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日本人どこから来たんだ?7

1 :出土地不明:2009/06/04(木) 11:38:10 ID:dirTRi1b
日本人どこから来たんだ?5

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1225715306/


日本人どこから来たんだ?4

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1217864779/

日本人どこから来たんだ?3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/

日本人どこから来たんだ?2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1189633821/

2 :月光仮面:2009/06/04(木) 11:39:56 ID:dirTRi1b
日本人どこから来たんだ?6
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1237219924/menu931
新沢千塚、東漢氏・・・ヒッタイトと見るべきだろう。
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/2008_08_25.htm
新沢千塚 ここにある提瓶
http://inoues.net/ruins/niizawasenduka.html
この祖形は東欧にいたプロト印欧語族がドルメン文化と共にコーカサスに持ち込み後にヒッタイトとなる
http://archaeology.kiev.ua/byzantine/amphorae/classification/fig/118.jpg
これは山東省リンシ出土人骨DNA鑑定によっても現在のドイツ方面と同じと言う結果が出ている。
牛の崇拝はマイコープ文化の特徴

3 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:05:57 ID:dirTRi1b
インドの巨石文化とストーンサークル
南インドの巨石文化は、「舷窓」の存在などを考えると、世界の巨石文化の研究にとっても、非常に重要
な意味を持つと言えよう。
http://jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdf
♪夜のキャビンの 「小窓」を照らす  夢も通うよ あのホノルルの♪あこがれのハワイ航路 舷側窓 
これはコーカサスNovosvobodnayaではお墓の拝石のようなもの↓
http://dmitralex.ru/fotofilija/adygeya/novosvobodnaya/p9292258.jpg
図の下方に転がっているのが、手力命的な祭司が開けたものと見られる。納骨儀式だ。

4 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:23:51 ID:dirTRi1b
新疆 鹿石(カラスク)、注水(Globular Amphora culture=GAC)、単耳罐(GAC)、双耳罐(GAC)、
紅陶(仰韶)、GACはドルメンを伴ってコーカサスに進出、その後カラスク晩期・スキタイ前期に
中央アジアに到達したのであろう。
http://hi.baidu.com/xj4949750/blog/item/200f93cb449852fe53664f78.html
これらは戦国・漢期に四川省においても出現するが石棺墓、崖墳(インドのくりぬきと似ている)を
伴う。

5 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:30:28 ID:dirTRi1b
物部氏がフルリ人、東漢氏がヒッタイト、そうすると秦氏はアマルナ王朝が犬戎と呼んだイラン系遊牧民
を操ったヒクソスと言うことになる。

6 :出土地不明:2009/06/04(木) 12:44:47 ID:uqEOkkNR
おお、新しいスレ、月光仮面さんが立てれた!
トリップも付けられないんじゃ無理だと思ってた…。
またスレの95l埋め、頑張ってください。

7 :月光仮面:2009/06/04(木) 12:46:52 ID:dirTRi1b
>>4
http://www.aba.gov.cn/zqwh/lswh_sz.asp 戦国早期から後漢までで、中期墓内双耳罐与西北地区
出土的安佛式双耳罐十分相似。つまり、中期にはヒッタイト・アンフォラが混じるということ。


8 :月光仮面:2009/06/04(木) 13:15:55 ID:dirTRi1b
支石墓の分布からヒッタイト東漢氏が例の山東省リンシ方面から遼東半島に入ることが解る。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/b/b9/Bipabronze1.jpg
箕子朝鮮の中身がこれだったのか、燕の召公というのがこれだったのか。

9 :月光仮面:2009/06/04(木) 13:20:35 ID:dirTRi1b
↑▲チソクムとなっているのが支石墓。しかし、南方の墓盤型のは現在ミャンマー山岳民族が作っている
のと似ている。

10 :出土地不明:2009/06/04(木) 14:39:09 ID:2JBpUmLM
>>3
南インドの文化と弥生文化の同質性
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06tamiru_go_to_nihonn_go.html


11 :出土地不明:2009/06/04(木) 20:37:31 ID:zXYwZP+7
おっちゃん、これ見た?

2009年4月30日(木)[朝日新聞夕刊] ウマと人 5000年のおつきあい 家畜化の時期、毛色で分析 独・米チーム

 ウマの家畜化が約5000年前に始まった、と遺伝子から体色を割り出し家畜化時期を推定した研究が、ドイツとアメリカのチームにより米科学誌「サイエンス」に発表された。
 チームが分析に用いたのは、シベリア、中東、ヨーロッパで見つかった旧石器時代末から4000年前までのウマの骨89点で、毛色に関する6つの遺伝子の変異の有無などを調べた。
 すると約1万4000年前〜7000年前までの骨からは、茶褐色の毛色になる遺伝子しか見つからず、当初のウマはこの毛色だけだったと推定できた。ところがその後の1000年以内の骨からは黒毛になる遺伝子も見つかった。
 さらに5000年前頃の骨には、クリーム色や白毛になる遺伝子が検出された。4000年前頃にはまだら模様などの多様な毛色を作る変異が見られるようになった。
 黒毛の出現は、後氷期の森林増加といった環境変化に対応したもので、ウマはまだ野生だったが、5000年前以降に見られる体毛の増加は、人がその頃に家畜化したため、と結論付けた。
 野生状態では単色の方が目立たないが、家畜化されるようになると、他人の持ちウマと差別化するためにも変わった毛色の個体が現れると積極的に選択されたのではないか、と見られるという。

やっぱこんぐらいの時期かぁ。

12 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/04(木) 23:33:44 ID:4sskRIRO
前スレの>>929のY染色体単一遺伝標識で妄想しょうカルトが
吠えよるのう。「単一遺伝標識で日本人の起源を妄想する会」の
会員かいのう。
>>931
東漢氏は、ツングース系のハラ(腹)氏族制、新沢千塚古墳の鮮卑的
要素、神牛伝説から漢人が混じっておっても、主体は北方胡族で
あろう。五胡、北朝の連中も出自を漢人に捏造しとるし、
日本の源氏や平家の出自の怪しいもんじゃ。
徳川氏の場合は近衛前久書状で新田源氏捏造がバレとるよ。
あんた、系譜を追うてゆく、Y染色体カルトじゃけぇ系譜は
正しい思うて妄想したんじゃろう。遺伝子なんか所詮偽系図と
似たようなもんじゃ。
>>5
漢、史氏系が鮮卑、百済、伽耶のアルタイ的であるのに対し、
秦氏は新羅、伽耶のアルタイ要素と共にチベット羌的要素が
ありますね。中国西北部の秦が羌系牧畜民と云うだけで無く、
秦氏の鴨川の水利技術は、森浩一氏が指摘するよう中国西北部の
技術の影響かも知れません。現代でも羌族は堤防工事と
井戸掘りに巧みなことで知られてます。
漢、史氏も秦氏も天皇家の騎馬護衛としての軍事力も、重視
されましたが、秦氏の軍神である八幡神、鍛冶師としての性格は、
アルタイ要素と羌要素の影響でしょう。羌族系部隊は戦争でも
精強の伝統がありますし。

