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郡司ペギオ-幸夫

1 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 18:08:30 0
郡司ペギオ-幸夫の哲学について語るスレです。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%A1%E5%8F%B8%E3%83%9A%E3%82%AE%E3%82%AA%E5%B9%B8%E5%A4%AB


2 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 18:28:25 0
消えろ

3 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 19:31:02 0
この人の文てなんでこんなにややこしいの?
ベテランにも揶揄されてるようだけど

4 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 21:53:07 0
ようやく郡司のスレが立ったか。
個人的には、この人の思想は日本の哲学者の中では最高レベルにあると思っている。

5 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 22:56:26 0
>>4
ageてもageてもすぐ下がるw クヤシイノウクヤシイノウ、ぺぎらま本人くんw

6 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 00:19:41 0
>>5
はぁ?w

7 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 02:09:50 0
          ...-ー、,-─ 
         .-=・=- i、-=・=-   
            .`ニニ´ 
         |  ヽ、__炎_,ノ  |   ぺぎらまくんのしわざじゃな?
         |    (U)   |
         |    / ヽ   |






8 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 06:40:39 0
          ...-ー、,-─ 
         .-=・=- i、-=・=-   
            .`ニニ´ 
         |  ヽ、__炎_,ノ  |   のぶともくんのしわざじゃな?
         |    (U)   |
         |    / ヽ   |



9 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 07:02:14 0
ペギオか…
荒れそうだな。

10 :考える名無しさん:2008/05/10(土) 17:41:26 0
この人の名前はじめてみたとき日系アルゼンチン人かなんかかと思った

11 :考える名無しさん:2008/05/12(月) 23:35:34 0
郡司ってベルクソニアン?

12 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 10:48:35 0
ペギオ−って、東北大学理学部を卒業して、神戸大学理学部地球惑星科学科
と自然科学研究科情報メディア科学の教授って事だね。
専攻は理論生命科学。認識論的観測から存在論的観測へその視点を移している
って事だろうな。
まあ、理系的な数学的知識と存在論的視点をミックスしている分、
理系的な知識がないと分かりにくい。もっとも、存在論的と言う哲学を
理系的な頭で捉えるには限界がある気もするが、フェリックス・ガタリに
かなり近い気もするな。
あまりメジャーでないのは、文系にとっては理系的な説明が解りにくい事と、
また、理系にとっては、哲学的な説明が分かりにくい点だろうか?
二つの分野をうまく繋げていない点が、不人気なのだろうかね?

13 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 11:04:16 0
解りにくさで言えば、レヴィナス専門の合田正人(東京都立大学)
と二分しているな。どうも東大出の連中にコンプレックスがあって、
わざと分かりにくく書く癖があるのかな????
ドゥルーズ・ガタリを物理学・生命学に持ち込むと言う視点は
評価しうるとしても、解りにくいね。

14 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 12:24:14 0
別に理系的だから分かりにくいわけではない。
理系的だったらむしろ分かりやすい。分かりにくいのは
恣意的に理系風だから。なので、

>文系にとっては理系的な説明が解りにくい事

これは完全にペギオの戦略にはまってる。

15 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 01:09:36 0
ニコニコで動画見れるよ

16 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 06:39:48 0
本人がわかってないことを書くからややっこしくなるだよ。

17 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 07:54:25 0
分かりにくいのは、一個一個の規定の意味を厳格に使い読者に誤解を
与えないようにする、という学者的配慮からでは?さもなければ今の時代
分かりにくく書くのはタダのアナクロのウンチマンでしょう?

18 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 12:17:36 0
いや>>16が正解だな。
加えて、本人もそれでいいと思っている節がある。

19 :考える名無しさん:2008/05/25(日) 01:40:16 0
名前からして胡散臭い奴だ。

20 :考える名無しさん:2008/06/12(木) 22:30:56 0
おお、ペギオ、ペギオ! どうしてあなたはペギオなの?

21 :考える名無しさん:2008/06/12(木) 22:35:34 0
理系のくせにポモみたいな訳の分からない文章書くよね・・・
黒木玄はポモを叩く前にまずは身内の郡司を叩くべきだよ。

22 :考える名無しさん:2008/06/12(木) 23:58:23 0
人工知能学会で発表

5. 論理的(機能的)要請と計算資源的要請が生み出す意識の構造:
郡司ペギオ幸夫
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/06/post_565f.html

23 :考える名無しさん:2008/06/13(金) 08:43:01 0
なにが言いたいのだろう。???

物理学的視点の裏に隠された意識構造を分かりにくく、非論理的論理的に、あるいは
論理的非論理的に、その論点をくらます手法で、誰にも理解できない
様に書くことこそ、彼の目指す書なのでしょう。

24 :考える名無しさん:2008/07/27(日) 01:34:53 0
オートポイエーシス論の批判を足がかりに、
モノ自体(このもの性)に関する理論化を進めようとしているらしいけど・・・
正直難しいね。
「生きていることの科学」という新書を読むのがやっと。
いや、まぁそれすら読めてるかどうか非常に怪しいわけだが。

「生命理論」や「原生計算〜」は到底無理ぽ。

25 :考える名無しさん:2008/07/27(日) 09:41:06 0
「郡司ペギオ幸夫」でイメージ検索したら、「パソコン画面をのぞき込む郡司ペギオ幸夫」
ってのがヒットしたお。

http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E9%83%A1%E5%8F%B8%E3%83%9A%E3%82%AE%E3%82%AA%E5%B9%B8%E5%A4%AB&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi

26 :考える名無しさん:2008/07/28(月) 00:25:40 0
この人の理論はラカン理論の閉塞性を打ち破ることにつながる数少ない理論だと思う。

27 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 14:24:29 0
書評:郡司ペギオ-幸夫『原生計算と存在論的観測』
小泉義之
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/s/ky01/041113.htm

28 :考える名無しさん:2008/09/19(金) 03:10:24 O
今日「時間の正体」ていう新刊を買ったが、ほとんど理解できない
ゴミ箱へさようなら

29 :考える名無しさん:2008/09/19(金) 23:15:55 0
>>21
叩いてたじゃん

30 :考える名無しさん:2008/09/20(土) 20:59:15 O
ペギオさんの文章、意味はわからないけど読んでるとだんだんハイになりますね

31 :考える名無しさん:2008/09/20(土) 21:36:41 0
本当に分からないね?
あれだったら、欧米の一流の哲学者の書物を原本で読んだ方が
簡単で分るんじゃないのかね。
彼は、誰にわからせようとしているのかね。
自分のゼミの者だけしか分からんだろう。
レヴェルが高いと言うのじゃなくて、分からせようとは考えてない。
高レヴェルならば東大や京大の哲学科に有名な教授がいらっしゃるが
あれほど分からない事はないよ(笑)
それに、理論生命学や物理学系の地球惑星科学っと言えば、メジャーでは
ないし、どうにでも言えるし、日本に権威者がいないので、
叩かれる事もない。だから、小難しい表現で煙に巻いてる気もするけどね。
もっとも、俺には全く興味がないので、適当に書いているが。

32 :考える名無しさん:2008/09/20(土) 21:44:49 0
とにかくこのスレッを立ちあげたMr.ormrs.1)さん
このスレッドにレス出来るゼミの参加者を読んでこいよ。
それが、立ち上げた者の進むべき道なり。

33 :考える名無しさん:2008/09/20(土) 21:47:48 0
名前の中間にある(ミドルネーム?)ペギオとは、自分の子供に付けよう
としたら、奥さんに反対されたので、自分の名前にしたってのは
本当だろうか?
分る人はどうぞ?

