカルト世界の
遺伝子論を妄想したらどうか。

571 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/06(月) 00:55:12 ID:zUdsi1/K
>>570は、>>569じゃった。本質から逃げとるんはあんたじゃ。
ほいで、そがんわしにオカマ掘られたいんか?
わしの方も、顔と男の性質を見て判断するけぇ、あんたのような
軟弱で姑息な人間を抱く気分にゃあならんのう。

572 :出土地不明:2009/07/06(月) 01:12:38 ID:9z+YvF/B
>>570
Y染色体から辿れるというのは日本だけでなく、世界中に研究している方が居るのではないでしょうか?

573 :出土地不明:2009/07/06(月) 01:35:48 ID:KjFoZkIN
文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

文物や他の遺伝学とのチェック・アンド・バランスを無視した
Yサギをくり返す台湾人工作部隊はとっとと日本から出てけ!

http://www.youtube.com/watch?v=f7LXG9gqzbo

574 :出土地不明:2009/07/06(月) 03:31:33 ID:jg48P+xb
おっ、糞コテとマジキチ気が合うじゃん。
ほら薬、薬!

575 :出土地不明:2009/07/06(月) 03:52:34 ID:zD9O08YK
Y遺伝子は普通「強い国からダメな国へ」行くものだから
Yをたどれば「その国の人はどこから来たか」が、少なくとも
男系はわかるでしょう。世界の国際結婚を見ればわかるが、
白人男性がもっとも広域で多くメスを獲得し、アジアなどは
メスばかり輸出している。欧米は嫁があまり、ダメな地域は
男性が余っている。


576 :出土地不明:2009/07/06(月) 07:15:30 ID:uAeF7yCZ
>>570

能書きたれてるが、
「Y染色体で男系祖先を探れない」と言ってる学者の名前を…

一 人 も 言 え な い の だ な?w


577 :出土地不明:2009/07/06(月) 07:54:11 ID:zD9O08YK
学者の名を出すよりも論理的に「あれがああだからああなってこうなる」と説明したほうが
いいのでは?権威に弱いやつは歴史や考古学の考察には向いてないよ。

578 :出土地不明:2009/07/06(月) 11:55:26 ID:kf8tM1D8
>>577
でも考古学者って論理的思考ができない奴ばっかりでしょ・・・
ごく僅かのデータを膨らまして自説を展開している奴ばっかり。

579 :出土地不明:2009/07/06(月) 13:09:56 ID:uAeF7yCZ
>>577
権威に頼ってるのでなく、
このコテは「Y染色体が男子に遺伝しない」なんて言ってるんだから
逆に誰がそんな事を言ってるのか知りたいのだよ。
そして自分に反対する人間をネオナチとまで言ってくるんだからね、
このコテハンは。

580 :出土地不明:2009/07/06(月) 13:38:09 ID:fwT9WQQB
>>577
例えば天動説を唱えるキチガイに地動説を論理的に説明する必要あるのか?
説明しても聞く耳持たないだろ


地球が太陽の周りを回る云う珍説について質問しとるんじゃが。
出来んのならあんた、最初から証明出来んと正直に云うたら
ええじゃないか。地球が太陽の周りを云う電波を飛ばしたんは、
ガリレオやNASAが唱える電波論じゃ。
あんたこそ、地球が太陽の周りを回る云う根拠が見つからんけぇ
残念じゃのう。あんた自身が脳内宇宙旅行して、
結果報告を云うたら面白いんじゃがのう。この板の誰かが
云い出さんかと期待しとったが、わしが横槍入れるけぇ遠慮
しとるんかのう。遠慮のう電波を飛ばして、オカルト世界の
天動説を妄想したらどうか。

581 :292:2009/07/06(月) 17:32:04 ID:J/6ESAIg
Y染色体の正当性論争したい人は、
名前欄に馬か牛の字を入れて下さい。
そうすれば、飛ばし読みしやすいです。



582 :出土地不明:2009/07/06(月) 17:34:33 ID:623HQ66X

オクキョン人    三足土器人    白馬青牛

*考古学板の三馬鹿朝鮮誘導工作員、みなさん冷たく見守ってやって下さい。


583 :出土地不明:2009/07/06(月) 19:03:09 ID:4xPFNn9+
連投コピペ魔か


584 :出土地不明:2009/07/06(月) 19:35:33 ID:qXbwrI0R
>>582 こいつも追加してくれオクキョン人と同一か?   

?(ゲラゲラ爆笑 ?(ゲラゲラ爆笑 ?(ゲラゲラ爆笑 ?(ゲラゲラ爆笑





585 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/06(月) 22:50:36 ID:zUdsi1/K
>>572
Y染色体から辿れる云う理論は、西洋の一部の学者の聖書伝説の自己投影に
過ぎんよ。
>>575
「強い国からダメな国」云うて何なら。ダメな国とやらの民族を
愚弄する処、ナチス優生学そのものじゃないか。
つまり、Y染色体論者の思想性を表してとる見解よのう。
>>576-579
Y染色体で男系先祖を辿れる根拠が見つからんようじゃのう。
理論上、一人の男系アダムになる聖書伝説の理論じゃが、
あんた、本気でアダムとイブの男女一組の子孫から人類が誕生した
思うとるんか?
>>580
逆説よのう。聖書伝説だけで遺伝子理論を構築した形態が、
YやmtDNAじゃ。
>>581
ほいで、結局わし個人罵倒になる。毎度のパターンじゃのう。

586 :出土地不明:2009/07/06(月) 23:49:48 ID:uAeF7yCZ
>>585
>西洋の一部の学者の聖書伝説の自己投影に
>過ぎんよ。


だからそういってない多くの学者の名前を言えって。

遺伝子だと認めてる時点でお前の負けだ。
遺伝しない遺伝子なんてないのだからなw

587 :出土地不明:2009/07/07(火) 00:09:46 ID:LAaHK0OT
>>585
何故聖書が関係してくるのか分からないのですが
別にY染色体は一人の人間が人類共通のたった一人の先祖とてして辿れるものではないですし
そんな事を目的に研究されてる訳ではないですよね?

588 :出土地不明:2009/07/07(火) 21:28:19 ID:sq8iHC1R
>>585
お前途方もない誤解しているな(笑笑笑)
>本気でアダムとイブの男女一組の子孫から人類が誕生した
>思うとるんか?

誰がこんなこと主張しているんだ?(笑笑笑)
数万年起源が違うのに(笑笑笑)
アダムがタイムスリップしてイブに会いに行ったのか(笑笑笑)

589 :出土地不明:2009/07/07(火) 22:40:56 ID:txqzHCmB
a

590 :出土地不明:2009/07/07(火) 22:48:06 ID:txqzHCmB
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。

(※色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目!これらの要素が弥生土器には一切ない。)


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://www.shtong.gov.cn/node2/node4/node2250/songjiang/node70313/node70604/images/00004623.jpg

591 :出土地不明:2009/07/07(火) 22:48:51 ID:txqzHCmB
小麦作も約6000年前からやってたんだけど何か?(ゲラゲラ爆笑


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった

592 :出土地不明:2009/07/07(火) 22:49:41 ID:txqzHCmB
小麦作も約6000年前からやってたんだけど何か?(ゲラゲラ大爆笑


縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。

http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50219a.htm
小麦などのプラント・オパールも見つかり
小麦などのプラント・オパールも見つかり
小麦などのプラント・オパールも見つかり
小麦などのプラント・オパールも見つかり

593 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/07(火) 23:24:41 ID:h0t8kmE2
>>586-587及び>>588
聖書伝説云々は、>>260で挙げたように、リチャード・フォーティ氏も
mtについてさえ否定されとる。
聖書伝説に投影するんはキリスト教徒たる西洋人の願望意識による
神話の現代版。ほいでY染色体でも遡ったら、DEが同一になる同一
系統論で、最終的にアダム一人になる。今までY系統図をあれだけ挙げて
今日はとぼけても意味が無いでしょうに。
>そんな事を目的に?自己投影(或いは政治的思惑)を目的にしとる学者も
多いでしょうに。生物決定論、社会ダーウィニズムを喧伝したい
優生学生物学者なんかナチスの過去の産物だけでは無く、現代に
おいても受け継いでおるでしょう。

594 :出土地不明:2009/07/07(火) 23:38:06 ID:Hlqz4+e9
>>593
だからアフリカのアダムやイヴの話にまで行かなくても、
基本的にY染色体で男系祖先を遡れるのは認めるのだな?
リチャード・フォーティであろうが誰であろうが、
それさえ否定してる人はいないという事でいいな。

595 :出土地不明:2009/07/07(火) 23:43:28 ID:+KhMEtwr
>>593
男系のみを辿るだけですのでミトコンドリアイブ同様、正しい意味でのアダム的存在にはには辿り着けないでしょう

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%96 より引用

これらの科学的成果は一般にも大変興味のあるところであり、たちまち広く知られることとなったが、同時に誤解をうむことともなった。
特に「すべての人類はたった一人の女性からはじまった」とするものがある。正しくは、「すべての人類は母方の家系をたどると、約15-30万年前に生きていた一人の女性にたどりつく」ということである。
この二つの言い方は、方向が逆であるだけでなく、本質的に異なる。以下にその誤解を解くための説明を述べる。

ミトコンドリアは女性からしか伝わらないため、男性は自分のミトコンドリアDNAを後世に残すことができない。
また、女性は自分が産んだすべての子にミトコンドリアDNAを伝えるが、その子らがすべて男性だった場合、彼女のミトコンドリアDNAは孫に受け継がれずに途切れる。
もし子に女性がいても、娘が産んだ孫に女性がいなければ、やはりその家系のミトコンドリアDNAは廃れる。
つまりある個人のミトコンドリアDNAが子孫に伝わるためには、その間のすべての世代に少なくとも1人は女性が産まれなければならない。

ここで人類のある任意の世代の集団を考えよう。その時の構成員を、ミトコンドリアDNAについてそれぞれがバラバラの家系に属すると仮定する(*註)。
ここで偶然、ある家系の子孫が男性だけになったとすると、その家系のミトコンドリアDNAはやがて廃れる。逆に、女性が多数産まれた場合、より多くミトコンドリアDNAを残すこととなる。
話を単純にするために、仮に人類の総人口が常に安定しているとすると、平均的には各男女から男女ひとりずつが生まれる(生き残り、次の世代を残す)ことになる。
しかし実際に一組の夫婦が持つ子供の数は「男女ひとりずつ」を中心に、男性ばかり、女性ばかり、あるいは多数の子供を残す、子供を全く残さない、というようにばらつきを持って分布することになる。
これを人類全体として確率論的に捉えるならば、ミトコンドリアDNAの系統は常に減っていくことになる。これを繰り返すと、いずれかの世代では、ミトコンドリアDNAの系統がある時代
(ここでは、上に挙げた任意の世代)のひとつの系統に遡ることになる。
この時点で、この系統以外の女性のミトコンドリアDNAにたどることは不可能となるが、それ以外の核DNAに関してはこの限りではない。

つまり、現在の人類の母親をどんどんたどっていくと、ある一人の女性にたどりつく。
しかし、その同時代には他にもたくさんの女性がいて、家系図の母系だけをたどるのではなく、母系をたどりつつたまに父系をたどる、のような遡り方をすれば彼女達にたどりつくこともできる。
すなわち、その時代のたった一人の女性から人類全てが生まれたというわけではないのである。
右図で言えば、A6の女性から父父父母とたどれば、ミトコンドリア・イブと同時代に生き、すでに絶えてしまった系統Cを持つ女性D2にたどり着く
(A6はD2のミトコンドリアDNAは受け継いでいないが彼女の遺伝子の1/16を受け継いでいる)。
また、ミトコンドリア・イブの存在は、単為生殖的に遺伝する性質に由来するものであるため、人類の人口の変動と直接関係するものでもない。

ミトコンドリアイブは特定の女性を指すのではなく時代によって変動する。
もしも仮に5万年前の人類のミトコンドリアDNAサンプルを得たならば、そこから遡ったミトコンドリア・イブは、現代人にとってのミトコンドリア・イブよりも古い時代のひとりの女性を指し示すであろう。
同様に、現代に生きている女性のうちの誰かが数十万年後のミトコンドリア・イブとなる可能性もある。
ミトコンドリア・イブ自身は、女系を通してたくさんの子孫に恵まれたという以外、何も特別な点はない。



596 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/08(水) 02:11:04 ID:3Jm0jUmh
>>595
誤解よりも、ミトコンドリア論者が系譜図を描く限り確信犯ですよ。
反論が出ると、統合性を維持したい説明論になる。
文中の、「それ以外の核DNAに関して」と他の方法論に還元する。
「母系を辿りつつ父系を辿る」じゃの詭弁で「辿り着く」前提
条件の羅列で「人類の人口の直接関係するものでもない。」と、
最後にゃあ丸投げ開き直りじゃけんのう。
こういう幼稚な文を書く連中に洗脳されとるんがY染色体カルト
じゃと理解し易い例じゃわい。


597 :出土地不明:2009/07/08(水) 02:51:34 ID:GGB0Nrpm
>>596
「母系を辿りつつ父系を辿る」
そんな事が不可能なのは誰だってすぐにわかりますし、研究者の方がそんな主張はしないと思いますが、具体的にそんな主張をしているようなソースはあるのでしょうか?
少なくともこのスレでそんな事を主張している方は居られませんよね?

Y染色体は一定の期間内での父系の先祖が辿れるだけであって
アダム的な存在を辿れる訳ではないのは研究者にとっては当然でしょうし

598 :出土地不明:2009/07/08(水) 03:08:24 ID:GGB0Nrpm
>>596
追記で

1.男系の先祖が辿れる
2.聖書で言うアダムのような最初の男性が辿れる

この二つの混合が良くある誤解で、実際に辿れるのは1のみで2は不可能です
このスレでY染色体を引き合いに出されてる方も1のみを辿れるという前提でしょう

その上で白馬青牛さんは2は辿れなく、1は辿れるという理解でしょうか?

またどのみち2を主張している人がこの場に居ない限り聖書云々言うのは的外れかと

599 :月光仮面:2009/07/08(水) 11:33:38 ID:7dR2XCuW
遼河文明趙宝溝期鹿トーテム文化がカラスク文化期に欧州巨石文化の影響を受け鹿石、石板墓、支石墓文化を生む。この鹿石文化圏陝西省・山西省にあった殷の箕族が遼寧省東部・朝鮮半島平安道・黄海道に
入り支石墓文化を営むが、弥生時代には九州伊都国に入り、更に一部は物部として近畿久宝寺文化
地域に入る。古墳時代には大和布留川沿いに大和王権の有力な豪族となる。殷の婦好同様、ユーラ
シア司母(戦士・祭司女王)としての卑弥呼共立はこの物部が殷から受け継いだ文化遺産であろう。欧州
巨石文化はエジプトピラミッドと共通する面があり、高句麗・応神の小童神神話
とか、息長帯比売の「磐立たす少彦名」、高句麗神話のヘ・ブルと諏訪大社のハフリは太陽鹿シャーマン
ということであるう。エジプト・ピラミッドについては仏人ジャン・ピエール氏によって解明が行われ、先日
NHKで放映された。ソースはこれ↓
http://www.all-about-egypt.com/great-pyramid.html

600 :出土地不明:2009/07/08(水) 11:38:52 ID:MZa047bR
しかも男系、女系ってのはあくまでもY染色体の一部、ミトコンドリア遺伝子
の話で有って、その他殆どの遺伝子の系列は別に問題にしていない。
ってのも理解していないんだよなー。

601 :出土地不明:2009/07/08(水) 19:46:35 ID:xMPtqVdD
月光たん(^-^)/

今月号のムーを立ち読みしたら超ビックリ!!
おいらは日頃こんなオカルト系の雑誌読んだことないけど
「封印された物部神道」というタイトルにひかれて立ち読みしたら
恐ろしいほど見事に月光たん説とシンクロしてるよ(^-^)/

みんなもぜひ読んでみてね!!


602 :出土地不明:2009/07/08(水) 20:44:38 ID:2BJtsIKw
高床式「倉庫」は北方アジアから直伝している。




高床式建物はシベリアやアムールにもあるけど何か?

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1164871625/






603 :月光仮面:2009/07/08(水) 20:59:37 ID:7dR2XCuW
>>601 情報ありがとうございます。

604 :月光仮面:2009/07/08(水) 21:08:28 ID:7dR2XCuW
いささかオーパーツ的になるがテレビでアイルランド、ダナ神族と言うのをやっていたのだが、
トンカラリンのような遺跡に盥のような石器が使用されているシーンがあったが、どうも反射望遠鏡
であり、天頂を横切る天体を観測したようだ。日本では飛騨の森の中で日光を円陣に囲んで観測
した習慣があったとされる。

605 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/08(水) 22:21:06 ID:3Jm0jUmh
>>597-598
研究者が遺伝子系譜を書いたことを無視して、あんたが、研究者の方が
そんな主張はしてないととぼけても無駄ですよ。
男系も辿れるという1.も古い時代まで男系を辿れる根拠が無い云うて、
前から主張しとるでしょう。
あんた、わしの文を読まんふりして、馬鹿げな質問はレスの無駄
云うもんですよ。
ほいで、ミトコンドリア・アダムを主張する限り、聖書伝説の一神教の
世界観ですよ。

606 :出土地不明:2009/07/08(水) 22:49:04 ID:ulXN8Cfl
>>605
>男系も辿れるという1.も古い時代まで男系を辿れる根拠が無い云うて、
>前から主張しとるでしょう。

どういう意味だ?
親から子に遺伝するのだから辿れるではないか。
何を言ってるんだ?



607 :出土地不明:2009/07/08(水) 23:05:25 ID:nzLse5SH
みんな、こんなアマノジャクのレス乞食の相手して、親切なんだな。

608 :出土地不明:2009/07/08(水) 23:08:34 ID:GGB0Nrpm
>>605
>ほいで、ミトコンドリア・アダムを主張する限り、聖書伝説の一神教の世界観ですよ。

えーと、ミトコンドリア・アダムではなくY染色体アダムの事を指して言っているのだと思いますが
これは現代人の父系のみを辿った存在であって、聖書のアダムのような最初の男性とは全く別の存在です

要するにアダムとは名ばかりで人類最初の男性ではなく
男系のみしか辿れないY染色体で辿れる範囲での最古の男性でしかないという意味ですので
人類誕生よりずっと最近までしか辿れませんので聖書のアダムとは殆ど関係ないです

先ずこれについては理解して頂けてるでしょうか?

609 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/09(木) 00:18:11 ID:IExydCWc
>>606
親から子に遺伝する可能性は高いが、古代まで辿れる根拠は
無い云うとるんで。一世代だけで短絡的判断する処が幼稚なのう。
>>607
アマノジャク云うんは、タイム・スリップで見てきたような
精度の低い単一遺伝標識のY染色体で妄想する、このスレのカルト
連中じゃないか。乞食云うて誰がホイトなら。
>>608
ミトコンドリア・イブも男系アダムも聖書のアダムとイブを
想定した聖書伝説で、一神教キリスト教徒の西洋人の思惟方法の
世界観云うことですよ。系譜論である限り一人のアダムに辿れる
前提プログラムでしょう。聖書のアダムを想定せんと、そういう
発想は出てこんでしょうに。リチャード・フォーティ氏が、
聖書伝説の影響を指摘され、科学的でないと云われるんは
その点ですよ。あなたの言に理解するほど、
狭い視点で物事を解釈しませんから無理ですよ。
西洋人の思惟方法は、聖書を読まんと理解できんでしょう。
生物学に限らず、近代思想も、この板に多いマルクス主義の
歴史観も聖書を読まず理解出来んでしょう。
逆に西洋人は日本人の発想は何かと思うとるんか知らんのですが、
日本にゃあ教典が無いですから、「古事記」かも知れませんね。

610 :出土地不明:2009/07/09(木) 00:33:39 ID:TMvWsD69
>>609
>親から子に遺伝する可能性は高いが、古代まで辿れる根拠は
>無い云うとるんで。一世代だけで短絡的判断する処が幼稚なのう。

一世代だけで短絡的判断っておまえアホか。
「遺伝する可能性」じゃなくて遺伝するのだ。
だから遺伝子というのだ。
で親から子に遺伝するのだから、それで祖先を辿れるじゃん。
何を言ってるの?
おまえさぁ、遺伝しなかった例を1つでも出せるのか?