13 :月光仮面:2009/06/05(金) 10:32:50 ID:bj3zTu0K
↑中欧の球壺文化というのは黄河の半坡文化と曹家嘴文化の中間に来るが、もし仰韶の彩陶文化が
トリポリエ・ククテニに波及し、それが更に中欧に及んで球壺文化を生んだとも考えられる。もし、秦氏が
エジプトを支配したのであれば単に馬・錫ハイテク青銅で急にのし上がったのではなく、既に半坡時代
からハイテクの彩陶技術を欧州中近東にセールスしていたと考えるべきかなと思うのですが。殷王朝
等に関して言えば秦氏は馬とか二輪車を提供して食い込んだ、つまり、エジプトに食い込んだのと同じ
手口のようですが、政権に食い込む以前に窯業、それを背後で支えるシャーマニズムといった面が
秦氏の活躍の部分かなと。

14 :出土地不明:2009/06/05(金) 10:34:20 ID:8sn5rpbN
(3番目以外は白馬の書き込み)
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/606
>ちなみに昔氏は新羅に財宝と奴婢を献上しとる
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/735
>昔氏が七宝と奴婢を満載して献上したんは、三国遺事』に出とるじゃないか。
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/743
>なんたって新羅は未斯欣を人質に出す属国のような
もんだからなw
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/748
>>743
>新羅が人質など、後世の文書に過ぎんし根拠が無いのう

三国遺事なんて三国史記より後代に書かれたのに ダメだ、やはりこいつ馬鹿だ


15 :出土地不明:2009/06/05(金) 11:08:36 ID:HfJ7nt1m
@ツングース系(狩猟採集民族)血縁を残すがアラスカから南米まで移動
初期の縄文人のこと(定住しないため移動速度は非常に早い)
A中国南部系(農業をもってくる)
住居を固定する民族(移動速度は非常に遅い)
Bロシア北経由(後のアイヌ)
C南方諸島経由(琉球)
D朝鮮や中国で進化した人の来日や、縄文人の生き残りなどの多種混血

ツングース系はアイヌ伝説で小人族とされ、その人たちは船にのって
去ったと伝えられている。
ほかにも日本古来には小人伝説があり、縄文人の平均身長からして
それは正しいとおもわれる。
紀元後には定住する民族が主流となりその遺伝子を受け継ぐが、
薄まっていったというのが妥当だろう。

16 :出土地不明:2009/06/05(金) 11:13:30 ID:HfJ7nt1m
小人族は主に固定住居を持つ民とは関係を持たず、
山や人がすくない自然豊かなことろに点在し、村などは作らない。
そして、その人とかかわらない動物的な少数で暮らす特性ゆえ
山や川の妖怪や天狗、修験者、仙人などの元になる伝説の寓話の類に
登場したりする。農業文化からは、異次元の自然に対する生活能力ゆえに
異質な存在と見えるのは必然である。

17 :月光仮面:2009/06/05(金) 15:08:20 ID:bj3zTu0K
>>12-13
秦氏と言うのはシルクロードの角番ですね。番台に立っているもんだから色々と目に入ってくる。
次第に犬戎等の扱い方とか、西方の宗教・文字等に、門前の小僧習わぬ経を読むようになる。商売を
駆け引き、戦術、戦略を覚える。人生観も変わってくるのではないでしょうか。そのうちに利益を求めて
海外市場に目が行く。鉱物資源とか大河の農業地帯とかは絶好の商売の場。言葉もペラペラになる。
ユダヤ人なのか、イラン人なのか、はたまた、豊前の人なのかもわからなくなる。

18 :月光仮面:2009/06/05(金) 15:12:25 ID:bj3zTu0K
↑角番ではなく角屋敷というべきだったか。

19 :月光仮面:2009/06/05(金) 18:01:43 ID:bj3zTu0K
アリストテレスがウニの生殖巣やカキの肉重量の変化を月令と関係づける、これが呂氏春秋にあるのは
おかしい http://mailstar.net/needham-anthony.html とNeedhamがいう。しかし、秦始皇帝死後に突然
兵馬俑が出来るのもおかしい。兵馬俑の付近からイラン人の遺骨が出土するのもそれなりの意味がある
と見るべきだろう。


20 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/06(土) 00:19:19 ID:s0fLaA19
>>14
最初の方は、新羅人に奴隷を献上したことが無いじゃの云う、
独善的解釈に対する言で。それを一文のわしが云うた部分を
切り取って矛盾したように作成しよる。『日本書紀』も後世に
書かれた記述でそれより新しい時代に書かれた『三国史記』や
『三国遺事』と同様後世の自己投影に過ぎん。記紀に正直に書く
馬鹿もおらんけど。新羅が列島に人質を送った事実も日本側の
電波論以外無いしのう。駄目なんはあんたの妄想論よ。
>>15
縄文期にツングース系は無いでしょう。沿海州あたりも古アジア系
民族の時期でしょうに。
>>17
秦氏も新羅・伽耶から羌も混じった諸民族集団でしょう。
戦闘を覚えるくは、羌系が傭兵しして兵を供給した歴史でしょう
し、秦氏は商人的役割でも無かったでしょう。
渡来系が商業利益を求めるんは、秦氏に限ったことでも無いんです。
まあ、稀にイラン系の容貌の人がおっても、主力は北東アジアの
渡来系でしょう。

21 :出土地不明:2009/06/06(土) 00:43:46 ID:XHQhHD5M
>>1 大雑把に言ってシベリア、満州、朝鮮、シナ、ベトナム、インドネシア辺りから来たんだろう。

 容貌も大して違いはない。


22 :出土地不明:2009/06/06(土) 01:50:50 ID:+xLq0AIV
シベリア、華南以南からは来ていないね。

縄文人が日本列島に侵入した35000年前にはまだ人類はシベリアに
進出していないし、日本人のHLAは朝鮮、華北、モンゴル、中央アジア
と、西に向かって関係が連続しているのに、華南以南の人類集団の
HLAとは全く関係が全く無くなってしまう。

これは縄文人が中央アジアから当時のゴビ湖を経て日本列島に
侵入してきた集団だったためである。

23 :出土地不明:2009/06/06(土) 02:31:02 ID:eFtv3IKM
>>20
こら、捏造するな これがスレのURL(もし落ちてたら●かモリタポで読める)
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240659099/

591 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2009/05/08(金) 02:34:33 ID:CHzev25H
中略)
このことから、瓢公と朴赫居世は共に倭国から渡来した同族、あるいは同一人物であるとも言われている。
ちなみに金氏の祖は、件の、倭人である昔氏初代にして第四代新羅王脱解の治世時に、これまた件の倭人宰相瓢公が拾って来たとされている。
瓢公(あるいは朴氏も)や昔氏一族といった倭人たちが新羅建国に深く関わり、王、宰相として支えたわけです。非常に興味深いですね。