34 :考える名無しさん:2008/09/20(土) 22:02:10 0
神戸大学ってむかし樫村晴香もいたよな

35 :考える名無しさん:2008/09/21(日) 03:05:34 0
>>31
地球惑星科学はまったく著書に関係ないよ
てか彼、神戸大では一応ちゃんと地球惑星科学の授業を教えているみたいだけど
哲学は片手間でやってるんだろうか

36 :考える名無しさん:2008/09/21(日) 03:07:09 0
なんか>>31-33はペギオの関係者か大学教員な気がする

37 :考える名無しさん:2008/09/21(日) 04:37:17 0
全然そんな気しません

38 :考える名無しさん:2008/09/21(日) 18:28:28 O
「数理科学」や「bit」でこの人の執筆された解説を読んで
きっとこの人の理論が計算機科学や生命科学になにかインパクトを与えてくれるに違いない
と思ってた時代が私にもありました

39 :考える名無しさん:2008/09/21(日) 21:07:06 0
科学的観察における、自己言及性やフレーミングの問題を超越的全体と言う
視点ではなく、ポスト構造主義的他者性や局所としての視点として、
認識論的観測から存在論的観測へ向けた研究をしていると言う事だろう。
その中には数理論も入るし、存在論的に数理論を見出すと言う事だろう。
それにしても、理数系からのドゥルーズなども引用したポスト構造主義的
アプローチは面白いテーマだろうね。今後に期待する。

40 :考える名無しさん:2008/09/21(日) 21:11:17 O
彼の本来の理系の専門と、ここでいわれてる本(哲学)は関係なくない?
理数系からのアプローチ、とは言えないような気がします

41 :考える名無しさん:2008/09/21(日) 22:47:33 0
いや理数系からのアプローチでしょ、思いっきり。
まぁ確かに地球惑星科学とは直接の関連はほとんどないけど。

ちなみに郡司氏と同じような方向性の人に松野孝一郎がいますね。
彼の本は郡司氏のよりもだいぶ分かりやすいと思います。

42 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 02:28:39 O
ペギオさんの本の具体的にどのへんを指して理数系のアプローチといっているの?
数式をメタファーとして使っている、とかはなしね
「理数系のアプローチ」と「科学者が哲学もやってみた」では大分意味が違ってくるはずです

43 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 10:49:30 0
41ではありませんが、理数系って何を指しているの。
彼の履歴から見れば、東北大学理学部と言う事だけでも、理数系の
出身でしょう。惑星科もメディア科学も原生計算も全て文系じゃない。
こう言う意味からも理数系のアプローチから見た、客観的(絶対)観測者の
不在と局所観察理論ですよ。

44 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 10:54:47 0
「生成する生命」のW「時間に定位した頑健性・創発性の
1「計算過程」における現在は理数的なアプローチでは?

45 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 14:03:08 O
>>43
出身が理系だから理数系のアプローチ、って意味不明
理数系の「人」のアプローチという意味ではなく、
理数系の「手法」によるアプローチという意味でしょ
そもそもペギオ自体まだ本業をやってるかどうか怪しいが

46 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 15:07:22 0
理数系の出身で、44の言うような研究=出版をしている以上
これを文系的アプローチとでも言うのかい?
また、ここは分析哲学的に、「人」と「手法」の
語の意味の違いの定義を問題にしているのではないよ。
一般的に文脈からしてこの場合「人」=「手法」は同じ意味で使用しているはないかな。
つまり、理工系の「人」とは理工系的視点に立った手法による分析と言う意味だよ。
上げ足を取るようなことは無意味(笑)
この場合デリダの言うパフォーマティヴに解して、コンテクストから解すべきでしょうね。(笑)
コンスタティヴに文章だけによる理解は不可能と言う事だ。
だから、ここの表現は、語彙の問題ではないのだよ。
ベギオの分析が文系からなのか、理数系からなのかを問うているのだよ。
それに、「本業」ってなに?君の指摘の通りだと、この表現も
理系の学問と言う彼の専門分野と言う表現にしないと、
彼がやっていた何かの仕事・商売を指す事になるでしょう。
しかし、私はそれが彼の理系的な学問を指すことが分かるのは
話の文脈を読んでいるからだろう。(笑)
表現の上げ足を取るよりも、もっと、高度な、たとえばベギオの理論(生命理論)を
説明しろよ。

47 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 15:14:49 0
42
「理数系のアプローチ」と「科学者が哲学もやってみた」
とどう違うのか定義して見てよ。
このような言いっぱなしでは、意味が分からないよ。(笑)
理数系的なアプローチ=背景=問題意識から科学的観察としての
人間の視点の哲学を考察したと言う事だろう。


48 :考える名無しさん:2008/09/24(水) 03:01:05 0
>>46
ペギオじゃね?
ペ。


49 :考える名無しさん:2008/09/24(水) 05:03:13 0
 またしてもコンビプレイ的自演を披瀝してしまったじゃいか!!
   ,,,,,,,,;;;;;;;;;;:)ノ,,,,,,,,,,,,
  彡三三三川川;;;;;;ミ         {・ё・__/`;,  ノノ パンパン        
  | \   / 川|ミミ         ;'     `i、 
  | ◎---◎ ‖ |‖\_   _/ 入/ / 機械`ヽ, ノノ
  ノ   ε   ‖川川    ̄ ̄ ̄ ̄r'_ノ"'ヽ.i   ) ―☆
 (  ∴)д(∴  川川  ラビ      .  l、  ノ   
  \     〜  川川川      /∴∴| / / \       
 ⊆ \   〜 川川川川     (     r,_,/   ☆        
     ̄ ̄ ̄/   / ̄ ̄ ̄ ̄ \  \_,-、
    ⊆ ̄ ̄ ̄  /          \ /  )



50 :考える名無しさん:2008/10/04(土) 09:00:32 0

 【このスレッドは ル・サンチマン™ の提供でお送りしております】





51 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 05:27:25 0
ペギオの数学的装いはやっぱりデタラメだってよ

http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20081016/1224144089

52 :考える名無しさん:2008/10/19(日) 01:43:39 0
>>51
ポモの時と違って当の理系人による濫用だから尚更タチが悪いな。
後藤も宮台や東を叩く前に郡司を叩けw

53 :考える名無しさん:2008/10/19(日) 15:16:39 0
>51
ここのリンクに書いてあることを、御自分のなかで完全に理解されましたか?

54 :考える名無しさん:2008/10/19(日) 15:35:13 0
郡司にそんなこと言っても無意味だと思う
樫村晴香以上に>>51

55 :考える名無しさん:2008/10/26(日) 21:51:28 0
デタラメってゆーか、カテゴリー論自体が数学者からみたら
「なにそれ?」みたいなもんだ。
郡司は最初にアルゴリズムありきで、計算結果をだした後、
それっぽいフレームワークを描出している。

意味不明とかぬかしてる奴は、彼の査読論文をよめ。

56 :考える名無しさん:2008/10/27(月) 11:36:09 0
>>55
「査読に通ってる」っていう事実はとても意味がありますよね。
批判するならば、その論文に対する読解能力を持ってから方が良いと思います。
複雑系の学会がデタラメな論文を載せるとは考えにくいですよね。
ペギオさんの論文の内容に筋は通ってるはずで、哲学書向けの解説とは区別してるとは思います。


57 :考える名無しさん:2008/10/27(月) 23:36:16 0
というか、カテゴリーにしても、
辻下さんとか三好さんとかが評価してるんだから、
ブロガーやら東大院生やらが何言おうが関係ないんじゃないの?
俺は読んでも分かんないけど、ブロガーよりは学者を信じるよ。

58 :考える名無しさん:2008/10/27(月) 23:51:02 0
郡司ペギオの本は最近出た「時間の正体」以外全部持っているが、
いまだに意味が理解できない。
何かすごく面白いアイデアが詰まってるんだろうなぁという雰囲気は感じるんだけど。

59 :考える名無しさん:2008/10/28(火) 00:44:54 0
カテゴリー論は重要だろ数学者から見ても。
ただ本質的に生産的な分野になりにくい。
あと学者の見解でもペンギンさんの評価は割れるよ。

60 :考える名無しさん:2008/10/28(火) 09:08:05 0
上のブログ(http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20081016/1224144089 )や、
http://d.hatena.ne.jp/bonotake/20081020を読んでると、

・哲学と科学との接点の見つけ方の難しさ
・産学の連携の難しさ

を感じますね。

http://d.hatena.ne.jp/bonotake/20081020からの引用なんですけど、
「却って誰も幸せにならない状況を生み出している気が。」
ここにたくさんの問題が集約されている気がします。
実学で生きる上では、「みんなが幸せになれるかどうか」っていう独特の視点が必要に
なるんですよね。科学って本来そういうものなのかな?っていう。
本職の学者の知的好奇心に対して
アカデミアではない人間がどの程度コミットして説得力のある意見が言えるか?
っていうのもありますよね。

61 :考える名無しさん:2008/10/28(火) 10:43:46 0
身も蓋も無いけど、こういうリンクを見つけてみました。
おそらく、ペギオ氏の研究室に訪問するのが一番の解決策でしょう。
それではアマチュアはどうすればよいのか
http://www.hmt.u-toyama.ac.jp/chubun/ohno/dousureba.htm


62 :考える名無しさん:2008/10/28(火) 19:16:40 0
ペギオ自体がかなり多くの人からトンデモ視されています

63 :考える名無しさん:2008/10/28(火) 19:32:56 0









理系ドカタによる逆ソーカル論文かね?










64 :考える名無しさん:2008/10/28(火) 21:28:56 0
逆ソーカル?
いや、どっちかというとソーカルじゃないの?