611 :出土地不明:2009/07/09(木) 00:41:53 ID:pCDfBpLW
>>609
お前は進化論も否定するんだな?

白馬青牛は馬鹿だから進化論も理解できないwww

>親から子に遺伝する可能性は高いが、古代まで辿れる根拠は
>無い云うとるんで。一世代だけで短絡的判断する処が幼稚なのう。

612 :出土地不明:2009/07/09(木) 00:46:43 ID:pCDfBpLW
猿と人が共通祖先を持つ可能性は高いが
魚と人が共通祖先を持つ根拠はない

白馬青牛が精一杯がんばって理解した進化論

613 :出土地不明:2009/07/09(木) 10:56:08 ID:sVIiWwPF
>>607
天の邪鬼と言うよりは単なるバカだが、
こいつと月光仮面はほんとスレ汚しなんだよ。
まともな議論ができる場で無くしているからな。
科学にフィクションを持ち込むのは勘弁して欲しいぞ。

614 :月光仮面:2009/07/09(木) 15:36:08 ID:Vs9TjvXN
>>599
>この鹿石文化圏陝西省・山西省にあった殷の箕族が遼寧省東部・朝鮮半島平安道・黄海道に
>入り支石墓文化を営むが、弥生時代には九州伊都国に入り、更に一部は物部として近畿久宝寺
>文化地域に入る。
「「成州邑図録」は長さが三十三a、幅が四十二a、俯瞰図形式で画がかれている。成州(ソンジュ)は
平安南道成川(ソンチョン)の古名で、本沸流王松譲の古都である。松譲王は高句麗始祖東明王が北
扶余から来都した時、多勿候に封ぜられた。多勿(タムル)とは朝鮮古語で旧土回復という意味である。
多勿という地名が地図の中央部にみえる。」
http://www.geocities.jp/sagong_jun/saikotizu.htm
「解夫婁(かいふる) やがて解慕漱に夫婁という王子が生まれ、彼が成長すると王位を継がせた。 
夫婁が王として北扶余を治めていたとき、大臣の阿蘭弗(あらふつ)は奇妙な夢をみた。「天帝が夢枕に
現れ、この地は私の子孫が国を建てるべき場所であるから、汝らは遠慮して立ち退くのじゃ。東海の沿岸
に迦葉原(かはばる)という肥沃な地がある。そこに遷都するがよい」と命じたというのだ。謎めいた話だ
が、夫婁王は神の御託宣に従って東に遷り、王都を迦葉原に築いて国号を東扶余に改めた。」
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/koukurigaisi/kokuri-sinwa1.htm
この迦葉原というのは伽耶ではないかと考える。
>高句麗神話のヘ・ブルと諏訪大社のハフリは太陽鹿シャーマンということであるう。
最後の大祝(おおほうり) 14.10.10
 「神宮寺公民館の館長がご存知かと思いますが、(平成14年)9月1日に諏方弘さんが亡くなり断絶してし
まいました。大祝としては20代(不明)くらいでしょうか、これからはこの地をどう管理していくのか、諏訪市
の考え方次第だと思います。大樹茂る良き光景は今後も守っていきたいものです。」
http://genjin.cool.ne.jp/sanpo/saigo.htm
御柱・四隅突出型墳丘墓・四辺内反結界は南シベリア・オークネフ文化
「オクネフ文化(オクネフぶんか、Okunev culture)とは、ミヌシンスク盆地を中心とするシベリア南部の
青銅器時代の文化で、紀元前2千年紀前半に栄えた。同地域には、前にはアファナシェヴォ文化が、
後にはアンドロノヴォ文化が栄えている。1928年に墓地が発掘されたハカス共和国の地名オクネフに
ちなむ。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%83%8D%E3%83%95%E6%96%87%E5%8C%96
鹿トーテムの綏遠・趙宝溝文化5400 BCE - 4500 BCEの影響下に成立したのであろう。 要するに
箕子朝鮮の内容はこの鹿トーテム沸流族であり、大和布留川の物部、鹿を祭る諏訪大社は沸流国
の末裔なのだ。

615 :月光仮面:2009/07/09(木) 15:41:29 ID:Vs9TjvXN
新羅から渡来した秦氏などの根拠地となった豊前の香春は上記の迦葉原の故事からきており、
大和の橿原も同じ意味であろう。天皇家になったというのではなく物部の中身が沸流(鹿)族だと
いうことなんで勘違いのないように。

616 :出土地不明:2009/07/09(木) 15:51:25 ID:vhyeDCEX
>>585いやだって実際Y染色体(というか国際結婚で男性が行く国)って自国よりダメな
国ばかりじゃないですか・・日本やタイの白人との国際結婚を見てみればいい。白人の男系ばっかりですよw

617 :月光仮面:2009/07/09(木) 16:39:13 ID:Vs9TjvXN
>>614
フル(鹿)国を征圧した後にまたしてもフルという人物が生まれるということは、征伐と言うのが同一
鹿トーテム圏内における単なる政権交代程度であったことを意味しているのであろう。さて、この民族は
高句麗と呼ばれるが、句麗、高麗、フルは皆鹿の意味であり、高句麗の山城はオークネフ高地性集落
と同じルーツ、積石墳も同じルーツであり、これらは古墳時代の直前、倭国乱の時代に日本に到来した
もので、mtDNAの調査結果弥生人と渤海湾、西安方面の中国諸民族と同じ遺伝子を持つことが立証
されていることから、かなり大きな遺伝子の渡来があったものと見られる。

618 :月光仮面:2009/07/09(木) 18:18:51 ID:Vs9TjvXN
>>614
「郡内を沸流江が流れ、郡の西端で大同江に合流する。大同江の対岸は平城市である。北に順川市・
北倉郡、東に新陽郡、南に檜倉郡・平壌市江東郡と境を接する。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E5%B7%9D%E9%83%A1
物部・諏訪大社の人々はピョンヤン北部経由で南下しているが、その前は殷時代、中国山西省から
箕子に率いられて移動してきた。更にその前ははるか北方南シベリア・バイカル方面から、更にそこ
には綏遠・趙宝溝からと長い旅をしてきたようである。

619 :出土地不明:2009/07/09(木) 22:18:38 ID:P+Xlkkzk
入れ墨は日本では旧石器時代からおこなわれている。


タトゥーは少なくともオセアニア大陸で新石器時代からおこなわれていました。
タトゥーをしたミイラが発見されています。日本では旧石器時代から
おこなわれていたと考えられています。その他の多くの文明でも、
それぞれ独特のタトゥーの様式がありました。
http://blog.livedoor.jp/sakae101/index.rdf
日本では旧石器時代からおこなわれていた
日本では旧石器時代からおこなわれていた
日本では旧石器時代からおこなわれていた
日本では旧石器時代からおこなわれていた

620 :出土地不明:2009/07/09(木) 22:19:37 ID:P+Xlkkzk
日本には7000年前の世界最古の入れ墨の証拠遺物がある。


紀元前5,000年前-日本人が世界で初めて?

日本人が最初に入れ墨を取り入れたであろうと想像できる縄文時代の土器が
発掘されています。縄文土器にあしらわれた顔には埋葬者を守る意味合いを
持つ神秘的な「入れ墨」のようなものが認められ、これが入れ墨として記録
されている世界最古のものではないかと想像されています。
また、日本原住民族であるアイヌには優れた入れ墨技術があったものと
思われます。
http://www.ta2.com/tattoohistory.html
紀元前5,000年前-日本人が世界で初めて
入れ墨として記録されている世界最古のもの
紀元前5,000年前-日本人が世界で初めて
入れ墨として記録されている世界最古のもの

621 :出土地不明:2009/07/09(木) 22:20:39 ID:P+Xlkkzk



世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!

紀元前5,000年の縄文時代の土器から、入れ墨をほどこした人面器が
発見されているんだ。
http://www.tnc.ne.jp/oasobi/oasobi03/119tatoo/index.html
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!
世界的に「入れ墨」として認められる最も古い記録はなんと日本!!




622 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/09(木) 23:05:40 ID:IExydCWc
>>610
親から子を時代を遡らせたら空想論じゃし、親から子でも全てか
云うたら、その可能性が高いだけのこと。
>>611
進化論における社会性に還元する、社会ダーウィニズムは否定するよ。
逆に進化論を教えることすら、否定するファンダメンタリストとも違う。
まあ、社会ダーウィニズムの唯物史観、優生学の進化論も、
進化論を唯物論否定のファンダメンタリストの聖書教典原理主義も
似たようなもんじゃ。進化論も終末論も西洋文明優先主義じゃし、
>>613の云うよう科学にファンタジーを持ち込む。
ただ>>613は自分自身の問題としての自覚が無いけぇ、ファンタジー馬鹿よ
のう。

623 :出土地不明:2009/07/09(木) 23:26:22 ID:TMvWsD69
>>622
>親から子を時代を遡らせたら空想論じゃし、親から子でも全てか
>云うたら、その可能性が高いだけのこと。

だから親から子に「遺伝しなかった遺伝子」の例を出せってw
おまえが空想論だろうがボケw

624 :出土地不明:2009/07/10(金) 00:03:51 ID:fMXEXolV
>>622
驚いた
頭は悪いけど進化論は理解できるんだね、よかった。

でもY染色体で遡れることは理解できないんだよね?
なぜ虫や魚と人が共通祖先をもつ進化論を理解できたのか教えてくれ。
Y染色体の理解できない部分を教えることが出来るかもしれない。

625 :出土地不明:2009/07/10(金) 12:09:57 ID:JlTRBKic
「歌垣」は百済の帰化人から伝わっている。


翌宝亀元年(770年)3月には、男女230人が歌垣(うたがき)
には百済から河内の地に渡来した王仁(わに)の末孫たちが奉仕した
との記録が残されています。(続日本紀)
http://www18.ocn.ne.jp/~doukyou/shirukai/sub01.html

弓削の道鏡の出身地で称徳天皇がこの地に遊行されて、百済の人々が
歌垣をして慰めたという
http://www.shiga-miidera.or.jp/serialization/shinra/136.htm

歌垣を行った葛井氏ら六氏は百済からの渡来人を先祖としており
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou26/kaihou26.html

626 :出土地不明:2009/07/10(金) 12:10:49 ID:JlTRBKic
「歌垣」は現在でも朝鮮半島に見られる。


先生は「韓の国紀行『歌垣』」のなかで、「朝鮮民族には凄味がある、
と、ほとほと思ったのは、この仏国寺の松林で野遊びを見、歌垣の
歌声をきき、そして杖鼓(チャング)のリズムをきいたときであった。
http://homepage2.nifty.com/kodaijin-tamat/index.files/karanokuni.htm

日本にも野遊びはあった。万葉のころ歌垣は絶えた。韓国ではいまも
生活の中にある。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/siba/karakuni.htm
 
韓国の山野では野遊びをする人々に出会うという。司馬さんは
「人々は強烈なリズムにのって群舞しており、さながら万葉時代の
歌垣や踏歌を現(うつつ)に見る思い」がすると書いていた。
http://www1.coralnet.or.jp/kn/tenti/c2002401.htm

627 :出土地不明:2009/07/10(金) 12:11:54 ID:JlTRBKic
次に、歌垣(かがい・歌會)について語ろう。七七〇年三月、河内の弓削の称徳離宮で歌垣が
行われた。万代にわたる帝と離宮の存続を祈り、周囲六ヶ村男女二百三十人の渡来人が夜を
通して歌い踊った。歌垣は若い男女にとって、他の部落との間の通婚の機会設定に大きな役割を
果たしていた。このころは、山麓の景勝地まで人々が出かけて、賑やかに野外舞踏会を開いた
ものであった。というよりは、日のあるうちは野に遊び、日が暮れると篝火が灯され、酒が
入って宴は佳境に入る。日野の朝鮮坊山では、毎年歌垣が行われていた。
お月見の習慣と併せて、韓半島からの伝来の風習であった。いまも扶餘や慶州あたりの野原では、
夏の夕べに月見の宴を張る。これを野遊とよんでいる。大和の民衆もこの楽しみをまねて、
農業神事に取り入れた。慶州の仏国寺の松林で、水色・桃色・緑・赤など色とりどりの袴・上衣を
着た老若男女が楽しそうに踊るのを見ることができる。杖鼓を膝の前において鞭のようなバチで
打つ。このリズムに合わせて踊る。韓国ではいまでも一般の家庭で使われている楽器である。
日本舞楽の羯鼓に似た楽器である。筑波山麓の歌會や常陸国風土記にある童子女松原の歌會が
知られている。筑波嶺の歌會で詠んだ歌一首と短歌が万葉集巻九にある。この伝統が盆踊りの形で
現在の日本に引き継がれた。
http://www.tmd.ac.jp/med/mtec/wakamatsu/emperor/historybackground.pdf#search

628 :出土地不明:2009/07/10(金) 12:25:17 ID:RKFAfzk3
朝鮮の歌垣はエベンキ、ギリヤークと同じらしいな。



629 :出土地不明:2009/07/10(金) 12:26:40 ID:E79DD1rb
歌垣の事なら、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%9E%A3
よく読むと、何か分かるよ。


630 :出土地不明:2009/07/10(金) 14:11:26 ID:UjBr0bxs
>>620古くは支那の風習でしょう。埋葬した遺体の額に刺青をすることを「文」といい、
それが他の地域によって様々に異なった文様を見せることから「文化」となる・・

631 :出土地不明:2009/07/10(金) 14:12:43 ID:UjBr0bxs
ダーウィン以外にも
仏教や道教、あるいは儒教の一部にも「進化論」はある。

632 :月光仮面:2009/07/10(金) 15:49:21 ID:+Axn9Rhv
朝鮮半島から日本に渡来したものは稲作を伴ったものではなかった。
http://inoues.net/study/japonica1.html
黄河農業地帯の西・北方面辺境のミレット・牧畜混合経済のものであり、その牧畜の要素が九州
ネイティブ稲作民に受け入れられず、天照大神による素盞嗚命のカミヤライとなった。

633 :月光仮面:2009/07/10(金) 22:09:18 ID:+Axn9Rhv
気候変動と考古学 熊本大学 甲元眞之(熊本大学教授)
http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/7901/1/BR0097_001-052.pdf
48頁 第13図紀元前1300年頃の乾湿地域図「紀元前1千年紀はじめ頃の寒冷化は西ヨーロッパと
東アジアの沿岸地域では湿潤であったのに、中国大陸の北部と西部は反対に極端な乾燥化をもたらし
ていたことが研究されている。」
箕子・素盞嗚命を日本に追い立てたのはこの「極端な乾燥化」にあったのであろう。

634 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/10(金) 22:17:45 ID:xVSpoi6v
>>623
系統論として、Y染色体が遡ったら一人のアダムに辿り着く方が
空想じゃろうに。
>>624
進化論を全面否定するファンダメンタリストも、ネオダーウィニズム
まがいのY染色体遺伝子論者も一神教の聖書伝説が理論の元に
なっとる点じゃぁ変わらんよ。

635 :出土地不明:2009/07/10(金) 23:40:18 ID:L/fFO7lM
>>634
遺伝するのだから、とりあえず一人に辿りつくのは必然だろ?
それを聖書のアダムと一緒にしてごまかすなアホ。

636 :出土地不明:2009/07/11(土) 00:28:47 ID:KR6cPYXE
http://www.hiroburo.com/

637 :出土地不明:2009/07/11(土) 16:47:22 ID:R7Odg4+n
「貫頭衣」は単に人類最初の服装の形で、古代から現代まで世界中に見られる。


●貫頭衣 (かんとうい)
一枚の布を2つに折り、その折り目の中央に穴をあけ、そこから頭を貫いて
(通して)衣服としたもの。エジプト時代から見られる原始的な衣服の
形式である。ポンチョやガラビアなどもこの一種。
http://www.frontstyle.com/dictionary/j_ka.html

人類最初の服装の形は一枚布であったり、一枚布の真ん中に穴を開けて
被るという貫頭衣というシンプルな形であった。
http://homepage1.nifty.com/mottoi/kokusai8.htm

人類の衣服の工夫の中で最も単純な基本形として、貫頭衣の分布は広いが、
南米アンデス諸国に見られるポンチョがその代表的なものとされている。
http://www.h6.dion.ne.jp/~fu35/minzokuHP/ajia/indonesia.htm

638 :出土地不明:2009/07/11(土) 16:48:30 ID:R7Odg4+n
古代ローマ時代の貫頭衣のような、一枚の布の頭の部分をくりぬいた
だけの服を着ていた。
http://home.att.ne.jp/red/senseofwondr/mou2.htm

古代中国もローマもギリシャも布を纏うか貫頭衣であった。
http://www.lcv.ne.jp/~yokota/contents/mumble/ykt/970410.htm

ローマ時代のイタリアでは男性はトーガという貫頭衣
http://www.psats.or.jp/psats.or.jp/column/nakamura027column.html00

639 :出土地不明:2009/07/11(土) 17:44:31 ID:pmF9dLk1
>>634
>系統論として、Y染色体が遡ったら一人のアダムに辿り着く方が
>空想じゃろうに。

全ての動物は遡ったら一つの種に辿り着く

全てのY染色体は遡ったら1人に辿り着く


宗教的理由から進化論を否定している連中は少数だかいる
でもY染色体を理解できないのは、
世界中で白馬青牛だけ

640 :出土地不明:2009/07/11(土) 21:19:07 ID:kUPZ9u2P
もう訳が解らないしメンドクサイから、「あっちこっちの人間の混血で今の日本人ができた」でいいよ。

641 :出土地不明:2009/07/11(土) 21:24:58 ID:o5dynqKY
>>640
それは朝鮮人ね

642 :出土地不明:2009/07/12(日) 10:19:47 ID:6F3I7H2K
連合軍にレイプされて混血児残しまくりの日本が何を言うw

643 :出土地不明:2009/07/12(日) 10:26:20 ID:R2MkYHbH
モンゴル中国満州の属国だった朝鮮人が何を言う

644 :出土地不明:2009/07/12(日) 18:36:10 ID:FLO5E7rU
>>642
全体の1%にもなってないw
いや0,1%にもなってないだろうな。

645 :出土地不明:2009/07/13(月) 00:08:38 ID:pIlcrnur
>>642
それも朝鮮の話ね

646 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/13(月) 00:38:24 ID:iO0m82vb
>>639
ついに、一人のアダムに辿り着く云う妄想論の本音が出たのう。
宗教的云うて、おどれら聖書伝説の妄想遺伝子カルトが、
宗教教典原理主義のファンダメンタリストを批判出来る立場
じゃあるまい。ナチスの優生学やマルクスの社会ダーウィニズム
進化論か、原理主義の教典主義のカルト度を争うだけの問題じゃ
けんのう。

647 :出土地不明:2009/07/13(月) 01:20:08 ID:w8fIv9bG
>>646
おまえのようなアホも珍しいな。w
同じことばっかりお経のように繰返してるし。

化石みたいなアホだw

648 :出土地不明:2009/07/13(月) 02:23:08 ID:YPuT2qYp
>>646

>>511「詭弁の特徴15条」 >>512

6:一見関係ありそうで関係ない話を始める
8:知能障害を起こす
11:レッテル貼りをする

ラベリング型:発言内容を問うのではなく相手の姿勢そのものをレッテル貼り
            (ラベリング)することで、議論を一方的に誘導しようとする。

649 :出土地不明:2009/07/13(月) 02:26:33 ID:WLkA2vqC
ここに限らず2Ch上の特に日本人のアイデンティティに関わる問題の
スレでは必ずそれを壊そうとする連中がワラワラと現れる。
それが実際、朝鮮人か在日か或いはそれを装った米国大使館の
エージェントかは知るところではないが、日本人が一体感を持つと
確かに強力になるからで、それを右傾化とかレッテル張るのも、
よほど厭だからなんだろうね。
まあこのスレ上でのパターンではわざと挑発的な言葉やレッテル張り
で一部の住人をいきり立てさせ荒れさせることにより冷静に議論
したい人の敬遠、忌避を目論でいるんだろうな。
工作のレベルとしては下等な部類です、なめられたもんだ。
とにかく連中の悪意を読んでそれに対応してオクレヨ、D2を
引き継ぐ諸兄よ。
かまっちゃったら負けだ。

650 :出土地不明:2009/07/13(月) 13:37:57 ID:ChPZhCPb
>>649
降参
どう縦読み?