606 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2009/05/09(土) 02:36:16 ID:vuEvTQ7/
>>591
新羅の支配層はスキタイーアルタイ式の積石木槨墓人で、韓人や倭人は
被支配層。昔氏が丹波とやら電波もその時代に丹波なんか無いし。
ちなみに昔氏は新羅に財宝と奴婢を献上しとる。

倭人が新羅の王になったと言う相手に三国遺事を引用してるだろ
(この後根拠を糺されて前述の三国遺事と答えている)
>新羅人に奴隷を献上したことが無いじゃの云う、独善的解釈・・・
↑こんなもんどこにも書いてないぞ 下らん捏造するな

24 :出土地不明:2009/06/06(土) 08:03:24 ID:TKktBpk2
積石木槨墓人て何だよw
そんなの「人種」になるかよ。

25 :月光仮面:2009/06/06(土) 08:27:53 ID:MpBQiuBG
積石木槨墓人、↓丸木組囲の墳墓を作る民族だろうな。
http://history.novosibdom.ru/files/u9/sibir_81.jpg


26 :出土地不明:2009/06/06(土) 08:45:29 ID:TKktBpk2
>>25
それは1つの文化であって人種を意味するのか?



27 :月光仮面:2009/06/06(土) 09:04:15 ID:MpBQiuBG
http://en.wikipedia.org/wiki/Srubnaya
Timber-grave culture後期青銅器16th-9th centuries BC)文化。Yamna culture/Catacomb culture/Abashevo cultureに続く。これに続くのは前1世紀騎馬民族Scythians/Sarmatians
紀元後ではKhazars/Kipchaksとされている。従いKipchaks(金海[ハングルではキメ]、キビとも
呼ばれる)がこれであろう。木槨のログハウス技法は校倉造に、馬を装飾する習慣はチャグチャグ
ウマコに残る。



28 :月光仮面:2009/06/06(土) 09:06:43 ID:MpBQiuBG
>>26
文化であって人種は意味しない。しかし、初めはコーカソイド系人種であったものがモンゴロイド系
人種に伝わるといういきさつもあろうか。

29 :月光仮面:2009/06/06(土) 09:30:39 ID:MpBQiuBG
↑ディエネケス・人類学ブログで中欧に侵入する騎馬民族の人骨を鑑定するとコーカソイドの酋長と
モンゴロイドの家来であったというのがあり、こうした混成集団が文化の人種間移動をもたらすのであ
ろうと推測する次第。

30 :月光仮面:2009/06/06(土) 10:18:56 ID:MpBQiuBG
「新羅国ノ大王ハ日本ノ犬也(なり」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%9F%93%E5%BE%81%E4%BC%90
新羅の騎馬民族を日本の大王の犬、つまり、臣下としたということだろう。

31 :月光仮面:2009/06/06(土) 10:23:57 ID:MpBQiuBG
現代韓国人のご先祖を犬にしたといっているのではなく、古代韓国に侵入してきた騎馬民族を平定し
日本朝廷の管理下においたといっているので誤解のないよう。

32 :月光仮面:2009/06/06(土) 10:41:15 ID:MpBQiuBG
>>20
諏訪さんの「半坡遺址(中国古代黄河文明)」では↓
「古代羌族(きょうぞく)は、陜西省から寧夏回族自治区(ねいかかいぞくじちく)にいた遊牧民族で、白狼を
崇拝し、自らを白狼の子孫一族としています。羌族との民族的関係は、定かではありませんが、北方系
の犬戎(けんじゅう)や古代匈奴のトーテムは、犬であり、後には、高車、鮮卑、突厥、契丹等も犬を、トー
テムとして崇拝します。何か民族的な、つながりか交流が感じ取れます。」
「羌族はチベット系民族ですが、その呼称文字の「羊」から知られるように、西アジア地域の遊牧民族で、
やがて、中国西部に広く勢力を伸ばしてきます。三皇五帝以前より、度々中原に進出し、葛藤と同化を繰
り返します。」
「やがて同化し、漢民族とし漢水の上流にいる羌族を南羌族、青海周辺に居る羌族を西羌族と呼ばれ
ます。南羌族は周王朝建国の功労者「太公望」の故国であり、後に漢民族の大姓となります。その時代
になると、南羌族のトーテムは「羊」に変わっています。「白狼」崇拝は、西羌族だけとなり、彼ら一族は、
時に胡人とも呼ばれるようになります。」
この太公望は斉、山東省で活躍する。現代の韓国に姜姓が多いのもこれでしょうかね。

33 :月光仮面:2009/06/06(土) 11:39:31 ID:MpBQiuBG
↑オルドス・朱開溝文化は龍山文化→二里頭・斉家文化→二里岡文化(犬戎)と流れるが、犬戎
時代に犠牲獣が羊・豚から犬に変わる。殷末にオルドス方面からの圧力をおそれ、山西省黄河
西岸から東岸に殷系部族が移住していることが同地域の鹿石調査によって確認されている。これは
殷→周への変わり目に犬戎の動きが活発化し始めることを示し、「高車、鮮卑、突厥、契丹」が犬を
トーテムとして採用することにも関係すると見られる。ボルガ・サマラ川では前スキタイと見られる犬
犠牲遺物が出土している。イラン系の犬犠牲文化がモンゴロイドに入ってくるのであろう。

34 :出土地不明:2009/06/06(土) 11:58:18 ID:ZYp4apv+
前スレ、埋めませんか?

35 :月光仮面:2009/06/06(土) 12:28:11 ID:MpBQiuBG
↑→ 日本人どこから来たんだ?6
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1237219924/menu931
Takhmuraza イラン伝承による始めて犬を飼った人間、田村麿はこれと似ている。この系列は;
Kakhraman - Katil 子ないしは兄
Mervan
Aflyayun イラク ダビデの盟友 これが秦の悪来
Akhli-Khak ダビデ教徒 天使教又は真理宗 黒犬宗 黒犬 オベリスク
Akratis Yosh宗 ダマスカス建設
Karamush 神牛宗 穀倉地帯
Aflyamun クリミア、マグリブの王
Kinan
Efratim ソロモンの盟友
Takhlaish 神犬宗 ソロモン後160年目に生存 強盗殺人 
シラーズに墓地
Makhlashi 神犬宗 ホレズム イリア派に改宗
Emkash ホレズム
Taglanysh トルケスタン征圧 ユダヤ教徒
これはバシコルトスタン伝承だが、sakaというのは犬ということ。
坂上田村麿は極めて犬に縁の深い名前。




36 :月光仮面:2009/06/06(土) 12:37:45 ID:MpBQiuBG
秦氏がダビデ教徒になるというのは義兄弟の盃を交わすことによるのだが、古代は犬を殺して
その肉を共に食べることでローマの兄弟のように狼の乳を飲むような関係を樹立したともされ、
おそらくはそうした秘密結社的関係にあったものと考えられる。