65 :考える名無しさん:2008/10/28(火) 21:35:25 0
俺は西洋音楽に限らず、思想、哲学、基礎数学、情報工学、経営学、プログラミングなど
幅広い知識と教養を持っている。
きちんとした学歴もある。(旧帝卒しか入会できない)学士会にも入っているし、
人工知能学会等から講演してくれとの依頼も受けているし、それに付随する人脈もある。

         ____   
       / \  /\ キリッ
.     / (ー)  (ー)\      
    /   ⌒(__人__)⌒ \    
    |      |r┬-|    |  
     \     `ー'´   /
    ノ            \
  /´               ヽ              
 |    l              \
 ヽ    -一''''''"〜〜``'ー--、   -一'''''''ー-、.    
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))


66 :考える名無しさん:2008/10/29(水) 00:01:26 0
            _ ___
         ,. :'´: :,. -―‐-ミ:ヽ、
       /: : : :厶ィ': ´ ̄ ̄ヾ : :\
       /: : : : : :.!: :M: : : : : }、: ヽト、:.\   <じゃっておwww
      i: : :.!: : : レ‐' ` ̄⌒ ⌒" トヘ:ハ!
    ト--|: : :.!: : 、|  ー‐'' ´ `'ー  }: :.ト
   ミ ミ ミ : :!: : : :! z=≡   ≡z.{: :.ハ    ミ ミ ミ
  /⌒)⌒)⌒.ハ :_Nとつ \\\ C VVリ   /⌒)⌒)⌒)
  | / / /:弋こ \ヽ __,.   } (⌒)/ / / //
  | :::::::::::(⌒) : :}\  /   1  /  ゝ  :::::::::::/
  |     ノくf⌒Y ` {_  _,ノイ|    /  )  /
  ヽ    /  ヽ ヘ,、  _「 |::!:::::}   /    /     バ
   |    |   l||l 从人 l||l.!::|イ:::ヽ_./ l||l 从人 l||l  バ  ン
   ヽ    -一''''''"~~``'ー--、/:::::イ;  -一'''''''ー-、    ン
    ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) ):::/}  (⌒_(⌒)⌒)⌒))



67 :考える名無しさん:2008/10/29(水) 01:25:15 0
ばんばんたたくなってw

68 :考える名無しさん:2008/10/29(水) 08:31:12 0
>>63
理系ドカタって何ですか?

69 :考える名無しさん:2008/10/29(水) 14:31:22 0
ペンギンさん好き。

70 :考える名無しさん:2008/10/29(水) 15:26:34 0
人工知能学会等から講演してくれとの依頼も受けているし、それに付随する人脈もある。

71 :考える名無しさん:2008/10/31(金) 01:26:23 0
ペンギン男の言っていることは単純だよ
要するににだ……まあ、次回にしよう。

72 :考える名無しさん:2008/10/31(金) 17:45:39 0
「原生計算と存在論的観測」東京大学出版会は入手できたのか?
誰か読んだやつはいるのかね?
とうとう、東大が乗り出したと言う事で、郡司さんも元気が出るだろう。
大澤さんあたりが絶賛しているらしいが、本当に分かるように書いてあるのかね。
でも、存在論的観測であれば、観測結果は多様にならざるを得ず、
真理を探究する科学ではありえない事にもなる。いわゆるフラクタルな
ばらつきを見出す事にしかならんだろう?


73 :考える名無しさん:2008/10/31(金) 17:58:45 0
フラクタルには、一般的には、地形は詳細な部分を拡大すると
地形の変化がゆるやかになるが、海岸線のようなところでは、拡大しても
縮尺しても相似の線が現れると言う事なので、存在論的観測ではなく
理論化できない図形と言う事のようですよ。
存在論的は、個々人によって、観測結果が異なる、あるいは、
観測方法の統一ができないと言う事になるのではないかな。
読んだやつはいるのかい。おそらくいないな。

74 :考える名無しさん:2008/10/31(金) 18:01:53 0
ペギオはドゥルーズを読んでおるので、理論的な唯一の真理を
探究しようとはしていない事はわかるが、それを強引に観測
理論に持ち込むことが可能とは思われないがね。

75 :考える名無しさん:2008/10/31(金) 18:27:52 0
>>72-74
彼は西洋音楽に限らず、思想、哲学、基礎数学、情報工学、経営学、プログラミングなど
幅広い知識と教養を持っている。
きちんとした学歴もある。(旧帝卒しか入会できない)学士会にも入っているし、
人工知能学会等から講演してくれとの依頼も受けているし、それに付随する人脈もあるから
たぶん大丈夫なんじゃないかな。

76 :考える名無しさん:2008/11/01(土) 09:34:16 0
>>75
それペギオじゃないからw
弟子か


77 :考える名無しさん:2008/11/01(土) 13:14:42 0
茂木が頭下げて周ってるんだよ

78 :考える名無しさん:2008/11/01(土) 17:32:29 0
局所からの観測は局所毎の結果を招き、原理として還元出来ない。
つまり、演繹不可能である事を、理論化すると言う事は、
多極的視点を超越する唯一の視点が要請されるのであり、大数の法則の様に
蓋然性の理論になっちゃうだろう。それって、意味あるのかね。
ドゥルーズの逃走・生成を科学的な観測視点に持ち込んでもしょうがないだろう。
ドゥルーズの生成は観測すると言う真理探究自体を否定しているのだしね。


79 :考える名無しさん:2008/11/01(土) 17:38:33 0
>>78
それはペギオも承知の上だろう。
しかし観測せざるを得ないからね、実際問題としては。
むしろペギオのように矛盾は矛盾として出て来た方がいいだろう。
問題はどこまで徹底できるかだよ、撤退せずにね。

80 :エターナルラブ ◆8Vylq27qIQ :2008/11/01(土) 17:46:35 0
>北京五輪柔道男子100キロ超級金メダリストの石井慧選手(21)=国士舘大4年=
>が31日、全日本柔道連盟(全柔連)に事実上の現役引退を意味する強化指定選手の
>辞退届を提出し、総合格闘技への転向が決まった。

石井慧が総合格闘技ために強化指定選手辞退を提出したな。藤田もそもそも辞退届を
提出した方がいいんじゃないか。そして宇野たちとガチで戦えは良いだろう。
というか、文フリで落ちるのかもしれないが。



81 :考える名無しさん:2008/11/03(月) 10:25:29 0
>>56
> 複雑系の学会がデタラメな論文を載せるとは考えにくいですよね。
> ペギオさんの論文の内容に筋は通ってるはず
>>57
> 俺は読んでも分かんないけど、ブロガーよりは学者を信じるよ。
>>60
> 本職の学者の知的好奇心に対して
> アカデミアではない人間がどの程度コミットして説得力のある意見が言えるか?

なにこの権威主義。
そりゃソーカル事件も起こるよ。もうちょっと脱構築したら?w

82 :考える名無しさん:2008/11/05(水) 18:22:35 0
とりあえず、

・セルオートマトン(http://en.wikipedia.org/wiki/Cellular_automaton)
・ハイティング代数(http://en.wikipedia.org/wiki/Heyting_algebra)
・トポス(http://en.wikipedia.org/wiki/Topos

勉強しようかな。

83 :考える名無しさん:2008/11/05(水) 18:23:49 0
その前の、準備に有限決定性オートマトン、ブール代数、圏論は理解した方がいいかもな。

84 :考える名無しさん:2008/11/05(水) 21:17:43 0
ブール代数と圏論は必要だが
有限決定性オートマトンはいらないよ。
セルオートマトンの方が一般に簡単。



85 :考える名無しさん:2008/11/06(木) 14:02:35 0
>>83
そうなんですね。セルオートマトン勉強してみます。

86 :考える名無しさん:2008/11/06(木) 14:03:52 0
Stephen Wolframの仕事と、郡司ペギオ幸夫の仕事は関係するのかもな。

Stephen Wolfram
http://www.informatik.uni-trier.de/~ley/db/indices/a-tree/w/Wolfram:Stephen.html




87 :考える名無しさん:2008/11/06(木) 14:06:49 0
ペギオを読み解くかは別に、このスレの最近の流れを見てたら、
俺も勉強しようかな〜と励みになるな。いろいろthx

88 :考える名無しさん:2008/11/06(木) 15:00:53 0
ペギオを読み解くために必要な、
・哲学
・数学
のまとめサイトとかあったらいいかもな。

ペギオが読み解けない可能性はあるにしても、
ペギオの良く分からない部分っていうのをはっきりさせて、
自分の問題として取り組みやすくなるから前進する気がする。

89 :考える名無しさん:2008/11/07(金) 15:42:30 0
集合・位相と束論はとりあえず勉強しとこう。
他の哲学勉強するときにも役に立つから。

・様相論理と位相束との関係
・様相論理と圏論との関係
とか、そういう切り口で勉強してみるといいかもしれない。

参考URI
1. スティーブ・アウディ, 岸田功平, 位相と様相, http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/56973

90 :考える名無しさん:2008/11/08(土) 23:55:00 O
郡司先生の研究室中退です。別に読み解くのに難しい理論は特に必要なくて、根底に流れている物を感じ取れるセンスが必要かと。
ただの哲学理論で終わっていないんです。まあそれを読み取るセンスがあれば、本来あるべき姿がわかるというか。