651 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/13(月) 23:04:16 ID:iO0m82vb
>>647
はぁ?同じお経を繰り返しよるんは、あんたど。
>>649
嫌韓、反米云うことか。中共の江南倭人の起源を批判せん処、
あんた、中共のエージェントじゃないか。長江派及び縄文派の
工作員じゃのう。つまり江南に諂う慕夏主義と縄文という
中朝論を唱える朱子学論者じゃのう。
日本の国粋主義は、中共や朝鮮と変わらん朱子学攘夷思想じゃ
けんのう。左翼フェミニストの方も南方母系社会に憧れる
南方論者じゃけぇ、思想的右巻きと左巻きは似とるよ。
高群逸枝女史も、戦前女性運動から戦時中は一転し、
あんたのように日本人の一体感と同様、戦争を煽って、
敗戦になると再び女性解放運動、平和主義者になったわ。
ほいで、あんたが煽る日本人の一体感たぁ何なら?
戦争中でも、他部隊に退却命令を伝えずに退却し置いてけぼりに
する処なんか 嫉妬、功名から日本人同士の足の引っ張り合い
そのものじゃ。
日本人は小組織でしか一体感が保てんのじゃないか。
軍なら上層部の世界の馴れ合い、郷土の将兵は郷土部隊においての
団結よ。
今でも業界用語があるよう、自分の所属しとる処の狭い団結で
自分達の業界だけで通用する言葉を使いたがり、他の世界と区別
したいんじゃろう。ほいで自分の業界や学界でもええが、
外の世界を遮断し、自己組織の世界で妄想するけぇのう。
そがぁなんは政治的左右以前の問題じゃ。

652 :出土地不明:2009/07/13(月) 23:54:23 ID:w8fIv9bG
>>651
何がはぁ?だバカ。
おまえもう出て行けクズ。

653 :出土地不明:2009/07/14(火) 02:27:15 ID:imUT8C9/
右とか左とかパンツの中の逸物じゃあるまいし、すぐそんなアナクロ
持ち出す世代って学生時代、授業に行かずに机の砦をこさえてた愉快
な世代ですか?勉強し足りなかった事を後悔して読書にいそしんで
いるようだけど、時代は変わって自然科学的素養がないと今の考古学
について行けないからといってそれを否定しているのは逃避という
ものでしょう。
考古遺物じゃあるまいし人間の思想形態を細かく分類するのがお好き
なようですが、それ何ほどの意味があるのですか?
ある学派にカテゴライズされればみなドローンになるとでも?
学問は是々非々でしょう。
・中共が古代非漢族弥生人説をプッシュする動機ってなに?
・人間集団がアイデンティティを共有すると思想的隘路に陥るという
 根拠がわからない。それが排他的なるとしたら個人の人格に関わる
 問題に過ぎない。国防婦人会が下劣な集団だというのには異論が
 無いが、あれの目的はただの保身でしょう。人となにかを共感する
 喜び、なにか達成することに充実感を感じた事は無いのですか?
・誰が古き良き戦前とやらに戻れといっているの?
 常套手段の旧軍の話を持ち出しているけど、あれに普遍的な行動
 パターンなんかありませんよ。言うとおりの例もあれば、囮を
 買ってでたり進んで玉砕島に救援に赴いて全滅した連隊だって
 あるし。骨を分析するより人間を理解するほうが有益だよ。

 

654 :出土地不明:2009/07/14(火) 11:03:59 ID:+z4vdovH
アイヌにC3が多いのがよく分からない。

ひょっとして、大和朝廷は5世紀以降、
「夷を以て夷を制す」みたく、
渡来系を蝦夷と対峙させてきた傾向があるので、
その時の遺伝子だろうか。
実際、信濃や群馬には渡来系の足跡が明確に有るし。

655 :月光仮面:2009/07/14(火) 11:41:40 ID:LgjJUmmi
↑なるほど。

656 :出土地不明:2009/07/14(火) 12:34:35 ID:KMp3vlf6
アイヌは、
サンプルが少ないだけでなく、
母集団自体が少ない

だから、母集団が衰退していく過程での偶然の作用で
特定グループが支配的になっている
という可能性も十分考えられる。

これは、シベリアとかほかの少数民族でも言えること。

奈良時代ぐらいの遺伝子割合の再現は、もはや絶望的。

アイヌはDが多いは言えるかもしれないが、
C3の割合が本土と比べてどうこうとかまでは、もはや言っても意味がない
という気がする。

657 :出土地不明:2009/07/14(火) 18:44:18 ID:wC7YEPV+
ヒトのY系遺伝子って一人に遡れるって変じゃね?人類がサルから分岐したときは
一組のつがいだけが直立二足歩行して火を使い出したの?

658 :出土地不明:2009/07/14(火) 19:41:27 ID:KMp3vlf6
Y染色体は、父親から息子にしか受け継がれない。
父親と息子のY染色体は、突然変異が起きない限り、全く同じである。

息子がそのまた息子を残さない可能性はかなりある。

ということで、統計学的にシミュレートすると、
何十世代か後には、たった1人のY染色体しか残らない確率が高い
ということになるらしい。

ここで大事なことは、
Y染色体を現代まで残せたとしても、四十数本ある残りの染色体中のDNA
を残せたことにはならないこと、
Y染色体が伝える遺伝情報はほとんどないということだ。
Y染色体のアダム的存在は、
男性すべてが常に男性子孫を残すという前提が成り立たない以上、
いつの時代にも成立しえる(20万年前のアダム、15万年前の、10万年前の
というふうに)。
そして、いずれのアダムについても、
Y染色体以外は、DNAの1塩基さえも残せなかったとしても不思議ではない。

話題のC,D, Oとかいうのは、
DNAの変異が生じるのはまれであるから、
多数の人のDNAのを比較し、
変異a, b,cがあるとして、
aだけ、a+b, a+cの3種類の人間がいるとすると、
最初 a 変異だけの人間が生まれ、その後ほかの2種類がa変異を持つ人の中から生じた
と解釈していく。
b,cのどちらが先に生じたかは分からないので、
分布の地理的状況や考古学資料から推論していく。


659 :出土地不明:2009/07/14(火) 21:21:06 ID:4nqc09E3
>>657
多くのY遺伝子は絶滅しました。

660 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/14(火) 23:14:31 ID:/AAKFPuc
>>653
そもそも右傾化が、どうじゃこうじゃ云うたんはおどれで。
わしは学生時代から、教師の言を額面通り受け取る洗脳され易い
人間じゃ無かったし、ガリ勉は軽蔑しとったよ。まあ、読書は
子供の頃からの趣味じゃったけど、学校勉強ばっかししたら
馬鹿になる認識ぐらいは持っとったよ。
時代が変わっても学問の説は、日本人の起源についても江戸時代から
さほど変わっとらんよ。林羅山のように天皇家中国系を唱える
見解は朱子学慕夏主義で、現在の長江派の江南倭人説に、中朝論の
日本こそ中華文明継続直系とする中朝論は、現在の縄文文明派で、
あんたを含めたこの板のY染色体カルトも同様じゃないか。
一方現実派の新井白石のように、日本の起源は朝鮮、高句麗も
含めると満州に及ぶ地域とする見解で、江南縄文ファンタジー派と
北東アジア起源の現実派(あんたが嫌う親米派も加わるか)の構造は
現代でも変わらんよ。
中共は朝鮮半島に東北工程、日本には倭人工程云う言葉が適切か
知らんが、中国系(江南人)が倭人となったゆえ日本も中国の物と
云う中華主義のことよ。学問なんか政治利用の道具に利用される
側面を知らんぷりの無視しても意味があるまい。その点は自然科学者
も変わらんよ。

661 :出土地不明:2009/07/14(火) 23:22:02 ID:2/UMUd69
>>657
信じられないかも知れないが
人と猿も1つがいの共通祖先を持つし
人とカエルも1つがいの共通祖先を持つ

662 :出土地不明:2009/07/14(火) 23:29:09 ID:KMp3vlf6
>>651
「1つがいの」共通祖先という説は、
見たことがないし、
そうでなくてはならない理由が1つも思いつかないし、
証明できるとも思えない。

mtイヴを支持する遺伝学者の多くも、
Y染色体調査をやってる人も、その話は信じていないと思う。

もとより証明不能な過去の話であるから可能性はゼロと断定できるわけではないが、
私には、それは信じられない。



663 :出土地不明:2009/07/14(火) 23:50:48 ID:dDizK1NJ
>>660
学問が昔から変わらんて?
確かに温故知新、新たな装いをもって昔の説は
復活することもあるが、それは新しい道具、武器を
携えて登場してくる。昔の人はわかっていたよと
嘯くだろうが、ツールの発展があってこそ、
本当に理解されようもの。
数学でも何とか予想というのが提示されてもその証明に
どのくらい時間が掛かると思っているんだ。

君は徒然草の第百五十段の「能をつかむとする人」でも
よんで頭を冷やせ。

664 :出土地不明:2009/07/14(火) 23:58:09 ID:+z4vdovH
>>658
>父親と息子のY染色体は、突然変異が起きない限り、全く同じである。

全く同じでなく、大部分は受け継がれるが、
必ず一部分が変異し、
だからこそその変異で祖先を遡れると聞いたけど。


665 :出土地不明:2009/07/15(水) 00:01:25 ID:+z4vdovH
だいたい父親と息子のY染色体が全く同じなら、
殺人事件で親子が捕まったりして…w
まぁ冗談でなくそういう事になるんじゃないのか?

666 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/15(水) 00:10:26 ID:sPkULhyC
>>653
続き。国防婦人会も愛国婦人会等、戦争を煽るんは女性だけじゃ
のうて男女とも扇動者はおるもんじゃ。男の場合は保身じゃぁ
無かったんか?軍上層将校なんか軍人恩給を貰う為相当の保身者じゃ
った思うけどのう。人間は人や動物のペットでもええが、共感、
達成で喜びを分かち合うが、戦場では戦友、自部隊の成果に
おいても同じことよ。
古き良き戦前云うても、戦前は今の中共や北朝鮮のような
共産主義国と同様、全体主義国家、警察国家で美化する必要も
あるまい。
旧軍の話は、あんたにとって都合が悪りいんか。ほいじゃあ続けた
ろうよ。普遍的な行動の根元は、まず軍隊へ入隊した者には、
他人の物を盗むことを教える。他人のゲートルを盗むことで、
どんくさい者の誰かがビンタくらう。自分の班以外のしゃもじに
至っても盗ませることで競争意識を煽るんじゃ。
わしの身内の人なんか子分にゲートルを何枚も確保させとったし、
気に入らん古兵や上官がおったら殴る悪兵じゃったけぇ、
軍隊生活も楽しいもんじゃったが、要領が悪うて、言いなりになる
人間は地獄じゃろう。
囮云うたら、南方じゃないが、中国戦線でも敗北した、シ江作戦で
オトリに使用されることが解った68Dの将校、下士官、古参兵の
入院が相次いだんは、消極的、合理的な出動拒否じゃ。
敗戦から生き残って帰って来た古参兵に、入院して参加せんかった
兵隊が「お前ら何の為に参加したしたんか」と馬鹿にされたと云う。
大阪編成師団の合理主義があったとしても、みすみすオトリにされる
戦闘に出るんは望まんのが本音で、逃げ場の無い南方島嶼じゃこうも
行かんけどのう。その南方でも玉砕した部隊は美談が残るが
全滅玉砕までに至らんかった部隊間では足の引っ張り合い、
同じ日本の友軍の物を盗むし、乞食部隊同然じゃったよ。
戦場の奇麗事だけ云うても意味があるまい。戦場は戦友愛で
美しいものもあれば、日本人の恥である醜い場面もある。
左翼が日本軍は全てが悪りい云うとコインの裏表のような、
日本軍の行為は全て正しい云う美化工作は無意味じゃ。

667 :出土地不明:2009/07/15(水) 00:36:04 ID:YUdEEX7D
「日本では」という風に日本だけで単一対象として論じるからそういうことになるのでは?
日本とか他国とかいう以前に「人類共通の何か」を探してそれを基準に戦争でもなんでも語ったほうがいいと思う。

668 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/15(水) 02:09:00 ID:sPkULhyC
>>663-667
学説は昔から変わらんし、近代科学の新しい道具や武器を持って
しても、基本的構図は変わらんよ。学説じゃ無うても、
日本の上層部が部下を見捨てて逃げる体質も、徳川慶喜さんが、
江戸に逃げるよう、軍上層部が満州で同胞の日本人開拓団を見捨てて
逃げるよう、現代のエリート官僚に至るまで日本の上層部の体質が
変わらんのと同じじゃ。自分の義務を果たすイギリスの
上層部とは違う。日本云うか東アジアのエリートは科挙、
東アジアの朱子学的上層階層で、西洋とは歴史が異なる。
「人類共通」云うたぁ、地域的特色の分類の方が大切じゃ。

669 :出土地不明:2009/07/15(水) 06:21:39 ID:MArbN9oU
>666久々いい白馬節拝聴致しました。

670 :月光仮面:2009/07/15(水) 09:28:44 ID:EnWXl+GD
日本人はどこから来たか。まず旧石器時代、縄文時代のこと
については南方とか北方とか程度の話にとどまるのはしょうがない。
弥生・古墳・白鳳時代の渡来については日中韓の間の歴史を
整理すれば道筋が見えてくる。この時代の基本構造は熊本大学
甲元教授の
http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/7901/1/BR0097_001-052.pdf 
p48の地図参照。いわゆる中国沿岸部と後背地が前1千年紀
の環境によって区分されている。この後背地、斜線ではない部分
にいたところの半農半牧民の環境劣化による中原、半島への移動
が基本的な原因だ。

671 :出土地不明:2009/07/15(水) 09:40:00 ID:EBc+JKON
>>668
ここは科学的考察をするスレ、お前は場違いだから出てくるな。

672 :月光仮面:2009/07/15(水) 10:02:57 ID:EnWXl+GD
箕子朝鮮は山西省を本拠とした殷系ノマド - 2009/07/15(水)
箕子朝鮮は山西省に本拠を持っていたノマド。遼東・楽浪・佐賀県において
支石墓を営むが、これはインド南部に移動したアーリアと似ている。相違点は
支石墓に舷窓のないことで、おそらくは、統治思想がアーリア系ではなくイラン系
であったのであろう。欧州にも舷窓のあるドルメンはない。舷窓のあるのはコーカ
サス、南インドだけでこれはアーリアがミタンニ経由インドに入ったことを物語るの
だと思う。殷のノマドの特徴は日本では銅戈とされる武器であり、河内物部は
佐賀県から畿内に移動したものと思われる。仲哀朝に伊都県主イトデが帰順
する際に出自を新羅オロサンに降臨したものとするのは箕子朝鮮ラストエンペラー
基準が伊都国に亡命したことを物語るのであろう。物部は最終的に信濃に
引退している。

673 :月光仮面:2009/07/15(水) 10:24:56 ID:EnWXl+GD
九州の場合、佐賀県は山西省箕子朝鮮ノマド(現代コレアンとは関係なし)、大分県は
甘粛省出身の秦氏、熊本県はソグド(エフタル)系コーカソイドである地下式横穴墳人
(沖縄経由唐に移動した様子、これが熊襲であろう)等がおり、日向には神武の系統が
いた。神武には古い東夷の面影も残る。

674 :月光仮面:2009/07/15(水) 15:37:34 ID:EnWXl+GD
秦氏のいう夕月民というのは月氏のことであり、以前は犬戎とされていたもの。
サカというのは犬の意味があり、エジプト・アマルナ朝でサガスとされたのも
おなじようなものではなかろうか。日本にスキタイパンテオンを持ち込んだのは
この月氏によるもの。彼らは大月氏国を建設し繁栄を極めた。彼らのおかげで
倭国・新羅は遠くギリシャ・ローマの文化に接することができた。

675 :出土地不明:2009/07/16(木) 18:19:10 ID:vGpy+KI/
>>668イギリスの上流階級は主に中世に渡ってきたドイツ系なのにどういうわけか
イギリスの原住民を守りますよね。しかしそれは常日頃は民の税金で遊んでるからそういう
責任感がじわじわと生まれてくるのかもしれない。それと本来的に儒教的な軍隊で
あれば上層部だけが見苦しく逃げず、最後まで君主のために戦うと思いますよ。日本軍が
敗走したのはあの戦争にしっかりとした「目的・意味」がなかったから途中で空中分解して
しまったのではないかと。

676 :出土地不明:2009/07/16(木) 18:21:22 ID:vGpy+KI/
それと朱子学と科挙と「戦争での無責任な振る舞い」はどう繋がるのでしょう?
清朝のとき、欧米日連合軍に北京が落とされたときに自殺した留学生もいたんですよ。

677 :出土地不明:2009/07/16(木) 22:12:57 ID:BH/sVgOo
>>コテ氏
スレ違いの話も大概にすべきと存ずるが…。
ノウブレス・オブリージュが眩しいかい?日本人は駄目かい?
国民性に上下・美醜を決め付けるのは、この板・スレに相応しくないよ。
下らん言い合いがしたいのなら東亜板にいくらでも相手がいるだろうに。
弥生人が越人(ふぁんたじー?)だろうと満州騎馬民族(ゲンジツ派?
えっ?)だろうとそれで気分を害したりする必要は無いよ。
ただ物証をつき合わせて、その論理的帰結を探りたいんだ。
そういう人たちが集うスレのはずなのに、自説に沿わない意見を根拠も無し
に後ろ足で砂をぶっかけていくから、アンタ嫌われるんだって。
いやそういう反応を楽しんでいるだけとしか思えんな。
俺も釣られたか…。
ただ疑問なのはアンタあんまり日本人社会に良い心象が無いみたいだが
それなのになぜ日本人のルーツに関心があるの?
日本語は上手いよな。
いやいやレッテル張りは良くないな。されてもするなだな。