37 :月光仮面:2009/06/06(土) 13:16:16 ID:MpBQiuBG
>>35 これが秦の悪来
これは妄想。だが秦についての中国の伝承もあいまい。
「この時、大費も夏禹にしたがって、治水工事に活躍していた。後事が完成すると、帝舜はそれを嘉して
夏禹に「黒い玉」を賜った。夏禹はそれを受けて、「私がひとりで成就したのではありません。大費が補け
てくれたのです。」 と言った。帝舜は、「ああ、大費よ。よく夏禹の功業をたすけてくれた。汝には、「黒い
旗」を与えよう。汝の子孫は大いに興隆するものが出るだろう。」と言って、帝舜の一族の中から美人を選
んで娶らせた。また帝舜は大費に『ying』という姓を与えた。大費は2人の子を産んだ。一人は大廉、もう
1人は若木である。その子孫は時代とともに幾重にも別れて、あるいは中国に居住し、あるいは西戎の
地(中央アジア・中近東か)に居住した。」





38 :月光仮面:2009/06/06(土) 14:25:15 ID:MpBQiuBG
>>34
2CH運営の技術的制約から「ERROR! このスレッドは512Kをこえているので書けません!」
こうした警告が専用ブラウザボトムラインに表示されますがこれは、1000に達する前に512K制限に達
したと言う意味であり、前のスレッドが満杯となったことを意味しているようです。


39 :出土地不明:2009/06/06(土) 14:35:10 ID:ZYp4apv+
>>38
制限まで満杯にしたのはあなたの書き込みのせいに決まっている!
白々しい…。
まあ頑張ってじゃんじゃん書き込んでくださいな。

40 :月光仮面:2009/06/06(土) 15:29:33 ID:MpBQiuBG
>>25
これは新羅木槨墳との関係がうかがえるシンタシュタ・アルカイム埋葬形式、上から火・馬・男性・二輪車
の順になっている
http://www.csen.org/koryakova2/Korya.Sin.Arc.Burial.html
http://www.csen.org/koryakova2/Korya.Sin.Ark.html
アルカイム円形ビレッジ
http://www.gsm.miass.ru/arkaim/full/05090021.jpg
これと福建客家土楼とか
http://www1.parkcity.ne.jp/meitian/sub30.htm
http://www1.linkclub.or.jp/~ida-10/china01.html
滋賀県伊勢遺跡とか
http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/iseiseki.html
佐賀県花弁状住居跡とかが似ているが
http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&mode=0&classId=0&blockId=1105856&newsMode=article
こうしたことは姜寨遺跡の防衛的集落の構想を持った秦氏のような民族乃至は文化の足跡ではないか
とも考えられる。
http://www.chinaculture.org/gb/en_artqa/2003-09/24/content_39109.htm

41 :出土地不明:2009/06/06(土) 15:33:46 ID:2EyCkggX
魏志倭人伝には倭人が『断髪』をしていたなんて書かれていない。
倭人の男子は皆、髪を結って露わにし、木綿を頭に巻いていたと書かれている。




男子皆露? 以木緜招頭

http://www.g-hopper.ne.jp/bunn/gisi/gisi.html
http://boat.zero.ad.jp/~zaw10107/1/yayoi_2.htm
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm





42 :月光仮面:2009/06/06(土) 15:55:52 ID:MpBQiuBG
>>3
>インドの巨石文化とストーンサークル
>南インドの巨石文化は、「舷窓」の存在などを考えると、世界の巨石文
>化の研究にとっても、非常に重要な意味を持つと言えよう。
http://jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdf
>♪夜のキャビンの 「小窓」を照らす  夢も通うよ あのホノルルの>♪あこがれのハワイ航路 舷側窓 
>これはコーカサスNovosvobodnayaではお墓の拝石のようなもの↓
http://dmitralex.ru/fotofilija/adygeya/novosvobodnaya/p9292258.jpg
>図の下方に転がっているのが、手力命的な祭司が開けたものと見られ
>る。納骨儀式だ。
伊勢遺跡の付近、勝部神社物部の火祭
http://www.biwa.ne.jp/~futamura/sub58.htm
手力雄神社
http://noishiki.com/Himatsuri/Himatsuri.htm
拝火儀式はコーカサスで誕生、ウラルのアルカイム円形ビレッジ、岩戸神事として手力雄が
天の岩戸を開きホヒ(太陽・火・日)を解放する。これは物部によって広まっているようだ。

43 :出土地不明:2009/06/06(土) 17:07:33 ID:wHxKNLWS
便利リンク
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup
http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf
(Y and mt)
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_mitochondrial_DNA_haplogroup

44 :出土地不明:2009/06/06(土) 21:30:00 ID:Ndo7n+zy
アポロンとアルテミス
アマテラスとツキヨミ、スサノオ

祭祀をどーのこーのなんてのは、あまり現実的思考ではないなあ
文化とは常に伝承するもんであり、それを由拠とするのは妄想でしかない

要は文化伝承の流れを読むのではない
文化伝承を逆説的に科学的に推理して行くしかないのだと思う

45 :出土地不明:2009/06/06(土) 22:47:32 ID:Ndo7n+zy
ただの寄り集まりでしかないが、ただの寄り集まりが優れたものを遺すのだろう…と云うことが言いたかっただけだ

先住民は、遥か彼方の極東の土地に、土からわいて出たはずもない

「和を以って尊っとしとす」って、そう云うことなんじゃね

46 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/06(土) 23:25:57 ID:s0fLaA19
>>23
わしゃあ>>726に対して>>735でも答えとろうに。
三国遺事で昔氏が「七宝」や「奴婢」を満載して新羅へ行った話を
隠蔽しとるけぇ指摘してやったんど。
>>24
新羅の支配層を積石木槨墓人を人種概念に還元すな。
>>30-31
後世に書かれた『日本書紀』じゃあ、百済、新羅、そして高句麗まで
支配したという電波記述ですからね。実際に渡来系の巨下になったんが、
日本の在来民である熊襲、隼人、蝦夷、土蜘蛛なんですけどね。
3世紀に生口を中華宗主国様に差し出す列島の倭に軍事力はありません。
当時は朝鮮半島も日本も中華側属州世界の中に居ったんですよ。
それを打破したんは、4世紀以降世界的北方民族南下現象ですよ。
中華文明と距離を置くことが出来たわけですが、江南崇拝の慕夏主義から
は評判が悪いですねえ。北方民族は江南の南宋朱子学じゃあ夷です。
中華主義者は、日本人の先祖が夷である事実を感情的に嫌いますから。
ちなみに諏訪さん云うて、江南派長江文明崇拝の諏訪さんですか?
諏訪さんもタイム・スリップしたら、古代の江南人に殺されるか喰われる
かでしょう。羌族は、陝西省以東の山西省あたりまででしょう。
長城地帯には、戎、羌、、狄、貊の諸民族が東西に分かれたんじゃない
ですか。

47 :出土地不明:2009/06/07(日) 00:03:27 ID:xarow5CZ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%83%BB%E5%80%AD%E4%BA%BA%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%96%87%E7%8C%AE

朝鮮半島で書かれた書物にも、百済、新羅、そして高句麗まで
侵攻したしたという内容になってますが。
倭の軍事力も、かなりですな。
一時は朝鮮半島南部を支配していたのもまんざら嘘ではないよですな。
朝鮮人は、歴史の事実を感情的に嫌いますから、
倭への人質の話も、避けるようですな。


48 :出土地不明:2009/06/07(日) 01:46:35 ID:MT7X3Q7d
>>46
>新羅の支配層を積石木槨墓人を人種概念に還元すな。

君は日本語が不自由なようだが、
その積石木槨墓人を何人だと仮定してるのだ?