91 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 09:28:19 0
いや、それだと整合性があるのか、何気に脇が甘くないか考えることが停止するだろ。
センスが無くていいとはいわんが、センスだけでいい、みたいなことを言うと、
かえっていろんなものが停滞すると思う

92 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 13:06:52 0
それにしても、混乱するなぁ。
ベギオさんの本は、あれほど数理論的に複雑系を構築して、それを分析して
どうなるのだろう。分析する私を再構築する事が先だよね。
自己言及、存在論的=方法論、フレーム問題、どれをとっても、
客観的な考察視点の消滅ではないかね。
それでどうした???で終わりでしょうが。

93 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 13:11:29 0
局所からの観察は一般性に行きつけない。
特殊性だと言う事だね。

94 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 13:17:22 0
>>90
そんなんだからブロガー風情に突っ込まれる。
つか、ここの批判での指摘そのままじゃん。
http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20081020/1224461181

そもそも難しい理論が必要ないんだったら、なんであんな小難しい言葉で飾るのさ。

95 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 15:34:16 0
小泉義之がペギオのどこに惹かれているのかは興味あるな。
小泉はもと理系で、ドゥルージアンだけど、ペギオをどう読んでるんだろう。

96 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 17:19:46 0
理系がドゥルーズを読んでも意味はないだろう。


97 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 17:21:49 0
今は電通の連中がやけに熱心にドゥルーズを読んでるよ(笑)

98 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 17:37:11 0
誰が理系はドゥルーズを読まなきゃいけないなんて言ったんだ?

小泉の経歴を言っただけでそこまで勘違いするのも大したもんだな

99 :考える名無しさん:2008/11/09(日) 18:48:25 0
>>84
この人の圏論って意味ないんじゃなかったか?
残念ながら俺は数学に詳しくないのでわからんけどね。

100 :考える名無しさん:2008/11/10(月) 13:55:56 0
>>90
貴重な意見ありがとうございます。

>根底に流れている物を感じ取れるセンスが必要かと。
ここが、少しひっかかりました。

郡司研は、理学部に属しているにも関わらず、科学と哲学とを接続する気がそもそも無くて

研究が複雑系とか、生物学に分類しやすいから便宜上理学部に研究室を持たれているという印象を
持ちました。

内部観測っていう考え方に基づいた科学でも、哲学でもない他の何かを作ろうとしているという認識でよいのでしょうか?

101 :考える名無しさん:2008/11/10(月) 18:32:03 0
科学でも、哲学でもない学問の基礎となるような他の何かが存在するか?

という、問いは哲学の領域なんですかね。

102 :考える名無しさん:2008/11/10(月) 18:37:07 0
http://www.research.kobe-u.ac.jp/fsci-nonlinear/gunji/より引用

郡司氏の問い
「”生命と物質の違いは何か”とは如何なる問いか.
そして,我々はその問いに対して,如何なる答え方を用意すべきか」

まず、問いに対する問いがあって入れ子になってるんですよね。
これが、郡司氏を読み解く際の難しさの一つではないかと思います。

また、「如何なる答え方を用意すべきか」という問いから
答えが無尽蔵に存在することを示唆しています。

ポスト郡司氏っていうのは、この段階をさらに超えなければならないから
ものすごい大変なんだろうなあとか思いました。

103 :考える名無しさん:2008/11/12(水) 15:37:46 0
指導方針・学生に望むこと, http://www.research.kobe-u.ac.jp/fsci-nonlinear/より

気づいたこと2点です。

1. 概念束に関する本が重要
Ganter & Wille, 1999, Formal Concept Analysis, Mathematical Foundations, Springer

2. 圏論を階層システム論に適用して見通しをよくしている
対象とか、射とかをどのように適用しているか気になります。

104 :考える名無しさん:2008/11/12(水) 15:46:55 0
内部観測論は、オートポイエーシス同様システム論史に組み込まれるんでしょうかね。

階層システム論

オートポイエーシス

内部観測論(郡司、松野孝一郎氏の理論)
数十年後に、「まあ、昔こういう考え方をして広まったんだよ。」みたいな。

階層システム論は、プログラミング言語や、UNIXの考え方のベースになるようなもので
成功しています。おそらく、M.D.Mesarovicらの階層システム論も最初のうちは郡司氏と同じような叩かれ方をしたのでしょう。

哲学や現代思想はかなりディレイがあるとは思いますが

哲学や現代思想→数学的な定式化→物理的なリソースへの変換→計算機

っていう流れを生むことになるのは歴史が示しています。


確かに、新しい哲学、思想は最初のうちは胡散臭さく感じたり、怪しいものに見えたりするとは思うんですが
それは時間が解決してくれるように思います。

105 :考える名無しさん:2008/11/12(水) 17:52:31 0
時間が解決することではなくてさ、複雑で難解な説明に慣れる事で、
さも、真理を発見できたように誤解する多くの研究者が出てくる
と言う事だろうね。一種の洗脳・思いこみが出来るように雰囲気を
作っているだけだろう。その為に東大の教授の推薦エールや一流出版社
から本を出すとかの雰囲気作りをしている訳だね。
大体、ドゥルーズなどが哲学で言っている局所論の様なもの
や系による特異点による観察が系の異なるもの同士で、通訳不可能
性としてあるのだよ。それを数学は通訳方法を数式的な構造に
捉えようとしているのだし、これって哲学の歪曲・無効化以外の
何物でもないよ。だから、古典時代のデカルトやライプニッツなど
数学と哲学とが同じ問題として捉えられていた時代は別として、
ポスト構造主義は、ソーカル批判にあった様に、数学=数式を
哲学の発見として見てはいない。ただ、比喩として、数式を借用している
に過ぎないのだよ。この様なポスト構造主義的哲学のスタイルを
数学的に観察視点として定立化すること自体が、哲学への誹謗だと言う
事だろう?

106 :考える名無しさん:2008/11/12(水) 21:45:05 0
> 階層システム論は、プログラミング言語や、UNIXの考え方のベースになるようなもので
嘘こけ。

1964 Multics (UNIXの元祖、階層化カーネル採用)開発スタート
1969 M.D.Mesarovic et al."Theory of Multi-level multi-variable and Hierarchical Systems"発表


107 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 00:33:53 0
>>106

こうやって諸々の文系の夢が潰えていくw

ま、次行こ次


108 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 09:50:08 0
理系の連中への質問だが、それでは、ラッセルのクラス理論は
解決したのかい?



109 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 13:06:11 0
文系の好きな理系。

>108
ラッセルのパラドクスとタイプ理論のこと?
タイプ理論を使えばラッセルのパラドクスはでないんじゃない。
ゲーデルはたしかタイプ付きのラッセルたちの体系に対して
算術の不完全性を示していたけど。


110 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 13:06:48 O
理論は解決するもんじゃないだろw

111 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 15:56:44 0
ラッセルは解決できてないだろう。
同じクラスにそのクラスの名称ははいるのか?
入らない。それはそのクラスのメタレヴェルを要請するに過ぎないだろう。
次に、そのクラスの名称も二次のメタレヴェルを要請するだろう。
そして永遠にメタレヴェルの要請によって、無限遠点にどのクラスにも
参入できない点を持たないといけない。つまり、カントール=ゲーデル
の不完全性定理と同じ問題であるのだよ。これは、解決不可能であろう。
ここからクリプキ等の固有名の確定記述論の不可能性やクワス算が生まれるのだよ。
この辺が理系の盲点であり。解明不可能な点としてあるのでは。
ここをどう超えたのかが聞きたかったのよね。
実無限と可能無限の問題でもあるけどね。

112 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 17:41:30 0
>>105
>時間が解決することではなくてさ、複雑で難解な説明に慣れる事で、
さも、真理を発見できたように誤解する多くの研究者が出てくる

これ、なるほどと思いました。
テクニカルな議論で、煙に巻く歴史なのかもしれませんね。

113 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 17:47:19 0
数理哲学、というものはあるけれども、ペギオ氏の数式等の使い方はやはりそれとは違って
「比喩として、数式を借用しているに過ぎない」なのかな。むぅ

114 :考える名無しさん:2008/11/13(木) 19:26:37 0
>>111
例えば、関数の定義域にその関数自身が含まれるようなものを考えたとき、その
定義域を集合とみなすとラッセルのパラドックスと同じパラドックスが発生する。
でも実際には、対象領域にある性質を持つ位相を導入すると、パラドックスが
発生しなくなる。言い換えれば、対象領域が単なる集合よりも豊かな構造を
持っていると仮定して、ラッセルのパラドックスを解決している。

そういう個別ケースを挙げていけばいいの?