678 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/16(木) 22:58:50 ID:fGBrMdgL
>>671
ここは、単一遺伝子標識で妄想するスレになっとるんが実像じゃ
ないか。
>>675-676
イギリスの上流階級が、主にドイツ系云うより、北欧系云うた方が
ええでしょう。ほいでイギリスの原住民云うたらケルト系の
スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人じゃが、
守る云うたぁ領国に加えたり、土地を奪ったり、言語を強制したり
した歴史も知らんようですね。
ほいで、儒教的軍隊云うて何ですか?日本軍にも目的と意味なら、
アジアの解放云うスローガンもありましたよ。現実はスローガンと
違いますけどね。
朱子学云うより科挙と無責任な振る舞いは繋がるでしょう。
試験制度で選ばれた人間たちですから、戦争で死んで仕舞うたら、
現世利益を得ぬまま死ぬるんは採算が合わんことですから。

679 :出土地不明:2009/07/16(木) 23:14:25 ID:y7oqZp5B
>>678
あはは、お前ハプロイドその物が理解できてないじゃん(笑笑笑)

680 :出土地不明:2009/07/16(木) 23:45:19 ID:SzXiMZO6
チンギスハーンの墓が見付かってないのに証明できないなんて言ってた時点で
このコテは遺伝子学が理解できてないのがバレバレ。

681 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/16(木) 23:46:43 ID:fGBrMdgL
>>677
ノブレス・オブリージュ(高貴な身分に生まれた者は、それに伴う
義務がある)は、階級社会の西洋にあっても、階級性に乏しい
日本や東アジアにゃあ無いのう。中国で唐が滅ぶ頃にゃあ
貴族社会が崩壊し、唐代から科挙が徐々に力を持ち出してから、
周辺の日本や朝鮮も貴族制が崩壊したわ。朝鮮の両班や日本の
武士は貴族じゃないし、下剋上で階級の流動性が強い。
西洋も東アジアの歴史も、それぞれ長短あるわけじゃけぇ、
あんたのように国民性に上下云う優生学的見解で眺める
レイシストたぁ違うよ。
物証もどう考えるかの見解で、出土品はサンプルに過ぎん。
つまりスルメを見て、実物のイカを空想でもするんか?
論理的帰結たぁ抽象的観念論じゃないか。そういう空理空論の
人たちが集うて、根拠も無い妄想垂れよるけぇ、わしがカバチ
垂れるんじゃ。わしが嫌われようと、あんたにゃあ関係あるまあ。
あんたあ、人に好かれる為の媚や諂いで今まで生きてきたん
かいのう。
ほいで結局、わしが日本人じゃないように工作か。つまらん。


682 :出土地不明:2009/07/16(木) 23:50:39 ID:SzXiMZO6
>>681
形質人類学なんてほざいてるお前が何言ってるんだハゲ。
ウザい。
このスレからもう出て行け。

683 :出土地不明:2009/07/17(金) 00:32:57 ID:ahkt+wVm
Y染色体で父系祖先がわからないというアホは世界中で白馬青牛だけ

相対性理論は間違っている
進化論は間違っている

↑こういう輩はいるが、

地球は回っていない、太陽が地球の周りを回っている
Y染色体では父系祖先はわからない

ここまで頭が悪いのは見たことがない

684 :出土地不明:2009/07/17(金) 01:21:12 ID:MurmTauM
しかし中華人民共和国(含朝鮮半島)ってのもある意味凄い国だよな
世界中のあらゆる国から漏れなく嫌われるって中々できる事じゃない
もはや種と種の争いだ
人類の敵はウィルスなどではなく中国人(含朝鮮人)なのかもしれない

685 :出土地不明:2009/07/17(金) 05:45:54 ID:viRdlT+c
しょーもな

686 :出土地不明:2009/07/17(金) 12:28:57 ID:3H5UudN9
「鳥居」の登場は8C。


鳥居の起源については諸説あるが、確かなことは分かっていない。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)を天岩戸から引きずり出す
ために鳴かせた「常世の長鳴鳥」(鶏)に因み、神前に鶏の止まり木を
置いたことが起源であるとする説、インドの仏教やヒンズー教に
みられるトラナや中国の華表など海外に起源を求める説などがある。
いずれにせよ、8世紀ごろに現在の形が確立している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%85

8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している

687 :出土地不明:2009/07/18(土) 18:21:23 ID:eQSuZmfX
魏志倭人伝には倭人が「断髪」をしていたなんて書かれていない。
倭人の男子は皆、髪を結って露わにし、木綿を頭に巻いていたと書かれている。




男子皆露? 以木緜招頭

http://www.g-hopper.ne.jp/bunn/gisi/gisi.html
http://boat.zero.ad.jp/~zaw10107/1/yayoi_2.htm
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm





688 :出土地不明:2009/07/19(日) 16:32:08 ID:DgU/lPe+
「糸引き納豆」の登場は室町時代頃、「なれずし」は7C頃に朝鮮経由で伝わる。


平安時代の文献にも塩辛納豆の名は残っているが、一般に広まったのは
室町時代以降でこの頃から糸引き納豆も登場しており区別するために
塩辛納豆を久喜と呼び糸引き納豆を単に納豆と呼ぶようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86

日本最古のすしといわれる「鮒ずし」は、7世紀、近江大津宮に天智天皇が
遷都した以前からこの地にあったといいます。フナずしは、すしといっても
現在の握りずしとは違い、すしの原型といわれる「なれずし」の一種です。
なれずしは、米作民族が考え出した動物性タンパク質の原始的な保存法で、
そのルーツは東南アジアとされ、中国、朝鮮をへて日本へも伝えられました。
http://asamiya.sakura.ne.jp/gotouti/siga/siga.html

689 :出土地不明:2009/07/19(日) 18:19:01 ID:dxWmlyov
すしは、稲作(いなさく)と同じように、中国南部から九州を通って日本に入ってきたと考えられています。
奈良時代の文書にすしのことが書いてあるので、その頃(ころ)にはすしが食べられていたことがわかります。
早ければ縄文(じょうもん)時代の終わり頃に、すしは日本に入ってきていたのかもしれません。

韓国で「なれずし」が文献(ぶんけん)に登場するのは、1200年代になってからです。
http://www.kodomo-silkroad.net/denpa/food/sushi.html

690 :出土地不明:2009/07/19(日) 20:03:16 ID:60pA+hbL
すしが中国南部から九州を通って日本に入ってきたなら
何で文献的な証拠がねえんだよ?w

最古級のすしの文献的な証拠があるのは畿内だぜ。

691 :出土地不明:2009/07/19(日) 21:05:28 ID:pBxVF7/9
朝鮮半島の最古級のすしの文献的な証拠が、
日本より古いのがあるのなら、出せよ。


692 :出土地不明:2009/07/19(日) 21:36:00 ID:dxWmlyov
なれずし

日本に伝わったのは弥生時代か、それ以前か。
稲作ととともに伝来したとの見方もある。
この分野でもう一人の泰斗の小泉武夫氏によると、
中国大陸から直接日本列島に伝わってきたルートか、
中国雲南省からメコン川を下ってラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを経て
南シナ海経由で日本に達するルートの二つが考えられるようだ。
http://www.kanshin.com/keyword/980978


693 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/20(月) 00:26:49 ID:sXttxq14
>>683
一人のアダムに辿れる証明は出来たか?
>>684
マルクス史観のアジア的専制の呪縛から解放されたい為、
日本だけは西洋と価値観が近いように慕夏する左翼の本音か、
ナチス優生学を慕うY染色体論者の本音か、どっちかのう?
まあ、両者ドイツ観念論慕夏で似たようなもんじゃ。

694 :出土地不明:2009/07/20(月) 00:33:30 ID:Jttaa/NM
>>693
おまえがY染色体で男系祖先を辿れないという新説出してるんだから、
おまえが証明する義務があるんだよ。
逃げるな。

695 :出土地不明:2009/07/20(月) 01:04:07 ID:MejtcJoo
>>692
なれずしみたいな高度な料理を伝えておいて、
何で当時の他の江南の中国料理を一つも伝えんのだ?

その江南人は生まれて以来、なれずし以外の江南の料理食わんかったんか?w

それとも江南にはなれずししか料理が無かったのか?w

だいたい小泉武夫みたいな安田喜憲クラスのデムパ野郎出してんじゃねーよカス。

696 :出土地不明:2009/07/20(月) 02:08:55 ID:nbhoIpWS
>>693
一人のY染色体アダム、ミトコンドリアイブに辿れる
地球が太陽の周りを回っている

こういうのは、
なぜ理解できないのか?、どこで躓いたのか?がわからないと教えようがない

こんな珍説述べているのは、世界中でお前だけだからwww

697 :出土地不明:2009/07/20(月) 02:13:28 ID:/8ZmpBUX
朝鮮半島には、寒冷地でも育つ稲の品種を教えてあげた。

698 :出土地不明:2009/07/20(月) 02:43:44 ID:29Vp0uSk
>>678私も詳しくは知りませんが現在そのウェールズ人だとか
イングランド人の元となったのはドイツからやってきた
アングロ・サクソンなのでは?それ以前が北欧の海賊である
ノルマン人、その前がローマ人、最初がケルト(大陸にもケルトは
いますが)。海賊といえば以前北欧でヴァイキング時代の遺跡にモンゴロイドが
貴族葬されている墓が発見されたそうですが、彼はいったい何者
なのでしょうか?

699 :出土地不明:2009/07/20(月) 02:45:08 ID:29Vp0uSk
>>695様々な調理法が伝来して定着したのが熟鮨だったのでは?

700 :出土地不明:2009/07/20(月) 02:47:26 ID:29Vp0uSk
>>678科挙に受かった官僚たちも敵に寝返るもの、最後まで中原のために暴力に
立ち向かった者、様々ですよ。

701 :出土地不明:2009/07/20(月) 02:51:13 ID:29Vp0uSk
>>679唐に留学した日本人たちは律令制は持ち込んでも科挙制度は
取り入れませんでした。その結果現在にも連なる日本独特の「血の
支配制度」が続き、上下の流動など戦国時代以外に殆どありませんよ。
その時代にしたって血の格の高下は生涯なり上がりたちを悩ませる
こととなる。結局この血筋に対する迷信ゆえに日本の場合は権力の
健康的な循環が起きず、碌なことにならないんです。

702 :出土地不明:2009/07/20(月) 02:54:28 ID:29Vp0uSk
>>696私も一人の男性・女性にたどり着けるというのは間違いだと思います。
それは前提として「人はいきなり一つがいとして他の生物から切り離されて
この世に誕生した」という状況が成立しないとそうなりえないからです。
地球上にサルから進化した(とされる)人間が一組だけで、彼らだけが子孫を
残した、なんてありえないです。だとするとニワトリや犬だって最初の雌雄が
他のものと分離して存在しないといけないことになるわけですから。

703 :出土地不明:2009/07/20(月) 10:16:59 ID:bia1VjIl
>>702
>地球上にサルから進化した(とされる)人間が一組だけで、彼らだけが子孫を
残した、なんてありえないです

そうではなくて、とりあえず一人に辿り付けるんだけど、
その人以前にも当然人類がいただろう。
じゃその辿り付けた一人というのは何かと言えば、
遺伝子が残る条件が偶然整ってたからこそ、
その人の遺伝子が現在まで残ってるだけという事でしょ。

704 :出土地不明:2009/07/20(月) 14:59:37 ID:nbhoIpWS
>>702
君は小学生かな?
言葉の意味を調べてみよう

@Y染色体アダム
Aミトコンドリアイブ

705 :出土地不明:2009/07/20(月) 16:44:30 ID:e8t+vdpx
>>702
猿から進化したんじゃなく猿と祖先が共通ね。
全ての生物は進化の頂点にいるんだよ。

706 :出土地不明:2009/07/20(月) 21:16:51 ID:JBg1wG77
「鵜飼」は満州や朝鮮半島にも見られる。


満州の京都ともいわれた古都吉林の松花江の鵜飼は6月から9月までの日中に
行われる。鵜縄をつけずに川に放った鵜が魚をくわえると網で船にすくい
あげて吐かせるという満州式の鵜飼であった。
http://www.jiyuu-shikan.org/shoseki_video4.html

日本の鵜飼いは、鳥居氏に便乗すれば、江南よりも朝鮮や満州の
北方民族から伝わったのかもしれません。鴨緑江や松花江などでも
鵜飼いは見られます(注9)。
http://www.han.org/a/half-moon/hm080.html

707 :出土地不明:2009/07/20(月) 21:23:45 ID:JBg1wG77
しかも日本の「鵜飼」は中国よりも古い。


鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に鵜養部のことが見え、
『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。また中国の史書
『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった
漁法として紹介されている。

隋書の書かれた時代には鵜飼いは中国人にとって珍しい漁法だったが、
その後中国においても鵜飼い漁法が定着した。

確実な記録として最古の物は、10世紀の文人・陶穀が残した『清異録』
(965年)において、当塗(安徽省太平府の都市)の漁民が「魚を捕らえる
のに非常に機敏な鵜を使う」と記述されているのが最初である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C%E9%A3%BC%E3%81%84

708 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/20(月) 23:28:33 ID:sXttxq14
>>698
ウェールズ人は、中部ヨーロッパのアルプス人種のケルト系と更に先住民の
地中海人種系が山岳部に多く残っとるでしょう。スコットランドでも、
高地地方は、濃い髪と濃い色の目が多いですし。島国では古い住民の
形質が辺境に残る点は日本と変わりません。アングロ・サクソンの
アングロ族やユート族はデンマークからの渡来人ですよ。サクソン族は
ドイツ北部からの渡来人ですが、北欧からドイツに南下した部族です。
北欧のデーン人やノール人、デンマークからフランスのノルマンディ地方
の領主となって、イギリスを支配をした、ノルマンやヴァイキングは、
アングロ・サクソンの後からの渡来人ですよ。ヴァイキング時代の
モンゴロイドとは、mtDNAでしょう。形質的にモンゴロイドで
あったかどうか解りません。単一遺伝標識だけでは信憑性に薄いですね。
>>700-701
漢人の科挙に受かった知識人官僚の老獪さは、漢奸となって征服者に
協力しながら、主客てんとうさせ、征服者を思い通りに動かすことですよ。
慕夏主義、朝貢根性の日本人や朝鮮人の知識階級には出来んことです。
科挙制度は採り入れてとらんのですが、律令は官僚制度ですよ。
律令期は新羅も骨品制度と共存し血が重視されたでしょう。
上下の流動は、平安期の源平藤橘姓も信憑性がありません。
勝手に先祖を名門に捏造するわけですから。
南北朝期の赤松氏や楠木氏も先祖を辿れんでしょう。
楠木氏なんか、散所民(被差別民)の長者で、観世能の清次と婚姻関係から
階級は現代でも特に西日本では差別される側の出身でしょうね。
江戸期の武士も養子が多かったですし、流動性は強かったんですよ。

709 :出土地不明:2009/07/21(火) 02:41:11 ID:g2X2UjAS
ありがとうございます。勉強になりました。


710 :出土地不明:2009/07/21(火) 02:51:40 ID:g2X2UjAS
あ、それとヴァイキング時代に北欧のゴッドランドにモンゴロイドの
遺骨が発掘されたという話です。DNAではないです。

711 :出土地不明:2009/07/21(火) 09:00:14 ID:A/nRF3M4
「染色体で男系祖先を辿れない」という妄言は、

白馬青牛以外にはいなかった。

地球空洞説を唱えているのは何人かいるのに(笑)

712 :出土地不明:2009/07/21(火) 10:06:42 ID:mQUzx6PT
http://64.40.115.138/file/lu/6/52235/NTIyMzV9K3szNTg2MTM=.jpg?download=1

713 :月光仮面:2009/07/21(火) 10:07:52 ID:mQUzx6PT
http://64.40.115.138/file/lu/6/52235/NTIyMzV9K3szNTg2MTM=.jpg?download=1

714 :月光仮面:2009/07/21(火) 11:10:06 ID:mQUzx6PT
↑旧石器時代には日本とか、朝鮮、中国といったような区別はなかった。日本も含め

715 :月光仮面:2009/07/21(火) 11:12:07 ID:mQUzx6PT
→東アジアといった広域的なとらえ方しか意味がない。

716 :月光仮面:2009/07/21(火) 11:32:41 ID:mQUzx6PT
>>712-713
上記の地図ではCおうど色が旧石器時代、D薄緑色が縄文時代、O青色が
弥生時代というに分けられるが多少重なる部分もあるのだろう。

717 :出土地不明:2009/07/21(火) 14:21:34 ID:ZHU2vqsG
彦・ホホデミ、ニニギ、ミミなどの称号は南方系の匂いがふんぷんとしているな。

 ヒコはツングース語らしいが、語順が南方臭い。

718 :出土地不明:2009/07/21(火) 19:23:14 ID:qLI2Kd5w
そうか。

じゃあツブレた広鼻を作る熱く湿ったウンコ臭ただよう南方の
台湾江南に帰った帰った。

719 :出土地不明:2009/07/21(火) 19:56:27 ID:xj3JFS/X
半月型石包丁(桂葉形雙孔石刀)は遼寧を経由している。


中国遼寧省羊頭窪遺跡.  黒陶系土器 石器(石包丁 磨製石鏃) 紡錐車 骨角器 卜骨
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/jpncul.html

紅山文化は北方地区の新石器文化の中で重要な文化です。ここでいう北方地区とは、
東北3省(遼寧、吉林、黒龍江)、内蒙古自治区および新彊維吾爾(ウイグル)自治区を指します。
大型石器の中で特徴的なものに、土掘具(耜あるいは犁とも呼ばれる)、桂葉形の双孔石刀があります。
http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/kaisetu/15-1kouzan.htm

中国北部の文化が東北部の遼西まで及んでいるいることを知りえた。それに、石包丁が出土していた
のには目を見張った。日本に石包丁が伝わったのはそれから3千年もたった弥生時代になってからなのだ。
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/
◆遼寧の石包丁
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/./photos/uncategorized/2008/02/04/070827_078_2.jpg

720 :出土地不明:2009/07/21(火) 21:49:30 ID:yZeeqbKR
>>711
君もそうだけど、白馬青牛に絡みたいだけの低次元な人間が多すぎだね。
金魚の糞みたいで愚かしいぞw
Yオタはそれ以外の事実をしっかり説明してみなよ。

出来ないなら、ここは考古板だし生物板で頑張ったら?
Yだけで反論をチョンだのどうのしか言えない人間は消えるべき。
日本の恥。

721 :出土地不明:2009/07/21(火) 22:22:04 ID:yZeeqbKR
よくコンプとか言う人がいるけどさ、優越感とか軽蔑の心が強い人に限って
この「コンプ」なんだよね。
最近こういう人が多すぎて同じ国民として情けないわ。

経済だの文明だのが進んでいたらいいわけでは全然ない事くらいわかりなよ。
むしろ殺伐とした社会で愚かしくなるだけだからね。
まあここの住人が証明してるか orz

722 :出土地不明:2009/07/21(火) 22:37:22 ID:lz+O2/OU
>>720
Yオタとか訳の分からない言葉を発している時点で脳味噌にウジが湧いているとしか思えないな(^o^)
白馬青牛が叩かれるのは無知の癖に間違いだらけの妄想を垂れ流すからだよ。
彼が1レスすると大概数カ所科学的無知が露見するから、
非常にうんざりするんだよねー。
恐らく中卒か高校で生物学を勉強してないと思うぞ。