49 :出土地不明:2009/06/07(日) 02:24:51 ID:m2yK58Yh
日本語以前に支配者言語「大和言葉」とは何かを学んだ方がいい
お方みたいだ。

50 :出土地不明:2009/06/07(日) 07:16:47 ID:rORrx88D

言語、風習、その他、様々な面で日本とユダヤの文化は共通点が数多い。
日本(大和朝廷以後)はユダヤ系渡来人が作った国というのは間違いないだろう。
(白人のユダヤ人は古代の真ユダヤ人とは血統的な繋がりはない。白人のユダヤ人はユダヤ教に改宗したハザール人というのは定説)
日本進入への通過点だった朝鮮半島にユダヤと似た文化が残っていないことを考えると、ユダヤ系渡来人は朝鮮半島にはほとんど残らずに日本に渡来したようだ。


古代日本とユダヤ人
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda3/kasetsu.htm
天皇家とユダヤ教
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda/empjud.htm
秦氏と日本人
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda3/54EQg5Kon6ZTo01253.htm
神社の構造、祭儀はなぜユダヤ教に酷似しているのか?
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda/shintoi.htm


ユダヤ乃間
http://saisaikan.hp.infoseek.co.jp/kobore3.html
日本の御神輿
http://saisaikan.hp.infoseek.co.jp/kobore03a.html


ユダヤと日本
http://judea.naritacity.com/

古代日本とユダヤの謎
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1236480812/l50


51 :出土地不明:2009/06/07(日) 07:25:40 ID:VzJj+cPz
>>46
じゃあ何故最初に三国遺事は後世の文書で根拠が無いのうと否定しないんだ?
お前は根拠が無いと思う史料にわざわざ根拠が無いと思うあやふやな話を付け加えるのか?

591は昔氏は王、宰相となったと書いてるが >新羅人に奴隷を献上したことが無い
じゃの云う、独善的解釈 は書いてないんだから>>20はただの言い訳。
どちらにしろ後で否定してるから昔氏が「七宝」や「奴婢」を満載して新羅へ行った
話も否定すると言う事だな

52 :出土地不明:2009/06/07(日) 08:51:26 ID:MT7X3Q7d
>>46
>3世紀に生口を中華宗主国様に差し出す列島の倭に軍事力はありません。

椿井大塚山古墳からは大量の鉄の武器が出る。
嘘を言うな。




53 :月光仮面:2009/06/07(日) 09:56:55 ID:OijKphxz
「火賊とは、朝鮮固有の強盗団で、マフィアの様な秘密結社を作り、家や村を脅し金を巻き上げる強盗の
事を言う。文禄の役の時もこの火族が横行しており、秀吉軍も悩まされたと言う。韓国の歴史教科書に出
てくる義勇軍とは強盗団の事らしい。」
http://www.gsm.miass.ru/arkaim/full/05090021.jpg
↑ウラルのアルカイムは定期的に放火しては新築した形跡があると。つまり式年遷宮であり、
http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/iseiseki.html
↑は後の倭姫巡幸のもとになるのかもしれない。上記「火賊」は古代朝鮮において古代日本の
「勝部」(勝浦とは東に向いた海岸を指しており、「勝」には太陽、朝陽の意味があると見られる)
のように国家乃至は村のLegitimateな拝火教的慣習によるものと見られる。エジプトに侵入する
ハビルにもこうした習性があったようだ。


54 :月光仮面:2009/06/07(日) 10:32:05 ID:OijKphxz
拝火教のキャラにアジ・ダハーカ竜、火炎九頭龍というのがある
http://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithraism_Myth_Zoroastrianism.html
広島県の葦嶽山はこれにちなんだもので鬼叫山(ききょうざん)というのは龍の恐ろしさをよく表している。
http://ktnr.skr.jp/logd/archives/2005/10/post_69.html
神の火を盗もうとしてとらわれカスピ海沿岸ダマヴァンド山、やはりピラミッド形に繋がれたとされる。
艮坤神(ヴリトラハン)、ヤマタノオロチ伝説とも関係するようだ。
http://www.mirf.ru/Articles/5/1003/Damavand.jpg
纒向大神神社では藁の蛇に火をつけて村を練り歩く正月神事があるがやはりこうした拝火教の儀式で
あろう。


55 :月光仮面:2009/06/07(日) 10:55:32 ID:OijKphxz
こうした拝火教は仏教伝来時に一緒に入ったと考えられるが、それ以前からも拝火教に類似した
慣習が存在していたということが想定できる。

56 :月光仮面:2009/06/07(日) 11:33:38 ID:OijKphxz
>>46
>羌族は、陝西省以東の山西省あたりまででしょう。
>長城地帯には、戎、羌、、狄、貊の諸民族が東西に分かれたんじゃない
>ですか。
羌は非常に古い時代のチベットのYAP+で、日本のD2と兄弟分ではないかと思うんですが。すなわち、
韓国までD1が来ており、D2とは距離的にそんなに離れていなかったんじゃないかなと。


57 :月光仮面:2009/06/07(日) 13:14:44 ID:OijKphxz
>>5
間違った解釈
「火賊とは、朝鮮固有の強盗団で、マフィアの様な秘密結社を作り、家や村を脅し金を巻き上げる強盗の
事を言う。文禄の役の時もこの火族が横行しており、秀吉軍も悩まされたと言う。韓国の歴史教科書に出
てくる義勇軍とは強盗団の事らしい。」
正しい解釈
「火賊/勝部とは、朝鮮と日本にしか残っていない歴史的村落共同体であり、共同体住民の講のような
積み立て活動により共同体基本資産の減価償却を行う。外患があれば地下活動を展開する義勇軍、
自警団にも変身したものである。」

58 :月光仮面:2009/06/07(日) 13:17:57 ID:OijKphxz
濃尾平野の氾濫が地域農民に古い時代からの慣習を保持させたのかもしれない。

59 :出土地不明:2009/06/07(日) 16:55:27 ID:j2fi0IrG
「糸引き納豆」の登場は室町時代頃、「なれずし」は7C頃に朝鮮経由で伝わる。


平安時代の文献にも塩辛納豆の名は残っているが、一般に広まったのは
室町時代以降でこの頃から糸引き納豆も登場しており区別するために
塩辛納豆を久喜と呼び糸引き納豆を単に納豆と呼ぶようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86

日本最古のすしといわれる「鮒ずし」は、7世紀、近江大津宮に天智天皇が
遷都した以前からこの地にあったといいます。フナずしは、すしといっても
現在の握りずしとは違い、すしの原型といわれる「なれずし」の一種です。
なれずしは、米作民族が考え出した動物性タンパク質の原始的な保存法で、
そのルーツは東南アジアとされ、中国、朝鮮をへて日本へも伝えられました。
http://asamiya.sakura.ne.jp/gotouti/siga/siga.html