> 同じクラスにそのクラスの名称ははいるのか?
そもそも、クラスの定義に反するから入らないのは当たり前。


115 :114:2008/11/13(木) 19:38:38 0
解決じゃないな、回避したと言うべきか。

>これは、解決不可能であろう。
本質的にはそう。で、そうわかったことが解決なの。

ペギオにしても、ラッセルやゲーデルに言及したがる文系にしても、ものすごく
悲観的にラッセルのパラドックスや不完全性定理を捉えてるんだよね。(ペギオ
はわざとそう喧伝してる風があるけど)

当の理系はもっと楽観的だよ。そりゃヒルベルトあたりは悲観したかもしれないが、
不完全性定理にしても、実際はそんなに厳しい制約でもないし、限界が見えたというより、
できることとできない事を見定める事ができるようになった、くらいの捉え方でいる。

自己言及の構造は、たとえばローヴェルの不動点定理からも明らかなように、不動点の存在
の可否とほぼ同値で捉えられるんだけど、物理やら計算機科学やら、不動点使いまくりですよ。
一般に不動点が存在しなくなる場合もあるが、かなりのケースで存在するし、不動点が存在すると
一旦証明された場合には必ず存在するので、そんなに困らない。
ある種の原理的な決定論者には嫌かもしれないが、実利的なほとんどの理系は「そんなもんだよね」
でおしまい。

116 :考える名無しさん:2008/11/14(金) 14:55:43 0
どうして、不動点が証明出来るのだろうかね。
文系の哲学から見ると、不完全性定理やハイゼンベルクの不確定性原理
(位置と質量の不確実性)の問題を解決しないで、不動点は見えてこない
きがするな。例えば、不動点と言ったら、古典主義的ロジックの
ニュートン力学でしょう。これはアインシュタインによって、相対的な
視点しかない事になるわけで。
それよりも文系から見た根本的問題点として、この問題は絶対視点の不可能
性=相対主義と見えるんだよね。これは、デカルト的な「自我=我」の証明
不可能に繋がっている問題な訳だよ。つまり、私の存在証明(コギト)に
よって、まず、私の存在が証明され、その私に現前するものの運動を私が
証明するように「ある」事を、神の存在証明にからめて、証明したのであり、
つまり、目の前にある物質世界は見えるようにあり、その運動は演繹的に
(数式で)捉えられるとしているのだよ。
つまり、このことは、我の証明(この場合観する「私」の証明)は
絶対的に静止視点=不動視点としてある事の証明でもある。
ところが、不完全性定理のようなものが反証出来ないとなると、
「我」の絶対的な視点も消滅せざるを得ないのだよ。
だから、不完全性定理や不確定性原理を反証せずに、簡単に不動点を
持ち込めないと言う事が言いたいのだよ。

117 :考える名無しさん:2008/11/14(金) 19:05:50 0
なんつうてきとーなレス

118 :考える名無しさん:2008/11/14(金) 21:21:59 0
この板には不動のバカがいるからな。。

119 :考える名無しさん:2008/11/14(金) 21:31:51 0
>>116
non-fashionable nonsense

120 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 07:17:59 0
そう言う意味で、存在論的観察と言う局所論が生まれるのだな。
つまり、絶対視点の不在が局所論になる。
しかし、局所論の場合、絶対的な演繹=真理へは到達できない。
系や近傍を巻き込んだ、一部の真理近似値のようなものにならざるを得ない。
しかし、ここで問題があるのだが、どのような証明によって
この観察する人間は、観察しえるのか?つまり、コギトのような絶対視点
の欠如の中で、観察する我は絶対真理から外れているにもかかわらず、
何を観察するのか?真理ではないものを観察する「私」とはどのような
権利があって観察するのか?と言うのが大きな問題となるだろう。
だから、存在論的観察と言う事になるのだとしても、それで観察して
何があるのか?いったい観察とは何なのか?と言うのが問題な訳だ。

121 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 09:49:41 0
まぁその、アナロジーてんこ盛りの議論に理系は沈黙せざるを得ない訳だが。

とか言いつつ書くけどお前、どこにでも不動点があるか、どこにもないかの二択だと思ってない?
ゲーデルも誰も、そんな事はいっとらんよ。
不動点てのは、あったりなかったりするもんなの。ペギオも大好きなローヴェルの不動点定理は、
まさにそれを示したものなの。

ちなみに、この定理は計算機上で実現できる。不動点演算子とかYコンビネータとか呼ばれる。
プログラム書ける奴はPCで直接動かしてみるといい(詳細はググれ)。この不動点演算子に適当な
関数を適用してやると、不動点があるときは不動点を計算して返してくれる。ないときは、無限
ループして計算が止まらない。いわゆる無限退行(笑)ってやつだ。

とりあえず>>120は、そのへんのカラクリを非ペギオ・非哲学なテキストで勉強しなおした方がいい。


122 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 13:50:52 0
>>108はレベル高いな

123 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 14:26:52 0
ゲーデルに関して、少し追記しとく。

ゲーデルの第一不完全性定理において、不動点とは証明可能な命題のこと。(証明が肯定的か否定的かは問わない)
ゲーデルが示したのは、不動点が存在しないケース=証明不能な命題の存在について。
でも当たり前だが、これは証明不能な命題の蓋然性を示しただけで、全ての命題が証明不能になった
のではない。証明可能かどうかは命題ごとに定まる。
文系が不完全性定理を引用して「1+1=2すら真理ではなくなった」とかアホなことを書いてる
のをよく見かけるが、完全な誤り。

もう一つ、よく文系が見逃す点だが、第一不完全性定理は「帰納的に記述できる公理系」について
の定理。これは誤解を恐れずに書けば、「自己言及可能な公理系」と読み替えてもよい。
なので、自己言及できない公理系でなら、全ての命題を決定可能にできる。(そういう体系を作れる)
そんなの意味あんのか、と思うかもしれないが、そんな狭い宇宙でも語れる事は沢山あるし、何もかも
証明可能というのは魅力が高いので、論理学では割とよく使われる。

で、第一不完全性定理は数学自身を対象にしたメタ数学の定理なんだが、そのメタ数学内の命題を
第一定理を使って証明したのが第二不完全性定理。だから第二定理はメタメタ数学の定理で、これの
意味を語るのはまた別の話。


124 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 15:24:07 0
116の言うデカルトの存在証明からの主体としての客観的観察の可能性(不可能性)
についてはどう考えるのだろうね?
つまり、証明可能な場合と不可能な場合があると言っているけど、
その前段として、そのように言う「私」をどの様に証明するのか
と言う問題が、その前段であると言う事にならないかい?
そこから派生する問題として、数学・論理学的証明は、その数学と論理学の
証明方法に依存して、証明されているのではないかと言う問題が
前段としてあるのではないかと言う事だ。たとえば、簡単な例で1+1=2
だと言う決まりが先にあって、そこから、その中で論理的に矛盾がないような
証明をしているのであり、この前段メタ数学(数学の+記号の意味と
理解の多様性)を問い直せば、形式的にも矛盾が現れたのがクリプキのクワス算でしょう。
つまり矛盾点は2つある。1)既存の数学のルールを守っても、無限の数の
組み合わせはあるともないとも証明不可能と言う点
2)クワス算に見られるように、数学の式の意味は恣意的に決められており
色々な解釈が可能である事。
以上から、数学を世界を客観的にはかるツールともはや見る事は出来ない。
しいて言えば、便利な物差しではあるが、その物差しには計れないものがあり
(それはこの物差し自体の事)その時は、異なる物差しに作りかえる必要がある。
ただし、その物差しはどのような基準で、誰が作るのか?
それは、誰でも良いが、提案し、皆の(特に数学の専門家)の承認・合意
によるのだと言う事だろう。その新たな物差しも、常に実践して不具合
が生じると、また替えられるって事だろうね。
つまり、数学は何ら客観的な証明をしているのではなく、前提となった
決まり(+・−・X・÷etc)と言う、恣意的記号の強制によって
形式的に無矛盾を証明し様としているに過ぎない、自己満足だと言う事。


125 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 15:54:48 0
ウィキペディアで見ると、不動点と言うのは、まずある位置にいる
そこからある展開によっても、移動しない部分を指しているのよね?
それならば、最初のある位置ってどの位置ってのが問われていない
でしょう。つまり、最初に観測者のいる観測する位置は、「そこ」
でしかなく。すべての観測する最初の位置は移動しなければ「不動点」
としている訳でしょう。これって、レヴィナスのイリアでしょうね。
しかし、どのような観測位置も運動する相対的な位置に過ぎないのは
宇宙のどの位置も他の天体から相対的に移動しているのだからね。
地球の自転によっても、太陽に対する公転による位置のヅレも
常にあるので、絶対的な静止位置は空想の産物に過ぎないのでは
ないでしょうか。