723 :出土地不明:2009/07/21(火) 22:41:12 ID:PY6hJ3iZ
俺も胴衣だな。

他の遺伝学や文物とのチェックアンドバランスが何にも働いていない
Yだけで江南に都合良く創作した洗脳プログラムなんか全く信用に値しない。

青牛爺は善意のアホだが、奴らは悪意の害虫。

その正体は台湾人ステルス工作部隊。

ウゼエからいい加減どっか行けってのよ。

724 :出土地不明:2009/07/21(火) 22:41:23 ID:bKXLqnXY
>>714
同意です。
個人的には以下↓のように捉えています。

『ヤンガー・ドリアス寒冷期の終焉により海水準上昇が始まり、極東の一部が海水によって
大陸より隔てられ列島化し、現在の日本列島に近い形が形成された。それ以降、文化的側面
より考察して見れば、
1、列島化して取り残された現生人類が携えていた文化
2、気候変動にともない列島化した日本の風土が育んだ文化
3、海に隔てられた影響で、若干かつゆっくりと受容した日本列島外の文化
等々を融合しつつ、縄文「諸」文化が生じる。
要するに縄文時代、日本列島で縄文「諸」文化を育み、それを伴った現生人類は日本列島
的特徴を有するに至り、日本列島人「日本人」としての区分がよりはっきりと可能になる
のである。すなわち日本地域としての区分において、旧石器時代は不明瞭だが、縄文時代
以降明瞭となるのである。』

725 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/21(火) 23:38:19 ID:nwS5YwI9
なんか、わしんことをゴチャゴチャ、カバチたれよるのう。
>>722
科学的たぁ、多面的に考察することに他ならんことで。
単一遺伝標識で妄想するんは科学じゃのうてカルトよのう。
「科学的」云う用語を多用して発展段階説の前提で推論した
科学的唯物論が空理空論であるように、Y遺伝子信者は科学じゃ
のうてカルトじゃけんのう。
生物学者が優生学、生物決定論を唱え政治利用された歴史も
考慮せず、権威にすがるな。学問の内容や背後の権威を疑うこと
が、学問の考察することの基礎じゃと知らん低能であることを
自己宣伝してどうすんなら。

726 :出土地不明:2009/07/22(水) 00:10:23 ID:RY56F6QE
>>725
>単一遺伝標識で妄想するんは科学じゃのうてカルトよのう。

男系遺伝子を辿るのはY染色体という単一方法しかないのだが。
文句あるなら早く「辿れないと証明」せいドアホ。

727 :出土地不明:2009/07/22(水) 00:26:48 ID:EjVRcBwS
「染色体で男系祖先を辿れない」という妄言は
世界中で白馬青牛だけ

>>393
>遺伝子論は血液型占いと同レベルじゃろう

白馬青牛は
血液型と父系で遺伝するY染色体の違いが理解できない

にもかかわらず世界中の分子生物学者をカルトと断じる
現代のドンキホーテだな(笑)

728 :出土地不明:2009/07/22(水) 00:46:04 ID:o+9HZ5j4
>>722
ひどい言葉づかいだねー。
君は相当若い人だね。誰かは大体想像はつくけどw
君も生物学を勉強していたり学問をしているのなら、やたらと同じ事に
固執して愚痴言っていないで、客観的に説得力のある主張をしてみたら?
若いなら色んな事、よーく勉強するんだね。


729 :出土地不明:2009/07/22(水) 01:20:50 ID:S5ZU53XY
>>728
ほら妄想芬々(^o^)
確かに相当若いよ、還暦前だからね(笑笑笑)

730 :出土地不明:2009/07/22(水) 01:29:00 ID:o+9HZ5j4
>>729
還暦手前の人間がそんななの!
こりゃ恐ろしい・・・

731 :出土地不明:2009/07/22(水) 01:40:06 ID:Ctj59EZx
「朝鮮人どこから…」スレから流れ込んできた低脳うせろ。
東亜板に戻ってウヨサヨやってろ。

732 :出土地不明:2009/07/22(水) 14:14:49 ID:wD7DCOSd
邪馬台国の字面からはジャバ、あるいは邪馬を転倒させたマヤを連想したくなる。
ジャワやマヤ文明の5世紀頃の海洋民の航海能力が相当なものだったとすればの話
だが。

733 :出土地不明:2009/07/22(水) 18:34:01 ID:PusatcC7
>>732 彦ホホデミ、ニニギ、○○ミミ、というような名前も南洋土人的で

シナ、朝鮮から来たとは思えないな。倭国の描写もそうだ。



734 :出土地不明:2009/07/22(水) 22:49:43 ID:QjcXd0e+
中央アジアから東南アジアを通り、稲もみとともに
海流に乗って船でたどり着いたのが九州、朝鮮半島南部
日本人と古代朝鮮半島南部の住人は同一種
日本人の祖先は海洋民族としてハワイ、中南米までたどり着いたものもいた

735 :出土地不明:2009/07/22(水) 23:18:36 ID:gDn3W0Gm
>>733
ジョン万次郎の漁船が台風で漂流して、外国船に助けられるというような
ケースが弥生時代にもかなりあったのではないかと想像する。そういうの
が何度も重なってくると、日本列島の人々の豊かな暮らしぶりが大平洋上
の島々に知れ渡ることになる。そうなると、例えば、ジャワ島に流れ着い
た百人の弥生人の漁師を案内役にして何千、何万のジャワ海洋民が日本列
島に攻め寄せて来るなんてことも起こり得たのではないか?
日本の幕末の場合は、ジョン万次郎が黒船を連れて来たとも言える訳だか
ら。

736 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/23(木) 00:24:29 ID:8geNfbod
>>734-735
空想力云うか妄想豊かじゃのう。前にも云うたが、黒潮は死の海で
航海の軸線でもない。漂流民の返還は国家が整うて始めて出来る
ことで。『韃靼漂流記』の越前商人が清から日本へ返還された
ように。江戸期でも『バタン漂流記』の場合は、現地民に奴隷に
されん為逃げにゃあのう。江戸期でも南洋は剣呑じゃった。
古代なんかまとまった武力を持った集団が渡来せんと、奴隷に
なるか、殺されるか、食人の対象になるかじゃ。
新大陸に渡来した西洋人も武力があったけぇ、定着出来たんで。
現地に疫病をもたらすけえ、渡来者は歓迎されんよ。

737 :出土地不明:2009/07/23(木) 03:03:49 ID:TeG1yt8v
DNAミトコンドリア?のD系統は韓国中国人には無く、日本人だけ。謎の日本人。

738 :出土地不明:2009/07/23(木) 08:19:00 ID:Fvh7mLq0
>>736白馬青牛さんは日本列島の人間はどこから来たと思いますか?

739 :出土地不明:2009/07/23(木) 12:10:15 ID:FhKW7iO/
>>738
相手にするなよ。
知識が物凄く中途半端何だから。

740 :出土地不明:2009/07/23(木) 13:41:22 ID:Fvh7mLq0
>>736だとするとおよそ40000年前に日本に人類が到達したころから
連綿と独立を保っており、つい最近(西暦で600年ごろ)文明化したということでしょうか?

741 :出土地不明:2009/07/23(木) 19:49:24 ID:sOcHeQZ0
南方系日本人は海流に乗って九州北部、南部にたどり着いた
そしてその際に稲の伝来も起きた
稲が朝鮮半島を経由して伝わることは絶対にありえない
現在でも中国南部方面からイカダという原始的な手段で
九州北部、対馬などに漂着することができる
東南アジア方面から人類が海に東に出て行かなければ
太平洋の島々に人類が住んでいる事実が証明されない
無人島に人類が突然発生することはなく
古代人が海に海の先に新天地を求めたことは否定できない

742 :出土地不明:2009/07/23(木) 20:06:39 ID:CBNFy71s
そうか!

だから日本の縄文・弥生遺跡では中国南部方面の印文陶の双耳壺や尊や
足の長い越式鼎が出まくるのか!

通りで穴窯も伝わって灰陶も焼ける訳だよ(爆

743 :出土地不明:2009/07/23(木) 21:08:18 ID:Lo3B2VIJ
「呉服」は百済経由で伝わっている。


また百済国に、「若(モ)し賢(サカ)しき人あらば貢上(タテマツ)れ」
とおほせたまひき。かれ、命(ミコト)を受けて貢上(タテマツ)りし人、
名は和邇吉師(ワニキシ)、すなはち論語十巻・千字文一巻、并(アハ)
せて十一巻(トヲアマリヒトマキ)をこの人に付けてすなはち貢進
(タテマツ)りき。この和邇吉師(ワニキシ)は文首(フミノオビト)等(ラ)の
祖(オヤ)。また手人(テヒト)韓鍛(カラカヌチ)名は卓素(タクソ)、
また呉服(クレハトリ)の西素(サイソ)二人を貢上(タテマツ)り、
また秦造(ハタノミヤツコ)の祖(オヤ)、漢直(アヤノアタヒ)の祖(オヤ)、
また酒を醸(カ)むことを知れる人、名は仁番(ニホ)亦(マタ)の名は
須須許理(ススコリ)等(ラ)参(マヰ)渡り来つ。
http://kamnavi.jp/link/kojiki2.txt

744 :出土地不明:2009/07/23(木) 21:17:21 ID:SZFjwUwl
430 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2009/07/22(水) 21:01:43 ID:yJlhzCIH
>>422
明日香の橘寺で

聖徳太子が 百済人の間諜を オモシロ拷問かけている絵が合ったよ

745 :出土地不明:2009/07/24(金) 00:05:30 ID:BaB0zI8R
>>737
>DNAミトコンドリア?のD系統は韓国中国人には無く、日本人だけ。謎の日本人。

白馬青牛がうろつくスレでYAP+遺伝子の話をすると、
ファシスト呼ばわりされるぞ。議論停止の火病を
相手にするのは、厄介なものだぞ。

746 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/24(金) 00:50:30 ID:qJSQvblr
>>738-740
日本列島に人類が到達したんが4万年前云うんは誰の説ですか?
連綿と独立云うのも可笑しい言い方ですね。
日本の国家形成は、6〜7世紀でしょう。ユーラシアの西端の島国の
英国と同時期でしょう。アングロ・サクソン・ユートが渡来して
ケルト系原住民を征服したよう、日本列島でも北方渡来系が
列島倭人や縄文系を征服し本土日本人の主流になったんですよ。
>>741
黒潮は死の海じゃけぇ無理じゃ。漂流者や衆文化を残せん。
稲も山東〜朝鮮南部からがほとんどよのう。まあ、佐藤洋一郎氏の
縄文文明派は南方好きじゃけど。
東南アジアからじゃったら島伝いに集団として南下出来るが、
南から北は無理じゃし、実例がない。しかも移住渡来する側が
武力で原住民を圧倒せにゃあ無理じゃ。
>>745
精度の低い単一標識Y染色体だけで、起源を妄想する自体可笑しか
ろうに。mtDNA、HLAも耳垢や形質人類学も無視しして、科学と
云えるわけあるまぁ。総合的に捉えるんが学問の基礎じゅないか。
まあ、Y染色体論者は、カルトかナチス優生学継続者に過ぎんよ。
ネット右翼を扇動する政治活動好きな蔵琢也氏を見りゃ明らか
じゃないか。

747 :出土地不明:2009/07/24(金) 08:12:18 ID:Mnj5q3Ql
アメリカ大陸から来た可能性は?
マヤと古代日本文明の共通性も指摘されているが。

748 :出土地不明:2009/07/24(金) 09:14:13 ID:A1DcjpNI
>>746
日本列島に人類が到達したのと国家形成の時期が別なのは言うまでもないが。

>日本列島でも北方渡来系が
>列島倭人や縄文系を征服し本土日本人の主流になったんですよ

古墳時代には北方系が来たのだろうが、
それらが主流になったなんてアホもいいところ。
しかもそれらが日本を征服したなんて、
まだ騎馬民族説を唱えてるバカがいたのか、懐かしいなw

749 :出土地不明:2009/07/24(金) 11:09:31 ID:x022jHcg
>>746正確には確か36000年前くらいだったと記憶してます。アフリカ大陸から
人類が旅立ったのが60000年前、バイカル湖あたりに40000年前、アメリカ大陸
南端に20000年前だったか。それからある程度文明を築き統一国家と呼ばれるものが
形成されたのがその5〜6世紀かもしかしてそれ以前にあったのかもしれません。


750 :出土地不明:2009/07/24(金) 11:12:08 ID:x022jHcg
つまり縄文だの弥生だの、北方騎馬民族だの江南文明人だの言う以前に
すでに日本人の母集団は日本列島に到達しており、このスレで言い争っている
「日本人」とは文明的な祖のことを言っているのでしょう。それなら私は
やはりインド東部〜インドシナ〜支那江南を主張したいです。それから後、
朝鮮半島や漢などから文明を直接輸入した。こういうことでは?生物学的な
日本人のことは知りません。

751 :出土地不明:2009/07/24(金) 12:06:39 ID:J9J0COAO
>インド東部〜インドシナ〜支那江南


文物がまーったく一致しておりません。

生物学どころか考古学の知識自体も怪しいのでは?w

でむぱ安田喜憲レヴェルの知能でしょう(嘲笑

752 :出土地不明:2009/07/24(金) 12:15:33 ID:TcHzQj+A
朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前。


1990年金浦佳■(山と見)里泥炭層から採取された稲籾は4,010+-25BPと
報告されており、問題もあるがもし報告が正しいとすれば韓国での稲の
出現は新石器時代中期段階にまでさかのぼる可能性がある。
http://inoues.net/study/japonica3.html
最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm072.html
然し1992年には、それよりも早い時期の粳米を韓国の清州市における
家瓦遺跡から大量に発見された。今から4721年(+−50)年前と
推測されているが、同時に出土された樹木年輪測定からすると、
今から5020年前のものだと修正がなされた。
http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1873.entry

753 :出土地不明:2009/07/24(金) 12:18:26 ID:TcHzQj+A
朝鮮半島で最古の水田遺跡は前11世紀のオクキョン遺跡で日本よりも古い。




弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf





754 :出土地不明:2009/07/24(金) 12:20:15 ID:TcHzQj+A
中国から直接日本に伝来した事にされているRM1-b遺伝子の稲の
調査が日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の朝鮮の炭化米で
なされていない。

かつては朝鮮半島にもRM1-b遺伝子の稲は存在したが朝鮮半島の自然環境に
適応できず遺伝子が消滅欠損してしまった可能性が十分に考えられる。

佐藤洋一郎容疑者はただちに日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の
朝鮮の炭化米でRM1-b遺伝子の有無を調査し、その結果を国民に公表せよ。

考古学界を混乱させた貴方にはその責任がある。

それをしない内はペテン、詐欺と言われてもしかたがない。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

755 :出土地不明:2009/07/24(金) 12:23:30 ID:eiT91xCl
朝鮮半島で最古の水田遺跡は前11世紀のオクキョン遺跡で日本よりも古い。




弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf





756 :出土地不明:2009/07/24(金) 12:25:32 ID:S1NuxwuZ
>>751
安田先生を馬鹿にするなw
http://www.tkfd.or.jp/research/news.php?id=87

757 :出土地不明:2009/07/24(金) 13:25:06 ID:86TMGCn7
>>756 安田徳太郎(レプチャ語)のことかとおもた。

758 :出土地不明:2009/07/24(金) 13:45:10 ID:s3MWD8gh
安田は作家としては超優秀なんだがw

方向を間違えてるよw



759 :出土地不明:2009/07/24(金) 14:49:07 ID:Cd3zAwMv
「なぜならヒツジやヤギは四六時中草を食べ、
大地を収奪しているからである。休むことなく大地の資源を収奪する点においては、
昼夜の別なく工場を稼働させている工業技術文明と同じである。昼夜の別なく大地の
エネルギーを収奪するヒツジやヤギは、工業技術文明の工場と同じであった。
 それ故、このライフスタイルは、生産性が高く余剰を生み出すことができ、
その富を背景として都市文明が誕生する。」
安田喜憲「稲作漁撈文明」(214頁)

希少、特異というか、   まあ、ユニークではある。

760 :出土地不明:2009/07/24(金) 15:57:53 ID:6sEgEjUm
>>755
http://www2.odn.ne.jp/~nov.hechima/eastern%20china%20sea2.jpg
長江→済州島→蔚山のルートかな。


761 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/24(金) 22:49:25 ID:qJSQvblr
>>748
実際、北方渡来形質が本土日本人の主流になっとるで。主流の渡来系が
日本を征服せずにどの民族集団が征服したんか?世界的にも4世紀の民族
移動期に北方民族による国家形成が普遍的じゃに。騎馬民族と云う表現
に因縁つけても意味があるまい。世界的現象の事実じゃけんのう。
>>749-750
アフリカ起源一元説によると解説つけにゃあ。しかも正確な年代は
推定の域とせにゃあ誤解を招くでしょう。統一国家もキリシャ・ローマ、
漢の古くからの文明国と4世紀の民族移動期以降にできた、フランク、
イングランド、朝鮮南部、日本の新興国家と時期が違いますよ。
結局江南朱子学慕夏主義の本性が出とりますね。

762 :出土地不明:2009/07/24(金) 23:06:32 ID:A1DcjpNI
>>761
>実際、北方渡来形質が本土日本人の主流になっとるで。主流の渡来系が
>日本を征服せずにどの民族集団が征服したんか?

主流になってる証拠は?また征服した証拠は?

「主流になってない証拠や征服してない証拠を言え」という、
いつもの卑怯な悪魔の証明はやめろよ。
おまえってオカマみたいな癖があるからな。

763 :出土地不明:2009/07/24(金) 23:24:26 ID:Ag+VpfzM
>>主流の渡来系が日本を征服せずにどの民族集団が征服したんか?