60 :月光仮面:2009/06/07(日) 17:41:47 ID:OijKphxz
フル族(物部)がイェニセイ・ケト語族であるとすればロシア学者の研究結果から言えることは
狛 高麗 金海(キムヘ) 吉備  熊襲(クモシ) 久米 球磨 紀伊・・・これらはイェニセイ・ケト語
により「熊」族を意味するということになるが、日下部 串木野 拘邪韓國 巨勢 久世 キサカ
熊野 久万等が熊/白鳥連合部族の意味となり、更に、イェニセイ・ケト語からチュルク語への変化を
考慮する場合、忌部 今津 ヒコイマス 日子座 シ歳貊 イマキ等はアルグン川のイミ族を意味する
ことになる。





61 :月光仮面:2009/06/07(日) 17:53:19 ID:OijKphxz
日本に入ったイェニセイ・ケトの原郷はアルタイ・サヤン、そこにAD5−6世紀キルギスが侵入、
突厥化し、西方への移動が始まるが、一部はその後も現在にいたるまで現地に残留している。

62 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/07(日) 23:55:45 ID:aW8gVvc0
>>51
『日本書紀』も『三国遺事』も後世の史料で、歴史的事実じゃないが、
『日本書紀』電波論を信じとる、鎖国主義者のアンチテーゼとして
云うたまでのことよ。
>>52
旧石器捏造に加担した起源を古うしたい歴博の年代では、そうなるんか?
大量の鉄の原産地は何処と推定しとるんか?
>>56
単一遺伝標識では、根拠になりませんし電波論になりますよ。

63 :出土地不明:2009/06/08(月) 00:26:37 ID:J77I8Anq
>>62
>起源を古うしたい歴博の年代では、そうなるんか?

歴博の年代ではなく橿原考古研も認めてる定説です。
文句があるなら科学的根拠でそうではないと示してくださいな。

>大量の鉄の原産地は何処と推定しとるんか?

伽耶でしょう。
弥生時代から倭人が鉄を採ってます。
それが何か?

64 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/08(月) 01:46:28 ID:INuNaEMH
>>63
マルクス左翼史観の岡村秀典氏は歴博に近うないか?
マルクス左翼史観の小林行雄氏の影響じゃろう。
岡村秀典氏の受け売りの橿原考古学になりよるけんのう。
科学的根拠など、遺伝学データと同様、個人の主観で数値が変わるが、
あんたが科学的云う言葉を使う処、科学的社会主義史観の空虚な
科学的云う宣伝標語じゃろう。
伽耶の鉄を許可のう採れるわけあるまい。鉄を供給する側が強く、
供給して貰う側が弱い立場に立つけぇのう。


65 :出土地不明:2009/06/08(月) 06:41:56 ID:f61/mUxh
>鎖国主義者のアンチテーゼとして云うたまでのことよ。
負け惜しみ乙。はいはいアンチテーゼアンチテーゼね。 誤りを認めるならそれでよし
こっちは記紀三国遺事三国史記が事実だろうが無かろうがどうでもいいからな

このスレの人らもこの白馬青牛という男は時々こういう独善的引用をやらかすから
気をつけたほうがいいよ



66 :月光仮面:2009/06/08(月) 08:39:33 ID:K6K1D72V
>>60
日下部 串木野 拘邪韓國 巨勢 久世 キサカ ・・・これらは冒頓単于に討たれた屈射に由来する
と見られ屈=熊、射=白鳥から成るとされる。こうなると越は熊・白鳥国、ク+シ+フルは熊+白鳥+鹿となる
が、一日の太陽フェーズで言えば朝/鹿=昼/白鳥=夕/熊ということになる。日下部はカを鹿とすれば
朝昼夕ということになる。


67 :出土地不明:2009/06/08(月) 08:46:24 ID:J77I8Anq
>>64
屁理屈はどうでもいい。
古墳時代が3世紀からは始まるのは定説。
それが不満なら年輪年代法や炭素測定法で異を唱えればいいだけ。
それをやらなくて、またやる気もなくて、やってる人間達を批判するな。

>供給して貰う側が弱い立場に立つけぇのう。

釜山・莱城遺跡では出土土器の94%が九州系弥生土器だ。
倭人による鉄採掘場であろう。


68 :出土地不明:2009/06/08(月) 15:20:10 ID:a3lMGBY1
彼は朝鮮マンセー! の人ですからwww

彼の国出身とも云われております、

69 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:02:18 ID:oCog6itQ
「鵜飼」は満州や朝鮮半島にも見られる。


満州の京都ともいわれた古都吉林の松花江の鵜飼は6月から9月までの日中に
行われる。鵜縄をつけずに川に放った鵜が魚をくわえると網で船にすくい
あげて吐かせるという満州式の鵜飼であった。
http://www.jiyuu-shikan.org/shoseki_video4.html

日本の鵜飼いは、鳥居氏に便乗すれば、江南よりも朝鮮や満州の
北方民族から伝わったのかもしれません。鴨緑江や松花江などでも
鵜飼いは見られます(注9)。
http://www.han.org/a/half-moon/hm080.html

70 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:02:57 ID:oCog6itQ
しかも日本の「鵜飼」は中国よりも古い。


鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に鵜養部のことが見え、
『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。また中国の史書
『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった
漁法として紹介されている。

隋書の書かれた時代には鵜飼いは中国人にとって珍しい漁法だったが、
その後中国においても鵜飼い漁法が定着した。

確実な記録として最古の物は、10世紀の文人・陶穀が残した『清異録』
(965年)において、当塗(安徽省太平府の都市)の漁民が「魚を捕らえる
のに非常に機敏な鵜を使う」と記述されているのが最初である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C%E9%A3%BC%E3%81%84

71 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:26:48 ID:v2TCdQfj
南インド方面の交易海民に注目しては中国内陸文化は無視出来るよ、マドロスさんの文化だからね!