126 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 16:30:17 0
>>125
とりあえず、ウィキペディアからソースとってくるのは止めたほうがよいかもしれません。
自分の勉強になりにくいです。分かった気にはなれますが。
原典当たった方がいいですよ。
Shashkin, Yu. A. Fixed Points. Providence, RI: Amer. Math. Soc., 1991.
とか。
で、資料が探しきれなかったり、その資料を読んでも読みこなせそうならば
その分野に言及しない方が自分のためにも他人のためにも幸せかもしれません。

127 :125:2008/11/15(土) 16:31:25 0
訂正 読みこなせそうならば→読みこなせそうでないならば

128 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 16:38:40 0
ペギオ氏の理論と問いと、真剣に向き合うには数学、生物学、哲学をかなり深くまでやらないと無理みたいですね。
もしくは、何人かその分野の専門家を集めて議論する場を設けるか。
一人で深入りすればするほど、分からない分野の言葉で煙に巻かれて分かった気になって
なんの収穫も得られないような。

129 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 17:57:07 0
とりあえず、突っ込むの簡単なほうから。
>>125
不動点=不動視点ってお前が勝手に言ってるだけで、俺は一言もそんなこと
言ってないんだけど。
不動点ってのは、いろいろあるけど普通は、適当に規則が与えられた2点が
重なりあう点のことを言う。それ自身が動いてるかどうかは関係ない。
合体ロボの上半身と下半身が合体したとき、合体ロボに乗ってるやつにとっても
外から合体ロボを眺めてる奴にとっても、合体した事実に変わりはない。

130 :考える名無しさん:2008/11/15(土) 18:36:22 0
>>127
いい線いってるところもある。決定的に間違ってるところもあるけど。
確かに、現代の数学は我々のいる世界とは無関係。それは不完全性定理のせいではなく、ゲーデル
その他による数学基礎論(メタ数学)が発展して、数学が一旦再整理されたから。それまでの、
自然法則から何となく採用していた素朴な公理を、全部人間が人工的に与えた公理に差し替えて
しまった。その時点で、数学は物理と袂を分かって、もはや自然科学ではなくなった。んで、我々の
住む世界について数学者は直接コミットしなくなった。

> 2)クワス算に見られるように、数学の式の意味は恣意的に決められており
> 色々な解釈が可能である事。

クワス算はよく知らん(し、恐らく>>127は何か誤解している)のだが、主旨は正しい。数式をどう
解釈するかについて数学自身はコミットしない。どういう解釈を与えるか、与えた解釈が正しいかは、
数学を採用した自然科学者(例えば物理学者)の側の責任になる。

でも、元々物理法則ってそういうもんでしょ。普通物理学というのは、誰かが理論的に仮定した定理
(この時点では仮説)を、実験を通じて実証する事によって成り立っている。それは、数学世界と我々の
住む自然世界との間で常に整合性をとる作業に他ならない。物理はそうやって整合性を与え続ける事で、
自分達が構築した数学的証明と、それに与えた解釈が間違っていない事の双方を保証し続けている。
これは、アインシュタインとか不確定性原理とか以前に、物理学なり自然科学がずっととり続けていた手法。
なので、実はゲーデルやらの仕事が数学以外に与えた悪い影響というのはそんなにない。

途中だが、ちょっと洗濯物干してくる。


131 :130:2008/11/15(土) 18:51:50 0
>>127じゃなくて>>124だった。まあ同一人物だろうけど。

132 :130:2008/11/15(土) 19:05:27 0
続き。あとは、数学の側がものさしとして妥当かという話になる。これにはゲーデルの第二定理が
関わってくるんだが、現在殆どの数学で採用しているZF公理系・ZFC公理系については、恐らく無矛盾
だろう、と思われている。もちろん直接証明はできない。無矛盾な体系の中では無矛盾である事を
証明できないんだけど、矛盾する体系の中では矛盾を証明できる。で、今のところさしたる矛盾も
見つかってないので、それが無矛盾であることの傍証になってる。
その他色々で、物証はない(し、今後出てくる事もない)けど、状況証拠は揃いつつある状態。

まぁ言えるのは、数学の体系の正しさは決定論的なものから、物理の体系と同様、実証主義で経験的・
確率論的なものにシフトしたってこと。

あと、恐らくこれは>>127が決定的に誤っている点。

> たとえば、簡単な例で1+1=2
> だと言う決まりが先にあって、そこから、その中で論理的に矛盾がないような
> 証明をしているのであり、この前段メタ数学(数学の+記号の意味と
> 理解の多様性)を問い直せば、形式的にも矛盾が現れたのがクリプキのクワス算でしょう。

恐らく、メタな系について根本的な誤解がある。数学で言うメタな系というのは拡張世界のこと。
例えば整数と足し算+で成り立っている公理系は、自然数と足し算+で成り立っている公理系の
メタな系になっている。ただし、前者と後者で+の意味は変わってない。後者で未定義だった、
負の数との+の定義が新たに追加されただけ。
クワス算というのをよく知らんのだけど、ある公理系で与えた+の定義をメタな公理系で
書き換えることはできない。あるいは、元々1+1=2だった無矛盾な系に対し、もしメタな系で
追加した公理から1+1=3が導けたら、それはメタな公理系が矛盾してる事になる。でも、元の
公理系の無矛盾性はそのまま残る。

クリプキがそのクワス算で何を言わんとしたのかは知らんが、>>124が恐らくクリプキの意図を解釈し
間違えてるんじゃないか。+にどういう解釈を与えるかは自由だけど、それは数学世界のルールに影響を
及ぼしてはいけない、という前提での話。


133 :130:2008/11/15(土) 21:08:17 0
>>127>>124って全然同一人物じゃないか。ごめん。
>>132でも間違えてるし。鬱。

134 :考える名無しさん:2008/11/16(日) 07:49:21 0
ごめん、>>132のメタな系の説明、嘘言ってるかも。
別のことを同時に考えてたせいで、それとごっちゃになってしまってる。ちょっと恥ずかしい。
なので、そこの部分は後で書き直すかもしれないけど、とりあえず撤回しとく。代わりにクワス算を
ざっと調べた。これであってるのかな。

 1+1=2 16+21=37 というような一群の計算過程が示されている.そこである人が,
 68+57=5 という.これは間違いか.この計算は,xプラスyが57以上なら,答えが
 5 になる「クワス」という新しい演算子だ,と主張された場合,これを間違いで
 あるということはできない,とクリプキは言う.

http://cambrian.jp/anzai/files/poetic-engineering02.pdf より引用した。
これがあってる前提で話を進めるが、これは俺からすると、人間が自然に行う帰納的推論が誤謬を生む
という事例の話。物理学なんかはこの性質を受け継いでいて、自然の斉一性を前提に法則を外延的に
適用しようとする。地球上の物理法則が、1千万年光年の彼方にある惑星でも成り立つか?というのと
同じような問いだと思う。

で、数学に閉じた話で言うと、こういうことは、逆に今はなくなったんよ。
>>130で述べたような数学の再整理によって、数学の公理は完全に明示化されることとなったので。
公理が未定義で適用できない事例については、勝手に想像で外延するような事はできない。
もしy≧57で+の定義が加算なのかクワス算なのか、公理で予め与えられてないのなら、68+57の結果は
未定義となる。125も5も不正解。


135 :考える名無しさん:2008/11/16(日) 10:23:52 0
理系ではないので、詳細なコメントは差し控えるが、
要は、反証可能性として、数学もあると言う事でしょう。
だとすると、公理とは証明できないもの、いわゆる、カントの物自体
のようなものを前提にしている事になるよね。
だから、帰納法的なアプローチしかできない。
ところが数学と言うのは、演繹的なものでなければ、本来はいけない。
つまり、間違ったから替えちゃう見たいには出来ない学問なのでしょう。
哲学だったら時間の流れによって、大陸合理論→イギリス経験論→
ドイツ観念論と言う風に、前者の欠点を是正・否定しながら変化する訳だけど、
数学にも新たな式が加えられることはあるにしても、数式によって
証明されている、例えば1+1=2と言うものは永遠に変わらない。
不変でしょう。だから、数学と言う学問は歴史的に変遷はするが
根本的なルールは普遍なわけだね。ところがこの普遍の部分が
恣意的になっているとすれば、これは、数学自体の意味が大きく変
わらざるを得ない事になるのではないかと思う訳だよ。

136 :考える名無しさん:2008/11/16(日) 10:35:02 0
この辺の事がクワス算によって明らかになったと言う事でしょう。
例えば、角度を変えてみると、この問題はウィットゲンシュタイン
のゲーム論にも見られるんだけど、つまり、言語記号はそれ自身で
完結する意味を表現できるのか?と言う問題にもなるわけで。
つまり、分析系の言語学(イギリス経験主義も同様)この様に言語表現
が、スピーカー(話者)なしに、意味として完結できるかと言う
定義を躍起になってやったわけで、ウィットゲンシュタインは
彼の前期と言われる書物「論考」では、その可能性を突き詰めたが、
後期と言われる書物「探究」では、ゲーム論として、スピーカー
による意味の多様性を認めるようになる。つまり、簡単に言うと
言語はコンテクスト(背景・シチュエーション)によって、
多様に理解されると言う事になったわけだね。
ここの点が、クワス算の言いたいことと一致するわけで。
ここに至って、数学の意味するところは、コンテクストに由来するんでは
ないかと言う事になるのです。