えっ日本が征服されたって、古事記、日本書紀、三国史記、中国史書、
等々、何処かに書いてましたかね?。

764 :出土地不明:2009/07/24(金) 23:27:02 ID:Ag+VpfzM
ダブった見たいゴメン。

765 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/24(金) 23:44:06 ID:qJSQvblr
>>751-756及び>>758-759
以前広島大におられた安田喜憲氏は、気候変動と民族移動のことだけ
述べられたらええのに、他分野に知識が無さ過ぎるけぇ電波になるんじゃ。
http://blogs.yahoo.co.jp/binbonet/40661248.html
http://akatonbo-jo.cocolog-nifty.com/jo/2004/07/post.html
安田氏の文を引用しとるもので、上の方の民族移動期は妥当じゃが、
日本列島に関しては、ボートピープルじゃのファンタジーに還元されとる。
下の方の長江文明?に至っては、南を稲作・漁撈文明をとしたり(水軍・
海賊で活躍した北に海はないんか?)、焼畑狩猟民で麦作に近い華北から
南下した苗族を華南原住民にしたり、日本の越(古志)を江南の越に勝手に
認定したり、ファンタジー全開になっとる。神話を史実とするに至っては
妄想の極地じゃのう。
じゃが、崇神以降の結核菌、疫病の流行で家畜に免疫の無いかも知れん、
日本列島の倭人や縄文系の多くが死んだ可能性は強いじゃろう。
それは、中国の黄巾の乱による人口減少傾向と倭国大乱が同時期で
弥生後期から世界的例にもれず日本列島は人口減少傾向にあったろう。
外来民族の大量移住は、新大陸の原住民ネイティフ・インデオの
人口減少と同様、日本列島においても民族の入れ替わりと云えよう。
じゃが継体天皇は、伽耶、新羅の角杯民族の北陸系で原住民や越とは
関連せんのに、越で妄想する安田氏の空想と云うべきか。
そもそも、日本の漁撈文化は稲作とセットになっておらんよ。
瀬戸内でも漁撈と段々畑がセットになっとる。平安期に盛んじゃった
家畜飼育の牧を含めて、瀬戸内の漁撈民は、畑作=牧畜=漁撈文化になるん
じゃ。ほいで安田氏は以前広島におられながら、広島人の江戸期の自然破壊
についてどう思われとるんかのう。禿山ばっかしじゃったのに。
日本人が自然を大切にする民族?出鱈目ファンタジーになるよ。

766 :トレクワトリスタ:2009/07/24(金) 23:44:24 ID:rU8iEcgh
>>393,>570,>593>622,646
最近のこのスレをほとんど読めてないんで、そのままレスは控えていたいんだが、
意図的かしらないが何度も取り上げてられている「社会ダーウィニズム」に関する部分が
捨て置けないので、簡単に御指摘させていただく。

ナチス系のリッベントロップやハウスホーファーとかの社会ダーウィニズムは、
本来生物の理論であるダーウィン進化論を、無理やり国家や社会に適用した
妄想がかったドイツ製のキモイ化け物理論なんだが、
こいつの問題点は、あくまで「生物学をこの面では全く関係が無い地理学さらには政治・安全保障に適用した」
ことのデタラメにある。そして結果、ドイツ国民と生存圏とされた東欧のスラブ人が多大なダメージを受けた。

当たり前だが、社会ダーウィニズムが間違っていることが、生物ダーウィニズムが間違っている根拠にはならない。
仏教を朝鮮カルト化させた麻原彰晃が間違いは、仏陀とか仏教が間違っている根拠にならないし、
統一協会がキリスト教由来なことが、イエス・キリストが壷を中東で売っていた根拠にはならない。

一つ確認させてほしいが、社会ダーニズムに否定的なのは判るが、
本来の生物学の「ダーウィン進化論」にどのような立場なのか教えてほしい。

767 :出土地不明:2009/07/25(土) 01:29:27 ID:a5bBybIk
>>766
その至極真っ当な疑問はご指定のコテには無効と存ずる。
聞かれた事にはまともに答えず、設問の趣旨を意図的に加工して
言いたい事だけ吐き捨てるのが奴のやりかた。
この不誠実な論法にこのスレ住人は辟易している次第。
スレ潰しが目的なのかもしれないが興味も無いのでスルー推奨。

768 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/25(土) 01:59:53 ID:WeaYjets
>>766
社会ダーウィニズムも生物ダーウィニズムも生物決定論、種の優生学と
云う点じゃあ違わんよ。
仏教原理主義のオームやネット右翼の親方の朝鮮系統一教会も。
ドイツ理論云うかドイツ観念論が好きなんは、日本の朱子学国粋主義者や
マルクス主義者の右左翼に共通しとるよ。だいたいネット右翼が旧国軍
上層将校の弁護をして、兵士を下っ端とする思想は社会ダーウィニズム
そのものの奴隷根性じゃないか。実際は無能な上層将校に対して前線の
日本兵士は誇れるが。
>>767
わしの質問に答えた人間がこの板におったか?
誤魔化しよるんは、おどれらど。

769 :出土地不明:2009/07/25(土) 02:15:35 ID:09WaEoly
>わしの質問に答えた人間がこの板におったか?

Y染色体は男系遺伝するか?という単純な質問にさえ、
今だまともに答えきってないおまえが何を偉そうにw
答えられないから質問し返す事でごまかしてるんだよね。
それって柔道でいう「技のかけ逃げ」

ハゲたオカマみたいに卑怯なおまえは自分を何様だと自惚れてるんだ?


770 :766:2009/07/25(土) 02:23:03 ID:aP23VktA
>>768
社会ダーウィニズムは、ナチス党も含めて隠れスターリン主義者なんかによって、
昭和初期の日本にも蔓延して、島嶼国の日本を大陸に引きずり込んで破滅を齎した。
地政学を参考にするなら本来、地理的条件が似ているイギリスのマッキンダーなどを
参考にすべきだったのに、間違った理論に乗せられた過去があるので、あえて拘わりました。
社会ダーウィニズムが問題というポイントについては相違ない上にスレタイと関係が無いので
この辺で置いておけば良いと思います。

771 :766:2009/07/25(土) 03:04:54 ID:aP23VktA
それで本題の生物の範囲の話に入りたいと思います。

ナチスの優生学の話ですが、遺伝子によって民族の優劣が単純に決まるというのは
批判すべきところがありますが、少なくともこれを批判することと
「遺伝学・遺伝メカニズム自体を否定すること」は全く別物というのが人類の常識なので、とりあえず脇に置きます。

そもそもが進化論のダーウィンにしてさえ、ドイツ人と違って経験論的な考えを好むイギリス人ですからね。
さらに進化論を完全と考え無い人でも、まともな人なら遺伝子を否定することはしないでしょう。
もちろんイギリス人の大部分はそうでしょう。
創造論を唱えるアメリカの一部の学者さん達でも、ダーウィンを否定しても遺伝を否定しないと思います。

話が噛み合うために、最もお聞きしたいことを2点質問します。
※このスレの議論に重要なのは、2番目の点について。

1.人類の進化については、「ダーウィンの進化論」を基本とする主流派と、
  これに反対する「創造論」の立場が主にありますが、白馬氏はどちらが正しいと考えられるのでしょうか?
  ※蛇足かもですが、ちなみに私はたとえ宇宙とか創造主の高次の意志・知性みたいなのが一定の関与をしたと仮定しても、
  進化論を全面的に否定する必要はなく、2律背反ではないと思っていて決め付けてませんが。
  (数千年前に人類が創られたという説は明確にトンデモと思います。)
  (現生人類の誕生前の議論なら、日本人がどこから来たかの議論にはどちらでも問題ないと思います。)

2.白馬氏でも遺伝子自体の存在を否定はしないと思いますが、遺伝メカニズムを信用していないのでしょうか?
  若しくは遺伝子は重要ではないor隠すべきで、遺伝的ルーツは探求するべきではないという思想なのでしょうか?
  (創造論と進化論の両方を否定するなら、これくらいしか理由が思い当たらない。)
  この立場であれば議論の前提自体が異なるので、話が成り立たなくて当然だと思います。

772 :出土地不明:2009/07/25(土) 13:45:49 ID:EqMZ0StX
白馬青牛語録

>>393
白馬青牛
「遺伝子論は血液型占いと同レベルじゃろう。」

>>420
「Y染色体は父親から男性の子孫へと受け継がれます
ミトコンドリアDNAは母親から女性の子孫へと受け継がれます

これは理解できますか?
それとも否定しますか? 」

こんな簡単な質問にさえ答えられないのか、屁たれw

>>448
白馬青牛
>>420-421 今度は姑息な誘導尋問か。
「理解」じゃのうて確率的に近い世代じゃったら
遺伝子を受け継ぐ可能性が強いが、
千年以上なんか誰も証明した者が無いし
仮にあんたが、タイム・スリップしても、
男女関係でどの男性の遺伝子を確保したかも解らんし、
途中遺伝子がどこかで変容したかも解らんよ。

773 :出土地不明:2009/07/25(土) 14:01:57 ID:7rq0/okR
お前さん相当なカマッテチャンだなw
あとヒマジンww

774 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/25(土) 22:57:44 ID:WeaYjets
>>769
Y染色体が一人の男子に辿れるかどうかにも答えとらんじゃないか。
誤魔化して逃げよるんはおどれよ。しかもわしに返答出来んけぇ、
「卑怯」云う日本人にとって最大侮辱語を平気で云う。
わりゃ、親からどがぁな躾を受けてきたんなら。
>>770
マッキンダーは人類の歴史は海洋勢力と大陸勢力の闘争の歴史で
ある」と、西洋の概念であり、他の文化圏に当てはめると歴史
風土が違いますわ。日本は近代以前の古代・中世に海洋王国じゃった
歴史がありません。あるとしたら『記紀』の阿倍比羅夫の蝦夷遠征で
東北や北海道の内陸に進出せず、沿岸交易路の拠点制圧で短期間で
スムーズに侵攻出来たんですが、阿倍比羅夫が朝鮮の白村江で
負けてから、島国の内陸国家となり、蝦夷討伐も兵站が伸びすぎて
苦戦しました。当時の海洋王国は日本海の制海権を持った高句麗の
継続国家渤海や朝鮮半島を統一し、黄海、東シナ海の制海権を
持った新羅です。その新羅は海洋勢力の張保皐を粛清し、
内陸的性格になりましたが。鎌倉末から戦国期倭寇として密貿易
がせいぜいで、戦国期でも東シナ海の制海権は明や新たに参入した
ポルトガル人に握られてました。マッキンダーを参考にしても
海洋国家としての伝統が無い日本は、大陸国家の戦略論を
選択するしか無かったでしょう。

775 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/25(土) 23:50:49 ID:WeaYjets
>>770
続き。考古学板ゆえ騎馬民族征服説の江上波夫氏の見識を
鼎談の『世界史の新視点』(六興出版)から。
「日本の上の階級は、中国に対して常におかしいというか、憧れ
というか、何か持っている。この中国意識ってやつが、いまだに
抜けてないんだな。いまだって、日中何とかがあるんだよ。(笑)
日本の軍部っていうのもそれだと思う。もっと早くは太閤秀吉
だってそうだった。ご本尊だったんだね。それを軍部までご本尊に
しちゃったから変なことになっちゃったんだ。
ところが中国、ロシアを相手にしたらダメな如く、世界中誰が
やってもダメなんだ。そんなところに関りあったやつが、やっぱり
まずかったっていうことになるんだよ。(笑)そうでなかったら、
英国とか、海外に出て、相当な大国になってたと思う。
中国っていうのは入ったら命取りなんだよ。学問でも下手すると
そうなんだ。戦争だけじゃないんだ。中国世界に虜にされて
埋没しちゃうんだ。同化しちゃって、気がついたときには日本人でも
何でもなくなっちゃうんだ。」
「中国人は全体から見れば北シナはわりあい牧民的なところが
あるが、特に宋以後の中国(江南中心)は封鎖された世界なんだ。
性格的な、民族的封鎖なんだよ。」
『攻めの文明・守りの文明』でも江上氏は、「満州族なんて偉いよ。
ヨーロッパ人をアゴで使ってさ、立派な地図をつくり、中国人を
アゴで使って立派な本「四庫全書」をつくらして、それはたいした
もんです。現代の中共は南方人だからだよ。南方人はダメ
なんだよ。」
と、これじゃあ日本の朱子学国粋派、左翼の江南派に嫌われる。
侵略主義、差別じゃと。江上氏は文化の型の違いで民族優劣を
いわれたわけじゃないのに。優劣論ならこの板の江南派の方が
ナチス優生学ですし、江南南方好きは、朱子学攘夷思想の虜に
なって、もはや日本人じゃない状況ですからねぇ。

776 :出土地不明:2009/07/25(土) 23:57:40 ID:ffjgZrq8
>>774
お前Y染色体って何のことか判ってないだろ。
ちなみに聞くけど、男と女が生まれる理屈判っている?

777 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/26(日) 00:34:07 ID:RtG3VtgP
>>771
遺伝メカニズムは仮説で、親子関係等に有効なだけで、太古まで時代を
遡れると実証した人は皆無です。ダーウインの進化論の淘汰も西洋中心の
時代の産物ですし、その影響を受けたドイツ人マルクスは、社会進化論を
唱えたわけです。そのマルクス唯物論も原始共産制が歴史の始まりで
階級闘争、プロレタリア革命で最終的に共産制となるんは、キリスト教の
原罪から人類を解放し最後の審判によって神の国となる創造論の影響で
しょう。現代の西洋の生物学者がHLAよりもmtやYのDNAに没頭するんも、
創造論の神話です。人間が後世に残すんは神話が最初ですから、
現代人もそうですし、世界各文化圏に構造説話の違いが出てくるだけです。
ですから、進化論か創造論かの二元論は全く意味がありません。
ファシズムと共産主義が政治的に右と左に分れても、全体主義として
似た者同士のように。

778 :出土地不明:2009/07/26(日) 01:07:06 ID:/lWR2UqA
>>774
>Y染色体が一人の男子に辿れるかどうかにも答えとらんじゃないか。
>誤魔化して逃げよるんはおどれよ

また逃げた。これで5回目。
男系遺伝すると認めるのか?
認めるなら一人の男子に遡れるのは当たり前ではないか。


779 :出土地不明:2009/07/26(日) 01:27:10 ID:19td4QKE
>>777
ワロタ
結局中学レベルにも達してないのか(笑笑笑)

780 :トレクワトリスタ:2009/07/26(日) 02:04:06 ID:fIg605zO
>>777
あえて生物の話を、それ以外の話を分けて誤解しようの無いように直接お聞きしたのですが。
地政学などなどでは私もそれなりの所見があるのですが、このスレのテーマではないと思います。
また「生物」としての進化論や創造論の評価に、それを参考・道具にした社会論・思想の評価が
役に立つわけではないと思います。

AをベースにBという理論がある場合、単純にはAが間違っていればBに問題がある可能性が高い
(尤も偶然に誤った仮説を間違って発展させて、偶然結果だけそこそこいい場合もあるかもですが・・・)が、
Bが正しい/間違っていることが、Aも同じ理由にはなりません。

日本人や人類のルーツを議論するにあたり、進化論、創造論の大枠をいづれも同時に否定するならば、
では替わりにどのような説明を持っているのか(せめてざくっとでも何が信用するのか)明らかにしなければ、
何でも整合性無く雑文的に言い放った勝ちではないですか。
「進化論は間違い」且つ「創造論は間違い」 ⇒ 「どちらでもない私の意見は高等で正しい」 とはなりません。

不可知論者というか、そんなの全くシラネーぜというのも一つの立場だと思います。
(だとすれば、このスレの議論に参加する意味が無いと思いますが。気に入らない意見を妨害する以外には。)

781 :780:2009/07/26(日) 02:26:58 ID:fIg605zO
キリスト教的価値観にもとづいた人類論というのは結構最近まで
ヨーロッパなどで支配的だったわけで、多地域進化論が一般に信じられていた。
詳細な遺伝子による系統の分析とかは不可能だったわけで、
どうしても憶測とか、過去からの観念に影響されていたのも、彼らの立場では
不思議ではないでしょう。

聖書のセム・ハム・ヤペテに対応するように、別の人類として
白人、黒人、黄色人種などが発祥・進化してきたという感じの認識でした。
根拠が弱い憶測に加え、なんとなく似ているとの分類で「人種」が分けられました。
当然ながら、熱帯に環境適応した黒い肌、高緯度に環境適応した白い肌といった、
必ずしも祖先の共有度とは一緒に出来ない形質が大きな影響を与えました。

ですが母系で一系に遺伝するミトコンドリアDNAによって、現生人類は人種にかかわらず、
太古アフリカの一種類のDNAに辿り着くことが判りました。

加えてかなり最近ですが、父系一系で遺伝するY染色体の分析も可能となり、
同様に一種類のDNAに由来することが判っています。
このDNAを持った現世人類の祖先の男性または男性たちを「Y染色体アダム」などと呼ばれます。
このニックネームは旧約聖書のアダムを参照したものですが、
もちろん科学的な成果に、後から判りやすい名前をつけただけものです。

根拠の無い西洋中心の観念論が流布していたのは、Y染色体が判らなかった時代のことでした。

782 :出土地不明:2009/07/26(日) 09:29:42 ID:9NSN9HyE
親子間で関係で有効である。
その親の親と親の関係で有効である。
∴帰納的に全人類にさかのぼり関係が成立する。


783 :出土地不明:2009/07/26(日) 10:56:26 ID:19td4QKE
>>781
そう!
大体イブもアダムもアフリカ人なんて白人原理主義者は発狂するだろ(^o^)
しかも全欧亜米人はアフリカ人の極一部に由来するなんてね。

784 :出土地不明:2009/07/26(日) 15:07:58 ID:9yc+Lk8O
背振周辺→河内→信濃と移動した箕子朝鮮・支石墓文化人。
玄界灘沿岸比恵遺跡に黒竜江流域から入る沃沮文化人。
弥生末にはアルタイ・バイカル湖・遼東方面から裏日本に入る四隅突出型墳丘墓・
高地性集落文化人。
応神朝の秦氏に付随し肥後・日向に入植、一部は関東にも入る月氏・エフタル。
こうしたものを一つづつ検討して行こう。

785 :出土地不明:2009/07/26(日) 18:32:45 ID:9ZNFH4Qo
日本人の遺伝子に最も近いのはチベット人と聞いたことがある

786 :出土地不明:2009/07/26(日) 20:28:53 ID:9yc+Lk8O
>>784
>背振周辺→河内→信濃と移動した箕子朝鮮・支石墓文化人
これはユーラシア青銅時代に属するもので、カラスク・殷の末裔。婦好・卑弥呼
のような女性戦士・祭司女王を共立するもの。
>玄界灘沿岸比恵遺跡に黒竜江流域から入る沃沮文化人。
>弥生末にはアルタイ・バイカル湖・遼東方面から裏日本に入る四隅突出型墳丘墓・
>高地性集落文化人
これらは朝鮮半島鉄器時代と関連するので時代的に一つの部類にまとめられる。
>応神朝の秦氏に付随し肥後・日向に入植、一部は関東にも入る月氏・エフタル。
これはユーラシア騎馬民族が新羅・肥前・日向に隠遁したもの。


787 :出土地不明:2009/07/26(日) 20:42:50 ID:9yc+Lk8O
The heavy, scaled armor of Silla Dynasty cavalrymen has been unearthed in
Korea’s historic Jjoksaem District. The armor, made for people and horses, was
probably used sometime between the fourth and sixth centuries, and up until this discovery, had only been seen in tomb paintings.
7月21日 新羅騎兵の重い鎧がJjoksaem地区で出土。人間用と馬用の鎧があり、
4-6世紀に使用されたものではないかとみられるが、こうしたものはこれまで墳墓
壁画に描かれてはいたものの出土するのは今回が最初。


788 :出土地不明:2009/07/26(日) 22:47:45 ID:p6pYLBf0
日本人は一体誰なんだい。とにかく言語や宗教は起源不明、いや遺伝子的にも。この国の歴史はいきなり飛鳥時代から始まる。正直、犬の血統の方が日本人よりはっきりしてる。

789 :出土地不明:2009/07/27(月) 00:09:17 ID:gVZMGqnh
君もそうだけど、白馬青牛に絡みたいだけの低次元な人間が多すぎだね。
金魚の糞みたいで愚かしいぞw
Yオタはそれ以外の事実をしっかり説明してみなよ。

出来ないなら、ここは考古板だし生物板で頑張ったら?
Yだけで反論をチョンだのどうのしか言えない人間は消えるべき。
日本の恥。

790 :トレクワトリスタ:2009/07/27(月) 00:17:26 ID:SXPW59fD
>>788
日本人の先祖が最終氷期のスンダランドに住んでいて、
かなり古い時期(旧石器時代)に黒潮ルートで日本に来たとこまではほぼ確実。