南インドには突帯文式甕棺墓、支石墓、箱式石棺、子持ち壷(楽器)、金属器(カネ)、
BC1000年頃より鉄器、青銅器を使用。北部はナンだが南部は稲作、弥生前期の北部九州人?
[PDF]http://jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdfファイルタイプ:
PDF/Adobe Acrobat - HTMLバージョン
Gクダイッカル―ドーム状の石を地上に置いて、甕棺を納めた地下の墓室を閉じたもの。
H掘抜式墓室(ロックカット=ケイブ)―石窟墓とも呼ばれ、ラテライト岩盤中に墓室を
掘りこんだもの。 南インドの巨石文化においては、ストーンサークル(環状列石) ...
jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdf - 類似ページ

台湾の海底遺跡と巨石遺跡
http://www.kitombo.com/gimon/0729.html
ストーンサークル,支石墓(ドルメン),
製鉄跡がある国東半島の重藤遺跡は紀元前695年±40年
http://homepage3.nifty.com/megalith/r-komekami.htm


72 :出土地不明:2009/06/08(月) 21:28:19 ID:v2TCdQfj

南インドの文化と弥生文化の同質性
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06tamiru_go_to_nihonn_go.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E7%9F%B3%E5%A2%93
支石墓 - Wikipediaまた、屈葬の採用や甕棺を伴うことなど、一定の独自性も認められる。
日本の支石墓は、弥生時代前期が終わる頃に、ほぼ終焉を ... インドには古代の巨石遺跡
が約4000箇所ほどあるが、明確に支石墓と見られるものは、紀元前1000年頃の南インドに
出現した。 ...
ja.wikipedia.org/wiki/支石墓 - 36k - キャッシュ - 類似ページ


73 :出土地不明:2009/06/08(月) 22:44:25 ID:6ALMwUeg
南インドと広州あたりは始皇帝より以前から船で行き来があったん
だよね?
そう考えると南インドから日本まで人が来たとしても
不思議ではないな。

74 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/08(月) 23:26:15 ID:INuNaEMH
>>65
記述なんか、政治的なもので真実を述べとるわけあるまい。
独善他悪はこの板の左翼鎖国史観のあんたらのことで、
わしまで勝手に仲間に入れんとってつかい(仲間にして呉れな)。
>>67
屁理屈たぁ、あんたらの事じゃ。定説云う新興宗教者が使う用語よ。
炭素測定法をやっている人間云うより、縦社会の学界で結論を前提
条件で決めたもんに合わせるかの作為技術の問題じゃ。
出土土器の94%が九州土器とよう結論が出るもんじゃのう。
その94%云う根拠は何か?研究者とやらの個人の主観と結論ありきで
作成したデータじゃろうに。土器を伽耶系と見るか、列島系と
見るかは個人の見解で、入れるデータが異なるわけじゃし。
倭人云うて、朝鮮南部にも倭人がおったし、列島の倭人と
ご都合主義で解釈する自体電波論じゃないか。
>>68
わしゃあ、朝鮮マンセーなんぞした事も無い。あんたが反論に
困ったら、朝鮮人認定をしたがるだけじゃないか。
左翼の者が朝鮮の悲哀を上から目線で同情する裏には蔑視もあるが、
蔑視論をナチス優生学の妄想権威を借りて、カバチ垂れるんが
嫌韓ネット右翼じゃけぇのう。

75 :出土地不明:2009/06/08(月) 23:46:14 ID:J77I8Anq
>>74
>炭素測定法をやっている人間云うより、
>縦社会の学界で結論を前提 条件で決めたもんに
>合わせるかの作為技術の問題じゃ。

何言ってるの?
不満があるなら君が自分で、これこそが科学的だと思う手法で古墳時代開始は3世紀ではないと示せよ。
出来ないくせに負け犬の遠吠えは惨めだよw


>出土土器の94%が九州土器とよう結論が出るもんじゃのう。
>その94%云う根拠は何か?
>研究者とやらの個人の主観と結論ありきで 作成したデータじゃろうに。

はぁ?何言ってるの?夜臼U式が出てるのだが。何が「研究者とやらの個人の主観と結論ありきで 」なんだ?
出土したものも認めないなら考古学板から消えろ。

76 :出土地不明:2009/06/09(火) 00:03:12 ID:UCnv1iDY
神戸には摩耶(マヤ)山、四国は金毘羅(コンピラ)山、恵比寿エビスっさん
などインドに関連性が感じられるし、製鉄法もインドでは砂鉄からで日本の
砂鉄たたらと同じ、(ちなみにタタラとはインドで猛火の事)中国の製鉄法
は鉄鉱石からの鋳鉄、朝鮮から来たのは韓鍛治で日本古来のは和鍛治で別種。

77 :出土地不明:2009/06/09(火) 00:07:43 ID:nSTE05u4
>75を訂正

×夜臼U式
○須玖(すく)式

78 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/09(火) 00:51:26 ID:1LI6WBI8
>>75
夜臼U式、須玖(すく)式について、具体的に云うたらええのに。
標語の羅列で誤魔化す負け犬よのう。
ほいで、九州土器94%の根拠はまだか?
わりゃ、根拠を速う書けえや。

79 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:09:29 ID:nSTE05u4
>>78
> ほいで、九州土器の根拠はまだか

須玖式が94%なんだが。
何言ってるんだおまえ。


80 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/09(火) 01:13:43 ID:1LI6WBI8
>>79
じゃけぇ、須玖式94%云根拠をまず提示せぇや。

81 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:24:40 ID:nSTE05u4
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLL_jaJP302JP302&q=%e8%8e%b1%e5%9f%8e%e9%81%ba%e8%b7%a1%e3%80%80%e9%a0%88%e7%8e%96%e5%bc%8f

文句があるならこれ全部に反論しろ。

82 :白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA :2009/06/09(火) 01:42:10 ID:1LI6WBI8
>>81
須玖式94%の根拠を提示せぇ云うたんじゃが、出とらん処誰の引用
かいのう。あんたが断言したんで。文句があるならこれに全部反論
せぇじゃの、丸投げしとるじゃないか。
それたぁ、早う94%の根拠を提示せにゃあ。

83 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:51:13 ID:nSTE05u4
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「土器の94%が北部九州の弥生時代中期前半の土器だったことです」

>丸投げしとるじゃないか。

何が丸投げだ。
だから何度も言ってる
おまえがそうではないと言う科学的根拠を示せ。

84 :出土地不明:2009/06/09(火) 01:55:59 ID:nSTE05u4
これもそうだ。
http://www2.memenet.or.jp/kinugawa/yume/06031.pdf

そうではないと「科学的」に反論せいや。



85 :出土地不明:2009/06/09(火) 08:02:24 ID:0EZJHQOs
>>74
はいはい、アンチテーゼアンチテーゼ(笑
極左で大独善他悪主義のお前に書かれたかないよ 
頭悪い野郎だな まともに反論できずレッテル貼りで逃げだすのか?

じゃあ、説明してもらおうか 何故三国遺事の独善的引用をやらかしたのかな?