137 :考える名無しさん:2008/11/16(日) 10:46:29 0
そこで、これはビッグバンの問題とも関連するのですが、ビッグバン以前が
永遠に続くとすれば、因果的に捉える物理学は、ビッグバン以前に
原因を見出す必要がある。ところが永遠につつくとすれば
第一原因(神)は永遠に見出せない。すると、無限の連鎖には
無限後退的に分らないものが見出せる。よって、物理学は不確定な
予測に過ぎなくなると言う事になる。
そこで、理系批判ではありませんが、全ての学問は、永遠に問えない点が
少なくとも一つあり、その問いに蓋をする必要がある。
それが、理系では「公理」であり、文系=哲学では「原抑圧」
と言われるもので、それが正しいかを問えないものであり、
問う事は自己言及性に陥る。つまり、正しいとも正しくないとも
言えないと言う事でしょうね。
この様な状況を前提にして、局所論(あくまで全体を見渡せない視点)
や存在論的観測(自分の立つ位置からの観測点)と言う
問題意識が浮上するのでしょうね。

138 :考える名無しさん:2008/11/16(日) 10:58:10 0
そう言う意味では、局所論や存在論的観測と言うのは、
絶対真理の視点の消滅後、絶対視点ではない局所の「私」である
恣意的な欲望主体としての「私」から、
恣意的な既存の学問を通して、観察し、理論化を進め、
その証明は現実世界に無矛盾なく適応できるかと言うチェック
を受けながら、幾度となく訂正できるのだと言う、ポパーの
反証可能性としてあると言う事。また、よって、絶対真理の探究
ではなく、あくまで仮説として、人間=欲望にとっての有用性として
の意味しかないのだと言う事でしょう。

139 :考える名無しさん:2008/11/16(日) 11:00:38 0
イギリス経験論ではなく論理実証主義ね。
つまり、ラッセル・ウイットゲンシュタインの。

140 :考える名無しさん:2008/11/16(日) 12:35:28 0
なんか、ペギオの本の要約を読んでるみたいだ。本人ですか?w

>>135
> ところがこの普遍の部分が
> 恣意的になっているとすれば、これは、数学自体の意味が大きく変
> わらざるを得ない事になるのではないかと思う訳だよ。

じゃなくてね。ゲーデルやヒルベルトが、意味を大きく変えたのよ。アプリオリなもの(公理と推論規則)
を選択する恣意性を許容した。どの公理を採用するかは使う人が選択していい事になった。その代わり、
公理からの演繹に恣意性や文脈依存性が入る余地を極力排除した。
その結果、それまでの数学で示されたものは唯一絶対の真理ではなく、数ある真理のうちの一つになった。
再三言及してる、数学の再整理とはそういうこと。

その観点からすると、局所論って何よ?って気になるけどね。そういう立場をとる数学者、論理学者にして
みれば、私が全体であり、私が神だよ。(ま、少数派ですけどね。そんな原理主義者は)

それでも、数学自身が一種の言語とみなすことができるので、確かに>>136のような言語学的問題は残る。
クワス算がその問題の言及に成功しているとは思えないけど、まぁ原典あたってないので保留する。
ただ、全てを排除しきれていないにしろ、文脈依存性を極力小さくする事には成功しているように思う。

で結局、局所論って何なの?
局所論の問題意識が単に>>120のようなものであるんだとしたら、それはなんつーか、ゼノンのパラ
ドックスの単なる言い換えにしか思えないけど。


141 :考える名無しさん:2008/11/18(火) 19:50:54 0
最近書き込んでる人とは全然関係ないけど、
だめな文系ってさあ、
自分が何を分かってないか分かってないよね。
なんでうろ覚えの単語を使って自説を展開
できるの? つっこまれたらどうするの?
わからん。信用落ちないの?

学生はそれでいいと思うけど。

勇気があるとも言うが(?)
ソクラテスはどうしたって感じ


142 :考える名無しさん:2008/11/22(土) 15:30:10 0
東京大学出版会に働きかけたみたいです。
http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama-memo/20081021/1224579369

143 :141:2008/11/23(日) 02:54:49 0
>>142

いいんじゃない?
郡司の仕事には揺るがない価値のあるものがある。適当なことを言ってるやつは消えてもいい。
大体書き方がやっぱり必要以上には難しいし。ラカンのエクリのように難しく書いて転移を狙ってるんだろって言われても文句言えない。
もちろん記述とか素朴実在論を問題にしてるんだから、「簡にして要を得た説明」はできないわけだ。

そのブロガー、郡司がなにをやりたいのか分からないでカテゴリーと違うとこを批判してるから
話が噛み合ない。そりゃ違うよ。生命がカテゴリーで書き下せるとか言ってるんじゃないもの。
数学そのままじゃだめだっつってんだから。世界は形式世界と引き換えにできないと言ってる。

そういうことを言いはなつ文系は沢山いるが、それを極力論理的に、極力数学的にやるのが彼の偉いところ。
瑕疵はあるし、今のままじゃ彼の書いたものは古典にはなれないけど。

質の高いものを適量生産してほしい。今は書き過ぎじゃないの?


144 :考える名無しさん:2008/11/23(日) 03:15:08 O
>>143
>>142のどこをどう読んだらそういう反論が出てくるのか・・・

145 :考える名無しさん:2008/11/23(日) 08:49:00 0
>>141
> なんでうろ覚えの単語を使って自説を展開
> できるの? つっこまれたらどうするの?

これ、「単語」を「数式」や「カテゴリー」に置き換えたら、そのままペギオでしょ。数式が読める理系から見れば。
ただの文系がそれを許されなくて、何故ペギオだと許される?
数式だったらデタラメに使ってもいいって事?科学批判をする批判者は、科学用語をデタラメに使ってもいいの?

146 :141:2008/11/23(日) 13:53:24 0
>>144
反論? べつに反論じゃないよ。

>>145
ペギオそんなに数学できないか?
かれは適当に書くけど、普通のことは普通にできると思うよ。読んでる限り。
数学者じゃないとは思うが、俺だって違うし。
ペギオには普通の数理科学って感じの論文もある。

それにペギオなら許されるなんて一言も言ってないぞ。

意図はある程度分かる。それは買う。でも書き方は好きでない。それしか
俺は言ってないと思うんだけど。

147 :考える名無しさん:2008/11/23(日) 15:43:10 0
普通の程度によるな。ここ読む限り、集合論の基礎レベルもいい加減に書いてるみたいだけど。
これも数理科学系の論文だよね。
http://d.hatena.ne.jp/bonotake/20081015/1224077831

そりゃ、計算機でセルオートマトンのプログラムが書ける程度には数式は使いこなせるんだろう。
でも、単なる誤記誤植じゃなく、↑みたいなレベルのデタラメ記法で書き始めたらもうアウトじゃん。
それは数学ができるとも言わないし、理系ならやっちゃだめだろう。

148 :141:2008/11/25(火) 20:42:05 0
>>147

ヘンテコだけど、内包公理と不動点定理の話をしてるだけでしょ。
読めるけどなあ。読めるかどうかが問題じゃないかw

まあ俺様の集合論の素養は自慢じゃないが森毅の『無限集合』くらい。

しかし変な人だねえ、ペギオ。



149 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 11:13:39 0
いやー読めないだろw
他の著作あたって、ペギオがどんな事に興味持ってるか知ってれば類推もできる
けど、それでも数式の部分がちゃんと意図に沿って正しい事書いてるのかわかんないし。
ペギオのペの字も知らない人には、なんのこっちゃさっぱりだと思う。

まあ変な人であることは間違いない。

150 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 15:08:02 0
茂木健一郎からも公式に変人認定されてるからな、ペギオはw

151 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 20:14:26 0
>>149
>それでも数式の部分がちゃんと意図に沿って正しい事書いてるのかわかんないし。

ここで、dankogaiの考え方の出番ですよ。
テキストも読もうよ、テキストブックだけじゃなくて,
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51141018.html

引用
「「テキストブック」と「テキスト」の違いは、「日本語が亡びるとき」を一読いただくとして、別のいい方をすれば「ノンフィクション」と「フィクション」となるだろうか。「読み物」と「物語」の違いと言ってもいい。

この両者の違いは何か、といえば、行間を読む必要があるかないか。テキストブックでは、行間を読むのは罪悪でもある。なまじ行間を読んだら、教師に減点される。

しかし、テキストにおいては、行間にこそ読書がある。そこに書かれていないものをどれだけ読み取れるか--裏をかえせば、どれだけ豊かに誤読できるか--で読書の質が決まってくる。」


ペギオの本はここでの「テキスト」と思えばいいんですよ。


数学も、その「テキスト」の表現方法の一部になってて

色んなところから叩かれているけど

そこを敢えて問題視せずに読むんです。


ペギオのテキストで豊かに誤読して

ペギオが興味を持っている分野の原典に当たれば、

自分の考えが深まりますよね。


152 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 21:32:28 0
dankogaiwwwwwwwwwwwwwww

そんなトンデモ野郎を引き合いに出してきたら余計に説得力無くなりますがなwwww

153 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 23:01:26 0
小飼弾とペギオってファン層被るのかwww これは予想外wwwww

154 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 23:17:25 0
dankogaiはないわなあ。

155 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 23:20:06 0
>小飼弾とペギオ
近いかも・・・!