おそらく数万年前と時代が古いし、また故郷や移動ルート上の地域の地形も種族も
かなり変わっているために、残念ながら記念碑的なものはなかなか見つからないだろうが。

791 :790:2009/07/27(月) 00:21:42 ID:SXPW59fD
ちなみに縄文時代の日本人は、特に犬を家族同然に友人として大切にしたらしい。
一緒の墓に埋葬されていたりする。今の柴犬の御先祖様たちだな!長い付き合いだ。

792 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/27(月) 00:23:57 ID:FcoXFkXO
>>778-779
ついに、一人の男女から人類が誕生したと断言したのう。
その根拠は?
中学生たぁ幼稚園レベルのY染色体カルト信者の方が笑えるのう。
>>780-781
進化論やキリスト教の創造論から社会進化論、社会ダーウィニズム
が生まれたんが現実ですよ。理論と云う抽象的観念論の西洋で云えば
ドイツ観念論のような、あなたの好きな大陸思考で捉えても、
空理空論になるだけです。進化論か創造論か、正しい間違っていると
朱子学的歴史観やマルクス主義史観の勧善懲悪を語っても意味が
ありません。論理における視野の狭い前提固定主義に過ぎんで
しょう。
聖書はアダムとイブが最初でしょう。枝葉に分かれたセム・ハム・
ヤペテを前面に出してどうするんですか?
なんとなく似ているじゃのうて、近隣民族の容貌が似とるんは
あなたの云う環境と人種の近縁差でしょう。近隣の民族と
人種が遠い民族は大航海時代以前にいません。
太古アフリカ起源説も一説に過ぎんわけですが、あなたは前提条件に
固定したいわけでしょう。しかも一種類のDNAに辿り着くことが
わかりました。と信仰しとるんならカルト教団となんら変わらん。

793 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/27(月) 01:05:05 ID:FcoXFkXO
>>781続き。
http://www.asyura.com/2002/health1/msg/106.html
HLAでは、文中のmtDNAに対して「人類は一人の女性から生まれた?」に、
「ミトコンドリアは核にある遺伝子とは違って、細胞質を遺伝しますから
(精子に細胞質がありません)母系遺伝をします。この遺伝子を解析して
人類の起源を探ると、人類はアフリカにかつていた一人の女性に帰着する
といいます。ところが現人類が持つHLAの多様性は人類が進化した数百万で
できたとは到底考えられません。人類発祥のときにすでに「もととなる」
HLA多様性は存在したに違いありません。人類は「多発的」に発祥したと
しか考えられない、・・・これがHLAの多様性の進化から考えられる
唯一の結論です。」と、DNAのアフリカ一元説と違う結論ですよ。
西洋聖書創造説のDNA論者ネオ・ダーウィニズムだけ追っかけしても
カルト論になるだけです。勿論単一遺伝標識であるHLAから全てが解る
じゃのあなたのようなY染色体論者のよう、電波は飛ばしませんよ。
学問は総合的データの集積から多面的、総合的に解釈することですから。
科学的とは、HLAより精度の低いY染色体だけで人類の起源が決まるという
カルト論ですか?西洋中心の観念論の受け売りの隷属奴隷さんは。

794 :出土地不明:2009/07/27(月) 01:13:13 ID:pI14Fh2I
日本の犬は遺伝的に南方系らしい。
犬が人に伴ってやってきたとすると、縄文人も南から来たのか?

795 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/27(月) 01:17:58 ID:FcoXFkXO
>>783
カルト原理主義じゃあY遺伝子カルトも、キリスト教原理主義根本派に
負けとらん。カルト度で自信を持て。
>>790-791
黒潮が死の海で航海の軸線で無いことは説明したのに。空理空論の
中華隷属の慕夏主義者ですねぇ。
縄文人が丁重に犬を埋葬したとしても、犬を食わんかったと断言は
出来ません。後世の日本人は犬を食べましたね。日本人が縄文人と違う
別民族云うことですか?それとも日本人は犬肉は喰わん云う捏造をしたいん
ですか?ご解答を。

796 :出土地不明:2009/07/27(月) 01:38:50 ID:GeTJfXvH
789よ、お前は誰にいってるんだ?馬鹿なのか?誰に対して反論してるか挙げよ。

797 :出土地不明:2009/07/27(月) 01:44:04 ID:GeTJfXvH
犬ってペットショプの犬でしょ。チワワとかダックスとかシーズとか。確かに彼?らの種としての起源はハッキリしている。789の様な低級生物より犬の方が血統が正しい。

798 :出土地不明:2009/07/27(月) 01:55:19 ID:pI14Fh2I
日本人のHLAハプロタイプでは確か中国南部由来のものがあったはず。
その辺はいいの?

799 :トレクワトリスタ:2009/07/27(月) 02:00:23 ID:SXPW59fD
>>792
> 進化論やキリスト教の創造論から社会進化論、社会ダーウィニズム
> が生まれたんが現実ですよ。理論と云う抽象的観念論の西洋で云えば
> ドイツ観念論のような、あなたの好きな大陸思考で捉えても、

創造論からダーウィン進化論が生まれたというのは、また凄い発想ですが、
簡単に賛成できませんが、もしかすれば、何か独創的なアプローチを
お持ちかもしれないので、御説明を期待して取りあえずは置いときます。

後の断定は完全に嘘なので断固訂正を求める。悪質すぎる。
私のレスを読めば、正反対のことをはっきり書いているはずだ。しかもごく最近にだ。
※正直言うと、このような捏造を警戒してわざわざ書いておいたところがある。
※人と意見が違うには当然だが、その人の言っていること自体を反対に捻じ曲げるのは卑怯だ。
あなたと意見が違うことが、大陸思考になるわけではない。
(さらに私はあなたが大陸思考と反対とは、全く思っていない。)

800 :799:2009/07/27(月) 02:36:54 ID:SXPW59fD
社会思想のスレでもなく、遺伝とか先祖がテーマのはずのスレで
本来こんなことを書きたくないんだが、個人的に大陸派というのは最も侮辱なのではっきりさせておく。

・西郷隆盛よりも大久保利通(麻生太郎首相の曽祖父)が偉大で正しかった。
 (前者は意味不明な東洋哲学で朝鮮を兄弟みたいに思ったが、大久保は征韓論を叩き潰し明治の発展を齎した。)

・日本に隠然たる影響力を持ち戦前には日本を裏切り破滅させたスターリン主義者・日蓮宗徒達は最悪の連中だ。
 彼らは朝鮮・満州を日本より優先・優遇し、日本を変質させた。日本軍は明治期と別物になってしまった。
 (近衛文麿、尾崎秀実、後藤新平、北一輝、山縣有朋、阿南惟磯・・・)

・元・高麗連合軍を破った北条時宗公こそ東郷元帥とともに日本の最高の英雄である。
 公を非難した日蓮は日本の敵で、NHKなどで公を貶めす捏造を行った彼の現代の弟子達も日本の敵で全体主義者である。

・ナチスの対ソ参戦まではナチスと親しく、ドイツ観念論的な妄想がかったエセ地政学を組み立て
 日本を罠にはめたハウスホーファーの思想は、日本が絶対に採用するべきではない代物だった。

・日本は半島・大陸との関係を可能な限り希薄化させるべきである。日本はそのような時代ほど必ず平和で繁栄する。

・ロシアが日本と友好関係を望むなら、日本は千島列島は全島の返還を条件とするべきである。
 (大陸の半島に近い地理的条件の樺太は、交換条件に要求しない。)

・特別永住権は廃止するべきである。半島系の帰化人・混血の一定部分も可能な限り帰還させる必要がある。
 (これらが実現した上でなら、太平洋島嶼国からの長期滞在・移民などは大幅に緩和しても良い。)

・イギリス経験論的な色が濃い自由市場経済や、ローマ由来の私有財産権は基本的に護られるべきである。
 同時に特権的な独立組織の日本銀行は解体し、政府の通貨管理局が景気と繁栄を重視して通貨管理を行うべきである。
 また国民のほとんどが一定の土地所有者となる政策を採り、有産階級化するべきである。

・海運の便が良い東京湾岸・大阪湾岸の工場等立地規制を行い、極端に道路整備などに偏った財政支出を行い、
 外交的には韓国・中国・北朝鮮との宥和政策幅を利かせた、1960年代・1970年代以降の20世紀終盤の政策は大きな誤りだった。

801 :724:2009/07/27(月) 03:05:25 ID:zV90c9Uu
>>788
文化的側面から捉えてみた場合、
先ず、文化を「ある人間集団が共有している行動様式(ある信仰概念のコア、日本列島
では"八百万的信仰概念")や、生活様式(日本列島では"縄文的土器が表徴"」と定義する。
そして、その上で文化的特徴が起源の区分(旧石器時代、日本地域の区分は困難である)
であるとするならば、日本列島人「日本人」の起源は"縄文時代"の"縄文人"が起源であ
るということができると考えます。

自然人類学的側面から捉えてみた場合、
トレクワトリスタさんが述べられたように、日本列島への現生人類の第一波は約三万五千
年前スンダランド地域から北上してきたもの(当時は最終氷期間であり比較的簡易に海岸線
沿いに北上できた)と個人的には考えています。

というわけで>>790トレクワトリスタさん、お久ですw(といっても誰かは分からないかw)

ちと、寝れなかったのでカキコしてみましたw

802 :出土地不明:2009/07/27(月) 03:56:16 ID:XlZlQcsI
>>800
とりあえず時宗英雄は意味不明。(笑)
運が良かっただけ。しかも当たり前、相手は漢字も読めない民族。

ハウスホーファーは仕方ない、当初ナチスの異常を見抜けた人間はいなかった。



803 :出土地不明:2009/07/27(月) 08:03:52 ID:7mHyeCa6
日本人の「人間としての器質」はつまり数万年前に黒潮に乗って無人の日本列島に
やってきたモンゴロイドである、
日本人の「文明としての範疇」は縄文土器に代表されるような文化があり、これが
基礎となって支那の江南などの文明を取り入れた、
こうですか?

804 :出土地不明:2009/07/27(月) 08:33:20 ID:5dvBtdi8
スンダランドに日本人の起源があるという説を聞き、
非常に清々しい気持ちだ。

805 :出土地不明:2009/07/27(月) 11:07:46 ID:Losbu3/q
>>786
支石墓も四隅突出型墳丘墓も諏訪においては習合している。善光寺から関東
にかけてはエフタル・スキタイ・騎馬民族風の埋葬が多い。

806 :出土地不明:2009/07/27(月) 11:27:06 ID:Losbu3/q
ただ、安曇野に残る道祖神、カップルの神様には突厥・インドアーリア神話の双神の
姿を見ることができる。最後のマンモスハンターが野尻湖で活躍した時代からはるかに
後代においてユーラシア騎馬民族の生き残りがアルプスの峰を眺めたのであろう。

807 :出土地不明:2009/07/27(月) 11:40:50 ID:Losbu3/q
稲作民が渡来したのではなく、九州の原住民が長江下流域から渡来した稲作を
発展させたのであり、渡来してきたのは遼東・内モンゴル・満州のミレット農耕民族
が気候変動により移動を起こした結果のようである。長江下流域で稲作を発展させた
民族は日本発であったのか、長江原住民であったのかは不明であるが、沖縄・台湾
方面に中心地があったこともありえる。

808 :出土地不明:2009/07/27(月) 13:22:26 ID:0dB60mp1
>>805
騎馬民族(笑笑笑)

809 :出土地不明:2009/07/27(月) 13:40:30 ID:oMWt2D5m
>>803 >>日本人の「人間としての器質」はつまり数万年前に黒潮に乗って無人の日本列島に
やってきたモンゴロイドである、

・・・数万年前には日本は大陸と地続きの一部だったから黒潮に乗ってくる必要もなかったが。


810 :出土地不明:2009/07/27(月) 14:08:01 ID:0dB60mp1
>>809
一応4万年前から日本と大陸が地続きだった時期は無いよ。

811 :出土地不明:2009/07/27(月) 15:44:01 ID:5dvBtdi8
沖縄と台湾の水田は歴史が浅いんじゃあないかな。
朝鮮も大陸文化の通り道のごく一部であったぐらいは、
認めてやっても良いと思う。あまり関係ないがね。


812 :出土地不明:2009/07/27(月) 16:44:06 ID:Losbu3/q
>>808
記紀神話は騎馬民族・スキタイの神話を基本にしている。ところが騎馬民族が
新羅・九州に現れるのは河内王朝開始のころであり、邪馬台国時代には来ていない。
三輪王朝が九州で戦闘に入る熊襲とは侵入の始まった騎馬民族のさきがけであろう。
応神・河内王朝時代には騎馬民族との安定した関係が成立し、秦氏に率いられた
騎馬民族月氏(後にエフタルに変わる)が合法的に九州に入ってくる。継体朝の磐井
等は明らかな騎馬民族であり、新羅と同盟関係にある。騎馬民族は傭兵、毛野氏として
大和朝廷にも入っている。

813 :出土地不明:2009/07/27(月) 16:46:22 ID:Losbu3/q
>>811 農業と農民とは別のもの。

814 :出土地不明:2009/07/27(月) 17:00:38 ID:pI14Fh2I
半島から軍馬を運ぶのは容易ではないですよ。
元寇の頃の大船で運んでも上陸後物の役に立たなかったし。
輸送中で相当数死亡し揚陸後、数ヶ月かけないと体力は戻らない
はず。敵性民族が悠長に北九州あたりに馬場を開いて陣容を整えてか
から進撃を開始するなんて考えられますでしょうか?
秀吉も火縄銃兵と長槍兵で戦ったはず。

815 :出土地不明:2009/07/27(月) 17:18:44 ID:Losbu3/q
新羅で騎馬民族であっても肥後では、阿蘇の草千里は別だが、騎馬民族なんか
やってられるわけがない。肥後に入った連中は特技である石棺製造等の技術で
時代に即応した生業に従事していたと考えられる。小諸とか、赤城山麓、千葉
等では大和朝廷専属の牧に従事していたのでしょう。

816 :出土地不明:2009/07/27(月) 20:19:20 ID:MZuavpTg
>>810
 ウルム氷期(約7万〜1万年前)のころの地球はたいへん寒冷な気候におおわれていました。気温は現在よりも8℃も低く、海面は現在よりも100mほど下がっていました。
 この時代に生きたヒトは旧石器時代の人類で、その頃日本列島にすんでいたナウマンゾウやオオツノジカを狩りしてくらしていました。その遺跡は長野県の野尻湖をはじめ全国でみつかっています。

最終更新日:2001-11-12(月)
〒424 静岡県清水市三保 2389
     東海大学社会教育センター


817 :出土地不明:2009/07/27(月) 20:27:14 ID:MZuavpTg
>>810
 氷河期には、海面は大幅に低下しました。地球の寒冷化によって氷が溶けず、川となって海に流れ込む水の量が減少したためです。
その結果海底の一部は海上に姿を現し陸地化したと考えられます。
ヴュルム氷期には海面が140mも低下したと言われています。

そのため、日本は朝鮮半島やサハリンと陸続きになって多くの動植物が日本にやってきました。
現在のベーリング海峡もヴュルム氷期には陸地化して、アジア大陸と北米大陸が陸続きになっていました
(ベーリング陸橋)。

 後氷河期になると日本列島は日本海によって完全にアジア大陸から隔離されてしまい、
日本特有の生物が分化したりしました。

(参考文献 日本の高山植物(山と渓谷社))


818 :724:2009/07/27(月) 21:47:08 ID:Jwsk+LK5
>>803
>日本人の「人間としての器質」はつまり数万年前に黒潮に乗って無人の日本列島に
>やってきたモンゴロイドである、

ウーム、日本人の「人間としての器質」、「器質」とは資質と器量のことですよね。
日本列島へは、幾波もの多様な人種が波及しており、日本人は人種的に多層的というか
重層的であると考えられていると思います。ですので、"日本人の「人間としての器質」"
が第一波の人種が持っていた「器質」で、ほぼ占有されているとは言い難いと考えます。
ただ、第一波であったがゆえに、"日本人の「人間としての器質」"に少なからぬ影響を
与えているのではないだろうかと個人的には考えています。

>日本人の「文明としての範疇」は縄文土器に代表されるような文化があり、これが
>基礎となって支那の江南などの文明を取り入れた、

日本人の「文明としての範疇」ですか。。
a) 文明は文化の一形態と捉える視点
b) 文明は文化と同義とする視点
c) 文明を「未開社会」と対比させる視点
等々、文明の定義も様々あるようなので、a)の視点が前提であるとすると、
大方、その理解でOKです。

819 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/27(月) 23:15:04 ID:FcoXFkXO
>>798
HLAの中国南方起源とされとった日本人に四番目に多いB54-DR9なんか、
満州族やブリアートにも認められるけぇ、中国南部起源と云えんように
なったんが現状じゃろう。HLAでは全体的に日本人はアジア北部の集団に
近い所は、mtDNAと同じような結果じゃ。
>>700-800
西洋の哲学、思想は一神教から生まれとるんで。わりゃ、わしを卑怯者じゃ
ゆうとるのう。日本人にとって最大侮辱語の「卑怯」云うようじゃあ、
親の躾が悪いんか知らんが、おどれは日本人じゃあ無いわ。
われが大陸思考者じゃ云う事実を指摘して、何が不満なんなら。
大久保利通が、プロシアを模範としたんも知らん低脳じゃのう。
ドイツ型大陸思考を日本に移入した張本人じゃないか。
北条時宗は、蒙古の使者を殺した外道で。日本人は使者は殺すんか云う
誤解を招き、蒙古側の侵攻を煽る行為をしながら、時宗自身は九州に来ん。
西日本の河野や松浦の水軍の奮戦で侵攻は食い止めたが、北条氏は奮戦した
瀬戸内や九州の交易利権まで奪おうとした糞外道ど。どうせ、おどれは
ネット右翼のサイトの出鱈目地政学講座の受け売りで書いとるけぇ、
歴史的無知を披露することになるんじゃ。後はステレオタイプのネット右翼
の政治的見解そのものじゃないか。先進国なら旧殖民地、統治した地域の
住民は受け入れとるし、朝鮮でも南方でも来るもんは拒めんど。
おどれのナチス流封鎖的大陸思考もネット右翼が大陸思考に洗脳されとる
ええ見本じゃのう。島国の英国は旧植民地の連中も受け入れとるし、
この板の縄文人や列島倭人が海外に飛躍したじゃの電波を飛ばさんよ。
先住民のケルト人が英国から拡張した云うたら笑い者になるわ。
ドイツの大陸思考の連中がゲルマン民族の拡張論を唱える。
日本は、右翼も左翼もドイツ拡張論の影響が強いけんのう。それが朱子学
の攘夷論と結びついたんじゃ。おどれもドイツ大陸思考に洗脳された
一員に過ぎん。

820 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/27(月) 23:23:12 ID:FcoXFkXO
>>801
本土日本人は、縄文、弥生列島倭人要素を加えた、民族移動期の四世紀
以降に渡来した北方民族であるゆえ、縄文が主流なんかあり得ん。
イギリスの渡来人のアングロ・サクソンと同様よ。
>>803
黒潮でアメリカまで流されるがオチじゃ。命がありゃあの話じゃが。

821 :出土地不明:2009/07/27(月) 23:32:36 ID:0dB60mp1
>>820
ほらここでもキチガイ理論
縄文人が1系統の民族と思っている時点で失格

822 :出土地不明:2009/07/27(月) 23:39:54 ID:0dB60mp1
>>816
津軽海峡の深度は幾らだと思っているのだ?