86 :出土地不明:2009/06/09(火) 08:13:51 ID:0EZJHQOs
>>84
白馬青牛は科学的に反論なんかできません
頭が白馬青鹿なんですw

87 :出土地不明:2009/06/09(火) 08:21:59 ID:0EZJHQOs
>>68
なるほど、やはり在日だったか

88 :月光仮面:2009/06/09(火) 12:03:00 ID:qK+/Ixee
金海(キムヘ)、吉備(キビ)等は、ケト語の熊を表し、チュルク語に成長し、キプ(熊)+チャク(白鳥)
で部族連合の意味となり、これがキプチャク汗国となる。拘邪韓國においても同様の倭国連合本陣
の意味があったはずで、また吉備も邪馬台国の前段階の本陣であったようだ。これは神武の本陣が
あったことからもうかがえる。拘邪韓國は魏志倭人伝による倭国北岸であり、弁韓に参加する倭国
構成諸国にあっても特に伊都国・奴国方面の「大株主」の利益を防衛する倭国平和維持軍のような
ものが駐在、この軍事組織を日下部といったのではないかと考える。こうした軍事組織に九州山間部
の部族を入れていたのが、暴走したというのが山幸・海幸戦争神話の背景でなかろうか。

89 :月光仮面:2009/06/09(火) 12:26:11 ID:qK+/Ixee
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「群衆墓地の中の1つである点で、同時代の北部九州の福岡県前原市の三雲南小路遺跡の伊都国
王墓や福岡県春日市の須玖(すく)岡本遺跡の奴国王墓が、他と隔絶した独立墳丘墓であったのと比
べると、狗邪韓国が弁韓の有力な盟主でありながら、加羅六国をまとめ切れなかった」
これは弁韓が鉄を産し、ワイ、倭他がこれを取るといったように、諸民族の力が均衡している、市場の
様なものであることを物語る。「土器の94%が北部九州の弥生時代中期前半の土器だったことです」
これは「手弁当」で入植している姿であり、税金を辰王に納付しないとアカルヒメが天日矛に追われた
ように追っかけまわしたということではなかろうか。

90 :月光仮面:2009/06/09(火) 12:41:25 ID:qK+/Ixee
卑弥呼の時代、大問屋である公孫・楽浪、高句麗、馬韓が魏にたたかれ、ワイの南端と倭は極めて
良好な環境になった。おまけに魏が破格の援助にも似た先端商品を提供してくれることになった。
本来ならばありえない近畿邪馬台国が誕生するのはこうした背景があったからで、諏訪さんは大和に
巨大な人口は考えられないとのことであるが、魏の使いの来た頃からまさに邪馬台国の古墳時代が
はじまったのであろう。

91 :出土地不明:2009/06/09(火) 12:47:35 ID:nSTE05u4
>>89
>税金を辰王に納付しないと

辰王墓ってどこにありますか?

92 :月光仮面:2009/06/09(火) 13:14:54 ID:qK+/Ixee
馬韓人が辰王というルールがあったといわれるだけのこと。実際は不明。しかし、何らかのルールが
ないとおかしいので天日矛へのお賽銭といった上納金制度があったとしてもおかしくはない。

93 :月光仮面:2009/06/09(火) 15:56:18 ID:qK+/Ixee
諏訪HP↓で紹介されている
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「昌原の上南支石墓は国立昌原文化財研究所によって1997年12月に発掘調査され、内部に死体を安置
するため石棺を作り、その上に多くの割石と大型の蓋石が覆い、その上さらに、支石と覆い石をのせた
独特な構造をしている支石墓が発掘されました。」
これは大塚初重先生の
http://www.wako.ac.jp/souken/touzai00/tz2012f4.jpg
http://www.wako.ac.jp/souken/touzai00/tz2012.html
「このニカゴ塚のすぐ隣りの谷間に大室古墳群がありまして、大室の五〇〇基の中で約三〇基がこうい
う合掌型をしています(図5)。現在日本には大小合わせて二〇万くらいの古墳があると言われていま
すが、この合掌型石室は善光寺平にしかなくて、あと、山梨県に一例あるだけなのです。したがって、
私たちの先輩たちはこれまで、合掌型石室は渡来系集団のお墓に間違いないだろうと言っていたわけ
です。」コーカサス・Novosvobodnenskayaドルメン遺跡ではヒッタイト王族は墳丘の下に合掌式石室
を作る慣習があり、他方、ドルメンにはいかなる形式であれ葬礼に際して火を燃やした形跡としての
炭を残していると。

94 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:01:24 ID:qK+/Ixee
諏訪HP↓で紹介されている
http://www.geocities.jp/rarememory/ei/ei.html
「東三洞(トンサンドン)貝塚からも、B.C.5000〜B.C.1,000年前頃の、縄文人が日本列島から齎す縄文
土器や、交易品であった九州産の黒曜石製石鏃」B.C.1,000年前頃まで沿海州でヤンコフスカヤ文化
という貝塚文化が続く。この文化は牡丹江・鶯歌嶺文化に黒曜石を供給している。沃沮文化はこの近所で
起こっている。

95 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:07:54 ID:qK+/Ixee
>>93
ヒッタイトはルーマニア、ククテニ・トリポリエ牛に文化方面からコーカサスに入ったとされるが、トリポリエ
文化には極めて強力な牛崇拝信仰があり、「引かれて善光寺参り」というのは4000年前のルーマニア
時代からの信仰が続いていることを意味する。

96 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:12:38 ID:qK+/Ixee
>>94
日本に現在の戸建住宅のような四角な木造住宅とか、竈、韓国にオンドルをもたらしたのは沃沮文化
であり、日本では比恵遺跡から上陸している。中国神話によると住宅建築の発明は高氏とされ、
おそらく山東半島から満州を北進した高夷が住宅建設を伝えたのであろう。

97 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:18:29 ID:qK+/Ixee
>>93
善光寺とルーマニアを誰がつないだのかと言うと騎馬民族・スキタイ族であり、これが朝鮮半島南端
に達したものを大和朝廷が「犬」として信濃に入れたものと考えられる。大塚先生は車馬坑のような
遺跡も飯田で発見されている。善光寺のあったところである。

98 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:27:48 ID:qK+/Ixee
>>94
ヤンコフスカヤ・ウリル・ポリツェ・グラスコフといったアムール・バイカル水系の漁労民族は縄文人で
彼らの突帯文土器と言うものが轟B式等の日本の起源である可能性がある。そうすると弥生の渡来人
に混じって縄文人の里帰りもありえることになる。

99 :月光仮面:2009/06/09(火) 16:37:49 ID:qK+/Ixee
新疆の鹿石
http://hiphotos.baidu.com/xj4949750/pic/item/c2ccf9c4a36133a48326ac63.jpg
それは善光寺の御柱にたどり着くマイル・ストーンの一つだったのだ。
http://www.gokaicho.com/

100 :出土地不明:2009/06/09(火) 22:24:57 ID:/DN30Gs5
半月型石包丁(桂葉形雙孔石刀)は遼寧を経由している。


中国遼寧省羊頭窪遺跡.  黒陶系土器 石器(石包丁 磨製石鏃) 紡錐車 骨角器 卜骨
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/jpncul.html

紅山文化は北方地区の新石器文化の中で重要な文化です。ここでいう北方地区とは、
東北3省(遼寧、吉林、黒龍江)、内蒙古自治区および新彊維吾爾(ウイグル)自治区を指します。
大型石器の中で特徴的なものに、土掘具(耜あるいは犁とも呼ばれる)、桂葉形の双孔石刀があります。
http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/kaisetu/15-1kouzan.htm

中国北部の文化が東北部の遼西まで及んでいるいることを知りえた。それに、石包丁が出土していた
のには目を見張った。日本に石包丁が伝わったのはそれから3千年もたった弥生時代になってからなのだ。
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/
◆遼寧の石包丁
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/./photos/uncategorized/2008/02/04/070827_078_2.jpg

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