156 :考える名無しさん:2008/11/26(水) 23:29:25 0
ここはdankogaiを讃えるスレとなりますた。

157 :考える名無しさん:2008/11/28(金) 00:01:45 O
何かやっぱり郡司先生の凄さは皆さんが書いているようなことではないと早く気付いてほしいです。

158 :考える名無しさん:2008/11/28(金) 18:16:50 0
ペギオは上野修や入不二をリスペクトしているようだな

159 :考える名無しさん:2008/12/27(土) 17:55:39 0
もっと、郡司ペギオ幸夫を勉強する価値はあるね。
ポスト構造主義のもたらした視点の破壊を再度局所から見出す方法
は、今のところ郡司氏を置いて他にいないようだね。
ただし、彼の言うフレーム問題と自己言及の問題を相殺して、うまく乗
り越えての事だだが、郡司の言うように、簡単ではない様な気がするんだね。
だから、まだ、彼に対するはっきりした評価が現れていない。
東大出版より、出版されているようだが、例えば柄谷・浅田・東は
彼の論点をどの様に考えているのか?未だ不明の様だ。
それにしても、今後ポスト構造主義の乗り越えは、彼の理論展開
にかかっていると言っていいだろう。
ただし、ポスト構造主義を政治の方に乗り越えるには、ネグリか佐藤である事には
変わりがないが、認識論的にはペギオだろう。今後注目だね。


160 :考える名無しさん:2009/01/08(木) 16:45:55 0
http://artstudium.org/2008/session/s02.htm
□四谷アート・ステュディウム 2008年度公開セッション02 
生命という策略――時間あるいは空間(経済そして政治)のはじまりとしての

批評を問いつめていくと、結局、空間と時間の体制にぶつかってしまう。
しかし、であるならば、批評とは(そして、それが対象とする芸術作品とは)
すなわち経済の問題であり政治の問題にすぎないのではないか?

経済と政治という活動を根拠づけているのは、(アダム・スミスの想定したhomo economicus というモデルが崩壊してもなお)
どのみち主体という単位である。経済も政治も主体(それを体現する有機体、としての人間)を必要とし、
その上でそれを操作し、また解決すべきだという問題を捏造しようとする。
これらの議論はいずれ、彼らの措定する人間という問題、すなわち「人間の内と外をいかに線引きするか」という問題の変奏でしかない。

人間によらない経済、政治、あるいは空間、時間。別の有機体による(としての)空間・時間体制の仮構。
人間の問題でないのであれば、経済という問題はただちに解決(解体)もされるだろう。
それらを考えることは、芸術が人間から離れる(ことを考える)よりはずっと簡単であり、有意義である。

芸術(あるいは批評)に関わる偽の問題を、生命科学、(反)精神分析の方法をもって、再考する(解体、解毒する)シンポジウム。

■出演者:
 大橋完太郎[表象文化論]、郡司ペギオ-幸夫[理論生命科学]、三脇康生[精神科医/美術批評家]、岡ア乾二郎[造形作家/評論家]
■日程:2009年1月25日[日] 13:30―16:30[13:00開場]
■会場:東京国立近代美術館 講堂
■定員:130名
■参加費:1,500円
■申し込み/問い合わせ先
四谷アート・ステュディウム事務室(校舎2F) tel. 03-3351-0591(9:30―17:00、日曜・祭日 休)●お電話でご予約ください。

161 :考える名無しさん:2009/01/09(金) 07:46:59 0
昨日、生まれて初めて、てんかんの発作を見たんだよ。
正直、感動した。

その人は理系の秀才。多趣味で饒舌な人。けっこう色々教えてくれる。将棋4段麻雀2段。
イラクの地下水源とトウモロコシの話してたんだ。
水と言えば、、、でその人が、「僕って水を触ると発作が起きちゃうんだよ」と言った。
人間の身体が7割水で水か怖い?お風呂はどうする?反応に困っていて、
半信半疑なのでちょっとふざけたような事を言って誤摩化したんだ。
その人は笑いながら、ちょっと微妙な顔をした。

しばらくあと、ごはんを食べて、その人はいつも行かないはずの給湯器の前に行った。
あれれ〜?やっぱ発作の話は冗談だったのかな・・・と思った。で、
なんとなくついていったら、その人が目の前でいきなり豹変した。
給湯器のボタンを押した途端、首にありえない筋が浮き出して、んで、
「がぁー!がぁー!あああああああああぁ!」とか動物みたいに吠えはじめて、
冷や汗かきながら必死に流しの淵につかまって、全身ガクガク痙攣し出して。
たしか脳がショック状態でドーパミンが出過ぎてる筈だから、声は殆ど届かないと思って、
とりあえず固そうなものを全部どけて、服の襟だけ開けてあげて、刺激しない様にしてたんだけど。

なんかすごいわ。あんな知的な人が、突然イマワの際のゴリラみたいになるんだもん。
失礼だけど面白かった。かっこいいとも思った。天才の発作とはよく言ったもんだ。
でも、さっきの話で半信半疑にからかったから、わざと発作起こしたのかと複雑にもなった。
なんでいつも行かない給湯器の前にわざわざ立ったのか。

発作が終わると、しばらく神妙な顔して、気まずそうに笑顔作りながら自嘲するんだよ。
急に理性的になる所がまたすごい。心の振幅がえらい事になってる。
いや〜びっくりしたわ。びっくりした。

162 :考える名無しさん:2009/01/26(月) 23:07:52 0
>>160行った人いる?どうでしたか。

163 :考える名無しさん:2009/01/27(火) 18:58:02 0
行った。よかった。


164 :考える名無しさん:2009/05/04(月) 23:48:36 0
マジキチ

165 :考える名無しさん:2009/05/05(火) 01:52:15 0
http://www.youtube.com/watch?v=BMK3MMzWguo

166 :考える名無しさん:2009/06/24(水) 01:18:40 0
中野昌宏の「貨幣と精神」の最後のほうで
ペギオがちょろっと参照されてるんだよね。

167 :考える名無しさん:2009/07/01(水) 06:44:13 0
ペギオは変な事ばっかやってる

168 :考える名無しさん:2009/09/02(水) 01:46:58 0
ルイージ「創発する生命」に解説寄せてる。

169 :考える名無しさん:2009/09/02(水) 09:18:57 0
『時間の正体』の感想を誰か書けよ


170 :考える名無しさん:2009/09/02(水) 09:29:09 O
今回源氏は難しかったな。優しすぎるんだ。宮中は全部駄目。愛が繋がらないので藤原が愛にいったみたいですね。こっつ全員駄目でした。福田沙紀今から愛の方行きますんでよろしく。

171 :考える名無しさん:2009/09/07(月) 04:24:17 0
ペンギンさん好き

172 :考える名無しさん:2009/09/20(日) 22:18:23 P
まさち せくはら じしょく

173 :考える名無しさん:2009/09/25(金) 16:13:21 0
このひとペギー葉山と何か関係あんの?

174 :考える名無しさん:2009/12/04(金) 05:44:07 0
生命壱号は延期か

175 :考える名無しさん:2009/12/06(日) 17:13:52 P
難しいけど、ワンパターンだよね。

176 :考える名無しさん:2009/12/06(日) 18:41:40 0
っいにペギオちゃんは科学の力で生命を作り出すことに成功したんだな

177 :考える名無しさん:2010/02/09(火) 18:19:55 0
ペギオの本は面白い。

178 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 07:40:31 0
新刊キター

179 :考える名無しさん:2010/07/25(日) 10:45:39 0
生命壱号は川に投げ捨てられたのか

180 :考える名無しさん:2010/07/26(月) 08:05:40 P
えい!って投げたら、女神が現れて、言ったよ。
あなたが落としたのは生命壱号ですか?それともこの私ですか?
僕、たぶん、あなただと思います。
女神、指名料こみで1時間3万円です。

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