823 :出土地不明:2009/07/27(月) 23:58:18 ID:5dvBtdi8
津軽海峡の周りで連結してたんなら、問題なし。

824 :出土地不明:2009/07/28(火) 00:28:16 ID:vKT8IZfg
>>820
今だに形質人類学かよw
ダサいなw

825 :出土地不明:2009/07/28(火) 00:29:35 ID:fCxiNIp4
>>821
白馬青牛に絡みたいだけの低次元な人間はお呼びでない。
お前は金魚の糞かw
Yキチガイはそれ以外の事実をしっかり説明してみなよ。

出来ないなら、ここは考古板だし生物板で頑張ったら?
Yだけで反論をチョンだのどうのしか言えない人間は消えるべき。
日本の恥。

826 :出土地不明:2009/07/28(火) 01:30:52 ID:0dTHSpV1
825、お前いつも同じ事言ってるな。馬鹿の一つ覚えとはお前の事だな。

827 :出土地不明:2009/07/28(火) 02:37:11 ID:SIhMbvB4

人権擁護法案
                       民主議員多数参加
人権擁護法案
               インターネットも出版もテレビも全規制
人権擁護法案
            歴史教育 歴史研究も全部朝鮮側の捏造しか認められなくなる!!

828 :出土地不明:2009/07/28(火) 13:08:41 ID:f7Zm3Bic
>>825
>>821はY遺伝子と異なるデータからの結論だが・・・
普通の人間は各種のデータの整合性を検討するんだよ(^o^)

829 :出土地不明:2009/07/28(火) 13:15:26 ID:Ha3/iHN9
>>818なるほど。それでも同じように他民族の渡来でなりたつブリテン島などは
その記録がよく残っているのに日本ではさっぱりないですね。なぜでしょう?

830 :出土地不明:2009/07/28(火) 13:51:14 ID:d3x+GcK8
>>829 イギリスと日本ではとにかく言語の連続性が違う。

 イギリスはドイツ、フランスと連続しているが日本語は大陸の言語から孤立している。

 どう見ても人種の交流などほとんどなかったということだろう。


831 :724:2009/07/28(火) 21:35:07 ID:OSZwpwAi
>>829
>830さんが述べられているように、やはり、交流等の頻度の差が大きいものであった
ことが、原因として挙げられると思います。それは、日本語が孤立語であることが、
物語っているのかと。そして、そのことは列島化以降、多様な人種が少人数集団で、
散発的にゆっくりと日本列島に波及した証になるのではないでしょうか。さらに、
縄文「諸」文化が、幾つも生じ、また時代によってその地域が変化する様は、まさに
その証の「整合性」を担保するものなのではないでしょうか。

832 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/07/28(火) 22:40:10 ID:ZQVwJ9iq
>>821
渡来系が一系統の民族だけじゃないよう、縄文系の一系統民族だけじゃ
云うたことは無いど。
>>824
いまだに云うとるが、学問に古いも新しいもあるかい。
形質人類学も日本人の起源探しに有力な根拠になるけぇのう。
>>829
記録なら『記紀』の神話から天孫云う概念から渡来系じゃ云うことを
語りよるじゃないか。
>>830
イギリスはドイツと同じゲルマン語系で、フランスはラテン語系じゃ。
ノルマンのイギリス支配でラテン語の影響が多少混じった言語じゃ。
大陸系云う言語グループは無いど。日本語はアルタイ語系膠着語で、
アジア北部の言語に近い。縄文語の可能性が強いアイヌ語と違う。
ほいで、言語と人種一致せんよ。西洋南部の地中海人種は、
インド・ヨーロッパ系言語とセム系語やハム系語の集団分れとるし。
ちいたぁ、勉強して書きんさいや。

833 :出土地不明:2009/07/28(火) 23:21:48 ID:vKT8IZfg
>>832
おまえはDNA鑑定をも否定するのか?

834 :出土地不明:2009/07/28(火) 23:37:43 ID:DsWPDu2+
http://same.ula.cc/test/r.so/tsushima.2ch.net/news/1248790675/

835 :出土地不明:2009/07/28(火) 23:38:34 ID:JuYZAhHc
>>830
孤立していて当然。

日本語の元が最初に日本にきた6万年前発生のDの言語を元にしているなら、1万年前に発生した漢族の
O3系の言語からかけ離れていて当然。6.5万年前に両者は分かれている。

それから言えば、欧米系の言語と中国語の方が圧倒的に近い。それらが分岐したのは2.5〜3万年前


A、Bアフリカ残留。
6.5万年前にD・Eの祖先が生まれる。

C、Dは6万年前発生し東南アジアへ向かう
EはDと同祖だが、アフリカ残留。
FはCと同祖で現在の人類の90%以上を占める人類の祖先でサウジアラビアの草原(当時)に留まる。
そこからG〜Nが生まれ分離。

(NOP)は2.5〜3万年前に生まれた(NO)とPの祖先
(NO)からNとOが生まれ、漢族はOから1万年前に派生したサブグループO3が主体。
PからQとRが生まれ、Rが欧米人


836 :出土地不明:2009/07/28(火) 23:49:12 ID:wKrgXaOV
>>835
CDは東南アジア方面だけに向かったわけではない事くらい
いい加減に分かれよw
人は一方にしか行かないわけないだろwww

837 :出土地不明:2009/07/28(火) 23:50:13 ID:JuYZAhHc
最新の遺伝子(y染色体)研究+考古学での日本人男性のルーツは、3か4派で構成される。現在の構成比は
C1が1%、D2が40%前後。C3が2〜3%、Nが1%前後。O3が25%。O2bが30%前後。

1)3.5〜4万年前:後期旧石器(局部磨製石斧・台形石器→ナイフ型石器・一部は木葉型尖頭器へ変化)
スンダランド(東南アジア)からハプロタイプCとDが直接渡ってきた。そして2万年前後にCはC1、
DはD2という優勢な突然変異によるサブグループに変異した。故にC1もD2も日本にしかいない。

彼らは基本的に森の民で、主に太平洋側の落葉広葉樹帯で木を削った槍で小動物・魚の狩猟、海産物・植物や
木実果物の採集で生活したが、寒冷期に南下、一部中部山岳地帯草原で大型の動物を石槍で狩るものも現れた。

2)1.5〜1.2万年前:細石器(石刃技法細石器 ← バイカル湖周辺で発生した細石器)
氷河期の海面低下で大陸と繋がった北海道と九州西部経由(朝鮮半島経由の北九州ではなく、長崎辺りで
草原となった黄海・東シナ海経由)でハプロタイプCから2万年前にC3へと変異したグループと、九州西部
から15万年前発生のタイプNが日本に渡ってきた(C3はツングース系、Nはアルタイ系を代表する遺伝子)。

彼らは草原に住む大型動物を追って、寒冷期に南下した植物相に伴い動物を追って、内海化した日本海で
乾燥化した裏日本の草原にまで遺跡を残した。温暖化に伴う植相変化で北方へ去ったが、一部日本に取り残
されたグループは大型動物を取り尽くすと森の民に同化され、細石器文化は1.2万年前くらいに消滅した。
(北海道へはD2が2万年少し前に入った。その後海峡が浅いので本州より早く18万年前にC3が入って来た)

3?)1万年〜7千年前:米・麦等の栽培植物をもたらした?
ハプロタイプOから1万年前にO3に変異したサブグループが陸稲米と麦を持って日本に渡ってきたかもしれない。
もしそうなら、縄文人は以上の3派の渡来人が交じり合ったものだと考えられる。そして土器の「縄文」も
彼らがもたらしたかも知れない。ただし縄文人の頭骨からは否定的。

ただし、土器自体は1.6万年前に日本で自然発生した無紋土器、次に九州西部から細石器文化と一緒に入って
きた豆粒文土器、そして「縄文」以前に隆線文土器や爪形文土器が有る。

4)紀元前1世紀:水耕田技法もしくは田植え等の画期的技術をもたらした弥生人。
Oから派生したO2の、そのまたサブグループのO2b(2800年前に発生)が中国戦国時代の混乱期に江南地方から
海を渡って日本と韓国南西部へ渡ってきた。

水耕田の稲の遺伝子はもともと日本にあった陸稲米遺伝子と同じで、日本の水耕田は2800年前くらい前まで
遡れる。一方、O2bは百越の特異な遺伝子であり、その大多数は百越が亡びた紀元前334年以降に日本に入って
きたと思われる。しかも日本で優勢を保ったのだから、何らかの生産性増大技術を持ってきたと思われる。

上記O3はこの時O2bと伴に日本へ入ってきたものかもしれないが、それにしては日本でのO3の比率が多すぎる
と考えられる。


838 :724:2009/07/28(火) 23:50:31 ID:OSZwpwAi
ちと、参考までに置いときますね。

『これは、日本語の系統を論じるような場合は非常に重要なことです。日本の周囲には、
日本語のように全部の拍が母音で終わっている言語はありません。全部の拍が日本語の
ように母音で終わる言語は、日本の近くではポリネシアの言語がそうです。このことから
、日本語ができるときには、ポリネシア民族が日本にいたのではないかという説も出るく
らいです。--(中略)--世界の言語には、このように母音で終わる言語、子音で終わる言語、
さらに中間の言語があり、さきほどの中国語・朝鮮語といった言語は、子音でも母音でも
終わる言語になります。』---「日本語の特質」金田一春彦著

このことから推察できることは、かなり古い時代、スンダランド地域から母音終わりのみの
人種が、ポリネシア(太平洋の島々)と日本列島に波及し、残存したことを物語っている。

839 :出土地不明:2009/07/28(火) 23:58:43 ID:JuYZAhHc
>>836
分かってないのはお前の方。

最近ではC3もスンダランド経由でモンゴル高原からバイカル湖へ渡ったと考えられてる。

Dについては北のシベリア回りをまだとなえるてるのは、どうしてもチベットへ入った
最初の人類を、6万年前発生の一番古い遺伝子Dとたった1万年前発生の新しい遺伝子O3が
一緒に入ったことにしたい中国人だけw。

いい加減に分かれよなw。



840 :出土地不明:2009/07/29(水) 00:03:41 ID:LyI2bNR4
>>838
縄文人の小さい歯もスンダ歯列といわれてるね。体型も森の人に適して小さい。

O系のシナドントの大きな歯とは別系統。



841 :出土地不明:2009/07/29(水) 00:12:49 ID:bewSn9tO
>>839
またチャイニーズ持ってきて誤魔化すなっつーのw
誰もそんな話してないだろwww

CDが中央アジア方面に行かなかったと言える根拠は?
普通にCDはアジア全域に広がっていったとみるべきだね。

考古学や他の遺伝指標の結果、言語学の説明もねw
おおっと後発のOの話なんてしていないからね。
中華説なんて誰も興味ないしwww

そんな感じだから渡来人江南人説でデムパしちゃうんじゃないの?ww
いい加減勘違い大陸コンプやめてくれwww

842 :出土地不明:2009/07/29(水) 00:20:56 ID:bewSn9tO
まああれよ、日本人は大陸に比べて
新モンゴの影響が遅かったっていうだけよ。

それを必死になって隣国(特に朝鮮・シナ)とは違うと言いたい
だけの人間が、日本人の特に若いのには多いというだけねw
最近は嫌悪心ますます強いからね。大阪人の反東京人意識みたいにねwww

843 :出土地不明:2009/07/29(水) 00:36:16 ID:bewSn9tO
http://www.geocities.jp/ikoh12/kako_no_page_no_syoko/001honnronn_02.html

このへんも面白いね。

まあ最初、大陸と繋がっていた時(樺太・朝鮮)は色んな方向から来ていたん
だろうね。海岸沿いに南方からもあったと思うよ。

その後、弥生以降はどう考えても北西方面からが中心ってこと。
大した話ではないよ。

ただ、隣国と「全く違う」とかデンパは飛ばしたくないねww

844 :出土地不明:2009/07/29(水) 00:54:23 ID:TJ2s9akZ
そりゃ北方系モンゴロイドは中央アジアで交配を繰り返しながら遅く発生してるから
荒い海である日本海を渡って日本列島には簡単には来れなくなったからな

845 :出土地不明:2009/07/29(水) 01:07:04 ID:bewSn9tO
いや、Oは南方からじゃない?
でモンゴル辺りで新モンゴになった

Cは普通に初めから中央アジアから東・東北にもいっているね
新モンゴ化はもっとあと

846 :出土地不明:2009/07/29(水) 01:19:42 ID:LyI2bNR4
>>842
韓国人の話などしてないし、そう言う話がしたければ「朝鮮人はどこからきたか」のスレへいけよ。

>>841
CDがスンダランドに入ったのは間違いない。そこからアジアへ広がったと考えるのが普通。だから
そう考えられ始め、西欧の全てが中東から始まったという考え方を彼ら自身で反省しつつある。

だから、Cの一派が片や南回り、片や中東経由で北回りなど不自然なただのこじつけ。中東近辺にC3の原型
Cの痕跡でもあるのか?。南方にはC系の痕跡は有り余るほどあるがね。

更にDにも中東西アジアに痕跡が無いばかりか、北方にも殆ど痕跡が無い。一方南方には、アンダマン諸島、
スマトラ、ボルネオ原住民タイの原住民(タイ族)・中国少数民族、中国人、韓国人と明確な痕跡が有る。
>>http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~robert/Y-Haplogroups-1500AD-World-Map.png
(拡大できるからジックリ眺めたらどうかな)

所で、私の意見は >>837 で述べたから、ゴタゴタ言う前に、日本人のどのハプロタイプが何時頃
どう言うルートで入って来たのか(中国人の論文以外の意見を)聞かせて欲しいねw。


847 :出土地不明:2009/07/29(水) 02:00:40 ID:ZlXaIhsq
>>青牛のスポンサー???

'歴史戦争'に200億ウォン支援…「北東アジア財団」来年予算策定 ...2007年6月18日

「北東アジア歴史財団」は、中国の高句麗(コグリョ)史編入と日本の歴史教科書歪曲に
対抗するための対策を用意しろという盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の指示で昨年4月
から準備を進めてきた。 今月末に50人余の組織(研究員は20人余) ...
japanese.joins.com/article/article.php?aid...200... - キャッシュ - 類似ページ


848 :出土地不明:2009/07/29(水) 02:00:45 ID:LyI2bNR4
>>845
その通りです。OもNも南方から北へ上ってきた。だから、北方モンゴロイドというのは既に死語なのです。

1)OとNの祖先(ON)は発生がAsiaで25,000-30,000 years BP
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_NO_(Y-DNA)

2)NがSoutheast Asiaで15,000 to 20,000 years BP 発生
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_N_(Y-DNA)
そこから中国内に痕跡を残しながら北方のアルタイ系に成り、北方で拡大した(紫色)。
>>http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~robert/Y-Haplogroups-1500AD-World-Map.png

3)だからOも最近では東南アジアから北上といわれています。
O1は東南アジア人の主たる遺伝子
O2は江南人の主たる遺伝子
O3は漢族の主たる遺伝子で中国中南部で1万年前に発生
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O3_(Y-DNA)

上記Nと同様にC3もスンダランドのCが北方へ向かいバイカル湖へ向かったものと思われています。
(他のCは日本へ向かいC1に、残ったCはC2になり東南アジア原住民となり、オーストラリアへ
向かったCはC4、アフリカから来る途中の南部アラビア・インドに残ったものはC5になった。)

ただコーカソイドRとの同祖Pから15〜2万年前に生まれたQだけは、中東からシベリアの北回りで
アメリカ大陸へ渡っていきました。しかし、彼らをモンゴロイドと呼ぶのはおかしいでしょう。どちらかと
言えばコーカソイドです。だから、北方モンゴロイドなどは存在しません。
>>http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~robert/Y-Haplogroups-1500AD-World-Map.png



849 :出土地不明:2009/07/29(水) 02:24:04 ID:bewSn9tO
>>846
また中国言っているね(よほど好きなのねww)

南方って島嶼部ばかりじゃないw
島嶼部に古い遺伝子が残っているのは自然な事
それじゃーCが南方にしか行かなかった事の説明にはならないねw

君こそよーくそこのピンクでも見てみなよ
何も不思議な事ではないよ。Dもね。
Dはおそらくあまり北には行っていないと思うけど
東には行っているね

850 :出土地不明:2009/07/29(水) 02:27:01 ID:bewSn9tO
そうそう、なぜか南か北でしか考えない人がいるようだけど
普通に 中東→中央アジア→中国方面
がいたに決まっているじゃない

大丈夫かい?

851 :出土地不明:2009/07/29(水) 02:40:42 ID:LyI2bNR4
>>849
>>君こそよーくそこのピンクでも見てみなよ
君こそ東南アジア発祥で、中国経由で北方へ渡った紫のNのルート見てみたらどうか?
>>http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~robert/Y-Haplogroups-1500AD-World-Map.png
>>http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_N_(Y-DNA)

そして、Cのルートはアラビア半島南部→インド南部→東南アジア
東南アジア居残りC2
東南アジア→日本C1
東南アジア→オーストラリアC4
東南アジア→中国→モンゴル→北方C3
と言う厳然としたルートが示せるのだが。

そして、さっさと君の考える日本人のルーツをハプロタイプとそのルートで示してみなよ。


852 :出土地不明:2009/07/29(水) 02:44:21 ID:LyI2bNR4
>>850
だからゴタゴタ言ってないで、ちゃんとしたルートと裏付け出してみなよ。




853 :出土地不明:2009/07/29(水) 05:06:31 ID:9us4iNT+
無理だろw

中国が何かを握りつぶしダミーばら撒いてる可能性すらある。

854 :出土地不明:2009/07/29(水) 06:32:13 ID:rVXTQGbX
日本から入った中国のDはどこへ消えたの?
http://blackshadow.seesaa.net/image/WS0060.jpg

855 :出土地不明:2009/07/29(水) 08:40:42 ID:xFH44vFL
遺伝子ベースの研究については
Asian Ancestry based on Studies of Y-DNA Variation: Part 1-3
By Mark S. Lechner, Ph.D., Senior Technical Editor
http://www.genebase.com/tutorial/item.php?tuId=21
において英語の肉声で説明が受けられるのだが、まずうぉインドウズ・パソコンで、
インターネット・エクスプローラ・バージョン8の場合:
ツール>インターネットオプション>プログラム>アドオンの管理から
名前 Shockwave Flash Object
発行元 Adobe Systems Incorporated
状態 有効
ファイル日付 2009年2月3日11:07
バージョン 10.0.22.87
こういう風になっている必要がある。


856 :出土地不明:2009/07/29(水) 09:19:51 ID:+6I1sI6T
「私の先祖がアフリカからどのようにして来たのかの道程を探るという解析なんですが、
$99.95でキットを購入します。キットが送られてきたら、
Y染色体での父系調査かミトコンドリアDNA解析による母系調査かを選択します(女性は母系のみ)んで、
口腔内の粘膜細胞を専用の棒でえぐりとって試験管のようなものに入れて送り返します。
そうすると専用ウェブサイトで先祖がどういう道筋で、アフリカからやってきたのかがわかります。
私は父系の解析をやってもらいました。まあ、結果はいたって普通でアフリカからアラビア半島、
そしてアジアの沿岸部、いわゆる海の道を通り東南アジア、沖縄方面から日本に入り縄文時代に定住するという結果となりました。
大体日本人の50%はそんな感じらしい。」

byホリエモン

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